地方行政委員会 第33号
- 発言数
- 178 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1972/06/08
会議録
○大野委員長 これより会議を開きます。 この際、小委員会設置の件についておはかりいたします。 昭和四十八年度以降の地方税制度全般について検討をはかるため、小委員十一名からなる地方税に関する小委員会、消防関係法令の整備及び消防施設の整備強化をはかるため、小委員十一名からなる消防に関する小委員会及び地方公営企業の制度全般の調査並びに都市圏交通と公営交通事業の対策樹立をはかるため、小委員十一名からなる地方公営企業等に関する小委員会をそれぞれ設置いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 次に、小委員及び小委員長の選任についておはかりいたします。 小委員及び小委員長の選任につきましては、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 それでは、委員長において、追って小委員及び小委員長を指名し、公報をもって御通知いたします。 なお、小委員及び小委員長の委員異動に伴う補欠選任並び小委員長の辞任の許可及びその補欠選任につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ————◇—————
○大野委員長 昭和四十二年度以後における地方公務員等共済組合法の年金の額の改定等に関する法律等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行ないます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。桑名義治君。
○桑名委員 今回の改正によりまして、従来からいろいろと問題になっておりましたいわゆる退職年次による年金額の不均衡という問題が一応の線で是正をされたわけでございますけれども、しかしながら、まだまだ問題点はずいぶん残っているわけでございます。その中で、公務員給与とのいわゆる格差、おくれが依然としてなくならないわけでございますけれども、一応その原因というものが、いわゆる一二%マイナス七・三%、それに十分の六というところに問題があるわけでございますけれども、その数字を一〇%に近づけるための努力をすべきであると思いますが、この点についてのお考えをただしておきたいと思います。
○林(忠)政府委員 前の御質問についても実はたびたび御答弁申し上げたのでありますが、その〇・六、六割というのが国民生活の向上分にぴしゃりと当たるんだというはっきりした保証がないかといえば、それはあるとも思えませんので、公務員のベースアップの率と近づけるという意味では、それをできるだけ増す努力というのが給付内容を改善する努力につながるものだとは思うわけでございます。しかし、理屈としては、公務員のベース改定の場合は、物価と生活水準の向上のほかに、現に公務員でおれば地位が上がるとか責任が重くなるとか、あるいは事務のく合理化によって、職員の定数減までいたしませんといたしましても、増加する事務量に対して定数を押えておいて公務能率の増進をはかるとか、そういった部面に対する反対給付として何らかの率があってしかるべきだと思いますし、その分の率は、退職した方については、その地位が上がるとか、生産性の向上というのがありませんから、そこは見ないというのが理屈しては一応弁理的なものだと考えるわけでございます。 しかし、その合理性を納得して、それで満足しておれば、格差が開くことは間違いがないと思うのでございます。それが開けば開くほど、また、少しでもればっておって退職を先に延ばせば有利だという線がどうしても出てくる。その辺はたいへん矛盾を感ずる点でございます。 御指摘のように、公務員のベース改定が一二・何ぼのときに一〇・六であれば、常に差のあるところが先へ行けばますます開いていくということについては、給付内容を公務員のベース改定に伴って何らかの形で是正するということが必要だと思いますので、そういう点については今後とも積極的に努力してまいろうと思います。ただ、いま申しました〇・六が、それはほんとうは〇・七であるべきじゃないかとか、〇・八であるべきじゃないかという、その辺のきめ手となる理屈はなかなかむずかしいところでございます。今後とも御鞭撻によりまして努力をする次第でございます。
○桑名委員 昭和四十五年度のいわゆる公務員給与の上昇率を一応一二%と見込んでいるわけでございますけれども、いわゆる人事院勧告の一二・六%の違いについてはどういうふうにお考えになっていますか。
○林(忠)政府委員 いまちょっと事務的に確かめましたら、一二・〇そのままの率で、それは公務員の給与改定の上昇率だそうでございます。その間に相違はないということでございます。
○桑名委員 話がもとに戻るわけでございますけれども、いまの説明にありますように、〇・六%が正しいかどうかという問題は、それはいろいろと論議はあると思います。しかしながら、先ほどから説明の中にもありますように、それならば、長い間公務員として粘っておくほうが得じゃないかというような論理もありますし、現在のいわゆる物価上昇の時期から考えますと、やはり、ある一定の線を少しでもアップしていくことが、前々に退職した人々のいわゆるこの制度そのものの趣旨が生かされてくるの、じゃないか、こういうふうに考えるわけでございます。したがって、今後努力をしていくというお話でございますが、この点についての政務次官の、いわゆる政治家としての立場からの御意見を一応まず伺っておきたいと思います。
○小山政府委員 いま部長のほうから御答弁申し上げましたとおり、いろいろ制度しの関係もございまして、今日なおそのような格差があることについては、私どもも遺憾に考えておるわけでございますが、いまお答えを申し上げましたとおり、今後努力をいたしまして、できるだけその格差の解消につとめるということについては、私どももそういう方向で関係方面と折衝をいたしたいというふうに考えております。
○桑名委員 そこで、今度は、このいわゆる所要財源の問題でございますけれども、施行の日前、いわゆる昭和三十七年十月一日前の期間部分につきましては、現在地方団体が負担をしているわけでございますけれども、この分について国が全額負担すべきであるかどうかという問題は、これはいろいろ問題があるかとも思いますけれども、しかし、施行日後の期間部分について、現在は地方団体と組合員の負担となっていますけれども、これを国、地方団体の負担とし、この場合、少なくとも物価上昇に見合う分は国の責任において負担をする処置をとるという、そういう処置はとれないものであるかどうか、この点についてちょっと伺っておきたいと思います。
○林(忠)政府委員 制度移行後の部分について三者負担になっておるわけでございます。使用者としての地方団体と、労働者としての公務員がいわゆるパー・パー、それに加えて、あと公経済の主体として、これは同じく地方団体でございますけれども、いま百分の十五負担しておるということは事実でございます。それで、この公的経済としての負担割合をもっとふやすべきだという御議論はたびたびございますわけでございますし、われわれのほうも、国家公務員の共済組合員の程度にいまならっておるわけでございますけれども、それらを通じて、その負担を増してもらうように努力は常に続けておるわけでございます。ただ、いまの御指摘にありましたように、物価上昇分は全部公経済で見ろという御議論については、いろいろな問題点があろうかと存じます。少なくとも、社会保険の一環でございまして、公的負担が何がしかある、百分の十五なり百分の二十なりあるということは別といたしまして、あとの残りをパー・パーで負担していくという場合には、物価上昇に伴いまして、給付内容も当然スライドしていくと申しますか、実質的価値を失わないように上げていくことは当然でございますけれども、一方、それは公務員のほうの給与ももちろん上がりますし、その分の負担はやはり三者負担の形でふやしていくというのが一応の筋じゃないか。物価上昇については全部公経済で見ろということになりますと、非常に安定しないことになりまして、たとえば、百分の二十であったものが、物価上昇が一〇%あった、来年は百分の二十二だとか、そういう調子でいきますと、先々は公的負担分が非常にふくらんでいくという形になります。それはちょっと理論的にもいろいろ問題があるのじゃないかと思いますので、当局としては、公的負担部分を、たとえば、厚生年金とか、あるいは農林、私学あたりが現在もう共済よりも高い公的負担率になっておりまして、そちらに近づける努力は今後とも続けてまいりたい。ただ、物価上昇分全額ということは、まだちょっと割り切れない点もございますので、さらに検討さしていただきたいと思います。
○桑名委員 次に、沖繩の問題に移りたいと思います。 復帰前のいわゆる沖繩におきましては、公務員共済の短期は、民間と一緒の、医療保険法で行なわれていたわけでございますが、これによって保険料率は千分の三十、ところが、これをいわゆる本土ベースに面したとしても百分の五十ぐらいであるということは、もう周知の事実でございます。これが沖繩の復帰に伴って新たに地方公務員共済組合に移行した場合には、県、教員、警察と、この三者はいろいろと内容は違い出すけれども、非常に大幅な負担になるということになるわけでございます。現在の沖繩の情勢からいろいろと考え申した場合に、この負担分は非常に大きな個人の財政負担にあるのじゃないかというふうに考えられるわけでございますが、また、こういう本土並みという一つの制度の変更によって急激に多額な負担をしいられるということを緩和するために、掛け金率については、せめて五年ぐらいは現状を維持するというような臨時的な措置をどうしても設けるべきじゃないかというふうに考えるわけでございますが、この点についての見解を伺っておきたいと思うのです。
○林(忠)政府委員 その必要性は、実はたびたび御指摘を受けましたし、この前の各先生方の御質問の中にも、だいぶその点の御指摘を受けたわけでございます。実は、私どももその必要性があるのではないかと考えましたし、それから、現に地方職員共済組合及び公立学校共済組合、警察共済組合自身も、その掛け金の相当急激な上昇ということと、一方、沖繩の医療機関の整備の状況、いままで受診率の低い状況から考えて、何らかの措置をしなければいかぬのじゃないかという共済組合自体の気持ちもこの際あるわけでございます。ただ、これは地方共済だけ、あるいはその三共済だけやるというわけにもまいりませんので、沖繩には国家公務員も相当たくさんおいでになります。この国家公務員共済もやらなければならないし、それから、共済組合に加入していない政府管掌健康保険については同じような問題が当然あるわけでございますので、その三者の間のいろいろな調整をいままで試みてまいった次第でございますが、一つには、沖繩の医療機関の未整備状況というのは、確かにそのとおりでございまして、現に医師の資格のない介輔というのが沖繩はしばらく暫定的に診療するのを認めなければならないというような医師不足の状況であるとか、難局とか僻村におきましての、医療機関がほとんどなくて、かかりたくてもかかれないという状態、そういう点を考えれば、何らかの特別措置が要るという主張がある。反面、と申しますか、片方の主張としましては、現在まで沖繩は現金給付でございまして、一たん医者にかかりますと、自分で金を払う、あとで清算をして金を受け取るという現金給付である。これが返りますと、本土と同様に直ちに現物給付に切りかえられる。医者に行ったらもう金を払う必要はない。医者のほうから基金に請求することになる。この現金給付から現物給付に変わりますと、確かにかかりやすくなりまして、したがって、受診率が上がるのじゃないかという推定も一つございます。これは推定だけではございませんで、昨年のお医者さんのストライキをなさったとぎに、現物給付から現金給付に一時的になった間に受診率ががた落ちになったということもございまして、これを裏返しますと、今度はかかりやすいという状況が確かに一つ出てくる。それから、給付内容というのが、従来の沖繩の医療保険よりもこちらの本土の保険のほうがだいぶ広がってまいります。そういう点を考えますと、案外と申しますか、受診率が低い低いと言われたのが、従来よりもぐっと高まるのじゃないかという懸念もあるというようなことで、どのくらい掛け金率を安くしたらいいか、どのくらい暫定措置をとったらいいかということがなかなかにわかにつかみにくいというような問題もありまして、実は、その調整が十分つかないままに今日まで至ったというのが実情でございます。今日、もうすでに復帰を迎えた現在でありますので、各関係機関を通じての態度としては、そういう必要性を認めながらも、少し実情を見ようじゃないか、一体どういう状況になるんだろうか——これは政令措置で可能なものでございますから、それの実情を踏まえた上で、その必要な限度においてとろうじゃないかという、いわば暗黙の一致のようなことがございまして、国会ではどうもそういうことではっきりした答弁を申し上げてないというのが現実だと思います。御指摘のような必要性は十分認めておりますし、関係組合にもそういう意思があるわけでございますが、さらに早急に実情を調べるといいますか、結論を得るように関係省間の相談で努力をしてまいりたいと考えておる次第でございます。
○桑名委員 いまの御答弁で大体その意思はあるということは明確になったわけでございますが、いずれにいたしましても、現在の沖繩の状況というものは、復帰をしてから後の物価の上昇というものは異常なものがありますし、そういったいろいろなものと見合って考えた場合には、これは早急に手を打っていかなければならぬわけでございます。先ほどから、いろいろな関係省庁との打ち合わせ等も行なってやらなければならぬということでございますが、早急にといいましても、なかなか結果が出ないもので、一つの期間のめどをつくりながら話というものは進めていくべきではな いかと思うわけでございますが、どのくらいのめどを置いてこの問題を処理していこうとお考えになっていらっしゃるのか。その点どうですか。
○林(忠)政府委員 まことに申しわけございませんが、いまの答弁の中にありますように、関係機関の意思が一致いたしませんと、これははっきり言うわけにはまいりませんので、私限りであと二月ほどのうちにはという御答弁を申し上げるわけにはまいりませんが、地方共済としましては、その相談がうまくまとまらないと、特例措置、掛け金率の暫定的な低減ということができない。かりにできなくても、ないしはできない期間が多少続きましても、それにかわる指貫としては、沖繩に対する福祉財源を一般よりもよけいに配当するというようなことで、何らかの措置は考えていきたい。こちら独自ではそういうことを考えております。さらに、掛け金率の特例が、関係機関が一日も早くまとまることを願うわけでございますが、それに対して特に努力をさしていただきたいと思います。
○桑名委員 いつからやるかということを要求しているのではなくて、一つのめどとして、この期日内に大体話をつけたいという、いわゆる自治省としての主体性のある考え方、これが私はほしい、こういうふうに言っているわけでございますが、その点どうでしょうか。
○林(忠)政府委員 それはもうすでに復帰をいたしましたし、もう内地並みの短期給付がされておるわけでございますから、こちらとしては一月とか二月なんということではなく、一日も早くと実は思っておる次第でございます。ですから、もう国会も間もなく終わるわけでございますけれども、沖繩については早急に厚生及び大蔵当局との打ち合わせを進めていきたい、こういう心がけでおります。
○桑名委員 そういうことでありますならば、全力をあげてそういう臨時的な措置をとって、住民の負担軽減をはかっていただきたいと思います。 次に、年金制度の施行前の市町村の雇用人の在職期間の通算措置についてでございますが、これは、通算対象となりましたのは、いわゆる政令で更新組合員に限られ、かつ、昭和二十四年の十月以降の在職年に限られるというのが、実情でございますけれども、更新組合員に限らずに、昭和二十四年十月以前にさかのぼって適用させるべきであるということが前々からいろいろと論議をされているわけでございますが、この点について再度お聞きしておきたいと思います。 〔委員長退席、大石(八)委員長代理着席〕
○林(忠)政府委員 その御要望は従来から常々関係者から承っておりますし、しばしばの国会における附帯決議についても、その範囲を限るという趣旨はむしろないので、なるべく広く救ってやれという御趣旨に承っておるわけでございますが、言うまでもなく、保険給付の内容を改善し、それによって恩恵を受ける人の範囲を広げるという方向で努力をする場合、当然響いてまいりますのが財源でございますし、広げれば給付にたくさんお金が要る。その場合には財源調達するかという問題が直ちに起こってまいるわけでございます。 それからもう一つ、いわゆる社会保険としての体系というのは、関係者の掛け金でもって、独立採算でまかなっていくという体系を、それより前の人まで救うということになりますと、大いにくずしていかなければならない、その体系はやはりできる限りは維持しなければならないという要請がございまして、その間において、今回御提出いたしました法案につきましては、法案には書いてございませんけれども、政令で定める協議の整った段階で、国家公務員の制度の発足までに地方公務員を合わせてと、言ってみれば、いままで国家公務員より地方公務員は不利な部分があったものを取り返して、国家公務員と同じところまで持っていくということで解決できるということでございます。さらに、それより以前の支給となりますと、これは国家公務員、地方公務員、両制度の共通した問題となりまして、関係省間においてもそれについてさらに突っ込んだ協議が必要になってまいるわけでございます。 また、沖繩が復帰してまいりますと、沖繩におきましては、従来より前まで通算しておったわけでございますから、二十四年で切ったら沖繩についてはさらに現状よりも悪くなるという、主体的と申しますか、合わせた問題が出てまいりまして、その点については今後の努力にまつということになったわけでございます。もちろん、その財源の問題とか、あるいは保険制度を維持しながら、どこでその範囲を広げていくかということについて、さらに積極的な努力を重ねてまいりたいと考えておる次第でございます。
○桑名委員 さらに問題になりますのは、政令で定める一定の要件ということが加味されているわけでございますが、整理退職あるいは廃庁のような、本人の意思によらないで退職したものの在職年については通算するというふうになっているわけでございますけれども、そうでない場合もあるわけです。たとえば肩たたきというのがございます。本人はまだまだやめたくなかったけれども、しかし、肩をたたかれたためにやめたという場合、これは両方の意思が働いているわけです。本への点心も、もちろん多少はやめるという意思は働いたわけでございますけれども、やめろという意思も働いて、その強制力によって、本人が決意した上いうことになれば、これはまるまる本人の意志が働いてやめたということにならないわけでございます。そういった人々は今回のこの要件の中に入らないというふうに考えるわけでございまして、そうなった場合には、こういった人々が救われないということになるわけでございますが、この点についてはどういうふうにお考えですか。
○林(忠)政府委員 政令で要件を定めましたのは、いわゆるこういう保険制度というものについて、あくまでも関係者の掛け金その他で、独立採算でやっていくという制度を守る以上、かってに自分だけで出たり入ったりしたものを拾うのは筋に合わないということで、政令で何らかの要件をしぼるというのが関係省の相談をまとめる上での必須の条件でございます。ただ、いま先生がおあげになりました例は、肩たたきという、いわば勧奨退職に当たるわけでございますが、勧奨退職に当たる場合は、大体地方団体でも整理退職と同じような退職金の優遇措置その他もとっております。定年制というものが現在ない以上、肩たたきで定年退職の効果をあげる。町村合併で過員を生じたといっても、分限を発動して一方的にすぱっと首切るようなことはいたしておりませんで、町村合併で職員が余るから、あなたも相当年だろうからということで、肩たたきでやっております。そういうものはこの制度の中でも拾えるというふうに考え、また、そういうふうに運用するつもりでございます。
○桑名委員 そういうことであるならば、そういった勧奨退職をなさった方は一応拾える。救える。これは一つの例をあげたわけでございますけれども、それに類似したような退職者に対しても、ワクを広げていくような努力を進めていただきたいということを、要望しておきたいと思います。 次の問題でございますが、いわゆる遺族年金の受給資格の問題でございます。地方公務員共済法によりますと、遺族年金の受給資格は、組合員期間が十年以上というふうになっております。これは、厚生年金における六カ月以上と比較するときわめて不利であるということが言われているわけでございます。これも毎年毎年議論をされているわけでございますが、なかなか解決のめどがつかないような実情でございます。そこで、この問題につきましては、昨年、山本公務員部長は、十年と六カ月では共済は不利なので、これを引き下げようと考えている、その場合に、厚生年金と必ずしも同じではなくて、共済制度の中の非公務廃疾年金の一年に合わせるのが一つの合理的な線ではないかというふうな前向きの答弁をしていらっしゃるわけでございますが、この点、現在までいろいろと努力を重ねられたと思いますけれども、現在の実情はどういうふうになっているのでございますか。
○林(忠)政府委員 昨年の私の前任者が申し上げた御答弁の内容と申しますと、具体的に一年という数字も出ておりますが、これを何らかの意味で短縮したいという気持ちは昨年の前任者と同様思っているわけでございます。沿革的には、恩給時代には二十年というような年限があったのを、共済になって一応十年と、だいぶ改善したとは言い条、厚生年金の六カ月以上と比べればまだはなはだ違うのじゃないかということですが、したがって、日常公務に安心して従事できるという安心度が、十年たっておればいいですけれども、十年たたぬ人たちについてはなお不安が残るということもございますので、これを改善する努力は従来も引き続いてやっておりましたが、ただ、今回の改正までに関係省の間でちょっと話がつかなくて、この法案の内容には載せておりません。しかし、これは可能ならばといいますか、そうやるというくらいの強い気持ちで、この次の機会にはという気持ちを実は持っておる次第でございます。もちろん、これも先ほどお話しいたしましたように、給付内容を改善すれば、当然財源をだれが持つかということにも響いてまいりますし、財源率にも響いてまいりますし、そういう面での配慮というものは、財政当局その他にも十分あると思いますので、一朝一夕にはなかなか——一年でいいという話がつくかどらかは別といたしまして、そういう方向に向かっての努力は私たちもさらに続けてまいるつもりでございます。
○桑名委員 この遺族年金の受給資格の問題について、さらに政務次官の御意見を伺っておきたいと思います。
○小山政府委員 ただいま事務当局からお答えを申し上げましたとおり、厚生年金の制度から見まして、たいへん不利な条件になっておるということは、しばしば委員会等においても御指摘をいただいておるところでございますから、できるだけ早い機会にこういう面の改善をはかっていくという点については、いま事務当局がお答え申し上げましたとおりでございます。私どもも全力をあげてそういう方向で努力いたしたいというふうに考えております。
○桑名委員 次に、公的負担分の引き上げの問題についてお尋ねをしておきたいと思いますが、長期給付の公的負担は現行が一五%というふうになっておるわけでございますが、厚生年金を見ますと、二〇%ですから、この問題も二〇%に引き上げるように、これも前々からのいろいろ要望もございますが、いわゆるその処置が依然として前進をしないということでございます。私学、農林の場合は、百分の十六が百分の十八というふうに引き上げられたのに対して、依然として長期給付の公的負担は現行の一五%のままである。この問題はどういうふうに折衝の段階ではなっておりますか。
○林(忠)政府委員 ことしの、私学、農林の百分の十六が百分の十八というのは、事務的折衝でなかなか最後までもめまして、結論が出なかったのが、最後の段階で、比較的短い間にぽんときまったように実は承っておるわけでございます。それで、私のほうは、かねがね、厚生年金並みに二十とか、その他いろいろ理由はありましても、これを引き上げることについての努力はさらに重ねておりますが、現在一応厚生年金のほうが二十になっておる理由といたしましては、率としては十五と二十で差はあるけれども、厚生年金の給付内容が共済に比べて七割とか、だいぶ低いために、実額としての負担の均衡はとれているのだという一つの理屈があるわけでございます。 それから、私学、農林の場合も、百分の十八にしたのは、制度施行前の部分にかかる負担は、共済の場合は全部国なり地方団体が負担しておるけれども、私学、農林の場合は、制度施行前にかかるものについても三者負担なんだから、したがって、その部分の使用者、労働者の負担を軽減するための増高だという一つの理由があることはあるわけであります。その理由は全くめちゃめちゃだ理由とも思えない。理由があることは間違いない。しかしながら、こちらとしては、またそういう理由があるからといって引き下がっておるわけのものでもございませんので、いろいろものの解釈のしようもあるわけでございます。やはり、公的負担部分というのは、こういう制度の場合、逐次改善をして、ふやしていって、使用者と本人の負担というのは逐次軽減していくのが筋じゃないかということで、十五に据え置かれているものを十八にし、二十にしてくれという努力は今後も続けていきたいと考えている次第でございます。
○桑名委員 いままで努力されたことについては全面的に否定するわけじゃございませんけれども、では、このいわゆる長期給付の公的負担が一五%から依然として動かないという理由は、大体どこら辺にあるのですか。それと同時に、現在の大蔵省との折衝の段階でどういうところまで煮詰まっているかという問題なんですがね。
○林(忠)政府委員 正直な話を申し上げまして、この公的負担を増すということに対しては、財源を心配する筋からの抵抗の一番強い案件でございます。それで、共済の給付の内容を改善することにつきまして、いろいろな点で、年間たった一つの問題ではなくて、五つも六つもの問題を持ち上げて折衝してまいりまして、そのうち相当部分については、向こうにといいますか、関係者の間でがまんするところはがまんしてくれと話はつく。そのついたのが、毎年の給付の内容の改善という形で、御審議お願い申し上げようという法案に出てくるわけでございます。公的負担の増加という点については、なかなか理屈も実はむずかしい面もございまして、さっきちょっと答弁で申し上げましたように、その違うという理屈がこうだと言われると、それは頭からどうも否定できないという面もあり それから、理屈を抜きにして、やはり来年の財政負担というのが、この公的負担の率を増せば、これはもろに国家財政なり地方財政なりにかぶってまいる点もございまして、正直な話、一番抵抗の強い点でございまして、いま聞きますと、三十九年の一五%以来動いていないようでございます。 ただ、従来、私学、農林と比較的雁行してまいりましたのが、ことしは私学、農林がいわば一歩先行したという形でございます。従来よりもさらにこの点について折衝する強い材料を得ておるように感じておる次第でございまして、せっかく努力をさしていただきたいと思います。
○桑名委員 次に、最低保障額について伺っておきたいと思いますが、公務による廃疾年金及び遺族年金等のいわゆる最低保障につきましては、公務員廃疾年金については一応倍近く上がってはいますが、他のものにはほとんど引き上げがなされていないというような実情でございますが、この点についてはどういうふうに現状ではなっているか、御説明を願いたいと思います。
○佐野説明員 ただいま、最低保障額につきましては、共済制度による最低保障額と、それから恩給制度との関連による最低保障額と二つの制度を設けております。 共済制度の面から申し上げますと、共済組合になって退職した場合における年金につきましては、退職年金では現在十五万円を最低保障額といたしております。それから、非公務の遺族年金につきましては、十一万五千二百円というのが最低保障額になっております。それから、この共済制度施行前における旧共済制度における年金でございますが、この年金につきましては、当時の制度におきまして最低保障の制度がございませんでしたので、これは恩給、それから退隠料等も同様に最低保障の制度はございません。そうした関係から、最近になりまして、恩給で最低保障制度を設けるようになっております。それとの関係で、旧法の年金についても最低保障を設けております。その内容は恩給と同様にいたしまして、退職年金につきましては、これは一応長期在職者というたてまえで、在職期間二十年以上の人を対象としておりますが、七十歳以上の人について現在十二万円でございます。これを今国会に提案しておりますところの法律によりまして、六十五歳以上を十三万四千四百円に引き上げるということにいたしております。それから、七十歳未満の人については現在九万六千円でございますが、改正法案によりますと、六十五歳未満は十一万四百円ということにいたしております。 それから、遺族につきましても、同様に長期在職者の遺族ということになりますが、これも七十歳以上の者に支給される遺族年金が現在六万円でございますが、これを改正法案では六十五歳以上の者について六万七千二百円、七十歳未満の者は現在四万八千円でございますが、これを六十五歳未満の者が五万五十二百円というく金額にたっております。なお、妻子についてはこの年齢制限がございません。 それから、恩給と条例につきましては、いま申し上げましたような金額で、年齢制限で金額をきめております。
○桑名委員 最後にもう一点だけお伺いしておきたいのですが、いわゆる土地開発公社の職員についても、住宅供給公社と同様に、団体共済組合制度の通用を検討すべきであると考えるわけでございますが、この点について、自治省としてはどのようにお考えになっていますか。
○林(忠)政府委員 土地開発公社につきましても、住宅公社、道路公社と同様に、本来ならば地方団体がやるべき仕事を代行的な意味でやる公法人という意味で、仕事の内容から言えば全く同じものは同じように扱うべきであみという御質問の御趣旨に私たちも全く賛成でございます。ぜひそうしたいという気持ちは持ってております。 ただ、御承知と思いますけれども、厚生年金と共済との間に、どちらに加入するかという問題でございますが、厚生年金のほうは、給付内容その他も現在共済よりも水準が低いために、御本人たちとしてはできれば共済に入りたいという、当事者のそういう方々の意向が非常に強いわけでございます。一方、厚生年金のほうは、そういった共済とかあるいは大会社の健保組合とかいうような、言ってみれば比較的経済力の負担能力のある方々がそちらへ抜けておりまして、中小企業とかその他経済力の低い方々が主体になっておるために、厚生年金の基礎が非常に弱い。厚生年金を健全に発達させるためには、できるだけ強い基礎を持たなければいけないという要請がございまして、したがって、厚生省のほうでは、厚生年金の基礎をゆるがす問題だということで、こういうことに対しては非常に消極的なお気持ちが強い。 そこで、道路公社も住宅公社も、ああいうものができましてからしばらくの間は、やはり厚生年金に入っておりまして、こちらに移らなかったわけでございします。当事者の方々の強い要望かその他のことから何度も折衝を繰り返しまして、実は、昨年、何年ぶりかでやっとその道路公社と住宅公社の解決を見た。厚生省も一歩譲っていただいて、こちらへ入れるというような決着をつけたのでございますが、そのときに、いわば言ってみれば、これきりだよ、もうこういう問題は持ってこないではしいという話もございまして、また、こちらも、役所同士として向こうのお気持ちもわからぬわけじゃない。ですから、今後一切しませんとまでは申しませんでしたけれども、できるだけ御要望に沿うようにというぐらいな話はしておるという点が一つ。 それから、今度たまたま公有地の拡大の推進に関する法律で、そういう土地開発公社というものをつくりました場合、性質としては全く道路公社、住宅公社と同じといいますか、類似のものができた場合にも、直ちにこれをしてくれというものとも非常に役所間の倫理としてもつらいし、また、この法律を出す場合におきましても、これはやらぬでしょうなというようなことも、口頭ではございますけれども、話はあったというような経緯もございまして、いま直ちにというのは非常にむずかしいという感じはしております。 ただ、それは、いろいろ保険の基礎の問題もあり、その他の問題はあろうとしても、同じような性質のものが、一方はこちらで一方はこちらというのは、いつまでも通るものじゃない。必ず役所間の話はつけ得る。ただ、多少つけるに時間を要するかもしれない。しかし、土地開発公社というのは、今度法律ができて、これからあらためてできるようなものでございますし、ここで多少時間の余裕はあっても、最終的にはそう支障は来たさないと思いますので、この国会を終わりましてから、その問題についてはさらに精力的に厚生省に、この場合お願いというかっこうになると思いますが、折衝を続けていって、同様の性質のものは同様に扱うように最終の結論を持っていくということについては、見通しは十分にある、その線に従って努力する、そういう考え方をとっておる次第でございます。
○桑名委員 この共済制度については、しろしろと希望事項がたくさんございます。いろいろ検討する事項もたくさんございます。こういったいろいろな問題を、また付帯事項としても出てくるかとも思いますが、そういった意向に鋭意近づけるように最大限の努力を払っていただきたいことを希望して、終わりたいと思います。(拍手)
○大石(八)委員長代理 門司君。
○門司委員 最初に、これは自治省に聞いておきたいのだが、いまいろいろ論議をされておりますところの俗に言う積み残しと思われるようなものかどれくらいあるのか、わかっておればこの際出しておいてしもらいたい。
○林(忠)政府委員 一口におっしゃいまして積み残しというものでございますけれども、今回の改正で取り上げました一つの雇用人としての継続期間の通算というものでございますれば、これについては、政令で一定の要件をしぼりました結果、無制限に拾います場合について拾われる人たちのうちの四割強が救われる。そういう意味で、六割、人数にして約六千人余りが断続期間の通算という意味の積み残しは一つございます。 それから、従来附帯決議その他でいろいろ改善の必要を御指摘を受けた部分でも、積み残しという意味では、最低保障額の引き上げあるいは遺族年金の支給要件の緩和、あるいは掛け金率の非常に高い、つまり財政力の乏しい市町村の組合に対する財政措置、そういったものがいわば積み残しと申しますか、さらには公的負担が、停止年金が百分の二十であり、私学、農林が十八であるのが、こちらはまだ十五に残っておる。こういったものもあるいは積み残しと言えるのではないかと存じます。そういった点が従来いろいろ言われておりまして、今回の改正ではまだ達成していないところがあると存じます。 さらに、もう一つ、給与改定の算定方法の簡素化の結果といたしまして、据え置き期間がだいぶ短縮になりまして、退職後二年半たちますと改定になるという点がございましたが、さらに、その二年半というのが長過ぎる、もっと短縮すべきではないかという従来の御要請もございました。その点も、積み残しといえば今回の積み残しになるかと存ずる次第であります。
○門司委員 私、こういう質問をしますのは、毎年こういうわかり切った問題が少しずつ少しずつ出てきて、そして、何かこま切れと言うとおこられるかもしれませんが、この問題は、御本人にとってはかなり痛切な問題であって、はたから見て制度の問題だからと言っておるわけにはいかないような気がしている。同時に、われわれのところに、年々歳々というと少し言い過ぎかもしれませんが、毎たびいろいろな陳情があるということであります。これは私がここで並べてもいいけれども、並べるよりも自治省のほうがよく知っているだろうから、並べる必要もないかと思います。そういうものについても、かつて世の中が非常に貧困な時代には、ある程度問題があっても、全体的に貧しい時期だからといって押えれば押えられたのだが、こうなってきて、いまのような時代になってくると、これはなかなか押えにくいものである。その辺はこれ以上私は聞きませんが、積み残しのないように十分配慮しておいてもらいたい。そして、同時に、これは財政の問題がすぐからんでくるので、財政の問題等も多少あろうかと思いますが、その辺はできるだけ国民に——かつての公務員として、そして希望を持ち理想を持って公務員になった人——きょうかきのうの新聞にもよく書いてありますように、公務員というものは、景気の悪いときは公務員志願者が多いということであるが、それの一つの大きな原因としては、共済制度が、片で言えば恩給制度があったというようなことが一つの大きな魅力であるというようなこと。ところが、そういう意味で就職はしたが、どうも積み残しされて弱っているという者がないわけではないので、それらの点は、この制度の性格から言っても、ひとつ積み残しのないようにしておいてもらいたい。こういうことを一応申し上げておきまして、そしてあと、これは大蔵省と自治省の両方の意見を聞いておきたいと思うのです。 共産党の林委員からも、ごく簡単ではあったが質問があったようでありますが、この種の制度は社会保障制度なのか。あるいは、将来への個人的の社会保障というのでなくて、もう一つの観点から言えば、政府のとっておる社会政策なんだ、一つの政策なんだ、保障ではないのだという考え方があり、それからもう一つ下のランクに来れば、結局、自分自身の将来への問題としての取り扱いをこれはするのだということで、したがって、公のことばを使えば政策的なものだということになろうかと思う。一体どっちがほんとうなんですか。社会政策なのか、社会保障なのか。こういう社会には政策が必要なんだ、その政策が必要なんだというのは、やはりつとめたあとの老後の生活を保障するという——保障というところまでいかなくとも、幾らか足しになるという一つの安心感を与えるものだという、いわゆる自己の生活を自分自身で考えていくという思想があるから、また、そういうことがあるから、一つの国の政策としてこういう制度をとるのだというものなのか。あるいはほんとうの意味の老後の生活を保障するという意味なのかこの辺の政府の統一した見解を聞いておかないと私はぐあいが悪いと思うのですが、実は、この種の問題がたくさんある。これは共済組合で議論しておりますけれども、いわゆる年金というのはいろいろな年金があるのであって、その辺の解釈というのはちっともわれわれにはわからぬのですが、一体政府はこれをどう考えているのですか。社会保障と考えているのか。社会政策と考えているのか。これはどの制度に属するのか。その辺を明確にしておいてもらいたいと思うのです。
○林(忠)政府委員 現在の共済制度を、そういう観点で、一体社会保障なのか、——また先生は社会政策とおっしゃいましたが、その政策というのがどういう内容をおっしゃるかちょっとよくわかりませんが、自分の将来のことを自分で何らかやるという意味で、あるいは一種の社会保険と言ってもいいでしょうが、一種の保険なのかということについて、突き詰めていろいろ討論をし、こうであると定義づけたということは、私、寡聞にしていままで一切開いておりません。 〔大石(八)委員長代理退席、委員長着席〕 そこで、現在ある制度を、各種の政策のうちのどこに一体位するかということで言えば、広い意味の社会保障の中の一環としての社会保険である。一口に言えばこういうことになりましょうが、社会保険というのは、そこに保険ということばが入ってまいりますが、保険の場合は政策としての社会保険でなくて、一般の保険。これはまさに、自分が、いろいろな事故とかあるいは将来のことを考えて、自分で先に掛け金を出して保険に入る一般の保険。これが政策として取り上げられて、法律的に一種の強制的な意味を持ち、一方、たとえば半額とかあるいは一定範囲で公的な負担も加えられて、本人の負担は軽くしながらも、その本人の事故とかあるいは将来のときのための問題に備えての相互救済をはかるという保険、これが制度化され、強制力を伴ったものが社交保険だと思いますが、この社会保険には、現在、共済のほかに、船員保険とか、あるいは国民健康保険とか、その他一般の社会保険が制定されておりますが、この社会保険というのが、社会保障政策のうちの一つの大きな分野をなしておりまして、そのほかに、社会保障政策として、公的扶助、生活保護、あるいは名和の福祉施設の設置という、それらのものを全部ひっくるめて、広い意味で社会保障という政策が展開されておると存じます。したがって、いまの御質問のお答えになるかどうか存じませんが、この共済が社会保険の一種であって、それが広い意味の社会保障の中の一環、一翼をになっておる。そういう地位にある。こういうふうに理解をしておる次第でございます。
○門司委員 まあ、一向にわからぬですが、あまり長くやってもいけないので、それはそれとしておきましょう。けれども、いま言われるように、保険というのはたくさんあるのですね。保険というのは、国民年金法からくるこの種の保険で、従来一口に恩給だということばで表現されておったものが保険制度に直ってきておるというものはたくさんあるのですよ。勘定すると七つ八つあるようですね。大かた十に近いくらいあるのですよ。しかし、それを単なる社会保険だと言えば、あるいは社会保険でいいかもしれない。しかし、社会保険の内容についてはいろいろ問題がありまして、これをここで議論しているとかなり長くなると思いますので、私はこの議論は避けておきたいと思います。 そこで、大蔵省に一つ聞いておきたいと思いますことは、いま、社会保障でもなければ社会政策でもない。どっちかといえば、社会政策というよりも、答弁のほうは社会保障に近い答弁だったわけでありますが、これをもし社会保障という感じからくる問題だとすれば、所得税法の二十九条との関係は一体どうなるかということである。これに対して、一応きのう注文はしておきましたので、あなた方のほうで書類調査はできておると思うが、この種の年金で生活をしておる方々に対する課税は一体どのくらいしておるかということ、そして、きのう私は話しておきましたから、そちらでできておるはずなんだが、その数その他がもしわかっておれば、最初にそれをひとつ発表しておいていただきたいと思います。
○高橋説明員 ただいまお尋ねになりました公的な年金制度から受けます年金でございますが、この年金の課税内容は、ただいま御指摘がございましたように、国民年金、厚生年金、船員保険の年金、国家公務員共済、地方公務員共済、公企体共済、私立学校教職員共済、農林団体職員共済及び企業が設定いたしますいわゆる適格退職年金、この九種類を通じまして、所得税の課税上は給与として課税をいたしております。それで、給与として課税いたしておりますが実際問題といたしましては、給与所得控除を働かせましたあとで、他の所得と合算いたしません限りは、通常の場合には課税最低限以下に相なるということでございます。 そこで、現実にただいま門司先生お尋ねになりましたところの、こういった年金の受給者の中でどれだけの方々が所得税を納めておられるかということは、的確には分別して引き出すことはできないわけであります お断わりを申し上げておきたいのでありますが、四十五年分の数字といたしましては、こういった公的な年金制度の支払いを受けました方々は二百二十一万人おいでになるというふうに伺っております。ただ、この二百二十一万人の方の中で、源泉徴収制度の対象となりました方は付人であったかということは、実は、ただいま申し上げましたような各種の公的年金に属する方々は、年の支給額が三十万円に達するまでは源泉徴収を当分の間しないということになっておりますので、この方々については、源泉徴収が行なわれておることはごくわずかでございます。 恩給、これは文官恩給、軍人恩給。こういった恩給につきましては源泉徴収がございますので、こういった方々の源泉徴収税額及び先ほど申し上げました企業の適格退職年金、この二つの源泉徴収をしました税額が、四十五年では八十四億円と相なっております。
○門司委員 そこで問題になりますのは、八十四億になって、税額だけは出てくるが、どういう形かということははっきりわからぬようですが、問題の所在は、これを社会保障だと考えれば、私は、課税することは誤りだと思う。これは生活を保障するというたてまえが、いわゆる社会の連帯性の中から保障するという形ですからね。ところが、これの組織は、御承知のように、かりにこれは自治体あるいは国と本人とが折半するということになると、半分は国の税金なんですね。国民全体が保障している。だから、この点ははっきりした社会保障であって、国全体の中から——職種があるからいろいろな問題があろうかと私は思うのですけれども、しかし、概念的には、その面においては国の税金の中から支払われているものであるとすれば、これは明らかに社会保障制度だと言い切らなければ筋が通らぬじゃないかということが考えられる。ところが、保険制度であるからといって、これを一つの共済組合というワクの中、あるいはその他の、八つか九つありますいろいろなワクの中でこれを処理している関係から、源泉徴収のときは社会保険としてこれが税金の対象になっておらない。ところが、いよいよもらう段になると、これはどうも給与所得とみなすということになっているから、そこで税金を取ろうと言う。しかし、それには条件があって、最低限というものが一応設定をされておる。いまの制度から言えば、所得最低限にひっかからない人が一体どれだけあるかということ。ここから徴収されたのと、それからもう一つは、さっきの国が支払う恩給その他についての源泉徴収というものが八十四億円になっておると私は思うんですが、この辺の考え方は一体どうなんですか。これはちっともその辺がわからぬのです。一面においては、半分は国民全体の税金の中から支払われるお金であることに間違いがない。これは、社会の、老後の生活を保障するという一つの社会保障であることに間違いはない。半分だけは、自分たちが将来の生活の安定のために出す共済の制度だということだ。そうして、制度として、まず最初の徴収にはこれを税金の対象からはずす。そのかわり、もらうときには税金の対象にするんだというものの考え方、いわゆる二十九条にいう給与所得とみなすというものの考え方。この辺の考え方が私はどうもわからぬのですがね。実際は一体どうなのか。どうすればこういう考え方が出てくるのかということ。これは二十九条だけではありませんで、それから三十条以下、それからこれに似たようなたぐいに属するものが税法の中に書かれておりますが、大蔵省としてはどう思いますかね。これは、いま申し上げましたように、半分まではわかるのだが、半分は私にはどうしてもわからない。そうして、最初は社会保険、だからといって税金をかけないておいて、あとは——まあ、これを税の平等性と言えば平等性ですよ。いかなる収人であろうと、とにかく控除の最低限をこえれば税金をかけるのが税の本則論だと言えば、それはそういうことは言えるかもしれない。しかし、事態はそうではないのじゃないかという考え方が出てくるんですがね。その辺、一体どうして税金をかけなければならないかという大蔵省の見解をもう少しはっきりしてもらいたい。 念のために断わっておきますけれども、最後に私が申し上げましたように、それはそういう理屈があるかもしれない。しかし、納税の原則論、公平論からいけば、これが恩給であろうと何であろうと、所得というものとみなすということになってくれば、結局最低限までは認めるが、それ以上の収入があれば税金をかけざるを得ないという税の公平論だけが大蔵省には残ると思うんだが、これはそういう意味ですか。
○高橋説明員 社会保障制度に基づきます各種の給付金の所得税の課税上の取り扱いでございますが、大別して二つになります。一つは、障害年金、遺族年金、廃疾年金といった系統のものでございます。各種の公的年金に、それぞれ、障害年金、遺族年金、廃疾年金、まあ名称は違いますが、そういったものがございます。そういうものは非課税でございます。それから、社会保障とよく呼ばれております中で、公的扶助。先ほど自治省から御答弁のありましたように、たとえば生活扶助をはじめとする公的な扶助制度、それから国民年金の中の老齢福祉年金、母子年金ああいった福祉年金的なもの、これらについても非課税でございます。しかしながら、一定期間の勤務ということを、原因といたしまして、勤務が終わったあとで引き続き支給されるという年金。これにつきましては、退職前に永年勤務しておった、掛け金を永年かけ込んでおったということを事由として支給されるものでございます。その金額も、受給者の勤務年数、それから掛け金のかけ込み年数、それから最終勤務時における給与の額というものを基準にして給付額がきまってくるということでございますので、これは給与のあと払いという性格を持っておる。これはかつて、昭和三十二年でございますか、三十三年でございますか、国家公務員共済組合が長期の給付をいたします前は恩給職員でございました。地方についても恩給制度でございました。恩給時代にはこれは給与所得ということでやっておったわけでございます。ただ、給与の支払い者が、恩給制度が共済年金制度に変わりいましたときに、共済組合に恩給の支払い者が移った。実質的には移りましたので、厳格な意味の給与ということには言えないということで、給与とみなすといういまの御指摘の二十九条のみなし給与という制度ができまして、そこで給与所得として取り扱っておるということでございます。ちなみに、この制度は、諸外国で見ましても、退職年金はすべて給与所得として課税をいたしております。 それから、門司先年のおっしゃいます意味で、課税最低限によって守られておると申しますか、担税力心弱い部分については課税が行なわれておらないということでございますが、その点を数字をあげまして少しく申し上げてみたいと思うわけでございますが、年金受給者が夫婦ものであります場合、子供さんが成人してそれぞれ所得があって、老齢になりまして夫婦二人で暮らしておられるという場合に、六十五歳前の、いわゆる老齢者でない方については六十七万三千円、それから六十五歳以上の夫婦ものになりますと、八十二万六千円という年収に達するまでは課税がございません。したがいまして、私が先ほど八十四億円の源泉徴収があるというふうに申し上げましたけれども、この源泉徴収税額が、場合によりましては還付になっておるということもあるわけでございます。申告によりまして、その方の年収が、老年者の夫婦である場合に八十二万六千円に達しておりません場合には、一ぺんいただきました源泉徴収税額をまた還付しておるという場合もございます。それから、源泉徴収を頭でやっておりません場合、支払い時にやっておりません場合でも、その他営業所得とか株の配当所得というものもありまして所得が高くなります場合には、申告で納めていただいておるという方もあるわけでございます。 そこで、年金から課税しております人員が正確に幾らであるかということは、実のところ、いろいろ源泉徴収の統計を、見ましても判然といたさないわけでございますが、一応、現在の年金の一人当たりの支給額が、制度別に見ますと、厚生年金、船員保険あたりは十五万ないし十四万ということがございます。それから、公務員共済、地方公務員共済、公企体共済、この二つが一人当たり平均三十万から三十五万ということになっておりますので、こういった一人当たりの年金額の高い年金につきましては課税に入ってこられる方があるだろうと思いますが、それ以外の年金につきましては、課税されておられる方はあまりないのではないかというふうに考えますし、その場合、課税が起こっております場合でも、年金の年額というものが比較的少のうございますから、年金以外の所得がおありになるという形で課税が起こるということであろうかと思いますし、そういうことになりますと、他の所得者とのバランスということで、私どもといたしましては、その場合に、所得税の課税が起こることはやむを得ないのではないかというふうに考えておる次第でございます。
○門司委員 それからもう一つ私の疑念とするのは、この制度は、御承知のように最高額を十八万五千円ということで押えているのですね。したがって、そういうかね合いから、ずっと見ていきますと、その、みなすということで税金をかけるというものの考え方に大体誤りがあるのではないかという考え方が、どう考えても出てくるのですがね。それは半分はやはり国から出しており、あるいは地方の自治体から出しているのですから別にどうということはなくても、半分はやはり自己の負担であることには間違いがないのであって、こういう制度自身について、どう考えても割り切れないところが出てくるのですね。それなら、最高限など押えないでおいてよろしいのではないか。税金で所得とみなすなら所得とみなすということで、給与所行だということにしてしまえば別に問題がないのではないか。ところが、一方においては、これは共済という文字の中に、社会保険という中に包まれておる。そこで、ある程度の最高限というものをやはりきめないわけにはいかないという問題がどうしてもそこから生まれてくる。そういうふうにずっとこれを解明するとまでは申し上げませんけれども、並べてくると、どこかにこれはひっかかるところがあって、制度上もう少しすっきりしないかなという気がどうしても起こるのですがね。その辺の考え方は、大蔵省としては、どうしてこれはみなし課税として税金をかけなければ悪いのか。実質上は税金の多幸は低額の諸君が多いのでほとんど考えていないと言うなら、こういう疑問のあるようなものは除いたらどうかと私は思うのです。しかし、これは大蔵省だけのものの考え方でなくて、政府自体のものの考え方で、いろいろなこういう保険制度について、これを社会保障制度に切りかえるかどうかということ。 それから、この問題でもう一つ問題のありますのは、御承知のように、若年停止をしているという問題が一つある。そういうようにいろいろと、上のほうも制約をしているし、下も制約をしておって、かなりのワクの中にはめられておるということであって、全部が全部、自分たちの掛け金で、必然権利があるのだが、その権利はある程度押えられているという一つの抑制がなされている。そういうことを考えてくると、これを税金の中に直ちに対象にするということ自身が私はどうかと考える。ただ、問題になるのは、さっきのお話しのように、ほかに貯蓄があったり、ほかに働いておって、それと合算した場合のときは、これはあるいは考えられるかもしれない。一つの収入であるとみなすことができるかもしれない。が、しかし、どう考えても、それ以外のものについて、これをいきなり二十九条に持っていって、そうして二十八条と同じような取り扱いをするんだ、給与とみなすんだということは私はどうかと思うのです。合算する場合は、他の収入との合算でありますから、必ずしも給与ということは当たらないと私は思うのだけれども、どうも観念的にはそういう旅がしてならないのです。これを税金の対象として取り扱うというところに問題がありはしないか。給与所得と言うところに問題がありはしないか。だから、そうなってくると、一体給与なのか、あるいは給与でないのかというところにまた疑問が出てくる。給与というのは、やはり、自分の能力に応じて働いた報酬でなければならない。国から半分出すのを給与とみなされるかどうかということです。これは労働の原則から言えば、実際はおかしいのですよ。労働の原則というのは、働いた者に対する報酬であって、働かない者に対する報酬が、どこからか出ているなどという理屈はどう考えてもない。だから、これは社会保障と考えて割り切ってしまえばそれでもよろしいかと思うが、どっちにもつかないのだと言うのなら、その辺の、労働に対する報酬というのと、国から出す一つの社会保障、純然たる社会保障制度、いわゆる国の連帯性の中からくる国民相互間の保障という考え方との間に、給与とみなすというところに問題がこびりついて、どうしても私は釈然としないのですが、ほんとうにこれは全部給与なんですか。半分は給与の対象になって、税金の対象になっているということは間違いない。しかし、半分は何も対象になっていない。だから、給与とみなすというところに問題がありはしないか。だから、もし百歩譲って税法の中に書くとすれば、そういう総合所得の中にこれが入れられるということになるならば、ある意味において税の公平な負担だということに相応するかもしれない。しかし、何もかもひっくるめて、そうしてこれを給与所得とみなすというところに問題がありはしないかと思うのですが、その辺をもう少し大蔵省からはっきり御答弁願っておきたいと思う。
○高橋説明員 御説明が行き届かなかった点があるかと存ずるわけでございますが、現在給与という老齢年金の中で課税されておりますものは恩給でございます。それから、勤務先からもらいます年金形態の退職金、これは給与として課税しております。この考え方は、先ほども申し上げたことでございますが、勤務関係にあったということを原因として退職後に払われておる金であるということでございますから、そういう意味で、勤務中にもらっております俸給、給料、賃金というものと税法しの性格をひとしくしておるという意味で、本来の給与でございます。御指摘の二十九条で公的年金の給付金を「給与等とみなす。」といたしましたのは、こういった年金の支給の原因、それから支給額の決定というものは、恩給なりそれから企業からもらいます年金というものとひとしいといたしましても、給与の支払い者が勤務先と別の人格になっておるという点で、給与とみなすということにいたしておるわけでございまして、もらいます金に所得税としてかける場合には、所得を受ける人がもらう金の性質が問題になるわけでございます。所得の性格上はまさに給与所得とみなしていいんではないかというふうに考えております。 沿革を申しますならば、昭和三十二年でございますか、現在の二十九条の規定ができましてみなし給与になります前は、雑所得ということで課税いたしておったわけでございます。雑所得につきましては、御承知のように、給与所得控除というものは働かない。したがいまして、二十九条の規定によって給与所得にしたほうが全体としての税負担が軽くなる。諸外国の法制においても、退職年金というものは、勤務関係がない場合でも給与所得ということで課税に相なっておるということでございます。 それからもう一つ、門司先生御指摘になりましたところの、本人が掛け込んだ金額と国が補助した金額との関係でございますが、本人が掛け込んだ金額は、御案内のように、社会保険料控除として、これは毎年毎年払い込んでおりますそれぞれの所得の所得金額から控除する。したがって、課税の対象にならない形で払い込む。したがいまして、受け取ります金と払い込んだ金の差額が厳密には所得になるわけでございますけれども、また、適格退職年金といったものにつきましては、掛け金を差し引いた残りについて課税いたすわけでございますけれども、こういった公的年金につきましては、掛け金段階ですべて所得控除いたしておりますので、重ねて年金として給与所得にする場合に、それを控除する必要はないという意味で、控除していないわけでございます。
○門司委員 その辺のことなんですが、最初は控除するんですよ。社会保険金として一応控除するということになっている。そうして、それをもらうときには、これは給与だということになる。しかも、それは体系が違う、支給者が違うんだということ、だから所得とみなすべきだという、こういう論理だと思うんですがね。体系の違うことも事実ですよ。何も一つの市役所から給与としてもらうわけじゃない。これは共済組合からもらうんだから、支給対象が違うことは事実だ。だからといって、これが給与であるというものの見方は私はどうかと思うんですね。実際はこれは給与じゃないと思うんですね。さっき言いましたように、給与というなら、当然、労働なり何かの報酬でなければならないということであるがこれは保険であって、給与とは違うということですよ。保険制度というのは、給与制度とこれをみなすわけにはいかぬのですよ。これにはいろいろの制限がありますから、保険が成り立つという一つの制度の中には、掛け金においても、あるいはたとえ共済組合に掛け金をかけておっても、これは支給年限に達しなければもらえないじゃないですか。一方においては控除されておる。しかし、それがもらえるようになれば、それはなるほどそれを給与する体系は違う。だから、別のものだと解釈することはできるかもしれぬ。しかし、その過程においては、必ずしもそうは言えないじゃないですか。私は、そういうことを考えてくると、これを二十九条に織り込んでおくところにどうも無理がありはしないかと思う。さっきから言っておりますように、税法上のことばで言えば、これは雑所得ということのほうが——いわゆる他の所得と合算する場合に、税の負担の公平から、税金を納めてもらうんだというなら、これは幾らか話がわかるかもしれない。しかし、これを給与として見るということについては、どう考えても私にも考えにくいのである。したがって、二十九条に対する疑問として大蔵省に質問したわけですけれども、その辺、これは大臣にいきなり聞くのもどうかと思うけれども、せっかく大臣が見えたから、ひとつさっきの議論に戻っていきたいと思うんですけれども、最初議論いたしましたのは、この種の制度は純然たる社会保障なのか、それとも一つの政策なのか国の行なう政策としてこういう政策を置いて、そうして老後の生活を保障してやろうというものの見方からくる社会政策なのかということだったわけです。大体、日本で言われている社会保障というのは、みな社会政策であって、厳密な意味の社会保障ではない。連帯性の中から生まれているものではない。したがって、こういうようなたくさんの共済組合というものがあるが、おのおのみな形が違っている。ほんとうの社会保障の意味であるなら、一つでまとめなければならぬ。整理すべきものである。よけいなことですけれども、いまの健康保険組合がどうにもならぬというのはそこにあるのであって、全部社会政策から出ているものですから、一つ一つその次元次元で、この事業に対してはこういう政策がよろしいのだ、この事業に対してはこういう政策がよろしいのだと出ているものだから、いまのように医療保険というものがめっちゃくちゃになっているのであって、ほんとうの医療保険というのは一本でたければいけない。人間の生命はみんな同じであって、国の機関がその生命を保障するなら、どんな職業に従事しようと、どんなところにいようと、医療というものはみんな同じように受けられるような制度にしておかなければならない。ところが、そうではない。これは明らかな一つの社会政策だ。社会政策から来る問題だと私ども考えておる。ところが、これは社会保障なのか、社会政策なのか、どっちかと聞いても、どっちかもわからぬというのだから、いよいよわからなくなってきて、いま実態について大蔵省に質問しておったところですけれども、本来なら、こういうものは単にこれだけじゃありませんんで、日本の社会保障と称せられておるもの全体について根本的に考え直す必要があると私は考えておるのです。したがって、開ければ内閣の統一した答弁を願いたいと思うのですけれども、きょうになってそんなことを言ったってなかなか困難でしょうから、この種の問題を取り扱われる自治省の大臣としての、そういう意味での考え方は一体どっちにウェートを置かれているか。どっちと割り切るわけになかなかいかぬと思うが、社会政策にウェートを、置かれておるのか、あるいは社会保障にウェートを置かれておるのか、その辺をひとつはっきりした答弁をしておいていただきたいと思います。
○渡海国務大臣 いまの御質問の中でも、政府としての統一見解をこの段階で聞くことは困難であろうが、という御理解あるおことばがあったのでございますが、私もいま聞くところでございますので、単なる私見として申し上げたいと思うのでございますが、私は、国民健康保険の標準税率をきめたらどうかと思う。あれは税ではございませんけれども、国民健康保険の標準額をきめるということになりましたら、いわゆる社会保障的な観点に立たなければならないということで、当時厚生省等とも議論をいたしましたことがございましたが、現在社会保険という立場に立って行なっておるのがこういった制度の考え方でなかろうかと、かように考える次第でございます。もとより、私たち、社会保険そのものの広義の意味では社会保障の一環というふうに考えますが、いま門司先生が言われますように、社会保障というものを狭義の純然たるものと考えます場合、そうして社会保険的なものを社会政策ということばで概括します場合には、私は、これは純然たる社会保障でないと解釈すべきではないかと思います。ただし、日本で使われております社会保障という概念がまだ固まっていないと申しますか、いろいろな意味におきまして含まれておりますので、そういう意味の広義の社会保障であれば、社会保険の一つでありますこの制度も広義の社会保障でなかろうか、かように考えておる次第でございます。
○門司委員 それは、実際は、いまのところではわからぬのですよね。なぜわからぬかと言いますと、私ちょっと回りくどいことを言いましたけれども、数字を見てみましても、この種の保険のできたのは、いまの場合で一つ古いのは、船員保険がこの中に入っておりますが、昭和十四年にできておる法律なんですね。それからいまの国民年金というのは昭和三十四年であって、それから国家公務員の共済組合法ができたのは昭和三十三年である。百二十八号になっておる。それから、地方公務員の共済組合法がこれから四年おくれで、おります。三十七年の法律百五十二号という形。公共企業体の職員等の共済組合法は昭和三十一年にできておる。こういうように一つ一つ勘定してみると、あるいは私立学校の共済組合というようなものは昭和二十八年にできておる。農林漁業団体の共済組合というのは三十三年にできておる。そうして、法人税法の八十四条第三項によるものが、これが結局二十八条の問題とみなすという、こういう形の中にずっと含まれてきている。こういう制度になっております。こう考えてきますと、そのときそのときの思いつきのような問題がここにどうしても出てくる。 そうして、この中でもう一つ問題がありまして、いまここで取り上げる問題ではございませんが、働く者から考えれば出てくるのが、やはり二十九条の次の一二十条。いわゆる退職金に対する課税の問題等も、これはいまここで議論する問題ではありませんから議論はいたしませんが、これらの問題が給与とみなすという形になっているということがおかしい。日本の慣習、日本のいままでの行き方から見て、一体これを給与とみなすことができるかどうかということ等については、私は問題があると思う。が、しかし、この問題はここで議論する問題ではないと思いますのでおきますが、先ほどから聞いておりますように、例の大蔵省の答弁だけでは私はなかなか承服することは——承服するということばはどうかと思いますけれども、実際は割り切れないものがある。これはかつてのような雑所得というような形の中で、そして、合算されてという、そこだけにとどめておけば、たいした問題じゃないと私は思う。しかし給与とみなすというところに問題がありはしないかというふうにどうしても考えられる。しかし、きょうはもう十二時になりますので、これ以上私は質問をすることは避けたいと思います。 最後に一つ聞いておきたいと思いますことは、いろいろ問題はあろうかと思いますが、この間から山口委員からも沖繩の問題がしばしば言われておりましたが、沖繩の職員の処遇というのが、この種の問題で問題がある。これだけに限りませんが、ついでだから聞いておきますが、いろいろな観点から考えて、本土の従来の公務員との関係と大体制度が——制度は同じでしょうが、処遇その他が同じになるというのにはどのくらいの時期がかかりますか。いきなりいろいろな問題を一緒にするというわけにはなかなかいかぬかと思いますが、そういう制度自身としては、同じような法律、同じようなものを適用するであろうが、実態は違ったものになりはしないかという気がするのですが、これが本土と全く同じような次元になるというのはいつごろですか。
○林(忠)政府委員 いま、公務員の処遇という点でお聞きになったとすれば、これはそう長いこと時間はかからないのではないかと思います。むしろ、現在は、沖繩県の職員になった方あるいは沖繩の国の山山先機関の職員になった方々は、たとえば給与で言えば、その方が琉球政府に入ったときに国なり地方団体に入ったとして算定をいたしまして、一応の金額をきめて、しかも現在の金額が、ドルを三百六十円で換算した上で、それよりも多い場合は、暫定手当という形で現給までも保障するということでございますから、たとえば給与の面で言えば、むしろ本土の公務員よりも、しばらくの間は、暫定措置として、既得権の保障というような形で優遇されているというような形になっていると思います。その他、身分とか、勤務条件の取り扱いその他につきましては、ほとんどこういう経過措置なく本土の公務員と同じ処遇にされますので、公務員の処遇という面で考えます限りは、そういう暫定措置がとれますというのはそんな長い期間ではない。きわめて短い間に本土と同じようになるというように考えております。
○門司委員 きょうの質問は、私は一応これで終わります。
○大野委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。 —————————————
○大野委員長 これより討論を行なうのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大野委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 —————————————
○大野委員長 塩川正十郎君、山本弥之助君、小濱新次君、門司亮君及び林百郎君から、五派共同をもって、ただいま議決いたしました法律案に対し、附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 この際、本動議を議題とし、提出者から趣旨の説明を求めます。塩川正十郎君。
○塩川委員 私は、この際、自由民主党、日本社会党、公明党、民社党及び日本共産党の五党を代表し、昭和四十二年度以後における地方公務員等共済組合法の年金の、額の改定等に関する法律等の一部を改正する法律案に対しまして、次の附帯決議を付したいと思います。 案文の朗読により、趣旨説明にかえさせていただきます。 昭和四十二年度以後における地方公務員等共済組合法の年金の額の改定等に関する法律等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、地方公務員共済制度の改善について、特に左の諸点に検討を加え、すみやかにその実現をはかるべきである。 一、退職年金等のスライド制については、具体的な運用基準を定め、すみやかにその実施をはかること。 また、退職年金等の改定の遅れについても、さらに短縮するよう検討すること。 二、年金制度施行前の職員期間の通算にあたっては、退職時期等による制限を緩和すること。 三、遺族年金の支給要件については、他の公的年金制度との均衡を考慮し、その緩和措置を講ずること。 四、短期給付についての組合員の掛金率が一定限度をこえることとなるときは、その負担を軽減するため適切な措置を講ずること。 五、退職年金等の最低保障制度については、その改善を検討すること。 六、沖繩県における短期給付の掛金率については、同県の医療制度の実情にかんがみ、その整備拡充が行なわれるまでの間、特例措置を設けるよう検討すること。 七、短期給付制度を適用しない共済組合についても福祉事業を行ないうるよう検討すること。 八、土地開発公社の職員については、団体共済組合制度を適用するよう検討すること。 右決議する。 以上であります。 何とぞ皆さま方の御賛同をお願いいたします。
○大野委員長 本動議について採決いたします。 本動議に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○大野委員長 起立総員。よって、塩川正十郎君外四名提出の動議のごとく附帯決議を付することに決しました。 自治大臣から発言を求められておりますので、この際、これを許します。渡海自治大臣。
○渡海国務大臣 ただいまの附帯決議につきましては、御趣旨に沿って善処いたします。 —————————————
○大野委員長 おはかりいたします。 ただいま議決いたしました法律案に対する委員会報告書の作成等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○大野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ————————————— 〔報告書は付録に掲載〕 ————◇—————
○大野委員長 参議院から送付されました消防法等の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を行ないます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。綿貫民輔君。
○綿貫委員 今回消防法の改正が提案されておりますが、降矢長官は消防庁長官に就任されましてから、たとえば本年の予算編成の時期には、防災無線を、実施しようというような、非常に意欲的な取り組み方をされておりまして、私どもたいへん敬意を払っておるわけでございます。今回の防災規制の強化あるいは福祉施設制度の創設というようなことに対しましても、その意欲のあらわれと受けとめまして、高く評価をしたいと思いますが、ただ、今回の改正を見ますと、消防法の全般について、もっと基本的に抜本改正をする必要がある時期において、やや小手先だけの改正という感を免れないと思います。私は消防小委員会にも属しておりますし、また、末端のささやかな消防団長も現在やっておりますので、そういう見地から、今回の改正案の提案を契機に、さらに抜本的な問題に取り組んでいただくためのいろいろの質疑応答をしてみたいと思っております。 今度のこの改正に関連いたしまして、地方行政委員会の調査室から資料をいただいておりますが、この資料を見ますと、消防白書というものの内容からいろいろと抜粋をいたしまして、防炎性能というものを中心にしたいろいろの記述がございますけれども、この後段にあります各新聞の論調を読んでみますと、そういう防炎性能とか、その他そういういろいろの技術的な問題よりも、むしろ、建築基準法の弱点、あるいは自動消火装置の義務化、あるいは排煙施設のさらに強制的な実施、また、予防査察と、消防を取り巻くいろいろの防災に関する環境整備ということを強調いたしております。こういう見地からいたしまして、今回の改正案、特に防炎規制の強化を盛り込みましたこの改正案が提出されまして、その後に大阪の千日ビルの火災があったのじゃないかと思います。こういうことからいたしまして、この千日ビルの火災以後においてもこういう現在の改正案程度でいいのか、あるいはもっと根本的にやらなければいかぬということを強く感じておるか、これをひとつ降矢長官にお尋ねしたいと思います。
○降矢政府委員 消防法の改正は、今回は、確かに、消防団員の福祉施設の改善を中心にいたしましたものになりますが、四十四年にかなり大改正をやって、ようやく四十六年がその経過措置も切れて動き出したときでございます。私たちは、この時期に、実は、都市消防の課題というものにつきまして、十大都市並びに人口三十が以上の都市の現場の方々も御参加をいただきまして、委員会をつくりまして、現在の都市を中心にした消防活動、従来の消化というものからもっと広い意味の都市消防活動、たとえば都市災害対策あるいは消防体制、そういうものを中心にして、現場でいろいろ問題として考えられていることを取りまとめる委員会をことしの四月から発足いたしまして、いままで二回会合をやっております。気持ちとしては、御指摘のようにさらに大きなメスを入れたいという気持ちを持っておりますが、私の考え方としては、いま申し上げましたような、現場でいろいろ体験されている方々のほんとうの意見というものをもう少し集約したい。したがって、この 一年間かかってこれを完成した上で、基本的な制度の改正に持っていきたいという考え方を持っております。 今回の千日ビル火災の問題につきまして、確かに御指摘のようなことがございます。それで、この点につきましては、すでに、私たちのほうは、消防審議会に意見を聞くということで問題点の提起をいたしまして、先般、六月の初めに審議会の意見をもらっております。いま御指摘のような消火設備体制を中心にして、自動火災報知機あるいはスプリンクラー、こういうものにつきましての遡及適用という問題はぜひやりたい。この点は、私たちのほうは、法律の委任に基づきまして政令でやれる仕組みになっております。したがって、こういう設備の点につきましては、私たちのほうで、これを遡及適用するという基本的な考え方で政令の改正をぜひ行ないたい。これは法律とは関係なしに、すでにあります消防法の規定に基、つく委任規定によって当然できることでございます。 しかしながら、いま先生の御指摘がありましたように、現在の都市消防の最大の課題、つまり、近代消防のねらいというものは、人命の救助あるいは救出というものを重点にした考え方を相当取り入れなければなりません。そのためには、消防自体の活動のやり方、警防の戦術、それに伴う機材というものとともに、人命救助、避難という問題に対する建築基準法上のものをどうしても改正をしてもらわなければならぬと思っております。この点につきましても、すでに建設省と委員会な設けまして、そして建設省のほうにわがほうも参加をいたして、この点の検討事項も、すでに消防審議会には、私たちの意見として意見を求めているところでございますが、これは法律そのものを改正しなければならない問題が相当ございます。そういうこととの関連におきまして、私は、全体としては、現在の消防活動の失態に押した消防の体制というもの、あるいは消防制度というものをどうしても考えていかなければならぬと思っております。 また、先般の法律改正のときにも、ガスとか、都市ガスとか、あるいは火薬とか、一たび災害が起これば第一線の消防の人たちがまっ先にかけつけるようなものに対しても消防として事前にチェックをし——チェックと言うと語弊がありますが、そういうものについての安全を確認し、あるいは安全の指導ができるというような問題もやはり消防の側から提起をいたしまして、すでに一部は、LPガスの取り扱いについてはそういう考え方が制度化されておりますけれども、やはり、全体として消防法のいまの体制を考えていかなければならぬと、基本的にはこういう気持ちを率直に持っております。
○綿貫委員 いろいろとさらに具体的にあとから触れてみたいと思いますけれども、ちょうど一年前に、千葉市におきまして百貨店の火事がありまして、その問題を取り上げて消防小委員会でいろいろ討議をいたしました。そのときの議事録もございますが、その中で、永瀬予防課長が、予防査察の重要性ということと防火管理者の徹底化ということ、この二つを非常に強調しておられるのですが、その後どのようにこれを指導してこられたか。これをひとつお尋ねしたいと思います。
○永瀬説明員 先生の御指摘の火災予防の徹底につきましては、先般申し上げましたとおりに、査察を励行いたしまして、その実態を把握し、それを改善させること、これが一番重要でございますので、その後全国的に査察の徹底をはかってまいっておりますが、現状といたしましては、まだ必ずしも十分なところまでは至っておりません。ただ、これも、数字をいろいろとってはおりますが、一部非常に小さな問題で不十分なところ、あるいは消防用設備をつけなければならないものがまだつけられていないというような大きな欠陥、これもいろいろ入り乱れて入ってまいっております。したがいまして、数字的にどの程度まで進んでいるかということは必ずしも申し上げられませんが、現地の消防職員、特に消防大学校等に参ります幹部には、査察後必ず文書をもってこれを指摘し、改善をさせる勧告なり命令なりを出すように指導してきているつもりでございます。 また、防火管理者の制度につきましても、これの徹底をはかってまいっておりますので、防火管理者を設けなければならない施設につきましては、一応一〇〇%に近い管理者の設置を見ております。その業務内容自身については、まだ十分に把握いたしておりません。
○綿貫委員 この防火管理者なんですが、その事務というものが法的に非常に不明確であるために、有名無実と言えば言い過ぎかもしれませんけれども、そういう形になっているのじゃないかと思うのであります。各消防署におきましては、いろいろと指導するということで、防火管理資格講習会というようなものを開いておりますけれども、各職場に入ると発言力のないような人がただ形式的に参加をしておるというふうに見受けられるのであります。こういう意味におきまして、ただ組織とかあるいは設備、訓練というようなことを言っておりますけれども、何か形骸化をしておるというふうに受けとめられるのですが、こういう実態を把握しておられるのか。もし把握しておられるならば、今後どういうふうに改善をされようとしておるのか。その辺を長官にお尋ねしたいと思います。
○降矢政府委員 私が実際当たりましたところでは、一部は法の期待するような管理者として活動しているところもございます。しかし、今般の千日デパートのキャバレーにおける管理者のごとく、御指摘のように形骸化しているところもございます。確かに、その基本には、防火管理者を選任する施設の所有者あるいは管理者、簡単に言えば当該施設の社長というものとの関係があまりはっきりしていない。基本的には、やはり防火管理者という一つの資格を持った人をしてその場所の防火管理をさせる。つまり、社長がさせしるというかっこうで法律の八条に規定されております。しかし、基本は、やはりそこの施設の責任者が防火管理をまず、やる。その責任のもとに防火管理者がどういう行動をとるのか、ここが法律的にどうも不明確だと私は思っております。 今回の千日ビル火災におきましても、先生方からすでに御指摘いただいたわけでございますけれども、あそこの事務所には防火管理自衛消防組織という、まことにりっぱな組織図が書いてございます。しかし、実際は一つも動いておりません。やはり、その施設の一番の責任者、所有者、会社の社長と防火管理者の仕組みのところがどうもはっきりしない。そこのところを制度的にもう少し改善をして、責任はその施設の長にあるのだ、そのもとに防火管理の講習を受け多少専門的な知識を有する人が防火管理に当たるのだという、そこのところをどうしても明確にしなければいかぬ。法律は、責任者が防火管理者を選任して、防火管理者をして防火をさせるということでありますので、そこの中身を政令においてもっとはっきりさせる。 それから、もう一つは、御指摘のとおり、防火管理に当たる人が、必ずしもその会社におけるある程度の地位を持った人ではない場合が相当ございます。これでは、たとえ自衛消防組織をつくっても、命令の徹底を欠くことは当然でございます。この点は、資格の中に管理監督にある者ということを明確に規定したい。この点は、従来も、指導等においては、そういう人を選ぶように言っておりましたが、実際は必ずしもそういう人だけが選ばれておるというわけではございませんので、この点はやはり制度的にはっきりしなければならぬと思っております。 それから、もう一つは、防火管理者の任務の問題でございますが、この点、どういうことをやるかはすでに法律に書いてあり、具体的にどういうことをやるかは政令、規則で明確になっておりますが、この点が、たとえば、危険物のある施設の防火管理者と、旅館とか、キャバレーとか、劇場というふうに、不特定多数の人が常時集まるような場所の防火管理者は一体何をするんだというのが平板的に書いてあります。私は、この点も、防火管理者のやるべきこととその責任をきわめて不明確にしている原因だろうと思います。そこで、こういう不特定多数の人が集まり、ある一定の時期そこにおって利用されるというところにおける防火管理者は一体何をやるべきかということですが、この点は当然予防でありますけれども、万一の場合には避難誘導だけをやる、少なくともそれを中心に責任を持ってやるんだというようなことで、具体の施設対象ごとにもっと防火管理の中身を明確にしなければいかぬ。この点は、私は、制度的にも今回明確にいたしたい。この点も省令及び政令で十分できる点でありますので、私は、そういうところをぜひやりたいと考えているところでございます。 それからもう一点は、施設の整備点検であります。これは、法律は、会社の社長が防火管理者をしてさせるということになっておりますが、私は、させるだけじゃなくて、実は、その会社の社長がやるんだ、自分でやるのだというところをもう少し明確にしなければいかぬと思っております。この点は、建築基準法等においてもすでにそれに類する規定があります。保守管理の責任は防火管理でなくて、その社長だ。それをどういうことでやるのか、どういうしかたでやるのかというところを、防火管理者を使ってやる。こういうところをもう少し制度的にはっきりしないと、防火管理者は単なる使用人でございまして、社長のほうはどうも法律的に隠れているというかっこうが非常に強いのでありまして、この点を制度的に明確にすることによって、防火管理の実際現場における指揮というようなものも十分できるようにいたさなければならぬというふうに私は考えております。
○綿貫委員 この調査室の資料の中の新聞の論説の中にもございますけれども、日本の火災の発生件数は、諸外国に比べて人口割りでは低いけれども、死傷者というものが外国に比べると非常に多く、また、どんどん上昇ぎみだということが出ております。私は、日本人というのは災害とか火災に対しての感度が非常に鈍いんじゃないかと思います。そういう意味で、ただいまの長官の御答弁は、自主的に各職場の長がもっと強くやってくれるように、制度化するということを望んでおられるようでありますけれども、こういう感度の鈍い民族の中においてもしも災害が発生しますと、これは単にその職場だけじゃなしに、あらゆる社会に対しての大災害の出発点になるわけでありますから、あまり甘い考えじゃなしに、もっとむちを当てるくらいのきびしさで、この防火管理ということについてはぜひ前向きに取り組んでもらいたいことを強く私から要望を申し上げたいと思っております。 それから、次に、防災対策といたしまして、消防環境の整備、つまり、不燃性材料のことだとか、今度のカーテンの取り締まりのことだとかいろいろあります。また、昨年改正されました中で、地下三階、地上十五階以上の建物については、耐火性だけではなく、特別階段を設けるというようなことを義務、つけたりしていろいろやっておりますけれども、これは、これからの、この法が実施された以後のものについての義務、つけであって、それ以前のものについては遡及しないということになっておりますが、これはむしろ危険なものを放置することになる。これからの近代的な設備はそういうものについての万全の対策ができておると私は思いますけれども、むしろ、いままでの危険なものについてこれを義務、つけるということが必要じゃないかと思うのであります。先日のモーテルの取り締まりの法案におきましても、さかのぼっていろいろと改善をするような法内容になっております。そういうことから見ましても、これはどういうふうにお考えになっておるのか、あまりにも消極的ではないかというふうに考えるのですが、どういうふうにお考えでしょうか。
○降矢政府委員 先ほど御答弁申し上げました点について、補足をさせていただきたいと思います。 私が申し上げましたのは、こういう不特定多数の集まる場所の責任者というものは、当然、そこに集まる人の人命というものを守る社会的な責任があるはずだということでありまして、消防法においても、それを前提にしていろいろな施設の義務づけをやっておる点は、そのあらわれだと思います。しかしながら、その施設の義務づけとともに、具体の行動をどうするかというところについてきわめて不明確であります。その点を、私は、もっと施設の責任者に明らかに義務づけたい。同時に、私たちの消防法では、そうしたからといって、当然、町の防災の責任を免れるわけではございませんので、この点については、施設その他についての義務づけは当然はかるという考え方でございますので、補足させていただきたいと思います。 それから、ただいま御指摘のありました建築基準法関係の遡及適用の問題でありますが、私たちは、この千日ビル火災の問題を契機として、遡及適用について、少なくとも避難誘導というものに関するもの、あるいはそれを前提にした排煙その他の施設についての遡及適用については、ぜひお考え願いたいということは、建設省のほうにもいろいろお話し申し上げ、建設省自体が、先ほど申し上げましたような専門家で構成する委員会をつくって検討を始めておるところでございます。私たちは、先生のいまの考え方には全面的に賛成をしております。私たち自身のできることで、いま四十四年の改正では、誘導標識とか、誘導灯とか、あるいは漏電火災警報器、非常警報設備、こういうものについては全部遡及適用。自動火災報知設備につきましては、病院、ホテル、重要文化財につきましては遡及適用をいたしました。スプリンクラーは遡及適用いたしませんでした。しかし、この自動火災報知機及びスプリンクラーは私たちは、ぜひ具体の施設についての遡及適用を考えたい、こういうふうな考え方でございます。
○綿貫委員 いまの問題と関連をいたしまして、私の地元の消防署から一つの提案が来ております。最近、中小都市におきまして、特に小都市におきまして、病院などで、三階建て、四階建てというのがどんどんできております。ところが、消防署にははしご車の設備も何もない。そういうところでは屋外に避難階段をつけるというような義務づけも何もないわけでございまして、こういう三階以上の建物については、屋外の避難階段をつけるように義務化してもらってはどうだろうかという提案が来ておりますが、これについてはどうでしょうか。
○降矢政府委員 消防の人命救助活動から見ても、私たちはある程度火災の現場においては限界がございます。したがって、たくさんの人が一時に避難できる施設では、階段、すなわち、屋外階段が一番妥当だということは前から考えておりますし、建設省にも申し入れをしているところでございまして、ぜひこれを実現していただくようにということをお話し申し上げております。ただ、いろいろな考え方がありまして、いまの遡及適用の問題とからんだ問題が出ておりますけれども、最近、シャッターの原理を応用しまして、ふだんは天井のほうにたたんでおりまして、いざという場合には、感知器と連動してそれが下におりてくるというような、新しい構造の階段についても開発が進められております。そうすれば、外観という問題から、美観をそこねるというような問題も避けられて、いざという場合にだけ作動する。そういう仕かけの屋外階段も開発されつつはございますので、私たちは、こういう新しい機械を遡及適用にしていただくならばいろいろな問題が何時に解決できると思っておりますので、いまの御提案の趣旨には賛成でございます。
○綿貫委員 建築基準法との関連もあるでしょうから、ひとつぜひ前向きに取り組んでもらいたいと思います。 それから、今度の法改正で、福祉施設ということで、消防団員に対していろいろと優遇される前向きの制度を創設されていることはたいへんありがたいと思っておりますが、消防職員というものの給与は非常に低いのじゃないかと思うのです。たとえば、各市町村の職員と比べてみますと、入ったときは初任給は一緒ですが、十年もすると中だるみがまいりまして、だんだんダウンをしておる。同時に、同じ自治体の職員になった連中と比べまして、そういう格差が出ておるのじゃないかと思います。しかも、各県、各市町村のいろいろの自治体の考え方によって処遇もばらばらであります。また、消防技術ということにつきましても、これは均一的なものがございません。消防というものは、いまの警察と同じように、各自治体、各県別あるいは全国均一的な制度として、待遇についても前向きに考えてもらうべきものではないかと私は思うのですが、これについてはどのようにお考えでしょうか。
○降矢政府委員 消防職員の給与につきましては、いま御指摘のように市町村間に相当の開きがございます。それから、市町村の中での、いま御指摘のような問題もございます。もちろん逆になっていることもありますけれども、そういう問題は否定することができません。この問題につきましては、実は、市町村消防という前提に立って、なお、いま御指摘のような、全国ある程度基準をそろえる問題について、消防庁の会において数回議論をしてまいりました。そこで、その問題の一つは、いま先生のお話もありましたように、ある程度基準を統一してはどうかという御主張もありますし、いや、それは市町村の消防ということでありますので、これは市町村間にも格差がいろいろな意味でございますので、そこはある程度ゆるいものにすべきではないか、あるいはそういうことは市町村にまかせるべきではないか、こういうような意見がかなり出ております。いずれにいたしましても、いまお話がありましたように、国においてある程度一本の線を引いて、これを基準に施行させるということについてた若干の無理があると私は思います。しかしながら、いまありましたような格差の是正あるいは職員質問の是正という問題につきましては、当然私たちも取り組み、また、交付税措置においてそういうものを具体的に措置していかなければならぬと思っておるところでございます。
○綿貫委員 消防というのは自治大臣の管轄下にありまして、自治省と消防庁というのは兄弟みたいなものですけれども、ややもすると、自治省がしゅうとみたいになりまして、消防を自分のペースで引っぱっていこうというようなことでやられておるような感がするのでありますが、自治体の長の考え方、さじかげんだけで消防職員の待遇がばらばらになり、非常にいいところと非常に悪いところが出てくるということになりますと非常に困ると思います。ある程度基準があると思いますけれども、もうちょっと強力にこの処遇の問題についてはお考えをいただきたいと思うわけであります。 次に、私の近くの市町村におきましては、消防職員の不足というようなこと、あるいは団員の不足ということから、万一に備えまして、地区のタクシー業者と契約を結びまして、一たん事あるときにはタクシーの運転手が総出動して急場をしのぐということになっておりますけれども、こういうケースに公務災害補償というものが適用されるのかどうか。これをちょっとお尋ねしたいと思います。
○降矢政府委員 いまの先生のお話のありましたようなことを前提にいたしますと、この人は消防業務協力者になるわけでございます。防消団員として任命されている方ではございませんと思います。といたしますと、その人につきましては、非常勤消防団員等に係る損害補償の基準を定める政令によって一定の額の補償が当然なされることになっております。
○綿貫委員 先ほどからいろいろと申し上げましたけれども、私は、消防はやはり自主性と指導性というものをもうちょっと強く持つような形にしなければならないと思います。たとえば、火災が起きましたときに、その否定はいろいろと警察がやるわけでありますが、消防自体の中にも否定をする強力な機関をこれからつくり上げていくべきだというふうに考えるのですが、これについては長官はどうお考えでしょうか。
○降矢政府委員 いまのお話は、おそらく火災原因の調査の問題だろうと思いますが、その点につきましては全く同感でございまして、わが消防大学校におきましても、警防科、予防科を通じまして、この火災原因の把握のしかたということについては十分教育をしているところでございます。 具体の問題としまして、確かに、失火あるいは放火というような犯罪との関連での火災原因調査ということになるのでございますけれども、たとえば、今度の千日ビルの火災の場合におきましても、大阪市消防当局と大阪府警との合同の調査をやっておるのでございまして、少なくとも私たちの意図する方向に向いていることだけは間違いございません。しかし、これはやはり、やり方、教育の問題が十分に検討されなければいけませんので、消防大学校においては、かなり力を入れてこの点については教育をしているところでございます。
○綿貫委員 今後の火災の予防あるいはあと始末ということと関連をいたしまして、これは消防庁がもちろん主体になるべきでございますけれども、警察、あるいは先ほどの建築基準法の関連から建設省、またさらには自治省というところといろいろと関連がございますが、ひとつ強い消防をつくってもらいたい。いわゆる他律的ではなしに、自律的に、よその役所をむしろ引っぱっていくぐらいの強力な消防行政というものをこの際やらないと、いつもあと始末的な、おわびをして歩くような消防では私は困ると思います。 そういう点で、冒頭にも、降矢長官のいままでの非常に強い行動力に私どもは非常に大きな期待を持っておるということを申し上げたわけでございまして、今後、私が申し上げましたような点を参酌されまして、消防法の抜本改正に取り組み、しかも、他の役所をむしろ引っぱっていくというぐらいの強い態度でやってもらいたい。災害は忘れたころに来るということわざがございますけれども、起きてからではおそいのであります。今後まだまだ予想される災害を防止するためにも、あるいは被害を少なくするためにも、ぜひがんばってもらいたいと思うわけであります。 最後に、消防は、一般の市民の災害に対する防止意識と申しましょうか、こういうものがやはり非常に大切だと思います。地区によっては少年消防隊というものもつくられておりますが、有馬温泉の火事のときに、私の県のボーイスカウト出身の一青年が、ボーイスカウトで習った訓練を覚えておりまして、煙に巻かれながら三度にわたって婦女子を助け出して、とうとう最後に自分が煙に巻かれて死んだということがあるのであります。これなどは、私は、非常にとうとい犠牲だと思いますけれども、こういう災害に対する一般市民の自覚というものをもっと高揚させるために、先ほども申し上げましたように——一本の民族はどうも起きてから騒ぐけれども、起きない前は感度が非常に鈍いが、そういう民族性があるのではないかと思います。そういう意味におきましても、月並みな防火デーとか消防の宣伝ということではなしに、もっと強力な体制を創意くふうして考えていただきたい。こういうことを強く長官に要望いたしまして、私の質問を終わりたいと思います。
○降矢政府委員 前段の御指摘に、消防は事故が起きたあとの始未だけに追われておるというお話がございましたが、私は、確かにそういう一面を否定することはできません。私は、就任以来、正直に言って、そういう感じを幾たびか抱きましたけれども、先ほど冒頭に申し上げましたとおり、そういう点を、具体の事実の積み上げと行動によってもっと世人の批判を仰ぎ、そして具体の制度の中に取り入れていきたいということから、都市消防問題研究会というものを発足いたした次第でございまして、また、今回石油パイプラインの問題でも、私たちは積極的に消防審議会に諮問いたしまして、そして、保安の問題については、現地の消防の方々と一緒になりましてこれを推進しなければどうにもならないという認識のもとに、少なくとも保安の面についてのリーダーシップをかなりとったつもりでございます。確かに、先生のおっしゃる点は、消防がイメージチェンジをして脱皮をしていかなければならぬ一つの大きな問題だろうと思いまして、その点については、今後とも、消防庁あるいは自治省全体として積極的に取り組んでいく所存でございます。 それから、次の防災意識の問題、防火意識の問題については、御指摘のとおりでございまして、いまの防火デーとかあるいは週間等のほかに、一つは、現在、東京都を中心に、小学校あるいは中学校の副読本として、公害と同じような意味での防火、防災読本というものをつくろうということで、去年からやってまいりまして、ようやく今度東京都で、中学校の一、二年を対象にした防火読本をつくり、地震、災害、火災等われわれの生活を取り巻く災害についての教育を、そういうものを通じてやろうじゃないかということになりまして、それを私たちはモデルにして、全国で、小中学校を対象にした教育をこういう読本を通じてやろうという運動をすでに着手をしておりまして、東京都は、おそらく今年からもう具体の教科書ができまして、やるはずでございます。 そういうことと、もう一つは、行政局のほうが中心になって進めておりますコミュニティー活動の中に、家庭防火、家庭救急というものを踏み台にしたコミュニティーというもの、そういった社会連帯意識というものを何とか形成していきたいということで、行政局のほうにもずいぶん働きかけをいたしまして、あの施策の中にも取り上げていた、だいたし、また、私たちは、現地の消防のほうにも、こういうような運動をこういうようなかっこうでというような意味での指導もしているところでございます。したがって、単に形式的な週間というほかにもっと定着したものとして、もう少し具体的に、いま申し上げたところをことしから始めているところございまして、御趣旨に沿うてなお一そう研究をし、実行に移してまいりたいと考えております。
○大野委員長 午後一時三十分から再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時四十四分休憩 ————◇————— 午後一時四十八分開議
○大野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 警察に関する件について調査を進めます。 先月三十一日にテルアビブ空港において発生した乱射殺傷事件に関連する問題について、この際警察庁当局から報告を求めます。常田警備局長。
○富田(朝)政府委員 ただいま委員長からお話のございましたロッド空港におきまするゲリラ殺人事件の概要について、ただいままで私どもが掌握しております状況を申し上げます。 去る五月三十日午後十時三十分ごろ、現地時間でございますが、イスラエル国首都テルアビブのロッド国際空港内で発生したゲリラ殺人事件は、自動小銃や手りゅう弾を使って一般の人百人近くを無差別に殺傷したことと、逮捕一人、死亡二人の犯人三人がいずれも日本人であったことで、きわめてショッキングな事件であったわけでございます。事案が国外犯で、しかも大量虐殺という国際的な重大な事件でありましただけに、警察庁といたしましても、事件解明のために徹底的な捜査を行なうことに即日着手をいたしたわけでありますが、そのためには、イスラエル当局との緊密な連絡をとるほか、国内におきまする関連人物あるいは背後関係の捜査を全国的に行なうことにいたしたわけでございます。そのためにも、外務省、ICPO、国際刑事警察機構を通じまして、事件の概要と捜査資料の入手をはかってまいったのでありますが、さらには、政府の特使に同行いたしました警察庁の佃外事課長が、現地の警察その他政府諸機関と良好な関係をつくるために努力をして今日に至っております。その結果入手いたしました情報や資料に検討を加えまして、関係都府県に指示をして必要な捜査を進めましたところが、イスラエルからの連絡と国内の捜査によりまして、逮捕されておる被疑者が鹿児島大学生の岡本公三であることを割り出した次第でございます。さらに、岡本の自供とその裏打ち捜査で、死亡被疑者二人は、元京大生の奥平剛士と京大生の安田安之であることが判明いたした次第であります。 目下さらにイスラエル警察等との相互連絡を緊密にとりつつ事案の真相究明につとめておるところでございますが、これまで判明をいたしました事案の概況と捜査の進展状況について詳細に申し述べたいと思います。なお、国内におきまするこの種事案の発生を防止するため、即日空港関係、公館等の警戒等、所要の措置をあわせてとっておるところでございます。 事案の概要でございますが、外務省に入ります公電、公信あるいはICPOルートから伝えられます資料及び国内捜査で把握されておる現在までの状況でございますが、事件の発生は、先ほど申し上げましたように、現地時間の五月三十日午後十時三十分ごろ、日本時間にいたしますと五月三十一日の午前五時三十分ごろになるわけでございますが、パリのオルリー空港発ローマ経由のエールフランス機一三二便がイスラエルの首都テルアビブにありますロッド国際空港に到着をしました際、同機からおりてまいりました日本人三人が、空港ロビーで手荷物よりチェコ製カラチニコフ自動小銃三丁を取り出し、付近にいた人に向かって乱射するとともに、手榴弾数発を投てきをいたしたのでございます。その結果、なくなられた方二十四名、負傷者七十六人という多数の人が一瞬に死亡あるいは重軽傷を負われ、被疑者のうち二人は死亡し、一人は現場で逮捕されたわけであります。 被疑者関係の特定の経緯でございますが、イスラエル当局が被疑者らが所持をしておりました旅券を調査いたしましたところ、「A、ナンバダイスケ」これは逮捕をした人物であります。「一九四九年四月二十八日生まれ、旅券番号E〇四一三五八」、「B、トリオケン、一九四九年三月三十日生まれ、旅券番号E〇三八〇八五」、「C、スギザキジロウ、一九四九年二月二十六日生まれ、旅券番号E〇三八六二五」、そういうものを現地警察、政府機関が現場から押収したわけでありますが、精密検査の結果、表紙の裏の印刷を含めてきわめて不鮮明であります上、紫外線調査でも、紙質が日本の政府が発行しておる旅券と異なり、いずれも偽造であるということが判明したわけであります。なお、この旅券番号に当たる旅券を国内におきまして調査をいたしましたところ、それぞれ当該の方々はおられ、また、その旅券を持っておるということでありまして、この、いま申し上げたことが、双方の調査から偽造であることが明瞭になったわけであります。 イスラエル当局が旅券にいうナンバダイスケを取り調べましたところ、本人はナンバダイスケであるとしばらくは言い張り、また、途中では北村良介と名乗ったわけでありますが、その後、本籍熊本市楠四丁目十四ノ二の岡本公三、昭和二十二年十二月七日生まれ、二十四歳と自供があったわけでありまして、さっそく、そういう連絡を受けるとともに、ICPOルートを通じまして被疑者の写真を入手いたしまして、いろいろ国内における当該人物の面割りあるいは供述内容の裏打ち捜査を行なった結果、六月一日に、岡本公三本人であることを国内捜査の結果確認をいたしたわけであります。 死亡被疑者についてでございますが、イスラエル当局からの連絡によりますると、死体の状況は、一人は手榴弾で乳の部分から上半身がなく、左右の手首も取れている。身長百六十五センチくらいで、東洋人風。一人は額の部分と後頭部がなく、左の目はぐちゃぐちゃになっており、右下腹部に盲腸の手術痕がある。右下奥歯第七歯、第八歯の内側に虫歯治療のためのアマルガムが付着している。身長百六十七センチ、やせぎす、全体として東洋人風。こういう死亡被疑者に関するデータの連絡があったわけであります。そこで、写真面割り、指紋対照、その他必要な関係者と思われる者からの事情聴取を精力的に行ないました結果、そういう過程で、岡本自身からの、イスラエル国の官憲に対しましての、奥平と安田であるというような自供もございました。それのいわゆる裏打ち確認を鋭意行なったわけでありますが、その結果、この一人は、元京大生の奥平剛士と確認されるとともに、他の一人も、京大生安田安之であることはほぼ間違いないと思われるので、所持品その他につきまして最終的な確認を急いでおる一次第でございます。安田安之の確認について、いまそのように申し上げたのでありますが、先ほど御報告申し上げましたとおり、上半身がないということと、また、両手がないために指紋がとれないということ等、非常にむずかしい問題があったわけでありますが、写真の、家族並びにこちらから打ち返しました写真の岡本の確認、さらに特徴のある所持一等の一致等から、ほぼ間違いないと考えております。 それから、岡本公三の渡航状況でございますが、これは、現地イスラエル政府機関等の取り調べ状況の連絡によって一応の事情を把握し、また、国内の裏打ち捜査を総合して申し上げるわけでありますが、四十四年十一月当時は、岡本公三は、学生ベ平連の活動をやっていて、周辺の者等の事情聴取からいたしますと、赤軍派には批判的であった。ところが、昭和四十五年三月、兄岡本武がハイジャック事件を敢行したあとは、赤軍派をその意味で弁護するようになったというふうに周辺の者等は言っておる者がございます。四十六年十一月に、鹿児島で、赤軍派の宣伝映画「赤軍−PFLP・世界戦争宣言」が上映されました際、会場設営準備に当たるなどの行動が見られましたが、その一連の時期を通じまして、赤軍派らしい活動は認められなかったのでございます。岡本は、ヨーロッパ渡航を思い立ったのは、その十月中旬以前と見られます。しかし、それが今回のようなことを意図したものかどうかは、思い立った時点においては不明確でありますが、また、一方、伝えられておりまするようなPFLP幹部と自称するルベシ・ガーネンの働きによるとの推測も、岡本等の供述等を総合して判断しますと、にわかには信じがたい状況がございます。ルベシ・ガーネンの、これはイエメン人という形で日本に入国をいたしておりますが、入国の目的は観光ということで入国をいたしておりますが、そのルベシ・ガーネンの在日した期間は、四十六年の十月二十二日から十一月二十八日の間であります。本人岡本の渡航申請は四十六年十二月九日、鹿児島県庁に行ないまして、十二月十三日には旅券が発給されております。羽田を出発したのは二月二十九日でありますが、二月二十七日に特急「なは」で鹿児島を立ち、途中京都で友人の北村良介と会い、同人方に一泊をし、翌二十八日上京して、都内で一泊をして、翌二十九日ローマまでの航空券を買い求めまして、同日の十九町二十五分羽田発のカナダ航空で単身出発したものであります。 それから、安田安之、奥平剛士につきましては、家族に対する事情聴取、その他現地からの通報その他を取りまとめた結果は、いまのところ、岡本とのつながりというような具体的なことはまだ現地からそういう連絡はございませんが、一部現地からの部分的な情報に基づきますと、岡本並びにこれら三人は相互の間に面識がなかった、あそこで出会うまで面識がなかったというようなことを申し述べておるようであります。 なお、第四の男というふうに現地で言っております丸岡修という者につきましても、丸岡修が現地にいたということの岡本の供述はございますが、これまた、全く初めて現地において出会ったものであるというような連絡が現地機関から入っておるわけであります。 ただいま申し上げました丸岡修でございますが、これは、昨日になりまして、岡本公三の供述を現地機関が伝えてまいり、また、そうした部分的な情報等がありましたので、当方で入手をいたしました丸岡修の写真をICPOを通じて現地機関に送付をして、それを岡本に現地機関の者が示して面割りをした結果、ともにおった者が、この写真の丸岡に間違いないと、かような供述をしておるという連絡がございました。なお、岡本の供述によりますと、丸岡は五月の上句にベイルートにやってまいりまして、岡本、安田、奥平とともにゲリラ訓練を受け、岡本らがベイルートを立った本年の五月二十日ごろにはまだ残留しておったということであります。 入国管理局等に、出入国の徹底した調査をお願いした結果、丸岡修名儀のものは、本年の四月十三日にアリタリア航空で羽田から出国をいたしておりますが、帰国したという入国の確認は、入管の入国カード等からは、現在の時点までまだ発見ができない。したがって、帰国の確認ができないわけでございます。しかしながら、偽名と申しますか、偽造旅券で入国したということも、これは入国機関の窓口を通るという意味において非常にレアなケースとは思いますが、そういう点も考えられますので、さらに厳重に調査を進めておるところであります。 御参考までに奥平、安田の出国時期を申し上げますと、奥平は、昭和四十六年二月二十六日に羽田を出国をいたしております。安田は、昨年の九月三十日に羽田を出国をいたしております。岡本は、ただいま申し上げましたように、本年の二月二十九日に羽田を出国、丸岡は、本年の四月十三日に羽田を出国。こういう状況でございます。 なお、さらに、国内的な必要な諸警戒を強めますとともに、この事案の真相究明のために、さらに関係方面の調査あるいは必要なる捜査を全国的にいま続けておるところでありしまして、その一部として、逮捕被疑者岡本公三等との関係場所につきましては、令状を得て捜索をいたすなどいたしまして、資料の整備につとめ、その検討結果をさらに捜査の上に反映をさして、この種事案の真相を明らかにしたい。かような努力中でございますので、御報告をいたします。
○大野委員長 質疑の申し出がありますので、途次これを許します。山本弥之助君。
○山本(弥)委員 ただいま、今回のテルアビブ空港における岡本、奥平、安田、三人による犯行につきましての御報告を承ったのでありますが、これらに関連いたしまして、少しお聞きをしておきたいと思います。 まず、第一にお聞きしたいのは、今回の犯罪は海外における犯罪でありますので、主として当該国、イスラエルの司法警察によって捜査あるいはその先の段階まで進むのではないかと思うのでありますが、しかし、わが国の刑法の第三条の国外犯としての捜査も、当然、国内警察としての独自の捜査を進めておられると思うのでありますけれども、この機会にお聞きしておきたいと思うのでありますが、国外犯罪につきまして、過去のことはともかくといたしまして、終戦後に国外犯罪というものはあったのか。あったとすれば、その際に、どういうふうな国際警察の協力あるいは国内における捜査が行なわれたか。その点につきましてお聞きしたいと思います。
○富田(朝)政府委員 このICPOの業務の所管並びに国外犯の——本件は別でございますが、以前の国外犯の処理等の問題につきまして、主管の刑事局の調査統計官が参っておりますので、これからお答えをさしていただきたいと思います。
○丸谷説明員 ただいま、国外犯の問題について御質問でございますが、私、まことに不勉強でございまして、昔、昭和二十三年当時に、ソ連で、いわゆる「暁に祈る」という事件があって、犯人が日本に帰国をしてから捜査をしたということがあるのだという話を聞いたことはございますけれども、記録など、現在のところまだ目にいたしませんので、詳細把握をいたしておりません。たいへん申しわけございませんが、その程度のお答えにさしていただいて、最近は、それ以後、刑法三条を適用して捜査をしたという事例は、寡聞にして聞いたことはございません。
○山本(弥)委員 記録もないということですが、その「暁に祈る」事件は当時の新聞をにぎわしたわけですけれども、向こうのほうにおける、当該国の判決といいますか、そういうものも当然なかったと思うのでありますが、こちらに帰って、時効中断ですから、こちらで調査して起訴することもできるわけなんですね。その辺の起訴になったとかなんとかという状況もはっきりしていないわけですか。
○丸谷説明員 私、存じておりません。
○山本(弥)委員 そういたしますと、今回は初めてのケースでありますし、警察といたしましても、事案が国際の耳目をそばだてたというような非常な異例な事案でありまするし、ただいま御報告のありましたように、ことに犯罪の状況が非常に非人道的であるというばかりではなくて、いままで問題になっております赤軍の浅間山荘の事件その他の学生運動の最も過激な集団の犯罪に関連しておるということで、おそらく、十分慎重に、しかも捜査に遺漏なきを期しておられると思うのでありますが、この点は、当然に、今後とも十分していただきたいと思っておるわけであります。 なお、この国際警察機構との関連、これはいまのところどの範囲の国際警察の協力機構というものが行なわれておるのかという一般論と、それから、今回の事件に関連いたしましてのイスラエル司法当局との協力関係、この辺はどういうふうになっているのか。警察の予想されているような非常な協力ぶりであるのか。向こうからもどんどん協力の要請があり、こちらから要請をしたものに対しましても、向こうの司法警察の捜査の結果は逐次漏れなくこちらのほうに連絡をとっていただいているのか。今回の事件に関連いたしましての具体的な協力関係、その辺をもう少しお話を聞かしてもらいたい。
○丸谷説明員 まず、国際刑事警察機構の一般について御報告を申し上げたいと思います。 国際刑事警察機構は、犯罪捜査を担当いたしております各国の警察機関を構成員とします国際機関でございまして、国際連合との関係におきましては、一昨年までは、経済社会理事会のB級諮問機関という格づけを持っておったのでございますが、昨年、非国連政府間国際機関ということで、経済社会理事会との間に特別協定を結びまして、相互に協力をするという立場をとることになりました。 その協力の内容といたしましては、国連とICPOの共通の関心事について直接情報交換、相互協議、共同研究、技術協力を行なうこと並びにICPO及び経済社会理事会の関係諸会議へのオブザーバーの相互派遣、ステートメントの相互提出及び議題の相互提案をし合うというようなことがその内容となっております。 国際刑事警察機構の目的でございますが、これは、加盟各国の国内法の範囲内で、かつ、世界人権宣言の精神に基づき、加盟国刑事警察相互の最大限の協力を確保し及び推進すること、犯罪の予防及び鎮圧に効果があると認められるあらゆる制度を確立し及び発展させること、これが目的でございますが、なお、国際刑事警察機構は、政治的、軍事的、宗教的または人種的性格を持つ事件の取り扱いを厳格に排除するということになっております。 ICPOの加盟国は現在百十一カ国ございまして、世界全体を四つの地域に分けて、地域別に見ますと、アジアは二十九カ国、これにはオセアニアを含んでおります。ヨーロッパが二十二カ国、アメリカが南北大陸合わせまして二十五カ国、アフリカが三十五方向、合計百十一カ国でございます。 ICPOの組織でございますが、まず、最高権限体として総会がございます。これは毎年一回、会議場所は加盟各国が持ち回りで開催をいたすことになっております。この総会は、一般的な方針を決定し、国際協力の方法やきまりをつくり、活動計画を定め、予算をきめ、役員を選出する、これが仕事となっております。 総合の下に執行委員会というのがございまして、総裁が一名、副総裁が三名、国家代表委員三名……。
○山本(弥)委員 あまり詳しいことはけっこうでございますが、ただ、一点、国際警察に加盟しておる国は、国連加盟国——私の聞きたいのは、東欧諸国だとか、ソ連だとか、最近は中国も加盟したわけですね。そういうところも加盟する仕組みになっておるのではないか。国連の機構の中ですから、現実に加盟しているわけでしょう。
○丸谷説明員 これは、歴史的に見まして、逐次加盟をいたしておりますが、共産圏ではユーゴスラビアが入っておりますが、その他の東欧諸国は現在加盟をいたしておりません。それから、国連に加盟、をいたしておりませんが、ICPOに入っておる西ドイツなどもございますし、国連の加盟国と必ずしも一致をいたしておりません。
○山本(弥)委員 もう一つ具体的に聞きますが、イスラエルは当然入っているわけですね。そうすると、アラブ諸国はどうでございますか。
○丸谷説明員 イスラエルは入っております。それからアラブ諸国も、アラブ連合あるいはレバノン——アラブ諸国は大体入っておりますが……。
○山本(弥)委員 大体でけっこうです。
○富田(朝)政府委員 ただいまの山本の委員の、具体的なことはどうだったかという点でございますが、委員長のお許しを得ますれば——これは一つの例でございますが、これはインターポール、ICPOがこちらの要請に対しまして送ってまいりました岡本公三の顔写真です。それとフィンガープリントでございます。向こうの現地機関が採取をいたしまして、そしてICPOルートで日本に届けてまいったものでございます。これで面割りあるいは指紋を照介したことになる。もしあれでしたら……。
○大野委員長 それでは、回覧してください。
○富田(朝)政府委員 ICPOといいますか、現地のイスラエル機関の協力度合いについていかんというお話がございましたが、ただいまお回りいたしておりますように、指紋とか鑑識の資料になります写真とかというようなものにつきましては、こちらの要望に対しましては、非常に迅速に、的確に送ってまいります。ただ、通信回線の関係とかその他で、あるときには時間が非常にかかったりするという技術的な問題はございますけれども、基本的には非常にうまく連絡がいっておると思います。ただ、御案内のように、イスラエルという国は、ああいうふうな、御承知のような状態にもございます。そういう関係で、一種の戦時下のような状態にあるのではないかと推測をいたしますけれども、そういうような時期にこういう事案が起こったということで、イスラエル政府機関が、岡本の供述、取り調べの結果を全部、細大残すところなく送っていただいておるかどうかにつきましては、これはちょっと確認の方法がございません。しかし、私どもが必要として要求するようなものについては、ある程度のものは迅速に送られてまいっておりますし、そういうものをもとにいたしまして、われわれも捜査を進めておるという意味におきましては、協力関係は非常にスムーズにいっておるのではないかというふうに考えております。
○山本(弥)委員 先ほどの報告によりますと、岡本につきましても、最初はベ平連に学生運動として参加をし、赤軍派に対しては批判的であった。その後、いわゆる「よど号」のハイジャック事件以後急速に赤軍派に近づいていったというような御説明があったわけでございますが、その岡本、その以前に出ました奥平あるいは安田等、昨年の二月ごろから相次いでことしの犯行の日まで出ていっておるわけですね。しかも、御報告によりますと、相互の連絡というものがほとんどなくて、現地で知り合ったというふうな意味にとれる話に私は聞いたのですが、そういたしますと、短期間のうちで、向こうで同じキャンプにいたにしても、面識のない者同士が犯行までの間に急に行動をともにするような体制になり、そして当日こういった犯行をしたということでありますが、新聞等の報道によりますと、この日本人三人のほかに、いわゆる向こうのPFLPの加盟員も一諸に行動をすべく空港にいたのだというふうな報道もあったようでございますが、その辺の関係はどうなっておるのか。 それから、そういう事態であれば、急にこういった犯行に至る経緯は、警察の視野といいますか、警戒網といいますか、そういった中に入らない人物であったのか。あるいは、先ほどもお話がありましたけれども、九州方面でPFLPの宣伝映画をやったとき、そのときの設営を岡本がしたというようなことがありますが、その辺から警察も多少警戒をしておったものかどうか。その辺の経緯ですね。少し形は突発的な感じがするのでありますが、警察自体もそうであったのか。あるいは、その辺の警戒はある程度までしておられたのかどうか。その辺のいきさつを、もしよろしかったらお聞かせを願いたい。捜査に差しつかえがあればけっこうでございます。 それから、お話しの関係から言いまして、そういったまとまりのない行動が一つの犯行に集中したということから考えますと、向こうのPFLPとの事前における国内との連絡関係があったのではないか、あるいは、一定の背後関係がはっきりしておって、それらの指示によって行動がとられたのではないかというふうなことが当然想定さわるわけですが、その辺のことはまだはっきりしていないのですか。その二点についてとりあえずお伺いしたい。
○富田(朝)政府委員 いまお尋ねのございましたことに若干ふえんをして申し上げたいと思います。 岡本につきましては、先ほど申し上げたようなことがございます。要するに、兄がハイジャックで飛び出したということには批判的であった。その後は弁護するようになった。しかし、これは、赤軍の構成員というような意味での活動メンバーとは、現在のところ断定する付ものもないのが現状でございます。 それから、安田安之、これは京都大学の学生としてまだ在籍しておったものでありますけれども、例の京大紛争等の一連の大学紛争が街頭、学園で非常に激しく行なわれたというような時期に、ノンセクトラジカルというような立場で、これは、どちらかといえば、現在革マルと言っている革マル系のグループと行動をともにしておる。そういうあれでございます。 それから奥平につきましては、これはやはり京大に当時おったわけでありますけれども、これもノンセクトラジカルのグループであったということであります。 しかしながら、この三人とも、ああいう街頭行動で検挙されたとかいうことがないわけでございます。したがいまして、実は、奥平の指紋を照合するにつきましても、岡本もそうでございますが、安田もこれは指紋ございませんから、これはやはり家人の御協力を得まして、ノートあたりにあるだろうと家人がおっしゃるので、それをお借りして実は指紋を検出して合わせてみたら合ったというようなことでございます。 それで、いまお尋ねのPFLPの他の何人かは、これは報道によりましても、日本人という断定は一つもなくて、とにかく他の付人かということでございます。したがって、どういう国籍の者か、報道の内容からはわかりませんけれども、これにつきましては、現地からの連絡によりまする岡本供述には、そういうことはない。ないといいますか、そういうことは知らない、全くわからないということを言っております。つまり、そういう者が一緒にいたという供述は少なくともないということでございます。 それから、非常に短期間に集まったといいますか、岡本の立場から見ると短期間の間に集まった連中が、という御疑問でございますが、われわれとしてもそういう点は目下実に知りたいところでございまして、あらゆる手段を講じて事実の究明につとめたいと考えております。 それから、事前連絡ということにつきましては、そういう意味では、いまたよれる供述というのは岡本の供述しかございませんけれども、全くないと言っているわけでございます。お互いに事前連絡はない。お互いが、三人が連絡を取り合ったということは全くない。しかし、全くないのかということについては、別なルートで何らかあったのかなかったのかということについては、これまた重要なことでございますので、これについても、現地の機関にもそういう点はどうかというような問い合わせもいたしておりますし、われわれとしても、いろいろなデータからそれを明らかにしていきたいと考えておるところでございますが、現在のところは、そういうことの御説明を申し上げんような材料はまだ持っておらないのでございます。 それから、警察の視野というような問題でござい出すけれども、いま申し上げましたように、あの街頭の学生の、中核派とか、他マル派というようないろいろなデモあたりに、あるいはノンセクトのデモあたりに、彼らが一緒にいたという意味においは、当時は承知をしておりましたが、その後特段の珍しい活動はやらぬという意味において一応の関心事ではありましたけれども、特段マークすべき具体的な犯罪の動向というものがなかったということでございます。 ただ、たとえば岡本につきましては、現地鹿児島県警察でも、岡本武の弟であるというような点もございましたし、それから映画が上映されたときに、会場設備なんかのことで非常にやっておったというようなことから、十分な関心を持っておったのでございますが、二月に、父親からの連絡で、ちょっとわからなくなったというようなことで、その後いろいろな調査をしておりましたが、その間に出国をしたということでございます。
○山本(弥)委員 いろいろお聞きしたいこともありますが、捜査の段階でもありますので、御遠慮しておきたいと思いますが、新聞で私どもちょっと関心を持っておるわけですが、赤軍派の幹部としても非常に活躍している女性の重信房子ですね。これについてはどの程度まで警察でおわかりになっておるかをお聞かせ願って、私の質問を終わります。
○富田(朝)政府委員 いまお尋ねの重信房子という女性についてでございますが、これは新聞等にいま御指摘のとおり非常ににぎやかに報道されております。 本人は、昨年の二月の二十八日に日本を出国をいたしたわけでございます。これはいわゆる赤軍派の元中央委員という肩書きを持っている。元中央委員というのはおかしいのでございますが、元中央委員であったというふうに言われております。その出国の際に、先ほど申し上げましたノンセクトラジカルの学生であり、しかも、今回の事件の犯人である奥平剛士との結婚届けを出している。二月の二日に、神戸の灘区の区役所に、この奥平と重信とが結婚したという結婚届を提出いたしまして、そうして奥平名になりまして、奥平剛士よりおくれること二日、二月の二十八日にベイルートへ向かって羽田を出た。これは現地ではわりあいに日本人と交際している。在留しておる日本人にはいろいろな方がおられますが、そういう日本人との交際というのはわりあいにオープンであったようであります。そういう意味でいろいろと情報も出ておるわけでありますが、伝え聞くところによりますと、現地では安いアパートに住んでおって、そうして語学学校に通いながらPFLPとの交流をはかろうとしておったと思います。ベイルート市内でパレスチナゲリラのフロントマンと称する者がおるようであります。非公然のゲリラ活動をやるようなグループは全然変名であったり、偽名であったり、そういうものであるようでありますが、このフロントマンというのは、ベイルート市内等やアラブ諸国で、パレスチナゲリラの思想なりあるいは活動状況の宣伝につとめるという役割りを持っておるようでありまして、全部その本名を出しておる。そういうフロントマンとの交際はあったということは、現地大使館筋であろうと思いますが、外務省の公電等でもうかがわれるところでございます。しかし、さらば、いわゆる先般逮捕いたしました連合赤軍の犯人等々の取り調べ等からわれわれが推察をいたしますと、出国当時から、組織内ではあまり高くは評価していない向きがあるようでございます。したがいまして、私どもの真相究明の過程におきましては、重信が今回の事件について相当にかかわり合いがあったかどうかということは、現在のところではまだはっきりしない実情でございます。しかし、ベイルートでの状況というのは、いま申し上げたようにわれわれは承知をいたしております。
○大野委員長 小濱新次君。
○小濱委員 このたびのイスラエルの空港襲撃事件につきまして少しお尋ねをしていきたいと思います。主、として、富田警備局長と山田公安第三課長にお尋ねをしていきたいと思います。 今回の事件は偶発的に発生した事件ではないと考えさせられるわけですね。戦後、高度経済成長に目を奪われ、教育の不毛が生まれ、急激な思想の多極化に対応し得なかった政治姿勢が問題になるというふうに思うわけでございます。 そこで、今回の事件については、当然、これは、多くの問題が複合的に存在し、発生したと思うのでございますけれども、警察庁当局といたしましては、今回の事件をどのように受けとめていられるのか。これは大きな問題でありましょうけれども、基本的な考え方を聞いておきたいと思います。
○富田(朝)政府委員 この事件を、発生いたしました時点においていろいろ振り返ってみますと、まだ真相究明中でございますので、不明の点が多うございますけれども、日本人の三人の大学課程にあった者は、あるいは留年が多くて退学になったというような——奥平なんかそうでありますが、そういう者がパレスチナゲリラのもとで、少なくとも一月あるいは一月以上の訓練を受けて、そしてそのパレスチナゲリラの指令を受けてやったという意味において、これは全く偶発的なものというふうには言えないと思います。ただ、これの背景あるいは動機あるいは経過ということにつきましては、実は、私どもも、こういう国辱的な事件の再発を何としても防止しなければなりませんし、国内におけるこれに類似したことは絶対起こしてはならないという意味からいたしましても、そういう者を十分把握して対応してまいりたいと思っておりますが、これらがどういう心理の曲折を経てこういうようなことになったのかということは、先ほど申し上げましたように、まだ追及していかなければならないのでございますけれども、ふしぎなことに、四十四年当時の、あの街頭、学園で荒れ上狂った知力的な時期、この中にこの三人ともが身を置いているわけでございますね。その辺に、よく言われますように——これは一部の論者の青ではあるかもしれませんけれども、バリケードの思想というようなことで、バリケードの中で、全くの温室の中で特殊なものの見方、考え方を純粋培養される。そして、しかも、底流においては、若者の中にあるやや虚無的な思想といいますか、ものの感じ方、こんなものと結びついて、一人一人の人間が、その思想といいますか、ものの考え方の屈折をしていったというようなことも考えられなくはございません。しかし、私どもとしては、あくまでもこの事件の真相を究明していって、そうしていろいろな画から抜本的な体質改善にお役に立つものがあれば、これをお役に立てていただくという立場と、それから、こういう臨床的な事柄を処理していくという立場でいまやっているわけでございますが、やはり、こうした事件の再発を防止するために、極左暴力集団の凶悪事件というのは、連合赤軍事件以後におきましても、捜査の過程で御案内のように摘発を続けているわけであります。昨年の十二月二十四日の、一般市民を巻き込んだ非常に卑劣な爆発物事件もようやく検挙に至っておるわけでありますけれども、この犯人は、赤軍とか安保共闘とかに属していない小グループに属していた。新聞の表現をかりますると、いわゆる黒ヘル集団という小グループであった。これはそうした小グループでありますだけに、掌握というか把握には非常にむずかしい点がございますが、そういう者の把握につとめ、また、彼らがいままでに起こした事件は少なくとも全部解決する。また、今後そのようなことは起こさせないというような意味において、そうした特殊な小グループでありましても、特殊なグループの発見ということに最大の努力を、国民の御協力を得つつもやっていかなければならない。また、スピードが早まったばかりでなくて、場所が、空間的に国外にまでああいうことが及んでおるという意味におきまして、これはやはり外務省その他のルートもございますけれども、そうした外国政府機関と、そういうことを防止する意味でのいろいろな連携というようなこともさらに洗い直して深めていかなければならない。こういうようなこと等を通じてやってまいりたい、かように考えております。
○小濱委員 最近は飛行場も非常にきびしい点検が行なわれている。あるいはまた、報道機関を通して国民が非常に不安の念を持っている。要人襲撃というようなことも堂々と紙面をにぎわしておるわけでありまして、文部省関係あるいは大学関係、いろいろとそれぞれの立場で対策は総合的に講じてもらわなければならぬと思いますけれども、警察としては、いま局長が言われましたような抜本的体質の改善についてはどう努力をしていくのか。警察としては非常に御努力願っておりますけれども、警察発行の「焦点」という広報雑誌を見ましても、すべての凶悪犯人に対する記事が詳しく載っておりまして、私も見せていただいてびっくりしているわけですけれども、ますますこういう傾向が激しくなってまいりますと、将来、どこまで発展していくのか、一にかかってこれは本委員会の責任であろうというふうに思うわけです。そこで、抜本的体質改善ということが非常に強調されるわけですけれども、今後の対策について、局長として、今回の事件を通してお感じになったこと、こうやりたい、ああやりたいという構想というものをお持ちならば、もう少し具体的にお答えをいただきたいと思います。
○富田(朝)政府委員 事柄は、臨床的にこれに対処して、国民の御不安をなくするという私どもの直接的な仕事の面と、いま御指摘のような、抜本的に措置していかなければならない面と、この両面があることは私どもも十分承知をいたして、かつての委員会におきましてもちょっと申し上げたことがあったように記憶しておりますけれども、たとえば連合赤軍の育った環境、あるいは学校での状況、こういうようなことは捜査の過程で出てまいりますので、その知り得た状況等については、いまお尋ねの、教育の上に、あるいはいろいろな社会的な諸施策の上に生かしていただきたいものにつきましては、そのつどこれを私どもとしては御連絡申し上げ、その抜本的な体質改善の方向に何らかお役に立てばということでいろいろ考えております。 それから、より直接的な問題につきましては、いま申し上げましたように、この極左暴力集団が逐次分散化の傾向をとっております。中核派にいたしましても、昨年の秋以来のいろいろな行動で相当のダメージは組織として受けておるようでありますけれども、そうであればありますだけに、やはり、その中に非公然組織を持とうとする。あるいはさらにいろいろと共産同あたりの組織は分化をしていく。その、さらに分化をした一つのものとしては、いわゆる黒ヘル集団というものがあります。その黒ヘル集団というのは、成り立ちはいろいろあるようでありますけれども、人脈をたどれば、どこかでだれかがお互いに知り合っておるというような意味において、何かのときにはその人脈がつながりを見せるというようなこともございますので、その点については、捜査としては非常に困難な面がございますけれども、これを克服してやっていきたいということ。それから、PELPの、何といいますか、いわば、日本国内にその機関が入っているとか入ってないとかいう報道もございますが、われわれとしては、そういう事実は現在のところないと思っております。いわゆる外国人によるところのそういうものはないと思っておりますが、しかしながら、いろいろな意味で、観光その他の形で入国するそういう者がいないとは言えないので、その辺のチェックについては、外務省、法務省、いわゆる主管する省との連携を密にして、そうした活動が根をおろさないように、日本国の立場に立っていろいろと努力をしてまいっていきたいと思います。 そのほか、鉄砲、爆発物というようなものは、われわれは、昨年来のいろいろな経験から、何とかしてこれは徹底した管理をしなければならないと考えておりますが、昨年一年だけとりましても、紛失、盗難した鉄砲が約千数百丁あるという報告が寄せられております。そういうことで、こうしたものを徹底して洗わないことには、これがどういうやつに——中には暴力団ということも当然考えられますけれども、どういうやつの手にこれが渡るかもしれない。そういう意味においては、鉄砲、火薬等の管理については、われわれのなし得る限度はございますし、また、法律的な限界もございますけれども、それは、それぞれの主管省との十分な協調の上に、そうしたものの取り締まりと管理の徹底をはかって、その面から押え込んでいく努力をしなければならないと思っております。 また、いま御指摘の、航空機あるいは空港その他必要な場所、あるいは人間等の警戒、警備ということにつきましては、従前以上に頭を働かせまして、そのつどそのつど適切な措置をとってまいりたいと思っております。 最後に、先ほども申し上げましたように、この国際犯罪捜査体制というのは、ICPOという細いルートが関係旧の間につながっておりますけれども、これはやはり資料の相互提供というようなことが主眼目でございますから、そういう犯罪捜査をしていく場合の、捜査上必要ないろいろな情報とか資料とかいうものを、隔意なくお互いが連絡し合えるように、もう少しその辺はさらに一歩進めて努力をしてまいりたいと、かように考えます。
○小濱委員 内閣委員会で、わが党の伊藤議員がこの問題について質問をしたことがございましたが、そのときに、山田公安第三課長が答えておられます。その内容は、今回の事件の重要人物と言われるところの重信房子がもうイスラエルにいることは確認されているということで、先ほど局長からお話がございましたけれども、今後は、最近の情報から見て、過激な行動に出るとは思われないというふうに見解を述べておられますね。そこで、捜査を進めるにつれて、今回の事件に何らかの関係があったのではないかという報道がいろいろとなされているわけです。で、この過敏派集団の海外及び国内での情報集収に、今度の事件を通していろいろ言われているんだけれども、手抜かりがあったのではないかと思われないこともないんだということで、きびしい批判をわれわれのほうは聞いているわけですけれども、この手抜かりの問題については、いま申し上げたような、課長のこの前の、こういう情報だから、まず、いまのところは心配はないであろうということ、それから、こういう事件が起こってきたところに情報の手抜かりがあったのではないかと思われるということ、こういうことについては、どういうふうな見解を持っておられますか。
○山田説明員 先日重信房子の活動について申し上げました材料につきましては、私ども、外務省を通じまして、イスラエル大使館がレバノン当局に三カ月に一回ずつパスポートを更新するという手続もあるので、三カ月に一回くらい監視するように要請しまして、その状況をとりました情報をわれわれは把握しておったわけでございます。 その点につきましては、先ほど局長から申し上げましたように、いわゆる安いアパートに住んで、公然活動の者と接触をしておる。特に非公然活動に従事しておるという形跡は見受けられず、多くの日本人旅行者と会っておるという状況が見受けられておったわけでございます。そういう意味で、先ほど申し述べられましたような判断を先般申し上げたわけでございます。 その後の捜査におきましては、私ども、重信房子の現在の行動については把握しておりませんけれども、五月二十三日付のレバノン、ベイルートの消し印の手紙を国内に出しておるという事実は把握しております。したがいまして、重信房子がベイルートに五月二十三日までおったことは確かであるというふうに把握しております。その手紙によりましても、赤軍派からは何らの財政的援助も受けていない、たいへん心細い、自分一人でいろいろ問題を考えていかなければならないというような、いわばものさびしい表現もあるわけでございます。ただ、それ以後の行動について現在把握しておりませんし、レバノン当局もまた、重信の行動把握についての明確な発表もされておらないようでございまして、それ以上の推測はできないわけでございますが、私どもとしては、いままで申し上げてきておりますように、やはり外交ルートを通じて把握する、国外の日本人の動向につきましては、領事業務の一環として把握するということが現状であろうかと思います。それ以上に特に具体的行動について把握する必要が生じました場合には、警察相互の連携ということで、かつての天皇御訪欧の際にも行ないましたような、警察相互間の連携で把握するということがございますが、通常の場合には、現在それはなかなか期待できない状況にございます。 そういう意味におきまして、情報連絡担当官というものを設置するというようなことも将来検討していかなければ、現在国内で極左担当の事務に従事している者の立場といたしましては、時々刻々の情報を得るということはなかなかむずかしいのではないかという感じも私はいたしておるわけでございます。
○小濱委員 局長にお尋ねしたいのですが、先ほど御説明がございました重信房子のことについて、擬装結婚をして、二日おくれて奥平のあとを追っていった。ベイルート市内に住んで、その行動については先ほどお伺いいたしましたし、いま課長の説明にございましたように、現在の行動は掌握はしきれない、それ以上の推測はできてないのだ、将来はまたいろいろと努力していきたい、こういう話でございましたけれども、丸岡修あるいは重信房子の両名のこうした行動とか行くえが、何か、あまりにも不明確なような感じを私どもは受けるわけですね。当然マークされているこういう人たちの行動が、こういうふうな形で不明確になっていくということは非常に危険が伴うと思うので、この点に対してどのように今後対処していこうとするのか。今度の事件ばかりじゃなしに、今後に及ぼす影響というものを考え、また、今後同じような事例が出てくることも考え合わせて、この対処方をお答えをいただきたいと思います。
○富田(朝)政府委員 丸岡につきましては、先ほどちょっと触れましたように、彼が国内に潜入しているか、つまり、再入国しておるかどうか、その点明確でない事情がございます。しかし、入管の入国したチェックによりますと、現在まで入国していないということでございますが、御報告で申し上げましたように、偽造旅券という問題もございますが、国内のこれに関連した者については徹底して調査を遂げて、彼の行動が伝えられるようなものであるとすれば、それに対応して十分な警戒をとるような措置を講ずる意味もありまして、いまいろいろと捜査しております。 重信につきましても、同じく再入国するようなことも予想して、入管当局その他ともいろいろと十分な連携をとって、もし万一再入国するような場合には把握をしなければならないと考えておりますが、国外の問題につきましては、いま三課長の山田君から申し上げましたように、非常に困難なことがございます。ただ、これは、戦前かあるいは戦後のいつの時期までかかっておったかわかりませんが、国外にある日本人旅行者につきましては、片は、日本の大使館に付属した領事館に月に一ぺんとか顔を出して連絡をとるというようなことが一つ、いわゆる在外公館の立場から守られておったと聞いております。これは戦前のことであると思いますが、戦後は、御案内のように、百万余にのぼる旅行者が行ったり来たりしておる。また、御案内のように、ヒッピー風の青年もたくさん外国に出て、そのままどこかで皿洗いや何かをしたりしている人もあり、とどまってしまうというような者もあり得るわけでございますので、これを現地公館はなかなか把握しにくい。しかし、外務省にも、前にもそういうお話をしたことがあるのございますが、外務省も、法律的といいますか、制度的な問題としての根拠はないと思いますが、在外公館の指導として、日本人会とか、そういうものとできるだけ連携をとって、特殊な者というばかりでなしに、領事事務の一環として、前にあったようにお互い接触を保つというふうに極力指導するようにという、外務省のいわば指導方針が流れているやに最近は聞いておりまして、少しでも事態が改善されればと思っております。 なお、特殊な問題、特殊な人物につきましては、いま御指摘のように、日本の在外公館だけでは手に負えない場合もございますので、外国の政府機関にもいろいと連携をとりながら、そういう者の動向ということについては十分注視をしていきたいと考えておりますが、必ずしもこれが意のごとくならないのが現状であるということを申し添えておきたいと思います。
○小濱委員 次に、自本から観光旅行に出られる方々が年間約百万人というふうに言われておりますね。特に、昨年の暮れごろから、難民救済あるいは観行旅行の名目でアラブ方面に行く旅行者の人たちが非常に多くなっているわけです。この中には、現地で突然行くえ不明になった人が相当いるというふうに聞いているわけですね。いま局長からいろいろお話がございましたけれども、いろいろと連携をとり合って、そしてその掌握につとめていくということですけれども、行くえ不明になった人が相当いるという傾向について、これも一つの問題点ではなかろうかというように考えるわけです。 そこで、犯罪が起きてからの捜査依頼、これは国際刑事警察機構もあり、それに加盟しておりますので、いろいろと依頼もできるでしょう。いろいろとお話しがありましたような内容もあって、この点はよしとしても、まあ、犯罪とならないそういう捜査依頼、危険視されるようなそういう人たちの行くえ不明、行動の不明確という問題についてはどういうふうに対処していくのか、お答えいただきたいと思います。
○富田(朝)政府委員 いま御指摘のように、非常に多くの日本人が外国旅行に出かけておる。これはお互いの相互交流ということで、やはり基本的には自由ということであろうと思います。しかし、その中で、具体的に犯罪を証明できないけれども、いろいろな何度から見て非常に危険であるというような者についてどうかというお尋ねでございますが、先ほど来御説明をしております丸岡修という者につきましては、現地の機関がああいう発表をいたしておりますので、これはICPOを通じまして、関係各国に、こういうような顔の者でこういう者がまだあるいは関係各国におるかもしれぬというような意味で通知を申し上げ、そしてまた、それに関連する情報があれば得たいということで、そういう意味の、何と申しますか、依頼と申しますか、そういうことをやっておるところでございます。
○小濱委員 過激派集団に対しては、ある程度の調査、情報収集を行なっているようにわれわれは伺っておりますが、今回のようなこういう事件、最近の過激派集団の傾向については、一つの集団が組織ごと動くのではなしに、集団の一部の者によって行なわれる傾向が強いように聞いておるわけですわ。この小グループの動きについての情報収集、たとえば新聞で「一本釣り」という見出しが出ております。要人襲撃は小グループの活動が多いようにわれわれも聞いておるわけですけれども、この小グループの動きについてチェックすることむずかしかろうと思いますけれども、こういう点もつとめて努力をしていかなくちゃならないと思うわけですが、この点についてはどういう見解をお持ちになっておりましょうか。
○富田(朝)政府委員 ただいま御指摘の点は、私、そのとおりだと思います。先ほども例をあげましたように、昨年の十二月二十四日のいわゆるクリスマスツリー爆弾というものが、その小グループによって敢行されておる。その他の例もたくさんございます。そういう意味で、これは何とかしていろいろ把握しなければならぬ。しかし、小グループでありますだけに、また、この変動が激しゅうございますだけに、非常に把握はむずかしゅございます。しかし、逮捕した者等のいろいろな供述などをたぐり、あらゆる努力をして、危険な小グループについては、これを把握し、押え込んでまいりたい。ごらんになれば、あるいはなかなか御満足いただけない現状かもしれませんが、私どもとしては、そういう気持ちで、また、そういう方向で努力をしていきたいと思っております。
○小濱委員 最後に、いままでの傾向によりますと、極左集団の勢力が強まると、これに伴って、必ずと言っていいくらいに、右翼勢力もともに増長するという悪循環を繰り返しておるという例がございますけれども、今後の極左、極右集団に対する対策は、どのような措置を講じようとしておられるのか。これも、その具体的な内容については、言える面と言えない面とあろうかと思いますけれども、今後起こり得るという想定のもとに見解を聞いておかなくちゃなりませんので、局長からお答え願いたいと思います。
○富田(朝)政府委員 極左でありましょうとも、極右でありましょうとも、暴力的な行為に出て、社会にたいへんな御迷惑をかけるようなおそれのあるものにつきまして、その不法事犯を未然に防止するためのあらゆる努力を続けていくということが、私どもの警察の元来の態度でございます。その意味では、先ほど来も、極左小グループの問題についていろいろ申し上げましたけれども、困難はございますけれども、その点は、極左であろうと、極右であろうと、われわれとしては、あらゆる事態を想定しつつ、最大の努力を講じて、そうした不法事犯をきびしく取り締まっていくというつもりでおります。
○小濱委員 以上で終わります。
○大野委員長 門司亮君。
○門司委員 私は、ごく簡単に二、三のことだけ聞いておきたいと思います。 これは説明があったかと思いますが、新聞の報道だけを見てみますと、この連中の一派というか、ごく少数の人、が国内にいま潜入しているというのですけれども、ほんとうはこっちへ帰ってきたということになるだろうと思うけれども、別に潜入しているというわけじゃないのですが、ひそんでおるという情報があるのです。こういう情報について、はっきりしたことに言いにくいかもしれないが、何かある程度ございますか。
○富田(朝)政府委員 先生御指摘の点は、現地警察といいますか、現地政府機関が「第四の男」というようなことで発表いたしましたことに関連しておると思いますが、あの「第四の男」というのは丸岡修という者ではなかろうかということで、現地の政府機関とも十分な連絡をとり、また、それらの手を通じて、現に現地で逮捕されております岡本等にも供述を得るように努力をしてもらって、その結果、岡本公三の供述によりますと、ゲリラ訓練を一緒に受けた四人のうち丸岡修は——こちらにあります写真を岡本に示してどうかと言って聞きました結果は、これが一緒にやった四人のうちの一人である——他の二人は、先ほども御報告いたしたのでありますが、安田と奥平で、 これはすでに死亡しておりますが、これは丸岡に間違いないということが判明したわけであります。 岡本の供述によりますと、丸岡は、五月の上旬にベイルートにやってきました。そして、岡本、安田、奥平と一緒にゲリラ訓練を受けまして、岡本らがベイルートを立った五月の二十日ごろには、まだ丸岡はその土地に残留をしておった。 そこで私どもとしましても、こうした者がどういう内容を持って、再入国しようとしておるのかという点はいろいろ推測をせざるを得ないわけでありますが、しかし、再入国をしているのかしていないのかということは非常に大事なことでございますので、法務省の入管局等の総力をあげていただき、われわれも応援をしまして、今日まで、再入国の入国カードの徹底的な調査を行なったわけでございますが、それによりますと、法務省の連絡によりますと、丸岡名義によって再入国したといいますか、帰国したということが確認をされておりません。しかし、彼らがローマからイスラエルに入りました際に、偽造旅券を持っておったわけでございますが、このいわゆる偽名、偽造旅券で入国することも考えられますので、ただいま厳重に調査を進めておるところでございます。 その他報道等には、いろいろな角度からの報道もございますけれども、私どもの現在把握しておるところでは、この丸岡修という者が一番容疑性が濃いと考えて、いま申し上げたような措置をとっておるところでございます。
○門司委員 それから、その次に聞いておきたいと思いますことは、いわゆる日本にある赤軍との思想的の連携というようなものについて、何か皆さんのほうで調査されたものが出てきますか。このことを聞きますのは、私は、この前の赤軍事件のときに、一番最後に、この事件は、いわゆる国内ゲリラというのは、国際ゲリラにつながるものだということを申し上げておるのであります。私は、そのときなぜそういうことを言ったかといいますと、あの赤軍の中で赤ん坊が一人おりますね。その赤ん坊に、アラブゲリラの中の革命家の名前がついているんですね。あの名前をこっちにとってきているんですね。そうすると向こうのそうしたゲリラの内容が全然わかっていない連中ではなかったということである。かなりその辺が詳しい連中だということが出てくるんじゃないかと考えられる。で、この間ちょっと私は話だけはしてみたんだけれども、その辺はどういうことになっていますか。
○富田(朝)政府委員 いまお尋ねのことは、たとえば岡本と向こうの連携というお尋ねというよりは、連合赤軍なり赤軍派というものと向こうのPFLPとの連携いかんというお尋ねだと思いますが、これは確かに、極左暴力集団の中で、日本の極左暴力集団は、いわゆる海外で、いろいろなあれとの国際連帯活動というのはあまり活発でございません。その中でやや活発なのは、御指摘の赤軍派でございますが、この赤軍派自体としては、いま御指摘のように、パレスチナゲリラの女性闘士と言われる「ライラ」という人の名前が、彼らの、浅間連合赤軍事件に関係した一人の女性の赤ちゃんについておる。こういうことでありますが、実は、これは、四十四年の暮れの発刊月日になっておりますけれども、四十五年に出たのかどうかまだはっきりしておりませんが、赤軍派の機関誌に「赤軍」というのが当時ございました。これは八号までで終わってしまっておりますが、そのうちの四号にPFLPの紹介をいたしておる記事がございます。それから、これはまた、御案内のように、共産同系のグループ、赤軍もその分かれた一群極端なやつでございますが、この共産同自体が、トロツキズムといって、いわゆる世界同時革命というようなことばを彼らは口にするわけでございますが、世界同時革命、したがって、世界の革命根拠地なりということばも彼らのグループの中には出てくる。そういう意味で、彼らの構成員は、心情的にはいま御指摘のようなことを十分うかがえると思います。 ただ、先ほど御報告申し上げたのでございますが、安田にいたしましても、岡本にいたしましても、心理的な曲折はわかりませんけれども、いずれもこれはまだノンセクトラジカルの一派であり、ある者は革マル派に近い活動をしておった。それから、ある者は、ノンセクトラジカルで京大闘争時代に相当活躍したとかしている。しかし、いずれも検挙をされたような例がない。したがいしまして、街頭で先頭に立って火災びんを投げるというような行動をやったことはない。こういうグループがそれぞれ迷ったときに出まして、そして、岡本の供述によりますと、四人が全く初めてあそこで一緒になったという言い方をしておる。現地の政府機関からそういう連絡が来ております。奥平が一番早うございまして、昨年の六月二十六日、それから安田が昨年の九月三十日、岡本が本年の二月二十九日、それから丸岡という者がこれは出国カードがはっきりありますが、四月の十三日、いずれも羽田から出ておる。こういうことがはっきりしております。
○門司委員 その辺の事情をここで私が詳しく聞くこともいかがかと思いまするし、また、答弁もどうかと思いますが、当局のいままでの答弁を聞いていますと、もう少し核心に触れていいのじゃないかという気がするのです。いま日本にある学生運動の中の、第四インターに属するBL派というのがありますね。要するに、武装革命をやろうという一派がある。これと同じような、第四インターの学生の中で一つの派がある。いわゆる国際共産党の蜂起を目ざしておるというのがある。この二つの、いまの第四インターから来る思想の動向というのが——古いことを言うとまた諸君に笑われるかと思いますけれども、これが昭和十三年にパリで行なわれた第四インターの流れなんです。そして、これはアメリカにもあるし、ヨーロッパにもありますし、派閥を言えばラテンアメリカにもある。いろいろなところにある。そういうものをずっと総合してつづり合わせてみますと、いまの御説明のように単なる一人一人の考え方によった行動とは思えにくい点が考えられる。 私はそれ以上きょうはここで聞くことは避けますが、私ども若いころから幾らか社会運動をしてきた者から考えると、先ほどから言っておりますように、全然関係のない「頼良」という名前を子供にくっつけるはずはないのであって、どこかに引っかかりかなければならぬ。それから、教科書みたいなものもありますが、しかし、それだけでこういうものの判断が一体できるかどうかということについては、かなり疑問がある。しかし、いまの警察の制度の中においては、昔のように、一人の人間に三人も四人もくっついていて、朝から晩までそれを監視するというわけにはいきますまいし、少しくらい片りんがあったからといって、その事件以上のものを見つけ出すということはなかなか困難だろうと思う。しかし、いずれにしても、いま日本の国内で、この問題について非常に不安がられておるのは、一番先に質問をしたように、再入国しておるという危険があるとすれば、これが国民全体の不安だと私は思う。いつどんなものが出てくるかわからぬ。それから、国内には、先ほども言っておりますように、トロツキストの一派。いわゆる第四インターの分裂はここで分裂したのではなくて、トロツキスト派とレーニン・スターリン派との一派と、思想的には分裂だと思いますが、こういう経路をずっとたどってみると、どうも国民の中にやはり不安がある。そして、この出作の数カ月前に赤軍事件というものが起こっておる。しかも、この思想の中を流れておる一つのものの考え方は、いいとか悪いとかいうことでなくて、これは右翼にも左翼にもみんな通じているということ、一本の思想がここにあるということです。それがやはり、死をおそれない、自分たちが死ぬことによって世の中がよくなるなら死ぬことはあえて辞さないというものの考え方、悪く言えば、戦前の天皇陛下万歳と言って死んだのとたいして変らぬような日本人のものの考え方がそこにある。それは、右にしろ左にしろ、こういう思想がある。赤軍の中にもある。いまは幾らか反省しておるようですけれども、犠牲になったり、リンチを受けた諸君に対しても、山の中を改革する一こまの英雄であって、彼らの死は、決して、われわれが彼らを憎んで殺したのではない、彼らは考え違いをしておるから、やっただけのことであって、われらの同志としての目的を達成するためのやむを得ざる犠牲だったんだと、何か妙な理屈をつけているようですけれども、そういうものがあるものなんです。ないとは言えないものなんです。これは、かつてこういう思想が一方に出てきた。一方には、また、さっき小濱君から聞いたように、布製の思想というものが、必ずこういうものと相対抗して出てくる。この辺の問題は、取り締まり関係から言えばかなり微妙な問題かあろうかと思いますが、きょうの段階で全部を解明していただくというわけにはいかぬかと思いますが、そういう問題に対して、公安調査庁との関係はどういう連絡になっておるのか。思想の問題についてはよく公安調査庁を引き合いに出されますが、きょうはお見えになっておりませんので公安調査庁の意向はわかりませんが、警察との間の連絡はどういうふうにされていますか。
○富田(朝)政府委員 いま、たいへんいろいろ御教示をいただいたわけでありますが、最後にお尋ねの公安調査庁との関係でございますが、これは、公安調査庁法によりまして、それぞれ、その目的をいろいろ果たしている役所として、いろいろな活動をやっておるわけでございますが、公安調査庁と私どものほうは、こういう極左にしろ、極右にしろ、特にそういう事件関係について、何か特殊な事件を起こすおそれのあるようなものについては、いろいろと向こうのほうから連絡をいただきますし、その点は緊密に連携をしてやっております。 国外の問題については、公安調査庁からも、そう具体的な情報をいただいたというようなことはあまりありません。なかなかわかりにくいという現状じゃないかと思っておりますが、これはわれわれ自身がさらに努力する余地が大いにあるところでございますが、一般的な関係はそういうことであります。
○門司委員 私もきょうはこれ以上は聞きませんが、最後に聞いておきたいと思いますことは、先ほど私が申し上げましたように、要するにBL派という一つの武装蜂起の団体がある。これはまだはっきりはしておりませんが、武業蜂起をする団体としての名称は、略称は、プロレタリア軍団と称しておると思いますが、こういうものの調査をどの辺まであなたのほうで日常やられておるのかということ、そのことだけを一つ最後に聞いておきたいと思います。
○富田(朝)政府委員 第四インターに秘しております武装蜂起準備委員会、それのいわば組織体がプロ軍団、これは法政大学の、たしか戸村という学生を中心に、四十二年ごろからそういう動きが出てきたグループでございます。これについては、当時、これは彼らの機関誌等から入手をしてみますると、非常に過激な、超過激なことを言っておるグループでございましたので、これは十分監視は続けておったところでございます。ただ、現在まだプロ軍団はございますが、その後、やや内部分裂等も一時起こしまして、その活動自体が現在ではやや低調化しているように見受けますが、その発足当時、先生の御指摘のようなことでございますから、十分な関心を持って見ているところでございます。
○門司委員 私は、この問題をずうっと思想的に見ていきますと、例のさっきの、機関誌「赤軍」ですか、あれの第四号というようなものとの関係は、新聞にもちょっとそんなことが書いてございましたし、見受けられるのですけれども、その辺にどうも何となしに……。そういう一つのグループ、平ったく言えば、さっき言いましたようなトロツキストの集団。トロツキストの集団というのは、実際にはそう大きな集団じゃございません。それから、思想的にもそんなに大きくなるものではないと私は考えておる。しかし、ここで最後に聞いておきたいと思いますが、この事件とは関係はないかもしれませんが、かつて、無政府主義者が、戦後はかなり日本におったわけでありますが、それらの問題はいまどういう形にありますか。私ども、駅などでときどき無政府主義者に出会って、いろいろな話を聞いた、というよりも聞かされたわけですが、これらの諸君は非常に話が好きでありまして、だれにでも自己の宣伝をする。はなはだしいときは、駅の中で大きな声でどなっているから、駅員が来てそれを制止すると、けっこうだ、おれはみんなに話をするのが商売だから、駅長さんでもだれでもいいから、話をする機会を与えてくれるなら喜んで行くから、と、大声をあげておった連中がいましたが、その連中はまだ日本におりますか。
○富田(朝)政府委員 戦前と申しますか、そういう時期に……(門司委員「戦後におったということです」と呼ぶ)そういう戦前のある時期に、一種のアナーキズムというようなものを理論的に信奉されたそういう方々がまだ残っているということは聞いております。この方々は、いま先生がおっしゃるように、非常に理論好きだということでございますけれども、やはり、理論はいろいろな角度からいろいろな評価ができると思いますけれども、即座に行動的に動くということのないのが大半だと思います。しかし、若いグループの中に一部、その理論の上から発展しての行動的な傾向を帯びつつある者もあるようでございますので、そういう点については十分関心を持っておるところでございます。
○大野委員長 林百郎君。
○林(百)委員 富田警備局長の答弁を聞いていますと、今度のこのパレスチナの大衆虐殺行為をした諸君がノンセクトラジカルだ、だから赤軍派とは関係が薄いというような、それと切り離すような答弁をなさっておるんですが、私たちの調査によれば、これは赤軍派と密接な関係のある一派であって、私たちよく言うんですけれども、これは赤軍派に対する警察当局の手抜かりというか、泳がせというか、甘やかしというか、そういうものが国際的にまで広がってきたという感じを持たざるを得ないわけなんですがね。そこで、これは、赤軍派を徹底的に捜査していけば、こういう動きはもう事前に察知できたはずだと思うんです。一つは岡本ですけれども、この岡本の兄というのは、私が言うまでもなくハイジャックをやった首謀者の一人になっているわけなんですね。それから、新聞の報道によりますと、昨年十月二十二日、さっきあなたも言われましたルベシ・ガーネンですね。このルベシ・ガーネンを赤軍派が招待しているはずですが、赤軍派は、映画監督若松孝二氏らの日本人スタッフが現地でアラブ、ゲリラの実態などを撮影した「赤軍−PFLP・世界戦争宣言」という映画をとって、きて、これを九月三十日から全国各地で上映をしていた。そこで、ガーネン氏は、十一月初めからこの赤軍派と行動をともにして、京都、大阪、福岡の会場であいさつしている。特に、十一月六、七両日の、福岡で行なわれた映画会のあとでは、五、六人の学生と討論集会を開いて、この中で、日本の一部の若者たちが現地でアラブゲリラを積極的に支援してくれていることを感謝すると述べている。また、多くの若者たちが参加してほしい、こうした若者の渡航については、組織内に特別なルートがあるので相談してほしいと、こういうことまで公然と言っているわけなんですね。で、ガーネン氏が述べたところによると、特別なルートについて、この私の言う特別なルートということについて、警察当局は具体的にはつかんでおらない。むしろ、旅費の援助など資金面だという判断をこれまでしていた。しかし、今度の事件の犯人が偽造の旅券を持っており、現地からの情報によると、日本人らしい火洋人がまだ十数人いる。集団で支援活動をしている。そういうことから、このルートは組織的でかなり大がかりなものではないかという疑いを持っている。だから、ガーネンのあとを追い、そしてこれが赤軍派に取り巻かれて、そしてこれが「赤軍−PFLP・世界戦争宣言」の映画をやっているわけなんですから、これを警察がつかめないという手はないと思うのです。そして、一方、今度は重信房子との往復なんですが、これも赤軍派がほとんどやっているわけですね。この重信房子がレバノンのベイルートに潜入しておって、パレスチナ解放人民戦線に接触を持っていたということは青砥も自供しておりますし、警察も知っているはずなんですね。彼女の下紙が赤軍派を通じてそれぞれの目的のところへ渡っているということを見ますと、先ほど門司委員も言いましたけれども、これはもう一連の動きであって、赤軍派の捜査を徹底的にやらなかったところにこういう事態が今日起きているんじゃないでしょうか。あのとぎ、警察が共産党や民青のほうへ目を向けて、それに比べればこれのほうがまだいいんだというような態度をとっていれば、これは次にまた事が起きるぞということを私のほうで言っておりましたけれども、それで、ことに三月二日の当委員会で、富田警備局長は、私の質問に対して、赤軍派の中にも協力者がいて謝礼金を支払っていることを認めるとまで言っていられるわけなんですから、これがわからないというはずはないと思うのですが、全然気がつかなかったのですか。
○富田(朝)政府委員 赤軍派並びに極左暴力集団の捜査を第一線の捜査官はほんとうに足を棒にし追求して、こういうことが再発をしてはいかぬ、連合赤軍与件のようなこと、あるいは爆発事件のようなことは再発してはいかぬというので、徹底的に捜査をしていることはすでにたびたび申し上げております。また、いろいろお立場からただいまのような御発言もございますけれども、お聞きになっておられることと思いますが、ルベシ・ガーネンのことでございますが、これは、いまおっしゃったように、例の映画の上演のために招請されてやってきたということは間違いないところであります。十月二十二日に入国し、十一月十八日に離国して、その間東京とか、福岡とか、大阪とかいうようなところの上演には顔を出したり、あるいはメッセージ風のものを手渡したりというような活動をしておったことは事実でありますが、このルベシ・ガーネンは、十一月十八日に出国いたしておりまして、鹿児島には——いわゆる先ほどの映画が参りまして、上演されて、若干の者が見ておるようでありますが、鹿児島には行っておらないわけであります。(「福岡だ。鹿児島には行っていない。」と呼ぶ者あり。)岡本の関係をただいま御指摘がありましたので……。岡本は鹿児島でこの映画の手伝いをしておったということでございまして、そこで接触があったとは思われない。ただ、福岡で、そういう、いまおっしゃったようなことの新聞記事も拝見をしました。具体的にどう言ったかということは、私ただいま詳細に承知いたしておりませんが、そういう意味で、岡本の出国ということとルベシ・ガーネンとの関係というものは、これらを結びつける材料はただいまのところございません。 それから、特別ルートとか、いろいろ報道面からも拝見したのでありますけれども、これが何であるか、これこそ私どもがイスラエル政府機関と連携をとって十分に真相をきわめたいことで、そのために努力をしておるところでございます。 それから、重信という女性のことについていまお話がございましたが、これはそういう人物であることは十分承知をいたしておったわけで、ベイルートの日本公館等が、外務省ルートを通じましてどういうふうにしてその調査をしたか、その経緯は存じません。レバノン政府とどういうコンタクトをしてどうしたかは存じませんが、それによりますと、先ほど御報告で申し上げましたような、いわゆるPFLPのフロントマンと称する者としばしば接触をしていたという状況は出ております。また、同時に、先ほど山田第三課長が申し上げましたように、五月二十三日のベイルート消印の、某知人にあてた書簡というようなものの中では、出国以来赤軍からほとんど何ら手紙もないし、送金もない、たいへんさびしい思いをしておるというようなことを書いた書信があった。そのほかにどういう書信がどういう方面に渡っているか、新聞報道上いろいろ別なものがございますけれども、これは私ども確認をいたしておりません。
○林(百)委員 一人で、何も連絡がなくてさびしいという、重信のそういう手紙をあなたは自分でごらんになったのですか。
○山田説明員 私ども、その写しを、報告を受けまして読んでおります。
○林(百)委員 それには、日本と全然連絡が切れてしまっていると書いてあったのですか。それは、パレスチナのほうでどういう状況になっていても、日本との連絡は全然切れていると書いてあったのですか。
○山田説明員 局長からも申し上げておりますように、赤軍派からの援助がなくて心細いという趣旨が書いてあるのを読んでおります。
○林(百)委員 それじゃ、あなたのほうは、青砥の自供調書を——これは自供調書ですから、われわれいかに国会議員といえども、取り寄せて見るわけにいきませんけれども、しかし、浅間山荘事件の青砥の自供供述としても、こういうことが各週刊紙に載っているわけですね。たとえば「週刊サンケイ」の四月十四月号によると、赤軍派から、資金として、「三十万円ずつ、計九十万円をある人から受け取ってベイルート重信に昨年夏に送金した」という自供が青砥によってなされている。それからさらに、六月十一日号の「サンデー毎日」によりますと、「重信房子からくる手紙を何人か通して受取って森恒夫に渡すレポの役目をしたり、また、森の指示で重信あてに送る金をシンパから送ってもらうなどの連絡もした」ということが書いてあるのですが、あなた方は、青砥の自供調書をお読みになりましたか。
○山田説明員 連合赤軍事件の関係で、青砥が重信との関係を話しておる部分がございます。それは、ただいま週刊誌で読み上げられましたような内容ではありませんで、資金カンパをして重信に財政援助をしなければならないという話を青砥が聞いておるという伝聞でございまして、私ども、その点を重大視しまして捜査を続けておるわけでございしましたが、ただいま、いまだ、送金の事実ということを確認しておらないわけでございます。そこで、先ほど申しました手紙の内容にもごく最近接しましたので、その、青砥の、ただいま申しました程度の内容についての信憑性は、今後さらに確認をする必要があると考えている段階でございます。
○林(百)委員 私たちは自供調書を見るわけにいかないのですが、そうすると、連合赤軍の最高幹部である森と重信との間に連絡があったということを、当時重信がベイルートで言っていたということはわかっているはずですよ。だから、ベイルートの重信と連合赤軍との間に連絡があったということはそれでわかるじゃないですか。それに対して何の手も打たないということはないでしょう。国際警察だってあるわけだからね。それはどうしていたのですか、警備局長。——あなたはどういう方ですか。第三課長さんですか。あなたのほうが浅間山荘のことは警備局長よりよく知っているのですか。
○山田説明員 私、極左暴力集団の関係の警察事務を所掌しておる公安三課の課長でございます。事務的に、赤軍関係については局長を補佐する立場にございますのでお答え申し上げるわけでございますが、重信房子がベイルートに参りましたときには、やはり、国際根拠地の赤軍派の活動の一環として参ったというふうに私どもも考えておりました。森恒夫とどういう連絡があったかということについての具体的なことについては確認いたしておりませんが、しかし、その後、先ほどからお答え申し上げている情報によって、重信房子の生活内容を判断しておるわけでございます。
○林(百)委員 一九七〇年の六月十日付の「赤軍」の特別号にこういう記事があるのを知っていますか。これはさっき言った共産同赤軍派の機関誌の特別号ですが「我々は、多くの同志を、アジアへ、米国へ、ヨーロッパへ、中近東へ、中南米へ送り出し、過渡期世界論・前段階蜂起←→世界革命戦争の下に、世界党——世界赤軍を、言葉ではなく、現実的に物質化させていくであろう」という記事が載っているのは知っておりますか。 この記事とあわせ重信がベイルートへ行っていること、そして、重信へ何とかして資金を赤軍派で心配しなければならないししいうことを青砥が自供しているということ、さらに、森恒夫あてに重信の手紙が来ているということ、これらを見れば、ノンセクトラジカルといっても、それはほんの最初はどうか知りませんけれども、もうこの事態において赤軍派と密接な関係を持った一派だということはわかるじゃないですか。浅間山荘で、日本で、あのような残虐な事件を起こした連合赤軍の厳重な捜査において、このことが警察でつかめないとすれば、それは警察の無能さになるのじゃないでしょうか。
○山田説明員 ただいま読み上げられましたことばが、赤軍派の主張の中身あるということは承知しております。 重信房子については、先ほどから申し上げておりますように、送り出しについて、赤軍派の行動の一環であるということも、そのように判断いたしております。しかし、今回の事件の犯人である岡本公三その他の者と重信房子との交流状況について、私ども、いま確定した材料を持ち合わせておらないわけでございます。もちろん、その点も含めて、イスラエル警察における捜査の内容も把握しようと試みておる段階でございますし、国内においても、十分にその点の確認捜査も実施したいと思っておるわけでございます。しかしながら、現在の段階におきましては、冒頭に局長から御報告申し上げましたように、重信房子に直接関連ある者として、赤軍の構成員として、犯人の三人または第四の男の丸岡が行動していたということの確定した材料はない。こういう段階でございます。
○林(百)委員 それは、あなた方が連合赤軍や赤軍派を徹底的に捜査をしなかったということの有力な証左じゃないですか。 そうすると、富田さん、あなたは、連行赤軍の中にもわれわれは協力者を得ている、その協力者には協力に応じた謝礼もしていると言っているわけなんですけれども、今度この一部が世界革命を意図して、そして、機関誌の「赤軍」に書いてありますように、世界各国へ、ヨーロッパ、中近東、中南米というところへわれわれは多くの同志を送り出していると言っているのですが、そのような情報はその協力者の中からはとれなかったのですか。
○富田(朝)政府委員 三月二日でございますか、この委員会で、委員の御質問に私並びに長官がお答えしたと思うのですが、その際に、私どもとしては、当時の連合赤軍のあの浅岡山荘に至る——彼らがそういう計画を立て、戦術を立てたような状況等については、全くそういうものを聞き知ってはいなかったという点を申し上げたわけです。ただ、関西等に所在します赤軍派のグループ等の状況がある程度われわれはわかるというような状態は、私は否定をいたしません。そういうことなり、それから、ただいま最も確実な捜査上の供述、そういうようなことを、連合赤軍の犯人等の取り調べから、いろいろなことを供述を分析したりいたしてやっておりますけれども、そういう中で、多方面へ多くの赤軍派を送り出しておるというようなことはあらわれてまいりませんし……(林(百)委員「赤軍派の機関誌に書いてあるのですよ」と呼ぶ)ですから、機関誌としてはそういう気持ちで主張するということは、機関誌の性格上あると思います。ただ、重信以外に、四十四年の暮れから四十五年の春に、元中央委員の小俣昌道という者が、アメリカとか、メキシコとか、キューバとか、こういうところに出国して、また帰ってきておるという事実はございます。それにまた、アメリカに渡航しようというふうに思い立ったか、結局は行けなかったという者もございます。そのほか、いまお話にあります重信という女性がレバノンに入っておる。そういう意味では、他の極左無力集団のグループのそういう海外との、彼らの表現による国際連帯活動というものに比すれば、赤軍派は、いま申し上げましたように、やや活発であるということは言えると思います。
○林(百)委員 機関誌に書いてあるのですから、中近東というのもあるわけでしょう。あなたは米国の話ばかりしているのですけれども、「ヨーロッパへ、中近東へ、中南米へ送り出し、」「世界赤軍を、言葉ではなく、現実的に物質化させていくであろう」と書いてあるのですから、このことについて今度逮捕された浅間山荘の赤軍派を追及すれば、これが具体的にどうかということはわかることじゃないですか。 それで、さらに、もう一つこれを裏づけるように——赤軍派とこれとのつながりのことはいろいろありますよ。たとえば資金源のところを見ましても、連行赤軍の資金源については、長野市に留置されている青砥幹夫は、「三十万円ずつ、計九十万円をある人から受け取ってベイルートの重信に昨年夏に送金した」と自供していると伝えられているわけですね。これは週刊誌やいろいろなものにも出ておるわけです。それを追及することはできるわけですし、それから、その資金源をさがしてみれば、資金源がどういうものかということがわかるわけでしょう。また、新聞報道によれば、東京港区のSという貿易会社の社長から三百万円もらったとも伝えているわけですね。こういう資金源が赤軍派の資金源と全く一致して、そこから出た金が重信のいる中近来に送られている。 それから、これは富田さんにお聞きしますが、思想的には、PFLPは、毛沢東に対して偶像的な崇拝をしているわけでしょう。要するに、毛沢東的な思想に基づいているわけでしょう。赤軍派も、思想的には毛沢東を偶像視している。こういう一派が相行動しているのですから、思想的にもこれは一致しているわけですから、それを赤軍派と関係のないようにあなたがここで答弁されるのは、それは警察の捜査の手落ちになるし、あるいは、そこの甘やかしの点をぼやかすことになるのじゃないでしょうか。そういう点から言って、連合赤軍あるいは赤軍派を徹底的に捜査し、追求していけば、当然今日の事態は予想できて、事前の措置がとれたはずじゃないでしょうか。その資金網の点と、それから思想的な根拠ですね。トロツキストとは言うけれども、毛沢火思想を非常に偶像的に信奉しているという点では一致しているのじゃないですか。それはどうでしょう。
○富田(朝)政府委員 後半の、PFLPの、何といいますか、信奉している信条との関係いかんというお尋ねでございますが、このPFLPの実態については、これは外務省ルートを通じて資料入手した、その上での私どもの印象にすぎないわけでございますが、PFLPは、御承知のように、アラブ難民が発生をいたしまして、そうしていわゆるパレスチナの失地回復というような形からいろいろな機関ができ、その一つのいわゆる行動組織として、PFLPが、一九六八年にアンマンに本部を置いて発足をした。しかも、これはごく最近に至って、また三つのグループに分かれているようであります。これは、ヨルダン政府のいろいろなPFLP対策その他にいろいろな関係があると思いますが、それから分かれていったそのグループ。これの一部には、外務省の情報等によりますと、毛沢東思想に傾いておるといいますか、そういう信条を持っておるというようなことも伝聞として承知はいたしております。しかしながら、これは、あくまでもいわゆる一国革命というような立場に立っておると思われるわけでございます。 連合赤軍が思想的にどうであるかということは、御承知のように、共産同の赤軍派の軍事部門と京浜安保共闘の軍事部門というものが、昨年来交流を続け、合体をしようとはかったわけですが、そういう過程において、そこで、共産同赤軍派といいますか、共産同の本来の立場というのは、先生御案内のように、これはトロツキストの立場、トロツキズムの立場をとっておるわけであります。そういう意味で、世界同時革命とか、あるいは世界革命根拠地づくりとかというようなことばも出るとは思いますが、一方の京浜安保共闘の立場というものは、これはいわゆる毛沢東主義を相当に信奉しておる。この二つが合体したわけでありますから、連合赤軍としては、その二つの思想がいわば理論的には混在したというふうに見られるのだろうと思います。しかし、赤軍派そのものは、いま申し上げたように、あくまでもトロツキズムの立場から、最近のことでございますからいろいろなモディファイは受けておるかもしれませんが、われわれが承知しておるのはそういうことでございますので、そういう意味で、直ちにこれが思想的に全く同してあるとは——これはやはり国が違いますし、それぞれの立場も違っておるわけでありますから、やはり、いま申し上げたようなふうに私どもは理解をいたしております。
○林(百)委員 それでは、あなたは、PFLPと赤軍派とは思想的な根拠において一致点がないと言うのですか。それならば、ルベシ・ガーネンが来て、若松孝二がわざわざ向こうに行って、「赤軍−PFLP・世界戦争宣言」という映画までとってきて、その映画を赤軍派が日本国内で上映をすると、そこにルベシ・ガーネンもついて行って、そこで、日本の一部の若者たちが現地でアラブゲリラを積極的に支援してくれることに感謝する、さらに多くの若者か参加してくれなんて言うはずはないじゃないですか。それは思想的に一致点があるからです。それではあなたにお聞きしますが、パレスチナ解放機関、PLOというのがありますね。PLOからPFLPが分かれたわけですが、これは付で分かれたのですか。PFLPがあまりに冒険主義的で、武器だけが唯一のたよりだとして、何の関係もない人たちを虐殺し、あるいはハイジャックをやり、あるいは強盗をやり、ちょうど、日本の連合赤軍あるいは赤軍派が日本の国でやっておるようなことをやるから、だからPLOから分かれたのでしょう。その根源は何かといえば、やはり毛沢東なんですね。人民解放戦線論ですか、武器唯一論ですか、唯武器論ですか、そういう思想的な共通点があったからでしょう。 それでは、PFLPがパレスチナ解放機関の中で孤立して、だんだん少なくなってきている、批判も受けてきている、PLOから分離までしてきているというのは、どこに根拠があるとお考えになるのですか。
○富田(朝)政府委員 PLO並びにPFLPの思想的な、といいますか、そういう一連の流れについては、これは、私、専門家ではありません。ですから、正確にそこをお答えできるかどうか疑問でございますが、PLOから分かれておるといいますか、PLOの行動組織としてアル・ファタというものがあり、またPFLPがあるというふうに、にわか勉強かもしれませんが承知をいたしております。しかし、現在、PLOが、いわば行動組織として非常に信頼をし、たよりにしておるのはアル・ファタであると聞いております。 では、なぜPFLPが信頼されないのかということになると、行動がきわめて過激であるというようなことで、PLOのいわゆるパレスチナ解放という一つの戦略から言って、それがなじまないというふうに感じておるのかどうか。その辺は非常に国際的な運動の問題でございますから断言はできませんけれども、現実はそういうことだろうと思います。 そこで、何も私は、その一致点が全くないというふうに申し上げているのじゃなしに、それはやはり世界何時革命というトロツキズムの一つの考え方——それから、PFLPといえとも要するに、最大の目的は、パレスチナを解放し、アラブ難民をもう一回そこに戻すというところに当面焦点が置かれておるように思います。したがって、そういう意味では一国革命だと主張する者もおると思います。しかし、同時にまた、世界同時革命だという主張をする者もおると思います。あるいは、中には、先ほど御指摘がございましたように、毛主義というものを主張する者もある。そういう意味で、いまや数グループに分かれつつある。こういうことでございますので、それは全然一致点がないというふうに育ったのではなしに、そのPFLPの一つの現状、そういう点について御説明したつもりでございます。
○林(百)委員 それでは、時間の制限がもう来てしまいましたので、もう二、三問聞いておきます。 それでは山田さんにお聞きしますが、青砥幹夫の自供の中の「三十万ずつ、計九十万円をある人から受け取ってベイルートの重信に昨年夏に送金した」という自供については、要するに、青砥の属する連合赤軍から重信に金を送ったという自供については、全然ないと断言できますか。
○山田説明員 先ほどもお答えしましたように、青砥のその部分の供述は、青砥自身の伝聞であり、彼自身がタッチしていないという状況にありますので、われわれとしては、この点をさらに追及しておりますが、何ぶん主犯格が完然黙秘でございますので、その実態の究明にたいへんてこずっておるのが現状でございます。
○林(百)委員 そうすると、伝聞ではあるけれども、青砥の自供調書の中にはそういう意味のことがあることはあるのですね。伝聞だということで、直接証拠にしようとしていま警察は捜査をしておるということですか。
○山田説明員 資金カンパをして送らなければならないという趣旨はうかがわれます。そのあとの結果がどうなったかについては未確認、こういう段階でございます。
○林(百)委員 富田さん、そういうように、連合赤軍の中で、重信に資金を送らなければならないということが、伝聞供述になっておるか、直接供述になっておるか、これは私たちわからないところですが、あるわけなんですよ。それにもかかわらず、連合赤軍とは関係のないような、ノンセクトラジカルだというようなそういう意味ばかりでおっしゃったようでもないように、だんだん私が聞いている間にしてきたのですけれども、相当密接な関係があることは間違いない。これは赤軍派の一部ですよ。一部で、これは機関誌にもありますし、その機関誌の中では、中近東へもわれわれの同志を送り込む、そして、世界赤軍を、ことばでなく、現実的に物質化しなければならないのだということを言っているのですよ。これは、やはり、連合赤軍を徹底的に調査することによってこの端緒はつかんでいなければならないはずだというふうに思うのです。 時間がありませんから最後に申しますが、私は、あなた方の考え方の中から、主のねらいは共離党、民青だ、トロは二の次だという考え方がどうしても抜けないのじゃないかと思う。しかし、共産党も、民青も、合法的に、憲法に従って、そして、平和的な革命をするということを綱領にもうたっておりますし、われわれの大会の決議にもそういうことがはっきりしているわけですから、あなた方はその姿勢を根本的に直す必要があるのではないか。そして、徹底的に赤軍派を調査して、こういうトロツキストを徹底的に取り締まらなければ、同じような事態が次から次にまた起きてくるということを私は断言しておきます。 最後にお聞きしますが、この思想は、何も警察ばかりではないのですよ。いまの政府・与党、自民党の中にもそういう考えがあるということを私はここで言っておきたいと思うのですが、自民党の学習シリーズ三十四集に弘津恭輔という人が書いた文書がありますが、この弘津恭輔という人をあなたは知っていますか。これは警察畑出身の人ですが、知っていますか。どの程度知っているか、ちょっと言ってみてください。
○富田(朝)政府委員 われわれの先輩でございますので、十分知っております。
○林(百)委員 もう少し詳しく言うと、東北管区警察局長、九州管区警察局長を経て、元警察大学校の校長で、内閣官房副長官をやって四十四年に退職している人物ですが、この人が、自民党の学習シリーズ三十四集の著書の中において、「極左暴力集団に代って進出すると思われるのは、日共、民青の勢力である。かれらは学園民主化、学費値上げ反対斗争などで、学園紛争を指導し、着実に大学自治会を次々とにぎり、勢力を拡大させるであろう。そのことはトロツキストの流血のテロや暴力にもまさっておそるべき荒廃と混乱を学園と学生運動にもちこむものといえよう。」と書いてあるのです。だから、トロツキストの流血のテロや暴力にもまさって、共産党や民青が伸びることのほうがおそろしいんだということを書いて、これが自民党の学習シリーズになっているのですよ。こういうことをあなたは御存じですか。 こういう思想が与党自民党にもあり、そして、その内閣のもとにあってあなた方が忠勤を励んでおるものだから、思想的には気がつかないかもしれないが、われわれが冷静にあなた方の思想を判断すれば、どうしても泳がしている。甘やかしておる。その甘やかしの点については、私はたくさん材料を持ってきたけれども、町間の都合があるから私は申しませんけれども、そういう思想を根本的に直さない限り、このような事態は、また次から次に起きるということを私は断言する。私は、連合赤軍の浅間山荘事件のときにもそのことを断言しておいた。そして、ちゃんとこういうような事件が起きた。今度も必ず起きますよ。それは、第四の男の丸岡というような問題もありますし、これがどういうことをして、どうするかわかりません。あなたのほうではまだはっきりつかんでおらないようだけれども、場合によると、国内 に帰ってきているかもしれません。これは狙撃の名手とまで言われている。これが何をやるかわからない。それから、文化人等が赤軍流に大口の寄付をしている。そういうものをあなたの方では全然取り調べておらない。その中には、大学の教授や、小説家や、医者や、弁護士や、左翼系文化人などがたくさんいるわけですが、私たちの調査によれば、全然調べておらない。だから、そういう態度を改めて、これはもう革命でも何でもないんだ、これは人殺しのギャングにひとしい連中だ、これは徹底的に取り調べなければならないのだという態度をとらない限り、国際的にも今度のような恥をさらすし、さらに、国内では、また二度三度連合赤軍の行なったようなことを繰り返すということを私は断言せざるを得ない。この点についてのあなたの責任ある答弁を求めて、私の質問を終わります。
○富田(朝)政府委員 ただいまいろいろ御意見を拝聴したわけですが、最初におっしゃいましたところの重信に金を云々ということは、これは、山田公安三課長がお答えしたとおりの現状であります。しかし、かりに、そんなような企てがあるいはあって、それが実現したかしないか、これはわかりませんけれども、その市債という女性は赤軍派の元中央委員でございますから、これに金を何とかして返ろうという一部の者がおったとしても、これは何らおかしくないと私は思います。(林(百)委員「だから、関係があるということなんだ」と呼ぶ)これは、関係は否定はいたしておりません。重信は元赤軍の中央委員でございます。(林(百)委員「あなたがいかにも関係のないようなことを言っているから」と呼ぶ)重信と関係がないと申し上げているのではなくて、たとえば安田とか、そういう者はノンセクトラジカルで、当時 の活動の形から言えば、むしろ、革マル派の系統のデモや何かにしょっちゅう一緒に動いたておったということでございます。その後、赤軍に入ったという証拠その他の判断すべき材料は何もない。こういうことでございます。(林(百)委員「入っているの、だから、それは捜査の手抜かりだよ」と呼ぶ)それは、捜査は、現実にあらわれた証拠で、これは何だということをすなおに追及していくのがわれわれのあり方で、やはり予断を持ってはならぬと思っておりますので、その点は、十分捜査を詰めていって真相を明らかにするということでございます。 それから、自由と何とかとおっしゃいましたが、これは読んでおりません。
○林(百)委員 自民党の教育シリーズ三十四集ですよ。言っておくから、よく読んでごらんなさい。
○富田(朝)政府委員 しかし、それは自民党のことでございますので、政府の一員として私がお答えすべきことではないと思っております。これはまたいろいろ御意見の中にありましたが、これは何回かこの席でも申し上げたと思うのでありますが、一万数千名の警察官が極左暴力集団——これは強弱の差はございますけれども、そういうものによって、中には惨殺された警察官もいるし、また、多数の警察官が後遺症のために今日まだ勤務につけないでいる。そういうような者もかかえておるという点。また、前にも申し上げた次第でございますけれども、極左暴力集団に属するノンセクトラジカルまでも含めても、二万八千名に近い学生を逮捕して、これを処理いたした。こういうような状況の中で、極左を泳がせるというようなことは、私どもとしては、心情的にもなし得ざるところでございます。しかし、そうした一連の事件の捜査の過程で、追及が不足したままでまだわからないというような者がいることは事実でございまして、私どもとしては、現行法制の許す限り、あらゆる手を打って、こうした極左暴力集団が国外であのような恥さらしの行為を再びとることのないように、また、国内において、ああしたまことに卑劣、残虐な行為をとることのないように、最大の努力をしていくということが私どもに課せられた職務であろうと思っておりますので、そういう意味において、極左がどうの、その他がどうのという感じではなくて、その暴力行為というものに対して、私どもは敢然として職務を果たしていかなければならぬと考えております。
○林(百)委員 一線の付も知らない警察官が、命を賭して上司の命令に従って働いておるということはわれわれも認めますよ。認めますが、しかし、上属部のほうで政治的にこれを泳がして、そして共産党や民青をほんとうはねらっているのだ、それがほんとうのねらいだというような政治的な意図を持って、政府や自民党の首脳部——ここにおいでになる自民党の諸君がそうだとは私は断定いたしません。忠実に委員会に出席していらっしゃる方もおいででありますから。そういう高等戦術を政策的にとっているということを、私はあなたに忠告をいたしまして、私の質問を終わります。
○大野委員長 大石八治君。
○大石(八)委員 おくれて入ったものですから、よくわかりませんが、岡本公三がイスラエルの警察で調べられている限りにおいては、PFLPに、最初からその活動に参加するという意思で行ったのだろうとは思うのですが、その出発までの経過というもの、日本国を出国するまでの経路については、ここでお話もあったのですか。なかったのですか。
○富田(朝)政府委員 軽く触れておきました。
○大石(八)委員 日本国を出国するまでの経過、それから訓練を受けるところまでの経過、その点を少しお話を伺いたいと思います。
○富田(朝)政府委員 岡本公三が出国を思い立ったと思われますのは、去年の十月の中旬ごろだろうと思います。と申しますのは、これは東京のある旅行社に、安くヨーロッパに行く方法はないかと岡本自身が問い合わせたものらしいのです。それに対しまして、十月の十九日付で、ある旅行社から、それはナホトカ経由で、シベリアを通ってヨーロッパに行くのが一番安上がりだ、しかし、それならば船で行くから早く返事してくれと、こういう手紙というか、トラベルサービス会社の返事が来ておるわけです。そのころに照会したということは、何か、ヨーロッパかどこかに渡航したいという気持ちがあったと思われますが、しかし、それが何のためにという点は、現地の調べの中からはちょっとまだ出てまいっておりません。 それから、渡航申請については、四十六年の十二月九日に鹿児島県庁で行ないまして、十三日に旅券が発給され、そして、二月の二十七日に特急「なは」で鹿児島を立って、途中で、京都の友人の北村良介というのに会いまして、そこで一泊して、翌日上京して、都内で一泊し、そして翌二十九日羽田を出発した。この羽田を出発の際に、これは前もってトラベルサービスや何かを通じてカナダ航空の航空券を入手しておったのではなくて、本人がその当日カナダ航空の羽田のカウンターに参りまして、何とか行きたいのだが、航空券がないかということで粘って、ようやく航空券を入手して出発していったという状況があります。これは航空会社の方が、言っておりますが、それが出国までの大体の概況でございますが、それ以前に、やはり、いま申し上げた十月ころに、いまのそういう返事が来たりしておって、何か出国したいと考えていたように推定されるわけですが、その前後に、友人とか、親しい間柄の者に、金を貸してくれ、返すからというような言い方で資金を調達して歩いたような形跡があります。 それから、いま申し上げたように、北村良介という者のところに一泊しておりますけれども、これは友人なんです。これは現地の警察が本人を取り調べました際に、本人の所持品の中にメモがありまして、北村良介というメモを持っておった。それで、本人は、最初はナンバタイスケなどと言っておったが、おれは北村良介だと言い出した。ところが、警察で当たりましたら、現実に京都にこの北村良介という人がいるわけです。そして、あれはおれの友人にすぎない、何でおれの名前を使ったのだろうと言っておこっておったわけなんです。この北村良介という二十四歳になる人ですが、これは鹿児島大学の農学部の出身でございまして、本人も農学部に在学しておるのであります。現在京都大学の大学院生であるということで、いわば先輩というような形で、特段のあれはないようですが、そこで一泊をしている。それで、出発したあと、こういうところに、自分が出発して出たことを連絡してくれという頼みをしているようであります。 それから、二月の二十九旧に出たわけでありますから、本年の二月の初めころから、鹿児島大学に通学しておった下宿からは姿を消しておるわけです。そして、いわばそのときから行くえ不明で、何とかしてさがそうと現地の警察もやっておったようでありますが、岡本の父親に、本年の三月になりましてから鹿児島大学の教授から連絡があって、大学に出ていないということで、三月二十日に鹿児島の下宿に行って、そして同宿しておった者から事情を聞いたけれども、要領を得なかった。こういう状況がございます。 それから、それ以外の関係としては、先ほど申し上げましたが、ルベシ・ガーネン。これが十月の二十二日に日本に参りまして、十一月十八日に出国しておりますが、その間、ルベシ・ガーネンは、東京、大阪、福岡というようなところの映画の上映にはくっついていっております。その上映隊といいますか、キャラバンみたいなものを若松孝二が編成してやったのです。ところが、本人は、その映画を見ているのは——十一月の末になりまして、その映画が今度福岡県のほうから鹿児島まで来たわけです。そのときに、これはまだはっきりしたことでございませんけれども、いわゆる赤軍の「もっぷる」というのがあるわけでありまして、これは救援組織で、これが大体一緒にくっついて歩いておったようでありますが、それに、岡本武の弟である自分に、映画を鹿児島でやるということの連絡が何らないということはまことにけしからぬじゃないか、来たら、おれは一生懸命になって人集めをしてやろうと思ったのにけしからぬじゃないかと言っておこっているわけであります。おこったようでありますが、しかし、とにかく、映画が来てから非常に走り回って、そういうことから非常に特異な動きがあるというふうに外部にも見えたということがございます。 それから、その間の行動については、あとはあまりはっきりはいたしておりません。渡航前の状態につきましてはそういう状況でございます。
○大石(八)委員 それから、最初渡航した先はちょっと新聞に出ていたようですが、訓練をされるまでの経過を……。
○富田(朝)政府委員 実は、訓練をされる状況は、まだ具体的には……。
○大石(八)委員 訓練をされるところからはいいのですが、その前です。
○富田(朝)政府委員 二十九日にカナダ航空で出発しまして、この飛行機はバンクーバーまでしか行かない飛行機なものですから、バンクーバーでおりまして、そしてバンクーバーから別な、たしかSASかスイス航空かに乗りかえまして、そして、万博のございましたカナダのモントリオールにちょっと立ち寄って、そしてパリからレバノンに入ったのではないかというふうに考えられます。それで、レバノンに入って、安宿などを転々として、その間にいわゆるPFLPの組織との連絡がついたものというふうに見られます。そして、その後、レバノンの——これはイスラエルの取り調べの機関の連絡に基づいてお話を申し上げておるのでありまして、レバノン政府はこれを否定しておりますけれども、ベイルートの近くの、これは町の名前ははっきりまだわかりませんけれども、どこかで、一月以上にわたって訓練を受けさせられた。こういうような経路でございます。 それで、先ほどちょっと申し上げたのですが、五月二十日ごろそこを立って、ヨーロッパのドイツとか、あの辺の国を若干通った。これは何の目的だかよくわかませんけれども、そこを通って、五月二十五日にローマに入りました。ローマに入って、たしか三名がずっと一緒になってきておるのですが、そこで武器などを渡されたというふうに一応聞いております。そして、ローマを三十日の夕方ですか、パリ発のエアフランスに乗って、テルアビブのロッド空港に入った。こういう状態でございます。
○大石(八)委員 最初パリに着いて、にせパスポートというのはどこでもらったのですか。
○富田(朝)政府委員 ローマです。最初は、パリからおそらくベイルートに入ったものと思います。そこで今度は訓練を受けまして、五月の二十日ごろベイルートの周辺を出たわけです。そして、ぐるっと回って、五月の二十五日にローマに入っておるわけです。その偽造パスポートはローマで渡された。それで、そのパスポートを持って、三十日の夜エアフランスでイスラエルに入った。こういうことになります。
○大石(八)委員 いま、イスラエル政府からの情報と、それから国内で調べている段階では岡本は日本を出国する場合、PFLPの活動の一員というのですか、それに参加するんだという非常にはっきりした材料というものはあるのですか。あまりはっきりしないのですか。
○富田(朝)政府委員 そこはいま、脱地政府機関の取り調べでそういう点についてもやってもらうように依頼をいたしておりますけれども、現在までに、日本を出国するとぎに直ちにその決意をもって行ったかどうか、この点はまだ判然といたしません。
○大石(八)委員 それからもう一つは、彼がPFLPに関係があるだろうという、その機関といいますか、それに付属する人と、国内で接触したというような事実、また、外国人との接触というものはなかったのかどうか、あるいは、そういう指示を与える日本国内のそういう人と会っているのかどうか、そういうことはどうですか。調べられている範囲内でおわかりにならないですか。
○富田(朝)政府委員 そういう、いわゆる日本国人以外の者と国内でそういう形で会っているということは現在ございません。ルベシ・ガーネンは、先ほど言いましたように、時期は違っております。それから、本人もよく知らないというようなことを現地で言っているやに聞いております。 それから圏内の問題については、これはもっと真相をきわめてみなければいけませんが、要するに、出立するときにそういう決意をもって行ったのかどうかということにもこれは関連しますが、その辺はよくまた取り調べ々進めてみたいと思います。
○大石(八)委員 よろしいです。
○大野委員長 次回は、明九日午前十時から理事会、十時三十分から委員会を開くこととし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十分散会