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71回国会衆議院1973/03/01

地方行政委員会 第6号

発言数
31
登壇者
4
会派数
2
開催日
1973/03/01

会議録

中村弘海自由民主党

○中村(弘)委員長代理 これより会議を開きます。  本日は、委員長所用のため出席できませんので、委員長の指名により、私が委員長の職務を行ないます。  地方自治、地方財政、警察及び消防に関する件について調査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。多田光雄君。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 きょうは、自治大臣兼北海道開発庁長官として、ひとつぜひお相手を願いたいと思います。  政府は、今国会で、主要幹線道路それから国鉄新幹線、こういう建設をはじめとする公共事業費の大幅拡充をはかる予算の編成を行なっていますし、また、国土総合開発庁というものをつくって、いよいよ田中総裁のいうような列島改造の具体化に乗り出そうとしているわけですが、特に、国土総合開発庁と、それから同公団の設置による全国的な開発、これは地方自治に非常に大きな影響を与えていくという観点から、そして、地方自治を守り、あるいは住民の生活を守るという観点から、私は、北海道開発に焦点を当てて、自治大臣並びに開発庁長官を兼ねている大臣に質問したいと思います。  ところで、大臣は、この間、二月二十日ですか、北海道開発審議会に出られたわけですが、私も委員の一人としてそこに出ておりました。その際大臣はこういうことを述べられました。日本列島改造が国家の緊急課題になっている、そして北海道は開発のモデルケースでなければならないと述べられたわけです。そこで大臣に伺いたいことは、この緊急課題となっている列島改造計画の中で、北海道総合開発計画が一体どういう位置づけ、役割り、関連を持っているのか、ひとつ簡潔に述べていただきたいと思います。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 北海道の開発は、御承知のように、もうすでに発足をいたしましてから二十年になんなんといたします。しかも、今日第三期計画の推進中でありまして、そういう意味では、新たな建設をしておるということがいえると思うのです。そこに日本列島改造の政策がこの内閣によって強く打ち出されてまいったわけでありまするが、これは御承知のように、過密過疎の問題が、最近の経済社会の変貌に伴いまして非常に顕著になってきた。このことから、日本列島をどう改造するかということが緊急の課題として持ち上がってまいったわけであります。簡単にということですから、簡単、率直にお答えを申し上げて、一口に言えばそういうことだと思います。  そこで、北海道の場合は、これは御承知のとおり、国土は狭くなったということを申しまするが、日本全体の国土の五分の一強、いわゆる二一%に当たります。人口はわずかに五%であるという、開発のあらゆる可能性を包蔵した北海道であります。しかもそれが二十年来、開発が積極的に進められてきたという実績を持っております。しかも、北海道の開発の歴史というものは、わずか百年に満たないものであります。その点、日本の中でも、本州の長い、明治以前からの開発という歴史を考え合わせてみましたときにも、大きな開きがある。社会資本の蓄積等におきましても、これはあまり見るべきものがなかったという経緯があります。しかし、そこには、明治になりましてから開拓者精神に富んだ人々があそこに移住することによって、開発、発展ということには非常に積極的な意思力が、一つの住民根性といいまするか、住民の心がまえとして根強くある。これは貴重なことだというふうに思っております。  また、北海道には、日本列島、わけても本州にない北方的な自然の風土を備えた、いかにも快適の地、伸びやかな土地としての自然を持っておる。これはいま環境整備が言われ、公害排除ということが言われるときに、きわめて好もしい、言うならば日本人全体の保養の地でもあり、自然とともに生きる場所であるということが言えようかと思います。  それから、日ソ平和条約等の議論にのぼってきておるわけでありまするが、今後、北方諸国との門戸入り口というような意味で、これまた別な重要さを増してくるであろうというふうに思うものであります。  過密な地域を改造するとは申しながら、これに投資をしてまいりますと、過密は過密を誘う。何か潮が潮を呼ぶような形で、いい面も出てまいりまするが、逆に人知の及ばないひずみがそこにあらわれるというようなことを経験してまいったわけでありまするが、この北海道への社会資本の投資、開発の推進、促進、こういったことは、やはり日本の経済システム、それから日本の全体の調整、いわゆる過密過疎をなくしてバランスをとって、住みいいところにしようという理想を実現するのにはかっこうの場所であろうかというふうに考えておるわけであります。  要するに、日本列島改造ということが言われるのでありますが、二十年の歴史を持ち、しかも、今後も多大の国費をこれに投入しまして開発を行なうこの地域は、やはり代表的な一つの開発地域でなければならない。いわゆる日本列島では改造でありまするが、北海道の場合は、新たな開発、新たな建設、ここに大きな違いがあろうかと思います。しかし、また、その新たな建設は、理想的な開発、建設というものはこうあるべきだという日本列島改造のモデルでもなければならないというふうに考えております。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 いま長官から北海道をたいへんほめていただいて、北海道市民としてたいへんうれしく思うんだけれども、実際はそうなっていない。  そこで、いまの長官のお話なんですが、簡潔に言って、日本列島改造の重要な一翼を北海道開発がになう、こういうふうに伺ってよろしいですね。これをひとつ簡単にお願いします。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 重要な一翼をになうといいますか、もとよりこれは日本列島でありますから、そのとおりであります。ただ、私さっきも申し上げましたように、日本列島は改造です。北海道は、その開発の歴史等々から見まして、新たに開発をし、新たに住みよい北海道国土をつくり上げる、そういう違いがあろうかと思います。そういう点で、私は、あえてこれをモデルケースにしたいということを申し上げたわけです。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 改造か、開発か、私はよくわからないのですが、いずれにしても、これは日本の国土の一部だから、列島改造の中に組み込まれておるということは事実だろうと思います。そこをひとつ伺っておきたかったわけです。  いま一つは、大臣がこの審議会で、列島改造のモデル、先駆と言われたのですが、これをもう少し説明していただきたいと思います。開発と改造関係も含めて、これも簡潔にお願いいたします。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 日本列島改造というのは、冒頭申し上げましたように、過密過疎、これは経済社会の発展によって巻き起こされた日本全体の大きな問題であります。広い意味から言いまするならば、北海道も、経済が非常に伸びてまいりました昭和三十七、八年ごろからだんだん人口が道外に流出をする、あるいは、同じ道内であっても札幌に蝟集するという傾向があったことは否定できないと思いますが、これは先ほども申し上げましたから繰り返しませんが、何といっても、やはり新たな天地を開く、日本としてはそういう形容が唯一適用される広大な地域である。それは国土の二一%を占め、人口はわずか五%である。こういうところはないとは申しませんが、やはり、今後開発、整備をする重要な役割りをになっておるところであるというふうに思っております。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 次に伺いたいのですが、北海道開発庁からもらった「北海道総合開発計画について」、ここの二期計画のところにこう書いてあるのですね。これは三十八年度から四十五年度までの計画ですが、ここに「昭和三十五年十二月、政府は「国民所得倍増計画」とその「構想」を決定し、産業構造の高度化により国民経済の安定的成長の極大化をはかることとしたが、このためには、」いいですか。この辺は第二期計画の目標なんです。「このためには、先進地域に過度に集中した工業を分散するとともに、地域格差を是正することが急務とされた。このような情勢に対処するため、第二期」——いま言った昭和三十八年から四十五年までです。この「第二期北海道総合開発計画は、わが国経済社会が当面する過密の弊害の緩和と地域格差の是正という二つの問題の解決の場を自ら引き受け、また、同時に北海道経済の有する後進性を克服するとの課題のもとに策定したものである。」これが第一の課題です。この第一の課題に照らして、第二期北海道総合開発計画の成果、欠陥、問題点を簡潔に述べてもらいたいと思うのです。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 私からお答え申し上げます。  第二期計画の目標と申しますか、それはいま先生のおっしゃるとおりでありますが、私どもといたしましては、第二期計画は、北海道の後進性を克服して自律的発展の基礎固めにするという意味におきましてこの計画を推進いたしました結果、各種の、産業基盤でございますとか、あるいは社会生活基盤の整備が格段と進みまして、また、農林水産業の振興あるいは工業の開発等にもかなりの成果がございまして、統計的に数字を見ますと、おおむね所期の目標を達成しておるというようには考えております。しかし、いま御指摘がありました第二期計画の目標という観点から見まして、われわれとして相当反省をしなければならぬ面が幾つかあることも事実でございます。  その点、私どもとして、どういう点が目標に照らして問題があったかということを若干申し上げますと、第一点が人口の問題でございます。これは先ほど大臣からもお話ございましたように、昭和三十年代の、特に後半、わが国の経済の高度成長の過程において、本州方面のいわゆる太平洋ベルト地帯に人口と産業が集中するという傾向が非常に顕著になりましたために、当初この計画がねらいましたような人口の目標を達成することができなかった。目標といたしまして、昭和四十五年に五百八十六万人という目標を立てておりましたけれども、実績は五百十八万人ということで、達成しなかったということがございます。  これは、その裏づけというとことばがおかしゅうございますけれども、この第二期計画でねらっておりましたいわゆる基幹的な工業を相当大量に北海道に誘致して、工業の生産をその辺で大いに伸ばしていこうという計画があったわけでございますが、これが三十年代後半の太平洋ベルト地帯への集中ということによりまして、そういった基幹的な、主として重工業方面といいますか、そういう産業が思ったほど来なかったということがその力になっておるかと思うわけでございます。しかしながら、これは、当時といたしましては全国的な傾向でございまして、この期間は、昭和四十年度以降をとってみましても、いわゆる太平洋ベルト地帯の関東、東海、近畿の三地区を除きまして、他の大部分の地区が人口が相当減っておりますが、北海道につきましては、若干ではございますけれども、わずかに増加しておるということがございまして、そういう消極的な意味では若干の効果はあったと思いますけれども、それにしましても、いまの工業の誘致、人口の確保という面については、目標とは相当ずれたということはいなめない事実ではなかろうかと思うのでございます。  それから、(多田委員「まだだいぶん長いですか」と呼ぶ)いえ、もう簡単でございます。あとは第一次産業の問題がございます。酪農を中心といたしまして、耕地面積の拡大が当初計画したほどいかなかったということがございまして、相当大幅に伸びましたけれども、牛の頭数の伸びが目標どおりいかなかったということがございます。  それから、同じく第一次産業に属するものでありますが、石炭が、例のエネルギー革命によって相当減少せざるを得なかった。  こういう点が非常に目標と狂っておる点だと思います。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 おたくで出した開発計画の最後の到達点というか、実績ですか、これを見ましても、たとえば産業基盤の整備の実質達成率は一〇二・八%になっているのですね。ところが、社会生活基盤の達成率は七八・四%、こういう数字が出ている。これが一つ。それから、いま言った北海道の人口。北海道は、終戦直後以来、人口、食糧の吸収地もしくはその産地として非常に人口がふえてきた。ところが、二期計画の中で、人口が停滞していっているのですよ。そして、二期計画の最終年度の四十五年には、北海道の人口の伸び率は、全国が五・五%であるのに対して、わずかに〇・二%。昭和二十五年からしばらくの間は全国よりはるかに上回っていたが、このように人口が減ってきている。しかも、人口が減りながら、先ほどあなたがおっしゃったように、札幌、苫小牧を中心とする道央の新産都市、ここには人口が過剰に集中してきている。つまり、全国的には北海道は過疎的な現象を持ってくる、そして、さらにその北海道の中で過疎、過密が激しくなってくる、こういう問題をはらんでいるということです。同時に、あなたは農民の離農率を言わなかったけれども、農民の離農率は、四十五年には全国平均の三倍なんです。いかに北海道の農民が農村から追い立てられたかということなんです。時間がないから、数字は一々言いませんが、漁民もそうです。中小企業の倒産、これまた全国最高の部類です。私は資料を持っていますが、時間がないから言いませんけれども。そして、医師の普及率、これまた、全国でうしろから数えて十一番目。これは政府の統計です。それから、労働災害日本一。海難事故日本一。物価は日本一に高い。賃金はどうか、終戦後十年ぐらいは非常に高かった。ところが、いま平均賃金は全国でも低いほうです。上下水道の普及率、これも低い。交通事故死三年連続日本一。石炭産業はあなたのおっしゃるとおり。そして、そこから出た労働力は流動して東京その他へ行ってしまう。それから、北海道の美しい自然も、御承知のとおり、商業資本その他によって破壊されてきている。  そこで伺いたいことは、あなたは成果があがったといって数字をあげておられる。私はこの数字を一がいに否定しない。確かに、道路も一部よくなったでしょう。便利になったでしょう。だが、あなたの見方と私の見方では違う。はっきり平行線をたどる。どうしてか。私の観点というのは、生きている北海道の道民の生活実態がどうなったかということを言っているんです。あなたは生産の数字をあげている。ここに列島改造が批判され、いままでの高度経済成長が批判されている。いわゆる生産第一主義なんです。私は生きた道民を問題にしている。北海道の美しい自然を問題にしているんです。北海道の母なる石狩川には、もう魚が住まなくなってきた。だから、炭鉱のスクラップ・アンド・ビルドが、まさに国土の上にも産業の上にものしかかってきた。私は、北海道総合開発だけにすべての責任があるとは思わない。その根本にあるのは政府の施策だ。つまり、従来指摘されてきた生産第一主義、企業の利益第一主義、そしてもうけないものはこれをつぶしていくというやり方。だから、地場産業がつぶれていく。こういう結果に北海道開発が手をかしている。それがすべての原因ではないけれども、ここに私は問題を一つ指摘したい。  第二番目。確かに、先ほど言ったように、道路やダムができました。漁港もある程度整備できましたよ。しかし、ここで、あなた方の言う自由主義社会、資本主義社会で一番命よりも大事な金がどこへ流れたのかという問題です。  一例をあげましょう。札幌、小樽のビルの建設の砂利の過半数を出しているところは、あれは当別川です。この数年の間、当別川の砂利が取られて、水位が下がり、地下水が出なくなって、当別では井戸水もくめなくなってきている。いま問題になっているんです。しかも、遡河性の、川をさかのぼる魚が上がらなくなってきている。だれがここでもうけたんですか。だれがここでもって損をしたんですか。それから、札幌の地下鉄を、オリンピックを前にして、約五百億の金でつくりました。だれがこの仕事をやりましたか。名前は言いませんが、道外から来た大手業者です。しかもそれが孫会社、ひ孫会社——働いて、落盤で死んでいるのは北海道の労働者です。天引きで何億という利益をあげている。だから、北海道の中小企業は土着で生産性が上がらない。伸びないんです。これはオリンピックにしてもそうだし、万事がこういう状況になってきているじゃないですか。あなたは数字をあげているけれども、その数字は、私は否定はしないと言っているんですよ。しかし、その数字の上でも、一番肝心な働く者の生活基盤がおくれてきている。しかも、実態としてこうなってきているじゃありませんか。先年、田中総裁が来まして、政治の要諦は国民の生活をよくすることだと非常にうまいことを言った。それを貫いてもらえばよかったんだが、その政治の要諦がどうなっているんですか。そのことを私は皆さんに言いたいし、私が今回この質問に立ったのも、まさに開道百年の北海道の道民が内国植民地として苦しめられて、差別を受けてきた、このことを告発したいんですよ。それに北海道開発はどういう手をかしたのか。  少し長くなりますけれども、もう一つ言います。  後進性を克服したと言うけれども、一体後進性が克服されたのか。テレビやラジオの普及が今日の日本において国民の幸福じゃないと思う。これは、多くの学者その他が見ても、北海道の後進性については、かえって格差が深まったと言っているんです。これも時間がないから多くを言いませんけれども、ですから、問題は、そういう角度からあなた方にひとつ見ていただきたいということです。その点について大臣にちょっと伺いたい。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 御指摘の点は重要だと思います。しかし、北海道開発を行なわなかったらどうなるのか。もっと極端だったでしょうね。ですから、そのひずみがあるということを、また暗いかげりが出たことを、私否定しようとは思いませんが、手をかさなかったら一体どうなったか。二十年来北海道開発庁が開発をしなかったら、もっと北海道は人口が流出して、過疎地帯でどうにもならないところになったのじゃないかということは、想像にかたくありません。それが北海道開発庁のあの開発推進によってとめることができた。たとえば、中小企業の倒産と申しましても、これはやはり、どんどん人口が流出してしまったら、もっとひどいことになったのじゃないかと思います。北海道の場合一番顕著なのは、石炭産業の衰微、これもいわゆるエネルギー源の大変貌というものが世界的にもたらした一つのひずみであります。だから、ほっておいていいものじゃありませんから、政府でもこれに対してあらゆる対策をしております。しかし、もしあのとき開発が積極的に行なわれていなかったら、もっともっと中小企業もひどいことになったであろう。終戦直後、人口がどんどんふえたというのは、日本全体が第一次産業にたよらざるを得なかった。特に農業、漁業で、日本人の食糧の豊庫であるといわれる北海道の位置づけからいって、そこに一次産業の従事者がどんどん集まったということは想像にかたくありません。しかし、日本全体が経済的にも繁栄した、一方では福祉も促進されたという形になって、必ずしも北海道に食糧を求めなくても、本州自体でもどうにか食糧が自給できる体制になり、これでむしろ今日のように、過剰な体制にまで発展してくることができた。これは北海道のみならず、戦後のことを言うならば、東北にいたしましても、あるいは日本海側の北陸地域等にいたしましても、人口はそんなに減らなかったわけです。それが、今日ここに来て急速に減り出した。それが日本列島改造にもつながるわけでありまするが、北海道の場合は、二十年前からこれに対策をしたというところに大きな意味があるし、また、北海道開発庁としての存在理由は、私、胸を張って、役に立ったものであるということが言えるというふうに思うのであります。札幌のビル建設のために砂利がなくなって、水位が低下した。これも、なるほど御指摘のようなことはあろうかと思います。これは本州にもあることでございまするが、井戸水は、衛生上からいいましても、簡易水道に切りかえていく。願わくば正規の上水道にしていくという時代でありますからして、そろいう水道施設などの整備についても、開発庁はなおざりにしておるものではないわけであります。  それから、地下鉄の工事で本州の大手業者が来た。これは地下鉄の工事を促進するという時間的な問題もありましょう。それよりも、もっと根本的な問題は、技術的な問題だと思うのです。これは一がいに、大資本だからけしからぬといって言い切れるものではないのであって、やはりそこには、技術と合理性を兼ね備えた業者が本州にはあるということ。北海道には、残念ながらまだその技術と合理性、促進性を兼ね備えた業者がなかったということ。したがって、これを、下請から何から全部本州から連れていって事を処したということになればおしかりをいただかなければなりませんが、地場産業、地場業者と緊密にジョイントして建設が進められたということであれば、これは結論として北海道のためにやはり役立っておるというふうに思います。  しかし、一々の御指摘については、今後そういう深刻な問題が少しでも緩和をされるように、開発庁長官として留意することはもとよりであるというふうに考えます。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 いま、大手が来る云々という話がありましたが、私は、開発庁の持っておる技術を、北海道にかなりおる中小業者に貸して、ほんとうにそこでやらせるようになぜしなかったのかと言いたい。これはできると思うのです。しかも、この落札については、いろいろな不明朗なことがあって、札幌市議会でも問題になった。問題はそこなんです。ほんとうに北海道の土着の産業を発展さしていき、道民やあるいは中小業者を発展させていくのであれば、北海道開発庁はそういうことを考えてもいいのではないか。これは、かなり多くの業者から支持を受けたし、現実に北海道の開発局の中堅幹部の人も、北海道の開発に情熱を持っている人がいるのですが、その人たちが、そういうことをやられるならばたいへんしあわせであるとまで言っているのです。だから、眼のつげどころが違うのだということを私は言っているのです。  それから、先ほど地下水のことを話しましたけれども、上水道が引けないのです。水が足りない、調べてください。  それから、北海道開発をやらなかったら云々と言いますが、私は、北海道開発をやるなと言っているのではない。かりにやるにしても、やる観点がどういう観点からやったらいいかということを問題にしているのです。  さて、次に質問します。二期開発でもってこの道央新産計画をやられたのですが、周辺にどういう効果を与えたのか。たとえば、あの二十万以上の北海道の経済の中心であった小樽がいまどうなったか。私、この点についてちょっとお話し申し上げたいと思うのですが、昭和四十五年、つまり二期計画が最終年度に当たる年ですが、このとき、新産都市計画によれば、小樽の人口は二十五万二千人にする予定であった。貨物の取り扱いは、同年までに五百八十万トンにする計画であった。ところが、実際は、人口はまさにその年の前後から減り始めてきている。そして、ついに四十五年には十九万一千八百五十六人と、これは減ってきているのです。それから、貨物はどうか。貨物は四百四万トン、減ってきているのです。しかも、これを苫小牧港と比べてみるとどうなっているでしょうか。これも数字を一々聞いていたら時間がございませんから、私が開発局で調べたのを言うとこうです。小樽は昭和四十年の貨物の取り扱いが五百五万トン、それが四十五年の第二期総合開発の終わるときには四百四万トン、四十六年には四百二十五万トン、ずっと減ってきている。ところが一方、苫小牧港はどうなっておるか。四十年には三百二十一万トン、それが四十五年には千百十三万トン、年々激しく累増してきている。そして、北海道知事も、質問に対して、小樽の港は苫小牧の影響を受けているということを答弁している。こういう状況なんです。しかも、その小樽のわきに、今度新しく石狩湾新港をつくる。これは道央開発の一つの目玉として、北海道は先行投資で千五百町歩の後背地を買い占めた。しかも小樽には、いままで都市銀行のほとんどがあった。いま残っているのは三井銀行だけです。全部引き揚げた。一体、これで道央新産都市第二期計画が成功したといえるのでしょうか。過疎過密を解消するという第一の目的は一体果たされたのでしょうか。これを伺いたい。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 ただいま先生御指摘の、小樽の人口の減少と、貨物の取り扱い数量が非常に減少しておるということは、まさにそのとおりでございます。新産都市は、いわゆる道央新産都市という計画でございまして、三十九年にできた石狩支庁管内全体を包括する計画でございますので、これは、その地域全体としての人口なりあるいは生産手段なりの目標は相当程度、あるいは相当程度以上に達成したというように考えます。これによって、北海道全体の発展に対して非常に波及効果があったというふうにわれわれは考えておるわけでございます。  何せ、小樽につきましては、一つは、これは石炭の問題がございまして、特に、港湾の取り扱い貨物につきましては、石炭の取り扱い量が非常に急激に減ってきた、半分以下になってきておるということが非常に大きな理由でございます。これは確かに先生御指摘のように、苫小牧のほうから石炭を積み出すようになったということが一つの理由であることは否定できないと思いますけれども、石炭産業全体の伸び悩みという問題も一つあったと思います。それからもう一つは、小樽の市の地形が、天然の良港でございますけれども、後背地が非常に急峻で狭いというところに非常にむずかしい悩みをかかえておったと考えるのでございまして、今後この小樽の地域が、数字的に人口がたとえ減ったといたしましても、質的に小樽の持っておりますところの港湾機能でありますとか、あるいは確かに町としては後背地が狭うございますけれども、その上に登れば非常に豊かな観光資源等もございますので、そういったような有利な条件。それから、石狩湾新港をつくることによって小樽がさびれるのではないかという御指摘もありましたけれども、むしろ、石狩湾新港をつくることによって、両者相まって有機的な連係をはかって、シベリア方面等との交流もこれからふえてくると考えられますので、そういう面においてむしろ新しい日本海時代をつくるんだ、そういうような構想で拡大をはかっていくということも可能であると思いますので、われわれ、これからその計画をやっていく上におきまして、そういう観点に立って力を入れていきたい、こう考えております。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 どうも納得できない。本気になって小樽の港を中心に発展させようとするならば、観光なんということばが出るはずがない。小樽の市民と小樽の港を非常に侮辱したことばですよ。真剣に小樽を発展させ、しかもあなたの言うように総合的に北海道を発展させようとするならば、あの近代的設備を持った小樽の港をフルに運用して、足りないから石狩湾新港をつくるというなら話はわかる。計画はそうなっていないのですよ。そしてまた、ほんとうに小樽の港を発展させようとするなら——苫小牧港はもともと工業港としてつくられた港なんです。なぜ商業物資を、札幌に近い小樽に揚げないのですか。  そこで私は、自治大臣に伺いたい。  ほんとうに総合的な北海道開発をやろうとするならば、苫小牧港と小樽港の荷揚げの問題をほんとうに均衡あるものにしていただきたい。これをひとつ検討していただきたい。  それから第二番目には石狩湾新港、これについては私は再検討してもらいたい。しかもこれは自治大臣に私は申し上げたいのですが、小樽の市民や市以外で、政府のこの石狩湾新港をつくることに非常に反対がある。目と鼻ですからね。これは千数百億の金を投じてつくるのです。そこで道と、これは国も入っていると思いますが、新たにつくる石狩湾新港については、出先水面を持っている石狩町と北海道とが新港の管理組合をつくることになっている。ところが、これに小樽を一枚かまさないといかぬ。小樽は新港のところに出先水面を持っていない。それで、わざわざ石狩町の出先水面に当たる四十数ヘクタールのところを境界変更して小樽に編入してまで、小樽をこの港湾管理組合に入れたい、こういうむちゃなことをやって地域住民に動揺を与えている。これは自治の破壊ですよ。こうまでして何で石狩湾新港をつくらなくちゃならないのか。この辺のところが、道民や、小樽の市民や、有識者がこの三期計画に重大な不安を持っている一つなんです。依然として苫小牧、室蘭、札幌、石狩等の道央の過密を進めていく結果になることははっきりしている。たとえば、これは三期計画によると、三期計画が達成される五十五年には、人口は北海道百八十万という計画です。そして、自治省の指示によってつくられた札幌生活圏、広域市町村圏、ここの人口は現在百一万、これは昭和四十五年ですが、これが五十五年には百六十五万です。北海道に占める人口の比率がいまよりもっと札幌中心になっていく。しかも三期計画では、農村の就業者をさらに四四%削減して二十三万人にする。いいですか。半分の農民を削るといっているのです。林業はどうか。二三%減らして、三万五千人にするといっている。漁業は二五%減らして、七万人にするといっている。そうすると、この流動する労働力はどこへ行くのでしょうか。道内にとどまろうとすれば、当然これは道央に集まる以外にない。この人口構成から見ても、三期計画の目標からいっても、重大な矛盾をはらんでいる。そういう意味で私は自治大臣に伺いたいことは、こういうむちゃなやり方をまずやめさせるということが、あなた方の言っているところの、ほんとうに総合的で均衡のある発展を行なっていくことになるのではないか。小樽は港で栄えた町であるし、港以外にないのだから、ここをどうやって発展させていくかというほんとうの立場がそれで貫けるんじゃないか。この辺についてひとつ伺いたい。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 小樽と苫小牧の港の利用率を平均すべきではないか。これは、地元の代議士としておっしゃる意味はよくわかりますが、御承知のように、小樽の場合は、さっき総務監理官が言いましたように、石炭産業の衰微というバックがありましょう。それからもう一つは、戦前でいいまするならば、あれが樺太方面に向けての唯一の良港であったということ、それからニシン漁が盛んであったということ、そうすると、最近では、石炭が衰微をし、また以前からの流れというものを考えまするならば、樺太とは全然交渉がない。したがいまして、これは、いま小樽が衰微したから苫小牧を開発するのはやめさすというのはちょっと極論だと思うのです。苫小牧も大いに発展したらよろしいし、衰微をした小樽もなお盛んな、天与の良港として利用されるようにしたらどうだろう。こういうことであれば、私どもとしても、十分これには考慮を払うにやぶさかじゃありません。特に、冒頭に申し上げましたように、日ソの平和交渉が進み、樺太及びソ連邦のそれぞれの地域とももうすでに経済交流も始まっておるわけでありまするから、こういうものが活発化するにつれて、小樽の天然の良港というものがもう一ぺん見直される時期が必ずくる。また、そこに開発庁として意を用いていくことは今後とも可能なことであるというふうに考えています。  それから、林業、農業の人口を減らす。これは別に農業人口の首切りだとか、そういうものじゃ絶対ないのです。要するに、第一次産業である専従農家をどう調整するのか、林業にしかよらなければならない北海道住民をどうするのか、これが要するに、自分の食べる分だけは確保しながら、もっと豊かな生活を求めて働く場所を北海道につくり上げていこうということであって、農民全体を否定するものではありません。農業プラスそこに働く場所を与えることによって、もっと高度な生活ができるようにしていく計画、ビジョンというものをもってこういう数字が出ておるわけであります。したがいまして、よくそのあたりをにらみつけながら現実の政策を推進していくことは必要である、こういうふうに考えます。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 次の質問に移りたいと思うのですが、いま、苫小牧港がやはり否定できないというようなお話しでございましたけれども、そこで私伺いたいことは、これも端的に答えていただきたいのですが、三期計画、昭和四十六年から始まるこれの目玉商品は何ですか。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 三期計画の目玉商品は何かということでございますが、目玉はいろいろございますけれども……。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 目玉ということばがますければ、戦略的重点でもいいですよ。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 戦略的重点と申しましては、ただいまお話が出ました苫小牧港東部に大規模な港湾をつくり、大規模な工業基地をつくるということも一つの戦略的な重点でございます。  それと、もう一つ、北海道の酪農を国際的な規模のものにしていこうということで、道東でございますと根室でございますとか、あるいは天北にいわゆる新酪農村という大規模な酪農農村を建設していこうというのも、これが大きな一つの戦略的な重点でございます。例として二つあげました。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 三期計画のこまかな人口だとか、あるいは鉱工業生産、一つ一つ伺いたいのですが、これはやめましょう。  そこで、一つ例をあげましょう。  大蔵省の北海道財務局が、四十七年十二月に、「本道経済の回顧と展望」というものを出していますが、その中で、「四十八年本道経済の課題」というところの(1)で次のように書いてある。「第一には、国民福祉の強化のための国の財政政策の推進に対応して、本道の開発計画の今後の進め方について道民生活の均衡ある発展を確保する立場からの抜本的再検討が加えられるべきことである。」あなた方と同じ政府の、しかも大蔵省の出先がそれを書いておる。それから、同じ(1)のところに、「施策の優先度の選択とその効率の確保について道民のコンセンサスを合理的に集約し得る体制の整備を図ることが急務であり、また、各般の施策が住民の真実の生活論理に照らして長期的に整合性を誇るものでなくてはならない点が強調されよう。」と書いてある。そして、(3)には、「本道の二次産業構造の高度化を進めるうえで企業進出に対する道民全体の総意による逆選別」と書いてある。道民が逆に選別しろ、上からの選別だとか企業サイドの選別じゃなくて、道民全体の総意によって逆選別を強化することが必要であると書いてある。このことは、さらにあとに、「本道の長期的な開発計画との調和を確保する立場から進出企業に対して道民全体の総意による強力な逆選別が行なわれるべきであろう。」ということを書いてある。もちろん、これを書いている立場というものは、決して三期計画に反対の立場ではないと思うのです。しかしながら、北海道の今後の開発の問題を考えるときに、あなたが言っており、私が目玉商品と言い、戦略的な重点と言った苫小牧東部のあの大規模な工業基地の建設、これを中心にして道政が動いていると言っても過言ではない。その先行投資のために百八十五億で土地を買う。それで足りなくて地価が上がるから、二百五十五億に上がった。ところが、先に売った農民は、安く道に買われたからお札金をくれといってまた要求してきている。おそらく三百億になるだろうといわれている。倍です。道にかぶっていく。道はととし予算が四千億ですか、その中で、もう自前で使える事業費は百億もないだろうといわれている。これは道が言っている。このように自治体に困難を与えてきている。  私は、そこで一つの問題を大臣に伺いたいのですが、函館圏総合開発計画、これがいまとんざしていることは御承知でしょうか。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 聞いております。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 開発庁に伺いたいのですが、三期計画の中で、函館圏総合開発計画がどの程度の比重を持っているのか、それを述べていただきたい。というのは、昨日の函館の市議会で、沿岸漁民が反対して、とうとうこの三期計画を実質的に中止をせざるを得なくなった。しかも、田中総理が書いた日本列島改造の地方コンビナート、中規模コンビナートとしてあげられているところです。これが三期計画の中でどういう位置づけを持っているか、言っていただきたい。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 お答え申し上げます。  三期北海道開発計画におきましては、いわゆる中核都市圏構想という構想を一つ持っておりまして、これは釧路でございますとか、旭川でございますとか、いろいろございますが、函館もその一つといたしまして全道の均衡ある発展をはかる。さっき先生が御指摘になったような道央偏重であってはならないという観点から、各地域の中核都市圏というものを整備していくという構想を持っております。函館圏がその一つであるということは事実でございます。いまの計画につきまして、開発庁としてはそういう構想を持っておりますが、具体的には、地元の函館市及びその周辺の四町が昭和四十五年の六月に函館圏総合開発基本計画を作成いたしまして、その中心的な課題として、御指摘がございました、いわゆる矢不来地区というところに港湾機能を拡充いたしまして、臨海工業地帯を造成するという計画をおつくりになったわけでございます。  それで、わが庁といたしましては、函館の地元におかれましてそのような計画を自主的にお立てになったということを含めまして、先ほど申しました各地域の中核都市圏構想というのは、実は開発庁がこれからつくりつつあるわけでございますが、函館圏中核都市圏構想を現在これからつくろうとしておるわけでありますが、その中核に、函館の地元でおつくりになった函館圏総合開発基本計画というものを十分念頭に置いてつくろうということで調査検討しておるところであります。ところが、先ほど先生御指摘のように、矢不来地区の港湾計画につきまして、漁業関係者その他から非常に大きな問題が起きまして、問題が生じておるということは私どもも承知しておりますので、もしこれが、地元でもって地元民総体の合意が得られないということでこの計画ができないということになれば、函館圏に関する中核都市圏構想も変わったものとしてつくり直さなければいかぬだろうというふうに考えている次第でございます。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 三期計画では、鉱工業生産は五兆四千九百二十億にするという大まかな数字が出ている。それからまた、苫小牧の東部は一兆三千億円にする。ところが、函館開発圏、これについてはあなたは数字をあげていない。下から積んだものだ。しかもこれは三期計画に入っているのでしょうね。

山田嘉治北海道開発庁総務監理官

○山田(嘉)政府委員 三期計画の数字全体として、鉱工業生産額五兆三千億というものはマクロ的な計画でございまして、下から積み上げ計算にはなっておりません。しかし、御指摘のように、苫小牧地区の計画なりあるいは函館地区の計画なりが入っていないといえばもちろんあやまりであります。入っていると考えるべきでありますが、計算の根拠といたしましては、五兆三千億は積み上げ計算ではございませんので、さよう御了解願いたいと思います。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 ですから、三期計画というのは、依然として苫小牧中部を中心にする開発計画であり、先ほどあなたが言った波及効果論です。一つの拠点をつくって、そこをうんと大きくすれば、やがて全体がよくなっていくだろう、この立場なんです。実は、過去の高度経済成長のもとで、四日市にしても、鹿島にしても、太平洋ベルト地帯をつくり上げて、それをやれば国民の生活は上がるだろう、あるいは国民生活全体がよくなっていくだろうという、こういう立場こそが全体の不均衡を生んでいると言っているのです。だから、まさに先ほど大臣の言ったようにモデルじゃないのですよ。過ぎ去った失敗を繰り返して、それをもう一回北海道の三期計画でやろうというだけのことです。しかも、函館は小さくないです。人口一万、二万の町であればいいのですが、あそこに今度新幹線が入る。政府なり皆さんが宣伝しているトンネルができる。そして、二十万以上の都市でしょう。列島改造の中でも、函館の中規模コンビナートも書かれている。そういうものの数字があがらないでいて、ミクロ的かマクロ的かわからないけれども、そういう計画自体の中にある政府の北海道三期計画が依然として苫小牧中部中心、それにつけ加えれば根釧の酪農地帯でしょう。私は、それ以外にこの三期計画の中から見れないのです。依然として大規模なコンビナートをつくる。そこに膨大な金を投資していく。だから、そこから波及していくだろう。ところが、先ほど私があげたように、人口構成からいっても、道央に集まるようになっている。一体どこが目新しいのですか。同じ県にある目の前の小樽がこういうさびれ方です。そういう意味で、三期計画は皆さんの言っているようなものではない。もう手のひらを見るようにはっきりしている。ですから、私が大臣にお伺いしたいことは、こういう三期計画を、皆さんが言っている道民の福祉をほんとうに総合的に発展させる意味で手直しさせる必要がある、もしくはやめる必要があるというお考えがあるかどうか、ひとつ伺いたいと思います。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 どうも少し話が極端になるような気が私はするのですね。たとえば函館の問題というのは、五十一年にはトンネルが開通するというわけで、これは本州に一番近い玄関になる地域であります。苫小牧東部は新たにつくり上げていこうということで、文字どおり開発であります。ですから、函館の開発ということはもとより三期計画の中で考えておるわけですが、苫小牧東部であるとか根釧の、いわゆる新酪農大型農村の建設という問題とはこれは全然違うのですね。むしろ、いまおっしゃるようなことが苫小牧をなおざりにして函館に行なわれるならば、本州で見られるように、また過度な人口集中というような形で、あなたが指摘されるのとはまた別なひずみが起こることも考えなければなりません。したがいまして、ここのところはいま、苫小牧東部、そして根釧地域の天北を含む大酪農農村の建設、これは目玉にしておるわけです。したがいまして、函館をなおざりにしておるわけではない。これはいま開発庁が極端にこれにスポットを当てて手を差し伸べなければ何ともならないという地域ではないのです。むしろ、人口の過度集中を排除し、適正規模で函館をおくことが将来の中核都市としての機能を発揮する上に理想的であるという考え方も私はあると思います。理想的な中核都市としての函館をどうあらしめるべきかという計画は、事務当局においても十分持っておるわけですから、そういう見地に立ってのお尋ねならば、当然満足のいくお答えができるであろうというふうに考えます。  で、三期計画を手直しをしなければならないのではないかということは、私、いまそういうふうには考えておりません。しかし、計画はあくまで計画でありまするから、地元住民、それをまた代表される多田さんなどの意向を参酌する、これはあっていいことだと思っております。しかも、多田議員は、北海道開発審議会の委員に今度新任されたわけでありますから、ひとつ、対立という形でなしに、やはり話し合いの中へ入っていただいて、ともに開発を進めるという形で、愛着と愛情を持って激励をしていただきたい、こういうことでお願いしたいと思います。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 北海道に対する愛着と愛情は、大臣、私のほうからむしろ申し上げたいくらいですよ。率直に言って私はそう思っておる。石狩川と聞いただけで心のはずむような男なんですから。  私が言っているのは、三期計画の中で、苫小牧東部についてはかなり詳細な計画が出ておりながら、函館のような重要なところの計画については数字さえあがってない。だから、依然として本質は苫小牧東部を中心にする三期計画じゃないかと私は言っている。  さて、大臣が予算委員会へ行かれるというからもう少し……。あなたが来るのがちょっとおそかったのです。私は、議会制民主主義を守るたてまえから、もうすぐ終わります。  実は、私はかなりの項目の質問を出しておいたのですが、もちろんそのごく一部で終わりますが、ただ最後に申し上げたいのですが、いま、苫小牧東部のあそこに、鉄鋼、それから石油精製、石油化学等々の大企業を入れる予定だけれども、実際には、いま申し込んできているのは石油メーカーだけ。しかも、一日百万バーレルという三期計画の目標に対しまして、それはまさに三百万バーレル、これは日本にないでしょう。いまそういう申し込みです。鉄鋼はいまの円・ドル問題——あるいはまた、非鉄金属にしてもなかなか見通しがつかない。先ほど言ったように、道は土地は買った、膨大な金を使ったが、こういう、まさに公害の企業が入り込んできているのです。  それから、いま一つ大事な問題があります。それは、あの一万ヘクタールの苫小牧の工場をつくるところで、これは大臣お聞きになっておると思うのですが、東北文化と北方文化が交流した大事な古噴が、全国に例のないほど入っている。いいですか。そしていま、北海道の考古学会からは、あそこの部分の開発をやめてもらいたいという意見さえ出ている。おととい道の教育委員会に聞いたら、これについては手がつけられていない。この問題が一つある。  それから、今度は東部に厚真という港をつくる。これに漁民が反対して、いまでも納得していない。  それから、東部開発に水を引くのですが、水を引く川、斜里川というところは、大臣が北海道へ行って食べられているシシャモ、そのシシャモを漁民が営々と苦労して、ようやく養殖をして、いま収穫が半分とれるだけになってきている。ところが、ここから水を取るというと、あの水に敏感なシシャモは上がってこないということで問題になっている。それから、環境庁からクレームがついております。こういう問題が解決するまで苫小牧の東部の港開発については私はやめてもらいたい。  それを一つ申し上げたいことと、それからいま一つは、内容はどうあろうとも、少なくとも、今度国土総合開発計画の中には、まだ福祉や何かうたわれていますよ、表向きだけでも。北海道開発法は、まさに資源の収奪を目的にしたような法律ですよ。何にもないのだから。国土開発だけだから。私は、時代おくれだったこの北海道開発を、いよいよ根本的に、住民サイドで、総合的な観点から改正するときに来ているのじゃないかと思う。  この二点について、大臣の御所信を伺いたいと思います。

江崎真澄自由民主党自治大臣・国家公安委員会委員長・北海道開発庁長官

○江崎国務大臣 住民中心の、住民の意向を参酌した開発、これはもう当然なことだと思います。いまの開発が押しつけであっていいはずはありません。そういう意味では、開発庁においても、十分道民の民意をくみ上げて進めておるわけです。  それから、なるほど石油産業のみが現在手をあげて苫小牧東部への進出を希望しておる、そのとおりでございます。ところが、これはまだ開発途上でありまして、日本の企業全体という広い視野に立てば、十分宣伝が行き届いておりません。それからまた、計画的な誘致もまだ始まっておりません。ほんの緒についたばかりであります。したがいまして、私は審議会でもちょっと申し上げたのですが、本州から原料資材を入れて、そして、加工をしてまた本州の消費ルートに乗せるということを企業に呼びかけてみても、なかなか実効があがらないのではないか。むしろ、北海道というのは、公害のない輸出基地として、輸出産業などに着目して、もっと計画的に組織的に呼びかける必要があるのではないか。いまおっしゃるように、小樽は天然の良港で、苫小牧は人工でありまするが、これもりっぱな港として完成しつつあります。したがいまして、こういう港を中心に、特にアメリカ大陸、それからまた、今後は北方との関係が密になりまするから、ソ連邦を含めてカナダ方面等とかアラスカ、そういったところとの輸出貿易企業というもの、産業というもの、これを誘致すれば北海道の地場の企業というものも相当潤うのではないか。こういった点を十分掘り下げて、ひとつ検討してまいりたいというふうに考えております。

多田光雄日本共産党・革新共同

○多田委員 たいへんかいつまんだ質問であれですが、私もまだ十分納得できておりません。したがって、この東部開発にしても、第三セクターの問題、それから自治体との関係、あるいはニュータウンの土地がいまだに取得されていないという問題、これらの問題について、いずれ委員会でまた質問したいというふうに考えております。

中村弘海自由民主党

○中村(弘)委員長代理 次回は、明二日金曜日、午前十時から理事会、午前十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。    午前十一時三十八分散会

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