文教委員会 第14号
- 発言数
- 272 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/04/20
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。木島喜兵衞君。
○木島委員 最初に大臣にお聞きするのは恐縮でございますから、河野政務次官にちょっとお聞きしたいのであります。 河野さん、あなた免許法をお読みになりましたか。御感想どうです。
○河野政府委員 たいへんめんどうな法律で、専門家でないとなかなか難解だろうという感じがいたしました。
○木島委員 ことに難解だとおっしゃるのは附則でしょう。
○河野政府委員 私のようなこの手の法案にふなれなものは、附則、本則を問わず、非常にむずかしい法案だというのが感想でございます。
○木島委員 そうなんですよ。実はこれは大臣にそこまで言ったら失礼だから政務次官にお聞きしたので、たいへん失礼しましたけれども、これはたとえば校長試験なら校長試験、管理者試験にこれをやれと言ったらこれは全くわからぬですよ。しかし私は、こういうことになったのもわからないのじゃないのです。ずいぶん改正が、数十回あるわけですから、そのたびごとに附則がついた。それはわからないではない。と申しますのは、これができたときには旧師範学校卒業生に仮免許を与えて、そうして単位をとらせて、講習等でもってこれを免許にかえていったという者の既得権といいましょうか、そういう問題があるからやむを得ない面は認めるのです。認めますけれども、そういうものはそういうものでもってぴしっと附則なら附則でつけるという立場に立って、一たん附則をやめて、一たん除いて、問題点だけわかりやすく並べたら、ぼくらもわかる法律になると思うのです。法律はやはり、一部の教員養成課長なんかはわかるのだろうけれども、あと都道府県の管理主事だってわからないよ、二、三年ごとにぐるぐる変わるのだから。そういうところに、私はこれからあとで問題にしようと思うのだけれども、この法律が適正に運用されておらないところの一つの要素ではないかという気がするのですが、これは木田さんいかがですか。
○木田政府委員 御指摘のように、免許法はいろいろ技術的にむずかしい面がございます。その理由を考えますのに、いま御意見がありましたように、改正が行なわれたということも確かにございますが、基本的には、教科別に専門職としての教職員の資質を確認しようというために、どうしても専門分野別にいろいろな水準を考えていかなければならないという点が一つあろうかと思います。またそれが過去の学歴者、現在生存が予想されます過去のいろいろな経歴の方々をどういうふうに組み込んでいくかという、そういう過去のいろいろな複雑な学校制度あるいは学校制度以外でも、今回御審議をいただいておりますのは看護婦、保健婦とかいう職歴との関係をどうこなすかということがございまして、それらをどうしても免許法のある線の中に取り込もうといたしますと、非常に分野別に技術的な要素が入ってくるということがございます。 それで、それらをどうして簡素にできるかというお尋ねなんでございますけれども、簡素にするということを考えながら公平にということを考えますと、どうしても過去のしっぽが残ってくるということでございまして、そういう意味では私どもも免許制度そのものをこの機会にもう一段簡素なものにしたいというふうに考えます。制定のときと比べますと、仮免許状という制度をなくしまして、臨免と普通免だけにいたして簡素にいたしましたが、その仮免をなくしたために、また御指摘のような附則が残るというようなイタチごっこがございまして、多少技術的にもむずかしい点がありますが、なお今後検討したいと思っております。
○木島委員 過去のしっぽはわかるということはさっき言ったのです。過去のしっぽはしっぽごとにまとめて、一たん附則というものをとって、過去のしっぽというものを整理すれば、それは必要なんだから読んでもわかりますよ。ところが、改正に改正を十数回やっているのだから、そのときに附則、附則でしょう。にかかわらず、にかかわらずなんて法律は国民のものだから、やはり国民がわからなければいかぬですよ。それは都道府県の管理主事だって、よほど勉強せぬとわからぬ。こんな法律は、もうこれを出すぐらいなら、このくらいのことにかからなければ、今回の改正点では私はそれは一つの大きな不満であります。これはそれ以上追及しませんけれども、そういうことが今後いろいろな問題が出てくる一つの要素だろうと思うのです。 そこで、私はこれを読んでみまして、二十一条、二十二条に罰則がありますね。二十一条は、一年以下の懲役または三万円以下の罰金、二十二条は一万円以下の罰金。教育関係の法律の中でもって体刑、罰金刑をつけるというような法律は、私、法律はあまり勉強してないけれども、ないのか、あってもあまり多くはないだろうと思うのですけれども、いずれにせよ免許法の中に体刑及び罰金刑を付するという思想は一体何でしょうか。
○木田政府委員 これは教育職員の免許基準を、ある意味で筋道の通った適確なものに保持したい。ですから、ここで規定をいたしました。この規定が授与権者あるいは任命権者等に適確に守られるということを期待したものと考えられます。
○木島委員 言うなれば、免許状を教育という面で非常に重視をしておる。いわば誤った免許状を出したり、免許状を持たないで教員をさせてはいかぬという免許主義、このことの尊厳は教員資格の尊厳であります。教員資格の尊厳は教育の尊厳でありましょう。教育の尊厳ということになると、そういう意味では教員免許というものは教員養成にからむわけであります。したがって、教員養成全体というものを、こういう体刑、罰金刑を与えておるというこの法律の精神から考えるならば、率直に言って、もう一回全部洗い直さなければならぬという気がするのです。教員の尊厳というものをこの免許法でうたっているならば、その教員を養成するところのものは、はたして妥当なのかどうか考えなければならぬ面がないのかどうか、あるいはその教員をつくるところの教員の養成は、はたしてどうなのか、あるいはその背景になるところの教育科学というものは他の学問に比べてどうなのかというところまで論及をせねば、この罰金を科しているところの思想というものは、率直に言って生きないだろうという気がします。しかし私は、きょうは時間に限りがありますから、これは後日あらためて何かの機会に少し議論したいと思います。 そこで簡単にお伺いしますが、たとえば二十一条の一年以下の懲役または三万円以下の罰金の中に、第五条第一項もしくは第三項または第六条の規定に違反した者には一年以下でしょう。そうすると、第五条の第一項もしくは第三項、要するに免許状を持たない者には授業をさせてはいかぬわけですね。そうして第三項では、持たない場合においては教育職員検定に合格した者に臨免を出すわけですね。しかし実際にはどうなんでしょう。実際には、たとえば小学校の助教諭の方には申請によって出しておりますね。教員検定を受けておらない。教員検定は第六条によって人物、学力、実務、身体についてやらなければいかぬですね。あるいは多数科教科を持っている。国語なら国語の先生が、体育の先生がおらないから——自民党の人たちは定数問題をと言いますけれども、定数が実はこの精神とからむんですよ。だから定数問題をやったことが免許法でないなんという主張はたいへん誤りでありますけれども、しかし、いずれにしろ定数が足りぬために、国語なら国語の先生が体育なら体育を持つわけでしょう。これは申請でしょう、実際には。たとえば産休だとか病気休職のかわりの先生は検定を受けてますか。みんな申請で臨免ですよ。これは少なくとも違法行為とは言わないかもしれないけれども、体刑、罰金刑まで科しているところのこの免許というものの尊厳、教員資格というものの尊厳、教育という仕事の尊厳というものを、実質的には脱法行為をやっていることでしょう。そうなりませんか。 〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
○木田政府委員 いま御指摘がございました正規の教員が得られない場合、産休代替要員等の場合に、臨時の免許状を持った者を教壇に立たせる。その臨時の免許状は、御指摘のとおり申請によって免許状を授与される、その授与されたあと教壇に立つということになっておりますが、それは免許法第五条の第三項に「.臨時免許状は、」云々と書いてございまして、教職員検定に合格した者に授与するということになっております。臨時免許状を出す場合には、この教職員検定によって臨時免許状を授与し、その授与を受けた形で教師に採用するということに相なるわけでございます。 もう一つ御指摘のございました国語の先生しかいないのに、数学を中学校で教えさせる、それは数学の免許状を受けていないではないかというような御指摘がございました。その点は、いまお手持ちの法令集の一〇七〇ページになろうかと思いますが、教育職員免許法の附則の第二項でございまして、「授与権者は、当分の間、」云々と書いてございまして、「ある教科の教授を担任すべき教員を採用することができないと認めるときは、当該学校の校長及び教諭の申請により、」「免許状を有しない教諭が当該教科の教授を担任することを許可することができる。」とあります。これは免許状を発行しておりませんが、許可処分を行なっております。年間五万件以上、中学校においてこうした許可処分が行なわれておりまして、それぞれ所定の手続を踏んで行なわれておるものというふうに考えております。
○木島委員 それでは、時間がありませんので——前段の検定やっていますか。たとえばお産代休とか何とかやっていますか。あなたがそれをやっているというならば、あまりにも現実を知らな過ぎる。やっていますか。
○木田政府委員 教壇に立つ者はすべて免許状を持っていなければいけません。免許状を持っていない者につきましては、臨時免許状を持たして教壇に立たせるということになっておりまして、臨時免許状を授与することにつきまして、検定を行なった上で臨時免許状を授与している、このように考えております。
○木島委員 法律上はそうなんです。だから、法律上いかぬというのじゃなくて、実際にはお産代休、お産で休まれるかわりの先生は検定を受けていますか。人物、学力、実務、身体について検定を受けていますか。これも法律上はそういう形になっているが、実際はそうなっていますか。もしなっておるというなら、あなたは実態を知らないので、これは大臣あれですよ、もし裁判に持っていったら、勝敗は別として、それは少なくともそういう行政は、罰金刑、体刑までつけておるこの法律の精神に対して、教育の尊厳、教師の尊厳というものを著しく傷つけているということだけは判決の中に当然入るでしょうね、いまのように申請でもってやっているということならば。 委員長、私は罰金刑なり体刑をつけているこの免許というものを非常に重視するのです。そこで、立法府の名誉にかけても、こういうものが実質的に脱法行為でもって行なわれておるという教育の実態というものを私は見過ごしておくわけにはいかないと思うのです。委員長、これをどうするかということは、いまこれ以上あまり議論しても、実際にはもうお認めなんですから。しかし、体刑、罰則があるという、そのことは教育の重みでしょう。こういうことが実質的に脱法化され、空洞化されておって実際に教育がなされておるという状態は、これは立法府としても黙っておれないと思うのです。これはまた後ほど理事会がありますので、その理事会の中で話し合ってもけっこうでありますけれども、これは委員会としてお考えいただきたいと思うのです。 それから、その次。この間、湯山先生から人物論がありました。第一条の資質の保持と向上という、資質とは一体何かというと、六条におけるところの人物、学力、実務及び身体ということだろうと思うのですね。そこで、第一に人物とある。あなたはこの間人柄とおっしゃった。しかし、教師としての人柄とは一体何か。この四つを考えると、人物と身体はいわば人間的要素、そして学力、これは一つは大学の修得単位でありましょうけれども、そして、実務は経験年数がおもになろうと思いますけれども、この二つは専門的要素、教職的要素というふうに分けられるのではなかろうかというふうに思うのですね。 こう考えてまいりますと、人間的要素と専門的要素というのは、実はこの免許法をつくるときの、あるいは戦後の教育の中でもって教師はいかにあるべきかということにおいて、たいへんな議論になったころのことを私は思い出します。あの教育刷新委員会の中では大勢は人間論のほうが中心でしたね。旧師範学校の教員養成に対する批判もたいへん背景にあったと思いますけれども、もちろんその中に倉田惣三さんなんかを中心としたところの教職課程を重視する議論、あるいは南原さんなんかは人間を中心とする、教育はむしろ人間によって魂の触れ合いとでも申しましょうか、教育学や教授法でもって人間がつくれるのじゃないのだ、教育は完成品をつくるのじゃない、教育というのは人間形成の基礎をつくるのであるから、むしろ人間的なものが必要である、そういう教師が必要であるというようなことと、それからCIEの教育技術論ですか、そういうものとの間においてずいぶん激論した問題です。ですから、それを調和したのが、あのときの主査の務台さんが、大体それは両者矛盾するものじゃない、両者が必要だというようなことから、教員養成大学の中でも一般教養と専門教養——教員の二大原則の一つは大学で養成するということと、一つは開放制、一般の大学の中で免許を与えるということになったわけですね。そういう経緯を考えますと、この人物というのは、単に人柄というようなものではない。この辺をもう少し突き詰めて考えていかないと、というのは、なぜ私がこんなことを言うかというと、このごろの文部省の全体の流れは、教職、教養のほうに重点が非常に移行しておりますね。けれども、そういう技術論だけでもって教師が何であるかということは、旧師範学校の批判も含めてこの免許法ができたときのたいへんな議論だったし、そうしてCIEという連合軍に押し切られた面もあるのですよ。しかし、教育刷新委員会の大勢は、人物論、人間論でした。そういう経緯も考えながらいくと、この教師としての人間というものは一体いかなる要素が必要なのかということを抜きにして、検定の中に出てきておる人物、人柄は、検定ではわからないのです。木田局長の顔を見ると、たいへんやさしくて知性的で、美男子で人がよさそうだというようなことしかならぬのですね。したがって、少なくとも検定でもって人物という限りにおいては、教育者としての、たとえば哲学ならどういう哲学が人間として、教師として、小学校なら小学校、高等学校なら高等学校として必要なのか、人生観なら人生観、世界観なら世界観、歴史観なら歴史観というものをどういうものを持つかということ、もしも学問的に究明されておらないにしても、これからそういうものを整理しながら基準をつくっていくということでなしに、人物、学力、実務、身体のトップに掲げられた人物に対する基準がなくては、私は教育は片手落ちだと思う。これは人柄だという式の範囲のものではないと思うのです。そういう点の御見解をいただきたい。
○木田政府委員 いま深い御見識を教えていただきましたのですが、御指摘がありました人物というのは、幅広い教養と深い学殖、そうして職責に対する使命感、それから子供に対する愛情、そういう全人格的なものの評価を全体的に見るということであろうかと思うのでございます。ですから、学殖の中にもあるいは技術の中にも、人物というものはにじみ出てくるものだというふうにも私は考えるのでございます。しかし、御意見にございましたように、ただ単なる職人的な技術屋ではいけない。もう少し幅広い教師としての人格者でなければいかぬという観点から戦後の教職員の免許制度ができ上がっておることも事実でございます。そういう意味で、ただ技術的なこと、職能的なことということを越えて、人物の評価を大事にしていかなければならない。それはやはり基本的には教育に対する愛情、子供たちに対する愛情と、職責に対する使命感というものが基本にありまして、それをささえる幅広い学殖、知識の体系ということになっていくのではないかと思います。それらをやはり総合的な判定をしていく、教育の世界で木島先生その他御専門の方々が長くいろいろと御経験を積まれた領域のことではないかと考えておる次第でございます。
○木島委員 終わりますけれども、大臣お聞きのとおり、私は、これを言っておることは、多分に専門的教養のほうに教員養成のウエートがずっと傾いているのです。しかし、それは大臣も御経験がおありかもしれませんけれども、やはり教育のしかたがうまい、へたということよりも、人間的魅力のある先生に多分に影響されますね。教育というものは、やはり教師と子供の間におけるところの影響ですね。だのに、多分に技術的になり、専門職であるかどうかといういろいろ議論がありますけれども、そういうものにおちいりつつある、そういう傾向に大きく傾斜していくのです。しかし私は、教師というものはそういうものだけじゃないだろう。その調和はもちろん必要です。統一的なものは矛盾するものではないと思います。けれども、その辺を含めて実は私は申し上げているつもりであります。このことは、もう少しまた教育科学全体のおくれもありまして、他の学問に比べて必ずしも進んでいると思いません。だから、いかに人材確保なんていったって、一つにはそういうところからいい教師をどうつくるかということも含めて考えなければならない問題でありますから、その辺でまた議論さしてもらいますけれども、そういう点は大臣十分お考えいただきまして私の質問を一応これで終わりまして、あと湯山さんから関連質問の申し出がありますので、これからいたしたいと思います。 なお、委員長、さっきの二番目の罰則規定の問題は、理事会でもって御協議いただきたいと思いますがよろしゅうございますか。
○内海(英)委員長代理 関連質疑の申し出がありますので、これを許します。湯山勇君。
○湯山委員 先般の委員会で、今回の免許法改正の一つの焦点になっております、養護訓練の教授を担当する教諭というこの表現は、実態と異なるものであって、若干大学局長と初中局長との御答弁の間にも私をして言わしむれば食い違いがある。それから実態に合っていないという面があるということを御指摘申し上げまして、これについては統一見解をお示し願いたいということをお願いしておりました。したがいまして、まずそれについての統一見解がおできになっておれば、それをお伺いいたしたいと思います。
○奥野国務大臣 特殊教育諸学校の教育課程につきましては、国語、社会等の各教科、道徳及び特別活動と並んで新たに養護訓練の領域を設け、児童生徒が心身の障害に基づく種々の困難を克服し、社会によりよく適応していく資質を養うことができるよう、より充実した指導を行なうことといたしましたが、この養護訓練に関する指導は、教壇に立って、多数の生徒を対象に授業を行なうような教育方法よりは、個々の生徒と直接に対し、各種の訓練や指導を行なうことが主体となるものであり、学習指導要領におきましても「養護訓練の指導」という用語を用いておりますので、一般的、常識的な用語としての「教授」とは、ニュアンスにおいてそぐわない感があることは、御指摘のとおりであります。 しかしながら、現行の免許法の体系において、新たに養護訓練の免許状を設ける場合には、これを同法第十七条の特殊の教科に関する免許状の一つに位置づける必要があり、特殊の教科については、同条で「教授を担任する」という表現が用いられていることから、法令用語としての整合性を保つ意味で、養護訓練についても「教授を担任する」としたわけであり、また、従来、免許法の体系においては、「教授を担任する」という用語で、広く教育する、指導するという意味をあらわしていると解してまいりましたので、養護訓練の場合につきましても、当然このように解すべきものと考えております。 なお、このような表現を用いたことにより、御指摘のような点に疑問を生ずることのないよう、今後あらゆる機会にこの趣旨を十分徹底してまいりたいと考えます。 〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
○湯山委員 いまの統一した御見解の御答弁によりまして、「教授」ということばがそぐわないということはお認めになられた。しかし、立法技術その他からいって、このことばでもやむを得ないというのですか、そういう意味もあるし、また技術的にはそういうことにするということを認めざるを得ないというようなことでございましたが、一つここで申し上げておきたいことは、法制局の立法技術の問題です。これは実態が同じであって、どういうことばを選ぶかというときには、それは法制局の意見が尊重されなければならない、これはもう当然だと思います。しかし、そちらのほうの技術的なことが優先して、いまのように内容に疑義を生じる、あるいはもっと極端にいえば、誤りをおかす、内容を変更するというようなことがあってはならないということを思いますが、その点については大臣どうお思いでしょうか。
○奥野国務大臣 いまおっしゃったとおりでございます。よいお知恵があればまた将来考えていくべきでございましょう。ただ現在のたてまえは、先ほど申し上げましたようなことでございますので、誤解を生じませんように周知徹底させるということにつきましては、万全を期するつもりでございます。
○湯山委員 大臣もよくおわかりですから、それについていまあらゆる方法でもってそういうことの周知徹底をはかっていこうということでございますが、私はこの点について、やはり若干懸念がありますのは、ここの御答弁でいまのようにこうこうしていくとおっしゃっても、いまの奥野大臣がおられる間はそのとおりでしょうけれども、年数がたっていくと、国会の御答弁というものは必ずしもそのまま尊重されない。これは申し上げるまでもなく、教育委員会法のときに、都道府県の教育委員会が一致して教育長を推薦したような場合には、文部大臣は人柄もよく知っているわけではないし、その委員会の推薦を尊重して断わるようなことは絶対ないというのが当時の清瀬文部大臣の御答弁でした。しかし今日になってみると、必ずしもそれは守られていない。そういうこともありますから、しかも、これは現にそういう養護訓練を担当する教諭は配置になっております。そして学習指導要領においては、大体百五時間ぐらい、いまおっしゃった授業めいた形態のものをやることが望ましい。百五時間といえば、大体週三時間でございましょう。週三時間そういうことをやったとしても、あと残りの週二十何時間あるいは三十時間というものをどうしていくかということについては、まだ明確な指示もございません。したがって、これらの人は、実態は模索中である、いろいろくふうして、教室でほかの先生が授業をしている、そこへ回っていって、あの子供はどうだろう、この子供はどうだろうと見ておって、適当な指導なりあるいは訓練なりをするとか、そしてまた、集めてやれといってもなかなかできないことですから、結局集めてやるのは知能のおくれた子、それから言語障害の子供に呼吸の訓練、これが基礎だからというので呼吸の訓練をしているというようなことで、何をしていいか非常に迷っている。そういうときに、あなたたちは教授だけすればいいのだということになりますと、実態と非常に違ってきますから、何か公の文書、たとえば学習指導要領にもっと丁寧にそういうことについて指示する、あるいはやることはこういうことだということを明示するということが必要だと思います。あらゆる方法を用いて、あるいはあらゆる機会にとおっしゃる意味はそういう学習指導要領の改定、すぐなされるかどうかは別でしょうが、適当な機会にそれをやるとか、あるいは施行についての通達を早急になさるとか、そういった形に残るもので、いま言われたことをなさる御用意がおありになるかどうか、おありになるとすれば、具体的にどういうことをされるということをここではっきりしていただきたいと思います。
○岩間政府委員 この問題につきましては、さしあたりまして、関係の課長会議、それから担当の指導者の会議、そういうものを連休明けにさっそくやろうというふうに考えております。それからまた、先生からただいま御指摘いただきましたように、養護訓練という分野はまだ私どものほうで、ぜひやらなければいけないけれども、まだ内容といたしましても、固まった方法等につきましてはさらにそれを研究、進歩を必要とする分野だろうと思います。したがいまして、そういうような会議等で、ただいま先生が御指摘になりましたようなことを十分検討いたしまして、将来に向かいまして私のほうでいろいろ研究させていただきたいというふうに考えておるわけでございます。
○湯山委員 申し上げた趣旨はよく御理解いただいたので、問題は、いまのように何らか文書に残るような形でぜひ措置をしていただきたいと思いますが、それについて御答弁をなおお願いしたいと思います。
○木田政府委員 御存じのように、すでに学習指導要領につきましては「養護訓練の指導」という用語を用いてこの内容の記載ができております。今回法律の関係では、やむを得ず御指摘のような養護訓練の授業を担任するということになりますので、法律の施行通達を出します際に、確実にその点の趣意を明記して誤りのないように期する必要があろうかと思います。
○湯山委員 では、この問題は以上で一応了解することにいたしますけれども、ひとつ大臣、さっきおっしゃったように、あまり法律技術にこだわって実体をゆがめるということのないような、そういうき然たる教育行政をぜひ堅持していただきたいと思います。 なお、これについて要望がございますが、あるいはこれは初中局長のほうへお願いすることかもしれませんが、実はいまこういう養護訓練を担当する教諭というのが配置になっておりますけれども、いまのような状態で非常に困っておりますのと、それから現在は大体言語治療、職能的な訓練、そういうことのようですが、それだけではなくて、いま自閉症、これが非常に多くて、むしろ言語治療あるいは職能訓練、それらよりももっと情緒障害についてのいまの養護訓練というものが必要だということを現場では痛感しておるようです。それからまた、一般的な運動機能、これも適当な専門の人がいなくて非常に困っているということでございますので、単にこういう言語、職能訓練に限定しないで、もっとたくさん必要な技能を持った人を養成するということをひとつお願い申し上げたいと思います。 それから次に、残っておるいま一つの問題は、今度看護実習、こういうものが加えられた、その意図するところのものの一つは、ここで看護婦の免許状が取れるというような教育課程を編制したいという御意図であった。それはそれとして、そういうことが現在教員免許を持っている人たちで全部こなせるかどうかということ、これは非常に重要な問題だと思います。ただいまの木島委員の御質問とも関連いたしますが、教育というものの権威、それから教育者というものの権威、そういうものを考えますと、原則は正規の免許状を持った人によって、いま計画しておる教育過程といいますか、それが消化できるということでなければならない、そのように思います。そこで、そういうふうになっているかどうかということを知りたいので、資料をお願いいたしましたが、非常に残念なことには、その中の一部はどうしてもお医者さんの力をかりなければできない、それからその中の一部は何らかの便法があるなしにかかわらず、看護婦の資格を持った人の力をかりなければできないという資料をいただきました。こういう正規の教科で、全く教員にはそういうことをする者がいないという状態で制度を変えていくというようなこと、これは非常に重要な問題だと思います。これは教育の尊厳とかあるいはそういうことを離れても、学校管理の上からも非常に問題があると思います。 そこで、お医者さんの場合、これはどういうふうにして、たとえば資料によれば、三十時間あるいは十五時間あるいはまた三十五時間、そういった時間はどのようにしてこれをこなしていこうとお考えになっておられるか、これを伺いたいと思うのです。これも初中局長の御領分でしょうか。
○木田政府委員 いまお示しがございましたように、高等学校の看護学科で生徒が卒業までに准看護婦の資格をとるためには、厚生省のほうできめられました一定の履修内容がございまして、その履修内容の中では内科疾患であるとか外科疾患であるとかいうような科目がありますために、その部分につきましては医師の免許状を持った者が指導することという要件がついております。この点は、今回高等学校の教師で看護を担当いたします者に看護の免許状をつくりましてもなおカバーできない領域であることは、御指摘のとおりでございます。そうした場合に、これらの教師を採用いたしますのは、やはり非常勤の講師として学校医その他協力をしてくれる医師の協力を求めておる、そのために非常勤講師が非常に数が多くなっていくことは避けられないと思います。また看護婦による指導を必要とするものが看護法等所定の時間数ございます。この点につきましては、大学の履修内容で看護の免許状を取り得る看護教員の養成課程を卒業いたしました者は、大体正看の免許証が取れるはずでございます。したがいまして、看護婦であるという要件は、看護の免許状を持つ者は、看護婦の要件よりも軽い内容で看護の免許状は出ますけれども、実質的には看護婦の資格を持った看護の教員ということに相なろうかと考えます。
○湯山委員 いまの看護のほうはよくわかりました。それはそれで了解いたしますが、医師の場合、免許法のたてまえからいえば正規の免許証を持った医師が非常勤講師として勤務してくれるということならば、それはそれでいいと思いますけれども、必ずしもそうはいかない。現に木田局長や岩間局長も教員免許状は取れるのであったけれども取ってないというように、お医者さんだってまさかこういう教員をするというようなことを考えてないから、おそらくだれも取っていないと思います。そうすると全部を臨免にたよらなければならない。そして文部省としては、こういう教育課程を認めながら、文部省自体はそれを専門に担当する者の養成はできないということになれば、こういうケースはいままでになかったケースではないかというように思います。それだけに非常に重要な問題で、こういう形態が単に看護の学科だけではなくて、他の教科にも及んでくるということの懸念もなしとしないということになりますと、これは事柄は決して小さい問題ではないと思います。 そこで、将来そういう教授に当たる専門の医師というものを、何らかの形で、たとえば現に何名とかというような形で設置する御用意があるかどうか。しかし、いまの教員給与の状態やそのほかから見て、たいへんだろうと思いますから、それもなかなか容易でないと思いますし、一体こういうことを許していいかどうかということも考えたりもするわけです。これについて、こういう形態は手のつけようがないからそのまま行くんだということで行かれるのか、どういうお考えでしょうか。
○木田政府委員 御指摘のように、医師の資格を要件とするという内容がありますために、現在の医師の免許証を持っておる方にそのままの状態で教員の免許状を出すわけにはまいりません。どうしても臨時免許状によりまして非常勤の講師という取り扱いをせざるを得ないわけでございます。すぐにはどのような方法が改善策として考えられるかどうか、なかなかむずかしいこととは思いますけれども、今回看護の教科が御審議の結果お認めいただくようになりましたならば、看護については教員の資格認定試験ということも考えてみたいというふうにも思っております。そうでございますと、看護高校で医師として指導してくださる方々に、若干の教職課程を中心にした資格認定試験という道も起こり得るのではないかというふうに考えたりいたしておりますが、今後の動きにもう少し即して慎重に検討したいというふうに考えます。
○湯山委員 こういう形で便宜措置が講じられるということを黙認いたしてまいりますと、免許法のたてまえ自体がくずれてくるということを懸念しておりますのと、それからそういう形で授業をしてくれるお医者さんというものは、当然お医者さんとしてだけではなくて、教職員としてのいろいろな法的拘束も受けなければならない。ましていまお医者さんが余っているときならそれもいいですけれども、いま大学設置法でお出しになっておるように、お医者さんもたいへん不足して困っているというのですから、あまりむずかしい条件をつけてもなかなか承諾してくれないだろうし、そうだからといってお医者さんが承諾してくれなければこの看護学科という構想は全部こわれてしまう、こういう非常に危険な要素も持っておるわけですから、こういう状態は何らかの方法で解消しなければならない。それについてはひとつ早急に御検討願って、あるいは厚生省とお話し願うということもあるかもしれませんけれども、とにかくこういうところから免許法自体がこわれていくということは教育行政の根本問題ですから、ぜひひとつ十分な御検討をいただいて、しかも早急に御解決を願いたいと思います。これは最後ですから、ひとつ大臣から御答弁願います。
○奥野国務大臣 たいへん重要な問題点を御指摘いただいているわけでございます。お話にございましたように、医師の養成ということにつきましては特段の力をここ数年来入れ始めているわけでございますが、そういう大学の組織の問題といたしましても、ただいまのような点についても対処できるようなことをぜひ検討していきたいと思います。
○湯山委員 終わります。
○木島委員 さっき、湯山さんの関連が入ったものですからはしょったのですが、さっき私、人物ということを申しました。その人物というものを重視するという前提に立てば、今回の法改正の検定における人物とは一体何かということになりますと、たびたびおっしゃるように教育の二大原則ですね、大学で養成するということ、それから開放制ことに開放制ということです。四年制の大学を出るのが原則だということはいわば学士ということでありましょうが、四年制の大学を出るというのはあなた広い教養とさっきおっしゃいましたね。そういうものを前提にしておるわけでしょう。そうすると、この検定というものは、原則からいって局長が前におっしゃったように人柄というようなことであると、これは原則をくずすことになりはしないか。きわめて一般論ですが、どうなんでしょうか。
○木田政府委員 人物ということを、人柄という別のことばで置きかえた御答弁を申し上げたわけでございますが、しかし人物、学力といいます場合に、その学力というものは教職関係の学力だけではございませんで、やはり人物の基礎になり得る幅広い識見、見識というものを要求したいと考えておりますから、今回の資格認定試験におきましても、一般教養が、大学で履修したと同等以上の幅のある一般教養科目について、所定の試験をしたいというふうに考えているわけです。もとより大学の卒業者であれば、その一般教養科目の免除ということはありますけれども、もし違った職歴の方であります場合には、大学卒と同程度の幅の広い一般教養教育については、第一次試験で課していきたいというふうに考えております。
○木島委員 かってでありますと、たとえば師範学校を出た先生よりも、昔の中学校を出た代用教員のほうがかえって印象に残る、あるいは効果をあげるという場合も確かにあると思うのです。ですから私は、何も全面的に否定しようと思っておりません。けれども、教員を養成する、たびたびおっしゃるように二大原則なんですね。教員は大学で養成する。そして大学で養成するということは、一般教養と専門教養がある。そして開放制ということは、むしろどちらかというとその一般教養というものを重んずるから開放制ということになったわけだ。ですから私は両方の面で、専門性ということを主張する教員養成大学というもの、いわゆる学芸大学、学芸学部、それからだんだんと専門教養のほうが重点になったから教育大学とか教育学部になってきたということは先ほど大臣に申し上げた。そういうような傾向になってきたわけですね。けれども私は、その両面の中に、もっと一般教養というものが非常に強まってきているのだと思うのですよ。それだけに、ただ安易に検定制度をやっていいのかどうかということについて、たいへんに原則に照らして疑義を持つといいましょうか、不安を持つと申しましょうか、そういう点からお聞きしておるのですがね。
○木田政府委員 御指摘のように、大学で幅広い基礎教養を持った専門家であるということを教職の要件といたしておるわけでございますが、しかし、今日の高等学校までの段階におきますそれぞれの専門領域を考えました場合に、必ずしも大学ですべての専門的な職員の養成ということが行なわれておるわけでもございません。そしてまたいま御指摘がございましたように、一般的な大学というものを出てなくても、それぞれの力量、手腕においてすぐれた、人間的にもすぐれたりっぱな方々がいらっしゃるという現実もあるわけでございますから、その面にも道を開いていくというのが今度の資格認定制度でございまして、その際に試験の手順といたしましては、幅広い教養教育につきましても大学と同じような素養を確かめていくという手だてを講じて、御心配のないようにしたいとしておるところでございます。
○木島委員 私さっき二十一条、二十二条の体刑も含めた罰則というもの、このことはずいぶんと高い視点から免許法の運用というものを期待しておるのだろうと思うのです。それだけに、この免許法及びその運用を含む行政というものはずいぶんと厳格なものであり、それから高度な視野から考えていかなければならないと思うのです。しかし、現実には必ずしもそうではありませんから、だからさっき最初に言いましたように、改正に改正をしながら附則をつけてワクが広がったとおっしゃったのでありますけれども、それは何かというと、やはり現実との妥協であったろうと思うのです。常に現実に妥協しながらその罰則もつけるところの高い視点というものがくずされて運用されていくということの私は疑義を持つのです。確かに現実と妥協せねばなりません。しかし現実だけに走って、常にやはり原則にもう一回戻っていかないと、体刑まで加えたところのこの免許法というものの非常に高い理想というものが失われていくという心配を私は持つから、そういうことをお聞きするのです。
○木田政府委員 現実との妥協という御意見でございましたが、やはり学校教育の現実が進展をしておる面がございます。先ほど御指摘がございましたような、特殊教育におきます養護訓練を、もっともっと重視していこうというような新しい動向というのが、現実の中に学校教育の要請として高まってきておる。こうした現実の動きというものに対応して、いい教師が確保できるように免許制度もまた対応していかなければならぬ。その意味では現実にまさに対応した今度の御提案を申し上げておると思うわけでございます。 こうした養護訓練とかあるいは高等学校等におきます一部の領域等につきましては、かなり専門的な学識の高い人があったり、あるいは機能訓練士のような、正規の学校ではやってないけれども、特殊な教育訓練の過程の中でそういう能力を身につけた方々がいらっしゃる。これをやはり免許制度の上に受けとめて、充実した学校教育ができるようにという気持ちで今回の改正を御提案申し上げている次第でございます。
○木島委員 いま一部の領域のお話が出ましたが、この間局長がいらっしゃらなかったかもしれませんけれども、岩間初中局長との質疑の中で、高校の多様化は検討すべき時期にき、縮小する、しかもその目標は高校の義務制というものを指向する。義務制を指向するとすれば、憲法二十六条の第二項によって普通教育になる、もちろん職業的なものを加味しないわけではありませんけれども。そういうことも踏まえながら、多様化され過ぎておるものを整理するということを一つの方針としてお示しいただきました。それと実はいまの一部の領域ということとの関連が、むしろ私は、そういう意味では整理さるべき時期にきておるときに、一部の領域に対して原則をくずして——二大原則をくずしていますよね、くずして、いまこういう検定によって一部の領域の先生を得なければならないというところに一つの疑問を持ちますが、どうでしょうか。
○木田政府委員 いまの高等学校の職業の課程が、いろいろと多岐にわたり過ぎている面があるという点につきましては、私もそのことを否定しようとは考えません。しかしながら、一面におきまして、今度の看護の場合もそうでございますけれども、看護婦になろうとする人が、高等学校では看護婦になる知識を身につけることができなくて、いままでのように中学校から各種学校で勉強してなければ看護婦への道がないというようなことになりますと、これはみんなが高等学校へ行こうとしておる今日、その子供たちにとってはかえって不幸な一面もあるわけでございます。ですから世の中の職種が進化し、学校に対しましてもいろいろな職種の免許資格というものがほかの社会で要求されてまいりまして、学校の履修の間に、そうした資格がとれるほうがいいということを一面考えますときには、どうしても高等学校あるいは大学の教育の課程においてそのことを可能にしてやるという配慮もないと、これは子供たちに対してはかえって不幸ではないかという一面も考えるのでございます。ですから今回看護の教科を正規のものとして、現実に高等学校の中にあって准看の資格をとりたいという多数の子供たちに、よりよい教育ができるようにという教師の免許資格をお願いしている趣旨もそこにあろうかと思います。 もう一つ、一部の領域についての御指摘がございました。工業高校の中身があまりにも多岐にわたりますことは確かに一面の問題ではございますが、しかしまたコンピューターサイエンス等の発展に伴いまして、工業高校の中でそうした情報処理というものを理解し得るような教育が行なわれるということは確かに必要なことだと考えます。また今日いろいろとインテリアデザイン等、新しい領域としていろいろな知識、技術が広がっておりますときに、それを学校教育で知らないまま卒業していくということは、必ずしもいいことではございませんから、そういう新しい動向というものに対応して社会に生きていける青年たちを、高等学校でも大学でも教育するということを考えていきますと、一面ある程度必要な専門的な知識というものを、高等学校教育の中で受けとめてやる余裕というものは持っておく必要があるのではないかというふうにも考える次第でございます。
○木島委員 社会は常に変化するのですから、したがって、教員養成の中でその変化に適応するということが原則でなければならないと思うのです。社会は変化する、しかし教員養成は一定のコース、そして変化に応じてはいつでも原則をくずして、そして検定ということにはならない、しかし、そうはいってもということが片方にありましょう。そういうことをおっしゃっていると思いますが、しかしたとえば、いまあなたがおっしゃった中で言うならば、工業なら工業がきわめて多様化されておりますね。だからそのために、たとえばその付近の工場の技術者を持ってきて、そしてさっき言った申請によって任命を与えて、そして教師として使っておる。きわめて安易にやっていますよね。そういうものを少し合法化するという程度になりはしないか。あるいは工業高校、この間も言いました資本に奉仕する教育は、多分に資本の要請によってすぐ使える労働力をつくるという方向に持っていく。これは文部省も出しておる。この反省はなされなければなりません。けれども、そのために十分な施設もないままに工業高校をつくる。したがって、その実習なり教育は工場へ行ってなされておるのがある。こういうような傾向にあるものを、基本的にまず整理することのほうが先なんじゃないのか。現実に多様化されている。その中でもってそれに適応するところの教員養成ができないから、原則をくずして検定でもってそういう教師を得るという道なのか。その前になすべきことは、多様化というものをまず整理する、いま言ったような弊害をなくするということが先じゃないのかという気がします。ここまで来て、むしろ多様化の転換期に来て、一部の領域というものに対しては私は部分的にはわからないわけではありませんが、全体的に、総括的にいま申し上げたのです。まあ理論上のことかもしれませんけれども、そういう点ではいかがなものでしょうね。
○木田政府委員 私がお答え申し上げるのが適当かどうかとも思う点もございますが、基本的には高等学校の教育が、やはり社会に出たときのいろいろな現実に対応できる基礎的な能力を養っていく、これは大学まで進みましても同じだと私は思うのです。しかし、そうはいいながら、やはり工業の領域でありますとか商業の領域でありますとか、そういう領域について、その領域の基礎的な素養というものが学校教育で養われるということが一番大事なことでございますから、その点から申しますならば、いま木島先生がおっしゃったように、あまりさまつな、末端の個々の現象にとらわれるということでなくて、大きな領域別に基本的なことを身につけるというのが学校教育の姿勢だと私も考えます。しかしながら、また現実に子供たちの興味と関心というものは、その時代の先端に向かって進んでいくということも避けられないことでございますから、学校教育が常にクラシックなことばかりというのでは子供たちの興味と関心に対応していくカリキュラムにはならない。どうしてもそのときそのときに必要とされる動きというものに対しては、学校教育もその中で理解を持っていなければならない。子供たちもその変化に対応できる対応性というものを持っていかなければならないというふうに思いますが、その対応性の中で基本的なものを教えていくというのが高等学校、さらには大学におきましても同様なものでなかろうかと思うのでございます。一面、今日の社会であらゆる職種にいろいろな免許資格、認定資格等の資格要件が設けられています。これは世の中の進歩とともに、また電気工事につきましても建築につきましても、いろいろな職種にその資格要件というものが出てまいりますから、それとの対応もやはり学校としては理解を持って基本的な対応策ができるということは必要ではなかろうかというふうに考えます。これらの点から今回のような改正案を御提案申し上げる次第でございます。
○木島委員 これは水かけ論ですから……。 大臣、この間検定における教育実習で、大臣は最初は免許を持たない人の中にも教師にふさわしい人があるんだから、そういう人を教育界に迎えることがいいのじゃないかということを非常に強調されましたね。これは一つには開放制というワクの中に入るだろうと思うのですよ。ところが、大臣が教育実習をしないということの議論の中から山中先生の質問に対してじゃなかったかと思うのですけれども、免許を与えるけれどもそのうちに採用試験をするんだ、だから採用試験でそういうものを振り落とすとなれば、大臣の前段におっしゃったこととまた矛盾してしまう。これは局長は実習についていろいろおっしゃったんだけれども、ところが最後にそうおっしゃったのでこれはパーになってしまったわけだ。検定制度をつくるところの実質的なものを、あなたは採用試験でもってそういうのは加減しますから、そう言ってその場は切り抜けられたけれども、そうであれば何も広く人材を開放的に採用することにならない。あなたの御答弁は、この辺はどうなんですか。
○奥野国務大臣 教育実習が非常に重要なことであることはよく理解しているのです、こう申し上げて京いったわけでございます。検定の場合に、検定前に教育実習がどうなっていくかという点は非常にむずかしいことでございます。そういうこともございまして、教育委員会が教員として採用した場合に、その人については特段の教育実習を行なわせるということを申し上げてきたわけでございまして、しかし、なお文部省令でいろいろなことをきめるわけでございますので、その中でも検討する道がないかというお話でございます。それは当然検討させていただきます、こう答えたわけであります。
○木島委員 わかりますよ。それはそうでしょう。免許は大学を出ても、全部じゃありませんけれども持ちますよ。だけれども、全部採用できないから各県では採用試験をしますね。そのことをあなたはおっしゃった。これらは検定の免許を与えたって採用試験があるんだから、そのときに実習をやっておらなければ——否定をなさるわけですね、それはおっしゃらなかったと。まあわかりました。 ただそのことでいえば、検定をやったことが第一次合格、そうして実習が終わったことでもって免許を与えるという方法はあるんじゃございませんか。
○木田政府委員 確かに検定をしたあとで採用までの間に、採用者の立場で実習を検討するというふうな考え方もあろうと思います。しかしながら学生でない個々人の人たち、これは実習をどういう立場で実施させることができるかという、教育実習を受けさせる主体あるいは受け取る側の立場というようなことを考えまして、その間にその個個人と教育実習の場との結びつきとをうまく組織するということがなかなかやりにくいということで、先般来申し上げておりますような、現在の段階はうまい方法を見出し得ないでおりますという御答弁を申し上げてきた次第でございます。ただ、それでは教職員検定をいたしますものについて、すべて無経験であるかと申しますと、たとえば中学校、高等学校の免許状は持っておるけれども、小学校の免許状は持ってないというような方方は、教壇の経験を中学校、高等学校で持っているというようなこともございますので、この資格認定試験を実施いたします場合に、すべての受験者に対して教育実習が事実上ゼロであるというふうには考えておりません。職種によりまして事情も違いますので一律にはまいりませんが、一番問題であると考えられます小学校の資格認定につきましても、たとえば保母さんをやっておられるような方、幼稚園の先生をやっておられるような人を考えますと、これまたある程度の実習要件というものはそこに考え合わせられるというふうにも思ったりはいたします。ですが、これは制度論としては教育実習を実施する責任主体と、それを受け入れてめんどうを見ていく処理の体制が、今日までやってまいりました高等学校の一部の領域等におきます資格認定試験につきましても、どうもうまくかみ合いませんので、今日までやっておりましたと同様に、認定試験終了の段階で免許状を授与するということにさせていただいて、あと採用者の側がその点を、その教員のいままでの経歴その他考えながら十分に指導してくださることを期待する、こういうふうな御答弁を申し上げてきた次第であります。
○木島委員 わからぬわけじゃないのです。なぜかというと、さっき申しましたように、専門教養を重視するという傾向にある中で、そして一方においては教育実習というものを重視するという中で、ところが教育実習は国立大学の付属のあるところは比較的いっているけれども、一般大学の教育実習というのはきわめていいかげんなんです。そういういいかげんなものを前提にしてこのようなものだと思っておるから、検定におけるところの教育実習というものは、いまおっしゃったように受け入れ体制だとかあるいは責任主体だとかということになるのであるけれども、それでは全体的に免許のほうは、専門教養というものを中心に非常に重く考えていらっしゃるとすれば、その中で教育実習というものはきわめて重視せねばならないはずなのに、実はそれは、ことに一般大学ではいいかげんになっている。これは具体的に言わなくてもおわかりでしょう。そういうものを前提にして、だから実習でなくても検定で、という思想だと思うのです。これが根本的な誤りだと思うのです。こういうことが私は教員養成の二大原則というものをくずすものだというように思うのです。だから教育実習というものをもう少しまともに考えなければいかぬじゃないですか。教育実習というものは一応授業案をつくって、教えてみて、先生から批評を受けて、なれてという、きわめて末梢的な技術だけを、そこまでいかぬかもしれぬが、そして一応の単位となるという現状に妥協し過ぎているのじゃありませんか。さっき言った、免許というのは罰則、体刑、罰金刑まで付しておるというきわめて尊厳なものに考えておるということに対して、しかし私は、それはそういう運用の中では現実に妥協せねばならぬとさっき申しました。妥協は妥協でいいけれども、その前にもう少し整理するものを整理しないで、いいかげんに妥協するということは許されないと思う。そういう観点から、教育実習ということは先般来から強く言われているゆえんだろうと思うのです。文部省の基本姿勢に問題があるのです。それは大学側と受け入れ学校との間に、実習についての具体的な計画というものがあるのかどうか。あるいは実習をする中から、ただ過去の先輩からいろいろ聞くのじゃなしに、新しい教育の創造の課題というようなものがその中から発見されて、そういう課題を持ちながら、あるいは今日の教育の現状に対する分析等があって、そういうものをどう直していくかということも、それは教師になってからの話であるけれども、そういう課題くらいは、テーマくらいは持てるくらいの新しい創造が実習の中になければならないと思うのです。そういうものを、現状にただ妥協しながら、教師という、教育という、そういう免許法の罰則までつけた重みというものを実はないがしろにしているところの、教育実習というものをいいかげんにしているところの文部省の基本的な姿勢を私は一番指摘したいのですが、いかがですか。
○木田政府委員 正規の教員養成大学以外の課程認定の大学におきまして、一応教育実習に問題がある、非常に形式的に流れているのではないかという御指摘は、私どももそれは否定できないことだろうというふうに思います。教育実習の問題を突き詰めてまいりますと、実はその課程認定大学におきます教育実習一般をどうするかというところまで議論が進んでまいりまして、そういう点から、いままで審議会その他関係者の意見の中に、むしろ教育については一年間の試補制度を取り入れて、一年間教壇に立ったあとで正規の資格を与えるようにしたらどうだという御意見さえ出ておるところでございます。教育実習を真剣に考えますならば、私どももそういうところまでいかなければ徹底しないんではないかということは考える次第でございます。しかし、これは先ほど御指摘がございました幅広い開放制の免許制度のもとで、その教育実習をそのように取り上げていくということは、免許制度全般にかかる大きい問題でございますので、しばらく御猶予を願いたいというふうに考えます。今回、資格認定制度につきまして従来やっておりますと同じように、実習を課さないで一応試験の終了合格者に免許状を出すというこれまでのやり方を拡大した。これはたとえばごく特殊な例ではございますが、工業の免許状につきましては教職単位を全然取らない、教育実習も取らなくても、現在工業の免許状が出せるようになっておりまして、やはりこれこそ現実との妥協ということばもある程度当たろうかと思いますが、その実態に対応するための必要性、また新しい方法を考えていきます場合にやむを得ざるものとして、こうした例外的な措置が一、二あってもやむを得ないのではないか。それを基本に論議いたしますのは試補制度等も含めました免許制度全般の議論の段階に検討させていただきたい、こう考える次第でございます。
○木島委員 最後の一問でありますいろいろと議論を聞いてきましたけれども、教員を養成するということのむずかしさ、きびしさ等、ずいぶんといま問われているものがこの法案の審議の中に出てきた。これは十数回改正されたことから、六法を見たら、本法は三ページ半ですが附則が十四ページだ。こんなことの整理ということも含めてそしていま言った教員養成のあり方、いまの実習のことも含めて、もっと根本的にやらなければならぬものを、十数回も改正、改正で、常に原則をくずして妥協しておるところに私は一番問題があると思うのです。繰り返しますけれども、体刑までつけたところのこの尊厳というものが教師というものをいかに重視しているか、教育というものをいかに重視しているかという立場に立った本格的な議論というものが、柱を立てて、そういう中でもってどういうふうに改正するかということがいま必要な時期であって、部分的な改正というものは全部取り下げて、撤回して、そして本格的に出し直すという意思ありやなしやを聞いて終わります。
○木田政府委員 御指摘のように免許制度全体になお大きな問題があることは否定できません。私どももそれの解決に取り組むべく勉強をしておるところでございますが、しかし、必要に応じて必要な改正をしていくということもまた私ども大事なことだというふうに思っておりますので、ぜひ御賛成をいただきたいと思います。
○木島委員 終わります。
○田中委員長 午後一時再開することとし、この際、休憩いたします。 午後零時一分休憩 ————◇————— 午後一時八分開議
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。有島重武君。
○有島委員 本日までずっと各委員から御質疑があったわけでございますけれども、いままでの審査はどちらかと申しますと学校教育充実という視点、そのために免許法の一部改正が妥当であるかどうか、そういうことに限られておったと思うのでございますけれども、一つ残されました重要問題は教育全般の中に占める学校教育の位置づけの問題ということがあろうかと思うわけなんです。提案理由の中に、「今日、わが国の学校教育は、国際的にも高い水準の成果を見つつありますが、今後、さらにその充実向上をはかっていくためには」、そして教員の問題が出てくるわけでございますね。このいまの文章の中で、「その充実向上をはかっていくためには、」というその充実向上は、教育そのものの充実向上ということがおそらくほんとうの目的であろうかと思うのですね。学校教育に限っての充実向上という意味なのであるか。というと、これはむしろ手段に属することだと思うのですけれども、その辺はどのような考えでいらっしゃるか、大臣から承りたい。
○奥野国務大臣 やはり学校教育の水準の充実向上をはかっていくためにというつもりで書いているわけでございます。
○有島委員 いままでの審議の中にも幾つかそれにお触れになったような問題があるようにも思うのですけれども、はっきりしておきたいと思いますのは、教育は申すまでもなく学校教育、社会教育、家庭教育、この密接な関連性の上にあると思うのですね。学校中心主義ということが、教育全般のバランスをくずすおそれがあるんじゃないだろうかということなのですね。これは現代の問題であり、今後の問題に属するんじゃないか、そういう議論がなされているんでありますが、そうすると、社会教育の関係の方はきょうは来ていらっしゃいませんか。——それでは木田さんから、社会教育、そういう立場からの学校教育について、どのようにいままで論議がなされ、いま文部省としてはどういうことをお考えになっていらっしゃるか、その辺を伺っておきたいと思います。
○木田政府委員 いままでわが国の学校教育は、明治以来非常な早さで普及、拡大をいたし、そして教育のある人といえば学校で勉強した人というのと同じようなニュアンスで理解されるほど、教育ということばはすなわち学校教育というふうに日本の社会の中で受け入れられてまいりました。そのために学校教育が教育のすべてを引き受けるというふうな方向で拡大し、充実発展してきた一面があることは否定できないところだったと思います。しかしながら、子供たちの生活あるいは社会の中におきます若者たちの生活ということを考えてみますときに、その生活時間のすべてが学校の中におるわけでもございませんので、むしろ子供たちの日常の生活全体を通じて教育という問題を考え直し、学校におる間は学校教育、それから学校を離れたときに、これは子供たちの家庭における教育であり、子供同士の遊びの中の教育である、こういう考え方で教育全体を見直していく必要があるのではないかということを最近強く関係者が指摘をしておるところでございます。そうして、また教育の問題を、小学校から大学までの正規の学校教育の機関だけでなくて、学校を出たあとにおきます市民の知識欲の拡大あるいは知的活動の拡大というものに対応し得る教育、これも考えていかなければなるまいという方向にございます。したがって、大学だけについて申し上げてみても、大学の普及、拡大が一方において行なわれながら、その大学が若い者に教育のすべてを与えるものでないという逆の見解も広く認識され、指摘されるようになってきておると考えるのであります。そういう点から、全般的な教育を考え直す必要があるかと思っております。
○有島委員 いまのお話ですと、家庭教育というのが学校教育と並行して行なわれていく。社会教育というのは、学校教育以後の成人教育ということに限定されるように受け取られたのですけれども、木田さんのおっしゃった意味はそういうふうに受け取ってよろしいわけですか。私はむしろ社会教育といわれておるものも、実は現実的には学校教育と並行に行なわれておるのではないか、その辺はどういうふうにお考えですか。
○木田政府委員 学校教育の時期が過ぎた人が社会教育というふうに年齢的に申し上げているわけではございません。一日の中で、学校に行って学んでいる学校教育の時間、それから家庭に生活をしておるときの家庭教育の時間、また家庭を出て友だち同士で学び、遊んでおるその生活時間の中における子供たちの社会教育というのは当然あり得ることでございます。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕
○有島委員 社会教育の概念が非常に広がってまいりまして、制度的なものではなしに、友だちやあるいは年上の人たちや何かとつき合っている。それは家庭を離れた中での一つの社会教育であろうということであるようでございますけれども、各種学校であるとかあるいはアルバイトをしながら——アルバイトといってもさまざまな重さ、軽さというものがあると思いますけれども、新聞配達をしたりいろいろなことがありますが、そういういわゆる制度化された社会教育的なものと扱ってもよろしいもの、そういうものとは並行している、あるいは学校教育を中心にして考えれば、学校教育を補完し合って教育の健全な充実に寄与しているものである、そういうふうに考えられると思うのですけれども、いかがですか。
○木田政府委員 御指摘のことはそのとおりであろうと思います。学校教育は、学校という場で教師が子供たちに指導を与えていくという、そういう構成の場であり、社会教育の場はむしろ子供たちとしてもおとなにしても、自分自身で勉強していくという場である、そういう違いがあろうかと思います。ただ御指摘になりました各種学校等は学校教育法にいう正規の学校ではございませんが、やはりどちらかと申しますと、学校教育法の中にも規定がございますように、一条学校でない学校教育の場というふうに考えてよろしいのではないかと思います。
○有島委員 正規の学校と、それから各種学校との連係補完ということについてはどのようにお考えになりますか。
○岩間政府委員 具体的には技能教育の連係などは各種学校と学校教育の間でやっているわけでございまして、ただいま高等学校で職業教育をやります場合に、各種学校で学びましたものは正式の単位として考えていくといったふうな連係の方法があるわけでございます。これが一つの行き方でございます。ほかの分野におきましても、教員の転任、その他関連するところが非常に多いのではないかというふうな感じがいたします。
○有島委員 大臣に伺っておきたいのですけれども、学校教育が教育全般の中に占める比重と申しますか、寄与率と申しますか、これは昔は非常に高いものであっただろうと思うのです。今後学校教育の教育の中に占める寄与率、時間的な配分ということもあるでありましょうし、質的なこともあると思いますけれども、教育全般の中におけるあり方ということについては大臣はどのようにお考えになりますか。
○奥野国務大臣 教育の中で学校教育が基本であるということには変わりはないと思います。ただ、従来あまりにも学校教育中心であり過ぎて、家庭教育なり社会教育なりに対する比重の置き方が低過ぎた、これは反省をしなければならぬと思います。ことに生涯教育ということがいわれている際でございますので、そういうものを受け持つ分野が多くなったばかりでなしに、また学校教育そのものも、そういう社会教育、家庭教育の面からの影響も受けてきている。そういう対応のしかたもくふうしなければならないところだ、かように考えております。
○有島委員 ちょっと逆に聞いたほうがよかったのかもしれませんけれども、家庭教育とか、社会教育とか、あるいは学校教育の中で、各種学校の持っている一つの特殊な性格でございますね、そういうものが、今後多様化していく社会の中にあってはますます重要視されてこなければならないんじゃないか。逆に申せばそういうことになろうかと思うのですが……。
○奥野国務大臣 各種学校というものも学校教育の中でとらえられておるものであって、各種学校が社会教育だ、こういう考え方は一般に行なわれていないんじゃないか、かように私は思うわけでございます。社会教育でしいて例をあげてまいりますれば、図書館だ、博物館だ、公民館だ、少年自然の家だ、青年の家だ、あるいは各種の体育施設だ、いろいろなものがあると思うのでありますけれども、そういうものであって、各種学校どなりますと、学校教育の範疇に入るんじゃないか、こう思っております。
○有島委員 学校の範疇に属していながら、そこで教える教員の資格については、正規の学校教育とはだいぶ違いがある。あるけれども、実質的には学校教育以上に何かすぐれたところがあるから各種学校の存在意義があるんじゃなかろうかと思うんですがね。それで、このたびのこの法案のいままでの審査を伺っておりまして、義務教育段階での教員の数も急激にふやさなければならない場合に対応するということが一つあったわけですね。それからもう一つは高校の多様化。多様化という問題は二通りあると思うのです。専門高校のようなものを学校として多様化してしまうという方向と、一つの高校の中に授業時間を細分化して、ふやしていかなければならない、そういう二つのことがあったと思うのですけれども、いまここでは学校自体の多様化ということは論じないとしても、一つの普通高校の中で——先ほど大学局長がおっしゃったのは、生徒がいろいろな興味を持つ、それにこたえてやらなければならぬというようなことでございましたね。そうなってくると、現在の普通高校の時間の中での多様化傾向というものは今後は避けられない問題である、そういうふうに見ていらっしゃるのか、あるいはそういう多様化傾向を学校教育以外にも求められる一つの基礎というか意欲、まあやる気を与えてやるということが必要なのであるか、その辺のことは今後の問題としてどのようにお考えになるか。いかがですか。
○木田政府委員 先ほどもお答え申し上げましたとおり、学校教育は、子供たちが社会に巣立っていきます際に対応しなければならないいろいろな事態に対して、自分で乗り越えていけるような基礎的な能力というものをつけてやることが大切だと思うのでございます。しかし、そのことだけで、今度は実際に社会の中で何かの仕事をする場合に、もう一度相当の年数をかけて職につくまでの技術的な教育訓練を別に受けなければならぬというようなことになってしまっては、これまた問題もあろうかと思うのでございまして、社会にそれぞれ職を得て巣立っていけるような基礎的な能力を考えながら、同時にそれは、学校卒業後もう一度、先ほどの例で申しますと、看護婦になるために別のことを初めからやらなければならぬというような重複を避けるという面も考えてやらなければなるまいと思います。その面では、社会の動きに対応するような課題、子供たちの伸びていこうとするものを学校教育の中である程度受けとめてやるような課題というものを同時に解決していく、このことが必要であろうと思います。
○有島委員 いま看護実習のことに触れられましたけれども、先ほどコンピューターサイエンスだとかインテリアデザインだとか、そういったようなお話も出ておりましたですね。これはもういまではそれほど特殊なことではなくなって、だれでも知っていていい話のはずでございますね。それで、こうしたことを学校の中に持ち込むという際に、現在の高校の教員の方々はコンピューターを見たことがない、さわったことがない、そういうことが多いわけです。私も七、八人聞いてみましたけれども、その中でお一人だけだったですね。こういうことについてはどうお考えになりますか。
○岩間政府委員 こういうふうな新しい分野で急速に進みました分野、それに対応しましてやはり学校教育でも扱わなければならない分野というのは、御指摘のようなことが起こるわけでございます。そこで、たとえばコンピューターでございますと、これは一つ一つの学校でそれを教えるということもなかなかむずかしいものでありますから、私どものほうは、何校かの学校が共同して使い、そこで実習もできるようにする。たとえば県に中枢的なセンターを置きまして、そこにコンピューターを備えつけて、それを十分操作できるような人を置く。そこに商業学校あるいは工業学校の生徒たちが参りまして、そこで勉強するというふうな仕組み、そういうものも今後必要になってくるんじゃないか。現実に、コンピューターのように、非常に価格も高いし、そういうふうな扱いができる人が少ないというものにつきましては、今後ともそういうことが必要になってくるんじゃないかというふうに考えております。
○有島委員 いまのお話はたいへんいいお話なんだけれども、現在の高校の教員の方々、特に物理、化学、数学などを教えていらっしゃる方々が、学生さんたちはある場合にはいろいろなところに見学に行って、見てきたことがある、あるいはグラフのようなもので非常に精密な絵をたくさん見ておって知識が豊富である、先生のほうがむしろそのことを知らない、そういうような実態があることについてはどのようにお考えですか。
○岩間政府委員 おそらく先生の御指摘は、そういう新しい知識、新しい技術、そういうものに対応するような研修その他、教員が自分で教師としての力量というものを高めていくということが必要じゃないかというふうに拝聴したわけでございますが、私はそれはぜひ必要なことであろうということを考えているわけでございます。したがいまして、新しい分野なり知識なりの開拓がございました場合には、すかさずそれに対する講習会をやるというふうなことを従来からやってきたわけでございます。しかし、根本的にもう少し長期間の研修も必要じゃないかというふうな御意見もございますので、これにつきましては、今度大臣の御努力によりまして、長期研修が可能なような非常勤講師の確保ということも、初めて私どものほうで予算化したような次第でございます。
○有島委員 これは私は重要な問題だと思うわけなんです。いまテープレコーダーなんというものは、これはだれでも、どの先生でもどの子供でも扱う。高校生はたいがいカセットのテープレコーダーを持っておるというような時代になっております。いまコンピューターの話が出ちゃったからこういう話になるけれども、テープレコーダーの原理を非常に拡張していった、精密化していった、あるいは速度を速めていくというような、そういうメカニズムの上にコンピューターというものがあるわけですね。 もう一つ、ことばの問題があるのです。数学と言語の境界というようなことがだんだんくずれて記号化されていくというようなこと、またそれを翻訳し直すといったような、そういうような言語のことについては、いま高校の先生方が普通の教養として持っていて生徒さんの話し相手となり、それであそこに行けばこういうのがあるよというような指導ができるようにするということが、私はむしろ前提だと思うのです。それで、いま県に一つくらい、みんなにさわってもらえるコンピューターのセンターみたいなものをつくってみよう、たいへんけっこうでございますけれども、それから新たに教員に対してそういったような、コンピューターだけあがっているけれども、インテリアデザイン、これもたいへんなことになります。だけれども、いまの教員の方々で、ほんとうはいろいろ興味を持っていてやりたいと思っているけれども、遺憾ながらそういったところがない。コンピューターはおろかテレビも見ておらぬということになるわけです。これでは学校の先生方がお子さん方と話が合わなくなってしまう。そういうことを言っては悪いかもしれませんけれども、不適当かもしれませんけれども、そういうことさえ起こっている。そうすると、教員そのものをもっと一般性の高い、昔は特殊なものであると思われたけれども、そういうものからさらにはみ出していかれるようにするということが前提にしっかりすわっていた上で、今度はこうした、いままでの大学教育ではなじまないけれども、政策にも何か対応していかなければならない、だから、こういった免許法をつくりましょうという話がある。そういうふうに積み上がってこないと、これは何か一つ大切なものが抜けているのじゃないかというふうに私は思うわけです。そういった意味で伺ったわけです。もう一ぺん御見解をいただけますか。
○岩間政府委員 免許法は御案内のように基礎資格でございますから、その上に立っていろいろ実際に教員が自分の力を増していくためには、どうしても研修が必要になるわけでございます。それについては教育公務員特例法にも規定がございます。私どももその研修の機会を広げていく。そういたしませんと、先生が御指摘になりましたように最近の社会というのは非常に進展が早く、また広がりも早いというふうなことでございます。それに対応できるような教員というものを育てていく必要があるということで、先ほど申し上げましたように大臣もその点につきましては非常に御関心がございますが、そういう研修の拡大というふうな方法につきましては私どもこれから真剣に取り組んでまいりたいというふうに考えているわけでございます。
○有島委員 大臣お聞きのとおりでございまして、いまの教育自体が社会的にいまや常識化されつつある、あるいは生徒さんが非常に興味を持つ、そういうことについて、くろうとではないけれども十分答えられていくような教員を養成するということがさらに大切なことじゃないのか。 〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕 しかもいま木田局長のほうからお話がございましたけれども、そういった基礎を与えていくのだということでございますね。特殊分野にしろその基礎を与えていくのだということが学校教育の役目であるということになりますと、教員自体が多面的になっていくということがさらに必要なんじゃないでしょうか。それが今後の、さらに学校教育の充実向上をはかっていくための必須条件の中に、教育問題に関してそれも大きなことである。しかもそのほうが、むしろ新しい教員を、専門教員を入れてくることよりも、さらに基礎的な重要な問題になってくるのではないかと私は申し上げたいわけなんです。大臣のお考えはいかがですか。
○奥野国務大臣 おっしゃっているようにたいへん重要な問題だと思います。新しい教職の問題について、必要な先生方を確保していくという問題と教養豊かないろいろなことに対応できるような先生を養成していくという問題、これは両方とも並立して重要な問題で、対応策を講じていかなければならない問題で、どちらがより重要という式の問題ではないもの、かように考えます。
○有島委員 そうですが、私はむしろそのほうが重要だと申し上げたい。大臣は両方とも同じように重要だとおっしゃったわけです。多少見解が違うわけでございますけれども、それならば、その中学から高校にかけての先生方に対しての研修と言うと多少大げさになるかと思うのですけれども、新しい社会に対しての普通の常識人といいますか、いまの人たちは非常識だと言うと、これもまたちょっとことばが過ぎるかと思いますけれども、生徒さんの側から言わせれば、やや常識欠落の状態に追い込まれておる、そういったことについては、その現状については大臣もお認めだと思うんですね。それをどうにか補足して、生徒たちにいまの状態であっても答えてあげられるようにするためには、どのような施策を行なっていったらよろしいか、その辺のことはお考えですか。
○奥野国務大臣 先生方自身がそういう気持ちでお勉強になっているのだろうと思うのでございまして、できるだけそれがしやすいように配慮していかなければならないと思いますが、同時にまた、教育委員会なり文部省なりがそういう機会を講習会等を通じてつくっていくということも大切だと思います。また新構想の教員養成大学ということをいわれておりますように、一定の期間教職についた場合には、もう一ぺん大学に入って新しい教育を身につけるというような仕組みをつくっていくことも大切だ。いろいろな角度からおっしゃっているような要望にこたえる道をつくり上げていきたい、かように考えます。
○有島委員 新構想の教員養成大学ということについては、これはまだ今後のいろいろな問題を含んでいると思いますけれども、そういう大学をつくるかつくらないかはまた別にしても、その教員の事後研修ないしはそういったところに行く研修期間、これは学校側からいえば有給休暇の形をとるわけでございますね。それでこの有給休暇を、私どもは三カ月ないしは六カ月ぐらいの有給休暇というものを与えていくのが妥当じゃなかろうか、そういう考えを持ってきたわけです。それで、前稻葉文部大臣も、もう少し年限は長かったかと思いますが、そういった御構想をお持ちになり、それを口になさったことがあったようであります。奥野文部大臣はそういった点大いに積極的に研究していこう、取り組んでみよう、そういうふうに考えていらっしゃるんじゃないかと私は期待するわけでございますけれども、いかがですか。
○奥野国務大臣 私は現職の人たちに大学院に入ってもらう、一年ぐらい大学院で勉強する機会を多く持てるような仕組みをつくっていきたい、これは私の個人的な希望でございますけれども、それが一番重要な方向じゃないかなという気持ちを持っておるものでございます。
○有島委員 その際に問題が二つございまして、それが十五年に一ぺんなんというと非常に迂遠なことになります。それが一つです。 それからもう一つは、人数の点でもってごくごく限られた方々だけが許される。許されるといっても、全般には許されているんだけれども、順番上非常にそれが制限されておるということになりますと、そこにエリート意識のようなものであるとか、そういうまた逆の弊害が起こってくるんじゃないかということが心配されますね。定められた研修期間に行かなければ研修と認めないというような方向にすれば、必ずそこに行き詰まりが出るんじゃないだろうか。ですから、半年なり一年なりの研修期間をおつくりになる場合に、それをさらに開いて、かなり幅の広い、ある場合には外国に出向いちゃってもかまわない、ある場合には定まったコースではないけれども、自分の研究したい、開拓したい方面に自分の持つテーマでもってうんと突っ込んでいく、どこの機関に属するということはなしに、そのくらい幅を開いていくということがやはり今後の学校教育を充実するという上で、教員の質を向上するという上で、ぜひとも必要なことになるんじゃなかろうかというふうにやや私は拡大して考えているわけですけれども、大臣はどの辺までお考えでありますか。
○奥野国務大臣 新構想の教員養成大学の問題につきましては、調査会を設けて調査をした上で結論を出そうということになっているわけでございます。ただ、私の人生体験からしますと、やはり教職に一たんついて、それから一定期間をおいてもう一ぺん勉強しますと、その勉強がほんとうに生きてくるという気持ちを強く持っておるものでございます。そういう意味で、ぜひ大学院に一年ぐらいできるだけたくさんの方々に入っていただくような仕組みをつくりたい、こういうことを個人的に考えているわけでございます。 先生方が外国へいらっしゃる問題、これもまた研修の一つの方法でございますけれども、これはまた別の問題として考えているわけでございまして、ことしから特に教員養成大学の学生も外国へやろうというようなことを予算化させていただいたわけでございまして、これはできる限り世界に目を開いた先生方にしていかなければならぬわけでございますから、これはできる限り別個の問題として多くの方々に体験を積んでもらう、こう努力していきたいと思います。
○有島委員 いま教員養成大学ということに限って仰せられたように私は伺いますけれども、たとえば多少乱暴なことになるかもしれませんけれども、いまコンピューターの話が出ましたから、あるコンピューターの会社に半年なら半年行ってしまっても、それもひとつやはり認めてあげるというようなことも将来は考えられますか。そういったようなことが必要になってくるんじゃないかと私は考えるのですが……。
○奥野国務大臣 私、調査会ということを申し上げたわけでございまして、調査会でどういう結論が出ますか、おっしゃっています点は、あまり限定的に考えないで幅広い研修を私は考えたほうがいいと思いますけれども、いずれにしましても調査会で結論を出してもらうという予定にしておりますので、その結論に基づいて立案をしていきたい、かように存じております。できる限り幅広い考え方は必要だろうと思います。御指摘のとおりだろうと思います。
○有島委員 それでいま教員の問題になりましたが、今度は学生さんの問題になりますけれども、ここに看護実習あるいは農業実習、工業実習、商業実習、水産実習、あるいは職業指導、あるいはそのあと外国語のところに「ドイツ語、フランス語その他の外国語」ということが出ておりますね。で、こうしたことを高校のキャンパスの中に持ち込んでくることが必ずしも最良の方法なのであるか。あるいはさっき各種学校というような話が出ましたけれども、あるいはもっと広く社会教育ということも出ましたけれども、学校の外でもって勉強させていくという方向、むしろ学校教育が主体性を持ちながら進めていくということ、それが今後の学校教育の充実にやはり必要な条件になってくるのではないか、一つの重要な新しいやり方といいますか、そういうふうになってくるんじゃなかろうかと私は思うのですけれども、大臣のお考えはいかがですか。
○岩間政府委員 先ほども申し上げましたように、そういう機会もある、あるいは利用できれば利用してよろしいというふうに考えるわけでございますけれども、いまのところはたとえば機械等を扱います場合には機械の工場を持つというふうなこと、それから農業学校におきまして実習の農場を持つというふうな方向でいっているわけでございます。これは一つには学校教育に適したものが実際にあるかどうかという判断がございます。それからもう一つは、農地等におきましても、ほかの土地でもいいわけでございますけれども、実際に耕作をしておられる方があるとすれば、そのじゃまになるというようなこともあるかと思いますし、そういう意味で学校自体が一応基礎的なものを持つ、しかし、新しい分野あるいは非常に費用のかかる分野が出てまいります場合には、直接工場あるいは企業等の御協力を得まして、そういうところで実習をするという道もよろしいのではないかということであります。
○有島委員 いまの初中局長のお話では、そういった方向が今後も十分考えられるという向きのことであろうと思うのです。そういたしますと、これは、先生方の場合には何年かに一度の長期研修期間を設けるということを考えておられる。すると、学生生徒の場合には、長期ということはちょっとおかしいのであって、一週間に何日かは校外研修、校外勉強ですか、校外におけるそういう実習、勉強、そういうふうにしていくことが必要になってくるのではないかと思うのです。それで、こうした実習の問題ですと、やはり看護婦さんになろうと思っている人と、そういうことはさらさら思わない人といるわけでありまして、ある場合には中国語がどうしてもやりたいという人もいるわけであります。そこに学校としての多様化ではなしに、学内における多様化というよりも、学生生徒個人の勉学コースの多様化ですね。子供たちが多様化できる、そういうふうにいまの学校の時間割りを整理していかなければならないのではないだろうか。そういう方向をひとつ御検討いただけないか、いかがでしょうか。
○岩間政府委員 ごもっともな御意見でございます。そういう方向はこれからも来ると思います。ただ、学校教育というのは、わりあい能率的に、比較的コンパクトに、できるだけ短い時間でやっていかなければならないというふうな面も一面にはあるわけでありまして、そういうものとのかね合いで、しかも、先生御指摘のように、社会の進歩あるいは技術の進歩等におくれないように、実態にあまりかけ離れたものにならないように配慮する必要があるというふうに考えているわけでございます。
○有島委員 そうなりますと、いま御提案申し上げているように、一週間のうち数日は学校のキャンパス内でやる、ある数日は校外に行って、各機関でそれぞれ好きなことをやってこられる、それでやってきたことが、またキャンパスの中で、かなり、何といいますか、現代的な意味での教養のある教師によって、あなたはどこで何をしてきたか、あなたは何をやってきたかということが、学内でまた定着もするし、さらにまた次の発展もできるというようなことが、これは特に高等学校の期間には必要になってくるのではなかろうか。そういう方向性を、学校教育の充実、特にこの法案の中で重要な柱の一つである高校の授業の多様化ですけれども、それに関連して、そういう方向が確認されておりますと、この法案の中身がだいぶ意味が違ってくるといいますか、生かせるものが生きてくるのじゃなかろうか、そういうようなことがなしに、いきなりこういうことが出てきても、これは非常に理解しがたいということにならざるを得ない、ほんとうに急場のばんそうこう的な処置にすぎないという印象を非常に受けるわけなんです。もう一ぺん御確認申し上げておきたい。
○岩間政府委員 いまの高等学校教育を魅力あるものにするということは、私どももこれからぜひ必要なことじゃないかというふうに考えておるのであります。また、先生御指摘になりましたように、現実の進歩あるいは発展というものを身近に受けるようなかっこうで授業が進められていくということも、これから必要なことであると思います。そういう意味で、近くにそういう適当な施設があるかどうかというふうな問題もございますけれども、先生のおっしゃいましたことは、私は、方向においては非常に検討すべき、今後研究すべき重要な課題であろうというふうに考えております。
○有島委員 大臣、特に提案理由の二ページでございますけれども、「教員として適当な資質能力を有する者をすべての分野に十分確保する」というようなことが出ております。これは非常に高邁な大理想であろうと思うのです。これをほら話でなくするためには、先ほどから申し上げている、整理すれば教員のほうも一つの幅の広さを持つ、それから学生さん側にはチャンスをもっと与えてあげる、そのために学校の時間をもっと日にち的に整理する、そういった方向、そういうことが必要であろうと私は思うのであります。大臣の御所見を承っておきたいと思います。
○奥野国務大臣 そのように考えております。
○有島委員 先ほども出ましたけれども、稲葉文部大臣は、教員養成大学構想を発表なさったわけです。奥野文部大臣はこの構想についてどういうふうになさるか、それについて伺いたい。
○奥野国務大臣 その構想を引き継いで努力させていただいているわけであります。
○有島委員 これは、現存する大学にこういう教員養成課程というようなものをどんどん追加していくか、新しいこういったような教員養成大学というようなものを建てるのか、その辺はどうお考えですか。
○奥野国務大臣 新しいものも建てたいと思います。
○有島委員 教育実習の話題がだいぶ盛んでございましたけれども、いまの教育学部に付属学校というのがございます。この付属学校は、その設置の目的というのは、教育実習にあったのではないかと思いますけれども、その点はいかがですか。
○木田政府委員 教員養成大学の付属学校は、教育に関する研究の場としての一つの要件を持っております。同時に、いまお話がございましたように、学生に教育実習の場を提供するという意味も持っております。両方相兼ねて、大事な教育研究の施設であるというふうに考えております。
○有島委員 この実態でございますけれども、教育実習の場として用いられるよりも、付属学校というのは、上級学校に進学するときに非常に有利な条件を備えている一種のエリート学校であるというふうな傾向にいま非常に走っておる。このことについて、目的が非常に不明確になってしまっているんじゃないかと私は思います。これを改革というか、もとに戻さなければならないんじゃないかと私は思いますけれども、そのもとに戻すためにどのようにしたらいいか、考えていらっしゃいますか。
○木田政府委員 現在付属学校を二百三十四校ほど持っておりまして、幼稚園から養護学校、盲学校、ろう学校等まで幅広くわたっております。その一部には、御指摘のように、本来の目的とは違うところに力点があるかのような印象を与える学校もないわけではございません。私どもも、昭和四十四年に、教員養成審議会にはかりまして、国立の教員養成大学・学部の付属学校のあり方につきまして御意見をちょうだいをしたこともございます。いろいろの御指摘がございまして、私どもといたしましては、付属学校が本来の目的を達成し得るように、自来かなり改善努力を重ねてきたと考えておるところでございます。
○有島委員 いまのですと、いろいろ御意見を承って問題点を考えているというようなお話だけれども、何か具体的な手をお打ちになるということがこの際ぜひとも必要じゃないか。この間の木田局長のお話ですと、教育実習をしたいんだけれどもできないんだ。いままでの各委員からの御質疑の中に、特に小学校の教員を大幅につくるというようなことが含まれておるけれども、それについては教育実習はもう欠かすことができないんじゃないかというような御意見が多かったわけですね。私もそう思っております。それで局長のお話ですと、必要だけれどもその場所がない、機会がない、だから都道府県のほうでそれは適当にやってもらいたいというようなお話になってしまったけれども、それは現在持っている二百三十四校の場所をフルに回転した上でもっておっしゃるお話じゃないかと思うのですね。私は何か手をお打ちにならなければならないと思いますけれども、いかがですか。
○木田政府委員 付属学校が本来の付属としての性格に適合するように、この建議の中でも、児童生徒の入学につきまして、できるだけ特定のものに片寄らないようにバラエティーを持たせる必要があろうというような指摘がありまして、入学選抜につきまして、抽せん制度を幅広く取り入れることにいたしました。今日、幼稚園はほとんど、小学校、中学校も大部分の学校は、ある第一次の選考はいたしておりますが、最終的には抽せんによって子供たちを入れまして、階層がかなり幅広くなるように留意をいたしてまいっております。そして、この付属学校は教育実習としては相当幅広く活用されておるわけでございますが、現在二百三十四校の付属学校だけで教育実習をすべてまかなうには十分でございませんので、これ以外にも相当多数の一般の学校に協力をお願いして、教員養成大学・学部の学生の教育実習を引き受けていただいておるわけでございます。東京学芸大学だけをとりましても、少し多過ぎるくらいに思いますが、三百校も協力校を持っておるのが実情でございまして、予算の上でも相当多額の協力謝金を投入いたしておるわけでございます。
○有島委員 現状はそうである、それから予算面でも相当多額にやっておるんだ、だけれども足りないということなんですが、現状をもっとフルに生かすということがどうしても大切じゃなかろうかというふうに私は重ねて申し上げたい。 大体この法案、逐条的には私も二、三ここで伺いたい問題もございますし、これは考えなくてはいかぬなという問題が中に幾つかございますけれども、それ以上に、教育全体における学校教育のあり方、その充実のしかた、そのことをやはり何かの形でもって見解を表明なさるなり、あるいは施策を打ち出すなり、そういうこととセットしてこういったことをお考えいただかなければいけない、それなくしては、とても承認しがたい点がたくさんあるのじゃなかろうかと私は考えております。 これで私の質問は終わりますけれども、大臣の所見を最後に承って終わりたいと思います。
○奥野国務大臣 学校教育の充実を期してまいりますのに、この免許法の改正だけで満足なものでないことは、おっしゃるとおりでございます。そういうこともございますので、学校教員の資質の向上を期するために、別途処遇を改善していくということにつきましては予算措置をとらせていただきましたし、今回立法措置もとらせていただいておるわけでございます。さらには海外にたくさん出かけていって、広く世界に目を向けてもらうというような施策も講じておるわけでございますし、先ほど御指摘がございました新構想の教員養成大学というようなことにつきましても、いろいろ案を練らせていただいておるわけでございまして、おっしゃるとおり多角的、多方面から改革をはかっていかなければならない、かように考えるわけでございます。
○有島委員 いま大臣のお話の中で一つ欠けておるのは、学生さんにとってのほんとうの多様化を可能にする方法ですね。それをぜひとも考えていただきたい。 じゃ、これで終わります。
○田中委員長 長谷川正三君。
○長谷川(正)委員 教育職員免許法等の一部を改正する法律案に対して、各委員からかなりいろいろ御質疑がありました。教育関係の法律でも、この免許法というのはなかなかむずかしい、めんどうくさい、大切な法律ではありますが、特に一般の国民の皆さんなどから見ると、なじみにくい法律だと思います。私も一生懸命勉強しましたけれども、これはなかなかむずかしい問題が伏在していると思いますし、いままでの御審議を伺っておりましても、いろいろな疑問が、だんだん氷解するというよりも、どっちかというと深まっていくというような感じさえあります。そこで、私の不勉強で誤解がありましたら、それはぜひ解いていただきたいと思うのですが、しかしその疑問がほんとうに真実に触れているものであれば、それに対してはまた率直に、提案者の立場だから何でもこれを合理化すればいいというのでなく、ほんとうにあすの日本の教育をともに考えるという立場から率直な御答弁をいただきたい。このことをまず冒頭にお願いをしておきたいと思います。 私、ごくわかりやすく、この法案を見てほんとうに感じたところを一つずつ御質問してみたいと思うのです。いままで御質疑のあったことと多少重複する点があるかもしれませんが、いろいろ聞いているとどうもわからなくなってしまうような点もありますので、ここで整理して、ひとつきちっとお答えをいただきたいと思うのです。 第一に、この法案の提案の「理由」の説明がきわめて簡単に出ております。二、三行書いてあるわけですが、そこには「最近における学校教育の実情にかんがみ、広く人材を求め、教員の確保を図るため、新たな教員資格認定試験制度を設ける等の必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」こう述べられております。そこで、「最近における学校教育の実情にかんがみ、」とありますが、ここでいう学校教育という学校は、学校教育法第一条にいう学校ですか。それをお尋ねいたします。
○木田政府委員 学校教育法一条の学校と考えるわけでございますが、教職員免許法は、その中で大学以外の小・中・高等学校、特殊教育諸学校、幼稚園を対象として教員の資格を定めておりますので、おのずから大学以外のすべての学校ということに相なろうかと思います。
○長谷川(正)委員 いまのお答え間違いありませんか。——じゃ、高等専門学校は含まれますか。
○木田政府委員 失礼いたしました。高等専門学校も免許法の対象外でございますので、ここでいう学校教育の中からははずれておると思います。
○長谷川(正)委員 そういたしますと、ここでいう「学校教育の実情にかんがみ、」という学校教育は、具体的には学校教育法第一条にいう学校の中から大学と高等専門学校を除いたその他の学校という意味ですね。
○木田政府委員 学校教育ということばそのものとしてはそのようでございます。ただ、ここで「学校教育の実情にかんがみ、」と申しておりますのは、最近それらの学校の実情と申しますか、動向としていろいろな動きが出てまいっておる。それも免許の関係から見た動向と申しますか、そういうことを念頭に置いて免許制度の改正等をお願いするわけでございますから、おのずからその視点はしぼられてくるかと思います。
○長谷川(正)委員 御説明が長くなるとちょっとわかりにくくなるのです。端的に申し上げまして、教員資格認定試験制度を設ける必要があるということに対応するその学校の実情というのは、小学校、中学校、高等学校、盲学校、ろう学校、養護学校及び幼稚園のことですか。
○木田政府委員 「新たな教員資格認定試験制度を設ける等」と書いてございますが、設けるための当面の必要といたしましては、高等学校の職業教育にかかる一部の領域と、盲・ろう・養学校等特殊教育の特殊な教育領域と、それから小学校を主として意識をしておるわけでございます。しかし、この提案いたしました改正案といたしましては、それ以外のことも含めて資格認定試験という制度を将来考え得るという前提で、御審議をお願いをしておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 そうしますと、この法律は、さっき私が申し上げた大学、高等専門学校を除くそれ以外の学校教育法一条にいう学校全体を総括的に予想しながら、当面は、高等学校の職業課程、それから盲・ろう・養護学校並びに小学校をとりあえず具体的な問題としては予想をして、それに対応する免許法の改正を提案している、これでよろしゅうございますか。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○長谷川(正)委員 じゃ、ちょっとお尋ねいたしますが、小学校の教員養成に関して今回の免許法の改正が関連しているのはどこですか。
○木田政府委員 一般的に十六条の二という規定を新設いたすことにしてございまして、教員資格認定試験に合格した者に普通免許状を授与する、この規定は、規定そのものとしては全部の学校、小学校のみならず高等学校につきましても、盲・ろう・養学校につきましても、全部に適用があるわけでございます。中学校もまたしかりでございます。しかし、具体的に四十八年度の予算で御審議をいただきました中身は、先ほど申し上げました小学校と高等学校、特殊教育諸学校、これについての資格認定試験を実施するような事業費を御審議をいただいたわけでございます。
○長谷川(正)委員 そうすると、中学校については、もちろんこの法律の文面そのものは包括しているけれども、ことしの予算等の面から、当面のこととしては直接対象にしていない。小学校は対象にしているんですね。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○長谷川(正)委員 そうなると、やはり私が心配したように、これはいよいよたいへんな法律の改正だなあという実感がいたします。それは後ほど触れたいと思いますが、結局、大学、高専を除くすべての学校について今後こういう認定試験制度を拡大していくというそういう御方針である、こう理解してよろしゅうございますね。
○木田政府委員 この資格認定試験の制度は、免許制度の本則に対するいわば補完的な制度でございますから、その事態に対応して運用さるべきものというふうに考える次第でございます。したがいまして、当面の事態として、先ほど申し上げました小学校、高等学校の一部、特殊教育の一部というふうに考えておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 中学校が今回この対象になっていないのはどういうわけですか。
○木田政府委員 これは中学校の免許状の取得者と教員の需給関係を勘案いたしました際に、その必要を認めないからでございます。
○長谷川(正)委員 中学校だけはどうやら間に合っているからということですね。
○木田政府委員 端的に申しますと、まさにそのとおりでございまして、高等学校の一般教科につきましても、免許状という資格者の面から現在の需給関係に問題はない、このように考えておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 よくわかりました。わかったということは、肯定したということでなくて、そういう事実がよくわかりました。 それでは、大臣の提案理由説明の中に、この免許制度改正が必要だといっておるわけですけれども、端的にいまのお話と、需給関係というのは、かなり具体的な実情の中に出ておるようですけれども、そうしますと、この免許法の改正をしたその理由ですね。それは教員が不足しているからなのか、教科が不備だからなのか、どうも最近は女子の教員がたいへん多くなっているからなのか、先生が得られないから先生を何とかたくさん集めたいということなのか、この法案を提案した端的な理由をわかりやすく、いままでもいろいろな御答弁があったのですけれども、個条書き的でもいいですからあげてみてください。
○木田政府委員 一番基本的には、大学における養成、訓練というもので間に合いかねる教職員の新しい領域が出てきておる。これが高等学校あるいは特殊教育につきまして一番指摘できるところでございます。 第二の観点につきましては、さしづめ当面は小学校の需給ということを念頭におきまして、小学校の資格認定試験を実施するということを考える次第でございます。これは、現在小学校の免許状取得者の数が現実の採用者と比べましてあまり開きがない。しかも小学校教員の採用者の中には、臨時免許状による助教諭等が非常に数多く出てきつつある、もう少し力量のある方には広く資格を与えていくということのほうが、職場で働いていただくためにも適切である。需給のことが一つあるわけでございまするけれども、幅広く人材を求めたいという表現を使ってございますが、新たな層から適任者を得たい。需給との関連でそのようなことを考えておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 たいへん正直な御答弁で、その限りでは納得できるわけです。それだけに、たいへん問題がある。この法案をはっと見ると、しろうと的に見ますと、いま一番大事な義務教育の小学校の問題ではなくて、高等学校の特殊な職業教育の問題か、養護学校あるいは盲・ろう学校等の特殊教育の領域の特殊な事象というものについて、何か便法を開いているような印象なんですけれども、いま局長の御答弁で、この法改正の一番大きな提案理由というか、必要性というか、それは小学校、これは小学校というのは義務教育の一番中心をなすと言っては語弊がありますが、六年間という、一番もう、すべての国民の子弟に影響する、これは義務教育の中の一番大切な時期ですね。その教員養成についてこういう制度を設けるということが、実はいま喫緊の課題なんだというふうに受け取れたのですが、これは大臣、ほんとうにそうですか。
○奥野国務大臣 たびたび申し上げていますように、今後の十年を見てまいりますと、小学校の児童が毎年二十万ずつふえております。やはりこれに対応する施策を講じていかなければならない。その間に、不幸にして学校に進めなかった、あるいは教科として中学校の教科しか資格を持っていない、そういう人たちが、やはり教育に非常な熱意を持っていらっしゃるなら、これは教育界に働いていただくことがむしろ教育界のためにも好ましいことじゃないか。両々あわせまして、こういう制度をとりたい、これが一つの大きな改正の眼目でございます。
○長谷川(正)委員 これはやはりたいへん問題ですね。 この大臣の提案理由の御説明のことば、「広く人材を求め、教員の確保をはかるため、」こういうおことばがあるのですけれども、いまの率直な大臣、局長の御答弁から見ると、いま差し迫って、教育界、特に小学校に人材が得られない、教員が確保できない、こういう深刻な事態に差し迫られておるので、この法律案を出した、こういうことになりますか。
○木田政府委員 大臣も答弁されましたように、これから昭和六十年代にかけて児童数の増、かなりのテンポでふえてまいります。現在までの小学校教員の需給の状況を見、ことしの一万七千人という小学校教員の中に約二千人にのぼる助教諭等の採用の実態というものを考え、将来どうしても四千人前後の供給増をなお考えなければならぬということになるといたしますと、小学校教員養成課程のかなり大きな拡大ということを考えておかなければなりません。同時にまた、中学校教員、高等学校教員等の免許資格者とその需給の実態、その他のことを勘案し、また幼稚園の教員でありますとか、保育所の保母さんの動きでありますとか、そういうことも勘案しながら、ほんとうに幅広い層からりっぱな教師を得るために、小学校教員養成課程に進まなかったためにその職場に入ったときにいつまでも不十分な資格しか与えられないということは、また救って改善しなければならぬ。したがいまして、正規の養成増のほかに、そういう幅広い層からの適格者に対して、適正な資質を認定していくということが必要だ、こう考える次第でございます。
○長谷川(正)委員 いま話が小学校へきていますから小学校へ焦点を集中してお尋ねいたします。 いまの御答弁ですと、全国で小学校の教師のうち、現在、これは昭和四十七年度になりますかね、四十七年度助教諭が二千人ですか、来年は少なくとも教員を四千人ふやさなければならない、こういうことですか。来年というのは四十八年度ですか。
○木田政府委員 四十八年度すぐ四千人というわけではございません。昭和六十年度を見渡しまして、それまでの間、逐年、子供の数が二十万人ずつ程度ふえていく、そうすると現在の教員の配置基準その他で計算いたしますと、少ない年で二万人、多い年で二万八千人という新規の小学校教員の供給が必要というような計算になります。それらをならしまして、二万二千人程度コンスタントに考える必要があるのではないかというような目見当をつけているわけでございます。この供給増は、今後のいろいろな施策との関連でいろいろとまた動いてくる数字でございますから、現在の段階における、現状をもとにした一応の見通しであるというふうに申し上げられるかと思います。 そうして同時に、小学校の教員だけのことを申し上げておりますけれども、一面では、その途中の段階で中学校の子供の数が減るとかいろいろな変化がございますから、教職全体としての動きその他はかなりまた複雑に考えられなければなりません。そこで、将来、各十年間程度を見渡しまして、来年からすぐとかなんとかということでなくて、大体早い機会に四千人前後の供給増ということを考えていく必要があろう、こう考えている次第でございます。
○長谷川(正)委員 いまの御説明を聞いていますと、その四千人というのは、現行法では正規の資格のない層からもそのくらいを吸収しなければならない、こういう意味ですか。
○木田政府委員 今日の状態のままほっておきますと、申し上げましたように、正規の資格のない者で四千人程度埋めなければならない、こんな計算ということでございます。
○長谷川(正)委員 真実がだんだん明らかになっていくので私はよろしいと思います。しかし、それにどう対応するか、これはたいへん大事なことだと思うのです。 そこで、端的に、この教員資格認定試験制度を設けることによって、教員の資格というもの、あるいは何と申しましょうか、教員の質ということばはあまり使いたくないのですけれども、水準と申しますか、それが現行より低い者が教諭になれることになるのか、少なくとも現行同等ないしそれよりも高い資質を持った方が教諭になるということになるのか、端的に言ってどうですか。
○木田政府委員 後者のほうに考えております。
○長谷川(正)委員 たいへんこれは自信満々、高くなるというふうにお考えなんですか。それはちょっと納得できないわけですが、これはあと具体的に伺ってまいりたいと思います。 私の印象としては、これは差し迫った事情はよくわかる、したがって、どうしてもこういう応急措置をとらなければ義務教育なり学校教育なりが乗り切れない、多少の教職員の質の低下はやむを得ないものとして、ないよりはいい、何とか間に合わせなければいかぬ、これが端的な今回の施策ではないかというふうに思いましていまの質問をしたんですが、最後のお答えの一瞬にどうもちょっとお立場もあろうかと思うけれども、真実とは反対の御答弁だったように思います。つまり、これで高くなるんだ、よくなるんだ、私は全部が悪くなるとは思いませんが、全体として見ては反対ではないかと思います。大臣、端的にいかがですか。
○奥野国務大臣 資格認定試験で小学校の教員になってくださる方々、いろいろな方がございます。高等学校までしか行かなかった、不幸にして大学へ進んでいない、そういう方々が勉強して資格認定試験を受けてくれる、非常な使命感なり教育感なり情熱を持ってくれる、やはりこれも教員として非常に重要な資質だ、かように考えているわけでございまして、それなりに私たちは評価すべきではないか。また、中学校の教育を受け持っておられる方々がずいぶん多いわけでございますから、実際問題として、必ずしも中学校の教員になれない、やむを得ず、と言うとことばは悪いのですが、あるいは好んでいらっしゃった方もおりましょう。小学校の教員になるその方々は、いままでですと、教員をつとめている過程において講習を受けて免許をお取りになるわけでありますけれども、進んで勉強をして、そうして全教科担任の小学校の資格を取る。やはり勉強しないで小学校教員になるよりも、そういう勉強をして資格を取って教員になってくださるわけですから、私はいままでよりもやはりいいんじゃないかというふうに考えているわけでございます。そういうような意味合で、いまのままに置いておくよりは私たちはよくなる、こういう希望を持ってこの改正案をはかっておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 そこで、文部大臣の提案理由の説明について、いまのに関連をして念を押してお聞きしたいのですが、大臣の提案理由の説明の中には、さっきも申し上げたとおり、「学校教育の実情に即して緊急を要するものとして」、「緊急を要する」ということばをお使いになっておる。そうして、この教員資格認定試験制度を設け、それから免許教科について新設する、これは高等学校の看護及び看護実習科のことをさしておると思いますが、こうおっしゃっているのですね。将来、教育界により広く人材を集めるということよりも、緊急ということを言っておられるのです。これは先ほどの局長の御答弁がほぼこれを答えておるように私は思ったんですが、大臣、この大臣がおっしゃった「緊急を要する」というのはどういうことですか。
○奥野国務大臣 小学校教員に限りますと、人口急増地帯、そこで必要な小学校の先生を確保をしていく、その対策を講じるというのは、やはり緊急を要する問題だと思います。その際に、ただ緊急対策だけじゃなしに、あわせて、より教育界を充実する道がないかというようなところから、このような法規についておはかりをさせていただいておるわけでございます。
○長谷川(正)委員 私には、この緊急というようなことばを率直にお使いになっている意味はよくわかるわけなんですが、それで、しかも、この教職員免許法の改正が、緊急に、どうしても、やむを得ずこうするんだという姿勢ではなくて、これでいいんだとは思ってないんだという姿勢ならわかるのです。そうじゃなくて、これでたいへんよくなるんだというので、とても納得がいかない。特に人口急増地帯は、そうでなくともいま学校建築そのものでも、施設費国庫負担法の中でも、十分とはいいませんが、かなり論じられましたように、校舎建築一つ、用地買収一つでも市町村は、地方自治体はたいへんな重荷をしょって苦しんでおる。しかも、人口は急増します。プレハブ校舎のない学校は、人口急増地帯をよほどさがさなければない。ほとんどがプレハブ、プレハブで落ちつかない。しかも建築、建築で運動場はつぶされている。こういう状況の中で子供たちが、一度去って二度と来ないそれぞれの幼児期、少年期というものを過ごす。このことはやはり国の教育政策としては抜本的に解決しなければいけないのじゃないかと思うのに、これでは踏んだりけったり、ということばもあるけれども、今度は人口急増地帯の先生も、戦後の教員養成制度で、ともかく大学卒業者を原則として、しかも単位を修得して免許状をとってくる。しかも、どの大学でも単位を修得すれば教職員になれるという、こういうたいへんな水準の高さ。そして旧制師範学校のように非常に閉鎖的な、ある面では技術的には修練されるけれども、人間の教育全体としてはたいへん狭い、欠けるところがある教員養成制度から、戦後抜本的に変えたこの意味を殺してしまって、どうも間に合わせに、とにかく教員資格認定試験制度というものを設けて、何と申しましょうか、未熟児教員ということばは悪いかもしれないけれども、とりあえず間に合わせにそういう先生を配給しようというようなこと、これでは人口急増地帯の子供や親は一体どうなるのか、こういう心配が惻々としてくるのはきわめて素朴な国民全体の憂えではないか、私はこう思うのです。 私も教職に経験があり、私の次男も去年東京学芸大学を出て、やはり人口急増地帯である調布市の公立小学校につとめております。つぶさにその実情というものを毎日見聞きしているのですけれども、そういうことを考えますと、大臣はじめ局長の、これはたいへんいい制度であるというような御説明はどうも納得できない。その場しのぎだということであれば、これは決して実情上わからないわけではないのですが、端的にひとつ正直な御答弁をお願いします。
○奥野国務大臣 長谷川さんのおっしゃること、この前も議論になったわけでございます。私たちは、戦後の教員免許の改革をそのまま評価してきているのです。ただしいていえば、一切資格認定試験で教員になる道をふさいだということについては、やはり若干問題があると思います。それは全部ふさいでしまうのではなくて、学歴がなくても教育界に熱情を持っている人はやはり救ってやるようにしたい、しかも、これは非常に例外的なものでございまして、原則については長谷川さんと同じでございます。そういう気持ちに立って今後をながめました場合に、あまりにも小学校児童の一部地域における急増、それに対応する小学校の先生の確保、ほうっておきますと臨免の先生になっちゃうのです。それよりやはり勉強していただいて、ちゃんとした資格をとってから教育界に入っていただいたほうがよりベターではないか、私たちはこう考えておるわけでございまして、そういう意味で、ほうっておくよりは法律改正をいたしましたほうが教育界の向上に役に立つのだ、こう考えておるわけでございます。基本的な気持ちはお互いに一つも変わりはないのじゃないか、私はかように思います。
○長谷川(正)委員 私もごく一般論として、それから平常の場合として、教職に熱意を持ついわゆる今日の教員養成コースを、必ずしもそのとおりを歩めなかった方の中で、熱意があり適任の方が教職につける道、そういう道を開くということに全面的に反対をするものではありません。そういう道は当然あってしかるべきだと思います。しかしいままでの審議にも、公明党の高橋さんでしたかどなたかからも出たと思いますが、かっての検定試験で学校の教師になる制度が戦前もございました。ところが、検定の方といえば、だれでもこれはよく勉強した人だというふうにある意味で敬意を表されたものです。ただ検定出の方があまり勉強をごつごつしてなられたために、いわゆる学校教育等で広く交友関係とか人間関係とか、そういう面の触れ合いが乏しく、自分の部屋と図書館のいすの間を通って、一生懸命勉強して検定から検定へ行った人の中には、専門学力はあるけれども、教師としての、人間としてのふくらみとか余裕とかあたたかみとか広さとか、そういうものについて欠けるという批判はあの当時もありました。しかしともかく、少なくともその学力なり実力なりについて、検定出の先生というのはむしろ一目置かれるくらいだったのですね。これは確かにどなたかおっしゃったとおりだと思う。私にも子供のころそういう記憶がございます。 ところが、どうも今回のは緊急を要するというこういう人口急増あるいは二十万ずつふえるときに、小学校のいまの免許制度ではとても資格者は得られない。何とかしなければならぬというところに追い詰まって緊急の措置として出てきたから、これがそれ以上に高い水準でやったらますます得られなくなるから、当然低い道を開くということにならざるを得ないのじゃないか。 つまり大学等に在学中に教員の免許状取得に必要な単位を修得しなかった者、修得した者と修得しなかった者では、修得しなかった者のほうが、私はそれだけの時点を見ていえば一つの差がついておると思いますよ。大学へ進学しなかった者、これは決してその人の責任ではないけれども、経済的事情等で大学へ行けなかった。そうした方たちにも今度は資格を、免許状を与えるというのですかち、これは常識的に見ると、やはり特殊な篤学の士の道を開くというよりも、これは切り下げではないか、こういう印象を受けるわけです。これは大学卒業者、単位修得者よりも、より高い力がこれによって得られるという、後者です、というさっきの私の質問に対するお答えは、何によって保証されるのですか。
○木田政府委員 一つは認定試験の水準を、大学卒と同等の力量ということに置いて考えようとしておるからでございます。そして確かに形式的に見れば、大学卒とそうでない者あるいは教職課程をとったものとそうでない者、形式的な差異はございますけれども、それを実質的な力量としてまた別の方法で認められるのであれば、同等以上というふうに十分考え得るのではなかろうか、このように考える次第でございます。
○長谷川(正)委員 どうもせっかくの局長の御答弁ですが、いまの御答弁はちょっと納得がいかない。これが法で定めてきちっと試験制度の内容というものも明らかになっておるのでしたら、なるほどということになるかもしれません。もう一ぺんお尋ねしますけれども、少なくとも大学で単位を取得した者以上の力があるという保証はどういう方法でおやりになるのか、もう一ぺんはっきりさしてください。
○木田政府委員 小学校の教員の資格認定試験につきましては、現在まで関係者の御検討をいただきましたところの御意見としては、短期大学卒業による二級普通免許状と相当の力量のある者の判定をしよう、それは小学校の教員養成をやっている教員養成大学に委託をして実施をしよう、こういう御意見でございまして、この法律によって文部省令を制定いたします場合に、そのような御意見によって手順を固めたい、こう考える次第でございます。
○長谷川(正)委員 そうすると今後は、小学校の教員の水準というのは、短期大学が一般水準になるのですか。
○木田政府委員 教員の資格認定制度に関します調査会の御意見によりますと、さしあたりという言い方がございます。これは教育職員養成審議会が、将来の免許基準を大学卒に合わせたい、現在の短大卒に対して出ております二級普通免許状の制度というものは早い機会に改めたほうがいいという御意見のようでございます。しかし、現行法では少なくとも二級普通免許状の制度がありますから、さしあたりそれと同等ということが適切ではなかろうか、こういう御意見でございます。 〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕
○長谷川(正)委員 やはり戦後の画期的な教員養成制度というものが、現実に音をたててくずれつつあるという実感を、きょうこうして質問しながら、私は何とも言えない嘆かわしい気持ちで、私のセンチメンタリズムかどうかわかりませんけれども、お聞きするわけなんです。いま教育職員養成審議会ですか、そこでも、さしあたりということばをお使いになっている。大臣の、緊急を要するものとしてということと、これは相呼応していることばだと思うので、やはり四年制の普通の大学卒というものを基準にするという戦後の教員養成制度の改革の基本は、先ほど木島委員からもるる質問されておりましたけれども、これをくずしてはならないということはちょっぴりおっしゃっているようなんです。一体これに対して文部当局としては、差し迫った措置は措置として、今後の教育の大きな方針としてこの辺でよほどしっかり立てておかないと、これは非常に憂うべきことになるという気がしてしようがないのですが、大臣、ひとつ安心のいくような明快な御決意、御答弁をしてくださいよ。
○奥野国務大臣 大学局長が審議会の意向を、さしあたりということで申し上げましたのは、四年制大学の卒業者に普通免許状を与えたいという考え方に立っているものだから、短大卒で資格認定試験をやるのはさしあたりなんだ、こういう趣旨でありますので、これはぜひ御理解を賜わっておきたいと思います。あくまでも四年制卒業というものを目ざして進んでいるわけでございます。同時に、小学校教員養成課程も四十八年度で五大学にふやしているわけでございます。基本はその道を歩むべきだ、こう考えているわけでございます。そこはひとつよく御理解をお願いいたします。
○長谷川(正)委員 もう一ぺんさっきの小学校の数字について伺いたいのですが、助教諭が二千名というお話でしたね。二級普通免許状の方はどのくらいなんですか。
○木田政府委員 二級と一級との区分をつけてございませんけれども、昭和四十七年度におきます新規卒業者で正規の免許状を持っております者は、国立でございますが、教員養成大学・学部から七千名、一般大学・学部から千七百名、短大その他小学校教員の養成機関から三千三百名ほど就任をいたしております。それから過年度の卒業者で普通免許状を持っております者が二千五百名、他の中学校等からの転入増が五百名、合わせて正規の資格を持って小学校に就任いたしました者が一万五千人でございまして、それ以外に二千人ほど正規の資格を持たない職員、助教諭、講師等がおるわけでございます。 正規の資格の内訳につきましては、いまちょっと資料を持ってきておりません。そのうちの二級と一級との区分は、あえて申しますならば短大、養成機関から入ってまいりました三千三百というのが三級普通免許状ということに相なろうかと思います。
○長谷川(正)委員 それで、いま三千三百というお話ですが、今後の傾向として、やはり小学校では短大出がふえる、しかも、この法律改正がなされると、短大と同等の学力を標準とした認定試験でなる方がふえる、こういうことが十分想定されると思いますが、いかがですか。
○木田政府委員 今後の教員養成におきましては四年制大学の拡大ということを、大臣も申されましたように今後私どもの施策として考えていかなければならないと思います。同時に、私立の短期大学等も過程認定を受けて免許資格の取れます者もかなり送り出してくるということも想定できます。その現在免許制度上認められておりますこの免許資格をどう改めるかという点につきましては、教育職員養成審議会でもうしばらく資格基準その他の検討を進めたいということで、御論議が残っておりまして、その御検討を急いでいただきたいと思っておる次第でございます。本格的なその改正が実現いたしますまでの間ということになりますが、今日、短大と同等で、短大卒で二級普通免許状が現に出されるわけでございますから、資格認定試験を実施いたします場合に、それよりも高い水準で要求するということもいかがかというので、さしあたり二級普通免許状に相当する試験、このような御意見になっておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 まことに悩みは深いという感じですね。大体、今回のこういう認定試験制度は、御提案の説明にもありますように、一九六四年、昭和三十九年ですか、このときに高等学校の一部に教員資格試験制度というものを設けたのが、どうもこういう傾向に道を開くきっかけになったと思うのです。たしかあのときも、私どもは反対をいたしたような記憶があるのです。そのときにはしかし、これほど大きな重大な、義務教育全般に広がってくるような、こんな問題になろうとは当時思わなかったのです。あのときは、御説明に高等学校の一部にとありますが、高等学校のどういうことに教員免許の道を開いたのですか。
○木田政府委員 現在まで実施しておりますのは、柔道と剣道及び計算実務でございます。
○長谷川(正)委員 どうして柔道、剣道、計算実務にこういう安易な方法をとられたのでしょう。
○木田政府委員 高等学校におきます体育の教科の中で、格技を取り入れるということが各地の高等学校で盛んになってまいりました。それにふさわしい専任の教官を確保するということの養成が必要になってきたわけであります。計算実務は、やはり商業の領域におきますそうした特別の専門家を迎えたいということから、このことが出たものと考える次第であります。
○長谷川(正)委員 あのときの審議はどうだったか、私いま詳しく記憶しておりませんが、急に柔道、剣道を取り入れるということに、もう当時疑義もありましたが、今日、国民の体育スポーツとしても、また日本の伝統的な体育としても定着をしておるものでありますから、柔道、剣道そのものに反対いたしません。けれども、もしそういう教師が必要となれば、これはやはり体育の教師の養成はちゃんと大学でしておるわけですから、そこに十分そういうものを身につけた方々が養成されて出て、りっぱな教師としての全体的な資格を持った方をもって充てるというのが本道であったと思うのですが、いかがですか。
○木田政府委員 御指摘のように、大学におきます体育の教師の養成それ自体、本格的な養成過程として行なっておる次第でございまして、あくまでもやはり補完的なものという意味で実施されたものと考えます。
○長谷川(正)委員 計算実務についても同様のことが言えますね。
○木田政府委員 そのとおりだと思います。しかし、大学では計算実務ということを中心にした養成過程というのは、きわめて少ないんではないかというふうに考えます。特に商業の領域につきましては、教師の確保にいろいろ問題があろうかと思います。
○長谷川(正)委員 そこで、あの制度で、これらの免許状を取得して高等学校の教師になられた方は、形式ですが、どういう採用のされ方をしておりますか。
○木田政府委員 現在までの合格者は柔道で昭和三十九年以来百八十七名、剣道で二百八十四名、計算実務で百九十九名、合わせて六百七十名という現状でございます。合格率は、三十九年から全部合わせますと一二%弱という合格率になっております。そのうち教諭または非常勤講師等、何らかの形で教職についた者は約六〇%程度というふうに考えておりますが、さらにまた合格者のうち二〇%が本務教員として採用されております。このように計数の上では承知をいたしております。
○長谷川(正)委員 そうしますと、これらの免許状を取得した方のうち約六〇%が実際に教職について、そのうち二〇%は教諭として採用されている、その他は講師または非常勤講師という形と了解してよろしゅうございますか。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○長谷川(正)委員 この二〇%の方は、これは教諭ということでありますから、当然学級の担任であるとか、いろいろそのほか一般教諭として教育全般に携わる、こういう形になっていると思いますが、そうですか。
○木田政府委員 それは中学校及び高等学校の、現実に校務分掌をどのようにしておるかというところまでちょっと数字がございませんので、明確には申し上げられません。しかし、当然そういうことがあり得ると予想できます。したがってまた、資格認定試験を実施いたしますにつきましては、保健・体育の全領域にわたって幅広い学識を問うだけの出題その他の処理をいたしておるわけでございます。
○長谷川(正)委員 個々の人をとりますとたいへんりっぱな方もあり、また有能な、また教師としても適格な方もそれはおられると思います。しかし、制度的にこういう方が、こういう形で免許をとった方が正規の教員になってくるということになりますと、やはり先ほど来問題になっておる、大学によって教職員を養成するという基本が、こういうところからなしくずしにくずれていく道を開いたのじゃないか。しかも、今回はこれを全面的に拡大しよう、義務教育の小学校から中学校から全部にこの道が広がるんだ、こういう御提案なのだということがだんだんわかってきましてね。私ざっと見たときは、ああ高等学校の特殊な職業教育のことなのか、特殊教育の中の特別の訓練を要することについてこういうことが必要なのかなと、実はたいへん申しわけないのですけれども、大ざっぱに、やむを得ないかなと、これは臨時措置とか時限をつけるとかいうことならやむを得ないかなくらいに思ったのですが、どうもこれがこういうふうに、ほとんど小学校の問題を中心に、いまちょっと高等学校に入ったわけですけれども、審議してきますと、これは与党だとか野党だとか、法案に反対だとか賛成だとかいうそんな次元をはるかに越えまして、これはやはりよほど考えなければいけないということを痛感するわけです。そういうおそれありませんか。
○木田政府委員 現実に免許状を発行いたします場合に、どちらが本則であるかわからないような運営ということが起こるなら別でございますけれども、私どもこの法律の趣旨から見まして、制度の基本は大学における正規の養成である、そしていままで資格認定試験についての御論議をいただきました場合にも、その試験のしかたその他でできるだけ幅広い人材を教職に迎えるという気持ちで、同等以上の試験を補完的に行なうという御指示をいただいておるわけでございますから、例外的にそういう要素がありましても、これは全体の教職をむしろよくするという方向に動きこそすれ、逆になるということにはなるまいというふうに考えておりますし、またそのように運用上も留意をしていかなければならない、こう考えておる次第でございます。
○長谷川(正)委員 原則がありましても、原則をくずす道を開くと、いつの間にかそれが主客転倒するという例はしばしばいろいろな事例にあります。特にいまの教育界の実情を見ますと、せっかく教育界に入った人材も他へ抜け出していくという例がありますし、せっかく大学を出て教職員としての免許を取りながらも、ならないというのが非常に多いんではないか。大臣の提案理由の説明に、「広く教職への道を開くことといたしました。」こういっていますけれども、これはもう開かれているのですね。これは木島委員からもそのほかの委員からも繰り返し再三言われましたけれども、私あえてまた言わなければならないのですが、戦後、あの旧制師範教育による教員養成という閉鎖的な養成制度から、すべての大学で教職に必要な単位を修得すれば免許を得られるということで、これはそれ自体が国民に教職への道を大きく開いたことになっていると思うのです。この水準というもの、四年制の大学を出るというのがまあ基本的な水準ですが、私どもは、今後四年制の大学の上にさらに教育専門課程を二年くらいやるという改正ならわかるのです、将来教育によって立国ということをほんとうに考えるなら。また、すでにそういうふうに人類社会の文化というものは進歩してきているのです。科学も進歩してきているのです。水準を上げる、そして開放をするというけれども、すでに広く開かれているのですよ。そうかといって現実の社会には、大学を途中でやめなければならなかったり、単位を修得できなかったり、大学へ行かずに働いて勉強したりという方もあるわけですから、その方々に道を開くということには決して反対するわけじゃないのです。しかし、現実の問題として、今回の改正では心配でたまらない。第一今日の大学で、まあ小学校でも中・高でもけっこうですが、教職の単位を取っている学生が、大学全体の学生の中でどのくらいの割合を占めているのですか。
○木田政府委員 学生の大体三分の一近くが取っておるか、こういうふうに考えております。
○長谷川(正)委員 三分の一が教職の資格を取っておる。その方々が全部教職におつきになれば、「緊急を要する」とか「実情にかんがみ」とか、さっき局長は端的に、具体的内容として教職に人を得られないと言ったが、そういうことは解消しますか。
○木田政府委員 やはり免許の種目について片寄りがございますので、その問題は解消しないと思います。四十七年三月の新規卒業者につきまして、四十三万人の卒業生のうち十二万六千人、二九・四%が免許状を取得しておりますけれども、中学校、高等学校についてはかなりの数になっておりますが、小学校については問題もございます。
○長谷川(正)委員 そうすると、ほぼ三分の一が教職免許を取るということは、少ないと判断するのか、これは多いと判断するのか、どうですか。
○木田政府委員 いまの十二万という数字は、数字自体としてはかなり大きい数字だと考えます。しかし、分野別に見て非常な片寄りがあるということは、また指摘できることだと思います。
○長谷川(正)委員 片寄りの最たるものは、小学校の免許を取得する者が少ないということですね。
○木田政府委員 小・中・高等学校で申せばそのとおりでございます。なお、高等学校の一部の領域、特殊教育等は、またおのずから事情が違っております。
○長谷川(正)委員 また、中・高についても確かに科目に片寄りがあろうと思います。しかし、大学卒業生の三分の一が一応教職の免許状を取っておこうという状態であるということは、私はまだ救いがあるような気がいたします。しかし、小学校の免許を取得する者が少ないということは、小学校の免許が取りにくくなっているという事情もあると思います。と同時に、これは免許法の問題ではなくて、もっと大きな政治的な問題ですね。あるいは文教行政の問題であると思いますが、なぜこのように小学校については特に希望が少ないのか。これをどう理解され、これに対してはどう対処してこれを直していくというふうにお考えですか。
○木田政府委員 小学校は、長谷川先生も御存じのように、全科担任ということになっていますから、これの指導をいたしますにつきましては、特定の科目を中心にした一般大学で小学校の教員の免許資格を取るということは、きわめてむずかしゅうございます。で、十二万のうちで一万七千人が小学校の免許状の取得者でございますが、これは主として国立の教員養成大学及び一部の短期大学に限られております。今後、小学校教員の増を考えますためには、教員養成大学を拡大をしていくということを基本として考えなければならぬと思います。
○長谷川(正)委員 教員養成大学の拡大はけっこうですが、それで小学校の免許状を取ろうとする者の数が、いまの比率と違って飛躍的にふえるという見通しはおありですか。
○木田政府委員 これはなかなかむずかしい御質問でございまして、私も、小学校教員養成課程の学生定員がふえれば、その分だけは確実にふえるというふうに申し上げられます。しかし、正規の養成課程以外で小学校課程の免許状を取ろうとする者は、これは学校としてもむずかしゅうございますし、個人のほうの側から見ますとより以上むずかしいことでございますから、学校数を増加するということ以外にはなかなかむずかしい課題ではないかというふうに思います。
○長谷川(正)委員 この問題はきわめて差し迫った、それこそ具体的な深刻な問題だと私は思います。しかし、免許法の問題だけではなくて、むしろ他の要因があると思うんですが、大臣、こういう一番数の多い小学校の、しかも一番大事な、しかも、確かに免許状を取るにはたいへんむずかしい、たくさんの単位を取らなきゃならぬ、こういうところが次第に少なくなっていく。 〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 これを単に免許法をどうこうするということではなくて、文教行政としてこれはもっと考えなきゃならない問題があると思うのです。これは免許法の審議とは密接な関連がある、しかし免許法だけで解決しない問題ですけれども、これについての大臣のお考えをこの機会に明快にお聞かせいただきたいと思うのです。
○奥野国務大臣 基本的には、教育界へ進んで身を投じようとする方々が多くなるような施策を講じていかなきゃいけないと思いますけれども、そういう場合に処遇の改善、これを第一に考えています。第二には、小学校の先生が不足しているということでございまして、国立大学にも小学校教員養成課程をふやしてまいっているわけでございます。第三に考えなきゃならないのは、恒常的に不足するかどうかということです。いまは第二ベビーブーム、十年くらい続くのでございますけれども、これが通り過ぎちゃいますとまたがたっと減ってくる。学校をつくります場合には、少なくとも四年間大学に通いまして五年目でなければ実際教べんをとれないのでございます。しかも、現状でも中学校の免許状を持っておられる方々がたくさんいらっしゃる。そうしますと、そういう方々にちょっとふんばっていただいて、小学校の資格認定試験を受けてもらう、そのほうが臨免で教職についていただくよりもはるかにベターじゃないか。同時に、先ほどもちょっとおっしゃいましたように、広く教職員に道を開く、そのことは反対じゃない、こうおっしゃっておられる。やはりあわせてそういうような道を開いておく、これも大切なことじゃないか、こういうことでございまして、私は基本的には長谷川さんの気持ちとちっとも変わらないのじゃないかと思うのでございます。ただ問題は、小学校の生徒児童あるいは中学校の生徒、これがふえたり減ったりする、こういうことに対応しなければならないのじゃないか。しかも、今後私たちは、より教員組織を充実していきたいと考えている。そうすると、それだけ教員の供給をふやしていかなければならないわけでございまして、あるいは週休二日制の問題もございます。いろいろな変化を将来に予測するものでございますだけに、やはり今度のような免許法を改正して対応策を講じていくことも大切だ。正攻法で学校をふやしていく、教員養成課程をふやしていく、これも大切だ。やはりいろいろな道を講じていくことが非常に重要な問題じゃなかろうか、こういう気持ちでおるわけでございます。
○長谷川(正)委員 私は、またそういう臨床的なお考えを聞こうと思ったのじゃないのです。もっと抜本的に、小学校教師希望者がこのように少なくなってきているということについて、もっと透徹した文教行政の指導者としての御回答がほしかった。確かに小・中の人員の変化によって多少移動ということも起こるでしょうけれども、いまの大臣の御答弁にも、たいへん、小学校教師の資格をとるための免許の単位とか、そういうものに対してきわめて軽く扱われている。中学校の免許状と小学校の免許状が何で違うのですか。安直にただ右から左にちょいと乗りかえていいようなそんな簡単なものなんですか。ちょっと資格試験をすればいいというような、そんなものでしょうか。それも私はさっきから言っているように、法定されたりっぱな条件ができていれば安心なんですけれども、運用の面では、要するに教職員が足りないから間に合わせに中学から移動させたり、あるいは一般の方から学歴も足りない、単位も足りないけれども、何か一つ低いハードルを飛ばすことによって教員の資格を与えちゃおう、間に合わせちゃおう、こういうお考えがやはり根底にある、私はどうしてもそういうふうにしか受け取れないのです。そうじゃありませんか。
○奥野国務大臣 一つは基本的な姿勢の問題、これは私は処遇の改善と簡単に申し上げましたけれども、これはたくさんの考え方を持っておる。たびたび申し上げておりますので、私は御理解いただいていると思いますので重ねて申しません。そういう意味で、一口で申し上げたわけでございます。 それから第二の問題といたしましては、中学校の免許状を持っている、認定試験を非常に安易に考えているとおっしゃいましたが、資格認定試験ということばは安易でございますけれども、受ける者にとってはたいへんなことだと思うのでございます。中学校の免許状は教科担当でございますから、特定の教科に深い知識を持っておればいい、しかし、小学校の先生方は全教科担任でございますから、やはり全教科担任できるだけの能力、があるかどうか、その資格認定を受けるわけでございますから、たいへんな勉強をしなければならない。やはり教べんをとる前に勉強をしていただいたほうがいい先生になっていただけるんじゃないだろうか。臨免で先生をしておられて講習を受けて、そして免許状をもらうというような式よりも、やはり私は教育自体にとっても大切なことだと思う。しかし同時に、資格認定試験ということばは安易ですけれども、また受けるほうにとってはたいへんなことでございます。またしっかり勉強していただかなければ、私たちとしては教育に万全を期し得ないのじゃないか、こう思っておるわけであります。
○長谷川(正)委員 いや、受けるのがたいへんなようならば、私が戦前の例をちょっと申し上げましたが、前の委員からも出たことを引用して。それはそうなればいいのです。これがそうでない理由だから困ると思うのです。というのは、私、ずっと今度の法改正を見ていると、これでつまり程度が上がったというところがどこか見つけられますか。みんな少し下げてもよろしいということばかりじゃないですか。どうもそういうふうにとれるのですがね。どうですか。
○木田政府委員 一つは考え方であろうかと思いますけれども、たとえば看護の新たな免許の種類をつくりたいというふうに御提案申し上げておりまして、現在保健あるいは保健体育という免許状の種類しかないために不本意ながら正規の教員になれないというような方々に対して、本格的な看護の教育を身につけて、資質のある、指導ができる方に胸を張って教壇に立ってもらえるということは、私は士気を高めるためにもプラスになっているのじゃないかというふうに考えます。また養護訓練等新たな領域が出てまいりましたものについて、やはりそれに対応する正規の資格を認めてあげるということは、教職に励みが出るということではないであろうか、このように考える次第でございます。
○長谷川(正)委員 いま高校の看護及び看護実習のこととか特殊教育のことについてお答えになりました。私はもちろんそれも心配ないとは言わないけれども、この法案からうっかりすると見落としちゃう義務教育の、特に小学校の教育全体にこれはもう全面的に適用されてくるのだということで申し上げているわけで、そういう面ではどうもレベルアップになる点はどこにもない。特殊な方でりっぱな方を掘り出すということは、それはあると思いますけれども、それまで否定はいたしませんけれども、全体的に制度としてはこれはレベルダウンになるのじゃないか、こういう感じです。 そこで、私、さっきの質問続きに、ちょっと横道にそれかかっていますから戻りますが、大学卒業生の中で教職の免許状をどういうふうに取るかという比率をお聞きしたわけですが、小学校が少ない。しかし小・中・高合わせますと約三〇%ということはわかったのですが、その免許状を取得した方のうち教職につかれた人数、割合、それはどうですか。
○木田政府委員 先ほどの数字に対応いたします教員就職者は三万三千人であります。免許状取得者の約四分の一ということに相なろうと思います。
○長谷川(正)委員 そうすると、四分の三は免許状を持って教職についておらぬということですね。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○長谷川(正)委員 そうすると、これは広く教職への道を開くというけれども、道はもうりっぱに開かれているのですね。ただ来ないだけなんです。そうでしょう。そこのところを考えなくちゃこれは文教行政と言えないのじゃないですか。ただ来ないから資格水準をある程度下げて採用するというのが結局この法案の真意というふうに、応急措置としてこうせざるを得ないというところに私はどうしてもこの法案提出の理由、現実的意味がある、そういうふうにしかとれないのです。文部大臣の説明によりますと、「教育界にとっても広い視野と新しい経験を加えられるなど、教育の発展向上をはかっていく上で有益なことと考えます。」と述べられている。これは自画自賛もいいところですが、自画自賛というのは、まだ自分で自分はいいと思っているのだったらいいのですが、これは粉飾、虚飾、真実をおおい隠す、ことばはたいへん酷な言い方ですけれども、私はそう言わざるを得ない。この教育職員免許法等の一部改正案は端的に、とにかく現実に教職員が足りないんだ、確かに看護科の問題もあるし、特殊教育の問題もあります。これにも問題があるんですよ。さっき湯山先生が指摘したように、この看護科だってお医者さんをほんとうに頼んできて講義をしてもらえるのかどうか、そんな保証がほんとうにあるんですか。まことに架空論じゃないのかとすら現実の状況を見ると思われる。ですから、これももちろん問題はありますが、それ以上に義務教育全体の問題として、残念ながらいまの待遇、いまの教育界の教師の生活形態、勤務形態の中では人が得られない、これは何とか早急に一大改善をしたいと思うが、とりあえずこうして、とにかく教壇に先生がいないとなったらなおたいへんですから、こういう措置をとるんだという御提案ならばまあまあやむを得ないかな、それでは三年なら三年という時限をつけるとか、これに対する改革のはっきりした方針を、年次計画を示されるとか、そういうことであればまあ了承もできないわけではないと思うのですけれども、どうもいままで御答弁になったことからは、私は聞けば聞くほどますます教員乱造法案、教員平価切り下げ法案、こう断ぜざるを得ない。いかがですか。そうじゃないんですか。
○木田政府委員 大学在学中に教師になることを考えて勉強する、そういう学生も教育界にとってはきわめて大事な人だと思います。しかしながら、先ほどの数字で申しましても、大学在学者の七割ほどは教師になることを在学中考えないで勉強しておる、これらの方々の中に、将来教壇に立って有為な仕事をしてくださる方がない、こう言い切ることはできないと思います。私は、そういう方々が大学を卒業後いろいろな職歴を経て、あるいは大学の途中で考え方を変える、いろいろなことがありまして教育界に参加をしてくださるということについては大いに歓迎をすべきだ、幅広くそういう方々を迎え入れるべきだ、そういう他の経歴を持った方々が教育界に入ってくださるということは、教職全体の幅を広げることにもなるのではないかと思います。その意味で決して教育界の程度を下げるというふうにだけ考えるわけにはまいらない、むしろ幅広い多様なものにして質を高めていく要素すらあり得るのではないかというふうに考えます。したがって、御意見ではございますけれども、私は、原則に対して例外的な措置のあることのほうが、原則も生きるし、全体として高まっていく、このように考える次第でございます。
○長谷川(正)委員 いまおっしゃることを私も全部は否定するつもりはないのです。冒頭から申し上げたとおりへ十分権威のある認定制度というものがかりにあるならば、そういう道がいろいろな経験を持たれた方が教職へ入る道として開かれることを全面的に否定しないのですけれども、しかし、先ほど来ずっと聞いてみますと、人口急増地帯にはとても先生は間に合わぬ、大学を出て免許状を取るのが三分の一、そのうちほんとうに教職に入るつもりの者はその四分の一だ、こういうときに何で——これは、立場で正直に言えなければ言えない、お察しもいたしますけれども、日本の文教をあずかり、特に与党の皆さんも、これは与野党意見はいろいろ違うといっても、何といっても与党の日本の教育に対する責任は重いのです、政府をささえているのですから。こういう法案をぬけぬけと出していいのですか。私はほんとうにお聞きしたいのですね。ほんとうに私そう思うのです。 それで再度大臣に質問したいと思いますが、ちょっと関連して木島委員に質問をお許しいただきたいと思います。
○田中委員長 木島委員から関連質問の申し出がありますので、長谷川正三君の持ち時間の範囲内においてこれを許します。木島君。
○木島委員 私いまの局長の答弁を聞いておりまして、さっき言わなかったのですけれども、罰則すらあるほど神聖で、やらなければならぬ検定をやらないで、だから法律的にいえば形骸化しております。やったことにしているけれども、何もやらないで、そして臨免でやっている、そういう状態の中でもっていまこの検定制度をつくるということは、多分に形骸化されるものになるという心配、これをたいへん私はおそれるのです。いま局長はたいへんごりっぱなことをおっしゃったけれども、権威ある法律を、実質的には脱法行為をやっておる、教育行政の中でいまいかにりっぱなことをおっしゃってもことばでしかない。現に法律としての脱法行為をやっている、文部行政の中で、そういうりっぱなことだけでもってわれわれ信用していいかどうか、そうならないという保障がどこにあるかという点は、もう一回ただしておかなければならぬと思うのです。
○木田政府委員 現在検定制度は主として、臨免のみに限りませんが、上級免許状の取得の場合にも、書面によって、必要書類を提示して検定を受けるというやり方をいたしております。したがいまして、臨免のみならずいろいろな検定の手続は、一応人物の評価もつけました書類によって正規に行なわれておる、このように考える次第であります。
○木島委員 そんなことばのキャッチボールじゃないのです。さっき言ったように、罰則すらあるという免許の尊厳、教員資格の尊厳、教育の尊厳ということから懲役まである、そういうことを書類でやっております。それで人物までわかる——さっき私は人物論をちょっと言いましたが、そういうものじゃないだろうと思うのです。そういうことを現にやっていながら、あなたはそんなこと言うしかないのだろう。そんなことばはないでしょう、ほんとうに教育行政というものを考えるなら。やはりそれは、悪いものは悪い、反省するものは反省して、それでもって今後どうするのだ、そういう保障を私は求めている。現に法律に厳然とある記載も、そういう脱法行為をやっていながら、この検定でもってそういうように形骸化されないという保障を明確にされなければ、長谷川先生おっしゃるように、質の低下しか考えられないのではないかということが当然であって、いいかげんなことばだけではだめですよ。反省するものは反省し、それに対してこうする。ことばだけでこの場を通ればいいんだという——日本の教育行政をどうするという立場で審議しているのに、ここだけちょろまかして、時間が来たら委員長はやめるだろう、それで、与党はよけいだから、採決すれば勝つというのだったら、審議は要らないでしょう。もっとまともにやりましょう。
○木田政府委員 現在の検定は、現行法の六条の規定によりまして、人物、学力、実務、身体について実施することになっております。その実施のしかたは、先ほど申しましたように、書面による審査というのが大部分かと思いますけれども、あるいはいまお話がありましたほど現在の検定の実情について御批判があるといたしますならば、そういう事例もあるといたしますならば、私どもとしては事態の改善のために最大の努力を払わなければならないというふうに考えております。決してことばだけで考えているつもりではございません。
○長谷川(正)委員 私、質問の冒頭に、教職員免許法というのは、教育関係法規の中でもたいへんむずかしい法規で、勉強すればするほどなかなかむずかしい、わからなくなることも多い、そういう不勉強のまま質問いたしますので、ひとつ懇切に御解明をいただき、私どもの不安を取り除いていただきたい、こういう立場で御質問申し上げたわけであります。 いままで特に大学学術局長が中心に御答弁に立たれまして、この法案のよって来たる背景についてはかなり真実を率直に御答弁いただいたと思います。その点は多といたします。しかし、それに対して本法案をなぜ出すかということについての角度が、これで日本の教育水準、教職員の水準がずっと上がるというふうには、御答弁だけではどうしても納得ができない。伺えば伺うほど、私は残念ながら不安がつのるばかりであります。大臣のおっしゃることは、臨床的な立場でのお話としてはわかりますけれども、日本の文教行政を今後どう進めるかという観点に立ちますと、ここでこういう法案をお出しになったことはやや軽率であったのではないか、そういう感がいたします。お立場があってそういうことはむずかしいのでしょうけれども、でき得ればこの際いさぎよく撤回して練り直しをしていただくことがよろしいのではないか、こう思います。さもなければ、これはどうですか、もうちょっと研究させてほしいというようなお態度がとれないものか、最後にそれをお聞きして、私の質問を終わりたいと思います。
○奥野国務大臣 長谷川さんから、いろいろこの免許法のもっともなところも御理解いただいているわけでございますので、ぜひ御賛成賜わりますよう心からお願い申し上げます。
○田中委員長 この際、暫時休憩いたします。 午後三時四十三分休憩 ————◇————— 午後四時三十一分開議
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○田中委員長 次いで、採決いたすのでございますが、これは後日に譲ります。 ————◇—————
○田中委員長 次に、文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。小林信一君。
○小林(信)委員 一般質問をさせてくれるというお許しをいただきまして非常にうれしく思うものでありますが、相当時期も延びておりますし、私ども非常に遺憾な点がたくさんあるのであります。その上、委員長から時間の制約をきびしくされておりまして、私の持ち時間は一時間半だそうでございますが、なお私の時間をさいてまでほかの方の質問を許さなければならないような事情をまことに残念に思うわけでございます。したがって、簡単に質問をいたしますが、その点を政府側も十分御了承願って、適切な御回答を願いたいと思います。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 まず一番最初に、私は総理大臣の施政方針演説の中で述べられた問題について、これもこまかく申し上げればいろいろ意見がありますが、その中の一つ「小中学校の校長が退職後再び町に職を求めなければならないような現状を改めるため、定年の延長について真剣に検討をいたしておるのであります。」私もその演説を聞いておりましたが、「退職後再び町に職を求めなければならないような」というきわめて具体的な問題を総理大臣が取り上げて申されたときに、私もほろっとしたものがあるわけでございます。こういうところまで総理大臣が意を用いておいでになるかと思うと、非常にうれしくもあったわけでありますが、しかし、その中を検討してみますと、定年の延長と言っておりますが、定年というのがはたして現在あるのかどうか、しかも「定年の延長について真剣に検討をいたしておるのであります。」何かそれが予算の中にでもあらわれておるかと思ったのですが、あらわれてはいない。とすると、これはきわめて思いつきの発言であるやにも思えるわけであります。その定年という問題が実は非常に問題のあることで、総理大臣が簡単に文部省から話を聞いたとか、何か一般の声があったとかというものを取り上げて言うようであれば、これは非常に重大ではないかと思いまして、きょうは、おそらく総理大臣が演説をするからには、文部省の意向というものも十分体してしゃべっておると思うので、私は質問をするのでありますが、いまの定年の延長、定年というものがあるのかどうか、それからそれに対して、本年度の予算の中でそういうことが考慮されておったかどうか、まずそこからお伺いしてまいります。
○奥野国務大臣 お話しのように定年制はございませんけれども、定年を延長していきたい、総理大臣が施政方針演説でも述べておられるとおりでございまして、そういう方向で努力を続けていきたい、かように考えておるわけでございます。現在は、新陳代謝をはかりますために勧奨退職の制度が設けられておる。したがいまして、実質的には定年制めいたものがあるといわざるを得ない、かように考えるわけでございます。 定年を延ばしていきたい、これは府県ごとにかなり事情が違うわけでございまして、過密の県におきましては、自動的にある程度定年が上がっていく。過疎の県におきましては何らかの突っかいをかわなければ、定年の引き上げということがかなり困難だという実態だと思います。としますと、やはり先生方に働いていただける道を広げていかなければならない、こういうことになるわけでございまして、そういう意味におきましては、今度設けました代替教員の制度なりあるいはまた社会教育指導員の問題なり、より根本的には先生方の総定員、これを充実していくということなど、いろいろあわせ用いていかざるを得ないのじゃないか、かように考えているところでございます。府県ごとにやはり事情が違いますので、府県ごとにそういう計画をもって進んでもらわなければならないという気持ちで、府県とも話し合いをしながら具体的な道を確定していきたい、こういう努力をしているところでございます。
○小林(信)委員 いまの御発言の中にたくさん問題があります。一つ一つお聞きしてまいりますが、定年という問題ですが、いま大臣は、各府県まちまちである、確かにそのとおりであります。総理大臣の言った、定年を延長するというのは、各府県のそういう特殊な事情というものを、そのまま上げていくのか、少なくとも全国何歳くらいを定年にするというような一律のものにしようとしておるのか。大臣のこの演説で言われた趣旨は、町に新たにまた職をさがしておるというようなことは見るにしのびないというような気持ちだろうと思うのですが、必ずしもやめていく先生方は、そんなれんびんの情でもって自分たちを見てほしくないということを私は聞いておるわけなんですが、まずその定年の問題を、各府県を順次上げていくのか、少なくともここら辺が定年の、各府県とも到達するところだというふうに指導するつもりかどうか、お伺いいたします。
○奥野国務大臣 何歳ということを確定しているわけじゃございませんけれども、大体同じような気持ちで努力をしていますところは、将来六十五歳まで持っていきたい、さしあたりは六十歳まで持っていきたい、こういうことを努力目標にしたい、こういうことで各府県とも意見の交換などをやっているところでございます。現状はもうすでに六十三歳に最高はなっているわけでございます。最低のところで五十五歳、女の先生でございますと五十一歳というようなところもございまして、かなり幅が広いわけでございます。個々の県につきましていま申し上げますような方向、全部そういうように持っていきたいなというような点が、私たちが考えている念願でございます。
○小林(信)委員 おそらくそういうことは、これは各府県の財政事情が相当影響しておると思うのですよ。しかし、財政事情によって、ある県では六十三歳まで働くことができる、ある県では五十五歳でやめなければならぬ、そういう不平等さというものを、いままで実際文部省は放置しておったと言ってもいいと私は思うのです。そういう行政上の責任を感ずるならば、もう少し確たる方針を持って総理大臣はこの問題に触れていかなければならぬと思うのです。実際このことは、職にある人たちは重大な問題ですよ。私の県あたりでは、五十五歳から毎年毎年定年延長という戦いを続けてきて、そうして一年一年上に上げていくわけなんですが、いま五十八歳が私の県ではようやっと県が了承する線にきておるわけです。だから、先生方の努力で知事を説得する中でこういう問題が積み上げられていくわけですが、総理大臣がこういうことを言うからには、そういう県の財政事情とか特殊事情だとかというものでなく、もっと先生方に、少なくとも全国平等な状態というものをつくるような行政措置が私は必要じゃないか、こう思うのです。 それから新卒を云々というお話がございました。要するに定数法できめられた人数を確保する中で、新卒をなるべく多くしていこうという場合には、やめてくださいという勧奨をして退職させるというようなこともされておるわけですね。したがって、そういうことが定年の不平等なものが出てくると思うのですが、そこにまた、総理大臣がこういうことを言うならば、もっと教育の実態というものを総理大臣考えて、免許法の一部改正の中で私は質問したことがありますが、先生方を、まあ中学校の先生は二科目が限度でありますが、さらに免許をふやして、そうして数を補うという方法がとられておるし、あるいはどれぐらい専科の先生がほしいという要望がありましても、なかなか専科を置く道が開かれない。あるいは複式の問題も、先生をもっとふやして、複式はぜひともやらないでくれ、こういうふうな父兄の要望もあり、やむを得ず県単とか、あるいは町村の負担とかということで先生を補っております。そういうものをもっと、責任を感ずるならば、先生をふやしていくことができるわけですよ。定数法を改正して先生をふやすことができる。そうすれば、あえて早くやめてくださいなんという勧奨をしなくともいい事情も出てくると思うのです。そういうものをせずに、新卒がほしいから早くやめてくださいという事情が出てくるのだ、こう大臣がおっしゃっておることは、私は非常に無責任だと思うのですが、この点どうですか。
○奥野国務大臣 早くやめてくださいと、これはちょっとことばが悪いと思うのですけれども、新陳代謝ということも、これもよくないかどうかわかりませんけれども、やはりそういう沈滞しない空気をつくっていくのも、やはり教育に活気を持たせるためには必要じゃないかと思うのです。そういう意味でことばを使ったわけでございます。同時に、私たち新しい教員充足の五カ年計画をつくっていかなければならない。そういう場合に、いまの定年のことも頭に置きたいわけでありますが、過密なところは先生がどんどん必要なわけでございますから、頼んでも在職してもらわなければならない。おのずから定年が延びていくわけであります。過疎のところにつきましては、先生の定員が従来のままなら減っていくわけであります。そういうこともございますので、また御指摘のようなことはまことにごもっともでございますので、小規模学校にもう少し先生方の配当を多くするようなこともひとつ考えなければいけないのじゃないかというようなことも議論し合っているわけでございます。すべて定年を延ばしていくという方向に合わせていきたい、こういう気持ちも持っておるわけでございます。
○小林(信)委員 新陳代謝という問題を考える前に、私はいまの教育事情を文部省はもっと検討しなさい。四十五人をいまの一学級の定数にしておりますが、四十人にしてほしいという要望はかなり強いと思います。世界的な水準に達するためにも、一学級の生徒数というのをもっと少なくするということもあると思う。そういうようなやらなければならない問題はたくさんある。そういうことをやりさえすれば、いまの新陳代謝という問題は、勇退してもらって新陳代謝するんでなくてできるではないかと私は申し上げておるわけでありますが、要するに、これはもっと金を政府が出すか出さぬかの問題だと思うのです。そういうことを十分総理大臣が承知しておってこういうことを言っているのかどうか。そういうことを知らなくて、ただれんびんの情を出して、退職したあと町に職をさがすなんということはまことにしのびないと言うようなことは、これは少し実情を知らぬじゃないかと私は思うわけでありまして、これが一国の総理大臣の教育に対する施政方針だとするならば、相当検討する必要がある、こう思って申し上げておるわけであります。 それも長く追及をしていくことができないんですが、そこで今度やめる人ですね、やめる場合の措置ですが、これがまた全国不平等であります。各府県できめられておる定年の問題で不満があるし、さらに今度は、やめる場合の退職金というものがまた非常に不平等である。ことし退職する人に対して、特別な措置として四月一日付の退職辞令を出した県がたくさんあります。四月一日付に退職辞令を出しますと、少なくとも百万違うそうです。大臣、そんなこと、知っていますか。そういうことをする県があれば、今度は私の県でもやってくださいという要望が出るのは当然でしょう。したがっていまのところは、学校の先生たちのおやめになる事情というものはまことに種々さまざまです。こういう点を、局長でもいいんですが、そのある事実と、それに対して文部省はどう見ているのだ、黙って見ているのか、何とかそれを平等にするようなお考えでおられるのか、お聞きしたいと思うのです。
○奥野国務大臣 総理は義務教育の問題、ほんとうに熱心でございます。それにはやはり先生でございますから、先生が安心して働ける、いろいろなことを踏まえて定年の延長も申し上げていること、ぜひ理解していただきたいと思います。同時にまた、給与改定が四月にさかのぼって行なわれる。したがって、四月一日付で退職しますと、退職手当がふえるわけでございます。そういうところから、四月一日付に切りかえたいというところ、が出てまいりました。たいへんけっこうなことじゃないか、できる限りそういうことで先生方の給与の問題を考えてあげなさい、こう私、指図したところでございます。
○小林(信)委員 けっこうなことでございますというお話、確かにそれは、もうもらう人たちにはこんなありがたいことはないわけです。さもなくても物価は高くなるし、もらうものは少ないんですから、やめたあとのことを考えれば、いまきめられておる退職金なんというものは、進んでいけばどういう貨幣価値になるかわからぬということからすれば、少しでも多いほうがいいわけですが、私の申し上げているのは、もらえない県に対してはどうするのだということなんです。けっこうじゃないかでもってほうっておくんですか。
○岩間政府委員 退職手当の問題につきましては、各県でいま申されましたように、四月一日に退職するとかあるいは特別昇給の制度を最大限に生かすとか、いろいろな方法をやっておるようでございます。やり方自体は、各県でいろいろくふうがあると思いますけれども、退職手当制度というのは、国家公務員の退職手当制度がそのまま地方公務員にも当然及ぶというのが前提になって、あとは各県でいろいろ御事情によりまして対策を立てる。したがいまして、一律に私どものほうからどうせよこうせよということはございませんで、大臣が申されましたように、いろいろなくふうをして優遇をしていただくということで私どもは考えておる次第でございます。
○小林(信)委員 それから、その退職金の問題も、いまのような特別な計らいをしてなるべく多く取らしてやろうという県もあるし、それがもらえない県もある、だけでなくして、勤務年数が、定年六十五歳あるいは六十三歳となるところはよけいに金がもらえるわけでありますし、あるいは東京都のようにもともと給与が高いところでは、退職金もまたその分だけかさまっていくわけです。したがって、この退職金をもらうということからも、勤務する年数、それからいまのような特別な計らい、日本じゆう種々さまざまな状態になっておる。そして各府県で先生方は、教育委員会なりあるいは県当局なりに要請して、何とかこれを可能にしてもらいたいという場合に何をしなければならぬかということが私は一番問題になると思うのですが、それはやはり、定年制をしくとか、あるいはいまのような退職金の支給のしかたというものを一律にするとか、何かそういう制度的なものでもってやっていけば、うちの県は財政が苦しいからだめでございますということは言えないと思うのですよ。私は、そういうことを総理大臣が、この複雑な、しかも種々さまざまな事情にあるものを、簡単に、定年を延長してそして先生方を救いたいというふうなことでほうっておくのではたいへんだというところで申し上げておるのです。 そこで、おそらく、この総理大臣の、定年延長について真剣に検討しております、というのは、非常勤講師のようなものを将来多くして、それにやめる先生方を当てはめていこうとか、あるいは、いま大臣のおっしゃった、便宜的な道を講じてその人たちの勤務をさらに続けさせるというふうなことだと思うのですが、それに対して私は申し上げました。先生方も一応プライドを持っております。自分が食っていくためになお職にとどまる、しかしそれは正規の職でなく、非常勤講師とかあるいは社会教育の何かに参画するとかいうようなことで何か露命をつなぐというようなことは、教員として在職して、おそらく三十年とか三十五年とか経験を経るわけでしょう、社会的にもその先生の地位とかいうものも一応高まっているわけで、ああ、あの先生もとうとうやめたか、そして食えぬから今度は非常勤講師になって続けているとか、あるいは社会教育主事の——それは自分が好んでやるなら、これは差しつかえありませんが、いま大臣のおっしゃったような、露命をつなぐためにやるというような印象は、これは先生自体が許しませんよ。だから、私はやせても枯れてもそんな道を開いてもらってその職につこうとはしないんだ、こういう声を私は聞くのです。だから、もっと教員を充足しなければならぬ事情にもあるわけですから、そういうものを一方では措置をすると同時に、先生方の定年制というものは、大臣がこうおっしゃるからには、もっと確立したものをつくってほしい、私はこう思うのですが、どうですか。
○奥野国務大臣 定年制を設ける問題につきましては、これは定年をどこに置くかという問題もからむだろうと思うのですけれども、与野党がきびしく対決してきた問題でございます。しかしここで、野党のほうから定年制の立法化を考え直してもいいよと、こうおっしゃつていただきますと、これは何か道が開けるかもしれません。これは一つの問題で、よく相談し合ったらいいことじゃないかと思います。 同時に、私は社会教育指導員とか代替教員とかいうことを言いましたが、一つの例として申し上げたのでございまして、基本的に私たちは処遇の改善をやりたいのです。ことに現在は、初任給が一般の公務員よりも一割ぐらい高いのですけれども、十数年勤務しているうちに追い越されてしまうのです。ですから、校長さんぐらいのところの給与を思い切って上げたいのです。そういうことにつきましても、人事院当局ともいろいろ話し合いをしております。そして、いまプライドのことをおっしゃいましたけれども、私はほんとうにそうだと思うのです。私も事務当局と話し合いをしながらも、そういうことを絶えず言うておるものでございます。 いずれにいたしましても、処遇を引き上げる。職をやめたらすぐに路頭に迷うなんということのないように、処遇を引き上げていきたい。同時にまた、定年も延ばしていきたい。 さらに、給与だけの問題ではなしに、やはり自分の持っている能力を社会に生かしていきたいという気持ちの方々が多いのじゃないか、これを生かすような方法を私たちは考えていかなければならない。そういう意味で、いろいろなことをちょっとつけ加えて申し上げさしていただいたような次第であります。
○小林(信)委員 大臣もなかなか皮肉をおっしゃって、われわれが定年制を反対しておるので、それが賛成してくれればこんなうれしいことはない、こうおっしゃいましたが、もう少し、その定年制に対する考え方がどういう点で反対をしてきたか、そしていま、ほかの政党がどういう考えで定年制を見ておるかということを十分お考えになって皮肉をおっしゃっていただきたいと思うのです。従来の、整理しようというような労働力の非常に余っておった時代の定年制というもの、これはわれわれは考えなければならないと思って反対をしてまいりました。しかし、こちらからも皮肉を申しますが、前の大臣あたりは六十五歳の定年制を施行いたしますと、天下に声明したはずですよ。個人じゃない、文部大臣としてやったわけですぬ。そういうことを言いながら、あとはもう煙のように消えてしまっておりますが、その六十五歳の定年制とかあるいは最近の労働事情とかいうものを考えますときに、私どもは必ずしも従来のような考え方でなく定年制を施行していくべきではないかということも、われわれはすでに唱えておるわけなんです。そういう事情をお考えになって、でたらめな皮肉はおっしゃらないでほしいと思うのですよ。そこでおっしゃるのですから、かなり思い切った皮肉だと思うのです。 とにかく、総理大臣の、定年制という問題だけを私はいま取り上げましたけれども、確かに教育の問題というのはもっともっと総理大臣の頭の中になければならぬ。どうも、教育は大事だとはいいまして、教育行政というものは文部省という非常に力の弱いものにまかせる。今度のように人材を抜てきして文部大臣に据えたということは、私は多少前進をするのではないかと思うのですが、これは皮肉じゃなくてほんとうに私の真意を申し上げたのですが、そういうような事情の中で、とかく文教行政に対する考え方というものは形式的であって、内容が充実しておらぬという印象を持っておったから、私は特にこの問題を取り上げたのです。 ついでに申し上げますが、その前段でもって、「四半世紀の時を過ごし、その制度は定着をしましたが、」六・三制が定着したということでしょうか、「なお改革を要する問題は数多くあります。」改革でもいいでしょう。しかし、総理大臣が、改革でなくてもっと充実をしなければならぬ。制度は確かに定着をしたけれども、まだまだ表面的であるというような考え方で問題をとらえておらなければいけないと思うのですが、そういう点は、大いに期待をされる文部大臣がその点を是正していただきたいと思うのです。 それから、さっき男女差の問題を言われましたが、いまは男女差はないわけですわね。しかし、依然として女の先生が忌避されて、男の先生が少ないから男の先生を期待する傾向が多いわけなんですが、これはまた、大臣自体が、それは当然であるというふうなお考えになることは、男女差をつけてはいけないという原則に反する問題だと思うのですよ。 そこで、これもちまたの声です。総理大臣がちまたの姿を見ておっしゃっておると同じように、ちまたの声というものを私はお話し申し上げますが、古い先生の中には給与で男女差のあった状態でおやめになっている人たちがあります。その人たちは、今日恩給をもらうのにそのままでもらっておりまして、私たちには依然として男女差がつきまとっておりますということを言っております。こういうものも恩給法の改正の中で当然是正されるべきものだと思うのですが、この点はどうですか。
○奥野国務大臣 一つは、総理が定年の延長を言いましてから、府県も真剣にそういう問題と取り組む姿勢になってきていると思います。やはりそれなりに大きな影響をもたらしてきていると思うのです。 もう一つ、男女差の問題、現在もなお奈良県でしたか、男女差があるわけであります。その中で一番大きいところは七歳か八歳か開いているのでございます。おもに過疎県だと思います。ぜひお話しのように、私たちも男女差をなくするように持っていく努力をしなければならない、こう考えておるわけでございます。 給与の額なり勤務年数なり、そういうものが同じでありますなら、別に退職年金とかに差はないはずだ、このように考えるわけでございます。ただ勧奨退職にあたって男女に差をつけている、現になおつけているところがあるということは事実であります。
○小林(信)委員 いまの小さい問題も十分御考慮願いたいのですが、私が申し上げている点は、免許法で志のある人の道を開く、人材を確保するというような御配慮があったわけでありますが、しかし、あらゆるところにそういう配慮がなければ、先生をするという希望というものは、あなた方が考えるように生まれてこないと思うのですよ。やめても実際ちょうどその年配が子供の教育盛りであって、先生方が全く路頭に迷うということはないわけですが十分その子弟教育に努力することができない。さりとてたくさんの教え子を持っておる先生方が、みすぼらしいこともできない。いまの買い占めだなんだといって商人は平気でやっておりますが、そういうことができないというところに先生方のとうといところがあるわけなんですが、そういう気持ちを十分承知されて、先生方あらゆる層の待遇というものを考えていただきたい。れんびん、かわいそうだというふうな気持ちでもって定年の延長をするなんてことは、かりにも私は声に出していただきたくないと思うのですよ。 そこで、この問題の最後にお聞きいたしますが、いま六十五歳とか六十歳とかそこで定年制を施行したいというお考えでありますか。その制度を何とかしよう、その進んでおる状態でもう一ぺん定年制の問題で御意見を承っておきたいと思います。
○奥野国務大臣 ぜひ定年を延長していきたい。さしあたりは六十歳、六十五歳を全体としては目標にしていきたい、こういう気持ちで努力いたしておるわけでございます。個々の府県と連絡を十分にとりながら、確実にそれが実現しますように努力してまいります。
○小林(信)委員 実際大臣も地方行政については経験のある立場でおられると思うのですが、全く各府県この問題では相当苦しんでおると思うのです。やりたいことはやりたい、しかしさりとて財源がないというふうなことで困っておるのですが、ただ勧奨するのではなくて、何か国の責任も持ちながらこの問題を解決するようにしていかなければ、せっかくの総理大臣の定年延長という問題が有名無実のものになる、私はそういう気がしてならないわけであります。 では、定年制問題については終わりまして、次に子供の健康管理の問題についてお聞きしてまいります。 これはいまさら申し上げるまでもなく、教育という仕事は一面いかに健全なからだを養成するかということが大きな任務でありますが、最近子供の成長というものは、確かに肉体的な成長というものは見られますけれども、上級進学というようなことが教育の筋であるかのように父兄なりは考えられて、そういうことが社会的に要請をされておるわけでありますが、ほんとうに健康管理をするということに私は何か欠けておるではないか、こう思うのです。 一つは公害の問題がございますし、それから最近の学校給食の問題、これも健康管理の上からは大事な問題だと思うのですが、この二つを見まして、はたしていままでどおりの体制で公害対策あるいは学校給食、こういうふうなものが進んでいけるかどうか心配になっているのですが、何かこの点で当局がお考えになっておる点がありましたらお聞かせ願いたいと思うのです。
○澁谷政府委員 御指摘のとおり、生活環境、社会環境が急激に変化してまいりまして、児童生徒を取り巻く健康問題、いろいろな問題がございます。学校保健に関しましては、昨年の十二月下旬に保健体育審議会から答申がございました。その趣旨に基づきましていろいろな施策を実現してまいりたいと思っております。 公害関係におきましては、昭和四十六年度から大気汚染地域の学校の児童生徒につきまして、特別健康診断の実施と、それから移動教室といいますか、緑の学校といいますか、そういう健康増進特別事業の実施、それから昭和四十八年度の予算には学校環境緑化の促進の予算が計上されまして、学校環境の植樹及び芝植えの促進をいたしたい。そういったような施策をいろいろ講じてまいりたいと思っておるところでございます。 給食につきましては、給食が児童生徒の健康に非常に役立つ、それから国民の食生活の改善に寄与することが大きいというような趣旨で実施されておるわけでございます。給食につきましては、その施設、設備の改善充実あるいは物資の合理的な流通あるいは栄養士、調理に従事していただく方々の資質の向上及び適正な配置あるいは食事内容の向上、そういったような点につきまして、それから衛生管理という点につきまして、予算上、あるいはいろいろな施策をいたしておるところでございます。 具体的な御指摘、御質問によりましてお答えさせていただきたいと思います。
○小林(信)委員 いまおっしゃった点を一つ一つ問題にしてまいりたいわけでありますが、時間がありませんので、私はそのことから——確かに公害に対する対策はきわめて消極的であります。予算等にも見られるように、何かなさっておられますが、もっと積極的なものがなければならない。それから、学校給食というものは、歴史を持って今日まで続いてきておりますが、その学校給食が、今日のように物価が高くなりあるいは食品公害というふうなものが考えられる場合に、一体これをどうするか。私、ちょっとここで学校給食の問題で「学校給食の目標」というところを考えてみましたが、一番の「日常生活における食事について、正しい理解と望ましい習慣を養うこと。」こういう項目があります。しかし、いまの学校給食の実態を見れば、安かろう、まずかろう、それでもって学校給食はいくんだという、こういうことが第一項に該当するんじゃないかと思われます。二番の「学校生活を豊かにし、明るい社交性を養う」なんてことは、給食の時間になれば暗いものが感ぜられるというふうな逆のことになると思います。 〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕 あるいは「食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図ること。」という第三の項目がありますが、これなどは栄養士とか調理師だとかいうものが整備されない限り、こういうことはできないわけで、なかなかこれもむずかしいじゃないか。第四番の問題になりますと、「食糧の生産、配分及び消費について、正しい理解に導くこと。」なんて、りっぱなことが書いてありますが、いま子供が、学校給食なんて、とにかく食べるというその時間になりますというと、おそらく米のやみ買いだとか買い占めだとかというようなことを感ずるのであって、学校給食なんか、どっちかといえば、そういう教育的な面を考えれば、やらないほうがいいぐらいだと思うのです。あえてやるとするならば、これからどうやってやっていくかということが私は問題になると思うのです。 そこで、そういうことに学校の中で責任を持っていただく人は、何といっても養護教諭の先生だと思うのですが、養護教諭の先生が一体今日どれぐらい充足されておりますか。
○岩間政府委員 現在のところ五二・七%の学校に置かれております。
○小林(信)委員 それは小中学校を合わせてですか。
○岩間政府委員 そのとおりでございます。
○小林(信)委員 いまのような公害の問題を考えてみますと、第一の学校給食というものを考えても、養護教諭を当分の間置かなくてもよろしいというような法律を早く直して、もちろんそれは養成機関という問題もあるかもしれませんけれども、そうすることが、ほんとうに教育の一面であります児童生徒の健康を管理するという大きな問題であると思うのですが、そういう人があればこうだということも私は具体的に申し上げたいのですが、この際検討していただきたいと思うのです。文部大臣、もしこの点で何か御計画があれば、たとえば養護教諭は完全必置は何年後にするとか、御明示願いたいと思うのです。
○奥野国務大臣 お話しまことにごもっともなことでございます。養護教諭の養成と並行しながら、早く全学校に設置できるようにしたいものだと、そういう方向で努力をいたしてまいりたいと思います。
○小林(信)委員 文部大臣も、さっきたいへんほめておきましたが、こういうものを、いまのようにいつになるかわからぬ、依然として二十何年間も当分の間ということば——ことばの解釈が、いよいよ三十年になるのか四十年になるのかわからぬ。文部省自体が当分の間ということばに対して非常な誤解をしておるようなものを、早く断たなければいけないと私は思うのですが、残念ながらそういうおことばが賜われません。 もう一つ、健康管理の問題でこの際申し上げたいのは、学校医とか学校歯科医とかあるいは薬剤師の問題でありますが、ことしの予算の中に日本学校保健会というものに新規に補助金が出ました。これに対して全国の医師会のほうから反対の声が出ておりますが、このことはどういう事情であの問題が起きているんですか。
○澁谷政府委員 先生御指摘のとおり、学校医、学校歯科医、学校薬剤師というものがあります。この学校歯科医と学校薬剤師のほうは、それぞれ学校薬剤師会、学校歯科医師会というのがございまして、それは、日本歯科医師会、日本薬剤師会が支援、バックをする、そういう非常に緊密な連絡のもとにうまいぐあいにいっておるわけでございますが、学校医に関しましては、学校医会というのがございますが、これは全国の学校医の先生方を網羅したものになっておりませんで、一部のものになっております。そういうこともございまして、かねがね日本医師会との関係でいろいろ問題がございました。ところで、日本学校保健会の会長東俊郎先生が昨年、武見医師会会長ともお会いになりまして、この国庫補助金のことにつきまして了承を得ておるわけでございますが、そういう長年のいろいろな問題がございまして、現在さらにこの両者の間がもっと円滑にいきますように、いま日本学校保健会側といたしましては、医師会側といろいろ連絡をとりながらやっておるところでございます。
○小林(信)委員 そういう問題はございましても、ほんとうに児童の健康管理のために医師会あるいは薬剤師会あるいは歯科医師会、そういうものを、もちろんこれは待遇が悪いからおそらく希望どおりに働いてはくれぬでしょうが、そういうたてまえを持っておる以上は、もっと私はここで文部省は検討し直さなければならない段階にきていると思うのですね。給与のことを言っては失礼になるかもしれませんが、大体学校医が年間三万ないし五万くらいと思います。歯科医はもっと下であり、薬剤師に至っては三千円か四千円で年間その職責を果たすようになっておりますが、ほんとうに果たしてもらうとするならば、大気汚染の問題でもあるいは水質汚濁の問題でも、環境すべてについて薬剤師の人が一年じゅう働いておるような状態が私は最もすぐれた健康管理ではないかと思うのです。一年に一ぺん来て水道の検査をするとか井戸の水を検査するとかいうことで薬剤師は事終われりになっておりますが、今日、児童の環境としては、そんなことで済まされない事情があると思います。学校医にしてもしかりですね。何百人の生徒を一日に背中をぽんぽんたたいて、聴診器を胸に当てただけで、それで健康管理がなされておる。これを、何十年という長い間文部省は黙って見ているわけですが、ほんとうに子供の健康管理をしようとするならば、私はもっと積極的な方策があると思います。歯科医師が口を開かして虫歯何本、この程度で子供の健康というものはいま管理されている状態です。そうしてそのよけいな補助金をどっちへ出したか、こっちによこせとかいうふうなことで文部省が頭を悩ましている。もっと積極的にいかにして健康管理をするか。一方においては、養護教諭を完全に確保する。そうしてもう世界の大かたの国でもって私はやっていると思うのですが、一年に一ぺん学校医が来るのでなくて、そのお医者さんが、児童の幾人かを年間健康管理の責任を持つという、そういうところまでいかなければ私はほんとうの健康管理ではないと思うのですが、大臣、この問題どうですかね。お医者さんの使い方、歯医者さんの使い方、いまの状態であなたは満足しますか。
○奥野国務大臣 おっしゃっていますように、学校保健医の処遇たいへん不十分でございます。処遇だけを考えておられるわけじゃないと思いますけれども、やはり処遇につきましても相応なことをしませんければ、十分な活動を期待できないということだと思います。多年にわたる問題でございますけれども、ぜひこの問題につきましても自治省の協力を得ながら改善につとめてまいりたいと思います。
○小林(信)委員 もう全国にもそういう例があると思うのですが、こんな手当で働くのはごめんこうむる、歯科医の先生だとかお医者さんのほうにもあったと思うのですが、全部仕事を引き受けませんという場所があって、去年、ことしあたり、学校医あるいは学校歯科医として子供のめんどうを見てもらうことができないような事情のところ、がたくさん私はあると聞いておりますが、そんな状態で、一応形式的には医者や歯科医が関係しているようでありますが、実質的にはできておらぬ。私はそれもこれも健康管理という責任者、養護教諭かあるいは養護教諭にかわる人が、一つの学校に必ず一人はいなければいけないということを痛切に感じてこの問題を申し上げるわけであります。まだ五十何%の状態でおるというようなことは、健康管理は文部行政の中では残念ながら放置されておるというように申し上げてもいいと思いますが、時間がございませんので、もう一つ、これは大学局長にお尋ねいたしますが、ことしの大学の入学試験のときに東大が目の見えない人も入試を、試験を受けることができるようにしたことがありました。私はそのときにすぐ直感したのは、試験は受けさせるけれども、はたして、もし受かったら十分それを受け入れられるだけの態勢というものがあるかどうか、そのときに心配したのですが、きのう新聞を見てみますと、文部省として、大学局として、各大学に身体障害者に対しても平等に入学できるような措置を講じろ、こういう通達をされたように承りましたが、たいへんにこれは身体障害者にとってはうれしいことでございますし、またわれわれ、教育は平等でなければならぬということを主張しておる者としましても、非常にうれしいことでありますが、はたして目の見えない人、そのほか身体障害者というものが、いまのところの印象では、それは受けたって受からぬから大学側も平気でそういうことを言うだろうけれども、もし受かったら困りものだろうというようなことを言っておりますが、どうですかね、その点は。
○木田政府委員 四十七年度の実績で見てみますと、盲、ろう、肢体不自由、言語障害等の身障者で大学を志願いたしました者が一千三十三名という数字になってございまして、三百六十二名が入学をいたしております。盲はその中で一番数が少ないわけでございまして、志願者三十六に対して十六名が入っているわけですが、大学によりましてはこういう人たちに対して勉強の機会を提供してくれているというところがあるわけでございます。 四十九年度の入学者選抜実施要項を出すにあたりまして、入学問題の改善について協議をいたしておりまする協議会の方々からも、少しこうした面について大学側の対応策を考えてもらうようにしよう、そうして積極的な呼びかけをしようではないかという御意見がございまして、御指摘になりましたような入学選抜者の選抜実施要項に、身障者につきましても進学の機会を、入学の機会を与えるようにという留意事項を付記した次第でございます。 現実にはそれぞれの学校の受け入れ態勢と相まって施策を進めていかなければなりません。ことし国立大学につきましては、御指摘になりました東大とそれから大阪教育大学とに三名の盲人が受験をいたしました。試験の結果は残念ながらいずれも不合格に終わっておるわけでございますが、何とかして能力のある方に機会を広げていく、大学側もその受け入れの態勢を考えていく、こういう方向に進みたいものだと考えております。
○小林(信)委員 人間の与えられた権利、生きる権利として、いまの措置は非常に重大だと思います。私はそういう意味からそれを充実してもらいたいと思うのですが、なかなか至難な問題だと思うのですよ。実は私のところに目の見えない女の方が来られまして、この方が勉強しているのですが、幸い本人がしっかりした人生観といいますか、そういうものを持っておるために非常に明るい態度でもって私にいろいろ話をしましたが、勉強するためにこういうものが必要ですと、自分が身体障害者ですから、そういうものに対する各国の政策、そういうものを知りたい、そうして進んだ国のものを日本でも実施してもらいたい。そういう希望からソ連の事情を知りたくて、ソ連のそういう書物を人に読んでもらうわけですよ。ところが、人に読んでもらうということは、これはなかなか困難であるから、自分が勉強したい。そこで、点字の辞書がほしいということでいろいろさがしてみたけれども、日本には、普通辞書の場合にはソと言わぬで露と言っておりますね、日露、露日の辞典がない。そこら辺にまず日本の非常に文化のおくれておる——文化というのか、そういう人たちに対する思いやりがないということがいわれるわけでありますが、ただ一つありまするのは、確かにソ連とイギリスの間には、ソ英であるか、あるいは英ソであるか、どちらかわからぬが辞書があるはずだ。点字の辞書ですね。だから、私にその辞書をぜひさがしてほしいというわけです。それほど熱意のあることばでしたが、そういうところまでいくものを持たなければ、ほんとうに目の見えない人のために、身体障害者のために入学を許可するという、まずそれが手初めですが、ほんとうにその人たちのために道を開くというならば、そこまでいかなければならぬと思うのですよ。私はいませっかくソ連の大使館にも頼んでその女性の希望を満足させようとしておりますが、そこまでいかなければならない身体障害者の入学許可でなければならぬと思うのですが、その点はいまお聞きするまでもなく、一生懸命やりますと、文部省お答えになると思うのですが、そういうむずかしい道であることを訴えて、私の質問を、もう待っておる人がありますので終わることにいたします。
○田中委員長 有島重武君。
○有島委員 大臣の所信表明の中で体育、スポーツにつきまして言及されております。地域住民のスポーツの普及、振興等の諸施策を推進する、特に学校体育以外の日常生活の中で気軽に利用できる公共社会体育施設、この整備に努力したい、このように言っておられるわけでございますが、ここには述べられておりませんけれども、民間の体育施設の開放ですね。それから、他の体育の企業的なものも健全な発展をとり、大いに歓迎されていることは、言外にこの中にあるのじゃないかというふうに私は理解しております。 きょうはボウリングのことにつきまして、少し質問をさせてもらいたいと思っております。 ごく最近に全日本ボウリング協会、これはJBCというのだそうですけれども、これが財団法人に認可されたと聞いておりますが、その趣旨と内容をまず体育局長のほうからお知らせをいただきたい。
○澁谷政府委員 ボウリング協会は昭和三十九年に任意団体で発足いたしまして、アマチュアスポーツとしてのボウリングの健全な発達をはかりたいということで進んでまいりました。現在各都道府県にもそのアマチュアボウリングの連盟があり、四十七年、各都道府県の協会、それから、主として大学生でございますが、学生のボウリングの団体がございます。それを傘下におさめましたものといたしまして、現在十六万人の会員を擁しておりますが、かねてから、財団法人になりたいという御希望がございましたけれども、もう一方、ボウリング場協会というのがございまして、ボウリング場のほうでございますが、これはほとんどが企業でございますが、通産省の所管になっております。そちらのボウリング場協会、企業側と、アマチュアスポーツとしてのボウリングの健全な発達をはかるというボウリング協会が、少し癒着しておるのではないかという批判がございました。最近その点はすっかりきれいになりまして、もう財団法人として許可してもよろしいのではないかという状態になりましたので、現在これが国際的にも日本を代表する唯一のアマチュアスポーツとしてのボウリング協会でございますので、先般財団法人として許可をいたしのでございます。 その設立の趣旨、目的は、あくまでボウリングをアマチュアスポーツとして健全に発展させていきたいというのが趣旨でございます。
○有島委員 大臣、すでに御認識かと思うのですが、昭和三十五年にボウリングのセンターが、三つで七十六レーンであったものが、四十年には二百五十二センター、五千四百十八、それから四十五年には一千二百八十二センター、三万二千六百四十一レーン、ここから昭和四十七年度になりますと、これがまた倍以上になりまして、三千八百八十二センター、十二万四千二百八十八レーン、こういうことになっておりまして、これはほんとうにポピュラーなアマチュアのスポーツになっております。 ところがこの料金が、高いことでは世界一だということになっておるわけなんです。東京では十分間の値段三百円ということになっております。これ以上高いところが一カ所ございまして、これはモスクワでありまして、五百六十円というので調べてみたらば、これは外人専用であります。そのほかのところでございますと、ニューヨークでは二百十円、シカゴで二百円、ロンドンで二百十円、パリでは二百四十円、ソウルでもって百九十円、バンコクは百七十円、こんなふうになっているわけであります。 それで、これはついでみたいなことになりますけれども、たとえば大学卒業の初任給ということから考えてみますと、東京では大体五万一千円ということになっております。それに対して三百円である。シカゴの場合なんかになりますと、初任給が二十二万七千円なんですね。しかも二百円である。まあ単純割り算になりますけれども、東京ですと大体百七十回くらいできる。シカゴでは一千百三十五ゲームできる。パリでは六百以上のゲームができる。こういうことになっておりまして、非常に高いわけです。こうした現状ですね。このことは大臣としてどういうふうにお考えになるか。三百円なんていいますと、家族参加、これは家族みんなで行かれるというのが非常にいいことでありまして、友達誘い合わせて行く、あるいは家族で行く、すぐ三千円、五千円とかかってしまうわけですね。こうした現状である。いまも体育局長から御説明があったように、健全なアマチュアスポーツとして格づけされてきている。しかも世界一料金が高い。こういった現状でございますけれども、これは大臣、御感想をひとつ先に承っておきたい。
○奥野国務大臣 ボウリング協会が健全なスポーツとしてボウリングを発展させていきたいと努力してきたことは、私は高く評価している一人でございます。しかし、料金の問題につきましては、お話のようにかなり高額でございまして、しかし半面ボウリング場がどんどんできたものですから、いま過剰ぎみでございます。困っているようでございます。それにつれまして、かなり料金も下がってきているわけでございますので、御指摘のような料金の姿ではいまはなくなっているのじゃないか、こう思っております。
○有島委員 公正取引委員会に質問したいと思うのですけれども、昭和四十八年四月十三日に財団法人全日本ボウリング協会から「ボウリング競技料金統一規制に関する見解のお伺いについて」という申し入れがあるのですけれども、これは御承知でいらっしゃいますね。
○吉田(文)政府委員 承知いたしております。
○有島委員 これはこういうことになっておりまして、青森市のオリンピアガーデンというのがございまして、支配人は金山さんという方でございますけれども、ゲーム料金を下げておるわけですね。それで一ゲームについて従来午前中百五十円だったものを百円に下げた。午後二百円であったものを百五十円にする。夜間三百円であったものを二百二十円にするというふうにしたわけです。それから日曜祭日も、午前中いつもは二百円だったのを百円に下げる。あるいは午後三百円であったのを二百二十円にする。夜も三百円だったものを二百円にする。こういうふうになっております。 それからこれは九州のほうなんですけれども、大分市の富士ボウルというのがございまして、これも平日百五十円であったものを百円にする。大体似たような値下げをしたわけなんですけれども、ここに県のボウリング場協会というのが、さっきお話がございましたが、ボウリング場協会が、その値段を引き下げるならば脱会してもらいたい、そうした通告があった。それに対してこれらのボウリング場は、正式の文書を持ってきてほしいということを協会側に申し入れた。ところが、その文書を出さないで事実上のボイコット戦術に出た。それで大会参加権の剥奪をしたり、ボウリング場の案内書にボウリング場の名前を記載しないことになっている、有形無形の圧力を加えてきた。青森なんかは昭和四十七年八月から新しい低い料金でやっていたけれども、十二月末にはあまりの圧力でもとに戻してしまった、こういったことが行なわれているわけでありますけれども、これは公正取引委員会は御存じですか。
○吉田(文)政府委員 詳しいことは存じませんが、大体のことは知っております。詳細はまだ調べておりませんのでわかりませんが、内々には聞いております。
○有島委員 内々に聞いているとお話しでございますけれども、これは独占禁止法の中の問題になってくるんじゃないでしょうか。八条一項に抵触する問題になるんじゃないでしょうか。いかがですか。
○吉田(文)政府委員 もしそれが事実とすれば、つまり日本ボウリング場協会あるいは都道府県のボウリング場協会が、価格を下げてはいけないという決定を行なっていることが事実であるとすれば、おっしゃったとおり違反の疑いがあるというふうに思います。
○有島委員 先ほど大臣も仰せられたように、これがポピュラーになっていることは大いに望ましいが、料金が高過ぎるということになっていますね。そういったやさきに起こった話ですから、私もこれを重要視してよろしいと思って取り上げているわけでありますけれども、うすうすは聞いていたけれども、これが事実とすれば明らかな法違反になるわけでありますから、さっそくにお調べになりますか。
○吉田(文)政府委員 調査をいたしたいと思います。
○有島委員 次に、健全スポーツという立場からもう一つあるのですけれども、非常に高い景品をつけるということが行なわれておりますね。カラーテレビ、ステレオから、たんす、ひどいのは、これは大分のほうですが、ニュー大分ボウルというのが大分にあるのですが、自動車、六十万円相当だそうですよ。それから海外旅行券というのもあるそうですね。こうした実情は御存じですか。
○吉田(文)政府委員 知っております。
○有島委員 これは景表法に該当する問題であると思いますけれども、御存じであるというならば、もうすでに手を打っておられるのでしょうか。
○吉田(文)政府委員 お答え申し上げます。 懸賞による景品類の提供に関する事項の制限というのが景表法の三条に基づいてございます。そこで、懸賞によりまして景品をつける場合、これは原則として一万円あるいはその懸賞にかかる取引の価格の二十倍のうちのいずれか低いほう、これが原則でございます。したがいまして、懸賞によるものであればこの条項に引っかかってくるというふうに考えますが、ただボウリングの場合には、成績の一番優秀な者に景品を提供する、つまり偶然性がなくて、一番ボウリングのうまい人に景品を出すというのは、直ちにこの懸賞による景品類の提供制限に、偶然性がないという意味で引っかかってはこないのじゃないかというふうに考えますが、ただし、景品であるということは事実でございますので、現在ボウリング場協会に対しまして景品表示法十条に基づきます公正競争規約というものを設定するように指導しているところでございます。これによって業界の自主規制ということで規制ができるわけでございます。
○有島委員 その自主規制はいつ勧告なすったのですか。
○吉田(文)政府委員 昨年の秋ごろから指導中でございます。
○有島委員 実は昭和四十七年十二月に先ほど申し上げた海外旅行券があるわけです。それから四十八年の二月に自動車の問題が起こっているわけです。こういったことについては厳重に調べていただきたい。と申しますのは、これは健全なアマチュアスポーツを阻害するおそれが十分にあると思うのです。じゃ、それはよろしゅうございますか。
○吉田(文)政府委員 それは実態を調べることにいたします。
○有島委員 ボウリング協会が文部省所管の法人として認可されて、大衆スポーツとして育成しようということになったわけですけれども、利用税について、これは自治省の問題になるのかもしれませんけれども、ゴルフ、ダンスホール、マージャン、これはみんな料金の一〇%です。玉つき、パチンコ、それと並べてボウリングが規定されておるわけです。これはマージャン、パチンコといつまでも並べておくということは不適当じゃなかろうかと私は思うのでございますけれども、これについて体育局長からお話ありますか。
○澁谷政府委員 スポーツ振興法によりますと、スポーツ振興法でいうスポーツというのは運動競技及び身体活動であって、心身の健全な発達に資するため行なわれるものをいうということでございます。ボウリングが当初始まりましたころは、スポーツ振興法にいうスポーツといえるかどうかといういろいろな問題もございました。ただ先ほどの、任意団体として発足いたしましたボウリング協会は、これを健全なるアマチュアスポーツとして発展させたいという趣旨で任意団体として発足いたしまして、その後いろいろ努力されてまいりました。そこで、文部省といたしましても、これはむしろほっておくよりもせっかく協会がそういう気持ちで一生懸命おやりになり始めましたので、ぜひそういう方向にひとついっていただきたいものであるということでまいったわけでございます。ところが、ある時期までは、いまいろいろ問題になりましたようなボウリング場を経営しておる方のボウリング場協会と、それからボウリングメーカーのほうと、三者協議会みたいな中に協会も入っておりまして、かなり業者と癒着している面があるのではないかというような問題もございましたが、その点はすっかり縁を切りまして、名実ともに最近健全なるアマチュアスポーツとして発展を期する団体であるというふうに、そろそろ認めてもよろしいのではないかというような状況になってきたわけでございまして、そういう時期でございますから、利用税の問題につきましては、これは大蔵省のほうの問題になるかと思いますが、ずっとそういう経過がございますので、やはり新税の問題につきましてはもう少し推移を見てということがいまのところよろしいんではないかと思われます。
○有島委員 先ほど申しましたようにもう全国十二万五千というようなことになっておりまして、これはテニスをやったりローラースケートをやったりスケートをやったりしても、やはりお金がかかるわけでございますけれども、ほんとうにこれはポピュラーになりつつあるものでございますから、趨勢を見てお考えになるというお話でございますけれども、それはお考えいただきたいと思います。 それから最後に、通産省の方、来ていらっしゃいますか。——通産省の企業局のほうがこの場協会を担当していらっしゃるそうですね。それで不健全な問題として、セミプロボウラーグループというのがあるそうですね。これが関東一円に発生している。これは御存じですか。
○青木説明員 いま御質問のございましたセミプロボウラーの件は、私ども承知しておりません。
○有島委員 これは先ほど言いました高い景品をねらって五、六人グループをつくって、それで各県にまたがって景品をあさって歩く。パチンコもプロ級の人が行って、景品をあとで売るというようなことが行なわれておりますけれども、そういうことがいま千葉、栃木、群馬などでもって行なわれているわけなんですよ。これはほんとうに、純真なアマチュアスポーツとしてやっていこうという人たちにとっても非常に迷惑になっている。これは所管の通産省が全く御存じないというのはやや怠慢じゃなかろうかと私は思いますけれども、場協会が指導、監督、勧告ですか、こういうことをすることになっているのじゃないですか。
○青木説明員 ボウーリング場経営者の団体といたしまして日本ボウリング場協会というのがございますが、ここでは自主規制の原則というのがございまして、賞品はトロフィー、カップ、たて、メダル、賞状に限る。かつその価格は、市価五千円までに限定するということをきめております。賞品はボウリング場が出す場合とそれからボウリング場を使って大会のようなものを行なう場合と、いずれも自主規制の原則以内に押えるように努力しています。
○有島委員 いま努力しておるとおっしゃったけれども、そういった努力が行なわれていればいまみたいな話がどんどん入ってくるはずなんですね。そのことを申し上げたいわけです。昨年の十二月二十七日に警察庁の保安部の防犯少年課の実態調査があるのですけれども、この中でもっていま申し上げたような話がたくさん出ているわけなんですけれども、二十万円以上の高額な賞品が期間中二十四回もあったとか、それから自動車とかカラーテレビとか電気製品とか、これは詳しく出ております。なるほどそちらは全く御存じないのかあるいは知っていたのだけれどものがしていたのか、いずれにしても所管官庁としては怠慢じゃないかと思うのですけれども、その点をはっきりしておいてもらいたい。これはしっかり取り締まってもらわないと、せっかくいまこういった大衆スポーツになりかけているものがそこなわれてはならないというふうに私は思う。いかがですか。
○青木説明員 ボウリング場で出されております景品の実態につきまして、私ども自主規制の三原則がおおむね守られておると考えておりまして、従来実態把握が不十分な点はあったのではないかと反省しております。 それから今後の考え方といたしましては、ボウリング場経営者の団体が、現在いずれも任意団体ではございますが二つございますが、これを一本化して社団法人にするということで通産省の監督権を強化していきたい。そこで先ほど申し上げました景品に関する自主規制といいますか、そういうものも確実に守らせていくように指導してまいりたい、こう考えております。
○有島委員 これで大体私質問を終わりますけれども、これを警察なんかで取り締まっちゃうとギャンブルや何かと同じ扱いになってしまうわけですね。ですから私は警察のほうにも伺いましたけれども、警察ではなるべく取り締まりということをしたくない、自主規制でやってもらいたいという意向があるようであります。ともかく一口に地域住民の気軽な体育ということをおっしゃいましたけれども、こうした問題もあるのだ。やはり各省にまたがっている問題もあります。先ほど自治省の税金の問題もありましたけれども、全般的にやはり純粋な体育という立場から見守り、推進していくべきじゃないかと思っております。大臣から一言……。
○奥野国務大臣 かつてボウリングを風俗営業取締法の規制の対象にするかどうかということの議論があったことがございます。その際にボウリング協会としてはあくまで健全スポーツとしてやっていきたいということで、その規制の対象からはずしたわけでございます。したがいまして、いまのような形では景品等々は当然慎しむべきものである、かように考えておるわけであります。おそらく協会としても努力されていながらアウトサイダーなどでそういう乱れがあるのじゃないだろうかと推測しているわけでございます。お説、まことにそのとおりだと考えております。
○田中委員長 次回は来たる二十五日開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後五時五十七分散会