予算委員会第三分科会 第4号
- 発言数
- 137 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1972/04/26
会議録
○主査(松永忠二君) ただいまから予算委員会第三分科会を開会いたします。 分科担当委員の異動について御報告いたします。 本日、和田静夫君が委員を辞任され、その補欠として杉原一雄君が選任されました。 —————————————
○主査(松永忠二君) 昭和四十七年度総予算中、農林省所管を議題といたします。 質疑のある方は順次御発言願います。
○杉原一雄君 予算委員会の総括から一般、そしていま分科会に入っているわけですが、私の意図をまず明らかにしておきたいと思いますが、総括の際にも申したように、旧全総、その大きなしわ寄せと申しますか、率直に言ったら見込み違い、その次に新全総という計画が四十四年の五月の閣議で決定して一部仕事が始まっているわけですが、それも本会議、私の予算委員会の質問等を通じて、総理並びに担当責任者の木村長官もその欠陥を明らかに認めて、そしてまたその後に対処して総点検を開始するという約束を実は取りつけておるわけですが、その新全総の大きなひずみとか欠陥が、総理の口をもってすれば、公害のたれ流し、あるいは住宅政策の不足、社会資本の充実がはかどらないということなど明らかにされたわけですが、ただ私そうした自己批判の中に一つの大きな落とし穴があるかと思います。それは農政の、いわゆる農民不在の農政という表現でぼくらはよく言いますが、農政は、あと追いと申しますか、あと始末と申しますか、結局積極的に日本の農業をどういうビジョンでこれを追求していくかという基本的な姿勢の欠如、それに伴う農民の意欲の阻喪、きわめて大事なものがあるわけでございます。ただ私は、それはよいことだといっていま経済同友会が発表したような新しい国土建設への提言などというものに惑わされる気持ちはいささかもございません。これらの発表にしろ、立地交通政策ということが経済審議会からその素案が発表されたのを見ましても、押しなべて農業の問題に対してきわめて冷淡な姿勢を実はとっておる。こういうことから、農林大臣も農村出身であろうと思いますし、私も六年前までは八反の農業を経営をしておりました一人でございますので、こよなく農民を愛し、日本の農業の将来には憂いをともにする一員でございます。そういう点から、最近起こっているさまざまな農業にまつわる自然的な危険、あるいは社会的な危険、こうした危険に対し微力ながら排除をしていきたいという意欲で国政に参加しておるわけであるし、 〔主査退席、副主査着席〕 同時にまた、本予算委員会に臨むにあたりましても、そうした根性を失わないで微力ながらやっているつもりであります。きょうは最後の分科会でございますので、政府側も率直に腹を割ってお話をいただいて、そうした中から統一ある理解を求め、それを足場にして私なりにまた一つの飛躍を試みてみたいと実は思っている、こうした意図のもとにきょうは質問戦を展開いたしているわけであります。 そこで、非常に気になることでありますが、自然的危険のこともさることながら、どうもいま農政当局が進められようとするさまざまな農政が、とかく私は勇気と自信を持って農民が立ち上がるような鼓舞激励するような前途非常に明るいという展望のきざしがあまり見当たらない。 たとえば、第一点としてお伺いしますが、稲作の指導方針の問題であります。その一つとして、昭和四十七年度の作付制限、減反計画、こういうことで、農林省側から生産目標をきめて、ことしの米の生産制限の目標を決定して、それに基づいて都道府県に指示をされ、都道府県はいま市町村段階におろしているわけですね。こういう中で、現状を——ただいま皆さんのところへ地方農政局等から上がってきた大体の傾向と申しますか、数字的に申せば、期待する方向に数字が上がってきているのかどうか、いや期待を上回るような結果になっているのかどうか、いや期待より非常にはるかに遠い、そうしたいろいろな現象が、私は数字を把握しておりません。でありますから、政府のほうで把握した問題等について、いろいろ具体的なより特徴的な問題を明らかにしていただいて、そこにいま進めようとする生産計画、減反計画について、いまの時点で踏みとどまってもう一度考えてみる必要があるような問題は存在しないか、はたしてこれは自然的危険のみならず私をして言わしめれば社会的危険も伏在しているんじゃないか、こういうふうな危惧を持っていまの問題提起をしているわけですから、この四十七年度の減反計画と、それを進めるいまプロセス——過程にあると思いますから、その現状と問題点ということで明らかにしていただきたいと思います。
○政府委員(三善信二君) 四十七年度の米の生産調整につきましては、三月の上旬に県から市町村への四十七年度の目標数量二百十五万トンの市町村別配分が終わりまして、現在市町村は農家別に目標数量をきめている段階でございます。私どもが把握しているところでは、大体全国の六割の市町村は個人別配分を終わった段階でございますが、残りの四割につきましては現在配分を進めているところでございます。農家の引き受け数量が最終的に確定するのは六月になりますので、現在の時点でその見通しがどうなるかということを申し上げることができない段階でございますが、私どもが県あるいは地方農政局等から事情を聴取しているところによりますと、去年に比べてことしは生産調整の農家別割り当てが非常にスムーズに進んでいる、ある意味では非常に静かである。去年は生産調整を引き受けることができぬとかいろいろございまして、行政当局としてはいろいろ苦労があったわけでございますが、それに比べてことしは、まあ静かということばを使っておりますが、きわめてスムーズに農家別割り当てがきまっている。このことの意味が一体何を意味するのかということにつきましては、現在私どものほうといたしましては、今後の推移を見て検討したい、こういうふうに考えておるわけでございます。
○杉原一雄君 ぼくは昔、小学校の教員だったのですよ。だから教育のことをいつも心配しているのだが、去年から使っている教育出版の小学校の五年生上の社会科にあるのですが、ここに「いな作への努力とくふう」という一つの項目があるわけです。「なわしろづくりと田おこしのくふうまず、なわしろづくりのくふうを、北海道地方のいな作のしごとで調べましょう。」という課題を提起して、「北海道では、ほかの地方にくらべて、春の気温も低く、冬も早くおとずれてきます。短い夏のあいだにいねを育て、冬がくる前にかりとりをすませるためには、低温に強い品種をつくるとともに、いねを早く育てるくふうがたいせつです。そのため、まだ雪にかこまれているようななかで、畑にビニルをかぶせた保温なわしろをつくって、いねを育てます。なわしろに使う土は、よくこえたものを、秋のうちに準備しておきます。なわしろで、なえを育てるあいだも、たえずなわしろの温度やしつ度に気をつけなければなりません。」、このように、これは北海道の寒いところの農民の努力の姿を映し出しているわけですが、こうした努力——後ほど結論的に申しますが、こうした農民の努力が、いまスムーズにとか静かなる解決というふうにおっしゃっているが、その静かなるということは、あるいはスムーズということは、皆さんの減反政策の目標に近づいている——近づいているというのは、期待に近づいているということですね。去年あるいはもっと前あたりは、農民は皆さんの主張が十分理解、のみ込めないということとあわせて、農民の意欲がまだ強かったから、逆によけいつくろうという努力があったが、今度は逆に、私の県の一つの郡が一つの市になったところですから、クマも出ればヘビもたくさんおるというところが市なんです。そういう市、マイクロバスで一日に百四十台も平坦地のところへ働きに出かせぎをする農家、その農家等では今度は逆に市から割り当てたよりもはるかに希望が出て、市はあわてて、一軒当たり五俵ぐらいもうちょっと米をよけい出してくれぬか、作付をふやしてくれぬかということで、七千枚のビラをまいて宣伝しているのですよ。これは富山県のように米づくりにかなり条件のいいところでさえそういう現象が出ているのですから、いわんや子供に教えるこの教科書などにいう北海道などはどうなるのですか。だからスムーズとか、静かなる決闘ということばがありますね、映画のテーマに。「静かなる決闘」——決闘ではないでしょうが、農民は静かなる退却を進めているわけですよ。そういうとらえ方の問題の中に、あなた方は自分たちの目標を示して、その方向へ行けばそれで万事オーケーだと思っているのですか。その辺のところ大臣ひとつはっきりしてもらわぬと困りますし、一体農民はどこに行くのですか。この教科書で学んで、子供たちはどういう理解をするのですか。その辺のところを経済同友会が何かぺらぺらと、こういうことを書いてみたり、経済審議会の——これはだれが委員長か知らぬけれども、立地・交通政策のようなものをぺらぺらと書いてみたり、これを読んだら、ぼくら、農民でなくても、国民としては、総論としては賛成ですよ。経済同友会とぼくらは階級的立場は違っておりますけれども、ここにあらわす表現によってはそんなにきたないこと書いておらぬ。どこにエゴイズムな表現をしますか、非常にきれいごとを書いておるでしょうが。これに対しては私たちは反対できかねるような表現なんです。ところが、具体的な各論になると、公害の問題の始末もろくろくできないし、社会資本の立ちおくれを直しますと、何年たったら直すんです。それよりももっと、農業問題を論じているのですから、生産構造のひずみの中で、日本の農業よいずこへ行くという問題は、ぼくは国会に出てから四年ほどたちますが、毎年提起してきている。ところが、毎年退却している。この事実は、いまの作付け減反の静かなる状況にあるという局長の答弁はそれではいいでしょう、表面はいいでしょう。しかし、その中に隠された、秘められた農民の農業意欲——まさか瑞穂の国なんとは私は持ち出しません。それから農本主義などということはいまさら言っても人に笑われます。しかしながら、少なくとも赤城農林大臣はそういう原則に立って今日まで努力してこられた方だと信じております。現時点どうです農林大臣、どういうお考えですか、このような状況は。局長がああいう報告のしかたをしました。それでいいですか、これははっきりしてください。
○国務大臣(赤城宗徳君) 私は、農民の心理から言いますなら、農民というのはとにかく、いまの教科書にあるように、早くから用意して種をまいて、苗を育て、そうしてつちかい育てると、こういうのが農民の尊い心理状況だと思います。ですから、この自分の土地の中で生産をある部分やめるということは、これは子供を育てるような気持ちでやっておるのに、農民としては非常につらい心情だと私は思います。ですから、ほんとうは生産制限なんということは好ましいことじゃないと思います。しかし、この個人個人そうでありますが、農業者全体という立場から見まするならば、やはり生産して供給するものと需要とがマッチしなければ、これはいわゆる豊作貧乏みたいなことにおちいって、生産のメリットが出てこないわけであります。ですから、商人にしても、品物が店にたくさんある場合には、たなざらいをするとか、あるいは生産をある程度制限して、需要にマッチするようにしなければ、米もいま一つの商品になっていますから、商品生産の一部分になっていますから、農民の心理等を離れて、また物となっては、商品ですから、需給の調整ということが全体としては私は必要だと思うのです。で、これはほんとうは生産者、供給者自体が一つの調整の役割りをすべきものだ、そうしてある程度生産を減らすということにしなくちゃならぬのが、まあ資本主義経済の一つの鉄則だと思います。そういう意味で、ほんとうは農民自身が、つらいことであるけれども、生産をある程度差し控えることをしなければ、農民全体、農業全体がいわゆる豊作貧乏的なことで立ち行かなくなるというようなことに逢着しているのがここ数年来のことだと思います。そういうことで、農民自身がやるべきことでありますが、農民自身が組織化して、そうして全部お互いに幾らずつちょっと減らそうじゃないか、転換しようじゃないかというようなことは、なかなか自発的にはでき得ないことだと思います、そういう意味におきまして、政府も農民全体の立場というものを考えて、そしてある程度の生産調整ということをせざるを得ない、つらいことでありますが、せざるを得ないというのが、生産調整に踏み出した理由だと私は思うのであります。そういうことから、ここ二年ばかり生産調整をして、去年などまでは、たいへん農民の種をまいて育てていくという気持ち、子供を育てるような気持ちに反する方策に対して、非常に抵抗といいますか、不安があったと思います。しかし、だんだんそういう状況も、自分自身のことよりも、全体としての立場と、農業者としての立場というようなことに対する農業者の認識がある程度わかってきた、浸透してきた、こういうのがことしじゃないか、こういうように思うのであります。でありますので、ほんとうは生産調整の割り当てというようなことはすべきもんではございませんが、しかし一つの方針、全体としてはどれくらいの調整をして、制限をしたり転換をしたりするのが全体としての立場としていいことなんだというような一つのめどというものは示さなくちゃなりませんから、そういう責任もありますから、政府が生産調整のめどを示した、それが県当局も非常に去年までは骨が折れたんですが、わりあいに町村にもおり、町村でも去年よりはある程度理解を得て調整に協力している、こういうのが現状じゃないかと私は見ておるのでございます。でございますから、ほんとうは、ことしは作付をやめたが来年はやるというようなことじゃなくて、生産調整を恒久的にして、ほんとうは需給のバランスがとれるようなところにいったならば、作付をやめるようなところは転換すると、極端に言えば、そういう土地は国で買い上げて、そして建設の道路工事だとか、あるいは宅地造成とか、いろいろな開発の時期に農地をつぶすことがございますが、そのときになかなか土地の買収が困難だというような実情がありますから、ある程度農地の作付をやめたというようなところなどは、国でほんとうは買っといて、そして公共用に土地を必要とする場合のかえ地としてそれを提供するというような制度ができてくれば、私は一番いいと思うのです。しかし、なかなかそれは適当にかえ地として希望するかしないかという問題もありましょう。私は、そういうような方向にまで持っていって、一時的の作付の制限というようなことじゃなくて、需給のバランスがこれでとれるというところまでいったならば、これを転換するか、あるいは国で買い上げておいて、そして公共用地のかえ地にそれを提供する、そういうところまでほんとうはいくべきじゃないか、こういうように考えているわけであります。しかし、とにかく現状において、非常に農業に対して熱意を傾けておられる杉原さんに心から敬意を表しますが、その杉原さんのお話の中で、一部非常に、何といいますか、むしろ作付の制限が進み過ぎて困っている、これは農業に対するビジョンというか、意欲というものがなくなっていく面からそういうことになっているんじゃないかというようなお考えのもとでのお話も、私はある程度そういう点もあると思いますけれども、当面する生産調整につきましては、だんだん生産調整というものの役割りといいますか、役割りというものに対してそうせざるを得ない、残念ながらせざるを得ないんだというふうな気持ちのあらわれが、局長の静かなる状態ということばが違当かどうかわかりませんが、とにかく生産調整というものは農民全体としてするのがしかたないんだという気持ちになっておるのではないかと、こういうふうに私は見ております。
○杉原一雄君 農民が困ってあすからでもこじきをするような印象を与えておりますが、そうじゃなくて、二、三日前、私、市長選挙があって富山に行ったのですが、農民のいろいろ話を黙って聞いていると、ふところに三億円のお金を持っている農民がおりますね。それは米をつくってもうけたんじゃない、団地造成のために協力してたんぼを売ってもうけたお金で、お金の隠し場所がないので困っているという話を聞きました。これがほんとうの農民の姿かどうか。これはやはり政策の矛盾だと思うんですよ。農民を愛するがゆえにそういう結果を生んだんじゃない。日本の国土開発計画、あるいは産業構造の問題、おしなべて大きな矛盾が、そういういびつな、頭でっかちな子供が生まれるというのと同じ結果が現象として出てきているんじゃないかと思う。だから、いま農林大臣と基本においては一致した点があると思いますが、ただ現象的な把握のしかた、たとえばお米は商品であるというその発想法が出発点になっているわけですね。すると、お米が商品であることはいまの機構の中ではやむを得ないでしょうが、その商品にかなりの政府がドライブをかけていろいろ政策的なバックアップをしてきたわけです。そのかんぬきをみな一つ一つはずしているわけだ、いまわね。そういうところに、現在お米は、新幹線に乗って私帰ろうと、信越本線に乗って帰ろうと、沿線にどういう看板があがっていますか、農林大臣ごらんになったことがあるでしょう。日本一うまい福井米、そんなことありますか。日本一うまい越中米、そういうことありますか。至るところに日本一があるというのが、それが商品——米の姿なんです。農民をそういう形にいま追い込んできた過去の政策的ないわゆる問題についてやはりメスを入れなければ——それでもし足らなければ、私はやはり計画経済に入らざるを得ないと思うのです。いわんや、米というのは人間の主食であります。そういうものについて、どれだけ生産して、どういう形で価格を保証し、どういう形で配給ルートを貫いていくかという問題。ところが、配給ルートを一つ見ても、価格政策一つ見ても、片っ端から米をささえてきたつっかい棒がみなとれていってしまう。いまの時点で裸にされたら、農民はたまったものじゃない。裸にするなら、もっと早く裸にしなさい。いまになってようやく裸にして、あこにもここにもきちんとした工業基地をつくって農民の行き場がないような形に追い込んでおいて、さあこれから農民はどうするか、そうか、それならば会社、工場来てくれればいいのう、行けば働き場もあるだろう、たんぼも高く売れるだろう、こういう農民の心理状況に大きくなびいているわけですね。だから、これはぐち話になっちゃうからやめますけれども、結局そういう政策の上には、北海道や青森の農民がどうしたらいいかということになる。すると、むつ小川原湖みたいなものに飛びつく者もおれば、先見の明のある人はもう命がけで反対をするという現象がいま起こってきているわけですね。だから、結局、北海道や青森の人たちが、おれはもう百姓やだわいと言っている、最近のぐち話と申しますか、訴えは、この五段階の通信簿ですか、米の通信簿という問題でしょう。米の五段階評価という問題が政策として打ち出された関係上、青森や北海道は、私も北海道に去年行ってきましたが、米はうまいとは思いません。そうすると、通信簿から見ればずっと下の段階になる。そうすると、値段に格差がつくわけなんです。それで、北海道の米はまずい、まずいと言って宣伝されりゃ、北海道を離れるわけにいかぬでしょう、買い手がなくなる、じり貧ですね。そういう形へ追い込んでいるところに——農業の問題は、天然、自然を克服して農民は今日まできているから、北海道の極限まで米つくるところまできたんだと。自然的危険に対しては、農民のなみなみならない努力と英知によって、私かなりの問題を解決してきたと思うんです。ところが、いま、社会的危険というよりも、政治的な悪策でこういう結果にますます追い込もうとしておる現実ですね、この現実をどう把握するかということが農政のポイントにならないと、結局現状説明に終わるわけですね、現状説明。 現状説明の中から、農民には——私も五、六年前までは、これは技術上まずいということはわかっておりながら、家内一人でたんぼさせるのはかわいそうだから、朝の五時ごろから田の草取りに入ったことがあります。これは技術上まずいですよ、気温のあったかいときにどろをこうかきまぜればいいわけですからね。そんなことはわかり切っておるんだけれども、労力不足もあったりして同時にまた、私は一つの使命感を持ってやっておりました。朝早く田の草取りをすることに、一つの健康上の問題もあり、かつまたそうすることが農民の一つの——二宮尊徳のまねをするわけでないけれども、生きる道ぐらいに思っておった。そういう努力はいまの農民から出てきますか、それはもう出てきませんよ。 それよりも、もっと地域的に脱落するというこの現象を、これでいいんだと、田中通産大臣のように、北海道に工場を分散する、そういうことの前ぶれになるんじゃないですか、こういうのは。通産大臣、えたりかしこしで、北海道へ工場を持っていきたいと言っていますよ。それで、やっぱり国土開発上それが妥当なのかどうか。私はまだそこまでうなずきませんよ。一般質問のときには、田中さんにかなり食らいついていったんですがね、納得できませんよ、その辺のところ。 いままで、ぎりぎりとあきらめさせて、栃木の人たちが栃木の村を離れて、北海道からいわゆる栃木へ帰る。足尾銅山から追われ、六十年たってまた足尾銅山の近くへ戻ってくる。それは、あなた、個人にとっては悲劇ですよ。こういう悲劇を生み出すようなことを皆さんが政策的にバックアップしているわけなんですよ。それでもいいですか、その辺のところ。 何か、こう、そういう点では、政策的な裏づけといいますか、バックアップといいますかね、それならそれでいいと、北海道へ、米つくるなと、そのかわりこういうプランを持っているから、青写真を持って臨むから、通産とも相提携して、あるいは経済企画庁とも提携しながら、北海道の全地域をこういう形でひとつやろうじゃないか。農業面では、それなら酪農でやるとか、いろいろな方法がありますが、それを完全に保証できる自信がありますか。酪農やれば、またがた落ちでしょう。鶏やれば、また卵の値段はけえらんになるでしょう、返らぬで。元も子も返らぬ、けえらぬ。そして卵の液体のやつがどこかの国から入ってくる。 何か、こう、私、悪い考えですけどね、経済同友会のこれを見ても、経済審議会の答申案を見ても、基本には工業立国ですよ、工業立国。アジア全体の、昔のようにアウタルキー——アジアの一つの地域で国際分業をやるという自信がありますか。その保証がありますか。中国とさえろくろく手を握れない日本が、アジア全地域の国際分業やっていく指導権を持っていけますか。それには、私たちのような、外交交渉も立て直さなければだめですよ。そんなこともろくろくできないで、輸入に待つ、輸入に待つ、生産性が高いところはやめなさい、気温が低くて自然的なそういう危険があればやめたらいいじゃないかと言わんばかりの政策を次から次へと打っていくわけですね。これで、私は、農林省は農民の味方だということが——これは私の一方的きめつけだけれどもね、あなた方、そうでないというなら、そうでないと言ってください。おれたちは農民のことはどうでもいいがで、日本の国土開発という高い観点からものを考えておる、それならそれでいいでしょう。それならそういう形で農民に向かってください。何かいかにも農民の味方のような顔をしておって、やることなすこと農民の敵に回っている。この現象に対して、一年か二年局長をやれば、それでまたかわるというようなことでは、困るわけなんです。その辺のところをやはり大臣は一つのプランを示され、あるいは作付しないところは温存して国に買い上げて、工場誘致の場合のかえ地ぐらいにしたい、これだって虫食いになりますからね。集団的なそういうことはあり得ませんよ。 私はこんなことほんとうに言いたくないけれどもね、きょう、こういう論争をしている間に、やっぱり、どうしても、なくなった任田新治さんとですね、佐賀県の農業視察に行った、一室の二人だけの話を思い出します。なくなったから言うのではありませんが、農林水産委員長をした任田さんが、一体だれがこれで責任をとるのか、農林省のだれが責任をとるのか。私も、後ほど言います八郎潟のときには、三十億の銭を持って漁民の補償に行ったんだ。だが、今日の状況を見たときに、一体だれが責任をとるんだどおっしゃったときに、なるほどなと思った。官僚の飯を食べながら今日まで生きておられた方でありますから、みずからやったことに対して責任を感じておった。そうした問題が農林省全体を包む一つの大きな政治的な空気として私はあってしかるべきだと思うんです。 だから、やむを得ざる処置は年次的にやらなければならぬと思うけれども、それにはそれなりの、やっぱりね、それをやるなら、こうやりたいと、農民にそちらへ行く方向を示してやってくださいよ。しかも、それは示すだけでは困るんです、保証してやってくださいよ。 先ほど申し上げた私の県のある市のごときは、朝、百四十台、ロマンスカーでみな農民が下へおりるわけです。ぼくは、選挙をやるときは、山へ入ってみたって、じいさんか子供しかいない。朝、そこへ出ていくときに、手を振っておれば、万事選挙運動は終わるんですよ。そういう地帯があるわけですがね。ところが、そのロマンスカーそのものが、今度は、このごろの不景気の状況の中で首切りでしょう。一体、農民はどうしたらいいんですか。そうすると、たなからぼた、たなぼたで、工場でも来て、地面が高く売れたらいいというような、これは生産じゃないですよ、職業じゃないですよ。そういった運命を待つような農民の姿に追い込むことが農政では私はないと思う。でありますから、何か一本足りないものがあるような気がします。 そういう点で、この五段階評価を計画された責任者のほうから、そのほんとうの意図をですね、ここにあるんだと、この委員会を通じて御表明いただければ、私は、さっそく帰って、農民にそいつを訴えます。私はその真意をまだ聞いておらない。その点の説明をお願いします。
○政府委員(亀長友義君) 食糧庁で米を五段階に分類をいたしましたことは、いろいろ誤解を招いておるというように私は考えております。この分類は、従来とも、三分類で、食糧庁のいわば内規、業務上の処置として存在しておったのでございまして、これを使っておりましたのは、生産県から消費県へ米を搬入してくる、それを各消費県の食糧事務所で米の卸に売る、このような場合に、まあ卸の間でどうしてもくれというものは片寄るということになるわけでございまして、これを公平に分けるために、搬入した米を三分類に分けまして、まあ一組からも二割引き取ってくれ、三組からも四割引き取ってくれと、こういう率をきめまして、その組の中では米屋の選択を認める、こういうことを従来ともやっておりまして、これは私どもの生産県から搬入した米を卸業者の間に、公平と申しますか、どの米も消費をしてもらうようにするための一つの売却の操作の基準であったわけでございます。これを今回、三段階から、いろいろ消費県あるいは販売業者等の希望を聞きまして、五段階に分類をして売却操作をする、搬入計画も立てる、かようにいたしたもんでございます。 これがいかにも銘柄格差のように伝えられておりますけれども、銘柄格差と基本的に異なる点は相当ございまして、一つには、銘柄格差でございますれば、これは当然金額の差というものを伴わなければならない。しかし、私どもはこの分類で売り渡し価格に差を設けるつもりはございませんし、現在、すべての米は、等級ということは、検査による等級という差はございますけれども、この分類による差というものは全然ないわけでございます。したがいまして、当然、買い入れ価格においてもそういう差はつけておりません。それから、銘柄格差でございますれば、これは県内で買って県内で消費される米につきましても、当然これは銘柄格差は設定しなければならないわけでありますけれども、県内で売却するものにつきましては、本来の目的からいたしましてそういう必要がございませんので、県内で消費される米につきましては、全然この分類の対象にいたしておりません。以上のようなことから、とかく世間で銘柄格差というふうに報道されておるのは、私ども、多少過大にこの問題をお考えになっておる、かように考えておるわけでございます。そのようなことでございますので、私どもは、これをさらに今後とも、産地における希望が変わってまいりますれば、適宜修正して売却業務上の基準にいたしたいと、かように考えております。
○杉原一雄君 次に問題を展開いたしますが、この間の一般質問で、八郎潟のその後というテーマでいろいろ質問した中で、私は一つの手がかりがつかめたわけですが、それは農林大臣の答弁の中で、いま作付及び稲作その他行なわれてない五千ヘクタールですか、それについては畑作をやるんだと、こういう一つの方向が明示されたわけです。そこで、よしわかった、これでけっこうですと、こう私はいかないわけですね。何としても、私も現地を二回見ておりますが、あの土壌の状態等考えたりして、畑作とおっしゃったが、どういうものをおつくりになるのか。畑作というやつは水田よりもはるかに労働力が要りますから、現在四百六十戸が入ってストップがかかっておるわけです。一千戸の理想は壊滅した。そういう状況の中で、労働力という問題が出てくるわけです。それでなくてさえ、上から種をまいたのが失敗で、いわゆる機械化、近代化、大型化、こうした理想に向かって開拓された八郎潟ががつんとまいった。そこで、大臣が、それならば残りはひとつ畑作だと、四百六十はそのままでストップなんだというふうに理解できるんですけれども、畑作の技術の問題、同時に労働力の問題、あわせていまの農政の場において、私は富山ですから、御承知のように、チューリップの非常に多いところなんです。この間の選挙で、両方に分かれて選挙がありましたから、車でかけずり回ると、一番チューリップの発生源——発生源とはおかしいが、祖先伝来やってきた。ところが、それこそ緑の空間にふさわしい農地が、農村地帯が、田園都市が、そのチューリップがもう花盛りなんです。今度は車を東に飛ばすと、東のところにもまたチューリップがずっと続いている。これは四、五年前からの話です。どんどんできている。そうなると、ここに社会的危険が伴う。いわゆる価格の問題なり、販路の問題なり、これは明らかに米以上の商品ですから、しかも外国相手の商品ですから、おのずからそこに生産の問題、過剰の問題が出てくるわけです。そうした危険を全部排除して、どういう手を打って——大臣がいまおっしゃった畑作の方向で指導するというこの大方針を受けて立つ局長は、これに対してどういう試験を行なっているか、試験の結果、大根がいいのか、てん菜がいいのか、ジャガタラがいいのか、何がいいのか、このことを明確にきようの場で出してくださいよ。そうして、それのまた裏づけになる消費計画——生産計画とあわせて消費計画がマッチしなければ、これまた生産過剰で、骨折り損のくたびれもうけということばを農民は知っておりますから、そういうことになっては困る。もう一つは、いま申し上げましたように、畑作は非常に労働力を必要とする、これはだれだってわかっている話です。ところが四百六十戸でストップしているのは、一千戸まで延ばしていくところの従来の方針をそのまま生かそうとされるのか、その辺のところを、技術と労働力と社会的危険補償の問題等を含めて、担当の局長から御説明をいただければ幸いだと思います。
○国務大臣(赤城宗徳君) その前にちょっと。この間畑作にするということを申し上げたのですが、八郎潟につきましては、先ほど任田君の話が杉原さんから出ましたが、私も、八郎潟の着手のときには、あの補償なんかでも、徹夜して補償をきめて、そうしてオランダの技術者なんかと話し合って、ああいうふうにいこうということで始まったいきさつもございますし、私が前の農林大臣のときに。ところが、二、三年前に、米の生産調整から、秋田県でも生産調整の量の割当てが、八郎潟のほうでその量だけ調整が出てくれば、いままでの農家のほうの調整する率も少なくなるというような観点からか知りませんが、八郎潟の米作をやめようじゃないか、こういうようなことで、秋田県選出の代議士連中も、八郎潟の米づくりをやめさせろ、入植もやめさせろという声が非常に強かった。私はそれに反対だった。反対だというのは、私も政調会長もやめたし、私の発言が通らないで、それに押されて八郎潟の米の生産をストップすると、こういういきさつがございます。しかし、私は全体として、前からそうですが、日本の農政につきましても、稲作についても、非常に明治の初めから努力して、稲作の、米の収穫などを増してきたが、土地改良などもみな稲作のほうに土地改良をやっておった。しかし、畑作という方向にこれは向けていかなくてはだめだということは、前の農林大臣の当時もそんな考えを持ちまして、北海道なども畑作の法律をつくって、畑作に相当転換したらいいじゃないかという気持ちも持つておった。そういうことなものですから、私は今年は、八郎潟の予算も去年までちょっとストップしたのは、そんなこっちゃいかぬと、これは予算を計上する。ただし、これは畑作には——畑作と言っても水田でないという意味でございます。草地の造成なども、これは私の広い意味での畑作に入るわけでございますから、そういうことで、せっかくいまの農業等の経営規模を大きくしようというようなこともなかなかいかないけれども、しかし、機械化も、経営規模の大きいことによつては、こういうふうにやっていくのだという一つのモデルケースは、あそこでやろうとしたところの初めの意図を途中でやめるわけにはいかぬ、こういうような考え方から、米のほうは生産調整が必要だが、しかし畑作としてこれを生かす方法、それで日本の農業も、こういうふうなやり方、これは個人的に経営規模を大きくするということができなければ、団地的、団体的な経営規模を一つの単位として大きくするというような方法もあり得るのだから、まあ一つのモデルケースとしてこれをやっていくべきだということで、水田でない畑作というような方向でやり得ないことはなかろうということで、その方向でやってみようじゃないかということで、今年は予算もつけたわけで、いままでのいきさつをくどいようですが申し上げて御理解を願いたいと思うのです。
○政府委員(三善信二君) 八郎潟の干拓につきましては、先ほど先生言わたましたとおり、あとの五千ヘクタール、これについて畑作経営を進めていきたいということで、その必要な造成を現在やっておるところでございます。この畑作をやります場合に、それじゃ何をやるか、何をつくるかという問題で、私ども四十四年からこの八郎潟の実験農場で栽培試験をやっております。四十四年から始めましたのは、これは牧草でございますが、四十五年からは麦類、バレイショ、四十六年にはそれに加えましてタマネギその他の牧草も始めております。そこで、大体いまから申し上げます試験の結果は、これは四十五年または四十六年の試験結果でございますが、秋田県平均と全国平均を申し上げますと、まず水稲でございますが、水稲につきましては、実験農場で試験しました結果は、大体四百キログラムから五百五十キログラム、現在水田でとっております収量は大体五百キログラム平均でございます。それから秋田県平均は水稲では四百九十五キログラム、全国平均は四百十一キログラムということでございますが、この実験農場の水稲の場合も秋田県平均並みには現在いっているということでございます。 それから牧草でございますが、これは干した草じゃなくてなま草の換算で十アール当たりの収量でございますが、実験農場では八千キログラム、秋田県平均が二千九百八十キログラム、全国平均が三千三百三十キログラム、これは秋田県平均、全国平均より非常に高くなっております。 それから小麦は、実験農場で二百二十六キログラム、秋田県平均は九十一キログラム、全国平均が二百七十一キログラム、これは北海道を除く内地の平均でございます。 それからバレイショ、実験農場が二千五百五十キログラム、秋田県平均が千七百九十キログラム、全国平均が二千百四十キログラム、これは秋田県平均、全国平均より非常に高くなっております。もっとも北海道が一番の産地でございますが、北海道の四十六年度より高くなっておりますが、四十五年度から比べると多少落ちております。実験農場のほうが収量は低いということでございます。 タマネギは、実験農場二千五百五十キログラム、秋田県平均は千二百五十五キログラムで秋田県平均の倍、全国平均は三千二百六十三キログラムでございますから、全国平均より多少収量はまだ低い。これも四十五年、四十六年の実験でございますので、まだ年数が浅くて、もう一年ぐらいこれをやってみるとはっきりしたことが出るかと思いますが、この実験についてはさらに四十七年度は拡充強化をいたしていきたいと思っております。 それから次に労働力の問題でございます。畑作には、先生御指摘のとおり、労働力が非常に必要とされるわけですが、私ども、この八郎潟の五千ヘクタールの畑作経営につきましては、経営の基本は、やはり大型機械を導入して、それの共同使用を中心とした協業組織をつくらしたいというふうに考えております。数回にわたりまして八郎潟新農村建設事業に関する懇談会、東畑四郎先生を座長にしまして、地元八郎潟の事業団の方、あるいは県の方、その他学識経験者の方にお集まり願って、その営農方式等についても数次にわたり私ども検討会を重ねてきております。 一応現在まで、この検討会にかけまして、今後の経営形態としては次のようなことを考えております。まだ決定したわけではございません。畑地の配分面積をどうしたらいいかというのが第一点でございますが、これにつきましては、実は地元の農家の方から非常に要望が多い。それから、現在入植しておられます四百六十戸の水田経営の農家の人も、もう少し畑地としても配分してくれという要望も現実に強い。そういう状況でございますが、一般的に、この畑作経営をします場合に、一戸当たりの配分はやはり十五ヘクタール程度は少なくとも要るのじゃないかということを考えております。ただ、地元にどの程度地元増産的な配分をやるか、それから既入植者にもう少し配分するかどうか、これはまだきめておりません。ただし、この十五ヘクタール、二十ヘクタールの配分で、それをさらに四戸ぐらいそのグループをつくった一つの協業経営、そういうことを経営体としては考えております。それから基幹作物としては、いま実験しております、特に成績のいいというバレイショ、タマネギ、牧草をとりあえず考えております。もう少しこれ実験をさしていただきたいと思っております。 そういうことで、その機械化営農ということ、しかも協業組織でやるということでやれば、これは労働力の非常に節減になると思っております。ちなみに、現在水田でやっております大型機械導入の状況でございますけれども、これは先生も現地へ参られてよく御存じのことと思いますが、六十ヘクタール六戸協業で一グループでやっております。コンバイン、トラクターを入れまして、十アール当たりの労働時間も非常に節減をされております。これはもう少し私たち調べたいと思いますが、八郎潟事業団で調べました報告では、十アール当たりの労働時間、これは四十五年の全国平均その他と比較してみますと、全国平均が水田で約百十八時間、秋田県が百二十五時間、この八郎潟では五十四時間、これはちょっと数字が低過ぎるのじゃないかということで私も疑っているくらいでございますけれども、そういう一応の結果が出ております。 それから直播の問題を御指摘になりましたけれども、これは御承知のとおり、やはりヘドロ地帯でございますから、このヘドロが未粒化の状態において直播というのはなかなかやりにくいということは、これはもう先生御承知のとおりだと思います。やはり種をまきます場合に埋没したり、それから発芽が不ぞろいになったり、そういうことでございますので、乾燥をしてくれはこれはできるということを考えております。いま実験農場でこの直播の試験も現実にやっております。十アール当たり五百キログラムの成績をすでに得ております。そういうヘドロ地帯であっても、多少時間がたち乾燥していけば、十分直播もできるというふうに考えております。 それから、それじゃ将来どのくらい入植させるつもりであるかという御質問があったかと思いますが、先ほど申し上げましたような営農形態を一応現在のところ考えておりますが、四百五十戸すでに水田で入植しておりますが、それにプラスして、はっきりしたことはまだ申し上げられません、まあ十五ヘクタールくらいはこれは配分していくということを考え、新規入植者も当然むしろそれを主体に考えていきたいと思っておりますので、百——百五十戸の間ぐらいで入植を考えるかどうかということはまだ一つの私見でございます。そういうことを考えております。
○杉原一雄君 時間がありませんから、もう次の問題と結びつけて質問するわけですが、米の実験の場合に、これはまさか試験ですからヘリコプターから直播やったわけじゃないだろうから、手振りですか、機械植えつけですか、それもひとつ明らかにしてもらいたいということと、もう一つ、よく新聞種や週刊雑誌種になるのですけれども、秋田の空港を誘致するという話があるのだが、これは大臣からそうじゃないのならそうじゃないで言明していただきたいと思います。 同時にまた、いま、局長の担当だと思うのですが、河北潟だって、これはあとから出てきた干拓地なんですね。ところが、私この間地元の人にいろいろ話を聞いておりますと、八郎潟のような悩みよりももっと深刻な段階にいまあるわけなんですね。だから、結局結論としてあきらめているのは、どうせあんた競馬場が来るでしようがね、こういう話ですね。金沢に競馬場があるのですよ。それは狭いものだから、狭いというのは車の置き場が狭いので、それは当然河北潟だと、こういうので、知事もかなり動いているのじゃないですか。そういうことに、これこそ農漁業の第三次産業化だね、極端な、第三次。第四次ということばがあるかどうか知りませんが、たいへんなことなんでございますね。でありますから、八郎潟でいませっかく御苦労なさっているもろもろの実験ですね、技術上、あるいはそういった実験等について、河北潟でこのまま移していけるような気がします、規模だけは違いますけれども。そういう点で、河北潟の構想というものと、いまぼくが申し上げた最初の技術の、直播の問題であるかどうかということははっきりしてほしいということ。 それから大臣からは、飛行場などとはもってのほかだと、河北潟の競馬場はちょっとおかしい、わしはわからぬがなあということになるかもしれませんがね、本来なら私は、農林省が中心となって、パイロット地帯としてそういう干拓地を造成したんですから、農林省の本来の目的を貫くのが、それこそ農林省の根性だろうと思いますがね。その辺のところ、私、情勢が動くものですから、つかみかねているのですが、明確に承りたいと思います。
○国務大臣(赤城宗徳君) 八郎潟につきましては、二年ぐらい前でございますか、これは知事からの話じゃないのですが、あそこの選出の代議士の方から、米の生産を押えるというときに、あれは飛行場にすれば一番いいんだと、こういうふうなことを、私は党の役員をしている間でございましたが、そういう話がありました。で、私は、もってのほかだと、モデル的な農業経営をするために相当な金をかけ、相当な試験をし、ここまでやってきたんだと、だから、いま私が米だけでもやろうという気持ちであるのに、いま畑のほうにしましたが、まして飛行場などということについては、私はいまのような大臣の立場じゃございませんが、大いに反対したわけです。ですから、いまからでも、そういうような意見が出れば、私は絶対反対します。しかし、秋田の知事もそういう話はいましていません。畑地としてやっていけるんならそうしてほしいという意見を言っております。 河北潟については、どういうふうな意見があるのか、私は聞きません。しかし、金沢市の近くですから、あるいは競馬場なんという話も出ているかもしれませんが、競馬はレジャーではございませんが、せっかく金をかけたものをそういうレジャー的なものにやるよりも、いま農業で直面している大きな問題が控えているのですから、その直面している農業の問題を解決する方向へ、たとえば畑作農業とか、そういう方向へ持っていってこれを生かしていくということが私どもの使命だと考えております。
○政府委員(三善信二君) 直播の実験につきましては、現在やっておりますのは、手まきもやっておりますし、それからトラクターでまくのも実験しております。ヘリでも一部実験をいたしております。 それから八郎潟の問題、いま大臣からお答えになりましたので、河北潟の問題で、河北潟を競馬場にしたいという話があるというのは、私ども全然そういう話は聞いておりません、そういうつもりもございません。 それから、河北潟の状況を少し説明いたしておきましょうか、もしよろしければ。
○杉原一雄君 特に変わった点だけ。八郎潟とよく似た共通の問題であればけっこうです。
○政府委員(三善信二君) やはり共通の問題でございますので、ここも畑作のやはり営農団地をつくりたいということで、これは四十七年度からやはり実験農場を地区内につくりまして、そこでいろいろ実験をしてみたいと思っております。
○杉原一雄君 一つの局限された地域に限って農政の問題をしぼっていったわけですが、それはまた一応農林省としては非常にファイトと夢を持って取り組まれた重大な新しい計画であったはずで、大臣もなおいまその情熱を燃やしておいでになることに、限りない力強さと共鳴を感ずるわけですが、ただいま、そうしたこととは別に、農林省を取り巻いている条件は、必ずしも霞が関の庁内だけでも平穏ではない。それは一般質問のところで提起した農林漁業の第三次産業化、つまり東畑委員会の報告がもうそろそろ新聞等ではいろいろに流布され、批判も巻き起こっているし、賛同の声もあるわけです。農林省側としてこうした問題に今後どういう態度で臨むのかということはやはり問題を決定的ならしめるわけですが、ただ私がここで希望しておきたいのは、これはやはり、先ほどから何度も何度も選挙の話をしますが、ちょうどやはり選挙があったものですから、魚津というところの市会議員の選挙に行って、魚津のリンゴ、石川県までリンゴをつくるということは、これは限界なんです。その境界線のところにあるリンゴないしはナシ、これはちょうどナシ狩り、ブドウ狩、あるいはリンゴ狩りということで、第三次産業化の報告に合うような農業形態をやっているわけであります。こんなところで東畑さんの知恵を借らなくたって、すでに農民の知恵として自己防衛上やっているわけです。それをこういう形でレポートを出されると、何か新しいことが出てきたように思われてくるわけですが、それにもまして農民に与える心理的影響はきわめて大きい。ああそうか、いよいよ農業は第三次産業かと、こういうことで、農民はそこに喜びと抱負を持って臨むようなファイトが出てくればいいんですがね、特にそういうところに転換できない水田地帯の人たちは、ああそうかと、とうとう見切りをつけられたと、こっちはもうそろそろ商売やめにやあならぬと、こういう厭農思想にいよいよ拍車をかける結果になるおそれがある。でありますから、こうした問題を出されることは、一つの現実的な現象をこういう特定的なとらえ方をすればこうなるわけですから、これは私は全面否定する必要はないと思いますがね。いわんや、緑の空間などというすばらしいきれいなことば、公害に対応することばとして大賛成です。しかしこれは、ひっくり返して、受ける農民にとってみると、もうそろそろ、それでなくてさえ浮き足立っていたのが、ますます浮き足立ってくる。いわんや、僻地農村などということになると、ああそうかということで、家も田地もほうって山からおりる、何かいまのうちに仕事をさがしておかにゃ、こういう状態にかり立てるばかりじゃないかと思いますがね。そういう点で、やはりこうしたものに望まれるのは、農林省としてはやっぱり全体計画の中の一環ですから、それは反対するわけにはいかぬでしょうけれども、私はそうしたことは、一つのやはり農民にとっては社会的な危険的な存在だ、こういうふうに理解いたしますから、農民保護の観点から、こうした問題を進める一つのプロセスを非常に大事にしてほしいと思うのです。外貨は間もなく二百億ドルになると言われておるわけです。そうすると、おのずから輸入、輸入と、自由化、自由化と、こういううたい文句が通産省あたりから盛んに出るでしょう。自己防衛上当然ですね。そうなってくると、それが農業、農政に大きくのしかかってくる。農民の所得が、それでなくてさえ少ないのに、ますます低くなる。そして工場分散。おまえら百姓やめてこの工場に来ぬかと、こういうことになるわけでしょう。しかしそれは、いまストライキをかけて戦っている労働者から見れば、マルクスの資本論どおりになります。公式どおりになっていく。農村は労働力のプールだ、これが低賃金の一つの大きな条件であるということになって、労働者と農民とがはからずもにらみっこをするような状態にならざるを得ない。結局形としては、それでもあぶないからというので、用心深い農民は兼業農家になる、こういう状況。なるほど、農政局その他から上がってくる統計は、だんだん農業人口が減って、農家人口が減少する、兼業農家がふえていく。第一次、第二次、第三次、こういうことで、統計を霞が関の机の上であなた方はこうやってにらみっこしておいでになる。それに対して、もっと、いま申し上げたように、農民を保護するということは妥当でないかもしれませんが、やはり農業の持っている一つの自然条件の非常な不安定性等から考えて、もう一つは、米その他は主食でありますから、台所のおかみさんが第一に悲鳴をあげるのは、ときによっては大根が高い。そうして、ホウレンソウが刈り取られないで畑の肥料になっている事実などはあまり気がつかないわけです。そうした、台所におる人たちは高いところが目につく。しかし、また農民にしてみれば、高いこともあれば、安いこともある。非常に波の上に漂う木の葉のような哀れな生活をしているのが現状でございます。そうかと思うと、先ほど申したように、三億円もふところに入れている農民もある。何かいびつな状況が次から次へと起こってくるわけですが、根本的にこれをどうするかということになると、私はいま私の見解を述べるときではないと思っております。そういうことをいわゆる配慮しながら、三次産業化の問題も一面真理でありますから、それこそ総論的には私も反対しませんが、これを進める過程、つまり各論的には、農林省の立場、つまり農民の立場、この立場から取り組んでいただかないとえらいことになるんじゃないかということで、希望を付して私の質問を終わりますけれども、大臣等で、もしこうした私のかってな暴言は、おまえはけしからぬということなどありましたら、若干忠告を受けまして私の質疑を終わります。
○国務大臣(赤城宗徳君) 忠告どころか、大いに共鳴して敬服するわけでございますけれども、先ほどいろいろ話が出ましたが、日本も工業立国じゃないかという経団連あたりの意見、私は工業立国とは言いませんが、とにかく工業資源が少ないんでございまするから、その資源を入れて、加工して、貿易立国といいますか、そういうことをしなければ日本の全体としての経済は成り立たないと思います。しかし、そのために食糧までも全部輸入して農業を捨てるというようなことになると、そういうことははたしていいかどうか。たとえば、食糧は消費して、からだの再生産はしますが、そのものとして再生産しないと、そういうものをどんどん入れていくということになれば、工業の資源を入れる機会というものはだんだん少なくなり、そうすれば工業立国とか貿易立国というような方面も成り立たなくなると私は思います。しかも、農業というものは、それは経済面を離れてやっぱり民族の問題だと思います。農業というものを全くなくして、生み育てる気持ちというものをなくしたりするということにしたならば、これは民族としての日本というものは滅びるというようなことになると思いますから、農業というものを放棄するような傾向に持っていくことは、私は賛成できません。しかし、いまの第三次産業化のお話もありましたが、農業の全体というものをいまのお話のように踏まえての第三次産業でなくてはいかぬと思います。たとえば環境保全というようなことでいま問題になっておりますが、これは話はついたようですが、たとえば山林ですが、山林は全部切っちゃいかぬというような考え方、ただ残しておけばそれが環境保全だ、こういう考え方は、農業全体としての考え方じゃないと思います。やっぱり、この間冗談半分に言ったんですが、杉原さんもおった予算委員会ですが、昔から木切らぬばか木植えるばかといって、植えて、そうして育てて、いいものをつくることが自然環境をよくしていくということなんで、そういう意味において、やっぱり山林行政なども環境保全にそういう面で協力すべきなんで、どんな木でもいつまでも切っちゃいかぬというふうなことで、それが環境保全だという考え方、これは農業全体の考え方になっていないと私は思うんです。 それから、いまの第三次産業でも、たとえば米作でございますが、緑の農村ということでございますが、稲を植えたときに、冬の間たんぼが何にも植わっていなかったものが、春になって田植えをしたあとの緑、これなどは環境に非常にいいし、また農村の緑なんで、秋になって実ったときの黄色い実りなんというものは、これは非常に農村の環境をよくしていることなんで、いろいろ第三次産業の行く道、たとえば休養村のあり方でも、あるいは林野の休養林のあり方でも、そういうことを考えて認識してもらわなければ私はいかぬじゃないか。でございますから、杉原さんのさっきのお話に反論どころか全面的に同意を表して敬服している次第でございます。そのことを申し上げておきます。 —————————————
○副主査(山内一郎君) 分科担当委員の異動について御報告いたします。 本日、小谷守君が委員を辞任され、その補欠として工藤良平君が選任されました。 ————————————— 〔副主査退席、主査着席〕
○工藤良平君 私は先般の総括質問の中で農業の問題についていろいろお聞きをしたわけですが、あの際に、まだ時間の関係からいろいろとお聞きをしたかった点があったのでありますけれども割愛をいたしましたので、どうしてもわからない点がありますから、二、三お聞きをいたしたいと思います。 まず、物統令除外に伴います米価の問題ですが、どうも私まだ胸に落ちませんので、二、三教えていただきたいと思います。 その前に、物統令を廃止いたしましてから約一カ月になろうとしているわけでありますけれども、この間、追跡調査などによりまして、その後の動向というものはどのようになっているのか、ひとつわかっておればお知らせをいただきたいと思います。
○政府委員(亀長友義君) 物統令撤廃後、私どもは、毎週米価の動きを調べてまいりたいと、かように計画をいたしておりまして、その調査の結果も現在第二週まで出ております。それで、物統令撤廃前に、三月十四日に調査をいたしまして、これは六大都市及び全国四十六の県庁所在地、これを調べました。四月に入りましてからは、これをさらに拡大をいたしまして、県庁所在地を含む百八十一都市を調査をいたしております。 その結果を御報告申し上げますと、四月第二週と三月十四日を比較いたしますと、全国平均で、上米では二十七円下がっておる。それから中米では三十二円下がっておる。それから下と申しますが、これは大体現在三分類でしておりますので、上中下という分類がいいかどうか、さらに今後検討したいと思っておりますが、大体標準米価格、旧物統令価格以下の値段で売られておる米、これにつきましてはあまり変動がございません。 以上、総括的に申し上げまして、三月十四日の当時の水準よりも、第一週も、第二週も、二十円、二十七円、三十二円、第一週、第二週若干の差はございますけれども、相当大幅の値下がりの結果が出ております。もちろん、三月十四日の調査が四十六の県庁所在地であり、四月からの調査がそれ以外の都市も含めたという点に、若干の差はございますが、全体的に見まして米価の水準というものはあまり変動がないというふうに私ども考えております。
○工藤良平君 その調査というのは、一般消費者、いわゆる購入するほうを対象にして調べたわけですか、それとも販売店を中心にして調査をしたわけですか、その両方調査したわけですか。
○政府委員(亀長友義君) これは、全国各地にございます食糧事務所の職員を動員をいたしまして、小売りの標本店を指定してございます、その標本店につきまして、店頭において調査をいたしたのでございます。
○工藤良平君 店頭調査ということで、それに信憑性がないとは私は申し上げません。従来からいろいろな調査を食糧事務所がやっていることも、私は十分承知しているわけでありますけれども、やはり自主流通米——今度の物統令の廃止後、この消費者の動向というものを重要視しなければならないと思っているわけであります。先日、私は米を、実際の品物を持ち込みまして、総括質問のときにやったんですけれども、なかなか判別がむずかしいわけであります。その後、私また今度は政府米をとりまして、千五百二十円の政府米をとって食べたわけであります。その前私が物統令廃止後三日の日にとりました米と、その後にとりましたいわゆる政府米と、ですから自由米と比較をしてみますと、千五百二十円のほうがはるかに今度おいしいわけであります。そうすると、同じ品物であったはずだけれども、千五百二十円のほうがおいしくて二千二百円のほうがまずかったという結果が、私の結果から出ているわけですね。それだけやはり米の評価というものはむずかしいし、おいしいと思って買ったものがおいしくない。消費者にしてみれば、そうすると、二千二百円を払ったということはたいへん大きな問題が起こってくるわけですね。したがって、それでは政府米のほうにウエートがどんどんかかっていって、千五百二十円の米をみんなが食べるということになったときに、政府米は足りるのかどうかということが一つ問題として出てまいります。その点はどうでしょうか。 それともう一つは、いま言った調査を、消費者対象に調査をするということは、これは不可能ですが、むしろそれを私はある程度やらなければいけないのではないか、このように思うのですが、その二点について。
○政府委員(亀長友義君) 政府米として足りるかということでございますが、御承知のように、私ども年間の消費量の策定をいたしまして、それだけは必ず生産する、その中で、従来の販売実績等比べまして、自主流通米はこれぐらい、それから政府管理米はこのくらいという計画を立ててやっております。政府管理米の数字は従来の売れ行き実績等から判定いたしましてきめておりますので、御指摘のように、実際のところ、先般もお答え申し上げましたように、まあくろうとの方が御鑑定なさると、私は自主流通米あるいは値段の高い米が標準価格米より実際に食ってみてうまいとは必ずしも限らないと思います。しかしまあ、やっぱり高ければうまいというふうに感じる方もおられまして、そこは非常に米のむずかしいところでございますが、私どもとして、すべての人が標準価格米に向かってくる、全部の人が標準価格米をくれというようなことは、従来の実績から申しますとないのじゃないかと。御承知のように、経過的に見ましても、自主流通米が創設されまして三年近くたっておりますが、この間にやはり自主流通米のほうの消費が伸びておる、配給米のほうがむしろ量的には減っておるというような家計調査の結果も出てきておりますし、まあこれはあるいは印象が、標準価格米だの配給米だのなんというと何かあまりうまくないような気がするのかもしれませんけれども、統計的には配給米が配給米として受け取られていく量というのはずっと低下をしてきておるわけでございます。私ども、従来の実績等も考えながら政府保有米は持っておりますので、標準価格米が足りなくなるというようなことは全然予想いたしておりません。 それからもう一つの、家計的な調査をすべきじゃないかという点、御指摘のとおりだと思います。いまの私どもが調査をしておりますのは、店頭価格、要するに販売価格の調査でございますから、さらに消費者がどの部分の米をどの程度量買ったかというようなことは、これはやはり消費者の家計から調べていかなければわからない問題でございまして、これは私どもとしては、従来もそうでございましたが、総理府のほうの家計調査に従来その分野は依存をいたしておりますので、今後も総理府といろいろと御相談しながら、総理府に家計調査を検討していただくというふうなことで考えてまいりたいと思っております。
○工藤良平君 農林省が広報に出しております米の配給制度についてのアンケート調査というのがまとまっているようであります。私、これを読ませていただきましたが、この調査の中でちょっと一つ問題になりますのは、「自由米の購入」という項があるわけですね。それには「今年、「米屋以外から自由米を購入したことがありますか」」という問いをしているわけです。この問いには、私はちょっと問題があるように思うのです。「あなたは自由米をことし幾ら買いましたか」という問いをやってもらいたいと思うのですね。米屋以外から自由米を買ったことがありますかということ、これを見ますと、甲地、乙地、丙地と、こうなっている。丙地の場合には八十何%米屋以外から買っている。丙地というのはどういうところかというと、米の生産県なんですね。米の生産県では、当然米屋を経由するよりも直接農家から買ったほうがこれは安いわけですから、そっちのほうを買うわけでしょう。東京のように甲地では、圧倒的にやはり米屋さんから自由米も買っていることだろうと思うのですね、これは。そうすると、調査の方法として、いわゆる自由米というものを一体幾ら買っているのかということをこの消費者対象に私は調査をしていく必要があるのじゃないか。米屋さん以外から自由米を買ったことがありますかと言えば、自由米を米屋さんを通じて買っているというのが圧倒的に多いわけなんですから、私はそう思うのですね。そうすると、一体自由米と政府米のウエートというものがどういうかっこうに動いていっているかというのが、どうも私はつかみようがないような気がするのですが、それをつかんでおれば食糧庁教えていただきたいと思うのですけれども。これは、私がなぜこのようなことを聞くかといいますと、これからお聞きをいたしますいわゆる政府売却米と小売り価格との間の関連が出てくるからこのことを私は聞いておきたいと思うのですが、その点はどうでしょう。
○政府委員(亀長友義君) まあ御指摘のアンケートの問題、私どももう一回御指摘の点につきまして検討してみたいと思います。 それから、従来の配給米と非配給——自主流通米も含めまして非配給というようなことも従来ございまして、これを御参考までに申し上げますと、四十五年で、内地米全体を一〇〇といたしますと、配給米が五一・八%、それから非配給内地米——これは自由米だろうと思いますが、四一・六%、自主流通米が六・六%、こういう総理府の家計調査の結果がございます。四十六年につきましては、内地米の配給は四六・二%、内地米非配給が四二・三%、自主流通米が一一・五%、こういう数字でございます。
○工藤良平君 いままあ話がありました、配給米五一・八%、非配給米が四一・六%、国が米を管理してほとんど全量買い入れに近いようなかっこうをとっておりましたのが、実際の配給が五一・八%で、非配給が四一・六%、ほとんど五分五分のようなかっこうになっているのですね。私はこれは従来から非常にふしぎに思っているのですけれども、政府はあれだけ農家の保有米を除いて一切ほとんど全部と言っていいぐらいの米を買い取っておりながら、非配給米が四一・何%も出回っているというこのふしぎ、私は七ふしぎとこう思っているのですけれども。ということは何を意味するのかというと、結局は政府の買い入れた米がいわゆる政府の売却価格ということで七千幾らで一俵当たり卸売りに売られていく。その売られたものが卸段階でどのようなかっこうになるのか知りませんけれども、消費者に渡る段階ではそれがいわゆる配給米と自由米という形で振り分けられていっているということが私ははっきりと数字的に出ると思うのです。そうしなければ、政府が一千万トン買って、過剰米で余った、余ったと言っているのに、配給米は実際は五一%しかいってなくて、あと四十何%のものが自由米でそれが出ているということになると、いわゆる日本の生産高というものは千四百五十万トンどころの話じゃないのですよ。そうでしょう。二千万トン近い米がとれておったという統計が出てくるのですよね。そうすると、私は、調査のやり方として、いま言ったように、あなたは全体の米でほんとうに政府米というものを何ぼ食べて自主流通米ということで食べたお米が何ぼですよという統計というものをとっていかないと、五百五十万トンを政府買い入れ米の中から今度は売却をしましょうと、その売却の方法には一等から等級別に今度は価格をこう分けたようですけれども、それはたとえ分けたとしても、いま言うように、それは小売り段階では自由に売ってよろしいということで今度は物統令が廃止されたわけですからね。そうすると、千五百二十円で売るものよりもやっぱり二千二百円でなるべく売ったほうが利潤が高いわけですから、私はそういう方向にどんどんいくだろうと思うのですね。なぜそういうことを言うかというと、このアンケートの中にも出ておりますように、「配給米の注文方法」というところが出ているのですね。これによりますと、電話で注文をするというのが圧倒的に多いのです。米屋さんに電話かけて、お米を持ってきてくださいと、こう言うのですね。おいしいお米にしましょうか、どうしましょうかと言いますと、大体の人はそれはおいしいお米をください、まずい米をくださいと言いませんよ、いまの人は。そうすると、おいしいお米ということは自主流通米であって、政府米の中のおいしいお米とは理解しないのですね、米屋さんは。そうすると千五百二十円でほんとうは売るべきものがいま言う二千二百円で売られるということ、それを売ってもしかしこれは別に罰則も何もないし、今度物統令で解かれたわけですから。そうすると、私は五百五十万トンという米は確保しているけれども、この小売り価格というものは千五百二十円のものもあれば、千八百円で売る場合もあるし、二千二百円で売るということもあり得るわけでしょう。そうすると、それじゃ消費者が、私どもが全面的に宣伝をしていって、政府が買うのは一等から等級とちゃんとつけて米を買っているのだから、むしろ自由に出回る米のほうがたいへん少ないのですよ、生産者の販売価格を見てみなさい、政府のほうは有利なんですから、政府のほうにみんな生産者は売っているのですよということを宣伝をして、みんな標準米を買いましょうと、こうなったときには米が足らなくなるという状態は、これは極端な話ですけれども、そういうことが起こり得るということは考えられませんか。
○政府委員(亀長友義君) 私どもとしてはお米の値段が高いとおっしゃる方にはむしろ標準米を食べていただきたいと申し上げておるので、そういう意味で標準価格米の需要がふえてくるということは、あるいはあるかもしれません。が、しかし少なくとも私どものいままでの見通しではやはり配給米というものは、どちらかといえば停滞あるいは減少傾向にある。こういう要素を実際上の操作としては織り込んでいってもそう間違いはないというふうに判断いたしております。まあ、仮定の話でそういうふうにおっしゃられるとすれば、私どもも仮定の話でお答えをするとすれば、極端にそういうことがあれば、自主流通米を全部政府が買い上げて配給に回すということが、これはまた仮定の上の仮定の話としてはあり得るわけでございますけれども、そこまでは考えなくても十分間に合うだろうというふうに思っております。
○工藤良平君 私は、なぜそういうことを言うかといいますと、政府の考えていることが、食糧庁の考えていることが、みんな千五百二十円の米をなるべく食べてくださいということであれば、千五百二十円で全部売りなさいということをきちんとすればいいのであって、それをなぜそれじゃ、食べてくださいということをあなたのところは口では言っているけれども、なるべくならば、結局物統令を廃止したわけだから米は自由に売買をしてください、本音というものはそこにあるわけなんでしょう、本音というものは。千五百二十円が一応ありますけれども、自由にひとつ好きなお米を買ってくださいよという行き方が本来のねらいじゃないのですか。それが今度物統令をはずした趣旨じゃないのですか、千五百二十円のものをなるべく食べてくださいという趣旨なんですか、はっきりものを申し上げましょう。千五百二十円のものをなるべく食べてくださいという趣旨なのか、それとも自由にいい米は値段が若干張ってもいいから食べてくださいということで自由にするということが本旨なのか、どちらなんですか。
○政府委員(亀長友義君) 私どもとしましては、物統令を廃止いたしました趣旨は、消費者の選好に応じて米の値段ができるということでございますから、別に自由な価格の米と標準価格米とどちらということでなくて、消費者の選択というたてまえでございます。ただ、標準価格米を希望する人につきましては、必ず米屋には標準価格米を置くように、また御希望の量は確保をしますと、こういうことをいたしておるわけでございますから、もちろん、これは値段の関係で標準価格米を希望なさる方は標準価格米を食べてもらいたいということでございます。
○工藤良平君 それでは、これはいろいろ議論をいたしましてもこの席ではどうも詰まらないようですから、もっと私は長官とじかに詰めてみたいと思っておりますけれども、それでは一つお聞きをいたしますが、昭和四十六年産米の買い入れ数量、これは幾らでありますか。
○政府委員(亀長友義君) 三月末日で約四百七十一万四千トンでございます。
○工藤良平君 昨年当初に政府が予定をいたしました買い入れ数量は幾らを見込んでおりましたか。
○政府委員(亀長友義君) 五百八十万トンでございます。
○工藤良平君 そうすると、当初の見込みよりもかなり少ない量の米しか買うことができなかったということになりますね。
○政府委員(亀長友義君) 御指摘のとおりでございます。
○工藤良平君 そうすると、ことしの需要と供給のバランスというのはどこでとるわけですか。
○政府委員(亀長友義君) 本年度全体の供給関係から申しますと、政府買い入れ米は四百七十一万四千トンでございますが、このほかに自主流通米が主食用だけでも約百二十万トンございます。それからいわゆる余り米ということで、政府の検査を経たものが約十八万トンぐらいございます。もちろん、これは全部が全部農協の販売ルートに乗るかどうか若干問題がございますが、全体としての出回り量は政府買い入れ、自主流通等を含めまして私ども六百八十五万トンと想定をいたしております。本年度の配給の需要量は七百六十万トンというふうに読んでおります。そこで、この七百六十万トンの需要量のうち、前年産米、四十五年産米を百万トン配給する計画であります。したがいまして、本年度の需要量は七百六十万トンから百万トン差し引いた六百六十万トンを新米で配給をするということに相なります。したがいまして、本年度末の四十六年産米の持ち越しは二十五万トン持ち越すと、かような計画でおります。
○工藤良平君 四十五年産米が今日まで従来の米が持ち越されてきておりますから、それは操作上は私は容易にできると思うのです。ことしの端境期はどういうことになりますか。いまちょっとお話がありましたけれども、四十六年産米の年度末の、米穀年度の年度末の持ち越し高を二十五万トン見るということでありますが、そうすると、これはもう新しい米の四十七年産米の買い入れを相当見込まなきゃいかぬと思うのですけれども、それはどうですか。
○政府委員(亀長友義君) 明年度の買い入れ、私ども、御承知のとおり需要量七百七十万トンと、そのほかに二十五万トンの持ち越し増を来年度ははかるという計画で、七百九十五万トンの四十七年産米の買い入れを予定をいたしております。来年の需要量は七百七十万トン、先ほど申し上げましたとおりでございます。問題は御指摘の端境期でございますが、四十六年産米の在庫が、これは米穀年度の末の話でございますから、本年の十月末ということに相なります。ところが新米の売却は御承知のとおり八月から始まりまして、八、九、十と、十月の末には約二百万トンから、年によっては三百万トン近い在庫があるわけでございまして、そういう最近の出荷の状況をも考えますと、特に端境期の操作に支障を来たすということはないというふうに思っております。
○工藤良平君 確かに量そのものからすれば、四十五年産までの分が余っておりますから、私はことしの操作はそれは困難ではないと思うのです。しかし、消費者の動向がいま言うように質の問題を非常に言うし、価格が自由になったという段階になると、全体的な私は米に対する考え方というものはやはり端境期における新米に相当量やはり食いついていくだろうと思うのですね。だからいまことしの需給関係をもしも大々的に発表したならどうなりますか。おそらくことしの秋の端境期には私は米が上がるということを考えなければならぬと、こう思うのですね。その点どうです。
○政府委員(亀長友義君) 私がいま申し上げましたような四十六年産米を中心とする四十七米穀年度、さらに本年の秋の四十八米穀年度の需給の数字につきましては、これは予算編成もそうなっておるものですから、私はすでにもう世間的にはかなり承知をされておるというふうに考えております。特に来年度は生産調整のほうにつきましても、在庫増勢ということを考慮して、七百九十五万トンの生産を行なうという計画に相なっておりまするので、そのような観点から申しますれば、現在の予算編成の考え方が特に来年の端境期の米価を刺激するという要素になるということはないというふうに考えております。
○工藤良平君 さっき農政局長がちょっと話をしておりました、杉原先生の質問に答えてですね、生産調整が非常にスムーズにいっているということですね。さっきのお話では目標をはるかにオーバーをして、割り戻しをしているというところまで出ているそうですね、富山あたりで。米の産地、単作地帯ですよ。米の生産が非常に低下をしているという傾向、私は農林省が去年は冷害だというようなことを理由にあげて、五百八十万トンの買い入れが四百八十万トン程度にとどまったということ、これはただ単に私は冷害だけの問題ではないと思っています。全体に被害のなかった地域でも反当収入が落ちているわけでしょう。これはもちろんいい品種をつくったから落ちたと、こういう表現をしております。しておりますけれども、私はそれは傾向としてはいい傾向ではないと思っております。いい品種をなぜたくさんつくらせないのかという私は逆に持論を持っているわけです。たくさんいい品種のものをつくれば、それで米が余るとすれば、それは面積を減らせばいい。減らしたものを何に向けるかというのがいまの畜産や果樹や蔬菜をつくらせるという方向で転作ということが、あなた方農林省の方針で進められているわけでしょう。私はそういう傾向がもちろん正しいと思っております。そうすると、いい品種をたくさんつくってもらうという品種改良も、もちろん、これからも進めなきゃならぬと思いますけれども、しかし、それじゃ研究機関にいる人たちがいまいい米をたくさんつくろうという意欲に燃えて研究をやっているかどうか。必ずしもそうでないわけです。私も現実に聞くわけです。最前線に行きますとですね。もう米をつくっちゃいけないんだという感覚を持っている。そのことが反当収入を引き下げ、去年の米の生産を私は低下している一つの大きな要素になっていると思いますよ。したがって、ことしのいまの生産調整がスムーズにいっているということで、手をたたいて喜んでいたのでは、ことしの端境期はたいへんなことが私は起こるのじゃないかという気がするわけですよ。そういうことが起こったときに、それじゃ予算上はこういう計算をしておりますから、ことしも五百八十万トンちゃんと買うようになっておりますから、自主流通米も二百三十万トン買うようになっているからだいじょうぶでございますということで言ってるところへ、もしも生産が落ちたということになったときには、一体消費者に対する責任はどうしますか。米が上がるということは必然なんです。その点長官どうですか。
○政府委員(亀長友義君) まあ、先生御指摘の点は、私も同じような心配は持っております。また、むしろことしの端境期の問題よりも、あるいは来年度の端境期の問題にも大きく影響する問題かもしれません。食糧をあずかる者として、私もその点は御指摘の点は非常に気をつけながら運営をしていかなきゃならぬというふうに考えます。ただ、御承知のように、先ほど申し上げましたように、一応のいまの予算上の計画から申しますと、四十八米穀年度末には五十万トンばかり政府の在庫をふやすと、ことしの端境期は二十五万トンであるが来年は五十万トンにふやすんだと、こういう生産調整のやり方をいたしておりますので、安全弁として、私どもは予算上もその点に十分配慮をしながら予算も編成をしておる、かようなつもりでおりますが、生産調整につきましても、これは地域的にはあるいは増減があるかもしれませんが、全体としては一〇〇%ぐらいというふうな、目標どおりの達成でないかと私は考えておりますが、なお、まだ生産調整に関しましても、これは不確定の要素もございますし、御指摘の点も十分注意しながら、私ども食糧をあずかる者として、御心配のないように運営をしてまいりたいと思います。
○工藤良平君 そこで、もっといろいろたくさん議論したいわけですけれども、時間がなくなってまいりますから、先を急ぎますが、量の制限を生産調整という形で行なってきた、それはもちろん、さっきからおっしゃるように、非常にスムーズに進んでおると、それはいい意味にもとられますし、また逆に言うと、農家の人たちが生産意欲を全く喪失していると、むしろ出かせぎに、あるいは他の農業外収入によって生活の収入を求めたほうが手っとり早いと、こういう形の傾向が非常に進んでいるというところから私はきていることの要素のほうが大きいんじゃないかと思うのですね。そこで、いま食糧庁長官がお話をしておりましたように、政府の買い入れ目標を達成するためには、一体どういう手だてが必要になるかということになると、これは私は好ましいことではないかもわからないけれども、やはり何としても生産者から買い上げる米の値段を早急に見通しを立ててやるということが必要になってくるんではないかと思うんですね。すでに昨年は、たしか四月の終わりごろそういう方向を出したと思いますけれども、ことしの場合には一体、現在予約の時期になって、もうすでに苗しろをみなやっておりますから、ことしは幾らつくって幾ら政府に売ろう、幾ら自主流通米で売ろうという計画がそれぞれ出て、それに基づいて苗しろをつくっていかなければならぬわけですけれども、そうすると、農林省としてはことしの米価の決定は一体いつごろなされるのかですね、この点、非常に時期として重要な時期でありますから、その点についてお伺いをしたいと思います。この前、時期については総括質問の中でも明らかでなかったのですけれども、去年は早くやったわけですからね、一体いつごろやられるのか。
○政府委員(亀長友義君) 従来、米価の決定は五月から七月の終わりぐらいまでのときに大部分やっておりまして、場合によっては八月という年もございますけれども、もちろん、これは米価のことでございますので、いろいろ資料の整備が必要になってまいります。御承知のように、いろいろの指数、数字の集積が要るわけでございまして、ことしは生産費調査も、昨年冷害等もありまして、統計処理が非常に手間どっておりますので、だいぶおくれております。また、いろんな物価関係の指数等も、あまり早目にはじきますと、推定値が多くなりますので、そういう点からの作業も困難を感じておる次第でございますし、いろいろ農業団体ともいつごろやろうかということを、相談を進めておりますけれども、例年、五月から七月ぐらいの間というふうにきめておりますので、私ども例年の時期をはずすことのないようにやりたいということで、いまいろいろ関係方面とも検討をいたしておる段階でございますので、まだ具体的な時期につきましては申し上げるまでに至っておりませんので、御了承をお願いしたいと思います。
○工藤良平君 まあ、米価審議会等の米価の決定等の問題については、これ以上深追いはいたしませんけれども、しかし、ある程度これは目標を定めて、早目にやらないと、私は非常に心配すべき要素が出てくるのではないかと、このように思っておるわけであります。いまの米作農家の傾向からして、これは特に私は忠告をしておきたいと思うんです。もしも、四十七年産米の買い入れの段階で、四十六年産米のような状態が起こったとするならば、私は農林省の責任を問わなければならないと思うんです。その点についてはそれ以上は申し上げませんけれども、特に、私はきょうの段階では注意を喚起しておきたいと、このように思います。 それからもう一つは、これは三月の終わりに、米穀管理研究会における検討の経過と中間的取りまとめということで、これからの米穀管理の制度、運営の改善についてということで、四つの考え方というのが出てきております。これによりますと、大体同じような考え方でありますが、この要点というのは、配給関係については、もう切符を出してかた苦しい配給というものは必要はなくなってきたということは、大体ほとんど意思統一ができておるようであります。もちろん価格の問題については、私どもの考え方と農林省なり、こういう人たちの考え方との間には若干の違いはありますけれども、そういう考えに立っている。問題は一体どこなのかということです。それは、いま食管会計に繰り入れられている二千七百億をこす、いわゆる通常の経費の一般会計の負担、これをやっぱり軽減をしなきゃならぬ。これは逆ざやの解消だということがこの中心に考えられておるように思うのでありますけれども、そうすると、逆ざやの解消ということになると、売却価格を上げるか、生産者価格を下げるかということにしかならないと思うのですけれども、それはどういう方向を考えられるわけでありますか。それと、いま言う逆ざやを解消していく、減少さしていくということが、この四つの考え方の根底に流れているのではないかと私は思うのですけれども、その点どうですか。
○政府委員(亀長友義君) 米穀管理研究会の報告が出まして、これはまたその報告の中でも数点触れられておりますように、研究会の議論も非常に多岐にわたっておって、必ずしも集約されておりません。また、報告も中間的な取りまとめであって、今後なお引き続いて検討を要するものというふうな結論でございますので、あくまで私ども中間的なものであるというふうに了解をいたしておりますが、御指摘の逆ざやを解消すべきであるという点は、非常に集約されていない中でもわりあい集約された御意見だというふうに理解をして、あの報告を読んでおるわけでございますが、ただ、この生産者米価と消費者米価との間に大幅な逆ざやがあって、これがいろいろ問題なり検討の対象になったということは事実でございます。また、特に、末端逆ざやは早急に改める必要があるというふうな指摘もここに書かれておりますが、具体的に生産者米価、消費者米価について政府がどういう検討をやるのかという問題でございますが、もちろん、この逆ざや解消ということなり、両米価の関連ということが、私どもの検討の一つの大きな要素として考えていかなきゃならぬという点は、報告の御指摘のとおりだと思います。 具体的な取り扱いにつきましては、こういうことも念頭に置きながら対処をしていくというふうには考えておりますけれども、直ちにこの研究会報告をそのまま本年度から実行できるかどうかということになりますと、これはいろいろ現在の置かれておる経済事情なり、あるいは物価とか、いろいろな問題を考えながら、実際の問題というのは処理していかざるを得ないだろうと、かように考えておる次第でございます。
○工藤良平君 まあ、おそらくそう言うだろうと私は思っているわけですけれども、しかし、大体食管の問題が論議され出してからたいへん久しいわけですけれども、自由米が出てきた発想というのは大蔵省からの発想でありまして、これはあくまでも食管会計に繰り入れる、やっぱり一般会計からの調整勘定に繰り入れる金をいかに減らすかということが、根本に流れているわけです。したがって私は、いま提起されている改善の方法についても、いかに逆ざやを減らすかということが中心だと思うのですよ。そうしなければ、こんなことをやる必要がないわけですね。私はそう思っているのです。農林省としては、たとえ逆ざやがいま以上にふえようとも、千五百二十円という標準価格を守っていくためには逆ざややむなし、そういう基本的な態度で進むのか。あるいは他の大蔵省あたりからの要請の中で、どうしても逆ざやを減らさなければならぬとするならば、これは現在の卸しに対する売却価格を引き上げていく以外に方法はないのじゃないかと思うのですが、それを引き上げますと、これは標準価格米の引き上げということが当然考えられるわけで、早晩私はこの問題が出てくるのではないか、このように思うのですが、その点どうですか。あくまでも標準米については千五百二十円を守っていこう、そのためにはいまの売却価格を堅持していくのだ。したがって、それから起こってくる二千七百億あるいは三千億という一般会計の差についてはこれはやむなし、こういう形で、基本方針であくまで続けていかれるか。その点を最後に伺っておきたいと思います。
○国務大臣(赤城宗徳君) この逆ざやをできるだけ少なくするという方向は、私は悪い方向じゃないと思うのです。しかしまた一面、質問要旨に二重価格は守るかどうかと、ここにありますが、実際二重価格という制度で来たわけではございません、初めから。しかし、結果は二重価格になっておるわけであります。生産者から買い上、げたものに、いろいろな費用がかかりますから、それをそのまま消費者にその価格で売っていませんから、どうしても二重価格、そういうふうになっています。 そこで一つの政治論になりますが、食管制度をやめるのかやめないのか、こういうことになりますが、私は食管制度というものは——食管制度をこのままそっくりいくかどうかはわかりませんが、米に対する統制というものはやめられない。先ほどから杉原さんからもお話がありましたが、米の統制が始まったのは昭和七年の富山県の米騒動からです。所々に、米騒動が全国に広がって、米を自由制度にしておっては、米が多いときと足らないとき——足らないときなんかはそういう問題が起きる、社会問題になったわけであります。でありますから、米穀統制法というようなそういうものである程度統制していかなくちゃ、あるいは米穀法——そうして戦争に入ってから食糧管理法というふうなことで、一つの統制をしておるわけであります。でありますから、私は米というものと統制というものは一つのつきものだと思うのです。これを全く自由にしておくというわけにはまいらぬと、私は政治的に考えておるわけであります、先ほどからお話がありましたように主要食糧でございますから。しかし、その食管制度というものは、戦争に入ったときの昭和の十何年かの米の不足しておる、それで配給を、主として一般の国民全部に配給を、何といいますか、乏しきを憂えずひとしからざるを憂えるというような制度でもって、みんなに配給をしようということで、不足の時代から食管制度というものが考案されてきたわけであります。しかし、いま食糧の供給は、米の供給は不足なく大体少し余っておるというような状況でございまするから、この運用あるいは一部の消費者に対する制度などについて、くふうをこらさなくちゃならぬ面も私は出てきておると思います。でございますので、物価統制令の適用を排除しましたのもこれは価格の問題——量の問題が大体間に合ってきましたから、価格の問題の押えをひとつとっておこう。その結果は、消費者の配給に相当自由化されておるというような面が出てきております。しかし、全体として、米に対する統制というものは、どういう形でも統制というものはつきもので、その時代時代に応じた統制というものがどうしてもなくちゃならぬと私は考えておるわけでございます。そこでいまのような形をしていますと、二重米価という形で発足したわけではなくても、結果においては二重価格というような形になっておりますし。でございますから、これは財政的に財政の方面から見ますならば、これをなくしたいと非常に要請もありまするし、私などもできればそれは少なくするという方向はしていくべきだと思いますし、たとえば一つの方法としまして、この食糧管理の職員でございますが、こういう方面なども流通局ができまして野菜とか、その他の方面にこれを回わすとか、こういうようなことで職員の給与などもそっちのほうに回わしていくということも一つの方法で、しかしどうしてもある程度逆ざやというものはこれは全然なくするということは、これはやっぱり無理だと思います。 そこでまだ根本問題になりますが、先ほど杉原さんは農業の保護——保護ということばはあまり好まないけれどもというようなお話でしたが、私は保護ということばは好みませんが、保護されているとは思いませんから。しかしどうしても農業というものに対しては国が財政負担をしなくちゃならぬということ、これはたてまえだと思うんです。というのは、工業生産と農業生産を個人的にやってみましても、これは工業のようにマスプロなんていうことは農業はできません。それからこの間もお話申し上げたように、いかに機械化を進めても機械の償却費というものは工業なら償却が早いけれども、一年に一回ぐらいしか米は生産できない。その間に機械を何日使うかといったら使う日数は少ない。ですから機械化をしても機械の償却費がかかる。気候、天候——去年のような天候に支配される。工場は集中して工業生産、一とこで生産できるんですが、農業というものは分散しています。こういうような点がありまするから生産性を上げるとしても工業と農業では生産性が違ってくる。そしてその価格の面ではどうかというと、さっきもマルクスの議論などが出ましたが、労働価値説から言っても物に投じた労働の価値によって価値ということは出てくる。しかし、私は価格というのは違ってくると思うんです。私は値段と値打ちと言うのですが、値打ちは確かに物に投資した労働力によって値打ちは高い。だから米などに対しては農産物については値打ちは相当高いはずなんです、価値は。しかし価格というやつは資本主義社会において生産されている全部の商品の価格の平均でもって価格というものはきまってくる。そうすると、工業生産物は労働力を、生産性が上がりますから、それほど投入しなくても済むから価格はわりあい低くできるわけです。ところが農業生産は、労働力を相当投入しますから値打ちは高いはずですが、価格としては全商品の平均価格できめられますから価値ほどに価格づけがされない。ですから農業生産物が価値どおりに価格として売れないと、これは自由経済においても。ですからこういうところに農業者の不満というものがあると思うんです。しかし価格は労働価値説からばかりではいけませんから、需給にもよりますからいろいろなものがあります、そればかりではきめられませんが、そういうことでどうしても農産物、米にしても価値どおりに価格として売れないと、国が統制しておって。だからある程度政治的にといいますか、いろんな計算方法もあって、保護じゃないが、勘案しなくちゃならぬ。そういうことになると、今度は一方においては消費者のほうにはそのとおりには売れませんから、買い上げたとおりには。社会政策的な面もありまして、逆ざやというものがこれは免れないと思うんです。で、これを全然なくするということになったらこれは相当の社会問題になると思うんです。そういう意味で、逆ざやをなくする方向はいろいろ国でしなくちゃなりませんが、全然なくするというわけにはまいりません。それじゃ生産者価格をどうするかということになりますが、これは現在、先ほど食糧庁長官が御答弁しましたように、現実の問題としては米価審議会にはかり、その前にいろいろなデータが必要でございますし、そのデータを考えてやるということで、ただ私はこの間ちょっと口がすべったかもしれませんが、とにかく押えるのだ押えるのだということは制度的に見てそういう考え方はいかぬ。公共料金でもその他何でも押えなくて、実は抑制していくのを取り除いたようなことしのかっこうです。そういうかっこうで、米の生産者、農民だけにはいつもいつももう生産したものは押さえていて、おまえたちの物は高くは買えないのだというような考え方をしたんでは農民の生産意欲というもの、食糧を全国民に供給している立場というものを殺してしまうのじゃないか、こういうようなことを言っておったわけでございますが、どういうふうに、これをどの程度にするかというようなことはやはり一つの方式がありますからその方式というものを踏んで、また機関というもの、米価審議会というようなものにはかって、あるいは閣内においても、いろいろ財政方面やその他との、また一般物価との関係の協議というような手順がありますから、どうこうということはいま申し上げられませんが、方向としては、私は私の考え方は決して間違っていない、こういうように思うわけであります。
○工藤良平君 大体時間が参りましたからこれで終わりたいと思いますが、ただ、私は農林省が食管の逆ざや解消、赤字解消ということで私は正攻法でものを考えるのじゃなくて安易な道を歩むとするならば、非常に大きな禍根が残るのではないかということを心配いたします。たとえば、ことし五百八十万トン買う予定であったのが四百八十万トンに終わったということは、買い入れが百万トン少なかったわけです。米の量を扱うことによって食管の赤字というのは多くなるといういまの仕組みになっているわけでありますから、ああこれは赤字が少なくなったということで喜んではたいへんなことであって、私はむしろいまの四百五十キロ反当できる米を七百キロも八百キロもみんながつくれるような条件をつくり出して、その余った面積を何に使うかということをまともに考えていくという農政のあり方というものが、私は正しいあり方ではないかと常々思っているわけであります。 そういう意味からぜひひとつ売却価格を上げることによって赤字を少なくする、あるいは生産者から買い上げる米の量を少なくすることによって赤字を解消していくというような安易な道はとらずに、まともに私はこれと取り組んでいただきたい。その中で出てきた私は方針であるならば、十分に検討して協力もしていきたいと思っているわけで、ぜひひとつそういう検討というものをお願いいたしたい、こういうことを申し上げて時間も参りましたから終わりたいと思います。
○小山邦太郎君 時間もありませんし、また同僚から有意義な質問があり、啓発される点も多かったので、私は農林省所管のうち蚕糸業の一点にしぼりまして、しかもそのうちでも昨年の暮れにあの会期末で六十七議会がわずか数日を余すのみというときに、長く蚕糸業を通じて国家に貢献しておりました有志が、このままではもう蚕糸業はやっていけない。この危機を突破するにはというので大会を開かれた。その大会の趣旨に議員全体が非常に動かされ、議員提出として、わずかに四日の間で両院をみごとに全会一致通過をさせましたあの繭糸価格安定法の一部改正のその効果がその後どのようにあらわれているか。またこれに関連いたしまして、自分の私見を訴え、当局の見解を伺いたいと思うのでございます。
○政府委員(荒勝巖君) 昨年の生糸につきましては、基準糸価を六千九百円できめておりまして、事業団の買い入れ価格は六千八百円というふうにきめておった次第でございますが、昨年の春以来、生糸の価格が軟調になりまして、十月、十一月というときには基準糸価を大幅に下回りまして、六千八百円台という価格を提示するようなかっこうになったわけであります。その結果、事業団におきまして、夏以来約二万俵近い生糸の買い入れを行ないましたにもかかわらず、価格の回復がみなかったということが非常に昨年の特徴ではなかったかと、こう思っている次第でございます。その大きな原因の一つといたしまして、国内におきますドル不安といいますか、為替レートの問題とかその他いろいろございましたが、また一方、生糸の輸入量が年々ふえてまいりまして、四十四年には四万三千俵台だったのが、四十五年には六万五千俵台、それからさらに四十六年にいたりますと九万八千俵というふうに、年々約五割増し前後の飛躍的な輸入量の増大ということが一つの大きな原因に起因しておったのではなかろうか、こういうふうに思っております。その結果、議員立法という形で年末に法律が制定されたわけでございまして、この法律が通りました以上、われわれ事務当局といたしましては、この議員立法の改正の趣旨に沿いまして、当然に生糸の価格の安定に事務的に尽くすべきであると考えておる次第でございますが、そういたしまして、したがいまして、われわれといたしましては、政省令の手続並びに事業団による一元買い入れの手続等、いつでも一元輸入の発動があれば買い入れ手続ができますような事務的な手続規定は全部整理したわけでございます。その結果、昨年来低迷してまいりました生糸の価格が非常に順調に回復してまいりまして、十二月には七千円の平均値を出し、一月には七千百円台ということで逐次上がってまいりまして、この三月末に開かれました繭糸価格安定審議会におきまして、われわれ事務当局のほうで基準糸価を七千百円、事業団買い入れ価格を七千円ということでお願いいたしましたところ、それで決定されたわけでありますが、その後四月以降も丹後とかあるいはその他の機場地帯における生糸に対する最近の旺盛なる需要にささえられまして、四月以降さらに糸価は回復いたしまして、この最近の時点におきましては七千四百円台をこえる現物の糸価になりまして、さらに多少思惑もからんでいるかとも思いますが、この六月、七月の端境期にはさらに先物は高い価格を堅持いたしておりまして、全体といたしまして、蚕糸業界におきましては、ほっと——ほっとと言ったら失礼でございますが、非常に気分的には蚕糸業の危機感がある程度ぬぐいさったのではなかろうか、こういうふうに考えておる次第でございます。
○小山邦太郎君 まことに目ざましい結果でありまして、これは当局の、その法律の運営に向かって熱意を傾けられたそれぞれの手続を伺っても、もういつでも出せるだけの用意が、歯どめの機関としても働けるということが大きな働きになったと思うのですが、しかし一面また考えると、かつては輸出国でありました日本が今日は逆に大きな生糸の輸入国になってきた。伺うと、年々また輸入がふえて、ことしは十万俵を突破するというような状態であるとのことで、そうすれば、国内産業の三割ぐらいに当たる。そうすると、輸入生糸に対しても安定した輸入をできるということが大切であろうと思う。しかるにその輸入先はどうかというと、幸いにして緊密な連絡をとっておる韓国、さらには、また国交の正常化をどうあっても一刻も早くはかりたいと考えておる中国であって、その他のものを合わせましても、ほとんどすべてがアジアに生産するものである。そうして、その需要はどこが一番多いかというと日本なんです。これもけっこうだけれども、これにいま少し力を加え、くふうをこらせば、生糸は輸入するけれども、織物として輸出するということができるのではないかと思うのでありますが、まずそのためにはあまり暴騰してはいかぬ。今度は暴落を防いだけれども、暴騰しては、高値のためにせっかく盛り上がろうとする蚕糸意欲は一時は上がりますが、極端に高いものは、また極端に安くなるというおそれもあるので、これらに対して私は下の歯どめも大事だけれども、上の歯どめがまた大事だ。上の歯どめは品物がなくては歯どめにならない。したがって、低いときに日本の糸だけを買い上げて、よそのものを買わないようにして値段を押えるということは安易なやり方だが、私はこれから仲好くしていかなければいけないという中国、韓国、アジア全体が生産地なんだ。そのものと、価格の点においても、自分が下がったり上がったりしては困るように、他の国の生産者も上がり下がりの騰落は運営の上に安全でないのだから、これの共通した機関を、日本でやるようないまの糸価安定策を少なくとも、全体に及ぼさなくても、せめて当分のうちこの三国だけでも共通した考えでいけるような組織ができないものかどうか、これが一つ。まずその前に、もっと手っとり早くは取引の円滑をはからなければならぬ。それには日本では生糸検査というものをやっておりますが、海外でも何かシルク・アソシエーションなどのあっせんでやっておるようではあるが、いま中国はどういうふうになっておりますか、これらを伺いたい、どうぞ。
○政府委員(荒勝巖君) ただいま御指摘になりましたように、われわれといたしましても、蚕糸業の健全なる発達ということを長期に見ますと、やはりその原料となります生糸の価格が安定しておることが一番肝要ではなかろうかと、こういうふうに考えておりまして、したがいまして、日本政府におきましても繭糸価格安定法を制定いたしまして、事業団による暴落時における買い入れというような措置を講じまして、生糸の価格が安定するように従来から行政姿勢を持ってきている次第でございます。また外国の生糸の価格の安定、輸入生糸の価格の安定ということにつきましては、確かにわれわれの現在の姿勢から、法律体系から申し上げますと、日本の国内産の生糸の価格の安定に重点を置いた法律でございまして、先般議員立法で修正されました法律で、初めて外国産生糸の非常時の場合において一元輸入することができる道が開かれたというふうに理解しておる次第でございます。いずれにいたしましても、われわれといたしましては、さしあたり現在日本の繭糸価格の安定を通じて、生糸全体の価格が安定できますように、今後とも努力してまいりたいと、こういうふうに考えております。 また第二点の御指摘でございますが、日本には生糸検査規則がございまして、それぞれの横神の生糸検査所におきまして、規格に基づきまして検査をしておるわけでございますが、国際機関といたしまして、国際的に生糸の検査規則は一応できてはおりますが、これを各国がこれに基づいて実行するというような形にはなっておりませんし、また、中国はこの機関にはまだ加入していないというようなこともありまして、今後ともこういった国際的な規格の統一と、実行できる規格を何らかの形で統一することが大事なことではなかろうか、こういうふうに考えている次第でございます。
○小山邦太郎君 それでは、検査機関のほうはやり方によっては手が伸びそうに感ぜられますが、それにはどうしても、日本から言えば、輸出国である中国、それから韓国この十分の理解がなければいかぬ、ところが聞くところ、われわれはこちらの糸価の安定を通じて向こうの糸価も安定させようと思ったのであるけれども、そのやり方が一時買いだめを一本化して、ときとしては制約するというようなことが何か排他的な感じに向こうは受け取って、あの法律に対して好感を持っておらない。もしそれ好感を持っておらないということになると、日本は中国と仲よくしようということを考えておるのに、政府が幾ら仲よくしようとしても国民同士の間で反感を持っておったんじゃ、ほんとうの仲よくはなれない。蚕糸業一つばかりではありません。今後日本がアジア全体の平和を求めるために、そうして、ここまで経済が成長した以上は、ヨーロッパやアメリカもさることでありまするけれども、その力をもってアジア全体の平和に役立つようにしなきゃいかぬ。それにはアジア全体の人の理解のあるようなやり方をしなきゃいかぬというのに、一番大事な中国に、そしてこれから仲よくしようというのに、これを通じてあの法律が反感を持たせるというようなことになったとすりゃたいへんなことで、この理解をいかにして求めるか、このことはたいへん大事だと思うが、いかがでございますか。
○国務大臣(赤城宗徳君) ごもっともな御意見だと思います。まあ国内的の問題と、国際的な問題がございますが、国内的では農林省としてはいままでやっていますように、需要に応じて効率的な繭及び生糸の生産を推進する。機械化するとか、繭糸価格安定制度の適切な運用によって繭及び生産価格の安定、一言で言えば生産性の向上でございます。国際的に見ますと、いまの中国などは非常にこの間の議員立法に対して不満を持っているようです。ですから、中国と国交が回復すればなおですが、しないまでも、個別的にいろいろな協定をする必要があると思います。たとえば、アメリカに対しても繊維の税関協定なんていうものもこの間やったわけでございますが、そういうようなことで、いま中国とは農産物についてはいろいろ接触、お互いによくやらなくちゃならないにもかかわらず、摩擦的なものも出てくると思うのです。これから二国間協定といいますか、そういうようなことでお互いに話し合えるような方向に持っていかなくちゃならぬと私は思っています。その前においても、協定ができなくても、理解を得るようないろいろな方法でお互いに理解を得るような方法をとらなくちゃならない、こう思います。
○小山邦太郎君 あくまでひとつ熱意を傾けて理解を得るようにお願いをしたい。その方法としては、われわれも考えたいと思うのですが、一つの考えとしては私は安いときに買いだめをするよりは、安かったら日本の糸を買うように中国糸もどんどん買ってやったらいいじゃないか。そして高くなったときには、これは持ってなければ押えるわけにはいかない。それで買ったものを国内需要でも足りないというぐらいだからある程度買い置きもいいが、それだけでなしに、もっと積極的に、今度は付加価値を増す方法を考えて、日本は原糸を入れて、そして使うだけでなしに、今度は国際的にヨーロッパにもアメリカにも——アメリカがかつて非常に使ったのに、近ごろ使わなくなってきた。これは戦争なんかやっておればどこも生糸なんか使うはずがない。平和になれば、繊維の王といわれている、この何といってもはだざわりのいい、染色してもあざやかである一番すぐれた繊維を、これは美を求める婦人がどこの国であろうと求めるに当然だろうと思う。日本は平和が長く、二十何年も続いているから、日本がかつて十五万ぐらいしか使用しなかったのがいまや三十万以上、四十万も使用するようになったんです。平和が続けば、必ずこれは需要が起こる。そうして、日本みずからがきれいな着物を着て、そのよさを示せば、外国の人が来ても、日本は軍国主義だなんてとんでもない、実にいいところだなと見直すであろうと思う。こういう平和産業をうんと伸ばさなければいかぬ。伸ばすには、私は原料が幸いに安い中国あたりからどんどん買い込んで、それに繊維の染色——イタリアあたりから見ましても、日本の染色などが非常に劣っているんじゃないか、ネクタイ一つ買っても。で、染色とか、そういう技術をうんと開発するということは、これは織物については通産省でございましょうが、通産省ではどういう考えを持っておられるか。 もう時間がないから続けて質問します。通産省でうんとそれに金をかけて、それで通産省であろうが、農林省であろうが、養蚕家からいえば、自分のつくったものがいいあんばいにはけて、どんどん売れればけっこうなんだから、両方が力を合わせて新需要の開拓に全力を傾けてもらいたい。幸いに蚕糸事業団がある。で、事業団にいま六十億しか金がない。ほかに十二億かありますが、これはもうけた金だか何だか知らないけれども、それは資本金以外の金だ。こういうものを通産省のほうでもし染色を奨励したりするような機関に必要があれば、そっちに助成費を出したり、そうしてうんと発展策を講ずる。同時に、それを使わせるばかりではない。輸入生糸まで買うということになれば、日本の国内でさえ六十億で足りないので、おそらく五百億くらいは必要でしょう。これには農林中金が金が余っておりますから、農民の。農民の預金は自分の仕事を助けるんであるから、どんどん出しましょう、政府で保証さえすれば。そうしてそれに政府もばく大な金を、いま七十億だ、八十億だなんてけちくさいことを言わないで、二百億くらいの財団をつくって、中国にも理解させる。幾らでも持ってらっしゃいと買うくらいにしていくことが、仲よくすることであると思います。それで、いま日本は後進国の援助ということで援助したり、仲よくすれば、心配なのは農民なんです。金を貸してうまくこしらえば、できたものはどこに売るかといえば、日本より安くできるから日本で買うよりしようがない。そうすると、国の間はいいとしても、農民は仲よくしていくけど心配だなということになる。それには蚕糸業一つばかりではない、先ほど米づくりの御質問もありましたが、そのほうにも、さっき農林大臣の御決意を伺いましたが、幾ら決意があっても、金をうんと使わなければいかぬ。ほんとうに苦労して長きにわたって奉公していたんですから、地盤づくり、基盤づくりに、経営の安定をはかるより、日本の農家数は多少減っても、そのほうに金をつぎ込んで、そうして基盤をつくってやって、安心して生活のできるように持っていくには、いままでのように、前年度予算の何割増しなんという考えだけでなしに、この際こそ、世の中が大きく変わるときなんだから、思いさまひとつ農民のために、腹を据えて取り組むことが大切であると思います。ただいまは蚕糸事業団のことを言いましたけれども、願わくは農政全体に向かっても、この方針で思う存分金を使って、そうして、こちらの農民も安心でき、向こうの農民もよしということにお願いしたい。これはお願いでありますが、今後私は引き続いてこの運動を訴えるだけでなしに、まず、蚕糸業のこの事業団の増資に対しては訴え、その増資は何のねらいか。日本国の生糸の価格を維持するばかりでなく、中国の生糸の価格の維持までやってやろうというくらいまでに積極的にやりたいという運動をしたいんですが、よろしくお願いします。それでは両省からどうぞ。
○政府委員(佐々木敏君) ただいま先生のおっしゃいました問題点は、まさにわが国の繊維産業の今後の方向を示すお考えてあろうかと思うのであります。 申し上げるまでもなく、繊維産業は、現在、発展途上国の追い上げあるいは先進国の保護主義等等で、非常に苦しい状態であります。こういった伏態から前進するためには、やはり先生のおっしゃいましたように繊維製品の高級化、高付加価値製品、いわば先進国型繊維産業に脱皮しなければならないということであります。特に、絹織物はわが国の特産品でございまして、伝統のある産業でありますから、高級化には最もふさわしい産業でございます。 現在、通産省といたしまして、絹織物業を含めました織物業一般あるいは染色業につきましては、構造改善事業を、織物業につきましては四十二年から、染色につきましては四十四年から、現在、実施をいたしております。近代化、技術の開発等々をいたしておるわけであります。 さらに、ただいま国会に、特定繊維工業構造改善臨時措置法の二年延長を御提出申し上げている次第でありますが、その法律のうちに、繊維産業の今後の高級化、付加価値へ志向するための体質改善のために、振興基金を——現在ございます繊維工業構造改善事業協会に十億円を一般会計から出資をいたしまして、振興基金を創設いたしまして、さらに業界からも出指金をもらいまして、先生おっしゃいましたような繊維産業の高級化、高付加価値、新規技術の開発等々の事業を、産地の組合を中心に今後推進してまいりたい、かように考えておる次第であります。
○小山邦太郎君 これで失礼します。 いま、それだけのお考えをいただいておることは、特に新しい芽がふいたようで、しあわせですが、どうか、先ほど申し上げるように、事業団の資金をもっと増額して、そうして向こうの糸も買う、その糸の処理のできるように私は運動を起こしたいと思うので、ひとつ、趣旨に御賛成であれば、方法はまたいろいろ御相談をしなければならぬと思いまするが、御了承を願っておきたいと思います。 幸いにして、外務省は、日本がどうも軍国主義だなどとばかり言われちゃいけないから、文化運動を起こして、今度は一兆の金を集めて、文化事業部に民間資金まで集めてやろうという運動であるようです。われわれ、生糸はもう文化の先がけをしておる品物で、これをひとつうまく活用すれば、日本人はまさに文化国民で、軍国主義なんてとんでもない話だということで吹っ飛ばすことができるであろう。これに対しては、ばく大な金をつぎ込んでも意義のあることであると思いますので、よろしくお願いいたします。御賛成であれば、御賛成だけをひとつ。
○国務大臣(赤城宗徳君) 非常にいい構想だと思います。それを着々と、何といいますか、地について具体化してまいりたいと思います。また、それには御協力を申し上げていきたいと思います。
○小山邦太郎君 ありがとうございました。
○主査(松永忠二君) 以上をもちまして、農林省所管の質疑は終了いたしました。 午後一時に再開することとし、それまで休憩いたします。 午後零時三十五分休憩 —————・————— 午後一時五分開会
○副主査(山内一郎君) ただいまから予算委員会第三分科会を再開いたします。 昭和四十七年度総予算中郵政省所管を議題といたします。 質疑のある方は順次御発言願います。
○工藤良平君 私は郵政行政の問題につきまして若干御質問をいたしたいと思います。 先日、暫定予算を審議をいたしました際に、民社党の木島議員が、庶民金融の問題につきまして御質問をしておりましたけれども、その後、この郵便貯金の預金者貸し付け制度につきまして、いろいろと取りざたされておるようでありますし、私どものところには、農業関係の方々から相当強い反対の意思表示の陳情も行なわれているわけでありますが、このいわゆる庶民金融についての現在の成り行きといいますか、また、郵政省の構想についてまずお伺いをいたしたいと思います。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 現在の成り行きと郵政省の構想についての御質問でございますが、順序といたしまして、まず私どもが考えております構想について概略御説明申し上げたいと存じます。 私どもの考えておりますいわゆる庶民金融でございますが、正確に申しますと、郵便貯金の預入者に対しまして、貸し付けをするという制度を創設したいという趣旨でございます。と申しますことは、郵便貯金の預入者が生活上に不時の入費が出てきたと、たとえば、病気をしたり、あるいは子供が学校に行くから入学資金が要るというようなことで、出費が必要になってまいりました場合に、郵便貯金を引き出してくるということに、自然なりますわけでございますけれども、郵便貯金は、御承知のように、その貯金の大宗をなすものは、定額貯金でございますが、定額貯金に例をとりましても、長く預けておけばおくだけ、非常に有利になっておりますわけでございまして、したがって、途中で引き出しますと、預金者のために非常に不利になるような性質のものでございますから、なるべく預金者のためにも、また、貯蓄心を奨励するという意味から申しましても、預金の引き出しを防ぎたいと、そのために立てかえを郵便局のほうでやると、これが本旨でございまして、庶民金融なんといって、非常に大きくキャッチフレーズを打ち出しましたものですから、いろいろ誤解もあるようでございますが、正確な意味における融資とか、金融とかというようなものではない。引き出し防止と申しますか、引き出しのかわりに立てかえをするというのが本旨でありますわけでございます。 で、これは、仕事に郵便局はなれてないじゃないかとか、そんなふうな能力が郵便局にあるかというふうな説もございますけれども、これは、すでに御承知のように、簡易保険におきましては、五十年ぐらい前から、簡易保険の契約者に対しまして、保険料の払い込みの範囲内で、個人貸し付けをするというようなことをやっておりますわけでございまして、しかも、今度の郵便貯金貸し付けは、預金通帳を持ってくれば、即座に貯金の担当者、当務者が貸し付けをいたしますわけでございます。保険の貸し付けと全く違わない、きわめて簡単な——審査を特別に必要とするというものではございませんので、郵便局の局員が、人もふやさずに、そのようなことができると、貸し出しということをしますと、仕事がふえるようでございますけれども、貸し出しをしなければ、引き出しという仕事があるわけでございます。その引き出しの仕事がなくなって、貸し出しという仕事に変わるだけで、仕事はふえないので、従業員に対しましても、仕事の加重ということにはいささかもならないと、こういうように考えておりますわけでございます。 国会におかれましても、もうすでに昭和三十七年度から四回にわたりまして国会の決議をいただいております。ぜひ庶民金融の道を開くべく検討をすべきだという御決議を賜わっておりますわけでございますが、諸外国の例を見ましても、郵便貯金を国でやっております国の、非常に多くの国が、貯金ばかりでなくて、貸し付けもやっておりますわけでございます。また、営利を離れて、公共事業として貯蓄銀行をやっております国は、そういう銀行におきましては、大部分が貸し付けもやっておりますようなわけでございまして、諸外国にも例がありますわけでございます。で、理屈から申しまして、私はぜひ庶民の福祉を増進するためには、こういう道を新しく開くべきだ。まあ産業よりも人間、経済よりも福祉と言われております当今でございますから、こういうときにこそ、そういうことをやるべきだということで、今度大きく打ち出したわけでございますが、これに対しまして、一番強く反対をいたしております方は、大蔵省でございますが、何も政府部内が不統一というわけじゃなくて、ただいま検討中でございますから、おのおのの立場で御主張があることは当然だと思いますが、大蔵省は第一に、郵便貯金というのは、預入だけを専門にする機関ではないか、貸し出しをやるということは、制度の変革だということをおっしゃいますけれども、こういう郵便貯金の制度というものは、神さまがつくった制度ではございませんので、必要なときには変革をしても差しつかえない。こういう時世にこそ変革すべきだと私どもは主張いたしております。 それから、財政投融資に非常に支障があるじゃないかということをおっしゃいます。郵便貯金を貸し付けるということになれば、それだけ資金が減るじゃないかというお考えのようでございますけれども、先刻申しましたように、そうしなければ当然貯金を引き出す、そういう場合に貸し付けをするわけでございますから、貯金そのものの実質は、全く私は減らないと思っておりますし、また、そういう制度を開くことによって、預金者もふえてくるんじゃないかということも思われるわけでございますから、ほとんどと申しますよりも、全く財政投融資には私は、関係ない、そういう資金の確保には、従来同様あるいは従来以上にできるじゃないかということにすら考えております。 また、郵便貯金は、税制の面において特に優遇しておるじゃないか、無税にしておるじゃないかという御説もございますけれども、御承知のように、郵便貯金の制限額は百五十万円まででございまして、これは、全然無税になっておりますけれども、しかし、銀行におきましても、郵便貯金と同額の百五十万円までは無税になっておりますので、郵便貯金と銀行との間に、税制の面においては、特に郵便貯金が優遇されておるということは全くないわけでございます。 それといま一つ、銀行業者が反対しているということもおっしゃっておられるようでございますけれども、銀行業者は御承知のように、私ども何度か体験ございますけれども、十万とか二十万という生活資金は、全くいままでは、これは、貸しちゃ悪いという規定はないと思いますけれども、事実上、銀行は決してそうした少額のしかも生活資金なんというのは、全く貸してくれないんでありまして、確実な不動産を担保に入れよとか、あるいは有力なはっきりした保証人を立てよとかいうことを申しまして、全く貸さないのが事実でございますが、幸いに郵政省が、こういうことを提唱するようになりまして、銀行のほうも初めて目ざめて、庶民ローンなんということをおっしゃっておられるようでございまして、これは私は非常にけっこうだと思うんでありまして、銀行も庶民ローンを大いにやってもらう。私どもも庶民の金融をやる、貸し付けをやる、立てかえをやるということになりますと、両々相まってお互いに補完し合って、庶民の福祉が増進されますので、これはきわめてけっこうだと思っております。 それからいま一つ、ただいま先生が御指摘になりました農協方面の反対がありますわけでございまして、これは、国会議員、非常に農村、農協方面には、御関係の深い方が多いわけでございますが、でありますれば、一そう私どもは、この点については関心を持たなくてはならない、注意をしなければならない問題であると思っておりますけれども、私は、この対象が大体違うのでありまして、農協というのは農協の組合に御加入になっていらっしゃる方、また、員外が二割程度融資を認められておられるそうでございますけれども、私どもの、もともとの対象は、都市における庶民というのがねらいでございます。しかし、農民に貸し付けすることももちろんあるわけでございましょうけれども、もともと対象が違う。都市の庶民には、サラ金と申しまして、金融の道がないものですから、生活資金をどこからも借りられないものですから、非常に高利の高利貸しから金を借りておるというのが実態のようでございまして、月に一割あるいはそれ以上の高利で金を借りているというような事例が、全国に非常に多いわけでございますので、そういうことを救済したいという気持ちが非常に大きな動機になっておりますわけでございますが、しかし、まあ農協に関係がないとは申されません。農民に関係がないとは申されませんけれども、農民自体から申しますと、農協からも金が借りられ、また郵便局からも金が借りられるということになれば、農民自体私は非常に喜んでいただけるんじゃないかと思いますが、私は現にせんだって連休の日を利用して郷里へ帰りまして、たくさんの農民の方に一々お尋ねしたのでございますけれども、自分らはそういう制度ができることが非常に望ましいということを、おっしゃった方がほとんど全部でございまして、そういう実態でございますので、私は、農民自体は喜んでいただけるんじゃなかろうかと、こういう気がいたしております。 そういうような、るる申し上げました理由によって、ぜひこういうような貸し付け制度を始めたいと思っておりますわけでございますが、一番関係の深いのは大蔵省でございまして、大蔵大臣とは早く会談したい、協議いたしたいと、そうしてぜひ、この道を開くことだけは郵便貯金法の改正でございますから、大蔵省には関係なくできますけれども、財投に関係がありますものですから、大蔵省の了承を得なければ、財投の法律の改正ができないということになりますわけでございまして、そういう関係で、大蔵省に関係ありますけれども、大蔵大臣は、予算国会で非常に御多忙であったと思いますが、なかなか御面談ができずに、やっと今月の十日でございましたか、初めて会談をいたしまして、そうして事務レベルからひとつ検討を始めようじゃないかということになりました。実は郵政省としましては、もうずいぶん、数カ月前から大蔵省にはいろいろ資料を提示いたしまして、御検討願っておったわけでございますけれども、あまり御検討が進んでいなかったようでございまして、初めて正式に二十日から第一回の事務レベルの会談をいたしたわけでございますが、その前に、十日に、私と大蔵大臣と会ったわけでございます。しかし現在のところは全く平行線でございます。せんだって大蔵大臣が参議院の大蔵委員会で、今度の国会には、政府提案として出しにくいという趣旨の御答弁をなさったように新聞で拝見しましたけれども、私どもといたしましては、できますことならば、政府提案で、大蔵省それから農林省の立場ももちろんございますが、農林省あたりともよく話し合いをいたしまして、政府提案で出したいという熱願を持っておりますけれども、だんだん国会の終期も迫ってまいっておりますし、現在の状態から申しますと、政府提案ではほとんど絶望ではないかと思っておりますが、ただ大蔵省と道が開けたということについては、非常に喜びを感じておりますわけでございます。時期的に申しまして、政府提案ができる可能性というのは非常に少ないと思っておりますが、幸いに与野党の間におきまして、この趣旨は非常にけっこうだと、内容については多少意見を異にするけれども、というようなことで、各党非常に真剣に御研究いただきまして、場合によっては、議員提案で出してやろうというような動きが非常に強いように拝承いたしまして、私どももうたいへん喜んでおります。郵政省が、政府提案で出そうと、出すまいと、そういうことは問題じゃないのでありまして、私どもといたしましては、この制度ができさえすればけっこうでございますから、党のほうのお力によって、議員のお力によって、議員提案で成立いたしましても、非常に私はけっこうなことだと思っておりますわけでございます。 現在の段階につきましては、ただいま申し上げましたように、私の力足らずして、政府提案でできるという可能性がほとんどないという状態でございまして、この点はまことに国民の皆さんに対して申しわけないと思っておりますが、幸いに議員の動きが強いようでございますから、こちらのほうに大きな期待を持っておりますのが実情でございます。
○工藤良平君 よくわかりました。 そこでいまたいへん大きな問題になっておりますのは、これは政府提案としてできないということ、それはいまお話がありましたように、金融機関や、あるいは農協の反対ということも一つの要素でありましょうけれども、要は、私は、政府部内における意思統一の問題だと思うんですね。そこでこの大蔵省の反対の理由は、いまお述べになったわけでありますけれども、それでは、この庶民金融と言われる貸し出しをやった場合に、一体どの程度の資金量というものを予定をしておられるのか。それが、全体的に財政投融資資金の総ワクの問題とどのような関連を持つのか、そのような大きな影響が出てくるのか、その点について、もうちょっと御説明いただきたいと思います。
○国務大臣(廣瀬正雄君) ただいまのお尋ねは、こういう制度を始めれば国全体といたしまして、どういう程度の資金が必要であり、それが財投にどういう影響を与えるかということであるかと存じますが、財投に対する影響は先刻申しましたように、郵便貯金を引き出すべき方に対しまして、引き出さなくて済むように別途貸し出しをいたしましょうというのが本旨でございますので、その点、プラス・マイナスになりまして、財投には全く関係がない。むしろだんだんそういう道を開くことによりまして、郵便貯金がふえてくるというように、私は考えておりますわけでございますけれども、しかし、まあ最高、全国の限度額といたしましては、最初、郵政省で考えておりましたのは二百億円程度でございまして、半年の期間で運転する、回転をさせるということになりますと、大体こういう計算は何か大数の計算がありまして、半年という期限でございますと、四回ぐらい一年に回すそうでございまして、でございますから、二百億でございますれば、四回回って八百億ということになりますので、これはかなり全国的に考えましても、貸し付けの原資になるかと思っておりましたけれども、その後、自民党のほうでは一千億程度にしたいと、また、社会党のほうにおきましても、一千億程度にいたしたいということになりますと、毎年郵便貯金を国庫に預託いたしております、つまり財投の資金になりますお金が、二兆円程度でございますので、全然もう貸し付けばかりのことを考えて、それによって、郵便貯金を引き出すことが防止できたということを考えずに計算いたしましても、二百億円あるいは一千億円ということになりますと、二百億円であれば二兆円の一分でございます。一%でございます。ですから、九九%は従来どおり、この財投の金になりますし、それから一千億になりましても、これは五%でございますから、五分、九五%は財投として納めることになりますわけでございますが、そういう計算でございますけれども、もともと本質が郵便貯金を引き出さなくて済むようなことにいたしますわけでございますから、郵便貯金のお金が減らずに、別途貸し付けるということになりますわけでございますから、財投にはほとんど影響ないというふうに私どもは解釈いたしておりますわけでございます。
○工藤良平君 まああまり財投には影響がない程度の金額であるし、むしろ郵便貯金に対する刺激剤になって、資金は集まるのではないかと、こういうような御意見のようでありますが、むしろ私はその資金が郵便局に集まるということを、たいへん逆におそれているんじゃないかという気がするわけです、これは金融機関、農協、それぞれ含めまして。だから、そこの調整ですね、というものをやはりこれは郵政省としては、十分にやはり理解を求めていく必要があるのではないかと思うのですね。私どものところに来ております陳情を見ますと、ほとんど個々の農家の方々から、この問題に対する反対陳情が来ているわけで、私もできれば、この農家の方々に会って、そこら辺の真意を聞きたいと思うんですけれども、さっき大臣がおっしゃっておりましたけれども、個々の農家については、郵便局でも金を借りられる——もちろんこれは貯金をしなきゃならないという条件があるわけでありますけれども、簡単にむしろ借りられるということになると、農協に対する通常の資金融通の点において農民自身にとっては、私は逆に有利に展開していくんじゃないだろうか、農協なり金融機関のサービスというものがやはり強化されなきゃならぬというかっこうになるのではないか。そうすると、問題はむしろ金を扱っている人たちの問題になってくるわけで、これはやはり郵政省と、そういう金融機関なりあるいは農協なりの、いわゆる幹部の間における意思疎通、理解というものが、むしろ強化されることによって、問題の解決することではないか。むしろ、私はその資金量がこれに基づいて逆にそっちのほうに集中してしまうんじゃないかということですね。そのことがむしろ一番問題になっているんじゃないかと思うんですが、その解決の方法ですね。 議員立法という形はもちろんいいと思いますけれども、できることならば、郵政省としては、やはり郵政省が提案をして通したいという気持ちはあるだろうと思いますけれども、その障害になっているものをやはり除く努力というものが必要になってくるのではないかと思いますけれども、その点の努力を現在大蔵省との間は進めておるようでありますけれども、大蔵省の背後にあるそういうものというものがむしろ大きな力じゃないかと思いますけれども、その点についてはどうでしょうか。
○国務大臣(廣瀬正雄君) ただいまのお尋ねのうちに、財投との関連において、こういう道が開けることによって郵便貯金の量がふえるということが、むしろ他の金融機関のおそれていることだという御指摘、これは非常にごもっともな御指摘だと思います。で、この点は、省内でもずいぶん論議いたしまして、そういう面で他の機関に非常に悪い影響を与えていくということになれば、これはよほど何とか調整をとるように努力しなければならないといって討議いたしたのでございますけれども、私は、財投にあまり関係がないということを強調するために、そういうことを特に申し上げたわけでございますけれども、事務当局が一々具体的に数字を計算いたしまして、実際貸し付けをやりましても、在来の借り入れ金の契約者貸し付けの例等も考えまして、金額も、それから口数も、そうたくさんはないと、ですから、そのことによって、貯蓄心を刺激して預金がにわかにふえるなんということはあまり期待できないというふうに申しておりますので、私は強調していまの点を申し上げたわけでございますけれども、これはあまり御心配は要らないんじゃないかと、もし御心配になるような点が出てきた場合には、何とか調整の方法を講じなくちゃならないと私ども考えておりますわけでございます。 それから、いま政府が出すことが一番好ましいということでございまして、私もそういうふうに考えております。考えておりますけれども、どうも政府部内のことを申し上げて恐縮でございますけれども、大蔵省との話し合いはうまくいきそうにございませんで、もうずいぶん前から、私、大蔵大臣に会見を申し込んで、何度となく催促いたしましたけれども、予算委員会で忙しいということであったと思いますけれども、お目にかかれなかった。お目にかかっても——やっと会ったのですけれども、第一回の会見のときも、私と大蔵大臣と、それからまた、事務段階で、二十日に会ったときも、きわめて気長なお話でございまして、まあ金融制度調査会にもかけなくちゃならないというようなことをおっしゃるわけでございまして、そうだということになりますと、半年後になるのやら、一年後になるのやら、結論が出ますのが。ということで、非常に心配であるわけでございます。しかし、私はいま先生のおっしゃったように、やっぱり大蔵省との話し合いはどんなに向こうが気長に対処されましても、こちらは詰めていくという努力は続けてまいりたいと思いますけれども、事実上、今度の国会に出すということになれば、私は間に合わない。私はぜひ今度の国会に、幸いに非常に国民の御理解が深く、高くなっておりますこの際に、ものにしなければ、だんだんやっぱり、また新しくこういうことから、PRから始めなくちゃならぬということになりますと、非常に将来むずかしい問題になるかと思いますので、この機会に、今度の国会中に提案いたしたいと、そういうことになれば、どうも政府部内の話し合いは困難じゃないかと思っております。この話し合いには、もちろん農林省も加わっておりまして、まあ私は、農林大臣は非常に好意的だと考えておりますけれども、具的体に賛成するということはおっしゃいませんけれども、これは私のかってな解釈かもしれませんけれども、ですから、率直に申し上げたわけでございますが、政府内で意見を統一して、政府提案ということは、今度の国会では、非常にむずかしいんではないかというように考えております。しかし、私は努力を続けたいと思っておりますが、幸いにまた一方、さっき申しましたように、党の動きもございます、議員の動きもございますものですから、非常に私はそちらにも期待を持っているということは事実でございます。
○工藤良平君 これは、何でもそうだと思いますけれども、やはり新しい仕事を始めるときには、やはり事前のいろいろな障害を取り除く努力というものが、私は必要だと思うわけでありまして、特に、政府部内で、そのような意見が分かれるということになりますと、これまたたいへん大きな問題であります。私ども、この問題については、賛否それぞれあるわけでありますけれども、これが真に大衆のために利用されるものであり、また、そのような意義があるものであるとするならば、これは、やはりそれなりの努力を積み重ねていかなければならぬと思っているわけであります。 そこで、もうちょっと具体的に、私心配になる点をお聞きをしたいと思うのですけれども、もしこれを実施する場合に、先ほどちょっとお話がありましたけれども、現在の、郵政行政の体制の中で、十分にこなし得るだけの体制というものはあるのか。先般、二月に、郵便料金が値上げになったわけでありますけれども、この郵便料金の値上げによりまして、私どもやはり大衆というものは、郵政行政の住民に対するサービスというものを期待をしているわけであります。 ところが、その郵政行政に対するサービスが低下をするということになりますと、これをやった意義というものは、逆に私は、その面で薄れてくるという気がするわけでありまして、そういう意味から、たとえば、郵便のおくれ等について、十分な体制を整えながら、なおかつこのような仕事を行なう、それに対する万全の対策はあるのかどうかということですね。この点心配になりますのでお聞きをいたしたいと思うのです。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 先生の御心配、ごもっともだと思いますが、さっき御答弁申し上げましたように、かりに年間一千億というようなことにいたしまして、しかも、その回転率が半年の期限だということになれば四回、最大限四回だと思いますけれども、そういうことで計算をいたしますと、そして、しかも、一件当たりの貸し付けの額を非常に小さくいたしまして、五万円ということにいたしますと——これは、限度は十万とか、三十万とかという御説がございますけれども、実際は平均五万円程度じゃないかと思っておりますが、ということにいたしますと、取り扱い件数が年間で八百万件という程度になります。そうしますと、全国で郵便局が約二万ございますので、こちらで取り扱うことになりますれば、一局平均年間で四百件——一局平均年間で四百件でございます。営業日数を一年三百日といたしますと、大体一日に一局で一件か二件程度の割合になりますわけでございまして、しかも、手続は、郵便貯金を持ってくれば、すぐ簡単に、即座に貸すということになっておりますので、仕事としましては、きわめて軽微でございますし、先刻申しましたように、こういう制度がなければ、郵便貯金を引き出すということになりますわけでございますし、引き出すためには、郵便貯金の引き出しの手続を当務者がしなくちゃなりません。それにかえて貸し付けをするということでございますから、仕事の量は全くふえない。したがってもちろん現在の定員で労働強化なんということを全くせずして実施ができる、こういうふうに考えておりますわけでございます。
○工藤良平君 そうしますと、現在予想される金額なりあるいは件数からすると、日常ふだんの郵政行政の中にそう大きな負担ということにはならないし、サービス低下にもならない。こういうようなお話でありますが、その点については了解をいたしたいと思います。 ただ私は、先ほどもちょっとお話が出たようでありますけれども、郵便貯金につきましては、百五十万円まで無税ということが規定づけられておるわけでありますけれども、この百五十万円というものが、どういう形で確認されるのかということで、これが一時問題になりまして、結局貯金者の住所の、住所といいますか、その名前が、重複しないような形の措置というものが、かなりきびしく指摘をされているようなことを聞いているのでありますけれども、そういたしますと、今度のこのような事務的な貯金に対する手続上の問題が起こってきた場合に、本来であると、もちろん名前を書いて印鑑を押しておけば、まあこの印鑑というのが照合できておれば、金というのはほとんどおりるわけなんでありますけれども、住所をきびしく証明を必要とするような状態でやるのかどうか。これはやはりある程度個人の秘密という問題も——秘密が出てきますけれども、秘密という問題もありますし、そういう点については、一体税金というものと、それから郵政事務の貯金者の名前、住所と、こういう関連の中で一体どのような扱いをしていくか、その点をお伺いしたい。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 当務者に御答弁させます。
○説明員(滝本哲郎君) お答え申し上げます 現在郵便貯金のそれぞれの預入について制限額が百五十万円になっておりまして、税金がかかっております。これは御承知のとおりでございます。したがいまして、私どものほうでは、それぞれの預金者の預金金額が百五十万円をこえませんように、名寄せをいたしまして、名寄せ計算をいたしまして、こえたものにつきましては、これは減額をするようにという通知を差し上げております。そうして減額をしていただくようになっております。また、先生の御指摘のように、住所が変わるということになりますと、まあ二つも三つも住所がある場合、これは名寄せが困難であるということになりますので、現在これは先生も御承知のとおり、四十五年の税制調査会の結論によりまして、民間金融機関との税制上のバランスをとるようにということで、郵便貯金の運用を注視せよということを答申されましたので、その時点に合わせまして、私どもは、郵便局の窓口におきまして、それぞれの住所は、生活の本拠となる住所を書いていただく、たとえば、つとめ先で預入する場合には、別途住所を欄外に記入していただくということで、これを処置いたしております。したがいまして、今度の貸し付けにつきましても、その住所によって処置いたしますので、特段の問題は起こらないというぐあいに考えております。
○工藤良平君 これは一般金融機関との関係の中で、税制上の平等、不平等をなくするということで、そういう処置がとられたのだと思いますけれども、通常、それでは銀行窓口で、たとえば、私なら私が貯金をする、きょうは三菱銀行に行った、きょうは大和銀行へ行った。こういうことで、幾つも幾つも窓口を変えて預金をするということはあり得るわけですね。その点、局の場合に、私が大分の局でやった、別府の局でやった、どこでやったということで、それぞれの窓口で、貯金を、いま言う百五十万の限度内でやったと、そういうことになった場合に、それは熊本なら熊本の貯金局に集めて——私が三カ所でやっている、これが、オーバーしているから税金を取りますよ、これは一つにしなさいとか、そういうようなことをやるために、いま言う住所を届け出させると、こういうことになっておるわけですか。
○説明員(滝本哲郎君) おっしゃるとおりでございます。各それぞれの郵便局で預け入れましても、住所地で全部名寄せをいたしております。住所地で名寄せをいたします場合は、地方貯金局というのが地方にございまして、地方貯金局に全部預け入れの金額が上がってまいります。そこでまとめて名寄せをいたすことになっております。したがいまして、その地方貯金局の管轄内の郵便局で、いずれの郵便局を使われても、同じ地方貯金局で名寄せできる。さらに、地方貯金局の管轄の違うところで預け入れをなさいますというと、それは今度は住所地の地方貯金局に——その地方貯金局に上がってきました証拠書類を住所地の地方貯金局に送付することになっております。そうして名寄せをいたすことになっております。したがいまして、その名寄せで漏ればございません。
○工藤良平君 そうすると、その住所なり氏名を虚偽の住所、氏名を記載した場合には、どういう罰則になるわけでありますか。
○説明員(滝本哲郎君) 虚偽の住所、氏名を記載した場合に罰則はございません。虚偽の住所、氏名を記載された場合には、払い戻しの場合に、いろいろ複雑な手数になろうかと思います。現在のところでは、法律上も罰則を設けておりません。
○工藤良平君 私はその点を実は大切にしたいと思っているわけであります。税金の問題については、あくまでもやはりこれは申告ということが、本来のたてまえでなければならない、このように思っておるわけであります。したがって、いま言うように、預金者の住所なりあるいは名前を正確に記載をするということは法的にはきめられていない。ただ、それは運用上の問題として、税制調査会の勧告があり、そういう百五十万円をこえたものに対する措置ということで、勧告がもちろんなされて、そのような措置がとられたと思いますけれども、やはりあくまでも、預金者については、住所を、場合によっては、言えない場合もあるだろうし、そういうことがあり得るわけでありますから、私はこの点に対する強制ということは、やはり今後の問題として十分な配慮が必要ではないか、このように思うわけであります。ましてや、罰則がないということになりますと、これは、あくまでも、郵政省側の運用の問題であって、これをやはり一般の預金者に対して、強制をするということについては、問題があるのではないかと、このように思いますので、この点については、大臣のほうから、今後の運用の問題としてお聞きをしておきたいと思うんです。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 一応、事務当局から答弁させまして、さらに私の意見を申し上げます。
○説明員(滝本哲郎君) 現在私どものほうで、御指摘のとおり、罰則がございませんというと、まあいろいろそういうことについて問題が現に起きておるわけでございます。起きておるわけでございますが、そういう場合には、各郵便局というのが、幸いにいたしまして、それぞれ地元と非常に地縁性が高うございます。それぞれ地元の人たちの大体、氏名、住所というのはほぼ知っておるというのが多うございます。ただし、都会地ではこれが非常に困難でございます。いなかでは大体そういうことが多うございます。したがいまして、架空名義あるいは架空の住所というものは、現実として防止できておるということでございます。それから、先生の御指摘のような秘密と言いますか、そういう面につきましては、私どもも最大限の配慮をいたしまして、預金者の利益の保護ということにつとめておる次第でございます。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 偽名で預金をするということになりますと、払い戻しをしたときに、いろいろ問題が起こるかと思うんでございまして、と申しますのは、郵便貯金は百五十万を限度といたしておりますわけでございますから、それ以上には、同一人が預入ができないというような制限はありませんわけでございまして、そういうような問題とからんでくるわけでございまして、偽名で預金するという例はたくさんはないと思いますけれども、御指摘のように、その点は預金者貸し付け制度を始めるということになりますと、よほど気をつけて行政的にそうしたことのないように、大いに国民に周知宣伝するという努力を一そうしなければならないというような感じがいたしておりますわけでございます。この問題については具体的にひとつ検討をいたしてみたいと思っております。
○工藤良平君 その問題はその程度にいたしまして、次にこれはたいへん具体的なことなんでありますが、先日、二十日の深夜、大分郵便局で、仮眠中の職員が、これは三十三歳の方でありますが、死亡したということが出ておりますが、この事件について、全逓労働組合は三月末に、熊本郵政局から着任をいたしました大分局の柳という次長の労務管理の強化を原因にあげて、同次長が着任以来、大分局では目立って全逓を脱退あるいは第二組合の全郵政に走るという者がふえた。こういった労務管理の強化というものが死因になっているということで、交渉が持たれておるようでありますけれども、もしもそうだとするなら、たいへん大きな問題だと思いますし、私どもも、大分局のこの労務管理の強化という問題については、再三局長にも交渉をしたこともあるのでありますけれども、そういうことで、もしそれが事実であるとするならば、たいへん大きな問題だと思いますので、この点について、もし事実を把握されているとするならば、お伺いをいたしたいと思いますし、もし把握されていないとするならば、今後、組合と郵政省側との間の大きな問題として提起をされるのではないかと思いますので、その点に対する見解を伺っておきたいと思います。
○国務大臣(廣瀬正雄君) ただいま御指摘の大分局の問題でございますが、これについては、具体的にお話を承りましたのは、きょうが初めてでございまして、どんな事情であるか、詳細に、しかも厳格に調査をいたしたいと思います。不当労働行為に類するような行為が管理者にございますれば、厳重な措置を講じたいと、こういうように考えておりますが、内容についてはまだ存じませんので、さっそく調査いたしてみたいと、かように考えております。
○工藤良平君 私はかつて、先般まで大分に居住をいたしておりましたので、大分市内における郵便物の遅配というのが非常に局部的に起こった事実がたくさんあるわけでありまして、たとえば、案内状を出す、ところが、その案内状が、市内でありますけれども、一週間を過ぎて届くというような事態が、私自身も実はあったわけなんでありますけれども、そういうことがひんぱんに起こっております。私ども再三交渉を局側に行なったこともありますし、あるいは大分市の市議会でも、この問題が大きな問題になったことがあるのでありますが、私は、そういうことからいたしまして、この労務管理の問題については、組合の混乱を招くということは、日常ふだんの郵政行政の中に非常に大きな汚点を残すし、またそれが、ひいてはそういった住民サービスを低下をさせるという状態に発展するのではないかと、こういうふうに思うのでありまして、やはり正常な労使の慣行というものは非常に必要じゃないかと、このように思うんです。 住民代表として、私ども再三参りましたけれども、なかなか局長が会ってくれない、こういうような態度もありましたし、労務管理の強化ということもずいぶん聞いておるわけでありますが、そういう点について、組合運動に対するいろいろな問題から、これが日常ふだんの郵政行政に、さらにそれがサービス低下という形になるということについて、私どもはたいへん憂慮をするわけでありますし、特に大臣の地元でもありますから、ぜひひとつその点については万全な措置をとっていただきまして、組合に対する忠告じゃなくて、やはり当局の労務管理にまずさがあるように私は痛切に感じているわけでありますから、その点については、ぜひひとつ大臣のほうから厳重な注意をしていただきたい。また、この仮眠中の死亡事故の問題については、私は、十分なる調査を行なって、適切な措置がとられるように、特に要望いたしたいと思います。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 御承知のように、郵政事業というのは、大部分が人によって運営されておりますわけでございまして、したがって、労務対策というのが郵政行政といたしましては一番大切な課題であることを、私はよく知っておりますわけでございます。 まあ、大分県の問題を御指摘になりましたけれども、私の出身地の大分県であろうとなかろうと、全国的な問題といたしまして、熱意を持って、そういう問題には不都合のないように、そうして全国の郵便局が、朗らかな、明るい職場になりますことをただいま努力をいたしておりますわけでございまして、せんだって来、社会党のその方面に御関心を持っていらっしゃる議員団から、いろいろ具体的に御指摘もいただいておりますわけでございまして、いま一々検討いたしておりますわけでございますが、大分郵便局につきましても、実は事件の内容はきょう初めて承りましたけれども、ある人のことについて御進言をいただいております。その中に含まれておるようなわけでございますが、幸いに、一昨年の十二月十四日に、労使間で労変闘争の結果、深刻な立場に双方が立ちまして、その所産として、きわめてりっぱな確認事項ができておりますわけでございますから、それに基づいて労使とも不信感を持たず、誠意を持ってそういった交渉をしていくということで進みたいと思っておりますが、そういう気持ちを私は持っておりますけれども、やっぱり一々具体的に示されますと、管理者側の落ち度が絶無だと私は言えないと思っておりまして、まことに残念に思っておりますわけでございますけれども、逐次改善をしてまいりまして、御期待に沿うような職場にいたしたいと思っております。 ただ、郵便物の遅配につきましては、昭和三十年来、昨年の夏ごろまでは、慢性的に遅配の状態がございましたけれども、その後逐次改善されまして、現在はほとんど遅配はない、全くないように私は考えておったわけでございまして、ことに、昨年の十月二十五日に、郵便ダイヤと俗に申しておりますけれども、郵便物の送達の日数表を各郵便局に公示いたしまして、それに基づいて従業員が責任を持って送達に当たる。つまり、ここでいつ郵便物を出せば、どこどこには、いつ郵便物が着くというような日数表をつくっておるわけでございますが、私は、いま完全にそれが実行されておるように考えておるわけでございますが、御指摘もございましたから、これは、制度によって、何か郵便局の集配の関係でございますか、あるいは逓送の関係でございますか、そういう制度によってそういうことになっているのか、ほかの事情によって遅配がいまの大分には起こっておるのか、その辺を十分ひとつ検討をいたしまして——全体的に申しますと、私は、遅配はなくなったと、御承知のように、ことしの元日の郵便物は完全に一〇〇%の成績を——これは全く従業員の格別の御精励によったわけでございますけれども、戦後、初めての成績だったと国民からも喜ばれておると思いますけれども、具体的な御例示もございましたから、十分調査をいたしまして、そうしたことはなくするように十分努力いたしたいと、こういうように考えております。 —————————————
○副主査(山内一郎君) 分科担当委員の異動について御報告をいたします。 本日、杉原一雄君が委員を辞任をされ、その補欠として竹田現照君が選任されました。 —————————————
○竹田現照君 持ち時間がありませんから、簡単にお答えをいただきたい。 まず最初に、いま工藤委員の発言にもありましたように、私は庶民金融の問題につきましても、あるいは郵政公社の問題にいたしましても、私は、われわれが賛成、反対をするということとは別問題に、郵政省にとって非常に大きなアドバルーンが上がりますが、実現をしない。郵政公社のごときは答申まで得て、なおかつ郵政大臣が総理に何か言われて、そんなことはないということは前の井出さんですか——も答えていますけれども、そういうふうに新聞に出ているわけです。今度の庶民金融の問題にしても、これは公社とは別に相当世論の支持があるんですね、いろいろな。それにもかかわらずできないというのは、私は郵政省がアドバルーンは上げるけれども、それについてそのときの大臣はたいへん御熱心にやられていますけれども、あとが続かないということだと思うのです。大臣だけ二階に上がって、はしごをはずされたかっこうになっているのです。 これは、私どうも、たとえば、郵政公社なんて、このごろ口にする郵政省の役人はいませんよ、上層部で。ですから、そういう問題が、私は、郵政省そのもののかなえの軽重を問われるということになるのだと思うのです。ですから、もう少しアドバルーンを上げたのなら、自信と確信を持って実現をするというようなことで、こんなことを何回も——三回もやっていますと、郵政省のいうことなんか信用しなくなりますよ。ここが私は問題だと思うのです。ですから、大臣この次おやめになったら、また言う者がだれもいなくなってしまうということになれば、またかと、こういうことになるのです。だから、私は、その点を郵政省全体としてこれだけ世論をわかせるというようなことであるならば、責任を持って、だめならだめだの結末を明らかにしなければいけないし、実現をするなら実現をするような結着をつける姿勢ということが私は必要だと思うのです。 この点、最初に申し上げておきますが、それとやはり、私が言う苦言じゃないですけれども、世論の背景がある一面、こういう新聞投書もあるわけですよ。じかに接している配達さんや、窓口の局員は、みんな親切だし、不満はないけれども、郵政当局に対しては常に頭にきている。札幌在住の歌人のN女史も手紙の終わりにいって、頭にきたと書いている。一口に言って、官僚的なのである。その官僚的組織が庶民金融などを吹聴しても、われわれ庶民は、とてもおそれ多くて、金などは借りに行けないということを言っている。これは一面、いまの郵政省の庶民に対する接し方に対する諷刺ですよ。これは、いまも大分の問題が発言もありましたし、いろいろありますけれども、私は、最近の郵政省は、本来最も平和的で、最も大衆的でなければならぬ郵政行政というものが、役人、役所の中で一番官僚的ではないですか、むしろ。山の中まで行っても、当局の許可なく入るべからず、なんて書いている役所は、日本じゅうさがしたって郵便局以外はありませんよ。これは、私は再三にわたって郵政省に指摘しているけれども、いろいろな、へ理屈はつけていますけれども、これは、労務対策以外の何ものでもないということは、はっきりしているのだけれども、山の中の、一日居たって、お客さんが一人か二人かしか来ない所まで、こんなものを張っている役所というものは、おそらく世界じゅうさがしたって、日本の郵便局にしかないのじゃないですか。私は、そこが問題だというのです。せっかくいいことを掲げても、全体が郵便局を包んでくれないという原因もあるのだということは、私は端的に指摘しておきます。これは、決して新聞のたった一人の投書じゃないのですよ。この投書というものは、かなり影響力のある御婦人の投書です。私は、郵政関係の新聞の切り抜きというのはずいぶん持っていますけれども、悪いところばかり切り取っているのじゃないのです。いいところも切り取っているけれども、こういう代表的なこともあるのだということを申し上げておきます。 それと具体的にお伺いしますが、郵政省はなかなか答えないのですけれども、今度は答えてくれると思うのですけれども、四十一年の郵便法の改正のときにも、お尋ねしたのだけれども、記念切手ですね、これの生産コストというのは一体幾らなんですか。これは、資材部であなたは調達すればいいほうだからあれなんですが、ぼくは、昔、浅野経理局長に聞いたのだけれども、なかなか答えてくれなかったのだ、前の料金値上げのときに。これは経理局長の分野ですから……。生産コスト、一枚二十円なら二十円の切手は幾らかかって、幾らもうかるのかということです。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 冒頭の竹田先生の庶民金融の問題公社化の問題並びに労務対策につきましての、また役人のあり方ということにつきましての御忠言、まことにありがたく拝承いたしました。十分気をつけてまいりたいと思っております。 公社化の問題等につきましては、いろいろ申し上げたいことはございますけれども、時間の関係で簡単にやれということでございますから、これ以上は御答弁申し上げないことにいたします。御趣旨はよくわかりましたので、責任感を持ってやってまいりたいというふうに考えております。 それからいまのお尋ねの、記念切手の原価であるかと思いますけれども、御質問の御通告がございましたから、調べておきまして、私から一応お答え申し上げます。 調製原価は、一枚当たり七十銭四厘二毛ということに、最近出しました切手趣味週間の切手は、そういうことになっておりますわけでございます。
○竹田現照君 ある切手関係の市販の本によりますと、十五円のときには三十銭七厘だと、こう出てましたけれども、ものも上がって、この間の二十日のは、だいぶん手が込んでおるもんですから、このぐらい高くなったと思うんですけれども、平均すると五十銭ぐらいじゃないかと思うんですけれども。そこで、何千枚も出す記念切手の、実際に使われる率と、それから、いわゆるぼくのように、趣味として取っているやつですね。まるまる郵政省のほうにもうけさせている切手ですね、これとの率はどうなりましょう。
○政府委員(溝呂木繁君) 調査時点が古いわけでございますが、四〇%はストックされているということが、過去の私どもの調査で行なわれております。しかし、先生御承知のように、記念切手の発行の年次あるいはそのものによりまして、たとえば、天皇御訪欧とか、それぞれ人気の出るものと、出ないものと、そういったものでもって、実態ははっきり申し上げて、把握困難かと思いますが、一応過去において調査したものが四〇%ということがありますので、私ども、予算積算上は、記念切手の四〇%がストックされるという考え方でもって処理をいたしております。
○竹田現照君 これ四〇%というのは、私ちょっと納得がいきませんけれどもね。ものの本に書いてあるところによると、九〇%以上は、趣味収集家の手に残っていると、実際は使われないと。私も、六〇%記念切手が添付をされて差し出されるというのはちょっと理解できませんけれどもね。それはあれですか間違いないですか。
○政府委員(溝呂木繁君) 先ほど申し上げましたように、調査時点が非常に古うございまして、三十四年当時の——いわゆる最近の切手ブームといいますか、年次によって、特にいま先生おっしゃるのは最近非常に切手ブームといいますか、そういう形でして、ちょうど三十四年ごろはやや冷えた時代じゃないかと思いますが、ことし中にもう一回この特殊切手、記念切手等のストック率といいますか、そういったものをどうやって調べたらいいかいまいろいろ検討して、ことしあたりもう一回調べてみようとは思っております。
○竹田現照君 これは大臣、国会に対する答弁としてはちょっとふざけていますよね。三十四年ごろの統計を持ってきて、そんな答弁をするというのは、ちょっとあれじゃないですか、ぼくも人がいいですけれども、ちょっといささか腹立ちますね。これは答弁にも何にもならないじゃないですか、これ。いまの予算なら予算という問題に関連して私は聞いているわけですからね。それを二昔も前になろうとするようなものを、答弁をされるというのは、私は不見識だと思うんですよ。そういう答弁というものは私はいただけないですよ。
○政府委員(溝呂木繁君) 先ほど申し上げましたように、現在その把握の方法はございませんので、三十四年当時の調査のものを使って、いろいろの積算にしているわけでございまして、これは御承知のように、収入面に関係してくるだけでございまして、いわゆる歳出面には影響は何も出てきません。
○竹田現照君 私は、郵政会計の中で、これは政治体制が違うとこであっても、そこのそれぞれの郵政省関係は、特に社会主義国なんていうのは、これは、切手のたいへんなものを出して、それの収入にかなりウエート置いていますけれども、それは世界各国、国連を含めまして切手収入というものはかなりのものですよね。そして、これは、使われない切手として、いわゆるまるまるもうかる収入源として非常に大きなウエートがあるはずですよ。ですから、私が、郵政省がこの記念切手の問題について、こんな十五年前の統計しかないんだなんていうことは、私は絶対にあり得ないと思います。 ですから、少なくとも記念切手の純然たる収益というものは、どのくらい見込まれるのかということは考えていなければ、私は、経営者としておかしいと思うのですよ。経営者としておかしいと思います。答えられないのか、あえて十五年も前のことを引っ張り出して、ごまかそうとしているのか、どっちかだと思いますけれども、もう少しこれは、ちょっとまじめなお答えをいただかないと、ぼくは、冒頭から何かちょっといささか気分を悪くしているんです。
○政府委員(溝呂木繁君) 先ほど申し上げましたように、四十七年度予算においても、そのストック率でもって収入を計算しているわけでございます。 御承知のように、発行したそのものは切手収入になる。いずれ全部切手収入になるわけでございまして、ただ、それが郵便物に張られるか、張られないかという形でございまして、で、張られた場合は、当然その料金の前納としての切手でございますので、張られた分について、郵便利用者に対して、その送達の義務があり、また、それが今度は歳出としては、結局、張られた分について、いわゆる郵便物数として把握されたそのものが、支出のコストになるということでございまして、したがいまして、確かに先生のおっしゃるように、この四〇%ストック率というのは、調査時期が古いものではございますが、一応予算の積算としては、四十七年度においても、積算根拠として、その率を使っているわけでございます。
○竹田現照君 これは、私は、四〇%というのは絶対に信用しませんですけれども、大蔵省との予算折衝の中でも、十五年も前のものが基準になって通るのか、通らないのか、私はわかりませんけれども、これは、私は、六年も前にも聞いておりますけれどもね、なお調べないというのは、これは、ちょっとおかしいのですけれども、これは私は四十七年度なら四十七年度に限って調べてみてください。それ一ぺんですね、いいですね。
○政府委員(溝呂木繁君) 先ほども申し上げましたように、過去において何回かいろいろの手を講じて調べましたが、まあ、はっきり申し上げて、その発行した記念切手の種類、そういったものによって、まず完全なストック率というものを把握することは不可能に近いと私ども思っております。そこで、結局、いままで使っている四〇%より現実的なものにするためには、どうしたらよいか、その検討方法を考えているというふうに先ほど申し上げましたが、まあまあ完全なものはできないまでも、何か一つの身上調書といいますか、どのくらいというような、何かこう、いわゆる世論調査的なものでやらざるを得ないのじゃないか。 実態はもう御承知のように、買った人の何パーセントが、どれだけ張られなかったか。たとえば、いまでも過去に発行した記念切手が張られてみたり、それから、私どもこの四〇%を確信しているわけじゃありませんが、郵便局に、いわゆる別納という制度がございまして、郵便物とそれから切手をシートでもって出して、それを別納で出す。その中に、かなりの記念切手のシートが出ているということも、私ども散見しているわけでございまして、いろいろの面から、できるだけ近いものを検討をしてみたいとは思っておりますけれども、先生のおっしゃるように、それが、統計的に、確実視し得るようなものになり得るかどうかについては、私自身自信がございません。しかし、まあいつまでも、この四〇%を使っているということについては、問題もあろうかと思いますので、できるだけ、その四〇%を調査したときのよりは、少しでも前進した調査を考えてみたいと、こういうふうに思っております。
○竹田現照君 まあ昭和三十四年でも、調査の結果は、四〇%というのが出ているんですから、いまだって調べて何パーセントというのが出ないわけはないんです。非常にむずかしいということは、私は通じないと思うのですね。 まあ、郵政省のものがないというのだから、いまこれ以上詰めませんが、かりに、四〇%が基準ということになれば、六〇%使われているということです。 そこで、お尋ねしますが、四十七年度の特殊切手発行計画を見ましても、いわゆる十円の特殊切手というものは十二月十一日に、ことしのですよ、発行が、四十八年年賀だけですよ。年賀だけ。私は、郵便というのははがきもあれば封書もあると思うのです。ですから、なぜこの十円の切手を去年あたりから極端に減らすようになったのか。いわゆるはがき用の記念切手をですね。これは私は、郵政省は増収だけを考えて、死蔵が大半であるという前提の上に立って、こういう計画をされていると思うのです。ところが、日本は観光行政ということもかなり力を入れている段階であれば、たとえば日光に行く、あるいは箱根に行く、阿蘇に行く、熊本に行く、大雪に行く、そういうようなところに行けば、これは絵はがきを出すとかなんとかいろいろありますね。それに、その土地の記念切手が張られてあるというようなことは当然郵政省は考えてしかるべきなんだけれども、いま郵務局長いろいろお答えがありましたけれども、その四〇%が基準であるけれども、六〇%も使われているという十円の特殊切手というものを、なぜことしなんか——年賀はしかたがないから張るのですよ、年賀は十円だからね。年賀はがきは十円だから、あなた方涙をのんで発行しているのかもしらぬけれどもね。私は、十円のはがきに張るべき特殊切手というものも当然に発行されるべきであると思います。発行されない真意は一体どこにあるのか。いままでは必ずあったのですよ。国立公園のときは封書用とはがき用というものがあったのですよ。それがなくなっているから私はあえてこういうことを質問するのです。いかがですか、これは。
○政府委員(溝呂木繁君) 御承知のように、はがき用の切手、いわゆる二種に張るべき切手は、四十五年度においても吉野熊野国立公園、それから日本万博、それから郵便番号のPR用、こういうものに使っておりますし、四十六年度にも、国土緑化、それから西海国立公園、支笏洞爺湖国立公園というものに使っております。まさにこれは先生御指摘のとおり、国立公園等においては絵はがきがかなり売り出されている。それに合わせるためということで発行しております。それで、ただいま先生の御指摘の、四十七年度なくなったということでございますが、たぶん先生のお持ちの資料は国立公園が入ってない資料かと思います。当然四十七年度においても国立公園を予定しておりまして、この国立公園には十円の切手を発行するという方針でございます。
○竹田現照君 国立公園はあれですか、別途ですか。私がおたくのほうに資料要求をした中には、これないのですよ、国立公園、国定の名はね。それから札幌郵政局の局報の一番うしろに書いたのを私は切り取って持っていますけれども、これにもそんなことは書いてませんよ。そんな、私が質問するということになって、あれですか、発行するというふうに変えたのですか、これ。
○政府委員(溝呂木繁君) 一般的に私のほうである年度の特殊切手発行予定は、いわゆる行事予定のものを全部並べまして、そしていわゆる行事以外で郵政省限りと申しますか、郵政省の判断で発行しているものはその他という中で、初めの年度のときには、何といいますか、その日にち別の計画の中に入れないで、たとえば非常にすいている月などに、国立公園とか国定公園、あるいはシリーズもので私どもやっております古典芸能、いわゆる歌舞伎とかそういうものは、すいている月といいますか、そういうときに発行いたしますために、いま先生お持ちの資料はたぶん何月何日何々という非常にはっきりしたものと思います。たとえば四十七年度でも、四月十五日は心臓病予防運動とか、四月二十日は切手趣味週間とか、その他たとえば十月五日は学制百年記念というふうに行事がはっきりしているものにつきましては、前もって年度当初に発行計画を出し、あと古典芸能、国立公園、国定公園につきましては、その年度当初には数量その他はまだはっきりさせないで、年度途中でもってそれに追加していくという方法をとっておりましたために、先生にお出しした資料が不十分だったというふうに考えております。
○竹田現照君 私は皮肉って言っているのじゃないのですけれどもね。たとえば国民体育大会というのは前ははがき用だったのですよ、ね。これも今度二十円ですよ、そうでしょう。十月二十二日第二十七回国民体育大会の切手は二十円です。こういうのは、たくさんの選手が集まって、ことしはどこだったですか、鹿児島なら鹿児島に行くと、一ぱい旅のたよりを出すというのは、これ本来十円なんです。十円で出すべきなんです。私は、こういうことまで二十円といったようなことで発行がえになってきているから、冒頭の質問と関連をして聞くのですよ。
○政府委員(溝呂木繁君) ことしの発行は十月二十二日の二十七回国民体育大会記念で、これはおっしゃいますように二十円の切手でございますが、従来とも、別にはがきも出しております。それで、もちろん四十七年度においてもはがきを出す予定にしております。
○竹田現照君 ぼくは切手のことを聞いている。前は封書用の切手というのはなかったのですよ、その体育大会のあれはね。五円だとか七円だとかあったのですよ。私はずっと持っているのだから間違いない。このごろ二十円になってきたから文句を言っているのです。だから、こういうようなことから、あなた方の方針が、やはりもうかるものを優先と、もうからないやつはあまり出さないと、こういうことじゃ、庶民金融じゃないけれども、庶民郵便が泣きますよ、そういうものの考え方は。だから聞いているのです。 こればかり言っていると時間がないから、私は大臣に、やはりはがきもあるのですから、そういうものにもやっぱり出すと。出してももうからなくないのだから、出せばもうかるのだから、郵政省だって。だから、それお考えになったっていいと思いますが、いかがですか。はがきなんというのは買わないから、郵便局で並んで買うのは切手なんだから、これは郵務局長知らぬはずはない。
○国務大臣(廣瀬正雄君) ちょっと事務当局から先に答弁させます。
○政府委員(溝呂木繁君) 先生十分そのいきさつを御承知と思いますが……。
○竹田現照君 いきさつ知らないね、体育大会……。
○政府委員(溝呂木繁君) 国民体育大会で、はがき、いわゆる二種用の切手と、出したのは二種類あったのじゃないか、いわゆる封書の分と、それからはがきの分だったと思います。そして途中からこれを一種類にしぼりまして、そうしていまで言えば二十円、要するに封書用の切手にして、そのかわりはがきを出して、一般のはがき需要のほうを私どものほうのはがきを使っていただく、私製はがきじゃなくして。そういう考え方で、要するに結局一種類にしぼったために二十円のほうをつくったわけでございます。で、いままでのあれでいきますと、やはり二十円の要望が十円よりも多いことは確かでございまして……。
○竹田現照君 そんなことないよ。
○政府委員(溝呂木繁君) 結局二十円のほうをあれしたわけでございます。
○竹田現照君 大体ね、使った率を調べもしないで、二十円の要望が多いだなんというのはどこから出てくるのですか。どれだけ残るものと使うのがあるかということを聞いたら、調べてもいないのに、二十円の要望が多いのでなんという、そういう、郵務局長だめだよ、ごまかしているみたいなことを言ったってね。だから、ぼくはやはりそれはいわゆる郵趣家は郵趣家でもいいですけれども、やっぱり十円も……。郵政省の切手の発行のあり方が変わってきているからぼくは聞くのですよ、だから鹿児島に行ったら鹿児島の、西郷さんの銅像のついた絵はがきに十円の体育大会の記念切手を張ってやると、これがやっぱりいいでしょう。そういうようなこともきめこまかく、出す人間の立場に立って、なおかつ、観光の太鼓持ちをやれというわけじゃないけれども、観光行政の一翼も郵政省はになうと、国立公園ばかりじゃなく、そういうことも考えながら私は考えてもいいんじゃないのか、こういうことを言っているんですよ。あまりむずかしいことを言っているんじゃないですよ。これは刷ればいいんだから、何もむずかしいことはないですよ。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 従来の沿革もございましょうし、また発行して売れないというようなことになってもたいへんでございますから。現に売れない記念切手なんかもかなりあるようでございまして、その辺をいろいろ勘案いたしまして、十分研究してみたいと、かように考えております。
○竹田現照君 これは私は、これが発行されるかされないかというのは、やはり郵便局が大衆の中に親しむ姿勢にあるかないかという一つのものさしだと思っているんです。実現をするように検討をしてもらいたい。私なんて、特にそういうことを痛感をしながら郵便を考えていますから、あえて言うんです。 それから今度、電報料金と関連してお伺いしますけれども、この三月一日以降電報料金が変わりまして、いわゆる慶弔電報というのがなくなりましたね。おかげでたいへんな出費です。われわればかりが出費じゃないんです。若い者でも、いままで六十円か七十円でいった電報が、御祝儀のほかに長たらしいことを書いてやりゃ三百円も五百円にもなるんですよ、実際は。これは非常な値上げです。そのほかに用紙も三十円取られるわけですね。私は、いまなるべく簡素化の時代ですから、略号で打つのが電電公社は一番いいと思うのですけれども、何で長たらしい電報をわざわざ書かせるようになさるのか、私はわからない。何でも略号の時代になってきたわけですから、その略号を廃止して、そして長たらしい電報——これは幾ら金もうけのためとはいいながら、ちょっと時代錯誤じゃないかというような気がするんですけれども、これは大臣、認可されたわけですね。そこで、衆議院の予算委員会でも大臣は、この種、認可料金について、これからは審議会を設けて諮問をして、そしてきめたいとおっしゃっています。その趣旨、たいへん私も賛成ですが、その審議会はいつ——当分、電報料金の値上げの申請がなさそうだから、出る時分に設けるというのじゃなく、いつそういうものを設置されるお考えなのか、ひとつお尋ねをいたしたいと思います。 それから時間の関係がありますから、電報に関連をして全部お伺いをいたします。 それから電話託送が五円から二十円になりましたね。これはいろんな理由もあると思うのですけれども、これは逆もまた真なりで、ところが電電公社は、このごろ着信の電報は電話でわれわれのところに打ってきます。われわれは電話局か電報局かの電話に基づいてそれを受信しなければなりません、それぞれ。逆に二十円いただいていいんでないかと思うのですがね。これは配達することが目的なんですね。ところが、自分のほうが受け付けるときは二十円、おまえらにおれのほうが知らせてやるときにはただと、こういうのはちょっと虫がいいような気がするんですけれどもね。こういうのは、電話で私なら私へ電報連絡をすると、あるいは私が打つときに、何番の何番に電話で伝えてよろしいという発信人の意思がある場合には、二十円取る必要がないんじゃないか、配達の手間がかからないんですから、人件費のコストがかからないんですから。電電公社に言わせると、配達してもしなくても、ある程度の人間は電報局には置いておかなければならぬからこれは同じだと。それだったら配達すればいいんです。ですから、たいへん皮肉なような言い方ですけれどもね、一挙に四倍も上がったわけですから、託送が。そして電電公社の電話を使って打っているわけですから、二十七円、最低。これはたいへんな値上げなんです。これはそういう面もありますから、認可料金の場合、それはいかがですか。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 認可料金の審議会の諮問の問題でございますが、これにつきましては先般国会で御答弁申しましたように、何らかの機関をつくって諮問いたしたいということで、いろいろ新しい機関をつくろうかとも考えてみたのでございますけれども、幸いにも郵政省には権威ある郵政審議会というものがございますから、郵政審議会に、国民生活に関係の深い——この認可料金というのは非常に範囲が広うございますから、国民生活に関係の深い料金につきましては、すべて郵政審議会にかけるというようなことをきめまして、今後さような方針でまいりたいと、こういうふうに思っております。 託送料金の問題については監理官から答弁させます。
○政府委員(牧野康夫君) 先般、三月一日、電報料金を、電電公社のほうからの申請に基づきまして、大臣の御認可を得て変更いたしたわけでございますけれども、先生御指摘の託送料金が五円から一挙に二十円に上がったではないかと。これは従来は五円でございました。しかし、電話料はそのほかに七円いただいていたわけでございます。ですから、それは全部で合計いたしますと十二円に相なるわけでございます。そこで今度それも含めまして二十円という申請が出てまいったのでございます。そこで、いろいろ電報の現状ということにつきましては、先生すでに十分御了知のことだろうと存じますが、原価に対しましてたいへんなコスト割れをしたサービスをしておりますので、そこらも勘案いたしまして二十円ということにわれわれとして認可をいたしたわけでございます。 それから電話による送達でございますが、これにつきましては、電話によって送達しております、これはそれだけ早く着信者のほうに送達できますし、それからお求めがございますれば直ちに配達申し上げるということのように電電公社に指導しておりますので、さようなことは不便がないようにはからっておりますが、先ほど申しましたように、電報そのものがたいへんなコスト割れになって電話のほうに圧迫していくというような事態になっても困りますので、そこらを少しでもカバーしてまいりたいと、こういうことでこの料金を認可した次第でございます。 詳細につきましては、電電公社の運用局長も参っておりますので、御答弁させたいと思います。
○竹田現照君 私は、電報の会計が赤字だから電話の託送を四倍にしなければ一いまのお話では二倍にならないということですけれども、しなければならぬということはおのずから別だと思うんです、それは。窓口に行って書くのも、電話で書くのも——だから電話でやるやつだけはあれだというのは、おれのほうで受信をして書かなくちゃいかぬからその手数料だということであれば、われわれのほうにも、知らせられるときには受ける手数がかかるわけですからね。しろうとが受けるのはなおたいへんですからね。それならそれに対する反対給付——自分に都合のいいときだけは金を取るけれども、相手が迷惑するのはかまわないというものの考え方というものは私は納得がいかないと思うんですよ、実際は。
○国務大臣(廣瀬正雄君) そのことはさっき監理官が御説明申しましたように、電報の受け取り人に一刻でも早くお知らせしたいということで電話を利用してお知らせするわけでございまして、その受け取り人が、いや、それだけでは済まないと、電報そのものを受け取りたいということであれば、発信人は正規の料金を払っておられますから、それで正規の送達紙にちゃんと書きましてお届けするということはいたすわけでございまして、ただ非常に受信者に御同情申し上げまして、一刻も早くお知らせしたいということでやったわけでございますから、その点をひとつ善意に御了承願いたいと思います。
○竹田現照君 そういう答弁にならないと認可したかっこうがつかない、それは。だけれども、この間も私は控え室でいろいろちょっと話をしていたんですけれども、それでは電報を持ってきてくれと言うと、あまりいい返事をしないと言うんですね。そんなことはございません、もしありましたら今後厳重に注意しますということになれば終わりですよ。終わりですけれども、そういう面もあります。だからぼくは、電話の加入者にやるんだったら、最初から、打つときから相手側の電話でお知らせします、そういうことにしてやればいいんじゃないか。だけれども、いま相手の手数もかけるんであれば、この二十円の託送料というのはおかしいと、こう言うんです。だから認可をする場合にもいろんなことを考えて、やっぱり一挙に上がるんですからね、これ。たとえば弔電なんというのはわりあい少ないですけれども、慶のほうなんというのは、結婚式だとか、いろいろな会合というのは、もう早いのは半年も前からわかっているなんてのがありますからね。そういうのは翌日配達で打ちますと、五十円以下ですよ、いままで。いま、電話で、そしてあの例の用紙を使いますと、最低二百円かかるんです、最低。四倍になってくるんですよ。ですから、これはたいへんな値上げなんですよ。そして認可から実施まで五日間でしたか、ことしは。一週間にならなかったでしょう。それで大体浸透されていないんですよ、一般の人に。こんな濁点のやつも今度は二字に数えないで一字になって、私、この間、ここの電報局へ行って初めてわかった。まあ、たいへん不明といえば不明ですけれどね。そういう面でサービスもしている面もあるんですと言えば、いいんですけれどね。結局、知らないんですよ、四倍にも上がるなんということはね。これはまさに電光石火ですね。ですから、認可料金のあり方あるいは期限というものも十分に配慮した上でやられないと、これはいけないと思うんです。ですから、そういう面でひとつ十分な配慮というものがあってしかるべきです。 それから、いま権威ある郵政審議会と言われますが、これは世上、郵政審議会というのは、郵政省の、言うなれば、まあ何というのですかね、隠れみのあるいは代弁者、郵政省の役人が考えたことを郵政省出身の郵政審議会の委員が何とか試案として発表しているにすぎない。まあ、事実そうなんですから。だから、そういうのであまり権威ないんですよ、郵政審議会というのは。だから、そういうのでなく、私は、やはり四十一年の郵便法改正のときにも、もう少しそういうひもつきのような委員でない委員というものもこの審議会の中に参加させるべきだ、もう肩書きでどうにもならないこういう人ばかり選んだり、あるいは郵政省関係のおやめになった人に肩書きをつけるために、郵政審議会の委員というようなかっこうをつけるというかっこうの構成でなく、やるべきだと、私、言ったんです。そうしたら、郡郵政大臣は、そのことを、そういうふうにしますと言ったんですよ、あの郵便法の改正のときに。もう一ぺん参議院における逓信委員会の議事録見直してみてください。ところが、いまだに何にもしていませんよ、その点については。残念ながら、私が指摘したような審議会の中にまだそういう人は入っていませんよ。入っていませんよ。ですから、そういう点もやはり少し——お答えになったのですから、大臣がお答えになったんですから、少しは色けをつけるような審議会というものに、ああ少しは変わったわなあというようなことにしていただかないと、われわれが納得しないんですから、ぼくのように郵政に関係のある者が納得しないんですからね。それは、その他の人は、なにあんなもの、あんた、値上げの答申をさせるために、まあ一応ステップを踏む審議会にすぎないと、そういうふうに世論が受け取るのは、これはあたりまえだと思うんですよ。この点はどうですか。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 慶弔電報その他の三月一日からの大臣認可料金の決定につきまして、世間にお知らせするという期間が非常に短かったということについては、非常に反省もいたしているわけでございまして、御指摘のように、一週間あるかなかった程度でございまして、この点は、まさにお話しのように、周知に徹底を欠くといううらみがきわめてあったと思います。これは将来十分気をつけまして、さようなことの絶対ないように改めてまいりたいと、こんなように考えております。 それから、郵政審議会の構成の問題でございますが、以前は、まあ十年ばかり前、私が郵政政務次官でおりましたころは、いま御指摘のような顔ぶれが非常に多かったわけでございますけれども、最近はもうだいぶん改められまして、郵政省のOBと申しますか、そういう部内出身の方は比較的少のうございまして、新聞社、つまり言論機関の代表でありますとか、学者先生、それから消費者の代表、それから、ついこの間は、人のことを申し上げて恐縮でございますけれども、永岡光治君にも入ってもらいましたし、ですから、御心配——それから大蔵省の出身者もおりまして、非常に視野広くいろいろな立場から御批判をいただけるようなメンバーに大体なっていると思います。将来もそういう方針をとらなくちゃいかぬということは、私は現に実行いたしておりますし、将来、そういう方針で進みたいということを郵政省の連中みんなはっきり認識いたしておりますから、まあ郵政省の代弁者と申しますか、御用審議機関でありましては審議機関の価値はないわけでありますから、まあひとつ、先生、内容を、顔ぶれを御検討なさってみてください。私は非常によくなっていると思いますし、御期待に沿い得ていると思いますけれども、まだ、しかし、改めるべき点があれば改めてまいりたいと思いますが、ですから、私はあえて権威あるということを申し上げたわけでありまして、そういう権威あられるような審議会にしなくちゃいけないと、こういうように考えております。
○竹田現照君 審議会というのは、大体、そういう性格のものなんですよ。いまの審議会というのは大体が隠れみのなんですよ。まあきまった討議——ですから、われわれ国会議員か出る審議会でもたいへん皆不満を言っていますよ。うちの党でもね。何のことはない、役人の書いたものをそのままいいとか悪いとか言うだけのことで、ろくすっぽ出てきもしない、少し文句を言おうとしたって、文句を言うのは一人か二人しかいないで、大勢抗すべくもなく、きまってしまうというのが審議会の内容なんですよ。ですから、大臣がおっしゃるのは、必ずしも私はそうは——検討してみても、そうは思わないんです。だけれども、大臣がおっしゃるようなかっこうの審議会にされて、先ほどから私が指摘しているようなことが、庶民の声が反映できるような審議会にしてもらいたいと思います。 そこで、電報料金がべらぼうに高くなったのに関連をして、一時、新聞に、郵政省は検討しているやに、おととしですか、そのころ出ておったと私は記憶するんですがね。いわゆる、あえて慶弔郵便とは私は言いません。むしろ弔のほうは、先ほど指摘しましたように、きょう死んだ人に郵便で海やみというわけにもいきませんからね、葬式に間に合いませんから。慶祝郵便というものは検討に値すべきことだと思うんです、慶祝郵便というのは。いまグリーティングカードというのがいろんなところから出ていますね。ですから、ああいうので白い封筒だけじゃちょっとわからぬから、少し結婚式は結婚式ぎみの、いわゆるお祝い電報のような封筒のようなことを一応考えていただいて、そういうことをやはり私は考えると、ほんとうに情のこもったお祝いのことばを書いて、で、なおかつ——まあ二十円じゃいけませんけれども、いまのグリーティングカードというのは最低五十円ぐらいですからね、最低五十円ぐらいです。郵務局長、知らないですか。
○政府委員(溝呂木繁君) いや、知っています。五十円ぐらいです。
○竹田現照君 見ていますか。最低これくらいので五十円。七十円、八十円、その他、共通用とか、たくさんありますけれどね、そういうのをやっぱり考えて、少しでも大衆の真意がそういうことで郵便を通して届けられると。御祝儀ばっかり送るのが郵便ではなく、そういう式に間に合うような郵便も考えられてしかるべきでないかと、そう思うんですけれどね。こういうことはどうですか。封筒業者を圧迫するから、どうとかこうとか、そんなのはだめですよ。
○政府委員(溝呂木繁君) 慶弔郵便のうちの慶祝についての先生の御意見でございますが、いわゆる慶弔または慶祝郵便といった場合に、性格が二つあろうかと思います。いわゆる指定した日時に相手方に届けるというところにメリットのある制度としての慶祝郵便、それと、いま先生が後段でお話しになりました、いわゆる郵便局の窓口でも、その辺で売っているグリーティングカードと同じようなものを、郵便局の窓口で売りさばくか、あるいはそれに類する封筒を売りさばくという二点であろうかと思います。日時指定郵便ということにつきましてはかなり検討したんでございますが、現在の郵便制度は、やはり速達という制度、それ以上に指定した日時に配るということになりますと、非常にコスト面で、特にいなかの郵便局におきましては、そのための人間を常に待機させなきゃいかぬというふうなことになってまいりますと、ちょっと私どもとして自信がないわけでございます。 二段目のグリーティングカードでございますが、これは私も使っておりますし、家庭でも非常にたくさん使っております。そして、こういうことを言うと、ちょっとあれかと思いますが、あれだけ何といいますか、非常にバラエティーに富んだ、それぞれの個人の趣味の強い最近のグリーティングカードでございます。郵政省でそれをつくったらということで検討してみたんですが、役人の商法、士族の商法といいますか、とってもあれだけのバラエティーに富んだものをわれわれ郵便局の窓口にそろえることは、まず、いまの郵便局、郵政省のシステムでは困難ではなかろうかということで、やはり一般の国民の方は、それぞれ自分の好みに応じてグリーティングカードを買っていただいて、それを封筒に入れて、いまいろいろお祝いに出しておられますので、それにおまかせしたほうがいいじゃないかという感じでございます。それで確かにグリーティングカードは非常にバラエティーに富んで、先ほど先生御指摘のように五十円から、私どもいま手元に持っている百円程度でずいぶんりっぱなのがあります。中には外国製品で、世界各国向けのやつまで出ております。封筒については、御指摘のようにございません。そこで、封筒ということになりますと、かつて昔、切手つき封筒というものを出したことがございます。しかし、これはちょっとむざんというか、どうもあまりよくなくて、成績が悪く、なお、それに類似したミニレターというものを、私どもとしてはかなり自信を持って張り切ってやってみたところが、国会でまた非常に指摘されたように、ほとんど売れ残って非常に批判されたわけでございまして、どうも私どもとしては、やはり一般の国民の嗜好に合うものを追いかけるのには、いまの郵政省の形では、実ははっきり申し上げて自信がないということでございまして、これはもちろん封筒業者等からの、民業圧迫、郵郵局が何も封筒まで売り出さぬでもいいじゃないかということがあることも確かでございますが、また、一般に封筒業者はそういった封筒をつくってないというのは、まだ一般の国民の需要というものも——もちろん彼らは相当需要というものに敏感でございますので、当然グリーティングカードと同様に、封筒に対する国民の需要があれば、そちらのほうにおまかせして、私どもとしてはやはり郵便を送達するという限度のほうが安全ではないかというふうに考えたわけでございますが、せっかくの御示唆でございますので、なお検討さしていただきます。
○竹田現照君 私は、配達日時の指定電報なんか言ってんじゃないんです。そこまでいまの郵政省に求めてもとても不可能ですから、そういう意味でなくて、たとえば電電公社のお祝い電報の用紙だって、何百種類もあるわけじゃないんです。何種類かやることによって——グリーティングカードなんかいなかに行っても売ってやしませんからね、しかるべき都市でないとないですからね。そういう全国的に利用できるようなことというのは郵便局が考えてやるほかないし、ミニレター、あんな色けのないものは慶祝郵便に使わないですよ。少しは楽しく出せるようなものを考えればいいんですよ。発想の転換ですよ、郵政省がいま言っている。発想の転換をやればいいんですよ、郵便局が。そのことを言っているんです。検討、検討で十年たって検討じゃだめですよ。だから、それよく検討してください。 それから、時間がありませんからあれですが、最近郵便局舎の建設等について、たいへん予算その他でも十分配慮されていることは私どもも認めます。ただ、できてしまったら、その地域の需要と必ずしもマッチしないということがありますね、局舎が。大体ちょっとした郵便局を建てなければならぬというような、年末のごときは仮設を建てなければならぬというような局舎がある。建ってから五年も十年もたったというならわかりますけれども、私の住んでいるところだってありますよ。これも私がいまあらためて指摘するのじゃないんです。四十一年のときに、そういうようなことは、十分その地域の発展の度合いというものを見通して、百年先を見通せということではなくて、五年先あるいは十年先程度は見通して、郵便局舎というものは建設すべきではないかと、そういうことを指摘をしましたとき、いまちょっとお見えになりませんけれども、長田先生郵務局長のときに答弁をいただいたのは、もう御指摘の心配のような局舎は建てませんから御安心下さいというお答えだったんですよ。しかし、いまだにあれですよ、御安心どころじゃない、さらに私が指摘するような実態ですよ。 そこで私は、郵政行政というのは追従行政であるという面は昔からある程度は認めますけれども、むしろいまは、あくまでも追従行政であっていいとは思いません。むしろ先取りの行政に変えていくべき時代ではないかと思うんですね。ですから、大きな団地ができる——それは札幌市のすぐそばに広島団地と言って、大体十万人ぐらいの人口を擁する、そこの町長に言わせると市になるという、中国の広島とどうするんだと言ったら、いや、こっちは北広島市にしますとかなんとか言っているくらい、町長は一つの構想を持ってもう現実にやってますね。ところが、十万の人口にもう二、三年たったらなるという構想のところに、郵政省はそれじゃここに郵便の状態というものはどうなるんだということに対する一つのプランがありませんよ。だから、できればだれかに特定局でも建てて、それでやれば、さしむき窓口業務等に影響がないというようなかっこうでは私はならぬと思うんですね。ですから、そういうことに対する一つのプランというものは、天から降ってわいたように出てくるわけではないんです。その地域の開発プログラムというものはちゃんと提示をされるわけですから、それに郵政はいかにして対処していくべきかということがあっていいと思います。私は、電電公社はそれはいまはない、いわゆる先取りにやっておられると思うんです。あるいは敷地一つ確保するにしても、そんな郵政省のようなちゃちな買い方をしておりませんよ。半分ぐらい売って、電電の局舎建てるくらいの金浮かすんじゃないかなと思うくらい買っておりますよ。それくらいのことがあってね——特に電電より郵政のほうが金がないんですからね、少しはそういうことを考えていいと思うんですがね、そういう点が全然ないですね。全然ないと言ったら、まるきり皆さんくそみそに言うことになるから、少しはあるとしても、大半がないのです。だからやっぱり予算の執行のときにもう十分考えた上でこれは対処されてしかるべきだと思うんですけれどもね。四十一年のときに当時の長田郵務局長が私にお答えになったときと、いま六年たったときに溝呂木郵務局長は私に何とお答えになりますか、その点について。
○国務大臣(廣瀬正雄君) ちょっと私から。御承知のように昭和四十七年度の予算におきましては、局舎その他の建築については、かなり大幅に伸びて予算の獲得ができましたことをうれしく思っておりますわけでございますが、そこで局舎の新築につきましては、ただいま御指摘のような大都市でありますとか、周辺がにわかに郵便の量が増してきているというような現象でございますから、それで郵政省の方針といたしましては、十年ぐらいの見当で将来を見通して、開発の状況等を展望いたしまして、それで局舎の新築をする、改築をするというような方針でやっておりますわけで、そうして、その後さらに増築の必要がございますれば、増築ができるように、局舎の改造でありますとか、あるいは敷地の確保でありますとかというようなことについては配慮をいたしておりますつもりでございます。しかし、具体的な問題になりますと、そういう展望、予想というものがはずれまして、十年もつと思っておりましたことが、五年のちには局舎が狭くなったというようなことで、そごを来たしておるといいますか、非常に不都合な事態になっているという事例も、必ずしもなきにしもあらずと思いますので、そういうことについてはもう少し綿密に調査いたしまして、そのようなことのないように、ひとつ十分配慮しなければならないということを強く戒めておるわけでございますが、郵便局の能率をあげるには、局舎の、入れものの改築、新築ということがきわめて重要な要素をなしておるということは私どもよく存じておりますが、仕事の能率の面から申しまして、事業の向上から申しまして、局舎の問題はきわめて重要だと思いますので、そういうような配慮を加えつつ進みたいと、こういうように考えておりますわけでございます。
○竹田現照君 いまでも昔やったようなことをやられているのですか。たとえば、さしむき特定局の予算で建てておいて、局舎ですよ、もう明らかに小さくなるということはわかり切っていると思うのです、三年ぐらいたって木造ぶちこわして、いわゆる改築と称して、事実上の鉄筋の新築なんというようなことが、私が知っているだけでずいぶんありますけれども、全くむだな建築というものがあるように思うのです。役所というのは、形あればあとは直すとかなんとかということで金が取れるというおかしな慣習もあるからそういうことになると思うのですけれども、そういうことはないでしょうね。やっぱり前はよくあったのです、特定局の局舎の関係の予算で建てておいて、そしてまた早急にこわしてしまって、また建てるということは。郵務局長首かしげたってだめですよ、あったのですから。だから、今後そういうことはないでしょうね。
○政府委員(溝呂木繁君) 先生の御指摘は、小さい局の改善で、結局いままで郵政省として改善をする場合に、鉄筋で改善するものと木造で改善する、その坪数の非常に小さいものは木造で改善して、そしてその地域の発展状況を見て、将来大きくなっていくときに本建築で改造していくというものが過去にあったということだと思います。私どもといたしましては、最近はかなり小さな集配局まで鉄筋で改善するようにたしか予算でもなっていると思います。したがいまして、小局においてもなるべく鉄筋、その場合に、先ほど大臣から答弁していただきましたように、個々の局についてはおおむね十年ということでやっております。ただ、いろいろなその地方の、先ほど先生の御指摘の都市計画といいますか、発展計画、そういったものは実は地方では十分把握できなかったというところが一方ベッドタウンとして突如大きくなる。かえって大きな都市の中にはそういうものができております。その都市周辺のかつて市にもなっていないような町とか、そういうところヘベッドタウンとしてぽかんと大きな団地ができる、それに対処できなかったということが大きな私どもの手落ちと申しますか、だったような感じがいたします。最近は、先生の御指摘等もありまして、各郵政局が、大体札幌なら札幌を中心としての将来計画というものを、郵政の中にいるのでなしに、市当局とか道当局、そういうところに連絡に行きまして、それぞれまず業務計画を立ててみろということでまず郵便の業務計画を立ててから郵便局舎の問題というふうに少し変えさしております。たとえば札幌におきましても、一体ただ郵便局を建てていくのか、集中処理方式をどうしてやったらいいかとか、やはり物の流れ、そういったものによってもだいぶ関係が変わってまいりますので、そういった点で考えておりますので、いま先生の御指摘の点は、もちろんいま一挙に改善は不可能かもしれませんが、そういう方向で進めているということを御了解願いたいと思います。
○竹田現照君 時間がありませんから最後に一つ、郵便ダイヤに関係してお尋ねしておきますけれども、郵政省本省の説明によりますと、郵便ダイヤはおおむね九五・五%ぐらいはあのとおり実行されておると、そういうお答えなんですよ。しかし、何でも郵政省のやることについて疑いを持っているわけじゃないですけれども、私はそう思わないのです、必ずしも。先ほど工藤先生の発言もありましたけれども、大分市内で一週間もかかるというようなこと、あるいはこれは私のいる札幌だってそうです、そういうことがあるのです。ですから、必ずしも九五・五%——皆さんは下部の機構を通して報告を受けて、そうでしょうけれども、実際はそうでない。それから、端的に指摘しておきますけれども、最近は郵政省の下部はあまり皆さんのほうからしかられるような都合の悪い報告というものはあげてこないくせがあるのです。くせじゃない、そういうふうにしちまったのです、実際は。これは現に私がこの間、郵務局に指摘したことだって一年も前からやっていることが皆さんわからないわけですから、下からの報告はそうじゃないのですから、私に対する説明だってそんなことないと、ぼくが行って現に確かめてきているのだと言って、調べると、そうだ、全くそうでした、こうなるのでしょう。これは山の中の局じゃない、ちゃんとした県庁所在地の郵便局ですよ。そこに監察支局もあり、一年間業務考査がなかったわけはないのです。そして、なおかつそういうことがある。ですから、郵便の配達というものはいろいろと不可抗力の問題もありましょうけれども、特に労使関係の正常化でないところにそういう問題が非常に多い。ですから、その労使関係にかこつけて二号便を一号便しか配達しておらないなんということもずいぶんあります。私は、そういうことをやはり当面私どもに答えるというのでなく、綿密に実際に郵便ダイヤで国民に約束をしたことが、言われるように九五・五%、まさに一〇〇%近い実施がされているのかどうか、もう少し点検をなさる必要があると思うのです。ですから、先ほどの大分市内のように五日も一週間もかかるというほんとうの原因は一体何なんだ、どこにあるのか、新聞に書かれて国会で質問をされてやおら調べるというのでは私はいかぬと思うのですけれども、その点をひとつあらためて郵政省は検討され、郵便料金値上げの際に国民にお約束になったことがほんとうに一〇〇%実現はなかなかむずかしいにしても、言われるように九五・五%でもけっこうです、ほとんど一〇〇%ですから、そういうことが実現できるようにひとつ配慮をしていただきたい。 冒頭も新聞記事を取り上げましたけれども、締めくくりでまた新聞記事を取り上げますけれども、郵便番号は国民の協力を得てたいへんあれだというのですね。ところが、この郵便番号が書いててあっても書いてなくても同じだと。今度は番号区分をしているから、そうじゃありませんと郵政省は言うのです。しかし、これもかなり有名な御婦人の投書ですけれども、条丁番地まで正しく書いてあった、だけれども戻ってきた、郵便番号を書き間違えた、言うなれば。だから戻ってきた、だけれども条丁番地まで正しいのだからもう一ぺん配達してくれと言ったら、赤スタンプを押したやつはもう二度と配達できませんと、こう言って郵便物は返された。ですから、そうすると、われわれは郵便番号まで綿密に調べて確実に書かないと差し戻されて、東京都千代田区永田町一丁目一番地まで正しくても、それが一〇〇でなく一〇一と書いたことによって戻されてしまうというのは、ちょっとこれ不親切じゃないですか。本来は、郵便番号というのは郵政省の都合のいいためにつくっていることですからね。東京都千代田区永田町というのは本来の地名なんですから、そこへ番号区分をするから、それは間違っていたから返すというのは、これはぼくは間違っていると思うのです。その点はもう少しちゃんとした指導があっていいと思う。むしろ書いてないほうが配達になったと言うのです、書いてないほうが。これは書いてある、だからこの御婦人は、来年から義務制でもないから書かないで出してしまうか、ついえこじにもなってしまいますと、こう書いてあるわけです。だから、こういうことというのは、やっぱり番号区分なら区分ということで間違いなく配達はしますと、あるいは早くなっていますという反面こういう事態というものがやっぱり出てくると思うのです。ですから、郵政省はどうなんですか、郵便番号が主で正規の住所の番地を書いたものでもあれですか、いまこの御婦人が投書になっているように、返したものは再度配達しないのですか。正しく書いてあるのですよ、郵便番号が間違っていた。これは差し出し人のやっぱり責任を問われて、その郵便物は目的を達しなくてもいいもんでしょうか。 それとあわせて、もう時間がちょうど三時ですから締めくくりますが、あの郵便番号、きょう私は皮肉に——きょうはもうこれ以上言わないけれども、郵便番号簿持ってきて、大臣なり郵務局長にお見せしまして、私が言う住所番号、すぐ何番どこですかということをお答えいただこうかとすら思ったんですよ。あれはぼくのようなくろうととは言いませんけれども、かなりなれている者でもなかなかむずかしいのですよ、あの郵便番号は。何々郡何々といったってね、たとえば北海道なんて、上川郡だなんていったら、釧路のほうにもあれば、大鵬の出身地も上川郡ですね、いわゆる旭川のほうにも上川郡というのがあってわからないんですよ、上川郡なんというんじゃ。ですから、そういうことが大衆に引きやすいような郵便番号の編集にはなっていないんです、あれは、実際は。ですから、そういうことまで含めて、書くほうが、おまえが郵便番号間違ったんだからだめだと言って返す、住所は正しく書いてるんですから、もう一ぺん配達してくださいと言ったら、それは赤スタンプ押したから二度と配達できませんと、これでは庶民郵便局が泣くんじゃないですか、どうですか。
○政府委員(溝呂木繁君) ただいまの具体的な例の、郵便番号のみを間違えて、住所がはっきりしていた場合は、これは配達いたします。そのまま配達しないのではなくて、本人から申し出があれば、当然それを配達いたします。赤いのがあっても達配いたします。その事例も、たしかあやまってこちらで配達したと思います。 それから、そのためにはなるべく郵便番号を正確に書いていただきたい。それがほんの下三けたあたりですと、その地方に行きますが、全く上一けたが違うと、それこそ北海道と九州ということになりますので、なるべくはっきり書いていただきたい。そのためには郵便番号簿を、いろいろ御批判もありますが、無料でもって各家庭に配布したわけでございますが、御承知のように、あの書き方は、どこどこどこと書いておいて、それ以外の地と書いてあるために、先生御指摘の問題があろうかと思います。郵便局では全町名といいますか、番地まで入れたものを、書いたものを持っておりますが、実に膨大な原簿になっておりまして、それを各家庭に全部無料で配布するということになりますと、非常に私どもとしても財政の問題もありまして、あの程度にしているわけでございます。確かに初めのときよりは——初めはもっと書きにくいのがありまして、先生方の御指摘で二回目の発行からはかなり直したつもりでございますが、まだ御指摘の点等がございますので、いろいろ研究しながら、あまり金のかからないで、しかもうまい方法を少しでも勉強したいというふうに考えておるわけでございます。
○国務大臣(廣瀬正雄君) 郵便ダイヤのことについて、速達の問題をお尋ねでございましたが、これは先ほど工藤先生からも御指摘をいただきましたが、私どもといたしましては、昨年の夏ごろからだんだん遅配の問題が解消されまして、昨年の十月二十五日にあのダイヤを発表いたしまして、従業員に一そう御自覚を願って、あれを守って送達に怠りのないようにということで、大いに督励いたしておりますわけでございますけれども、自来私は、九十何%というお話がございましたが、一〇〇%近い実績をあげておるものだと、その証拠にはことしの元日は、先ほど申しましたように、各局とも一〇〇%の配達ができましたという事実がありますわけでございまして、最近遅配というものが全くなくなったということを喜んでくださる声もかなり承っておりますけれども、ただいま竹田先生御指摘の事実もあるということになりますれば、郵政事業の根幹は郵便であり、郵便の生命は迅速確実に配達するということにありますわけでございますから、郵政省としましてはきわめて重大な問題でございますので、ひとつ十分全国的に事実を調査いたしまして、御期待に沿うように努力していかなければならない、こういうように考えております。
○竹田現照君 最後に、たいへん庶民金融に御熱心なあの考え方で、庶民郵政になるように、さらに一段と努力をされるようにあらためて私から要望いたしまして、質問を終わります。
○副主査(山内一郎君) 以上をもちまして郵政省所管の質疑は終了いたしました。 これにて本分科会の審査はすべて終了いたしました。 なお、審査報告書の作成は、これを主査に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○副主査(山内一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 これにて散会いたします。 午後三時五分散会