P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
68回国会衆議院1972/06/07

文教委員会 第20号

発言数
18
登壇者
4
会派数
2
開催日
1972/06/07

会議録

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 これより会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を行ないます。  この際、学校図書館法の一部を改正する法律案起草の件について議事を進めます。  本件につきましては、先般来各党間において御協議願っていたのでありますが、先刻の理事会におきまして、協議がととのい、お手元に配付いたしましたような起草案を作成した次第であります。

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 本起草案の趣旨及び内容につきまして、便宜委員長から簡単に御説明申し上げます。  学校教育の進展に寄与するため重要な使命をになっている学校図書館は、去る昭和二十八年に本法が制定されて以来、関係者の努力により、逐年整備され、今日では蔵書等の設備は一応充実されたのであります。しかしながら、学校図書館に関する校務及び専門的事務に従事する教職員の配置等については、いまだ十分でなく、今後一そうの充実向上が要請されているのであります。  よって、この際、現行の司書教諭の制度を整備するとともに、学校図書館の実務を担当する職員の職制に法的根拠を与え、その職務、資格等を明らかにして、その地位を確立することが急務であると考える次第であります。  その内容の第一は、現行の司書教諭の制度を整備するとともに、新たに学校司書の制度を設けることであります。  第二は、学校には、司書教諭を置かなければならないこと、ただし、文部省令で定める特別の事情がある場合は、この限りでないことであります。  第三は、学校には、文部省令で定めるところにより、学校司書を置くものとすることであります。  第四は、司書教諭は、校長の監督を受け、学校図書館に関する校務を処理し、学校司書は、司書教諭の指示のもとに、図書館資料の整理、保存その他の専門的事務に従事することであります。  第五は、司書教諭は、教諭をもって充てることとし、学校司書は、当分の間、事務職員をもって充てるものとすること、この場合において、当該教諭または当該事務職員の必要とする資格について定めることであります。  第六は、その他関係規定の整備をすることであります。  第七は、この法律は、公布の日から起算して六月をこえない範囲内において政令で定める日から施行することであります。  第八は、この法律の施行のため、次の経過措置を定めることであります。すなわち、  その一は、この法律の施行後五年間は、司書教諭は、その資格を有しない教諭をもってこれに充てることができること。  その二は、学校司書の資格を有する者が得られないときは、当分の間、事務職員で、高等学校を卒業したものまたはこれと同等以上の学力があると認められたものに学校司書の職務を行なわせることができることであります。  以上が本起草案の趣旨及び内容であります。     —————————————

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 本起草案につきまして、別に御発言もないようでありますので、この際、おはかりいたします。  学校図書館法の一部を改正する法律案起草の件につきましては、お手元に配付の案を委員会の成案とし、これを委員会提出の法律案として決定するに賛成の諸君の起立を求めます。   〔賛成者起立〕

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 起立多数。よって、さように決しました。  この際、渡辺文部政務次官から発言を求められておりますので、これを許します。渡辺文部政務次官。

渡辺栄一自由民主党文部政務次官

○渡辺(栄)政府委員 本法律案が成立をいたしました暁におきましては、これを機会に学校図書館の内容の充実をはかるため、図書設備の基準の整備、司書教諭及び学校司書の配置等につきまして、今後十分努力してまいる所存でございます。     —————————————

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 なお、本法律案の提出手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 御異議なしと認めます。よって、さように決しました。      ————◇—————

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 学校教育法の一部を改正する法律案を議題といたします。  質疑の申し出がありますので、これを許します。木島喜兵衞君。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 教頭についてお聞きいたしたいのでありますけれども、この教頭ということばが出てきたのは、昭和十六年の国民学校のときに出てきたわけですね。これがなぜ学校教育法がつくられたときに——今日、教頭が問題になっておりますけれども、なぜ学校教育法をつくったときに教頭ということばが出てこなかったのでしょうか。昭和十六年に国民学校ができたときに教頭というものがあった。この間の御質問では、もう教頭のあるのは常識で、あたりまえだという話がありました。しかし、そう常識でもないのです。ことし学制発布の百年だという中では、歴史はまさに浅い。十六年から学校教育法ができる間の、わずかの間、数年しか教頭がなかった。そして、いま教頭が出てきたのでありますけれども、学校教育法がつくられたときに教頭ということが学校教育法の中になかったという理由は一体何か、ここから究明しないと、私はこの教頭というものの理解が発足しないだろうと思うのです。その点、ちょっとお聞きします。

岩間英太郎文部省初等中等教育局長

○岩間政府委員 私も制定当時の模様はよく存じませんけれども、これは一つは、新しい学校教育法ができまして、六・三・三制という新しい学校制度ができたわけであります。そういたしまして、新しく新制中学というものが生まれたわけでございまして、従来の小学校と同様に、新制中学のほうも義務教育というふうな扱いになったわけであります。  そういうことから考えまして、教員の数等の不足というふうなこともおそらくあったのではないかと思いますが、そういう関係で、校長それから教諭というのが教育の組織の根幹にあった。ただ、実際に校長を助けるものとしての教頭という存在は、これは施行規則で明らかになっておりますように、認めております。ただ、現実の問題として、やはり教頭というものを置く余裕がなかったのじゃないかというふうな感じがするわけでございます。また、そういう関係から申しまして、教諭が教頭に補せられるということにしたのではないか、そういうふうに私ども理解するわけでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 岩間さん、学校教育法ができたときに教員が数が足らなかったからと言うが、いま現場は足っておりますか。同じ状況ですよ。後に施行規則になったのは三十一年ですか、なぜ学校教育法ができたときに教頭というものが本法の中に入らなかったのか、その理論を聞きたいのです。

岩間英太郎文部省初等中等教育局長

○岩間政府委員 当時の模様は先生も御承知と思いますけれども、日本は占領下にあったわけでございます。そこで、アメリカの教育制度が全般的に日本の教育制度の模範になったと申しますか、そういう関係がございまして、そのもとにいろいろな教育関係の法規というものが制定されたわけでございます。  いろいろ事情はあったかと思いますけれども、その当時の事情を私、詳しく存じないのはたいへん遺憾でございますが、そういうふうな背景もございまして、現在のような学校教育法の一応の基本ができてきたということではないかと思います。  現実問題としまして、アメリカの制度そのものをとるというふうな体系の中で、校長と教諭というものが学校の基本的な職員の体制でございまして、そのほかに養護教諭でございますとか、あるいは事務職員でございますとか、助教諭でございますとか、そういうふうな関係のものが、それも副次的と申しますか、職員の組織として認められたということではないかと思います。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 ちっともわからないのですよ。占領下であってアメリカの支配下にあったから、アメリカのものが持ち込まれたから、そういう根拠であれば、学校教育法を全部解体してもう一回考えなければならないということになります。国民学校のときにあった教頭を、学校教育法をつくったときになぜなくしたのか、そしていまなぜ出てきたのか。学校教育というものを考える上において、あったものがなぜなくなったのか、そしていまなぜ出てきたのか、この辺が基本だと私は思うのです。その点では、いま局長のおっしゃることは、ちっともなくなったという理念がわからないですね。もう少し御説明いただけませんか。

岩間英太郎文部省初等中等教育局長

○岩間政府委員 ただいま申し上げましたように、日本の戦後の教育制度というものは、アメリカの教育使節団の報告とかそういうものに準拠して行なわれたということは、先生御案内のとおりでございます。しかしながら、その中で、いままでの教育関係の法令というものが可能な限りその体系を残してきたということも事実でございまして、先生のようなお疑いもあるかと思いますけれども、しかしながら、これを表面上見ました場合には、戦前の教育制度と戦後の教育制度というものはがらりと変わって、一応御破算にして、新しい制度がつくられたということであろうと思います。  その際に、アメリカの教育使節団の報告等に準拠して現在の日本の教育制度ができたということも、これは客観的な事実でございます。  その中におきまして、従来から残されておりますわが国の学校制度の中でとり得るものは最大限それをとってまいったということでございまして、その際に、教頭というふうなものがその中で新しく制度化される場合には、これが職制としてではなくて職名として残ってきたというふうないきさつであろうと思います。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 私が聞いているのは、職制としてあったものが、教育の民主化が占領政策の中で実施される中で、なぜ教頭というものがなくなったのか。もし、いままであった教頭がなくなるという理論があるなら、校長という職制がなくたって、教師集団の中でお互いに選挙してだれかを長にきめたっていい、校長というものはなくたっていいということもあるでしょう。それと同じように、教頭というものがあったのになぜなくさなければならなかったかという理念を、アメリカから押しつけられたなら押しつけられたでもいいですから、なぜ教頭がなくなったのかという理念をお聞きしておるのです。

岩間英太郎文部省初等中等教育局長

○岩間政府委員 いままであったものがなくなったという、そういうふうな見方もあると思いますけれども、私が申し上げておりますのは、いままでのものが全部一応御破算になって、新しく戦後の教育制度というものが打ち立てられた、そういうように理解すれば、なくなったということではなくて、新しい制度の中にそういうものがなかったということであろうと思います。  その理由と申しますか、先生御案内のように、アメリカあたりでは小規模学校が多うございます。ワンティチャー・スクールというふうなこともいわれておりますように、非常に小規模学校が多い。その中で、実際問題といたしまして、発生的に教頭というものがおそらく必要じゃなかったのじゃないか。それに比べますと日本は、離島など非常に多いようでございますけれども、学校の規模から申しますと、ソ連やアメリカに比較してかなり大きいようでございます。そういう関係から、従来から教頭というような制度が定着をいたしてまいったというふうな実態でございまして、そういうふうな実態に基づきまして今度の改正案を出した、そういうふうなことでございます。

木島喜兵衞日本社会党

○木島委員 せっかくでございますけれども、この基本から出発しませんと私の質問の発展がないわけであります。そういう意味では、きょう大臣お見えになっていらっしゃいませんので、大臣がお見えになってから質問を続けたいと思うので、一応保留にさせていただけませんでしょうか。

丹羽兵助自由民主党

○丹羽委員長 ただいま質問者からのさような要求がありますので、この際、暫時休憩いたします。    午後零時十八分休憩      ————◇—————   〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕

国会会議録検索システムで原文を見る ↗