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71回国会衆議院1973/04/06

石炭対策特別委員会 第6号

発言数
82
登壇者
6
会派数
3
開催日
1973/04/06

会議録

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 これより会議を開きます。  この際、参考人出頭要求の件についておはかりいたします。  ただいま本委員会で審議中の石炭鉱業合理化臨時措置法等の一部を改正する法律案について、参考人の出席を求め、その意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。  なお、参考人の人選、出頭日時及びその手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。      ————◇—————

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 次に、炭鉱離職者臨時措置法の一部を改正する法律案及び石炭鉱業合理化臨時措置法等の一部を改正する法律案の両案を議題として、審査を進めます。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。多賀谷真稔君。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 まず、通産大臣にお尋ねいたしたいと思いますが、すでに四次にわたる調査団の答申が出、その間、中間答申が行なわれ、さらにこのたびは第五次の答申が出、それのいわば具体化の法律がいま審議をされつつあるわけであります。かつて一千億の肩がわり資金が出され、さらに一千億ワク内の第二次の肩がわりが行なわれ、またいま第三次の肩がわりが行なわれようとしておる。こういう政策を次から次へと打つわけですけれども、それがどうも実を結ばないで、崩壊の一途をたどってきた。これは大臣としてはどういうようにお考えになっておるか、それを率直にお聞かせ願いたい。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 まことに残念な次第でございますけれども、予想あるいは想定されるよりも客観的な経済条件の変化のほうがスピードが速かった、そういうことで、ともかく情勢が先に進行して計画がくずされていったということではないかと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 私はいささか大臣と考えを異にするわけですけれども、それは、企業内の合理化というのは非常にテンポが早く行なわれたわけですよ。ところが企業間の合理化、近代化というものが今日まで全然放置されておる。そこに他に例を見ない崩壊の一路を日本の石炭産業はたどった、こういうことが率直に私はいえると思うのですね。  かつて昭和三十年に政府から石炭合理化臨時措置法歩出ましたときに、当時私ども社会党は、左右両派分かれておりましたけれども、この石炭に関して何とか意見をまとめたいというので意見をまとめまして、石炭鉱業安定法というのを提案いたしました。  その第一は、総合エネルギーにおける石炭の位置づけというものをはっきりさすべきであるというのが第一点であります。  第二点は、鉱区の統合というものが石炭産業の近代化では不可欠なものである。すなわち、第一次大戦後のドイツの合理化というのはいわば切り羽集約の合理化でありました。第二次世界大戦後の欧州の合理化というのは、これは鉱区統合の合理化であったわけです。すなわち、イギリスにおいては、本来所有権者が鉱業権を持っており、いわば所有権者は鉱物の権利まで所有しておる。でありますから、それが英米法においては、いわば鉱物の所有権は土地の所有権者であるという制約のもとで、鉱区が群小に分かれて、そして適正な鉱区が持てない、これがやはり英国における国有化につながっておるわけです。それからフランスにおいても、いわば適正規模の炭鉱の造成ということで、公社をつくってその下に八つのブロックを形成したという仕組みで適正規模の炭鉱をつくった、こういうことになっておるわけであります。そういう中で、日本の炭層は欧州に比べて必ずしも有利ではありませんけれども、それでも当時、鉱区の統合というものは非常に重要な要因であるということで、鉱区統合をわれわれは叫んだ。そこで、われわれの第二点というのは、鉱区の統合並びに休眠鉱区の開放ということをまず言ったわけであります。そうして、新鉱については電源開発の方式をとって、鉱区の所有権者、鉱業権者は現物出資し、政府が新鉱開発株式会社をつくって、いわば政府の特殊法人によって行なうべきである、こういう電発方式をとりました。  それから第三は、日本の石炭の場合は、ことに北海道と九州が産炭地ですから、非常に錯綜輸送をする、そして二千に余る銘柄がある、こういう中で、しかも幾ら努力をしても鉱・物の質によってその努力がなかなか報われないこともあるということで、いわば販売の一元化というものを唱えた。そして将来は輸入炭が大きなウエートを占めるであろうことをわれわれは予想をして、やはり輸入炭の権利までその販売一元化の公社を持つべきである、こういうように唱えてきたわけです。  それからさらに、昭和三十七年のわれわれの法案の中では、そうは言ってもやはりつぶれていく炭鉱があることは現実であるから、いわば炭鉱補償事業団というのをつくって、まず第一には賃金の確保、退職金の確保を行なうべきである、第二は鉱害の賠償資金、第三は中小企業への売り掛け代金、こういうものを補償の対象にすべきである、価値のない、鉱業権者みずから放棄をしようというその鉱区を評価をしてみたり、つぶれていく坑道の評価をすべきでない、こういう主張をいたしたわけであります。  いわばこの第四の点は、今度の新方式、買い上げの方式でようやく認められるわけであります。問題の鉱区の統合とか販売の一元化、流通機構の合理化というのは常に書いてはあるのですよ。書いてはあるけれども実際は全然行なわれてきていないというところに、非常に今日の炭鉱の危機があったのではないか。いわば企業内合理化だけをやってきたのではないか。それも非合理化につながったのではないか。こういうように考えるわけですがね。大臣、どういうようにお考えであるか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 それも一つのお考えかとも存じますけれども、やはり企業のバイタリティーとか企業の一つの内部の有機的な力という活力を抹殺してはいけないというのが自民党の政策の根本にございまして、国有化的な考え方や国家管理的な考え方にあまりなじまない、そういう基本線もあったのではないかと私は思います。それのどちらがいいかということになると、これは評価はなかなかむずかしいと思うのです。販売の一元化あるいは鉱区の統合、考えようによってはなかなかりっぱなアイデアでありますけれども、それを実行した場合に、かなり膨大な経費がかかったり、案外官僚的な硬直性が生まれたりするのではないか、日本のような社会体質の場合に、そういうこともまた一面考えられます。しかし、現実にいままでやってきた政策が破綻していることは事実でありまして、これはもうわれわれもかぶとを脱がざるを得ぬ現実であります。現在の受けた答申を中心にして、あの答申を確実に今度は実現するように努力していく、こういう考えに立っておるわけであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 まことに通産大臣は、将来総理大臣を目されておられる人ですから、私はこの際、一つの基幹産業の崩壊の過程というものをわれわれは反省をしてみる必要があると思う。今後われわれが産業政策を行なう場合に、十分私はこの過程というものを見てみる必要がある、こういう意味で質問を続けていきたいと思います。  私は、この日本の炭鉱資本というのは特殊な状態にあると思うのですよ。これは欧州にない状態がある。御存じのように、英国は国有であるし、それからフランスは公社です。西ドイツは御存じのように自由企業です。しかし、西ドイツの私企業というのは需要業界と一体であるのですね。要するに鉄鋼会社が石炭を経営しているわけです。石炭が景気のいいときは石炭会社が鉄鋼を経営してきた。ところが、その中でさらに炭鉱会社が発電所を持っておるわけです。そうして電力を売っているわけですよ。ところが日本の場合は一体どういうような過程をたどったか、こう考えてみると、なるほどかつては三菱も日本郵船という会社に発展した船舶を持ち、それから国有鉄道になる前に九州の鉄道網はみな三菱であった。ですから、それに石炭を供給しておったわけです。北海道炭砿汽船株式会社も、名前の示すようにとにかく炭鉱をやり、汽船をやり、鉄道をやり、輪西に製鉄所をつくった。ですから、資本主義としてはわりあいに強靱な形で出てきたわけですよ。ところが、まず明治四十年代に国有鉄道になり、それから電力は日本発送電になり、さらにまた、製鉄は御存じのように最初から官営で出発した。需要業界と炭鉱が結びついていないわけです。炭鉱はどこと結びついたかといえば、若干一部の化学と、あとは銀行とに結びついてきた。ですから、他にたとえばメタルマインでいろいろ問題になっておりますけれども、非鉄金属を見ても、要するに古河鉱山で掘って、それで製錬をして古河電工へ送っておる。住友金属鉱山で採掘をして、そこで製錬をして住友電工に送っておる。こういうように非常に関連性があるのです。ですから、あなた方が資本主義をとらえるならば、その資本主義なら資本主義の強靱性があるのですよ。日本の場合は、炭鉱に資本主義としてのその強靱性がない。ここに私は問題があると思う。ですから、景気のいいときはもうものすごく炭鉱はもうけておるわけです。不景気になると、今度はばっと需要家から、率直に言うと、いじめられておる。それを繰り返してきたというのが炭鉱の歴史なんです。ですから、そのことをわれわれは口をすっぱくして日本のはちょっと違いますよということを言うけれども、なかなかその点については、むしろ政府・自民党のほうがイデオロギー的だと私は思うのだけれども、それは非常に固執しましたね。それが私は今日こういう状態になったと思うのです。  では、業界からそういう意見がなかったかというと、そうでもないのですよ。当時石炭協会の会長の麻生さんは、石炭産業が産業として立ち直るためには、企業を越えて産業を守る体制にいかざるを得ない、こう言っておる。有沢会長は、これは、石炭企業というのは運命共同体だ、ゲマインシャフト的な動きをしなければならない、こういうことを言っておる。それには具体的には流通機構の問題、鉱区統合の問題を例示しておるわけです。ところが、この鉱区統合、流通機構の整備というものが全然行なわれないで今日にきたというところにやはり問題があるんじゃないかと思うのです。  私は、今後の産業政策をやる場合、またいまからの政策をやる場合に非常に重要な問題と思うから、大臣にいま私の所見を述べたのですが、どういうようにお考えですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 非常に基本的な問題に構造的にメスを入れられた、非常に基盤の厚い、かたいお考えに私も敬意を表します。  私も、率直に申し上げて判断に迷っているというのが率直なところであります。この岐路に立って、日本の炭鉱を守って、そしてある程度の出炭量を維持しながら、日本の国産エネルギー源の中核の一端を維持していくという将来の展望を考えてみますと、この第五次答申をやりながら、いろいろいままでの考え方にのみ執着することなく、いろいろな展望を持って思考を加えていくべきである、かように考えます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 当時、石炭国家管理法案が出たときに、大臣は与党だったと思います。民主党だった関係で、私は一言これにも触れておきたいと思う。  すぐ国管時代が非常に非難をされる。これは国管だったからうまくいかなかったのだ。しかし、私をして率直に言わしむるならば、あの傾斜生産をして三千万トン体制ができたというのは、国管だったからできたのです。もう一つ言うならば、なぜ崩壊したか。それは当時の政権が弱かったですね。ですから、やがて片山内閣も芦田内閣も崩壊するだろうと業者は見たのですよ。そうして、できるだけサボったのですね。これは、私は当時現地におったから知っております。粗悪炭ばかりが鉱内から出たのですから。そんなことはあり得、ないですよ。ですから、国管時代が終わりごろになったら、貯炭の山になった、売れない石炭ばかり。それが、農村なんかと違って、鉱内でやる仕事ですから、だれにもわからないんです。そうしてどんどん来た金は将来に備えて投資をした。そうして現実には悪い石炭ばかりを出したんです。急に悪い石炭ばかりが出てくるわけがないんですよ。そうすると、売れないような石炭が貯炭の山になったわけです。ですから、国管はだめだ、一ぺんにみんなに悪印象を与えた。そういう宣伝が行なわれたわけです。そうして朝鮮戦争が始まったら、どうですか、トン二千七百円も上がったんですよ、値段が。ですから、私はそういうことを考えると、要するに国管時代にものすごくサボった業者、そうして朝鮮戦争に入ると、急に二千七百円も炭価をつり上げた、これが、私は、需要業界のものすごい不信になってあらわれた、こう考えざるを得ない、この過程から見ると。ですから、国管であったから悪いというそういう面よりも、私は、当時の業者のサボリ方ですね、ものすごいサボり方をした、非協力であったというところに問題があるのだと思う。これは皆さんが、役所が、当時の統計を見て、そのカロリー計算をしてごらんなさい。そんな悪い石炭ばかりが鉱外に出てくるわけがないんですよ。そういういわばサボり方をして、結局はつぶした。そうして朝鮮戦争まではもうけたわけですね。それからが苦難の連続になっていくわけです。ですから、われわれ、そこに悲劇があったと思うのです。ですから私は、そういう点はいま問題になっておる商社の問題もやや似ていると思うのです。それは、やはりその報いがくるといったらなんですけれども、商社に対するあるいは買い占めに対するいろいろな面からの反発がやがて出る、こういう感じを持つわけです。これに対してはあえて大臣の答弁を聞きませんけれども、そういう感じを私は持っておる。  そこで大臣、西ドイツは、御存じのように石炭適正化法案を出して、今日ルールにおいてはルール石炭株式会社をつくって、約九〇%の炭鉱を傘下に入れているわけです。これは西ドイツは自由主義経済をとっておるわけです。これについてもいろいろ問題はあったけれども、当時のシラー経済相がものすごく説得をして、ほとんど連日徹夜をして労働組合や経営者を説いた。そうしてそういう統合会社をつくって、今日西ドイツは安定をしてきたんです。ところが日本の場合は、みな企業救済はやったわけです。企業救済はやったけれども、結局それは企業救済にすぎなかった、そうして産業政策になり得なかったというところに残念ながら問題点があるのではないか、私はこういうように考える一わけです。当時、大臣、記憶にあると思いますけれども、石炭鉱業審議会をめぐっても植村構想というのが出されている。これは西ドイツのシュタール・プランというのが発表されて、そうして、いわばよく似た形式の植村構想が発表されたわけです。これはいわば、いまの石炭会社から石炭を全部分離をして、そうして無償で提供する。そのかわりいままでの債務を見てあげましょうという。そうして管理会社、あるいはその上に統合会社をつくって、それを管理をして、その会社が新鉱開発をし、それから退職金も払う、こういうことでやったらどうかという案が出た。しかし、多くの炭鉱は賛成したけれども、強力な炭鉱において反対が出て、それはついに実らなかったということです。ところが、現実にいま各社においてみずからそれを行なっているんです。植村構想はついえたけれども、各社は全部石炭を分離したんです。全部と言ったら語弊がありますが、いまとにかく分離をした会社、分離をしつつある会社、まだそこまでいかない会社、若干あります。ありますけれども、植村構想は反対されたけれども、各社は結局自主的にそれをやらざるを得なくなった。ただ、ないのは、統合するものがない、受け入れ先がないから、こういう形になっておる。そこで、一体こういう状態をどういうようにお考えですか。みずからは植村構想に反対をして、そして、しかし自分は自社でやっていく。どうも私どもは解せないのですけれども、こういう態度で、はたして日本の炭鉱の再建はできるだろうかという疑問を持つのですが、大臣どういうようにお考えですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 いろいろ考え方はあると思いますが、やはり経営者のバイタリティー、あるいは労働者の意欲というものが欠如しては、いかなる機構をつくっても同じことだと私は思います。経営者のバイタリティーというのは、やはりある程度の創意くふうとか自由性というものに認められるので、それはやはり自由経済的な基底というものを持たないとそういうものは生まれてこない、日本の場合はそういう感じがするのであります。ただ、日本の場合は、立地条件とかそのほかいろいろな面で、こういう細長い、海に囲まれた列島という地勢学的な側面からも、特有のこうした立地条件、輸送条件というものが生まれまして、そして石油というものが大量に消費される社会を形成した。これは経済的合理性を最大限に立地条件に生かしてできた一つの構図でありますが、そういうようなものの犠牲に石炭がなった。そういう日本の持ってきた宿命的なものも多少あったのではないか、そう思います。しかし、そういう人柱に石炭をしてはならぬので、石炭のそのバイタリティーの火を消してはならぬ、これは民族生活上大事な一つのともしびであり、たいまつである、そういう観念に立って第五次答申もできておると思いますし、第五次答申の次においても、私たちはそういう基本的観念に立って石炭を守っていかなければならぬ、そう思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 経営者のバイタリティーというお話がありましたが、石炭経営者はずいぶん苦労しました。しかし、疲れちゃったというのがほんとうですね。バイタリティーというところまでいかないのですよ。もう疲れ果てたということです。  たとえば、一例でいいますと、将来、日本は、強粘結炭もないし、鉄鋼が伸びるのだから、原料炭が必要なことはだれでも知っているのですよ。しかし、ひとつ海外に出て日本の技術を生かして弱粘あるいは強粘の開発をしようかというのが出てこない。とにかく日本の経営者は重大なチャンスを失っていますよ。それは、あまりにも企業内の問題が多かったということがいえますね。ですから、バイタリティーを引き出してやらなかった。それは、言いにくいですけれども、各社に比べて石炭企業は非常にいい時代があって、ことに昭和二十年代、学校を卒業した人も優秀な人が入りました。しかし、それはみんな意欲を失って出ていきました。そういう人的にも非常に多くの人材を吸収し得た時期がある。それがバイタリティーを活用できなかったということ。そして、はたしていまからバイタリティーを与えられるだろうかというと、私は少なくとも石炭に対してバイタリティーを持てというほうが無理なのではないか、こういうところまでいま来つつあるのではないか、こういうように思います。  一体これにバイタリティーをどうして与えるか。私は、五次答申ぐらいではバイタリティーは出てこないと思う。いま大臣は、日本は四面海に囲まれておって、臨海工業地帯の形成ができて、安い重油なんかが入る、非常に条件に恵まれておった、これがいわば日本経済を伸ばした原因の一つだとおっしゃる。私もそうだと思いますけれども、一方、その当時いわれたことは、日本は資源がなくてよかったのだという空気が昭和三十年代は横溢しましたね。少なくとも鉄鋼業なんか、なまじ原料炭や鉄鉱石があったら、ドイツやアメリカやイギリスのように内陸にできておったろう、だから資源がなかったほうが経済が伸びたというようなことを平気で言いましたよね。日本の財界の名だたる人が平気でそういうことを言った。この観念がやはりあるのじゃないですかね。口では、石炭はやはりエネルギーになくてはならぬものだ、こう言うけれども、いまの政策全体を見ると、ほんとうに一部の石炭鉱業に理解のある方々は一生懸命であるけれども、全体としてはきわめて冷たい、こういう形になりつつあるのじゃないですか。  ですから、一体大臣は、ほんとうの意味において石炭はエネルギーの中核として——中核とまでいきませんけれども、とにかく国産エネルギーとしてはまだあるほうですから、これを不動の地位に持っていく自信がありますか。そういう考え方があるのですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 最近のエネルギー事情を見ますと、石油がだいぶきつくなってきております。それからその石油の前途を見ましても、石油の値は上がっていく一方だろうと思いますし、供給もなかなか、アメリカそのほかの需要が伸びてきたり、あるいは原産国のアラビアの国々が生産をチェックしてくるという情勢等から考えますと、どうも石油の値上がりは必至のように観測されます。そういった面からすると、いままで石炭に対して石油が持っておった優位性というものが次第にくずれつつある。それはある意味においては、石炭の側から見れば救いでもありますし、われわれもある意味においては、ほっとしておるという点も正直にいってあります。ですから、何とかこの時期を持ちこたえて、日本全体の総合エネルギーにおいてバランスのとれる日を迎えるようにがんばっていかなければならぬ、そう思っておるのであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 では、私はその観点から質問をまず展開をしてみたいと思います。  政府委員にちょっとお聞きしたいのですが、昭和三十四年に千二百円引きをしましたね。千二百円引きという異常なことをやったわけですけれども、千二百円引きをしたのがいまどのくらい復活をしているのですか、あるいはそれ以上になっているのですか、国内価格について。これをお聞かせ願いたい。——時間がありませんから、私が言います。千二百円引きと一がいに言いますが、原料炭は実勢では千七百円引きになっているのですね。その原料炭が、昭和四十七年度三百円アップを入れて千六百円復活をした。ですから、実勢から見ると、三十四年に比べてまだ百円足らない。それから電力のほうは八百五十円、計算に間違いがあったら指摘していただきたいと思いますが、八百五十円、四十七年度ですよ。ですから、これはまだずっと昭和三十四年の水準までこない、こういう形になるわけです。御存じのとおり、労務費も上がるし資材も上がる。そしてずいぶん閉山費用も一方では要りました。一体どのくらい閉山したのですか。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 現在までに閉山をいたしましたトン数は約五千四百万トンの規模でございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 不良というとあれですが、まだ有望な炭鉱で、資金がなくなって倒産をしたのもあると思います。あると思いますが、閉山によって、買い上げまたは封鎖、要するに国が政策として手当てをしたというのが五千四百万トン。ですから、かなり大きく更新をしたということがいえるわけであります。日本の炭鉱は外国の炭鉱に比べてどうなのですかね。ことに欧州なんですよ。オーストラリアとかアメリカとか、これらに比べたら条件は非常に悪いし、それから向こうは露天掘りもかなりありますから、ちょっと比較にならない。そこで私は、一応イギリスとかフランスとか西ドイツと日本の石炭の状態というものを比べてみたいと思います。能率ではどうなっておるのか、それから価格ではどうなっておるのか、そういう点をお聞かせ願いたい。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 ヨーロッパの炭鉱でございますが、正確な数字を持ち合わせておりませんけれども、能率で申しますと、坑外も全部含めますと付帯設備の入りぐあい等々でベースが違ってまいりますが、坑内の一方当たりの能率でいたしますと、イギリスは日本よりも三割ぐらい能率がいいと思います。それからドイツ、フランスは日本よりも若干能率がいいというところじゃなかろうかと思います。  それからコストの面でございますが、これも国によってどの範囲まで入れるかという点でいろいろ違っておりまして、正確にわからない点もございますし、統計資料もごく新しいものはございませんのですけれども、イギリスあたりでございますと、一九七〇年ぐらいで大体四千五百円程度じゃなかろうかと思います。フランス、ドイツはちょっとはっきりわかりませんが、イギリスよりも若干高いという数字じゃなかろうかと思っております。(多賀谷委員「日本は」と呼ぶ)日本は、一九七〇年ぐらいで生産費は四千三百円程度だと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 大臣、お聞き及びのように日本の能率というのは、一方当たりにしますと、まあ率直に言いますと、肉体的には向こうは短時間労働の中では日本を圧倒しますね。ですから月でいきますと、これは一九七〇年の資料ですが、イギリスが月四十トン、フランスが三十三トン、西ドイツが五十二トンに対して日本は四十九トン。これは臨時組夫を入れた統計です。これは日本の統計では珍しいのです。普通、臨時組夫は入れない。常用だけを入れる。常用だけだと六十七トンというのが七二年の統計に出てくる。欧州よりも非常に越えておるんですよね。あるいは越えようとしておる。ですから労働者の能率がそこまできておるわけですよ。しかし、賃金は安いし災害はやっぱり多い。  三池の大災害がありましたあとに、海外の石炭鉱業保安状態を見るために調査団が参りましたが、三十九年以前の十年間、十名以上の死者がドイツで三回しかないです。イギリスが四回しかない。フランスは六回。それに対して日本は三十九年以前の十年間に二十六回あっているんですよ。その後今日までに日本は十名以上の死者がさらに十四回あっておるんですね。ですから災害は異常に高いと見なきゃならぬ。  しかし、そういう中で労働者のほうはよくがんばっているわけですよ。非常にがんばっている。それでうまくいかない。そうして金は、これでも皆さんの努力で比較的つぎ込んでおるわけです。金はつぎ込む、労働者もよく働いているのに、一体その次は何をやるんだというものがない。私は政治家が、その次は何を打ったらいいんだというものを示してやる必要がある、こういうように考えるわけです。  ですから、そういう意味においては、残念ながらこの五次答申というものは、次の段階、いま大臣がおっしゃいましたエネルギーの将来の不足という状態、あるいは俗に石油戦争ともいわれておる資源戦争の中に入るには、五次答申というのは全くその意気込みもなければ、またそれに対応する政策ではない。いままでの一次、二次、三次、四次を受けての対策である、こういうように考えざるを得ない。ですから、今日この時点で審議をするというならば、やはり次の新しい政策というものを打ち出してしかるべきではないかと私は思います。  問題は、ちょっと考えますのに、答申というのはほんとに実効ある答申であることを私は感謝するんですが、しかし率直にいうと、第一次から行政ベースの答申である。それは答申を書くときに、事務局がいましてね。通産省が中に入って、ここが悪い、ここがいいといって一生懸命作業をして書くんですからね。大先生だって実情はわからぬし、そうかそうかとこう言っておられる面もあるんでしょうしね。だから、答申が出れば実行してくれるんでしょう。しかし、実は政策の転換というようなところにいかないのですね。日本の有識者が電力会社へ行って、ひとつこの分だけ買ってくださいとか、もう少し何百トン何とかやってくださいとか、こんなことを依頼して、そしてできたのがこの答申ですよ。ですから、いままでの答申というのは、率直にいうと行政ベースの答申です。もう少し日本の石炭をどうするんだとか、エネルギーの中でどうあるんだというような、それが現状からは若干無理であっても、そういう方向づけをするという答申になっていないのですよ。しかも、その答申が審議をされた時点と国会で法案になる時点がおくれる。ですから、法案になって予算が通過した翌年から見直しだということになるんですよ。  私どもが池田内閣のときに第一次調査団を出したときの趣旨とはどうも違う。有沢さんも、最初有沢さんが会長を受けるときに自分の構想を述べられたのと、実際出た答申はまるっきり違ってきましたね。結局、行政ベースになるんですよ。ですから、答申というものは、法律にも必ず盛られておる、予算にもほとんど盛られますけれども、残念ながら石炭鉱業のほんとの意味の危機打開につながらない、結局しりぬぐいであるという、そういう答申しかいままで出し得なかったということ、ここらが私は問題だと思うのです。  ですから、石炭鉱業審議会にお願いをしても飛躍的なものが出ないのですね。経済ですから、私はあまり飛躍をして飛び上がったものを期待しているのではないのです。しかし、前進の方向が出ないですよ。常にいわばしりぬぐいの方向しか出ないという点が非常に残念だ、こういうように考えるのですが、ことに石炭鉱業の答申については一そうその感を深くするのですが、大臣どういうようにお考えですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 バイタリティーありやなしやは読む人の感じによって違うと思うのですけれども、第五次答申というものは、やはり新しい次の石炭の時代を目ざして、必死になって最後の線を守り抜いて、トンネルを越して明るみに出よう、そういう意欲を私は感じさせられるのであります。管理委員会というような思想も初めて中に入っておりますし、ともかく日本の石炭エネルギーというものが、ある意味においては断崖の上にだんだん立たせられてきて、そこで緊揮一てき何をするかという次の何か展望に立ってつくられているのではないか、そういう気も実はしております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 大臣、たいへん失礼ですけれども、この答申をずっと読まれましたか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 読みました。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 石炭のエネルギーにおける位置づけなんということは全然書いてない。二千万トンの根拠も、そんなことはこの第五次答申というのは書いてないですよ。要するに、企業の側も需要業界も、引き取るというものにめどがないから非常に困る。産炭地域の人も困る。「将来の需給規模について確たる見通しを与えないことが炭鉱の将来についての過度の不安を生じさせる結果をもたらし、これが人心の安定、ひいては炭鉱における労働者の確保にも重大な障害となっている。」これが要するに二千万トンということをきめた理由なんですね。何かまるっきり、いま現実に論議をされている資源不足だ、資源戦争だというその中で、日本の国内エネルギーをどう確保するかなんということじゃないのです。一応目安をきめてやらないとみんなが不安だから、需要業界も困るし石炭業界も困るから、一応のめどを与えてやるのだという、こういうきわめて、私から言わしむなら何と消極的な答申であることか。こんなところでバイタリティーなんか出っこないのですよ。しっかりやれなんて書いてない。みんなが不安だろうから二千万トンくらいの目標を与えてみんなの気持ちを静めるために政策を立てるんですよ、こういう答申なんです。ずっと見てごらんなさい。要するに、日本の国産エネルギーとしての価値はまだまだ失われていないという、そういうような意味のことは全然書いてないのですよ、これには。ですから、私はどうもこれは、慰めと言ったら、ばく大な金を使って、国費を使ってそういうことを言っては何だけれども、これはひとつ精神安定剤か何かのような——薬でなおるというようなところまでいかないけれども、方法がないから少しアリナミンでも飲んでおかないかという、こういうような消極的な意図しかうかがわれない。  それから、大臣の言われた管理委員会だってそうです。これはあとから質問しますけれども、管理委員会に一体そういう権限とかそういうものが期待ができるような答申になっておるでしょうか。法律だってなってないでしょう。大臣、どうですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 同じ般若心経を読むのでも、朝読むときと夜読むときと、また、公明党の人がお読みになるときと立正佼成会の人がお読みになるときと、みんな取りようが違うと思うのです。私は自分で、世界のエネルギーの将来をひしひしと感じておりますし、その責任者の一人でもありますから、そういう気持ちで読むからそういうふうに感ずるのかもしれませんが、ともかくこの回を守り抜いて、次に打って出るのだ、そういうような最後の必死の守りの感じを自分は受け取っておるのであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 あとのほうのいまから打って出るのだというのは大臣の気持ちでしょう。答申ではなくて大臣の気持でしょう。それならば、大臣が、この答申はこうあるけれども、自分の決意はこうだ、具体的にはこうしようと思うという、そういう方針を私は求めたい。この答申のほんとうの読み方をいろいろ、ああでもない、こうでもないと論議しても愚ですよね。それよりも、この答申はこうあるけれども、一応、この答申の中身については今度の予算と法律によって具体化しました。しかし、私はいまからこう出たいと思う、そのこう出たいと思うというのをひとつおっしゃっていただけば幸いだと思います。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 この画を守り抜いて、次にエネルギーの大きな変動時代が地球上に押し寄せてきつつある。したがって、そのときに石炭というものはもう一回見直されるときが来るであろうという望みを持って、そしてそのときに、あのときにああいう手抜きをしたとか落ち度のある政策をしたために日本の炭鉱がこういうふうになってしまったと言われないような備えをした政策をわれわれは今日やっておく責任がある。そういうように私は感じて、ともかくこの回を守り抜いて、そして次のエネルギーの変動時代に備えていこう。そうして次の政策を考えていこう。そういうふうに私は感じておるのであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 かつて英国の石炭庁の顧問のシューマッハーが、日本の国際石炭大会に参りまして、次のように言いました。要するに、一九八〇年代のエネルギー政策は一九六〇年代に打たなければだめだ、こういうことを言いました。でありますから、今日そのきざしがあるわけですから、早く打たなければ間に合わない。炭鉱というのは、一回休止をしたものを再開発するのは非常にむずかしいのです。水浸しになったものをもう一回復元するなんということはとても不可能である。そして今後の炭鉱開発というものも、環境保全その他の問題で非常にむずかしくなる面もある。ですから、早く打つ必要がある。少なくともこの国会では、次の政策をわれわれは論議しなければならぬ。ところが大臣のほうは、まだ、この答申をもってバイタリティーがあるのだとこうおっしゃると、われわれとしては次の政策を打てない。それでは時期を失しますよ、現実に。この答申の具体化がこの程度であれば、じゃ閉山をしようというのは、あとにかなり控えておるのではないかと私は思う。そうすると、またなだれ閉山が行なわれないとも限らない。残念ながらこれがほんとうに歯どめになるという保証がない。そこが問題だし、新しいものがないという点が問題だと思います。  そこで時間の関係がありますから、私はもう少し具体的に、さっき大臣が管理委員会のお話をされましたから、管理委員会についてお尋ねをしたいと思う。  管理委員会とは一体どういうものであるか。私はまず答申から見てみたいと思う。少なくとも私が答申を読む限りにおいては、管理委員会と称するものは、まず、石炭業界内部が需給調整委員会を設けて、その需給調整委員会によっていろいろ論議をしたものを、あるいはそれとタイアップをして、有識専門家から成る管理委員会が助言、指導を行なう、こういう消極的なものですね。いわば業界の中で需給調整委員会というようなものができて、それに呼応する事業団に管理委員会を設けるんだと、こういうのです。この管理委員会が、そういった日本の石炭のあり方とか、あるいは具体的にこの山をこうやれというような指導をするようになっていない。  それから法律もそうでしょう。理事長を管理委員会の委員として出席をさして、他の管理委員と一緒になって、そうして収支予算及び決算、事業計画、そうして交付計画、貸付計画、貸付譲渡計画及び保証計画の議決権がある、こういう消極的なものですよ。私どもが期待するような管理委員会の仕組みになっていない。これで一体できますか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 管理委員会の点につきましては、今回の答申の非常に大きな部分を占めていることは、先ほど大臣からも御指摘があったとおりでございます。管理委員会は、現在、石炭鉱業合理化事業団が行なっておりまする石炭鉱業に対する各種の助成の有する意味が、金額あるいは条件、いずれを見ましても非常に大きなものとなっておるという点が一つございます。また、今回、国の業務の移管ということも行ないますし、また、新しく業務を追加するということもございます。そうしたことから、今後、合理化事業団の占める役割りと、今度はその重要性が非常に大きくなってくる。この点がもう一つ指摘できると思います。こういったことから見ましても、事業団の業務運営の基本的な重要事項を慎重かつ公正にしたいということ、さらには各種助成の統一的な運営というふうな観点から、そういった体制を整備しまして、助成運営が円滑に行なわれる、あるいは強化に資する、そういう点に役立つために設置するわけでございます。  したがいまして、先生が先ほど御指摘になりましたように、石炭政策そのものを扱うわけではございませんで、石炭政策そのものの企画立案及びそれらに基づく施策の実施、そういったものの基本は、政府が石炭鉱業審議会の意見を聞いて行なうことになるわけでございますが、それらを具体的に実施する段階におきまして、石炭鉱業の実情に最も合致した助成の運営を行なう必要がある、その点について管理委員会は重要な役割りを果たすというふうなことで、私どもは期待をしているわけでございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 そうすると、管理委員会というのは、個々の炭鉱のいわば総括的な管理というところまでいきますか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 総括的な管理ということの内容が問題でございますが、少なくとも合理化事業団の組織の強化、それから運営の円滑化、実情に即した運営をし、強化をしていくということ、そういう意味で管理委員会の機能が大いに期待されるということでございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 じゃ、具体的に申しましょう。この山はひとつ閉山をしたいという申請があり、なるほど企業から見れば一応の理屈は通るかもしれない。しかし、二千万トンというそういういわば目標、これが著しくくずれる。それは、企業はむずかしいだろうけれども、ひとつがんばってやってくれ、こう言うような権限があるわけですか。こういうことは具体的に管理委員会の議決事項の中に入りますか、入りませんか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 もちろん企業のあり方、経営のしかたというのは、その企業自体が自主的にきめることでございます。したがいまして、そういった閉山の問題についても、企業が自主的な判断をするたてまえにはございますけれども、何と申しましても、今回の第五次答申に即した政策運営をやる実施のにない手でございますこの管理委員会なり合理化事業団なりが、きめのこまかい指導をする。きめのこまかい助成の円滑化をはかるということになりますれば、当然そのときに、その点の適切さ、不適切さという問題、あるいはどういう助成が最も必要であるかということ、あるいはそういうことを越えてなお問題が根本にあるかということ、そんな点は十分頭に置いて、その関係の山とも接触し、かつ、適切な指導をするということは十分あり得ることだと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 では、管理委員会のほうで、全体の五次答申の基本、すなわち、二千万トンがくずれる、こういう場合にはチェックができると、こう考えてよろしいですね。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 管理委員会がその辺の問題点をよくつかみまして、そうして政府並びに鉱業審議会のほうにも具体的に問題点を提起して、そうしてそこでまた検討願うというふうなことをやる場合が多くなってくると思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 ちょっと大臣、基本の問題ですから……。  この二千万トンという数字ですね、初めて目標を出した、目標というか計画を答申に出したわけですけれども、この二千万トンという数字は少なくとも不動のものと考えていいんでしょう。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 努力目標として不動であると考えていいんです。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 努力目標というのはどちらの側、需要業界側から言うのですか、供給業界側から言うのですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 政府の政策の努力目標、政府はこういう決意でやれ、審議会の答申を受けてやります、そういう考えに立って、需要業界、供給業界両方に対して政府が要請する目標と、こういう考えであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 この二千万トンを確保するということが前提であらゆる仕組みができておるんじゃないですか、この第五次答申というものは。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 二千万トンを確保するというラインに立って仕組みができておると考えております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 大臣は、前通産大臣田一中さんから、炭労との間に大臣発言メモというのが出されておるが、それは御存じですか。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 聞いております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 そこで、その第一に「今次対策期間中は二千万トン以上の需要を確保するため万全の措置を講ずる。」この点は、大臣としてもその所信に向かっておやりになろうとされておるわけでしょう。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 もちろんであります。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 そこで、今日二千万トンといういわば最低の線を確保しなければならぬという要請、それにしては石炭鉱業合理化臨時措置法の条文はあまりにも昭和三十年代の条文になっておるのですね。たとえば「整理促進」ということばがあるんですね。ここら法律を直すとき、時代が違うんだから少し直されたらいいと思うのです。「石炭鉱山整理促進交付金」これが一番大きい柱ですよ。今日エネルギーを何とか確保しようというときに、昭和三十年のときのように、要するに山を整理しなければ近代化ができない、だから何とか山を整理して、そうして整理をした分だけ近代化をした炭鉱で増産をしよう、こういう時代の「整理促進交付金」というような条文を、この改正のときにそのまま残しておくというのはいかがかと思うのですよ。「整理交付金」ならいいですよ、整理するのに交付するのだという。「整理促進交付金」なんでね。いまエネルギーが足らぬというときに、「整理促進交付金」なんということばはやはり使うべきでないと思うのですよ。だからぼくは、そういう考え方がやはり底流にあるように感ぜられると言うのです。これは、大臣あるいは局長どうですか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 法律そのものが非常に古くスタートしたものでございまして、その後も何度か改正が行なわれておる。それで、全体の位置づけ自身はそれぞれの答申の中でいろいろ違った目的を持ち、したがって、法律にうたわれている手段についての意味づけも違っている場合が出てくると思います。ただ、実態論としましては、やはりいまからでも閉山の問題はあり得るわけです。そういう場合に、まあ促進というのは確かに、必ずしも使わなくても済むと思いますけれども、もともとあることばを使った内容がそのまま今後も使われるという意味で、法律技術的にそのままそれが残っておるということでございまして、特に深い意味があるわけではないというふうに御理解願いたいと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 昭和三十年に合理化法ができたときと事情が非常に変わっているということですよ。ですから、むしろいま残り少ないものを安定さす、こういう方向に法律構成をすべきだと思うのですよ。しかし、それでも採算がとれなくてやめていく、あるいは資源が枯渇してやめていく、それにはやはり整理しやすいようにしてやるということが必要でしょう。しかし二千万トンという線が出たら、これはもう最後の線ですよ。これ以上くずれれば政策に乗らないですね。ですから、やはりここで、大臣がおっしゃるように踏んばって、いまからバイタリティーを持って前進をするんだと言うたら、前進をするような法律構成にする必要がある。これ以上は不安定にさせないぞ、こういうことがやはり必要ではないか、こういうように考えるわけですがね。これはちょっとことばの技術的な問題ですから、ぼくはこれ以上言いませんけれども、大臣どうお考えですか。やはりこの第五次答申で安定をさすわけでしょう。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 第五次答申というのは、この回は守り抜いて、そして次に打って出るための基礎ごしらえをやりたい、そういう願望に満ちた守り抜きの回の答申である、私はそう心得ております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 これはひとつ御注意を願いたい。守り抜くなら守り抜くような法律構成にやはり今後改めてもらいたい、こういうように思います。  そこで、答申と関連をして若干質問をいたしますが、石炭価格というのは、これはどういうように改定をされるのですか。それから安定補給金の炭鉱別格差という問題、これはどういうようにされようとしておるのか、この二点、関連をして御答弁を願いたい。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 まず第一に、御指摘の安定補給金の格差補給ということでございますが、これは今回の答申におきましても「二千万トンの水準に落ち着いた時点後の問題としては、炭鉱の条件により補給金単価の差等を設ける案についても検討する。」ということになっております。制度採用の是非につきましては、第五次対策の成果というものを見きわめながら慎重に検討していきたいと考えておりますので、いま、いつからどのようにやるかということについては、まだ考える段階ではないというふうに考えております。  それから炭価の改定でございますが、国内炭の価格の引き上げにつきましては、従来は、必要あるごとに需給両業界におきまして交渉が持たれ、政府がそれを支援するというふうな方法で行なわれてまいりました。今回の第五次対策におきましては、このような方式を改めまして、競合エネルギーの価格が上昇すれば、それを基準として国内炭の炭価も引き上げられるというルールを確立したわけでございまして、石炭鉱業の資金経理の改善に資するというふうに考えているわけでございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 安定補給金は二千万トンに落ちついた時点という、これでは私はおそ過ぎると思うのです。問題は、二千万トンに落ちつく——落ちつくかどうかはむしろその炭鉱別の安定補給金の格差にかかるんじゃないですか。落ちついたあとに考えるなんというそんなものじゃないですよ。ですから、二千万トンに落ちついたときに鉱山別に考えるんではおそいんで、むしろ、二千万トンというものがこのままでいくとあぶないという時期に考えるべきじゃないですか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 私は「二千万トンの水準に落ち着いた時点後の問題としては、」ということで答申の文章をお読みしたわけでございます。したがいまして、二千万トンになってから考えるんではなくて、それが今後の見通しとして二千万トンの時点になる可能性が出てきたところで、この答申を受けて、その前にこういった補給金の格差補給問題を考えるということでございまして、なってからという意味ではございません。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 そうすると、二千万トンを切るようなことが予想された場合に、補給金単価を炭鉱の条件によって差等を設ける、こういうことですか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 その辺きちっと考えているわけではなくて、二千万トンに近づくような情勢、その情勢そのものが私はやはり問題だと思います。その辺の見通しがついたところで、早めにこういった問題を考える、こういうことでございます。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 答申はいいけれども、局長はどう考えるのですか。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 いま申し上げましたような考え方で今後考えてまいりたいと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 ぼくはやはり、せっかくこういう制度をわざわざ答申の中に書き入れたのですから、二千万トンを割ることのないように価格差補給金を設ける、こういうようにすべきであると思いますが、大臣ちょっと御答弁願いたい。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 局長に正確に答弁してもらいます。

外山弘通商産業省鉱山石炭局長

○外山政府委員 先ほど申しましたような趣旨から見ましても、少なくとも四十九年度あるいは五十年度にはこういった考え方を検討しなければならないと私は考えております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 せっかく差等の問題が提起をさされておるにもかかわらず、これが意味をなさないようなことがないようにひとつ処置してもらいたい、こういうように思います。  次に、産炭地振興、中小企業いろいろありますが、時間がありませんから省略しまして、別の機会にやりたいと思います。  新方式というのと旧方式の問題をひとつお尋ねしたいのです。  先ほど申しましたように、本来放棄をする炭鉱の鉱区とか坑道に対していろいろ評価をすることは意味のないことだということを、私どもは従来主張してきたのです。その点について、では具体的に退職金について幾らやるか、あるいはまた鉱害についてという、そういうような区分のしかたは私は賛成です。しかし私は、時期の問題が重要であると思うのです。時期というのは、いつからということよりも、問題は切りかえです。切りかえによって起こる流れ申請というか、かけ込み申請というのを私は非常にこわいと思います。  要するに今日、一回退職金をもらって、そして整理をして、第二会社という形で発足した炭鉱も相当ある。でありますから、これらの炭鉱は現行の制度がよろしい。そうすると、現行の制度は、この法律によりますと、法律が公布されてから四カ月以内に新方式に移るということでありますから、新方式では不利になるから旧方式でいきたい、現行方式でいきたい、こういうことで、その政策をつくることによって逆にある部分閉山を早める面があると、政策をつくるわれわれとしては非常に困るわけです。そういう危惧はないかどうか、どういうふうに処置をされるのか、これをお聞かせ願いたい。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 先生御指摘のように、従来の旧方式と申しますのは、鉱業権ないし坑道等を評価しておったわけでございますが、退職金等の債務あるいは鉱害債務と必ずしもリンクしないという点がございましたので、新しい方式に、先生おっしゃられたような方向に変えていきたいというふうに思うわけでございます。  その切りかえの際に、全体的に申しますと新しい制度のほうがよろしいというふうに思っておるわけでございますが、切りかえの時期にいろんな混乱があってはいけないというふうに思いますので、先生御指摘のように、法律施行の日から四カ月以内の政令で定める日から新方式を発足するということにいたしまして、旧方式のほうを御希望なさる方がございましたら、その直前ごろに申請をしていただくということで対処してまいりたいというふうに思います。  その場合に、これはいつ法律が施行になるかは国会のほうのあれでございますが、一応四カ月後として、かりに八月ごろといたしますと、八月のその前に周知をいたしておきまして、その前に申請をすればよろしいというふうにいたしたいと思いますし、それからその場合でも、すぐに坑口閉鎖をいたさなくても、来年の一月末までに坑口閉鎖をすればいいというふうにいたしたいと思います。と申しますのは、四十八年度の予算でいたしますので、そのぎりぎりまでに、すなわち来年の一月末までに坑口閉鎖すればよろしいというふうにいたしまして、極力先生御指摘のような混乱がないようにしてまいりたいと思っております。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 この前私が宿題として提起をしておりました例の組夫の問題。  大臣、私どもは、災害が起こりますと、まずどこを読むかといいますと、この労働者の中には組夫が入っていないだろうかと思うのです。まずそれを気をつける。何も私は政府や局ではないけれども、社会党としてはずっと、その組夫をなくせ、認めてはならないということを口をすっぱくして言ってきたけれども、現実にあなた方は許可をされている。この組夫というのは一番劣悪な労働条件で、しかも災害の起きたとき、ほとんどその手当てがない。しかも入れるべき個所でないところに組夫を入れておる。こういうことで、政治家として私どもはざんきの至りといいますか、ほんとうに私どもはとんでもないことをしてくれたという感じを受けるわけです。  ところがその組夫は、今度の制度によりましても、一般の鉱員のほうは退職金を含めて未払いの賃金はもらえるが、組夫には政府から交付金の一つもこない、こういう形になっている。これは最近、社会保障立法が次から次へと憲法違反ということで問われておるのです。同じ労働者で、しかも企業が出す金なら私は言わない。政府が出す金で、同じ炭鉱従業員でなぜ差をつけるのか、どうも理解に苦しむし、ましてや今度のように、坑道とか鉱業権のいわば買い上げを対象にする交付ではない、賃金債務に対して交付するわけです。そのときになぜ組夫を別にするのか。労働省は現実に離職者については同じ扱いをしておる。通産省だけは扱わない。これは私は人道上からも許されないし、また、憲法の精神からも許されない行為だと思うのですよ。長い間の懸案ですけれども、なかなか解決しないのですが、ひとつ大臣、これをぜひ解決してもらいたいと思うのです。それが解決できなければ組夫は一切使うな、こういう指導をしてもらいたい。どちらをとるかということです。これはひとつ御答弁願いたい。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 組夫の場合は、その炭鉱と直接雇用契約にない、そういうかげんで扱いが別のように思います。また、雇用が安定性を欠いておる、そういう点も一つの理由でもございましょう。しかし、炭鉱と運命をともにしてきているという方が多いと思いますので、実態を見ると直接契約をしている人と変わらない人もあるいはあるかもしれません。そういう点で、お話もお聞きいたしましたし、お気の毒に思うような点がございます。何らか多少なりとも事態を改善できるように努力してみたいと思います。

多賀谷真稔日本社会党

○多賀谷委員 ずいぶん質問残りましたけれども、これはひとつ個別に、あるいは鉱害問題とか産炭地問題とか、その他の問題は行ないたい、こういうふうに考えて、本日はこれで終わりたいと思います。

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 渡辺惣蔵君。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 第五次答申に基づきます合理化法の最初の審議でありますので、時間が非常に詰まっておりますが、二、三の点で質問をしたいと思います。  いま、同僚多賀谷君の質問を拝聴し、大臣の答弁を拝聴しておりますと、聡明な、非常に頭の回転の早い尊敬すべき中曽根大臣にしては、どうも歯切れが悪い答弁が続いておると思うのであります。それは歯切れが悪いのではなくて、石炭の混迷しておる状態を、そのまま鋭敏に頭に反映し、ことばの中に表現されておるのだ、こう受けとめておるわけであります。それだから、大臣の答弁を聞いていますと、何かを考えているらしい答弁。ぴんときてない、どこかに何かを考えているらしい、何かを悩んでいるらしい、しかし何かこのままではどうしようもない、やはりこれは質問者の言うとおりだめになってしまう、どこかで歯どめをかう方策がなければならない。ことに世界的なエネルギー資源の重大な激動期に直面して、大臣の頭の中に去来するものは、実は複雑なものがあるだろうと思うのであります。原油の輸入がこのままでどういうことになるのか、原子力の問題がどうなるのか、またそして、石炭の問題をどういうように位置づけておけばいいのか、このままで一体石炭を守り通せるのかどうかというような、ぬぐい切れない一つの不安感が持たれておるんではあるまいかと思うわけでございます。そういう不安を持っておることが間違いだと私は指摘しているんではなくて、それは責任のある政治家のほんとうの姿ではあるまいか。聡明なわが大臣のことでありますから、私は、そういう悩みを持って答えておられるのではあるまいかということを推察するのであります。そういう悩みを現実に持っておられるかどうかということの答弁まではいただこうとは思いません、般若経の話ではございませんが、受ける人の自由でありますから。あなたに、そういう悩みを実は抱いておるんだ、ほんとういうと、この第五次答申も満足してない、この臨時措置法というものも吹けば飛ぶようなというと申しわけないが、どういうことになるやら、実際二、三年たったらまた変えなければならぬのだ、二千万トンどころか、千五百万トンから石炭がなくなっちゃうんじゃあるまいか、どこでどうしたらいいのかという深刻なものが実はあると私は拝察をしておるわけであります。  そこで私は、いま当面しております石炭は、率直に言いますと、結論から申しますが、四つの悩みにぶつかっておると思うのです。  その一つの問題を、大臣は企業のバイタリティーという表現をしておりますが、そのことばの中にもいろいろな意味が出てくるのじゃあるまいかと思います。企業のバイタリティーと申しましても、企業の最高責任者の責任感、決意、能力が問われなければならぬと思います。  しかし、現実に九日の参考人の会を持つことになりますと、直前に石炭協会の会長が転任になってしまっております。長年この第五次答申の策定に参加をした石炭鉱業会の会長さんは三菱をやめられて、石炭から足を洗って、何か三菱セメントですか、鉱業ですか、セメント業界に足場を移している。新しい境地を開こうとしておる。  それから北炭のあなたの親友であった萩原吉太郎氏はもうとっくに石炭業界から足を洗って、さんざんもうけているときには北炭観光をつくっておったが、今度は大三井と合同して三井観光になって、完全な時局便乗の観光業者に移り変わっていった。そして、いままた三井をいわゆる企業分離を行なうことによって、石炭の販売会社と生産会社とを分離する、そして販売会社に移った。販売権だけを確保する会社のほうは不動産業もやれば何でもやる。金の回りのいい企業に移っていく。  こういうような企業指導者の中にわれわれは何の企業のバイタリティー、経営のバイタリティーを見出すことができるのか。おそらく中曽根大臣も、そういう一つの信頼感の欠如と申しますか、きのう話した人がきょうはやめちゃったというような、企業的責任を負わない、答申をした本人がもういなくなっているというような不安が、先行きどうなることだろうと。それがあなたのおっしゃる自由主義経済、私企業の間で、自由主義だからかって気まま、やむを得ないという論理が通ずるとすれば、これまたわれわれも何をかいわんやであります。こういう一つの不安感があります。  第二点は、需要確保に対する不安であります。  それはいま現実には二千四、五百万トンの石炭が一応出ておるわけであります。需要確保がなければ石炭業界はもたない、炭鉱労働者も死活の問題になる、こういわれておりますが、しかし、どんどん石炭がつぶされていく中で、オーストラリアあるいはカナダ、アメリカ等から輸入する原料炭を加えると、かつての炭鉱が盛大なときの五、六千万トンの需要が現実にあるわけです。現実に需要のないのは一般炭です。原料炭以外の一般炭の需要が少ないという問題が山をつぶす原因になっています。原料炭の山はつぶれていきません。現実につぶれていく山というのは一般炭の山であります。その一般炭の山が、現実にきょうの時点ですら約三百万トンの貯炭があるわけです。あとでこの問題はもう一ぺん触れますが、三百万トンの貯炭をいま現にかかえておるのです。この貯炭の始末がどう処理されるかという具体案が出てこなければ、これは需要の確保にはならないと思うのです。貯炭場に山積みにされておる、売れない、消化できない、こういう状況の中で、需要の確保は、うたい文句でことばの上では出てきておるけれども、現実には未処理のままに放置されておるという矛盾が出てくるわけです。  第三の不安は、労働者の不安であります。これは最大の不安であります。  ここを生活の場として、ことに夕張のように、明治二十二年北炭鉄道が、炭鉱汽船ができて以来八十数年にわたって、親子三代にわたってここで多くの犠牲を払ってきた人たちは、山に対する愛着を持っております。そして、本道の都市を形成しておるわけであります。その人々が非常に企業に対する不安感を持ってきております。だから私は驚くのでありますが、いままで九州におきましても、北海道におきましても、常磐にしましても、山を一つつぶす、山を閉山するということはたいへんなことでありました。労使ともに命がけの戦いをいどんだわけです。生活を守るために、山を守るために、職場を守るために、必死の攻防戦が戦われたものです。  最近、あの災害に見舞われてつぶれた石狩炭鉱は別といたしましても、赤平の赤間炭鉱など五、六百人の規模の、中の山でありますが、十二月の末閉山というのが行なわれて、二月の下旬、末日に、二カ月前後で閉山になってしまいました。三美炭鉱も同様であります。三月三十一日に閉山を受け入れてしまいました。  なぜ簡単に山がつぶれていくのかということは、一つは、炭鉱労働者がその見切りをつけた経営者の熱意のなさ。それから監督官庁である通産省の腰のなさ。事前協議体制の中で、実は、資本と癒着をしておるとは申しませんが、事前に通産省が閉山に了承を与えておるのではあるまいか、ほんとうに頼みにする通産省が歯どめの役目をしてくれるのか、そうではない、実は通産省が事前に了解事項を与えておるのではあるまいかという一つの不安が、労働者の中にしみついてきておると思うのです。ですから、そういう先々不安な状況の中で、一体自分の命を託してこの石炭産業を守り抜くということができるのかどうかということから、最近閉山阻止の戦いが前のような迫力がなくなってきた。なくなったことがいいか悪いか、受け取り方はそれぞれによって違うでしょうが、私たちは、山を守るために閉山阻止の戦いを積極的に組むべきだ、こういう受けとめ方をしてまいりました。現にそう思っております。ところが、そういうような強烈な、山を守る、職場を守る戦いが、行なわれなくなってきた。なぜならば、働く労働者が、今日の時点における炭鉱労働生活というものに対して展望を失い、一つのあきらめを持ち始めてきたということです。  ですから、最近の閉山をする山を見ますと、炭鉱の離職者の多くは中高年齢層で、高年齢層の人は、働く場所がないから、山に残る階層もたくさん出ております。しかし、中高年齢層以下の若い階層、炭鉱が一番求めておる二十代から三十代のこの若い階層の人々は、ほとんどが離職をして職業訓練所に入って新しく技能をみがいて、人生の再スタートを、石炭生活を打ち切ってまず脱石炭で、そして新たな人生街道をみずから築こう、こういう考え方に移ってきておる。  最近、赤間炭鉱にしましても、これは当然一本の鉱業所であります空知鉱に二百名程度とる、半分近い人数をとる、こういう話でありましたが、ほとんど行き手がない。予定の半分も行かないという状況です。至るところにこういう状況が起こってきております。このことは明らかに炭鉱に対する労働不信の気持ちの反映であります。  同時に、その石炭政策を、第五次答申を紙の上で答申をしても、働き手がなかったら、これは炭鉱はもちません。そこにいわゆる労務倒産が起こる危険が出てきておるわけです。信用が置けない。いつ命がとられるかわからない。しかも、政府は、禅問答みたいな話しか繰り返さない。ということになりますと、この労働不安は同時に労務倒産を誘致しようとしておる。現実に始まっておると思うのです。始動しております。この歯どめをどうかけるのか。  第四の、一つの炭鉱に対する不安、不信感は、それは産炭地の荒廃であります。  産炭地が非常に荒廃して、それは北海道でこのごろ、たいへん九州の人々には申しわけございませんが、第二の筑豊になる、こういう合いことばが出てきております。北海道はいよいよ第二の筑豊だ、ところが九州の福岡の方々に恐縮でございますが、北海道の炭鉱は九州のように交通中枢の路線に炭鉱が発達したのではないのです。遠賀川のような河川を中心として発達してきたものではないわけです。山奥に石炭があればこそ人が住みついたという、山奥に石炭が発掘されておるわけですから、その石炭のつぶれたあとは、何とかして後遺症をなおすという復興、あるいは復元する、人間の住む世界を形成するというような生活環境の整備は容易でないことであります。生産のないところに住みつけるものではございません。したがいまして、どんどんと過疎化し、そうしてゴーストタウンになってしまう、これが北海道における炭鉱の特徴であります。九州や常盤に見られない一つの特徴を形成しておるわけです。  したがって私は、この四つの不安がつきまとっておる、おそらく大臣は、この四つの不安をあなたの不安としておられるのではあるまいか、こうお察しするのですが、これに対してひとつ大臣の所見をお伺いしたいと思います。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 確かに、お話しのように、現地に参りますれば四つの不安がつきまとっているであろうと想像されます。これは一つには、政府の石炭政策の不備という面からも来ているとも思われます。また、経営者の中に、そういう責任感の充満していない部分や、あるいは会社の、企業の都合その他の事情でやむを得ずかわられたという方もあるかもしれません。しかし、いままでは、いろいろな事情によりまして、石炭を守るということでぎりぎりの線まで追い込まれてきて、断崖の上に立っているわけでございますけれども、私は、前にも申し上げましたが、やはり国産の基幹エネルギーというものはできるだけ守っておかなければならない。かつて米について、食管制度で守ってきましたが、松村謙三先生に、米が余ってきたときに、自由米だとか食管制度を改革しようとかいろいろ議論が起こりましたときに、それはいかぬ、いずれおれの言うことがわかる、食管制度はあくまでも守っていかなければ国家民族は成り立たないよ、ということを私に教えていただいたのを思い出すわけです。今日、米の問題を見ますと、そういう感がいたしまして、松村先生の言われたことの深さをもう一回反省させられるわけでありますが、やはり石炭にいたしましても、最近、石油の需給が非常に緊迫しつつありますし、値も高くなりつつあります。そういう世界情勢等の変化を見ますと、やはり石炭というような大事な国産のエネルギーのある限度までは守っておかなければならぬ、これが政治家としての責任であるという感じを深くしておるのであります。第五次答申の中にそういう精神がどの程度存在して、強くこの答申が打ち出されたかどうか、私は確かめてはおりませんが、お書きになった人々には潜在的にみんなそういう気持ちがあってお書きになったのではないかと思いますし、田中前大臣が二千万トンを下らざるというメモをお書きになったのもそういう心情に基づいてやったのではないかと思うのです。私はそういう意味においてこの回を守り抜いて、そうして次のエネルギー事情の変動に伴う石炭政策の発展ということを期していきたいと思うわけなんです。  この間国会で、エネルギー白書をつくりたい、そういうことを声明いたしまして、すでに通産省内部においては作業を命じておりますが、これはこういうエネルギー事情の変化に相応じまして、国のエネルギー政策をどうするかということをもう一回見直して、国民にも知ってもらい、また協力してもらおうという意図でそういう声明をしたわけであります。その中にはやはり火力、水力あるいは石炭、原子力、石油、あるいは地熱発電そのほかの日本のエネルギーを、どういうふうにわれわれは組み合わせていくか、また資源を獲得していくかということに触れざるを得ないので、そのときに必ず石炭をどうするかということを私たちは考えざるを得ない。しかし私は、そういう時期に来ている、そういう気持ちがいたしまして、エネルギー白書をつくって国民に訴えたいと申し上げたのでありまして、その根底にあるものは、松村先生に食管制度に関して私が教えていただいたと同じような感覚が、石炭についてもあるからなのであります。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 ここに一つの文書があります。たぶん通産省の部課長の手元には陳情に歩いた人たちが持って回っておると思います。最初に私のところに参りました。北海道の夕張市長以下であります。持ってきましたのは「北炭平和炭鉱閉山対策に関する陳情書」という文書であります。私はびっくりしちゃったのであります。数日前のことでありますが、私どもはまだ公式に平和炭鉱が閉山宣言をしていると思っておりませんし、そういうことを公的な場所で論じたこともないのであります。しかし、二年ほど前に北炭が夕張新鉱を開坑、発掘するにあたって、労使の話し合いで、夕張新鉱が開坑した場合は、夕張にあります平和炭鉱を閉鎖して、その全員を夕張新鉱に引き継ぐ。これは首切り閉山というような普通の閉山の条件と違う条件であったわけであります。会社側と労働組合の中でそういう話し合いがあったということは聞いておりました。しかし幸か不幸か、新鉱開発は一年間おくれて来年度にならなければ炭が出ないということは、通産省の方々御了承のとおりだと思います。ところが、まだ一年先、吸収合併の結果閉山になるであろうその山が、夕張市長が堂々と——堂々とでもありませんが、そういう文書をつくって私のところにやってまいりました。私は言いました。それはおかしいじゃないか。山を守る、あくまでも閉山阻止の闘争をしなければならぬのに、山がなくなる、閉山してもいないのに閉山ということが前提で陳情運動にかかるということは困る。いま二千万トン体制をつくるというときに、われわれはその論争を必死にいま究明しておる時点で、二千万トンの中のワクに入っておるはずの平和炭鉱が、百万トン前後の炭鉱でありますが、その炭鉱が閉山をするという前提で一年前から陳情書を持って回ったのでは困る。それは君らの思い違いであったのではないか。「北炭平和炭鉱閉山対策に関する陳情」ではなくて、むしろ「北炭夕張新鉱開発に伴う平和地区の再開発について」という中身ではないのか、そういうことならば意味はわかるし、受け取れる。だから、そういう意味で訂正してそして陳情をしなさいということを私は助言をいたしまして、そういう私の助言によって見出しを変えて局長や部長の手元に回ったと思うのです。おわかりだと思います。  そこで、だんだんと事情を聞いてみますと、夕張新鉱のほうでは七百名程度収容のアパートを建設しておる。そして平和炭鉱、この地帯に働く家族を含めて約六千名の人々の大部分がやがてそちらに移っていく。そうすれば約百戸近くの商店街が全滅をしてしまうし、それこそ町の荒廃になってしまうので、事前にそういうことにならないように、併合、合併されてそして敷地になるであろう約六万数千坪ですか、膨大な土地でありますが、その土地を事前に再開発をしたい。企業がつぶれ、住宅の移転していくところから再開発をしたい。しかし、再開発したいと思っても、それは全部北炭が銀行に担保に入れてしまっておる。しかもその銀行は、複数の銀行から借りておる。で、その炭鉱は、鉱業財団組成をして、そしていわゆる銀行のグループをつくって共同管理をしているので、全体の総ワクの負債の中からこの土地だけを分離して、そこを再開発するということは非常に困難である、こういうことの話で、それで、そういう根源的なところまでわたってひとつ再開発をしたいという願望は——この夕張は御存じのとおり古い山でありますが、ほとんど平場がない。工場誘致をしたり住民の足をとめる企業の誘致をするにしても、土地が不足をしておる。六万数千坪の膨大な土地だからここを再開発すれば持ってこいだ。しかしいままでの政府のやり方を見ておると、山がつぶれてしまってから、さんざん荒らし抜いてから数年を経過してもそれをやってもらえない。たとえばいま美唄の産炭地の状況が、かつて八万有余あったあれだけの市がもう四万台に、半分に減ってしまう。十万台をこえた夕張が人口が半分に減ってしまう。その地帯は全部荒廃していくというのは、つぶれてしまってそうしてさんざん悲劇が繰り返されなければ産炭地振興に手をつけないし、その産炭地振興も中途はんぱなことで、閉山するときには何のかんのと約束するけれども、一向実行してくれない。とすれば、その事前に予測されるべき事態に対応して、われわれ行政当局としては住民の不安を除くためにこれ以外に道がないのですとめんめんと語るのです。そういう訴えがたぶん行ったと思います。  そこで、そういう共同担保に入っておるような、鉱業財団組成の中に組み込まれているような地帯について、これを合理化事業団と銀行と会社と自治体と加えて、そういう地帯は即刻自治体の、たとえば振興公社とかあるいは自治体自身でも再開発できるような道を開く方法があるのかないのか。あるとすれば、そういう前例が幾つかあるのかどうか。その場合には通産省としてはどういう事前措置をしてきたのか、善後措置をしてきたのかということについて、御答弁をわずらわしたいと思います。これはこの山だけの問題でない。共通した不安感、共通の現象ですから、ひとつ御答弁を願いたい。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 先生がおっしゃられますように、数日前に夕張市長それから市議会議長さん等等がお見えになりまして、私もお話を伺ったわけでございます。もともと夕張市におきましては、昭和四十年ごろに夕張団地をつくりまして、また四十七年には第二夕張団地をつくりまして、企業も相当数参っておるわけでございます。先ほど先生おっしゃられますような夕張市長からの御陳情もございまして、清水沢団地、平和団地を早急につくってほしいというお話でございましたので、工業再配置・産炭地域振興公団とも十分協議をいたしまして、なるべく御趣旨に沿うような形にいたしたいと思います。  それからまた、それができましたならば、それへの企業の誘致等についても強力に進めてまいりたいというふうに思います。  具体的には公団、あるいは先ほどございました担保の問題等ももう少し調べまして、具体的に進める方法につきましては若干の御猶予を願いたいと思います。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 その鉱業財団組成の問題についてもう少し、実例があるか、そういう処置する可能性があるか。見通しについて努力するだけでは話にならないですね。どこかに例があるということじゃないですか。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 過去におきましても、財団に入っておりますところを、担保を抜いてもらいまして、また違う担保を銀行に差し出す等によりまして、団地をつくったり等々の事例はございますが、夕張市長のお話のようなケースでございますと、相当広範囲でございますので、すぐに他の差しかえ担保ができるかどうかというふうな点も含めまして検討さしていただけたらというふうに思います。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 時間がないために次に移ります。  先ほど触れました需要の確保の問題でありますが、炭鉱の一般炭の貯炭の問題がどのようになっているか。私の知るところでは、一般炭の貯炭の状況は、三池で二百五十万トン、太平洋炭鉱で四十万トン、芦別、砂川で概略三十万トン、そのほかに幌内炭鉱も一般炭でありますから貯炭があると思いますが、これらの炭鉱では政府の調べではどういうことになっておりますか。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 全体で申し上げますと、昭和四十七年の初めに、一般炭の貯炭は、全国で二百三十五万トンであったわけでありますけれども、その後七月にはだいぶ増加いたしまして、三百八万トンになったわけでございますが、その後また減少をいたしまして、年末には二百六十七万トンになっておるわけでございます。個々の炭鉱の数字等手元にございませんけれども、二百六十七万トンのうちの二百万トン強は三池炭鉱だと思います。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 この貯炭に対して需要確保、それから資金繰りその他のために、私の受けとめ方では、今度のこの合理化臨時措置法の中に、どうも条文が非常にいろいろなものを引用しておりますのでわかりませんが、合理化法の第二十五条十一の二、運転資金の貸し付けの分、規定があるようであります。同じく三十六条の二十二に「経営改善資金の貸付け」という項目がありますが、今度の予算措置の中で、貯炭の対策のために百億円の、石炭特別会計から三十億円、合理化事業団からの借り入れ金その他からの借り入れが七十億円、合わせて百億円の資金対策が行なわれておると承っていますが、それはそのとおりですか。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 まず、需要の確保をはかりまして正常な貯炭にすることが第一でございまして、そのような形で需要業界とも話し合いを強力に進めておる次第でございます。特に三池炭につきましては、三井アルミの発電所の建設等によりまして、工業分の石炭につきましても需要が確保できるように推進してまいりたいと思っております。  それから、先ほどのいわゆる融資でございますが、これは経営改善資金という形で合理化事業団から炭鉱に貸し付けられるような方策を、法律改正でお願いをいたしておるわけでございますが、これは、いろいろな需要者の石炭の引き取りが一時的に減少する。たとえば昨年等ございました海員スト等で一時的に需要が減退するという場合とか、あるいはこういうことがあっては困りますけれども、大きな災害があるというようなことで一時的に資金が不足するというふうな場合とか、あるいは通常の運転資金でございましても、賞与の支払いとかあるいは季節的な理由によります運転資金の必要なときに、銀行その他からの借り入れのみでは資金が不足するというふうな場合もございますので、そういうときに合理化事業団から炭鉱に融資をしようという制度でございまして、先生先ほどおっしゃられましたとおりに、予算といたしましては三十億円の出資を予定をいたしておりまして、そのほかに、合理化事業団が市中銀行から七十億円まで借りて、それを一緒にして炭鉱にお貸しをしたい。したがいまして、百億円の原資で炭鉱にお貸しをするというふうにいたしたいということでございまして、その辺の予算と法律改正を国会のほうにお願いをしておる次第でございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 これは、今度初めて実施をする方法ですね。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 全く新しく、第五次答申に基づきまして実施をする内容でございます。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 現実に、三池の場合は別といたしましても、太平洋やあるいは砂川、芦別、幌内等、膨大な一般炭の滞留が行なわれておるわけです。しかも、芦別と砂川に滞留しています一般炭の三十万トンというのは、苫小牧の港にそのまま野積みにされておると聞くわけです。  そこで問題なのは、一般炭の活用方法であります。原料炭の問題はおのずから別といたしまして、一般炭の活用は、家庭用の燃料からさらに火力発電所の計画に組み込まれて初めて一般炭の活用が行なわれる。したがいまして、私はこのような膨大な、これは一時貯炭されておるものだけがこれだけですからね、次々とふえていくわけです。ですから、原料炭半分、一般炭半分くらいな率で出てくるわけですから、したがいまして、膨大な一般炭が貯蔵され、これから二千万トン体制を維持していくということになりますと、何としても一般炭の位置づけをしなければいかぬ。炭鉱の位置づけと申しましても、極論すれば一般炭の位置づけということにいっても言い過ぎではあるまいと思うのです。二千万トンの体制の中で、半分近い一般炭が貯蔵されておって、百億円もの膨大な資金を出して政府があるいは合理化事業団が補助し、安定的に取り扱わなければならぬ。その不安定な状況に需要が放置されておるという事態を無視できないと思うのです。  そこで、この一般炭を、低硫黄性の一般炭を火力発電所は、現実に奈井江であるとかあるいは滝川であるとか、その他それぞれ石炭火力発電所は使用しておるわけですが、北海道開発庁の試算によれば、三十七万五千キロワットの電力を一基つくれば、石炭の使用量は八十五万トンである、こういう試算が出ておると承っておるのですが、そのとおりですか。

佐伯博蔵通商産業省鉱山石炭局石炭部長

○佐伯政府委員 三百五十メガワットの発電所をつくりました場合に、六千カロリーの石炭にいたしまして、一年間に使用いたします石炭は大体八十六万トンぐらいだというふうに思います。

渡辺惣蔵日本社会党

○渡辺(惣)委員 それで、北海道に一般炭の膨大な貯炭があり、これからもどんどん産出される。石炭業界における最大の悩み、閉山の悩み、炭鉱のつぶれていく状況は、この一般炭の使途いかんにかかわるという。炭鉱の第五次答申の運命を決する重大な問題が、いまや一般炭にかかってきておる。こういうことは言い過ぎではないと思います。  そこで私は、最後の質問といたしまして、この際、勇断をもって中曽根通産大臣の決意を伺いたいと思うのであります。  それは、この前も冒頭の質問で、第一回の質問で、中曽根通産大臣に石炭火力の発電計画推進について、それと関連した伊達火力の重油専焼火力発電所の問題を質問いたしたわけです。このことにつきましては、その後の状況で通産大臣は、商工委員会においてもあるいは公害対策特別委員会におきましても、伊達火力発電の問題に対して、それぞれ公害問題の関連した質疑の中で答弁を積み重ねておられるようであります。ここで問題になりますのは、北海道で、このような一般炭の膨大な貯蔵量とそれから出炭量が継続されて、北海道の石炭問題の運命を決する重大な時期に来ておりますのに、それを放棄して、特に北海道に重油専焼の火力発電所をつくらなければならないという論拠はないと思います。地場産業、適地、適産で、北海道は石炭の産地なんだから、北海道の火力発電はできる限り——ないのに使えとは申しません。貯炭して余っているほどの、貯炭を積み上げておる北海道が、何を好んで、便利だからといってあるいは政策の先取りだからといって重油専焼の火力発電所をつくって、公害をばらまき、多くの政治問題を吹き出すというようなことは、愚の骨頂であると思いますし、少なくとも中曽根通産大臣の先ほどの決意に反するものであると私は思うのであります。しかし、中曽根通産大臣は、エネルギーの資源のうちのその対決資源であります重油もまたあなたの所管です。電力の問題もあなたの所管です。したがいまして、この問題の解決はあげて中曽根通産大臣の明断に処せられるべき問題である。決定は、最後の断を下すのは中曽根通産大臣の決意いかんであると思うのであります。先輩の松村謙三先生の明達な政治家としての識見をひとつもう一ぺん思い起こされまして、今度の問題についての処置を願いたいと思うのであります。  問題は非常に政治問題化してからみかかってまいりました。この伊達火力発電の設置の問題をめぐりまして、三月三十一日に北電は強行着工を開始いたしました。伊達市の長和地区という海岸線に人夫を動員しまして、基礎工事としての砂利運搬を開始いたしました。その他の建築資材を運び込もうとしておりまして、ここで漁民を中心として一団がすわり込みを継続して今日に至っております。非常な危機をはらんでおります。  一方、今月の四月四日に予定されていました、一ぺんは反対を決定したが、それをまたひっくり返そうとする伊達市の有珠漁業協同組合の臨時大会が、この伊達火力を認めるか認めないかという大会が、四月四日に招集されましたが、遂にこれも組合員大衆の抗議によって流会してしまって、理事十名のうち四名が辞任いたしました。残りの六名の理事に対しましては、漁業協同組合が漁業協同組合法に基づいたリコール運動を起こすことになっている。リコール運動の場合は、百八十名の総組合員に対して五分の一の賛成があればいい。四十名をオーバーすれば理事の総退陣のリコールが決定をするわけであります。すでに百八十名の中で半数近い署名運動が進行しておる最中であります。もしここでリコールが決定いたしますと、役員のリコールは五分の一ですから、間違いなく成立します。そうしますと、漁業協同組合法の規定に基づきまして、二十日以内に総会を招集し直して、役員の改選をしなければならない。その期日が五月十四日に迫っておるわけであります。  一方この地点では、公害反対の運動から遂に環境権訴訟が起こされております。昨年の十月に環境権訴訟が起こされて、いま、札幌で第一回の公判が三月に行なわれて、続いて五月二十一日には、札幌地方裁判所が現地検証に臨むことになっております。この電源開発の地区ですね。  こういう状況に差し迫った中で、一方ではこのリコール運動が隣の町の虻田町というところへ——虻田町というのは有名な洞爺湖温泉の地帯であります。この地帯に公害反対闘争が起こりまして、遂にリコールが成立しましたために、町長が辞職してしまいました。そして四月十五日から二十二日の間に町長選挙が行なわれるという状態で、さらにその影響が伊達市から隣の豊浦町、壮瞥町にも波及してリコール運動が起ころうとしております。まさに類例のないこの地帯あげての反対運動が起こってきておるわけです。いまそういう政治課題の最中です。その政治的な火の手が燃え上がっている盛りに、強制着工をしようとして、暴力も辞せずに実行に入ろうとしている段階であります。  したがいまして、こういうようなことに対して、もともとは通産省の所管であります電調審が十月二十一日に許可を与えたということから、こういう新しい紛争が拡大されてきておるわけです。そこで、いまここでは石炭政策の次元から、重油専焼でなくて石炭専焼の火力発電所を一基つくれば、北電のいう電力源は完全に解決がつくわけです。現に私の住んでおります隣の町の奈井江町というところは、石狩川の沿岸で、北電は石炭の火力発電所を二基つくっています。本来三基つくるはずのところが二基でとまっておるわけです。この地帯は石狩川の沿線でありますから、旧河川の切りかえその他貯炭の場所も豊富であるし、あるいは灰の捨て場も豊富であります。この火力発電には十分に条件を整えておるわけです。この地帯は滝川、砂川、奈井江、江別と、ずっと石狩川沿線に火力発電が行なわれて、送電線を通して全道に送電しておるわけです。風光明媚な噴火湾に何のために建設をしなければならぬのか。だから私は、それはCTSの基地、石油、原油の基地をつくろうとする橋頭堡のためにこれをつくろうという、非常に謀略的な展望の上に立った形ではあるまいかということを前回も申し上げておるわけであります。  こういう状況の中でありますので、石炭政策を死守しようとする決意をされる中曽根通産大臣の明断をもって、北電に対して石炭火力発電の命令、指示、指導を積極的に行なっていただきたいと思います。北電は、石炭火力発電についても十分調査をしております。そういう条件が整えば石炭火力発電を全然否定しているものではないことは、私も承知の上であります。  ただ、この際、重油専焼の火力発電所をつくっておくことが、原子力発電所を一カ所つくっておくことが、次への、日本の電力界に対する発言を一つ確保していく、こういうたてまえから、非常に高度な政治判断の中から行なわれておることだと思うのでありますが、この際、大臣の明解な御答弁と、そうしてこれに対する積極的な指導を要請いたしまして、その決意を承りまして私の質問を終わる次第であります。

中曽根康弘自由民主党通商産業大臣

○中曽根国務大臣 伊達火力の問題につきましては、いま検討を加えておるということは前に申し上げたとおりであります。  それから、石炭火力の問題につきましては、第五次答申の中にも触れているところでもございますし、私は積極論者でございます。先般来も公益事業局長に、その可能性、推進方策を検討せよ、そして北海道を優先させよ、そういう考えでいま研究をさせておるところでございます。ポイントは、公害対策の問題、それから誘致してくれる場所があるかどうかという問題、この二つでありまして、あとは財政上のいろいろな問題があります。ある程度財政的なめんどうを見てやらないとむずかしい点もあるのではないか。口頭で報告を聞いた点ではそういう感じがいたしております。しかし、いずれにせよ、三十万キロワット台の火力をつくりたいという積極的な気持ちを持ちまして、そしてまず北海道を優先させよ、そういう考えに立っていま検討を加えておるところであります。

田代文久日本共産党・革新共同

○田代委員長 次回は来たる九日午後一時に開会することとし、本日は、これにて散会いたします。    午後七時三分散会

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