沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号
- 発言数
- 45 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1972/03/08
会議録
○床次委員長 これより会議を開きます。 沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。 この際、沖繩及び北方問題に関する政府の施策について説明を求めます。福田外務大臣。
○福田国務大臣 外務省の所管事項につきまして、その概略を御説明申し上げます。 沖繩返還協定は、昨年十二月二十二日国会の御承認を得、百万沖繩県民をはじめ、日本全国民の長年にわたる念願であった沖繩の祖国復帰は、いよいよ目前に迫ってまいったのであります。 私は、去る一月六日及び七日の両日、アメリカ、サンクレメンテで行なわれました日米首脳会談に出席いたしましたが、この首脳会談において、沖繩返還の期日を本年五月十五日に確定いたしました。 政府といたしましては、沖繩県民をはじめ、日本全国民が一日も早い復帰を望んできたことは十分承知しており、この願望を体して沖繩の早期復帰実現のため、全力を尽くしてまいりました。一方、沖繩返還にあたっては、日米双方ともに種々の準備が必要であり、かかる準備を整えてこそ円滑な本土復帰が期し得る次第であります。したがって、今回の沖繩返還日決定にあたっては、一日も早い復帰実現を念頭に、そのための諸準備に要する期間を慎重に考慮しつつ対米交渉に当たり、その結果首脳会談において、五月十五日と決定した次第であります。 次に、サンクレメンテ会談におきましては、返還時において沖繩が核抜きであることを確認すること及び返還後において米軍の施設、区域をできる限り整理、縮小するよう十分の考慮が払われること等の諸点についても、あわせ合意されたのであります。 沖繩の核抜き返還につきましては、すでにしばしば申し述べましたとおり、一九六九年十一月の日米共同声明第八項にある約束が沖繩返還協定第七条により条文化されましたので、返還時に沖繩に核兵器が存在しないことは何らの疑いもないところであります。しかしながら、政府といたしましては、核に関する沖繩県民の感情も十分理解でき、また、昨年十一月二十四日、本院本会議において採択された決議も十分考慮に入れ、協定上の約束以上に必要であるという意味ではないが、心情的には念には念を入れるという意味で、沖繩返還時における核の不存在を確認するための何らかの方法がないものかにつき米側とも話し合いを行なってきたのであります。その結果、先般サンクレメンテ首脳会談において、ニクソン大統領は、沖繩における核兵器に関する米国政府の確約が完全に履行された旨の確認を返還の際行なうとの米国政府の意向を明らかに至ったものであります。 また、返還後の沖繩における基地の整理縮小につきましては、サンクレメンテ会談において、総理大臣及び私より大統領に対し、在沖繩米軍施設、区域、特に人口密集地域及び沖繩の産業開発と密接な関係にある地域にある米軍の施設、区域が、復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由を説明いたしました。これに対し、大統領は、双方に受諾し得る施設、区域の調整を安保条約の目的に沿いつつ復帰後行なうに当たっては、これらの要素は十分に考慮に入れられるものである旨を答えております。したがって、復帰後整理縮小されるべき施設、区域につきましては、今後日米間において具体的に協議が進められることとなりますが、政府といたしましては、前述のサンクレメンテ会談の際の話し合いの結果を十分踏まえつつ、現地沖繩の要望にも万全の考慮を払い、対米交渉に臨む考えであることを、はっきり申し上げたいと存じます。 次に、北方領土問題につきまして、同様政府の所信を申し述べたいと思います。 政府は、戦後二十六年余を経た現在、なお北方領土問題が未解決であるために、日ソ間に平和条約が締結されていないことをきわめて遺憾であると考え、従来より、あらゆる機会をとらえて、北方領土問題の解決と日ソ平和条約締結の必要性をソ連政府に説いてまいりましたが、本年一月、来一日したグロムイコ・ソ連外相との話し合いで、同月二十七日発表された日ソ共同コミュニケにもあるとおり、日ソ平和条約締結交渉を本年中に双方の都合のいい時期に行なうとの合意に達しました。この交渉においては、もちろん、北方領土問題が討議されることになりますが、政府といたしましては、北方領土問題を話し合う場がかかる形でできたこと自体、従来のソ連の領土問題は解決済みとの態度から見れば、大きな前進であると評価しております。この交渉をいつ、いかなる形で行なうかは今後の問題でありますが、この交渉にあたっては、ねばり強く、北方領土問題に関する日本側の立場をソ連側に説明し、国民各位の支持と願望を背景に、日本固有の領土である歯舞群島、色丹、国後、択捉の諸島の祖国復帰を実現し、もって日ソ平和条約を締結いたしたいと考えております。 日ソ平和条約を締結し、日ソ関係を真に安定した基礎の上に発展させることは、ひとり日ソ両国の利益に合致するのみならず、アジアの平和と安定、ひいては世界の平和に資するゆえんであり、わが国の平和外交の理念にも合致するものと確信をいたしております。 以上、簡単ではございますが、外務省の所管事項につきまして、概略御説明申し上げた次第であります。
○床次委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。國場幸昌君。
○國場委員 外務大臣にお尋ねいたしたいと思うのでありますが、ただいま沖繩の立法院議長のほうからも陳情がありましたとおり、尖閣列島の領有権問題に対しましては、再三にわたる本委員会において、また他の委員会においても、古来の日本の領土であるということに間違いはないんだ、こういうことは承っております。しかし、といいまして、御案内のとおり、私ども日本に一番貴重なるあの尖閣列島のかいわいにおける資源の開発問題が、今日のような新聞に報ずるがごとき問題をかもしておって、はたしてや貴重なるその資源開発ができるでありましょうかということを考えました場合に、この問題はいずれにしてでも、そのまま日本の領土だということで押しつけて、その資源を開発せんとするときには、国際間においての紛争が出るということも予期されるわけでございますから、私は、外務大臣に対して、その件に対して見解を承りたいわけでございます。 と申しますのは、去る三日においてのニューヨーク山本特派員発、これは読売新聞でございます。国連におけるところの中国代表、尖閣列島はまさしく中国のものであるというようなことで、あの国際連合の公の場においてこれを主張しておるのは御案内のとおりでございます。私は、こういうような国際連合においても、いまだに中国のほうでは領有権を主張しておるということを考えました場合に、この問題に対しては大陸だなの定義問題もありますし、日本は大陸だな国際条約には加盟してないということも承っておりますが、大陸だなの定義というのもよく存じておるわけでございます。あの大陸だなは、二百メートルの深度までにおいては大陸だなの属するところの権利がある。ところが二百メートルの水深以上にしましてでも、資源開発のために可能なる地域に対してはその主権を持つというようなことがあるようでございます。 参考までに相手の国際連合の場においての主張を読み上げてみますので、御参考にしていただきたいと思います。 「中国は三日の国連海底平和利用委員会で、日米両国は共謀して釣魚島などの島々(尖閣列島)を日本領にしようとしていると激しい語調で非難した。中国の非難は米国の「台湾占領」にも向けられ、ニクソン訪中がもたらした米中共存ムードも中国の台湾、沖繩問題への態度にはまったく影響を与えていないことを示した。 三日の海底平和利用委員会は初参加の中国が海洋問題でどういう態度を打ち出すかが注目されていたが、一般演説に立った安致遠代表は「超大国」が領海の幅や海洋法を決める独断的な力を発揮していると攻撃し「中国は、領海二百カイリを主張して、米帝国主義の海洋支配と対決しているラテン・アメリカ諸国の闘争を力強く支持する」と公約した。 安代表はつぎに台湾、沖繩問題にふれ、米国は今日にいたるまで中国の一省である台湾を力ずくで占領しており、最近では日本の反動派と結んで「沖繩返還」という詐欺行為を行なった。この沖繩返還の詐欺は、台湾に属する釣魚島などの島々(尖閣列島)を日本領にしようというねらいがある。米国はまたこの数年日本や蒋介石一味と協力して、中国の沿海、海底資源を略奪するための大規模な海底資源調査をしばしば行なっているが、台湾と釣魚島は中国の神聖な領土の一部である——と主張した。 これに対し、日本の小木曽大使は答弁権を行使して反ばくに立ち、沖繩返還という日本国民永年の願望を詐欺行為だというような中国の中傷は、日本国民の怒りを招くだろう。尖閣列島に対しては、日本以外のどの国も領有権は主張できない。東シナ海の大陸ダナ、海底資源の一部には日本も専有権をもっている——と述べ、とくに沖繩返還では机をたたいて激しく反論した。 中国のこういう出方は米国にとってはやや意外だったようで、米国のスチーブンソン代表は、中国やラテン・アメリカ諸国から向けられた対米非難を「いっさい拒否する」と答えただけで、答弁権行使は次回に持ち越した。」 こういうことが書いてあります。 そこで、これは中国毛沢東政権のみならず、台湾においても、台湾の宜蘭県に行政区域を定め、三月にはこの尖閣列島に対するいわゆる事務所を設置する、こういうようなこともまた言われておるわけであります。いまさきの立法院議長のお話にもありましたように、固有の日本領土というようなことでございまして、琉球新報の報ずるまた何から見ますと、明治二十八年一月十四日の閣議決定、沖繩に所属するという閣議決定がされまして、明治二十九年三月五日、勅令十三号、国際法上の無主地占領、歴史的にも一貫して日本の領土だったなどの点をあげている。明治二十七、八年の日清戦争の時期、その後においての講和条約によってこれがなされたものであるか、あるいはまた、その以前においての尖閣列島に対しての歴史がどういうような流れを踏んできておるものであるか。記録によりますと、明治十八年に石垣登野城の古賀商店の主人公がそこへ行って伐採をしたというようなこともあるようでございますが、このたびの第二次大戦において、平和条約によっていわゆる台湾の帰属の権利を日本は放棄したわけでございますが、問題になるのは、台湾と尖閣列島が一つであって、それで明治の日本の侵略戦争によって取られたものが、第二次大戦においてこれが返還されたのであるから、それをひとつ、これは台湾が切り離されたのであれば、やはり尖閣列島もそれについて戻されるという見解があるのではないかということが考えられるわけでございます。それに対しまして、固有の領土であるとか、記録においては明治二十九年、二十八年、そういうような記録以前においての記録、その歴史がどうなっておるかということを研究されたことがあるでありましょうか。外務省の御見解はいかがでございますか、大臣、ひとつそれに対しての御所見を承りたい。
○福田国務大臣 尖閣列島問題は、これは非常に当面重大な問題だというふうな認識を持っております。この重大な問題につきまして、ただいま國場委員からるる見解の御開陳がありましたが、私も全く所見を同じくします。 それで、國場委員の御質問の要点は、日清戦争前に一体どういう状態でいままであったんだろう、こういうところにあるようでありますが、明治十八年にさかのぼりますが、この明治十八年以降、政府は、沖繩県当局を通ずる、あるいはその他の方法等をもちまして、再三にわたって現地調査を行なってきたのであります。その現地調査の結果は、単にこれが無人島であるということばかりじゃなくて、清国の支配が及んでいる、そういう形跡が全くないということを慎重に確認いたしたのでありまして、日清戦争は終局的には明治二十八年五月の下関条約によって終結したわけでありまするが、それに先立ち、二十八年一月十四日に、現地に標識を建設する旨の閣議決定を行なって、正式にわが国の領土であるということの確認が行なわれておる、こういう状態でございます。自来、歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、それが、繰り返しますが、明治二十八年の五月発効の下関条約第二条に基づき、わが国が清国より割譲を受けた台湾、澎湖諸島には含まれていないということがはっきりいたしておるわけであります。つまり、日清戦争の結果、この下関条約におきましては、わが国が割譲を受けたのは何であるかというと、尖閣列島は除外をしてあります。台湾本島並びに澎湖島である、こういうことであります。 なお、サンフランシスコ平和条約におきましても、尖閣諸島は、同条約第二条に基づき、わが国が放棄した領土のうちには含まれておりません。第三条に基づき、南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政権下に置かれた次第でありまして、それが、昨年六月十七日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定、つまり沖繩返還協定により、わが国に施政権が返還されることになっておる地域の中に含まれておる、こういうことであります。現に、わが国は、アメリカに対しまして基地を提供する、そういう立場にあります。 沖繩につきましては、今回の返還協定の付属文書におきまして、A表に掲げるものは、これは基地としてこれをアメリカ軍に提供をするということになっておりますが、その中にこの尖閣列島も人っておるのでありまして、現にアメリカの基地がここに存在する、こういうことになっております。そういうことを勘案いたしますと、わが国の領土としての尖閣列島の地位というものは、これは一点疑う余地がない。 それが最近になりまして、あるいは国民政府からあるいは中華人民共和国からいろいろ文句が出ておる、こういうのが現状であります。 そもそも中国が尖閣列島を台湾の一部と考えていないことは、サンフランシスコ平和条約第三条に基づき、米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し、従来何ら異議の申し立てをしなかったのです。中華民国国民政府の場合も同様でありまして、一九七〇年の後半になりまして、東シナ海大陸だなの石油開発の動きが表面化するに及んで、はじめて尖閣列島の領有権を問題にするに至った、こういうことでございます。 そういうようなことで、われわれはこういう隣の国々の動き、これは非常に不明朗である、非常に心外である、こういうふうに私は考えておるわけでありまして、私どもは、これは一点の疑いもないわが国の領土であるという認識のもとに立って行動、対処していきたい、かように考えております。
○國場委員 よく理解しました。 それではもう一点だけお伺いをいたします。 領土権と大陸だなの問題は別だと思うわけでございますが、尖閣列島は今日まではどこの領有権であろうが、それにはあまり関心がなかったが、しかし、そこに魅力を持ってきたのは、やはり石油資源の問題でございます。わが国は大陸だなに対しての国際条約の加盟国ではない、こういうことで、前愛知外務大臣は、その問題に対しては双方の国が寄り合って、何とか取りきめ、打ち合わせをせなければいけない、合議を得なくてはいけないというような発言がございました。いまさきも申しましたとおり、大陸だなの上に尖閣列島が乗っかっておる、そうすると領海権に対して、昔は三海里といわれたのでございますが、いまは十二海里説もあるし、あるいはまた三十海里、七十海里というような思い思いの領海権に対しての主張をしておる国々があるわけでございますが、それに対するいわゆる領海権と大陸だな権、これをどう調和させるかということに問題があるではないかということを考えますが、その点に対してはいかがなお考えをお持ちですか。
○福田国務大臣 領海権は、これはこの適用の細部につきましては帰一するところがございませんけれども、領海権というその権利の理解につきましては、国際的に承認せられたる通念である、こういうふうに考えております。 ところが、この大陸だなということになりますると、まだ各国の要求、言い分、これがまちまちでありまして、帰一するところがない、そういうような状態だ、こういうふうに理解をいたしておるわけです。 一体尖閣列島の大陸だながどこまでであるか、あるいは中国大陸の大陸だながどこまで続くのだろうか、あるいは台湾島の大陸だながどこまで続くのだろうか、そういうようなことを考えまするときに、これは実際の問題としても非常に困難な問題、非常に機微の問題である、こういうふうに考えておるのでありますが、この問題は、領土の問題とは切り離しまして、非常に複雑な国際社会の言い合いの存する問題である、こういうふうな理解を持ちまして、この問題は、当面国際的な一つのルールの確立しない今日におきましては、なるべく関係諸国の間で話し合いをし、友好裏に解決していかなければならぬ問題である、ケース・バイ・ケースに解決しなければならない問題である、そういうふうに理解をいたします。
○國場委員 希望を申し上げておきます。 御承知のとおり、日中国交親善というようなきざしの中で、沖繩特別国会において現地で公聴会をなしたことがございますが、そのときにパンフレットが回っておりました。そのときに、このパンフレットの中に、日中親善回復を希望するのであれば、尖閣列島の領有権を、中国の領土であるということを認めるを前提条件として、日中親善国交の話し合いがなされる、こういうようなことを北京政府のほうでは言っておる。私は、あまり日中親善国交回復というものを急ぐがゆえに、千載に悔いの残らないように、この尖閣列島にかけ引きしまして不利になるような、いわゆる日中親善にそれが利用されることがないようなことを外務大臣に希望して、私は、あとまだ質問はあるわけでございますが、保留しまして、次の発言者に席を譲ります。
○床次委員長 外務大臣の都合がありますので、次の安里君にお願いします。安里積千代君。
○安里委員 三月十五日に批准書が交換になる。そこで冒頭にお伺いいたしたいのは、批准書の交換後におきまする両国間の国際関係と申しますか権限と申しますか、交換前と交換後とにおいては、国際慣例においてもいろいろ相違が出てくるんじゃないか、こう思いますが、交換後と交換前とにおきまして、両国間のそれぞれの立場におきまして変更が生ずる、こう思いますが、それとも交換前と交換後とにおいては何ら変わりないものであるかどうか。
○福田国務大臣 批准書交換がありましても、この効力が発効するまではいささかの変化も出てこない、こういうことでございます。
○安里委員 批准書交換前とあとでは、批准書が効力を生ずるまでは同じだ、こういうのでありますけれども、いよいよ批准書が交換されますというと、もう発効を待つだけであります。したがいまして、その効力発生に対処します——いまの所信表明の中にも、その準備をいろいろすることが進められておると書いてあります。これはだいぶ違ってくるのじゃないか、こう思うわけでございます。 そこでお聞きしたいのは、ドル通貨の切りかえの問題について。これまでアメリカ側の主張として、施政権と通貨は不離一体である、これが復帰前における交換ということを妨げる一つのポイントじゃなかったか、こう思います。そこで、いろんな準備をするということになりますならば、通貨の問題というものはすみやかに準備をしなければならぬ、こう思うわけであります。したがいまして、批准書交換後におきましては、通貨の切りかえという問題は返還に対しまする大きな準備としてなさなければならぬ問題である。ですから、アメリカに対しまして、復帰前におきまする沖繩の通貨の切りかえにつきましては、批准書交換前とは違って、確信を持ってこれは推進できる外交上の問題ではないか、こう思うわけでございますが、それはいかがでありますか。また、そのことについて外務当局とされまして、アメリカに具体的にそのような交渉をされたことがあるかどうか、お伺いしたい。
○福田国務大臣 ただいま申し上げましたように、沖繩の地位は、これは批准書の交換が行なわれる前後において変化が来るというような状態ではございません。変化が来るのはその効力が発生してからであります。しかしながら、いま具体的な問題として、通貨の交換の問題について日米間において何か話があるかということでございますが、私どもは、あくまでも立場として、法的に批准書の交換が行なわれたから、その時点から沖繩島の地位に変化が来たのだという認識には立ちませんけれども、それとは離れまして、沖繩県民の間に、一刻も早く通貨交換が行なわれるということを要望するという気持ちのあることは十分承知しておりますので、そこで、アメリカ政府当局に対しまして、サンクレメンテ会談でもそういう要望があるということを申し上げ、検討を要請したわけなんです。 また、その後も引き続きましてこの問題で話し合いをしておりますが、問題は、沖繩の地位がどうなるかということ、批准書交換でどういうふうに変化していくかということじゃなくて、問題は技術的にどういうふうにこれを執行するかというところに難点がある。そこでつかえておるというようなことでございまして、技術的な問題の克服ができまするならば、これはまあある程度アメリカにおいても積極的な理解ができるんじゃないか、こういうふうに思いますが、その辺が非常にむずかしい状態だ、こういうふうに御理解願います。
○安里委員 そうしますと、アメリカ側といたしましても、復帰前におきまする通貨の切りかえについては、基本的には絶対できないという否定をするものじゃなくして、問題は、その間における技術的問題が残されておるんだ、こういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○福田国務大臣 この批准書が効力を発生する、こういうことになった時点におきましては、わが国の円エリアに沖繩全域がなっていくわけでありますが、その以前において、これは批准書の交換の日がどうということにとらわれるわけじゃございません。それ以前のほうがいいんだという沖繩県民の御要望のあることをよく私ども理解しておりまするから、したがって、一刻も早くというような立場で話をしておるんですが、この返還協定の発効前にそういうことが一体技術的に可能であるかどうかということが問題なんで、その辺に重点を置いて話をしておるんです。外交的に、法的にそれが許される問題であるかどうか、それについて、米側におきましてはそう強く反発しているわけじゃないのです。まだその法的な問題は詰めておりませんけれども、まず第一の関門であるところの、技術的に一体可能なのかというところが問題だ、こういうふうに私どもは考えておる、そういうことを申し上げておるわけです。
○安里委員 逆じゃないですか。法的にも差しつかえない、あるいはアメリカがこれを拒否する問題じゃないという基本問題があって、技術的問題というものは問題ない、これはその道があると私は思うのです。問題は、いまの施政権がある間は通貨切りかえできないというところの法的な妨げがあるというんだったら無理でありますが、それはあまり問題でない。あと技術的な問題だとするならば、政府としてやる気があるならば可能じゃないですか。そして法的な問題はまだ煮詰まっていないというんでありますけれども、この問題が起こったのはずっと前からであります。その法的問題は、いまの段階までまだ煮詰められないということがどうしても理解できないのでありますけれども、アメリカとしては、どうしても復帰前においては切りかえはできないという強い態度がありますか、それとも、やってもいいんだけれども技術的に云々と、技術的な問題というものはアメリカ側にあるんじゃなくして、むしろ日本側にあるんじゃないですか。そうしまするならば、政府がその気になれば技術的な問題というのは解決できる、こう思うのでございますけれども、重ねてお聞きしたいと思うのです。
○福田国務大臣 アメリカ側では法的な立場から、つまり条約上の立場からこれに非常に大きな抵抗を示すというふうな見通しは私は持っておりませんです。ただ、技術的にその交換がどういうふうにいくか、つまり為替管理とかそういう問題にひっからまってくるんじゃないかと思う。これは私は詳しいことはわからない。わからないが、大蔵省の専門家の検討ですが、これは非常にむずかしいと言う。それでは、返還協定の効力発生前にこの為替管理をどういうふうにやっていくんだ、これはまさに、わが日本じゃなくてアメリカがやっていく立場にあるわけでございますが、そういう問題があります。そういう問題を含めて私は技術的と、こういうふうに言っておるわけなんですが、どうもそういうところに非常にむずかしい問題がある。これは、山中総務長官も非常に積極的に、熱心に推進しているんですが、今日なおこの技術的な困難という問題を克服することができない、こういうような状態、これが実情でございます。
○安里委員 為替管理の問題だとかあるいは投機ドルが入るとか、いろいろな問題も技術面にあると思うのでありますけれども、この点については、ずっと前から山中総務長官が熱心に取り組んでおられますので、沖繩のこの通貨の問題、復帰前の切りかえの問題、あとはレートの問題がございまするけれども、その問題は国内問題で、アメリカとは関係ないと思います。担当大臣とされまして、山中総務長官の御意見をこれについて承りたいと思います。
○山中国務大臣 これは沖繩側の要望は、先ほどの立法院議長の話にもありましたように、復帰前の交換、それは同時に一ドル三百六十円でという条件の要望であります。しかしながら、まずその要望の点について、復帰前に行なう場合にはどうしても実勢レートというものでやらなければならない。しかしながら、実勢レートでは琉球政府の、琉球の方々の御希望には沿えないことになる。かりにこれを三百八円という現在の日本レートでもって、対外的に設定されております金額でもって交換したとしても、実勢レートは三百一、二円のところにドル安円高になっておりますこと御承知のとおりであります。沖繩側がそういう方法でよろしいかどうかという問題にもまた疑問がありますし、三百六十円というのはいま存在いたしておりませんが、三百六十円でなければならないというのであれば、昨年の十月九日にチェックいたしまして、予算に一応二百六十億計上してあります金額を御破算にしなければならない、理論上も実体上もなかったことにしなければならないという、政治的なあるいは沖繩の県民個々の利害に大きな影響を及ぼす問題にまたぶつかるわけであります。 そこで、それらの問題をよく話が詰まったとして、いずれかの手段でやります場合に、外務大臣が申されましたように、これは為替管理法という日本の法律をそのままそっくりアメリカ側に布令第十四号にかわるものとして施行してもらわなければなりません。このことは、アメリカが為替管理については日本のようなきびしい態度をとっておりませんので、復帰前の二、三カ月の間に、はたしてそのような本土政府がとっておりますきびしい制限そのものそっくりのものを、布令第十四号としてあらためてこれを公布してくれるかどうかについてなお問題点があります。 さらにまた、それを公布したとしても、その交換の際は、アメリカ側の同意を得て初めて米側の法律によってなされることになりますので、アメリカ人のいわゆる非居住者のドルも全部かえなければならないという点に問題があります。 私どもとしては、率直に申しまして、沖繩県民並びに沖繩県に永住を許可されております奄美大島の人その他の方々については、これを復帰前に行なう場合でも当然対象とすべきだと思っておりますが、みずからの国のドルの威信が低下したことによって、問題を提起した形のアメリカのいわゆる沖繩県民でない者、日本人でない者についてまで、ドルと円との交換をしてやる必要はないと思っております。そこらのところが、復帰前でありますと米側が行なう行為になりますので、アメリカ人にはかえってやらないということがおそらく言えないであろう。これは、感触としてもそのように受け取れておりますので、これらの問題をただいま検討中であるということであります。
○安里委員 予算委員会で総務長官が沖繩の立場を明確になさいました。通貨の問題、円の切り上げその他の問題は、日本本土と沖繩の場合とは全然立場が違うんだということ、そうしてこのような立場に置かれたのは、決して沖繩の県民が好んで求めたんじゃなくして、結局政府の施策の結果こうなっておるのだ、こういった基本的立場をとらえられまして明確にされたと思っております。 そこで、復帰にあたりまして、いま直接沖繩の庶民の生活に影響してくるのは通貨の切りかえの問題であると思います。もうすでにそのことによりまして、変動相場制以来、非常な被害を沖繩が受けておるということも争えない事実でございます。そうして三百八円のレートになりまして、かりにその相場で、あるいはそれに対して若干の配慮を加えた上において切りかえがなされましても、沖繩に現実に被害が及ぶということも当然であります。そして、ほんとうにアメリカの施政下においてかせいだ、そうしてまた、これまではむしろ沖繩においてかせいだドルが、日本の経済にも年間二億ドル以上利したと思っております。そういう中にありまして、そして現にいろいろな旅行であれ、その他のいろいろな問題であれ、損害を受けておりまする沖繩の人々の復帰にあたりまするこの損害というものは、総理がしばしば口にしまするように、これによって沖繩県の庶民に迷惑を及ぼさないのだ、こういう配慮、あるいはあたたかく沖繩を迎えるというようなことを考えましたときに、たとえ切りかえにつきまして、どのような額で切りかえがなされましょうとも、私は、それによって受けるところの沖繩県民の損失については、政府としては何らかの処置をとるこれはもちろん十月八日の閣議において、九日現在確認された問題もありまするけれども、それ以上に及ぶところの沖繩の損害につきましては、どのように切りかえられようとも、沖繩県民の損失はこれはアメリカとは関係なく、政府で何とか処置をするのだ、こういう基本的な政治姿勢というものを政府としてはとるべきじゃないか。具体的に技術的にいろいろ問題がありましょうけれども、技術的な困難やいろいろなことに籍口いたしましてこれを排除するわけにはいかない、どんな方法をしても、技術的なあれがあっても、これを検討する、そして損害を与えないというような基本線に向かう、こういうような腹で、そういう姿勢で、そういうような方向で政府は対処すべきだと思いますが、いかがでございましょう。
○山中国務大臣 これは、もうおっしゃることはごもっともであります。現在一番頭の痛い、民間の労使関係の中で行なわれております賃金の読みかえ問題についても、昨年設定された賃金は、三百六十円ということすら念頭になかった環境の中で、当然の経済のバランスの中において設定された賃金であったものが、その後変動相場、円切り上げということによって、自分たちのいまもらっている月給というものは、復帰の時点において一体それはどれだけの金額に評価と申しますか、円でならば見られることになるのであるかという深刻な問題としていまとらえておるわけでありますが、この一例が示しますように、沖繩の人々にとって起こったすべての損害というものは、これは全部責任は本土にあると思うのです。したがって、生活物資についても、金曜日の閣議あたりで、一月−三月分についてさらに予備費を支出する用意をいま作業いたしておりますけれども、さらに復帰がずれ込みましたために、四十七年度予算の四月から五月十四日までの分十三億、これもまたレートの相場変動がありますから、若干金額としては不足になってくるかと思いますが、こういうものを最大限続けていきますとともに、これだけでもやはり総額六十億近いものが予備費から支出をされることになると思いますが、しかしながら、反面においては、それではたして万全であるかと言われた場合に、私も自信がないわけでありますし、その効果も、また現地において効果なしとは言いませんけれども、いわゆる庶民の方々という表現をいまお使いになりましたのでおかりをいたしますならば、国の制度やそういうものに関係なく、ただ生活をしておるというだけが、すなわち沖繩に住んでおるというだけが違うという方々にとって、いま逆に一番つらい立場に追い込まれておるような気がしてならないわけであります。でありますので、復帰前の交換あるいは復帰時点における交換というようなものの際に、一体損失というものはどのようなものであるのか、そういうものについては、さらに私も研究をいたしたいと思いますが、現地選出議員の皆さまにおかれましても、ただ、ことばだけの損失補償ということではなくて、本土政府がこれまでとってまいりましたあらゆる措置、沖繩県が具体的に受けた、県民あるいは県というものの損失というものについての御相談を、これからいろいろとお願いをしたいと思っておりますので、私としては、いまの御発言に対して最大限の努力を払うつもりであるということを申し上げておきたいと思います。
○安里委員 長官のそのおことばに信頼して、われわれも万全を期して不満のないところの復帰、復帰後においても不安のないところの、復帰してよかったというところの事態をつくりたいと思います。 で、外務大臣にお伺いいたしたいと思います。 いま沖繩返還問題が、沖繩の復帰が一応実現するわけでございますけれども、新たに中国との国交回復問題というものが国政の場におきまして非常に重大性を持ってきております。いろいろと論じられておりますけれども、私は立場をかえまして、沖繩の復帰の実態と、これが日中国交回復に対しまする問題との関連というようなことで、沖繩の立場からお聞きしたいと思います。 まず冒頭に、アメリカが返還協定調印後、間もなくニクソンの中国訪問が発表されました。これは政府にとりましてもショックであったというふうにもいわれておるわけでありますが、こういう外交上大きな問題は、アメリカでは決して思いつきでやったということではないわけであります。当然この問題に対しまするいろいろな検討、そして準備というものがなされて、あの中国との国交関係を正常化し、あるいは友好の線を打ち立てるという方向にアメリカがなったという、こういうことは一体アメリカといたしましてはいつごろからそのような考え方でもって進めておったか、変な質問のようでございますけれども、どういうふうに外務省としてはとっておられますか、見ておられますか。
○福田国務大臣 ニクソン大統領が出現したその時点からですね、アメリカの対中政策の転換というものが動き出したと、こういうふうに見ております。
○安里委員 アメリカが中国との間の国交回復、あるいは友好親善あるいはまたこれまでとは違った政策の変更を意図しておったというのは、彼の就任以来だと見ておったとおっしゃいます。そこで当然、六九年の佐藤・ニクソン会談、あの共同声明が出される当時におきましても、同じような方向がアメリカにはあったとこう思うわけでありますが、政府といたしましては、アメリカのそういう方向もキャッチしながら、あの共同声明がなされたものであるか、そしてまた、さらに進んで、今度はいわゆる返還協定がなされる段階におきましても、あの共同声明の線を基礎としてなされておるわけでありますが、あの返還協定を具体的に結ぶ条件をいろいろと話し合う中におきまして、アメリカのそのような方向というものを賢察した上であの調印はなされたものであるか、協定はなされたものであるかどうか、それとも、そういうこととは無関係に、あるいは知りながらあるいは察知できずに、あの協定の調印がなされたものであるかどうか、それをお聞きしたいと思います。
○福田国務大臣 アメリカにおける対中政策の転換、これはニクソン大統領が就任してから始まった、こういうふうに申し上げましたが、これは大統領がニクソン氏になりますと、その直前におきましてニクソン大統領は対中政策について述べておるのです。つまり、述べておることはどうかというと、あの七億、八億という大国である中国を国際社会から隔離しておくということは、アジアの平和はもとより、世界の平和のためにならない、この辺は考え直さなければならぬと、こういう考え方でございます。そういう考え方を持っておるニクソン氏が大統領に就任をした。ですから、もうその時点から、そういう考え方が今度は現実のものというふうになって動き出してきておる、こういうふうに見ておるわけなんです。アメリカもそういうふうにずっと言ってきておるわけです。ただ問題は、一九六九年にあの日米首脳会談が行なわれました。そしてそのあとで共同声明が出されたあの時点において、どういうことであったか、こういうお尋ねなのでありまするが、まだあの時点においては、アメリカ側におきましては模索が行なわれておる、そういう時期であります。とにかくニクソン政権は、三年有余この中国政策の転換という問題とずっと取り組んできたわけでありますが、あれはその初期の日米首脳会談であります。そういう時代でありますので、具体的にどういうふうな形で米中接触が行なわれるかというようなことは、まだまだ固まっておらぬ、そういう段階のできごとである、こういうふうに理解をいたしております。
○安里委員 いろいろなことをお聞きしたいのでありまするけれども、少なくとも六九年の共同声明あるいはまたそれに基礎づけまするところの返還協定というものも、中国を敵視するあるいはまた中国封じ込め、あるいは極東の緊張というものは中国の存在が原因をしているのだ、そういう認識の上になされたものだ、こう見るわけでありまして、そのことは問いません。私がいま問題にしたいと思いますることは、米中関係が大きく転換をいたしました。そして、その以前の状況を前提といたしまして結ばれた返還協定であり、沖繩の実態であります。返還の実態であります。そして一番大きな問題は、従前とほとんど変わりないところの膨大な軍事基地が沖繩には残されるということ、アメリカに提供されるということ。これまでは、アメリカ自身が平和条約第三条に権限があるかないかは別問題といたしまして、アメリカの権力、われわれからいいまするならば、アメリカの力による、法的な根拠なき基地設定を強化したと思って見ていまするけれども、日米間の条約によって、今度は日本の責任においてアメリカに提供することになりました。その上に、今度は日本から自衛隊も派遣をするということになっております。そこで私は、こういうことを非常に心配をするのです。 この点を中国側から見た場合におきましては、これまでアメリカはアメリカ自身の考えでやっておったのだけれども、今度は日本が条約上の義務として、しかも機能あるいはその他の点において、密度においてもあまり変わりないところの基地を沖繩に設定をする、そして自衛隊も派遣する、こういうことを相手国から見ました場合におきましては、これまででさえも日本が経済大国になって、軍国主義化への疑惑を口にされたような事態に対しまして、今度は沖繩に日本の責任において、条約上の義務として、アメリカにあのような基地を提供し、自衛隊も派遣するという事態、この復帰の実態というものは、相手国から見まするならば、やはり日本が軍国主義化への傾向をたどっておるのじゃないかということの裏づけ、あるいは中国を敵視しているところの気持ちが裏にあるのじゃないか、こういうような疑惑と申しますか、少なくとも指摘を受けるというような状況になってくるのじゃないか。そうするならば、沖繩返還のいまの実態というものが、日本のこれからの大事な問題でありまするところの日中国交回復の問題にも大きな妨げになってくるのじゃないか。日中国交回復の前に、このような沖繩の返還の実態というものを改めなければ、非常にガンになるのじゃないか、こういうことが考えられるわけでありますが、いまのように沖繩に膨大なアメリカの基地を提供し、自衛隊も派遣する、こういったことが対外的に、日本のこれからのあり方に対して非常に誤解を与える、そしてそれが大事な日中国交回復にも支障になるおそれがある、このように思うわけでありますけれども、大臣としてどうお思いですか。
○福田国務大臣 米中共同声明をごらん願いますと、日本とアメリカとの間の安全保障条約、これには触れておりません。中国側がこれを非難したという形跡はこの共同声明にはない。それから、もとより沖繩島における軍事上の問題、これにも触れておらない、こういうことは安里さんもよく御承知のとおりだと思います。これは、私は事実を申し上げたわけなんです。 これからは私の想像です。外務大臣としていろいろな情報を幅広く持っておりますが、それから得た私の想像、印象を申し上げますと、いままで、確かに中国というものは、アメリカと日本がぐるになってというか、ことばは適切でないかもしれませんけれども、いわゆる中国封じ込め政策というものをとっておる、アメリカの中国封じ込め政策の一端をわが日本がになっておった、こういう認識を持っておったと思うのです。ところが、封じ込め政策の主体であるところの米中間に雪解けが始まった、握手が始まった、こういう事態です。したがいまして、日本と中国との関係は非常に変わってきておるのじゃないか、私はそういうふうに思うのです。その変わってきておることが、日米安保条約に対しまして、共同声明において何らの言及もない、また、沖繩島の軍事的地位についての言及もないというところに出てきておるのじゃあるまいか、そういうふうに見ておるのであります。非常に情勢が変わってきた今日におきまして、日米間におきまして非常に緊密な関係が存在しておるということについては、さほど従来のような感触を持たないように変わってきておるのじゃないか、それが私の認識なんです。 軍国主義ということを言われました。これは、確かに中国は米中共同声明においても触れております。触れておりますが、中国がそう言ったから、わが国は、はいそうでありますといって引っ込む必要はない。この問題は、わが国としては非常に重要な問題なんです。つまり、わが国の政治として最大の課題は何であるかというと、何といっても、わが国の安全をどういうふうに守っていくかという点なんです。ところが、わが国は憲法第九条もあります。また、沖繩の皆さんが一番痛感されておるところでございますが、有史以来初めていくさに負けた。もういくさというものは再びしまいというのが、沖繩の皆さんばかりでない、一億国民のコンセンサスだと思います。そうすると、わが国は第四次防だ第五次防だということをやってみたところで、とても抑止力というものにつきましては、それは十分でないということははっきりしておる。そうすると、その抑止力の不足を日米安全保障条約によって埋めるほかない、こういう立場にあるのです。しかし、われわれが憲法の制約の中において、あるいは国民感情のコンセンサス、その中においてできるだけのことはして、アメリカがわが国に多くの軍隊を置いて、そして穴埋めをするという立場、これは改善をしていかなければならぬ、こういうふうに考えるのでありまして、私どもは経済大国になりましたけれども、決して軍事大国になるのじゃないのだ、これを十分内外に説明して、わが国の平和国家、文化国家としての立場を解明する、これが大事じゃないか、そういうふうに思います。
○安里委員 私がお聞きいたしますのは——何もいま日本が軍事大国になるという気持ちを持っておらぬとおっしゃることはいいんですよ。私は、外部から見てそう言われるような、そう疑われるようなことにならぬかということなんです。日本としてはそういう考えを持っておりましても、他国から見た場合においては、それを否定されるような行動を現実に日本はやってやせぬか。ことに、いま申し上げましたところの沖繩返還の実態というものが、安保条約に名をかりて、アメリカに膨大な軍事基地を提供する。そしてアメリカからするならば、日本の要請に基づいて軍事基地を設定しているんだというようなことにもなる。そして、日本自体がまた積極的に自衛隊を派遣する。こういう事態が、中国から見た場合においては、これまでの疑惑に日本の行動によってさらに疑惑を深めるんじゃないか。そういうことが日中国交回復に大きな妨げになってこないか。国際関係も信頼関係に基づかなければなりません。少なくとも疑惑のあるような行動をするということは避けなければならぬと思います。これが支障を来たすようなものにならないか。何も妨げにならないからしてという形ならば、沖繩の基地も、いままでどおりずっと保持するという基本的考えを政府は持っているということにしかなりません。基地の縮小その他の点についてもアメリカと話をする、こういうことでありますならば、沖繩の基地の実態につきましては日中国交回復の問題、アメリカと中国との間の転換ということを考えた場合におきましては、沖繩の基地の実態は、あの返還協定にありまするような姿からは抜本的に変えるだけの、アメリカに対しまして日本の要求としてあるべきじゃないか。これは、このまま遂行いたしましても日中国交回復にも何ら支障がないのだ、こういうお考えは少し甘いんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか。もう一回……。
○福田国務大臣 日米安保条約、これは先ほど申し上げましたように、どうしてもわが国としては必要だという考え方に立っておるわけであります。どうしても抑止力が足らない。その抑止力の不足をアメリカが補うのだ、こういうこと。いわゆる安保体制、これに対しましては、米中関係が今日のように転換しない事態におきましては、中国はきわめて神経質な立場をとっておった、こういうふうに思うのです。しかし私は、これは先ほどからも申しました私の想像ですと、事態は非常に変わってきておる、日米安全保障条約というものにそうこだわりを持っておらない。何よりの証拠には、共同声明にそれは入れてない。そこなんです、問題は。そういうことで、この日米安全保障条約のとらえ方については、私は中国との関係において事態は非常に変わってきておる、こういうふうに見ておるわけなんです。 〔委員長退席、西銘委員長代理着席〕 しかし、とにかくわが国はわが国としての立場がある。人の国がどう言おうと、わが国は、わが国の安全について責任を持たなければならぬ。そこで自衛力を増強するという必要も出てくるわけなんでありますが、それが今日の状態におきましては、米軍基地の状態から見ますると沖繩にあまりにも片寄っておる、あそこに密集しておる。その点は是正しなければならぬ、こういうふうに考えておるのであって、そういう考え方のもとにアメリカとの話をしておる。アメリカに対する私どもの姿勢は、日米安全保障条約はこれを堅持する。しかしながら、基地のあり方につきましては、米軍と基地の地域住民との間に深い理解があって、初めてこの駐留が可能になるのであるから、この駐留のあり方等についてよく注意しなければならぬ。特に沖繩においてしかり。沖繩は非常に基地の密度が稠密である。それから、とにかく戦後二十六年間米軍が駐留しておるのです。その駐留の立場というものは、これは何といっても勝者と敗者というような立場の駐留であった。それがまた、五月十五日返還が実現された後においてもそういう雰囲気が残るようなことがあっては断じて相ならぬ。この点は割り切って考えなければならぬ。そういう立場で交渉しておるのでありますから、この辺はひとつ御理解を願いたい、かように考えます。
○安里委員 時間がありませんので、私はこれ以上ほんとうは申し上げる余裕もありませんけれども、先ほど國場委員の質問にもありました尖閣列島の問題などもあわせまして、中国が沖繩返還の実態に対しまして見ておるものというのは、いま大臣がお答えになったようにそれほど甘いものじゃないと私は見ております。いまの尖閣列島の領有権主張の問題で、国民党政府はしばしば前から言っておりました。中国が領有権を主張したのはその後だと見ております。一体、国民党政府が尖閣列島に対する領有権をいつごろから主張し出したか、また中国が一番初めに主張したのはいつだったか、ちょっとお答え願いたいと思います。
○高島政府委員 お答えいたします。一昨年以降でございます。
○安里委員 一昨年というのは、私がお聞きいたしたどちらの話なんですか。国民党政府か——一昨年をもう少し、月をはっきりしてくださいませんか。
○高島政府委員 中華民国政府が最初に言及いたしましたのは一昨年の八月十九日でございます。それから中華人民共和国政府が、非公式でございますけれども、最初に主張いたしましたのは一昨年の十二月三日でございます。なお、最初の公式の主張は昨年の十二月三十日でございます。
○安里委員 一昨年、一九七〇年八月に中華民国政府が正式に言った。それから中華人民共和国政府が昨年、七一年の十二月だ。 これはまあ公式なことをおっしゃったのでありまするけれども、台湾政府は、しばしばこの以前からももちろん口にいたしておりました。中華人民共和国政府が言い出しましたのはそれよりずっとあとです。この時期について、愛知外務大臣の時代においても、この時期に中国が尖閣列島の領有権を主張した政治的な意義というもの、あるいはねらいというものは何があるか、どのように見ておるかということをお問いしたのでありまするけれども、ほかのことで答弁がそらされております。そこへまた、私が私なりに見まする場合に、中国が尖閣列島の領有権を主張いたしてまいりましたのは、台湾政府はもちろん、大陸だなの問題も、あるいはまた石油資源の問題も関連しておったと思いますけれども、中国が領有権の主張をいたしてまいったのは、それよりもあと、日米間におきまする沖繩返還の問題というものが表向きになってまいりまして、アメリカ側におきまして沖繩を返還する範囲内において、あの尖閣列島も包含してくるということが具体的にあらわれてきた、その時代だったと考えております。したがいまして、いまの石油資源の問題、いろいろな問題とは別にいたしまして、私は、尖閣列島のこの領有権の主張に対しましては、沖繩返還という問題は非常に重要なる関係を持つ。そしてまた、中国のアメリカに対するいろいろな考え方、これとも関連があるものだ、こう見ております。 そこで、単に、これまで政府が、尖閣列島は沖繩の一部であるというようなことにとどまらず、この問題に対処を誤りました場合には、私は、第二の竹島事件というものが起こらないとも限らない、こう思いまするし、この問題に対しまする外交上の自信があるところの処置というものがいまから十分なされておらなければならぬと思っております。 そこで、これまでの二つの政府からのこういった公式的な主張に対しまして、外務当局としては手を打っておるのであるか、あるいはまた、この問題に対しまして、中国との間に円満にこれを解決するところの方向と申しますか、自信を持って対処しておられるかどうか、最後にその点だけをお聞きいたしまして、質問を終わりたいと思います。
○福田国務大臣 尖閣列島領有権につきましては、政府としては一点の疑問も持ちません。どうか安里さんにおきましても、疑義がないということで政府の主張を支持されたい、かようにお願いをいたしましてお答えといたします。
○安里委員 私は、疑義があるとは申しておりません。疑義がないがゆえに、疑義がありませんでも、それは日本側の立場において疑義はありませんし、われわれもそのとおりであります。けれども、問題の処理というものは、こちらが疑義がないからそのとおりになるのだというような単純なものではないと思うのであります。この点に関しまするところの政府の今後の対処について、誤りのないように万全を期してもらいたいことを要望いたしまして、終わります。
○西銘委員長代理 國場幸昌君。
○國場委員 総理府長官にお尋ねいたします。 御案内のとおり、二十七カ年余にわたる異民族支配からあと二カ月有余において復帰するわけでございますが、私が率直に申し上げますと、復帰の喜びというのは吹っ飛んでしまいまして、このドル・ショックというものに対しての悲哀、先行き不安によるところの沖繩百万県民の混乱は、まことに言語に絶するものがございます。 御案内のとおり、山中長官におきましては、率直にいいまして、沖繩の救いの神さま、こういうようなことで、尊敬の念を持って百万県民が期待しておるのも事実でございます。ところが、御案内のとおり、物価は毎日のようにウナギ登りにのぼるし、今日まで二十七カ年間においてのわずかながらのたくわえのドルが、きのうの両がえにおいての交換は二百九十九円でございます。沖繩の消費生活というのは、八〇%までもその物資そのものは高度成長によるところのいわゆる本土の生産品が消化されておるのも事実でございます。でありますので、いま現にドルの変動相場制から、今日までにおいての物価の値上がりによっての本土におけるドルの吸収、行き先不安によるところのドルの流出、変動相場制から固定相場制に変わったわけではございますが、円の切り上げと同時に、切り上げ幅が小さかったのじゃないか、これがまさしく御案内のとおり、二・五%の幅を持たしたといえども、それを割りまして二百九十九円——最高は三百十四円になるでありましょう、最低は三百一円になるでありましょう。ところが、いまの三百八円というものもいつまで持ちこたえるかというのがいま日本の円の現状でございます。聞くところによりますと、あの登録以後においての沖繩からのドルの流出は、約七千万ドルといわれておるわけでございます。そこで、こういうような不安の中で、あと二カ月後に復帰を控えておるわけでございますが、このドル問題に対しての波及というのは、あらゆる面において悪影響をもたらしておるというのが現状でございます。賃金問題にしましてもしかり。私は、こういうさなかにおいて復帰をするというような深刻なる沖繩県民の姿、これを考えました場合に、どうしてこういうようなことになるか。本土におきましては、輸出貿易においての不振がきました場合には、それに対する諸施策、あるいはまた大企業にしましても、税制問題に対してとかあるいは融資問題に対してとか、臨時措置法によってこれがカバーされておるのも事実でございます。ただ施政権が違うから、復帰後でなくてはいけない。事実その間持ちこたえることができないというのが沖繩の現状でございます。 私は、このたび、つい十日くらい前でございますが、環境社交業の主人公が、まだ年も四十七でございました。首つりをしておるのをなまの目で見たわけてございます。といいますのは、銀行に対してのいわゆる融資金が底をついておる。銀行にいわせましても、これは本土において多量に持ち過ぎるところのドルにおいて何か預託してくれぬか、こういうことで、いろいろと考えたようでございますが、しかし、それは目的を達することができなかった、こういうようなことでございますが、銀行はやはり営利事業でございますから、短期運営資金に対しては事欠いておらない、こういうようなことを言うておるでありましょう。ところが、事実においては、いまさっきも申し上げましたとおり、そういうような変動、行き先不安によって、中小企業に対しての資金融資は、いま復帰のどさくさにおいて貸した場合において、これが回収できるであろうかというようなことにおいて、事実において貸し出しを拒んでおるのが現実でございます。 大臣はよく御承知のとおり、沖繩の砂糖の年間における収入は約四千万ドルといわれておるわけでございますが、しかし、去る干ばつにあい、その五五%しかことしは砂糖代も入っておりません。いまさっきも申し上げましたとおりの、いわゆる行き先不安によるところのドルの流出、長期資金においての貸し出しあるいはまたその他において、沖繩においては弱小資本であるし、社会資本の乏しいような沖繩でございますから、いざ困った場合に貸してくれ、こういうときにおいてでも、いままでは御案内のとおり琉銀は長期の貸し出しにおいてもやはりやっておりました。ところが、預託を受けるということに対する貸し出し条件というのが、復帰のときには返せというようなことになると、いまさっきも申し上げましたとおり、営利事業としての銀行でございますから、やはりそれには不安で貸すことはできない、こういうようなことでいま混乱を来たしておるのが実情でございます。 また、復帰に対するところの円の格差補てん、その補償問題にしましても、ここに記録がありまするので御紹介しますと——ちょっと資料が見当りませんが、今日までにおいて総理府長官の努力によりまして、約二十一億という予備予算を琉球政府に与えておるわけでございますが、その中のたったの一三%、要求に対しての一四%でございまして、まあいまの価格からしますと、約一五%の物価値上がりとしました場合には、一カ月で約十五億の物価の値上がりで、これを補てんしなくては沖繩においての消費物資そのものはいままでの正常の値段ではないわけでございます。でありますから、八月から九月、十月、十一月、十二月、一月、二月、まあ三月、今月としますと、半分が一〇%、半分が一五%にしましても約七、八十億です。いわゆる物価高によるところのドルの吸収で、資金源がそれだけ枯渇したというようなことになるわけでございまして、沖繩の住民生活というのはいかに苦しいかということを考えるわけでございます。 問題は、この復帰までにおいてのてこ入れ、賃金問題にしましてもいろいろ複雑な問題がある、また困難な問題もあるわけでございますが、私が申し上げたいことは、何とかしていまのような不安、混乱、これを救済する方法はありはしないか。大蔵省は、日本全国の粋を集めた最高の頭のいい方たちのお集まりであるということでございます。私は、そこで大蔵省にことに申し上げたいことは、こういうような苦境の中で、佐藤総理の二十七カ年余にわたる沖繩の百万県民に対して涙を流すあの気持ちをまともに受けるのであれば、この窮状を何とか理解して救っていただきたいということをお願いするわけでございますが、いかがでございましょう。長官、それに対してのお考え。たびたびお会いしましてのお願い、まことに誠意を持ってやられる長官に対して感謝、感激一ぱいではございますが、しかし長官だけでは、金庫を守っておるほうがそれを理解してやってもらわねばどうにもならない。 差損補てん問題にしましても、琉球政府にこれでやれということで与えておるということは知っておりますが、しかし、いかなるような面に引っかかりがあるかしれませんが、まあ話に聞きますと、九つの条件があまりにもきついような条件だからこれではだめだ、絵にかいたもちであるというようなこともいわれております。いわゆる本土の寄せられるところの御補助に対して、実行できないというのは那辺に問題があるかということ。それから、いまさっき申し上げましたとおり、枯渇したところのいまの中小企業に対して、あるいはまた破産するところの製糖業とか繊維業者その他、数を数えればたくさんあるわけでございまするが、それに対する運営資金——なるほど復帰しますと、振興開発金融公庫によって、そういうものが融資できるというようなことでありまするが、ところが、中小企業に対しての貸し付け条件そのものから見た場合には、沖繩の現状の業者としては、金は積んでおってもその条件によって金を借りるものは幾人もおらぬ、こういうようなこともいわれておるわけでございます。 でありますので、私は、そういうような沖繩の現状をよく御理解いただきまして、何とかそれに対するところの手段を講じていただきたいということを希望するわけでございますが、大臣、その点に対しましていかなるお考えをお持ちでございますか、お尋ねいたします。
○山中国務大臣 二つに分けてお答えいたします。 第一点は、本土側の変動相場制移行、そして円の切り上げによって生じた沖繩の物価問題、これについては、確かに私どもは財源措置を次々といたしておるわけでございますけれども、その行政の仕組みの中で、直接本土政府がやることができませんので、琉球政府に手数をかけておることは申しわけないことだと思っておりますけれども、申請件数は、十二月一ぱいで八百万ドルくらいに達しておりますから、おおむね当方の予定いたしました二十億円を消化できる、あるいはそれを希望する数量の申請があるものと見ております。しかし、消化率ということになりますと、現在で処理された率は、ただいま言われたとおり、まだまだ三〇%に達しないという状態であります。 そこで、申請手続がめんどうであるとかなんとかということもありますが、琉球政府としては無理からぬことではありまするが、それらの措置をとったことによって、末端の消費者へそれが転換されていないということのないように、すなわち末端価格が約束どおり守られていることを確認した後に交付をやっておるようであります。そこで、昨年から相談をいたしまして、これは申請があったときに直ちにそれに対して相当額の資金を、すなわち定められた実務レートの、貿易条件に伴って必要とする金額を支給しておいてくれ、そして支給した後においてその関係業者の販売する価格というものが、中間でそれがふところに入れられてやはり値上がりをしておった、あるいは、ふところに入れるという表現が悪いならば、その効果が末端まで及んでいないという場合においては、その交付した金額を没収し、返納させ、もしくは今後はその貿易商社を対象としないというペナルティーを課するというようなことについて検討してもらっておりますが、ここ一週間ほど前からそういうようなことを加味した、すみやかに金を給することができるような仕組みができ上がったようであります。したがって、十二月一ぱいの八百万ドル余の問題もすぐに金が動いていくことになりましょうし、現実にその措置をとったことによって、島産品の八月以降の値上がり、あるいは本土と関係のない輸入品の値上がりよりも、本土に依存する物資の値上がりのほうが低いということは統計上明らかに出ておりますので、全然効果がなかったわけではない。もし全然効果がないのに数十億の金を投ずるとすれば、これはまた国民の税金でありますので、私自身も大蔵省も国民に対して申しわけのないことをしたことになりますから、そのようなことのないように、さらに的確な効果の及ぶようにしたいと考えております。 第二点は、琉球経済全体の資金量の問題であります。 確かに言われるような考え方からすれば、資金量の枯渇ということが成り立ち得ると思います。したがって、先般の銀行関係者の要請にありましたそのような背景を踏まえてのことではありますが、本土の外貨を預託してくれ、あるいは日銀の預託をしてほしい、いろいろの要請について検討いたしましたが、施政権下の沖繩について、それをそのまま適用することがきわめて困難であるということでありましたけれども、しかしながら銀行関係者としては、保険業界も入るわけでありますけれども、何を目的にしておるかという場合は、資金量の枯渇ということが、どうも大蔵省に対して説明する場合は、本土のコール市場に資金を放出しているということが明らかになりまして、本土のコール市場から借りておるというならば、資金量枯渇が明らかに短期資金についても言えると思うのですけれども、それが逆な現象であった、そのことは沖繩の金融関係者も認めざるを得なかった事実関係であります。しかし、沖繩の金融の体質が長期資金で、しかもそれが相当質の悪い貸し出しのウエートが大きいということは、本土の金融機関よりもやはり体質上明らかに指摘できる現状にあることも、また一方間違いのないところであります。 そこで日銀預託その他の意見は何であるかというと、やはり先般の要請は、従業員の賃金の三百六十円相当額の読みかえをするにあたっての必要な金というものを、その預託を受けた低利の金でもって、普通の沖繩の中における融資を行なうにあたっての利ざやというものによって、果実を生み出そうということでありまして、おおむね百億の、復帰までの要請でありましたが、それを預託しても日本円の三億余にしかなりません。その方法がきわめて困難でありましたので、また、日銀は独立性、自主性というものを尊重する中央銀行でありますから、これを押しつけることもなかなかできないことでありますし、総裁まで上がってのできないという返答であればやむを得なかったのでありますけれども、それにかわるものとして、本土においては本年三月から始まる事業年度において、貸し倒れ準備金に対する繰り入れ率の限度を千分の十五から十二に引き下げますが、沖繩においてこれが現在は千分の十である。そしてそれを復帰後千分の十二にしないで、来年の三月までの間を千分の十五、すなわち、もうすでに現在はありませんが、その本土の税率で引き下げる前の段階の千分の十五を適用しよう、その操作によって、中小金融機関はさらに租税特別措置法による二割の割り増しがありますから千分の十八まで積める。そこで、沖繩の金融機関がはたしてそれによってメリットがあるかどうかということを検討いたしましたが、琉球銀行、沖繩銀行、いずれも一五%以上の積み立てをしております。ということは、非課税の積み立てが千分の十であって、それ以上は課税積み立てをしておるという実績があるわけでありますから、そのうちの千分の五が非課税になる措置をとることによって、四億余りの果実が生み出されるということで、少なくとも当面の問題としての預託の問題はそれで了承してもらったわけであります。 そこで、今度は資金量に対してはどのような手当をしたかということについて、すでに御案内のとおり、産発特会において十億、さらに十五億措置いたしておりました大衆金融公庫について七億六千万、大体二十二億くらいのものが措置されたということによって、大衆金融公庫の融資を一種、すなわち生活資金等の貸し出しにはしないという条件を今回は取っ払って、零細規模の人たちもやはり人を雇用しておられるのだから融資をしよう、条件等も十分に応じようということでやったわけでありますが、賃金の上昇に融資をもって充てることは理論的におかしな話でありますけれども、その融資された政策金融を、いままで企業が借りておりました民間金融からの肩がわりに振りかえることが可能でありますから、そこで現実にはメリットが生ずるわけでありまして、その意味において、大体は資金量の問題としては一応琉球政府と私どもの間においても片がついたものであるというふうになっておりますけれども、しかし沖繩の現状を見ますと、それだけではまだ商店街を含めた零細規模の雇用者について、はたして完全といえるかどうかについては、私自身も疑義なしといたしませんので、さらに詳細検討いたしておるところであります。
○國場委員 問題があまり複雑でございますので……。しかし、この問題は、いま御承知のとおり全軍労においてもストをしております。県労協においてもストをしております。それも普通のストではなくて、十日間もストをするというようなことでやっておりますが、こういうような諸問題に対してでも、やはり三百六十円が三百八円になり、はなはだしくも三百円に落ち込むというような現状からしまして、こういう問題にからむストも関連しておるわけでございます。私は、そういうような諸問題をいかに解決すべきか。すでに御案内のとおり、公務員にしましては三百六十円を保証するというようなことから端を発しまして、民間企業に対してでも三百六十円のみなし規定をもって、その計算で賃金を保証せなければいけない。 〔西銘委員長代理退席、委員長着席〕 そうしますと、勢い企業というものはつぶれてはいけない現実でございますので、企業に対しての利子補給とか、あるいはその他における条件はとうていだめだろう、こういうようなこともお伺いしておるわけでございますが、青史にない、かつていままでにないような沖繩の今日までのこの敗戦による、時世の流れによる、こういうような不自然な姿において、それで戦争中、戦後、また復帰の段階に至っても、沖繩がどうしてそういうような苦しみにあわなければいけないかというようなことを考えました場合に、世界の経済大国を誇るのはいいのですが、その中には、やはり犠牲になったところの沖繩県民が泣いて苦しんで、その日の生活にも、路頭に迷うというような人がおるということをお忘れなく、名実ともに喜びのある復帰といえども、今日の沖繩の状態からしますと、かようなる復帰のやり方においてはわれわれはやりたくもないんだ、こういうようなことが実情でございます。 いろいろな細部にわたっての問題を申し上げますときりがございません。時間もあとわずかであるようでございますから、その点はそれにとめておきまして、海洋万博に対してのお力添えをお願いしたいわけでございます。 おかげをもちまして、まだ世界にかつてないような、日本で初めての海洋万博、世界の海洋万博が開かれるわけでございますが、日本の今日までの国際的大事業としまして、東京国際オリンピック、大阪におけるところの万博、あるいは、ついこの前の北海道におけるところの冬季国際オリンピックが大成功裏に終わって、世界において称賛を得たのも御承知のとおりでございます。しかし、沖繩の海洋万博というのは今日までかつてないようなことであるし、また本土におけるところの開催地とは違いまして僻地であり、離島であり、あらゆる面において不便を来たす。経済面においてでも、技術面においてでも、交通面においてでも不便な地であるということは御案内のとおりでございまして、そういうような世界の海洋博を開くためには、主催地である沖繩の県民、県ではとてもとてもできるものではございません。大阪や東京のような開催の準備のしかたではとても実現は不可能だと思います。ましてや三カ年というのがタイム・リミットであるわけでございますので、その間においてこれを実現させる準備というのはなかなかにたいへんでございますが、総務長官は通産省のかわりの窓口として、責任を持たれる、こういうことを承っておりますが、その海洋万博を実現させるための諸準備の体制はどうなっておるでありましょうか、お伺いいたします。
○山中国務大臣 これは、通産省の専管の事項として海洋博が行なわれることになっておるわけであります。しかしながら、復帰までの段階では担当大臣たる私も、やはりそれに対して現地を最もよく知る者として、何がネックであるかについてよくきわめておきませんと、閣議で場所を決定した後において、実際は開催不可能な条件が残っていたということが、万が一にもあったらたいへんだと思いまして、私としては、若干通産行政に横からくちばしを入れた形になって申しわけないと思っておるのでありますが、通産大臣は、まかすからやってくれ、こういう友だち同士の話でありますから、沖繩県のために、詰めるべき点を十分詰めた後に閣議決定しなければならぬと考えまして、関係各省庁に私のところに来てもらって詰めたわけであります。 大体道路は、北部の市町村長がそれぞれ誓約書の形をもって——土地の九割は公有地である、軍用地等若干問題が残っておるようでありますが、公有地である。残りの一割程度の民有地についても全面的に協力をするという、そういう条件で示されました。中部において東海岸の山岳部、それから名護の北の山岳部を横断して本部半島の会場に至る新しい道路、これをやはり新しいルートとして建設をするほうが、現在の国道一号線や、島の両側の道路を拡幅整備するよりもずっと後世に対してもあるいは海洋博に対しても有効であると考えて、二日から建設省の専門の諸君が、現地の踏査をいたしてくれております。この現地踏査いたしました調査の結果というものを踏まえなければわかりませんが、現在の道路局としては、技術上、財源上きわめてまだ困難が残っている。しかし、日本の総力をあげての突貫工事ということであれば何とかなるかもしれない。しかし、これは有料道路にはおそらくできない。いわゆるペイする見込みの全くない道路でありますから、コザや那覇、石川間の道路とは異にする、そういうことで構想をいま詰めまして、何とかいけるだろうということにしております。 一方、輸送の面では、本土からのお客さんたちのための海上輸送、あるいは空港に降り立った後の人たちの陸上以外のものとしては、やはりYS11等を利用した那覇空港と本部飛行場との間のピストン往復、これも午前中は行きのお客さんばかり、午後は帰りのお客さんばかりという、現地は大体宿泊施設をつくっても無理だという場所でありますから、これは引き合わないでありましょうから、海洋博協会等においてこれが手当てもしなくちゃならない。あるいは日本の技術もようやくホーバークラフトの百五十トンクラスの建造に着手できるところにまいっておりますので、これをやはり海洋博所有のものとして運航させることによって、陸上交通の手段を補佐していこうということで、これも海洋博が建造、所有をして、これが終わりましたならば沖繩県かもしくは離島町村長会あたりにこれを払い下げて、そして離島間の定期航路に使ってもらえばいいじゃないかというようなこと等でおおむね解決ができそうでありますが、問題は、会場が本部半島の一番の先のところでありますから、建設のための資材の鉄骨その他を那覇からえんえんと既存の軍道を通ってまいるわけにいきませんので、したがって、運天港に一万トンクラスの接岸バースをつくらなければならぬだろう。しかし、運天港は御案内のとおり、たとえ接岸の施設はできても、出入りのための水路というものが、きわめて入り組んだリーフを通らなければなりません。したがって、一万トンクラスが入ってこれる航路が、リーフの爆砕その他の工事によって可能であるかどうかの調査に運輸省から行ってもらうことにいたしました。これはすみやかにつくり上げませんと、会場の諸施設の建設資材をまず積みおろしする港、そして会期に入りますと、本土から運んで、運天港でおろして、そして会場まで新しくつくられるであろう道路を通っていくということになるわけでありますから、この問題がきわめて急がれるわけであります。しかし、これも何とか、調査の結果を見なければわかりませんが、私は可能だと踏んでおります。 そこで、残るのは、参りましたお客さんの想定をいたしますと、どうしても宿泊施設というもののキャパシティーが不足である。現在のところ、沖繩の旅館法で認められております簡易旅館のベッド数というものを、復帰後本土のベッド数で制限をいたしますと、いわゆる二、三ベッドの小さい旅館というものの建設がストップいたしますので、これも海洋博までは延ばす等の手段をとりつつも、なお平日において千二百名、土曜、日曜、祭日等において、大阪の万博の統計から推定いたしますと、千六百名ほどお客さんが来ても泊まる場所がないということが明らかになりました。この点は、現在建設省を中心に、構想としては住宅公団がとりあえず、これはそのあと譲渡もしくは賃貸住宅という形をとるにしても、その需要のあるところにつくらなければなりませんので、やはり那覇からコザに至る間の適当な立地をさがして、住宅公団の手によって直接それを建てて、期間中は宿泊施設に使用し、あとは県民の住宅事情に貢献させる計画を立てようじゃないかということで、いま作業をしてもらっておりますが、これができ上がりますと、大体本部半島開催のための諸準備というものは対内的には完成をいたします。 しかし、私としては、本部半島というものは、沖繩の中から見れば必要な場所であったかもしれません。しかし、海洋博というものを日本が世界の加盟国に向かって参加を呼びかける場所が沖繩であるという立場から考えると、あまりにもへんぴなところに、沖繩側に決定権がかりになかったにしても、沖繩の御意向というものがはっきり出ました以上は、それを尊重したいと思う私の立場からすれば、少し軽率で、本部半島ということを表に出されたことに対し、はなはだ迷惑をいたしたと思うわけでありますけれども、しかしきまった以上は、閣議でも決定いたしまして、これに対して通産省を中心に、必要によっては予算措置その他も残りの三年間で間に合わせる措置を講ずることを前提としながら、この日本にとっても、沖繩にとってはもちろんのこと、後世に残る沖繩発展の足がかりともなり得る海洋博の成功のために、全力を傾けていくつもりであります。
○國場委員 一番問題になるのは、いま大臣もおっしゃったような道路問題、宿舎問題だと思います。沖繩現地でもやはりその点に対してはずいぶん研究しておるわけでございますが、承りますと、あの道路——縦貫道路というような四車線にすれば、大体一時間でふっ飛ぶということになるわけでございますが、やはり裏づけするものは資金でございます。大体そういうような付帯設備、大まかな予算はどれぐらいになっておるでございましょうか。二百五十億を政府は出すのだ。ところが、大阪の万博からしますと、約七千億程度の金が注がれた、こういうようなことでございます。ミニ万博になるかどうかは知りませんが、最小限においてでも二千万ドル、三千万ドルぐらいは入るのではないかということもうわさされておるわけでございますが、大体そういうような予算の裏づけ、まあ調査費として二億七千万ですか、それはよく存じております。ところが、二カ年間において、今後準備して、これを実施して開催まで持っていくということになりますと、これはもうとてもとてもどうかと思います。今度のこの予算、片っぽうで道路がきまったら、計画がきまったら、それに対してすぐ部分部分的に着工していく、準備をしていく、こういうことでないと間に合わないと思いますが、そういうようなことに対しての裏づけとする予算とか、あるいはまた諸準備はどうなっておりますかを最後にお聞きしまして、質問を終わりたいと思います。
○山中国務大臣 これは、現在それぞれの各省庁で計算をしてもらっておりますが、たとえば、先ほど申しました道路だけでも、建設省では、有料でない道路だとすると六百億かかるといっております。あるいは水産庁の内々の計画であります海底牧場、これだけでも二百億かかるといっております。でありますから、金額は相当な金額というものを、四十七年度予算も含めた中で三カ年計画で消化しなければなりません。すなわち、四十八、四十九両年度で事業予算をやるのではなくて、四十七年度からもう事業にかからなければ間に合わない。したがって、その財源の問題その他については、各省庁いろいろ違いはありますが、いまのままでは既定予算ではやっていけないだろう。したがって、今後大蔵省との相談ごとになるわけでありますけれども、沖繩海洋博のための公共投資に要する経費というものを積算をいたしまして、そして四十七年度予算にあとどれだけ必要となるか等につきましてはさらにこまかい詰めをして、遺憾のないようにしたいと考えます。
○國場委員 ありがとうございました。質問を終わります。
○床次委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時四十四分散会