大蔵委員会 第17号
- 発言数
- 90 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1973/03/27
会議録
○鴨田委員長 これより会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案、租税特別措置法の一部を改正する法律案の各案を一括して議題とし、質疑を続行いたします。佐藤観樹君。
○佐藤(観)委員 過日に引き続きまして、今度は年金に対する課税の問題について私は少々お伺いをしたいわけであります。 私は金躍日に、この減税法案というものは一体どちらを向いているんだ、何を目ざしてやっているんだということについてお伺いしました。また、税調の答申には社会福祉国家を目ざしてということが書いてあるわけですけれども、社会福祉国家の大きな柱である年金に対して一体どういう課税措置がとられているだろうかということになりますと、私は、ほんとうに福祉国家を目ざしているのかどうかということについてはなはだ疑問を持たざるを得ないわけであります。 時間がありませんので詰めてお伺いをしたいと思うのでありますけれども、まず、公的年金、厚生年金あるいは国民年金、これに対する課税の問題についてお伺いをしたいと思うのであります。この場合には負担は事業主、それから本人の負担、この二つが出てくるわけでありますけれども、まず、これについてはどういうような課税がとられているか、それについてお伺いしたい。
○高木(文)政府委員 公的年金につきましては、事業主の負担分は性質的には従業員の給与所得ということになるのかどうかという問題があるわけでございますが、従業員の給与所得としての課税はしないで、単純に企業の損金として扱っております。本人負担分は所得税法上の社会保険料控除ということでございますので、所得控除で実際上課税に関係なしということになっております。
○佐藤(観)委員 今度それをもらうときの段階でありますけれども、いま給与所得として課税されている。サラリーマンの場合には給与所得控除がありますから、実際にはおそらく課税されない段階になると思うのでありますけれども、この給与所得として課税するこの精神というのは一体どういうことでございましょうか。
○高木(文)政府委員 公的年金につきましても、他の年金と従来は同様に考えておりまして、退職後一種の在職中の勤労に対応するものとして支払われるものと観念して、そういう意味で給与所得としての課税が行なわれてきておるわけでございます。今回御存じのように一部非課税のような特別措置を設けることを考えておりますが、基本的性格としては、所得の十種類の分類の中からいえば給与所得と見るべきであろう。ある意味からいいますと、いわば給与所得控除が働くことによって必要経費その他の問題をそういう形で処理するという考え方、それからもう一つは、やめた後も他に給与所得がある方が相当ありますので、そういう場合はそういうものと一緒にして給与所得として見ることが妥当ではないかという思想から出ているものと思います。
○佐藤(観)委員 その場合、私はすべての年金について言えることだと思うのでありますけれども、年金というのは、そのかけたときの状態によるわけでありますけれども、給与の一部、つまりあと払いであるというふうに課税当局としては考えているのか、この点をもう一度確認をしたいわけであります。
○高木(文)政府委員 確かにあと払いの性格もあると思います。思いますが、単に給与所得として課税をしているというたてまえはあと払いということだけではないのではないか。きわめて理論的な問題のほかに、現実的な問題として、これらを受けておられる方がやめられたあとから他に給与所得があるという場合が多いということであるとか、それからもし見るとすればたとえば雑所得として見るかどうかという問題があるわけでありますけれども、それよりもむしろ給与所得控除を一律に適用したほうが簡素であるというようなこともあると思います。そういう意味で、給与のあと払い的性格に着目してその上で給与所得だという、そういう理由だけで給与所得として見るというわけでも必ずしもないように私は思っております。
○佐藤(観)委員 これはもう少し広い観点から、ほんとうは大蔵大臣にでも来ていただいてお話をお伺いしたいのでありますけれども、これから国民福祉の時代だ、福祉社会の時代だ、こういうことを言っておきながら、現実には、たとえば公的年金がはたして幾ら支給されるかということになりますと、十年かけて六十五歳以上いままで五千円だったのが、今度の法案で改正しますと月々一万二千五百円になるということですね。一万二千五百円でいま生活ができるわけがないので、これは課税当局に聞くのは当を得てないかもしれませんけれども、少なくとも課税当局としてこの年金というものを——今後、福祉社会というからには、やはり年金が老後の生活の保障の中心であるべきであるし、またそうなくてはならないと私は思うわけであります。そういったところに、いまたいへん額が低いわけでありますけれども、この年金を、しかも公的年金を給与所得として課税をする。現実には定額控除がありますから課税にはならないわけでありますけれども、これはあくまでほかの収入があって、これに年金というのはプラスをしてくるのだ、こういう考え方にいま現実に立っているわけであります。そうではなくして、ほんとうに国民福祉の時代だと言うならば、過去の労働の蓄積が老後の生活の柱にならなければいけないのじゃないか。その意味では、いわゆる生活費に課税をせずという精神を延長して、公的年金については、これも単なる給与の一部である、あるいは企業が半分負担をしているわけでありますからその意味ではあと払いである、そういう考え方に立って課税をするのはおかしいんではないか。公的年金がだんだんふえて老後の生活の大きな柱になる、そういう観点からこの課税問題も考えていかなければいけないのじゃないか。政府は老後の保障というのは一体何だと考えているんだろうか。 これは主税局に聞くのは当を得てないかもしれませんけれども、少なくも課税当局としては、いわゆる税調の答申の柱に社会福祉国家の建設ということを書いてありながら、現実ははなはだそれとかけ離れている状態になっているわけであります。その意味において、この公的年金を給与所得として課税する、これはあくまで税理論の話ですよ、定額控除がありますから現実にはならないにしても、そういった考え方というのはもう改めるべき時期に来ているんではないか。皆さん方は、所得として入ってくるんだから分類すればこれは給与所得である、したがって給与所得として課税をするという論理体系になるのでしょうけれども、少なくも将来生活の柱になるべきこの公的年金というものが給与所得として課税されるのは、社会福祉国家の建設という大きな前提に立っている今後のこの問題を考える上においてはどうもたいへんおかしいことではないか、こう私は思うのでありますけれども、いかがでしょうか。
○高木(文)政府委員 ただいま御指摘のように、現在の段階におけるいろいろな年金制度についてどのように税で扱うべきかということにつきまして、現段階の支給水準なりを考えていろいろ議論いたしますと、確かに御疑問のような点があるのではないかと思います。私どもといたしましても、現在わが国の年金がまだ未成熟という段階で、これを税法上どのように扱うべきやということについてはいろいろと苦慮しておるところでございます。しかしながら、一番基本のたてまえ論といたしましては、年金でありましてもやはり所得を形成する以上は、これを年金なるがゆえに、たとえばおよそ年金は非課税にするというようなわけにはなかなかいかないのではないか。 と申しますのは、もう大部分の年金受給者は、その年金を基本として生活をしておられるわけでございますから、大部分のことを考えればそれでいいではないかということになりますけれども、税のたてまえとして考えます場合には、やはり他に、もろもろの資産所得がある方もあるわけでありますので、そこで根っこからおよそ年金は税とは無縁のものであるというようなたてまえをとることがいいかどうかということについては相当疑問があるわけでありまして、ごく限られた例外的な方でありましても、やはり他の所得があるという場合を考慮いたしますならば、年金はそもそも非課税であるというきめ方をするのは相当問題であります。 そこで、今回公的年金につきましては一定の限度を置いて非課税ということにしたわけでありますが、それももう一つその底には、基本は所得として考える、それから先、所得の十種類の分類中何所得として考えるのがいいかというのはやや技術的な問題になりますが、とにかく所得として考えて、そして一定条件のもとにおける一定金額のものにつきましては非課税として扱うというのが今回御提案申し上げておる趣旨でありまして、将来にわたりましても、ものの考え方の筋道としてはそういう考え方でよろしいのではないか。およそスタートから年金なるがゆえに全部非課税という考え方は、所得税としてはなかなかなじみにくいのじゃないかというふうに考えております。
○武藤(山)委員 ちょっと関連。 いまの年金課税の問題ですが、今度農業年金を所得とみなすという改正が出ておるわけですね。農業年金というものはほんのわずかで、しかも農業というものは所得水準が低い、したがって、何とかしてやらなければ後継者も残らぬ、こういうことで与野党の諸君がたいへん運動してようやくできた年金制度なんです。そのわずか一カ月一万かそこらの年金を所得とみなして農業所得に合算するということは、これは法の趣旨からいっても、私はやはりいま佐藤君が言うように非課税にすべきだと思うのですよ。 しかしそれは体系上、思想上できないというのがいまの主税局長の答弁のようでありますが、現在の年金は六十五歳以上の受給者は年間六十万円控除するというのですね。月五万円です。何で六十五歳にする必要があるのか。実際に年金もらうのは六十歳だ。退職だって、ほとんど五十七、八歳で大体暗黙のうちにやめていくのだな。だから六十歳にしてもいいし、ほんとは五十八歳くらいにすべきじゃないのですか。六十五歳というような高年齢になったときに月五万円の控除を認めるからこれは非課税措置はできないのだといういまの主税局の発想は、福祉国家論、特に福祉優先という政治姿勢からいうならば、この辺で再検討の要ありと思うのですが、この点は主税局長、どう考えますか。
○高木(文)政府委員 農業の年金問題につきましては、まだ制度が発足いたしましてから時間がたっておりませんので、ごく最近に至って支給される事態になりました。そこで税法上の扱いも必ずしも従来明確になってなかったわけでございますので、この際厚生年金等と同じようにするということを明確にしたという意味でございます。 そこで、いまの御質問は、次の問題としては農業年金に限らず全般としておよそ年金であれば、私が先ほどるる申し上げましたような思想ではなくて、いわゆる所得という概念から切り離してはどうかという御質問だと思いますが、その点については、これは私どもも一般的には非常に少額のものでありますし、それからまた現実には他にたくさん所得があるという方はきわめて例外的でありますから、社会的な実感としてはそういうことだと思いますけれども、たてまえ論といたしましては、やはりどうしてもきわめて異例的なものであるにいたしましても、他に所得がある方がないわけではないという実情からいいますならば、所得から切り離すというわけにはなかなかいきにくいのじゃないかと思うわけでございます。 それから、六十五歳というのは少しけちではないかというお話でございますが、この点はまあ老人問題等を勘案していきます場合に、何歳から控除すべきであるという政策の問題であろうと思います。で、現在はまあいろいろなものと比較しながらその線を引いておるわけでございますが、今回公的年金を年間六十万円まで非課税とするというものの要件として、受給者が六十五歳以上になった場合ということにいたしました理由は、現に老年者控除という制度がございまして、六十五歳以上の方の所得については普通の基礎控除のほかに十三万円まで特別に控除がございますが、あの老年者控除の制度も、何歳からかということについて現行はとにかくよしあしは別にして六十五歳にしております等との関係上六十五歳に合わしたわけでございます。 これから老年者、老人の数がふえてくる、それから定年延長をするかというような空気のときに、どの辺のところへその老人対策の主眼を置くべきや、何歳以上のところに置くべきやということにいろいろ問題があると思います。たとえば老人医療の無料化等の問題につきましても、何歳からにするかというような問題は社会保障制度の中でも問題になっておりますが、そういうものとも関連しながら何歳からにすべきやということも政策的に御判断願い、おきめいただくということであろうかと思います。 現在の段階では年齢を引き下げるという問題もありましょうし、一方において社会保障の内容として給付の中身をもっと充実すべきだというような問題もありましょうし、これは私どもだけでなくてむしろ社会保障制度の問題としてそちらのほうでだんだん固まっていくものと思いますが、私どもはやはりそれとのバランスというものを考えなければなりませんので、税ではこうやっているじゃないかということはまた社会保障のほうを議論するときに議論になりますから、だんだんそこは相互に関連をいたしますので、右を見左を見て大体まああまりおかしくないように合わしてあるというつもりでございます。
○堀委員 関連。ちょっと高木さんに少し聞いておかなければいかぬ問題だと思うのですが、あなた社会保障というものは何のためにあるのですか。そこからちょっと伺いたいのです。
○高木(文)政府委員 たいへんむずかしい御質問だと思いますが、私はやっぱり一種の共同連帯の精神によって、たとえば老人であるとかあるいは病人であるとかあるいはその他いろいろな意味において社会における弱者といいますか、そういう方々に対して他の人が分担をして助けていく制度だというふうに考えます。
○堀委員 あなた社会保険と社会保障が混乱しておりますね。共同連帯で助け合うというのは社会保険の発想ですね。まさにみなが保険料を出し合って助け合うのが社会保険。社会保障というのはそれだけでは不十分だから国がさらに十分責任を持ってやりましょうというのが社会保障なんですね。だから社会保険というのは社会保障というものの、広義の社会保障のごく一部であって十分なことになっていないわけです。 そこで、いまあなたが言われた社会的弱者ですね、社会の機構のために要するに十分に稼得する条件にない者あるいはその他の事情によってそれを保障し給付を与えることが適当であるというふうに考えられた者に給付がされるわけですから、社会保障の給付というものの本質は、言うなれば正当な稼得ではないはずです。補完部分なんですね。要するに年をとって働けないから年金をあげましょう。働けるのなら年金という制度は本来は要らないはずなんだが、社会的諸条件から見て働くのに十分な条件でなくなった、あなたがいまいみじくも弱者と言いました、その他の者との均衡を著しく失するような状態になったときに社会的責任においてその人たちに正常な状態になれるように国なりあるいは社会全体として考えようというのが社会保障の給付の問題ですから、私はいまあなたのお話を聞きながら、社会保障の給付というものを一般的な所得と混同されるというのは理論的に問題があると思うのです。本質的に社会保障の給付と一般的所得は別個に考えるべきである。ここがはっきりしていないから、いまの佐藤委員が指摘をしておる問題に対してあなたの立論構成がたいへんあいまいになっておるのですね。 だから一つ伺いたいのは、社会保険の給付で、現行では社会保障というのは十分じゃありませんから、社会保険の給付の中で課税対象になっておるものは何か、かなりたくさんありますから、一ぺんずっと答えてみてほしいのです。医療保険に関するもの、医療に対しては現物によるものについては課税の方法はありませんけれども、家族給付は御承知のように金銭給付ですから、金銭給付としてのものに対してどういう課税をしておるのか。病気になったら傷病手当金が支給をされておる。傷病手当金に対してはどういう課税がされておるのか。失業保険に対しては一体どう課税がされておるのか。労災保険に対しての給付に対してはどうなっておるのか。社会保険関係の給付に対する課税をちょっと答弁してください。
○高木(文)政府委員 全部というのはなかなかいま申し上げかねますが、たとえば労災保険それから医療保険等は全部非課税でございまして、いわゆる保険の中で現在課税になっているのは老齢年金だけが課税ということだと思います。
○堀委員 そうすると、老齢年金というのは社会保障の給付じゃないんですね。ほかは非課税ならこれだけを課税するというのは社会保障の給付でないという認定がない限り私は課税するのは筋がおかしいと思うのです。社会保険の給付というものは課税してないから、私は全部聞いてみたのです。
○高木(文)政府委員 老齢年金についてはこれは他の制度との関連がございますが、給付の所得制限等の規定がないのが通常でございます。そこでその本来の性格がただいま御指摘のように、社会保障の中でいかなる位置を占めるか、また社会保険の中でいかなる位置を占めるかということをもう少し私自身整理してみなければいけないと思いますが、いずれにいたしましても、この老齢年金の系統につきましては、現在、大部分の場合、あるいはすべての場合かもわかりませんが、給付金額についての制限はないというかっこうになっておりますから、たてまえとしては、また現実にも、非常に例外的ではございますが、現行の所得税の一般の課税最低限と比べて、かなり水準の高い年金もあり得るたてまえになっておるわけでございます。その場合に、所得税としてはそもそも、それが社会保障制度であるとかあるいは社会保険制度であるとか、その他もろもろ、所得源泉の性格に従って仕分けをするということはなじまないというたてまえをとっておるわけでございまして、たとえばごく例外的に慰謝料的なものであるとかそういうものについてはいろいろ非課税の制度がございますが、その他は、よく引き合いに出されます不正常な所得、犯罪等による所得というものも含めて、すべておよそ所得があれば課税になるというたてまえをとっております。それがいい悪いは別にして、現在所得源泉の理由を一々符合することをしないで、およそ所得が実現すれば一括して取っておるということがございます。 それに比べて、先ほどの失業保険なり労災保険なりという制度については、給付のほうに一定の制限措置がございまして、たとえば失業保険でいえばどのくらいの期間とか、いろいろ制限措置もございます。また所得制限もございます。その所得制限がありますところから特例をとっておるわけでございますが、老齢年金につきましては給付についての所得制限措置がございません。そこで、ただいまのは一つのお考えと思いますが、私どものほうも、もし社会保障、社会保険の所得税の上における扱いを従来の考え方と変えていくということであれば、一方においてその社会保険、社会保障制度の中で老齢年金について給付サイドでの一種の所得制限なりをつけていくのか、それともそれはしないでこちらで課税していくのかというあたりの問題にだんだん詰めていくべき問題ではないかと思っております。
○堀委員 途中ですりかえようと思って高木さんだいぶ苦労しておられますけれども、私が聞いているのはそんなこまかいことを言っているのじゃありませんで、社会保険の給付というものの性格を見ると、社会保険の給付というのは、あなたが言ったように、要するに弱者に対して国なり社会全体としてそのことを考えなければいかぬから給付が行なわれるのであって、それが所得保障であれ医療保障であれ労災保障であれ、これは本来保障なんですよ。いいですか。正当な所得じゃないのですよ。正当な所得がないところに、それにかえた社会保険の給付、社会保障の給付があるんだから。 佐藤委員が言っておるように、私がいまここで議論しているのは質の問題なんです。所得制限の問題は、給付の費用が十分あるならば、所得制限する必要はないのです。給付の量に一定の限度があるから、そこで全体の給付を高めるためには、高額所得者を制限することによって、個々における給付の内容を高めたいという財政上の発想であって、社会保険給付に所得制限があるのは本来論理的におかしいのです。だから、それはあなたのほうで言うような理由にならないわけです。 ひとつこの審議の終わるまでに、各国の、西ドイツ、フランス、イギリス、アメリカ等主要国の年金の課税状態を一覧表にして出していただきたい。佐藤委員の時間に制限があるようでありますから、私、ここまでで終わりにしておきますが、しかし、これは本質的な問題ですから、いいですか、主税局として一体社会保険の給付をどう考えるのかという問題は、今後社会福祉国家に転換するというときにはきわめて重大な基本的問題なんですよ。主税局は、この面についてはひとつ十分検討すると同時に、社会保障をやっておる先進国はどういう取り扱いをしておるか、あとで一覧表にして出してください。
○高木(文)政府委員 おっしゃるように、この種の問題はこれからどんどん発生してくることでもございますし、税の上でどのように扱うべきかということは、慎重に検討し、研究しなければいけない問題だというふうに考えております。 ただ、御要求のありました点についてはすぐ調製いたしますが、総じて各国とも、ただいま御指摘がありました労災とか失業保険とか医療保険とか、いろいろな意味での弱者に対する保険なり保障なりの制度と老齢年金制度とは若干区分しているのが多いわけでございまして、そこのところはあとでお示しをいたしますが、私どもの考え方も、現段階では多少そこで符合しておるということだけつけ加えておきます。
○佐藤(観)委員 それと、いま武藤委員、堀委員からお話がありましたように非常に重要な問題でありますので、これはただ主税局当局の理論オンリーだけで済ませるわけにいかぬと思います。そこで、この所得税法の質問をしている中で、大蔵大臣あるいは厚生大臣に一度この委員会に来てもらって、今後、この年金問題というのは、私は社会福祉の非常に大きな柱になると思いますので、ぜひとも質問する必要があると思うのですが、きょうは時間があと三十分ということで限られておりますし、まだまだこれからが重要な本番でありますので、話を前に進めます。 次に、企業内年金でありますけれども、これは精神としては、企業が退職金のかわりに年金を出してくれるものだと私は思うわけであります。そうなりますと、そこで支給されるこの年金は、企業にとってみれば退職金の分割払いであろうと私は思うわけであります。今度退職金は、三十五年勤続、八百万円以下が無税になったわけでありますけれども、この関連で、個々にもらう場合には、つまり年金でもらう場合には、これは給与所得として課税される。一括して八百万円以下ならば無税になる。この問題を一体どういうふうに考えていらっしゃるのか、御答弁をお願いしたいと思います。
○高木(文)政府委員 どう扱うべきか非常に弱っておる問題でございます。まさに御指摘の点がございまして、最近の傾向といたしましては、漸次、退職金を一時金で払うという従来の慣行から、むしろ年金として払うという慣行に切りかわりつつあるといいますか、年金制度を採用する企業、労働組合がだんだんふえつつある。一挙には切りかわりませんので、併用というような状態が起こっておる。そこで、税の制度の上で、年金でいくか一時金でいくかによって税の負担が違ってくるというのは相当問題であるということがございまして、かねてから、年金課税と一時金課税の負担のバランスについてもう一ぺん総洗いがえを行なうべきであるという御指摘が各方面から寄 せられております。今回、退職一時金についてのいわゆる課税最低限の五割方引き上げが行なわれますにあたりまして、でき得れば年金のほうについても何らかのあれを考慮すべきやいなやということを検討したのでございますが、若干準備不足ということでございまして、恐縮でございますが、率直に申し上げて時間切れのようなことで、具体案をお示しできない状態にあるわけでございます。私どもといたしましても、御指摘の年金と一時金との課税バランスの問題は、これまた至急に検討しなければならぬ問題と考えております。
○佐藤(観)委員 その際の考え方の方向と申しますか、それは具体的には、課税当局としてはどういう方法を現状の場合には考えていらっしゃるのですか。
○高木(文)政府委員 企業内年金は、現実的にはおそらく、公的年金とどちらが主でどちらが補いのものであるかという関係は、時間の経過とともに変わってくるとは思いますが、両々相まって、いわば老人の生活をささえる基本となるべきものであろうかと思います。その場合に、どっちが補完的であるかというふうに考えるのか、どっちが主体的なものと考えるのかというようなことは、現在社会保険、社会保障制度、特に年金制度が非常に動いているときでございますし、民間のほうは民間のほうで退職一時金と年金の間が非常に動いているという関連がございますので、なかなか区分をつけにくいと思いますが、いずれにしても、その総合的な、一時金と年金を含め、公的年金と私的企業年金とを含めてバランスがとれたものでなければならぬということでございまして、どっちの方向ということは、私どもとしては、まずとにかくその相互間のバランスということが最大の問題であるというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 その次に、企業年金の中の拠出制年金で、適格退職年金についてお尋ねしたいのでありますけれども、これの事業主負担分については企業の損金として落とす、これはいいと思うのですね。その本人負担分、厳密にいうと本人負担分ということになるかどうかわかりませんけれども、これが生命保険料控除を適用されておるというふうに聞いておるわけでありますけれども、拠出制年金の適格退職年金の場合には、本人の負担分というのは、いまどういう扱いになっておるのですか。生命保険料控除ということになると、どうも奇異な感じがするわけでありますけれども、その辺はどうなっていますか。
○高木(文)政府委員 御指摘のように、生命保険料控除として扱われております。これはいろいろ経緯があったわけでございますし、いまから十年余り前にスタートをいたしました当時に、その後適格退職年金がどのように成長していくかということは必ずしも明確でございませんでした。当時の段階においては、信託会社と生命保険会社が主としてこの適格退職年金という商品を売り出すということで、その当時においては、現行制度がまずまず考えられるバランスのとれたものであったと思っております。また、適格退職年金の内容、給付水準がどのようにきまっていくのか、それから事業主と本人との負担関係がどのような負担割合であるものが定型的な、常識的なモデル契約となっていくのかというようなことがあまりよくわからない時期に現行制度がきまったわけでございます。 だいぶ最近適格退職年金を採用する企業もふえてきておりますし、事業主と本人との契約関係もいろいろな形で定型化しつつありますので、この制度につきましても同様、先ほどの年金税制の洗いかえのときに考えてみる必要がある問題だと思っておりますが、これまたどっちの方向と言われますと、まだ私どもとしてお答えできる段階には至っておらないということでございます。
○佐藤(観)委員 これはかつて堀委員がこの大蔵委員会で質問したこともあったと思うのでありますけれども、たしかアメリカの場合には無税になっているのですね。アメリカの制度は、この適格退職年金の場合にはどうなっているか、これをひとつ資料として出していただきたいと思います。 たいへん量が多いので少し先を急ぎますけれども、不適格退職年金の問題をやっておりますとたいへん長くなりますので、その次の問題と関連させながら、ひとつ不適格退職年金の場合も詰めてお伺いをしたいと思います。 その次は、私、非常に疑問に思うのは、個人年金ですね、生命保険年金もあれば、郵便年金もあるわけでありますけれども、この考え方については私は非常に疑問に思うわけであります。 まず、事務的なことでありますけれども、生命保険をかけますと、いま最高三万七千五百円まで生命保険料控除となっているわけでありますけれども、この三万七千五百円という数字が出てきたのはたしか四十一年だったんではないかと思いますが、あのころから、生命保険自体が物価の上昇によりましてだいぶ上がっているわけですが、この生命保険料控除は一向に改められないわけでありますけれども、これはどういう理由ですか。
○高木(文)政府委員 生命保険料控除という制度は、まあ比較的歴史の長い制度でございます。趣旨は、私どもの理解しているところでは、長期貯蓄の奨励という趣旨もないわけではないと思うのですけれども、そこのところは必ずしも明確でない。さりとて年金を奨励する趣旨であるかというと、必ずしもその点も明確でない。これは非常に歴史的な古くからある制度でございまして、必ずしもそのあたりは理論的に明確に割り切れているというものとはいえないと思います。 一方、生命保険そのものにつきましても、本来は死亡保険というものが主体である。事故があった場合、なくなった場合の死亡保険というのが主体であるということでこの生命保険という制度それ自体も発足してきたものと思うのでございますけれども、若干生命保険のほう自体も年金的性格を持ちつつある。新しい新種の商品を保険会社がいろいろくふうをして売り出すということから、年金的性格をだんだん持ってきたというようなことがございまして、一面的に解釈しかねる段階でございます。 そういう生命保険の本来の性格からいたしまして、しばしばこの生命保険の限度額をそろそろ引き上げてはどうかというお話があることはあるのでございますけれども、本来的にその性格が明確でないということ等もあります。それからもう一つは、生命保険の場合には、満期保険金の支給を受けますときの課税につきまして、いままで払い込んだ保険料を控除した残額については一時所得として課税されるということで、一時所得ということでございますから、いわば二分の一課税になっておるということもあり、さらに死亡保険金は相続人一人当たり百五十万円まで非課税という制度があります。この制度は長い歴史を持っておりますだけに、過去の積み上げできておりますので、さらにこれについて何らかのいわば優遇措置というようなものをとることがいいのかどうかということについては、先ほど来御指摘のもろもろの年金制度とのバランスも考えなければならず、他の貯蓄手段とのバランスも考えなければならず、よほどいろいろな面からもう一度考えてみなければならないということで慎重に扱っているわけでございまして、そういう意味で、一方においては引き上げ説もございますが、私どもはにわかに賛成できないということで今日に至っておる次第でございます。
○佐藤(観)委員 そうむずかしいことを言う前に、いまの場合に、いま局長も言われましたように、だんだん生命保険自体が年金化しつつあるということになっておると思う。これはちょっと保険部にお伺いしたいのでありますけれども、おそらくいまの生命保険の場合に保険契約あるいは契約高からいって——来ていないんならいいですけれども、いま局長が言われたように、だんだん生命保険が単なる命がなくなったときの保険金というよりも年金化しているというのは、これは私は事実だと思うのです。そういった意味からひとつ考えてみなければいけないということと、それから、たとえば私が昭和四十年に二十年の契約で百万円の生命保険をかけたのと、いまの時点で二十年、百万円かけたのと、百万円の価値が全然下がっているわけですね。物価の値上げ、物価の上昇に伴って価値が下がっているわけです。そういった意味からも、ずいぶんこれは長いこと、掛け金が五万円をこえるものについては最高三万七千五百円の生命保険控除、これは長いことこうなっていたわけでありますけれども、これは物価のスライドからいっても、まただんだん生命保険というものが年金化しつつある現状からいっても、これを引き上げる必要があるのではないか、こう私は聞いているわけであります。いかがですか。
○高木(文)政府委員 おことばではございますが、物価との関係ということになりますと、他の預金との関連もあるわけでございます。およそ貯蓄というもの全般の問題になってくると思うわけでございます。それを織り込んで税制を組み立てるというのもなかなかむずかしい問題でございます。と同時に、いま御指摘のような年金化、現実に生命保険の制度が年金化の現象を来たしつつあることも事実でございます。また同時に、生命保険のほうで一種の物価との関連を何か考えなければならぬという問題も起こっているわけでございます。御指摘のように、確かに生命保険自体それに関連して税制に問題があると思います。しかし、いまそこをどうすべきかということは、また公的年金とのバランスという問題もあり、一がいにいまのでは不十分だともなかなか言い切れないところでございまして、たいへん歯切れが悪い答え方でございますが、御指摘のような各種保険制度、年金制度が非常に複雑になってまいりましたので、その相互をどうしたらある程度のバランスのとれたものになるかということを横に並べながら考えなければならぬというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 私はそんなに税制でむずかしいことはないと思うのですよ。昭和四十年のときに二十年の掛け金で百万円。そのときは、昭和四十年ならまだ百万円というのが二十年後の昭和六十年には百万円ぐらいの価値があると思ったわけです。ところが、いまの四十八年に二十年後に百万円の価値がある——価値があるということは非常に計数的ではありませんけれども、あると思う人はほとんどいないわけですね。だんだん物価にスライドをして保険の価値も下がってきているわけですね。その意味では保険料をかけるときに四十年にかけたときはそれなりに分割して月々払っているわけでありますから、まあ三万七千五百円という生命保険料控除が生きていたかもしれませんけれども、いまから新しい契約をしようと思うときには、これはきわめて少ない額にしかならないわけですね。しかもそれが単なる生命保険という一時金ならばいいけれども、これをだんだん年金に振りかえる生命保険が多くなっている現状では私はあらためて考える必要があるのではないか。 特に私はもう少し問題にしたいのは、個人年金というのがなぜ今度ふえてきたか。私はこれから考えると、医師会年金、弁護士会年金、税理士会年金、あるいはこれから四月一日から発足しようとしている芸能人年金、こういったものを踏まえて、なぜこういうものがどんどん出てくるのか、これをあらためて考えてみていただかなければならないと思うのです。国民年金をかけている人がことしの改正でやっと月一万二千五百円になる。一万二千五百円でどれだけの生活ができるかということをあらためて私は問う必要はないと思うのですね。国民年金、厚生年金だけでは自分たちの生活がやっていけないからこういった私的年金ができてくるわけですね。生命保険の年金にしてもやはりその精神は、国民年金、厚生年金だけにたよっていられないから、いたし方なく自分たちでそういう制度をつくるのだと思うのです。そういった意味で、この生命保険料控除についても、もう一度引き上げを考えてもらわなければならないと思うのです。特に問題なのは、いま申しましたように、私的年金がたくさんできてくる。これに対して税制としては何ら措置を考えていないと私は思うのです。——保険部はいないのだね。銀行局はいるのですか。——みんな帰してしまったのか。 それでは、民間の法人が独自にやっているたとえば医師会、弁護士会、こういったものの年金に対する課税はいまどういうふうになっていますか。
○高木(文)政府委員 手元にございますもので御説明いたしますと、医師会は信託銀行と契約をしていまやっておられるようでございますが、これについては現実の扱いとしては掛け金段階では所得控除をいたしておりません。それで年金給付の際に掛け金相当額を控除した残額について雑所得として課税するということでスタートをいたしております。それから弁護士会のほうは、一種の団体方式による生命保険の形をとっております関係で、生命保険料控除、先ほどから額が低いといっておしかりを受けている生命保険料控除の適用対象になっておるということで、生命保険と同一扱いのようなことになっております。これらのもろもろの私的年金につきましては、それぞれの団体ごとに現行制度のどの形式のものを活用していくがということでスタートしておりますので、御指摘のようにやや、ややというか相当ばらばらになっておるということでございます。 いずれにいたしましても、こういう互助年金といいますか、そういうものにつきましても、いわば福祉時代になりますにつきましては、公的年金と相互に補完し合うという意味において非常に有意義なものであると考えます。よって先ほどの年金制度全般の検討にあたりましては、同時に検討すべきものと思っております。
○佐藤(観)委員 そこで、私が非常に疑問に思うのは、いま少額貯蓄の非課税制度があるわけですね。これは証券、投資信託、あるいは公社債、こういったものは百五十万円まで、国債が百万、財形貯蓄が百万、郵便貯金が百五十万、これの合計五百万までは非課税制度になっているわけですね。この年金の場合には、たとえば医師会の年金なんかにしましても、自分たちが掛け金をして、信託銀行に運用させて、そうして老後の生活に備える、そういったものについては、掛け金相当額を引いたもの、つまり利殖部分については課税される。いま私が申しました少額貯蓄の非課税の場合には、自分が貯金をしておいて、いま申しましたような形式で国債を買ったり、財形貯蓄をしていく場合には、とにかく合計五百万円まで非課税が行なわれる。ところが老後に必要な年金、それを自分たちで制度をつくり、信託銀行に預けたものについては、その利殖部分について雑所得として課税される。これは私は本末転倒もはなはだしいものだと思うのです。 年金というのは老後の生活に備えるために、自分たちで、公的年金ではとてもじゃない、ことしから国民年金は一万二千五百円、一万二千五百円では食べていかれない。したがって、自己防衛のために、弁護士会なり医師会なり税理士会なり芸能人年金、それぞれ自分たちでつくって、それを信託銀行なりあるいはものによっては生命保険会社に預ける場合もあるわけでありますけれども、利殖部分について、つまり、もらう段階で掛け金相当額の残った部分については雑所得として課税する。これはやはりおかしいと思うのです。自分の貯金を五百万まで、先ほど言ったような少額貯蓄の非課税制度を使って預ける部分については全く税金がかからない。しかし、年金をこのような制度で預ける場合には全額かかってくる。私は非常におかしいと思うのです。 先ほど局長も言われましたけれども、私は何でも年金が非課税でいいとは申しません。たとえば、月五万なり月十万なりのワクを設けて、これがどういう形の年金か。たとえば、自分が拠出しているのかいないのか、そういったものも含めて年金の場合には五万なり十万なりというワクを設けて、全部非課税にしてもいいのではないか。残りの部分については、これは所得の一部でありますから、考える必要があるだろう。ある一定のワクを設ける必要があるだろうと思うのでありますけれども、たいへん時間がないので、はしょりましたけれども、どうも民間でやっている年金制度について、税制上でははなはだしく冷たい措置ではないか。あくまでこれは、公的年金で間に合わないものだから、自分たちで自己防衛のために、老後の生活の安定のためにやることについて、課税当局として、これを利殖部分だといって掛け金を引いた分について雑所得として課税をする、これは非常におかしいし、いやしくも福祉国家建設という大きな前提のもとに立てられている税制改正としては、きわめて片手落ちであるし、内容が欠けているのではないかと思うわけですが、いかがでしょうか。
○高木(文)政府委員 いまの非課税貯蓄については、貯蓄奨励の趣旨で銀行預金を中心にいたしまして長い歴史を持って、ずっと発展をしてまいりました。生命保険のほうは生命保険のほうで、別に主として死亡事故を中心とした生命保険という制度を頭に置いて、長い歴史を持って発展をしてきた。その後、適格退職年金制度というようなものができてまいりましたし、非常におくれて最近、公的年金の充実がやかましくなっておる、こういう状況でございます。それぞれの制度が、それぞれ歴史を追って発展をしてまいりましたものですから、まさに御指摘のように、年金という角度だけから全部にすっとライトを照らされますと、ちぐはぐになっておって、必ずしもバランスがとれないという点は御指摘のようにあろうかと思います。 ただし、公的年金がおくれているから待ち切れないということで、関係者の間で生まれてきておりますところの私的年金について、これはたいへんけっこうなことではあるわけでございますけれども、反面から申しますと、私的年金という制度は、お医者さんならお医者さんの集団なり、弁護士さんなら弁護士さんの集団が、自分たちだけでやろうということで生まれてくるわけでございます。一面において、公的年金がおくれているからこそ、そういうものが自然発生的に生まれてくるものであるとはいうものの、一方において、そういう制度を自分でもつくれない、加入したくとも加入できない、さらに公的年金だけにしかたよれないという階層の方が大部分であるということを考えますならば、私的年金的なもの、互助年金的なもの、これは非常にけっこうなことだということはよくわかりますけれども、これをどの程度に位置づけるべきものかということについては、制度全体が、申しわけありませんが、まだどっちの方向に行くんだということがはっきりしないだけに、税のほうでそれを位置づけるということが非常にむずかしいわけでありまして、今日までおくれてしまったということでございます。しかし、年金のあり方というものも、担当省等を中心に、また関係の審議会等を中心に、だんだん交通整理ができつつある現状でございますので、それらを見ながら、御指摘の点をもう一ぺん見直してみたいというふうに考える次第でございます。 なお、医師会その他の場合について非常に冷たいという御指摘がございましたが、これは医師会の場合におきましては、皆さんが掛け金をかけられて、これを医師会がいろいろな形で運用される、その運用の一形態として信託というものを使っておられるということとの関係から、いまのところは雑所得ということになっているわけでありまして、運用形態との関連でいかにあるべきやという問題もあります。ただ、それが年金なるがゆえにというだけでなくて、運用形態との関連もあることを一言だけつけ加えさせていただきます。
○佐藤(観)委員 最後に、確かに少額貯蓄の非課税制度は、それなりの歴史、それなりの目的があって出されてきたことは私も存じております。生命保険にしてもしかりです。しかし問題は、貯蓄をするだけ余裕があることと、老後の生活のために年金制度をつくることと、どっちが国の政策として優先しなければいけないのか。これは言うまでもなく老後の生活のほうがまず優先されるべきである。こう思うわけでありまして、この結論については相違はないと思うわけでありますけれども、まずそれを念頭に置いて考えなければならない。 その次に、私的年金といわれる個人年金、いま申しました医師会なり弁護士会なり税理士会なり芸能人年金なりは、雇用関係、被雇用関係がないわけでありますので、したがって企業年金のようにはならないわけであります。しかし、その人たたちの老後の生活の安定をしなければいけないことも事実でありますから、そういった意味では企業年金等との比較においても少し欠けている部分があるのではないか。 それから、運営についても、さらに話をして詰めたかったわけでありますが、時間がありませんので詰めなかったわけでありますけれども、非常に大きな問題だし、今後とも、少なくとも税調の答申にもありますように、福祉国家建設というふうに向かっているこの年金制度は、国民福祉の中で大きな柱になると思いますので、先ほど申しましたように、大蔵大臣、厚生大臣も来ていただいて、もう一度さらに話を詰めたいと思うわけであります。 たいへん時間がおそくなりましたから、きょうはこれまでにいたしたいと思います。
○鴨田委員長 山田耻目君。
○山田(耻)委員 何となく時間が足らないような気がして、税金の問題は、納得するまでにかなり詰めるほど非常に複雑な状態でありまして、若干舌足らずで終わるかもしれませんが、最初に原則的なものを詰めてみたいと思います。 税に対する国民の認識というものが、最近非常に不安定になってきております。特に最近の、特徴的にあらわれている傾向を見ますと、特にサラリーマンの不満、具体的に中を見ますと、総評という労働団体の諸君がやはり減税なり税制そのものについて裁判を提起をする、あるいは税務署に対して源泉徴収は不満であるから確定申告をさしてくれ、そういう一つの具体的な動きなり、あるいはサラリーマンユニオンといわれておる多くのサラリーマンの集団もほぼこうした動きに同調する、そういう傾向を見せております。また税金というのは所得の課税最低限を越えているものに対しては法のもとに平等にかけられなくてはならない、そういう立場から、不平等という立場を貫きながら学者が裁判を提起をしておる同志社の大島教授の裁判などもございます。 これらの動きは、せんだって与党である自民党の方からの質問の中で何となくけしからぬ動きだとこの席で非難めいた言辞も弄されておりましたが、一体大蔵省はこうした一連の国民の動きをどのように把握をしておるのか、またその背景となっておる申し上げたような諸事情に対してどうしたらこうした国民の不満というものがなくなるのか、国民からは税金を巻き上げさえすればいいという立場でこうしたものは全然無視なさっていこうとするのか、その前提について、まずお伺いをいたしておきたいと思います。
○高木(文)政府委員 税の問題がいろいろな形で各方面で論議をされておりますということについては、一つにはやはり税についての関心が高まっておるということを意味するわけでございまして、税の問題の何といっても基本は、国民の方々に正しい意味での納税思想を持っていただく、正しい意味での納税思想というのはきめられたものを納めればよろしいという狭い考えではなくて、税についての広い理解を持っていただくということが何よりのことであるというふうに考えておりますので、そういう見地から申しますと、各方面で関心を持っていただいておる、それが高まりつつあるということは非常に望ましい姿であるというふうに考えております。 ただ問題は、それをどういう手段なり方法なりを通じて御主張願うかということでありますが、すべてこれは所要の手続を経て国会でおきめ願う法律に基づいて税務署としては執行する立場にあるわけでございますから、そのきめられたものに対して御主張いただく、あるいは御意見を発表くださるということは非常にけっこうでございますけれども、その発表の過程において、必ずしもわれわれから見ましても、またおそらくは国民の皆さんから見られましても好ましくない方法による主張の形態もあり得るわけでございまして、全体として関心の高まりについては私ども非常に大歓迎でございますが、その具体的な意見なり主張なりの表示の形態というものに対しては、そのすべてが望ましい形のものであるということはいえないと思うわけでございます。 そこで、私ども税の制度を担当いたしております者の立場といたしましては、現にそういう関心をお持ちになっておるその御主張を謙虚に受け入れまして、それを漸次現行税制度の改正に織り込んでいくということであろうかと思っております。特にサラリーマン問題につきましては、ここ十年来非常に長い間サラリーマンが恵まれていないといいますか、サラリーマンの税金が重いといいますか、そういう意味での御主張が高まることこそあれ弱まることはないということから、かなり年々給与所得者を中心とした減税が行なわれてきておるわけでございますが、一面におきまして最近におきます給与体系の変化、なかんずく初任給水準の上昇等によりまして、しばしばこの場において指摘を受けておりますように、納税人員の割合の増加というような現状になっております。このことにつきましても今後いかにあるべきかは問題でございます。また同時に、それはいわゆる租税重圧感といいますか負担感のあらわれでございますので、税制全体のあり方、いまのような直接税に非常にウエートがかかっておるあり方でよろしいのかどうかという問題も含めまして長期的に検討をさるべきものと思っております。
○山田(耻)委員 最近の不満感は、一つは重税感、それからサラリーマンの課税対象者が非常にふえて初任給から税金を取られる等の不満が大きく出ておると高木さんおっしゃっておるわけですが、この不満の中には、不公平というものが大きく出ておるわけなんです、この点については、あなたは税制ということばで一言で言われましたけれども、やはり税というのは憲法十四条のたてまえから「すべて國民は、法の下に平等」である、この原則に基づいて徴税というものがされていかなくちゃなりません。サラリーマンの諸君がこれほど不満というものを表面化させていろいろな制度に対する改正の動きを強めておるというこの不満とは、あなたは一体どのようにお考えになっておられますか。
○高木(文)政府委員 現在の不満感がどういうことから起こっておるかということについては、四十六年八月の税制調査会の答申をおまとめいただきます際に各方面の方の御意見を聞きましたときにも、絶対的な意味での重さということのほかに不公平感というものが働いておるという御指摘を受けておりますし、私どももそのように感じております。それは非常に広範な問題でございまして、各税間のバランスの問題、それからたとえば所得税なら所得税の中における各種の所得のバランスの問題等がいろいろあると思いますが、またそれはさらに言うなれば制度上の問題と執行上の問題とがからんできていると思います。 それらをどのようにして払拭していくか、少しでも軽減をしていくかということは非常に大きな税制改正の主眼点でございます。私どもといたしましてはその点は鋭意努力はいたしておるつもりでございますが、なかなか所期の成果をあげ得てないということでございまして、その力の及ばざることをたいへん嘆かわしく思っておるわけでございます。私ども自身税の制度を現在は担当いたしておりますが、過去におけるいわば執行の仕事の経験からいたしましても、ぜひともこれは今後ともあらゆる努力を傾けて、いろいろな意味におけるバランスの問題の解決ということには全力を傾けていかなければならないと思っております。
○山田(耻)委員 いわゆる重税とかバランスを欠いておるとか、そのことは税調の答申でもよく承知をしておるので、何とか改革を加えていこうとしておるけれども、力が足りないのですまないということに尽きるわけでありますが、しかし現実のこの不満感というものを解消していかない限り、今日のこうした動向を改めることはできないと私は思います。 そこで、一体いま日本に全納税者はどれぐらいいるか、その中で所得税の納税者はどれぐらいいるのか、それをひとつお話しいただきたいと思います。
○高木(文)政府委員 全納税者と申しますとたいへんむずかしいわけでございますが、まず問題は所得税にあろうかと思います。間接税の納税者なりあるいは流通税の納税者なりということになりますと、これはなかなかわからない。法人税はわかります。また間接税も、納税義務者の数はわかりますけれども、担税者ということになると、これはすべてに及ぶわけでありまして、幼児から老人に至るまで一切の国民、すべての方に何らかの形で負担をしていただいておる関係になりますから、その数はわからないともいえますし、国民全部であるともいえるのではないかというふうに思います。 問題は、所得税ということで限って申し上げますと、四十六年までが実績で出ておるわけでございますが、所得税の納税者の合計は二千八百七十五万人、ただしこれは重複計算があるわけでございます。 〔委員長退席、大村委員長代理着席〕 重複計算があると申しますのは、給与所得者でありましても、また確定申告をしていただくとか、そういう関係がありますから重複計算になりますが、二千八百七十五万人、そのうち給与所得者が二千四百三十万人、事業所得者が二百九万人、農業所得者が二十一万人、その他所得者、これは譲渡所得その他が入っているわけでございますが、二百十五万人ということで、全部で二千八百七十五万人ということになります。
○山田(耻)委員 少し私の調査している数字と違いますけれども、しかし傾向値としては圧倒的に給与所得者の納税者が多い。昭和四十六年の私の資料で見ますと、七七・四%が大体給与所得者の納税者でございます。昭和四十七年になりますと、二千九百二十一万人、これだけの人がサラリーマンで税金を納めております。したがいまして、大体私もあなたのお話だけでは理解しにくいのですけれども、いまの法人、所得、譲渡を含めました国税としての納税者は三千五百六十万くらいではないかと推計できますが、そのうち給与の所得者は四十七年で二千九百二十一万人、これはおそらく八二%くらいに増加をしているのではないかと思います。しかもこの日本の納税者といえばまさに八割は給与所得者である、こういう状態になってきておるし、この給与所得者の不満があるということは私は重大だと思う。八割をこえておる納税者である、しかも三千万人近くなってきておる給与所得者の納税者というのは、中学校を出た十四歳から入っているのです。初任給から課税されておる。これが納税人口をいやが上にもふくらましてきている。こういう状態を私たち思いますときに、皆さんたちのいまの、すまぬ、検討しておる、力が足らないので成果があがっていないけれどもとこういう言われ方だけでは、国民は納得しません。 そこで、最近源泉徴収というものに対する論議が深まっております。おそらく四十八年度では所々方々で確定申告を求める声が出てくるのではないかと思います。そこで源泉徴収をしなければならない根拠、法律的なものを含めてまずお示しいただきたいと思う。この源泉徴収というのが税制の上からいま大きく国民の中に不満を呼び起こしておるのでございますから、源泉徴収をなぜしなければならないのか、一体その法律的な根拠、憲法十四条に明記されておる法のもとで国民は平等な扱いを受けなければならない、この立場から見て、法人なり譲渡なり事業所得について今日まで措置なさってきた税制上の問題と対置させながら、なぜ源泉徴収をなさるのか、その根拠をまず明らかにしていただきたいと思います。
○高木(文)政府委員 源泉徴収の制度は、これは御存じのように、かなり諸外国の税制においても一般的に採用されておるところでございます。どういうわけで源泉徴収制度が採用されるようになってきたかという歴史をたどりますと、やはり何といっても国において税収を確保していく場合に、その徴収手続を簡便にして、その費用と労力を節約する必要がある。いろいろ昔から経済学者の間で税の問題を議論される場合に、税についての議論の一つとして徴税費最小の原則ということがいわれてきたわけでございますが、その思想の一つのあらわれであるということは否定できないわけでございます。 しからば、源泉徴収制度というのは徴収サイド、いわば国側と申しますか、徴収サイドだけの便宜から出ているものかどうかということになりますと、その点は必ずしもそうは言えないわけでございまして、すべての申告なり納付なりの制度が非常に便宜な制度であるかということになりますと、御存じのとおり、現在でも申告はたいへん複雑である、現行制度はわかりにくい、また申告書を書くのについて相当の教育程度を持った方でも、あの文章を読んだだけではなかなかわからないというようなことで、申告制度がまた絶対的にいい制度であるということも言いにくいわけでございまして、その意味では申告なり納付なりについて、いろいろな繁雑さというものから納税者が解放されるということが言えるわけでございます。 〔大村委員長代理退席、委員長着席〕 それからもう一つは、給与に関する源泉徴収制度に関します限りは、現在は実行上、実際問題として人を雇っているサイドにおいてその源泉徴収についての知識を専門的に持っている方にやっていただいているということでありまして、それが全体として、国側といいますか、徴税側についての便宜であると同時に、納税者サイドについても便宜であるということであろうかと思います。 根拠は、もちろん現行の所得税法上の制度でございます。それの憲法との関係等につきましては、いろいろ御議論があるところでございます。現に訴訟も行なわれているところでございますが、現在までのところでは、三十七年の最高裁判所の判決によりましても、「所得の種類や態様の異なるに応じてそれぞれにふさわしいような徴税の方法、納付の時期等が別様に定められることは」「当然であって、」それは憲法十四条に反することではないということで、現行制度は一応合憲的であるという判定を受けておるわけでございまして、そういう意味で、いまの制度が法のもとに平等という原則に反するものとは私どもは考えていないわけでございます。
○山田(耻)委員 いまの税法上、源泉徴収をしなければならないという法律はございませんね。税制上は皆さんたちのほうでおやりになっておることはお話しのとおりでございますが、税法上ございますか。
○高木(文)政府委員 源泉徴収の制度は、所得税法の百八十三条に「居住者に対し国内において」「給与等の支払をする者は、」いついつまでに源泉徴収所得税を徴収して納付しなければならないという規定がございますが、これが現行所得税法上の根拠規定でございます。
○山田(耻)委員 それは事業主に対するものでありまして、納税者である国民には、この百八十三条というものは直接強制を求めているものじゃないはずでありますが、その点はいかがでありますか。
○高木(文)政府委員 ただいま御指摘の点は、しばしば問題になるところでございますが、現在の税法上の解釈としては、所得税法の第六条に、支払い者についての源泉徴収義務が規定されており、納税者については、その六条の裏といいますか、そういう意味で受忍義務ということで解釈いたしております。
○山田(耻)委員 これは裏側から解釈をするのだ、まあ、たいへんなことなんですけれども、言われております所得税法の百二十一条と百八十三条が、やはり源泉徴収をなさるいわゆる大蔵省の法律的よりどころだと私たちは見ています。しかし、いま六条で裏側から解釈をしたらやはりそうなんだ。これは法律解釈ですから、法制局をお呼びして明確にしなくてはいけません。法律の根拠がなくて、国民に納税の義務を負わすということは、私は法治国家としてあるべきことではないし、租税の民主主義からいっても許されるべきことじゃないし、高木さん、やはりそういう強がりを言わぬほうがいいと私は思うのです。 だから、確定申告を拒否するという理由にはなっていないでしょう。勤労者が確定申告を求めた場合、どうなさいますか、拒否されますか。いかがです。
○高木(文)政府委員 現行のたてまえでは、所得五百万円未満の給与所得者は確定申告をすることを要しないということになっておるわけでございますから、それについて確定申告を拒否するということは税法上は出てこないということになろうかと思いますが、その点はなおもう少し勉強して、間違っておりましたらあとでまた正確にお答えいたします。
○山田(耻)委員 私は、法律的にはもちろんしろうとです。しかし、所得税法百二十一条は、おっしゃっているように、五百万をこえた人たちは確定申告をしてもいい、しかし、五百万未満の人は確定申告をしなくてよろしい、そして百八十三条で、事業主が徴収義務規定で責任を負わされて徴収しておるだけであって、納税者自身には何の義務規定もございません。そして最近いろいろと宮城をはじめとして各地で確定申告書の提出がなされて、税務署といろいろやりとりをなさっておりますけれども、これは現実に有効に働いているわけですが、高木さん、もう一度くどいようですけれども、確定申告を拒絶なさるという気持ちはございませんね。
○高木(文)政府委員 ちょっと法律的に正確にお答えできませんが、私も、あの現在問題になっております総評からの確定申告書の提出の方式というものについて、法律的にいまここでぴしっと正確にお答えするのは、何といいますか、十分の勉強をいたしておりませんから差し控えますが、その請求が、かりによけい納めたものの還付を要求をするというものでありまして、そしてそれが法律的に当然、源泉徴収を受けた税額に対して異なる税額を納めればいいのだから還付を要求するとか、あるいは源泉徴収では納め足りなかったからそれを確定申告で納めますということであれば、普通の確定申告にすぎないわけでございますが、たとえばすでに源泉徴収が幾らされておるので全くゼロである、プラス・マイナスなしという意味での確定申告書の提出は、法律問題としてどういうことになるか、少し答弁を保留させていただきますが、実際問題としてゼロであるという申告は全く無意味なものではないかというふうに思うわけでございます。いまの問題は、多くの問題は、ただし、給与所得控除が不足しておるとか、あるいは給与所得について実際上の実額控除制度を採用すべしという御主張とからんで出てきておりますので、現実問題としては、多くの事例が、私の承知しておりますところでは還付申告ということになっているかと思います。その還付申告については、少なくとも形式的には源泉徴収によって納めた額が納め過ぎであるという形式をとっておるとするならば、ともかくその確定申告は税務署によって受理されるべきものであるというように解してよろしいのではないかと思います。
○山田(耻)委員 まあ法律上の解釈の問題と実際の運用の問題とに分けてお話しなさっていますが、ここは国会ですから、国会はやはり法律をつくる府ですから、徴税の責任者が法律解釈がどうもよくわからぬからしばらく研究させてくださいというふうなことで現実に税金を取り立てられていっておるのでは、私は国会議員としてあなたのお話を、ああそうでございますか、じゃ待ちましょうというわけにはいきません。私は、少なくとも国民の納税者の八二%を占めるような給与所得者に対する課税の法律的根拠が不明確であるというふうなことで税金を取られていったのでは、国民の不満があなたが御理解なさっているように簡単におさまっていくものとは思いません。これは、私はこの点をひとつ法律的に明確にしていただかないと、その次私が行なおうとするあるいはいまお話の給与所得控除とか、いわゆる課税最低限の問題とか、あるいは年少者課税について話が進められません。これは進められないのですよ。だから、この法律解釈について、政府の見解をまとめていただきたいと思います。
○高木(文)政府委員 先ほどから申し上げておりますように、源泉徴収制度そのものについて、これが合憲的のものであるということについては、私は何ら疑いはないと思っております。ただ、ただいま若干答弁を留保させていただきましたのは、現行法上実益のない還付申告書というものが還付請求を内容とする確定申告書が提出されました場合に、その提出されました確定申告書の行政庁としての受理義務があるかどうかという点だけ答弁を留保させていただいたわけでございます。その法律的意味という点だけ答弁を留保させていただいたわけでございまして、源泉徴収そのものについての憲法上、法律上何ら疑いはないと思います。
○山田(耻)委員 還付要求をするために確定申告書を出す、これを拒絶をする、そういう法律はないから、だから受け付けはその部分においては行なう、こういう立場はよろしいのですか。還付請求を求めた確定申告は受理する、それでよろしいですね。
○高木(文)政府委員 それは明らかに還付申告書で、正規のものであれば受理をいたすということでございます。
○山田(耻)委員 そういたしますと、いま所々方々で出てきております確定申告書を出して地方税務署と折衝しております行動というものはお認めでございますね。
○高木(文)政府委員 ただし、現在問題になっておりますのは、明らかに税法上還付することができない、還付すべきものでない申告書が提出になっておりますから、そうなりますと、受理するについては、内容を審査いたしました上で更正手続をとる、更正手続をとることによって還付の必要がないということでございます。最近私が聞いておりますところでは、この書類は現行法上は還付請求にすることはできないが、しかしわれわれとしては給与所得控除では不十分であるので、実額控除を認むべきだというたてまえのもとにこういう請求をするんだという御説明つきで提出がある場合があるようでございまして、それについて国税庁のほうで現実的にはその場合にお話し合いをして、受理をしないで済ますことができないかということでお話し合いをしているようでございますが、その点は必要がありますれば、国税庁のほうの出席を求めまして答弁をさせたいと思います。
○山田(耻)委員 何となく歯切れの悪い答弁です。答弁ですが、いわゆる還付を求めた確定申告書というものは、これは法律上拒否できない、このことは私は明らかになったものとして理解をいたします。
○高木(文)政府委員 けっこうでございます。
○山田(耻)委員 それで、還付要求をする、そのことはいわゆる源泉徴収をしておって、年末調整の過程でこれはどうもおかしい、こういうふうなことが疑われて行なっていく部分が多いわけですが、いまの源泉徴収義務者が行なっていきます源泉徴収の内容そのものに非常に不備があった、いろいろな控除額というものを中に入れない場合、たとえばいま起こっておる問題の中に一つ出ておりますのは、原爆被爆者手帳を持っておる身障者に対してこれは特障の控除がありますね、そういうのを事業経営者の中で女の事務員がばたばたやっているだけでなかなか理解がしにくい。 だから正確に自分の正当な所得に対して自分の正当な権利としての税を支払う、そういう立場をとろうとすれば、正確を期するためには申告制以外にはない、こういう立場に納税者が立ってしまう。立っている。あるいは計算の間違いなども随所に出ております。だから、これはただ単なる納税義務者の代行として庶務がやるのか経理がやるのかわかりませんけれども、担当してやっておるという状態の中に多くの誤りがある。そういう誤りをなくするためには、やはり源泉徴収で取ってもらうことに対して合意をする、あるいは私はどうも信用できないから申告制にしてほしい、このいずれかでもよろしいという選択の実際運営、源泉徴収なのか申告制なのか、西ドイツのようにそれを選択させる、こういうことが実際に行ない得るという判断をいたすわけですけれども、いまの場合、御答弁の中身とそれと同じ意味というふうに受け取ってよろしゅうございますか。
○高木(文)政府委員 現行法のたてまえでは、源泉徴収と確定申告の選択制ということはございません。ございませんし、それから現行税法上は、年末調整その他によりまして、税法で定められたところに従って処理されるべきものであって、ただいま御指摘のように、当然控除さるべきものが控除されてない、源泉徴収義務者が誤った源泉徴収をした場合にどのような処理をするかということについては、明解な規定を欠いております。年末調整が誤っておれば、その年末調整を正すべきであるというたてまえがとられております。年末調整の誤りを還付制度によって処理をするというたてまえはとられていないわけでございます。その場合に、しかしながら年末調整を誤ってした場合にその救済の方法がない。たとえば異例な場合でございますが、誤った年末調整後に源泉徴収義務者たる企業が倒産をしたというような場合にどうするかというような問題が残っておるわけでございます。そういうものについては、これは現行税法上の解釈がやや不明確でございますが、現在正確には国税庁に聞いてみないとわかりません。国税庁に答弁させなければいけませんが、還付請求によって実行上処理をしておるものと私は解釈をいたしております。これは税法上必ずしも明確でございません。
○山田(耻)委員 勤労者が新築いたしますね。そういたしますと、これは二万円減税がございますね。これは申告制でございましょう。申告しなければだめなんでしょう。だから事実上、形式の上では源泉徴収という税法上のたてまえを通しておられるけれども、こうした事柄に対しては申告制をおとりになっておる。だから、あなたのおっしゃるように、これは法律の解釈にまだ不十分さがある。しかし不十分さはあるけれども、実行されておる問題については申告制と両方併用されておるということになりはしませんか。
○高木(文)政府委員 そういう意味では申告制を原則としておるものがたくさんございます。ただいま御指摘になりました持ち家の取得控除だけでございませんので、ほかにも雑損失、たとえば火事とかなんとかがあった場合の雑損失を引いてもらうとか、それからこれは一般的ではございませんが、寄付金控除の問題であるとか、医療費控除の問題であるとかいう問題につきましては、すべて年末調整ではなくして、確定申告のほうで申告をしていただいて処理をするということになっておりますし、二カ所以上から給与を受けておられる方の場合には、確定申告をする義務を負っていただいておりますし、給与以外に、もろもろの所得がある場合についても同様でございます。源泉徴収のうちの年末調整だけで終わりということになっておりますのは、ごく大ざっぱに申しますと、給与所得が一カ所からある方という場合には、あえて確定申告によって再調整をする必要がないからという意味も含めて源泉徴収だけで終わりにしておる。 いま御指摘は、あるいは確定申告の権利といいますか、そういうものが認められていないではないかという御指摘でなかろうかと思いますが、実は、給与だけであればそれは実益がないからということで、そういう制度がないということでございます。
○山田(耻)委員 所得というのは給与だけではございませんで、いろいろあります。ありますが、いまのような家屋の新築などをした場合には、二万円を限度とする措置がある。しかしそれは申告しなければ認めないということなんです。それは申告制じゃないですか。だから私は、いまの源泉徴収という立場一本で通されて、いろいろな矛盾が出てきてトラブルが起こっておるので、ここは源泉徴収のやり方か確定申告を出すかいずれかの選択制なのだ、これが実際に運用されておる今日の徴税の姿であるという立場をお認めいただけることにやぶさかでないのではないかと思うのですね。しかし、こういう原則からばかりいま議論をしていても——あなたのほうでこういう状態ですから、私はまだ全然中によう入りません。そこでもう少しはっきりしておきたいのですけれども、いま勤労者の持ち家制度がいろいろ進められておりまして、新築する人は何万、何十万といるんですよ。しかしこういう申告をやっている人は少ないですよ。やってない人が非常にたくさんいる。こういうふうな現状を踏まえて、一体この申告の還付請求の時効はいつなのか、一年なのか五年なのか、これをはっきりさせていただきたいと思います。
○高木(文)政府委員 還付請求は五年でございます。
○山田(耻)委員 五年間ということでございますので、これは税にかかわる還付請求五年という立場でこれから請求がされることを非常に感謝いたしております。 そこで二つ目の多くの国民の不満としてありますのは、課税最低限の問題であります。課税最低限が昭和四十八年度は初年度で百十二万、平年度で百十四万と法案をお出しになっておられますが、一体この課税最低限百十二万なり百十四万で夫婦子供二人の家庭で生活が維持できるのでしょうか。税金というのは生活費にはかけない、こういう徴税の大前提があります。ことしお出しになりました課税最低限の百十二万なり百十四万というのは、どういう積算の基礎によるものなのか、これをひとつ明らかにしていただきたいと思うのです。
○高木(文)政府委員 課税最低限というものは、いまさら山田先生に申し上げるまでもなく税法上きめられておるものではないわけでございます。税法上は、独身者であれば基礎控除は幾らの控除である、奥さんがあれは奥さんについて配偶者控除が幾らである、子供さんについては子供さんの控除が幾らである、そのほかに社会保険控除なり給与所得控除なりの制度がございますということで、ただ現実の御理解の御便宜としては一体どの辺から税がかかることになるかということをわかりやすく説明する趣旨で、夫婦子供二人で社会保険料負担等が平均的である場合についてはいまお示しの百十二万なり百十四万なりというところから初めて所得税の課税が始まりますという仕組みのものでございます。そこで、それぞれの基礎控除なり配偶者控除なり扶養控除なりさらには給与所得控除なりというもののあり方がいかにあるべきかというときには、たとえば夫婦と子供二人の御家庭の場合には生計費との関係がいかにあるべきかということが検討されるわけでございますが、私どもは生計費非課税の原則ということは考えておらないことはしばしばこれまでもここで申し上げてもおったと思いますし、税制調査会等でもそう考えておるところでございます。 と申しますのは、課税最低限というのは、それをこえました場合にある一定の率で課税が始まるという意味でございまして、それ以上については、たとえば全額というようなことではないわけでございますので、直接その生活費というものと課税最低限とは結びつきはないということではないかと観念をいたしております。しかし、現実には標準的な生計費にまで、特に生計費の中の衣食住にまで食い込んで課税が行なわれるということは適当でないということはいえるわけでございますから、そういう意味におきましては絶えず生計費との比較はいたしております。いたしておりますが、それとこれとは直接結びつけてきめらるべきものではないというふうに考えております。
○山田(耻)委員 どうも私は納得できないようなんですがね。生計費には税をかけないというのは税の大原則なんですね。それはもう生活を破壊してまで税を取られていくということは、税制民主化の中では前提に置かれていないのが国際的な常識のはずなんですね。私は、日本の税制も、いろいろ文章を読んでみますと生計費には非課税である、この大原則の上に立って税制というものは組み立てられておるんだ、こういう文章を何回か読んでいます。だからいまの高木さんのおっしゃることばというのは、私は若干いただきかねる問題なんです。 そこで、課税最低限の中には、もちろん人的控除といわれておる基礎控除あるいは配偶者、扶養控除等ございますが、やはりここで一番関心の深いのは給与所得控除です。いわれておる必要経費、こういうものとの関連がこの給与所得控除の中にはございますから、特に給与所得控除についてお尋ねをするわけですけれども、今回若干の引き上げをなさいましたけれども、この給与所得控除、他の資産所得とか事業所得に比べてみて勤労者には必要経費控除がない、それにかわるべきものとして給与所得控除がある、こういうことになりますと、税の平等の原理から考えていきますならば、一体勤労者の必要経費とは何か、こういう議論に発展してくるのは当然のことなんです。 そこで、必要経費とは何かということをやはりいろいろ文章を読んでみますと、所得を得るのに要した必要な経費と大体書かれております。所得を得るために要した必要な経費である。サラリーマンが所得を得るために要する必要な経費とは何か。せんだってもあなたは佐藤君の質問にお答えになっておりましたけれども、洋服とかくつとかワイシャツとか——昨日ここに三人の参考人を招致いたしましていろいろお尋ねをいたしました。お三方とも言われておりますのは、憲法二十五条にいう文化的で最低の生活を営むその権利、これを必要経費という見方で見なくちゃならないけれども、それを具体的な人的控除と所得控除の中に当てはめていこうとすれば、給与所得控除の幅をうんと広げてあげる以外に方法はないし、理論的に考え得るとすれば憲法二十五条をわれわれは一つの目安としたい、こういうことが述べられているわけです。いま高木局長のおっしゃっているようなお話になりますと、生計費非課税のこの原則というものは否定をされておるように聞こえるし、私はいまの給与所得控除、生活費、必要経費、こういうものを並べてみますときに、やはり生計費というものを軸にサラリーマンの給与所得控除というものを考えてあげるということが一番の合理的な配慮だと思うわけです。ところがあまりにも課税最低限が低過ぎる。 で、きょうは総理府お見えになっておられますので、一体四十七年の平均の消費支出はどのぐらいになっておるのか、ひとつお答えをいただきたいと思います。
○加藤(泰)政府委員 お答えいたします。 四十七年の勤労者の世帯の消費支出は一カ月平均九万九千三百四十六円となっております。
○山田(耻)委員 四十七年の消費支出は九万九千三百四十六円、これは俗にいわれておる農村も漁村も全部含めた全国平均ですね。
○加藤(泰)政府委員 家計調査におきましては農家、漁家等は含めて調査しておりませんので、いま申し上げましたのは勤労者世帯でございます。
○山田(耻)委員 農村、漁村に勤労者が一人もいなければいいわけですけれども、私が申しますのは、勤労者というのは、地方の小都市にも町村にも勤労者はおります。ですから、あなたのおっしゃった九万九千三百四十六円の消費支出はお百姓さんとか魚をとる漁師とかをさしておるのでなく勤労者である。その勤労者、俗にサラリーマンはいなかにもたくさんいるわけですよ。だからあなた方がこの調査をおやりになって全国平均というこの数値をお出しになっているのは、大都市だけという意味じゃないわけでしょう。いわゆる地方の人たちも含めてお出しになったのが全国平均で九万九千円、こういうことでしょう。
○加藤(泰)政府委員 家計調査は、全国の農家とか漁家を除きました、あるいは一人世帯を除きました世帯の全体の縮図的なものをとらえようという構想でやっておりますので、いまお話がございましたような勤労者に当たるような方はもちろん町村においても調査対象にいたしております。
○山田(耻)委員 九万九千三百四十六円というのは全国平均ですね。そしてこの中には町村が九万四千四百八十四円と出ております。そして大都市が十万六千五百四十二円と出ております。これはあなたの調査なんです。ですから、この消費支出というのがいま私が申し上げました生計費非課税の大前提に立たなくちゃいけない、そのことは税金をかけていく基本的な原理でもあろう。多くの書物にも書かれておりますし、私もそう思っておりますが、この大都市の例を見ますと十万六千五百四十二円、大体年間百二十七万八千五百四円、約百二十八万、これだけの生計費がかかるわけです。この消費支出の中には、すでにもう御存じのように、食料、住居、光熱、被服、いわれておりますように最低の生活を営む条件はそれです。あなたのおっしゃるとおりなわけですね。そのあなたのおっしゃる最低の生活を営む消費支出、これが、平均で年間百二十七万八千円要る。この調査も夫婦と子供二人の四人家族の調査です。夫婦と子供二人の四人の家庭の課税最低限が初年度百十二万ということになりますと——総理府の統計というのは主観をまじえずに非常に客観的に集められておりますだけに、国民の側から見たら控え目なものだと思います。それですら百二十八万、約百三十万の生活費が要るわけですから、課税最低限の初年度百十二万というのは低過ぎる、こういう感じが客観的に出ておるわけです。これは、これから課税最低限を大幅に引き上げて、そうして今日の、税が高いという勤労者の不満を解消していく前提になる問題点でありますから、その点についていかがお考えでございますか。
○加藤(泰)政府委員 先ほどあげました数字は、まず第一に、夫婦子供二人の数字ではございません。四十六年度のものは出ておりますけれども、四十七年度のものは目下集計中でございまして、それは出ておりません。先ほど申し上げましたのは、二人以上の世帯全部についてのものでございますので、そう御了承願いたいと思います。 それから、消費支出の中には自動車等の購入も入っておりますし、消費支出を最低限のものとして考えていいかどうか、そういう点については統計局の判断を申し上げるわけではございませんで、もちろん大蔵省の御判断でけっこうだと思いますけれども、そういうものも含まれているということだけ申し上げたいと思います。
○高木(文)政府委員 ただいまの山田委員の御意見には、幾多の点で私どもと見解が違う点がございます。 第一は、家計費非課税の原則というものは、過去におきましても今日におきましても、私どもは終始一貫、そもそもそういう原則があってその上において税制が組み立てらるべきであるというふうには考えておりません。家計費が課税最低限をきめる場合に非常に重要な要素であるということは考えておりますが、およそ家計費非課税の原則というものが税法上考えらるべきだというふうには考えておりません。 実は、この点につきましては、日本の課税最低限がたいへん高くなってまいりました。諸外国を非常に追い越してまいりました。諸外国は、課税最低限が非常に低いものですから、一体どうしているんだろうか、諸外国の生計費と課税最低限はどういう関係にあるんだろうかというようなことを最近関心を持って調べ始めております。いろいろ悉皆的に、完全に調べたものではございませんので断定的には申し上げられませんが、各国とも、最低家計費といわれる生活水準のようなものとの比較は必要であるが、課税最低限と家計費とは何ら関係がないという説が一般的のようでございます。その点が一点、先生と私どもと見解が異なります。 第二点は、家計費の中の、ただいま御指摘の総理府の勤労者世帯についての家計費と課税最低限はますますもって関係ないというふうに私は考えております。総理府の勤労者世帯の家計費は、家計費が実際幾ら払われたかということでございまして、あるべき姿が幾らかということとは全く関係のないものでございます。したがって、収入がふえて消費性向が高まれば、漸次上がっていくべきものでございます。今回の場合には、現在は速報しかわかっておりませんが、四十六年と四十七年では、実収入は統計上は一一・三%伸びたということを前提にして、可処分所得は一〇・八%伸びた、消費支出は八・八という数字が出ておりますが、これはわが国の平均的な家計におきますところの収入と消費との関連を示した統計でございます。したがいまして、この消費支出と課税最低限が食い合わない、特に平均消費支出と課税最低限が食い合わないということは、課税最低限が不適当だということの証明にはならないのではないかと思っております。 三番目に、消費支出の中身は食料費、住居費、光熱費、被服費、雑費等でございますが、そのそれぞれには耐久消費財の購入費等も入ってくるわけでございます。したがって、家計に余裕が出て耐久消費財等を購入するとか、あるいは漸次家計に余裕が出てレクリエーション経費がふえるということになれば、それは家計支出の増大となってあらわれてくるわけでございますから、平均的なレクリエーション経費なり平均的な家具、什器の購入を確保するために課税最低限を定めるという御趣旨であれば、御指摘のとおりになると思いますが、いわゆる生活費保障の原則というものをお立てになったとしましても、その生活費の内容のきめ方の問題がございますので、家計調査と課税最低限とは直接結びつくものではないのではないかというのが、私どものこれまでとってまいりました考え方でございますし、現在の考え方でございます。
○山田(耻)委員 統計局長の加藤さんがおっしゃった数字は、四十六年で二人以上という言い方でございますが、私の手元にあります統計局のものは、四十八年三月二日に速報としておまとめになったもので、ここにあります私が述べた数字は、四十七年平均の家計概況となっておるわけです。しかも構成比は、あなたのおっしゃった全国平均九万九千三百四十六円は、世帯人員数三・九三です。だから、大体、税制のたてまえから見て標準世帯、夫婦子供二人、こういうように私たちは受け取るわけです。三・九三といえば夫婦と子供二人。それから大都市の十万六千五百四十二円も三・九三人です。このように見ますから、あなたのおっしゃることについて、私は、この統計上の数値から見まして、四十七年のこれは消費支出であって、しかも家族構成はそういう状態だというふうに受け取って質問をいたしておるわけですから、御了解いただきたいと思います。 それから、高木局長のおっしゃっていましたいわゆる消費支出の中には、確かに全体の収入の増——可処分所得の増が一〇・八と言われましたけれども、四十七年の平均で、人口五万人以上の都市で勤労者世帯の可処分所得の増は九・八です。あなたのおっしゃった一〇・八というのは階級別の第四分位ですね。一、二、三、四、五とありまして、四が一〇・八です。ですから、全国平均から見たら九・八ですから、それはそのように御理解なさったほうが正確だと思います。 そこで、あなたのおっしゃった二番目の、この中にはたとえばテレビだとか自動車だとか、こういうものが含まれているので、これを含めて課税最低限の中に入れろという、消費支出を入れろというおまえの考え方にはおれは反対だ、こういうふうにおっしゃっておられますけれども、昭和四十六年のたとえば自動車の購入費あたりは二九%のウエートを占めております。しかし、四十七年度の自動車支出というのはわずかに六%です。四十七年度は非常に激減してきております。それはテレビにしても自動車にしてもかなり行き渡ったという見方でございますけれども、いまの十万六千何がしというこの消費支出の中には、そういうものの占めているウエートは非常に低いのですよ。だから、そういう理解というのは十分してもらわなくちゃ困ります。ただ、論理的に消費支出を含めて全部課税最低限に認めろということの中には、あなたのおっしゃる言い分も私は認めます。認めますけれども、この十万六千五百何がしという金の消費支出の中には、こういう高級消費財というものが非常にウエートを低めている。しかも可処分所得の増は九・八%である。しかも御存じのように、最近の物価上昇というのは特に衣食住の関係については三〇%程度の値上がりを示しているじゃないですか。それが徴税の側のあなた方には全然考慮にない。そうして百十二万という初年度のこの課税最低限というのはこれで適当である。——いま保護世帯が一級地で幾らですか、七十六万円ぐらいでしょう、生活保護世帯の経費というのは。それが日本の生産に寄与して、労働再生産をしっかりと片側で育てながら、働いて税金を納める勤労者の課税最低限というのが夫婦と子供二人で百十二万というのは、これは一体どういうことなんですか。だから、実際の生計費、生活費、その生計費、生活費が労働者の所得を得るために必要な経費である、こういう事業所得なり資産所得に対置さしておる必要経費と比べてみて、働く人たちが所得を得るために支払う必要な経費、そういうふうにこの生計費を置きかえてみることに、憲法のたてまえも申しましたけれども、不合理がございますか。この不合理を片づけていかないから税が重たい。しかも中学校を出て十四歳で初任給から税金がかけられる、こういうふうな問題まで出てきまして国民の不満を大きくしておるのですから、もう一度そこらあたりについてあなたの考え方を聞かしていただきたいと思います。
○高木(文)政府委員 一般的に申しまして、課税最低限は引き上がっていくべきである、そしてそれを考える場合に、家計費の増加ということが十分考慮されなければならないし、だんだんわが国の経済も豊かになってきたわけでございますから、徐々にゆとりのある生活ができるようにしなければならないというふうに私どもは考えております。ただ、私が先ほど山田委員の御見解と若干の違いがあると申しましたのは、課税最低限を決定する要素として家計費をとるべきである、そしてその前提としてはおよそ税には家計費非課税の原則があるべきであるという御見解には同意いたしかねるということを申し上げたわけでございまして、最近十年来課税最低限の引き上げがかなり急速なスピードでなされてまいりまして、かりに家計調査と課税最低限の関係を見ましても、漸次改善のあとを見ておりますことは御承知のとおりでございまして、そういう角度で今後とも所得税のあり方がなければいけない。そうでないことには、負担感が何とも重圧感として税が大ぜいの納税者から重い重いという感じで受け取られる。これを解消する道はここにありということについては、私どもも意見を異にするものではないわけであります。ただ、それには漸次時を追って改善していくべきものと考えております。
○山田(耻)委員 私の意見とかみ合わないので、非常に残念に思いますけれども、いま起こっておる、いろいろな給与所得税を払っている国民の階層が全納税者の八〇%をこえておるという実情の中で、取りさえすればいいという税金の観念は私は持続できないと思います。非常に不満が高まってきておるのは、やはり税の公平な立場、税の負担が高いというよりか、税金を公平にかけてくれ、こういう気持ちというのが多くあるわけです。その意味から考えていきますと、サラリーマンにかけられる必要経費というのは給与所得控除の中にしか見ることができません。だから、この給与所得控除という捕捉率が非常に安いから、そこに一括してかけていくというやり方でも、この給与所得控除の中身を十分ふやしていくということになれば、その不満感というのは多少消えていくかもしれません。基本的には、勤労者にも必要経費を認めろ、この主張、この国民の声は、私はあなたのようなことをおっしゃられたのではとうてい消えていくものとは思いません。 だから、基本的に必要経費をどうするということは将来の検討事項になさっていただくことはけっこうですけれども、給与所得控除の中身をしっかりふくらましていく、こういう立場を現実的におとりになることがきわめて賢明ではないだろうか。トーゴーサンとかクロヨンとか、いろいろ言われておりますけれども、サラリーマンの不満というのはある意味で私はそういう面からも極点に達してきつつあるような気がしてなりません。いわゆる社会保険診療報酬に対して、お医者さんの必要経費が七二%も引かれていく。税調の調査をちょっと見ましても、五三、四%ではないだろうかといわれておるのも見ました。こういう一つの実態が、八〇%をこえるサラリーマンの中にじゅんじゅんとしみ通っていっているわけです。どこに税の公平があるのか、こういう不満がいろいろな形になって高まってきております。 だから、いまあなたがおっしゃっているようなそういうことばの展開ではなくて、勤労者のこの不満の出どころがわかっておるだけに、どうしてあげたい、将来どうするために検討する、こういう一つの方向が私はあなたから述べられてしかるべきだと思う。橋本幹事長や田中総理が、サラリーマンの必要経費を二、三〇%認めよう、そういうことを検討させる、こういうことを言い始めたことのその背景も、いま私が申し上げたことにつながっているわけです。だんだんと政府の側のものの考え方にも、巧拙はあったとしても、変化が起こり始めているのです。局長、いかがですか。いま私が申し上げたような事柄について、将来本格的の検討に入るというふうなことをひとつお約束いただけませんか。
○高木(文)政府委員 現在の給与所得控除の額は、大体百万円の収入の場合で三三%になっております。二百万円の収入の場合で大体二五%になっておるわけでございます。この水準は、戦前の勤労所得控除の制度であるとか、給与所得控除制度をとっている各国の例と比べまして、決して低いわけではないわけでございます。もろもろの不公平があるということで、非常に負担感が重くなっているということは事実でございまして、それを先ほど来申しておりますように、何とか少しでも緩和していかなければならないということは、全く御意見のとおりでございますが、その道は、給与所得控除の引き上げだけに置かれるのか、それとも、現在でも毎年改定はいたしておりますが、なお基礎控除なり扶養控除なり配偶者控除なりの控除水準が低いという点に重点が置かれるべきなのか、あるいは、ただいま御指摘のように、社会保険診療報酬その他、また、しばしばこの場におきまして御指摘のように、資産所得の課税が軽いという点に問題があることなのか、それらをどう総合的にくみ取っていくべきかという点が問題であろうかと思います。 おっしゃるとおり、その中でも、給与所得控除の問題が今後においても相当高いウエートで考えられなければならないということは私も全く同感ではございますが、最近問題になりました事業主報酬制度の問題の経緯にかんがみましても、個人の事業と法人の事業とでアンバランスが起こった。そのアンバランスの原因はどこにあるかといえば、給与所得控除の拡大にあるということなどから考えますと、ある制度だけに重点を置いて手直しをしてまいりますことは、また他の制度とのひずみを生ずるということの派生的な影響がございますので、お気持ちはとくと了解いたしますが、給与所得控除だけにすべての焦点を合わすかどうかという点については、私の現在の立場といたしましては、ここで明確にお答え申し上げることはごかんべんいただきたいと思います。
○山田(耻)委員 冒頭お話ししましたように、昭和四十七年、全納税者が大体三千五百六十万程度と推計されるし、給与所得者は、四十七年度で二千九百二十一万人税金を払っておるわけです。だから、大体八一、二%が給与所得者の納税者である。だから、税金のことを考えますときに、やはり給与所得を行なっておるそういう勤労者の税制というものが非常にウエートが高まってきておるということについては、これはどなたも異論のあることじゃないわけです。また、そこに一番多くの問題点が出てきておるわけです。 私は、いまの必要経費の問題なり、あるいは給与所得控除を大幅にふくらましてもらいたいということについて、あなたの確答をいただくことができなかったのは残念です。残念ですけれども、このところをしっかりと片づけていかないと、いまの不満というものはとうてい解消する道を見出すことはできないということを私は申し上げているわけです。この点は、あなたはいまのようなことをおっしゃっていますけれども、私は、よく状況としては御判断なさっていると思います。ただ、いまの二千九百二十一万というサラリーマンの納税者が飛躍的にふえてきて、全納税者の八割をこえるというこの状態の中にもう一度メスを入れてみたい。 それは、さっきもちょっと触れましたが、若い、中学校を出て学校にも行けない、家が貧しいからすぐ工場にほうり出される、そこで働いてる、この十四歳の子供の初任給に税金がかかっておるというのがほとんどですよ。しかもこの子供は、いろいろな調査の内容を見てみましても、家庭に仕送りをしておる子供もおりますよ。ほんとうに寮でラーメンだけを食べて過ごしながら、経費を節約しながら働いておる子供たちがたくさんいるわけです。こういう子供たちに、最近の物価上昇で名目賃金は上がる、名目賃金が上がるから課税の対象になる、こういう関係でほとんど課税の対象人口に入ってきたわけです。何も、中学校を出た十四歳のこの子供がたいへんな高給取りになったと錯覚を起こすような事態ではないわけです。この税金のかけ方が、二千九百二十一万人というサラリーマンの課税対象になってきておるわけです。税金というのは、非常に捕捉率のいいガラス張りの中で働いておる勤労者が一番税金が取りやすいから、何でもかんでも、課税最低限をこえたら十四歳の子供だろうが何だろうが税金を取ってしまえ、こういう考え方があるのじゃないだろうか。そういう考え方が進められていきますと、不満というのは爆発的になってくるのです。ますます名目賃金はふえる。ますますこの納税者はふえていくでしょう。 ここらあたりで局長、いかがでございますか。せんだってからも議論がございましたけれども、せめて、中学校を出て高等学校を卒業する十八歳ごろまでは、税金をまけてやるか、かけないようにするか、そういう減免の措置がとれないものだろうか、こういうことをひとつ、私はすばらしい税の一つの善政という立場から考えていただきたいと思うのです。法律的にも未成年ですよ。親の保護の中で生きていくのです。それが課税最低限をこえたからといって税金を取る。その生活実態はまことにきびしいものがあるのです。学校へ行っておる者には勤労学生控除という恩典がある。しかし、いなかの子供で学校にも行けない、講義録をとって勉強しておるというだけではどうしようもない。みんな勉強したい、しかしそれができる条件下にないだけに、苦しんでおる子供たちが多い。こういう法律的にも一人前の人格を持たない人たち、こういう子供たちに対して、何とかしてやはり恩典を与えてやりたい。私は当然のことじゃないかと思います。昨日の参考人の方、東畑さん以下二人の方のお話の中にも、法律的に一人前でない、十八歳といわずに、選挙権を持たない人たちに対しては税の減免措置をしてやることのほうが理論的にも正しいじゃないか、こういろ意見も出ておりました。 しかし、私がいまここで申し上げておりますのは、特に、高等学校にも行けなかった、そうして一生懸命いま苦労して働いておるあの十四歳から十八歳の子供たちに対して、まず一つの保護的な措置を講じていただくということはできないものだろうかどうだろうかと強い気持ちで考えているわけです。いかがでございましょうか。
○高木(文)政府委員 最近に至りまして、中学卒業後就職をされた方が、就職初年度から、平均的な給与であれば課税対象になるということが起こってまいりました。そのことは、いろいろな意味において非常に問題であるということは、私どもも認識をいたしております。そこのあたりをどのように処理をするかということについては、いろいろなお考えがあろうかと思いますが、最近特に各方面から、その人たちの税のあり方について考えるべきであるという御指摘の多いことは、よく承知をいたしております。 そこで、税の問題というのは、結局、広く国民の皆さま方のお考えに従って、どの辺にどうあるべきやということできめられるべきでございまして、その声が高まっておるということは、十分認識をいたしております。当面、来年度以降の問題として、相当なウエートを置いて研究すべき課題だと思っております。 ただし、先ほど二千九百万人という納税者の数の御指摘がございましたので、一言だけ申し上げておきたいと思います。 それは、確かに最近初任給水準の上昇、同じ初任給の中でも中学卒の初任給水準の上昇が高いことが、この納税人員の増加の数字にあらわれてきているということは、御指摘のとおりだと思いますが、実はそれだけではなくて、法人の同族会社の役員であるとか個人事業者の専従者給与というようなものが、最近相当急激に上昇してきておりますので、納税人員の増加即中学卒あるいは高校卒の問題であるということだけではないことを、一言だけ付言いたしておきます。
○山田(耻)委員 だいぶ時間も経過しましたので、最後に一つだけお伺いしたいのであります。 厚生省、お見えになっておると思いますが、最近の名目所得の増加、言いかえたら物価上昇に伴う名目所得ですが、いまの高木局長のお話の中にも初任給が非常に上がったということが述べられております。私は厚生省の角田さんにお尋ねをするのですが、最近は、同じ人間としてお気の毒な身体障害者に、やはり国家としてもしっかり保護してあげなければならぬということで、身障者年金なり若干の手当がつけられております。この身障者も社会復帰をしていきたい、人間として生まれたんだから何とかして生産にも寄与していきたい、こういうことで努力をしておるわけです。 この身障者が社会復帰のためにコロニーであるとかいろいろな社会復帰施設に入りまして生産に励んでおりますが、最近この人たちに税金がかけられておる、税金がかかる所得を持つようになると、身障者の年金であるとかあるいは幾ばくかの手当というものはもがれていく、こういうふうな実情が起こっておるように見受けられますが、一体厚生省としてどのように把握をなさっておるのか、お伺いしたいと思います。
○角田説明員 身体障害者の福祉工場、授産施設、そこで働いております所得状況につきましては、現在詳細には把握しておりません。ただ、山口県の山口コロニーの福祉工場におきましては、平均月額約三万八千円でございます。最高賃金は七万七千円でございます。それから大分県の太陽の家の福祉工場でございますが、平均月額三万円でございます。最高約五万四千円でございます。それからもう一つ、東京のコロニー印刷所、これは授産施設でございますが、平均二万六千円、最高五万七千円となっております。福祉工場や授産施設の賃金の状況というものは、そこに従事をしております障害者の作業能力によってだいぶ違います。また、施設の作業種目だとか設備の投資の状況によりまして、だいぶ全国的に異なっております。 それから、課税の問題でございますが、山口コロニー入所者の中には、課税されている人がいるようでございます。他の施設では現在のところ課税されておりません。 以上でございます。
○山田(耻)委員 局長、いかがですか、身体障害者に税がかけられまして——税金というのは富の再配分、いわゆる担税能力に応じた者から税金を集めて、それを平等に社会に還元していく。しかも、最近は福祉国家というキャッチフレーズでそのことのためにたいへんな施策が立てられておるかのような錯覚におちいるわけですけれども、中身はなかなか乏しいものがあるわけです。いまの身障者は、車いすに乗ってどこへ出かけていくすべも持たないのです。たとえば道路構造にしてもそうですね。県庁へ出かけるにしても、階段だけです。駅へ行くにしても、汽車に乗ることもできなければ、改札口を通る広さも改造されておりません。完全にいま住んでおるところに閉じ込められておるわけです。こういう人に課税をする根拠はどういうことですか。
○高木(文)政府委員 これは所得税のたてまえの問題でございます。これをどういうふうに御判断願うかという問題でございます。所得税のたてまえは、所得の大きさによって課税をするというのが原則でございます。その場合に、いろいろな意味の生活能力が欠ける者について、老人であるとか寡婦であるとか身障者であるとかについて、特別控除の制度はございます。しかし、その特別控除の額をこえてなお所得があるというならば、それは納めていただくということになっておるわけでございます。その場合にしばしば、一方の御意見では、そういう者については所得の大きさに関係なく課税しないようにしてはどうかという御意見もあるわけでございますが、その場合に身障者についてどうするか、寡婦についてどうするか、老人についてどうするかというような問題がいろいろあるわけでございまして、これはいろいろとはてしない議論になるわけでございます。 私どもは、現実問題として、ただいま御指摘がありましたように、身障者の中にも、しかも非常に重度の身障者の中にも、まあある程度社会復帰ではないかもしれませんが、職を手につけられて所得をやっと得られた方について課税をされているという事例があるという御指摘がありましたが、私どもの感じでは、全国で身障者の数は正確にはわかっておりませんが、現在、税法上障害者控除の適用を受けております身障者は四十万人に及んでおるわけでございます。これは御本人が身障者である場合と配偶者や扶養親族が身障者である場合のすべてを含めた数でございますので、そのうち御本人が身障者である方がどのくらいあるかということは税務統計上は把握ができておりませんが、この四十万人の中で、どの程度の方が課税になるという事態が起こった場合に、それについて考慮すべきかという問題が出てこようかと思います。しかし現状において、私どもは認識不十分かもしれませんが、四十万人の中において、非常に多くの方が課税になっておるというふうには認識していないわけでございますけれども、先ほどちょっとお触れになりましたように、給与水準の上昇等と関連して、先ほどの未成年者の問題と同じようにいろいろ新しい問題が出てくることかと思います。各方面の御協力を得て、実態がわかりましたならば、またそれについていろいろ考えるべきではないかというふうに考えます。
○山田(耻)委員 実態をよく把握されまして、こうした人たちにも、いわゆる社会人として人間生活を営むのに非常に隔絶をされた生活を営んでおる人たちですし、こういう人たちに普通の健康人と同じように納めた税が還元をされていくということは考えられません。特に、この納税をなさっておる人たちは、申し上げましたように、身障者として受けている一級、二級の年金も返上するわけです。そうして今度七千五百円になってまいります身障者手当も返上するわけです。支給されません。だから純粋な給与所得者として扱われていくわけですから、税制というものは、税金を、収入があるから取る。取るだけではいけませんで、取った税金がどのように使われていくのか、どのように国民に福祉をもたらす措置が政策の中で生かされていくのかということの見届けまでするというのが、私は税制の民主化のあり方だと思います。 こういうことから考えていきますならば、いまの年少者と同じように、社会人としての権利も持っておりますけれども、与えられる恩典というものは非常に少ない。こういう人たちにあたりまえの税金を取り立てていくというのであっては、私は民主政治という看板をかけた名に恥ずかしいという気がいたしますから、これも十分御検討いただくということでありますが、検討いただくということだけでは何となくさびしい気がします。どうかひとつ、いまの年少者と身障者の問題につきましては、私は、具体策を求める時期が早晩来る、こういう気がいたしてなりませんから、そこらあたりの御配慮をいただきたいと思います。 政務次官から最後にその点についてお考えを述べていただいて、私の質問を終わりたいと思います。
○山本(幸)政府委員 先ほど来お話をいろいろ伺っておりますが、税金というものは取るものだということ、しかし新しい福祉国家をつくっていく上におきましては、要するにそういう福祉国家をつくっていく上において所要の金というものをどういうふうにして調達するんだという、逆の考え方でこれからいかなければならぬものであろうと思います。そういう考え方からしますと、いま最後に話が出ましたけれども、納税についての重圧感といいますか、そういう不満というものがいまいろいろございますが、一つには、取った税金がどう使われているかということについての不満も大いにあると思います。そういう点について考えていきますと、将来税制をつくる上においては、この金が一体どういう歳出となってあらわれていくのかということを十分に考えてやっていかなければならぬだろうと思います。 先ほど御質問がありましたように、一方においては、税というものは担税力のあるところからちょうだいするという原則がある。これは一つの大原則だと思います。そういう原則を立てて、少なくも担税力のあるところに担税をしていただく。一方においては、しかるべき社会保障なり何らかの制度をつくって考えていくという、そういう一つの筋道を立てて将来ともやっていく。その中にあって、税制の上においてどう考えていくか。いまのお話はたいへん具体的な例で、あたたかい政治といいますか行政をやれというお話なんで、私どもも承っておってまことに共鳴するところが多いわけでありますけれども、それはもう一つ大きな見地といいますか、全体の上に立って税制というものを一体どう考えていくかということを、私どもも、福祉を大いにやらなければならぬという時代を迎えておりますだけに、根本的な問題として今後大いに検討していきたい、こう思うわけでございます。
○山田(耻)委員 終わります。
○鴨田委員長 次回は、明二十八日水曜日、午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することにし、本日は、これにて散会いたします。 午後一時二十六分散会