内閣委員会 第8号
- 発言数
- 221 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1972/04/25
会議録
○委員長(柳田桃太郎君) ただいまから内閣委員会を開会いたします。 国家行政組織及び国家公務員制度等に関する調査を議題といたします。 山中総理府総務長官から発言を求められております。これを許します。
○国務大臣(山中貞則君) まず事実関係を申し上げます。 速記録を読ましていただきます。栗林委員の質問の最後のほうを申し上げますが、そこから入ります。 そこで、先ほどちょっと申し上げたことで、一つ伺いたいのは、憲法の啓蒙ということについては、これは総理府としてはどうお考えになりますか。 ここからが私の答弁であります。 ○国務大臣(山中貞則君) これは、まあ内閣全体の問題で、時の総理府総務長官がこうだからといってきめるべき問題ではないと思います。いまの内閣が憲法に対して祝賀式を国家としてやらないとか、そういうような祝日にはただなっているだけだとかいうような姿勢については国民が批判をするだろうと思いますが、それは国民自身の判断によってきまることであって、いまの憲法が私どもは押しつけ憲法だと思っております。文章も決して日本人のつくった文章ではないと思っております。しかし、それはといって、その憲法の流れというものは国民の中に定着をして、しかも、大体好ましい方向に定着をしつつあると思っておりますので、いまの政府の姿勢を私自身がどう変えるということは、立場にございませんが、その問題に対する政府の見解となりますと、これ、統一見解を事前につくっておきませんと、あしたさっそく憲法に対する山中の態度というので問題になりますから、私は、その統一見解をまだ持っておりませんので、私からの答弁は私自身の所感というような意味でお話をしたいと思います。 ○栗林卓司君 いま憲法のことをお伺いした気持ちというのは、憲法の内容についていろいろ議論、これはあっていいと思います。ただ、それが手続として今日日本国の憲法としての柱になる、それを中心にしてものごとが動いていくわけですから、国民が知らなくていいということには決してなりません。 そこで、いまの憲法を少しでも読んだことがある人が一体何%いるのか、全然知らないのが何%いるのか——いや、お調べいただかなくてけっこうです。総理府の世論調査がございます。申し上げますと、少しでも読んだことがあるという人が四一%、全然読んだことないという人が二六%、これでいいんだろうかと、やっぱり政府としても考えていただかないと困る。戦後二十数年たったから大体知っているはずだではないんです。それからもう一つ申し上げておきたいのは、いまお話があったように、日本国憲法というのはかっての戦争と密接に結びついたかっこうで 生まれてまいりました。その憲法を日本がどう扱っていくのかということは、単に日本国内の問題ではなくて、世界が日本を見つめた場合、とりわけ近隣アジア諸国が日本を見つめるときの一つの尺度にいやでもなってまいります。その意味で、憲法はいろいろ議論があるでは済まされないし、それは自民党の中でおやりになるのはかまいません。政府としては、あくまでもこの憲法の周知啓蒙ということを常にやらなければいけないはずですし、その意味でこれは当然やるべきだというお答えしか出ないわけですから、重ねてお伺いしておきます。 ○国務大臣(山中貞則君) 私の答弁する範囲であるかどうかは疑問に思いながら答弁をいたしますが、ドイツは敗戦国として憲法を新しくつくる立場に立ったときに、この憲法は独立後見直すべきであるということを憲法の中に入れておると私は思っております。また、一方、最近スイスにおいては、この美しいスイスの国土風景を守るために、公害に対するスイスの立場というものを憲法に入れました。このように憲法にもいろいろと国民全体の血液そのものになってみんなが憲法自体を自分たちの法律の一番の根源であると考えておる国と、憲法というものがすべての法律の根源であることはばく然と知ってても、それがすべて自分たちの日常生活をすぐに制肘し、束縛し、干渉する法律そのものではないということから、比較的それをあまり読まない国民と、いろいろあると思うんですが、私も総理府の調査の数字をちょっといま聞こうとしたんですが、それを調査の結果、一々目を通しておりますから、憲法について案外に読んでいないということは、私もそのときに感じた疑問であります。それに対して政府がどういう姿勢をとるべきかという問題は、政府全体の問題として、一国務大臣の答弁の限界外であると思います。 以上、事実関係であります。
○委員長(柳田桃太郎君) 以上の御説明に対して、御質疑のある方がございましたら順次御発言願います。
○水口宏三君 総務長官にお伺いいたします。初めのところで、私どもは押しつけ憲法だと思っています、という御発言がございますね。その「私ども」というのはどの「ども」をさしていらっしゃるのか。
○国務大臣(山中貞則君) 自民党というものは、私どもはやっぱり党是、綱領というものを持っておりますから、そういうことを念頭に置いて申したわけであります。
○水口宏三君 それでは、総務長官が一応自民党を代表なさって、自民党としては、現在の憲法は押しつけ憲法であるという党是を持っているとい.うふうに理解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(山中貞則君) そういうふうに私が自民党を代表する立場にもまたこれないわけですけれども、私も党員ですから、「私ども」という意味はそういう背景を持っておりますが、私の言った表現が自民党の綱領とか、そういうものであるというふうには考えておりません。
○水口宏三君 自民党の、押しつけ憲法につきましてどういう文書を、自民党として、現在の憲法は押しつけ憲法であるというような、自民党員をいわば抱束——いろいろお話を伺うと、代表というのは、自民党員だからそういうふうに思っているというお話なんですが、どういうふうに文書に押しつけ憲法ということが出ているんですか。
○国務大臣(山中貞則君) 私は、憲法論をやる立場にないことを、この委員会でも、問題になった委員会でも、そういう前提で話をしておるんであって、ここで私が憲法に対する解釈その他について申し上げる立場にはございません。
○水口宏三君 しかし、私は一国務大臣として、たとえそれが所管であるかないかは別にして、事、憲法に対しては、そういう軽々しい御発言をなさって、それで自分の立場でないからというようなことでお逃げになることは、私は納得できません。少なくとも憲法が、おっしゃるように自民党として、一自民党員として、押しつけ憲法であるという、そういう基本的な考え方があるからそれを言ったんだとおっしゃるなら、自民党の何らか基本的な政策とか、あるいは、綱領か何かわかりませんけれども、そういうものがあって初めて言われると思うんですが、私が少なくとも拝見しているこれまでの自民党の基本的文書の中に、押しつけ憲法というのは、私はないように考えておりますけれども、もし私の見落しであるならば、どこにそういうものがあるのか、それを指摘する責任は、総務長官として、発言者としての総務長官としておありだと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 確かに「押しつけ」ということばはないと思います。
○水口宏三君 それでは、昨日の総務長官の発言は誤りだと、事、日本の基本的憲法に対して、国務大臣がそういう発言をしたことは、そう簡単に見のがされるべきではないと思います。しかも、いまあなたは、自民党員だから、自民党は押しつけと考えておるから、自分は押しつけと言ったんだと。何が真意だか、はっきりさしていただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 別段真意とか他意とか、そういうつもりはございません。先ほど速記録を読んだ環境の中で申し上げたわけであります。
○水口宏三君 私が申し上げておるのは、先ほど長官は少なくとも国務大臣としてそういう発言をした。しかし自分は責任を持って憲法を云々する立場にないということをいまおっしゃった。その前には、自分は自民党員だから、自民党として現在の憲法は押しつけ憲法であるというふうに当然考えているし、自民党はそういう立場なんだという御発言もしておるわけですね。とすれば、きのうたまたま自分はそういう立場にないということを前提にして発言をしたとおっしゃっても、これは国務大臣であり、なおかつ自民党員であり、その方がはっきり言ったことである。しかもいま伺うと、自民党の文書とか、基本的なものにはそういうものはございませんというと、これは全く食言になりますね。
○国務大臣(山中貞則君) 先ほどの御質問は、「私ども」というのは一体だれかという、「ども」はだれかという複数のことの質問でありましたから、自民党とは言っておりません。しかし、私どもの党としてそういうような憲法に対する考え方というものが背景にありますから、そういう意味で、党とは言っておりませんが、そういう意味では、自民党という意味で「私ども」ということは言ったということです。
○水口宏三君 水かけ論をしてもしかたないので、それは総務長官自身が「私ども」と言うことは、「私ども」が、自民党がそういう方向を持ち、自分が自民党員である限りにおいて、そういう立場を持つということをさっきおっしゃったわけですね。だから、私はその意味で伺っておるのであって、きのうの発言に対して、長官があくまで憲法に対して、自分は責任がないのだ、しかも、たまたまああいう状況の中で発言をしたことなんで、それに対して自分は責任は感じていないとおっしゃるのか。国務大臣として、なおかつ自民党員として、自民党の正式の文書にないことを発言したことに対して、重大な責任を感じておられるのか。そこら辺のところをお聞かせいただきたい。
○国務大臣(山中貞則君) まあ質問の骨子は、憲法の記念日というものに政府が何か行事をしない、周知徹底の必要があるという意味でありましたから、たまたまそういうふうに話が進んでまいりましたけれども、そこで私が日本国憲法の本質を議論するというつもりは全くなかったわけでありますから、したがって、そのことが、政府として憲法を順守しなければならない、憲法の定めというものから考えて不穏当であるという御認識ならば、私としてそれはあやまってもいいと思います。
○水口宏三君 ちょっといまのお話、わからない のでございますけれども、憲法記念日に政府が行事を行なわないということは、これは毎年いままで問題になってきておるわけですね。その議論の中でそういうことばが出たとおっしゃいますけれども、そういう議論の中で出たかどうかではなしに、少なくとも国務大臣が憲法に対してどういう認識を持っているか、あるいは自民党が憲法に対してどういう考えを持っているかということによって、きのうの御発言は出ているのだろうと思う。なお、単なる学芸会の子供の議論ではない、国会における審議の中で、それはどういう経過であれ、憲法に対する見解としてお述べになった以上、不穏当であったならば取り消しますというよりは、長官自身がどう考えておるのかを明確にしていただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) その次に私は、国民の間に好ましい方向で定着をしていると、こういうことも言っておりますから、したがって、憲法というものを国の基本の憲章として、それを否定するようなことを考えておるわけではないということは、一貫して流れておると思います。
○水口宏三君 いや、私が申し上げておるのは、現在憲法はどうであるかということではなしに、押しつけ憲法であるというそのことなんですね。いまの長官のお話によりますれば、押しつけ憲法ではあるが、いま国民に定着をしているから政府はこれを順守していくのだというお話でございますけれども、まあ憲法というのは、私はむしろ国民に定着をしている、いないにかかわらず、当然憲法に基づいて、皆さんは国務大臣であり得るのであり、憲法の立場に立って発言をしているのであって、何も押しつけ憲法で、本来ならこういうものは自分としては承認しにくいのだけれども、たまたま国民に定着しているから順守しているという考え方は逆だと思うんですね。憲法認識が誤っていますよ。国務大臣たるものは——大体あなた方は当然憲法に対する宣誓をなさって国務大臣になっているはずですよ。その国務大臣がそういう逆の発言をなさるということは納得できません。
○国務大臣(山中貞則君) 私は、憲法というものをやはり順守すべき義務のあることは、これは閣僚としても政府としても当然のことだと思っておりますが、そのことについては何にも批判をしたり意見を言ったりしておるわけではありません。
○水口宏三君 しかし、先ほど長官は、押しつけ憲法ではあるが、現在国民に定着をしておるのでわれわれはこれを順序しているというふうに御発言をなさっておるわけですね。だから、私が申し上げているのは、押しつけ憲法であるからほんとうは順守したくはないんだけれども、国民に定着しているから順守するというふうに常識的にとられます、ことばが。問題は、国民に定着しているかいないかということを御質問しているのではなしに、長官が現在の憲法は押しつけ憲法であるという認識に立っているということが、これが問題になっているわけなんですね。しかも、それは長官個人の問題ではないんで自民党であるということを暗におっしゃっているとすれば、これは大問題だと思うんです。したがって、長官がその発言についてみずからの責任を明らかになさらない以上納得できませんし、これは本日で打ち切られるべき問題ではないと思いますが、もう一回ひとつ長官の明確な御答弁をいただきたい。
○国務大臣(山中貞則君) これは憲法成立の過程がどうあろうと、国会が承認をして、国の意思として定めた、すべての国の法律のもとになるものでありますから、それを順守する義務は当然あるわけであります。そのことについて私がとかくの異論を持っていることは決してない、そのことは間違いなく断言できるわけであります。
○沢田実君 私は、理事会で、この問題について山中長官の真意をはっきりお聞きした上で次の問題に入るべきだということを主張したわけでございますが、きのうの事実関係についてはいまよくわかりました。事実関係について、長官はきのうのお考えについて、こういう点がまずかったと思うというような謝罪をなさるようなふうに副長官から私は理事会でお聞きをいたしておりましたので、そのお話をお聞きした上で、実は公害の説明に入っていただこう、こう思って実はこちらへまいったわけでありますが、長官は事実関係をただ説明なさっただけで、それについて長官として、全然、いわゆる国務大臣としての発言すべきことではなかったと言うような考えはお持ちになっていらっしゃらないようでございます。したがって、ここで憲法についていろんな議論をすることは、これはもう時間もかかることですし、また別な委員会で、あるいは予算委員会でやることが適当かもしれませんし、あるいは総理大臣の出席を求めてやることが適当かもしれませんので、その問題について深くここで御質問しようとは思いませんが、私は、総務長官が事実関係だけをただお述べになるだけで、それに対する謝罪等のお考えをここで表明なさる意思はなしに御出席なさったのかどうか。副長官のお話を承りますと、若干その点が違うように思いますので、それを承った上で質問したいと思うんです。
○国務大臣(山中貞則君) では、先ほどの御質問も含めて、お答えいたします。 昨日の質疑応答に関する私の答弁中、憲法に触れた部分は、私の触れるべき問題ではなかったし、またそのことについてはきわめて遺憾であったということを、あらためて答弁として申し上げます。
○岩間正男君 大体いまそういう釈明をされたけれども、あなたは不謹慎だと思う。先ほどの話を聞いておりますというと、自民党員としてのどうというような、質問に対する答弁でありますけれども、大体予算委員会でしょう、そうして国務大臣として答弁しているんでしょう、応答をやっておるのは。この態度というのは公式なものですよ。公的なものです。憲法に基づく、しかも憲法によって成立している国務大臣のこれに対する態度としては、はなはだ私は不謹慎だと思う。そういう点から聞きますのは、第一点は、押しつけ憲法だということをいまも考えているのかどうか。第二は、これを守るかどうかという統一見解がいまだにできていない、こういうことですが、これは自民党はそうなんですか。憲法を守るという統一見解がなしに現在の政治をやっているんですか。これはたいへんな重大な根本的な問題です。国会のいままでの運営はどういうことなんです。全部憲法を基盤にして、そうしてこれに基づいてやっておるんでしょう。これについてはっきりした答弁を求める。 時間がないから、第三点。あなたは、昨年の二月、やはり広報問題で、この憲法問題が大きな問題になりました。つまり、日本国憲法はちゃんこ鍋憲法だというような、そういう論文を、国民の血税で発行しておる内閣の広報に堂々と掲載さしたことについて、現にこの委員会において陳謝をしたはずであります。しかし何ら憲法に対する根本的な態度は変わっていないということを私は証明していると思う。そういう点から言いますというと、全然これは問題にならないと思う。 第四には、憲法九十九条の国務大臣の憲法を守る義務から考えて、これはどういうことになるか。 以上四点について答弁を願いたい。
○委員長(柳田桃太郎君) 長官ちょっと待ってください。 岩間君の御質問は非常に重要な問題を含んでおると思いますが、本日憲法問題をここで詳しく調査をする時間がございませんので、これに対します山中総務長官の所信を簡明に御表明いただきまして、本日はこの程度にいたしたいと思います。山中長官。
○国務大臣(山中貞則君) 先ほどあらためてまとめて答弁いたしましたとおり、昨日の質疑応答の中で私が申し上げましたことの中で、憲法に触れた部分については、私の触れるべき立場になかった、そうして不謹慎であったということについて、あらためて答弁といたします。
○水口宏三君 きょうのこの問題は予算委員会で出た問題でございますので、当然また予算委員会でも問題になると思いますが、事、憲法に関することでございますから、予算委員会の動向を見まして、それであらためて、憲法問題に疑義が残るようでしたら、政府の統一見解を求める意味で、あらためて総理の出席を求めて憲法問題について十分ひとつ討議をする、したがって、予算委員会でのこの処置を待った上で決着をつけるという意味において、きょうはこのまま保留の形にしていただきたいと思います。
○委員長(柳田桃太郎君) 本件に関する本日の調査はこの程度にいたします。 —————————————
○委員長(柳田桃太郎君) 公害等調整委員会設置法案を議題といたします。 趣旨説明を聴取いたします。山中総理府総務長官。
○国務大臣(山中貞則君) ただいま議題となりました公害等調整委員会設置法案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 現在総理府に置かれている土地調整委員会と中央公害審査委員会とを統合し、新たに国家行政組織法第三条の委員会として、公害等調整委員会を設置し、現在の両委員会の職務、権限に加えて、公害紛争に関する裁定を行なわせようとするものであります。 公害問題は、申すまでもなく、現在緊急な解決を迫られている国民的課題でありますので、政府としては、従来から公害対策基本法の精神にのっとり、各般の施策を講じてきたところであります。公害紛争の解決についても、現に公害紛争処理法に基づいて、和解の仲介、調停及び仲裁を行なう権限を持った中央公害審査委員会及び都道府県公害審査会等を設置し、公害紛争の迅速かつ適正な解決のため努力を重ねているところであります。 しかしながら、現在の制度は、調停にしても、仲裁にしても、紛争の当事者の合意にその基礎を置いた解決方法でありますから、両当事者がその方向で誠意をもて努力する場合には、迅速に円満な解決が得られるという長所を持っておりますが、その反面、事件によっては、おのずからその解決に限界があることは御案内のとおりであります。 一方、最近における国民の公害に対する関心の盛り上がりとともに、公害紛争の簡易、迅速な解決を要望する声は、ますます高まってきております。 このような実情に対処するため、政府としては、公害紛争のもたらす社会性、公共性のほか、因果関係究明の困難さ等公害紛争の解決に固有の問題があることを考慮し、公害紛争処理制度を充実、強化するための裁定制度について鋭意検討を重ねた結果、このたび成案を得た次第であります。 また、裁定制度を採用するにあたっては、かねてからの政府の方針である行政機構の簡素化、能率化に資するため、土地調整委員会と中央公害審査委員会とを統合して、新たに公害等調整委員会を設け、その機能の充実をはかることとしたものであります。 次に、法案の内容について、その概要を御説明いたします。 公害等調整委員会は、国家行政組織法第三条第二項に基づき、総理府の外局として設置することとし、その所掌事務は、公害紛争処理法の定めるところにより、調停、仲裁及び裁定を行なうこと、並びに鉱業等にかかる土地利用の調整手続等に関する法律の定めるところにより、鉱区禁止地域の指定、鉱業権の設定に関する不服の裁定等を行なうこと、その他これらの法律の施行に関する事務を処理することであります。 この委員会は、委員長及び委員六人で組織し、人格が高潔で識見の高い者のうちから、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命することとしており、委員長及び委員は、独立してその職権を行なうこととしております。 また、新たに行なうこととなる裁定制度については、次のとおりであります。 裁定の種類は、公害にかかる被害についての損害賠償責任を明らかにする責任裁定及び被害とその原因とされる行為との間の因果関係の有無を明らかにする原因裁定の二種類とし、申請については、それぞれその性格に応じて、責任裁定は賠償を請求する者、原因裁定は紛争の当事者が申請することとしております。 裁定の手続においては、当事者の立ち会いのもとに審問を行なうほか、職権で証拠調べ及び事実の調査をすることもできることとしております。 責任裁定の効力については、裁定がされた後三十日以内に訴えの提起がなければ、当事者間に、裁定と同一の内容の合意が成立したものとみなすこととしております。 また、原因裁定をしたときは、関係行政機関に通知するとともに、必要な意見を申し出ることにより、公害の防止等に資することとしております。 以上がこの法律案の提案理由及び内容の概要であります。 何とぞ、慎重御審議の上、すみやかに御賛同あらんことをお願いいたします。
○委員長(柳田桃太郎君) なお、本法律案は衆議院において修正議決されておりますので、その修正部分について説明を聴取いたします。衆議院公害並びに環境保全特別委員長代理理事山本幸雄君。
○衆議院議員(山本幸雄君) 内閣提出の公害等調整委員会設置法案に対する衆議院修正の趣旨について御説明申し上げます。 政府原案では、本法の施行期日は昭和四十七年四月一日となっておりましたが、これを「公布の日から起算して三十日をこえない範囲内において政令で定める日」に改める。これに伴い、総理府設置法の改正規定中条文の整理をいたしたものであります。 以上であります。
○委員長(柳田桃太郎君) 本案の審査は後日に譲りたいと存じます。 —————————————
○委員長(柳田桃太郎君) 北富士演習場に関する件を議題といたします。 御質疑のあるお方は順次御発言を願います。
○足鹿覺君 まことに恐縮ですが、立ったりすわったりがあれですので、すわったままでいたします。政府もけっこうですから。 四月十三日の本委員会におきまして、北富士演習場に対する入り会い権問題について神沢委員その他皆さんから御質問がありました。私もその際関連質問をいたしたわけでありますが、きわめて事は重大であり、当委員会としては、委員長も先頭に立たれて、十八日、現地を調査して帰りました。そういった現地調査なり、当日の論議の結果、北富士演習場内国有地の入り会いについての見解を委員長から政府に御要求がありました。私ども、これをいただいておりますが、この問題についてはあとで触れたいと思います。 まずそういう見地から、国有地の入り会い権との関係について、関連につきましてお尋ねをいたしますが、一般論として国有地に入り会い権が存在するかいなかをめぐって、政府の所信をこの際重ねて伺いたい。政府はかねがね、明治初年「地租改正處分ニ於テ官有地ニ編入セラレタル土地ニ對シ從前慣行ニ依リ村民ノ有シタル入會權ノ如キ私權關係ハ」同「處分ニ依リ」その「編入ト同時ニ當然消滅」したるものとするという旨の大審院第一民事部判決(大正四年三月十六日)を根拠として、国有地に入り会い権は存在しないと主張しておるのでありますが、私は、これから申し上げる二つの点から、御都合主義のあなた方の主張、かたくなな態度、これに対し政府の反省を求めるとともに、考え方の転換を要求したいと思います。 第一点は、政府の主張する大正十四年の民事部判決についての性格であります。この判決が出される以前において、大審院及び行政裁判所はともに国有地の入り会い権を当然視していたのであります。すなわち大審院判例に関しては、明治十一年一月二十四日判決、同明治十三年三月二十五日判決、同明治十六年十一月五日判決、同明治三十一年五月十八日判決、同大正二年一月十七日判決があり、行政裁判所判例に関しては、明治三十四年十月四日判決、明治三十五年六月五日判決によってこれは明らかであります。官有地に対する入り会い権否定の正当性は、政府の主張する大正十四年の判例のみではなく、むしろこの判決は、当時政府が、国有地に関する入り会い権を否認しようとする政策を強行しようとする時期にあたって、それとの間での妥協の産物にすぎないものであることは多くの識者が認めておるところであります。当日私どもが現地へ参りました際、この問題についての権威者であります川島武宜先生の鑑定書をいただきました。この鑑定書にもありますが——全文、沈み上げるまでもありませんが、「したがって右の大正一四年判決は、国有地上の入会権を否認しようとする政策を行政庁が強行しようとする時期に至ってそれと妥協したにすぎない。それなのに、右の判決が、官民有区分の時に入会権が消滅したのだと言うのは、全く牽強附会の議論と言うべく、官民有区分に関する諸法令の解釈としては全く誤っているのである。このことは、今日ほとんどすべての学説が承認するところであり、今日における学界の定説と言ってよい(その詳細については川島・潮見・渡辺「入会権の解体III」七二−一〇九頁参照。」とあるのであります。あなた方はたったこれ一つを根拠にしておられる。きょう出された統一見解についても何ら変わっておりません。いま私が述べたような事情のもとにも、なお強弁をされる根拠はどこにありますか、伺いたい。
○政府委員(島田豊君) ただいまお読みになりました川島先生の鑑定書につきましては、私も目を通しましたが、確かにいまお述べになりましたような数々の判例もあるようでございますが、私どもといたしましては、大正四年の大審院の民事部の判決、これはまあ司法機関としては最高の機関の判決でございますので、国といたしましては、この判決に基づいて解釈をするということが最も妥当であろうということで長年今日までこの解釈でまいっておりますので、今日の段階においてこの解釈を変更するというわけにはまいらないのではないかというふうに考えておるわけでございます。
○足鹿覺君 そんなあなた方の一方的な見解で——ほかにどういう根拠があるかということを聞いている。あなた方はこれだけを根拠にしておられる。私があげたのは、数々のいわゆる大審院判例について述べておるのです。これは明治年間から大正の二年にわたってあるのです。あなた方が取り上げられておることについて、欽定憲法下の戦前の大審院判例を根拠にされますから、私は先般も妥当ではないと申しました、これは。しかしあなた方がそれに固執されるならば、それとは逆な判例があるから私はこれを持ち出しておる。これを破る根拠はどこにありますか。あなたの一方的な解釈を、一行政官が判例をくつがえすとは何ごとですか、一体。大正十四年の判例だけであなたが一方的に判断するのは僣越しごくのさたじゃありませんか。何ですか、一体これは。
○政府委員(島田豊君) いろいろとこの入り会い権の問題については、御承知のとおりたいへんむずかしい問題でございまして、この土地土地における入り会いの状況というものもおそらく千差万別であろうと思いますし、したがいまして一つ一つの判決について、私どもとしてはそれが妥当性があるかどうかということは、これはなかなかむずかしい問題でございます。しかしながら、いやしくも大正四年の大審院判決、これはまあ司法の最高の機関でございますので、この判決をまた私どもが否定をする根拠もないわけでございます。今日まで長くこの解釈でまいっておりますので、今日の段階において、この大審院判決をくずすような解釈をわれわれとしてはいたすわけにはまいらない、こういう考えでございます。
○足鹿覺君 お聞きのとおりで、全くこれは、あなたの見解は、一事務官僚にすぎない。防衛庁長官の出席を要求します。 それから、この統一見解は、どの官庁と御協議になった見解ですか。
○政府委員(島田豊君) 大蔵省、林野庁、法務局、それから法制局と協議いたしたものでございます。
○足鹿覺君 江崎長官の出席を要求します。あなたの、そういう事務当局の見解によって私は満足するわけにまいりません。
○委員長(柳田桃太郎君) その問題は、いまは長官が出られませんからあとで……。関係庁来ておりますから。
○足鹿覺君 それでは、長官の御出席は後ほどに、お待ちすることにいたしまして進みますが、この統一見解というものは、林野庁、防衛庁、法務省、大蔵省とおっしゃいましたね。これは従来あなた方が続けてきたことを文章にしてあらわしたことにすぎない。私が求めておるのは、そういうものを求めておるのではない。政府の主張の根幹となっておる官民有区分のときに入り会い権は消滅したという議論は、官民有区分に関する諸法令の解釈としては誤っておることは、先ほども申しましたように、ほとんどの学説が承認しておる。あなたたちは、いわゆる斯界の権威者の、学界の定説も無視して、この地域住民の重大な生活につながる権限を否定するという一方的な態度をとるのですか。また戦後の下級審判決でも、国有地上の入り会いを承認したものは少なくないのであります。このような状況の中で、政府が不当な前近代的主張を改めようともしないことは、国有地の保全のみを考え、最も重大であるべき国民の権利を無視したものであると言わざるを得ません。この点につきまして、政府はその考え方を改めるつもりはあるのかないのか、具体的理由を付して御答弁を願いたい、具体的理由を付して。こんな統一見解なんか求めませんよ。各関係庁ですね、協議なさった関係庁、それぞれ御答弁願いたい。
○政府委員(島田豊君) 私どもとしましては、実際上の措置といたしまして、国有地、これは旧陸軍が買収した土地もございますし、調達庁が買収した土地もございますけれども、この土地に従来から入り会いの慣行があった。その旧陸軍におきましても、演習場を使用することにつきまして、特に演習場使用に支障のない限りにおいては入り会いを認めておったわけでございまして、ただ、演習に特に支障がある場合におきましては、その入り会いの実施をこれを排除しておったということがございますけれども、それに支障のない限りにおいては入り会いを認めておったという慣行がございます。したがいまして、われわれといたしましては、この慣行はあくまで尊重していきたい。したがいまして、今日におきましても、の実施に伴いまして入り会いの阻害がある分につきましては、これに対しましては補償をしてまいったわけでございますし、今後もその考え方でございます。 いま北富士演習場におきましては、実際上の問題は、大体まあ週に一回、原則として日曜日でございます。それから春秋に一週間程度の入り会いを認めておるわけでございますので、その限りにおいては、この入り会いの慣行は認められておる。これは日米間の演習場の使用協定においてその慣行を認めておるわけでございまして、それ以外の演習の実施をいたしております期間につきましては、これは演習実施に阻害があるということで、入り会いを認めておらない、こういうことでございます。そこで、本来であれば、入り会い慣行を尊重いたしますれば当然入り会いを認めなければなりませんけれども、そういう協定になっておりますので、演習の実施に伴いましてその入り会いの慣行が阻害される、と申しますか、その収益が阻害をされるという限りにおいては、これに対する補償をしよう、こういう考え方でおるわけでございまして、あくまで入り会い権につきましては、いま申し上げましたように、大審院の判決で認めておらないという解釈をとっておりますけれども、あくまでその入り会い慣行は尊重するということでまいっております。したがいまして、実際上の措置としてはそう支障がないのではなかろうかという考え方を持っておるわけでございます。
○足鹿覺君 これは御協議願いました官庁別に御答弁願います。具体的な事例を付して、林野庁をはじめ関係庁からお述べになってください。
○政府委員(福田省一君) 林野庁としましては、一般的には入り会い林野や旧慣使用林野の農林業の利用の促進を通じまして、地元住民などの利益の増進をはかりますために、先生御承知かと思いますが、昭和四十一年入会近代化法に基づきまして、権利関係の近代化事業を推進しておるところでございます。しかしながら、本件のような入り会い権、あるいは旧慣使用権の存否の認定の問題につきましては、具体的事案についての裁判所の判決を別といたしますと、民法あるいは地方自治法の解釈の問題でございまして、法務省、あるいは自治省及び土地所有者としての防衛庁の管轄下に属する問題でございます。したがいまして、林野庁としましては特別の判断を下すべき立場にはないのではないかと思いますので、それらの省庁の認定を正しいものと考えておる次第でございます。
○足鹿覺君 協議した各省別に述べてください。
○説明員(香川保一君) 一般的に国有地に入り会い権が存在するかどうかということについての協議は今回いたしておりませんけれども、私どもの考え方を述べさしていただきたいと思います。御承知のように、国有地について入り会い権が存続しているかどうかということは、法律論としましてはいろいろの説があることは承知いたしております。ただ、先ほど足鹿委員のお述べになりました判決学説は、私どもの理解といたしましては、入り会い権というふうなものが存続しておるということではなくて、むしろ、権利にまで昇華されない入り会い慣行的なものが残っておるのではないかというふうな説というふうに考えておるわけでございます。で、先ほど御指摘の大正四年の大審院判決は、入り会い権、つまり、物権である入り会い権というのは官有、民有の編入処分の際に、官有地として編入された行政処分によって、かりに存在しておったにしても消滅しておるというふうな見解でございまして、その後大審院の判決が特に変更されておりませんし、当然、現在におきましても判例としての効力を持っておるわけであります。さような見地から、やはり判例を尊重するという立場から申しますれば、入り会い権は、国有地には官有編入処分によってなくなったというのが、解釈するのが妥当ではないか。御参考までに、戦後のごく最近の下級審の判例でございますが、昭和四十五年の六月五日の東京地裁、昭和四十六年五月二十七日の東京高裁、それから、ごく最近の昭和四十七年四月十三日の東京地裁の判決は、いずれも入り会い権は官有編入処分によって消滅したという見解を維持しておりますことを申し上げておきます。
○政府委員(小幡琢也君) 事柄が入り会い権という物権の法律解釈の問題でございますので、ただいま法務省のほうからも御答弁がありましたように、従来からの政府の統一見解に大蔵省は従いたい、こういうふうに存じております。それから、慣行としての入り会い慣行の問題、これは私どもは当然尊重すべきものだ、かように考えております。
○足鹿覺君 ただいまの各それぞれの省庁の御見解は、大臣の決裁を得て統一見解としておまとめになったものでありますか。あらためて伺っておきます。
○政府委員(島田豊君) 防衛施設庁といたしましては、江崎長官に御説明をいたしまして、御了解を得ております。
○足鹿覺君 関係省、態度を明らかにして下さい。
○説明員(香川保一君) 大臣の決裁はもちろん得ておりません。従来から私ども事務当局で考えておる見解でございます。
○政府委員(福田省一君) 林野庁は、林野庁といたしまして事務当局で判断したものでございます。
○政府委員(小幡琢也君) 大蔵省としましても、事は法律問題でございますので、事務当局で判断しております。
○足鹿覺君 このような問題を、これは法律問題だから事務当局で判断をしたといういまの大蔵省の態度といい、また林野庁の長官の御答弁は、従来からそういう意見であったから、国有林近代化法によって解釈したのだろう、こういうことであって、一応はっきりとした態度をとって明確な答弁をされたのは法務省の態度一つだろうと思うのです、見解は違いますけれども。こういう地域住民の生活に結びついた問題について、一事務官僚が、あなた方が大臣の決裁も得ないで、こういう統一見解を示されることは、私は僣越だと思うんです。ただ防衛庁だけがとっている。委員長に伺いますが、こういう統一見解をわが委員会は統一見解として認めるわけにはまいりません。したがって、この問題につきましては、いずれ適当なときに関係大臣の御出席を求め、それまで十分御検討を願いまして、政治家として国務大臣としての統一見解を私はあらためて要求いたします。委員長におかれても御善処願いたいと思います。このようなものを統一見解として認めるわけにはまいりません。 そこで、あなた方がつべこべ言われますから、いまも法務省がおっしゃった、最近のものをおっしゃいましたが、行政裁判所の判決録というものがあるのです。それを調べてきました。これは明治三十五年のものでありますが、その「神戸長澤官山下戻不當處分取消ノ訴」というものに判決が下っているわけですが、その中に、これは明治三十五年六月三日宣告ですが、「神戸長澤兩字ノ山林ハ官山ニシテ原告等各大字ノ入會地ナルコトハ認メ得ヘキ」、かような面もあるわけです。ですから——大蔵省もよく聞いておけ。何だ一体さっきの答弁は。法律上の問題だから事務当局で判断したとは、何ですか。こういう処分例があって、こういうものに対して統一見解を述べるについて、事は日本の顔とも言うべき富士の中央に位する演習場の問題で、われわれ現地まで行ったのです。法律上の問題だから事務官僚が下していいという見解は一体どこにあるのか。そのような不遜の態度があるか。あまりにも僣越しごくである。反省を要求しておきます。 そこで、土地の官民有の区分問題の理解について伺いますが、政府が官民有の区分によって国有地に編入された土地について入り会い権を否定している背景には、さきにも述べた大審院の大正四年の判例にも触れておる官民有区分について、当時いやしくも部落民の収益権を認めるべきところはすべて民有地とされているのであって、国有地とされた土地は、権利として存続させる根拠のないところだと、こういう理解の上に立っておると思うのです。大体法務省の見解もそうだと思うのです。しかし、私はこの官民有区分に伴う国有地編入処分が、政府が理解するように簡単に割り切れるものであったのかどうか、非常に疑問だと考えておるのであります。明治初年の官民有区分に際し、政府は、民有地を国有財産に没収しないという言明や指令等を行なっていたのであります。にもかかわらず、あえて没収された事例は全国に無数に存在したし、何ら珍しいことではないと理解されております。川島教授等の著作にかかる「入会権の解体」では、詳細にその検討が行なわれておるのであります。国有地は、このような強引な住民の権利を無視した行政権の行使によって生まれたものであることは明らかであります。政府の言うように、全く円満な、入り会い権者との相互理解のもとに生まれたものではないのであります。行政の一方的な押しつけなんであります。その点を法務省もしかとよく御判断になってしかるべきだと思うのです。 私どもは現地へ参りまして、富士吉田市外二カ村恩賜県有財産保護組合組合長渡辺孝二郎君、これは山梨県における恩賜県有財産という特殊な保護組合でありまして、これは役場だと本人は言っております。法的根拠問題については私よくわかりませんが、少なくともこれは権威のある存在のものです。その陳述要旨の中に、「現在国有地と称されている約二千町歩の土地の沿革についても大要は同じでありますが、ここは昭和十三年に陸軍演習地として強制的に買い上げられました。その権利区分は、私の役所の所有地約六百町歩と、役所で部分林経営をしておりました県部分林等約千二百町歩、民有地約二百町歩でありまして、民有地を除いてはもちろん入り会い権の確立していた土地であります。」と言っておるのであります。「なお、この土地は「国(陸軍)が公用を廃したときは、元土地提供者が再売買する。」という予約付でありますので、終戦と同時に山梨県と私の役所に復元されるべき性格の土地であります。」、かように明確に言っておるのであります。そのとき私はお尋ねをいたしましたが、サーベルをがちゃがちゃ鳴らし、昭和十三年といえば総動員法が実施をされた年であります。つまり戦時体制下にあって、人民の権利などはほご同様に取り扱われたときであります。大東亜戦争の直前のあの様相の中で、軍が強制買収をした。坪二十八銭、せめて三十二銭にという話し合いを持ちかけたけれども、全然受けつけなかった、言うなりの坪二十八銭でこれは強制買収——要するに接収にひとしいものですね。金になりませんよ。しかも、公用を廃したときは、元土地提供者が再売買するという予約付であったと主張しておるのであります。このような沿革も知った上で、あなた方はなおいままでのような考え方を改めようとされぬのでありますか。あまりにも民意というものを無視しておるのではありませんか。したがって、このような実態や入り会いの重要性を考えていけば、官有地になっても入り会い権は存続して今日に至っておるという理解は私は当然だと思うのです 地域住民はそういう法律を知らない。やはり長い間続いてきた慣行は入り会い権と理解しておるのですよ。そういうものですよ、人民というものは。その長い歴史を尊重していくのが政治であり、国の法律でなければならぬ。それをね、先ほどの大蔵省理財局の次長の言われるように、法律事項だからわれわれが判断をしたなどというようなそういう姿勢では、政治ではない、吏僚に屈するようなわれわれは国会ではありませんよ。そのことだけを申し上げ、何かこの問題について今後のあなた方が謙虚に反省される御意思があるかないか、伺っておきたい。
○政府委員(小幡琢也君) 私の言い方が適当でなかったので誤解を受けたわけでございますが、私は大蔵省でございますので、こういうむずかしい法律問題につきましては、これは大蔵省は所管ではございませんので、法務省、法制局の御見解に従う、こういう意味で申し上げたわけでございまして、決して他意はございません。
○足鹿覺君 だからあなたは軽率だと言うのです。国有地なんですからね。いわゆる国有地は大蔵省が所管するはずでしょう。そうでしょう。うそなんですか。どこが管理するんですか。
○政府委員(小幡琢也君) これは国有地でございますが、現在米軍に提供中のところと、それから返還されまして現在防衛庁に使用承認しているところがございまして、直接の管理及び使用は、これは防衛庁、それから提供中のところは防衛庁が米軍に提供しておりますから、米軍が地位協定第三条の規定によって管理していることになると思います。
○足鹿覺君 そういう事務的な答弁ではこの問題は解決いたしません。もっと高い政治家としての判断と所信を私は伺うために発言をしておるのでありまして、非常に遺憾に思います。この統一見解はあらためてやり直してもらわなければなりませんし、ただいまのような事務当局とこれ以上話しましても問題になりません。
○政府委員(野呂恭一君) 足鹿先生御指摘のこの北富士演習場の国有地の入り合い権の問題でございますが、先般の当委員会におきまして委員長を通して資料を提出せよと、こういうことでございますが、したがいましてここに差し出しました資料は、防衛施設庁として、いわゆる国有地の入り会いについての見解を各省庁のいろいろ意見を求め、まとめたものでございます。したがいまして、いわゆる政府の統一見解というところまで至っておりません。したがいまして、政府の統一見解ということになりますと、かなり事が重大な問題でございますから、多少の時間をいただかないと、簡単に統一見解をお出しすることはできないのではなかろうか、かように考えますので、この点よろしくお願い申し上げたいと思います。
○足鹿覺君 さすがに政務次官だけあって、少し態度を改められたようですが、このように吏僚政治になってはいかぬと思うんですね、政務次官。先ほど島田君は江崎長官の承認をとりましたと胸を張っていましたがね。他の官庁はみんな事務当局がやっているのです。この間委員長が要求されたのは、政府の統一見解を出せと言われたんですよ。それをですね、いままで口頭で言ったことをまる写しに書いたものを、何ですか一体、統一見解などともっともらしく——こんなことではわれわれは納得もしないし、ごまかされるようなものではありません。 そこで、具体的に北富士演習場における国有地の性格について伺いますが、具体的に、現在北富士演習場にあって、国有地と称される二千ヘクタールの土地について、明治初期に実施された土地官民有区分が当を得たものであったかいなかを申し上げてみたいんです。すべてこういうものは慣行が非常に大事なんです。住民の慣行ですね。生活に密着した慣行を大事にしていく、そういう見地に立たなければ正しい判断はつかないと思うからであります。古い話を持ち出すのは、現在の政府の国有地に対する入り会い権の存否に関する考え方がいかに当を得ないものであるかを私は実証し、重ねて再考を促したいからであります。 国有地に入り会い権なしとする政府の考え方の基礎となっている大正四年三月の大審院民事部判決は、その理由の中で、「明治八年六月地租改正事務局乙第三號達ニハ從來數村入會又ハ一村持等積年ノ慣行存在スル地所ハ假令簿册ニ明記ナキモ其慣行ヲ以テ民有ノ證ト認メ之ヲ民有地ニ編入スヘキ旨ヲ規定シ明治九年一月地租改正事務局議定山林原野等官民所有區分處分方法第一條ニハ口碑ト雖何村持ト唱へ樹木草茅等其村ニテ自山ニシ來リタルカ如キ山野ノ類ハ舊慣ニ依リ其村持ト定メ民有地ニ編入スヘキ旨規定シ同第二條ニハ從來村山村林ト唱ヘ樹木植付或ハ焼拂等其村所有地ノ如ク進退シ他ノ普通其地ヲ利用シテ天生ノ草木等伐刈シ來リタルモノト異ル類ハ從前租税ノ有無ト薄册ノ記否トニ拘ラス前顯ノ成蹟ヲ視認シ民有地ト定ムヘシ」云々と述べておるんです。このような措置を講じた上で官民有の区分を行なったのであるから、それは正当だ。この処分により官有地に編入されたものには、したがって、その処分と同時に、当然入り会い権のごとき私権関係は消滅したものだと述べておる。これをあなた方は主張しておるのだろう。 それでは、北富士の場合は、私がただいま引用した当然民有地に編入されてしかるべき事由が存在しなかったかというと、事実はそれの逆であります。つまり、富士北面のすそ野山野は、住民の総有的入り会い山として江戸時代三百年以上続いてきたものであり、そこには土地所有権同様の権益として継承されてきた権利関係が存在したことは、元文元年の山論裁許状を見ても明らかである。民有地編入が果たされなかったのは、入り会い山が一個人に対して払い下げられることを危惧した地元民の要請が逆効果を生み、荒蕪地官有林払い下げ停止法により払い下げが中止されたばかりか、明治十四年に一方的に官有地として取り上げられるに至ったからであります。このような実情もあなた方は理解しないで、知らないで、安易に判例を判で押したように形式的に援用して、国有地に入り会い権なしなどと豪語するのは、私は政府の姿勢の誤りであり、まことに遺憾千万に思うものでありますが、野呂政務次官、いかがでありますか。
○政府委員(野呂恭一君) 先ほども申し上げましたとおり、政府の政治見解ということになりますと、かなりの時間をちょうだいいたしまして、御指摘の点も十分各省庁と責任ある見解を明らかにしなければならないと思います。先ほど提出いたしております資料で、非常に御不満の点がお述べになられたのでありますが、この点は、事が防衛庁の北富士演習場の問題から発生したことでございますので、私どもといたしましては、事務的に関係省庁の見解をまとめて整理をしたということでございますので、あらためて政府の統一見解を出せと、こういうことでありますれば、私どもは長官に申し上げると同時に、防衛庁長官から各省大臣と十分、勉強、連携をとりながら、御指摘の問題に対しての統一見解を明らかにしなければならない、かように考える次第でございます。
○足鹿覺君 いまの野呂政務次官の御答弁に対して、委員長として御所見はどうですか。
○委員長(柳田桃太郎君) 入り会い権の問題は、各種各様の形態がありまして、いわゆる官有地に対する入り会い権の問題やいかにというような統一見解では、これは大審院判例が持ち出されることになると思いますが、それぞれの慣行を経て一つの入り会い権あるいは使用権というようなものがあるわけでありますから、北富士の演習場についてどういうような見解を今後とるべきかということを、あらためて政府見解として出していただきたいと思います。よろしいですか。
○政府委員(野呂恭一君) いま委員長の御指摘のとおり、防衛庁長官とよく御相談申し上げまして、北富士演習場に関する国有地の入り会い権についての政府の統一見解をまとめていくようにいたしたいと考えます。
○足鹿覺君 それでは防衛庁の事務当局に伺いますが、山論裁許状という文書を読んだことがありますか。
○政府委員(島田豊君) 私は読んでおりません。
○足鹿覺君 法務省どうですか。
○説明員(香川保一君) 読んでおりません。
○足鹿覺君 大蔵省どうですか。
○政府委員(小幡琢也君) 読んでおりません。
○足鹿覺君 林野庁は。
○政府委員(福田省一君) 読んでおりません。
○足鹿覺君 読んでない。
○政府委員(福田省一君) はい。
○足鹿覺君 委員長、お聞きのとおり、要するにこういう入り会い権の問題というのには長い長い地方住民との間における権利だとか権利でないだとか、入り会い地という表現になっているのですね、入り会い地というものが何千年も続いておる。それが近代的な立法の際に、特に林野庁は国有地にはないんだという判定を下したにもかかわらず、裁許状も読んでない。これはわれわれが現地に行って、この富士吉田外二カ村の恩賜県有財産保護組合からもらった資料の中に「富士北面裾野山野の入会権と組合歴史」というのがついておる。この三三ページに、あとで君たちも読んでみたまえ。「裁許状 甲斐国都留郡上吉田、下吉田、新倉、大明見、小明見、忍草六ケ村と同郡山中、平野、長池、新屋、松山五ケ村山論裁許の事」、以下省略いたしますが、こういうちゃんとした裁許状に、昔に淵源を発してきた今日までの経過をたどっておる。それが事もあろうに、他省はともかくとして、法務省も林野庁も読んでない。そんなことでこの裁断が正しく下せますか。御一考を求めたいと思います。一考を求める余地なしとおっしゃいますか、どうですか。特に法務省と林野庁にお聞きしておきます。いまこれも読んでないということは、北富士問題を論ずる資格はない。なんだ一体、そんな簡単なものではありません。
○説明員(香川保一君) 入手いたしまして、読むことにいたしたいと思います。
○足鹿覺君 それから、山梨県県民室北富士演習場対策班「北富士演習場問題の概要 昭和四十六年三月」、これには従来からの経緯が詳しく載っております。きわめて客観性に富んだ、しかも正確な資料だと思いますが、これをお読みになったことがありますか。
○政府委員(島田豊君) 私自身はまだ目を通しておりません。まあばらばらめくりはいたしましたが、詳しくは見ておりませんが、私のほうの事務当局はそれぞれいま読ましておる最中でございます。
○足鹿覺君 島田長官ね、あなた自身は、あなたの仕事に熱中するのあまり、地域住民の長い歴史にわたる慣行、慣習、したがって入り会い問題等に関する御認識がきわめて浅いと思う。よく一ぺんあなた御勉強になって、しかる後に長官に判断を誤らしめないように——民意をくみ入れないような江崎長官の裁定が私はあるなら、国務大臣は必要ないと思う。吏僚にまかせきりであるならばそれでよろしいと思う。このような経過を踏まえて、江崎長官がどのような判断を下されるか、よくもう一ぺん御再考願いたいと思いますが、政務次官、いかがでありますか。
○政府委員(野呂恭一君) その後、十分この問題につきまして、長官と討議をいたしておりません。したがいまして、十分資料等をそろえまして、長官を中心に防衛庁あげて御指摘の点についての勉強をいたし、長官の御判断を得たいと考えております。
○足鹿覺君 それでは質問を進めますが、北富士演習場における国有地に関してもう一つ補足しておきたいと思うのです。これはほんの一例ですが、去る昭和四十四年一月二十二日付で、富士吉田市民の権利を守る会の代表者である勝俣という人が、富士吉田市長を仲介として防衛施設庁長官に提出された「北富士演習場に関する諸問題について(伺)」において、あなた方は「北富士演習場に地元関係者が旧来の慣習に基き立ち入り、使用収益してきた慣習を確認し、この慣習を将来にわたって尊重することを確約したものであると解している。このことは、事実関係の確認及び尊重であるから、かかる旧来の慣習の実体が確認されたことによってのみ回答され得るものであるが、この場合、北富士演習場に地元関係が持つ「旧来の慣習」とは複数の旧村の住民による共同の入会慣行を指すものであると解しているがそれでよろしいか。」と設問をしております。施設庁長官はこれに対する回答の中で、「貴見のとおりである。」と述べておる。これは国有地にも入り会い権を認めたものであると私は理解します。いかがですか。
○政府委員(島田豊君) 先ほども申しましたように、防衛施設庁といたしましては、入り会い権というものは存在しない、国有地には存在しないというたてまえでございますけれども、従来の入り会い慣行につきましてはまあ十分尊重いたしておるわけでございます。地元には富士吉田をはじめ、各種の、幾つかの入り会い組合がございまして、これがそれぞれ入り会っておるわけでございますので、その従来の入り会っておったという、そういう慣行につきましては十分尊重するという基本的な立場でございます。 そこで、これの「貴見のとおり」というこのことでございますけれども、これは入り会い権ということでなくて、入り会い慣行を尊重する、こういう考え方を回答したものでございます。
○足鹿覺君 この山梨県県民室の出した資料の一四三ページにあるのです。当時の防衛施設庁長官山上信重という人が出したものですね。やっぱり山上さんが再々にわたってやっていますね。このような事態というものを、やはりことさらに入り会い権はないのだ、こういうふうに、あなたたちがそういう姿勢を持たれるところに問題があるのであって、私どもはそれをきわめて遺憾に思うものでありますが、まあ押し問答しておっても始まりませんから、第三点の、大きな三点に移りますが、北富士演習場における二千町歩の、国有地と称されている土地そのものについて、北富士演習場にある国有地と称される約二千ヘクタールの土地は、昭和十三年、先ほども述べましたごとく陸軍演習地として半強制的に買い上げられることとなったものであります。戦後は、すでに二十七年の長きにわたり米軍に接収され、いまだ地元住民の立ち入りは禁止されている。入り会い権も大幅な制限を受けているのが実情でありますが、これは認めますか。
○政府委員(島田豊君) これにつきましては、日米間の現地におきますところの使用協定におきまして、従来の入り会い慣行を尊重するというたてまえから、週に一回、日曜日は入り会いを認めておるわけでございます。入り会いと申しますか、そこで野草なりあるいは林野雑産物を採取をするということは認めておるわけでございます。さらにまた、年に春秋二回、約一週間ずつでございますけれども、このときは自由に、草その他林野雑産物の採取ができるということになっておりまして、演習を行なっておりますところのその他の期間につきましては、これは現実に演習を実施しておることによりましてその林野雑産物の採取が阻害をされる。それに対しまして、したがいまして、ひとつの適正な補償を行なう、こういうことで従来からまいっておりまして、最近この入り会いに伴いますところの林野雑産物の補償につきましては、各入り会い組合の利害が必ずしも一致しておりません。私どもとしましては、演習実施に伴いまして実損がどういうふうになるかということについての十分な調査をいたしまして、実損についての補償という考え方をとっておるわけでございますけれども、残念ながら、各入り会い組合の利害が必ずしも一致しておりませんので、どういうふうにして調査するかという調査方法についてもきめかねておるというのが実情でございます。したがいまして、四十四年に山梨県に設置されました演習場対策協議会を中心にいたしまして、その各入り会い組合の意見が統一されるように、私どもは協議会に対しまして要請を申し上げておるわけでございます。私どもが直接個々の組合と折衝いたすということは、これはなかなかむずかしい問題でございまして、利害が対立いたしますと、なかなかこの問題についての根本的な解決になりませんので、むしろ、問題を演習場対策協議会にお預けいたしまして、協議会が入り会い組合のそういう問題についての意見を統一していただく、こういう方向で今日までまいっておるわけでございます。したがいまして、それにつきましての各入り会い組合の利害が一致し、見解が一致いたしますれば、私どもは適切なそれに対しますところの補償を実施したい、かように考えておるわけでございます。
○足鹿覺君 私が聞いておりますのは、そういうことを聞いておるんじゃないんです。国有地約二千ヘクタールの土地は昭和十三年に陸軍演習地として半強制的に買い上げるところとなったものだと、先ほども坪二十八銭の事例をあげました。地元民は三十二銭を要求したけれども、けられた、という事実を指摘したわけです。事実上、金ではございませんね。いかにいまとは違え、昔のこととは言え、といっても昭和十三年ですから、現在の貨幣価値に改めましてもただ同様ですよ、二十八銭ですからね。この事実を認めるかということを聞いているんです。そういうことを知っているかということを聞いているんです。取り上げたんじゃないか、国家権力で。軍の圧力で取り上げたんじゃないか。それと同じようなことを君らはしているんじゃないか。
○政府委員(島田豊君) 本日御提出いたしました資料にもございますように、戦前に旧陸軍が買収した土地につきましては、土地所有者から一切の権利の付着しない完全な所有権を取得することを約して買収しており、かつ、土地の利用者に対しましても相当な小作補償の支払いがなされているところからみて、おそくとも旧陸軍が買収した以後においては、入会権が存在したとは考えられない。そこで、この当時の小作補償が適正であったかどうかという問題でございますけれども、この土地の買収価格につきましては、当時近傍の取引事例がございませんので、その金額がはたして適正であったかどうかということについてはなかなか判断がむずかしいわけでございますけれども、一応相当の小作補償がなされているわけでございます。
○岩間正男君 関連。 どうもね、答弁、なっていないじゃないですか。当時そういうふうにほとんど半強制的に取り上げた事実がある。それを認めるかどうかということを聞いているんですね。それに対してまるで全然あなたのほうで、こういう主張をしておって、補償料をその後払っているんだから合理的だと、そういうことを言っている。実態は少しも究明されないわけです。そういうことを言っているわけじゃない。第一に、取り上げたそのことが非常にこれは無理があったんだ。私たちは現地でもう何年間かこれは耳にしているのだ。それで、やむを得ず、しかたがないから、今度補償金を払っているのを取っている。それも全くはした金であります。ところが、それであなたのほうは合理化して、そういう答弁でこれはまかり通れると思っておりますか。それでは戦前旧軍時代の意識と変わりないじゃないですか。軍隊がかってに自分の権力で取り上げる。それで地域住民の利益なんていうものは全く第二、第三、ちりあくたのように取り扱ってきたのが旧憲法時代のやり方じゃないですか。そこのところを変えるということでなければ、絶対にこれは国民の一体自衛隊だとか何とかということは、全くそれは口先の言い分に過ぎないというふうに思われる。それで、口では国民に理解される軍隊だとか何とかと言っているけれども、全然成り立たない。だからそういう点では、いまのような答弁は全然筋が合わぬですよ。これは野呂政務次官に伺います。もう少し態度を根本から変えて、この問題に対して解決をしなければ絶対にこの問題の進展はないし、真に民主的な解決というものはあり得ない。これは政務次官答えて下さい。まだ次官のほうがましだから、答えて下さい。
○政府委員(島田豊君) 御指摘のように、当時陸軍が買収をしたわけでございますので、確かに御指摘のように、旧陸軍時代でございますから、はたして十分な、適正な買収費が払われたかどうかということについては問題があろうかと思います。しかしながら、私どもは今日米軍に提供いたしております。この問題の処理につきましては、あくまで、たとえば県有地、あるいは民有地の借料の算定にいたしましても、今日の近傍類似の土地の価格をもとにいたしまして算定いたしておるわけでごごいます。当時の旧陸軍の時代のような、そういういわば高圧的なと申しますか、強制的なと申しますか、そういう態度でこの問題を処理しているわけではございませんで、先ほど足鹿先生もおっしゃいますように、私どもはやはり地元住民の利益というものについては、少なくとも十分考えながら、問題の処理に当たっているつもりでございます。したがいまして、今後も、この北富士演習場の問題の処理につきましては、これは実に多元的な要素を持っております。いまの借料の問題にしましても、林野雑産物の補償にいたしましても、その他実にもろもろのたくさんの問題がございますので、この問題をいかに公正に適正に処理するかということで、いま演対協のほうと協議をしておる最中でございますので、私どもはあくまでも、基本的には、民有地の場合におきましては、少なくとも適正な賃貸借料を払いまして、合理的な賃貸借のもとに土地の使用権を取得し、それを米側に使わせる、こういう考え方でございますので、決して旧陸軍の時代のような考え方でなくて、今日に即した、新しい憲法下におけるところの考え方で、この問題の処理をいたしておるつもりでございます。
○委員長(柳田桃太郎君) 岩間君に申し上げます。的確に質問要旨だけをお願いいたします。
○岩間正男君 病気をなおすには一番その大もとを明らかにしなければならんでしょう。そのことをいま議論しているのです。足鹿委員の議論は、その当時のことをどう認めるか、どう認識しているかということを聞いておる。ところが、あなたは現在その病気をどんなにしてごまかして、そうして、いわば何だな、ヨードチンキでもぬってごまかすかという、そんな答弁をしている。答弁にならぬわけです。事実認識が根本から違うんです。だから、それが当時取り上げられたときからの事実をどういうふうに見ておるかということについてはっきり答弁しなければ答弁にならぬでしょう。食い違いがあるのはそこからきている。したがって、あのとき軍の命令で強制的に言われたからしかたがないというかっこうで、決して了承して、その土地をまるでこれは半強制的な収奪を認めたわけではなかったわけなんだ。そこのところをはっきり考えなければだめだというわけだ。その点はっきりあなた、いま聞かれていることに答弁してください。まともな答弁をしてください。まともな答弁になっていませんよ。
○政府委員(島田豊君) この問題は北富士演習場の問題のみならず、全国的に旧陸軍が買収しました土地につきまして御指摘のような事実はあったと思います。したがいまして、私どもはそういう事実を十分認識して、今日の新しい時代に即応した考え方、ことに新憲法下におきますところの民生に対する配慮というものを十分考えながらこの問題の処理に当たっておるつもりでございますし、今後もそういう考え方で処理をしてまいりたい、かように考えております。
○岩間正男君 そんなら当然結論として返すべきだということが出てきます。返すべきだ。無理をして取ったんだから、それを認めたんだから、そうしたら返すべきだということになる。あと、あんたたちはここで、演習地を軍専用で取り上げるということを既成事実化するためにそういうことを言ってるんだけれども、当然無理をして取り上げたんだったら、これは返すべきだと、そういう議論が出てくるんじゃないですか。話になりませんよ、これは。そういう答弁は答弁になりません。
○委員長(柳田桃太郎君) 申し上げますが、旧軍用地の買収について防衛施設庁長官が答弁されるのは答弁のらち外ではないですか。旧軍時代に軍が国有地として取得した。一応国有地になった以降は理財局が答弁に当たるべきであって、あなたのほうはいま利用者である。それは一つの意見を申し上げておるだけでしょう、あなたは。ですから、これは大蔵省がそういうような旧軍時代の財産の取得について見解を述べることが正しいと思いますが、どうです。
○政府委員(小幡琢也君) 大蔵省としましては、戦後旧陸軍省の財産を引き継いで普通財産といたしておりますので、その普通財産を管理しております間は大蔵省でございます。その後、防衛庁に使用承認をしまして、それで防衛庁が米軍に提供するなり、あるいは提供から返還されましたものは、いま防衛庁に使用承認、こういうことでありますが、おっしゃいますように、陸軍省時代から引き継いだ当時は、これは大蔵省が引き継いだわけであります。それで、当時の事情でございますが、こまかい点は私、残念ながらつまびらかにしておりませんが、その当時、たとえば昭和十三年の県知事とそれから陸軍の第一師団の経理部の部長との間の契約書というようなものもございます。これにつきましては、売買の対象の面積、それから単価、それから売り払い価格、いろいろ出てございますが、それにつきまして遺憾ながらこれが適正であるかどうかにつきましては実はまだ検討いたしておりませんので、この辺何ともお答え申しかねますので、もう少し時間をかしていただいて調査研究さしていただきたい、かように思います。
○足鹿覺君 その問題、これから入ろうとしておったわけなんですが、たまたま委員長から御発言がありまして、御答弁がありましたが、つまり昭和十三年の一月二十七日、山梨県知事藤原孝夫さんから陸軍省御中という契約書が出され、いろいろなことが書いてありますが、その甲号「売払土地及ビ面積売買価格」というもので、価格がずっと載っております。その「覚書」がありまして、その「覚書」の第二条に「国ニ於テ将来本買収地ノ公用ヲ廃止シタル場合ハ」云々という条項があるのであります。「山梨県ハ林地期望価ヲ以テ地価ヲ評価シ之ヲ買収スル優先権ヲ有スルモノトス。若シ立木アル時ハ時価ヲ以テ山梨県が之ヲ買収スルモノトス」云々ということが続いておるわけであります。「国ニ於テ将来本買収地ノ公用ヲ廃止シタル場合ハ」、その時期はつまり敗戦によって日本が負けた時期なんです。権限関係は新憲法の公布によってその事態を消滅しておる。したがって昭和十三年に陸軍の演習地として買い上げた。半強制的に、ただ同様で農民から巻き上げた。それをただ普通財産として使用権を認めておるといま大蔵省は言ったが、この覚え書きそのものの面から見ても、普通の行政財産とこれは違うのです。いいですか。その点も大蔵省、これからいろいろな米軍施設が戻ってきますね。そうすると、それは行政財産として大蔵省が管理をしておるのだ、防衛庁から使用申請が出てくれば承認をするのだ、それを米軍にまた貸しをすると、こういうことが一体許されていいのでありますか。普通のいわゆる行政財産等を管理なさる大蔵省の態度で、きわめて事務的にこういうことが進められるということは、私はまことに遺憾だ。しかも、これには山梨県知事の藤原さんと陸軍省との間に覚え書きすら取りかわしてある事実をあなた方は無視しておる。そういう点からいいましても、これを買収する優先権を有する。したがってこの規定によれば、帝国陸軍のこの土地の演習地としての利用は、二十七年前の終戦をもって終了したと私は考えます。この点について、野呂政務次官、政府の見解があれば承りたい。御答弁ができなければ関係大臣をお呼びください。それを簡単にするすると次から次とやられたんじゃ、住民はたまったものじゃない。
○政府委員(野呂恭一君) 先ほどの覚え書きの第二条だと思いますが、これはむしろ大蔵省の見解を出していただかなければ、私どものほうの事項ではないと考えます。
○足鹿覺君 大蔵省は、事務当局じゃ困る。あんたは答弁はもういいわ。もう要らぬわ。大蔵省を代表する人に来てもらおう。だから大蔵省の責任者が出てくるまで、この答弁は保留いたします。そう簡単なものじゃない、とにかくだれか呼んでもらおう。
○政府委員(小幡琢也君) 大蔵省が旧陸軍省から引き継ぎましたのが昭和二十年でございますので、それから提供するまでの間どうなっていたかと、こういう問題が一つあろうかと思いますが、それでこの「覚書」の第二条で「国ニ於テ将来本買収地ノ公用ヲ廃止シタル場合ハ」山梨県が優先的に買収する権利がある。これをその当時山梨県側がどういう要望をしたか、この辺実は私つまびらかでございませんので、もうちょっと時間をおかし願いたいと思いますが、一般的に申し上げまして、こういう返還になりましたものを処理する場合において、特に自衛隊に優先的に使用させる、そういうことではございませんで、やはりその規模とか位置、環境、立地条件、いろいろございますので、これをどういうふうに利用するか、また公用とか公共用の利用と、そういうものをいろいろ勘案いたしましてきめると、こういうのが一般的な大蔵省の公有財産の処理の基本でございます。
○足鹿覺君 政務次官なり大臣なり、とにかく責任のある人に出てきてもらいたい。委員室を通じてひとつ委員長から御命令をください。責任者に来てもらいましょう。——やっていただけますね。
○委員長(柳田桃太郎君) いま都合を聞いてみますから。
○足鹿覺君 ではその間、この問題についてもう一ぺん繰り返しておきますが、この太平洋戦争の終結によって日本は負けたんです。そのとき、帝国陸海軍は消滅したんだ。そして平和憲法になった。平和憲法では戦争の放棄を宣言した。「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」と規定したんだ。にもかかわらず、契約当事者はすでに存在しておりません。いいですか、野呂さん。存在しておらぬですよ。使用目的も終戦の時点で終了しておるんですよ。覚え書きの内容がほごにされておるんですよ。それをあなた方はよく聞いて、大臣にも大蔵省の人は伝えておかれい。最近では、防衛施設庁は使用転換と称して、駐留軍にかわって北富士を演習場として使用することを盛んに主張しておるんです。一体こういうことがあり得るんですか。いままでこういうことが問題にならなかったことを私はふしぎに思う。これは関係大臣の出席を求めて、あとで申しますが、民法六百四条によって、二十年の使用契約期限が本年七月二十七日で切れるという問題もありますし、ずるずるべったりにこれは審議を延ばすわけにはまいりません。したがって、委員長に申し上げますが、相当時間をかけて、きょうのようなメンバーではなしに、首脳部を集めて、そしてこの問題を徹底的に論議検討して政府の責任を明らかにしたい。このような無反省な——契約者はすでに存在しておらぬ。使用目的ももう終了しておる。覚書の内容がほごにされておる。しかもその土地を、防衛施設庁は使用転換と称して、駐留軍にかわって北富士を演習場に使用させる。一体手続的に見てもあなた方官僚は、お役人さんは何でも手続とかいろんなことを主張されますが、一体契約者が存在しない、使用目的ももう終わっておる、そういうものを、ただずるずると、あなた方の申請によって、地元住民の利益がずゅうりんされるようなことはわれわれは許すわけにはまいりません。私はこのことだけは、どうか野呂さんもあまり防衛庁の立場のみにこだわらないで、一政治家として、私はともに検討をするに値するものだと思うんです。島田さんも、あなたはあなたの職務に忠実ならんがために、いわゆるもっと広い視野に立って、こういった問題に対する適正な正しい研究と判断を示されることが私は必要だと思います。
○政府委員(野呂恭一君) 私どもは、米軍の基地も含め、自衛隊の基地ともども、今日のいわゆる基地の諸問題に対しまして、今後どういうふうな扱い方とまた運営を行なうべきであるか、基本問題からすべて一切を、防衛庁長官の直属の機関として、基地総合調整プロジェクトチームを発足したいという構想のもとに、いま準備を進めておるわけでございます。いま御指摘の問題等につきましても、その基本問題いわゆる防衛施設の今後のあり方などにつきましても、十二分に検討してまいりたい、こういう考え方を持っておるわけでございます。
○足鹿覺君 次に、環境庁長官に伺います。大臣、私、すわったままですが、大臣もすわったままで。 環境庁の初代長官として熱心に御活動になっておることに対しては私は敬意を表している一人でありますが、いまお忙しいところ、わざわざ御出席を願いましたのは、日本のシンボルとも言うべき富士山の、東には自衛隊、北富士にはアメリカ軍の演習場でありまして、あの富士の三合目あたりのどてっ腹に実弾射撃が行なわれている。一体一番秀麗な姿をしておる北富士のあの地域かいわいは、きわめて、日本を代表する自然美を保護していかなければならぬと私は思うものでありますが、そういう点において、ただいまも議論しておったのでありますが、太平洋戦争の終結によって帝国陸海軍は消滅し、わが国は平和憲法のもとで戦争放棄を宣言し、陸海空軍とその他の戦力はこれを保持しないこととなって、当時の昭和十三年の十一月に山梨県知事と陸軍省との間に土地売渡証書がとりかわされ、その覚え書きによれば、「国ニ於テ将来本買収地ノ公用ヲ廃止シタル場合ハ山梨県ハ林地期望価ヲ以テ地価ヲ評価シ之ヲ買収スル優先権ヲ有スルモノトス。若シ立木アル時ハ」云云ということで、立木のことについて触れてありますが、それは省略いたしますが、そういう覚え書き内容があるにもかかわらず、それがほごになり、最近では、防衛施設庁が使用転換と称して、駐留軍にかわって北富士演習場を使用せしめておる。一体、あの一番秀麗な北富士がいまの姿のままであっていいでしょうか。尾瀬沼の問題といい、いろいろな自然破壊に対して環境庁長官は一つ一つ具体的に取り組み、これを解決していかれる勇気と努力を私は高く評価いたしますが、日本のシンボル、日本を代表するあの富士の現状をいかように考え、環境庁長官として、長い伝統の上から引き継がれた入り会い権、入り会い地、慣行入り会い、いろんなことばで表現されておりますが、住民との間にいさかいが起きております。これは非常に遺憾千万なことであり、すみやかに解決をしていかなければならぬと私は考えておりますが、それはそれといたしまして、そういう中にあって、この自然を一番大切にされる環境庁長官として、日本を代表するあの富士一帯の地域の自然保護と保全はいまの姿でよろしいとお認めになっておりますか。御構想があればその点について承りたい、こういうことであります。
○国務大臣(大石武一君) すわったままでお答えいたします。 いまの富士山は私たちの先祖から受け継がれた国民の大事な遺産だと思っております。そして、やはり日本の代表的な自然の象徴として、これはできるだけそのままの姿でりっぱに保存してまいりたいというのが私の念願でございます。ただ、残念ながらいまの富士山はそれに値しないくらいのよごれ方、こわされ方だと思います。いま二百万ぐらいの人が登りますが、そういう人があの山へ登って、みんな紙くずから、ごみくずから、あきかんから、びんから、これが何十トンか何百トンか、話にならないほどの捨て方をするということ、はたしてこれが、日本人が富士山の自然をどのような考えで持っておるかということ、残念な気がします。 そればかりではございません。確かに演習場の問題、私も残念だと思います。いまわれわれはどうすることもできません、これは。現実にこれは使われているわけです。現実にこれがいろんな規制によって、われわれの自然環境を守るために直接には役に立たない。残念であります。そのためには、あの演習地は、国立公園に指定しているのをあそこだけはずしております。それは当時のやむを得ない事情だったと思います。できるならば、ほかに代替地があるとか、何かほかに方法があるならば、あれをやはり自然の姿に戻したいと私も考えます。 そればかりじゃないんです。たとえば山梨県からスバルラインというような妙な観光道路ができて、自動車で山の途中まで登っていくというようなことをやりましたから、みんなそのために何万本かの木が枯れている現状です。また、枯れていくでしょう。そうすると、静岡県が負けていないと言って、静岡県も観光道路をつくるというふうに、富士山というのはほんとうにめちゃくちゃないま姿になっていると思います。情けないと思います。しかし、やはり何ぼこわされてもこれ以上はこわしたくないと私は思うんです。できるなら、もとのとおりにはなりますまいけれども、多少でも自然の姿を取り戻してもらいたいと願っておりますけれども、いまの状態では、そんなことで、幾ら環境庁が力んでも、いまの状態、どうにもなりませんが、しかし努力をいたしたいと思います。
○足鹿覺君 非常に御誠意のこもった御答弁をいただきましたが、先ほど北富士演習場内の国有地の入り会いについての統一見解というものを、先般の委員会で委員長から御要求になりまして、それで防衛庁、大蔵省、法務省、農林省で大体統一見解というものが出ましたけれども、きょうは問題にならないというので、これをあらためて大臣ベースの権威のあるものにして出してもらいたいということを先ほど御確認になったわけなんです。したがって、これは、ただいまの環境庁長官の御答弁にもありましたごとく、富士の自然を守り、日本のシンボルとしてふさわしい環境に置くということについては何人も異論がないはずだ。特にそういう点について、自然保護——環境、自然を最も熱心にやっておられる環境庁長官におかれては、次の統一見解が示される際におきましては、十分ひとつ御留意を願いまして、積極的な御意見の開陳なり方針を織り込まれるようにお願いをいたしたい。 それからいま一つは、行政財産が問題なんです。この北富士演習場は、先ほど言いましたように、旧陸軍が昭和十三年に坪二十八銭で買った。せめて三十二銭にしてくれぬかと言ったけれども、それはけ飛ばされた。ただ同様でこれは強制された。だから、終戦と同時にいわゆる使用目的は終局しておるんですね。だから、山梨県知事との間に契約を結ばれておるけれども、それも全然ほごになっておる。行政財産として、大蔵省は普通の行政財産と同じように防衛庁にこれを使用許可をし、防衛庁は、さらに今度は米軍の演習場としての使用許可をやっておる。こういうことでは、ただいまではどうにもなりませんがと、先ほど長官おっしゃいましたが、そういう軽率な取り上げ方それ自体が私は富士山をあのような状態に置く一端にもなろうかと思います。したがって、その点等についても十分御配慮になって、御対処願いたいと強く御要請を申し上げておきたいと思います。
○国務大臣(大石武一君) よく御趣旨はわかりました。あそこの自然をできるだけ守るために一生懸命努力をいたしたいと思います。
○足鹿覺君 次に、北富士演習場は、昭和二十八年十月十六日の閣議決定をもって、正式に米駐留軍の使用のために提供されることになりました。これは同年十二月五日付の官報で告示されております。また、防衛庁から北富士演習場を使用したい旨の申し入れが、山梨県知事に対するものでありますが、あったのは昭和三十三年八月のことであります。それも、米軍が北富士演習場を返還後に防衛庁が使用したいということであります。いいですか、大蔵省よく聞いてください。船田政務次官も見えるそうでありますが、それが、米軍が北富士演習場を返還後に防衛庁が使用したいという、ここが問題なんです。こういう事実を認めますか。こういうことですね、山梨県知事に申し入れたという事実。大蔵省も申し入れを受けたか。
○政府委員(小幡琢也君) 大蔵省は、防衛庁から使用したいと、こういう要望を受けたわけであります。
○足鹿覺君 文書であれば文書で。これは文書ですよ。そう簡単に事務的に片づけられては困るのです。文書で、いつ、どういう内容のものであったか、それは資料として出してください。そう簡単に、すらすらやられては困る。
○政府委員(小幡琢也君) いま手元にございませんが、調べましてお出ししたいと思います。ただ、これにつきましては、そういう要望がございまして、そのあとで、昭和三十四年の六月十日に、こういうものを処理する場合の国有財産関東地方審議会、これに諮問いたしまして、その諮問を経て防衛庁に対しまして使用承認をしたと、こういういきさつがございます。
○足鹿覺君 だから、私は最初に、北富士演習場は、昭和二十八年十月十六日閣議決定をもって、正式に米駐留軍の使用のために提供されることになり、これは同年十二月五日の官報で告示されたと、こういう余分なことまで言っておるのは、続いて防衛庁から北富士演習場を使用したいということにつないでいるから言っているのですよ。そうして、米軍が返還後には防衛庁はそのまま居すわりたいと、こういうことにつないでおるから私は重要視しておるんです。アメリカ軍ならいかぬが、自衛隊ならいいと地元は言っておりますか。私ども不敏にして聞いておりません。したがって、事実がはっきりしなければ困るのですよ。
○委員長(柳田桃太郎君) 委員長から申し上げますが、「北富士演習場問題の概要」というこの中に順序を追ってずっと出ておりますから、これをごらんください。
○足鹿覺君 関係資料を何も持っておらんし……。
○政府委員(島田豊君) 御質問の場所は、今回問題になりました梨ケ原廠舎地区の一時使用の問題だと思いますが、当該地は昭和三十四年十月二十日、陸上自衛隊の梨ケ原廠舎地区として使用するために、東京建設部長が国有財産法令に従いまして関東財務局長の使用承認を受けたということがございますので、おそらくその点かと思います。
○足鹿覺君 全部関連一件書類を資料として御提出願います。いまあなたがべらべらしゃべったことじゃよくわからない。
○政府委員(島田豊君) 御提出申し上げます。
○足鹿覺君 大蔵省の、資料として提出してください。
○政府委員(小幡琢也君) 提出いたします。
○足鹿覺君 したがって、政府は、当然終戦後すみやかにこれらの土地を覚え書きの趣旨にのっとって買収前の所有権者に売り渡すべきことを私は主張いたします。米軍との関係は、他の民有地等と同様に、国との賃貸借関係を防衛施設庁が得て、安保条約及び地位協定に基づき提供するという方法によらなければならなかったのではないか。これは私の見解でありますが、ただ単にあなた方を非難するのみならず、私の見解を述べますならば、一ぺん、民有地と同様に、米軍との関係についても、国との間に、防衛施設庁との間に賃貸借関係をつくり、そして安保条約、地位協定に基づいて提供せよということであるならば、提供されることが筋道ではなかったか——そう私は肯定するものではありませんが、あまりにもこの終戦という事態というものは日本に大きな一線を画した時期でありますから、われわれの発想ないし思想の転換もそう簡単にいかなかった。したがって、官庁といえども例外ではないと思う。だから、私は決してあなた方の怠慢を責めるわけではありませんが、いまからでもおそくないから、ものの考え方を転換しなさいと迫っているのです。いいですか。どうですかその点は、大蔵省なり、防衛庁。
○政府委員(島田豊君) 米軍基地、米軍の施設・区域の問題でございますれば、当然米軍に施設・区域として提供いたします場合に、まあ国有地区につきましては大蔵省等との手続が必要でございますし、民有地区につきましては、土地の所有者との間に賃貸借契約を結びまして、そして国が使用の権原を取得いたしましてこれを施設・区域として提供する、そういう手続をやるのが相当でございますし、またそういう手続をやっておるわけでございます。
○足鹿覺君 米軍の北富士演習場の民・公有地について、防衛施設庁との間で締結されておる土地建物等賃貸借契約をめぐってお尋ねをいたしますが、この土地建物等賃貸借契約はいつ成立したもので、どのような内容のものか、明確にしていただきたい。
○政府委員(島田豊君) 民・公有地につきましての賃貸借契約は、これは御承知のとおりに、昭和二十七年の七月二十八日からの契約でございます。 そこで賃貸借契約書の内容は、まず前文におきまして……。
○足鹿覺君 それをちょうだい、コピーして。読んだだけじゃわかるものか。明文を、われわれは中身を知っていない。
○政府委員(島田豊君) これは御提出申し上げますが、その概要をちょっと御説明申し上げます。
○足鹿覺君 もっと、早くじゃなしに、ゆっくり……。
○政府委員(島田豊君) 「日本国トアメリカ合衆国トノ間ノ安全保障条約第三条ニ基ク行政協定ヲ実施スルタメニ、日本国ニ駐留スルアメリカ合衆国軍隊(以下駐留軍トイウ)ノ用ニ供スル目的ヲモッテ、賃貸人ヲ甲トシ、賃借人」——これは当時の調達局不動産部長でございますが、——「ヲ乙トシ、甲乙間ニオイテ、下記条項ノトオリ土地建物等ノ賃貸借契約ヲ締結スル。」そして賃貸物件、これは土地、それから建物工作物についての規定がございまして、あと賃貸物件にある権利の制限とか、それから賃貸物件にある権利の消滅に関する条項がございます。それから権利の行使制限または消滅に伴う損失補償の規定、それから責任契約期間についての規定、これはここにございます責任契約期間は、これは予算が単年度予算になっておりますので、一年間の契約でございます。そしてあとは賃貸料、賃貸料月額幾ら、年額幾ら、こういうことを取りきめております。そのほか、賃貸物件の形質の変更、移転料の補償、残存財産の補償その他各条項についての……。
○足鹿覺君 あとで資料をもらいたい。
○委員長(柳田桃太郎君) 島田長官に申し上げます。 資料で出していただきます。
○政府委員(島田豊君) 二十八カ条の賃貸借契約になっております。
○足鹿覺君 そこで、契約書の明文では、契約期限が一番問題なんです。契約期限について、いま長官は一年間だと言われましたね。明文にそう書いてあるのですか。
○政府委員(島田豊君) 前文は先ほどお読み申し上げたところでございますが、契約期間、第五条 本契約期間ハ昭和 年 月 日ヨリ昭和 年 月 日マデトスル。」これは会計年度で書いてございます。つまり何年の四月一日から翌年の三月三十一日までとする。これは要するに、賃貸料を支払います場合に、賃貸料は御承知のとおりに年年更改をいたしますので、この賃貸料に見合う契約期間は一カ年である。これは予算が単年度予算でございますので、この契約期間は一年ということにいたしております。
○足鹿覺君 そこで、四月二十二日に、米軍北富士演習場の賃貸借契約終了の件に関する請願書が私の手元へ届いておるのです。これは山梨県南都留郡忍野村忍草入会組合長、忍草母の会会長、山梨県富士吉田市新屋入会組合長、山梨県富士吉田市北富士入会組合長から参議院の河野謙三あてに請願書が届いておるんです。いずれ請願はいたしますが、問題は、この参議院議長に対する請願書の中で、契約期限について、明文規定に反し、政府は不確定期限を主張しておると指摘しておりますが、つまり不確定期限ということは、会計年度——契約書第五条の一年間という意味を不確定期限と解しておるのでありますかどうなんですか。
○政府委員(島田豊君) 不確定期限と申しておりますのは、米駐留軍に提供する目的をもって土地所有者等との間に契約した賃貸借契約の存続期間が、米駐留軍に施設及び区域の提供を必要とする期間でございまして、終期は存在いたしますけれども、それがいつ到来するかというものにつきましては、これは不確定である、こういうことでございます。先ほどお読み申し上げましたこの契約書の前文に、合衆国軍隊、駐留軍の用に供する目的をもって下記条項のとおり土地建物等の賃貸借契約を締結するということでございますので、米側に提供いたしております間、これがこの契約の存続期間だと、こういうふうに従来は考えておったわけでございまして、それを不確定期限の契約である、こういうふうに申しておったわけでございます。
○足鹿覺君 民法六百四条は、「賃貸借ノ存続期間ハ二十年ヲ超ユルコトヲ得ス若シ之ヨリ長キ期間ヲ以テ賃貸借ヲ為シタルトキハ其期間ハ之ヲ二十年ニ短縮ス」と規定してあります。つまり通算をすると、一年更新ではあるが、ことしの七月二十七日で二十年になる。それをあなた方は、不確定期限だと称して、毎年更新しておるからこの民法の六百四条の除外だと、こういうふうに考えておるらしい。そう考えておるんですか。
○政府委員(島田豊君) まあそのようには考えておりません。やはりこの賃貸借契約の始期は昭和二十七年の七月二十八日である、こういうふうに考えておるわけでございます。 そこで、毎年毎年賃貸借契約を更改いたしますのは、先ほども申しましたように賃貸借料の更新、更改をいたしますので、その賃借料に見合う期間は四月一日から翌年の三月三十一日までである、こういう条項を契約書の中に設けておるわけでございまして、まあしかしながら、毎年毎年一年間でこの契約が終了するという意味ではなくて、これはやはり駐留軍に提供する目的がなくなるまでの間、つまり、米軍が現実に使用しております間はこの契約は継続しておる、こういう解釈で従来まいったわけでございます。
○足鹿覺君 この民法の規定によりますと、政府が幾ら不確定期限を主張なさっても、民法六百四条の二十年間というこの原則は守ってもらわなきゃ困ると思うんです。つまりそううい原則からいきますと、契約の始期から計算をいたしますと、本年の七月二十七日をもって賃貸借契約は終了するとわれわれは理解する。したがって、契約期間を終了するに際し、更新を所有権者に求める予定があるか、あるいはこれを機会に、当該地域の全面返還を実現する予定か、明らかにしていただきたい。 聞けば、山梨県知事は選挙の公約に全面返還を掲げて御当選なさっております。かつては自民党の党籍を持った人でございます。私の衆議院時代よく知っておるわけであります。この点、いかがですか。地元住民を代表する知事が県民に公約をして当選をしておるのです。たとえ現在は自民党の党籍にあらずとも、あるかないか知りませんが、かつては党籍を持っておった。そのような解釈は私の独断ではなくして県民の総意だと考えてもよろしい。どうでありますか。
○政府委員(島田豊君) 従来は、米軍に提供をいたしました以後、毎年毎年この問題については土地の所有者と話し合いをいたしまして、県民に契約をして、今日までに至っておるわけでございます。したがいまして、今後も地主の方々と十分話し合いをいたしまして、毎年毎年の契約が実施できるように私どもとしては努力をいたしてまいりたいというふうに考えておりますけれども、いまのいわゆる不確定期限の問題と、それから民法六百四条との関係につきましては、これは御指摘のようにたいへんむずかしい問題でございます。ことしの七月二十七日で満二十年が参りますので、この民法六百四条と従来の不確定期限の考え方との関係をどういうふうに持っていくかということが非常にむずかしい問題でございまして、現在法務省法務局とも協議をいたしておるところでございまして、早急にこの問題についての結論を出すつもりでいまおるところでございます。 それから、田辺山梨県知事の政治姿勢と申しますか、これは、御指摘のように全面返還、平和利用ということで、われわれにつきましてもいろいろお話がございます。 知事さんのおっしゃるのは、要するに今日の北富士、富士を囲みますところのいわゆる環境に対する県民の価値感というものが非常に大きく変わってきた。したがいまして、富士一帯を県としても今後、県民のレクリエーション・センターその他のいわゆる観光施設として持っていきたいという基本的なお考えがあることは私どもも承知いたしております。しかしながら、一面、米側に提供いたしておりまして、これは安保条約の義務の履行といたしまして、演習場につきましては継続的安定的な使用が今後も引き続いて維持されるということが別の要請としてございますので、知事のほうのそういう御要請、御要望と、現実の米側に提供しておるというこの北富士演習場の存在と、これをどういうふうに調整をしていくかということが当面の大きな問題でございまして、私どもは、そういう問題を含めまして、今日、演習場対策協議会といろいろな角度からこの問題についての検討をやっておるわけでございます。地元の御要望の線は、われわれも今後いろいろな面におきまして十分反映をするような努力をするつもりでございます。
○足鹿覺君 政府は、この賃貸借契約を、民法六百四条にいう契約であるかいなかを検討中だといいますが、ただいまの御答弁も検討中というので、答弁を回避しておられるように私は受けとめましたが、契約には相手方のあることは御承知のとおりなんです。その合意を無視して、民法六百四条の適用を否定するような便宜的解釈はなさらないと私、思いますね。これは野呂政務次官にも伺いたいし、船田政務次官にも——次長からお聞きになったんでしょう、いままでの私の質問の要旨は。その、いま結論に入っておるわけだ。いかがですか。
○政府委員(野呂恭一君) 米軍基地の民公有地にかかりまする賃貸借契約が、御指摘のように本年の七月二十七日で切れるわけでございまして、二十年になる。したがって、民法第六百四条はこれに適用されるかどうか、こういうことにつきましては、先ほど施設庁長官からお答え申し上げたとおりでございます。決して答弁を回避するということでなくって、今日関係各省と鋭意協議中でございます。近日中には必ず結論を出して、お答え申し上げたい、かように考える次第でございます。 なお、先ほども御指摘がございました、米軍基地を含め、自衛隊の基地関係におきましては、国民的合意を取りつける必要があることは言うまでもありません。私どもは、したがって基地問題を、基地公害を含め、あるいは先ほどからいろいろ論議されております入り会い権の問題等基本的な問題、さらに今後防衛施設、区域はどうあるべきか、あるいはまたそれらのいろいろな紛争におきまする問題の調整をどうはかっていくか、一切をあげて基地問題のプロジェクト・チームを発足いたしまして、国民の合意を取りつけ得るような体制をもって、今後基地問題の処理に当たりたい、かような姿勢をとっておることを御理解賜わりたいと考えております。
○足鹿覺君 船田大蔵次官がお見えになったようでありますので、いままでの私の質問の要旨をお聞きになったと思いますが、簡潔に要約して申し上げますと、太平洋戦争の終結によって帝国陸海空は消滅した。いいですね。国は平和憲法のもとで戦争の放棄を宣言した。陸海空軍その他の戦力は、この憲法は保持しないと規定しておる。しかるに北富士演習場の場合は、昭和十三年十一月、わずか坪二十八銭で、総動員法下において軍が接収同様の買収をした。したがって契約者は、軍という契約者はすでに存在しない。使用目的も終戦の時点で終了しておる。覚え書きもちゃんとかわされておるが、それをほごにしておる。最近では、防衛庁は使用転換と称して、駐留軍にかわって北富士演習場として使用することを盛んに主張しておる。つまり、どこの基地にもありがちな、駐留軍が帰ったらそれは当然自衛隊がもらうのだ、使わしてもらうのだ、そういう安易な考え方では困ると思うのですよ。したがって、普通の行政財産と違って、これは長い、何百年間にわたる地域住民の入り会い地としての権原の問題があるし、慣行上の問題があるし、いま述べたような、軍がこれは接収同様のことをやったのです。それも戦争とともにもう解消しておる。したがってこれを、国有林であるがゆえに、国有地であるからといって入り会い権を否定しようとしておりますし、あまつさえ防衛施設庁は、使用転換を米軍にかわって、返ったならば自分たちが使わしてもらいたい——そういう安易なことでは困る。歴史といろいろな経過を経て今日に至っておるわけでありますから、その辺を、普通の行政財産を、単純なものをある省ならある省へ移管をする、あるいはこれを払い下げをするというようなこととは性質が違う、こういう認識に立ってやってもらいたい、こういうことなんです。どうですか。
○政府委員(船田譲君) 足鹿先生の御質疑につきましては、私もまだ勉強が十分足りておりませんから、お答え申し上げることが正鵠を得ていないかもしれませんけれども、あえて責任者の立場としまして御答弁さしていただきます。 この北富士演習場の中に含まれている旧県有地、昭和十三年に当時の第一師団の経理部長と当時の山梨県知事との間に契約が結ばれて国有地になった。そのときに覚え書きがあって、その覚え書きには、公用廃止のときには優先的に山梨県に払い下げるという旨の一項目が入っているということは私も伺っております。 ただ、いま現に陸軍がなくなりましたあと、米駐留軍に提供いたしまして今日まで至っております。そこで、米駐留軍が使っておるということも、われわれのたいへん役人的な答弁になって恐縮でございますが、なお公用が続いておるのだという解釈は一応立っておるわけでありますが、将来におきましてこの駐留軍の基地が返還を受けました際においていかようにするかということは、いま先生が言われましただんだんの過去の歴史を考え、かつまた、場所柄が富士というような国民感情に非常に関係の深いところでもございますから、そういった面を十分に勘案しながら、処分をきめてまいりたいと思っておるわけでございます。
○足鹿覺君 もうその検討の余地は私はないと思うのですけれどもね、あなた方のほうがおくれておられると思うのです。いま問題になっておるのは、いまの御答弁に続いて、私はお尋ねをいたすわけですが、賃貸借契約が大体ことしの七月二十七日で、二十年で切れる。で、不確定期限だと防衛施設庁のほうは言っておるようです。一年更新だと。いわゆる会計年度で契約しておるというふうに。ですけれども、それを積み上げますと、ちょうどことしの七月二十七日で期限が切れる。それが一つの問題の切れ目ですからね、解決をしていかなければならぬ。ですから、従来あなた方がやられたような、大蔵省は使用権を防衛庁に認める。防衛庁は今度は米軍になにするというような、そういうようなことでは困るのでありまして、今度は、戻ってきた場合、どうされますか。また、そういう取り扱いはこれからやめられると同時に、民法六百四条のいわゆる二十年満期説を少なくとも堅持して、便宜的な解釈をやめまして、近代社会の基本秩序である市民法という秩序を国みずからが破壊するようなことにならないように、そのようなあやまちをおかさないような態度でもってこの期限問題に対処していただきたい。この点、答弁を本日は保留されたようでありますが、七月二十七日といえばほどなくまいります。多くの所有権者に多大の不安を与えておる実情をとくと了察されまして、正しく対処される御用意でありますかどうか、最後に伺っておきたいと思います。
○政府委員(船田譲君) ただいまの足鹿委員の御指摘になられましたことにつきましては、関係の各省といま詰めておるところでございますので、その結論が出る前に私がとやかく御答弁申し上げることは差し控えさしていただきたいと思いますが、先生の御趣旨も十分勘案してまいりたいと思います。
○委員長(柳田桃太郎君) 本案に関する午前中の調査はこの程度にいたします。 午後は二時十五分まで休憩いたします。 午後一時十九分休憩 —————・————— 午後二時十九分開会
○委員長(柳田桃太郎君) ただいまから内閣委員会を再開いたします。 沖繩開発庁設置法案及び沖繩の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律案、両案を一括議題といたします。 まず、沖繩開発庁設置法案の趣旨説明を聴取いたします。山中総理府総務長官。
○国務大臣(山中貞則君) ただいま議題となりました沖繩開発庁設置法案について、その提案理由及び概要を御説明申し上げます。 わが国民多年の悲願である沖繩の祖国復帰がいよいよ本年五月十五日に実現する運びとなったことは、国をあげての喜びであります。 沖繩は、さきの大戦において最大の激戦地となり、全島ほとんど焦土と化し、沖繩県民十余万のとうとい犠牲者を出したばかりか、戦後引き続き二十六年余の長期間にわたりわが国の施政権の外に置かれ、その間沖繩百万県民はひたすらに祖国復帰を叫び続けて今日に至ってまいりました。祖国復帰が現実のものとなったいま、われわれ日本国民及び政府は、この多年にわたる忍耐と苦難の中で生きてこられた沖繩県民の方々の心情に深く思いをいたし、県民への償いの心をもって事に当たるべきであると思います。祖国復帰というこの歴史的大事業の達成にあたっては、各般の復帰諸施策をすみやかに樹立し、かつ、沖繩県の将来についての長期的な展望を明らかにして、県民の方方が喜んで復帰の日を迎え得るような体制を早急に整えることこそ政府に課せられた責務であります。 このような観点から、沖繩の祖国復帰の円滑な実現と明るく豊かで平和な沖繩県の建設こそ沖繩復帰の基本的な目標でなければならないと存じます。沖繩が戦争で甚大な被害をこうむり、かつ、長期間米国の施政権下にあった事情に加え、本土から遠隔の地にあり、多数の離島から構成される等各種の不利な条件をになっていることに深く思いをいたすとき、まずその基礎条件を整備することが喫緊の課題であり、進んでは、沖繩がわが国の東南アジアの玄関口であるという地理的条件と亜熱帯地方特有の気候風土を生かし、その豊かな労働力を活用して産業の均衡ある振興開発をはかることが必要であると考えます。 今回、沖繩開発庁を設置しようとする趣旨は、このような沖繩の振興開発に関する国の諸施策を積極的に推進し、豊かな沖繩県づくりに政府が直接の力添えをするための体制を整備することにあり、このため、総合的な計画の作成並びにその実施に関する事務の総合調整及び推進に当たることを主たる任務とし、国務大臣を長とする沖繩開発庁を総理府の外局として設置しようとするものであります。 なお、政府は、沖繩の各界各層の方々の意見を取り入れ、琉球政府と十分な調整を行ない、ここに成案を得て国会の御審議をいただきたく運びとなった次第であります。 以上が、本法案を提案した理由であります。 次に、この法律案の概要につきまして御説明いたします。第一は、沖繩開発庁の所掌事務及び権限に関する規定であります。沖繩開発庁は、その任務を遂行するため、沖繩振興開発計画の作成及びその作成のため必要な調査並びに振興開発計画の実施に関する関係行政機関の事務の総合調整及び推進に当たるとともに、関係行政機関の振興開発計画に基づく事業に関する経費の見積もり方針の調整を行ない、及び当該事業のうち沖繩の振興開発の根幹となるべき社会資本の整備のための事業に関する経費を沖繩開発庁に一括計上し、各省庁に移しかえる等振興開発関連予算についての権限を同庁に与えることにいたしております。また、このほか、この法律の附則において、沖繩の復帰に伴い、沖繩の特殊事情にかんがみ、政府において特別の措置を要する事項で政令で定めるものに関する施策の推進に関する事務を当分の間沖繩開発庁に行なわしめることにいたしております。 第二は、沖繩開発庁の内部部局に関する規定であります。 沖繩開発庁には、内部部局として、総務局と振興局を置くことにし、総務局においては、主として振興開発計画の作成及び調査並びに沖繩振興開発金融公庫法に関する事務を所掌し、振興局においては、主として振興開発計画の実施に関する関係行政機関の事務の総合調整及び推進の事務を所掌することにしております。 第三は、沖繩開発庁長官は、必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、振興開発計画の実施に関する重要事項について勧告し、及びその勧告に基づいてとった措置について報告を求めることができることにいたしております。 第四は、沖繩開発庁に、付属機関として、沖繩振興開発審議会を置き、沖繩の振興開発に関する重要事項について調査審議することになっていることであります。 第五は、沖繩総合事務局の設置及びその所掌事務等に関する規定であります。 沖繩県民の便益に資するため、許認可、補助金交付等の行政事務あるいは沖繩の振興開発に関連する建設工事等について、沖繩現地に関係各省庁の通常のブロック機関の長の有する権限をおろし、一元的な事務処理を行なうため。沖繩開発庁の地方支分部局として沖繩総合事務局を置くことにいたしております。 総合事務局は、沖繩開発庁の所掌事務の一部を分掌するほか、公正取引委員会の事務局の地方事務所、財務局、地方農政局、通商産業局、海運局、港湾建設局、陸運局、地方建設局等の地方支分部局において所掌すべきものとされている事務その他民有林及び水産関係の事務の一部を分掌することにいたしております。また、これらの地方支分部局において所掌すべきものとされている事務等については、当該事務に関する主務大臣または公正取引委員会が総合事務局の長を指揮監督することにしております。 なお、総合事務局の位置及び組織については、別途政令で定めることにいたしております。 第六は、沖繩開発庁設置法は、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の効力発生の日から施行することにし、また、この法律の公布に際しては、法律の内容について沖繩県民に対し周知徹底をはかるため、内閣総理大臣は琉球政府行政主席に通知することにいたしております。 第七は、沖繩開発庁設置法の施行に伴い従来の沖繩・北方対策庁設置法は廃止されることになりますので、北方領土問題に関する事務につきましては、新たに、総理府の機関として、総理府総務長官たる国務大臣を長とする北方対策本部を設置して、沖繩・北方対策庁が所掌する北方領土問題に関する事務をこれに引き継がせ、本問題の解決の促進をはかるため、この法律案の附則において総理府設置法の所要の改正を行なうことにいたしております。 以上述べましたことのほか、沖繩開発庁設置法の制定に伴い必要な関係法律の整備に関する規定を附則に設けることにいたしております。 以上が、この法律案の提案の理由及びその概要でありますが、この法律案は、沖繩県の自治権を最大限に尊重しつつ、新しい沖繩県の伸長、発展に取り組む政府の基本姿勢を明確にするためのものであることを申し添えておきます。 何とぞ、慎重御審議の上、すみやかに御賛同あらんことをお願いいたします。
○委員長(柳田桃太郎君) 続いて、衆議院の修正点について説明を聴取いたします。衆議院内閣委員長代理塩谷一夫君。
○衆議院議員(塩谷一夫君) ただいま議題となりました沖繩開発庁設置法案に対する衆議院の修正につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。 修正の第一は、法律番号の字句を整理したことであります。 本法案は、昨年の第六十七回国会から継続審査となっている法案でありましたので、本法案で引用している他の法律等の法律番号について、「昭和四十六年」を「昭和四十七年」に改めるなど、その字句を整理した次第であります。 第二は、沖繩の復帰に伴う関係法令の改廃に関する法律、以下「改廃法」と略称いたしますが、その第三十条について、地方公安調査事務所の名称を改めたことであります。 現行公安調査庁設置法は、公安調査庁の地方支分部局として、公安調査局及び地方公安調査局を置くこととしておりますが、改廃法第三十条は、沖繩の復帰に伴い、同地に公安調査庁の地方支分部局として沖繩地方公安調査事務所を置くこととしていたのであります。 このように、沖繩に設置される公安調査庁の地方支分部局の名称が「地方公安調査事務所」とされ、現行の名称と異なるのは、改廃法の国会提出前すでに提出されていました行政管理庁設置法等の一部を改正する法律案において、公安調査庁の地方支分部局である地方公安調査局を地方公安調査事務所と改めることとしていたことによるものでありますが、同法律案は、なお、慎重に審議することとしておりますので、当面の措置として、改廃法第三十条中の「地方公安調査事務所」を「地方公安調査局」に改めた次第であります。 以上が修正の趣旨であります。
○委員長(柳田桃太郎君) 次に、沖繩の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律案の趣旨説明を聴取いたします。江崎防衛庁長官。
○国務大臣(江崎真澄君) 沖繩の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律案の提案の理由と内容の概要について、御説明いたします。 この法律案は、沖繩の復帰に伴い、防衛庁関係法律の適用についての暫定措置その他必要な特別措置等を定めるものであります。 その第一は、防衛庁職員の給与等の特別措置に関する規定であります。これは、琉球政府の職員で、沖繩の復帰の日から引き続いて防衛庁の職員となる者及び復帰の日以後沖繩県で勤務する医師または歯科医師である防衛庁職員につきましては、一般職の国家公務員の例に準じ、政令で定めるところにより、当分の間、特別の手当を支給することができることとし、また、琉球政府に在職中公務上の災害を受けた琉球政府の職員で、復帰の日から引き続いて防衛庁の職員となる者につきましては、その災害を防衛庁職員としての公務上の災害とみなして、一般職の国家公務員の例に準じ、政令で定めるところにより処理するものであります。 第二は、人身損害に対する見舞い金の支給に関する規定であります。これは、沖繩において、昭和二十年八月十六日から昭和二十七年四月二十八日までの間に、合衆国の軍隊等の行為により人身にかかる損害を受けた沖繩の住民またはその遺族のうち、一九六七年高等弁務官布令第六十号に基づく支払いを受けなかった者またはその遺族に対しまして、その支払いを受けなかった事情を調査の上、必要があるときは、同布令に基づいて行なわれた支払いの例に準じて、見舞い金を支給することができることとしたものであります。 第三は、防衛施設周辺の民生安定施設の助成の特例に関する規定であります。これは、沖繩における防衛施設周辺の民生安定施設の助成の対象としまして、市町村のほかに沖繩県を加え、かつ、補助率を十割とすることができることとし、もって基地周辺の民生安定策の強化をはかることをその内容としております。 第四は、沖繩の軍関係離職者に対する特別給付金の支給に関する特例についての規定であります。これは、現在沖繩におきまして、沖繩法上の特別給付金を受けるべき地位を持っておりながら、合衆国の軍隊等に再雇用されたため、その支給を停止されている者がおりますが、その者が有する特別給付金を受けるべき地位を本土法の駐留軍関係離職者等臨時措置法上の特別給付金を受けるべき地位をもっている者とみなして、その者が復帰後において駐留軍労務者の職を失ったときに、特別給付金が支給されるよう措置したものであります。 第五は、政令への委任に関する規定であります。これは、防衛庁関係法律の沖繩への適用上必要とされる事項につきまして、政令に譲ることとしたものであります。 最後は、沖繩の復帰に伴う防衛庁設置法の一部を改正する規定であります。これは、防衛施設庁の地方支分部局として、沖繩県那覇市に那覇防衛施設局を設置し、その管轄区域を沖繩県とすること等を定めたものであります。 以上、法律案の提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げましたが、何とぞ、慎重に御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願いいたします。
○委員長(柳田桃太郎君) 続いて、衆議院の修正点について説明を聴取いたします。衆議院内閣委員長代理塩谷一夫君。
○衆議院議員(塩谷一夫君) ただいま議題となりました沖繩の復帰に伴う防衛庁関係法律の適用の特別措置等に関する法律案に対する衆議院の修正につきまして、その趣旨を御説明申し上げます。 本法律案は、昨年の第六十七回国会から継続審査となっている法律案でありましたので、本法律案で引用しているすでに成立した他の法律等の法律番号について、その字句を整理した次第であります。 以上が修正の趣旨であります。
○委員長(柳田桃太郎君) 両案の審査は後日に譲りたいと存じます。 —————————————
○委員長(柳田桃太郎君) 昭和四十七年度防衛庁関係予算に関する件を議題といたします。 江崎防衛庁長官から発言を求められており、これを許します。江崎防衛庁長官。
○国務大臣(江崎真澄君) さきに、本委員会におきまして昭和四十七年度防衛庁予算案の概要について御説明いたしました際、航空自衛隊関係で沖繩にF104J二十五機等で南西航空混成団を編成する旨申し上げました。しかるところ、四月十七日の国防会議の決定によりまして、自衛隊の沖繩配備は当初防衛庁が予定しておりました計画に比べてかなりテンポをおくらすこととなったのであります。このため、沖繩における航空自衛隊の部隊建設には、九州にあります西部航空方面隊が全力をあげて支援する体制をとることとし、また、沖繩に配備する部隊は、できるだけ、編成上も本土の部隊と同じような組織にすることが望ましいと考えられますので、さしあたり南西航空混成団という編成をとらず、航空隊、基地隊等を西部航空方面隊の隷下部隊として編成することとし、要撃戦闘機の機数につきましても、当初十八機を配備し、逐次増加して二十五機にすることに修正することにいたしたいと存じますので、御了承くださいまするようこの機会にお願いを申し上げます。
○委員長(柳田桃太郎君) 本件に関する本日の調査はこの程度にいたします。 —————————————
○委員長(柳田桃太郎君) 北富士演習場に関する件を議題といたします。 御質疑のある方は順次御発言を願います。
○神沢浄君 過日、当委員会が行なった現地調査におきまして、対象者の陳述の中で特に意見が分かれておりましたのは、入り会い権の問題並びに返還行政の二点であったと、こう思うわけであります。この点については、午前中、足鹿委員の質問によって相当論議も済んでおりますから、私はできる限り重複を避けてお尋ねをしていきたいと、こう思うのでありますが、ただ、午前中の論議を通じまして一そう私が感じましたのは、あの長期にわたって今日まで継続をされておりますところのいわゆる地元住民との間の紛争というものの原因が、やはり国側の権力的な、あるいは御都合主義というようなものに非常に大きく起因をしておるということを、実は痛切に感じ取ってもみたわけでありまして、そのような点を大体主点としてお尋ねをしていきたいと思うのですが、そこで第一点ですね。ちょうど江崎長官もお見えになっておって好都合ですけれども、三十五年八月の九日に忍野村の忍草の入り会いの組合長の渡辺勇さんからの要望書が出されまして、それに長官が回答をされておるわけであります。回答書が長官の名前において出されておるわけですが、それをひとつ読んでいただきたいと思います。
○政府委員(島田豊君) 当時の江崎長官から回答を出しました内容につきましてお読みいたします。 政府は、昭和三十五年八月九日付御要望の趣 旨を諒とし、早急に最大の努力を払うと共に、 貴区が従来所有して来た入会慣行を十分尊重 し、誠意を以て善処します。 部落民各位には、平静のうちに事態を解決さ れるよう、切に要望いたします。 昭和三十五年八月九日 防衛庁長官 江崎真澄 忍草区長 渡辺勇殿
○神沢浄君 まあ要望書も一緒に読んでいただけばなおわかりやすいと思うのですけれども、よろしゅうございます、まだあと読んでもらうものがありますから。 三十六年の九月十二日に、今度は藤枝長官からの覚え書きが出ておるはずであります。これをひとつ読んでください。
○政府委員(島田豊君) 政府は忍草区長に対する 昭和三十五年八月九日付回答書の主旨にしたが い、次の事項を確認する。右により貴区は政府 の意のあるところを諒とし現在の事態を早急に 収拾されるよう要望する。 記 一、政府は貴区民が旧来の慣習にもとづき梨ケ 原入会地に立入り使用収益してきた慣習を確 認するとともにこの慣習を将来にわたって尊 重する。 二、政府は北富士演習場の早期返還に引続き最 大の努力を払う。 三、政府はすみやかに現行の林野雑産物補償に 関する問題点を再検討しその適正化をはか る。 これが昭和三十六年九月十二日における、当時の藤枝長官からの覚え書きでございます。
○神沢浄君 まあ読んでいただきたいのは非常にたくさんあるのですけれども、時間の関係もありますからそれは省くことにいたしますが、そのほか、たとえば三十五年の八月二十六日には調達庁の丸山長官が、大体内容としては同様趣旨のものを覚え書きとして出しておりますし、さらには三十九年六月二十四日には施設庁の小野長官が、やっぱり同様の趣旨のものを出しておりますし、ずっとあとになりますと、山上長官からも同様の趣旨のものが出ておりますし、大体、政府は同様のような趣旨の約束を何回くらいしてきておるか、ちょっと無理ですか、数えるのは。どうでしょうか。もし数えるのが無理だったら、とにかく数次にわたって約束を申し上げてきたということについてはどうですか。
○政府委員(島田豊君) 政府側におきまして回答いたしましたのは、約八回ぐらいということでございます。これは地元の返還要求に対する回答、あるいは各種の要望に対する回答でございます。そこで、返還に対してそれの御要望を尊重するというふうな趣旨の回答はかなりございますが、これらはいわゆる北富士演習場の全面返還というよりも、かねがね私どもがとってまいりました使用転換、つまり、米側から返還を受けまして、それをまず自衛隊が管理して米側に共同使用させる、こういう使用転換についての考え方が述べられておりますし、そのほか、いろんな各種の条件について前向きに誠意を持ってその要望に沿っていくという趣旨の回答でございます。
○神沢浄君 まあ、大体私の知る限りでも、いま何回って言われましたかちょっと聞き漏らしたんですが、とにかく数度にわたって、入り会い団体に対する、あるいは恩賜県有財産の保護組合に対する、あるいはそれらを内容として県に対する——返還要求の問題はあと回しにしたいと思いますが、大体、入り会い問題につきましても、その入り会い慣行を尊重して、そして将来にわたってこれを尊重するという、こういう内容の趣旨のものが、繰り返し繰り返し、国側から関係住民に対して回答がされているわけであります。 そこで、私は午前中の論議を通じましても考えさせられたのでありますけれども、まあ大正四年の大審院判例を振りかざして、官公有地には入り会い権は存在をしないということを政府は強弁をされるわけであります。その問題については、統一見解を求められていますからその際のことに譲るといたしましても、私はこの一点をお聞きをいたしたい。というのは、民有地におけるところの入り会い権というものは、現状において、国有地上においてはこれを入り会い慣行と読みかえておるのかどうか。裏を返せば、国有地において政府が過去、現在も認めて、さらに将来にわたってまで認めておるということになれば、これはもう通念上明らかに権利なんですよ。民法はそういうものを権利と、こうきめているわけです。ただ国有地であるから、官公有地であるからということでもって入り会い権を認めないと、こういう強弁をされているのが現状ですけれども、したがって、いま政府が言っておる、国が言っておるところの国有地上の入り会い慣行というのは、民有地におけるところの入り会い権と同一のものであるかどうかという点を、これをひとつお答えをいただきたいと思うんです。
○政府委員(島田豊君) 民有地につきましての入り会い関係は、これは民法にそれぞれ定める規定がございます。そこで、これは一応権利として熟しておる民法上の権利だろうと思いますが、国有地につきましては、今朝来いろいろ議論がございましたように、政府の従来の考え方は、いわゆる入り会い権というものは大審院判例にかんがみまして認められなかった。いわゆる権利まで熟したものでなくして、要するに入り会い慣行である。入り会い権となりますと、これはいわゆる民法上は一つの物権的な性格を持つわけでございますし、入り会い慣行は、そういう入り会いをいたしまして野草その他の林野雑産物を採取してきたという、そういう慣行を尊重し、それを継続的に認めていると、こういう考え方でありますので、権と慣行というのはやはりそこに大きな違いがあるのではなかろうか。民有地につきましては、これは民法上の権利として考えてもよろしかろうというふうに考えるわけでございます。
○神沢浄君 その辺がまことにわからないところでありまして、いまあの北富士周辺にあるところの民有地の入り会い権と称するところの慣行、それから国では強引にこれは入り会い権ではないと言って入り会い慣行と称しておるところの慣行、これは全く私は同じものだと思うんですよ。全然変わっていない。御承知のとおり、あの付近は、かつてだれのものでもない原野の時代が長く続きまして、住民はその原野に自由に立ち入って、いわゆる入り会って、そこを生活の根拠にして今日まできておるわけです。ただ、それが、たまたま、明治初年の地租改正によって官・民有に区分が分かれて、民有地のほうに回ったほうは入り会い権が確定をした。ところが、官有地に編入されたということでもって入り会い権が認められなかった、こういうようなまことに矛盾きわまる状態になってきておるわけなんです。その証拠には、これは歴史のあとを探ってみますと、官・民有区分の際に全国的に二つの傾向がありまして、いわば権力をもって威圧をして官有に編入をしたという傾向と、あるいは非常に巧みに——こういうことばは使いたくありませんけれども——だまして官有地に編入をしたという二つの傾向があって、山梨の場合などはその後者に属する。これは、御承知のように、なぜかというと、とにかく、民有地になると税金がかかる、しかし、官有地にしておけば税金は納めなくてもいままでの慣行というものはそのまま継続するんだから得だと、こういうような説明が非常に巧妙に行なわれて、そしてあの付近は官有地に編入をされた。さて、官有地になりましたらば非常に慣行上の規制を受けましたから、これはだまされたと。住民側としてはそれに憤激して抵抗が起こるわけです。抵抗が起こって山を焼く。そういうような結果が、御承知のとおり山ばかりの山梨県ですから、それがために治山ということがなくなっちゃった。それで、官側としては、今度は天皇の名を利用して、御料地ということにすれば、おそらく天皇の名前で遠慮をして住民の抵抗もある程度とまるんではないかと、こういうことであったようであります。ところがどうして、生きるなんということはきびしいことですから、これは御料地だ、天皇の所有だといってもそれはとまらなかった。結局、とまらないから返すよりほかしかたがないということでもって、いわゆる恩賜県有財産になってくる。こういう沿革をたどるのであります。その際、民有地に入ったほうは入り会い権が認められたけれども、官有地であるがゆえに入り会い権が認められないということでもって、しかも、その根拠たるや薄弱で、もう午前中の論議の中で明らかなように、ただ一つ、大正四年の大審院判例なるものを振りかざして政府はいるわけであります。これなどにつきましても、たしか、法務省の顧問に我妻博士がおられますけれども、あの我妻博士の学説などを見ましても、当時、最初は官有地に入り会い権を認めないというような点についての理解をされておったようでありますけれども、その後入り会いの問題というものを深く探求するに及んで、その説は間違いであったということをはっきり言われているようであります。午前中の論議の中でも幾たびか繰り返し申し上げましたように、大正四年などというと実は私の生まれた年なのですが、とにかく日本の権力主義国家の最たる時期でありまして、その後、とにかく民主主義の今日になったのだから、幾ら御都合主義でもそのときのただ判例だけを、ほかに何のたよるところもない、いかなる反論をも全部しりぞけて、ただそれだけを一本に振りかざしておるという、きょうの国側のいわば権力的な、御都合主義的な態度というものに非常に私は問題があると思うわけであります。 しかも、私の知るところでは、この入り会い権自体を政府がもう認めている経過があるわけなんです。この前の委員会の論議の中で私がちょっと触れましたけれども、時間などの関係があってその点を深く論議することができなかったのですが、山中浅間神社の入り会い裁判というのがあります。これは内容的には、被告側に国が補助参加をしておるわけなんですよ。国が補助参加をして、そして裁判をして、入り会い権の存在を認めて、被告を勝訴さしているわけです。国は、したがって、入り会い権のおかげでもってあの訴訟に勝っているわけなんです。国自体が入り会い権を認めたから補助参加をしておるわけなんです。そういう話がありながら、一方においては入り会い権を認めないという、これは御都合主義というか何というか、言語道断のことになるわけでありまして、その辺の見解、これは長官でなくてけっこうですから、施設庁のほうから、おそらく施設庁の長官のほうが詳しいだろうと思われますので、お聞きをいたしたいと思います。
○政府委員(島田豊君) この訴訟は、山中浅間神社社有地の地上権設定事件にかかる判決でございます。昭和四十三年七月十九日甲府地裁の判決言い渡しでございますが、ここでは、当事者、参加人らの入り会い権に基づく使用収益権が確認をされておる、これは事実でございます。それから、国が浅間神社に、つまり被告であります山中浅間神社に訴訟上補助参加いたしましたのが、浅間神社社有地上に有します国の賃借権を他の物権設定の侵害から擁護する、こういうことがその目的で、そのために補助参加をいたした、こういう状況でございます。
○神沢浄君 そういう説明だけでなくて、国は、その際、裁判に補助参加したわけですね。そして勝訴の理由というのは、あの土地に入り会い権があったからなんですよ。これは判決文の中に明らかに明記してある。入り会い権があったからあの裁判に勝てているわけです。入り会い権を認めないというのだったら、なぜ参加したのですか。参加することはできないだろうと思いますけれども。ですからあの時点において、明らかに、あの演習場の国有地におけるところの入り会い権というものに対する国の見解というものは定まったと、こう見られても私は当然だろうと思いますが、その辺の説明はどうでしょう。
○政府委員(島田豊君) 国が参加いたしましたのは、いわゆる地上権設定の問題でございますので、そういう賃借権を、地上権設定という事実から、それによる侵害から擁護するということで補助参加したようでございますが、まあその判決で、結論的には、御承知のとおりに、参加人の入り会い権というものが裁判で認められたということは事実でございます。
○神沢浄君 ですから、私の聞きたいのは、入り会い権があって、それで国が参加をして要するに勝ったというわけでしょう。で、それは入り会い権を主張している裁判だったんですよ。その入り会い権を主張している裁判へ仲間になったのですから、これは入り会い権を認める立場でなければ仲間になれぬじゃないですか。ですから、あの事件において国はやはり入り会い権を認める立場をとったのではないですか、ということを聞いているわけですよ。
○政府委員(島田豊君) 私どもは入り会い権の存在というのをこの裁判で確認をするという意味で訴訟参加したわけではございませんで、国の賃借権そのものを擁護しよう、こういう立場で参加いたしたわけでございます。そこで、この入り会い権の存在そのものにつきましては、これは国としましてはこの判決に対しまして不服として、現在控訴中であるというふうに承知しております。
○神沢浄君 その辺の御答弁が、もう少しめりはりを明らかにしていただきたいと思うのですがね。裁判の内容というものは、要するに第三者の、その相手の地上権設定に対して争ったわけですね。争う場合の根拠は、入り会い権をもって争ったのですよ。被告側は入り会い権をもって争ったのです。その入り会い権をもって争った被告側に補助参加しているのだから、入り会い権を認めなければ参加できぬじゃないですか。ですから、あれは、参加した時点でもって、国がやはり入り会い権を認める立場をとったものだ。そうではないですかということを聞いているわけです。一方で入り会い権を認めて、一方で入り会い権を認めないなんていう、そんな御都合主義ではまずい。
○政府委員(島田豊君) これは、補助参加いたしましたのは、何も入り会い権をもって勝訴に導くための補助参加ということではないわけでございまして、地上権そのものから国の賃借権を守ろうという、こういう動機でございますので、結果的には入り会い権が認められたということでございますけれども、この判決そのものには、その部分に関しては不服である、こういうことで、控訴をいたしているわけでございます。
○神沢浄君 くどいようですけれども、そこのところはやはり明らかにしておきたいと思うのですよ。裁判は、相手側が地上権設定を企てた、それに対して被告の側は、入り会い権があるから、それは認められないということで争ったのでしょう。入り会い権があるから、入り会い権に基づいてあの訴訟は争われた。その入り会い権を認める側に国が参加したのですよ。国が入り会い権を認められぬならば、国は参加できぬはずだと思うのですね。参加するという方針をきめた以上は、もうすでに国が入り会い権を認める立場をとったものだ、こういうふうにこれは解釈されるでしょう。その辺をもう少し納得がいくように説明をしてください。
○政府委員(薄田浩君) これは先ほど長官が御答弁になりましたとおりにわれわれ了解しておりまして、浅間神社に対する地上権の確認請求事件として、現在は高等裁判所で控訴中でございます。その理由は地上権の確認請求ということでございまして、それのわれわれの使用権を保護といいますか、確保するためにいわゆる訴訟の補助参加という形で参加したわけでございます。裁判の結果は、先生おっしゃいますように、入り会い権が存在するということで出ております。
○神沢浄君 肝心のところをぼやかそうとするから複雑な答弁になってしまうのです。私の聞いているのは、裁判の内容とか何かということじゃなくて、入り会い権によって争ったその裁判に参加する以上は、国が入り会い権を認めなければ参加ができないはずなんです。ですから、それに参加した以上は、すでに参加をきめるときにやはり入り会い権を認めるという立場をとったものだということにこれはならざるを得ないのです。そうではないですかということを聞いているわけですから、控訴中であろうと何であろうと、それはまあ別問題であって、その点だけをお尋ねをしているわけなんです。これはたいへんくどくなりますから、午前中の論議の中でもってこれらを、政府の統一見解というものを求められておりますから、それらを含めて、ひとつ見解の中で明らかにしていただきたいと思います。 そこで、いま触れてまいりましたように、政府自体が関係入り会い民に対しまして、権とは言わなくても慣行というものを繰り返し繰り返し認めてきて、しかもそれは現在を認め、将来にわたって認めてきておるわけです。過去から現在に及び、しかも将来にわたって認めるということになりますと、これはもう法通念の上からいって、当然これは入り会い権でなければならないわけで、民法の上におきましても論議の余地のないところだと思います。ただ大審院判例なるものを振りかざして、この官公有地上に入り会い権を認めないといういま態度をとっておるものでございますから、その点の論議というのは、午前中もあの程度時間をかけましても結局は政府側の見解を統一的に求めるというようなことで集約されておりますので、私もそれに譲ります。ただ長官、先ほどもちょっと触れられましたように、民有地上の入り会い権といわれておるものは、国有地の場合、これはもう私は同じものだと思うのですが、したがっていま幾度も幾度も繰り返し認められてきておるところの、北富士演習場におけるところの、将来にわたってまで認められておるところの入り会い慣行なるものは、民有地上の入り会い権とその内容において同一のものであるかどうかという点は、私は同一のものだと思いますけれども、同一のものであるかどうかということをひとつお尋ねをしておきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 先ほどから施設庁長官がお答えしておりますように、同一のものではない、こういうふうに私からもお答えしなければならぬと思います。実は私、ずいぶん前のことですから、多少記憶も薄れておりましたが、先日来神沢さん非常に御熱心に御質問がありまするので、いろいろ当時の経緯を思い出したりまた記録のあるものは引っぱり出して読んでみたりしましたが、国有地に入り会い権なし、これは今朝来御答弁を申し上げてきたことが正確であるというふうに思います。ただ私も、ちょうどいまから十一年前ですか、防衛庁長官のころに、入り会い慣行というものをやはり認める、それは権ではない。しかし慣行は認めておるから何がしかの補償金を払っておこうじゃないか——その当時、実は防衛庁で文書によって回答するということは非常な抵抗があったことを覚えております。その当時はいまの施設庁と違いまして、特別調達庁は部内でいうと米軍の基地を確保する役回りでありましたから、何となく防衛庁長官である私に対しても非常な抵抗がありまして、そしてこんなものを成文化してはたいへんなことになるといったようなおどしもあったのです。けれども、私は、それは現に金を払っておるならこれくらいのことを成文化するのは差しつかえないんじゃないかということで、まあ成文化することに踏み切った経緯があるわけです。その時点に関する限りは、一つの何か紛争の局面解決にも役に立ちましたわけですし、また私はそのときのことをいまでも正しかったと思っております。非常に同じ日本人同士で、しかも長い間の慣行があるものを、一方では金を払いながら、そんなものを文章にすることはいかぬという当時の調達庁のものの考え方のほうが間違っておる。ただ問題なのは、しからばそれは権利なのか。これは今朝来施設庁長官がお答え申し上げておるように、権利として認めるわけにはまいらぬ。これはやはり政府としてはそのとおりだと私も思っております。まあ慣行を尊重するというあたりが、十年前のことではありまするが、精一ぱいぎりぎりのところであった。自来歴代の長官等等が同じようなことを繰り返し約束をしてきたということで、この慣行尊重ということで、ひとつこれは神沢さんにおかれましても御了解を願いたいと思うんです。そして、むしろ根本的にこれは一体どうするのか、もうやはり決着を迫られておりますね。じんぜんこのままで過ぎていけるものとは私も思っておりません。いずれ明日は予算委員会で、神沢さんが御質問になりましたあの民法六百四条の問題についても政府側の統一見解を出さなければならぬと思っております。そういうようなことを考えあわせますると、やはり全体の問題をひとつ一歩でも二歩でも前進させる方向にお願いできないかということをしきりに思うわけでございます。この慣行問題については、権と認めろとおっしゃっても、これはお怒りをこうむるだけで、なかなかいい返事はできぬように思いますので、ぜひひとつこの点は御了解を願いたいと思います。
○神沢浄君 ですからね、長官、私も入り会い権と認めろと直接的な言い方はしていないつもりです。直接的な言い方は私も現状では避けておるつもりなんです、お尋ねのしかたは。ただ歴史的、沿革的に見て、いま民有地上に、別に離れたところでなくて北富士における民有地上におけるところの入り会い権というものと、それから幾度も幾度も約束をして、将来にわたってまで保証をしておるところの国有地の上のところの入り会い慣行というものは、内容的に質的に同一のものであるかどうかということをお尋ねをしているわけでありまして、入り会い権ということをいまこの場でもって言えというふうな言い方はしていないつもりですけれども、私は同一のものだと、こう考えておるわけです。その点を重ねて、一点です。 それから、長官が何かお忙しいようですから、私は質問の順序としてはずっと先に予定をしておったのですが、長官の御都合でもってお尋ねをしておくわけであります。私は、自衛隊は北富士演習場には管理権はないという見解をとっておるわけでおります。それは、私の見解からすれば、あれはもういわゆる地位協定三条の一項ですかに定めるところのアメリカ合衆国の持つところの米軍の管理権の範囲内でもって使用をさせてもらっておるという、こういう関係だと思いますから、北富士演習場に自衛隊としての管理権というものはないと、こういう私は判断に立っておるわけなんですが、実は先ごろの予算委員会におけるところの論議の中では、施設庁の長官は何かその辺を非常にあいまいな言い方をされておりまして、あるかのごとき言い方をされていたわけであります。この点をひとつ明らかにしておきたいと思う。この二点です。
○国務大臣(江崎真澄君) 第一点は、これはさっき申し上げましたように、民有地と国有地の場合とは違いますということを繰り返すことをひとつお許し願いたいと思います。 それから第二点は、これは一般的に米軍提供施設につきましては、施設庁は、公有地の場合、所有者と賃貸借契約によって、国有地については大蔵省等から一時使用承認、こういう形で権限を取得の上アメリカ軍に提供しておる、こういう経緯に立っておりまするので、その範囲においては、施設庁は財産管理の責任がある、こういうふうに私ども理解いたしております。
○鈴木強君 神沢委員の途中でございますが、長官の御都合で、私もぜひ長官に御所見を承りたい点が二つありますから、その点に限ってお尋ねをいたします。 まず第一は、北富士演習場の全面返還、そしてその平和的利用の問題ですが、山梨県側は長官に対して終始変わらざる一貫した思想として、全面返還、平和利用という要求を出していると思いますが、そこで、せんだっての予算委員会で、長官がこういう見解を発表されました。あそこの土地は自衛隊にとっても大事な土地であるし、米軍演習場はすぐなくせといってもできない。したがって、演習場と平和利用とが両立できるがごとき御発言をなさいました。これは具体的にどういう御趣旨かよくわかりませんので、全面返還、平和利用の県側の要求に対して大臣がお答えになったのではないかと思うので、論理的に非常に矛盾がありますから、大臣がどういう御趣旨でそのことをおっしゃったのか、ひとつ見解を明らかにしていただきたい。
○国務大臣(江崎真澄君) 私も具体的な構想、まだ持っておるというまでには至っておりません。ただ問題は、これは長い歴史のある問題ですね。実は私自身も自民党の、自由党当時の内閣委員ということで、鳩山内閣の、当時は野党でありまして、私自身も北富士の演習場をどうするんだと言って、鳩山さんに返還を求めた。これはやはり日本的な大問題だということで——そういう経緯も実はあるわけです。これはもう何年前でしょうか、十七、八年前ですね。したがって、この問題がそれ以来、与党といい野党といいながら、何ら解決しないということはいかにもこれは能がなさ過ぎる。しかも、富士山の貴重なことはいまさら言うまでもありませんし、のみならず、あの霊峰富士のふもとは、演習場としては適地でありましょうが、米軍の管理下に置かれるということが、これは非常に残念なことだと思います。したがって、早くひとつ東富士演習場の例もありまするので、その地元側の要望も入れ、また同時に自衛隊側の要望も、ひとつ先生方の御理解をいただいて受け入れていただく。それはやはり自衛隊だけが思うようにということでも、これでは世の中は通るものじゃありますまい。ですから、何か話し合いの道はないだろうかという、そういうことをしみじみ思うにつけて、予算委員会でああいう発言をしたのでありまして、私自身も、何もいま防衛庁長官になったから、何が何でも広大なあのままのものを全部確保して、そして自衛隊の使用に供し、また米軍に共用させるというか、使用許可を与える。自衛隊のものにしたら、そういうものにするんだという気持ちは持っておりません。やはり地元側の御希望にも沿い、そのかわりひとつ自衛隊の要望もかなえていただく、何かここに妥協の道はないだろうかということを、いま一生懸命考えておるわけです。したがいまして、たまたま田辺知事は、私どもも十分懇意の間柄です。また先生方も同君を応援していただいた間柄ですね。これはこういうところでやりとりをしますと、なかなかうまい御答弁が実際問題としてできにくいと思うんです。ですから、何かひとつお力をかりたり、また知恵を拝借しながら、県知事にも一はだも二はだも脱いでいただき、またわれわれ防衛庁側も譲るべきものは当然譲るというような形で、ひとつ双方の利用というか、意向が実施にうつせるような方途はないものだろうか。特に、鈴木さんが前回にも御指摘になりました富士吉田からのあの高速道路と、いわゆる東名高速を結ぶバイパスが必要なことは、もうだれが見たってもう緊急のこれは要望事項ですね。実施事項だと思うんです。ですから、そういうことを踏まえながら、何かいい知恵はないかという考え方に立って、ああいうことを申し上げた。まだここで堂々と実はこうでございますということが申し上げられるほどの構想がないことをいかにも恥じますが、今後とも熱意を傾けて、十分地元の御意向も尊重しながら解決を求めてまいりたいと思っております。
○鈴木強君 長官のお考えになっているのが若干わかってまいったんですが、あなたは全面返還、平和利用ということでなくて、やはり米軍のいまの管理から、その管理を日本の手に戻して、そうして自衛隊に使わしてもらって、ある程度基地を縮小して、返すものは返すというような趣旨にとれるんですけれども、具体的な構想はないとしても、考え方はどうもそういうふうに受け取りました。それでは知事の言っている考え方と違うんです。私はせんだって現地を視察したときに少し気になりましたのは、県民室長が説明をされる中に、知事が従来掲げてきた全面返還、平和利用という中に、全面ということばを抜いて、返還、平和利用、こういう趣旨のことを言われまして、ちょっと私驚いたんですが、たまたま帰りの時間が限られておりましたから、現地において室長にただすことはできませんでしたけれども、明らかに県側の考え方がぐらついて、そういうことが長官にうつって、いまのような平和利用と基地との両立ということが考えられたのではないかと思いますけれども、これは室長が私はどういう趣旨でおっしゃったかわかりませんけれども、少なくとも知事の言っておる考え方とは違うと私たちは理解しておるわけです。特に自衛隊については、これは無用な刺激を地元に与えておりますので、もちろんこれは戦争に負けて米軍が進駐してくる、そうしてあすこを武力で占領して、占領ということばはおかしいですけれども、米軍があすこを使ったわけですね。講和条約が結ばれたその時点で地元に返すべきものが、また地位協定で米軍が使うというケースをとっているうちに、いつの間にか自衛隊が共同使用を始めたわけです。聞いてみると、ジョイント・ユースということばを使って始めたのです。そこで恩賜林組合は、自衛隊は違憲なりという訴訟を起こして現在も係争中なんですよ。そういう問題と、いまから論ずる入り会い権の問題が二つ結びついて、これはどなたでも入り会い権については、七十年以上先祖代々しし営々として守ってきた権利だということを皆が心の底から確信して、主張しているわけです。これを足鹿先生や神沢先生が御心配になっているんです。だから、私はそういうことを考えましても、自衛隊はどうも地元民に対して、いろいろな意味において挑戦的な態度をとっているように思うんです。先般の小屋のぶちこわしなんかでも、これはまことにわれわれから見ると不届きな点がございます。しかも一貫しておらないような点もたくさんあるわけでして、非常に残念に思うんですけれども、いずれにしても、先般の予算委員会でも、福田外務大臣、大石環境庁長官、それぞれの方々が、北富士演習場のあの地域を平和利用として今後も活用すべきではないかということを盛んに言っておられました。経済企画庁長官もそういうことを言っておりましたが、ただこの問題は、この基地に引っかかってもとに戻ってしまうような発言で、非常に私は残念ですけれども、願わくば、あすこはもう地元に返して、霊峰富士のふもとを平和的に利用するという考え方で進んでいただけないだろうかというのがわれわれの願いなんですね。ですから、そこでいまの長官の考え方との衝突が出てくるんですけれども、何かさっきの室長の私はことばが気にかかるので、いずれまたあらためてやりたいと思いますけれども、そういう趣旨のことを知事からあなたに言ってきたことはないですね。念のために確認しておきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 県知事から何か条件を付してお話があるなんということは一ぺんもございません。これは県知事としても、重要な地位におられることですから、誤解があってはなりませんから、私からもはっきり申し上げておきます。そういう妥協的なお話があったことは一つもございません。ただ、私どもとしては、自治省に今後とも先ほど申し上げたような形でお願いをしていきたい。北富士演習場というのは非常に広大なところでありまするから、全部全面返還——これはもちろん地元としては無理からぬことでありますが、これは自衛隊としても全然演習場がないでいけるものでもありませんし、だから自衛隊が全部を望むというわけでないということになれば、これはひとつ段階的に事を解決していくんだということで地元側の御理解がいただけないものかということで、私どもは今後もお願いをしていこうと、これは鈴木さんに対しても同じようなお願いを今後も続けなければならぬと思っております。特に、富士山麓というものの価値が最近高まってまいりました。それだけに、地元側の御主張がわからぬわけではありませんが、これはひとつあの広い場所ですから、ここは返す、ここは自衛隊、というような形で、東富士方式ですね、ああいう形でおさまることが非常に望ましいわけでありまして、この点等については今後もこちらも慎重に配慮いたしまするので、ぜひ地元側におかれても、いろいろまたむずかしいところはありましょうが、御協力を願えないものか、そういうふうに考えております。
○鈴木強君 時間がありませんから簡潔にしますけれども、私は、先ほど来の入り会い権の問題を伺っておりましても、皆さんは国有地には入り会い権なしという、そういう判断を根本から持っているんですよね。ですから、われわれと一つもかみ合わない。かりに、これはかりにですよ、かりに管理権が日本に返ってきたって、国有地である以上入り会い権なしというその主張は一貫していくんじゃないですか。そんなかたくなな、三百代言みたいな、実態に沿わない考え方を持って、それで日本の管理に移すなんと言ったって、これはてんで問題にならないです。ナンセンスです。そういうことを考えて、やはり慎重に入り会い権の問題なんかも善処しなければいかぬと思いますよ。これはかりの話でしておりますから、詳しいことは要りませんけれども、そういうふうに私は思うんですよ。ですから、われわれは長官にここで逆にいろいろ陳情されましても、はい、ようございます、と言うわけにこれは断じていかないんでして、長官の胸中の苦しみはわかりますけれども、あなたもこれから総理大臣にもなるような人なんだから、勇気を持って平和利用の道を開いていく。そして、それは自衛隊だって演習場がなくてはならぬということはわかりますよ。だからそれは何も霊峰富士のふもとに、ああいう活用できるところに持っていってやらなくたっていいじゃないですか。もう少し知恵を集めれば、自衛隊が演習するぐらいのところは見つかると思う。そういう努力をいろいろしてみて、それでどうにもならぬというなら話はわかるけれども、そういう努力は一切しないで、どうもあそこだけに固執しているというその考え方がわれわれにはわからないんですよ。そういう考え方を私は持っておる。ですから、ちょっと陳情で私がいいなんということは言えないし、私たちは全面返還、平和利用、こういう主張をあくまでも続けて、この上ともひとつ長官に善処をお願いしたい、こう思うんです。 それからもう一つ、北富士演習場の米軍の利用、演習が最近非常にひんぱんに行なわれているんです。そのつど大臣のところへ私たちは押しかけまして、何とか談判して少なくしてくれとお願いしているんですけれども、どうも聞き入れないですね。特に四月、三月、ひど過ぎますよ。特にこれから富士山は雪もやがて解けて観光客も多くなるわけですし、この米軍の演習はこのシーズンは絶対やらぬ、少なくとも最低そういうふうな談判をひとつアメリカと、長官やってくれませんか。あそこでまたどんどん鉄砲だまを撃たれたんでは、せっかく霊峰をながめに行った人は不愉快ですよ。ぜひひとつこれはやっていただきたいと思うんですがね。
○国務大臣(江崎真澄君) その点はぜひ御協力したいと思います。 私も当時参議院出身の杉原防衛庁長官に、大体日本の象徴といわれる富士山ろくで、アメリカの軍隊が避暑がわりに一番大事な夏の時点に大砲をぶっ放して演習をやるということはけしからぬというわけで、いまの鈴木さんと同じようなことを言って食い下がったことがあるんです。これは全くおっしゃる意味はよくわかります。ですから、これはひんぱんに利用しているようですね、シーズンになれば。これは何も富士山に来ないで北海道に行けばいいんですから、よくひとつ施設庁のほうで話をするようにします。施設庁のほうではとんでもないことを防衛庁長官は答えるわいと思っておるかもしれませんが、このくらいのことは考えなければいけません。最近の富士山は高速道路で価値も変わってきておりますから、その点、私、よく努力をいたします。
○鈴木強君 もう一つ最後に。 これは知事から要請があったんですが、演習場のところを通っている国道がございますね、あれが非常にドライブ・コース、観光コースで、片道一車線ですから非常に狭いわけです。それで幸いこちらは国有地ですからひとつ道路を拡幅してくれないかという陳情があったと思うんですが、それは早急にやってもらえないんですか。
○国務大臣(江崎真澄君) これはいま施設庁長官が私に耳打ちしますのに、近い将来の問題として考えますと言っておりますから、これもひとつ督励して、極力実行に移すようにしたいと思っております。 それから、ひとつお願いしておきますが、私は米軍側に責任をもってなるべくシーズンは使ってもらうようにということを言いますが、しかしまた使いませんと、米軍はこのごろちっとも使わないではないかということになりますし、またこれがあとの長官に尾を引いて、江崎がああ言ったからちっとも使わないではないかということになりますと、私の後任者がたいへん迷惑するといけませんので、私自身は大いに全力をあげますが、その辺は、これはあなたの御趣旨には十分われわれは誠意を持ってこたえたということにしていただきませんとちょっと困る場面があろうかと思いますので、念のために一言申し上げておきます。
○鈴木強君 そうするとまた元に戻ってしまうわけですね。
○国務大臣(江崎真澄君) いやそれは私は必ずやります。ただ頻度が緩慢になると、それみろ、使わないんではないかという、そういうことになれば——私もよく知っておりますから、あそこの場所は。そうかといって、無理に使う必要はありませんから、これは極力押えるようにしたいと思います。
○鈴木強君 それは、長官、重大な発言ですよ。それでは日本政府がアメリカに要請して、どうかあそこを使ってくださいよということを言ってきたんでしょうね。
○国務大臣(江崎真澄君) いや、そんなことはありません。
○鈴木強君 そうなるじゃありませんか。必要がなければアメリカは一カ月も二カ月も使わないでしょう。だから、使わないなら返すということが出てくるのはあたりまえです。それが出てくるのは困るので、アメリカに頼んで、ときどき来てやってくれということを日本政府が逆にアメリカ政府に頼んでいるんじゃないですか。それは重大な発言ですよ、長官。そんなばかなことを伺って黙って引き下がれないですよ。
○国務大臣(江崎真澄君) それは話が違うと思います。私の言う意味は、最近の富士山のいわゆる行楽地としての利用度というものは非常に高まっておる。だからシーズンについてはわれわれの言い分を聞いてくれと、これを強く言うわけですね。そうすると使わないということになって、これがまた全面返還ということの理由になるというようなことになりますと、私の申し上げる意味は、せっかくそれじゃ協力しようというつもりの米軍側も、協力しようと言わなくなってしまう。それは困る。だから、やはりシーズンには協力しろということは私は責任を持って強く粘りますが、ただ最近あまり使わないではないかということを言われると、逆にそういう要請も聞いてくれなくなるからということを心配して申し上げるのに、そんな、日本の自衛隊や施設庁がアメリカに、特に使用しろだの使用しないで——使用しないでというのはむしろ希望ですが、頻度を高めろなんというそんな不見識なことを言うことはありませんから、これはどうぞ誤解のありませんように。
○委員長(柳田桃太郎君) 防衛庁長官のほうに対する質問はこのぐらいにいたしますが、本件については、まだ入り会い権の問題について各省の見解をただすようになっておりますので、後日また質問をすることになると思いますが、本日は、防衛庁長官は衆議院のほうの内閣委員会と約束がございますので、向こうのほうにお立ちになって、政府委員だけで質問を続けていきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) どうも恐縮です。よろしく。
○神沢浄君 それじゃ質問を続行しますが、施設庁長官にお伺いをしておきますが、一つ一つ片をつけていきたいと思うんですが、先ほど来ずっと論議をしてまいりました入り会い権問題、国側の入り会い権を認めないという根拠は、これはもう私が午前中からの論議を通じて認識するところでは、大正四年の大審院判例のみを根拠にしておるというふうに受け取れますけれども、それでよろしゅうございますか。
○政府委員(島田豊君) この件につきましては、今朝法務省のほうからも御答弁がございましたように、大正四年の大審院判決もございまして、その後これをくつがえすだけの新しい判例が出てきておらない。したがいまして、この考え方はその後も継続的に国としては持っておる、こういうことでございまして、私どもの国有地の入り会い権の問題につきましては、けさも申し上げましたように、大審院の判決を根拠にしておるわけでございます。
○神沢浄君 それから、時間がないから、防衛庁長官とももっと論議を深めることが不可能だったんですが、自衛隊の演習場の管理権の問題、さっき防衛庁長官の説明はこうだったと思います。施設庁が国有地を一時使用をして、これをアメリカに条約上の定める施設・区域として提供をしておる、したがって、施設庁が管理の立場にあると思うと、こういうふうに言われていたんですけれども、これは防衛施設庁の問題であって、私が取り上げておるのは自衛隊の問題です。したがって、自衛隊には米軍の北富士演習場には管理権はないと、私はこう判断をしているんですが、その点はどうですか。
○政府委員(島田豊君) 米軍に提供しております施設・区域につきましては、先般も予算委員会で申し上げましたように、一つは徹甲弾射場につきましては、いわゆる地位協定の二4(a)に基づきまして共同使用いたしておりますので、その限りにおきましては、共同使用の地域については自衛隊は管理権を持っている。それ以外の地区につきましては、使用は地位協定の三条に基づいていたしておりますけれども、その地区につきましては、これは自衛隊はもちろん直接の管理権は持っておらない、こういうことでございます。 それから、先般御質問ございました梨ケ原の廠舎地区につきましては、これはもちろん米軍に提供しておる地区と違いまして、大蔵省から一時的な使用許可を受けまして、これを自衛隊に供用いたしておる。自衛隊の現地の駐とん地の業務隊長がその供用を受けまして管理をしておるということで、北富士地区につきましてはそういう三つの形態があるというふうに考えております。
○神沢浄君 いまの説明を反復しますと、徹甲弾付近のいわゆるあれは二条何項といいますか、共同使用の規定に基づいてのこの個所には共同の管理権がある。それから六十五町歩未満の、つい先ごろ問題が起きました廠舎を中心として一時使用の承認を受けておる地域については、これは自衛隊に管理権がある。その他の約六千五百町歩には自衛隊の管理権はないと、こういうことになると思うんですが、そこで私は大蔵省へお聞きしたいと思うんですが、六十五町歩ですね、B地区と一緒に返還されましたものを現在自衛隊への一時使用を承認をしているわけですね。これは午前中もかなり論議があった点ですが、いわゆる昭和十三年に帝国陸軍の演習場に強制的に買収を受けた地域の一部というわけですよ。したがって、あの地域については、当時覚え書きで公用が廃止されたとき、いわゆる公用とは帝国陸軍の演習場で、もうなくなったときには優先的に地元に売り戻すと、こういうような覚え書きがはっきりきまっておるわけであります。したがって私は、手続上の問題としまして、自衛隊の一時使用の承認をなすときには、当然これは地元に了承を求めるべきだったと思いますけれども、そういう手続が取られておりますか。
○政府委員(小幡琢也君) 午前中にお答え申し上げましたとおり、この覚え書きの第二条、これを当時どういうふうに取り扱ったかにつきましては、もうちょっと検討さしていただきたいと思いますが、これを三十三年の六月二十日に返還になりましたあとにおきまして、三十四年に自衛隊に一時使用承認をいたしておりますが、そのときは手続としまして、午前中にお答え申し上げましたとおり、国有財産の関東地方審議会というものに諮問しておりまして、いろいろと事情を説明いたしまして、自衛隊に使用承認するのが適当である、こういうような方針をその審議会で答申していただきまして、それに基づいて処理したわけでございまするが、その際、先生のいまおっしゃいましたこの覚え書きの関係をどのように議論したか、そういったものにつきましては、実は記録は何ぶんございませんので、これにつきましても当時の事情をいろいろと関係者に聞いてから、お答えしたいと思います。
○神沢浄君 審議会に諮問したといっても、それは結局政府内部の問題であって、その地元関係者の権利関係じゃありませんから、その点は、いまここで無理だということであれば、言われるとおりにあとから、ひとつ明らかにして出していただきたい、こう思うわけです。 そこで、施設庁に重ねてお伺いをするのでありますが、施設庁の長官は、先般私が予算委員会の中でもってお尋ねしたときには、何か自衛隊に管理権があるやのごときお答えをされておりましたから、きょうその点に触れたのですが、しかし、自衛隊には直接的な管理権はないといういまのお答えでもって、これは私の判断と一致をいたしますから、その点はおきます。 そこで、この問題についてはいま恩賜林の保護組合のほうからたしか裁判がかけられておると思うわけなんです。自衛隊の立ち入り禁止の訴訟というのがいま出ておると思うんですが、これが早晩結審になるように聞いているわけなんです。ところが、そういう事態を前にして、私どもがいま得ておる情報によると、国側は恩賜林の保護組合に対して、たとえば一部土地を払い下げをするというような条件などを付して非常に執拗に和解の工作をしているようでありますが、私はやはりそのようなことについてどうも判断がしかねるし、なぜそんなに国側では和解工作などに奔走しなければならないのか。堂々と裁判を争えばいいのではないか。ことに入り会い権問題などでは、もう午前中以来かなり強弁これつとめてきているようないまの国の態度とすれば、何で堂々と裁判を争うという、こういう方針をとらないのか。こういう点がまことに解しかねるのですけれども、その点ひとつ伺わせていただけませんか。
○政府委員(島田豊君) 富士吉田市外二カ村の恩賜県有財産保護組合が昭和四十一年十月、国を相手としまして、北富士演習場内組合有地に自衛隊を立ち入らして演習をさせてはならない。組合有地及び部分林に原告が立ち入り、使用収益することを妨害してはならない、こういう趣旨の訴えが東京地裁に提起されておるわけでございまして、すでに二十二回の口頭弁論がなされまして、審理は一応終了いたしまして、近く判決の予定というふうに承知いたしておるわけでございます。 そこで、ただいま御質問の点につきましては、それは恩賜林組合のほうから国有地を払い下げてほしい、こういうかねがねの要望がございまして、私ども大蔵省といろいろ折衝してまいっておるわけでございますが、実はこの問題は私どもがかねて主張しておりますところのいわゆる使用転換につきましての現地とのいろいろな話し合いの過程におきまして、私どもは恩賜林組合の御要望の線に沿ってできるだけ努力しようということで、大蔵省とも話し合いをいたしておるわけでございまして、いわゆる訴訟対策としてこの問題を私どもが利用しているというふうな、そういうふうなことは毛頭ございません。あくまでも使用転換をわれわれとしては何とか地元との話し合いを進めていきたい、こういうことの一環としてこの問題を取り上げている、こういうふうに御承知いただきたいと思います。
○神沢浄君 そうすると、国が目的としておるところの自衛隊への使用転換をねらいとしての和解工作、こういうふうに受け取ってよろしいですか。
○政府委員(島田豊君) 今日までの経過としましては、その組合から国有地の払い下げの御要望がございまして、実はそれを材料にしまして私どもがいろいろ工作をするということでなくて、その後この問題は、四十四年度から山梨県にできました演習場対策協議会におきましてその問題もあわせて御協議いただくという線できておりますので、この問題だけ私どもが国として取り上げまして、一応何らかの方策を進めていく上での一つの手段として考える、こういうことではないわけでございまして、私どもとして、私たちは大きく使用転換という問題を演習場対策協議会と協議をいたしておりますその中の一環として今後はこの問題を処理する、かようになろうかと思います。対策協議会でこの問題を取り上げられます以前におきましては恩賜林組合との直接交渉という段階もございましたけれども、今日ではすべてこの問題は演習場対策協議会のテーブルの上に乗せてほかの問題と一緒に解決する、こういうような態度でわれわれは進んでおるわけでございます。
○神沢浄君 私は訴訟の問題は、今度の北富士演習場問題を根本的に解決していくためにむしろここでもって結審を受けて、そして司法の見解というものを明らかにすることがいまもやもやしておるようなものを今後整理していくためにも非常に大きなよりどころになると思われますから、あまりそうびくびくしないで堂々とやっぱりあの判決を受けるくらいの態度が私は望ましいのじゃないかというふうに考えます。 そこで、返還の問題に関してですけれども、過日の調査の中においても、それぞれこちらから選んだ対象者の陳述の中にはすべて返還の要望の点に触れておるわけであります。同時に、さっきも読んでいただきましたが、国側は幾たびも返還の約束をしてきているところであります。さっきそれについての施設庁長官の説明の中に、何かいわゆる使用転換、自衛隊への使用を目標としたところの管理権の返還というような意味の表現があったと思うんですが、いままで、あれですか、地元関係者との間の約束の中でもってそういう意味の返還が話し合われてきておるわけですか。
○政府委員(島田豊君) 御承知のとおりに、北富士演習場を東富士演習場の問題と一緒にあわせてこの解決をはかりたいというのが当時の政府の考え方であったようでございますが、諸般のいろいろな事情のために東富士演習場の問題が先に解決を見たということでございます。そこで北富士演習場の取り扱いにつきましても、昭和三十六年の八月でございますか、当時の基地問題の閣僚懇談会におきまして、政府としては使用転換の方針をそこで打ち出しておられるわけでありまして、私ども、自来ずっと北富士につきましては使用転換の方向で努力してまいったわけでございます。そこで、地元からの返還要望に対しまして、その御要望に応ずるという考え方は、これがいわゆる全面返還ということではなくて、やはり一たん米軍から返還をしてもらってそれを自衛隊の管理下に置き、必要に応じ米側に共同使用させる、こういう基本的な姿勢でまいっておりますので、私は先ほど申し上げましたように、この返還というものは私としては使用転換という意味で申し上げておる、こういうふうなことを申し上げたわけでございます。
○神沢浄君 私は先ほど、入り会い権の問題についても、時間がないけれども、理念上も、理論上も通念上も明らかに認めていかなければならないような入り会い権を、やはり亡霊のようになっておる大正四年の判決などを振りかざして強弁している政府の態度に一つあると思うし、それからもう一つは、やはり返還の問題で地元住民をだまし続けてきているような感じがしてならない。そういうことが今日やはり感情的にも行動的にも地元関係者との間に抜きがたいような対立を出現してまいってきており、かかって政府側の態度にあるような気がしてならないのです。というのは、もう先の覚え書きの中にも出ておりますように、入り会い慣行を尊重し、将来にわたって尊重する、同時に返還への努力というものをたび重ねて約束をしてきているわけですが、これは地元関係者からすれば別に使用転換を意味する返還だというふうには受け取っていないのですよ。それとも、返還というのは使用転換という意味を持つのだというようなことをはっきり地元関係者に示してこういう約束はしてきているわけですか。
○政府委員(島田豊君) いろいろなやりとりの文書の中の一つを引用してみますと、昭和三十六年三月二十八日、当時の調達庁長官の、時の山梨県知事にあてました文書の中で、「コノ北富士全面返還問題ニ関スル政府ノ態度ハ、参照2ニ申シ述ベタトコロト変更ハアリマセン。単ナル全面返還ヲ求メルノデハナク、コノ演習場ノ全面返還ヲ受ケルト同時二自衛隊ノ所管二移シ、同時二地位協定第二条第4項bニ基ヅイテ米軍ノ使用ニ供ショウトスルモノデアリマス。」この種の文書がしばしば取りかわされているわけでございまして、全面返還を一たん受けまして、これは米軍の基地でございますので、いつまでも米軍の基地のままで置いておくということは必ずしも適当でない、まず国が米側から全面返還を受けて、そうしてその後は米側に必要に応じて使用させる、こういう国の態度がずっと一貫して今日まで続いているわけでございまして、私ども今日におきましてもこの線に沿っていろいろな問題の処理を考えておる、こういうことでございます。
○神沢浄君 いま長官が読み上げられた文書というのは、国から県に対する文書ですね。これはいままで県に対しては何度も何度も使用転換への協力要請というものがなされていることは、私も承知しております。私が取り上げている質問は、地元関係者入り会い団体等々に返還への努力というものは国側が約束をしているわけですが、その約束の返還ということの内容は、使用転換だということを明示して約束をしておるのかどうなのかという点をお尋ねをしているわけですよ。そうじゃないでしょう。
○政府委員(島田豊君) 県に対するそういう意思の表明のみならず、市町村長に対する文書の中にもこの使用転換の問題は出てまいっておるわけでございます。ただ、個々の入り会い組合に対しましてそういう形で文書を発しておるという例はないのではないかと思います。
○神沢浄君 県や市町村とは国が約束しているわけじゃないですよ。国側が一方的に市町村や県に対してその使用転換に協力をしてもらいたいという文書を、これは繰り返し出しておるわけです。返還の約束をしておるのは入り会い団体と地元関係者でしょう。その地元関係者との約定の中身が、返還を努力をいたしますというその中身が、それは使用転換の明示をしてそういう約束をしておるのかどうなのかという点を私は聞いているわけであります。それを明示していないとすれば、地元関係民においては、全面返還というか、いわば使用転換などが伴わないところのいわゆる返還をこれはもうおそらく期待をしておるに違いないですから。ところがそういう約束をしながら、一方においては県に対して、市町村に対して、自衛隊の使用転換の協力申し入れをしているというようなことになると、これは国が地元民をいままでだまし続けてきているということにもなるわけでありまして、この辺に私は抜きがたい紛争の主因というものがどうしてもこれはもう存在をする、こういうふうに思えるわけなんです。したがってその点をまず明らかにしていただいて、どういう約束をしてきておるのか。こういう点を尋ねているわけです。
○政府委員(島田豊君) これは、北富士演習場の問題は十年来のたいへん複雑なる経緯を持っておるわけでございまして、以前におきましては個々の組合、あるいは個々の市町村と国が直接いろんなお話し合いをしたということもございましたが、そういう個々につきまして国が直接やりますと、それぞれの地元の非常な複雑な利害関係のために、これが全体として解決をするという方向になかなか進まないということで、これは現知事のときでございますが、昭和四十四年に、県に北富士演習場対策協議会というものが設定をせられまして、今後この北富士演習場の問題についての解決は、国とその演習場対策協議会との両者の間の話し合いにしよう。そのほうがこの問題の根本的な解決に近づく有効な方途である。こういうことで、その後はずっと演習場対策協議会と私どもは話し合いをいたしておるわけでございまして、演習場対策協議会にも、私どもは、国の基本的な方針として使用転換をすることがわれわれの念願であるということは、機会あるごとにこれは申し述べてきたわけでございまして、その点は地元の方方も十分御承知のところだというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○神沢浄君 問題をすりかえてはいけないと思うんですがね。演習場対策協議会のことも、私も山梨県のことでよく存じておりますが、これは懸案になっておりました借料の問題だとか、あるいは実損補償の問題だとか、こういうようなものについての窓口一本化のこれは構想だったんです。もっと根本的な返還の問題というようなことになりますと、これは国が約束した相手というものがあるわけですから、その相手に対して責任を当然持たなければならない立場だと、こう思うわけなんです。繰り返すようなことになってたいへん委員の皆さんには恐縮ですけれども、一方においては約束をする。それも幾本も約束をする。ところが、一方においてはその自衛隊への使用転換への協力要請を県や市町村などについてはこれまた幾度も幾度もやる。こういうことになりますと、地元の関係者の目からながめての感じというものは、これはもうわれわれはだまされているのだということ以外に映らぬと思うのですよ。確かにそういう受けとめ方というものは地元には多いと思うのです。私はやっぱり政府の姿勢というものをここでもって反省の上、一新すべきだというふうに考えます。そんなでたらめなことでもっていまの北富士問題なんというものはとうてい解決などには向かわないと思いますよ。向かわないどころか、もっとやっぱり紛争を激しくするようなことにならざるを得ないのじゃないかというふうに考えます。まあ平行論議をしておっても意味のないことですから、その辺にとどめますけれども、これはひとつもう一度謙虚に今日までの経過というものを振り返ってみまして、約束は地元関係者との間に、別に条件も付さぬで約束をしておる。そういう約束をしておきながら、一方においては自衛隊の使用転換をどんどん働きかけてきておる。この辺にやっぱり国側の権力主義というか、御都合主義というか、入り会い権の場合に見られると全く同質のものが存在するわけでありまして、地元関係者からすればこれはやっぱり国の不誠意、国は誠意がないというこういう受けとめ方以外にはできないわけであります。この辺はひとつ猛反省をして、これからの指導を考えてほしいと思います。 そこで、まあ使用転換の問題が出ましたから続けてお尋ねをしてまいりますけれども、今日までのこの論議を通して言えることは、先ほどの防衛庁の長官の所見の中にもあらわれておりますように、北富士演習場が過去とは違って今日全く新しい価値条件を持ってきておる、こういうことは認められておるわけであります。まあしかし第一の障害というのは、何といいましても敗戦、占領、接収から始まりましたいまのこの米軍に使用されておるところのこの演習場の関係、こういうことになってまいるわけであります。そこで、私はごく端的にあなたに答えていただきたいと考えるのであります。アメリカの演習場として使用されておるのは、条約の関係ももちろんありますしいたしますから、これは国側が私は手を組まなければならないような事情の存在することはわれわれもわからないわけではありません。しかし、一方において日本の顔といわれるような、日本の象徴といわれるようなあの富士を認められる、同時に過去とは違った全く新しい——さっき午前中の審議でもって環境庁の長官はなかなかその点はっきり言っておりましたけれども、確かにあの日本を代表するような自然の景観というものを、これを保持をしていかなければならない、こういうことははっきり言っておられました。経済的に考えてみても、やっぱりいまの北富士というものの面目は一新をされてきておるわけであります。明らかにその価値条件というものが全く変わってきているわけであります。したがいまして、山梨県から申し入れをするのもやっぱりそういう観点に立ってこれは行なわれているわけでありますけれども、障害になっておりますのは、何といいましてもあの敗戦、占領以来の条約の関係であって、これはいま申し上げるとおり、そういうその経過、現実というものは私どももこれはわかるのですよ。しかし、自衛隊への使用転換ということになると、私は意味が全くこれは変わってきてしまうと思うのであります。これは、ですからその辺の政府の考え方というものをここでもってさし理を整い然とていただかなきゃならぬ点だと、こう思うわけであります。極端に言えば、これはアメリカが要らぬようになれば当然返されるべきものだと私は考えます。ところが、それに乗っかってまだ自衛隊に使わせようというような考え方を政府が持っておること自体にこれは問題があるから、まあいろいろな混乱をしてしまうのです。したがって、どうでしょうか。この際アメリカの演習場としての問題は、それは入り会い権の問題等を含め、さらに討議をしていきますが、ひとつここでもって政府のほうでもって端的に明らかにできる問題としましては、自衛隊に使用転換をさせるというこの方針だけは、これはもうこの際引っ込める。これはやめるべきだ。北富士の価値を認めたり、すべて、その象徴である、富士が日本の顔である、みんな認めておきながら、なおかつ自衛隊の使用転換を政府が進めていこうというのは、これは論理の矛盾もはなはだしい。これは説明のつかない点だと思うのですが、したがって、この自衛隊の使用転換というふうな考え方というものはここでもって一応取りやめますと、こういうようになってこなければ私はうそだと思うのです。その点についての見解をひとつ聞かしてもらいたい。
○政府委員(野呂恭一君) 先ほども防衛庁長官から、北富士演習場の、今後の返還に伴ってどうすべきかという姿勢についてお話があったわけでございますが、この問題は、確かに日本の象徴である霊峰富士の山ろく、ここに米軍からさらに自衛隊が引き継いで全面的に使用転換をするといったことは、これは当を得ていないことは言うまでもないことだと思います。したがいまして、私が先ほど申し上げましたとおり、この基地問題はたいへんいまむずかしい問題であり、ことに、多くの変化の中に私どもは対応する姿勢こそ大事じゃなかろうか。したがいまして、基地問題については、単に北富士演習場だけでなくて、全面的に、米軍のいままでの基地の問題もあわせて検討したい。とりわけ、先ほど環境庁長官もお話しになりましたように、時に霊峰富士山ろくというものに対して、これは地域住民、いや国全体の、国民としても、この自然環境を何とか維持することにおいて、これがすべて引き続いて自衛隊の演習場になるということは、必ずしも、いろんな変更に対応する姿勢ではないと考えますので、いま先生の御指摘の点については、大臣の答弁されましたとおり、全体の基地問題ともからめながら、北富士演習場について政府側のよき姿勢を私は見出すべきではないかと、こういうふうに考えておるわけでございます。
○神沢浄君 さっき鈴木委員から共存構想の質問が出ておりましたけれども、いわば演習場——それから開発にしても、あるいは自然量観などの問題にしても、あるいは経済問題にしても、全くその価値を一変してきたところのこの富士山ろくに対するそういう国民の期待というものと演習場とが何か共存できるような構想を政府としては取り組んでいきたいと、こういうような意味のことが言われておりました。これは全く、どなたかが言いましたけれども、右足が進まぬ先に左足のほうを出し、左足が進まぬ先に右足のほうを出せば海の上を歩けるという理屈と全くそんなに変わらぬようなものでありまして——極端な言い方をしますとやっぱり戦争の訓練ですよ、演習場というのは。何を訓練するというのじゃなくて、戦争の訓練をする。戦争の訓練と、それから平和的開発が、それが共存できるというような構想自体に、もう根本的に大きな間違いがあるのであって、毒と薬を一緒にするようなもので、やっぱりそれは毒になります。半分きいて半分毒になるというわけじゃありません。一緒にすれば全部毒になるということと同じで、私は共存構想というものは成り立たないと思います。政府の考えもそんなところを低迷しておるのではなくて、もっと大きく、この富士をどうするかという、北富士をどうするかという——それは入り会い権の問題も大切だと思いますけれども、もっと高次元の問題として、独立国日本のシンボルといわれるところのあの富士をどうするかというようなところに、私はもっと大きな経綸をもって取り組んでいただかなきゃならない時期がいまきておると思うんですよ。午前中の論議の中にも、六百四条の問題がありました。そういうように、いろんな点からやっぱりいま、かなり時期が到来をしておるのだから、したがって、防衛庁ないしは施設庁等においても、そういうような、ただ限られた施設庁の中、防衛庁の中というような立場でもって考え、取り組むのじゃなくて、もっと大きく、日本の政治というような、次元の高いところでもって、私はこの問題に取り組み直していただきたいということを特に強調をするわけであります。 時間も非常に少ないので、経過しまして、どうも委員長にも申しわけないしいたしますから、この辺でもって私の質問をおきたいと考えますけれども、論議を通じて私どもの意見というようなものはかなり把握していただけたのじゃないかと思いますから、ぜひひとつ、再度申し上げておりますように、もっと大きな立場からこの問題とひとつ取り組んでいただきたい、こういうことを重ねてつけ加えて、終わります。
○委員長(柳田桃太郎君) 委員長から申し上げますが、本日の質問によりまして、問題の所在点は、さらにはっきりと浮き彫りにされた点が多々あると思います。本件については、入り会い権の問題等については、政府見解をさらに高いレベルで御決定になって、回答が出るようにしていただきたいと思いますし、富士演習場の問題につきましても、質問が尽きたわけではございませんので、これについては前向きの姿勢でその方針をはっきりとおきめになり、いままでの沿革等もよくお読みになって、また、日を改めてこれに対する質問をしたいと思いますので、本日はこの程度にいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時七分散会 —————・—————