予算委員会公聴会 第2号
- 発言数
- 47 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1972/03/11
会議録
○二階堂委員長代理 これより会議を開きます。 委員長所用のため、指名により私が委員長の職務を行ないます。 昭和四十七年度一般会計予算、昭和四十七年度特別会計予算、昭和四十七年度政府関係機関予算、以上三案について公聴会を行ないます。 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。 本日は、各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。何とぞ、昭和四十七年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず和田公述人、続いて高屋公述人の順序で、約三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対して、委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。 それでは、まず和田公述人にお願いいたします。和田公述人。
○和田公述人 和田でございます。本日は、昭和四十七年度予算案につきまして意見を述べる機会を与えられましたので、私の考えの一部を申し上げまして、審議の御参考にしていただきたいと思います。 御承知のように、昭和四十六年のドル・ショックから円の切り上げに至る事態と申しますのは、不況下の日本経済に多大の影響をもたらしたものでございます。これはまた、同時に、内外経済におきます戦後体制の終えんを意味するものでありまして、ことに、わが国経済の体質改善が内外から強く求められたものでございました。すなわち、成長優先、大企業本位、輸出第一の経済政策を改めて、国民福祉中心の政策に転換しなければならない。これが諸外国からの強い批判の的になっただけではなくて、国民経済の発展にとっても、このような経済政策が著しいマイナスを来たすということが明らかになったものだと、こういうふうに考えるわけであります。 こうした教訓を土台にして、日本経済の軌道修正をはかっていくということが財政政策の目標にならなければならないわけでありまして、財政主翼型の経済あるいは国民福祉優先型の財政というものも、このような転換の方向を目ざすものでなければならないと考えるわけであります。このような判断から、昭和四十七年度予算は軌道修正への転換点、その出発点となるべきことが期待されていたのでありまして、また、そうでなければならない性格のものであったと考えるわけであります。 しかし、はたして昭和四十七年度予算案がこのような課題にこたえているかどうかといいますと、結論的にいいますと、答えは否定的にならざるを得ないわけであります。 四十七年度予算の編成方針を拝見いたしますと、景気政策と福祉の二つが二木の柱としてあげられております。これは一応、上述のような世論に対する配慮を盛っているものというふうに考えることができます。しかしながら、実際の予算の内容を拝見しますと、景気政策へのウエートがはるかに高い性格になっているという感じを持たざるを得ないわけであります。今日、不況からの立ち直りがまだ顕著に見られない日本経済の状況からいたしますと、景気政策を行なう、景気政策に力を入れるということは当然のことであると言えるわけでありますが、しかし、今日の事態は単なる循環的な不況にとどまるものではなくて、円切り上げの影響も著しく加わっておりますし、また日本経済の構造を改めるという根本問題からいたしましても、単純なフィスカルポリシーであってはならない。すなわち、民間投資拡大と輸出増大という意味での景気刺激策であってはいけないわけでありまして、むしろ個人消費支出の拡大あるいは福祉向上という、いわゆる福祉政策を内容とするものでなければならない、こういうふうに考えるわけであります。この点から見ますと、四十七年度予算案は著しく不満足なものといわざるを得ないわけです。こういう視点に立ちまして、以下、予算の主要な内容につきまして、それぞれ検討を加えたいというふうに考えます。 まず第一に、今回の予算の一番主要な問題点になりましたのは、言うまでもなく国債発行の問題であったと言うことができるわけであります。国債の発行の目的としては、まず不況下におきます法人関係税収入の不足などの歳入欠陥、これが一つの理由としてあげられております。またさらに、景気政策の立場から国債の発行が必要であると、こういう考え方があります。それからもう一つは、景気政策あるいはそれに加えて福祉政策の拡充という観点からいっても、公共事業その他の主要な支出を拡大する必要がある、こういう財政の構造政策の上からいって国債の発行が必要であると、こういうふうな説明が行なわれていたように思うわけであります。 ところが、国債の主要な目的であります景気政策の立場から申し上げますと、客観的に見て、現在の日本経済の実態がどういう状態であるのかということが綿密に検討される必要があったのではないか。たとえば、不況下におき、ましてデフレギャップの量がどれぐらいあるのかということにつきましては、幾つかの試算あるいは意見というふうなものが世上見られたわけでありますけれども、どれぐらいのデフレギャップなのかということにつきまして十分な検討が行なわれた結果、このデフレギャップに相当する国債が発行されたというふうに判断することはできないわけでありまして、むしろそのような客観的な基準ではなくて、予算変成上さまざまな都合によって、額が次第に多くなってきたというふうな印象を持つわけであります。 それから、国債が発行されるためには幾つかの財政上の前提が必要になっているわけでありまして、予算の上で国債を増額する、あるいは大幅に発行していくというからには、財政問題について非常に慎重な検討が必要ではないかというふうに考えるわけです。たとえば、これは四十年、四十一年の国債の新規発行のときにもいわれた問題でありますけれども、財政の硬直的性格あるいは予算編成上の非合理的な側面というふうなものを改めていくということが必要になってくるわけであります。 また、歳入が不足して国債を発行しなければならないというふうな事態を考えてみますならば、歳出の上でのむだな部分を十分に検討、整理していくということがどうしても必要になってくるわけでありまして、たとえば防衛関係費などにつきましては、このような事態のもとにおきましては四十六年度の水準にとどめる、四十七年度予算においては増加しない、もちろん第四次防につきましてはこれを一時ストップして、防衛関係費をふやさないとか、あるいは公共事業関係費の中で大きなウエートを占めている道路整備費などが、はたして国民経済あるいは国民生活上妥当な水準であるのかどうか、交通政策の上から十分な意味を持っているのかどうかというふうなことなどをはじめとして、経費の諸側面について十分な検討が必要であった。そのような検討が行なわれないで国債を発行されるということは、財政上非常に危険なことではないか、将来の財政運営にとって非常に大きな問題を残すことになったのではないかというふうに考えるわけであります。 また、国債の発行によって行なわれる財政の目的につきましても、明確に国民の前に提示される必要があるわけでありまして、予算編成方針などで福祉ということばがただ単に修辞的に用いられるのではなくて、たとえば老齢者に対する年金の水準がこの程度に上がる、あるいは住宅なり生活環境施設なりがこのように整備される、あるいは都市問題、過疎問題というふうなものに対する政策はこのように転換できるのだというふうな明確な将来に対する見通し、方針というものが示されなければならないわけでありまして、それが具体的に予算の中に示されなければならないと思うわけでありますけれども、そのような明確なものが見当たらないということであります。 また、経済政策、財政政策を転換して、そのような福祉的な性格のものに改めていくということでありますと、財政のほうも、国債そのほかの歳入あるいは歳出面におきまして、少なくとも三年程度の中期計画が必要であっただろうというふうに私は考えるわけであります。そのような財政経済上の中期計画、日本経済転換上の中期的な計画というふうなものがつくられて、その中で国債発行の問題が議論されなければならなかったというふうに考えるわけでありますけれども、遺憾ながらそのような十分な検討が行なわれないで、国債の発行額が次第に増加してきたという印象を免れないわけであります。 第二番目に、国債の問題と関連するわけですが、公共事業費でございますが、公共事業費の伸びは、四十七年度予算案におきまして相当大幅な伸び率を示しているわけであります。これも国債の発行と相互に関連を持っているわけでありますけれども、公共事業について一定の目標がありまして、また量的な目標だけではなくて、公共事業の中身が実は問題でありまして、量的にふやすだけではなくて、中身をどのように変えるかということが、国民各層から非常に強く求められていたところでありますけれども、そのような中身を変え、さらに公共事業全体を社会資本拡充の見地で組み直していくというその手段として、その目的で国債の発行が行なわれるということであればよろしいわけでありますけれども、国債と公共事業との関係を見てみますと考え方が逆になっておりまして、まず国債の発行額が決定されまして、それに合わせて財政法第四条に基づくところの国債の充当のために公共事業費が決定されるというようなことになっている。国債がきまってから公共事業の規模と内容がきまるということで、さか立ちした形になっていると考えるわけであります。したがいまして、たとえば公共事業費の中で、災害復旧費が昨年度を八〇%上回る伸び率を示すというふうなことは、公共事業の内容について考える場合においても、あるいは公債と公共事業との関係について見る場合においても、はなはだ疑問であるというふうに考えるわけであります。 公共事業費につきましては、従来一般にいわれておりましたように、産業基盤に著しく偏重していて生活基盤関係に重点が置かれていなかった。これが今日の国民生活における社会資本の不足あるいは都市問題などの激化してくる原因であるわけでありまして、一般会計で見ましても、産業基盤関係の中心を占めているところのものは道路整備費でありますが、これのウエートが、最近では常に四〇%をこえているわけでありますが、その反面、住宅対策費あるいは生活環境施設費というのは、最近伸び率は高くなっておりますけれども、なおそれぞれについて公共事業費の一割を占めるところまではいっていないわけであります。もともと生活基盤関係の支出というのは水準が低いわけでありまして、伸び率が相当高くなっても、なお全体の構成からいいますと、その地位を高めるところまではいっておりませんので、ただ伸び率が高いというだけではなくて、全体の構造を変えて、産業基盤中心から生活基盤中心への公共事業に逆転するほど大幅な伸びがなければならない、大幅な変更がなければならないというふうに考えるわけでございます。もちろん、道路整備費全体が産業基盤であるというふうには断定できないわけでありますけれども、かりにその内容を見てみましても、国道の舗装率がほとんど一〇〇%に近い、九割をこえているというふうな現状に対して、市町村道の舗装率はなお九%程度であるというふうな現状を見てみますと、道路整備費というものの大部分は、生活道路あるいは通学道路ではなくて、産業基盤関係に用いられているというふうに考えざるを得ないわけでありまして、そうした現状からいいましても、先ほど来申し上げましたように、生活基盤重視の方向に大幅に変えていかなければならないと考えるわけであります。 それから三番目に、税制の問題、減税の問題でございますが、税制改正では、四十七年度につきましては所得税の減税が見送りになっているわけであります。これは四十六年度補正予算での繰り上げ減税で、四十七年度に関する減税も二千五百億円をこえる規模に達するのであり、税制調査会の議論によりますと、例年の自然増収に対する減税割合と同じであるから必要ではないという議論であるわけです。しかしながら、この論理から考えてみますと、所得税の減税は自然増収全体に対する減税割合で判断するということは不適当でありまして、所得税の減税は、実は物価上昇、所得増によるところの取り過ぎた分を戻すという意味合いでありますから、自然増収全体に対する割合ではなくて、所得税の自然増収に対する割合で考えなければならないのではないかと考えるわけであります。そういたしますと、四十七年度の低い税収見込みにおきましても、所得税だけに限ってみますと、例年を上回る、おそらく八千億円以上の自然増収があると考えられますので、これを減税しないということは、所得税の自然増収に対する考え方としては不適当であるというふうに考えるわけであります。 なお、税制調査会の議論で出されたところでは、そのほかに、所得税と地方住民税とを合わせて個人課税という概念で、地方税の減税を行なったので、これで減税の役割りが果たせるのではないかというふうな議論があったと思いますけれども、従来、税制調査会では、所得税と地方住民税とは性格の違う税である、つまり所得税は国税であって、主として応能原則に基づくものであり、地方住民税は応益原則に基づくものであるというふうな議論をはじめとして、両者の性格は違うのであるという議論で、地方住民税の減税が従来押えられてきたわけでありまして、今日念に、所得税のほうは減税しないで地方住民税のほうを減税すれば、個人課税として済むのであるというふうな形で、地方税に減税を肩がわりさせるという議論は、従来の考え方を非常に転換さしたものであると考えざるを得ないわけであります。 それから第四番目に、地方財政に関してでありますけれども、今日、国の財政のほうも不況の影響で歳入に問題が出ておりますけれども、地方財政のほうもきわめて大きな影響を受けているわけでありまして、一般に地方財政の危機というふうな苦い方すらされているわけでありまして、三十九年、四十年不況のときを上回る地方財政の危機的な状況が出ていることは、御承知のところだろうと思うわけであります。しかも、地方財政の役割りを考えてみますと、特に市町村財政におきましては、住民の基本的な生活の場におきまして、基本的な生活基盤関係の充実、それから日常的な行政サービスというものが常に必要とされておりますし、また、市町村が行なうところのサービスあるいは市町村が設けますところの施設というふうなものの充実がなくては、国民の福祉、住民の福祉というものも達成できないわけでありまして、福祉財政あるいは福祉国家といいましても、これは国の役割りも非常に大きいわけでありますけれども、それ以上に地方財政、特に市町村財政の拡充ということが重要になってきているわけであります。 特に、今日都市問題というふうな深刻な問題を控えて、大都市財政あるいは都市財政の拡充というものが、この都市問題の解決にとって不可欠なものになってきていることは、これまた御承知のところだろうと思うわけです。また、その反面として見られるところの過疎地域におきましては、これまた都市問題とは異なった社会的なひずみが出ておりまして、これに対する財政措置というふうなものも非常に重要な意味を持っているわけであります。ここへ持ってきて、不況の影響で歳入が大幅に不足をして、地方財政が十分な施薬ができないというふうな事態になりますと、国民生活に対しても著しいマイナスの影響をもたらすことになるわけでありまして、片や国家予算のほうで福祉財政、福祉経済というふうなものを強調しておりましても、地方財政がそれに伴って動かない、動き得ないということでありますと、これはその目的が実現できないということになるわけであります。 したがいまして、地方財政につきましては、まず第一に、当面する地方財政の財源問題を解決しなければならない。と同時に、もっと長期的に地方財政の充実というものをはかっていって、足元から福祉国家をつくり上げていくという姿勢が必要になってくるわけであります。従来の財政を見ますと、どうしても国家財政が中心になって、国家財政から地方財政へという、こういう財源関係がっくり上げられていたわけですけれども、今後日本財政が大きく福祉面にウエートを高めていかなければならないということを考えますと、むしろ国家財政よりも地方財政を中心に考えるということが必要でありますし、それに合わせて財源の再配分も必要になってくるわけであります。この当面する財源問題と将来の地方財政の拡充、この二つのことを目的とした地方財政対策というものがはかられなければならないというふうに考えるわけでございます。 予算案で見ますと、地方交付税の伸び率が著しく低くなっているわけであります。地方交付税自体、国税の歳入不足によって地方交付税に充当する部分が少なくなっているわけでございますが、そのほかの特例交付金あるいは沖繩特別交付金を含めて、また交付税会計への借り入れ金千六百億円を加えましても四千四百億円程度でございまして、四十六年度予算で計上されました交付税交付金が三十九百億円でありますので、本年度は、沖繩分などが含まれていることを勘案いたし、なすと、物価上昇などの状況を考えますと実質増がなかった、実質増ゼロであるというふうにいわざるを得ないわけでありまして、これでは地方財政の一般財源の不足分がカバーできないというふうに考えざるを得ないわけであります。 もちろん、これに対しては大部分が地方債によって充当されているわけでありまして、一応この地方財政計画のほうを拝見いたしますと、地方債によって地方財政の歳入が充当されているわけでありますけれども、地方債は言うまでもなく特定財源でございまして、一般財源の不足を特定財源で埋めるということは財政上はなはだ適当でないと言うことができますし、また地方自治体におきましては、地方債が大体昨年の倍額になるというふうな事態になりますと、事業計画あるいは事業の進捗上かなり困難な問題が出てきて、財源不足、財政飢餓に加えて、公共事業の増大、地方債の消化というのに追われてしまうという結果になるわけでありまして、地方財政の対策といたしましては、むしろ地方交付税率の引き上げなどによって一般財源を充足させるということが必要であり、これを、将来の地方財政の基礎づくりのために、一般財源をさらに今後もふやしていくというための出発点にする必要があるのではないかというふうに考えるわけであります。地方財政は、特に今後の日本財政全体の中で重要な位置づけを持たなければならないというふうに考えますので、慎重に御考慮をいただきたいと考えるわけでございます。 第五番目に財政投融資でございますけれども、こまかいことは省きまして、財政投融資は、特に景気政策の上か言いますと、一般会計以上に弾力性を持った部分であるということもございまして、大幅な伸び率になっているわけであります。伸び率が大幅になっているというだけではなくて、財投の持っている役割りというふうなものも次第に拡大してきておりまして、最近いわれております名和の公共事業における大型プロジェクトの建設、あるいは日本列島の各種のネットワークづくりというふうなものが財政投融資の中に組み込まれてきておりまして、専業そのものが大型化してくる傾向にあるわけですし、その機能も次第に大きくなってきているわけであります。財政投融資が第二の予算であるというふうなことは以前からいわれてきたわけでありますけれども、その第二の予算としての性格をますます強めてきているというふうに考えるわけであります。ことに、一般会計での借り入れ、つまり国債の発行が大きくなってまいりますと、一般会計の内容とこの財政投融資の性格というふうなものがかなり類似をしてくる傾向にあります。両者が一体化しつつあるという印象を持つわけであります。このような状況のもとにおきましては、一般会計における国債の発行と将来における償還の問題、あるいはそれに伴って出てきますところの一般会計における国民負担とその支出の関係というふうなものと、それから財政投融資におきますところの借り入れ、それから国民負担とその支出というふうなものとを整理いたしまして、統一した形で国民が理解できるようにしていくことが必要になってくるのではないか。つまり、財政全体につきまして一般会計と財政投融資とを統一したところで、経常的な支出と資本的な支出と申しますか、借り入れ等を財源としたところの資本的な支出というふうなものを分けて考えるという必要性が出てきているのではないかというふうに考えるわけであります。この点から言いましても、財政投融資と一般会計とが統一的に把握できるような予算のシステムというものが今後どうしても必要になってくるのではないかというふうに考えるわけであります。 それからもう一つ、財政投融資に関しましてはその財源の問題があると考えるわけであります。つまり財投の資金の運用のしかたが従来も問題になっていたところでありますけれども、なお一そうの検討が必要であろうというふうに考えるわけであります。たとえば資金運用部資金を見ましても、ここから地方財政の財源、つまり地方債に回っている部分というのは、次第に減少してきている状況にございます。資金運用部の資金といいますのは、長期低利の非常に有力な資金源でございますので、これを地方自治体にもっと大幅に回すことによって、地方財政の拡充と地方財政における投資の拡大というものが促されるようにしていかなければならないのではないかというふうに考えるわけであります。なおまた、国民生活上必要となってきております、たとえば各種の都市の交通施設でありますとか、あるいは下水道施設でありますとか、あるいは住宅などにつきましては、今日の財政投融資資金の利率でもなおまだ高い状態でございまして、たとえば日本住宅公団の家賃などが上がっていくというふうなことを考えましても、今日の財投の利率をもっと引き下げる、あるいは利子補給をもっと強めるというこが必要になってきている。そういうことが行なわれなければ、都市政策もなかなか進まないのではないかというふうに考えるわけでございます。 さらに、国民に対する将来の年金の問題などを考えますと、資金運用部で運用しておりますところの年金基金などは、今後切り離してこの年金部分に回していくという必要性があると考えられるわけでありますけれども、そういたしますと、資金運用部の財、源につきましては、郵便貯金の基金などを中心にしまして、もっと集中的に運用するような方向が考えられなければならないのではないかというところが問題点としてあると思います。 以上、四十七年度予算につきまして、五つほどの問題点につきまして私の考えを申し上げまして、審議の御参考に供したいと存じます。 以上をもって終わります。(拍手)
○二階堂委員長代理 次に、高屋公述人。
○高屋公述人 高屋定國でございます。予算委員会のほうから意見を述べてくれという機会を得られましたので、ふだん私が考えておりますことの一端を述べさせていただき、先生方の審議の御参考に供せれば幸いだと思っております。それで参った次第でございます。 私は、いろいろだくさんございますけれども、二点にしぼって申し上げたいと思います。一点は日本の安全保障の問題、もう一点は私学の助成問題、私学問題ということにしぼらせていただきたいと思います。 わが国の安全保障につきましては、各党あるいはいろいろな力からいろいろな急見が出ておりますけれども、どの国でもそうでございますが、一番考えなければならないことは、その国の置かれております地理的条件ということをまず考えなければいけないと思う。それから次は社会的条件でございます。この地理的条件というものを考えますと、日本は中国、ソビエト、アメリカという大国にはさまれました島国であるということ、これはやはりまず考えなければいけないと思う。社会的条件といいますと、まあ軍事的な問題、経済的な問題といろいろございますが、昨年来、ニクソン訪中声明あるいは中国の国連加盟、中ソの対立の問題、最近では対決の問題にまで発展しておるわけでありますが、あるいは印パ問題というようないろいろな問題が出てきております。まあ人は、冷戦構造から三極点世界構造への転換だという説もございますが、まだまだ変わるかもしれません。このように世界の情勢は非常に変わっております。これは戦後二十数年間におけるそれぞれの国の発展の度合いが違ってくるところから来るわけなんで、当然なことでございます。しかしこのことは、だれも数年前は予測しなかった。今後いまから五年ないし十年を予測できるかどうか非常に疑問だと思う。このニクソンの訪中をはじめといたします——まあこれはだれも考えなかったことが起こったわけでございますが、これはやはりアジアの緊張緩和に非常に役立ったと思って私は恵んでおるわけですが、今後何が起こるかわからないということ。これをチャンスといたしまして、わが国の安全保障につきまして根本的に考えるべきじゃないかというふうに考えます。 それで、安全保障と申しますと、すぐ軍事問題というふうに結びつけるわけでございますが、安全保障というものはそういうわけ、じゃございません。まず第一に、安全保障というのは、わが国の国民がこの国土の中で安心して生活できるということであります。そういたしますと、まず世界の諸外国との友好的な関係である。それにはいろいろとございますが、一つは経済的な友好関係、交流問題。二番目は文化的な問題でございます。三番目は外交的な問題。最後に軍事的な問題というふうに考えるのがそれぞれの国の安全保障の問題だと思うわけです。 そう考えますと、昨日も公述の方で軍事専門家もいらっしゃいましたので、わが国をめぐります問題については私は省きます。政策的な問題だけ私は申し上げたいと思いますが、その場合に、消極的な観点と積極的な観点の二点から申しますと、ではどういうことであるか。まず、わが国が隣国に対して脅威を与えないということが問題であります。国力に応じた防衛力という説もございますが、これはちょっとおかしいのでございまして、国力に応じた防衛力といいますと、これは国力と申せば経済力になるわけですが、経済が優先して、経済の領域によって軍事をやるということになってしまうので、これはよくいわれる産軍融合ということでございまして、あまりいい考えじゃないと思う。 一番問題は日本を取り巻いている諸国に対して脅威を与えないということ。そういたしますと、最近中国にいらっしゃる方、先生方もたくさんいらっしゃると思いますが、あるいは向こうから出ておりますのを見ますと、日本軍国主義の復活ということを言っている。私はすぐ軍国主義復活というふうに思いませんけれども、しかしモスクワにおいても、軍国主義への脅威がある、なる可能性というようなとらえ方をしている。中国とソビエトだけじゃございませんで、昨年でございましたか、アメリカにおいても高官が、日本の軍国主義的な危険性ということをニクソン訪中の背景説明の中でやったというふうにいわれておる。たぶんこれはキッシンジャーじゃないかという説も外電では流れております。まあいろいろ国内でも議論はございますけれども、とにかく日本を取り巻いている諸国に対して脅威を与えていることは事実なんです。東南アジアにおいては経済進出でいろいろな問題を起こしております。まずそういうことを取り除かなければいけない。これは自分の国だけのことを考えているというのじゃなくて、国と国との関係は、軍事問題も経済問題もそうでございますが、相対的な問題でございます。こちらがそうだと言って弁解しても、それに対して向こうがそれに応じるかどうかという形になる。どこまでも相対的な問題で、こちらがそれに応じればエスカレートしていく。どこまでエスカレートしていっても切りのない問題でございます。この辺で考えなければいけないんじゃないか。やはりそういう意味においては、日本の軍事的強化というものをとどめ、むしろ減少していく方向に向かっていかなければいけないんじゃないか。これは安保体制自体、根本的にこの世界構造が変わってきている段階で考え直さなければならない時期に来ているんじゃないかというふうに私は思います。 次に二番目、経済的な問題でございますが、この経済的な問題は主として東南アジアではこれから起こると思いますが、一方的な経済進出だけでは脅威を与えるわけです。それぞれの国の民族産業を押えることになる。日本が経済的に発展するということは非常にいいことでございますが、それがそういうふうに受け取られたらわれわれとしても不本意なことである。で、これをどうするか。これはまず一番大切なことは、発展途上国のことでは経済援助、この予算にもずいぶんと予算が計上されまして、これはけっこうだと思います。この経済援助あるいはいろいろな資金も今度できましたけれども、これもけっこうですが、もっと考えなければならないことば、発展途上国は援助よりも輸入してほしい、物を買ってほしいということだと思う。で、それぞれの国から物を輸入する場合は、これを輸入しやすいように持ってこなければいけない。これをいたしますと、あとで申し上げたいと思うのですが、日本の農業問題あるいはその他軽工業、ことに繊維問題とかいうような問題が起こってくる。これに対しての措置をまず考えなければいけないんじゃないか。 三番目、文化的な問題でございますが、私たちは簡単に考えておりますことでも、それぞれの戦前に御迷惑かけた国に対してはこれが悪い夢としてあるわけなんです。軍歌なんかはそうだと思う。こういうことはなるべくやめるような方向を政府としてもとっていただきたい。私も戦争中に育った者ですけれども、私たちつい同窓会になると軍歌を歌ったりする者が多いわけですけれども、しかし、私たちはそうかもしれないけれども、その歌のもとに家族なりを殺されていった人々はどうだろうか。このことを考えなければいけない。やはりそのことが脅威を与えている一つにもなっているんじゃないか。映画でもそうです。まあ、そういうことをなくしていくという方向。 それから外交的には、あらゆる国、日本を取り巻いている国だけでなくてあらゆる世界の国と国交を正常化するということ、これは一日も早いほうがけっこうでございます。 こういうことから、では積極的な面から申しますと、いままで申しましたのは消極的な面でございますが、日本はこれほどの経済力もあるし国力もあるわけです。いわゆる平和外交をもっと積極的に進める必要があるんじゃないか。ことに隣国に対しての平和的な働きかけ、世界各国に対しても積極的な働きかけをやるだけの日本は国力がある。ことに外貨がずいぶんあるわけなんです。これを積極的にその方面に使っていただきたい、そのような予算を、組んでいただきたい。 で一つは経済的には先ほど申し上げましたこと、経済交流あるいは経済援助ですが、一番大切なことは輸入の増加、それに基づく日本の産業構造をどう持っていくかということを考えていただきたい。日本の産業構造は、これは社会体制は別にいたしましても、日本は世界においてどういうような位置に置くべきか、産業構造として置くべきか。これはどうしても垂直分業にならざるを得ないと思う。これについていろいろ意見ありますけれども、ならざるを得ないと思います。発展途上国の輸入をやれば、国内のその関係の産業との衝突がくる。これをどうするか。どうしても日本の農業問題に根本的に手をつけなければいけない。これは、戦後の農地改革にそれぞれの農地法の意義はありましたけれども、いまの段階ではこれも変えなければいけない。土地問題も根本的に考えなければいけないというところに来ていると思う。むしろ政策がおくれているんじゃないか。そのためには計画的に相当の費用が要ります。五年ないし十年計画を持たなければいけない。すなわち、産業構造の転換といえば、そこに働いている方の転業ということを考えなければいけない。転業には相当の予算的措置をもって計画的に持っていくということ。これは、場当たりでなくて計画を出して、そして年々どうしていくかというような形を持っていただく。いわゆる転業資金あるいは産業構造近代化、いろいろな資金がございますけれども、日本としての産業構造は一体今後どうあるべきかということを根本的にお考えいただきたいと思うわけです。 2番目は、文化的でございますが、私も外国生活も三年ほどあるわけなんですが、ヨーロッパにおりましたけれども、日本は外国、ことにヨーロッパにおいては非常に誤解されております。よく先生方も御承知のように、日本と朝鮮と中国を一緒にしているヨーロッパ人が非常に多いのです。それは教科書なんかでよく関係の方が出されて、いまだにちょんまげを結っているようなさし絵をかいているということもあるわけなんです。これはどういうことかと申しますと、これは当然なんです。日本は在外公館の中に文化アタッシェというのがございません。これはぜひ在外公館に文化アタッシェを置いていただきたい。それだけじゃございません。できましたら、各大きな都市には文化センターを置いて、日本の雑誌、新聞、図書、それからフィルムライブラリーをつくりまして、関係者を送り込んで、日本のことをよく事実を見ていただく。ことに日本語というのは非常に特殊なことばで、非常にわかりにくい。外国人が日本語を勉強するということは非常に困難なことなんで、なかなかことばの障害というのがございますので、これはあとでまた申しますが、留学生のことにもあると思いますが、やはりそちらの文化センターで日本語をずいぶん教えるようなことをやっていただければ非常に便利じゃないか。そうすれば、ある程度日本証ができてからこっちへ来れば、留学する方も助かると思う。 もう一つは、世界で外国で働いております国民は、アメリカに次いでは日本人でございます。ことに商社の方なんかそうですが、外交官の方あるいは特派員の方がたくさん出ておられますが、その方の一番心配の種は子弟の教育でございます。各地で日本語学校がございません。ところが日本語というのは特殊でございますから、数年間外国にあって帰ってくれば日本語ができない。それからもう一つ、日本の数学レベルというのが非常に高いわけです。外国のアメリカスクールでは追っつかないといういろいろな問題があるわけです。そういうことも、外務省とか文部省で一緒になって、外地にこの文化センターの中で日本語の教育なり学校をつくってくれれば、助かるじゃないか。今後もずいぶんたくさんの方がいらっしゃると思う。したがって、その人のための特別の学校を日本でつくっていますが、全寮制とかありますけれども、やはり子供の教育は親と一緒に生活することが一番いいと思う。そういうことで安心して行けるようにする。これは、アメリカはアメリカ文化センター、あるいはイギリスはブリティッシュカウンシル、あるいはフランスは日仏会館、ソビエトもやっております。そういうようなことはそれぞれの大きな国はやってかなり成功しております。わが国もこの段階ではこういうことをやって、積極的に日本のことを正しく知ってもらうチャンスをつくるべきじゃないか。そのための予算を計上していただきたい。 それから留学生の場合も、今回はずいぶんと単価も上げ、それから数もふやしておられます。非常にけっこうでございます。しかしまだ足りないと思う。そういうことは、長い間の外国との友好関係として、ほんとうに知ってもらうということは文化的には非常にいいわけなんですが、これには相当長い努力が必要でございますので、この辺をもっと上げていただきたいし、また日本の文献を当面は英語あるいは外国語で出版していく援助をもっとふやしていただきたい。現在においては、日本語というのは、そういうことばの障害があるので非常に誤解されておりますし、また知られていない。文献を英語を通じてしかやられてないのが多いわけなんで、そういうことに対しては努力をしていただきたいと思うわけです。あるいはまた、発展途上国に対しては、図書館を害付するとか、あるいは大学の日本語学部の経費を全部持つとか、その他やっておられますけれども、もっと積極的に進めていただきたいと思います。 それから、外国的にはそういうことでございますが、したがって、軍事的な脅威を取り除く、あるいは国交を正常化するということだけではなくして、世界の場で軍縮問題については積極的な働きかけをしていただきたい。そして私は、最終的には日本は軍事同盟に非同盟で、そして積極的な中立の形に持っていっていただきたい。そうしてその軍事予算というものをどんどんと文化的な方面に使っていただくというふうに、この四十七年以降の予算を組みかえていただきたいというふうに思います。それがほんとうの安全保障じゃなかろうかというふうに考えます。 次には、私学助成のことについて申し上げます。 政府は、昨年から、実際的にはことしからでございますが、私学に対して経常費の助成もなさるようになったし、今度の予算についても大幅な助成をやっておられます。非常にけっこうでございます。しかし現状においてはまだまだ不十分だということを申し上げたい。これは日本の高等教育というものの根本から考えていただきたい。国公立の大学の補助的機関としての私学でないということ。町方を一緒にした、インクルードした高等教育の政策を考えていただきたい。 なぜかと申しますと、現在大学生においては七五・九%は私学に学んでおります。しかし、ではどのような条件かと申しますと、文部省の昨年の五月の統計では、専任教員一人当たり学生数は、国立は七・九名、私学は二十七・三名でございます。約三・、五倍であります。教育ということが一番大切なことは、教える者と教えられる者との関係。学園紛争がいろいろございます。意見はありますけれども、根本的なことはマスプロ教育がいけないと思います。マスプロ教育をなくしていかなければならない。そのためには専任教員当たり学生数をどんどんと減らすような形をしなければならない。私学は、このような、国立に対して平均三・五倍。多いところでは、有名な私学においては専任教月二人当たり百名をこえている学校もございます。こういうマスプロ教育をしておっては、ほんとうの教育にならないし、非常な誤解から来る学園紛争ということも起こると思う。 もう一つ施設の立場からいいますと、学生一人当たり校舎面積は、私学においては七・二平米でございます。それに対して国立は二十一・六平米、これはちょうど三倍であります。設備においても、教員の数においても、七六%の大学生がこのような格差の中で私学に学んでいるということでございます。 では次に、校納金である授業料問題であります。これは現在国立大学の授業料問題であちこち問題があるし、それから私学においても授業料問題でもめておる。封鎖されておる大半がたくさんございます。私の出芽校であります同志社大学は現在封鎖中であります。卒業式もできません。竜谷大学もそうであります。京都大学もそうであります。そういう問題を起こしております。全部授業料問題でございます。 四十六年度国立の授業料は一万二千円でございました。それに対して私学は、授業料以外にもたくさんありますが、いわゆる校納金、合わせますと二十三万四千四十七円です。十九倍でございます。私は国立の授業料問題について上がることは賛成ではございませんけれども、上がったといたしまして四十七年度の比率を申しますと、三万六千円に対して、私立大学は二十五万四千六百十円であります。これが平均であります。これは私学振興財団の統計でございますから間違いございません。七倍でございます。そういたしますと、教育の比較ということを、専任教員と学生の校納金との関係を見ます。私学で学んでいる学生の父兄も同じように税金を納めているわけですから、これはどういうことになるかというと、十九倍の校納金に対して先生の数が三・五倍ですから、掛けますと——こういう掛け方はいいか悪いかは別として、一応掛けますと、四十六年度は六十六・五倍であります。それから四十七年度は校納金は七倍でございますか、それに対して三・五倍の教員数ですから二十四・五倍、これほどの劣悪な条件にいるということ。それから次に設備費が約三倍ほど違いますが、三倍を掛けますと、四十七年度国立の授業料が上がったといたしましても七十三・五倍であります。設備費と校納金と、それから先生の数の問題を掛けていきますと、いわゆる教育の厚さといいますか、設備と教員の数、校納金というものを計算いたしますと、これほどの格差があるわけです。 私学振興財団というものが一昨年の七月からできまして、かなり政府も積極的に取り組んでいただいております。けっこうでございますが、しかし行政においては相当おくれているということを申し上げたいと思います。現在私学の経営の四十五年度の借り入れ金が五百五十六億円であります。経常予算の一六%が借り入れ金でまかなわれている。学生一人当たり、これは四十四年度でございますが、私学は二十五万一千二百九十七円費用を使っておる。ということは、校納金プラス、借り入れ金でやっておりますから。それに対して国立は六十七万五千百七十円使っております。これは四十四年であります。おそらくことしになればもう八十万以上でしょう。これほどの劣悪な条件の中で、しかもこれほどしか使われていないという問題、したがって、それほど授業料が高くても、では経営主体である学校法人はどういう状態かと申しますと、大学の法人だけでも私学振興財団から二千七百六十七億円借り入れております。全学校法人を申しますと、四十四年三月三十一日現在ですが、四千百七十九億円借り入れをしております。非常にたくさんの借り入れで、いま経営が非常に困っている。しかし、授業料を上げるわけにも、これもまた限度が来ている。これほどの格差ということを御認識いただいて、これに対してどう打っていくか。戦前は私学と国立との授業料、校納金の格差というのは、昭和十二年では大体一対二でございました。いまじゃ一に対して七あるいは十になっております。こういう問題はやはり社会的な問題だと思います。私学というものは国立の補助機関でもありませんし、先ほど申し上げましたように学生数のほとんど七六%が私立大学に学んでいるという現状から、放置できない問題ではないかというふうに私は思います。 政策といたしまして、いろいろございますが、やはり校納金がせめて戦前の格差になるまで助成を強化していただきたい。ことしの予算を見ましたら、一般会計からの出資金は昨年と同額の十億円であります。同じであります。伸びておりません。財投から少し伸びているだけ。これじゃやはりその問題は解決できないと思う。いわゆるこの校納金が戦前並みになるようにまで、私学助成をやっていただきたい。 次は、助成だけではなかなかやはり問題はあるし、できないと思いますので、税制上からも考えていただきたい。これは国立も含めましてでございますけれども、授業料というもの、校納金というものはやはりこれは所得控除をしていただきたい。これでだいぶ助かると思う。 次は税制上でございますが、寄付金でございますが、これは私学振興財団を通じますと少しは控除されますけれども、まだまだ不十分であります、限度、リミットがございますので。これは寄付金に対する所得控除を法人も個人もずいぶん見ていただきたい。ことに相続税においてはこれをずいぶんやっていただきたい。アメリカの例でございますが、アメリカの私学は非常に発展した。これは校納金でまかなっておりません。ずっと低い率で運営されておる基礎は、各私学が財源がある、資産がある。これは何かといえば、税制上にそういう寄付金を受け入れやすいようなことをやったから、そういうことができたわけです。それは根本的に変えていただきたい、考えていただきたいというふうに患います。 それから次は、助成の組織上の問題がある。理想として申しますと、イギリスにUGCというのがございます。イギリスの私学の八〇%以上の経常運営費は国の費用でまかなっております。それを分配し運営する組織は、UGCというのがございまして、そこの委員会が全部配分し、長期計画も立てて、そして毎年国家予算に組んでおります。こういう組織があるわけですね。これはやはり一番理想的だと思います。そういう権限もある組織を考えていただきたい。そしてそこにまかす。まあしかしそれはなかなかできませんが、当面はやはり私学振興財団にすべてをまかすというふうに持っていく。 やはりこまかい問題で矛盾がございます。たとえばほんとうに困っている学校法人には補助金が出ないようになっております。なぜかと申しますと、一年以上私学振興財団からの借り入れ金を返済ができてないものは補助金の対象からはずしております。こういうふうに、政府あるいは文部省だと思いますが、この指示がございますから。そうしますと、現在私学振興財団へ百五十億が滞納しております。千五百億の借り入れ金の中で一割が帰納しておる。その滞納しておる学校法人が一番困っておる。そこには補助金がいき得ないという制度になっている。それでマスプロで大きな学校ほど補助金がいきやすい形になる。これはやはり矛盾であると思う。そういう運営のしかたも、当面は私学振興財団が一番私学のことをわかっておりますから、その方面へおまかせいただいてやっていただきたい。 もう一つは、高等学校以下につきましては、補助はいわゆる府県にまかせてあります。府県によって非常なアンバランスがございます。たとえば福井県のように私学の経常費の三分の一は県が見るというところもあります。あるいは火京都あるいは神奈川というように非常に補助の多いところと——京都はよくないほうですが、いろいろ府県によって学生一人当たりの補助率が非常に違います。ところが借り入れ金になりますと、高校以下を持っております学校法人でも私学振興財団を通じておりますから、やはり私学振興財団に一本化して、補助とか経済上の問題をやっていただきたいということが当面の問題ではなかろうか。その方面に、私は現在この日本が一体どうあるべきか。ことに安全保障問題、先ほど申し上げましたような問題で脅威を与えるのでなくして、その方面が、外国に対する文化的な方面のお金と、国内の教育、文化、ことに私学への補助のほうにこの予算を計上していただきたいというふうに私は考えますので述べさせていただいた次第でございます。(拍手) —————————————
○二階堂委員長代理 これより両公述人に対する質疑に入ります。鈴切君。
○鈴切委員 本日はお忙しいところを公聴会に公述人としておいでくださいましてまことにありがとうございます。私は公明党の鈴切でございます。 和田先生と高屋先生に、きょうは御意見をちょうだいするということだけでお聞きをしたい、このように思うわけであります。 まず初めに和田先生にお伺いをいたします。 今度の予算は、政府は景気浮揚と、そしてまた福祉という二つの柱を立てたわけでありますが、実際に景気浮揚と、それから福祉という立場を考えてみますと、これは性質的に相反するものがあろうかと思うのであります。先生は、本年度の予算について福祉という点については否定的な立場にあるというふうにお話がありましたが、私もやはり福祉というものが取り残されていくのではないか、景気浮揚のほうが先行するのではないか、そのように心配をするわけであります。そこで今度の国債で公共事業のために一兆九千五百億円という膨大な国債発行をいたしましたけれども、私は、公共事業の有効的な投資のしかた、これが重大な問題になってくるのではないかと思うのであります。もしそれが、有効的な投資のしかたがなされないと、土地の野方図な値上がりということになって、しょせんはそれは物価高につながっていく。しかも本年度は特に政府主導型による物価上昇ということも予測されている現時点において、私はその点について、もしもそれが取り残されたならば福祉というものは消えてしまうのではないか。そこで福祉としては、当然政府が軌道修正をするという考え方からいうならば、福祉に対するところの総合的な計画、これがなされなくてはならないと思うわけでありますが、その点の御意見を承りたいと思います。 それからもう一つ、何といっても私は景気浮揚対策ということもさることながら、やはり産業構造の今後のあり方というものを変えていかなければならないのではないか、そのように私思うわけであります。そうなりませんと、また再び高度経済成長という、そういうひずみを起こしてくるのではないかと思うのでありまして、そういう点についての御意見を承りたいと思います。 それから高屋先生のほうでございますけれども、確かに現在の政府の考え方は、予算の総ワクから防衛費を何%だ、そういうふうな考え方から漸増計画というふうな考え方を持っております。これは力の均衡に対する考え方であって、私は、それは間違っている、そのように思うわけでありますが、しょせんはやはり安全保障というものは国際情勢の推移を見きわめ、経済、外交、そして文化あるいはそれに伴う自衛力という総合的な見地から安全保障をしていかなければならないと思うのでありますが、日本の安全保障の今後の進め方に対する具体的な政策がありましたならば、その点をお聞きしたいと思います 二番目に、平和外交というお話がございましたが、具体的な平和外交の内容が聞かれなかったわでありますけれども、具体的な御意見をちょうだいしたいと思います。 それから両先生にお伺いをするわけでありますけれども、いまマスコミで非常に、連合赤軍のあの残虐な血の粛清というものはもう目をおおうような社会問題になっております。私はやはり生命の尊厳という立場を忘れた教育の基本が失われたところに大きな問題があろうかと思いますけれども、教育者としてのお立場でこの問題の根本的な本質はどこにあるのかということを両先生にお聞きしたいと思うのであります。
○和田公述人 景気浮揚策の問題でございますけれども、御意見のように私も考えるわけでございます。それで、景気政策がこのような経済状況のもとで全くなくともいいかといいますと、それはそうではないわけでありまして、やはり国民の雇用の状態を安定させる、あるいは国民生活を安定させるという意味で、政府の無気改築に対する役割りというのは大きいというふうに考えるわけでありますけれども、その景気政策の内容が実は問題でありまして、ただ国債を発行して公共事業費をふやせば景気は浮揚するのだという単純な方向では済まなくなってきているのが現状であろうというふうに考えるわけであります。 これは御意見の中でございました産業構造の問題とも関連しておるわけでございますし、今日のようにドル・ショックと関連した無気放棄のもとではもっと内容を考えなければいけないわけでありますし、またこの景気政策と福祉とが相反しないような形で行なわれなければならないというふうに考えるわけでありますけれども、今日の景気政策といわれているものを見てみますと、従来行なわれましたように国が財政で経済を刺激する。それで再び民間設備投資を旺盛にして輸出を拡大して経済の成長率を高める、こういうことが嫌気政策の内容として考えられているように感じるわけでありますが、もしそのような方向であるとしますと、過去に見られましたように、再び財政主導型ではなくて民間投資主導型の経済が復活して、そこで高度成長が始まり、輸出が拡大し、社会的に国内にひずみが生じ、国際的には円の切り上げという問題が再び起きてくるというふうな事態に立ち至るであろうというふうに考えますので、そのような景気政策でないものでなければならないというふうに考えるわけであります。 公共事業費につきましても、たとえば政府の建設事業におきまして、今日までの状況では建築事業に対しまして土木事業が金額で約三倍になっているわけであります。つまり公共事業の大部分が土木事業であるということでありまして、産業連関効果からいいましても土木事業はごく一部の産業に片得るものでありますし、またその産業連関効果も低いというふうに考えるわけであります。それに対してたとえば住宅、住宅でもさらに質のいい都市住宅が建つ。セントラルヒーティングであるとかあるいは下水施設が整備されているとかいうふうな住宅が建つとか、あるいは設備のいい病院が建つとか、あるいは学校建築が行なわれてその学校の設備が充実されるというふうなことでありますと、すそ野の広い経済に対する影響が及ぼされるわけでありますし、それがまた福祉政策であると同時に 衆知政策でもあるということになってくると思います。そのような政策に変えていくということがとりもなおさず今後の景気政策の内容にならなければならないだろうというふうに考えるわけであります。 国債の発行につきましても、公共事業のあり方と大いに関連して考えられなければならないわけでありまして、先ほど土地の問題が出ておりましたけれども、土地政策というのが非常に重要であろうと思いますけれども、最近のたとえば新聞で拝見いたしますと、この不況下で市中銀行ではお金が余っている。これが不動産融資にかなり回っているというふうに伝えられておりますし、そのような話をときどき聞くことがございます。すでに一昨年から昨年にかけて、そのように市中金融が緩慢な時期に国債が発行されて資金が吸収されるのではなくて、そのような資金がすでに不動産投資に回っているわけであります。今後この国債が発行されていよいよ公共事業をやるという段になりますと、そのようにダブついた資金で投資された不動産、つまり、土地を今度は政府が買わなければならない、あるいは地方自治体が買わなければならないという非常に矛盾した問題が出てきているのであります。こういう事態をぜひとも改めていただきまして、たとえば交付公債というふうな形で公共用地が先行取得できるような方法、あるいは税制上の措置が公共用地については十分にとれるような政策というふうなものが必要ではなかろうかというふうに考えるわけであります。 赤軍の問題ですけれども、私は、教育者としてはあまり十分な資格を持っているかどうかわからないわけでございまして、何とも申し上げようがないわけでございますので、せっかくのお尋ねではございましたけれども、この際、この件につきまして私の意見を申し上げるまでに考えがまとまっておりませんので、遠慮させていただきます。
○高屋公述人 いま鈴切先生からの御質問でございますが、先ほども申しましたように、ほんとうの安全保障というのは、やはり日本を取り巻いている国とまず友好関係だということ、そして積極的に理解し合うということ、それには、まず、外交関係においては国交を正常化するということ、これはもう当然な話。 これは別な話で、それからもう一つ、言いますと、やはり現在というのは、軍事的にというものは、これは核兵器の段階でございます。しかも飛行機で運ぶ段階じゃございません。大陸間弾道弾兵器の段階あるいは中距離弾道弾兵器あるいは近距離弾道弾兵器という、ような段階でございまして、もう何分間で水爆が飛んじゃう、このような段階にきているわけです。それに応じて、こちらもそうしなければならないといえば、世界はますます軍事的にエスカレートするだけであって、これはほんとうにその政府の関係者が知らぬうちでも、出先でどういうことが起こるかわからないというような危険なことが、現在のわが国を取り巻いている軍事情勢です。世界じゅうどこでもそうでしょう。こういう段階であって、むしろそういうものに水をかける段階で、積極的に日本は出ていただきたい。それには、まず、軍縮問題が大事ですが、それとともに、周辺の国とは、いわゆる不可侵条約を結んでいく。それはまあもちろん中国とかソビエト、あるいはアメリカとも、それらだけじゃなくしてニュージーランドも、もちろんそれを全部集めた形において、ほんとうの意味の国連の精神に基づく地域集団上安全保障条約というものを結んでいって、日本もやはり永世中立を宣言していくというのが、地理的条件に置かれた日本のほんとうの安全保障じゃなかろうか。これは例がないわけではありません。中立問題といいますと、よくスイスとか北欧を言われますが、これはもう戦前型です。戦後型というのは、社会体制の違う国にはさまれた国での中立問題というのは、オーストリアです。これはかなり成功しております。戦後、いろいろ東ヨーロッパあるいはあの辺の地域で問題が起こっておりますけれども、オーストリアは、私もいましたけれども、非常にそういう点については外交関係も成功しております。それで、軍事費も非常に少ない。静かないい文化国家です。やはりひとつその辺のことも考えていただいて、日本は日本としての独自の地理的条件に基づくいわゆる諸外国、周辺の隣国との不可侵条約に基づく地域集団安全保障条約、そうし、永世中立という方向に持っていくのがいいんじゃないか。 そして積極的に平和外交といたしましては、先ほど申しましたように、文化的な関係をどんどんと進んでやっていく。いままでやはり経済的なことは、いわゆる借款とか援助がございましたけれども、文化的なことはやはり少なかった。やはりアメリカ文化センターなりブリティッシュカウンシル、あるいは日仏会館というのは世界において、自分の国を外国に知ってもらうために非常に成功したと思います。やはりこれは日本もまねていただきたい。こういうことをどんどんして、日本のことを知っていただく。そしてまた、本人も外国のことをほんとうによく知るためには、もちろんそれぞれの国にある以上に、東京だけじゃなくして、各地において、国際文化会館のようなものを建てて、諸外国の文献を集め、そしてそれを知らすような形をとるということが、日本人も外国のことがわかる、また外国人も日本のことがわかる。そうして留学生の数とそれから待遇を上げていく。もちろん今度の予算では上げられましたけれども、外国人というのは、自国民と違いまして、住宅の問題、あるいは物一つ買うについても高くなるのです。安いところを知らない。だから、われわれはこれだけやったらいいだろうと思っていても、その受けている外国人はやはりまだ非常に困っているわけです。ことに、住宅問題なんか非常に困っている。こういうことは、冊学生会館を建てておられますけれども、ほんとうはそんなことじゃ、なくして、日本の家庭に住んで学ぶ。それには、十分にできるような、やはり文部省あたりでこの留学生の待遇を改善していく。そのことが、長い意味における、これから将来にわたる非常に大切なことになるんじゃないか。日本へ留学していった人が帰って、反日的になるというのは、やはり関係があるわけです。東南アジアにあったらしいのですが、こういうことは、やはりいままでの受け入れ態勢に問題があったのじゃないか。これは何も日本だけじゃございません。東ヨーロッパの諸国でもアジア、アフリカ諸国からたくさんの留学生を入れながら、ずいぶん問題を起こしております。これはやはりそういう場合は、常に相手の立場に立って、自分のほうでこれでいいだろうというんじゃなくしてやるべきだ。外交関係というのは常に相対的であるということを考えていただきたい。 それから最後に、連合赤軍の学生の問題がありましたが、まあ私も、自信を持って申し上げませんが、戦中に育った者として、また教育関係におる者として、私の考えていることを率直に述べてみたいと思います。 一つは、やはり根本的には、戦後、新しい価値観というものがないということ、価値観がないということがこの一つの問題だ。いろいろな人からいろいろな価値のことを言われていますが、やはりこれは一つきめて押しつけるんじゃなくして、みんなでつくっていくんだという姿勢で、この価値観の創造ということが大切じゃなかろうか。これはいまの青少年一般の問題ですが、おとなに対する不信は非常にあります。これで一番大きいのは戦争の問題であります。戦争責任の問題であります。これに対する問題がはっきりしておりませんから、何か言ってもその問題がある。逆におとなは、そのことにひっかかるのか知りませんが、自信を持っていない。もっとはっきりと自信を打って自分の意見を言うべきであります。非常にある意味においては青年に対して、学生に対して、自信のないものの言い方をしている。気持ちは理解するがというようなことを言っている。はっきりと言うべきだ。しかし、それには自分の人生を振り返ってどうかということがなければいけない。この問題は、おとなにも青年にもある。このことがいまの青年のおとな不信をもたらしているという全般的な問題の上にあって、学生ということになりますと、まず、現在のこの受験地獄、このことが、あの学生を見ていましても、いい学校、いわゆる日本で一流の大学を出た人が多いわけです。これはなぜか。大学へ入るまでは、受験受験で追い回されてきた。ほんとうにものを考えるんじゃない。現在の大学の受験、文部省のほうにおいても、いろいろな方も、受験問題については根本的に変えなければいけないと言って頭を悩ましておられますが、そのとおり。現在の何万という学生を相手にしてやる場合、これはペーパーテストでは、私たちもやっておりますけれども、ほんとうの人間の価値はわかりません。ペーパーテストではちょっとした記憶だけであります。人間の価値というものは、大脳の中というものは何もその記憶だけではございません。それを総合的にわかるような、それは何といっても、一部に大学生が集中しないような社会的環境をつくって、受験地獄をなくしていくということをやるべきである。これはいろいろむずかしい問題がありますけれども、そういうこと。 それから、最後的には、私も私学助成のことで申しましたように、いろいろありますけれども、マスプロ教育がいけない。そうしますと、学校へ入りましてから、日本の大学というものは入りにくいけれども出やすい学校、これは東ヨーロッパも、西ヨーロッパも、アメリカも含めましてそんなものではございません。入るのはやさしいけれども一つの単位を取るのには実にむずかしい試験もあります。パリのソルボンヌ大学なんかは何分の一しか卒業しません。モスクワ大学もそうです。こういうのが大学だと思うのだけれども、いまは入りにくいけれども出やすいという大学だ。こういうことをやっておれば、これはもうマスプロなんです。これはもちろん国立もありますけれども、七六%の私学はこれをやっているんだ。経営上やらざるを得ないところに追い込まれている。これは、マスプロをやっちゃいますともう一人、一人の学生と接しられません。しかも私たち、教育者で研究者ですが、ほんとうに週の時間が、国立の何倍の時間を持たなければいけない。マイク講義をやっている大学は非常に多いわけです。その採点——講座か千名以上というところはたくさんあると思うのですが、これじゃ答案見るだけでもたいへんなんです。試験のたびに、入試試験のたびにたいへんなんだということでは、ほんとうの教育はできない。それは条件なんです。こういうことはまず条件的になくしていかなければいけない。そういうことが根本にあって、教育者も研究者もあるいはまた指導者も、おとなは学生に対して、青少年に対して自分の意見を率直に述べる条件、そして間違いは間違い、自分はこう考えているという自信を取り返し、この青少年とおとなとのギャップを埋める努力をおとなのほうからしなければいけないというふうに思います。
○鈴切委員 どうもありがとうございました。
○二階堂委員長代理 ちょっと申し上げますが、和田公述人は御都合がありまして十二時に本委員会を退去いたしたいということでございますから、和田公述人に対する質疑を先にお願いいたします。原君。
○原(茂)委員 両先生ありがとうございました。示唆に富む御意見を伺わしていただきまして、私の立場では全面的に同感でございますが、その前提に立ちまして、いま委員長のお話しの和田先生がお急ぎのようですから、私と紺谷先生とも先に和田先生にだけ御意見を伺わしていただいて、あとまた高尾先生にお願いをしたい、かように思います。 二点だけ簡潔にお願いをしたいのですが、先ほども旧債に関しての御意見がたくさんございました。私、少し角度を変えまして、いま旧債発行の条件としては建設公債というのを基本的な条件として考えられているのですが、しかし、実際に国債による原資ができてしまいますと、それの使途に関しては別に区別も歯どめもないわけなんです。現在の、先ほどから言われる福祉ということに関連をいたしまして、別途に国債による、原資を——公共料金を本年度のようにかつてみないほどの引き上げを行ない、行なわれようとしている現状でございますが、このような公共料金の引き上げを抑止する、とめておくために国債を発行して必要な公共事業に対する助成を行なうというようなことが——単に建設公債というだけでなくて、公共性ありと思われる国鉄なり私鉄なりあるいはその他の、いま言われているタクシーはどうか知りませんが、公共事業に関連する公共料金の引き上げがやむを得ないものと考えられましたときには、これに対して国債による原資を処置していく、手当てをするというようなことが行なわれるようにすべきではないかと思うのです。国債の使途を考えたその性格の問題なんですが、これをひとつ御意見を伺いたいのであります。 それから二つ目に、これも福祉という政策、そういう立場で先ほどのお話ごもっともでございますが、もう一ついま申し上げたような公共料金の引き上げによる、あるいは減税の不公平あるいは低所得者に対する涙金のような減税の状態、両方ともからめるのですが、物価が引き上がる、公共料金が上がるということになって一番大きな被害を受けるのは一体、だれかといいますと低所得階層。いわゆる五分位まで分けていろいろな表が出ておりますけれども、一分位の所得の低い諸君は、公共料金が同じ五十円上がりましてもその受ける打撃は非常に大きいわけなんです。したがって、物価の上がったのもまた同じように、所得の低い人ほどその受ける打撃は率にしても大きいわけでございますから、福祉という立場から言うと、第一に申し上げた公共料金あるいは物価がぐんぐん上がっているインフレ化へのこの傾向というようなものが、もっと違った角度から検討されて、大胆に政治の中心を物価の抑制なり公共料金引き下げなりというところにウエートを置いていかないと、そういう面からの福祉政策というものに欠落が生ずるのではないか、こういう考え方を持っておりますが、この二つについて先生の御意見をお伺いしたい。
○和田公述人 国債の問題でございますけれども、今日建設国債というふうに呼ばれておりますが、私の理解するところによりますと、建設国債という名前は財政法四条に基づいて発行されているという、つまりその発行の法律的な根拠をあらわしていることばにすぎないわけでありまして、赤字国債と対立的に考えられておりますけれども、これは国債の性格からいいますと、そのような区別が行なわれるものではない。つまり予算におきまして収入と支出で差が生じまして、歳入のほうが歳出よりも少なくて、それが国債の借り入れ金によって埋められているというのは赤字財政でありまして、その赤字財政を行なっている国債はすべて赤字国債であるというふうに考えるわけであります。したがいまして、そのようないわゆる赤字国債とそれから御質問にございましたような国鉄、私鉄あるいはその他の輸送機関等に対する国債による原資の充当という問題とは、やや性格が違うのではないか。つまり一般会計における赤字補てんの国債と具体的な公共企業の債券とは違うわけでありまして、現在でも国鉄その他の公共企業体が政府保証債を発行しておりますし、また地方自治体も地下鉄その他の目的のために起債を行なっているという実情であるわけです。ところが今日、たとえば都市における通勤状況を緩和するという目的で地下鉄の建設ということが急がれているわけでありますけれども、このためには非常に多額な資金が必要であります。まず資金が不足していてなかなか事業が行なわれないということもあるわけです。またその事業のための資金が、主としては銀行からの借り入れによっていて、利率が高くて借り入れ期間が短い、こういう事態になっておりまして、料金が引き上げられても、その引き上げられた分の大部分は、私の理解するところでは、都市の地下鉄の場合、経常収入のほぼ八割ぐらいに達していると思うのですけれども、銀行の利子払いになっている。つまり料金が上がっても一般国民は、その料金で銀行の利子を負担しているようなかっこうになっているということになっているわけであります。したがいまして、そのような国鉄あるいは地下鉄をはじめとするところの基本的な都市施設に対して国庫からの補助金が必要でありますし、また借り入れに対する利子補給などが行なわれることによって、借り入れ金の資本コストを、つまりその施設の資本コストを引き下げていくということが必要でありますし、またそれが物価対策に、公共料金対策になるということでございますので、原則的に言いますと、公共企業債あるいは地方債などの起債の条件をよくしていくということも必要ですけれども、さらにはその建設費に対する国庫補助というものが必要になってきているわけであります。国債が赤字国債という形で一般会計によって発行されましても、このような方面に主として使われるということは、私は賛成でありますし、またその必要がますます増してきている、だろうというふうに考えるわけであります。 第二点の物価問題でありますけれども、物価問題は経済の中でかなり複雑な動きを示しているわけでありまして、単純な理由で物価上昇が見られるというふうには考えられないわけでありますけれども、かなりの部分が今日の政策から原因しているということが言えるように考えるわけであります。一つは、いまもちょっと触れましたけれども、公共料金でありまして、公共料金を下げるというだけではなくて、一体公共料金とは何かということが根本的には考えられなければならないわけでありまして、地方自治体が供給しているところのたとえば上水道あるいは下水道の使用料というふうなものが受益者負担原則で考えられまして、それぞれの費用が使用者に負担されるような形になっているわけであります。これは国の側での国鉄あるいは日本住宅公団等の公社、公団などにおいても、そのような独立採算制の原則あるいは受益者負担原則がとられており、ますますこれが強められるような形になっているわけでありますけれども、これらいわゆる公共財といわれるようなものが、料金制、そのコストを償うような料金によって供給されるのが妥当なのかどうかということになりますと、私はそうではなくて、これらの基本的な、社会的な必要なサービスなり施設なりというふうなものは、社会保障的な観点で、あるいは社会的な生活必要の観点で、低料金あるいは無料で供給されるのが公共財の本来の形であろうというふうに考えているわけであります。したがいまして、赤字になるから公共料金を引き上げるという考え方自体が間違っているというふうに考えているわけであります。 それからまた、今日の都市問題から来るところのひずみがあるわけでありまして、住宅政策がない。したがいまして、スプロール化していって郊外の農地がつぶされる。そのことによって次第に近郊の野菜などの供給が行なわれなくなるというふうな事態、あるいは輸送距離が遠くなってコストが高くなるというふうな事態、これも物価問題でありますし、また沿海漁業などが不振になるような工業立地政策というふうなものもその大きな原因であろうというふうに考えられますので、このような都市政策あるいは地域政策というものが行なわれなければならない。あるいは過疎問題というふうなのも、主要な農業地帯において農業が行なわれなくなるという事態を物語っているわけでありまして、こういう地域政策、都市政策というものを再検討する必要があろうかというふうに考えるわけであります。
○原(茂)委員 どうもありがとうございました。
○二階堂委員長代理 細谷君。
○細谷委員 和田先生時間がないようでありますから、簡単に御質問いたしたいと思いますので、ひとつ簡単にお答えいただきたいと思います。 一つは財投。今度は五兆六千三百五十億というわけで、三二%ぐらい前年比伸びておるわけでありますが、御指摘のように、文字どおり一般会計予算と一体のものであります。特に最近は、国の予算というのが、一般会計に入らないものが財投に逃げ込むということで、いわゆる予算の財投化ということまでいわれているわけでありますが、先ほど先生のことばに、こういうものを一体として新しいシステムをつくるべきである。国会でも、この財投というのは一体のものなんだから、当然参考資料ではなくて、国会の審議の対象にする議案にすべきである、こういう意見が非常にあるわけでありますけれども、新しいシステムにすべきだ。たとえば経常的経費、投資的経費、こういうような形でおっしゃられたわけですが、もう少し具体的に、新しいシステムというのは一体どういうことなのか、この辺をひとつ骨組みだけを教えていただきたいと思います。 これに関連いたしまして、今度財投で郵便貯金が一兆七千億伸びる、これが財投原資の重要な柱になっております。ところで、御承知のように、いま金融超緩慢ということになっておるわけですけれども、現実には、庶民金融金庫であります信用金庫でも、実際は庶民金融というのは五%ぐらいしかない。大部分は庶民金融じゃない。しかも金融状況が変わっておりますから、郵政省が一兆七千億もふえる郵便貯金を一部預金の裏づけとして庶民金融を始めよう、こういうことが非常に大きくクローズアップされております。庶民の零細な貯金、それを裏づけとして三十万円ぐらいを貸す、こういうことは非常にいいことだと思うのであります。金融がきびしくなりますと、いまゆるんでいるから、金融機関があわてて郵政省がやることを反対しておりますけれども、きびしくなってまいりますと、やはり一番安全な大企業にマネーがフローしていくことはあたりまえのことなんですから、この庶民金融という郵便貯金を原資とするものについてどういうお考えを持っているのか、これをひとつお聞かせいただきたいと思います。 それから第二点は、今度所得減税が行なわれませんでしたけれども、これもおっしゃるように、たいへんけしからぬことだと思うのであります。ほんとうの意味では、福祉予算への転換ということで、内需をふやしていくということが軌道修正の非常に大きな歯どめになるわけでありますから。しかもそれがやられなかった。まことに遺憾でありますけれども、こういう問題に関連して一つお尋ねいたしたいことは、日本の租税負担率というのは、企画庁が出した資料によりますと、大体国民所得に対して一九%、こういうことになっております。前年比〇・何がしちょっと落ちた、こういっておりますけれども、諸外国に比べて租税負担率は低い、こういうふうにしきりに宣伝されておりますけれども、GNPの一〇%近い軍事費を使っているアメリカが、大体三〇%ぐらいの租税負担率でしょうけれども、一方、法人税率なんというのは、実効税率でアメリカより六%ぐらい日本は低いわけですね。こういうことからいって、税の実態というもの、そういうものから見た場合に、租税負担率というのは安いと思っているのか、諸外国と比べていや租税負担率は実際は高いんだ、特にサラリーマン等は非常に高いんだ、こういうふうに言えると思うのでありますが、この辺をどうお考えになっておるのか。 それから三番目は、先生、これからの福祉政策をやる土台というのは、何といっても地方財政なんだ、国が税金を国民から七割取っておって、実際支出するのは三七、八%、残りは地方に補助金等でやって、ひもをつけて、そして仕事はほとんど全部地方公共団体がやる、これはおかしいんじゃないか、税財源の再配分をやるべきじゃないか、こういうことがいわれております。これは議論はされておりますけれども、いつの間にか消えていっております。こういう点について、税財源の再配分をしなければ軌道修正にならないのだ、こう私は思うのでありますけれども、具体的にどういうふうに先生はお考えになっているのか。私案がございましたらお聞かせいただきたい。いろいろ聞きたいことがありますけれども、以上三点です。
○和田公述人 最初の財投の件ですけれども、国会の審議の対象にすべきであるということにつきましては、私も全く同意見でございます。今日のように財投の役割りが大きくなってきて、予算と一体化してきている状況のもとにおきましては、特にその必要性が増してきていると思うわけであります。 新しいシステムということを次に申し上げましたけれども、具体的にこのシステムについての考え方が固まっているという状況ではございませんけれども、アメリカあるいはイギリスあるいは西ドイツなどの予算の状況を見ましても、いわゆる一般会計的な歳入歳出予算のワク内ではなくて、借り入れ金あるいは政府が管理している基金、つまり、年金基金でありますとかあるいはそのほか、日本でいえば郵便貯金のような、こういうふうに管理している預かり金のようなものですけれども、こういうものを一括した予算のシステムというものができ上がっておりますし、また西ドイツのように、それらを含めてローリングシステムによるところの中期財政計画をつくっているわけであります。借り入れに依存する形が財政の中で強くなってきている状況あるいはこの預かり金等の基金がふえてきている状況、それから建設事業というふうなものの比重がふえてきている状況から見ますと、それら全体を含めたシステムが必要である。しかも経常的な歳入歳出、それから資本的な部分、つまり建設事業に充てられるような部分というものを区別して示されるような仕組みが必要ではないかというふうに考えたので申し上げたわけであります。 それから郵便貯金のお話でございますけれども、私は原則からいいますと、郵便局が庶民に対して融資をするということについては賛成ではないわけであります。そうではなくて郵便貯金の原資というものは一括して社会資本の拡充のために使われるべきではないか、そういうふうに考えているわけであります。かりに庶民が住宅のために資金が必要であるということで、幾つかのルートで賞金を貸せるということになりますと、これは都市の住宅がま、すます個人の持ち家志向型になってくるわけでありまして、持ち家志向を促進するような形になってくる。これは都市の政策の今後のあり方から考えても好ましくないことでありますので、できるだけ政府住宅を中心として低家費の住宅を供給する。しかもその住宅を、個人がてんでんばらばらに建てるのではなくて、一定の都市計画のもとに公共的に建てていくということが今後の都市の政策のあり方、都市住宅のあり方でなければならないわけでありますから、できるだけ郵便貯金等の資金はそのように使われることが好ましいと思うわけであります。ただし、庶民が一定の消費を目的として資金が短期間に必要であるということに対して郵便局が一定のそういう資金需要にこたえる。たとえば一回五十万なら五十万というもので、これは住宅を建てるというふうな目的ではなくて一般の消費目的で使う、あるいは生活資金で必要だということであれば、その程度の少額でありましたら考慮しても、行なってもよろしかろうと思いますけれども、しかし、それは郵便局でやらなくても、日本の銀行自体のあり方というものを、設備投資に資金が主として回るというふうな融資のあり方というものを改めて、銀行自体が庶民のために融資を行なう、あるいはそのほかの、信用金庫、信用組合、相互銀行等がますます庶民のための金融機関になるようなふうに指導していくことが必要であり、また資金の配分というものがそのように企業の設備投資ではなくて、庶民の需要にこたえるような金融システムに変えていく必要があるだろうというふうに考えるわけであります。 それから減税の問題で、租税負担率は確かに日本は数字的には低いわけでありますけれども、租税食掛率というものは国民所得に対する税収入の割合でありまして、これが低いか高いかによってそれぞれの個人あるいはそれぞれの主体が実際の税負担が低いか、安いかということの基準にはならないわけでありまして、租税負担率が低いということの根本原因は、日本の租税体系が非常に不公平であるということにほかならないと思うわけであります。不公平であるということは、つまり所得税におきましても累進構造が非常に低い。むしろ中所得層以下のところに課税が集中するような形になっているということ、それから法人の税負担がおっしゃるように、非常に低いということ、それからさまざまな形での租税特別措置があって、このために払うべき税金が払われていないということなどの非常に不公平な体系によって租税食掛率が低くなっているわけでありますから、そのような不公平な体系を改めることによって租税負担率が向くなるということは望ましいことであり、灯火の財政需要の点からいいましても、租税の不公平な体系を改めるということが必要であろうというふうに考えます。 それから地方財政につきましてですけれども、これもいろいろな問題がありまして、一時に全部申し上げることはできませんけれども、最近一つ考えていることを申し上げますと、国税の所得税ですけれども、これを全部地方税に移譲するということはいかがかというふうに考えているわけであります。世上、住民税は徴税コストもかかるので所得税の付加税にしたらいいのではないかというふうな議論が行なわれているわけであります。これは一つは、地方住民税が所得税に比べて課税最低限が低いというふうな、つまり地方税が高いという問題ともからんでいるわけですけれども、そうではなくて、この付加税に対しては私は反対ですけれども、付加税にするのではなくて、もっと一歩進めて、所得税は全部国税からはずして地一方税に渡すということが思い切って行なわれれば、地方財源というのはかなり高くなる。できるならば法人税もかなりの部分を地方税に回すということが必要だろうと思うのです。ただ、その場合に地方自治体によるところのアンバランスがひどくなるわけでありまして、これは調整しなければいけないわけですけれども、この調整のためには、地方自治体の代表によって地方財政委員会のようなものをつくりまして、一定の所得税、法人税をプールしたものを地方自治体が互いに相談をして合法的に再配分するという形がとられる必要があるだろうと思うわけであります。現在の地方交付税制度というのはかなり大きな欠陥を内部に持っておりますし、またその配分のしかたが中央集権的になっているという欠陥をもっているわけでありますから、思いきって地方独自の財源としてさしあたり所得税を全部地方税にして、それを地方自治体の財政委員会によって再配分するというふうなことをお考えいただければ、たいへんいいのではなかろうかというふうに考えているわけであります。
○二階堂委員長代理 和田公述人に申し上げます。 御多忙中のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 原委員。
○原(茂)委員 高屋先生に二問、簡潔にお伺いしたいのですが、一問ずつお答えをいただくようにお願いを申し上げます。 先ほどの安全保障に関連してお伺いするわけでございすが、その第一は、今日までの戦争のいろいろな原因を考えましても、経済的な原因というものはもう抜くことのできない大きなウエートを持っていたわけなんですが、今日、日本の現況を見ますと、経済的には特にアメリカなどとは激戦を展開している、こういっても過言でないほどの状況にあるわけであります。さきに多国間調整が幸いに成立いたしましたが、あの種の問題でも、戦前でありましたらたいへん危険な状態、不安全な状態が起きていたろうと思うのです。また、わが国の貨幣の価値を見ましても、安定はしていないどころか非常に動揺をしております。原因はアメリカの経済の実態がああでありますから、アメリカ経済の立ち直りがない限りドルの不安は解消しない。金価格の引き上げが一体どの程度になるのだろうというようなことが、わが国経済への影響と不安というものが相当これからも続くと思うのでありますが、日本だけの例をとりましてもその種の大きな経済的な不文というものがありますか、やはり安全保障を考えるときには、いわゆる日本のあるべき国際的な経済の位置づけといいますか、こういったものにもある種の構想を持って、そのことに、もうきっちりとした経済活動そのものに国家的にもワク締めをするようなことも大きな意味では考えておかないと、いわゆる真の安全保障の目的が達成できないのではないか。 〔二階堂委員長代理退席、大坪委員長代理着席〕 先生のおっしゃる広範な安全保障論、たいへん参考になりましたし、賛成でございますが、現在、多国籍企業のアメリカ中心の海外における活動を見ましても、とかくもう子会社の傑作その他を通じまして、日本のお金でいうと、おそらく二千兆ぐらいのものがアメリカ多国籍企業によって世界市場の中で操作されている。そしてニクソン大統領は、この間の声明によりましても、この多国籍企業等に関しては援助するような状態。歴代の大統領はこれに手を加えてきたのですが、ニクソンはこれに全然手を加えないどころか、援助している。これに刺激されて、ヨーロッパが逆にアメリカに多国籍企業の逆上陸を行なう、わが国もおくれてならじというのでようやく、押し込まれている多国籍企業戦に対して、いよいよ日本の多国籍企業化も行なわれていくだろう。いろいろな経済的な現象を見ましたときに、やはりこの種から来る不安というものは、安全という点からいうなら非常に重要だと思いますので、中段に申し上げたように、一本の経済的な全体の構造あるいは位置づけというものが、安全保障という観点から取り上げられ、考えられていかないといけないのではないか、こういうふうに考えますが、先生の御意見をお伺いしたい。
○高屋公述人 いま先生の御質問になられたとおり、私もそう思います。先ほど申し上げましたように、経済的な関係をよくしていくということについては、つまり一方的な輸出だけではいけない、輸入を考えなければいけないということを申し上げたのは、それと関係があるわけなんです。そのことは、世界における日本の産業構造の位置づけということが必要なんです。 それを考えますと、日本はやはり高度発展した資本主義国である。これは社会体制がどうなろうと、技術的にも発展した国でございます。またそうなるでしょう。社会主義になっても同じような問題がある。だから、現在国際問題を考える場合、いわゆる社会体制の問題とともに南北問題を考えなければならない。そういたしますと、これは南、いわゆる発展途上国と競合するようなことは、日本産業の中で除々に解消していくことを取り上げなければいけない。したがって、食糧自給論とかいろいろありますが、これはもう時代おくれの考え方だと思います。それから原料の入り方も、最近マラッカ海峡問題が出ていますけれども、これは、今度はシベリアとの関係で向こうから燃料を持ってくる。これも非常にいい。そういう問題を考えるとともに、何も日本は、この原料を持ってきて世界の公害を集中する必要はないわけなのです。二次製品を持ってきて、それを加工するというやり方もあるわけです。 ところが、鉄鋼で申しますと、鉄鋼石と石油を持ってきて、あるいは石炭を持ってきて、日本でこれを普通鋼にしてそのまま出す。これは、普通鋼をよそから買って特殊鋼へ持っていってもいいわけです。これは、たとえばスイスの例を見ても、これは山地でありまして平地もありません。ところが、付加価値の非常に高い時計とか観光産業というものを考えている。考えますと、時計といい、あるいは光学器械とかあるいは工作機械という、いわゆる付加価値の高いものに集中していっている。チェコスロバキアが社会主義国においては一番北の国になっておる。これも昔から、伝統もございますが、モーゼルを中心とする大きな企業もある。そういう問題になってくる。だから、世界はどうしたって、いろいろ意見はありますけれども、垂直分業にならざるを得ない。日本もそれを見越してこのことを考えていくことが、諸外国と経済的な競合をしない。 いま、アメリカと繊維問題が起こりましたけれども、今後繊維問題で起こるのは発展途上国です。中国と起こるでしょう。インドと起こるでしょう。十数年前にすでにインドで綿布問題が起こったわけです。こういうことがありますから、日本の産業構造自身も、ただ中小企業、零細企業だといって援助するのじゃなくして、日本の世界におけるいわゆる位置づけ、これは技術上の問題もありますが、いろいろな面から考えて、大胆にそれを打ち出していくということが、この食料問題にしても、食管の赤字問題にしても、いい意味における解決になる。いまのような形で延ばせば、問題を延ばすだけだ。これは全く社会体制と関係ございませんから、超党派的にもお考えいただく問題じゃないかと思う。次に、多国籍企業の問題でございますが、これは先生おっしゃるとおりです。ユーロダラーの原資は多国籍企業から出てくるのだという説がいわれておる。そのとおりだと思う。多国籍企業の性格について日本には意見が二つございまして、一つは、ほんとうに多国籍だ、無国籍だという意見と、それから、やはりそれは国籍があるのだという意見がある。私は国籍があると思います。多国籍企業の主たるものはアメリカなのでございますが、やはりこれはアメリカというナショナルなインタレストにこの多国籍企業は従属すると思う。だから、これは全く無国籍企業だといってしまうのはやはりあぶない。日本も海外多国籍になろうという動きもございますが、結局そういうことになりますと、これは全くウルトラナショナルですか、いわゆる帝国主義的な衝突ということが現地で起こっていくということになるわけです。 なぜ多国籍にならざるを得ないか、あるいはなっていくかと申しますと、やはりいま申し上げましたような国内の産業構造の問題、あるいはそれに基づく国内の需要問題、いろいろな問題について政策が不十分だから、そちらへ利潤を求めて出ていくという資本の連動になってしまう。これをストップする形は、もちろん法的なものでもあるでしょうけれども、やはり経済問題は経済的に解決できるようなやり方をとる。そういう意味においては、今度ソビエトと、シベリア開発の問題でいくという杉における日本の資本の社会主義国との提携ということは、非常に意義があると思うし、今後も進んでいく、あるいは中国とも、あるいは北朝鮮ともやっていくことが、やはり競合しないということになる。 根本的には、いろいろと産業構造審議会とかいろいろなのでやっておられますけれども、まだまだ世界の情勢から言いますとおくれている。やはり根本的に、土地問題と一緒に農業問題、あるいはこれは各党派的にいろいろ問題があるので触れられませんが、やはりこれは触れなければならない段階に来ているというふうに私は思います。そうしないと、今度東南アジアあるいは発展途上国−との貿易といっても、向こうから何を買うのですか。買ったものと国内のものと競合する、関税障壁をしてくる、あるいは輸入を制限するとなると、これは円の切り上げが物価の引き下げにならぬと経済企画庁がおっしゃっている問題が起こってくる。これはもう第二次世界大戦後、非常に有無相通ずる形になっておる。そういう意味における、いい意味におけるブロック化ということが今後起こってくる。これは歴史的に申しまして、封建的な自給経済から資本主義になったように、資本主義のワクからだんだん出ていく。EECもそうでございますし、コメコンもそうでございますが、いろいろとそういういい意味における、いわゆるブロック化と言っては語弊がありますが、この問題はもう世界の動きなんです。これを見通して、やらなければいけない垂直分業を大胆に出していくということだと私は思います。
○原(茂)委員 二つ目は、いまちょっとおっしゃったのは北方領土の関連なのですが、一九五六年、約十五年前に日ソ共同立言が発せられましたね。このときの日ソの取りきめによりまして、平和条約締結と同時に、歯舞、色丹は要するに日本の固有の領土だから、これは返してやろう、こういうことをソ連もはっきりとあの宣言の中に入れたわけなんです。ですから、歯舞、色丹は日本の領土であることが双方で確認をされているわけです。現在、私は社会党ですが、社会党の立場では、千島全部を返してもらえ、こういう主張をしていますが、自由民主党の立場では、この間総理の発言によっても、国後、択捉まで返してもらわなければだめなんだ、こういう御意見でした。 そこで、この国後、択捉に局限して考えてみるのですが、先生もちょうど教育者でございますが、わが国の中学校、高等学校の教科書の地図を見ますと、国後、択捉が日本領土になっているのですね。自民党の総裁、総理ですらが、とにかく国後、択捉を平和条約締結のときに返してもらおうという前提に立っておられるぐらい、この領土が日本の領土であるとはいえない状態にあるわけです、国後、択捉は。南千島ですね。これをこの教科書に、終戦後何年かたったときに、国土地理院の地図も日本の領土にきちっと入れるようになったのですが、私はこの点に関して、いまのように、北方領土問題、非常に神経を使うデリケートな問題なんですが、この問題がお互いに話し合われているときに、国後、択捉を日本の領土であると学校教育の図書にまで明記するということは、これは少し刺激をするし、あやまちではないか。領土問題に関しては真剣ではあるけれども、もっと謙虚さがほしいと思うのですが、この教科書に国後、択捉を日本の領土であると示してある点と、国土地理院の地図にまで日本領土になっている点を、私は、いけない、こういう態度はよろしくない、こう考えていますが、先生の端的な御意見をひとつお伺いしたい。
○高屋公述人 先生おっしゃるとおりだと思います。領土問題というのは、たとえば南極を考えても、探検しても、あるいはまだどこの国の領土であるかわからないというところがたくさんあるわけです。そういう場合は、ここがわが国の領土である、どこの国の領土であるということを、関係諸国との条約なりあるいはそれぞれの機関において認めて、初めて欲上になるわけなんです。したがって、まだはっきりと利害関係国とできていないときには、これは領土を正式に主張しては——意見として出すのはいいけれども、認めるべきじゃない、こう思います。したがいまして、現在国後、択捉について日本の領土であると地図をかくのは、やはりまずいと思います。よくないと思います。紛争といいますか、問題のあるところは、これはやはり白紙でおくべきだ、そういう立場に立つべきだ。これは南極の領土問題を考えればすぐわかると思います。 ついででございますが、私も先生と同じように、千島は全部日本の領土だと思います。なぜかと申しますと、あれは南樺太と違いまして、日本が戦争によってとったところとは違うわけです。ちょうど百年ほど前に、あのところは、島の向こう側はロシアの方がいらっしゃった、こちら側は日本人がおったというような段階があって、まだ領土の主張もはっきりしていなかった。たとえば、近江商人が行った地図なんかにもすでに行っている者もある。そんなことを主張してもしかたがないわけです。実際できましたのは、あの紛争はいけないというので、アメリカが仲介に入りましたが、いわゆる交換条約によって、樺太は全部ロシアのものだ、千島は全部日本のものだという交換条約によって、明らかに相互がきまった。当時の榎本武揚がペテルスブルグに行って調印したのです。したがって、南樺太は日本が戦争でとった、これは返す。それで、一九四二年一月一日に連合国宣言というのができております。これは連合国ができたすべての出発なんです。そこで領土不拡大ということをはっきり育っております。やはり自分たちが宣言したことは、連合国も守らなければいけない。しかしとった領土は返すべきだ、固有の領土はとらないということは、連合国宣言ではっきりいっている。これはやはり言えると思う。ただその点が平和条約で、あの条約自身にいろいろ問題があって、へたなことをなさったからこうなった、私はそう思います。
○原(茂)委員 どうもありがとうございました。
○大坪委員長代理 これにて午前の公述人に対する質疑は終了いたしました。 町屋公述人には御多忙のところ長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。 午後は一時三十分より再開することとし、誓時休憩いたします。 午後零時十六分休憩 ————◇————— 午後一時三十六分開議
○二階堂委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 昭和四十七年度総予算について公聴会を続行いたします。 この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ御出席いただきましてまことにありがとうございます。 本日は、各位の有益な御意見を拝聴し、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第でございます。何とぞ昭和四十七年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。 次に、御意見を承る順序といたしましては、まず鈴木公述人、続いて藤田公述人の順序で、約三十分程度ずつ一通りの御意見をお述べいただき、その後公述人各位に対して、委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。 それでは、まず鈴木公述人にお願いいたします。鈴木公述人。
○鈴木公述人 最近、日本人の海外旅行というのが高まりまして、そしてそのために外国体験者というのがたいへんふえているわけでございます。そういう方たちはまず外国にいらっしゃって、そして外国の都会をごらんになると、何としても日本はだめだなとお感じになる方が多いのじゃないかと思うのです。それは一見したところで、住宅とか道路が非常に貧弱ですし、それからまた緑がないということも、一つの日本の都会の特徴じゃないかと思うのです。さらに、見えないところ、それは下水道でございますけれども、公共下水道が非常に日本はおくれている。そういうところは日本の一つの恥部じゃないかと思います。 私は、公共下水道が非常におくれているというそういうことで、再三冷や汗をかかされた思いがあるわけでございます。まずその一つは、日本へやってきた外国人が、なぜ日本の町はこんなにくさいんでしょうと、そんなふうに言われて顔を赤らめたこともございますし、それからまた外地生活をしていたおりも、日本の下水道は非常に普及率が悪い、しかも東京に住んでいるような住人までもが、汚物と一緒に同居して暮らしているというけれどもそれはほんとうかと、そんなふうな質問を受けまして、ほんとうにそれを肯定しなければならなかったときのくやしさと恥ずかしさを、いまもって忘れることはできないわけでございます。 日本の経済力がたいへん大きくなって世界から注目を浴びるようになってきた現在、日本のGNPの高さに比べて、欧米先進諸国に比べますと、私たち日本人の生活環境というのは非常に低いんじゃないか、そういうことが現実である間は、私のように、何が大国のものか、何が文明国のものかと、そういった反感を込めた目で見られる在留邦人は多いんじゃないかと、そんなふうに思います。それはまた海外における日本の評価にもつながっているんじゃないか。だから、今度の予算でやっと一代生活優先の方向が示された、そういう声がかかったということで、私はほんとうはほっとしたわけでございますけれども、はたして今度の予算が国民生活優先の方向づけになるか、あるいはこういった路線が定着するのかどうか、そういう懸念が、私のこれから意見を述べる本筋でございます。 今度の予算のうち、一般公共事業費は二兆円の大台に来りまして、予算の約二割を占めたわけでございますし、それから財政投融資計画でも、住宅や道路などの公正事業はずば抜けて伸びておりますし、地方債計画でも五一%増と、それは大幅に伸びているわけでございます。それからまた公共心業の内容にいたしましても、従来はどちらかというと生産第一主役的なところがございましたけれども、今度の予算では住宅とか下水とか公園等に、われわれ住民の生活に密着した部分の伸びが多いように見られます。 こうして見てみますと、確かに今度の予算では、決定的におくれた社会資本の整備に取りかかろうとする政府の姿勢はうかがえるわけでございます。しかし、今度の予算が超大型になって、そして国債も赤字国債にならないぎりぎりのところまで目一ぱいに発行した。これをもとにして各省はおおばんぶるまいにあずかったわけですけれども、わけても公共事業費が非常にふえたというのは、一つには不況対策でこの予算が組まれたという、そういった面に注目しなければならない。だからこれを裏返して言うと、もし景気がよかったならばこんなに国内福祉の傾向が見られただろうかと、そういうふうに懸念されるわけでございます。そういうことから、四十七年度の予算はまあまあ生活優先の傾向が見られるのだけれども、はたして四十八年、四十九年の予算編成はどうなるの、だろうか。また景気がたとえよくなった場合に、民間投資が非常に活発になった場合に、政府の公共事業重氏の姿勢がくずれないものだろうかどうだろうかというふうな心配がございます。住宅とか下水などの面では、西欧先進諸国のストックに比べますと、日本はゼロにひとしいところから出発するわけでございますから、一年一年充実していっても、十年、二十年というふうなそういった計画を立てでなければとてもじゃないけれども、文明国の仲間入りをすることはできないじゃないか。福祉に縁遠かった日本国民は、住宅も下水道も学校も、老齢年金も身障者保護も何もかもほしいというところでございます。しかし、一方財源には限度があるわけでございまして、これを全部満たすのにはまた月日がかかるということも承知しなければならない。しかし、そういうことであるならば、今後の福祉の内容と、その福祉がいつ実現されるのか、そういったことが明示されること、私たちとしてはそういうことを希望したい。国民の一人一人が、自分たちの生活環境や社会保障が月日を追っていったらよくなっていくのだという、そういうことがはっきりわかっていれば、私たちはどれだけ将来に希望をつなぐことができるかもしれないし、またもっと落ちついて生活することができるんじゃないか、そんなふうに思います。 そうした長期の具体的な計画のためには、好況、不況にかかわらず、どうしたら高福祉国家をつくることができるかといった財政運営の面での専門的な考え方をまとめるということも必要でございましょうが、それより以上に、何が何でも国民福祉の充実をはかっていくのだという政府の決意のほどを示すような声がいま一歩聞きたかった、そういうふうに思います。 高福祉社会をつくり出すのにはばく大なお金がかかることは、これはもう当然なことであって、それを国と地方とで分担していくわけでございますけれども、地方財政というのは、近年財源の収入の伸びの割合に住民サービスの要求が非常に高くなってきて、どこも火の車だというふうに聞いております。 今度の予算では、地方公共団体では地方債を大幅に発行するし、それから国のほうからは特別交付税を交付税に上積みしてもらって、何とか地方財政は整ったというふうに見られます。けれども、それだけ借金の依存度というのは高くなったわけでございまして、これを利子をつけて返すようになるということになりますというと、地方財政は、それでなくてもお金がないというところでは非常に圧迫されるのではないか。大きな公共事業になりますというと、国が全部負担してくださるわけじゃなくて、どうしてもそれは大体せいぜい六割どまりで、あとは地方自治体が負担しなければならない。そうすると、財政にゆとりのない自治体ではどうしても公共事業のおつき合いをするだけで手一ぱいで、独自の事業は非常に縮みがちだ。だから、国民生活の優先というふうにいっていても、具体的な一人一人の住民の問題になってくると、あるいは地方的にはしわ寄せを受けて、かえって福祉でなくなるという面も出てくるわけでございます。この際、そういったひずみをなくすためにも地方自治体を強化して、財政的にも行政的にももう少し国から独立したものにできないものだろうかと、そんなふうに希望いたします。 その点で、私はドイツの例を思い出すのでございますが、ドイツは連邦政府に対して州政府がございまして、非常に地方分権主義が通っているところでございます。そしてまず税の徴収でございますが、その州政府、日本の地方自治体に出たる州政府が、所得税、法人税、財産税といった直接税の全部徴収権を持っておりまして、そしてかえって国のほうがそこから四割ちょうだいして財政をまかなう。そういう意味からは、日本の三割自治ということに対して、ドイツの場合には四割国家ということが言えるのじゃないか。こういうふうなスタイルになってくれば、地方自治体の財政の両でも非常に窮迫するということがなくなって、したがって、独自の政策で名実ともに自主的な行政を進めることができるのではないか、そんなふうに考えます。またそうすることによって、ドイツでもそうであるというふうに開いておりますけれども、中央と地方との格差は少なくなって、いま日本で問題になっている過密と過疎の問題もそれだけ軽減されるのじゃないか。巨大都市の都市問題なんというのもぐっと荷が軽くなるのではないか、そういうふうに思います。 予算の話からたいへん飛躍いたしましたけれども、国民生活優先の政策を貫くというためには、地方分権の確立というものが有効だという私の考えから、ドイツの例を引き合いに出してお話しして、みました。 四十七年度の予算についての私の意見は、これでおしまいにいたします。(拍手)
○二階堂委員長代理 どうもありがとうございました。 次に、藤田公述人にお願いします。藤田公述人。
○藤田公述人 ただいま御紹介を受けました、私が社会福祉法人岐阜三輪老人ホームの理事長であります藤田政明でございます。 昭和四十六年度を起点とする老人福祉施設緊急整備五カ年計画により老人福祉対策が強化され、昭和四十七年度一般会計予算が前年を大きく上回り、五〇%増しの一千五百億円が計上されましたことに、私、老人ホームの経営者として厚く御礼申し上げます。 私は、きょうこの機会に老人福祉法による「養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備及び運営に関する基準」による養護老人ホームについて、一、法第二章第十一条(設備の基準)二項に「二十一 作業室」を加えてください。一、収容人員一人当たりの建物基準面積を増加してください。以上の二点により、昭和四十七年度、社会福祉施設整備費予算額試算百二十億に対して、老人福祉施設整備費として基準面積のみで十億円を増加して百三十億円にしてくださいという観点から、次に述べさせていただきたいと思います。 私は、国の最重点政策である老人福祉対策について、その一助となればと念願し、昨年、岐阜市、岐阜県を経て厚生省に社会福祉法人設立認可申請書を提出いたしましたところ、本年一月十九日、厚生省 社 第三十一号で社会福祉事業法第二十九条第一項の規定により斎藤昇厚生大臣より設立認可書をいただき、本年二月三日、岐阜地方法務局に正式に法人設立登記をいたしました。そして来たる新年度、昭和四十七年四月一日より第一種社会福祉事業として養護老人ホームを経営することになりました。もちろん、老人福祉法による基本的理念、「老人は、多年にわたり社会の進展に寄与してきた者として敬愛され、かつ、健全で安らかな生活を保障されるものとする。」をよく理解し、目的をも把握しながら準備を進めてまいりました。 当老人ホームの周囲の環境についても、長良川の上流、三輪山の山腹で、日照、採光、見晴らしがよく、県下最大の敷地を誇り、西側は、遠く奈良時代に僧行基が創建し、また藤原時代の名作、国の重要文化財である釈迦如来像と枯山水の名園を持つ真長寺があります。東側は古都奈良より三輪神社を奉迎し祭ってあります。中腹には七堂伽藍が立ち並び、十六僧坊があってたいへん栄えた場所で、ばい煙、騒音等公害の心配は全くなく、きわめて静かなところで、心身の健康を保持し安らかに生活していただけるものと信じています。 設備の運営に関する基本方針に「健全な環境」とありますが、当老人ホームは自然のうちに具備し、このような敷地の上に、養護老人ホームとして構造、設備の一般原則、設備の基準等、法に基づき設計し、私、設計士、建築者とともに密接なる連絡をとり、県当局の御指導を得て、この三月十五日、環境日本一の老人ホームとして建築完成を目ざしております。 当然のことですが、私自身、社会福祉事業に関し熱意を持ち、法律の基準を下回らないよう常に努力し、整備及び運営の向上につとめておりますし、今後もその決意で運営に臨んでおります。 それにつきまして、従来、とかく老人ホームといえば養老院といったじめじめした印象が強いのですが、当老人ホームは新設で近代的な設計で、鉄筋コンクリート全室南向き、暖房設備も整い、伸び伸びとした雰囲気の老人ホームができ上がりつつあります。 先ほど申しましたとおり、幸い昭和四十六年度を起点として、老人福祉施設緊急整備五カ年計画で老人福祉対策が強化され、特に昭和四十七年度、国の予算が前年度を大きく上回り、五〇%増の総額一千五百億円が計上され、社会福祉施設整備費も、前年八十三億円に対し試案百二十億円と大幅な伸びを示し、今年度老人対策の五木の柱のうち、老人ホームの拡充整備も入っている由であり、たいへん喜ばしいことでございます。 そこでお願いをいたしたいのは、私の当養護老人ホームを例にとりますと、岐阜はB地区となり、昭和四十六年八月十八日、厚生省第九百六十号で、昭和四十六年度社会福祉施設整備費として国庫補助基本額が三千三百十二万四千円、国庫負担(補助)予定額が一千六百五十六万二千円、県費負担(補助)予定額が八百二十八万一千円、自己負担が八百二十八万一千円の内示を県民生部長より受けました。 すなわち、基準単価は鉄筋一平米当たり工事費三万七千百円、暖房設備工事費三千八百八十円、合計四万九百八十円となり、収容人員も、一人当たり創設の場合の基準面積は十五・八平米ですので、当老人ホームは収容定員が五十人となっていますので、四万九百八十円かける五十人イコール三千二百三十七万四千二百円、初度調弁費をまぜまして三千三百十二万四千円となり、基準面積は十五・八平米かける五十人イコール七百九十平米となっています。しかし現実は、工事費五千四百六十八万二千九百円、暖房費四百五十万円、設計監理費百五十万円、合計六千六十八万二千九百円、建物の面積は九百八十・三五三五平米となりました。 双方を比較検討いたしますと、基準単価では三千三百十二万四千円ですが、当老人ホームの要った費用は六千六十八万二千九百円となり、差し引き自己負担金が基準面積のみで二千七百五十五万八千九百円となり、基準面積では差し引き増百九十平米という多額の設置者負担が現実となっております。 したがって、設備に関する基準、社会福祉施設整備費の国庫負担(補助)の工事費基準単価については、昭和四十六年四月一日適用と、過去毎年改められてきておりますが、基準面積については、昭和二十五年生活保護法による養老院がそのまま昭和三十八年老人福祉法に延長され、一人当たりの面積が十四・九平米とされて、過去二十年間一度も改正されてないと思います。昭和四十六年に入り、老人は、その希望と能力に応じ、適当な仕事に従事する機会、その他社会的活動に参与する機会を与えるという生きがい向上の意味で、一人当たり〇・九平米の作業場が認められ十五・八平米に改正されましたが、昭和四十三年、住宅統計調べによる国民全体の一人当たりの居住密度の面積五・五畳から見ましても、また当老人ホームの現実の問題としても、決して満足な数字ではないと思います。 当老人ホームも、老人福祉法の口的、基本的理念に沿う方針で面積をきめております。老人福祉法第三章第十七条施設の基準に、「一、厚生大臣は、中央福祉審議会の意見を聞き、養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備及び運営について、基準を定めなければならない。2 養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設置者は、前項の基準を遵守しなければならない。」となっており、私も経営者として法は忠実に守ってまいりますが、今後のためにも、当老人ホームの一人当たりの基準面積を参考にされ、少なくとも三・八平米の国の基準面積を増加していただきたいと思います。せっかく国のとうとい補助をいただいての鉄筋コンクリート建ての養護老人ホームです。いままでの政府の小口で多くつくるというのではなく、〇・九平米増しの作業室をも認められていますので、個室、プライベートルームもつくりたいのです。今後三十年、五十年と使用できますので、ここらで今後の長期にわたっての基準面積を作成し、直ちに使用できるよう考慮していただきたいと思います。したがって、社会福祉施設整備費の基準面積の増加分として、試案百二十億円に対してプラス十億円、百三十億円にしていただくようお願いいたします。 長らくの御清聴ありがとうございました。(拍手)
○二階堂委員長代理 ありがとうございました。 —————————————
○二階堂委員長代理 これより両公述人に対する質疑に入ります。質疑の通告があります。大村襄治君。
○大村委員 まず鈴木公述人にお尋ねいたしたいと思います。 あなたは先ほど、四十七年度予算においては福祉優先の点が明らかにされておって、その点はかなり評価できるけれども、四十八年度以降が不安であるというように申されまして、その点はごもっともな御懸念であると、私ども拝聴いたした次第でございます。 そこで四十八年度以降の問題ですが、予算は御承知のとおり単年度予算で計上されているわけでありまして、また時期が近づけばおそらくその点は明らかにされると思うのでありますが、あなたのお気持ちをあらわす方法としてどういうふうにしたらいいか。たとえば長期計画を明らかにするとか、まあそういうことをいろいろ考えられると思うのでありますが、その点についてどのようにお考えであるか。御希望でもけっこうでございますが、承らさしていただきたいと思います。
○鈴木公述人 お答えいたします。 しろうとでございますから、専門的なことは何もわかりません、けれども、国民の一人といたしまして、長期計画を、ただこうしたいという方法ではなくて、財政のほうでも具体性を持ったそうした計画が示されれば安心して——いま自分のところの区域に公共下水道が施設されなくても、二年たてばそうなるんだとか、そういうことがはっきりわかっていれば、非常に安心して住まえるんじゃないかと、そういう意味合いでございます。
○大村委員 その次に地方財政の関係でございまが、しろうとだと御謙遜なさっているにしては、ドイツの例など引かれまして、非常に参考になったと思うのでございます。そこで私ちょっとお尋ねしてみたいと思いましたのは、これは私も不勉強でよくわからぬのですが、数年前私が調べたところによりますと、ドイツの制度は確かに州が中心になってできている。ちょうど一木とは逆の方向になっておって、交付税が国の税に荒磯を置いて、一定割合が地方に交付されているのが日本の場合であるけれども、ドイツの場合には、州に所得税以下大きい税が帰属しておって、そのうち一定割合を連邦のほうに逆に出す、こういう仕組みになっておる。そういう意味からいえば、州の地位が堅固であって確立されているということは言えると思うのであります。ところが、その分けぐあいにつきましても毎年のように紛争がありまして、連邦のほうに出す割合を高めろとかいうことがしょっちゅう国会で問題になっている。そういう問題がございますが、どうも州内の市町村に対する手当てが各州にまかされておりますのでまちまちである、概して市町村の地位が不安定であると、こういう感じを私は受け取ったのでございます。住民自治といいますと、身近な市町村の財政基盤が確立しないとほんとうの住民の福祉の向上に役たぬではないかというのが、当時私が調査をして受けた感じでございますが、その辺のことについてどのようにお考えであるか、もし御存じでしたら承らしていただきたい。
○鈴木公述人 その市町村の存在が非常にあやふやである、そういうことは御説のとおりだと思います。私も何もドイツに詳しいわけではございませんけれども、ただ日本の場合、実際にいま各地で住民運動というのが起きている。市民運動が起きているわけでございますが、そういうものの一つや二つに参加いたしますと、きまってぶつかるのが、まず一番身近な自治体にぶつかりますと、そこで話し合いをしているうちにきまって、これは実は自分たちには権限がないんだというふうな話が出てくるわけでございます。私は実は鎌倉市に住んでおりますけれども、鎌倉市といろいろ話をしていると、いやそれはもう神奈川県だというふうな話になるわけでございます。神奈川県の管轄に入っているから、実際鎌倉市でいろいろ道路をつくったり何か、鎌倉市の地域に道路はつくられるのだけれども、県の話である。県のほうへ参りますと、実際はほんとうの計画は国のほうに行っているのだというようなぐあいになって、私たち住人からいたしますと、たらい回しのような感じを受けるわけでございます。いままで全く政治に無関心であった一市民が政治の一端に加わるような市民運動というものはそういうものだろうと思うのでございますけれども、そういった場合に水をかけられるような、そういう傾向がございますので、できたら、まあ必ずしもドイツのような道州制という意味ではございませんけれども、もう少し地方に財政の面でも行政の面でも権限が広くなったら、いま非常にもたついている前角連動というものもすっきりするんじゃないか、そういう意味合いから申し上げたまででございます。
○大村委員 どうも鈴木さん、ありがとうございました。 藤田公述人にちょっとお尋ねしたいと思いますが、あなたの御経験に基づくお話を承りまして、私も実は郷里で特別老人ホームをちょっと御相談を受けて、数年御相談に乗っておる経験もございますので、身につまされるような思いがしてお話を承ったわけでございます。厚生省の示した建設費の基準の面積でございますとか、あるいは単価が実情に合わない、これはほかの国庫補助金についてもよくいわれておることでございますか、老人ホームのように、非常にお気の毒な方々に入ってもらう施設、しかも建設主体が社会福祉法人であって、あまり収入の道が豊かでない場合には、もっともっと気をつけていかなければならない。そういう意味で、私が最初に関係しましたときよりはだいぶ改善されておるようには承ったのでありますが、なお改善をはかる点が多々あろうかと思うわけでございます。 そこでちょっと伺ってみたいのでありますが、あなたの計画されている場合の用地代、これはどのように御計画で考えておられるのですか、ちょっと参考に承らしていただきたい。
○藤田公述人 土地の確保については、岐阜市の篤志家が寄付してくださいまして、現在五千四百平米という広さの土地を一越本財産にしております。今後は、現在養護老人ホームをつくっておりますが、五千人の定員収容ですので、特別養護老人ホーム、それから養護老人ホームの定員をふやすということにつとめておりますが、私のほうは、買収するということではなく、現在のところ寄付してもらった財産で県下一という大きさですので、今後買収しようということはありません。
○大村委員 そうすると、土地代は無償で寄付を受けておられる、こういうことなんですね。その点は、経営上将来に負債身を残さないという意味で、たいへんけっこうではないかと思うわけでございます。建築費の単価の不足をどうやって埋めるか、いろいろ御苦心が多いと思うのでございますが、ぜひがんばっていただきたい。改善にはもちろんこれから私どもも努力いたしたいと思います。 なお、私、老婆心かもしれませんが、でき上がった後の経営管理上、やはり人件費の問題、特に保母さんなど、いま労務不足のおりから、こういったお気の毒な老人の方をお世話する人員を確保し、そして必要な待遇をやっていくというためにいろいろ御苦労が多いんじゃないか。それに対しては相当多額の国庫負担も行なわれることになっておりますが、その辺どのようにお考えになっておりますか、簡単でけっこうでございますが……。
○藤田公述人 もちろん新年度、四十七年の四月一日から発足するわけですけれども、定員の五十名というのは少なくとも半年か一年後でないとできないわけです。それまでは、理事がそれぞれ負担をしたり一般から寄付するということで補充しております。
○大村委員 ありがとうございました。
○二階堂委員長代理 次に、阪上安太郎君。
○阪上委員 きょうはお二人の公述人、土曜日でございますが、たいへん御苦労さまでございます。 そこで最初に鈴木公述人にお伺いいたします。 先ほど、生活環境施設整備というものは、下水にしても何にしても、ごみ処理その他、諸外国に比べてたいへん劣っている、私はそのとおりだと思うのであります。そこで、あなたが先ほど公述の中で御心配になっているのは、ことしは幾らかその面で予算の中で頭を出してきた、しかしながら、これらの公共事業については、一方において景気浮揚対策と非常に関係を持ったような予算である、したがって、四十八年度以降にこういった好ましい姿が継続されていくかどうかということについてたいへん心配だ。それと関連して、そういった仕事をやっていくのは地方公共団体ではないだろうか。ところが地方公共団体の財政を見ると、非常に貧困であり自主性がない。こういうことから最後に御提案なさっているのは、この際やはり租税の再配分をやる必要があるんじゃないか、こういうふうに私承ったわけなんであります。全くそのとおりだと思います。いま国の租税は、国税と地方税に分けまして、国税が大体六割は取ってしまっている。かつて七対三くらいの割合で国が取っておった。それが幾らか改まっていま六対四くらいになっている。しかし、よく考えてみると、やはりこれは逆ではなかろうか。ということは、実際にこの金を使う場合には、国のほうから補助金なり何なりの形でおりてきまして、逆に使っているわけなんです。そうならばもっと自主性を、持たしてやっていく必要がある。そこで西独の場合等、納付税方式といいますか、そういったものをお考えになって、そうして地方税が主体になってあと国のほうへ配賦してやる。いまの行き方の逆の姿をとれという説だと思うのです。これは国会におきましても、シャウプ税制改正以来やか正しくいわれている問題なんでありますが、それが一向にそのとおりにならないというようなことで、いまだにこれが懸案になっておるままになっております。私、そういう御説を伺って、主婦の方かそういうふうに認識されている方は非常に少ないのでありまして、非常に敬意を表しているわけでありますが、こういったことについては、われわれも今後ともやはり努力いたしたいと思います。 ただ、ここで少し観点を変えましてお伺いしたいと思うのですが、いま御案内のように非常に景気が落ち込んでおりますけれども、一方において高度経済成長のひずみが出てきておりまして、それがあなたの御心配になっているような向きに実はしわ寄せされてきたわけなんです。しかし、ここで景気を極度に抑えてしまうということは、デフレに入りますので非常に危険なことだ。したがって、この際、日本の経済というものをあなたがおっしゃっているような好ましい方向に持っていくためには、成長をあまり急激に押えないで、しかもそういう社会資本の投資の方向へ思い切って金を使う方法がない、だろうか、これはたいへんな問題だと私は思っておるのでございます。 そこで、これは私なりの考えでありますけれども、この際日本はひとつむだな投資、むだな消費をやめたらどうか。お伺いしたい点はそこなんですが、たとえば広告費なんというものは、御案内のように企業は非常に大きな金を使っておるわけなんです。しかし、主婦の側から見て、あんな広告がはたして必要なんだろうかというふうにお考えにならぬだろうかどうか。それからいま一つは、モデルチェンジを非常にやるわけなんです。家庭電気なんか、毎年あるいは半年に一回くらいモデルチェンジをやっている。あんなむだな投資ははたしていいのかどうか。あるいはまた、薬などにいたしましても、何とか新薬がどんどん出てまいりまして、古い薬をやめるかと思うと一向にやめないで、二万種類ぐらいのものが日本で売っている。ああいったむだな消費なり投資なりの行き方がいいのか。それからこの間も公明党の多田さんもここでやっておりましたが、ポリエチレンの容器だとかなんとかいう問題が出てまいりまして、ああいうような投資のしかた、消費のしかたがいいか、いろいろな問題が実はあるわけなんです。たとえば宴会等に多く使われております交際費など、ああいうむだな消費をやっておって、はたしてほんとうに社会福祉なり環境設備なりに使う金が出てくるだろうか、景気を落とさずにやっていくために。こういう問題があるのでありますが、そういった点について、あなた方の実際お使いになっている方々の感触をこの際ちょっと承っておきたい、こう思うわけです。
○鈴木公述人 お説のとおりだと思いますけれども、テレビでもって買え買えといろいろな新製品を紹介されると、確かにそれは必ず買わなくちゃいけないものじゃないし、ただ広告をしているだけであって、選択力というのは一般職祝着、一般市民側にあるのですけれども、やはりそういった大雄消費時代ですか、そのために、新聞を見ても広告は載っている、雑誌にも載っている、つまりマスコミを広告が占領している、そういうことになってみれば、それを受けるほうは一方的にそれを受けて、選択力がありながらやはり押されてしまう。そういうことから、本来なら一般市民側からそれを規制する、たとえば非常に過大広告してあるものは、それは見抜いて買わない、そういったことであればよろしいのですけれども、必ずしも、そういった望ましいかっこうよりも、一番広告、宣伝費のかかったものをみんなが買うようになる。実際はそういうふうな傾向があるようでございます。 そういうことから、やはり広告を規制していく。日本人のいままでの体質からいくと、ほんとうは下から全部上がっていって規制すると非常に好ましいかっこうが出ると思うのですけれども、やはり行政的に規制する方向にあったほうが、いま方々で起きている市民運動なんというものを非常に力づけていい方向にいくのじゃないかというふうに思います。だから広告にしても、それから使わなくてもいいものを宣伝するというふうな、そういう面でも非常に規制を強くされていったほうが望ましいのじゃないかというふうに思います。
○阪上委員 大体感触を伺うことができましたが、どうでしょうか、たとえばテレビなどにいたしましても、内容はほとんど変わっていないのです。ただかっこうが変わっている。中にはリモートコントロールなんかのもある。ところがこれが欠陥だらけだ。それから車にしてもそうであります。ほとんど変わっていないのですが、スタイルだけが変わっている。やはり御婦人方としては、ああいうかっこうのいいものは望ましいですか。端的なところをひとつ……。
○鈴木公述人 それはもう程度問題だというふうに思います。それが極端に、やはり国によっては一種類しかないとか、それから数えるほどしかないというふうな状態、つまりそれもまた選択力があまりなさ過ぎると、程度問題でございますけれども、やはり外側がちょっと違っているとか、そういうかっこよさに引きずられてものを買うという、そういう傾向ももちろんございます。それはやはり消費者運動というものを高めて、みんなの認識を改めていけば、そういったばかばかしい買いものをしなくなるんじゃないかと、そんなふうに考えております。
○阪上委員 どうもありがとうございました。 それから藤田公述人、ちょっとお伺いしますが、なるほど老人施設というものは非常にまだまだ不足であります。たとえば老人ホームにいたしましても、日本の老人のうち何人が入っておるかという問題もございます。しかしどうしてもやらなければならぬ施設であろう、私もこのように思いますし、寝たきり老人対策もきわめて必要であります。その他いろいろな老人施設も公につくっていかなければならぬと思いますが、老人の日などに私どもが参りますと、そういったことに対する非常に強い要望はもちろんございますが、同時に、皆さんがおっしゃる、お年寄りがおっしゃることばの中に、私などももうぼつぼつそっちに入るんでありますけれども、やはりおれたちいまでもまだ働けるんだ、それにしちゃ若い者と同じようには働けないんだ、しかしおれたもが働けるそういう場所をつくってもらうことが老人としてきわめて生きがいを感ずるんだ、こういうような説があるんですが、あなた老人ホーム関係をおやりになっておりますが、こういった老人対策というものについてどうお考えになりますか、いま申し上げましたような点について。
○藤田公述人 私のほうは老人ホームの中で老人の生きがい向上ということを考えておるわけですが、先ほども申し上げましたように、法文の中に作業室という基準が設けてありませんので、それを〇・九平米生きがい向上ということでふやされたということですので、私はそれを法文化していただいて、そして今後もそこに老人の人たちが集まっていただいて働いていただく。まあたとえば私のおばあさんの場合でも、うちで私が小づかいを払った方がかえっていいくらいなんですけれども、それでも少々のことでもやつっぱり働いておる、それが生きがいだということですので、老人ホームに入っておる人もできることならそういうことで働いていただいて、生きがいを向上していただこうというつもりで、私のほうの老人ホームといたしましても、できるだけそういう便宜をはかりたいと思っております。
○阪上委員 終わります。
○二階堂委員長代理 これにて両公述人に対する質疑は終了いたしました。 鈴木、藤田両公述人には、御多忙のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。 これにて公聴会は終了いたしました。次回は、明後十三日午前十時より委員会を開会し、一般質疑を続行いたします。 本日は、これにて散会いたします。 午後二時二十四分散会