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71回国会衆議院1973/06/13

文教委員会 第21号

発言数
480
登壇者
7
会派数
3
開催日
1973/06/13

会議録

田中正巳自由民主党

○田中委員長 これより会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。嶋崎譲君。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 先週は、教育大学との関係についていろいろ御質問をさしていただきました。きょうは研究と教育という点にしぼっていろいろ質問さしていただきたいと思います。  そこでまた最初にちょっと戻りますが、きょうは研究と教育ですから単に手続的なものではなくて、東京教育大学でつくられてきた研究と教育に関する考え方、並びに筑波大学にそれがあらわれている研究と教育の考え方、それがどのような関係を持っているかについて、内容的にいろいろわからないことが非常に多いものですから質問さしていただきたいと思います。  最初にお聞きしますのは、昭和四十四年の七月九日に、東京教育大学でつくられてきておりました筑波新大学、新しい大学をつくるにあたりましてのビジョンをつくるマスタープラン委員会というのができていたのは御存じだと思いますが、いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御指摘のように、マスタープラン委員会を東京教育大学は設けまして、いろいろと想を練ってまいりました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 マスタープラン委員会ができたのは何年ですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 昭和四十二年七月に評議会決定で設置をいたしました。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 四十二年の七月四日にマスタープラン委員会の設置が決定されて、二十六日に評議会で承認しているという経過になっていますね。  そこでマスタープラン委員会は、それから四十四年七月九日までの間活動して、そしてマスタープラン委員会が筑波における新大学のビジョンを決定したのは、先ほど申し上げましたように、昭和四十四年の七月九日のことであります。  さて、そこでお聞きしますが、四十二年から四十四年までの間にマスタープランで討議されたビジョンの内容について、どのような資料があるか御存じでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学内において討議過程の資料というのは十分承知をいたしてございませんが、討議の成果といたしまして、「筑波における新大学のビジョン案」というのを大学側からいただいております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまの課長の御発言は、四十四年の七月九日に提出された「筑波における新大学のビジョン」、これをさしておるわけですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 さようでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 このマスタープラン委員会なるものが、御承知のように四十三年から四十四年にかけて、教育大学で紛争がございましたね。そのために、形はマスタープラン委員会がありますけれども、機能が麻痺していたわけですね。そこにもたぶん、この前局長はお手元に持っていらっしゃったよう手が、これはありますか。——これを見ると、ちゃんとマスタープラン委員会で会議をやった結果がずっと出ておりますね。ところがこの資料には、重要な点が私が見たところ欠けているように思います。  そこでお聞きしますが、マスタープラン委員会がこの紛争のために停滞していたのが再開されたのはいつごろですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 四十四年の六月ごろだと記憶しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私の調査によりますと六月二日です。六月二日にマスタープラン委員会が再開され、そして七月四日にビジョンが決定されているのです。ですから一カ月かかっていませんね。一カ月ぐらいの間に筑被における新大学のビジョンが大学の案としてつくられたというのが確かな一つの事実です。  さて、さらにさかのぼってまいりますが、四十三年の段階で、東京教育大学の教授会がマスタープラン委員会の活動を中止するという教授会の決定を御存じですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 マスタープラン委員会は、先ほどのお話のとおり、四十二年の七月に設置をされまして以後御審議を続けられたわけでございますが、四十三年の六月ごろから東京教育大学に紛争等が生じましたため活動を一時休止した、それで四十四年の六月に審議再開という経緯と承知いたしております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、私の調査では、四十三年の十一月二十二日に農学部がマスタープラン委員会の活動を中止するということを教授会で決定したわけです。そして一カ月置きまして、十二月一日には教育学部がマスタープラン委員会を中止するということを教授会で決定したわけであります。ですからマスタープラン委員会に関係のある学部は文学部、農学部、理学部という都合三つの学部は、四十三年から四十四年にかけてはマスタープラン委員会の活動を中止しているわけです。これがはっきりした事実であります。  そこで、じゃもう一つお聞きしますが、教育大学でこのマスタープラン委員会が全学的な公開のシンポジウムをやられているのを御存じですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ただいま記憶してございません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私の調査によりますと、四十四年の一月十九日に全国町村議員会館で第一回目の筑波シンポジウムが行なわれております。第二回目は四月五日に、場所は書いてありませんが、やはり同じ場所だと思いますが、シンポジウムが行なわれて、そして経過の内容が報告されております。続きまして四十四年五月に、大学のビジョン、研究体制と教育体制というシンポジウムが行なわれております。私の調査した限りでは、新しい筑波大学のビジョンに関連して教育大学で行なわれた過程が、この三つのシンポジウム以外は入手することができないし、わからないのですが、文部省やそちらのほうではこの過程は御存じじゃないということですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先生先ほどお示しの日本教育学会がお出しになられた資料には「MP委審議経過一覧」という表が添付してかなり詳細な経緯が書いてございますが、これが事実かどうか、まだ不勉強で確認しておりません。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 やはり確かめておいてもらわないといけませんね、私も調べたのですから。大学をおつくりになるときには、やはりその大学でどのような研究がどう行なわれて、そしてどのような意思決定が行なわれて研究と教育に関する考え方が固まってくるのかということの関係なしに、結論だけでいきますと、とかくゆがんでまいりますから、調査が私は必要だと思います。いまの私も持っておりますこの資料によりますと、これは議事録に残しておくために申し上げますと、「筑波新大学に関する資料集(一)」です。そして一九七三年、ことしの三月に「日本教育学会 大学教育研究委員会」、これが発行した資料です。この資料のいまのマスタープラン委員会のところを読んでみましても、シンポジウムが行なわれた事実はあまり正確じゃございませんが入っています。ところが、四十三年から四十四年の東京教育大学の紛争中に、マスタープラン委員会が中止していることについては書いてありません。ですから私の得た、そちらの、文部省のほうも持っていらっしゃる資料と共通している資料ではその点がわからないわけです。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕 ところが、私の資料によりますと、教育大学で行なわれたシンポジウムが四十四年一月から五月であるということが私の調査の限りで得た事実であります。  そこでお聞きしますけれども、この四十四年一月から五月までに行なわれたシンポジウムを主催した団体はどこだと思いますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、シンポジウムの開催自体承知しておりませんので、ちょっと推測いたしかねます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 この主催団体は、本学の正常化と発展を期する会という会であります。ですから、東京教育大学内部のインフォーマルな集団であります。大学の管理機構とかマスタープラン委員会とか、そういうものと関係のない自発的な大学内の研究グループがこの公開シンポジウムをやっているわけであります。その大学の中でやられることは非常にけっこうなことですね。問題は、本学の正常化と発展を期する会という、大学のフォーマルな機関ではなくて、インフォーマルな集団が行なった公開のシンポジウムが基礎となって六月にマスタープラン委員会が再開されたのです、四十四年の六月二日に。そして七月の四日にマスタープラン委員会の評議会への答申として「筑波における新大学のビジョン案」というビジョンが決定されているのです。こういう経過があります。  そうしますと、ここでお聞きしますが、前回私が御質問をしたときに、局長は大学の管理機関が大学の意思を決定したことを前提にして、文部省や大学設置者の側は、大学の意思の最終決定を前提にして筑波新大学の構想に動き出した、こういうふうにおっしゃいましたですね。ところが、問題になる一番大事な研究と教育とは——管理体制も含めてですけれども、きょうは研究と教育にしぼりますから。その研究と教育という一番重要な新しい構想に関連して提起された教育大学内部におけるビジョンは、インフォーマルな集団、フォーマルな形のない、そういう人たちの自発的な集団によって形成されたビジョンなんです。そして、それがわずか一カ月——一カ月もたたぬ短い間にマスタープラン委員会の案になって、今度は大学の公式の機関の上に乗ってそれが答申されたという、こういう経過になっているわけでありますb  だとしますと、四十四年七月の初めに評議会に答申された「筑波における新大学のビジョン案」というのは、大学内部の世論を統合して出てきたというふうに考えることができるのでしょうか。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど説明員からも経過を申し上げましたように、四十二年の七月にマスタープラン委員会の設置がきまり、自来四十三年後半、紛争で中断いたしますまでの間いろいろな作業が行なわれた。また紛争の終局に相応じたような形で学内でのいろいろな検討が進められて、いま御指摘のございましたようにいろいろな形でシンポジウムが行なわれ、いろいろ関係者の意見がかわされていたという事態は、大学のあり方としますと、かなり継続してあちらこちらでこの問題の討議が行なわれていたということを逆に示すものではないかというふうに思います。そうした学内の関係者の検討が四十四年の六月に正規にマスタープラン委員会の再開という形で再開を見ましたあと、そうした議論がまとまってくるということは、これまたある意味では慎重な配慮でありまして、正規の機関だけの議論が学内の議論であるというふうに考える必要はなかろう。むしろ関係者の議論がこの間かなり継続して行なわれてきたということを、いま御指摘になりました事実からも私ども逆に感ずる次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 局長、そんなこと言っていていいんですか。質問をしていくとちぐはぐになりますよ。まあそういうことにしておきましょう。  しかし、ただはっきり言えることは、この間私が質問したときには、大学内部でインフォーマルな形であれ、世論というものを形成したときの四割以上の方々から、このビジョンが答申されたあとに、教官の反対の声明が出ているのですね。半分にはいっていません、四割強ですが、まあ半分の大学の教官の方々が筑波新大学のビジョンについて反対ですよという声明を直後に出しているという事実は——確かに一部の人たちてマスタープランの研究会は進められていたかもしれない。しかし、マスタープランと名乗れなかった、当時の情勢では。ですからマスタープラン委員の中核部分が集まって、おそらくインフォーマルな形で本学の正常化と発展を期する会という会を結成なすって、そしてビジョンの検討を行なってこられた。ですから大学内部における一つの新しい改革の構想でありましょう。しかし、これに反対されている人たちは、改革の構想がなかったかというと、そうではありません。私の調べた範囲でも、文学部にも改革構想があれば、教育学部にも改革の構想があります。必要とあらばそのデータを全部出してもいいのです。ところが、大学の中にそういうふうにある一つの大学改革構想のビジョンの研究会が公開シンポジウムをやっている。それがマスタープラン委員会という形をとって答申されたときに、評議会決定というものをとった。そこから評議会の決定は大学の意思だというふうに文部省は受けとめられた。  ところが、いまの局長の御答弁によりますと、その評議会決定の以前に、インフォーマルに行なわれたのも一つの努力であって、それが結果として評議会決定になったのだということをおっしゃっている。では、その他の学部で出された改革案等がMPにどういう形で反映したかということも、公式のものじゃなくて、大学内部の問題として非常に重要になってくると思うのです。  そういうふうにして、きょうは、そういう教育大学の問題は、またいずれ参考人や何かにお聞きしなければわからぬことが一ぱいありますから日を改めるとして、これ以上私は申し上げようとは思いません。  内容に入らしていただきますけれども、そういう意味で、前回も申し上げておりましたように、七月段階での筑波新大学におけるビジョン並びにそれを目ざして新しい大学をつくるという評議会決定が、教育大学の民主的な世論の統合の過程をとったのかどうかということについて非常に疑義があるという点は、このビジョンに関する限りはもっと決定についての過程は微妙であると私は考えるわけです。ですから、そこは見解の違いということにしておきましょう。  もう一つお聞きいたしますが、そこで昭和四十四年の七月二十四日に評議会が筑波移転の最終決定をなされた。それを受けまして十一月二十一日に文部省が筑波新大学創設準備調査会というのを発足なさいました。やはりこの資料によりますと、この調査会が発足されてから、文部省でこの調査会の研究協力者の人たち並びにその分科会、それからその名簿、審議過程の項目だけが載っております。前に申し上げました日本教育学会のこの資料によりますと、それは八七ページから八九ページに載っているものですね。これは文部省が中間発表をなさったときのあとに資料としてくっついていたと思いますが、第一次のまとめのあとですか、この名簿のついていたのは。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 正式に資料として提出申し上げました「筑波新大学のあり方について」という調査会の最終報告のまとめの最後についておる資料だと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 その最終報告というのは何年のやつでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 四十六年七月十六日でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 この間私たちがもらいました改訂版は最終報告じゃないのですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 筑波新大学の準備のために、まず筑波新大学創設準備調査会という会が発足をいたしまして、それが最終的に出しましたのが黄色い表紙の「筑波新大学のあり方について」という……

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 中間報告ですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これが最終報告でございます。それは四十六年七月十六日でございます。  それで、これを受けまして、そのビジョンを具体化するという目的で、筑波新大学創設準備会というのが引き続き発足をしたわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 「調査」がとれたのですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 さようでございます。それは現在もなお存続しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまのことに食いつきますと、文部省が最後に出されたとおっしゃっている四十六年の報告と、今年の共産党の山原さんが資料の提出を御要求なすって、あとで私たちの手元に来た、文部省の初めにいただいたやつがありますね。これです。改訂版。「筑波新大学の創設準備について(第一次まとめ)」と書いてありますね。これと前のやつとを研究と教育という観点から見たら、項目も違えば一ぱい違っているのですよ。材料は一ぱいあげますよ。その違いは研究、教育のあり方に関係してくる。そしてまた組織のあり方に関係してくる。そういうことがあるとすると、四十六年が最終報告なのに、四十八年の二月ですか、いろいろ内容が変わってきている。これは最終報告になりませんか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げた趣旨は、準備調査会としては、筑波新大学の基本的な考え方を明らかにされまして、その時点で会としては一応審議をそれ以上続けないということになったわけでございますが、引き続き準備会において、その準備調査会の御報告をもとにしまして、具体的な肉づけ作業という観点から、御審議をいただいたわけでございますが、ただ、調査会の報告書の趣旨を全くそのとおりにするというかたい態度での御審議ではございませんで、尊重しながらも、御審議の過程でやはりこうしたほうがいいのではないかという点は、調査会の報告書にございましたものでも、必要な範囲で修正、改善を加えたというような審議経過をたどっておるわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それはいずれまたあとで内容の問題に入ったところで、再度審議させていただきましょう。  そこで、この資料の八七ページをごらんになってください。「筑波新大学創設準備調査に関する会議協力者名簿」という名簿がここにございます。つまり、文部省が東京教育大学の決定を受けて、そして創設準備調査会をつくって、いよいよ新しい大学に関して教育大学と連絡をとりながら新構想についてサポートしていくという段階に入ったわけですね。  さて、そこでお聞きしますが、この筑波新大学の創設準備調査に関する会議協力者の名簿の中に載っている委員の方々の選出基準は何ですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育大学の関係の先生方、それから、当時から医学関係の問題が東京医科歯科大学の霞ケ浦分院等との関連もございまして、筑波新大学の議論の中で出ておりましたので、その意味で、東京医科歯科大学の関係の方、それから施設面及び教育研究面、あるいは都市計画といったような観点からの学識経験者をお願いするというようなことで、当時適任者を検討いたしまして、お願いを申し上げたということでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、文部省のほうでアレンジなすったのですね。この経過にありますように。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 文部省から協力者としてお願い申し上げたわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 あとで申し上げますが、学芸学部の問題とか、それから研究と教育に関係するこういう新しい構想だと、その筋の専門家を入れておく必要はありませんか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、教育研究、施設その他の学識経験の方も御参加をいただくということで、若干の先生にお入りをいただいておるわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 では、あとでどの方がその専門的な紹介をなすってどうなったかについて、さらにお聞きすることにしましょう。  私が見る限り、ここに選ばれている先生方は、みなごりっぱな方でしょう。ところが、今度の筑波新大学に関しては、この間局長と議論した過程でも、たとえば教育公務員特例法の四条なら四条で、一項と二項の解釈についての意見の違いが出てくる。それからまた、例の読みかえ規定の二十五条の解釈についても、かなり意見の違いが出てくる。それは憲法とのかね合いでの問題になってくるというぐあいに、新しい法案をつくるにあたりまして、少なくとも大きな問題点があります。  そうなりますと、そういうことに関連のある専門家は、日本に相当権威のあるたくさんのすぐれた学者がいますね。そういう方がいらっしゃらない。この方々が悪いというのじゃありませんよ。そういう筋の本来の専門家が入っていない。また同時に、研究と教育ということになれば、当然英米やフランスやドイツ等々の今日の大学改革の構造や、それからまた日本の伝統的な大学に対する調査研究を基礎にして、その問題に関するエキスパートが入っていなければ、せっかく国民の税金を使って大きな大学をこれからつくるのですから、国民の期待にこたえるためにはやはり最高の頭脳を集めていく努力があっていいのではないかと思うのです。そうなりますと、たとえば教育学の関係でも比較教育論的な人たち、コンパラティブな研究をなさっている人、それから教育制度に関係している人たち、そういう人たちが当然このメンバーの中に入ってよいのではないかと私は思います。国民の税金を使ってやることですから、特に国立大学ですから、そして新しいタイプの大学というたいへんな宣伝の中で出てくる大学なんですから、そういう意味での過程が必要だと思いますね。そういう方々か——確かに教育哲学の方や、それから二、三は見えますけれども、たとえば研究教育体制委員会協力者名簿のところには、一番重要なところに教育研究に関するエキスパートがいないのですよ、私の判断ですけれども。そうして新しい研究教育に関するモデルが構想されていくのですね。そこにそごを来たしませんか。やはり国民の税金を使ってやっていく、りっぱな大学をつくるときには、それだけのいわば過程と努力がなきやならないのじゃないかというふうに私は思うのですが、どうですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 御指摘のようなことを私ども会議の運営にあたりましても十分注意をいたしまして、たとえば外国の新大学の状況というようなものを、お手元の名簿で具体的にお名前をあげますと、吉村先生、川上先生、小西先生、三雲先生の四先生に特に外国へ行っていただいて、つぶさに欧米の新大学の状況等も御視察をいただいております。  それから教育研究あるいは管理運営等についての御審議をいただく際に、十分な専門の先生が御参加をしておられないのではないかという御懸念でございますが、これも具体の名前にわたって恐縮でございますが、たとえば小塚先生は東京芸術大学の学長として大学の問題に造詣の深い先生でいらっしゃいますし、また御専門も教育哲学ということで——ここには哲学とはございますが、とりわけ教育には御造詣が深うございますし、また国大協内部での種々の御検討にもこれまで指導的な役割りを果たしてこられた先生であります。そのほか、お茶の水女子大の前学長の藤田先生でございますとか、あるいは東洋大学の前学長の磯村英一先生でございますとか、あるいは法律関係でございますと、一橋の前法学部長の市原先生でございますとか、できるだけの配慮はいたしておるつもりでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それは内容で関連してまたお聞きすることにしましょう。  それで、東京教育大学の関係の方々は、これも文部省のほうで御指名なすったのですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育大学側の御意見を承らしていただきながら、こちらで判断をしたということかと存じますが、具体的にこれも名前に即して申し上げますと、総会の委員でございます福田信之教授がMPの委員長として教育大学側の計画をまとめられたいわば実質的な責任者でもあられるので、福田教授。それから大島清教授、これもMP委員会のやはり中心的なメンバーだと存じます。それから浅川正一教授、これはお願いを申し上げました当時、体育関係の御中心になっておられた先生でございますが、それぞれ新大学のビジョンを学内で形成されるにつきまして学内の委員会で中心的な役割りを果たしておられるというふうに承っておりました先生方を、大学側の御推薦も考えてお願いをした、こういうことでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 あんまり前のところで時間をとるのはもったいないのですけれども……。  東京教育大学の文学部長は、文部省はずっと発令していますね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 そのとおりでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、文学部長を選んだ教授会は正規の教授会ですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 さようでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、大学の教官の最低の義務は何でしょう。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 大学の教官の最低義務でございますが、これは大学における教育研究に従事をするということでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 大臣、いまの回答でいいですか。大学の教官の最低の義務は何でしょう。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 お尋ねの趣旨はよくわかりませんけれども、教授も公務員でございますから、公務員としてやるべきつとめを果たしていくということだろうと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 一般公務員ではございません、教育公務員ですけれども。  だから、大学の教官の最低の義務というのは、憲法の要請、学校教育法その他の要請から、何よりも大事なのは、言うまでもなく教育研究に携わっていくということ。これが一つですね。     〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕  もう一つは、大学自治ということを考えますと、大学の教授会や正規の会合に参加しなければならないですね。つまりカリキュラムをつくって講義だけしておればいいですよ、というのは、最低の義務を果たしていませんね。そんな方がまさか委員のメンバーにはいないでしょうね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 文学部におきまして、筑波新大学をめぐりまして賛成の御意見をお持ちの先生、反対の御意見をお持ちの先生、双方あるわけでございますが、教授会としては一本として運営されているというふうに承知をいたしております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 大学で講義をやっているだけでは、大学自治に参加する——大事な大学の管理機関に参加しない場合は、これはたいへんな、教官としての義務を果たしてないことだと思いませんか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 メンバーとして教授会に出席をされるのが当然であると思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 四十四年から四十五年、四十六年くらいの段階に一度も教授会に出席してない教官がもしあるとすれば、それは最低の義務を果たしていませんね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の構成員として大学の中でそれぞれ担当しております職責に参画をするというのは当然のことでございまして、それらを怠るというのは、大学の職員として責務の怠慢であることは一般的にいえることだと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いま、課長はすぐいろいろ個人の名前をあげられますけれども、やはり名前をあげないで議論しておきませんと、個人にかかわる問題が出てきますから、私はそういうふうには取り上げませんが、私の調査では、文部省のほうで筑波大学を構想されるのに選ばれた委員の方々の中で、東京教育大学のMPにはお出になっていたかもしれない、しかし、大学の一番大事な教授会に参加を一度もしない、そういう先生方をもしこの専門委員会の委員として文部省が選んでいるとすると、文部省のほうではりっぱな専門家だしと思っておられるかもしれません。しかし、大学の中から見ますと、教授会がいつもあっている。その教授会に絶対出てこない。とすれば、それに対して本来ならば教授会で何かしなければならないけれども、いろいろなややこしい経過があるから、それに対して何もなされないでいるかもしれません。しかし、大学の重要な、一番基本単位である教授会に出席をされていない方が、重要な筑波大学の構想に関する教育大学から出た専門委員であるとすると、その専門委員によって推進されている大学構想というものが、大学の内部では、ほんとうにそういうものとして受けとめられると思われますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御指摘のことは、おそらく文学部の関係にかかわりのあることだと思いますけれども、前回にも御説明申し上げましたように、文学部自体が、この紛争問題、移転問題を契機にいたしまして、学内で非常に不正常な状態、しかも文学部の中が、端的に申しますと筑波賛成と筑波反対というふうに分かれまして、それが学部のいろいろな運営についても支障を来たす、正常な学内の運営そのものができていないという不幸な事態があることは事実でございます。そのために、文学部の選出している評議員は、評議会の議題になりましても、筑波問題になると席をはずしてしまうという不幸なことが起こる、学部の中で逆の現象がいろいろと起こる、これはまことに遺憾なことだと思うのでございます。  筑波問題につきまして、東京教育大学が学内の意見をできるだけ幅広く盛り上げるということのために、文学部は多数では、筑波の問題に参画をしない、出るべき評議会にも、その部分では欠席をしてしまう、こういうことをするわけでございますけれども、文学部の関係者の中で、積極的に新大学を構想していこうという御関係の方もおられるわけでございますから、そういう方を加えて学内での新大学の構想を練ってこられたということは理解できることでありまして、それらの方々がまた大学当局と御相談の上で、文部省におきます準備調査会のメンバーとしても適切であるという御推挽をいただきますならば、私どもとしてはその方に御参加をいただいて、マスタープラン委員会を中心にした教育大学のお考えを多くの委員の人に御説明をしていただくということは、これは当然考えてしかるべきことだ、こう考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、局長、この前の議論といまの議論をからみ合わせると、やはり大きい問題があるのですよ。評議会に出席なされない文学部教授会についてたいへん御批判があった。じゃ、今度大学の基本である学部教授会というのは、朝から晩まで筑波を議論しているわけじゃないのですよ。学生の単位をどうするか、時間割りをどうするか、入学試験をどうするか、日常的な業務があるのですよ。そういう日常的な、大学の一番根幹である学部教授会というもの参加はしていなくとも——評議会に参加していない文学部教授会というかっこうで片一方は一かためにして、従わない、こういう批判をされていて、他方今度は、一番根幹である日常的な業務をやらなければならない学部教授会、学部の運営に参加していないというのは、これは弁護の余地はありませんね、いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 文学部教授会の中がいつまでも割れておるということは適切なことではございません。私どもも、大学紛争の過程を通じまして、直接私が当時関係したわけではございませんけれども、文部省の関係者といたしましては、文学部の正常な機能が回復できるようにいろいろな意味で関係者にも呼びかけるということはいたしてまいりました。しかし、個々の会議に、いつ、どの段階で、どなたが全部欠席であったかというようなことまで、私ども学内の事情について承知をいたしておりません。また、そこまでの必要もなかろうかというふうに考える次第でございますが、いま御指摘のように、文学部の中が、大学の中における文学部と同じような意味において不正常な状態にあるのはきわめて遺憾なことだというふうに思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 ここで確認しておきましょう。  この間、大学が意思決定していくという場合に、評議会というもの、これについては私どもと局長との意見に違いがありましたね。文部省令の暫定規則による評議会という機関と、それから法律できめられている教授会という機関、どっちが優先するか。特に教育立法や大学における教育の慣行というものを尊重していかなければならぬという意味で、省令と法律という非常に大きな問題が理論的にもあるし、運用上にもあるというので、意見が対立しました。それで、評議会には文学部教授会の方々が参加できなかったというのはたいへん遺憾であり、ルールに——とかなり批判的におっしゃいましたね。ところが、大学にとって評議会は各学部を調整するという重要な任務を持っていると同時に、大学が存在しているのは学部があるから存在している。現行法ですよ、いま筑波の問題を言っているのじゃないのです。現行法では、学部というものがあって評議会があるのです。そうでしょう。学部がなかったら、評議会なんか要らぬでしょう、調整の必要がないのだから。学部という基本単位があって、個がある、個別があるのです。法とか教育とか理とか、そういう個別の学部があって、それが全体として今度は統一として評議会が要るわけですね。その場合に、個が抜けてしまっては、学部が抜けてしまってはほんとうは大学ではないのですよ。個があって初めて大学の特徴があるのであって、そのために教授会というものを中心にして大学を構成してきた。そうすると、教授会というものに、最低の義務としてたとえば学生には講義しているかもしれぬけれども、そのカリキュラムは教授会できめます、そのカリキュラムをきめることについては参加していない、入学試験のいろいろな問題についても参加していない、同時にまた教授会の運営の問題について参加していないということが、いかに紛争中の問題であれ、評議会に教授会が参加しないということが問題である以上に、教授会に、紛争を理由にして参加しない、筑波には賛成かもしれない、しかし現教授としてその学部運営というものに参加しないとすれば、これは局長の論理から推していっても非難されるべき事実ですね。それは認めますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 事柄に即してまた考えなければならぬ点があるかと思います。文学部教授会が紛争の過程を通じまして、それは教授会としての御意見があったでございましょうけれども、みずから学生の教育を行なわないというような教授会決定をなさいました。このことに対して、一部の教官から、教育研究を職責とする教官の会議教授会で、学生の教育を行なわないという決議をするのはどういうことだと、そのことについてはむしろ逆の、反対意見がありました。それはいま御指摘のように、数の上では少数の方々であったかもしれません。しかし、教育を行なわないという教授会決定というのは、これまた議論をあまり法律的にすべきものとは思いませんけれども、はなはだ不適切な教授会の態度だと思うのです。  また、いま御意見がありましたように、教授会と評議会との関係、それは教授会が主であるという御意見を先般来伺わせていただいておりますけれども、全学的なことをきめるとすれば、私は、評議会で全学的な意思を決定するほかはない、筑波に行くか行かぬかというようなことは、学部が個別にきめたらそれできまるという問題ではないのでございますから、やはり全学的に事柄をきめるということは当然のことだし、その際に、全学的な立場できまった問題に対して、一部局としては反対だから、その部局の構成員を全部反対の立場で拘束をする、これはまた非常に無理な文学部の態度ではないかというふうに考えます。ですから、事柄に即して考えなければならぬ点があると思います。一般的には、学部の構成員でございますから、学部の教授会に出席をしないということは職責に対して忠実なゆえんではないということは、そのとおり申し上げられます。私が前回文学部の評議員に対して申し上げた非難と同じ非難を申し上げるべきことだと思います。しかし、それを拘束しております中身が、全学として筑波の移転を決めておるのに、それに反対しないからということでその文学部が逆に怠慢を追及するということは、これまた自己矛盾ではないかというふうに考える次第でございまして、私は、筑波の問題に対しまして、積極的に関係大学、東京教育大学から適切な教官の御推挽をいただきました際に、それを受けて私どもの会議に御参加をいただき人選をするということは、何ら支障のない当然のことだというふうに考えております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いま局長おっしゃった教授会がたとえばこの中に入りますと、ぼくの調査でデータもちゃんとみんなあるんですけれども、一般的な、皆さん初めてお聞きになった方々に聞くと、いまの局長の一面だけが正しいように見えるんですよ。しかし、そうではない。当時の状況というのは、私の調べた文書やなんかによりますと、ちゃんと外で体育学部が抗議しているんですよ。農学部も抗議しているんですよ。教育学部の教授もそこへ行って抗議しているんですよ。だから、おっしゃるように教育研究を中止するということを決定したという一面、その形だけで事を解釈すると、その事態がまた正しく評価できないという問題があるのです。まあ、これは私の調査もこまかにしておりますから、私はおっしゃることはうのみにできません。それは再度大学内部のあり方を今後の問題として考えていく際に、議論をしていかなければならないと思っております。  ただ、最後におっしゃいましたように、やはり評議会に出ない教授会を非難されると同じように、教授会に出ないその教官が非難されるとすれば、文部省が筑波新大学を今後発展させていくという際に、そういう方々が選ばれているということが、教育大学の意見を反映しているということにはなりにくい大学の状況が生まれるということです。評議会の上では、形では決定していても、実際には教官の四割くらいの人がビジョンに反対しているんですから。そういう状況の中で、大学の学部教授会に一度も出席していないそういう人が、委員として文部省のほうではりっぱなマスタープラン委員会のメンバーですというふうに判定することは、大学の内部に対して文部省が干渉するという印象を与える。そうであるかないかは別として……。つまり、教授会として、教授会に出てこないメンバーでしょう。それが教育大学の世論を代表するという形で評議会というのをたてにしているでしょう。しかし、教授会メンバーとしてはあるまじき行為だというときに、その人が専門委員として選ばれて、教育大学の世論ですよという形で、いわば表現は悪いけれども、つまみ食いをした印象は、これはやはり大学の評議会決定というものも、この間の議論でもいろいろ問題があるように、筑波大学を動かしていった、新たに構想しようとしてきた文部省側の専門委員会の動かし方、これに非常に大学や国民の側から見ると疑惑を持たざるを得ない問題点を含んでいると私は思うのです。まあこれはおそらく意見は違いっぱなしになるでしょう。そういうことで、さらに次に質問を移らせていただきます。  さてそこで、今度四十八年の四月に出されている「筑波大学の理解のために」、文部省大学学術局刊行の「筑波大学の理解のために」というこの文書で、教育と研究の分離という問題に関連して、今度の筑波大学では、学系、学群、それから同時に、学群の中が最初は課程だったですね。それが今度は類に変わったですね。類の問題はおくとしても、学系、学群、大きく二つの教育組織の分離を考え、しかもこの学系、学群という分離は、この教育と研究を機能的に分離する。教育と研究を分離するという考え方に立って、そして進められていますね。この点は別に異論はありませんね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 御指摘のとおりでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 たいへん耳なれないことばが出ていますね。いままでの一般的な大学の研究組織を頭に置いて考えると、受験者もなかなか迷うでしょうし、それから親たちも、さて筑波大学にやろうというときに、学群というのはこれは何だろうか、それから学系というのはこれは何だろうかと、たいへん疑問を持たれる。たいへん珍しいことばですね。こういう学系、学群という新しいことばを筑波新大学に使った根拠を御説明願いたい。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育大学側の委員から、そういうような名前を使いたいという御希望があったわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 東京教育大学のマスタープラン委員会のほうから、こういうことばを使おうという提案があったのをお受けになったわけですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 四十四年の新しいビジョンにおきましては、学群に相当いたしますものについてカレッジというようなことばで一応呼んでおった。それから学系に相当するものにつきましては、大学院の課程の中に何々系、何々学系あるいは何々課程というような形で位置づけておられたわけでございますが、その後の学内のマスタープラン委、員会における審議の状況を反映しての御発言が準備調査会であったというふうに承知をしております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、文部省のほうで学系、学群という研究体制と教育体制の問題を、最初に文書として発表されたのは、四十五年の十月二十一日に出た「筑波新大学のあり方について(中間発表)」、これが初めてですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 その中間報告が初めてでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、これは私の手元にありますが、ここでいっている学群、学系——ここではまだ課程といっているんですね。授業の担当科目の課程ですね。ですから、学系があって学群があって、その中に課程がある、そういう考え方ですね。大きく分けて学系と学群というものに分けるという考え方がここの中間報告に出されておりますね。  それで、今度は教育大学のビジョンを見ますと、教育大学のビジョン、これは四十四年の七月に評議会で決定されたビジョンですね。このビジョンによりますと、ここでも研究体制、教育体制ということばが出てきて、そうしてここでは学群、クラスター、CLUSTER——束ですね。(「ふさですね」と呼ぶ者あり)ふさですね、束。そういうクラスターと、カレッジ、学類。したがって、東京教育大学のビジョンでいっている学群というクラスターと、学類というカレッジなんですね。これは系ではないんですね。ですから学群がクラスターで学類がカレッジ、こういっておりますね。これはたいへん耳なれないことばですね。そういう教育大学のビジョンを受けて、中間報告はクラスター、カレッジを受けて、研究と教育の体制というふうに位置づけられたんですね。いかがですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ビジョンに即して申しますと、そういうことになろうかと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、この東京教育大学のシンポジウムや何かを読んでおりますと、ここにいっているクラスター・カレッジ・システム、そういうことばを、東京教育大学で出てきた考え方を文部省が受けて、今度の筑波大学に適用されたんですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 厳密に申しますと、いわゆるクラスター・カレッジと筑波大学の学群、学系というものは相違をしている点がございますが、新大学のビジョンに現在の学群、学系制度の基本的な考え方があるという点については御指摘のとおりでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 当時は坂田文部大臣でしたが、クラスター・カレッジというシステムの考え方ですね、これに共通しているものもあれば違っているところもあるのです。共通しているところは何で、違っているところは何ですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これはクラスター・カレッジという名称自体がそれほど確立した概念ではなかろうかと存じますが、たとえばアメリカの例で申しますと、多数の学生に対して行き届いた教育配慮をするという観点から、それぞれ焦点を異にしました幾つかの小規模のカレッジを集めましたものをクラスターと称しまして、それぞれのカレッジで充実した教育を行ないますと同時に、それぞれ焦点の異なったカレッジ間の交流を一定の範囲ではかり、それによりまして個々のカレッジあるいはクラスターごとには適正規模で教育研究を遂行しながら、かつ全体としては大規模な総合大学を運営するというようなところをねらった制度というふうに存じております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 中身はさらに第一群、第二群と関係してきますから……。  それで、その前にいまおっしゃったアメリカのクラスター・カレッジ・システムといいますか、それはアメリカのどこですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 特に教育大学からわざわざ御視察に行かれてヒントを得られたというふうに承っておりますのは、カリフォルニア州立大学のサンジエゴ分校がその一つだというふうに伺っております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 アメリカのカリフォルニア大学のユニバーシティーについては、御承知のようにああいう大学は、バークレーとかサンフランシスコとか幾つかの大学がありますね。その中の一つのカレッジとしてサンジエゴがあるわけです。サンジエゴでは、マスタープランを一九六〇年代の初めにお出しになって、そして十五年計画でもってカレッジを次々とつくっていく、そして四つのカレッジを基礎にしながらクラスターというものをつくっていくという考え方ですね。その考え方に基づくクラスター・カレッジの考え方をたたき台にして今日の学系、学群はできているのですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 クラスター・カレッジの考え方もその一つの示唆ということでございまして、そのほかイギリスにおけるいわゆるニューユニバーシティーの考え方、その他各国が試みておられますいろいろな試み、それから国内で議論されております御議論の成果というようなものが参考となりまして、総合的に考えられたというふうに承知しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 アメリカの最近の教育改革の中で、マスタープランや何かで、クラスターということばを使っている州はどういう州なんですか。そこらじゅうで使っているのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 これは州というよりも、やはり個々の大学の考え方だと思います。アメリカの大学も、主として州立大学でございますけれども、学生数が非常にふえてまいりまして、大きな学生数をどういうふうに適切に教育をするかということの一つのくふうがクラスター・カレッジ制ということでございます。これは私どももその他の個々の大学のことについて周知をしておるわけではございませんけれども、カリフォルニアのユニバーシティー・オブ・カリフォルニア自体が十万人にのぼる学生をかかえ、一つの大学のキャンパスの中で適正規模というものを考えなければならない。同じ専門でまとめて、専門が大きくなり過ぎるというのも適切ではない。よって、いまお話がありましたようなサンジエゴにつきましては、ある専攻を中心にしたカレッジと、他の違った専攻のカレッジとを組み合わせて、カレッジの規模が二千数百、それを三つなり四つなり合わせた一つの単位、こういう学生の単位で総合的な教育のシステムと教官の配置を考えていくことが適切だという考え方だと思っております。  この考え方は、最近のアメリカの大学改革の意見の中には、クラスター・カレッジ制ということでかなり出てまいります。イギリスのニューユニバーシティー、ニューセブンといわれます大学の一部につきましても、そういう教育につきまして総合的なシステムをとるという意味で、クラスター・カレッジというような呼称で呼んでおるものがかなり出てまいるわけでございます。どことどこが特定のクラスター・カレッジ制であるかという点につきまして、まだ詳細承知しておりませんが、最近の学制、教育の方向として、かなり幅広く共通理解のもとで使われておることばだ、こう理解いたします。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 この筑波大学で問題にした学群と、いまは類ですけれども途中が課程ですが、このクラスター・カレッジといわれるもの、この考え方は教育大学の中で何回かシンポジウムをやっている中に出てきますね。それはそのとおりなんですけれども、その典型として、先ほどおっしゃったカリフォルニア大学のサンジエゴ分校といいますからカレッジですね、これがティピカルな場合として一つの参考にしながらでき上がってきているように思われます。  ところが、ここで筑波大学というのは、そういう外国の一つの経験ですね、全部は同じでないにしてもそういう経験のよさを取り入れて、そしてそれを日本に新たに具体化してみようという試みの過程の中で行なわれたのだろうと思います。そうしますと、そういうアメリカの大学史の中にあるクラスター・カレッジというようなものの考え方が、私の調べたところではカリフォルニア大学の中で、バークレーにはクラスターなんというものはありませんね。あるのはサンジエゴなんですね。だから、そのマスタープランの中で出てきた新しい大学の建設計画の中での概念、ことばですね。その場合に、クラスター・カレッジという考え方を採用するにあたって一番基本になっているのは、学系、学群の中で最近の大学に対する考え方が提起されながら、これと結びついていっているわけですね。その大学に対する考え方というのは、私は本会議のときにも言いましたけれども、一口に言えば大学の大衆化ということが一つの側面である。もう一つは大学の持っている研究、教育の専門性という側面、この二つの側面をどのように現状の大学の中で制度化し、保障していくかという観点から出てきているということですね。  そこで、問題になるのは、ではいまの大衆化ということを前提にして、その大衆化に合わせた大学のあり方というものを考えたときに、いままでの古い日本の大学の伝統の考え方を持ってきたのでは現状に合わないという判断は一つ入っているのだと思いますね。そこで学部の評価や何かが問題になっている。特に研究、教育という段階で、真理の探求といわれる伝統的なかなり高い大学の専門性を前提としたあり方、そこで教育、研究の統一ということを前提にしたいままでの日本の大学のあり方ですね。そこに持ってきて最近の新しい大学の傾向は、進学率も高くなり学生が急にふえてきている。それを受け入れながら大学教育をやっていくということになると、いままでのような伝統的な大学の考え方で対応しようとすると対応できにくい、そういう要因が生まれてきている。だから、それに対応した新しい大学のあり方というものを研究しなければならない、こういう発想ですね。  そうしますと、そういう大学の研究、教育の現状に合わせていくというときに、アメリカならアメリカ、それがイギリスならイギリスですね、ヨーロッパで考えられてきたいわばカレッジの考え方ですね、四年制を前提としたカレッジの考え方、この考え方を日本に持ってきたほうがいいということが、クラスター・カレッジを適用していく適用のしかたの背景だと思うんですね。  そこで、これをやっていると、一時になっても終わらぬことになりますが、どうしますか続けますか、過去にさかのぼって途中で切れちゃうとあれですから、いまのうちに休憩してあとでという手配は、委員長、できませんか。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 午後一時に再開することとし、この際、休憩いたします。    午後零時一分休憩      ————◇—————    午後一時八分開議

田中正巳自由民主党

○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。嶋崎譲君。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 午前中、中途でしたけれども、少し問題をしぼりまして提起をし、御質問させていただきます。  教育大学のビジョンを受けまして、昭和四十五年の十月段階ですか、文部省が中間報告を発表されたですね。この中間報告では教育と研究に関してこういう説明が入っているんですが、その意味を最初お伺いします。  中間報告の教育体制というところで、学群というのはここの説明によりますと、「グラデュエート・レベルの学生に対する教育、研究指導は学系を中心とし、必要に応じて研究所およびセンターを活用して行なう。」という言い方をして、学群というのは、ここではアンダーグラデュエート段階の教育だと、こういう考え方がここで出ているわけですね。だから、学系というのは、グラデュエートスクールの段階ないしはグラデュエートの段階、大学院ですね。そういう段階が糸であって、そして類のほうは、アンダーグラデュエートの段階だというふうに、文書の上で最初に整理されて出たのがこの中間報告だと思います。この前の教育大学でいっている、教育大学から四十四年の七月の段階で出たビジョンは、クラスター・カレッジということばは出ていますけれども、まだここでは、グラデュエートとアンダーグラデュエートという考え方で学系、学群を考えていない。まだそこまでいっていないという特徴があると思うのです。つまり、教育大学では学系と学群というものをまだ未分化の状態とでもいいましょうか、ことばを変えていえば、教育機能の分離に将来発展していく、けれども、まだそこまでいっていない未分化の段階で、いずれにせよ、諸外国の経験、特にアメリカの経験を基礎にして、この学系、学群ということばを使い始めているわけですけれども、まだこの段階では、グラデュエートとアンダーグラデュエートの考え方が具体的に固まっていない。ところが、文部省の中間報告の段階では、大学院クラスの、いわば研究者集団を中心にした系を一方でグラデュエートの段階として考えて、そしてアンダーグラデュエートという教育の段階をいわば群と称する、こういうふうに規定が変わってきて、まあ規定が変わったというか、明確になってきていると思うのです。  そこで、この中間報告でいったそのアンダーグラデュエートという考え方ですね。これは、このことば自身が示しているように、アメリカのカレッジの考え方を——アメリカのカレッジも非常に多様ですけれども、その中でサンジエゴなどでいわれているカレッジの考え方を適用していく、そういうレベルの段階の教育課程だと考えて、このアンダーグラデュエートということばが出たのでしょうか。局長、いかがでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学教育の中で一番教育内容として問題の多かったのは、やっぱりアンダーグラデュエートでございます。アンダーグラデュエートの四カ年の課程におきます一般教育と専門教育の関係をどういうようにするか。これは戦後の新しい大学発足以来の引き続いた課題でございまして、おそらく東京教育大学でも、その四カ年の教育を中心に検討が進められ、また、大学院の教育というものが、戦前からの大学院の考え方のままで事実上運営されてきたと、こう申し上げたほうがいいのかもしれませんけれども、そういう関係から、この際、アンダーグラデュエートの教育内容を考え直すと同時に、大学院の教育のあり方、またその位置づけ、そういうことも考え直さなければいけない。これが、大学改革を考える場合に、御関係の方々がほとんど一致して意識された問題であったろうと思います。でございますから、午前中にもちょっと御指摘が出ましたが、今日のように大学への進学率が高まり一般化していくということになりますと、その学部段階の教育のあり方を、戦前の大学で考えておりましたような最終完成教育という考え方では必ずしも望めない。むしろ大学四カ年で勉強して、さらに世の中のいろいろな専門につく、あるいはいろいろな研究段階に進んでいく人のポテンシャルな能力を養うということを問題にして考えなければいけない。一般教育、専門教育の区分はありましても、基本的には大衆化を受けとめる大学というものが、その教育の課題という点では、一面幅広い学生層を受け入れて、将来の進路の多様な進め方を可能にさせるようなゆとりのある幅広い教育というものを考えなければいけないのではないかというのが、当時からの一致した大学教育問題の論点であったというふうに理解をいたします。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 まあ、私もそういう受けとめ方だろうと思います。それと同時に、全国の大学のいろいろな紛争の経験の中から、教官と学生というもののコミュニケーションというものが非常に悪い。そういうところから、教官と学生のコミュニケーションというものをよくしていくための、まあ人間的なつながりというか、そういうものをどうしていくかということも重要な課題であったろうというふうに思いますね。ですから、そういう課題と、いま局長がおっしゃった大衆化にこたえて、そしてグラデュエートスクールの段階の、いわば教育を新しく改革していこうというところから、アンダーグラデュエートという段階のことばを考え、外国のその段階の経験を生かそう、こう考えたわけですね。  そうしますと、やはりビジョンの研究の過程でも問題になっていますように、アメリカのカレッジシステムというものをどうとらえて、それを日本の土壌の中にどう生かすかということが方法として追及されてきたというふうに考えていいですね。その点はいいですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 アメリカのカレッジシステムというものをすみずみまで知り尽くしているわけではございませんが、アメリカの大学、特にカレッジということばを使って、カレッジ・オブ・エデュケーションとかいろいろな用語が出てまいります場合に、主としてこれは学生教育の単位としての用語のように私ども理解をいたします。その意味では、アメリカもイギリスもカレッジといいました場合に、教育のユニットとしての教育活動の主体という意味でカレッジを考える。日本の大学改革を考えます場合にも、そうした意味で、教育活動の主体としての教育のシステム、これをそれ自体考え直す必要があるという点で、御指摘の点のように私も考えます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 アメリカの伝統的なカレッジの考え方というのは——アメリカ、イギリスですね。片方はオックスフォードからケンブリッジ、片方はハーバードから始まる、そういう考え方の中からカレッジというものが出てきた。小さなものでスモールカレッジ、そういうものの特徴というのは学寮制にあったと思うのです。その学寮制というものは、七人ぐらいの教師が十四、五人くらいの学生を相手にしてやっていくわけだから、そういう意味で非常に人間的なつながりができている。それだけでなくて、当時のスモールカレッジはアート・アンド・サイエンスですから、当然単に自然科学だけではない。社会科学だけではない。哲学も含む非常に広範な教養を身につけるものとして始まる。しかも教官と学生がチューターの制度を持ってきて、数多い教官で少ない学生ですね、そういうコミュニケーションを前提にしながら、論文の指導をしたり日常的な生活指導に至るまでのつながりを持っている。そういうカレッジの考え方というものが伝統的にあったと思うんですね。ですから、その考え方と、二十世紀に入ってユニバーシティー運動がそこらじゅうから始まってきて、今度はそのカレッジを発展させてユニバーシティー、あるいはカレッジを吸収しながらユニバーシティーをつくって、カレッジを上からつくっていく。二十世紀に入って進学率も高まってくるし、それから専門化も進んでまいりますから、そのカレッジの考え方はだんだん変わってきたという経過をたどっていると思いますね。  そこで、アメリカていっている——アメリカのみならず、世界でのアンダーグラデュエートの考え方というものは、したがって、いままでの学部の、日本の、ドイツ的な伝統的な大学ですね。法学部とか経済学部とかそれから工学部というような考え方よりももっと低い——低いというと妙ですけれども、大衆化したレベルにおいて、人文、社会、自然科学というようなものを一つのつながりとして、全体としてとらえて教育していくという考え方を採用してきていると思うのですね。この考え方が第一群の考え方になるわけですね。この筑波大学でいう第一群というのは、自然科学と人文と社会というものを一つのものでくくっておいて、そしてそこでは、単にいままでのような法学士や経済学士をつくるのじゃなくて、主として専門になっていく中心のところはあるけれども、関連していくものを全部単位をとれるようにしていくという考え方で構成されている、しかもそれはアンダーグラデュエートの段階のものだ、こういうふうに考えているわけですね。その点はいいですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 カレッジの考え方につきましては、イギリスの伝統的な発生過程でカレッジと考えられているものが、いま嶋崎先生のおっしゃったような内容のものだと考えております。  アメリカの大学制度は、これもものの本で理解した限りでございますけれども、むしろドイツに範をとって発足をいたしました。たまたまことばの関係からはカレッジということばを使っておりますが、アメリカでいわれておりますカレッジは、イギリスのケンブリッジやオックスフォードでやっておりますようなカレッジそのものというよりはむしろ、やはり教育システムとしての学校というのを、初等中等教育をスクールといえば、大学レベルでカレッジという呼称を使った、そういう理解をしたほうが適切でなかろうかというふうに思います。  筑波で第一学群、第二学群制度を構成いたしました場合には、特に第一学群におきましては、アメリカのリベラル・アーツ・アンド・サイエンス・カレッジと申しますか、こういう一般教養的な、そしてこの教育内容としては、むしろイギリスの学寮を中心といたしました人格形成的な教育内容のカレッジというものを意図している面があろうかと思いますが、しかし今日では、いずれにいたしましても、学生数を相当たくさんかかえ込むという点がございまして、先般藤波委員からも御指摘がございましたけれども、寄宿舎生活を主体にしたカレッジということではない、これはむしろ日本の場合もアメリカの大きい大学の場合と同じような意味で考えていきたい。ただ、従来のいきなり専門に入るというような大学教育ではなくて、自然、人文、社会の三領域を踏まえた幅の広い教育の組織として第一学群を構成する、こういう意味では、まさに御意見のとおりと考えているわけでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そこで、教育大学のほうのビジョンで、学群をクラスターと呼び、そして学類のほうをカレッジと呼んでいますね。この使い方は特殊な日本的な使い方ですね。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育大学の文献の中で、学群をクラスターというふうに呼ぶといっているのは、その時点で教育大学がお考えになった用語だと思います。  クラスターは、ふさのように幾つかのカレッジの集合体という意味でございまして、学群も、従来のようなある専門領域という点から考えますと、特定の専門領域ではない幾つかの学問が集団になった、複数であるという意味でそのような用語を考えられたと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 文部省がこの中間報告をお出しになった、その当時の新聞のスクラップを見ますと、朝日も毎日も、すべての新聞が、文部省で説明された考え方を発表しているわけですね。そのときに、クラスター・カレッジとかクラスター・カレッジ・システムとか、そういうものの解説が新聞に載っているのです。  私が大事なことだと思うのは、そういう新しい大学を、教育大学を受けて文部省で構想され始めたそのときに、国民にこういう新しいタイプの大学をつくるんですよということばを使われるときに、クラスター・カレッジということばが出てきたりしているわけです。ところが、新聞でお伝えになっている、当時の文教担当の新聞記者の方々だと思いますけれども、文部省が説明されたことばと、伝統的なそういうことばの使い方の概念が根本的に違うのですよ。だからそういう解説になっているわけです。それは新聞記者の方々が悪いという意味で言っているのじゃないのです。だから、教育大学でいっているところのクラスター・カレッジの使い方が、何をいわば材料にして、そしてどういう考え方で出てきたかを受けて、それで文部省は、中間報告の段階では、グラデュエートとアンダーグラデュエートというふうに考えて、そのアンダーグラデュエートの考え方が、いろいろな国際的な経験を頭に置きつつ、新しいタイプのものを構想しようとしたと思うのです。だから私の理解では、学群というのは、ここの教育大学のビジョンで学群(クラスター)というふうにいっている限りでは、まだどこにも誤りがないのです。そういうふうにかなり幅広く理解した段階だろうと思うのです。ですけれども、これは紹介した方がおそらく専門家じゃないと思うのです。だから私は最初に質問したのです。専門家でないんだから、三カ月くらいアメリカの制度を見てきて、そこでそういうことばを使ったとしても、その実体を正しくつかめるものじゃないと思うのですよ。だから、その紹介のしかたが誤って行なわれ、その誤った紹介のしかたで出てきたことばが、いまの新しい筑波大学の研究、教育というものを説明することばに変わっていく。そういう意味で、世界にユニークかもしれませんけれども、せっかく国際的な経験や大学改革の経験を生かしながら使われて、それが日本の土壌でつくられていくとすれば、国民には正しく伝えられていく必要があると私は思うのです。そういう意味で学群というのを、結局最後に——いま法案に出てきている学群の考え方、それから教育大学が最後に昭和四十六年の段階で出した基本計画案の中の学群の考え方、それからさかのぼって文部省の中間報告の学群の考え方、それから教育大学がビジョンでいっている学群の考え方、それをずっとさかのぼってみますと、途中で全部中身が変わっていく。その変わりの転換点が中間報告なんですね。中間報告以後は、学群と学系の考え方が大体統一されていますね。それを筑波に当てはめて学群と学系というものがかなりコンクリートに具体的になってきていると思うのです。  ところが、当時の新聞を見ますと、クラスターとカレッジの考え方が、実際には正確に理解されない形になっているような解説になっていると思うのですね。その理由はどこにあるかというと、専門的なことで論争しようというのではなくて、やはり新しい大学を国民が見ていく場合に、新聞をたよりにしますね。そのときに文部省が、そういう外国の経験、たとえばアメリカならアメリカの経験というもので出てきている新しい用語を筑波に適用していく場合には、向こうでの使い方はこうだが、日本ではこういうふうに使っていくというような、かなりわかりいいものにしていかなければいかぬだろうと思います。  そうしますと、アメリカでいっているクラスターというのは、典型的なのはカリフォルニアユニバシティーのサンジエゴの場合ですね。カリフォルニア大学のサンジエゴ分校といっていますけれども、カリフォルニア大学というのは、バークレーにもあれば、サンフランシスコにもあれば、いろいろな大学で構成されている。カリフォルニア大学というのは、理事長が州の知事であって、単なる教育計画をやっている執行機関ですね。その中でサンジエゴの場合は、人口がどんどんふえてきて、いままでのような都市の中での教育では十分ではない。そこで人口がふえてきた、将来ふえていくであろうということを予測して、そのふえていく人口に対して、進学率が高まってくるからそれに対して、どういうふうに大学教育は対応しなければならぬか、こういう過程でマスタープランができて、そうして長期の計画ができてくるわけですね。その中で出てきているところのクラスターという考え方は、いままだ実体があるわけじゃありません。御承知のように、サンジエゴ大学のマスタープランでは、たいへん重要だと思うのは、あそこの場合には一九六〇年代の初めにマスタープランを考えて、そして七五年ですから十五年間かかって、新しい大学はどうしてつくっていくのかということを模索しているわけですね。まだ一九七五年になっていないのですから四つの大学はまだできていないのですよ。それで将来、いまサンジエゴの中にできてきたカレッジが二つになり、三つになり、四つになったときに、それを一つのクラスターと呼ぶわけですね。ですから、クラスターということばはア・クラスター・オブ・カレッジなんですね。だから一つの束なんです。その束には幾つかのカレッジがある、こういう理解のことばですね。ですから、ここでは学群イコールクラスターと書いてありますが、学群という実態が、実体のあるもの、教官もおり、学生もおる、そういう実体をクラスターと呼んでいるのではないわけです。クラスターというのはあくまで、たとえばサンジエゴの中に一つの大学ができた、ところが人口がふえてきてもう一つ大学ができた。ところが、このサンジエゴのクラスターを見ればわかりますように、大学が二つできたとしますね。そうすると、社会科なら社会科というものについて両方に共通した哲学の先生が要るわけです。ところが、新しい学問の発展に応じて広い教養を身につけていくためには、新しい学問に要請された教官がいない、そういう科目が要る、こういう事態が出てくるわけですね。そこで、将来は四つぐらいカレッジをつくる、そしてそのカレッジのうちの一つのカレッジに籍を置いておいて三分の二単位をとるのですよ。残りの三分の一の単位は、新しくできてきたカレッジでできてくる新しい科目、もともとのカレッジに在籍している学生諸君がそっちに出かけていって単位をとって、三分の一ふやして卒業していくのです。つまり、自分のカレッジに所属していて、いまの学問の進展や科学の発展に十分ついていくようなカレッジの内容を持っていないから、だから新しい大学をつくってそれを補う、その補う部分をつまりクラスターと呼ぶわけですね、これは教科の観点から見た場合ですよ。プィジカルプランとも関係があるのです。だからクラスターというのは決して実体をいっているのではなくて、カレッジとカレッジを補っていくところの機能的なものなんですね。だから実体はあくまでカレッジなんであって、そのカレッジを一つにくくってクラスターと呼んでいく、しかもそれを十五年かかってやっていくわけですね。非常に徐々に諸般の情勢や学問の発展を踏まえながら考えていくというのがクラスターという考え方の特徴だと思うのですね。ですから、そういうふうにカレッジとカレッジの中で、一つのカレッジで単位をとれない場合に、隣の大学の単位をとることによって全体の教育課程を終わっていく、そういうつまり補完的な機能的な側面をクラスターとしてくくっていく、それをサンジエゴの場合は四つのカレッジでもって一つのクラスターにしていく、こういう考え方ですね。  もう一つクラスターの考え方というのは、カレッジとカレッジをくくるのではなくて、大学院と今度はカレッジをくくるんですね。つまり、今度の筑波でいえば、学系に相当するところにいらっしゃる先生方で、非常に新しい科学の担当、たとえばライフサイエンスならライフサイエンスにしましょう。そういう新しい科目の勉強をしている専門家が要る。教養課程の中にもそれの基礎になるような科目が要る。しかし、いまの教養課程にいらっしゃる先生方ではそういう単位を与えることはできない、そこで大学院にいる専門の先生方や専門家が今度カレッジに出向いて、そしてカレッジの中に、そういう新しい科目を設定するためにくくる、つまり大学院とカレッジをくくる、これもクラスターなんですね。だからクラスターというのは、筑波大学で紹介されたクラスターとアメリカのクラスターの考え方はかなり違う、ここが一つの問題点なんです。  しかも、クラスターというのは、単に教科の問題だけではなくて、フィジカルプランと関係がある、つまり将来サンジエゴに四つのカレッジができる。将来四つのカレッジができるということは頭に置いておいて、そしてこの四つできたカレッジが共同で利用できる施設を同時につくるわけですね。だから、体育場だとか図書館だとか、それからレクリエーションの施設だとか、そういうものをいまからフィジカルプランとして考えておいて、しかもこれは十五年間ですよ、筑波みたいに一年や二年で考えるのではない。だから、十五年の長期をかけて、そしてフィジカルなプランを考えて、将来四つのカレッジができたらその学生たちが全体として共同利用できる、そういうフィジカルプランを含めて、またこれをクラスターと考えていく計画ですね。  ですから、そういう意味では筑波もこれからどんどん新しいものができていくでしょうから、サンジエゴのマスタープランの考え方みたいなものを適用することはできるとは思うけれども、しかし、そもそも教育大学のビジョンでいわれているクラスターの考え方というものと、実際サンジエゴで問題になっているクラスターとは、かなり実態が違うし、ことばの内容も、使い方が違うわけですね。この違いが、いま筑波で皆さん方が追及されて出された教養過程のあり方がそれなんですね。つまり、いままでのような専門学部じゃなくて、幾つかの自然科学、人文にわたって単位をとる、一定の教養的な水準を高めていくというタイプのカレッジを考えるわけです。ですから、そういう意味ではクラスターの基礎になるカレッジを第一群に適用されようとしていく一つの試みだということができるでしょう。  ただ、そこで学群というものをクラスターというふうにくくって説明をしていく説明のしかたをすると、そういう非常に長期にわたって教育改革をやり、しかも慎重にやっていく、その幾つかのカレッジをくくっていくという意味のクラスターと、ここで筑波で出されているような学群とは、もうおよそその実体が違うといわざるを得ないわけですね。だから教育大学から出てきたビジョンで問題になった学群、学系がもし基礎になっているとすると、今度中間報告を受けて、しかも、そこヘアンダーグラデュエートができてきて、大学院のグラデュエートが出てきた、そのアンダーグラデュエートの中心が学群であり、課程というふうにとらえて、それをクラスター的なものを受け継いだとすると、これは世界に例のない考え方を持ってきたという意味でたいへんユニークなものであるかもしれぬが、非常に経験の浅い、実験のないものでいわれているというふうにいわざるを得ないわけであります。だから、そういう意味でその辺の国際的な経験を日本に適用する場合、何もまねする必要はないのですから、日本の教育の土壌に合わせてオリジナルに、創造的に発展をさせていくということが教育の改革ですから、まねる必要はないにしても、少なくともカリフォルニア大学のサンジエゴで問題にされたような意味でのクラスターの考え方と違うということだけは、私は論証できると思うのです。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 クラスター・カレッジという一般的なことばが、大学改革の考え方の一つとして使われております。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕カリフォルニアのサンジエゴも、その典型的なものの一つであり、またサンタクルスにも別のカレッジがあり、あるいはミシガン大学等にもそういう考え方がありますが、全部がみな同じものというふうには理解いたしません。  ただ、前回も申し上げましたように、非常にたくさんの学生集団を、同じ専攻分野だからといって、やたらにふくらますということは適切でないから、カレッジの単位にある専攻、専門を学ぼうとする学生の集団ができる、一つのカレッジに教官を張りつけても、それが全部幅広い教育を担当し得るということにならないから、サンジエゴの場合には四つほどのカレッジを一つにしたほうが、クラスターというものを大学の施設の面でも考えますし、それから教官の構成の面でも考える、学生の図書室、その他も四つのカレッジに対して一つのりっぱな中央図書館を置く、こういうような教育群を考えていく、サンジエゴの分校自体が完成時には二万七千人、約三万人近い大きなものになるわけでありますから、クラスターが幾つかできるわけであります。一つのクラスターにカレッジが大体四つということで、違った専門領域のカレッジを四つ組み合わせて、いまお話しがありましたように、幅広い教育をするために他のカレッジに勉強に行けるし、他のカレッジの教官も教えに来られる、そして彼此相通じながら、総合的な教育をやっていこうというシステムである。このシステムは物理的にも施設その他で具体化されておるというふうに考えます。  筑波で考えております学群と申しますものも、教育の面ではアンダーグラデュエートを中心にしたものでございまするが、やはり違った専門領域の教育群を一つの学群としてまとめまして、そして学生たちが幅の広い教育を学び得るような、また最初からきまったコースで細いパイプの中を抜けていくということにはならないような教育のシステムを考えていく、その面では全く趣旨を同じくしておるものだと考えている次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、第一群はこれはカレッジですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 第一学群、第二学群を、それぞれクラスター的に考えておるというわけでございまして、第一学群の中に人文、自然、社会という一つの早く言えばカレッジに相当するようなものがある。人文の教育を担当する学校があり、自然を中心に考える学校があり、社会科学を中心に考える学校がある。それをまとめたものとして第一の学群、あえて言えばやはりリベラル・アーツ・カレッジという言い方の場合のカレッジに当たるかもしれませんけれども、しかし、理念からいたしますと、あるヒューマニニティーズならヒューマニティーズだけの学校ではないという意味におきましても、むしろクラスターに当たるものだ、こう考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それで大体わかってきた、いまの局長の説明で。  そうすると、やはりクラスターと違いますね。なぜなら、そういうクラスターということばを使わなければいいけれども、クラスターということばを使ったらそれはクラスターじゃないのですよ。つまりそういう理解のしかた、それは何も新しくないですよ。日本の国内にもよその大学にもありますよ、そういうのが。日本の大学ではどういう学部ですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育内容という面から見ますならば、教養学部といわれているものが比較的それに近いものを考えておるかと思います。ですが、教育の上ではかなり幅広い教育のシステムを複合的にまとめた、教育の一つのまとまりという意味で学群を考えておる次第でございまして、中間の作業段階でいろいろな諸外国の例を取り入れますために、かたかなをつけ加えて日本語と対比をし日本語を産み出す関係者の努力もたいへんだと思いますが、学群というのは、私がいまさっき申し上げたような意味で構想したものでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 局長がおっしゃったように、東京大学や埼玉大学や、そういうところで新しい、つまり教養課程二年、それから専門課程二年というような形でやっていくのは中途はんぱでもあるし、また同時に教養課程的なものをその一つの大学として、カレッジとして位置づけるという試みは日本の中でもあるわけです。おっしゃったように、東大の教養学部や埼玉大学の教養学部の場合にはその試みであるわけですね。ですから、何も学群と言わなくたって、新しいことばで言うんじゃなくて、日本の経験の中でも今日の大学の中で幾つかそういう試みがある。それは東大の教養学部の場合でも、埼玉大学の教養学部の場合でも、教官のスタッフもわかっていれば、カリキュラムの編成のしかたもみなわかっているわけですね。それに、欠陥があるとすれば、今後どう変えていったらいいか、どうしたらいいかということが関係するわけですから……。  筑波の場合には、第一学群は来年の四月開校になりますね。教官の配置、カリキュラムの編成、そういう問題はいまどうなっていますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在東京教育大学内部で御研究中のところでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 たびたび九月ごろから始まるとか言われるんだけれども、国民の前に、今度法案を通すわけでしょう。そして学系、学群ということが国立学校設置の内部に入ってくるわけですね。そのときに、いまから検討するという話で、そもそも第一学群といわれるなら第一学群というものが、埼玉大学の教養学部や東京大学の教養学部とどこが違っていて、どこに特徴があるか、そういうものがさっぱりわからない。いまそういう段階で法案だけを急ぐ、急いでいるのじゃないにしても、日本にいまだかってない新しい大学だというけれども、日本のいままでの、既存の大学の中にも第一群的なものがあって、しかもそういう第一群的な性格のものが教養学部として現実に存在している。そのときに、筑波に、ことばだけでは新しいですよ、しかしそれをクラスターと呼んだら間違いなんですから、それはぼくは、第一学群は外国でいえばカレッジなんですよ。確かに人文、社会、自然科学はくくっていますよ。いま教養といったらみなそうですよ。教養は科目制なんですから、そこには経済の先生もおれば、物理の先生もいらっしゃる。そうして一つの学部を形成しているわけです。だから、何もこれは新しい大学でも何でもないので、いままで日本にある既存の、つまり教養学部的なものを一つの第一学群とし、第一学群、第二学群、第三学群は比較的教養学部的性質で、第四学群、第五学群は、これは専門学部的な性質ですよ。だから、群といって、しかもそれがアンダーグラデュエートとおっしゃるのでしょう。アンダーグラデュエートといいながら、第一群、第二群、第三群は、アンダーグラデュエート的なものでいままでの国民が見た大学の場合には、埼玉大学の教養学部、東大の教養学部、あのタイプが第一、第二、第三に近いものだなということがわかる。それだって、いまぼくが説明してみてわかる国民が多いと思うのですよ。いまのままで法案を出されて学系、学群というようないまの説明の形で、ただことばだけが新しくても、国民はイメージがわかないし、受験者たちもわからないし、親はわからない。     〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 せっかくいま日本の大学の中でそういう試みがあるわけですから、だから、そういう試みに該当するものなら第一群、第二群、第三群は別に新しいものじゃないですね。いかがですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ことばが足りないで失礼いたしましたが、教育課程の編成方法の基本的な考え方は固まっているわけです。  これは具体的に申しますと、学生の募集の単位、それから教育課程を基本的に編成します単位は、学類のほうでございます。したがいまして、第一学群で申しますと、人文、社会、自然という学類単位でまずその学生の教育課程のあり方を基本的に考える。それを学群全体としてどう考えるかという二段階の作業があるわけでございます。  で、これまでの御議論で一応固まっております点を申し上げますと、各学生がやはりそれぞれの専門を持つ、特に専攻を持つということは、やはり従来の大学で実施しておられるところにならうわけでございますけれども、その専攻科目というものを軸にしまして幅広い基礎をつちかう、さらに一般的な教養につちかうというような構成にしたいということで、多少煩瑣になって恐縮でございますが、授業科目の区分というようなものを専攻科目、基礎科目、関連科目というような形で専門を中心に位置づけますとともに、学類に共通の科目、つまり人文でございますと、哲学を専攻される方もあれば、歴史を専攻される方もあるわけでございますが、そういう専攻のいかんにかかわらず、人文という学類共通の科目、いわゆる学類共通科目というものを設定する。それから第一学群としての共通科目というようなものを設定する。それからそれ以外に全学的にたとえば体育、外国語、国語、情報処理といったような全学共通の科目というものを設定するということで基本的に考えておりまして、三学期制を採用するとか、大体それぞれの授業科目の区分ごとに何単位を共通の標準単位とするとかというような考え方がほぼ固っておるわけでございます。  そういう考え方に基づいて、たとえば第一学群の歴史専攻の学生がどういう範囲での授業を受け得るかというようなことについては、各専門ごとにいろいろ現在カリキュラムは作成しておられまして、その試案のようなものは私も拝見させていただいたことがございますが、いろいろくふうをしておられるわけでございますが、細部に具体的に第一年度の授業計画案というものは練り上がるまでに至っていないというのが私の先ほど申し上げました趣旨でございます。  それから東大の教養学部あるいは埼玉大学の教養学部との相違点でございますが、非常に極論いたしますと、大学全体が一つの教養学部だということになれば、その一つの教養学部の中の内部組織をどうするかという観点から考えるということも、理屈としては可能かと存じますけれども、適正規模ということを勘案いたしますと、どうしても一つの大学を幾つかの学生集団、教官集団に区分をし、教育課程を考えるということになるのではなかろうかという点が一つでございます。  それからもう一つは、いわゆる教養学部的な教育だけを行なうということではございませんで、たとえば史学専攻、考古学専攻というようなことで専門を深めて、将来研究者になるぐらいのつもりを前提にしての課目履修方法ということが当然可能でございますし、片やメジャーとマイナーというような形での履修も可能にするということで、幅広い履修方法を何とか可能にしたいというのが、当事者のお考えになっておられることだというふうに承知をしております。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま課長から御説明申し上げましたように、教育のシステムという点から考えますと、御指摘がありましたような、現在の教養学部の教育のシステムと同じような考え方ではないかという点は、私もそのとおりだと思います。なぜ違うのか。それは、現在までの学部でございますと、学生がそこに所属すると同時に、教官と学部単位に所属がきまっておる。そのために、同じような語学を担当しておる教官でありながら、文学部の語学担当の教官とはまるで学内における位置づけが縁遠くなってしまう。専門領域ごとの教官の協力、構成ということが、学部といういままでのしきたりのゆえに非常にやりにくい。よって学生の教育としてはかなり幅広い教育のシステムを考えるが、それがそのまま教官の組織でないようにしておきたい。教官の組織は、専門ごとにまた別途教官の組織として構成ができるようなシステムを考えたい。それが教育の組織に対して教官の研究組織を区分した考え方であります。  現在までの学部という呼称は、学生もそこに属すれば教官も全部そこに属する。しかも、その教官が学科講座制というシステムの中に位置づけられたかっこうになってしまいます。そういうものとは違った流動性のある教官のシステムを別に考えたいというゆえに、従来の学部という呼称を避けまして新たな考え方をとる。教育と研究のシステムを機能的に一応分離してみよう、こういうことから別のことばをつくって御提案を申し上げている次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうしますと、アンダーグラデュエートという、教養学部というのは、いままでの大学でいえば、いわば教養部と専門課程の中の、最初の、前段の教養部に相当するもの、これが四年制にくくられて、そしていままでは教官が学生と一緒でしたね。今度は教官と学生とが分離してしまう。具体的にいえば籍は学系に置く。そして出向するわけですね。そうなりますね。そう書いてある。  フィジカルプランとの関連で聞きますが、学系にいらっしゃる先生方の建物と学群にいる学生の建物とは、どのくらい距離が離れていますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 第一学群の教室に近いところに、第一学群に一番関係の多い教官の学系の施設というものを配置する、それが適切であろうというふうに考えます。しかし、その教官が、人によりましては第三学群の講義も担当することが起こりましょうし、あるいは医学、体育の学生の講義を担当することも起こり得るというふうに考えます。そこは学系の教官の研究の施設を配置いたしますにつきまして、いま関係者がカリキュラムと実際の教官の数その他をにらみ合わせて具体の配置を進めておるところでございます。     〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまの説明では実にあいまいもこたる説明ですよ。そうしたら、たとえば教官は週にどのくらいの時間数持つのか。えらい時間になりますよ。そこでアンダーグラデュエート、グラデュエートの問題がまた出てくる。つまりアメリカでいうアンダーグラデュエートというのは、旧制の高等学校のように、哲学を教えていると同時に政治学もやっているのです。同時に法律もやるのです。つまり、専門化された集団の教師がやるのではなくて、広い教養という意味でいまの高等学校に毛のはえたようなものだ、表現が悪いけれども……。いまの高等学校に毛のはえた程度の高さのカレッジ、このカレッジがアンダーグラデュエートの考え方なんです。もちろんカレッジの中には専門化されたカレッジがいまできてきていますが、たとえば一般にいわれているリベラル・アーツ・カレッジ、それをアンダーグラデュエートの典型と呼ぶわけです。  ところが、いまの教育大学の先生方が中心になって筑波に移られるでしょう。そうした場合に、教育大学の先生方はおそらくそういうアンダーグラデュエートのいわば担当教官にしては全体的に研究水準が高い。つまり系の教官が圧倒的に多い、九つの大学の中に入る大学ですから。そうしますと、これは何で距離を聞いたかというと、いまの局長の説明では距離も近いところに建てるというのですが、フィジカルプランには非常に具体的に考えなければいけない。なぜならば、この筑波大学の計画というのは、長い間の紛争の経験を基礎にしているということが前提にあるわけです。その一つの大きな問題は、教官と学生のコミュニケーションにある。いまおっしゃったような学系、学群だったら、いままでよりも教官と学生のコミュニケーションが悪くなる。つまり教官組織は学系の教官が教養部に講義に行くという非常勤講師集団ですね。非常勤講師集団というのは学生との間のコミュニケーションは前提にならない。それは御存じでしょう。だとすると、筑波大学でいっているところの新しい第一学群というカレッジでは——このカレッジは系に所属している教官が、ここにも本籍は系で二重まる、群のほうは一重まるになっている。本籍と現住所と書いてある。あるときには、それは群にいるでしょう。そのときにはクラス主任の先生になったりするでしょう。ところが、それは群の教官集団として固定化されるよりも、系に所属しているということでもって教官集団として組織されているのです、いまの御構想でいきますと。そうすれば、いままでの既存の大学でいうならば、学部の教官が教養部に講義に行くという、この非常勤講師タイプの学群なんです。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いままでの一般教育が、いま御指摘がございましたように、高等学校の教育に毛にはえたようなものだという御批判がございました。それに近い問題意識を関係者が持っておりまして、何とかいままでの一般教育をもう少し充実したものにしなければいくまいという方向にあることは言うまでもございません。  筑波で考えました場合にも、アンダーグラデュエートの教育を幅広い基盤で、しかも質の充実したもの、水準の充実したものを考える。系の教官が行けばグラデュエートコースになるというふうには私は考えません。むしろ系の教官がアンダーグラデュエートの充実した幅広い教育に力を出していただくということが適切なことだと思うわけでございます。  お手元に資料もすでに差し上げてあるわけでございますが、人文、社会、自然と三つの学類を持ちました第一学群は、端的に申しますならば、現在の教育大学の文学部、理学部を中心にした教官の構成で組織ができているというふうに組み立ててあるわけでございます。これを中心にした学生の教官のシステム、その教育のシステムに一番近い教官の系列のシステムを建物の上でも近似させてそこに配置するということによりまして、もっと充実した教養、教育を考え、単なる特定領域の専門ということだけではなくて、広がりを持った専門教育を考えるというのが、第一学群でございます。いままでの一般教育のあり方に対して、おざなりという批判が出るとしますならば、当然ここのところではそれを関係者が充実、改善するということで構想を組み立てておる次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 局長の答弁、非常に抽象的なんですよ。それを言っている限りは一つもおかしくない。  具体的に考えてみますと、系に所属している教官は、将来大学院の先生ですよ。大学院も持たなければなりませんね。それには、マスターとドクターと二本のコースがあるのですね。まだドクターは筑波大では一つも構想が出ていませんよ。具体的な構想がない。ドクターがあるというだけの話であって、それがどういうふうな課程になるかは、いまの出ておるプランには出ていませんね。はっきりしておりません。  それはあとにするにしても、問題は、現在のいわば学系に所属している教官は、大学院というのを、最低、週に二時間か四時間どうしてもやらなければいかぬ。そして、今度はその人たちが教養部に行って、たとえば週に四時間やるでしょう。もう週に四日も五日も講義しなければならぬ、そういう仕組みになってまいりますよ。だから、そうなっていきますと、いま教養部に所属している教官は教養部在籍なんですよ。そして、語学あり、歴史あり、自然科学ありですよ。ところが、系に所属している教官が出向している形で、学生と教官との間のコミュニケーションはいまより悪くなると思いませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 この筑波ですべての教官が大学院を担当し、同時にそのすべての教官が学群の教育を担当するというふうには考えておりません。ことばの上では、確かに学問の系列別に所属を考えまして、そこに本籍ができる。そして、学群の教育を——第一学群のどのこまを担当する人、第二学群のどのこまを担当する人という、人がそれぞれきまってくる。ある方は第一学群を主として担当し、一部第二学群の講義をするという方があるかもしれぬ。ある方は、大学院と研究課題を主として担当し、学群の教育を担当しないという方が起こるかと思います。それがそのままの形で長年固定化してしまうということは避けなければいけません。いまの教養部の扱い方は、一たん教養部の教官になってしまいますと、そこで動きがつかないというかっこうになるわけです。同じ仏文学をやりながら、教養部の教官としてずっと、文学部にはっきり転任辞令をもらうまでは、教養部の教官でしかない。そこにも一つの問題があるわけでございます。また、専門の教官が、教養部なるがゆえに、教養部の学生の教育について、もう一つ力が入らないという逆の問題もあるわけでございます。今回この辺の教官の組織、配置が固定してしまうということも避けたいという点から、いまのような教官を専門分野別に、同じ系列の教官の集団を考えておいて、専門を同じくする人の横の連携を研究でも教育でも緊密にするということを考えると同時に、教育につきましては科目構成に応じた教官の分担を明確にきめるということに相なろうかと思うのです。  たとえばあまり適切でないかもしれませんが、ちょうど中学と高等学校でクラスを担当する教官と、それからそのクラスの教科を担当する先生とがある。その教科を担当する先生は無責任だとこうは言い切れないと思うのでございまして、学生の教育を担当するということで、数年間この受け持ちがきまりました教官方が、やはり教育に熱を出してくださるということは、当然期待できる。その方がまた大学院を担当することもあり、またある時期に、主題によっては研究を担当することがあるという、フレキシブルな余地というものを残すことによって、現在の学部学科制あるいは教養部制による、ある意味で教官の膠着状態というものを直す、改めることもできますし、また教養部の学生に対して専門の教官が不熱心だというやり方も、逆に専門の教官の教養部に対する、教育として、責任をもって充実した中身のものにしてもらうということが可能になるというふうに思うのでございます。  それはもちろん御担当の教官がどれだけその気になってくださるかということが一番問題でございまするから、悪いように悪いようにとれば、いかようにでも悪いように言えるかもしれません。しかし、私が申し上げましたような現状の問題点もあるわけでございます。  それから、全学の教官が一体になって教育に当たるというシステム、それをいまよりもより流動化させることによって教育の質を高めることができるという点は、この筑波の学群制で非常に期待できるものだというふうに考えております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 いまの局長の御説明でも、たとえば既存の大学でみんなできることですよ。何も学系、学群に分けなくたっていままでの大学でもできることがなぜできないかという問題は、またこれで一つの問題点です。できるものがなぜできないかという、これは財政問題にからんでくる。ですから、文部行政の縦割り行政のあり方にも問題がある。予算のつけ方、定員のつけ方、非常勤の配置のしかた、それから関連科目をくくるくくり方ですね。そういう予算のつけ方にも関連するのですけれども、教養部なら教養部というものに対して、全学の系に所属している教官が、全体としていわば群を担当するという考え方ですね。そういう考え方が今度の筑波の中に形の上で出てきているかもしれません。  ところがいま、たとえば大学の一つの流れの特徴は、大学紛争を境にしまして、学生との、教育に関するコミュニケーションよりも、教育という問題で学生とコミュニケーションするよりも、研究に逃げ込みたい、表現は悪いけれども、研究に逃げ込みたいという教官の考え方、これが非常に圧倒的なんですね、実態は。そうですね。  そうしますと、筑波にいらっしゃる先生たちが特別なんですよ、そうじゃなくてね。筑波にいらっしゃる先生方は、系によって勉強すると同時に、学生に対しても非常に熱心な教育を担当するという、筑波大学に集まられる教官集団というのは、他大学の専門の教師よりもある意味では教官として人格的にすぐれた人がたくさん集まるという、いいことではありますけれども、そういう実態に伴って、そういうことがあり得るかどうか、この点が一つです。  もう一つ、系に所属していて教養に講義に出向していくということを片方でやっている、その人が、同時にクラスならクラスの主任になるとおっしゃいますね。そういうこともあり得るという場合に、教養に当分、つまり学群に相当する部分に定着する教官と、それから学系に所属する教官との間の選考は、何を基準にどうしてきめていくかという、ここで教官の人事問題というのは非常につながりを持ちますね。そうしますと、学群担当の教官と学系担当の教官というものの場合に、業績評価その他について何を基準にしていくかという場合に、現実の教育大学の先生方は全部学系所属の教官なんですよ、ある意味では。確かに語学やそれから教養課程的な、いまで言う学群的な性格の専門領域を持った教官もいらっしゃるでしょう。しかし、全体としては学系レベルの教授たちの集団ですね。そうしますと、その学群に所属する教官と学系に所属する教官とのこのけじめを、何を基準にするかという問題が一つ出てきますね。それは教育大学できめることでしょう。文部省できめることではありませんね。しかし、そういうきめ方が可能だと考えますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 嶋崎委員も大学の御経験がおありですから、その大学の御経験の実感として、大学の教官が研究には熱意を入れるが教育に不熱心であるということをいま御指摘になったのだろうと思います。     〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 私もその御意見を頭から否定できないということは、日本の大学の一つの問題点だというふうに思います。  そこで、日本の大学が、これは大学だけじゃないかもしれませんが、日本の社会が、どちらかと申しますと縦社会になっておりますために、ある所属学部、学科等に分かれてしまいますと、縦にはつながるが、横にはさっぱり連係をとろうとしないという性癖があると申しますか、そういう傾向がある。そうした点からいまの御質問、お尋ねに対しましては、なるほどそうであろうというふうに答えなければならないという点も感じるのでございます。しかし、答えてしまってそれでいいかというと、私はそうは考えたくないのでありまして、大学教育を縦の専門別に包括しておいてはよくない、もう少し幅広い教育というものを考えていかなければならぬというこの筑波の考え方、これを推進してこられたのが東京教育大学のやはり関係者でございますから、これは、これらの方々がこういう教育のシステムをとって教育のあり方を考えてみようという御熱意は、そこに期待をして、それが実現できるようにしてあげなければならない。いままでの日本の大学の関係者の傾向としては、わからないお尋ねではございません。しかし、その傾向に対して反省を加えながら、こういう教育のメカニズムを考えたい。そして学部、学科という縦社会の、縦割りによって横のつながりがなくなるということを防ごう、もう少し風通しを横によくできるようにして、みんなで力を合わせて教育のシステムを考えようではないか、こういう御提案がありますときに、私どもは、その御提案が実現すべくそれに向かって御協力をする。そして感じておられる問題点を直していくというのが当然のことだというふうに思うのでございます。  それがどこまで期待できるかという点は、それは見通しになるわけでございまして、私どもも一〇〇%期待できるかどうかわかりません。しかし、この努力は買っていくべきだ。いままでの教育を直すという努力と、いままでの弊害を改めようという努力が実現できるようなくふうを私どももしてあげたい、こう思っております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうならないのですよ。学系の組織を見てごらんなさい。学系の組織というのは、ここにあるように、非常に細分化された、専門別に分化されておるのですよ、学系に。その横にくるのは学系ではないのです。プロジェクトチームでくくったり、それからインスティチュートでくくるのですよ、この筑波の大学は。だから、学系に所属したからといって横の連係はないのですよ、教官が所属しておるからといって。それがいまの学系の組織の持っておる特徴なんですね。だから、それが教授会という性質じゃないかということになるのではありませんか。ここに学系の組織があるが、その学系の教官の組織というものは、いま局長は、ことばはきれいなことを言ったが、逆に通風がない所属になっているのですよ。それで研究室にみんな立てこもるのですよ。この学系の組織はみんなそうです。だから、これを今度はアンダーグラデュエイトの場合には、第一群、第二群、第三群というふうに学群をくくって、そしてくくった部分は横断にやれるような協力をしましょうというだけなんですよ。だから、その新しい試みで横に連帯ができるのじゃ涼しくならないのだ、学系は。涼しくならない制度が一方に持ち込まれる。だから、教官組織なんですよ。教授会というものは何のために問題になったかというと、教授会というのは、専門家がばらばらになっていちゃいけないのだ、だから学部として、少なくとも関連していく科目というものを中心にして学部、を構成し、そうして研究と教育を一体にしたときに連帯性が出てくるというメリットもあるのですよ、デメリットばかりではなくて。だから、そういう意味で学部の持っている伝統的な研究と教育のあり方に対して、学部ではなくて、今度は教官会議の、学系の教官の組織がある。確かに学群の組織がある。しかし、これは学系に籍を置いているのですから、出向教官会議ですよね、これは一種の。そういたしますと、出向教官の会議集団と、それから学系の専門に立てこもったそれの集団と横に連帯するよりも、今度は学群と学系が縦に、やはり専門的に結びついた教官が出向していくという姿をとって、かえって横に結びつかないのですよ。だから、いままでの学部の持っている教育と研究を一体化するという組織のメリットを——デメリットもありますよ、おっしゃるような。だからメリットをどう生かすかという観点で学系、学群というものをとらえるならば、何もいまのような学系、学群持ってこなくったって、既存の大学の中にも研究所あり、大学院あり、問題は教養部と学部の関係だけですよ。だから、教養部と学部という中にあるいまの大学の問題点をどう改革すればいいかというふうに発想すれば、何も学系、学群に持ってこなくったって解決できるのですね。それができないのはなぜですか。教授会の閉鎖性ですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学部と教養部との間に、いま御指摘のような問題があると同時に、学部と学部との間にも同じような問題があると思います。これらの点は、当時、大学改革を通じて大学関係者が一様に言われたことは、弾力化ということでございます。いまの学部、学科の縦割りのシステムというものをもう少し弾力化する、また多様化を考えていく。一つのパターンでなくて、幾つかのパターンがとれるように考えていきたいということでございます。その意味では、学部というのが長い間、日本の明治以来の大学の歴史の中で積み上がってきた一つのしきたりを持っている。そのしきたりは、個々の学部によってまたおのずから違いますから、すべての学部が同じしきたりというふうには私は考えませんけれども、しかし学部、学科というしきたりをこえて新たなシステムを考えてみたい、やり方を考えてみたい。いままでの学部、学科のワクの中でやっていくよりは、こういうメカニズムでやったほうがよりよくなるであろうという期待を持って努力をされる、この期待を持って努力をされるということが非常に大事なことだ。そして学系の教官が所属をするから教育のシステムを考えるときに協力できないという言い方は、私は当たらないと思うのでございます。学系に所属をしても、大きいプロジェクトで研究する場合には、研究内容について教官の協力ができる。学生の教育をどういうふうにするかという点については、学系のからにこもって協力できないのだ、こういう論理は、私は論理としても成り立たない。まして東京教育大学の教官方が一応学系別に教養部に属するから教養部の教官だというようなことを言わないで、専門分野別に学系に属した教官としての組織を考え、しかも研究と教育についてそれぞれ教育のために協力し合うシステム、学群を考え、研究のために研究し合うプロジェクトを考える、こういう考え方は、私はいまの問題点を是正しようとする大学人の考え方としては十分理解できることでございます。またその努力が実り得ればこんないいことはないのでございますから、それに向かってお手伝いをするのが、やはりその改革の努力を進めていくという意味で意味のあることでございまして、御意見によってどういう御結論になるのか私はわかりませんけれども、やはり改善はしなければならぬ。いまのままでいいということではない。その意味で私は、この教育大学が御提案になりました筑波構想というものはとうといものがある、こう考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 文部省は、実態を御存じじゃないのですね。たとえばいま教育大学の理学部なら理学部で、だれが学系のどの専門領域に入り、だれが学群のどこで何をするか全然わかっていないですよ。そしていま筑波大学をつくるにあたって、その新しい構想をめぐる人選に関連してさえも、それぞれの科目で、二名なら二名の割り当てをする人間についてもなかなかまとまらないのですよ。名前をきめることだけでもたいへんなことなんです。二人の人間を委員にするかしないかでもたいへんなんですよ。それはなぜかといえば、学系、学群、専門と合わせると、どうもおれはここらしいという見当はつくわけです。ところが、学群に自分が行くときに、第一群、第二群、第三群、おれはどこにいくのだろうかと考えてみたら、全然わからない。だからおれは学系、専門ないしはインスティチューター、研究者だけかもしらぬというふうに考える。はっきりした専門領域を持った教官はいるでしょう。ところが学系、学群というのは、どこに配置され、どういう任務を持つかということについてはいまだにもたもたなんですよ。内容的には整理がついてないのです。教授会でもまじめに議論されていないから、そういう現状ですから、もっと学系、学群について、努力努力と局長はおっしゃるけれども、努力努力でどういう教官がどういうふうになるかというカリキュラムや教官の配置、それから学群への配置、そういうものについてもっと具体的なものがいまの段階に出なかったら、われわれ国民の立場からも問題だけれども、教育大学という中から構想しても、ばく然とした構想はわかりますよ、学系、学群というのは。個々の教官にとって、どこでどうなるかということについてのパースペクティブが一つもないのだ、はっきりいえば。  そういう現状の中で事態は進んでいるのです。そして九月だ九月だ、先のほうへばかり持っていく。国会は終わっていますから、文教委員会が開かれるかどうかわからないけれども、そういう段階で、たとえばいまおっしゃったアンダーグラデュエートに属する——今度第一群は来年から始まるのですから、そういう学群についてどういうカリキュラムを編成し、どういう教官が配置され、それがいままでの大学に比べて、どの点がユニークでありというようなものが来年の三月に向かって大学で構想されてないなんというのはおかしいんじゃないですか。  よその大学では、御承知のように旭川医科大学にしろ何にしろ、もう一年前には教官の承諾を得て、そして教官は配置され、任務がはっきりし、そして文部省の配置基準に合わせて全部出して、イメージは一年も前にはもうはっきりするわけですよ。ところが新しくつくられるという筑波大学が、おっしゃるような政治的な意味での、何というか、いいものだというような言い方はそれはできても、しかし、その大学が具体的にどういうふうに動き出すかについていまから内部で討議するにせよ、来年から学生を入れなければいかぬのですよ。教官を配置し、来年の四月にははっきりきまっていなければいけないのですよ。そういう構想についていまから内部で十分に、こまかくまとまらないまま事態が進行しているということになったとしたら、おっしゃるような、その理念と新しい大学への切望と実態とが合わぬじゃないですか。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波の大学が、いままでとは違った新しいものでございますだけに、実は四十八年度早目にこの構想についての御賛同を得まして、最終的な個別の内容を事前に固める必要があるというふうに思っておるのでございます。  もちろん旭川等につきましては、本来ならばこの四月から教官がそろって発足すべき性質のものでございまするから、その四月から教官がそろえるような用意はいたしておるわけでございます。しかし、筑波の場合に、事前に十分に日数を予定いたしまして、そしてこの考え方に基づく大学ということで取り進めることができる、またその取り進めていく意味があるということを私ども考えて御提案申し上げている。そしていま御指摘がございました第一学群、第二学群、特に第一学群は来年度から発足するわけでございますから、第一学群のカリキュラムその他につきましては、東京教育大学の内部におきましても十分な準備と論議をいたしておるわけでございます。この法律案の御可決をいただきますならば、すみやかに来年四月に間に合うように十月からの発足を見た上で体制を整えられる、これだけの手順を踏んで備えたいというふうに考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 私はかり発言しておるわけにはいきませんから、問題を整理してみますと、いままでの議論の中で一つだけまず確認しておきたいことは、東京教育大学がビジョンとして出したときのクラスター・カレッジの考え方ですね。その考え方を文部省が中間報告を受けて発表されたときには内容が変わって、グラデュエート・スクール、アンダーグラデュエート・スクールという新しい構想に変わってきています。これはもちろんアメリカのカレッジシステムみたいなものが前提として教育大学に出ているから、だからそれを受けての結果だろうと思います。しかし、その場合に、何かしゃれたクラスター・カレッジだとかリサーチ・コンプレックスとかエデュケート・コンプレックスだとか、しゃれたことばは一ぱいあります。しかし、しゃれたことばは一ぱいあるけれども、それは何も新しいんじゃなくて、いま日本の大学の中でも、現実にたとえば研究領域における学部をこえて横断するにはどうしたらいいかという大学の改革については、全国の大学で一ぱい経験されておりますから、学術会議の答申の中にもそういうタイプのものを問題にしています。ですからこれは一つも新しいことではない。  また同時に、エデュケーション・コンプレックスというふうな、さっきも教育に関係するあとの科目に関連して専門を早くからきめるのじゃなくして、四年間のうちかなり横断につないで教育のできる改革案を認めておきながら、一定の教養的なものを身につける。そういうアンダーグラデュエートの学群的なものを考える。こういうものでも、いまの既存の大学の中で改革に努力すればできるわけですよ。現実にそういう大学があり得るわけです。  そうしますと、それはやりにくい、ないしはそういうことを真剣に頭の中で改革を考えても、実際にできない隘路が幾つかあります。教官の側にもありましょう。財政の問題もありましょう。学部の持っている伝統的な考え方の中にもありましょう。そういういまの現状の大学の中にあるもろもろの要因が、そういう新しい大学を構想しようとしていくに際してなかなかうまくいかない要因があるために、確かにそういう新しい方向を模索しながらも、すぐそれが具体化できないでいるその要因の大きいのは財政問題だとほくは思いますよ。予算が根本だと思います。だって、大学院をつくったけれども、大学院の予算はないのですよ。いまの日本の大学は、学部予算で大学院をやっているんじゃないですか。こんな大学院制度を何のためにつくっているのですか。その程度の大学院なんですよ、いまの日本の大学院というのは。予算の裏づけなしに学部予算でもって、大学院の予算というものは、あとで三月ころになって急に図書費が来てみたり、学部予算運営でもって大学院がやられているような現状ですよ。  だから、そういうつまり新しい大学をつくるという場合に、いまのものとは違ったものだというふうにのみ発想するのじゃなくて、既存の大学の中でまだまだ解決できる可能性を持ち、できるものについてのその努力、並びにそれが筑波の学群でいっているようなものに持っていく可能性というものがあちこちにあるとすれば、何もこれが新しいというかっこうで問題を立てていく必要はないはずだとぼくは思うのですね。  で、新しいというのは何だといえば、クラスター・カレッジという考え方なんですよ。ところがそのクラスターという考え方が、アメリカのサンジエゴの経験を一番典型に紹介しているのです。いろいろあります情報はぼくはみんな読んでおります。だけれども、このタイプは何だといったらカリフォルニアのユニバーシティーが典型だ。それをタイプにしたマスタープランを念頭に置いて筑波が構想されているのですよ。つまりその原型だといわれるアメリカの経験についても間違った理解をして、そして日本の群にそれを適用しようとしている。第一群というのは決してクラスターじゃないのです。これはカレッジなんです。第一群、第二群、第三群とつないだらクラスターになるでしょう。そういうことはあり得ますよ。単位の内容から考えて横断ができて、そして学生が移動するということもできたら、この第一群、第二群、第三群とをくくればクラスターと言えるでしょう。まあ医学部とそれから専門学群をくくってクラスターとは言い得るかどうかわかりません。クラスターの典型は第一群、第二群、第三群をくくったものが言語の内容に即している。サンジエゴを典型に言うなら、四つのカレッジを一つにくくってクラスターと呼んでいるのですよ。カレッジを第一群、第二群、第三群と見れば、そうしたら何も学群と学類ということばでくくる必要はないのです。これが既存の学部的なものなんですよ。だから第一群は既存の学部的なもの。ただ違うのは教官の組織が違うのです。教官の組織はいまの教授会を中心にして大学生と教官が一体になっているということが、この現在の研究と教育を一体にしている考え方の特徴ですが、今度の筑波の違いはどこにあるか。教官、学部教授会が解体しているということですね。学部教授会が解体して学系に所属し、そして出向している、そこに違いがあるだけですよ。だから、それ以外の教育の過程として考えれば、第一群、第二群、第三群をくくったクラスターだというふうに考えれば、まずここで説明している第一群がクラスター、群がクラスターだという考え方は間違いだということ、これが一つ。  それでもってまた第二番目に、カレッジをくくって、クラスターというものをかってに群と類に分けた。群と類に分けたけれども、その中身は何だと言えば一種の教養学部的なものなんです。それは中身は新しいものが入っています。システムに関連する学問だとか新しいものが入っていますし、その学群の中にはまた予想しなかった学部的なもの、学問や単位は入っています。それはユニークですよ。しかし、そのことは何も新しい大学ではないのです。既存の大学でもって教養学部的なものの内容を検討していけば、いまのままでいいというのではないのですが、その学群的なものを内部で検討していけばできることです。決してこれは新しい大学じゃない。だとすれば文部省から出ている文書から見ると、(「何でも反対するな」と呼ぶ者あり)反対しているのじゃないよ。中身をもっと充実させろと言っているのですよ。外国の経験を学んだ、そうした適用のしかたは方法的に間違っている。そしてそれを前提にして出てきた群とかそういうものの理解が非常に乏しい。日本的なんですよ。新しいかもしれぬけれども、これは全く経験のないクラスターのものですね。  ところが外国の場合は十五年かけるのですよ。一つのクラスターを考えるのに十五年ですよ。一つのカレッジをつくってみた、学問の発展がある、次にカレッジをつくってみた、またその関連の科目は何だろうかを考える。そして次第にクラスターをくくっていくというのです。十五年かけている。一つのユニバーシティーに持っていくために、カレッジをつくっていく、そして四つをくくって一つのクラスターにするのに十五年かけるのです。その意味ではそれだけ慎重だ。学生は、人口はふえてきている。要請にこたえられない。だからそれに対応していくという意味では、四つのカレッジというものをくくっていくのに長期のフィジカルプランをつくって検討して、そしてカレッジの専門の科目も非常に検討しながらクラスターをつくっていくのです。つまりそういう非常に長期にわたって大学の改革というものを慎重にやっている経験から見ても、教育大学のビジョンは、さっき最初に言ったようにMPが四十四年の六月に再開されて、それまではインフォーマルな集団で行なわれて、その結果が七月の段階で評議会の決定になっている。わずか一カ月で出したから正規の大学の意思ではないのですよ。私の申し上げたいのは、短い期間の中で出てきたビジョン、それを基礎にして、そして後の中間報告になって発展していくわけです。だからどう見ても、こういう新しい大学を国民の税金を使って新しいものをつくっていくのには、もっと英知を集め、もっと過去の経験を総括しながらやっていくようなことが必要なんじゃないかということを、この第一のたとえばクラスター一つとってみても私はそう思うのです。  それで二番目に、そういうことだけではなくして、いままでの第一学群をとってみたって、既存の大学の中で行なわれてきている大学改革というものをどういうふうに受けるかというふうに考えていく過程の中では、ひょっとしたら学群的なものはもっともっとあっちの大学にもこっちの大学にもできるかも知れない。だとすると、その側面から何もこの筑波大学は新しいとは言えないと思う。そうですね。そうしますとどこが新しいか。学部教授会が解体しているところだけが新しいのですよ。学部教授会というものがなくなって、そして研究と教育と分離するという、そういう考え方に立って学系と学群に教官が分かれ、そして学系に所属する教官が学群に出向するという形で、学群に所属する教官が組織というものを持ちにくい構造になっている。そうあってはいけないという局長の意見ですからね。そういう構造になっているということが新しいのです。だから結局問題は、そこら辺が非常に重要になってきはしないだろうかというふうに考えるのですがね。いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波大学が問題にしております大学の問題点は、決して新しいものではないと思います。皆さんが改善しなければならぬという問題点を筑波の場合にもつかまえておる。それを既存の学部、学科のワクの中で処理しにくいから、東京教育大学の関係者が教育上の問題研究上の問題をこういうシステムで解決していこうという御提案をなさったわけであります。それがいままでの学部制度と変わるものでありますために、私どもも筑波のビジョンをちょうだいしたあとで、教育大学だけのものというよりは、文部省としても真剣に考える、そういう調査会を設けて準備を進めてきたわけでございますから、いま御意見がございましたが、御指摘になった問題点は決して新しいものではない、皆さん共通のものだ、しかし、それに取り組む姿勢は、既存のワクの中で解決をしてくださることがあるならば、私どももまた喜んでそれにも御協力を申し上げたいと思います。しかし、東京教育大学がこういうワク組みでその問題を乗り越えていきたいという御提案でございますから、それを受けとめて、その問題解決に努力するということは私は当然の筋道ではなかろうかというふうに思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それなら昭和四十五年十月の中間報告には、この時分はまだ一つも固まってないですね。なるほど中間報告の文書の中に新しい大学の構想を打ち出した上で、日本じゅうの大学を革新せなければいかぬと書いてあるのですよ。だから四十五年の段階で、たとえば最初の「高等教育の改革と新構想大学」というところを読んでごらんなさいよ。「いくつかの基本的性格において明らかに既存の大学とは根本的に異なったものをもち、これが未来の大学の形態、機能そして性格に大きな影響を与えようとしている。」というのです。つまりまだ熟してもいないそういう大学の構想、この段階じゃまだ学系、学群も固まってないですよ。固まっているのは何かというと管理体制だけが固まっているのです。はっきりしているのは副学長であり、ここで前の教育大学のビジョンとは違った新しい大学の管理構想が一ぱい出てきます。権限についても、だからずいぶん変わっています。しかし、少なくとも研究と教育という、いままでの大学にないような新しいものをつくるというこの中身はまだ固まってない。しかも、ここで言われていることは、もう日本全体の教育に関して高等教育全体の革新のために一つの影響力を持ち効果を出していこうという発想で提起されているのですから、だとすると、いままでの質疑の過程でも私はどうしても解明できないし疑問だと思うのを一つお聞きしますけれども、いままでの大学で大学改革の構想が打ち出されたが、それが具体化しない理由はどこだと思いますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど御指摘もございましたように、まあ大学の教官の習い性になった習性というものも基本的にはあろうかと思います。これらはやはり大学人自体も努力して改善をしていかなければならぬと思います。同時にまた、ものの考え方として従来のような制度、考え方のワクの中では処理しにくいという制度上の問題もあろうかと思います。いま御指摘もございましたが、たとえば国大協におきましても、昭和四十六年六月に大学問題に関する調査研究報告書を出しておりますが、「大学における研究と教育の諸原則」というところでは、「研究と教育の関係」という項目がございまして、「大学における研究と教育とは不可分でなければならないが、研究教育過程の全面にわたって、未分離のまま結合していなければならないということを意味しない。むしろ大学における教員の研究組織と教員及び学生の教育学習組織とはある段階では分離されていることも必要であろう。この見地から、従来の大学制度は全体として再検討され、分離すべきものは分離して研究組織と教育学習組織に二分した上で、その総合として再構成すべきであろう」、国大協自体が問題点として指摘しておられるわけでございます。これを取り組むのに、いままでのワクの中で取り組みにくいからこういうふうなワク取りをしたいということならば、それだけの弾力性とそれだけの努力が生きる改善策というものは当然考えていくべきだというふうに考えます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 局長、新しい問題を出すから何ぼでもそれを整理しなければいかぬことになる。その国大協のいっている意味は、こういう意味があるのですよ。つまり教官の研究を一つのライフサイクルと考えるのですよ。そのライフサイクルの中には、ときには教官は管理職の仕事で研究教育ができないときもあるのですよ、二年でも三年でも。同時に、今度は教育に関連して三年か四年教育に重点がかかって、そして研究的なことが二、三年おくれることがあるのですよ。そういうことを含めた上で大学の学者、研究者というのは、長い生涯のサイクルの中で、あるときには管理をやり、あるときには教育に重点を置くというふうに考えなければならないから、そこにいっているとおりだけれども、それは何を意味するか、大学の教官はいまの倍定員が要るということですよ。ことばをかえて言えば、つまり教官が管理の段階に入っているという段階での定員が不足してくる。教育というものにウエートがかかっているときの研究がおくれる面が出てくる。そういう意味で、研究と教育を分離しながら、全体の教育の水準を上げるにはどうするかというときに、おっしゃるように研究と教育の分離的なものも考えなければならない。これがいままでの大学での、ないしは研究所等々でいわれている問題点ですよ。筑波大学の考え方と違うのです。つまり研究と教育一体という考え方なんですよ。研究と教育一体とした中で、ライフサイクルの中では、あるときには分離し、あるときには一緒になるというから、前段では教育と研究は一体であるということが望ましいが、そうでなければならないが、しかし、ときには条件の中で分離をしなければならないということがあり得る。といっているのはいままでの大学で、たとえば副学長なら副学長にしても、そういう既存の大学の伝統的な大学観の中には、そういう、つまり研究と教育一体で学部を考えてきた、ぼくはそれがいいと言っているわけじゃないのですよ。それについての新しい革新が必要なんですよ。しかし、その革新の場合に、一ぱい案が具体的に出ておるのですよ。それがなぜできないかという質問に対して、また別のことを答えられたのですよ。だから別の答えに対していまぼくは反論しただけなんですけれどもね。だから、根本の改革について出ている案について、なぜできないのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 遺憾ながら、どうも東京教育大学以外の大学からは、具体的な改革の御提案をまだ受けておりません。前回も御説明申し上げたことがございます東大の中でもいろいろな研究が行なわれまして、問題点の意識としては、研究と教育のある段階における分離ということを同じように指摘しておられます。しかし、結論的に大学としてまとまった改革意見が他の大学からは出ていない。これを遺憾に思っておりますが、しかし私どもは、やはり個々の大学のそういう改革意見を育てながら、それが生きる方法というものを考えていきたい、そして大学の中に多様化も実現し、弾力化も実現して、それぞれの大学の改善の努力が道が通っていくようにしてあげたいものだ、このように考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 またいま二つほど、後段の説明では一般的、抽象的で何のことだかわかりはしない。前段のことでまず確認しておきましょう。  国大協でいった問題の意味は、筑波でいっている研究と教育を分離するという考え方が基本にすわっているのじゃなくて、既存の大学のあり方を前提にした上でライフサイクルを考えて大学改革をやろうという場合の研究と教育の機能の分離だと私は理解するのです。その点は、局長とは違うのですね。だから、違うということを確認しておけばいいんですよ。違いますね。じゃどうですか、国大協をどう考えればいいですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほども読み上げたわけでございますが、「教員の研究組織と教員及び学生の教育学習組織とはある段階では分離されていることも必要であろう。この見地から、従来の大学制度は全体として再検討され、分離すべきものは分離して研究組織と教育学習組織に二分した上で、その総合として再構成すべきであろう」、この御意見はいま御指摘になったこととは違うと思います。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それは違うとだけ言ってもだめですよ。どういうふうに違うのか。いま言っている教育組織と研究組織を二元的に分離するという言い方ですね、それは違うということだけ言っているのじゃないですか。どういうふうに違いますか。たとえばいままでの大学ではグラデュエートスクールの段階と、それからインスティチュート、研究所と、それから教養的なものを含めたものと、三つのあれがありますね、既存の国立大学では。そのときにそこでいっている意味は、そのグラデュエートスクールの段階で問題になっているような研究者の集団、この組織の問題と、それから学部並びに教養部含めて、その研究者の組織、こういうものは分離しなければいかぬ、そういう考え方ですよ、既存の大学を頭に置きますから。そうすると、筑波の場合は違うのですよ。筑波は系に教官がいるのです。そして群には教官は出向した形か、一時的にクラス主任か、もしくは科目担当の教員が一部です。あとは系から来るわけですよ。だからその意味では、そこには教官の組織というものは実体的なものはないわけだ。つまり系のようにはっきりしていない。だから本籍と現住所ということばで言っているでしょう。そこで言っていることばの理解のしかたでも、これは筑波でいっているような考え方という局長の理解のしかたと、そうでない理解のしかたがあるということですよ。違いますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教員の研究組織と学生の教育学習組織とが、ある段階では分離されている。その分離のしかたはいろいろあり得るだろうと思います。筑波のような考え方だけが唯一の分離の考え方だとは思いません。しかし、ここに指摘してあります表示は、現在の学部、学科組織によります教員の研究組織と学生の教育組織とが、一対一でマッチしている組織ではぐあいが悪いということを端的に御指摘になっているものだというふうに考えます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 国大協は、筑波大学について声明を出しているでしょう。その声明の趣旨は——国大協の意見が大学の意見というのじゃなく、国大協の見解は、ぼくの表現では筑波大学閉じ込め論なんですよ。そういう改革があってもよろしい、しかし、国大協傘下の大学とはこれは違うのだ、しかし、一つの試みだから、そこに閉じ込もってもよろしいというのが国大協の見解ですね。ということは、国大協でいっている研究と教育の考え方が、いま筑波でいっている一つのタイプだといわれるもの、それを頭に置いて提起されているものじゃないということですよ。そうじゃないですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 私もいろいろな考え方があり得るだろうということを申し上げておるわけでございまして、筑波の場合の考え方は東京教育大学が御発想になった一つの考え方であろうというふうに考える点では同意見でございます。他にまた適切な考え方があれば、それによって改革を進められるということも、これまた望ましいことだというふうに思う次第でございます。しかし国大協のみならず、先般も御指摘申し上げましたが、東京大学が、研究、教育組織の改革を専門委員会を設けて論議されました際に、同じく教官の組織の分類は、学生の所属の分類とは必ずしも一対一に対応しないので、実際上も大学の一般課程の教育組織は、教官の組織と一応別個に構成される必要が生ずるというような御指摘は、同じような問題点を同じように取り組んでいらっしゃるというふうに考える次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 きょうは研究と教育にしぼったのは、その角度からのいわば討論であって、管理運営との関連を述べてないのです。だから、管理運営との関連が出てきますと、いまの局長の見解といろいろ違った問題が出てくると思うのです。  時間はまだまだほしいのですけれども、私に与えられた時間もあれですから、三時ごろには終わりたいと思うのです。  そこで、研究と教育という側面だけからとらえてみても、いまの筑波大学というものは、何か新しいように見えるけれども、ことばだけは新しいけれども、そういう外国のことばを一ぱい使っておるけれども、よく調べてみると、外国のことばの理解も正しくないような形で適用されているのです。実際、クラスターの場合そのものがそうじゃないですか。だから、そういう形で新しいことばを使って出てきているように見えるが、しかし、教育と研究という観点に関しては、まだちっとも新しいものだとはいえない。何一つも明らかにされていないではないですか。カリキュラムもなければ教官の配置も出ていなければ、何が国民にわかっているのですか。だから、新しいといっても、ことばだけ新しいというのはわかるけれども、実体は何もないのですよ。それが筑波大学の第一群じゃありませんか。  来年発足する第一群でさえそうなのですから、二群、三群は、これも新しい科目が入っているが、しかし、新しい新しいという外に向かって出されている文書は一ぱいあるけれども、新しいということの実体がちっとも国民の前に明らかになっていない。という意味では、教育研究というものについて、ほんとうにいままでの日本の教育のどこを引き上げ、どこを変えていくかということに関しては、展望は一つも具体的じゃないですよ。ぼくだってばく然とわかります。それは局長の言うようにばく然とわかる。局長もばく然とした答えしかしていないのです。ばく然とはわかるけれども、そのばく然としたものが、どんな大学になるから新しいのだということについては、一つも具体的ではない。それがいままでの研究と教育の中で出てきた答弁じゃありませんか。内容的に一つもはっきりしていないでしょう。第一群ができたら、どういうタイプの学生ができることになるのですか。既存の大学ではわかりますよ。教育学部を出るとどういう系統、法学部に行けばどこ、既存の大学には資格の制度が社会的にあるのですから、どこを出れば法学士とか、どこを出れば経済学士とか、経営とか税理士とかジャーナリストになるとか、それから企業の総務的な仕事をするとか、そういうような、自分が将来社会に出たときに、自分は大体どういう方向の仕事をするであろうかという展望と大学というものが結ばれているのです。それのイメージがあるわけです。ところが、筑波大学のいうところのアンダーグラデュエートというのは、高等学校に毛のはえたものかというと、そうじゃない。やはりいまの新しい学問の要請にこたえて、一定程度の水準の高さというものを考えているわけでしょう。しかも、その一定程度の水準というものを考えているアンダーグラデュエートを出た学生諸君が、ぼく然としている。ただ言えることは、公務員のコースみたいなものだとか、それから技術者のコースみたいなものだとか、そういう幾つかのコースに先では分類されていくであろうということは、ばく然とはわかる。ばく然とはわかるけれども、いま出されている学系、学群に関する提案の内容では国民はわかりませんね。ぼくはわかりません、ぼくの自分の経験で。それにしても不明確だ。ただつぶすと言っているのではないのです。この改革というものを頭に置いて、具体的に構想しても、浮かばぬな。わかりませんね。だとすると、いわばそういうはっきりしてない大学です。新しいことばだけはありますよ。中身は何だろうかと思ったら、坂田さんおっしゃるように、クラスター・カレッジ・システムを社会党は知らぬでしょうという話ですが、そんなものは勉強すればすぐわかりますよ。だけれども、クラスター・カレッジ・システムを適用したら筑波にならないですよ、群をカレッジと呼べばいいのですから。それは教養学部でもかまわないのです。そうしますと、なぜそういう新たな名称でくくったかといえば、やはりクラスター・カレッジ・システムなんでしょう。そうしますと、そういう経験を日本に持ってくるということに関しても、正確な継承が行なわれていない。それは専門学者が調べて来ぬからわからぬのですよ。物理学者が行って教育制度を二カ月見てわかるはずがないですよ、常識的に見たって。やはりコンパラティブに教育制度をやっている人が行かなければわかりません。常識ですよ。  だから、もとに返るのですけれども、いずれにしても新しいことばだけがあり、中身を見るとしゃれたことばがたんとありますな。しかし、そのしゃれたことばはどんなふうな教科の課程、それから将来でき上がってくる学生に対するイメージ、そういうものを一つも与えぬまま構想しようとしているのです。それがいまのところは研究と教育という、学系、学群の構想じゃありませんか。将来はよくなるかもしれません。わかりません。さっぱりわかりませんがね。そして、こういうつまり国民の立場から見て新しい大学ができるときに、そのイメージもわからないそういう大学をつくるのなら、もうちょっと慎重にやったほうがいいんじゃないですか。旭川医科大学なんかはイメージがはっきりしてますよ。だから、すぐつくればいいです。ところが、新しい大学といわれる筑波であるとすれば、いまの研究、教育という面からしても非常にあいまいもことしている。これが私の結論になると思います。  それで、文部省はわかっているのでしょう、ばく然とわかっているね。それでばく然とわかった。ただ、違っているところを最後に明確にしておくと、いままでの大学観と今度の大学観の違いはどこか、学部が解体しているというところだけ根本的に違います。その学部解体という考え方が、研究、教育の統一であった学部を、研究と教育を分離することによって、学部といういままでの考え方を認めなくなった。この点に関する限りは日本の国立大学と違う、これが管理体制に全部からんでくるのです。だから、研究、教育に関する限りはぼくに言わせたらちっとも新しくない。新しいのは、研究、教育の組織をつくっていくときに、教官集団をどう位置づけるかという点が変わっている、憲法二十三条と学校教育法が教育公務員特例法の考え方から見まして。新しいというのはそこなんです。私はそう思いますが、そう思いませんか。思わぬと言うでしょう。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の学部、学科制、そしてまた専門課程、教養課程と分かれた大学の教育のシステムにいろいろな問題点がある。これを改善すべく関係者が努力をしておる。この現在の学部、学科による教育のシステムに何らかの改善、くふうを加えなければならぬという点は、御意見の中にもあったようでございます。私どもも、同じく考えていきたいと思うわけでございます。その際に、既存の学部、学科制度と異なったものを御提案申し上げておりますから、この新しいものがどういうふうにできていくか。私はやはり新しい大学が大学としての歩みを始めて、何年かの実績を積み重ねて大学はなるものだというふうに考えております。ですが、それだけに既存のものと違うという意味で、ビジョンがはっきり定着しないという御意見も、それはそれなりにわかるわけでございますが、過去のものの改正というものを考えようとして新しいものを打ち出そうとすれば、そこに不安と一まつのはっきりしない点が残るということはやむを得ないと思います。しかし、問題点を取り上げて解決していく努力をしていきたい。この基本的な方向について御賛同をぜひ賜わりたいと思う次第でございまして、御賛同を得て、私どもも改善への努力をしていきたい。  問題は、新しくないと言われておりますが、その問題を解決するための御提案は、新たに東京教育大学が初めて御提案になった、これを生かす新しい努力を加えたい、こう考える次第であります。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 最後に申し上げますが、東京教育大学に関しては、四十四年の七月のビジョンが決定された過程が非常にあいまいとしておりますね。それを大学の意思として受けとめてできてきた経過もございます。それは前回質問してまだ問題点は一ぱい残っております。そして、出てきたこの筑波大学構想なるものが、今日法案が提出される段階でも、いまだに既存の大学改革とどこが違うかについても、教育と研究という根本の問題に関する限り、あいまいとしている。ですから、東京教育大学内部の教官たちにとってはたいへんな不安なんですよ。筑波大学には賛成した、しかし、おれはどうなるんだろうか。決して、いま局長がおっしゃられたように、新しい大学をつくる意気込みで、おれは研究をやり、教育をやるんだとかまえているほど事態は甘くないです、私の調査によれば。だから、それだけにこういう新しい大学をつくり、将来たいへんデラックスな大学になさるそうですから、そういう努力をしていくとすれば、先ほど努力を買うとおっしゃいましたけれども、アメリカでは十五年かけているんですよ。だから、一年や二年——こういうタイプの大学をつくるにあたって国民的な合意を得る努力を、非常にあいまいとしているから、特に教授会や教官の組織の問題、学生や職員の組織の問題、管理運営になってくると、既存の大学とは質的に違うと思います。それは新たにこれからの議論になるでしょう。ですから、こういう大学をおつくりになるのに、もっと国民的合意を得る努力をするためには、これだけ前面に一応体系化されてきたものが出てきたのですから、合意を得るためにはもう少し時間をかけて討議をしていく、そして、修正すべきところは修正する。いわばそういう考え方で対処していく必要があるんじゃないかというふうに思うのですが、いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 今回の考え方につきましては、それぞれの時点でかなり早くから構想が表にも発表され、いろいろな論議が大学の中でも外でも行なわれてきておるわけでございます。御指摘にもございましたように、もうすでに昭和四十四年には新しいビジョンというものが表明され、それは従来の大学の考え方とはかなり調子の違った考え方のものであるという点は、御指摘のとおりでございまして、そのことに伴いましていろいろな論議が関係者の間で進んできた。  それから、もうビジョンが出ましてからも四年近くの年月がたっておるわけでありまして、その間、文部省でも、昭和四十五年の暮れには中間的な取りまとめをして皆さんにもお目にかけられるような発表もいたしてまいりましたし、四十六年の時点における調査会の報告書も、広く大学関係者にも示してまいりました。そして、四十六年から今日までかけまして、いろいろ具体の大学の構想として筑波の構想を練り上げてきたわけであります。  そこにまいります間、発足から考えてまいりますならば・すでに十年以上の年月を経ております。御提案を申し上げるようになりましてから、いろいろな御意見が活発に出ておりますが、昭和四十六年のころには国大協も大学関係者も、やはり教育についてはいままでの学部、学科のワクの縦割りのシステムだけでは十分な教育が行なえない、新たな考え方をとらなければいかぬというのは共通の問題でありまして、これらを取り上げていろいろとごくふうをいただいて、これが東京教育大学の案として実ってきたという点は、私は、相当の時日と関係者の論議が熟してきつつあるものだと考える次第でございまして、決して唐突の間にこの案が出たというふうには考えない次第でございます。ですから、いままで御説明も十分でなかった点もあろうかと思います。また、東京教育大学の中での関係者が必ずしも皆さんがすっきりしていないという点は、私も理解をいたします。それらの点について問題が全然ないというふうには考えませんけれども、論議の過程といたしましては、相当長い間、大学人が取り上げ、議論をしてきた問題点が今日に熟してきたというふうに考えておる次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 最後にしようと思います。  いま局長はそういうふうにおっしゃいましたけれども、それでは今度の筑波大学に関しては、国大協にはいままで、昭和二十年代の後半にしても、三十年代の後半にしても、一切の大学の新しい改革構想を受け入れるにあたって、ちゃんと大学での事前の討議をお願いしましたね。今度の筑波大学に関しては、その連絡をなぜとらなかったのですか。それが十分に大学で討議され、全国の研究者たちが討議されたということにならぬじゃないですか。その点、ひとつ聞きたいのです。なぜ連絡をとれなかったのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波の新しい考え方につきましては、東京教育大学からも表に出ております。私どもも国大協その他を通じまして、調査会の報告その他は皆さんにも御説明をし御論議を伺うようにしてまいっているわけでございます。でございますから、国大協も最終の段階に、法案として御提示を申し上げましたあのときに、国大協の見解も出た。それは前々からの御論議があった証左だと私は理解するのでございます。そうして国大協は、この筑波も新しい一つの試みとしてこれが実っていくことに格別の御反対でないということをはっきり表明しておられる次第でございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 それは一般的、抽象的な結論なんですよ。いままでの大学管理法は国大協を通じて全国の大学で議論しているんですよ。新しい法律で新しい大学改革という問題が出たときに、筑波大学に関してはそれは全然やってないんですよ。国大協を通じて、各大学で審議をしていくという手続が踏まれてないんですよ。だから学術会議でも、それから国大協でも国大協傘下の大学でも、まっ正面から全体がつかめたものは、四十六年の第一次まとめというものが、おそらくこれは全国にいっておりませんよ。そうすると、何だ、ここに法案が提出される最近になって、あのパンフレットだけがばあっといったんですよ。あのパンフレットだけでは、いまの研究と教育なんかはさっぱりわからぬ、抽象的で一般的にしか書いてないから。ですから、そんなものがいまの日本全体の大学関係者や教育関係者の中で討議されたという、民主的な手続を踏んだと言われるものではないと思う。特に教育立法に関してはほかの法案と違いまして、教育立法の過程における民主性というものは、ほかの立法とは違う。大臣の法案提出権というものはあります。法案提出権があるけれども、同時に教育立法に関する、特に民主性が職調される。その民主性という観点から見て、今度の大学の法案の取り扱い方は、ちっとも民主性という手続は踏んでおらぬというふうに思いますが、大臣、いかがですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 先ほど来、政府委員がたびたび御答弁申し上げておりますように、数年来オープンにしてこの問題を論議してまいったことは御理解いただけると思うのでございまして、形式的に、賛成でありますか反対でありますかというようなことを各機関に問うべき法案と、そうでない法案とあるだろうと思います。先ほど、かつての大学管理法案をお持ち出しになりましたけれども、それは各国立大学に関係を持つ法案でございます。今度の法案は、東京教育大学が発展的に解消していく。東京教育大学がどういう内容の大学をつくりたいか、その希望にこたえまして法案の提案をしているわけでございますので、大学管理法案なるものと今度の法案なるものとの持っている性格、これが違うことについても御理解を賜わりたい、こう考えるわけでございます。いろいろな御意見を問うて悪いと申し上げるわけではございませんけれども、決して秘密にいたしておりません。オープンにしております。したがいまして、いろいろなところから賛否の両論が出てまいっておることは、私も承知しております。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 そうすると、いまの大臣のあれですと、学校教育法や、それからそういう法案の改正をなさるけれども、これはよその大学と一般的なつながりはないんですね、ということになりますね。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 基本的な部分は筑波大学のみに関するところのものでございます。

嶋崎譲日本社会党

○嶋崎委員 じゃ、関係がないということを確認をいたしました。  どうも失礼をいたしました。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 この際、暫時休憩いたします。    午後三時十分休憩      ————◇—————    午後三時三十三分開議

田中正巳自由民主党

○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。  この際、参考人出頭要求の件についておはかりいたします。  すなわち、国立学校設置法等の一部を改正する法律案の審査の参考に資するため、参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人の人選、出席日時その他所要の手続につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。     —————————————

田中正巳自由民主党

○田中委員長 次に、質疑の申し出がありますので、順次これを許します。栗田翠君。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 国立学校設置法等の一部改正案第二条以下について質問させていただきます。  まず最初に大臣に伺いますが、今度の新しい筑波大学に盛り込まれております改革構想につきまして大臣は幾度か言及されていらっしゃいます。たとえば、この前の六月六日の嶋崎委員の質問の最後のときに、こうおっしゃっていられました。いまの大学のあり方に対しては学生の不満がかなりある、この不満を解決していくために各大学は努力しているが、不幸にして、これまでに改革案が出てきたのは東京教育大学だけであった。東京教育大学が困難な中からまとめ上げられた改革案を実現させていきたいということで今度の改革が出てきたのであるということをおっしゃっていらしたと思いますが、そのような御趣旨だと理解してよろしゅうございますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 そのように思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 五月九日の塩崎委員の質問に対しても同じようにおっしゃっておられまして、特にその中で、東京教育大学の案を実現するということが大学自治を実現させることだというふうにおっしゃっておられます。「東京教育大学の希望を踏みにじることが大学の自治を踏みにじることだ、こう私は考えておるわけでございます。これが基本的な考え方でございます。」とおっしゃっていますが、このようなお考えに貫かれているというふうに理解してよろしゅうございますね。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 そのように考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは伺います。  東京教育大学は、その案を練り上げていきます過程でいろいろなビジョンを出してまいりました。まず、どのような段階にどのような案をお出しになっていたか、ビジョンのあらましだけでよろしゅうございますが、それを伺わしていただきたいと思います。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 お答え申し上げます。     〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕  昭和四十四年の六月に、筑波における新大学のビジョンというものが出ておりまして、その後四十六年七月に、筑波新大学に関する基本計画案というものが出ておると承知しております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私が調べました中でも、小さい中間報告まで入れますと、五回ほど案が出ております。そこで、この中で最終的な案、結局、練り上げられました東京教育大学の案ということばが、文部省で出されました「理解のために」の中にも出ておりましたけれども、最終案はどれをお使いになっていらっしゃるのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 四十四年に出されましたビジョンをもとに、文部省内に設けられました筑波新大学準備調査会におきまして審議が進められてまいったわけでございますが、その過程で、東京教育大学におかれましても引き続きマスタープラン委員会を中心に御審議が進みまして、基本計画案という形に東京教育大学としてはまとめられたわけでございます。それから若干おくれまして文部省に置かれました調査会の案というものができたわけでございますが、その基本計画案と調査会案とで若干の相違点がございます。それらの相違点も踏まえまして、準備会では、東京教育大学の関係者とその他学識経験者とが御審議になりまして具体案の作成に当たっておるわけでございます。そういうことでございますので、東京教育大学が外部に公表された案といたしましては、いわゆる基本計画案が最終でございますが、基本計画案をもとにしまして東京教育大学内部では引き続き御審議が重ねられて、現段階におきましては、先般資料として提出をいたしましたいわゆる準備会の第一次まとめ案の骨子が基本的な了解事項になっておるというふうに考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私が調査しましたものでは、教育大学としては、最終案、基本計画案ですね、いまおっしゃいましたそれが、五回出ております案の中の大学としての最終案のように思います。そして評議会で決定されております案というのは、この基本計画案でございますね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、東京教育大学名で公表されました体系的な案というのは、御指摘のような基本計画案でございます。ただ、現在の筑波大学の学群の種類、学系の種類その他の案につきましては、そのような案で準備会が御検討になられます過程で、随時評議会等でおはかりになっておられるやに承っておりますが、詳細な経緯はただいまちょっとわかりません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 たびたび準備会の名前が出ておりますが、私がいま伺っておりますのは、東京教育大学としての案の最終案を伺っております。準備会といいますと、これは文部省が設置されているものだと思いますので、教育大学として最終的な案であり、そして大学で練り上げられた案と申しますからには、大学に所属しておられます教授会または評議会の決によってきめられたものだと思いますけれども、それでよろしゅうございますね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほども申しましたように、体系的な形で一般に公表されました案としては、基本計画案が最後のものであります。ただ、その際にマスタープラン委員会というのは一応解散になりまして、現在、その後引き続き改革準備委員会というのが教育大学内に設けられておりまして、その基本計画案、それから準備調査会の案等をもとにしまして、準備会の過程と並行しまして学内の審議を個別事項について進めておるということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この準備会といいますのは、評議会によって代表を送り出されているものでございますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ちょっと言い間違えまして申しわけございません。開設準備委員会でございます。これは評議会の決定で設けられました委員会でございまして、各部局から代表が委員として人選をされておるようでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、公表されました骨子、教育大学での全学的な意思統一によりましていわゆる練り上げられた案といわれておりますその基本計画案があるわけですけれども、これと、いま出されております法案の関係についてこれから伺わせていただきたいと思います。  まず最初に伺いますけれども、筑波大学の評議会の構成の問題がございます。この評議会の構成なんですけれども、東京教育大学の基本計画では、評議会の構成は、「学長・副学長・各教官会議等から選出された教官およびその他の者をもって構成する。」というふうになっております。ところが、法案のほうを見ますと、その他に「前号各号に掲げる者のほか、評議会の議に基づいて学長が指名する教員若干人を評議員に加えることができる。」というふうになっております。つまり、基本計画案に加えられました点とすると、「学長が指名する教員若干人」という分が加わっておりますが、これは、なぜ、どういう過程でこういうふうになってきたのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 確かに基本計画案では、御指摘のように、評議会の構成メンバーといたしまして、「学長・副学長・各教官会議等から選出された教官およびその他の者をもって構成する。」というふうになっております。法案のほうでは「学長」、それから、たしか「部局長」という表現を使ってあるはずでございますが、「部局長」、それから「各学系ごとに当該学系から選出される教授各一人」「各学類ごとに当該学類から選出される教授各一人」というのが、まず必ず評議員になるというメンバーでございます。ここで「教育公務員特例法第二条に定める部局長」とございますが、この中には、副学長、それから学群長等を政令で指定をいたすことを想定いたしてございますので、その限りでは、「学長・副学長」という基本計画案と同様でございます。それから「各教官会議等から選出された教官」という点では、各学系、各学類ごとに選出される教官ということで一致をいたしております。あと相違をいたしております点は、「部局長」ということで、副学長以外の部局長が入る形になってございますが、これは現在の各大学の評議会の構成から見ましても適当でございましょうし、基本計画案自体がそれを排除しておるということではないと存じます。  御指摘の点は、改正案の第七条の四の三項で「前項各号に掲げる者のほか、評議会の議に基づいて学長が指名する教員若干人を評議員に加えることができる。」という規定があるわけでございますが、これは基本計画案でも、評議会に加えるべきメンバーとして、限定列挙をいたしませんで、「その他の者」というようなことで、多少ふくらみも持たしておるわけでございますが、法案自体の考え方といたしましては、評議会の構成メンバーを法律で完全に限定列挙いたしますと、その後の運用の経験等にかんがみて、大学でさらに追加をしたいというような際に、法律改正を要するということでは大学の運営が非常に御不便ではなかろうかということで、評議会の御判断でさらに追加をできる余地を残したということでございます。これは同様の措置が現在評議会に関する省令にもございまして、本来の当然の構成メンバー以外に追加し得るという構成をとっておりますので、そのようなことも考え合わせながら措置をいたしたということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私が伺っておりますのは、法案に学長が指名する教員若干名を加えるというふうに改定されている点なんですね。ですから、東京教育大学の案としましては「その他の者」ということばはありました。しかし、「その他の者」の内容というのは限定していなかったわけです。それなのに、そういう弾力性を持たせる形で東京教育大学の案はつくられておりましたのに、法案のほうが学長の指名する教員若干名というふうに限定しているという点について伺っているわけです。これは非常に重大な変更だと思いますし、いまの御説明のあった意味内容から言いましても、教育大学が弾力性を持たせるような形で案を出していますのに、法案がこういうふうに限定をしているということ、これはどうしてこうなったのかということを伺っているわけです。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 「その他の者」をどのような方を評議会のメンバーに加えるかということにつきましては、結局大学の御判断にまつわけでございますが、その大学の御判断に当たる機関として、全学最高の審議機関である評議会というもので御判断いただくのが一番適当ではなかろうかということでそのようにしたわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いまのお答えはちょっとおかしいのですけれども、学長の指名する教員若干名を加えるというのが法案に入っているわけですね。入っております。そのことを伺っているわけですが……。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 法案には「評議会の議に基づいて学長が指名する」というふうに書いてあるわけでございまして、これは評議会の議が学長を拘束するというふうに解釈しております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうでございますけれども、「その他の者」という、非常に弾力性のある、大学の意思によって運用できます内容になっていたものを、わざわざ、「評議会の議に基づいて」にしましても、学長が指名する教員若干名を加えるということになっている点。それからもう一つは、先日文部省からいただきました「第一次まとめ改訂案」にさえも、学長が指名する教員若干名は入っておりません。それが法案では入っているというふうな経過があるわけですね。そこの経過ですね。それは一体どこでどう審議され、どういう形で出てきたのか、またどういう必要から出てきたのかということを伺いたいのです。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学課長からお答え申し上げましたように、評議会の構成は、大学の重要な組織でございますだけに、明確にしておくことが必要でございます。と同時に、基本計画にもございますように、若干その構成にゆとりを持たしておく「その他の者をもって」というばく然とした規定がございます。評議員は、文部大臣が大学からの申し出を受けて発令をする大事な職でもございますから、明確にこの第七条の四の二項で評議会の構成を定めまして、そして「その他の者」というゆとりを入れますために、この「前項各号に掲げる者のほか、評議会の議に基づいて学長が指名する者」という規定を入れたわけでございます。これは立法過程におきましていろいろ関係者の御論議と、それを法律案として最後に確定いたします間、こうしたゆとりをこのような形で加えておくということが適切だという判断によるものでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 東京教育大学の案を尊重し、それを実現することが今度の改革の精神であるというふうに最初からおっしゃっておりますので、私はいま東京教育大学の案との比較というのを厳密にやっているわけでございます。それで、「改訂案」にさえなかったものがこの法案に入ってきているという過程ですね。教育大学の案になかったし、「改訂案」にさえもなかったわけです。私調べてみましたけれども、「第一次まとめ改訂案」にすらも、この「評議会の議に基づいて学長が指名する」というのはなかった。それがここに入れられまして、いわば非常に限定された形になっているということですね。それについて伺っているわけです。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 「改訂案」のほうでは、法律案の第二項の考え方がそのまま書いてあるかと思います。しかし、教育大学の基本計画にもありますように、「その他の者」という、若干のゆとりを立法技術としては考えておくほうがよろしかろうという立法上の判断によるものでございまして、むしろ、東京教育大学の考えております、若干のゆとりを大学の判断において加えることができるようにというのが、この第三項の規定でございます。その大学の趣旨に沿っておるものというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 これを入れましたのは文部省でしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 政府として御提案を申し上げておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、一応その点はおくことにいたしまして、次に参与会の問題について伺います。  基本計画では、参与会の選出は、学長が評議会にはかって選出するというふうになっております。ところが、法案では、「学長の申し出を受けて文部大臣が任命する。」というふうになっております。これはどういうことでしょうか。非常に大きな変化だと思いますが……。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 御指摘のように、基本計画案では、選任するというふうにございますが、これはたとえば教育公務員特例法で申しております選考といったように、特定の適任者を選ぶという行為であって、いわゆる公務員法上の任命行為ということを基本計画で意識をしてお書きになられたのかどうかということは必ずしもさだかでございませんが、参与でございましても、制度的には非常勤の国家公務員ということでございまして、現在の公務員制度の体系によりますと、文部大臣が任命権者になるということでございますので、学長がお選びになった方を文部大臣にお申し出をいただいて、文部大臣が任命をするという手続が、この基本計画案のお考えとそごするというふうには考えておりません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 参与会の問題はあとで詳しく触れさせていただきますけれども、そうしますと、参与は、非常勤でありますけれども国家公務員と考えていらっしゃるわけですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 さようでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この点につきましては、あとで論議させていただきますが、かなり問題があると思います。しかも非常勤であって、参与会そのものの持っている性格からいいましても、国家公務員と規定してよいのかどうかということでかなり問題をはらんでいるように思います。  それで、これは「第一次まとめ」までやはり学長が評議会にはかってということになっておりますが、「第二次まとめ」と通称いっております「改訂案」で変わっておりますが、これの変更をなさいましたのはやはり文部省でございますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学長が文部大臣にお申し出になられる前段階で学内措置をどのようにおとりになるかということにつきましては、準備会の御議論としては、やはり評議会の意見を聞いてというふうになっておると記憶しておりますし、おそらく筑波大学ができましてからそのような運用がされるものと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私が伺っていますのは、この「第一次まとめ」と「改訂案」との中間で変わっているわけですけれども、その変更をなさったのはどこの機関でなさったのかということでございます。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ちょっとその「第一次まとめ」を手元に持ち合わせてございませんが、表現があるいは若干変わっているかも存じませんが、基本的な考え方は変わっていないと記憶しております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私もちょっといまここに「第一次まとめ」を持っておりませんので、もう一度あとで確かめますが、この参与会の問題ですけれども、六九年七月の「筑波における新大学のビジョン」が東京教育大学で出されたときには、初め理事会の案だったと思います。財団のようなものを考えておられた。それが参与会という形になりまして、東京教育大学が、学長が評議会にはかって選出するというふうにしておりましたのに、それがいまおっしゃいましたような非常勤の国家公務員であるという位置づけをなさったということ、これは非常に大きな変更だと思います。  しかも、参与会の権限についても同じような問題がございます。基本計画では、大学と社会との連携の円滑化のために必要な事項について学長に助言するというふうになっております。ところが、法案のほうでは、大学の重要事項について学長に助言または勧告を行なうというふうになっております。そうしますと、これは権限の面だけから見ましても、助言から勧告まで権限が強化されていますけれども、これは一体どういう過程でこうなったのでしょうか。東京教育大学の基本計画にはなかったものが、勧告という強い権限を持つようになりましたが、この経過をちょっと御説明ください。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育大学の最初のお考えは、いま御指摘がございましたように、理事機関を設ける。これはアメリカやイギリス、ソ連等の大学においてはあたりまえの考え方でございまして、外部の関係者が入って最高の意思機関を理事機関として構成するという考え方になっております。そういう考え方をビジョンの中では取り入れられておられるわけでございます。しかし、日本の国立大学というものの位置づけから考えてみまして、理事機関というものをすぐ筑波に取り入れるということはいかがであろうかということから、学長の諮問機関である参与会というものに、多少理事機関よりは軽い形の、意見を聞かしていただくものにしたわけでございまして、創設準備の過程でそういう御議論をちょうだいをして、これを成文化いたします際に、なおこうした学外者の希望というものが十分に反映できるようにということから、助言と、また参与会自体の強い御意見がありますならば、それは勧告ということで表記をしておくのがこの趣旨に沿うものという考え方によるものでございまして、立法上の法文をまとめました最後の段階で、流れてまいりました御趣旨をそのとおり受け取ったもの、こう考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 勧告権を持っているというのはたいへん強い権限を持つということでございます。文部省ですら大学に対しては勧告権を持っておりません。参与が勧告権を持つということを、東京教育大学の案になかったものを入れたというのは、非常に大きな変更がされたというふうに私は考えるのですけれども、教育大学の希望を尊重されるという立場からいいまして、助言だけになっていたものを勧告まで入れたというのは、単に希望を受け入れ、発展させたというふうにいえるものではないと思いますけれども、その辺いかがでございましょう。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 もともと東京教育大学のビジョンには、先ほど申し上げましたように理事機関を置くということで、これは勧告どころではございません、非常に責任の強いものとしてこの構想をそもそもお考えになったものでございます。でございますから、私どもとしては、国立大学でございますので、いま理事機関というところまではどうであろうかという意味で、参与会ということで御準備の過程での御論議を私どもも詰め、先方のほうもそのような過程を経て、理事機関よりはもっと軽い、御意見を聞くという形のものにされたと思うのでございます。しかし、大学の学長が相談相手にされる機関でございます。したがって、大学が当初そうした重い位置づけのものとして考えておられたという趣旨は、学長に対する助言と、それから学長がやはり市民の声を聞くという意味において、勧告ということを表記していささかもおかしくないものだというふうに考える次第でございます。確かに、文部大臣は大学に対しまして指導、助言という立場に一般的に立っております。勧告という強い表現は法文の上ではございません。しかし、参与会は大学自体が市民の声を聞くという姿勢で取り上げておられるものでございますから、そうした御意見が、助言という形と、同時に勧告という形で受け得ることがあるというのは、これまた御趣旨に沿うものだ、こう考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いま、理事機関が非常に権限の強いものであったのを、国立大学であるから参与に変えたというふうにおっしゃっておりますが、その辺の、東京教育大学がどう考えていらしたかは、また参考人にいらしていただいて伺いたいと思っておりますが、ちなみに申し上げますと、さっき申し上げました理事会の案は、「一定範囲内の事項について評議する。また大学財団の管理運営にあたる。」というふうになっておりまして、いわゆる財団のようなものを考えていらっしゃる。だから、これと参与と比べまして一体どちらが権限が強いのかということになりますと、これは論議があるところでございまして、いま局長がかえって権限を弱くしたようにおっしゃっていますが、その辺はいかがでしょうか、ちょっと問題があるように思いますが……。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育大学のビジョンの段階での理事会案と申しますものは、理事会は、市民、卒業生及び評議員の中から選出された一定数の教官によって構成され、学内の紛争、大学基金など一定範囲の事項について評議するということで、評議権があるやに見受けられる表現になっております。それで、学内の紛争、大学基金など一定範囲の事項がどの範囲の事項かというのは、なお慎重に審議するというような表現がたしかよそに出ておったと思いますが、ただ、学内的に理事会が参与会に変わりましたことについてどういう受けとめ方をしているかということにつきましての参考資料としましては、基本計画案が出ました時点で東京教育大学の文学部教授会の見解というものが出されているわけでございますが、その見解の中では、理事会構想というものをやめて助言機関にとどめることになったことは良識といってよいであろうというような評価を文学部においてもされておりますので、当初の理事会構想よりは参与会のほうが学内的には弱くなったと受け取られておるのではないかと推察をいたしております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、さっき御質問いたしました二番目の勧告権の問題でございますが、協議するというふうになっていましたのが、勧告権までつけ加わったというと、これは強くなったのではありませんか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 参与会の権限としては、単なる助言機関よりは強化されているというふうに理解しております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この勧告権をつけ加えましたのはやはり文部省でございますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 文部省におきます内部の議論の過程、及び準備会におきます議論の過程、双方でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私、最初にちょっと六九年七月の案なども出しましたので、少し混乱した印象があるかもしれませんが、東京教育大学としては結局学内で最終的に参与会の案を出していらっしゃいまして、これが助言だけだったのが勧告になっておるという過程をたどっておるわけですから、その点が一つ問題になるわけでございまして、教育大学の基本計画よりはまたこれが変わっているということを申し上げたかったわけでございます。その辺の経過についても、参考人の方からあとから、どういうふうに変わったのか、また教育大学としてはどう希望しておられたのかということを伺いたいと思います。  次に、研究体制の問題ですけれども、やはり教育大学の基本計画の案の中に、自由研究期間というものが最初入っておりました。基本計画の中にあります。これは大学の先生方のたいへん大きな期待が込められておりました。そして非常に実現が望まれておりました。ところが、これが文部省の案で削られております。これはどういうわけでしょう。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 最初ちょっと聞き漏らしましたが、研究期間でございましょうか。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 自由研究期間、サバティカル・イヤーというふうに書いてありますが……。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 基本計画案では、教員の人事の取り扱いにつきまして、任期制、業績評価あるいは研究員制度、それから御指摘のサバティカル・イヤーというような、教職員の人事上の取り扱いについての提言があるわけでございますが、この人事上の取り扱いにつきましては、筑波大学限りの取り扱いとすることが困難な性質のものが多うございますので、一応検討事項ということで、今回の案には盛り込むに至っていないということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 筑波大学限りの制度ではやれないとおっしゃいますのは、どういうことですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 やれないと申しますか、適当ではないのではないか。たとえば、筑波大学の教官だけがサバティカル・イヤーがございまして、他の国立大学の教官はサバティカル・イヤーがないということではやはり公平を失することにもなりますので、人事制度全般の検討の中でやはり議論をすべきである、こういうことでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、この制度そのものはなかなかいいものだと思っていらっしゃるわけですか。また、それでは、ほかの条件が整ったらばこういうものは行く行く入れていらっしゃる、そういう形でそれを今回削っていらっしゃるわけですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教官の身分取り扱い等、あるいはその処遇につきましては、給与のこともそうでございますけれども、いろいろと改善くふうをしていかなければならない点がございます。でございますから、サバティカル・イヤーの制度も今後検討を続けていくべきことだと思いますし、また、業績評価とか教官の任期制度の問題給与の問題等々、そういうこともいろいろと改善、検討を加えなければならぬ点がございますが、これは課長も申し上げましたように、筑波だけの問題ということで処理のしにくいことでございまするから、全般的につながる問題として、今後の課題にさしていただいた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そのサバティカル・イヤーといいますのは、私調べさしていただきました結果、「教官は一定期間勤務を継続するごとに、一年程度の自由研究期間をもち、在外研究および流動研究員として他の研究機関におもむいてその研究能力の開発向上をはかることを可能にする制度」ということでして、これは確かに、いまの非常に過密な、定員の足りない大学の教官の方々には期待を持たれる内容だと思います。新しい大学構想としまして大きな改善をはかられるということでありましたならば、こういうものは大いにくみ上げて、筑波だけでできなければ、ほかも改善していくという立場でやはりやっていらっしゃるべきものだと思いますが、それでは、ほかができないからということでこの希望を削られたということでございますね。一ぺんに変えるわけにいかず、筑波だけでは実現できないからという理由でございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 今後国立大学の教官を通じて検討すべき課題であるという意味で残っているわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、次に副学長について伺います。  東京教育大学の基本計画を見ますと、研究、教育、管理、この三人の副学長を置くことになっております。ところが、筑波大学の創設準備について、これは先ほどから出ております「第一次まとめ改訂案」を見ますと、五人になっています。     〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕 研究、教育、医療、厚生補導、総務、五人を置くことになっております。なぜこういうふうに変わったのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 基本計画案では、「副学長は、複数制とし、研究・教育・管理等の職務を分担し、学長を補佐する。」ということでございまして、人数等についてはこの段階で明言をいたしておりません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この中で、医療担当副学長を置くということは、教育大学では考えていらっしゃらなかったわけですけれども、この点はいかがでしょうか。ただ複数ということが書かれてあっただけでなくて、教育大学としてこういうものは考えていらっしゃらなかったということですけれども、これはどこで考えられまして、どうしてこういうものが入ってきたのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在、東京教育大学に医学関係の部局がないわけでございまして、その関係で、学内のこの段階の御論議では、医学関係にまで御議論が及んでいなかったというのが実情でございます。その後、筑波大学の医学専門学群のあり方というものについての審議が進みました過程で、かなり膨大な部局でございます医学専門学群あるいは学系、付属病院といったようなものと、それから地域の医療関係等も含めて、大学において円滑な運営を期するにはやはり副学長がいるんではないかという結論を準備会でいただいたわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、次の問題について伺わせていただきます。  付置研究所の問題ですけれども、基本計画では十の研究所の設置を考えておりました。ところが、文部省の構想では一つもなくなっておりますけれども、これなどは、一体どこで、どういう過程で教育大学の希望が消されていったのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 この基本計画案にございます研究所は、基本計画案にも書いてございますように、原則的にプロジェクト研究所の形態をとるということをいっておられまして、大学の考えとしては、研究所という名前はつけるけれども、従来の付置研究所等のように、特定のテーマを固定して、設置をいたしましたならばそのままずっと継続して固定させるというようなものでない、新しい研究所にいたしたいという御意向でございまして、そのために、プロジェクトが一応の成果をおさめますと他のプロジェクトをとろうというような、弾力的な研究組織にしたいというお考えでございました。ただ、他に適切な名前がないので、研究所ということで、ここに御指摘のような十の研究所が案にあるわけでございますが、この御構想につきまして、準備会の検討の結果といたしましては、研究所という名称を用いますと、教育大学の基本計画案で述べておられるようなお考えがまた既存の研究所の考え方に引き戻される心配もあるのではないか、むしろ研究所という名称自体をやめて、特別のプロジェクト研究組織という形で位置づけることがよろしいのではないかという結論が出てまいりまして、そういう観点から、教育大学の各具体の御計画につきまして御審議があったわけでございますけれども、現時点では、ここに書いてありますものをいろいろ審議をいたしました結果、とりあえず三つほどの研究プロジェクトというものを想定をいたしますと同時に、学校教育研究センターというのはちょっと性格が違うので、それはセンターとして位置づけるというようなことが、準備会での一応の御結論になっておるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 特にこの研究所の中で光学研究所が最後まで廃止に反対していましたけれども、廃止されました。これはどういうことでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 光学研究所の廃止に反対であるということを私ども大学からは承っていないわけでございますが、ただ、その取り扱いについて議論いたしましたときに、いわゆるプロジェクト研究の考え方を採用するのに、旧来の付置研究所というのが併存するというのでは首尾一貫しないではないかという議論があったかに記憶しております。大学から承っておりますところでは、光学研究所の方々は、その所属する学系で現在の研究をさらに発展させるという条件が整えば、研究所という形態に固執するものではないということで、光学研究所のスタッフが研究を発展させる学系というものを設置するということを前提にして、光学研究所の廃止に同意をされたというふうに伺っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 最後に、医療技術短期大学のことを伺います。これも教育大学の案にはございませんでした。これが入っておりますが、これはどこの提案によるもので、どうして入ったかということを御説明ください。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これも、東京教育大学では先ほど申し上げましたように医科関係の御検討が必ずしも十分でなかったわけでございますが、やはり医学の御専門の先生方を交えての討議では、パラメディカルと申しますか、看護婦その他の医療技術者の方々の養成というのが必要不可欠であるという御意見が出されまして、計画にはそれも盛り込まれておるわけでございます。ただ、短期大学ということで一応別組織でもございますので、今回御提案申し上げております法案には、医療短期大学とまではお願いをいたさなかったということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 以上いろいろ伺いましたけれども、かなり最初の基本計画案とは違った形になっているというわけでございます。なぜ変えたかというお考えはいまずっと聞かせていただきました。これを変えるにつきまして東京教育大学の教授会なり評議会がすべて納得していますのかどうか、どういう手続を経て教育大学の納得を得ているかということを伺わせてください。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 一つは、準備会に東京教育大学の学長はじめ関係の先生方に参加をしていただいておりますが、ただ、準備会ではいわゆる第三者の委員の方も多うございますので、大学固有の組織問題等につきましては、随時関係の学部の先生あるいは部局長の方の御意見等も承らせていただきながら、各段階で大学の御意向を確認する努力はとってまいったつもりでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 準備会に学長ほか幾人かの方が参加していらっしゃることは私も存じております。その方々は正式に教育大学の代表として参加していらっしゃるのでしょうか。そういう手続を経ていらっしゃいますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育大学と御相談いたしまして、教育大学からしかるべき方に御参加をいただきました。その御参加の形式等は、教育大学のほうでどのような御論議がなされておるか詳細は承知いたしておりませんけれども、しかし、考え方といたしましては、教育大学の基本計画の案に沿ってそれを十分御説明をいただける方、そしてまた、教育大学の基本計画を実現していきます場合に、教育大学以外の幅広い大学関係者等を踏まえたその論議でどういうふうにしたらいいかという御検討をいただき、それによってまた大学側としてもいろいろなお考え直しをいただくことができる、そういう意味で適切な方というのをお願いを申し上げた。  もう一つお願いを申し上げましたのは、この会議の席におきます個々の御発言がすべて教育大学の正式決定の発言であるというようなことでは、かえって会議としては適切でないから、大学の御意見というものを反映しながらも、学内でまた別途学内の御論議は詰めていただく、こういう趣旨で、しかるべき方を数名それぞれの分野に御推薦をいただいてお願いを申し上げた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 文部省としまして、教育大学から出ていらっしゃいます代表の方というのは教育大学の一番多数の意見を反映する方たちであることにやはり留意なさる必要があると思うのです。そうしませんと、教育大学の意見を聞いていらっしゃるつもりでも、実はほんの一部の方の御希望だった、あとはそうでなかったという問題も起こることもあると思いますが、どういうふうにして選ばれているかはその大学にまかせているとおっしゃいますけれども、どういう代表であったかということを調べていらっしゃらないというのは、やはり手落ちではないかと思います。  それからもう一つは、教育大学の決定的な意見を反映しているようではかえっていままずいとおっしゃいましたけれども、その辺はどういう意味でございますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育大学からはできるだけ各学部からそれぞれしかるべき方がお入りいただくことが適切であろうという考え方をもって御相談も申し上げました。また先ほど、教育大学の決定した意見ということだけで御発言になる方ではいかがかということを申し上げましたのは、会議の席ではいろいろな御論議が出るわけでございます。教育大学から出ておられる方が、やはり学長でございましても、あるいはそれぞれの責任の方でございましても、いわば学長個人あるいは学部長個人という方で御参加をいただくことにならざるを得ない。それが発言の中身が全部大学の評議会で決定をしたことあるいは教授会で一々了承をしたことということでは、御参加いただく方も御不自由でございましょうし、また私ども会議の進め方ともテンポの合わない点等もございまするから、それぞれの責任のポストにおられる方個人ということで御参加をいただいて、その自由な御論議の中で、大学内の論議は大学内で詰めていただく、こういう意味で両方の会議の進行を円滑ならしめる、このようにいたしたわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、最初文部大臣がおっしゃっていました御趣旨とだいぶ違うようでございますね。東京教育大学で苦心して練り上げられた案を実現することこそが教育大学自治を守ることである、だからそれを実現させてやりたいのだ、そういう立場から今度の新大学筑波大学の構想となってあらわれたのであるという最初のお話でございましたが、いまの局長のお話ですと、東京教育大学の案がかなり過程で変わっていくことは頭に置いていらして、しかも、その中で出されます教育大学の代表の方の意見というのは、全学を代表するものでないほうが弾力性があってよいということをおっしゃっておりますが、その辺矛盾があると思いますが、いかがでございましょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 東京教育大学基本計画を基本にいたしまして私どもの作業を進めておるわけでございます。また、東京教育大学のその基本計画をまとめられるにつきまして、それぞれ御努力のあった適切な方に御参加をいただいており、また学長その他責任者にも御参加をいただいておるわけでございます。ただ、御参加をいただきます方々が東京教育大学の次元でしかものを言われない方という意味では適切ではなかろう、むしろ御参加をいただく場合にも適切ではない。ですから、その意味で、学長個人あるいは学部長個人という意味で農学部長、理学部長等の御参加があったわけでございます。もちろん私どもの調査会のメンバーとしての御発言をいただく、しかし、その間に実質的には東京教育大学の意見が十分反映できる、また東京教育大学に対しましても、それがすべて最高絶対のものというわけでもございませんでしょうから、いろいろな他の委員の御意見によってお考え直しいただく点等は御構想を練り直していただく、そういう十分な連絡役になり得るという意味での御参加をいただいておる次第でございまして、今回の考え方そのものが、大臣も申し上げましたように、東京教育大学の考え方を基礎にしてその趣旨が生きるように関係者で協力をしたという点は、何も一つも違っておりません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教育大学の考えを基礎になさるのでしたら、やはり全学の代表として選ばれた方から、どうして教育大学はこういう構想を持ったかということを十分にお聞きになり、全学の意思をお聞きになることこそ、民主的な態度だと思います。そしてまた、教育大学の代表の方、全学の代表として出ていらっしゃいましたとしても、もしさらに発展的な、大学全体の支持するようなよい建設的な案があれば、それを持ち帰れば皆さん方の賛同を得られるわけでしょうから、別に全学の代表だから意見が固定しちゃってにっちもさっちもいかないということには、普通ならないと思うのです。普通は、やはり大学全体の意見を最もよく反映するためには、大学全体から、評議会なり教授会なりから民主的に選ばれた方を代表として出す、これが普通の常識だと思いますけれども、そこがそうなっていないというところが私はたいへんおかしいと思います。変更することを初めから予定していらっしゃるということであります。そこできめられましたのが教育大学に持ち帰られてみんなの賛同が得られればそれでいいわけでして、そこのところを、何か固定した考えの人が来たのでは都合が悪いというようなことをいまおっしゃっていますけれども、そこら辺が非常に納得できませんけれども、もう少しそこらのお考えを説明していただきたいと思います。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 若干補足を申し上げますと、教育大学の学長、それから先ほど申し上げました開設準備委員会の委員長という職にある方が入っておられますので、その職責上、当然教育大学の御意見は反映をされておると思うわけでございますが、ただ、準備会での発言がすべて教育大学の決定に基づいての発言だととられては困るというような御議論が一部にございまして、それは主として基本的な考え方と申しますよりは、学系の種類をどういう種類にするか、あるいは学群の区分をどういう区分にするかというようなことにつきまして、大学内部で、大学間でいろいろ御議論があるような事項がときにございますので、一度準備会で発言したものを教育大学の意見ととられると、それをまた大学の討議の過程で撤回するというようなことになる場合もございますので、そういうようなこともおもんぱかられてそういう御議論になったというように記憶をいたしております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 やはり私納得できませんけれども、全学の意思を代表する方が出られて、それを持ち帰って全学の納得を最も多く得られるという形をとること、これが一番民主的なケースだと思います。今度の場合、いろいろと基本計画案のあとで変更が加えられまして法案が出され、また第一次まとめ、「第一次まとめ改訂案」というものが出てきておりますけれども、これは教育大学の学内に持ち帰られまして十分に討議され、皆さん方の納得を得ているのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 全学を代表し得るような学長あるいはそれぞれの責任のポストにあられた方に御参加をいただいて御討議をちょうだいしております。教育大学のお考えになりましたものも、それが実現の過程でどういうふうに生かしていくことができるかという論議はいろいろとあり得るわけでありましょうから、教育大学の中で議論をして固めたものが絶対のものであるというお考えは教育大学の関係者もおとりになっていなかったと考える次第でございます。文部省におきます創設準備会で具体の案を今回御提示申し上げますような内容のものとして固めてまいりました。なお予算上固めなければならないいろいろな問題も残るわけでございますが、そういう現実のものとして固めていきます間に何がしかの出入りが起こるということは自然のことであろう、またそのためにこそ、教育大学から責任のある方々にお入りいただいて、学内の方の意見もまた必要な調整をはかっていただくということを当然考えた次第でございます。私どもの創設準備会で論議を進める間、また教育大学の関係者が学内での必要な手当てをしてこられたというふうに私どもとしては一般的に考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 たとえ学長が参加していらっしゃいましても、学長個人の意見だけを言っていらしたのでは、これは全学の意見を代表するということにはならないというのは常識です。そして学長がそこできめられたことをまた学校に持ち帰られまして協議会なり何なりにはかられて多くの方の賛同を得られるという、そういう努力をなさらなければならないし、もし学内で大きな反対があった場合には、それをまた反映させなければいけないと思うのです。そういうことがもしやられていないのでしたら、やはりこれは大きな問題だと思いますが、この辺の過程、それから特に基本計画案が出されましてからあとで、筑波大学移転に関しまして教育大学の中ではかなりいろいろな問題が起きております。それは私が触れるまでもなく、嶋崎委員がかなり時間をかけて先日おっしゃっておられました。そういうことがあることを考えますと、決して民主的にこれがやられているのではないというふうに思います。大臣も、教育大学の苦心して練り上げられた案を実現させること、それをさせてあげたいのだと、一貫しておっしゃっておられます以上、もしそれがほんとうに大学側に喜んで受け入れられていなかった場合には、やはり計画そのものについても十分検討し直していっていただくということが必要ではないかと思いますけれども、どのようにお考えでいらっしゃいますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 新しい構想の大学をどうつくるか、絶えず議論をしながら、議論の過程から新しい発展を生み出してきている、こう考えているわけでございます。そういうことで今回法案を提出させていただいた。その内容につきまして東京教育大学の中で多数の側から反対意見は伺っておりません。でございますので、十分これでいいのだというお考えをいただいていると思います。それ以上に、今後筑波大学ができました場合に、さらにいろいろな学内規則等を通じまして新しい体制を固めていっていただく。まだまだ、大学ができましてからほんとうに具体的な体制が固まっていくのじゃないだろうか、その間にいろんな発展が続けられていくべきものだ、私はこう考えているわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その辺のことにつきましては、私も参考人をぜひ呼んでいただきたいと思いますが、教育大学関係の方においでいただきまして、実際のところはどうかということをあらためていろいろ伺わせていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いします。  あと、参与会、副学長その他、人事委員会とかいろいろありますが、これらの筑波大学に関する具体的な問題は、まだたくさん問題点があるのですが、あとで触れさせていただきます。いまは改革構想との関係だけでこの点はひとつ打ち切らせていただきます。  それでは次に伺いますけれども、大臣は、先ほど私が申し上げましたように、東京教育大学だけが具体案を出してきたというふうに先日おっしゃいましたが、そうでございますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 具体的な案としておまとめをいただきまして、そして法律改正の必要性、そういうことをおまとめいただきましたのは東京教育大学だけと承知しております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、教育大学だけがそのような具体案を出しておりますから、結局それは筑波大学構想という形で教育大学の希望を取り入れられる立場で今度法律改正をしていらっしゃるのだと思います。そうなりますと、学校教育法などの基本的な一般法まで改正する必要はないのではないだろうかというふうに思いますが、その点はどうして改正なさったのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 東京教育大学の今回の意見というのは、従来の学部学科制によらない学校である、それを現在の学校制度の中でユニークなものとして位置づけてまいりますために、本則におきましてそうした許容を加えておくということのほうが適切であろう。同時にまた、それは大学紛争の過程を通じまして多くの大学が一般的に大学制度の弾力化ということを要請をしておられる、ワクをゆるめておいて各大学が個別に考えやすくなるというようなゆとりを持たしてくれというお考えにも即することになる。したがいまして、大学改革の論議の過程の中で一般的に通ずると考えられますこと、そしてその一般的な許容の中で東京教育大学の今回の改革案を実現さしていくということ等を考えた次第でございます。でございますから、学部制度につきましての例外的な措置があり得るというような原則の許容をお願いを申し上げ、また一般的に学長の補佐役ということを要請されておりましたので、副学長という制度も置きたいところは置けるようにし、また医学教育につきましても、一般的に御論議のありました六年間の一貫教育ということが可能にできるように、従来のたてまえを廃止するのではなくて、新たな許容が実現できるようにこれは弾力性を持たせるという改革の一般的な方向に沿って、その中で筑波のことも実現できるようにしたい、こう考えたものでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、一般法を改正することによりまして他の大学へも希望があれば広げていけるようにするという、そういう状態をつくるために学校教育法その他の一般法の改正をされたということでございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波の型だけにこだわるのではございません。ですから、学群、学系という考え方だけを新たに認めようということではなくて、それをも含めた幅の広い許容ということをお願いを申し上げたい、そして新たなこれに異なる考え方もなお出得る余地を残しておきたい、こう考えた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学部制度を学群、学系という学部制度以外のものにも許容するようにするということは、いままでの大学の制度の中では非常に大きな変更でございますが、これは一東京教育大学だけの希望ではなくて、方々に、そういう構想として具体化しなくても、そういう案が出ていたんでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 京都大学は、学部といわない部という考え方の構成をとれないかといったような改革意見を出しておられました。また、教育の組織その他をどうしたらいいかというのは、一般教育を中心にいたしましていろいろな改革の努力が続けられております。     〔委員長退席、塩崎委員長代理着席〕 私ども従来の学部制度にこだわらない一般的な許容というものを今回お願いを申し上げたというのは、今後いろいろな大学での御検討と改善の努力というものを期待しながら、それをある意味で受け入れられるような幅広い表現でお願いを申し上げたい、こう考えた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、他の大学からも自主的な改革案がこれから出てまいりまして、法改正をしなければならないような非常に大きな変更がある場合にも、これは同じように受け入れられるということでございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学部制度につきましては、現在の学部に匹敵いたしますような十分な内容、水準のものであるならば、いろいろな考え方を実現できるようにしてみたい、たとえば、フランスではユニテというような新しい単位を打ち出しておりますし、ドイツでも、アプタイルングという、別の呼称で別の内容のものを考えておりまするから、わが国でも大学がいろいろな改革案を考えていかれます過程で、筑波とは違った内容のもの、しかも現在の学部制度とは違った内容のものがあり得るであろう、こういう改革努力というものは実現できるようにしていただけるとありがたい、大学改革に資するのではないか、こう考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私は自主改革一般についていま伺いましたが、そうしますと、学部制度の改革は受け入れるけれども、その他のものはそうでないということですか。それとも、自主改革案が出てきましたならば、積極的にこれを受け入れられて、また法改正までしなければならないほどの重要な改革案が出てきましても、筑波に当てはめられましたのと同じようにそれを尊重して受け入れられるということでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の法律のワク内でいろいろな改革案がありますものは、これまたそれなりに受けとめて実現方を考えてみたいというふうに思っております。先般も申し上げましたが、長崎大学では、水産学部の中の学科構成を廃止いたしまして、全部一学部一学科にまとめるというふうな改革案がございました。また、昨年法律上で御論議をいただきましたけれども、大阪大学の人間科学部、これも大学教育についての新しい取り組みの一つだというふうに私どもは理解をいたしております。このように大学側から持ち上げてまいりましたいろいろな改革案で、それを受けとめていくべきと考えられるものにつきましては、法律改正を必要とするならばそのようにお願いもいたし、また法律改正以外の方途でその処置が実現できるものでありますならば、それも受け入れていく、こういう気持ちでおる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学部制度を教育、研究の組織を分離する形で変更したというのは、実に大きな変更でございます。これをあえてなさったわけですが、さっきこういうふうな研究、教育組織を分離するという案がほかに出ているかということを伺いましたら、京都大学の例をお出しになりました。京都大学が出しております部という制度は教育、研究を分離する案ではございませんが、ほかにどこかの大学で、こういう教育と研究を分離するような制度にしたいという、そういう希望が出ているのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど、学部と違う考え方があるというお尋ねのように私理解いたしましたから、京都大学は、学部といわない部という組織を考えておるということを申し上げた次第でございます。  教育と研究の学内における取り扱いシステムを分離するという考え方は、さきに嶋崎委員のお尋ねにもお答えを申し上げましたように、国大協も一般的にその考え方を取り入れて国大協の意見としておられるわけでございまするし、東京大学におきましても改革論議の中でそのことは問題点として指摘されて、教育と研究をある段階においては別組織で考えていくことが適切であろうという改革意見等がまとめられておるわけでございます。個々の大学でそれ以外どの程度ありますか、必要ならば説明員からお答え申し上げますけれども、いろいろな大学での意見というものが論議の過程として行なわれたことは承知いたしておりますが、具体的な提案として出てまいりますものは、筑波大学がまとまったものとして初めてでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 あとで五十三条の改正のところでもう少し詳しく論議させていただきたいと思いますけれども、たとえば東京大学の教育と研究の組織を分離する案といいますのは、最初出ましたけれども、学内の討議で否定されていますね。こういうことをやったのではうまくいかないだろうということで、討議の過程の中で否定されているわけです。改革準備調査会が最初そういう分離案を出しております。しかし、そのあとで改革委員会、改革室、ずっと出てきておりますけれども、こういうやり方は実際によくないということがいわれておりまして、七二年十月二十四日に改革室研究教育体制専門委員会の報告を見ますと、研究組織と教育組織を分離する考え方を退けているわけです。なるほど、研究と教育の予定調和がもはや成立しないとしても、研究組織と教育組織とは事実上さい然と区別できない密接な関係にあるというふうにいいまして、最初の案をむしろ討議の過程の中でこれではだめだというふうに否定しておりますので、これは決してこういう希望として出てきたという例には適当ではないと思います。  それから、先ほど過程として出ているけれども、その過程の中で、討議の中で否定されているということですからね。それは出て、また否定された、そういう経過になるわけですから。  それから国大協についてさっき例をあげていらっしゃいましたけれども、私、同じ国大協の文書をここに持っております。「筑波大学の理解のために」、文部省がお出しになりましたこのパンフのうしろについております国大協の意見でございますが、これは昭和四十八年三月十五日「筑波大学に関連する法的措置についての問題点」、ここでこういっています。六十七ページですけれども、学部の弾力化というのも必要であろうがということをいったあとで、「しかし、その場合にも、研究と教育が本質において不可分であることを象徴する意味での「学部」の精神は、新しい組織にも当然受けつがれるべきであり、この点について十分な考慮がなされなければならない。」「これを具体的に見れば、大学における教育には研究が不可欠であり、学生が研究的ふんい気の中で学習し、かつ教育の内容が研究の側面からたえず新しい目で見直されることが必要である。教育組織と研究組織が分離した場合に、このような形で研究と教育との密接な関連を保つことは、必ずしも客易ではないと思われる。」むしろこれは否定的じゃないですか。そういうふうな国大協の意見が出ておりますので、国大協もそういう案を出しておられるとおっしゃるけれども、これはまた適当でないと思います。  どうも私がいままで調べた中では、教育と研究を組織的に分離するという案は筑波大学の案だけ、ほかの大学からはあまり適当なものが出ていないように思うのですけれども、これが一般的にこういう形で方々から出ている、また時代の要求であるとおっしゃるのは、少々どうかなというふうに思います。それが、学部以外の組織をつくるという法改正までされましてこういう改革構想を入れられた。これは教育大学の案だからとおっしゃるのでしたら、その点はそれでおきますけれども、他の大学にまで広げられるように一般法を改正して、みんなの要請に沿っていくような弾力性を持たせるというふうにおっしゃっていますと、ここら辺はどういうことなのだろうかというふうな疑問を持つわけです。なぜかと申しますと、これがただ、希望する大学がほかにも出てきて、そういうものを受け入れることができるようにしておくということでしたら、またそれもいいのですけれども、そうばかりとは思えないような幾つかの例が出ておりますので、こういう筑波大学のような形式をほかの大学にまで押し広げていくというような意向を持っていらっしゃるのではないだろうか、そういう心配をするわけです。  文部大臣に伺いますけれども、以前、これは毎日新聞の記事です。四十八年二月十二日毎日新聞朝刊の記事にこういうのが出ております。「筑波方式の新国立大ふやしたい 奥野文相語る」これは仙台でおっしゃったような記事になっております。「県知事選応援のため十一日仙台市を訪れた奥野文相は同市で記者会見、次のように語った。今後、国立大学の収容人員をふやすため、いくつかの地方に新しい国立大学を建設することを考えている。大学は総合大学、単科大学の双方を考えているが、総合大学は筑波大学のように学部制を廃止し、研究と教育を分離する。」こうおっしゃったという記事がございますが、こういうふうにお話しになられたのですか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 仙台でどういうことを申し上げたか、具体的に覚えておりませんけれども、たびたび政府が申し上げておりますように、新学園を積極的に建設していきたい、こういう希望を持っているわけでございまして、予算の上にも調査費を計上さしていただいているわけでございます。そういう場合にどういう大学をつくっていくか、いろいろな考え方があるだろうと思うのでございますけれども、少なくともいま学部割拠の大学自治というようなことがいろいろなところで問題点を提起しているわけでございますので、いまの大学のあり方をそのまま持ち込むことは適当ではないのではないか、こういう気持ちを深く抱いているわけでございます。しかし、筑波大学が契機になりまして大学の関係者からよりよい具体案が今後積極的に出てくるのではないかと思うのでございます。そういう場合には、そういう意見を今後くみ上げて、新しい大学の、学園のあり方にするべきではなかろうか、こう考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この記事の文面から見ますと、希望とか具体案が出てきたらということでなくて、文部省として、国の方針として、総合大学は、筑波大学のように学部制を廃止し、研究と教育を分離する、そういうものをつくりたいとおっしゃったように書かれておりますけれども、そうなってきますと、いまお答えになったことと少々違うのですね。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 基本的にはそう変わらないと思うのですけれども、私ほんとうにどういうことを言ったのかいま覚えていないのです。覚えていないのですけれども、これだけ学部割拠の大学自治がいろいろなところで指摘されている。新しい学園に大学をつくるのに、いままでの大学をそのまま持ち込んでいいとは私はよう言わない。しかし、具体的にどういう大学がいいのか、そういう場合に、広く先生方の間でも御意見が出てまいりましょう。筑波大学方式、これはまさに一つの案だと思っております。しかし、今後出てくる考え方も積極的に私は受け入れながら、皆さんが満足されるような大学をつくっていく、これは政府の責務ではなかろうか。ただ、筑波大学をつくるから、今後もまた筑波大学をそのまま持っていくのだというような単純なことではいけないのじゃないか、私はこう思っておりますという意味でお答え申し上げた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 つい最近出ましたやはり毎日新聞の記事ですが、六月十日、技術科学大学院大学というのを五十一年にも開校したいという案を文部省が持っているようでして、「教育課程は従来の学部、学科制をやめ学問の境界領域を編成した「学群」「学系」制にするもので、たとえば機械科と電気科、建築科と土木科を合わせることなどが考えられている。」こういう記事がございます。そうしますと、筑波大学方式といいますのはまだ国会で審議も終わっていないわけでして、こういう方式がいいのか悪いのか非常に論議があるところですけれども、文部省としては、こういうやり方で、今後新しくつくる大学はできればこういう形で進めていきたいという方向を持っていらっしゃることは事実ですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま御指摘がございました技術科学大学院、これまた従来の大学制度とはかなり異なった新しい構想を考えたいという気持ちは持っております。特に技術を中心にいたしました教育のシステムに、高等専門学校、短大あるいはその他技術関係の学校とのつながりのある大学院というものをどう構想するか、その意味では、必ずしも従来のワクどりにとらわれない、目的に即した学校である必要があろうというふうに思っております。その際に、筑波と同じように、学群、学系ということで考えるのかどうかということは、まだ関係者の意見がそこまで詰まっておりません。私どももそうした構想をまだ持っておるわけではございません。しかしながら、現在まで行なわれてまいりました学部、学科制度のワクの中だけでは処理し切れないものが、技術科学というものを考えていった場合に出てくるであろうという予測は持っておりまして、そういう意味で、新たなもので適切な教育と研究のシステムがあるならば、やはり御論議をしていただきたいという気持ちでおることだけは間違いございません。  なお、先ほど御意見がございましたが、国大協の御提示になりました御意見につきましても、はっきりと「学群・学系のような形で教育研究の機能を果たすことにもその意義が認められよう。」と明示してございます。関係者が問題点として意識しておる点は、先ほども申し上げたとおり、共通の問題意識であるという点だけは申し上げたいと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 先に国大協から申し上げますが、「意義が認められよう。しかし、」ということで、さっき読んだのがずっとつながるわけでして、ここのところは「しかし」のほうがあとになっておりますので、意義は認められるが、いまのようなやり方では「教育組織と研究組織が分離した場合にこのような形で研究と教育との密接な関連を保つことは必ずしも容易ではないと思われる。」という問題提起になっているわけですね。その点はこういうふうになっております。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 ちょっと読み方について御同意申し上げかねる点がございますので、お断わりをさせていただきます。  いまお読み上げになりました文章の前にこういう文章がございます。「学問と社会の変化に伴い、現行学部と運営に研究と教育の機能を果たすのに必ずしもふさわしくない面が現われてきている。すなわち、教育の面では、一般教育や共通講義、新しい境界領域に属する教育計画の作成など、研究の面では、大規模の研究設備やセンターの役割、学部間の共同研究などが、ますます重要となり、そのためには学部組織をより柔軟なものとする必要が認められることもまた事実である。」というふうに明確に認めておるわけでございます。ただ、大学は、御指摘がございましたように、大学として教育と研究を一体的に考えるべきものということは当然でございますから、学部という制度をとらないでも、大学としての教育、研究という面を両々考えていくということは、新しい組織にも当然受け継がるべきであるという御注意は、十分に考えておかなければならぬものだというふうに思います。しかし、この点は、私はむしろ筑波の方式について御賛意をいただいておるものというふうに思いますので、あえて、恐縮でございますが、お答えをさせていただきました。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 あとで五十三条の改正のところで、具体的に筑波大学の内容にわたりまして、実にたくさんの矛盾をかかえておりますので、その点を私は指摘させていただきたいと思います。いまは自主改革との関係で先にさせていただきますが、ただ、私も一言申し上げますと、学部組織を柔軟なものにするということを国大協はいっておられますね。しかし、教育と研究の組織を分離することになると、非常に密接な関係を保つことがむずかしくなるだろうという言い方でして、学部組織を柔軟にすることイコール教育、研究組織を分離するということにはならない。ここら辺はたいへん問題になるところじゃないでしょうか。そういう点で、あとで私またその点を論議させていただきます。  それで初めの問題に移らせていただきますけれども、そうしますと、いまの情勢の変化その他で学部の組織の改革その他が必要になってきているということをいまおっしゃっていました。それから、そういう立場から考えて、文部省としてはかなり積極的に筑波大学方式を進めていきたいというお考えがあるということ——筑波大学方式を進めていきたいというふうにおっしゃいませんでしたか。さっきの新聞の記事なんか見ますと、そういうふうに書いてあるわけですね。そのようなものを今後新しくつくられる大学などにはどしどし取り入れていきたいというふうにおっしゃっている、そういうことは言えるわけですね、筑波そのものぴたり同じかどうかということは別といたしまして。しかし、新聞には、筑波大学方式というふうに書かれているわけですけれども……。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 この数年来の姿を見ておりますと、やはり大学改革は必要だと私たちは考えているわけであります。大学改革の一つが今度の筑波大学でございます。同じものを何が何んでもすべて推し進めていくんだという考え方は持っておりませんけれども、この必要な大学改革、どのような形で実現をするか、新しい大学をつくるときには当然その立場に立って考えていかなければならない、それが国民に責任に果たすゆえんだ、こういう気持ちでおるわけであります。しかし、既存の国立大学に対しまして文部省がかってに特定の方式を押しつけるという考え方は持っておりません。また、改革をしようといたしますときには、それなりに法律改正案をまとめまして国会に提出しなければできないことも御承知のとおりでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、ちょっと角度を変えて伺います。  大学の学部の組織をいろいろと変える、弾力性を持たせるという改革案もありますけれども、その他にも各大学がいままで大学の自治を守るため、それからその他のいろいろな困難を乗り越えまして改革案をいろいろ出しておりますし、努力している例がございます。たとえば学長、学部長選挙につきまして職員とか学生が参加できるような案を出しているところがある。また、そういう方式をとっていままで選挙をやってきたような例もございますけれども、どんな例があるか、文部省御存じでいらっしゃいますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 一般的に申し上げますと、大学紛争以来の動向といたしましては、いわゆる学長、学部長選挙等の過程でこれに参加をするものの範囲を広げていくという案をおとりになっておられる大学が相当数にのぼっておるというふうに承知いたしております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それに対していままで文部省はどういうふうに対処していらっしゃったでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学管理責任者の選出につきまして、教育公務員特例法で教官が自主的に選んでいくという考え方を打ち出しております。でございますから、大学の教官の人事は、教育、研究、特に学問研究の自主性を尊重するという観点から、教職関係者の主体的な論議にゆだねるという現行法制の考え方に立ちまして、教官以外の事務関係者あるいは一般学生等が選考過程に参加することは、現在の法制上の趣旨にもとるものだという考え方をもって大学の御相談に応じておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、教育公務員特例法その他に基づいて、その趣旨にもとるから、そういう改革についてはいままで否定していらしたわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教官の人事は、学問研究の自主性ということを考えて、その研究者の自主的な判断にゆだねるべきだという考え方、これは改める必要のないことであり、曲げる必要のないことだというふうに考える次第でございます。ですから、そういう人事がそれ以外の方の関与によって行なわれるという改革は、この段階でとるべきではなかろうというふうに考える次第でございます。もっとも、国によりましては、ソ連もそうでございますし、アメリカもイギリスもそうでございますけれども、大学の最高責任者等、学長、副学長あるいは重要な評議会のメンバー等について、学外者の入った自主組織でもって構成する例はたくさんございます。しかし、わが国の国立大学は、いままで歴史的な経緯を通じまして、教官の、研究者の自主的な組織によって人事をやるという体制で進んでまいっておりますから、この考え方はにわかに改めることは適切でない、こう考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教育公務員特例法についてたいへん厳密なお考えでやっていらっしゃるように伺いましたが、人事委員会などというものができまして、学外者でもあり得る副学長を入れた人事委員会をつくっていらっしゃるということと矛盾するように思いますので、この点はあとで伺わせていただきます。教官以外の人の参画をいままで拒否されてこられたということとたいへん矛盾しているような気がいたしますが、これはあとで論議させていただきます。ただ、学生とか職員といいますのは学外者といえるかどうか、専門的な判断をする立場からいったら問題はあるかもしれませんけれども、全くの学外者といえるかどうかという若干問題などもありますし、教特法の解釈もいろいろあるように聞いております。教授会の議に基づき選ぶということになっていますから、選ぶ過程での細則というのは教授会にまかされているのだという見方もありまして、これは学部を法改正するほどの大きな改革から比べてみますと、教特法の解釈でずいぶん弾力性を持たせられると思うのですが、そこのところは、いままではだめだというふうにおっしゃっているのですが、そこら辺たいへん問題があるように思います。いままでの例を見ましても、たとえば福島大学の学長の選挙、これは四十七年七月四日に福島大学学長の候補者が選出されておりますが、普通、職員とか学生とかが、こういう候補者の選出に参加するという場合に、直接投票するという形をとっておるところはほとんどないのじゃないですか。大体数人の候補者が出まして、除斥投票、三人なら三人の候補のうち、この方だけはどうしてもなっていただいては困る、そういう投票をしてしぼって、そしてしぼった中で残った方を教授会で選ばれるというやり方をしている例がたいへん多いように思います。この福島大学長の場合にも、候補者について学生、職員による除斥投票がされて、そして残った方から選ばれていたわけですね。しかし、文部省は、このやり方ではいけないということで、この学長選挙の選考規程の一部改正を大学にさせていらっしゃる、こういう経過がございます。たいへん積極的に改正までおさせになっている。そこで、福島大学の学長の選出されたのが四十七年七月四日でしたのに、四十八年二月、ずいぶんだってからやっと発令された、こういう例がございます。  それからまだまだ例をあげると切りがないのですが、一橋大学の学長の選挙、四十七年三月六日、やはり一橋大学長が選出されておりますが、これは全職員が参加して選挙をしているのですね、教授会だけでなくて。やはり文部省がこれではいけないというふうにおっしゃって、そして選出基準の改正をさせるということをなさった例があるようでございます。  それから四十四年二月十七日、北海道大学の教育学部長、この場合にもやはり学生による除斥投票がされていますけれども、これを教授会の内規の一部を改正させるという形で改正までさせていらっしゃいます。これは四十四年二月十七日に教育学部長の候補者が選出されて、選ばれましたけれども、こういう過程でたいへんごたごたしまして、発令するまでに何と二年間かかっているという例が出ております。  それから名古屋大学の理学部長、この場合にもやはり同じような除斥投票で問題になっているわけですけれども、こういうことに対しまして、私は、これは全学の意向を反映させていくくふうの一つだというふうに考えるわけですね。しかも、直接投票するわけでなくて、除斥投票をする。結局、たとえ学長であれ学部長であれ、それは専門家でいらっしゃいますけれども、また大学の管理運営をしていらっしゃる執行部にも当たる方、長に当たる方、これがみんなの人望がなく、みんなから支持されなかった場合には、やはり専門的な知識だけではだめでして、うまくいかない。     〔塩崎委員長代理退席、委員長着席〕 こういう点で全学の信望を得た方を選ぶというやり方は、たいへん私なんかは妥当だと思うのですけれども、これも自主改革の一つだと思いますが、こういうものについては文部省もたいへんきびしい態度で臨んでいらっしゃいますね。片方でそういうふうにしていらっしゃる。しかし、さっき伺いましたら、自主改革、積極的に今後も取り入れていきたいというふうにおっしゃっていらっしゃいますけれども、それでは今後はこういう改革についても積極的に取り入れられ、配慮されるということなんでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の学長、学部長等教官の人事管理者の人事を、研究者が自主的に選ぶという制度を考えております。現行法でそういうふうになっておりますのは、やはり研究者の学問研究の主体性を守るということからだと思うのでございます。もっとも学長とか学部長等管理責任のある者につきましては、ただ単に研究の主体性ということ以外の要素もあり得るかもしれません。でございますから、先ほども申し上げましたように、国で一律にきまっているわけじゃございませんが、アメリカでもイギリスでもソ連でも、学長、副学長、学部長等の重要な人事には、学外者が入った理事機関できめるという例がむしろ多いのでございます。それは一般の市民の参加のもとにそういう責任者をきめるという例がございます。しかしわが国では、その教官の人事に対して学外者の参加ということをできるだけ少なくしておるという歴史的経緯がございました。そして研究者自体の自主的な判断によって研究者の人事を考えていこうという制度になっておるわけでございます。私は、学長や学部長というのは決して人気投票で選ばるべきものではない、むしろ研究、教育というものを主体的に考えていきます場合に、研究者がみずからの判断によって、研究者の判断で、あるいは研究者、教育者の判断によって責任ある人を選ぶべきものと考えるのでございます。したがいまして、被教育者あるいはみずからが研究に従事しない事務職員、こういう人が重要な教官の人事に携わることは、現在の制度の趣旨でもないし、今後またそういう方向ににわかに広げていくべきものではない。もし大学の管理責任者に対しましてどういう選考のしかたを考えるかということであれば、これはもっと幅広い市民層との交流ということを第一に考えるべきではなかろうかとは思いますけれども、しかし、これはいま日本の大学の中でそれを推進する時期のものとは考えておりません。でございますから、これは学生、事務職員の参加ということを教官の人事について考える、あるいは大学の管理責任者の人事について考えるという時期でもないというふうに判断をしておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学外者の参加に対して非常に厳密な態度である歴史があったとおっしゃっておりますが、それでは今後も文部省は学長、学部長その他教員の人事の場合には、非常に厳密な態度でお進めになるわけですね、学外者の参加について。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の学長、学部長等の管理責任者の選考は、大学の教育研究の主体性を維持するために教育研究者の間でとり進めらるべきものというふうに考えるのでございます。それ以外の方が、人事の過程で参画をするということは、むしろ慎むべきことではなかろうかというふうに考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その問題は、あとで人事委員会のところでまたちょっと触れさせていただきます。学外者であります副学長が人事委員会に入っておりますから。これはいまおっしゃったこととかなり矛盾する問題になるのではないかというふうに思います。  それとまた別の問題ですが、職員とか学生の場合ですね。これは研究者ではないかもしれませんけれども、この人たちが参加することが単なる人気投票だという、これはちょっとどうかと思うのですね。ばかじゃありませんし、子供じゃありませんし、同じ大学の中でも一緒に大学構成員としてやっているわけですから、候補者に選ばれた学長なり学部長候補の方に対しまして意見を持つということ、これはただ人気があるとかないとかいう問題ではないと思います。そこに選ばれた方の人格、それから民主的な運営をなさる方かどうか、そういうものについての判断が必ずまじえられているものでございまして、人気投票のようなものだとおっしゃるのはたいへんこれは問題だと思います。こういう全学の意向を反映させるためにやっている改革への努力だと私思いますけれども、こういうものを大臣また局長はどうお考えになりますか。自主改革とお考えになりますかなりませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学長や学部長の選考に、研究者、教育者でない者が参画をするというのは、大学における研究、教育の自由、その研究者、教育者の主体性をそこなうおそれが多分にあるというふうに考えます。でございますから、私は学生あるいは事務職員等の人事選考の過程の参加ということは控えるべきものだ、そういう制度を進めるべきものではなかろうというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いま局長のお考え伺いました。  それでは、大臣はどうお考えになりますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 学生も積極的に大学の運営に参画してしかるべきだと思います。しかし、その参画のあり方、これはいろいろあるだろう、こう考えるわけでございまして、その一つとして、いま学長の選考に学生が参加してしかるべきかどうかということについて大学学術局長のほうからお答えを申してまいったわけでございまして、学長の選考につきましては法律に規定がございます。その規定に基づいてやっていただきたいのでございまして、その決定の方式を実質的にゆがめるようなことは認めらるべきではない、こういう考え方に立っておるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 自主改革といいますのは一体どういうことなのだろうかという問題にまでこれは及んでしまいますけれども、北海道大学の教育学部長の選出のときには、大学側がこの教授会の内規のあり方というのは教授会としては認めているものである。これで自分たちはよいと思っている——結局除斥投票を学生がするということですね——という回答を文部省に再三されたそうですけれども、それでもこの改正をおさせになったという経過を私は聞いておりますが、大学教授会がその選考の過程で、直接投票でなくて候補者をしぼる過程で学生が参加して除斥投票をするということは、それでもよいと教授会がきめている場合でもその改正をお進めになる、それほどまでに自主性を認めていらっしゃらないのでしょうか。自主改革といいますが、かなり大学側の意向というものが認められてよいものだと思いますし、特に教授会が一致してこれでよいと言っている場合に、そこにまで文部省が介入できるものか、この辺たいへん問題だと思いますが、いかがですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど来申し上げておりますように、学部長、学長その他教官の人事を大学の研究者、教育者の主体的な判断にゆだねるという制度は、学問、研究の自由というものをできるだけ大事にしたいということから来ているものであります。それはやはり学問、研究を行なう人の間で守らるべきものであろうと思います。  で、学問、研究を担当いたします主要教官の人事に対しまして、被教育者等が別の判断で除斥をするとかあるいは制約を加える、こういうことは、制度の運用の過程で、結局教育者、研究者の教育研究の自由をそこなうことになる、私はそのように考えます。それがまた、教育公務員特例法の教官の自主的な判断にゆだねるという制度の趣旨から考えてみましても、はずれることになりはしないかというふうに考えるのでございます。文部省といたしましては、文部省といたしましては、現行法が結局大学の自治、それは学問研究の自由ということを、学問研究の直接の担当者を擁護する意味で考えておる制度でございますから、できるだけその趣旨に即した人事管理、人事運営をすることが、法の趣旨に合致するものだという判断で指導をいたしておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教授会がこれでよいと言っていても、局長が教育公務員特例法をそう解釈していらっしゃいますと、教授会がいいと言っている選考過程までも変更させるのだ、これが文部省で言っている自主改革の中身ですか。自主改革を手助けするとおっしゃっていますけれども、その手助けをする内容といいますのは、片方では学部という組織までも教育、研究組織に分けるというので、改革までも手助けなさっても、片方では教育公務員特例法の解釈、これもいろいろな解釈がある、そこにまで介入されまして、教授会でいいと言っているものまで変更させる、そこまでなさる、一体ここの違いですね。どういう要件で、片方は大きな法律の改正までなさる、片方では教特法の解釈すら一方の解釈を押しつけられるのでしょうかね。非常に大きな問題だと思いますが、文部省で言っていらっしゃる自主改革の考え方、それで最初私質問いたしましたが、それではこういう学長、学部長選挙などに学生や職員が除斥投票という形で参画することは、これは自主改革とは認められないのかという点、その点もお答えいただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 自主改革とは考えておりません。これはやはり学問研究の自由ということを考えます場合に、重大な影響のある問題だと思います。最近私も遺憾に思っておりますけれども、大学の教官が学内で安心しておれない、学外に出るとやっとほっとするというようなことを冗談に言う先生方がいらっしゃいます。こういうことではこれはいけないのでございます。やはり研究者、教育者が、自分たちの自主的な判断というものを大事にするということでございまして、研究者、教育者のそのステータスに対しまして、研究者、教育者にあらざるものが関与するということは、やはり学問研究の主体性ということを考えました場合に、慎重に考えなければならない重大な問題だと考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教授会がいいと言っているものを文部省がだめだとおっしゃっているのですよ、いまの例は。ですから研究者、教育者以外の者が関与するという問題と違うと思いますけれども、この辺、水かけ論になると思います。(「そんなことない、はっきりしている」と呼ぶ者あり)そうですか。あとで、いまの局長のお答え、しっかりと記録しておいていただきまして、あとでその筑波大学の細部にわたりまして矛盾が出てくるかどうか、その辺もまた論議させていただきたいと思います。  それで、続けまして伺いますが、ここに「昭和四十七年度国立学校特別会計概算要求について」、それからやはり同じような「昭和四十八年度国立学校特別会計予算の概算要求について」、そういうものですね、四十九年度まで出ていると思いますが、こういうものが私の手元にあります。これは文部省でお出しになったものですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 たしか先生からのお話で、お手元に差し上げた記憶がございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 これは、だれあてに、どういう目的でお出しになっていらっしゃいますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 毎年、事務局長会議というのを開催いたしまして、その際に、翌年度の概算要求につきましての基本的な考え方を説明する際の資料でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この四十七年度の概算要求について、この中でこういう文章があります。「現在、高等教育制度全体の改革についての検討が中央教育審議会において進められており、六月中旬に答申が出されることになっている。」ちょっと間を飛ばしまして、「将来の国立学校特別会計予算は、基本的にはこの答申の具体化にそつて考慮されていくこととなろうが、当面四十七年度概算要求にあたつてはこの方向をふまえて、」云々というふうになっています。「なお、大学改革の方向にそつて、それぞれの大学において実験的な試みとして考えられているものについては、十分検討することとしたい。」これが四十七年度の概算要求についてですから、四十六年に出ているものです。  それから次に、四十八年度についての中身にも同様なことばが書かれております。四十八年度については昭和四十七年の五月二十四日に出ておりますが、「高等教育の改革については、さきの中央教育審議会の答申に示された方向を基礎に、現行制度とその運用状況との関連をも考慮し、」云々ということですね。それで「昭和四十八年度の概算要求にあたつては、これらの審議、検討の状況等を勘案して、改革の方向に沿うものを重視することとし、従来の形態にとらわれない新しい試みについてもじゅうぶん検討する。」と言っていらっしゃるわけですね。  それから四十九年度、これがついこの間、五月十八日に出されておりますけれども、「大学改革の推進に資する事項について重点を置くこと。」「新構想に基づく高等教育機関の推進」、こういうふうになっております。  つまり文部省は、予算的に、いま言いましたように、中教審の答申に基づきます新構想に基づく高等教育機関の推進には十分な検討をし、予算的に十分な配慮をする、こういうことが述べられているようでございます。  としますと、この新構想といいますのは、先ほどからしきりに出ておりますけれども、大臣などが仙台でおっしゃったような方向、こういうものだと思いますし、この文章の中に、中教審の答申に基づいた方向ということが幾度も幾度も出ております。つまり、筑波大学のような構想の場合には、予算的に十分に配慮し、検討するということなんですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 各大学から、いろいろな予算の案等を持ち上げてまいります場合に、ワクにこだわることなく改革論議を進めていただいて、従来のワクとは違った新しい構想のものであってもそれを取り上げてまいりましょう、こういう趣旨が一貫して流れておるわけでございます。ですから、四十八年度には、先ほども申し上げましたが、そういう意味で大阪大学の人間科学部といったような新たな構想の学部をつくらしていただきました。また、これからの大学制度の弾力化、多様化、こういう点は中央教育審議会もいろいろと示唆を与えてくだすっておるわけでございます。大学制度の弾力化をはかる、従来の固定したわくだけでものを考えない。そういう意味で大学から個々に発意をちょうだいし、決してこちらからかくあるべしと押しつけておるわけではございません。個々の大学の改革努力を呼び起こす、こういう意味でいま御指摘になりました文章を書いて、関係者に連絡をいたしておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 先ほども読みましたけれども、「さきの中央教育審議会の答申に示された方向を基礎に、」云々というふうになっているわけですね。こういう方向に沿わないものについてはどうなんでしょうか。さっきも自主改革で意見がずれております。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほどもお話がございましたように、学問研究の自主性、主体性に重大な影響のあるようなものは慎重に考えなければならぬというふうに思っております。しかし、教育、研究の推進に資するようなお考えは、喜んで拝聴さしていただくつもりでおります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 中教審答申の方向に沿ってということがいわれているわけでして、そしてこれが教育改革に資するものであるかないか、これを判断なさるのは文部省ということになるわけでございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 政府として、国会に対してその点は責任を負っておるわけでございますから、私どもがやはり大学の発意を受けて、今後の教育政策として国会にも御説明できるものという点は、当然考えるべきことだと思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、文部省がこれならよいとお考えになったものについては、予算的にも十分検討してくださる。これじゃだめだとお考えになったものは、たとえ大学側から意見が出てまいりましても、なかなか予算もつけていただけないということになるわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 文部省がやはりそういうことを判断する責任の役所だというふうに私は考えております。しかし、その文部省は、教育研究というものの実質的な振興ということを中心にしてものを考えるべきであるというふうに考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 これは昭和四十六年度からすでにそういうふうにいわれているわけでございます。以前からこういう方向が出されて、そして結局こういうことになってまいりますと、それでは大学と意見が違った場合、文部省が予算をつけるつけないということが出てくるわけでして、いまの大学は非常に予算は不足しておりますから予算をもらいたい。またその必要がどうしても出るために改革をせざるを得ない、改革というべきかどうか知りませんが……。こういうことをやりますと、そういうようないわゆる予算誘導の方向というのは出てまいりませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 各国立大学からの御要請に対しまして、文部省としても国会に予算を御提示をして御承認をいただくという責任の役所でございます。でございますから、その点につきましては、文部省も十分責任をもって国会で御説明できるような、そういう内容のものであるということは当然考えなければならぬことだと思います。個々の大学、それはそれぞれに御意見もございましょう。御希望もございましょう。実現すべきだ、していいもの、またどんなに御希望になっても私どものいまの手順でそれを間に合せてあげられないもの、いろいろございましょう。しかし、それらをまとめて国会の御承認をいただくというのは、政府としては文部省の責任でございますから、文部省は大学からの御要請に対しまして、私どもとして国会に御説明できるような内容のものに取りまとめさしていただくということは当然かと考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 「中央教育審議会の答申に示された方向を基礎に、」ということがはっきりと書いてございますね。この「改革の方向に沿うものを重視する」というふうにあります。そうなりますと、文部省がいいとお考えになりますのは、この中教審の答申に示された方向であって、これからはずれているようなものについてはどうなさるわけですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 中央教育審議会の答申というのは、大学改革について世界の動向を勘案された上で示唆に富んだものが出ておるわけでございまして、決して局限された特定のものではございません。かなり幅広い新しい構想のもを受け入れ得る内容のものということになっておるわけでございます。でございますから、私は将来の大学の方向を広く見渡して、こういう方向に沿ったものというふうに御検討を個々の大学がなすってくださるというのは、これまた当然のことだと思っております。事柄によりましては、中央教育審議会でお触れにならなかったようなこともあるかもしれません。それはそれでまた検討さしていただきますけれども、一般的な方向は、中央教育審議会が両三年にわたりまして広く御検討いただき、そして今後の日本の大学の方向について示唆を与えてくだすっておりますから、せっかくの御提案ならばその線に沿ったものを重視していくということが、私どもとしても当然の責務ではないかというふうに思う次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 中教審の方針に沿ったものであれば、法改正までしても新しい構想を取り入れられる。ところが、学生参加の選挙などというものが教授会でいいと認められていても、文部省がだめだとお思いになったらそれは押えていらっしゃる。予算的に見ても、そういう方向に沿ったものだったら予算をおつけになるけれども、そうでないと判断されたものには、お金もあまりつけないということに結局なるわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 事柄によるのだと思うのでございます。学生参加のようなことは教授会で認めても、こうおっしゃいますけれども、教授会の認め方がやはり問題だというふうに私は思います。学問研究の主体性というものをみずから放棄するような御決定ではなかろうかと思いますから、その意味では、国会に対するそうした職責について問題を残すようなことについては私ども承認ができないわけでございます。     〔発言する者あり〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 御静粛に願います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 事柄によりまして考えなければなりません。私どものほうも大学の主体的な発想、御意見、お考え、学問研究の方向ということにつきましては、謙虚に耳を傾けたいと思っておりますが、国会に対しまして責任をもって御提示できるような内容のものにさせていただきたい、またそうする責務があるというふうに考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 一般法を改正しまして、希望のある大学にはその希望を取り入れる弾力性を持たせるというふうにおっしゃいますが、こう材料がそろってまいりますと、たいへん危険な感じがするわけでございます。ある文部省がいいと認められた方向、それからたとえば中教審の方向など、こういうものは非常に積極的に取り入れられるけれども、そうでない方向での自主改革になったら、もういれられない。また予算的にそういうものが片方で裏づけられていくということになりますと、この一般法の改正というのは実に大きな危険をはらむのではないでしょうか。予算的に縛られまして、全学的にあまり希望しなくても筑波方式になっていくといったような可能性も私は感じますけれども、その点についてはどうお考えになっていらっしゃいますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほども申し上げましたように、諸外国のいろいろな大学の改革の動きを見ておりましても、ドイツのような考え方の、長い学部制ということだけが諸外国の大学にあるわけではないのでございます。それぞれの国によりましてカレッジのつくり方、デパートメントのつくり方、インスティチュートのつくり方、また呼称もいろいろございますし、いろいろな考え方がございます。でございますから、日本の学部というのは歴史的にはドイツの学部というものを中心にして受け入れてきたわけでございますけれども、この教育研究のシステムが世界の大学のあり方からしまして唯一のものとは考えておりません。したがいまして、この歴史の過程の中でつくり上げてまいりました学部とは違った教育研究のシステムというものをいろいろとこの段階でくふうされますときに、それが取り入れられるような制度の弾力化ということは当然考えるべきであり、また大学関係者が広くこの点は要望をされた点でございます。でございますから、筑波を許容できると同時に、そうした他の考え方も許容できるような制度の弾力化ということは、この際ぜひお願いを申し上げたいというふうに考える次第でございます。これによりまして全部が筑波になるなんということは考えておりません。それぞれの大学で主体的な御発想があり得るものというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 筑波大学の構想を具体的に取り入れるということでしたらば、ちょっと最初の問題に戻りますけれども、国立学校設置法あたりをちょっと改正いたしまして、たとえば筑波大学には、学校教育法五十三条の規定にもかかわらず、学系と学群を置くといったような条文だけを入れましても、学部を学系と学群に分けるということは法制的に可能でございますね。法制局がいらしていると思いますが、いかがでございますか。

林信一内閣法制局第二部長

○林(信)政府委員 法律の形式の問題でございますが、法律同士でございますから、法律の特例は法律でつくれる、これは原則でございます。したがいまして、筑波大学だけの独立の特例を定めた法律をつくろうと思えば、これはもちろん法制的には可能でございます。ただ、今回の改定の趣旨、私が文部省から拝聴しておりますところによりますと、五十三条適用対象というのは、国立学校だけではなく、私立あるいは公立大学にも及ぼすということでございますから、こうなりますと、どうしても五十三条自身を改定していかなければならないということに相なるわけでございます。もしこの五十三条が改定されますれば、当然筑波大学もそのただし書きの例に当たるということでございまして、しかも国立学校でございますから、その内容は法律で定めなければならない。したがって、その法律が何になるかといいますと、国立学校設置法になる、さようなことでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いま法制局の第二部長のお答えにもありましたけれども、結局あれですね、一般法改正をされたということは、議事録を読ませていただくと、学部を学群、学系に分離するためには学校教育法を改正しなければならないというお答えを初めのころしていらした例がありました。その理由よりも、いまお答えがありましたように、こういうふうな弾力性といいますか、筑波大学のような学群、学系を分けていくやり方を私立から公立まで及ぼしていこう、そういう可能性をつくろうというところに非常に大きなウエートがあるわけでございますね。広げられるような可能性をつくっておくという点にウエートがあるわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波のような、従来の学部制と異なる大学というものを国立学校として御提案を申し上げておるわけでございますが、これが学校制度としてある程度そういう許容をちょうだいする。そのことが、今後の筑波というものを考えます場合にも、国立大学における例外とか、学校制度そのものの大学という一般のワクから考えたたった一つの例外というよりは、大学制度の中に弾力的な要素があって、その弾力的な要素の一つとして筑波があり得るという位置づけのほうが私は適切だというふうに考えるのでございます。弾力化して将来の大学にいろいろな構想が出得るような余地というものを今回あわせて考えさしていただく、そのことがかねてからの関係者の御要請に沿うゆえんだというふうにも思いますし、筑波大学という国立大学を学校教育法の大学の中に位置づけますにつきましても、適切な措置ではないかというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 ちょっと繰り返すようにはなりますが、最初東京教育大学から出てきた、苦労して練り上げた構想を具体化してあげたいと大臣はおっしゃいましたけれども、その点ばかりでなくて、このような東京教育大学が出してまいりました構想というのは、文部省がごらんになって非常に適切かつ有効だとお考えになるので、他の大学にも広げられたら広げられるように、弾力性を持たせようということでございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 筑波で考えておりますことは、今日の大学の共通した問題点に対して東京教育大学なりにその解決策をはかったものだと考えております。この問題点は、日本だけでなく、多くの先進諸国においても共通の課題を持っておるところでございますから、そういう諸外国の大学改革の進め方等も考え合わせながら、筑波だけが唯一のものというわけではございませんが、今後の大学改革その他に資するということを私どもとしては考えておきたいと思う次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、次の質問に移らせていただきます。  学校教育法五十三条の改正の部分ですが、まず最初に、いままでは「数個の学部を置くことを常例とする。」としておりましたが、今度この「数個の」をとりました。これはどういう理由でしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 従来、大学は、専門領域ごとにつくられました学部が幾つか集まった総合的な複合大学ということをたてまえに考えていきたいという趣旨が、この「数個の」という規定を定めた意味だと、こう考えるのでございます。そして、単科の大学はむしろ例外的なものというふうに考えられたものと思うのでございます。今回、大学の学部の規定を改正するにあたりまして、将来の大学のあり方等を考えていきました際に、戦後二十年間の経過の中からも出ておるわけでございますけれども、いろいろ新たな単科の大学というものもたくさん出てまいりました。そして、高等教育の普及化に伴いましてたくさんの学生が入ってくる、いろいろなタイプの大学が必要になってくるということを考えますと、すべての大学が総合大学でなければならぬ、総合大学を原則とするということは必ずしも必要ではないのではなかろうか。むしろ学生の教育目的に即した単科の大学がもうすでにかなり出てきておるところでございますけれども、今後また出てくるということがあってもよろしいのではなかろうかという意味から、「数個の」ということを削除いたしまして、一般的に「学部を置くことを常例とする。」というふうに改めさしていただいた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、将来の大学のあり方としては単科大学のほうが適当だということでございますか。そうではありませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 どちらが適当というふうには考えません。今後いろいろな単科大学が出得るであろう、単科大学は例外だということで抑制する必要はなかろう、こういう考え方でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままででも、この学校教育法五十三条がありまして、「数個の学部を置くことを常例とする。」というふうになっておりましたけれども、単科大学も例外として認められておりました。ですから、いままでのままでも単科大学が置けないということはなかったわけです。事実また非常にたくさん出てきているわけですけれども、これをわざわざ法改正されたということですね。いままででも置けていたのに、わざわざこの「数個の」をおとりになったというその理由ですね。そこをもう少し詳しく聞かせていただけますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど申し上げた以上に他意はございません。これから大学への進学率も高まり、ますますたくさんの大学が出てくる、そういう場合に、大学は総合大学が原則であるという考え方を必ずしもとる必要はないであろう、こういう判断からでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 戦後新制大学がつくられましたときに、総合大学を原則とするということをきめていたわけですけれども、その考え方というのは、学校教育法の五十二条にあらわされている考え方から出ているのだろうと私は思います。これは「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」というふうに規定されておりまして、戦前の教育の反省の上に立って、大学というところは単なる専門教育だけをするところではない、豊かな人間形成の場でなければならないし、学術の中心でなければならない、そういう考え方から出ているのだと思います。「広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究」するということは、ちょっとこれは矛盾するようではありますけれども、だからこそ一般教養を大切にしながら、しかも専門の教育の内容も充実させていく、高くしていくというこの二つを兼ね備えるという意味での総合大学ということになったんだと思います。だからこそ総合大学を常例とするという、そういう規定も五十三条につくられている。こういう考え方からこの五十三条の規定はいままで出ていたと思いますけれども、この五十二条はまだ変わっていないわけですけれども、この五十二条に対する考え方も変わったということなんでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の五十二条の考え方のもとに、なお単科大学もあり得たわけでございますから、単科の大学であるということは五十二条と矛盾しているとは考えません。しかし、大学制度一般として考えました場合に、従来は大学は総合的な数個の学部というものを中心にした大学という考えできたけれども、必ずしも、今後の大学のあり方を考えた場合に、総合大学でなければならぬというふうに考える必要はなかろう。ですから、原則的にはどちらでもいいという考え方に立って大学の構成を考えてよろしかろうという意味で、五十三条の改正案の際に「数個」という要請をはずしたということでございます。五十二条との関係だけで申しますならば、現在も単科の大学は五十二条のもとにたくさん存在をしておるわけでございます。将来の日本の大学のあり方等を考えました場合に、今後いろいろな意味で単科の大学がなお出得るであろうということを考えますときに、これを総合大学が原則だというふうにいっておく必要はないであろう、こういう考え方でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 五十二条の立場から見ますと、理想的なのは総合大学なのではなかったのでしょうか。それは、五十二条があったけれども、そして五十三条があったけれども、単科大学は確かにふえました。けれども、これはあってもふえているのだからいいだろうということにはならないのであって、ほんとうは総合大学が理想的ならば、そういうものをたくさんつくるべき努力をするべきだったのだけれども、実際には単科大学が非常にふえているという現実はあるかもしれません。けれども理想的なのはどちらかという点ではどうなんでしょうか。五十二条の立場に立って考えた場合、大学というのはどうあるべきであるか、その点の御意見を伺いたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 五十二条は先ほどお話がございましたように、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」という趣旨でございます。これはいまお話しのような御意見もあるいは成り立つかと思います。しかし、今日大学が非常に幅広いたくさんの学生層を受け入れる教育機関ということになってまいりました。そして今日の時点におきまして「広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究」するという要請は、それらの大学がそれなりに果たしておるわけでございまして、今日の時点で考えまして、これは将来とも総合大学でなければならぬ、こういうふうなワクどりで考える必要はない。やはり専門分化し、いろいろな要請の大学が出てまいりますときに、その特色ある大学というものが単科で生まれることをこの五十二条が規制している趣旨だ、こうは考えられないだろうと思うのでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは以前、総合大学を常例とするときめた、そういう趣旨ですね、それはどういうところにあったんですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学というものが教官の構成その他いろいろな意味でいろいろな専門分野の方が幅広く集まるということを大学の機能として期待をしたというところが「数個の学部を置くことを常例とする。」というふうに規定された趣意だと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、大学についての理念とか五十二条についての考え方は変わらないけれども、社会的な変化が出てきたからそれに対応するために変えたということになるのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 そのようにお考えくだすってよろしいかと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、この社会的な変化に対しまして、五十二条の理念というのは変わったということなんでしょうか。状況が変わった、結局単科大学が実際にはふえてきたとか、大学というものが非常に大衆化したというのがどういうことなのかわかりませんが、大学へ行く人がたいへん多くなってきたとか、そういう状況の変化がありますけれども、そうしますと、それに伴って理念そのものが変わってくるのか、それとも理念は変わらないけれども、社会的に変わってきたからそれに応じて「数個」を取ってしまったというのかという、そこら辺、もうちょっとお聞かせください。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 今日三百九十九校の大学がございまして、そのうち単科の大学は二百二十八校で、過半数が単科大学ということに相なっておる次第でございます。大学の目的、趣旨、これは法文の規定で書いてあるとおりでございます。しかしながら、昭和二十二年に学校教育法が制定されました当時の大学と今日の大学とは、社会的な大学のあり方として大きな変化がやはりあろうかと思います。大学進学者の拡大その他をとってみましても、また大学で取り上げております教育研究の内容その他をとってみましても、かなり幅広いものを大学として受けとめるようになってきておると思います。こうした社会的な推移の変化というものを考えました場合に、そしてまた現実出ております単科大学のあり方等を考えました場合に、今後の大学の多様化ということを念頭に置きまして、すべての大学が総合大学をたてまえとする必要はないし、そのほうが今後の大学の趣旨から見てもいい面もあり得るのではないか、だから大学をつくるときにはすべて総合大学をたてまえとすべしというところは変えさせていただいていかがであろうかというのが今回の御提案でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、つまり大学の多様化を目ざしていらっしゃるから、その戦後総合大学を原則とするという考え方に立っていらしたときといまとで、文部省の大学についての考え方、理想的なあり方、理念というものが変化してきたということになるわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学の目的というのは五十二条で同じように規定してあるかと思います。しかし、今日の大学に寄せられるいろいろな社会的な要請、その他また大学の教育研究の多様化、こういうことを考えました場合に、従来大学として数少なかった時代の大学と、今後の大学のあり方という社会的な要請とを考えてみました場合に、単科の大学がいろいろとあり得るということを考えてしかるべきであろう、こういう意味でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、五十二条に対する見方が変わったということになるわけですね。総合性、均一性ということが最初はいわれていたわけです。そして大学は学術の中心となるようなものでなければならないということがいわれまして五十二条が設定されていたわけなんですけれども、だから総合大学を原則とするということが当時の国会の論議ではいわれているわけです。これが、社会的な変化に応じて大学についての理念も文部省としては変わった、理想とするべき大学のあり方についての考え方が変わったということですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学校教育法以前の旧大学制度のころから、大学の理念は同じ趣旨の規定がございました。なおかつ単科の大学もそれぞれ専門領域その他必要によって設けられておった次第でございます。でございますから、五十二条に規定してございます大学の考え方、目的、理念というものには変化はないと思います。ただ社会的な推移その他から考えてみまして、すべての大学を総合大学を原則ということで運営をしなくてもよろしかろう、従来からありました個々の単科大学というものが今日すでに数はふえておるわけでありますが、今後なおふえる方向というものがあって差しつかえなかろう、そのような判断に基づきまして、現実の個々の大学の組織というものがすべて総合大学がたてまえということでなくてもよろしいという意味での推移の変化であろうかと思うのでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 かつては総合性、均一性ということがいわれていたわけでございます。ところがいまは単科大学がふえたし、大学へ行く人がふえたから単科大学でもいいのだ、これは総合性を否定するわけです。それから均一性という点にしますならば、さっき大学の多様化ということを局長みずからおっしゃっていました。多様化ということは均一性に反するわけですね。そういう点では五十二条の理念、大学についての考え方というのが変わったというふうに私は思いますけれども、そうではないのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学というものに対する理念、考え方は変わっておらないのでありますが、個々の大学の設置の形態というものを、総合大学を主にして考えなければならぬという必要は必ずしもない。その意味では設置の形態がもっといろいろな形態があり得る、こういう考え方でおるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私などが考えますと、五十二条についての考え方、これをきめていましたころに比べてやはり考え方が変わったとしか思えないのです。変わったのでしょうか、変わらないのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 五十二条の大学の考え方というのは、戦前の大学令のときから同じような規定で今日まで来ておるのでございます。しかし、その大学の設置の形態につきましては、戦後二十数年の過程の中で単科の大学もふえてきておるし、今後いろいろな多様な大学ができていくということを考えました場合に、設置の形態としては必ずしも総合大学を原則としないという意味で変わったということが言えようかと思います。その点は改正を御提案申し上げている次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いまの論議をお聞きになりまして、大臣、どうお考えになりますか。

奥野誠亮自由民主党文部大臣

○奥野国務大臣 政府委員がお答えを申し上げたとおりであります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 大臣も政府委員、局長と同じお考えだそうでございます。そうしますと、この五十二条を改正しないで五十三条を改正するということは矛盾があるんじゃないでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 五十二条の規定のもとで現在でも単科の大学もあり得るわけでございますから、単科であるか総合であるかというたてまえ論といたしまして、どちらでもいいというふうにいたしますこと自体は別に五十二条と矛盾したことではないと考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 変えないでも置けるのですから、変える必要はないと思うのですけれども、いままで五十二条がありまして、その考え方に沿って総合大学を原則とするというふうになっていた。しかし、そこでも単科大学が置けなかったわけではなかった。それを矛盾しないからいいんだとおっしゃるけれども、わざわざ法改正をなさった。法改正をなさるからには相当大きな理念の変化があるのだろうというふうに伺っていたわけですね。ですから、いまのお答えというのはちょっとおかしいのですけれども、どうでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の規定におきましても、総合大学を原則とするが、単科の大学もあり得るということで運用さしていただいておるわけであります。今日、大学が非常に数も多くなってまいりました。進学者もふえてまいりました。いろいろなタイプの大学も出てまいりました。そういう大学の設置形態の変化を見まして、単科の大学がかなりの数に達しております。今後のあり方を考えてみましても、単科の大学が社会の要請に応じてふえるということも考えられる次第でございますから、総合大学が原則で単科の大学が例外という規定は、今後の推移を考えました場合に実態にも合わないことになろうかという意味で、「数個の」という規定を削らしていただいた次第であります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 大学が多様化してまいりますと、大学間の格差というのは必ず出てくると思いますが、大学が大衆化してきた。大ぜいの人が大学に行くようになった。そうなりますと、格差をつくるということはいいというふうにお考えになりますか。  それからもう一つ、いわゆる総合大学を原則としていたときには、さっき言いましたように広く知識を授け、研究し、それからまた専門的な学術を研究するという立場に立っていましたけれども、そうしますと、単科大学を常例とするようになりますと、いわゆる職業教育のようなものですかね。そういう形での、それを授ける大学というものがたくさんできてきてもかまわないというふうに考えていらっしゃるのでしょうか。それとも——大衆化ということと単科大学がふえてもかまわないということとの関係ですね、その辺をちょっと御説明いただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いろいろなタイプの大学ができるということは、格差というふうには考えたくはございません。それぞれの目的に即したいろいろな大学があり得ていい、それぞれの特色があり得ていいというふうに考えます。また、幅広い青年層が大学に入っていくということになりますと、その大学教育の内容が多様化するということはいろいろと起こってくると思います。一般的な方向といたしまして、一面におきましては幅の広い教育というものを必要とすると同時に、一面では医学、体育、芸術という特色のある専門的な教育領域というものがふえていく。医療技術短大等の新たな大学も御提案申し上げているわけでございますけれども、今後いろいろな職種の拡大に伴いまして、そういう新しい技術に対応いたしますような大学教育ということも出てくるであろうというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 多様化と格差が出るのは関係ないとおっしゃいますが、いま高等学校がやはり多様化しまして、それの結果、非常に高校の格差というのが出てきておりますね。先日も新聞を見ましたら、高等専門学校などの方針を一部手直ししなければならない、高校の多様化というものを文部省自身が手直ししていかなければならないという記事も見ましたけれども、それとの関係から見ても、大学が多様化したとき格差が出てくるのではないだろうか、必然的に私どもはそう考えますけれども、そういうことはあり得ないというふうにお考えになるのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学がそれぞれいろいろな特色のある大学教育研究を展開するということは、格差とは別のことだと考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私はいますでにやられております高等学校の多様化と格差発生との関係で、それとの関連で質問しておりますので、その点でお答えいただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 高等学校の格差が、普通課程と職業課程との間にだけあるというふうには私は考えておりません。同じ普通課程でありましても、言われるような次第のことが起こり得るだろうと思います。いろいろな種類の教育機関があるということと、それぞれに格差がある、その格差というのはどういう意味でおっしゃっているのかわかりませんけれども、私は別のことだというふうに考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 以前、高等学校を多様化させるときにも、格差は関係ないというふうに文部省はおっしゃっていました。それをいまは手直ししなければならなくなっている。そういう反省の上に立って、この大学の多様化ということについて私などはたいへん危険性を感じるわけです。やはり最初の、五十二条で述べられております戦後の新制大学の理念というものをしっかりと踏まえて、その立場に立った努力をしていくべきだと思います。単科大学を、実際にふえているからふやしてもよい、それから大学にいく人がふえて大衆化しているからふやしてもよいのだというふうな安易な考え方でなくて、最初の理念に沿って、総合大学を文部省として多くつくっていくという努力をする、そういう立場に立つべきだと思って、いまの五十三条の「数個」を取った部分の点を私は論議しているわけですけれども、いかがでございましょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学が、かつてのようにエリートのための大学というふうに考えられた時代と今日とでは、かなり大学の教育の考え方は違ってきておろうかと思います。今日の大学は、少数のエリートのためだけの大学というふうには考えておりません。一般の青年層に対しまして、高等教育を含めた、学術の研究教育の機関として大学が構想をされておるわけであります。でございますから、かつてのように数%の学生が学んでおったころの大学と、今日三〇%近く、また四〇%にもなろうかという青年層が進んでいく大学と、その教育の内容には、教育面から見ましてもおのずから広がりが出てくる、多様性が出てくるということは当然だと思います。  また、世の中におきますいろいろな新たな職種も次々と発展し伸びていくわけでございますから、そういうような新たな世の中の専門に対して対応できるような教育のシステムということは、当然考えておかなければならぬ。したがいまして、十九世紀の古い大学でございますならば、学部の種類も、法学、哲学、医学、神学といったようなわずかの、四つのものでしかなかった。その後いろいろな社会の発展の過程を通じまして、大学と考えられてなかった工学のようなものが大学の中に位置づけられてくる。今日ではさらに水産も商船も畜産も獣医も、いろいろなものが大学のワクの中で考えられ、それぞれに必要な教育の仕事を、営みをしていくわけでございます。今後も世の中の進みと同時に、そうした発展、多様化ということは当然に起こってくるべきものだというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 世の中の進歩発展との関係ということですと、むしろ私などは、単科大学をたくさんつくることより総合大学をたくさんつくることのほうがむしろいま必要になっているのではないかと思います。それは文部省がお出しになりましたこの「筑波大学の理解のために」、これは筑波大学のことが書いてあるのですけれども、この中にこういうことが書かれております。六ページ「問3」のところ「教育について見れば、一般に科学の進歩が急速なため早くから狭い専門にこり固まらないで幅広い勉強をし、将来の基礎を培うことがますます必要になってきていますし、他方将来普通の社会人となろうとする学生にとっては、たとえば経済学部の学生でも歴史の講義を聞いたり、法律の勉強をしたりしたいものです。」だから学部を廃止して云々というふうに書いてあるのですけれども、これはどこにでも当てはまるわけですよ。そうなりますと、単科大学だったらこういうことできないんじゃないですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 確かに筑波で考えておりますように、幅広いたくさんの学生が入ってくるという大学教育を考えますと、一面では幅広い教育ということを考えなければなりません。それと同時に、筑波でも専門学群で御提示を申し上げておりますように、医学、体育、芸術関係の専門学群という領域によりましては、それぞれ専門に早くから入っていくという教育のシステムも必要であろうかと思います。  いま社会で私どものほうに強く御要請がございますのは、看護関係につきまして大学をもっとふやせというふうな御要請など、たくさんございます。今後いろんな職種が、従来大学レベルで取り上げられていなかった領域について、新たな大学教育の課題を考えていかなければならぬということは当然起こってまいります。で、進学者の層がふえて、社会の進み方と、それから青年大衆というものが大学に数多くくればくるほど、やはり大学の教育は、一方において一般化し、一方において専門化する、この両面の要請を持つということは、私は避けられないというふうに思うのでございます。そしてすべての大学が総合大学であれば、全部いい特色が生きるというふうにだけは考えられません。  たとえば、アメリカのMIT等、単科の工科大学でございますけれども、かなり幅広い内容の、特色のある大学等ございます。医学関係につきましても、単科大学ということを考えたほうがいいという論議もございます。そうでない論議もございますけれども、それぞれの考え方によりまして今後の大学が、単科であるもの、そうでないもの、いろいろと出てきていいのではなかろうか、これが、進学者がふえていくというこれからの幅広い大学を考えた場合に必要になってくるのではないか、こう考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもよくわかりませんが、それじゃ、人によって専門的にこり固まってもいいし、幅広くなってもいいということなんでしょうか。ここにありますその意味を考えますと、わざわざ、学部が弾力性がないからといって、その学部を教育、研究組織に分けられていますよね、学群、学系。その理由としては、「一般に科学の進歩が急速なため早くから狭い専門にこり固まらないで幅広い勉強をし、将来の基礎を培うことがますます必要」だ、これが社会の要請だ、そして他方、将来普通の社会人となろうとする学生にとっても、経済の学生でも歴史の講義を聞いたり、法律の勉強をしたりといっているわけですから、結局、その考え方に立ちますと、最初のその五十二条の考え方ですね。広く知識を授け、しかも深く専門的な教養を受ける一人の人が、幅広い一般教養も身につけながら、しかもその上で、その深い専門的な知識を身につけるということになるんだと思うのです。そうなってまいりますと、そのためにこそわざわざ、現在ある学部さえ改革されようと片方ではされながら、片方に単科大学をたくさんおつくりになる。わざわざその「数個の学部」という「数個」まで取られて五十三条を改正なさる。単科大学だったらやはり、法律の勉強をする人が経済の講義を聞いたり、ほかの講義を聞いたりということはなかなかやりにくいわけでして、どうしても専門的になりますけれども、そこら辺がこのお考えとずいぶん矛盾しているように思うのですけれどもね。  それじゃ、単科大学にいく人はこり固まってよくて、総合大学にいく人は広く幅広い、筑波大学に実現されようと考えていらっしゃるような、そういう理想を実現しようとなさるのか。個人によってそういうふうに入る学校によって違ってくるのか。そこら辺がたいへん問題なんですけれども、いかがでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 単科大学であれば必ず狭いというふうに考える必要はないかと思います。国際基督教大学は単科大学でございますけれども、かなり幅広い教育内容を提供しておる大学の例かと思います。いろいろな単科大学があり得るだろうと思います。  筑波におきましても、第一、第二、第三の学群におきましては、幅広い総合的なカリキュラムということを一応念頭に置いてございます。しかし一面で、筑波におきましても体育や医学や芸術のように、早くから専門に力がより多く入るという教育のシステムもあわせて考えております。大学の中に、総合的な大学と、それから、学生の志望によって早くから特定の専門に力点を置いた教育のシステム、それぞれがあってよろしいのではなかろうか。学生層が広がれば広がるほど、その志向による選択ということの余地が広がっていくほうがいい、こう考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いまのこの「数個の学部」という「数個」をはずしたという問題については終わらせていただこうと思いますが、そうしますと、その最初の、戦後新制大学の理念でありました総合大学を原則とするという考え方が変わってきたというのは、結局、総合大学に対する考え方、大学の理念というものが社会情勢につれて文部省の中で変わってきた、そして単科大学でもよくなって、それをたくさんつくる、総合大学をたくさんつくる努力をするのではなくて、単科大学がふえてきたから、また多様化という線に沿って、中教審の線に沿ってこの改正をされたというふうに考えていいわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いろんな大学があり得る、それぞれ大学の多様化ということを考えていこう、こういう趣意でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 これは筑波大学の案、東京教育大学が改革案を出したこととは全く関係のない改正ですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 「数個」というのを削りました点は、格別の関係はございません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは次の問題に移らせていただきます。  そうしますと、次に学校教育法五十三条のただし書きの部分に入らせていただきます。ここは、「当該大学の教育研究上の目的を達成するため有益かつ適切である場合においては、学部以外の教育研究上の基本となる組織を置くことができる。」こういうふうになっているわけでございます。  まず、この学部以外の組織ですね。これがいままでの学部とどう違うのか。学部と学部以外の組織を区別する要件というものはどういうところにあるのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 お答え申し上げます。  学部につきましては学校教育法上明確な定義はございませんが、大学設置基準等で一応の定義を示しております。ただ、そういう定義並びに歴史的、伝統的に積み上げられてきた解釈から申しますと、特定の分野につきまして教育研究を一体として遂行される大学の中心的な組織というようなことが大体申せるかと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教育研究を一体とする大学の中心的組織が学部である、そうしますと、学部以外になる場合、さっきの教育研究組織を分離しました筑波大学のような場合は学部以外だということになりますが、それでは、さっき例に出ていました京都大学の部の制度、あんなものはどういうふうに見たらよろしいでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 ただいま概括的なことを申し上げましたが、その大学の中心的な組織ということの一つといたしまして、かなりの程度に独立性、つまり学部の事柄については学部内で処理をするというような独立性と申しますか、自己完結性と申しますか、そういうものを備えておるということも学部の一つの特色ではなかろうかと存じます。京都大学の改革案の中で出されております部という構想は、規模から申しますと、ほぼ大きな学科程度の規模でございます。そういう大きな学科程度の規模のものの教育研究を一体として遂行する組織ではございますけれども、具体的な教育組織、研究組織の構成にあたりましては、部をさらに複数組み合わせまして、場合によりましては一つの部が二つの教育組織にまたがる、あるいは研究組織のみを構成するというようなことで、教育組織、研究組織を構成する際のさらに基本的な意味という考え方が強いように承知をいたしておりまして、そういたしますと、やはり現在伝統的に形成されております学部概念には当てはまらないのではないかと考えておりますし、また、大学の御検討の過程でも、学部はやめて部にするという表現をとっておりますので、おそらく改革案を御議論されました先生方も、学部という概念にはまらないものとして議論されたというふうに考えております。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 この際、暫時休憩いたします。    午後六時二十五分休憩      ————◇—————    午後六時四十六分開議

田中正巳自由民主党

○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  国立学校設置法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。栗田翠君。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 休憩前の質問を続けて伺います。  京都大学の改革案の例に出ていた部の制度は、学部以外の組織であるとさっきお答えになりましたけれども、そうしますと、学部といいますのは、教育と研究を一体としている大学の中心的な組織だということですが、この部の制度といいますのは、教育と研究は一体にしておりますけれども学部以外だとおっしゃるのはどういうわけでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、大学の目的でございます教育研究を遂行するにあたりまして、相当程度の独立性と申しますか、自己完結性と申しますか、そういうものを持った大学の基本的な単位であるという考え方がほぼ定着しているのではないかと思います。  京都大学の部の御構想は、一つの部だけで教育研究をおやりになるという性格よりは、むしろ、他の部と比較的弾力的に、自由に連合されて教育研究の基本組織をおつくりになるという性格のものであるように拝聴しておりますので、ちょっと学部概念としては取り扱い得ないのではないか、また京都大学御自身もそう思っておられるのではないかということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この学部の概念というのは、かなりはっきりしておかないとたいへんなことになると思います。なぜかといいますと、八十七条の二の改正が出ていますから、学部以外の基本組織が置かれた場合には、そこの長は学部長と同等の法的な取り扱いを受けなくなります。どれが学部であって、どこからどこまでが学部以外かということがはっきりしませんと、ちょっと改革しますと学部長の取り扱いが変わってくるなんという場合が出てくるわけでして、そこらの判断は非常に問題になると思いますので、正確であることが必要だと思うのですが、そうしますと、教育研究を一体とする大学の中心的な組織であって、しかも、それが自己完結性を持っていなければいけないということになるわけなんでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 自己完結性というのはかなりなまな表現でございますので、ちょっとほかに適当な表現が見当たりませんので使わせていただきましたが、大学に置かれる必須の組織として、それ自体の組織の中で、大学の教育研究の目的を相当程度遂行し得るということが、やはり学部の要素としてはあるのではなかろうかと考えております。  なお、ちなみに、現在の大学設置基準の二条に、学部の定義がございますので、朗読させていただきますと、「学部は、専攻により教育研究上から組織されるものであつて、学科目又は講座の種類及び数、教員数その他が学部として適当な組織をもつて認められるものとする。」それから二項で「学部の種類は、文学、法学、経済学、商学、理学、医学、歯学、工学及び農学の各学部その他学部として適当な規模内容があると認められるものとする。」というふうに書いてございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、この部のようなものを幾つか集めて学部として扱うというようなことはあり得るわけですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これは京都大学の部の構想が、改革案を拝読した限りでは、十分具体的に私も把握しておりませんが、部というものの組み合わせが、かりにかなり永続的、固定的に組み合わされるのであれば、むしろその組み合わされたもののほうが基本組織となろうかと存じますけれども、そこら辺の具体的な例示がございませんので、ちょっと判断しかねておるわけであります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学部であるか学部以外の基本組織になるかという判断の基準をやはりはっきりとさせていただく必要が、ここでまず出てくるのではないだろうかというふうに思います。一々学部であるか学部でないかということを、文部省が文部省のお考えで判断されることになりますと、これは、八十七条二の適用除外などを受ける場合に非常に問題が出てくるということが、ここでまず最初に問題があると思うのです。もう一度伺いますが、そうしますと、学部というのはどう定義したらよろしいのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現段階では、ただいま読み上げました大学設置基準の規定が、大学人の共通了解事項になっているのではないかというふうに承知をいたしております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは、学部以外の基本組織を置かなければならないその教育上、研究上の理由について伺います。  文部省で出されました「筑波大学の理解のために」の中を見ますと、かなりいろいろと書かれております。たとえば、これは三二ページですが、「問21 学部以外の組織を置けるようにするということですが、」というようなことで質問が出ておりまして、この中で、「これまでの学部のあり方に対する批判が、主として学部が教育と研究を単一の組織で一体的に行なうものとされていることに起因していることからも明らかなように、大学に学部以外の組織をおく場合にはやはり教育と研究を機能的に分離する形が多くなるであろうことは容易に予想できます。」というふうに書かれております。容易に予想できるとか明らかであるというふうにいわれています以上、教育研究上から学部以外の基本組織をつくらなければならない理由というのは、非常に文部省としてははっきりとつかんでいらっしゃると思うのですけれども、その理由はどういうところにあるのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学部以外の組織の考え方といたしましては、現在までの、先般来御論議が出ております諸外国の例等から見ましても、大体教育組織と研究組織を何らかの形で学内で分けて構成をするというタイプのもの、これは筑波の学群、学系がその一つの例でございますし、伝えられるところによるイギリスの新大学の例もそれに該当するかと存じます。  もう一つの類型といたしましては、先ほどの部の御議論でございましたように、むしろ専門分野をかなり限定いたしました小組織というものを基本にして、それをいろいろ組み立てて、教育組織、研究組織を考えていくという類型があろうかと存じます。これも私詳しく調査したわけではございませんが、印象といたしましてはフランスのユニテあるいはドイツのアプタイルング、それから先ほどあげました京都大学の部というのがそれに属するような系列ではなかろうかというふうに理解をしております。  なお、教育組織と研究組織を分ける利点につきましては、すでに御議論が出ておりますように、教育上、研究上の要請に柔軟に対処するため、教育につきましては教育上の目的からも組織を考え、研究につきましては研究目的の組織を考えるという、抽象的に申すとそういうようなことになろうかと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 もう少し具体的におっしゃっていただけませんか、ちょっとわからないのですが、わざわざ学部以外のものをつくらなければならない理由が。というのは、結局いままで弊害が出てきているからだと思います、学部制度に。それがどうだったかというのを具体的にお話しいただけませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在までの学部は、御案内のように学部、学科という制度で運営されておるわけでございます。この学部、学科の縦割りで学生の教育を考えていく、これも専門を深く教えていくという意味では、確かに歴史的にも意味のある教育のシステムなのでございますけれども、最近イギリスの大学、ニューセブン等の中に出ておりますように、ヨーロッパの地域研究を中心にするような教育のシステムを考える、あるいはアジア研究というような立場からの学生教育を幅広く考える。従来の縦割りの専門だけではそういう場合に対応できない。したがって、従来の学部が、教官の研究と教育とが一体というたてまえ上、専門分野別にその研究の立場からの縦割りというようなことで構成されておる関係上、幅広いいまのような問題、地域研究あるいは境界領域を包括した幅広い教育課題というものを考えていく場合には、学部を単位にして教育をするということでは適切でないという例が出てくるわけでございます。ですから、そういう専門分野を横断した教育のシステムというようなものを考えました場合に、それをできるだけ達成できるような教育のシステムを別に考えるということが必要になってまいります。しかし、教官は自分の専門に属した領域別の教官、またその研究ということで今後も進んでいくことが考えられるわけでございますから、そこで、教官の所属と学生の教育のシステムとを一応別々に組織しても、この必要性というのが出てくるわけでございまして、教育を適切に考えるという意味では、従来の縦割りの学部を越えた教育の制度ができるように、こういう趣意で考えられておるものでございます。大学によりましては従来どおりの学部で教育をするというところもございましょう。また、大学によりましては新たな教育のシステムを、いま申し上げましたような意味で構成するということが可能になるようにしておきたい、こういう次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いまお答えになりましたような内容のことでしたらば、学部の制度を弾力的に運用したらできるのではないでしょうか。教育研究組織を分けるというそういうことでなくても、境界領域などの問題でしたら、学部制度というのをもっともっと弾力的に運用していくということで、たとえば環境科学部をつくるというような動きもすでにいま大学の中で出ておりまして、これなどはその境界領域の一つだし、そういうものをつくってはならないという学部についてのきめというのはないわけです。学科をきめているのは、これは省令ですね。法律で学部というものを見た場合には、運用のしかたでは非常に弾力的に運用できると思うのですけれども、それをわざわざ学部以外のものをつくる理由としてはちょっと薄弱だと思いますが、いかがでしょうか。その弾力的な運用が可能ではないかという点で、ちょっとお答えをいただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育のシステムとしては、学部間の交流を活発にするというような教育上の運営は、確かに進めていくことができると思います。しかしこれが、大学の学部が長い間伝統の積み重ねでできた関係上、どうしてもそれぞれの大学のいままで行なってまいりました縦割りの教育システムというものがそこに強く残ってまいりまして、そして先ほど申し上げましたような一例でございますが、地域研究のような教育システムをとろうといたしますと、学生としては、どこかの学部を中心にしてカリキュラムを組むということが適切に行なえないという問題が起こるわけです。ヨーロッパの地域研究をやるために必要なカリキュラムというものは、どこかの学部を基礎にして考えることはできないのであって、やはりいろいろな学部の専門家を集めてきて、地域研究にふさわしい教育のシステムをつくり上げていくということが必要になってまいります。またその講座を担当する教官は、ある場合には地質の先生であり、ある場合には地理の教官であり、ある場合には歴史の教官でありという、教官の従来の感覚から申しますと、所属学部が別々の教官が集まってくる必要があるのでございますから、従来のどこかの学部が、そのように弾力的に考えるということだけでは対応できない。それは地域研究の学部をつくればいいではないかという御意見もあり得るとは思いますけれども、教官としては地域研究の学部の教官というよりは、それぞれの専門の教官で研究をされたほうがいいという要請が一面であるわけでございます。でございますから、教育と研究とを、いつも一つのものでなければならぬという窮屈なことにしておく必要はない。これを分離して扱えるようにする。それが今回提案しております趣意でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いまのお答えで、学部が縦割りになっているのは、伝統的にそうなのであるというふうにお答えになりました。それでは法改正をする必要はないではありませんか。その伝統的なシステムを改革していく必要はあるにしても、わざわざ法改正までして学部を解体する例を出していくほどの必要はないと思いますが、いかがですか。弾力的な運用の可能性、伝統ではなくて可能性があるのではないかという点で伺っているわけです。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど申し上げましたように、従来の学部のシステムのままでは非常に取り扱いにくい教育の領域が現に起こりつつあるという点から、学部のワクにこだわらない教育のシステムができるようにしていただきたい、こういう次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その領域を、少し具体的にお話しくださいませんか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いろいろな比較研究でありますとか、あるいは地域研究でありますとか、あるいは工学と社会学とを一緒に扱ったような社会工学的な領域を考えるとか、この筑波の第三学群で考えておりますのもそういうものでございますけれども、経済学と工学と領域を合わせた教育システムを考える、こういうシステムを教育の課題として取り上げていくというようなことは、従来の専門分野別にとってまいりました縦割りの学部では対応のむずかしいものだ、かように考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 しかし、そういうやり方は、たとえ学部がありましても、その中で研究者の方々が互いに交流し合って、それから協力し合って研究を進めるということで十分できるし、現にいまやられているところが出始めていると思うのですけれども、さっき言いましたように、環境科学部とかいう試みが出ているわけですから、これは学部であっては絶対にできないということではないんじゃないでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 先ほど嶋崎委員の御発言の中にもございましたけれども、教官の考え方というのが、従来の専門分野別の縦割りの考え方で研究に従事される、そして学部、学科制の運営は長い間そういう歴史と伝統の中でものを考えておられる、そのために現実の問題として扱いにくいということがあるわけであります。でございますから、ここで関係者が学部以外の組織を制度上取り入れて、教育の必要を正面から受けとめるという教育システムを考えていこうということは、それなりに意味のあることでございまして、学部の従来の制度の中で扱いを従来と違った扱いにするということも、御指摘のように論理の上で不可能とは私は考えません。しかし、現実の運営上、それがそのように改まっていくかという点から考えますと、教育大学のように、教育の必要性に対応する教育のシステムをはっきりつくっておく、そしてそれとは別個に研究のシステムは研究のシステムで考えていく、こういうやり方をはっきりとるほうがより適切であるということは十分あり得るわけでございますから、その可能性をあえて妨げる必要はない、このように考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それではいまのことはおくといたしまして、学部以外の基本組織というものについて伺います。  その基本組織といいます要件はどういうことでしょうか。基本組織だといえる要件ですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 大学の目的を達成いたします上で、大学内部においてその大学の役割りを遂行する中心となるべき組織というように考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、今度つくられます筑波大学の場合、基本組織といいますのはどことどこになるのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 大学の目的でございます大学における教育研究という役割りを果たします学群、学系がまず基本的な組織と考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 基本組織の要件は、大学の目的を達成するために必要な要件を備えることというふうにおっしゃいました。これは教育と研究というふうに大ざっぱにいいますと、それを達成していくために非常にこまごまとしたいろいろな要件が必要になってくると思います。たとえば教育の組織といえば、学生の入学、試験、卒業、それから教育の内容、カリキュラムの編成からいろいろな学科課程の編成に至るまで、それから人事の問題とかいろいろなものが入ってくると思います。そういう点からいいまして、それでは学群と学系がこの要件をはたして備えているかどうか、こういう形で分離した場合に要件を備えられるような機能を持つかということについて、少し私質問させていただきたいと思います。  いま学群、学系が基本組織だというふうにおっしゃっておりますが、それでは学類はなぜ基本組織にならないのでしょう。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学類は学群に包括され、学群の構成要素として考えることが適当ではなかろうかと思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この「理解のために」の中で、九ページに、学類について触れているところがございます。いままでの「学部という組織は、特定の専門分野ごとに教育と研究を一体的に行なうことを目的とする組織」だということが書かれております。そしてそのあとで、「学群は、教育上の観点から組織されるもので、学部のように研究活動をあわせて行なうことを目的としていない点において学部とは区別され」る。「これとは別に学系というもっぱら研究活動を中心とする組織を設ける」ということをいっております。さらにそのあとで、「学群、とくに第一から第三までの学群はそれぞれ異なる専門分野を総合したいわば小さな総合大学という性格を持って」いるということが述べられており、この「学群における教育指導上の基礎組織として設けられる学類がむしろ学部との共通性を強くもってい」るということが書かれております。  教育指導上の基礎組織として設けられるのが学類であるというふうにここにも述べられているわけですけれども、その基礎組織である学類といわれているものが基本組織ではないという、そこのはっきりした違いですね、そこのところをもう少し教えていただきたいと思います。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 この解説資料は、一つは、できるだけおわかりいただけるような表現ということに心がけましたために、若干比喩の点であるいは不適当な点があろうかとも思いますが、御質問の点につきましては、要するに、教育上の取り扱いを何を単位に考えるかという場合に、この第一学群というものを設けました趣旨は、学生が一応それぞれの学類に所属し、それぞれの専門を持ちながらも、第一学群としての共通な科目も履修し、あるいは同一学群内の他の専門分野の教官の講義も自由に聞いていくというようなことを一つのねらいともいたしておりますので、ここに書いてございますような学類という組織を包括した学群というのが、教育組織としては、一応の学内における相対的な独立性の程度の強い教育上の組織というふうに考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうすると、ちょっと前の質問に戻りますが、基本組織の要件としまして、大学の目的を達成するために必要な内容を果たせるものというふうに、ちょっと正確ではないと思いますがおっしゃいましたが、大学の目的を達成するために必要な要件はどういうことなのか、もうちょっと具体的におっしゃってください。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 大学における教育の実施、研究の遂行ということだろうと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、大学における教育研究の実施ができるようないわば基本組織が、非常に独自の判断もできるし、またその決定もできる、そういうような権限も持っているわけですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在の大学におきましても、たとえば学部と申しますものは、学部、学科、講座というふうに、それぞれ組織が幾つか複合しまして形成をされておるわけでございます。それぞれの段階の組織は、それなりに独自性を持っているわけでございますが、その中で最も包括的と申しますか、そういう構成要素を包括して、学内における独自性を最も保有しておる組織というふうに考えてよろしいかと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、その学群、学系が持っております、そこに所属しております教員の権限などということが非常に大きな問題になってくると思うのですが、たとえば学群に所属しています教員について伺いますが、この学群の教員といいますのは、全学の教員を全部網羅しているわけでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 全学の教員は、原則として、それぞれの専門分野に応じまして、学系にはすべて所属するということになっております。  学群につきましては、必ずしもすべての教員が属するということじゃございませんで、研究に専念をされる教員というのも若干は予想されるのではないかと思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、学系に所属している教員が学群のほうに出かけてくるという形になるのでしょうか。教育を担当する場合には出向という形になるわけですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 新しい組織でございますので、いろいろな表現を、これもおわかりいただくために各方面でとっておるようでございますが、学群に教員組織がないかと言われれば、やはり学群の教員組織というものはあるわけでございます。ただ、そこに常に固定的な教員組織が存在するということではなくて、そのときどきの教育上の必要性あるいは教官の人事上の配慮というようなことから、それぞれの学群の教員会議で御審議の結果、教員構成が変わってくるということになろうかと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 教員構成は固定していないということですが、ここに出向します教員の任期はどうなっているのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 準備会の議論、これは東京教育大学の御議論を反映したものでございますが、原則として二年というふうに考えられております。ただ、これは二年ですっかり入れかわるということではございませんで、教官数と現在の授業時間数とを勘定いたしますと、かなりの程度の教官が相当期間にわたって継続するということは十分予想されるのではないかと思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、かなりの程度長期にわたっている方はあるにしましても、いろいろとその教員メンバーが入れかわる、構成のかわる組織だということでございますね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在の学部に比較いたしますと、教員構成は流動性が高いかと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そのように流動性のあります組織、これを基礎組織としてもいいのでしょうか。基本組織としての要件が、メンバーが入れかわる状態の中で備えられるでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育の組織といたしましては、いま御提案申し上げておりまする第一学群は、人文、自然、社会、それぞれにまた専攻を立てまして、教育の組織としては一応安定したものを構成するわけでございます。これは、たとえが多少適切でないかもしれませんけれども、小学校におきます学年別のクラス担任、クラス担当というものが構成されるのと同じでございます。それにある年にどこの組織をどの教官が担当するかということは、これは教官としての流動性があるということではございましても、学生の組織としては一定のものがあるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この学群は、教育を担当する組織だというわけですけれども、そうしますと、この学生の入学、退学、また卒業単位の認定とか、カリキュラムなどの学生の教育に関する事項とか、そういうことを決定するところはどこになるのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学群に中心的に関与する教官の会議になります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 この学群教員会議は——いまおっしゃったのは学群教員会議のことだと思いますが、そうしますと、ここはそういうものを決定する権限を持っておりますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 実質的に学群教員会議で定められたものが、そのまま決定をされることになろうと予想いたしておりますが、全学的な観点からの調整というものを、教育審議会というような全学的な審議機関で行なうというようなことも、議論になっているところでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 実質的には持つだろうとおっしゃいましたことは、法制上は持っていないということですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いま最後のところのお尋ねちょっとわかりませんでしたが……。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 法制度上、それと規則とか、そういう制度上は持っていないということですね。実質的には持つだろうというふうにいまおっしゃいましたね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在の法制で申しますと、学生の卒業その他の事項につきましては、教授会の議を経て学長がこれを定めるという取り扱いになっておりまして、教育課程の編成自体につきまして明文の規定はないわけでございますが、それを類推いたしますと、教授会の御決定というものを評議会を経て学長がオーソライズされるというのが通常の姿であろうかと存じます。それと同様の意味で、学群の教員会議というものでおきめになった教育課程が、実質的にはそのまま大学の決定になろうかと思いますが、形式的には筑波大学の学則等に記載をされることにもなろうかと存じますので、その過程で、評議会、学長というような諸機関の決定をまつということが出てまいろうかと存じております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 「第一次まとめ」、それから「改訂案」などを見ますと、たとえばカリキュラムの編成などは、学類教員会議が発議いたしまして、学群教員会議が審議をして、そして教育審議会の調整を経て学長が決定する、こういうふうになっておりますね。そうしますと、教育の基本組織であります学群の教員会議は、この教育の最も重要な内容になりますカリキュラムの編成などについても決定権を持っていないということになるわけですね、形式上は。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 いまほど申し上げましたように、これは形式上の問題もございますが、現在でも学生の身分取り扱い自体につきましても、教授会の議を経て学長が決定するということになっておりまして、一応その大学の長としての学長がきめるということを最終的には制度上はとらせていただいておるわけでございますが、それと同様の意味で、学群の教員会議が審議されましたものを最終的には学長が決定するという姿になろうというふうに御理解をいただければと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままでの学部教授会は、慣習法上決定権を持っておりましたね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在、学校教育法施行規則に、学生の入学、退学、卒業等々の取り扱いについては教授会の議を経て学長が定めるとございます。卒業と申します場合には、当然、卒業要件ということがからんでまいりますので、いかなる科目をどの程度履修していなければならないというようなことも卒業要件としては出てまいりますので、そういうようなことから類推いたしますと、学長に形式的には決定権があるというふうに解せられるということが一点と、それから、通常は教育課程の少なくとも基本的事項につきましては、学則その他学内諸規則に書かれるわけでございますが、学則その他の学内諸規則も、これは評議会の御審議決定をまって学長がきめるというのが現在の大学のあり方でもございますので、そのようなあり方は筑波大学においても継承されるというふうに考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままで教授会の審議決定をまって学長がきめるということが慣行でございました。それならば、筑波大学でもなぜその学群教員会議が決定権まで持つというふうにはっきりきまらないのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 つまり、現在の学部の教授会が教育課程に持っております権限と同様の権限を学群教員会議が持つということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、はっきり決定権を持つということですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 現在の学部教授会につきましても、正式な最終的決定を学部教授会がなさるということではございませんで、やはり評議会、学長等の御判断をまつということにほとんどの大学がなっておると存じます。厳密に申しますと、筑波大学の場合には、教育審議会という先ほど申し上げましたような審議機関がございまして、全学的な観点から教育課程の調整をする。これは具体的に申しますと、先ほど申し上げた記憶がございますが、科目の設定といたしまして、学類の共通、つまり、学類の学生に共通して履修させる科目、それから学群の学生に共通して履修させる科目、それから全学の学生に共通して履修させる科目というようなことがございますので、たとえばそのいわゆる現在言われております語学、体育その他の一般教育的な要素をどう取り扱うかというようなことにつきましては、学群限りでの判断が不適当な面もございますので、そういう点につきましては、全学的な観点から教育審議会で御審議をいただいた上で決定をするというような運びにもなるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままでのそういう大学の教授会は決定権がなくて、いままでと同じだとおっしゃいますけれども、慣習法上はもう決定権を持っています。  そうしますと、それと同じに扱われるということですと、学群の教員会議が実際には決定権を持つというふうに扱うというように考えていいのですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これは現在御審議をいただいております法律上の問題といたしましては、全く大学のお取り扱いにゆだねるという姿になっているわけでございますが、私がいま御説明申し上げておりますのは、現段階で準備会、それから東京教育大学の関係者がお考えになっておられるところを申し上げておるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 私は現段階に出ています資料をもとにものを言うほかありませんので、それでいまそう言って問題にしているわけなんですけれども、「第一次まとめ」の「改訂案」を見ますと、決定権を持つようになっているわけですね……。繰り返し述べますけれども、学群の教員会議というのはただ審議するだけ、あと実際には教育審議会の調整を経て学長が決定ということになっていますね。ですから、そういうふうになるだろうとおっしゃっても、それはなるのかならないのか、そこら辺はたいへんあいまいなわけでして、なるならば、すべきならば、そういうふうにいまはっきりときめなければいけないと思うのです。すべきだとお考えなのか、そうでないのか、それから、なるだろうとおっしゃる根拠、そこら辺をはっきりさせてください。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学生の取り扱いにつきましては、現在の法体系のもとにおきましても、学校教育法施行規則で「学生の入学、退学、転学、留学、休学、進学の課程の修了及び卒業は、教授会の議を経て、学長が、これを定める。」というふうに規定がしてございます。今回筑波の場合に、この内容をほぼ同じような感覚で取り上げていけるものというふうに考える次第でございます。しかし、先ほど申し上げましたように、この教育の内容につきましては「学長が、これを定める。」というふうに、大学にゆだねておる。大学の教育そのものの運びの問題でございますから、現在筑波の関係者で論議をしておりますように、学群の教員会議が学群の教育内容を定め、それによって全学的な調整をはかって学長がきめるという筋道で当然うまく運営できる、また、それだけの必要性はあるものというふうに考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学群教員会議が定める必要があるというふうにいま局長おっしゃいましたが、そうでございますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学群の教育の課程その他につきましては、学群の教員会議が当然論議をいたしまして、そこで意見をまとめる必要がある、それが全学的な調整という面を残しておるということはこれまた当然のことであろうかと思うのでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 基本組織の権限の問題から私、質問に入ってまいりました。基本組織としての要件は何かというふうに伺いましたら、教育研究をちゃんとつかさどるもの、教育の組織が学群ですから、そこの教員会議が当然教育の内容について決定する権限がなかったとしますと、これは基本組織としての要件を欠くと思うのですけれども、基本組織といいますのは、結局そこで、教育の基本組織だったら教育について決定し、また進めていくだけの力を持つものでなければいけないと思うのですよ。それがないという点では基本組織といわれましても非常にあぶない、権限のない、たよりない状態に教員会議が置かれていると思うのですけれども、いかがでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 基本組織として、実質的な取りまとめを全部行なえるということは大事なことだと思うのでございます。しかし、それは全学の中の一つの基本となる組織ということでございまして、基本組織自体が大学全体から独立して孤立しているというわけのものでございませんから、全学的な調整が行なわれるというのはこれまた当然の論議だと考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、いままでのお答えを伺っておりますと、決定権を持つべきである、それが当然であるというお答えも出ていますし、またそういうふうな運営になるだろうというふうなお答えも出ておりますが、そうしますと、それがはっきりとそうきまっているのかというとそうでもない、どうなっているのでしょうか。結局学群教員会議が決定権を持つべきであるならば、そういうふうに制度的にもはっきり定めるべきだと思いますけれども、それを保障していく歯どめをはっきりさせていただかないとこちらは安心できませんので、そこら辺の御意見を伺わせていただきます。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の学部制度のもとにおきましても、学生の入学、退学、転学、留学等の扱いにつきまして、学部だけで全部がきまり得るものとは考えておりません。学部教授会の議を経て学長がこれを定めるというのは、議を経た上で、議のとおりでなければならぬと必ずしも言えないものは残ると思います。事柄によります。ですから、大学の中でどういうふうな扱いをするかというのは、個々の大学によってまた扱いに若干の違いがあるというのは、現在の大学の場合にも十分見得るところであります。でございますから、筑波の場合にも、学群と全学的な学長との関係をどういうふうにするかというのは、今後の運営に残された部分もございますが、先ほど申し上げましたように学群が教育の基本的な単位として、それぞれの学群の学生に対するカリキュラムその他は学群の立場で取りまとめていく、これは当然だと思うのでございます。しかし、その取りまとめたものが最終絶対のものだということでは大学としての総合性は出てまいりませんから、なお全学的な調整をはかる教育審議会があって、そして各学群の関係を調整をする、これはまた当然な成り行きだと思うのでございます。したがいまして、基本的な組織であるということと、それからそこでまとめられたものが全学的な議を経て調整の余地があるということは何ら矛盾するものでない、大学の一体的な教育の制度を進めていくために当然の手順だと考える次第であります。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それではいままでの学部の教授会と全く同じ権限を持つわけですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の学部につきましても、絶対的な決定ということには必ずしもならないものがあるわけでございますから、現在とほぼ同じだ、こう御理解を願います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それではもう一度重ねて伺いますが、学部教授会がいままで持っておりました権限と同じような権限を持つわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学生の扱いにつきましては同様の権限を持つわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そういうふうにお考えになるのでしたら、はっきりと保障できるような明文化をしていただかないと困ります。そうしないと、法案が通ってからいろいろに変わってくる、そういうつもりだったとおっしゃっても、そうならなかった場合にはたいへんなことになりますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現行法のもとにおきましても、そういう点は省令以下の運用にゆだねられておる点でございまして、筑波におきましても、同じようにお願いを申し上げたいと思う次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 それでは次に、学群長の選出について伺いますけれども、学群長の選出というのはどういう形で選出されるのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学群長につきましては、教育公務員特例法でいうところの部局長に指定をするという前提で法案が構成をされております。部局長の選出につきましては、教育公務員特例法で、評議会の定める基準によりまして学長が選考を行なうというふうに規定をされております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学群長の選出、まとめの案を見ますと、「教員会議の意見により学長が選考」というふうになっておりますが、そうしますと、「意見により」というのは教員会議で選挙、選出ができるのではないということですね。結局教員会議は決定権を持っていないわけですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 法律上の扱いといたしましては、先ほど申し上げましたように、評議会の定める基準により学長が選考を行なうということでございます。したがいまして、評議会が学群長の選考につきましてどういう基準をお定めになるかということにかかわってくるかと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その評議会の定める基準によりというのは、どこに書いてあるのですか。それはいままでのですね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育公務員特例法の四条に基本的な規定がございまして、そこでは「大学管理機関」という名称が用いられておるわけでございます。第四条の二項で「教員及び学部長以外の部局長については、大学管理機関の定める基準により、行なわなければならない。」という規定がございまして、同じく同法の第二十五条で、その「大学管理機関」というものを「評議会の議に基き学長」というふうに読みかえておりまして、したがいまして、続けて読みますと、要するに評議会の議に基づき学長が定める基準により部局長の選考を学長が行なう、こういうことになるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学部長はいままで教授会が選挙していましたね。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学部長につきましては、当該学部の教授会の議に基づき学長が選考するということになっております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学部長の場合は、いままで教授会の議に基づき学長選考でした。つまり、教授会が選んで、それに基づいて学長が任命される。選考するということになっています。ところが、学群長の場合は、教員会議の意見により学長選考。そうしますと、意見は出せますが、議に基づくわけではありませんから、学群の教員会議は、自分たちの長であります学群長、これを決定する権限を持っていない。いままで学部長の場合には選挙ができましたけれども、学群教員会議は、学部長を選んでいた学部教授会よりも権限は少ないということになりますね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学群は、先ほど御説明申し上げましたように、教育のシステムとして構成されるものでございます。そこにどういう教官がどういう形で関係をするかというのは、大学の運営にゆだねられておるわけでございまして、教員は所属としては一応学系に籍を置いて、そうしてある教員は学群に、ある教員は大学院に、ある教員は研究にというふうな分担がきまってくるわけでございます。したがいまして、学群に所属する教員というものは、当然に全部がきまっておるというわけではございませんから、今回の法律案を御提案申し上げます際に、学群の長の選び方につきましては、大学の評議会でその学群に対する教員の配置その他の論議もあることを予定いたしまして、評議会できめた基準に従って学長が選考するということにきめさしていただいておるわけでございます。評議会でどのようなおきめをなさるかということは、学群に対する教員の配置のしかたとの関連で事柄がきまってくることではなかろうかと思っております。制度上教官が学群に当然に所属する、その所属する教官が固定してきまっておるというふうに考えられないものでございまするから、一般の部局長と同じような選考の方式に特例法上は扱わしていただきまして、そして評議会の基準を具体的におきめいただくことにしたい、このように考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままで伺ってきたことを総合いたしますと、学群というところは、まずメンバーが二年ごとにかわって、しかも全学の教員を網羅しているのではない。それから教育組織でありながら、教育の一番重要な内容でありますカリキュラムの決定などについても、その決定権が正式には規定されていない。慣習法上はそうなるだろうとおっしゃいますけれども、これは歯どめはないわけです。それから学群長を選ぶにつきましては、自分たちで選挙することができない。意見を聞くだけである。たいへん権限の少ない状態に置かれているのではないかと思います。その他いろいろまとめてみますと、教員会議の権限というものは非常に少ない。全く決定権がない状態になっているのが「第一次まとめ」、それから「第一次まとめの改訂案」を整理してみますとはっきりとわかります。  たとえば教員会議の権限は、教員の採用、昇任については教員配置の要請、不利益処分については意見表明だけしかできない。学生の懲戒処分については、学群教員会議と副学長が発議して、そして副学長を長とする厚生補導審議会が審議して学長が決定する。ですからここも教員会議は決定権を持っていないわけです。それからカリキュラムの編成は、いま言いましたとおりやはり決定権を持っていない。それから教育研究組織のほうもそうなんですけれども、教育研究組織の新設、改廃、これについては各組織の教員会議や大学院の委員会、副学長、人事委員会等が発議して、そして教育、研究審議会が財務委員会と意見調整して審議し、評議会の意見と調整して学長が決定する。ここでも教員会議は決定権を持っていません。予算の編成は、学群長以下教員組織の長や図書館長などから概算要求の出されたものを財務委員会が審議、そして評議会で調整して学長が決定する。ここでも教員会議は決定権を何一つ持っておりません。結局何にも決定権がない状態に置かれている、こういう状況ですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の教授会も、法律の制度上は、教授会でものを決定する権限を持っておるわけではございません。ただ、特例法の規定の中で、学部長の人事につきまして教授会というものの実質的な決定権を規定してございますが、それ以外の事項につきましては、教授会は審議をする機関でございましても、そこでものごとがきまるという制度上の定めにはなっておらないのでございます。でございますから、その意味で教授会と教員会議と制度上の論理といたしましては、私はほぼ同じだというふうに申し上げます。ただ、運用上どういうふうになるかという点は、運用上は筑波の教員会議のほうが全学的な調整をとりやすくするというフレキシブルな考え方をとっておりますために、現在の学部の教授会ごとに実質的に固定化する、両者の調整が学部間でつきにくい、こういうことを避けようという関係者の意向がございますから、その意味での調整の余地がより多く残されておるし、また調整の機能も制度上立てられておるということは申し上げられます。また個々の単位が、学群は教育に、学系は研究にと所掌が異なっておりまするから、それぞれの教員会議が、ある部分は教育を担当し、ある部分は研究を論議し、ある部分は別の組織で学生問題を扱う、こういう機能の分担がある。これは新しい組織の特質だということを申し上げられると思います。しかし、それは機能の分担でありまして、制度上各教授会の置かれておる地位は現在と同じように、審議し、そして決定者にゆだねるという点で同じことだと考えております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 いままでの教授会が、いろいろな決定権を実質的に慣習法上持っておりましたが、これはいいことだとお考えになりますか。それとも改正したいとお考えになりますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 事柄によりけりだと思うのでございます。実質的に今後の教員会議もきめるべきところはきめていただかなければなりませんし、全学的な調整をはかるべきところは、全学的な調整を心がけていただかなければならぬと思っております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 事柄によるとおっしゃいますが、いままで教授会が持っておりましたような事柄での決定権、これは同じように持たせたほうがよいとお考えになりますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 各学部あるいは研究所等の所属機関ごとの教授会に従来、一部の大学と申し上げたほうがあるいはいいかもしれませんけれども、見られますように、過度の実質的な決定権があるということが大学問題の取り扱いについて逆に論議を起こしたところでございまするから、従来のような実質的な決定権と申しますか、それを強く考えることは必ずしも過当ではない。しかし、事柄によりましては当然その段階できめるべきことを、逆にきめないという逆の問題も私感じますから、そういう点では事柄に応じて全学的な調整あるいはそれぞれの機関における決定というものを、仕分けして処理をしていただきたいものだ、こう考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 過度の決定権を持っているために問題になったというのは、具体的にどんなことですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学生の身分上の取り扱いその他につきまして、同じ事案に関係をしておりながら、学部ごとに教授会の決定された内容が違う、そのために全学的に処理のとりょうがないというような問題は随所に聞かされたことでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そういう問題があるから、いままで慣習法上は決定権を持っていた学部の教授会の決定権、それを今度は、筑波大学の場合には明文化しないということになるわけですか。弾力性を持たせて調整していくということですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 いままでのように同じ事柄について学部別の判断がばらばらになった場合に、何ともいたしかたがないという状態がいい状態とは考えられません。これは全学的な調整がとれるようにしていただくことが大学としていいことだと考えます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 つまり、いままでの状態で問題があると思うから、その権利を制限するというふうなこともあり得るというわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 繰り返すようになりますけれども、法律上の制度ということでなくて、実質的な運営の実態に問題があるということを申し上げておるわけでございます。実質的な運営の実態が、もう少し全学的な調整がつくものになる必要があるということをお答え申し上げた次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 実質的な運営の実態に、それではこれから文部省として改善されて調整をされるということですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 それは大学側が学内で調整をすることでございまして、文部省と直接のかかわり合いのあることではございません。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 「筑波大学の理解のために」、この六ページを見ますと、「筑波大学では、学部の代りに学群、学系」を置くというふうに書いてあります。ほかにも学部のかわりにということばを使っていたところがありますが、これは三ページにも書かれてあります。「最大の特色は、これまでの大学のような学部、学科という組織のかわりに」というふうに書かれておりますが、いままで伺ってきました内容をまとめてみますと、いままでの学部の持っておりました教授会の権限というものもかなり運用の中で幅を持たせるというようなことがあるようですし、それからまた学群長の選出権を学群の教員会議は持っていないし、それからいままで学部は非常に、学生と教員とどちらもそこに所属して教員のメンバーが固定しておりましたけれども、学群の場合には入れかわり立ちかわりということになる、そういう意味では学部のかわりはできない、学部と非常に違った状態になっているし、基本組織としても非常に不安定な状態だと思いますけれども、これでも基本組織といえるのでしょうか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 教育のシステムとしては安定した基本の組織でございます。また、研究の組織としては、学系という安定した研究の組織ができるわけでございます。そこにどういう教官が担当することになるかという教官の担当制については、流動性があるということでございます。組織論の上から申しますならば、学部にかわる教育研究の安定した組織であるというふうにお答えを申し上げたいと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 次に、学系の問題で伺いますけれども、学群の場合には部局長を出すことができますが、法的に学系の場合にはそうなっておりません。それはどういうわけでしょう。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学系につきましても、当然学系の長あるいは学系の代表者というのが学系の教員会議で選ばれることを想定しておるわけでございます。法律上は評議会のメンバーといたしまして学系から選出される教授が規定をされてございますが、これを学系長というふうに書きませんでしたのは、各学系の御事情によって、場合によっては学系長以外の方を代表として送りたいということもあるのではないかというような御意見が準備会等で出ましたために、そのような法文上の表現になっているわけでございますけれども、通常は評議会に各学系から選出をされます評議員が学系長と同一人であるというような前提で御了承を願っておるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 学群のほうはそれじゃ部局長というふうにきめていますのは、いまの学系との関係でどうしたものでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学群の場合には、第一学群から第三学群までの学群につきましては異なる専門分野でございます。第一学群を例にとりますと、人文、社会、自然というような異なる分野の学類を包括した組織の長という性格でございますので、単純に教員会議の代表者ということで律し切れない面があるのではないかという御議論がございまして、部局長という扱いになった次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもその辺の理由がはっきりしないのですけれども、じゃ、学系の場合、もちろん学系長以外の方になる場合もあるであろうという、その学系の場合に、そういう場合があるだろうと想定されるというのは、一体なぜそういうことが想定されるのですか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 調査会、準備会等の議論の過程を御紹介申し上げますと、学系の長の場合には、やはり学系に集まっております専門分野を同じくする教員集団の代弁者と申しますか、議長と申しますか、そういう色彩がきわめて強い性格のものになるのではないかということでございますが、学群の場合には、先ほど申し上げましたようにかなり専門分野等も多岐にわたっており、かつ学類という組織をかかえた組織の長でもございますので、部局長ということで位置づけるということが適当ではないかということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもすっきりしませんけれども、ちょっと次の質問に移らせていただきますけれども、学校教育法の八十七条の二で学群が学部と同等の組織として扱われておりません。つまり除外規定がございますけれども、同じ学部も基本組織、学群も基本組織なんですけれども、なぜ同じように扱わないのでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、教員会議の組織の性格が、専門分野を同じくする同質の教官の集団であるという、しかも全学の教官が必ずいずれかの学系に固定的に所属をされるという学系という組織の性格と、それから教育目的に応じまして多様な教官を柔軟に配置をするという学群組織の性格の違いを考慮したということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 ちょっとよくわからないのですけれども、もう一度説明していただけますか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 学系につきましては、およそすべての教官が学系という組織に所属をして、その専門分野を同じくする立場から研究上の問題等を御論議されるわけでございますから、御論議の内容というのは、その教員会議の代表者というような形の方が集約をされ、統括をされやすい性格を持っておる御審議の内容が多かろうと思います。ただ、学群の場合には、各学類がそれぞれ御計画になりましたものを、さらに学群という形で包括し、取りまとめるというような作用が入ってまいりますので、これは比較論でございますが、単純化して申し上げさせていただくならば、学系の長の場合には学系の教員会議の代弁者あるいは議長という性格をそのままそういうような形で表現をさせていただける性格のものでございましょうし、学群の場合にはやはり比較的管理運営——管理運営というと表現が悪いかもしれませんが、要するに教育上の観点からの調整、企画機能というようなものを学群長としての立場でお考えになるというようなお仕事があろうかという点で、かなり性格を異にするのではないか、そういうことでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 どうもお答えがわからないと思いましたら、私の質問を取り違えてお答えになっているようです。私が伺いましたのは、学部と学群の扱いの違いです。八十七条の二で、学部長の場合と学群長の場合などですね。学群の場合は、学部と同等な扱いが受けられておりません。なぜそこが違うのかということを伺っております。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 教育上の問題に限定いたします限りではそれほど変わっておるとは存じませんが、先生先ほど御指摘の学群長の選出という点につきましては取り扱いを異にしておるわけでございますが、その理由につきましては先ほど局長からお答え申し上げたと存じます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 まだたくさん問題が残っておりまして、私準備したものの三分の一もいってないのですけれども、だいぶ時間もおそくなりましたし、あと残してこの辺で終わりにさせていただきますが、最後に一つだけ質問させていただきます。「筑波大学の理解のために」の中にカリキュラムの問題が書かれておりまして、たいへんよいカリキュラムが用意されているような内容でございます。「筑波大学ではこのような一般教育の目的を専門教育との有機的な関連のもとに四年間を通じて実現することとし、一般教育科目と専門教育科目を形式的に区分するのではなく、四年間の全体のカリキュラムの中で教育の目的に即して総合的に編成するとともに、それぞれの授業科目についても教育の目的に即したものとするようキメの細かい配慮が払われています。」とか、それから「いわゆるたて割りないし、くさび型のカリキュラムを筑波大学ではさらに徹底しよう」としているというようなことがここに書かれております。それで、このカリキュラムが非常に具体的にもうすでにつくられているようにここに書かれておりますけれども、この新しい筑波大学のカリキュラムの内容を、案でもけっこうですけれども、参考として出していただけたらと思いますが、いかがでございましょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ごろ御提出を申し上げました筑波新大学創設準備会の「(第一次まとめ)」の改訂案の二一ページ以降に、基本的な考え方とそれから言語学、地質学その他二、三の場合の履修例の試案というようなものをお示しいたしておるわけでございますが、ほぼこういうような考え方で案が練られておるということでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その試案を資料として出していただきまして参考にさせていただきたいと思いますが、それはいただけますでしょうか。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 差し上げてございます。たとえば言語学(国語学)の履修例の試案でございますと、お手元の資料の二四ページに出ております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 その履修例の試案は見せていただきましたが、それは部分的にしか出ておりません。できましたら全部を見せていただきまして、教育と研究を分けるという体制の中でどのような教育ができるのか、またそういうカリキュラムで実施していく場合に、教育と研究を分ける筑波大学のような組織でなければできないのか、それとも学部でもそういうカリキュラムだったらできるのかということなどの資料にしたいと思いますので、その全部を出していただきたいと思うのです。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 これは現在、教育大学の内部でその整備が急がれておるわけでございますが、第一学群全体の案としてお出しできる状況にあるかどうか、現在はっきりしたことを申し上げられませんので、調査をさせていただきたいと思います。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 大学にまかせていらっしゃるということですが、そうしますと大学のどの機関でそれをつくっていらっしゃるのでしょうか。またいただく関係がありますので、伺っておきたいと思います。

大崎仁文部省大学学術局大学課長

○大崎説明員 先ほど申し上げましたように、新大学開設準備会というのが現在教育大学に設けられておりまして、そのうちの専門委員会の中に学群専門委員会という委員会がございます。そこを中心に検討を進めておられるわけでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 わかりました。  ちょっと区切りをよくするために、あと一問だけ聞かせていただきます。  この学校教育法五十三条のただし書きに、「有益かつ適切である場合」には学部以外の組織を置くということになっておりますが、この「有益かつ適切である場合」の内容ですね。どういうふうになったら有益かつ適切であると判断するのか、その内容の要件と、それを判断する方がどなたであるか、そこのところを伺わせていただきたいと思います。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 これは一つは、大学の設置認可にかかわるわけでございますから、その内容の判断は大学設置審議会にはかりまして、その適否を御検討いただくということに相なるわけでございます。現在筑波がその一つの例として、学群、学系ということで大学設置審議会にもその考え方の御説明等をいたしておるわけでございます。それ以外の考え方等出てまいりました場合には、設置審議会で、教育と研究の機能が現在の学部制度と同等であるように、それ以上のものであるような御審査をいただきたいと考えておる次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 設置主体が判断されるというふうにおっしゃったわけですか、ちょっといま聞こえなかったのですが……。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 大学設置審議会で御判断をいただくことにいたしております。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、大学側が審議会をつくって判断することになりますか。そうではないのですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 学校教育法の規定の中に大学設置審議会にはかるということが規定してございます。その審議会でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、有益かつ適切であるとこれが判断されなかった場合には、大学側が改革したいということになりましても断わられるという場合が出てくるわけですね。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 お話しのとおりでございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 そうしますと、最初のころの質問とつながりますけれども、大学の自主改革を手助けするということになっておりますけれども、そこらの関係で、大学側が改革案を出してきても取り上げられる場合、そうでない場合というのが非常に出てくるというふうに解釈してよろしいですか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 現在の一般の大学の場合と全く同様でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 設置審議会の中でも、大学側の判断を主体として尊重すべきではないでしょうか。たとえば今度の筑波大学の構想の場合でも、最初おっしゃられましたように、東京教育大学の改革構想を実現するために改革案を練っているというふうにおっしゃっておりますけれども、そういう立場からいいますと、審議会をつくると申しましても、大学側の構想を主体として、それを大いに尊重するという立場で取り上げるのが適切ではないかと思いますが、その辺はどういうふうにお考えになっていらっしゃいますか。

木田宏文部省大学学術局長

○木田政府委員 つくろうとする方々の創意くふうというのは十分尊重すべきものと考える次第でございます。

栗田翠日本共産党・革新共同

○栗田委員 あと、副学長、参与会、評議会、人事委員会などあるのですけれども、かなり時間が過ぎておりますので、きょうはこれで終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

田中正巳自由民主党

○田中委員長 速記をとめて。     〔速記中止〕

田中正巳自由民主党

○田中委員長 速記をとって。  次回は、来たる十五日開会することとし、本日はこれにて散会いたします。    午後八時十六分散会

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