文教委員会 第12号
- 発言数
- 419 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1973/04/13
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 この際、長谷川正三君より発言を求められておりますので、これを許します。長谷川正三君。
○長谷川(正)委員 昨四月十二日の衆議院本会議におきまして、政府提案の学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法案について、奥野文部大臣より提案説明がございまして、これに対して日本社会党の馬場昇君から質問がございました。その際の文部大臣の御答弁の内容及び御態度に対して、私はきわめて重大な異議を持ちますので、あのような態度、姿勢で国会に臨まれる、これでは私どもは大臣としては認めがたい、こういう気持ちで一ぱいであります。 その理由を申し上げます。たとえば、馬場君の質問に対して、おとなの判断をせよというようなことばをお使いになっています。そうすると、馬場君の真剣な質問はおとなではない、子供の言っているようなことだとおっしゃっているのか。あるいは日教組誹謗と聞こえるような言辞がありましたり、特にあの本会議場でも社会党の議運の理事から注意を喚起いたしましたように、政府の閣僚の一人である大臣が、大臣の答弁に自民党の選挙公約を朗読して応酬するというようなことは、全くその立場を混同しておるものでありまして、まことに許しがたい。政府が誠意をもって法案を国会に提出をし、与野党を含む国民の代表であるこの国会に審議を願うというのは、きわめて謙虚な態度でなければならないのであって、反対の意見とか反対の立場の質問についてはいたけだかにこれを押えるようなそういう大臣の御態度は、まことに不満であります。これに対して、もし納得のいく答弁をいただかなければ、われわれは今後大臣の提案されたものに対する審議をすることができない。どうかひとつ、この点について、おそらく御反省をお持ちだと思いますが、明快な御答弁をお願いいたします。
○奥野国務大臣 いま長谷川さんからいろいろ御注意を受けまして、私としてそのような発言をしているのかなという疑問の点もいろいろございます。しかしいずれにしましても、与野党十分気持ちが通じ合う。そして問題は、国民のしあわせにあるわけでございますので、お互いの意見のあるところが自由に論議されて、よい道が見つけられるように努力七ていかなければなりませんのに、私の姿勢がそうなっていないとしますと、私深く反省しなければならないところだと思います。 今後ともいろいろ率直なお教えを賜わりまして、そしてお互いに隔意ない審議に当たれますように、そういう体制ができますように私も反省し、努力してまいりたい、かように考えております。
○長谷川(正)委員 今後十分反省をし、誠意をもって臨むという御答弁でありますから、一応この場はこれでおさめたいと思います。 ぜひ、その御態度が口先だけでないように、今後の審議の中に十分あらわれることを期待いたしまして、私の質問を終わります。 ————◇—————
○田中委員長 次に、教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。湯山勇君。
○湯山委員 教育職員免許法2部を改正する法律案につきまして、内容にわたる御質疑の前に、大臣が当委員会で提案理由の御説明をなさいましたが、その提案理由の御説明の中で、字句や解釈について一応お尋ねしておかないと内容について御質疑のできないような点が多々ございますので、最初その点からお尋ねいたしたいと思います。 まず、提案理由の説明の初めのほうですけれども、五、六行目に「昨年七月の教育職員養成審議会の建議や関係方面の要望等を考慮し」と、こういうふうにあります。この「昨年七月の教育養成審議会の建議」、これは非常に具体的ではつきりしておりまして、私もこれはよく読んでみましたが、その次の「関係方面の要望等」とありますが、これがさつぱりわけのわからないことばで、関係方面とは一体何か。要望とは何か。これには何にも具体性がありません。これは一体具体的にはどういう方面のどういう要望なのか、まずここからお尋ねいたしたいと思います。
○奥野国務大臣 教員資格認定試験制度を拡充しろという御意見が昭和四十五年の九月に全国連合小学校長会、昭和四十七年の六月に全国連合小学校長会アンケート調査結果、昭和四十七年七月に全日本中学校長会、昭和四十五年十月に県教委人事担当課長アンケート調査結果、昭和四十七年六月に日本教育大学協会、昭和四十六年十二月に日本私立大学連盟、昭和四十五年六月に日本私立大学協会、昭和四十六年七月に全国工業高校長協会・全国工芸科教育研究会等からこの種の意見が出ているわけでございます。 また、免許教科の改善、看護の新設につきましては、四十七年七月に全国高等学校長協会看護部会から出ておるわけでございまして、その他の事項につきましても、関係者の会議等におきまして要望されておるものが多いようでございます。
○湯山委員 それからその次に、「とりわけ最近における学校教育の実情に即して緊急を要する」とありますが、これは何をさしておるのか伺いたいと思います。
○奥野国務大臣 「学校教育の実情に即し」と述べましたのは、学校教育の現状あるいは動向からいたしまして、所要の措置を講ずる必要があることを述べたものでございまして、その概要は、まず第一に、教員需給の面から高等学校等の特定の分野についてそれにふさわしい教員の確保が困難であり、また小学校の教諭につきましては、今後の需要等の増加の見込みから教員の確保が困難となることが推定されていることでございます。 二つには、近年高等学校の看護に対する学科が全国的に設置されてまいりましたために、これらの領域を専門に担当する教員の免許状の制度を設ける必要が生じてきたことでございます。 三つは、特殊教育の拡充整備計画の実施と特殊教育の内容の改善を推進するにあたりまして、新たに設けられました養護訓練に関する領域を専門に担当する教員の確保をはかる必要があることでございます。
○湯山委員 次に、次のページへ参りまして、五行目でございますが、「しかしながら、このような方式だけでは、教員として適当な資質能力を有する者をすべての分野に十分確保するためには困難な面もあり、」こういう表現ですが、これは一体どういうことなのか。いま長谷川委員から御指摘がございましたように、大臣のおことばは非常に歯切れがいいので非常に明快なんですけれども、この文章はあってもなくてもいいような、教員として適当な資質、能力を有する者を確保するのに困難だというのでもなければ、すべての分野に確保するのに困難だというのでもなければ、十分確保することが困難な面があるというのか、困難だというのか。「困難な面もあり」と、とにかくこれはなぜこんなにむずかしい表現を使って何を言おうとしておるのか、まことに歯切れがよくないのです。いままで文部省の文章には、こういうむだな晦渋な表現がないので感心しておったのですが、この文章はまことに文部省らしくないので、何を言おうとしておるのか、なぜこんなふうに書かなければならないのか、これをひとつお伺いしたいと思います。
○奥野国務大臣 この法案では、全部の教科が資格認定試験の対象になるように書いてあるわけでございます。しかし、いますぐ全部についてこの制度を施行するという意思は持っておりません。特に先ほど申し上げましたように、養護訓練でありますとかあるいは看護の問題でありますとか、具体の特定のものに限っておるわけでございます。しかし、将来全体に及ぼす場合には及ぼしていきたいというようなこともあったりしまして、その辺がこういう表現になったのじゃないか、かように考えるわけでございますが、必要によりまして政府委員のほうからお答えをさしていただきます。
○木田政府委員 いま御指摘ございましたその場所は、現在の教員の免許状授与の制度は、基本的には大学におきまして所定の教育を受けて所定の単位を取った者に対して免許状が授与され、また職につきまして、現職の経験を経た上で所定の勉強を重ねた者に上級の資格を与えるという制度になっておるのでございます。で、大学によります単位修得の方式だけでは教員として適当な資質、能力を有する者をすべての分野に十分確保することは困難である。こう申しますのは、たとえば……
○湯山委員 ちょっと待ってください、内容については私あとで聞こうと思うのです。ポイントは何か。何でこんなに、このポイントというものは何かということをお聞きしたいわけです。
○木田政府委員 それじゃ一般的な御説明を申し上げておきますが、大学だけですべての教員として必要な諸領域といいますか、それを全部大学教育の中で満たし得ないという領域の問題が一つあるわけでございます。そういう大学教育の中からはまかない切れない教員というものをここで念頭において、このような大臣の御説明を申し上げた次第でございます。
○湯山委員 それじゃそういう表現にしたらどうなんですか、これは。
○木田政府委員 まさに、「このような方式だけでは、教員として適当な資質能力を有する者をすべての分野に十分確保するためには困難」である、私が申し上げましたような趣旨の文章になっておるものと考えておりますが……。
○湯山委員 言わんとするところはわかりましたけれども、文部大臣、大臣は非常に歯切れのいいことばを使われたのですが、あれでおわかりになりましたか、文部大臣。 〔大体、よけいなことを言い過ぎるよ、本会 議で。と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 静粛に願います。
○奥野国務大臣 計算実務とか、それから情報処理とか、そういうのは若干大学の修業だけでは困難な面があるという意味でございます。
○湯山委員 大臣でもある程度しかわからぬような文章ですが、局長、もうちょっとはっきり書いてくださいよね。 それからまだわからないのがあるのです。その区切りの終わりです。「職業生活や自己研修などにより教員として必要な専門的学力などを身につけ、教職を志すに至る者少なくないと考えられます。」と、これも制度を変え、法律を変える根拠としてはまことに、だれが、大臣がお考えになったのか。そうだとすると、その内容ですね。一体どれくらいそういうものがあり、それは一体どういう人かということ、これがわからないのです。
○木田政府委員 大学等へ進学しないで教職を志す者というのがどういうふうに予測されるか、あるかという意味のお尋ねかと思います。私ども今日まで、高等学校のごく一部の領域でございますけれども、現行の規定によりまして柔道、剣道、計算実務等の教員の資格試験を実施してまいっております。その資格試験で教員になろうという希望者を見ておりますと、たとえば昭和四十年度以降約五百名の合格者を出しておるわけでございますが、その六割が高等学校卒業を最終学歴とする方でございまして、なおその後の研さんによってかなり高い資質を持って学校の先生を希望されるという方々でございます。これは特定の、一部の領域のことでございますけれども、今日の青年の幅広い動きを考えました場合に、大学におきまして当初から教員になることを志望してその勉強をした者以外にも、かなりそのようなものがあり得るのではなかろうか。高等学校の教師につきましても、たとえば現在ですと短大を出ただけでは正規の普通免許状の資格を持ち得ないわけでございますが、なおその後の勉強、研さん等によりまして先生になりたい、こういうことを考えておる向きも少なくないのではあるまいかという推測と判断を持っておる次第でございます。
○湯山委員 では、そういう御推測お判断によって本法を提案したということですね。そうすると、いまのは一般的な問題であって、先ほどのは特定の、一部の領域というものについてということだから、その二つは違いはないようですね。
○木田政府委員 ちょっとお尋ねの意味を正確に把握し得なかったのではないかと思っておりますが、領域によって大学で十分対応できないところの領域があるということと、それからまた数の面におきまして十分に対応できない面もあるということも念頭に置いておる次第でございます。
○湯山委員 お尋ねしたいのは、こう書いてありますと、そういう人たちのためにやってやるというようなかまえ、そうじゃなくて、さっきのは実際にやっていくのに困るからこうするのだという、いま言われたことと行政の立場と違いますね。
○木田政府委員 いま御指摘のありました両方の面があり得るのではないかというふうに私は考えておるのでございます。教職員を広く各方面からいろいろな経験をお持ちの方々をお迎えするということも、教職員の全体としての構成を高めていく上に役立つのではないかという判断が一面にございます。また同時に、個々人のいろいろな人生航路の中で、勉強の過程で新しい方向へ、あるいは途中から教職に志してみようという方々がおられる、こういう方もその個人の立場に立って拾っていきたい、そういういろいろな遍歴のある方を迎えて、それが教職にふさわしい方であるならば広くそういう方々を迎え入れるということが教育界の全体の構成を高めることにも役立つのではなかろうか、この二つの面を考えておると申し上げられます。
○湯山委員 それはよくわかりました。 それからそれを受けて、いま御答弁になったことと関係があるのですけれども、そのページの終わりのほうに、「教育界にとっても広い視野と新しい経験を加えられるなど、教育の発展向上をはかっていく上で有益なことと考えます。」これはいまの御答弁と大体似たようなことだと思うのです。 そこで、それについてはそういう必要が具体的にいまの教育にあるのかどうか、その必要がですね。というのは、教育委員会制度というものがむしろそういう役目をしている。教育委員というものは広い視野、それからいろいろな経験、そういうものから格識見すぐれた人、必ずしも教育の専門職でない、それにこだわらないで、むしろそうでない人を教育委員にして、いまのような地方教育行教の組織運営に当たるということであれば、それでもなおかっこういうことをする必要があるという御判断なのか。そうだとすれば一体それはどういう点なのか。いまの御答弁があったので関連してお尋ねしたいと思います。
○木田政府委員 いま御指摘がございましたように、今日の教育委員会制度そのものも、都道府県、市町村におきます教育行政をできるだけ幅の広い視野の方々で、民意を代表するような運営で全体を考えていきたいというものの考え方がありますことは御指摘のとおりかと思います。しかし、個々の学校に教職者として教壇に立ち得るためには、もう申し上げるまでもございませんけれども、教育職員免許法の規定によりまして免許資格を持たなければならない。その免許資格が先ほども御答弁申し上げましたように、大学によって正規の学習をした者に対して免許を与えていくというたてまえになっております関係上、たとえば新たに看護閥係の高等学校をつくっていくとか、あるいは特殊教育につきまして、養護訓練の新しい領域を開いていくとか、あるいは職業教育の中にもいろいろな専門領域を対応できるように広げていこう、こういう場合に、従来の、学校におきます教員養成のシステムだけでまかない得ない領域というものがある。そういうところに、違ったキャリアの方々でありましても、十分な資質を立証できる方がおられるならば、免許を与えて教壇に立っていただくということも、個々の学校におきます教職員の構成そのものを豊かにすることになるのではなかろうか、こう考えておる次第でございます。
○湯山委員 私の意見はあとにしまして、一応承っておきます。 それから、そのあとです。その次のページに参りまして、「看護及び看護実習の教科を加え、専門の教員の養成確保をはかることといたしました。」これは具体的にはどういうふうにして養成確保をはかられるのか。それはどういうことなんですか。
○木田政府委員 現在高等学校で看護学科、看護婦あるいは准看護婦の養成課程を念頭に置いた学科が、全国では百三十ほど設けられておるわけでございます。そこでは看護教育ということを主眼に置いた教育活動を行なっていくわけでございますけれども、今日看護という免許状はこの免許法の中では設けられておりませんので、今日のところまでは、保健の免許資格を持っておる者に対してこの看護の指導をやってもらっておるというのが実情でございます。しかし、この看護学科の適切な教育ということを考えますと、保健科の免許資格よりは、むしろ別途に、看護教育にふさわしい看護科の免許資格を設けた上で、それにふさわしい教員養成ということを進めていくことが適切ではないかと思います。 この点は、実は今日、看護教育の養成の必要もございますものですから、国立学校等におきましても、四つの教員養成大学に看護教員養成課程を設けて、高等学校の看護科を担当する教員の養成に取り組んでおるわけでございますが、免許法の上ではこの保健の免許制度しかございませんので、保健の免許状を取らして、しかも看護教員としての養成訓練をしておるという実情でございます。もっと教育の質を高めるという点から考えまして、保健の免許とは別に看護の免許を持つ、それにふさわしい養成課程を今後大学でつくっていくということが必要である、こう考えておるところでございます。
○湯山委員 その教員は、いつごろできるのですか。
○木田政府委員 昭和三十年代の後半から高等学校に看護科がだんだん設けられるようになりましてから、その看護科の教員養成のために、国立では昭和四十一年度から看護教員養成課程というのを設置してまいっております。そして、看護学科の教員となるにふさわしい教育内容で指導を行なっておるのでございますが、免許資格の上では、保健という免許状を取らして教壇に立たせるという以外になりませんので、その意味では、ここで学んでおります学生の教育が、もう一つ免許資格との関係でピントが合いかねておるということを感じる次第でございます。 また、一般大学におきましても、医学部の保健学科あるいは家政学部の衛生看護学科等で、看護婦のみならず、看護教員になり得る教育活動が行なわれておりますけれども、こういうところから教師を採用しょうといたします場合に、やはり保健の免許状を持たして教壇に立たせるほかはないわけでございます。その意味では、もう少し看護教育を担当するための純粋の教育内容で正規の免許状が取れるということのほうが、教員の資質を高める上にもより適切ではなかろうか、こう考えておる次第でございます。
○湯山委員 そうすると、実質はもうそういう課程を設けてやっておる、そういうことの能力を持った教員は出ておるけれども、ただ、免許状の名前が保健であって看護でないから、免許証のそれだけ変える、こういうことですか。
○木田政府委員 いまのような教育の課程と免許資格とのズレがございます関係上、この看護を担当いたしております教師は、正規の教諭としての免許資格を持っております者が非常に少ないのでございます。今日、いまの百三十の看護の学科に関係しております教員数は、教諭の免許状を持っておる者が六十四名、助教諭が百三十名、常勤講師三十六名で、一応正規の免許状を持った者が二百三十名でありますが、それに対して、六百九十六人という非常に多くの非常勤講師を——失礼いたしました。いまのは私立のケースだけでございました。 教諭の免許資格を持っております者が百五十名、助教諭が二百三名、常勤講師が七十名で、正規の教員として四百二十三名勤務いたしておりますが、千二百八十一名という非常勤講師を動員せざるを得ない。これは看護関係の教育の課程で保健の免許を合わせて取るということ自体に若干の無理が伴うことの関係から、職員構成につきまして、このように正規の教諭免許状を取っておる者が非常に少ないという形になっておるわけでございまして、看護教育の適正を期する上から考えてみまして、一刻も早く是正をしていく必要がある、こう考えておる次第でございます。
○湯山委員 意見は述べないつもりでおったのですが、いまのことはちょっとわかりにくいから……。 三十年の後半というか、三十五年か六年でしょうか、そのときからそういう必要を感じて、幾つかの大学ではそのための課程といいますか、そういう教育をやらした。そうすると、その連中というのはもうとっくに卒業しておるわけですよね。そして卒業して何年もたっている。それを今日になって、どうもこうこうだというのでこれを変えるということで、もしほんとうに看護というものが必要であれば、そのときにやっておかなければいかぬのじゃないですか。結局、きびしくいえば文部省の怠慢であった、こういえますか。大臣、どうですか。
○奥野国務大臣 看護婦の不足の問題、非常に重要な段階に来ていると思うわけでございます。そういうことも受けまして、高等学校の看護衛生科が比較的順調に拡大されてきている、こう思います。同時にまた、看護婦養成の一元化の問題も御承知のように起こっておるわけでございます。そういう今日の事態から見ますと、やはり配慮が十分でなかった。怠慢とおっしゃいますとちょっと問題があると思うのでございますけれども、配慮が十分でなかったということを私は感ぜざるを得ないんじゃないかと考えます。
○湯山委員 私も率直に申し上げますから……。とにかくもうすでにそういう課程を設けて卒業生も出ている。それから、大臣は順調に進んでおるというようなことをおっしゃいましたが、順調でないんですよね。いまのように、非常勤講師がとにかく千三百もいるという状態というのは、これは大臣は正常とおっしゃったけれども、決して順調じゃないです。これを、これだけ要望があってこれだけ現実に出てきておるのをほうっておいたというのですから、これを怠慢と言って言い過ぎでしょうか、大臣。大臣にお答え願います。
○奥野国務大臣 御承知のように、看護婦養成が、学校教育法に基づくこの種の行き方と、厚生省の設置しております養成所と、二元的になっているわけでございます。当初、必ずしも学校教育法のこの学校で看護婦を積極的に養成していくんだという姿勢が十分でなかったのじゃないか、こう思うのでございまして、そういう点において、今日の事態に対する配慮が不十分だ、こう申し上げるわけでございますけれども、怠慢というおしかりを甘んじて受けて、今後万全を期すように私たちは努力していかなければならない、かように思います。
○湯山委員 これはいまの文部大臣、それからいまの大学局長に言うのじゃなくて、今日までそれを放置した、大きい意味で日本の政府あるいは文部省、その責任だという意味を申し上げておるのですから、あんまりお気になさらないでけっこうだと思うのです。 それから看護婦養成ということをいま大臣しきりにおっしゃったんですけれども、そういう責任が文部省にはないと思いますね。これはどうですか。
○奥野国務大臣 看護婦養成は、基本的には厚生省かもしれませんけれども、しかし、あらゆる社会の必要とする人材を学校教育という面においても積極的に果たしていかなければなりませんので、文部省は責任がないんだというような態度はとるべきじゃない、こう思います。厚生省とよく相談し合いながら、厚生省の要請を受けて文部省は積極的に力と努力を尽くしていくべきものだ、こう考えます。
○湯山委員 それから、これは字句の問題でたいへん恐縮なんですけれども、わかりにくいのは、最後のページです。「新たに設けられた養護訓練の領域について、これを専門に担任する教員の免許状を設ける」、それから「この養護訓練を担任する教員の免許状を有する者は、」他の学校でも相通ずるという御説明ですけれども、これはこれでわかるのですが、いろいろ調べてみますと、出された法案の中にはそういうふうには書いてないのです。法案では、文部省からいただいた資料の七ページですが、「盲学校等の教員の特例」という十七条、の三項です。これは新しく追加になった条項であって、「第一項に規定する学校又は学校教育法第七十五条に規定する特殊学級において養護訓練の教授を担任する教諭」と、こうなっておるのです。提案の御説明はそうは書いでなくて「養護訓練を担任する」というようになっている。これは、養護訓練を担任するということと、その教授を担任するということとは全く内容は違っておるのです。これは養護訓練を担任するんですか、養護訓練の教授を担任するのですか。これは非常に大きな違いなものですから、それで、さっきの審議会の建議も見ました。それから中教審のも見ましたけれども、こういうふうに「養護訓練の教授を担任する」ということばを使っておるのは一つもないのです。これは概念が違いますからね。どっちがほんとうなんですか。
○木田政府委員 いま御指摘のございました十七条の関係規定でございますが、第一項でも同じような書き方になっておるわけでございますが、「特殊の教科の教授を担任する教員の免許状」、法文の上で「教授を担任する」というふうに正確に規定をいたしてあったと思います。 〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕 ことばの上で「教授を担任する」ということと、その「教授」を飛ばしまして「特殊の教科を担任する」といいますことは、ことばの上では重要な違いがあるかと思いますが、提案理由で御説明を申し上げます際に、私どもも実質的にさしたる差異がないというような気持ちで、むしろあまりかたい言い回しになりますよりは「特殊の教科を担任する教員」と、こういうふうな気持ちと同じ意味において、「養護訓練を担任する教員」という提案理由での御説明を使わせていただいたわけでございますが、法文の上では、いずれの場合におきましても「教科の教授を担任する」というふうに規定をいたしております。
○湯山委員 わかりました。 そうすると、この養護訓練というのは教科ですか。ここが問題なんです。
○木田政府委員 免許法の上ではやはり一つの特殊の教科になる、こう考えております。この教科ということばの用語の使い方でございますが、学校教育法で申します教科といいます場合と、それから免許法で教科どこう申しております場合の教科の種類が、これはやむを得ないことでございますけれども、必ずしもすべて一致しておるということになっておりません。免許状の需要との関連におきまして、たとえば……(湯山委員「ちょっ」と間違っていますよ、木田さん、もう一ぺん勉強してください」と呼ぶ)そういう学校教育法で申します教科とは別に、免許法で申します教科という考え方をとりまして、その教科に対する免許状、こういうことばの使い方をいたしておるところでございます。
○湯山委員 免許状の教科と、それから学校教育法の教科とは違うというのはどういうわけですか。それも間違っていると思うのです。 それからいまおっしゃったここでの養護訓練というのは、これは絶対教科じゃないですから……。
○岩間政府委員 ただいま御指摘になりましたように、養護訓練は、これは各教科、道徳と並びまして教育課程の一翼として新しく位置づけられたものでございまして、これは学校教育法で申します教科とは違うわけです。
○湯山委員 ですから、それを教授するというのと養護訓練をするというのとは全然違うのです。ところが、説明やいろいろなものがみんなやはり養護訓練を担任する、そのこと自体をやっていくんだ。ところがこれは免許法ではそれを教授するとなっておるから、それは教授とは違うのじゃないか。なぜそういうふうになるか。教科じゃないのですよ、いまの……。
○木田政府委員 先ほど私が、免許法で申します教科と、学校教育法の系列で考えております教科とが一部においてズレておる点がある、こう申し上げましたのは、現行法の免許法におきましても、たとえば免許状では、職業指導という教科の免許状が、規定をされておるのでございます。この職業指導は、学校教育法の系列では教科とは取り扱われてはおりません。しかし、免許法上この職業指導といったものに免許教科としての分類がございまして、それに対応する免許状が出る。その場合に、この免許状は、その教科の教授をする、担任する者に対する免許状、こういう規定になっておるわけでございます。たしかに御指摘のように、リハビリテーション等、あるいは理療等特殊な領域にたりましたものを、学校教育法の系列ですべて教科とは言えない領域があることは、もう御指摘のとおりでございます。しかし、免許制度をからみ合わせてまいります際に、どうしてもそうした適切な職員の養成と免許資格との関連で、そこに免許法上の教科区分というものを立てざるを得ない。また、特殊教育におきまして、今回そのような教科区分を立てたほうが適切である、こういう判断を持っておるのでございます。
○湯山委員 また局長違いますよ、あなたの。いいですか。職業指導というのは教科じゃありません。いかに免許状にあったって、これは教科じゃないのです。だから職業指導には、私もそれを例として言おうと思っておった。これは教諭をもってこれにあてるということになっておるので、全然教科じゃありません。何ぼ免許上あっても。それから養護教諭というのも免許上にありますけれども、これも教科じゃないのですよ。そこらたいへん間違っておるから……。この法律は間違っています。養護訓練を教授したりしたってどうにもならない。わかってないのだ。違うのですよ。
○木田政府委員 先ほどもちょっと御説明申し上げましたように、現在の中学校及び高等学校の教科の免許状につきましては、免許法第四条の第五項に「次に掲げる各教科について授与する」とこう書いてあります。その各教科の中に、先ほど申しました職業指導ということが一つの教科として免許法の上ではあげられております。職業実習も。職業指導等が、これはまあ前からの経緯のあることでございますが、教科として扱われておるわけでございます。したがって、免許状が、教科のその教授を担当する者に対して免許資格という一般的な用語をいたしております関係上、こうした周辺のものにつきまして、若干用語のそぐわないというお感じの点も出ようかと思いますけれども、現在免許法の規定の上では、これを教科として取り上げて、それに対する免許資格を持たせるということがふさわしい教職員を確保する意味において必要であるということから、いまのような免許法の規定になっておるわけでございまして、盲、ろう等の特殊教育におきまして、今度新たな領域というもの、養護訓練というものが取り上げられた場合に、それは特殊の教科として、理療なども含めまして一様に特別の特殊の教科という位置づけで取り上げて、それにふさわしい免許状を出していくことが適切な教員をそこに当てはめる上においてより必要である、こういう判断に立っておるものでございます。 ですから、繰り返しになりますが、この学校教育法でいいます教科と、免許法によります教科の用語のズレ等が起こってまいります関係上、そのことばのぴったりしない部分もあるいは御指摘のように起ころうかと思いますけれども、免許法の規定の上で一応教科の教授に対する免許ということで、同じように規定をせざるを得ない、こう考えます。
○湯山委員 教科じゃないのですよ。教科というのは学校教育法でちゃんと定義もありますし、それからちゃんときまったものがあるわけです。 さっきちょっと私も局長の言われたことを若干間違って聞いておりましたが、職業指導は教科です。それを申し上げたのじゃなくて、私が言うのは進路指導です。これは教科じゃないのです。教諭をもって、これにあてるということにたっておって、やらなければならないことですけれども、これは教科じゃないのです。それから養護教諭の養護、これも教科じゃありません。だから養護の免許とか、養護教諭免許というのは、教科の免許ではありません、何ぼ免許状と言っても。それはおわかりでしょう。にもかかわらず、それらを局長はみんな、免許法ではやむを得ない、多少食い違いがあっても教科とするのだ。それだとこれはたいへんなことです。これはもう一ぺん、そのあと教科課程——キョウカでものぎへんの科と言べんの課とありまして、ごっちゃになっていますよ。言べんの課のほうは入ります。養護も、訓練も。それから特殊指導ですか、それはみな入ります。そのほうには。しかし、それは教科課程のほうであって、いま局長の言われるのと違いますから、それでさっき課長はああいう答弁をなさった。ここいら全く意思統一できていないのです。このことについては。 もう一ぺん、課長、局長、教科とはどれどれ、養護訓練というのは教科か教科でないか、ひとつ相談してください。教授するというのは何をするのか、全然おわかりじゃないと思う。教諭は教育を担当する。養護教諭は教育を担当するのじゃないのです。養護を担当する。学校法にちゃんとあって、そこで大臣の提案説明は、正しく養護訓練を担当すると書いてあるのに、法律では、それをまた、教授する、こうなっておるから、これ、ごっちゃになっておる。どっちか間違いですから、ちょっと意思統一してください。
○木田政府委員 私の御説明も必ずしも妥当でないところがあるいはあるかもしれません。御注意がありまして、もう一度よく私も勉強した上で御納得いけるように御説明を申し上げたいと思いますが、いま御指摘のございました十七条の「特殊の教科の教授を担任する教員」、この特殊の教科と考えておりますものは、理療等も含めまして、あるいは盲、ろう、養護学校の特殊の領域を幅広く考えておるつもりでございます。その一つの態様として、先ほど申し上げました免許法の規定の上では、免許の必要上、それらを職業指導等まで含めまして教科と、こう取り扱っておるものでございますから、職業指導は、進路指導と確かにことばは違っておりますけれども、実態的には同じような教育活動であることは事実でございまして、進路指導が農業や商業と同じような意味での教科ではございません。学校教育法上の教科ではございませんが、免許法上は職業指導もやはり〕つの教科として取り上げて免許状を与えております。(湯山委員「進路指導は」と呼ぶ)進路指導は、最近職業指導を一部進路指導というふうに言いかえて呼称をしている面がございます。しかし、免許法上はこの職業指導ということが、進路指導のことも含めましたその活動であることだけは間違いがございません。ですから、その意味では、湯山委員のおっしゃるその学校教育法の教科とは違った形のものが、免許法ではこの職業指導という形でやはり教科として扱われておる。免許法の体系上やむを得ない規定ではなかろうかというふうに考えておるのでございます。
○湯山委員 これはやっぱり初中局長、どうもあなたのおっしゃることのほうが正しいので、こ、のいただいた資料ごらんになっても、いま木田局長が、特殊学校の特殊な部分というようなものもちやんと書いてあります。資料に。それは学校教育法抄がついております。それの六ページ、七ページにわたってちゃんと書いてあって、これだけは教科だ、それから、これからこれは教科ではない、なくて、こうこうだ、これらによって教育課程を編成するんだとあります。だから初中局長、いま大学局長の言われたのはそれでいいですか、正しいですか。
○岩間政府委員 いま大学局長から申し上げましたのは、これは正しいと思います。(湯山委員「思ったら困るんですよ」と呼ぶ)学校教育法とそれから教育職員免許法では、考え方が違うと申しますか、学校教育法はこれは子供の立場から考えまして、子供に教える範囲を、領域というものをどうやって分けるか。たとえば国語とか算数とかいうふうに区分けがございますけれども、これは教育職員免許法では先生として教える立場に立った場合の資格として、どういうふうな教える内容の区分をどういうふうに分けていくかということでございます。でございますから、たとえばいろいろなやり方もあると思いますけれども、国語の中でも、たとえば古典なら古典というものはこれは特別の資格が必要で、資格としては別にしなければいけないというふうなことがかりにあるといたしますと、これはまあ免許法上の教科というものをそういうふうに分けるということは考えられるわけです。ですから、この違いが微妙に出ておるわけでございまして、一つの教科、あるいは道徳とか等の領域の違いはございますけれども、これを教える側の教員としての資格としてどういうふうにとらえるかということは、別の考え方があってもよろしいのじゃないか。つまり先生の側、資格の側から見るか、あるいは教わる子供の側から見るかというふうな違いが、学校教育法と免許法の間で相違が出てくるというふうに御了解いただきたいというふうに思います。
○湯山委員 微妙な違いじゃないのですよ。これはさっき初中局長おっしゃったように、これにちやんと書いてあるんです。学校教育法では、養護学校学習指導要領で特に定める各教科、道徳、特別活動並びに養護・訓練によって教科課程を編成するとはっきり書いてあって、これは教科じゃ全然ありませんよ。初中局長の言われるのは、そういう大きい国語なら国語という教科の中で、古典をどうするとか、いまの、この中でもそうだと思います。計算実務をどうするとか、建築の中でインテリアはどうするとか、それはいいと思います。体育の中で柔道、剣道、それから答申の中には、そうなればいっそ陸上競技も球技も入れたらどうか。これはよくわかるのです。どちらにしたって、これは教授するのですから、教えるんだから。しかし、この養護とか訓練とかいうのは教授するんではないでしょう、初中局長、これはどうですか。
○岩間政府委員 法律用語として、まあ教授ということばを免許法では使っておるわけであります。しかし、おっしゃるように、内容としましてはこれは教えるということばかりではなくて、教授と申しますのは、まさに養護訓練という一つの領域でございますから、教授ということばとはなじみにくいわけでございますけれども、ただ法律上そういうものを包括いたしまして教授ということばを使っていることでございまして、先生がおっしゃいますように、確かに感じとしてそぐわない面はございますけれども、これはやはり法律として一つのまあ約束と申しますか、そういう中でのことばでございますので、それは幅広くお読みをいただきたいというふうに考えるわけでございます。
○湯山委員 それは読めないのですよ。答申といいますか、建議というのですか、それにはやっぱりいま初中局長の言われたように、養護訓練の教育とあります。教授とありません。しかも従来慣例でと、そう言いますけれども、これには慣例はないはずです。初めて出てきた、新たにつけ加えられた条文ですから。これは教授と読んだらたいへんなことになる、これをやられたら……。だから、いま初中局長の言われたほうが正しいんです。教授するんじゃなくて、養護訓練することが主体なんです。これはよろしゅうございますね、そうだということは。初中局長、はっきりしておいていただきたい。
○岩間政府委員 養護訓練は、ただいま先生おっしゃいましたように、この養護訓練というふうな行為が主体になるわけでございます。しかしながら、たとえば子供の心がまえとか、そういうものを教えていくという意味では教授という意味で置きかえても私は必ずしも不自然じゃないのじゃないかというふうな気がするわけであります。これはまあ法律のことばの約束でございますから、一般に使われております慣用から申しますと確かにおかした点はございますけれども、まあそういう気持ちでお読みいただければ何となくわかるだろうと思います。
○湯山委員 読めない。まことに苦しい御答弁だと思います。そういう部分がないということは私も申しません。しかし、主たる任務は養護訓練が主たる任務です。むしろいまだって養護教諭は授業はしてないと思います。する場合には臨免もらってしておるんじゃないですか、養護教諭は。違いますか。いかがですか、初中局長。
○岩間政府委員 御指摘のとおり養護教諭は授業は持たないのが原則でございます。しかし、その養護訓練と養護教諭はこれは直接関係がございませんので……(湯山委員「ありません。けれども……」と呼ぶ)それがおわかりいただければけっこうでございます。
○湯山委員 大学局長、いまのようなことです。 そこで、これは従来こういうことばに教授ということばを使った文章を私は見たことがないんです。養護訓練というようなそういう行為に対して教授ということば。そうすれば、お医者さんの健康診断も教授と言わぬといけませんね。校医の健康診断、これはやっぱり教授と言わざるを得ないんです。しかも、これは新たにできた条文です。今度の改正で。そこで、これはこのままいきますと、共通にいきますと、盲学校で教授した人はろう学校でも教授できる、かってに。かってにじゃありませんけれども、ツーツーで。それじゃ、教授のしかたというのは盲と、ろうじゃたいへんな違いです。それができるようになっておるんですよ、条文からいえば。そうでしょう、初中局長。
○岩間政府委員 ちょっと大学局長からお願いいたします。
○木田政府委員 いま御指摘がありましたように、盲、ろう、養護学校において特殊の教科の教授を担任する。この特殊の教科の中に、第三項で引っぱりましたように、「第一項に規定する学校」云々で、「養護訓練の教授を担任する教諭」、こういうふうにこの第一項の規定との関連で第三項の書き出しをいたしたわけでございますが、これは特殊の教科の中に、理療、理容でありますとか、あるいは琴、管弦等の盲、ろう、養護学校等の特殊の教科の一部として、いま御指摘がありました多少色彩の違う養護訓練も、教師に対する免許の必要性からこれを特殊の教科の中に含めて免許状として取り上げる、こういうことにいたしたわけでございます。したがいまして、そのことばの教科の教授を担任するという一般的な免許法の用語例に従いまして養護訓練の教授を担任するという規定を用意したわけでございまして、他の教科と比べて養護訓練そのものが多少ニュアンスの違ったものであります関係上、教授ということばをくっつけました場合に、これがなじまないという感じは私も十分持ちますけれども、しかし、これは法律上の約束事として、教科の教授を担任するものに対して免許状という免許法上の一般例がございますものですから、その意味でここもこうした用語を使って法案の案文を作成した次第でございます。 〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕
○湯山委員 私はこれはこんなにひっかかるつもりはなかったのです。こういう養護訓練の教授をしますといえばそれでいいし、これは間違っておったというなら間違っておったと……。その建議ですか、それには教育とありますから、教育なら幅が広いですからそれならそれでいい。ただ教授ということばはそんなにばく然とした概念じゃありません。だれがだれにとちゃんとあるわけで、免許法に免許であるものは全部教科であって、教科だから教授だと、そんな、一つ曲がって、もう一つ曲がって、全然通じないようなことが法律用語だというので通るはずはありません。それはやはりどこか間違いがあります。教科でないものを教科というように。免許法だからという、そういうところから見て思い込んでおる大学学術局長の間違いがあると思います。これはいまの学校教育法をよくお読みください、そう書いてないのだから。学校教育法を離れて免許法もないはずです。やはり母法は学校教育法ですから、それと離れて、免許法だからといって一免許法という法律は私はあまり好きじゃありません。局長もそうだろうと思うし、文部省から出てくる法律の中で、免許法と著作権法、この二つは実におもしろくない、いやな法律で、これは質問すればするほどこっちの無知を暴露するようなもので、専門家とこっちとでやるものですからいつもこれはいやなんです。大臣もおわかりでしょう。だから、簡単にこんなものは片づくと思っていたら、全くこれは片づかないのです。教育、教授それから訓練、これはもう非常に違いますよ。だから、そしてまた、これはここで明らかにしないでやったら、この条文のとおりいきますと、目の見えない人にはいろいろなことができる、養護訓練ですから、からだをいたわったり、動かないところをやってやったりする、これはできます。しかし、その人がろう学校へ行って、意思の通じない状態で教えるといったって教えられるものじゃありません。これはいまの養護訓練だから通じなくてもできるのですけれども、それをオープンにしようというのですから、ここは厳密にしないといかぬのです。それが厳密にされていない。これは間違いといえば間違い。そうしないと、このままやったらたいへんな問題を起こしますから、何かしないといかぬと思うのです。おわかりですか。言う意味はわかりますか。
○木田政府委員 御指摘になっていることは私もよくわかります。そのことは職業指導等についても同じふぐあいなものがあるというふうに私も感じております。ただ現在の免許法上の規定が、そうしたいわゆる教科とは違ったと学校教育法上考えております職業指導等につきましても、免許教科として区分を立ててそれを一律に規定していくという用語をいたしておるものですから、御指摘のなじまないという感じは私も十分わかりますけれども、法文の規定といたしましては、これも一つの免許法にいう教科として、その教科を教授するという用語にさしていただいた次第でございます。
○湯山委員 あとの問題とも関係してきますけれども、養護訓練というようなもの、そんなものは、なじむ、なじまないという微妙なあれがあるとかいうことで簡単に済まされません。へたをするとこれは子供の命にかかわります。おわかりですか。この免許状を持っている者は養護訓練をやるのか養護訓練の教授をやるのか、これは大きな違いです。へたをしたら、これはいま言うように子供の生命にかかわる問題で、職業指導が、これもおっしゃったようなことと違いますけれども、それとは全然違うんです。そのために特に免許状を設けてこうやっておるんです。ですから、これは検討してください。よろしいですか大臣、検討願いたいと思うのです。
○奥野国務大臣 お二人のお話を伺っておりまして、両方とも理屈があるなという感じを持っておったわけでございます。しかし、将来あやまちなきを期しますために、どうしたらいいか、審議の過程でまたよい結論をお出しいただくように、私も考え、ていきたいと思います。
○湯山委員 いまの点は、私は初中局長の御見解はある程度了解します。けれども木田さんのは了解できない。木田さんのほうに問題が大きいです。そこで、これは両局長違うんですから、微妙な違いと初中局長おっしゃいますけれども、これは微妙じゃありませんよ、大きな違いです。ですからこれの統一見解をひとつ大臣から示していただくまで、ごのことについての質問は留保いたします。委員長、よろしゅうございますか。
○田中委員長 よろしゅうございます。
○湯山委員 それでは内容にわたってお尋ねしたいと思うのですが、まず、さっきの御答弁の中で気になりますことは、法律のたてまえは全教科にわたってこういう検定試験の制度を設けるというたてまえをとっているし、それなりに理由づけがしでありぎす。非常にりっぱな理由づけのところもあるし、さっきのようにわけのわからぬ理由づけもありますけれども、とにかくかくかくの理由で認定制度というものを取り入れるのだということを非常に基本的にやっておるのですけれども、さっきからの御答弁をよく聞いてみますと、たてまえはそうだけれども、やるのはほんのちょっぴりで、どうしてもこれは教員が足りない、これじゃ大学で養成するのでは間に合わない、困るというものだけについてやるような御答弁もありました。いずれがほんとうですか。
○木田政府委員 教員の資格認定制度というのは、御提案申し上げております改正規定の上では、すべての免許教科について行なえるように幅広い御提案を申し上げておるところでございます。これは先ほども申し上げましたように、資格認定制度というのが大学での教員養成に困難を感じる部面、この困難を感じる部面というのは大学教育の質的と申しますか、大学教育の内容上から困難が出てくるという問題と、それから大学教育で行なわれておりましても需給の面から見まして困難を感じるという面と二様あるわけでございます。さしずめ、先般御審議を賜わりました四十八年度の予算では、高等学校の職業関係の領域、特殊教育の特殊な教科の領域と、現在の大学におきましては、教員そのものについての養成課程に対応できるものがないと考えられます領域と、それから小学校の教員につきまして、新たな資格認定制度を実施したいという予算の御審議を賜わったわけでございます。これは小学校の教員に対します今日の需給関係という面も相当考慮に入れて実際上の措置を進めたいという考え方でございまして、法文の上ではかなり幅広い改正をお願いをいたしておるわけでございますが、現実はやはり免許制度全体のあり方を踏まえながら、その困難を感じられる部分につきまして、それぞれ対応していけるような措置をとりたい、こういう趣意でございます。
○湯山委員 非常に意地悪い言い方をしますと、大義名分は非常にいい。というのは、教育界に新風を送り込む、そういうのが非常に大事だ、広い視野の人を入れる必要がある、それからずいぶんだくさんの優秀な資質を持っておる者があるけれども、それらの人を入れる道がないからそうするんだというように提案の理由は非常にりっぱに書かれでありますけれども、それでは、一応今度はその高道な部分はたな上げして、とにかく手近で間に合わないものを今度だけはやるんだ、平たく言えばそういうことになりますか。
○木田政府委員 考え方の上では、冒頭にも申し上げましたように教育界に広く人材を求めるということでございます。しかし、それをどういうふうに進めていくかということを考えますと、現在の教育職員免許法は、教員はやはり四年の大学教育を通じて養成するという基本線がございますので、その基本線をくずすことがあってはならないという考え方はとっておるわけでございます。 そして制度の改正といたしましては、あらゆる領域免許教科につきまして幅広い人材が集められるようにというお願いをいたしておりますけれども、それを進めていく現実の段取りといたしましては、現にいろいろと問題のあるところから一歩一歩進めていくということが現実的な施策ではないかというふうに考えまして、予算上は、小学校教員と高等学校の職業の領域、特殊教育の特殊な領域等について認定制度を広げたい、こう考えておるところでございます。
○湯山委員 私が申し上げた言い方が悪かったりですけれども、理想としては全体をオープンにしたい、法律のたてまえはですね。けれども、当面はとにかく緊急の困っておるものをやっていくんだ、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。これは大臣から御答弁願います。
○奥野国務大臣 お説のとおりでございます。
○湯山委員 それではオープンにするのはいつごろからですか。その御計画がおありになりますか。
○木田政府委員 まず小学校の教員につきまして、資格認定制度を入れて、その実情というものについてよく考えてみたいというふうに思います。そしてまた中学校につきましても実施することの手順等考えました上で、次のステップに入りたいというふうに考えておりまして、四十九年度から直ちに中学校、高等学校に広げていく、こういう差し迫った計画というものを考えているわけではございません。
○湯山委員 非常にいいことをやるのなら、それは一日も早くやらぬといかぬというのが、これはもう文部省の責任だと思います。しかし、いまのようなことで、いろいろそこには問題があると私は思うのです。というのは、さっき局長言われましたように、いまの教員養成のたてまえというのは、大学でやるというたてまえですから、そのたてまえはくずさないということであれば、その大学で間に合わない部分をやっていくのだということも、その点は理解できないわけではありません。それならば、さっきからお尋ねした提案理由があまり大上段に振りかざし過ぎておるのですね。それは局長、お認めになりますか。
○木田政府委員 中学校、高等学校等につきましては、教科別にもいろいろだ問題も起こってくるわけでございますから、すべてについて一律に考えないということでございますが、しかし、この制度を拡大をしていきたいという気持ちは、提案理由で御説明申し上げておりますような面を教職員の世界に考えていいではないかという一つの考え方でございますから、御理解を願えるのではないかというふうに思います。
○湯山委員 私は、たいへん失礼ですけれども、やはり間違い一これはさっき言った間違いじゃありませんけれども、間違いをおかしておられるのではないか。というのは、免許さえ出せば教員は確保できるという考えは間違っていると思います。だから、いま免許法のほうを改正して、免許取得の機会を多くする。それで、免許さえ出せばそれは教職に従事する、こう直結しておったらたいへん間違いじゃないかというように思うのですが、このことについてお尋ねする前に、大臣、教員免許状をお持ちですか。——局長はどうですか。
○木田政府委員 小・中・高等学校の免許状は持っておりません。
○湯山委員 大臣や局長のときには、別に試験を受けたりしなくても、何か下付願いを出せば出ておったのではないですか。
○木田政府委員 私は、自分の歩みました過程の中では、免許状をもらえるようなコースでなかったというふうに思っております。
○湯山委員 初中局長いかがですか。
○岩間政府委員 いまの免許法ではどうなっておるかちょっとわかりませんけれども、免許法ができた当時は、私どもも法学部を出ておりますので、社会科の免許状はとれたのではないかというふうに考えております。
○湯山委員 どうしておとりにならなかったのですか。
○岩間政府委員 まあ教育行政を一生の仕事にしたいというふうに考えておりましたので……。
○湯山委員 いまのように、何もしないでも免許状をとれる立場にある人でもとっていないという人もあるし、それから、とっても学校へはつとめないという人もあるし……。局長と一緒ぐらいで教育界へ入った人もおありになるでしょう。いまどういう地位でやっておりますか、知っておる方で。
○木田政府委員 私と一緒と申しましても、大学の同僚で教育界に入った者についてはちょっと知っておりませんが……。
○湯山委員 中学校でもいいです。
○木田政府委員 中学校では、私の仲間で集まりました際に、高等学校の絵の先生をしておるというような仲間はございます。 先ほど私は、自分の歩みましたコースでは免許状がもらえないんじゃないかという御答弁を申しましたが、私の無知でございまして、旧帝大を出ておると何らかの免許状がもらえるのだそうでございます。どうも恐縮でございます。
○湯山委員 そういうことですよね。いま免許状をもらっても教職につかない人がある。しかし、免許状とそれとが結びつかないというのには、ほかにいろいろな問題があります。 そこで、それをお尋ねする前に、さつき、ごく一部にしか認定制度は実施しない、そういう人がたくさんあると思われるというのですが、そういう人たちはやはり正規の大学教育を受けて資格をとるということが正しい。そういう機会を与えるようにせよということは、中教審にしても、さっきの教育職員養成審議会の建議にもあります。それについては何らかの対策をおとりになっておられますか。
○木田政府委員 いま御指摘がございましたように、大学におきます正規の養成課程を拡充してそれに対する対応策を進めていくというのが、一番正面からの措置であろうかと考えております。今日、中学校、高等学校の教員につきましては、免許資格者はかなりたくさんございますので、免許の面から需給について特別の措置を講ずるということはいまのところ必要なかろうかと思っておりますが、小学校につきましては、特に都市近郊の小学校は、教員免許状を持った者が十分に対応できない。教職の志望者はたくさんございますが、これは中学校、高等学校の免許状をとっておりながら小学校の教員を希望して、助教諭の免許をもらっておるというような形の者が多くなっておりまして、都市のそういった小学校教員の不足に対応いたしますために、国立の教員養成大学で小学校教員養成課程の拡充に数年来つとめてまいりましたし、今後もこの点につきましては、なおかなりの努力をしなければたらないのではないかというふうに思っております。
○湯山委員 小学校、中学校、高等学校ともに大学卒業が資格要件になるということであれば、昔のように、小学校でも、尋常小学校、それから尋常、高等両方やるためには今度はまた上級の免状が要る、中等学校はまた上級の免状、高等学校はまた上級の免状が要るというのと、いまは全然違うわけです。そうすると、こういう認定というような安易な方法じゃなくて、小学校なら小学校についても、またその他についても、人材を吸収するという観点からいえば、大学で学ぶ機会を拡大するということが大事だと思うのです。ただ簡単に、認定試験を受けて免許状をもらうと言いますけれども、独学でやるとかあるいはつとめながらやるというのは容易なことじゃなくて、費用も学校へ行くよりは決して少なくありません。働きながらやれるというだけの特典です。そこで、そういう機会をはたして文部省が開いておるのかどうか。 私はかねがね御要請も申し上げておったのですけれども、学校教育法では、「大学には、夜間において授業を行う学部を置くことができる。」とか、あるいは「通信による教育を行なうことができる。」となっています。国立大学で夜間課程を置いている学校がありますか。
○木田政府委員 あるかないかというお尋ねに対しましては、あるとお答えを申し上げることができると思います。しかし、それがいまお尋ねのような要請に対応できるような夜間であるかというお尋ねと考えますと、必ずしも十分とは思っておりません。
○湯山委員 具体的にどこでどういうのがあるのですか。
○木田政府委員 国立大学で夜間の課程を持っておりますのは、夜間の五年の課程でございますが、室蘭工大工学部。横浜国立大学工学部、経営学部。名古屋工業大学工学部。大阪外語大学外国語学部。大阪教育大学教育学部、これは教員養成の夜間でございます。神戸大学法学部、経済学部、経営学部。岡山大学法文学部。広島大学政経学部。九州工業大学工学部。これらはそれぞれ夜間の課程を持っております。
○湯山委員 それから国立で通信教育をやっておるのがあれば、どこでどうやっているか。
○木田政府委員 現在国立で通信教育を正規の課程として実施しておるところはないと考えております。一カ所、秋田の鉱山学部にございますが、これは正規の大学課程ではございません。あるいは、もし私の記憶に間違いがあればあとで訂正させていただきますが、御答弁のとおりと思っております。
○湯山委員 どうしておやりにならないのですか。
○木田政府委員 いま御指摘のありました、どうしてという問題は、過去の経緯について私は十分に承知をいたしておりません。しかし、国立につきましても、通信教育等がかかえておる課題を今後やはり何か担当していく必要があるのではないかという問題意識は持っておりまして、昨今、あるいはお気づきいただいておるかと思いますが、放送大学等も新しい形の大学教育の拡大として何とか実現にこぎつけたいという検討は、この両三年来続けておるところでございます。
○湯山委員 局長言われたように、ほんとうに教員養成は大学でやるという大原則を貫いていくためには、そういう機会をつくらなければできないわけです。ことに大都市ではあるいは夜間の大学教育を受ける機会もあるかもしれませんけれども、地方は全くそれが閉ざされている。にもかかわらず、国が正規の通信教育をやっていない。学校教育法にはちゃんとある。だから国は、やらなければ国民に対する責任が果たせていないわけです。にもかかわらず通信教育を全然やっていないということは、これはこの問題とも関係がありますけれども、明らかに政府の怠慢である。これこそ怠慢といってしかられても、大臣、やむを得ないと思うのです。法律ができてもう何十年、しかるにただ一つの通信教育の国立大学もないということは、これはもう明らかに怠慢だといっても間違いじゃないと思うのですが、いかがですか。
○奥野国務大臣 多くの人たちに大学の教育を受けられるように、国立においてもそういう範囲を拡大していかなければならない、不十分であったことは、私もそのとおりだと思います。
○湯山委員 しかも、通信教育は私立大学にまかせきりになっています。私立大学は廃止するのはかってにできますから、もし私立大学がやめれば、学校教育法にはありながら、日本にはそういうものがないということになるわけで、これは国の責任においてもすみやかにやる必要がある。 私がなぜこういうことを申し上げるかというと、通信教育を受けている人たちが非常に困っているのはスクーリングの問題です。いろいろスクーリングについて便宜を与えるようにという配慮はなされておりますけれども、今日なかなかそれはできない。国立大学ならば、国と国との関係で、官公庁等についてはこうこうこうだといえば、なおやる余地はあります。 それから、こんなに検定のほうに予算がついているということをさっき言われましたが、幾らついておるのかわかりませんけれども、それらで休業補償するとかあるいは費用を見てやれば、もっと安く通信教育大学の単位が取れる。そういうことを抜きにして安易に認定制度、本人の責任、本人の能力に依存するということは、もう行政じゃないです。だから、もしいまのような教員の需給関係を考えるならば、そういうことを十分にやってしかる後にこれを考えないと、常に場当たりだ、間に合わせだという批判を免れないと私は思いますので、いまやろうということですから、ぜひ早急に実現していただきたい。 そこで、次に全国の需給状況、免許状取得者とそれから教職への就職状況、これは何か文部省でお調べになったのがありますね。それはどのくらいな比率になっておりますか。
○木田政府委員 概数でまず申し上げてみたいと思いますが、教員養成大学と一般大学を含めまして免許状を取得いたしました者が、昭和四十七年でとりますと六万六千人でございます。これは大学を卒業いたしました二十九万人の約二十二%に当たります。これが小学校、中学校、高等学校、盲、ろう、養護と、ずっといろいろな免許状を取っておるわけでございます。取得者の実数が六万六千人で、取りました免許状の延べ数が十三万七千にのぼっておりますが、六万六千人中、教職につきました者は一万一千七百という数になっております。これは四年制の学部の段階でございまして、ほかに短大の卒業者で免許状を取得いたしました者の実数が約五万人おりまして、これで小中学校、いろいろな教職員につきました者の総計が一万三百余でございます。
○湯山委員 私がいただいておるのは四十七年六月一日現在で教職員養成課の調査ですけれども、これだと教員養成大学の学部を出て小学校の免許状を持っている者が一万二百、中学校一万二千七百、高等学校が一万六百、特殊以下は略します。一般大学学部では大学校千七百、中学校四万三千四百、高校五万四千九百、短大が小が五千四百、中が三万三千九百、大体そういう数字ですが、合っていますか。
○木田政府委員 はい。
○湯山委員 これで見ますと、全体的には需給関係というものはそんなに心配する状況ではないように思いますが、にもかかわらず部分的にかなりでこぼこがあるということ、その原因はどこにあるとお思いですか。
○木田政府委員 小学校教員につきまして特に需給の逼迫がいわれておりますのは、一般的に免許状取得者が教料別の中学、高校の免許をとって、中学、高校の教員になることを志望するということを考えるというような考え方が一つあることが指摘できると思います。また、現在の人口動態との関連から、都市の周辺地区に対応いたしまして人口の集中があり、そこに適切な供給を考えることができにくいという面があろうかと思います。先ほどもちょっと御答弁申し上げましたが、全体として一応小学校教員だけについて見ますと、一万七千人に対してとにかく一応需給の均衡はとれておりますが、この一万七千人の需給に対しまして助教諭として採用された者が二千ございますし、今後児童数の動きその他を考えましだ場合に、かなり逼迫が強くなってくるというふうに見ておる次第でございます。
○湯山委員 そのことについては全国的な需給の調整といいますか、そういうものは当然政府においてやらなければならないことであって、これは初中局長の御領分かと思います。やらなければならないことですが、しかし、いまの資料を見ましても、短大卒で採用されている人が非常に多いですね。このことはやはり大きな問題だと思います。 それに入る前に、こういうことを御存じでしょうか。埼玉の例ですけれども、教育学部を出た人については必ずしも一〇〇%採用じゃなくて相当数残っている。ところが、県が埼玉大学の中へ置いた二年間の教員養成機関ですか、短大でしょうか、そこの卒業生というのは一〇〇%就職しているというような事実、これは御存じでしょうか。
○木田政府委員 いま御指摘がございましたように、埼玉県が教員養成課程を別に設けておるというようなことは承知いたしております。その卒業者の就職状況につきましては、詳細を承知いたしておりません。
○湯山委員 そういうことです。それからそういう特殊なケースじゃなくて、地方ではやはり教員がかなり余って、せっかく教育学部に入って教員を志望しておっても教員になれないという事態が非常に多い。たとえば私の地元の愛媛大学の資料で見ますと、よその県から来ておるのもありますが、教育学部は比較的地元の人が多いのです。四十六年度で小学校の免許状を持っている卒業者百三十五名、それが採用試験を八十九名受けて、四十九名採用です。ですから三分の一ぐらいですね。あとの三分の二は採用になっていない。それから中学課程では六十九名卒業で、採用試験を三十二名受けて十八名が採用になっている。高校は十五名受けて九名。四十七年は百三十三名が免許取得者で、八十二名受験して五十五名採用が小学校、中学は七十二名で、試験を受けた者が二十九名、十八名採用、そういう状態ですからかなり余ってきている。こういう状態で教育に情熱を注げとか、教育に意欲を燃やせとか、あるいは専門職だというようなことを言っても、こういう問題を解決しなければ教育の将来に重大な影響があるのじゃないか。現に、以前には各大学に二年制の教育養成課程がありました。それが本来教員養成は四年制でやるべきだということで廃止したときがありましたね。あれは何年でしたか。何年前になりますか。
○木田政府委員 いま、三十七年か八年というふうに聞いておりますですが……。
○湯山委員 とにかく完全に廃止になったのは十数年前、その当時の考え方というものは、やはり短大、二年課程ではほんとうの教育はできないということでやってこられたし、それから答申ですか、答申、建議の中にも、やはり短期大学卒業ではぐあいが悪い、そこで短期大学の年限をもう一年でも延長するということを考えてはどうか、あるいは短期大学の卒業生に対する免許は期限を区切った免許にしてはどうかといったような建議もなされています。しかし、実態はそれとむしろ逆に、短大卒がどんどんふえできておるし、今度の法改正によっても、短大卒あるいはそれと同等の者をなお教員に採用する道を聞いていこうという、大きい流れから言えば逆行ですよ。好ましくないけれども、そういうことをやろうということをしておりますけれども、しかし、さきに申し上げましたように、実際には教員、教職を志望して教育学部に入って、そしてそのつもりで一生懸命勉強して卒業した、それが採用されない、そして一方では短大卒がどんどん採用されている、こういう現象を一体どのようにお考えになっておられるのか。そういうことの根本的な是正ということを考えないで、いまのように間に合わせだけやっておったのでは、むしろ教育は低下するということではないかと思います。これは非常に重大な問題なので、ひとつしっかりした御答弁をいただきたいと思うわけです。
○木田政府委員 いま御指摘が。ございましたように、正規の養成課程として教職員の養成を考えます場合には、小学校の教職員につきましても、四年生の大学で教育をするというのが適切である。よって、いままでの間、二年間の短期大学等で免許資格が出てきた、このやり方は早い機会に是正する必要があるということは、各方面からの建議もございますし、御指摘もございます。私どももぎさにそのように考えておるところでございます。今回、教員養成審議会から建議をちょうだいして、その中にもいまの内容のことが指摘されておりますけれども、改正案にそこを入れてございません。これは、教員の免許状の種類を、大学院修了相当の上級免許状の御指摘もございましたし、それから普通免許状につきましての基準は御建議をいただきましたけれども、初級免許状の暫定的な扱いその他をどうするかということについての御論議がまだ残っておるものでございますから、次の機会にさしていただきたいということで、私どもも鋭意重ねて御検討を教職員養成審議会にお願いをいたしておるところでございます。 いま御指摘のありました点は、いまの大学制度各般に響きますかなり大きい問題でございますし、どのような手順で、どういうふうに進めていくかという点につきましては、もうしばらく考えさしていただきたいというのが率直な気持ちでございます。
○湯山委員 大臣、いまお聞きのような状態で、非常にゆがみつつある。こういうときに、まあきのうのことにさかのぼっては失礼ですけれども、大臣、あんまりいたけだかになって、一〇%出せばいい先生が集まるんだということでないのですよね、問題は。全然別個の問題、大きい問題が抜けている。そこから正していかなければやはりいかぬのであって、ただ、責任は文部省自体にあるということを御指摘申し上げたいと思うのです。 そこで、これをはばんでいるいま一つの大きい要素は、府県の任用のしかたにあります。これは担当は初中局長の御担当ですね。いま各府県の任用のしかた、これはどうなっておりますか。
○岩間政府委員 一般的には、各都道府県で試験をやりまして、その試験に合格した者の中から、各学校の校長さんあたりとも連絡いたしまして、だれを採用するかということを具体的にきめるというふうなことじゃないかと思います。
○湯山委員 免許というものは、本来、そういうもう一ぺんあらためて適性検査をするというようなことを省くための免許ですよね、一つは。ところが、そういう採用試験というものが非常に府県によってまちまち。その内容もまちまち。そういうことでやっておるから需給自体もうまくいっていないというようなことで、このいまの任用のしかたというものについて何か対策といいますか、改めていくことについてのお考えがおありでしょうか。
○岩間政府委員 これは人事権は都道府県の教育委員会にあるわけでございますから、まあそれぞれのお考えによってきめていくべきだというふうに考えております。いまの、需給の関係がバランスがとれないというふうなお話もございましたけれども、これは一つは大学の修了年限が四年で、四年先を考えてみますと、社会の変動などが非常にとらえにくい。特に過密過疎の現象というふうなことから正確にとらえられておらなかったのが今日のような、たとえば愛媛県のお話がございましたような現状になっておるのじゃないかというふうに考えるわけでございます。しかしながら、大きく見ますと、これから御案内のように第二ベビーブームがございまして、教育の数も二割ぐらいはふやさなければいかぬのじゃないかというふうに考えております。また新しく週休二日制と、いろいろな問題が出ておりますので、そういう点を考えますと、これからの需給というのはいまよりは、先生のおっしゃるような面から考えますと改善されていかなければならぬというふうに考えております。
○湯山委員 国とそれから大学、いまの都道府県の教育委員会、これらの間に非常に密接な連絡提携を持って、そしてあるところではいまのように短大をずいぶんたくさん採用する、あるところではせっかく教員養成課程を経た者をほかへやってしまう、こういうアンバランスというものは、国が中心になって調整していかなければ、地方ではできないというふうに思います。それをおやりになる御意思がありますか。
○岩間政府委員 たとえば先ほど御指摘のございました各府県間のバランスの調整をするというふうなことになりますと、これは全国的な規模の問題でございまして、御指摘のように各都道府県の判断を越えた問題があると思います。したがいまして、私どものほうもそういう調整をしなければいけないということで、実は来年度予算にその調整のための予算をお願いしておるわけでございまして、これからそういう問題につきましても真剣に取り組んでまいりたいというふうに考えております。
○田中委員長 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○田中委員長 速記を始めて。 本会議散会後再開することとし、この際暫時休憩いたします。 午後零時三十一分休憩 ————◇————— 午後四時三十四分開議
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。湯山勇君。
○湯山委員 先ほど、正規に大学を出た、免許状を持った、しかも教育に対する志望を持っている者が残されていって、そして何とかしなければならないということを考えておられる短大卒の人がずいぶん教職についている、こういう事態は是正しなければならないということをお尋ねしておりました。その一つの問題点が、各都道府県の教育委員会の採用試験にあるということを申し上げておりましたが、採用試験の内容について、これは初中局長のほうの御担当かと思いますが、御存じでしょうか。
○岩間政府委員 先ほども申し上げましたが、大体各県におきましては学科試験等をやっておるようでございまして、面接試験までやっているかどうかは私承知しておりませんけれども、大体学科試験で採用候補者名簿の中に入れまして、具体的には各学校におきまして、さらに校長あたりが面接をするというふうな方法をとっておるようなところもあるようでございます。
○湯山委員 その採用試験の問題、これらについてお調べになったことはございませんか。
○岩間政府委員 問題玄では私どものほうで調べたことはございません。
○湯山委員 おそらく大部分は面接をしておると思います。面接することが大体採用の前提になっているというのが多いと思いますので、学科のあと面接をする。その場合に、いろいろな問題が出てきておることを聞いておるわけです。たとえば学級委員ですか、そういうのをしておった者が、結局合格はしておったけれども採用にならなかった、そういう例を聞いておりますし、またあるところでは、県の教育行政あるいは政府の教育行政に対して、いろいろ批判的な論文等を書いておりた教授の担当しておった学生、それが面接で排除された、したがって、その教授のところへは学生がつかないといったようなことを私は聞いております。ある部分については実際に事実を知っているのもあるわけですが、局長のほうはそういうことを御存じございませんか。
○岩間政府委員 私どものほうは、具体的な人事行政につきましては関与しないということでございますけれども、一般的には、たとえば中学校で申しますと、各教科担当の教員の適正な配置というのは非常に子供たちの教育効果に影響があるものでございますから、そういう点につきましては十分配慮するように、あるいはただいま御指摘のあった点等につきましては、適正な人事管理をやるようにということを申しております。もっとも大学で免許状を交付されましても、具体的に職につくということになりますと、最近新聞とか週刊誌等でも取り上げられておりますように、いわゆる欠陥教員というふうな問題もございまして、免許資格があるからそういう人が教育に適しているかどうかという問題は別にあろうかと思います。何よりも子供たちに対する深い愛情と申しますか、教育に対する熱意というものが教育の場合は必要なわけでございまして、そういう点におきまして、免許制度とは別に各教育委員会で選考を行なうという理由もあるのじゃないかということを考えております。しかしながら、先ほども申し上げましたように、私どもは人事管理が適正になされるようにということを希望申し上げているわけでございます。
○湯山委員 その問題は、直接の問題じゃございませんし、時間もずいぶんたっておりますから……。ただ申し上げたいのは、せっかく教員養成の、しかも国立の大学でまじめに勉強して、教育に情熱をもって志望したというのが、いまのように自治会の役員ですか、別にどうということのない、ただそういうようなのをやっただけで排除される、現にされた。これは関東のある県ですけれども、そういうようなことがあると、これはむしろそういう採用試験というものをやることの是非という問題もあって、御指導のできる問題だと思いますので、ひとつ御調査になって、そしてそういうことも含めて、適当な御指示があってしかるべきではないかと思いますので、御検討をわずらわしたいと思います。 問題は、今度は認定試験によって採用する、その認定試験のやり方です。私は、これはいまの問題よりもはるかにむずかしい問題を持っておると思いますが、具体的にはどういう方法でおやりになるか。大学にやってもらうにしても、そのやり方というものは文部省のほうでお示しにならなければならないはずなので、それはどういうふうにおやりになるか、承りたいと思います。
○木田政府委員 認定試験につきましては、試験科目の性質にもよることでございますけれども、一応筆記試験、実技試験、口述試験などの方法を考えていく必要があるというふうに思っております。
○湯山委員 いまの出されておる規程ですね。試験の規程にそういうことが書いてあります。 そこで、第一は、いま筆記、実技とおっしゃつて、受験者の人物というのはおっしゃいましたか、いまの御答弁で。
○木田政府委員 この試験全体といたしましては、先ほど御答弁の際に人物ということを落としましたが、受験者の学力、人物、身体について、やはりいまの免許法に書いてあります検定に準じた領域を考えなければならぬというふうに思っております。先ほど御説明いたしましたのは、学力についての試験方法でございました。
○湯山委員 お尋ねしたのは学力だけじゃなくて、どういうふうな試験をするかということをお尋ねして、お答えがあったわけですから、この規程で見ますと、資格試験というものは、まっ先に受験者の人物、それから学力及び実技について、とあるわけです。この人物試験というのは、どういうふうになさるのか、ここからお伺いしたいと思います。
○木田政府委員 いま御指摘ございましたように、高等学校の教員資格試験につきましても、試験方法といたしましては、「人物、学力及び実技について、筆記試験、口述試験又は実地試験の方法により行なう。」というふうに規定いたしてございます。人物等の判断につきましては、その口述試験、実地試験等の規定あるいは要すれば別途また面接のことも加えて判断し得るものというふうに考えます。
○湯山委員 受験生の人物というのは何を見るのでしょうか。
○木田政府委員 人となりというふうに考えます。
○湯山委員 たいへんこれ、抽象的な、禅問答みたいなことになっておるのですけれども、試験をするのに人となりを——これ、重要な、まっ先に取り上げておる試験の内容です。ばく然と人となりというのじゃ、受けるほうも困るし、するほうも困りましょう。具体的にひとつお示し願いたい。
○木田政府委員 まあ人物の判定と申しますことにつきましては、やはり総合的な判断ではなかろうかというふうに私ども考えるわけでございます。しかも、それが教職員としての資質を考えます場合に一番大事なことでございまして、人となりと申しましたのも、まあそういうすべてを総合した一つの人柄ということになろうかと思います。これらの判定は、やはりいろいろな試験の方法を通じて判断し得ることだというふうに考えます。
○湯山委員 これは認定試験の規則ですから、かなりはっきりしてないといかぬと思うのです。 逆にお尋ねしますけれども、どういう場合が不適格になりますか。
○木田政府委員 これは個別の事例を申し上げるというよりは、やはり総合的な試験者の判断ではなかろうかというふうに考えます。筆記試験の答案の書き方一つを見ましても、あるいは口述試験の答え方等を見ましても、それらの過程の中で判断できることではなかろうかというふうに考えます。
○湯山委員 大臣にお尋ねしたいと思うのです。いまのお話だと、答案の書き方というようなことは、私はここで問題にしちゃいかぬと思います。学力なら学力の答案というものは、それが正しく理解されておるかどうか、力があるかどうかがわかればいいのであって、まあ口述も実地もみなそうだと思います。だからそれはそれでやらないと、そこで人物もというようなことだと、これは事を誤るおそれがあると思います。たとえばこういうのは不適格だ、精神分裂のようなのとか、感情の起伏が非常に激しいとか、何かそういうものがあればですけれども、おそらくいまのような、かってに人物を、しかも、それを点であらわすのでしょう。どうなるのですか。
○木田政府委員 確かに学力と人物というように分けて考え、規定もしてございます。しかし、人物と申しますのは、やはりその人のあらゆる要素のところににじみ出ると申しますか、含まれていることでございますから、現在やっておりますのは、口述試験等の過程で、本人のその人柄を見るというやり方をいたしてお石わけでございます。
○湯山委員 私は、こういうことをお尋ねするのは、いままで出された柔道、剣道、こういうものの免許状の出し方というものは、ここにあるような規定を正しく手続を踏んで、そしていまおっしゃったような総合的に人物を判定してちゃんと出しておるというようなことじゃないのです。そうでないのがたくさんあることを局長も御存じでしょう。たとえばある講習をやって、そして段を持っておるとか、従来そういう経験のある者、そういう者に対しては、ほとんどもう無条件で出しているというような例もあるのじゃたいですか。
○木田政府委員 現在私が承知いたしておりますのは、かなり厳格な実技試験等をいたしております。したがいまして、いま御指摘のようなやり方にはなっていないというふうに考えております。
○湯山委員 これは同じようなことを言っておるのです。局長も、実技とは、きちっとその力のある者を選ぶ。そのとおりなんです。だから、さっき申し上げましたように、かなり高段者、段を持っている者、それは柔道なら柔道は、それはそれでけっこうです。しかし、いま言ったような意味で、総合的な人物判断というようなものは、ほとんどやってないですよ。だから、それは、局長の言われるのと私の言うのと同じことを言っている。同じものを見て、同じに言っているのです。そこで、行なわれていない。その技術というものを非常に評価して、足りないということ、需要関係もあるでしょうけれども、ほとんど無条件のような形で出している。そこで、一体これ、どうなんだろうかということでお尋ねしたわけです。
○木田政府委員 現在、高等学校の柔道、剣道、計算実務等の資格認定試験の合格率は大体三〇%程度でございます。そういう試験の過程を通じまして、私は、人物につきましても十分な評価と判断が成り立ち得る、またそういうことによってその判定が行なわれておるというふうに考えます。
○湯山委員 では、委嘱した大学へは、人物についてはどういうふうに判断してほしいという依頼をしておるのですか、あるいは指示をしておるのですか。
○木田政府委員 現在、高等学校の柔道剣道等につきましては、文部省が関係者の協力を得て直接に実施をいたしております。
○湯山委員 その関係者というのは、教育関係ですか、教育関係ではありませんか。
○木田政府委員 大学及び高等学校の、ふさわしい教師の方々でございます。
○湯山委員 それでは、法律には大学に委嘱して行なうとなっておりますね、それとは違うやり方をやっておったわけですね。
○木田政府委員 現在の高等学校の特殊の教科、技能にかかる事項で資格認定試験をいたしておりますのは、現行法の十六条の二でございまして、「文部大臣の行なう試験に合格した者に授与する。」という現行の規定になってございます。今回改正を御提案申し上げておりますのは、文部大臣のみたらず、ふさわしい大学ある場合にそこに委嘱して行なえるようにしたいという考え方でございます。
○湯山委員 いまのような人物とか総合的な判断に、どうもそれではぐあいが悪いというので大学に委嘱するという方法をおとりになったのだろうと思って、いまのような点をお聞きしたわけです。 問題は人物のことですが、人物で落としたというのはいままでにありますか。
○木田政府委員 これはやはり判断する各領域でございまして、特定のものだけで落としたというようなことではなくて、合格は総合的に判定されているものというふうに考えます。
○湯山委員 これは非常に重大な問題だと思うです。人物の点が八点で、実技が五点、合わせて十三点、あるいは人物が三点で、実技が十点で、十三点、こういったような総合は、これはできないのですがね。総合点といっても、点数評価していけば、そういうことになるおそれはないのですか。
○木田政府委員 免許法で、検定の場合にも人物、学力等をあげてございます。これは判定する場合の見る角度でございますが、そうした場合に、個別に点数計算をして合格点に達しておるというようなやり方を必ずしもする必要はなかろうと思いますし、そこは試験官のやはり総合的な判断ということにゆだねられるべきではなかろうかと思います。
○湯山委員 大臣、ああいうので試験ができるのでしょうか。私は実は小学校教員の検定試験の試験委員をやって、経験を持っています。しかし、人物判定などということは、それはほとんどやっておりませんでした。ただペーパーテストと実技、それから口述の場合は、それに対して正常な常識を持って判断ができ、表現能力を持っている、そういうようなことであって、ここではどうも人物というようなものをとりわけてやっておって、項目は、はっきり出ておれば、人物が悪ければ落とすというようなことがありそうですけれども、そういうことは考えたくていいということでしょうか。あるいはもっといえば課長……相済みません。昔の課長というのが出てしまって……。木田局長、ならそれじゃ正確に人物評価がおできになりますか、総合的に。あるいはもっといえば、大臣、木田局長の人物はどうですか。教員としてふさわしい人物かどうか、簡単に評価をおできになりますか。
○木田政府委員 いま、湯山委員も御経験のおありのことですから、その上に立ってのお話と思いますけれども、しかし現行の免許法にも書いてございますように、教職員の検定という現在の制度の中でも、受験者の人物、学力、実務、身体について授与権者が行なうという考え方になってございます。そうしてこの教職員の資質を考えます場合に、その教師としての人物というのは非常に重要な要素ではないかというふうに考えます。これをどう判断するかというのは、確かに考えてみればむずかしいことではございましょうけれども、そこをやはり判断していくということが一番大事なことではなかろうかというようにも思います。
○湯山委員 大事なことですから、はりきり自信持ってやれるという方法を考えておかなかったら、これはさっき申し上げたように、クラス委員しておったからどうとか髪が長いからどうとか、そんなことになるおそれが多分にあると思うのです。これはこんなばく然と受験者の人物というようなことでやらないで、もっと安心できるような、わかるようなことにする必要があると思います。 それから、もう一つ大事な問題は、必須の、教員とたるためには、教育実習が課せられております。それから憲法学習というのもあります。これらは一体資格試験では必要ないのですか。
○木田政府委員 現在の教職員の養成につきましては、教育実習は必須の課題としてあげられてございます。しかし、今度御提案申し上げておりますような資格の認定試験というものを、いろいろな職場におる方に認定試験を行なって教育界に迎えるというプロセスを考えました場合に、事前に教育実習を必要要件として課するということが事実きわめて無理で。ございまして、今日の高等学校の一部の領域でやっております認定試験につきましても、教育実習ということを必要要件としては課しておらないわけでございます。今回関係者で、その教育実習の取り扱いにつきましてはかなり論議をいたしたのでございますが、認定試験としてある資格を認定いたします場合に、教育実習を事前の要件として課するということは事柄の性質上無理であるので、これはなしでひとつ資格の認定をするということにしようという結論になっておる次第でございます。
○湯山委員 それはおかしいですね。木田局長もこれなしでやるほうの賛成論者ですか。
○木田政府委員 方法といたしまして、資格の認定をいたします場合に、事前にある期間の教育実習を求めるということがこの資格試験制度というものとどうしてもかみ合わないです。ですから、うまい方法があればそれを実施をすることも、それは悪いわけでは。ございませんけれども、今日までやっております資格認定試験にいたしましても、今後またその資格認定試験というものを進めてまいります場合の手続として、そのことを強要することが困難である、このように考えた次第であります。
○湯山委員 文部省としてはやりたい、やるべきだと思うけれども、技術的に非常に困難だということでやらないということにしたのか、あるいはやる必要がないということでおるのか、ここをはっきりしておいてもらわないと、あとのことがお聞きできないのです。
○木田政府委員 関係者の御論議は、何か方法を講じて、それがプラスできるならばという御論議をかなりいただいたわけでありますけれども、どうしても実施のプロセスでそこまでを必須の要件とすることに困難があるということで割愛をいたした次第であります。
○湯山委員 それは不可能ですか。
○木田政府委員 まあ絶対にできないことかというお尋ねになれば、それは全然できないことだというふうにお答えするのも正直なところいかがかと思います。しかし、一般的な事柄の筋道として、そこまで事前に要請することには無理があるという判断は、私もやむを得ないものというふうに考えます。
○湯山委員 正規に正規の大学で資格を得るためには、これこれはしなければいけない、しかも、かなり長期にわたって、しかも重要な条件になっています。で、やればできないことはないけれども、この試験の場合は、それを除くというのは、私はちょっとやすきにつき過ぎるのではないか。というのは、かねがね大臣やあなた方がおっしゃっているように、教師というものは専門職だという中には、いまの点が非常に大きな要素になっております。それを抜きにして判断して、これが教育者として適当だ、この人たちによって教育はこんなによくなるということを言うのは、私はどうも理解に苦しむところです。で、これはやるべきではないですか。
○木田政府委員 この資格認定試験の制度を実施いたします場合に、受験者がどの層からどのように来るかということも、それはおよその数の、このくらいあり得るだろうというふうに考えたりはいたしますけれども、それらの方々を試験の前に、あるいは合格判定をいたしますまでの間に、どういう形で、どこに委嘱をして教育実習を行なうことが可能であるかというような現実のプロセスを考えました場合に、たとえばこの試験を特定の大学に委嘱をして実施してもらう、小学校の教員の場合にそういうことも考えておるわけでございますけれども、しかし、現在大学がかかえております自己の学生の教育実習その他で付属の学校もかなり一ぱいでございますし、それからもう一つは、この特殊の教科ということを考えたりいたします場合に、そのすべての特殊の教科について事前に責任を持って実習してもらえる場所というものをどういうふうに考えるべきかという点が、どうも制度として定着させるには無理があるという判断で、先ほど来御答弁申し上げておりますように、今回の認定試験の実施の過程で教育実習というものを必須の要件とは考えないでいくという判断に立った次第であります。
○湯山委員 方法は私はあると思いますけれども、それはそれといたしまして、じゃこの資格試験での筆記試験、口述試験あるいはまた実地試験という、との実地試験には実際に授業をやらせるということも含まれておるのでしょうか。
○木田政府委員 この実技試験と申しますのは、その技術を中心にしたものを中心に考えていきたいというふうに思っております。したがいまして、柔剣道、計算実務等、現在やっておりますものにつきましては、やはりその実技を実地に行なうということで試験をしたいという考え方でございます。
○湯山委員 教育技術とか、それから子供たちの成長発達についての深い理解とか、そういったようなものですね、それはいまおっしゃったのではわかりませんね。
○木田政府委員 教職関係のことにつきましては、もう教職科目につきましての筆記試験ということでその知識の度合いを判定するということになろうかと存じます。
○湯山委員 知識はもちろんわかります。しかし、いまの教育技術ですね。今度はその柔道の技術とか計算実務の技術じゃなくて、ほんとうの教育の技術というものが、いまおっしゃったのではテストされないということになるんではないでしょうか。
○木田政府委員 これは、いまお話がございましたように、事前にそうした教育実習等の要件を課することが困難であるということから見まして、教育技術を試験の内容としてどこまで判定できるかということは、試験の実施の過程としてかなり困難が伴いはしないかというふうに思います。その意味では、この資格認定制度の場合に、個々の人の教育技術の判定がどこまでできるかという点になりますと、若干の問題がないわけでもございますまい。しかしながら、やはりその総合的な判断によって、そしてこうした認定制度によります教職員の免許資格者に対する採用者側の注意によりまして、私は、採用者側の自後の指導、採用時におけるいろいろな指導等によりまして、いま申し上げましたような欠陥は是正できるのじゃないかというふうに考える次第でございます。
○湯山委員 それじゃ大学を出てきた免許状所有者と認定試験によって免許状を受けた者とは、悪いことばで言えば差別して職務につかせるということになるように受け取りましたけれども、間違っていますか。
○木田政府委員 免許状の授与の方法が違うわけでございますから、おのずからそこに取り扱い、判断したことについての角度の違いがあるということは言うようかと思います。しかし私どもは、この認定試験で、大学で所定の履修をいたしました者と同じ水準の力量を持った者ということを目ざして判定を進められるべきものと考えております。
○湯山委員 免許制度というものは、いま局長がおっしゃったようた配慮をしなくてもいいための制度なんです。ここがよくわかっていないと、御答弁のその範囲は確かにそのとおりですけれども、総合して、じゃ免許制度というものをどう思うかということになると、いまのでは免許は要らないのです。そのときそのとき個々人の経歴、学歴、いろいろなものを見てやっていくということになれば。だからここは非常に大事な問題であって、しかもこの制度では非常に抜けておる点だというように私は思います。だから、おっしゃることがごく限られた一部の、いまの柔道だとか剣道だとか計算実務とか、今度の場合でいえば何になりますか、そういうものに限られていたからまだそれはいいようなものですが、いま局長のおっしゃったようなことで、これを門戸を広げていって全体を押したら重大な問題です。それはおわかりいただけますか。
○木田政府委員 教職員の免許資格を与える方法につきまして、いままでの大学による学習というものを中心にした免許制度に対して、違った角度から、ふさわしい人物がおる場合に、それをさがしていこうという方法でございますから、いままでの考え方、いままでの処理と違った要素があるということは、これは方法論としてもやむを得ないことだというふうに思います。しかし、それがどのように広がっていくか、それが免許制度の主流になるかどうかということになりますれば、いまお話しのような制度自体の基本にかかわることにもなろうかと思いますが、午前中来申し上げておりますように、免許制度の基本は、四年間の大学教育における教員資格の養成ということを中心にいたしまして、それに対して、その養成過程で十分にまかなえない点を補うという方法で運用いたしますならば、決して御心配のようなことにはなるまいというふうに思っております。
○湯山委員 局長は、その免許制度というものと実態というものとを、何というかからませて御答弁になるからそういうことになりますけれども、それはそういうものじゃないと思うのです。ことに、人物などというものをそれで判定するなんということは、きわめてむずかしいことであって、じゃ局長に自信がありますかといえば、どうでしょう、なかなか言えないと思うし、大臣だって、そうそこまで自信がおありになるまいと思うのです。実際に私もむずかしいものだと思いましたのは、たしかリンカーンでしたか、若いとぎにいろいろなことをやってうまくいかない。そのときに、何をやっても成功しない者にできることは、学校の先生になることと政治家になることだということで、リンカーンは政治家になって、りっぱな政治家になりましたが、私なんかは何にもできないので、しかも両方やったものですからこういうことなんですが、実際にこれは、端的にいえば、それはほんとうの政治家というものもだれにもできない。ほんとうの教育者というものもだれにもできない。教師というものが専門職かどうかというようなことで議論がありますけれども、私はほんとうにむずかしいものだと思うのです。 それがどれくらいむずかしいかといいますと、私らの近くに字引き先生というあだ名の人がおりました。わからぬとすぐ字引きを引いてやる。しかし、それは局長らからごらんになれば、何だ一々、字もよく知らないで、字引きを引いてとお思いになるかもしれませんけれども、その人の教育というのは非常に強い印象を子供たちに与えたし、いいかげんにしない。そして非常にいい教育をされたと思うのです。 ついきのうかおとといの新聞にも、子供が何か忘れていったので、先生が百人一首ですか、全部かなで書けという宿題を課して、親はけしからんと思って憤慨した。けれども子供は言われたとおり夜おそくまで書いて出した。その先生と別れるときに、あの先生はいい先生だった。親のほうはけしからぬ先生だと思う。ところが子供のほうはいい先生だった。だから書きもしたし、そういうことをしたと思うのです。 だから、教育のいい悪いというのは、そうものさしを当てるようなわけにはいかないと思うのです。そこに非常にむずかしい点があるということをよくおわかりになってやらないと、これは事務的に行政的に割り切っていっても、そんなに単純にいくものではないというように思います。ここらの配慮がこういう制度には必要だと思いますので、この問題は、私は法律がどうなるかわかりませんけれども、法律の帰趨いかんを問わず、この問題はもう一度御研究になって法律を出し直すということではないと、このままではどうも重大な問題を起こすというように思います。 それから、その次です。今度は高等学校に看護、看護実習、この教科を設けるというのですが、高等学校の教科内の小さい分科というのですか、何というのですか、あれはずいぶん多過ぎると思うのですが、幾つくらいありますか。
○木田政府委員 高等学校の教科の種類として免許法上あげておりますのは二十五でございます。
○湯山委員 その免許状の種類もそれぞれ小さく分かれておりますね、いまのように。その分かれておるので授業の単位としてとられているもの、これはこの時間この学科をやる。体育の中に柔道があり、剣道がありというふうにやって、そういうように小さく分けていけば幾つくらいありますか——人体二百五十余あります。それだけこまかく分けてやっておるということは、生徒に喜ばれているか。あなた方のほうは役に立つからと思っておやりになっておるのだと思いますけれども、高校の生徒はそれを喜んでおるかどうか、こういうことについて御調査になったことがございますか。これは初中局長のほうですね。
○岩間政府委員 確かに仰せのようなことがございます。そこで私どもは、いわゆる職業教育のあり方につきましてただいま調査会を設けましていろいろ御意見を承っておるところでございます。方向といたしましてはそういうふうにこまかく細分していくということがどうかという点につきましては、私どももある意味では疑問を持っております。もう少し基礎的なものをしっかりやって、そしてそういう基礎的なものを充実していく必要があるのじゃないかという御意見、これにつきましては私どもも非常に検討に値することであろうということで、ただいま検討を進めている次第でございます。
○湯山委員 いまの局長の御答弁、よくわかりました。しかし、実態はいまのように、また小さいのがふえようとしております。今日高等学校の進学率というものは大かた九〇%近いものになってきているということを考えますと、文部省のおやりになっていることはどこか、そういう時代じゃないまだ五、六〇%時代の高校教育をお考えになっているのじゃないか。むしろいま初中局長おっしゃったように、基礎をみっちりやっておいて、それはいかなる状態にも対応できるというその実質陶冶というよりも形式陶冶のほうへ重きを置かなければ、私はもう高校教育というのはいまに行き詰まってしまうと思う。免許も、いま出しておるような免許法を出してはまたつくろいをやっていくというようなことを重ねておったのでは、私は高校教育というのはその面からくずれるように思います。本来、何といっても義務教育ではないけれども、もう義務教育に近い状態になっておる基礎教育なので、これを直ちに役立つものにしようという考え方は、私は間違っているとまでは申しませんけれども、正すべきじゃないかというように思いますが、重ねて局長の御意見を伺いたい。
○岩間政府委員 御指摘の点は私どもも非常に重要に考えております。そういう意味におきましてただいま検討を重ねているということでございます。ただ先生がちょっと具体的な例としておあげになりました看護につきましては、私はこれは一つの分野としてきわめて社会的な需要も強く、また専門的な知識、技能が必要なわけでございますので、そういうふうなものはこれまた別に考える必要があるのじゃないか。一般的に申しますと、先生御指摘のとおりでございますが、そういうふうな特別の分野があるということは、これはある程度認めなければならぬのじゃないかというふうにも考えておる次第でございます。
○田中委員長 速記をとめて。 〔速記中止〕
○田中委員長 速記を始めて。
○湯山委員 私も、いま初中局長が御答弁になったと同じ趣旨です。しかし、いまのようにまたこれはふえるのです。ふえて、またこれからその先生をつくらなければいかぬ。そういうことになると、ますますこんがらかってきまして、御参考までに申します。これは初中局の職業教育課でお調べになった数字です。いま高校の普通科へ行っておる高校生でも、六〇%は自分はいま行っておるこの学校へ志望したのじゃない、つまり思うところへ入れておるのは四〇%しかない。それから工業では、最初から自分で志望したというのは四五%、農業では三五%、商業では三〇%、こういう数字がいまの初中局長さんのところの職業教育課でお調べになった一九七一年の資料です。そうすると、あれだけ御苦労なさって高校教育をしておって、これで大ざっばにいいますと、高校へ行っておる者の六〇%ははなはだ不満なんです。おもしろくない。これで一体、せっかく文部大臣力を入れておやりになって、それぞれらいでいいとはお思いになるまいと思います。これはいまのような高校へ入る生徒の要請にいまの制度がこたえてない、合致してないということを意味しています。 〔委員長退席、内海(英)委員長代理着席〕 だから、これをちゃんと整理していくほうが先なのか、希望はあるけれども看護をするほうが先なのかということになると、おのずから軽重はきまってくると思うのです。この点について私は、いま局長御答弁になったように、いま、それじゃ看護実習やめいということは言いません。それはまた別の議論にして、いま当面しなければならないのは、こういう高校教育というもののあり方を検討しなきゃならぬ。六割もがいやいや来ておるのですからこれは改めなきゃならぬということについて、大臣の御見解を承りたいと思います。
○奥野国務大臣 おっしゃっているようなことございますし、なかなかそれを完全に生徒の希望にマッチさせるという荒療治も、現実の先生方がおられるわけでございますし、学校があるだけに、相当時間をかけて解決していかなきゃならない問題だと思います。同時に、学校も増設していかなければならないわけでございます。増設にあたっては衛生看護科のようなものも力を入れていくというようなことで社会の需要に応じていくということじゃなかろうか。でございますから、御指摘になっているものを、二つを並行的に進めていくということじゃなかろうか、そんな気持ちでございます。
○湯山委員 それは大臣、全部、一〇〇%が満足するようにということではないと思うのですけれども、いやいや来ておる者が半分以上おるところで幾ら教師に、聖職だといわれるのか、専門職だからといわれたって、なかなかやりにくい。だから、教育というものをほんとによくしていくということのためには、そういうことこそ文部省がおやりにならなきゃならない問題だと思います。そういう意味で文部大臣はひとつ、ほかのことはあまり考えなくてもいいと思うのですよ、そういうことをきちっとやっていくのが私は文部行政だと思いますので、それについてひとつ全力をあげて取り組んでいただくということをお願いしたいんですが、いかがでしょう。
○奥野国務大臣 おっしゃっていること、全く賛成でございます。
○湯山委員 御賛成をいただきましたし、私はこの際、あまり言うつもりではなかったのですが、申し上げたいことは、以前、いまの木田局長や岩間局長が課長でおられるころに、よく文教委員会におじゃましました。そしてこの課長さんたちが局長になったころには日本の文教行政はよくなると、この有能な人たちが局長になったときに日本の教育というものはよくなると私は、これはほんとうにそう思って、非常に大きな期待をかけて、それから、一々名前はあれですが、とにかくいまの局長さんたちの、これは非常に優秀な人たち、こういう優秀な局長さんたちを大臣、あまり押えつけていまのようにものを言いにくくしてやっておったんではもったいない。もっとこの人たちの能力を思い切り発揮さしてみてください。こんな免許法なんかこしらえないで、もっとりっばな先生をたくさん木田局長さんつくってくれますし、それから岩間局長は高校の六〇%もがいやいや来るというような状態を必ず解消される人です。私は非常に大きな期待をかけてその時代を待ち焦がれておって、今日、ほんとにそうですよ、おじょうずじゃないんです。当時、よくそういううわさもしました。ですから大臣、ひとつこの人たちにもっと思い切ってしっかりやってくれというだけでけっこうですよ。大臣は、あまりよけいなことを言うと長谷川さんにしかられますから、それももうおやめになって、ほんとうにこの人たちにりっぱな仕事ができるようにしてもらいたいというように、この機会にこういうことを申し上げるつもりはなかったのですが一つい出ましたので、ひとつやっていただきたいと思います。 そこで、今度は看護と看護実習ですが、この教科をとった者に対して何らか、あるいは准看とかなんとかいう免許状を出すということをお考えになっておられるのかどうか。それらとの関連はどうお考えになっておられるか。これはやはり木田局長のほうですね。
○木田政府委員 看護及び看護実習の免許状をとった者は、高等学校の看護の教師にたるという資格でございます。いまお尋ねの中の准看になるかどうかという問題は、学生生徒のほうのことでございますので……。
○湯山委員 少し飛びました。実はここへこういう科目をつくったということ、ですから、これは初中局ですね。こういう科目を高校の教科に入れたということは、それを学習した生徒には何らかの資格、そういうものを与えるということを前提にしておられるかどうか。それを伺いたいと思います。
○岩間政府委員 高等学校の看護科を卒業しました者は准看護婦の免許状、資格がとれるように、それから専攻科、これは二年でございますが、ここを出ました者は看護婦の資格がとれるように、そういうふうなつもりで看護科を設置するということでございます。
○湯山委員 そうすると、端的に言えば、これは看護婦養成の課程、こういってよろしいのですか。
○岩間政府委員 そのとおりでございます。先ほど職業の関係の御説明がございましたけれども、看護につきましてはもう初めから看護婦を志望してい、る者の率が非常に高いわけでございます。
○湯山委員 高校でそういうふうにして何らかの法的な免許を受ける課程ですか、そういう例がほかにもございますか。
○岩間政府委員 水産とか商船——商船はもうなくなりましたが、水産高等学校を出ました者につきましては、航海士あるいは機関士の免許が受けられるような基礎資格ができるということがございます。
○湯山委員 本来、看護婦養成というのは文部省の仕事ではなくて、厚生省の仕事というように私どもは理解しておりますが、それはそれでよろしいのでしょうか。
○岩間政府委員 御案内のとおり、看護婦の養成につきましては各種学校で行なうというふうなやり方を従来とってまいりました。しかし、最近これは正規の学校教育、つまり短期大学、そういうものに直していくというふうな方向がとられております。やはり看護婦さんにいたしましても、正規の学力があるということの御希望があるようでございます。 〔内海(英)委員長代理退席、委員長着席〕 また、正規の学校教育ができれば望ましいわけでございます。そういうことで、高等学校につきましては正規の高等学校を卒業したという資格と、それから看護婦の資格がとれるような基礎資格、二つが備わるわけでございますから、私はそういう方向はけっこうなことではないか、こういうふうに考えております。
○湯山委員 それはよくわかりましたが、そうすると現在厚生省でやっておる、あるいは厚生省が府県にやらしておるか、あるいは医師会等が自主的にやっているもの等もあります。そういうものは、大体これへ統合していくというようなお考えなのか。まあ、足りないから、とにかくうちでもやろうというお考えなのか。これは判断をするのにはちょっと大事な要件と思いますので、そのいきさつをひとつ伺いたいと思うのです。
○岩間政府委員 率直に申しまして、高等学校で看護科ができましたのは、看護婦の需要が非常に強いというふうなことであったろうと思います。しかし、いま看護科が非常に伸びております。そういう意味から申しますと、やはり実際に看護婦になられる方々の御希望は、正規の学校教育における資格とそれから看護婦の資格と、二つを備えたいという御希望であろうと思いますから、やはりそういう御希望はできるだけ満たすようにしていくのが筋ではないかというふうに考えております。
○湯山委員 わかりました。 そこで、免許法のほうへ返りますが、その看護、看護実習の免許証を持つというのは、これは私はかなり厳重にやらなければならない。医師の資格を持った者というような限定がございますか、ございませんか。
○木田政府委員 必ずしも医師の資格を持った者という限定はございません。
○湯山委員 ではどういう資格になりますか。そしてその内容は。
○木田政府委員 現在の免許法の規定によりまして同じように考えていくといたしますれば、教職科目につきましては十四単位。これは他の教科の免許と同じでございます。それで教科の専門科目といたしまして三十二単位という要請も他の一般の教科の場合と同様でございまして、その三十二単位のうち十六単位分につきまして看護の場合に特にふさわしい教科内容というものを予定をいたしております。
○湯山委員 その中で、実習はもう相当必要と思います。いまのように高校で看護、看護実習の資格を持った教師が教える。しかし看護、看護実習ですから、実習は非常に大事なんで、患者に接するということがなければなかなかできない。患者に接するとすれば、それは医師の指導を受けなければ看護婦だけではできないですね。だから、これはそこで資格を与えるということになれば、ただ単に教職の免許状だけではできない面が、できる部面もありますよ。ありますけれども、できない部面が、しかも非常に大事な、准看護婦としては高度な部分とか、専攻科の正看護婦としては非常に大事なところというものが、これは医師の指導なくしてはできないという面がかなりあるはずです。そうしますと、これは何か医師法違反になるようなことにもなるのではないかと思いますが、そこまでのことは存じませんけれども、とにかく医師の指導がなければ注射もやってはいけない。しかし看護実習の先生は、注射の指導もしていいかというと、実際に人体へ注射する場合にその先生ではできないはずです。この辺は、どこまでをこの教師にやらせていいというようにお考えなんですか。
○木田政府委員 看護の免許を持つ看護の教師と、高等学校の看護科におきまして生徒にどれだけの指導を加えるかということは別だと思っております。看護の免許状を持って看護の教科を担当する教師は、他の一般の教科の教師と同じように、教科専門科目につきまして三十二単位の要求をいたしておりまして、そのうちたとえば生理学であるとか微生物学、病理学であるとかという科目を修め、看護実習につきまして四単位をとった者等を予定して看護の免許状が高等学校の教師として出せるというふうに考えます。それで、今度は准看の資格をどういうふうに高等学校の看護科でとれるかということは別でございまして、生徒のほうが准看の資格をとりますためには、看護実習等を、二十八単位だったかと思いますが、相当長い単位時間の教育を学校で受けなければなりません。そうした場合に、科目によりましては、いま御指摘のあった医師の免許資格を持った人などに必要な指導の授業を担当してもらう、そのために非常勤の講師の発令も多くなったりいたしておるという一面があるわけでございますが、そうした非常勤職員として医師を看護高校に発令をして指導をしてもらうという必要性は当然あると考えます。
○湯山委員 初中局長のおっしゃったのは、ここ、でこれだけやれば准看の資格がとれる。それは学校である以上は校内でそれができるのが一番望ましいのですよね。また、そうでなければならない。そこで、そのためにこういう新たな教員免状をつくるというのですから、初めから、これだけじゃ資格にならないので、もっと別にたらなければならないということを前提としてこういう教科を設定するというのは、あまりにも便法過ぎるという感じがします。それは何もそういうことをなさらないで、保健の先生で十分できるというように思いますし、大学の単位にもそういうのは十分ありますから、それをやれば保健でできるのじゃないでしょうか。むしろ看護の専門の先生というものは、そういう先生がずっとやればそれで資格がとれるということなら別ですけれども、そうでないとすれば、これはたいへん煩瑣な、しかも高等学校を出ただけじゃ、一向役に立たないというようなことになってしまって、意図するところとも違ったものになるというように思いますが、その懸念はございませんか。
○木田政府委員 現在、保健の免許を持つておる教師が看護の内容の教育をしておるというよりは、看護の免許を持ってそれにふさわしい学習を身につけてきた教師が、看護の内容の指導をしていくというほうがより適切だと思います。それを、高等学校の看護の免許状を持った者が、いま御指摘になりましたような教科の専門科目として三十二単位だけですべてめ医師の知識まで持ち得るというわけのものでないことは当然でございますから、高等学校におきましては、さらに教科によりましていろいろな人の協力を求めるということになろうかと思います。その際にも看護という免許がありますほうが、臨時免許状を出したりあるいは時間講師になるにいたしましても、看護の免許を出して指導していただくのにふさわしいのではないかというふうに考えます。
○湯山委員 ここが大きな分かれ目なので、お尋ねしておるのは、一般的に教養として、高校を出た者が看護の知識を持っておる、ある程度の技術を持っておるというのは、一般教育としていいことですし、そういうことを大きく教育の立場から判断されてこういう教科を設けられる。それが、たまたま看護婦養成の場合は、高校で修得したものを下積みに考えて、そして期間も短くする、これもこうするということに役立つ、こういうことは当然であっていいし、あり得ることです。しかし、そうじゃなくて、端的に、足りないから看護婦を養成するのだということだけねらって、むしろほかから教員の資格も免許状も何も持っていない人に応援願って、薬剤師のほうもやってもらう、お医者さんもやってもらう、そんなことでかき乱していったのでは、これはむしろ教育の形態というものはこわれていく。私は、たとえば英語なんかのような、ああいった基礎的な教養ではないにしても、ある程度いまこうすることが必要だということはたくさんありますから、高校の生徒として基礎教育の中にそういうものを入れていく、ことに女子なんかの場合は家庭とか、被服というのですか、そういうのがありますね、それと同じような観点から、看護というものは入れるのだ、これは育児の上でも必要だし、年とった親を持っておる人にも必要だし、そういう形で入れていくということで、そうやって学習したことが、そのあとで看護婦免許状をとるときにずいぶん役に立つ、そうしてその分だけは看護婦養成の中で免除される、こういう形なら、それはやはり教育の中のものとしての理解はできます。しかし、そうじゃなくて、准看なり何なりをつくることが、免許状を持たすことが第一で、高校卒の資格と同時にそれを持たす。そうすると、こうやって新たに免許状をこしらえても、実際は外からいろいろな形で応援してもらわなければならない。これは私は邪道だと思うのです。そこで、もし、高校三年間で卒業までに准看の資格をとるとすれば、どれだけのことについてほんとうにお医者さんなり何なりから何時間援助を受けなければならないか、このことをひとつお示し願いたいと思います。
○岩間政府委員 現在高等学校の看護科で要求されております専門科目は、看護概説二単位から四単位、看護基礎医学四単位から八単位、成人看護六単位から十二単位、母子看護二単位から四単位、看護実習二十単位から二十七単位、そういうぐあいになっております。したがいまして、もちろん高等学校に必要な一般教養の半分くらい、八十五単位のうちの半分くらいは、少なくともこれでとり得るようになっておるということでございます。
○湯山委員 それと、いまおっしゃったので、現在高校の教員の持っておる免許状で埋め合わせがつくというのがどれだけ、それではできないで外からの援助を得なければならないというのがどれだけありますか。
○木田政府委員 現在高等学校には保健の免許状しかございませんから、保健の免許状の所有者がこの指導に当たっておるわけでございます。保健の免許状でいまの母子看護、成人看護等をどの程度ぴったりまかたえるかということになりますと、間に合わせているという形にならざるを得ないわけでございますから、これにふさわしい教育内容を持った資格の免許状を別途設けたほうがこの指導内容に、より適合するというふうに考えるわけであります。
○湯山委員 それで、高校の全部で八十五単位ですか、それの二分の一くらいが、こちらになる。そうすると、四十単位前後ですか、そうですね。その四十単位前後の中で、現在高校で免許状を持っている教師、それから今度看護で免許状をとる教師、看護実習でとる教師、そういうのを含めて三十六単位の中のどれだけまでこなせますか。
○岩間政府委員 先ほど大学局長からもお話がございましたように、現在本科の教諭、助教諭、常勤講師等の合計が、公立で百九十三名、それから私立で二百三十名でございます。そのほかに非常勤講師が、公立で五百八十五名、それから私立で六百九十六名ということでございまして、こういうふうな非常勤講師に当たっている方々が、先生が御指摘の専門の教科のために、現在外からお手伝い願っておる方々であろうと思います。
○湯山委員 いまの点はお聞きしただけではちょっと判断できにくいのです。かりにどれだけの完備した教員組織を持っておる高校であっても、看護養成のためのですね。それであっても、なおかつ足りない部分があると思います。そこで、准看の資格をとるための単位の取り方、それから現在の教師でこなせる単位、それからいまおっしゃったように、ずいぶんたくさん外から援助を受けなければならないという面もありますから、ひとつその一覧表をつくって、資料として御提示願えませんか。それでないと、いまお聞きしただけではちょっと私も判断できかねますし、それからそういうことを申し上げるのは、やはり看護婦というような資格になれば、これもさっきと同じように人命にかかわることですから、そうほかのと違って、まあまあこれくらいなら卒業させてよかろうというわけにはいかぬと思います。そこで、これをつくるという意味はよくわかりますけれども、それについてはこれだけ自信を持って間遠いない准看ができるのだ、これなら厚生省で養成したのに比べて遜色ないということでないと、やった意味はないと思うのです。そういうことができるかできないかの検討をしたいと思いますので、いまいただいておる資料やいまの御説明からは、ちょっとそういうことができかねますから、資料を御提示願いたい。それをいただいてからなお質問させていただきたい。 それから、さっきの問題ですね。これはどうしても大事な問題ですから、おそらく法制局あたりも実態を知らないでおやりになったのではないかと思います。ほかの法律で見みましても、養護訓練の教諭が授業を行なうというのは、小中の精薄の子供たちの場合に、ほかのと一緒にして総合的に授業ができる、非常に厳密な規定で使っであります。だから、今度、簡単に授業をすることが役目という、この規定というのは、これはたいへんな問題だと思いますから、これは統一見解が出されて、了解ができればいいと思いますけれども、了解できない場合は、ひとつ法制局を呼んでいただいて、明確にしたいと思いますので、その配慮を委員長にお願いして、きょうはこれで留保させていただきたいと思います。
○田中委員長 湯山委員のただいまの御提言については、後刻理事会で御相談々申し上げます。 ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○田中委員長 速記を始めて。 次に、栗田翠君。
○栗田委員 この免許法の一部改正案というのは、あまり重要な法改正だというふうに考えられておりませんで、私もそう思っておりました。ところが、この中身をいろいろと調べてみましたところが、今度の改正というのが非常に重大な、戦後の免許制度を抜本的に変えるような性質を持っているということがわかったわけです。その一番中心部分になっていると思いますのが、十六条の二の一項と二項の改正点でございますが、特に十六条の二の一項の問題でまず質問させていただきたいと思います。 これは、新しく教員資格認定制度を置くということが十六条の二の一項に改正として出されているわけでございますけれども、学校の段階について特定の規定がありません。これは、言ってみますと、小・中・高、それから幼稚園、養護、盲、・ろう、すべてにわたって、この資格認定制度というのが当てはめられるというふうに考えてよろしいわけですね。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○栗田委員 そうしますと、これは戦後の免許法のたてまえとしまして、四年制の大学において学校の教員は必要な単位を修得して認定されるということにたっておりましたけれども、この原則を大きくくずしまして、いわゆる戦前の検定制度ともいえるようなものが、並行してとられるということになると解釈していいわけでしょうか。
○木田政府委員 四年制の大学における教育だけという現在の制度に対して、補足的な別途の方式を加えたい、こういうことでございます。
○栗田委員 いま補足的な別途の方式ということを言われましたけれども、法制的には並行してもう一つの方式が加わるというふうに解釈してよろしいわけですね。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○栗田委員 これは非常に重大な変更だと思います。そして、このような変更に踏み切られますには、いろいろと諮問機関の意見だとか、それから、調査とか、いろいろあると思いますが、どのようなものを基礎にしてこういう新しい改正をされたのでしょうか。
○木田政府委員 直接には午前中来御指摘のございましま教育職員養成審議会の建議でございますが、その他すでにお尋ねがございましたように、各方面からの要望、要請等を勘案したものでございます。
○栗田委員 いまお返事がありました教育職員養成審議会の建議、教養審の建議というふうにこれから私略して言いますけれども、この教養審の建議の中に、教員養成のための特別な教育課程を持つ大学をつくることだとか、それから新構想の教員再教育大学院を置くこととか、いろいろ建議されております。これとあわせまして教員認定試験制度についても提唱して、その検討を要請しているような内容がありますけれども、、この点について文部省は、その後どんなふうな検討を進めてこられたのでしょうか。
○木田政府委員 今回法律で御提案申し上げております以外の事項につきましては、なお引き続き検討するということで検討いたしております。
○栗田委員 ここに昨年の十二月に出されました「教員資格認定制度の拡充、改善について」という中間報告がありますが、やはりこれなどにも沿って今度の改正というのはされているのでしょうか。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○栗田委員 実はこの重大な改正をめぐりまして、中間報告、それから教養審の建議の内容などで、私はいろいろとたくさんの疑問を持っております。 まず一つは、さっきも湯山委員の御質問に出ておりましたけれども、昭和三十七、八年ごろに、二年制大学、短期大学によります教員養成の課程というのを廃止しているわけなんですが、どういう精神からこれを廃止されているのでしょうか。
○木田政府委員 戦後六・三・三制による新しい、学校制度ができました際に、中学校、高等学校の教員に対する不足がございまして、そうした新しい学校制度に対する教員の不足を補うという意味で、国立の大学におきましても、短期の二年間の養成課程というのを設けてきたわけでございます。しかし、基本的には、四年制の大学で教育を受けるべきことが至当であるというふうに考えておりまして、また一方、私立の大学等におきます教員養成の課程認定を受けた大学もたくさん出てまいったものでございますから、国立としては四年の課程だけにしたという経緯でございます。
○栗田委員 そうしますと、戦後の一時不足であったときに教員をつくるという暫定的な養成課程を廃止したというのは、四年制大学をたてまえとするということを貫かれてそれを廃止されたということだと思います。 もう一つ、先ほどから、教養審の建議とあわせて関係方面の要望をいろいろ聞いてそういうふうにされたということがお答えに出ていたと思いますが、関係方面の要望の内容ですね。先ほどはどのようなところから出た要望だという項目を伺いましたけれども、そのどういう内容に沿ってこの新しい改正が出されたのでしょうか。
○木田政府委員 教育職員養成審議会の建議、さらにはその一年前に出ました中央教育審議会の答申等に関連いたしまして、昭和四十五年前後から、教育職員の免許制度あるいは養成制度についていろいろな御意見が、先ほど大臣から御説明申し上げました団体から提示されたわけでございまして、そういう意見を勘案しながらつくったものでございます。 なお、先ほどの御答弁の中で、二年制度のものを廃止したということではちょっとことばが足りないと思いますから補足をさせていただきますが、現行の免許制度は、大学で二年の課程を経て所定の単位をとった者に免許状が出ることになっております。国立の大学でその養成をする必要がない時点に立ち至った、こう判断して国立の大学の課程を廃止したものでございます。
○栗田委員 いまのお答えですと、私の質問にちょっとお答えいただいていないんですけれども、関係各方面の要望の内容ですね、どのような点から今度の認定制度がとられるようになったかということについて伺っているわけです。
○木田政府委員 今回出ましたのは、教員の資格認定制度ということをかなり大事な改正点として取り入れたわけでございますが、全小連の見解の中にも、検定制度につきまして、検定制度を拡大することがいいという御意見が載っております。そうした意味の御意見をそれぞれの御意見の中から拾い上げまして、私どももこれを取り入れるという方向で判断をいたしたものでございます。
○栗田委員 私のほうも、先ほどあげられました幾つかの団体、組織などの意見というものをちょっと調べさせていただきました。たとえば全国連合小学校長会、これもさっきあげられた中に入っておりますけれども、ここはこういうふうにいっておるわけです。検定制度を拡大することもよい、ただし小学校教育が単なる講義や解説だけで全きを得ない特性にかんがみ、安易に資格授与がなされないように配慮するとか、大学の履修年限は四年がよいとか、教育実習をもっと重視せよとかいうことがいわれております。それから日本教育学会教育行政特別委員会、これも先ほどおっしゃられていたと思いますけれども、これは初等中等学校教員は大学で養成するといった内容とか、小学校教員の養成課程は五年制課程がよいのではないか、いまは四年制課程ですけれども、さらにこれを一年延ばしまして、五年制課程がよいのではないかというような意見すらもあがっているように思います。また、日本教育学会大学制度研究委員会、これも先ほどおっしゃっておられましたが、学部の拡充の問題などをいっております。それから日本教育学会教育政策特別委員会、ここではやはり小学校教員の養成は五年制の大学の教員養成課程で行なうべきではないだろうか、このような意見がずっと出ているようでございます。 そうしますと、一口に関係方面の要望等というふうに書かれでありますので内容がわからないのですけれども、こうして詳しく内容を見ていった・場合に、むしろこの要望に逆行するような改正がされているのではないだろうか。教員の養成は四年制大学、特に小学校の場合には五年制がよいといったような意見すら出ているときに、認定試験制度を設けるという点ですね。この辺が一つ私はたいへん疑問なんですけれども、その辺についてどうお考えになっているのかということを伺わせていただきたいと思います。
○木田政府委員 教員養成の基本的なあり方というのは、大学におきます四年の課程で養成する、それをさらに、日本教育大学協会等も御指摘のように、もう少し年限を長めてもいいのではないか、こういう意見があるということは、もちろん私どもも十分承知をいたしております。しかし、そういう大学における正規の養成制度だけでいいというふうにこれらの御意見がおっしゃっているわけでは。ございませんで、やはり資格認定試験というような制度を取り入れることの必要性もあっていいという御判断がございます。先ほどお読み上げになりました全小連の意見もそのとおりでございまして、その場合にいろいろと注意しなければならぬ点があることは当然でございますけれども、大学へ行ってない人にも道を開くということがあってもいいと考えております。
○栗田委員 戦前は、いわゆる検定といわれます制度があって、これは試験だけで教員の免許がとれたように私は思っておりますけれども、戦後新しい教育改革の中で、この戦前の検定制度というのは廃止されました。戦後、現職の教員に上級の教員免許をとらせるという検定制度はあるようですけれども、廃止されたと思います。それはどのような精神から、戦前のどういうような反省から出てきたのでしょうか、その辺について、まず歴史的なことを伺わせていただきたいと思います。
○木田政府委員 戦前、教師の任用資格あるいは免許制度についていろいろな方式がありまして、免許状を持っておるとか、あるいは任用資格があるとか、あるいは何もしなくても教師になれるというような制度になっておりましたから、それを基本的には正規の大学教育で教職員の養成を行なうという基本線に乗っで整理をし筋道をつけたものでございます。
○栗田委員 いまたいへん簡単なお答えがありましたけれども、私は思いますのに、戦前の検定制度というものが、ほんとうに子供たちに全人格的な教育を授けていく教育を養成していくのには、いろいろと不足な点があったという反省に立ってやられているのだというふうに理解しております。そうしてその当時のいろいろな教育史の著書などを読みましてもそういうことが書かれているわけです。たとえば師範型の人間なんといいますと、ちょっと語弊がありますが、これは私が言っているのではなくて、その当時論議されていた中にそういうことばが出ているわけですけれども、いわゆる戦前の師範学校を卒業した先生のタイプというようなこともその論議の中に出てまいりまして、一つの批判の的になっております。もちろんそういう方の中にたいへんすぐれた教育者がたくさん生まれていることも事実なんですけれども、いわゆる共通したタイプがあるということがその当時の論争の中で出されまして、結局、その教員養成ということを最初から目的にして、そこだけで育てられてきた人間というものが非常に画一的であり、孤立的であるといったような論議がその中に出ているのでございます。 こういうふうな反省の中から戦後、子供たちをどう育てていくのかという考え方に立っていろいろいわれているわけなんですけれども、たとえば免許法が制定されました当時の一九四九年に、文部省の教職員養成課長をしておられました玖村敏雄氏が「教育職員免許法解説」というのを書いておられますが、その中にも、いろいろと免許制度をこのような戦後の制度にした考え方というのが述べられております。たとえば「教育職員を一つの専門職として確立するにはその資格附与について厳格な条件がつけられるのであって、そして、「教育という事業は生成途上にある人間の直接的な育成があって、単に知識技能を授ける作用があると簡単にいってしまうことは出来ない。」だから戦前の場合には、教育技術ということがかなりおもになっていたけれども、それでは不十分だと、いう反省に立っていると思うわけなんです。「単に知識技能をもっているなら誰にでも教育という仕事は出来るという考えをとり除かねば専門職は成立しない。そこで本法では従来いわれていた試験検定の制度を廃止している。けだし従来のこの制度は例えば中等教育の場合、国民道徳とか教育大意とかについて簡単な試験は行ったにしても、主とするところは免許教科の知識や技能についての筆記及び実技試験のみであった。もちろんこの試験合格者の中にはあわゆる点からいって優秀な教員もあったが、一般的にいって、あまりに偏した教養の人があり、専門分野についても将来にのびる力において欠けており、かつ教育全体を見通すことができぬ人が少くない。それに自ら学校生活の経験をもたないことから生じる欠点をもつと言われている。そこで本法では、免許状授与の基礎資格に大学でうけた教育の年限というものが重く見られている。」云々と、いろいろあるのです。「こうして学校教育を尊重し、その教育を通して育成せられる全体としての人間に大きな期待をかけているのである。」ということが書かれておりまして、私もなるほどと思ったわけなんです。 この考え方からまいりますと、四年制大学の課程を経て、そこで単位をとって先生の免許をとるというこの考え方は、単に制度として考えられたのではなくて、その教師像というその中身から出てきていると私は思うわけでございます。 こういう点から考えていきまして、やはりただ知識、技能を持っているというだけでなくして、四年間の学生生活の中でさまざまな形での一般教養を身につけたり、また集団として学生同士のいろいろな助け合いその他で人間的に円満に成長していく問題だとか、いろいろな経験を積むとか、そういうものを身につけて初めていわゆる全人的な教師というものが生まれて、未来をつくる子供の教育にもふさわしい、伸びていく能力を持った人間が生まれるという考え方に立っているというふうに私は思うわけでございます。 そういう点から言いまして、今度のこの認定試験制度というのが新しく取り入れられたということになりますと、この戦後の改革でわざわざ四年制大学を出た者に教師の免許を与えるという、こういう考え方に立っていたものが大きくくずれていくように思うのですけれども、その辺についてのお考え方を大臣から伺わせていただきたいと思います。
○奥野国務大臣 戦後の改革、いまお述べになりましたような意義、今日においても守り続けていかなければならない点だ、これは私たちもそう考えているのでございます。ただしかし、資格認定試験というようなものを現職教育で与えていく以外には一切抹殺してしまった、そういうところに若干問題がある。ことに先ほど来申し上げていますように、四十九年からは十年間平均してみますと、小学校の児童が二十万人もふえてくる。人口急増地帯におきましては小学校の先生を得ることにたいへん困難を来たしていくことが予想される。さらにまた教科の一部の領域では、やはり大学教育を経た人たちだけでなかなか適切な人が得られにくい面もあったりする、そういうこともございますので、補完的にと言うと、ことばは悪いかもしれませんけれども、そういう意味で資格試験で任用できるような道をひとつやりたい。戦後の改革の基礎を全く無視してしまうのだという気持ちは毛頭ございませんで、その上に立って若干補完をしていきたい。これが今回の改正の基本的な態度でございますので、特に御理解を賜わっておきたいと思います。
○栗田委員 そうしますと、足りない部分の若干の補完だというふうに解釈してよろしいのでしょうか。
○奥野国務大臣 資格任用試験によって教員になってこられる方、そういう方もあっていいのじゃないだろうか、大きな割合を占める、これは私たちは避けたい。しかし、たまたま学校に進めなかった、しかし教職にはぜひつきたいという、そういう熱望のあっている人々に、やっぱり熱望を生かす道を社会にも開いておいたほうが教育界全体のために好もしいのじゃないか。そういう人たちが大きな割合を占めることは私たちは期待もしていませんし、適当ではないと思っております。しかし、道はつけておきたい。基本的にはこういうような事情をかかえているということでございますから、それだけではなしに、やっぱり道も開いておきたいという気持ちもございます。
○栗田委員 いまのその点につきましては、道をこういう試験制度で開くのか、それとも教員養成機関の拡充、いままでは大学に行かれなかったけれども、教員になりたいと志している方がそういう学校に進めるような道を開く方法とか、そういう形での教員養成機関の充実の問題が私はあると思いますが、それはちょっとあとに回させていただきます。 そうしてその前に、いま補うという意味がかなり多いようなお話でございましたが、ところでこの中間報告を拝見しますと、だんだんにこういう制度で教師になる適用範囲を広げていくということが書かれているわけでございますが、そうしますと、これはどういうことになるのでしょうか。
○木田政府委員 いま御指摘の中間報告は、まず中等教育にあっては高等学校の保健体育、芸術、産業関係などの教科について考える。そうして初等教育にあっては小学校の教員、特殊教育にあってはその特別の専門教科等について考えていく。それが当面適切であろう。その上で時代の推移との関連その他の方面への適用ということはまた方法その他考えていけ、こういう意味の御報告のように考えております。
○栗田委員 ただ法的に見ますと、四年制大学卒業者を主とするという、その点は法的には歯どめがなくなるわけですね。結局、現在そういうやり方をしているから、いまのところは多いと思いますけれども、それじゃ一時補うために認定試験制度をとるというようなことも言われていませんし、しかも次第に適用範囲を広げていくという内容になっています以上、四年制大学卒業者を主軸とするという、その点の法制上の規定というか歯どめといいますか、そういうものは一つもないと思うのです。その点でたいへん危険を感じるわけなんですが、こういうものは別に省令その他でもおつくりになる予定はないわけですね。
○木田政府委員 法律制度といたしまして、たてまえが大学の教育による教員養成であるということは、現在の免許法の構成からいたしまして当然出てくるところでございます。例外的な方式として、資格認定制度の道を一応全教科について広げるということにしてございますが、その運用その他は予算で御審議をいただく面もございまするし、私ども運用上もこの法律のたてまえに反するような運用をすることは、考えておりません。
○栗田委員 それでは伺いますが、小学校の教員の場合、現在四年制大学を卒業して教員になる方と、それから二年制の短期大学で免許をとって教員になっている方の構成は、どんなふうになっていますでしょうか。
○木田政府委員 小学校の教員につきましては、四十七年度の調査で申し上げますと、教員養成大学で小学校教員の免許状をとった者が一万ほどおりまして、そのうちで六千七百名が小学校教員に就職をしております。短大におきましては、小学校教員の免許状をとった者が五千人ほどおりまして、就職した者は二千九百名でございます。
○栗田委員 五年前か十年前——五年前ぐらいの資料と比べてみていただけないでしょうか、その推移。四年制卒業の小学校教員がどのくらいふえているか、短大卒業の教員がどのくらいいるか。その辺ちょっと教えていただきたいと思います。
○木田政府委員 小学校教員の養成課程は、国立につきましては、この四、五年間定員の拡充につとめてまいりましたから、免許資格をとって教職に入った者は四年前よりもふえているものと考えております。短大の卒業生の数がどうなっておるかにつきましては、調べができました段階におきましてお答え申し上げます。
○栗田委員 私の持っております資料では、一九五三年と一九六五年、ちょっとこれは古いのですけれども、を比べましても、新制大学を卒業した小学校教員が、一九五三年には四・七四%、これは免許取得者全体の、じゃないですか。一じゃ人数でいきます。一万五千三百五十三、一九五三年。五万八千四百五十四名になっております。ところが、短期大学を卒業しました小学校教員は、同じ一九五三年には三千四百三十九名、一九六五年には十九万三百——ちょっとこれは多過ぎますね。この資料、数字がおかしいようですからやめます。 ただ私が申し上げたかったのは、ここ数年でも、短大卒の小学校の先生の数が非常にふえているということなんですね。それは言えると思います。 それで、結局四年制大学を卒業することをたてまえにしましても、こういう形で、小学校の教員一つとりましても、短大卒の先生が続々といまふえておりまして、二級免許状を持っている方が非常に数が多くなっているということなんです。これはどういうことをあらわしているかということですけれども、私が考えますのには、さっきおっしゃったように、たてまえとしては四年制大学ということを言いましても、そこでの養成機関が充実されない限りは、どんどん短大卒でも免許をとっていくという、そういう形で教員が補充されていく結果になるというふうに考えるわけなんです。 それで、先ほどの問題に戻りますけれども、結局資格認定試験制度というのをつくって、たてまえとしては大学卒をたてまえとするという方法をとっていきましても、一番根本的なところで、養成機関の充実ということがありませんと、結局は、なしくずし的に、認定試験で資格をとる方というようなのがふえてくるのじゃないだろうかというふうに考えるわけなんです。これは先生の質の低下ということに関係するのではないかということを心配して質問するわけですけれども、その辺でのお考えを伺わせていただきたいと思います。
○木田政府委員 短大の卒業生が小学校の教員で非常に多くなっているという事実は、必ずしもございません。昭和四十五年の三月ごろには、短大卒で教職についた者は三千人、四十七年では二千九百、三千人をちょっと切っております。ほとんど変化のない状況でございます。 先ほど来御指摘があった、御心配のようでございますが、戦前のこの資格認定制度の際には、現在と、学校への進学率が基本的に違っております。戦前は、昭和十八年までは師範教育も中等教育と考えられておりましだが、それらを含めましても現在の高等学校や大学の進学率と比べますと、きわめて少ない人がそれらの学校を出て、それ以外の人は小学校どまりというふうな状況でございました。そういう方に資格試験検定制度ということを考えたわけでございますが、今日のように、ほとんど九割強というものが高等学校を卒業し、また大学、短大へ進みます者が三割に近づいておるという現状におきましては、大学の在学中に教員の資格を単位として履修しなかった者につきましても、かなり幅広い学力と知識を持った人がたくさん出てくるという、時代の変化は非常に大きいものがございますから、、今日資格認定制度を取り、入れましても、それによって戦前に心配されましたような欠陥が起こってくるというふうには考えておりません。
○栗田委員 それではもう一つ伺いますが、大学を卒業して、単位をとらなかったような人の場合も含めまして、教育実習の問題についてちょっと伺いたいと思います。 この中間報告、それから教養審の建議などを見ましても、教育実習は非常に重視する立場で書かれております。特に教養審の建議では、小学校の教員の場合にはこのくらいの単位を最低とったらいいという中身で、教育実習八単位、いままでの約倍、これは倍だと思いますけれども、そのくらいの内容になっておりまして、重視されているわけなんです。ところで、いまのような試験制度で資格をとった場合、それから大学卒でありましても、いまのような方法で資格をとった場合には、この教育実習というのはどういうことになっておりますか。その辺をお伺いいたします。
○木田政府委員 先ほども御答弁申し上げましたように、資格認定試験制度の事柄の性質上、教育実習を事前の要件として課するということは、事実上困難であるというふうに考えます。しかしながら、資格認定試験の人物、学力、身体等の総合的な判定におきまして、方法こそ違いますけれども、教員の資格として適正な能力を持ったものを判定できるというふうに考える次第でございます。
○栗田委員 私よくわかりませんが、そうしますと、文部省は教育実習を軽視する方向に今度なったわけでしょうか。とらなくてもよい、とらなくても免許状が出るということですね。その辺はどう変わったのでしょうか。
○木田政府委員 教育実習そのことは、正規の教員養成課程の要件として非常に大事なものと考えております。しかし、そういう方法以外にあっても教師としての適格者を見つけ得る道があるのではないかというのがこの資格認定試験を考えたいという趣旨でございます。
○栗田委員 どうもわからないのですけれども、そうしますと、正規の免許、正規の大学を出た人は教育実習を重視するけれども、そういうものがなくてもそれはどでもない、一応免許状は与えられる。そして、しかも教員としての質は低下しないというふうに解釈してよろしいのですか。ちょっと矛盾しているようで私さっきからわからないのですけれども……。
○木田政府委員 大学による正規の教員養成課程とは違った方式の道を開いておくことがいいであろうということでございますから、おのずから大学で養成をするという資格要件とは違った要素を考えるということはあり得る、やむを得ないところかと思います。しかし、そういう違った方式によりましても、実質的に同等に近い資格水準を判定できる、こういう考え方に立つものでございます。
○栗田委員 どうもお答えが矛盾しているようで私もよくわかりませんけれども、違った道でも判定できるということになりますと、最初私が御質問いたしました戦後の教育改革のときに四年制の大学で教員を養成すべきであるというその精神、それはそのとおりであるというふうにおっしゃったのですけれども、その辺と矛盾してくるのじゃないかと思うのですけれども、何か最近新しい事情でも出てきたわけでしょうか。その辺の考え方がどう変わってきたのかということですね。そこをもう少し詳しく説明していただきたいと思います。
○木田政府委員 大学で履修したものに対して教員の資格を与えていくという免許法の基本精神は一つも変えるつもりはございませんが、その方向だけでは大学教育で十分に養成できない種類の教科、教職員もあるという一面がございます。また、大学教育によります養成だけで数の上でも不十分と考えられる面もある。そういう面を勘案しながら、他の方式によって十分な能力のある人を教育界に迎え入れるということは適切なことである、このように考える次第でございます。
○栗田委員 まだ私わかりませんが、その他の方式ということですね。 それでは、資格認定試験というものの内容、具体的にどんなふうにやって四年制大学を出た者と同等の水準の人を選んでいくかということを一つは答えていただきたいと思います。それからもう一つは、その内容ですね。大学では養成しにくい分野、そういったものはどのようなものなのかということですね。具体的に一つ一つその名をあげまして答えていただきたいと思います。 〔委員長退席、塩崎委員長代理着席〕
○木田政府委員 特殊教育の特殊の教科のようなもの、あるいは職業教育におきまして新しい領域を考えなければならないようなもの、現在行なっております計算実務などもその一つでございますが、これは必ずしも大学で教員を養成するに十分なという大学側のかまえのないところでございます。高等学校におきます教育内容の進展等に対応いたしまして、そういう大学教育を期待しておったのでは十分に対応できないという特殊な領域がございます。また先般来お答えいたしておりますように、小学校の教師につきましては、免許状の取得者による供給が必ずしも十分に行なわれていないという実態と将来の見通しを考えまして、小学校における資格認定試験ということも今後新たに取り入れていきたい、こういうふうに考えておる次第でございます。
○栗田委員 そうしますと、もう一度はっぎり伺いますが、資格認定試験で採用する場合には、教育実習は全くしない人をとるということですね。
○木田政府委員 たとえばあんま、はり、きゅう、盲学校におきます音楽あるいはろう学校におきます特殊技術、こういったもの、あるいは先般も出ておりました高等学校の柔道、剣道、計算実務あるいは今後起こってまいりますコンピューター等、そういうものにつきましては資格認定試験の際に、現在でも、現行法の規定によりましても教育実習というものを課しておりません。これは資格認定試験というものの特質から、事前に教育実習を要求することまで求めることが無理であるという判断によるものであります。
○栗田委員 私の質問は十六条の二の一項にずっとしばられております。いま大学局長のお答えになりましたのは、十六条の二の二項の部分をほとんど答えておられます。つまり高等学校での一部の領域の問題とか、それから、その他特殊学校の場合をお答えになっていらっしゃるのですが、私がさっきから言っていますのは十六条の二の一項で、小・中・高校すべての段階の学校で認定試験を受けて教員になれるという問題で質問しておるわけですから、特殊な領域、一部の領域のほうはまたこれなりに問題があるのですけれども、そちらを御返事くださっても困るわけです。そうではなくて一般の教員、二項のほうは除きまして、小中・高校の先生たちが認定試験で資格をとれるという問題について御質問しているわけですから、その点でのいまの私の質問に答えていただきたいと思うのです。実習との関係ですね。
○木田政府委員 十六条の二の規定は、先ほど申しました一部の教科にうきましても同じようにその規定の適用があるわけでございます。資格試験制度ということの事柄のプロセスから、事前に教育実習を要求することが無理であるという判断によりまして、現在もやっております資格試験で教育実習を要求しておりません。今後それを他の領域に広げていくにつきましても、事前に教育実習を求めるということは現在の段階で無理だという、判断で関係者の御答申をちょうだいをしておるわけでございます。
○栗田委員 そうしますと、無理なら試験をしなくともよい、無理ならばそれをしないでも免許を出すということになるわけですね。とにかく、戦後、教育者の任務というものは非常に大切だからということで四年制の大学で教員を養成して免許を与えなければならないということになっておりましたけれども、この段階に至って数も足りないし無理だから、そこう辺はなしくずしに、やれないものはやらないままでも免許状を出すということになったと解釈してよろしいのでしょうか。
○木田政府委員 大臣も答弁しておられますように、免許法の基本のかまえに対しまして、別途要請のある者につきまして資格認定試験という他の方式を考えたということでございます。したがい、まして、その資格認定試験のプロセスの中で、免許法の本則で要求しておりますような、事前のすべてのものを要求するということはいたしかねますけれども、しかし、新たな資格認定試験によってその本人の能力が同等、こう判断できる、その方式を現在一部の教科についてやっておりますものの実態等から考えまして可能であるというふうに考えます。 また、いま教育実習を御指摘になっておりますが、教育実習を求めることだけがすべてというわけではないと考えます。ですから、今回のように本則に対しまして例外的な措置をとりました場合に、教育実習というものを本則と同じように要求しないでも、あとそれらの教師を採用した場合の任命権者の指導その他によってりっばに対応していくことができるもの、このように考えております。
○栗田委員 そうしますと、めんどうくさい四年制の大学たんかでなくても、そういうことは必要ないということに極端にいえばなると思うわけですね。私も教育実習をすべてであるというふうには一度でも言っておりません。ただ、一つの例として教育実習の点ではどうかというふうに伺ったわけで、その他の点に広がっていけばもっともっと問題があるわけです。先ほども言いましたように、四年間学校に学びまして、一般教養から専門的な教科まで単位をとって、そして四年間の学生生活をして、教育実習もやって卒業した人が免許をとる。ところが、それを何もしないで、まあできなかったにせよ、しないで、一枚のペーパーテストで同等の資格があると認められて、しかも教育実習も受けたいでその人が同じ免許状をとれるというところに私はたいへん問題があると思うわけなんです。つまり教員の質の低下、結局教育者に対する最初の理想というものが、現在の必要と都合によってなしくずしにくずされてきている実態がこごにあるというふうに思います。いかがでしょうか。
○奥野国務大臣 大学に学びまして、教養を身につけた方々が教育実習も経まして先生になっていただくこと、これが一番好ましいと考えているわけであります。しかし、それ以外に、不幸にして高等学校以上の学校へは行けなかった、しかし、教職に将来をささげたいという非常に熱情を持っていらっしゃる、そういう方々の熱情も満たしてあげる。それもやはり教育界の向上のためには望ましいことじゃないだろうか——例外的に、そういう方もいらっしゃるわけだから、そういう人も教職の世界で働けるようにしてあげよう。そうしますと、おっしゃるように大学に学んでいるわけではございませんので、教育実習というものは受けられない。しかし、そういう人にも使命感その他の点においてそれにまさるものとも劣らない方がいらっしゃる。それに資格認定試験で認定してあげる。その場合には、任命権者がそういう方々を、初めて教職につけるわけですから、教育実習については心配だとあるいはお考えになるかもしれませんが、そうすると、そういうところでそれなりの事前の講習会等もお考えいただけるんじゃないだろうか。ですから私は、学校で学んで教育実習を受けた方々がオールマイティーで、全体的にまさっていると言い切れないんじゃないかと思うのです。不幸にして大学を中途で終わった、あるいは大学を卒業したけれども免許を得られる学校ではなかった。しかし、教育界で働きたい、そうしますと、いま考えられておるようなかっこうで資格認定試験をせざるを得ない、教育実習は欠けている、おっしゃるとおりでございます。しかし、そこは劣っているけれども、ほかの面においてはまさっていると私は考えるわけでございまして、私は栗田先生ほど大学教育をオールマイティーにはよう考えない人間でございますので、それ以外にもいろいろすぐれた方々はいらっしゃるんじゃないか。その希望はやはり満たすようにしてあげるのが社会全体を明るくする、発展させていくためには必要じゃないか。それを中心にするように、こうおっしゃるものだから、いろいろ誤解があるわけですが、そういう方々もいらっしゃるのだから、それは伸ばしてあげたい。例外的にそうしてあげたい。それは、任命権者がそういう方々に対するいろいろな配慮、これは必要だと思うのです。重ねて、充実させるように努力していきたい。これがいま考えているところの改正のねらいでございます。決して戦後の制度の改革、その精神をすべてひっくり返す気持ちは一つも持っておりません。持っておりませんが、一〇〇%そういう人たちは認めないのだという改革も、やはりきちっとこの辺で手直ししてもしかるべきじゃないか、こういう考え方でございます。
○栗田委員 先ほどの局長のお返事とかなり違っております。ですから私は最初伺ったのですが、戦後の教育改革の中で免許状の制度が非常に大きく変わって、その精神はどうだったかということについて最初ずっと伺ったわけです。 〔塩崎委員長代理退席、委員長着席〕 やはり教員を養成するには四年制の大学を卒業して、十分な一般教養から専門知識を身につけて大学生活を送った人が教員になるのが一番望ましいという考えに立っているのだという点では、局長は当然そうだというふうにおっしゃったわけでございます。まさに戦後の教員の免許制度といいますのは、専門職制度の確立と、それから免許状主義と、それから大学での養成、これを一般原則としていたわけでございますが、何か大臣に伺いますとそれがあまり重要でない。私が大学をオールマイティーだと言っているというような形でおっしゃるのですけれども、私は文部省が打ち立てましたこの免許制度の原則をさっきから主張しているわけでして、そのことを大臣が否定なさるような言い方をなさるので、ずいぶん矛盾が多いと思っていますけれども、どうなんですか。いかがなんでしょうか。
○奥野国務大臣 さっき私は、栗田先生お尋ねになったことに対しまして、そのとおり思っているのです。戦後の改革の精神をくずす気持ちはさらさらない、こう申し上げたわけでございます。ただ問題は、資格認定試験の制度を全廃しているわけであります。これはやはりちょっと問題があるのじゃないか。そこはそれなりに、高等学校しか出られなかった、教職に生涯をささげたい、その人が教職に一切働けないのだという制度にしてしまうのも問題があるから、私たちはやはり道をつけたいのだというような理由を申し上げているわけでありまして、基本を一つもくずす気持ちはないのだ。そうしますと、教育実習ができないじゃないかとおっしゃる。しかし、教育実習はできないのだというても、熱情その他の点においては、大学で学んで教育実習をされた方々よりも、そういう点でプラスがある点があるのだから、教育実習の点は、任命権者が採用した後において、いろいろな配慮をあわせてやってもらうという方法ができないものだろうか、こう考えているわけでございます。
○栗田委員 そうしますと、熱情までもペーパーテストで判断するということになりまして、これはむずかしい問題になってくると思うのですね。われわれはやはり教育というのは子供を中心に考えるべきだと思います。だから、子供にとってほんとうによい先生、理想的な先生をできる限り養成するということが私たちの立場だと思うのですね。だから、先生になりたくてもなれなかった方が気の毒で道を開くというのは二次的な問題でありまして、何といってもほんとうによい理想的な先生を養成して子供の教育をしていただくということ、ここの点だと思うのです。そうしましたならば、検定、いまの資格認定試験制度などという方法で新しい道を開かなくても、ほかにいろいろな方法があると考えるわけでございますが、文部省ではこの試験制度しか新しい道としてお考えにならなかったのか、ほかに検討された方法があるのかどうか、その辺をちょっと伺いたいと思います。たとえば定時制で教員養成の単位をとる方法を考えて、そういう学校を充実していく方法だとか、それから経済的に大学に行かれないけれども教師になりたいという熱意にあふれた、そういう方がいましたならば、その育英制度をもっともっと充実させる。いまのようにきびしい育英資金制度ではなくて、もっと充実させていく方法だとか、いろいろあると思うのですけれども、そういう点についての努力などはいままでされたことがありますでしょうか。
○木田政府委員 御指摘のようにいろいろな方法を考えていかなければならぬと思っておりますし、いろいろな方法をまた講じております。今回御提案申し上げておりますのは、そのいろいろな方法に、また新たに一つの方法を加えたいということでございまして、教師の養成について一つでなければならぬというふうには必ずしも考えません。適応の方法をいろいろに考えていきたいと思っております。
○栗田委員 私はいま御返事になられましたこと、ずっと全然理解できません。結局、免許制度の原則を、便宜的に必要に応じてなしくずすとしか私には理解できないわけなんです。 それではちょっと質問の角度を変えますけれども、いわゆるペーパーテストですね、こういう認定試験によりまして、一体どういう能力、それから教師としての資質がはかれるものだろうかということについてなんですね。その試験制度の科学性、客観性といったようなことについて伺いたいと思いますけれども、じゃ、たとえば小学校の教員の場合ですね。その認定試験は、どんな科目で、どの程度の試験をして同等の資格があるというふうに判定されるおつもりでしょうか。その辺の計画を伺いたいと思います。
○木田政府委員 試験の科目につきましては、現在の免許法で要求をいたしておりますような、教職に関する科目等を中心にして小学校の教師の場合にはその能力の判定としていくというふうに考えております。
○栗田委員 もう少し具体的におっしゃっていただきたいんですね。その教職に関する科目といいましてもいろいろありまして、小学校の場合は全教科を担任するわけです。そういう点で非常にむずかしい問題があるんですけれども、しかもいま伺いますと、教育実習もやらないで免許状を出すわけですね。ですから、どういうふうな科目をどういう形で試験されるのかということですね。そこうをもっと具体的に話していただきたいんです。
○木田政府委員 まあ現在の段階で、私ども関係者の御意見をいただきながら考えております点は、第一次試験と第二次試験とに分けて十分な審査、検討をしたいと思っておりますが、第一次試験におきましては一般教養科目、それから教職の専門科目、これは教科教育法等があるわけでございます。それから教科の専門科目、これは教科の教材研究を含みますが、それについての筆記試験を行ないます。教科の専門科目は六教科程度を考えたらどうであろうという御意見をちょうだいしております。第二次試験につきましては、教科の専門科目についての論文試験を考えたいというふうに思っております。また小学校でございますから、音楽、図画工作、体育等の実技指導等も必要になってまいりますので、そのうち二教科程度につきましては実技試験というものを考える必要があろうというふうに思っております。
○栗田委員 こういう中身を伺ってもまだ私は納得ができません。結局は四年間間学校で授業して単位をとった場合と、一枚のペーパーテストで、たとえその人がその答えは非常によく書きましても、それが四年間学習してきた大学での授業と質的に同等だとはかれるものなのかどうなのかということは、非常に問題だと思いますので、結局はこういう形でのいわゆるペーパーテストによって認定をしていくというやり方は、実に子供にとって危険な、問題の多い、子供の教育という立場に立ってみて問題の多い内容だというふうに思います。 最初に、だいぶ本質論に入ってしまいましたので、まだまだ伺いたいことが実にたくさんあるのですけれども、次にこまかいことに入らせていただきたいと思うのです。 それでは、次の点に御質問いたします。当面教員資格認定試験の実施についてはどのような内容の科目、どのような学校段階の試験をされようとしていらっしゃるでしょうか。専門学校についてなのか、それともそうでないのか。
○木田政府委員 現在の段階では、今度の予算で御審議をいただきました中身でございますが、小学校の教員の資格認定試験、それから高等学校の教員の資格認定試験でございますが、この高等学校の教員につきましては、保健体育、工業、商業などの教科の一部の領域について考えております。また特殊教育の諸学校の専門教科についても考えております。なお最後に、今回御提案申し上げております養護訓練の分野につきまして資格認定試験を考えております。 以上、予算で御検討いただいたところでございます。
○栗田委員 それでは十六条の二の二項のほうに移らしていただきますが、いま高等学校の教員の一部の領域の試験だというふうにおっしゃっていましたけれども、この一部の領域の内容としてはどんなものを考えていらっしゃいますか。
○木田政府委員 現在までやっておりますものを含めまして、柔道、剣道、計算実務、あるいはコンピューターの指導等を高等学校については考えております。
○栗田委員 いま大学局長、たいへん略しておっしゃったようですけれども、全部あげていただけませんか。
○木田政府委員 高等学校の教科につきまして今後実施をする必要があると考えておりますのは、先ほど申しました柔道、剣道、それから保健の教科につきましては看護についても必要があると考えております。それから商業の領域では計算実務を現在行なっておりますが、さらに情報処理等について考える必要があろうと思います。工業につきましてはインテリアとか繊維工学、色染等につきまして、また情報技術につきましても同様でございますが、取り入れていく必要があるであろうというふうに考えております。
○栗田委員 このような科目がわざわざ認定試験制度でとれるようになったということですね。それはどういうわけなんでしょうか。これは中間報告などでは、大学教育になじみにくい分野とかなんとか書いてありますけれども、こういうものに当てはまるわけなんでしょうか。
○木田政府委員 いまの情報技術でありますとかインテリア等につきましては、大学でそれぞれ専門の高度の学習をした方がおられたと思うのでございます。しかし、これが大学在学中に教員になるための所定の教職単位その他を取っておりません場合には教員の免許状が出ないわけでございます。そういう事態に対応いたしますために、やはり資格認定試験というものを行ないまして、教職の単位の試験等を加えることによってその能力の判定ができるようにしたい、こういう趣旨でございます。
○栗田委員 いまの局長のお答えですと、おもにこの資格認定試験制度というのは、大学を卒業していても教職の単位を取っていない人のために開いているように聞こえるわけです。大臣のお答えですと……(奥野国務大臣「この部分はそうですよ。」と呼ぶ)この部分はということですか。つまり一部の領域についてということでしょう。じゃその辺について最初伺いますが、いまの食い違いですね。十六条二の一項の場合と二項の場合と違うのでしょうか。
○木田政府委員 同じでございまして、大学において教員としての単位をとっていない、資格をとっていないという点では、大学卒業者の中にもたくさんおるわけでございます。それらの人も含めて、大学において教師としての資格をとらなかった者、こういうふうに御理解を願いたいと思います。
○栗田委員 そうしますと、大臣、いまこの部分は違うとおっしゃったのですけれども、大臣のお考えはどうでしょうか。
○奥野国務大臣 教科の一部の領域という場合には、大学を出ているけれども、そういう教科の一部の領域について深い識見を持っているけれども、しかし、まだ教員の免許状はとらなかったという方が私は多いのじゃないかと思うのです。さっき議論になっておりましたのは、小学校の先生の問題を中心にお尋ねになっておったと思うのです。その場合に、もちろん大学を出たけれども免許状はとっていないという方もございましょうけれども、それ以外に一つの例として、高等学校しか行けなかった、こういう人の例を私は申し上げたわけでございます。その前には大学を中途で退学された方という例をあげたこともございますし、一つの例を私はあげただけのことでございまして、それだけしかないようなふうにおとりいただいたとすれば、たいへんな食い違いだ、、こう思います。一つの例として申し上げているのでありまして、教育界に自分の生涯をささげたいという熱情を持っておられる方々、一般的にそういう例をあげる場合には、高等学校しか出ていなかった、不幸にして大学に行けなかったという場合に適例だと私は考えておるわけでございます。もし学校に行けるなら、最初から教員になれる学校を選んでおられただろうと思うのでございます。熱情という意味で例をあげるならば、高等学校しか出られなかったという人を申し上げるのが適例だ、こう考えたからそういう例をとっただけのことであります。
○栗田委員 局長のお返事と大臣の御返答とは微妙に食い違っておりますが、十六条の二の一項のほうも局長は同じでございますとおっしゃったのですが、一項のほうには小学校も入っておりますけれども、じゃ、小学校の場合には大学を出ていいない場合というのは考えられることなんですか。
○木田政府委員 大学を出まして、中学校、高等学校の免許状を持っておる人でありましても、小学校の免許状はとれません。
○栗田委員 いまの大臣のお答えと違っているのですけれども、大臣のほうは小学校の場合は出ていない人がかなりあるというふうにいまおっしゃったのです。局長はそうおっしゃらないのですよね。そこの食い違いをちょっと文部省の側で一致させていただきませんと……。
○奥野国務大臣 食い違いじゃないのです。私は例をあげたのですよ。だから全部とおっしゃるなら、高等学校しか出られなかった人が一つございます。一つは、大学に入りましたけれども、中途で退学され方が一つございます。もう一つは、大学を卒業された方も免許を与えられない方がございます。また大学を卒業しましたけれども、中学校は教科単位でございますから、したがって中学校の免許状は持っている、しかし全教科単位の小学校の免許状は持っていない、しかし小学校につとめたい。正直申しまして小学校のほうが先生を得るのが非常に困難しておるわけでございます。でありますから、小学校は考えていなかったけれども、先生になりたい。中学校はなかなかかなりにくい。小学校は非常に足りなくなってきているから、小学校に教職の道を見出したいと思うし、しかし資格はない、そういう方もございます。いろいろだと思うのでございまして、私は例を一つあげたばっかりに、それだけしか大臣は考えていないのだというふうに御理解になったとすれば、それはたいへんなことだと思います。
○栗田委員 法制的に見ますと、十六条二の一項も二項も、これは大学卒業という規定は一つもありませんね。二項でありましても、これは高校を卒業していて一定の年齢になっていれば受験資格を持っているというふうに考えられます。それから一項のほうも、資格では全く同じだと思うのです。ですから実際の適用の場合に、多少いろいろな違いが出てくるにしましても、法制的には高校卒であれば、そしてある一定の年齢以上になっていれば、この試験が通れば免許状をもらえるという点では全く同じですよね。その点で最初の私の質問というのはずっと始まっていたわけなんでして、何だか話がぐるぐる回るのですけれども、結局は、そういう形では、四年制大学の卒業を原則とした戦後の免許制度が確立していたけれども、そこのところが十六条二の一項、二項でくずされてきているという点では変わりないと思いますし、さっきからずっと御質問していますように、その中で一つの例として教育実習の問題などが出てきているように、大学では所定の単位として認められているものが、実際にはとれないからということで、この認定試験ではとらないでいいようになっている、そういう内容もあるということですよ。その点は私の理解でよろしいわけですね。
○木田政府委員 大学において所定の単位をとった者に免許資格を与えるという現在の教職員免許法の規定に対しまして、現在も十六条の二でございますか、例外的な資格認定制度の趣旨が十分について認められております。これを一般的な各免許教科についても例外的な措置として取り入れるという意味におきましては、原則に対する例外を加えようとしておることに異存はございません。しかし、大学において、教員の免許資格をとるに必要な単位数をとっていなかった人が、その能力において教員になり得るに十分ふさわしい能力を持っておるという場合も少なくないものと考えられます。そういう方々を、先ほどの事例でも申し上げましたように、教育界に取り入れてきて指導を手厚くするということは適切なことだというふうに考える次第でございます。
○栗田委員 新しい改正法で十六条の二の二項に当たる部分は、三十九年に設けられたと思います。当時十六条、現行法では十六条の二になっていると思いますけれども、このときにも高等学校で資格認定試験で、技能の試験を受けて免許がとれるという新しい改正が入って、衆参両院でかなり論議されていたというふうに見受けられます。私はそのときの議事録も拝見いだしましたけれども、そのときの質疑応答の中で、当時の文部大臣は灘尾文相でいらっしゃいましたが、質問者がこういうふうな特例を設けて免許制度の原則をくずしていくということは非常によくないじゃないかということで質問しておられまして、こういう措置については最小限度に食いとめるべきではないかという質問をしているわけなんですね。 しかもこのとき、文部大臣その他の方の答弁では、新たに設けられました技能というのは剣道、柔道、それから計算実務、そろばんですか、こういうような中身だから、これは大学ではそう教えられないようなものなので、ここだけは技能という形で取り入れてほしい、そういう説明になっているわけです。このときに文部大臣は必要最小限度にとどめるべきだと考えるというふうに答えておられるのですね。それが何年かたちまして、今度の改正案になりましたら、とどめるべきであるはずのものが拡大されて全部に広げられるように改正されたのですけれども、三十九年当時といまと一体考え方でどう変わっているのか、事情がどう変わっているのかということです。その点を伺います。
○木田政府委員 小・中・高等学校におきます現場の動向というのが、やはり時代とともに進んでいるという面も一面あるわけでございます。先ほどの例で申し上げましたように、当時は柔道、剣道、計算実務ということを考えました。今回また看護等のことを加えたいというのも、看護教育の拡大ということの動きに対応しようとするものでございますし、情報処理あるいはインテリア等、新たな技術の領域あるいは養護訓練等の領域を必要とするというふうな進展に対して対応しようとするものでございます。また小学校につきまして考えておりますのは、小学校の教師の需給の実態等を勘案いたしまして御提案を申し上げておるわけでございまして、やはり学校教育の現場の要請という事態の動きというものに対応する必要があると考えるからでございます。
○栗田委員 先ほど局長もおっしゃいましたように、高校の一部の領域の中には、技能の部分に属するような科目もこの前からずっと残っているわけなんですけれども、新しく今度は拡大されているわけです。インテリアだとか情報技術ですか、それから建築とか土木とか、大学にその講座がありまして、大学教育を受けられるような部分にまで拡大されているわけですね。それで、こうまでこれを拡大しなければならなかった理由というのは、いまおっしゃいました現場の要請ということでよろしいのでしょうか。
○木田政府委員 いま御指摘になりました専門領域につきまして、情報処理等につきましても、大学で勉強している方々が、その在学中、必ずしも高等学校の教員になるというふうな前提で勉強しておられない方も少なくないと思うのでございます。そういう方々に高等学校で情報技術等の指導を受ける、またそういう方々が職域に入られたあとで、教職に入っていいというお考えを持つようになった場合、それらの方々を、十分な能力のある場合に、受け入れられるという方式を考えておくことは適切なことでございまして、もう一度大学に入り直して教職課程をとってこい、こういう必要もなかろうではないかというふうに判断するものでございます。
○栗田委員 私がいま質問いたしましたのは、教員の資格を大学でとらなかった方が、とりたくなったときに与えるかどうかという話ではなくて、いまも言いましたように、一部の領域の内容が、情報技術だとか繊維工学とかインテリアとか土木とか建築とか、こういうふうになっているのですね。こういうように大学で教育を受けられるようなものがあるわけなんですけれども、これをわざわざ限定いたしまして一部の領域として免許をとれるようにしたということは、一体どういう事情から来ているのかという質問なんです。
○木田政府委員 現在そういう領域について大学で勉強しております方々が、高等学校の教員になるためにそういう専門を勉強しておられる方というふうに考えられない。しかも高等学校では、そういう領域についての教師を必要とする。そのために、大学で高等学校の免許状をとらずに卒業した人であっても、あとその人が高等学校の教師になれるような道を開いておく必要があるというふうに考えるからでございます。
○栗田委員 そうしますと、これは特にいま高等学校で必要としている領域であるということですか。
○木田政府委員 高等学校の関係者から特に要望の強いものでございます。
○栗田委員 これは言ってみますと、高等学校の多様化の問題に対応しているのではないかと私は思うわけです。結局、工業高校とか商業高校の教科がいま実に多くなりまして、多様化されつつあります。中教審の答申でこの方向がずっといま進んでいるわけなんですけれども、そのためにこういう特殊な教科を受け持っ教員が足りなくなって、その要望によってわざわざ法改正をされたというふうに考えていいのでしょうか。
○木田政府委員 高等学校の教育の領域につきましても、いろいろと時代とともに動きがあり得るし、またあってしかるべきもの、それに対応するように教師の免許資格等も考えていくべきものだ、このように考えております。
○栗田委員 どうもお答えがすっきりいたしませんが、私の質問にずばりと答えていただきたいと思うのです。あってよいということでなくて、そういう要望があったのかということを伺っているわけなんです。
○木田政府委員 先ほど御説明申し上げました職業関係の一部の領域は、高等学校関係者から特に要望の強いものでございます。
○栗田委員 どこからそのような要望が出ているかという問題でございます。だれのために教育を授けるかといえば、主人公になるのは子供であります。そしてまた、それを育てている親たちの一生懸命な願いというものもあるわけなんですけれども、いま子供たちは、高等学校でインテリアだとか情報技術だとか事務機械だとか情報処理だとか、こういったような非常に細分化されました教科を受けることを、子供自身は非常に望んでいるでしょうか。これはちょっと免許法の問題から離れて、多様化の問題にまでいくわけですけれども、結局こういうふうに免許法が改正されまして、新たに先生たちがつくられていくことになりますと、逆にいって、高校のこういう教科というのは固定化されていくことになるわけですね。一つの学校にそういう先生がいれば、その科目というものをつくらなければならないという形になっていくわけですから、その辺との関係で伺っておりますが、一体こういう多様化といいますか、高等学校でこういうこまかい問題まで教えるということが必要なのか、子供たちや親がそういうことをいま要望しているのかということですが、そのことを伺いたい。
○岩間政府委員 先ほど湯山先生の御質問にもお答えいたしましたように、そういうこまかい意味の多様化というのは、私どもも非常に疑問があると思っております。ただ、おっしゃいますようなコンピューター、これはおそらく今後も非常に大きく広がる問題でございまして、その基礎的な知識を持つということは、工業関係のみならず、商業関係も必要じゃないかと考えるわけでございます。それからデザイン関係も、これは二十世紀の産業といわれておりますように、これからそういう方面も非常に大事な分野でございますから、細分化とは別に、工業でも商業でも、あるいは技術でも、そういうふうな関係にいかれようとする方は、やはり基礎的な知識として持っていかなければならないような分野であるというふうに考えます。
○栗田委員 神奈川県で技術高校が七つ廃止されたという事件がございますが、御存じでしょうか。
○岩間政府委員 それはちょっと知りませんでした。
○栗田委員 これは事実としてあるのですけれども、技術高校を七つつくっておりましたけれども、廃校になってしまったわけです。これは応募者がなくなってしまって、結局学校として成り立たなくなったということで、そのうち、大船の工業技術高校、相模原の工業技術高校、平塚の工業技術高校というのを三校改変いたしまして、残り四つは職業訓練機関に格下げというのですか、そういう形に変えて存続することになったというわけですね。ですから、多様化の問題、こまかく技術的な教育を高校でさせるということについては非常に多くの問題があって、実際に学校をつくりましても応募者がだんだんになくなってくるというような実態も、神奈川のような人口の過密地帯でさえも出ているという問題がありますので、その多様化を固定すみような中身というのは問題があると私は思うわけでございます。 次に、この問題に関連した質問でございますが、それでは、いま高校教員の一部の領域として認められた教科で免許をとった方は、どういう免許状をとられるのでしょうか。
○木田政府委員 現在は、現行の規定でやっております一部の領域、柔道、剣道、計算実務、それぞれの領域の免許状を出しておるわけでございます。今度の改正によりまして新たな領域を考えました場合には、またその領域についての免許状を出す予定でございます。
○栗田委員 それで、ちょっと私いま法文をあけてなかったのですが、何条でしたか、適用されませんね。一級と二級免許状というのは適用されずに、一般的に普通免許状になっていると思いますが、そうですね。——それで、この免許状を取得された方は、そうしますと学校の担任はそこの領域だけを担任するということになるのでしょうか。
○木田政府委員 各教科の免許状は、その教科の担任をするわけでございます。
○栗田委員 そうしますと、工業高校なんかではインテリアだったらインテリア、それだけを持たれるし、それから情報技術ですか、といったらそれだけを担任されるということでございますか。——そうしますと、教員定数との関係で非常に矛盾が出てくるのではないだろうかという一面があるわけですね。高校の場合、教員の定数はきまっておりますが、その中でごく狭い領域の教科しか担任できないということになりますと、先生が一人いらしてもその先生の応用範囲というのは非常に狭いから、ほかの先生がかなり広い範囲を持たなければならない、持てる方がですね、ということは起こってこないのでしょうか。その辺の関係はいかがでしょう。
○木田政府委員 非常勤の職員でありましても免許状を持っていなければならないわけでございます。したがいまして、免許制度といたしましては、高等学校側でこういう内容の教育をいたしたいという場合に、それにふさわしい免許状を用意する必要がある、こう考えております。
○栗田委員 そうしますと、非常勤職員として採用するたてまえなんでしょうか。何かいまの私の質問に対してちょっとまともに答えていただけ宏いような気がするのですが、もう少しはっきりと答えていただきたい。
○木田政府委員 特定の教科を担当いたしますことにつきまして免許状が必要なわけでございます。したがいまして、その教師が常勤であるか非常勤であるかを問わず、その教科を担当するにつきましてはその担当教科の免許状が必要である、こういう次第でございます。
○栗田委員 私がいま質問しておりましたのは、その部分しか担当できませんから、定員との関係でどうなってくるのだろうかという質問をしたわけでございます。もう少しその辺で答えていただきたいのですけれども。
○木田政府委員 現実に、たとえば情報処理の学科を設けました場合に、それに何名の教官を担当するがいいかということは、初中局長のほうの定員基準があるわけでございます。情報処理等を教えます場合には、いま高等学校でも情報処理学科等が設けられておるように承知いたしておりますが、そこには専任の者が数名核にたるということは当然予想できることでございます。しかし、免許状を発行して免許状を持った者がすべて常勤の人である、こういう前提でいまの御懸念がございましたので、私は逆に、教科指導という面から免許状が必要なんだということをお答え申し上げたわけでございます。
○栗田委員 私は、実際問題としてずいぶんこれは問題があると思うのですね。正規の教員として一部の領域の免許状を持った方が就任をされた場合には、さっきも言いましたように定員との関係で矛盾が出てきて、これは子供の立場から考えて言っているのですが、へたをしますと、免許状は一部の領域の部分しか持っていないのだけれども、やむを得ずずいぶんほかのことまで持たされていくというような形がよくあるのですけれども、そういうことが起きてくるのではないだろうか。またいま言われましたように、それならばごく限られた部分の担当だから、その免許状を持っていらっしゃるからということで非常勤講師のような形で採用することになりましたから、その先生は一生懸命免許状をとられましても、結局非常勤の採用しかされないということになるわけでして、どちらでも定員との関係で大きな矛盾が出てくる内容をはらんでいると思うのですけれども、その辺はどうなんでしょうか。
○岩間政府委員 先生も御承知のように、新しい学科がつきました場合にはそれに応ずる定員が用意されているわけでございます。それからまた、非常勤職員の特例もございますし、たとえば柔道なんかでございますと、私らが中学校の時分には、柔道の先生は平たいことばで申しますとかけ持ちの先生、いろいろな学校の柔道の指導を担当しておられました。そういうような形になるということも考えられるわけでございます。
○栗田委員 結局、時間講師のような形で幾つかの学校を持つ場合などがずいぶん出てくると思うのですけれども、私、よけいな心配かもしれませんが、いままでも大学で土木や建築その他を専攻した方がなかなか先生になろうとしないのは、一つは、先生よりも土木、建築の会社に入るとか、その他の仕事をしたほうがよほど生活もいいというようなこともあって、そういう意味での魅力がないということもあるんじゃないかと思うのですね。それがなおさら時間講師みたいな形でしか保障されないような免許状ですね。これは、こういうやり方をしましてもなかなか応募する方も少ないし、実際には先生を充当することもできないじゃないだろうか、そういう矛盾もあると思います。これは意見だけ申し上げておきます。 続いて、一部の領域についての免許状を受けた方が高校の他の教科についての免許状を受けるときに、教科の課程によっては非常にとりやすい措置が講ぜられていると思います。別表第四の規定する最低修得単位を軽減する特別措置というのがあって、それをして容易にとれるようになっていますけれども、それはどういう理由からそうなっているのでしょうか。
○木田政府委員 一部の教科でございましても、現実にその教科を通じて高等学校等の教職の経験も持つわけであります。したがいまして、現在高等学校でたとえば理科の免許状を持っている方が数学の免許状をとる場合の単位の軽減等と同じように、工業の中の一部の領域であります計算実務あるいは情報処理等の免許をとっている方々が工業の免許状をとるとか数学の免許状をとるという場合に、その教職の経験者として同じように扱っていくのが筋道であろう、こう判断した次第でございます。
○栗田委員 一部の領域の免許状をとる場合の認定試験というのは、そうでない場合の認定試験と、試験の内容とか試験をします教科の科目数だとか、そういうものが違うと思うのですけれども、 一部の領域の試験を受ける場合には、そうでない場合の認定試験と違っておりますか。違うことになるのでしょうか。いままではどうでしょうか。——いままでは比較的できないですね。今後はどうなんでしょうか。
○木田政府委員 ちょっとお尋ねの趣旨がとれたかったのでございますが、もう一度おっしゃっていただけませんか。
○栗田委員 十六条の二でいいます認定試験の場合と、一部の領域の認定試験ですね、これは試験の内容とかその必要な科目の数とかが違うのでしょうかということです。試験を実際にする場合に、一部の領域ですから、その特殊な部分だけの試験をして非常に軽く免許がとれるというようなことになっているのではないでしょうかということです。
○木田政府委員 なおお尋ねをとり違えた点があるかもしれませんが、現在体育の領域の一部について柔道の免許状を出します場合には、保健体育についての一応の試験もした上で柔道の免許を出しておるわけでございます。お尋ねの趣旨がちょっと、その実態でお答えになっておりますでしょうか。ちょっと私ども、御質問が十分に理解しかねたので、恐縮な答弁だったかと思いますが……。
○栗田委員 大体けっこうでございます。私が心配していますのは、一部の領域で免許をとりまして、それが非常に簡単な形で今度は一般の一級、二級の免許に移れるという場合に、その方の持っている資格というのが、前にあるやり方をやっていくと簡単にとれるということになった場合に、教員の質が落ちるのではないかということを心配して質問したわけなんです。
○木田政府委員 現在の教科の一部の領域についての免許状を出します場合にも、その教科についての幅広い基盤を持っておるということについての認定試験をいたしておりますから、その御心配はなかろうかと思っております。
○栗田委員 それでは次の質問に移らせていただきますが、この認定試験を実施する主体なんですが、「文部大臣又は文部大臣が委嘱する大学」というふうにありますけれども、どんな場合に文部大臣が試験を実施されるのですか。実施主体となる場合ですね。つまり文部大臣が主体となる場合には、国が実施主体になるということになると思いますけれども、どういう場合にそうなるのでしょうか。
○木田政府委員 特定の大学に委嘱をいたしましてその大学で処理をしていただける場合には、できるだけ特定の大学にお願いをすることが適当であろうというふうに考えます。しかし、先ほど高等学校の教科等について申し上げましたように、計算実務とかあるいは今後予定しております情報技術、情報処理等のことを考えました場合に、特定の教職員養成大学というわけにもまいらないかと思いますが、そういう場合には、文部大臣が必要な学識経験者を試験委員として委嘱をして文部省で実施することが適切である、ごのような主体区分を考えたいと思っております。
○栗田委員 国が主体になる場合に、その出題者はどのようにして選びますか。
○木田政府委員 やはりそれぞれの領域にふさわしい大学、高校の教職員の方々から、しかるべき方に御委嘱をするということになります。
○栗田委員 この出題者の問題というのは非常に問題が多いと思います。結局、試験の内容によりまして採用、不採用がきまるわけな人ですけれども、非常に客観的なという、その客観的な中身もいろいろありまして、国が委嘱した方が出題するという場合に、試験問題の偏向ということがもし出てまいりましたら、これはいわゆる教育の国家統制にまで通じていくような問題に関係していくというふうに心配するわけでございます。そういう点でも、国が主体となった出題ということですね、この辺に私はかなり問題があるというふうに思うわけなんです。御意見を伺っても、あるというふうにはおっしゃらないと思いますから、御意見は伺いません。私の意見として言っておきますけれども、ここら辺は非常に問題の多い点だというふうに考えます。 では、次に、続いて質問いたしますけれども、さっきもちょっと出ておりましたけれども、教員の資格、免許状をとりましても、そのあと、いま採用試験というのがあって初めて教員として採用されております。ところで、国が認定試験をしまして免許を与えたそういうような方たち、この方も採用される場合にはやはり採用試験というのを受けて採用されることになるのでしょうか。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○栗田委員 そうしますと、いままでの現行法の十六条の二に該当します高等学校の技能の試験で免許をとっていらっしゃる方もやはりそういう形をとっておりましたのでしょうか。
○木田政府委員 そのとおりでございます。
○栗田委員 それでは次の問題に移らせていただきます。 この改正案の別表の第一、第二を見ますと、一般教養の単位が、必要な取得単位の中から全く削られでおります。これはどうしてこういうことになったのか、その理由をお聞かせください。
○木田政府委員 一般教育を大学でどのように履修をする必要があるかということは、大学一般を通じまして大学設置基準で規定をしてございますので、免許法の規定を廃止いたしましても、大学の卒業要件としての一般教養というものは、そちらのほうで十分規定できる、こういう判断に立つものでございます。
○栗田委員 小学校の二級免許状をとる場合には、短大卒とかまたは大学に二年在学ということになっております。ところで、最近の大学は、二年間でその教養科目の何単位を全部とらなければならないという形がだんだんくずれてきまして、四年間でその必要な単位をとっているところもかなりあります。このような場合に、卒業でなくて、これは二年間在学しておればいいわけですが、こういう方の場合、一般教養の単位というものはほかの人に比べて減ると思うのですけれども、なぜこういうふうな……減ると思いますがますその辺のお考えを伺いたいと思います。
○木田政府委員 一般教育の扱い方そのものは、大学教育の基本的な問題点として関係者がその弾力化をひとしく要望をしておるところでございます。一般教育の指導のしかたを、人文、社会、自然の三教科、三領域につきましてそれぞれ十二単位という要請は大学教育の今後のあり方として適切でない、その弾力化をはかるべきだということから一般の大学につきましては、一般教育の取り扱いについて十二単位まで専門の基礎に振りかえ得るという弾力的な措置を講じた次第でございます。教員養成の大学につきましても、そのような一般教育の扱いについての弾力的な扱いをする必要があるという要請がございます。私どもも大学における一般教育の扱いは、大学一般の扱いにゆだねておいてよろしいのではないかというふうに考えております。 なお、いま御指摘がございました大学に二年在学をした場合のことでございますが、この一般教育の扱いは前期の一、二年で一般教育を済ましてしまうというこれまでのやり方に対して、できることならば四カ年を通じて専門教育ともより合わせながら一般教育を教授するほうがいいという判断がございます。その点からいたしますと、前期二年にまとめてやっておりました一般教育の単位が、前期二年間ではやや少なくなるということも考えられようかと思います。しかし、大学教育のあり方から考えてみまして、一般教育が後期のほうに全部移ってしまうということは予想できないことでございますから、御心配のような事例ということはそうたくさん起こるはずはないというふうに確信をいたしております。
○栗田委員 それにしましても免許状を与える場合の最低取得単位として一般教育の単位を入れてあったものを、これをなくしてしまう積極的な理由というものが私まだわからないのですが、たとえば単位数を多少減らすとかいうことを、これはいいとは思いませんけれども、案としても全く取り払ってしまう積極的な理由、それは一体どんなところにあるのでしょうか。
○木田政府委員 大学教育全体の一般教育の扱いというものに一応信頼をすると申しますか、大学教育一般の扱いの上で、教職員の免許単位というものを考えていっていいではないか、こういう判断に立つものでございます。
○栗田委員 先ほどから問題になっています認定試験制度との関係もあります。大学を卒業した方が免許をとるという方法だけでなく、試験制度でもとれるというようなことが今度入れられるようになっているわけですね。そうしますと、この一般教育単位をこちらで削ったということは、当然その試験のほうでも一般教育を非常に軽視するという傾向が関連して出てくるのではないだろうかと思いますが、その辺についてはどんなふうになさるおつもりでしょうか。
○木田政府委員 いまの法律の中で、資格認定試験の実施の方法につきましては、文部省の省令にゆだねていただくような規定になっておるわけでございますが、文部省の省令におきましては、大学におきます幅広い一般教育というものの重要性にかんがみまして、一般教育の試験内容というものも、当然専門と同時に判断していくようにいたすつもりでございます。
○栗田委員 それからもう一つ、この点での問題をあげますと、省令によりまして大学の一般教育の単位が弾力性を持たされることになったわけなんですね。いま私たちが論じておりますのは免許法であって、法律でございます。そうしますと、法律よりも下の省令できめられている問題を、逆にこの法律のほうに入れてくるという取り扱いになるわけなんですけれども、結局、省令で弾力性を持たせているだけでありますね。それをわざわざ法律のほうで、免許法のほうでそれに関連して改正をするというやり方ですね。ここら辺にも一つ問題があると思いますけれども、いかがですか。
○木田政府委員 大学におきます一般教育三十六単位の取り扱いは、大学教育の改革の大きな課題として各大学で論ぜられてきたところでございまして、私ども大学基準を一年半前、二年近くになりますが、改正をいたしまして、その一般教育の単位の取り扱いを弾力化したことは、多くの大学で非常な歓迎を受けた次第でございます。 この大学におきます一般的な一般教育の扱いというものの上に免許制度を乗せて差しつかえないのではないか、教職員の養成の場合にだけ、その問題であった一般教育を固定したまま置いておく必要はなかろうという判断がこの御提案の中には一緒に加わっておるものでございます。
○栗田委員 初めの教員養成の理念というものに戻りまして、一般教育を十分に受けている、円満な教養を身につけた人こそが教員としてふさわしいという考え方からいいましても、この一般教育単位がゼロの形、実際にはとっているとしましてもゼロの形に削られていくということは、一般教育の軽視につながるのではないだろうかという心配をいまだに私はぬぐい切れません。最初の教員養成の理念との関係から見ても、こういうやり方は実際いいんでしょうか。そこらはどういうふうに検討されたのでしょうか。
○木田政府委員 一般教育がなくても免許状がとれるということでは必ずしもございません。大学を卒業するという要件の中で、大学の一般教育の基準というものが規定されておるわけでございますから、その大学に、一般における一般教育の扱いということにゆだねさせていただく、それで幅広い教養、教育ということは大学教育自体の問題として取り扱わしていただくほうが大学の現場のためにもいい、弾力化をしていきたい、こういう趣旨でございます。
○栗田委員 いままでいろいろ質問してまいりましたけれども、きょうの質疑の中で私が思いますことは、さっきも言いましたように、戦後の教育改革の中での教員養成の制度というものが、ある意味では教員の需給関係の必要によってなしくずし的に試験制度という形で補われていく状態が出てきているのではないだろうか、この問題点はいまだに私は疑問はぬぐえません。非常に問題だというふうに思うわけです。 それからもう一つは、先ほどの高校の一般領域の問題との関連ですけれども、高等学校の多様化に関連しだ高校教員の免許制度、認定試験制度というのがつくられて、非常にこまかい領域までが試験で認定されていくという、この点は多様化を逆に先生によって固定していくという問題を生み出すのではないだろうかという心配を持っているわけです。 それから三番目に、いまの一般教育の単位の問題、そこら辺が非常に大きな問題だと考えております。 それで、最後に回しておきました問題ですけれども、こういう認定試験制度をとらないでも、もっともっと教員養成をしまして、養成機関を充実することによって、小学校の先生を初めとする先生の需要に応じていく方法があるのではないだろうかという問題に移らせていただきたいと思います。 そこで、いままで戦後二十七年の間、教員養成の機関を充実していくということで文部省がどれだけの努力を七てこられたかという点について、私はちょっと伺ってみたいと思います。いま教育学部が非常に先生の数が少なくて、また他の大学に比べまして教育予算が非常に少ない、研究費を初めとします積算校費ですけれども、これが非常に少ないということが問題になっております。ここで伺いますけれども、教育学部の講座科目、学科目の数の変動ですね。それが、昭和何年でもよろしゅうございますが、そちらで持っていらっしゃる資料でいまどんなふうに変わってきているか、講座科目、学科目がふえているのか減っているのか、それに配置されています教員の数がどんなふうに変動してきているかといったような資料がございましたら、ちょっと出していただきたいと思います。
○木田政府委員 三十九年と四十八年の比較において学科目数、教員数の増加の状況を申し上げますと、国立の教員養成大学で昭和三十九年には学、科目の数が二千三百七十一でございました。四十八年には二千九百五十九に相なって五百三十五の増となっています。また教員の数は昭和三十九年四千二百六十五に対しまして四十八年は五千百十七と六百四十二名の増加をいたしております。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕
○栗田委員 これは科目数の増加の割合と教員の増加の割合ということを見ていきますと、どんなふうになるのでしょう。資料はどう出ていますか。ちょっとすぐに資料は出ないかもしれませんが。
○木田政府委員 いま申し上げましたように、科目数の増加よりも教員数の増加のほうが百名以上上回っている次第でございます。
○栗田委員 私のほうの調べました資料によりますと、これはちょっと古いわけですが、昭和三十二年には教育学部学科目が千四百二十五です。これを一〇〇としまして昭和四十一年の学科目を見ますと二千八百九十一、一〇〇に対しまして二一六というたいへんなふえ方をしております。ですから、これが増加しているということは、いまそちらからお出しいただきました資料でも同じことで非常にふえているわけでございます。ところが、教員定数のほうは、昭和三十二年と四十一年を比べますと、三十二年を一〇〇にしますと四十一年が——というふえ方になっているのですけれども、こういうふうな形で、さっき三十九年を基準にしてお話しくださいましたが、これを一〇〇として考えた場合に、教員定数は学科目のふえ方に比べましてふえておりますか。年がずれていますので、多少数字の違いが出てきていると思うめですけれども……。
○阿部説明員 先生ただいまお話のございました数字は、その間に、昭和三十九年当時であったかと思いますけれども、講座学科目省令というのをつくりまして、講座学科についての整備をいたしたわけでございます。その時点におきまして、各大学からの御要望をとりまして、講座学科目を改めたわけでございます。その際にかなり多数の講座学科目ができました。それによりまして、御指摘のような数字になっております。私ども、その講座学科目省令ができました時点以降の数字を申し上げているわけでございます。 〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕
○栗田委員 たいへん変動の多いところをとって……私が調べましたのはあまり正確ではないと思いますので、質問の角度を変えさせていただきます。 それでは、いま一講座についての教官の数が、教育学部の場合と、たとえば文学部、理学部、経済学部などの場合と、どんなふうになっておりますでしょうか。
○木田政府委員 端的に申しますと、大学院を持たない学部につきましては学科目という考え方を上っておりまして、その学科目につきましての教職員の扱いは、教員養成学部も他の学部も同じでございます。
○栗田委員 実際の数としましてどんな割合になっているかということです。
○阿部説明員 昭和四十八年度の数字でございますけれども、教員養成学部の場合に、一学科目当たり一・六人程度、それから一般学部の場合一・九人程度でございます。
○栗田委員 それで、この積算校費というのは教官の数や学生数などに対して出るわけですね。ちょっとその辺を聞かせてください。
○木田政府委員 大学の校費は、教官当たりの積算校費と学生当たりの積算校費に分けて計算をいたしておりまして、御指摘のように教官数、学生数に応じて校費を配分しております。
○栗田委員 いま伺いますと、講座当たりの教員の数が一般に対して教育学部はちょっと少なくなっておりますけれども、この辺なども、積算校費との関係なんかもありますし、さっき言いました非常に研究費が少ない問題、それから講座での教員の数が少ない問題と関連してくるのではないかと思います。私もこの辺しろうとでちょっとわかりませんが、その辺はいかがなんでしょうか。
○木田政府委員 教員養成大学の積算校費につきましては、教員養成大学の特色に合うような単価をちょっと工夫をいたしておりますが、その実情は課長から御説明申し上げます。
○阿部説明員 大学の基本的な経費といたしましては、教官当たり積算校費、学生当たり積算校費、それから教官研究旅費、この三種類あると思っておりますが、そのうち教官当たり積算校費、教官研究旅費、この二つにつきましては、他の学部と全く同一の単価を教員養成大学の場合にも用いております。それから学生当たりの積算校費につきましては、他の学部と若干事情が違っておりますので、他学部の文科系と理科系のちょうど半分という数字を使っておるわけであります。
○栗田委員 それでは、だいぶくたびれましたし、ちょっと資料がごちゃごちゃしてきましてわからなくなってまいりました。それで少し残さしていただきまして、ここで終わらせていただきます。
○田中委員長 この際、暫時休憩いたします。 午後七時五十五分休憩 ————◇————— 午後八時十八分開議
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 教育職員免許法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 先ほど栗田委員の質問と答弁で、どうもなかなか一致しないような感じのtたことがこの法案の中心でありますので一それについてお聞きしたいと思うのであります。 学歴をはずして検定制度で教員の資格を拡大するということは、最初からここに、立法の趣旨にあまりりっぱなことを書いているものだから変になるので、免許法の第一条に、目的は資質の向上、保持ということがあるから、その線に合うように無理にりっぱに立法の趣旨が書かれておるために答弁もむずかしいのじゃないかと思っておったわけです。現在学歴主義というのが形式化して、一方に学歴無用論も出ておるくらい、大学を卒業しても形式的に学歴を身につけただけで学力は少しもないというような批判もあるので、そういう意味においては率直に学歴主義を少しはずして、学歴はないけれども実力を持った者に対する、そして教員を希望する者に対する制度としてこれは考えたのではないかと私は思っておる。そうじゃないのですか。あまりりっぱなことを言わないでお答え願いたい。
○奥野国務大臣 おっしゃるとおりでございます。御指摘をだんだんと受けてまいりますと、大上段に振りかぶっておるものですから、「広く人材を求め」云々、そうすると戦後の改革をもう一ぺん大改革をするんだというふうな感じに受け取られがちで、言われてみますと、そのとおりでございます。しかし、先ほど来御答弁申し上げておりますように、戦後の改革、それを踏まえまして、これは基本に持ち続けていきたい。しかし、若干行き過ぎた面については手直しはさせていただきたいというのが真意でございます。
○山中(吾)委員 そういうふうにすなおに答えれば論議はそれで尽きるのでありますが、そのあと、栗田さんが盛んに言われておる教育実習ですね。これは戦後の免許制度では絶対条件で、これをはずす理由にはならないと思うのです。だから学歴主義というものに対する批判も含んで、隠れたる、学歴を持たない、しかもほんとうに力のある人で、教員の希望がある方については、検定制度でその道を開く、私はいいことだと思うのですよ。しかし、教育実習を省くというのは反対なんです。教育実習をやるということをやはり前提としてこの法案がないと、ペーパーテストだけで教員の免許状を認める方向に持っていくとすれば、私はどうも賛成できない。局長、その点はどうです。
○木田政府委員 御指摘のように、教育実習が大事であるということは申すまでも。ございません。しかし、どこかの大学に籍を置きまして、ずっと恒常的な指導のとれる体制でございましたならば、教育実習を特定の学校その他でやってもらうこともできるわけでございますが、この資格認定制度に集まってくると考えられます者は、かなりの部分がそれぞれ違ったキャリアで、違った職域にいるということも考えておかなければならぬわけでございますから、そういう方々に大体試験の前に、あるいは試験の条件として実習の要件を一定期間課するということは、処理のしかたとしてはどうもとりにくい。こういうことのために、現在でも教育実習なしの資格認定試験をいたしまして、そしてその後の任命権者の採用指導の間にその点の配慮を加えていただくということにいたしておりますし、今後もそうするほかないのではないかというふうに考えております。
○山中(吾)委員 半分ぐらいはだんだん意図がわかってきたのですが、すでに無資格のまま教壇に十数年立っておるが、学歴がないために免状はもらえない。何とかその特別の技術と教育経験を通じてこれを本来の免許所有者にして、給与も上げたいというのがたくさんあると思うのです。それに検定制度の道を開くことは非常によろしい、大賛成だ。それはすでに検定を取る前に、教育実習に相当する何倍かの体験をしているんだから、私はそれでいい。しかし、そうではないものを考えておる場合については、だからといって、おまけはいけないんだ。私はおまけはいけないと思うのです。それならば、やはり単なる一片知識の量で免許状を与えないという、専門性を尊重してできてきた戦後の免許制度を、この場合でもやっぱり貫かなければいかぬ。そうすると、教壇に立ったあとも一月なら一月教育実習期間を設定して、そのあとで免状を与えるとかしなければ私はこの法案には賛成できない。これはほんとうに乱れると思う、のです。正規の四年の大学を卒業して、そうしていま六週間でしたか、教育実習をして、それで免状を与えるという制度があって、それを前提とするときに、学歴を持たない者に検定試験を受けさせてそして道を開く場合には、そのあと一月実習をしたあとに、それを経てから免状を与える、免許を与える、これでなければ、それは栗田さんがあれだけ口すっぱく言うのも私はもっともだと思うのです。局長の答弁は、あるものはしなくてもいい、ある学科はしてもいいというのは、これは論理的じゃないですよ。どんな学科だって教育実習というものを絶対条件として免許制度というのはあるので、私はおかしいと思う。それは証正しなければならぬと思うのですが、いかがですか。
○木田政府委員 現在の免許法のもとにおきましても、これは一時のやむを得ざる事由でございますが、工業教科等につきましては、工学の卒業生に対して免許資格を持たせるというような一つの方式も講じたことがございます。ですから、すべてのものに教育実習がない限り免許状が出ない、これは望ましいことではございますけれども、必ずしもそれを絶対の要件というふうに考えられていない面もあり得ると思うのでございます。今度の資格認定制度、今日までいたしております資格認定制度実習というような要件を抜きにいたしまして、現にある限られた領域ではございますけれども、免許状を出してまいりました。資格試験ということによって判定せざるを得ないということの性質上、先ほど来お答えを申し上げておりますような例外的な措置をこの場合には考えるほかなかろうというふうに御答弁申し上げている次第でございます。
○山中(吾)委員 教員免許法を設定する歴史的過程からいっても、たとえば六ヵ月という長期間教育実習を条件とする思想から出発しておるので、そのときに教師試補とかいうことばを使ったと思うのですね。試補として教壇で一定の経験をしなければ、正しく教師としての資格を与えない。それをしないと、子供を教える体験も技術も何も持たない、教壇にも立たないままで責任のある政師として立たすことは、一種の人体実験なんです。お医者さんからいえば、やっぱり臨床をやって初めて免許を与えて、そして生命を守っていく。生命を育てていく教育にいても同じ思想が移って、教師試補まで置いてという思想で出発したはずなんです。だから私は、便宜主義的にいま局長の言うように、あらゆる教科免許の何かに例外をつくるということは反対だ。道をふさぐことにならないんだから。一カ月くらい教度で、私は給与な与えてもいいと思うぐらいですよ。しかし、資格はそれを経たところで与えるというのでなければ免許制度の基本精神はくずれるのじゃないですか。ぼくはそういうことは少し便宜主義だと思うのですね。どうです。
○木田政府委員 いま御指摘のございました試補制度を取り入れるべきではないかという御意見は、同じような御指摘を中央教育審議会等からをちょうだいをいたしておるのでございます。しかし、今回の御提案でそこまで私どもの検討が十分に進んでおりませんので、その部分については見送らせていただきました。先ほども申し上げましたように、これは原則というものを引っくり返すという意味ではございませんけれども、工業等の教科の免許状につきましては、教職の単位をとってなくて、教育実習をとってなくとも、やむを得ざる措置として工業の学科を卒業した者に工業の正規の免許状を出しておるという事例もございます。ございますから、今回の資格認定制度等を進めてまいりますプロセスの中で、試験の結果によって免許状を与える、あとの実際の指導等につきましては、採用者側でその点の配慮を加えていただくということで期待に、対処できるものというふうに考えるのでございます。
○山中(吾)委員 どんなものだって私は実習はできると思うのです。実習ができないような教科、免許はないと思うのですね。どんなものでもできるし、そしてやって与えるということを貫徹をしないと、一片の知識で教壇に立てるのだということになれば、教員免許制度はくずれるt私は思うのです。どうですか、大臣は。
○奥野国務大臣 資格認定試験で免許状を与えるわけでございますけれども、その上に採用試験があるわけであります。採用試験の結果、採用するという場合に、教育実習を受けてきていないという方については、採用にあたりまして特別にしかるべき講習会を必ずやっていくというようなことを、運用上、都道府県教育委員会に対しまして、随時要請していく、そういう仕組みを考えていく、そういうことが一つじゃないかということを、お話を伺いながら強く感じておるところでございます。 いずれにいたしましても、新しく採用される方にはいろいろな方がおられるわけでございますし、試験の過程において教育実習をやることが困難なことはこれはおわかりいただけるところであります。そうしますと、あとでそういうように教育実習をやることになりますと、採用した人について教育実習を試みるということになるのじゃないか、かように考えるわけでございます。採用するにつきましては、免許を持っている者でなければ採用できませんから、したがいまして、どうも並行的にやらしていただくということじゃないか、こういう考え方を強く持っているわけでございます。
○山中(吾)委員 医師の免許の場合は、インターンというのがあって、そして資格前に臨床というのが必ずないとやれない、人間に関する問題ですから。同じ人間の育成という職業としての教師についても同様の免許制度というものができておる。そこで、教育実習というものを免許の条件としておるというたてまえは、むしろその免許制度の唯一の特質だと私は思っておるのです。したがって私は、検定はよろしい。学歴主義ははずして、実力のある者については、しかも自分のライフワークとして、何としても教壇に立ちたいという者については、私は道を開くべきであろうと思う。それに対して教育実習を免除というのは筋が違うんだ。その点を、学歴の上に立っくおる者とその点は同じ行き方をとるべきだということを主張しているので、どこが違いますか。
○木田政府委員 ただいま御指摘がございました医師につきましては、かつてインターン制度がございましたが、いまは免許を取りましてからあとの研修ということにインターン制度は改まっております。これもまたそれなりの事情があったことでございます。 今回の資格認定制度を考えます場合にも、いろいろと関係者でその点の御論議は十分にかわしていただきまして、試験を受けます前のプロセスでそのことを要求することに無理があって、しかも試験の結果によって判定をして一応けじめを出さざるを得ないということから、教育実習の実務のことにつきましては、教壇についたあとの指導、これは採用後のことになります。免許状を取った人を迎え入れましたあとの任命権者のほうによる指導という点にゆだねるほかはなかろうということで、今回のような御提案を申し上げているわけでございます。試験に合格した者に免許証を授与するという規定をその趣旨でまとめ上げたのでございまして、教育実習が重要であるということは重々承知いたしておりますけれども、なおそれも採用後の実践の場を通じて高めていけるものという意味での期待もそこに込めておる次第でございます。
○山中(吾)委員 採用後ということになると、これは最初から全部実習の否定ですからね。だから、いわゆるペーパー試験といいますか、そういう試験と実習とを見て免状を与える。だから、学歴の上に立っておる者は、実習と卒業という過程も含んで免状を与えているから、やはり実習というのは条件にすべきだと私は思う。それはただ見送るというのではなくて、やはり検討すべき問題であると思うのですが、少なくとも検討する。これでいいのだという考え方については私はどうしても承服できない。それでは免許制度というものはもうくずれるから、これは少なくとも検討課題としてお持ちになるなら私も一応了承したいと思うのですが、それは大臣いかがですか。
○奥野国務大臣 先ほど来御答弁を政府委員から申し上げておりますとおり、学校で免許状を持たない人につきまして試験をして免許を与える、そういう場合に教育実習をどういうかっこうで取り入れられるか、なかなかむずかしいのではないか、そういうことであえてそれは入れなかったわけでございますけれども、その重要性は十分わかっているわけでございます。そういうこともございまして、先ほど来、採用してからまず講習をそういう面を中心にやるというようなことも考えていきたい、こう申し上げたわけでございまして、教壇に立つ前に、採用後そういう課程を受けることもあり得ると思うのでございますけれども、そういうことも含めまして、いろいろな方法、よい知恵があればお教えもいただきたいし、私たちも研究していきたい。教育実習が必要であるということはもう十分わかっているわけでございますから、どのような方法で行かせるかという道の問題である、かように考えるわけでございます。
○山中(吾)委員 今回提案の改正案の第十六条の二の二項に「その他試験に関し必要な事項は、文部省令で定める。」と書いてあるから、省令に委任をしておる事項、その中で検討される余地はないかというふうに具体的にお聞きします。
○奥野国務大臣 大事なことでございますから、よく研究さしていただきます。
○山中(吾)委員 わかりました。 そこで、こういう検定制度というものを拡大するについて、先ほども何かこれで資格水準を下げるのではないかという心配がだいぶありました。私は、そういう心配がたいのだということを文部当局が言われるならば、この免許法の終着駅を、ビジョンというものをはっきり出すべきだと思うのです。教員養成審議会その他いろいろな答申の中で、免許制度、教員養成制度についていろいろな意見が出ておる。中には、大学院の修士水準、修士課程というものを教員のいわゆる資質の水準に持っていこうという一つの思想をもとにいろいろの答申がある。そういうものを明確にしないと、終着駅はここなんだ、しかし現実の要求といま妥協しながらここへ持っていく、下げるのではないのだということをやはり明確に言われるべきだ。 〔委員長退席、森(喜)委員長代理着席〕 そのためには、その終着駅を、やはりこの委員会の場において、いままでいろいろな研究の成果があるのですから、発表してもらいたい。
○奥野国務大臣 おっしゃっていること、たいへん重要な問題だと思います。いまお話しになりましたような教員の資質をさらに一そう高めるということにつきましては、いろいろな提案もあるわけでございます。そういうことを踏まえまして、教員養成の大学なり大学院なりを調査したいということで、調査費も四十八年度の予算に計上さしていただいたわけでございまして、私たちは教員のための大学院をつくりたい、こういうことを現に考えておるわけでございます。どういう機関がいいかということに問題がございますけれども、修士課程にしましても博士課程にしましても、いまのような硬直的な機関じゃなしに、もう少し弾力的に考えたいということもあわせ検討している最中でございます。
○山中(吾)委員 現行法においては、四年制大学卒という者を基準にして並通免許制度がある。修士大学をさらに考えるときは、現在の四年制の大学水準の免許制度を修士水準に上げるという思想ですか。そうでないのですか。
○奥野国務大臣 免許状をどうこうするということもあわせ検討すべきなのかもしれませんけれど、も、いまは教員の資質をさらに一段高いものにしたい、そして教師に対する一般の人の見る目もそれなりにさらに高めていきたい、こういうこともございまして、そういう意味で四年制の大学の上に大学院を教員のためにつくりたいということでございます。
○山中(吾)委員 もっと理想を考えておるのだと私は理解しておったのですが……。 皆さんから出された現在の免許法の別表の第一ですね。小学校教諭の一級免許状は、学士称号を有すること。これも、この表現はおかしいと思うのですが、それから中学校教諭の一級免許状は、これも学士称号を有すること。高等学校教諭の一級免許は、修士学位を有すること。これが基礎資格である。これは小学校、中学校は学部四年水準にしておる、高等学校は修士程度にしておるのだが、小・中・高含んで修士課程の水準に上げるという思想のように解釈しておったのですが、そうではないのですか。いまの説明では、ある者はというだけで、現在二級免許はいわゆる短大水準である。短大水準は、いまの免許思想からいってもこれは暫定的なんだ、上に持っていくのだという思想で、しかし、現実には短期大学卒に免許を与えないということになると、私立短大協会からも政治のほうにたいへんな勢力で反対をしているので、一無理に免許を剥奪して四年水準に引き上げることはむずかしいので、やむを得ずしておるので、現行の原則は学部四年だと私は解釈しておるのだが、間違いないでしょう。
○木田政府委員 いま御指摘のように、現在は大学の学部四年ということを一応免許の基準線というふうに考えております。ただ高等学校につきましては、御指摘がございましたように修士の卒業をもって一級ということにいたしておりますから、高等学校につきましては修士の段階が一応望ましい水準というような形で規定されておるというふうに思います。将来の方向といたしましては、関係者がさらに一年間の履修を求めるというふうな水準のアップを望む意見もございますが、その結果修士の卒業者に対して上級免許状等の資格を設けたらどうかという御提案もちょうだいをしておるところでございますが、その単位の履修内容その他につきましての検討が残っております。免許制度全般にかかわることでございますので、今回は見送らしていただいたような次第でございます。
○山中(吾)委員 答弁は現実の説明にすぎなくて、日本の免許制度の終着駅はどこでありますという答弁は実はごまかして言っていない。まだ、局長はちょっと言えないだろうと思うが、私はやはり修士水準の、高い専門教養というものがあるべきだと思う。だからそこにはじめて専門性が出ると思っておるので、そこに持っていくべきだと私は考えておる。また免許制の開放制を確保するためには大学水準までは、たとえば戦前の師範学校と同じように、特定の学校に限り免許を与えるのは閉鎖制の弊害が山るので、大学水準まではすべての大学を卒業をした者に平等に教員の資格をとれる学位を保証すべきだ。そうすると大学院修士課程において解決するしかないのじゃないか、こう思うのです。しかし、現実に短大卒業にも資格を与えないと、すでに与えておるこの既得権は剥奪するということになると、私は、私学経営者から総スカンを受けるであろうから、その修士程度の教育大学院において、戦前の師範学校の一部、二部の思想を入れて、短大卒業の者は修士大学の二部に二カ年の修業期間を、学部四年出た者は一部に一年の修業期間をというふうに二つの課程を設けて解決をしてはと思っている。とにかく差別して、一級、二級、三級という教員を品別するような免許制度を恒久政策とするのではなくて、あくまでも暫定的なものとして、ビジョンとしては教育大学院の中に一部、二部を置いてもいいから、短大卒業の者、そうでない者を、そこで一つの高い水準の教員を確保するというような、何かそういう制度をお考えになれないか。それを出されれば、私はこういう検定制度の改正法案、拡大法案が出ても水準を下げるのではないのだ。現実にやはり需要があります。岩手に種市という町があるのですが、長い間独特の潜水技術で非常に貢献しておるというのがあり、高等学校の定時制に潜水科というものをつくるように、特に私は設置を要望してきたことがある。潜水技術については天才的な非常に深い経験を持っておるが、小学校しか山ていない。十何年間教育しても少しも免許状が与えられない。そういう人をどうするかというときに、実際に教育行政を担当するものは、やはり検定試験か何かによって経歴をはずして資格を与えるという制度は必要だ。人格もりっばであり、十数年の教育職歴を持つというふうなこともあって、実際的な教育需要からそういう制度は現実には必要だと私は思うのですが、いま言ったようなものを出さなければ、それはわれわれに対して理解を求めるのは無理だ。法律の提案理由は、そういうことを書かないで、「教育の実質を左右する教員の職に、すぐれた人材を十分確保することが不可欠の要件」であるという提案の理由を書いてこれを出されておれば、だれだって疑問に思うのであります。そういうことも考えて、ぜひひとつ明確に免許制度の終着駅を発表していただきたい。この法案と関連をして要望しておきたいと思いますが、大臣の見解を聞いておきたい。
○奥野国務大臣 教員養成大学の大学院制度を具体化すべくいまいろいろ考えておるわけでございます。考えておるわけでございますが、いま一部、二部のお話を伺いまして、なるほどという感じを持たせていただきました。小学校の先生につきましても四年制の大学を卒業すること、これを基本に考えておるわけでございます。しかし、現実には短大卒業の方々もたくさんいらっしゃる。そういう方々をこの大学院に入れてあげて、四年制大学卒業と同じ実力をつちかってやれ、大切なことだという、いい御提案をいただいたというような感じを持っております。いずれにいたしましても、真剣に大学院制度のことを考えておるわけでございますので、いまの御提案もいれて勉強させていただきたいと思います。
○山中(吾)委員 次に、免許の種類ですが、いろいろ論議のあることはここであまり言わないで、一つだけ非常に矛盾を感ずるので検討さるべきではないかと思うのは、小学校の免許で低学年の一年、二年の担当教師が、免許制度は小学校六カ年全体一つの免許制度ですから、低学年の幼児教育という特質性を持っておる一年、二年、心理学、教育学をもっと学問として身につける一つの深さを持っていなければ、小学校一、二年の教師の資格がないと私は思うのです。ところが、小学校の五年、四年は最近は学科担任制をとるべきだというので、実験的に、独創的な立考で学科担任制を加味して教育しておる学校が非常に多い。それが実態に即するからそういういき方が出ておると思うのですが、それを免許制度一本のために小学校の一年から六年まで学級担任をそのまま持ち上がるということができる制度、それが免許制度の当然の思想だと思うのです。小学校の免許制というのは。しかし、一、二年の教師の条件というのは小学校の四年、五年とまるきり質が違うのではないか。四年、五年の担当の教師の免状というのは、やはり一つの教科を学問として身につける内容の教科免許制度が適しておるのであり、小学校一年は幼稚園の教諭にむしろ近いもので、その辺に幼稚園の教諭の免許制と、小学校の四年、五年を含んだ小学校教員の免許制度という免許種類のしかたは実態に合わない。だから、小学校の免許を有する先生は、教育心理というふうなものはただ単位をとるために、ほとんど知識がないけれども、形だけとっただけのものであり、そんなに教科については学級担任制ですから、一つの教科にほとんど専門性を持っていない。そこに現代の小学校の教育のあいまいさがあると思うのです。これは免許制度のあり方に欠点があると思う。そういうことを考えて、学校制度と免許制度というものはやはり深い関係があるのですから、そういう面の検討はさるべきではないか。私は一つの学問に実感を持って研究方法を知った者でなければ教員の資格がないと思うのです。そうすると、幼児を対象とした免許の場合には、いわゆる物理とか化学の学問でなくて、学問として教育学、心理学を身につけた教師が生まれてくる。小学校上級へのいき方とすれば、何か教科学問を身につけた教師ができて、そして、学問を通じて人格が生まれてきている。人間教師像が生まれてくるのだが、小学校の免許制度というのはどっちつかずじゃないかと思うのです。そういう検討をさるべきだを思うのだが、いかがですか。
○奥野国務大臣 非常に重要な問題を御提案をいただいたわけでございます。小学校の低学年と高学年はかなり違ってきていると思いますし、今日の社会の変化も大きく影響し、ていると思います。またそういうこともございまして、幼児園を小学校と続けろとか、小学校と中学校と続けろとか、いろいろな意見も出てまいっておるところでございます。学校教育の制度と免許状の制度と合わせて検討していかなければならない。しいて申し上げるならば、音楽とか保健体育とか家庭とかいうような問題につきましては、中学校の教員の免許状で小学校の教育に当たれる、現実は高学年はそういう先生方が教育に当たっておられる。いまおっしゃったような問題とも関連があるように思うわけでございます。そういうこともあわせまして、深く研究すべき重要な問題だ、かように考えております。
○山中(吾)委員 御検討する態度については非常に望ましいことでありますから、大いにいろいろな角度、昔のままの角度でなくて、新しい角度から検討を願いたい。私は幼稚園の先生は、小学校一年、二年と同じ免状でいいのだと思っている。しかし、それ以上は教科を、学問を身につけた免状にすべきだ、そういう研究の中からいわゆる幼児学校の問題だって国民の支持のもとに動くのであって、ただぽつんと上から出すような中教審のあのやり方からば、国民の支持はないのだ、免許制を考えるべきだと私は言っている。御検討願いたい。 それからこの免許法の基本問題として第五条に免許状を授与する限界というものに一から六までありますが、十八歳未満の者にはいかなる場合にも免許は与えないというのだが、このことは十八歳、十九歳、未成年者に教員の資格を与えるという思想がこの免許法にあるのは私はどうも解せない。刑法上、刑事能力がない、民法上、法律能力のない十八歳、十九歳に免許状を与えてもいいという思想ですか。 〔森(喜)委員長代理退席、委員長着席〕
○木田政府委員 御指摘の点は教育職員免許法が昭和二十四年に制定されましたときの現実の上に立った規定ではなかろうかと思っております。当時まで小学校の教員につきましては師範制度がございましたが、代用教員等の制度もございました。今回、その当時この教育職員免許法を制定いたしました際に、高等学校卒業程度をもって臨時免許状を出すという制度が取り入れられたわけでございまして、高等学校卒業をもって臨時免許状という規定をとります関係上、高等学校卒業の年次でございます十八歳というものを予定して十八歳未満の者にはどんなことがあっても免許状下付ができない、こういう限界を入れたものと考えます。
○山中(吾)委員 未成年はいかなる場合においても教員の免許状を与えるべきではない。国家の制度として、民法、刑法上無能力者として規定している者に、人間を育てる免状を与えることにして、教員にいろいうのことを、使命感まで言ったりする論理が一体ありますか。私は端的に改正すべきである。たとえば一つは未成年者ということばを使えばいいと思うのです。成人でなければおかしいのじゃないですか。こういうところに私は、また論議をしようと思えば、文部大臣に免許制の性格は何だと聞きたくなって、哲学論議になりますからやめますけれども、この辺は検討すべきであると思いますが、いかがですか。
○奥野国務大臣 いま大学学術局長からお答えをいたしましたように、もっぱら教員の需給上の関係からやむを得ずこうなっておるわけでございまして、臨時免許状を出さざるを得ないというふうな姿でございます。しかし、今回設けようといたしております教員資格認定試験制度、この場合には受験資格を満二十歳以上ということにすべきではないかということになるようにいろいろお話し合いをしておるわけでございます。御趣旨私たち賛成でございまして、そういう方向で考えていきたいと思います。
○山中(吾)委員 その次の高等学校を卒業しない者の除外、これは私は反対なんです。検定を拡大するときに、中学校しか出ていたい、者の中にこそすばらしい能力を持った者があって、貧乏で高等学校を山られない者だがすばらしい能力を持った者がある。そのためにこそ私は検定制度が意義が あると思う。なぜ未成年を入れておいて、ここで高等学校卒業という条件をつけるのか。これもおかしいじゃないか。
○木田政府委員 これは教育職員免許法をつくります際に、やはり最低の学歴資格として、新しい学校制度によります普通教育としての高等学校、中等教育と考えられますものを一応の最低基準として制定されたからでございます。確かに学歴にこだわらないという点から申しますならば、高等学校まではずして考えてみてもいいではないかという点がございますけれども、今回資格認定試験をとりますにいたしましても、やはり高等学校までの一般的な普通教育の基礎というものを前提にして、将来に向かっての免許制というものを考えておくことが必要ではないかというふうに考えております。免許法をつくりました当初におきましては、かなり高い基準であったというふうに思うのでございますが、今日ほとんど九割までの人が高等学校まで進んでおる実態等から考えますと、将来に向かっての基準といたしましては、高等学校卒業ということを絶対的な要件にするということもあながち悪いことではないのではないかというふうに考えます。
○山中(吾)委員 あながち悪いことではないからという理由、そんなことを言えば、義務教育を終えた者については、検定というものは特殊な天才的な人々を含んでくるわけですが、思い切ってそこへ拡大する、ビジョンは修士課程までということでないと……。ではなぜそんな未成年を入れるのか。だから支離滅裂とは言わないが、論理一貫していないと思う。免許制度そのものについて確固たる説得力のある説明をするためには、この辺は率直に検討されてはいかがですか。これは大臣に聞きましょう。それで次に移りましょう。
○奥野国務大臣 御趣旨全くそのとおりだと思います。ただ、高等学校卒業と同等の者と認める者は入れるということになっておるわけでございますので、そういう運用といいましょうか、別途に認定を受ける道もあるわけであります。でありますから、おっしゃっている精神はそういうところで出ているのじゃないか、かように考えるわけでございますけれども、なおよく研究してみたいと思います。
○木田政府委員 いま山中委員の御指摘の点は、教科の一部の領域の場合には高卒の資格もなおはずしてございます。その意味で御指摘がありましたような潜水のような仕事の特殊な領域のことを考えました場合に、その実態に応ずるようにはずしてございますけれども、一般的な最低線としては高卒ということで、あの原則はあれでよろしいというふうに考える次第でございます。
○山中(吾)委員 天才なら徹底的に形式的な学歴主義ははずすべきである。ただし、国民としての義務教育というものはやはり守らたければならぬということは正しいことだと思うのです。先ほど、大学に二カ年在学した者はという論議をしたでしょう。あれだって二カ年ですからね。ああいう論をやっておったら、学校に行かなくても二カ年在籍しておったらいいんですよ。一方でそういう形式的なことをしておいて、とにかく論理が統一していないのです。この免許法は戦後にできたけれども、これは一度基本的に統一的に再検討すべきものがたくさんある。こういうことがあるから、こういう部分的な改正ができてもわれわれが矛盾を感ずるような欠点が生まれてきていると思いますので、いやこれはこうだこうだと一つ一つ言わないで、一度全部御検討くださるべきであると思う。大臣も大体おわかりのようですから、ひとつ要望しておきたいと思うのです。 たくさんありますけれども、省略して、最後に一つだけ質問をして終わりにしたいと思うのです。 養護学校、これは身体不自由児その他のものですから、当然全寮制度であります。寄宿舎には舎監と寮母があります。その寮母は、施行規則の七十三条の四で、いわゆる単なる宿直員でなして教育が職務になっているのですね。条文を一ぺん読んでみてください。
○木田政府委員 学校教育法施行規則七十三条の四でございますが、「寄宿舎には、舎監及び寮母を置かなければならない。」三項で「寮母は、寄宿舎における児童等の世話及び教育に当る。」と規定しております。
○山中(吾)委員 そういう職務を規定しておるのに、いわゆる教諭としての資格を前提としていない。みな短大卒業生です。そうして週に一回以上宿直をしまして身体不自由児の世話をする。非常な過労におちいっておる。実に過酷な労働条件下にあります。これは教諭という資格をはずしたために一給料においては三級で非常に安いわけです。学歴からいい、職務からいって、私は寮母には教諭をもって充てるべきであると思う。舎監は、「教諭をもつて、これに充てる。」と書いてある。寮母ははずしてあるために非常に給料が安い。労働条件が過酷である。週に一回ずつくらい宿直があるから結婚はできない。定員は少ない。定員増というのはなかなかたいへんであると思うのです。したがって、教諭をもってこれに充てるとすることによってのみ寮母の現状を救ってやることができるのである。私は職務からいって教諭にするべきであると思うのですが、いかがですか。
○岩間政府委員 寮母の実態でございますけれども、盲学校、ろう学校、養護学校合計いたしまして二千五百名ばかりの寮母がおります。そのうちで養護学校は約七百名でございまして、これは病院等が併設されてそこから通っておる関係がございます。そのうち短大卒が八百七十八名、高等学校卒が約千六百名ということになっているわけでございます。 そこで、待遇でございますけれども、現在高等学校の教員の俸給表が適用されていまして、十年ぐらいで比較をいたしてみますと、小中学校の先生よりも、俸給の八%に相当する俸給調整額がございますものですから、四千円ぐらいいいということになっているわけでございます。また定員の配置にいたしましても、女子の職員に対します宿泊の制限もございますものですから、私どもとしましては最大限見ているつもりでございます。一つの寮で最低七名を確保する、そういう状況でございます。
○山中(吾)委員 現実には週に一回宿直をして疲労こんぱいにおちいっているというのがほんとうです。これは現実に見に行かれたらわかります。定員ではなかなかむずかしいし、職務について教育に従事する教育職員であるということを施行規則で認めておるのですから、したがって、寄宿舎専任教諭として寮母を教諭と同じ待遇に持っていくということが正しいと思うのです。現行法は寮母は教諭でないということによって低くたっているのですから、短大を出て免許を持っておる者、免許を持っていなければ単位修得講習会を文部省が設定してやって認定講習をやる、そうして寮母を専任教諭として改善をしてやるという以外に、あそこの身体不自由児の養護学校というものは、教育機関としては成り立たぬと思うのです。二十四時間教育ですから。これはぜひ検討さるべきであると思うのですが、いかがでしょう。
○岩間政府委員 その点は、現状から申しまして、なかなかむずかしいのじゃないかというふうな感じがするわけでございます。「世話及び教育に当る。」ということでございますが、父兄の場合には、民法上、これは教育及び監護の権利及び義務ということでございますので、親がわりというふうに理解するほうが現実に即するのじゃないかというふうな感じでございます。 それから、現実問題としまして、厚生省の養護施設等でも問題になっておりますけれども、いわゆるお世話をする人につきまして、非常に人手不足と申しますか、足らないような現状でございまして、いまも申し上げましたように、高等学校の卒業生が大半というような現状でございます。何よりもそのお世話をしていただける人を確保するということが大事でございまして、そのためにへ待遇面におきましても、高等学校の先生方俸給表を適用すると同時に、特別の調整額をつけるというふうな方向でやっているわけでございます。したがいまして、また資格でもって制限をいたしますと、むしろ人が集まりにくいというふうな現実がございまして、将来の方向としましては、ただいま先生、検討したらどうかというお話でございますから、十分検討してみたいと思いますけれども、現実はそういうふうな状態になっております。
○山中(吾)委員 それは全然認識不足だ。現実は教育をしているのですよ。寮母という名前で自分で錯覚を起こしているのじゃないですか。寮母ということばがいけない、あなだ方のほうの施行規則の。だから、教育にあらざる教育じゃないですか、「教育に当る。」という。世話すると書いていないじゃないですか。あなたの文部省の施行規則に、寮骨は教育をするのと定義を下しておるじゃないですか。そして、教諭の免状を与えることは合わない。現実にも教育ですよ、あれは。世話じゃないですよ。職務を、法令で教育すると書いてある。教育職員ですよ。どうして教諭という、専門教育ということにするのは現実に合わないのですか。こんな論理はないです。現実に調べてみなさい。あそこに非常に給与の低い過酷な労働条件が残っておる。そしてほんとうの意味の二十四時間教育というふうな実態を持った職場であるということは間違いない。いまの局長のそのことばは、将来検討するなんということでは私は承服できない。現地を私らはずっと実感を持って見ている。その答弁は、私はもう一度検討し直してもらわなければ困る。それなら省令を廃止しなさい。「教育に当る。」ということばをとりなさい。あなた方が教育と認めているじゃないですか、法律で。寮母ということばが不適当なら変えたらいい。寮毎というものだから、その辺の世話の女と同じように思っているのでしょう。中へ入って見なさい。私は、直ちに検討する——これは現在の立法論ですよ。現行法は教育職員として明示しておるにかかわらず、寮母という名前のもとに低い待遇をしているのですが、現実というものといまの文部省の施行規則と、文章では一致しているのだ。ところが、現実の給与体系かちいったら、教員でない、いわゆる世話をする女というイメ一ジの寮母に考えて身分を規定しておるところに間違いがある。これは実態を視察をしない人はわからないので、文部大臣、現実にひとつだれか視察をさせて、そうして現行法の省令の規定に従って教諭に切りかえる検討をされるべきであると思うのですが、大臣の御意見を聞いて、私の質問は大体終わりにします。
○奥野国務大臣 いまお答えの食い違いを聞きながら特殊教育諸学校における寮母のあり方が、学校によって若干の違いがあるのじゃないかなという感じを持ちました。しかし、いずれにしましても、寄宿舎における寮母の活動に対しましては、教育的効果も期待しているわけでございまして、お話の問題、特殊教育諸学校における寮母の実態調査とあわせまして、十分に検討させていただきたいと思います。
○山中(吾)委員 大体これでお終わりますが、結論的に言いますと、この免許法自体の中に矛盾があるので、部分改正の中にそういういろいろな矛盾が出ておると思うので、各委員からいろいろな角度から疑問を投げかけた質問があると思います。したがって、この法案は、全体の中から出た矛盾であって、われわれがこのまま基本的なものの考え方を疑問のまま賛成すべき法案でないと思う。だから全体の検討を前提としなければ問違いを起こしてくる法案だと思うので、この点は文部当局においてやはりもっと原点に戻って、教員養成制度との影響の関係、大学の教科とそれから免許の教科、学校の教科はみな違うのですから、そういう点も全部含み、免許のあり方も検討されて、ただわれわれが言ったからどうだというのでなくて、もっと主体的に御検討願うことを切望して質問を終わりたいと思います。
○田中委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後九時十七分散会