沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第13号
- 発言数
- 51 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1972/05/19
会議録
○床次委員長 これより会議を開きます。 この際、山中沖繩開発庁長官、玉置沖繩開発政務次官及び岡部沖繩開発事務次官から、それぞれ発言を求められておりますので、これを許します。山中沖繩開発庁長官。
○山中国務大臣 皆さま方の長い間の御協力、御激励を受けながら、数多くの沖繩問題の施政権下における処理を進めてまいった者として、今回、沖繩の復帰に伴い、開発庁長官の任を与えられましたこと、初代長官として身の引き締まる思いでお引き受けをいたした次第であります。 沖繩の問題は、五月十四日が終わりではなくて、県として新しく生まれ変わる五月十五日からが事実上の始まりであります。そして、この開発庁設置に対して、沖特はもちろんのこと、国会の各委員会等において議論をされました点は、私どもは意見の相違は存在したとしても、そのことは謙虚に、そして深く心に刻み込んでおかなければならない数々のことがあったと思います。 その最も尤たるものは、この沖繩開発庁の設置並びに現地に総合事務局を設置することにより、新生沖繩県の自治を侵害するおそれはないか、この点はどこまでも私たちが深く戒心をし続けていかなければならない、みずからを戒める大きな問題点であろうと考えます。もちろん法律の内容も、すべて当然与えられるべき地方自治体の長の権限を侵しているものはない法律をつくったつもりでありますけれども、しかし、現実の予算の運用なり、その他の行政の展開にあたって、国に開発庁長官があり、そして開発庁が存在をし、現地に出先があることによって、ほかの県と違った国家権力の圧力というものが地方自治体に有形、無形に加わることがありますならば、私たちは沖繩に対して祖国のかつての償いをすべき立場として、ここに全責任をあげて開発庁の重責を果たしていかなければならない立場から考えて、絶対に許されないことであると考えております。もしも沖繩県が、そして沖繩の市町村が、開発庁並びに沖繩事務局によって、自分たちの自治が現実に侵されるというようなことがありまするならば、私は、政府はみずから開発庁を廃止する法案を国会に出すくらいの決意を持たなければならぬと考えておるわけであります。 私自身は、微力であり、若輩でありますが、この祖国の使命というものを果たす責任者として、その一切の条件を克服して、私たちが沖繩に、県に対し、県民に対し、何をなし得るかについてこたえなければならないと思います。全力を尽くして償い切れないとしても、しかし沖繩県民の方々から、五年先、十年先、五十年先でもかまいません、その誠意を認めるというお許しを得るまで、懸命の努力を続けるつもりであります。よろしく御指導のほどお願いいたします。 なお、政務次官の人選については、参議院の若手の活力あふれる働き手、玉置君に来てもらいました。事務次官には、今日まで対策庁長官として非常な苦労をいたしました、人間的にすぐれておると私の判断いたしておりまする岡部君を事務次官に任命をいたしました。皆さま方の相変わらぬ御支援、御鞭撻のほどをお願いいたします。私もかわってお願いを申し上げておきます。よろしくお願いします。(拍手)
○床次委員長 玉置沖繩開発政務次官。
○玉置説明員 今回はからずも沖繩開発の政務次官に就任いたしました玉置和郎であります。よろしくお願い申し上げます。(拍手)
○床次委員長 次に、岡部沖繩開発事務次官。
○岡部説明員 沖繩復帰にあたりまして、至りませんことばかりでございましたのに、皆さま方の御指導、御鞭撻をいただきましたことを厚く御礼申し上げます。また、このたびはからずも開発庁の設置にあたりまして、過分にも事務次官を拝命いたしました。心を新たにし、精魂を込めて、この仕事に当たりたいと考えます。どうぞ格別の御指導のほどお願い申し上げます。(拍手) ————◇—————
○床次委員長 沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。 この際、北方問題について政府から説明を聴取いたします。有田欧亜局長。
○有田政府委員 日ソの懸案事項について御説明させていただきます。 委員会からの資料の要請によりまして、お手元にお配りした資料がございますかと思いますが、項目的には日ソ間の懸案事項の最たるものは、御承知のように、本年内に開始を予想されておりますソ連との平和条約の交渉でございます。以下のそれ以外の問題は、日ソ間で毎年交渉あるいはいろいろ詰めを行なっております諸懸案でございまして、項目を申し上げますと安全操業の問題でございます。次に漁船拿捕の問題であります。これは安全操業の問題と関連いたします。次に毎年交渉を行なっております日ソの漁業問題でございます。それから、これは人道的な問題として、やはり毎年ソ連と交渉いたしておりますいわゆる墓参の問題でございます。それからさらに、日ソの文化取りきめの締結の問題がございます。これは、先般グロムイコ外務大臣が訪日いたしました際に、文化取りきめに関する交換公文を行ないました。これでこの基本はできておりますのですが、個々の問題につきまして細目の交渉を行なっております。 次に、日ソの貿易拡大の問題並びに経済協力の問題がございます。それからシベリア開発協力問題、最後に、特に私、ここにあげさせていただきましたものは大使館の土地の問題でございます。 以上、項目を申し上げましたが、第一の平和条約の締結の交渉につきましては、国会におきまして外務大臣からお話し申し上げておりますように、先般のグロムイコ大臣の訪日の際に、共同コミュニケにおいて、本件交渉を年内に行なうということに取りきめられました。 また、その平和条約の交渉の内容は、広範多岐にわたる問題が取り上げられるかと思いますが、基本になる問題は国境の画定でございます。いわゆる領土の問題でございます。この先行きにつきましては、やはり大臣から申し上げておりますように、ソ連の態度には若干微妙な変化は認められるけれども、しかしこの問題について楽観をすることは許されない。しかしながら、政府といたしましては、歯舞群島と色丹島に加えて、さらに択捉、国後両島の返還を要求する、この基本線は絶対にくずさないということで対ソ折衝をいたしたいと考えております。 次に、安全操業の問題でございますが、この安全操業の問題は、やはり日ソ国交回復して以来の問題でございます。これは、いわゆる北方水域におきまして、わがほうの漁船がソ連側により年々数多く拿捕される、その理由は領海侵犯とそれから不法漁労の行動でございます。これは、そのつど政府といたしましては抗議をし、釈放を要求しておりますが、ソ連側はソ連側として、これはソ連側の法規を犯しておるものであるから拿捕抑留するのである、日本側においてもこのような事態の起こらないように措置してほしいというようなことを申しております。 概略申し上げますと、現在までの拿捕抑留された者の数、あるいは船の数等につきましては、この資料に出ておりますので省略いたしますが、ほぼ毎年二十件から三十件近くの事件が起こりまして、二百数十人というものが拿捕抑留されるというのが現状でございます。本年一月に入りましても、私の記憶するところでは約九件、五十名近くの者が抑留されておりますが、幸いそのつど交渉しておりまして、現在は抑留されておる者が九名だと思いますし、またこれも、そのうちの若干は送還するということを最近申してきております。 そこで問題は、ソ連側に対しまして、ほかのいろいろな問題は通常の問題として両国間で交渉を行なっておる、しかし、この拿捕抑留の問題は、このように毎年事件が起こる、その間において人死にが出た例もある、これは絶えざる日ソの摩擦の原因として、日ソの友好関係を進めていくために障害になるものである、したがって、その両国の立場は立場として、平和条約を締結するまでの間、実際上このような拿捕抑留の起きないような何らかの話し合いをしようではないか、これが日本政府の立場でございまして、幸い、一昨年、ノビコフ副首相が参りましたときに、正式の交渉に応じようということになりまして、昨年の一月に正式代表団をモスクワに派遣してこの交渉を行ないましたが、しかしながら、その対象水域の問題等におきまして、日ソの間に遺憾ながら見解の相違がまだございます。 その後も、イシコフ・新関大使の間で交渉が重ねられ、昨年、赤城大臣が訪ソいたしましたときにもこの問題を取り上げ、また、グロムイコが訪日したときもこの問題が取り上げられまして懸案として残っておりますが、私どもとしては引き続きこの問題を強力に推し進めていきたいと考えております。 要は、ソ連側は、この問題を単に漁業水域の問題あるいは漁業問題として取り上げておるようでございますが、わがほうの立場は、これは単に漁業場の水域の問題ではなくて、人道上の問題であり、日ソ国交関係の友好関係増進のための障害になる問題として、外交上も重大な問題であるという立場をとっております。 次の漁船拿捕の問題は、ただいま安全操業の問題と関連してお話申し上げましたが、わがほうは常に、この拿捕抑留されている方々の御苦労を思い、留守家族の方々の心境を思い、強力にソ連側に対して釈放の促進を要求しております。昨年末も十四名の方々がソ連に残っておられましたのに対しまして、年末から年初にかけて強力にソ連側に申し入れ、グロムイコ訪日の際に、十四名全員釈放されたという事態でございます。しかしながら、先ほど申し上げたように、この問題は常に繰り返されている問題なので、このような繰り返しが行なわれないようにということで交渉しておる次第でございます。 次に、日ソの漁業問題は、大きく分けまして、日ソ間に漁業条約がございまして、そのワク内で漁業委員会が設けられて、毎年モスクワと東京で交互に会議を開いております。このワク内でサケ、マス、ニシンあるいは底びき等について日ソ間において話し合いを行ない、いかにして資源を保存しつつ最高度にこの資源を両国で利用していくかという観点から、毎年、その漁獲量その他の措置について話し合っておる次第でございます。 これと別途に、従来、この漁業委員会のワク内で話し合われておりましたカニの問題につきまして、別途委員会のワク外でカニの交渉が行なわれております。本年の結果につきましては、さきに新聞紙上等において報ぜられ、また、資料に提示してございますので省略いたしますが、これにつきましても日ソの間に若干の立場の食い違いがあるために、毎年きわめて長期間にわたって交渉を行なっております。 また、巷間、毎年同じような交渉をしないで、もう少し長期安定的に、この日ソの漁業の漁獲量等の問題について取りきめたらよかろうというお話もございます。これも過去十年来の問題でございまして、まことにそのとおりでございまして、わがほうからも数度にわたりこのような提案をしたこともございますが、ソ連側はこれに応じておりません。 次に、墓参の問題につきましては、これはいわゆるソ連の本土におきましては、御承知の終戦後、五十数万にのぼる日本人の捕虜がシベリアに抑留され、その間に数多くの方々がなくなられた、それらの墓所についての墓参でございまして、他方、いわゆる北方諸島におきます墓参は、これはその島々にお住まいになっていた方々の先祖のお墓でございます。この両者につきまして、毎年ソ連側と交渉して墓参団を組織して墓参を実行しておるということでございまして、本年もすでにソ連側に申し入れ、最も気候のよい八月、九月にこれが実施されるように申し入れております。 日ソの文化取りきめにつきましては、先ほど冒頭に申し上げましたとおりに、交換公文において映画祭の相互開催あるいは学者、専門家等の交換、政府刊行物の相互交渉等について取りきめてございます。 以上申し上げたような点は、すでに実質上毎年取りきめを行なって実施されている問題でございますが、今回の交換公文において、それ以外に、実は政府の広報資料の配布という点が入ってございます。従来はソ連の国内におきましては、日本で作成いたします「今日の日本」あるいはグラフ「ジャパン」というようなものを自由にソ連内で配布することができませんでした。一方ソ連側におきましては、日本では「今日のソ連邦」その他の資料を自由に配布しております。したがいまして、日本側でもそのようなことをしたいということをソ連側に申し入れ、ソ連側でも原則的にこの点について同意をいたしたわけでございまして、ただいま細目の取りきめを先方のこのような資料の配布の機構と交渉いたしまして、幾分でもこのような日本の紹介の資料がソ連の国内で自由にと申しますか、従来よりも自由に紹介されるようなことにしたい、このように考えておる次第でございます。 もちろんこの文化交流につきましては、政府間の取りきめでございまして、民間における交流を何ら妨げるものではございませんし、また、事実各種の団体間にすでに広範な交流の取りきめが毎年でき、実行されておりますことは御承知のとおりでございます。 日ソ間の貿易につきましては、すでに日ソ間に通商航海条約がございまして、お互いに最恵国待遇を与えるということを約束し合っていることは御承知のとおりでございまして、これは米ソ間といささか事態を異にしておりまして、日本側といたしましては、ソ連、社会主義国に対して何らの差別的なことは行なっておらない、その上に立ちまして、日ソの間の貿易取りきめをつくっております。これは、共同宣言の発効の直後には一年取りきめであったものが、自後三年になり、一九六六年から七〇年にわたりましては五カ年の取りきめができております。そして、その間に往復約二十一億ドルという貿易が予想されたわけですが、実際にはこの間に二十八億ドル程度のものが貿易された、つまり見通しよりも約七億ドルも超過した貿易を行なっている。その後、昨年九月に向こうのパトリチェフ貿易大臣が来ましたときに、福田大臣との間に七一年から七五年にわたっての第二次の五カ年取りきめを行なっております。これの取りきめには数字はついておりませんが、当時われわれ専門家の予想したところでは、この間に約五十二億ドル程度の貿易が行なわれる、すなわち毎年平均して往復十億ドルの貿易が行なわれるという見通しでございまして、この面におきましてはほぼ順調に推移しているということがいえるかと存じます。ただ構造的に申しまして、若干の時期におきまして日本側が入超の事態を呈しておりましたが、最近一両年につきましてはこの点にかなりの改善が見られます。すなわちソ連側からは非鉄金属、木材、石油その他のような原料物資を日本が非常に買う、またこれは常に需要がありますので少なくならない。一方日本からソ連に輸出しますものについては、プラントものあるいは繊維製品等消費物資等もございますが、これは広範な品目にわたっておりまして、かなりの輸出努力をしないとなかなか貿易が上がらないというようなこともございまして、逆調になるような傾向が従来は若干あったわけでございます。 シベリア開発協力につきましては、これは本会議その他におきましてたびたび取り上げられ、大臣からも詳細に説明しておりますので、特に立ち入ってこの場で御説明は申し上げませんが、チュメニの油田開発の問題におきましては民間の調査団、もちろんこれには顧問として政府の関係者が参加いたしますが、この使節団の現地調査が企画されております。当初は五月中にもということでございましたが、ソ連側の準備の都合等もありまして延期されておりますが、六月中にはこれが実施されることを期待しております。その上に立ちまして、実効性その他の点を十分に検討して、さらに日ソ間において話し合いを続けていく、このような姿になるかと存じます。すでにシベリア開発協力につきましては、極東森林資源開発あるいはウランゲル港の建設あるいは広葉樹チップの輸入、これに関連する機材の輸出等、三件につきましてソ連との間に取りきめができておりますが、チュメニの油田のパイプラインの布設は、従来の協力案件とは比較にならないほどの規模のものでございますので、非常に重要なものかと存じます。 それから最後に大使館の土地問題でございますが、これはモスクワをおたずねくださった方はおそらくよく御存じかと存じますが、モスクワの大使館は百二十年前に建てられた建物でございます。昔の建物でございますから百二十年といってもまだまだしっかりはしておるわけでございますが、何といってもきわめて狭い。まずわがほう在外の大使館中では最も悪条件である、しかもこれは選択の余地がなくて、ソ連の外交団世話部に要請して割り当ててもらっている建物である。このような事態はやはり非常に困るのであって、ただいまソ連側に土地を提供してもらい、そこに新しく事務所さらに公邸をつくるという計画でせっかくソ連に要請しておりますが、制度等の差異その他もありまして、いろいろ困難がありまして十分の進捗がございません。 一方、ソ連側は狸穴に自分の土地を持っておりまして、これも狭い狭いと言っておりますわけですが、東京に土地を求めたいといってもなかなかわがほうでのあっせんにも限度がございますし、非常に高額にのぼるものですから、われわれのほうとしては相互主義ではできないというようなことを申しております。狸穴には最近かなり高層の建物をつくりまして、ここに宿舎等を設営いたしましてやってはおるようでございまして、ソ連側の日本における滞在状況と、わがほうの大使館員のモスクワにおける執務状況というものは大きな格差がございます。今後も引き続き強力にこの事態を改善することにつとめたい、このように考えております。まだ現実的にいろいろな具体的な問題には必ずしもなっておりませんが、ここ数年にわたりまして、この点は重点事項の一つとして外務省としても考えていきたい、このように考えております。 以上、概略御説明申し上げました。
○床次委員長 質疑の申し出がありますので、これを許します。斎藤実君。
○斎藤(実)委員 私は、先ほど日ソ間懸案事項の九項目について説明がありましたが、日ソ問題について、きょうは大臣もお見えになっておりませんので、基本的な問題は大臣が出席をしたおりに御質問したいと思います。 沖繩が返還になりまして、あと領土問題としては日ソ間の北方の問題が残っておるわけです。それで、一月二十七日、日ソ共同コミュニケで、本年中に日ソ平和条約を締結する交渉に入るということで、日本側としても事務的に準備を進めていると思うわけでありますが、具体的にどういう準備をしているのか、まず準備の状況から御説明をしていただきたいと思います。
○有田政府委員 この平和条約の締結の交渉を年内に開始するということは共同コミュニケにうたわれております。大臣も、ことしの秋から末にかけてこの交渉が行なわれるであろう。しかしどのようにして、また、どういうタイミングでやるかについてはまだ定まっていない、これが実情でございます。 ただ、それでは何もしていないのかということでございますが、これは御承知のとおり、共同宣言以来の問題でございまして、問題の所在なりあるいはいろいろのものの考え方というものはすでにかなり明らかになっておるわけであります。これをどのような段取りでどのように進めていくかということは、今後、大臣の御指示を得ていろいろ進めていくべき問題かと思いますが、要は、ソ連の態度がどうであるかということの関連もございますが、これは大臣もいろいろ申し上げましたが、楽観は許さないけれども、若干の柔軟性は認められるようであるというようなこともございます。また、一方では日本政府の立場がある。これがきわめて肝心な問題でございますが、これは先ほども申し上げましたように、歯舞、色丹につきましては共同宣言で、平和条約が締結されるときに日本側に引き渡すと述べておりますが、そもそもこの共同宣言のときに平和条約ができなかったという理由は、わがほうとしてはそれでは不十分である、択捉、国後はいわゆる日本の固有の領土である、これを返還してほしいということを申したわけでありますが、自来一貫してこの立場は変わっておりませんし、今日これを変えるという理由は毛頭ないわけでございます。あくまでも強力にこの点をソ連に要求していくという立場でございまして、この点が一番肝心な問題でございます。いろいろそれ以外にも、日ソ間において平和条約を踏まえて、今後の関係をさらに密接化していくには、あるいは経済協力の問題もございましょう、あるいはその他の問題もございましょう、こういう点は十分話し合える余地のある問題だ、このように考えております。
○斎藤(実)委員 福田外務大臣も、ソ連の態度には微妙な変化が認められる、こういう答弁を国会でもしばしばされておりますので、ソ連に微妙な変化が認められるとこちらで認識をする以上、具体的な問題をとらえてそうおっしゃると思うのですが、ソ連に具体的な変化が見られるというのは、どういうことをとらえてそういうふうに判断をされるのか。
○有田政府委員 お答え申し上げます。 ソ連はいろいろなことを申しておったわけです。この領土の問題につきましても、日本側のいろいろな方がモスクワをたずねられてこの話をしたときに、いろいろなことを申しております。向こうの方が来たときもこの話題を出すとかいろいろなことを言って、たとえば愛知大臣がコスイギンと会ったときには、コスイギン首相は、この問題は他の国に影響がある、いまこの問題を解決するのは適当とは考えない、あるいは従来からにべもなく、この問題は一連の国際取りきめによって解決済みである、このように説明しておりますし、それから日本の国内におきまして、御承知かと思いますが、いろいろ北方の復帰の運動に対しましてソ連の新聞が非難をする。これは復讐主義、一部の者の策動である、これは日ソの関係にいい影響を及ぼさないであろう。また、佐藤総理が国連におきまして、一昨年でしたか、この領土問題について触れましたときに、ソ連の新聞論調はこれを激しく非難をしまして、その後申し入れをしております。いろいろな点についてこれは日ソ関係にいい影響を及ぼさない。当時、日本の政府もこれに反論いたしましてこれを発表されております。われわれとしては、そのような国内干渉には絶対承服できないと強く反発しております。 自後、この問題につきましてソ連側からこのような激しい態度はとってきておりませんし、一切そういったものの論調はない。しかも、この平和条約交渉というものが実際上は国境画定交渉であるということを承知しながら、年内に交渉に応じよう、こういうことはかなり従来の立場からの変化であると思います。 一九五六年に共同宣言ができました。そのときにわれわれとしては平和条約を欲したけれども、しかし平和条約はできなかった。しかし、なぜあの時点で国交を回復したかと申し上げますと、これは御承知のように数十万にわたる日本の同胞をシベリアから帰したい、あるいは国連に加入して、国際社会に復帰して活躍したい、あるいは漁業問題について取りきめを行なって北洋の漁業を行ないたい、いろいろな懸案がございまして、当時共同宣言を採択して国交を回復してこれらの諸問題を解決した。したがいまして今日、日ソ間において残る懸案と申しますれば領土の画定の交渉でございまして、われわれはソ連に対しまして、平和条約なくしては真に日ソ間の安定的な善隣関係は得られない、したがって一日も早くこの問題を解決する、この問題を解決するのはこの四つの島の問題である。このように説明しておりますわけで、これは具体的にどれがどうということは申し上げられませんが、いま申し上げたように、ソ連の立場にはこのように大きな変化が見られる。まあ大きな変化といっていいか、あるいは小さな変化といっていいか、これはわかりませんが、いずれにせよ、変化が認められるということは申し上げられるかと思います。 大臣が微妙な変化が見られるということをお答えになったことも、いろいろ日ソ間のやりとりなり新聞論調その他にかんがみ、あるいはグロムイコが来たときのお話し合いその他によってそのような感触が得られる、このように考えております。
○斎藤(実)委員 いま局長答弁のように、私もそうだと思います。 それで、本年の四月二十四日ですか、駐仏ソ連大使が記者会見をやって、領土問題に触れて、年内の平和条約交渉では進展があるだろうと記者会見で発表している。新聞発表ですけれども……。それからブレジネフ書記長が全ソ労組大会でも、日本と経済、政治両面で平和に成り立つような広範な相互協力を打ち立てて、日本とソ連の両国の問題を発展させる用意があるような発言を新聞報道でされておるわけですね。ソ連にしてみれば、日本と政治、経済の面で友好関係を深めていこうという一つの前進をした態度だと私は思う。そういった中でわれわれも、日本政府としても年内に平和条約の交渉をやろうという態度で、ソ連との微妙な変化の中で、やはり平和条約を結ぶという以上は、先ほどお話があったような領土問題というのは、これは不可欠の条件です。それとあわせて経済問題もあろうし、あるいは安全操業の問題もあろうかと思いますけれども、やはり交渉に臨む以上は、現地の最高責任者と駐ソ大使との間に煮詰まった話し合いというものがどの程度されているのか、領土問題だけで話し合いをしているのか、何らかの対応策をこちらで提示をして話し合いをしているのか、その辺のところはいかがですか。
○有田政府委員 そういう意味では特にコンタクトはございません。しかし、この領土問題の解決、平和条約の問題は日ソの友好関係の一そうの促進を通じて行なうというのが基本政策でございます。したがって、そのような空気のもとで、ソ連の指導者が早急に平和条約をつくり、また平和条約の内容についてはわがほうの要望を入れるということが、日ソの安定的な改善のためにぜひ必要であると判断することを切に希望しております。 いま先生おっしゃいました経済問題につきましても、シベリア開発協力にいたしましても、われわれといたしましてはこれは一応別個の問題である。しかも時々刻々動いている問題でございまして、これにつきましては、いま申し上げましたように、日ソの改善をするということは両国のためにプラスである。したがいまして、これはその時に応じ、その功罪に従って進めていく。また、そのような立場に立ってこそ最終的に問題の解決もされるという、こういう立場に立って行なっておりますから、そのあとの問題についてどういう話し合いをしているかしていないかということにつきましては、ただいま懸案で申し上げたように、そのような懸案については時々刻々話し合いをして進めていくということでございますが、これは平和条約の交渉とはまた別個の問題でございます。このように考えております。
○斎藤(実)委員 日ソの首脳の相互訪問について、時期はいつごろと見ていますか。
○有田政府委員 これは、先生御承知のように、先ほどの、一月二十七日でしたか、グロムイコ訪日の際の共同コミュニケの中に、既存の招待を通じて両国首脳の間の相互訪問を実現するということがうたわれております。首脳とうたわれたところは、もちろん日本におきましては総理大臣ということになりますが、ソ連側におきましては、首脳と申しますときにはいろいろな方がございます。ポドゴルヌイ最高会議議長あるいはコスイギン首相、あるいは場合によってはブレジネフ党書記長、こういう方々がいわゆるソ連の首脳といわれる方です。もちろんそれ以外にも第一副首相、その他の方もございます。こういった首脳の方と日本側との交流が行なわれるということはけっこうなことであるという原則がうたわれたわけであって、この時期がどうなるかということは、これは具体的に双方でそういう希望が出、そういう環境ができたときに外交チャネルを通じてきめられていくべき問題かと思います。高度に政治的な決定を要する問題だ、このように考えております。
○斎藤(実)委員 年内に平和条約の交渉を行なう、こう見たわけですけれども、まだ第一回の交渉ですから、どういうレベルでと大体考えておりますか。
○有田政府委員 お答え申し上げます。 いろいろなレベルが考えられると思います。最高首脳から事務当局レベルまでいろいろなレベルがあると思いますし、またいろいろな形式の問題がありますから、準備ということがございますから、いろいろなレベルでコンタクトが行なわれることは想像されますが、しかし問題の最終的な決定のためには、私がここで感触として申し上げられることは、上であれば上であるほどよろしい、また最終的な結果は首脳の方々の出会いということが一応予想されるということが申し上げられるのではないかと存じます。しかし、最初の段階でどういうアプローチをとるかということについては、まだ一切きまっていないというのが実情でございます。
○斎藤(実)委員 平和条約の最も大きな問題としては領土問題があるわけでありますが、この問題については、福田大臣も歯舞、色丹、国後、択捉四島は、これは断固として返還を要求するという答弁をしばしば国会でもされております。いまの事務的な段階で、この日本の主張をソビエト側に申し入れて、向こうの反応はいかがですか。
○有田政府委員 これが日本政府の要望であるということは、先ほども申し上げたように、日本側とソ連側の、単に政府レベルのみならず、国会のレベルにおきましても議員団の方々のレベルにおきましてもあるいは民間のレベルにおきましても、あらゆる機会においてこのようなことが言われておりますから、ソ連は十分これを承知だと思います。したがいまして、これに対するソ連の態度いかんということは、先ほどの御答弁に戻りますけれども、これについては昔は——昔はといいますか、グロムイコ訪日前若干の期間におきましては、解決済みとか、あるいはほかの国境問題に影響するからこのような話し合いをするのは適当でないとか、あるいはそのような話をするのは国粋主義者の話であるとか、あるいはそういうことを話すのは——ソ連は領土というものは、一度手に入れたら絶対に返すことのない国だとか、これは第三者からのコメントでございますが、そういうようなことを言い言いするというようなことであったわけでございますが、その後、そういうような反響ではなくて、年内に平和条約の交渉をする、しかし、ソ連側はソ連側の主張があるというところが正直のところであると思いますし、外務大臣もおっしゃっておられますように、平和条約の交渉をすると向こうは言いながら、実質その内容の領土の問題になれば、必ずしもこの点は楽観を許さない、従来の態度が変わったというインディケーションはいまのところはっきりしたものは全くないということが正直申し上げて実情だと思います。しかし再々申し上げておりますように、この点は、日本の要望を入れて平和条約をつくることに対するソ連側の評価の問題につながってくる問題でございまして、われわれとしては、この点を踏まえてせっかく努力したいというのが正直のところであります。
○斎藤(実)委員 政治的な判断を要することが非常に多いので、私はこれ以上の質問は差し控えたいと思いますけれども、先ほど墓参の件については、八月、九月ころということで交渉している。局長も御存じのように、昨年は墓参ができなかった。人道上の問題としてこれは強い引き揚げ島民の要望があるのですね。現在の交渉の段階として見通しはいかがですか。
○有田政府委員 お答え申し上げます。 四月に申し入れをいたしましたが、その後ソ連側からまだ回答が来てないというのが実情でございます。しかし、昨年この北方諸島につきましては外国人立ち入り禁止区域であるという、われわれとしてはきわめて不満足な理由によって墓参が実現しませんでした。ことしはこのようなことのないようにということを厳重に申し入れておりますので、ことしは北方諸島につきましても何らかの形で墓参が実現いたすと思います。わがほうの申し入れに対して一〇〇%応じてくるかどうかについては、これは楽観を許さないと思います。しかし、北方諸島についの墓参、そういうものにつきましては、われわれとしてはソ連側が応じてくるということを期待しております。
○斎藤(実)委員 最近日ソの友好ムードの中で、この墓参については返事が来ないなんということではなく、ひとつ、再度にわたって墓参ができるように要請を特段にお願いをしたい、このことを申し上げて、私の質問を終わります。
○床次委員長 瀬長亀次郎君。
○瀬長委員 最初に、旧日本軍隊の犯した犯罪について、この前の沖特委と決算委員会でも質問いたしましたが、あのとき、私久米島の鹿山事件だけではなく、全県にわたって調査するように、これが一つ。もう一つは、この問題は関係省が大体想定されるのに四つくらいあるのではないか、まあ総理府はもちろんのこと、法務、外務、厚生、そういったような関係省の間で意見を調整して、政府の統一見解を出してほしいということを要求しましたが、これについて総理府の調査の結果がどうなっておるか、あるいは統一見解がどうなっているか、これを答えてほしいと思います。
○岡田説明員 久米島等の問題につきまして、いわゆる鹿山事件、それ以外にも、その後いろいろと沖繩の現地の総合事務局等を通じまして、そういうことについても聴取いたしております。しかし、いかにも戦時中、いまから二十七年前の事実でございますので、慎重に、かつまたどこまで掘り下げて把握できるものか、非常にむずかしい問題を含んでおります。 そこで、おっしゃいますように、関係各省庁も幾つかあるわけでございますけれども、最も関係のございますところの厚生省あるいは法務省と十分に協議を重ねておりまして、それぞれの省庁においてさらに掘り下げて検討を進めておると聞いております。その結果を待ちまして判断いたしたいという態度でございます。
○瀬長委員 私が最初決算委員会でそれを法務省にやり、さらに沖特委で総理府にやったのですが、あれからもうすでに約一カ月くらいになる。にもかかわらず、具体的に日本軍の犯罪についての調査が行なわれていないということは、当然そこから出てくるのは政府が誠意がないということをはっきりあらわしている、私はそう断ぜざるを得ないわけなんです。 と申し上げますのは、すでにこの問題は自衛隊の問題とも関連いたしまして、沖繩教職員組合の中に旧日本軍の犯罪追及委員会が設置され、その追及委員会の調査だけでも、久米島を除き、すなわち鹿山事件を除いて八百人被害者がおる。もうすでにパンフになっております。そういったようなことが現実に沖繩に進行しているにかかわらず——総理府のほうで約束したのですよ。どういう方法で調査するかということまで約束した。ところがいまの答弁で、ほとんど具体的なことはいたしてないということはどういうことですか。
○岡田説明員 この問題は、ただ鹿山某がどうであったということ、これはもちろん大事なことではございますけれども、それによって受けた沖繩の方々の心の問題、痛手を受けた心の問題に対してどのように考えていくべきかということが、ある意味では最も大切なことではないのだろうかというようなことでございますので、したがいまして、十分慎重に誠意を持って対処しようとしておるのでございます。そういう意味におきまして、先般も大臣があらゆる機会を通じまして衆参を通じまして御紹介申し上げておりますように、沖繩開発庁の事務処理の機構といたしまして、政令に根拠を定めまして、復帰前から引き続き行なっておりますところのこのような問題については、総理府が窓口になって処理してまいるように規定も定めまして、そういう態勢もかまえまして、関係省庁と緊密な連絡をとってやろうとしている、誠心誠意やっているつもりでございます。
○瀬長委員 私が聞いているのは、あなた方の方針を聞いているのじゃないのですよ。あの時点に調査すると約束したでしょうが。調査の結果、鹿山事件の大体直接虐殺されたのは二十名、関係が四名、二十四名虐殺されている事実は申し上げました。それを調査の結果確認したかという問題と、さらに久米島だけではなくて全県的に、旧日本軍隊の犯した犯罪、相当の広範にわたっておる。これまで調査していくという約束をしたわけなんです。その調査を一体どこまでやっているのか、やらぬのか、具体的にどうなっているか。この問題と、統一見解は出してどうするということを言っていたが、その統一見解でどうなっているか。もう一カ月にもなります。その二点であなた方にお聞きしたいと思うのですが、そこをはっきりしてください。
○岡田説明員 調査につきましては、ただいま申し上げましたように、現在誠心誠意を持って関係各省庁とともに調査を続行中でございます。したがいまして、その結果を見まして判断いたしたいということでございます。
○瀬長委員 あなた方目下調査続行中だと言うのですが、それが具体的に述べられないのはうそだということになるわけなんですよ。事実一体何日になるかという問題。私が持っておる資料、これはいま申し上げました沖繩教職員組合の日本軍犯罪追及委員会の資料なんです。これはあとであなた方に資料をあげますが、大体鹿山事件を除きまして、渡嘉敷村で三百二十五名、スパイ容疑でいわゆる赤松隊長、これによって処刑されているのですね。さらに座間味盛和さん、これがスパイ容疑で殺されている。それから古波蔵樽さん、これは集団自決で妻子を失って、山野をさまよっているときに高橋伍長なるものによって軍刀で斬殺されたという問題。さらに伊江島出身の若い娘五名と青年一人、これがまた伊江島から渡嘉敷に疎開していた、そのときに赤松大尉のほうに斬殺されたという問題。それから大城徳安という渡嘉敷国民学校の訓導であった豊見城出身の訓導、この人が妊娠八カ月の妻の避難所へ行く途中でとらえられて、いわゆる脱走罪でこの訓導は殺されている。これはこの中でも、たとえば知念村、糸満、金武村、浦添、さらにいま申し上げました伊江島、さらに慶良間、大宜味村の白浜、八重山の波照間、ほとんど全県的にわたっていて、殺され方、殺し方がほとんど同じような名目で処刑されている。こういったことはすでにわかっているのですよ。これを調査する、調査するなどと言って調査しない。これはあとで大臣にもはっきり簡潔に答えてもらいたいと思うのですが、なぜ沖繩県民は自衛隊配備にほとんどの人が反対しているかといいますと、現在自衛隊の幹部、これがどうなっているのかというと、いわゆる陸士、それから海兵、それぞれそういった旧日本の陸海軍の出身者のうち、将官、将補、これが全部で、これは陸上、海上、航空自衛隊二百一名いるのですよ。そのパーセンテージはどうなっているかと申し上げますと、大体二百五十一名の将、将補クラスがおります。この旧陸士、海兵出身が二百一名、このパーセンテージは実に九〇・三%、ほとんどのいまの自衛隊の指揮官、最高指揮官は旧日本軍隊出身だ。さらに一佐から三佐までは全部で一万一千七百六十名おる。このうちいわゆる旧日本軍隊の将校、これが二千八百十五名、そのパーセンテージは二三%に達しておるわけです。ですから、具体的にミサイルで武装している日本の自衛隊が軍隊であるというだけではなくて、この指揮官の階級構成、これからいっても、日本軍隊のイメージが抜き去り得ないというところに、こういった問題があるだけに大きな問題として取り上げているわけです。この処罰するとかせぬとか、あるいはこれに対しまして遺家族が二千人をこえると、こう言われている。これに対して、いまだに五月十五日はやれ復帰だの何だのと騒ぎながら、実際県民がほんとうに怒っているのですよ。こういった旧日本軍隊の犯した犯罪についての怒りは、ほんとうに地底からふき出しているような怒りなんです。これを一カ月前から調査する、すると言って、何らの調査もしない、統一見解もいまだ出ていないということ自体でもわかるように、政府は関係各省との相談すらやっていないということが明らかになっております。この点については説明できるのかできないのか、事務段階で一体どうなっておるのですか。私がいま申し上げましたのは、統一見解出すのか出さぬのか、統一見解が出なければ政府の方針というのがきまらぬわけでしょう。これは刑事事件で時効にかかっているので、たとえば新しい法律をつくってどうするという問題とか、いろいろ政府はあると思いますが、そういった調査を現在進行中だというのだが、具体的にこういったものすらできていないという問題と、さらに統一見解は一体いつ出すのか。これに対して政府はどう処理するのかという面を一応明らかにしてほしいと思います。
○岡田説明員 鋭意すみやかな調査を現在進めておるつもりでございまして、その結果を得次第、関係各省庁にも対策を考えてもらい、われわれとしても、総理府としても十分協議いたしまして、対応する考え方を当然各省庁と連絡いたしまして、まとめてまいることになろうかと考えます。
○瀬長委員 この問題については、いまのような答弁では沖繩県民が納得しないだけではなくて、ますます沖繩県民の怒りは、これは事実そうなんですから、非常に大きくなっていくということは明らかなんです。自衛隊配備に反対の問題と関連し、さらに土地の強制契約の進行などとも関連し、沖繩が五・一五以後、いわゆる返還になったということ、この事実はありますが、それだけにまたベトナムのあのニクソンの侵略戦争のエスカレートと関連して、陸海空にわたって沖繩はいま非常に戦場化して、身ぶるいしているという状況の中で、いま申し上げましたように、あなた方は旧日本軍人の犯罪すら全然調査もされていない、統一見解も出ていないということになりますと、一体どうなっているかという問題、これは一日も早く、総理府として沖繩開発庁もできたことだし、いまの総務長官のあいさつなどにも非常にうまいぐあいに聞こえるようなことばもありましたが、こんな調子じゃそのあいさつが何だというような、むしろ怒りをもって迎えられるということになりますので、その点は要請いたしまして、次に移ります。 これは、特に沖繩で強制的に使用させられたドルと円の交換の問題でありますが、十五日から交換が始まった。三百五円で交換するということになって、その発表が十五日以前にありましたが、発表されて、まさかそういったことで交換もせぬだろうと思った沖繩の県民もいました。だが、交換してみると、やはり発表されたように三百五円、三百六十円との開きが一ドルで五十五円。この問題はいわゆる政党政派を乗り越えています。さらにいろいろな思想、信仰とか乗り越えて全県民的な不満は爆発点に達しているといってもいいくらいだと私は見ております。物価が急上昇しつつあるという問題は、この問題と切り離すことができないようになっておる。 私が聞きたいのは、去年の十月八日に個人の現金と預貯金を約六千万ドル余りかえた。ところが、その以後、個人の現金あるいは預貯金でふえたものは一切交換されない。私のところに農民が来ておりましたが、これとかえたのは確認された現金の七十ドルくらい、その後サトウキビを売って得たのが百五十ドルというと、この百五十ドルは結局一ドルで五十五円の損失が出ておる。こういうことで何と言っているかというと、佐藤総理はどろぼうだといったことまで言っていますよ。事実、いままで営々としてかせいだこの所得が全然保証されないということ。これは金融検査庁の調査によりますと、この前の十月八日、その以後の法人の現金、預貯金、これと、それからいま申し上げました個人がかせいだ所得、各市町村、公社などの債券、保険会社の契約準備金の現金、そういったものを加えますと約五億三千万ドルに達する。これを五十五円掛けてみますと二百九十一億五千万円、この金を補償しなければならないという結論に達しております。ところが見る見るうちに所得が減ってしまっておる。この二百九十一億五千万円というのを九十四万余りの人口で割りますと、一人当たり実に三万一千円の損失を与えられておるということなんです。 それで聞きたいのは、物価の問題はこれはあとにいたしましても、大蔵省も来ておられるかどうかわかりませんが、政府としてこの差損に対してはもう一文も払わぬ、何もせぬということか、あるいは何らかの補償措置をとるつもりであるのか、これを明確にしてほしいと思います。
○岡田説明員 この問題につきましては先生よく御承知のとおり、長い間沖繩県民の方々が苦努してこられたことに対するところの当時の本土政府としてのお気持ちから、十月九日、預貯金につきましては、八日現在で持っておられたところのドルというものを三百六十円になるように補てん措置を講じたということでございまして、あくまでも長年の御労苦に報いるものである。したがって、こういうことでありますために、その一時点において切ったのでありまして、その後多少の、多少と申しますか増減はあるかもしれません。しかし、当時の持っておられたドルでもってたとえば物に交換されたというふうなケースがありましても、やはりそのときのあったところのドルによって三百六十円と基準レートとの間を埋めるという措置をとるのでありますので、したがいまして、十月九日以後の分については対象にはしないということでございます。ただ、お話の中にございました砂糖等の価格の問題につきましては、三百六十円ということを念頭に置いた買い上げ措置がとられておるということも先生御承知のところだと考えます。 以上のような見解を持っております、
○瀬長委員 それでは私がいま申し上げました、たとえば農民は大体十一月から十二月、一月にかけて工場からキビ代をもらうわけです。ところが、このキビ代をもらったのが三百六十円でもらったかもしれぬが、かえるときはすでに新しい所得なんですから、一ドル五十五円引かれておるわけなんです。百ドルで結局五千五百円の欠損になり、中小企業が去年の十月八日以後いわゆる掛け売り金が入ってきて、それが千ドルくらいに達した、こういった人は、実に五万五千円の欠損がすぐに出ておる。この事実は一体認められるのかどうか、ここら辺もひとつはっきりさせてください。そうでないというのか、現実にあるというのか。
○岡田説明員 当時きめましたトン当たりの買い上げ価格のうち、約四千円というものは三百六十円問題を念頭に置いて措置した買い上げ価格でありまして、逆算した、要するにそれだけの額のドルが当時農家の方々の手に入っておったわけでありますので、結果的に今回の措置によりましても必要な額というものは確保されているのだというふうに考えておるわけであります。
○瀬長委員 あなたのおっしゃるのは、農民のキビ代だけはまとめて三百六十円で保証できるように交換したいというふうに理解していいのですか。
○岡田説明員 私が申し上げましたのは、当時三百六十円相当の価格でドルで買い上げたのであるので、したがって保証されたことになっておるという意味であります。
○瀬長委員 実は、あのときに三百六十円で受け取った農民が、現金を五月十五日に銀行へ行ってかえたのです。かえたら三百五円にしかかえてくれない。結局五十五円がいまの自分の所得から引かれたんだということなんですね。これはどうなるのですか。これは農民に限らず、労働者の賃金も同じなんですよ。一ドル大体三百六十円の割りでずっと給料はとっていたわけなんです。これが交換時になると、ああいった一ドル五十五円の差が出た。こういった問題につきまして、あえて農民とか、中小企業とか労働者とかいわず、一般の原則として、いままで三百六十円の換算であったのが、突然五月十五日以降三百五円で、一ドル五十五円の損失を与えられておるという事実は認められておるかどうかという問題なんですよ。そうすれば、その事実は認めているが、これは政府としてはどうもならぬということであればいいのです。どうにもならぬとなれば、補償せぬ。そうすると、政府は一体日本国の沖繩県民を含めての政府であるかどうかは、県民が結論を引き出します。
○岡田説明員 当時、トン当たりたしか九万一千四百円というふうにきめましたときは、考え方として、たとえば本来ならば百円なら百円の買い上げ価格であるべきところを、三百六十円問題を考えまして、百二十円で買い上げるという意味が含まれておるのでありましたので、したがって、言うなればそれだけその点を考慮した実質的な買い上げ価格によってドルが支払われた。したがって、今回ドルは基準レートとの差によって交換されるようになりましても、当然本来の買い上げ価格というものは補償されているというふうな考え方になるわけでございます。
○瀬長委員 キビの問題をあなたと論争しても結論は出ませんが、パインはどうなんですか。要するに、去年の十月八日以降の所得につきましては、すでに三百五円でしか買い上げぬから、一ドル五十五円の差が出ておるという点、労働者も同じなんです。こういったいわゆる勤労県民がかせいだ所得が、一夜のうちに所得が一ドル五十五円も減ったという事実は認めるのですか。
○岡田説明員 パインの問題も、サトウキビの場合と同様に円建てで支払われることになっておりますので、したがいまして、それだけ余分にドルで支払われているということになっておるわけであります。
○瀬長委員 この問題は大臣が来てから、なお責任者にその補償をどうするかという問題でお聞きすることにして、これと関連して物価の問題をお聞きしたいと思います。 特に五月十五日前後から、沖繩の物価は非常に高騰しておるということなんですが、特に公取委あるいは経企庁あたりで、沖繩の物価問題について実際どのくらい上がって、どのくらい県民は台所から攻勢をかけられているというふうに検討され、政府としてどうしたいということを考えられているか、その政策について考え方をお聞きしたいと思います。
○吉田(文)政府委員 お答え申し上げます。 沖繩の物価の値上がりでございますが、復帰に伴いまして、沖繩におきましては消費者物価が上昇しているということは聞いております。その実態を把握するため、公正取引委員会としましては、沖繩開発庁とただいま連絡をいたしましたり、あるいは沖繩総合事務局の公正取引室というのが、これは公取関係の出店としてございますが、そこからの報告を求めているわけでございます。 私どもの関係では、価格協定等の独禁法違反の疑いがあれば、これは規制をしなければならないということがございますが、現在までのところ、明らかに価格協定等の独禁法違反が認められるような価格の引き上げの事実を、まだつかむに至っておりません。しかしながら、独禁法に違反する価格協定等が行なわれることのないように、きびしく監視を続けるように、公正取引室長に指示をいたしておるところでございます。
○瀬長委員 物価問題は、大体琉球政府の調査によりますと、三月に那覇市の消費者物価指数は、前年同月比で一〇・八%上昇している。これは戦後最高なんです。ところで、これは数字のあらわし方であって、生活実感として二〇%ほど上がっているのじゃないか。それから、十五日以降急激に上がったものとして生活必需品をあげますと、しょうゆあるいは調味料、これが二〇%上がっておる。さらに食用植物油、これは一六%、沖繩の県民が暑いものですから、常用とはいえませんが、豚肉かん詰め、ランチョンミート、これなどは二五%も上がっておる。さらに、いまの屋良主席時代に、公共料金を押える方向でいっていた。一例を言えば、タクシー料金が本土では百七十円から始まる。沖繩は二十セント、七十二円です。ところがこれが百円になるとか、バス、タクシー、さらに電気料金、都市ガス、離島運賃、こういった公共料金は、沖繩県民がああいった軍政下にあるということで押えることをやっていく。これは独占価格を押えるわけにはいかないが、まずまず低物価政策として屋良主席はそういう方向で進めていたわけです。これが軒並みに二〇%、二五%とがっと上がってしまっておる。これをはじめ、もちろん貴金属類は全部上がっております。それからウイスキーなんというようなものも上がっておる。こういったようなものが、いまの円とドルとの交換を直接の原因としてほんとうに天井知らずに上がりつつある。消費者のほうではいわゆる市民運動が始まって、そういった高いものを買うなという運動もこれから進められると思うのです。 要するに、いま申し上げました一ドルで五十五円もかっぱらわれる、物価はどんどん急上昇する、ダブルパンチでいま県民の台所は総攻撃をかけられておるのが現状である。いまだに政府として物価政策を立て得ないのは一体どういうことなのか。実際、経済企画庁あたりがどういうことをいま調査し、これに対し政府はどういう手を打ちたいと考えておるのか、あるいはまだ考え及ばない程度であるか、そこら辺を事務当局のほうからでも説明してほしいと思います。
○宮崎(仁)政府委員 御承知のとおり、沖繩の復帰に伴いまして、行政上の問題として非常な経済的な混乱を起こしてはならない、特に物価問題等については本土と制度が違います関係で、本土の制度が沖繩に適用されるにあたって、物価の値上がりになるというようなことがあってはならないということで、税制、関税その他各種の行政措置等について相当詳細に内容を検討いたしました。御承知のように特例法等によって、沖繩の現在の物価というものが復帰に伴う制度の改正によって上がるというようなことがないように、また、現在沖繩が本土に比して比較的安いという状況であるものは、その恩典が残るようにというような全体の方針で、復帰要綱等もみなつくられたわけであります。この点については、経済企画庁といたしましても相当詳細に検討もし、また注文もつけましてそういうことにしていただいたわけであります。 したがいまして、今回の復帰に伴いまして、私どもは、制度的な面から値上がりが起こるというようなものは、非常に消費量のわずかなものとかそういったもので若干あるということはわかっておりましたけれども、今回伝えられるような状況が起こるとは実は思っておらなかったわけであります。ところが、新聞その他で伝えられるところによりますると、いまお話もございましたように、一部の物品について、ドルから円の表示の転換にあたりまして三百六十円換算にしたり、あるいはさらにそれをもっと上げるというようなことがだいぶ行なわれておる、こういふうに聞いております。これは経済的な本来あるべき姿という点からいくと、こういうことはあってはならないはずでありまして、一体どうしたわけかということで、まあ私どもなりにいろいろ考えておるわけでありますが、何ぶんにも通貨の転換という大きな変化でございますから、商業者の方々もいろいろと不安をお持ちになる。あるいはストックを持っておられるとか、いろいろの事情もあるかと思いますが、そういったことから、ある程度値段をつけるについていろいろの迷いがあり、それがどうしても高いほうにつけるというようなかっこうになっておるのかもしれない。聞くところによりますと、店々によってずいぶん違うようでございますから、そういう一種の混乱状況があるのではないかということも考えられると思います。 それから消費者の側の態度といたしましても、何となく通貨切りかえによって物価が上がるのじゃないかというようなことから、買いだめが一部あるというようなことも伺っております。そういうことがあるといたしますと、これまた一時的に物価をつり上げる要素になるわけであります。ただ、いまおあげになりました、たとえばランチョンミートのようなものについては、これは関税の特例等もつくりまして、沖繩の非常に重要な消費物資であるから、内地の関税によってこれが値上がりすることがないようにということで特例措置をつくったわけでありまして、いわゆる沖繩IQというものがつくられておるわけでありますが、そういうものまで上がっておるということになると、これはせっかく講じておる行政措置が功を奏しておらないということでありますから、重大なことになると思います。 いずれにいたしましても、復帰直後にいろいろそういったことが地域的にもまちまちに起こっておるようでございますので、政府といたしましては、沖繩開発庁を中心に早急に事態の把握と、そしてまたこれに対してどういう措置をとっていくかということについて相談をしようということになっておりまして、こういった会議をできるだけ早く開きたいということで、昨晩も実は相談をいたしたところでございまして、その結果によりまして、関係各省いろいろ知恵を出してもらわなければならぬと思います。しかし、何ぶんにも自由に流通しておる商品についての価格の問題でございますから、主体は、消費者の方々が一つは何といいますか、落ちついてもらうということも必要だと思いますし、それから商業道徳という問題もあると思いますから、これは商工会議所でありますとか、同業者団体の方々で、ひとつ不当なことのないように自主的にいろいろお考え願うということも必要じゃないかと思います。もちろん行政的に何らかの措置が必要かということになれば、またそれなりに考えなければならないと思いますが、現状はいま申しましたようなことで、早急にその状況把握と打ち合わせをやろうということできめておる次第でございます。
○瀬長委員 これできょう質問を終わりますが、要望をしておきます。 第一は、旧日本軍の犯した犯罪について、二十三日に沖特委が開かれる予定ですが、ぜひ大臣の口から、調査の結果こうこうこういうことになっている、これに対して政府の統一見解はこうだということが答弁できるように準備してほしい。 さらに、物価問題の基底は、ドルを円に交換したその差損が五十五円出ているということから始まっております。したがって、去年の十月八日以後の個人所得、さらに法人、市町村、保険会社、いまさっき述べましたものの差損金、これはほったらかすのかどうか、何らかの措置をとるのかどうか、政府のこれに対する統一見解をぜひ次回の委員会で述べてほしいことを一応要望いたしまして、質問を終わりたいと思います。
○美濃委員 ちょっと資料を要求したいのです。 総理府に資料をお願いしたいと思いますが、資料の第一は、沖繩の砂糖の買い入れ価格が一ドル三百六十円換算、これは私も聞いておりますが、月日を明らかに聞いておりません。何月何日の買い入れから三百六十円換算に価格を引き上げて買い入れしたか。 それから同時に、米の買い入れ補給金の引き上げ告示は四月からだと私は聞いておるわけです。この関係を明確にひとつ。 それから第三は、パイナップルその他の農産物あるいは水産物、これは復帰前に三百六十円の換算体制に価格が変動しておったかどうか、その動態表。復帰前に、こういう砂糖の買い入れ価格を引き上げたと同様な取引の実勢価格、これは保証価格がありませんから、取引の実勢価格が変動しておったか。 それからもう一つ、同時に同じく賃金それから工業製品等の動態、これは動いてないということになるとちょっと矛盾が起きてくると思うのですね。政府が支持したりあるいは買い入れたりするものは、三百六十円に引き上げたからそのとおり——なるもならぬもない、引き上げたからそのとおりになるわけですね。しかし一般がそれについて、実際の賃金や取引の実勢価格の中でそういう動向を示しておったか、これをひとつ調べてもらいたいと思います。 それからこの間NHKに出ておりましたが、小売り物価が上がったというのだが、交換は三百五円だけれども、小売り物価は、円になると同時に三百六十円換算で価格表示をしたというふうにテレビには出ておりましたね。しかも端数は切り上げた。小さい端数は切り上げて、小売り価格というものの動向は、やはり換算を三百六十円換算にして、しかも端数切り上げ価格が設定されたものだから大混乱が起きておる。こういう報道が行なわれておるわけですが、この関係は報道どおりかのかどうか。いわゆるドルから円に今度復帰によって変わった場合の直ちに店頭で表示された価格、三百六十円換算で価格表示が行われたのかどうか、しかもこれに端数切り上げまで加わっておるのかどうか、この動態をひとつ表で資料として出してもらいたいと思います。 それからもう一つは、日本円になりまして、いままでは本土、沖繩とこういったけれども、これからはやはり同じ現在の卸価格で、ドル換算のない国内流通価格で卸されるのですが、その卸価格はいまならわかるわけですから、この卸価格というものは三百五円換算のドルの卸価格と差があるのかどうか。私はあるのではないかと思うのです。高くなるのではないかと思うのです。これが高くならないのかなるのか。この資料をひとつお願いしたいと思います。従来、沖繩に必要な物資は国内から七〇%、三百五円ドル換算で卸しておったが、おそらくこれから一〇〇%になっていくと思うのです。だからその三百五円換算のときの卸価格と、今度国内卸価格になるわけですから、国内卸価格とにはどういう差があるのか。全品目といっても無理かと思いますので、沖繩に渡る主要物資でよろしゅうございます。具体的に主要物資について変化があるのかないのかという資料をつくってもらいたいと思います。 それから、第五点ですが、この間山中長官と、委員会じゃございませんけれども、個人的に話した中で、税法の特例措置などというものがあまりよくわかっていないために、たとえば関税、消費税が上がって高くなるのではないかということで、買いだめも起きておるようだというような話もしておりました。したがって、法律を見ればわかるのですけれども、いますぐ必要ですから、関税、物品税、消費税、この関係で上がらないものは上がらない、上がるものは何々なのか。一例をあげれば、ガソリン消費税なんかあまり向こうはいままでなかったですから、沖繩に行って自動車に乗ると安いわけですね。そういう関係が今度変わるのかどうなるのか。それから酒税の一部、輸入洋酒等についても、沖繩県民の消費する分の特例措置というものが設けてあるのだが、そこらの関係が向こうでは全然わからぬらしいのです。ですから、関税、物品税、消費税の上がるのか、上がらぬのかという一覧表を早急につくってもらいたい。PRすれば誤解は起きないのだが、そこら辺が向こうの住民にはかなりわからぬようです。PRが行き届いていない。こういう関係がありますから、法律を一々調べてみれば上がるのか上がらぬのかということはわかるのですが、それではやはり住民には不親切ですので、わかりやすい表にすればすぐわかりますから、それをひとつ出してもらいたい。 以上です。これは物価の上がっておるのを防ぐためにするわけですから急ぐのですが、いつまでにできますか。すぐできると思うのですが、できればあすまでにつくってもらいたいと思いますができますか。
○岡田説明員 大体できるかと思いますが、すぐできますものとそうでないものと仕分けしまして、でき次第お届けいたしますが、持ち帰りまして検討いたしまして御返事いたします。
○床次委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十四分散会