公害対策並びに環境保全特別委員会 第13号
- 発言数
- 240 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1973/04/11
会議録
○佐野委員長 これより会議を開きます。 公害対策並びに環境保全に関する件、特に水俣病問題について調査を進めます。 本日は、参考人としてチッソ株式会社長島田賢一君、水俣市長浮池正基君、水俣市民会議事務局長松本勉君、水俣病患者坂本フジエ君、芦北漁業協同組合代表竹崎正巳君、以上の方々が御出席になっております。また、飛行機のおくれにより、熊本県知事沢田一精君が後ほど出席になります。 この際、委員会を代表いたしまして、参考人各位に委員長から一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、参考人の皆さん方には御多用中のところ、また遠路にかわらず、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。 本委員会におきましては、ただいま水俣病問題の調査をいたしておりますが、本日、ここに水俣病関係の方々をお招きいたしましたのは、水俣病問題が、その悲惨さにおいて、わが国の公害史、わけても世界の公害史にも類を見ないともいわれる中で、不幸にも多くの人命が失われ、かつ、長年苦しまれてきた方々に対し、去る三月二十日、裁判の判決がなされました。 私どもの委員会といたしましても、本問題につきましては幾たびとなく取り上げて努力をいたしてまいりましたが、この病に苦しまれてこられた方々の前にはまことに微力で、特に水俣病発生が聞かれてからの企業の措置並びに行政面での立ちおくれなどによる防止策や救済の不徹底等は、ともにきびしく反省されなければなりません。 今後、国民の一人一人が公害問題に真剣に取り組み、このような問題を再び繰り返すことのないように努力するとともに、水俣病の対策を樹立するため、本委員会は、皆さん方の貴重な御意見を承り、もって万全を期する所存であります。つきましては、どうか忌憚のない御意見をお述べいただくようお願い申し上げます。 なお、議事の整理上、御意見の開陳はおのおの十分以内といたしまして、あとは委員の質疑にお答えいただくようお願い申し上げます。 それでは、島田参考人からお願いいたします。島田参考人。
○島田参考人 チッソの社長をいたしております島田でございます。ただいまから私のほうの考えておりまする水俣病問題の解決についての考え方を申し述べさせていただきます。 まず最初に、水俣病問題を引き起こしまして、患者さんは言わずもがな、国家、社会にたいへん御迷惑をおかけしたことを深くおわび申し上げます。 御高承のように、三月二十日に熊本地裁で水俣病訴訟についての判決がございました。会社は、諸般の事情を考慮いたしまして、事前に上訴権の放棄を決意いたしました。それから、この判決を契機としまして、長い間未解決に残っておりました水俣病問題についてすべてを全面的に解決をするという決意を固めまして、次に申し述べますような考え方を決定いたした次第でございます。 その一は、訴訟をされた方々以外の全認定患者の方々に対して、判決並みの補償をさしていただくこと、それから、右の補償金の支払いにとどまらず、患者の方々の療養の充実、社会復帰等のためできる限りの努力をすること、この二つでございます。この二方針に基づきまして、あらゆる努力を傾けて責任を果たしてまいりたい所存でございます。 すなわち、患者の方々の補償は判決並みの金額で実施いたしますけれども、患者の方々、各個人に対する具体的な補償金額の算定につきましては、公正な第三者機関等にお願いし、なるべく早い時期に決定をいたしたいというふうに考えております。 次に、右の本来の補償に加えまして、患者の方々の今後のことにつきましては、重症患者の方々に対しましては、水俣市の御配慮で発足いたしておりますコロニー、明水園に対し、できる限りの御協力をさしていただき、これらの方々への将来にわたっての収容、治療等の責任を果たさせていただきたいというふうに考えております。 次に、前記の重症患者以外の方々並びに家族の方々については、その今後の福祉をはかりますために、福祉事業を計画推進中でございます。 ところで、三月二十日の判決以後、患者の各グループの方々と話し合いの申し出がありましたので、ずっと話し合いを続けてまいりました。この話し合いの中におきまして、会社は先ほど申し上げました方針にのっとりまして、旧認定患者のうち和解をさしていただきておりました方々、これは八十九名の方々がおられますけれども、この方々とは今回の判決金額と、それから四十五年の和解契約に基づく和解金と、その差額を調整して従来の年金を一時金にするということで合意させていただきました。 それから、新認定患者の方々につきましては、最多数を占める公調委派の方々のほか、中間派といわれますか、それともう一つ自主交渉派といわれる方々がございますけれども、四月五日に次のような骨子の回答をそれぞれ御提示申し上げました。新認定患者の方々に対しましても、判決額並みの補償を行なわせていただきたい。具体的の補償ができ上がりますまでに患者さん一人当たり千六百万円の仮払いを行なわせていただきたい。それから療養費に関しましては、国民健康保険に定める医療費の自己負担分並びに公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法に定める医療手当、介護手当等を会社が負担させていただきたいというふうな御提案をさしていただいたわけでございます。 これに対しまして訴訟派と自主交渉派の方々とは、本来の補償のほかに今後の医療の問題などについてなお交渉が継続されておる状態でございます。弊社といたしましては、今後認定される方々を含めまして、全認定患者の方々に判決金額を補償をさせていただきたい、それが第一であるというふうに考えておりますので、前回、いま申し上げました新認定患者の方々への回答は会社のなし得る精一ぱいのものでありまして、ぜひこれで御納得をいただきまして、一日も早く補償問題の円満解決をいたしたいと念願いたしておるわけでございます。 なお、公調委派の方々につきましては、近く調停第一次三十一名の方々について具体的補償額が示される予定でございます。これを契機に、患者各人ごとの具体的補償額の決定が調停委において促進されることを期待しておるわけでございます。 ここでちょっと患者さんの皆さん方の状況を述べさせていただきますと、現在まで認定されました患者さまは、合計四百五十一名でございます。その内訳は次のようになっております。旧認定患者の方々が百三十四名、うち訴訟派といままで称せられた方々が四十五名、和解をしていただいておりました方々が八十九名でございます。それから新認定患者の方々、これは昭和四十六年の八月以降の認定による患者さんでございますけれども、この方々が現在三百十七名でございます。 以上が患者の皆さんへの補償問題でございますけれども、このほかに環境関係のことといたしまして水俣湾の浄化対策がございますが、これは水俣湾の管理者である熊本県において現在対策を御検討いただいておりますので、弊社といたしましては県の御方針に従い、これに積極的に取り組ませていただく所存でございます。 ところで、患者の方々への補償費用並びに水俣湾浄化対策費用等の弊社負担分を考慮いたしますと、その額はかなり巨大になることが予想されます。水俣病の原因者としての弊社は、今後にあらゆる措置を実施いたしまして、必要資金の調達をはかり、その責任を果たしたいと考えております。 以上が会社の本問題に対する考え方でございます。
○佐野委員長 ありがとうございました。 次に浮池参考人にお願いいたします。浮池参考人。
○浮池参考人 ただいまから水俣病問題につきまして、その発生源所在地でございます水俣市長といたしまして、所信の一端を申し述べます。 まずこの機会に、国会議員各位並びに関係御当局さらに全国の各層より寄せられました今日までのあたたかい御指導、御援助に対しまして、心からお礼を申し上げます。 さて、本日の委員会におきまして私に許されました発言時間は十分でございます。それで私は、私の発言を十分間にできるようにまとめましたものを、委員長にお許しを得ましてお手元に差し上げている次第でございます。しかし、ただいまチッソ社長のことばなどもありまして、これが重複するところがあるようでございますので、これを簡略にいたしまして、なお必要と思われますところは具体的に述べることといたしまして、ただいまからお話を申し上げたいと思っております。 第一に、過去において水俣市が水俣病に関しましてとってまいりましたところの行政処置の報告をお手元の資料に述べてありますので、これは私は省略をいたしたいと思います。 今後の問題につきましてお願いを申し上げたいのは、まず市立病院から福祉事業に至るまでの一連の福祉的な業態でございます。これはすべて関連をいたしておりまして、切り離すことはできないのでございます。医学的な診断は市立病院に併設されました水俣病検診センターで実施をされますし、それをもとといたしまして市立病院で水俣病の治療を行ないます。病状が固定をいたしましたものは、リハビリテーション水俣湯ノ児病院に送りまして、ここで医学的な機能訓練を行ないます。このリハビリテーション湯ノ児病院で一応処置の終わった者は、いよいよ社会復帰を目ざしましてその準備のために複合施設明水園に収容いたしまして、ここで授産訓練をいたすことになっておるわけでございます。一方、胎児性の患者もこの明水園に収容いたしまして、水俣市が終生めんどうを見させていただきたい、このように考えてやっております。 しかし明水園に収容いたしましたからといって、この一貫した関連事業が終わるわけではございません。技術を習得いたしました患者の働く場所をつくらなければならないことは御承知のとおりでございます。これで私たちは福祉工場をつくることにいたしたわけでございまして、現在準備事務局を発足させております。そして実験動物の飼育などをすでに開始しておるわけでございます。複合施設明水園といい、福祉工場といい、社会福祉法人で運営されますけれども、とても水俣市のような貧弱な財政でこれを全うすることはできないわけでございます。何とぞ国からの援助を切にお願いをいたしたい、かように考えておるわけでございますし、その資料にも書いてあるますとおり、明水園だけでも国立に移管できたらいかがかと私は考えておるわけでございます。 次に、水俣湾の水銀ヘドロの問題でございます。ただいまチッソの社長も触れておりましたけれども、水俣港は国の重要港湾でございますし、貿易港でございます。私たち水俣市にとってもこれは生命線だと考えております。どうぞこういう意味におきまして、水銀ヘドロの除去とともに水俣港の拡充を御考慮いただくように、何か国の力でひとつすみやかに港湾公害対策処置を立案し、それからこれを実施をいただきますように切にお願いをいたしたいと思っておる次第でございます。 第二に、水俣病裁判判決以後の水俣市の現状をお話をいたしたいと思っております。現在水俣市民が最も心配をいたしておりますことは、チッソがつぶれはしないか、チッソが水俣から撤退するのではなかろうか、そのとき水俣市はどうなるであろうか。一時は五万三千ありました水俣市の人口は現在三万七千におちいっております。こういう水俣が、チッソが撤退したときどういう状態になるであろうかということは、市民の最も不安に思っているところでございます。もちろんチッソ島田社長は、チッソは絶対撤退はしない、再三市民に対しても話しておられますけれども、しかし、現在市民が二人か三人寄りますとみんな不安な顔でひそひそ、チッソはああいうけれども破産するのではなかろうか、撤退するのではなかろうかといううわさをしておるわけでございます。商工業はもちろんでございます。農民、漁民に至るまで将来を案じておる状況でございます。それにも増してチッソの従業員の不安は大きなものであろう、かように私は考えております。私たち先祖代々水俣に住んでおります者は、チッソが水俣で誕生をして現在の大きな企業になったことを一種の愛情の目で見守っております。水俣で生まれたチッソというむすこが大きく成長していく姿をながめる親の気持ちと同様でございます。そのむすこが今度大きな不始末を起こしました。世間さまからつまはじきされました。その結果水俣から家出をしていくということは、われわれとしてはまことに寒心すべきことであると思っております。何とか国の力でチッソがつぶれないように、水俣から撤退しないようにできないものだろうか、これが市民の大多数の考えでございます。水俣市の一つの団体でございます「水俣を明るくする会」というのがございますが、これが二万五千の署名を集めたのも、その一つの気持ちのあらわれだと思われるのでございます。また現在水俣市漁業協同組合がチッソがつぶれないように、水俣から撤退しないようにという署名運動を市民の間にこうして始めておるわけでございます。これにはチッソを倒産させないように政府もひとつよろしくお願いをいたしますというような意味が、この水俣市の漁業組合が出している署名運動でございます。どうぞひとつ国のお情けある措置をとっていただくようここでお願いをいたしますし、それが水俣病患者に対します補償の完済にもつながる問題であると私は思います。 次に、もう一つの市民が疑問に思っておりまして市民が話しておることをここで率直に申し上げたいと思います。 これはもちろん私が申し上げることでございませんし、市民が申し上げることを受け伝えするわけでございますけれども、これは環境庁から出ました次官通達でございます。大石長官時代に環境庁から出されました次官通達で多くの患者が拾い上げられましたことは、これは全く善政であると私は思っております。ただ、否定し得ないという条項があるために多くの患者が水俣病の認定を受けまして、そのために患者に重症と軽症との差が非常に大きくなりました。病気のうちで神経系統の病気ほど診断のむずかしいものはございません。私も内科の医者でございますので、十分その経験上からでも知っておりますし、高度の診断技術がこの神経系統の診断には要るわけなんです。しかも水俣病というのはかつていままでなかった病気でございますので、さらに診断は困難であること、これは皆さんもおわかりのことだと思います。たとえば高熱がある場合、熱は三十九度ある、あるいは三十六度で平熱であるというようなことは体温器で一目瞭然わかるのでございますけれども、しびれ感とか麻痺感というのは、医者の主観がその度合いをきめるものでございます。われわれ医者はわかっておりましても、しろうとの市民にはそういうことはわからぬのでございまして、そこに誤解も生ずるのでございまして、そのために不可解なことも市民が話しまして患者の方々に不快感を与えるということもあるかもしれないわけでございます。それで患者さん方のためにも、認定の基準を公表されたがよくはないかと私は思っております。また次官通達が行政と民事を区別してございます。これが明記してありますけれども、現在は行政と民事は同じになっている、認定即補償というふうになっております。そういう点、市民に疑問を抱いておる者もあるわけでございます。 最後に、一言私の感想を申し上げますけれども、これから一、二カ月の間に水俣市に六十五億というばく大な金が落ちます。人口三万七千、ネコの額のような狭い土地に六十五億というばく大な金額が一挙に落ちてきたときに、市民はこれをどういうふうに反応を示すだろうか、どのような状態が市民社会の中に起きるだろうか、これは例がございませんので私もわかりません。東京近郊ならいざ知らず、九州の果ての小さい漁村にこのような大金が落ちる場合に、大きな影響が社会的に精神的にあるいは経済的に水俣市に発生してくることを予想せざるを得ないわけでございます。これは万全の措置をとりたいということを私たちは考えております。その点につきましても、誠心誠意努力をいたしてまいりますけれども、どうぞひとつ国においてもこういうことにつきましてはお考えいただきますように重ねてお願いを申し上げまして、私の陳述を終わります。 以上。
○佐野委員長 ありがとうございました。 次に、松本参考人にお願いいたします。松本参考人。
○松本参考人 水俣病市民会議の松本です。 私は水俣に生まれて、水俣に育ち、将来水俣に骨を埋めるということになるでしょう。 水俣病問題というもの、私たち現地に住んでいる人間は、私たちは昭和二十七、八年ころのその発生期からずっとはだ身にしみてこの目で見、この耳で聞いてまいりました。三月二十日の判決を終えていまつくづく考えますことは、水俣病問題は、現代社会に生きるわれわれ人間にとって、いまの人間が人間の命をどういうふうに考え、今後どう人間が生き延びていくかという絶体絶命のテーマを、私たち現代に生きる人間ののど首に突きつけている一つの課題であるというふうに私たちは考えております。ですから、この水俣病問題を語るときに、私は具象的な一つ一つの事柄だけをとらえて水俣病の問題を語ることはできないというふうに考えます。これには、まことに全人間的な深みとそれから歴史的な重みの背景があります。ですから、チッソが水俣にどうして誕生し、そしてどういうふうな生産活動をやり、労働政策をやり、地域住民に対する対処のしかたをやってきたかという歴史的なものから掘り起こさなければならないというふうに私は考えているわけであります。わずか十分間の間でありますけれども、私はどうしてもそのことから話を進めなければ、水俣病問題を語れないし、また今後どういうふうにこれに対応していくかということを、仕法はつかめないというふうに私は考えるからであります。 まことに水俣病は日本の縮図であり、これから生きていく全世界の人類に課せられた一つの縮図であるというふうに私たちはとらえております。 明治四十二年、チッソ水俣工場が創業を始めたとき、水俣村は人口一万三千の村でありました。チッソが工場を建設するにあたり、水俣村では敷地を安く提供するとか、あるいは曽木発電所からの電線の電柱の一部を寄付するとか、いまでいう工場誘致の努力をそのころもやったわけであります。もちろん反対がなかったわけではありませんけれども、全体としてはこの誘致に全面的に協力をいたしまして、チッソの創業に尽力したという記録はあります。 で、そこで働いた人たちの生活は一体どうだったでしょうか。当時作物の大半は地主に取り上げられて、三度三度の食事はアワにカライモを入れ、おかずには、みそ、つけ大根という状態にあった小作の農民たちが、一方では小作を続けながら、半農半工という形で、わらじげたばき、半てんという姿でチッソ工場で働き始めたのです。純朴で働き者の私たちの親たちは、チッソの初代社長野口遵氏の座右の銘であった、職工を人間と思うな、牛馬と思って使えということばのとおり、日曜、祭日も全くなし、十二時間労働で、当時日本の職工の日給の平均賃金が四十銭であったころ、二十五銭という低賃金でまことに牛馬のごとく働いたのであります。そのころ会社の中堅幹部をしていた某氏が私に語ってくれたところでは、あまり安いものですから、見るに見かねて会社に、もうちょっと上げてくれぬかと言いに行ったら、まあ水俣はあたたかいし、カライモなどの副産物もできる、だからそれぐらいでよか、というようなことを言って取り合ってくれんじゃったという話があります。 そして、会社のそのころの経営状態は一体どうだったでしょうか。大正三年、日本が第一次世界大戦に参加することによって輸入のとだえた市場をチッソは独占してばく大な利益をあげたのであります。そうして事業の拡張に次ぐ拡張を続け、私たちの親である下働きの工員たちには、もうかっても舌も出さぬというやり方が片一方では続けられてきたのであります、私の父も、チッソ工場の建設当時から、そのくい打ち工事から働いております。そして三十年間つとめて昭和二十年に退職金三千円なりをもらってやめました。ですから、私たちはそのことをよく親から聞いております。 工場の中ではそういう政策があったし、一方チッソは地域住民に対してどういう姿勢であったでしょうか。工場の大拡張とともに埋め立てが必要になり、海も汚染されてきました。漁業組合との補償交渉は、大正十四年と昭和十八年、昭和二十六年、昭和二十九年の四回にわたっておりますけれども、チッソはそのたびに、あの昭和三十四年の水俣病患者家族と締結されたいわゆる悪名高き見舞金契約の第五条「将来水俣病の原因が工場廃液とわかっても新な補償要求は一切行わない」というのと全く同じ、「将来、工場からの汚悪水が出ても一切文句を言わない」という一札をそのたびごとにつけ加えているのであります。ですからこのことを考えますと、チッソの工場内における労働政策あるいは地域住民に対する対処のしかたというものは、創業以来今日まで全く変わっていないというふうにとらざるを得ないのであります。これが工場内における労働者あるいは工場外における地域住民への対応のしかたの歴史のほんの一部であります。 まことに水俣の人間は純朴きわまりない人のよさを持っております。水俣の殿さまとしてのチッソさまが、チッソが栄えんばおまえたちはめし食っていけんじゃろが、水俣も栄えんじゃろが、と言われれば、はあ、そげんでございます、そげんでございますと言ってチッソさまにまことに下僕のように奉仕してまいりました。海がよごれてもほんとうに文句らしい文句も言わず煙で空気がよごれ、粉じんが洗たくものをよごし騒音で夜も眠られぬという状態になっても、チッソさまの屋台骨をゆさぶるようなことはいままでなかったわけであります。水俣病で重症になられた村野タマノさんは、あんまりチッソば責めればチッソがつぶれるではないかと言って、市民会議の日吉フミコさんをかなわぬ口で責められたことがありましたが、かたわになった患者までがこれほどまでチッソのことを考えているのに、どうしてチッソは裸になって患者のことを考えないのかということを私たちはほんとうに残念でならないのであります。 ところがこれに対してチッソはどう対応したでしょうか。昭和三十二年ごろ、水俣病がきわかに社会問題となりましたときに、チッソは私たち市民に対して、あまり水俣病問題で騒ぐと水俣から撤退するぞということで、陰に日に私たちをおどしてまいりました。私たちもチッソは水俣に生き残ってほしいという考えを持っております。ほんとうに水俣に生き残って、水俣市民と一緒に栄えてほしいという願いがあります。しかしながら、これほどの大事件を起こしながら、水俣から逃亡していくというようなことは絶対に許されない問題であるというふうに私は考えるわけであります。あくまでも水俣に生き残ってその責任を果たさなければならないというふうに私は考えます。 チッソの労働政策が変わらないもう一つの証拠に、水俣病裁判で証言台に立ったチッソの現職労働者に対して、この勇気ある美しい心を持ったわが子の従業員に対して、差別待遇をもって対処しているという現実があります。また、これをバックアップした組合に対しても同じく差別待遇をもって対処しているのが現実であります。 それから、水俣病に対する政治の責任を私は不問にしようとは思いません。政府や自治体も加害企業と同質の責任があります。昭和三十四年に見舞い金契約が締結されました。これは、先ほど述べました、あの悪名高き第五条を含んでおります。このときに自治体が果たした役割りというものは、当時の寺本熊本県知事が中に入ったわけでございますけれども、ほんとうに患者を、くさいものにはふたというよりももっとひどいやり方であの見舞い金契約を押しつけたのであります。それが公序良俗違反であるということは、先ほどの判決で明らかにされましたけれども、この見舞い金契約によって、ほんとうに患者は長年の間社会の片すみでかたわの子供を抱きながら苦しんできたのであります。 それから、もう一つの政治の責任というのは、水俣では、水俣病は科学的にはわかっておるばってんか、政治的にわからぬとじゃということが言ってこられました。科学的にはわかっておっても、政治的にわからぬ、こういうことが現代日本の政治なのでしょうか。ほんとうに、水俣病が発生して十数年の後に、やっと重い腰を上げて厚生省が昭和四十三年の九月二十六日に公害認定をしたのであります。この間、患者たちの苦しみはいかばかりであったか、はかり知ることができません。 それからもう一つ、昭和四十四年の二月二十八日に出されました例の厚生省の補償処理委員会に対する確約書でございます。公害認定が出た、さあ、次の補償問題について厚生省が中に立ってあげるから確約書を出しなさい。この確約書がまた有名なものでありまして、補償処理委員の人選については厚生省に一任し、それが出した結論に対しては絶対に従います。これに印鑑を押して出しなさいというようなことを厚生省がやった。もちろん熊本県も水俣市もそれと同列に並んだわけでございますけれども、一番親玉の政府は、生きた人間をそういうふうにばかにするような政治であっては、常日ごろ、選挙のときに、やれ人命尊重とか漁民の皆さんとか農民の皆さんとか、そういうことは私たちの目から見るとほんとうに絵にかいたもちにしかすぎないのであります。ですから、ほんとうに血の通った政策、あるいは患者の側に立った、人間の命の側に立った政策というものを真実考えているならば、そういう確約書の押しつけなどはできないというふうに私は考えるのであります。 三月二十日に水俣病の判決がありました。しかし、水俣病患者はこれからも生き続けていかなければなりません。水俣病に対する企業や社会や政治の責任、それに対する償いはまさにこれから始まらなければならないというふうに考えます。水俣病がほんとうに世界に類を見ない海水汚染の典型であるならば、それに政治がどう対応し、政党がどう対応し、われわれ一般の社会がそれにどう対応したかということは、またこれは世界の歴史に残る一つの課題であるというふうに考えるわけであります。ですから私たちは、この水俣病問題を、判決が終わったからといって見捨てるというような姿勢は絶対にとってはならない。水俣病患者が生き続ける間、私たちは、企業はもちろんのこと、政治もまた私たち社会の人間も、これに対するはっきりした責任の償いが終わるまでこれを続けていかなければならないというふうに考えるわけでございます。 水俣病に対する被害は、患者だけではありません。水俣市民全体あるいは不知火海沿岸全体の問題であります。ヘドロはうず高く積まって、いまでも私たちは魚介類を満足に食うことはできません。この問題にどう対処していくか、これは水俣市民の久しく待望しておるところでありましょう。 先ほど市長も言われましたように、水俣市民は、ほんとうに会社が撤退するのではないだろうかという不安は、これは保守、革新を問わずあります。私たちはこれはぜひとも最後の償いが終わるまで、社会の責任においてその責任をとらせるという姿勢でもってこれに対応さしていかなければならないのではないかというふうに考えるわけであります。 どうか、この水俣病問題を、ほんとうに人類の名において、恥ずかしくない政策、企業の態度、私たち一般市民もそうしたものを果たしていきたいというふうに考えるわけであります。 以上で私の意見を終わります。
○佐野委員長 ありがとうございました。 次に、坂本参考人にお願いいたします。
○坂本参考人 坂本フジエでございます。 私は、長女真由美を三歳のときに発病させ、一年と五カ月でなくしました。私の真由美は、よくしゃべりもしますし、踊りを踊ったり歌も歌ったりしておりました。しかしその子供が、目も見えなくなるし歩けなくなって、口からものを食べることさえできなくなりました。私は、そのときは奇病といって病名がわからなかったので、何とか命を続けておれば薬か注射かできてくるだろうと思って、命を続けるために鼻からゴム管を入れて、流動物を入れて、一年と三カ月はほんとうに続けてきました。馬とかネコとかでなくて、人間に、自分の子供に母親が、味もわからない食物を鼻からゴム管で入れてやった、その苦しみは、幾ら私がここで大きい声でしゃべっても、皆さま方にはわかってもらえないと思います。患者か患者家族でないと水俣病患者の悲惨な姿、苦しみはわかってもらえないと思います。 だから、私たちは、チッソが、水俣病の場合は幾派でも派がありますけれども、最初は水俣病患者互助会といってまとまっておりました。そのときとてもきびしい確約書が出てきました。その確約書がきびしかったので、私たちはそれにお願いできないということで、その確約書にお願いしたい人は百十名のうちに十何人しかおりませんでした。しかしその間私たちは、残った九十何名は、もう少し会社と話し合いをして、自主交渉をやってみたいということで残ったのが九十何名、確約書にお願いしたいという人が十何名でした。しかし会長、副会長がその確約書のほうに望んでおられたので、その会長、副会長たちは患者家族をみな回って、あとは裁判しか残っておらないのだ、会社と交渉を続けても会社は交渉しないのだ、だからこの確約書にお願いして早く金をもらおうといってその家族をみんな回ったのでございます。だから私たち自主交渉をやりたいと残った人は半数以下になりました。半数以下で私たちはチッソに話し合いをしましょう、交渉しましょうと言って申し入れをしました。ところがチッソは半数以下だから話し合いをしません、交渉しませんと言って私たちに話し合いを求めてくれませんでした。私たちはしかたなく、裁判しか残されておらなかったので裁判をやりました。その裁判をやる中に、市民——市長をはじめ水俣の人たちは裁判をとてもきらってきました。その一任派に、早く行ってお金をもらいなさいということで裁判を切りくずし、一任派に行かれた会長、副会長、チッソの方と一緒になって患者家族を回って、裁判を取り下げてください、あなたたちが裁判をやればチッソはつぶれるんだということで患者家族を回られたのでございます。しかしいま私は考えてみると、私たちが裁判をやったので、安い補償金で押えつけようとチッソ、水俣市がやられた、その患者さんたちが、ほんとうに私たち裁判判決並みに金がとれたということは、私、患者家族として——患者の苦しみ、患者の気持ちはみな同じでございますので、私たちが裁判やってほんとうによかった、みんなの患者が浮かばれたと私は喜んでおります。私たちが裁判をやっておらなかったならば、ほんとうに一任派のあの金額で押えつけられてしまい、いま認定されている患者さんたちも浮かばれなかったと思います。いまの患者が浮かばれて、認定されているのは、前からの症状があったのですけれども、水俣の場合はできるだけ——水俣病の前に奇病とか伝染病とかいろいろ言われておるものですから、みんなが隠したわけでございます。しかしそのときは支援もだれもおりませんし、患者だけの苦しみで、人に話もできなかった状態であったので、いまその人たちが、人のおかげで、支援のおかげで浮かばれて認定されているのでございます。だから私たちは、判決が出て、判決で取れなかった分を会社と交渉を続けてきました。三月の二十二日から四月の七日までやりました。その間中断が三回ありました日にちは八日でございます。私たちとの話し合いの中でチッソは自分の都合の悪いときはだまってしまいます。私たちに答えてくれません。 療養費の問題に入りますけれども、水俣病診断のみ出すということで、水俣病であれば一応無料で認める、水俣病でない診断は認めませんと言っております。しかし私患者として、水俣病患者であればこそ肺炎も出るしかぜも引きやすいし、ころびもしますし、いろいろ水俣病であればこそ病気も出てきます。私一つの例を申しますと、その療養費の問題でございますけれども、国民健康保険のワク内でとチッソは言っておりますけれども、水俣病患者はよくはなりません。よくならないということは、十何年前からだれ一人としてよくなった人はおりません。悪くはなります。水俣病患者は固定はしておりません。よくならないと思っておりますものの、患者の身になれば、何とかいい注射はないものだろうか、何とか売薬はないものだろうかと一生懸命、薬と注射でもう一生懸命になります。しかし会社が言っているのは、保険のワク内でやってください、売薬とかほかのものは認めませんといま交渉の中で言っております。しかし患者の望みたいのは、やはりよくはならぬでも、よくなるためにと思って一生懸命そこら辺をお願いしておりますけれども、チッソは認めておりません。介護手当の問題でございますけれども、この介護手当はいままで一万円もらっておりました。しかし月に一万円、それは患者が取るのではございません。介護人でございます。幾ら水俣の安い賃金のところでも一万円で介護してくれる人はおりません。だからそれを要求しておりますけれども、それの回答はいままでどおりの介護手当の一万円でございます。一万円では介護人はおりません。母親も一カ月に一万円でとてもできないからということを申し入れておりますけれども、それにはやっぱり一万円でしかたありません、がまんしてくださいとおっしゃりますから、私たちはそれならば従業員の女の人をつけて下さい、金は一万円要りませんからチッソに働いている従業員の方を介護につけさしてくださいということまで言っておりますけれども、なかなか、それは一万円でがまんしてくださいということの一点ばりでございます。 年金に入りますけれども、その年金が、補償金の一千六百万裁判で出ましたので、それに入っているからそれで食べてくださいと言っておりますけれども、しのぶの——私の胎児性の子供に入りますけれども、まず補償金はもらった。その一千六百万の補償金の中で、子供は十六歳でありますけれども、子供ながらに自分の部屋がほしいから、いまの私たち一緒に住んでおる家に自分の部屋をつくってくださいと言っております。だから私は狭い部屋でもいいからその部屋をつくってやらなければならないと思っております。補償金からまず家をつくって、そのあとで食べるといっても、いま十六歳ですので、あと何十年間あるのがなぜその千六百万円で食べられますか。私たちはぜいたくしようとは思いません。うまいものを食べようと思いません。食うために、生きるために私たちはくださいということを言っております。世帯主の場合を申し上げたときに、世帯主の場合は、みな患者は発病は十七年、十八年前のことでございます。その世帯主になった人たちが会社から見舞い金をいただいたのは年に十万でございました。十四万に上がったのは四十三年からでございます。年に十四万です。だから十万円や十四万円ではとても食べるのに足りなかったのでございます。だからその補償金では、十七年間の借金があります、その借金をまず払わなければならないので、その借金を払って残った分で一生食べなさいとおっしゃるけれども、私たちはどんなに計算してもその一千六万円では生活はできないのでございます。だからチッソと交渉やっておりますけれども、チッソはこれでがまんしてください、とてもできないからがまんしてくださいとの一点ばりでございます。 それから少し手が不自由であっても何とかできないだろうかということで働ける福祉工場をつくりましたとおっしゃいましたが、そのときにその福祉工場はどんなのですかと聞いたときに、ハツカネズミを飼っているから、それに使いますから、そうすると給料をあげますからということをおっしゃっておりますけれども、この前の交渉の場でほんとうに患者が申したのですけれども、私はネコさえもつかめないのになぜネズミを養われますか、えさを食わせようとしたときにネズミが逃げたら私はつかまえられないのだということを患者は社長の前で話をしました。そのとおりでございます。私たちはそんな仕事は水俣病患者にはできないと思っております。だから、食うために私たちは年金と一生懸命言っておりますけれども、なかなか年金を出そうとしないから、私たちは米でいい、生きるために米でいいですから米をくださいということまで言ってきましたけれども、なかなかその米も出そうと言っておりません。 施設の問題に入りますけれども、まず水俣の場合はリハビリテーションがありました。リハビリテーションにまず患者さんは入っておりました。訓練をやっておりました。しかし、みなそこをいやがって出てしまいました。何人かは残っております。なぜ出たのかといえば、一年とか二年、三年でその病気がようなるものでありません。十何年入院しておっても幾ら訓練をやっても、水俣病はようなったことはない。病院に入院しておってもどうしてもよくならぬのだから、私は退院する、ということで退院されたのでございます。残っているのは何人か残っていて、その人たちはまだ訓練を続けておるし、今度明水園ができたので、その明水園に移されたと思います。その人たちもみんなではありません。二十三名か二十五、六人だと思います。はっきりはわかりません。しかし、私は、その施設ができました、リハビリができました、明水園ができましたといって、入ってください、どうぞ、とおっしゃるけれども、患者の気持ちは、そこに入るということは愛情の問題だと思います。愛情がなくてはほんとうに施設に入らないのでございます。私の子供にも案内がきました。だから入らぬかと言っても、入らぬということを申して、入っておりません。 胎児性の場合を申し上げますと、胎児性の場合、愛情がなくては人にまかせられないのでございます。一回の食事を与えるのに二時間も三時間もかかるのでございますから、他人ではとてもできないと思います。母親であればこそ、ほんとうに何とかこの子を生きらせるために、食事を与えるのが二時間、三時間かかるのでございますから、とても人にまかせるとか施設ができたから入るとかいうことはできないのでございます。水俣病の悲惨な姿、苦しみは家族でないとほんとうにわからないのでございます。 まあ、私のことになりますけれども、しのぶはいま十六歳でございます。私もこのごろ聞いてほんとうに親ながらびっくりするのですけれども、この前何人かの人に話をし、テープにもとってあります。そのとき、私は水俣病であるから嫁には行かない、嫁には行かれないのだということをいま十六歳で言っております。嫁には行かれないのだ、男の子ならば私は嫁はもらえないのだと言っているその子供のことばを聞いた母親の気持ち、家族の気持ち、私はどうすればいいんでしょうか。そこら辺ほんとうに皆さんに考えていただけないでしょうか。年もいかない、ほんとうの十六歳の子供が母親が死に、父親が死に、そのあと自分はどうしていくんだろうか、私たちには話しません。しかし、支援の人たちには、私は施設には入りたくない、嫁には行かれないのだ、その気持ち、人間に生まれて何がありますか。幾らチッソは私たちに補償金をあげたんだから、補償金で満足したように私たちに言っておりますけれども、私たちは金は要りません。ほんとうに死んだ子供を返せ、死んだ親を返せ、私たちのこの手のしびれ、ふるえをもとどおりにしてやりなさい、あなたたちがその年金を出さなければ、この患者たちをみんなで預かってみてください、食わせてくださいということまでチッソには言っております。しかしそのときにはチッソの方は交渉の場では黙り込んで私たちには何とも答えてくれません。だから私たちは、どうしてもその年金をとらなければ患者は死ななければなりません。生きるためには、どうしても年金がなければ、いまの補償金では食べられないのでございます。 終わります。
○佐野委員長 ありがとうございました。 次に、竹崎参考人にお願いいたします。竹崎参考人。
○竹崎参考人 私は、水俣病発生以来最もその被害を受けた水俣市、芦北郡、八代市、それから対岸の天草の不知火海に面する十六の組合を代表いたしまして、お話を申し上げたいと思うわけでございます。ただし水俣市の漁協につきましては、先ほど浮池市長から、われわれ漁民の意思に反するような組合の何かの行動があったということでございますので、水俣市の組合代表ということはここで除外させていただきます。 かねてより諸先生方には公害対策問題、特に水俣病問題につきましては非常に関心を持っていただき、その解決に御努力願っておりますことに対しまして、熊本県の漁民を代表いたしまして、この席上を借りまして厚く御礼申し上げる次第でございます。 まず私は、この権威ある国会の委員会におきまして、私がいわゆる漁業者の指導者としてここ十八年間歩いてきたその道を簡単にお話し申し上げまして、皆さん方の御理解を求めながら、今後不知火海で漁業で生活している数多くの漁民の人たちの救済をどうしてやっていただくか、その点を強くお訴え申し上げたい、かように考えております。 熊本県の不知火海で漁業を営んでおる漁民及びその家族を含めますと、大体三十四年の当時には二万五、六千人ぐらいのいわゆる漁業で生活している者がおったわけでございます。それに付随した魚の行商人とか魚屋さんとか、あるいは仲買い業者とかいうものを含めますと、大体三万人をオーバーした人数であった。これは私の記憶でございます。現在はそれよりも減っております。このうち最も水俣病の影響を受けた組合は、先ほど申し上げましたように十六組合でございまして、その漁民、家族合わせますと、約六千人以上あったと思います。現在はこれをまた下回っておるわけでございます。水俣市の漁業者の方たちが、どうも水俣から流れる排水、汚水がおかしいのじゃないか、魚は死ぬる、何かわけのわからない病気があちこち出てきている、これはどうも会社の排水の影響ではなかろうかということで、一応表立って騒ぎ出したのが大体二十八年ごろだったと私は記憶しておるわけでございます。それから私が現在関係しておりますところの芦北郡に目に見えて影響が出てきたのが昭和三十四年の六月でございます。このころになりますと、海には腹をひっくり返した死魚が浮いている、近隣のネコはほとんど狂い死にしてしまう、あるいは湯浦川、佐敷川、これは私の地元でございますけれども、スズキとかボラとかチヌなんか、こんな大きなやつが、何か酒に酔ったようなことで川の上まで上がってくる、それを知らない住民の人たちはわれがちに争ってその魚をとって食べたものでございます。これが出だしたのが三十四年の六月だったと私は記憶しておるわけでございます。またそのときに初めて芦北郡から津奈木町において新しい水俣病患者も発生しております。このおそろしい水俣病がついに近隣の芦北郡まで出てきたということで、漁民のすべてが、これはこのままじゃいかぬ、早く何とか対策を講じなければ大ごとになるのだ、魚が死んでしまうどころかわれわれの生命まで終わってしまう、その原因は科学的にはわからないけれども、水俣から流す排水にきまっておるということで、非常に大きな騒ぎに発展していったわけでございます。私もこれをそのまま捨てるわけにはいきません。結局、この問題を解決するために、いわゆる県漁連にこれをはかりまして、県漁連という立場で、熊本県の漁民の連合である漁連の名において、実は昭和三十四年の十月十七日に漁民の決起集会を開いたわけでございます。 関連がございますので、ちょっと小さいところまで申し上げますけれども、そのとき決議されましたことは、八つございますけれども、そのおもな五つの項目をここで読み上げてみます。 一、工場は完全浄化設備完了まで操業を中止すること 一、工場は水俣湾並びに現在の排水口にある沈澱物の完全処理をはかること 一、工場は不知火海沿岸漁民がうけた廃液による漁業、並びに漁場被害に対し経済上の補償を行なうこと 一、工場は水俣病発生家族に対する見舞金を支給すること これは、私たちが初めてここで取り上げたわけでございます 一、政府は速やかに水俣病の発生原因を究明して発表すると共に、これによって生じた漁民の被害に対して抜本的救済対策を講ずること 以上の五項目を含む八項目の決議をしたわけでございます。 それから、その当日、——実は漁民が非常に憤慨いたしまして、あとでちょっと乱暴事件があったわけでございますけれども、私たち幹部四人でさっそくその日上京いたしまして、そのあくる日に国会の農林水産委員会をはじめ、通産省、経済企画庁、厚生省、水産庁等に、強くこの決議文についての陣情を行なったわけでございます。また、ちょうどそのとき国会の開会中でございましたけれども、国会より現地調査団を派遣するということを決定していただいたわけでございます。 それに比べて、一方チッソ側の、私たちのこの決議文に対する回答というものが、全く荒唐無稽でございます。われわれ漁民をばかにした一方的なものでございます。読み上げます。絶対これは、うそを私は申し上げておりません。 工場操業中止の要求には応じられぬが、八幡地区への排水は十月末迄なくするよう工事中である、其他は、奇病の原因が不明の現段階では、一切応じられない このような回答の内容であったわけでございます。その上、前述の十月十七日の決起大会デモのおりに、漁民が憤激のあまり工場に投石をしたわけでございます。これは私たちが命じてやったわけではございません。とめたけれども、とめられなかったわけでございます。にもかかわらず、われわれ指導者、幹部七人を暴力行為事件として、チッソは私たちを告訴したわけでございます。 私は個人的には何も申しませんけれども、結局は、そのあとで、諸先生方も御存じのように、十一月二日に行なわれた、いわゆる四千五百人ばかり集めて行なわれました漁民決起大会のおりに、この非情な回答と、私たち幹部に対する告訴がもととなってあれだけの大きな不祥事件が惹起したのでございます。私は、ここで考えてみますと、チッソがいかに大きな会社でありましょうとも、あるいは日本経済に多くの貢献をしているチッソであったとしても、人間の生命を奪い、人間の生活権を剥奪するような、そういうチッソであれば、私は許しがたい、断じて許すことができないということで、人道上あるいは憲法上もこういうことは許されないことでございますけれども、その当時から、私は、チッソに対して、まことに筆舌に尽くせない憤りを感じて、現在に至っておるわけでございます。 十一月二日、松田鐵蔵先生を団長といたしまして、十一人の国会議員の先生の方々たちが現地水俣を視察されたことは、先生方も御存じと思いますけれども、私たちがその日を選んで第二回目の漁民決起大会を開いた理由は、いわゆる不知火海漁民のせっぱ詰まった窮状を訴え、その苦しみを知ってもらうと同時に、おそろしい悲惨な水俣病に苦しんでいる患者、あるいはその家族の実態を見てもらいたかったからでございます。と同時に、この非道なチッソのやり方に対して、国の名において鉄槌を下していただきたいというのが、四千五百人の私たち漁民のほんとうの目的であったわけでございます。ところが、この乱暴事件が頭に来たのかどうか知りませんけれども、いままで拒否し続けてきたこのチッソが、この十一月二日の事件を契機といたしまして、いわゆる交渉に応じましょうということになり、双方話し合いの結果、御存じのように、調停委員を中に立てて、いろいろだだいま決議文を読みましたが、この問題についてひとつ調停委員におまかせをしようということになったわけでございます。 当初、私たちが実際の被害額を算定した、その総額というものは、決して私たちは、それを多く出したり、あるいはごまかしたりした数字ではございません。その数字が、実は最初は三十一億であったわけでございます。これを要求したわけでございますが、これはチッソのほうもびっくりされたでしょうが、調停に当たった、しかもどちらの立場もくんでもらわなければならない調停委員の方たちが、そんな多額の金をチッソに払わせるということは、それはちょっとできぬぞというような話であったわけでございます。まあしかたなく、私たちは、いろいろと各組合が出してきたデータを調整いたしまして、第二回目には二十五億のいわゆる補償要求をしたわけでございます。これまた同じで、お話にならない。チッソのほうは、じゃいままでの例からして三千五百万以上は出せないということでございます。これをあくまでも突っぱっても、これは解決はできないということで、泣く泣く三回目に私たちは九億八千万円の補償を要求したわけですが、これまた問題にならなかったわけでございます。そういうことであれば、もう補償金のほうは払いませんというような態度で、調停委員の方の立場は実際そうだったので、それならどうしたらいいかということで、年の瀬も迫り、漁民はもちつく金も持たないときでございます。ほとんど漁業は中止しておったところでございます。あす食う米もなかった時代でございます。漁民は私たち幹部に対して、あんたたちは、チッソから抱き込まれておったのじゃないか、あるいは調停委員の、みなおえら方ばかりでございますが、ひざに敷かれておったのじゃないかということで、私たち自体が突き上げを食ったわけでございます。しかたなく、いわゆるそういう下々の、底辺の下々の苦しい漁民の連中が、正月だけは迎えさしてくれ、補償金は少なくてもいいから早く解決してくれということで、ついに実にでたらめといいますか、お話にならない、いわゆる補償金一億円で涙をのんで手を打たなければならない、また患者の見舞い金に対しても千四百万ということであったわけでございます。 まことに、いま考えてみますと、ここにも患者さん代表が来ておられますけれども、まあそういう事情で、ほんとうに漁民を指導をした私たちの力の足りなさを、私、おわび申し上げる気持ちで一ぱいでございます。 「水俣工場の排水が将来悪化しない限り、又過去の水俣工場の排水が」——先ほどお話もありましたけれども「水俣病に関係があることがわかっても一切追加補償の要求をしない」こういういわゆる契約書の中に一項目つけ加えさせられたわけでございます。このとき私は吉岡社長に向かって、そういうばかなことがあるかと言いましたけれども、ここを、こんなところで突っぱった場合は、みそかの年を越せない。年を越せない漁民のためを思って、泣く泣くこの項目を入れたことを、私はっきり記憶しております。 ただいま申しましたように、私たちが強い態度で、いま訴訟派の方たちががんばられたようにいけば、いわゆる時間に制限なくして、私たちが、あるいは漁民の人たちが腹をきめてくれておったならば、こういうぶざまな解決にはならなかったということを、私は特に申し上げたいわけでございます。 あとで聞いた話ではございますけれども、私たち漁民が立ち上がった昭和三十四年の十月以前に、すでにチッソはそのたれ流す排水の中に有機水銀が大量に含まれているということは自家実験の結果知っていたということを、私は聞いております。これはあとで知ったわけでございます。いわゆる毒性があるということを知りながら、人間に支障を与え、海を汚し、多くの方たちに迷惑を与えるということを知っていながら、ごく最近までこれをたれ流しておったというような日窒の態度、私はこのことを断然許すことができないわけであります。 現在不知火海漁民が切実に望んでいることは、補助書きを読みますけれども、国はすぐれた現代科学と英知を結集して、チッソの排液でよごれている水俣湾と周辺一帯の海水と底に沈んでいる多量の有害なヘドロの中和除去に、大規模で徹底的な浄化対策を講じていただきたい。 二番目が、国は潜在水俣病患者の発掘に——一時的には問題があろうかと思います。魚の売れ行きも現在悪くなっております。そういうことはくさいものにふたをしろ式じゃなくて、その発掘に全力を傾けていただきたいということでございます。私の知るところでも、まだたくさんの潜在患者がおります。私の分家にあたる、現在村の区長をやっておりますけれども、実はこれも水俣病の疑いを持っておりますけれども、表面に出されると自分の娘あるいは嫁をもらうにしてもよそから嫁がこないということで、表に出してくれるなということを私に申しております。そういう患者がたくさんおります。どうか徹底的に、水俣患者の発掘に国もひとつ御努力願いたいと思うわけでございます。 三番目、これは先ほども申しましたけれども、チッソはもちろんのことでございます。あるいはチッソがどうしても出せないような金、そういうものを水俣病の患者あるいはその家族の人たちに対して、何らかの方法を設けられまして、御救済願いたいと思うわけでございます。 それから四番目ですが、こういうことをこんな権威ある国会の委員会で申し上げますと、非常に大きな影響があろうかとは思いますけれども、最近魚の売れ行きが非常にがた落ちしております。特に、ボラ、タチというものは地元では全然売れません。売れないから、まず漁民もそういう魚はとらないわけでございます。水俣病ということで、みんなが非常に神経をとがらしております。温泉地、観光地もたくさんございますけれども、その来たお客さんでさえも、地元の魚は食べないということでございます。 せんだって、これは私の芦北町で十日ばかり前に起こったことでございますが、タチウオのしっぽが切れたやつを別にトロ箱に入れて、これを安く売ったわけでございます。ところが、これが水俣病だということで地元の「熊日」さんが大きく書き立てましたので、タチウオが全然だめになってしまった。しかしこのしっぽの切れたのは、私も昔から専門家で知っておりますけれども、タチは同士食いをするわけでございます。タチ同士が食ってしっぽがなくなったのを水俣病に結びつけられるような、そんな神経をとがらされて、地元の漁民あるいは仲買い人、そういう者が非常に苦しんでおるわけでございます。水俣周辺でとれた魚は、もちろんうちでは売ってもおりません。また、どこにもいっておりません。ただここで懸念されますのは、いわゆる水俣湾内の魚でございます。そのほかのは、これはあとで沢田知事が来られたらそういうあれもはっきりお話があると思いますけれども、よそと変わったような特別な、水銀を多く含んでいるという事実はないようでございます。水俣湾とかあるいは八代の沖合いとか、あるいは熊本の緑川の下流、そういうところよりも、私たちのほうはきれいであるわけで、が、やはり水俣病のおそれがあるということで一般からは非常に敬遠されているということが実情でございます。 最後にお願い申し上げたいわけでございますけれども、これは水俣のチッソ工場をはじめ、そうでございますが、不知火海に工場の排水を流している工場がたくさんございますので、国も県と歩調を合わせていただきまして、その排水基準あるいはその状態について徹底した検査、取り締まりを常時実施してほしいということでございます。そうでないと、やはり不知火海も将来は死の海と化してしまう。こういうおそれが十分あるわけでございますので、よろしくお願い申し上げておきます。 結論といたしまして、多くの漁民は、昔のように美しい海、水産資源豊富な海であった不知火海を一日も早くもとどおりに取り戻してほしいというのが本音でございます。 実際言いますと、三十年当時結びましたあの補償契約あるいは排水に対しての完全浄化施設等が不備でございましたので、そういうものに対してとってきたチッソ工場に対して補償金をとってくれという者もおります。しかし私といたしましては、そういうことは第二次的な問題でございまして、ほんとうにみんなが安心して操業のできる、きれいな不知火の海に返していただきたい。そのためにはばく大な金も要るわけでございますので、よろしくお願い申し上げておきます。 最後に、こういう幅ったいことを私が申し上げるのはなにかと存じますけれども、今後国として、この企業責任を無視したチッソの悪らつ非道な行為を他山の石とされまして、日本列島から公害のないような、企業が責任の持てるようなそういうりっぱな私たちの郷土をつくり上げていただきたいということを申し上げまして、私の話を終わらしていただきます。 失礼いたしました。
○佐野委員長 ありがとうございました。 沢田参考人がお見えになりましたので、この際、沢田参考人から意見を聴取いたします。沢田参考人。
○沢田参考人 御指名をいただきました熊本県知事の沢田でございます。 まず最初にお断わりを申し上げたいと思いますが、昨夜来、九州一帯は濃霧が発生いたしまして飛行機が欠航いたしました都合がございまして、定刻におくれましたことを、心からおわび申し上げたいと思います。あしからずお許しをいただきたいと思います。 本日は、現在熊本県政が当面しております一番困難な問題であり、また私自身といたしましてもきわめて頭の痛い問題でございます水俣病の諸対策につきまして、私どもの意見を御聴取いただく機会をおつくりいただきましたことをまずもって心からお礼を申し上げたいと存じます。どうぞよろしくお願いをいたします。 県といたしましては、申し上げるまでもないことでございますが、水俣病の発出並びに発生以来の県政につきまして、十分でなかった点を謙虚に反省しております。また、発生以来相当長年月を経て、今日なおその全貌すら解明されていないことをきわめて遺憾に存じております。現在県といたしましては、あらゆる努力をいたしまして、各種の対策について懸命の力を注いでおるつもりでございますが、まず水俣病のその広がり、全貌の解明が最も急務であるというふうに考えております。 ちなみに、去る四月五日、一番新しい患者の認定を決定いたしたわけでございますが、この時点におきまする認定患者数は、すでに御承知かと思いますが、四百二十八名の多きを数えております。うち死亡者が六十九名でございます。棄却をいたしました数が今日まで十六名でございます。なお、四百二十八名のうち、熊本県以外に在住しております患者さんが十名を数えております。なお、私の手元に認定申請をされました方々の数が、これまた去る四月五日現在で五百四十八名の多きを数えております。うち死亡者が八名。さらに、この中には県外在住者が三十七名に達しております。 現在私が水俣病患者として認定いたします前提といたしまして、御承知のように、法に基づきます公害審査会が置かれておりまして、おおむね二カ月に一回というペースで開催されております。それで、一回に審査をいただきます患者さんの数が約八十名見当でございます。多くの申請者をかかえておりますので、できるだけこの認定業務を促進しなければならないという課題があるわけでございますが、なかなか限られた専門医の先生方のお仕事の都合もございますし、一回に八十名程度審査を願うということがいまのところ限度一ぱいの状態でございます。そういたしますと、ただいまも申し上げましたように、五百四十八名、現在の時点におきまして申請者が残っておるわけでございまして、おおむね一年前に申請された方がいま審査の対象になっておるという状況でございます。今後も相当数申請がふえてくるということが予測されますので、一つの課題といたしましては、認定業務の促進ということがあるわけでございまして、この点につきましては、審査会の諸先生方にさらに一そうひとつ御検討をいただき、御協力をいただきたいというふうに考えておるわけでございます。 ただいまも意見の開陳が行なわれておりましたけれども、この水俣湾を中心といたします汚染の実態調査ということが非常に大事なことは、もとより私が申し上げるまでもございません。それと同時に、地域住民の健康状態を的確に把握をするという課題がございます。昨年以来、県といたしましては、水俣を中心といたします沿岸住民約五万五千人を対象といたしまして、一斉健康調査を実施して今日に至っております。第一次、第二次調査を一応終わりまして、現在は、その結果しぼられてまいりました第三次の検診の対象者約千百余名につきまして鋭意健康調査を実施いたしております。 去る三月二十日、水俣病判決が行なわれました。この機会に、従来県といたしましてこの問題に取り組んでまいりましたいろいろの点を反省し、また、国に対していかなることをこの際要望するかということで、私と県会議長の連名で三月末政府に対しまして九項目にわたる要望書を提出いたしたところでございます。 その考え方といたしましては、第一に、これだけの広がりを持ち、また社会的にも非常に深刻な問題になっております水俣病対策、特に高度の専門的な、医学的なあるいは科学的な事項が多く含まれておるわけでございまして、一県の力のみによってはいかんともしがたい分野もございますので、まずそれらにつきまして、関係各省、政府におきまして積極的な援助、指導をしてほしいという考えでございます。 また、現行公害関係の諸制度につきまして、実情にどうしても合わない面が多々ございますので、国の制度の改正を必要とするかと思うわけでございます。これらの点についてお願いをいたしております。 また、熊本県域だけではなしに、広域的な調査を必要とする面が出てまいりました。これは海洋関係の調査だけではございませんで、先ほども申請あるいは認定の状況の御報告の中で申し上げましたように、全国的な広がりの傾向が出てまいっておりますので、ぜひひとつ国の段階において、従来県が実施をしておりますようなことを、ほかの県等の協力を得てひとつ組織的に行なっていただきたいというお願いもいたしております。 さらに、財政的な面等もひとつ十分に御援助をお願いいたしたいという要望もいたしております。 ただいま漁業関係の代表者の竹崎さんから意見の開陳が行なわれておりましたが、この中にもございましたように、相当広域にわたる海洋汚染が懸念されるわけでございまして、沿岸の水産業者の生業確保あるいは生活保障といったような問題も、県といたしましては当然考えなければならない時期になってきておるわけでございますので、これらにつきましても十分なひとつ御指導と御援助をお願いいたしたいというようなことをひっくるめまして、九項目にわたる要望書を国に対して提出をいたしたわけでございます。 具体的な問題といたしましては、特に医学的な、専門的な解明をお願いいたしたい。 その焦点は、できれば水俣病の治療方法まで将来ひとつ確立をしてもらいたいということでございますが、その前提といたしまして、いま問題になっております、たとえば無機水銀の有機化の過程であるとかあるいは長期微量摂取についてのはっきりした専門的な見解をひとつ示してもらいたい。このためには全国的な規模で頭脳を動員してひとつ取り組んでもらいたいというお願いをいたしております。 また、水俣病多発地区に医療機関をぜひひとつ設置してもらいたい。国の力によりまして要員の確保等もひとつお考えいただきたいということでございます。ここに水俣市長もお見えになっておるようでございますが、県、市、自治体の力だけではなかなか専門的な医学者等の確保につきましては困難をきわめておるわけでございます。先ほど来いろいろ申し上げましたが、たとえば健康調査あるいは検診の促進ということ一つを考えましても、従来熊本大学医学部を中心に非常な御協力をいただいてはおりますけれども、限られた数のお医者さん方では、それぞれ本業もお持ちでございますし、なかなか思うように仕事がはかどらない。しかも今後抜本的な相当広域にわたる研究調査を実施をしなければならぬということになりますれば、単に財政的な、予算的な問題だけではなしに、そういう技術陣容の確保ということが非常に問題でございます。不知火海の海域の環境調査にいたしましても、県が中心になって進めてはおりますけれども、これまた技術陣容に非常に悩みがございました。専門的な、科学的な知識をもった職員はなかなか数がそろいません。こういった面につきましてもぜひひとつ御指導、御援助を賜わりたいというようなことをお願いをいたしております。 それからもう一つ、水俣湾に堆積いたしております膨大な汚泥の始末がございます。また、固有名詞を使いましていかがかと思いますが、八幡プールというところに残滓が相当量捨てられております。そういったものについての土木工学的な、あるいは港湾事業としての対策を早急にひとつ進めていかなければならない。熊本大学工学部等の協力を得まして、県は昨年来それらの問題に、いろいろ調査をし技術的に取り組んでおりますけれども、やはり関係各省等を的中心といたしまして専門的な、技術的な指導、援助をぜひお願いをいたしたいという問題がございます。 なお、従来県といたしまして、大ざっぱな計算でございますが、水俣病対策のために約二億八千万円の予算を使ってまいりました。そのうち県費が一億八千万、国費はわずかに二千三百万程度でございました。そのほかはいろいろなかっこうで調達をいたしました資金でございます。そういった財政的な援助ということももとよりでございますが、繰り返しお願いをいたしたいと思いますことは、全国の頭脳を結集し、各省の力を結集して、専門的な、技術的な援助を各面にわたりまして私どもにひとつお与えいただきますようにお願いをいたしたいと思うわけでございます。 本県は、余談でございますが、昨年、一昨年と御承知のように大災害をこうむりました。天草だけで集中豪雨により六十数名の死者を出したという悲惨な災害県でございます。災害復旧工事等緊急を要する仕事をたくさんかかえ込んでおるわけでございますが、限られた土木の技術陣容等で権威ある港湾改修計画というようなものを早急に確立いたしますことは、どうしても県の力では相かなわない現状でございますので、どうぞひとつ御推察を賜わりまして、御援助をいただきたいと思うわけでございます。 その他、先ほど来お話があっておりましたような沿岸漁民対策といったようなことがございます。 またこれは直接私が申すべきことではないかもしれませんけれども、多くの患者さん方をかかえております県といたしまして、やはりいまチッソと患者さん方の間で行なわれております交渉の行くえというものを私は絶えず心配をいたしておるわけでございます。そういう点からいたしまして、私どもはチッソの存続と十分な患者さんに対する救済対策というものをまずひとつ念願をいたしたいと思うわけでございます。 また一面におきましては、公害賠償基金制度といったようなものもひとつぜひ早急にお考えをいただきまして、被災者の皆さん方、認定いたしました患者さん方の生活あるいは将来への保障という問題が明るいめどがつきますように、ぜひひとつ御努力をお願いいたしたいと思うわけでございます。 と同時に、いま水俣市を中心といたしまして、住民の皆さん方に非常に不安が広がっておるわけでございます。早くこの暗い水俣病のイメージを払拭することができまして、新しい地域づくりというものが芽ばえてまいりますことを衷心から念願をいたしておる次第でございます。 先ほど来いろいろと申し上げましたが、以下御質問によりまして、私の考え方をまた率直に申し上げたいと思います。冒頭におきまするお願いはこの程度で差し控えたいと思います。ありがとうございました。
○佐野委員長 ありがとうございました。 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 この際、午後一時まで休憩いたします。 午後零時二十六分休憩 ————◇————— 午後一時十六分開議
○佐野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 参考人に対する質疑を行ないます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。 なお、本日の質疑時間につきましては、理事会での申し合わせを厳守されるようお願いいたします。 林義郎君。
○林(義)委員 きょうは、当公害対策並びに環境保全特別委員会で、水俣病問題に関し、関係者に来ていただきましていろいろと御意見を聴取することになりました。遠方はるばるとお越しになられました参考人の各位に対し心から御礼を申し上げます。特に患者であります坂本フジエさんには、たいへんなところをお越しいただきましてほんとうにありがたく思っています。 私は委員長にぜひお願いをしたいのですが、きょうの午後の委員会は相当に長くなると思うのです。坂本さんはおからだも悪いことでございますから、そこに長々おられると、かたいいすでもありますしあれですから、もしも御気分が悪いとかなんとかいうことがございましたら、少しゆっくりしてやっていただいてけっこうでございます、そういったお許しを委員長からお与えいただきたいと思います。
○佐野委員長 ただいま林委員の発言にありましたように、どうかからだの関係もありますので、自由な形でお願いしたいと思います。その点、もしからだにお差しつかえありましたら、どうぞ御遠慮なくお休みになってもけっこうだと思います。
○林(義)委員 ありがとうございました。 私は先ほど来のお話を聞きまして、時間も非常にきょう限られておりますので、質問も要点だけをお尋ねしたいと思います。したがいまして、お答えもあまり長くならないようにひとつぜひお願いをしたい。与えられた持ち時間が四十分ということでありますから、その以内でぜひやりたいと思っておりますから、よろしくお願いいたします。 まず第一に、先ほど来いろいろな話がありましたが、まずチッソの社長の島田さんにお尋ねいたしますが、チッソは、四十七年九月期決算では当期損失が約四億六千万円であり、前期からの繰り越し損失約十三億四千万円と合わせて約十八億円の赤字計上であるということでございます。こういうふうな時期においてこういった裁判の問題が出てきた。私は、社長がたびたび言っておられますように、被害者に対しては十分な措置をいたしますという姿勢、それからもう一つは、水俣市からは徹退をしないというお話でございますが、先ほど来のお話をいろいろと聞いておりますと、そう簡単にこの資本主義社会の中で許されるものではない、現在でも約十八億円の赤字のある会社である、これからもうかるといったところで、そうもうかるようなところも見受けられない、なかなかたいへんだと思うのです。ざっと言いますと百億円ぐらいになるのではないだろうかということも私は耳にいたします。そういったときに際して、社長がこの補償の問題と関連して基本的にどういうふうに考えておられるか。要するに、会社としては、補償をとにかく払うんだ、どんなことがあっても払うんだというようなお気持ちなのかどうかということが第一点。 その点と、それから非常に極端なことを申しますと、むしろ水俣でのいろいろなそういった問題を解決して、新しい工場をどこかにつくってやったほうが私は会社の経営としてはおもしろいのではないかという気もするのです。これは全然抜きにしまして。そういった点で、一体水俣でずっとこれから継続してやられるのかどうか、その辺のお気持ちを、簡単でけっこうでございますから、お答えをいただきたいと思います。
○島田参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。 まず一番は、どんなことをしてでも補償を払うという姿勢かどうかということでございますけれども、御存じのように、いままで累積赤字を続けております。だいぶん最近は景気がよくなりましたので、在来ほどの赤字は続けなくてもどうにかやっていけそうな状況になってまいりました。その中で、いま御質問のありましたように、百億にも近いかといわれる補償をいたすことはまことにたいへんでございますけれども、諸種の動産、不動産類の処分できるものを全部処分いたしまして、何とかしてこの金をつくり出そうといま努力をいたしておるわけでございます。考え方は、何としてでもこの補償をやらせていただきたいというつもりでございます。 次に、水俣を撤退するかどうかというととでございますけれども、たびたび前から水俣を撤退するのではないかというふうなことを質問をされます。私は、水俣をチッソが撤退するつもりは毛頭ございません。ただいま御質問のありましたように、水俣を撤退してよそで仕事をしたほうがおもしろいじゃないかというふうな御趣旨でございましたけれども、これだけの問題を起こした水俣を撤退するということは、会社としてはできがたいことである。したがいまして、水俣でどういうふうにして仕事をしながら補償を完遂していくかというのがいまの会社の中心になっている考え方でございます。
○林(義)委員 松本参考人にお尋ねいたします。 先ほどのお話、陳述を非常に興味深く拝聴をいたしました。全人間的な深みと歴史的なものから判断をしなければならない問題である、全くそのとおりであります。一日に十二時間労働云々というお話もありました、私は、そういったことばを聞いておりましたときに、会社に対する憎悪というものを非常に感じたのであります。憎悪であるならば、もう会社にやめてもらったほうがいいのじゃないかという論理に私はなるのだろうと思うのです。憎悪ということからいたしますと、そういうことになる。ところが、あとでの話は、やはり水俣にぜひ残ってもらいたい、水俣に残って責任を果たしてもらいたいというお話でございました。若干その辺に論理の飛躍であるか何かという感じが私したのですけれども、この辺につきまして、ほんとうの気持ちは、やはり水俣というものはチッソと一緒になって住むんだという考え方でございますか、ぜひその悪いところを直していかなければならないという考え方なのか、チッソは徹底的につぶしてしまえ、こういうお考えなのか、その辺はどういうことでございますか。ちょっと聞かしていただきたいと思うのです。簡単でけっこうですから……。
○松本参考人 水俣をつぶしてしまえという考え方は毛頭ございません。先ほどの質問の中で、チッソに対する憎悪ですか、憎しみですか——水俣病を起こしたということ、こうした事件に対しては、私たちは一種の憎悪を持っております。しかしながら、私たちは、企業は人間の社会において、どうしても、過去においても将来においてもともに生活をしていかなければならないという運命にあります。ですから私たちは、企業が存続するにあたって、水俣の地域でほんとうに人間としての権利を認めた企業であってもらいたい。それから水俣を撤退するということは無責任もはなはだしいことであって、水俣に残ってぜひその責任を果たしてもらいたい、そういう考え方でありまして、論理の飛躍というものは私の発言の中にはないというふうに私は考えております。
○林(義)委員 浮池市長さんにお尋ねいたします。 水俣病の判決と補償の問題をめぐりまして、地域住民は一体どういうふうに受けとめておるのか。先ほどの市長さんのお話では、いろいろな問題があるというふうなお話でありました。私は、判決でその地域住民がやはり何らかの不安感を持っているということは事実だろうと思うのです。ほんとうに住民が希望しているものは一体何だろうかということですね。その不安というものがあります。地域住民全体として、市長さんでございますから、当然市を全部見ておられる、そういう立場で、地域住民がどういったことをしてもらいたい——いま松本さんのお話がありました。島田社長のお話がありました。私は企業の社会的責任というものは当然になければならない。そういった中での市長として、基本的に市民が何を求めているのかということについて、ずばり一言で言えば何だろうかということをお答えいただきたいと思います。
○浮池参考人 お答えいたします。 チッソの判決があったとき、市民は冷静にこれを受けとめておりました。それは当然であるという気持ちでございます。ただ、補償が今後ますます高額になっていった場合に、チッソがつぶれ、あるいはチッソが水俣を撤退しはしないかという不安があるということです。
○林(義)委員 先ほど来いろいろと国に対する要望がございました。 私、一つ坂本フジエさんにお尋ねをしたいのですけれども、明水園でございますね。この明水園につきましては、患者が現在ではたしか二十二人だと思いますけれども入っておられる。先ほどそのお話がありましたが、愛情のないところにははいれない、こういうお話でありました。 愛情の問題というと、これはなかなかむずかしい。具体的にどういう点をどういうふうに改善したら皆さんに入っていただけるか。やはりせっかく明水園というものをつくったわけでありますから、これはできるだけたくさんの人々に利用してもらうべきだろうと私は思うのです。そういった形でつくったわけですから、できるだけたくさんの人々に入ってもらうようにしなければならない。改善すべき点は十分に改善していかなければならないと思いますが、具体的にどこをどう改めたらよろしいのか、御意見がありましたならば、簡単にお答えいただきたいと思います。
○坂本参考人 ちょっとさっき言い忘れたのですけれども、一つ言わせてもらいます。 水俣病の場合は幾派でもありますけれども、ほかの人たちもみな医療と年金はあなたたちが取ってください、私たちでは取れないから、チッソにものも言えないから、あなたたちが今度東京で交渉をやるときにはぜひ取ってくださいということを言われました。患者の気持ちは、幾派でもありますけれども、みな同じ気持ちでございます。つけ加えておきます。 いまの質問に答えます。 私は愛情の問題と言いました。これは私たち水俣病患者、家族でないとわかってもらえないと思います。さっきも言うたとおりに、胎児性の子供は、一食食べさせるのに二時間、三時間かかるのでございます。それで一日に食事をやるのに六時間も八時間もかかるのに、明水園でそれだけの付き添いですか、看護人ですか、それだけの手の届くようなあれはまだできておりません。一人に対して六時間も七時間も食事を与えるその人間、明水園ではできておりません。同じ胎児性の子供は自分では御飯は食べられません。食べられない患者が五人おるのに一人で——食事を食べたいのは同じ時期でございます。十二時なら十二時に子供たちはみんな食べたいのでございます。だから十二時に食べさせるのに、五人は五人患者が口をあけて待っております。その口をあけて待っておるのに、一人で食事を与えようとしても、私はそれではとても満足のいくような食事は与えられないと思います。だから親の気持ちとして、愛情がなくてはほんとうに二時間も三時間もひまをかけて子供に御飯を食べさせるということはできないのでございますから、明水園には、とにかく施設ができた、入りなさいとおっしゃっても、親として、人にまかせ切れない、預け切れないということで入れてもらえないのでございます。 終わります。
○林(義)委員 胎児性の患者を持っておられるおかあさんですね。これは一緒に入るというわけにはいかないということでございますか。親子で一緒に入る、それはできないのですかという点で問題がある。おかあさんと一緒に、胎児性の子供さんと一緒に入るならば、愛情の問題は解決できると思うのですね。その辺はどうなんですか。いまのお話聞きますとそういうことですが。
○坂本参考人 親はその患者一人の親じゃありません。その患者か一年とか二年とか——よくなる水俣病であればいいのですけれども、水俣病というものはよくならないのでございます。明水園に入れたならば、死ぬまで私は入っておらなければならないと思います。親としてその水俣病患者一人ではありません。家庭には自分の子供が何人でもおります。だから親が病院に入って、水俣病患者だけに付き添うということはできません。家庭的にほかの子供も見らぬといかないし、学校も出さないといかぬし、御主人もめんどう見らないといかないし、どうしても親が一緒に病院に入ることはできないのでございます。
○林(義)委員 よくわかりました。そうするとやはり付き添いを一人に一人ずつつける、こういう話になるわけですね。大体それはわかりました。 それから竹崎さんにお尋ねいたします。 先ほどのお話では、被害額をいろいろと要求をした。最後に一億円になった。正月の前で、少なくてもしようがないということで一億円になった、こういうことであります。全く弱い者というのはそういうときには損をするだろうと私もつくづく思って聞いておったわけでありますけれども、一体これから漁業補償の問題というのはやはり会社に対してずっとされていくというおつもりでありますか、それとも、漁業補償の問題はどういうふうにされるのか、その辺の基本的なお考えを——お話があったのかもしれませんけれども私ちょっと聞き漏らしましたのでお尋ねしたいと思います。
○竹崎参考人 現在の段階では、はっきり申しますと、昭和四十四年度以降につきましては、私の関係しておる十六の組合の水揚げ高を調べてみますと、以前ほどではございませんけれども、水俣病が発生してぐっと減少したのが四十四年度ごろからやや持ち直してまいってきております。ただし、いろいろ今度の二十日の判決の問題等から一般が神経をとがらせまして、私たちの単協である芦北漁業組合でとれる魚にはそういう有害なものは微量にしか含まれておらないわけでございますけれども、そういうことから、先ほども申し上げましたように、魚の売れ行きが非常に悪くなってきております。これがこのまま拡大しました場合には、これは私がそういうことを取り上げなくても当然漁民から突き上げを食って、何とかひとつ補償を要求してくれというようなことになりかねないと思っております。現在のところでは、先ほど申し上げましたように、きれいな不知火海に早期に返してもらえれば、一応漁民の気持ちとしてはおさまるのではなかろうか、かように考えております。
○林(義)委員 お話にありましたけれども、私の聞いておるところでは、チッソのほうでも四十二年に水銀法の製法工程によるところのアセトアルデヒドをつくることはやめて、現在ほかの方法でやっておられるというふうに聞いております。そういったことが事実かどうか、社長からあとでお答えいただきたいのですけれども、いまやっておる方式であるならば、水銀はかつて放出されたものだけである、それがたまっておる、それが海の中にどんなにたまっておるかというような問題もあります。したがって、埋め立てをしなければならない云々という問題はありますけれども、とにかく出ておるものをもしも魚が食べたならば問題が出てくる。したがって海の中がそういうふうになるかというのはこれからの問題でありますけれども、新しい事実としての公害は一応ない。この判決以後の問題について、新しく何かまた汚染物質が別に出てやるということは私はないのじゃないかと思いますが、その辺につきまして、社長さんと漁協の組合長さんから簡単にお答えいただきたいと思います。
○島田参考人 水俣病を起こしましたアセトアルデヒドの設備は、四十三年に水俣から撤去いたしまして、現在水俣ではアセトアルデヒドの製造はいたしておりません。別の方法で、これは千葉のほうでやっております。したがいまして、現在原因物質は流出してはいないと考えております。 それから新しい問題としては、最近全国各地で問題になりますPCBの問題がございまして、これが水俣湾でとれました先ほどのボラにPCBが多量にあったということでございますが、当社の原因のものかどうかということをただいま水産庁でお調べをいただいているわけでございます。
○竹崎参考人 ただいま島田社長のお話もありましたけれども、最近魚がPCBを多量に摂取しておるというような事実があるわけでございまして、将来これが公害としていまより以上に拡大するかということになりますと、私としては拡大しないというそういう保証はできないのではなかろうか、かように考えております。 ただ、保証の問題につきまして、先ほど私陳述したおりにも申し上げましたように、三十四年度に完全浄化施設を会社側はつくって、それ以後は決して有害ないわゆる排水は流さないのだという確約をしてもらったわけです。浄化施設が完成したときは、私は案内がありましたけれども行きませんでしたが、何か会社のそのときの吉岡社長かどなたかが、もう飲んでもだいじょうぶだということでコップで飲まれたということも聞いております。ただしその後調査によってはっきりしたわけですが、最近までやはり有毒なそういう汚悪水を流しておられたということでございまして、そういうことが有形、無形の漁民に対する大きな影響も与えておるわけでございます。 それとただいまのPCBの問題、そういうものが一応落着いたしましたら、これは問題外でございますが、当然私としてはまた新しい公害として、あるいは公害がなかったとしても、魚の売れ行き次第では、今度は被害額は、やはり全漁民がそういう補償の要求をするようなこともあるいはあり得るというふうに考えております。 以上でございます。
○林(義)委員 補償というからには、やはり原因がある程度まであってやらなければならない。汚染物質がある、それによって魚がとれなくなったというようなことが言われなければ、なかなか補償ということにならないのだろうと思うのです。ですから、その辺でいろいろと問題は複雑ですから、この場で全部解明することはできないかもしれませんけれども、先ほどちょっと社長がおっしゃったPCBの問題ですね。これで現地ではやはり魚の値段が非常に下がっている、こういうふうな話もちらっと聞いておるのです。聞いておりますが、これまたPCBの問題というのは非常にむずかしい問題であります。いままで調べたところでは、別のところの会社でつくっておってそれが全国にずっとばらまかれて、郵便局のいろいろな資料なんかにもPCBを使っておったような形跡があるというような話もあります。そういったことですから、末端の組織になりますと、どこでどういうふうになったかということはなかなかむずかしいのだと私は思うのです。そういったために、私は新しい制度を何かつくっていかなければならないだろう、こう思っておるのです。そういった制度をつくるのがわれわれの役目でありますから、そういったときに漁業組合としてどの程度までそういった実態が把握できるのか。漁業組合で実態を把握しろといったところで、何かあったぞというようなことを県のほうから言われて、そうかなと言って、それで魚がおかしいぞというような話になるのが通例じゃないかと私は思うのですけれども、漁業組合が独自で何か調査機関とか調べる方法をお持ちですか、お持ちでないですか。これもそのものでけっこうですから、お答えいただきたいと思います。要するに漁業組合独自でいろいろな形のものを調査することができるのかどうか。やはりどこか頼んでやるとか県に持っていってやるとかなんとかしなければしょうがないだろうと思いますけれども。
○竹崎参考人 ただいまの問題でございますけれども、これは県の水産課でもやっていただいておりますが、私たちの漁連におきましてもそういう公害問題についての調査をやらせております。ただしこれはただいまおっしゃいましたように、なかなか単協の、いわゆるPCBならPCBでこれだけの被害があったんだというようなその把握のしかたというものは、非常にむずかしい点がございます。それがどの程度影響があったのか、あるいは年によっては非常にそういう公害がなくて不漁の年もあるわけでございますが、ただ単年度でそれをやれと言うても、これはできない問題でございます。 以上でございます。
○林(義)委員 海底にたまっているところのヘドロの処理を早くやらなければならないのは当然でありますけれども、国のほうでしかるべくやってくれというような話もずいぶんありました。公害のこういったいろいろな事業につきましてははっきり負担法がありますから、その負担法でやらなければならないというのが私は当然のことだと思うのです。もしもそうでなければ、特別法か何かを考えなければなりませんけれども、この辺につきまして県当局あるいは市当局はどういうふうにお考えでございますか。簡単に御説明いただきたいと思います。ヘドロの埋め立て工事の問題でございます。
○沢田参考人 先ほどの意見陣述の際にもちょっと触れたところでございますが、一日も早くしっかりした設計、工法を確立いたしまして、そして地域住民の不安を解消しなければならない、基本的にそう思っております。県といたしましては昨年以来熊本大学工学部の協力をいただきまして各種調査を進めて今日に至っております。現在も継続していろいろな調査をやっておりますが、問題は行きつくところやはり相当膨大な事業費が必要になってまいります。これはあくまでも、いま先生おっしゃいましたように負担法の精神に基づきまして、やはりチッソ株式会社が主体になって実施をするということにならなければいかぬと思います。ただしかし、国におきましても技術的な援助あるいは港湾の整備計画に関連がございますので、そういった事業化までの審議会を開くとかそういったことにつきましては、やはり特例的にでもぜひ扱っていただきまして、今年度中からでも着工できるようにぜひひとついたしたいと思っておるわけでございます。
○浮池参考人 ただいま知事が申しましたとおりでございます。水俣港の管理者は県でございますので、私たち知事のあとに従いまして、何とぞひとつ国でお考えいただきますようにお願いをいたしたい、かように考えております。
○林(義)委員 いまお話がありましたけれども、何でもかんでも国でということではなくて、やはり公害というものは汚染者負担原則というものが確立されておるのであります。その汚染者負担原則をどこまで及ぼすかということにつきましてはいろいろと問題があるだろうと思いますが、やはりこの汚染者負担原則というものは、公害問題を取り扱うところの一つの基本的な原則である。これにつきましては自民党だけではない、野党の先生方もすべて了承しておられる、またそういったかっこうの上においていろいろな議論を当委員会としてもやっているところであります。そういったときにやらなければいけないのはやはり企業責任、汚染者負担原則でありますから、企業が持ってもらうのがこれは原則である。そうしますと、やはり企業としてとことんまでやっていただいて、足りなかったらまたそのときに考えるという考え方ではいけないだろうと思うのです。汚染原因であるヘドロがある。非常に不満、不安である。またこれからどういった漁業被害が出てくるかもしれない、さらには人体の被害がそれによって出てくるかもしれない、そういったことはあります。けれども、いまのルールとしてははっきり申し上げてやはり企業の責任である。企業がどんなことがあってもやらなければならないというのが、企業責任の大原則であると思います。これが公害の基本原則だと私は思うのです。それをこえていろいろと問題が出る。先ほど坂本さんおっしゃいましたいろいろな問題があります。そういったときには、やはりそれはいまの企業原則をこえた新しいルールを持ち出さなければならない。それはやはりヒューマニズムの原則だろうと思うのです。人間というものはだれでもどこまででも生きていきたいという本能があるのだ、そういうふうな考え方でやっていかなければならない。何でもかんでもとにかく国に頼めばやれるのだというような考え方ではいけない、私はそう思うのですけれども、いかがでしょう。
○浮池参考人 さっきのはことばが足らなかったようでございますけれども、さっき知事が申しましたように、もちろんいま先生がおっしゃいましたとおりでございまして、公害企業の負担四分の三、これはきまっておるわけでございます。私が国にお願いいたしたいというのは、港湾局でいま調査費をつけられまして調査をしておられます。これが早く出ますように、その結論を早くつけていただきまして、実施できるようになるようにお願いをいたしたいということでございます。ことばが足りませんでしたので、つけ加えておきます。
○林(義)委員 すでにチッソは、先ほどもお話がありましたように、水銀を使うところの工法はやめておられるが、新しい工法でいろいろまた出てくるかもしれませんけれども、それはさておきまして、一応問題の汚染の排出というものはとまっておる。そうするといままで汚染が出たところのたまっておるものをどう処理するか、まずヘドロを処理することである。それからからだの中に入っておるところのものをどうしたことをやっていくかという問題であります。と同時に、いろいろな医療対策をやっていかなければならない。病気がほんとうになおるようないろいろな医療体制というものをつくっていく、医学というものの発達によってこれをやっていく。それからリハビリテーションをやっていく、社会復帰ができるような施策を講じていくというような形でのあらゆる施策というものをやっていかなければならない、こう思うのです。いま申し上げたような考え方で、私はこれから問題を進めていかなければなりませんけれども、そういったときに、もう一ぺん返るのですけれども、社長さんにお願いしたいのですけれども、やはり公害の問題というのは、私が先ほど申し上げたような原則である。その原則を踏み越えてやるというのは、なかなかおかしいことになる。これは日本だけのルールではない。むしろ世界的な原則である。公害問題についての世界的な原則である。そういった考え方でひとつやっていただくことをお願いしたいし、また知事さん、市長さんにもぜひそういった考え方で取り組んでいただくことを心からお願いしたいのであります。この点につきまして、いま申し上げたお三人の方々から御見解を賜わりたいと思います。
○島田参考人 いま林先生からお話をいただきまして、公害を起こしました会社、企業がその公害問題について、公害の事前防止なり事後の処置なり、あるいは患者さんの、いわゆる補償の問題なり、これを自分の力でやるという原則は、世界的な原則でございまして、もちろん私のほうもそういうつもりでこん身の勇をふるってこれに当たりたいと思います。また当たりたいと思うのでなくて、当然当たるべきであるというふうに考えておりますが、先ほども御指摘いただきましたように、会社の業績必ずしもよろしくございません。それに今度の補償だけでも、先ほどお話がありましたような大額の金額になりますので、いまの原則をどういうふうにこなしていこうかというのが、目下の私の最大の眼目でございまして、日夜どういうふうに処置していくか、まことに苦慮いたしておる状態でございます。
○沢田参考人 林先生がただいまおっしゃったとおりに、私も感じております。去る三月二十日の判決によりましても、企業責任というものは明確になっておるわけでございますので、このことを会社におかれましても厳重にひとつ考えていただきたいと思っております。 なお、冒頭の陳述で、いままで県費を投入いたしました額につきましても触れましたが必要によりまして、将来、会社に対して求償権を行使していくという考え方でございます。
○浮池参考人 三月二十日の判決どおり、チッソは早く補償を終わっていただきたいというのが、私たちの願いでございます。 また、もう一ぺん繰り返しますけれども、それ以外の水銀ヘドロの問題も港湾局でいま企画をしておられますし、国の予算にも、今度は調査費でついております。早く国で結論を出していただいて、実行ができるようにしていただきたい、それを国に願いたいというのが、さっきからの私の申し出でございますので、つけ加えておきます。
○林(義)委員 先ほど知事さんからお話がありましたヘドロのなには、九月ごろにはというお話がありましたけれども、私はそんなに長くかける必要もないのではないか、もう少し急ぐようにやらなくちゃ——これはむしろ政府のほうに言うべきことかもしれませんけれども、具体的には、やはり九月ごろでないと間に合わないということになっておるのですから、私もつまびらかにしませんけれども、知事さんにお尋ねしますが、もう少し早く、できるだけ早くそんなものは解決していけば、いけないこともないのではないかと思いますが、いかがなものでしょう。
○沢田参考人 先ほど林先生のおことばの中に、新しい公害というようなおことばがございました。そして、PCBの点にお触れになったわけでございますが、ただいま私にお尋ねがございませんでしたけれども、この点につきましては、県が協力いたしまして、水産庁で綿密な調査を行なってこられました。近くその結果が明らかにされるという段階のように聞いております。 しかし、単にPCBの問題だけではなしに、私も専門的なことはよくわかりませんが、実は冒頭陳述でもちょっと触れましたが、長期微量摂取の人体に及ぼす影響というような問題が、実は医学的にはあろうかと存じます。わずかな量であっても、それを継続して長期間摂取することによって、どのような人体に対する影響があるかというようなことにつきまして、私の知るところでは、必ずしも定説がない。言うならば、こういう問題が早く解明されることが汚染土のヘドロの始末ということとも重大なかかわり合いがあるというふうに私は考えるわけでございます。もちろん相当抜本的な対策を講ずるという考え方で工事は進められなければなりませんけれども、これは金が幾らかかってもいいと口では申しますけれども、やはりなかなか現実にはそういうわけではございませんし、また水俣市の重要港湾であります水俣港の今後の活用ということも地域住民生活にとりましては、重大なかかわり合いがあるわけでございますから、極端に申しますと、全部埋めてしまったらいいじゃないかというわけにも必ずしもまいりません。地域の重要な要素であります港湾機能というものもあわせてやはり考えていくようにしなければならぬというようなことでございます。 さらに、基本的な問題は、たとえば国で示されます底質の基準というようなものがまだおくれておるわけでございまして、そういったこともございまして、医学的な、科学的な点、たとえば先ほど、これも申し上げましたが、無機水銀の状態で堆積しております水銀がどういう条件で有機化していくかというようなこともあるわけでございます。そういう点を並行して究明しながら、具体的な工事計画というものを考えなければならない。そこに非常にむずかしさもあるわけでございます。しかしできるだけ早くめどをつけまして、年度途中からでもぜひひとつ具体的に着工いたしたいというのが私の希望でございます。
○林(義)委員 どうもありがとうございました。 ちょうど時間になりましたから、かわります。
○佐野委員長 島本虎三君。
○島本委員 参考人の皆さん、ほんとうに御苦労さんでございます。 私の場合は、特に馬場昇委員のほうから具体的に全部質問することになっており、その前段の問題でぜひこれは市長と社長に聞いておかなければならない問題がございますので、その点に限ってひとつお答え願いたいと思います。 市長の場合には、いろいろ参考意見の開陳がございましたが、裁判をきらっておったという、こういうようなことを私ども耳にしておりまして、そして裁判の前に水俣市会で控訴するなという決議をしたということも伺っておるのであります。これはもうそうだとすると、私はまことに重大だと思いますが、日本国憲法三十二条に「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」、これが明定されておるのであります。ところが、これを決議した。決議は市民を拘束いたします。拘束するとしたならば、これはやはり水俣を明るくしたいというこのかたわら、なかなか暗いような様相を呈するのでないかということを将来のために案じます。この件についてひとつ御発表を願いたいと思います。
○浮池参考人 ただいまの御質問は、裁判をきらっておったという事実があるかとか控訴するなと市議会できめたかということでございますけれども、私が市長になりまして三年有余になりますけれども、その間においては裁判をきらっておったという、きらっておるような指導は、私いたしておりません。控訴するなという議決もやっておりません。
○島本委員 水俣市議会で、控訴をすることのないようにという決議、これは全然なされないものであった、こういうふうに私理解しておいてよろしゅうございますか。
○浮池参考人 私が市長になりました以後は、私記憶いたしておりません。
○島本委員 これはほんとうに問違いないですね。市長になって以後、決議されたということがないとするならば、私は陳述されたあなたを信ずる以外ないのであります。
○浮池参考人 先礼いたしました。三月二十日の判決のとき、市議会において、チッソは控訴するなというような意見書は出たようでございます。執行部がそういうことを言ったかということでございましたので、ことばが足らなかった点、私はおわびいたしますけれども、三月議会でございました。
○島本委員 じゃあったんですね。
○浮池参考人 控訴をするな、判決に従えという議決でございます。
○島本委員 わかりました。 水俣を明るくしたい、こういうことば先ほどから聞いておりましたが、日本国憲法の三十二条に「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」という明定事項があることは、市長は十分知っておられるはずであり、議長も議員も知っておられるはずだと私は思います。これによって議決は市民を拘束する、こういうことだった場合は、当然これに触れることになるのじゃないかということをおそれるわけであります。この点は今後のための大きい問題点だろうと思います。 次に社長にお伺いいたします。社長のいろいろな苦衷、わかるのであります。この点において、かつてある高名な閣僚経験者がチッソに対して、二億か三億の政治献金があれば、公害病の認定からはずしてやると要求したとかいうようなことが記事となっていた事実を私は読みました。しかし、これも一年以上も前から熊本で話題になっておったということ、こういうようなことも私、読んだわけであります。 なお、その際の対話の記事の中で社長は、あのとき言ったのはそういうことだったのかな、こういうふうに漏らしており、チッソという会社は勘がトロイから、こう言ってあるのであります。あのとき言ったのはそうだったのかな、ということでありますが、どなたがこれはおっしゃって、そしてあのときは、いつのことでございましょうか。この際、はっきりここで私はお伺い申し上げておきたいと思うのであります。いまや、公害は御存じのように社会的犯罪という、重大な一つの判定さえなされておるのでありますから、これだけは国会議員としても、国民の前にもはっきりさせなければならないかと思います。ぜひこの機会に明らかにしていただきたい、このように思います。
○島田参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。 いま先生のお話で、一年も前から熊本でそういう評判があったということは、これは私は全然存知いたしません。このほど大森実氏と対談をいたしましたときに、週刊現代に対談の記事が出ておりますけれども、ああいうふうな御質問を受けましたので、私はあの記事に書いてありますとおりお答えをいたしたわけでございます。私自身はそういうふうなことをあまりはっきりと考えておりませんでしたのですけれども、ああいうお話をいただきまして、あの記事に書いてあるとおりお答えをしましたので、具体的にああいうふうな内容のことをお話しいただいたわけでもございませんので、いまそのことにつきまして人名をおあげすることは、ある意味で具体内容が何もないものについてお答えすることになりますので、かえってその方に御迷惑をおかけすると思いますから、名前をあげさしていただきますことは控えさしていただきたいと思います。
○島本委員 やはり当時のあの新聞記事は、ほとんどの国民は目を通し、その事実に対して関心を持っておるんじゃないかと思います。二十日の判決を契機にして、もうすでに水俣病やその他の公害そのものに対処し、今後はそういうようなおそれがないような十分な施策をしなければならない重大な一つの任務、使命があるのです。その際、われわれを含めて国会議員が、あのとき言ったのはそうだったのかなと、あなたが思うような発言があったとするならば、それはいつだったか、この日付を聞きたいのです。 それから、あなたがどうしてもおっしゃっていただけないということになれば、国会としては、おっしゃっていただくための手段をとらなければならなくなるのであります。そうしない前に、ここでこの点は明らかにし、今後の対策の一助にしたい、私はこう思うからこれを伺うわけであります。言った日にち、それからその人の人名、これだけははっきりしてもらいたい。そして、あのとき言ったのはそうだったのかなという、あのときは、どういう状態で、どのことなんでしょうか。これはたしかそうだったとするならば、この際ですから、今後チッソのためにこういうような疑惑は一切払っておいたほうがわれわれとしても協力しやすくなるのであります。この点を念頭に入れて御答弁願いたいと思います。
○島田参考人 いま島本先生から、あのとき言ったのはそういうことだったのかなというふうに言われましたけれども、実はいま手元にその週刊現代の対談の記事を持っておりませんので、あのときというふうなことばがありましたかどうか、ちょっと私、失念いたしましたですけれども、申し上げますことは具体内容が何もないことでございまして、大森先生からああいうふうな具体的な、しかも熊本でそういう話を聞いて、そしてあの記事に自民党の議員からも聞いたというふうなことを具体的に言われましたので、実はそういう具体的なものは何も私は頭に残っておりませんでしたけれども、そういうふうに具体的に言われると、そういう意味だったのかなというふうなことを申したのですけれども、その程度のことで、私自身は何も具体内容は存じませんので、人名それから事実等につきましてはここで御報告申し上げるのを御容赦いただきたいと思います。
○島本委員 ここは国会の場でございます。国権の最高の機関であります。そして、いま公害の問題で意見を陳述していただいたのであります。それに対処して、あるいは立法、あるいは行政の中でこれを生かさなければならないのであります。その際に、こういうような重大なことを開陳できない、こういうようなことであるとすると、私も公害対策に対して画竜点睛を欠くことになると思うのであります。あったのかなということはわかっておる、その人の名前が言えないとすると、正式に証人として喚問しなければならなくなるということであります。そうすると、自民党が多数であるからそれを拒否してくれるだろう、こういうようにお考えになるかもしれません。しかしこのことは国民全部が知るのです。チッソには誠意があるということで国民がそれを信用しますか。それをおそれるのです。私はやはりチッソに今後立ち直ってもらいたい。そのためにこういうような疑惑を思われるような、一片でも汚点を残すべきじゃない、こう思うからであります。証人として喚問するのでなければ、これは申し上げられないということになりますか。再度この点はお伺いいたします。
○島田参考人 いずれにいたしましても、先ほどから申し上げましたように、何もはっきりしたことではございませんでしたので、そういうことについてここで人名を申し上げたりするのはまことに御迷惑をおかけすると思いますので、何とぞ御容赦いただきたいと思います。
○佐野委員長 関連質問の申し出がありますのでこれを許します。土井たか子君。
○土井委員 関連質問で、ひとつチッソの島田社長さんにいまの問題についてお尋ねを続けたいと思うのですが、実は週刊現代の名前が出てまいりましたから、私、きょう手元にたまたま週刊現代のいまお話の部分が載っかっている三月二十九日号を持ってまいりました。その部分のところはひとつ間違いがないように、はっきりとまず読み上げてみたいと思うのです。ようございますか。問題の個所です。四十六ページ。「大森 四十三年に政府が水俣病に認定したころの前後に、ある高名な閣僚経験もある政治家が、チッソに対して、二億か三億円かの政治献金をしたら、公害病認定からはずしてやるというアプローチがありましたですか。島田 具体的には、そんなのはないですね。大森 私は現地でそういう話をききましたけれども。有力な政治家ですよ。島田 あとで推測すれば、そういうことだったのかもしれないなということは……。大森 あとで考えてみたらそういう意味だったかな、というような政治家のアプローチはあったような気もするわけですか。島田 ウーン、気もするんですけどね。大森 これは重大なことです。ぼくにこの噂を話した人も、かなりの人ですよ。島田 どなたがそういうことをお流しになったのか知りませんけれども……。大森 かなりの自民党の議員です。島田 とにかくどこからおききになったか知りませんけれども、あとになってそういうことをほかからきいて、そういわれれば、あのときにあったのはそういうことだったのかな、というくらいです。チッソという会社は勘がトロイですからね。そういうことがピンとわかるようなやつはいなかったですから。」というようなくだりになっているわけであります。私は、ここで個人名をあげるのあげないのというふうな問題が先ほどから問題になっております。しかし、要はこういうことに対して疑義を招くような事例があったように、そういえばあのときにあったのはそういうことだったのかなというくらいに島田社長がお思いになるようなことが何らかあったわけでありますね。個人名はけっこうですよ。あったわけでありますね。そこで、政府の政治姿勢にかかわる問題ですから、おそらくは閣僚の一員でありましょう。高名な政治家ということになっております。したがいましてその個人の問題はともかくといたしまして、やはり政治姿勢の問題として、事はなくなられた方まで出ている患者さんの問題ですよ。そのことに対して、こういうふうな二億か三億かの政治献金云々ということがあったとするならば、これは許しおけない事実だと私は思うのであります。 したがいまして、そういうことから少しお伺いをしてみたいわけですが、ちょうどその四十三年の水俣病に対しての認定がなされる前後というのはたいへん微妙な時期でありまして、実はきょうはそれにまつわるところの朝日新聞の紙面についても、私はここにリコピーをして持ってまいったわけでありますが、ちょうどそのころ、御承知のとおりに厚生省側から、水俣病についてはチッソの水俣工場の廃液がその原因であるという政府の公式見解が発表される時期であります。御承知のとおりだと思います。またそのころはちょうどきょうここに御出席をいただいておる坂本フジエさんの御意見の中にも出てまいりましたけれども、とうとう訴訟に踏み切られるという方々が出ている時期でもあります。そうですね。ちょうどこのころに、御承知のとおりに公害病としての認定申請を科学技術庁にしているのは水俣だけではありません。御承知のとおりに昭和電工がやはり公害病について認定を同じく科学技術庁に対して申請をしているわけであります。当時、厚生省はやはりその原因が昭和電工にあるというふうな公式見解を発表されようとしている時期でもあります。そういう点から考えますと、片や昭和電工のほうは御承知のとおりに、認定をしないで因果関係の立証を裁判にゆだねたというのがあの事件であります。水俣の場合は、この四十三年を皮切りに認定が続々なされていったわけでありますね。したがって私はこれは対比をしてみますと、たいへんそのところに微妙な問題がからんでいるというふうな憶測もかたくないのであります。したがって、この辺はひとつもう一度しっかりと島田社長からこの席において、あのときにあったのはそういうことだったのかなというくらいですじゃなく、これは政治的な問題でありますから、今後こういうことに対しては、二度とあってはそれは困るのでありますけれども、やはり公害に対しての政治姿勢を正すというふうな意味から、政府の公害に対する対策に対してやはりこれを正すというふうな意味から、はっきりした御発言をひとつここで聞かせていただきたいと思うわけであります。個人的な名前がどうのこうの、それは申しません。ひとつ、あのときにあったのはそういうことだったのかなという中身をもう少し明確にお聞かせいただきたいということであります。
○島田参考人 いまの御意見であのときにどういう発言があったのかというお話でございますけれども、先ほどからるる私が申し述べますとおり、内容的なものは何も私は記憶もないぐらいの軽いものでございまして、あそこで大森さんが二億とか三億とか、それから熊本でうわさが出ているとか——熊本のうわさなんというのは私はあまりよく知りませんで、どうして大森さんが熊本のうわさというのを御存じなのか、あるいはどうして熊本でうわさが出るようなことになったのか、そういうこともよくわからぬ状態でございましたので、発言自体は非常に具体内容の何もないものでございますので、そんな何でもないような発言を私がああいうふうに解釈して受け答えをしたのについて、御本人さまに御迷惑をおかけすると思いますので、先ほどから申し上げましたとおりのことでぜひ御容赦いただきたいと思います。
○土井委員 個人名をここでおあげになって、そしてどうのこうのになると、その個人名をあげられた当の相手である方に対して御迷惑になるだろうとおっしゃる意味はわかります。したがって、個人名というものは、先ほどから申し上げるように、問題じゃない。ただ「そういうことだったのかな、というくらい」にでも考えていらっしゃるような事実があったということをここでお認めになりますね。それだけでけっこうですよ。
○島田参考人 その点につきましては、いまの「週刊現代」の大森さんとの応答で、そこに書かれてあるとおりのことでございますので、それで御理解いただきたいと思います。
○土井委員 どうしてもこの件については、さらに必要とあらば——過日私は大森さんにもお会いいたしました。そうして問題のテープの原本も聞かせていただきました。さらにもう一つ、この事柄についての具体的な話の中身も、問題にされておりますテープもございます。したがいまして、それ自身は必要とあらば、それはいつでも公にできるということでありましょう。しかし、きょうはここで社長は個人名はどうしてもそれは言う必要がないというわけでありますから、それは、個人名までは聞こうとは思いませんが、個人名を言えば迷惑のかかる方があるとまで言われたわけでありますから、したがって、そのことははっきりと記憶にとどめておく必要があるだろうと思います。そういう事実があったように、御存じでありますから、そういうふうにこちらは理解いたしましてようございますね。
○島田参考人 そこの「週刊現代」に書かれておりまするとおりでございますので、それをお読みいただいて、皆さま方がおのおの御理解なさるとおり御理解していただいてけっこうでございます。
○土井委員 ありがとうございました。
○島本委員 そのとおりであるということでありますが、依然として「あのときにあったのはそういうことだったのかな、」という「あのとき」、「そういうこと」、これだけあなたは知っているわけです。ことばは具体的じゃないわけです。やはりこういうような問題と疑念はそのまま残るわけであります。私どもは、これを今後参考にして、公害に対する今後の対策と姿勢を正すために、いずれ証人として来てもらうような手続を踏み、ここにいる皆さんにはかって、そうしてそういうようなことになるかもしれません。そうなることは私はまことに不幸だと思います。しかし、ここで言っていただけなかったことはほんとうに遺憾であります。したがって、私は遺憾であるということを表するとともに、遺憾なことがないようにしてもらいたいことを心からお願いしておきたい。 私がお願いしたいのは、いまのことを聞けないこととあわせて、もう一つは、あなたがやっていることとうらはらであってはならないということなんです。言ったことはそのまま守らなければならないということです。従業員に対して仕事に差をつけるようなことはやってはならないし、そうして今後は差別をしてはならないし、会社はそういうようなことをするということをはっきり言っているようです、差をつけないこと。しかしながら、依然として第一組合、第二組合の差はついておる。新入社員は全部第二組合へ入るのでなければ、これはもう採用しないということ。そうして、同時に仕事を与えないとか、どぶさらいであるとか、職制にしたものを第一組合員である者ならそれをおろすとか、こういうようなことがあるやに聞いておるのです。そういうようなことがあってはなりません。ならないことです。そういうようなことは断じて私は信用するわけにはいかないのです。私はこの点だけはっきりさせておきます。そういうようなこと、あったのですかなかったのですか。また、あったとするならば、今後そういうことは絶対してはならないと思いますが、社長のはっきりした意思を聞きたいのであります。
○島田参考人 その点につきましては、このほども東京で患者の方々とお話し合いの席上にも出ました。会社の考え方は、これは当然のことでございますけれども、所属組合の差によって組合員に違う労働条件を当てはめるという不公平はいたしてはならぬことですし、いたすようにはいたしておりません。ただ、その命令が末端でいろいろと食い違って、そういう状況があるやというふうなお話がございましたので、その席で、よくそれを取り調べて、そういうことがありましたならば正すようにいたしますというお約束をいたしました。今後とも、これは島本先生がよく御存じかと思いますけれども、私がそういうことをしようと思っても、そういうことをしましたら、これは不当労働行為になるわけでございまして、たてまえとしては、そんなことはあるべきはずでございませんので、そういうことがございましたら、取り調べまして、至急正さしていただきます。今後ともそういうことを方針とすることはいたしません。
○佐野委員長 馬場昇君。
○馬場委員 参考人にはたいへん御苦労でございます。 時間が制約されておりますのでずばり聞きますので、参考人の方も簡単に明快に答えていただきたいと思います。 まず、島田参考人に質問をいたしますが、水俣病はその悲惨さ、その規模の大きさ、さらに私どもから言わせますと、企業の無責任さ、こういうことで世間で世界の公害の原点だ、人類史上最大の公害だ、こういうぐあいに言われておるわけでございますが、このことにつきまして島田参考人の御見解をお聞きしたいと思います。
○島田参考人 いま馬場先生からお話しいただきましたように、まことに世界にも類例を見ないような悲惨な公害を私のほうの会社が引き起こしまして、何ともおわびのいたしようもないわけでございます。患者さまの症状が非常に悲惨であるし、範囲が非常に広範であるし、人数も非常に多くおられますし、まだまだ底知れぬように問題がいろいろと残っておる。これにつきましてはほんとうに申しわけないことをいたしたと思いまして、会社は自後ほんとうに改心をして諸種の問題に当たらねばならぬというふうに考えております。
○馬場委員 世界最大の公害であり、人類史上最大の公害である、それを認めておられるようでございます。 そこでお聞きしたいのですが、社長は患者さん方に先般こういうような誓約書を書いておられます。水俣病についてすべての「責任を認め、以後水俣病にかかわるすべての償いを誠意をもって実行します。」ということを患者さん方に書いておられます。そしてまた、ある雑誌である人との対談でこういうことを言っておられます。「私としても、補償責任はどんなことをしてでも、きちんとすませたいと思っております。勿論持っている資産はすべて処分し、いわば裸になって、責任をまっとうするつもりです。」こういうことを雑誌である人との対談で言っておられます。その気持ちはいまも変わりございませんか。
○島田参考人 いまおっしゃれました私が誓約書を書きました気持ち、それから何の雑誌か知りませんけれども、私が発言をしたことを書きとめてある雑誌での気持ち、これは両方とも現在も全然変わっておりませんで、そのつもりで対処をいたすつもりでおります。
○馬場委員 患者、家族が生きておる限り、また水俣や芦北、不知火海にこの水俣病の汚染傷あとが残っておる限り、さらに住民の心というものの中に、水俣病のいわば汚染というものが現地には残っておると思います。そういうものが残っておる限り、水俣病は私は終わらないと思います。加害者チッソの責任は患者、家族が生きる限り、傷あとが残っておる限り、私はその責任は続くと思います。これについて社長はどう思われますか。
○島田参考人 水俣に患者さんが残っておられる限り、チッソという会社の贖罪は済んだのではない。かりに患者さまが皆さんおられなくなりましても、それでこの水俣病の贖罪が、チッソという会社が済んだのかというと、そういうことでもない。それでもまだ済まぬのだというふうに考えております。そういう考え方が、先ほど水俣を撤退するのかという御質問がございまして、水俣を撤退するつもりはない、撤退しないであそこで仕事を続けていくんだという気持ちをあれしましたのは、水俣というところをチッソは撤退してはならぬ、現地でできるだけの仕事をして、水俣で会社を続けていく。いまは水俣だけでございませんで、あっちこっちに会社の工場がございますけれども、こういうふうに考えておりますことは、これはここ二、三年の間にあの地区に多大の投資をいたしましたし、いろいろの子会社もこしらえました趣旨から御承知いただけるかと思いますけれども、そういうふうに考えております。
○馬場委員 大体その責任の重大さやそれを補償する姿勢というのはわかったんです。 では具体的に聞きたいと思うのですけれども、死者千八百万円、生存患者千六百万ないし千八百万、こういう判決が出ておるわけです。この生存患者の千六百万ないし千八百万、この金の性格というものを社長はどう考えておられるのか、簡単にお答え願いたいと思います。
○島田参考人 具体的にはその考え方でいろんな問題が派生をしてくるというふうに存じます。ただ私がいま判決で出ました損害賠償について考えておりますことは、裁判官は、あの判決の金額については、慰謝料と逸失利益を含めて考えたものであるというふうに承知いたしております。
○馬場委員 私は患者があるいは家族が十年から二十年非常に苦しみ抜いてきた、そういう賠償だろうと思いますし、その逸失利益の問題につきましてはあとでまた触れたいと思うのですけれども、ではその前に具体的にお聞きいたします。 生存患者が千六百万円もらいます。病気になって漁業をやめなければならなかった、船も売りました、漁具も売ったわけです。病人になったから農作業もできない、田畑も売りました、家も売りました。その額が千六百万であったとした場合に、その患者の今後の補償についてはどう考えるのか。具体的に言いますから具体的に答えてもらいたいと思います。さらにばく大な借金を背負っておる。この借金を返してしまったならば千六百万円残らなかった。その人の今後の生活なり医療というものはどうしようとするのか。このことについて具体的に答えていただきたい。
○島田参考人 いまの御質問は、私がかってにそういうふうに解釈してよろしいかどうかわかりませんけれども、今後の生活のことについてあるいは医療このとについては、先ほど私が冒頭に私の考え方を申し述べました中に言いましたように、東京交渉団といわれますか、在来の自主交渉をなさる方とそれから訴訟なさる方との……(馬場委員「時間がないからあまり経過はいわなくていいですから、結論だけで。」と呼ぶ)そこで私が先ほど申しましたように、私は判決の内容を読みまして、あの中で、裁判で今後の生活も見ていくように逸失利益を含めてあると書いてありますけれども、これだけの重大問題を起こしまして、判決がそうであるからといって会社がそのままでいいのかということをいいますと、そういうことで今度は会社の気持ちを済ますことができるものかどうかということについては、非常に私自身疑問を持っております。ただここで、このことからいろいろと交渉なさる皆さんとの間に意見が食い違いますのは、私は何をおいても判決で出たあの賠償金をお支払いするのが一番先である。そういうことで裁判なすった以外の患者さんにも判決と同額の補償金を払わしていただくことにしたわけですけれども、私のほうの会社の体質が、これは原資がないというふうなことで言いわけの済むものではありませんけれども、御存じのような体質でございますので、あとあと出てこられる患者さんに補償金を払うことの見通しさえいまだついてない。そういう状況のときに、何よりもかによりもやはり公平に全患者さんに少なくとも補償金を払わなければならぬ、こういう気持ちから、いまの医療費なりそれから今後の生活維持のことについて、何とか判決の金額の中でできるだけごしんぼういただきたいということをお願い申し上げておるわけであります。
○馬場委員 私は、そういうことの支払い能力等についてはあとでまた質問するのですけれども、私がいま言ったのは、たとえば船を売り、漁具を売り、田畑を売り、家を売り、それが千六百万程度であった。あるいは借金を返してしまったら千六百万円がなくなった。そのあとの患者を見るのか見ないのかというのです。見るか見ないかということだけ言ってください。
○島田参考人 先ほど申し上げましたように、判決で出ました金額をお支払いするのもたいへんなあれで、見通しがつかぬ状況でございますから、それでいま考えておりますことは、そういう患者さまの今後の生活を見ないというのでなくて、重症の患者さんは、まあいろいろ御意見がおありですけれども、水俣で明水園というものがあります。これに対するできるだけの協力をさせていただく。それから、それぞれに何ほどかのお仕事ができる患者さまにはいま福祉事業を考えておりまして、先ほどネズミを飼うとかなんとかいうことが例に出ましたけれども、これはほんの一例でございまして、現在何十種類かの仕事を患者さんにしていただけるようなことを考えて、これのほうに力を入れさせていただくというふうなことで、今後の患者さんの生活の維持というものを見させていただきたいというふうに考えておるわけでございます。
○馬場委員 いま二つの例が出ましたけれども、私が聞いているのは、たとえば千六百万は借金を返してしまってなくなった。そういう人たちについては、いま二つ例をあげましたが、それからいいますと、結局見るという姿勢で対処しておる、こう理解していいですね。
○島田参考人 見るという姿勢で対処いたしておりますけれども、見方につきましては、先ほど私が申しましたような方法で見さしていただきたいというふうに考えているわけでございます。
○馬場委員 あとでその辺についてはもう少し見方について質問しますけれども、もう一つ例をあげて申し上げます。 いまそこに坂本フジエさんがおられますが、胎児性の患者真由美ちゃんをなくされました。そうしていましのぶちゃんという胎児性患者をかかえておられるわけです。たぶんフジエさんは、こういってはなんですけれども、いま胎児性の患者のしのぶちゃんよりも早くなくなられるでしょう。自分がなくなったときにこのしのぶちゃんはどうなるんだろう、そういう心配がフジエさんにはあるわけです。それは心配がないようにしますということがまず言えますか。それが一つです。簡単に答えてください。 次に、先ほど坂本さんが言われました、十六歳になったが自分は嫁に行けない、そういうこともいま言っておられる。嫁に行けないというしのぶちゃんに会社はどういうぐあいにして償うのか、その気持ちに対して。それが第二です。 第三に、たとえば中学の特殊学級を今度卒業された。友だちは高等学校に行くわけです。やはり自分も高等学校には行きたいんです。行けないんです。こういうことについて、そのしのぶちゃんの気持ちに会社はどうこたえるのか。三点について明快にお答えいただきたいと思います。
○島田参考人 ただいまお話しいただきました三点、いずれも会社の経済的な面による姿勢というよりも、人間的な気持ちによる姿勢のほうのことを特に重視して御質問いただいたかと思います。 中学校を卒業された、高等学校に行きたいけれども行けない、結婚適齢期になったけれども結婚できない、両親がなくなられたらあとのことについて不安である。これはいずれも経済問題とそれからそういう心情的な問題と両方ございますけれども、まことに残念ながら心情的な問題につきましては、会社の従業員なりその家族なりを督励しまして、できるだけねんごろに当たらせるように今後とり行なわせたいと思いますけれども、経済的な問題につきましては、いま会社が考えておりますのは、先ほど申し上げた二つの点しか実行する力が実はございませんで、いま東京交渉団の方々が御要求いただいておるような、ああいう生活の維持に対する御要求どおりにおこたえする見通しが現在は立ちません。何とぞその点はひとつ御了解いただきたいというふうに思います。
○馬場委員 最初私が三点原則的な質問をしたのですけれども、あなたはまさに責任を感じ、裸になってもやるということを言われたのです。いま私が言いましたことにつきましては、経済的な面はさっき言った二つしかできない。このことと裸になってやるということとの関係、盛んに支払い能力を言われます。あとで私は支払いの問題については質問しようと思っておりますけれども、あなたが最初に言った裸になってもやるということと、いまの経済的にはどうも能力がないとかいうこととは矛盾するんです。このことについて、私はいましのぶちゃんの問題を言いましたけれども、これは精神的な問題もあります。社員を督励してねんごろにやると言うけれども、あなたのほうは社員をやって、差別はしたけれども、ねんごろにはしていないのです。私は地元の者ですからよく知っているんです。まさに空疎なこの場のがれのことばにしか私には聞こえません。だから具体的には、心情的なことはあとで言いますからここで言いませんけれども、経済的にやはりやる以外にはないのです、さしあたって。これについて先ほどから言っておりますように、しのぶちゃんが高等学校に行きたいというなら経済的にそれをどう保証していくかとか、嫁に行けないその悲しみ、苦しみに対してさらに経済的にもどう報いるのかとか、あるいはほんとうに労働の喜びも持ちたいのですよ。労働ができないのですよ。それに対してどう報いるか、そういうことはあなたは誠意をもってやる必要があろうと思うのです。そのことが裸になってということじゃないですか。私はいま交渉なさっておると聞きますけれども、そういう人たちにはその後の生活の問題、医療の問題というものについても誠意をもって応ずるという態度を、この国権の最高の場所でも表明してしかるべきだと思うのです。今後の生活並びに医療について十分誠意をもって話し合いします、中身は話し合いの内容でしょう。誠意を持つかどうかということについて質問いたします。
○島田参考人 誠意をもってやるかどうかということは、結局金銭的になるとおっしゃいました。金銭的になるということが、おまえは裸になってやると言ったじゃないかということにつながると思うのです。私が先ほどから会社の金銭的な能力が足らぬ云々というのは、裸になった後なお足らぬということを申し上げておりますので、後ほど御質問いただけるそうでございますけれども、その節はそういう点について御理解のいただけますように御説明いたす所存でございます。
○馬場委員 裸になってもなお足らぬ。何という開き直ったような言い方です。盗人ふてぶてしいという態度ですよ。裸になってはいないじゃないですか。 これから支払い能力についてちょっと質問したいと思うのです。まず、あなたは患者が何名ぐらい出ると予想しておるのです。
○島田参考人 現在患者さんが四百五十一名おられますが、あと認定を待っておられる患者さんが約五百名、それから先ほど県の住民一斉検診で、三次検診まで済みました方が千何名かおられます。そういう状態でございまして、あとどれほど患者の方が出られるかということについては私はまだ見当もつきませんですけれども、現在の四百五十一名の方々に判決の金額をお支払いするだけでもざっと百億近くの金に相なります。この百億の金をどういうふうにくめんするかについていま日夜苦慮しておるわけで、これはどうしてもお支払いする。先ほど申し上げましたように考えておりますし、さらに次にヘドロの問題もございますけれども、何よりもかによりも判決の金額をお支払いするのに目先どうしても百億近くの金が要る。これの手当ても現在つきかねておるわけでございまして、そのためには諸種の物件は全部売れるものは売ってしまう。それでもまだ見込みがつきませんので、いま日夜そのことに奔走して苦慮しておるわけでございますので、現在はまだ売るものが幾らか残っておりますけれども、現在の形は裸になっておりませんが、今後まだ何人出られるか知りませんけれども患者さんも出てこられますし、その補償金の支払いに苦慮いたしておるということをひとつ御承知おきを願いたいと思います。
○馬場委員 現在認定されておる四百数十名、これに払うことで裸になるのですか。端的に言ってください。
○島田参考人 それにお払いするのにも裸になるつもりでございます。全部裸になりまして、いまからものを買っていただく先との交渉もありますから、どれだけに換金できるかということも問題として残っておりますから、それだけで裸になってなお残り、裸になる財源が残るかもしれません。しかし、あとで出てくる患者さんのこともありますから、それで足りるか足りないかということは、いまからの私の努力の結果を見てみないとわからない。正直言いますと、私のほうの会社がすっ裸になっただけでも、これの達成は非常にむずかしいというふうな感じをいま持っておりますけれども、……。
○馬場委員 あとで知事にも聞きたいと思うのですけれども、巷間万単位に患者はなるのではなかろうかという話さえもあるんですね。あなたは大森さんとの対談では千数百名ぐらいでしょうということを言っておられる。ところが、いまの四百数十名で裸になるかならぬかのせとぎわだというようなことを言っておられますけれども、そうした場合、あと千数百名あるいは万に達した場合どうするのかという問題が残りますが、もう少し進めてからそのことについては言います。 さっきあなたの会社は現在、単年度赤字は十八億とか言われましたが、そのとおりですか。
○島田参考人 馬場先生の御質問の私の会社と申しますと、私のほうの会社が本社でございまして、子会社がございます。子会社というのも、その子会社の中に本社の同体のような子会社がございます。そのほかに本社からうんと離れたような小さい子会社が二十社ぐらいございます。いろいろでございますけれども、せっかくここでお話いただきましたので、それについて申し上げますと、これを工場単位で申しますと、水俣工場がいまチッソの中心工場になっておりますが、そのほかに九州に発電所が十数カ所ございます。これも御存じかと思います。千葉の五井に五井工場というのがございます。それから滋賀県に守山工場というのがある。それから千葉県の野田に野田工場がございます。北九州の戸畑に戸畑工場がございます。岡山県の水島に水島工場がございます。これが私のほうの主要工場の全部でございます。このほかに、先ほど言いましたように、小さいチッソ吉野石膏だとかチッソ興産だとかチッソ開発だとか、これはほんとうに小さい子会社が二十ぐらいございます。いまここであげました主要工場の全工場の財産総合計は二百九十一億でございます。これを、土地なんかがございますので、時価評価いたしますと四百三十五億ぐらいの時価になります。ただし、この四百三十五億の土地の上に借金が四百二十六億乗っております。この工場全部かりに換金しましても、残りは億ぐらいしか残らない。これが現在のチッソの本体の中心になる大・子会社、大工場をひっくるめての状態でございます。 なぜこういう状態になっているかと申しますと、子会社にも赤字がございますものですから、赤字でなければこれは借り入れ金が返済になっているわけですけれども、赤字がありますので、返済する原資がない、借り入れ金そのまま残しておいてもらっているということで、ただそのほか、これは財団オープンで担保に入っているわけですけれども、不動産で工場の用地でない不動産がございます。それをひっくるめまして現在の時価で約三十億ございます。これの上には担保が十億ぐらいしか入っておりませんから、これの処分をいたしますと大体二十億ぐらいの原資が出る。株式が約四十五億ぐらいございます。これに乗っております担保が約二十五億でございますから、これを全部処置いたしますと、二十億出ます。これらを全部ひっくるめまして四十八億から五十億ということになりますが、先ほどの本社や水俣工場や、この工場全部売ってしまいますとこれは仕事になりません。そうしますと、従業員の生活、全部ひっくるめまして五千人の従業員がおりまして、家族入れまして二万人の生活維持ということがこれではできませんので、一番上の大きな本工場は売れない。そうしますと、不要の——不要ではありませんけれども……。(馬場委員「あまり小さいことはいい、時間がないですから」と呼ぶ)それで、大体五十億ぐらいのものは出せます。このほかに現金の預金で十七、八億か二十億ぐらいくずせますから、六十億ないし七十億ぐらいはこれらの処置でどうにかいまのところ出せる。これが私どものほうの現在の全財産をはたいたあとの金でございます。
○馬場委員 チッソは、昭和三十年代、四十年代ずっと被害を与えながら数百億の利益をあげておりますね。そういう中で、さっき言われました五井のチッソ石油化学なんかが建設されておりますね、この期間に。それでいま聞きましたら、こういうのも資産の中に入っておるのだというようなことを言われたわけでございますが、時間がありませんのでさらに飛びますけれども、あなたのところの取引の主力銀行はどこですか。
○島田参考人 興業銀行でございます。 それから、先ほどの五井工場をこしらえましたのは、利益でこしらえたのではなくて、実は借り入れ金でこしらえましたので、先ほど言いましたように全部担保が乗っておりますから、さよう御了承いただきます。
○馬場委員 興業銀行が主力銀行だということを聞きました。そこからいま幾ら借り入れていますか。そうして年に利子を幾ら払っておりますか。
○島田参考人 興業銀行からの借り入れ金は百十四億でございます。ですから、これで年間の金利は約十億そこそこかと思います。
○馬場委員 さらに追加しまして、興銀以外からも借りておられると思いますけれども、年間の銀行利子はトータルどれぐらいですか。
○島田参考人 借り入れ金合計は、先ほど言いました担保の乗っているもののほかに、全部ひっくるめまして総合計五百五十九億、約五百六十億でございます。ですから、これに払います金利は、手形の割引料もひっくるめまして、年間約五十億ぐらいになるかと思います。
○馬場委員 おたくの筆頭株主はどこですか。
○島田参考人 筆頭株主は興業銀行でございます。
○馬場委員 興業銀行が最近おたくの持ち株を処分したということをぼくは聞いたのですが、ほんとうですか。
○島田参考人 いや、それはないと思います。
○馬場委員 興業銀行からおたくに役員を相当送り込んでおりますね。何名来てどういう位置にありますか。
○島田参考人 会長の江頭と専務の藤井と両名でございます。
○馬場委員 いまお聞きしてわかったのですけれども、主力銀行は興銀であり、筆頭代表権者はあなたですか江頭さんですか。
○島田参考人 筆頭代表人は私でございます。江頭は会長でございますけれども、業務の執行の中心は私がやっておりますので、地位的には会長が上でございますけれども、筆頭代表権者といいますと私になると存じます。
○馬場委員 興業銀行はこの十年間あなたのところに役員を送り込み、いま言われましたように会長もおるし常務もおるわけですね。たくさんの金を貸し、利子でもうけ、ずっときたわけですね。それで、このことは、興銀がおたくに金を貸しながら利益をあげてきたというときに、片一方では患者が続々発生し、塗炭の苦しみを受けておるわけです。そういう意味で興業銀行もチッソと同罪ではなかろうか、こういうぐあいに私は思います。これについて社長の見解を伺いたいと思います。
○島田参考人 会長、専務の二人が興業銀行から参っておりますし、貸し付け金もたくさんいたしておりますけれども、銀行というのはそういうことを業とするものでございまして、会長、専務も、全部銀行と縁が切れて私のほうに参っておりますので、私のほうと同罪だというふうに考えたら間違いで、私のほうが全面の責任者であるというふうに私は考えます。
○馬場委員 あなたも、自分のところの主力銀行を同罪だということを国会で言うたというたら、だいぶしかられるでしょうから、やはりここでは言えないと思うのですけれども、責任は私はあると思うのです。そうしてまた、あなたは財産を売ったという場合でもたいした金は出ないといま苦慮しておると言われました。この賠償を払うという、あるいは永久に補償するという立場から、興業銀行に相談に行かれたことがありますか。
○島田参考人 何ぶんにも、先ほど申し上げましたように、全財産が担保に入って、借金で会社を運営しているような状況ですから、何をいたしますにも担保並びに借り入れ金の問題に触れずに処置することはできませんので、当然この水俣病の患者さんに対する補償の問題につきましても、興銀さんに私の考え方は申し上げてございます。
○馬場委員 いまの答弁を、またやりとりを委員長もお聞きになって御存じと思うのですけれども、やはりチッソだけではどうにもならないという窮状は訴えられております。また最大取引銀行は興銀であり、そしてまた補償の問題等についても興銀と相談しておられる。江頭会長も興銀出身であり、常務も向こうから来ておる。こういうような段階で、やはりこの補償の問題というものを解決するという場合には、私は主力銀行である興銀を抜きにしては解決できないと思うのです。ここで島田さんといかにやりあっておっても、さっきも言ったような答弁にしかならないし、そしてどちらかといえば首根っこを握られておる。こういう意味で、私はこの問題を、患者の立場に立ち、また世界最大の公害をどうやって人類の英知をしぼって、あるいは国会の英知をしぼって解決していくかという場合には、どうしても興銀の頭取をここに呼んで、そしてその人の意見も聞かなければ解決にいかないと思うのです。そういう意味で、私はここで委員長に、ぜひこの委員会に興銀の頭取を呼んで、そしてさらにいま島田さんからお聞きしたことに関連するような部分について聞くべきだと思います。このことについて委員長がぜひ理事会等におはかりになって、招致されんことをここで要求をしておきたいと思います。
○佐野委員長 馬場昇君の要請に対しまして、後ほど理事会において取り計らいたいと思います。
○馬場委員 質問を続けます。 次に患者、家族の差別について私はお尋ねしたいと思います。 患者、家族が、私も知っておりますけれども、言うならば六派に分かれておると思います。なぜこんなに分かれたのですか。社長の見解を聞きたいと思います。
○島田参考人 まことに、なぜこういうふうに分かれたかということにつきまして、私も完全に理由を把握できておるわけではございませんけれども、昔の互助会、百三十四名さんがおられまして、それが四十四年の初めに……(馬場委員「結論だけでいいですから」と呼ぶ)結論を申し上げますと、昔の百三十四名の患者互助会が和解派とそれから訴訟派というふうに分かれたのが、一番分かれるもとになったというふうに考えます。
○馬場委員 私の判断では、会社が切りくずしをした。差別取り扱いをするので耐えかねて、たとえばこちらからこちらに移るとか、こういうことがいろいろ行なわれたという事実を私はたくさん知っております。あなた方が差別取り扱いをし、切りくずしをした、こういうことが大きい原因ではないかと思います。たとえばあなたはこの間交渉の中で、調停派だとか一任派だとか、こういう幹部に触れての話の中で、切りくずしに関する中で、もうしませんというようなことを言っておられるのです。これは前にしたということですよ。そういうことで、これはあなたは謙虚に答えてもらいたいのです。私はたくさんの事実を知っておりますから。やはりそういうことがあった。会社の差別取り扱いあるいは切りくずし、そういうものがあってこういうぐあいに分かれておるということもあるんだと認められますか。
○島田参考人 いま馬場先生の御質問ですが、切りくずしということは、もうすでに派が二つあったということが前提でないと切りくずしということは出てまいりませんので、やっぱり私が先ほど申し上げましたように、一番の根源は旧互助会が二つに割れたということがいまの問題だと思います。 それから、このほど私もうしませんというふうに申しましたが、あれはすぐに取り消しました。あれは私の失言でございます。その場で取り消しておきました。それではなぜああいうことが私から出たかと申しますと、患者さんの一人が盛んに、馬場先生がいま言われるようなことを言われましたので、それでそれに対して、そういうことをいたしませんということを申し上げたわけでございます。
○馬場委員 まさに私は地元の出身ですよ。よく知っているのですよ。もともと訴訟派と一任派に分かれたことが六派に分かれている原因になっているというけれども、これを分かれさせたのはあなた方じゃないですか。ちゃんとあなた方が、退職した組合員なんかをまた雇い直して、厚生省の仲裁委員会に一任しなさい、一任しなさいと回って歩いたというようなことだってあるでしょう。それでまた、一派の代表にあなた方のチケットなんかを出して売り回しておるじゃないですか。たくさんございますよ。そういうことは地元ではみなほとんど知っているのです。たとえば先ほど出ました第一組合と第二組合を、徹底的に差別をしておるじゃありませんか。そしてこの間証人に立った人についても差別しておるじゃありませんか。こういうことについて結局差別というのをやっておる。このことはさらに——ここではあまり悪口を言うわけにいきませんけれども、たくさん事実があります。こういうことはぜひ、今後とも差別はしない、さっきも言われましたが、再度ここで皆さんに約束をしていただきたいと思うのです。
○島田参考人 先ほどおっしゃいましたように、会社の趣旨としては、差別することを趣旨といたしておりません。もし間違ってそういうことがございましたならば正させます。
○馬場委員 先ほどから何回も答弁を受けておるのですけれども、やはりチッソの水俣市にあったいままでの歴史的な位置というものもございます。責任というものもございます。そしてまた今後、この公害を出したという責任もあるわけですから、水俣を絶対に撤退をしないと言われましたが、撤退をせずに姿勢を改めて、いま言ったような差別なんかをしなくて、生涯患者が安心するように補償もするという立場をもって、やはりあそこに残っておっていただいて、最後まで社会的な企業の責任を果たしていただきたいということを最後に申し上げておきたいと思うのです。 次に私は市長に対して質問をいたしたいと思います。 先ほどの市長の陳述を聞いておりまして、私は非常に市長というのは——先ほど、むすこがどうのこうのとおっしゃいましたけれども、時間がありませんからはっきり聞きます。市民に対して市長はどうあるべきかということを含めて、補償の問題等について、市長は患者の立場ですか企業の立場ですか、どちらですか。
○浮池参考人 市民の立場でございます。
○馬場委員 加害者の立場ですか、被害者の立場ですか。
○浮池参考人 さっき申し上げましたように、市民の旨を体しているのが市長であるという考えでおります。
○馬場委員 加害者の立場ですか被害者の立場ですかということを言っているのです。
○浮池参考人 加害者、被害者二者択一のような立場では自治体ではできないわけでございます。あくまで患者を含めた市民の立場であるということを繰り返し申し上げておきます。
○馬場委員 あなたは市長として、人に害を加えた者と被害を受けた者と、どっちの立場と言えません、両方ですと言うが、いいものと悪いものというのはわかっているでしょう。いいものも悪いものも私は同じ平等です、これがあなたの行政姿勢ですか。
○浮池参考人 加害者、被害者の点になれば、やはり被害者の味方であるということが基本でございましょう。しかし、さっきの質問が、いろんな面であるのじゃないかと思いましたので、考えながら申し上げておるわけでございます。
○馬場委員 さっきの質問なんていうことを言わぬで、すなおに答えてください。あなたも私と同じところの人じゃないですか。 次に、混乱の原因というものを、あまり時間がありませんから言いませんが、厚生省の千種委員会ですね、いわゆる白紙委任の問題、あのときに市は、厚生省に委任しなさいということを患者に慫慂されましたかどうか。
○浮池参考人 仲裁委員の調停が出たちょうど一月前に私は就任いたしておるわけでございまして、私が就任いたしましてからそういうことはございません。
○馬場委員 先ほど質問がございましたけれども、判決の前に水俣市議会が、だれが提案したかは私も詳しく知りませんけれども、会社は控訴すべきでない、そうしてまた患者も控訴すべきでないという趣旨の市議会の議決が行なわれた。あなたは会社は控訴すべきではないということは行なわれたようだと言われましたが、患者もということがその中に入っておったんじゃないですか。
○浮池参考人 双方とも控訴すべきではないという意見書が採択されました。
○馬場委員 先ほど島本委員のお話もありましたけれども、それに対して市長はどういう考えですか。それは議会が議決したと思いますが、市長の見解を聞きます。
○浮池参考人 三月議会で議員から質問がありまして、その件につきまして、市長は双方に控訴すべきでないと行政指導する考えはないか、意見を述べる考えはないかという質問がございましたが、その際は、私は行政は裁判に関与すべきではない、そういうことであるいは患者さん方に迷惑を及ぼすことがあり得るかもしれないので、これは私はできない、こう答えました。 〔委員長退席、島本委員長代理着席〕
○馬場委員 時間が来てしまって、まだたくさんあるのですけれども、現在水俣市民の中で就職に差別がある。たとえばよそに行く場合、水俣から来たから水俣病ではないかとか、何か荷物を送ったら送り返してきたというふうな話さえも聞きました。さらに水俣からは嫁にもらわないとか、あるいは水俣には嫁にいかないとか、言うならば、部落の差別といいますか、それと似たような水俣の差別というふうなことがやはり現在社会的に起こっておるのではないかと思うのです。こういうものを解決をして、市長は水俣を明るい豊かな町にしてどうやって発展さしていこうと考えておられるのか、そのことについてお尋ねしたいと思います。
○浮池参考人 いまの馬場先生の御意見はもっともでございますし、私も同感でございます。やはり水俣病が暗いイメージにつながっているということは事実でございます。やはりこの水俣病を、補償のみならず医学的なものからあるいは港湾のものから、あらゆる面について早く円満に解決することが一番明るくなる原因であろうと私は思っております。
○馬場委員 私は少なくとも会社がすべての責任を果たす、また行政が責任を果たす、そのことがすべてに先に行なわれなければならないと思うのですよ。そうして水俣をどうやって発展さしていくか。企業は責任をのがれ、行政が責任をのがれておっては、私は水俣は明るくならないと思います。そういう立場でぜひ行政をやっていただきたいと思うのですが、さっきあなたは補償金が六十五億来たら、心配しておるというふうなことを言われましたが、何を心配されるのですか。どろぼうが入ると思われるのですか。六十五億補償金を取れれば、私は心配しておる、何を心配しておられるのですか。
○浮池参考人 現在私がうわさを聞いておりますのに、各地から土地の周旋人と申しますかあるいは会社の何か手先と申しますか、いろんな者が入り込んできておるということを聞いております。そういう者が入ってきますと、やはりいろんな面で、三万七千ほどの人口でございますので、市民にいろいろなトラブルが起こるのじゃなかろうかというような心配をいたすということでございます。
○馬場委員 わからないのですけれどもね。患者さん方が補償金をもらった、土地の周旋人が来た、何で市民にトラブルが起こりますか。これは私はその本音は、おれも水俣病にかかればよかったというような、まさに間違った風土とかなんとかいうのが一部にあるのです。特にこれは「明るくする会」なんかという一部にそういうのがあるのです。そういうものの陰口というようなものに動かされてそういう発言をされたのではないかというぐあいに私は受け取ったのですけれども、これは違いますか。
○浮池参考人 そういうこともあるかもしれませんけれども、私はさっき申し上げましたように、こういう小さい町に、やはり大きな金額が入ってまいりますと、ほかに、市民に対しましても影響がないということは言えないと思う、私はそう申し上げたわけでございます。私もそう想像いたします。
○馬場委員 あなたは喜ばなければならないのです。長い間の苦しみ、苦しい裁判闘争、そうして、補償が少ないけれども来た、金が来たというときには喜ばなければならないのですよ。それを心配するなんかということの姿勢というのは実におかしい。その市長の姿勢はおかしいと思います。 時間があとあまりありませんけれども、知事にお尋ねしたいと思いますが、先ほども知事自身も言われたのですけれども、認定が非常におくれておる。このことは非常に問題であろうと私は思います。このことは私はやはり、片手間といえば一生懸命やっておられる人に語弊がありますけれども、やはり大学に籍を置かれるとか、病院をやっておられるとか、こういう人たちが自分の本業のほかにその認定作業をやっておられるというところにも問題があると思いますので、専門の、やはり認定するという、それに専従するような人をやらなければ、早くはならないのじゃないかと思うのですが、こういう点について知事の見解を承りたいと思います。
○沢田参考人 先ほども申し述べたところでございますが、私も一日も早く認定事務を促進いたしまして、そして患者さんの不安を解消し、その期待に沿わなければならぬと思っております。ただ非常に特殊な専門的な高度な知識が要るわけでございます。審査会の先生方にもそのつどお願いをいたしまして、何かひとついいくふうはなかろうかという御相談をいたしております。その一つの手段といたしまして、国から幾ばくかの援助を受けまして、いま水俣市立病院に検診センターというものを建設中でございます。これがやがて完成をいたすわけでございますが、そういった機能をフルに活用して検診事務の促進をはかることができるならばとひそかに期待をいたしております。しかしそれにいたしましても、専門的な医師を確保することが先決問題でございます。県や自治体の手では、なかなか昨今専門的な高度な知識を持ったお医者さん方を確保するということは非常にむずかしいわけでございまして、その辺今後さらに一そう私としてできるだけの努力はいたしてまいりたいと思いますが、その面につきましても、国の段階におきまする積極的な援助をお願いをいたしたいと思うわけでございます。
○馬場委員 時間が来ましたので、あと二つ、知事に一つ、竹崎さんに一つ御質問をして終わりたいと思います。 旧認定患者、新認定患者ということばがございます。これは知事が認定をする。それをたとえばざっくばらんに言ってチッソが補償をする。そういうような場合に、新認定患者というものと旧認定患者というのは違うという形で会社に——会社にやるといえば語弊がありますけれども、違うのかどうか。これは全く同じだ、補償にかかわってですね。そのことについて知事の見解を承りたいと思います。 それから漁協長の竹崎さんにお尋ねしたいのですけれども、先に三十億から四十億要求して、結局最後は一億円で泣き寝入りさせられた。チッソのやることは必ず年末にこういうことに追い込むのです。さきの見舞い金契約だって私は年末じゃなかったかと思うのです。もち代がないというところで、もうどうにもならぬというところで、見舞い金契約をやったのもたぶん十二月だったと思います。漁協の補償をしたのもまた十二月、もち代がない、年が越せないというとき。そのときの契約というのは、先ほども言われました、あとでまた要求を千何かというものがつけ加わっておると聞きますけれども、これは今度の裁判で公序良俗に違反するといわれた見舞い金契約と、あなた方がとっておられる契約金は全く同じだと私は思うのです。いうならば、その前の四十万円ぐらいとあなた方のもらわれた額は同じだと思うのです。それが千種委員会で四百万になり、今度千六百万から千八百万になったわけですよ。私は漁民の友だちもたくさんおります。先ほど言われましたように、何としてもあれはだまされたんだ、裁判でいうならば公序良俗に違反するのだと私は思います。そしてぜひチッソに被害の補償を要求したい、今後の対策の補償金を取りたいということを言っておられる人もたくさんおります。私は当然漁協としてはこういう判決を機に、だまされておったのですから、さらに抜本的な補償を要求すべきだと思うのですが、先ほどもちょっと言われましたけれども、この見解をお尋ねしたいと思います。
○沢田参考人 私に対する御質問でございますが、今日まで一つの経過があって今日に至っておることは、私が申し上げるまでもなく馬場先生御承知のとおりでございます。しかし、法律に基づきまして私の権限で水俣病患者として認定をいたしました以上、その限りにおきましては新旧の区別はないものと考えております。
○竹崎参考人 ただいま馬場先生がおっしゃったとおりでございます。数多くの漁民の中には、あのときわれわれはだまされたんだ、しかも三十四年十月に完全なるいろいろ浄化施設をつくって今後有害な水を流さないということを約束していながら、なお最近まで流れてわれわれに迷惑をかけた事実、この二つから当然、ただいまおっしゃったようにあの取りかわした契約というものは無効でございます。それに基づいて、われわれが要求した金額をそのまま出して要求すべきじゃないかというような声も聞いております。 ただし、ここではっきり申し上げますが、何と申しましても漁民も非常に被害をこうむっております。が、その前に私は、患者さんあるいは患者の家族の方たちに対して満足のいける補償をまず会社側がしていただきたいと思うわけです。 〔島本委員長代理退席、委員長着席〕 その後に余裕があれば、おそらくただいまおっしゃったような形で、先ほども申し上げましたけれども、第二次的な問題として立ち上がることがあり得るということを申し添えておきます。
○馬場委員 まだありますけれども、時間が来ましたので、終わります。
○佐野委員長 中島武敏君。
○中島委員 チッソの島田社長に端的にお伺いしたいと思います。 新聞報道によりますと、社長は判決が出たときに、この判決には服する、こういうふうに言っておられますが、それはこれまで裁判で述べられた主張を撤回されてこの判決に服するという意味であるのか、そうではなくてまた、判決の内容には不服なんだけれども判決が出た以上はしかたがないということで判決に服するというふうに言っておられるのか、この点をまず端的にお伺いいたしたいと思います。
○島田参考人 私が判決に服する態度をきめましたのは判決の出る前でございます。そのときの気持ちは、第一審の判決が一番間違いない判決である、次の裁判というものはもうないのだという考え方で、判決が出る前に服することをきめましたので、そういう趣旨から申しますと、少しきざな言い方になりますけれども、よく世間でいわれますように第一審の判決を神の声と聞いてそれに服しましたのですから、それまで裁判の中で申し述べましたことは会社の真意を申し述べたわけでございますけれども、判決に服しましたからには判決どおりの考え方でいまおるわけでございます。
○中島委員 そうしますと、判決が出てからは判決の内容というものを認める、こういう趣旨の発言でございますか。つまりいままで裁判の中で主張されてきたことが、判決が出た、間違っている、こうなった現在、やはり判決の趣旨が正しかった、いままでの主張は正しくなかった、こういうふうに反省をする、そういう意味でございますか。
○島田参考人 正しくないと思って主張したわけではございませんけれども、裁判官が判定を下されましたので、その判定を真正として従いましたということでございます。中島委員 つまり、もっとはっきり言えば、やはり従来どおりの主張を持っていらっしゃる、しかし判決が出た以上は従う、こういう意味でございますね。
○島田参考人 先ほど申し上げましたように、裁判の途中で会社が申し上げましたのは真実と思って申し上げたわけでございます。ただ、法的な裁決が下りましたからには、その裁決が真正なものであるということを考えてそれに従ったということでございます。
○中島委員 社長は冒頭、患者や国家や社会に迷惑をかけたことをおわびする、こういうふうに言われました。どんな反省をされた上でそういうふうにおっしゃっているのでしょうか。
○島田参考人 当然のことながら判決が出ました。これに、先ほど言いましたように事前に控訴権を放棄して従いました。 それから自余の患者さんにも、判決並みと申しますか、判決と同様の補償をさせていただくということをきめました。それから、これも当然のことといえば当然のことでございますけれども、現在の全患者さんにとりあえず、個々人の補償金額がどういうふうになるかまだきまりませんけれども、千六百万円の仮払いをさせていただきました。あとは、先ほど申しましたように重症患者を収容される市の施設やあるいは福祉事業というふうなものに力を入れていき、さらに今後地元のいろいろな、町の行政と言ったらおかしいですが、まあいままでの御迷惑をおかけした御恩報じをしていきたいというふうに考えております。 それからもう一つは、先ほどありましたように、水俣病の患者さんと会社とはあの地で一生ともに暮らしていかねばならぬので、そういう意味から水俣を撤退することも考えないというふうなことを申しました。 これが、いまのところ考えておりまする社会、といいますよりも、特にあの地域の社会に対する、あるいは患者さんに対する会社の姿勢でございます。
○中島委員 これから行なわれなければならない補償とか物質的な償いとかいうものはあろうと思います。また社長はいまそういうことをずっと述べていらっしゃるのですけれども、患者さんの気持ち、被害者の気持ちというのはもちろん物質的な補償ということを求めておられるし、要求しておられます。しかし何よりもそれ以上にやはり会社の、あるいは社長の深刻な精神的な反省、患者さんにかけた、先ほど社長のことばでいえば迷惑に対して、どんな反省をしているのかという、まさにそのことを第一義的に主張されていると思うのです。そういう点で、先ほどから私は社長のお話を聞いておりますけれども、これからの問題、そしてまた物質的な補償の問題についてはいろいろおっしゃっておられますけれども、その前提とならなければならないほんとうの意味での反省というようなものをどのようにやっておられるのかということを、ここでもう一度はっきり伺いたいと思うのです。
○島田参考人 おっしゃられる意味は私の精神的な反省の意味でございますか。——先ほど物質的なものについてはよくわかったがとおっしゃられましたので、会社の……。
○中島委員 どんな気持ちで患者さんにいままで、従来のあなた方のやってこられたことについて反省をされておるかということです。
○島田参考人 その点につきまして、先ほどからも話に出ましたように、患者間の差別をする云々ということがございました。実はこれにつきまして、会社はそういうつもりで対処したつもりではないわけですけれども、いろんな行き違いから食い違いが出てきていることは事実でございます。したがいまして、今後はそういう食い違いをなくして、そしてただ補償すればそれですべてのことが終わるのではない。結局いまの精神的なことが、私のほうの全従業員の患者さんに接する気持ちをいまから変えさせて、会社全体が患者さんにそういう姿勢で接するようにいたしたいというふうに考えております。
○中島委員 先ほど物質的にも補償しなければならないと思うけれども、しかしなかなかその方法がたいへんだと言って、苦慮しているというお話をかなり詳しく言っておられました。苦慮したあげくの果てに現在どうするのが一番よろしいというふうにお考えになっていらっしゃるのか、その結論をお尋ねしたいと思います。
○島田参考人 苦慮したあげくに会社の支払いの限界に参りましたならば、その限界をどういうふうなことで広げていくかという努力になるかと思います。それは一に会社の決心並びに私の決心、会社の行動、私の行動によって広げられると思いますので、そうしてぜひとも、少なくとも先ほどから申しましたように判決の補償金額はすべての患者さんに、行き渡らない人のないごとくいたしたいというふうに考えております。
○中島委員 先ほどからいろいろな答弁を私は伺っておりますから、その先へ進んだところで御答弁いただいてけっこうなんです。そういう意味では先ほどから判決で示されたものを支払う、補償するというような社長のお話は聞きましたけれども、しかし支払い能力の点その他からいってなかなかたいへんだというような社長のお話がありましたですね。そうすれば、やろうと思ってもできない。じゃこれをどう打開するのか苦慮している、こういうふうに社長は何回も言っておられるわけですね。その苦慮したあげくの果てに、じゃそれをどう打開するのかという、まさに最も肝心なところを聞いているわけであります。社長はいま決心というふうに言われた。決心の具体的な中身は何なのかということをお尋ねしているわけであります。
○島田参考人 まず会社を取り巻く関連先ですね、関連先の協力を仰ぐということに相なるかと思います。
○中島委員 ということは関連会社、つまり子会社を含めてチッソ本体ともども全力をあげてやる、しかしそれだけで足りなければ興銀にも頼んで、何としても全部果たす、こういう意味ですか。
○島田参考人 先ほど私が会社が裸になってと申しましたのは、もちろん子会社をひっくるめて会社が裸になってというつもりでございます。いま御質問いただきました、それで限界が来たら興銀も含めて云々ということはもちろんそういうふうなことでございます。興銀さんだけでなくて、あらゆる関連先に了解を求めて御協力を求めていくというのが、いまからの会社の行動であろうと思います。
○中島委員 あらゆる関連のところに助けを求めで補償を果たされるといういまのおことばをしっかり堅持して、必ずこたえていただきたいと思うのです。 ところで、そのことと関連して、患者さんがいろいろな要求をされている。先ほどから患者の方も、坂本さんもおっしゃったように、医療費や介護手当の引き上げの問題であるとか、あるいは年金の問題とかいうことについて切実な要求をされておられます。これをはっきりと認めて、そしてこれを支払うという意味でありますか。そこのところをはっきりさしていただきたいと思うのです。
○島田参考人 現在のところは先ほどからもお答え申し上げましたとおり、判決の賠償金額を支払うにも、いま御説明がありましたように、いまの会社のワク内では非常にむずかしいので、それを突破するのに決心を要する状態でございますので、いま患者さんのほうから御要求いただいております生活年金ですか、そういうふうなこと、医寮費は一部おこたえ申し上げておりますけれども、そういうものにつきましては、ただいまなかなかお約束申し上げるわけにはいかないというふうに考えております。
○中島委員 私はおかしいと思うのですね、社長。あなたは全力をあげて全部補償しようというふうに言っておられる。にもかかわらず——患者さんの先ほどのことばも聞かれたと思うし、いままでの長い交渉の中にいろいろ訴えられていると思うのですね。そういう上からいえば、患者の方や被害者の方がどれほど苦しんでおられるか、かつ苦しんできたかということについて十分わかっているはずであります。にもかかわらず、生活年金というふうに言われてもというふうに言われる。それはこれから新たに出てくる患者さんがどれだけいるかわからないからというようなことを先ほど来おっしゃっているのです。私は、これから発見される患者さん、それからまた現在すでに発見されてしまっている患者さん、これの要求にきちんとこたえるということこそがほんとうに反省の上に立っての行動であり、そしてまたそのことを認めて、その上に立ってあらゆる関係方面にいろいろな要求をされるというのが本筋じゃないかと思うのです。いかがです。
○島田参考人 患者さんの生活を維持していかれるのに、まあこれは補償ということになるわけですけれども、私が考えておりますのは、何よりもやっぱり一番先に重みがあるのは判決の賠償金額だと思います。その次の、それ以後のことにつきましても、何もそれが軽いというふうに申し上げているわけではありませんけれども、何よりも判決が出ましたあとの一番重みのあるのは判決で下された賠償金額である。この賠償金額を今後出てくる患者さんに大体間違いなしに渡せるという見通しが現在ついてない以上、それ以降のものについてお約束するのはなかなかむずかしい、そういうふうに御了承いただきたいと思います。
○中島委員 了解するものではありませんが、次の問題に移ります。 水俣湾を浄化する、それからまた不知火海を浄化するという問題はどうしてもやらなければならないことだし、そしてまた大問題だと私は思っております。そしてそのことにチッソが積極的な役割りを果たさなければならないというように思っております。ところで、チッソから水俣湾にどれだけの水銀を流し出したのかということについては、今日なおいろいろな説があって明らかになっておりません。裁判の中でチッソが、社長が主張されたことも私は聞いておりますけれども、一体どれだけの水銀が流されたのかということについて最初にお尋ねしたいと思います。
○島田参考人 約七十トンでございます。
○中島委員 それはどのような資料に基づいて、またどのような計算に基づいてなされたものですか。
○島田参考人 現在残っております水銀の受け払い台帳から推定した数量でございます。
○中島委員 裁判の中でもおっしゃっておられますが、アセトアルデヒド製造を停止したときに、関係資料を廃棄したというふうにいって、資料の提出を拒まれた。ところが、それが実際には焼却をされて、その一部が弁護団の側から明らかになったというような事実がありましたね。これは社長、御存じでしょう。それをもとに推計をすると、もっと大きな額になるということもいわれているところであります。また、熊大が推計しているところは、さらにもっと大きな数字が出てくるということであります。私はここで一々裁判の中身を繰り返そうというのではありません。私は、チッソが積極的にこの水俣湾をきれいにする、そしてまた不知火海をきれいにして、ほんとうに安心して漁業ができる、生活をすることができるというところに一日も早く取り戻す必要があると思っているのです。そういう点では、私は、チッソはできる限りの、こういう水銀をどれだけ流したかという問題についても、積極的な協力を惜しんではならないというように思っております。 そして、このことと関連をして、私は、この水俣湾をきれいにするという場合の費用の負担の問題について、一言だけお尋ねしたいと思うのです。それは、社長が、四分の三は負担をしよう、こういう発言をしたということがこれまた新聞報道で明らかになっておりますが、現在はどのようにお考えになっていらっしゃるかということについてお尋ねします。
○島田参考人 私が申しましたのは、公害防止の事業者負担法によりますと、四分の三事業者が負担、そういう規則になっておりますので、その趣旨に従いたいというふうに申しました。これは、先ほど県知事が申されましたような、港湾計画との問題がどういうふうになりますか、よくわかりませんけれども、会社が負担すべき金額は負担するのがあたりまえだから、負担をさしていただきたいというふうに考えております。
○中島委員 事業者負担法によれば四分の三というふうにきまっているのではありません。一〇〇%持ってもよろしいわけであります。私は、むしろ積極的に一〇〇%持つという島田社長の決意が聞きたいと思うのです。いかがでしょうか。その点について再度御質問したいと思うのです。
○島田参考人 現在のところは、このほど申しました四分の三というふうに考えております。
○中島委員 私はとんでもないことだと思うのです。あれだけの被害を起こしながら、いまだに四分の三という数字にこだわられる真意は一体どういうところにあるのか。これはよごした者が一〇〇%負担するというのが原則なんです。さっきも論議されましたでしょう。主張がありましたでしょう。だから私は何もくどくど繰り返していないだけなんです。あえて、その上に立って、なお四分の三と主張される理由を聞かしていただきたいと思います。
○島田参考人 まことにおっしゃられるように、積極的に一〇〇%全部負担するのだというのが会社の姿勢だとおっしゃられるわけでございますけれども、事業者負担法で許していただける範囲の負担をさしていただきまして、それであとの余力は患者さんの補償なり何なりにでも回していただけるというふうなことを念願いたしております。
○中島委員 私は、四分の三にこだわらないで、積極的に一〇〇%持つべきだということを繰り返し申し上げておきたいと思います。そして、いま社長は、余力を患者さんの補償に充てたい、こういうふうに言われた。私は、患者さんの要求自身が、社長が考えているものとはもっと違っている。先ほどからここで患者の方が言われたでしょう。私は、そういう意味では、やはり患者さんの要求にも一〇〇%こたえる、そしてまた水俣湾をきれいにするということについても、その負担はすべて持とう、これが当然の姿勢じゃないかと思うのです。最後にもう一度だけ私はそのことについて社長の意見を伺いたいと思います。
○島田参考人 それでは申し上げます。 少し長くなりますけれども、(中島委員「簡単でけっこうです」と呼ぶ)長くなりますけれども、長く申し上げませんと私の趣旨がおわかりいただきにくいかと思いますので……。 私のほうの会社は、昭和四十年から株主に対する配当はいたしておりません。そういう意味からいいますと、株主に対しては報いておりませんが、今後何年間も株主に対する報いはできないと思います。ただいまここで私が考えておりますことは、やはり水俣だけでなくて、各地区に私のほうの会社がございまして、ここで生活をいたしておる従業員が五千人、家族を入れまして二万人のあれがございます。それが出し得る力と、そして、先ほど言いましたまわりの関連の企業といいますか、そういうものが応援をしていただきます力と、これを合わせましても、おのおのが、まわりを取り巻いております自分らの同胞企業といいますか、そういうものもやはり株式会社の一つの制約がございまして、そんなに無制限にチッソというものを手放しで応援をしてやるというわけにはまいりませんので、いずれにしましても、広い狭いはあれ限界のあることでございます。そういうことで、企業を続けるといいましても、高率配当をしたりあるいは配当をしたりしながらはなやかに続けるというのではなくて、少なくとも従業員の生活は維持させねばいかぬ。そういうことで患者さんの補償もやらしていただき、そして水俣湾のヘドロの対策もやらしていただくということになりますので、ヘドロ問題につきましては、事業者負担法の四分の三で何とぞ御容赦いただいて、その余力をあっちこっちに回さなければならぬのだというふうに考えておりますので、ぜひそういうふうに御了解いただきたいと思います。
○中島委員 知事にお伺いしたいと思うのです。 この水俣問題の経緯をずっと見れば、チッソに最大の責任があることは明らかでありますが、しかし同時に、政府や県のとってこられた行政にもきわめて重大な責任があることは非常にはっきりしていると思います。見舞い金契約の問題にしましてもそうですし、また一斉検診をあまり積極的におやりにならないというような問題についてもそうですし、そのほかの問題でも多々これを言うことができます。 そういう上に立って私は具体的なお伺いをしたいと思うのですが、現在一万人をこえるかもしれないというふうにもいわれている水俣病の患者の皆さんを一日も早く発掘をして、掘り起こして救済をするということが最も急がれている問題の一つだと私は思うのです。そういう点で、知事のほうではこれから具体的にどういうふうにやろうとしているのかという問題についてお伺いをしたいわけなんです。ただそのときに、私、これは世間でずいぶんいわれていることでありますので卒直に申しますけれども、新潟は患者を拾えるだけ拾った、熊本は捨てるだけ捨てたというふうにいわれているわけであります。そしてなぜそうなってきたのかということについても私はいろいろなことを調べてみました。そういう上に立って、そういう問題を含めて、知事はどういうふうに考えておられるのか、また、これから改めていこうとされているのかということについてお伺いをしたいわけであります。
○沢田参考人 お答えいたします。 公害認定事務の促進につきましては、先ほど来お答えいたしたところでございます。なかなかむずかしい問題はございますけれども、さらにくふう、努力をいたしまして、できるだけ早く患者さん方の不安を解消するという方向で認定事務の促進をはかっていくようにいたしたいと思っております。 それから冒頭陳述でも申し上げましたところでございますが、昨年から県は住民の一斉健康調査を組織的に実施してまいっておるところでございます。その対象人員は一応五万五千人程度、主として不知火海に面しまする海岸地域、水俣を中心といたしましてそういう地区の住民を対象に現在三次検診までしぼってまいっております。ただその検診のやり方、方法等につきまして、さらに補完的に充実をしていかなければならない面があろうかと思いますし、また地域にいたしましても、海岸線だけではなしに、鮮魚のルートをたどりましてある程度山間部まで対象区域を広げていかなければならないという問題もあろうかと思います。判決が出ました直後、環境庁長官の談話でも見たところでございますが、ひとつ国もこの点について全面的に協力をして、不知火海全域の徹底した調査をやるべきであるという御見解もあったようでございます。その具体的なやり方等につきましては、今後さらに環境庁や厚生省、そのほか各省と詰めなければならない現在の時点でございますが、先ほど来るる申し上げておりますように、技術的な問題あるいは費用の問題、いろいろございますが、それらをひっくるめまして、ひとつ落ちこぼれがないように、健康調査を進めるなりあるいはその結果に基づきます認定事務の促進をはかる方策を考えるなりしてまいりたい。そのためにも、やはりこれも冒頭申し上げましたように、多発地区でありますこの水俣地区に、権威ある医療機関と申しますか、研究機関と申しますか、患者さんを対象にした施設を含めまして、そういうものをひとつ考えたい。これは相当権威のある大がかりなものでなければならぬと思いますので、国におきましてもやはりしかるべく御援助をいただきたいということをお願いをいたしておる現在でございます。
○中島委員 知事はこういうことを御存じでしょうか。もちろん私よりも知っておられるのはもう当然だと思うのですけれども、私どもはこういうことを聞いております。 第一次検診といいますのはアンケートでおやりになるのでしょう。そうしますとアンケートを出されない方は、これはもうそこで第一にこぼれてしまうわけですね。お嫁入り前の方だとか、水俣病だというふうに診断されたら困るじゃないかと思われる方がかなりこぼれてしまう。あるいはまたよそへ出張されている、出かせぎに行っておられるというような人はこのアンケートを出さないというようなことになれば、この第一次検診によってかなり落ちてしまう。 それから第二次検診はどんなふうにやっているか、これまた私が申し上げるまでもないと思いますが、町のお医者さんがやっておられるようでありますけれども、これも水俣病についてどれだけの知識を持っておやりになっておるか、数時間のレクチャーを受けてこれをやっておられるというような話も聞いております。あるいはまた第二次検診で視野狭窄症を測定する機械一つない、どのようにして実際に水俣病であるかどうかということをお医者さんは判断するのか、中身を聞いてみるとたいへんお寒い状態です。 それから第三次検診、これは先ほどから言われておりますように、水俣市の市民病院でおやりになるのでしょう。ところがここは人手が不足でなかなかたいへんだ、こういう問題がある。だから一次から二次、二次から三次というふうにいきますと、どんどんこぼれていってしまうという仕組みになっているのではありませんか。こういう根本的な問題をやはり改めていくということが私は大事だと思うのです。ですから実際には落ちこぼれになってしまったところから、県民会議の医師団やあるいは良心的な医師の方々が実際に認定患者を多数拾い上げておるというのが実態ではありませんか。 私はこういう問題をやはりほんとうに検討を加えて、そしてほんとうに患者の人たちが拾い上げられる、救済されるというようにしなければいかぬと思うのです。国に対していろいろなことを要請される知事の気持ちもわかります。だけれども、同時にそういういままでのやり方というようなものについてのきびしい反省もまた必要ではないかというように私は思うのです。そういう上に立って実際のことを進めませんと、ただ単に国にいろいろなことを要請するというだけではたいへん不十分でもあり、かつまたうまくいかないと私は思うのですね。そういう点で、長い答弁はけっこうですから、一言だけその辺について伺いたいと思います。
○沢田参考人 ただいまもお答えいたしましたように、いろいろくふうをし、努力をして各方面の協力を得て健康調査を進めておりますが、これが全く完ぺきなものであるというふうにお答えしようとは私はいたしておらないわけでございまして、先ほど来できるだけ各方面の御協力を得て完全なものにしていきたい。また、検診を受けられる住民の方々の理解と協力も得なければならないという一面むずかしい問題もあるわけでございます。一次検診、二次検診、三次検診につきましていろいろ御批判がございましたが、そのやり方につきましては必ずしもいま御指摘のあったとおりではございません。一次検診につきましても相当の落ちこぼれがあるということを心配いたしまして、補完的な努力をいたしまして相当の回答を得ておる事実もございます。 また三次検診につきましても水俣市立病院だけではなしに、熊本大学医学部あるいは地域的な面で上天草病院、熊本労災病院、天草の医師会立病院というようなところにも御協力をいただきまして、できるだけ身近なところで検診を受けやすいようにという配慮もいたしておるわけでございます。 なお繰り返すようで恐縮でございますが、このやり方等につきましては必要な検討を加えまして、そしてできるだけ完ぺきに近いものに今後していきたいという努力を怠らないつもりでございます。
○中島委員 水俣湾の漁獲問題ですけれども、これは知事に伺いますけれども、現在は禁止されておるわけではありませんですね。私が熊本県の資料それからまた環境庁から出されておる資料を見ますと、魚介類が水銀によってたいへん汚染されております。これをこのまま野放しにしておくということは、これは緩慢なる殺人を文字どおり進めるということになろうかと思います。そういう点からいいますと、私は、漁業権は十分に漁民の方に補償して買い上げた上でやはり漁獲を禁止する、そしてあの湾の問題を解決するということを急がなければならないと思うのですけれども、知事はどういうふうにお考えでしょうか。
○沢田参考人 先ほどもお答えしたところでございますが、先ほど馬場委員の御質問中に新しい公害というようなことばもございました。それに関連いたしましてお答えしましたが、一つはPCBの問題がございまして、これにつきましては確かにボラ一検体から相当程度のPCBを検出いたしましたので、水産庁の協力を得ましてその後相当綿密な調査を実施いたしまして、近くその結果が公表できる運びになろうかと思っております。また汚泥中にあります水銀につきましても絶えず調査をいたしております。先ほどもこの点についても申し上げましたが、無機水銀の有機化への過程、あるいは長期微量摂取の人体に及ぼす影響といったような医学的な、科学的な点の解明を急いでいかなければならぬ。と同時に、総体的に魚介類に含まれております水銀の量がどの程度人体に影響があるかということについてのはっきりした見解を得なければならないと考えておるわけでございます。それが先ほど来申し上げますように、水俣湾の汚泥の処理ということにもかかわりあいが出てこようと思います。単に水俣湾だけではなしに、相当広範囲にわたりまして患者が発生を見ておる残念な状況でございます。したがいまして、一漁業組合の権利を買い上げるといったようなことでは場合によっては済まない大きな問題でございますので、それらにつきましては今後慎重に対処していかなければならない。ただ言えますことは、その実態を明らかにする、あるいは人体に及ぼす影響を、確固たる基礎データのもとに見解をまとめていくというようなことも、今後国の御指導をいただきながら、急がなければならぬと思っておるところでございます。
○中島委員 私は、調査結果を待ってやるというのではなくて、やはり早くやらないといけないのじゃないかということを、なお重ねて申し上げて、最後に市長に一言だけお尋ねして、質問を終わりたいと思います。 市長にお伺いしますが、先ほど一番最初の話のときに、認定即補償というのは疑問がある、こういうふうな発言がおありでした。これは一体どういう意味でございますか。
○浮池参考人 大石長官時代の次官通達に、行政と民事は違うのだという説明をやっておるわけでございます。これは直ちに原因者の民事上の損害賠償責任の有無を確定するものではないという表現になっております。この補完がまいりましたときに、そういう説明が、これはあくまで行政の意味であるということであったそうでございます。そのときの説明は、やはり水俣病患者を医療保護あるいは介護手当その他で行政的に救い上げねばならないという大石長官の御意思であったように伺っております。その際、これは補償と民事とは違うのである。いわゆる民事というのは補償であるというような御解釈があったように承りました。そういうことが公表されまして市民でその間に疑問を持つ者がおる、現に私に質問した者がございましたので、そういうことを申し上げた次第でございます。
○中島委員 私は問題な発言だと思うのです、いまの市長の発言は。もう平然としてそういうことを国会の場所で述べておられる神経にも私はおそれ入っておりますけれども、チッソの社長でさえも患者に対しては補償していかなければならないということを言っておられるのです。ところがあなたはいまそういうことを言っている。依然として認定即補償というのは疑問があるという見解に固執しておられる。私はそんなことでは、先ほど一番最初にあなたが言われた明るい水俣をつくるなどと言いますけれども、どうして明るい水俣ができるものですか。先ほどからあなたは加害者の側に立つのか、被害者の側に立つのかという質問を受けておられた。私はそういう姿勢をはっきり改めるということから出発しないと、明るい水俣なんというものはとてもできるものではないと思います。このことをはっきり申し上げて、私は時間が参りましたので、これで終わります。
○佐野委員長 瀬野栄次郎君。
○瀬野委員 参考人の皆さんにはたいへん長時間お疲れのところ御苦労ですが、もうしばらくでございますので、よろしくお願いしたいと思います。また坂本フジエさん、患者を代表しておいででたいへん御苦労でございますが、よろしくひとつお願いしたいと思っております。 公害の原点といわれ、しかも世界史上初めてといわれるような今回の水俣の被害でございます。先般来たびたび私も現地へ参りましていろいろ現地の皆さん方にお世話になってまいりましたが、三月二十日裁判がおろされて判決が出まして今日に至っておりますが、今回の水俣病を見ますと、何と申しましても患者の皆さん方が一万人以上という数の多いことから、熊本県、鹿児島県、さらには天草の諸島に至る八十数キロに及ぶ面積の広いことも特徴であり、さらにまた患者の皆さん方のいまだかつてない病状のひどさ、さらには期間が長かったということも公害史上まれに見る特徴ある事件でございます。また会社側にしてもその態度が実に悪らつであったということも世間の注目を浴びている問題であります。先ほどからいろいろ参考人の陳述並びに答弁を聞いておりまして、私もいろいろと反省するところがありましたが、皆さん方にいろいろ質問がありましたので、その中で時間の制約もありますから、私は残された問題等を拾って特にお尋ねしたいことを述べたい、かように思います。 まず最初に島田参考人にお伺いしますが、患者の皆さん方が医療費や生活年金をめぐって会社側といま対立をしておられます。けさからもいろいろと論議されたところでございます。現在空転を続けておりまして、結局交渉を一たん中断しましたが、本日午後五時に再開するということで、二十七時間ぶりにようやく一応話はついておることになっておりますが、きょうの答弁等を見ましても、この先たいへん心配でなりませんし、いろいろと懸念される問題がたくさんございます。再開される交渉では医療費、年金など、今後の補償について会社側の再回答を待つということになっておりますが、医療費と年金のほうは患者の皆さんは白紙撤回せよ、また患者側に対して会社側はさきの回答を全面的に認めてほしいと言ったまま打ち切りになっております。社長は責任を持つ、判決に従うということでるる申されておりますけれども、会社の経営状況等もるる話がありましたが、私は何といってもこの患者の皆さん方の生活また年金、こういったことについてぜひとも認めて、そして安心して生活できるようにすべきである、かように思うのです。社長にその点をさらにひとつ本日からの交渉再開にあたってどういう態度で臨まれるか、もっと誠意ある、そして責任ある態度をとってほしい、地元の選出議員として特に社長に強くお願いをする次第です。誠意ある回答をさらに求めたいのであります。
○島田参考人 ただいまの御質問にお答え申し上げますが、まことに残念ながら、私の手の及ぶ範囲は、私の権限の範囲しか及びません。 それで、先ほど来からの答弁にも、私の会社の内容を申し上げましたけれども、それを越えてのいろいろな施策を考えましても、これも取り巻く諸種の企業ですか、そういうものの協力という範囲を出てまいりませんので、それらを考えましても、判決で出ました補償金額、それをどうにかできるかできぬか、まずいまのところ、また先ほど金額を申し上げましたが、十分の目算が立っておりませんけれども、そういう状況でございまして、補償金額をとにもかくにも皆さんに落ちなくお支払いすることが会社として先決だというふうに考えておりますので、いま先生のお話でございましたけれども、何とぞひとつ、先ほどから私が申し述べておりまする答弁のようなことで御了承をいただけたらと存ずるわけでございます。
○瀬野委員 何回も島田参考人は、繰り返し繰り返しそういうことをおっしゃるのですが、それでは患者の皆さん方が入院また通院、この手当五千円ないし二万円、看護手当を月最高六万円、こういうふうに要求しておられます。患者の窮状はよく皆さん——社長も御存じだと思います。るる先ほどから、坂本フジエさんからも話があったわけですが、愛情がなければなかなか看護はできないということもしばしば話がありました。こういった、当然これは支給せにゃならぬ問題があるわけですけれども、いまごろ一万円やそこらの看護手当をもらって来る人はないのです。そんなことはよくわかっておられると思います。かといって、会社の事務員を本人たちのいわゆる看護につけろ、こう言われても、社長はなかなかそれにも応じない態度のようであります。それとも、会社の事務員をその患者にずっとつけてやろうという考えなのか。看護手当についても六万円を要求しておられるが、これについても当然見てやらなければならない、当然の問題であります。こういったことについては、社長はどういうふうに考えておられますか、その点も明らかにしていただきたい。
○島田参考人 会社の従業員を患者さんにおつけするということは、まことにこれは、なかなか会社といたしましてむずかしいことでもございますので、なかなか考えても実行いたしにくいことに相なりますので、このほどからその点につきましても、御要望のような御返事をいたしておりません。 それから、医療費につきまして、患者の皆さん方が御要求いただきましたのよりも金額が少ないというふうな点について、このほどからもお話し合いがございましたわけですけれども、何とぞ全体の賠償金額と、それからその個々の項目の医療費だけでなくて、医療費に考えておりまする全体の中で、何とかお過ごし願いたいというふうなことを、このほどからお願い申し上げておりますので、ぜひそういうことで御納得いただきたいと思って、いま考えております次第でございます。
○瀬野委員 次に、水俣市長にちょっとお尋ねしますが、水俣工場への住民の立ち入り検査の問題ですね。これは水俣市との公害防止協定の中できめる、こういうふうになっておるわけでありますけれども、水俣工場への立ち入り検査、これについては、市長はどういう考えですか、その点明らかにしてください。
○浮池参考人 お答えいたします。 ただいま文書によってチッソに公害防止協定の締結をする点の申し入れをいたしております。今度文書でそれに応ずる旨の回答を、私、一昨日ですか、これを得てまいりました。 それで、今後問題になるのは、やはり無過失責任の問題と立ち入り検査の問題だと思っております。大気汚染と水質汚濁は、県の責任においてこれをきめられる問題でございまして、市町村の段階では悪臭が問題になるわけでございます。その間におきまして、あと立ち入り検査の問題、それから無過失責任の問題を今後討議していきたいと思いますが、私は前向きで、これに強く検討してまいりたい、かように考えております。そういう態度でございます。
○瀬野委員 島田参考人にお聞きしますが、ただいま市長から話がありましたように、立ち入り検査の問題ですけれども、これだけ騒いだ公害でありますが、当然のことでありまして、社長自身としては立ち入り検査を当然さすべきだとわれわれ思っておりますし、また当然でありますが、その点については、島田参考人はどういうふうに見解をお持ちであるか、この場で明らかにしていただきたい。
○島田参考人 市との間に公害防止協定でございますか、取りきめを御相談さしていただいております。その中に工場の立ち入り検査の問題も入っておるようでございます。公害を発生しました会社でございますので、当然しかるべき工場の中の立ち入り検査ということは起こると思いますけれども、それらにつきまして、どういうふうな方々にどういうふうな程度に、していただくかというふうなことは、市との話し合いの中で取りきめさしていただきたいというふうに考えております。
○瀬野委員 現在まだ不安がかなり残っているわけです。島田社長としても、市民の不安を除くために、明るい町を建設するために、市との立ち入り検査の協定についても、当然積極的に立ち入り検査を受け入れる、そして堂々と今後市民に迷惑をかけないような態度であってほしいと私は思うのですが、そんななまぬるいようなことでどうしますか。また、でも何か言われたら心配なところがたくさんあるのですか。その点をもう一回はっきりしていただきたいと思うのです。
○島田参考人 もちろん本日、この場で参考人としていろんな御質問を受けております私のほうの会社、公害の原点といわれた大きな公害を発生した会社でございますので、今後二度とこういうことが、あるいはこういうことでなくてもさまつなことさえも起こしたらいけないと思っておりますので、そのために工場の中への立ち入り検査のことにつきましては、十分皆さんの御心配のないようにいたしたいと思っておりますけれども、そのことにつきまして、先ほど来申し上げましたように、市のほうとの公害防止協定の中で取りきめをさしていただきたいというふうに考えておりますので、それまでに何を申しましても皆さんが御心配のないようにするというのがやはり一番の中心のことだろうと思いますから、その趣旨はよく心得ておるつもりでございます。
○瀬野委員 浮池参考人にお聞きしますが、いま島田参考人から立ち入り検査のことの答弁がありましたが、浮池市長としては、いまの島田参考人の答弁を聞いて、さらにどういう決意で臨まれるか。積極的に立ち入り検査できるようにぜひとも進めてもらいたいと思うが、その点についてもさらに明快にひとつお答えをいただきたい。
○浮池参考人 ただいま申し上げましたとおり、公害防止協定の中に立ち入り検査を含むように努力を十分いたしまして、折衝いたしたいと思っております。
○瀬野委員 沢田参考人にお尋ねしますが、冒頭、陳述の中で沢田参考人は、県政の中で一番困難な問題であり、私自身頭の痛い問題である、こう述べられました。私も十分わかるわけです。就任する前からの問題であり、知事も就任されてから精力的に県民の健康、生活を守るために、これに取り組んできておられることも十分承知しております。 そこで、知事は十分でなかった点を反省している、全貌を解明していないから、今後全貌の究明が大事である、こういうことをるる述べられました。まことにそのとおりであると思います。患者数の問題から、まだ解明しなければならぬ問題がたくさんあります。その中で前知事でありました時代に、見舞い金問題等が起きて、地元でもこのことをめぐっていろいろ論議がされております。知事の耳にもいろいろ入っているかと思いますが、それらを含めて、いろいろと全貌究明、こういったことを考えて反省しておられるのか。その点ひとつ率直に御意見を開陳いただきたい、かように思います。
○沢田参考人 水俣病という大きな公害を発生したこと自身が、さかのぼっていえば行政の責任であるとも思います。また、発生以来今日までの行政の手の打ち方が、必ずしも十分でなかったことも嫌虚に反省しなければならぬと思います。 そこで、私がいま一番突き詰めて考えておりますことは、発生以来相当長年月を経て、いろいろいきさつはございましたでしょうが、今日までいずれにいたしましてもその全貌が解明されていない。このことが現在において相当数の患者の皆さん方を認定しなければならない、いまの時点になって、認定事務の促進というようなことを考えなければならないということを、非常に残念に思うわけでございます。と同時に、やはり一日も早く汚染の実態あるいは潜在しておると考えられます、語弊のあることばでございますが、患者の発見、発掘といったようなことを行政の責任として進めることによりまして、水俣病患者さんに対する補償なり、医療なりが十分に行なわれる前提をつくっていかなければならぬ、こういうふうに考えておるわけでございます。
○瀬野委員 このことについてこれ以上聞くこともどうかと思いますが、私の尋ねていることなんかも十分踏まえて、今後県民のために対処していただきたいと思います。 そこで、さらに知事さんにお伺いしますが、補償金は、認定されれば最低千六百万円のレールが敷かれたわけでございますが、今後認定基準ということがたいへん問題になってくる、こう思うわけですね。審査会の皆さん方もたいへん御苦労だと思う。また医師の責任も重くなってくる、こう思っております。患者数は、昨年の申請がいまようやく月に八十名くらいずつの認定が行なわれている。今後国の援助を得て努力をしていかれることも当然だし、またわれわれも国会の立場からこの認定については、大いに応援をしていきたいと思うのですけれども、この認定基準がたいへん問題になってくると思うのですが、それについては知事は県民の健康を守るためにも最大の努力をしてもらいたいと思います。知事自身はこの認定基準についてはどういうふうに考えて臨んでおられるか。また、審査会の皆さん方も十分公平に、慎重にやっていただくと思いますけれども、知事としてはどういうふうなお考えで見ておられるか。その辺のお考えを伺っておきたい、かように思います。
○沢田参考人 先ほど馬場委員の御質問にもお答えしたところでございますが、瀬野先生も御承知のように、過去の歴史を振り返ってみますと、いろいろな経過がありましたことは事実でございます。しかし現在の時点におきまして一つの認定基準をもって公害病患者であると認定いたします以上は、旧認定であろうと新認定であろうと、水俣病患者であるという認定には相違はないというお答えをいたしたわけでございます。 現在の考え方といたしましては、詳しくは申し上げられませんけれども、もちろん専門的な公害被害者認定審査会の答申に基づきまして私が認定をするたてまえになっておることは御承知のとおりでございます。申請患者さん個人個人につきましての綿密な専門的な検診というものがあくまでも基礎になるわけでございますが、御承知のように、認定申請人の現在に至るまでの生活史、その他当該疾病についての疫学的資料等から判断して、当該地域にかかる水質汚濁の影響によるものであることを否定し得ない場合におきましては広くこれを認定し救済しろというのが法のたてまえであるというふうにされておるわけでございまして、いま申し上げましたような趣旨で私は認定事務を進めておるわけでございます。
○瀬野委員 県民の父として知事がおるわけでありますので、今後残された患者に対する十分な配慮をしていただきたい。この機会にお願いしておくわけです。もちろん子供が嫁に行けないとかいろいろなことで患者に認定を拒んでいる方もかなりあります。そういったことについても知事は十分わかっていると思うが、十分配慮して対策を立てていただくようにお願いしておきたいと思います。 次に、時間の制約がありますので急いで申しますが、きょうの参考人の供述の中には大気汚染の問題に一つも触れておりませんでしたけれども、水俣のこのチッソの大気汚染もかなりのもので、四日市以上である、こういうふうに学者のほうもいっております。かなり広い公害が起きております。これについては、浮池市長はどういうふうに考えておられるか。
○浮池参考人 いま課長にちょっと数字を聞いてまいりましたけれども、降下ばいじんで十トンから十五トンぐらいであります。これについては、チッソあるいは新日本化学、十分調査をして、取り締まるべきはすぐ取り締まるべきである、かように考えております。
○瀬野委員 これほど重大な問題を、こういったことは別に通告しなくてもわかる問題ですが、市長はそういうふうなことでは、どうしますか。市民の代表として来ているあなたが——降下ばいじんは、一説には二十五トンぐらいあるだろうといわれております。そういう辺も十分調査してもらいたい。そして大気汚染もたいへん害ですから、ぜんそく患者も起きているわけですよ。この点について、知事さんはどういうふうに考えておられますか。当然これは対策を練らなければならぬし、国にも要請しなければならぬと思うわけです。別途いろいろ対策をとっていると思いますけれども、きょうはどの参考人からもこの大気汚染の問題が出なかったことは残念に思います。知事からもこの点の対策についてお考えを明らかに述べてもらいたいと思います。
○沢田参考人 水俣市におきまする大気汚染の問題、これは本県におきましては水俣だけではございません。大気汚染のおそれのありますと思われますところが、瀬野先生御承知のように、荒尾市、八代市、水俣市でございます。これらにつきましては、特に現地の保健所あるいは県の公害局等を通じまして、各種の検査、調査を進めておるところでございます。もちろん、基準に照らしますと、出てまいりました結果の数字というものは必ずしもそう特に多いあるいは四日市を上回るというような数値は出てまいっておりませんが、現にぜんそく患者が多いのではなかろうか。特に心配しておりますのは、学童にぜんそく患者が相当いるのではないかというようなことでございますので、現地の医師会等の御協力をいただきまして、昨年来それらにつきましての調査を数回実施をいたしたところでございます。いま特に取り立てまして特に問題であるというふうには私は考えませんが、今年度におきましてもさらに綿密な調査をしなければならないあるいはほかの非汚染地域との比較調査というようなものも考えておるわけでございます。と同時に、常時、監視体制の強化ということを一つの重点といたしまして、新年度の予算にもテレメーター設置に必要な予算等をそれらの地区につきましては計上をいたして設置を急いでおるわけでございます。
○瀬野委員 島田参考人に、いまの大気汚染問題については、いま市長並びに知事からもお話がありましたように、時間が詰まってきましたので詳しくデータを申し上げる時間がありませんが、たいへんな公害が起きているわけです。社長は十分承知であるかどうか、これに対してはどういうふうにあなたは対策を考えておられるか。
○島田参考人 ただいまのお話を承りましたけれども、私のほうのあの水俣工場は、前はカーバイドを主原料にしていろいろな仕事をやっておりました。ここ二年ぐらい前からカーバイドを全然停止いたしましたので、大気汚染についてはそれほどの汚染はないというふうに考えておるわけでございますけれども、ただいまの沢田知事並びに浮池市長、県、市のほうでお調べいただいて、規制すべきものがあればそれに従って十分規制はいたす覚悟でございます。
○瀬野委員 当然これはもう大気汚染があることは明らかであります。規制すべきは当然規制するという島田参考人の話ですが、いずれこれはまた別途委員会で明らかにしまして、規制をしていただく。と同時に、これに基づくぜんそく患者がかなり出つつあることも事実でありますので、こういった点についても県当局からも十分対策をとっていただき、さらにこれに対するまた補償等の問題等も十分配慮していただく、こういうふうに考えております。 最後にもう一点お伺いしておきますが、島田社長にお尋ねしたいのですが、この熊本県で対策を検討しておる計画に基づいて、水銀ヘドロ問題については積極的に取り組ましていただく方針と、こういうふうに陳述されましたが、先ほどの論議を聞いておりますと、あなたは三月二十日午後八時半、東京の丸の内パレスホテルで、判決後の記者会見ということでいろいろ申された。その中に「補償以外に水俣湾のヘドロ対策も、県の計画ができしだい事業者負担法で決められている四分の三以上は会社側が持つことになると思う」と述べております。先ほどの答弁によりますと、いわゆる公害防止事業者負担の四分の三、負担法が四分の三であるからそう漏らしたのだ、こういうふうにおっしゃっておりますけれども、これは当然私も会社側が一〇〇%見るべきである、こういうふうに言うわけでありますが、あなたはそのときに四分の三以上と、こういうふうに言われて、会社が見るとおっしゃっておるのですが、先ほどの委員の質問に対しての答弁と若干食い違いがあるように私は思うわけです。あのときとまたずいぶん時間がたったので、考えが薄れたのかどうか知りませんが、あなたは明らかに四分の三以上、こう言っておられるのです。その点どうなんですか。明らかにしていただきたい。
○島田参考人 パレスホテルで新聞記者の皆さんにこの件についてお話し申し上げましたときに、四分の三というふうに私は申したつもりでございます。もしそれが私の発言の間違いで四分の三以上となっておりましたならば、それはそちらのほうが間違いでございまして、ずっと四分の三持たしていただくというふうに考えておりましたのでございます。
○瀬野委員 いま時間が来ましたので、これで終わりますが、いずれにしても世界最大の公害といわれたこの水俣の公害については、先ほど申しました水銀ヘドロ処理の問題。一たん台風が参りまして堤防が決壊しますと、この水俣湾のヘドロが不知火海、有明海一円を汚染するような問題であります。そうすると、漁業の問題がたいへん困難になってまいりますし、さらにはこのほかに大気汚染の問題がございます。また八幡プールのいわゆる残滓の処理、この問題が残っております。これらの問題については、またいずれ機会を見ていろいろとやることにしまして、会社側としても十分な反省をし、患者救済を第一、そうしてきょうから再開される年金または介護手当、こういった問題を含めて生活等の問題について会社側が誠意をもってこたえて、この世界注目の中の公害について十分な対策を会社側としてはされるように心から念願をする次第であります。 県当局においてもたいへん今後問題をかかえておりますけれども、患者認定については十分ひとつ知事としても配慮していただいて、早く患者が安心して生活できるような明るい水俣市ができるような建設をしていただくように心から念願する次第であります。 参考人にはたいへんきょうはありがとうございました。
○佐野委員長 岡本富夫君。
○岡本委員 私は、時間がありませんから、まとめて聞きますから、まとめてずっとお答え願いたい。 島田参考人、あなたは先ほど会長は——会長があなたのところにおりますね。会長はいるけれども、最高の責任は私が持っておるのだ、こういうように陳述で話があった。ところがいま年金問題あるいはまた介護手当、こういうものについては私の権限が及ばない、こういうようないま発言があったので、その点について明らかにしていただきたい。そうしてほんとうはあなたはこじきになってもあの大ぜいの人たちのために尽くさなければならない、このほんとうの精神が入ってない、これをひとつきびしく私は指摘しておきますから、それに対する答弁をいただきたい。 それから市長さん、あなたは認定をされた患者と損害補償の責任については違うのだというような御発言があったが、それはお間違いであろうと思うので、水俣病、要するに水銀中毒になったということを認定されたら、それが原因でありますから、これは補償しなければならぬという責任は企業側にある、こういうようにもう一度訂正してください。 それから市長さんにもう一つ、水俣病といいますけれども、水俣市だけでなくして、これは阿賀野川、新潟県にもあるわけです。しかも水俣病といわれると非常に名称が悪い。だから、水俣市から出たら、もうあれは水俣病かわからぬというので結婚にも非常に差しつかえるというわけで、これは原因が水銀中毒であれば水銀中毒病。イタイイタイ病というものこれもおかしな話でありますが、これはカドミ中毒病です。こういうように特にあなたのほうでは水俣病というのをやめていただきたい、こういうような市民の声がありましたが、それに対するあなたの考え方。それから最後に、患者の方はあんまり申しますと気の毒ですから、漁業補償、これについてあなたのほうは補償を要求する。いままで相当要求された。しかし要求してもどうもならなかった。裁判にまで持ち込むのか。そういう決意で補償要求するのか、この点だけをお開きいたしまして終わります。
○島田参考人 お答え申し上げます。 会長の責任は私が持つといいましたのは、そういう意味でございませんで、代表権を持っておりますのは会長と私と二人でございます。どちらの代表権者が上で全部の責任を持つのだという御質問が先ほどございましたので、順序としては会長のほうが上になっておりますけれども、中心になってすべての業務を執行いたしておりますのは私でございますので、私の全責任でございますというふうに申し上げたわけでございます。また先ほどそのことにからみまして、権限が及ばないからこれ以上のことはできぬというふうに申しました。これは会社のことにつきましては私が最高の責任者でございますから、会社の及ぶ限りのことは私の権限でできます。しかしそれ以上に出たことについては、これはもちろんのことでございますけれども、私は権限がございませんので、できない。そこで申しましたのは、会社の力というのには限界がきておりますので、それ以上のことについては、私が幾らやってみてもなかなかむずかしい。そうして事業を取り巻く関係の他の機関といいますか、そういうものに御協力を得なければならぬというふうに申しましたので、少し問題が別の問題かと思います。 もう一つ、こじきになっても云々でございますが、全くこじきになってもやらねばならぬことと思いますが、このこじきというのは私一人でなくて、会社全体がこじきになってという御趣旨だろうと思います。——私がですか。私がこじきをいたすのでございますか。——気持ちはまあそういうことでおりますが、私がこじきをいたしましたら私の責任が果たせませんので、ぜひいまのままで責任を済ますまでやらしていただきたいというふうに思います。気持ちの上では、おっしゃる意味はよくわかります。
○浮池参考人 第一の問題、認定された患者すべて水俣病でございます。 第二、水俣病を医学的な水銀中毒症という名前に変えてもらいたいという市民の声があることは事実でございます。私もそれを希望いたしております。
○竹崎参考人 先ほど馬場先生の質問に御答弁申し上げたとおりでございまして、実は私たち漁民の中にも多数の患者が出ております。ただいま島田社長が何回も答弁されておりますように、患者補償がはたして満足にできるかどうかということを私たち漁民も非常に心配しておるわけでございまして、その補償も患者を第一優先的にやってもらいたい。患者さんたちが満足するような補償金を出してもらいたい、これが全漁民の願いでございます。これが満足に解決いたしますと、ここで私が先ばしったことを申すわけにもまいりませんけれども、その時点で、ただいまおっしゃっておられたように、チッソがこじきでない限り、私は裁判でもして要求すべきものは要求したい、そういう気持ちでおるわけでございます。
○岡本委員 これで終わりますが、委員長にお願いしておきたいことは、代表取締役というのが会長さんと二人いるそうです。もう一人島田社長さん以外にも会長さんの江頭さんがいるわけですが、聞きますと興銀の出身だという話であります。したがって、この患者の皆さんの御要求の一千六百万、こういうお金はどんどん知らぬ間になくなっちゃうものですね。要するに一生のめんどうというものが大事だ。したがって、年金あるいは介護料、こういうものについてはまた江頭さんにでも来ていただいて、そうして権限のある人に再度ひとつ発言していただけるような機会を設けていただきたい、これを委員長に要求いたしまして終わります。
○佐野委員長 ただいまの岡本富夫君からの要求に対しましては、先ほどの馬場昇君からの要請を含めまして、後ほど理事会において取り扱いをいたしたいと思います。 小宮武喜君。
○小宮委員 沢田参考人にお尋ねしますが、この水俣病の認定患者の中には鹿児島県の人が含まれておるし、天草の人が含まれておりますね。こういうようなところの人たちはどういうような原因で水俣病になったのか、ひとつその理由についてお聞きしたいと思います。
○沢田参考人 むずかしい問題でございますので、的確にお答えできるかどうかわかりませんが、いずれにいたしましてもチッソ水俣工場から排出されました水銀が海に出るわけでございますので、潮の流れあるいは風向き等によりまして相当広範囲に広がっていった。あるいはそれを摂取いたしました魚介類、特に魚類でございますが、魚は回遊性を持っておりますので、ある程度影響を及ぼす地域が拡大していったというふうに考えております。最近天草郡の龍ヶ岳町から初めて一人の認定患者を出したわけでございますが、この人の生活歴を調べてみますると船の船長をしておられたようでございまして、絶えず自分の郷里の港と水俣港を船長として船で往来をいたしました。そして水俣の現地におきまして相当量の魚を摂取、あるいは買って帰ってこれを摂取したというふうなことを申しておられるようでございますので、やはり水俣湾の汚染魚による影響である、こういうふうに認定をいたしたわけでございます。
○小宮委員 そういうようなことが理由であれば、水俣港に入出する船の船員の中にもかなり水俣病の潜在患者がいるのではないかというふうに考えられます。特にいま参考人が言われたように、ヘドロが水俣湾に堆積されておる。このヘドロが潮流によってずっと流れていくということを考えれば、長崎県でもちょうど一昨年に、この魚介類が非常に高度のカドミウム汚染をされておるという事実が判明しているわけです。これは水産庁のほうで調査をして、近々その結論が出るようですが、そういうような意味で、ただ水俣港に出入する漁船員だけではなく、有明海全域にわたってこの水俣病の潜在患者がおるのではないかというふうにも考えられるわけです。先ほど沢田参考人は、有明海沿岸地域の調査も云々ということを言われましたが、そういうような意味から見て、たとえば熊本県からのヘドロが福岡県、佐賀県、長崎県を回って潮流に乗っていくということも考えられますので、その点についてはそういうような考え方も私はするわけですが、沢田参考人はその点どういうふうに考えておられますか。
○沢田参考人 先生は十分御承知のことだろうと思いますが、チッソ水俣工場の廃液による汚染は、まず常識的に考えまして、不知火海地域というふうに私どもは判断をいたしております。有明海につきましては、現に私どものほうで調査をいたしました一部の地域につきまして若干の水銀が発見されておりますが、これは別な汚染源であるというふうに一応常識的には判断をいたすわけでございます。しかしいずれにいたしましても、どこが汚染源であれ、ほっておける問題ではございません。したがいまして、当面水俣病対策の一環といたしましては、やはり不知火海地域を重点といたしまして、区域を広げるなりいたしまして、先ほど来お答えいたしますように住民の健康調査等を進めていきたいと思っております。 と同時に、有明海一帯につきましては熊本県だけではございません。福岡、長崎、佐賀と四県が関係があるわけでございまして、どこが汚染源であるかということは別にいたしまして、今年度におきまして四県合同で相当綿密な調査を実施いたす計画にいたしておるところでございます。 お触れになりませんでしたけれども、水俣芦北地域というのは非常な過疎地域でございまして、どんどん人口流出が進んでおります地域でございます。そのこと自体も問題がございますけれども、水俣芦北地域に長い間住んでおりまして、そこから数年前、たとえばほかの地域に仕事に行ったというようなケースがかなりございます。冒頭の陳述でも申し上げましたように、そういう散らばりもございますので、国にお願いをいたしまして、関係府県等の協力を得ながら検診を進めるなり健康調査を実施していただく必要があるのではないなということをお願いいたしておるところでございます。
○小宮委員 水俣湾に堆積されておるヘドロは大体どれくらいありますか。それと、そのヘドロを処理するとした場合、どれくらいの期間がかかるのか。また、先ほどから四分の三の負担の問題をとやかく言われておりますけれども、処理するとすれば大体費用はどれくらいかかるのか、その点いかがですか。
○沢田参考人 まず水俣湾の汚泥の堆積量でございますが、排出されました水銀は先ほどおただしになりましたように、チッソ側に言わせますと七十トン、約七十トンというお答えがあっていたようでございます。的確にこれを推定することはきわめて困難でございますが、私どもの推定では七十トンという会社の主張を最低といたしまして、百五十トンまでの間であろうというふうに一応推定をいたしております。 その堆積状況でございますが、これは潮流の関係、地形の関係等によりまして、きわめて複雑な堆積をいたしておるわけでございます。ただいえますことは、水俣湾の深部に入るにつれまして現在も高い数値の水銀が検出をされる。これがだんだん湾口に向かうに従いまして希薄になっておるということでございまして、この堆積状況につきましては、まず基礎的なデータでございますから熊大の協力を得まして、相当綿密に資料を集めております。 先ほど来、この始末につきまして、いろいろ頭が痛い、あるいは今後早急にひとつ努力をしなければならない、技術的な見解、科学的な指導等につきましては国の機関においても援助をしてもらいたいという発言をいたしたわけでございます。水俣港として、水俣市の重要港湾でございますから、これを将来生かすということもでき得べくんば考えたいと思うわけでございまして、いませっかくのお尋ねでございますが、やりようによりまして非常に大きな差があるというふうにお考えをいただきたいと思うわけでございます。したがいまして、その金額を、まず工事の計画を確定することに伴いましてめどをつけていかなければならない。そして原因者負担という立場に立ちまして、できるだけひとつチッソで多く負担をしてもらいたいというふうに私は考えておるわけでございます。
○小宮委員 けさからの水俣市長並びに沢田知事からの陳述を聞いていまして、特にこの内容を見てみますと、市長として水俣病に対する公害問題に対する取り組みの姿勢がこれまでも一つも見られていないわけですね。こういうようなことがあった、こういうようなことをしました。企業側に対して、この公害対策に対してどういうようなことをしたのかということが一行も触れられていないわけです。また、これはこれからの行政措置についても何も触れていないのです。ただこういうような施設をつくりました、こういうような患者をどうしましたというような、患者の救済措置だけにこれはしぼられておる。三十一年に水俣病というこの公害によるものが大体明らかになっておりながら——患者第一号か三十一年に発見された。それから三十八年には熊本大学の研究班によって水俣病の原因がメチル水銀ということが明らかになった。それ以降今日まで何もなされておらぬ。これは行政者としての大きな責任であり無責任なやり方だ。もっとこの問題について、この供述以外に企業に対して、そういうような公害対策についてどういうふうに取り組んできたのか、もしやっておられたら沢田参考人と浮池参考人から御説明を聞きたいと思います。
○浮池参考人 私が就任いたしましてから明水園をつくっております。これの金額四千万、チッソより出しておるわけでございます。その他医療費、介護費を私の就任前から続いて出しておるわけでございます。以上がチッソから出ている分でございます。
○沢田参考人 お答えいたします。 冒頭に私申し上げましたように、従来の県行政の進め方というものが必ずしも十分でなかったということにつきましては謙虚に反省もし、またこれだけの大きな社会問題をかかえておりながら、現在相当年月を経まして、今日までその全貌の解明すらできていないということをはなはだ遺憾に存じますというふうに申し上げたわけでございます。 今日まで県として取り組んでまいりました事柄につきましては、大きな問題といたしましては、沿岸地域住民を対象といたしました健康調査を実施いたしております。あるいは申請が続々続いております、これを受けまして認定事務を実施してまいりました。もちろんその間におきまして、法的にきめられております県の行政の分野であります、たとえば生活面での保護とかあるいはそのほかの施策につきましては進めてまいりまして、それらの金額を合わせまして、朝ほど御報告を申し上げましたように約二億八千万円の経費を投入いたしておるわけでございます。もちろんこれで十分であったというふうに申し上げたい気持ちは毛頭ございません。そこで冒頭に申し上げましたように、非常にむずかしい問題であり、困難ないろいろな局面を抱えております。卒直に申しまして、専門的な技術的な陣容が県の段階におきましてはかなり手不足であるというようなこともございますし、また問題の広がりいかんによりましてはなかなか容易ならぬことであるというふうにも痛感いたしておるわけでございますので、さらに現在の時点にかんがみまして、九項目にわたる県としての要望を国にもお願いをいたしまして、さらに一そう対策に遺憾のないように対処してまいりたいと思っておるところでございます。
○小宮委員 そういうような答弁はこれは答弁になりません。チッソから二億何千万引き出したとか四千万ぐらい引き出したとか、それで対策をやったのだというような取り組み方だから、この問題が大きく今日まで尾を引いてこういうような大きな社会問題にまで発展しておるわけです。浮池参考人も、私が就任してからというようなことをよく言われるし、その前のことは知らぬというようなことを言われるけれども、少なくとも行政的な立場に立つ皆さん方のこの問題に対する取り組み方のいかんによっては、もっともっとこの問題はまた違った方向に発展していたかもしれぬと私は思うのです。その意味で、そういうようなただ患者の救済のためにだけ頭を向けて、チッソ側、企業側に対しては何もものを申しておらぬ、またほんとうにやるならば、公害防止対策にしても、公害防止協定を結んでこういうようにやらせるのだというような積極的な意欲はいままでの行政措置の中では全然見受けられません。そういうような問題は、これは非常に両参考人については失礼ですが、やはり十分反省してもらわぬと、これは先ほどもただ水俣病の問題だけではなくて大気汚染の問題が出ているというような話もありますが、そういうような問題については、ただいまからああしますこうしますということでなくて、やはり公害というのは未然に防止するのが行政者の立場、責任ですから、その問題は積極的にやはり取り組んでもらわぬと非常に困ると思う。だからその意味で、いまさらここで皆さん方に文句を言ってもいたしかたのないところですが、十分やはり反省をして、今後の問題については積極的に取り組んでもらいたいと思うのです。 ところで、チッソのほうですが、島田参考人に質問しますが、いまの状態では、チッソのほうは公害対策は十分行なわれておるということですか。
○島田参考人 現在の状況では公害防止の対策は十分行なわれておると存じております。
○小宮委員 ほんとうですか。だいじょうぶですか。私も行って見るわけにいまからいきませんので……。 それで、島田参考人に質問しますが、結局一つは、今度の裁判の判決において百億の補償額を必要とする。いま大体四百五十一名の認定患者がいるわけですね。今後、未認定患者でも五百人おる、そうしてそれ以外に潜在患者もいるわけですね。そうすると、百億が今後だんだんまたふえて二百億になるかわからぬ、その場合も島田参考人は社長として全責任を、誠意をもってこの補償に対しては取り組むというお気持ちですか、その点を確認しておきたいと思います。
○島田参考人 会社の力の及ぶ限り、とことんまで補償問題については取り組ましていただくつもりでございます。先生のおっしゃられましたことで考えますことは、会社にそんな力があるかという限界がやはり出てまいりますけれども、この限界は、先ほど私が申しましたように、私の権限の及ぶところではありませんけれども、これは取り巻く諸種の機関の協力をお願いをしながら遂行していきたいというふうに考えております。
○小宮委員 先ほどから質問の中にも、もうチッソは破産するのではないかというような質問も出ておりましたけれども、その問題に関連して私がちょっと疑念を持つのは、いまのようなこういうような大きな社会問題となって、判決のあった直後ですから、参考人が言われるように、素っ裸になっても補償はやるのだということを言われておりますけれども、先ほど私が申し上げましたように、認定患者がいまの四百五十人が二倍になって千名になった、あるいは潜在患者の中からまた認定が出てくるというようになった場合、先ほどからも経営概況の説明があっておりましたけれども、そういう中で、このヘドロの処理にしたってどれぐらいかかるのかわかりませんが、一〇〇%持つにしても四分の三持つにしても、やはりかなりの費用がかかる。そうした場合に、いまはこういった大きな社会問題となっておるから、破産はしないのだ、倒産はしない、やっていくということを言われておるけれども、これが一年か二年かたったあとで、もうないそでは振れぬということで、これはお手上げだというようなことも悪く勘ぐれば勘ぐれぬこともないのです。そういうようなことは、今後も将来にわたってチッソは絶対つぶさないというように理解していいですか。
○島田参考人 ただいまの御質問、まことにお答え申し上げるのにむずかしい問題でございます。そういうふうになってもチッソはつぶさずにいくと言うのかと言われますが、私自身はどういうふうなことになりましてもチッソを続けて、そうして補償をやりたい。そういう意味は、チッソには先ほどから何回も申しましたように五千人の従業員、家族を入れて二万人の生活がかかっております。これをつぶすことは私としてはできません。それから、患者さんがどんどんと出てこられる、その患者さんに賠償金を払うということも、払わぬわけにはまいりません、これは当然の義務ですから。その両方を果たしながらいまの貧弱なチッソでいけるかどうかということは非常に疑問がおありかと思いますけれども、とにかくとことんまでまわりを取り巻いている企業の限界の壁をぶち破りながら、私のこん身の力でそれは進めていくということしか現在のところではお答えのいたしようがございません。それで先ほど申しましたけれども、チッソというのは過去八年間無配を続けておりまして、資本に対して報いるところは非常に少ないと思いますけれども、今後も資本に対する報い方というのは非常に少なくなると思います。少なくなるというよりも報いられないと思います。たとえそれが報いられなくて、そういう企業的な欠陥を露呈しながらでありましても、従業員の生活とそれから患者さんの補償と、この両道をこん身をあげて進みたいというのが私のいまの考え方でございます。現在の時点でいま非常にお答え申しにくい御質問をいただきましたけれども、私のお答えできることは以上のとおりでございますし、その決心に変わりはございません。
○小宮委員 ほかに質問もありますけれども、時間が来たようでございますからこれで質問を終わります。参考人の方、どうも御苦労さんでした。
○佐野委員長 以上をもちまして、参考人に対する質疑は終了いたしました。 この際、一言ごあいさつを申し上げます。 参考人の各位には、御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見を述べていただき、ありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 次回は、明十二日木曜日、午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時十一分散会