公害対策並びに環境保全特別委員会 第15号
- 発言数
- 145 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1972/05/12
会議録
○田中委員長 これより会議を開きます。 この際、おはかりいたします。 ただいま本委員会において調査中の公害対策並びに環境保全に関する件、特に休廃止鉱山の鉱害問題につきまして、昨十一日、商工委員会から、連合審査会開会の申し入れがありましたので、これを受諾するに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 なお、連合審査会開会の日時につきましては、委員長間において協議の上決定いたします。 ————◇—————
○田中委員長 次に、参考人出頭要求に関する件について、おはかりいたします。 内閣提出の大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案並びに島本虎三君外七名提出、公害に係る事業者の無過失損害賠償責任等に関する法律案の両案審査のため、参考人の出頭を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 なお、参考人の人選及び出頭日時等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 ————◇—————
○田中委員長 内閣提出の大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案並びに島本虎三君外七名提出、公害に係る事業者の無過失損害賠償責任等に関する法律案の両案を一括議題とし、審査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。島本虎三君。
○島本委員 前回、意を尽くせぬままに、時間その他の理由によって退席の余儀なきに至りました。その際、どうしても聞いておきたい点が若干残りました。若干の時間ですが、それをひとつ解明しておきたい、こう思います。 まず、法案の適用範囲の点になります。この適用範囲は、生命、健康被害に限定され、大気と水の汚染の被害に限定され、原因物質も、これは排出規制の有害物質に限定され、また原因行為も、これも不遡及の原則、こういうようなことによって、排出行為も限定されておるわけであります。こういうようにして見ますと、やはり規制対象物質の被害、こういうようなことに対しては、十分また長官、これは考えなければならないような問題がここにあるわけであります。そうすると、政府案によりますと、規制対象の物質、これは一定物質がきめられておるようであります。このきめられておる物質を排出することが許されているのかどうか。これは通産省のほうにも、以前から特定工場における公害防止組織の整備に関する法律、こういうようなものもできておるのでありますが、しかし、それによってみましても、大気、水、こういうようなものに限って、いま出されている政府案によっても、この規制対象の物質というようなものを排出することに対しては、通産省のほうではどういうふうに扱っておりますか。
○森口説明員 先生御存じのとおり、いろいろな有害物質につきましては、大気汚染防止法、水質汚濁防止法で有害物質の排出の限度がきめられております。したがいまして、その限度を越えますような排出につきましては、当然大気汚染防止法、水質汚濁防止法によって処分の対象となるところでございます。先生が先ほどおっしゃいました特定工場における公害防止組織の整備に関する法律は、排出物の規制を目標とするものではなしに、一方では、規制措置によりまして工場等からの排出を厳重にチェックしておるわけでございますが、他方、工場側におきまして、公害防止に関する組織が完備しておりませんと、ともすれば有害物質が流れ出るというようなきらいがございますので、さきの通常国会におきまして申し上げましたこの法律案を御審議願いまして、特定工場におきましては、公害防止管理者等の技術者を工場ごとに置きまして、公害防止に遺憾のないようにしようというのが本法律の趣旨でございます。 なお、本法は本年の九月からいよいよ本格的に施行をされるというようなことになっておりまして、施行に備えまして公害防止管理者等の国家試験を昨年実施いたしましたが、本年さらにもう一度実施をいたしまして、公害防止管理者等の充足に現在意を用いておるところでございます。
○島本委員 わかりました。そうすると、この規制対象物質を排出するということは、当然工場そのものでも排出させないがために管理者も置いておる。それは直罰主義をとってでもその問題を十分管理しているということになると、列挙されているこの規制対象物質の被害は過失認定ができるということになりますから、そうすると、この場合には無過失ということには少し縁が遠くなるのじゃないか。したがって、この発生当時に規制の対象外の物質による被害こそ本法立法の必要性が認められるということになって、政府案によって初めから列挙しているものは出してもいいということになっておらない。そしてそういうようなものに対しては管理者を置いてちゃんと取り締まっておる。直罰主義をとってでもこれは厳重にしておる。これらのものが流れ出たことによって無過失だということはちょっと解せないのじゃないか。無過失賠償責任法というならば、これは当然規制の対象外の物質によってでも被害を与えられた場合には、やはりそのものに対しての因果関係を究明しないでもやれるところに無過失の意義が存在するのではないか、こう思うのでありますが、政府案によると、これは有過失ということになって、無過失の名前からちょっとほど遠いのじゃないか、こういうふうに——意味はおわかりだと思いますが、この点では少し私自身疑義があるのですが、いかがでしょうか。
○大石国務大臣 ただいまこの両法案の改正の中に入れてあります物質は、水質汚濁並びに大気汚染防止のために規制をしなければならない物質が入っているわけでございます。それ以外の有害な物質がいろいろあるじゃないかというのですが、まだわかっておりません。それ以外の有害な物質があれば、当然これは無過失の法律に入る以前に、大気保全並びに水質保全の両方の法律の中で十分規制したはずでございます。われわれはそういう有害な物質をできるだけ排出させない、できるだけこれを減少させようという方針でおるわけでございますから、少なくとも人間の健康に影響を与えるような物質は全部中に取り入れまして規制してございますので、いまのところはやはりそのようなすべての物質が無過失の法の考え方に入っていると私は思います。さらに、もちろん今後新しい、われわれがいま考えられないような有害物質は出てくるかもしれません。出ないほうが一番望ましいわけでありますが、出てきた場合には、当然、できるだけ早くそういう物質をこの規制対象に取り入れるわけでございます。 それから、もう一つは無過失というのでございますが、もちろん過失であるということがないように、できるだけ被害を国民に与えないようにというわけで、われわれはいろいろな規制をいたしてこの物質の排出を押えているわけでございます。したがいまして、それはそれぞれの企業においては、いずれもわれわれが認めている規制内の排出をいたしておると思いますが、そういう場合におきましても、そういうものが多数集合いたしますと、ある程度の濃度を越えまして、それが集中して今度ある個所に集まってまいりますと、健康被害を起こし得る可能性が十分ございます。ですから、そういう場合にも、当然われわれは、いままでは救済できなかったそのような被害者に対しても十分救済の手を差し伸べようという考えでこの法律をつくったわけでございますので、御了解いただけたらと思います。
○島本委員 現在、公害を発生しているこの現状は、それぞれの工場は全部違反を起こしているというふうに、私ども全部一律には考えておらない。しかし、やはり規制する対象物質というようなものは規制されております。排出してはならないような措置も講じさせております。しかし、やはりそれを守っていても、なおかつ公害が発生しているのが現状なんです。そうすると、いまのこの政府案のとおりにまいりますと、行政上の規制を、いわばきめられたとおりの規制を順守しておればこれは民事上の責任を免れるものである、こういうふうな考え方になってしまうわけであります。しかし、現在の公害は、もうちゃんと排出基準を守っていながらもこれほどの公害が発生しておる。こういうようにしてみますと、やはりこの行政上の規制を順守しておればこれは民事上の責任を事業者は免れることができるのだというような考えの上に立っておるとすれば、これは現実無視だ、こういうようなことになりはせぬかということを私はおそれますが、これについては、現在の公害発生の現状から、大臣はどういうふうにお考えですか。
○大石国務大臣 いま、御承知のように、大気汚染のひどいところは、やはり必ずしも全部の環境が、大気汚染の現状が環境基準の以内にあるとは限りません。また、やはりよごれる面もございます。これは当然、一つは、まだ必ずしもすべての企業が十分な規制を守っていないでいるものがあるとどうも考えられるわけでございますが、もう一つは、かりにみなが守っているといたしましても、やはりいま言ったように、いろいろな煙突からたくさんの煙が出て、いろいろな気流なんかの関係で、あるところに集中しますれば、やはりそこの汚染度が、濃度が高まってくるということもあり得るのでなかろうか。とにかくいろいろな原因があろうと思いますが、そういうことでいろいろな方面から、それがどのようなことで高まっているのか、それを確かめなければなりません。それをできるだけ直していくためにわれわれはできるだけ排出基準をきびしくいたしまして、また地域によってはその上乗せをいたしまして、硫黄酸化物は必ずしも上乗せできませんが、できるだけ上乗せをして、そうしてできるだけ環境をよくしているのが現状でございます。みな基準は守っている、基準を守っておいてもそこに健康被害者が出るとなれば、いままでの法律ではこれは救いようがなかったのです。ですから、今度こそ無過失でそういうものを押えていこうということでございますから、決してこの法律が無意味なものではなかろうと考える次第でございます。
○島本委員 したがって、物質を限定してしまえば、それ以外のものには及ばないということになったなら、いま長官のおっしゃったことは適用できない。ですから、そういうような考え方に立てば、無過失が必要なところには政府案によって無過失のそういうものが及ばないということです。やっぱりこれは現実離れしていはせぬか。
○大石国務大臣 私、先ほどお答えしましたように、有害であると考えられる物質は全部ここの中に入っております。もしさらに有害であってこれに入らないというなら、それこそいままでの法律の怠慢です、これは。われわれは有害の物質をできるだけ規制するために大気汚染防止法をつくったのでございますから、そこの中にはいままで考え得る有害な物質は全部包含されているはずでございます。そういうことで、私は、いま予想されないが、将来発生するものがあれば、それは別ですが、少なくとも現在考え得る、健康に被害を与えられると考えられる有害な物質は全部入っておるはずでございます。
○島本委員 では事務当局、そのとおりに解釈していいですか。たとえば、現在わかりませんが、これからそういうようなものが発生するおそれがある煙突から出るすす、こういうようなものは絶対無害だと言えない。しかしやはりそういうようなものに対してでも、有害であるというものを全部禁止する、こういうようなことになっておりますか。
○船後政府委員 大気汚染防止法と水質汚濁防止法の系統で、健康あるいは生活環境に悪影響を及ぼすということで取り締まりの対象となっておりますのは、先ほど長官がお答えいたしましたとおり、現在の時点におきましてわかり得る限りのものを拾っておるわけでございます。先生ただいま御指摘のような、たとえばばいじん、粉じん等につきましても、これは規制対象物質になっておるわけでございます。また今後科学の進歩等に基づきまして、新たなる物質、これが有害であるということになりますれば、当然取り締まりの対角に追加されるわけでございます。
○島本委員 これは大事なことですから念を押しておきますが、それが原因でいわゆる公害を発生し得るおそれがある原因物質だというやつは全部余すことなく網羅してこれはもう対象にしておる、こういうことにいまはっきり理解しておいていいのですね。
○船後政府委員 現在の時点で有害であるという物質につきましては、いずれも規制の対象になっておるわけでございますが、なお新しい物質につきまして問題になっておるものはあるわけでございます。それらのものにつきまして規制対象物質にするかどうかということにつきましては、これは絶えずわれわれのほうで検討を続けておるところでございます。
○島本委員 念のためにそれらの物質を書いた一覧表をひとつ出していただきたい。
○田中委員長 いまのこと、わかりますか。一覧表出してくれということ、出せますね。
○船後政府委員 現在検討いたしております物質等につきましては、資料でもって御報告申し上げます。
○島本委員 それによって病気になると思われるようなおそれがある物質は全部包含されておるとするならば、私は了解しますが、そうでない限りにおいては、ただいままでの答弁は、現在の公害の発生状態、進行の状態からして、私はそれは認めるわけにはまいらないのであります。 それと同時に、次には、重要であり十分詰めが足りなかったのは因果関係の推定部分の削除になりますが、結局はこれはいろいろな判決を通じて定着してきつつある。たとえば新潟水俣裁判の判例なんかによって定着しつつあるようなこういうようなものについても、今度は削除したことによって訴訟をしたことによって訴訟を化学論争のほうに巻き込む。当然そうなると長期化する、こういうことになり、結局企業側に有利なことになりやせぬか。被害者の救済に不利になって、そうして企業側に有利なことになりやせぬか、このことをおそれますが、こういうようなことのないということの解明を願います。
○大石国務大臣 それはやはりそういう因果関係の推定の条項があろうとなかろうと、結局は裁判官がこの因果関係を推定することになります。そういうことですから、必ずしもこれを削ったからといって——そういう因果関係の推定の構想は初めから一部のわれわれの構想の中にはありましたけれども、法律にそういうものがあるとかないとかということは、これは途中の経過の問題でございまして、現実の案そのものは、前にあったものを削ったというものではございません。われわれが最終的に出しましたこの法案で皆さまにお目にかけるわけでございまして、法案をきめるまでの段階においては、因果関係の推定条項も入れようかとか入れまいかとかいういろいろな段階がありましたけれども、現実に出た最終案がいまお手元の法律案でございますから、決して前からあったものを削ったというものではございません。裁判官がその因果関係の推定をされる場合には、別にそのことは決して規制することにはならないと私は思います。
○島本委員 少なくともこれをもって無過失賠償責任法案である、こう言う以上は、これによってもうすべての無過失のサンプルは、いま政府側で言う水質並びに大気二法の改正法案、その改正法案の中に推定規定を入れない、いままでやっていた判例、下級裁判の判例、こういうようなのが出ておりますが、それは推定によってやっておる部分も相当に多いわけでございます。今度は推定を新たに入れないということによって、推定はだめなんだ、こういうような一つの論拠に立てば、いろいろな判決を通して定着の方向を示してきたいままでの方向に対して、削除したということによって、結局は訴訟を今度はまた長い長いあの化学論争のほうに巻き込んでいって長期化するというふうにこれは解釈されることは当然だと思います。解釈しなくてもいいんだということをはっきりここで例証するというのでなければ、やはり私が言ったように、これはいわゆる長期化してしまうようなことになる。いわば化学論争に巻き込まれることになる、こういうようなことをおそれるのです。ですから、いままでの場合は、水俣の場合には完全に原告に対しては企業側が排出していないという証明のない限りは因果関係があるもんだ、こういうのがもうはっきりした新潟の判例ですね。いままでやった行為ですね。ですから、これはもう推定ですよ。これはもう推定規定入れないのだ、入れないのに推定したのは悪いじゃないかということで、結局はもう化学論争に巻き込まれる、こういうことになってしまうのではないが……。
○大石国務大臣 もう少し具体的なことは法務省から御説明申し上げますが、私考えてみまして、きょう、はなはだ恐縮ですが、島本委員はいままで因果関係の推定があったというようなお考えからこのような議論になられるのじゃないかと思うのです。われわれは、因果関係の推定というものはこの法案で一切触れてないのです。それは裁判所の判断することでありまして、一切触れておりません。ただ、われわれお互いに法律案をいままでつくってきます経過においては、そのような考え方はわれわれは取り入れたのでありますが、それはあくまでも内輪のことであって、一切これは表に関係のないことなんです。ですから、いままでは推定関係の条文があったのを削ったとかということになれば、なるほどこれは問題になりますけれども、裁判所がおやりになることはそのとおりで、われわれは一切触れていないのです。初めからあったものを削ったのではございません。ですから、何もいままでの裁判のやり方を一切左右するものではない。いままでの裁判の前例となってこれが固まっていくのではなかろうかと私は考える次第でございますが、なお法律的なものの考え方は法務省からお答えさせたいと思います。
○古館説明員 因果関係の推定の規定につきましては、この法案においては何もきめておりません。きめていないということは、この因果関係の推定を禁止しているということにはならないかと思います。もしきめていないことが因果関係の推定を禁止しているということになりますと、先生が御提案なされております法案におきましても、ここできめられている因果関係の推定の要件を満たした場合にのみ推定が許され、そのほかの場合には推定は一切許されないというふうに解釈される余地もあろうかと思います。先生もこういうことはお考えになっていないだろうと思います。そういうことで、因果関係の推定についてはこれは規定されておりません以上、裁判手続といたしましては従来どおりかと思います。 民事裁判におきましては、裁判官は事実の認定にあたりまして、自由心証によりあるいは経験則の適用によりまして間接事実から直接事実を推測する、認定するという事実上の推定が行なわれております。これは事実認定一般について民事裁判では行なわれております。といいますのは、本来民事裁判の場合には、権利義務の発生、変更、消滅ということが問題になるわけでございますけれども、これを確定するためにはまずその要件であります直接事実の存否、この主張立証が問題になります。この直接要件、直接事実、この立証がなされました場合に、初めて主張されている権利の発生、変更、消滅という効果が認められるわけでございます。しかし直接事実、この立証が非常にむずかしいという場合に、先ほど申しましたように、裁判所では自由心証あるいは経験則の適用によりまして、間接事実から直接事実を推測するという事実上の推定が行なわれているというのが訴訟手続の一般でございます。したがいまして、公害の場合にも加害者の行為によって損害が発生したという因果関係の存否につきましては、この立証は非常にむずかしかろうと思います。そういうことから、裁判所も先生御指摘のように、たとえば富山のイタイイタイ病あるいは新潟の水俣病事件では、この因果関係の存否につきましては、事実上の推定の手法によりまして因果関係を認めておるということになっておるわけでございます。したがいまして、こういうような手続は、この法案でそういうことはしてはならぬということを規定しておりませんから、従来どおり認められていくだろうというふうに考えます。
○島本委員 従来どおりに認められているものであるというようなことに対して、いろいろと説明があったわけでありますが、従来どおりに認められているのであれば、結局判例または新しい学説、こういうようなものがだいぶ進歩して、これがまた裁判なんかに使われておりますから、そういうものもはっきり、何のおそれもなくそのものに適用できるように、十分今後取り入れられるように配慮があっていいわけである。そういうようなものは全部遠慮なしに取り入れられるのだ、心配は全然ないのだ、こういうようなことを、この際はっきりしておいてもらいたい。われわれはこの法律の中でそれを認めるわけにいかないわけです。ですから、その点が心配だからいろいろ聞いているわけです。ただ、社会党の野党案のほうにもそれがあるじゃないか。野党案のほうでははっきり因果関係の推定によって、これがぴちっと出せるものはそれによってやって、被害者のために早く、なおかつ有利にということにやるわけでありますから、そういうこともいろいろ同じじゃないかという考え方こそおかしい。それと同時に、物質、物理、いろいろございましょうけれども、この法律の中で特に私どものほうとして聞いていて、前回から少し聞き漏らしたことがあるのです。しかしこの問題についてはこれで私は納得したわけではございません。まだまだ十分でない。それで、不法行為について民法の適用。鉱業法については百十三条で認めておるようでありますけれども、過失相殺の考え方、公害の場合には過失相殺ということについては法務省のほうではどういうふうにお考えですか。
○古館説明員 民法七百二十二条の二項におきまして、不法行為の場合に、被害者に過失がありますと、損害を算定する場合にその過失をしんしゃくするというような規定がございます。この趣旨は、要するに公平の見地からいたしまして、加害者に全額の賠償を支払わせる、つまり被害者に損害額全額を認めるということが公平の見地から非常に問題であるという場合に、その過失をしんしゃくいたしまして賠償額を適正に算定するという趣旨かと思います。そういうことになりますと、無過失責任をとった場合も同じでございまして、公平の見地から被害者に損害額の全額の支払いを認めるということが相当ではないということもあろうかと思います。そういう場合に、公平の見地から被害者の過失をしんしゃくする、そして損害額を算定するということもまた適当かと思います。そういう趣旨から、公害の場合でも過失相殺の理論規定が設けられても、これは何も被害者に不公平、不利益になるというようには考えておりません。
○島本委員 公害の場合に限って、被害者というものの責めに帰すべき事由というものは何だと考えられますか。公害の場合には被害者は受けるだけであって、これを相殺されるような事由というものがあると考えられますか。あるとするならばどういう場合が想定されますか。
○古館説明員 無過失責任が認められますと、過失相殺の場合の被害者の過失の比重、これは少なくなるだろうと思います。そういうことですから、そのような過失を考慮するということも、その過失のほうについては一般的に低くなるだろうと思います。ですから、一般的にどういう場合に被害者の過失があるのかということは、やはり民法の場合よりは狭くまた限定されるだろうと思います。そういうことになりますと、たとえば加害者との間に被害者が立ちのきの特約ができまして立ちのき料ももらった、それにもかかわらず立ちのかないで被害にあったというような場合には、被害者に過失があったという場合になろうか、その結果過失がしんしゃくされて損害額が算定されるということになろうかと思います。
○島本委員 公害の場合には、住民がそこにおって事業活動によっての被害です。そうすると、そこの被害を受けて被害者が相殺されるような、被害者の責めに帰すべき事由は一つもないはずなんです。それが相殺される事由になった。それも立ちのき料をふんだんにもらって立ちのかないからそれは相殺されるのだ。それは別じゃありませんか。もらってしまって、当然そこに自分が義務行為が発生している。それをもって、それは相殺行為だというのは、考え方自体が違うのじゃありませんか。これは被害者の場合には、その責めに帰すべき何ら事由がないのに、やはりこの過失相殺の考え方を取り入れられているということは、この法律の加害者、事業者に有利にこれを持っていこうとする一つの意図のあらわれじゃないか、こういうように考えられるわけです。しんしゃく規定においても同様です。この点、そうじゃないということの解明ははっきりしてもらいたいのです。
○古館説明員 この二十五条の三でも被害者の責めに帰すべき事由があったときはしんしゃくするというふうに規定されてあります。したがいまして、先生のおっしゃるように被害者の責めに帰すべき事由が全くないという場合にはしんしゃくされないこと、これは当然でございます。 どういう場合に被害者の責めに帰すべき事由があるというふうに言えるのかという場合に、私が先ほどお話ししましたように、この場合というのは非常に限定されるだろうというふうに考えます。しかしそれは絶対ないかというとこれはないということも断定できないだろう。どういう場合に当たるかというのは、先ほど例を一つ御紹介いたしましたけれども、そういった例につきましては、これからの具体的な裁判を通しまして明らかにされていくだろうというふうに考えております。
○島本委員 ちょっと申しわけないのだけれども、時間だそうですからなんですが、ここの問題点です。私どもはそういうふうな一つの余裕を持った規定だといいながらも、その中では結局、たとえばイタイイタイ病のような場合には、はっきりそれによって死んでいるということは政府も認めている。しかしそれとても、どこかにこれは栄養のとり方が悪いからそういうようになったのだ、こういうようにいうと、そこにもおまえらの不注意、これもあるじゃないかというふうにこれは利用されたら、患者はたまったものじゃない。それと同時に、工場があってそのそばに自分の土地がある、その土地に家を建てた、工場があるのをわかっておって、おまえ、ここに来て被害を受けたんだ、こういうようなことだったら、これは相殺に値する。こういうようなことでやられたら、被害者はたまったものじゃない。むしろそれを十分考慮したといいながらも、これは悪用されるおそれは十分残した法律じゃないか、こういうように私はおそれるわけです。この問題は少しでもこういうようなことがあっては被害者の救済にならないと思う。長官、どうですか、これは。
○古館説明員 先ほどもお話しいたしましたように、この過失相殺と申しますのは公平の見地から認められておる制度でございます。しかも先ほどもお話ししましたように、無過失責任をたてまえとしております。したがいまして、その過失のある場合というのは非常に限定され、要件はきびしくなろうかと思います。したがいまして、先ほどの御紹介がございましたような、栄養分が十分でないとか、たまたまその被害者が工場のある付近に移転してきたというような場合に、当然このしんしゃく規定に当たるかといいますと、そのような場合には一般的には当たらないだろうと思います。その辺は公平の見地から、またこの無過失責任法案の趣旨から個々の事案を通しまして裁判所が判断するだろうというふうに考えております。
○島本委員 まだ意を尽くしませんのは残念ですが、この問題は私は、公害の場合に限ってはこういうような余地を残しておかないほうがよろしい、こういうように思うから、このことをいま詳しく解明を求めたわけであります。質問のしかたがへたなせいかまだ十分意を尽くせないままにまた終わってしまいます。これで納得したのでは決してありませんけれども、これで終わります。
○田中委員長 次に、二見伸明君。
○二見委員 今回のこの無過失賠償責任についてでありますけれども、最初に私確認をいたしたいと思いますけれども、大石長官は、今回のこの改正案が非常に画期的な内容を持ったものである、それは因果関係の推定ということははずされたけれども、それでもなおかつ画期的な内容を持ったものであるというふうにたしか御答弁なさっていたように私記憶しております。その内容というのは、第二十五条で無過失責任を規定したということと、第二十五条の二で複合汚染を共同不法行為という立場でとらえたということ、この二点だというふうに理解してよろしいでしょうか。
○大石国務大臣 画期的な法案だと私が言ったかもしれませんが、これはまあ自画自賛というようなものが多少あることはひとつ御認識をいただきたいと思います。確かにいままでこの制度は、いまの裁判の判例ではございますので、そういう方向には政治のほうは向かっておりますけれども、行政的にはっきりこれを認めたのはこれが初めてでございます。そういう意味で一つの新しい行き方であると考えたのと、その中身としては、この実態をとらえまして一番問題のある複合汚染物質を取り入れたということが、やはり一つの大きな中身である、こういうことを申し上げたわけでございます。
○二見委員 その複合汚染物質を取り上げたのは条文的には第二十五条の二というふうに理解してよろしいですか。
○船後政府委員 いわゆる複合汚染物質と申しますのは、たくさん排出源がございまして、単独ではきわめて微量である、しかしそれが環境中で多量になって被害を生ずるという物質だと考えますが、そのような物質といたしましては現在硫黄酸化物あるいは粉じんのような物質があるわけでございます。これを今回の無過失責任の対象といたしましたのは第二十五条の規定でございます。この規定におきまして健康被害物質といたしまして、ばい煙、特定物質、粉じんで、生活環境のみにかかわる被害を生ずるおそれのある物質以外の物質というものを対象物質といたしました。その結果といたしまして硫黄酸化物等が対象物質となったわけでございます。
○二見委員 複合汚染については二十五条で規定したということですね。そうすると二十五条の二というのはどういう形になりますか。
○船後政府委員 二十五条の二は、一般的に被害が二以上の事業者の行為によって生ずるいわゆる民法七百十九条の共同不法行為の場合でございます。そのような場合に、民法の原則でございますと、共同不法行為者は全員が連帯債務を負うわけでございますが、その中でも特に原因となった程度が著しく小さい、そういう事業者につきましては、寄与度に応じましてその事情をしんしゃくできるという、連帯債務の例外的な規定を設けたというにすぎないのでございます。
○二見委員 もう一度確認させていただきますけれども、これは私は複合汚染の規定というのは二十五条の二なのかというふうに実は理解をしておったわけです。というのは、二十五条のほうは「工場又は事業場における」ということで、これは一つの工場、一つの事業場をさしているのじゃないだろうか。二十五条の二のほうでは「二以上の事業者の」というふうにありますので、こちらが複合汚染なのかというふうに理解しておったわけですが、そういう理解のしかたではないわけですね。
○船後政府委員 二以上の事業者の行動によりまして損害が生じた場合には、民法七百十九条の適用があるわけでございます。民法七百十九条でいわゆる複合汚染、つまり複数の事業者の共同の行動によりまして損害が生じたというのは民法七百十九条に譲っておるわけでございます。
○二見委員 もう一つはっきりさせますけれども、二十五条の二のほうは、二以上の事業者によっていろいろな健康被害物質が大気中に排出されたそのときに起こるこの場合も複合汚染の対象にしている。二十五条のほうは、一つの工場でいろいろなものを出して、その結果複合汚染が生じた、こういうふうに理解するわけですか。二十五条のほうは、一つの工場あるいは一つの事業場が何種類かの健康被害物質を排出している。それが複合汚染という形で生命、身体に損害を与えた場合、そういう形の複合汚染が二十五条であって、二以上の事業所あるいは工場が二種類以上の健康被害物質を大気中に排出をした、その結果生命または身体に害を及ぼしたときに、そういう場合の複合汚染は二十五条の二である、こういうことでしょうか。
○船後政府委員 先生のお考えのとおりでございますが、二十五条の二は、そのように二以上の事業者の共同の行為によりまして被害が生じたという場合には、民法七百十九条の適用があり、民法七百十九条を適用いたしますと全員が連帯債務を負いますので、その場合の微量寄与者につきましてしんしゃく規定を設けておる。二十五条の二の直接的な効果はしんしゃく規定を設けたということでございます。複数の事業者の共同不法行為そのものは民法七百十九条の規定によっておるということでございます。
○二見委員 二十五条の二では、「当該損害賠償の責任について民法第七百十九条第一項の規定の適用がある場合において、」これは共同不法行為が成立するわけですね。その場合しんしゃく規定は設けてありますけれども、これはお尋ねいたしますけれども、民法の七百十九条でいう共同不法行為が成立するための要件というのはどういうのでしょうか。
○古館説明員 各共同行為者各人の行為が不法行為の要件を満たし、かつ各行為者間の行為に関連共同がある場合に民法七百十九条の不法行為が成立いたします。
○二見委員 今後予想される複合汚染というものは、一つの事業場が各種の物質を排出したことによって起こる複合汚染もあるでしょうけれども、たとえば四日市のコンビナートのように、幾つかの事業所がいろいろな物質を排出することによって起こる複合汚染のほうが、これからは可能性が大きいのじゃないでしょうか。どうでしょうか、長官。
○大石国務大臣 私はそう思います。とにかくできるだけこれから規制をきびしくしてまいるわけでございますから、一つの工場で十分にそのきつい基準を守っておれば、その一つの工場だけでひどい公害被害は起こらないと思います。そういうことで、もしそれが規制以上の排出をしておればこれは犯罪でございますから別でございます。
○二見委員 今後は要するに、無過失責任のねらいというのはこれはいわば常識化されておりますので、確認する必要ないと思いますけれども、一応政府の基準がありますね。基準を守っていてもなおかつ被害が出た場合には無過失責任が生ずるでしょう。基準を守っていても、それ以下の基準であっても被害が出た場合には、賠償の責めに任ずるというのが無過失責任の基本的な考え方ですね。これはよろしいですね、それで。
○大石国務大臣 そのとおりでございます。
○二見委員 共同不法行為の場合は、いま古館さんが御答弁くださいましたように、一つ一つの事業所それぞれが不法行為でなければならぬわけですね。一つ一つの事業所の行為が独立して不法行為の要件を備えている場合に共同不法行為が成立するわけですね。一つ一つの事業所が、一つ一つ単独で見た場合には不法行為の要件が備わっていない場合には共同不法行為は成立しませんね。これは二十五条の二でも同じですね。この点いかがでしょうか。
○古館説明員 共同不法行為の場合にも、個々の個々人が不法行為の要件を満たしている場合に限り共同不法行為が問題になります。しかし、そこで、その共同不法行為の要件がまたいろいろ検討しなくてはならぬだろう、個々の不法行為の要件もまた検討しなければならぬだろうというふうに思います。
○二見委員 これは最高裁の判例なんですけれども、これも、「共同行為者各自の行為が客観的に関連し共同して違法に損害を加えた場合において、各自の行為がそれぞれ独立に不法行為の要件を備えるときは、各自が右違法な加害行為と相当因果関係にある損害についてその賠償の責に任ずべきであり、」個々の企業が独立して不法行為の要件を備えていなければならぬわけです。このときに初めて共同不法行為というのが成立するわけです。二十五条の二というのは、これはそういう場合にのみ適用される規定ですね。
○古館説明員 おっしゃるとおり、七百十九条の要件を満たしている場合に適用されます。
○二見委員 そうすると、私はここで一つ問題があるだろうと思います。というのは、民法七百十九条の共同不法行為の考え方が、今回のこの二十五条の二の中にあらわれてきた。しんしゃく規定が設けられたということですね。ところが、大石長官が先ほど御答弁くださいましたように、今後の複合汚染というのは幾つかの事業所によって起こるケースが非常に多いだろうと思います。たとえば、あるところに十の事業所があったとします。環境基準がたとえば一だとします。個々の事業所が排出しているのは〇・三とか〇・四であって、個々の企業で見てみれば基準はりっぱに守っている。しかもその企業だけでは当然損害が与えられない。ところが十の事業所がそれぞれ〇・三ないし〇・四で守っているけれども、結果として四ないし五という結果になって、損害が与えられたという場合があります。全体とすれば被害はある。個々の企業にとってみれば、その企業だけでは、独立に不法行為の要件を備えていない場合があるわけです。こういう場合には、二十五条の二というものは、これは発動はできないわけですね。
○古館説明員 七百十九条の個々の行為が独立に不法行為の要件を満たしているかどうかという問題でございますけれども、ただいまのお話で問題になりますのは、その個々の企業の排出と損害との間に相当因果関係があるかどうかという点が一つ問題になろうかと思います。いまの、〇・三の排出しかしてないからこの場合には絶対その周囲の環境に照らしまして損害が生じないということでしたら、それは相当因果関係はないだろうと思います。しかし、そのような環境の中で〇・三の量を排出した場合にそういう損害が生じ、またそういう場合には通常そういう損害が生ずるだろう、それを排出しなければ絶対損害は発生しないということでしたら、〇・三でも相当因果関係があるというふうに判断される場合もあるだろうと思います。したがいまして、排出量がそのものだけでは損害が生じないということから直ちにそのものの行為が不法行為の要件を満たさないというふうに断定することは、これはできないだろうと思います。
○二見委員 古館さんのような解釈がはたしてされ得るかどうかということ、私一つ問題だと思うのです。というのは、いままでの判例ではそういう解釈がないわけです。あくまでも各自が独立して不法行為の要件を備えなければならないというのがいままでの判例であり原則だったのじゃないですか。その原則はこの公害の第二十五条の二に関してはその原則は適用しないんだ、トータルでもって考えていくんだということになれば、そういうふうにいままでの原則は原則、民法七百十九条の原則と二十五条の二の考え方とは違うんだ、それよりも一歩進んでいるんだ、こういう解釈をされるのならばそれはけっこうですけれども、その点はどうなんですか。
○古館説明員 先ほどの先生御紹介の最高裁の判例は、あれは加害者がそれだけで被害を発生するに十分な量を排出していた事案でございます。ところが先ほどの判例上も結局必要な量を排出していなければ認められないのじゃないかという御趣旨の御質問ですけれども、昭和十年の十二月二十日の大審院判例で、これは傍論でございますけれども、その排出量が個々人では十分でなくても、他と合して十分な排出量があり、その結果損害が発生したという場合には、共同不法行為が認められるという判断をしております。
○二見委員 そうすると、いまの古館さんの御答弁にのっとって質問をいたしますけれども、そうすると、二十五条の二というのは民法七百十九条の規定と何ら変わりはない。しんしゃく規定を設けただけで、しんしゃく規定を設けたところが七百十九条とは違う点ですね。そうすると、民法の七百十九条というのが複合汚染にそのまま適用された場合に被害者が受ける利益と、二十五条の二でもってやられた場合の被害者の受ける利益とどっちが大きいですか。
○古館説明員 七百十九条の場合には、各共同不法行為者が全額につきまして損害賠償責任を負うということになっております。それからこの法案の二十五条の二では、寄与度の著しく小さい者については全額について損害賠償の責任を負わなくてもいい場合がある。他の者は全額について損害賠償責任を負うということになっておりますので、そういう要件を満たす者、一人あるいは二人、そういう一部の者が全額について賠償責任を負わなくてもよくなる余地があるという意味では、民法七百十九条のほうが抽象的に言いますと被害者に利益かと思います。
○二見委員 抽象的じゃなくて、現実的に被害者に利益になるんじゃないですか、七百十九条のほうが。
○古館説明員 現実的に被害者の利益になるかどうかということでございますけれども、この現実的ということばでございますけれども、これは一〇〇%損害がてん補されるというふうな趣旨だといたしますれば、この寄与度が著しく小さいといいますのは大体中小企業だろうと思います。こういう方々が巨大な損害が発生した場合にこれを全額賠償できるかといいますと、これはもう全額賠償できない場合が多いだろうと思います。そういうことからいたしますと、現実的にどちらが利益、不利益かということになりますと、これは非常にむずかしかろうと思います。
○二見委員 確かに古館さんおっしゃるように、寄与度の非常に小さい者が中小企業あるいは零細企業等の場合もありますね。そういう場合について、私はしんしゃく規定というものが非常に生きてくるだろうと思います。ただ一般論として、被害者の立場からいって、七百十九条と二十五条の二と引き比べた場合には、七百十九条のほうが被害者の立場から見れば非常にメリットが大きい、これは言えると思いますよ。たとえば十の事業所があって、排出基準が一としますね。ある一つの企業だけが一を出している。残りは全部十一を出している。その結果百の被害が起こった。非常にこれは単純なもので申しわけありませんけれども、その場合これでいけば、一のものに対してはたとえば十万円でけっこうですよ。残りの九に対しては九百九十万を連帯して負いなさい、こういうことになるのじゃありませんか。
○古館説明員 いまちょっと質問の趣旨を私聞き落としましたけれども、一人が一で他の者が十一という御説明ですか。——その場合には、これがもし二十五条の二のしんしゃく規定が適用されるといたしますと、一相当の損害ということになろうかと思います。十一のほうは一〇〇%の損害賠償義務を負う。それが一〇〇%と一相当との関係で連帯債務になろうかと思います。そういうことになりますけれども、先ほど私もお答えいたしましたように、一般的、抽象的に七百十九条の場合と二十五条の二の場合どちらが利益、不利益かといいますと、それは先ほどお答え申しましたように、法律的に一般的、抽象的にいいますと、七百十九条のほうが被害者の保護になるということは、先ほどお答えしたとおりでございます。
○二見委員 被害者の立場からすると、一つは損害賠償の金額がとれるかどうかということはありますね。もう一つは早く裁判を終わってもらいたい、長引くのはいやだという問題がありますけれども、しんしゃく規定を設けたことによって裁判は長引きませんか。
○古館説明員 絶対長引かないとは断定できないと思います。
○二見委員 可能性はどちらが多いですかね。長引くんじゃないかと私は思うのですがね。
○古館説明員 個々の事案によろうかと思いますけれども、こういう規定がありますと、被害者のほうもやはり排出量をたくさん出している大企業を相手にするのではなかろうかというふうに考えます。
○二見委員 私はこの二十五条の二で、一つはやはり七百十九条から比べると、複合汚染に対する規定としてはそれほど画期的なものだとは思えない。先ほど申しましたように、やはり一番問題になるのは、個々の事業者が独立して不法行為であるという要件を備えなければならないというこの原則が、古館さんは大審院の判例を持ち出されましたけれども、いままでの最近の最高裁の判例でも、一つの企業が独立して不法行為の要件を持なければならぬというきびしい判例がありますし、学説でもそういうふうな見解ですね。私はここで、政府側として、そうじゃないんだ、公害に関しては、たとえば個々の企業独立してでは、損害は発生しない、個々の企業を独立して見た場合には不法行為の要件にはならぬ。しかし、それが十なり二十なりまとまって損害を与えた場合には共同不法行為が成立するんだ、あわせて一本で共同不法行為が成立するんだ、こういう解釈を積極的におとりになるならば、この規定は全然無意味だとは思いませんが、七百十九条のいままでの考え方に準拠しているんであるならば、二十五条の二というのは複合汚染に対する対策としては非常にしり抜けになるものだ、私はこういうふうに考えるのです。長官、いままでの議論を聞いていて、この点いかがですか。
○大石国務大臣 私は法律的にはあまり詳しいことはわかりませんので常識論になるかもしれませんが、私は個々の企業一つ一つ、一つの企業が基準を守っておれば、それがいろんな公害病を起こすことはあり得ないと思います。あり得るならば、それは基準が悪いからだ、私はそう思うのです。ですから、あり得ないことなんです。そして一つ一つの企業もその基準を守っておれば正しい、間違ったことはしておらないはずなんです。しかし結果としてそのような公害病が発生すれば、それはその企業そのものがたとえ基準を守ったにしても、ある程度の有害物質を排出していることは間違いないのですから、そのことがやはり一つの不法行為ではないでしょうか、そう私は思うのです。そういう場合には、その基準を守っておってもそのような有害物質を排出したということが不法行為ではなかろうかと常識的には考えます。 〔委員長退席、島本委員長代理着席〕 そういうことで、いままではそのようなちゃんとした基準を守っておって公害が発生しても、これはだれもそのような責任を負う者はございません。それをはっきりと企業に責め負わせることにしたのが新しい考えではなかろうかと思うのです。
○二見委員 確認いたしますけれども、たとえば基準が一つである、一を守っていれば絶対に被害は出ない、こういうふうに仮定いたします。そしてその一の基準をさらに自分としてはよりきびしく〇・四あるいは〇・五でやってきた。ところがある地域で十の企業が集まったために被害が生じたという場合は、〇・五ですから独立しては被害は出ませんですね。しかし合わさった場合には被害が出た。この場合は個々の企業だけを見れば不法行為ではないかもしれない。しかしその結果被害が出たんだ。個々の企業だけ見れば問題はないけれども、合わさった結果そうなるんだから、その場合は不法行為ですよと、いまの御答弁はそういう趣旨だと理解してよろしいですか。
○大石国務大臣 詳しい法律的な解釈につきましては政府委員からお答えさせますが、そのような個々の企業を一つ一つ見れば決して悪いことはしていない、基準を守っておるけれども、それが全体として大きな見地から見ると、いろんなたくさんの多くのものが集まってきますと、そこに何らかの公害病が発生したとする場合にはその責めを負うということが至当でございますが、どのような点が共同不法行為であるかは政府委員からお答えさせたいと思います。
○古館説明員 排出量が著しく少ない、そのものだけならば通常損害は発生しないという場合でも、その損害の発生とその排出とが相当因果関係がありますると、これは損害賠償責任を負うというのが民法のたてまえでございます。これはたとえば七百九条の場合でも同じでございます。たとえば環境の非常に悪いところあるいは山の中という場合では環境が違います。ここでも、一方ではこれは絶対被害が生じないという排出量でも、他方では生ずるという場合があります。この場合にその被害の発生と排出との関係で相当因果関係がありますれば、これは七百九条のその他の要件を満たしますれば損害賠償責任を負います。ですから、この関係は七百十九条と同じでございます。
○二見委員 無過失というのは、排出基準を守っている、非常に微量であってもそれが排出された結果損害が生じたという場合にそれは無過失になるわけでしょう。一つの企業があって、その企業が排出物を出す。基準以下だ。基準以下だけれども、一つの基準、たとえば〇・七とか八で出していた。にもかかわらず被害が発生した、この場合には、基準を守っていたからいいんだというのじゃなくて、その場合は賠償の責めに任じますよというのが二十五条の規定ですね。単独の企業の場合、私はその点はわかるんです。そうじゃなくて、十の企業がある。一つの企業がたとえば〇・三出している。〇・三では絶対に被害が起きないのだ。だけれども、そこの十の事業所が〇・三ずつ出したおかげで被害が起きちゃった、こういう場合も二十五条の二が適用できるのかどうか、共同不法行為というものが成立するのかどうかということなんです。その点は成立するのだというふうに、先ほどの大石長官の答弁は私はそういうふうに理解したんです。ところがいま古館さんのお話ですと、それをまた二以上の企業じゃなくて一つの企業にしぼったような話をされますから話がおかしくなりますが、はっきりさせていただきたい。
○古館説明員 私の先ほどのお答えは、いまの七百十九条の共同不法行為者の個々人が独立に不法行為の要件を満たしているということとの関連でお話ししたわけでございます。したがいまして、それはいまの場合も同じでございます。ですから個々人の行為が不法行為の要件を満たし、しかも各行為者が関連、共同しているという場合には七百十九条の共同不法行為になるということでございます。ですから、たとえば七百十九条の共同不法行為の要件を満たしているかどうかということで、その排出が違法性がないというような場合にはこれは共同不法行為にはならぬという問題も出てこようかと思います。これは民法の七百十九条の場合も同じでございます。こういう問題もあろうかと思います。いずれにいたしましても、各行為者が各自不法行為の要件を満たし、その行為の間に関連、共同がある場合には二十五条の二が適用され得るということでございます。
○二見委員 長官、いまの古館さんの答弁を聞いていますと、長官が法律は専門家じゃありませんけれども常識的にと言われたこととは違うんじゃありませんか。大石長官のほうは、全体まとまって被害が出れば、個々人は排出基準を守っている、微量であっても何とかしなければいけないのだという気持ちなんです。ところが古館さんのほうは、個々の企業もやはり不法行為というものがなければいかぬのだ。私はちょっとニュアンスが違うと思うのです。大石さんの話はわかるんですが、古館さんのほうはちょっとすっきりしないんですね。
○大石国務大臣 私は同じだと思うのです。ただことばづかいがいろいろな法律用語なので私もちょっとわかりにくいところもありますけれども、その基準を守っておっても、それが集合されて大きくなりますと、被害が発生した場合には、その基準を守っておっても有害な物質を排出するということが私は不法行為の資格になるのじゃないか、そういうことで古館さんは言っているのじゃないか、と解釈するので、じゃないかと思うのですがね。
○二見委員 ちょっとそこのところを確認しましょう、古館さんの話がありますので。個々の企業が排出基準を守っていても、その結果として被害が生じた場合には、基準を守っているからといってもそれはだめなんだ、こういうことですね。まずそこはそれでわかりました。その次ですよ。その個々の企業があります。その一つの工場きりなければその基準内で被害は生じなかった。そこに新しくあとから会社が幾つかやってくる。それぞれ基準を守っているが、その結果被害が出た。一つのときには被害が出なかった、複数になったために被害が出た。この場合、その基準を守って、たとえば〇・七なら〇・七の基準にしましょう、一つのときには被害が出なかったのですから、不法行為じゃありませんね。これはありません。さらにあとから複数の企業が来た。前からある企業は依然として〇・七である。あとから来たのも、前が〇・七だから私も〇・七にしましょうということで〇・七、あとから来たのも〇・七の基準を守っていた。その結果被害が出た。〇・七で出なかったのですから、独立しては不法行為はないというふうに考えるのですか。一つのときには〇・七でも被害が出なかったのですけれども、大ぜい集まってくれば〇・七でも被害が出てくるのだ。その場合は、〇・七だからいいという考え方はとらない。大石長官の言いたいのはそういうことなんでしょうか。どうなんですか。 大石さんの話をよく聞いて、それに対して古館さんのコメントをとりますから……。
○古館説明員 長官のお答えと私のお答えとは別段違っているわけではございません。個人としては〇・七で、それでは絶対被害が発生しないといたしましても、そのほかにたくさんの企業があって有害物質を排出している。そこへ〇・七の有害物質を排出した、その結果被害が生じたということになりますと、一般的には〇・七の排出と被害の発生との間には相当因果関係があるというふうに言うんじゃないでしょうか。そういう立場を踏んまえまして長官お答えになったんだろうと思います。私も、そういう相当因果関係があるというならば、共同不法行為は成立するというふうに考えておるわけでございます。
○二見委員 古館さんの言いたいこと、やっとよくわかったわけであります。 もう一つ聞きますよ。その場合、ある企業だけが〇・二だという場合、これは共同不法行為に入りますか。幾つかある中で、ある一つだけが〇・二だ、ゼロならばこれは問題ありませんけれども、この場合はどうなりますか。
○古館説明員 その場合も被害の発生と相当因果関係があり、しかもその行為が関連、共同しておりますと共同不法行為になるということになろうかと思います。
○二見委員 そこで、もう一つ聞きます。 因果関係、因果関係と言うのですけれども、その場合の因果関係というのはどういうことを言うのですか。〇・二出しているということ、これは因ですね。その企業が全然ゼロであれば、排出していなければ——残りの、たとえば九社なら九社が出していても、ある一つが出していなければ被害が発生しなかったんだけれども、たとえ〇・一にしろ〇・二にしろ出したからやられるんだ、その場合は因果関係がある、こういうことですか。
○古館説明員 私が言っております相当因果関係といいますのは、その排出行為によって被害が発生したと認められ、かつそういうような排出行為があれば通常そういう損害が生じるであろうというふうに認められる場合ということでございます。ですから、場所的とかいろいろな状況でそういうものが認定されてくるだろうと思います。
○二見委員 あまりよくわかりませんけれども、時間がありませんので先に進みます。 もう一つ、今度は無過失のほうですけれども、これは長官非常にむずかしい、むずかしいということでなかなかおつくりなれなかったわけですけれども、無過失の考え方というのは、現行民法から考えて非常に画期的なものなんだ、こういうふうに大石長官は認識していらっしゃるわけですか。いかがでしょう。
○大石国務大臣 無過失とおっしゃるのは財産被害のことだろうと思いますが、いまわれわれは、健康被害だけにこの法案はとめてございますが、これでは不十分でありますから、近い将来にはやはりいろいろな他の公害なりあるいは他の物損、そういうものにまで範囲を広げてまいりまして総合的なものにしたいと考えております。そういうのがわれわれの考え方でございます。ですから、いまの法律そのものは最小限度の橋頭土堡をつくったにすぎません。ただ、考え方がいまと変わってきますから、それだけが画期的といえば自画自賛ですが、そういうことでございまして、これで決して全部ができ上がったと考えておりません。まだほんとうに、橋頭堡と申しますか、そういうのを取りつけたと自分では考えておる程度でございます。
○二見委員 古館さんにお尋ねしますけれども、民法七百十七条、土地の工作物等の占有者及び所有者の責任「土地ノ工作物ノ設置又ハ保存ニ瑕疵アルニ因リテ他人ニ損害ヲ生シタルトキハ其工作物ノ占有者ハ被害者ニ対シテ損害賠償ノ責ニ任ス但占有者カ損害ノ発生ヲ防止スルニ必要ナル注意ヲ為シタルトキハ其損害ハ所有者之ヲ賠償スルコトヲ要ス」この規定ですね、これは無過失を規定しているのじゃないですか。
○古館説明員 所有者についてはそうでございます。
○二見委員 お尋ねいたしますけれども、これは要するに無過失の規定ですね。工場、事業場というのは七百十七条でいう工作物に入るのじゃないですか。どうですか。
○古館説明員 これはおっしゃるとおり、入ります。
○二見委員 無過失をきめた二十五条というのは、民法との関連で考えれば、七百十七条から公害に関係するものだけを取り出したのだ、こういうふうに理解してよろしいでしょうか。公害に関するところだけを取り出してつくったというふうな理解のしかたをしてもよろしいですか。
○古館説明員 民法七百十七条の場合は、工作物の設置、保存に瑕疵があった場合に所有者に無過失責任を負わせるという規定でございます。そういう事由がなくても二十五条の要件を満たす場合には、無過失責任を負わすというのが二十五条の規定でございます。
○二見委員 七百十七条の場合「瑕疵」ということばがありますけれども、七百十七条で対象になっているのは、生命に与えた害、身体に与えた害だけですか。これは財産も含むのじゃないですか、損害の対象は。
○古館説明員 おっしゃるとおり、七百十七条は物損、健康被害、両方含みます。
○二見委員 そうすると、すでに民法では無過失に対する考え方というのは七百十七条でもってあるわけですね。あったのです。土地の工作物に関してはあったわけですね。だから、今回のこの無過失責任の二十五条というのは、特別新しい立法ではないですね。これは民法のこの考え方が底辺にあるというふうに理解してよろしいですね。いま無から有を出したのではなくて、そういう考え方が民法七百十七条にあった。民法の起草者の意図はどうか知りませんけれども、最近の判例から七百十七条というのは、また学説からいっても、これは無過失をきめたものだ、そういう規定ですね。だから二十五条というのは、民法の七百十七条の原則を踏まえてでき上がったものが二十五条じゃありませんか。
○古館説明員 民法制定当初から、不法行為の過失責任の例外として七百十七条の限度で無過失責任を認められております。
○二見委員 問題は民法上の瑕疵ということですね。七百十七条でいけば、瑕疵というのはどういう場合に瑕疵になるのですか。瑕疵というのはどういうことですか。
○古館説明員 設置または保存が完全でなかったという場合でございます。
○二見委員 これは四十六年四月二十三日の最高裁の判決ですけれども、これは古館さん御存じだと思います。踏切道の、踏切事故に関する判例がありますね。そのときに瑕疵についてこういうふうに言っていますね。「運輸省鉄道監督局長通達で定められた地方鉄道軌道及び専用鉄道の踏切保安設備設置標準に従って保安設備を設ければ、社会通念上不都合のないものとして、民法上の瑕疵の存在は否定されるべきであるというが、右設置標準は行政指導監督上の一応の標準として必要な最低限度を示したものであることが明らかであるから、右基準によれば本件踏切道には保安設備を要しないとの一事をもって、踏切道における軌道施設の設置に瑕疵がなかったものとして民法七一七条による土地工作物所有者の賠償責任が否定さるべきことにはならない。」これは踏切の話です。 〔島本委員長代理退席、委員長着席〕 瑕疵という問題は、手落ちがあったというけれども、行政基準を守っていても事故が起こった場合には、瑕疵があるんだというのがこの判決の解釈じゃありませんか。瑕疵というのは、行政基準を守っていても、それは一応の目安であって、それでもなおかつ事故が起こった場合には、瑕疵がなかったとは言い切れないのだというのがこの判決の言いたいところではありませんか。どうですか。
○古館説明員 行政規定と申しますのは、行政上の取り締まりの見地から、危険防止の取り締まりの見地からの一応の行政基準でございます。したがいまして、それは個々の利害に関する民事責任、これとは結びついているわけではございません。したがいまして、行政基準を守っていたから当然にこれは瑕疵がないとか、あるいは責任を負わぬということには一般抽象的には言えないだろうと思います。
○二見委員 この件を公害に当てはめてみますとどうなるかというと、たとえば環境基準は守っていても損害が出た場合には、瑕疵があったとみなされるのじゃありませんか。
○古館説明員 いまの公害の排出基準も、行政取り締まりの見地からの基準でございます。これは個々の民事上の賠償責任とは結びつくものではございません。したがいまして、基準を守っていたからといって、当然不法行為に基づく損害賠償責任は負わぬということには出てこないだろうというふうに思います。
○二見委員 環境基準を守っていても、環境基準を守っていたから瑕疵がないと、こうは言い切れないわけですね。その点、そうですね。それでよろしいですか。環境基準を守っているからわれわれのほうには瑕疵がないんだ、こういうふうな言い分はいま通らないわけですね。どうでしょうか。
○古館説明員 この瑕疵と申しますのは、過失を象徴化したものというふうにいわれております。ですから、排出基準を守っていながらしかも損害が発生したという場合に、それは不法行為責任を負うかどうかという場合には、また不法行為の要件に引き戻してみまして、その要件を具備しているかどうかということで検討されるべきであろうと思います。そういうことになりますと、いまの、過失があるかあるいは違法性があるかあるいは相当因果関係があるかどうかということは問題になろうかと思います。その問題の中で、瑕疵というのは、これは無過失責任ですから、ここじゃ問題になり得ないということになろうかと思います。
○二見委員 いいですか。ちょっとおかしいのですけれども、私は法律の専門家じゃありませんから、古館さんみたいに法律の専門家に言われると私も困るのですが、七百十七条というのは無過失でしょう。原則は無過失ですね。瑕疵について、瑕疵があったことに対して過失、無過失ということは、ここは論じてないのじゃないですか。むしろ瑕疵があるということは過失だという解釈なんじゃないですか。瑕疵があるということ自体がいけないのだという考え方じゃありませんか、ここの考え方は。どうでしょう。
○古館説明員 私も先ほどお答えいたしましたように、瑕疵というのは過失を象徴化したものだというふうにお話ししたとおりでございます。その点では先生と同じでございます。ただ、ここで責任を負わされておりますものは、占有者と所有者どちらかということでございます。この占有者につきましては、そういうような瑕疵がありましても、損害の発生を防止するに必要なる注意をしたときには賠償責任を負わぬということになっております。ですからこの要件が、所有者については除外されております。したがいまして、所有者については、瑕疵があれば過失がある、したがって賠償責任を負えということで、所有者に対する関係では無過失責任ということになろうかと思います。前もそういう趣旨でお答えしているはずでございます。
○二見委員 そうすると、七百十七条では、生命及び身体だけじゃなくて、財産も入っているわけです。七百十七条と二十五条の違いというのは、七百十七条では瑕疵ということばが入っている。今度の改正案の二十五条には瑕疵ということばは入っておりません。瑕疵というのは最初から考えてないということですね。瑕疵のあるなしにかかわらずという、極論すればそういうことになるだろうと思います。瑕疵があろうとなかろうと、過失があろうとなかろうと責めに応ずるのだ。七百十七条のほうでは、それよりももうちょっときびしいのですね。瑕疵がある場合だということですね。いずれにしてもこの段階では、生命、身体ばかりじゃなくて、財産も七百十七条では損害賠償の対象になっているわけです。そうですね。その場合の瑕疵というものの考え方については、先ほど最高裁の判例を申し上げましたけれども、通達を守っているから瑕疵がないんだとは言えないのだ。通達を守っていても瑕疵もあるんだ。通達を守っているからといって瑕疵がないのじゃなくて、通達を守っていても瑕疵があるのだ、この考え方は私は非常に強い考え方だと思うのですよ。そうなると、非常に二十五条の考え方に近くなってきているのじゃないかと思うのです。基準を守っていても、基準以下であっても、損害が出れば、私は基準を守っているのだから瑕疵がありませんというのは通らないというのが、四十六年四月二十三日の最高裁の判決ですから、そうすると今度二十五条から、財産を対象からはずしたということは、私はこれは後退だとしか考えられないのです。民法の七百十七条ですらあるのですから、むしろ公害の場合には、これからは生命、身体ばかりじゃなくて、財産も公害の大きな対象になるわけですから、その財産をはずしたということはちょっと理解ができないわけです。どうしてむずかしかったのですか。
○古館説明員 公害の場合でも七百十七条の要件を少なくとも充足する場合でしたら、この七百十七条によりまして企業者は賠償責任を負うわけでございます。そういった場合でなくても二十五条の二の要件を満たす場合には賠償責任を負うということでございます。ですから、従来よりも後退したということはちょっと私理解しかねるのでございますけれども……。
○二見委員 ちょっといま聞き漏らしたのですけれども、環境基準を守っていても七百十七条でもって公害の場合財産に対する損害賠償の責任が生ずるんだということですか。
○古館説明員 七百十七条の要件を満たす場合には、物損についても損害賠償責任を七百十七条で負うということです。
○二見委員 そうすると、七百十七条の要件というのは、問題は瑕疵ですね。やはり瑕疵が問題になりますね。その場合の瑕疵というのは、もう一度、くどいようですけれども、環境基準を守っていれば瑕疵がないという解釈ですか。環境基準を守っているからといっても——抽象的にいっていろいろな例はあるでしょうけれども、環境基準を守っているからといっても瑕疵はあるわけですね。
○古館説明員 瑕疵があるかというのは、言いかえれば過失があるかどうかということでございます。過失があるかどうかは、具体的事案によって検討さるべきじゃなかろうかと思います。そういうことになりますと、環境基準を守っているという場合に、それが過失があるというように認定されることもありましょうし、あるいは場合によって、その場所的あるいは環境その他の条件を勘案した場合、それは過失がないというふうに認定される場合もあろうかと考えます。
○二見委員 そうすると、もう一度聞きますけれども、この判例はどう解釈しますか。やはりいまの件ですけれども、「列車運行のための専用軌道と道路との交差するところに設けられる踏切道は、本来列車運行の確保と道路交通の安全とを調整するために存するものであるから、必要な保安のための施設が設けられてはじめて踏切道の機能を果たすことができるものというべく、したがって、土地の工作物たる踏切道の軌道施設は、保安設備と併せ一体としてこれを考察すべきであり、もしあるべき保安設備を欠く場合には、土地の工作物たる軌道施設の設置に瑕疵があるものとして、民法七一七条所定の帰責原因となるものといわなければならない。」、これが判決理由の冒頭にあるのです。そして、その瑕疵ということについては、先ほど言いましたように、踏切の設置基準がありますね、運輸省鉄道監督局長通達によって定められた基準を守っているからといって瑕疵がないんだとはいえないんだ、こうあるのです。あくまでもこの考え方というのは、損害を発生させちゃいけない、被害を与えちゃいけないというところに、私はこの判決の基本的な考え方が流れているような感じを受けるわけです。公害があった、何か有害物質が出た、その結果人体に被害を与えた、財産に損害を与えたということ自体、もうこれは瑕疵があるんじゃないですか。
○古館説明員 先ほどの判例の趣旨でございますけれども、これは先ほどもお答えいたしましたように、設置基準というのは行政取り締まりの見地からつくられたものであって、これは民事上の責任とはつながらないものである。民事上の責任を負うかどうかは七百十七条の要件を充足しているかどうかということで考えるべきである。そういうことからいいますと、七百十七条の瑕疵といいますのは、その工作物の設置、保存が不完全だった、つまり危険防止のために十分な整備を設けていなかったということである以上、この瑕疵に該当し、賠償責任を負うという趣旨かと思います。そういうことになりますと、いまの排出基準も、それを守っていたからといいまして、被害を発生した場合にその民事責任と排出基準とはつながらないものですから、それは分けて、別個に、不法行為の要件を満たしておるかどうかということで考えるべきじゃなかろうかと思います。その際に、そういった基準以下の排出をしていたということが、これは危険防止のために十分な注意義務を果たしたかどうかという観点から判断される、もしそういう観点で果たしていないということになりますと、過失があるということになろうかと思います。ですから別な観点で判断、検討されなければならぬということだろうと思います。
○二見委員 もう時間が来ましたので簡単に終わらせますけれども、そうすると、設置または保存に瑕疵がある場合なんだ、こういうことですね。十分に注意をしていてもなおかつ損害が生じた場合には、瑕疵があるんですかないんですか。
○古館説明員 いまの瑕疵といいますのは、工作物の設置、保存の瑕疵でございますね。公害の場合には、工場の設備は完全であっても、たまたま排出量ですね、有害物質の排出量の問題でございます、これは排出すること自体は本来は正当行為でございます。しかしそれが被害を生じますと、これは不法行為になるかどうかという問題かと思います。したがいまして、あまり瑕疵ということで問題を煮詰めていくというのは、ちょっと問題を混乱させるのではなかろうかと思います。
○二見委員 大臣に、最後にお尋ねいたしますけれども、私は今度の無過失責任で財産を除外したということについては、民法七百十七条の考え方からいっても非常におかしいのではないか、そうとしか考えられません。私は財産も当然対象にすべきだったと思います。長官は近い将来ということでございますけれども、長官とすれば、財産規定は、一体どういう条件がそろえばこの中に入れられるのか。入れます、入れますと言って、十年も二十年も延ばされたのでは、われわれとしては困る。どういう条件のときに財産規定が入れられるかという点をまず明らかにしておいてもらいたい。
○大石国務大臣 いまのむずかしい法律の議論は十分に私には理解されませんので、どう申し上げてよいのかわかりませんけれども、いまの踏切道の瑕疵の問題と、この無過失の問題とはちょっと観点が違うような気がいたします。ですからこれとこれで比べてこれが入らなければ、財産が入らなければだめだとか、いいとか悪いとかいうことは、ちょっと問題が違うと思いますので、そういう七百十七条のものが全部解決できれば、無過失の法律案は要らなかったと思うのです。それがあえてつくらなければいかぬのは、それではとうていだめですからということだと私は思うのです。それ以外に申し上げることはございません。 財産の問題ですけれども、これは私はぜひ入れたいと思う。十年も二十年もほっておくというのは近い将来ではありません。ですから私は入れたいと思いますが、それはいろいろな理由もあります。一つの大きな理由は、事務的にそのような大きな財産やいろいろなものを入れるだけの余裕がございません。半年間にわれわれはこれをつくりました。というのは、初めから財産なんか入れることは考えてありませんし、複合汚染も前は考えておりませんでしたので、私たちとしては初めてこれに取り組んだのですから、大体これは半年間の努力でございます。その間にいろいろなものを検討して財産も入れるというだけの、役所の能力に時間的な余裕もございませんでした。それが一番大きい理由でございます。 そういうことですから、できるだけ近い将来、数年以内にはまず入れ得るものから議題に入れまして、できるだけ総合的なものにしていろいろな被害者の救済に当たってまいりたい、こういうのがいままでの考えでございます。
○二見委員 長官のいまの御答弁の中で、私一言申し上げておきたいのですけれども、七百十七条がいいと私は決して言っておりません。無過失賠償責任という立場から考えると、七百十七条は完ぺきだなどとは私は全然考えておりません。ただ、七百十七条の中にも無過失という考え方があるじゃないか。無過失賠償責任というのは、あらためてつくる以上は当然財産までも入れるべきではなかったのか。それがわれわれの言いたいことだったのです。その点は誤解のないようにしていただきたいと思います。 いずれにいたしましても私たちは今回大石長官が非常に御苦心なされておつくりになられた法案だろうと思いますけれども、これ以外に多々不満がございます。水質と大気だけに限定したということ、われわれ非常に不満です。また、なぜ大気と水質にのみ限定したのかということは、明確な理由もわれわれは示されておりませんし、納得できるだけの理由はわれわれ聞いておりません。因果関係の推定規定をはずしたことについても、最近の判例ではむしろそういう方向にある。そういう方向にあるならば入れるのが私は筋だったろうと思う。それもお入れにならなかった。それは長官はお入れになりたかったでしょうけれども、通産省や財界の圧力があって入れられなかったのだろうという……。(「法務省だよ」と呼ぶ者あり)法務省ですか、法務省と通産省と財界、これだけの圧力があって因果関係の推定が削除されたということについても、われわれは非常に不満でもあり、憤りも感じております。また、複合汚染についても、先ほどの議論を聞いていてもまだまだ私は危険な感じがする。民法七百十九条の共同不法行為でやられるという、長官のお考えになっているように、長官が、私は法律のしろうとだけれどもといってお答えなされたような考え方、解釈をされるならば、まだまだ多少あれがあるのですけれども、いままでどおりの解釈をされたならば複合汚染についてもほとんどから手形になってしまうおそれがあるのではないか。こういう点、非常に危惧もいたしておりますし、その危険性も感じているわけでありますけれども、これはまた次の機会に譲りたいと思います。これで終わります。
○田中委員長 以上で二見君の質疑は終わりました。 午後一時三十分再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後零時三十四分休憩 ————◇————— 午後一時四十九分開議
○田中委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 この際、連合審査会開会申し入れの件について、おはかりいたします。 建設委員会において審査中の琵琶湖総合開発特別措置法案について、建設委員会に連合審査会の開会申し入れをいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○田中委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 ————◇—————
○田中委員長 内閣提出の大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案並びに島本虎三君外七名提出、公害に係る事業者の無過失損害賠償責任等に関する法律案の両案を一括議題とし、審査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。青柳盛雄君。
○青柳委員 政府提出の法律案について質疑をいたします。 この無過失責任の制度を取り入れるにあたっていろいろ不十分な点があることは提案者自身もお認めのところでございますけれども、こういう公害の賠償問題に取り組んでいる実務家の人たち、それはおもに弁護士会の人たちですが、日弁連でも、あるいは大阪弁護士会その他の弁護士会でも、これはいままで公害による被害についての賠償を不法行為の理論でまかなってきたのに比べれば一歩前進ではないだろうか、ないよりはましではないだろうかということがいわれておるけれども、実はそうは思えないんだ、何かいいところがあるかと思ってさがしてみるんだけれども、一見いいように見えるけれども、逆の場合を考えるとこれはむしろマイナスに作用する、有害なものになっているのではないか、そういう議論があるのです。たとえば今度の政府提案の無過失損害賠償の範囲の問題についていうならば、まず原因が大気の汚染とか水質の汚濁とかいうことだけに限っている。また公害の被害のほうでいうならば健康に害があるというようなことだけで、物件的な損害については除外されているとかいうふうに、原因が制限され、さらに被害が制限されている結果として、この適用のない公害による被害については民法の不法行為による原則にゆだねられる結果として、実際問題として損害の賠償を求めることが、この法律のために逆な作用をして困難になるのではなかろうか、こういう見方ですね。もちろんこれに対しては、そうじゃないんだ、まず典型的なものについて一つの例を示すわけだから、これにならって、まだ法律は規定していないけれども、同種のようなものについても類推拡張解釈をして、無過失損害賠償と同じように裁判所が扱っていくことに役に立つのではないか。要するに水を向けてやる、一つの導水線のようなものになるのではなかろうかという、非常にこれは好意的な、また希望的な意見だってあることはあるのです。だから、私どもはこれからの判例の動向を見ませんと、よしんばこのような法律が通過して裁判所に適用させるという段階になってどういう結果が生まれるか、大阪弁護士会あたりがいっているように有害無益である、ないほうがいいんだということになるのか、それとも希望的な観測のように、これが一つの例になってよりいいものができる一つのきっかけにもなろうかという、そういうことになるのか、この辺のところは将来を待たなければわからないことではありますけれども、それにしても今度の案が原因を限局したということについては非常に不満が多いわけでございます。 そこで、そういう前提に立って第一条で改正をされている大気汚染防止法の二十五条についてお尋ねをするわけでございますが、「健康被害物質」という新しい法概念がここに取り入れられて、その説明がカッコがついております。この「ばい煙、特定物質又は粉じんで、生活環境のみに係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定めるもの以外のもの」、これが定義のようでございますが、具体的には政令にまかされているわけでございます。 私がお尋ねしたいのは、「生活環境のみに係る被害を生ずるおそれがある物質」、それがどうも健康被害物質ではないといって除外される。何をそういうものに指定しようとするのか。生活環境に被害を生ずるということは、環境は悪くなるけれども健康に害がないという、そういうようなさい然たる区別がつく。そういうばい煙とか特定物質とかまたは粉じんというものがあるのかないのか、具体的にどういうことを考えておられるのか、まずお伺いしたい。
○船後政府委員 まず法形式といたしまして、大気汚染防止法のほうでは第二十五条に先生御指摘のとおりカッコの中で政令指定の余地を認めております。これに対しまして水質汚濁防止法の十九条では、有害物質ということで規定いたしております。これは両方の規制のしかたが違うところから出ているわけでございまして、水質汚濁防止法のほうでは物質をもっぱら健康にかかわる被害が生ずるおそれがある物質と生活環境にかかわる被害が生ずるおそれがある物質というふうに区別しておりまして、前者を有害物質、かように定義しておるわけでございます。ところが大気汚染防止法のほうでは健康と生活環境、両者に被害のおそれが生ずるというふうなことで規制物質を規定いたしておりますので、今回の無過失責任はもっぱら人の生命または身体被害ということに着目いたしておりますので、大気汚染防止法のほうでは生活環境のみにかかわる被害の生ずるおそれのある物質は政令で除外するという道を開いているわけでございます。 具体的にどのような物質が考えられるかということでございますが、まず粉じんの中でたとえばそのもの自体が害がないという小麦粉の粉じんのようなものがあるいはこれに該当するのではないか、かように考えておりますが、そういった点についてはなお今後十分科学的な証明等によりまして具体的に定めてまいりたい。この政令がない限り一切の規制物質は対象になるわけでございます。
○青柳委員 政令できめられない間は二十五条二項の問題もストップされているという状況ではないような説明ですから、その限りにおいて慎重に政令でもって除外するものを検討する。だから一般的にこの「ばい煙、特定物質又は粉じん」というものは生活環境のみにかかわるものでなくて、現在指定されてあるものは人の健康に害があるというふうに見られる。そういうことであれば、軽々にこの除外さえされない限りは、相当広範囲なものであろうとの理解ができるわけでありますけれども、何かこの規定のしかたから言いますと、そういう除外するものがまず政令できまらない限りは、有害物質、正確に言えば健康被害物質というものはきまらないみたいな解釈も成り立って、したがっていつまでたっても政令に依存されたままで無過失責任というものは発動してこないというようなおそれがあるように思ったのでお尋ねをしたわけです。 それから午前中の同僚委員からの質問で、複合公害について質問がありました。それに対する答えで、それは二十五条の二なのかと言ったら、そうじゃない、二十五条そのものだという説明だったので、私もそういう解釈も成り立つのかなと思いましたが、二十五条第一項によりますと、「人生命又は身体を害したときは、当該排出に係る事業者は、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。当該排出に係る事業者」ということばが使ってあります。日本語は御承知のとおり複数か単数か全然わかりません。外国語は必ず複数であることがその文字自体でわかるのでありますけれども、事業者というのはこれは単数の事業者をさすのか、複数の事業者をさすのか、あるいはそのいずれをもさすという意味なのか。この複合公害というのは、一人の事業者が二種類以上の有害物質を発生しておる、そういう場合にも複合でございましょうけれども、普通複合というのは二つ以上の事業者が同じような有害物質を時を同じうして排出している、回し地域においてそれが行なわれるために重なり合っていずれが原因であるか必ずしも明確には区別がつかないし、あるいは一つだけでは損害は生じないかもしれないけれども、二つ以上が合体することによって損害というものが現実にあらわれてくる、そういうのを複合公害というふうにいっていると思うわけですね。したがって、午前中の答弁のように、複合公害というのは、二十五条が無過失責任として規定しているんだということになれば「当該排出に係る事業者」というのは複数の場合を考えているというふうに解釈せざるを得ないわけですね。はたしてしからば、この複数の事業者はともに無過失責任を負うということになるわけでありますが、この責任はいわゆる不法行為における連帯責任と同趣旨に解釈されるのか、それとも責任は各自単独に連帯はしない、自分の加えた損害の分だけを負うんだというような分割的なものと考えているのか。立法者はこの点をどう考えているのか、まず明らかにしなければならぬと思うのですね。われわれ国会がどういうふうに考えてこれを議決したんだということを、当然この法律を適用する人たちは参考にするわけです。だからまず提案者にこの点について明確な答えを得ておくことが、国会審議をやる者の責任として当然なすべき義務だと思うのです。これをお答え願いたいと思う。
○船後政府委員 いわゆる複合公害は、法律的な概念ではなくて事実的な問題として実は午前中の御質問にお答えしたわけでございます。普通複合公害といわれる内容につきましては、二以上の物質が合わさって一つの被害を初めて生ずるというふうな場合にもこのことばを用いておるようでございますし、また発生源がたくさんある、一つ一つの発生源ならば被害が生じないが、多数の発生源から出てくる物質が合わさって一つの被害が生ずる、こういうふうに使われておるわけでございます。 そういった意味の複合公害をこの法律のどこで取り扱っているのか、こういう御質問でございましたので、第二十五条では、およそ健康被害物質というものは、この大気汚染防止法なり水質汚濁防止法で規制の対象としております物質は、たとえばSO2のようにいわゆる複合状態で被害を発生するという物質も、すべて二十五条で対象の物質に取り込んでおりますということを私お答えしたわけでございます。 ところが、法律問題といたしまして、二以上の事業者が共同不法行為になるかどうかという問題は、民法七百十九条の問題でございます。民法七百十九条の共同不法行為の成立の範囲ということにつきましては、これはいろいろな判例もございますし、学説もあるわけでございまして、どういった要件があってどのような場合に七百十九条の共同不法行為が成立するか、この点につきましては、私よりは法務省のほうからお答えいただくことにいたします。
○古館説明員 共同不法行為の場合に、民法のように全額について損害を賠償する義務を負うのか、あるいは各行為者が分割責任を負うのか、この関係で二十五条の二の解釈がどうなんだという御質問の御趣旨であると理解しておりますけれども……。
○青柳委員 答弁最中ですけれども、先回りして私の質問をしていないことを答えようとしていますからちょっと……。 私の言っているのは、二十五条の一項が複数の加害者を予定して規定されてあるかどうかということだけに答えていただけばいいのです。
○古館説明員 おっしゃるとおり、二十五条の二をあわせ考えますと、二十五条は事業者が単数の場合を予定して規定しておるというふうに理解しております。
○青柳委員 これは先ほどの環境庁のお役人の説明で、二十五条が複数公害という意味は、二つ以上の加害者がいる場合のことまでを考えてやったわけでないというような答弁でございますから、あげ足をとるわけではない意味において積極的に理解しますけれども、なるほど二十五条の一項は複数か単数かわからないけれども、その他何々した者はとか何々する者というふうなときには、いつも単数をさしているようでございます。だから「当該排出に係る事業者」というのはこれは単数だろうと私はこの場合思うわけですね。だからこれが複数になった場合にどうするかということは、別な規定をまたなければいけないのだろうと私は思います。 そこで二十五条の二のほうに移らざるを得ないわけでございますけれども、二十五条の二を問題にする前にとうして二十五条で第二項を——このような二項じゃありませんよ、一項を受けて第二項を、鉱業法百九条二項のような規定を設けなかったのか。これは立案者にお尋ねしたいわけです。念のために鉱業法百九条第二項を読み上げてみますけれども、「前項の場合において、損害が二以上の鉱区又は租鉱区の鉱業権者又は租鉱権者の作業によって生じたときは、各鉱業権者又は租鉱権者は、連帯して損害を賠償する義務を負う。損害が二以上の鉱区又は租鉱区の鉱業権者又は租鉱権者の作業のいずれによって生じたかを知ることができないときも、同様とする。」という規定であります。これはまさに無過失損害賠償責任が単数の加害者にあるばかりでなく、二以上の加害者によってなされた場合には連帯して損害を賠償しなさい、無過失損害賠償責任についても共同の作業といいますか、共同の行為——不法という文字はあえて避けます、不法行為とはいわないですね。ついでながら申し上げますけれども、無過失損害賠償のときに不法という概念あるいは違法という概念を入れてくると、これは民法の不法行為のほうに還元してしまいまして、無過失損害賠償責任という制度の本来の性格が失なわれてまいります。だから、要するに無過失損害賠償責任が認められる場合には、複数のときは連帯だよ、これはちょうど不法行為の場合でいうならば、共同不法行為の連帯と同じように対応するものである、こういう理解だと思うのです。これはりっぱに法律上成り立つわけだ。にもかかわらず、この大気汚染防止法とか水質汚濁防止法の無過失責任の制度を設けるにあたって、あえて鉱業法百九条二項のごときものを入れなかった理由、そしてまたあとからこの二十五条の二についてはお尋ねしますが、二十五条の二のようなものを入れたというねらい、これは一体どこにあるのか、これを説明を願いたいのです。
○船後政府委員 御指摘のように、鉱業法とか水洗炭業法では、二以上の事業者が云々という規定があるわけでございます。この鉱業法等の場合におきましては業種が特定されておりますし、また場所的にも限定されておりますし、事業者の数も比較的少のうございます。しかし、一般的に大気の汚染あるいは水質汚濁による公害被害、健康被害というものを考えました場合に、場所的にもかなり広がってまいります。また業種も限られません。そういった場合の複数の事業者の行為、これが共同して損害を引き起こす、この場合の賠償責任を問うのはやはり民法七百十九条の規定の適用にまつのが妥当である、かように判断いたしまして、鉱業法のような規定を設けず、民法に譲った次第であります。
○青柳委員 たいへんな詭弁があるのですね。たるほどいま御指摘の鉱業法その他等々の特定の企業についての被害というものはわりにはっきりしておる。これは共同して寄与するような場合が比較的認定しやすいというだけの問題であります。認定しやすいのは連帯責任をきめてもよろしいけれども認定しにくいのには幾ら認定しいい場合があったって、それは連帯責任ということは無過失損害賠償については認めないのだ、こういう議論に帰着するわけだと思うのですね。七百十九条にいく以外にないという、たいへんな論理の飛躍がそこに出てくるわけです。二十五条の二あるいは改正されようとしている水質汚濁法の二十条にこの七百十九条というものを導入してきた根拠が一体どうであるかをお尋ねするのですが、七百十九条というのは、言うまでもありませんけれども、これは不法行為の一形態なんですね。無過失責任というようなものではなくて、故意、過失があって、そうして不法行為というのが成立するわけです。故意、過失のないところに不法行為というものはあり得ないのですね。無過失というものに不法行為というものはなじまないわけなんですよ。ところが無過失という羊頭をまず二十五条で掲げておいて、二十五条の二で狗肉をわれわれに買わせよう、がらっと不法行為の原理をここへひそかに入れてきて、二人以上の場合はもう民法の七百十九条にいくのだよ、そんなものを入れてもらわなくたってわかり切った話ですよ。もし複数の無過失責任制度というものを認めないというのであるならばやむを得ないから、当然不法行為の原理へ戻って七百十九条が適用されなければならぬのはあたりまえの話で、いま四日市の公害の問題で訴訟しているのは、まさにそれでいく以外にないという立場でやっているのだろうと思うのですね。水俣や阿賀野川の場合あるいはイタイイタイ病の場合などは幸いにして加害者が単数でございましたから、七百十九条は使う必要はなかったかもしれませんけれども、これからも無過失責任制度で複数の加害者がある場合に、何の規定もないということになれば、やむを得ず七百十九条にいってそこを立証して、共同不法行為を立証することによって連帯責任を問うということにならざるを得ないのはあたりまえの話です。これは非常に残念だけれども、そうならざるを得ない。ところが二十五条の二というものを設けて、これであたかも二以上の事業者の行為の場合には民法七百十九条は適用されるのだよ、しかもそれは特例を設けて、連帯じゃなくなるのだよ、これは一体被害者を救済するための制度なのか。二十五条の二あるいは水質汚濁防止法の二十条というのは民法七百十九条の特別法をつくろうというねらいであろうと思うのですね。すなわち民法七百十九条ならば、原告側が複数の被告を相手にして、おまえたちの共同不法行為によって原告はこのような被害をこうむったのだから、お互いに連帯して責任をとれ、賠償はしなさいという請求を裁判所に出しますね、ところが大気汚染防止法によってあるいは水質汚濁防止法によってわれわれは特例を設けられておるのだから、連帯の責任はないのだといって、この二十五条の二や二十条を援用してくるわけですね。そういうことにならざるを得ないと思うのですが、この点について何か弁明の余地があるのかどうかお答え願いたいです。
○古館説明員 二十五条の二の趣旨でございますけれども、これは個々の事業者が二十五条の要件を満たし、その結果、しかもその行為者間の行為の間に関連共同がありますると、共同不法行為の責任を負うという趣旨でございます。そういう趣旨からいたしますと、まず第一点に、七百十九条の場合の、個々の行為者について不法行為の要件の中に故意、過失の要件は要らないというのが第一点の趣旨でございます。それから第二点はこの場合の賠償の範囲でございますけれども、賠償の範囲は健康被害に限られるわけでございます。その場合にその各行為者が七百十九条のように各自全額について賠償責任を負うかどうかという問題でございます。この場合にはこの二十五条の二が適用されますると、ある者は全額について賠償責任を負わなくてもいいということになろうかと思います。しかしそのほかのものは全額について賠償責任を負う。その関係で連帯関係になってくるということでございます。しかもこの二十五条の二は民法の七百十九条の特別法——一般法と特別法つまりこの二十五条の二の要件を満たしますれば、七百十九条は適用はないというものではございません。七百十九条の適用のある場合には七百十九条の請求をしてもよろしいし、七百十九条の立証が困難な場合には二十五条の二の請求をしてよろしいというふうに私ども理解をいたしております。
○青柳委員 これは法律家ならばそういう解釈は絶対にしないですね。このような規定は七百十九条というものをそのまま、なまのまま援用しているわけですからね。この七百十九条の特例を設けたものだというのだったら、まさにこの公害についてはここにきめられているような大気汚染とかあるいは水質汚濁防止法とかいうような、そういう公害に関しては七百十九条の例外を設けたのだとしか理解できないと思うのです。というのは、環境庁が昭和四十七年三月、第六十八回国会に「大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案関係資料」として出されたものの第二に、「大気汚染防止法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案要綱」というのが横書きでありますが、それの三というところを見ると、「損害が二以上の事業者の事業活動によって生じ、かつ、当該損害について民法第七百十九条第一項の適用がある場合において、」これは「かつ、」ですね。だから二つ以上の事業者の事業活動によって損害が生じたという事実があって、なおかつ、それが民法七百十九条一項の適用がある場合——七百十九条の第一項の適用というのは意思共通ということなんですよ。七百十九条は意思共通があるということを前提とした共同不法行為なんですから、だから意思共通をこの規定で除外しているのだ、全然知らずに複合しちゃった場合、競合した場合これでいくのだというようにはとても読めないですね。それだったらそれらしく規定しなかったら、これは裁判の判例を非常に混乱させる結果におちいると思うのです。これは別の書き方をしなければいけないと思うのです。民法七百十九条なんということをここへ持ってくるのではなくて、たとえば社公民でお出しになったあの立法のように、こういう「七百十九条」なんという文字を除いて「損害が二以上の事業者の事業活動によって生じたときは、各事業者は、連帯してその損害を賠償する責めに任ずる。」というようにやって、そしてしんしゃくをするのならその上でしんしゃくをする。これでなければ筋は通らないですよ。いまのような詭弁を弄して、それこそ三百理屈のようなことを言ったって裁判所はとうてい原告の主張を認めてくれません。いまあなたが言われたようなことを後生大事に、国会の論議で法務省の役人はこういう説明をしているからこれはそういう趣旨なんだと言ったって、裁判所はそうはとらないかもしれない。とるという保証は一つもないですよ。むしろ逆にとる。これは公害発生者を保護した規定である、二十五条の二というのは。だから私は、これは羊頭を掲げて狗肉を売るようなものであるばかりでなく、毒まんじゅうのようなものだ。二十五条で無過失責任を設けた、その中へひそかに二十五条の二のようなものを入れて被害者を困らせる。困らせることについては午前中同僚の委員から、これは一体利益となるのか不利益になるのかと言ったら、何とも言えないような答弁であったと思いますけれども、まさにこれは被害者に不利益になる規定として作用することは明白だと思いますが、この点重ねてお尋ねいたします。
○古館説明員 二十五条の二で七百十九条の適用を前提にしているということになりますと、一番問題になりますのは各行為者間の行為に関連共同があるかどうかということかと思います。この関連共同につきまして、民法の七百十九条の解釈につきましてこの関連共同は共謀はもとより共同の認識も必要ない。つまり主観的共同関係は要しない。客観的に行為が関連共同しておればよろしいということになっているわけでございます。それが七百十九条の一般的な解釈、通説かと思います。また判例も傍論ですけれども、そういった判断をいたしております。そういうことで非常に広く共同不法行為が認められる、解釈上あるいは判例上認められているというようにいえようかと思います。この関係は公害の場合でも同じだろうと私は思います。そういうことになりますと、この二十五条の二で七百十九条の適用を前提といたしましても、相当広く共同不法行為が認められるというふうに考えております。 それから、ここで七百十九条と違いましてしんしゃく規定を設けるということは被害者に不利益か利益かという問題でございますけれども、法律的に抽象的に考えてみますと、七百十九条の場合には加害者全部につきまして各自賠償義務を負わせる。これは二十五条の二の適用があります場合にはその一部のものについては全部賠償義務を負わせないということになりますから、そういう意味では七百十九条のほうが被害者の利益に厚いといえようかと思います。
○青柳委員 いま解釈論だか何か、判例あるいは学説などを引用されて、七百十九条は不法行為なんだけれども、主観的な要素については何か無視しているようなのが大勢である。だからこれは無過失損害賠償と同じ規定であると言わんばかりのごまかしの議論がなされたと思うのですね。しかし共同不法行為というからには不法なんです。無過失責任は不法じゃないのですよ。これは社会立法として不法とか違法とかというのとは別なワクの中で、とにかく賠償するのが公平の原則でもあるし、社会立法としても妥当だというところで何か道義的な責任を追及しようというのではないと私は思うのです。あえて道義的責任を追及しようとしてもそれはかまいませんけれども、少なくとももっと理論的といいますか、ドライというとちょっとおかしいのですけれども、要するに産業公害を発しているものは、自分が基準をよく守っているとかあるいは非常に注意をしているとか、決して悪意はなかったんだというようなことを言って免れることはできませんよということでこの無過失損害賠償というのがあるわけです。ところが不法行為はそうじゃないのですね。これはやはり道義的に責めらるべき行為ということが前提になって、これは刑事責任にも転嫁する可能性のあるものが不法行為なんです。ところが、公害罪というのも一昨年できましたけれども、公害罪とこの無過失損害賠償と必ずしも同じ改正ではないのも御承知のとおりです。したがって、七百十九条の一般的な扱いとして、主観的な要素はもうあってもなくても同じなんだというのが一般的だから、これを複数の無過失責任にそのまま適用できるんだというような解釈はこじつけだと思います。だから私は、さっきあえて言いましたように、損害を生じ、かつ不法行為が成立した場合ということを言っておられるのもまさに決して偶然ではないと思うのです。たとえばこの趣旨説明を読んでみましても、「第二に、損害が二以上の事業者の共同不法行為によって生じた場合において、」、共同不法行為と必ず言っております、あくまでも不法行為という概念です。だから私が先ほど申しましたように、鉱業法の百九条の二項のような、それから社、公、民の提案されたようなああいう形のものを設けておかないと、これは非常に不徹底なものであるばかりでなく、むしろこれが有害な作用をなすというふうに考えざるを得ないと思います。 それから損害が発生した時期が、健康被害物質の指定の後にあれば別に問題はないようでございますけれども、しかし原因が指定以前にあった場合にどうなるか。それから、経過規定といたしましても、これは排出が施行前にあってそして損害が施行後に生じたというときには適用されるのかされないのか。鉱業法などの規定とのつり合いを考えましても、この点は被害者に有利に解釈するとすれば、少なくとも、損害がこの法律の施行後に発生したとするならば、原因はその以前であっても適用される。だから、経過措置、附則の2「排出による損害については、」というのは、排出の時期と損害の時期というものを何か同時であるというふうにはなかなか言いかねる、公害の場合には。むしろここには一定の時間的な経過があるわけですね。排出されてすぐ損害が出たというような単純なものじゃありません。だからこれは、排出自体がこの法律施行の後あるいは有害物質として指定された後でなければ適用されない。どうも、二十五条の二項とかあるいは十九条の二項では、なった後に初めて排出があり、そして損害が出る、こういうことのようでありますけれども、少なくとも経過についていうならば、これは排出が法律施行前にあった場合であっても、損害が施行後に発生したときにはこの法律を適用するというふうに解釈できるのかどうか、これもお尋ねしたいと思います。
○船後政府委員 経過措置につきましては、この新法の規定は、施行前の排出につきましては従前の例によるとなっておりますから、施行後の排出、それによって生じた被害というもののみ新法の規定の適用がある、つまり一般的には不遡及の原則によったわけでございます。
○青柳委員 まあ、あまり疑義のないような書き方にはなっておりますけれども、しかし、排出で損害がいつ生じたということにはもう触れないのだ、だからいまままでにすでに排出され、これからも後に損害が生じた場合、あるいはすでに排出が行なわれ損害もともに生じたという場合は、もう従来どおり無過失ではなくて不法行為でやってくれ、こういうことのようでありますが、このように不遡及の原則を墨守しなければならない何か合理的な根拠というものがあるのかどうなのか。ほかの立法例などによれば、必ずしもこれは、遡及さしたからといって罪刑法定主義のような厳格な規定によって縛られるということはないのだから、これという弊害もないのじゃないか。むしろ、いままで長い間放置されてきた企業の責任というものを、この法律ができることによってさかのぼって容易に追及できるという道を講じたほうが徹底しているのではなかろうか。特にこの弊害があるというならば、それを聞かしていただきたいと思うのです。
○船後政府委員 今回の改正は事業者の排出が無過失でありましても、よって生じた損害には賠償の責めに任ずるということでございますので、このように、国民に権利を制限しあるいは義務を課するというような規定につきましては、一般的にこれを遡及させない法的安定性の上からもそのような原則がございますので、それに従ったものでございます。
○青柳委員 何かこのような、最初に言いましたようにきわめて有害だという立法であるとすら批判されているのを、早く通してしまわないとこれからも起こるであろうのも施行後でなければとらえることができないから、とりあえずこれでも早く通しておいたほうがいいだろうという、そのえさに使われているような感じがするんですね。法的安定などといいますけれども、いまこれだけ問題になっている時期に、この法律ができるまでは、故意過失の立証がなかなかむずかしいだろうから、かってにやれというような気分でいるのに、これができたらさかのぼられるのじゃたまらない、法的安定が害されるのだというふうに考えている人たちがいるだろうかということなんですよ。いまからすでにこの点は自粛自戒をしているわけなんだから。過去にさかのぼって二十年も三十年も前までさかのぼらせるということにもしあれがあるならば、これは別ですよ。三年の時効とかあるいは二十年の時効というのを設けてあるわけですから、あまり無際限に過去にさかのぼるという危険性はないのであって、弊害はちょっと考えられないと私は思います。したがって、この遡及の問題については、やはり社公民が出しておられるように、損害が法律後に生じた場合には、原因は法律施行前であってもなおかつ適用するというようにするのが次善の策ではなかろうかというふうに考えます。この点は見解の相違になってしまいそうですから、これにとどめておきます。 さて、あとは因果関係の推定の問題ですが、これは無過失損害賠償責任制度を設ける場合の非常に重要な部分だと思うのです。目玉といえばまさにこの辺のところにあるのではないかというふうに考えます。一昨年の公害国会で、公害罪をきめる際に非常に論議の対象になったのですけれども、しかしあの推定規定は通過したわけです。あれは危険が発生するという状況をつくり出す場合に推定が働きますが、今度の場合は損害が発生するという場合ですから、危険というような抽象的なものよりは、損害ですからもっとはっきりしたものになると思うのです。損害が立証された、その原因をなしているものは何か、それは有害物質である、その有害物質は一体どこから出てくるかというところが、この因果関係の推定の根本だろうと思うのですね。だから、損害の原因が有害物質であることまでを推定するなどということはちょっと考えられないことであって、それは被害者の、いわゆる原告のほうで、自分の病気が出たのはカドミウムならカドミウムのせいである。さてそのカドミウムは一体どこから出てきたか。天然にあらわれたわけではなくて、上流のほうにある企業があって、そこでカドミウムをたれ流してきた。その結果として、自分の体内にカドミウムが蓄積せざるを得ない結果になったんだ。これは水銀の場合でも同じだろうと思うのですが。だからこの原因をつくった人間がだれかということを推定いたしませんというと、被告にされた企業は、自分のところでもそのような有害物質を出していることは否認できないから、これは認める。しかし自分のところのものではないというような詭弁を弄しまして、他に原因を転嫁しようとする。こうなってまいりますと、せっかくこの有害物質を出している人間に、その責任を追及しようとしても、彼らはそれを回避するために、いたずらに訴訟を遅延させながら他に責任を転嫁するという抗弁を成り立たせる。だから故意過失の点で問題のなかったイタイイタイ病の場合でさえも、原因が三井鉱業所ではない、そういう抗弁で二年も三年もむだな時間を費やしたというようなことがあるわけなんですね。だから排出をしている企業は、まず自分の責任ではないということを立証しない限り、言ってみると悪意の推定を受けるといいますか、責任を第一次的に負うべき立場に置かされてくる。疑わしきを立場にある。疑わしきを罰するというんじゃなくて、疑わしいから、おまえのほうで疑わしくないというのならば、積極的に反証をあげて自分の身の潔白を明らかにすべきである。これは民事の場合は決して民主主義のルールに反するものではないと思うのです。刑事事件でそんなことをやったらたいへんでございます。だから私は、これをどうして避けたのか、どうも最も目玉ともいうべき部分が避けられてしまう、この点についてはもう何ら触れるところがないというこういうもので無過失責任法が成立したんだということでは、これは国民をはなはだしく愚弄する結果になるんではなかろうかというふうに考えます。これは野党だからそういうことを反対せんがために反対しているんだというんではなくて、大方の世論は、普通の商業新聞などのマスコミの論調など見ましても、この点は強調されているところだと思うのです。だからなぜ、せっかくそういう趣旨で出発した環境庁の原案というものが、最終的にはこの部分ついては触れないということになったのか、何か積極的にだめになる理由があったのか、その説明をできるのでしたらしていただきたいと思う。
○船後政府委員 環境庁の当初の原案で考えておりました因果関係の推定規定は、因果関係のすべてにつきまして推定をしようとするようなものではございません。先生も御指摘がありましたように、物質と病気との関係、いわゆる病因度、あるいはその物質が当該企業から排出されておるということ、排出の生成、排出のメカニズムという点につきましては、これは何ら推定いたしておりません。ただ排出された物質が被害者に到達するいわゆる汚染経路につきまして、一定の要件のもとに推定規定を設けようとしたものでございます。ただこのような法律上の推定規格を設けますと、その推定規定をめぐりまして、一方では被害が生じ得る地域に同種の物質云々という規定でございますので、被害が生じ得るということにつきまして、あるいはこれがきわめて微量の排出であっても、他と合わさって被害が生じ得るという場合にはこの推定規定が働く。あるいはまた逆に、被害が生じ得るかどうかにつきまして、いわゆる濃度論争というようなものが生ずるという問題が出てくるわけでございます。また因果関係につきましては、最近の判例動向が被害者因果関係のすべてにつきまして厳密な科学的立証を要求いたしておりません。これは神通川の裁判におきましても、また阿賀野川の裁判におきましても、たとえば状況証拠の積み重ねにより、関係諸科学との関連において矛盾なく説明できればよいという、いわば蓋然性の理論でもって因果関係の証明といたしておるわけでございます。そういうことでございますので、現段階で因果関係の推定規定を設けるとすれば、一つの代表的なケースを取り上げまして法律構成せざるを得ないのでございますが、そういったことが、現在のように判例の集積も少なく、今後判例動向の進歩にまたねばならない面が多分にある現状におきまして、法律上の推定規定を設けることはかえって判例動向を決定づけるというようなことになりはしないかというような議論もございまして、種々勘案いたしました結果、因果関係の推定規定は今後の問題といたしまして、判例の積み重ねを待って、その上でもって成文化をはかるという方向で処置したいということから出たものでございます。
○青柳委員 まあ判例が幸いにして被害者に有利な方向に動いてきております。最近には神通川のイタイイタイ病の控訴審の判決も出される。だから、上級審においてもおそらくは一審の判決と同じように、因果関係の問題についても結論が出るんだろうということでわれわれ期待しておるのですが、判例だけに私どもはたよっていていいのかどうか。判例がいいから、むしろそれをチェックするような作用をするような立法はすべきではないと言われると、これは何だかちょっと、国会というのはきわめて反動的なものであって、司法の裁判のほうが進歩的であるかのごとき錯覚におちいるのですが、われわれは必ずしも国会が裁判所の判断にまかせていいかげんな法律をつくっておればよろしいというものではないと思うのですよ。むしろ立法者が裁判の動向を左右していくというくらいな先駆的な役割りをしていいんではないかと思うわけです。だからいま言われたように、濃度論争に入ってしまう危険性があって、せっかくそういうことを裁判所が状況証拠できめていこうとするのをチェックするような結果になりはぜぬかという議論は、これは一見すれば、まさに裁判所のほうが先へ行く可能性があるのに国会が足を引っぱるようになるというふうな議論にもなりそうですけれども、私は、濃度論争になるかならないかということも、規定のしかたいかんによっては防げるのじゃないかというふうに考えます。たとえば特定の企業の排出する有害物質だけで科学的に判断して、この程度の被害はできるというその可能性が認められる場合には、その排出をしている企業はまず一次的な責任者とされるのだということであるならば、そこには濃度論争の起こる余地はないと思うのですよ。もちろん距離という問題、これはあるでしょう。まさか熊本の水俣病の原因をなすものが他の地域、そういう水と関係のない、極端なことを言えば、東京のほうに原因があるなどということがあり得ようはずがありませんから、それは地域的な問題はありましょうけれども、適当な知恵を働かせて、そして推定規定を設けておく。推定ですから、これは客観的な真実を必ずしも言い当てているとは限りませんけれども、蓋然性についてはまず論争の基礎をつくり上げる、それを例外的なものというふうに言おうとする者のほうで主張すればよろしいのであるから、決して、論争が長引いて裁判所の判断をチェックするというようなことにはならないというふうに私は考えます。ですから、この点何か、除外してしまったのは公害罪法のときにも、やはり財界あたりであの推定規定に対しては相当の抵抗があったというふうに聞いておりますけれども、この推定規定を除外するについても、企業側のほうからの何か工作が働いたんではないかといううがったような解釈がむしろ真相をついているのではなかろうかと思うのです。だから私は、この点だけは、明確に言って、この立法をもう一歩も二歩も改めるという態勢でいくべきではないかと考えるわけです。 時間が参りましたので、これでやめます。
○田中委員長 以上で青柳君の質疑は終了いたしました。 本日の質疑はこの程度にとどめ、次回は、来たる十六日火曜日、午前十時理事会、午前十時三十分から委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後二時五十七分散会