大蔵委員会 第27号
- 発言数
- 48 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1972/05/16
会議録
○齋藤委員長 これより会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案、相続税法の一部を改正する法律案の各案を一括して議題とし、質疑を続行いたします。竹本孫一君。
○竹本委員 私、きわめて根本的なことを二、三伺いたいと思うのですけれども、四十七年度の税制の改正がこれから通過しようというところでございますから、四十八年度の税制の改革の方針を論ずるのはちょっと早過ぎると思いますけれども、四十七年度も四十八年度も含めて、これからの税制改革は、税調でも取り上げるわけでしょうけれども、一体どういう方向に持っていこうとしておられるのか。たとえばよくいわれるように、企業課税を重くするとか、あるいは一般消費税を導入するとか、あるいは所得税の大幅減税をやろうとかいうようなこともいわれておりますし、また国債の依存度は今後どういうふうにすべきかといった問題も、いろいろあろうと思いますが、まず第一番目には、そういう問題を含めて、これからの税制改革の基本的方向としては、大蔵大臣はどういうものを持っておられるか、この辺をひとつ伺いたいと思います。
○水田国務大臣 基本的な方向としては、やはり先般税制調査会から答申のあった線が基本的方向であろうと思います。所得税は、やはり今後減税をずっと考えていく方向、それから法人税は、これは各国と比べて日本の法人税がそう高いということではございませんので、法人税は将来福祉政策その他の伸展に伴って、まだ若干担税力ありという認識の方向で考えるということ、それから税体系としては、直接税、間接税の比率が、現在間接税の比率のほうが非常に落ち込んでおるので、この姿は適当に調整されることが望ましいという、大筋はこの方向に沿った税制の検討をすることがいいのではないかというふうに考えております。
○竹本委員 若干のニュアンスの相違はあるけれども、大きな方向としてはわれわれも一応理解はできます。したがって、きょうは少しその中身についてお考えを承っておきたいと思うのですが、その前にもう一つ、そうした基本的な方向とあわせて考えなければならない問題は、よくいわれる年内減税の問題だと思うのですね。これも、まだいま減税案が通ってないときに次の減税を予約するのも、大臣の立場からいえばおかしなことだと思います。しかし、景気の動き等を見ると、私どもはどうしてもこの辺で、景気浮揚ということからいえば、一つは社会保障の年金その他をふやす、一つは減税、いずれにしても購買力をばらまくといいますか、民間に培養するということが直接的なものであると思うわけです。アメリカの景気の出し方を見ても、自動車消費税をやめるとか住宅建設を推進するような方向にいろいろ施策を講ずるということで、とにかくそういう減税的な方向が一つの柱になっておる。 大臣もよく御承知のように、今回の景気の場合に、これを浮揚するということについて、従来のように輸出によって引っぱっていってもらうということがあまりできないし、また期待してはならぬのだという筋合いになっている。設備投資によって牽引してもらうということも、現実の問題としては、三割の生産制限なり調整をやっているときに、設備投資をふやしていくということも困難である。設備投資でうまくいかない、輸出でうまく解決ができないということになると、結局、実質的に一般の購買力を培養することによって景気を出していくという以外には方法がない。そういう意味からいえば、減税というのは、この段階においては一つは景気浮揚である、あるいはまた場合によっては物価引き下げにも役立つ。したがって、また円の再切り上げの心配を除くということにも役立つ。一石何鳥かになると思うのですが、そういう意味で、この際は減税というものを時局の現段階における要請として考えるということが、一般的にいってむしろ当然ではないかというふうに思いますが、この点についてお伺いしたいことが二つ。 一つは、従来のごとく設備投資、輸出依存という形で、あるいは花形産業がないという問題を入れてもいいのですが、景気浮揚は困難なので、今回はそれ以外の方法で景気の回復に努力する以外にないのではないかということについての大臣のお考えと、したがって、減税政策というものは、この際は景気浮揚の政策の大きな柱として期待すべきものではないかというふうに私は思いますが、その二つの点について大臣のお考えをお聞きしたいと思います。
○水田国務大臣 私は、昨年暮れに行なった年内減税は、景気対策としては非常に有効だったと考えております。したがって、もし今年度依然として景気が上向かない、所期した景気回復が望めないというような経済情勢でございましたら、これはまた減税の効果をどうこうということを考えることも必要であるかもしれませんが、いまのところは、御承知のとおり、本年度予算編成をやった当時の予想、年度で大体七%前後の成長率の達成ということは、最近の経済指標そのほかから判断して、大体これは可能であるというふうに考えられているときでございますので、したがって、年内減税をする必要が出てくるのか、あるいは減税はいままでと同じように、昭和四十八年度減税として準備していって差しつかえないのではないかというような問題は、ひとえにこれからの経済事情によるものだと思います。したがって、いまのうちにこれをやるとかやらぬとかいう判断をするのは、私はまだ早いのではないかというふうに考えております。
○竹本委員 確かに、ひとえにこれからの動きによってきまるわけですけれども、私が伺いました第一の問いにはお答えがなかったようですが、いままでの景気回復は、輸出によって景気を回復させた例も多い。あるいは設備投資主導型で解決したときもある。ところが今回は、その設備投資主導型にもなれぬだろうし、輸出による牽引力で問題解決というわけにもいかない。ついでに申しますならば、花形産業の引っぱっていくような、自動車とか家電といったようなものもない。そこで、確かに生産の動き、卸売り物価の動きをことしの初めから見れば、やや景気は底をついたということは一応考えられると思います。これは大臣のおっしゃるとおり。しかしながら、底をついてこれから浮揚していくのについて、腹に力が入らぬではないか。やはり景気を引っぱっていくだけの大きなリーディングのインダストリーがなければ、ファクターがなければ、なかなか腹に力が入った形で景気浮揚はできない。それを引っぱっていく力になるものはやはりどう考えても設備投資や輸出であるが、それが困難な事情にある以上は、景気は——昨年の減税も確かに役に立ったでしょう。いろいろの御努力の集積として確かに底をついたということはいえますけれども、われわれが期待し、国民が期待するように景気がどんどん上に上がっていくことはできない。テンポがスローである。グライダー方式と言う人もおりますし、いろいろ言いますが、とにかくエンジンがかからない。どうしてエンジンをかけるか、どうしてみんなが期待するように力のある景気浮揚をはかるかということになれば、輸出に期待ができないし、設備投資に期待できないいまにおいては、減税政策にたよらざるを得ないのではないかというウエートの置き方の問題ですが、その点をもう一ぺんひとつ……。
○水田国務大臣 その点は御指摘のように、従来は輸出中心主義、民間設備重点主義というような形で景気の復興が行なわれましたが、また経済の成長が行なわれましたが、その過程において社会資本のおくれが起こり、公共投資の不均衡が起こったことは事実でございますので、今回のこの不況回復策として、このおくれた公共投資、なかんずく国民の生活環境の改善を中心とした社会資本の充実ということを大きくやることによって内需を刺激することが景気振興には最も効果を持つものであるということから、御承知のような相当大幅な国債の発行をして景気を回復するという今度の予算の編成方針をとったということでございますので、この本年度の予算が通過して動き出しましたら、この財政政策が全部有効に働くということになりますので、私は、景気の浮揚力という観点から、これは非常に有効な措置であったというふうに考えます。 そして、いまいろんな計算がされておりますが、減税が景気に与える効果というものは公共投資の与える効果の大体半分あるかないかというので、効果の点から見たら、公共投資のほうがはるかにそういう点で効果が多いものでございますので、したがって、今年度減税もするし、また公共投資の大幅な増加をやり、そして今後さらに金融政策というものが考えられるなら、私は、景気対策としてはそれでけっこういいのではないかというふうに思っております。たとえば金利の問題、いま私どもはどうこうという結論はついておりませんが、いまいろいろな検討をしております。地方の公営事業というようなものを見ましても、金利は料金収入の二割何分というようなことになっておりますし、したがって、こういうものの金利低下というようなものが将来見込まれるのでしたら、公共料金というものについての影響も大きいでしょうし、また、住宅政策そのほかも、金利が下がるということによって一段と進展することでございますので、福祉政策というものを今後遂行させるというためには、収益性のない事業であるだけに、金利政策というものはこれから相当考えなければならぬというような問題にも迫られておりますので、そういう点等全部を総合的に考えた景気対策が打たれるなら、私は、所期したような経済の上向きというものを期待できる。そうすれば、いま言った減税政策を当然しますが、年内にするという事態になるかならぬかということは、まだいまのところわからないということでございます。
○竹本委員 金利の問題ですけれども、金利は、いま大臣から御説明がありましたし、そのとおりだと思いますが、しかし、全般的に見れば、景気の行き過ぎを金利の引き上げによって押えるという場合には非常にファンクションが大きいと思いますけれども、馬に水を飲ませるのと同じで、景気を浮揚することについては、確かに金利負担が大きいですから、それを軽減すれば、それだけ金利が下がって、三井物産の株は上がるというふうに、借金の大きいところの商社や会社には非常にプラスになります。しかし、それが景気浮揚にどれだけのプラスがあるかという全体の先見性なり見通しの問題に関連いたしますが、やはり限界があるのではないか。 それから、先ほど来のお話を承って、大臣は、財政支出あるいは公共投資、社会資本の充実ということに非常に力を入れて、さらにまたそれは福祉国家建設の道であるとともに、景気浮揚についても非常に大きな役割りと効果を期待しておられるように思うのですけれども、そうすると、感じとしては、減税に訴えてこれからの景気をさらに力強く回復させるのか、あるいは公共投資によって景気を力強く回復させるのかという選択の問題になるようなお話と理解するわけですけれども、その場合に、選択の問題として考えても、公共投資がいまのような形で行なわれるということになると、よく指摘されておるように、土地問題その他があります。 もう一つは、たとえば具体的に国の予算なり数字を見るときには、これだけの公共投資でこれだけの乗数効果が期待できるという説明は成り立つと思うのですね。ところが、もう一歩下がって、今度はわれわれの、たとえば選挙区でもいいですが、選挙区なら選挙区に即して、それじゃこの公共投資によって地元のどの会社とどの会社が潤ってどのくらい景気が出るだろうかということを考えてみると、私はよくわかると思うのですね。一般論として見れば、三兆円の支出をする乗数効果はこれだけだ、こういうように見ると、なるほど景気は出るかなというふうに受け取られがちでありますけれども、今度は自分の地元の足元をよく見てみれば、今度公共投資がふえる、それによってどの会社とどの会社がどのくらい景気を出すだろう、それでつぶれかかったこちらの会社と総合平均してはたして景気が回復するだろうかということを考えてみると、お互いに問題がきわめて具体的になってくるじゃないか。私は、公共投資の乗数効果は相当あると思いますけれども、現実的な波及的な影響力というものから見ると、なかなかそういかない。もちろんいままでの公共投資の効果をいままでの実績だけで論ずることはちょっと無理がありますから、むしろ、大臣、これから支出を七四%繰り上げても出そうということでありますから、効果はむしろこれからに期待されるのは当然でありますけれども、それにしても、セメントと土木と何と何とが公共投資を通じてどれだけ上がっていく、それはわかりますけれども、その隣の産業、その隣の地域がどれだけ景気を上げることができるかということになると、私は、公共投資に非常に過大な期待を持つということは、なかなかむずかしいのじゃないか、やはりそういう意味において、それはそれなりに必要なことでございますからけっこうでございますが、この際さらに思い切った減税といったような政策手段に訴えることが必要ではないか。 また住宅問題がよく言われますし、これも必要でございますが、現実には住宅の建設は去年はふえていない、むしろ減っているというようなことではないかと思うのですが、結局これもそういう意味ではたしてどれだけの効果が力強く景気を回復する上において期待できるか、そういうことを考えますと、何よりもそれはここでたびたび議論がありました土地問題という大きな制約がある。非常に批判的に言えば、公共投資予算がふえたということで、土地の値上がりを大いに推進することはできたけれども、景気の回復を推進するということにはあまりならない。やはり減税のような一般的、全面的な、そして即効薬的な効果に期待することのほうが、政策の選択の問題としてベターではないか、こう思うのですけれども、そういう問題を含めて、困ったら、あるいはうまく期待するようにいかない場合には、年内減税を取り上げる。実際的な手段、判断としてはそれも一つの方法でございますけれども、私が言うのは、さらに先見性を発揮して、やってみてどうにもうまくいかないからその辺で考えようではなくて、公共投資の乗数効果にも期待できるけれども限界があるということをはっきり見通して、この際やはり早きにおいて減税政策というものを考えることのほうが、政治家の総合的な判断としてはベターではないかと思いますので、もう一度その点をお尋ねしておきます。
○水田国務大臣 四十八年度の減税政策というようなものは、そろそろこれから検討しようと思っておるところでございまして、当然何らかの減税政策が結論されると思います。しかし、問題は、いま年内減税をやるかやらぬかということでございますが、四十八年度の税制をいま準備しておって、年内減税と言えば、それより先立って三、四カ月先にするかしないかという問題でございますので、例年やっているように減税政策を準備するか、あるいはそれよりも早く二、三カ月先にやらぬかというだけの問題であって、これを決定するのは一に経済事情だと思います。経済事情が急ぐことを適当とするということであるならば、これは年内減税ということもあり得ましょうし、それでなければ、順調に経済がこの秋ごろから上向いてくる、そして大体所期の成長率が達成できるのではないかという方向をたどっておる限りにおいては、別に予定する減税を繰り上げて実施する必要はないかもしれませんし、これは経済の動きによってきめていいのではないかというように私は考えます。
○竹本委員 この点はやはり基本的に見解の相違があるようですから、これ以上申しませんけれども、私が言っておる結論を申し上げますと、大臣は経済事情によって年内減税を考える場合があってしかるべきものだという、要するに経済事情のほうが優先しておるわけですけれども、私が言うのは、そうではなくて、経済事情を動かすように前もって減税によっていい経済事情をつくり出す、そして困ったことにならぬように前もってやることのほうが、政治の先見性なり指導性の問題ではなかろうか。行き詰まったらやるのは当然のことですから、その行き詰まるかどうか、あるいはうまく期待するように回復するかどうかは、やってみなければわからぬではないか。そういうことにおいて、いまの政策に自信を持っておられる水田さんとしては、当然のお立場であろうと思うのです。 しかし、私は、理論的に考えて、先ほど来申し上げますように、設備投資に多くを期待できないのだ、あるいは輸出によって景気の回復も多くを期待できないのだ、公共投資にもまた一つの限界があるのではないかということを考えれば、これはまた本格的に議論すれば、今日の不況というものをどう見るか、今日のデフレギャップをどの程度に考えるかということから議論を起こさないとちょっと不徹底になりますから、これ以上は論じませんけれども、そういうことを考える場合に、政策選択の問題としては、私はやはりこの際減税に訴えるということが一番効果的で、またむしろ必要やむを得ない方向ではないか。現にイギリスでもあるいはアメリカでも、景気回復については、まあ日本もそれはある程度やりましたけれども、相当思い切った減税政策をやっておる。これは資本主義の構造的な矛盾ということから考えてみても、大衆の購買力——マルクスが言うように大衆の貧困化があると私はあまり考えておりませんけれども、しかしながら、大衆の購買力や総体的に不足していることは事実なんですから、それを補充し、拡充するということが、資本主義の持っている内部的な矛盾なり今日の持っている不況を解決するには、やはり一番即効薬ではないか。どうしてもそういう意味から、政策選択の立場においてこれは前もって考えるべきであって、経済の動きを見てからというのではなくて、経済をどう動かすかという立場で問題を考えるべきだという私の立場だけ申し上げて、先に進みます。 そこで、一つはいまの法人税の問題について、大臣から日本の法人税はそんなに重くはないというようなことが言われておる。確かにそのように思いますし、われわれも法人税をむしろさらに増徴すべきであるという立場を持っておりますが、それは別といたしまして、まずお伺いいたしたいのは、法人利潤税ということについて、あれは四十一年ですかの長期答申で答申があったと思いますが、それに対するこれから四十八年度辺に焦点を当てて、これからの税制はどうあるべきかと、先ほど大臣が言われた点と関連してお伺いをするわけですが、法人利潤税といったような問題については、大蔵省のお考えはその後どういうふうに発展しておるかということをお伺いしたい。
○高木(文)政府委員 法人税制のあり方につきましては、竹本委員よく御承知のとおり、従来から税制調査会を中心にしていろいろ議論がかわされてきたわけでありますが、基本的には、やれ凝制説であるとか実在説であるとかという考え方を議論するということは、あまり意味がないことではないかというような認識にだんだんなってきてはおります。なってきてはおりますが、しかし、現在の法人の仕組み、やはり何と申しましても配当控除制度を前提としておりますところの現在の法人税の仕組みを一挙に直すというまでは、なかなか踏み切れないまま今日に至っているわけでございます。 そこで、この問題については、そうかといっていつまでも放置することはできないので、これに取り組まなければならないということは従来から指摘をされておるわけでございますけれども、したがって答申におきましても、法人の性格論に固執することなく、法人税制を法人の社会的、経済的実態に適合させるという方向で引き続き検討すべきであるといってはおりますけれども、さてそれを現実に現行税法を直すということまで踏み込んだ検討が四十八年度を前提にして行なわれるかどうかという点につきましては、実はむしろそれよりも先に、竹本委員がいつもおっしゃっております事業主報酬問題を中心にした個人と法人とのバランスの問題、事業所得者についての個人と法人とのバランスの問題がきわめて喫緊の問題として取り上げられていくべきだという認識になってまいりましたので、どちらかというと、そちらのほうが先に検討課題になるということとの関連で、なかなかあれもこれもと手を広げることがむずかしいものでございますから、利潤税説というふうな式の法人の基本の問題というのは、ややあと回しという感じにいまなっております。
○竹本委員 事業主報酬の問題については、大いに前向きに検討いただいておるようでございますから、その成果を期待したいと思いますからきょうは特に申し上げませんが、法人利潤税にしろ、グロスアップ方式にしろ、この問題については、三十九年あるいは四十一年の答申の中でも、ある意味において相当前向きに答申は行なわれておられるのですね。そういう意味で、一挙に改革はできないと主税局長の御答弁でございましたけれども、一挙に改革ができないということと半歩も前進をしないということとは別問題だから、私が伺っておるのは、もうはや三十九年ごろから、法人税については何とかいまおっしゃったように社会的、経済的実態に即して考え直してみるべきである——言うならば、考え直してみる一つの具体的方向なり結論なりが出て、あるいは少なくともねらいがきめられていなければいかぬと思うのですね。いつも同じような大学の教科書みたいな議論ばかりしておってもしようがないので、われわれは実態の政治を担当しておるわけだから、具体的に法人の社会的、経済的な機能と実態に即して、一挙にはできないけれども、方向としてこういう方向をきめて、その方向でこの数年の間に、あるいは四十八年度を期してこれだけ、一歩か半歩かは別として、前進をはかりますということでなければ、これは大学の祖税論の講義に書いてあるようなことをただ並べて、問題点を指摘してあるだけでは意味をなさない。そんなゆうちょうなことでも困るわけでございます。 私がいま伺っておるのは、三十九年度の長期税制答申以来大体の考え方はきまったように思うが、さらにそれが集約されて具体的な政策目標として掲げられてきておるのか、その方向に一歩前進しておるのか、そこを聞いておるのであって、一挙になかなかむずかしい、そんなことはもうわかり切った話だから、もっと具体的な成果なり検討の経過なりを伺いたい、こういうことであります。
○高木(文)政府委員 まあ税制調査会におきます議論をいろいろ聞いておりましても、いままさに竹本委員がおっしゃいますように、大学における講義におけるような議論を展開しておってもしかたがないので、そこできわめて現実的な問題として議論しなければ意味がないということで、ただいま私がちょっと引用いたしましたように、法人の性格論に固執することなく、法人税を法人の社会的、経済的実態に適合させるという方向でという表現で答申ができておりますのも、そういう意味であると私どもは理解しております。 ただ、それでは現行法人税の、さてどの部分をどういうふうに直していくかということになりますと、それはたとえば、ある時期には、現在の法人の自己資本比率が非常に低いというようなところ、その自己資本比率を直すにはどうしたらいいか、現行税制に欠陥があるのではないかというような点から、非常にこの問題について緊急に検討する必要があるという形で議論された時期もございましたし、また前回の所得税の税率の改正との関連で、配当控除にからみまして、配当のみの所得者のいわゆる課税最低限というものが、普通の他の所得者の課税最低限と著しくアンバランスである。つまり配当控除の幅が非常に大き過ぎるということから議論がされまして、配当控除の率を下げる。これは自然、法人税の性格論にも触れたことでございますが、そういう現実的な必要論から一部の手直しの行なわれる可能性はあると思いますが、基本的に変えていくということにはなかなかならないだろうと思います。 当面どういう問題があるかということでございますが、当面は、やはり先ほどちょっと触れました事業主報酬の問題をからめまして、当然やはりそこに法人の本質論というものもまた議論されることになりますので、そこを中心とした議論から、これは当面は中小事業所得者の課税関係をどうするかという問題でございますけれども、それは当然にまた法人形態をとっております中小企業者の課税論にもなってまいりますので、そっちのほうから法人税の仕組み問題が大きく取り上げられることになろうか、そういう形で、現実的な問題の処理の一つの形としてそういう議論に入っていくことになろうかというふうに考えております。
○竹本委員 法人税の問題は、いまおっしゃったような問題も含めて、あるいは私どもがねらっているようなもっと基本的な問題、その他議論すべきことが多いと思いますが、私はそこまでいかないで、もう少し入り口で議論をしますが、一つは例の一・七五%の課税の問題ですけれども、これも二年でしたか、延長になる。しかし、そうなると、四十八年三月で期限が切れるということになるわけですが、これに対するお考えはどうかということをひとつ伺いたい。 それから、時間の倹約上あわせて伺いますが、今日広告税と交際費課税の強化が非常にいわれておるが、政府においては、その広告税や交際費課税強化といった問題と一・七五%の問題とを政治取引に使う、と言うとことばが悪いかもしれませんが、そういうお考えがあるのか、あるいはそれらは全然別個に考えられるのか、その点についてのそれこそ基本構想はどうでありますか、伺いたいと思います。
○高木(文)政府委員 先に私からお答えをいたします。一・七五%の問題は、四十八年でなしに四十九年の四月末まででございます。そこで、二年間この制度を続けさせていただくわけでありまして、それ以降どういうふうにするのか。どういうふうにするのかということは、その後も引き続きそういう税率水準でいくのかどうかということが一つと、そういう税率水準であるにいたしましても、祖税特別措置法による臨時措置として継続することになるのか、法人税の基本的税率の中に組み込むようなことになるのかという問題は、四十九年度税制改正の問題としての議論になろうかと思います。 それから、広告税、交際費のほうの問題は、特に交際費につきましては、四十八年の三月三十一日で期限切れになりますので、このほうは一年先に参りますから、こちらのほうの処理につきましては、先ほどの一・七五%とは別に先に何らかの結論を導き出さなければならないわけでありますし、広告税の問題もある程度交際費との関連で議論されている分野もあるわけでございますから、これは現在制度がございませんので、期限があるとか、いつまでに結論を出さなければならないという関係ではございませんけれども、交際費としてはしばしば関連づけて議論されておるということとの関連上、四十八年度税制改正の問題として議論されるべき問題であると思っております。よって、この二つの一・七五問題と広告費、交際費の問題は、ちょうど年度にズレがございますので、いわば直接の関連はないというふうに、私どもは理解しております。
○竹本委員 年度のズレがあるならなおさらそうですが、一・七五%の問題とそれから広告税や何かは、全然別個に最後まで考えていかれるのであるか、その点について大臣のお考えを承りたいと思います。
○水田国務大臣 実際はからんだ問題でありましても、やはり別個に一つ一つ解決されていく問題だと思います。長期的に見た法人の担税力というようなものは、大体税制調査会がいっている方向であろうと思いますが、御承知のように、ドル・ショックのあった現在でございますので、いまの段階においては、各法人とも非常な収益減の不況のときでございますので、この一・七五も、これは継続じゃなくて、むしろ撤廃すべきだという議論が非常に強いときでございましたので、これは押えて、一応この措置を継続するということをやったことでございますので、この期限の到来、結局あと二年でございますが、この二年が来るときが法人税のいま言ったそういった問題の解決がなされるときじゃないかというふうに、私どもは考えております。
○竹本委員 本来これは別個のものですから別個に考えるべきどと思いますが、いま大臣がお答えになりましたように、一・七五を特別に二年間延ばすということでも、いまは特に不況でもありますので、これはたいへんな御努力であったと評価しておりますが、そういうこともあるので、こちらのものをやめてこちらのものでかわっていくといったような取引になるのではないかという点をむしろわれわれからいえば心配しておるので、いま御質問を申し上げておるわけです。 本来的にいえば、臨時的に二年間ということで、一・七五ではなくて、これは本税の基本的なあり方として考えるべきであるし、また基本的に問題を考えれば、三六・七五ではなくて、もう少し税率は高くてもよろしい、むしろ高くするのが当然ではないかということをわれわれは基本的に考えておりますので、こういう質問をしておるわけであります。イギリス、アメリカその他外国の法人税の問題との比較も考えなければなりませんし、それからもう一つは、大臣がよく言われる高福祉高負担という問題と関連をいたしますし、われわれからいえば高福祉のビジョンが先に示されなければならぬあとでも申し上げますけれども、そういうふうに考えますが、それにしても高負担の一つの中身の問題として、法人税のあり方についてもう少し基本的なあるいは根本的な構想があってしかるべきであるという考えから、この点は一・七五問題を含めて、ひとつ十分に、それこそ前向きに検討をしていただきたいと思います。 なお、法人税の問題に関連してもう一つ、いわゆる土地の投機の問題。個人の場合には、取得後五年以内に売ったときには売却価格の四〇%までも高率の税をかけるということになっておりますし、これは野党の間においてもいまいろいろと論議をしておりますが、しかし、これは考えてみると、非常に税の技術からいえば、これは主税局長が専門ですけれども、たいへんむずかしい問題がある。しかしまた、むずかしい問題があるからといって、先ほど申し上げたように、解決をいつまでも引き延ばされては矛盾が拡大再生産されるのいうので、私はひとつこの辺で、法人が、土地投機といっていいかどうかいろいろ議論がありましょうが、土地を売った場合にもうける、あるいは値上がりしたものをそのままじっと持っておるという形に対して、今後どういう態度で当局は臨むべきであるかという問題について、お考えを承りたいと思うのです。 と申しますのは、売ったときに譲渡所得に対して税金をかけるということだけでは、何となく不徹底だという点が心配される。それかといって保有税式な考え方でやるとしても、この保有税も演説としては調子がよくできるでしょうけれども、実際問題としてなかなか技術的にもむずかしい問題がある。そういうとこを考えると、保有税ではたしていけるであろうかという点について、私自信がないのです。 そういう立場からお伺いをするわけですけれども、やはりこれは一種の財産税、あるいは再評価税といったようなものでひとつ根本的なとらえ方をしようというならばそれは別でありますけれども、しかし、それがいまできる可能性があるかという問題になりますと、これもなかなかむずかしいではないか。あまりむずかしいことをただ理論的にだけ追及してみても、あまり現実的ではないと思いますので、私は、財産税的な形で一ぺんに値上がりの利益を取り上げてしまう、あるいは保有税なり富有税なりといって、線を引いて税金をぶっかけることを考えてみる、あるいは再評価税をかけて、昔の六%でなくて、思い切って財産税にかわるべきものとして考えてみる、いろいろ税務技術的にも考えられると思うけれども、私が考えて最も現実的だと思いますのは、やはり譲渡した所得に対して税金をかけていくということが落ちではないかと思うのです。その場合にも、ただ法人税の中に突っ込んで三六・七五でいくということだけでは国民が納得しないだろうと思いますので、分離する。分離課税でいく。そのまた分離課税というのは、法人の所得というのは一本でとらえるのが基本的な立場であるから、分離というのはちょっとむずかしいという反論もまたあろうかと思うのです。しかし、それもあまり小さな議論ばかりしておってもしかたがありませんので、私はいろいろ考えられる案を自分なりに検討してみて、この際は早急に法人の土地による不当な利益と申しますか、そういうものに課税しなければ、国民が税の公平といった面から見ても納得しない。すみやかにそれにこたえるためには、あまりできないような議論を続けておるよりも、少しの困難はあるようでございますけれども、とりあえず、法人の土地を売った場合に、その利益に対しては、個人の場合とも考え合わせて、分離して高率の税をかけるということが最も現実的な対案ではないか、私、そう思うのですけれども、そこで大蔵省として、あるいは大蔵大臣として、この法人の土地所有にかかるいろいろな問題提起に対して、それを税法の上においてはいかなる形でそれに対処しようとしておられるのかということのお考えと、あわせて私の言っているような分離課税方式で、それの譲渡の場合には相当思い切った税をかけるということについての当局のお考え、二つをお伺いいたしたい。
○高木(文)政府委員 土地に関する課税の問題につきましては、まず第一に、いつも大臣からもお答えになっておりますように、税だけではなかなか処理しにくい、その他の対策と総合的に考えるのでなければ、税だけではなかなか処理しにくい、基本的に土地の値上がりによる利益についてどのように考えるのか、憲法上の所有権の保障というものとの関連をどう考えるのかというところあたりから基本的に何か考えていただかないと、税だけでは非常に処理をしにくいという問題があるわけでございまして、私どもといたしましては、四十四年度の改正で、個人の所得税について現行の制度ができまして、これがいわゆる最近の高額所得者を生んだということでいろいろ御批判を受けておりますけれども、ある意味では現行の制度は一つの方法であったと考えておりますが、非常に残念ながら他の方法、手段との組み合わせがうまくいかなかったというところからいろいろな問題を生んだものと思っておりますので、ここの教訓に照らしましても、はたしてただいま御指摘の法人課税の問題について、取り組むのはよろしいのでございますが、他のもろもろの土地に関する総合施策とまた切り離れて税だけが先に走っていくということになりますと、またこれいろいろ課税の公平の面からいいましてやっかいな問題を派生してまいるということをおそれておるわけでありまして、法人についての課税に非常に憶病であるわけではございませんが、どうも政府全体として、必ずしもこの土地問題についてのもろもろの対策が総合的にとられていかないという現状から見まして、それとの関連でやや踏み切りかねておるということでございます。 なお、細目につきましては、法人課税について分離とか重課とか軽課とかということを考えるのも、確かに御指摘のとおり一つの案であると考えておりますが、その場合、ときおり申し上げておりますように、法人のうちのデベロッパーの場合にどうするかというような問題、それから法人が買いました土地のうちの工場用地あるいは事務所用地等、本来工場、事業場として使う土地と、それからいわば投機的と申しますか、値上がりを期待しておるような意味でのものと、そこらの区分をいかがいたすのか、それを区分することは実際問題として困難であると思いますが、結果として、投機を押えようとしてやりましたことが、むしろ本来の事業用の土地、事務所用の土地の動きを押える結果になってしまうということになりましては、たとえば今度は都市の過度集中地帯から過疎地帯への移動を何とかしなければならぬという問題のじゃまになるとか、いろいろ問題が出てまいりますので、そこらの各種の土地について、そう万全にはできませんでも、まあまあうまいぐあいに投機用の土地だけについてうまく課税ができて、そして事業用の土地であるとかあるいはデベロッパーの開発用の土地であるとかというものはうまく動くというような、何かうまい知恵ができますかどうか、その辺はこれからも検討してまいりたいと思いますが、それにつきましても、ここらのところにつきましても、やはり他の行政といいますか、ポリシーとの組み合わせが非常に必要だと思いますので、そういうことの進行状況とにらみ合いながら取り組んでまいりたいと思っております。
○水田国務大臣 問題は土地策政と税の問題ですが、土地の供給を促進しようということとできるだけ地価の値上がりを避けようという目的から税を利用しようとするのでしたら、これはいかなるひねくり方をしても、高い税である限りは土地の供給を促進することにならないし、税を高くすればそれは転嫁されて土地の値段を高騰させるということで、この点は、土地政策と税の問題はうまくいかない。それから土地でもうけた連中があるから、これに対しては重税をかけるべきだということでしたら、これは一般の税理論であって、土地政策とは別に特に結びついたものではないということになりますので、そこでいまも主税局長が言われましたように、土地政策というものは税以外のものが主であって、補完的な作用をなすものであるというふうに私どもは考えて、そこをどう税制をうまく土地政策にマッチさせるかということを考えているわけでございます。 たとえばいま法人が非常に土地を持ってこれを投機の対象にしているというようなうわさがありますので、実はいま実態の調査をやっております。各個別の金融機関を通じてこの融資の状態を見ると同時に、また税務署を通じて四十四年のときの措置、長期に保有した者がこれを譲渡した場合には一割というふうに、分離課税というふうな優遇措置によって土地を取得した法人というものを全部調べている。いままで調査したことによりますというと、やはり法人といっても不動産業者が圧倒的であること、それから他の法人であっても、工場用それから職員、工員の住宅用の土地とかなんとかということで、投機のために特に土地を得ているという者が、われわれが想像したよりも非常に少ない。しかもそういう者が少しはあっても、定款の変更をやって、やはりこの際はデベロッパー的な役割りも果たしたいということで土地の住宅開発の仕事を定款に加えたり何かして、いままで土地とは関係のない会社でもそういうことをやりだしている会社があって、そこが所有しているというようなことになりますと、これは回り回ってみんな宅地開発になり、そして住宅供給になっていくんですから、これがいけないことかどうかということも非常に問題であるということを考えますというと、やはり主税局長の言ったように、どこで線を引いて、そしてこれは分離課税をかけるんだとか、これはそうでないんだというような区別をするのか、あるいは一律にかけた場合の弊害というものはもうはっきり出てきますし、また法人税というものの税の根本的な問題にも触れる改革になる問題でございますから、ここらについてはなかなか踏み切りが簡器につかないというようなむずかしい問題を持っておると思います。で、私はこの法人の所有ということについて、相当神経を集めていろいろな調査をやっているのですが、調査した結果は、いわれているような投機専門の土地所有というものはわりあいに少ないということだけは、大体確かじゃないかというふうにいま思わざるを得ないようないろいろな資料が調査の結果出てきているということでございまして、もう少しこの問題については検討をしたいと考えております。
○竹本委員 まあ法人の土地課税の問題は、いま御指摘もありましたけれども、土地の供給をいかに多くするか、それから地価の値上がりをいかに押えるかという問題が一つの中心であります。しかし、それとともに私は、いま大臣は、思ったほどにはないんだというお話がありましたけれども、思ったほどにあってもなくても、いまの国民感情ということを政治の大きな課題の、ファクターの一つとして考えた場合に、とにかくその課税の公平といいますか、正義感と申しますか、そういうものから見て、とにかく土地を売ったり買ったりして不当な利益を得ているのはけしからぬ、こういう租税の公平といいますか、正義感といいますか、そういう要求があると思うんですね。だから私は、それが適用されるものが少なければ少なくてけっこうだから、それなりに土地で会社なら会社がもうけた場合には、こういうふうに税金で利益については課税をされるんだということで、国民の不満にやはり税の上でこたえていくという態度が必要だろうとぼくは思いますね。だから、それが適用されるのが少なければなおけっこうですけれども、多ければ多くとればいいんだから、とにかくいまのように、むずかしいという事情の説明はたくさん聞きますが、もうけてももうけほうだいなんだというような解決では、国民に対して親切でない。どうかそういう意味で、国民の正義感を満足させるように、少なくとも最小限度これだけのことは大蔵当局として、あるいは政府として課税の方針をきめておる、やがて実行するんだ、こういうかまえをひとつ見せていただきたい。要望いたしておきます。 それからさらに、土地の供給の問題については、これは資本主義のメカニズムが一〇〇%一方において動きますので、確かに税だけではどうすることもできないと先ほど来お話がありましたが、それは、われわれが議論する場合には、もう前提になっているのですよ。税で何ができるか、あるいはどこまでできるかということについては、それは大蔵当局に劣らずわれわれも限界はちゃんと知っております。まあ、革新の立場で申しますと、資本主義の矛盾というのは全部租税をぶっかけていけば大体解決はできるといったような、租税社会主義と昔はいいましたが、そういうものがありましたけれども、社会主義の運動の世界でも、租税社会主義というのはあまりにも税の限界を知らないものとして葬り去られた、とは言いませんけれども、重きを置かれていない。 でありまするから、われわれはそのくらいのことは当然よく知っております。しかし、そういう点から考えてみても、税以外の土地政策というものがなければならぬ。主税局長もそれを言われておるのでしょうけれども、私は、その土地政策、これがまた大事なことだけれども、ほんとうはいまの佐藤内閣に土地政策ありやという基本的な疑問をわれわれは持ち、あるいは不満を持っているわけです。しかし、きょうは、土地政策一般を論じては限界がありますし、時間も足りませんので、私は論じませんけれども、税だけで解決はしないんだというようなことをここで答弁されるのは、もう今後はやめていただきたい。税だけでできないことはわれわれは百も承知の上で、税で解決しなければならぬという問題についてどういう解決をされるつもりでありますかということをわれわれは聞いておるんだということをひとつ前提にして、これからは議論をしてもらいたいと思うのです。 そこで、いまのデベロッパーの問題や工場用地をどうするかといったような問題があります。私が言った案を実行する場合においても、その困難にやはり逢着すると思うのです。しかし、それらを含めて、私は、先ほど言ったような一つの分離課税というものをやる以外には手はないじゃないか。で、いわゆるデベロッパーについても、これをどういう形で適用するか、そこがなかなかむずかしいのだけれども、しかし、主税局長の先ほどのことばで言えば、それをうまく知恵を出すのがこれは主税局の仕事じゃないかと思うのですよ。だから、そういう意味でうまい知恵を出していただいて、やはり当面これほど深刻になっておる問題について、それはもう同族会社の留保を幾らにするかというのも法人税の重大な問題ですよ。しかし同時に、いまわれわれが基本的に議論をする場合に、一番大きな法人税そのもののあり方の問題、それから法人の土地の課税の問題、こういう問題を避けて、同族会社の留保でごまかしておる、とは申しませんけれども、そういうことにとどまっておってはならぬ。やはりもう少し前向きに、困難があるということはよくわかりますけれども、そこらをそれこそいい知恵を出していただいて、法人税の場合にはこういう形でひとつ取り組むんだという姿勢を示してもらったらどうかと思いますから、主税局長のひとつ決意のほどを伺ってこの問題は終わりにしますが、どうですか。
○高木(文)政府委員 まあ具体的には、そのデベロッパーの事業を税がじゃまをするといいますか、阻害をすることになってはならぬわけであります。そこで何らかの意味において、土地を扱う業者を監督しております官庁において、一種の選別といいますか、そういうことが行なわれるかどうかということが一つのポイントでございまして、実は政府部内においては、かねてからわがほうからはそういう一種の法制といいますか、運用を含めて制度を確立をしてほしいということを申し入れをしておるわけでございますが、そのこと自体これまた非常にむずかしいことであるので、その主務官庁のほうからもなかなかいい案が出てきてないということでございます。しかし、この問題は、私どもとしても税自体の問題、特に課税の公平といいますか、所得の偏在といいますか、そういう問題と関連して非常に大きな問題になっておりますので、決して受け身の立場ではなくて、さらに、いま御激励をいただきましたような意味で大いに他の官庁とも積極的な連絡をとりながら取り組んでまいりたいと思います。
○竹本委員 まだほかにいろいろやるつもりでおりましたけれども、山中先生もお見えになったそうですから要望をして終わりにしますが、とにかく法人税の基本的なあり方、その具体的な解決の着手、この問題は、今日の税収入は法人税と所得税と間接税と三分の一ずつ大体担当しておるわけですから、その三分の一の分野についての国民の主義感の満足、それからわが国経済の全般的な能率的な運営、あるいはその社会的な正義感ですね、そういったいろいろな要請がありますから、先ほどの御答弁ではないが、もろもろの組み合わせがむずかしいということもよくわかります。しかしながら、常にむずかしいということと着手をしないということとは別でありますから、むずかしいなりに、こういう方向でわれわれは、あるいは政府は解決しようとしておるんだという具体的な熱意をひとつ示していただくように要望をいたしまして、終わります。
○齋藤委員長 山中吾郎君。
○山中(吾)委員 ただいま審議中の税三法についてお聞きしたいと思うのですが、この法案を検討してまず一番問題になるのは、やはり税の公平の原則がどういう関係になるかということと、憲法の精神とこの税改正との関係、これが私にとって非常に重要な課題であり、非常に矛盾を感ずるわけです。 まず、原則的な問題として大蔵大臣にお聞きしたいのですが、税法が政策に協力する場合に、税の基本原則である公平の原則を一〇〇%破壊してまで政策に協力すべきものなのかどうか。一体公平の原則をどの程度に犠牲にして政策に税法というものは貢献すべきなのか。その辺についての限界をお持ちになっているのかどうか。私この税関係の一部改正をずっとながめてみますと、そのときどきの力関係、思いつきで積み重ねてきておるために、一見すると、税改正の方向がどうもわからない。税法として当然あるべき原則がほとんど混乱をしてしまっているという感じがあるので、その原則を大臣にお聞きしたい。
○水田国務大臣 税は国家目的に対する国民の負担でございますから、公平ということを税は絶対の原則にするということでございます。国の政策からいいますと、税を通じてするのが適当な政策と、そうじゃなくて、行政を通じて行なえる政策と、いろいろあると思いますが、その場合に他の方法が適当でなくて、税制を通じて行なうことが適当だという結論になったとしましても、その税本来の原則を著しく変えるということであったら、これは政策達成の手段としては不適当ということになって、おのずから限界があると思います。その限界は、どこを限界にするかというような問題は、結局事実問題で解決するよりほかしかたがないと思います。事実上ある程度公平の原則を破っても税制で解決するのが最もいいというものであったら、これはこれでやむを得ないと思いますし、税以外の措置によって達成できる、そういう部面がございましたら、税によらないで解決すべき問題だ、これは事実問題で判定するよりほかしかたがないと思います。
○山中(吾)委員 税は政治の血液だと私は思うのですが、課税のほうは、公平の原則で国民からその財産権をある程度制限をする。取ったものを今度国の予算で再分配することに、民主政治の要諦があろと思うのです。大蔵大臣は、財源担当大臣でもあり、予算編成の担当大臣でもある。したがって、税のほうでは公平の原則を守り、取った税をいかに再分配、貧富の差をどう是正するか、あるいはきまった政策の方向に貢献するかということの二つを大蔵大臣はお持ちになっているので、私は日本の政治のかなめだと思うのですが、そのときに、予算において処理すべきものが税法にだいぶかぶさっているんじゃないかと私は思うので、お聞きしたいのです。 いま資問で論議をされた中でも、いわゆる土地税の優遇について、たとえば四十六年度に十億の所得があったものに、一方は七五%の課税、一方は一〇%の課税、そういう税法を行なうことによって住宅供給の目的を果たす。事実問題とおっしゃったが、その場合の税法は、いわゆる税法として協力すべき領域内なのか、その限界を越えておるのではないか、私は越えておると思う。そうしたら、税法というものはなくなってしまっておる。税法の自分の守るべき領域というものは、事実問題としてもどこかに経験法則としてなければならない。いま申し上げた土地所得者において十億の所得があったものが一〇%、企業その他で、営業努力その他を含んで所得を得た十億のものに対しては七五%、これだけの不公平原則を税法でかぶるべきものであるかどうか。いかがですか。
○水田国務大臣 問題は、現在の住宅問題をどう解決するかというときに、税の若干の不公平をがまんしても宅地供給の促進をはかるかどうかというそれは、政策の重要性の比較の問題であると私は思います。もし長年保有しておる土地を早く手放させようとするときに、税の公平ということで貫こうとしたら、これはやはり譲渡所得について累進的な税をかけてしかるべきだと思いますが、もしそうだとすれば、これは土地を持っている人が手放さない。ちょうど昭和四十四年度、一番住宅問題がやかましいときで、何らか供給をふやすととが当面の政治施策として一番必要だということにみんな問題が集中されて、その目的のために税を考えろということで考えさせられたのがあの税制でございました。そうなりますと、持っている人に宅地解決のために早く出してくれということですから、出してもらうためには、この際段階的に二年ずつに税を上げるが、最初一〇%、二年たつと一五%、その次二〇%というふうにする税制をとるぞということをやったために、現にことしでも、一〇%が終わって一五%になるということになりましたら、十二月にかけ込みの売りがどんどん殺到してきて、土地の譲渡所得が多くなり、税も、非常に予期しない税が納められたというようなことがありましたが、それはそれなりに政策目的を達したものと思います。 それがいけないのだというのでしたら、そういう税制をつくらなくてもいいのですが、問題はどっちを重要と見るか、この際、公平の問題にこだわらないで、とにかく宅地供給を促進すればいいのだというところに重点を置いたのがあの税制であって、これはもうその必要がなくなったというのでしたらやめればいいことであって、政策上どっちが重要かの比較問題だと私は思います。
○山中(吾)委員 論議がずれてしまっておるのですが、私の言うのは、その不公平をどの程度まで犠牲にして政策に協力するかという、税法の本質からいって一つの限界があるのじゃないかと聞いておるのですが、その辺の答弁にはなってない。これは長くする気はありませんが、たとえば関兵馬、これは私の県の隣の者ですが、地方新聞に載っておる。その人自身が税に安過ぎると言っておる。それは、ああしなくとも出すべきものは出しておる。ですから、税法自身が何か買って出なくていいところまで買って出ておる。五〇%程度の不公平、公平の原則を破るならいいが、一〇〇%近い不公平原則を駆使してまで税法が他の政策に協力することがいいか悪いかということを私聞いておるのですが、この点について、確かに無原則で、そのときどきの力関係で、思いつきで税法がみずから税法を否定しているのじゃないかという感じがあってしかたがない。それはいまここで中心に論議する問題でないのですが、一応その点は、大蔵大臣、税法担当の大臣としては、やはりどこか原則を立てて、いろいろの要求の中で税法の限界というものを明確に持って今後処理すべきではないか。税法改正が一部改正、一部改正で積み重なってしまって、あとでほとんど収拾がつかないような状況になるのではないかと思うので、再考を求めたわけですが、事務当局として、主税局長はどういう感想を持っていますか。
○高木(文)政府委員 私どもといたしましては、税制において公平の概念ということは最も重要なことでございますので、もろもろの政策目的のために公平の理念を失するようなことになるということについては、非常に神経質にやっておるつもりでございます。しからば、今回の土地の分離課税のような問題、なぜそういう制度を認めたか、これは非常に長い間税制調査会の土地税制部会で御審議いただいた結果でございますし、私どもがこういう制度を御提案申し上げていっておるのでございまして、決して土地政策のために他から強制されてやむを得ずこうしたということではなくて、もちろん、土地政策に大いに税制が協力しなければならぬという頭はありましたけれども、当然税としてもどうあるべきかということを考えながら立案したものでございます。 そこで、ちょっと補足させていただきますが、なぜこういう制度を立てましたかということにつきましては、ただいま大臣から申されましたように、土地の供給をふやすということが主たるねらいでございますが、実はその前に、この改正が行なわれます前には例の土地の買いかえ制度というのが税法上ございまして、現在どこかに土地を持っている、それと同じ程度の価額のものと買いかえるという場合には課税をしないというやり方をしておったわけでございます。買いかえ、買いかえということになって、新しく土地を取得する場合、これを売って次の土地を取得する場合には課税をしないということが何年かやはり特別措置で行なわれてきたわけでございますが、買いかえ制度は非常に混乱が起きる。新しく買いました土地の簿価は前の土地の簿価を引き継いでいくということになりますが、税務執行上そんなに古い土地の簿価をいつまでも引き継いでいくのは非常にむずかしいということがございまして、どうも買いかえ制度に行き詰まりが来たというような事情があったわけでございます。 もう一つは、現在の累進制度のもとでございますと、同じ土地を持っておられる方が土地を売ろうという場合には、累進になるものですから、どうしてもこま切れにして売っていかれる。たとえば一万坪なら一万坪という土地を売ろうと考えられても、一挙に一万坪ということになりますと高い累進税率になりますし、毎年千坪ずつ売っていくということになると低い税率で済む、こういうことになるものですから、土地の供給がみんなこま切れになっていった。そこで、住宅地等の虫食い現象が非常に顕著に出てきたわけでございます。 そこで、そういう二つのことから、ただ一般的に土地の供給をふやすということのほかに、累進制度が土地の供給のあり方についてむしろマイナスに働いている面があるのではないか。つまり非常に虫食い状態を生じますから、そういう面ではいまの累進制度がマイナスに働くのではないかという認識がありまして、そういう前提のもとに、土地というものの特殊性と最近のキャピタルゲインの大きさの進みぐあい等にかんがみて踏み切ったということでございまして、これらの点につきましては、当時の税制調査会の土地税制部会におきます議論の内容をしさいにいま読んでみますと、かなり詳細にいろいろな角度からいろいろ議論した上で、確かに相当公平を害することになるけれども、この際としては踏み切るべきであろうということで踏み切られたわけでございます。 なお、この際一言申し上げておきませんければいけませんのは、先ほど竹本委員の御質問のときにも申し上げましたように、他のもろもろの土地政策と総合的に行なわれるという前提が一つあったわけでございますが、私どもから申しますと、実はその点が思うほど進んでいないということで、非常に税だけに土地政策がしわ寄せせられたというかっこうがありますので、当時予想しておった点と若干違った点がありとすれば、その点でございます。 で、おっしゃるとおり、私どもとしては、絶えず税につきましては最も公平ということを考えなければいけない、そこについては神経質でなければならぬわけでございます。今回の問題は、かねがねある程度は予想しておったところでございますけれども、ある意味では一つのたいへんいい教訓になるわけでございまして、今後ともそういうことについて、一そう慎重といいますか、そういう公平についての観念を十分心してまいらねばならぬと思っております。
○山中(吾)委員 私自身も、税法の公平の原則を破って政策にどの限度で協力すべきかということは自分もわからぬものですから、自分の研究課題でありますので、次に自分の研究課題に残したいと思うし、局長の話もどうも半分くらいしか私理解できぬものですから、これはあとに残したいと思います。 同じことで痛切に感ずるのは、これは大蔵大臣はこういう席上で明確にすべき問題だと思うのですが、例の医師の必要経費七二%は、来年度これは再検討するということは明言されるべき問題ではないかと思うのですが、いかがですか。
○水田国務大臣 四月十四日に税制調査会の特別部会ができまして、この問題を検討し、現実的な実行可能な案を検討の上さらに答申する、こういうことになっておりますので、答申されたものについては、私はこれを尊重する、そうして来年度この問題はぜひ解決したいと考えております。
○山中(吾)委員 すでに六回続いて答申があるのですから、また次の答申を待つという問題じゃなくて、やはりあらゆる政治的な難問があっても、もう来年度は解決すべきではないか。それはなぜそう言うかと申しますと、いなかの税務署長に会ったりして、一番末端の税行政を担当するあなた方の悩みは何かと言うと、やはりこれだと言うのですね。納税者のほうで一番文句を言うのは、どんな会合でも医者の必要経費というものが問題になり、これがどれだけ国民の納税思想に影響を与えるか、いわゆる不公平から来る税の重圧感を与えておる最たるものだ。二、三の税務署長に聞いても同じであるので、税行政の立場から言ってもそうだと思うのです。これは万人の認めておる問題である。医師会の圧力があろうがなかろうが、そういうことを聞いてやるべき問題ではないかと思うので、来年はぜひ決断すべきであると私は思います。 しかも、私が遺憾に思うのは、それだけの恩恵を受けておる医師が、高額所得者の番付の中で非常に多く名前が載っておると同時に、脱税の王はやはり医師だ、脱税の最たるものがお医者さんであるということが、またそこに出ておる。こういう税の恩恵を与えておることが、せめて納税に忠実になるという思想を植えつけておるのではなくて、逆に脱税思想を奨励している政策になっている。そういうことがそこに出ているということ。それから、医は仁術という伝統的な思想が現在崩壊をして、医は算術だといわれておるので、そういう経済合理主義の上に立っておるならば、税法の改正もそれに沿うた計算によってやるべきではないか。 そうすると、答申によっても、その他の資料を見ましても、大体の必要経費は五〇%だということが、どれを見てもそうである。私はいろいろないきさつをあまり知らないので、率直に申しますけれども、五〇%が必要なる経費として常識になっておる。二〇%はおまけであるというふうなこと。それから、現在のそういう特別の恩恵を与えておるということも含んで、全国の医科大学に対する裏口入学が常識になって、大体一千万、二千万というものは医者をやっておる子弟の入学については常識的寄付になっておる。先ほども全般的に私は言ったのでありますが、この医学教育の矛盾というのは、日本の学校制度の矛盾の極限に達したもので、日本民族の中で優秀な貧乏人の子供は絶対に医者になれない。貧乏人の子供で医者になりたいという者の希望を全部奪ってしまっておる。そこまで矛盾が極限に達しておる。こういう七二%の特典というものは、医者の後継者養成の教育費が含まれておると私は見ている。一般の薄給の家計かち、年間五十万、六十万の学資を出して、子供の教育に汗しておる一般国民からいったら、それは問題になると思う。あらゆる点から検討しても、これは日本の税制、それから政治全体の公平の原則からいっても、来年度は検討すべきものがある。だれも反対するものはない。あるとするならば、医師会の幹部かもしれない。しかし、政治家を全部国民は支持すると思うのでありまして、この点はやはり明確に検討さるべきではないか。私は何も偏見も雑念もないものですから申し上げておるのでありまして、もう一度大蔵大臣の御見解をお聞きしたい。
○水田国務大臣 この問題は、御承知のとおり、昭和二十六年度でございましたか、医師の診療報酬とからんできめられた税制でございまして、当時、医師の要望する診療報酬というものに政府が同意できなかった。財政の事情によって要望に沿えなかったというようないきさつがあり、そのために、それでは税制としてこういう優遇措置を講ずるといってできた制度でございまして、もともとそういうところから出発したものでございましたので、以後、はたしてこの適正な診療報酬というものはどういうものかということで、常に議論を生んで、この制度の改正ができなかったことでございますが、ようやく最近において何回もの診療報酬の改善という措置も逐次とられてまいりましたので、したがって、この実情から考えましても、この制度については当然改善を加えていいのだということで、いままでは具体的な答申、意見というものは税制調査会からございませんでしたが、過去何回答申されても、そういうような問題とからんで実現できませんでしたので、今回は、それなら自分たちが特別の部会をつくって実行案をひとつ考える。それ以後の医師の診療報酬の改善のされ方とからんで、新しい具体的な現実的な案を準備するということで、いま取りかかっておりますので、この答申が得られたら、政府はこれを尊重して、今度こそはこの問題の解決をしたいというふうに考えます。
○山中(吾)委員 実現を期待いたしまして、次に移りたいと思います。 相続税の改正と贈与税の関係で、憲法の精神から見て、どうも改正をささえる思想に矛盾があるので一点だけお聞きしたいと思うのですが、相続税の場合について、配偶者に対する三千万までの非課税ですか、税の優遇と、在世中に配偶者に対して贈与した場合の贈与税の課税、ここに私は非常にアンバランスを感じておるので、どういう思想がこういう改正になったのか、この辺の当局のこういう改正の思想をひとつお聞きしたい。
○高木(文)政府委員 相続税におきまして、今回配偶者に対する相続分についての課税を軽減することにいたしておりますのは、やはり被相続人が在世中に社会的活動をしてある程度の財産を築いた。そのことは配偶者の協力といいますか、そういうことによる部分が非常に大きい。それがどの程度配偶者の貢献によるものかということは非常につかみにくいわけでございますが、多かれ少なかれ、被相続人の財産形成に配偶者が貢献したことは否定できないということが一点ございますし、それから被相続人の死亡があったという場合に、その死亡後の配偶者の生活というものを考えますと、むすこさんとか娘さんの相続という場合とは若干の差があってしかるべきであろう、ある程度の財産が被相続人の死亡後において配偶者の手に課税なしで残されてしかるべであろうという考え方でございます。 一つの考え方として、相続税は、ジェネレーションが変わる、子供の時代に移るのであれば、その段階で課税することにして、夫婦間では課税をしないことにしてはどうかという議論もあるわけでございますけれども、従来からそこは課税になっておりましたので、そこを一挙に改めるということにつきましては、はたして一般的な国民感情といいますか、そういうものに受け入れられるかどうか。たとえば三千万とか五千万とか一億という財産の場合と、さらにもっと大きな金額の相続の場合、いろいろ考えられますし、非常に大きな金額の相続の場合に、夫婦間であれば全く非課税にするということでよろしいのかどうかということについては、はたして一般の国民感情からいってそれを承認するような空気にあるとも言いかねると思いますので、やや憶病に、夫婦間相続だけをだんだん緩和していこうという思想でございます。 それに対して、贈与税につきましては、今回何ら措置をいたしておりません。それはどういうわけかという御質問でございますが、贈与税というのは、本来いまのたてまえは、相続税を補う税ということになっております。つまり相続税という制度がございましても、贈与について全く非課税ということにいたしますと、むすこさんに順次贈与していくということが行なわれれば、おとうさんがなくなられた段階において財産がもうないということになってしまいますから、そこで、相続税という制度がある以上は、それを補う税としてどうしても贈与税ということが必要だということになってまいります。そこで夫婦間につきましても、現在申し上げますように、緩和はいたしますが、相続税というものが今後ともあるという前提に立つ限りにおきましては、相続税を補完する意味で、夫婦間においても贈与税をやめるということはなかなかむずかしいわわでございます。そこで、しかしながら夫婦間と親子間においては、今後、相続税につきましてとりましたと同じような考え方で、若干贈与税について考え方を変えてもいいのではないか。ということは、従来からもいろいろ主張があったわけでございまして、現在、居住用の財産であるということを一つの前提に置きまして、三百六十万という夫婦間に限っての贈与の特別控除金額を置いております。いま夫婦間贈与について各方面からいろいろ御指摘がありますのは、三百六十万という金額が物価の上昇等に伴って少ないのではないかという問題が一点と、もっぱら夫婦間の贈与の特別控除額は居住用財産に限っておるけれども、居住用財産に限らないで一般の財産にまで及ぼしてはどうかという点、具体的には、その二つを中心にいろいろ具体的な御提案が各方面から参っております。私どもは、第一の居住用財産についての控除額の増額でございますならば、場合によりますと、いろいろの経済事情の変化とともに考えていくべきではなかろうかというふうに考えておりますが、第二の居住用財産以外の財産についての贈与について一般的に拡大することについては、実は非常に疑問を持っておるわけでございます。 その理由といたしましては、贈与はどういう場合に行なわれますかというと、一般的な贈与の場合は、私どもはかまわない、あまり神経を使う必要はないのでございますが、相続税が抜けるからというわわで高額に財産を持っていらっしゃる方の贈与は、非常に問題があるわわでございます。その贈与につきまして、さらにこれを居住用財産以外のものにだんだん広げてまいりますと、高額の財産をお持ちの方で、御主人が奥さんに贈与して、それをしかも非課税にしていくということになってまいりますと、実はそれが所得税の累進税率の緩和につながっていくという問題がございます。財産から生まれてまいりますところの所得につきまして、御主人だけが持っておられる場合には高い税率が適用になるが、それを奥さんのほうに渡すということになりますと、所得税の納税者は御主人と奥さんに分かれますから、そこで所得税の累進税率が実効上低く下がっていく、こういう問題が出てまいるわけでございます。 そういう問題がありますので、一般に贈与税を広げますことになりますと、相続税の補完税としての意味からいいましても一つの問題になるだけではなくて、所得税の累進制度、特に資産所得者の累進制度につきましては、いまでも必ずしも十分にいっておりませんので、いろいろな問題がありますが、さらに骨抜きになるようなかっこうになりますので、そういう意味からいいまして、贈与税制度を一般的に拡先することにつきましては、私どもいまのところ消極的であるということでございます。 ただし、かなりの年輩の方が、奥さんのために家を残しておいてやろう、自分に何ごとか起こるかもしれないから残しておいてやろう、あるいは子供に多少のものを譲ってやろう、将来自分に何ごとか突如のことがあった、交通事故その他で不幸があった場合に、トラブルが起きないようにということで少額のものを贈与したいということについて、どうもいまの程度の控除額では非常に金額が少ないものですから、すぐ贈与税に引っかかる、税務署に呼び出されるということで、トラブルが多過ぎるということはよくあるのでございまして、この点につきましては、今後は贈与税の基礎控除が少ないという面については、今後とも時期を見て拡充の方向で考えていきたいというふうに思っております。
○山中(吾)委員 いま質問しておるのは、夫婦間における財産権の移転に限定しているわけです。そういう限りにおいては、生きておる間に譲渡しても、死後において譲渡しても、夫婦間の関係からいえば同じではないか。三千万まで免税にするならば、死後の移転であろうが生前その人の意思によって移転しようが、同じように取り扱うべきものではないか。相続の場合だけを特に三千万まで免税、生きておる場合に三千万やると課税するというのは、夫婦間という前提の上に立ったときに、どうも私にはわからない、矛盾を感ずるのです。 私は、税法というのは非常にきらいで、いまだかつて見たことがなくて、女房の名前で家を買ってやって税金を取られて、そういう矛盾した税法があるかとびっくりして税務署長に電話したところが、税務署長は税法が古くて申しわけございませんと言われたので引き下がったのでありますけれども、ぼくは生きておる間に家内のために財産を移譲してやる、限界は三千万なら三千万、一千万なら一千万でいいが、その限界を前提とする限りは、そうすべきではないか。相続税より少なくするということが、どうも私には解せない。 そこで、どうしてだろう、旧憲法の時代にできた税法が母体で、一部改正改正で来ておるのだから、新しい憲法という精神に基づいて改正の方向をきめるべきでないかと思って、憲法とどういう関係にあるかを私は考えてみたわけなんです印そうすると、憲法の十三条に「すべて国民は、個人として尊重される。」とある。そのことは、個人の意思を尊重するということである。そして家族関係についでは、第二十四条に「財産権、相続」ということばを入れて、「法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」とある。この二つのものを頭に浮かべてみたのです。そうしますと、できるだけ個人の意思に沿うてこうという相続とか財産権の移譲というものを法律で定めるべきであるというのが精神である。国とか、あるいは第三者がかってに法律で推定をして、むしろおせっかいをしないで、個人の意思による制度が正しいのではないか。そうすると、相続税についても、遺言というもの、額に汗して一生かかってつくった財産を持ったその人間の意思に基づいてその財産の帰属がされるという制度が、憲法の精神ではないか。そうすると、遺言という制度が一番重視をされて、それを原則として、遺言のないときに最小限法律は推定をしてどうするかということを定めるというのが、憲法の精神から流れてくる家族関係の法律でなければならぬと私は思うのであります。したがって、相続財産の移転について免税という特典を与えるならば、私は本人の遺言のあるときだけに限定してもいいのではないかということをどうしても考えざるを得ない。したがって、生きておるときに自分の家内にこれをやるという個人の意思が明確である場合にこそ、むしろ免税にする一〇〇%の条件がある。相続の場合は、個人の意思不明のままに、かってに国が推定をして、大蔵省の主税局長がかってに何ぼまでは免税にする、何ぼはしないということの推定というのは、少しおせっかい過ぎるのだという感じがしたのです。 私からいえば、この二十四条の精神からいえば、相続制度というのは、やはり遺言原則によるべきだ。一代一代限りの財産というものが原則にあって、本人の意思によって、子供に分ける、親不孝の子供にやらない、放蕩者にやるかやらないかも本人の意思を最大限活用するような制度が一番いいのだ。そういうことを考えながらこの相続制度を考えるときに、国のほうが、三千万、四千万、五千万と、夫婦関係というものを一応一般論として推定をしてきめていくということについては、私は少し疑問があるような感じがする。そういう疑問があるにかかわらず、一方において、額に汗して獲得した財産を持っておる人の譲渡する意思の最も明確な生前の夫婦間の譲渡で、非課税を非常に低く限定しておる、意思が不明な場合の法定相続のときに非常に恩典を与えるということは、非常に矛盾を感ずるのです。私の考え方にどこか誤りがあるか。憲法と結びつけて、税法の改正の方向を——一般に夫婦は共同で財産をつくったからという事実問題だけでは、どうも方向というものが明確にならない。やはり憲法の精神と事実関係を結びつけて税法というものを改正すべきだと考えたので、こういう考えになっておるわけですが、いかがですか。
○高木(文)政府委員 今回の制度で、配偶者が相続いたします財産につきまして非課税になりますものは三千万ということになっておりますが、それは三千万が限度ということでございまして、具体的に幾らまで非課税になるかと申しますと、まさに山中委員御指摘のように、遺言によって配偶者に譲られた財産、あるいは相続人相互間の合意によって分割額がきまりますが、その分割されました財産の額、それが非課税になるということでございます。ただし、たとえば一億なら一億の財産がありますけれども、その一億を子供には一文もやらないで全部奥さんに渡すというふうに遺言がありましても、それは今回は三千万円までにいたします。三千万円というのは頭打ちの金額でございますから、本来の精神としては、おっしゃるように、遺言で渡された財産の額、もしくは遺言がなくて相続人間で合意をして、おかあさんが幾ら、子供さんが幾ら、こう分けました場合、そのおかあさんが受け取られた額が二千五百万であれば二千五百万ですし、二千万であれば二千万である。ただし、それが三千万をこえましても三千万円までございますよというのが今度の制度でございますから、これを法定相続分によるとかという関係にはないので、最高限度額を三千万円に押えておる、こういう関係でございます。 そもそもそういうことをしないで、遺言なり分割なりで自由にさせてやったらいいではないかという御議論が、あるいは出るかもしれないと思います。三千万円で頭打ちにしてしまわないで、遺言で一億でも二億でも渡したものは全部非課税にするというところまで踏み切ってしまったらどうかという議論はございますが、これは従来は、たとえば子供さんがおります標準的な場合の相続ですと、一千万円までしかその額が認められていなかったものですから、それを今回の改正で一挙に無制限ということにいたしますのもいかがなものであろうか。非常に高名な財産家の方がおなくなりになって、奥さんが財産を受け取られた、遺言を開いたら全部妻にやれということになっておるからといって、それを全部全く非課税でいいかどうかということにつきましては、若干疑問がございますので、先ほどもちょっと触れましたように、くどいようでございますが、とりあえず三千万円までということで限度を置いたという意味ございますので、相続の中にまで介入しようということではないわけでございます。あくまでも遺言と相続人相互間の合意によりますところの遺産の分割額を限度とするということでございます。
○山中(吾)委員 半分ぐらいわかったようなんだが、私は遺言制度を奨励するような改正であってほしいという頭なんですよ。個人の意思を尊重するという憲法の精神が発展するような方向の法律改正が望ましいから、したがって、遺言のときには六千万円までは免税、そうでない場合には三千万円とか、そうなら論理的にわかる。局長の話は、何かごまかされたような、わけがわからぬような感じがしたのだが、そうでなくて、要するに遺言による場合も遺言によらない場合も、三千万が限度なんでしょう。そこに何か疑問があることと、それから、最も意思が明確な、生前に、自分の家内にやるのだ、苦労をかけたので愛情をもってやるのだというときに、今度は三百何ぼですか、それを非常に少なくしているというのは、意思が明確なときには優遇が少なくて、むしろ不明確なときに優遇しておるということは、憲法の個人を尊重するという思想からいって、改悪になる。やはりすなおに、国会で承認した憲法なので、現在第九条を中心に改正反対、賛成はあっても、全体の基本的な憲法の哲学の上に立った改正というものを、法改正の場合には絶えずその原点に戻って論議をしなければ、力関係によって便宜主義的になると思うので、申し上げたのです。いまの説明で経過は大体わかりましたが、どうですか。
○高木(文)政府委員 遺言につきましては、憲法上遺言を非常に尊重するといいますか、高く見ることにしておることは、よく存じております。ただ問題は、私どもも不勉強で、ただいま御質問を受けて不勉強であることを感じたわけでございますけれども、はたしてそれでは、遺言を奨励すべく、税制の上においても、もろもろの面において、遺言の場合と遺言でない場合において差をつけるべきかどうかということについては、率直に申しまして私、勉強が足りませんので、よく勉強をしてみたいと思います。 それから第三点の、本人の意思によるべきであるから、その意味からというと、生前の贈与については、まさに遺言どころか、本人の意思がはっきりしているのだから、それをもっと尊重したらどうか、こういう御説でございますが、その点については、別の角度で私ども若干異論がございますのは、先ほども触れましたが、贈与をされます財産が何か新しく所得を生む財産であるか、そうでないかによって、だいぶ話は違ってくると思うのですが、たとえば住む家であるとか、あるいは指輪だとか、骨とう品的なものであるとか、そういうものである場合と、事業用の資産である場合とによって、違ってくると思うのですけれども、事業用の資産である場合には、それが今度は所得を生むことになりますから、生在中に、いままで御主人だけの所得でありましたものが、御主人と奥さんとに所得が分かれますと、現在の日本の所得税は、夫婦合算をいたしません。稼得者単位と申しまして、夫と妻が別々に所得申告をするたてまえになっております。国によっては、夫と妻の所得税はまず所得を合算するという所得合算制度をとっている国がございますが、そういう国であれば問題はありませんけれども、日本は、所得が夫と妻が別々であれば、別々に所得税を納めることになるものですから、そこで、夫と妻に資産が分かれますと、所得税は安くなる。こういう影響がございますので、単純に贈与税だけの問題として片づけていかない。そこで、そういうふうに資産性の、所得を生むような財産であるか、所得を生まないような財産であるかによっても、違ってくると思います。そういう点がございますので、贈与税問題はいろいろめんどうな問題があるということを申し上げておきたいと思います。
○山中(吾)委員 まあ研究してみてください。 大蔵大臣、どうですか。こういう論議について、これは立法論も含んでおるものですから、傍聴しておった大蔵大臣の見解を聞いておきたいと思います。
○水田国務大臣 私は、生前の贈与と死後の相続というものについては相当性質が違うものでございますので、いま程度の区別がある程度あってしかるべきだと思います。いま言われましたように営業用の資産とかいうようなものでないものでございましたら、一方相続税のほうの非課税限度が非常に多く上がったということに対応して、生前贈与の控除額も均衡をとって今後上がってもいい、そこらについては、今後十分検討する問題があろうと思いますけれども、そうでなければ、いまの所得税との関係そのほかの問題で、現行税法としては、なかなか問題が多い。やはり相続税とは区別して考えなければいけないというふうに私は思います。
○山中(吾)委員 大蔵大臣と大いに論争しなければいかぬのですが、時間がないのですが、大体相続制度というものは家族制度の制度ですね。したがって、本人の意思にかかわらず、法律がかってにきめた制度だから、個人の意思を尊重する憲法からいって、たてまえからいって、個人の意思を尊重するという基本原則の上に立ってば、相続は遺言主義により、本人が大学に全部財産を寄付するというなら、それを認めるような制度が理想だと思うのです。したがって、個人の意思が明確であるかどうかを中心として論議をするときに、生前、死後というものはやはり一貫した原理に立つべきだと私は思っているのです。まだ大臣はいまの論議ではそういうことを頭においてものを考えておられないようですから……。
○水田国務大臣 そうじゃありません。個人の意思を尊重しないということじゃなくて、個人の意思を尊重する形で民法が改正されるとか、憲法でどういうふうに保障されるとか、これに税制が干渉しようというふうに考えているわけではございません。そういう個人の意思を尊重する法制ができておっても、それに対して相続という事実、生前贈与という事実に対して無税であっていいかどうかということが税法の問題でございますので、やはり財産の相続については相続税という税制があってしかるべき、生前贈与については贈与税というものがあっしかるべきという、税があってしかるべきという立場から見ますと、税の限度をきめるという場合にこういう措置をするということをきめるので、それが個人の意思に干渉するという行為とは別なのでございますから、それはそれとして、公平な原理で処理すればいいんじゃないかと思っております。
○山中(吾)委員 いま夫婦間に限定して論議しているものですが、一般論となってしまったものだから、これは時間がないので保留します。 次にもう一つ、所得税法の一部改正で一点だけ、これも私、すなおに憲法の精神に基づいて批判をして、疑問があるのでどうしてもお聞きをしておかなければならぬと思うのだが、今度の改正の中はに、扶養親族のない場合の寡婦控除ですが、これも死に別れと生き別れに分けておるということ。死に別れの場合に適用して、生き別れの場合は適用していない。これも憲法二十四条の精神その他も含んで、何か法律のその思想が古い。なぜ区別をしなければならぬのか、どうしても私としては理解がしがたいので、説明してください。
○高木(文)政府委員 御存じのように、現行の寡婦控除の制度は、扶養親族をかかえあるいは子女を養育しつつ所得を稼得するという場合には、一般の方よりも余分に支出を余儀なくされるであろうということを前提といたしまして、そこで経費がよけいにかかるであろう、生活費がよけいかかるであろう、家族控除、扶養控除だけでは不十分であろうということで現行制度ができておるわけでございます。そこで、従来は、扶養しておりました家族が一本立ちをする、子供がおとなになって一本立ちをするということになりますと、そういう追加的経費というものの必要性というものが全くなくなるということはあるいはないかもしれませんが、かなり減殺をするということから、扶養親族があるかないかということで寡婦控除の適用の有無をきめておったわけでございます。 それにつきましていろいろ御批判が出てまいりまして、寡婦の場合には、扶養親族の有無にかかわらず、やはり夫を持ち妻を持ちする場合と比べて経費がかかるのだ、扶養親族がなくても、どうしても単身で所得があるという場合には経費がかかるのだ。よってもって扶養親族である子女がいわば一人前になって所得を得るようになったからといって直ちに寡婦控除の適用除外ということにするのはいかがなものであろうかということが、今回問題になったわけでございます。 そこで、扶養親族のない寡婦について、どういう場合に追加的経費がかかるか。これはもっぱら婦人の所得者の問題でございますから、婦人の所得者のポジションをいろいろ考えてみますと、そういう寡婦のほかに、結婚経験のない方もあるわけでございます。そういういろいろな状態にあるいわば世の中において、お気の毒といいますか、何らかの意味において生活力が弱いといいますか、そういう方々がいろいろある。いろいろな環境の方があるわけでございますが、どういう方の場合に追加的経費がかかるであろうかということを比較してみました場合に、なかなかどこまでがどういうふうに追加的費用がはっきりかかるということがきめ手がないわけでございまして、そこは相対的なものだといわざるを得ないと思います。 そこで、今回扶養親族がなくとも寡婦控除を適用いたしましょうということで範囲を拡大するにつきましては、まあいわば、これまた非常に主税局一流の憶病な言い方でございますが、最小限度のところからという意味も含めまして、夫と死別をされたという場合の家庭の事情を考えてみますと、確かにいろいろな意味で追加的経費、普通の場合に比べて追加的経費がかかるということが多いであろうというふうに考えまして、そこの部分に限っては今回は扶養親族がなくとも寡婦控除を適用することにしてはどうかということにしたわけでありまして、実を申しますと、生別の場合と死別の場合と全く結婚歴のない方との間でどういうふうに追加的経費が違うかということについて、実は詳細なる実態を把握しているわけではございません。そういう意味で、ただいま御指摘のような点からいいますと非常に問題があろうかと思いますが、三者の中では、やはり生別の方に比べ、あるいは結婚歴のない方に比べまして、結婚歴があり、かつ、死別の方の場合は追加的経費が多いのではないかという判断に立ったわけでありまして、それ以外の意味はないわけでございます。
○山中(吾)委員 そういう法律をつくる思想が、ちょっとおせっかいじゃないかと思うんですね。一般的に、死別したときのほうが非常に苦しいんだ。酔っぱらってしょうがなくて、家、財産を売り飛ばして、そうしてやむを得ず離婚をしたなんていう生き別れがたくさんあるんですね。そんなよけいなことを推測をして、そして法律できめてしまったならば、今度は生き別れの不幸な者は適用にならないんじゃないか。ですから、そういう思想の奥に、何か古い、生き別れというのは精神が悪いんだ、そういう者は保護する必要はないんだ、そういう思想がどこかにやはり潜在意識にあって、こういう改正法ができるのではないか。この法律の奥にひそむ思想が、私は、どうしても問題になる。そして皆さんのほうで法改正の要綱を出しておる中に、やはりまだ「扶養親族のない未亡人」ということばを使っておる。生涯一夫、二夫にまみえずという思想があって、夫が死んだあと未練がましく生きておるというのが未亡人、そういう歴史的語感を持ったものが要綱の説明にわざわざ使われておるという思想、大蔵の思想は少し古いですね。どうせ改正案を出すならば、もう少し一般的な場合を推定——事実合わないですよ。だんだん合わなくなっておる。生き別れのほうが、不幸な者がだんだんと多くなっておる。そういうことも考えるし、適用についていろいろ限定は施行令その他であっていいと思うんですけれども、この限定、生き別れの者を排除するという法律は、改悪ではないか。どうも大蔵省というのは、一千年も前の大宝律令のころのままだから、古過ぎると思う。文部省と司法省というのは明治維新からで、ほかは全部改まっている。もう少し角度を変えて立法作業をされることを考えるべきだと思うのです。法というのは、完全主義でなくても、また一部改正で改めてもらえるのですから、絶対的な論議としては私は論議をしないですけれども、どうも読んでみて、新しい憲法感覚から見たときに、少し角度を変えて改正法というものは吟味をすべきではないかということを痛感したので、申し上げたのであります。これ以上またやりとりする気はありませんが、やはり改正の方向については間違いのない方向に持っていくように、そしていろいろ毎年度改正して、気がついたときは収拾がつかないような法体系にならないことを切望して、私の質問を終わります。
○齋藤委員長 次回は、明十七日水曜日、午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することといたし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時四十四分散会