沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
- 発言数
- 84 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1973/02/27
会議録
○浅井委員長 これより会議を開きます。 この際、連合審査会開会申し入れに関する件についておはかりいたします。 外務委員会において審査中の沖繩国際海洋博覧会政府代表の設置に関する臨時措置法案について、同委員会に連合審査会の開会の申し入れをいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。
○浅井委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 なお、連合審査会の開会日時等につきましては、外務委員長と協議の上、決定いたしたいと存じますので、御了承願います。 ————◇—————
○浅井委員長 沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。 外務大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。大平外務大臣。
○大平国務大臣 外務省所管事項のうち、北方領土問題につきまして、政府の所信を申し述べたいと思います。 わが国とソ連は、一九五六年に日ソ共同宣言を締結することにより国交を回復いたしましたが、その際の最大の懸案でありました北方領土問題が、国交回復後十六年を経た現在におきましても、なお未解決であるために、日ソの間に平和条約が締結される至っておりません。政府としては、この事実をきわめて遺憾と考えております。 政府は、北方領土問題の解決をはかり、日ソ平和条約を締結する必要性をあらゆる機会をとらえてソ連政府に説いてまいりました。その結果、昨年一月のグロムイコ外務大臣訪日に際して、日ソ平和条約交渉を行なうことにつき合意に達しました。この合意に基づきまして、昨年十月に私が訪ソし、グロムイコ外務大臣との間で第一回の日ソ平和条約締結交渉を行ないました。ソ連との間に平和条約締結のための正式な交渉を行ないましたことは一九五六年の国交回復後初めてのことであり、政府は、これを大きな前進として評価しております。この交渉におきまして、私は、北方領土問題の解決が平和条約締結のために不可欠であるゆえんを強くソ連側に説いた次第でございますが、領土問題に対するソ連側の態度は依然としてかたく、交渉は合意に達することができませんでした。 もとより政府としては、本件交渉が一回で合意に達することは困難であることは、十分認識しております。第二回目の交渉は、本年中、モスクワで行なわれる予定でありますが、政府としては今後とも、北方領土問題に関する基本的立場を堅持しつつ、広く世論の支持を背景に、国民の総意に基づく北方領土の祖国復帰をはかるべく、ねばり強くソ連との交渉を続けてまいる所存であります。 北方領土問題を解決することによって日ソ平和条約を締結し、日ソ関係を名実ともに安定した基礎の上に発展させることは、ひとり日ソ両国の利益に合致するのみならず、アジアの平和と安定、ひいては世界の平和に資するゆえんであり、わが国の平和外交の理念にも合致するものと確信しております。 以上、外務省の所管事項につき概略を御説明申し上げました。(拍手)
○浅井委員長 質疑の申し出があります。順次これを許します。安井吉典君。
○安井委員 ただいま北海道等で、北方領土返還運動に非常に関心を持っている人々から、どうも大平外務大臣は、北方領土問題に対して熱意がないんじゃないがという指摘が現にありまして、ですから、私もそれは別な機会に、そういう声を反映しながら質問もいたしたい、こう考えていたわけであります。しかし、私、きょうは沖繩問題を中心に、沖繩の中の米軍基地が過度な濃密さをもって存在をしているという事実の中で、いわゆる沖繩問題が深刻なわけであります。そのことを中心に外務大臣にお尋ねしようと思って来たのですけれども、しかし、きょう伺いましたら、沖繩及び北方問題に関する特別委員会における外務大臣による外務省所管事項の説明なんですが、沖繩問題は一行も、ただの一言もお触れになっていないわけです。もう沖繩問題は外務省のリストの中からすっかり抹消されてしまったのかという点です。 私どもこの間、沖繩調査団で向こうへ行って、いろいろの情勢を見てまいりましたけれども、本土の政府は、もう沖繩問題終わりなんだ、沖繩問題はもうどうでもいいんだというふうな考え方に立っているのではないかという強い指摘も、現地の沖繩の県民の皆さんから伺ってまいりました。そういうところに、きょうの御説明が全くノータッチということでは、まさにその県民の怒りそのものを、こういう形できょうは御提示されたような気がするわけであります。やはり協定そのものの問題は、一応国会は終わったのかもしれませんけれども、しかし沖繩問題は、とりわけ外務省の段階において重大な問題をたくさんはらんでいるわけです。ですから、私はこれはちょっと困ると思うのですね。これは、やはり沖繩問題についてお触れになった所信をこの中に加えてやっていただきたい、そういうふうな御配慮をひとつお願いしたいと思います。やり直しですね、これは。
○大平国務大臣 沖繩問題を外務省が軽視しておるなどという考えは毛頭ないわけでございまして、安井委員が仰せのとおり、沖繩におきまして、本土より広い基地がまだ残されておるわけでございます。そして、沖繩のこれからの開発を考える場合におきまして、この基地をどのようにこれから整理してまいるかということは、われわれにとって重大な案件であると承知をいたしておるわけでございまして、私どもは、それに対して精力的な努力を傾けなければならぬということはたびたび申し上げておるところでございまして、きょうの所管事項の説明を北方領土問題に限りましたことにつきましては、仰せのように、私どもの手落ちでございます。私からおわび申し上げますけれども、これは、外務省が沖繩問題を軽視しておるなどということでは決してないことだけは御了承いただきたいと思います。
○安井委員 それではひとつ追加で——もうこれはこれでけっこうだと思いますが、やはり追加をしていただいて、やり直しというのもちょっとおかしいかもしれませんが、これはやはりやっていただく必要があると思うのですがね。どうですか。アメリカ局には安全保障課というのがあるはずです。これは理事会で……。
○浅井委員長 では、この件については理事会で協議いたします。——それでは大臣から一言。
○大平国務大臣 ただいま外務省の所管事項のうち、北方領土問題について所信を表明いたしました。沖繩問題につきましては外務省の所管事項ではございません。しかしながら、御指摘のように、外務省の行政にとりまして非常に大事な問題であることも間違いはございません。したがって、沖繩問題につきましての外務省の所信は、あらためて表明させていただきます。
○安井委員 もう二度と同じことを言いませんけれども、外務省のアメリカ局に安全保障課があって、その日米安保条約の運用の中の最大の問題点は沖繩にいつもあるわけですから、やはりこの際、基地問題をはじめ、沖繩問題への対応のあり方を明確にしていただきたいことを重ねてお願いをしておきたいと思います。 そこできょう、短い時間でございますが、沖繩の基地問題を若干お尋ねをしたいと思います。 初めに沖繩返還協定あるいは合意議事録、了解覚書等においての沖繩の米軍基地は、どのような返還が行なわれているかという実態をこの際発表していただきたいわけであります。中身は、いわゆるC表の返還の問題もございますね。それから、合意議事録の第六条関係の解説部分もございます。それからA表、B表についても、すでに返還の手続等が行なわれたものもあります。そういうようなものがあのときに合意されたとおりに行なわれているかどうかという実態ですね。それからまた、一たん返還はされても、直ちにまた提供というふうな手続をとったものもあるはずであります。ですから、協定時に合意されたとおり行なわれたかどうかということですね。それをまず伺って、そうでないものはどれとどれであったか、こういうふうにお答えをいただきたいのです。これはアメリカ局長ですね。
○大河原(良)政府委員 沖繩返還協定締結の際に了解覚書ということで、施設、区域に関しましてA表、B表、C表、三つ了解ができたわけであります。A表、すなわち沖繩返還時におきまして、米側に施設、区域として提供されるものとして八十八カ所がこの覚書に記載されてございますけれども、返還時におきまして、米側に提供いたしましたのは八十七件でございまして、現在、沖繩関係は八十四件が提供施設ということになっております。 それからB表といたしまして、沖繩返還後日本側へ返還ということで記載されているものが十二件ございますけれども、この中で返還されたものがその後ございまして、いま申し上げましたようにA表、B表合わせて、現在提供施設は八十四件でございます。 C表といたしましては、返還前に米側が使用いたしておりました設備、用地で、「沖繩の復帰の際又はその前にその全部又は一部が使用を解除されるもの」ということで、全部で三十四件記載いたされておりますけれども、このうちで那覇空港関係、具体的にはP3の関係になりますけれども、この分がその後の状況の変化によりましてそのまま返還にはなりませんで、今日、地位協定二条4項に基づきまして、二条一項の分と二条4項の共同使用の分ということで、那覇空港にP3の駐留を認めるかっこうの提供が行なわれております。
○安井委員 この表以外に新規提供されたものはありますか。
○大河原(良)政府委員 A表に記載されておりませんでその後提供いたされましたのは、伊波城観光ホテルというのがございます。
○安井委員 いまおっしゃったのは、合意議事録の第六条についての解説部分がありますね。全部このとおり行なわれたわけですか。
○大河原(良)政府委員 第六条に関しまする合意議事録に記載されておりまする項目につきましては、その後このとおりに措置されております。
○安井委員 いま御答弁のありました部分ですが、その件数がふえたり減ったりしている部分がありますから、ちょっとあとで文書で資料として御提出いただきたいと思います。 そこで、一月二十三日の日米安全保障協議委員会における合意事項を読んでみますと、沖繩関係は第七項にあります。これについて、まず、那覇空港の完全返還についての原則的な合意、このためのたとえば嘉手納の代替施設の提供、普天間の改良措置、岩国のP3の三沢への移転に伴う必要な施設、これらの内容は一体どういうものなのか、それぞれの経費はどれぐらいか、それをひとつお知らせください。
○大河原(良)政府委員 まず沖繩関係で申しますと、那覇空港、具体的にはP3の使用に関連いたしまして、P3を嘉手納の飛行場に移転し、それに関連いたしまして普天間の代替飛行場の整備をはかる、この関連の費用といたしまして、四十七年度予算に三十八億円計上されておりましたP3関係の予算を、四十八年度に繰り越し使用ということを予定いたしております。ただ、このP3の嘉手納移転の関係が三十八億円で全部ということになりますかどうかは、今後細目をさらに米側と詰めます過程において金額が決定されることになろうかと考えております。また、協議委員会のあとで発表されました発表文にございますように、那覇空港の周辺にございます海軍、空軍の補助施設を嘉手納並びにその周辺に移転いたします件、並びに牧港の住宅地区の中でとりあえず二百戸分を嘉手納その他へ移転しますための予算につきましては、今後細目を米側と詰めることになっておりまして、総額についてまだ具体的な数字は出ておりません。ただし、四十八年度におきましては、その移転をはかる上に必要な調査費を施設庁のほうで予算要求いたしまして、この分が三千七百万円予算として計上されてございます。 それから、P3の嘉手納移転に直接の関係はございませんけれども、ただいま御質問のございました岩国並びに三沢に関連いたします事業といたしまして、四十八年度予算におきまして十億円の計上をお願いいたしておりますけれども、米側との話し合いの過程におきまして、米側から、岩国並びに三沢の移転事業に関連します費用として、総額約二十五億円という一応の見積もりを得ております。
○安井委員 いまおっしゃった中で、ずいぶんたくさん問題があるのです。順々に伺ってまいりますけれども、私がいまお尋ねをしたのは、この発表文による、たとえば嘉手納飛行場における代替施設の提供、これにはどんなものがあって、経費はどれくらいかかるのか、同時に、普天間の改良措置といえば、これも中身は何なのか、そしてこれにはどれくらいかかるのか、四十八年度の予算のことを聞いているわけじゃないのです。全部でどれくらいかかるのか。それから三沢の必要な施設の経費はどれくらいなのかということ。三沢のやつはちょっとあと回しいたしますけれども、嘉手納と普天間の場合、中身と経費はどれくらいなのか。全体の経費ですね、その点です。
○大河原(良)政府委員 現在那覇空港に駐留いたしておりますP3を嘉手納に移転いたしますにつきまして、日本側から、那覇空港の完全返還のためにP3をぜひよそへ動かしてもらいたいということをかねがね強く要望しておりまして、今回嘉手納へ移転ということについて、原則的な合意ができたわけでございますけれども、嘉手納で行なわれますこれの関連の事業といたしましては、結局P3を嘉手納へ収容するに必要な施設ということになりますし、普天間につきましては、これとも関連いたしまして代替飛行場を整備する。具体的に申しますと、普天間の滑走路の整備並びにそれに関連します航空施設その他、あるいは現在普天間に駐留しておりますヘリコプターの関連修理施設、こういうふうなものが普天間で予定されている工事内容でございます。 金額につきましては、米側と今後細目を詰める過程において固まってくることでございまして、現在、具体的な数字をまだはっきりつかんでおりません。
○安井委員 三十八億円よりは多くなる可能性はないのですか、どうですか。
○大河原(良)政府委員 先ほど申し上げました三十八億円という金額よりはふえる可能性があり得るかと存じております。
○安井委員 それは非常に大きくふえるのですか、ふえてもほんのわずかですか。
○大河原(良)政府委員 嘉手納で行ないます工事の内容、施設の内容、そういうものの細目を、今後調整した段階におきまして数字が固まってくるわけでございまして、三十八億円よりおそらくふえるであろうという見当は一応つきますけれども、具体的にどの程度ふえるかということにつきましてはまだはっきり申し上げられる段階に至っておりません。
○安井委員 ちょうどいま予算審議の最中にあるわけですから、予算の問題に私ども敏感なので特にお伺いをしているわけでありますが、それはあとでまた詰めることにいたしまして、岩国の海軍P3を三沢へ移すということがここに書かれているわけですが、この第七項というのは沖繩における施設、区域の整理統合計画の検討で、岩国と三沢も、これは沖繩になったのですかね。なぜ岩国と三沢が沖繩の項の中に入ってきたかという問題ですね。これはどうですか。
○大河原(良)政府委員 P3関連ということで、そもそもP3を那覇空港から移転させるということで話が始まった問題でございますので、同じP3関連という意味におきまして岩国、三沢が七項にあがった、こういう事情でございます。
○安井委員 おかしいですね。つまり、ひところ伝えられたように、那覇空港から普天間に移って、普天間から岩国、岩国から三沢、いわゆる玉突きなら、この項に入ったということも何かわからないわけでもないのですよ、それでも筋は通らぬと思うのですけれども。しかし、これは何も関係ないじゃないですか。全く無関係のものが沖繩の項に加えられて、那覇空港の返還のためになぜ三沢飛行場の何か必要な施設をつくらなければいかぬのか。那覇空港と三沢の飛行場とはどういう関係なんですかね。これは、どうも私ども納得できるような御説明にいまの御説明ではなっていないと思うのです。もう一度お願いします。
○大河原(良)政府委員 岩国の飛行場における施設の問題は、その前の第六項に記載してございまして、御指摘のとおりに、第七項には三沢へ岩国のP3を移すということを記載してあるわけでございます。これは先ほど御答弁申し上げましたように、P3という関連におきましてこの問題をとらえたために、P3が本来大きな意味を持っております第七項との関連におきまして、三沢にP3を動かすということを記載したわけのものでございます。
○安井委員 それでは説明にならぬのです。どうもまた六千五百万ドルが出てまいりますけれども、その関連で、アメリカの海兵隊が員数をつけて、これだけはおれが使うのだということが、こんなかっこうにだんだん追い込まれたのだという解説を聞いたこともあります。ほんとだかうそだか知らないが……。どうもこれは理解に苦しむわけです。しかも三沢の必要な施設と、それから第六項にある岩国の兵舎の改築費、これを込みにして十億円というふうなさっきのお話でありますが、そのとおりですね。
○大河原(良)政府委員 岩国につきまして総額たしか六億三千五百万円、三沢につきまして三億六千五百万円でございますので、両方足しまして十億円というふうに予算計上をいたしておるわけでございます。
○安井委員 どうも理解に苦しむので、この問題はさらに予算委員会の場に移して、もっと議論をしなければならぬと思います。分科会もあることですから。 そこで、時間の関係でもう一つだけこの合意書の内容について伺っておきたいわけでありますが、那覇地域から住宅及び補助施設を移転することに関して、那覇の空軍・海軍補助施設のうち、大部分を嘉手納に移す、一部分を牧港補給地区その他へ移す、それから、牧港住宅地区の二百戸を嘉手納に移すということについて合意をした、こうあるわけでありますが、これはこの移転の内容だとか、移転の費用の負担の問題だとか、いつまでに移転をするとか、そういうことについては全く合意はないのですか。
○大河原(良)政府委員 発表文にもございますように、この移転につきましては原則としての合意でございまして、今後細目を詰めてまいることになりますけれども、移転の費用につきましては、従来やっておりますように、日本側からこの移転を要請したという事情を背景といたしまして、日本側がその移転費用は負担する、こういうことになります。
○安井委員 この時期については、全く見通しを持っておられないのですか。
○高松政府委員 那覇地区の移転の問題につきましては、四十八年度では、先ほどアメリカ局長申しましたように、調査費をもって調査を実施する。その調査の結果によって具体的な計画を検討し、移転実施計画をきめてまいる、こういうことになると思うのです。したがって、四十八年度は調査だけでございます。
○安井委員 ですから、その調査の結果でなければ、どれだけ必要なのか、何年間かかるのか、それは全くわからぬ、こういうことですね。
○高松政府委員 嘉手納に移すということが——原則的に嘉手納と牧港というふうに合意されておりますけれども、嘉手納では、それではどこの地区にどういうふうに移すかとか、それの地質とか地形とか、いろいろな工事計画の調査だとか、そういうことに相当日にちを要します。それで、本年はまずそういうことでやる。あとそれを何年計画でやるかということは、それらの調査の結果に基づいて日米相互の間でさらに折衝を重ねてまいる、こういうことに相なろうかと思います。
○安井委員 一説によれば、たとえば那覇の空軍・海軍補助施設の移転、これは六百三十七戸に及ぶ移転で、これだけでも三百億円ぐらいかかるというふうな報道もある。だから、沖繩の基地の撤去、撤去というけれども、こんなようなことを要求されてやっていったらたいへんですよ。嘉手納の基地を撤去するのに一体幾らかかりますか。何千億というお金を払わなければ移転しないという、そういうあり方が私はどうも問題だと思います。基地の撤去、撤去と口では言われているが、こうやって一々お金をどんどん出していく、そういう仕組みの中でたいへんなことになるのではないか。そういう側面から撤去そのものがおくれていくのではないか。いままでそういう角度からの疑問の提起はありませんでしたけれども、どうもそれが新しい問題点に浮かんでくるのではないかと思います。 ですから、この点ひとつ、撤去するときは一々お金を払って出てもらうのか。南ベトナムから米軍が撤去するときも、南ベトナムからお金をもらって撤去するのですかね。あるいは台湾から米軍が帰るかもしれないが、それも一々お金なんですかね。どうも私は、お金で解決をしていこうというアメリカの態度がもちろんけしからぬし、そういうようなものによる、たとえば岩国のいま私ども問題にしている十億円の金にしても、そういうような形で問題を処理しようという日本政府の態度そのものが私は問題だと思います。その点ひとつ外務大臣に伺っておきたいわけであります。 その際ついでに、国道三百三十一号線はいつまでに開放できるか、この点もあわせて明確なお答えをいただきたいと思います。
○大平国務大臣 いま政府委員から御答弁申し上げましたとおり、具体的な計画は、日米双方で詰めて合意して実行に移すわけでございます。その際、判断の問題といたしまして、金さえ出せばそれができる、無制限に金を出してでもそれをやるというようなふらちな考えはないわけでございまして、いままでの整理統合の経緯につきまして、安井委員も御承知のとおり、日本側で詰めて合意いたしましたものは、最小必要限度のものに限って認めておるわけでございますし、地位協定に従いまして厳正にやってまいったつもりでございますし、今後もそういう方針を貫いていくわけでございまして、ぞんざいにやるというようなつもりは毛頭ないのでございます。いままでも、たとえば移転住宅の戸数にいたしましても、そのうち必要な最小限度、一部しか代替施設を認めていない例は、安井委員御承知のとおりと思うのでございまして、国費を使ってやる仕事でございますし、基地を整理することがいかに重要でございましても、そのお金の使い方について、私どもそう放漫な措置をいたしていいということは絶対ないわけでございますので、今後も十分戒めてまいるつもりでございます。 国道三百三十一号線のことにつきましては、政府委員から答弁いたします。
○高松政府委員 三百三十一号線の問題につきましては、御承知のように、従来の米側の主張は、安全施設を相当大規模なものをつくるということを考えておりました。ところが、先般の安保協議委員会で那覇空軍・海軍補助施設、つまりあの両側を返されるということになっている。それに伴いまして、もっと簡単なものでどうだということになってまいりました。それができれば開放するということになっております。現在米側から一つの案が出てまいりました。それを中心に私どものほうで協議をしております。フェンス、信号それから横断歩道橋というふうなものが中心でございます。これらについての話がまとまればさっそく工事に取りかかって、工事が完成されれば一般に開放される、こういうことになると思います。 それで、時期はいつかという御質問でございますが、歩道橋をつくるのにかなり時間がかかる。設計から完成まで大体半年近くかかるものでございます。なるべくそれを急いで、できるだけ早い機会に開放するように私どもも話をまとめたい、こういうことでいま努力をしているところでございます。
○安井委員 設計に半年かかるのですか——そうすると工事は簡単でしょう。六、七カ月以内には大体間違いなしと、こう考えていいですね。
○高松政府委員 まあ話が早くまとまることが必要でございます。歩道橋が多いの少ないのというふうないろいろな議論がございます。そのようなものを私どもとしてはいま議論しておるところでございますわけで、普通の本土の横断歩道橋でもそうですが、それがみんなレディメードというわけにいかないものですから、若干つくるのに日にちはかかるようでございますけれども、できるだけそれを急いでなるべく早くやりたい、こういうふうに考えておるところでございます。
○浅井委員長 安里積千代君。
○安里委員 先ほど大臣は、外務省所管事項の説明として、北方領土問題について御説明がございまして、沖繩問題は所管外だというようなおことばもあったわけでございまするけれども、沖繩返還時からあるいは協定の前後を通じましても、沖繩基地の縮小、いろいろな問題は復帰後において努力するということがずっと言われてまいりました。したがいまして、沖繩基地の縮小その他のことにつきましては、当然外務省が所管にならなければならないし、絶えず外務省といたしましては対米折衝の中から沖繩問題——返還したとはいえ、返還後に残されたたくさんの問題、これから処理しなければならない問題はたくさんあると思うのです。ですから、その点についてを中心にして、沖繩問題に対する大臣の説明がなかったことはたいへん残念でありますが、次の機会に、復帰後における特に重要な問題である沖繩基地の縮小あるいは撤去、開放というようなことに対する政府としての基本的な方針、具体的な御説明を含めてお願いをしておきたいと思っております。 そこで、時間の制約もございまするのでお聞きしたいのは、沖繩協定の付属文書の了解覚書によりまするアメリカに提供する地域のA表の注2、あれは具体的にどのようになっておりますか。施設に近接する水域について提供を必要とするものがあるという条項がA表の注2にございますが、具体的にどのようになっておりますか、お聞きしたいと思います。
○平井(啓)政府委員 返還協定の注2の水域と申しますのは、陸上の施設に接続したところの水域で何らかの制限を加えている水域でございます。その態様にはいろいろございまして、まず陸上の施設の保安水域として必要とする水域、それから陸上の施設に接続しまして上陸訓練をやるような水域あるいは天願桟橋に付帯しておりますような船の接岸、荷揚げ等、あるいはもやい等のために必要とする水域等に分かれておりますが、いずれも五月十五日、復帰の時点におきまして、それぞれの施設につきまして日米の間に個々の覚書をかわしておりまして、その中に、それぞれの水域の制限の態様が記載されておりますが、陸上に接続しました保安用の水域に関しましては、一般的な漁業は制限されておりませんが、ただ永続的な投錨だとかあるいはそこに恒久的な建造物をつくるとか、あるいはその水域において何か破壊行為をするとか、そういうふうなものだけは禁じられている、そういう状況になっております。
○安里委員 その取りきめられた協定というのは、地域を具体的に公表されておられますか。
○平井(啓)政府委員 五月十五日の日米間の取りきめに基づきました内容につきまして、一応官報に告示してございます。そしてその中に、制限等を伴いますものについては、官報の中で明記してございます。
○安里委員 先般、恩納村の水域において、アメリカが使用するというので、恩納村当局に対してその使用について通告をしたという事実があって紛争いたしたのでありますが、そういう水域提供の要請がそのつどなされるという根拠がどこにありますか。
○平井(啓)政府委員 五月十五日の復帰の時点できまりました水域以外に、復帰以後新たなものを米軍が必要とする場合には、所定の手続を経て、地位協定上のいわゆる施設委員会、合同委員会の手続を経て、日米の合意が整って使用することになっているわけでございますが、ただいま御指摘の恩納通信所の前面水域につきましては、米側から、現在あります保安水域を少し広げてもらいたいという要望が出てきておりますが、現在なおこれにつきましては関係者等との調整を行なっている段階でございます。
○安里委員 そうしますと、いま具体的に問題をあげました恩納村のポイント通信所一帯で演習水域の提供を要請されてまいりました。現実にきたのですけれども、それは日米間に何の話し合い、協定もなしに、現地軍がただ関係町村に通告をしたというだけで、正当な協定に基づくところの提供の要請でない、こういうふうに承ってよろしゅうございますか。
○平井(啓)政府委員 ただいま御指摘の点は、こういう事実を踏まえて御質問があったのじゃなかろうかと思います。去る二月の一日にこの恩納通信所の前面水域におきまして、米軍が演習訓練の展示と申しますか、地元の方たちに見てもらうための計画を立てた事実はございます。これは昨年の十月にそういう水域を広げてもらいたい、そしてこういう利用をしたいという米側からの要望がございました。これを私どものほうの那覇防衛施設局が地元の関係者の方とお話をしております段階におきまして、一体どんな使い方をするのかという話になりまして、それでは一度そういう使い方の見本を二月一日の日に展示してみようということで、現在恩納通信所の前面に沖合いまで五十メートルの制限水域がございます。この水域の中で、こういった要望をしておるところの訓練の姿を一応展示しようという計画で当日進めたわけでございますが、いろいろ地元の御都合があって、やはりその展示演習を見るわけにいかぬということになったものですから、急遽すでにそこに準備に来ておりました米軍に申し入れを行ないまして、演習そのものは中止させたいきさつはございます。
○安里委員 二月一日に在沖米海兵隊情報部の発表によりますと、岩国の第一海兵隊航空団所属の第二海兵飛行支援中隊の司令部の要員が百名、先ほど安井委員のお話にもありました普天間の航空基地に岩国から移駐を開始したということが発表されております。その事実は御存じでございましょうか。
○大河原(良)政府委員 岩国におります海兵隊の一部の部隊の事務職員が普天間へ移動するという話を承知いたしております。
○安里委員 これは在沖米海兵隊の発表によりますと、司令部の要員百名と航空管制機器が一月三十一日から普天間航空基地に移駐を開始したということになっておりまして、単なる事務職員じゃなく、これは発表によりますというと、普天間海兵隊、航空隊の訓練強化を向上せしめるためだ、こういうふうにもいわれておりまするけれども、沖繩の海兵隊は、ベトナム停戦後の米極東戦略の中心とされておる関係から、今後これは在沖の米海兵隊が恒久に普天間に駐留するのではないか、ベトナム戦争後における機能強化の一環として、岩国から一部普天間に常駐するのではないかというふうにもいわれておりますが、そういうことは考えられませんか。
○大河原(良)政府委員 沖繩には第三海兵師団が駐留いたしておりますけれども、別途岩国には海兵隊の航空団が駐留いたしております。その海兵隊の相互の都合で、岩国にあります航空団の一部が司令部機能を普天間へ動かしたのであるというふうに私ども承知いたしておりまして、これは、特に航空機の移動等を伴うものではないということもまた承知いたしておりますので、そういう観点から、いま御指摘のものについてはとらえておるわけでございます。
○安里委員 先ほどの安井委員の質問にもあるいは関係があるのじゃないか、私はこう思っておりますが、P3の移駐に伴うところの補助的な施設として、普天間に対しまするいろんな補強工事も行なわれておるようでございまするけれども、これらと関連づけますと、今後やはりこれが沖繩に一部常駐されるという可能性も出てくる、こういうふうに思うわけでございますが、こういった移動などにつきましては、別に協議を要する問題でもない、こうは思いますけれども、復帰後において、沖繩の基地というものが、この一つのことを見ましても、前よりもむしろ強化されてくるというような感じを非常に受けるわけなんです。その点はどんなものでしょう。そういう事実はないだろうか。
○大河原(良)政府委員 那覇空港からのP3の移転の問題につきまして米側と話し合いました段階におきまして、米側はP3を、あるいはそれに関連する部隊を普天間へ動かすことはないということをはっきり申しておりますし、また先ほど申し上げました岩国からの一部司令部機能の移転につきましても、航空機そのものの移転はないということをはっきり申しております。したがいまして、沖繩におきまする海兵隊の基地機能の強化云々ということにつきましては、在来の部隊配置そのものを、特にこの段階で著しく変えるという性質のものとは私ども考えておりません。
○安里委員 いま沖繩を含め本土、韓国、台湾あるいはフィリピン、こういった地域にアメリカの軍隊が駐留しておりますが、この各地域ごとにどれくらいの人員が駐留しておるかおわかりですか。
○大河原(良)政府委員 これは、米側が発表しました公式の数字でございませんで、いろんなデータを整理しましたところ、こういうことではないかと思われますのは、日本に沖繩を含めまして六万二千、韓国に約四万、フィリピンに一万七千、タイに四万五千、こういう大ざっぱな数字は申し上げ得ると思います。
○安里委員 日本の場合はいま沖繩を含めましたけれども、本土と区別して御説明願いたいと思います。
○大河原(良)政府委員 本土が二万二千、沖繩が四万でございます。
○安里委員 いまお示しになりました数字、もちろんアメリカ軍が公表されたものではありますまいけれども、日本本土全体に二万二千、沖繩に四万、四万一千といわれるものもありますけれども、韓国に四万、台湾はだいぶ減って八千とも一万ともいわれておりますけれども、フィリピンに一万五千、タイに四万八千ですか九千ですか、そう考えてみますと、この配置されておりまする軍隊の数からいいまして、日本全体で二万二千、沖繩でその倍の四万、韓国だけでも四万、韓国と同じものが沖繩に置かれておる。台湾の五倍、フィリピンの二倍半もある。この狭い沖繩に、基地の広さはいまここでは申し上げませんけれども、人員そのものから見ましてもたいへん膨大なものになる。 そこで私は、復帰後の沖繩に対して、日本政府とされまして、基地の撤去はもちろんでございまするけれども、これだけの全韓国に匹敵するようなあるいはフィリピンの二倍以上もある、約三倍近くもある、そういうような配置が沖繩にあるということ自体の中に、私は政府として、日本として考えなければならぬ問題があると思うのです。これだけの人員、これだけの基地がほんとうに沖繩にどうしても必要なのか、これに対しましてアメリカがどう言おうと、この縮小あるいはまた撤去という問題について、日本の自主的立場から要求されなければならぬ問題じゃないか、こう思うのですが、これはもうアメリカの言いなり、アメリカが必要だと言うからこれは承知しておるわけでしょうか。それとも、積極的にこれを何とかするというところの方針が政府にあるかどうか承りたいと思うのです。
○大平国務大臣 御指摘のとおり、駐留しておる軍隊の数から申しましても、基地の面積から申しましても、圧倒的に高度の負担を沖繩県がいたしておるということにつきましては仰せのとおりでございまして、沖繩における基地の整理、縮小ということは、先ほども申し上げましたように、今後の開発を考えていく場合におきましても最大の問題でございますこともよく承知いたしておるわけでございます。私どもといたしましては、鋭意、この現状を打開していくために最善の努力を払わなければいかぬと思うのであります。 問題は、これをやるにいたしましても、米側との合意の上でやらなければ実効があがらぬわけでございます。したがって、米側との折衝に一そうの熱意を傾けて努力しなければならぬことがまず第一に必要だと思います。 第二に、これを整理統合するにいたしましても、最小限度の代替施設を要求された場合に、その代替施設を引き受けるところがない場合に、その計画の遂行がはばまれるわけでございますので、これは沖繩だけじゃなくて、全体の基地関係者の十分な理解と協力を得なければならぬ仕事であると思うのでございまして、そういった点に細心な配慮を払いながら、局面を打開していくために層一そうの努力を傾げてまいるつもりでございます。
○安里委員 具体的に、この間北谷村から軍用地の開放の要請というものが当局にも出されているはずでございます。図面も添え、そしてまた、実際上どのように使用されておるかということにつきましても、詳細なものが示されておるはずであります。 一たん提供しておるのでアメリカはなかなか放さない。アメリカの了解なしには。これは一たん提供したから、そうかもしれません。しかしこれは常識的にいいましても、ほんとうにこれが基地として必要なのか、中には中古車の販売場所なども設けられておる。何の関係もないところの基地というものが使われておる。これがどれだけ市の計画にもあるいは産業の発展にも影響しておるか、はかり知れないものがあるのです。ですから、ごらんになりましても、こんなことまでもアメリカが使っておるかという地域はたくさんあると思うのです。 私がお聞きしたいのは、アメリカの了解なしには、とおっしゃるのでありますけれども、そういった問題に対して積極的に政府がやるだけの腹があれば、アメリカがどうしてもこれが必要だというところの理屈は成り立たぬものがたくさんあると思うのです。 いま、北谷からの要請に対するところのお考えはどんなものでしょうか。事情はわかっておるはずであります。
○大平国務大臣 北谷村の実情につきましては、先日、同村の代表者の各位から直接御説明を伺って、まことに御同情にたえない次第であると思います。政府としては、今後沖繩における米軍施設、区域の整理統合を進めるにあたりましては、同村の置かれた立場、事情というものを十分念頭に置いて進めてまいらなければならぬと考えております。
○安里委員 それでは、あとまた次の機会にあれしたいと思います。
○浅井委員長 次に、瀬長亀次郎君。
○瀬長委員 二十三日の外務委員会で、私、沖繩の基地にAIDがあると指摘したことに対して、調査した結果あることがはっきりすれば、政府は責任ある措置をとるということを外務大臣言われましたが、その責任ある措置の問題はあとにいたしまして、AIDがキャンプ桑江内にあるということを確認されましたか。
○大河原(良)政府委員 キャンプ桑江の中にAIDの事務所があることを確認いたしました。
○瀬長委員 さらに事実関係をもう少し確認したいと思います。 このAIDはいつごろから沖繩に居すわっているか、これ、説明願います。
○大河原(良)政府委員 キャンプ桑江の中にAIDが、AIDという看板をつけて事務所を持っていることを確認いたしましたけれども、そのAIDの事務所がどういう仕事を営み、軍とどういう関係にあるかというふうな事実関係を目下引き続いて調査中でございますので、いつからAIDがそういう活動を沖繩でやっているかということにつきましても、引き続き調査の対象といたしております。
○瀬長委員 きのう二時、沖繩県庁の職員、これは県知事の指名で一人派遣され、さらに関係の村である北谷村の村長の指名で一人参加し、さらに県会議員三名、報道陣が数名行って、もちろん写真をとり、AIDはまだごう然とかまえているということをはっきりさしたわけでありますが、その間に、民間の——民間といえば沖繩の業者であります。いわゆる家具業者、これが家具を納めるためにやってきた。いつごろからAIDと契約して——家具というのはベッドあるいは机、いす、テーブル、そういったような家具類です。実に十年前からやっている。そうなりますと、AIDが設置されたのが一九六一年、アメリカの海外援助法に基づいて同年の十一月三日に設立されております。そうなりますと、設立の一年後にはすでにAIDなる米国務省機関がキャンプ桑江にいたということがはっきりするわけなんです。これはきのう、ちゃんと業者からの証明なんです。したがって、この点を私重視します。 そこで問題に移りますが、いま嘉手納、北谷村長も、早く撤去して開放を要求することは当然でありますが、この場合、はっきり申し上げたいのは、四十六年十月二十九日、予算委員会で福田国務大臣は、松本善明委員の質問、すなわち、外務省が協定——沖繩返還協定であります。協定を結んだ、特殊部隊についてもよく調査をしてやった。うそじゃないか、現にそういった陸海空軍のほかにおるじゃないかということに対して、福田国務大臣は、いや沖繩基地は、ここにはっきり書いてあるのは「詳細に調べましてこれ以上のことはできない、こういうことで締結をいたしたわけであります。」こう述べております。 そうなりますと、前に、CIAの問題あるいはCSGの問題、特殊な部隊がいろいろあります、それを追及されて、一部は撤去するという措置もとりましたが、いま、AIDが実に締結以前からおり、返還協定が発効した五月十五日以後もなお居すわっているという事実を、あなた方自体がもう明らかにした。そうなると、「詳細に調べましてこれ以上のことはできない、」ほど調べた、そうしたあとで沖繩返還協定なるものを結んだというこの国務大臣の発言は、まっかなうそだった、明らかになっております。これは、安保条約、軍事同盟がいかに危険なものであるかということがわかります。そして、この問題は、十分調査した、ところが調査してもこういったような安保条約、地位協定などにも違反したものがなお居すわっているということになりますと、これはうそでしたね。これは確認されますか、うそでありましたと。
○大平国務大臣 いま政府委員から御答弁申し上げたとおり、瀬長さんの過般の外務委員会において御指摘になりました案件につきまして、一つ確実になりましたことは、AIDというタイトルを持った建物があるということは確認したわけでございます。それはいま申し上げたとおりでございます。しかし、その機関がどういう機能を果たしているか、軍とどういう関係にあるかという点をいま詳細に調べつつあるわけでございますから、その所要の調査を待ちまして、私ども判断せねばならぬと思っているわけでございまして、いまの段階におきまして、あなたが言われるように、直ちに、これは地位協定違反であるという断案をお下しになることは時期尚早でございまして、所要の調査を待って判断さしていただきたいと思います。
○瀬長委員 私が指摘しているのは、十分調査した、これ以上調査することができないほど調査したあとで沖繩協定なるものを結んだということに対して、調査しておれば、こんなことは飛び出すはずはないわけです。しかしもう飛び出してしまっている。いわゆるアメリカの陸海空軍のほかに、政府機関なるAIDなるものが、しかも、こいつが非常に危険なやつなんです。これがあるということが確認されたので、十分調査したあとで締結されたものではないなということがわかるわけなんです、これは常識で。それをお認めになりますかと聞いておる。
○大平国務大臣 おことばを返すようでございますけれども、その機関がどういう機能を果たしておるか、それから、軍とどういう関係にあるのか、そういうことを調査をし、やりました上で判断さしていただきたいと思うのでございます。
○瀬長委員 この外務大臣の答弁からもわかりますように、日本政府は対等、平等な立場で安保条約を六〇年に結んでいないことはようわかるわけです。いわゆるアメリカが主人公で、そのもとに従って結んだのが安保条約で、軍事同盟条約である。ですから、われわれからこう指摘されて初めて、ははあ、そんなのがあるのかなと、あなた方はアメリカにだまされていたのですよ。だまされていたことをまた知らないのか知っているのか、これもわけがわからぬような状態が、いま外務大臣の口から出たわけなんです。 そこで、二十三日の外務委員会で、責任ある措置をとる——AIDがあるということはわかっている。AIDは軍との関係どころじゃないです。あれは国務省と関係している機関であります。これが万一、軍事的に何か関連があるようであれば、一応看板は撤去させるか、関係あるものとしておくのだという解釈に立つのですか、そこらはどうなんですか。
○大平国務大臣 まず調査さしていただきたいと思います。
○瀬長委員 調査、調査と言われますが、調査すればするほど日本政府は窮地に追い込まれてくる。それでとうとう拡大解釈をして、事実はAIDなるものはあるが、これは看板をはずして、そうして実際には軍と関係があるんだということで認めるという方向で拡大解釈をされるつもりはないでしょうな。安保条約の実質的改悪ということになります。
○大平国務大臣 これがどういう機能を果たしておるか、軍との関係を精細に調べまして判断さしていただきたいと思います。
○瀬長委員 AIDという看板は目ざわりになるので撤去させますか、どうです。看板はちゃんと掲げられている。看板の問題。
○大平国務大臣 ともかく、実態をもう少し究明さしていただきたいと思うのでございまして、それに対してどういう判断をし、どういう措置をするかということは、その調査を待ってやはりやりますのが、政府として正しい態度と思うわけでございます。
○瀬長委員 次の問題でありますが、AIDはどういう仕事をやっているか。ベトナム停戦協定に次いでラオス停戦協定が結ばれたわけでありますが、このAIDは、平和時においても戦争準備をアメリカがやるためにつくられたもので、特に七三年、ことしの二月十九日のUP電は、アメリカのやり口を、停戦した場合、こういったAIDあるいはその他の心理作戦部隊、これがどういうことをやるか、こう書いてあるのですよ。「CIAのもとにゲリラ軍」——これはラオスのバン・パオの反共軍のことなんです。「ゲリラ軍にたいするアメリカの財政的支持と指導が続けられた。その組織者はビエンチャンにある米国際開発局(AID)や米大使館にひそんだ。」 そういったようなものである。したがって、停戦後もこれがこういう形で仕事をやるのだということを明らかにしておりますが、さらにAIDの予算を見ますと、このAIDの目的は、低開発国に対する経済、技術援助などを行なう。機能は、低開発国の公的、民間機関に対するアドバイザーとしての役割りを果たし、相手国の経済、社会、政治的発展に寄与する。そのためにアメリカの大学、事業所、労働組合、民間機関と契約を結んで要員を確保するということで、資本の援助といったようなことから、特に「警察と反乱鎮圧」、これは六四年にサイゴンでAIDが発行したものでありますが、その前文でウォルトン公安責任者はこのようなことを述べております。このテキストに含まれている手段は、平和時においてのものではなく、戦時において敵を打ち負かすためにやられたものであるということすら明言をして、しかも主要な任務としては、公安関係の任務としては、この前もちょっと触れましたが南ベトナムの警官をアメリカで特殊訓練をする。南ベトナムにおける十五歳以上の再登録のための費用、獄舎、いわゆるトラのおり、実に残虐なことをやり、そこにまだ何十万を数えるような捕虜が釈放されないでおる。こういった獄舎を建設する費用もAIDの予算から出ておる。さらに在南ベトナム公安関係者の費用、村落に派遣する警官増員のための費用など、一九七一年度に千三百万ドルの予算まで要求されている事実が明らかにアメリカの米国政府機構要覧、これは一九七〇年から七一年版ではっきり説明されているわけなんです。これが具体的に沖繩のキャンプ桑江にもはっきり——あの表示によりますと、すでに国務省国際開発局極東地域補給事務所、これがどういう関係にあるかはもっと調べぬとわかりませんが、いずれにしてもこのいま申し上げましたAIDなるものは、ベトナム、ラオス停戦協定後は、沖繩基地を中心にして心理作戦の最先頭に立とうとしている。これが現に日本の国土の中にある。そうなりますと、これははっきり撤去させ、あなた方が言ったようなことがうそでないとすれば、このような危険なものはなくしないと、田中内閣自体が、現在のベトナラ、ラオスのあの戦争しちゃいかぬということに違反をしているアメリカに手を貸し、そして再び戦争と侵略の準備、これに手を貸すということになる。ですから私は、この前の外務委員会でも、看板を取り下げる問題とかなんとかということではなくて、この実態を全日本からなくさなければ日本の安全は守れないという観点から述べたわけなんです。したがってこの問題は、大平さん、調査する調査するばかりで逃げておるが、一体ほんとうに大臣として責任ある措置をどうとるか、これだけはっきり言ってください。調査するなんてやめて。
○大平国務大臣 非常に責任がありますから調査するわけでございます。あなたからいろいろお話がございましたけれども、問題はキャンプ桑江内にある機関が、地位協定上存在を許されるかどうかという問題が問われておるわけでございますので、それに必要な調査をいたしまして、政府として判断し、措置いたすつもりでございます。
○瀬長委員 時間がありませんのでこれで締めますが、この点は、一日の合同審査委員会でも引き続き行なうつもりでおりますが、きょう明らかになったのは、外務省自体がいわゆるAID、国務省機関があるということを確認され、それがあの協定が成立するかしないかという点について触れたわけで、十分調査して協定を結んだということがうそであったということが明らかになり、事実あるのだから、そういったことからベトナム侵略戦争にいかに協力加担したかという点も明らかになりつつあり、したがって、いまの問題は、これは全日本の安全に関する問題であり、安保条約が安全のためではなくて、危険な、実に戦争と侵略、しかもアメリカに従属した形の軍事同盟条約であるという点が明らかになりつつあります。責任ある措置をとるといった、二十三日の外務委員会での大平外務大臣の責任ある措置をはっきり一日の委員会では述べてほしいということを要望いたしまして、私の質問をこれで閉じたいと思います。
○浅井委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時五十七分散会