沖縄返還協定特別委員会 第8号
- 発言数
- 597 件
- 登壇者
- 62 名
- 会派数
- 6
- 開催日
- 1971/12/22
会議録
○委員長(安井謙君) ただいまから沖繩返還協定特別委員会を開会いたします。 委員の異動について報告いたします。 去る十二月十七日野末和彦君が委員を辞任され、その補欠として青島幸男君が選任され、同月二十日柴田利右エ門君が委員を辞任され、その補欠として木島則夫君が選任されました。 次いで昨二十一日青島幸男君、木島則夫君が委員を辞任され、その補欠として山田勇君、中村利次君が選任されました。 本日小野明君が委員を辞任され、その補欠として松本賢一君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題といたします。 この際、本件の審査に資するため、去る二十日福岡に委員派遣を行ない、意見聴取をいたしましたので、派遣委員から報告を聴取いたします。 米田君。
○米田正文君 委員派遣の報告をいたします。 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件に関するいわゆる地方公聴会を福岡において開催するため、私のほか高田理事、春日理事、川上委員、寺本委員、平島委員、小野委員、鈴木委員、内田委員及び柴田委員の十名が現地に派遣されました。 公聴会は一昨日、十二月二十日午前十一時五分より福岡県町村会館において開会、私が団長としてあいさつ、意見陳述人及び委員の紹介、議事運営について説明を行なった後、 西南大学教授 西井 竜生君 徳水株式会社社長 徳島喜太郎君 九州産業大学教授 新川 伝助君 熊本県酒水町長 増田 義孝君 福岡県民間労働組 合協議会会長 宮田 早苗君 鹿児島青年会議所 理事長 大西 洋逸君 西南大学教授 白井 正君 株式会社高田工業 所社長 高田 寿夫君 以上八名の意見陳述人の意見を聴取し、次いで各委員より熱心な質疑を行ない、午後四時七分に散会いたしました。詳細につきましては、別途文書によって報告を取りまとめましたので、それによって御承知願いたいと存じます。 なお、その報告書は会議録に掲載されますよう委員長においてお取り計らい願いたいと存じます。
○委員長(安井謙君) ただいま御報告がございましたが、別途詳細にわたる報告書が提出されることになっておりますので、これを本日の会議録の末尾に掲載することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。
○委員長(安井謙君) なお、本件及び沖繩の復帰に伴う国内関係七議案の審査に資するため、沖繩に議員派遣が行なわれ、昨二十一日意見を聴取いたしました。その結果につきましては、近く参議院沖繩派遣議員団から報告書が議長に提出される運びになっておりますが、本委員会におきましても報告を聴取することにいたします。 高田君。
○高田浩運君 沖繩派遣について御報告いたします。 本特別委員会の委員十名並びに沖繩及び北方問題に関する特別委員会の委員十名からなる二十名の議員団は、本特別委員会の安井委員長を団長とし、沖繩及び北方問題に関する特別委員会の松井理事を副団長といたしまして、沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴う関係国内七議案の審査に資するため、参議院から沖繩に派遣されました。なお、稲嶺、喜屋武両議員も現地参加をされました。 一行は、一昨二十日午後七時羽田発の日航機で那覇におもむき、昨二十一日午前十時から琉球政府立法院において八名の意見陳述人から意見を聴取いたしました。 すなわち、沖繩返還協定並びに関係国内七議案について、平良那覇市長、知念嘉手納村議会議員、仲田沖繩同盟会長及び芳沢弁護士からそれぞれ反対の意見が、また、久貝琉球更生保護委員、村山嘉手納村議会議長、宮国公認会計士及び沖繩子供を守る父母の会の小嶺会長からそれぞれ賛成の意見が述べられ、次いで派遣議員とこれら意見陳述人との間に熱心な質疑応答が行なわれました。 かくして午後四時過ぎ閉会し、記者会見の後、午後五時三十分那覇発の日航機で帰京した次第であります。 詳細は別途文書をもって議長に報告いたしますので、これを本特別委員会の会議録に御掲載くださるよう委員長においてお取り計らい願いたいと存じます。 以上、とりあえず口頭で御報告いたします。
○委員長(安井謙君) 以上で報告は終わりました。 なお、意見聴取の詳細につきましては、当日速記を付しましたので、これも本日の会議録の末尾に掲載することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(安井謙君) 御異議ないと認め、さよう取り計らうことにいたします。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) それでは、前回に引き続き、これより質疑を行ないます。 西村関一君。(拍手)
○西村関一君 私は、昨日、本委員会から派遣せられまして沖繩の現地に行ってまいりました。 もちろん公聴会に類する集会におきましては、賛否両論、公述人の陳述があったわけでございます。その公聴会に類する集会におきましても感じたことでございますが、また、この機会に、私は、早朝から数名の沖繩の各界の方々と個人的に面談をいたしました。それらを通じまして私の感じましたのは、本協定に賛成しておる方々のうちにおいても――もちろん反対している人は言うまでもございませんが――何か、沖繩が返ってくる、本土に復帰するということに対して、賛成している人にはその喜びがあるけれども、反対している沖繩の人たちの中にも賛成している方々の中にも、一種のむなしさ、やるせなさ、そういうものがうごめいておるということを感ぜざるを得なかったのでございます。そういうことばをしばしば私は聞きました。むなしさ、やるせなさということはを沖繩の人たちは言っておられました。私は、本協定案件の審議にあたりまして、その沖繩の心を忘れてはならない、沖繩の人たちの中にあるそういう率直な気持ちを総理はじめ閣僚の皆さま方もよくとらまえていただきたいということを思うものでございます。沖繩が返ってくる、本土に復帰すると申しましても、米軍の基地はほとんどそのままである。その上に、六千名以上の自衛隊が沖繩に来るということに対して、沖繩の人たちは、何としても割り切れない気持ちを持っている。自衛隊が配備されるということは当然だと考えている人たちの中におきましてさえも、あの苛烈な沖繩戦争を経験してきた人たち、両親を失い、きょうだいを失い、すべてのものを無に帰してしまった人たち、あの苛烈な戦争の中から生き残ってきた人たちのことばを聞いておりますと、もちろん米軍の犠牲者になったということのほかに、沖繩において戦いました日本軍の将兵に対しても、なおぬぐい消すことのできない深刻な思いがあるということ。そこから、本委員会における論議の中におきましても言われておりましたように、自衛隊に対するまっとうな考え方を持つことができないということを、私はきのうもじかに強く感じたのでございます。 そこで私がまず冒頭にお伺いいたしたいと思いますことは、政府は、本協定を結ばれるにあたりまして、どのような基本的な姿勢をもって対米交渉に当たられましたかという点でございます。主権平等の大原則に基づいた交渉をなさいましたかどうか。アメリカの友誼に信頼をして、アメリカ・ベースの交渉に終始したのではないかというような感じがするのでございまして、もしそうだといたしますならば、その結果がこの協定案文のような姿になったのではないかというふうに私は考えるのでございます。そのために、沖繩の人たちは、本協定に、満足どころか、失望と憤りさえも感じておる。本協定案件に賛成をしている人たちの中におきましても、十分な満足を持っていないということを感ぜずにはおられなかったのであります。政府が確固たる原則に立って、不動の方針を持って交渉に当たっていただいたならばこういう結果にはならなかったと私は思うんでございます。その点について、総理の御見解をまず承っておきたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 皆さん方が現地まで出かけられてそうして公聴会を持たれたこと、たいへん御苦労であったと思います。また、そうして、沖繩同胞の直接の声を聞かれたことは、本協定の審議にあたりましても必ず効果のあることだと思います。そうして、ただいま述べられたように、戦中戦後を通じてなみなみならぬ苦労を重ねてこられた現地の方々が、複雑な気持ちで今回の協定、それから復帰に直面しておられると、その心情も、ただいまのわずかな表現ではありますが、私にもわからないことはございません。ことに、沖繩は激戦が展開された場所であり、そうしてその後米軍政、米民政、それが二十六年の長きにわたって続いてまいったのでありますから、いわば、ある程度アメリカの施政の秩序ができ上がった際に、今度は日本に復帰する。しかも、日本に復帰したその場合に、思い起こすのは、かつての戦地、防衛の第一線だったと、それが思い起こされると。そうして、幸いにして、昨日も衆議院の本会議で緊急質問のありましたように、いままでのドルの生活が今度は円の生活に変わる。そこらに非常な生活上の不安もまじっている、制度上の不安はもちろんのこと。そういうことで、私は、並みたいていならぬ御苦心、苦労のあることだと、かように、心情について私も私なりに理解するわけであります。 ところで、この祖国復帰を願う沖繩県民の心、これは軍政下、民政下を通じまして、今日まで変わらない形で戦われてきたと思います。これがほんとうの、日本民族である沖繩県民の願いである、かように私は把握すべきだと思っております。ただ、その場合において、ほんとうに祖国に復帰する、これが対等の状況でアメリカと交渉されて自分たちが日本に帰れるかと、その不安がいまの表現のうちに出ておるんではないかと、かように思います。もともと外交交渉というものは、相手を十分認識しながらこれは対等の立場でものごとを決しなければならないこと、これは私が説明するまでもないところだと思います。ましてただいまのような状態のもとにおいては、われわれがわれわれの主張を十分相手方に認識してもらうためにも、それらのことについて十分の認識を与えるようなその用意がなければなりません。私は、沖繩祖国復帰について、岸内閣以来各内閣が努力してきたと、ときにはほとんど問題にされなかったと、ときには当方も遠慮してこれについて触れなかったと、こういうような経過をたどってきながら私の時代になりまして、私はニクソン大統領の前のジョンソン大統領に対しても、まず沖繩祖国復帰についての願望を述べ、その第一着手として小笠原諸島の復帰ができた。そうして数年後に沖繩の祖国復帰、これを実現すべく交渉を取りつけたのであります。そうしてニクソン大統領と最終的に核抜き・本土並み・早期復帰――七二年中返還、それを取りきめるに際しましても、私はよく理解してくれたと、かように思って、これはやはり対等の立場で交渉しない限りそれができるものではなかったと、かように思っております。その場合に、沖繩県民の方々が終戦後続いてなみなみならぬ復帰活動を展開されたことが、いかに政府を鞭撻し、またアメリカの理解を深めることができたか、これを私は高く評価するものでございまして、今日沖繩復帰協定、これを取り結ぶにつきましても、これなくしてはできなかったことだと、かように私はいまでも思っております。なるほど、ただいまお述べになりましたように、アメリカの基地は変わらない。米軍はそのままいる。あるいは装備において、ただいま申し上げますように、これは約束事でありますが、ニクソン大統領と約束をして、核抜き、そうして本土並み、いわゆる復帰後は本土にある米軍と同様に、安保条約のワク内の行動にとどめる、だから自由出撃その他のことはない、かような約束はいたしましたものの、米軍のただいま持っている基地、それはたいした変化はないじゃないか。しかも、それはなかなか強大なものだ。その上さらに、ただいまお触れになりましたように、自衛隊が今度来るという。それなら一体どうなるのかと。いままでは米軍基地のもとに沖繩があると言ったが、今度は自衛隊基地の中に沖繩があるという、そういう表現になる。たいへん残念なことだが、またあの戦時中のような状態が起こるんじゃないかと、さようなもしイメージを持たれたとしたら、これはたいへんな誤りだと思いますので、私は、皆さん方もそれらの点については、それは誤りだと必ず御説明なさり、また事情もよくお話しになったことだと思います。自衛隊、これはもちろんかつての陸軍あるいは海軍、空軍、そういうものとはおよそ性格の違うものであります。私は、自衛隊が出かけるということそれ自身が旧軍人を思い起こす、旧軍隊のイメージ、それの傷あとはたいへん大きかったと思いますが、今度は、こと変わるのだ。また今日まで自由出撃が行なわれておったと、またかってにベトナムにも進駐して行ったと、そういう状態は変わって、今度は事前協議の対象になるのだ、そういうことをよく沖繩の方にも理解していただくなら、米軍基地はそのままありましても、これは性格的に非常に変わるのだと、このことの御理解がいただきたいし、また自衛隊自身も、昔の軍人、陸軍ではないのだ、これもぜひわかっていただきたいと思います。 たいへん長い説明になりまして申しわけございませんが、申すまでもなく交渉事ですから、相手のある交渉だと。しかし、その交渉に際しての取り組むべき姿勢、当方の主張すべきことは当然主張しなければこれはまとまらない。しかも、われわれがいわゆる劣等感で相手方と交渉するというようなことがあってはそれは目的を達するわけではありません。対等の立場で当然話すべきものは話すと、こういう態度でなければならないことは申すまでもないことであります。私は、外務当局もそういう観点に立ち、また自衛隊もそういう観点に立ち、今回の交渉が行なわれたと、かように思っております。またそれを確信しておりますので、これはこの場を通じて、西村委員に申し上げるよりも沖繩の方々に話をするようなつもりで、たいへん長い説明をいたしました。恐縮でございます。 以上答弁いたします。
○西村関一君 私も総理が沖繩を本土に復帰させるために今日まであらゆる努力を払ってこられたという御努力に対してこれを云々するものではございません。ただ、核抜き・本土並み・早期返還ということの中身につきまして、沖繩の人たちもすなおに総理がおっしゃったような点を受け取っていない点がある。そういう点を私自身も感じておりますので、これはあとで触れてまいりたいと思いますが、何と申しましても、私はきのういろいろな人たちから聞いたのでありますが、今回の円の切り上げの措置につきましても、本土以上に沖繩の人たちは大きなショックを受けております。政府がはたして沖繩の県民のことを考えておってくれるのだろうか、まあ全体の大きな流れの中では沖繩のことなんかは片すみに追いやられているのじゃないかというような感じを受けていなさるということを覚えたのでございます。いま総理もこの問題にお触れになりましたが、ドルから円に変わるのだからその中で操作ができるということでございますが、沖繩特別委員会におきまして財務当局、大蔵大臣のほうからもお述べになりましたし、きのうの衆議院の本会議におけるところの緊急質問においても御答弁なすったのでございますが、なぜ三百八円というところでおさまったか、このために、私は日本全体のことはいま申し上げることは避けますけれども、日本全体はもちろんのこと、特に沖繩の人たちがどれだけ大きなショックを受けているか、これは全く、私は、後ほど述べたいと思いますけれども、アメリカ、サイドの交渉をなさったその結果がこういうことになった、アメリカの経済危機を救うためにこういうことになったというふうに沖繩の人は受け取っておるようでございます。たいへん困っているのであります。で、またこれが救済措置につきましても技術的に不可能であると、技術的にできない。為替管理が行なわれておりません沖繩におきましては、ドルがどんどん流れ込んでくる。それらのものを含めて三百六十円でかえるということはできないという御答弁でございましたが、また技術的にこれを取り扱う上において困難があるということを言っておられましたが、しかし、それでは現地の人は、沖繩の人は、やはりわれわれのことはほったらかしにされているのだという印象がぬぐい切れないと思うのでございます。その点につきまして、大蔵大臣の御所信を承りたいと思います。
○国務大臣(水田三喜男君) 御承知のように、円が高くなってドルの価値が下がっておるというために、沖繩の人たちから見ましたら、外国から買うものが高くなって、売るものは安くなっていくということでございますので、その間の問題についての救済策としましては、日常生活物資が不当に高くならぬようにといういろいろの措置をとっておることは御承知のとおりだろうと思います。今度の円の切り上げによりまして、いまのフロートしておる現状よりは円が若干高くなるということでございますが、しかし、ドル地域に生活しておる人たちは、これによって以前より少しドルの切り下げをやりましたので、ドル自身の価値が下がりましたので、購買力が落ちておる。買う力がなくなっておるかわりに――いまよりは非常な不利になるようでございますが、これが内地に復帰するということになりますというと、価値の下がった円を取るのではございませんで、今度は交換によって価値の高くなった円を持って生活することになりますので、非常に対外的な購買力というものは出てまいりますし、物も今度は安売りでない高い物が売れるということになって、低くなる国に復帰するのじゃなくて、高くなる国に復帰するのでございますから、そういう点では決して沖繩の人たちに希望がないわけではございませんで、復帰の過程において価値が下がったドル生活の補償をどういうふうに見てやるかというのが私は問題だと思いますので、いまとられているようないろんな方式が十分考えられるなら、私は沖繩の人たちに決して御迷惑をかけないで、復帰までの対処ができるのじゃないかというふうに考えております。
○西村関一君 私はこの問題に深入りをしてお尋ねをするつもりはしていなかったのでございますけれども、いま水田大蔵大臣の御答弁では、円の高くなっている日本本土に復帰するのだからむしろ有利じゃないかというような意味の御答弁がございましたけれども、現実に一ドル三百六十円で換価してもらいたいということを前から主張しておる沖繩の人たちにとりましては、現在三百八円になっておる、復帰まで待てないというのが実情のようでございます。まあ一例をあげますれば、東京に子弟を送っている、本土に子弟を送っているところの沖繩の人たちは、もうたちまちばく大な経費の負担をふやさなければならないという実情でございます。いろんな点において非常に困っておる。この現在の実情におきましても、復帰までの状態の中におきましても、何らかの措置を講じなければいけないのじゃないか。現在でも三百六十円で換価するということについてのお考えはどうでございますか。
○国務大臣(水田三喜男君) 三百六十円といまの差額は、ここに勉強に来られておる方の学費についてもその差額を補償するようなやり方がもうできておりますので、この点は私はあまり御心配ないだろうと思います。で、いま三百六十円が三百八円になったということが何か損のようでございますが、円の価値がそれだけ切り上げられるということでございますので、いままでは三百六十円出さなければ買えなかったものが今度は三百八円出せば買えるということで、円の購買力が対外的にそれだけ出たということでございますので、その円の圏内に沖繩の人たちが復帰してくれるということは、決してえらい損をしたようなことではございませんで、価値の高い円の圏内に復帰するということで、この点の損は一切ございません。したがって、いま当分、損をしているドル圏内に住んでいる分のその損失をどう見てくれるかということが問題だと思いますので、日常生活で不当にいままでよりは、ドルが安くなっただけの損を私どもができるだけこれを見て、高物価に悩むことのないような措置をとりたいということが問題でございまして、この三百何円に下がったということが損というのでなくして、円の切り上げでございますので、この点は決して動揺とか、そう心配なことでなくて、値打ちのない札をもらうことでなくて、値打ちのある札をもらうのでありますから、対外的な購買力というものはそれだけ出ておることで、これは決して国民経済的にも損ということではございませんので、これはその間のドル自身の下がった損を、どう高くなった国でこれを見てやるかという問題だと私は思います。
○西村関一君 水田大蔵大臣、それはおっしゃるとおりなんで、そんなことはわかり切っていることなんですけれども、いまお話しになりました、下がった差額を――下がったといいますか、円が上がって、現実に沖繩の人たちがドル生活をしておりますから、その差額をどういうふうにして補てんするか、その点は当局においても、大蔵当局におきましても十分に救済措置を考えている。具体的に一ドル三百六十円でドル生活しておるところの沖繩の人たちにかえてあげることができるのでございますか、復帰までに。その点はいかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) これは誤解を招くといけませんので、理論的には水田大蔵大臣の言われるとおりでございます。しかし、沖繩県民の立場から考えますと、ドルを昭和三十三年から使用をさせられた。いわゆるそのことは、沖繩県民がドルにしてくれと頼んだものではございません。したがって、そのドルの圏内にあって、生活のための物資の八〇%を、本来立憲国たるべき日本の本土と呼ばなければならない地域にたよって生活していかなければならないその状態が、少なくともニクソンの声明までは何ら不安なく続いていたわけであります。しかし、そのニクソン声明並びに変動相場制への移行、今回の一六・八八%の切り上げというようなことは、沖繩の人たちにとっては、これは実は自分たちだけがなぜ日本国民であるのにこのようなつらい、いわゆる現実の生活の面においても私たち努力をいたしておりますけれども、しかしながら、実際にはそういうことがなかりせば、少なくとも八月十六日なり、あるいは月末の変動相場制の移行なり、その時点において自分たちがかりに復帰していたとするならば、全然そういう影響は本土の人たちと同じように――日本以外のところとの貿易においては、これは本土と同じでありますけれども――変わりはなかったはずである。ところが、その後の日本政府の最終的な国際的な環境の中におけるやむを得ない措置としての決定的な平価切り上げまで行なわれました。このことが沖繩の人たちにとっては、自分たちがその前に本土の国民であったならば、それは三百六十円で補償されていたはずである。それが単純にやはり考えの上にあらわれるのは、今回は三百八円ということになってしまうではないかという、私はその問題だろうと思います。したがって、沖繩側のそのようなお気持ちというものを私たちは体して、いまとっております四百四十品目の物価の差損補てんについても、やはり一六・八八%の、さらにまた変動いたしますれば、その実勢を反映したもので適確な生活の保護のための措置を講じなければなりませんし、学生への本土送金についても、また金額もふやさなければなりません。また、長期療養者等についてもめんどうを見なければなりません。しかし、やはり沖繩の人が本土に、かりに自分の自由な意思であったとしても、出張をした。しかし、そのホテルにおいて、自分が頭に描いていた、本土の人たち三百六十円の価値と変わっていない円、しかし自分たちは、不幸にしてドルを持って本土に来なければならない。そのときにホテルで、きょうは三百八円でございますと言ってかえられるときのその心情というものが、真実の沖繩県民のいま気持ちだと思います。私はしたがって、円交換を復帰までにいたすことは、布令第十四号を持つ施政権下にこれあり、あるいはまた為替管理法が御指摘のとおりございませんので、それを抜きにしての交換は、底のないバケツに円をつぎ込むようなことに結果的になります。そこで、それにかわる次善の策として、全く緊急な抜き打ちドルのチェックをいたしました。その差額については復帰の時点において、変動相場が固定相場になって切り上げられても、その幅だけ確実に、一万ドル持っていた人が全然持っていなくとも、それはその一六・八八%に相当する一万ドル対比の金額は交付いたしますという意味の措置をとったわけであります。これはその時点において、どう考えても、復帰前の円とドルの交換は、アメリカ施政権下の布令第十四号において、アメリカ合衆国ドルのみを唯一の通貨とするという、それをやめさせるか、日本円を通貨と認めるという布令に変えさせるか、外交交渉が要りますので、交渉を始めたらおしまいであるということで、相当覚悟をして、アメリカ側のクレームのつくことも覚悟をして断行したわけであります。しかし、それで足りたかといえば、やはり法人を対象にしなかった、あるいはその他のこと等がございまして、その後の沖繩側における、いわゆる沖繩の経済成長率の高まっていった分についてはいかなる補てんをするのか等の異論もございます。これについては、なおいかなる手段で、復帰の時点において、あるいはそれ以前においても、本土としての沖繩県民のそのような基本的な心情にこたえる道があるか、現実に生活に響いておるその実情というものにこたえるすべがあるか、これはまことにむずかしい問題でございますが、大蔵当局の了解を得るような内容のものをいま必死に探求いたしておりますので、誤解を招かないように私のほうから一言――少し長話に過ぎましたが、つけ加えさせていただきたいと思います。
○西村関一君 私は、先ほど、本協定があくまでアメリカ・サイドのものであるということを申し上げましたが、総理はそういうことではないと、全く対等の立場で国益を中心としてやったんだということを言われましたが、私はこの問題につきまして、本協定と日米共同声明、平和条約第三条の関係についてお伺いをしたいと思います。 政府は、サンフランシスコ平和条約によって、その第三条によりまして、琉球諸島及び大東諸島及び南方諸島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度のもとにおくこととする「合衆国のいかなる提案にも同意する」との約束をしておられます。合衆国はどのような意図をもってこのような要求をしたのでありますか。外務大臣、いかがでございますか。
○国務大臣(福田赳夫君) 平和条約第三条は、いまお話しのとおり、わが国は沖繩及び大東諸島につきまして、アメリカ合衆国の信託統治、これに同意したと、しかし、その手続が済むまでの間は、アメリカが施政権を行使するということにもまた同意したわけです。そこで、アメリカ合衆国が信託統治ということを考えたということは、これはアメリカの考え方でございますが、私の推測では、これはかなり長期的なことを考えたのじゃ、ないか、そういうふうに思うわけであります。しかし、この長期的な意図を持つところの信託統治、制度として定着された信託統治、それが行なわれないで、施政権の行使というところでまあ今日まで来ておる。私は、今回の返還と平和条約第三条の関係を考えてみますると、たいへんわが国のほうに幸いをした。つまり、制度化した、あるいは長期的な展望に立ったそういう信託統治というものが行なわれるということになると、なかなか、アメリカ合衆国といたしまして沖繩を手放すということに障害が出てきたのではあるまいか、そういうふうに考えるのです。それが暫定的――と言うとあるいは多少言い過ぎかもしれません――しかし、とにかく信託統治に至るまでの措置として、わが国が承認いたしました三権の行使、この形で来た、そういうことが今回の――まあ私どもは、いろいろ批判はありまするけれども、私どもはこの沖繩の返還というものがとにかく早くできるようになってよかったと、こういうふうに思っておるのですが、その早くできるようになった一つの大きな理由ではあるまいか、そういうふうに見ております。
○西村関一君 いまさら私が申し上げるまでもないのでございますけれども、信託統治に対する主権の問題でございますが、残存主権とか潜在主権とかいうことがいわれております。なぜ、アメリカ合衆国がこういう要求をしたか、また、平和条約第三条によってこれを認めたかということなんでございますが、あれは戦後のときでもございますから、日本政府としてもこれをのまざるを得ない状態にあったということもわかりますが、私はこれは、残存主権とかあるいは潜在主権とかいわれておりますが、これは制限されたものである。当然日本に主権があるということは言うまでもございません。それは制限されたんです。ですから、沖繩が返ってくる、沖繩返還協定の場合には、これは向こうのお情けによって返してもらうというのじゃなくて、この信託統治下に置くということを承諾させられたんでありますが、当時の情勢からいって、アメリカがどういう意図をもってそういうことをやったかということを考えてみますれば、これはやはりこういうふうにしておいて、軍事的に沖繩を支配していこうという意図があったということは、その後のいきさつから見まして明らかでございます。また、現状から見ても明らかでございます。制限された日本国の主権のもとにおいて、アメリカが三権を掌握して思うままにふるまってきた、軍事的な用に供するために、この国連憲章の信託統治制度というものを利用したというふうに思わざるを得ないのでございます。そのことのために、二十五年間の長きにわたって、百万沖繩県民が大きな犠牲をしいられてきたということは、これは私はまぎれもない事実だと思うのでございます。ことばをかえて申しますならば、アメリカの極東政策、極東軍事戦略、そういうことのために信託統治制度というものを曲げて使ったというふうに考えますが、その点、外務大臣の御見解はいかがですか。
○国務大臣(福田赳夫君) アメリカは、平和条約第三条で信託統治の権限を持ったわけです。しかし、この信託統治方式を使わなかったわけなんですね。そうして施政権の行使と、こういうことになった。わけです。私は先ほど、それが今回の沖繩返還に非常に幸いしているというふうに申し上げたわけですが、それはそれとして、アメリカが信託統治なり、あるいはそれに至るまでの間の施政権の行使ということを主張したその背景というものは、西村さんのおっしゃるように、軍事的背景、これが非常に強くあったということにつきましては私は別に違った見方はしておりません。当時は軍事的な要請というものが非常に強かったというふうに思います。
○西村関一君 ダレス大使がサンフランシスコ平和会議のときに発言をいたしました中に、いま私の申し述べたような点に触れているのでございます。時間がありませんから、一々読み上げることを略しますが、そういう意図のもとにこの国連憲章の信託統治制度というものを逆用したということが、いま外務大臣もそういう点が多分にあったということをお認めになりましたが、そのために沖繩の人たちが非常な犠牲をしいられてきたということでございます。現在行ってみましても、もう全く基地の中に沖繩があるというような状態が続いておるんであります。あの鉄さくの中は、広々とした緑の芝生が茂っている住宅地が続いておる。まあ嘉手納空軍基地のごときは、これは世界最大のものだといわれるようなものが沖繩にある。そういうことのために沖繩の人たちが大きな犠牲をしいられてきたということは、これはまぎれもない事実でございます。そうでありますから、私は、そういう点を踏まえて外交交渉に当たらるべきであったと思うんでございます。そういうことはもう百も承知しておってその上でやったんだと言われればそれまででございますけれども、施政権返還の交渉にあたって、この信託統治というものはもはやないんだ、そういうものはもうすでになくなっておるんだし、無効論ということが国際法学者の中においても言われておりますし、りっぱな主権を持っているところの日本に信託統治をやるということは、そんなことは無効だと言う人もございますが、また中には、主権国家が一部を信託統治にすることができると言う国際法学者もあるようでございますけれども、いずれにしましても、今日全然問題になっていない、またアメリカもそういう意図を持っていないものを、この平和条約第三条というものを廃棄する、そういうものをもうやめてしまうという考え方で交渉に当たらるべきではなかったかと思うんでございます。平和条約第三条がありますと、その次には日米共同声明との関係がやっぱり出てまいります。 この日米共同声明と、その共同声明がなされましたあと、ワシントンのナショナル・プレス・クラブにおいて佐藤総理が公式演説をなさった。これは一体をなしておる。これはしばしば本委員会におきましても論じられてきたところでございますが、このことについてのジョンソン国務次官の背景説明、愛知外務大臣の説明がございましたが、私は愛知外務大臣の説明は、ずいぶん無理がある説明をせられたというふうに思っております。アメリカ側のジョンソン国務次官の背景説明を見ますると、私は、沖繩の本土化か本土の沖繩化かということが、第七項及び第八項において、問題とされるところを、向こうは巧妙にうたっておると思うんでございます。「わが国の基本的な立場を米国が受け入れた」ということでございますが、それはよいといたしましても、重大なことは、特別取りきめ以上のことが共同声明の中に書かれておるということでございます。第七項のキーポイントは、「日本を含む極東諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない」という一項がございます。その点が私は問題だと思います。アメリカ合衆国が負っているところの国際義務の効果的遂行を妨げるようなものではないと、これは事前協議制度に重大な影響を及ぼす文言であると思うんでございます。なぜならば、日本は、アメリカ合衆国が負っているところの国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなことに対してノーと言えない、このように内容を変えられたのがこの点でございます。それから、事前協議制度につきましても、これが本土に適用されるという場合に、やはりアメリカ合衆国が負っているところの国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなことに対してはノーと言えない。これがわれわれが心配いたしております、沖繩が日本に復帰いたしました場合に本土並みになると、つまりこういう点につきましては、非常な危険がこの中に隠されておるということを心配する。つまり、沖繩の本土化、本土の沖繩化――本土の沖繩化ということを言わさるを得ないと思うんでございます。その点につきましていかがでございますか。
○国務大臣(福田赳夫君) この条約をごらん願い、また私どもの補足いたしましての説明をお聞き取りくださいまして、本土の沖繩化ということはどこにも出てこないんじゃないかというふうに思うんです。いろいろお話も承ってみるんですが、どうしてどういうところからそういうふうになってくるのか、私はまだ理解ができない。しかし、沖繩が本土化すると、これはもう全くそのとおりでございます。つまり、この協定におきましても、沖繩島に米軍が駐留をいたします。しかしながら、米軍が駐留するその任務、これは本土と全く同じものであると。安全保障条約及びその関連取りきめの中に限定されるということで、これはもう非常に明瞭に規制を受けているわけであります。しからば、本土に駐留する米軍の任務は何だと、こういいますれば、まず第一に日本の防衛です。それから極東の安全と平和、こういうことであります。その本土における任務がまた沖繩に自然に移っていくと、そのまま移っていくと、こういうことになりまするので、沖繩に駐留する米軍の任務、これは日本の本土、沖繩はもとより、日本本土の防衛を依然として受け持つわけです。同時に、極東の安全に寄与すると、こういうことになります。そういうことでありますので、共同声明にもそういうような趣旨のことをうたってあると、こういうふうに理解しております。
○西村関一君 私の伺っておりますのは、共同声明の中におきまして、アメリカの国際的に背負っておるところの義務を妨げない限りにおいて、ということであります。そういうことになりますと、これは事前協議制度の重大な変更になる。沖繩が日本に返ってくるというこの協定と日米共同声明というものはうらはらになっておる。言うまでもございません。これが協定の中にはっきりうたってないということにも問題がございますが、日米共同声明というものがうらはらの関係になっておる。そうなりますというと、この協定によりまして事前協議の制度というものが重大な変更をしてくる。アメリカの国際的に負っておるところの義務を妨げない限りということになりますと、アメリカが一方的に――アメリカは国際的義務に対し、たとえばベトナムの問題とか、あるいは中国との関係はまあ雪解けにはなりましたとはいうものの、どういう国際的な情勢が起こってくるかわからないという場合において、アメリカが要求してきた場合においてノーと言えないということがここから出てくるんじゃないか。それが日米共同声明とうらはらになっておりますところのこの協定の中身でございます。中身というより、むしろ中心である。協定の中にうたってないところにさらに問題があるんでございますが、そういう点について、これはやはり沖繩の問題としてだけ取り上げることができない。本土もこれに巻き込まれていくということが心配になりますから、その点を伺っているわけなんであります。
○国務大臣(福田赳夫君) そもそも共同声明と協定との関係はどうだと、こういうことになりますると、確かにこの共同声明ができたからこそ、この返還協定もできるということになったわけであります。そこで、この協定におきましては、その前文におきまして、共同声明に基づき、こういうことをいっておりますが、基づきとはいっておりまするけれども、日米間で権利義務の関係が生ずるのは第一条、第二条、第三条以下の条文であります。共同声明にいろんなことが書いてあるけれども、これはまあ協定の背景をなすものではありまするけれども、つまり、その背景の中で一番大きなものは何だというと、七二年中・核抜き・本土並みと、こういうことでございますが、この共同声明がその中で法的拘束力を持つものにつきましては、一つ一つ協定の中で引用をいたしておるわけであります。共同声明はとにかく二年前にできたものだ。二年前のあの時点をとらえて、あのときの国際情勢を分析し、ああいういろんな両国首脳間の意見の交換ということがあったわけなんでありますが、しかし、二年を経過した今日におきまして、まあ全然事情が違わぬかというと、若干の違いもある。でありまするから、総理も、台湾条項だと――少しことばがあのときは言い過ぎたかなと、こういうようなこともまあ言われておるような次第でございまして、確かに共同声明はこの協定の背景をなし、その根源にはなっておるわけでありまするけれども、しかし、あれが日米間の権利義務をきめるというような関係ににはなってきておらないんです。権利義務はあくまでも協定によってきめられる。協定によりますれば、もうはっきりと、本土の日米安保体制というものが沖繩に移される、沖繩も自由出撃はできないと、こういうような状態になりますので、その辺は、まあ私はさほど疑いを持っておりませんでしたわけでございます。
○大矢正君 関連。 いまの西村委員の質問に関連をしてお尋ねをいたしますが、私がお尋ねをいたしますことは、いま西村委員も言われておりますとおりに、この協定というものと共同声明の関連についてであります。 大臣もいま言われておりましたとおりに、この協定の前文には「これらの諸島の日本国への復帰が前記の共同声明の基礎の上に行なわれること」云々と、こうなっておりますね。そこで私が懸念をいたしますことは、外見上から見れば、協定と共同声明というのはそれぞれの限界というものはおのずからあると思うし、協定というものは、少なくともこれは両者の合意しない限りにおいては未来永劫に続くものであります。しかし、共同声明というのは、たとえ半年後でも一年後でも、これはまたお互いに別に共同声明を出そうとすれば出せないことはないわけですね。したがって、そういうようなことを考えてみますると、私が一番懸念をいたしますることは、かりに、ニクソンが訪中をして、そこで米中間の国交の回復まで話が進んでいくといたしますれば、私はこれはけっこうなことだと思うんであります。しかし、世の中はなかなかそう甘くはないと判断をしなければならない。そこで、かりに、将来わが国が中華人民共和国との間に国交が回復し、しかも、国交回復するその前提条件は、台湾はあくまでも中国の内政問題である、この台湾をどのように取り扱うかは中国自身がきめるべき問題である。もっと具体的に言えば、それはお互いに台湾と中国が話し合いによって台湾問題を解決をしようが、かつて金門、馬祖において砲撃がそれぞれ行なわれたように、武力において台湾が中国のものに、完全に中国の施政権が及ぶという結果になるかどうか、こういうものの一切は、あげて将来中華人民共和国政府がきめるべきことであって、他国が内政干渉すべきものではないんだと、こういう前提で、かりに日本とそれから中華人民共和国との間に国交が回復したということを前提として考えてみた場合に、私はここで心配として出てくる問題は、その段階でアメリカも中国との間に完全に国交が回復されておればよいが、アメリカは中国との間に国交回復をしていない。そして、依然として台湾との間に防衛条約が存続をしておるという状態があったといたしまする際に、もし、アメリカが日本との間に共同声明で、台湾地域の問題については重要な関心を持っておるし、そしてまたアメリカが、そのことについて効果的に他国との間の協定に基づいてその重要な役割りを果たすことを日本は阻害しないんだと、ある意味で言うと、もっと前向きに言うと、助けるんだと、こういう立場があるといたしますれば、結論的には、結局は日本とアメリカとの間に大きな共同声明上の違いが出てくるんではないかという感じがいたしますね。その際に、一体日本はどうするのか。そういう際には、日本はしかたがないから、中国との間に国交回復は、私が先ほど申し上げたような条件のもとに、あくまでも台湾は中国の一部である、したがって一切のものは中国がその権限を持っておるんだという立場は認めてしまったわ、アメリカはあくまでも台湾は守るわというような段階になったときに、この共同声明というものは一体どうなるのか。もしそれで、この共同声明は、これは今日の時点ではそぐわないと日本が言ってみたところで、ここに明らかに「共同声明の基礎の上に」ということが書かれている以上、日本は一体どういう立場をとるのかということが私は将来必ず問題になるのではないかという懸念があるので、この際、あわせてお答えをいただきたいと思う。
○国務大臣(福田赳夫君) ただいま大矢さん御指摘の具体的な問題になりますと、非常にほかにもいろいろの前提がありますから、その問題に適応して安保条約がどういうふうに動くかということは、お答えいたさないほうがいいと思うんです。非常に誤解を招きます。 しかし、抽象的に申し上げます、お答えになると思いますから。わが国の国土に駐留する米軍、これが出動をする、そういうことはこれは極東の安全だと、台湾海峡は極東の安全の中に一応入りまするけれども、この極東の安全という米軍の任務があるわけです。ですから、極東のある一地点において、まあ武力紛争が起こった。わが基地から米軍が飛び立つ、あるいは船出する、そういうことがあるかどうかと、こういうことになりますると、それがわが国の安全に――総理がよくおっしゃる、火の粉がわが国に襲いかかってくるかどうか、その問題を判断しなけりゃならぬと思うんです。その問題を判断いたしまして、もし、火の粉を日本がかぶるような事態でありますれば、米軍の自由出撃を認めまして、そしてこの事態を鎮静さしてもらわなきやならぬと、つまり事前協議において、そういう場合におきましてはイエスと、こう言うことがあり得るわけです。しかし逆に、まあ極東のどこでも米軍が自由出撃するわけじゃありません。わが国の安全を考えまして、その極東の他の地点の武力紛争がわが国の安全に大きな影響がある、こういうような際でなければ、そういうことが認められなければ、これはノーと、こういうふうになる。まあそんなような運用になっていくんじゃないか、そういうふうに思います。
○大矢正君 私のあとに羽生さんがおそらく引き続いて話をされると思うんでありますが、先ほど来、西村委員からも言われておりまするとおりに、日本の国は、アメリカが「極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げ」になるようなことはしないんだということを総理大臣は表明したと、こう言っているわけでしょう。そう言っていますね。そうしていて、しかも、「総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素である」、こういうことを述べているわけでしょう。だといたしますれば、これをたてにとって攻め立てられた場合に、日本としては「いや、それはノーだ」ということは言えないんじゃないですか、結果論的には。私はこのことを申し上げたいわけです。そして、そういう共同声明を基礎にしてと、こうなっているんでありますから、共同声明の中からそれがはずされない限り、何らかの形で、別な共同声明か何かわかりませんが、別な形ではずされない限りは、日本としてはノーとは言えない。イエスと言わざるを得ない。イエスと言えば、日本と中国との間に、かりに、台湾問題についてこれはあくまでも内政問題であるという前提で国交が回復している段階においては、日本自身がどういう立場をとるのかという重大問題になるんじゃないですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは外務大臣の答えたことを私からも少し補足したいんです。 どうも、日米安全保障条約を承認しているところと、承認しないところでは、基本的な態度もだいぶ違うと思います。私どもは日米安全保障条約、これは、これを持っているがゆえに一つの戦争の抑止力になっておると、実は、かような紛争に巻き込まれなくても済むと、そういうものが一つの効果であり、また現実に紛争が勃発すれば、そのときには米軍がやはり日本の立場を保護してくれる、防護してくれる。そういう二つの役割りがあると、かように実は思っております。したがって、ただいまの問題も、狭い範囲に考えられて、いわゆる戦闘の場合だけを想定されると、沖繩の基地の場合でもずいぶん窮屈な思いがすると。ましてただいまのように、大矢君の言われるような、中国の問題にまで発展する、そういう具体的な問題になりますと、これは私たいへんなことだと思っております。私は、中国、これは隣国であるからどうしても国交の正常化をはからなければならないと、かように実は思っております。アメリカとは違って、日本は、台湾、澎湖島、これについては一切の権利、権限を放棄していると。これはどこへ放棄したか、それが云々されるけれども、それはいままでの経過をたどってごらんになれば、これは中国に放棄したということははっきりしていると。そういうことを考えながら、ただいまのような特別な米華条約を持っておる。そういう状況のあるところと、日本のように、中華民国とは国交を持っておるが、同時に、中国が国連に加盟した今日は、中国本土とわれわれは国交の正常化をはかろうとしておる。そしてその問題も台湾をも含めて、これはおのずからその過程において問題は解決すると、かように考えてしばしばその点は触れておりますが、ただいまのようなお話が出て、そのときにはどうするかということになれば、これは私どもの国益を守る観点から、当然さような紛争が起こらないことを心から願っておるので、よもやさような状態が起ころうとは私は思いませんが、私はその際にわれわれがとるべき処置、これはおのずから決定されると、かように実は思っております。それを先ほどは外務大臣はあまり多くを言わなかったと、かように思いますのは、私はむしろ、日米安全保障条約で忘れられておる戦争抑止力、これあるがゆえに戦争にならないんだと、そのほうをもっと大きく評価してもらいたいと実は思っております。したがって、それを全然考えないで、紛争の起きたときばかりを考えられると、先ほどのような御議論に発展しやすいと、かように思っております。 また、沖繩の基地にいたしましても、アメリカの侵略性というものがずいぶん云々されますけれども、アメリカもまた平和愛好国家でございますし、国連の精神、そのもとで軍行動もするのでございますから、さような心配は私はないと思っております。したがって、この基地そのものは、アジアの平和確保、その抑止力、それを高く評価すべきではないだろうかと、かように思っております。しかし、抑止力、抑止力と申しましても、どうもわれわれは気に食わないものがあるから、それだけは武器としても取り除けと、これがいわゆる核兵器であります。これは幾らわれわれが戦争抑止力というものを高く評価いたしましても、とれがあっちゃ困るんだと、だからこれはひとつ取り除いてほしい。これはまた本土並みということにもなるわけであります。私は、本土にいる米軍が直ちに戦争になったら飛び立つ、その際には一体日本はどうするか、こういうような事前協議、こういうことになると、そういうようなものでなくって、いま本土に駐留している、これを許しているのも、戦争抑止力としての効果を非常に高く買っている。だから、こういう場合において、日本が、戦争――事前協議の対象になる、そういう場合には、国益に反しない、そういうことでわれわれはその結論を出す。事前協議にはイエスもあり、ノーもある、こういうことはしばしば申したところでございます。
○大矢正君 ちょっと総理大臣、答弁がすれ違っているんですよ、私は事前協議がどうのこうのという議論をしているのじゃなくてね、わが国の外交上のフリーハンドがなくなるんではないか、こういうものがあることによって。まず第一にそこを根本にして議論をしている。
○国務大臣(佐藤榮作君) 私は、いまのフリーハンドと言われますが、これは日米安全保障条約そのものが一つの問題なんで、日米安全保障条約そのものが日本のフリーハンドをなくするかどうか、これはずいぶん議論をされておると、そういうところに双方の私は党としての主張の相違があると思います。私どもその点は十分認識しながら、またただいま米軍基地をそのまま残しましても、先ほど来申し上げるように、やはり何といっても中国本土とは私ども国交の正常化をはかろうとただいま言っている最中でございますから、ただいまのような点についてこの具体的なものをいま云々することは不適当だと、かように外務大臣は先ほど答えたばかりでございます。
○羽生三七君 関連。大矢さんの質問と総理の答弁とはだいぶ食い違いがあると思いますが、それより前に、福田外務大臣のお答えの中に、自由出撃を認める云々ということばが二度も使われておりますが、それは間違いです。それは自由出撃なんてことはありません。事前協議はイエスもあればノーもあるのですから、フリーの自由出撃ということはあり得ない。これは非常な間違いですから御訂正を願います。 それからもう一つの問題は、大矢さんの言っておることは、日本と中国とが国交回復になっておる場合に、しかしアメリカと中国とはなっていない。その場合に、アメリカがわが国と異なるような方針を対中国、つまり台湾問題を中心にして異なる政策をとった場合に、日米間に根本的な違いが出てくる。しかし、その場合に、日米共同声明で台湾のことに触れておるのであるから、この共同声明を何らかの形で修正するなりあるいは違った新しい形の意思表示がなければおかしいではないか、こういうことを言われておるわけです。そこで、まず問題を整理してお考えいただきたいことは、日中の間に国交ができた場合、その場合には台湾問題は解決しておるわけですね。台湾問題は解決しておるわけです。アメリカと中国との間が国交回復ができない場合には台湾がガンになっておるわけです。そうなった場合には安保条約が優先するのか、あるいは日中国交というたてまえで日中関係が優先するのか、どちらになるか。アメリカは日米共同声明の台湾の項、それから安保条約、これに基づいて日本に行動を求めますね。ところが、日本は日中間で国交が回復しておるのでありますから、台湾問題は別の問題ではない。日中の中に含まれておるわけです。これは解決済みですね。その台湾に安保条約を優先して行動を求められてもこれは応じられるはずはないでしょう。だからそういう矛盾が起こるので、サンクレメンテの会談においては何らかの形の、修正ということが適当でなければ、新しい意思表示が行なわれるべきではないか。それでなければおかしいではないか。それがここの協定の中にある「これらの諸島の日本国への復帰が前記の共同声明の基礎の上に行なわれることを再確認した」ということとそれでは矛盾するではないかと、これが大矢質問だと思いますので、あらためて御答弁をいただきます。
○国務大臣(佐藤榮作君) 外務大臣に関する面は外務大臣から後ほどお答えすると思います。 私は、サンクレメンテでニクソン大統領と会うその際に、一番の問題は、これは何といっても国際情勢、ことにアジアにおける諸条約との関係で一体どういうようになるか、これらの点をぜひとも話をはっきりさしておきたい、かように思っております。しかし、この点は、いずれ各党党首とさらにひざを交えて話し合って出かける予定でございますから、ただいま大矢君の言われるような点が、サンクレメンテで話のできるような筋合いのものであれば、ぜひ、ひとつはっきり、党首会談の場合に私がのみ込めるようにさしていただきたい、かようにひとつお願いをいたしておきます。 ところで、私どもは、台湾についてはすでにサンフランシスコ条約でこれを放棄した、放棄の相手はどこかわからないというような言い方をしばしばいたしますが、これは戦争の経過から申し、さらにまた連合国がしばしば会合を持ち、それらの問題を踏まえてサンフランシスコ条約で放棄したのでございますから、放棄した相手は中国であることにこれはもう間違いはございません。そうして、いま、中華人民共和国が国連に迎えられた今日において、私ども、隣の国中華人民共和国と国交の正常化をはかる、これはもう当然のことでありまして、そのためにいま最大の努力が払われておる、また、今後ともそれをやらなければならない、かように実は思っております。そうして、ただいまのような問題が出てきて、沖繩の基地は一体どう働くか、これはいずれサンクレメンテで話をするにいたしましても、ただ、私は、沖繩の施政権が日本に返ってくることはたいへんしあわせじゃないかと、かように思いますのは、米華防衛条約、これを結んでいるその施政権下にある沖繩が、今日、まだこれは米華条約の範疇に入っておりますが、今度は、日本に施政権が返れば、もう直ちに個々の軍が行動することが事前協議の対象になる、これはもうたいへんな変化だと思っております。私とニクソン大統領との六九年の声明がどうあろうとも、施政権が返ってくれば、今後米軍が行動を起こすならば事前協議の対象になるのですから、そういう場合に、いまここでその返事はいたさなくとも、われわれは国益から判断をしてイエスもありノーもある。これはいままでの態度でしばしば申したことであります。これはもうおわかりだろうと思いますので、そういうような状態になったことはこれは私たいへんしあわせじゃないだろうか、かように思うのでございます。そういう点で、先ほど来言われるように、サンクレメンテでの話、ここにおいては、私は間違いなくその意思を十分披露し、そうしてこの問題についてもっと明らかに答弁ができるようにもいたしたいと、かように思っております。
○大矢正君 いま、総理大臣あるいは外務大臣からいろいろ述べられたんでありますが、もちろんわれわれの質問のしかたにも若干のまずさがあるのかどうかわかりませんが、どうも話がすれ違いになるんですよ。それで、私はいまここで直ちにこの問題の答弁を求めようとはいたしませんから、午後からあらためて私ども社会党の持ち時間の中で、もう一回この問題をやりたいと思いますので、委員長、ひとつその点、理事会等にはかって善処されることを希望いたします。
○委員長(安井謙君) 了承しました。
○羽生三七君 外務大臣、さっきの自由出撃……。
○国務大臣(福田赳夫君) あれは御指摘のとおりでございます。
○西村関一君 ただいまの問題につきましては、午後からまた再質問をするといたしまして、次の問題に移っていきたいと思っております。羽生委員から、関連質問の中で、サンクレメンテにおける日米首脳会談についての意見が出されておりますが、私もこの点については重大な関心を持っております。各党の党首との会談が予定されていますので、その中で各野党の見解も聞いておいでになると思いますから、十分その点については御留意があるということだと思いますが、私はこのサンクレメンテの首脳会談は非常に重要な意義を持っていると思うのであります。本協定の中におきましても、日米共同声明を基礎としてということがありまして、日米共同声明の中にはいまも少し指摘をいたしてまいりましたように、また午後からも整理をさしていただきたいと思いますが、いろいろ重大な問題が含まれておるのでございます。 とにかく沖繩返還協定においても、返ってくることはけっこうなことなのであります。しかし、返り方が問題だということでございます。その点につきましても十分にニクソン大統領に訴えていただきたい。私は、あえて返還協定のやり直しをしろということまではここで申し上げませんが、しかし、そういうことが言われるほど問題が一ぱいあるわけです。まだこれからも御質問を申し上げることでございますが、そういうことで、十分にニクソン大統領にもそういう意見が出ておるということを伝えてもらいたいと思います。また、手放しではこれをこのまま受け入れることはできないんだという現地の声もあるんだということも、私は十分伝えてもらいたいと思うのでございます。 そこで、サンクレメンテの会談におきまして、この前の本委員会における御答弁の中におきましても、福田外務大臣は、外務大臣としてこの会談のおぜん立てをしておる自分のほうにいろいろな責任があるんだという御発言をされました。私はもちろん両首脳会談、ニクソン・佐藤会談でありますけれども、私は福田外務大臣の責任も非常に大きいと思うんでございます。この会談に臨まれるにあたって、もちろん総理の補佐役として行かれるわけなんでございますけれども、福田外務大臣の果たされるべき役割りは非常に大きいと思うんでございます。その点につきましても、沖繩返還協定の問題点について十分にまだ述べ切っておりませんし、まだこれからきょう一日質問が続くのでございますけれども、日中問題との関連におきましても、日米共同声明のある限り、日中間の国交回復はできないということも、これはすでに論ぜられてきたところでございます。日本が日米共同声明の中で何ゆえ韓国や台湾に対してアメリカが負うべき義務を負わなければならないか。国際情勢もここ二年の間には非常に変わってきております。でありますから、共同声明の第四項再協議の問題がございますが、そういうものを利用いたしまして、ベトナム情勢の変化等を踏まえて十分に再協議をしていただく。日米共同声明が基礎になっておる木協定でございます。これが、そういう日米共同声明というものを抜きにして、協定の中でずばり問題を提起しながらはっきりさせていけばいいんでありますけれども、そういうこの協定の組み方になっております。そういう点につきましても、福田外務大臣はそのような決意を持って臨んでいただきたいと思いますが、御見解を承っておきたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) 私は、常々、「わが国の外交の方針は平和に徹する」と、まあ総理のおことばをお借りして申し上げておりますが、特にわが国に関係の深いアジアですね、その中でも極東、この緊張の緩和につきましては、最大の努力をしなければならぬわけなんです。これが日本外交の原点だと言っても支障のないことじゃないかと、そういうふうに考えます。そういうことを踏んまえましてこの沖繩問題というもの、これに取り組まなければならぬと思っておるんです。いま沖繩の県民の間で、この返還は歓迎だと、しかし、その内容に不満だという方がかなりあるということはよく承知しておるわけであります。その不満に対しましては、われわれは適正な対処の方策を講じなければならぬ。それにはどうするかというと、一番やっぱり問題は極東情勢の緩和であると、こういうふうに思うんです。そういう認識のもとに、私はこの沖繩問題というものに取り組みたいと思いますが、サンクレメンテにおきましても、基地の問題が具体的な問題としてあります。また、核の問題がまあ提起されておる。また、早く早くという念願が沖繩県民の多数の方にあるわけでありまするが、この返還日を大体どういうふうにお互いに見通すかというような問題もある。まあいろいろあります。この会談はしかし本質的には世界情勢を両首脳が話し合うと、そういうようなこと。その中でも特に中国問題というようなことが大きく取り上げられると、こういうふうに思いますが、しかし、日米間に限りますると、この沖繩問題というものは、これは非常に大きな問題でありますので、日米間の個別問題としては、この問題を最大の問題として話し合ってみたい、そういうふうに考えております。
○羽生三七君 関連。 この前の私の質問で、日米会談の際に主要な議題は何かと問われたときに総理は、これは中国問題だと、いままた福田外務大臣も同じようなことを言われましたが、直接には沖繩問題が重要であっても、全般的な会談の中で日中が重要なウエートを占めることは、これは当然だと思います。そこで北京で行なわれた日中覚書貿易協定の共同声明の中では、やはり日華条約廃棄が日中国交の前提条件みたいに言われております。これは単に中国側の意見だけなら珍しいことではありません。しかし、日本の自民党の議員も参加してそのもとで行なわれた共同声明でいま申し上げたようなことが言われておるわけですね。したがって、日米会談で中国問題を主要な議題とする場合に、日本としては、従来の方針をさらに出ることができないのか、出ることができないのならば、福田外相が幾ら水かきをおやりになろうとも、これは前進する可能性は私はほとんどないと思います。しかし、いよいよその問題がはっきりしてきたように思いますので、日米会談といわず、今度の覚書貿易協定の共同声明を見て、日本としてはどういうふうにお感じになるのか、また、何をどうしようとお考えになるのか、この機会に、お考えがあれば、これは総理ですか、外務大臣ですか、お伺いをしたいと思います。総理のほうがいいのかもしれませんですね。
○国務大臣(福田赳夫君) 今回の覚書交渉の共同声明ですね。これは従来と大体そう大差ないようには思います。そこで、私としても、あれを見ましていろいろ感ずるところをあります。ありますが、いま、私は日中国交正常化をするためにまあまっ正面から取り組むと、こういう姿勢のもとに、何とかして政府間接触を開きたいと、こういうふうに考えながらまあいろいろ画策をしておると、こういう段階です。日中国交正常化という問題は、いま非常に微妙な段階にあると、こういうふうに見ておる時期でありまして、私がこの覚書交渉の結果をまとめた共同声明、これについていろいろの感想、いろんな所見がありまするが、この際、これを申し上げるということは、いまその機微な段階に対しまして、まあ私は有害無益であると、こういうふうに考えますので、これの感想あるいは意見を述べよということでありますが、それはひとつ差し控えさせていただきたいと思います。
○羽生三七君 機微じゃなくて、明確じゃないですか、明確にもうわかっている。
○西村関一君 本協定を結ぶにあたっての日本国政府の姿勢の問題につきまして、まだ問題が残っておりますから、午後の私の持ち時間でさらにお伺いをしたいと思いますが、ただいまは沖繩の基地の問題についてお伺いをいたしたいと思います。 先ほど来触れてまいりましたように、また政府もお認めになっておられますように、沖繩におけるところの基地は、本上の基地に比べて、規模においても内容におきましても非常に膨大なものであるということは事実でございます。その縮小整理の措置につきまして、これは政府も考えておるという御答弁でございましたが、その腹案がおありでございましょうか。サンクレメンテの会議に臨まれるにあたりましても、これとこれだけはぜひひとつ要求するというような腹案をお持ちでございましょうか。防衛庁長官にお伺いをいたしたいと思います。あるいは他の方でもけっこうです。
○国務大臣(福田赳夫君) いま、この基地の問題が県民の間で大きな問題になっておる、そういう認識は十分持っております。そこで、サンクレメンテにおきまして、この問題は沖繩問題の重要なる一環としまして提起したいと、こういうふうに考えております。 私が沖繩の基地の問題につきましては、これは十分な関心は持っておるにかかわらず、これはアメリカ側とするとまたずいぶん強い反対な関心、逆の関心を持っておる問題なんです。ですから、この問題はそう簡単に決着がつくという予想はなかなかできないんでありますが、最大の努力はしてみたい。私がこれから努力をいたしまして、将来を展望する、そういう場合におきまして、一つは長期的な問題ですね、角度からの問題です。これはやっぱり長期的にはだんだんと基地が整理されていくだろうと、こういうふうに思うんです。その整理縮小の速度というものは、極東の緊張問題、これに大きく影響されると、こういうふうに見ておるのであります。でありまするから、私どもは、まあ、沖繩問題を考えるまでもありません。ありませんけれども、沖繩問題一つを考えましても、極東の緊張を緩和するということは非常に重大な問題であると、こういうふうに考えますので、この問題に取り組む、そういう環境をつくった上におきまして、沖繩の基地の整理縮小という問題が大きく前進すると、そういう展望を持っておるわけなんです。 もう一つ、これは私どもの努力の問題じゃないんです。これはアメリカ側の一国の事情でございまするが、アメリカのニクソン政策です。いわゆるグアム・ドクトリン、あれの背景は、アメリカの財政事情、これがあるんです。その財政事情からアメリカがどういうふうにあの基地の問題を考えるか、これは非常に微妙な問題であろうというふうに私は見ております。これがどういう影響を及ぼしてくるか、その二つが私は長期展望の背景にある問題だと思うんですが、当面、基地の問題は非常にむずかしい問題になっておる。私の認識は、沖繩における基地が非常に多いということ、特にあの那覇周辺に人口が集まっておるわけでありますが、そこに基地が多いという問題、これが長期展望を離れての当面の問題として私の頭にこびりついておるわけです。 それからもう一つの問題は、これは演習場に見られると言われておりまするが、基地の機能以上に土地を、米軍の戦力、軍事力の機能以上に基地の面積、土地をよけいに使っているという問題がありゃしないかと、こういう問題。 それからもう一つの問題は、レクリエーション等の施設において過大なものがないかどうか、こういうような問題、そういう問題が私の頭の中にあるんです。そういう長期、短期の方向をとらえまして今後基地問題には取り組んでいきたいと、こういうふうに考えておりますが、そういう私の頭の中、これを整理いたしまして、サンクレメンテでは話をしてみたいと、こういうふうに考えておる次第でございます。
○西村関一君 基地の縮小につきましては、外務大臣も重大な関心を持ってサンクレメンテの会議に臨まれるということでございますから、その成果を期待したいと思うのでございますが、沖繩住民の方々の共通の願いは、この膨大な基地をすみやかに返してもらって、返さして、それを沖繩県民の福祉のために使いたいと、あるいは住宅の問題でありますとかあるいは経済、産業開発の問題でありますとか、あるいはその他新しい沖繩を――本土に復帰した沖繩をどういうふうな構想で今後開発していくべきであるかということについての希望が出ておりますが、こういうことにつきまして、基地あるがゆえに十分な開発ができないといううらみを持っております。こういう点につきまして、総務長官はどういうふうに考えておられますか。
○国務大臣(山中貞則君) これは全くそのとおりであります。そして、その基地の占有されておる場所が、経済的に今後利用しようと考える場合において最も重要な、貴重な場所であることもまた事実であります。琉球政府のほうで各関係町村と相談をされまして、ただいまおっしゃいましたように、基地が返ると仮定をするならば、こういう構想を自分たちは描いているという、いわゆる住宅、公園、緑地帯、内陸工業団地、いろいろの詳細な、相当な努力のもとに行なわれたであろう参考文書を私もいただいております。これらを外務大臣等ともよく相談をしながら、私が自分でたびたび訪れて感じていることもまたございます。外務大臣のただいまの感触と一致するところもございますが、それらの点について、本土に返りました際に、急速に、どのような立場から米側に対して日本の姿勢をとっていかなければならないかということについては、現在の琉球政府、復帰後は沖繩県というものと十分なる意見の調整、それによって本土政府の積極的な意欲というものの展開がぜひとも必要であろうと考えております。
○西村関一君 たとえば沖繩の道路の問題一つを取り上げてみましても、基地があるために道路の整備もできない。きのうも、沖繩本島の縦貫道路というものをつくりたいという要望が公聴会の席上で自民党推薦の方から発言がございました。それをやるにしても基地を避けてやらなければならないという、基地を避けても、技術的にはやるにはやれるけれども、基地があるために非常にやりにくいという意味の発言がございました。 そうしてまたもう一つは、この沖繩及び北方の特別委員会におきまして審議されておりまする公用地等の暫定使用に関する法律案というもの、これはまあ全く本土では見られないような、地主の基本的な権利を踏みにじって土地を取り上げるということでございます。しかも、これが公用地とは申しますけれども、米軍及び自衛隊のためにこの法律が適用されるということで、非常にこの問題につきましては沖繩の人たちは心配をしておるわけなんでございます。われわれもこの問題に対しましてしばしば政府の見解を聞いてまいりました。今回も、もう一度この問題につきまして、基地の問題と関連をいたしまして、この法律案件につきまして、政府は沖繩県民の要望にこたえられるものであるかどうか、全くこれは地主の人権を無視した法律案である、こういうものを通すわけにはいかないということでございます。これは米軍及び自衛隊の基地をつくるためにつくられるところの法律である。こういうことは、この日本の法律の体系からいってもこれは全く許されない、日本国憲法にも抵触するところの問題であると思うのでございますが、その点、これは防衛庁長官からお伺いをいたします。
○国務大臣(江崎真澄君) 御指摘のように、確かにこれはまあ例外的な法律であろうと思います。それは施政権返還という今日までになかった全く例外の事態を迎えましていっときも空白を置くことができない。米軍には日米安全保障条約で基地を提供しなければならない。また、自衛隊は主権が沖繩県に及べば当然これは局地防衛に任じなければならない。そこで、この地主の対象者が全部しっかり把握できておりますればあるいはもっとやり方があるかもしれませんが、沖繩の場合は、しばしば申し上げてまいりましたように、行方不明の地主、これも実際問題として相当数あるわけであります。それから海外に移住をした人、これもあるわけであります。したがいまして、どうしてもこの公共用地の暫定使用法というものをお願いして、とりあえず空白を置かない措置に出たい、こういうわけでありますが、御指摘のように、地主の権限、立場というものもありまするので、運用の面におきまして、これは十分考慮の上にも考慮を重ね、事前に話し合いをつけていきたいということを思っておるわけであります。この協定案が通りますると、とりあえず施設庁におきましては百五十人ほどのそういう交渉関係になれておる者を派遣いたしまして、琉球政府等の協調を得ながら具体的な話し合いに入っていきたいと、なるべくこの法律を用いないで、でき得べくんば話し合いによって取りきめをし、解決をしていくという姿勢で臨みたいと思っておりまするので、ぜひ御了解を願いたいと思います。
○西村関一君 そうでなくっても、土地を取られて土地の少ない沖繩県民でございます。この法律が通りますと、さらに、いまこの法律によらないで話し合いで解決をしたいと、空白を埋めるためにそうせざるを得ないのでこの法律を出したんではあるけれども、しかし、法律を待たずに話し合いで解決をしていきたいということでありますが、この期限を、五年というのを三年に短縮するということが一部新聞に報道されましたが、その事実はあるんでございますか。
○国務大臣(江崎真澄君) 審議の段階で、五年でなくっても三年でいいではないかというような御質問があったことは事実であります。ただ、私ども当事者といたしましては、三万数千名の地主の実態というものがまだほんとうにしっかり把握できておりませんし、行方不明者をさがしたり、あるいは海外移住の――また海外移住の人も転居をしておるというようなこと、いろいろ勘案しまして、五年と言っておるわけでありまするが、事態が早く解決するめどが立てば、もちろんこれは法律はそうであっても、行政的な措置としてもっと早く早く事を落着させることは当然できるわけでありまするので、そういうことを望ましいと思いながら、今後も努力を続けてまいりたいと思っております。
○西村関一君 話し合いがつけばよろしいですけれども、話し合いがつかない場合に法律を適用すると、もし、この法律が通った場合に法律を適用するということになりますと、地主が承諾しない場合には強制収用ということになるかと思うんでございますが、そういう場合に、私が心配いたしますのは、かつての成田空港の地主の反対、拒否運動、そういうもののような、流血の惨事を招いたような事態を沖繩において繰り返すような心配がないかどうかと、そういうことはあり得ると思うんでございます。やはり、どうしてもいやだと、法律によって強制収用するということになりますと、そういう事態が起こらないとも限らないと思うんでございます。平和な島として再生したいと願っておる沖繩の人たちの中で、そういう事態が起こらないことを期待いたしますけれども、これはやはり、基本的な人権が無視されておる状態の中でこの法律が制定せられました暁には、やはり地主が当然の権利を主張する場合に、そういう反対運動が起こらないとは限らないと思います。そういう点に対する御配慮はいかがでございますか。
○国務大臣(江崎真澄君) 御指摘の心配につきましては、私どももそういうことが起こらないようにということを念じておるわけであります。ただ、成田の場合といささか事情が違いまするのは、従来とも、例外的にはいろいろ強制的に取り上げたという米軍とのいきさつも一、二あることは知っておりますが、それにしても、賃貸契約によって従来とも基地として使用されておる土地であります。したがいまして、私どもは、この施政権返還という場面で空白を置くことはできませんからこういう法案を用意して御審議を願っておるわけでありまするが、たとえ地主との間の話が不調に終わって、それを基地に使用するという場面がありましても、もちろんこれは継続的に、なお念入りに粘り強く地主の了承を得べく話し合いをしていこうと、こういう配慮でおりまするのと、もう一つ重要な点は、いままでのこの賃貸価格が、非常に国内物価指数等々から見まして低きに失しまするので、これは地主連合会等の意向を十分聞き入れて、そして、場合によれば六・九一とか、二倍とか言っておりますが、一口にいえば七倍近いような、平均七倍近いような賃貸価格の引き上げというようなこと等も話し合いの中に含みまして、万全を期していきたい、こう思っておるわけでございます。
○西村関一君 米軍の使用しておりますところの軍用道路の中における民有地、これにつきましてはどういう措置を講ぜられるつもりですか。
○政府委員(島田豊君) 米軍が現在使っております基地内における軍用道路につきましても、これもそれが民有地であれば賃貸借契約を結びましてそれを使用しておると、こういうことでございます。
○西村関一君 それは借り上げにするのですか、あるいは買い取りにするんですか。買い取りといたしましたならばその価格はどうなりますか。
○政府委員(島田豊君) 基地内の問題でございますれば、これは先ほど申しましたように賃貸借契約でございまして、これを米軍が買収するということはいたしておりません。地主との契約が成立いたしません場合には、収用宣告書によって収用いたしておりますけれども、これもまあ、使用ということでございまして、買収という措置は従来から講じておりません。
○西村関一君 この前の本委員会におきまして、米側からばく大な防衛分担金の要求があるということに対しまして、政府はそういうものはないというお答えでございましたが、これは再確認してよろしゅうございますか。
○国務大臣(福田赳夫君) 再確認いたしてよろしゅうございます。
○西村関一君 それから、沖繩の現在の軍労務者は復帰後はすべて地位協定第十二条第四項の規定の適用によって防衛施設庁を経由するところのいわゆる間接雇用方式となると思いますが、いかがですか。
○政府委員(島田豊君) 現在沖繩におきまして、米軍が直接、あるいは米軍の施設の中にありますたとえばPXでありますとか、あるいは食堂でありますとか、そういういわゆる諸機関に雇用されております従業員につきましては、これは復帰後は基本労務契約、あるいは船員の場合でございますと船員契約、諸機関の場合でございますと諸機関労務協約というものに基づきますところの間接雇用にこれを移行するということでございまして、いわゆる本土並みということになるわけでございます。
○西村関一君 その場合、賃金体系の切りかえによりまして、沖繩の軍労務者たちに不利になるようなことはないと理解してよろしいでしょうか。返還協定第七条及びこれに関する合意議事録からも当然であると考えますが、賃金条件は現在よりもよくなると考えてよろしいでしょうか。
○政府委員(島田豊君) 現在の直接雇用形態から間接雇用に移行いたしますにつきましては、現在日米間で協議中でございます。そこで、本土の場合と沖繩の場合とでは、給与その他の労働条件がかなり違っておりますので、それをどうするかということが現在、協議の問題でございますが、私どもは総体的に考えまして、本土の間接雇用に切りかえられますれば、全体としては給与はよくなるということを考えておるわけでございます。そしてまた、地元の組合をはじめとします従業員のいろいろな御要望がございますので、そういう点も十分尊重して対米折衝に臨みたい。また、決定いたすまでにつきましては、全軍労等の組合とも十分協議を尽くしていきたい、かように考えております。
○西村関一君 復帰に伴いまして、軍労務者の大量解雇があるということがうわさされておりますが、その場合に、これらの人たちは単なる解雇整理者――解雇によって整理されるところの者という考え方じゃなくて、これは一つの施政権返還に伴うところの犠牲者として手厚く考えていかなければならないと思うのでございますが、その点、いかがですか。
○国務大臣(江崎真澄君) 御質問のとおりだと思います。十分対策をしてまいりたいと思います。
○西村関一君 何といたしましても、基地の問題につきましては、いろいろ重要な問題がございます。沖繩の人たちは、一日も早く基地をなくしてもらいたい、基地を撤去してもらいたい、基地のない沖繩県をつくりたいということが、これは賛成、反対の人を含めて、そういう願望が強いと思うのでございます。これらの問題について、これをのまなければ沖繩が返ってこないというジレンマがありますことはわかりますけれども、しかし、何としても、こういう返り方では困るという思いがおしなべて沖繩の人たちの中にあるということは間違いのない事実だと思うのでございます。どのようにして基地のない沖繩、しかも、新しい構想のもとに沖繩を復興させるか、再発足させるかということにつきまして、全然、いま直ちに米軍基地をなくしろとかいうことは、これは言うべくしてなかなか実現できない問題だと思いますけれども、これは基地のない沖繩をつくるということを目ざしながら、一つの沖繩に対するビジョンを持って返還後の沖繩の問題を処理しなければならぬと思うのでございます。もちろん、私どもは、この返還協定そのものに対しては賛成することができません。しかし、何としても沖繩の人たちの福祉を考える上において、これだけの犠牲をしいられてきました沖繩の人たちの福祉を考える上において、政府は新しい沖繩に対するビジョンを持って処理していかなければならないと思うのでございますが、こういう点につきましては、すでに総理府からも意見が出ておりますけれども、この際、基本的なお考え方について総務長官から伺っておきたいと思うんです。
○国務大臣(山中貞則君) 単に基地面積の問題ばかりで、これをなくすることが全部の解決であると、これは別な議論でありますが、経済的に見て、そればかりとも言えません。実は沖繩の経済の質が第三次産業に依存する率が七〇%をこえたウエートであるということを考えますと、土地を取り上げられ、その周辺に住むことを余儀なくされた人たちの追い詰められた生活の知恵というものが、それならば、その基地から自分たちは収入を得ようということによって――三次産業の形態によって相当な経済成長率への貢献もしておられます。したがって、これらの人たちに対する土地が返ってきたときの計画はどうなるかということは、先ほど琉球政府等の非常な苦労された作業の結果があるということを申し上げましたが、これらの人々をさらに円滑に、できれば、なれた仕事でありますから、三次産業のワクの中で展開して、新しい職種が得られるような方法も考えたいと思いまして、金融公庫法等においては、これを転業資金等の対象に広くホテルやあるいは酒場その他の経営者に至るまで、あるいは従業員が自立する場合においても、その手当てをしようという考え方もいたしておりますし、また、不幸にして一ぺん退職する、失業するという状態の人については労働省とよく相談の上、沖繩失業者手帳を交付いたしまして、そうして、あらゆる再就職のための手当なり指導なり、あるいは雇用者に対する手当の支給なりというようなものを考えておるわけでございますが、これをいかに円滑に、そして、スムーズに沖繩現地の実態に即して無理のない状態で移行させていくかということは、やはり今後の沖繩の新しい経済を形づくる上においても十分念頭に置いてまいらなければならないことであると考えます。
○森元治郎君 関連。 防衛庁長官に聞きますが、資料によると、返還時のアメリカ軍の数は現在四万四千五百人だけれども、返還時ではどれくらい減るかわからないという資料の説明ですね。アメリカは、日本軍があそこに局地防衛にかわってくれるおかげで年間三千五百万ドルぐらいは助かるのだというのですから、当然自衛隊がとりあえず六ヵ月以内に三千二百か、二年かで六千八百ぐらい行った場合ですよ、これに見合う陸・海、空のアメリカの兵隊、基地などは当然撤去されるでしょうか。向こうが早く久保・カーチス協定を結んだのは、すぐ来てくれよというつもりなんでしょう。約束をさせられたんだから。したがって、来る予定が立てばこれは引くというのは、当然三千五百万ドルの経費の説明から見ればかかるのだから、返還時のアメリカ軍の基地、人の減少、こういう予想がされると思うのですが、どうですか。
○国務大臣(江崎真澄君) 御質問の点でありまするが、御承知のように、基地については返還時にわがほうに返ってくるものも観念的には確かに少のうございまするが、確かにあるわけです。そうして、また自衛隊がその基地のあと地を利用するという地点もあるわけでありまするから、確かに基地も減り、また、その配備等についても漸減していくものと、こういうふうに確信をいたしております。それから、わがほうに施政権が及びましてから、これは総理も外務大臣もしばしばここでお答えいたしておりまするように、なおねばり強く基地の縮小について米側に要請していく、これは国会決議もありまするし、当然尊重しながら努力をしてまいりたいと思います。御指摘の、米軍がいままで沖繩に施政権を及ぼして局地防衛をしておりました分は、われわれ自衛隊がその責めに任ずるわけでありまするから、その分については、確かにアメリカ側は軽減していいと、そういう理論は成り立つものと思っております。
○森元治郎君 少し弱いと思うのです。漸減する、そういう議論は成り立つのじゃないか。おまえ早く出てこい、おれが金かかってしかたがないから、おまえも近ごろふところよくなったから出てこいというので引っぱり出されたのでしょう。当然、引けば基地は余るし、人は引き揚げるのはあたりまえじゃないですか。
○国務大臣(江崎真澄君) 引っぱり出されたというふうには、私どもは理解をいたしておりません。これは施政権が戻ってまいれば、当然独立国として局地防衛に任ずるという自主的な立場で自衛隊配備を行なうわけでありまして、アメリカ側が節減のために引っぱり出したというようなものでは絶対ありませんので、これは御理解を願いたいと思います。
○西村関一君 防衛庁長官にお伺いいたしますが、自衛隊が、六千数百名という戦前の沖繩戦、最激戦時における日本陸・海・空軍と比べましても、その内容は違いますけれども、非常に膨大な自衛隊が沖繩に行くと、それは米軍基地の縮小ということとからみ合わせながらそういうことが考えられておると思うのでございますが、どうして、あの小さな県にそれだけの自衛隊が必要であるかということが、これまた沖繩の人の率直な考え方のようであります。この際、明瞭にその問題についてお伺いしておきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 御指摘の、とりあえず六カ月以内に三千二百、二年程度のうちに六千八百、この中にシビリアンが九百人程度おるわけでありまするが、これはやはりわれわれといたしましては、沖繩県の局地防衛、それから民生協力、こういった面に見合って数字をきめたわけでありまして、あの僻遠の離れた県であるというような地理的位置も配慮したわけであります。これは、まあ、例が例にならないかもしれませんが、北海道は札幌を含めまして大体人口が五百余万というふうにいわれておりまするが、あの北海道は五万数千名の自衛隊員が配置されておるわけであります。これも、北海道というあの特殊性を考慮したりしてそういう人員配置になっておりまするので、そういう例は例にならぬかもしれませんが、やはり沖繩のこの地理的位置ということをいろいろ勘案いたしましての配備でありまして、百万県民にとって、北海道の例等を申し上げれば、必ずしも多くはない。御了承を願いたいと思います。
○委員長(安井謙君) 午前はこの程度とし、午後一時二十分再開いたします。 休憩いたします。 午後零時三十四分休憩 ―――――・――――― 午後一時三十分開会
○委員長(安井謙君) これより委員会を再開いたします。 委員の異動について報告いたします。 松下正寿君が委員を辞任され、その補欠として柴田利右エ門君が選任されました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 休憩前に引き続き、質疑を行ないます。 西村関一君。
○西村関一君 午前中もお尋ねをいたしたんでございますが、本返還協定は日米共同声明の基礎の上に立っておるということがうたわれております。前文と、本文との間にウエートの違いがあるかのごとく福田外務大臣からもお話がありましたけれども、やはり前文あっての本文であります。本文、前文は一体をなしている。それゆえに、日米共同声明というものが非常に重要な要素を持っている協定であるということは午前中いろいろ申し上げたとおりでございまして、それだけに、日米共同声明の中身がこの協定の条文の中にはうたわれておりませんけれども、問題点になるところだと思うのでございます。日米共同声明の諸項目から逸脱できない、本協定は逸脱できないということを一応約束されたものであると考えるわけでございますが、やはりその意味におきまして、共同声明は本条約を拘束しているというふうに理解するのでございます。その点は午前中にも触れましたように、アメリカが戦闘作戦行動に出る場合の事前協議におきましても、わがほうがいつもノーと言うことができない中身を盛っている、この共同声明の中には、第六項、第七項の違反としてアメリカが日本政府に責任を問うという場合もあり得ると思うのでございます。第七項のキーポイントは、「日本を含む極東諸国の防衛のためにアメリカが負っている国際義務の効果的遂行を妨げるというようなものではない」、アメリカの国際義務の効果的遂行を妨げるものではないと。これはやはり事前協議制度に重大な影響を与えるということは、午前中にも触れたとおりでございます。その点から考えまして、日米共同声明の中に述べられておりますところの国際情勢、特にアジアにおける緊張の問題に対しまして、相当情勢が変わってきておる。中国問題につきましても、当時と今日とは非常に変わってきておる。ニクソン大統領も二月には訪中せられるということでありますし、どういう話し合いをするかということについては予測ができませんけれども、やはり中国問題が大きな会談の内容になる、あるいはベトナム問題ということがなると思います。そういうふうに変わってきておるんであります。ベトナムの情勢も変わってきておるんであります。必ずしも、ベトナム戦争は終息に向かっておるとは言いがたいのではありますけれども、情勢は著しく変化しておる。そういうことでございますから、国際情勢の、特に極東情勢の変化に基づきまして、日米共同声明の中でいわれておりまする点、ある意味において約束せられております点につきまして、これは、この共同声明を改めるとかなんとかということができないにいたしましても、午前中来お話をいたしております、また、総理、外務大臣もお答えになりましたように、サンクレメントにおけるところの首脳会談において、この点を十分に問いただしてもらいたい。あの共同声明のときとは情勢が変わってきておる。したがって、この中にうたわれており、本協定の中に関係を持っているところの共同声明については、何らかのニクソン大統領の見解をぜひ取りつけてもらいたい。そうでございませんと、本協定を、いまさらこれを廃棄する、あるいは再交渉するということも政府としてはできない。われわれはそのことを主張し、また願っておりますけれども、政府としてはそれはできないということも私は十分に了解しますが、少なくともこの機会に、サンクレメントにおけるところの両首脳会談において、問題点となっておりまする点をひとつ解明するように努力をしていただきたいと思うのでございます。 それからもう一つの点は、この第八項の「事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」――英文ではウイズアウト・プレジュディス・トゥとなっております――これは権利を侵害せずにとか、既得権を侵すことなくという意味と理解をいたしますが、これは先ほども述べましたジョンソン氏の説明によりますと、その中にある解釈というものとは完全に一致するのでございまして、米国がその政策を推進することを助けることになるような、そういう結果を生じてくると思うのでございまして、また同時に、これは核問題にも適用されるということは重大な問題だと私は思うのでございます。ですから、この第八項の現実の機能は、日本への核兵器の有事持ち込みの可能性をつくっておるというふうに思うのでございまして、この点につきまして、核抜きの問題、共同声明の第八項につきまして、共同声明のどこにも非核三原則ということばは見出されませんが、「核兵器に対する日本国民の特殊な感情」とか、「これを背景とする日本政府の政策」というようなことが書いてございますが、「非核三原則」ということばがはっきり書かれていない。これは単なる表現の問題ではないというふうに考えます。一番問題になりますのは、「日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」と、これは全く向こうのアメリカ側のペースに乗っておる文言でございまして、このことを含めて確約をしているのでございます。その点、アメリカは、「沖繩に核兵器を貯蔵する権利を沖繩返還実現のさい、つまり一九七二年に行使しない」ということではありますが、お気づきのことと思いますけれども、「第八項は、特別の事態にさいしアメリカがもし必要と認めれば日本と協議をおこなうというアメリカの権利をきわめて慎重に留保している」と思うのでございます。しかし、このことが核兵器に適用されることはもう明らかだと、そういう心配をいたすのでございます。この点につきまして、万一、緊急の事態が発生して、この問題を米国が考慮するということになる場合に、米国が事態をどのように深刻に受け取るか、他方、日本はその事態を米国と同じように深刻に見ないというような想定に立ちまする場合に、米国は必ずしもそういうようなふうには受け取らない。やはり米国の立場に立って非常に深刻な事態だという場合には、これは核の持ち込みということも強く要求してくる、この共同声明の文言から要求してくると思うのでございまして、そういう点に対しまして、この二点につきまして、私は午前の質問に引き続いて、総理及び外務大臣の御見解をただしたいと思います。(「簡潔に」と呼ぶ者あり)
○国務大臣(佐藤榮作君) 簡潔にということですが、なかなか大事なところですから、間違わないように……。 このニクソンと私との共同声明、これがやはり返還協定の基礎になっていることは確かでございます。しかしまた、御指摘にもありましたように、ニクソン訪中を決定してからアジアの情勢は緊張緩和の方向に向かっておると――固定したとは申しませんが、そういう状態にあることもこれも当然であります。したがいまして、いままでおそれたような事態は起こらないで済むだろうと、こういうことも言えるかと思いますが、やはりしかし、何といってもはっきり書いてありますから、そういう点については解釈も正確にしなければならないと思います。そこで、ただいまの情勢の変化、これに対応すると、ニクソン大統領と私の共同声明もそれに対処すると。こういうことは、第四項で、いわゆるベトナム戦が続行されていたらあらためて協議をしようという項があったはずであります。しかし、返還協定には、幸いにしてこの条項を持ち出されないで、事柄がスムーズに調印の方向に向かったと、こういうこともありますから、いわゆる前提ではあるが、それを悪用はされてない、十分善用されておると、かように私は解釈すべきではないかと思っておりますので、それらの点も、御心配ではあろうが、私は、わが国の国益も十分守られておると、かように実は思っております。そうして、何よりも私大事なことは、今後沖繩の基地が、沖繩自身の施政権が日本に返ってくれば、米軍はそこに駐留しておりましても、ここから――台湾に事変が起ころうとは思いませんけれども――台湾に出かけるとか、あるいはフィリピンに出かけるとか、こういうようなことがあれば、これは事前協議の対象になるのだと、そうしてその場合にイエスまたはノーを言うことも、これまた日本の自由なんだと、そういうことで日本の権利は保留されておると、かように解釈される、日本は国益に反するような返事はしないと、これが私どものとっておる原則であります。 また核の問題について、この持ち込みについては十分の取りきめがないじゃないかと、かように言われますが、過般の衆議院における決議に際しても政府が所信を厳粛に表明いたしまして、その点では明らかになったと思いますし、また、委員会を通じての質疑でも、あらゆる場合に、核の持ち込みは、これは事前協議を受ければあらゆる場合にノーであります。これは緊急事態であろうが何であろうが、とにかくあらゆる場合にノーでありますと、非常にはっきりしたことを申し上げておりますから、この点では誤解はもうないと、私は解消したと、かように実は思っております。さらにまた、いまの「米国の立場を害することなく、」ということは、これはもう事前協議をするという、そういうことを、事前協議まで禁止していると、こういうものでないこと、アメリカの立場を害することなくアメリカと十分相談すると、こういうことでございまして、私は別に矛盾は感じないと、かように思っております。 私の答弁で不足の部分があれば、外務大臣からなお補足するだろうと思いますが、以上、私はこれははっきり御返事ができるように思っております。
○大矢正君 関連。 総理大臣、端的にお伺いをいたしますが、これは先ほどの私の議論の発展なわけでありますが、結局のところ、世界の大勢というものは、台湾はこれはあくまでも中国の内政問題であり、そして他国がこのことについて干渉すべき内容のものではないんだというようなのが――これは全部とは申しませんが、非常に多くの国がそういう大勢になりつつありますればこそ、中国の国連における議席が回復をしているわけで、国連参加、したがって、そういう立場からいって、もし中華人民共和国が、台湾を、話し合いではもうみずからの施政権を及ぼすことができないから、よって武力と言われても、この際、力づくででも施政権を台湾に及ぼさなきゃならぬと考えた際に、日本の国の立場としてはどういう立場をとるのか。日米安保条約というものがあるから、その安保条約の中の事前協議でノーと言う場合もありイエスと言う場合もあると、いまの総理大臣のおことばだけれども、そうすると、ノーと言う場合もある、イエスと言う場合もあるということそれ自身が、中国に関して完全にわが国が介入する権利を留保しておくと、こういうことになるわけでしょう。そのことについてどう思うんですか。具体的に聞いているんです。抽象論でもって、将来世の中はどうなるかわからぬとかなんとかじゃなしに、現実に、この協定なり、それから共同声明なりを発展さしていってそういう議論を展開した場合に、どういうふうになるかということをお答え願いたいと思う。
○国務大臣(福田赳夫君) そのときは、日本は日本の国益、つまり、日本に火の粉は来るのか来ないのかという点が中心になると思いますが、日本がどういう態度をアメリカにとったほうがいいのか、そういう立場を踏んまえまして結論を出すと、こういう性格のものです。いま具体的に、そういう台湾海峡の話を持ち出されても、その大矢さんの御指摘される以外のいろんな条件がありまするから、そのケースに対してお答えすることは、これはできない。非常に誤解を招きます。しかし、私が抽象的、原則的に申し上げ得ることは、そのとき「イエス・オア・ノー」、どっちを言う、これは日本の国益、それはその時点において、中華人民共和国、この問題をどう考えるかという問題もあります。あるいはアメリカとの関係をどういうふうに考えるかという問題もあります。まあ、いろんな問題がある。広く総合的に日本の国益のためにどういうふうにすべきかということを判断してきめるべき問題である、こういうふうに申し上げます。
○大矢正君 あなた方がそういうことを懸念されておるならば、何のために共同声明の中にわざわざ台湾条項を盛ったんですか。この台湾条項を削除すればいいじゃないですか。この中に台湾条項があるがゆえに、将来日本がそういうことで選択を迫られる。その将来の選択が、やがてはいま当面問題になっている日中国交回復に重大な障害になろうとしているわけでしょう。ですから、佐藤総理も、台湾条項は、これは一言多かったというような発言も過去にしているわけでしょう。ですから私は、この共同声明というものと協定というものが一体のものであると、あくまでも。だといたしますれば、これはわが国のこれからの外交上、特に日中の国交回復上重大な障害になるし、安保条約というものが大きく変質をしてしまう心配があるから盛んに申し上げているわけで、いまの外務大臣のような答弁であったら、この際、サンクレメンテでもって、台湾条項は、確かにこれは共同声明でうたったけれども、この部分はひとつ今度は取り消そうじゃないかというぐらいのことを言ったって差しつかえないじゃないですか。いかがですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 共同声明は、その時点、時点における問題についての話し合いの結論をまあ言っているわけなんです。いま御指摘の佐藤・ニクソン会談の共同声明、これは、二年前のあの時点における両巨頭のざっくばらんな話し合いの結果をまとめたものなんです。ですから、今日になれば、また幾らか変わってくる。いま一言多かったと、総理が……(「だから直しなさい」と呼ぶ者あり)いや、別に共同声明というものは、条約でも何でもないし、一つの歴史です。レコードです。(「それなら基礎になるというのはおかしいじゃないか」と呼ぶ者あり)そういうものであります。
○西村関一君 いま大矢委員が申しましたように、そして外務大臣が答弁せられたところによりますと、これは単なる談話の発表だということだけれども、これが木協定の基礎になっているというところに、私どもは問題を感じておるわけなんです。でありますから、私がさきに申しましたように、これを取り消させるとかいうことは外交交渉によらなければなりませんが、そういうことまで言っておりませんが、幸いと言っちゃなんですが、近くサンクレメンテにおけるところの首脳会談があるわけですから、そこで、これらの問題については、沖繩返還協定を審議する中で、強い野党側からの反発があったし、また、国民の多数の層からも意見が出ておる。こういう日米共同声明の中身を踏まえての協定には賛成できないということなんでありますから、その点を――私はこれを全部廃棄するとかいうことまでは言いませんが、はっきりと、総理が少し言われたように、台湾条項あるいは韓国の場合でも――朝鮮半島の場合、これは少しウエートが違うと言われるかもしれませんけれども、情勢が変わっている。外務大臣が言われますように、二年の間に情勢が変わっておりまするから、そういう点につきまして、何らかの、国民の疑塊を解くようなニクソン大統領との話し合いの結果を発表してもらいたい、こういうふうに思うわけでございますが、重ねて御所信を承りたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 幸いに、新春早々ニクソン大統領と会う機会がございますから、こういう際には、十分ただいまのような点についてはっきりした意見交換をし、そうしてこれがただいまのところはコミュニケとして発表するとかしないとか、そういう点まできまっておりませんが、とにかくもっと両国が納得がいき、そして国民も納得がいくような、そういう状態で話し合ってみる、そのことは確約できると、かように思います。
○西村関一君 関連質問があるようですから、簡単に質問し、簡単にお答えをいただきたいと思いますが、外務大臣、あなたはこれは談話だと、日米共同声明は談話であって、何ら拘束力がないかのごとき御発言でございますが、これははっきり協定の中に書いてあるのですから、そういうことではわれわれ納得できない。やはりこの協定の基礎になっておるという点を十分に踏まえて、あなたもサンクレメンテにおけるところの会談に臨んでもらいたい。しっかり腹がまえをして行ってもらいたいと思いますが、重ねて御所見を承っておきます。
○国務大臣(福田赳夫君) 私は、この共同声明は、二年前の時点で両首脳がざっくばらんに話し合ったその結果を取りまとめたものがこの共同声明である、こういうふうに申し上げておるのであって、共同声明自体が談話であると、こういうふうに申し上げておりません。先ほど総理がお答えいたしたとおり、御指摘の諸問題、まあいろいろ私も私なりにアメリカ側と十分意見の交換をしてみるつもりでございます。
○羽生三七君 関連。 西村、大矢両委員の発言は、日本側からだけの立場を言ったわけですが、アメリカ側からいいましても、この台湾問題については、中国の国際社会における地位がこういうふうに決定した以上は、アメリカとしても、台湾についての最終的態度がきまらないということはあっても、ある程度日本と話し合いをする可能性を十分残しておると思いますので、この点は、積極的な態度で会談に臨んでいただいて、それこそ前向きの、この前、外相が私の質問に答えられたときに、日米間に食い違いがあった場合はどうかと言ったときに、日本の場合は前向きだと言われたのでありますから、なおさら積極的にその主張をして、共同声明の修正ができないにしても、新しい形のものを何とか出せるようにしていただきたいことが一つ。 もう一つは、いま西村委員の質問の中に核の問題がありましたが、今国会の沖繩返還協定審議の全体を通じて政府の答えられたことは、核の持ち込みに反対はもちろん明らかであるんだが、撤去を検証する方法については具体的に何らか考えてみたい、こういうことでしたね。だから、今度日米会談の際に、その方法についてどこまで詰められるか、これは一つの問題点だと思います。その問題点は、たとえば前に、岩国の基地でしたが、これに対して、さらに専門家を加えるのか、われわれの立場からいえば、国会の調査班というようなものも加わるようなことでなければ、あまり意味はないと思いますが、とにかくその形はいずれにしろ、どういう形で検証するということをアメリカ側から取りつけ得るか、これは非常に重要な問題だと思いますので、この点は一体政府としてはどの程度まで積極的におやりになるのか、あるいは何らかのすでに感触を得ておられるのか、この点をひとつ承りたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) 条約上の権利としての点検ですね、あるいは査察とも言うが、これは私は不可能だと思います。しかし、その他の方法によって、核が撤去されたということの確認、心証を得るための努力、これは最大限のものをいたしてみたい、こういうふうに考えております。
○羽生三七君 それですから、その他の方法とは一体どういうことなのか。たとえば、ニクソン大統領が何らかの談話を出すのか、ロジャーズ国務長官が何らかの声明をするのか、あるいは話し合いの中で検証の具体的な方法が示されるのか、そういうことをもう少しはっきりしていただかないと、いまのような抽象的な答弁ではいかぬわけです。
○大矢正君 もう一つ、関連。 それから、これは念のために同時に答弁していただきたいことは、アメリカを信頼するという、信頼関係の問題だけで答弁をなされるのか、そうではなくて、もっとわれわれが、われわれの立場において検証し得るような何かの方途を見出そうとするのか、そのどっちをとるのか、お答えを一緒に願いたい。
○国務大臣(福田赳夫君) 大矢さんの御質問については、その両方であります。 それから、羽生さんの御質問につきましては、いま羽生さんがあげられました三つぐらいの問題ですね、これらの問題につきまして、いま話し合いを進めておると、こういう最中でございます。
○西村関一君 外交交渉でありますから、その交渉が進められておる最中に国会で答弁なさることはむずかしいと思いますが、一番国民が心配しておるところです。核撤去、あるいは核持ち込みについてどうなるか、これは日米共同声明の中に心配の種があるから私はくどいように申し上げておるのです。 それから、いま羽生委員の言われた三点につきましては、その方法等については話し合いの最中であると。それは大体いつごろまでに決着をつけられますか。
○国務大臣(福田赳夫君) サンクレメンテ会談で結論を得たいと、かように考えております。
○西村関一君 こうなってまいりますと、サンクレメンテ会談は非常に重要なウエートを持つと思うのでございます。外務大臣が言われましたように、二年前とは情勢が著しく変わってきているのでありますから、そういうものが協定の基礎になっているということについて十分話しをしていただきたい。そうして声明を出す出さぬということは別問題といたしまして、声明という形をとるのが一番いいと思いますけれども、それができない場合でも、国民が納得できるような、さらに日本国民だけではなくて、アジアの諸国民、世界の各国の納得のいくような形で、この問題に対する両首脳会談の一つの方向を――方向といいますか、一つの新しい表現を何らかの形でやってもらいたいということでございますが、その点、総理、お約束していただけますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 皆さん方の御意見は非常によくわかりましたから、私どもできるだけのくふうをしてみたいと思います。
○西村関一君 私がいまさら申すまでもなく、この問題が解決しない限りにおいては、日中国交の正常化というものはあり得ないと思います。おそらくニクソン大統領も北京に行って、その問題のはっきりした見解がなければ、この会談は無意味になってしまうと思うのであります。むしろ、こちらから日本政府としての方針を積極的に、いままでのような、そう言っちゃ――そうじゃないと言われるでしょうけれども――受け身の形ではなく、積極的にニクソン氏を説得するというくらいの姿勢でもって臨んでいただきたい、こう思うんでございます。私は、外交において、一つのそういう基本姿勢が大事だと思うんでございます。一つのビジョンを持っていただいて交渉に臨んでいただくということが大事だと思うでございます。その点、重ねてお伺いしてどうかと思いますが、もう一度。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただいま御鞭撻を賜わりましたが、私はアジアの問題では少なくとも日本がその中心でなくてはならないと思います。中心ということは、日中両国がもっと近い仲にならなければならないと、かように考えるのであります。私はそういうことを考えながら、アメリカはアメリカだと、これはまあいろいろ――私より先に北京を訪問すると、かように言っておりますが、これはやっぱりアメリカの行き方と日本の行き方はそこらに基本的な相違のあること、これを十分私も考えて、サンクレメンテではニクソン大統領と話し合うつもりでございます。私は、国交正常化についてのわれわれの希望、われわれの願い、そういうものをもっと如実にアメリカ側も考慮してくれるように十分話し合うつもりであります。先ほど来のお話は、私ども政府に対する御鞭撻のことばだ、かように私は受けとめておりますが、ありがとうございます。
○委員長(安井謙君) 時間が過ぎましたから……。
○西村関一君 時間が過ぎましたけれども、ちょっと一問だけ。私は、もう時間がありませんから、最後に一問、文部大臣にお伺いしたいと思います。 沖繩におけるところの神社のあり方についてです。沖繩には、宗教法人でない神社が若干ございます。これを返還時におきまして、そのまま別な法人、社団法人として神社が本土に返ってくるという場合に、現地におきましても相当な混乱が起こるように、きのう私は聞いてまいったんです。その点、時間がありませんから、簡潔に、その問題の処理について文部大臣にお答え願いたいと思います。
○国務大臣(高見三郎君) お答え申し上げます。 神社明細帳に漏れております神社が沖繩にあることは私どもも承知をいたしております。そこで、宗教法人法によりまして、これらの神社が宗教法人になりたいという申請を出してまいりました場合には、直ちに宗教法人にするという措置を講ずるつもりでおります。
○西村関一君 その申請をしない場合は、社団法人のまま残すんですか。
○国務大臣(高見三郎君) これは宗教法人としては認めるわけにまいりませんから、自然解散ということになる道理であります。
○委員長(安井謙君) 以上で西村君の質疑は終わりました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 次に、山下春江君の質疑を行ないます。 山下春江君。(拍手)
○山下春江君 私は、自由民主党を代表いたしまして、ただいま審議中の沖繩返還協定特別委員会に付された問題について、きわめて簡単にお尋ねを申し上げます。 私も西村さんと同じように、昨日、沖繩の公聴会に出席いたしまして帰ってまいりましたものでございますが、それなりに私がはだに感じたこと等をあわせましてお尋ねをいたしたいと思いますが、まず、その前に、私は沖繩には非常な深い関心を持たざるを得ない問題は、いまから十余年前、私が厚生政務次官のとき、いまの屋良主席、あの方が沖繩の遺族会会長でありました。いまの遺族会長やっている金城さんという方が副会長で、このお二人と、他に議員さんか何か、二、三人お連れになって、本土に陳情に見えたことがございます。そのときに、私は屋良さんから、ほんとうに目をうるませて訴えられたことは、沖繩は、御承知のように、最後のとりでとしてみんな非常によく国土のために戦ってくれたが、その行き残ったわずかな人が、現在では、男子の人がみんな嘉手納の基地構築のためにかり出されて毎日働いている。毎日働いて、もらっている賃金が一カ月に――当時もうもちろんトル制が実施されておりましたが――円に直して三千二百円である。いかにも気の毒だから、何とか救済してくれる方法はないかと訴えられまして、私は非常に感激性の強い人間だから、それはたいへんだと、ちょうど私、厚生政務次官をしておりましたので、いろいろと八方あちらこちら奔走いたしまして、沖繩県民のほとんど大部分が遺族に違いない、だから、本土では遺族の方に対しては遺族扶助料を差し上げている、ところが、沖繩は施政権がかわりましたために、そういう方に対しても何らの手当てをすることができなかったが、これは日本を守るための戦争で犠牲になった遺族に違いないのだから、何はともあれ日本人だから、遺族扶助料を流してあげるべきだと。私は外交のことなどわからないものですから、しゃにむにそう主張いたしました。当時、それでもそれがどういうものか通りまして、遺族扶助料を総理府の南方連絡事務局の窓口を通して、そうして沖繩の遺族にこれをお流ししたことがございます。私、今度沖繩に行ってみて、そのことは一体どうなったのだろう、沖繩の施政権がかわったので、これは打ち切られたものであろうか、まだ続いているものであろうか、私は日本を出発するときに、これを調査していくことを忘れましたので、それで公聴会に出席されました琉球の更生保護委員をやっている弁護士の久貝さんという方にこのことを尋ねましたところ、この久貝さんはちょうど当時民生部長をやっていたんだそうでございます。沖繩は戸籍簿が全部焼けまして、どの人が遺族のどういう関係であったかということが全然わからないので、こういう報道が本土から流れてきて大急ぎで戸籍簿を再編製するために大努力をして、そうして戸籍をちゃんと整えて、そうしてその遺族扶助料を遺族の方に差し上げるような手配をいたしております。したがって、このことは今日まで継続しております。こういう御返事でございました。当時、それを私に涙ながらに頼みに来た遺族会長の屋良さんがいま主席でございますが、屋良さんも、きのうの公聴会には午前も午後も出席されまして、そうして私どもが、五時、那覇の飛行場で飛行機に乗ろうとするその飛行場の入り口に――まあたいして寒くありませんけれども、沖繩としてはきのうはやや寒い夕方であったようですが、それでもあの飛行場の入り口にただ一人立って、そうして皆さんに、ありがとうございましたと言われました。私はもたもたしていて一番あとから参りましたが、私の手を固く握って、よろしくお願いしますと言って、目をうるましておられました。こういう光景を見まして、沖繩が返還されるもう寸前と思いますが、戦争で失った領土を平和裏に話し合いで返してもらうというようなことは、ほんとうに世界の歴史上これが初めてであろうかと思われる、佐藤総理のお働きになったこのことに対しては、私はこれはたいへんな特筆大書すべき、ほんとうに世界をあげての大事件だと思います。 〔委員長退席、理事西田信一君着席〕 が、しかし、私もまた、その占領治下にそういう交渉を行なってもらいました佐藤総理よりも、一足お先に、十余年前にそのことを完成いたしまして、現にそれが行なわれているということを現地へ行って聞きまして、たいへん私は、何か沖繩に、ほんの小さな、髪の毛のような愛情ではあるが、一筋の愛情をつないでいるような気がいたしまして、たいへんうれしい気持ちがいたしましたが、総務長官は、もしこれが今日でも総理府から流れているとすれば、その予算、お金がどの程度流れているかお調べになったことがございましょうか。ありましたら、お聞かせを願いたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) これは私どもの沖繩復帰対策費の中に入っておりますが、突然のことでありますから、その場所だけの数字を抜き出しては覚えておりません。
○山下春江君 まあおそらく――私が公聴会で聞きましたその久貝さんという方からも、非常に、戸籍簿が全部焼けてしまって何もない沖繩でこの遺族扶助料がもらえるというので、大急ぎで戸籍簿をつくり直すことにたいへん努力をして皆さんにそれをお配りすることにしたという御証言がございました。そういう点から見て、屋良さんがきのう飛行場で、沖繩へ参りましたたくさんの私ども同僚の手を一々握って、そうしてさようならを言っておられました。私、最後に参りましたら、どうぞよろしくと言って、目をうるましてかたい握手をされました。その屋良さんを考えてみますると、何かやっぱりそのときの屋良さんの、日本本土はわれわれに対してもほんとうにあたたかい思い切ったことをやってくれるんだという、何か感謝の気持ちを込めた握手のように思いました。そういうことで、今回のこの沖繩返還は、歴史的にも世界的に非常にまれなことで、屋良さんがそのときによろしくお願いしますと言われたことは、すみやかにどうぞ協定を国会を通してくださいという意味であったと思いますが、そういう意味で――いろいろな御議論がございますけれども、どうかそういう意味で、私はすみやかにこの協定が成立いたしますように心から念じているものでございます。 一見、この返還協定及び関連法案に批判的と見える屋良さんでさえ、そういうふうでございますので、いよいよとなりましたならば、いろいろな御議論がありますけれども、やはり皆さまがこの国会でも全員――ただいま西村先生もなかなかむずかしい御議論をなさいましたけれども、どうか、こういうことも、やっぱりいよいよとなったら、私は、きっと沖繩百万の県民のほんとうに二十五年間祈り続けたその気持ちが達成するその瞬間でございますので、日本国の国会は快くこれに御賛成を願えるものだと思っております。いろいろな不満や不平がございましょうけれども、やっぱり政府も十分な配慮をされまして、そうして沖繩県民の心情をくみ取って全法案の成立を――これは政府にお頼みするというよりも、われわれが期さなければなりませんが、成立を期すべきだと考えております。 次に、それは私の祈りの気持ちを申し述べたのでございますが、基地の問題につきまして。返還協定によって米軍に提供されることになっております施設・区域につきましては、日本政府が地主となって、その間に新しい契約を結ぶことになっておりますが、その新しい契約を結ぶについての見通しはどんなふうになっておりましょうか、お尋ねをいたします。
○国務大臣(江崎真澄君) 従来、契約の上に設定されておりまする基地であります。したがいまして、現在の物価指数等からいって、どうも安いという推測ができまするので、こういったものについては地元の意向、地主側の連合会の意向等を参酌して、十分期待に沿えるような評価に変更をして話し合いを進めてまいりたいと思っております。そのために、協定が通りますると、しばしば繰り返しましたように、百五十名程度の先発隊を出しまして、そして琉球政府の協力のもとに一々交渉に当たっていこう。その交渉にあたっては十分ひとつ納得づくで話し合いをまとめていこうと、こういう姿勢でおります。
○山下春江君 たいへんけっこうでございますが、その場合に、沖繩の軍用地地主連合会から出ているこの地代の要求に対しまして、防衛庁は大体その希望をいれてやれるように考えていただいておると伺っておりますが、もし、これが予算を削られるかなんかしてその希望に沿えないということになると、これはたいへんな混乱が地元に起こると思いますが、そういうことがあろうかなかろか。予算を、いま防衛庁長官が考えておられるだけ確かに確保することができそうな見通しであるかどうか、お尋ねをいたします。
○国務大臣(江崎真澄君) これは現在百八十八億、買い取りの分を含めまして計上をしておりますが、先般、与党でありまする自民党の政調会におきまして、地主連合会が要求いたしておりまする二百十五億を場合よったらのんだらどうか、これは特例中の特例で、沖繩に対してはいろいろな償い的な意味を含めて要求に応じておるんだから、この地代等についても、そういう親心を示すべきではないかというような配慮もなされておりまするので、われわれのほうからの要求よりも、党側がいま前面に出て、これは政調会長が、総裁である佐藤総理大臣とも話し合いの上で進めておっていただくやに聞いておりまするので、こういった問題とあわせ、いま御質問の御期待には十分沿えるのではないか。なお、今後とも努力してまいりたいと思います。御協力を願います。
○山下春江君 いま防衛庁長官から御返事がございましたので、たぶんそのようになると思いますが、この点に対しては、総理大臣におかれましても、ぜひひとつ、防衛庁が期待しておられます予算、これがやっぱりくずれますと、ちょっと地元にはたいへんな問題が持ち上がるような感じをはだに感じてまいりましたので、ぜひ、総理大臣のほうでも御協力を賜わりまして、これが貫徹をいたしますようにお願いいたしたいのでございますが、いかがでございましょうか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 皆さん方が、この年の瀬の詰まった際、現地にまでお出かけになって、現地の同胞の願いを直接お聞き取りでございます。それをただいま御披露になっておりますので、政府といたしましても、皆さん方のその御期待、それに沿うべく最善の努力をするつもりでございます。
○山下春江君 総理大臣の御協力の御決意のほども承りましたが、返還協定に基づきまして米軍基地はA・B・Cの表に区分されますが、A表の中でも、たとえば牧港住宅地区のように、代替措置をとれば解放されるというものもあります。これは何か了解覚書にすでになっておるやに聞いておりますが、このような今後の基地縮小についてどう考えておられましょうか、外務大臣から承りたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) 基地の問題につきましてはしばしばお答えをいたしておるんですが、政府のほうでも基地に対する県民の感情はよく承知しております。しかし、基地が何ゆえにあそこにあるのかということも考えてみなけりゃならぬし、アメリカ側の基地に対する関心が非常に強いということも考えてみなけりゃなりませんが、そういう環境の中で、私ども政府としては整理縮小に向かって最大の努力をしてみてみたいと、こういうふうに考えておるわけです。そこで、やはり根本は極東の緊張緩和ということがどういうテンポで進んでいくか、それによります。これはもう西太平洋のかなめ石であると、こういうふうにいわれるくらいの沖繩ですから、この緊張状態の推移というものが沖繩の基地問題に一番大きな関係があるんですが、しかし、そういう大きな問題とは別に、さしあたって、いま牧港というようなお話もありましたが、そういう問題も私ども頭の中にあるわけなんです。あるいはゴルフ場が多過ぎるじゃないかなんという問題もあるわけなんであります。あるいは演習場で年に何回も使わないというのをこの際どうだというような問題もある。そういう個々の問題は早急に取り上げてアメリカ側と話してみたいと、そういうふうに考えております。
○山下春江君 次に、沖繩振興開発計画の推進について少しお尋ねをいたします。そのための必要からも、将来、基地の整理統合が必要となると思いますが、この点に関しまして、返還後の日米間の協議はどうなるのでございましょうか。
○国務大臣(福田赳夫君) 返還時におきまして、A表に掲げました基地は米軍に提供すると、こういうことになるわけです。提供いたしますが、その後におきまして、ただいま申し上げたような問題をさしあたり手がけてまいりたいと、これは外交折衝でやると、こういうことでございます。
○山下春江君 この点は、いま外務大臣がお答えになりましたようにぜひひとつスムーズにお進め願って、この問題が、うまく開発計画が推進いたしますように、心から祈るものでございます。 次に、自衛隊の配備につきましてお尋ねをいたします。自衛隊の配備につきましては、沖繩にかなり強い反対の動きがあることは、たびたび本委員会でも御発言があったとおりでございます。私もそのことを感得して帰ったわけでございますが、この中には政治的立場からの反対もございます。確かにあると思いますが、過去の沖繩の暗い経験などから、素朴な住民感情としても不安を感じると思われるのでございます。そういう意味で、防衛庁は自衛隊の配備についてどのような配慮をしておられるか、承りたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 御指摘の点は、確かに、あの戦争末期の苛烈な最後の決戦の場になっただけに、察するに余りあるものがあります。したがいまして、何となく旧軍隊に対する悪いイメージがあるために新しい時代の自衛隊というものを理解しにくい。これは確かに肯定しなければならぬと思っております。そこで、われわれといたしましては、局地防衛に任ずる自衛隊を配備することは沖繩県に主権が及ぶ以上当然なことでありまするし、しばしば繰り返しましたように、新しい自衛隊には民生協力という重要な面もありまするので、それに見合って、とりあえず六カ月のうちに三千二百名を配備しようと、こういうわけでありまするが、御心配のように、地元の理解と協力がなければ、どんなに自衛隊を配備いたしましても十分な効果を発揮するということはできにくいわけであります。したがいまして、主義主張の面からどうしても自衛隊というものはのめないんだという人が少数あることは、これもどうも国情から申しましてやむを得ぬかと思いますが、大多数の人に、ほとんどの人に、自衛隊の姿はこういうものかということを正しく認識してもらいまして、十分納得の上で配置をしていきたい。そこで、協定が通りますると、とりあえず百五十人ほどが防衛庁から派遣されるわけです。そのうちの百二十名程度は土地取りまとめ等々に働く施設庁の要員でありますが、協定が通れば、ユニホームも四十人程度が正月早々参りまして、そこで自衛隊のほんとうの姿を理解してもらうべく、機会あるごとに町を訪れ村を訪れ市を訪れて、理解に供していきたい。これは、よくよくひとつ、今後とも十分徹底して自衛隊の理解を深めていただくようにしてまいりたいものだと思っております。
○山下春江君 十分な御配慮の上で、ぜひひとつ摩擦のないように、この配備については御配意賜わらんことを心からお願いいたしておきます。 その次に、円とドルの交換について。これはいまたいへんな、思いのほかの地元民の不安の問題になっております。円の切り上げが決定いたしまして、沖繩にはまたこういった何とも言えない不安が醸成されまして、どなたと議論しても、まずその問題が出るというふうな、ちょっと、私どもの考え以上の不安に襲われておられる姿を見てまいりました。これは、先ほど大蔵大臣から西村委員に対して御答弁がございましたが、ひとつぜひ総理のお考えを承らしていただきたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 沖繩がドル通貨圏だったと、そういう場所から、今度は円に変わろうとしていると、これが、いつ祖国復帰が実現するか、祖国復帰すれば必ずそうなるわけです。ところが、その間におきまして、最近の情勢ではいわゆる一ドル=三百六十円、これが維持できなくなる。ニクソン大統領の新しい経済政策から、いわゆる変動為替制に移行したと、そのために先行きがたいへん心配でございます。もうすでにそのときにショックを受けた者、これは沖繩県民であると、かように思います。また国内におきましても、一部輸出中小企業等がたいへんなショックを受けたと、こういうことであります。ところで、できるだけその変動為替制を早く固定制にして先行きの不安をなくすると、こういうことが必要だと、かように思って取り組んでまいったのであります。ところが、とにかく沖繩では、変動制になるだけでたいへんなことだということでありますので、一番先に何にお困りになるか、かように考えると、沖繩から本土に留学しておられるというか、勉学しておられる、これらの方々が、学資が一体とんなに――一ドルを三百六十円で計算してくれるのか、あるいはもっと安くなるのか、そこには現実の問題がありますから、これがたいへん勉学途上の子弟、同時にまた家庭に非常な不安を与えた。こういうことに対してはこれまた対策も立てやすいので、この勉学中の学生諸君に不便不都合のないように対策を立てようと。また、長期療養中の方々、これあたりも、社会保障制度の不十分なその地域で、しかも日本に出てきて、そして治療を受けておる。そういう方々はこれまた変動制のもとではたいへんな医療費の計算にも困る。もう一つ困ることは、沖繩自身が本土物資に、日用品その他八〇%も依存しておる。アメリカの施政権下ではあるが、日本本土からそういうものを輸入して、そのもとで生活をしている。 〔理事西田信一君退席、委員長着席〕 したがいまして、ドル安、円高、その差損というものはたいへんなものだと、これに対する対策も、変動制のもとでもすでに一応の対策をとったわけであります。また、そういうような直接の消費につながらない、ただいま持っておられる個人財産を形成しておるドル、これは一体返還時にはどういうことになるか。それを確認するために、ずいぶん、アメリカの施政権下ではあるが、その登録制も実行して、一応安定して、まあまあこれならばと思ったとたんに今度はいよいよ固定制になった。そして、一ドルが三百八円、三百八円が一ドルと、こういうことになった。そこで、いわゆる変動制の際よりも先行きの見方はこれで非常にはっきりすると思いますが、しかし、とにかく自分たちの持っているドルが、今度は復帰した場合に三百八円で換算される。これは、人間というものはおかしなもので、何か損をしたような気がする。ドルの通貨圏であるアメリカ自身が、これはアメリカ国民自身が、非常に損をしたと言って大騒ぎするかと思うと、そうでもない、案外落ちついている。また、円高だという、円の切り上げをしたというこの日本のわれわれが、上がったんだから別に心配はないというようですが、どうも上がったというが一体どこにどう上がったのか、われわれの生活にあまり実感が出てこない。実はこれが為替相場の実態ではないだろうかと私は思うのであります。したがいまして、ただいまの普通の状態で、その生活、通貨そのものに変わりがなければこれはよろしいのでありますが、ただいま一番心配なのは、沖繩は近く祖国に復帰する。復帰した暁は、いままで通用していたドルが今度は円にかわるんだと、そういう際に、現実にその交換割合がはっきりする。したがって、もうかったとかあるいは損したとかいろいろの状態が出てくる。そこでわれわれも対策を立てなければならないだろう、こういうことだと思います。まあ先ほど大蔵大臣もいろいろその間の事情を説明いたしました。しかし、なかなかわかりにくい問題です。ただ、私どもの場合のことも考えてみて、われわれが、円が切り上げになったと、かように言うが、一体ふところは非常にあたたかくなったかと、かように思うと、どうもそうでもないと、こういうような状態であります。しかし、沖繩の方は、現実に一ドルをいまなら三百六十円、今度は三百八円、五十二円もそこに差額が出る。これは現実に差損ではないかと、こういう問題に当面される。それを非常に私ども同情しておりますから、そこで不安のないような処置を講じていこうと。これは先ほど来申しました具体的なものとして、勉学される方々、さらに学資を送られる方々、さらにまた長期療養で療養費を払っておられる方々、そういう方々も安心してそういうものが払えるような状態、さらにまた日用品、雑貨等の値上がりが県民の生活を圧迫しないように、それらの差損について、政府自身が、いわゆる消費者物価という形で負担させないで、われわれがその差損を補っていく、こういう態度をとっていまやりつつあるもの、また、すでに登録済みのものについては、すでに三百六十円でということが約束されておりますから、そういう点は安心だろうと思いますが、その後も変動がございますから、いろいろ使い方、それは一体どういうことになるのか、そこらになお心配が残っておると思います。しかし、これは今回の固定制、これが定着してくると、ただいまのような、一体、先行きはどうなるのかという不安がよほど解消して、まあわかりやすくなるだろう、かように思います。いずれにしても、ただいま申しますように、沖繩の方々は、自分たちの持っているこのドルが祖国復帰して円に交換される。そのときに三百八円になるのだ。それが三百六十円でいままではきていたんだ。そこの差損はほんとうにそれは耐え切れない状態だろうと思います。しかし、ドルはドルとして通用するのでございますし、その関係においては別に変わりはない。だから、いまの沖繩の施政権下にあって、その途中において円とドルと両方通用さすことができれば、これは救済も可能なように思います。しかし抜け穴がある。日本人のドルをかえることについては私どもやぶさかではございませんけれども、これは米軍の施政権下、また米国の施政権下だ。かようになると、米軍が持っているドルも流れてこないとはこれは保証ができない。また、さらにそれがうしろのほうから銀行その他を通じてたいへんなことになってくれば、これは日本でもささえることができないことです。そこで、ただいまも、対策についてはそれぞれさらにもっと行き届いた方法が可能かどうか、たえず私どもは検討していくつもりでございますけれども、ただいまのところ、施政権下にある限り流通する通貨はドル、それ一本に布令もきめてありますし、また、それを同時に、円とドルと両方通用さすということは不可能な状況であります。また、そういう状況で円とドルと両方同時にやるならば、それこそ固定為替相場三百八円=一ドル、こういうことで固定されるので、これは必ずしも沖繩の方々の利益になるとは私は思いませんので、私はただいまの沖繩の同胞が当面しておる問題、それをいかにすれば皆さん方の損失を補てんするか、そこに思いをいたして、もっと詳細な調査に基づき、これからしばらく推移を見ないと十分な対策も立てかねる、このように思っております。私の説明もどうも不十分ですが、とにかくアメリカ人のドルがドル安になったからといって大騒ぎもしておらないし、お互いが切り上げになった、非常に金持ちになったという感じも出てくるんじゃないか。これはまあ非常にわかりいいと、ただしかし沖繩の方は、何度も申しますが、いま持っているドルが円にかわる際には三百八円になる、いままでは三百六十円だったと、そこにどうしても理解できないものがあるんだろうと、かように思います。非常に困られるものについてはさっき申し上げるような対策を立てた。また同時に、この前も、ある時期をきめましてそれを登録さしたと、こういうような便法も講じたわけでございます。
○山下春江君 総理のあたたかい御配慮を承りまして、まあ沖繩の方も多少安心したであろうと思いますが、いまふところに持っているドルというのは、あのきびしい占領下にありましてほんとうに、最初に申し上げましたように、日本で遺族扶助料四千七百円というときに、毎日働いて、三十日働いて三千二百円という、まあそれは十余年前のことでございますけれども、そういうようなきびしい中でほんとうにこつこつとためたお金でございまして、ドルの変動のためにそれが何ほどでも損をするということは、全く耐えられない気の毒なことだと思いますので、ぜひともひとつ総理もその辺はしっかりと踏まえて、ちゃんとしてやるという御決心の行政をやっていただきたいとお願いするものでございます。 それから厚生行政につきまして厚生大臣にちょっとお尋ねいたしますが、重度の心身障害児につきましては対策が全般的に非常におくれておりまして、施設につきましても本土との間に非常な格差があることは厚生大臣御承知のとおりでございますが、これについて厚生省はどのようにお考えでいらっしゃいましょうか。
○国務大臣(斎藤昇君) 沖繩の福祉施設は本土に比べまして非常におくれております。私も見てまいりました。ことにいまおっしゃいます心身障害児の施設は非常に不足でございます。これを振興開発計画の線に沿いましてできるだけ五カ年以内ぐらいには本土並みにいたしてまいりたいと、かように存じております。
○山下春江君 いま厚生大臣もお答えになりましたように、沖繩のこういった社会福祉施設は非常に本上におくれておりまして、一例を申し上げますと、保育所は本上の二四%、それから乳児院は一一%、母子寮は二二%、精薄児の収容施設は一〇%、それから養護施設が二七%、これは日本を一〇〇としての場合でございますが、こういうふうにたいへんおくれておりますので、何とかいま大臣が御答弁になりましたように、急速にこれを、ただ本土の国庫補助率ではちょっとなかなか追いつけないと思いますので、何とかひとつ全額国で見てやるようにして、これを整えて追いつかしてやっていただきたいと思いますが、いかがでございますか。
○国務大臣(斎藤昇君) 本土の二分の一補助の分は、沖繩におきましては四分の三の補助にして、そして本土並みまで持ってまいりたいと、かように考えております。
○山下春江君 次に、ちょっと婦人問題についてお尋ねをいたします。昨年から売春防止法の一部が実施されておりますと聞いておりますが、返還と同時に完全実施になるということを聞いておりますが、この場合に、Aサイン業者も営業をやめることになろう。その場合十八歳――二十歳ぐらいの若い婦人の転廃業が必要だと思いますが、この人たちの育成、指導強化にはどのような対策をお考えでいらっしゃいましょうか。十八歳――二十歳の若い人が働いておりますが、この人たちに対する……。
○国務大臣(斎藤昇君) 木上復帰に備えまして、沖繩におきましても売春防止法をすでに施行いたしまして、来年の一月一日からはただいまおっしゃいますような要保護の事業が始まります。その準備をいたしております。施設もいたしております。また婦人相談員もすでに任命をいたしておりますから、そういう方たが、そういう施設のあれによりまして他のほうに転業をするようにあるいは指導し、教育をし、労働省関係とも連絡をとりまして遺憾なきを期してまいりたいと、かように考えております。
○山下春江君 次に結核問題でございますが、全体として下火に向かってはおりますけれども、いま対策を講じませんとたいへんな状態だと思います。これは私は前から、暑い方面に、たとえばフィリピンなどに非常に結核患者が多いことを前のいろいろな調査でよく存じておりますが、沖繩にも、ごたぶんに漏れないで結核患者が相当たくさんおるのでございますが、いま沖繩政府は、幸いにこのことに対して全額国庫負担で治療をしてあげておるのでございますが、この制度が暫定措置によってどうなりましょうか。厚生省がそのとおりを継続してやっていただける御決意でございましょうか、どうでしょうか。
○国務大臣(斎藤昇君) ただいまの考えといたしましては、現在無料で治療を受けております患者は、復帰後も無料で治療をいたしたい。新たに治療を受けます者は当分の間無料ということにいたしまして、そうして社会保険制度その他の制度が整ってまいりましたときに本土並みにいたしたい。現在受けている者はずっと無料でまいりたいと、かように考えております。 なお、先ほど、補助率の点で私、二分の一のものを四分の三と申しましたが、四分の三は、重症心身障害児施設については四分の三、その他のものにつきましては三分の二ということで折衝をいたしております。
○委員長(安井謙君) 時間が超過しておりますので……。
○山下春江君 以上で、はなはだ簡単でございましたが私の質問を終わります。 終わるにあたりまして、私は、一日もすみやかにこの協定が成立いたしますことを心から念願いたしまして私の質問を終わります。
○委員長(安井謙君) 以上で山下君の質疑は終わりました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 次に、藤原房雄君の質疑を行ないます。 藤原房雄君。
○藤原房雄君 私は公明党を代表いたしまして、沖繩返還協定につきまして若手の質問をしたいと思います。 現地の公聴会も終えまして、いよいよ当委員会の審議も終盤を迎えるに至りましたが、衆議院、参議院通じましていろいろな問題が提起されたのであります。しかし、いま、およそ七十日近いこの衆参両院における返還協定の審議を通しまして、私どもが最も残念に思うことは、これは過日の衆議院における強行採決であります。ああいう強硬手段に出たということは、そうでなくても沖繩県民はいろんな面で不信感が取れない。全く疑惑の念がさめない。こういう状況の中にありながら、この強行採決によって、より不信感を高める結果になったのではないか、このように憂える次第であります。しかも、十一月十七日、屋良主席が沖繩県民の声を建議書として携えて参りました当日、この不法な、議会制民主主義を踏みにじる暴挙に出たということは、まことに私どもとしては残念なことだと思うのであります。私はこのような今日までのいきさつ等考えるにあたりまして、この屋良主席が携えてまいりました建議書は、単なるこの琉球政府の一冊の建議書ではなくして、沖繩県民の血のにじむような叫びがこの中に記されていると、私どもはその一行一行、一つ一つについて十分にそしゃくし、現地沖繩県民の立場に立って今後の対策につきましても十分に考えていかなければならない、このように思うのでありますが、最初に、これらのことを総括しまして総理大臣にお伺いしたいと思うのであります。
○国務大臣(佐藤榮作君) 衆議院段階における審議等について、いろいろ御批判がございます。私もいわゆる強行採決、これについてはいろいろ心を打たれたものでございますが、しかし、とにかくただいま参議院に参りまして、参議院の段階におきましては皆さま方がほんとうに誠意を持って、熱意を持って御審議をいただいておりますので、この衆議院の不足分は取り返しができたのじゃないだろうか、かように思う次第でございます。また、どうしてもこの問題は、祖国に復帰して、そうして私どもが本土並み、本土と一緒になって解決しなければならない幾多の問題をかかえておるということを銘記しなければならないと思います。ただいま沖繩県の屋良主席から持ち込まれた建議書に触れられましたが、私もそういう観点で、建議書は建議書として、これも十分尊重すべきものは尊重すると、こういう立場でこれと取り組んでまいるつもりでございますし、また、現にそういう意味で取り組んでもおります。そこらはまた今後の、返還協定が成立した後にまた法定されたもの、これが運用等におきましても――運用で済む面もございますから、それらの点もあわせてこの機会にできるだけ沖繩県民の要望に沿うように、沿い得るように今後とも努力したい、かように考えます。
○藤原房雄君 今日まで、沖繩返還につきましては、佐藤総理のなみなみならぬ努力につきまして、私どももそれは認めるところは認めたいと思うのでありますが、ここで、当初から佐藤総理がよく言われておりました明るく豊かで平和な沖繩、また核抜き。本土並み・七二年早期返還という、こういうことを強く訴え続けてまいりました。沖繩の方々も祖国復帰を願い、その盛り上がりを見せたのでありますが、今日、この七十日間のいろいろな角度からの審議を通しまして、この明るく豊かで平和な沖繩という、総理が絶えず言っておりますこの面につきましても、はたしてそのとおりの沖繩になるのかどうかという不安、また核抜き・本土並み・早期返還につきましても、先ほど来いろいろ同僚委員からも質問ございました。また七十日間、またそれ以前からいろいろな機会にこの問題につきましても討議がございました。やはり県民の不安というものはどうしてもぬぐい去れないものがある、このように私は思うわけでありますが、この終始一貫唱えてまいりました総理のこのことば、今日も強い強い確信に変わりはないかどうか、まず最初に一言、この点についてお伺いしたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) もちろん私の考え方に変わりはございませんが、明るく豊かで平和なと、こういう簡単な標語ではございますが、持つ意味はたいへん広範なものでございますし、第一の問題は精神の面も含めてでございますし、また第二の問題は物質の面を主としての問題でもございますし、また平和、これはもう平和憲法のもとに返ることでございますから、ただいまの基地が多いとかあるいは自衛隊があそこに駐留するとか、こういうようなことで別に本土と性格が変わったと、かようにお考えになる必要はないように思います。私がたいへん愉快に思うのは、毎年会いますいわゆる沖繩の豆記者諸君、これらの方々が――小さな少年、これが一番素朴な感じをあらわしてくるものだと思いますが、たいへん最近の豆記者諸君は明るくなっている。これは私は、これを教育しておられる教職員の方々あるいは父兄の方々、これはなみなみならない御努力だと思いますけれども、復帰を前にしてたいへんその明るさを取り戻した、そういう感じがいたしまして、このことはたいへんうれしく思うのであります。さらにまた豊かなと、これはいままで、自然の景観をそのまま保存しろと、こういう強い御意見もございますが、同時にまた、近代産業がここに迎えられ、そうして公害を起こさないようにしろという、こういうようなことも言われておる。ここらにやはり開発と保存、その調和をはかるべき段階に来ておるのではないかと思っております。さらにまた海洋博、そういうものが近く開かれることになれば、ただいまの豊かさというもの、また明るさ、これなどもはっきり出てくるのではないだろうかと、私はこれにも期待をかける次第でございますし、また、ただいまの、平和なと、こういうことは、今日までも平和で戦後は過ごしてまいりましたけれども、しかし、沖繩の方々は米軍の施政権下において、米民政下において、ずいぶん私どもが想像のできないような苦労に当面されました。これが生活を破壊する、あるいは私有権を侵害する等々、幾多の苦難の道を歩んでこられた、さようなことを考えますと、ほんとうに心から平和ということについて望まれるんじゃないだろうか。戦争の第一線、祖国防衛の第一線になったと、かように言われるけれども、ほんとうに焦土と化したその中から立ち上がられた方々にとりましては、平和が何よりも大事なことだと、かように思っておられるに違いない。私どももそういう線で、ただいまの三つが一つのわかりやすい目標だと、かように思いますのでこの三つを掲げた次第でございます。これはなかなか実現するのには骨の折れることであります。これらの点も、幸いにして今日はアジアの緊張は緩和の方向に向かっていると、かようにも言われておりますし、これなぞはいわゆる平和な沖繩をつくるのに最もふさわしいその時期に到来したと、かようにも考えていいんじゃないだろうかと、かように思います。
○藤原房雄君 いま沖繩の明るい面につきましていろいろお話がございました。私も、いま総理の言われた一言一言、そう信じたいのでありますが、現実は、総理も一言触れられておりましたけれども、なかなか容易ではありませんし、また現実、この建議書等を通じまして、また私も沖繩へ参りましたけれども、現地の方々の不安というもの、また疑惑というものはやはりどうしてもぬぐい去れない。いろんな問題が山積しております。それらのことにつきまして、今日までもいろいろ議論ございましたが、この機会に二、三の点を取り上げてまいりたい。 私はせっかくの総理のおことばではございますけれども、核抜き・本土並みに対する県民の不安というものは、これはたいへんなものであります。基地が密度が濃い、また機能がどうだ、核についてはこれは言わずもがなでありますが、今日まで、協定の特別委員会といたしましても相当な時間があったと思いますけれども、いろんな角度から追及すれば、討議すればするほど――するほどということばが当たるかどうかわかりませんが――疑念がどうしても晴れないという、こういう点につきまして、県民の最も憂慮するところでもございますので、この点についてお伺いしたいと思います。この核抜き・本土並み、基地の問題につきましては、過日の沖繩協定特別委員会におきまして、わが党の矢追委員からも発言がございましたが、私どもは、衆議院における決議もございます。少しでも基地が縮小されてもらいたいものだという、このような心からなる願いがあるわけでありますけれども、現実は、基地がまあ拡張されていくといいますか、そういう面も現地にはあるということで、われわれの願い、現地の百万県民の願いとはうらはらな状況も現実にはあるということであります。また、県民の疑惑のいろいろな問題がございますが、この核のことにつきまして今日までもいろいろ議論になってまいりましたが、どうしても、一つにはこの核の点検といいますか、現実に核があるのかないのかということ、佐藤総理は、これは私と大統領との間の最高首脳陣の間の約束であるからということではございますが、それだけではやはり納得し得ない。先ほども議論があったようでありますけれども、やはり客観的にこれが証明されるものがあればこれにこしたことはない、まあこういう観点からいたしまして、この核の点検のことについて、私どもいろいろ調査もいたしましたし、また考えてもおります。沖繩側においてはもちろんのこと、国内においてさえも核があるのではないかという、こういう疑念は、過日来当委員会におきましてもわが党の議員から何度か言われております。まあ、こういうことをずっと考え合わせて、佐藤総理が、また関係閣僚が、今日までこの核点検について言われたことをずうっと総括してみますと、どうもそこは一貫していないように私どもは見受けるわけであります。まあ、これは政府の方針が変わったというのだったらこれはたいへんなことだと思うのでありますけれども、やはり佐藤内閣のもとに返還交渉が進められてきた、この大事な返還交渉を佐藤総理が中心となって今日まで進めてまいりましたその中において、当初と最近においてはいろいろな面でこの核の点検につきましても発言に食い違いがあると、こういう点についてはぜひこれは晴らさなければならない。こういうことでお尋ねするわけでありますが、最初に四十四年の四月一日、わが党の多田議員に対する答弁があるわけでありますが、まあ、その前に、この核の有無につきまして最も大事なことは、返還交渉をする段階においてこの核の問題についてはっきりさせるということが一つの方法であると思います。また、返還になってしまったあとでは、今度は事前協議ということになります。もうこれは核の移動とか搬入、こういうことでなければ、この核の有無については確認することはできない。こういうことを考えますと、返還交渉時点においてこういう問題をはっきりさせることが大事だと、こういうことでいろいろ議論があったわけでありますが、そのときに、多田議員の質問に対して佐藤総理は、「新しく核を持ち込む、これは確かに事前協議になる。しかし、沖繩に現にあるそのままのものがこっちにくる、あるということをこちらで十分調べれば、もうその調べるだけで済むわけですね。その調べたときに、どうも気に食わないと思えば、そういう軍基地じゃ困るからそれは除いてくれと、こういうことを言うだけですね。あるいはそれだけの基地で、あれだけの広範のものは困るからもっと縮小してくれ、こういうようなことを言うわけですから、いわゆる事前協議じゃなくて、返還交渉の協議の対象になると、かように御理解いただければいい」ということばがあるわけでありますが、これは返還交渉の話し合いの段階で、確かにこの問題についてはある程度の目安をつけるチャンスであったと、こう思うわけでありますが、この点については総理も御記憶があるだろうと思います。それが最近においてはそのことばがやや――ややでない、まあ大きく変わってきたということ、これはいなめない事実だと思います。しかし、まだ返還になっているわけではない段階であります。また一月には最高首脳陣、ニクソンとお会いするチャンスもあるという、こういうことからいたしまして、返還になってしまうと安保という網の中に組み入れられるわけでありますけれども、現時点においてはまだ交渉の余地が残されておると私は思うのでありますが、それにしましても、当初このように言われた佐藤総理と現在と、私は大きな差異があると、こう思うのでありますけれども、この点についてはいかがお考えですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) アメリカの施政権下にある沖繩、その際にはアメリカが自由に軍基地をつくる、また、そこにアメリカが必要だと思うような兵器を使う、これはまあアメリカの御自由だと、かように思いますが、返還される限りにおいては非核三原則、これが明確になること、同時にまた、その後のいわゆる持ち込みについて、これが事前協議の対象になり、そうして、それも政府はいかなる場合でもノーと言うと、こういうことで非常に明確になってきたと思います。また、とれについては政府がいままで断わり続けてまいりましたいわゆる院の決議、これも今回は衆議院の段階におきまして院の決議がされたと、そういうことで、よほどものごとがはっきりしてきたのじゃないかと、かように思いますので、過去の問題よりも、私は、どんどん進んできた新しい状態に対してものごとを考えていただきたいと、かように思いますし、また、ことにいまの四十四年四月一日、その際は、完全に米施政権下においての沖繩でございますから。今度はそれが返ってくる。そのいわゆるニクソン大統領と私との共同コミュニケはその後発せられたものじゃないかと、かように思いますが、それなども日本の、われわれの期待にこたえるような方向に世の中変わりつつあると、そのことも私はつけ加えさしていただきたいと思いますし、私はいま藤原君の言われることを聞きながら、だんだんその方向にものごとが固まってきたなと、かように思いまして、たいへんしあわせに思うのでございます。
○黒柳明君 関連。 核についていま藤原議員はまだ質問があるかと思いますけれども、私は、あまりしあわせじゃないものですから、しあわせじゃない事実をまた一つここで指摘したいと思います。 もうすでに一昨日横須賀で問題になりまして、新聞報道がありました。当局ではお調べの問題かと思いますが、一部は報道されているわけでありますが、私ここに全容をまたお聞きいただいて、ぜひともこれに対してのより前向きな対処をしていただきたいと、こう思います。 一つは、これは荷積みの書類であります。トランスポーテーション・コントローラーのムーブ・ドキュメント・シッピング・オーダーです。発信地がエッジウッド化学兵器開発研究所、それから受けるほうが佐世保海軍兵器廠、それから物質、何をエッジウッドから佐世保にやったかといいますと、致死性毒ガス、それがオアフを通り横浜を通って佐世保に来ております。横浜を出たの七〇年三月二日、それをコントラクトしたのが、米海軍極東管区軍事海上輸送司令部――MSTS。しかも、その致死性毒ガスの内容は七基。「7EA」と書いてありますから、七基という意味であります。その内容はホスゲン・ガス――CG、しかも「CLASSXI-A」と、こうなっております。この「CLASSXI-A」というのをさらにコースト・ガード、一九六八年五月一日発行、署名者アドミラル・スミス――スミス提督のコースト・ガード――沿岸警備隊のミリタリー・エクスプローション・アンド・ハザーズ・コミッション――爆薬及び危険爆弾に対する取り扱いの文書、その七〇ページと七九ページ、このいま申しました記号ですね、「XI-A」と、これはどういうことかというと、XI-Aは「CHEMICAL AMMUNITION」以下云々とあります。ホスゲン、青酸ガス、神経ガス、カラシガス等々、さらに七九ページを見ますと、同じようなことが指摘されている。これは全部英語です。私、いま反訳しつつやったわけであります。これをごらんいただければ、七〇年――昨年ですね――三月二日に、こういう致死性の毒ガスが横浜を出たということは一目りょう然、これは防衛庁長官あるいは専門家である局長ですか、ごらんいただいて、この事実を目で確かめていただきたいと思いますが。
○国務大臣(江崎真澄君) 御指摘の点でありまするが、これはすでに新聞等で私どもも拝見しまして、事が深刻な問題でありまするので、さっそく実は前回の黒柳議員の御質問の経緯もありまするので、防衛局長に調べさせたわけでありますが、そういう事実はないと、こういうことを米軍側は申しております。 それから、現在、御指摘にありまする、また新聞記事にありまするあの倉庫は、一応すべてからであるという回答に接しておりまするが、詳細につきましては調査をいたさせました防衛局長から答弁をいたさせます。
○政府委員(久保卓也君) お手元の資料がございませんでしたので、十分な検討はできておりません。外の条件から申し上げますと、横須賀にありまする浦郷の弾薬庫あるいは吾妻島の弾薬庫、それはそれぞれからっぽになっていると、一部米軍のもの、あるいは自衛隊のものが入っているのがありますけれども、これはガス兵器には関係がないということであります。 それから御指摘の、いろんな記号がございますけれども、CGというのは私とものほうの判定ではコースト・ガード、先ほども資料を御提示になりましたように、コースト・ガードのマークである。これをホスゲンと解さたかった理由は、現在米軍が従来正規の化学兵器として採用しているものは七種類ありまして、ホスゲンは古いガス兵器でありますから、今日では採用していない。そういう意味でホスゲンではなかろう。しかしながら、どうも似たような記号がございまするけれども、いま御提氷になりましたような記号が化学兵器であるという確認がまだできておりません。でき得べくんば、この資料をもしお貸しいただけるならば、こういったものに基づいて調査を続けてみたいと思います。
○黒柳明君 「CLASSX-A」というのはどういうことですか。いま見せたでしょう。コースト・ガードの記号、これはどういうことですか。それは別に調査することない。それは見てみればすぐわかりますよ。これは致死性ガスということははっきりしているじゃないですか。CGがコースト・ガードなんて、そんなこと考えられません。
○政府委員(久保卓也君) CGが私どもはコースト・ガードと判定いたしております。なお、さっき申し上げましたように、ホスゲンが、使っておらないもののマークをつけるはずがないという観点であります。そこで「CLASSX-A」というのが私どもの見たところ――といいますか、資料では危険性を明示する種類であるというところまではわかっておりますけれども、内容が何であるかというところがまだいまのところ判明いたしておりません。
○黒柳明君 とんでもない。これが、どうしてCGがコースト・ガード……。ちょっと防衛庁長官。
○委員長(安井謙君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(安井謙君) 速記を始めて。
○黒柳明君 どういうものか説明してください。
○政府委員(久保卓也君) 私が申し上げているのは、コースト・ガードの管理に属するものであろうという意味であります。
○黒柳明君 CGは品物ですよ。
○政府委員(久保卓也君) したがいまして、CGというのはホスゲンでありますから、ホスゲンというのは第一次大戦時に使った化学兵器である。今日使われていないと。使われていないものが送られるはずはない。したがって、CGなるものはおそらくコースト・ガード用のものであるというふうに私どもは判定したわけであります。
○黒柳明君 一九六八年にちゃんと出ている。使っているか、使っていないか、そんなことは知らない。ちゃんとこのリストに出ているじゃないですか、二年前のリストに。しかも、送られた証明もあるじゃないですか、そこに。使っているかいないか、そんなことを聞いているんじゃないんです。日本政府が使っているか、使っていないか、そんなことではない。ちゃんとこのリストに出ていますよ、致死性ガス。しかも、そこに送り状があるじゃないですか。
○政府委員(久保卓也君) もちろん、日本政府が使うはずはありませんが、米軍が使っていないものですから、そのCGがホスゲンであるということを判定しなかった。なお、先ほどお断わりしましたように、現物の資料を持っておりませんでしたから、十分な調査はできておらなかった。したがって、このものによって調べてみると、こう申したわけであります。
○黒柳明君 それでは、このCGはホスゲンですね。ホスゲンの略ですね、CGは。
○政府委員(久保卓也君) CGというのはホスゲンの略号であることは確かであります。
○黒柳明君 何ですか、CGはコースト・ガード、コースト・ガードと言っていたのは、さっき。
○政府委員(久保卓也君) だから、この記号CGというものがホスゲンの記号であるのかコースト・ガードの記号であるのかわからないけれども……
○黒柳明君 いま、それを見せたじゃないか、だから。いまそれを見せたじゃないか。
○政府委員(久保卓也君) 両方の記号であるのかわかりませんけれども、現用のものはホスゲンを使っておりませんから海兵隊のものであろうというふうに申し上げたわけであります。
○国務大臣(江崎真澄君) 黒柳さんの御指摘、やはりこれは不安の伴うものですから声が自然に大きくなるのも無理からぬことだと思います。(笑声)しかし、これだけの資料のやはり御提示でございますから、よくひとつ防衛局長にこの御提示の資料をもとにしまして、不安を解消することが先決だと思いまするので、なおひとつ十分調査をさせたいと思いますが、いかがでございましょう。
○黒柳明君 この場で、これだけの簡単な資料――いつもとケースが若干違うと思います。この場でその事実を認めてください。あと調査するならけっこう。それだけ簡単な資料に対して逃げるなんていう手はありません。認めてください、その事実というものを、その書類の上から。さらに、その裏づけがどうか、信憑性がどうか、調査してけっこう。そこにある事実だけを認めてください。そんな簡単なものですよ。
○国務大臣(江崎真澄君) まあ、このCGをコースト・ガードとするのかホスゲンとするのか、その辺をなおひとつよく、したいと……
○黒柳明君 これはホスゲンなんですよ。――いま言ってるのは、そうじゃない。
○国務大臣(江崎真澄君) だから、そういう点を、なお、いかがでしょう、ひとつ時間をかしていただいたら。
○黒柳明君 だめだ。もう幾ら人がいいぼくだって、そんなでたらめはだめですよ。委員長、これはだめです、そんなでたらめは。それだけの資料をもって。防衛局長はそんなことを言っているんじゃないですよ、長官。それはもうホスゲンだと言っているんですよ。だめだ。もう、きょうはちょっと人を悪くしないと。
○国務大臣(江崎真澄君) 黒柳さん御指摘のように、これが事実とすれば非常に不安な話であります。したがいまして、これは御指摘の趣旨を十分体しまして、何といいましても、これはこの資料、まことに具体的なものをお持ちなわけですが、やはり防衛庁としましてはこれを十分調査いたしまして、そして、ひとつ、まず不安が解消できるような回答があるのか。また、事実これが御指摘のような事態であるならば、これは容易ならぬことだと思いまするので、しばらく時間をおかりしたいと思うのですが、いかがでしょう。
○黒柳明君 まず、その事実関係、むずかしくも何でもない。お認めになりますか。ならなかったら調査したってだめだ。それがインチキじゃなかろうかなんていうようなことから調査して出発したって意味ないですよ。その事実関係。わずかにその二つの書類だけで、シッピング・ドキュメント、その裏づけになる、要するに、弾薬の区分表です。その事実関係を認めますか。横浜をちゃんと出港しているという事実が出ているじゃないですか。ホスゲンガス。さらに、私知りたいことが一ぱいある。その事実をはっきり認めなかったら、調査たって、そんな手には乗りませんよ、このたびだけは。もうきょうで最後でございますから。
○委員長(安井謙君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(安井謙君) 速記つけて。
○国務大臣(江崎真澄君) 御提示の問題は、これは新聞等でも取り上げられており、のみならず、横須賀の市議会でもいろいろ問題になっておるきわめて重要な問題であります。したがいまして、具体的な資料を提示しての御質問でありまするので、これは当然米軍側に念を押すという必要があるわけでありまして、時間的に非常にまあ制約を受けるわけではありまするが、問題が問題だけに、十分誠意をもって、最短距離でひとつ調査をしてお答えできるような手段、方法をとってみたいと思います。御了承願います。
○黒柳明君 それまで保留します。
○委員長(安井謙君) じゃあ、質問続けてください。
○藤原房雄君 ただいまお話しありましたように、この本土にもいろんな問題ございますが、沖繩はもう、より以上たいへんな疑惑に包まれておるという、こういうことを先ほどから申し上げてるわけでありますが、私は、先ほどまあ佐藤総理の答弁ではございますが、私は何も過去のことを云々してことばじりをとらえたり、また過去のことだけに執着するわけじゃ決してございませんけれども、やはりこの重要な沖繩返還という大事な問題に伴いまして、百万県民はもちろん、一億国民も注目しておる大事なことでございます。しかも、この核のことにつきまして、沖繩の方々はもちろんのこと、いまお話しございましたように、この本土にも核やまた毒ガスの危険があるということになりますと、これはたいへんなことであります。こういうことから先ほど来いろいろお話をしてるわけでありますが……。 私は、先ほど読み上げたこと、また、今日までずうっと議事録を見まして奇異に感じますことは、最初はこのように核の点検をするという、これはまあ交渉の時点においてはそういうことも可能なんだという、こういうことであったわけであります。まあ、そういう思想が貫かれておったわけでありますが、最近言われますことは、まあ、そういう疑惑については、アメリカに、何らかの声明なりこの疑惑を晴らす証明をさせるといいますか、声明をさせるという、させたいという、そういう考えだというふうな方向にだんだん変わってきた。当初は、こちらから点検をするという自主的な考えがおありのようであったのが、最近ではだんだんその姿勢というものはくずれて、アメリカに声明させるという、こういう方向に変わっていったように私は思うんでありますが、この点についてはいかがでありますか。
○国務大臣(福田赳夫君) いま、政府委員から伺ったわけですが、どうも初めから基地を点検するという思想があったというお話でございますが、そのような事実はないようです。ただ、中曾根前防衛長官が、沖繩の核がなくなった時点においてそれを点検すると、こういうようなことを言っておったそうですが、それもあとで政府としては訂正をいたしております。今日では、条約上の権利として、国際法上の権利として点検するということは非常にこれはむずかしいと、そういう考え方を定着さしております。
○藤原房雄君 まあ、中曾根長官のことばもありますが、いま訂正されたというお話でございますが、まあ総理自身のお話の中にも――やはりそれには他国とのことでもございますし、まあ点検といいましてもどこまでできるか、これはおのずと制約のあることはそれは私も承知でありますけれども、少なくとも自主的な何らかの形でそういう危惧のないような、危惧を晴らすような方向というものができるんだというような示唆というものはあったろうと思うんであります。まあ、これは返還交渉の段階では、そういうことも可能なんだという少なくともお話であったんではないかと思うわけでありますが、そういういろいろないきさつがあったろうと思いますが、いずれにしましても、来年の一月早々佐藤総理がニクソン大統領とお会いになるこの大事な機会には、この県民の声、そしてまた国民の声、これを踏んまえて何らかの形ではっきりさせなければならない立場にあろうかと私は思うのであります。そういう、どういう形でどうするかということについては、今後のお考えがあろうかと思いますが、その点につきまして、どういうふうにお考えになっていらっしゃいますかお伺いしたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 中曾根君は別として、私の話のうちにもいまのようなことが確認できるようにとれたと、こう言われると、いま私、思い起こしますのは、これはやはり核の撤去費を出すことになった、これが一つの、核があるからそれをやる、そういうことを意味したと、かように思います。しかし、とにかくそれよりも、金は出したけれどもまだ核はあるかもわからない、――なかなかひどい目にあうと、信じろと言ってもなかなか信用はできないと、また不安はなかなか取れないと、こういうものだと思いますので、私は、これはニクソン大統領と会いまして、どの程度その確約、これができますか、これについてもはっきりさしたいという気持ちは十分ですけれども、これが米上院における証言等でもあるいは不十分だと、ロジャーズが何と言おうと、またパッカードが何と言おうと、そんなものはだめだと、こういうようなことでいままで推移しておることを考えますと、またサンフランシスコで、あるいはサンクレメンテで話をしたら、それはやはり約束以上の何ものでもないと、こういうことで一蹴されるかもわからない。とにかく、いろいろ疑いを持たれておる事項、それについての不信を除くということはいかにむずかしいかという、これは私どもほんとうに不信を取り除くと、こういう立場でこれと取り組む。それにはただいまのような点が問題になると思いますが、これはたびたび外務大臣から申しておりますように、もう条約上、国際法上から見ましても、基地を点検するというような、そういうことのできないことも御承知だと思いますし、とにかくわれわれが実際に払うという、そういう立場は、撤去完了でなければそんなものを払うつもりはございませんから、そういうこともやはり一つの傍証にはなろうかと、かように思います。これは直接のものではございません。しかし、藤原君のいま御指摘になりました点、とにかく不安はいつまでも解消しないじゃないか、かように言われますと、やはりわれわれも、もっと確認するような方法ができないものか。これなどはさらにくふうを要するのではないだろうかと、かように思います。メースBの撤去等についても、これは現実に現場にも出かけたと、こういう例もありますから、必ずしも、全然そんなことはできませんと、かように申し上げるわけでもございません。しかし、とにかくお互いがやはり信用しないと、何かまた、なくなったと言いながらどっかに隠しているだろうというようなことまでなると、これは際限のない問題ですから、ここらも、とにかくどの辺で心証ができますか、ここらに私どもの足りないところは努力するつもりであります。
○藤原房雄君 まあ、むずかしい外交上の、条約上の問題でありますから、佐藤総理の言われたこともわからないわけじゃございませんが、また、両国の最高首脳の間のお話し合いでありますから、これはまあ私ども信じたいと、こう思います。しかし、やはり客観的なものがなければならないということや、今日までの歴史的ないきさつを考えますと、やはりより明確なものをほしいという、これは私どもの単なる心情というだけではなくして、その部面についても佐藤総理はおわかりいただけるのじゃないかと思います。先ほども申し上げたのでありますが、返還交渉する交渉の段階でいろいろな話し合いができるという、どこまで突っ込んで具体的に話ができるかということになりますと、これは交渉でありますから譲らなければならないこともあるだろうし、いろいろあると思いますが、それと、返還になってまいりますと、今度沖繩も安保条約のもとに本土並みになるわけでありますが、そのときに、かつて中曾根長官が、ことしの三月四日ですか、「返還されれば日米安保条約は当然通用されますから、随時協議その他によって友好親善の基礎に立って相談すべきものでもあります」というようなことがあるわけですが、この「随時協議」ということにつきまして――もっとも、「友好親善の基礎の上に」と、こういうことばでありますけれども、そういう話し合いによって、まあさような大きな疑惑があったという場合には、そういう話し合いができるものかどうか、この点についてはいかがですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 先ほどから申し上げておりますように、国際法上の権利として点検をするとかまた査察をするとか、そういうことは、これは不可能なんです。しかし、日米両国は友好親善の関係にある、また、日米安保条約を共同して運営をしておる、そういう間柄でございますから、問題がある、その問題の性質に応じまして適当なる協議を行ない、適当なる共同作業を行なう。これは当然私はでき得ることである、こういうふうに考えます。
○藤原房雄君 先ほどお話しございましたように、日本にも疑いが持たれて、過日は岩国におきましては自衛隊の専門の方が立ち入り検査をしたという、こういうケースもあるわけでありますが、これはアメリカの、米軍の好意ということなのか。また、先ほどから、この検査といいましても、何から何まで全部調べてしまうということではなくして、やはり疑念があったという場合、こういう特定な場合に限られると私は思うのでありますけれども、岩国においてはどういう状態のもとでこの立ち入り検査が許されたのでしょうか。
○国務大臣(江崎真澄君) 岩国の場合は、外務省を通じまして照会をしたことが一つ。それから、現地のわがほうの部隊で、あとう限りの情報調査をしたということが一つ。その結果、問題がああいう問題でありまするから、なお、向こう側に、ないとは言われるが、点検することができるだろうか。これはやはり外国の軍隊でありまするから、本来点検などというようなことは、もちろんさせないという原則に立っておるわけです。そこで先方は、異例中の異例という形で、わがほうの自衛隊を招待するという形で招かれて行った。これは親善友好の関係にある日本の自衛隊と米軍のことであるから、そこまで自分たちが言っても信用されぬというのならば、ひとつお招きするからよく見てくれ、こういう形になったわけでありまするが、向こう側は、国内には化学兵器とか核兵器とか、そういうものは絶対ないと、なぜ信用してもらえぬだろうかというので、最近もしばしばこういう問題に突き当たりましてはわれわれのほうからも強く照会をするもんですから、多少不満の色があることは隠せないと思います。まあ、岩国の場合は例外として、信頼関係をやはり続けるためにああいう形をとったものと、こういう次第であります。
○藤原房雄君 異例中の異例ということでございますが、そういう異例中の異例が、沖繩返還になりまして、やはり県民の不安を除くということで、そういうことがまた何らかの力になればこれはたいへんありがたいことだと思うわけでありますが、今後いろいろな推移がございまして、またそのとき、この問題については触れたいと思います。 次は、何といっても核問題につきましては、あるかどうかということの確認ということ、それと一つは、いつも言われております、返還時には核はなくなるということでありますけれども、その撤去にあたって一体対策は十分なのかという、これもやはり県民の大きな疑念になっております。この点については、今日までも各委員からいろいろお話がございましたけれども、やはり非常に危険を伴う撤去作業であるだけに、県民の不安――毒ガスだけでもたいへんであったわけでありますから、私どもも、ほんとうにこれはあと何カ月もしないうちにその事態が到来するわけでありますので、十分な対策、態勢、こういうものがなければならないと思います。この点については、どういうところで、どういう話し合いをして、こういう問題についてはなさるのか、わがほうとしては全然タッチしないうちにこういう問題が進められてしまうのか、この点はどうでしょうか。
○国務大臣(福田赳夫君) まことにごもっともなお尋ねなんです。よくこれがガスの場合と対比されますが、この核につきましては、これは非常に高度のアメリカの戦略兵器である。これはとにかく実際問題として核兵器の運用につきましては、大統領がこれを管理するとまでいわれておるくらいの大事な核兵器です。そこで、わがほうといたしましては、ガスのようにこれが撤去の手順について承知しておき、そうして安全対策を講ずるかと、こういう問題があるわけなんです。 そこで相談いたしますが、どうもアメリカ側は、非常にこれはもう絶対というくらい壁が厚い。これはわがほうにおまかせ願いたい、そのかわり、アメリカが全責任を持って、沖繩の県民の安全は保証いたします、こう言っておる。私どもといたしますと、結論的に申し上げますと、このアメリカのきわめて明白なさような意思表示、つまり、絶対責任を持って沖繩県民の生命、財産をお守りする、こういう言質、これを信ぜざるを得ない、こういう立場にあるわけなんです。私どもといたしましても、このアメリカのそういう言明を体しまして、沖繩県民の生命、財産に日本政府としても責任を持ちたい、かように考えております。
○藤原房雄君 高度の戦略的なということばであります。そういうことで実際はまだ疑念が晴れるわけもございませんし、向こうがそう言うのだからということでありますけれども、これにつきましても今後まだ時間もありますので、県民の安心のできるように、何らかのまた話し合いといいますか、そういうものを進めていただきたいと、こう思うわけであります。 次は、沖繩返還にあたりまして県民の不安、疑惑、それはいろんな形のものがあろうかと思います。何といいましても、異民族の支配の中にあるという、これは最も大きな条件でありますので、県民の思うような状況がなかなかでき得ない。また、われわれ本土にいて考えて考えつかないようなことが現実沖繩にはあるという、こういうことで、地元のいろんな話を聞くとびっくりするようなことが数多くあるわけでありますが、これはその中のほんの一つでありますけれども、いま、沖繩返還協定がいよいよ批准されようかという、その日が迫りつつあるというときであります。このときに、ほんとうに悲しい話でありますが――悲しいといいますか、全く遺憾と言わざるを得ない問題でありますが、沖繩の久場サイド、これはC表のリストの十七にあるわけでありますが、ここの地主に対しまして、陸軍工兵隊が民間の地主に対して復元補償の請求権を放棄すれば年内に返還させるという、こういうことを、地元の役場の方々を呼んで、非公式ではあるかもしれませんけれども、こういう話をして書類を渡したという、こういうことが事実としてあるわけでありますが、この点については報告を受けておりますか。
○政府委員(吉野文六君) 久場サイトの、先生の御指摘の件につきましては、われわれも報告を受けております。
○藤原房雄君 どういうことですか、内容を説明してください。
○政府委員(吉野文六君) 久場サイトの返還については、米軍が中城村、北中城村当局者とこの久場サイトの返還につきまして下相談を行なった由であります。その際米側は、地主が復元補償を要求しなければ本年末までに返還することができるが、もちろんその際には地上物件は地主にそのまま引き渡す、贈与する。しかし、復元補償を要するというならば、それには地上物件の処分だとか、復元に要する費用の見積もりをしなければいかぬから、相当の期間を要すると説明したわけでございます。で、これは一種の地主との交渉でありまして、もちろん地主側がこれに応ずれば、それで復元補償はなく、ただし地上物件は先方に渡して、そして久場サイトを返還する。こういうことになるわけです。で、御存じのとおり、米側は、軍用地の解放の際には、少なくとも六十日ぐらい前に、関係者に対して、これを解放するからということを予告することになっております。で、そのときにこの復元補償の問題について下相談をするわけですから、このような相談があっても、これ自身は何ら異とするに足らぬ。むしろ、地主が、とにかく復元補償してくれ、そう言えば、そういった復元補償のための措置を先方はとることになっておるわけです。したがって、このようなことはあえて異とするに足らぬじゃないか、こういうことでございます。
○藤原房雄君 それじゃ、それは何ら問題にならないという考えですか。
○政府委員(吉野文六君) これは問題がないというのではなく、地主側が、復元補償をしなくても地上物件を無償で贈与されればそれのほうがむしろ得だ、こういうことになれば、その場で話が成立するわけです。しかし、そうでない場合には、あくまでも復元補償を要求できます。したがって、復元補償を先方から得て、そして自分の所有地を解放してもらう、こういうことになるわけでございます。
○藤原房雄君 これは、いま局長のお話だけ聞けば何事もないみたいですけれども、これは非公式でありますけれども、その話の中に復元補償を要求すれば地主の施設の解放は長引く。また、米軍との話し合いで返還後も使用することがあるかもしれないという、これは返還交渉という、そして、大事な法律によって守られようとするとき、こういうやり方というものは非常に慎まなければならないことでありますし、決して正常なことじゃないと私は思うんです。しかも、ここに書類がありますけれども、名前と日付を入れればいいようになっている。地主の人たちは、自分の置かれた立場についてきちっとした認識があってそれを拒否する、それだけの意思なりまた判断なりがあればよろしいですけれども、アメリカ軍の言うことであり、また置かれた弱い立場に立たされて、返還交渉後には当然補償されるべき正当なものを、早く返すんだと、もし、そうでないといつ返るかわからぬぞという、こういう言い方では正しい判断ができ得ない。ここにまた新たな犠牲者を生むことになるんじゃないですか。
○政府委員(吉野文六君) 先生のおっしゃることはわれわれもよくわかります。しかしながら、われわれも米軍に照会したわけでございます。そうすると米軍は、いや、復帰後まで返さないとか、返還が非常におくれるというようなことは言わなかった。こういうことを言って否定しております。ともかく当事者が無知であれば、もちろん復帰前に当然返り、かつ先方が復元補償してくれるのを、そういうことがわからずに、あるいは途中で先方の要求に折れることもあり得るかと思いますが、このようなことは、われわれとしてもないように、できるだけいまの米側の土地返還の方法を周知させたいと思っております。いずれにせよ、この久場サイトは返還前に返るわけであります。その点はC表に明記してございますから、したがって、土地の所有者はあくまでも、もし復元補償を要求するなら、強い交渉の態度をとれるだろうと思います。
○藤原房雄君 地主がどういう人たちか、みんなしっかりした判断のつく方々であれば、これは問題ないと思いますけれども、こういう方々をきちっと守ってあげる立場にあるのがあなた方じゃありませんか。それをたいした問題ではないみたいな言い方をするということは、これはもう問題だと思いますね。しかも、米軍に問い合わせたということでありますけれども、当時相談にあずかった方々にはお聞きになりましたですか。これは非公式でありますから、文書や何かには残ってないかもしれませんけれども、これらの方々――当事者といいますか――の話ですと、まあ、そうでなくても米軍と沖繩の県民という立場でありますから、弱い立場に立たされているわけでありますから、そういう点をよく考えてあげて、こういう問題については未然に防ぐという姿勢というものが必要じゃないか。あなたの話を聞いていると、どうも、返還の交渉がいま進められている大事なときに、沖繩に一人だって不幸な方があってはならないという、そういう真剣な態度じゃないと言わざるを得ないと思うんです。この報告を聞きまして、それに対して当局としましては、これを事故のないようにということでどういう対策を講じられたか、それをちょっとお聞かせください。
○政府委員(吉野文六君) この久場サイトの件は、九月の十一日に「琉球タイムス」に載っておったわけでございます。そこで琉政の土地業務課長がさっそく米側に照会しまして、もしこのようなことがあるなら、従来こういうことは全部琉政を通してやっておったと、したがって琉政を通してやってほしいと、こういうことをまず第一に強く申し入れております。 それから、手続上の問題としまして、布令二十号によりまして、六十日前に解放の予告を行なうという先例がありまして、補償問題はその後に論議すべきであると、こういうことを先方にやはり強く申し入れておきました。で、かりにこの新聞の記事に載ったようなことがあるいは米軍の一係官から現地の当事者に対して直接あり得たかということもあり得ると思いますが、こういうことは琉政といたしましても非常に監視しておりますから、今後このようなことがないとわれわれは信じております。
○藤原房雄君 まあ、事前にこういうことがわかって、それに対する何らかの対策が講じられたということのようでありますから、それはそれでよろしいわけでありますけれども、まあ、その取り組み方といいますか、それに対する感覚といいますか、これはやっぱり沖繩県民の立場に立って真剣に取り組む姿勢が必要だろうと思います。こういう大事なときでありますので、より一そうこの問題については同じようなことのないように、十分にひとつ注意していただきたい、このように思います。またこれは単にこういうことがあったと言えばそれまでかもしれませんけれども、この沖繩の米軍基地が、まあ、アメリカの一方的な決定といいますか、意思によって継続使用も解放もできるんだというような、こういう県民には非常な不安を与えることになるんではないか。精神的にもこれはたいへんな大きなことだろうと思います。だから、そういう点も踏まえてこの問題に対処する、そういう姿勢が大事だと私は先ほどから言っているわけですけれども、よろしいですか。
○渋谷邦彦君 ちょっと関連。 局長、琉政から米軍側に申し入れましたね、その結論はどうなっているか、それが一つ。 それから外務大臣、今後そういう事故が起きないように政治的配慮は十分講じられておるのかどうか。
○政府委員(吉野文六君) 本件がなぜこのように、われわれとしてはいわゆる例外的な形で行なわれたかということでございますが、これは久場サイトというものがC表によりまして解放されるということを知りました一部の観光業者が、直接これを早く解放してもらいたいと、そういうような見地からおそらく米側を突っついたのじゃないか、米側の一部をですね。したがって、米側としてはまあ早く解放して、復元補償もなくて観光業者がそれを買ってくれるならいいんじゃないかというような形で本件が発展したのじゃないかと、われわれは推測しております。しかしながら、先ほど申し上げましたように、こういうことは従来全部復元の問題は琉球政府を通しておりますから、したがって、琉政の新垣土地業務課長が米側に強く従来どおりの方法でやってくれということをすでに申し入れてあります。したがって、こういうようなことは今後ないものとわれわれは信じております。また、かりにそういうような例が今後も起きるようなことがありましたら、われわれとしては、これは重大なことでございますから、すなわち、これこそまさに請求権の対象となり得ることでございますから、こういうものをわれわれとしても放置するわけにはいかない、このように考えております。
○渋谷邦彦君 米側の回答はどうです、米側は。
○政府委員(吉野文六君) 米側は、先ほども申しましたように、調べてみたところ、そのように復元補償を要求しないなら早く返すということは言ったらしいのですが、しかし、復元補償を要求するなら返さないとか、あるいは非常におくれる、こういうことは言っていないということを申しております。
○渋谷邦彦君 いや、そうじゃなくて、今後そういうことがないように善処すると言ったのかどうなのか。
○政府委員(吉野文六君) そのことはすでに琉政の土地業務課長から厳重に米側に申し入れてあります。
○渋谷邦彦君 ちょっと、大胆、どうなんですか、ちょっと聞きたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) ただいま政府委員からお答えいたしましたように、厳重にアメリカに申し入れておるようでございますが、なお一そうこういうことが反復なきように注意してまいります。
○藤原房雄君 次は、この沖繩県民の最も――最もといいますか、まあ反対の一つは、自衛隊の問題ですね。先ほど私の前の委員の方にもいろいろお答えされておったようでありますが、防衛庁の発表によりますと、第一次段階として三千二直ですか、次の第二段階としましては六千八百、自衛官を派遣するということのようでありますが、これは本年の六月二十九日の久保・カーチス協定が前提となって、そこから、まあいずれにしましてもこの日米共同声明の基礎の上にいろいろな取りきめといいますか、あるだろうと思います。これも、現在のこのアジア情勢というものをどう情勢分析するかということも非常にまた大きな要件の一つだろうと思うのであります。まあ、中国の国連復帰があり、またこの雪解けムードという中にあって再三再四叫ばれておりますことは、この当初の計画というものは県民の反対の根強いものがある、それだけに、そういうアジアの諸情勢を勘案して、自衛隊の派遣というものはもう少し考慮すべきではないかという、こういう意見が非常に多い。また県民に十分に納得のいくようにやはりある程度時間を取らなければならない、説得する時間を取るべきだ、また数においても、派遣計画というものをちょっと練り直す必要があるのではないか、こういう意見が非常に強いわけでありますが、この点について。
○国務大臣(江崎真澄君) 六カ月以内に三千二百名を派遣したいということは、これは沖繩の局地防衛、民生協力、すなわちあの遠く離れた島嶼であるという地理的環境、そういうものを十分考慮に入れての配備なわけであります。したがいまして、もともと敵を求め、仮想敵国を考える自衛隊ではありませんので、いま申し上げたような自衛隊の目的を達成する上に立てた計画ですから、もともとが、いま極東の情勢の変化によってこれをどう考慮するという性格のものではないわけであります。もっとも、将来とも極東情勢が平和な方向にだんだん安定してくることはわれわれとしても望ましいわけでありまするが、それと沖繩配備の今日の自衛隊の数というものは関係がないことを申し上げておきます。
○藤原房雄君 それから、県民に対する……
○国務大臣(江崎真澄君) 失礼いたしました。 県民に対しましては、これはしばしばお答えをしてまいりましたように、やはり旧軍隊に対する忌まわしいイメージが残っておることはこれは推察しなければならぬと思います。したがいまして、私どもとしては、新しい性格の自衛隊、すなわち攻めることは絶対ない、にわかに不正の侵略者があったときにのみ国民にかわってこれを排除する自衛隊のほんとうの姿というものをよく認識してもらうように努力してまいりたいと思います。これは午前中申し上げたことでありまするが、とりあえず、協定が通過をいたしますると、四十名ぐらいのユニホームを現地に派遣いたします。そして、現実に復帰ができる――こちらは四月と希望をいたしておりまするが――その時点ごろまでにはこれを百名ぐらいに増加いたしまして、そして極力自衛隊のほんとうの姿というものを県民に理解してもらうべく呼びかけていく。で、これはもともと自衛隊そのものが県民の理解がなくてはどんなに配置をいたしましても能力を発揮しにくいものです。県民の理解が深まれば深まるほど自衛隊の効用、自衛隊の立ち働きというものは非常にまた理想的に力強くいけるわけでありまするので、この点は御指摘のように十分配意をしてまいりたいと思っております。
○藤原房雄君 まあ、この県民の説得、協力ということにつきましてもいろいろ考慮になっているようでありますが、これは長官自身のお話しのように、非常に根強いものがあり、やはりそれを現地へ行って、実際の活動の中から、姿の中からまたわかってもらえるんではないかという、まあそういう心情的なものもあるだろうと思いますが、私どもはこの沖繩県の――地理的にいいますと日本のはずれといいますか、また小さい区域の中に六千八百という、最終的にはこのような自衛官がなぜ必要なのか。ただいま仮想敵国はないんだと、また民生協力といういろんな任務もあるんだと、こういうことでありますけれども、日本のどこの県の状況から見ましても密度の面で六千八百というのは非常に多い数ではないかと、こう思うわけであります。この点についてはわが国の独自の戦略構想という、そういうものの上に立っての具体的なお考えがあるだろうと思うんでありますけれども、民生協力とか、聞きやすいことだけを表に出すと、どうもこんな六千八百も必要ではないのではないかという、どうしてもそういう気持ちにかられるわけでありますけれども、この点について具体的な説明をお願いしたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) いわゆる戦前におきましては、しばしば御指摘があるように、聯隊区司令部があっただけであります。そのときの本土の最南端は御承知のとおり台湾であったわけです。それからまた、朝鮮半島というものもわが国の領土であったわけであります。したがいまして、沖繩に軍隊を多量に配備をする必要性というものは比較的薄かったのではないか。これが終戦の、沖繩決戦につながってくるわけですが、今度はわが本土の最南端のこれは島嶼であります。しかも離島がきわめて多いという特殊事情、また九州から考えますると、同じ西部方面隊に所属するとはいいながら、相当な距離にあります。こういうことなどを考慮して割り出したのがいまの六千人百、その中にシビリアンが九百人おるわけですから、ユニホームとしては六千をちょっと欠けるわけですが、で、これは午前中実は西村議員の御質問にも答えたことですが、北海道の例を出すことが私必ずしも適当とは思いません、地理的位置が全然違いますから。しかし、人口比という点でいくならば、北海道は北端の地であります。あそこが五百万人程度の人口のところに五万四千程度の自衛隊配備をしておると、こういう関係からいいますると、北海道の場合は百万人に対して一万四、五千という数字が出てくるわけであります。そうすると沖繩というあの特殊事情からいって、離れ島というような地理的環境等々を考えますと、必ずしもこの南端の島に対する自衛隊配備というものは多くないということも言えると思うんです。この点はひとつ御理解を願いたいと思います。
○藤原房雄君 ちょっとお聞きしますけれども、陸上が千八百、海上が千百、航空が三千九百ということでありますが、この配備につきましては法律改正が必要でないということのようであります。これ、ちょっと最初にお聞きしたいんでありますが、防衛実務小六法の別表の第三、「航空総隊等の名称」、それから航空総隊司令部の名称と所在地があるわけでありますが、このおのおのの航空総隊司令部にどれだけの自衛官がいるかという、これの人員をちょっと教えていただきたいと思うんですが。
○国務大臣(江崎真澄君) 詳細は防衛局長から答弁させます。
○政府委員(久保卓也君) 航空総隊の中に航空団が八つあります。で、その人員は少ないところで八百から多いところで千六百、以上であります。で、これが八つのうち、それぞれが西、中、それから北と、三つの航空方面隊に分かれております。それが航空総隊というものを形成いたしております。
○藤原房雄君 航空総隊の人員はどうですか。――いや、わからなければけっこうです。
○政府委員(久保卓也君) じゃ、いますぐ数字を出します。
○藤原房雄君 私はここで申し上げたいのは、いまこの八つある航空団ですね、いずれも自衛官が八百から千六百といういまお話がございました。この沖繩は三千九百という、いずれの航空団よりも多い自衛官が配置につくと、これが南西航空混成団という、こういうことのようでありますけれども、この人員の面からいたしましても、また先ほど長官が言われたように、最南端であり、離島の多い広範な地域を担当する――わけでありますから、これはもう当然この法律を改正して一航空団という形にすべきではないか。これは、航空団は八百から千六百。こっちは三千六百という、こんな何倍にも当たる自衛官がおりながら、これを政令以下の段階でやろうということは、この現況からしまして法律違反である。やっぱり法律にのっとってきちっとやるべきである。設置法を改正すべきだ。人員の配置から見まして、当然このように考えられると思うのでありますが、この点については、どうしてこういう手続を踏まずにこういう形にしたのか、これについて明確な答弁をいただきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) ああいう長い島嶼であるというような関係から、領土、領海、領空、そしてその周辺の公海を警備していく、警戒していくという上から、どうしても空にたよらざるを得ないというようなことでこうしたわけであります。なお、内容の詳細については防衛局長から答えさせます。
○政府委員(久保卓也君) ただいま数字が出ませんでしたので航空団の単位の数字を申し上げました。そこで、方面隊単位に見ますると、これは警戒管制団その他が入ってまいりまするので、たとえば大体五千名から八千名、合計航空総隊全部で二万人になっております。そこで問題なのは、航空隊が約九百名でありますか、編成される予定になっております。そこで現在法律事項となっておりまするのは部隊の――これは陸・海・空を通じて同じでありますけれども、いわば戦う力としての戦力の一つの基本的な単位というものは、これは一つの戦う力、戦力を表示するものであるので国民に周知する必要があるということで、おもなもの、たとえば陸で申せば師団、それから航空で申せば航空団というものが単位になって法律事項になっております。それで、ここで問題になりまするのは航空隊でありまするが、F104Jの部隊が一個飛行隊になっております。通常航空団の場合には二飛行隊もしくは三飛行隊入っておりますので、この場合にはまだ法律事項とするには足りないのではなかろうか。しかしながら、航空隊だけで見ればそうでありますが、管制隊あるいはナイキの部隊などがありまして、いずれ将来は南西航空混成団と、「団」というものを編成したいというふうに考えておりますが、その場合には、全体の体系から見ますると、政令がしかるべきではなかろうかというふうに現在は法制局と協議中のものであります。
○委員長(安井謙君) 藤原君、実は先ほど黒柳君の関連質問が、まだ政府の答弁にちょっと時間を要するようですから、あなたの質問を終わっていただいたあとで、後ほどほかの会派の質疑のあとででも答弁を願うようにいたしたいと思いますから、そのつもりで御質疑願います。
○藤原房雄君 それでは、政令によって変えるということをいま検討中ということですね。まあ、数の上ではたいしたことないということでありますけれども、現在の航空団の編成の上からいって当然設置法を改正してなさるべきだと、このように思ったわけでありますが、政令で改正しなければならないということを検討中のようでありますから。 次は、四次防中における沖繩関係費というのは、防衛庁の原案によれば一千百二億ですか、こういうことが見込まれておるということでありますが、間違いありませんか。
○政府委員(久保卓也君) 防衛庁原案ではそのとおりであります。ただ、四次防の修正を現在検討中でありますので、その修正の結果、あるいは変わるかもしれません。
○藤原房雄君 それでお聞きしたいのでありますが、この一千百二億の中身は沖繩の米軍のレーダー・サイト三カ所、それからナイキ・ハーキュリーズの弾体とか、こういう買い取り価格がこれは含まれるのですか。含まれるとすればどのくらいの価格になると見積っておるのか、その点について。
○政府委員(久保卓也君) 現在艦艇その他のほかに、レーダー・サイトの機材、それからナイキ、ホークの購入その他を含めまして約百六十五億見込んでおりますが、この中に含められております。ところで、具体的にそれぞれの金額が幾らかということを御明示しても悪くはないんですけれども、ただ、現在米軍と価格の交渉中でありまして、われわれの予定価格を知られまするとなかなか値切りにくくなるということで、公式の場で金額を申し上げることは御容赦を願いたい。ただし、新品価格の半分以下の金額でおさめようというふうに私どもは考えております。
○藤原房雄君 さらにこの一千百二億の中には、施設庁の基地周辺の対策費、また土地の借り上げ、こういうものも含まれていると思うんでありますが。
○政府委員(久保卓也君) その千百億の金は防衛本庁、つまり陸・海・空自衛隊の金でありまして、防衛施設庁の金はその中には含められておりません。
○藤原房雄君 まあ防衛問題、自衛隊の問題につきましても、県民の協力ということではございますが、これもまたたいへんな努力の要ることと思います。さらに公用地暫定使用法案、この問題、これもまた本土並みという当初の看板に偽りありといいますか、この公用地法案、中を見れば見るほど、これで一体本土並みと言えるのかどうか、こういう問題が感じられてならないわけであります。時間もありませんので、この公用地法案については何点かについてお聞きする時間もございませんが、私はこの公用地問題につきましても、当初公用地というのは軍事施設は含まないという、こういう解釈が通例になっていたはずでありますけれども、最近それがいろいろな解釈が出つつあるということで、これはたいへんなことだと、こう思うわけであります。これにつきまして、過日衆議院の沖特委員会におきまして、防衛施設庁長官がこの公用地という問題につきまして、軍の施設がこれに含まれるという、範囲に入るというような説明をなさったと聞いておりますが、この点について確認いたしたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 公用地の中に含まれるものと私も認識いたしております。 それから土地の賃貸料につきましては、これは本土並みでないようないま御質問でしたが、本土並み以上、むしろ施設庁側としては、これがまた本土に響いて、あとなかなかまとめにくくなるのではないかというようなことを、私、就任のときの事務説明でも聞いたほどでありまして、すでに地主連合会の要求を、佐藤総理の決裁で、場合によれば全部のもう、それくらいの意気込みで接しておるわけでありまするから、これはひとつ御信頼を願いたいと思います。
○藤原房雄君 私は賃貸料が本土並みでないというようなことは言いませんでした。この公用地暫定使用法案をなぜつくるに至ったかという、この点についていろいろ議論しなければならないと思うのでありますが、時間もありませんからあれでありますが、一点だけお聞きしたいのは、なぜこの暫定使用法案が必要なのかというその理由として、沖繩の地主が非常に多い、また、海外に行った方なんかもおりまして非常に複雑多岐であるというこういうことが非常に理由の中にあがっておったわけでありますが、防衛施設庁に資料要求いたしまして、本土の基地と地主の数はどのくらいか、また、沖繩の状況はどうかということをお聞きしまして、本土の地主は五千四百九十八という、こういう報告であります。沖繩は確かに三万幾らということでございますから、数の上においては多いかと思いますが、しかし、この広範な日本の国土の中で五千五百になんなんとするこういう多くの地主の方々と折衝をして、そしてまあこれは特別立法することなく安保条約によってなされたわけであります。沖繩はこれは三万八千、過日こういう発表がございましたけれども、しかし、考えてみれば六倍か七倍という数、数の上ではそんなにべらぼうに多い数ではないと私は思うんですね。いろんな諸条件はあるかもしれませんが、数が多い、このために暫定法案が、特別立法がどうしても必要なんだという、こういう言い方というのは、こういう数字の上から見て、また広範な地域の中でのこととにらみ合わせて、これは当たらないのじゃないか。やはり私どもがいろいろ危惧する大きな問題というものはどうしても内在するのではないか。また、先ほどお話しございましたようにこの解釈がだんだん変わりつつある。公用地という解釈もどうも最近は変わっておる。こういうことをにらみ合わせまして非常に危惧するものでございますが、時間もありませんので、最後になりますが、この問題についてどういう見解をお持ちなのか、その点をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) 地主の数は約七倍ですね、あの狭いところに。日本の場合は、これは平和条約が発効いたしました時点におきましても地主の所在、これはもう非常にはっきりしておったわけです。ところが沖繩の場合は、いま御質問の中にありましたようなそういう不明者、海外移住者、そればかりか、琉球政府が協力はしてくれまするものの、この台帳がどうも不備だということを施設庁などでは申しております。それから、一日も空白を置くことができないという特殊事情、それなどを考えますと、復帰までの間に、もう鋭意、これは話し合いのつくものは片っ端から話し合いをつけていくわけでありますが、なお不十分な点が出てくるのではないか。そういうことを憂慮いたしまして法案の審議をお願いいたしておるわけであります。しかし、これもしばしば申し上げておりまするように、法案はぜひ通過願わしいわけでありまするが、運営面においては、これは本土でも土地収用法を適用しなかったように、あくまで話し合いを続ける。行くえ不明者はその行くえをやはり尋ねるというような形で、懇切丁寧な処理方法をとってまいりたいと思っております。
○委員長(安井謙君) 以上で藤原君の質疑は終わりました。 先ほど黒柳君の関連質問につきましては、政府の答弁が少しおくれるようでありますので、あと回しにしていただきたいと思います。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 次に、中村利次君の質疑を行ないます。 中村君。
○中村利次君 今度の沖繩返還について、政府はこれは戦後処理の最大の政治案件であり、協定の締結は国民の強い願望とこれをになった歴代内閣の当事者の努力の所産であって、同時に、米国のよき理解と信頼のあらわれであるとして、戦争によって施設権を奪われた沖繩が日米両国の信頼関係の上に立って平和的な話し合いで返ってくるということを非常に高く評価されておるわけでありまして、そういう基本的な姿勢と判断があるわけでありますが、私もまた、この沖繩返還が国民の強い願望とこれをになった当事者の努力であるという点については、これはもう決してこれを認めることにやぶさかではございませんし、また、総理がこの沖繩返還についてはたいへんに努力をされたという点についての評価も、決してこれはやぶさかではございませんけれども、しかし、問題なのはこの返還協定の内容でありまして、努力されたことを高く評価するのと、内容についての納得のできない点、批判は、またこれは別であります。非常にきついことを申し上げるようですけれども、判断なり姿勢を誤った努力というのは、逆にこれは国民にとってはまことに迷惑千万であることがあり得るわけでありますけれども、まず総理にお伺いをしたいと思いますが、この返還協定を締結されるにつきまして、はたして日本国政府として、極東情勢なりあるいは国際情勢なり、あるいは米中、日中問題――これはその後たいへんに激変をしておりますけれども、そういう点についてどういう判断と基本的な姿勢をおとりになってこれに取り組まれたか。同時に、アメリカの姿勢は、これは日本の要請によってこの返還協定に乗ってきたのか、あるいはいろいろな客観情勢の変化等によってアメリカ自身が自主的に沖繩は返還すべきであるという判断を持ってきたのかどうか。また、これは日本政府、アメリカ政府ともに、沖繩現地の情勢等について、この返還協定締結にあたってどういう認識をされていたのか、まずお伺いをいたします。
○国務大臣(佐藤榮作君) この基本的な問題はずいぶんだびたび説明をいたしましたので、これはお尋ねになるほうは毎回かわりますけれども、答えるほうは同じでございまして、少しは前の方のもひとつ読んでいただきたいと、かように思いますが、私はやっぱりサンフランシスコ条約第三条、この第三条が、基本的にこういう取りかかりができていたゆえんだと思っております。いわゆるサンフランシスコ条約でこれが委任統治にでもなっていたらこれはたいへんな状態だと思いますし、また、その委任統治にならなかったということも、これはアメリカの考え方よりも、やっぱり連合国のうちに、そういうことはしてはならないというようなそういう意見もあったようであります。また同時に、その後、アメリカが永続的にこれを占領しておりましても、国際情勢の変化もあるし、だんだん戦中、戦後を通じてのわれわれ同胞――本土はもちろんですが、ことに沖繩同胞の復帰熱というか、これはたいへん強いものがある。そういうようなことで、やはりアメリカ自身も態度を変更せざるを得なくなった、こういうことではないだろうかと思います。私は、やはりそのうちに日本の本土の力もだんだんついてき、また、アメリカも最初は戦敗国日本だと、かような態度で臨んだと思いますが、われわれの折衝にも、やはりたよりになるパートナーだと、こういうところまで変わってまいっておりますから、そういう点がやはり復帰に踏み切ると、こういうことにもなったんではないだろうかと、かように思います。だから、まあたびたび申し上げますように、何といっても原動力は沖繩百万の同胞、これが本国に帰りたいという、また日本一億の国民も祖国に迎えようと、こういう決意に立った。まあそれにふさわしいような条約でもあったと、こういうようなこと、すべてが幸いして、今日ようやく復帰協定、それに調印を見ることになったと、そういうことでございます。したがいまして、私は、この現段階では、ただいまもちょっとお触れになりましたが、ずいぶん不満もあり、また不十分な点もあろうと思います。しかし、事柄が事柄でありますし、長い間の米国の施政権下、その状態の大激変でございますから、いろいろそれらの点も考慮に入れられて、まあこういうことは可能であったろうとか、これは可能でない、ここはがまんしなきゃならないとか、施政権がアメリカから日本に移る、しかも、それも短期間ではない、アメリカ自身の施政権というものがずいぶん長い間永続しておりますから、その間に立てられた社会秩序等もありますし、法秩序もある。そういうものが日本に変わってくると、こういうところに問題があるんではないかと思っております。その一つのいい例が、最近起きているドルと円との関係、これあたりは最も不安な、また心配な一つの条件だと、かように私は理解すべきだろうと思います。沖繩同胞が当面しておる問題について、これらの点を考えるし、さらにまた、いままで基地に依存する経済だといわれたものが今回変わろうとしている。これあたりもやはりこれからわれわれ考えていかなきゃならないと、かように思っておるような次第でございます。
○中村利次君 あまり同じことを言わせるなというおことばでありますけれども、これは私は、確かにあまり同じことを言っていただきたくないと思いますが、しかし、認識の違いといいますか、基本的な問題で、やはりいま総理も答弁なさいましたけれども、とにかくそれは政府がおっしゃることも要素として私はあると思う、確かに。これは否定しません。しかし、たとえば十月の末のアメリカの上院の外交委員会のロジャーズ長官の冒頭証言にも、はっきりやはり沖繩の現状についての、とにかくもうどうしようもないんだ、返還がおくれれば、それだけ返還を要求する活動家たちとわが基地を守るアメリカの軍隊とがあからさまに衝突する危険が大きくなると信ずべき理由があったとか、一九六八年に、即時返還を掲げる屋良主席が選出されたこと、また沖繩で学生及び左翼過激派が闘争を強化するようになったことから、これ以上返還協定をおくらせると、この島におけるわが基地の効果的運営を今後も引き続き行なうために必要な現地住民の暗黙の服従を急速に失うであろうということがはっきりしたのであるとか、それから、基地運営のためには沖繩住民の大量のやはり労働力が要るのであって、軍人の社会は一般の社会から離れて孤立をしておるわけではないから、したがって、もし現地の大衆がわれわれが引き続き駐留することに積極的に反対をすれば、沖繩の基地を効果的に運営することはきわめて困難となり、おそらく不可能となるであろうと。正直に私は沖繩の現状をこれはとらえておると思うんですよ。ですから、そういう意味からしますと、私は、政府の認識にはきわめてやはり甘さがあったと指摘せざるを得ないと思うんです。沖繩の県民の方たちからしますと、たとえば米軍人の犯罪等について、長い、これは納得のできない銃剣の前での闘争の歴史がある。あるいは軍用地の問題にしましても、最終的には一九五四年から五九年一ぱい、これもやはりアメリカの最終決定をくつがえすようなたいへんなやはり県民ぐるみの戦いをやっているんですね。ところが、そういうきびしさの中で、アメリカは、やはり沖繩をこのまま返還しないということは米国自身にとってもきわめてこれは不利である、持ち切れないと、そういう認識の上に立っているのに、日本国政府が、同胞を迎え入れるのに、きわめて恩恵的な判断と立場から、どうも返還協定の交渉についてのきびしさがなかったという点については、私はこれは沖繩県民のみならず日本国民がきわめて納得のできない基本的な問題だと思うんですけれども、そういうアメリカの認識を、はたしてこれは議会対策であるというそういうお考えなのか、確かにアメリカのそういう現地情勢に対する認識はそのとおりであるとお考えになるのか、ひとつお伺いしたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは過般提出された屋良主席の建議書にもそういう点に触れておりますし、またさらにもっと別な表現をすれば、瀬長亀次郎君の書いた「民族の悲劇」、その中には詳細に、いかに軍政下、民政下で沖繩県民が苦労したか、それがよくわかり、またそれがいかに乱暴なものであるか、力づくのものであるか、それなどもわれわれは認識しなければならないと思います。ロジャーズ長官が言っていることも、先ほど申し上げますように、私は沖繩県民の祖国復帰熱、その結果と、こういう表現はいたしましたが、事実はいま申し上げるような点を指摘したいのでございます。
○中村利次君 それでは次に移りますけれども、この協定の中に、平和条約第三条によって米国の持っていた権利、利益を放棄をするということがありますけれども、これは沖繩が返還をされて、日米安保条約のもとで、そういう条件下で米軍が沖繩の基地を持つということは確かにこれは大きな変化でありますけれども、そのほか返還以前においてアメリカがどういう沖繩において利益を得ていたのか、そういう点はいかがでしょう。
○国務大臣(福田赳夫君) まあ、お答えいたしますれば、いろんな利益をアメリカは得ておったと思いますが、一番大きな利益は、やはり極東政策の運営について、沖繩に駐留する軍隊を有効に駆使する立場にあったと、こういうことじゃないかと、こういうふうに思います。またしかし、それだけの負担も、財政上また人事上、そういうような負担もこれを伴っておったと、こういうふうに見ております。
○中村利次君 これは具体的にアメリカが沖繩に施政権を持つことによってどういう利益を得ていたかというお答えはございませんでしたけれども、これは先に進まないと時間がなくなりますから……。これは上院の外交委員会のやりとりで、やはり沖繩の返還はアメリカにとっても有利であるという、そういう具体的なやりとりがあるんですよね。行政費だって、一九七〇会計年度で、日本の円にしますと五十億近いやはり行政費を支出しているわけでありますから。あるいはニクソン・ドクトリンのこれは一環であるということも、やはり議論をされておる。としますと、この点についても、政府がおっしゃるような、まことに恩恵的なものだけであるという解釈は全く成り立たない。ということになりますと、私は、やはりこの返還協定に対する交渉が全くどうもアメリカ・サイドで、日本は何をやったんだという印象が強く国民の中にあってもこれはやむを得ない。 それからもう一つ、これはやはり沖繩返還について重大な関係があると考えますからお伺いをいたしますが、外務大臣は、日中国交回復問題について前向きで積極的に取り組むということを、もうたびたびこれは繰り返してお答えになっているわけであります。しかし、もう今国会もまさにこれは終盤を迎えているわけでありますけれども、具体的にどういう方法で、どうおやりになっておるのかは明らかになっていません。これは、日中国交回復の問題は国民的な課題でもありますし、御承知のように、財界等もこの問題を取り上げて、相当積極的な活動をやっておりますけれども、これはまた総理みたいに、同じことをあんまりよけい言わせるなということになるかもしれませんが、同じことをよけい言わないつもりでしたら、ひとつ具体的にこの問題について、少なくともいままでよりも前向きにやっていらっしゃることを、そのスケジュールとか具体的計画ですね、そういうものをひとつ明らかにしていただきたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) まあ外交の中でいま一番当面する重大な問題は、日中関係をいかに正常化していくか、こういうことかと考えております。この問題は、しかし、こじれにこじれてきておる日中関係の打開である。文章で書いたような、口で話したような、そういうような簡単な問題じゃないようです。非常にこれはこんがらがってしまってきておるその状態が、今日われわれの前に当面させられておる、こういうふうに見ておるんです。しかし、日中関係というものを打開する、これは私は、これも前々申し上げておりまするが、これは歴史の流れであるとまで観念をいたしておるわけでありまして、これをいかに打開するかという方向につきましては、政府間接触をなるべく早く始めたい、こういう考えであります。その政府間接触の糸口というものが、ただいま申し上げましたこんがらがった日中の現実、この中からなかなか生まれてこないというのが現状でございまするが、まあしかし、さらにいろんな努力をわれわれはしております。もちろん、総理が陣頭に立ってそういう努力をしておるわけでございますが、まあ、そういう努力の中からそういう政府間接触への道を、きっかけをつかみたい、こういう段階です。非常に機微な問題ですから、こまごましたことを申し上げることはいかがかと思いますが、私どもの気持ちは、国連におけるあの十月の事態以降、さらに日中問題につきましては積極的に取り組んでおるということだけを申し上げておきます。
○中村利次君 新しい答弁はお聞かせ願えなかったわけですけれども、いま外務大臣は、歴史的ないろいろな経過があると、確かに私もそのとおりだと思う。これは、歴史的にはサンフランシスコで平和条約が結ばれて、まあ、この日中問題は、台湾問題が非常に大きなからみがあると思いますがね。その歴史的に平和条約が結ばれた経過、それにからんで日華条約が結ばれたその前後のいきさつ等についてお聞かせをいただきたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) ただいま政府委員のほうからお答えをいたします。
○政府委員(井川克一君) サンフランシスコ会議におきまして、中国を代表する政府としてどの国を招聘すべきかということにつきまして、連合国間において意見の相違があったわけでございます。したがいまして、意見の相違がありましたので、どの政府ということがきまりませんで、したがいまして、どの政府もサンフランシスコ会議に参加しなかった、こういうことになったわけでございます。その後もろもろの経過を経まして、御存じのダレス書簡、吉田書簡というものもございました。日本といたしましては、結局、中華民国政府というものを相手にして、従来からの関係にかんがみまして、中華民国政府との間に、中国を代表する政府として、日華平和条約というものを締結した次第でございます。
○中村利次君 ダレス書簡、吉田書簡のお話が出ましたけれども、これは、当時の吉田総理が、ダレス氏の要請によって、アメリカの上院の平和条約批准を容易ならしめるために、とにかく日本国政府の中国に対する態度を明らかにしろということで、吉田書簡が出されたということになっておりますけれども、それはそのとおりでしょうか。
○政府委員(井川克一君) 吉田内閣総理大臣からダレス長官にあてた書簡の冒頭に、読んでみますと、「過般の国会衆、参両院における日本国との平和条約および日米安全保障条約の審議に際し、日本の将来の対中国政策に関して多くの質問がなされ言明が行われました。その言明のあるものが前後の関係や背景から切り離されて」……
○中村利次君 それは書簡を全部読んでいただかなくてもけっこうです、私もいまここに持ってきておりますから。質問にだけ答えてください。
○委員長(安井謙君) 要点だけを願います。
○政府委員(井川克一君) もう一言。「引用され誤解を生じましたので、これを解きたいと思います」という、まさしく書簡発出の背景が冒頭に書いてあるわけでございます。
○中村利次君 どうも質問に的確なお答えがないから困るんですよ。時間は制限されているんですからね。質問をしたことに対してだけお答えをいただきたいと思います。 吉田書簡がどういういきさつで――いまのは、これは、あんた、吉田書簡の冒頭ですからね。どういういきさつで出されたかをお伺いしておるわけでありますから、書簡の前略すべきところを読んでいただくつもりはありません。
○政府委員(井川克一君) 実は、ただいま読み上げましたように、つまり、そこにおける論議がいろいろアメリカ側にも誤解を生じたというふうなことがその書簡の発出の根源になっております。したがいまして、その誤解を生じたということの中には、先生がおっしゃいましたサンフランシスコ、平和条約の上院審議に影響があるとか、その他のことがあり得るかと考えます。
○中村利次君 これはいろいろな説なり、あるいは事実関係があるようでありますけれども、特に、それ以上のあれには触れませんけれども、しかし、この吉田書簡を通じて、二十年ほど前に、やはり国会で、吉田書簡時総理の国会での答弁があるんですね。それによっても、やはり中国との国交回復というのは、これは中国全体的にやはりやろうというのが吉田書簡の趣旨だったわけですね。それはお認めになりますか、外務大臣。
○政府委員(井川克一君) 確かに、御指摘のように、また「回想十年」という吉田総理の本の中にも、部分的、限定的なものであるというふうなことばもございますが、また同時に、日華平和条約を審議いたしまする国会におきまして、政府側の答弁は、あれは中国との全面的な国交――平和条約であるという、当時からすでに答弁もあるわけでございます。
○中村利次君 これは、当時の吉田総理は、やはり中国が国民政府によって最終的に統治されることを希望をして、そういう意味で、当時としては、施政権下にある台湾のみということで、将来は中国全土との平和条約の締結まで進めたいという姿勢をとったと思いますけれども、しかし――中国全土の平和条約、国交回復を進めたいという精神は、これは条件としてどういうものがあろうともこれは私は一貫しておるものだと思いますけれども、しかし現実には、現在ただいまは当時とたいへんにどうも情勢が激変をいたしまして、この間の国連総会においてアルバニアの決議案が圧倒的多数をもって通った。その上に立ってどうするか。いわゆる吉田書簡の基本的精神をどう生かしていくかという点について、どうもやはり政府樹交渉をやっていくんだということだけでは、いかにも口ではやはり前向きで積極的だとおっしゃいますけれども、現実には、何らかの理由があって、どうも一生懸命やっているけれども、こういう方法でやっているけれども進まない、あるいはやる気がないんだということに通ずるわけでありまして、すべて私はこの答えがなければ、その答えを出すためにはこういう具体的計画を持っておるというものがなければ納得できないわけでありますけれども、いかがでしょう。
○国務大臣(福田赳夫君) 先ほども申し上げましたように、日中関係というのは非常にこんがらかってきておると思うんです。これは、とにかく日中戦争というものがある。その前にも満州事変というものがあります。それから、戦後になりましても国交状態がなく、かつ政治体制を異にしてきておる国柄である。そういうような背景のもとに、なかなか日中国交の正常化というものが行なわれないで今日に至っておる。これを一挙にということがまた非常にむずかしいことかと思うんです。で、中国側の誓い分を全部うのみにするということになるということでありますれば、これはもう事は簡単じゃないかと思いますが、わが国にはわが国の立場もある そういうことも考えなきゃならぬ。そういうことになりますると、やっぱり私は両国の首脳がじかにぶつかり合う。そうして日中間の諸問題をほんとうに率直に話し合う。そこから話を始めていくのが一番妥当な行き方じゃあるまいか。まあほかの国の中国との接触のしかた、そういうものを見ておりましても、大体そういう方向をとっております。入り口か出口かというような議論もありまするけれども、まあそれはそれとして、私は戦争はもう再びいたさない。お互いにアジアのために相協力しましょうという、そういうほんとうに指導書たちが決心をすれば、それぐらいのことは実現できると思います。私は、ひとつ中村さんも、中国の首脳にもそういうことをひとつ働きかけるというような機会がありましたらぜひお願いしたいというぐらいな気持ちでございます。
○中村利次君 どうもやはり具体的な納得のできるお答えをいただけないわけでありますけれども、私は、やはり中国との国交回復の問題、あるいは米中、日中関係というのが、この返還問題だとかあるいは沖繩における米軍基地縮小整理の問題にもきわめて重大な関係があると思いますので、したがって、これはひとつ答弁用のおことばだけでなくて、ほんとうに真剣に前向きにひとつ復交についての具体的な行動をおとりいただくことを要望して次に進みます。 返還後の基地の縮小につきましては、これは衆議院でさきに附帯決議されたところでありますし、また総理も、これに対しては努力をするんだという、御答弁といいますか、確認が行なわれておるわけでありますけれども、返還後縮小された土地、軍用地ですね、それの復元補償については、これはどういうことになるでしょうか。
○政府委員(井川克一君) 返還後にいたしまする施設及び区域につきましては、まず、引き続きアメリカが使いますものにつきましては、三条二項によりまして地位協定の適用があるということが書いてございます。さらに第六条四項で、電力公社その他の日本国政府に移転する財産につきましても、これは結局日本側の責任で処理するという規定がございます。
○中村利次君 日本側の責任においてこれは復元補償するということになるわけですね。ですから、そういうことになりますと、これは政府が当然の事実を――いわゆる沖繩現地の情勢だとかあるいは極東情勢、いろいろな情勢を正しくきびしく把握をされて、その上に立ってやはり納得ができる返還協定をやっていただきませんと、これは衆議院の附帯決議もあり、政府も非常に努力をされる。その場合、整理縮小されて返ってくるそういうものが、やはり日本国政府のこれは復元補償、国費を出すわけですね。こういう点についてはもっと詰めをきびしくした、言うことは言う、当然のことは当然のこととして実現をするという協定の交渉にあたっての姿勢があれば、私は、これはやはり、こういうことをここで議論をしなければならない、質問をしなければならないことにはならないと思うんですね。たとえばその他の問題につきましても、特殊部隊はそのまま残る。VOAの問題にいたしましても、これもアメリカにおいてやはりあれは戦略放送であると、はっきりそういうことが確認されておる、これは上院の公聴会で、政府あるいは上院議員双方でそういうことが確認されておるわけでありますから。またロジャーズ長官は、戦略放送であるということを確認した上に立って、VOAはやめようとすればできる、しかし、いま必要だと考えているんだ、こういう答弁でありますから、こういう点についても、日米の交渉において、日米百年の親善とそれからやはり極東の平和という、あるいは現状のきびしい、正しい認識という上に立てば、私はVOAの問題にしたって解決がついたんではないかと思いますし、その他、たとえばFBISの問題にしましても、 〔委員長退席、理事米田正文君着席〕 これは外務大臣が衆議院の安里議員の質問に対して御答弁になっておりますけれども、これは十月の四日に、軍に対する編入、転属の処理を終わっているわけですね。ところが六月の十七日に行なわれた協定で、これはまあ何ですか、A表に組み入れられて、そしてこれを軍施設として協定上は認められておる。これはどういう根拠に基づくものでしょう。ですから、私が申し上げたいのは、これにしたって、あるいはその他いろんなものがありますよ、ガルフにしたって、カルテックスにしたって、返還協定、返還が実現する前に、表現は非常に悪うございますけれども、とにかく火事場どろぼうみたいに、やることをみんなやっちゃって、そしてこれも上院の外交委員会で議論されておりますけれども、はたして民間を含めて米国の利益、権益というものは沖繩において返還後もなおそっくりそのまま維持されていくのか、こういう質問なり議論があって、そのとおりだと言っている。ですから、どうもやはり政府の姿勢について私どもはたいへん大きな疑惑があるわけでありまして、一つの例として、そのFBISの問題について、はたしてどういう根拠でこれを協定の中に組み込まれたのか、お伺いをしたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) それは、たしか六月初めに、政府がそういういままでの政府機関から軍事機関への移管を決定した、それに基づいてA表ができている、こういうものです。ただその実施が、手続が多少おくれた、こういうことでいろいろお尋ねにあずかっておる、こういうことかと思います。
○中村利次君 そうしますと、たとえば条約締結、あるいは国際法上どこかがこうしょうときめた、そのときから、すっきりした手続の完了を待つ必要なく、それが有効だと、そういうことなんですか。それが前例になるということですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 政府委員から……。
○政府委員(吉野文六君) お答えいたします。 先ほども大臣が申し上げたとおり、FBISにつきましては、五月の三十一日までこれは従来の組織として米軍から独立しておったわけでございますが、六月一日に陸軍の、在琉米陸軍の一部にするという決定が行なわれたわけです。御存じのとおり、FBISは最初に陸軍の組織として沖繩に来たわけでございます。そしてその後独立しまして、まあいわばアメリカの普通の政府の機関となったわけですが、再び陸軍の機関になったわけです。こういうようなことは、まあ沖繩におきましては、何といってもいままで施政権は米側にありますから、米側が自分の決断一つでできるわけでございます。で、正式にこの手続が終了したのは、先ほど先生がおっしゃいましたとおり十月の四日と、こういうことになっておるわけでございます。
○中村利次君 早がけで行かなければなりませんので、失権地主についてお伺いをいたします。 失権地主をどういうぐあいに政府がとらえていらっしゃるのか、どういう理由で失権地主ができて、これは軍用地について……、そして数はどれほどで、あるいはその土地面積についてはどれほどか、そしてこれの対策についてはどうか、お伺いをします。
○政府委員(島田豊君) 土地所有者の喪失者ができましたこの事情でございますが、これは御承知のとおりに、一九四六年から一九五〇年にかけまして、琉球政府を中心としまして土地所有権の確認作業が行なわれたわけでございます。その際に、土地所有者の中に死亡者もございましたし、あるいは所在不明であるというような形で申告漏れがございまして、そしてその土地につきましては、現在他人の名義で登記をせられておるということで、そこへ失権者が出てきたわけでございますが、現在これは沖繩の地主会連合会の資料によりますれば、地主の数が三百九十七名、その面積が四十二万六千五百六十一平方メートル、こういう状況でございます。 そこで、ただいま申しましたように、この所有権が一応他人の名義ということで確定をせられておりまして、この登記を変更いたします場合には米軍の認可を要するということになっておりますが、現在まで米軍のほうが認可をいたしておりません。さらに、これにつきまして琉球政府としても復帰前においてこの問題を処置しないということになりますれば、当然これは復帰後において処置をしなければならない。そこで私どもは、現在地主の方と賃貸借の交渉をいたします場合には、現在の公簿、公図をもとにいたしまして契約をするということになりますので、今後の問題としましては、その土地所有権の確認行為が行なわれまして登記簿が訂正されるということになりますれば、それに応じまして契約を改訂をする、こういうことになろうかと思います。 そこで、その所有権の確認の事務というものはこれは別の機関で行なう、こういうことになりますので、私どもとしましては、その確認なり訂正を待ちまして適正な契約をする、こういうことにいたしたいと考えております。
○中村利次君 いや、それでは困るのですよ。所有権の確認が別の機関でできれば ――これは、じゃどこの機関でおやりになるのですか。それで、これは返還に関連をしてどうなるのですか。 それからもう一つは、いまのお答えでは、いわゆる死亡者かあるいはいなくなった者とおっしゃいましたけれども、それでいいですか、答弁は。私はそうは聞いておらない。もちろんそれは死亡者もございましょう、あるいは外地に行って行くえのわからない人もございましょうけれども、それだけですか。
○政府委員(島田豊君) 失礼いたしました。 現在申告漏れで、現実に住所もわかっているという方もおられると思います。そこで、この土地の、ことに軍用地の中におきまするところの所有権の確認という問題はたいへんむずかしい問題でございまして、戦後の全く荒廃した中におきまして米軍に土地を接収せられて、そうして土地の所有関係というのはきわめて不明になったということで土地の確認作業が行なわれたわけでございますが、その際に申告漏れという形でいわゆる失権者というものが出てきておりますので、これにつきましては、今後政府におきまして、やはりその土地の確認作業というものは引き続き行なわれなければならぬと思いますし、また、土地の地籍調査等も進められなければなりませんが、一応現在の段階におきましては、現在ありますところの公簿、公図をもとにして、法秩序と申しますか、社会秩序と申しますか、それが一応成り立っておるわけでございまして、私どもは、復帰時点におきますところの契約締結につきましては、一応現在の公簿、公図をもとにして行なって、そして土地所有権者が確認をせられ、それに基づきまして登記簿が訂正をせられるという段階になりますれば、それに基づきましてさらに契約をする、こういうことにならざるを得ないと考えております。
○国務大臣(山中貞則君) これは施設庁でも事実をつまびらかにしていないようでございますので、ただいまのような一応公式的な答弁しかできないと思いますが、しかしながら、沖繩においては、終戦直前にやはり婦女子強制疎開命令等によって根こそぎ疎開された家族、あるいはまた、出征されていたために、自分たちの土地の接収の際に確認に立ち会えなかった人たち、こういう人たちがおられます。これらの人たちは同じ部落の住民でございますから、したがって、いま確認をされたものとして軍用地料をもらっておられる人々と一緒に住んでおられます。その地料をもらっておられる人たちもこの人たちも、本来は地料をもらうべき人たちであって、私たちの頭の中にはおおむねこの人たちはどれぐらいの地料であろうという代償が頭の中にはわかるぐらいですと言って、地料をもらっている人も、それからもらっていない人も一緒に連れ立って、もらっている私たちが、気の毒だということを言っておられます。したがって、これらの人々と直接会って話を聞きました私の実感として、それらの者は、なるほどただいまの施設庁の主張が基本的な公正な法律上の立場でありましょうが、部落の周辺の人々がみんなで、ある人にうそをついてみたところでしようのないことでして、これは私はやはり真実だろうと思いますので、ここからの事実は私のほうでも調査をさせておりますから、それらの事実に基づいて、やはり今日までは認められなかった者についても、周辺の部落の人の、小さい部落単位の近親縁者が多うございますので、はっきりみんなが確認する者はそういう対象に入れてもらうような私のほうで協力をして、その願いを実現させなければならぬと考えておりますので、一言、差し出がましゅうございますが、実情から申し上げた次第でございます。
○中村利次君 これは法制上のもっともな、当然の御発言では納得できないですよ。そういう失権のいきさつがあるんですから、あるいはいろんな沖繩の現状を知らないから、法律上そういうことをおっしゃる。しかし、総務長官はよくこれは実情について御承知のようでございますし、あるいはそれに対する対策も、ほんとうはここで、具体的にこういうことで復権をするんだというお答えをいただきたいわけでありますけれども、これはまあ、いまそういうお答えがないとすれば、これは復権できると確認をしてよろしゅうございますね。
○国務大臣(山中貞則君) これは具体的な今後の防衛施設庁の調査にも関連をいたしますが、現在は市町村単位においても非細分土地というようなものが結局図面の上では出てきて、そして町村に対して財政交付をしておる。賃借料にかわる交付をしておるというような状態もございまして、沖繩においてはその点ははなはだ基地内においてきわめてむずかしい作業でございますから、私の気持ちとしては、部落の全員が、この人も大体この程度の保有反別があったのでこれぐらいの賃借料に該当する人である、権利者であるというような認定が、うそでないという客観的な認定が得られに者は、今後契約をされる場合に施設庁において私は取り入れて、それらの人もやはり賃借料を払う地主として、認定を傍証によって固めてもらいたい、傍証によって行なってもらいたいという私の実感からの念願を持っておりますので、それが実現いたしまするように両省でよく相談をいたします。
○中村利次君 この問題は、かりにやはり四百人そこそこの地主であれ、あるいは四十二万平米余りの土地であっても、やはり所有者の立場からいいますと、自分のやはり土地が蒸発をしたわけでありますから、この復権については当然、私は、やはり政治的な配慮というよりも当然の権利を何らかの方法で復元をさせる、復権をさせるということに、これは最終的には私は総理からそのことについては最後にお答えをいただきたいと思いますけれども、とにかく早がけでありますから次へ進みまして、米軍による埋め立て地の実態、これらはもういままで言い尽くされてきましたので、また、何べんも言わせるなと言われては困りますから、いろいろありますけれども、しかし、これは重複だと言われても、たとえば埋め立て地にある――これは那覇ですけれども――カルテックスの、先ほどもカルテックスの問題についてちょっと触れましたが、ブラック・オイル・ターミナル、これはA、B、C表のどこにも入っていない。これはどうなっていましょうか。
○政府委員(吉野文六君) ブラック・オイル・ターミナルは、御存じのとおり、これは軍がいままで持っておったわけでございますが、これは解放されるわけでございます。ところが、これはわれわれの観念からは基地ではございませんから、したがって、一般の民間がこれを払い下げを受けるなり、もとの所有者に返る、こういうことになるわけであります。したがって、A、B、Cは、これは基地だけでございますから、基地以外のいわゆる米軍側が解放するものというものはA、B、Cの中には含まれておりません。
○中村利次君 そうしますと、これは埋め立て地は国有地になるわけですから、したがって、これはどうなりますか。カルテックスの、何というか、賃借権というか、 〔理事米田正文君退席、委員長着席〕 どういう根拠でどういう撤去をさせようというおつもりなのか、あるいはどういう形でどうしようというお考えなのか。
○政府委員(吉野文六君) そこで、これは米軍の基地ではなくて解放されるわけでございますから、したがって、カルテックスがこれを今後引き受ける場合には、土地の所有者と話をして、私契約によってこれをやるわけです。なお、その話がつかなければこれはだめになるわけでございます。いずれにせよ、この施設をまだだれが引き受けるかはっきりしておりません。が、これはあくまでも民間ベースで当事者同士が話し合うと、こういうことになるわけでございます。
○中村利次君 次に進みます。 次はガルフですけれども、これは同じようにガルフはあそこに海中道をつくっていますね、海中道を。もうでき上がったかどうか知りませんけれども、この平安座島のガルフのあれについては、これは賃貸借をやっておるわけでありますからともかくとして、海中道はどうなりますか、返還後は。
○国務大臣(山中貞則君) これは勝連村が誘致をいたしまして、平安座島にガルフが契約を結びました。そのときの条件に、平安座の人たちの長年の夢が、われわれは、潮が引いたら大体トラックで走れるところの半陸続きでありながら、長いこと連絡道路というものを待望していた。この際、われわれガルフを進出させる条件に、ぜひこの勝連半島と結ぶ島の海中道路を完成してもらいたいという要望があったようであります。それに対してガルフが応じたということでありますが、しかしながら、これはやはり、できてしまったあとは、これは村道ということにならざるを得ないと思います。しかしながら、もとの形状であれば、これはやはり干がたでございますから、本来は国の管理すべき地域だったと思うのですけれども、これは住民の人たちにとっては、自分たちが何年かかかって石ころを積んでは台風で流されてついに達成できなかった夢が結ばれたわけでありますので、自然保護の観点から、完全に締め切った場合に中城湾と金武湾との間が遮蔽されますので、そこらのところはなるべく注意してほしいということで、橋も相当、海流、海が干満の差によって潮が流れるような配慮等は一応いたしておるようでございます。現在のところは私どもの手に負えないことでございますので、事実を追認せざるを得ないだろうと思っております。
○中村利次君 こういうのだってほんとうに納得のできないところなんですよ、ほかにも一ぱいありますけれども。これは村民の熱望だとおっしゃいましたけれども、それでしたら、私はやはり漁業権に関係のあるような、あるいは公害に関係のあるようなそういう工事のしかたでなく、橋をやって潮流が通るようになっておるとおっしゃいますけれども、長官はこれはごらんになっているはずだと思うんです、私は。私も行って見ましたけれども、あんなちゃちなものでは、潮流が変わること、あるいは今後沖繩の開発がどういう開発をやられるかは別にいたしましても、起こり得る公害関連の問題なんかを解決するものでは私はないと思います。ですから、そういうのが、私はやはり返還協定の政府の姿勢として主張すべきをきちっと主張し、正しいものは、やはり断わるものは断わる、沖繩の県民の人たちがどっちからどう見ても、なるほどと納得できるようなやり方をおやりになるべきであったと思うのですけれども、いまお伺いをしますと、こういう重大な、事は小さなことであっても、基本的には重大な問題についても、管理権も所有権もまだこれはおきめになっておらないようでありますけれども、しかしこれは、私はこういうものを民政府との間に、ガルフとの間にいつ取得したのか、そういうこともお伺いをしたいわけでありますけれども、たとえばガルフが金武湾に持っておった管理権は、これはやはり民政府とガルフの契約によって持っていたものは、運輸大臣から、復帰後は港湾法に抵触をするのでこれを認めないという、そういう答弁が出ておるわけでありますけれども、そういう明確な答弁はこれはございませんか、このガルフの海中道については。
○国務大臣(山中貞則君) これは実は本土政府が命じたものでもなければ、とめることもなかなかできない。村の誘致の条件であり、そしてまた現在の琉球政府が認可をしたものであり、本土の通産省としては、石油業法等に抵触せざる条件によってそれを一応復帰後も存続することについてのチェックはいたしたようでございますが、しかし、平安座島の島民の人たちの長いこと描き続けた夢というものを実際に島民から聞かされますと、これは、復帰後はやはり金武湾の海流に影響があるからまたもとの干がたにしてしまうということは、私は心情において忍びないものがありますので、これがもたらされる影響がもし金武湾の自然、海水、海の中の自然動植物等に影響があるということでありますならば、これは国としてまた別な意味の援助の手を差し伸べて、障害を除かなければならないことであると思います。いずれにしても、現在は私どもが、その悲願を、それをやめろということはとてもできない立場にあることだけは御理解を願いたいと思います。
○中村利次君 どうも非常に食い違いになっておりまして、私はやめろという答弁を期待しておるんではなくて、とにかく管理権、所有権が復帰後はどうなるのかということが――これはそれによって違うのですよ。違ってまいりますから、ですから、例をとりましたけれども、金武湾の管理権は、いまこれは民政府との契約によってガルフが持っておる。それを、復帰後はそれは認めないのだという、やはり復帰後はこうするのだとはっきり運輸大臣はお答えになっておるのですね。それと同じことを求めたわけでありますけれども、私はこれについて具体的な対策なしと確認をするよりしようがないと思いますので、次に進みます。 どうもえらいはしょらなければいけないわけですけれども、防衛庁長官にお伺いをいたしますけれども、布令第九十一号、これはどんないきさつでこれを出されたとお考えでしょうか、そのいきさつについてひとつお伺いをいたします。それからもう一つ、この布令九十一号によって賃貸借契約を結んだのは何%であったかもお聞かせを願います。
○政府委員(島田豊君) 民政府布令九十一号、これは一九五二年十一月一日のいわゆる「契約権」というものでございますが、これに基づきます地主との契約はほとんど行なわれておらないようでございますが、その比率等につきましては、ちょっといま資料がございません。そこで、現在は御承知のとおりに布令二十号でやっておるわけでございまして、現在の布令二十号に基づきます契約件数でいきますと、総体が約五万四千件ぐらいございますが、そのうちの一〇%、約五千四百件というものが、契約ができなくて収用手続によって行なわれておる、こういうふうに承知しております。
○中村利次君 時間がなくなりましたので、これは全部もうどうしてもお伺いしたいところの中から抽出をしてお伺いをいたしますけれども、布令九十一号、これはいまも御説明ございましたけれども、講和発効後、あの沖繩の県民の人たちから、全くこれは好ましくないというので、県ぐるみの戦いをやられるようなことをやっている。その米軍が、やはり琉球政府とそれから地主とが賃貸借契約を結んで、双方納得の上で土地を、軍用地を確保をする、これが米軍の姿勢だったわけです。ただこれには、一円八銭か何か、ばかばかしいぐらいの賃貸料でありますので、沖繩の人たちがたった二%しかこれは契約をしなかったそうです。しかし基本姿勢は、異民族、異民族といわれる米軍ですらそういう基本姿勢を持っていた。ところが日本国政府は、あたたかく迎えよう、迎えようとするその沖繩県民に対して、これはまあ相当借地料その他御努力をなさった結果でもございましょうけれども、ほんとうかどうか、九七%は、これは契約の可能性がある。たった三%、この中には不在地主その他あるでしょう。それをどうも暫定使用法というような全く強権を発動して、これは国会でいろいろ議論をされてまいりましたけれども、憲法上の疑いがありといわれるようなそんなことはないと政府はおっしゃるけれども、好ましくない方法をもってこれを臨時使用をしようとしていらっしゃる。これは私は異民族施政権下にあって抵抗をした沖繩県民、それが母国に帰るというのにそういう仕打ちを受ける。これは私は、たった、わずかのそういうものに対しては、そういう暫定使用法ではなくて、どうしても必要なものは、そういうものではなくて、何らかの方法がなかったかどうか、あるいはそういうものを用意されるおつもりがないかどうか、これをお伺いしたいと思います。 もう時間がありませんので、最後に、いろいろな問題がございます。これは沖繩協定後の今後の問題、日中あるいは日米、米中の問題、そういう点について、あと半月もしますとニクソン大統領と佐藤総理は会談をされるわけでありますけれども、私がいま申し上げ、あるいはいろいろ国会で指摘されたような点について、ほんとうに腹をきめて会談の対象となさるおつもりがあるかどうかをお伺いをしたいと思います。 それから、先ほどちょっと申し上げました失権地主、これはまあどうもこまかいことのようでも、たいへんなことのようでありまして、まだ具体的な計画を伺うことができませんでしたので、政府の政治責任として、総理のお考えをお伺いいたします。
○国務大臣(江崎真澄君) 先に公用地の暫定使用法についてお答えをいたします。 これはもうしばしばここでも申し上げてきたわけですが、御指摘の点は確かにわれわれも心配をしている点なんです。何か方法はなかったかと言われるならば、もっと他に方法を求めようがあるのではないか。いろいろまあ考えた上にこの法律案が実は出てきたわけで、やはり遅滞なくこの施政権の移動というものを行なうためには、何ともこれはやむを得ない措置だと、そこで、この法律を用意したわけでありますが、これもしばしば繰り返しますように、運用面で十分配慮をしていく。そうして話し合いの上に、納得の上に賃貸借をきめていこう、これであります。もちろんそんならこの法律は要らぬじゃないかということになるわけですから、この法律を適用しなければならぬ――一日も空白はおけませんので――かりにそういう事態に立ち至った場合でも、なお継続して話し合いを続けていこう。幸いこの内地におきましては、本土といいますか、本土におきましては、いろいろまあトラブルのある中を、納得づくの話し合いを続けて、土地収用法にかけることもなくまあ今日まで来ておるわけです。したがって、施設庁のこの担当者も相当熟練しておりまするので、特に運用の面においては万全の配慮をしていきたいと思っております。中村議員の御心配の点は十分心がけて対処するつもりでおりまするので、御了解を願いたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 土地の暫定使用法案についてただいまお答えをいたしましたが、これとてもずいぶん問題がある。したがいまして、これがいわゆるまあ伝家の宝刀と――切れるか切れないか知らぬが――そういうような意味のもので、うしろだてにですよ、最終的なもの、とにかく話し合いを原則とすると、こういうことでものごとを進めたい、それが基本的な方針でございますから、まずこれにかけなきやならないというものはきわめてわずかな部分じゃないかと、かように思っております。あるいは、移民その他によりまして居所不明とか、どうしても話がつかないようなもの、それが主だろうと思います。まあ、とにかく沖繩の祖国復帰に際しまして、外資系の事業の取り扱い方なりあるいは失権地主の問題等々の問題もございますが、私はまあ失権地主といわれる者が、はたして失権地主なのかどうなのか、これは実情をよく調査しなきゃならないと思います。ことに、いまの軍基地内の地籍の調査などはまだまだできてないと、こういうことがしばしばいわれておりますし、したがって、その中がずいぶん地形も変わっておりますが、旧地主の方々にいたしましても、どの場所が真に自分のものに帰属するのやら、あるいは増加した部分はだれがその所有をするのか、いろいろ話し合いできめなきやならない問題があるんだろうと、かように思います。そういう中に、いまの失権地主というような問題も入ってくるんだろう。これは先ほど山中総務長官からこれに対する対策も立ててお話をいたしました。私は、こういうものは簡単に消される、蒸発される、そのままで済まされる筋のものではない。もちろん私は、本来の権利は認めなきゃならない。そういう立場に立って話をつけて関係者同士で相談をまとめる、こういうことが望ましいと思いますし、また、外資系の事業等の進出のその当初の事情など、いろいろ見きわめると、ずいぶん不法不当だといわれるようなものも多いようであります。これらの問題についての取り扱い方はいかにあるべきかと、こういうことが一つの問題だろうと思います。まあ、いずれにいたしましても、沖繩返還だけでも、ただいま明らかにされたように数点疑問な点が――まあ数点ではない、まだたくさん残っておると思います。こういう点もサンクレメントのニクソン大統領との話の場合には、もちろん好意は好意、同時にまた明確にすべきものは明確にしなければならないと、かように思います。その際にやっぱり何といっても問題になるのが軍基地の扱い方の問題、これは最も大きな問題でありますから、こういう点も忌憚のない話し合いをしたいと思います。この話をすることは、申すまでもなくアジアにおける情勢の変化、これにも対応し得るものを、今日はよほど事情が変わっておりますから、それらの点で話し合いが十分尽くせると、私はさように期待するのでございまして、ただいまいろいろあげられた点を十分話し合って、そうして皆さんの前に、次の国会におきましては堂々と説明のできるようにぜひともしたいものだと、かように思っております。
○委員長(安井謙君) 中村君、時間が。
○中村利次君 はい、もうおしまいです。 いま総理から御答弁いただきましたように、これはひとつ国民の政治に対する信頼を維持強化するためにも、あるいは日米の本物の親善のためにも、ぜひ半月先の会議において率直な意見交換を強く要望いたしまして質問を終わります。
○委員長(安井謙君) 以上で中村君の質疑は終わりました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 次に、星野力君の質疑を行ないます。 星野君。
○星野力君 防衛庁長官、沖繩におる米空軍第十八戦術戦闘航空団が沖繩でBDU-8B、同じく12Bの投弾訓練をやっておる。これらは核爆弾の模擬爆弾であるということにつきましては、衆議院でわが党の不破議員も、米軍から出た資料に基づいてその確認を求めたわけですし、前回のこの委員会の質問におきまして、私も新しい資料をあげてそれについて確認を求めたわけでありますが、前回までのお答えは、アメリカ側に照会したけれども、まだ回答はない。それから長官からは、アメリカ側は普通爆弾だ、核ではないと、こう言っておる、だからそう思う、まあしかし調査はすると、こういうところまでしかいっておらないのですが、その後、調査の結果、おわかりになったかどうか。
○国務大臣(江崎真澄君) 調査をいたしておりまするが、経過については防衛局長から答弁させます。
○政府委員(久保卓也君) 手持ちのアメリカの資料を当たっておりますが、それに該当する機名番号は出てまいりません。そして米側にも督促をいたしておりまするけれども、いまだに返事は返ってきておりません。
○星野力君 まあ、この問題だけじゃないんですが、一体そういう御答弁、アメリカがなかなか回答してこないと、こういうことなんです。資料も非常にはっきりしておりますしね、アメリカは自分で出した資料、これは正真正銘なんです。認めればいいことなんですよ。事実を事実として認める。また、そういうふうにアメリカ側に迫っていただかなければならぬと思う。事実を事実として認めないで、ごまかしの答弁で済ましておくというようなことでは、これはまじめな国会論議はできないと思うのであります。 私、声がやさしくてあまりすごみがないもんですから、そういうのはあと回しでもいいと、こういうお考えかもしれませんが、またこの委員会はきょう終わるかもしれませんが、この問題はやっぱり回答していただきたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) なおざりにしておるわけではございません。これは国内と違いまして沖繩の問題だもんですから、多少調査に手間がとっておるというふうにこれは御了解を願いたいのです。
○星野力君 ベトナム戦争の動向は、沖繩の、また日本本土の米軍基地の活動と、これは密接な関係を持っております。総理は、さきの参議院本会議でも、過去の沖繩は、ベトナム戦との関連でも、アジア防衛の中心、かなめ石であったが云々、こういうことばを述べておられます。ベトナム情勢の緩和という点からも沖繩基地の性格は変わるのだというような意味に聞きましたが、総理はベトナム戦争が近く終結するとでもお考えになっておられるのかどうか。 ニクソン大統領は、十一月十二日に、十二月、一月の南ベトナムからの部分撤兵計画を発表しましたが、その際に、空軍については、南ベトナム軍支援のため依然その活動を続けさせる、場合によっては、活動激化の必要もあるということを言っておりますし、また、南ベトナムが、共産主義者に乗っ取られないように、自衛するため助けとしても残留部隊が必要である。こういうふうに述べて、ベトナム、インドシナから全面的に撤兵するということを、がんこに、これは拒否いたしております。タイ国には、B52をはじめ、戦略空軍、戦略爆撃機、戦術爆撃機、その大部隊が駐留しておりますし、それからベトナム周辺の海域には、第七艦隊を展開さして、ベトナム、インドシナ作戦に従事さしておる。それらの空軍、海軍は、それを引き上げる方針というものは持っておらない。これでは、ベトナム戦争が、早期に終結するとはとうてい考えられないのでありますが、政府はどういうふうな見通しに立っておられるか、お答え願いたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) 他国の内部に起こっておる戦闘の問題でありますので、その成り行きがどういうふうになっているか、これは的確な判断はなかなかつかみかねるわけです。ただ、アメリカの兵隊が、ニクソン大統領の声明にあるがごとく、十一月の時点で十八万人ですかおりましたものが、四万人ばかりまあ二月までに減ると、こういうことでありまして、一時は、とにかく米軍の駐留五十万をこえると、こういう状態であったベトナムですね。それが十四万人になっちゃうと、こういう事態でありまするから、それらから判断いたしまして、私は、ベトナム戦争というものは、だんだんだんだんと鎖静化していく方向をたどるのじゃないかという推測をしておりますけれども、的確な判断はもとよりつきかねます。
○星野力君 まあ、他国の戦争であるから的確な判断はできないと、こうおっしゃるけれども、同盟国の外務大臣なり総理大臣が相当の見当をつけないでやれるわけはないんでありますが、だんだんに鎖静していくという御認識、私はたいへん甘いんじゃないかと思うのです。ベトナムの戦場での失敗を繰り返し、またベトナム戦争というものが主要な原因となって財政経済の上でも大きな困難を招きながらも、ニクソン大統領はインドシナにおける軍事的勝利の夢を捨ててはおりません。ニクソン・ドクトリンに基づいて、いわゆる戦争のベトナム化、これによって現地でかいらい軍を増強している。アメリカ軍こそ減りましたけれども、百万からのかいらい軍でしょう、サイゴン軍。それを増強してアメリカ兵の肩がわりをさせる。また、現地かいらい政権への経済援助なども日本その他に逐次肩がわりさせながら、みずからはアメリカ兵の命とアメリカの金を節約しながら侵略戦争を続けようとしておる。ベトナム戦争が続く限り沖繩はベトナム戦争のための作戦補給、通信、謀略などの基地とならざるを得ないと思うのでありますが、どうお考えになりますか。
○国務大臣(福田赳夫君) それは返還の前と返還の後で変わってくると思うのです。返還前は、これは米軍は自由に行動できまずから、したがって、まあ、ベトナム戦争に対しましては沖繩は重要な基地だったと思います。しかし、返還後になりますと、事前協議の対象になる。そういうようなことで、あそこへ出撃するというようなことに対しましては、わが国はイエスとなかなか言いません、これは。出撃という事態がまあ大体なくなってくる、こういうふうに見ております。
○星野力君 いまのお答えに対しては、あとで時間を捻出しましてまた申し上げたいと思いますが、政府は、サイゴン、プノンペン、ビエンチャンのかいらい政権ないし右派政権への援助を今後も強化していかれる御方針かどうか、お聞かせを願いたい。
○国務大臣(福田赳夫君) インドシナ半島全域のことだろうと思いますが、まあ、内政干渉とか、そういうようなことになっちゃ困る。しかし、そうじゃなくって、人道的あるいは平和的、そういう目的の援助につきましては、今後ともこれを拡大していきたいし、ベトナムにつきましても、戦争が終了したという時点になりますれば、これは同様な考え方をもって臨みたいと、こういうふうに考えております。
○星野力君 いまベトナムと言われたのは、北ベトナム、いわゆる北ベトナムに対してのことかと思いますが、そうでございますね。
○国務大臣(福田赳夫君) 両方のベトナムでございます。
○星野力君 サイゴン政権に対しては現に援助をやっておられるわけじゃございませんか。
○国務大臣(福田赳夫君) 平和的な援助はやっております。
○星野力君 まあ、人道的な援助、平和的な援助、あるいは経済的援助をやるんであって、内政干渉にわたるような援助はやらぬし、軍事援助はもちろんやらないと、こういう意味だと思いますが、まあ、サイゴン政権をはじめとしまして、いまあげましたような政権というのは、御承知のように歳出の七〇%から八〇%までも軍事費に出しておるような、そういう政権であります。本来、政府というからには、いまの人道的な問題にしろ、経済的な問題にしろ、当然やらなければならぬことをやらずに、膨大な軍事費を出してやっておる政府でありますから、こういう政府に対する援助というものは、人道的とか経済的とか平和的とかいいましても、どんな形式の援助であろうとも、これは軍事援助に通ずるものと言っていいと思うのであります。そういうような援助がベトナム戦争をそれなりに長引かせる、ベトナム、インドシナ人民の血をそれだけ多く流させる効果しか持たないのでありますが、それでもいま言われたようなサイゴン政権などへの援助を続けるお考えかどうか。
○国務大臣(福田赳夫君) まあ、インドシナ半島につきましては、ベトナム以外につきましては、いろんな建設なんかにつきましても、あるいは経済の再建というような意味合いのことにつきましても援助しております。これは続けてまいります。 それから南ベトナムは、いま現に南北交戦状態であると、そういうようなことから、特に注意いたしまして、平和的な目的の援助、これに限定いたしまして、まあごく特定的なものをしておりますが、もし戦争が終結するというようなことになりますれば、北をも含めまして、建設的なそういう援助をいたしたいと、かように考えます。
○星野力君 いま言われた平和的な援助、それがああいう政権の性格からして結局は内政干渉になるし、軍事的な援助の性質をも持つものだということを私申しておるんです。そして、そういうものをやめなきゃいけないということを申しておるんでありますが、時間の関係でこの問題、これ以上立ち入ることをやめまして、ひとつ総理にお聞きしますが、アメリカは、ベトナム戦争のこのどろ沼にはまり込んで財政経済の困難を増大さしております。そのしわ寄せば日本へも大きくこれは押しつけられておるのでありますが、今後もいろいろな無理難題がアメリカの側から持ち込まれることも当然これは考えられる。で、サンクレメンテでニクソン大統領と会談され、ニクソン大統領に対してベトナム戦争をやめるよう、早く全面撤兵をやるように、実行するように要求なさるお考えはないか。ニクソン自身、このベトナムからの全面的撤兵が一日早ければそれだけ名誉と権威を失なわずに済むわけです。ニクソン大統領の親友としてそういうお考えないかどうか。お考えをお答え願いたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 先ほど星野君は、ニクソン大統領が撤兵は発表したけれどもなかなか簡単に戦争は終えないだろう、こういうような御指摘でございました。私も、われわれが戦争が終わった、かようには考えておらないけれども、とにかく沖繩をベトナム戦争に使う、そのチャンスはよほど減ってきたと、かようにただいま見ておるのでございますし、ことに、日本に復帰した後は、施政権が返された後は、これは大体事前協議の対象にはなる。そういう場合にノーということが非常に多いのじゃないか、かように私は思っておりますが、いまからとやかく言うべきでもない。かように思っております。そこでニクソン大統領と会ったらひとつやめろと、こういう話をしろとおっしゃるが、私は、これは私が言いましても、なかなかニクソン大統領は聞かないんじゃないのだろうかと、かように思います。ただいまの情勢は、しかし十分話し合う必要がある問題でございまして、私は、そういう話を通じてお互いの認識を改めるというか、そういうことはやはり一致さしたい、かように思います。その点で、せっかくの御忠告でございますが、そこまでなかなか踏み切れないかもわかりません。
○星野力君 歴史は、佐藤総理は、ニクソンに対して親友がいがなかったというようなことになるかもしれませんよ。サンクレメンテ会談で、沖繩基地の縮小について話し合うと、総理も外務大臣も言われた。そして話し合うとすれば、どうもこのゴルフ・リンクや、海水浴場を問題にしそうなお話なんでありますが、沖繩の基地問題は、その大きな面積にだけ問題があるわけではなしに、何よりもその膨大な兵力量も含めましてその機器の危険な性格、そこにあると思うのであります。だから、サンクレメンテでも、ゴルフ場や海水浴場だけでなく、むしろ、まず各種の核戦力部隊、それからSR71なども含めまして、いろいろな特殊部隊、これを引き揚ざさせることに重点を置いていくべきだと思うが、お考えはどうですか。
○国務大臣(福田赳夫君) いま星野さんは、核戦力部隊と、こういうお話ですが、これはもう全然一切なくなりますから、この辺は御安心願います。その他の問題につきましては、たとえば特殊部隊でありますとか、SR71でありますとか、そういうものにつきましては、やっぱり極東情勢の緊張緩和という問題がこれに大きく関連をしてくるんだろうと思います。そういう意味合いにおいては、おそらく佐藤総理とニクソン大統領との会談そのものが、これは極東の緊張緩和、これを中心とした議題でとり行なわれると、こういうことになる。それができなけりゃ、なかなか沖繩の基地の問題の根本的問題というものは解決できないんです。これはあなたがお考えなられているのと私は同じだろうと思います。ともかく極東の緊張緩和、特に日中問題、これが総理大臣、大統領の話題の中心になるであろう、こういうふうに私は見ております。
○星野力君 核戦力部隊は返還後いなくなるというお話ですが、私は、核戦力部隊という意味は、現にそれが核兵器を毎日載せて飛行機なら飛んでおるかどうか、こういう意味だけじゃなしに、先ほども申しました第十八戦術戦闘航空団のように核爆弾の投下訓練をやっており、本物がいつでも扱えるような訓練を毎日毎日やっておる。いざというときにはすぐお役に立つ。こういう兵力も含めて言ってるわけであります。その問題はいいです。 サンクレメンテの問題、もう一つでありますが、ハワイでの日米通商交渉でオレンジ、果汁、牛肉の自由化についてアメリカ側から強い要求が出されたらしゅうございますが、これはどうなっているか。また、政府の今後の方針はどうかお聞きしたいと思います。
○国務大臣(福田赳夫君) いま、通商と通貨の問題、これが国際間の大きな問題であったわけです。ところが通貨問題は大体解決をした。そこで通商問題というものが残っておるわけであります。これをどういうふうに持っていくか、とにかく日米両国で話し合いをいたしましょうというので、この間ハワイで日米事務レベルの会談をやったその席で、お話しのように、あるいは牛肉の、あるいはオレンジの、ジュースのと、こういうようなお話がありました。しかし、それらの問題につきましては政府といたしましては慎重なかまえでいきたいと、こういうふうに思っております。つまり、これはわが国の農業、畜産業、そういうものに重要な関係がある。わが国の国内事情も見なければならぬ、こういうことです。ですから、自由化ということになりますると、非常にこれは慎重なかまえたらざるを得ない。 ただ、いま問題でありますのは、世界に保護主義的な通商政策のにおいというものがずっと出てきておる。たとえばアメリカあるいはEC、そういうところでそういう動きがあるわけであります。これをほうっておきまするとこれはたいへんなことになる。世界全体として不幸なことが出てくるばかりじゃございませんで、特に資源を国に持たない、外国から買ってそれに加工して売りさばいてたつきを立てるというわが日本国といたしますると、これは世界で保護貿易主義的な傾向でも起こってさましたら、ほんとうに日本は参っちゃうのです。そこで、わが国も非常にむずかしい時代ではありまするけれども、とにかくそういう保護主義的な政策をいずれの国かとらんとする、それに口実を与えるようなことがあってはならぬ。こういうふうに思うのです。その辺の妥協というものを一体どの辺にするか、これがこれからの問題点となってくる、こういうふうに思います。これが、そういう一オレンジの、あるいは一ジュースのそれが、総理大臣や大統領の間の話題になろうとは私は思いませんけれども、まあ世界通商政策の考え方というようなことは、あるいは話題に出るかもしれぬと、こういうふうに見ております。
○星野力君 慎重にこれには対処すると言われたのですが、「ただ」という、それ以下がどうもあぶないと思うのです。 それからまた、一オレンジの問題が総理大臣と大統領の話には出まいというお話でしたが、まさにその点を国民は心配しておるわけですね。これらの品目の問題というのは、いま外務大臣のお話の中にも出ましたように、日本の農政の上からも非常に重要な問題、総合農政の戦略作目というようなことばもいわれておりますが、それだけでなしに、ほんとうに農民が困るという問題であります。このサンクレメンテ会談をめぐって、九州と四国から私のところへ何通かの手紙が来ました。ミカンの農家からです。その中には、総理へも直接訴えるつもりだというのもありましたから、総理のほうにも行っているであろうと思いますが、手紙の中に、新しい佐藤・ニクソン会談の話を聞いて戦々恐々としておる、夜もおちおち眠れないというようなことが書いてあるのであります。佐藤・ニクソン会談のたびに総理がどえらいおみやげを持って帰ってくる、そうまあ世間では伝えております。繊維やグレープフルーツのことをさしておるようでありますが、そして今度オレンジの自由化を約束してでもこられたらたいへんだ、ニクソン大統領もオレングには非常に執念を持っておる、そういうようなことを書いておるわけであります。九州のあるミカン農民は、自分のところは、ミカンの木を植えてから四年とか五年、これからが楽しみだったのに、もう自由化されたら、みんな切り倒さなければならない。どうやってこれから生きて行ったらいいかと迷っておるというようなことを言って来ております。愛媛県宇和島から私のところへ手紙と一緒にウンシュウミカン一箱送ってきました。これは日本一うまいミカン、ウンシュウミカン、食べてみてくれ、こんなうまいミカンが、もし自由化をやられたらだめになるということなんです。で、よく国会でやってくれ、言ってくれということで送ってきたので、私、わざわざ、せっかくのあれですから、持ってきたのですが、これですがね。実際うまい。いまアメリカのオレンジは百五十円くらい、あるいはそれ以上しておるのもあるようでありますが、私きょう、これは人にオレンジを一つ買ってきてくれと頼みましたら、私は、サンキストのを、扱っておるオレンジを買ってもらうつもりだったら、サンキストは高いといって、別のやつを買ってきました。どうも、私たちのところ、貧乏性が身についておるようなことじゃないかと思うのですが、これは二流品か三流品か知りませんが、百五十円ですね。サンキストは、もっと高いのじゃないかと思います。私も昨日の沖繩の現地公聴会に参加したわけですが、那覇のデパートでサンキストのオレンジを一つ買ってきました。二十セントですね。私、これはもっと安いと思ったのです。九月に行ったときには大体十三セントくらいだったのでありますが、十五セント以下じゃないかと思ったら二十セントでありました。ドル切り下げ、円切り上げ、あの情勢の中で物価はずっと上がっておりますね。まあ実際山中長官もよく御存じでしょうけれども、あそこの経済というのは八割以上もこれは日本経済の中に組み込まれているのじゃないですか。通貨だけがドルと、これは非常に不自然、無理ですよ。その矛盾というものがやはり出てきておる。今度の円、ドルの決定が報道されるとすぐ物価が上がった。本土から輸入する物資が上がる。これは理屈の上でも考えられますが、そうじゃない、日本以外から輸入しているものですね。アメリカから来ておるもの、きのうの公聴会でも公述人の中から、あの国際通りのみやげ屋の時計であるとか、その他ああいうものがみんな何%とか上がったという詳細な報告もありましたが、そういうふうに物価も上がっておる関係でありましょうが、これは二十セントでした。それにしてもまあ六十円程度ですか――そこそこでございます。私、自由化されましたらこの程度には――香港あたりではもっと安いです――下がってくる、サンキストのオレンジ。そうなったら、いまの状態では、これはミカン農家はほんとうに木を切ってしまわなければならぬというような状態になるんじゃないかと思います。あのグレープフルーツが参議院選挙のあとで自由化されました。今日では国鉄の駅の売店にもグレープフルーツが出るようになりましたが、このオレンジの場合には、影響はグレープフルーツの比ではないと思います。果汁にしましても、牛肉にしても同様でありますが、サンクレメンテで、この話は出ないだろうと言われたが、出る可能性も大いに考えられるのですが、総理は、それらの自由化を約束はしてこないと、こういうふうに御発言願えませんでしょうか。
○国務大臣(福田赳夫君) 農作物の自由化については非常に私は慎重に考えたいと思うのです。ただ自由化は拒否するというだけでは、いま申し上げたように、日本が保護貿易主義、そういうものの採用に口実を与えないかという点については、たいへん心配をしておるのです。ですから、いろいろのくふうをこらしてみたいと、こういうふうに申し上げます。
○星野力君 次の問題に行きましょう。 第二次世界大戦で、いわゆる沖繩決戦当時の沖繩県下の総人口が約四十八万で、その三分の一の十六万があの戦火の中で死んだという数字を私聞いておりますが、政府で調査されておる数字はどんなふうになっておるでしょうか。
○国務大臣(山中貞則君) 一九四〇年の国勢調査が権威ある調査としては最終でございますが、そのとき沖繩の人口が五十七万四千五百七十九人となっております。しかし、「琉球政府要覧」というものによりますと、戦争の終わる直前の一九四四年には、二万足らずふえまして五十九万二百六十四名、こうなっているわけであります。ところで、その沖繩戦においてなくなった方々は、沖繩出身者の軍人、軍属、準軍属その他、これは軍人、軍属、準軍属といいましても、すべて現地においてその資格によって戦場にかり出されたという形の結果、そういう身分が、結果としては呼ばざるを得ない立場になっただけのことでありますが、沖繩県民の犠牲者十二万三千ということになっております。
○星野力君 それらの沖繩県民の中には、アメリカ軍の砲爆撃などで殺された人たちのほかに、日本軍によっていろいろな口実でもって殺害されたり処刑されたり、あるいは自殺を強要されたり、また食糧を取り上げられたために餓死に追い込まれたり、土地その他の財産を不法に取り上げられたり破壊されたりした人が多いと思うのでありますが、これらは日本政府が責任を負わなければならない問題だと思います。それらの人々に対する補償、救済の法というものを講ぜられるのかどうかということです。
○国務大臣(山中貞則君) これらの方々は、先ほど軍人、軍属、準軍属と申し上げました方々並びに民間人でありました方々についても、一応援護法による措置をいたしておりますし、なお見舞い金等を支給もいたしておりますが、しかし、全滅家族その他の世帯もございますし、それから漏れておる数も相当にあるわけでございます。なお、援護法適用その他については厚生大臣のほうにお願いいたします。
○国務大臣(斎藤昇君) 当時御承知のように、師範学校の生徒、中学校の生徒等上級の男子の生徒は、大部分これは軍人として処遇をいたしております。約二万四千名。それから師範学校の女子部、女学校の生徒、たとえばひめゆり部隊でなくなった生徒等は、これは約四千名でありますが、軍属として処遇をいたしております。一般民間人で戦闘参加の実態にある者、あるいは集団自決を余儀なくされた人々約五万名、これは準軍属といたしまして、それぞれその遺族について戦傷病者、戦没者等の遺族援護法、あるいは恩給法等によって処遇をいたしております。それから三十七年二月十六日の閣議決定によりまして、沖繩戦戦闘協力死没者等見舞金支給要綱というものに基づきまして、総理府から約六千二百名に対しまして二万円の見舞い金を支給しているというのが現状でございます。
○星野力君 その学生で戦線にかり出された人人とか、集団自決を強要された人々とか、一応調べのついておる分は何らかの処置がなされたかもしれない。しかし、いろいろな形でもって軍隊は殺しておりますよね。たとえば、沖繩では、海外に暮らした人が多くて、それが帰っておって、外国語ができるというだけでスパイ扱いされて、試し切りのように殺されたり――私自身実例を幾つか聞いてきておりますし、また記録されたものもありますが、そういう人々は、何かスパイ扱いを当時されたことがいまだにやっぱりコンプレックスになって残っておって、なかなか問題にしにくいというようなこともあったらしいようであります。そういう人もあったようでありますが、とにかくまだたくさんそういう見舞い金であるとか援護法の適用とかを受けておらない人があるはずです。そういう人々に対して――また、これは直接軍が殺したということとは少し違いますけれども、学童を本土へ疎開させるために北上しておった船がアメリカの潜水艦に撃沈されて、千四百人か付き添いのおかあさんなどを含めて死んでしまったという事件、これも実際は作戦のための処置でありますから、軍がやったようなものでありますが、これは昨日の公聴会でもそれに対する恨みが出ました。援護の対象になった学童七百人余り、実際には、あとの半数の人たちはそういう適用を受けておらないと、こういう問題が事実あるわけですよ。これは調べたら相当数にのぼると思いますが、これはやはり重大な問題ですね。この人たちに対してやはり救済補償の道を講ずる、このことをひとつ総理から言っていただきたいと思うのです。
○国務大臣(山中貞則君) この痛ましい事件は、私は担当大臣になる前から承知いたしておりましたし、したがって、学童以外の付き添いの方々、これもやはりやむなく幼い学童たちに付き添って本土に渡ろうとされた方々が奄美大島の島の先において撃沈をされたわけでありますから、それらの人々については、来年度の予算要求に計上して、いまその措置をしようと、戦後処理を終えようということで、要求を私のほうでいたしております。さらに、台湾疎開を強制的に命ぜられた、主として石垣の方々でありますが、これが途中で難破いたしまして、そして尖閣列島に漂着して生き残った方々もおられますが、多くの方がなくなられました。それらの人々も同じように扱うつもりで予算要求いたしております。
○星野力君 核の問題について、福田外務大臣、十五日の本委員長で、私の質問に対しまして、ジョンソン国務次官の日米共同声明第八項、核の問題についてのあの背景説明、きょうのこの委員会でもしばしば問題になっておりますが、あの説明は、米国は核問題について事前協議という制度、事前協議に対するアメリカの権限を放棄したものではないということを明記しておると思いますと、こう言われた。これは二回か三回にわたって同じようなことを言っておられますが、そこで、核問題をめぐってのアメリカの権利、権原という問題についてでありますが、ジョンソン国務次官の共同声明第八項についての説明でも、二カ所で「権利」ということばが使われております。一つは、われわれが必要と認めれば日本側と協議する米国の権利を非常に細心に保持しておること、という個所でありますし、もう一つは、米国は返還時、すなわち一九七二年に沖繩に核を貯蔵する権利を行使しないということを述べたものである、というところであります。核持ち込みを事前協議にかける権利だけでなしに 福田外務大臣が言われておる、事前協議にかける権利だけでなしに――日本国内に核を貯蔵する権利を持っておる、こう言っておるのでありますが、そのような権利はアメリカは持っているのかどうか、どういうふうにお考えになりますか。
○国務大臣(福田赳夫君) 貯蔵のところだけちょっとはっきりしませんから……。
○政府委員(井川克一君) 私、大筋は、ジョンソン次官のでは、おっしゃったとおりだと思います。この八項は二つのことを言っております。「八項は核問題についてです。ここでのべているのは要するに、アメリカは沖繩に核兵器を貯蔵する権利を沖繩返還時、すなわち一九七二年に行使しないということです」、それが核抜きでございまして、そのあとが事前協議という全然別の二つの問題になっております。この、最初の権利、つまり、返還の際に核を貯蔵する権利は行使しないという「権利」ということばは、はたして適当なことばかどうかわかりませんが、いずれにいたしましても、施政権を持っている返還前のことでございますから、アメリカは何でもできるわけでございます。
○星野力君 施政権を持っておるからアメリカは何でもできると、そういうふうに解釈すべき権利であるか、アメリカの軍隊は軍隊であるからどんな兵器も持ってよろしいと、こういうふうに解釈すべきじゃないのですか。
○政府委員(井川克一君) 私はそうは思いません。そして八項について続いて説明をしておりますが、例の「ウイズアウト・プレジュディス・トゥ」というやつでございますけれども、「第八項は、特別の事態にさいし、アメリカがもし必要と認めれば日本と協議をおこなうというアメリカの権利をきわめて慎重に留保しており」ということになっておりまして、念のために申し上げますと、そのあとで、日本がノーと言えば持ち込めないということもジョンソン次官が言っております。したがいまして、これはその返還前のこととあとのことを明白に区別しておりまして、返還前は自由なんだけれども、返還時にはきれいにするということを言い、その後は事前協議の権利を留保すると、こういうことを言っているものだと思います。
○星野力君 外務大臣も同じ見解ですか。
○国務大臣(福田赳夫君) そのとおりの見解でございます。
○星野力君 私は、そうではないだろうと思うのですが、どちらにしましても、核兵器をめぐってアメリカは強い権利意識を持っております。そのことを念頭に置いて木協定の七条というものを見てみますと、この協定は将来にわたってアメリカは絶対に核を日本に持ち込まないことを約束したものであるとはとうてい受け取れないのであります。沖繩の返還を、「共同声明第八項にいう日本政府の政策に背馳しないよう実施すること」、施政権返還のその時点では、日本国政府の政策に背馳しないようにすることを約束しておるにすぎない。あの協定の条文からはそうだろうと私は言じます。その点で、まさにジョンソン国務次官が言うように、「米国は返還時、すなわち一九七二年に沖繩に核を貯蔵する権利を行使しないということです」ということになると思うのです。どうでしょうか。あれを読んでみますと、アメリカは核を貯蔵する権利を持っておる、しかし、返還時すなわち一九七二年、その時点においてはそれを行使しない。こういうふうにあれは読むしかないと思うのであります。私はこの協定が将来にわたってどこまでアメリカ政府を縛れるかは疑問であると思います。これを返還後、将来にわたって有効であると解しましても、これは佐藤総理の言われる、事前協議でノーと言う、このことですね、「日本政府の政策に背馳しないよう実施する」というのであって、米側の強硬な主張が日本政府の核についての政策をゆさぶる、動揺させる危険がないものかどうか。ないとは言えないと思うのです。そうなると、このアメリカの核の権利というものが大きくものを言うことになる。佐藤総理は、事前協議があればいかなる場合もはっきりノーと言う、こう言っておられる。まあ、佐藤内閣の存続するうちはよろしいとしましょう。内閣がかわったらどうなりますか。政府がかわって、政策が変わったときは、アメリカの権利はものを言うのですよと、こういう含みをこの協定は持っているのではないでしょうか。その点について。
○国務大臣(福田赳夫君) 佐藤総理大臣と大統領が、厳粛に共同声明第八項において、アメリカは核の日本政府の政策には協力をする、こういうふうに言っているんです。これは何かというと、佐藤総理大臣が、日本の核政策を説明したことに対する結論なんです。説明された核政策は何かと、こういいますれば、非核三原則なんです。つまり、つくらず、持にず、持ち込ませずと、これは返還前も返還後も本土については変わるところはないわけですが、沖繩につきましては、返還の時点以後においてこれが適用になると、こういうことになるわけです。しかも、この八項の非核政策に対するアメリカの協力、これは協定第七条において、そういう約束あることを考慮してお金まで払いましょうと、こういうことを言っておる。つまり、共同声明八項というものが協定第七条によって条約化されたと極言してもいいくらいな地位に置かれたということを考えますと、これはアメリカはわが国の核政策に協力をしなければならないという立場に置かれておる。したがいまして、形式上、権利としてはこの事前協議を申し出るということは残っております。残っておりまするけれども、それに対してわが国がノーと言って答えた、そういう場合に文句が言えないという立場にあるということが明らかでございます。
○星野力君 条約の上には「日本政府の政策に背馳しないよう実施する」と、こういうことしか書かれておらないわけですね。で、大統領と総理大臣とが約束したと、こう言われます。なるほど、両国の政府の代表、最高の代表、これの約束ではありますけれども、ニクソンというアメリカの現大統領と佐藤総理、現在の日本の総理との話し合い、約束ということでありまして、これが将来、これだけの文言では核を持ち込まないということをどれだけ保証し得るかどうか、私は疑問だと思いますが、そう思わぬですか。将来ですよ。
○国務大臣(福田赳夫君) とにかく両巨頭が両国を代表しましてそういう宣言をしておる。これは大きな意味を持つのです。これは非核三原則、つまり、その中で特に、持ち込ませないということについてもアメリカは協力をするという立場に置かれるわけでありまして、私どもはいささかもその辺につきましては心配をいたしておりませんでございます。
○星野力君 私たちのいう民主連合政権ができましたら、これはまたはっきりさせますよ。がしかし、佐藤内閣のあとにまた保守政権が続いた場合でもだいじょうぶだといままでお答えくださったのですが、福田外務大臣、どうですか。
○国務大臣(福田赳夫君) これは政権のいかんにかかわらず拘束力を持っている、かように解しております。
○星野力君 政権のいかんにかかわらず、というところは、どこで保証されるのですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 日本国を代表しまして佐藤総理大臣、またアメリカを代表いたしましてニクソン大統領、この両首脳が宣言を発しておる、つまり、日本の総理大臣が日本の非核三原則について説明をした。それに対して、アメリカ大統領が深い理解を示し、この線に従って行動しますという、その趣旨のことを明らかにしておるわけであります。これは協定第七条にまで援用されておるところの共同宣言でございまするから、これが何か、政権が変わったからもうほごになったんだというような性格のものじゃない。こういう理解をしておるわけであります。
○星野力君 大事な問題で、もっとお聞きをしたいのですけどね、もう時間がなくなってきました。外務大臣は、この核抜きのために金まで払うんだと、こういうことを言いましたが、なるほど第七条というのは、これは日本政府からアメリカ政府に三億二千万ドル支払うということを取りきめた条項であります。その中にこの問題が伏せられておる。取りきめの長い一つの文章、一つのセンテンスの中に、一つの節として、何というか、クローズとして、この重大なるべきはずの核の問題が、核ということばは一つも使わずに、いわばなぞめいた表現で挿入されておるのであります。沖繩返還を「日本国政府の政策に背馳しないよう・実施する」ため、しかじかの金額をと、こういうことでありますがね。撤去のために金がかかる、その費用を受け持ちましょうということで、持ち込まないということは別に意味されておらないように思うのであります。これでは非常にあいまいだと思います。まあ、いいです。 アメリカ側がある緊急な事態におきまして、核を日本国土に持ち込まなければ日本を守れないと主張したような場合にはどうなりますか、事前協議の問題は。
○国務大臣(福田赳夫君) いかなる場合におきましても、核の持ち込みにつきましてはノーであります。
○星野力君 いかなる場合においても、ですね、どうですか、それならば核の権利だとか、事前協議とか、そういろ考えからもう離れて、いかなる事態においても――いまあなたが言われた、いかなる事態においても核を持ち込まない、持ち込ませない、このことを内容とする日米の協定を締結すべきだ、こう思いますが、そのために努力するお考えはないかどうか。
○国務大臣(福田赳夫君) これは共同宣言、また、その他の両国間のいろいろないきさつから申しまして、アメリカは核を日本に持ち込まない、また、日本は製造はもとより――これは日本の問題ですから、製造もしない、貯蔵もしない。これはもう非常にはっきりしておりますので、あらためて日米間で協定を結ぶ必要については、必要はない、こういう見解であります。
○星野力君 いま言われた共同宣言というのは何でございますか。
○国務大臣(福田赳夫君) 佐藤総理大臣とニクソン大統領の共同声明……ああ、共同宣言と言いましたか、共同声明であります。
○星野力君 じゃ、別の問題に移ります。 前回の私の質問に対して政府は、アメリカ側が攻撃型空母の母港を日本に設けたい意向を持っている旨答えられたと思いますが、攻撃型空母の根拠地を設けるということになりますと、これはいろんな問題が考えられます。空母は相当数の艦艇を伴って行動するわけでありますが、そのような海軍部隊が新たに在日米軍となるとすれば、安保条約に基づく事前協議にかける必要が当燃あると思いますが、どうでしょうか御見解は。
○国務大臣(福田赳夫君) 私は星野さんの質問に対して「攻撃型」というお答えをした覚えはありませんです。空母……。
○星野力君 いや、私の質問……。
○国務大臣(福田赳夫君) ああ、そうですか。私の答えはね、おそらく、この七月ごろですか、レアード国防長官が日本に来たとき、中曾根当時の防衛庁長官に対しまして、空母一隻、しかも核には関係のない空母です。これの家族を横須賀に置きたいんだがいかがなものだろうかという話があったそうです。それはどういうことかというと、いま第七艦隊がわが国の周辺に駐とんをしておる。この家族はサンフランシスコだとか、あるいはロサンゼルスとか、そういうところにおるわけでありますが、そういうところへ乗り組み員を帰すということになると金がかかる。いまアメリカは財政窮乏でありまして、国防費の節減をずいぶんくふうをしておるんです。そこで、その乗り組み員の往復の経費を節約するために、第七艦隊でいえば、日本の周辺にどこかに家族を置きたいと、そうすると、まあそれで経費が省けるわけです。そういう話ですね。そういう趣旨の話がありまして、まあ、それっきりのことなんですが、おそらくまだそういう考え方は、アメリカの財政事情から見まして、捨てておるとは私は考えておりません。まだしかし正式な話はなし、また、しかもあった話はですね、攻撃型の空母というのじゃなくて、まあ、普通一般の空母であります。まあ、一般の空母でも攻撃性がないとは言えませんけれども、核というようなことには全然関係のない空母についての話であります。そこで、その家族を、かりにですよ、横須賀なら横須賀に滞在させるということになる。これが事前協議の対象になるかというと、これは私は、艦隊が移動するわけでもない。艦隊が横須賀に滞在するという取りきめをするわけでもないし、ただ単に家族を置くだけだと、友邦アメリカがそういう財政上の事情からそうしたいのだと言ってきた場合におきまして、まあ、これをお断わりできるかどうか。これは具体的な問題として慎重に考えなきゃなりませんけれども、少なくとも事前協議の対象としての問題ではないということだけははっきり申し上げることができます。
○星野力君 空母が何隻、かりに一隻にしましても、それに随伴するところの艦艇の問題もありますし、その家族を含めて住宅地が必要だということになりますと、相当の広い区域を提供しなきゃなりませんが、その場合でも事前協議にはかける必要はないと、こういうことでしょうか。
○国務大臣(福田赳夫君) 実際問題としてですね、まあ話に出たのは、空母のですね、一つの空母です。その家族を置きたいと、そうして、横須賀だとかあるいはあの周辺にあいた何か施設があればそれを使わしてもらいたい。また、あいたところがなけりゃ、まあホテルだとかなんとかを使いたい。ホテルだとかあるいは民宿をするというような際には、自分のほうで金は持ちますと、こういう話なんです。艦隊が移動するわけじゃありませんから、したがいまして、私どもは事前協議の対象とは考えない。
○星野力君 外務大臣、いま、七月にレアード国防長官が来たときにそういうような非公式な話があったということや空母が一隻云々というようなことを言われたのですが、前回私そのことを質問しておったのにそういうふうなお答えはなかったわけです。だから、きょうまた重ねて質問しなければいけない。おそらく外務大臣、あの直後に記者会見でもってそういうことをお話しになったのが新聞に出た記事じゃないかと思うんですがね。こういう問題、国会を開いて、それが国会でもって質問が出ているそこで話さないで、記者会見でもって話す、こういうことじゃやっぱり姿勢が悪いと思うんですがね。 あの第三海兵師団の支援航空部隊である海兵第一航空師団、あれがことしの四月十六日に岩国に司令部を設けて、いわばあすこでもって海兵第一航空師団というものが岩国基地の中にできたわけです。新設されたわけでありますが、これは事前協議の対象になったのでしょうか。
○政府委員(久保卓也君) 海兵師団は、御承知のように沖繩にありますけれども、岩国に参りましたのは海兵航空団であります。したがいまして、飛行部隊の場合には、航空師団レベルの場合、つまり沖繩にありますたとえば第三二二戦術航空師団といったような場合には、配備の場合に事前協議の対象になると思いますけれども、この場合は、それは除外されると思います。
○星野力君 どうして除外されるのですか。これは師団でしょう。海兵第一航空師団という師団であって、しかも人数も五千人をこす、こういう規模のもの、これが事前協議の対象にならぬでいいという根拠はどこにあるのですか。
○政府委員(久保卓也君) これは、英語の単位を含めてどういうふうに翻訳するかに問題があるわけでして、師団という場合に、陸の師団の場合にはもちろん問題ございませんが、岩国にあるのは御承知のように第一海兵航空団であります。幾つかの部隊を下には持っておりますけれども、師団というレベルではございません。そうして、沖繩にありまする第三海兵師団、あるいは岩国の第一航空団、こういったようなのを含めて第三海兵水陸両用部隊というふうに申しておりますから、その一部である第一航空団、岩国にあるこのものだけでは事前協議の対象にならないという判断であろうと思います。
○星野力君 事前協議の対象にならぬ、こういうものも。――私、実はきょう事前協議の問題について、事前協議というのが、ほんとうにもうこれはアメリカから言い出さぬ限りは事前協議にならぬような形になっておるようでありますが、実際は事前協議なんというものはほんとうにしり抜けになってしまっておるということについて、具体的な例をあげてお聞きしたがったんですが、きのう、きょうなったばかりの議員のもんですから、時間の配分がわからなくてもうやれなくなりましたが、最後に一つお聞きしておきたいんです。 インド、パキスタンの戦争でエンタープライズをはじめとする空母艦隊がベンガル湾へ出動しました。それには沖繩に司令部を置いておるところの第三海兵師団の一つの大隊上陸チームも参加しておるといわれておりますが、この問題は世界をはらはらさせた問題です。それらの空母艦隊がパキスタン側に味方して戦闘に入る事態も当時の状況からしてあり得ないことではなかったわけであります。幸い、今回はそこまでの事態に立ち至らなかったんでありますが、アメリカの空母が日本に母港を持って今回のような作戦行動に出て事態が戦闘にまで発展するならば、日本が戦争に巻き込まれる危険さえあると思います。先ほど総理は、安保が戦争抑止力、それがあるから日本は戦争に巻き込まれないで済むというような意味のことを言われましたけれども、安保そのものが戦争に巻き込むおそれのあることをこの事件は示唆しておると言ってもいいんじゃないかと思います。日本の港からアメリカの艦隊が今度のような作戦行動に参加する場合、事前協議にかかるのかどうか。これに似た質問を前回もしたわけでありますが、どうもはっきりしなかったので重ねてお願いする次第です。
○国務大臣(福田赳夫君) 答えは返還前と返還後で違うんです。返還前、つまり今日のような状況におきましては、これはアメリカの沖繩駐とん部隊がどういう行動をとろうがこれは自由でございます。わが国には、これに発言する権利はない。返還後におきましては、戦闘に参加する目的をもちまして沖繩における部隊が参加をする、出動をするということは、これは事前協議の対象になります。
○星野力君 ただ、今度のエンタープライズなど第七艦隊の空母群の出動、これは戦闘に参加する目的であったとお考えになりませんか。
○国務大臣(福田赳夫君) これはよく調べてみないとわかりません。どういう任務を持ちましてどういう行動をとったのか。それはようく調べてみませんと、私が申し上げました戦闘に参加する目的をもって沖繩を出で立ったものかどうか、これははっきりいたしませんです。
○星野力君 ちょっとあとほんとうに一問くらいですね。
○委員長(安井謙君) 簡単に願います。
○星野力君 印パ問題は、戦闘は一応終結したんでありますが、全面的に解決したわけではない。今後印パ両国間にあるいはもっと多くの国を巻き込んで国際的にどういう事態が発生しないとも限らないわけであります。政府は印パ問題に対してどういう方針で臨まれるか、それひとつ簡単でいいですから。
○国務大臣(福田赳夫君) 印パ両国に対しまして、これは中立の態度をとろうと思います。しかし同時に、この印パ両国の紛争が平和的に解決される、そういうこと。それからまた、戦争の背景に貧困というものがある、これに対して日本が先頭に立って協力をするというアピールを行なう。こういうことを基本的な方針としております。そうして、その基本方針を実現する場合はどこかというと、いろいろな国に対して働きかけるということもありまするけれども、これは国連なんです。そこで、本日は、国連の理事会におきまして日本はじめ六カ国が安保理事会において提案をいたしましたですね。決議が採択をされた次第でございます。これは即時停戦、それから一定の条件を設けての撤兵、それから国連の事務総長が委嘱する人による戦争事態収拾のあっせん、こういうようなことを内容にしておりますが、とにかく日本はじめ六カ国の提案による決議案が大国のヴイートーを受けることなく成立するに至ったということ、これは私は、日本といたしましてはずいぶん大きな活動の成果があったと、こういうふうに見ております。
○星野力君 最後。要するに、日本は中立的な立場をとる、こういうことでありますか。日本の港を根拠地にしてアメリカが空母外交をやる。昔は砲艦外交ということばでありましたが、いまはアメリカはすぐ空母を出す。あのプエブロのときでありましたか、あのときも日本水域からエンタープライズが日本海に出て行ったわけでありますが、そうして戦闘、戦争になったら日本は中立の立場をとることは私はできないと思う。安保条約のもとではできないだろうと思う。そうなりますと、中立とか自主外交とかいいましても、ことばだけのことになってしまう。まあ、空母部隊だけではありませんけれども、空母部隊なんていうのは最も危険な軍隊の一つであります。多くの空母は核武装しておるという問題もある。今度アメリカが提案してくるのがどの程度の規模のもの、どういう性質のものかは別としまして、アメリカが攻撃型の空母も含めて日本にそういうものの母港を求めるということも、これはないとは限らないいま情勢であります。ニクソン・ドクトリンからいっても、それは考えられないことでは決してありません。そういうものに対して母港の提供なんかは絶対にやるべきではない。 で、重ねてお聞きするのでありますが、これが最後です。かりにサンクレメンテでそういう話が出る、あるいはその後にそういう話が出ても、こういうものは私は断わってもらいたい。お考えどうか。
○国務大臣(福田赳夫君) ちょっと母港、母港というと、これは少しオーバーというか、まあばかに響きが大きいですが、いまアメリカから話がありそうな問題は、先ほど申し上げましたとおり、一航空母艦の乗り組み員の家族を横須賀周辺に置いてくれぬかと、こういう話なんであります。設備で余剰があればそこへ置いてもらいたいし、また余剰がないという場合におきましては、私どもはホテルへでも、あるいは民家へでも泊まらしてもらってもいいですよと、こういうような非常に控え目な話なんです。そういう話をされた場合に、星野さんのおっしゃるように、すぐこれはノーだと、こう言えるかどうか。その辺はなお慎重に具体的な話の問題として検討してみたいというふうに今日この段階ではお答えするほかない。
○星野力君 委員長、どうもありがとうございましたが、いまの御答弁、家族だけの問題じゃありませんよ。家族を置くということは、そこへこの艦隊が入ってくるということでありますから、不満ではありますが、時間がないと盛んに声もかかりますから、延ばしていただいたことを感謝してこれで終わります。 これは一つでございますけれども、総理にこれはやらぬと悪いだろうと思いますので、日本一のミカンを守るためにひとつ食べてください。
○委員長(安井謙君) 以上で星野君の質疑は終わりました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 次に、山田勇君の質疑を行ないます。 山田君。
○山田勇君 質問にあたりまして、与えられた時間が三十分でございます。端的に質疑をしていきます。明確な御答弁をいただきたいと思います。 沖繩の返還は、六九年のニクソン大統領によるグアム・ドクトリンの線に沿ったものではないか。これは七一年十月二十七日、アメリカ上院外交常任委員会の沖繩返還協定に関するロジャーズ国務長官の冒頭証言でも証明されている。すなわち、「沖繩返還はニクソン・ドクトリンの原則を貫くための歩み」と言っていることでもわかります。すなわち、米国は、ベトナム戦での膨大な出費により財政が悪化し、米国内の反戦運動の高まりなどと関連して、沖繩の防衛を日本に肩がわりさせるための一つの便法として沖繩が返還されるという認識についてどう思われますか。
○国務大臣(福田赳夫君) 肩がわりという観念は、ここには入ってこないです。つまり、米軍と日本の自衛隊とはこれは性格が違う。日本の自衛隊は、日本の国土を守るものでございますが、アメリカはさらにその幅が広いのです。極東の安全、極東の平和、そういうものにまでこの使命がありますので、肩がわりは、そういう使命の変わったものの間では、これは日本の国土に関する部分だけしか成立し得ないのでありまして、ですから、この自衛隊の沖繩配置、これを肩がわりと、こう言うのは正しくはないのじゃないか、かように考えます。
○山田勇君 沖繩返還が、アメリカ本位の外交政策の転換から来たものであるのに、この協定調印に対する日本の態度は、アメリカの言いなりで屈辱的だと思います。沖繩県民が米軍支配下で受けた人身、物的な損害に対する補償の請求権をどうして放棄なさったんですか。
○国務大臣(福田赳夫君) 補償請求権をどうして放棄したんだと言うが、これは全部放棄したわけじゃないんです。アメリカの法令また沖繩における布令、それに基づく請求権、これはアメリカが忠実にこれを実行することにしてあります。また、そういう法令上の根拠のないもの、たとえば軍用地の復元補償でありますとか那覇軍港の海没地でありますとか、そこまでアメリカが支払いを行なう、こういうことにしておるんです。しかし、その他のものにつきましては、これは非常にもう一人一人の個人にまつわることで数が多い。そこで一応それらの権利と称せられるものに対する外交保護権は放棄するということにするわけです。しかし、それでは一人一人のいうところの請求権者に与える影響甚大である、こういうふうに考えまして、それに対しましては国内措置をとると。こういうふうにするわけでありまして、もし、今日、なかなか調査もつかないような、もうもろもろの無数にあるところの請求権をこのまま放置しておくということになりますると、長きにわたって日米間に債権債務の関係がごたごたします。そういうような関係を一応ここで打ち切っておく、そのほうが実際的じゃあるまいか。これは敗戦処理、つまり講和条約、平和条約では、もうどこでもこの措置はとられております。また、敗戦処理じゃございませんけれども、奄美の場合におきましても、あるいは小笠原の場合におきましても同様な措置をとっておる。これはまあ国際慣例だと言ってもいいくらいなものでございます。
○山田勇君 米軍の基地の機能はそのまま存続し、その上、六千八百人の自衛隊配備を、沖繩県民の八〇%が反対しているという中で、六千八百人の自衛隊を配備するんですが、まあ第四次防の予算については削減縮小の方向に向かっていると聞いておりますが、その規模は絶対に変わりませんか。
○国務大臣(江崎真澄君) どうも失札しました。委員会運営のことでちょっと委員長と打ち合わせておりましたけれども……。いま御質問の四次防とのかね合いで、沖繩配備の総数について変更する意思ありゃなしやと、これですか。
○山田勇君 はい。
○国務大臣(江崎真澄君) それは、現在のところ、ありません。これは沖繩の地理的環境、局地防衛のあり方、そういう点から割り出した数字でありまして、現在これを変更しようという意思は持っておりません。
○山田勇君 これは午前中、午後の質問に重複すると思うのですが、日本の自衛隊の仮想敵国はどこにしておりますか。
○国務大臣(江崎真澄君) 仮想敵国はもちろんございません。そればかりか、沖繩に配備する二年先、六千八百というこの数字におきましても、特定の仮想敵国とか国際情勢の変化とか、そういうようなことを踏まえて考えたものではなくて、あくまで局地防衛、民生協力、そういう見地から割り出したものであります。
○山田勇君 午前、午後の防衛庁長官の答弁の中で、いわゆる住民感情を緩和しながら自衛隊の配備をしていくということですが、具体的にどういうような形で自衛隊を配備していくんですか。先日防衛庁長官おられなかったのですが、決算委員会で防衛庁の募集のポスターのことを少し論議したことがありますが、その中で、「一度はふる里を離れてみよう」というような、そういうようなあいまいなキャッチフレーズで防衛庁のほうでPRをやっていると、何か過疎現象促進のいわゆるポスターみたいに思われるのですが、そういう点、午前、午後の防衛庁長官の答弁を聞いておりましたが、もう少し具体的に、そういうような人員を四十人送り、あと百人送り、あとどうだと、自衛官の友だちにも聞きますと、沖繩に配備される友人もおります。最終の段階としては、そういう重装備をやらない。いわゆるあくまで災害的な任務を背負うというような形。たいへんそういう点では自衛隊も愛されている面があるんです。ですから、率直に、自衛隊が旧軍隊のイメージをぬぐい去るためにはどのようなPRをし、いわゆる一つのスライドを持って行って大いに宣伝をするのか、そういうようなところをお聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(江崎真澄君) たいへん適切な御質問をいただいて恐縮ですが、要するに、われわれとしては、やはり沖繩県民の全面的な協力がありませんというと自衛隊の効果を発揮することも期待できないわけです。したがって、どうするかとおっしゃるならば、先ほど申し上げたように、とりあえず練達な四十名のユニフォーム、そして復帰時点までには百名ぐらいまでにこれをふやしまして、そうして琉球政府等との話し合いもしながら、いまの自衛隊というものはこういうものだと、これは御指摘のPRの映画も持ってまいりましょうし、それから主として広報宣伝活動ですね、自衛隊の実態はこうだと、たとえばことしのような水飢饉があれば、そんなときにはこういう救助活動もするし民生協力もするんだといったような宣伝も当然するわけです。それから、いまの自衛隊にどう部内で配備するかという点につきましては、すでにこれは西部方面隊で寄り寄り人員を取りきめる作業の下準備に入っておるわけでありまして、協定が成立すれば、これはもうすみやかに要員を確保していかなければならぬと思っております。
○山田勇君 六九年の十一月の日米共同声明によって示されました極東の情勢の分析による見解は、近隣諸国、特に中国にとっては強い刺激を与えました。しかしながら、最近の極東の情勢は、中華人民共和国の国連加盟、米中の接近、またわが国にとっても中国との国交の樹立の世論が盛り上がっております。このような情勢であるのに、六九年の日米共同声明につながる返還協定は私は時代にマッチしたものではないと思っております。沖繩基地の態様、自衛隊の配備は政府として再考する必要が私はあると思います。と同時に、年明ければサンクレメンテで行なわれますニクソン・総理の会談においていわゆるこの日米共同声明、一度出しました共同声明というのはなかなか是正したり、訂正したり、修正したりすることのできない性格のものだということはよくわかります。新しくいまの極東情勢にマッチしたいわゆる新しい日米共同声明をニクソン大統領との話し合いのもとで出される意向がありますかどうか、総理にお尋ねいたします。
○国務大臣(佐藤榮作君) いろいろニクソン大統領と私との会談の問題など詰めておりますが、それを一体どういうようにするか、共同声明、これはどうもまあいまのところでは出すとまではきまっておりません。むしろ出さないほうじゃないかと、かように思います。
○山田勇君 返還協定調印に際して、政府は、国際情勢、過去また現在、未来に対する分析の見通しが間違っているとお思いになりませんか。
○国務大臣(福田赳夫君) まあ二年前の両首脳の共同声明、その後どういう変化が起こったかといいますれば、確かにベトナムですね。あの戦争はずいぶん私は緩和されておると思うのです、戦闘状況が。それからまた一番大きなできごとは何だといえば、これはニクソン大統領の訪中である。また次いで中国の国連参加である。また、われわれに一番近い朝鮮半島におきましても赤十字を中心とする南北会談なんかが開かれるという一連の緊張緩和ムードは出てきておると、こういうふうに思うんです。しかし、他方においてどうかというと、インド、パキスタンという問題がある。あるいは朝鮮半島におきまして、韓国による非常事態宣言というような事態もある。必ずしもまだこのムードというものが定着しておらぬと、こういう状態が現在の時点じゃあるまいか、そういうふうに思います。私どもはしかし、この緊張緩和のムードを定着させるための努力をしていくつもりでございまするけれども、まあ定着したという時点になりますると、われわれのこの沖繩の米軍基地というようなものに対する考え方はずいぶん変わってくるんじゃないかというふうには思いますけれども、現在この時点では、まだ二年前の考え方を変えるに至っておらぬと、こういうふうに考えます。
○山田勇君 国会決議や世論を無視した繊維の政府間協定の締結、また頭越しの米中の接近、ドル・ショック、国連における国府擁護の多数派工作の失敗、保利書簡にも見られる対中国接近の失態、さらには三百八円の為替レート、まあ最近起こった事件をどれ一つ取り上げても、いわゆる政府の見通しの正しかったものはない。このような判断に誤りのある政府が調印したいわゆる返還協定は、国民にはどうしても私は了解することはできないと思います。その責任をすみやかにとって佐藤内閣は退陣すべきだと私は思いますがいかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) まあ返還協定と申しますか、いわゆる核抜き・本土並み・早期返還、この三つの条件だけはこれによって達せられたと私は思っております。また、そういう意味で、いわゆるこれが全然期待に反するものだと、かようには思いません。いろいろ不平不満があり、また、きめ方についてもまだここをもう少しこうしたらどうだとか、ああしたらどうだとか、こういうような要望があることも私ども承知しております。ことに屋良主席から出された建議書などを見れば、ずいぶん不平不満があるなと、かように思いますけれども、それかといって、やっぱり返還協定は締結しろと、こういうのが皆さんのお気持ちではないでしょうか。そうして、まあ先ほども御議論がありまして、どうも返ってはくるが、しかし、どうもその返り方が不十分だと、そういう意味でわれわれも言うんだと、こういうようなお話、これが一番率直なものではないだろうかと、かように私は受けとめております。したがって、ただいま早期退陣ということを御要望なさいますが、この点は御意見として承っておきます。
○山田勇君 よく誤解を招くんですが、われわれがこういう質疑の内容の中で、決して私たちは返還を反対しているわけじゃないんです。内容の質疑です。 衆議院での強行採決は、政府・与党が衆議院条約先議権をたてにとり、日程に合わせて自然成立をたくらんだものであり、参議院軽視も私ははなはだしいと思うんですが、御意見を伺いたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) まあ、これについてはいろいろの御批判があるようです。私はそれは国会としてそういう問題についての処理が当然なされたものだと、かように私は考えております。
○山田勇君 四次防にも見られるような膨大な軍備の増強をする。これでは私は中国が軍国主義復活をおそれるのは無理もないと思います。中国が仮想敵国なら仮想敵国と、私ははっきりと言明し、なぜ日本としてはそう考えるかということを相手に示し、お互いの誤解があれば誤解を解くといった話し合いをするのが平和外交ではないか。黙っていて軍備の増強に力を入れていては、私はだれでも不気味に思うと思うんです。ですから、そういう点ではっきりとその中国の問題を含めて御意見を賜わりたいんです。
○国務大臣(江崎真澄君) ちょっと四次防が引き合いに出ましたので私申し上げますが、これは中国を仮想敵国などというようなことは、これはここで議論することも私は不穏当だと思うんです。そうなことはゆめにも考えておりません。四次防は、御承知のとおりゼロから出発した自衛隊でありまするので、これを着実に充実をしていこう、兵器も十年、十二、三年とだんだん年を経まするにつけて古くなります。その古くなったものを新しくしていこう。それから、世の中も豊かになってまいりましたので、隊員の環境整備もやはり世間並みにしていこう。教育内容も充実しよう。特に、御指摘のように国際情勢がほんとうに緩和の方向で極東の事情が平和的に定着してくるならば、そういうときには民生協力のいろいろな方途についても自衛隊の内容整備をしていこう。これをひっくるめてこれから計画していこうというのが四次防であります。したがいまして、たとえば大づかみに五兆円、これを五カ年間で充実整備しようと言っておりますが、ほんとに兵器を更新したり新しい兵器を調達するのは、その中の一兆五千億程度、あとは給与であったりあるいは自衛隊員の環境整備の経費であったりというわけでありまするから、これをさして軍国主義と言うことも当たらないと思いますし、ましてや、仮想敵国などということはゆめにも考えておりませんので、これはどうぞ十分御認識を願いたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 防衛庁長官から詳しく説明されましたが、仮想敵国を日本は持ちません。これははっきりしています。また、平和に徹するのでございます。したがいまして、旧陸軍だとか旧軍部のようなものは持たない。これは今日われわれが自衛隊のもとでわが国の安全を確保しようという、ただそれだけでございます。私は外国人から日本の軍国主義化を云々されることはともかくとして、日本人自身――皆さん方を含めてですよ――これが一体どういうように考えておるか。日本は軍国主義の道を歩んでいる、さような認識を持たれたらこれはたいへんだと思っております。私はそのほうが心配なのです。いまのような状態で、われわれが軍国主義の道を歩んでおらない、国力、国情に応じた相応の防衛、防備体制をつくっておる、かように御理解をいただきたいと思います。
○山田勇君 二度と戦争に巻き込まれたくないという沖繩を、復帰後、安保の中でかなめ石としての基地の位置づけをしております。まして基地のための公用地のいわゆる強制収用五カ年間、それにドル・ショックによる生活の不安、何一つ取り上げても沖繩の人々が喜んでいただけるようなものは何もないんではないかと思います。ただ返りさえすればよい、返ってからゆっくり考えるといった政府の態度は、あまりにも沖繩県民の心を理解せず、アメリカに隷属した屈辱的な態度としか言いようがございません。ここでもう一度協定のやり直しを実行し、沖繩県民のこれまでの苦労に報いなければ、同胞として悔いを千載に残すことになるように思いますが、いかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) いま、やり直すというような考えは持っておりません。とにかく早く日本に施政権を返してもらって、そうして一億国民、沖繩同胞ともども明るく豊かな沖繩、平和な沖繩県づくりに邁進したい、これが私どもの念願であります。
○山田勇君 AFRTS――米軍向けテレビ放送ではどの範囲まで届いておりますか。
○政府委員(藤木栄君) お答申し上げます。 米軍のテレビの局のことでございますが、これは五キロワットという電力でございまして、まあ基地の中心部をカバーしていると、そういうふうに私ども思っております。
○山田勇君 これは、返還後も存続するのですか。存続するんでしたら、返還を全然要求しないんですか。
○政府委員(藤木栄君) お答え申し上げます。 これは米軍の施設でございますから、返還後は、地位協定によりましてそのまま認めるということになるわけでございます。
○山田勇君 中央と地方の文化娯楽面での激しい格差がございます。テレビの文化面での影響は非常に大きいんですが、現在沖繩のテレビ局は民放が二局、OHKと三局しかない。ぜひAFRTSを日本の手で放送し、沖繩の文化の向上に資するように私は要求すべきだと思うんですが、いかがですか。
○国務大臣(廣瀬正雄君) AFRTSで放送いたしておりますテレビは、御承知のように一系統でございます。ところが、沖繩にはそのほかにOHKが一系統テレビを出しておりますし、民放は三局のうち二局がテレビを出しておりますわけでございまして、そのほかにOHKが近く教育専用のテレビを出すことになっておりますので、そういうことになりますと、AFRTSのほかにテレビが四系統あることになりますわけでございまして、そこで、先生御承知のように、本土の状況から考えますと、東京、大阪、名古屋というような広域圏におきましてはかなりたくさんテレビ出しておりますけれども、その他の全国の各県はほとんど四系統程度でございまして、特に沖繩よりも多いというような状況にございませんので、私はあえてAFRTSを日本に取り戻すというようなことは必要はないように考えておりますわけでございます。
○山田勇君 私たちは、喜屋武眞榮議員を中心として政府に対していわゆる返還協定の疑問点を機会あるごとにただしてきました。何ら納得のいく明確な答弁を聞くことができなかったと思います。沖繩県民が第二次大戦で体験した戦争の悲惨な現実、そして二十六年間の異民族支配による人権を踏みにじられた生活、これはいかにわれわれが理解しようとしてもとうてい沖繩の人の心になり切れるものではありません。それゆえに、沖繩の人々の要求するもの、希望するものをすべて満たして、二十六年間沖繩を見捨ててきたわれわれとしては、まだまだその苦労に報いたとは言えないのではないかと思います。それが、沖繩返還協定審議の最中に、少しでも沖繩の心をくみ入れてもらおうと、はるばると沖繩から建議書を携えて飛んできた屋良主席の声を聞くひまもなく、また、憲法上問題があるなどと恩着せがましいことを言いながらも国政に参加をさしてきた沖繩選出の議員には一言も発言をさせず、抜き打ち的な強行採決を仕組んだ政府・与党の行為は、わが国政史上ぬぐい去ることのできない一大汚点だと私は承知いたします。返還後にもいろんな問題がございます。数十時間のこの参議院においての審議の中でもいろいろと御答弁をなされました政府閣僚の皆さまも、どうかこの沖繩の人々の心を、一つでも真意をくみ取って、そうして返還の協定が終わった、批准が終わったということで沖繩ということを見ないで、これからなお一そう総理の言われる、より豊かな、そして明るい沖繩をつくるためにも、今後とも御努力をなされることを私は切に強く強く要望いたしまして私の質問を終わりたいと思います。(拍手)
○委員長(安井謙君) 以上で山田君の質疑は終わりました。 ―――――――――――――
○委員長(安井謙君) 先ほどの黒柳君の関連質問に対する政府の答弁がございます。
○国務大臣(江崎真澄君) 黒柳議員にお答えを申し上げます。 先ほどは御指摘いただいたのですが、にわかにその真偽を確かめることができなくて答弁が十分できなかったことをいかにも恐縮に思っております。そこで、実は早速横須賀にありまする米海軍司令部及びMSTS、すなわち輸送司令部でありまするが、この両者に照会を発しましたが、実はいまだに確たる回答に接しておりません。そこで、米大使館はしばしば、本土内には化学兵器は絶対持っておりませんと、核兵器についても絶対持っておりませんということを繰り返しておりますが、これは御提示のトランシップの書類、すなわち荷物の積みおろしの書類でありまするので、御指摘のような兵器が動いたと受け取れる節もないわけではありません。そこで、まあ私どもも係をして厳重に回答を求めたわけでありまするが、相手側も実は、御提示の書類等を見ないとどうも何とも言えないというようなことをとりあえずの電話では言っておるようであります。したがいまして、そういうふうに相手も言っておりまするので、この一連の疑惑につきましては、事重大でありまするので、岩国方式がとれればたいへんけっこうでありまするが、これは相当困難を伴うものと思いますが、しかし、なおそれを含めて、われわれ大いに努力をしてみたいと思いまするが、少なくとも現地司令官の責任ある回答を得たいと、このように考えておりまするので、御了承を願いたいと思います。
○黒柳明君 間もなく本会議も開かれる予定になっております。本来ならば、本会議もそっちのけにしてこの問題を詰めたいと私は思いますが、参議院の自主性の上から、自然承認を待つこともとうかと、こういう考えもあります。――客観的にはですよ。私はそんなこと考える必要ない立場です。ただし、いまおっしゃったように、そういうものが積みおろしされた節があるように思われると。私はもう先ほどの書類の上でもはっきり積みおろしされていると、こういうふうに断定したい。ただ相手があることです。残念ながら、いまの時間まで返事が来ない。ぜひともしっかりした返答をもらいたい。とともに、もしこれが積みおろしされたということになったら、これはもう、従来から言っていた、核はない、毒ガスは事前協議の対象にするまでもないことだ、ないんですよと、こう言っていた政府の立場は根底からこれはくずれることになる。 さらに、いまの荷物は佐世保が受け取り人になっている。私は先の発言のときに、佐世保に毒ガス倉庫があると。だから、いまの質問と一致するわけですね。佐世保が今度は受け取り人になって、横浜から佐世保に品物を出しているということ、これらの点につきましても、何たって、アメリカの返答が来ないといういまの時点であっては、煮詰めるわけにもいきません。ただし、書類上から積みおろしされたという疑わしき点がある、こういうことであります。疑わしいものは晴らさなければならぬ。とともに、ほかの基地に対しても前向きに検討もしていただきたい。先回もそう、また今回もそういう答弁ですが、今回こそはこれをやってもらいたい。そこで私は、いまの答弁で全面的に満足しません。そこで他の委員会にこの問題を保留したい。いま佐世保の問題も明らかにされておりません。こういうことで、いまのところは、これ以上並行線をたどるのもなにですから、私は強く、この問題について早急に結論を出すとともに、私はさらにこの審議を他の委員会で続行したい、こういうことであります。総理、ひとつよろしく前向きな姿勢をとっていただきたいと思います。 以上です。
○委員長(安井謙君) 以上をもって本件に対する質疑は全部終了いたしました。 暫時休憩し、八時再開、直ちに討論、採決に入ります。 暫時休憩いたします。 午後七時三十分休憩 ―――――・――――― 午後八時五分開会
○委員長(安井謙君) 委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を議題とし、これより討論に入ります。 御意見のおありの方は、賛否を明らかにして順次お述べを願います。西村関一君。
○西村関一君 私は、日本社会党を代表いたしまして、ただいま議題になっております琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件について、反対の討論をいたします。 このたびの沖繩返還協定が世界平和、世界の安全にとってプラスになるものと思われないのでございます。そのことは本委員会における審議を通じまして十分な解明をすることができなかったのでありますけれども、いろいろ問題をはらんでおる。政府、総理が平和に徹するということを言っておられますけれども、本協定の締結の過程、また内容等から見まして、総理が言っておられる点とうらはらの問題点が内包されておるということが、反対をいたします根本なのでございます。 核基地、ベトナム戦争、対共産主義国政策等、軍事的な、また国際政治の側面から見まして、沖繩返還協定は次のような問題点を持っていると思うのでございます。 沖繩返還協定は六九年の佐藤・ニクソン共同声明を基礎にしておりますことは、これは協定の条文の中で明らかであり、また、そのことは政府も認めておられるところでございます。共同声明の本旨は、今日の流動化いたしております国際情勢の中では現実にそぐわなくなっているのであります。つまり、依然として共産主義国に対する敵視政策、日米安保条約をアジア核安保条約に広げようとする内容を持つからでございます。このアメリカの極東軍事戦略に対して米軍の肩がわりをしようとする点、ベトナム戦争への協力が約されておるという点、ベトナム戦争は漸次終息に向かっておると思われますけれども、いまだにパリ会談における公正な南のベトナム臨時政府側の代表の七項目提案をもアメリカが受諾しない。それは、ベトナムからの米軍の撤退の期日、スケジュール、それを示すならば直ちに停戦すると言っているのでありますが、それさえも拒んでいる。撤退の事実は積み上げておりますけれども、なぜすなおにこれを受け入れることができないかというところにも、アメリカの強大国としてのかたくなな姿勢があるのでございまして、この点から見ましても、まだベトナム戦争が必ずしも楽観することができないという情勢にある。この点はまことに遺憾でございまして、そういう点からも本協定の中身をしさいに検討いたしますと、そういうアメリカの態度、姿勢、いまだに変わってないところの極東軍事戦略というものに加担をしていく、そういうことを約束しているものだと言われてもしかたがない点があるからでございます。 また、中華人民共和国が国連に復帰をいたしました。さらに南北朝鮮の会談が開始されまして、新しい国際情勢のきざしが出ておる。ベトナム戦争につきましては問題が残っておりますが、こういう中国の国連参加、中華人民共和国の国連復帰の問題、韓国におきましては非常事態の宣告がございますけれども、しかし、全体といたしましては南北の平和的な会談が続けられておる、努力されておるという、こういう国際情勢のきざしに対しまして、昔と同じような反共精神の土台に成り立つところのこの協定は、どんなものであるか。新しい世界情勢の変化に応じ、これに対処していこうとするものとは考えられないのでございます。共同声明とは別の沖繩返還協定を考えてまいりますならば別でございますけれども、共同声明を基礎とする本沖繩返還協定については、どうしても賛成することができないのでございます。 第二の反対の理由は、沖繩の人々の人権と福祉にプラスするどころかマイナスになる面が多分にあるからでございます。沖繩に対する歴史的な差別、苦難、本土との格差や本土による事実上の経済的締めつけ、現在いまだに是正されていないところの不平等の問題、こういう点が本協定の中においてどのように処理されるかということについて考えられていないことであります。とにかく復帰してからこれらの問題の解決に取りかかると言われますけれども、対米交渉の結果できました、調印されましたところの本協定の中で、そういう問題が解決への端緒を見つけることができない。むしろこれと逆な要素が本協定の中にあるのでございます。その上で沖繩に対し、明治初期に北海道開発のために北海道開拓使をつくられたようなそういう意欲的な姿勢が、本協定を結ぶにあたっての沖繩に対する政府の姿勢の中に――担当大臣の努力も認めないわけではございませんけれども――具体的に意欲的な姿勢が見られないという点であります。 第三点は、日本全体の将来にわたるところの平和と民主主義のために本協定は役立たないばかりか、プラスになるという面が少しもないばかりか、マイナスになるという面が非常に多いからでございます。それは、日本国憲法にどこまで忠実な返還なのであるか。返還協定によって憲法の精神がくずされていく、空洞化されていくということはたいへんなことだと思うのでございます。憲法を守っていくということは、言うまでもなく政府の中心的な課題であり、使命でございます。その憲法の精神がじゅうりんされていく、空洞化されていくということが、この協定の中に一ぱいあるということでございます。それは、いままでの審議の中におきましても明らかになってまいりましたように、本協定に基づいて提案されておりますところの公用地暫定使用法案でありますとか、本協定の中において政府はアメリカに対して請求権を放棄しておる、裁判を引き継ぐところの問題など、これは主権国家としての日本のとるべき態度ではないと思うのでございまして、特に米軍基地の継続、これも本協定の中にうたわれておるところでございまして、数々の憲法違反の行為を沖繩の人々に強要するものがこの協定の中にあることでございます。これは、平和と民主主義のために、日本の将来のために、このような協定を結ぶことは日本の平和と民主主義をくずすことになると思うからでございます。憲法に対しまして、いまの本土よりも沖繩の人々のほうがより敏感であり、より忠実であると思われます。ある意味におきまして、戦中戦後を通じまして、また長い沖繩の歴史を通じまして、あれだけの苦渋に満ちた長い試練の時を過ごしてまいりました沖繩の人は、平和で民主的な憲法によって、この憲法の行なわれておるところの日本に復帰したいということを願うのは当然でございまして、その憲法が沖繩においては本協定の中で空洞化されていくということに対して大きな失望を感ずることは当然でございます。それだけに、憲法に対して沖繩の人々はわれわれよりも一そう切実にこのような感を抱いておる。われわれはむしろ沖繩の人々にならわなければならないと思うのでございます。その意味で、沖繩が日本に返るというよりも、本土と沖繩がともに憲法に返る、もう一度民主平和憲法に返るという姿勢がなければならないと思うのでございます。日本の一部であるところの沖繩だけに憲法空白の地帯を著しくつくるということは、絶対に許されないと思うのでございます。 以上をもちまして、私は、社会党を代表する反対の討論といたします。(拍手)
○委員長(安井謙君) 高田浩運君。
○高田浩運君 私は、自由民主党を代表いたしまして、ただいま議題となりました琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件に対し、賛成の討論を行なうものであります。 過ぐる大戦において沖繩県民は十七万人のとうとい犠牲を払い、自来二十六年の長きにわたって異民族の統治下に置かれ、苦難の道をたどってまいりました。いまここに、沖繩県民にとって何ものにもかえがたい願望である日本への復帰がいよいよ明年実現されようといたしておりますことは、まことに欣快にたえないところであります。 沖繩の返還は本協定を批准することによって行なわれます。協定の批准を拒否することは、沖繩が返ってこないということであります。われわれは、いま、そのいずれを選ぶかという選択と決断の場に立っております。みずから選択したことに伴う結果と責任は、みずからが背負わなければなりません。したがって、この選択はきわめて重大なる決断であります。 この協定は、必ずしも完全無欠なものではないかもしれません。しかし、そもそも本件は、敗戦によって失ったものを外交交渉によって返還させようとするものであります。およそ戦争によって失われた領土を平和的話し合いによって取り返したことは、長い世界史の上でもきわめてまれなことであります。 わが国が、戦勝国の立場に立った日清戦争における下関条約、日露戦争におけるポーツマス条約の当時における国民の不満を顧みてみましても、戦争の処理に関する外交交渉がいかに困難なものであるか、察して余りがあります。 佐藤総理はじめ関係者が政治生命をかけ、全力を尽くして外交交渉に当たり妥結したのがこの協定でございます。 われわれは、沖繩百万同胞の置かれた境遇と心情を考え、また、日本の長い将来を案じ、この際、沖繩の復帰の道を選ばんとするものであります。これが現時点における至高の価値と考えるからでございます。もしそれ協定の批准拒否の道を選ばんか、沖繩百万同胞の悲願はいつの日に結実するのでありましょうか。その日を見通すことはできません。それではたしてよいのでありましょうか。この道はわれわれとしてまさしくとらざるところであり、強く反対するものであります。 以下本協定に賛成する理由を述べます。 まず第一に、この協定は、日米友好の基礎の上に締結されたものでありまして、日米の友好関係がこれによってますます強化されると思うからでございます。そして沖繩の復帰は、まさに日本が、いわゆる戦後体制から脱却し、名実ともに新しい出発を行なうものとして私はその意義を高く評価いたすものであります。 第二は、共同声明に取りきめました核抜き・本土並みの原則が、協定本文に完全に貫かれているという点であります。 まず、核抜きにつきましては、一昨年十一月の日米共同声明第八項が協定第七条に条文化されておりますほか、米上院外交委員会におけるロジャース国務長官及びパッカード国防次官の証言等を見ましても、復帰時に沖繩に核が存在しないことは、何ら疑う余地がないものであります。 戦後日本が国際社会に復帰した平和条約に反対し、わが国の平和、安全、繁栄に寄与した日米安保条約を認めようとせず、さらに今回の日米両国の最高責任者同士が取りきめた条約にもいたずらなる疑惑を持つという態度は、われわれの断じてとらさるところであり、このような考え方に対しては強く反対するものであります。 次に、本土並みにつきましては、愛知・マイヤー覚書に基づき、基地の縮小がはかられておりますほか、政府においても、今後の縮小に努力する旨の言明がありまして、大いに期待できるのであります。 基地使用の態様についても、協定第二条により、復帰後の沖繩には、安保条約とその関連取りきめがそのまま何ら変更なく適用されるのでありますから、したがって、基地の自由使用や自由出撃はあり得ないことも明白でございます。 核の再持ち込みにつきましても、政府は、事前協議にあたっては拒否することを断言いたしております。本土、沖繩を通じ、非核三原則が厳然と貫かれております。 そのほか、いわゆる請求権問題の処理及びVOAの存続につきましては、政府は、沖繩県民の立場を十分尊重され、その解決のため、今後一そう配慮されることを確信いたします。 次は、沖繩の七二年復帰の実現であります。 われわれは、沖繩県民が、敗戦の結果とはいえ、今日まで異民族の支配下でいかに耐えてきたか、苦難の道を歩いてきたかを思うとき、一日も早く復帰を実現さすべきであります。本協定の成立により、所期のごとく七二年返還が実現し、名実ともにわれわれの沖繩県となることを心から喜ぶものであります。 いまや沖繩は、長い異民族の支配から離れて祖国日本へ返還されようとしております。この意義深い現実の前に、われわれは、さきの大戦以来、想像に絶する犠牲と苦難と忍苦に耐え、そして、それを乗り越えて今日までこられた沖繩百万の同胞、並びに、あるいは戦争に倒れ、あるいはその後、世を去られた数多くの先人の心情を察するとき、厳粛にして敬虔なる気持ちを持って、国をあげて沖繩の今後の発展と百万同胞の福祉向上のため、できる限りの力を尽くすべしとするものであります。 われわれは、本協定のみならず沖繩関連法案もすみやかに成立させ、沖繩を一日も早く祖国に復帰させ、沖繩県民の心の叫びに報いなければならぬと固く信ずるものであります。 以上をもって沖繩返還協定に対する私の賛成討論を終わります。(拍手)
○委員長(安井謙君) 黒柳明君。
○黒柳明君 私は、公明党を代表しまして、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の批准を求めるの件に対しまして、反対の討論を行ないます。 ただいまの賛成討論にありましたように、非常に内容が矛盾しております。いわゆる協定成立、しからずんば返還不能と、この二者択一を沖繩島民に求めることは、これは非常に残酷なことであります。しかも、協定の内容自体、政府で、十分なものでないと認めながら、それを批准しろと、しかも、グッドなものをベター、ベストにする努力をしてきたのかというと、政府なりに、したとは言いますものの、この衆議院、参議院を通じましての審議の過程においては、必ずしも一〇〇%十分な努力もしていない、こういう事実が幾多出たわけであります。こういう点につきまして、私は賛成討論に対して非常に矛盾を感ずるものであります。 まず、沖繩の祖国復帰は、沖繩県民はもとより、日本国民の長年の願望であり、一刻も早く実現されることを願っておることは言うまでもありません。しかし、衆・参両院の審議を通じ、また、琉球政府の「復帰措置に関する建議書」に明白なごとく、本協定が沖繩県民の要求とはほど遠いものであることに対して、まことに遺憾の意を表せざるを得ないのであります。 琉球政府の屋良主席は、「沖繩の祖国復帰の正しい姿は、民主、平和、平等の日本国憲法のもとに差別のない権利を回復することだ。そのためには、即時無条件全面返還以外にはあり得ないと信じ、それを強く叫び、主張してきた」のですと述べております。私たちもまた、日本の領土である沖繩が、その施政権の返還にあたって、無条件全面返還がなされることを当初より主張してきたのであります。なぜかならば、この一点こそが、戦後二十六年もの間、外国の不当な軍事支配のもとに忍従をしいられ続けてきた沖繩県民の悲願を達成する唯一の道であるからであります。にもかかわらず、政府は、一九六九年の佐藤・ニクソン共同声明を基礎にして、これを法的に返還協定という名で固定化し、アメリカの極東戦略体制をそのまま容認して、沖繩をアジアのかなめ石として永続化を行なおうとしているのであります。 わが党が、本協定案件に反対する理由として、衆議院において十分な審議過程を尽くさずして強行採決をし、あいまいな答弁によって納得のいく解明がなされていないこと。そして、今国会の総理の所信表明演説と沖繩返還協定を照合する場合、いたるところで欺瞞がひそんでいるからであります。 すなわち、返還協定は、一九六九年の佐藤・ニクソン共同声明を基礎にして、これを法的に返還協定という名で固定化したいわゆる新、そして第三の安保条約とも言うべき性格のものであることであります。 佐藤・ニクソン共同声明は、沖繩の米軍基地の重要性を強調し、有事の際には、安保条約に基づく事前協議を弾力的に運用することを約し、中国封じ込め、アメリカの極東核戦略体制にわが国を組み込み、さらに、ニクソン・ドクトリンによって、アジアにおけるアメリカの肩がわりを日本に押しつけようとするなど、きわめて重大かつ危険なものであります。 この共同声明を基礎とした返還協定によって、事実上、沖繩は米軍基地の自由使用のままで日本に返還され、核兵器撤去の確認及び再持ち込みの禁止も明らかにされないのであります。すなわち、佐藤総理の言った核抜きは、返還協定そのものが明確に一九六九年十一月の佐藤・ニクソン共同声明に基づく限り、その第七項に示される「日本を含む極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない」及び第八項の核兵器と事前協議の関係で、「米国政府の立場を害することなく」ということは重大な意味を持つことは明白であります。しかも、返還協定で、返還が、共同声明の基礎の上に行なわれることを確認していることは、返還後の沖繩の実態が、共同声明の諸項目から逸脱できないことを約束したことにほかならないのであります。したがって、委員会審査を通じまして、核撤去、再持ち込み、事前協議の問題等において、政府が明確な答弁をなし得ず、また、わが党が事前に本国会までに対米交渉を要求した「核撤去、再持ち込みのないことを立証する交換公文」の取りつけ、また、事前協議に関する「合意議事録」の提出も実現しなかったと判断するものであります。 さらにまた、このまま推移すれば、沖繩米軍基地の態様、機能の継続使用がなされてしまうのであります。米軍の核戦略体制は依然として沖繩を最重要基地として置くことは明瞭であります。かかる返還協定が、「日米修好百年の歴史に、さらに輝かしい一ページを書き加える」という総理のことばは、いかなる思考方法から出たのか疑問であります。 以上に述べたごとく、日本の危険負担と、さらに言うならば、核撤去の負担はその内容が明確になされないままの状態でいまこの協定が成立をされようとしております。 さらに、対米請求権についても、沖繩県民の正当な権利が放棄されるなど、県民の意思を踏みにじるものと言わざるを得ないのであります。 以上、反対の理由を述べてまいりましたが、現在、日本の平和への進路の重大なものの一つは沖繩返還にかかっていると言っても過言ではないと主張するものであります。 いまからでも決しておそくはありません。忍従の四半世紀を経てにじみ出る琉球政府の建議書を尊重し、その内容がすべて実現されることが、沖繩に報い、日本を平和に導く唯一の進路であることを訴え、私の反対討論を終わります。(拍手)
○委員長(安井謙君) 柴田利右エ門君。
○柴田利右エ門君 私は、民社党を代表して、ただいま議題となっている琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件に対し、反対の討論をいたします。 第一の理由は、この協定では、核ぬき・本土並みとはとうていいいがたいということであります。 核抜きについては、衆議院で決議が採択されるという前向きの成果がありましたが、しかし、今日まで政府はたびたび、返還時までには核の存在しないことを何らかの形で明確にすると断言されているが、米政府からの公式声明は、いまだ実現をされていないように、依然としてあいまいであります。基地についても、基地の中の沖繩、金網におおわれた沖繩という現状はほとんど変わらず、現存基地の七五%がそのまま存続し、しかも、今後の返還スケジュールがばく然としていて具体的に示されていないというありさまであります。また、VOA放送についても、電波法に違反した措置を認め、これを存置させるというように、本土並みという原則は完全に形骸化していることは明らかであります。また特殊部隊の取り扱いについても、そのほとんどの部隊についてその存続を認めようとし、それらの行動についてこれを安保のワク内にとどめるとしております。また、対米請求権についても、これを一方的に放棄したことは明らかな譲歩であり、これでは沖繩県民を納得させることはとうてい困難であります。さらに米国資産の引き継ぎについて、その歴史的経過からして、本来わが国が買い取る性質でないものまでも、これを買い取ろうとしていることは納得できません。その他裁判の効力引き継ぎについても、はたして復帰後再審の道が講じられるかいなか必ずしも明確ではありません。私は以上の諸点から、わが党が当初より主張してきた核抜き・本土並みとは言いがたいと考えるものであります。 第二の理由は、今回の協定調印後、たとえばニクソン米大統領の訪中決定等の国際情勢の大きな変化があったにもかかわらず、これらの情勢変化が無視されている点であります。特にニクソン大統領訪中決定という新たな事態の発生により、沖繩返還協定の基礎となっている佐藤・ニクソン共同声明、その骨格をなす米極東戦略、なかんずく中国封じ込め戦略の根本的な転換を必至とする情勢にあるにもかかわらず、従来の戦略遂行のための基地施設をそのまま存置することは、極東の緊張緩和にわが国が逆行する結果になるのであり、わが国として容認すべきではありません。しかも、これに加えて、政府が六千八百人にものぼる自衛隊を沖繩に派遣せんとしていることは、いずれ第四次防検討の中で審議されることであり、返還と同時にこれを実施することは、全く国際情勢を無視したものと言わざるを得ません。 反対理由の第三は、今回の沖繩返還にあたっての政府の政治姿勢についてであります。 政府は、今回の沖繩返還についてそれが世紀の偉業と自画自賛し、この立場から沖繩県民に対していわば恩恵的な姿勢をとっております。しかも、その一方で米国に対しては、先ほど述べたVOAの存続や請求権の放棄などに見られるように、一方的と言っても過言でないほどの譲歩を行なっております。こうした政府の姿勢では沖繩県民の歴史的な根強い本土不信は拍車がかかりこそすれ、決して解消するものではありません。これでは、たとえ形の上での一体化はできても、沖繩県民と本土国民をつなぐ心の一体化は不可能と言わざるを得ません。 私は以上の理由から、本件に対し強く反対いたします。(拍手)
○委員長(安井謙君) 星野力君。
○星野力君 私は、日本共産党を代表して、日米沖繩協定の承認案件に反対討論を行ないます。 最初に指摘しておかなくてはならないのは、二十六年間の長きにわたってアメリカの軍事的、植民地的占領下に置かれてきた沖繩県を一刻も早く日本に返還させるのはきわめて当然のことであり、またすべての国民の望むところであります。このため、わが党も一貫して、核も基地もない沖繩の即時、無条件、全面返還のために努力してまいりました。 ところが、この沖繩協定は、百万沖繩県民をはじめ国民の要求を踏みにじって、核戦力部隊、各種特殊部隊を含む沖繩米軍基地をそっくりそのまま残し、米軍占領下で筆舌に尽くしがたい犠牲や損失を受けた県民の賠償請求権を放棄するなど、きわめて攻撃的、侵略的、屈辱的な内容のものであります。このため、沖繩県民の大多数をはじめ国民の多くはこの協定に反対しているのであります。それにもかかわらず、政府・自民党は、衆議院でわずか二十三時間余の審議をしただけで、案件の自然成立を前提条件に不法な暴力的な強行採決を行ない、さらに参議院でも十分な審議を尽くそうとしないことに強く抗議するものであります。 反対の理由の第一は、この協定が日米安保条約の変質を目ざした一九六九年十一月の日米共同声明を条約化するものであり、アメリカのアジアにおける反共軍事同盟に日本を一そう深く組み入れ、対米従属下の日本軍国主義復活強化を新たな段階に推し進める侵略的な日米取りきめだからであります。 この協定の基礎となっている日米共同声明は、その第四項で、韓国、台湾の安全を日本の安全と同一視し、ベトナム――インドシナでのアメリカの侵略戦争への協力を強化し、第七項で、極東諸国防衛のため米国が負っている国際義務の効果的遂行を妨げないことを約束し、極東のかなめ石である沖繩米軍基地の軍事的価値を施政権返還後も保持しようとしているのであります。第六項で沖繩防衛の責任を日本が引き受けることを約束し、自衛隊を配備しようとしているのは、まさにこのようなかなめ石としての沖繩の米軍基地を防衛するためにほかなりません。 日米共同声明とそれを基礎とする日米沖繩協定、久保・カーチス取りきめなど関連諸取りきめは、現在アメリカが沖繩を基地として行なっているベトナム-インドシナ侵略戦争を返還後も公然と続けることを容認するものであり、さらに朝鮮、中国に対する軍事行動の必要が生じた場合、日本自衛隊との密接な連携作戦のもとに、沖繩をはじめ日本全土からの出撃を可能にするというきわめて危険な内容を持つものであります。 協定第三条でアメリカに提供する施設・区域には、緊急出撃を任務とする米第三海兵隊をはじめ、他国の領内に潜入して破壊活動を行なうことを任務とするゲリラ戦専門部隊グリーンベレー、謀略的な心理戦争専門の第七心理作戦部隊、CIA部隊SR71など、従来安保のワク外とされていた侵略部隊がそのまま存続することになっていますが、これら特殊部隊を安保条約下に組み入れることによって安保条約の侵略的、攻撃的本質を一そうむき出しにするものであります。 政府は、事前協議が適用になるから心配ないと説明してきましたが、わが党の追及で明らかになったように、現在沖繩から行なわれているベトナム侵略のためのB52空中給油、海兵隊のベトナム出動、SR71スパイ機の連日の発進など、米軍の軍事行動のどれ一つとして政府はこれを事前協議の対象にしようとは考えず、事前協議制度は全く空洞化するのであります。 沖繩の核基地についても、政府は非核三原則の順守を口にしますが、わが党が委員会で米軍自身の資料をもとにして繰り返し具体的に暴露してきた核攻撃訓練や、核攻撃準備、核攻撃部隊の居すわりの事実を真剣に調査しようとしておりません。常時核攻撃訓練を行ない、原子砲など核装備を行なっている米軍の存続を認めることは、有事核持ち込みの道を用意している証拠であります。 日米沖繩協定の危険な本質はそれだけではありません。わが党の追及の中で明らかなように、政府は事実上米第五空軍の指揮下で日米共同防衛を効果的に行なうことを取りきめた松前・バーンズ協定の沖繩適用によって、憲法はもちろん、自衛隊法をさえ逸脱して、本来米軍を防衛する任務を持ち得ない自衛隊に沖繩米軍基地防衛の任務を引き受けさせ、半径一千キロ以上の南と西の太平洋地域を公海公空防衛という名のもとに防衛区域を拡大し、日米混合軍事体制をつくり上げようとしております。 この協定批准と前後して実行に移されようとしている第四次防衛力整備計画は、まさにこの点を中心に置いたきわめて侵略的な計画であり、断じて許すことのできないものであります。 このように沖繩協定とそれをめぐる日米取りきめは、日本の安全にとってきわめて危険なものであり、われわれの絶対容認できないものであります。 第二に、私が深い憤りをもって指摘しなければならないのは、この協定の屈辱的な内容であります。 沖繩県民は、四分の一世紀にも及ぶアメリカの軍事占領のもとでの米軍の残虐な仕打ちによって、筆舌に尽くしがたい苦しみを受け、生命、財産に大きな損害をこうむってきました。こうした損害を完全に賠償させることは、被害者である沖繩県民の当然の権利であり、国際法上の原則でもあります。ところが、政府は、協定第四条で、日本側の賠償請求権を全面的に放棄しています。これは、県民の被害の賠償、侵された人権の回復という政府の責任の放棄であり、アメリカの不法な占領支配を正当化するものであります。その一方、この協定は、当然沖繩県民に無償で引き継がれ、何ら金を支払うべき根拠のない電力、水道、開発金融公社その他の資産などに対して、三億二千万ドルの国民の血税を支払い、施政権を買い取るという全く屈辱的なものであります。 また協定第五条では、米占領下の不当な刑事裁判を有効として引き継ぎ、復帰後の裁判に占領中の米軍の布令、布告も適用できるとしております。これは日本国憲法下の法体系と根本的に矛盾し、独立国としては世界に類例のない、主権の放棄にひとしい反民族的な内容であり、断じて許さるべきものではありません。 さらにわが国の電波法にまっこうから違反した反共謀略放送VOA、極東放送の存続問題、沖繩における米国企業の特権の擁護など、この協定は、アメリカの占領下の権益、権限を最大限に保護し、不法な占領支配を正当化している反面、耐えがたい苦しみを受けてきた沖繩県民の権利や利益を何ら守ろうとせず、今後長期にわたって米軍の半占領下につなぎとめ、県民の生活を苦しめる反民族的な屈辱的な内容であることを示しております。国の進路と国民の運命に重大なかかわりを持つこの協定を、政府自民党は、衆議院では自然成立を前提にわずか二十時間余の審議だけで強行採決を行なった。私は、ここに、この協定の隠された危険性がにじみ出ていると同時に、アメリカに従属し、国の進路を一そう危険な方向に導こうとする政府・自民党のねらいが秘められていることを指摘し、きびしく糾弾するものであります。 いま、アメリカのベトナム侵略戦争を中心とする戦争と侵略の政策は大きく破綻し、いわゆるドル危機も一そう深刻化する中で、アメリカは苦塩から脱出するため、ニクソン・ドクトリンへの協力、加担を日本に押しつけてきております。 戦後二十六年間、一貫してアメリカに従属してきた政府・自民党の政治、外交路線がいま大きな矛盾と困難に直面する中で、ニクソン・ドクトリンの具体化である沖繩協定が日本を一そう危険な方向に導くものであることを指摘して、私の反対討論を終わります。(拍手)
○委員長(安井謙君) 以上で本件に対する討論は終局いたしました。 これより採決に入ります。 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件を問題に供します。 本件を承認することに賛成の方の起立を願います。 〔賛成者起立〕
○委員長(安井謙君) 多数と認めます。よって、本件は多数をもって承認すべきものと決定いたしました。(拍手) なお、本件について本院規則第七十二条により議長に提出すべき報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(安井謙君) 御異議ないものと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後八時五十二分散会 ―――――・――――― 派遣委員報告書 「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメ リカ合衆国との間の協定の締結について承認を求 めるの件」に関する、いわゆる地方公聴会を福岡 において開催するため、米田正文理事、高田浩運 理事、春日正一理事、川上為治委員、寺本広作委 員、平島敏夫委員、小野明委員、鈴木美枝子委 員、内田善利委員及び柴田利右エ門委員の十名が 現地に派遣された。 公聴会は十二月二十日午前十一時五分より、午 後四時七分まで福岡県町村会館において開会さ れ、 西南大学教授 西井 竜生君 徳水株式会社社 長 徳島喜太郎君 九州産業大学教 授 新川 伝助君 熊本県泗水町長 増田 義孝君 福岡県民間労働 組合協議会会長 宮田 早苗君 鹿児島青年会議 所理事長 大西 洋逸君 西南大学教授 白井 正君 株式会社高田工 業所社長 高田 寿夫君 以上八名の意見陳述人(以下公述人という。)か ら順次、約十五分ずつ意見の開陳を求め、これに 対し派遣委員が質疑を行なった。 なお、公聴会における公述人の意見及び質疑応 答の詳細は、公聴会速記録を参照されたい。 ――――――――――――― 福岡公聴会速記録 昭和四十六年十二月二十日(月曜日) 場所 福岡市天神 福岡県町村会館 出席者は左のとおり。 派遣委員 団 長 理事 米田 正文君 理事 高田 浩運君 理事 春日 正一君 川上 為治君 寺本 広作君 平島 敏夫君 小野 明君 鈴木美枝子君 内田 善利君 柴田利右エ門君 公述人 西南大学教授 西井 竜生君 徳水株式会社社 長 徳島喜太郎君 九州産業大学教 授 新川 伝助君 熊本県泗水町長 増田 義孝君 福岡県民間労働 組合協議会会長 宮田 早苗君 鹿児島青年会議 所理事長 大西 洋逸君 西南大学教授 白井 正君 株式会社高田工 業所社長 高田 寿夫君 ――――――――――――― 〔午前十一時五分開会〕
○団長(米田正文君) ただいまから参議院沖繩返還協定特別委員会福岡公聴会を開会いたします。 私派遣委員団団長として、本日の会議の座長をつとめさせていただきます米田でございます。 この際派遣委員を代表して、一言ごあいさつを申し上げます。私ども参議院沖繩返還協定特別委員会におきましては、目下「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件」につきまして審議中でございます。本案件は、国民的関心を有するきわめて重要な案件でありますので、慎重に審査を進めてまいっております。本日は本委員会の今後の審査に資するため、本問題に関心を有しておられる方々、あるいは、学識経験者の方々に御出席を願い、それぞれの立場から率直な御意見を伺いたいと存じ、当地に参上いたしましたところ、御多用中にもかかわらず、私どものために御出席をいただき、厚く御礼を申し上げます。 当地において公聴会を開会するに至りました経緯につきましては、当地が東京、大阪に次ぐ重要な都市であり、また、本案件に非常に関係が深い等の理由によるものであります。 また、本日この会開催にあたり、一方ならぬ御配慮をいただきました県当局並びに関係各位に対し、厚く御礼申し上げる次第であります。 次に、われわれ委員を紹介いたします。こちらから理事の高田浩運君でございます。同じく理事の春日正一君であります。次に川上為治君、寺本広作君、平島敏夫君、小野明君、鈴木美枝子君、内田善利君、柴田利右エ門君、以上でございます。 次に、御意見を賜わります公述人の方々を御紹介申し上げます。こちらから西南大学法学部教授西井竜生君、徳水株式会社社長徳島喜太郎君、九州産業大学教授新川伝助君、熊本県泗水町長増田義孝君、以上四君のほかに、午後の会議におきましては、宮田、大西、白井、高田の四君から御意見の御開陳を願うことになっております。 次に、議事の順序等について申し上げます。公述人各位から御意見を賜わる問題は、「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件」でございます。すでに新聞その他により御承知のことと存じますが、案件並びに参考資料を差し上げてございますので、その内容については御承知と存じます。どうかこの機会に忌憚のない御意見をお述べくださることをお願い申し上げます。時間の関係上、御開陳の時間はお一人当たり十五分以内といたしますので、よろしくお願いをいたしまます。発言の順序は私から順次指名させていただきます。 それから、御意見を賜わりました後に、委員から御質問申し上げることにいたしておりますので、その際はなるべく簡明にお答えを願いたいと存じます。 なお、本日の会議の趣旨は、皆さま方から御意見を拝聴いたすことにありますので、私どもに対する御質問は恐縮ながら御遠慮を願いたいと存じます。 また、なるべく円滑に会議を進めてまいりたいと存じますので、発言をなさる方は座長の許可を得てからお願いをいたします。 傍聴人の方々におかれましては、静粛に会議の進行に御協力をくださいますように、お願いをいたします。 なお、会議終了の予定は午後四時としておりますので、御了承を願っておきます。 それでは、これより公述人の方の御意見を承ります。西南大学法学部教授西井竜生君。
○公述人(西井竜生君) 公聴会にあたりまして、意見を述べる機会を得ましたことを光栄に思います。しかしながら、すでに衆議院の沖繩特別委員会において強行採決が行なわれた後において、あと二、三日すれば自然成立するという、このような時期に公聴会が開かれたということについては、はなはだ遺憾に思っております。 時間が非常に限られておりますので、いろいろ本沖繩返還協定につきましては、疑問があるわけでございますけれども、そのうちのごく二、三をかいつまんで述べたいと思います。 まず第一に、返還協定の中の対米請求権の放棄の問題について申し述べたいというふうに思います。それは、この返還にあたりまして両国間の関係を簡潔かつ有機的に決済をするという趣旨で、日本政府によって全面的に放棄されております。この中身として沖繩の現地における返還対策会議などにおきましては、講和前の人身損害、あるいは、軍用地の復元の費用、あるいは、漁業権の侵害、あるいは、軍用地の接収による損失、それから、軍用地の賃貸料の据え置きによる損失、それから、入り会い権、個人所有じゃなくて、部落などの所有によって草木の伐採・植林などが行なわれておる、こういう入り会い権の損害、それから、講和後の人身損害、あるいは、つぶれ地、減失地、そのほか、騒音あるいは石油、あるいは、コバルト六五ですかの流出などによる、こういう基地特有の損害、これらのものがあるんだというふうに言われております。それを日本政府がなぜこの返還の際にあたって、アメリカに対して請求をすることを放棄しなければならないのか、その点について、私にはどうも理解がよくいかないところであります。しかし、もし政府の言われるように、有機的にかつ簡便に処理するということから放棄されるのであれば、被害を受けた人たちがその請求権を放棄するという意思を表明していない以上、これは日本政府に対して請求をするということにならざるを得ないと思います。その際に、今度の返還に関連する諸法案を見ましても、わずかに防衛庁法案の中に、講和前の人身損害についての見舞い金を支払うことができるということがきめられておるだけであります。防衛庁法案の中になぜこれが入ってきたのかも、私の了解しにくいところでありますけれども、その際に、これは講和時に一部分はすでに決済が済んでおりますが、それとの均衡を失しない程度で見舞い金を支給することができると、こういうふうになっておるようでございますが、それでは、ほんとうの意味での損害賠償にならないのではないかと、それは単なる見舞い金であって、損害賠償として支払われるのではなく、きわめて恩恵的な恣意的なものであるというふうな感じを免れないわけであります。それ以外のものについては、どうも私関連法案を見ましたところでは、何にも特別の措置は講じられていないように思います。そうなると、沖繩の人たちは、日本政府に対して、これを裁判で請求をするという以外にないということになるのではないか。それは御存じのように、非常にたいへんな金と労力と、そして、時間を必要とすることであります。場合によっては、そのためにこの請求自体が断念されざるを得ないということになるおそれがあるんではないかと思われます。このような点につきまして、そのような損害があるということについては十分予想されており、それから、県民の間の要求もあるわけですから、これを調査の上、迅速かつ確実に支払うという方途を、政府としては講じていただきたかったといろのが私の意見であります。 それから、次に、返還協定の中では、アメリカの資産の買い取りを含んで、三億二千万ドルの供与のことがきめられております。三億二千万ドルというたいへん巨額の金を、琉球開発公社あるいは琉球電力、琉球水道公社などのこれら、並びにそれ以外の那覇空港の施設でありますとか、あるいは、英語センターの建物であるとか、あるいは、基地の外の道路であるとか、航空保安施設であるとか、港湾標識であるとか、こういうふうなものについて、これを買い取ることとしておりますけれども、これらの施設あるいは費用は、沖繩が米軍の施政下に置かれておったことによって、米軍に必要とされた施設あるいは費用ではないのか。それをこの際返還するにあたって、なぜ日本政府が負担しなければならないのかということは、どうも納得のいかない点であります。この三億二千万ドルの中に、日米共同声明の中に、第八項で、日本側の核に対する特別な国民感情、これをアメリカの大統領が十分に深い理解を示した上で、アメリカの安保条約に関する事前協議制をそこなわないように配慮しながら、日本国の政策に背馳しないように処置するという、たいへん遠回しの言い方ですけれども、そういう共同声明の第八項がございます。それに必要とするところの費用として、七千万ドルを日本政府は支払うということが、その中に含まれておるわけでございますが、その際に、一体現在沖繩に核部隊がどれだけあって、そのうちの全部あるいは一部のどれを、いつまでに撤去するかということについては、具体的に取りきめがないように思います。したがって、ここで問題になっておるのは、その三億二千万ドルという日本政府の支払う金の中に、そのような第八項に関するといわれておる七千万ドルが含まれておるということであって、このことは一体日本政府が言っておられますように、核部隊を撤去する、したがって、それによって核がなくなるという保証が日米両国政府の間に行なわれたということになるのかどうかという点について、私は遺憾ながら疑問を抱かざるを得ないわけであります。 ここで問題になっておるのは、単に七千万ドルを支払うということであって、その明細がはっきりしない以上、核がなくなるという保証は遺憾ながらないのではないかという感じをぬぐいされないわけであります。 それから、基地の労働者の今度施政権を返還をいたしますと、日本本土と同じような取り扱いをすると。そこで、退職の際にその差額として七千五百万ドルを支払うんだということが、そこで取りきめられておりますけれども、そのような費用、これは、なぜ日本政府が肩がわりしなければならないのか。向こうで働いておる、米軍の基地で働いておる労働者、その退職金を日本並みに引き上げるための差額の負担をなぜ日本政府が、そのように七千五百万ドルも負担しなければならないかということも、同様に私には理解に苦しむところであります。どうもその結果として、この三億二千万ドルというのが、どういう趣旨で支払われるのかということが、十分にわかりにくい費用のように私には思われます。 それから、返還協定では、従来沖繩で行なわれましたところの琉球政府の裁判所は、あるいは、アメリカの民政府の裁判所における裁判を、施政権の返還後も原則として有効なものとするという、こういうことがきめられておりますけれども、アメリカの施政権下において、日本の人たちが非常に不当な判決を受けたということにつきましては、私どもがわずかに漏れ聞いておるだけでも、たとえば、サンマ判決であるとか、あるいは、その他旅券の発券についての問題とか、いろいろな点が含まれておるかと思いますが、そのような判決について施政権返還後においては、日本において正しい判決がなされるのではないかという、そういう県民の非常に強い期待があるのではないかと思われます。それをなぜ拒否する、なぜ原則としてすでになされた判決とそのまま維持するということにしなければならないのか。特に要望がない場合には、格別問題のないことですけれども、非常に不当な判決を受けたというふうに思って、それを日本に復帰した機会に正しく判決してもらいたいというので、希望する人に対してなぜ裁判所としてこれを受け付けることができないのかということについては、やはり、どうしてもすっきりしないものを感ずるわけであります。 それから、今度の返還に関連する法案の中で、たとえば、公用地法案、これは五年間にわたって現在公用地として使用されておるものを、そのまま強制収用することができるという、こういうことを取りきめたもののようでありますが、返還に伴う特別措置法の中で、なるほど基地などについては本土の場合でも六カ月間は強制収用することができるという、そういう取り扱いがなされております。しかし、沖繩の場合に なぜ本土の場合に六カ月であるものが、五年間に延長をされたのかと。そのことば一体憲法十四条に保障されておるところの、法のもとの平等という観点からいって問題はないのかという点について、やはり、深い疑問を感ぜざるを得ないわけであります。しかも、その公用地の中に、そもそも日本国憲法のもとにおいて、軍事基地というものが入り得るのかという問題があると思います。つまり、あの強制収用で接収し得る対策というのは、そこに法律の中に明記されております。その中には、軍用地というのは入っていないわけであります。そこで、公用地等の収用に関する法律案というふうに、たいへん周到にその点の配慮をされておるんだと思いますけれども、その等の中に、一体軍用地を含めてよろしいものかどうかという点について、やはり、どうしても疑問を禁じ得ないわけであります。そして、この場合に一体憲法二十九条の財産権の保障、正当な補償がなければ強制収用はすることができないという、こういうものとの関係、これがどうなっておるのかという点も、どうも国会の審議を見ておりましても、私はまだ十分になっていないんではないかという感じをぬぐいがたいわけであります。 それから、この法案など返還に関する七法案ですか――というふうにいわれておるものの中で、一番問題だと思いますのは、憲法九十五条にいうところの地方公共団体のみに適用する特別法として、その地方公共団体の住民の投票を行ない、そこで過半数を得た上でなければ、国会で審議をすることができないということにはならないのか、こういうことであります。政府は、これは地方公共団体の組織に関するものではなくて、実施に関するものであるとか、あるいは、まだ返還前においては憲法の適用がないんだと、こういうふうな言い方をされておるようでありますけれども、組織以外に関する特別法でも含まれるという学説も現にあることですし、それから、もし狭義に解して、その中に含まれないとしても、それにしても、たとえば、沖繩本島の二十何%にわたる基地、それについての規定をきめることが、一体地域住民の意見を聞くことなしに行なわれていいのかどうかという点についての、深い疑問を禁ずることができないわけであります。時間だそうですから……。
○団長(米田正文君) 次に、徳水株式会社社長徳島喜太郎君。
○公述人(徳島喜太郎君) 徳島でございます。戦前から九州に住んでおりまして、九州八県と申しますのは、現在の九州の七県と沖繩県を加えた八県でもって九州八県、こういうことでございます。で、その九州に最も親しみのある沖繩が、いわゆる、日米の信頼関係に基づきまして、核抜き、本土並み、七十二年返還と、こういう三つの原則が貫かれまして、返還協定がいま審議されておりますことにつきまして、私はこれがすみやかに成立するようにお願いをいたしたい次第でございます。 ただ、先ほど西井先生からお話のありましたように、国民感情から言いましても、また、島民の長い間の、二十何年間にわたる異民族の支配における不安からいたしましても、核抜きということは返還の時点におきまして、必ず実現するようにやっていただきたいということでございます。 私どもは沖繩の本土復帰というのが、それ自体が目的でございますけれども、さらに、本土に復帰したあとの沖繩が、沖繩県として新しい発展をしていくような方策を考えていかなくちゃならんのじゃないかと考えるわけでございます。したがいまして、この返還協定によって、沖繩というものは本土に返ってくる。そして、いま御審議されておりまする関連諸法案というものも、ずいぶん御研究されておると思うわけでございますが、先ほど西井先生からお話のありましたように、いろんな疑惑の点とか、あるいは、不安の点というのも残されておるわけでございますので、これをどういうふうに実現していくかというところが、次の大きな問題になるのではないかと考えます。 そこで、沖繩が本土の一県として発展していくには、どういうふうな施策が必要であるのだろうか。私はやっぱり経済的な安心感、それから、精神的な不安感というものをなくしていくということが根本でなかろうかと、こういうふうに考えるわけでございます。先ほど申しましたように、九州八県の一つであったということで、九州経済同友会は、本年の九月に沖繩の財界人をお呼びして、経済交流を深めるという計画を持ったわけでございます。不幸にいたしまして当日台風のために飛行機が飛ばなかったことがあります。九州といたしましては、ぜひひとつ手を差し伸べて一体感を強化していきたい、こういう考えでございます。 ところが、島民のほうはどういうふうに向いておりますかというと、九州の域内の交流につきましては、これは全然支障のないことなんでございますが、沖繩が発展していくためには、やはり、中央政府からばく大な援助がなければ、これは実現がむずかしいのである。そういうことにおきまして域内の交流と、中央の、いわゆる、予算の上における一つの援助という二つの柱でもってやっているような現状でございます。 そこで私は、そういう意味におきまして、まず、今後の沖繩について大事なことは、本土並みということにつきまして、経済生活における本土並みということについて、格段の御配慮をお願い申し上げたい次第でございます。その意味におきまして、昭和四十四年五月の閣議決定を見ました全国総合開発計画において、沖繩をどういうふうにとらえられるのかというふうな問題、また、九州は全国のブロックの中でも離島の一番多いところでございます。したがいまして、沖繩は、本島をはじめ、非常に遠隔にわたって離島の集まりが、沖繩並びに大東諸島でございますので、この離島の振興政策というのは、現在非常な力を入れてやっていただいておりますけれども、九州におきまする離島の振興というものは、非常にむずかしい問題でございます。一例を申し上げますと、九州電力の電気料金が高いということでございます。それはなぜかというと、離島の電力をかかえているがゆえに、九州の電力は高いわけでございます。この一事でもおわかりでございますように、この沖繩というものの経済の発展をはかるということは、離島であるがゆえに非常な不利があるという点を御認識していただきたいということでございます。私は離島の振興のためにどういった沖繩県の総合開発計画を推進されていかれるのか、これが一番大事な経済的な要素になるんじゃないかと思います。 それからもう一つは、いわゆる円の切り上げに伴う為替の差損につきまして、政府が補償するということでございます。昨日決定を見ました対ドル相場は、三百八円の固定相場がほぼきまったようでございますが、さらにその差損が大きくなってまいるわけですが、これに対しましても、ひとつ政府は前の約束のとおり、十分な補償をしていただきたいということでございます。 それから、沖繩の人たちの労務対策並びにその福祉政策、こういったものについても、ひとつ格別の御配慮がなければ、本土並みとはなかなかいかぬのじゃないか、こういうふうに考えるわけでございます。 第二点は防衛の問題でございますが、御承知のように、復帰になりますと自衛隊が駐留いたしまして、祖国を守るということに相なるわけでございます。この点におきまして、沖繩の島民の感情というものを考えてみますと、やはり、第二次大戦におきまして祖国防衛のたいへんな犠牲になり、しかも、四分の一世紀以上にわたりまして異民族の支配を受けるということにつきまして、あくまでも配備というものは反対であって、平和の島として立っていきたいという県民感情というものも、十分残っておることでありましょうし、また、沖繩がかつてのベトナム戦争の基地として認められておったように、そういうふうに基地を残し自衛隊が駐留するということは、第三国に対して無用の刺激を与えるんじゃないかというふうな不安ももちろんあります。また、旧軍隊が第二次大戦でここで壊滅をいたしました。また同じような軍隊が来るんじゃないかという、過去のいろんな苦しみが一時に出ているような気配がいたすわけでございます。こういう点につきましても、私は自衛隊の駐留がアメリカ軍の肩がわりじゃなくて、祖国、また、沖繩県を守るんだという点におきましては、これはやっぱり本土並みというふうな解釈でいくべきじゃないかと考えます。しかしながら、その中で特にお願いをしたいのは、よく沖繩県民感情を理解した上に立ちまして、自衛隊の活躍をお願いしたいわけでございます。一例を申し上げますと、御承知のように、沖繩は台風の常襲地帯でございます。また、島が離れ離れで、非常に遠隔に散らばっているということでございまして、災害救助あるいはあらゆる意味におきまして、民生に協力していくというふうな方向で、自衛隊の平和部隊としての活躍を御期待申し上げる次第でございます。 また、あの島の周辺には日本の漁船がたいへん多く出漁をしておりまして、あるいは遭難にあうようなことも間々ございますのですが、そういった場合における人命救助に、ひとつ自衛隊が大いにがんばっていただくとか、そういう意味におきまして、少なくとも県民の誤解と苦労を解消するということの上で、沖繩県の発展というものをはかっていきたい、こういうふうに考えるわけでございます。 私専門的にいろいろと勉強したわけでもございませんのですけれども、信頼の上で一つずつ築き上げられてきたものを、これを一つの協定として、返還を目前に控えておりますので、そのあとの問題につきまして、国会の諸先生の御理解と御協力によりまして、九州の一県でありました沖繩県が、すみやかにすべての点で本土並みになるようにお願いをいたしまして、公述を終わりたいと思います。
○団長(米田正文君) 次に、九州産業大学教授新川伝助君にお願い申し上げます。
○公述人(新川伝助君) 新川であります。一学究として、いわばおか目八目といいますか、あるいは、マイナス八目かもしれませんが、国会でこの沖繩問題についていろいろ議論があります。そういうものについて私の感じている点を申し上げたいと思います。 沖繩の問題というのは、六九年に佐藤さんとニクソン大統領の会談を土台にして構成されたものだと、こういうふうに理解しております。この協定を見ますと、沖繩の米軍戦力をいささかも減ずることなく、その上に施政権だけを日本に返すということが骨子になっております。このような施政権の返還のしかたは、ケネディ大統領の当時にもありましたように、日本の潜在主権を、まあ、この際顕在化するという形になるわけでありますが、これについて、ここに直接関係がありませんが、国会のほうで、北方と沖繩問題を並べて、同じ委員会のもとで取り扱っておられるようですが、考え方の根拠は違うというような感じがします。サンフランシスコ条約を見ましても、両方の考え方というものは違っているはずなんです。それがどうして同じような委員会のもとで取り上げられておるのか、これはどうもわれわれにはよくわからない点なんですが、たまたまその一つが、いわば潜在主権が顕在化するという形で取り上げられたのが、この沖繩に関する法律関係の諸条文だと、こういうふうに理解しております。 沖繩でこれまで持っていた、あるいは、現在持っている米軍の戦力というのは、日本本土に比べれば、これは質量ともにはるかに上回っております。このことを、したがって、戦力から見ていきますと、日本本土の沖繩化といわれる理由もここにあるかと、こういうふうに思うんですが、これが日本の施政権下という形で、一括して含まれてしまうというような形になるわけでして、これをわれわれが見ますと、いわば、沖繩の米軍戦力が、日本の施政権というオブラートに包まれて、包含されてしまうというような、そういう結果が生まれるんじゃないか、こういうふうに見ております。 したがって、この二年間のアメリカ側の強調する点と、あるいは、日本側の強調する点を比較してみますと、アメリカのほうではもっぱら戦力は減らないんだと、これまでの戦力は維持されるんだということがもっぱら強調される。ところが、日本の国会あたりでの議論を拝聴しておりますと、もっぱら施政権が返ってくるんだと、こういうふうの主張が行なわれる。両方の主張に食い違いがある。それがわれわれの非常に不信とするところなんです。日本では、兵器に関係して沖繩から核が取り除かれる、あるいは生物化学兵器なんかは撤去されるということだけが、非常に大きく取り上げられております。ところが、元来ぼくに言わせれば、このような兵器を持ち、このような兵器を使うこと自体、その軍隊はきたない軍隊だというふうに、われわれは見ております。この点は、戦後アメリカがダレス外交に見られたように、あるいは、フルシチョフがエジプト外交に使ったように、核を恐喝の材料に使うというようなことは、これは戦前の帝国主義外交とあまり違わない。もともとそういうものだけを、もちろん、取り除くことは非常に重要なことなんですけれども、それだけを取り除けばそれで万事片がつくというものではないんです。その点をどうも問題の本質を取り違えて、枝葉末節のようなものに置きかえてしまうというようなきらいが、国会なんかの議論にあるんじゃないだろうか、こういうことをわれわれは感じております。 かつて毒ガスを使った例は、日本の中国侵略戦争のときにも山西省でその例があります。こういうものを使う軍隊は決して勝つはずがない。今日アメリカは南ベトナムで兵隊がだらけてしまうというのも、やっぱり、このような武器を使うからなんです。そこに大義名分が立たぬ。こういうものをあたかも正義の軍隊であるかのように考える、その感覚そのものに、実は、私としては非常な不信感を実は持つわけなんです。 それから、いま国会あたりで非常に問題になっております、たとえば、VOAあるいは土地収用法というようなものは、いわば、この米国の戦力を低下させないためのワンセットの一つのものとして考えられるわけでありますから、したがって、そこにはこれまでの日本の憲法や法律がどうあろうと、そういうことはみんな特例としてのけてしまって、あらゆるものは優先的にこのワンセットの中に入れられるんだ、こういうふうに処理されてきておるのが、今日の沖繩問題のポイントではないだろうか、こういうふうに思います。 それから、日本人はともすると、何といいますか、土地とか人民とかというようなことを非常に重視しますが、アメリカから見れば、沖繩での戦力が低下しさえしなければ、めんどうくさい施政権なんかはちっともかまわない。この点がこの二年間のいろいろなアメリカ筋の議論が、もっぱら戦力がどうなるかということに重点を置いて考えられ、それによって沖繩の人民や土地がどうなるかということは、少しも問題にされていない。ところが、日本ではもっぱらその土地だとか人民とかいう、その施政権の面だけが強調される。そこに両方の考え方、主張のしかた、そういうようなものに行き違いといいますか、ニュアンスの違いといいますか、あるいは、ウエートの置きどころが違うという、その差を感じるわけなんです。ところが、いずれにしてもこの六九年の佐藤・ニクソン会談を土台にしてつくられたこの沖繩の一連の条文というものは、あれから二年たった今日七一年では、ニクソンの訪中ということで、極東の政治情勢は大きく変わってるんです。六九年は、やっぱり冷戦構造というものを土台に置いた。ところが、今日ではもう大きく方向転換しようとしている。したがって、六九年を土台にした法律条文をどのように巧妙につくってみても、それはやはり、今日の社会情勢から見ると、やはりおくれた、もう古くさい、こういう実は感じがするんです。こういうところから、私は結論として申し上げますと、ニクソンの訪中が来年二月でありますから、それまでしばらく法案そのものにしても、もう少し様子を見たらどうかというのが、私の率直な気持ちなんです。というのは、日本があわてて勇み足になってこうだああだと、あるいは、佐藤さんから見れば、お正月の会談に引き出ものみたいな気持ちで持っていったら、これはメンツは立つかもしれない。しかし、情勢は大きく変わってるんです。これをもう少し見た上で考えてみたらどうかというのが、私の実は考え方なんです。その例は、実は日本が勇み足でこの秋の国連に見られたように、もう一生懸命になって、恥も外聞もなくかき集める。そして、中国をなるべく入れぬように一生懸命に努力する。ところが、結果から見ると、あのNHKのテレビにも実にりっぱに映し出しておりましたが、あの投票に負けたあのせつなの日本代表団のあの席というものは、これは私は、七一年の世界の最もみっともない顔ではなかったかと、こういうふうに思ってんですが、そういうことを私はさしたくない。今度の、たとえば、これはきのうきまった国際為替の問題にしましても、八月大蔵省その他が、われわれはどんなにしても三百六十円は守るんだと言ってあれだけがんばった。そして、いろいろな措置をとった。その結果がどうなるか。肝心かなめのアメリカから突っぱねられている。こういう、何といいますか、ここ三、四カ月の様子を見ましても、世界の情勢というものは大きく変わってる。今日新聞を見ても、なるほど、われわれはアメリカだけを見て、ECのほうをどうも見落としていたというようなことが書いてありますが、これについては、この六月ですが、日本経済新聞の論説主幹の竹山君が、りっぱにそういうことを指摘してるんです。キッシンジャーの訪中についても七月のころには小さくルーマニアの報道として出している。ところが、そういうことに関係なく、ただがむしゃらにアメリカだけを見ておれば、そして、アメリカから貨幣問題みたいに突っぱねられても、いいや、そう言わずにと言ってしがみつこうとするこの気持ちがある限り、私はこの沖繩の問題についても、やっぱり、あんまりそうあわてる必要はないんじゃないかと。少なくともニクソンの訪中が済むまで、法案全体をもう少し待ってみたらどうか。それを何も一日を争って、商売じゃないんですから、そんなにする必要があるだろうかと、これが私の実は感じなんです。 それから次に、沖繩について、これはお隣の徳島さんもおっしゃったですが、施政権が戻る、すぐ自衛隊をやろう、あの感覚というのは、私は沖繩の人の人情というものを知らない。これはね、官僚のやることだと私は見ておるんです。戦前沖繩の人たちが日本の軍隊のことを知らない。たまたま見たのは、今度の世界大戦。ところが、米軍が攻めてきて、壕に入る場合でも、おれたちは戦争するんだから、おまえら出て行けと言って追い出された例を、私は幾つか聞いております。その感じというものは、本土の人たちが、昔の日本の軍隊というものについて持った感じとは違うんです。いいところは一つもない。そういうところに、施政権を持ったからといって、すぐ自衛隊をやれ二千人やるとか三千人やるとか、このぼくは感覚というのは、これは政治家ともあろう者が、一般民衆の人情を知らぬ、私はそういうふうに思うんです。ですから、事のいかんを問わず、沖繩の人が、これは自民党の人であろうと、その他の政党の人であろうと、一様にわれわれはそんなのは要らないと言ってるその理由というのはここにあるんです。これを忘れて、施政権が戻ったからすぐ自衛隊を派遣しなきゃならないとか、駐とんしなきゃならないとか、この感覚そのものが、ぼくは沖繩の民衆を忘れてるというふうに思います。 それから、第二の点で申し上げますが、たとえば、沖繩が一番問題としているのは、経済開発をどうするかということなんです。ともすると、やれ海洋博をやるとか、何とか展覧会をやるとかいうような催しものがあるようですが、これは去年の万博と同じように、一種の線香花火みたようなものなんです。ところが、沖繩自体としてはもっと長期計画で考えなければならない。そういう場合にぼくは、政府はまず素案とでもいいますか、そういうものでも出したらいいと思っているのです。こんなものを出したらやっつけられはせんだろうかなんていうような、けちくさい考え方は捨てて、これはどうだろうと言って、みんなでぼくは国会のほうで相談なすったらどうだろうか、こういうふうに考えます。 そういうような点を総括的には感じているんです。こまかいいろいろな条文については、これは時間もありませんし、それを言ってみたところで、もうすでに国会は通っているんですから、意味ないと思いますから、この協定条文の成立の基礎になるものを、それから、今度はわれわれとしてどういうふうに考えたらいいか、そういう若干の点について代議士の皆さんに申し上げたわけですが、皆さんは政治家なんだから、どこまでも民心を把握するということが、これは生命だと思うんです。それなのに、どうもいまやってるやり方を見ますと、どうも官僚的な、自衛隊になったからこうするんだと、そういうような通り一ぺんのしゃくし定木な考え方、措置というものが、何だか非常に根強いように思うんです。これは、実は国民を忘れている、あるいは、国民不在の政治だと言われてもしようがないだろうと思うんです。そういう点で、これからいろいろ沖繩問題もあると思いますが、せっかく代議士の皆さんですから、十分考えていただきたい、こういうふうに思うわけなんです。
○団長(米田正文君) 次に、熊本県泗水町長増田義孝君。
○公述人(増田義孝君) 御紹介いただきましたように、熊本の泗水の町長でございますが、地方自治体の末端の行政を預かって九年になります。市町村長というのは、何さま雑用に追いまくられまして、ものごとを深く堀り下げたり、考えたりするようなことがなかなかできないものでございます。御依頼を受けましたのも一昨日で、お送りいただきました資料もほとんど目を通すひまのないという状態のまま、きのうまで議会をやっておりました。そのままかけつけましたので、この公聴会の公述人としてははなはだ不適当であると思います。御依頼を受けましたので、私なりに、沖繩の県民の幸福を思い、また、わが国の将来を考え、地方行政に携わって苦労しております立場から、この返還問題について感じたままを申し述べてみたいと思います。 ただ、この御依頼を受けまして、直ちに課長を招集しまして、課長会を開きまして、十五、六人おります連中に率直に意見を聞いたり、帰りまして家内や私の子供たちにも率直に意見を聞いたりいたしまして、できるだけ広く聞くことに努力をしたことも事実でございます。それらをひっくるめまして、少し抽象的になりますけれども、申し上げてみたいと思います。 沖繩は二十六年前にこの九州八県の一つであったことでございます。二千三百八十八平方キロ、現在九十四万人の人口だといわれております。ちょっと調べてみましたが、九市七町三十九カ村、計の五十五市町村あるようでございます。この沖繩の皆さん方は、いま復帰を目の前にして、たいへん複雑なものがそれぞれあるであろうと、こう思っております。その人々の境遇や職業、立場、イデオロギーなど、それぞれ異なっておると思いますので、なかなか一様にいかない問題があろうかと思います。 ただ、一様に言えることは、戦争はいやだということではないかと思います。本土の防波堤となって県民総玉砕のかっこうで戦い、婦女子に至るまで銃を取り、戦死し、あるいは、自決をした二十万の血がしみ込んでおります。敗れたわが国の最大の犠牲の地であります。そして、自来二十六年間の占領下にあったわけでございます。そんなことはわかりきっておることでございますけれども、私はこの問題を考えるにあたりまして、まず、私なりにその再認識をしているところでございます。さぞつらかったであろうと思いますし、とうてい体験しないわれわれにはわからない、筆舌に尽くしがたいものがあったであろうと思います。 それで、やはり多くの人の願いの中には、早く日本に返りたい、早く本土に復帰したいという願いはあると思います。それを思いますと、まぶたが熱くなる思いがしますが、それはまた、日本国民のひとしく念願しておるところでもありますし、それが戦後沖繩に生まれた人が二十六歳になられたわけであります。その歴史が一人一人の上にも、沖繩全土にも積み重ねられてきたことになります。そこにむずかしさがあろうと思います。極東の軍事基地としての沖繩、アメリカ化された沖繩、植民地的経済によって成り立ってきた沖繩、そういうような沖繩でございますし、政治も経済も教育も文化も、すべてそこから成り立っておるでしょう。そのことは次の数字が物語っておりますが、第一次産業就業者四七・二%、第二次産業就業者一一・一%、第三次産業四一、七%、これは一九六〇年の数字でありますので、現在は第三次産業のウエートがもっと高いのではないかと、こう思います。それがいよいよ返ってくるようになってきました。その復帰は理想の姿でありたい。身の毛もよだつような戦争のにおい、いやな占領国としての姿をぬぐい去った基地抜き、核抜き、そして、本土並みの返還を要求されるのは、これはもう全く無理のないことであると、こう私もしみじみ思います。それはひとり沖繩県民だけでないと思います。全国民の心の底からの願いでもあると思います。世界ただ一つの原爆の犠牲国でもありますし、戦争の悲惨をいやというほど体験をした私たちでございますし、もう戦争は心からきらいであります。争いのない平和な世界を願っているのは、もう全国民ひとしいものであると思います。 ただしかし、地球上はまだまだ、国内的にも国外的にも、その危険性をはらんで、その愚を繰り返しておる現実、そこに問題もあります。で、現在の返還協定の内容や方法等について、賛成者の中でも、必らずしも満足しているものではないと思いますし、反対される人の気持ちもよくわかります。実は、私も終戦当時軍籍におりまして、外地には行きませんでしたけれども、内地もまさに戦場でございました。そして、無条件降伏をいたしまして、その当時を思い出してみますと、占領軍が進駐してくるというので、日本全土がおそれおののきました。特に女あたりはもう、このままじゃいかんぞというので、とんでもないところまで逃げ出そうというようなことまでありました。それはいささか身に覚えのあることであるからでもあったと思います。しかし、意外にりっぱな進駐ぶりであったことをいま思い起こします。七年後に、昭和二十七年でありますけれども、アメリカに行く機会を得ました。そのとき私の心の中には少なからぬ抵抗を持っておりました。それは、その戦った相手国でありますので。しかし、向こうに住むうちに次第に変わってきました。正直申し上げまして、沖繩は占領した相手がアメリカでよかったと思っております。これが逆であったら、また、他の国であったら、それを思いますと戦慄を覚えます。返還ももっと私はむずかしいきびしいものであるであろうという気がしてなりません。これは正直な私の気持ちでございます。沖繩県民のひとしく願うのは、そして、われわれがほんとうに願っておるのは、沖繩県民の幸福、その幸福につながる返還であります。でありますから、さっきから皆さん方も申し上げられますように、核抜き、本土並みのその鉄則は、やはりどうしても貫いてほしいと思いますし、それはまた、私はアメリカを信じ、日本政府を信じたいと思います。しかし、前にも述べましたように、戦後二十六年敗戦国として占領されていた冷厳な事実は事実であります。その占領下における住民は、環境、職業、生活、教育、その他いろいろな差が生じており、したがって、住民の幸福につながる返還内容、方法も、種々雑多な要求や条件が生まれてくると思います。それは二十六年間のアメリカの領土と化した現実から、一挙に理想とする姿への返還というのは、これはだれが考えてもむずかしいことであると私も思います。これは行政をやっております町長という職をやって苦労しておりますと、そういうのが身につまされてまいりますが、したがって、現政府が全努力を払い、まず日本国領土へ返還を実現させようとしていること、長いその努力、アメリカがそれに同意し、着々と準備を進めていることに対しては、国民として、同じ九州人として、心から私は賛意を惜しみませんし、心から感謝申し上げたい気持ちで一ぱいでございます。まず、一角破りをすることだと思います。それから理想境への沖繩づくりを全国民あげて努力しなければならないと、こう思います。 沖繩から私の町にしばしばずっとこのごろ視察に見えます。私の町の農業構造改善事業や、農村振興対策を学びたいということでございます。その沖繩の農業者や、農業指導者の皆さんが、一日おって、帰りに私の手をぎゅうぎゅう握り締めながら、異口同音に私に言われるのは、何さま一日も早く皆さんと一緒にこういう事業を進めるようなことのできるような、日本国沖繩に返ることが希望ですと、こう申された現実でございます。私は残念ながらまだ沖繩に行ったことがありませんので、沖繩がどういう状態であるかはわかりませんが、沖繩の農村は、いま私たちの農村と同じような、都会との生活の差や他産業との所得の格差で、おそらく不安、動揺、想像以上のものがあろうという気がしてなりません。それは見学者の皆さん方から受け取るものも、そういうものを受け取るものでございます。第一次産業が四七%でございますので、半数近い人々がそういう状態ではなかろうか。そして、産物の大部分が農畜水産物でありますから、これは経済振興、ことに農村の振興対策は、やおいかんことばい、こう思っておるところでございます。占領経済に依存した職業を、いかに転換させていくのか。企業誘致も非常に考えられておると聞きますけれども、不況に向かっております現状、なかなか容易でございません。私たちもいま一生懸命に工業導入をやっておりますけれども、容易なわざでありません。それに教育の問題、健康や医療問題等々、沖繩の政治行政の転換が、予想できないほど、問題が山積してくるであろうと思いますし、産業振興や住民福祉の問題等、日夜を分かたず努力をしておられる五十五市町村長さんの御苦労を考えますと、自分でやっとるからでございますけれども、身につまされる思いがするものでございます。 で、行政をつかさどる者は、どうしても理想を掲げて、それに向かって一歩一歩実行していく以外にない。理想と現実のむずかしさを、いやというほど体験しております。 ことに戦後の日本国民の努力の結晶による経済成長も大難関を迎えますし、たいへんな不況に向かわんとしております。このときに沖繩が返ってくることになりますし、われわれの地方自治体も、来年度は非常にきびしい財政が予想されておるという時点でございます。 こう考えますと、返還協定の内容問題そのものにも、たいへんな問題もありますし、要求や希望もたくさんございますけれども、本土防衛の第一線で傷つき、敗戦国日本の代表として占領されてきた沖繩県民を、心からあたたかく迎えて、同時に、そのきびしい財政の中から沖繩復興や理想境実現への努力をしなければならない。その必要性を、一億国民の総理解、総協力をする運動、それが私はいま非常に必要ではないのか、それをやらなければならないのではないか。そういうあたたかい気持ちを沖繩県民に向けるということが必要ではないのかと思います。どんなに高い理想でも、達する道は一つ一つの実行でしかない。これは私の一つの信条でありますが、事のなるのは、なるのときになるのにあらずで、今日迎えましたのは、ずいぶん多くの人々が長い情熱を傾けて、全力を傾けて、あらゆる角度から努力してこられたその実りの実現であろうと、こう思いますし、核抜き、本土並みの復帰が、一日も早く実現しますのを心から念じます。 また、最後でございますけれども、沖繩の県民の皆さんも、最後にたよるものは自分であるということ。天はみずから助くるものを助くという二十六年前を思い起こして、やはり、自立心を起こしてがんばっていただく、それもまた、私は率直にお願いを申し上げたいものと思います。以上で終わります。
○団長(米田正文君) どうもありがとうございました。以上で午前中の公述人各位の御意見の御開陳は終わりました。これより公述人四氏に対しまして、質疑をさしていただきたいと思います。質疑のある方は順次御発言を願います。小野君。
○小野明君 どうも御苦労さまでした。大体公述人の皆さんに一点ないし二点ずつお伺いをいたしたいと思います。 まず西井先生にお尋ねをいたしますが、確かにおっしゃるようにですね、衆議院におきます協定の審議というのはわずか一日半しかなかったわけです。強行採決がありまして、憲法の規定によりまして一カ月たちますと自然成立、したがって、参議院では二十三日に自然成立するわけであります。しかし、強行採決がありましたために、参議院の審議が全く骨抜きといいますか、参議院の自主性をそこなうこの自民党のやり方に対しましては、先生と同様の大きなふんまんを持っています。しかし、それかといってですね、わずか一日半の審議でありますから、問題点は多く残され、述べられたような多くの問題点が解明されざるままに置かれていることも事実です。そういった点で、貴重な御意見をいただいて、全くありがたいと思っております。 そこでお尋ねいたしますが、政府の宣伝はですね、七二年、核抜き、本土並みである。これがまあ、大きなキャッチフレーズであります。ところが、事実はですね、やはり沖繩に核があるのではないか、あるいは基地の態様にいたしましても本土並みではないではないか、こういうことがはっきり疑惑として残っています。 そこで、核の問題でございますが、いまや沖繩だけではなくて、本土にも核があるのではないか、わが党の楢崎委員の質問によりまして、岩国にもあるのではないかという疑点が大きく浮かび上がっております。アメリカ議会ではいろんな官僚が、日本の核について説明をいたしておりますが、核については御承知のように大統領の専権事項になっているわけであります。この点については、ニクソン大統領は何にも触れておりません。 そこで、先生がおっしゃるように、核がいつ、どのような手段で撤去をされるのか、あるいはどのような手段で検証をするのか、日本政府の手によってですね、あるいは日本国民代表の手によって、国会の代表の手によって、核のない、撤去されたということが検証されるのかということが一番大きな問題ではないかと思います。この点についてですね、核が撤去されたという安心をどのようにして国民に与えればよろしいのか、この点をさらにですね、御説明をいただきたい。同時に、本土並みという基地の問題、これについてどのような見解がおありであるか。 さらに、関連法によりまして、沖繩開発の構想というものが立てられております。こういった構想がですね、はたしてただ経済的な発展という視野だけではなくて、真に沖繩県民の福祉、沖繩県民の二十六年間の異民族支配にあえいだ、沖繩県民の福祉を重点に置いた開発がこれによってできるのか、公用地法案等の多くの問題も残っておりますが、この点について、平和開発の基本的な視点について御説明がいただきたい。 それから、徳島公述人にお尋ねいたします。徳島公述人は、自衛隊の問題について触れられました。まあ、経済開発の点についても触れられたわけですが、これだけ大きな基地を持ちながら、一体平和開発、経済的な発展というものができるのかどうか、同時に自衛隊の派遣についてもいろいろお述べになったようですが、平和開発部隊というような使命がこの自衛隊に与えられるのかどうか、六千八百人も自衛隊を配備するわけですが、それなら基地労働者の問題、沖繩には多くの基地労働者がおる。あるいは離職者をどうするかという問題がある。それに離れて何も六千八百人も、第三国にそれこそ軍国主義、あるいは極東の情勢を緊迫化させるような自衛隊派遣というのは全く意味がないではないか。自衛隊にですね、専守防衛とは言いながら、おっしゃるような使命を持たせることは無理ではないか、沖繩経済の発展のためにもこれは必要ないのではないか、この点を、ちょっと矛盾があるようでございますからお尋ねいたします。 それから、新川公述人にお尋ねいたしますが、私も御意見に賛成をいたしておりますが、ただ、今回のこの返還協定を見ますとですね、これは小笠原や奄美の返還のときと違いまして「日米共同声明の基礎の上に立って」と、こういうふうになっております。そうしますとですね、ただ単に協定だけではなくて、例の日米共同声明というものが、協定以上の制約になっておりますね、これはですね、当時の国際情勢というものが、もう二年たって大きく変化をしております。これはおっしゃるとおりです。この点についての非常に大きな私は矛盾があるのではないか、誤まりがあるのではないかと思います。むしろこの返還というものが、極東情勢の緊張にこそ資しても、何ら緩和に役立たない、特にこの極東情勢の緩和という問題は、日中国交回復にその中心があると思います。佐藤総理も、この明けて六日、七日には、サンクレメンテ会談に行かれるわけですが、これはニクソン訪中と同時に、一つの、二年前の日米共同声明時点と、さらに違った情勢というものが考えられるわけです。日中国交回復等の問題、あわせてこの協定の問題点、少しく御説明いただきたい。 それから、増田公述人にお尋ねをいたします。おっしゃることをお聞きいたしておりますと、核抜き、本土並みには賛成である。しかし、私がいままで述べてまいりましたように、核が抜けておるか、抜けていない。本土並みであるか、そうではない。特に沖繩本島に比べてみますならば、基地の占めるパーセンテージというものは、二二・五%ぐらいになっていると思います。本土の百五十倍である。これだけ膨大な、およそ本土並みとは似ても似つかない返還でありながら、一体平和開発、農業や水産、林業の開発というものができるのかと、真に苦労をした沖繩県民に報いる返還であるのかどうか、この点がですね、農業問題と関連をいたしまして、少しくまあ、御見解をいただきたい。これだけ大きな基地を持って開発ができるのかという問題でございます。以上です。
○団長(米田正文君) それでは、順次お答えを願います。
○公述人(西井竜生君) 私に対する質問は三つあったように思います。まず第一の本土並みという点でございますが、平和条約第三条によるところの基地の保有から、今度は安保条約あるいは行政協定並びに地位協定、そういうものに基づいた基地の保有ということに変わるわけですが、その際に一体返還までに、それから返還時に、一体どれだけの基地が面積の上において返還されるか、あるいは件数の上で返還されるのかということを見ますと、幾ぶんか返還されることは確かに返還されるようですけれども、これは現地の沖繩の人たちの言い方ですと、もうすでに基地としての用を終わったもの、あるいは役に立たない、不用なもの、そういうものが返されるんだというふうに言っておって、むしろ現在の基地というものは、返還時までにむしろ補強されるのではないかというふうなことが言われております。この点は国会の中でも問題にされましたけれども、われわれとしては十分に、もちろん知り得るところでありません。しかし、現地の人が現にそのような疑問を持っていらっしゃるということは、どうしても無視できないのではないか、こういうふうに思います。 それから、件数の上でも確かに返還をされますけれども、その返還されるものは、きわめて重要性の乏しいもの、たとえば出張所のような一つの建物でも、これは返還の件数の中に入っておるというふうなことさえも聞いております。そうすると、どうも数字の上にあらわれた返還の量的な問題ですね、件数あるいは面積、こういう面については、どうもやはり、新川さんの言われたような基地の機能を、現在と同等あるいは以上に保持するというアメリカ側の観点が貫かれておるのではないかと、こういう気が非常に強いわけです。 それからもう一つは、質的な問題、これは私非常に重要だと思いますけれども、核兵器あるいは特殊部隊が沖繩には現に存在しております。その核の撤去については十分な保証がないということは先ほど申し上げましたけれども、同じように、特殊部隊についても、一体どれが撤去されるのかというふうな、こういうことについては全く明らかにされていないように思います。核の問題については、確かにいま小野参議院議員の言われましたように、むしろ日本が核のかさに入っておる以上、核の有無、核部隊の有無、あるいはその配置、その数量、これらの問題について、日本は問いかけるべきでないというのが、アメリカの基本的な態度ではないかと、したがって、われわれにおいては、核の問題あるいは特殊部隊の問題について、どうも日本政府が十分にそのこまかな内容についてまで協議して、それについての約束を取りつけるということがむずかしいのではないか、しかもその際には、確かにいま小野氏が言われましたように、その撤去が現実に行なわれたかどうかというその検査が必要なんではないか。それについて全く約束されていない以上、これは相手を信用する以外にはないということになっておるのではないかと思われます。この点で、やはり本土並みあるいは核抜きというふうに言われておりますけれども、その点はきわめて心もとないものではないかというのが私の考えであります。 これで大体、小野参議院議員の二つの問題点についてはお答えしたかと思いますが、もう一つの返還に関連する法案の中における沖繩の開発の問題でございますが、これについては、今度の沖繩関係の開発三法案というふうに言われるものを見ましても、どうも現地沖繩の意見を十分に取り上げるという意向がそこにはうかがえない。つまり、沖繩県知事というのは、せいぜい立案の段階で関与するだけであって、それ以後は全く本土政府に移ってしまって、そこでいろいろ決定をされ、その決定に基づいて、国務大臣である沖繩開発庁長官を通じて実施運営されるという形になっておるように思います。したがって、現地の声というのは、わずかに立案の段階、それ以後沖繩の人の意見が反映される機構がないということ、このことは、沖繩の人たちの意に沿ったような開発が行なわれるかどうかということについて、非常に心もとない感じを免れないわけであります。この点は、北海道開発関係についても、実は同じような問題が出てきたのであって、現地の機構を飛び抜かして、そして内閣の中に置かれた開発庁が直接にこれらの開発をやる、そのことが効果的だというふうに説明をされるわけですけれども、しかし、そこで沖繩現地の人たちの意見を十分に反映する機構が欠けておるということは、場合によって沖繩の人たちの意に反した開発が行なわれないということが保証できないのではないか、こういうふうに思います。そのことは、たとえば今度の沖繩開発というものが、本土によって立案されるということになりますと、新全国総合開発計画に基づいて、沖繩の開発が行なわれるということになりはしないか、こんなに本土においては公害問題というのがやかましくなってきている、公害企業が本土から排斥をされる、それを今度は、沖繩開発という名において、あちらにそれを持ち込んでしまうということにならないという保証はないのではないか。現に私どもが聞いておるところでは、すでに幾つかの石油企業が沖繩に進出するということがきまっておるというふうにいわれております。エッソその他の大石油企業が、大石油基地が沖繩に設けられるということになる、そうなりますと、沖繩の人たちの望むような開発の形ではなくて、新全国総合開発計画に基づいて、本土で排斥された公害企業がですね、沖繩にいやおうなしに押しつけられるということになるという、私どもが抱いておりますところの疑問というものが、どうやらまんざら杞憂ではないんではないかと、こういう感じを押えがたいわけであります。 それから、公用地法案の問題ですけれども、これは先ほど時間の関係で少しはしょりましたが、占領に引き続いて、基地などを強制収用するための特別の措置法というのがあって、それは確かにその期間は六カ月ということで、法律に現在ありますけれども、なぜ沖繩についてだけこれを五年間に延長するのか、しかもこれについて必要な事前の通知、この内容がかなり強制収用の場合の手続きと違っております。その通知の形が非常に簡単になっておりますし、それから、それに対して、本土の強制収用の場合ですと、異議の手続がきまっております。これらの保障が今度の公用地法案には全く欠けておる。したがって、いかに不服であってもそれを訴えていくところの手続きというのがきまってない、このような意味において、先ほど申しましたように、正当な補償なしに強制収用がなされるという、そういう憲法違反の問題も生ずるのではないか、こういうことになるのではないかというふうに思います。 それから、九十五条の問題ですが、憲法がまだ適用にならないんだからということを言われますけれども、政府は一方では、以前から潜在主権はあるんだと、こういうふうに言っておられます。だから、返還が七二年のある時点で実現をするその前において、潜在主権に基づいてですね、その沖繩についての、返還についての特別の法案を作成するという、その作業は事実上必要であるし、それから、日本の従来の国会における慣例からいきますと、条約その他を審議する際にあたっては、この関係法案を同時に提出するというのが国会におけるやり方であるというふうに私どもはわきまえております。そうだとすると、その点については、やはりこの九十五条の問題ですね、憲法違反の問題が生ずるのではないかということは、関連法案のやはり重要な問題として御考慮いただきたいというふうに思うわけです。どうも失礼いたしました。
○団長(米田正文君) では、次お願いします。
○公述人(徳島喜太郎君) 先ほど小野先生から私に御指摘いただきましたのは、基地があって平和開発ができるのかと、また、沖繩の自衛隊は六千八百名の駐留であって、基地の密度からすると本土よりはるかに密度が高い、これをどういうふうに考えるかというお話でございました。まことにむずかしい問題で、また不勉強でお答えになるかどうかわかりませんけれども、考え方を申し上げてみたいと思います。 私は、自衛隊の密度がこういうふうになるという数字の問題、初めてお伺いしたわけですけれども、やはり沖繩が本土に復帰をいたしまして、そしてまあ、米軍の基地というものも従来と違ってくる、そういった場合に、沖繩のいろんな災害救助とか、そういった人命救助とか、そういう大きな平和的な役割りをするために、やはりバランスのとれた自衛隊の駐留というのは必要ではないだろうか、本土並みというバランスがくずれているという数字は、いま拝聴したわけでございますが、そういう意味におきまして、日本の本土に返ったんだから、そういう災害復旧、あるいは救助出動、そういった点につきまする自衛隊の平和活動というものは、本土とバランスがとれておられるならば、やはり必要でないか、こういうふうな考え方でございます。 こういったたくさんの自衛隊を置きながら、沖繩のいわゆる経済開発というものが平和裏にできるのかという問題でございますけれども、私は先ほど西井先生から御指摘のありました全総の計画で、公害を沖繩に持っていくというふうな問題は、これは絶対に受け入れられない問題であると思います。また、この日本の国際的な、経済的地位から考えまして、私は今後の日本の景気浮揚を考えましても、また国際経済社会の一員として考えましても、何か大型の国内のプロジェクトを持って考えていく必要があるんじゃないか。そういう点において、沖繩というものが、公害というものは、これは本土並みに、もちろん本土並み以上に神経質に考えて、持ち込ませないと思うのでございますけれども、そういった、いわゆる沖繩の経済開発に合うような大型のプロジェクトというふうなものを、ここに政府が、国が考えていくべきじゃないかと、こういうふうな離れ離れの島でございまして、九十万の人口がございますので、これは一県の力ではとうてい手に負えない、こういうふうに考えるわけでございます。したがって、自衛隊の数と平和開発との問題がどういうふうに関連づけられるか、正直に申しまして、私もはっきりしたお答えはできないと思うんですけれども、ただ一つ、私から特にお願いを申し上げたいのは、独立国である以上、やはり外国の基地が国内にあるということは、これは望ましい姿ではないと考えるわけでございます。したがいまして、暫定的に沖繩復帰というふうなことの暫定的な措置として、こうあるといたしましても、私はやっぱり、独立国家としての日本の将来のために、やはり偉大な政治家がこの問題をひとつ片づけていただくことを御期待申し上げたい、こう考えるわけであります。
○公述人(新川伝助君) 小野さんから私に、六九年の日米声明は、いまの日本の大きな課題の一つですが、日中国交回復と一体どういう関係があるのか、プラスになるかどうかという御質問だったと思います。これに答えます。 六九年の声明というのは、これは明らかに中国大陸々仮想敵国としたものなんです。ところが、御承知のように、ことしはもう、キッシンジャーをやったりなんかして、中国との間に、アメリカ自身が、もう、何といいますか、打開策をさがしている。日本は先ほども申し上げましたように、六九年のように、一生懸命やっている。ところが、国連の場合でも、国連でぶしょぶしょ言いながら、片一方ではキッシンジャーを飛ばしているといったような、これがアメリカ人なんです。この国際政局の動きというものがわからないんじゃ、これはもう私はね、政治家としては落第だろうと思ってるんですよ、実は。その点どうも、日本人の感覚がね、そう言っちゃいかぬけれども、ちょっといなかもんですよ。ですから、ぼくはね、アメリカ自身が六九年にこう声明したと、ところが、その土台を自分のほうからくずしていってるんだ。だから、もう少し待ってみたらどうだろうというのはそこにある。ところが、六九年に一生懸命忠実に、優等生になろうと思ってやってるのがいまのこの沖繩のいろいろな協定なんです。案文なんです。だからぼくはね、たとえ衆議院がどうとか、参議院がどうとかと言ってもですね、もうちょっとそのままにして待ったらどうかと言うのです。その上でもう一ぺん考え直してみたらどうかというのが、実はぼくの考え方なんですが、と同時に、ぼくははっきり申し上げたいのはね、どうも日本人はアメリカ人を知らんですよ、アメリカ人というのはそういうのを平気でやる国民なんです。ところが日本人というのは、もう、何といいますか、まじめと言えばまじめなんですがね、頭にばかがつくんです。そういうような性格があるですなあ。 それから、これは国会での一問一答を見ましてね、政府側のいろんな答えを見ますと、どうも李下に冠を正すがごときことばっかり言っているんです。ああでもないこうでもないと、われわれは小さいときから、昔から「君子は李下に冠を正さず」とわれわれは習ってきたんです。ところがどうも、今の人たちはね「李下に冠を正さざらんや」と読んでるんじゃないかというような、そういう感じがするですなあ。だから、いつまでたってもわからぬ。これは極端に言うと、ごまかす場合の特徴なんです。ところが、今度の、きのうの国際為替を見てもわかりますように、忠実に忠実に、アメリカさんの言うことならもう心中もしますと言っておる日本が、あんなに足げにされちゃってる。 それから、この数年間国際為替の理論でアメリカと渡り合って一歩も譲らなかったあのフランスが結局勝ったんだ。このね、ぼくは事実をやっぱり考えてほしいと思うんです。どうも考え方が狭いですよ、もう少しね、ぼくはその点をよく知ってほしいと思います。それだけに、このような六九年の日米声明を土台にして、いかなる施策を講じてみても、それでは結局日中国交回復にはマイナスでこそあれプラスにはならぬ、というのは、初めから中国を敵にしたこの感覚があの声明なんだから、その声明をアメリカ自身でいま破ろうとしているんです。あれは古証文として、もうそこにほうり捨てようとしている、それなのにそれにしがみついているのが日本人なんです。だから、ぼくはこの二年間のギャップがある。まじめにやればやるほどギャップがある。そのギャップをもう少し考えてほしいと思います。 ついでですが、もう一言申し上げますが、かつていまの北京の政府の要人ですが「新川先生、日本人は世界にはアメリカと日本と中国しかないと思ってんだ、ところが、世界には百幾つかの国があるんだぞ」と言うわけですね、われわれはこれを考えて政治をやっていっているんだとはっきり言ったことがあります。私はね、そのほうがスケールが大きいと思ってるんです。また、その見方のほうが正しいと思ってるんです。先ほど申し上げました、竹山君が指摘したのはその点なんです。これをもっと考えろと。ところが、依然として、きのうの国際為替を見てもわかるように、アメリカのことしか知らぬ。だから、アメリカとECが一緒になって、ぶっと日本をけ飛ばしちゃう。目がさめてみたら、あら、というのと同じことなんです。それだけにこの六九年の声明というものでは、この考え方では、日中国交回復というものは百年たってもできない。と同時に、日本のいまのようなこの感覚では、総理大臣、大蔵大臣、その他全部顔を並べてワシントンに行って交渉しても、十年たってもぼくはまとまらぬだろう。国際為替の問題は、ぼくはそう思ってた。そのとおりなんです。ところが、ポンピドーを見てごらんなさい。ポンピドー大統領は、必ずしもあれは経済の専門家じゃないですよ。しかし、ともかくもニクソンとも渡り合って話片づけちゃってる。これはやっぱりね、スケールが違う。これをね、せっかく日本の政治を担当される皆さんのことですから、やっぱりそれに一歩でも近い、そういう政治家になってほしい、また、そういう政治をしてほしいと、ぼくはこういうふうに思うんです。 ことにこの九州から考えますとね、これはもう、中国との関係というのは死活問題なうです。これが生命線なんです。何も九州の者がソ連のことを知らなくたって別に恥ではないんです。ところが、九州の者が中国大陸を忘れたら、あるいはそれにそっぱを向いたら、これはね、もう恥ですよ。だから、日中国交回復というのは、東京の人が考えるよりも、あるいは東北・北海道の人が考えるよりも、はるかに九州は強いと、この点もひとつ知ってほしい。これを考えるがゆえに、この国交回復に一番じゃまになるのがこの六九年の日米声明なんです。その点はもう一つグルントに戻ってひとつ考えてみてほしい、この点をひとつ申し上げたいと思います。小野さん、これでよろしゅうございますか。
○公述人(増田義孝君) 膨大な基地をかかえて、そういう問題で金を使ったりして、沖繩の内部開発、特に農業振興等はどういうふうになるのかということの御質問ではなかったかと思いますけれども、二二・五%という――私は二五%と承知しておりましたけれども、それよりちょっと低いという、どっちのほうがほんとうだったかなあと、いま思ったところでございますが……。ほれるとあばたもえくぼということわざがございますけれども、いま私は、アメリカは一生懸命努力をしておると思います。中国・ソ連との緩和なり、ベトナム戦争を終結させようということの、特に東のほうに向かってのそういう努力をしておると。それはとりもなおさず沖繩の基地縮小ということ等にもつながる、そういう努力を一生懸命しておるというふうに理解をしておるところでございますし、次第にそういうことになりますと、原則的には基地を縮小してほしいという、こういう願いを持っておるものでございます。したがいまして、それに伴います自衛隊の肩がわりという問題までそれは出てくるでありましょうけれども、これは徳島さんからも申されたこと等とも重複しますけれども、防衛が必要か否かの根本問題までになるわけでございますが、いずれにしましても、私はそうなれば、日本の自衛隊が肩がわりという意味じゃなくて、そこが問題点だと思うんです。アメリカ軍イコール日本の自衛隊イコール戦争イコール侵略、という考え方でなくて、その日本の自衛隊が沖繩県の中で、特に内に向かっての活躍を期待するという、それがわれわれの願いでありまして、そういうことで基地の問題でも次第に縮小をしていただくという、こういう気持ちを持っておりますし、一方、これは、実は自衛隊は、私の町でも、私は盛んに、利用しよる、というと語弊がありますけれども、災害復旧その他のときには、これはなくてはならぬ非常に大事な存在にいまなっております。実際自治体をやっておりますと、その必要性を痛感しておるのであります。でありますから、沖繩のように台風の常襲地帯であるし、四面海を持っておることで、警察は十二署ですか、そして千九百十人しかいない警察力、消防署が八つしがなくて、三百五十人ぐらいの消防署員しかいないというような現況からしますと、やはりその問題あたりは当然考えておかなければならない問題点だろうと思いますから、これは考え方の違いになってきますけれども、その辺を考えますと、それには私は期待する気持ちでございますし、さらに、国土開発の一番根本問題は水と道でありますが、この水と道の開発には膨大な金を必要とします。でありますから、さっき申しましたように、日本の国をあげて貧乏、不況に入っております現況でありますので、あげて沖繩県民の心を心としてそれを理解して、自分の身は削ってでもそれをやるという、そういう協力態勢の運動が必要だと、さっき申し上げたのもその辺でございます。 もう一つは、沖繩県民自身が奮起するということが非常に大事なことである。私は、私の町をやっておりまして、町民自体が本気で立ち上がらないと、その町の開発はできないという、依頼心が強いことではどうしようもありません。でありますから、その辺の必要性、いわゆる自力的な立ち上がりと、政治的な、行政的な解決とが一緒にならない限り伸びないと考えますし、それには金を要することでありますから、綿密な、自主性のある企画を立てて、開発計画を立てて、予算を伴わせて、それに向かって、本土もあげ、県民もあげて立ち向かうということでない限りには、そう簡単に、絵にかいたもちのような姿にはならないという、実際に行政に携わっておりまして、しみじみ痛感しておるものでございます。終わります。
○団長(米田正文君) ちょっと申し上げますが、午後の日程もございまして、おおむね一時でこの質疑を終わりたいと思いますから、ひとつ皆さんの御協力をいただきたいと思います。内田君。
○内田善利君 いま小野委員から質問がありましたので、私は二点だけお聞きしたいと思いますが、その一つは、西井先生と新川先生にお尋ねしますけれども、あのようにして衆議院で強行採決されまして、二十三日にはもう、この協定は成立するわけですが、そこで、衆議院で非核決議と基地縮小決議がなされたわけですが、これをどのように評価されておるか、一点お聞きしたいと思います。 それから、沖繩の経済開発について、先ほどから公害企業である石油がたくさん進出しているということでございますが、沖繩開発公庫にいたしましても一本化してしまって、大企業が優先するのではないかと、中小企業はどうなるのかということで憂慮されておるわけですが、また聞くところによりますと、大企業あるいは本土の業者がもうすでに沖繩に行って土地の悪質な買い占めも行なわれておる。沖繩県民の方の名義でそういうことがなされておるというようなことも聞いておりますが、あるいは沖繩に鉄道を敷くことはどうかというような問題についても、先ほどからお話があっておりますように、基地が那覇市内だけでは二二・五%、約四分の一は基地だ、そういうことで、鉄道を敷くことも非常に困難である。このようなことも聞いておりますし、あるいは水資源についても、ほとんど水の――人間生命について一番大事な水が基地に奪われておる。水利権はアメリカ軍が持っておる。このような状況では、工業の進出もなかなかむずかしいんではないかと、このように思いますが、この経済開発をどのように先生方ごらんになっておるか、この二点お伺いしたいと思います。
○団長(米田正文君) 西井、新川両公述人にお願いしておきますが、時間の関係もございますから、簡潔にお願いをいたします。
○公述人(西井竜生君) 初めに、私、非核三原則の決議をしたということをどういうふうに評価するかと、こういうお尋ねでございますが、私は今度の沖繩返還協定というのは、小野参議院議員の言われましたように、日米共同声明に基づいて行なわれておるということでございます。この日米共同声明のなされたときに、佐藤首相がプレスクラブで、アメリカの新聞記者に演説をした中で、日本語では、事前協議について「前向きにかつ迅速に対処する」というふうに訳されておると思いますが、特に核の問題に関して一番問題になるのは持ち込みでございます。持ち込みについて「これは相手のあることであるから」というふうなことを外務大臣が言われたこともありますけれども、佐藤さんの演説の中で、「前向きにかつ迅速に対処する」。私は事前協議というのはネガティブなところに意味があるのであって、これを前向きと言うのは、佐藤首相はたいへんお好きなようですけれども、英文のほうを見ますと、ここは「ポジティブリー」というふうになっています。ポジティブリーの事前協議では意味がないのではないか。そして、しかもその答えをプロンプトリーにやる。迅速にやる。もし核の持ち込みの問題が出てきたときに、そのような姿勢であれば、これは直ちにイエスというお答えになるという約束をしたようにしか私には取れないわけです。ですから「非核三原則」というふうに言われておりますけれども、持ち込みの点に関しては、私は佐藤さんがそういう共同声明のあとの大事な記者会見の席で、そのようにおっしゃったことをどうしても重視せざるを得ないというふうに申し上げます。 それから、沖繩の開発の問題でございますが、それは先ほど私も申し上げましたように、新全総の計画にのっとった開発というのが沖繩に押しつけられるのではないか。それは特に立案の過程では、沖繩県知事が何らかの形で参与することができるけれども、それ以後全く沖繩の意向を反映する機構が保証されていない。そこで、せっかく立案しても、それが全く実施されないままで新全総の計画にのっとった開発計画というのが押しつけられるということにならないという保証はないんではないか、そういうことになりますと、どうしてもこちらでやっかい視されておる最近の公害企業というものを現地に持ち込むということになるのではないかという、これが非常に大きな危惧だし、現にそれについては、もう進出する企業の名前もはっきりきまっておるというふうに聞いておるわけですから、これは単なる危惧ではないんではないかということを申し上げたわけでございます。
○公述人(新川伝助君) ぼくへの質問について申し上げます。いま核の問題での、佐藤さんがプレス・カンファレンスでおっしゃった件なんですが、これは国会でも民社党の曽祢さんが、一問一答でとっちめて、どうもおれ、勇み足のようだったということを、佐藤さん認められたようですが、これはテレビでも私見たんですが、問題は、そこでね、きめてみたからといって、それっきりおしまいになったら、それだけだったらね、これはコップの中の嵐みたいなもんだ。問題は、もしこれが、間違った、正しくないといったらね、なぜアメリカのほうにはっきりしたことが言えないのか、それを言わないでね、そっちはそっちにして、ただ内輪でこれだけやってんじゃね、これはね、これはお湯の中でへひるようなもんです。そこをね、ぼくは問題にしたいと思うんです。だから、これはもう、どうせ相談してもいいですから、それならそれで、ちゃんと、なるほど間違っているんだ、これをやっぱりアメリカさんにはっきり言うべきなんです。それをやらんでおいて、どうもそうだったなあ、おれが間違ったなあと言っただけ、それから、質問したほうも、そうじゃそうじゃと言っただけ、これはね、茶番劇だと思うんです。これはぼくの感じです。 それから、経済開発について、日本人の総じて考え方というのは、よそから何か目新しいものを持ってくれば、これが開発だと思ってるんです。これではね、そこの土着の人のこのバイタリティーをどう生かしていくか、ここが大きく抜けちゃうんです。まあ、これは明治以来日本の経済開発の一つのパターンでもあったんでしょうけれども、沖繩にまた同じようなことをやろうとしているんです。それじゃうまくいくはずがない。だから、結局利権だとか何とか、そんなことばっかりやっているんです。そうすると、現在沖繩の人との感覚が離れちゃう。そういう点をひとつ、これは皆さんのほうが政治家ですから、これからいろいろ経済開発の問題も参議院で論議されると思いますから、十分その点は考えてほしいと思うんですが、それも、いずれ施政権が返ってきてからゆっくり考えるようじゃいかぬから、この前申し上げたように、まだ十分案としては固まっていないけれども、こうするんだというやつをね、実はぼくは、参議院で、政府のほうから出す。そして皆さんも、あれがこう言うたから、メンツがどうのこうの、そういうことに関係なく、問題は、沖繩の人たちのプラスになることをどうしたらいいかということ、これが一番ポイントなんだから、一つの政党のメンツがどうのこうの、そんなけちくさい考え方でなく、ひとつ考えてほしいと思います。まあ、具体案については、一、二案がないわけじゃありませんが、もう時間もないですから、いまの御質問はひとつ、これでかんべんしてもらいたいと思います。
○団長(米田正文君) どうですか、二、三分で済むものなら……じゃあ、鈴木美枝子君、ごく簡単に、一問ぐらいにお願いしたいんです。
○鈴木美枝子君 西井先生と徳島先生と新川先生、増田先生にお伺いします。 私は、八年前に、世界の映画祭で、第二次戦争の記録映画を見ました。記録映画ですから事実の映画です。その中で、アメリカは原爆をつくった、日本は落とされたというような立場から、アメリカ本土を、核をつくった国がアメリカ本土を守る政策が以後行なわれるだろうと、この世界の映画祭の中で感じました。その一つのあり方として、アジアの中の重要なかなめの沖繩の問題、そのことを感じておりました最中に、俳優の仕事として、一九六六年に、沖繩の全お母さんに呼ばれて行きました。お母さま方から話を聞きました。六六年から今日まで、そして最近私は、国会の中におりまして、そして一回発言さしていただいたんですけれども、そういう核をつくった国の沖繩に対するあり方として、西井先生にお聞きさしたいんでございますけれども、核がある、ないということ以上に、流動した核の問題があるような気がするんです。流動した核というのは、私も見たわけじゃございませんから、ニクソンさん一人が御存じだということのたてまえの上に立ちまして、その流動した核があるという証拠には、沖繩に行きましたときに、友だちが一ぱいできまして、こちらに教えてくださることの一つに、三年前に嘉手納基地に航空母艦が立ち寄る基地ですね、流動した核を持った船が立ち寄る基地をいまつくっているんです。もう完成したんです。それから、嘉手納の飛行場が四千メートル滑走路を持てる飛行場が二つつくられているんです。で、核があるないより、流動してそこにとまる。五十年ぐらいそこにとまれる基地ができていることを、協定的にも法律的にも、先生どうしたらいいか、お答えいただきたいと思います。 それからもう一つ、徳島先生には、沖繩の経済開発といいますけれども、大方基地に取られたゆえに、あすこの婦人が売春で、それこそすごい数になっているわけなんです。七千三百六十人の三倍と言われているんです。その方たちが、子供を産んでそのままになっておりまして、そして、宿舎その他ございません。開発と同時に、開発より人間の問題を先に、どうしたらいいかということをお答え願いたいと思います。 それから、新川先生には、ニクソンが行って、中国との問題のときに、それまでもう少しゆっくりやったらいいと言うけれど、じゃあ、ゆっくりやる方法として、台湾とのかかわり合いをお話ししていただきたいと思います。 それから、増田先生には、自衛隊が平和的な機能に使われるということを第一前提に考えますと、自衛隊というものの持っている兵器を持つ人たち、それからまた、一人ずつをとってみれば、もう懲役がきまっているのです、あの中に。七年以下の懲役、いざとなったときに出かけていって、それをいやだと答えたら七年以下の懲役があるんですけれども、その懲役があるということは軍隊の質と似ているわけで、それを抜きにして平和的なものに使うということだけを言うということの危険を私感じるんです。その総合的な問題を増田先生から答えていただきたいと思います。どうもありがとうございました。
○団長(米田正文君) では、簡単にお願いをいたします。
○公述人(西井竜生君) 最近沖繩に行かれた人から、私もいままでなかったところに新しい桟橋ができていると、それがどうも、そういう核兵器を搭載したり、あるいは核そのものの艦船の立ち寄りのためのものであるという、こういうことを聞いたことがありますが、ホワイトビーチですか、あすこに新しい桟橋ができておる。こういう点が、私はやはり、どうも沖繩の人たちが、現在基地の機能というのが、返還までの間に増強されておるということで、非常に大きな不安を抱いておられることになっておるのではないかというふうに思います。 日本政府は、従来の考え方でいきますと、核弾頭をつければ核兵器として使用できるものでも、片一方のほうはどうかわかりませんが、とにかく核をつけさえすればいつでも核兵器として機能できる兵器は、これは事前協議の対象にならないというふうに言っておりますし、それから、たとえばエンタープライズのようなものの立ち寄りもやはり事前協議の対象にはならない。現に事前協議もなされておりません。そういう点からいきますと、やはり非常にそこに、いま鈴木議員の言われたような、非常に大きな危惧、問題というのがあるということを痛感させられるわけであります。その点での憂慮については全く同じように心配をしております。
○公述人(徳島喜太郎君) 基地の売春婦の問題でございますが、この問題につきましては、人間性を尊重するという道義的な大きな問題からして、沖繩県といたしましても、一番大きな道義上の問題ではないかと考えます。そういう意味におきまして、これはまあ、国全体の角度からも考えていかなくちゃならぬと思うんですけれども、まず道義的な問題といたしまして、こういうものをどう更生さしていくか。そこには、やはり、産業開発の中で吸収していくという方法、それから、県民全体の福利厚生の中で考えていく、いろんな多方面なことがあると思うんですけれども、特に沖繩復帰に伴うこういった大きな社会問題については、これはひとつ、次元の高い政策というものをあわせて用意する必要があるんではないか、こういうふうに考えるわけであります。
○公述人(新川伝助君) ぼくへの質問は、ニクソン訪中までの、日本として台湾との関係をどういうふうに考えたらいいかという質問だったと思います。 佐藤さんがお正月アメリカに行って、どうしたもんでしょうかと、ニクソンに聞いても、おそらくアメリカ人は、それはおまえの問題じゃないか、てめえ考えろと、おそらくこれが返事だと思います。日本のことは日本で考える、この姿勢がない限りですね、結局ぼくはアメリカからばかにされるだけだろうと思います。 それから、日本としては、もうできるだけ、政治的にも、経済的にも、どんどん関係を薄くしていく、これしかないです。私はそう思います。これについて実例を申し上げます。去年ですが、日産自動車の社長の川股君ですね、あれが、実は十年前ですが、もううちの自動車は世界にたいてい多く出した。あと残ってるのは中国大陸だ。新川君、おまえにうちの一番いい自動車をやるから、北京に持っていって、毛さんと周さんに乗ってもらおうじゃないかと、これを十年前に川股がぼくに言ったことがある。それからぼくはね、川股ちょっと待てと、まだ早い、おまえんとこは京城と台北に修理工場その他を持ってる、そういう関係で、いまそんなこと言ったってそれはとてもだめだと言って、ぼくは十年前は押えた。ところが、去年ですよ。もう時期が来たから、もう考えてもいいぞと言って、それから彼は、京城と台湾の投資をどんどん引っ込めちゃったですよ。そして、ことしの一月に中国との商売をやるんだということを正式に発表しちゃった。これで少しもね、台湾も文句を言わなきゃだれも文句の言いようがないですよ、どんどん彼は進めているんです。こういうふうに、ぼくはね、日本人としては、割り切って、国際政治の上に対処していく、この姿勢がなきゃぼくはいかんと思う。左べん右顧するような、そして、人から言われなきゃきめられないような、これはね、官僚のくさったやつの考え方だ、それだけはぼくはね、ひとつやめてほしいと思います。そうすればね、世界の人はちゃんと見ますよ。この点が、どうもね、日本人の感覚が違うね。ぼくは官僚のくさったような、人がきめてくれなきゃついていけないと、自分できめられないと、この姿勢が今日まで日本を、経済的には伸びても、政治的には結局二流国扱いにされてしまった大きな理由だと思います。これがぼくの感じです。
○公述人(増田義孝君) 兵器を持った自衛隊の平和的な利用との調和ということではなかったかと思うんですが、御質問の要旨は……。軍隊の要らない、戦争の全く危険のない平和な世界、平和な幸福な生活というのを私も希望します。これはしんからそう思います。それは公述で申し上げたとおりでございます。ただ、いま国内も国外も、じっとながめてみますと、やはり危険をはらんでおるという現実、これはだれもいなめない事実であると思います。そういう場合に、いま新川先生が言われましたように、世界に向かって、日本が日本を守るという、自分で自分を守るというそういう姿勢、日本のことは日本で考えるという、そういう姿勢であるとすれば、やはり自衛隊の存在の必要性を感じますし、願わくはその兵器をだんだん捨てて、ブルや、ショベルや、つるはしのほうへ変えていくような、そういうあり方になってほしいと思います。それがこれからの日本全国民の自覚と努力であらねばならぬと、こう信じております。そっちの方向に進むべきであろうという、その理想は変わりはないことでございます。ただ現実を踏まえてみますとそういう状態にある。 その懲役の問題はよく知りませんけれども、それは、まあ一般人にも、皆悪いことしたら入れることになっておりますから、その辺が……(笑声)どの辺にあるのか、こういうのがよくわかりませんが、いまのお答えになるかならぬかわかりませんけれども、私たちのところにはこういうことわざがございます。━━━━━━━━━━金貸すなという(笑声)、こういうことわざがございます。依頼心のあるやつには銭貸すなという、こういうことわざがあります。やはり日本人全体がそういう気持ちにならなくちゃならぬでありましょうし、沖繩県民もそういう気持ちになって立ち上がらなければ、日本の開発も沖繩の開発もできないのではなかろうか、こういう気持ちがしてならぬということでございます。終わります。
○団長(米田正文君) まだあるかと思いますが、時間の関係もございますから、以上で公述人に対する質疑を終わることにいたします。 この際、一言ごあいさつ、お礼を申し上げたいと思います。本日は貴重な御意見をお述べいただきましてまことにありがとうございました。沖繩返還協定特別委員会における本案件審査の上に、多大の参考となりましたことを重ねてお礼を申し上げます。 午前の会議はこの程度とし、午後二時から再開することとし、引き続き残りの公述人の御意見の御開陳及び公述人に対する質疑を行ないます。これにて休憩いたします。 〔午後一時十三分休憩〕 〔午後二時二分開会〕
○団長(米田正文君) ただいまから会議を再開いたします。休憩前に引き続き公述人の方の御意見を承ります。公述人の方々を御紹介申し上げます。こちらから福岡県民間労働組合協議会会長宮田早苗君、次に鹿児島青年会議所理事長大西洋逸君、西南大学教授白井正君、株式会社高田工業社長高田寿夫君、以上四君でございます。公述人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。本日は御多忙中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。御礼を申し上げます。 「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件」について御意見の御開陳を願うのであります。時間の関係上、御開陳の時間はお一人当たり十五分以内といたしますのでよろしくお願いいたします。発言の順序は私から順次指名させていただきます。それから御意見を承りました後に委員から御質問申し上げることにいたしておりますので、その際はなるべく簡明にお答えをいただきたいと思います。 なお本日の会議の趣旨は皆さま方から御意見を拝聴いたすことにありますので、私どもに対する御質問を恐縮ながら御遠慮願いたいと思います。それではこれより公述人の方々の御意見を承ります。それでは福岡県民間労働組合協議会会長宮田早苗君。
○公述人(宮田早苗君) 公述をするに先立ちまして二一百お断わりを申し上げておきます。私、この種の公述をお引き受けいたしましたのは初めてでございますし、また標題に対する諸関連事項につきましても勉強不足の点もあるわけでございますが、ただ皆さま方に申し上げたいことは、私は労働組合の指導者であると同時にわが国の将来ということにつきましては、人一倍関心を持っておることだけは最初につけ加えさせていただきまして、ただいまから私の考え方を申し述べてみたいと思います。 過去二十数年間、外国施政権下にございました沖繩が全国民待望の復帰にあたり、去る十一月二十四日、衆議院本会議が沖繩返還協定承認案件を可決いたしましたことは、その前十一月十七日の沖繩返還協定特別委員会での議会制民主主義を踏みにじった抜き打ち強行採決の結果でございましただけに、二十有余年にわたる異民族の支配下に苦しんだ沖繩県民百万の同胞を祖国に迎えることは、まことに悲しいことと思うのであります。それだけに沖繩県民はもちろんのこと、国民全体が不満、不安を持っていることを十分考えることがこの際特に肝要でございます。このような情勢の中で参議院に送付され、審議がされますことは、二院制の中での良識の府と自他ともに認められている参議院だけに、議員の方々も十分にお考えのことと確信をしておりますし、国民全体もそれを強く望み、また大きな期待をしておることを十分に知っていただきたいのであります。 私は、働く者の生活向上のため、直接生産に携わる労働者、それを結集いたしました労働組合の一指導者として、ここに立たせていただいただけに、より一そう沖繩問題に関心を持っておりましたところ、今日までの経過を考えますときに、参議院の審議に対してこれほどまでに期待を持ちましたことはかってございませんでした。いわゆる審議を尽くし、議会制民主主義を確立し、百年の計を誤らないよう格別の御留意をいただくため、この際最大の努力をお願いする次第でございます。 そのためにはまず沖繩返還にあたって、その中心問題といえます最大の関心事である核につきましては、過去の苦い経験から今日のもろもろの情勢を考えまして、どうしても核の全くない、自他ともに認めた完全な本土並みでなければなりませんが、衆議院での審議の経過から、協定の内容自身についていまだに論議が繰り返されておりますように、明確を欠き、疑義を持つものであります。 その第一点は、返還協定並びに関連諸取りきめによって返還が実施された場合の基地、あるいは施設の様態は、核兵器撤去の保証が不明確であります。戦略放送施設VOAの存置のほか、自衛を本旨とする安保条約のワク組みを越える質量ともに巨大な基地がほとんどそのまま存続することになり、核抜き本土並み返還に疑義を持たざるを得ないのであります。 今日の諸情勢は、御存じのように、ニクソン訪中並びに中国の国連加盟という新事態によって、世界の政治体制が大きく変化をしております。わが国といえども無関係ではございません。それに対応するため、基本的に検討を迫られておると思います。さらに早急の問題として、この点につきましては明確にしなければならないときと考えておりますだけに、今日の返還協定の基礎となっております佐藤・ニクソン共同声明、その骨格をなす米国極東戦略、なかんずく中国封じ込め戦略の根本的な転換を必至とする情勢と考えております。日米両国合意の前提条件が全く変わりつつあるにもかかわらず、従来の戦略遂行のための基地施設をそのまま存置することは、容認すべきでないと思うのであります。 その第二は、核抜きにつきましては、返還時の核点検と国会における非核三原則の決議をすること。核抜きについてアメリカ大統領の声明を求めること。政府はこのいずれかの措置を実行し、国民が持っておる不安を解消すべきであります。基地につきましては協定第三条に基づく了解覚書について、両国協議を行ない、いわゆる特殊部隊の撤去はもとより、基地全体の整理縮小についてスケジュールを明らかにすべきでございます。VOAについては、五年間ということになっておりますが、これにもかかわらず、日米間の協議によって早期に撤去を実現すべきであります。以上の三項目につきましては、粘り強く交渉する態度こそ最も必要と思っておりますが、結果として成果が得られないときには、再交渉に移して、実現をぜひともはかっていただきますよう努力をすべきであります。 その第三は、問題を残していると思われる事項が二、三あると思います。特殊部隊の取り扱いについて、その存続を認めたことに対しましては、安保の変質につながるおそれがありますので、認めるべきでないと思うのであります。さらに対米請求権については、わが国の要求を沖繩県民が納得するまで交渉して実現すべきでありましょう。さらに米国資産の引き継ぎについては、その経過から、買い取る性質でないものまでこれを買い取る必要はないと思うのであります。さらに申し上げますと、裁判の効力引き継ぎについてでありますが、復帰後再審の道が講じられるよう、これも明確にすべきであります。 以上申し上げましたように、自他ともに認める完全にして明確な本土並み返還が、私のいわゆる申し上げます趣旨であります。このことは、沖繩百万県民をはじめ、国民全体の願望であると同時にこれの確立によってのみ戦後が終わり、わが国の独立が完成することになると思うのであります。それだけに国民すべてが参議院に大きな注目と期待を寄せておるわけであります。特に審議をされるにあたりまして、再び去る十一月十七日の強行された採決ということになるならば、議会民主主義の崩壊はもちろんのこと、政党政治に対して不信が助長いたし、結果は将来に大きな禍根を残すことになると思いますので、この際参議院の皆さま方の良識に訴えて、国民が納得する審議を特にお願いいたしまして、まことに簡単でございましたが、私の意見にかえる次第でございます。終わります。
○団長(米田正文君) ありがとうございました。次に鹿児島青年会議所理事長大西洋逸君。
○公述人(大西洋逸君) 鹿児島青年会議所理事長の大西洋逸でございます。沖繩返還に伴います公聴会に、私の意見を述べさせていただきます。私ども待望久しい沖繩の日本返還が、一九六九年十一月の佐藤・ニクソン日米首脳会談によって基本的に決定されまして以来、先ほど沖繩返還協定が衆議院で可決されまして正式に決定いたしましたことは、私は沖繩の隣県に住む者といたしまして、鹿児島に住む一人といたしまして、非常に喜ばしい意義深いことと思う次第でございます。沖繩百万人の県民は、第二次大戦の悲惨さを体験し、多くの同胞がその犠牲となったのでありますが、またその後は米軍の占領下に置かれまして、内地の者が味わったことのない苦悩を体験されました。まことに同情に値することであると考える次第でございます。 しかし、私は若者の一人といたしまして思うのでございますけれども、一部の人たちに見られるような、いつまでも悲劇を主人公とした排他的な、そして嘆きに打ちひしがれているような感覚から早く抜け出して、かつての沖繩の県民が南米に、そして北米に、またハワイと海外雄飛されたあの開拓者魂そのものを発揮して、県民一体となって日本復帰に臨まれることを願うものでございます。私は沖繩返還交渉の三大原則である核抜き、本土並み、七二年返還という三項目につきまして、アメリカに強い姿勢で臨まれた政府当局、そして自分の主張を堂々と通された政府の態度に対しまして、満腔の敬意を表するものでございます。沖繩県民の方々が一日も早く祖国復帰を望んでおられる気持ちを考えますときに、この協定に対して気持よく賛成し、その後の日本とアメリカの相互の友好関係において問題を指摘するところがあればそれを改め、改善するものがあれば改善してゆく方法が一番望ましいものでありまして、一部の再交渉論、並びに協定粉砕論といったことによりまして、万一この協定が不成立となるような事態を招くようなことがあるならば、沖繩復帰を待ち望む百万沖繩県民に対し悔いを永久に残すことと、私は考える次第でございます。 それでは、基地及び自衛隊の問題につきまして少しく見解を申し述べたいと思いますが、戦後の沖繩経済は今日まで、基地の収入に負うところが非常に大きかったのであります。が、復帰後におきましても、安全保障条約第六条の適用を受ける日本の基地として、今後も存続するものであります。その基地に対しまして、日本の憲法及び法令が原則的に適用されるということ、また基地の縮小が今後は本土並みに進行するであろうということは、核抜き本土並みという大原則を貫いて日本の主体性を明らかにした点などにつきましては、私は好感をもって迎えるものであります。 沖繩に配備されます六千八百名の自衛隊につきましては、一九六九年十一月の佐藤・ニクソン共同声明にも述べられているとおりでございますが、復帰後の沖繩が日本の最南端としての局地防衛のための責務を果たすものであり、また当然、極東に脅威と緊張が存在する限りは、わが国とアメリカとの共同防衛体制を当然とられるべきだろうと、私は考えるところであります。 自衛隊の沖繩配置によりまして、アジア社会主義国、特に中国、北鮮に対する挑発的な基地となるということは、心配無用と私は思います。また、日本自体が沖繩に基地を持つことによって中国との国交正常化に大きな障害になるという危惧の気持ちは、それは不必要でありまして、沖繩が復帰によって日本の一部となる以上、本土と同様に直接・間接侵略に対するわが国の防衛に当たることは当然でございまして、また現在まで米軍によって行なわれております民政協力についても、所要の部隊が配備によりまして、災害時における人命救助並びに道路や橋梁の建設工事などの実現が可能となることは、沖繩開発のためにも大いに喜ばしいことであります。 次に復帰後におきます沖繩の経済開発について少し申し述べたいと思います。今日までの沖繩経済の収入をささえてきているものは、基地収入でございますけれども、基地収入が大部分でございますけれども、今後の沖繩の情勢を考えますときに、現在の状態を保ち得るか疑問とするところであります。このような基地経済の依存度から今後出来るだけ脱却するためには、抜本的な産業構造の改善が必要であろうと考える次第でございます。先般作成されました新全国総合開発計画の中に、沖繩全体の総合開発計画がきめられていることは、まことに御同慶にたえないところでありますが、沖繩の開発計画は、工業投資によってその基地経済から脱却するものと考えられるところであります。私は、当を得ていないかもしれませんけれども、この場をかりましてお願いいたしたいことは、過去の奄美大島に対する財政投融資以上に大幅な先行投資を沖繩にお願いしたいと思う次第でございます。沖繩中期経済開発計画によりますと、沖繩県民一人当たりの所得は、一九七〇年におきまして七百五十四ドル、五年後の七五年には二倍となり、八〇年には三倍となる目標にしております。この所得の増加をはかるためには、沖繩の第二次産業の比重をもっと高める必要があろうと私は思います。このためには巨大なプロジェクトを策定して、本土政府に要望する必要があると思うのであります。その第二次産業を誘致するためにも、たとえば現在まで米軍の施設、並びに好意によりまして運営されてまいりました電力の問題を考えますときに、今日の復帰を機会にいたしまして沖繩の自給自足体制を確立する意味におきまして、大型火力発電所の建設などは、最も私は大きなプロジェクトとして望まれるところじゃないかと考える次第でございます。また台風常襲地帯としての災害防止対策、並びに沖繩の基幹産業でございます砂糖、パイン、畜産の地場産業の育成など、本土への復帰機会をとらえまして、本土政府に産業基盤の充実をはかられるよう望む次第でございます。聞くところによりますと、一九七五年を目標に開催される予定であるそうでございます海洋博覧会は、沖繩経済を浮揚する起爆剤として私は非常に意義あるものと考えて、ぜひこの実現を期待するものでございます。そういう意味におきまして、沖繩の今後の発展はまず経済開発を主体としたものを中心に、今後の返還協定をはかられるように特にお願いいたしまして、私の意見にかえさせていただきます。
○団長(米田正文君) 次に西南大学教授白井正君。
○公述人(白井正君) 白井です。前置きを省略しまして、すぐに本題に移りたいと思います。いわゆる沖繩返還協定の持っております侵略的性格、あるいは従属的、屈辱的性格につきましては、すでに多くの人々が指摘しておるとおりであります。 沖繩は、今度の協定によりまして一応本土に復帰いたしますが、沖繩の本土復帰ということは、これは法制面から申しますと、本来戦後二十数年間の沖繩法体系、すなわちアメリカ大統領の行政命令を頂点といたしまして高等弁務官の布令、布告、その下の琉球政府立法院諸立法というこの沖繩法体系から日本国憲法体系、すなわち平和憲法体系への切りかえ、あるいは一体化でなければならないはずであります。ところが現実には、これに反する復帰が、現地の、あるいは本土の痛切な反対の声を踏みにじりまして、新たな既成事実が積み重ねられつつあります。 昨年から、総理府の外局の沖繩・北方対策庁の付属機関であります沖繩事務局が向こうで仕事をしておりますが、その現地の活動は、その先兵ともいうべきものということができます。もちろん、そのやっております仕事は、事務的には理解できないこともありませんけれども、そういう仕事を通しまして、さっき申し上げましたようなことが、現実にはどんどん積み重ねられておる、進行しておるという状況なんであります。 で、さて現在の国会の成り行きがどうなりますか、これはともかくといたしまして、先月の衆議院での強行採決によりまして、協定自体は、少なくとも憲法上の手続きといたしましては自然成立という事態が一応予想されますが、したがって、国会の論議の焦点は、その協定と表裏一体をなす関連国内法案に移っております。したがってこの公聴会も、むしろそれを中心として取り上ぐべきでありますけれども、この、ここでは協定中心の公聴会でもありますので、あまり触れられないのは残念でありますが、私は沖繩問題につきまして、いままで国会では必ずしも十分取り上げられたとは言えないサンフランシスコ条約第三条の問題に触れたいと思います。 サンフランシスコ平和条約第三条は、言うまでもなく、アメリカの沖繩支配の法的根拠とされております。沖繩の問題は、言うまでもなく敗戦と同時に生じた問題であります。一九四五年に日本が戦争に敗れ、無条件降伏したそのときに、帝国軍隊は無条件降伏をいたしました。日本を軍事占領する占領軍にはポツダム宣言がありまして、それに従って日本の占領統治は始まったわけであります。日本国憲法も、基本的にはそのポツダム宣言に沿って制定されたということができるかと思います。 ところが、沖繩は、太平洋戦争の末期に米軍が単独で軍事占領を済まして、それが実質的には今日にも続いております。すなわち沖繩にはポツダム宣言は、理論的にはともかく、実際にはストレートに適用されなかったというふうに、言うこともできます。つまり、同じく占領と申しましても、日本の本土を連合軍が占領した場合と、沖繩を米軍が単独で占領していたのとは、その占領するに至った態様が非常に違っております。 このようにしまして沖繩と本土とが切り離されたのでありまして、つまり、沖繩問題というものは、戦争が終わったときにさかのぼっておるわけなんであります。そして一九五二年四月二十八日、平和条約発効の日に、その第三条で、沖繩の施政権はアメリカに半永久的に渡されました。すなわち、それまで事実上占領しておりましたアメリカが、形式的にと申しますか、あるいは合法的にと申しますか、平和条約によって施政権を握るということになりまして、そしていまも、安保条約の適用を受ける本土と沖繩とは分離されたままであります。 第三条を一々読み上げませんが、その中に書いてあります奄美諸島とか、小笠原諸島とかいうふうなものはすでに復帰いたしまして、いまは今度の沖繩協定の琉球諸島、大東諸島、こういうふうなものに対しまして、現在もなおこの第三条によりましてアメリカはいわゆる施政権――立法、司法、行政の全権力を持っております。日本はいわゆる潜在主権、残存主権を持っておるだけとされておりますが、この第三条が成立の当初から非常に多くの疑問を持っておりました。 一九四三年の十一月二十七日にアメリカ、中国、イギリスによって宣言されましたいわゆるカイロ宣言では、領土不拡大という原則がはっきりうたわれておりまして、ポツダム宣言も、カイロ宣言の条項を履行するということが約束されております。アメリカはしたがって、この領土不拡大という原則を公然と踏みにじることができなくなったわけであります。しかし、一方その当時の世界の情勢といたしましては、米ソの冷戦、あるいは中華人民共和国の成立、朝鮮戦争の勃発というふうな事態がありまして、アメリカとしてこんなふうな事態に対処するためには、政治的にも軍事的にも日本全土の占領を続ける必要があったわけであります。つまりアメリカは、日本を極東における防共軍事体制のとりでにし、同盟国にしておく必要がありました。そうして平和条約によって日本を曲がりなりにも独立させ、これと安保条約を結んで、米軍は日本本土に居すわりを続けました。そうして沖繩は、本土から分離して全面的な軍事占領を続けるという方式がとられたわけであります。 こういう沖繩の全面的な軍事占領を続けたいということと、先ほど申しました領土不拡大の原則、これは明らかに矛盾、対立をいたします。その矛盾をなくするために、領土割譲という方式をとるかわりに、いわゆる信託統治制度というものが利用されたわけであります。 平和条約第三条におきましては、未発達地域について信託統治制度という定めがあります。それをとることにし、その信託統治制度については国連憲章七十六条に明らかになっております。ところが信託統治制度というものは、皆さんすでに御承知のように、第一次大戦後の国際連盟のいわゆる自分で自立することのできないような地域、しかも敵国の領土から離れた地域、そういう未発達地域と申しますか、そんなふうなものを少しずつ引き上げてゆくという少なくとも表面の目的としては委任統治制度というものがありましたが、それを少し修正したものが信託統治制度なんであります。 したがってこの信託統治制度というものは、ほかの場合について見てみますというと、かつてその委任統治制度のもとにあった地域、あるいは第二次大戦によりましてたとえばイタリアの領土でなくなったアフリカのある地域、こんなふうなもとに行なわれておるわけなんであります。それらはすべて、信託統治制度ということ、すなわち未発達地域に対して、つまりたとえば文化の進んでいない住民を引き上げるということとして定められたわけなんであります。 しかしながら、こういう信託統治の制度の目的からしましても、沖繩を信託統治制度に置くまで、しばらくアメリカが暫定的に支配しておこうということ自体が非常におかしなことなんであります。信託統治制度は、今言ったように少しでも引き上げるということ。ところが言うまでもなく沖繩県民は、われわれ日本民族と不可分な一体をなすものであります。そこに住んでいる人たちは、われわれたとえば福岡県に住んでいるのと同じ日本民族なんであります。これはすべて引き上げるとかなんとかというようなことであってはならないはずなんでありまして、もしもそんなふうな理由で信託統治制度を行なうということでありましたらば、わが福岡県も信託統治のもとに置かなくちゃならない、こういう、だれしも賛成することのできないような状況になるのではないかと言わざるを得ないわけなんであります。 こんなふうなことからしましても、信託統治制度というものを、さっきのような一種の抜け道として持ち出しただけでありまして、現実にアメリカとしても、信託統治制度を沖繩に敷くために、国連にその構想を提案するというような気持ちも最初からなかったようでありますが、その信託統治制度そのもの、そういうふうな抜け道をもって、本土から平和条約第三条で切り離されたということは、国連憲章の第一条などにいう人民の同権あるいは人民の自治、主権尊重というふうな原則にも反するものと見なければなりません。 さて、先ほどもちょっと触れましたように、現実にはアメリカは、信託統治のもとに沖繩を置くことをしませんでした。つまり、国連に信託統治の提案をする権利を自分のものとして留保しておくだけで、提案をせずに、国連からの信託統治地域に対する監督からも免れて、無制限、無期限に沖繩の支配を続けるという方法をとったわけであります。 まして日本の国連加盟後は、国連憲章七十八条で、憲章に入った国の地域に対して信託統治制度は適用されないという意味の条文がありますが、沖繩は信託統治のもとに置くことは全く不可能となりまして、現実にアメリカが信託統治提案の意思を持たないのである以上は、その提案までの暫定的な措置といたしまして施政権の行使を、アメリカの一方的な理由であるいわゆる戦略的必要によって延長するということは、まさに不法といわなければなりません。 さらにまた、一九六〇年、昭和三十五年の十二月十四日に国連第十五回総会で、植民地独立付与宣言というものが成立いたしました。これは賛成七十九、反対なし、棄権九カ国というふうにして可決されましたが、アメリカはその棄権国の中に入っておりますけれども、国連でその後の実績の積み重ねを見ますと、この民族の自決ということを、原則と多年の実績からしまして、民族の自決ということはどういう国家も否定できない大きなものに、非常に高いものに原則として確立したということができます。 したがって、日本の本土から沖繩県民を一言の相談もなく、その意思に反して分断するということによって日本民族の統一を害するということは、民族の基本権を侵すものでありまして、植民地独立付与宣言の精神にも反するものといわなければなりません。平和条約第三条をいまさら取り上げるということは、なんだか時期遅れの感が抱かれる方もあるかと思いますけれども、しかし沖繩が置かれた法的な根拠ということは、まさにそこにあるわけでありまして、それがいま不十分ながら述べましたことに照らしてみましても、沖繩をアメリカが支配し続けるということは不法であり、無効である。また支配の実態がいかに不当なものであるか、沖繩県民に対する人権の侵害ということだけ見ましても不当なものであるかということをわれわれは広く、深く承知しておるわけなんであります。 こんなふうな点からしましても、時間が来ましたので残念ながら残りを割愛いたしますけれども、沖繩協定というものの本質がどこにあるかということを、われわれは、たとえ沖繩協定が国会を通りましても、深く見きわめていかなければならない。こういうふうに思う次第であります。残りのこと、あるいは核についての事前協議の問題などいろいろ述べたいことはありますけれども、時間も参りましたので、これで私の発言を終わりたいと思います。どうも失礼しました。
○団長(米田正文君) 最後に株式会社高田工業社 長高田寿夫君。
○公述人(高田寿夫君) いよいよ最後になりました。私はこういう席に初めて出ますので要領がわかりませんので、朝から来て聞かせていただきました。いろいろと各先生方から御意見の開陳がありまして、大体賛成、反対いろいろな意見、ほとんどまあ言い尽くされたかの感があります。これから私が申し上げることはいささか蛇足もあろうかと思いますが、こまかい、特にいまの白井先生のような専門的な見地からの御意見は私にはございませんが、大所、高所から国民感情的に、あるいは常識的な見地から、この問題について申し述べることになろうと思います。はたして皆さん方のお役に立つかどうかわかりませんが、しばらく御清聴をわずらわすわけであります。 私は、何と申しましても宣戦布告を先にしてやったのは日本でありまして、これが敗戦をいたしまして全面降伏という結果を招来いたしました。そうして数年後に、平和条約によりまして、日本は沖繩を放棄したわけでございます。これをアメリカは、占領によってそのまま継続したということは事実でございます。この沖繩が、われわれの念頭がかなってここに話し合いによって帰ってくるということは、私はいまだかって世界の戦史にない問題であろうと思います。そのことについては、非常に喜んでいる次第でございます。 どうしてそのようなかつてないようなことが行なわれたもんであろうかということについて、いろいろ考えてみたんですが、これはいま白井先生の話によるいろいろな世界の思想の変化というようなことも背景をなすであろうと思いますが、これが今日帰ってくるということの事実、いまだそのような帰りそうもないことも現在あるということの世界の事実、そういうことを対照して考えましたときに、私はアメリカに対して、まず日本国民が善意を持っておるということの確認がアメリカ国民感情の大勢を占めたことが、まず第一であろう。それと一番大事なことは、好戦国民であると思われておった日本が、案外に平和愛好国民であるということが、アメリカ自身によっても確認されたことが第二の重要な点であろうと思います。 第三には、安保条約というものがございます。これはいろいろな意味でできておりますので、これを原理についていろいろ申し上げても蛇足にもなろうかと思いますので申し上げませんが、この安保条約の相手国の日本といたしまして、やはり信頼のおけるだけの国内体制、国土防衛、自主防衛というようなものがだんだん信頼できるようなところに日本がなってきた。このような三点がおもな問題となって、私は、このような返還ということになったんであろうと、このように考えます。 これは一番重要な問題でありまして、これをわれわれは、やはり相手のあることでありますので、日本国民としても十分認識し、考えて、このたびは行動しなければならんのじゃないかと思います。それから、そういうようなことを背景といたしまして、アメリカのわが国に対する信頼、それから好意というようなものによるものでありまして、これは佐藤総理が政治生命をかけた努力であるということもよくわかっておりますが、それもさることながら、このアメリカ国のわが国に対する今度の問題に対する好意に対しまして、私は文句なく満腔の謝意を表明する気持ちで一ぱいであります。 今後の国際信義を厚くするために、私は、一日も早くこのような基礎的な協定に対しては、やはり早く結論を出して日本国民のこの謝意と申しますか、善意というものを、表現することが国際信用の問題で大事であろうと思います。さらに、これに関連いたしました自衛隊の派遣というような問題につきましては、先ほど大西氏がいろいろと申されましたが、私は同意見でありますので、ここで割愛いたします。 それからその返還条件等については、私は、おのおの個々の立場、国民の立場、あるいは政党間の主張の立場、いろいろあろうと思います。それについてはすでに政府もよくわかっておりまして、いろいろと折衝を重ねておりますが、必ずしもわれわれの希望どおりにいっていないということは事実でございます。 しかし、これは、おのおの相手国のあることでありまして、相手国の国民感情というようなものもありまして、話し合いによる解決というものは決してわれわれだけの気持ちが全部通るということでもありませんことを考えますというと、今度の解決は、私は現段階における極限であろうと、このように勘案いたします。そしてその結果の合意ということになったんであろうと、アメリカ国民にいたしますと、これはいろいろ不満もありましょうが、やはりこれはやむを得ずという気持ちもありましょうし、われわれとしてもそのようなものであろうと、これが国際間の話し合いによる解決の原則であろうと思います。 これにつきましても、私は現段階ではやむを得ないということでございます。いろいろ不満な問題をこれ以上取り上げまして、この段階で基本的にこの協定が無効になるような、あるいは延期されるようなことがあるとすれば、これは後ほど申し上げますが、沖繩県民に対する一つのほんとうの意味における思いやりというものを越えた結果になります。世に言う『角をためて牛を殺す』のたぐいになるんじゃないかというようなことで、ここは大所高所で、私は一応この協定は一日も早く国民的総意による姿において解決すべき問題であろうというように考えるわけであります。 しかし、ここで付帯して申し上げたい希望がありますが、今度の返還協定の各条項が永久不変に存在するということになれば、これはたいへんでございます。これはしかし、私はこのようなことになりますと、日本の将来につきましても、また米国とわが国の今後の関係においても、よいことではないと思います。これはすでに皆さん方もけさほどからいろいろ申されておりましたが、世界環境の変化というものが日々、刻々激変しております。世界環境の変化を失せずに、私は今後のわれわれの努力と積み上げによりまして米国の認識と理解を深めるということによりまして、独立国にふさわしいだけのほんとうの姿に一日も早く直すことがよろしいと思います。またそれは絶対に必要なことであろうと、これは今後の問題として、われわれは銘記してやらなければならん問題であろうと思います。 次に、返還後の沖繩について、いささか述べてみたいと思います。けさほどから各先生方が申されておりましたように、戦後、敗戦後二十数年間、ほんとうにわれわれとしては、夢想もできないような屈辱、あるいは苦しみに耐えて今日きておる沖繩同胞に対しましては、まことに衷心から気の毒にたえないという感情は、皆さん方お変りないと思いますが、これに対するためには、政治面、それから経済面という両面について、われわれは今後持てる力の全部を尽くしてでも、沖繩にはやらなければならないと思います。 沖繩には、日本の国内と違った非常に立地条件がございます。これは、現段階では、非常に不利な経済的な立地条件であると私は考えております。しかしまた、日本の本土にない海洋と太陽に恵まれた、いろいろな条件がございます。日本本土をそのまま縮小したような形で沖繩に臨むんではなくて、先ほど皆さん方もいろいろるる申されましたが、沖繩をほんとうに幸福にするためには、経済的に独立でき日本国土と違うように、沖繩県民が努力さえすればりっぱになるだけの思い切った施策をやるということが必要であろうと思います。 これにつきましては、いままでに日本の国内でいろいろと、まあ言いわけ的に、非常に私は口が悪いんでございますけれども、議会で立法されたり、政府施策をやるというようなことではなくて、抜本的に私は国力を尽くしてこれは新たな大プロジェクトをつくりまして、大政策を立てて私はやるべきであろうと思います。なお社会福祉につきましては、十分これは考えていかなければならん、特に風の強い、雨の多い沖繩は、一たびあらしが吹くと、そのままに元に帰してしまうというような悪条件下にある沖繩でございますので、公共投資につきましては、国内とは違う、内地とは違う思い切った公共投資をしてあげるということも、まず第一であろうと思います。 それからいま一つは、とくに私は、健全な自主独立心を養うに足る特殊教育を、沖繩には今後当分、重点的にする必要があろうと思います。戦後二十六年間、異国に統治されまして、全く植民地的な屈辱的な制度の中で育ってきておる沖繩県民の心情というものは、われわれでは想像できない複雑なものがあります。現在五十になる人でも、まだ二十幾つというような若いころからの占領でございます。内地では想像できぬほどの精神状態にあるということを、私は知っております。そういう人たちが健全な自主独立心、それで誇り高い平和国民としての姿をつちかう、まず精神をつくるということは、学校と社会とを問わず、全面的に思い切ったやはり教育施策をすることが必要であろうと思います。 これはどのようなものかと申しますと、私は、平和を愛好しておるかつてのスイス国民のような、誇り高い独立心の強いものを養わなければならないと思いますが、遺憾ながら今日の沖繩県民には、すべてこのような気持ちが充実しておるとは思いません。私はすでに、沖繩で相当な仕事を現在やっております。そういう仕事を通じて、沖繩県民の精神的な不健全さというようなものを痛感しております。これは、二十数年にわたる占領がもたらした一番大きな傷あとであろうと思います。 この精神面の復興がないまま、われわれが経済的援助をいたずらにするということは、まるで気の毒なこじきに一時的に物を恵むという結果になりまして、沖繩県民を尊重する、りっぱになっていただく、人間的な尊重の上にやることではないと思います。どうかその点につきましては、教育関係は社会を含めて、いろいろ特別なことをやっていただきたいということを希望する次第であります。 それから最後に、一部に言われますような再交渉というようなことは、私はかなりな年数がかかると思います。あるいは可能かもしれませんが、これはしかし、現在世界環境が日々、刻々変わっております。アメリカの考え方も百八十度転換しつつあります。しかしこれは、現在返還協定いたしましても、条件の環境の変化に応じまして、われわれは油断なくアメリカと交渉することによりまして、まず施政権をわれわれに取り、そして復帰後にあらゆる問題がたくさんありますし、またこれは私はできると思います。またそれほどアメリカ人は、世話好きでも、もの好きでもないと思います。で、どうか一日も早く日本に復帰いたしまして、われわれの以上述べた沖繩県民に対する今後の幸福をつくっていただくということの施策が全部できる環境に、一日も早く沖繩県を置くということが、何より一番重要なことであります。 いろいろな枝葉末節の問題を、今後五年、十年後になさなければならぬ問題を、今日取り上げまして、そのために先ほど申し上げましたように角をためて牛を殺すような結果になって、そして世界不信を買うというようなことにならないように、ひとつお願いしたいということをお願い申し上げます。 さらに、最後にもう一つ申し述べたいことは、先ほど先生方のお話の中にもありましたように、強行採決というようなことが起点となって、今度の問題が解決することは非常に国民的な不満であるということは、私も同感でございます。これは議会に対する国民全部の不信のもとでございます。しかし、この問題は、強行採決はどうしてするのか、またせざるを得ないような結果になるのかということについては、強行採決をした多数党のみが責任を負うべきではなく、やはりほんとうに国民の利益、国民感情を考え、ほんとうに皆さん方が一時間もむだのないようなその議を尽くすということのみ全力を尽くし、いたずらに作戦的に、まるで猿芝居のような、非常に私は口が悪いんですが、何とかかけ引きとか、やりとりとかというようなことを重ねた結果が強行採決になるというような感じを持っておる国民が多数あることは事実でございます。どうかそのようなことにならないように、ひとつ強行採決というような、ほんとうに議会民主主義を否定するような結果にならないように、議員の皆さん方は特にお考えいただきまして、今後の審議に対しまして、重要な点からどんどん審議を進めていただきまして、議を尽くすように野党、与党からの御協力をお願いしたいということを申し述べまして、私の意見開陳を終わります。
○団長(米田正文君) ありがとうございました。以上で公述人各人の意見開陳を全部終わります。これより公述人に対する質疑に入ります。質疑のある方は順次御発言を願います。(はいと呼ぶ者あり)ではこちらから。春日正一君。
○春日正一君 四人の方全部にお聞きしたいんですけれども、今度の沖繩協定の前文では、共同声明を基礎にしてといって、六九年の佐藤・ニクソン共同声明が土台になっております。ところで、その共同声明の第七項というのを読んでみますというとですね、日本の安全は極東の安全が保たれなければならないから、極東の安全を保つということは日本にとって非常に大事なことだという認識を日本の総理大臣は持っておるから、だからアメリカが極東の他の諸国ですね、つまり米韓、米台、米比というような国との条約上の義務を効果的に遂行することを妨げないようにするということを、はっきり約束しておるわけですね。 そこで私皆さん方に率直にお聞きしたいんですけれどもですね、アメリカが条約上の義務に基づいてやっておる行動といえば、現在生きているのはベトナムであります。ベトナムで、ああいう原爆以外は何でも使うという侵略戦争をやっておる。つまり、ああいうベトナムでやっておるような、ベトナムではアメリカの条約上の義務と称してやっておるあの戦争を、皆さん方はどう見ておいでになるのか、これを聞かせていただきたいと思います。そうして、もし今後も条約上の義務と称して韓国や台湾やそういうところでですね、ああいう行動をアメリカが行なうということに日本の基地を使わせるということについて、皆さん方は賛成されるか、反対されるか、それをお聞きしたいと思います。これが第一点です。これは四人の方全部から答えていただきたいと思います。 それからもう一点は、これは白井先生にお聞きしたいんですけれども、さっきのサンフランシスコ条約第三条、これは私どもも不法なものだというように思っております。先生も先ほどそのことをるる述べられましたけれども、だから結局アメリカは、不法に二十六年間軍事占領を続けてきたということだと思いますよ。そうなれば、その軍事占領が終わって引き渡す時期には、当然占領期間中に行なったアメリカの行動によって現地の沖繩県民の受けた被害というものは全面的に賠償しなければならないし、沖繩県民としてその賠償を請求する権利もある。日本の政府として、日本の国民を保護するという立場から、当然この交渉にあたって正当な賠償をアメリカから請求する義務がある。ところが、これを全面的に放棄してですね、しかも一方では、当然アメリカが沖繩に置いて行かなければならぬ、何ら請求する法的な根拠もない資産の引き継ぎということで、三億二千万ドルという金を出してやる。根拠のないものに金を出し、根拠のあるものを請求しない。こういうことが道理にかなったことであるかどうか、この請求権の問題について白井さんからお聞きしたいと思いますし、同時に先ほど高田さんはこの民族の気概の問題に触れられましたけれども、当然主張すべきことを主張しないで、しかもこちらが何も出す必要のないものに「へい」といって頭を下げて出すような、そういうことを沖繩県民の前でやって見せて、県民に民族の気概を持てと言えるだろうか、この点高田さんからお答え願いたいと思います。
○団長(米田正文君) それでは、ごく簡単に一つお答えを願います。
○公述人(宮田早苗君) むずかしい質問でございますが、簡単に率直に言わせていただきます、アメリカが他の国と戦争するために基地を使うということにつきましては、私は反対をしなければなりません。以上です。
○公述人(大西洋逸君) 日本の基地の利用でございますけれども、台湾、朝鮮等のそういう動乱の場合の利用と私は解釈するわけですが、安全保障条約で日米間の条約が定まっております以上、これはその条約に基づいて行動は起こすべきであると私は思います。また、憲法にうたってあります戦争の放棄、これは絶対に曲げることのできないことでありまして、防衛上の事態が発生した場合には、自国を防衛するという趣旨に沿って私は自衛隊の出動があってもいいんじゃないかと考えております。
○公述人(白井正君) 共同声明の第七項は、これは結局先ほど私おしまいの、ちょっと項目だけ申し上げました事前協議に関することで、これは説明、お答えすると切りのないことでありますが、日本の基地が今度は安保条約へ全面的に復帰した沖繩に適用されるということになりますと、日本の安全ということと必ずしも直接関係のないようなことのためにアメリカ軍がそこを使うということになってくるわけでありまして、したがってこれは、非常に重大な問題でありまして、現在でもベトナムにまだアメリカ軍の行動は沖繩を基地として決して終わっていないわけでありまして、こんなふうなことを私たちとして許すわけにはいかないと思います。 それから、おしまいのほう、私の発言、しり切れトンボになって恐縮でございましたが、春日さんのおっしゃいますように、結局平和条約第三条ということが不法、したがって無効なものであるという観点から見ますというと、不法に占領しておった所を一応引き揚げるということにアメリカ軍がなりますというと、そこで生じました各種の沖繩県民、日本人に対する被害というものは、当然請求ができるわけなんでありまして、それを沖繩県民に何も問わないで勝手に放棄をするということは、非常におかしなことになるんじゃないかというふうに思います。米国資産の買い上げというようなことと取り引き的に考えてみましても、非常につり合わない問題であると、私はこういうふうに思っております。
○公述人(高田寿夫君) いまの質問の第一は、ベトナムへのアメリカ出兵をどう思うかというご意見でございます。これは主義主張が違いますと、これはけしからぬという意見もありますが、また、他国が他国の内政に干渉し、いろいろな扇動して撹乱するというようなことには、やはりそういうような革命を防止することが世界の平和をもたらすゆえんだというようなことで、私はアメリカは出兵していると思います。またそういうような時期が過去にあったことも事実でございまして、主義主張によりますればけしからぬといいますし、主義主張によりますれば、それによって日本の極東の安全は保たれておるという説もございます。 私は、出兵した後のアメリカのやり方というようなもの、個々の問題につきましてはいろいろと意見がありますが、まあ共産化、非共産革命の防衛ということに対しまして、アメリカがそれほど自国に大きな直接的な影響もないのによくあすこまでやったもんだということで、実は感心をしております。 それから、沖繩県民の感情として当然あるべき請求権を放棄するというようなこと、それから、これが当然とらなければならぬことを、あげる必要のない金まで出すという、この屈辱的な両面をしながら、沖繩県民に誇り高い県民をつくれということを言うたって、それは無理じゃないかというような意味の質問であったと思いますが、これはそういう法理論になってまいりますと、いろいろと問題がありましょうが、私は一日も早く両国民の感情の接点を求めて、そうして折り合ってすることが、一日も早く沖繩が日本本土に復帰することであると、政治的な高度な判断が基礎となってこのようなことが行なわれたと思いますし、またわれわれはそう解釈したほうが、私は今後の日本の世界に対する姿勢、その他についてもいいと思います。 やはり主張すべきは主張し、私は主張したいと思います。その結果が、やはり米国には米国の国民感情がありましょう。日本にも日本の国民感情がありましょう。そういうふうなことをしばしばやり合った上で、やはりここで妥結するということが、一番沖繩の早期復帰になることである。そのことの利益というものを金で評価することは非常にむずかしいんですけれども、私はおそらくそれがいわゆる政治というものであろうということで、この程度の問題であれば、私はいいんじゃなかろうかと思っております。 また沖繩県民が、ここに損害をこうむったものがありまして、これが当然これは補償してあげなければいけないという問題がありますれば、今後において、私は、日本国がかわって県民には補償してあげることが、本条約の性格からして当然であろうと思います。今後そのような措置を、ひとつ皆さん方はとっていただきたいということをお願いいたします。(はいと呼ぶ者あり)
○団長(米田正文君) 柴田君。
○柴田利右エ門君 いろいろな方からそれぞれたいへん貴重な御意見をお聞かせ願ったわけでありますが、私は四人の方にそれぞれ御見解をお聞かせいただきたいと思います。直接関連をいたしますが、最後に御意見をお述べいただきました高田さんのほうから、この返還協定に対しまして基本的にどう考えるか、こういう点でやはり戦争の経緯を振り返ってみまして、沖繩が話し合いで返ってくるんだと、それに対しまして三つの御意見、お考えが述べられたわけでありますが、私はやはり沖繩が返ってくるというのをどういう立ち場で見るか、どういう背景のもとにこういう話し合いができたかということを考えてみるのが、核の問題にしても、基地の問題にしても、これからの沖繩の開発の問題にしてもですね、やはり起点になるんじゃないかというふうに思います。 もちろん佐藤さんがですね、沖繩へ行かれていみじくも「沖繩が返らなければ、日本に戦後はないんだ」ということをおっしゃいました。しかし、私は、そういうことによって努力をされたその背景にあるものは、当の当事者であるアメリカ自身がですね、先ほども話がありましたように、アメリカとベトナムの戦争、そこから戦費の増大、さらに国内における経済的なピンチ、それからそれに伴ってさらには援助の問題、いろいろな問題が行き詰まり、さらにはですね、沖繩における異民族占領に対する住民の方々のそれこそ文字どおり島ぐるみの反対、日本復帰に対する運動、そしてまた日本本土における沖繩復帰運動、そういうものが相まってですね、やはり今回のような返還協定というものになってきたんではないかと、こういうふうに私は考えまして、このことは国会において私は質問をいたしました。 ここのところがはっきりしないとですね、いろいろ後の問題にしてもいま大西さんもおっしゃったように、ただ単にいままでのことにかかずらあうんでなしに、悲しみを打ちこらえて、こういう状態になったから県民あげて復興のためにですね、取り組むべきだと、こうおっしゃるんですが、そのことは一般的に私どもわかるんでございますけれども、いまの返還の方法、そうしてそれに伴う関係諸法案のいろいろな問題を考えてみますとですね、この点の考え方が交渉ですから必ずこちらの一〇〇%思っておるとおりにいくというようなことは私も考えませんけれども、そのことが住民の方々にいわゆる琴線に触れるような交渉なり、交渉が行なわれその説明がなされればですね、それはそれでまたいろいろ話のほぐれていく面はあると思いますけれども、そこはですね、御承知のとおりに非常にすれ違いになっておるわけなんです。 この辺が私は皆さん方はどのようにお考えになっておられるか、そしてこの後に核の問題、基地の問題、開発に伴う審議会の問題等々いろいろなことが、やはり関連をして出てくるんではないか、こういうふうに思いますので、たまたま高田さんのほうからこういうお話が出ましたからそれと関連をしてですね、背景といいますか、要するに沖繩の基地の問題、社会的な問題、さらには国際的な問題を含めまして、十分にこの沖繩住民の心を考えながら、この問題がはたしてなされたかどうかという点について、私は疑問を持っておりますので、この点がですね、はっきりしなければいかぬのじゃないか、そういう意味で御質問を、その御見解をお聞かせいただきたいとこう思います。
○団長(米田正文君) 高田君。
○公述人(高田寿夫君) 復帰したということの原因を私は三点あげて申しましたが、この中で現地の事情、あるいは復帰闘争と申しますか、そういうような沖繩県民の今日の活動というようなことが、全然入ってないが、これはどう考えているかという意味の御質問のように思いましたが、そうですか。
○柴田利右エ門君 ということでもよろしいですね。
○公述人(高田寿夫君) 私は沖繩における長期占領によりまして、いろんな問題ができ、それはアメリカといたしましても、これはどうもぐあいが悪いというようなことも起こったであろうと思います。また、沖繩県民の復帰という念頭というものが非常に強いものであり、日本本土、全国民が、その感情が強いものであるというようなことをアメリカは認めたと思いますが、ただ、私の言わんとすることは、その復帰闘争が熾烈であり、国民感情がそうであるならば、いわゆる力によってアメリカが日本に屈して、われわれの活動に屈して返すようなことになり得るであろうかというようなことを考えてみるときに、私はやはり一たび戦争によって占領されたものが、そのようなことによりまして、アメリカが今度は戦争に負けたような姿で日本に返すというようなことはあり得ないであろうと思います。 ただ、基本的には先ほど私が申しましたような三点が基礎でありますが、それが、いつ、どのような姿で返すかというような、まあミクロ的な問題について、いままでわれわれがやった復帰運動あるいは沖繩県民がやった運動あるいはアメリカ軍政府の施政の失敗、そういうようなことがいろいろありまして、これはなるべく早く返すことがよろしかろうというような判断の基礎にはなったと思いますが、しかし、ここで考えなきゃならぬことは、そのようなことをやったから、それが勝利によって私は復帰をしたんだ、そのようなことを考えることは、これはだんだんそれは延長いたしますと軍国主義的な闘争本能的なものに発展するものでありまして、決して平和を受好する日本人の今後とらざるところではないか、このように考えまして、あえて善意的な三点を根幹として今度の沖繩は、返されるんだというような考えのもとに処することが、かつて軍国主義的に考えられた日本としては、世界的にもわれわれ国民感情としても、今後の姿勢がよろしいんではないか、こういうことを大所高所から考えて、以上の発言をしたわけであります。
○団長(米田正文君) 順次四人に必要ですか。
○柴田利右エ門君 簡単にひとつ。
○団長(米田正文君) ではごく簡単にひとつ、一人ずつお願いをいたします。
○公述人(宮田早苗君) 私が総体的に考えてみますと、沖繩を返還するにあたりましても、アメリカを中心にいたします世界情勢のこの流れと、日本がアメリカと交渉をして、沖繩を返還させるという流れが大きくズレておるということでございますから、ある世界のこの流れにマッチしたところのこの交渉ということが、私は、いまのアメリカを中心にするところの流れに沿うためには、もう少し急転的な変化をするくらいな意欲が国の政治の中であってしかるべきだと、こう思っているところであります。
○公述人(大西洋逸君) 私はいままで二十数年間、異民族の支配、アメリカに支配されておりました沖繩が、今回復帰するにつきましては、柴田先生がおっしゃるように琴線に触れるものがなかったではないかというお話でございますが、確かにないかもしれません。ですけれども、私はこれは最初から百点満点のおぜん立てがそろった、すべての住民、百万の県民が満足するような復帰が、私は不可能ではないかと考えるわけです。それについては再交渉をしろとか、協定を粉砕しろとかいうような一部の方の御意見がございますけれども、そういうものはこの際おやめいただいて、まず根本である協定をまずしっかりと踏まえまして、その後のいろんな障害になる問題、御不満の点については、そのつど、前進的な友好関係における、日米の友好関係における交渉でもって、ある程度満足をはかるべきではないか。その間の期間はある程度かかってもこれはしようがないことではないかと考えております。
○公述人(白井正君) いわゆる話し合いにより返してもらうということでありますが、私の立場から見れば、向こうのものを、ただ返していただくというんではなくて、当然な権利としてわれわれの手に取り戻すというふうに考えております。したがって、さっきの対米請求権の問題もそんなふうな点から考えなくちゃならないと思います。 なお日米共同声明以後のアメリカの政府の高官の人たち、あるいはランパート沖繩の弁務官ですか、ああいう人たちの発言から見ましても、基地の機能が基本的に維持できたならば施政権は返してもいいという立場なんです。つまりニクソン・ドクトリンあるいはドル防衛というようなことから見ましても、そのほうが経済的に安上がりであるというのがアメリカの人たちの、つまり返すに至った考え方でありまして、現に日米共同声明以後のアメリカ上院の外交委員会でも、この施政権の返還は、基地保持のクッションとしてやるんだというようなことを言っております。 あるいは沖繩の人が、非常な返還運動を盛んにやるので、頭痛がしてたまらない、その頭痛と費用をなくするためにも施政権だけは返す。しかし基地はそのまま。今度返ってくるのは、ほとんどとるに足らない、基地としてはどうでもいいようなところでありまして、残りのものは再編強化され、あるいはいわゆる返還を見越してかけ込みと申しますか、組み入れと申しますか、どんどん強化されつつある施設もあるということが実情なんでありまして、そういう点を私たちは強く注目せざるを得ないと、こんなふうに思っております。
○団長(米田正文君) 川上君。
○川上為治君 大西さんにお聞きいたします。 返還後の沖繩の問題につきましては、やっぱり産業の開発、大々的な産業の開発以外にはないと思います。そこでさっき大西さんは火力発電所とか、そういう大規模のものをつくりたいということを話されましたけれども、火力発電所もやっぱり公害があって、なかなかこれを設けるのにたいへんであります。また石油開発についても、やはり公害の問題が云々されまして、これも実現するにはなかなか簡単にいきません。そこでどういうふうにどういう産業を持ってきて開発すべきかということを考えますと、なかなかむつかしいのであります。だからこの問題についてどういうふうにやったらいいでしょうか。この点をお聞きします。
○公述人(大西洋逸君) 現在の沖繩には石油化学産業並びに石油精製工場がすでに建設されておるようでございますけれども、私が申しましたのは、公害をある程度踏まえた基幹産業の誘致をはかるべきだと申し上げたわけでございまして、公害の問題になりますと、いろいろおっしゃるとおり、具体的な案も別に持ち合わせておりませんが、とにかく鹿児島に最近火力発電所の建設も決定いたしましたとおり企業サイドの努力並びに沖繩自治体と企業とのある程度の約束による公害防止施設の整備、そういったものによります、私は公害の絶無ということは、ある程度技術的にできるんじゃないかという気がいたします。そういう意味で石油産業につきましても、現在進出しております石油化学産業が、はたして公害が絶無であるかどうかは私は存じませんけれども、そういったものをある程度基礎にした工業開発というものがなされなければいけないと思います。 それにもう一つ加えさしていただきますと、私は、ことしの夏がそうでございましたとおり、沖繩というところは非常に水の少ないところでございまして、いまでも干ばつになりますと雨ごいをして、雨を祈るというような非常に原始的なところだそうでございます。そういう意味で私は、海水を飲料水に利用する施設、こういったものがぜひ沖繩に必要ではないかと。私がこの前参りましたときには、アメリカのそういう施設を備えた軍艦がおりまして、飲料水がふんだんで、それでつくられるんだという話も聞いております。こういった非常に資金のかかる仕事ではございますけれども、先行投資による沖繩住民の福祉のためにも生活環境の改善のためにも、私はそういった海水利用の飲料水転換の施設の建設も必要ではないかというふうに考えております。
○団長(米田正文君) 小野明君。
○小野明君 私は大西さんと高田さんにお尋ねをいたしたいと思います。 大西さんには、核抜き本土並みということで返還がされることはたいへんけっこうである、こういうふうにおっしゃったわけですが、核が抜けておる、あるいは本土並みである、その根拠をひとつ示していただきたい。 さらに基地の縮小もされるであろう、こうおっしゃっておられるわけでございますが、国会で議論された中、政府の答弁を見てみますと、聞いてみますと、基地の縮小整理については、現在プログラムがない。こう言っておるわけです。政府答弁で。これらについて御見解を承りたい。特に核抜き本土並みというのは、政府の一番重要なスローガンです。その根拠をひとつお示し願いたい。 それから高田さんには、強行採決よろしいではないか、こういうまあ御発言があったと思う。それは野党が審議の妨害をやるからだ、こういうお話がございました。今度の衆議院での強行採決というのは十一月十七日である。協定審議が始まりましてわずか一日半である。一体野党に審議の妨害あるいは作戦的な意図的なそういう遅延策がとられておったとするならば、それをお示しいただきたい。 それから高田さんも沖繩で事業をなさっておられるようですが、沖繩県民は不健全であり、こじき根性である、このようにまあおっしゃったと私は思うわけです。これは非常に私は問題がある発言だと思います。これはどこに原因があるかといえば、二十六年も占領しておるアメリカにその原因があるということはおっしゃらずに、日本人の教育に問題があるんだ、こうおっしゃった。現地での教育者というのは、異民族支配のもとで苦労しながら、いかにして日本人を育てるかという点に血の出るような苦心をされておるわけである。一体現地の教育に問題があるとすれば、あるいは沖繩県民が不健全であり、あるいはこじき根性があるとすれば、一体どの具体的な事実に立っておっしゃったのか、ひとつ御説明がいただきたいと思います。 高田さんには質問が多くて恐縮ですが、もう一点ですね。話し合いで返ってきて、まあまあで片づけばこれが一番いいんだと、こういうことですが、アメリカの上院の外交委員会の議事録を読んでみますと、パッカード国防次官はじめ現地の高等弁務官、皆さんが証言をされておる。それは沖繩では復帰運動が高まってどうしようもない。ここらで施政権を返還しなければ基地の機能が維持できない、こういう証言もございます。特にまたパッカード国務次官の冒頭説明を見ますと、沖繩が日本へ復帰しても、これらの兵力は、アメリカのですよ、沖繩にとどまり、引き続きそれぞれの任務の遂行に備えることとなる。いわゆる沖繩の極東戦略における軍事的な地位というのは一向に変化がない。いわば極東情勢をさらに緊張させ、脅威を与える大きな時限爆弾の役目を果たすにすぎない、これらが返還の理由になっておる。これらの事実をまあまあでできたんだからいいではないか、本土へ返るんだから、むしろ私は大きな危険を抱え込むことになると思う。しかし私は、沖繩が本土に返ることに異議を言っているんではない。とらえ方に問題があるのではないかと思いますので、その点について、以上三点ですが、再度お尋ねをいたしたい。
○団長(米田正文君) 委員の方々に申し上げますが、ここは御承知のとおり、公聴会でございますから、公述人の意見をお聞きをするのが目的でございますから、議論にわたらぬようにお願い申し上げます。
○小野明君 私もそういうつもりで発言しました。
○団長(米田正文君) それならばけっこうでございます。
○公述人(高田寿夫君) いまの三点ですが、かなり誤解もあるようです。強行採決よろしいではないかというような、私が発言をしたようにおとりですが、それは速記録を見てもわかると思いますが、私は言ったつもりはありません。私は強行採決をとるということはいけない。とらざるを得なくなったという問題については、われわれ一般国民は多数党だけの責任とも思っていない。ですからそのような事態にならないように野党、与党問わずやはり慎重審議をひとつ能率的にやって、国民が納得するような、国民の国益を真に考えたような運営をやって議会制民主主義の国民的信頼を築いてもらいたいと、こういうふうに発言いたしました。強行採決よろしい、ということは言ったつもりはありません。万一そういう速記録があるとすれば、それは訂正いたします。 それから県民のこじき根性という問題です。私は現在の沖繩県民がこじき根性であるというような発言はしておりません。こじき根性という発言をいたしましたのは、まあいまの二十数年間にわたる沖繩の占領下における教育あるいは占領下におけるいろんな社会制度、社会常識ということをそのままにして、ただ気の毒だというようなことだけで、精神的な立て直しに対する基本的な施策をせずに、ただ気の毒なということで経済援助だけをするならば、やがてこじき根性のような沖繩県民ができ上がるであろう。だから精神的な、まず健全教育を学校、社会を問わず、りっぱにおやりになって、その上で経済協力をしなければ誇りのある人間らしいりっぱな沖繩県民にはならないであろう。そうすることが真にわれわれが沖繩県民を思う、救うゆえんであろう、こういうふうに言いました。そのようにお受け取り願いたいと思います。 それから沖繩戦力の、これは何ですかね。
○小野明君 沖繩の基地機能というのは、全然阻害をされない、いわゆる軍事的機能というのは、そのまま残っておる。施政権が返還されるというような形ばっかりで、こういう返還では問題がある。特に核技き本土並みという宣伝をしておるが、一向にそういうことにはなっておらぬではないか。これは一体どうお考えになっておるかいうことなんです。
○公述人(高田寿夫君) これはアメリカはやっぱりアメリカの国民感情がありましょうし、アメリカ国内向けにいろんなことで言ったんだろうと思いますが、しかし日米安保条約によって基本的にはアメリカは日本と条約を結んでおります。その日本に返るんですから、ですから私は復帰後にいろんな、先ほど質問がありましたが、いろんなところに対する出兵問題その他、これはそのつど協議をすることになっております。日本の安全のために安保条約がありますので、日本の安全というものの解釈は、そのときそのときによって私は違うと思います。あるいはそのときによっては韓国というたかもしれません、あるいは台湾というたでしょうが、もはやその必要のなくなった時点では、そういうようなことも関係なく済むこともありましょうし、そういうことでありまして、日々刻々世界は変わっております。アメリカも私は好戦国民とは思っておりません。われわれ日本人も好戦国民とは思っておりません。ただものごとの安全をどう考えるかということについては、実質的にいろいろ考え方が違うと思います。だんだんそれも極東情勢の変化、あるいは世界情勢の変化、あるいは社会主義あるいは資本主義、そういうものの変化によりまして、おのずと日々刻々変わってまいります。要は日本国がやはり安全であるということに対して、アメリカは協力を現在必要としてやっておるわけですから、そのワク内において日本国の安全を守るために必要ということで日本国内からの発進ということはあり得ましょうが、それはアメリカが国内でどう言おうと、これは日本の国民に対して言うた問題でもありませんし、それを取り上げまして、日本国内でいろいろと言うとそのために今度の問題がまた妥結といいますか、批准にならないというようなことは避けるべきじゃなかろうか、このように考えております。
○団長(米田正文君) 大西君。
○公述人(大西洋逸君) 私は外務省の者でもございませんし、具体的に詳しいことはよくは存じませんので、私の考えていることを申し上げたいと思います。 核の問題につきましては、現状は不明だと私は思いますが、佐藤・ニクソン会談におきまして、核を撤去すると確約がなされたというふうに伺っております。そういう意味で私は、ものごとはすべて疑えば切りがないことでございまして、私はそれを信じて、核は絶対に入らないであろうということを自信を持って申し上げております。 本土並みの件につきましては、さっきも申し上げましたとおり、復帰後においては沖繩の防衛、いろんなそういった軍事的な問題につきましては、安全保障条約の第六条の適用を受けるわけでございまして、それから基地の運営、米軍の基地につきましてのいろんな管理そのものにつきましては、原則的に日本政府の、日本における憲法並びに法令が適用されるということでございますので、あくまでもこれは本土並みの基地運営がなされると、私は確信いたしております。 それと基地の縮小につきましては、これは外務省でお調べになるとおわかりかと思いますけれども、二、三の基地が日本の自衛隊の基地にかえてアメリカのほうが返還するというふうな縮小の案が出ておるようでございます。そういったことは、具体的に私は資料を持ち合わせませんのでお答えできません。
○団長(米田正文君) 鈴木君。
○鈴木美枝子君 高田先生にまた再びお伺いしたいんでございますけれども、高田先生は、お仕事の関係上、沖繩にいらっしゃいまして、沖繩の方たちをごらんになって先ほどおっしゃいましたような、教育やその他が不十分なために、沖繩の人が誇りが持てなくて、そして、それは本土の人たちが同情しているだけでは、その結果は資本を与えてもこじきのようになるんではないかというようなことで、あとの答えからして、私はそう受け取れたんでございますけれども、私は先ほども申し上げたんですけれど、やはりあちらへおかあさん方に呼ばれてまいりまして、アメリカが大学をつくれといって琉球大学をつくって、そこの卒業生がアメリカへ留学いたしますと、アメリカでは黒人の方たちは、差別があっても国があると、沖繩の人たちは、自分たちは黒人の人たち以下だと。それはサンフランシスコ条約によってああなり、そして平和条約によって本土が経済成長をかち得たかもわからないという状態の中で、そのアメリカが琉球大学をつくれといったような形で英語の教育を押しつけたという話も聞きました。その英語の教育を押しつけた中で自分たちは日本の国なんだから、絶対日本のことばで教育をするんだと、学校のないところから地べたに日本字を書いて二十六年間守り通してきた誇り高い方たちです。アメリカはそのときに、いやアメリカの英語を使いながら教育をした国もあるぞと、フィリピンはそうだぞと、こういうふうに言っても、あくまで私たちは日本人だ、日本の教育を守るといいながらきたところに小笠原列島と違うところがあります。誇り高いということについては決定的に、もしかしたら私たちよりも誇り高い人たちだと私は思います。おかげで、あの方たちの努力によって祖国に復帰するという段階になって、またあらためての問題が起きたわけでございます。ですから絶対に私は、ここで伺いたいと同時に、私の会った全おかあさんを代表いたしまして、先ほどのようなことばですね、それが平和をこわすことばだと私は思います。絶対に高田先生のことばに対しては、私は許しがたいと思うんです。どうぞ許しがたい問題についてお答え願いたいと思います。
○団長(米田正文君) そういうのは、あなたの御意見をあまり強く言われることは、この席は適当でございません。どこまでも公述人の意見を聴取していただきたい。どうぞ。
○公述人(高田寿夫君) 私は現在の沖繩県民がこじき根性だというようには言っていないということを先ほども申しましたが、やはり長い二十数年間にわたる占領政策のもとに異民族が戦果によってかち得た土地を占領し、これを施政していく段階では、いまあなたがお話しになったようないろんな問題が起こったことは事実であります。そのために――ちょっとお聞き願います。そのためにいろんなわれわれ日本本土におる国民では想像できないような屈辱の中に長いこと耐えてきております。いまあなたがおっしゃったように学校問題も差別もいろいろあったでしょう。それどころじゃない、聞くにたえないような、いろんなことがあっておる。だからわれわれは一日も早く復帰して日本民族と同じものにすべきだ。これはわれわれの立場から見た考えであります。 いま、あなたがおっしゃったようなりっぱな人もおります。全部が悪いといっているわけではないです、私は悪いとは申してはおりませんが、不健全な日本国民、あのような占領を長く続けられなかった日本国民とは違う民族感情といいますか、住民感情と申しますか、これが現在あることは、かなりの部分にあることは事実であります。これを一日も早くわれわれ、あるいはそれ以上の健全なる精神になるように特別なる学校教育を、日本本土以上の特別なる学校教育、あるいは社会教育、こういうことを意欲的にやっていただきたい。日本本土以上に健全なる精神を早くつくり上げていただきたい。 それと同時に経済的な協力、援助ということをやらないと、その精神面の、教育面の確立を怠っておって、いたずらに気の毒だということだけで経済援助だけに終始するならばあるいは、あのままではこじき根性のような国民になるおそれがある。だからそのようにならないように、精神面と経済面と両面から日本本土以上の教育をすることが重要であると、これに留意していただきたい。このように申したつもりであります。
○団長(米田正文君) 内田君。
○内田善利君 私も一言質問したいと思います。が、沖繩が復帰することによって沖繩の戦略的、アメリカの戦略的価値、キー・ストンということですが、この価値が変わらないという状況のもとでは、沖繩の本土並みということですけれども、今度は本土の沖繩化ということで心配されておるわけですが、との点についての御意見をお伺いしたい。 もう一点は大西さんにお伺いしたいんですが、沖繩は奄美大島以上にうんと投資して開発していただきたいということでしたが、私はこのことによって奄美大島が、今度はその谷間に落ちるようなことがあってはならないと、このように思います。大西さんは鹿児島の方ですが、そういった意味で奄美大島も同様にアメリカから日本に復帰した、まあキー・ストンでないプアー・ストンであったのか、非常にアメリカが占領的価値がなかったということで早く返されたということを聞いておりますが、この奄美大島が、そのような谷間に落ちるようなことがあってはならないと、このように思いますが、せっかくですので、この点もお聞きしておきたいと思います。白井先生と高田先生に初めの問題はお聞きしたいと思います。
○団長(米田正文君) 白井君。
○公述人(白井正君) 本土の沖繩化ということについての具体的な面はいろいろ考えることができるかと思いますけれども、私が申し上げたいのは教育面でございますね。あるいは御質問にお答えにならないかもしれませんけれども、また関連法案の問題でございますけれども、教育委員制度の任命制が、公選制にやがて変わろうとしております。これは私、非常に問題だと思うんです。というのは、本土におきまして教育委員制度があんなふうに公選制になったということが、具体的にどんなふうになっておるかということは、教育面について、ずいぶんいろんな問題が生じてきておりますが、子供に対する影響ということから見ますというと、確か十月の末か十一月の初めごろのNHKの総合テレビの「こんにちは奥さん」の中で、親の転勤に伴って子供の転校という問題を扱っておりました。そのときに、労力テストの問題とかなんとかいうことで全国的にも非常にきびしい香川県から、そんなふうなことはあまりやっていない兵庫県に転校した子供のおかあさんが、兵庫県では、学校で先生たちから、とにかく入学試験とかいろんなことで締めつけられて息が苦しかったが、ここへ来てほっとしたというようなことを言っておられましたが、これは任命制だけの問題ではないかもしれませんけれども、そんなふうなことで、これなどは本土の沖繩化ということもいいとこだというふうになりそうな気がするので、この問題はやっぱり、これから先の国会審議の際にも十分御審議をやっていただきたい。こんなふうに思う次第です。直接の答えにならないかもしれません。
○団長(米田正文君) 内田さん、お答えいただく方は、もういいですか。
○公述人(高田寿夫君) いまの御質問は、本土の沖繩化ということにならぬか、という御質問ですが、まあ本土を沖繩化するような必要が現在アメリカにあり、計画があり、またそういう環境であれば、私は沖繩は日本に返ってこないと思います。だんだん日本は自主防衛に実力を広げていきまして、日本本土からもアメリカさんは一日も早く帰っていただいてもいいような、民社さんの言うような有事駐留と申しますか、そういうようなところに早く持っていくという情勢にあると思います。また、われわれはそこまで持っていかなければいけないと思っております。ですから、そのようなことが万一あるとすれば、私はそれは国をあげてこれは断固反対せざるを得ませんし、また現在の沖繩の基地、いかにも多過ぎます。これは一日も早く、本土並みに、あるいはまず沖繩から全面撤去、というようなことに返還後に、われわれは努力してしかるべきである。そうしないと沖繩県民の経済的独立はできません。これを皆さん方は心配いたしまして、現在、返還と同時にやるべきだということが皆さん方の主張であろうと思いますが、私はそれにはやはり段階があるんじゃないか。その辺が私たちとあなたたちの時期的な見解の相違でありまして、決して根本的には日本人であるあなたたちと私たちの考え方の相違はないと思いますが、まあその辺がちょっと違うところじゃないかなあ、と先ほどから考えております。
○内田善利君 私が言っているのは、沖繩をそのまま返還することは、そのまま、もう本土の沖繩化じゃないかと、こういう意味です。
○公述人(高田寿夫君) 本土は私は沖繩化しないと思いますし……。
○内田善利君 そのままが、もう本土が沖繩化することじゃないかということですね。
○公述人(高田寿夫君) 私はそうは思いません。
○団長(米田正文君) 大西君。
○公述人(大西洋逸君) 沖繩経済復興の政府の先行投資は、奄美大島の例を、轍を踏まないようにという意味で申し上げたわけでありました。鹿児島の私がこういうことを申し上げるのは、非常に皆さんおかしいんじゃないかというような御意見もあろうかと思いますけれども、それは奄美大島が返還されまして、復興五カ年計画並びに奄美大島振興五カ年計画、合計十カ年の政府の財政投融資がございました。その十カ年間の政府の財政投融資の間に、何が残ったかということを考えてみますと、たいしたのは残っていない。ということは、私はあまりにも小刻みに政府の先行投資並びに財政投融資があったからだと、考えるわけでございます。沖繩が返りますについては、相当の資金と相当の財政力を持った政府の前向きな、私は投資がなければ、産業開発並びに産業的な構造改造というものが不可能ではないかと考えております。そういう意味で私は申し上げたんでございまして、さみだれ的な、ぼつぼつ毎年わずかの金額では、当然追っつかないという気持ちで申し上げたつもりであります。 それと奄美大島は谷間になってしまうんではないかというような御懸念がございますけれども、確かにそういう心配が、すでに起きております。奄美大島は、現在は過疎でございまして、奄美大島の名瀬だけが年々わずかにふえていく状態でございまして、あとは年寄りと子供しか残っておりません。そういう事情でございますけれども、沖繩と競合する産業が二、三ございます。これはサトウキビの産業でございますし、また観光産業についてもそういうことが言えると思います。ですけれども、これは今後、沖繩とお互いに手を握って、お互いに話していくうちにおいて解決されるべき問題でございまして、特に観光については島づたい観光という状況におきまして現在、与論まで若い連中が来ておりますけれども、それが宮古に伸び、八重山に伸びていくというような島づたい観光は、ぜひ実現させたいものだと考えております。 そういう意味でいろいろ問題がございますけれども、谷間に置かれるような奄美大島でございますけれども、われわれも積極的に沖繩との対話を続けたいと考えております。
○団長(米田正文君) 柴田君。
○柴田利右エ門君 また高田委員にお尋ねして、たいへん恐縮なんですが、一つお尋ねをいたします。 実は基地の問題と関連して沖繩住民が平和という問題との関連で、どう考えておられるかということを、たまたま先ほどのお話から高田さんは沖繩へもずいぶん行っておられるように思いますけれども、私も一ぺんしか行ったことがないんですが、まず基地の問題、整理縮小の問題について、これはできるだけ基地自身がなくなれば、それに越したことはありませんし、順次やっぱり整理縮小をされなければいかぬ。そのスケジュールについて国会でいろいろ質疑が行なわれておりますが、必ずしも明確でないというよりも、むしろはっきりしない、非常に明確を欠いております。それで私どもの先輩、これは沖繩の問題に十数年にわたって取り組んでおられる人なんですが、この人がよく私なんかに言うのは、沖繩の問題については、内地で考えておっては、もう話が全然間違うんだと、こういうふうに言われます。私も先年、沖繩へ行きまして、東南アジアの視察チームの一員で行きまして、ほんの短い時間立ち寄りました。お会いした人は限られた人ですから、それだけをもってして全体の意向だというふうに言うつもりはございません。いろいろなことが話題になりましたが、やはり基地の問題と関連をして、基地経済の問題は、それはそれなりに当時やむを得ないものだというようなことで、何とかしなければということはありましたけれども、基地があることによって、戦争中の、あの悲惨な状態、それが基地との、戦争との関係で非常にそういう恐怖心といいますか、何とか配慮しなければいかぬのだという気持ちが、これは私ども聞いておりまして、ほんとうにそういう点を、つくづく痛感をいたしました。 それで、いまの本土の沖繩化ということと関連をして、基地の問題が先ほどから論議をされておりますように、アメリカのそれぞれの方の証言等を考えてみましても、一向に従来の基地の機能というのは軽減をされていないんじゃないかと、いろいろの説明をしておるけれども、そのままそっくり持っていくんじゃないかと、むしろそのことによって極東における平和を乱すことにもなりかねないと。したがって沖繩の人たちが沖繩自身を島ぐるみ平和の島にしたいという気持ちからいって、どうも背馳していることになるんではないかと。 私が聞きたいところは、そういうふうなことを、あれこれ考えてみますと、高田さんが沖繩に行かれて、いま言ったように、内地で推しはかることは間違いがあるんだ。同時に基地の問題について沖繩の人たちは、戦争との関係で非常に直接的にその不安感といいますか、恐怖といいますか、そういうものを持っておる、というふうに私は聞いておりますが、私自身も経験をしておりますが、その点を、御見解をひとつお聞かせをいただきたいと思います。
○公述人(高田寿夫君) いままで沖繩は、日本の百数十倍、今度減って二四%になるんじゃないかと思いますが、現在二八%くらいの地域が米軍基地になっておると思います。日本で二八%米軍基地であるということは、ほとんどこれは国内であれば、国内の有効利用は一五%しかありませんから、利用できるところは全部基地だと言うても過言ではないような状態にあると思います。また戦争前は全然軍隊の駐留を見なかった、日本の兵隊の駐留も見なかった沖繩が、戦争によって兵隊が来、戦争が始まり、その結果、ああいうことになったということで、私は兵隊さんというものと沖繩県民の運命というものについて非常にわれわれでは想像できないような嫌悪感と申しますか、これがあることは当然だと思います。現在あります。 それで安保条約その他によりまして、沖繩が日本に返ってくるというようなことで、漸次まあ日本の自衛隊の駐留を私は見ることは当然であると思いますが、これにつきましては、やはり、よほど懇切丁寧に、具体的な事実その他をもって、それが戦争とは直接関係がない。ほんとうに侵略をされたときの防衛であるということがわかるまで、私はよく特別の説得をする必要があると思います。 またその点につきましては、私は沖繩県民も、感情は感情として、現実は現実として納得をしなければならないと思いますが、その点の努力は大いに日本国内と違って、私は意を尽くさなければならないと思います。 特に米軍の基地を現状のまま、いつまでも置いておくということは、とんでもないことで、これは、そのためにたいへんな問題が、海外との交戦の問題よりも、国内問題として大きな重大問題が起こります。さらに経済的問題も起こります。あれだけの基地をそのまま置いていて経済復興はできません。 ただ、いまあなたのおっしゃるように、それに対する日程がないじゃないかということでございますが、おそらく今日、返還するのにあたって、あれだけのものが必要であるというアメリカの国民感情あるいは為政者の気持ちである今日において、今度は減らす日程というようなことをつくれる段階であるかどうかということを、私は直接アメリカと折衝したんでもありませんし、よくその点はわかりませんが、おそらくつくれる段階になればつくっておると思いますし、まあ、いまつくれない段階であろうと思いますが、しかしこれは復帰後、一日も早くこれが全部なくなるように、われわれは日本本土以上の努力を、全国民を結集して今後行なって、一日も早くそのようになるように努力すべき大懸案事項であると思っております。 また問題は、そのことができなければ、では沖繩復帰は、それができるまであきらめるのか、協定を延ばしてやるのかということになりますと、それはやはりいけないんじゃないか。ですから私は大所高所に立ちまして、一応返還協定は今日になればやむを得ない。そして今後において、その問題は世界環境もどんどん変わっております。皆さん方がおっしゃるように、まるで変わっております。したがって、おってくれ、と言うても、いやいやそんなぜいたくなことはできない、ということで引き揚げるかもしれませんし、またそんなことが一日も早くなるように、われわれは国民の全力をあげて政党政派を超越してこの問題は解決すべき問題であるし、そうしなければ沖繩は、いつまでも私は本土に復帰した実感が出てこないであろう。一つのものを残しながら、やはり大きな大勢をきめていく現在は、段階はやむを得ないんじゃないか。そう進めることが私は沖繩県民のためになるんではなかろうか。そういうふうに、いま思っておる次第であります。
○団長(米田正文君) 予定の時間にもなりましたので、以上で公述人に対する質疑を終了いたします。 この際一言ごあいさつを申し上げます。 本日は種々貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。沖繩返還協定特別委員会における本案件審議の上に多大の参考となりました。またこの会議を開くにあたり、種々御配慮をいただきました県当局並びに関係各位に対して重ねて御礼を申し上げます。傍聴人の方々には、議事進行に御協力をいただきまして、まことにありがとうございました。これにて会議を終了いたします。 〔午後四時七分散会〕 ―――――・――――― 沖縄公聴会速記録 昭和四十六年十二月二十一日(火曜日) 場所 那覇市 琉球政府立法院 出席者は左のとおり 派遣議員 団 長 安井 謙君 副団長 松井 誠君 長田 裕二君 梶木 又三君 亀井 善彰君 楠 正俊君 鈴木 省吾君 高田 浩運君 塚田十一郎君 山下 春江君 山本敬三郎君 田 英夫君 西村 関一君 宮之原貞光君 中尾 辰義君 矢追 秀彦君 木島 則夫君 高山 恒雄君 岩間 正男君 星野 力君 現地参加議員 稲嶺 一郎君 喜屋武真榮君 公述人 那 覇 市 長 平良 良松君 琉球更生委員・ 弁護士 久貝 良順君 嘉手納村議会議 員 知念 盛仁君 嘉手納村議会議 長 村山 盛信君 沖縄同盟会長 仲田 昌繁君 公認会計士 宮国 英勇君 弁 護 士 芳沢 弘明君 沖縄子供を守 父母の会会長・ 中央教育委員 小嶺 憲達君 ――――――――――――― 〔午前十時開会〕
○団長(安井謙君) これより参議院沖繩公聴会を開会いたします。 私、派遣議員団の団長で、本日の会議を主宰いたします安井謙でございます。よろしくお願い申し上げます。参議院におきましては、目下沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴う関係国内法案を審査中でございますが、これら諸案件について直接現地の方々の御意見を承るために、御当地にわれわれ議員団一行が派遣された次第でございます。 本日のこの会議の開催にあたり、諸事御配慮を賜りました立法院並びに行政府そのほか関係各位に対し、派遣議員を代表して厚く御札を申し上げます。 本公聴会の問題は、さきに御案内申し上げましたとおり、沖繩返還協定、すなわち 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件 並びに、 沖繩の復帰に伴う関係七議案、すなわち、 沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律案 沖繩の復帰に伴う関係法令の改廃に関する法律案 沖繩振興開発特別措置法案 沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律案 国家公務員法第十三条第五項および地方自治法第百五十六条第六項の規定に基づき、人事院の地方の事務所設置に関し承認を求めるの件 沖繩平和開発基本法案 及び 沖繩における雇用の促進に関する特別措置法案 以上の八案件についてでございます。 まず、派遣議員を紹介いたします。 副団長の松井誠君。高田浩運君、楠正俊君、塚田十一郎君、亀井善彰君、山下春江君、山本敬三郎君、長田裕二君、梶木又三君、鈴木省吾君、西村関一君、矢追秀彦君、高山恒雄君、岩間正男君、宮之原貞光君、田英夫君、中尾辰義君、木島則夫君、星野力君。 現地参加の稲嶺一郎君、喜屋武眞榮君。 以上でございます。 次に、本日午前、御意見を述べていただくため御出席をお願いいたしました三人の公述人の方を御紹介いたします。 平良良松公述人、久貝良順公述人、知念盛仁公述人。 以上でございます。 公述人の皆さまには、御多忙中のところを御出席をいただき、厚く御礼申し上げます。 それでは議事の進め方につきまして申し上げます。 まず最初に、公述人各位からこれらの案件につきまして御意見を承ります。時間の都合上、御意見をお述べいただくのは、お一人当たり十五分以内でお願い申し上げます。一通り公述人各位から御意見を承った後、議員から御質問申し上げることにいたしておりますので、その際は、なるべく簡明にお答えをお願いいたします。 なお、本日の会議の趣旨は、皆さまから御意見を拝聴いたすことにありますので、私どもに対する御質問は、恐縮ながら御遠慮願いたいと存じます。 また、なるべく円滑に会議を進めてまいりたいと存じますので、発言される方は、座長の許可を得てからお願いいたします。 傍聴人の方々におかれましても、会議の進行に御協力くださいますようお願いいたします。 午前の会議の終了予定は正午としておりますので、御了承願います。 それでは、これより順次公述人の方より御意見を承ります。発言は、私から順次指名させていただきます。 まず、平良公述人にお願いいたします。
○公述人(平良良松君) ただいま御紹介をいただきました那覇市長の平良でございます。 参議院沖繩返還協定特別委員会の公聴会に際して、那覇市長として意見を陳述できますことを光栄に存じます。なおまた、参議院が沖繩公聴会の開催について、何の異論もなくスムーズに決定され、本日の開催を見ましたことに対し、心から敬意を表するものでございます。 さて、すでに御存じのように、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件、すなわち沖繩返還協定は、去る十一月十七日、野党議員の質疑中抜き打ち採決されたのであります。 戦後、議会制民主主義を強調される日本の国会において、多数党が法案を強行採決する事態を幾度か見受けてきたのでありますが、それにしても、この沖繩返還協定の抜き打ち採決は、全く前例のない暴挙だとして非難されております。 沖繩県民の衆議院におけるこの強行採決に対する見解は、いろいろな形で提起されておりますが、私は次の理由により、あの返還協定に反対するものであります。 すなわち、沖繩県民の沖繩返還協定並びに国内関連法案に対するぎりぎりの要求を織り込んだ琉球政府の建議書が何ら審議の対象にされず、逆に屋良主席の東京到着に対する冷酷な回答として、沖繩県民の正当な請願権をなぶりものにするかのようにして強行採決されたこと。 次に、野党議員の質疑続行中であり、その後に沖繩県民の心を代表すると言っても過言ではない沖繩社会大衆党の安里積千代、沖繩人民党の瀬長亀次郎両議員の質疑権を無視したこと。さらには、この強行採決が参議院において、たとえ審議未了のことがあっても自然成立するように審議日程を逆算して強行された、そのことが参議院の権威を著しく低下させたことであります。 河野参議院議長は、衆議院におけるあの強行採決に対し、国民の一人として考えた場合、遺憾なことだと思う。参議院が置かれている立場も十分考慮して協力し合い、強行採決などしないよう誓いたい、と申されましたが、まさに沖繩県民は、あの措置が遺憾であると同時に、参議院においては、良識の府として、きっと慎重審議を尽くしてもらえるだろうという期待を持ったものでございます。そこで私は、抜き打ち強行採決に至る手続や、手段の卑劣さを批判するとともに、参議院がその存在の権威にかけて沖繩返還協定及び国内関連法案に対処され、願わくば、沖繩県民の要求に基づき、琉球政府の建議書に基づき、これを再検討する立場を示していただくように要請をするものでございます。 私が沖繩返還協定の再検討、すなわち、やり直しを要求する根拠として、すでに指摘しました手続や手段の非民主的措置に加えて次のことを強調いたします。 すなわち、戦後、世界は、少なくとも自由主義陣営、資本主義諸国は、アメリカを中心に万事展開されてまいりましたが、ベトナム戦争の不成功とそれに関連する経済的破綻が、アメリカとしてその対国際的関係の調整に踏み込ませたのであります。アメリカによる対外政策の調整、その軍事経済的調整の一つとして、沖繩が出てきたのであります。御存じのように、日米返還協定はアメリカ軍の沖繩駐留を認め、いや、沖繩を引き続きアジアにおける核戦略体制のかなめとして残し、その上に自衛隊を配備し、台湾・朝鮮はもちろん、遠くマラッカ海域まで軍事的に展開することを約束しておるのであります。 もちろん、この協定は、ニクソンの中国訪問で対中国接近をはかろうとする米国の立場を強め、逆に日本にとっては、アジアの諸国民から警戒されることになり、中国をはじめ、アジア諸民族との友好関係に抜き差しならないひびを入れてしまったわけであります。 私は、佐藤・ニクソン共同声明後の情勢変化と、何よりも沖繩県民の戦争体験、戦後二十六年に及ぶ米軍の軍事支配に呻吟した県民の労苦にかけて、さらには、日本が沖繩へ軍備を拡張し、アジア諸民族と敵対するのではなく、日本国憲法に基づき、国際信義を尊重し、諸国民と友好を深める国になるための具体的な措置として沖繩返還協定のやり直しを要求するものであります。 このような、基本的な立場を申し上げますと、国内関連法案に対しまして、当然批判的態度をとらざるを得ないわけであります。 御存じのように沖繩県民の生活は、日米外交の谷間にあって、その政治、経済、軍事的影響を直接に受ける反面、政策的な対策はほとんど現実に即応しないという状態にあります。 ことしの沖繩はかつてない干害に見舞われ、先島では暴風害に追い打ちをかけられました。日本政府からはすでに幾たびか調査団が来島しております。しかし、現実には、はかばかしい対策が立てられてなく、宮古・八重山の住民は全く悲惨な状態にあります。さらに、沖繩県民が通貨を即時一ドル対三百六十円で円通貨に切りかえてもらいたいという要求を繰り返しておりますが、それについても何ら具体策が示されないうちに、ついに一ドル対三百八円というおそるべき事態に県民を追いやったわけであります。屋良主席の建議書には、一ドル対三百六十円での通貨切りかえが、沖繩県民の切実な要求として提示されていたはずであります。 私は、参議院が、このような切実にして、かつ、緊急な県民の要求をくみ入れるとともに、沖繩の復帰に対し、特段の配慮をいたされる機会に際し、屋良主席の建議書の中にもすでに申し述べた事項の中から、特に次のことについて重ねて要請を申し上げます。 まず第一に、自衛隊の沖繩配備を思いとどまっていただくことであります。戦前、沖繩には日本の軍隊は一兵もなく、聯隊区司令部というものが那覇市に置かれ、徴兵事務と予後備兵の簡閲点呼を行なったにすぎません。徴兵された壮丁は九州各聯隊に分散配置されて兵役に服してまいったのであります。 われわれの日本復帰の要求は、アメリカの基地の撤去により日本国民としての権利の回復をはかり、同時に、平和の島沖繩を取り返すことであります。しかるに米軍基地はほとんど撤去されることなく、なおその上に一個師団の自衛隊を配備されるということは、とうてい納得のいかない措置であり、何のための復帰かと問わざるを得ません。 佐藤総理は、沖繩県民の二十六年間の労苦に報いるためには、すみやかに返還協定を議決し、復帰を実現することであると力説されております。その言やまことによし。しかしながら、その内容は沖繩県民の二十六年に及ぶ苦労に報いるに、さらに無期限の苦労を背負わせることであり、大の虫を生かすために小の虫を殺すこともやむを得ないとする発想にほかなりません。 憲法第九条は、私から申し上げるまでもなく、明らかに戦力を「保持しない」ということが規定されております。現在、どのような解釈をいたしましても、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」というところの規定に明らかに反しているということは火を見るよりも明らかでございます。 次に、関連法案の公用地等の暫定使用に関する法律案のごとき、県民の反対する施設を配備するための公用地とは一体いかなるものでありましょうか。主権在民の理念を力強く宣言した憲法の趣旨を二重三重にじゅうりんする愚挙と言わなければなりません。そのような公用地の取得ではなくして、たとえば那覇市における――これは他の市町村も同様でございますが――天久住宅地域のような、現在アメリカ軍が使用している土地を返還させ、一部を買い上げて地方自治体に無償譲渡し、人口棚密、福祉施設の欠除、財政面に悩む地方行政に、あるいは地域開発に寄与することこそが真実の沖繩対策と言うべきであります。これは決して法外の要求ではありません。もしかりに過去においてアメリカの強圧に屈し、沖繩県民が血のにじむような土地闘争の展開がなく、唯々諾々として、アメリカに土地を売り渡してあったならば、おそらく今日想像に絶する巨額の国庫支出を余儀なくされたでありましょう。憲法違反に類する公用地の取得ではなくて、沖繩の格差是正、県民福祉の向上に寄与するための国庫支出であることこそ、真に沖繩県民の労苦に報いるゆえんであろうと私は信ずるのであります。 その次に、通貨の切りかえを一ドル対三百六十円の率で即時断行して民心を安定させていただきたい。アメリカは、通貨は施政権のシンボルとして固執し、難色を示しているやに聞いておりますが、二十六年間の施政の責任者としてこれ以上沖繩県民を苦しめる必要はないはずであります。復帰はすでに既定の方針であり、政府も、復帰に際して県民の不必要な混乱を生ぜしめないように万全の措置を講ずるということもしばしば言明されたことであります。このままの状態では、末端行政を渋滞させるばかりでなく、住民個々の日常生活にも多くの不安動揺を与えておるのが実情であります。このことについてさえアメリカを説得できないとするならば、日本に外交はないと言っても過言ではありません。外交というものは、申し上げるまでもなく、相手を説得するか、相手に説得されるかであります。われわれが正論をもって相手を説得すれば、必ずそれだけの成果を私はおさめ得るものと思うのでありますが、そのアメリカにドルの交換さえ説得できないようであれば、もはや日本外交は、アメリカが戦争放棄と言えば戦争放棄、再軍備と言えば再軍備、指先に踊らされるかいらい外交というにすぎないではありませんか。 さらにもう一つつけ加えて申し上げたいことは、地方自治体の民主的運営、健全育成について細心の注意を払っていただきたいということであります。 先ほど言及いたしました自衛隊配備のための土地取得に対していろいろな工作がなされておるといううわさを耳にしております。任命主席時代、沖繩では弁務官資金というものがありまして、弁務官に服従する者には特別な資金を与える、そうでない者には補助金与えないといったような宣撫工作がなされました。異民族支配でこのようなことがあることはまずかりに忍ぶといたしましても、われわれ憲法の体制に入ってなおこのような地方自治体をゆがめるような施策がなされるようであってはならないと信ずるのであります。 次に、最後に、大急ぎで申し上げます。 真の沖繩平和開発方策を早急に策定していただきまして、沖繩の軍事基地の補強、拡充を施すのではなくて、沖繩を戦争終えんの地として長く記念するための平和の島に還元していただき、国土の最南端にある地理的条件、亜熱帯に属する気候風土等の立地条件を考慮し、沖繩県が果たすべき平和的任務を日本の経済構造の中に適切に位置づけていただいて、たとえば東南アジア諸国の若人たちがともに未来のアジアの繁栄を築くための研究にいそしむ学園の設立、亜熱帯植生物研究センター、亜熱帯農漁業センター等の設立により、開発途上にある友邦諸国との平和友好交流の場として開発していただきたい。戦略的なかなめ石は、その方向を変えれば、必ず経済文化交流のかなめ右となり得ると私は確信いたしております。最後に、きわめて謙虚にお願い申し上げるのでありますが、返還協定の審議を機会に、これを転機として、全国民が、初心忘るべからずということばがございますが、初心に立ち返って、平和憲法と称賛されている日本国憲法をいま一度すなおに読み直す運動を展開していただきたいことをこいねがってやみません。憲法第九十九条の国民的義務を国民の一人一人が実践していただくことによって、わが国の道が開かれ、エコノミック。アニマルの汚名を返上して、憲法前段にうたわれております「國際社會において、名譽ある地位を占めたい」とする国民的願望が達成され、わが国の安泰が期せられるものと信じております。陳述中いろいろと不遜の言辞がございましたと存じますが、どうぞ虚心に受けとめていただきまして、御審議のほどをお願いいたします。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 本来、午前中の公述の方が終わりましてから御質問を願うということでございますが、平良公述人の時間の御都合がございますので、この際、御質問がありますれば、公述人にお願いをいたします。
○西村関一君 私は社会党の西村関一でございます。 平良市長にお伺いいたしたいと思います。ただいま円の切りかえの問題につきまして御意見がございましたが、きのうの沖繩特別委員会におきまして、政府当局は、技術的にむずかしいというような答弁があったようです。すでに通貨の切りかえを数度にわたってやっておられます沖繩県の皆さんとしては、このことにはなれておられますし、その道もないではなかろうと思うのでございますが、その点に関しまして御意見を承っておきたいと思います。
○公述人(平良良松君) お答えいたします。 通貨の切りかえが技術的にむずかしいという政府の御見解に対して、われわれは理解に苦しむものでございます。 沖繩におきましては、戦後の円流通時代、軍票時代、B円時代、それからドルの切りかえと、三回か四回通貨の切りかえが行なわれてまいりましたが、そのつどスムーズに行なわれてきておるわけでございます。 なるほどドルは世界通貨でありますので、この中ではむずかしいいろいろな理由もあろうかと思います。われわれ金融業者でありませんために、そのような問題については承知いたしません。しかしながら、おそかれ早かれ円貨に切りかえなくちゃいけない。しかも、現実に円の変動相場制によりまして沖繩の民心が動揺し、民生が安定しない実情を見るならば、それこそ日本が腰を入れて、アメリカに早期の切りかえを要求すべき問題ではないか。要は、アメリカに対する日本政府の腰の強さ、弱さにかかっておるのじゃないかと私は考えます。
○岩間正男君 自衛隊の配備について反対される御意見を展開されたわけでありますが、これにつきまして、戦時中の日本帝国主義の軍隊がどういうことを一体終戦まぎわに沖繩でやったのか、またこれに対する県民の感情はどういうことになっておるのか、お伺いしたいと思います。 もう一点は、今度配備される自衛隊はどのような軍隊だとこれはお考えになっていらっしゃいますか。国土防衛とか民生安定をうたっておりますけれども、はたしてこれに役立つ軍隊とお考えになっていらっしゃいますか、お伺いをいたしたいと思います。
○公述人(平良良松君) お答えをいたします。 私自身の戦争体験を申し上げますならば、私、戦時中にフィリピンに従軍いたしまして、九死に一生を得て帰った者であります。私の所属している小隊は百二十七名でございましたが、その中から生還した者はたった七名でございました。百二十名の自分のおいっ子相当の年齢の兵隊の一人一人の葬式をこの手で営んできた。帰った沖繩は、私の両親は餓死状態のままで八十歳でこの世を終わったのであります。私の姉は十三名の家族が自決をいたしております。私のおいが同様に戦死をいたしております。身内の者から多数のけが人、死者を出し、しかも一木一草もとどめないような状態に会ったときに、戦争のむなしさ、むごたらしさというものをこの身にしみじみと感じ、私が帰郷して荒廃したふるさとに立ったとき、これを復興することが、九死に一生を得て幸いに生き帰ってきた自分の天命だという使命感さえ感じて、今日まで私は戦争に反対する態度をとってまいりました。しかも終戦当時、さっき申し上げましたとおり私は沖繩におりませんので、沖繩の状態を自分の目で見、からだで体験することができなかったわけでありますが、私の近親者から聞き、あるいは那覇市民の戦争体験記なるものを最近募っておりますが、その中の記事から見ましても、調子のいいときは軍隊はたいへんかっこうのいいものである。しかし、形勢が悪くなるにつれて、むしろ市民を苦しめる集団暴力団と化してしまった。防空壕に入っておる市民を追い出して、われわれが入るんだ、住民が唯一の残した食糧としてたくわえてありましたものを、軍刀をもっておどかして供出させていった。しかも、その中で――沖繩は海外から帰った者が多うございます、中南米に移民をして帰ってきた者が多うございますが、それらの外国語を解する者をすべてスパイ扱いにして、あちらこちらで日本刀のためし切りをした。また、敗戦はこれらのスパイ的行動によると、みずからの作戦のそごをたな上げして、住民に疑いの目をもって残虐行為を行なったということを聞かされております。われわれ今日までこのことを黙っていたのは、それがあるにしても、われわれの祖国は日本である、復帰の運動を進める一念から、こういうことをあえて口外しなかったのでありますけれども、今日御質問がありますので、そのことを一言申し上げておきたいと思います。 で、沖繩の安全を守るとおっしゃって自衛隊を配備されるのでありますが、先ほども申し上げましたように、沖繩は戦前一兵の配備もなくても安全でございました。むしろ、軍隊が駐留することによって社会不安をかもし、今日のように米軍が長期にわたって駐留することによりまして、あらゆる社会悪が発生している現状であります。今日、強大国の中にある日本が沖繩にしかも重装備を施すということは、むしろなま兵法は大けがのもとと申します。災いを呼ぶためになること以外の何の役にも立たない。もし、私のほうに憶測をほしいままにさせてもらうならば、よしんば万一国際紛争があっても、沖繩だけをまたもとのように犠牲にして、様子を見て適当な時期に日本は手をあげればよろしい、小の虫は殺して大の虫を生かせばいいと、そういったてまえがってな発想に基づくものではないか。われわれはそういう意味で、自衛隊の配備をされるだけのお金があるならば、沖繩の戦後復興のためにむしろ役立てていただきたい、そういうふうにお願いをいたします。
○矢追秀彦君 公明党の矢追であります。二点お伺いいたします。 先ほど、米国の高等弁務官資金のことを提示されまして、自衛隊の土地収用についての工作云々のお話がございましたが、この点についてもう少し具体的に実例をお聞かせいただければありがたいと思います。 もう一点は、平和な島沖繩にするための開発についていろいろ提言がございましたが、もちろん、あらゆる面での施策は重要だと思いますが、今後沖繩の経済がこういった基地経済ということから脱却をして、ほんとうに平和な豊かな沖繩県になるためにはどの部門、特にどれを重点的にやることが一番沖繩の方たちの豊かな生活に結びつくか、いろいろ重点的なものはあると思いますが、その重点の一番中心点をあげていただければありがたいと思います。 この二点。
○公述人(平良良松君) お答えいたします。 宣撫工作的な行動があるというふうに私もうわさを聞いております。新聞で報ずるところによりますと、中部のある村に公民館を建設してやるから土地の契約に応じないかといったような誘いがあったという話もございます。また、那覇市におきましても、垣花で公民館をつくる、それが政府資金でつくれるといううわさが出ております。那覇市内における公民館は一部弁務官資金によってできたものもありますが、大かたは各自治会の自己資金の拠出によって従来建設されてまいりました。まだ各自治会には、建設されているとは申せませんが、ある程度やっております。そのようにして自治会自身が金を出し合ってつくっているのが今日までの公民館建設の実情でございますか、それを、日本のどのようなところから資金が流されてくるのか、そういううわさが飛んでおりますので、われわれが憶測するところでは、高等弁務官資金みたような宣撫工作費としてこれが施設庁あたりの予算から出されるようなことが万々一ありはしないか。そういうことになりますというと、地方行政の健全な発育ということ、発達ということを非常に阻害しますので、この点はぜひ御警戒をいただきたい。また、そのようなことがあればぜひ参議院のほうから御警告をいただきたいと存じます。 沖繩開発の方策につきましては、私はもっぱらいままで復帰運動に従事してまいりましたので、こまかい経済、産業の知識を持っておりません。抽象的に先ほど申し上げましたが、たとえば日本経済の中で沖繩県というものをどういうふうに位置づけるか、そうしてどのような生産的な任務を負わせるか。これは専門家の方々が十分検討していただければおのずからその道は開けるものと確信するものでございます。悪政はトラよりもたけしと申しますけれども、国が栄えるのも衰えるのも政治の、政策のいかんによるものでございます。インドのように広大な国土を持ち、多くの国民を擁しながら、なお年々飢餓に見舞われるところもあれば、日本のように全然天然資源に恵まれないながらも、国民が勤勉であり、そのつど政策が巧みに運用されてきたところでは、GNP世界第二位という生産国家にも成長する可能性があるわけでございます。もちろん、このGNP世界第二位ということは、われわれがそれを誇るのにはまだまだ幾多の欠陥があるでありましょうが、そのようにして沖繩対策が十分に沖繩の立地条件を生かす方策を編み出していただければ、沖繩は一億国民の中のたった百万人でございます。これが食っていけないという状態は絶対にあり得ないと私は確信をいたすものでございます。
○高山恒雄君 民社党の高山ですが、市長に伺いたいのですが、生鮮食料品等は沖繩でまかなうだけのものがないのではないかと思いますが、大かたのものが日本本上から輸入されているというのが現状ではないかと思うのですが、御承知のように年の暮れでもございますし、物価の値上がりはどういう状況にあるのか。全く年の瀬を迎えてドルのショック等による、特に生活品の不足が目立っておるんではないか、こういう感じがわれわれはするわけですが、この点をひとつお尋ね申し上げたいと思います。
○団長(安井謙君) 平良公述人にいただく時間、大体、十時四十五分ぐらいに考えておりますので、そのおつもりで御答弁願いたいと思います。
○公述人(平良良松君) 生鮮食料品の自給自足体制はまだできておりません。戦前沖繩は蔬菜輸出県として大きく沖繩の経済をささえておったのでございますが、戦後アメリカに膨大な軍用地、しかも主要な生産地帯を占められておりましたために、農業が非常に衰退いたしました。同時に、第一次産業に対するアメリカの関心というものが薄かったために、遠海・近海漁業がきわめて衰退をいたしております。しかしながら、現在ではほとんど蔬菜類、たとえば白菜やゴボウ、ニンジンに至るまで鹿児島や宮崎から輸入しているという実情でありまして、これはまことにお恥ずかしい限りであります。そこに政治の貧困を如実に示すものであり、蔬菜園芸の指導がよろしければ、必ず、自給自足をするだけではなくて、東京、大阪に対して蔬菜供給県となり得る可能性があると私は考えておりますので、その面の対策もぜひ講じていただきたい。 それから、物価の値上がりについてでございますが、いまどの程度の物価値上がりになっているか、そのパーセンテージはよくわかりません。後ほど数字を調べて御報告申し上げたいと存じます。ただ言えることは、私、最近南米まで回ってまいってつい帰ったわけでございますが、南米諸国におきましても、ニクソン声明以来二、三カ月の間に三〇%の物価値上がりが生じておるといわれております。沖繩においてもしかりでございまして、このドル・ショックというものがいわれて以来、思惑もからんで、物価は相当の値上がりを来たしておるかと考えております。こまかい数字、パーセンテージにつきましては後ほどお知らせいたしたいと存じます。
○塚田十一郎君 私、自由民主党の塚田でございます。平良公述人にまことに素朴なお尋ねをいたすのでありますが、公述人は、現在の協定それから関係法案に、どちらも反対というお立場をとっておられるように伺ったのでありますが、反対ということになれば沖繩は返ってこないということが大体常識だと考えられておるわけであります。そこで、公述人が反対と言われるお立場は、返ってこない、返らないほうがいい、あるいは返らなくてもやむを得ない、それとももう少しうがったお尋ねをするのでありますが、反対しても、国会は自民党が多数だからおそらく通るだろう。したがって、返ってくるであろうが、いろいろ不満の点があるからそれらの点をひとつ改めろ。できればこの機会にもっとりっぱなものをつくってほしかったのだがやむを得なかった。現実は不満である。それらを改めろというような、どのお気持ちであるのかどうか。それをお聞かせいただきたい。
○公述人(平良良松君) お答えいたします。 塚田先生のお尋ねにつきましては、非常にデリケートな問題があろうかと存じます。また、一様にみなそのような疑問を持っているわけであります。しかしながら、われわれといたしましては、先ほども申し上げましたように、沖繩の返還ということは、軍事基地をなくして、戦争の危機を誘発するような要因を取り除いて、平和な島にしていただくということが、これが県民の願望でございます。しかし、それにもかかわらずその願望は一切無視されて、ほとんど顧みられていない。その中で、佐藤・ニクソン共同声明を根幹といたしました今回の返還協定の内容につきましては、もっと日本政府が、さらにつけ加えて申し上げますならば、この佐藤・ニクソン会談以後、急速にアメリカが対中国態度を変えておるこの世界情勢の変化をも踏まえて、いま一度努力をされる必要があるのじゃないか。返還協定が成立しなければ沖繩は返ってこないということをおっしゃいますけれども、沖繩は当然に返ってこなくちゃいけない。それは日本が国連に加盟したときに、国連憲章の規定によりまして、加盟国相互間の領土の中では委任統治地域を設定しないという規定もございます。しかし、それにもかかわらず、日米の間には講和条約という特殊な条約があって、特段の取りきめがなされておるので沖繩は今日の状態になったわけであります。しかしながら、日米が互いに友好親善という態度を変えないならば、必ず話し合いによって沖繩県民の願望は達成される。また、それを達成しなければ、真の沖繩の返還という意味がほとんどなくなるということでございます。われわれは一日も早く帰りたい。帰りたいが、しかしながら、沖繩がいつまでたっても軍事基地の役割りばかりしか背負わせられないということになると、まことに心外でございます。しかし、何べん申し上げても同じことでありますけれども、返還協定のやり直しを、沖繩が戦前のような平和な島の姿に返るまでは私は続けていきたい、それを主張していきたい、こういうふうに考えております。
○団長(安井謙君) 時間の関係もありますので。
○塚田十一郎君 じゃあ、けっこうです。
○団長(安井謙君) それでは、いろいろ御質問もあるかと思いますが、時間の関係もありますから、平良良松公述人に対する質疑はこのくらいにいたしたいと思います。 どうもありがとうございました。(拍手) ―――――――――――――
○団長(安井謙君) 次に、久貝公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(久貝良順君) 私は公述人で弁護士の久貝良順であります。 このたび参議院沖繩派遣議員団が、沖繩返還協定及び沖繩の復帰に伴う関係七議案を御審議されるにあたりまして、現地沖繩の県民の声を直接御聴取されるため、沖繩における公聴会を開催されたことに対しまして、心から敬意を表するものでございます。それとともに、意見陳述の機会をお与えくださいましたことに対し感謝申し上げるものでございます。 私は沖繩返還協定及び沖繩の復帰に伴う関係七議案については、大局的には承認するものであり、すみやかにこれらの議案が締結され、または法律となることを強く望むものであります。しかし、返還協定及びこれらの七議案を拝見いたしましたところ、必ずしも沖繩県民の要求がいれられているものとはなっておりません。したがいまして、次に述べるような意見を付して承認をする次第でございます。 第一、早期復帰について。現在沖繩は日本国とアメリカ合衆国との谷間にあり、日米いずれの国からも積極的な手が差し伸べられず、苦悩の中にあえいでおります。米国は、沖繩は日本に返るのだからということで手を控え、日本国は、沖繩はアメリカの施政下にあるのだからと直接沖繩の統治を離れて、沖繩県民の生活は日一日と苦しくなっております。これまでわれわれが持っているドルは一ドル対三百六十円の値打ちがありました。しかし、きのうからは一ドル対三百八円の値打ちしか持たなくなりました。一ドルにつき五十二円の欠損をしいられたのであります。これは何も沖繩県の怠惰や過失によるものではなく、沖繩が対日平和条約によって置かれている特殊な地位によって招かれたのであります。このようなことが次から次へと追い打ちをかけてまいります。私たちは本土に一日も早く復帰することによってこのような苦しみから少しでも脱却したい。返還協定やり直しの論もあるが、私はそのような主張には同意はできません。返還協定を早く締結して、復帰までの間、そして復帰と同時に、逐次改善策を講じていくようにすべきであると考えます。 第二、沖繩に国連機構を設置することについて。一九四五年四月一日沖繩は米国軍隊の一斉上陸によって全島が戦場と化し、十八万八千余の同胞が戦死いたしました。一九四五年六月二十三日、事実上沖繩は終戦となったが、引き続き米国の軍政下に置かれました。一九五二年四月二十八日対日平和条約が発効して日本国は平和に立ち返ったが、しかし、われわれ沖繩は日本には返らなかった。沖繩は米国の統治下に置かれ、きょうまで二十六カ年と八カ月二十日になります。その間国有地を除く沖繩の民有地だけでも六千万坪余の土地が軍用地となり、地主たちは定住の地を失い、不自由な生活をしながら日本国の安全と平和に協力をしてまいったのであります。われわれは、戦争の苦しみをいずれの地域の人よりも身をもって体験いたしました。それだけに平和を人一倍希求するものであります。その意味で国際の平和と安全を維持することを目的として設立されております国際連合機構、たとえば国連大学、国連開発機構を沖繩に設置し、戦争と沖繩、基地と沖繩というこれまでの暗いイメージを、平和に協力する沖繩、豊かな沖繩、世界の安全に寄与する沖繩という明るいイメージにチェンジできるようにしてもらいたい。そのことが、これまで日本国の平和と安全の捨て石となった沖繩に対する日本の親心の一つともなるものかと考えるのであります。 第三、請求権について。沖繩の土地は広範にわたって軍用地となり、さまざまな損害を受けた。一九四五年八月十五日から一九五二年四月二十八日までの、平和条約発効前の期間における米国軍隊などが与えた損害で補償請求が提出されたものに対しては米国国会が立法措置を講じてすでに支払い済みとなっております。しかし、その当時請求をしなかったものに対してはいまだ補償がなされておりません。ところで、これらのものに対しては、返還協定の第四条によって、日本国はアメリカに対する請求権を放棄してしまいました。しかし、沖繩県民はこれらの損害に対しても強く補償を要求するものであります。関係委員会における総理大臣及び関係国務大臣の御答弁で、これらの損害に対しても補償がなされる旨伝えられておりますが、これだけでは、なお私たちは不安であります。この事項については、ぜひ立法措置を講ずることによって日本政府のはっきりした方針を打ち出すよう要請するものであります。そして、争いがあった場合には裁判で権利として主張できるようなところまで持っていってもらいたい。 第四、沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律案について。沖繩県にある土地で日本国及び沖繩県が公用地として使用する土地は、民法の規定に基づいて、地主と国または沖繩県の間で対等の立場で任意の契約をすることになっております。これは、地主の個人の意見を尊重するということから当然の措置であると考えます。しかし、これらの土地について権原を取得するまでの間は五カ年をこえない範囲でこの法律によって地主の意思にかかわらず国または県が使用することになっております。国または県と対等の立場で任意の契約によって公用地の使用取得をするという土地取得の方針からすれば、このような取得方法は好ましい方法ではないと考えます。また、五カ年という期間も長きに失する感がいたします。しかし、土地の所有者が海外などに移住して連絡のために相当の日時を要することや、係争地で所有者がはっきりしない土地や帰属のはっきりしない遺産などがあり、これらのものを確認して契約のための折衝をするには五カ年の期間もやむを得ないと考えます。なお、現在の軍用地の契約状況は、軍用地面積の九七%が契約をしており、あとの三%が収用となっております。したがって、従来の経験からすれば、九〇%以上の地主は契約に応ずるだろうと判断されるので、沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律の適用を受けるのは、日本国等の使用する土地の面積の一〇%程度になるのではないかと判断されるのであります。 第五、賃貸借契約と適正借賃について。自分の土地を米国軍隊等の使用のために賃貸ししている地主三万八千三百余名の団体である沖繩市町村軍用地主連合会は、関係地主の要望をまとめて次のように決定をいたしております。本土復帰後日本及び沖繩県に公用地として賃貸する土地の賃料の適正価格は二百十五億円とする。もし、二百十五億円を日本政府が支払うのであれば、地主の大多数は契約に応ずる用意があると決定をしております。この借賃の額は、学識経験者によって構成された資料算定委員会によって、あらゆる資料を参考にして算定されたものであります。したがいまして、二百十五億円は適正な借賃と判断されるので、この額で予算措置が講ぜられるよう要望するものであります。なお、基地は漸次整理統合して縮小の方向に持っていくべきであると考えます。 第六、宮古島飛行場用地の旧地主への返還について。太平洋戦争の末期一九四四年から一九四五年にかけて、宮古島の平良市に海軍飛行場、下地町に西飛行場、上野村に中飛行場が建設されました。地主は自分の車、自分の馬を提供するだけでなく、みずからも労務を提供して飛行場建設に努力いたしました。土地は陸軍省または海軍省用地として買収されたが、価格が至って低廉であったのみならず、地代は国債で渡され、または強制貯金をされ、実質的にはふところに入った現金はほとんどありませんでした。終戦後、これらの土地は、日本国国有地として米国民政府財産管理官の管理地となっております。旧地主は、かつての自分の土地に借賃を出して米国政府から借りて、ばく大な経費と労力を費やしてこの土地を復旧作業して耕作をしているというのが実情でございます。平良市にある旧海軍飛行場用地は、その一部は現在民間飛行用地となっているが、下地町の西飛行場用地、上野村の中飛行場用地は何ら公用地として使用しておりません。これに類似の例は石垣島にもございます。用途を廃止したこれらの国有地は、すみやかに旧地主に返還されるよう要望するものであります。 以上で終わります。どうもありがとうございました。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 ―――――――――――――
○団長(安井謙君) 続きまして、知念公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(知念盛仁君) 私は、公述人嘉手納村議会議員の知念盛仁であります。沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴う関係国内法案に対する意見を述べさしていただきます。 二十六年の歳月の流れは、あの忌まわしい戦争で焦土と化したこの沖繩の土地にも草木が育ち、家が建ち、表面は何事もなかったかのような装いをしております。当時八歳でありました私は、容赦なく撃ち込まれる砲弾を避けるため、岩はだに身を寄せ、小さなからだをふるわせていた少年、いまこの壇上から沖繩の心の万分の一でも訴えたく登壇いたしております。 戦争孤児、戦後の沖繩、思い起こすだけでも重苦しい日々でありました。沖繩県民の置かれている状況を理解していただくために、二つの例をあげたいと思っております。 例一は、各種の基地被害をこうむって絶えず不安な生活をしいられている嘉手納村民の状況であります。 昭和二十年四月一日、米軍が上陸して以来、その総面積の八八%が軍用地となり、北は巨大な弾薬庫、前は米軍が東洋一と誇る嘉手納空軍基地にはさまれて、わずかな土地に村民はひしめいて生活しております。昭和三十七年から昭和四十三年までの六年間、この期間は特にベトナム戦争が激化している時期でありますが、このように極東に緊張が発生しますと、もろもろの基地公害が発生いたしております。飛行機の墜落事故が三回、その事故で死亡した人が三名、重軽傷二十四名も出しております。この中には、あのB52の墜落、大ごう音をとどろかして県民のどぎもを抜いた事件も含まれております。住家全焼が三むね、校舎・住家等損害三百六十五件もこの三事件で被害を受けております。滑走路の拡張工事による砂じん事件、空軍基地から流された航空燃料あるいは洗剤ABSによる汚染、これは例の「燃える井戸」事件へと発展したのであります。被害人員が百五十六人も出ております。その事件は、一部まだ未解決であります。住民地域近くに大型駐機場をつくり、そこで昼夜エンジン調整されるごう音は、実に殺人的ごう音であります。 また、いままで申し上げました各事件による賠償額は、アメリカの賠償委員会の一方的な査定によって要求額の四分の一ないし三分の一に査定され、被害者は長引く賠償の解決に生活に困り、不本意ながら受けている状況であります。この中でもまだ未賠償の部分もあるということを御留意くださいますようお願いいたします。 これらの事故は、先ほど申し上げましたように、ベトナム戦争の激化を関連いたしております。極東に緊張が起こった場合に、沖繩県民がこのような犠牲をしいられてきたのが過去二十六年の経過でございます。いつまた極東に緊張が発生した場合に、どのような事故がわが県民の上に降りかからないともだれも保証ができないのであります。ですから、沖繩県民は、一日も早くこのような基地が整理縮小され、願わくは近き将来に平和な島に生まれかわってもらうよう、声を大にして訴えているわけでございます。賠償額が不当に安く、一方的に査定されておりますのも、先ほど申し上げましたように、解決が長引き、被害者が生活に困ったあげくに不本意ながら受け取っているということであります。このように、法治国で正当な賠償がもらえずに一方的に査定され押しつけられているのも沖繩の現状であります。このような例を引用いたしますのも、沖繩の現実、過去二十六年間の県民の歩みを理解していただきたいからであります。 もう一点は、疎開船対馬丸遭難学童及び引率教師、学童の付添人処遇についてであります。 御高承のとおり、沖繩における学童疎開は、昭和十九年七月七日、時の東条内閣の緊急閣議をもって、沖繩島防衛戦略のための至上命令として決定され、その実施にあたっては疎開奨励の方針態度として、「単なる避難若しくは退散にあらず、戦争完遂のための県内防衛態勢の強化と人的資源の保護、食糧事情の調節を図る作戦措置」として、ほとんど強制的に指示され実施されたものである。その結果、対馬丸には学童及び付き添いの婦女子千六百余名が乗船し、駆逐艦二隻の護衛を受けて、当時すでに米軍の制圧下にあり、戦闘地域として指定された太平洋上を北上し、昭和十九年八月二十二日、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて、悪石島沖の太平洋上に轟沈し、一瞬の間に一千四百余名のとうとい生命が奪われたのであります。この中には米軍が最初に上陸した地点、砂辺、水釜海岸から少し離れた古堅小学校区の学童及び付添人が七十八名含まれ、一家全滅に近い犠牲を受けられた家族も含まれていることであります。このように、持参いたしました謄本の中には、みな抹消されております。一家全滅であります。とのような犠牲のもとに、国家の戦争遂行がなされ、しかも、強制疎開をさせられたこの犠牲者に対して国はたった二万円の見舞い金を支給したにすぎない。しかも、それに該当したのは、学童及び引率教師のみで、付添人に対しては二十七年になる今日まで何らの処遇をしていないということであります。沖繩県民に押しつけられた国家のこの態度をとくとごらんになってくださるよう、重ねて要望いたします。 戦争は最も罪悪であり、戦争ほど悲惨なことはない。戦後二十六年、沖繩は戦場の延長であったし、一日たりとも心の休まる日はありませんでした。沖繩県民の要求する復帰対策の基本は、このように戦争につながる一切の政策に反対し、沖繩を含むアジア全域の平和を維持するものでなければならない。そのためには基地の整理縮小の方向を具体的に示し、県民の不安を大幅に軽減することであると私は確信するものであります。米軍基地の存在に加えて自衛隊の配備は沖繩基地の強化であり、米軍基地の肩がわりのために自衛隊を配備することは、海上諸国を刺激し、沖繩基地にまつわる不安は、増大こそすれ、軽減されることではない。県民は、かつての戦争体験、戦後の米軍支配の中から、戦争につながる一切のものを否定してきました。したがって、自衛隊の沖繩配備に反対するものであります。 沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律案についても意見を申し上げます。沖繩における米軍基地は、占領軍としての権力と絶対的排他的な施政権によって県民の意思を抑圧、強制使用したものである。それをこの法律によって正当化し、軍事基地の維持強化をはかることを目的とする法案であるがゆえに反対したいのであります。 米軍基地の維持存続に加えて、新たに自衛隊の配備を予定し、これを可能ならしめようとすることがこの目的であり、暫定使用という名のもとに、五年もの長期にわたって、土地の所有者の意思いかんにかかわらず強制的に米軍や自衛隊に土地等の強制使用を認めることであり、沖繩に住むわれわれとしては何としても耐えがたい。特に私有に属する土地等を正当な手続を経ずして五年の長期にわたり一方的かつ強制的に使用することは、実質的に土地等の強制収用であり、いかなる理由を付したにせよ、私権に対する重大な侵害であって、財産権の保障を規定している憲法二十九条に違反するものと私は解するものであります。 ですから、こういう法案はすみやかに是正されるよう、特に沖繩の平和を実現され、ひいて日本国の憲法を骨子として外交を展開され、この苦難の歴史に終止符を打ってくださるよう重ねて要望いたしまして、陳述の意見を終わりたいと思います。ありがとうございました。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 以上で公述人各位の御意見の午前中の陳述は終わりましたので、これより御質疑をいただきます。御質疑のある方は、順次御発言を願います。
○松井誠君 久貝公述人にお尋ねをいたします。 私は社会党の議員でありますけれども、そういう立場というよりも、むしろ同業である弁護士という立場も兼ねて実はお尋ねをいたしたいと思うのです。 それは、先ほどお話しになりました請求権の問題であります。御承知のように、協定の四条の二項と三項で請求権の放棄が留保をされておる分がございます。これは、アメリカの手によっていままでの延長として支払われる、そのことで十分であろうかどうかというのが一つのお尋ねであります。御承知のようにたとえば覚書によって外国人賠償法による支払いは引き続きアメリカがするということになっておりますが、外国人賠償法も、われわれが普通考える請求権という権利の概念からはずいぶん遠いだろうと思うのです。先ほどあなたのお述べになりましたように、これを権利として認めるということになりますと、最終的には司法的な救済、いわば公権力による権利の実現、そういうものを伴わなければ権利の名に値しないわけであります。しかし、外国人賠償法は、もとよりそういう仕組みにはなっておりませんし、むしろ、最終的かつ決定的な支払いだという条件、満額という了承がなければ渡さないという条件、いろいろな制約があることは御承知のとおりです。そこで、これからの支払いの分も含めて――いままでの分にもいろいろと被害者からは不満がおありだろうと思うのです。それを日本政府に対する補償の要求として――それがここで権利であるかどうかは私はいま問いません。問いませんが、そのことをも含めて補償の請求をされるという立場でおありかどうか。先ほど補償の請求をされましたので、それがたとえばそういう意味で外国人賠償法の問題、あるいは復元補償の問題ですね。復元補償は布令二十号で一応いままで何がしか支払っておりますけれども、これもきわめて遅々として進まないし、金額そのものが問題です。日本の場合にはあの地位協定に基づくいろいろの関連法案で、たとえば解放を受けて復元するまでの間少なくとも三カ月は管理費用が要るだろうということで支払われる、あるいは残地補償だとか隣接地補償だとかというのも、一応額の大小は別として、払われるという仕組みになっております。しかし、そういうものが布令二十号による復元補償の場合にはおそらくない。そういう意味で、いろいろ本土法的な感覚で考えても、ずいぶん足りないところがあると思うのですが、そういうものを補償をされるというお考えがおありかどうか、このことを実はお伺いをしたいのであります。
○公述人(久貝良順君) 久貝でございます。ただいまの御質問にお答え申し上げます。 まず外国人賠償法についてでございますが、沖繩には多分一九五三年ころかと記憶しておりますが、それまでは米国軍隊、それから軍人などによって琉球住民に対して与えられた被害、それに対しては何ら補償がなされなかった時代がございます。それに対しまして、当時私は琉球政府の法務局におったのでございますが、アメリカ側に強く要望いたしまして、それでは琉球の人権に対する無視だということで米国側に強く要請いたしまして、それでは琉球に外国人賠償法を適用させる、したがって、アメリカの軍隊等によって被害を受けた者は、それによって賠償するから、請求をしなさいということになりまして、それによってそれ以後は賠償がなされてきているのでございます。しかしながら、ただいま御指摘がございましたように、額において非常に低廉である、それから請求書や折衝の段階において英語であるということで、被害者のほうは非常に不便で、この問題についてはずっと大きな不満はあったわけでございます。しかし、請求の方法等もその後日本語でこれをやる、それから琉球政府が被害者との間に立ってアメリカと十分折衝するというような点で、だんだん改善の方向にまいってきております。しかしながら、現時点において、なおわれわれはこれによって満足に賠償がなされているとは考えておりません。しかし、一応は法律によって賠償するというその根拠が示され、現実に賠償がなされていることだけは事実でございます。御指摘のとおり、この外国人賠償法によって賠償がなされていることに対しては琉球住民は必ずしも満足はしておりません。それが実情でございます。 それから、返還協定によって留保された部分はそれで十分かということでございますが、これは今後のアメリカ政府の賠償方については十分琉球住民側も監視の目を向けていき、われわれとしては、協定にうたわれているその法文を信頼して、今後の実施の面で琉球住民に不満が起こらないようにしていけばけっこうじゃないか、そのように考える次第でございます。
○山下春江君 私は自民党の山下でございます。久貝さんにお尋ねいたします。 いま御答弁の中に、琉球政府にいたということでございましたので沖繩をよく御承知だと思うんですが、私はいまから十四年ほど前に厚生省の政務次官をいたしておりました。そのときに、きょう御出席の屋良主席がその当時は沖繩の遺族会長でいらっしゃいました。いまの遺族会長の金城さんが副会長さん、そのお二人とそのほか、二、三人でおいでになりました。で、沖繩の嘉手納地区で働いている健康な男子の方が毎月一生懸命ちっとも欠席をしないで働いても、そのときはもちろんドルでございますが、日本の円に直して三千二百円くらい。そのときに日本では戦死をされた方の遺家族の方に遺族扶助料というものが出されて、今日も出されておりますが、それが月四千七百円でございます。もちろん、遺族の方でございますから、お気の毒は当然でございますが、沖繩は私どもその当時想像するのに、まあ私は四十万戸と屋良主席から聞いたんでございますが、沖繩四十万戸全部御遺族であったであろうと想像できる。にもかかわらず、日本では四千七百円差し上げているのに、沖繩に対しては一つも差し上げてないということはそれは不合理だから、アメリカ施政権下であろうと何であろうと、日本人である沖繩の御遺族の家庭にこの遺族扶助料を流すべきたということで、当時内閣総理大臣は鳩山一郎先生でありましたが、その鳩山先生を説得いたしまして、そして遺族扶助料を、当時の四千七百円を沖繩の御遺族の方に流すことに成功いたしました。私は調べてきませんでしたので、それが今日まで続いているかどうかということを実は知らないで参りまして、先ほどちょっと沖繩の方にお目にかかりましたので、その遺族扶助料は今日もずっと継続されておりましょうかと聞きましたら、ずっと継続されているとおっしゃったのでございますが、そういうことで、まあ私は日本の母の立場である一人の議員として、沖繩の方がたとえアメリカの施政権下にあろうと何であろうと、祖国を守るためにそういう不幸な目におあいになった方に対しては、同じくやはり日本政府からあたたかい手を差し伸べるべきであるということを主張して、当時の総理に御同意を得てそのことを達成いたしましたものでございます。それが今日、先ほど聞きましたら継続されているということでございましたので、私はたいへんありがたいと思いますが、ただ、金額等は一つも調べてまいりませんでしたので。いまは立場が違います屋良主席は、実はその当時は遺族会長でいらっしゃいました。私は自民党でございました。当時から自民党でございましたけれども、遺族会長の屋良主席、それから副会長の金城さん、そういう方の御陳情に私はもう涙して答えた。本土の政治は決してそんなに冷たい、沖繩をあたたかい目で眺めないような政治は決して行なわれていないと思いますその一つの証左でございますが、久貝さんはその実情を御承知でいらっしゃいましょうかどうでしょうか。お尋ねいたしたい。
○公述人(久貝良順君) 久貝でございます。ただいまの御質問にお答えいたします。 当時私は琉球政府に勤務しておりましたが、直接援護関係、遺族関係の仕事にはタッチしておりませんので、お答えの直接な答弁にはなり得ないかもしれませんが、当時このような実情がございます。実は御存じのように、沖繩は今度の戦争で全部戸籍が焼けました。沖繩全島で、宮古、八重山のほうは若干戸籍が残っておりますが、沖繩の戸籍は全部焼けたのであります。当時私は琉球政府の創立当時から民事課長をしておったのでございますが、琉球の戸籍は何としてもつくらなければいけないというととで、その第一歩から戸籍整備法という日本にはない特殊の法律をつくって琉球の戸籍を整備し、いまは本籍人口が百万をこしております。その当時は何もなかったわけであります。それを特殊な整備法をつくって琉球の戸籍を整備した者の一人でございますが、そのころ遺家族の方やそれから恩給をもらわれた、そういう方が私の事務所にたずねて来まして、沖繩に戸籍がない、したがって、私たちは恩給の受給も請求できない、遺家族年金の請求もできない。そして、それらの人はいまもう死にかかっている。それは沖繩に戸籍がないことによって、みずからの責任でないのに、私たちはこんなに苦しみに会わされている。君は戸籍の直接の担当責任者としてこれをどう思うかということで、強く私、訴えられました。実は私も泣きながらそれに対してお答えをしたことがあります。そういうようなこともあって、私は民事課長として自分の全生命を投入したつもりで戸籍整備に当たったわけでございますが、そのようにして遺家族年金それから恩給受給者、そういったような方々が受給をするための基礎となる戸籍、それをつくることに私も側面的に援助した経験がございます。しかし、金額と、どういう範囲、どのくらいの人数にそれが支給されているかということははっきりは記憶しておりませんが、未帰還者留守家族援護法という法律が日本にできましたときに、それを沖繩にもぜひ適用するようにしてもらいたいという側面的な協力もしたつもりでございますし、それの基礎となる、請求の基礎となる戸籍の整備にも協力した、そういう経験がございます。しかし、お尋ねの遺家族に対する年金いかん、そういったようなものははっきりお答えするほどの記憶はいま持っておりません。
○高山恒雄君 久貝公述人にお聞きしたいんですが、先ほどの公述人のお話では、私が数字の聞き違いをしておるかもしれませんけれども、もし間違っておったら御訂正をしていただければけっこうでございます。三万八千三百余名の地主で大体了解を得ておることは、二百十五億の補償をすれば、その補償に基づいて学識経験者による細部決定をして、そして五年間の補償を継続する、こういうことを了承しておるかに私はお聞きしたわけですが、そのほかに一〇%ぐらいの方の賛成者がないということは、結果的には不在地主なのかどうか、こういう点をお聞かせ願えるとけっこうだと思いますが。
○公述人(久貝良順君) 久貝でございます。お答えいたします。 先ほど二百十五億円を土地の借賃として日本政府が支払うのであれば、地主はこれに応ずる用意がある。それから、従来の例からすれば、地主の軍用地面積の九七%が契約に応じており、あとの三%が収用地である。これは現在軍用地をアメリカが取得してやってますが、現時点の比率でございます。それで、それからその経験から推した場合、九〇%以上は地主のほうは契約に応ずるんではなかろうか、契約に応じない分が大体一〇%以下に見積もられるという御説明をしたのでございますが、その内容といたしましては、先ほどもちょっと触れたつもりでございますが、沖繩は相当海外に移住しております。そういうような方々があって、現実に沖繩には土地はあるけれども所有者がいない。連絡は十分とれない。現時点でもそうであります。将来も、これも一応は予想されるわけであります。 それから今度は、沖繩の土地は終戦後土地測量をやっております。ところが、当時機械もなく、それから技術者もいなかったために、相当ずさんな図面になっております。そういうずさんな図面をもとにしていまアメリカは土地を借りておるわけです。ですから、嘉手納の飛行場の中の図面というのは、本人は五百坪のつもりであるでしょうけれども、実は三百坪であったかもしれないといったようなことで、非常に図面がずさんであります。ずさんであるけれども、それをもとにして軍用地の貸し借りがなされているわけでありますから、そうなってきますと、どうしてもそこに争いが起こりまして、いわゆる係争地があるわけでございます。一九五一年に沖繩の土地所有権は、一応各個人に所有権証明書というものを配付して一応確立されたことになっておりますが、そうして、その当時図面もつくられたことになっていますが、現時点においては、こういったような土地所有権証明書、それから図面というものは、悪いことばでいえば、あまり信用できない程度のものになっております。それで琉球政府におきましては、土地調査法というのをつくりまして、厳密な調査、測量をして、いまつくっておるわけでございますが、残念にして軍用地内は入ることができませんので、土地の測量も調査も実施されておりません。したがいまして、なお、その争い――お互いの境界線、いわゆる所有区分が不明確であり、争いが相当あるわけであります。それに対しての、いわゆるだれが所有者であるかということがはっきりしないために、それを確認するために相当時間がかかるであろう。それから所有者が死亡したが、遺産について、まだ相当に戦争で死亡した人もおるし、それから離散しておる人もおりますために、だれのものにするかという遺産の分割、そういう面が明確に分割が実施されないために所有がはっきりしない。そういうことなどが、土地を契約する場合の地主の確認に手間取るというふうに一応考える次第でございます。
○矢追秀彦君 知念公述人にお伺いいたします。 具体的な実例をおあげいただきましたが、四十三年まではベトナム戦争の激化でいろいろな公害が出たということですが、それ以後、要するに、現在ベトナム戦争がかなり縮小ということになってきておりますが、それ以降の公害は、やはり依然としてあるのか、かなり滅ってきておるのか。その辺の実情はどうか、これがまず第一点です。 それから、かなり基地公害に対するいろいろな点が未解決である、あるいは賠償額に対しては非常に少ない、こういう点のお話がございましたが、現在未解決の問題については、どのような交渉なり何なりされておるのか、どういう経過になっておるのか。それが二番目です。 それから、私は土曜日の委員会で質問をいたしましたが、基地が縮小されておるのではなくて、現在は拡充強化されておるということを、沖繩に調査に参りましていろいろ調べて、質問しましたが、そのときの政府の答弁は、核がなくなる、それから攻撃兵器がない、それから特殊部隊等もなくなれば、それは拡充強化にはならない、こういう答弁でありましたが、実際具体的にかなり基地が強化拡充されておると思いますが、現地におられてその点がどのように受けとめられておるのか。 それから核の撤去の問題ですが、これについても事前に米軍からは通告がない。米軍が責任を持って核を撤去するからこの点心配ないという外務大臣の答弁でありましたが、この核撤去が、毒ガスの撤去すらあれだけの大きな作業になったわけですから、核がいつの間にか、沖繩の皆さん方がわからない間にある日突然なぐなるということは考えられない。おそらく何らかの作業等が行なわれれば、これは核がのけられるのではないかとわかると思うのです。やはりそのときにはそれなりのいろいろな避難態勢とかそういうことが必要であると思います。米国が事前に通告しないと言った以上は、やはり現地の皆さん方がある程度の監視的なものをやらなければならないのではないか、こう考えるわけでありますが、そういった点についてはどのようにお考えになっておるか、その四点をお伺いしたいと思います。
○公述人(知念盛仁君) お答えいたします。 第一点目の基地公害の点でありますけれども、先ほど申し上げましたように具体的例をあげましたけれども、その後の基地公害はどうなっているかということでありますのでお答えいたします。本村におきましては、その後そういう非常にショッキングな事件は少なくなっております。しかし、爆音は依然として続いております。それに、私たちの村がちょうど知花弾薬庫と隣接しておりますので、そこのガスの撤去等におきまして、児童が休校したり、そういう避難の態勢のためにPTA会の、あるいは教育委員会の協議を持たれたりなりする、そういう精神的な不安、さらに本村からちょっと遠くなっておりますけれども、知花あるいは美原、石川にまたがる、その撤去に必要な土地の住民は非常に大きな被害を受けております。それで、基地の公害は形は変わり、固定しているものではなくて、あちこちに順繰りに形をかえていると申し上げたほうが妥当だと思っております。つい最近も隣村の楚辺のほうにジェット機が墜落し、そのときは不幸中の幸いで人身事故はありませんでしたけれども、やはりこういう飛行機の墜落はまだたびたび起こっておりますので、いつ何どき大惨事が起こるかははかり知れないものであります。 二番目の補償のことでありますけれども、未解決の部分にあの燃える井戸というものがありまして、それは具体的には大福湯の井戸汚染でありますが、ここはちょうど営業しておりまして、非常に支障を来たしております。請求額が二万三千九百四十ドル三十九セントを請求いたしておりますが、その査定になりましたのが実に七千八百十二ドル〇八セントというふうに、三分の一足らずでございます。こういう件で、不満であるとしましたら、これは米軍の海外損害賠償委員会が上訴もできない最終的なものであると、こういうふうに押しつけているわけでありまして、そこに折り合いがつかないのであります。で、近く本土政府等にもこの問題の解決等について要請すると関係者が言っております。 三番目の、基地の拡張が行なわれているかどうかということでありますが、基地は私たちの村にはもうすでに六六年五月二十九日ごろ大幅な基地の滑走路拡張工事がありまして、それに伴う附帯工事は一応完了いたしまして、空軍の施設には完ぺきというふうにいっておられるのではないか。その後の拡張工事は嘉手納村には見当たりません。しかし、北部やあるいは金武とか、そういうところには新たな基地の拡張や、あるいは知花弾薬倉庫等におきましては、若干の工事が行なわれているということが入手されております。 それから四番目の核の撤去についてでありますけれども、核は御存じのように非常に機密に属することで、この行動は非常に隠密な行動をとる。最近いろいろ伝えられたところによりますと、大浦からあるいは知花方面に運んだであろう、ものものしい武装をして、ガス輸送を上回る隊形で輸送をしたと、これがはたして核であるという確認はとっておりませんけれども、そういうふうに基地に何らか変化が起こっていることは確かであります。移動が起こっていることは確かであります。 核撤去についての安全についてでありますけれども、これは調査におきましても非常に沿道住民がかなり広範囲にわたって避難態勢をとらなければならないというような危険なものである。その対策については専門家が具体的に安全措置を講じて、県民に不安を与えないように慎重に核の撤去の作業をすみやかに具体的に県民に示し、安心させてもらうよう要望する次第であります。 以上でよろしゅうございますか。
○西村関一君 時間もありませんので私は簡潔にお伺いをいたしたい。 一つは久貝公述人にお伺いいたします。先ほど国連機関の誘致を訴えておられましたが、特に国連大学の誘致について触れておられましたが、御承知のとおり国連大学を誘致しようとする候補県が多数にございますが、まだこれはきめていない状態であります。沖繩県におきましてはどういう構想をお持ちでございますか。また、これに対する県民の関心はいかがなものでございましょうか。あらかたでけっこうでございますからお伺いしたい。 それから知念公述人にお伺いをします。先ほど具体的な事例を述べられまして切々と沖繩県民の声を代表してのお訴えもございまして深く感じたのでございますが、あの学童疎開船の遭難につきましてまだ手厚い措置が講ぜられていないということでございます。これは、私は野党でございますけれども、与党の方々の有力な方が多数きょうお見えになっておられます。よく検討をいたしまして、法令が不十分であればどうすればいいかということも検討いたしまして御要望にこたえるように野党の立場からも努力したいと考えるのでございますが、これにつきまして、戦争遺児、戦争孤児と申しますか、あなたもそのお一人だということでございましたが、現在、沖繩におけるこれらの方々が十分に所を得られておられるかどうか、また、これに対する対策等は十分になされておるかどうか、そういうことについてお伺いをしたいと思います。簡潔にお答えをいただければけっこうだと思います。
○公述人(久貝良順君) 久貝でございます。お答えいたします。 国連機関のたとえば国連大学、それの沖繩への誘致について現地側ではどのような具体的な話が進められているかという御質問でございますが、この点については、すでにコザ市においてはその誘致の運動も展開されている実情でございます。じゃ、具体的には敷地はどこかというところまではまだはっきりここでお答えするところまではいっておりませんが、地元がぜひそういった国連機関を誘致して沖繩につくりたいという運動はすでに展開いたしておることだけは事実でございます。
○公述人(知念盛仁君) お答えいたします。 この学童のほうには見舞い金が昭和三十七年二月二十六日に沖繩戦戦闘協力死没者等見舞金支給要綱で七百六十一名の方に該当いたしております。しかし、実際支給いたしておりますのは千四百三十四名でございます。その中では、ちょうど同年輩の七歳以上の児童がこの沖繩本島内におりましたならば準軍属として援護法の保護を受けておりますけれども、こういう疎開途中でなくなられたこれらの戦没者に対しては何ら法の適用がありません。ですから、遺族の方々には、同じ戦争遂行の目的でやったのだから、準軍属として法の適用を受けさせてもらいたい、そして加えて、子供が不安だからそれに付き添っていたおかあさんたち、おねえさんたち、そういう付添人に対してもその処遇をしていただきたいというのが要望でございます。 それから、遺児の数は大体、沖繩本島では四万四、五千の数にのぼっております。私がちょうど八歳でありましたが、こう成長いたしております。ほとんど遺児というよりはもう青年に、壮年に近くなっておりまして、家庭的にも非常に安定した生活を営んでおられる方がおられます。しかし、戦争中負傷したり、そういう面で非常にみじめな生活をなされている方もごく一部にございますけれども、いま資料を手元に持っておりませんので数字は申し上げられませんが、これでよろしゅうございますか。 それから、山下先生のほうには、先ほどお話がありましたが、援護法の沖繩適用でたいへん御尽力くださいましてありがとうございます。法の適用は本土と何ら差別なく同一に扱われております。この特殊な例と申しますか、まだこのように戦争の戦後処理がなされていない、法の光を与えておられないところにこのように多数の戦没者がおられるということを、この機会に御理解くださいまして、ぜひこの遭難者に対しても厚い適切な処遇をしていただきますよう要望いたします。ありがとうございました。
○団長(安井謙君) 岩間君、時間の関係で簡単に。
○岩間正男君 簡単にお尋ねしますが、公用地等の暫定使用法案の問題でありますが、これは任意契約で九七%というような話でありましたけれども、私たちこの夏に伺いましたとき、だいぶ地主連合会のほうでは委任状を取っておられましたね、各地で会合されて。そういう形でこれは進められている面もあると思うのですけれども、こういう点はどういうことになっていますか。 それから、この法案はあくまで、これは任意契約というような立場から考えますと、結局は、最後にはこれに応じなければ強制収用する、こういうことになるわけですね。そうして、しかも、いろいろな憲法違反がいまの論議の中で進められております。そうすると、やむを得ないから、結局はまあしかたがないのだから、必要悪は認めながらもこの法案には結局は賛成するという立場をとられるのかどうか。 もう一つは、いままでの補償の関係で、補償がなくなれば生活が目に見えてとにかく苦しくなる、しかたがないからと、こういう形で補償額を多くすれば、やむを得ないという形で賛成をしておられる。私は、こういう点で実際はこの基地がどうなるのか。 それからもう一つは、当然、これは愛知前外務大臣の国会におけるいままでの答弁を聞いてみますというと、これは沖繩の土地というものは、当然返還によって地主に一度返される。それを今度は地主から借り上げて米軍に提供する。地位協定のたてまえはそうなっているのだ。したがって、あくまでそれを貫きたい、こういう方向でいきたい。こういうことを、これは六十五国会ではしばしば繰り返しているわけです。現に私たちもそういうような答弁を得ているわけです。これが、全然違ったこのような法案に変更された。こういう点については、沖繩の地主の方々はどういうふうにお考えになっていらっしゃるのか、この三点についてお伺いいたしたいと思います。
○公述人(久貝良順君) 久貝でございます。お答えいたします。 まず、第一点の契約に応ずるであろう地主が九七%で――面積の比率でございます。あとの三%が収用になっているということは、これは現在の実情でございます。御存じのように、現在の軍用地は、米国民政府が出しております布令二十号、これによってアメリカが取得をしております。で、その取得の方法は、琉球政府が地主と契約をして、それから琉球政府でアメリカに転貸をする。地主との間には基本賃貸借契約、アメリカとの間には総括賃貸借契約というようなものを取りかわして契約をしております。ですから、先ほど御指摘がございましたが、地主が何か委任状をまとめてというお話がございましたが、これは、琉球政府は個々の地主と契約をしておりますので、委任状によって地主連合会が一括して琉球政府と契約をする、こういったような形はとってはおらないのでございます。それが実情でございます。 それから、公用地等の使用は民法によって取得するのがたてまえであって、私もそれについてはそのように解釈しており、そうでなければならないと思います。しかしながら、そのような民法に基づく任意な契約によってどうしても契約ができない面があるであろう。それが、私の考えでは公用地法の適用を受ける土地ということになるのではないかというふうに考えております。したがって、従来の経験からすれば、現在の経験からすれば、九〇%以上は契約に応ずるであろうが、あとの一〇%以下のものが公用地法の適用を受けるということになりはしないかということでございます。必要悪として認めるかということでございますが、しいていえば、そういうふうな解釈になろうかと考える次第でございます。よろしゅうございますか。
○岩間正男君 愛知外務大臣の答弁といま違っているわけですね。外務大臣はあくまで地主と話し合いを進めてやるのだと言っています。それがこういうふうな法案に変わっちゃったんです。これはどうお考えになりますか。
○団長(安井謙君) 岩間さん、ちょっとむずかしくないですか、質問のしかたが。
○公述人(久貝良順君) 外務大臣の答弁と現実に法案になった、形とは違っていると……。
○岩間正男君 違っている。
○公述人(久貝良順君) それでございますれば、これは日本政府自体が法案を出す段階においての方針の変更ということでございまして、私といたしましては、現実に出ている法案を中心としてのお答えしかできないわけでございますが、過程においてそのように……。
○岩間正男君 どう考えておられるかと思った。けっこうです。それについて私は地主の連合会の比嘉さんなんかにもお目にかかってお話をしておりますよ。ところが、これ変わりましたね、強制法案に。こういうことについてどうお考えになっていらっしゃるのか、現地の皆さんは。
○公述人(久貝良順君) 強制法に全面的に変わったとは解しておりません。あくまでも民法に基づく契約には変わりございません。ただ、その民法に基づいて話し合いによって契約をしていきたいということだが、沖繩には、地主がいない、われわれ、所有権がはっきりしないために地主の確認ができない、そういうふうな部分のものについて公用地法の適用があるであろう、こういうふうに解釈しております。それから、あくまでも基本線は民法に基づく話し合いによる契約には間違いないと思います。
○岩間正男君 地主で反対している人があるのでしょう。
○公述人(久貝良順君) ですから、そのことが、公用地法の適用を受ける部分は適用を受けるのじゃないかというふうに考えます。
○岩間正男君 そこをはっきりしておいて……
○団長(安井謙君) いろいろ御質問尽きないと思いますが、時間の関係もございますので、たいへん残念ですが、午前中の公聴会はこの程度にいたしたいと思います。 公述人の方々、お忙しいところたいへんありがとうございました。(拍手) 〔午後零時二分休憩〕 〔午後一時二分開会〕
○団長(安井謙君) 休憩前に引き続き、参議院沖繩公聴会を再開いたします。 私、派遣議員団の団長で、本日の会議を主宰いたしております安井謙でございます。 参議院におきましては、目下沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴う関係国内法案を審査中でございますが、これら諸案件につき直接現地の方々の御意見を承るため、御当地にわれわれ議員団一行が派遣された次第でございます。 本公聴会の問題は、さきに御案内申し上げましたとおり、沖繩返還協定、すなわち、 琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメカ合衆国との間の協定の締結について承認を求めるの件 並びに、 沖繩の復帰に伴う関係七議案、すなわち、 沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律案 沖繩の復帰に伴う関係法令の改廃に関する法律案 沖繩振興開発特別措置法案 沖繩における公用地等の暫定使用に関する法律案 国家公務員法第十三条第五項および地方自治法第百五十六条第六項の規定に基づき、人事院の地方の事務所設置に関し承認を求めるの件の沖繩平和開発基本法案 及び 沖繩における雇用の促進に関する特別措置法案 以上の八件についてでございます。 まず、派遣議員を紹介いたします。 副団長松井誠君。高田浩運君、楠正俊君、塚田十一郎君、亀井善彰君、山下春江君、山本敬三郎君、長田裕二君、梶木又三君、鈴木省吾君、西村関一君、矢追秀彦君、高山恒雄君、岩間正男君、宮之原貞光君、田英夫君、中尾辰義君、木島則夫君、星野力君、 現地参加の稲嶺一郎君、喜屋武眞榮君の諸君でございます。 次に、本日午後御意見を述べていただくため御出席をお願いいたしました五人の公述人の方を紹介いたします。 村山盛信君、仲田昌繁君、宮国英男君、芳沢弘明君、小嶺憲達君。 公述人の皆さまには御多忙中のところを御出席いただき、厚く御礼を申し上げます。 それでは、議事の進め方について申し上げます。 まず最初に、公述人各位からこれらの案件につきまして御意見を承ります。時間の都合上、御意見をお述べいただくのは、お一人当たり十五分以内でお願い申し上げます。 一通り公述人各位から御意見を承った後議員から質問申し上げることにいたしておりますので、その際は、なるべく簡明にお答えをお願いいたします。 なお、本日の会議の趣旨は、皆さまからの御意見を拝聴いたすことにありますので、私どもに対する御質問は恐縮ながら御遠慮願いたいと思います。 また、なるべく円滑に会議を進めてまいりたいと存じますので、発言される方は、座長の許可を得てからお願いいたします。 傍聴人の方々におかれましても、会議の進行に御協力下さいますようお願いいたします。 午後の会議の終了は、おおむね午後四時ごろを予定いたしておりますので、御了承願います。 それでは、これより順次公述人の方より御意見を承ります。発言は、私から順次指名させていただきます。 まず、村山公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(村山盛信君) 持ち時間の都合上、読み上げて公述にかえたいと思います。 御指名をいただきました嘉手納村字嘉手納二百八十二番地に住む村山盛信でございます。これから申し上げる私の所見の中に、いろいろと諸先生方のお気にさわるようなことがもしありましたら、私の表現のまずさでございますので、あしからずお許しをお願い申し上げます。 本日は参議院議員の安井謙先生ほか諸先生方が、沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴う関係諸法案の審議に資するため、わざわざ遠路現地までおいでくださいまして、私ども日ごろ所見を述べる機会のない者の声をお聞きくださるその機会をつくっていただきましたことはまことに時宜を得たものであると心から厚く感謝を申し上げる次第でございます。 私は現在参議院で審議しておられる沖繩の復帰に関するすべての法案について十分なる知識と見解は持っておりませんので、戦後沖繩の縮図ともいわれる嘉手納村に生まれ、二十有余年住んでいる者の一人として復帰問題について日ごろ私の持っている感じを述べて議案審議の参考にもなれば幸いと存じておる次第でございます。 その前に私の戦後二十有余年住んでいる村のアウトラインを諸先生方に御紹介申し上げたいと思います。嘉手納村は那覇市から一号線に沿って北へ二十四キロメートルの地点にあり、人口約一万五千、総面積約四百四十九万二千六百五十四坪でございますが、そのうち、軍用地が約三百九十四万四千坪でございまして、総面積の八六・二%が軍用地となっております。民間所有地が残り一三%弱になっております。で、住民の大多数が直接、間接に基地によって生計を営んでいるというのが現状でありまして、ちなみに軍用地料年間約八十五万二千ドル、軍雇用員が約九百人で、その年間賃金が八十一万五千ドル、外人向け貸し住宅が六百五棟で、その年間家賃収入が五十八万ドル、以上ざっと二、三の例をあげても二百万ドル余の収入で、その他直接、間接のこまかい基地収入を拾い上げると、当村だけで年間収入三百万ドルはこえると推測されるわけでありますが、このようにして基地経済にささえられている当村の現状を申し上げたわけでございますが、このことは大小の差はあれ、中部十四カ市町村にも言えることでありまた、全沖繩にも言えることではないかと思います。 〔団長退席、副団長着席〕 反面、相次ぐ基地被害に戦後二十有余年悩まされ続けてまいりました。諸先生方にも御承知のことと思います。燃える井戸、昼夜の別なく耳をつんざく爆音、B52の墜落、輸送機の墜落事故による人身殺傷等数えあげれば限りがないほどであり、そのつど私たちは軍当局に厳重なる抗議をし、適正な補償また対策などを要求してまいりましたが、制度の違い、言語、習慣の違いから十分なる対策、満足なる補償も得られない状態であります。まさしく靴の上から足をかくもどかしさを覚えるのでありますが、さきに申し上げましたとおり、私たちの生活がかかっているので、残念ながら、車があるから交通事故があるといったような明快単純なる答えは出てこないのであります。 以上沖繩の縮図といわれる納手納村の現状を申し上げましたが、このような問題を早期に解決するためにも、私どもは一日でも早く祖国復帰が必要であると皆さまに訴えたいのであります。 さて、私たち沖繩県民が戦後四分の一世紀にわたり願望し続けてきた祖国復帰が本土政府の御努力と米国政府の深い理解のもと、そして国会議員の諸先生方の御協力によりまして、いよいよあと旬月にして晴れて沖繩県になることはまことに喜ばしいことであり、北方領土の例から見てまさしくこれは夢ではないかと思うほどであります。いま沖繩復帰問題についてたくさんの議案が参議院の先生方に審議をわずらわしておりますが、私は何はともあれ、まず復帰することが最も前提第一であり前提条件であると、こう考えております。 協定内容に多少問題点もあるようでございますが、復帰という世紀の大事業を完成するためには、相手のあることであり、やむを得ないことと思います。請求権の放棄については、私たちは米国に対しての放棄であって、日本政府はわれわれ県民の請求に対しては何らかの形で補償をするものだと承っております。ただ、ここでこのことで少しく申し述べたいことは、単なる見舞い金的あるいはまた慰謝的意味での見舞い金では、年度によって、予算によって不安定があるので、法の根拠に基づいて補償できるよう措置をしてもらいたいと希望申し上げる次第でございます。 安保条約の適用については、本土に条約がある限り沖繩県もその例外ではない。安保条約の適用は当然であると考えるわけでございます。 VOA放送については、沖繩返還の相手側の条件であればやむを得ないので、五年といわず、復帰後なるべく早く撤去するよう沖繩の主権を取り戻してから交渉を続けてもらいたい。また、福田外務大臣もそのような趣旨のことばを言っておられたようでございます。 三億二千万ドルの資産買い取りは、復帰後の沖繩発展のための電気・水道その他の施設の買い取りであり、県民のひとしく要求する核撤去費であり、県民同胞の軍離職者の退職金の遡及適用分であるならば、戦後二十余年沖繩を里子にやって異例の経済発展を遂げた日本といたしましては、そのくらいの誠意はあってしかるべきだと私は考えるわけでございます。返還協定やり直しの声もあるようでございますが、事実上これは不可能だと私は考えます。また佐藤総理大臣もその意思がないように見受けられます。やり直しを要求する者またはその団体が政権を担当して、はたして多少おくれるという程度の年限で私たちの祖国復帰が実現するかどうか、いささか不安でございます。 核基地の点検ということも事実上不可能だと私は思います。日米両国の誠意を信頼するよりほかはないのじゃないかと、こう考えております。自衛隊の配備については、沖繩が、わが国土の一部である以上、本土には配備されている自衛隊を沖繩には配備できないということは、これこそ片手落ちであり、特に沖繩は本土より遠く離れて点在する離島であります。わが国の最南端であり、最近の中国対台湾問題についても予測できない事態が発生する可能性もあるかもしらないのであります。最南端の与那国島では第三国人に漁場を荒らされ、不法上陸等もひんぱんにあるように聞いております。数名の警察官では手にも負えないようであります。わが国の領土の一部とみなされている尖閣列島についてもまた同様だと考えます。 自衛隊は戦前の軍国主義時代の軍隊とは全くその性格が違い、特に自衛隊の常時活動の民生協力は沖繩の発展開発にも役立つものだと考えております。そうでなくても、独立国として自国の防衛力を持つのは理の当然だと考える次第でございます。 公用地等の暫定使用についても、新たに県民の土地を収用するのではなく、現在でも軍用地として使用されている土地で、特に電気・水道・道路等、われわれの日常生活に必要欠くことのできない施設のものであって、復帰までに地主との契約が成立しない特別な土地に、暫定的に五カ年をこえない範囲で使用し、その間に地主との交渉を続けて円満解決をするという趣旨の法であると私は受けとめております。復帰時の過渡期にあっては必要な措置だと思います。私は嘉手納村の千八百名余で組織している軍用地主協会に協会長の意見を聞いたのでありますが、村内軍用地主には現在ほぼ了解を得ている地料、いわゆる二百十五億円でならば、反対者は全くないと地主協会長は説明しているのであります。現在でも、たとえばこの法ができても適用者はいないということを聞かされております。現在でも未契約者がうちの村内に百四十三名いるが、これはたとえば千坪のAの土地内に五坪六坪くらいの墓とか井戸とかを持っている地主であって、手続上契約のできないものだそうであります。これは嘉手納村軍用地主協会長の説明でございます。それでもなお地料は、依然としてこの地主の方々も受け取っているという事実でございます。 その他各関連法案についても、戦後二十有余年の異民族支配下にあって本土との格差があらゆる面にありますが、そのおくれを取り戻すための諸法案と私は受け取り賛成いたしたいと思います。 すべての問題はまず復帰実現であるという、日ごろもの言わぬ大多数の県民の声なき声をおくみ取りいただき、一日も早く復帰が実現し、喜んで本土同胞のもとに帰れることのできますよう、諸先生方の御尽力をお願い申し上げる次第でございます。 以上申し上げまして、次に要望事項を申し上げます。 いままでは、私個人としての見解でございましたが、これから沖繩県町村議長会、中部町村議長会会長としてお願いを申し上げます。 いわゆる昨今問題になっているドル・円の即時切りかえでございます。三百六十円で即時切りかえていただきたい。これは私ここで正式に、公人としての中部町村議長会会長としての肩書きでもって皆さまにお願いを申し上げる次第でございます。 なおまた次に、基地周辺整備法の適用について、本土では横田基地の周辺四カ市町村におきましても、従来昭和三十七年から昭和四十五年までの九年間に、約百億に近い金が公共投資されております。その点、沖繩では全く皆無の状態でございます。特に過去の期間も勘案いたしまして、復帰後相当な思い切った政策を、基地周辺整備法を沖繩に適用してもらいたいと希望いたす次第でございます。 なお時間がございませんが、もう少し申し上げますと、本土政府の出先機関、沖繩の振興開発のためにぜひ必要だと思います。私は嘉手納村の公民館をつくるために、ことしの四月、総理府に総務長官をたずねましていろいろ御説明申し上げまして嘆願いたしましたところ、一億八千万円の公民館建設費を、先生方の御労苦で予算化いたしてもらっております。ところが私どもは、去年の四月本土の予算に計上されておりますので、もう今月――いわゆる今年の末、十二月までには何とかそこに住めて、村民もそこの公民館を使えるであろうと喜んでおったわけでございます。そして敷地も準備し、現場説明もして、それからいざ入札――去る十五日に入札しようとした。そうしたら、琉球政府から待てと言われて、また待たされているというような状態でございます。それが、内容をいろいろ尋ねてみましたら、琉球政府のほうから執行段階におけるところの諸手続がまだ本土政府に来ていないというような状態でございます。こういうふうにいたしまして、せっかく本土同胞の皆さまが、われわれ戦禍に打ちひしがれた沖繩県民のためにいろいろの施策をやっていただくにもかかわらず、中途でもってこういうふうにもたもたするということはたいへんなことでございます。すべからくパイプを直結いたしまして、地域市町村住民の福利のためにやっていただきたい。そういう面からも私は出先機関の設置は決して地方自治の侵害でも何でもない。その地方の発展のために必要だと、こう考えておる次第でございます。 それから、いろいろと基地関係、離職者対策法とか、いろいろ諸先生方の御心配によってつけていただきましたけれども、肝心な基地関係業者の配転救済に対する事柄が一つも出てこない。私はこれが一番大切だと思います。本土の炭鉱業者救済法に準じて、その救済対策をぜひ皆さまのお力で考えていただきたいと、こういうふうに要望いたします。 さらにもう一つ、沖繩の医師不足にかんがみ、現在先生方に御検討いただいている琉大医学部の設置以外に、現在日本で検討されておりますところの県内にとどまって医療活動ができますところの自治医科大学を沖繩にも創設していただきたい。 以上四点を申し上げます。なお時間がございませんのでたくさん申し上げませんが、軍用地等の問題についても、これからぜひまだまだ解決しなければいかぬ問題が四、五点ありますけれども、時間がございませんので以上で終わって、諸先生方、よろしくお取り計らいください。私たちの声なき声、いわゆる赤じゅうたんの上で聞こえない意見をひとつ十分にくみ取りいただきまして、一日も早く復帰させていただきますようお願い申し上げまして、公述にかえる次第であります。どうもありがとうございました。(拍手)
○副団長(松井誠君) どうもありがとうございました。 ―――――――――――――
○副団長(松井誠君) 次に、仲田公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(仲田昌繁君) 公述人の仲田でございます。 沖繩返還協定を最大の焦点といたしまする第六十七臨時国会の開催中におきまして、沖繩返還協定並びに沖繩の復帰に伴なう関係七議案に対し、現地沖繩県民の意思を聞かれるために開催されました沖繩公聴会、並びに、遠路はるばるお見えになりました安井団長以下参議院の諸先生方並びに事務当局の方々、ほんとうに御苦労さんでございます。 一、二点意見を申し述べてみたいというふうに考えます。日本が近代社会への歩みを進めてきた歴史の中で、沖繩の歴史は祖国復帰への戦いの歴史でございました。いまようやくその実現を見ようとするときにあたって、本土国民世論や沖繩県民の多数がこの協定の内容に不平不満、疑惑があることをまず申し述べておきたいというふうに考えます。 まずその第一は、返還協定の内容がきわめてあいまいであると同時に、基地返還の実態は、われわれ沖繩県民の熾烈な要求にもかかわらず極小であり、基地の機能は七二年の返還によっていささかも減退するものではないということがきわめて明白でありますし、主要基地がほとんど残るということ、さらに全く沖繩住民の意思が無視された形のものではないかというふうに申し上げておきたいと考えます。 第二に、明確にしてもらわなければならないと考えますることは核の問題でございます。国会における論議で、政府は、沖繩の核が撤去されるのは共同声明八項と返還協定第七条によって明らかである、というふうに言明していますが、われわれ沖繩県民は、沖繩にある核がいついかなる方法で撤去され、さらにその確認方法を今期国会において明確にしてもらいたいというふうに主張し続けてまいりました。しかしながら、国会におけるこれまでの政府説明は前述の域を出ないものでございますし、県民の不満、疑惑を解消するに至っていないということをまことに遺憾に思うものでございます。 第三に、協定第八条によりますと、沖繩にあるアメリカの極東諸国向けの放送――VOAの五年間存続を認め、二年後にその将来の運営を協議することになっていますが、電波法第五条は、日本の国籍を有しない者、外国政府またはその代表者には無線局の免許を与えないとなっております。このように国の法律に反してまで米国の軍事関係の施設の存続を認めており、「本土並み」とはとうていわれわれは容認しがたいものでございます。 その他、返還協定は米国の施政権下で生じた日本国民の対米請求権の放棄、米国資産の引き継ぎなど、多くの不満と疑惑がございます。 次に、沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律の第七章-通貨の交換等-第四十九条第一項に関連して若干意見を申し上げたいというふうに考えます。第四十九条第一項は、沖繩県の区域内にある居住者は、政令で定めるところにより、当該区域において保有するアメリカ合衆国通貨を、この法律の施行の日前における外国為替の売買相場の動向を勘案をいたしまして、内閣の承認を得て大蔵大臣が定める交換比率により、同日から政令で定める日までの間に本邦通貨、すなわち日本円と交換しなければならない、このようになっております。この条文から見ますと、沖繩のこの法律の施行は、おそらく施政権の返還時であろうというふうにわれわれは理解をいたします。さらに、内閣の承認を得て大蔵大臣が定める交換比率がどうなるのか、はたして一ドル対三百八円なのか、あるいは一ドル対三百六十円なのか、この条項に対してきわめてわれわれは不満と不安を抱いております。われわれ沖繩県民は、ニクソン大統領のドル防衛政策の発表、円の変動相場制への移行等、一連の国際通貨危機の渦の中で、県民の血のにじむような努力と忍耐によってささえられてきた沖繩経済と県民生活に大きな損失を今日まで受けてまいりました。私どもはその中にあって、このような通貨危機より県民の生活と財産を守るには、一ドル対三百六十円の交換レートによる円への即時切りかえ以外には救える方法はないといたしまして、日本政府に今日まで強力に訴えてまいりました。このような運動の過程におきまして、十月九日、通貨及び通貨性資産の確認に関する緊急臨時措置法に基づきまして、個人の現金、金融預貯金が一ドル対三百六十円で補償されることになり、佐藤総理も、県民の不安が解消されることを望む、というふうに申し述べられておりましたが、確かに不安が解消される面もありますが、労働者の賃金債権、県民間の債権債務、その他多くの問題をかかえておりまして、十月九日のこの措置によっては、通貨の根本解決にはなっておりません。 去る十七日からワシントンで開催されました十カ国の蔵相会議の結果、円の大幅切り上げを余儀なくされ、一ドル対三百八円に決定されております。八月の十五日のニクソン経済政策、発表以来、もろにその影響をこうむってまいりましたわれわれ沖繩県民にとって、さらに今回のこの円の大幅切り上げは、七二年復帰に向けて多くの問題をかかえ、復帰不安に苦悩している県民生活並びに経済を根底からいまゆさぶっております。さらに不安と困難のどん底にいまおとしいれようとしておるのでございます。 本土政府は、国際通貨の多角的調整に対する政府声明の中で沖繩の通貨問題について触れておりますが、この声明では、去る十月九日のドル・チェックの措置の域を出ておるものではございませんで、目新しいものではございません。そういうことによりまして、われわれ沖繩県民はいまきわめて不安定、困難の状態に置かれておるわけでございます。したがって、「円とドルの谷間」で県民生活を守り、経済危機を乗り切り、そして円滑な豊かな復帰を築くのには、このような禍根、混乱、不安を早期に排除いたしまして、ほんとうに安心して九十五万県民が一致団結して建設の力を発揮できる、そのことをわれわれは切に要望しているわけでございます。特に七一年のこの暮れにあたりまして、このように円とドルの谷間にございまして、そして復帰に向けて自分たちの生活が、経済が一体どうなっていくのか。このような形の中で、いま沖繩県民は非常に苦悩の段階にございます。したがいまして、参議院の諸先生方におかれましても、沖繩のこの実態を十分御理解していただきまして、円のドルからの危機を取り除き、そしてそのことは即一ドル対三百六十円の交換レートの保証による円通貨への切りかえ以外にない。このことは沖繩九十五万県民の私は総意であろうと考えます。 さらに公用地の暫定使用に関する法律につきまして、端的に申し上げまして、この法律は米軍基地の維持存続と自衛隊の沖繩配備を目的としたものではなかろうかと私は考えます。われわれ沖繩県民は、あの第二次大戦において戦争の悲惨と残酷さを身をもって体験してまいりました。さらに四分の一世紀にわたり、基地あるがゆえに派生する公害、人権問題等、その中にあって血のにじむような苦難の道を歩んでまいりました。したがって、祖国復帰ということは、異民族支配からの脱却と同時に、このような軍事的重圧から一日でも早く脱したいということであり、これは県民のすべての感情ではなかろうかというふうに考えます。でありますから、県民として沖繩の米軍基地の整理縮小、将来的には撤去を求めて、物心ともに豊かな沖繩県の建設を希求するのは当然のことかと考えます。このような県民の気持ちを無視して、本土と比較にならないような基地の機能、密度のある沖繩の米軍基地に、しかも、本土との対比におきまして二十数倍といわれる六千八百余の自衛隊を派遣するということは、どう考えてみましても納得ができませんし、戦争への危惧はぬぐい去ることはできません。 次に、きわめて現実的なものといたしまして、われわれはかねがね、将来的に沖繩県民の豊かな生活を確保する意味におきまして産業政策を展開をしてまいりました。 海運関係について、この復帰を目前にいたしまして、若干大きな問題が出てまいっております。そのことを申し上げますと、第二次大戦後廃墟と化した沖繩で、海運業はその先端を切って復興への道を歩み始めてまいりました。一九四六年、沖繩船員による米国軍用船の運航がスタートして以来、見るべき国家の助成もないままに着実に船腹の増強の努力を重ねまして、現在沖繩の企業が保有する内・外航船は百トン総トン以上の鋼船で約五万五千トンに及んでおります。この船腹量は本土のそれと比べ問題にならないほど小規模なものでございますが、沖繩における外貨収支の面から見ますと、全産業中第四位にございまして、沖繩経済に果たしている役割りはきわめて大きいものがございます。本土の海運産業がその船腹量において実質世界第一の高度成長を遂げまして、大型化、専用化など急テンポの輸送革命を遂げている中で、沖繩の海運業は、その保有する船腹量のみならず船質、企業の体質面において、本土に十数年の立ちおくれをいたしております。同時に、沖繩海運業は、本土-沖繩間の外航海運活動を主体にいたしまして歴史的成長を遂げてまいりました。現梅本航路に占める沖繩籍船の就航船腹量、これは沖繩-本土間でございますが、延べ約百九十万重量トン、全体の約四五%と推定されております。この数字から見られるごとく、これだけ依存度の高い本土-沖繩間の基幹航路が復帰時点で内航海運として位置づけをされた場合に、ここに本土のふくそうしております船舶がどっと押し寄せてまいりますと、沖繩の固有の海運業に重大なる打撃を与えるのは火を見るより明らかでございます。現在宮古-八重山航路、あるいは本土と沖繩間の航路につきましては、それぞれ運賃同盟というのがございまして、かなり強いカルテル行為によって航路の秩序維持をはかってきたため、そのシェアの中で沖繩海運業は曲がりなりにも海運活動を維持してこられたということが言えます。四面を海に囲まれた海洋県のわれわれにとって、見るべき保護もないままに今日まで成長してまいりました沖繩固有の海運業に対する愛情は、本土のそれとは比較にならないほど強く、復帰とともに内航海運業として位置づけられることにより、比較にならないほど競争力の強い本土海運資本に既得航路をじゅうりんされることを非常におそれているわけでございます。沖繩県民が本土の企業及び行政に抱いている不安をそのまま残しておくならば、円滑な復帰及び将来の一体化に大きな妨げとなるということは火を見るより明らかではないかというふうに考えます。したがって、沖繩県の海運企業が本土の海運業に伍してその活動を維持し発展していくためには、内外航路の秩序の母体となっておる運賃同盟の基準を維持するとともに、地元海運業に相当量の船腹を保有させることが必要ではないかというふうに考えます。 このような観点に立ちまして、復帰に向けて諸準備をしてまいりました沖繩の県民会議におきましても、この問題を提起をいたしまして、そこで意見の集約をいたしまして、本土政府にこの案件を、言うなれば、沖繩-本土間の航路秩序維持の問題を訴えまして、その中で、復帰対策第二次要綱の中で、貨物船につきましては航路秩序の維持をはかるということが出されました。しかし、旅客船につきましてはこれからはずされておりまして、そのことは復帰をいたしますと、本土の内航海運業法にこれら旅客船が含まれまして、必然的に免許制になるわけでございます。そういうことにおいて復帰対策第二次要綱の中からこれをはずしておりますが、最近沖繩-本土間の航路に対しまして、言うなれば本土海運業者がかけ込み的なやはり旅客船の配船の強硬手段を考えておるようでございます。そういう点におきまして、ほんとうにわれわれが円滑な豊かな復帰を実現するためには、このようにいまこそ県民が総意を結集するこの重要な時期に、地元海運業に対して、さらにそこに働く労働者に対して大きな不安を残すようなことに対しましては、本土政府の強い行政指導によって、措置によって、この混乱と不安を除去していただきたい、こういうふうに考えるわけでございます。 ちょうど予定の時間になりましたので、御質問等ございますれば、その中で具体的に御説明申し上げたいというように考えます。 どうもありがとうございました。(拍手)
○副団長(松井誠君) どうもありがとうございました。
○副団長(松井誠君) 次に、宮国公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(宮国英勇君) 本日公述人の一人としまして指名された公認会計士の宮国英勇であります。 私は、沖繩の復帰前並びに復帰後の沖繩経済の問題を中心にして意見陳述を行ないます。 最初に、一九六九年十一月二十一日に発表されたいわゆる佐藤・ニクソン共同声明の基礎の上に作成されました沖繩返還協定の締結について、かつまた、沖繩の本土復帰が諸制度の面から円滑に移行するよう配慮された諸法案について、その審議に日夜取り組んでおられる国会議員の諸先生方並びにこれらが成案に至るまでに御労苦をおかけした関係者の方々に、沖繩住民の一人として深甚なる謝意を表するものであります。 思い起こせば、この二十六年間、アメリカの施政権下にあって、沖繩の復興期に多大なる経済的援助を受け、また、経済的に進んだ米国から学ぶものも少なくはなかったが、他国の軍事的支配はいかんともしがたく、渡航の自由制限、人権の問題等、種々の問題をかもし、したがって、沖繩の祖国復帰はわれわれの長年の念願であったのでございます。 しかるに、この喜ぶべき祖国復帰を目前にしまして、この沖繩の社会は非常に暗い、不安の多い、動揺した社会におちいってしまっております。その理由は一体何であろうか。返還協定の内容に人心が動揺するほどの不安なものがあるのであろうか、あるいはまた、復帰関連諸法案に期待するものが何ものもないのかと考えましたときに、私は決してそのような理由からこの沖繩が不安な状態におちいっているというふうには考えないのであります。 返還協定の内容にはもちろん多少の不満はあります。しかしながら、不満があったにしても、これは復帰後おいおい日米交渉によって解決の方向に持っていくとしまして、これがそのままで早急に批准され、一日も早い復帰が実現されんことを念願しているものであり、また復帰関連諸法案にしても、沖繩のためになるものはすべて漏れなく法案に盛ってもらいたいと思いますが、何しろ人為に完全無欠というふうなものはあり得ないところから、大体これでいたしかたないものと思っている次第です。 しからば、先ほど述べた沖繩の社会の不安、動揺というふうなものは一体どういうような理由から来ているのであろうか。私は、これを経済的不安だと断言したいのであります。もちろん、本土政府も、復帰を迎えた沖繩経済のために、将来の構想としていろいろ大きな計画を持っているようであります。私が言うまでもなく、たとえば沖繩振興開発金融公庫法案が通過しますと、沖繩に現在ある最も大きい普通銀行であります琉球銀行に匹敵するほどの約三億ドルの資金量を持つ金融公庫が誕生して、沖繩の中小零細企業の資金的需要を満たしてくれるようになっているようでありますし、また、公用地等暫定使用法案が通過すれば、二百十五億円、 〔副団長退席、団長着席〕 約六千万ドルの公用地等の使用料が沖繩経済を潤おすことになっているようでございます。この六千万ドルという金額がどういうような意味を持つかといいますと、大体現在の沖繩における米軍基地収入が二億ドルに達しております。二億ドルです。したがって、この六千万ドルの金額は、従前までアメリカ軍から約一千万ドル足らずを軍用地料として払われておりましたので、それを差っ引きますと大体五千万ドル、したがって、これまでの軍事基地収入の約四分の一に当たるものでございます。さらに、この五千万ドルという金額は、沖繩の全輸出量――砂糖、パインその他の輸出価額、総額含めまして年間一億一千万ドルでございます。したがって、その約二分の一に当たるものであります。およそキビ代、すなわち砂糖の買い上げ価額に匹敵するような金額でございます。 明るい見通しとしましてはさらに、沖繩のためにいろいろお骨折りをいただきまして、七十五年に開催が予定されている国際海洋博の五千億円、約十五億ドルが投資されることになっておりますし、さらに、これまでおくれている沖繩の社会資本拡充のための大量の公共投資を復帰後四、五年継続していけば、沖繩の復帰後の経済構造の変動による大きな損失をカバーし、ややもすれば落ち込んでいくような沖繩の経済を幾らかでも浮揚させ、最小限でもこれを維持していくような経済状態が描かれ、われわれも非常に将来については期待しているわけでございます。 しかしながら、現下の沖繩経済の情勢は、御承知のドル・ショックの影響をまともに受けまして非常にきびしく、倒産なき経済といわれた沖繩でも、軍工事の減少、本土不況の影響等によりまして、去った八月から十二月の円切り上げ発表までの約三カ月の間におきまして、那覇の大手メーカー二社、並びに嘉手納の軍事基地請負建設業一社が倒産のうき目にあっております。さらに、営業不振による全面操業停止並びに五割操業停止の会社が約十社程度もありまして、現在沖繩経済に非常に暗い影が忍び寄っているような状況であります。 さらに、一昨日のビッグ・ニュースとして伝えられましたように、日本時間十九日午前七時半、ワシントンで開かれていた十カ国蔵相会議の合意により発表された一ドル対三百八円という一六・八八%の大幅な円切り上げによって、沖繩経済は大きな打撃を受けております。なぜなら、個人の現金や預貯金については、去った十月九日、十日に実施されました現金、預金の確認により、復帰時点で一ドル対三百六十円のレートで通貨交換されることになっておりますが、そのきに法人は完全に除外されているからであります。ちなみに、沖繩の復帰に伴う特別措置に関する法律案第四十九条によりますと、「通貨の交換」としまして、第一項、ドルは、「この法律の施行の日前における外国為替の売買相場の動向を勘案し、内閣の承認を得て大蔵大臣が定める交換比率により」円と交換されなければならないというふうになっております。この条文から見る限り、沖繩のドルを復帰時点に一ドル対三百六十円のレートで、すなわち旧レートで交換するというふうな、交換できるという保証は全然なくなりまして、その命脈は完全に断たれております。これはむしろ一ドル対三百八円の新レートで交換することが法律上はっきりと打ち出されたことにほかならないわけでありまして、これによって沖繩は復帰と同時に、経済のみならず社会全体が壊滅的な打撃を受けることになるであろうと私は非常に心配しております。 先ほど述べました法人の差損補償が除外されたということについてその損失を試算してみますれば、私の試算並びに琉球銀行の試算によりまして、通貨性資産を大量に保有する沖繩における銀行が、普通銀行二つ、相互銀行一つ、信用協同組合二つ、それから生命保険相互会社二社、損保会社二社ありますけれども、そういう金融機関で――特に銀行でございますが一この銀行の損失が約五千万ドルと推定されます。さらに法人等の損失が約二億ドル、合計二億五千万ドルの巨額の損失にのぼると試算されております。 さらに、それ以外に間接的な損失としてあげられるものが、一、賃金の切りかえレートをめぐる労使間の対立――非常に社会不安に通じます。二番目に、個人間の貸借の問題――法律上相当繁雑な問題が起こります。三番目に、物価の上昇――これは低所得者への影響が大きいのであります。四番目に資金の逃避――これは、資金が逃避しますれば、結局銀行の資金量が減り、沖繩の経済が非常に困ります。こういうふうな間接的な影響にはるはかり知れない損失が出るわけでございます。私は、これが必ずや社会不安、ひいては国家不信につながっていくものと確信するようなものでございます。したがって私は、こういうような、先ほど述べました個別の差損補償などという小手先の国家施策ではなく、一ドル対三百六十円で直ちに通貨交換をすべきであると強力に要請したいのであります。これは、この一ドル対三百六十円通貨交換をしてもらわなければ沖繩の復帰は非常に暗いものになるというふうな意味合いにおきまして、佐藤総理は政治生命をかけてでもこの一ドル対三百六十円の通貨交換の保証をわれわれ沖繩住民のために取りつけていただきたいと念願するわけでございます。 かかる当然の措置ももしできないとすれば、五千万ドルも損失の生ずる沖繩の銀行はその経営さえ危ぶまれるのでございます。銀行の経営がおかしくなれば何が起こるでしょうか。皆さま御承知のように、企業が困り、個人が困り、社会全体が非常なる危機におとしいれられていきます。このような事態を反映してか、最近の沖繩の銀行の預貸率は早くも九〇%近くになっておりまして、設備資金は全面的にストップ、運転資金さえもほとんど貸せない状態に立ち至っており、企業の大半が資金繰り難で、復帰まで持ちこたえられるか、倒産するんではないかというふうな、非常な心配がされております。これについて沖繩では何らとる施策もございません。このような経済的危機、社会不安の観点からも、私は即時復帰させてもらいたいと思っているわけです。 このような社会不安を取り除くものとしまして、本土政府並びに国会議員の諸先生方にお願いしたいことがもう一つございますが、現在沖繩がアメリカの施政権下にあるというふうなことでいろいろな国家施策がとれないということを答弁としておっしゃっておられるようでございますけれども、しかしながら、復帰はすでに秒読みの調整の段階に入っておりまして、やろうと思えば何とかできるんじゃないかというふうに私考えておりますけれども、そういうふうな形でせめて復帰後に予定されている公共投融資を復帰前に繰り上げ措置を行なってもらいまして、復帰を目前にしまして沈みかけてる沖繩経済を何とか浮揚さしていただくようぜひお願いしたいというのが私の第二の願いであり、さらにこれが住民大衆の要請の声でもあります。 第三に、長期的な観点から復帰後の沖繩の経済対策に関する要望を掲げていきたいと思います。――予定の時間が来たようですので、復帰後の長期的な経済対策に関する私の要望は質問の時間に回すことにしまして、ただ一つだけ、観光立県沖繩に欠かせない南部-北部間の縦貫道路を建設してもらいたい。これは糸満、那覇、石川、名護、国頭を貫く縦貫道路をぜひ沖繩の観光産業のために、観光立県のために建設していただきたい、こういうふうに念願するものでございます。 最後に、私がお願いしたいのは、国会議員の皆さま諸先生方や本土政府の方々が、復帰後も変わりなくこの沖繩をあたたかい愛情で見守ってもらいたいというふうに念願いたしまして私の意見陳述を終わらしていただきます。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 ―――――――――――――
○団長(安井謙君) 次に、芳沢公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(芳沢弘明君) 議会制民主主義を守るということが、国民の信託を受けた国会議員としての当然の責務であることは私が申すまでもありません。しかるに、過日衆議院では、沖繩返還協定特別委員会と本会議におきまして二度までも強行採決という暴挙が行なわれたことは、きわめて遺憾にたえないところであるばかりか、そのような衆議院にかかわりを持つ日本国民の一人として、たいへん恥ずかしい思いさえするものであります。特に十一月十七日の沖繩協定特別委員会における強行採決は、沖繩県民の要求を織り込んだ建議書を携えて上京した屋良主席が羽田空港におり立ったまさにその時刻に、しかも、沖繩選出の瀬長、安里両議員の発言を封ずるという形で行なわれたものであったという点で、私たち沖繩県民に対する重大な侮辱であったと断ぜざるを得ず、この機会に抗議の意を表明するものであります。 ところで、本日のこの公聴会は、衆議院ではございません。参議院のそれでございます。参議院が皆さんをわざわざ沖繩に派遣され、私どもの意見を徴され、これを審議の参考に供されるということは、たいへんけっこうなことでございます。しかしながら、沖繩協定の批准に関する限りにおきましては、参議院の議決をまたずとも、どうせ自然承認になるんだということを計算に入れている人々がいるということについては、これが参議院の権威と権能を著しくそこねるものであるがゆえに、したがってまた、国会の審議権を無視するものであるがゆえに、この点についても皆さんとともにはなはだ遺憾に思うものであります。 しかし、私はあえてここで意見を申し述べることにいたしました。それは、日本における議会制民主主義が踏みにじられている今日にあっても、参議院だけはいまだ信頼すべき良識の府であるに違いないとの期待があるからであります。私どものそのような期待にそむくことなく、参議院においては十分に審議を尽くされんことをまずはお願い申し上げて本論に入ります。 政府が、去る十九日、ワシントンにおける十カ国蔵相会議の申し合わせに従って円を一六・八八%切り上げ、円とドルの為替レートを一ドル=三百八円とする旨の閣議決定を行なったことに対し、私たち沖繩県民はただあ然とし、燃えたぎる怒りをどのように処理をしたらいいのか、そのすべを知りません。一体、日本政府はだれのための政府なのでしょうか。二八・八八%という切り上げ率は十カ国の中でも最大のものとなっていることを聞くに及んでは、その対米従属ぶりにただただあきれ果てるばかりであります。政府がアメリカの要求に屈服し、アメリカに対していい顔をすればするほど、国民の生活は破壊され、その苦しみは増大します。とりわけ、そのしわ寄せは私たち沖繩県民の上に大きくのしかかってまいります。去る八月十五日に行なわれたニクソン大統領のドル防衛声明とそれに続いてとられた円の変動相場制の移行措置この方、沖繩における物価の上昇はまさに天井知らずの状況にあります。ここに沖繩教職員組合婦人部の行なった調査結果がございますので御紹介いたします。 一九七一年十二月六日と八日、午後五時から八時の間に中央市場その他のところで一斉に調査をしました。同一の品目、銘柄、単位について格差の比較をしたものであります。調査の結果は、物価格差の比較については、同一の品目、単位、銘柄を抽出し、三十三品目について比較したところ、肉類が十セントないし三十セントの差、魚類が二十セントないし五十セントの差、野菜類が二セントないし二十セントの差、かん詰め類が一セントないし五セントの差とあり、安い店、高い店があることがはっきりした。ドル・ショック以前の八月上旬段階の物価と比較した場合、ほとんどの物価が上がっている。中でも魚肉類は全品目が値上がりしており、値上がり幅も二セントないし六十セント、乳製品が四セントないし三十八セント、野菜類が二セントないし十四セント、乾物類が三セントないし十二セント、加工食品が一セントないし五セント、調味料が二セントないし五セントと軒並みに値上げの現象を示しております。変動相場制のもとにおいてさえ以上のとおりです。これが一ドル=三百八円となると一体どうなることか。物価はもっともっと上昇し、県民生活はこれまで以上に圧迫されることは火を見るよりも明らかであります。ちなみに、皆さん国際通りへ行ってごらんなさい。ある観光みやげ品店では、早くも貴金属品の一五%前後の値上げを実施しました。これまで十二ドルだった金メダルを十三ドル四十セントに、また、四十ハドルの指輪を五十三ドルにそれぞれ正札のつけかえを行ないました。また、あるデパートの社長は、変動相場制以来一ドル=三百二十円で契約してきたが、それを上回るレートで驚いている、物価が上がることは必至だ、と語っております。また、沖繩の輸入物資の九割を扱うといわれる問屋街のある通りの会長さんは、たいへんなことになった、これじゃ死んでしまう、早く円を切りかえないと、何億円援助を受けても追っつかない、と話しております。琉球政府金融検査庁が控え目に計算したところによっても、その実損額は実は六千万ドルにものぼることが本日の新聞に報道されております。その他、これによって生ずる社会不安の数々は、先ほど宮国公述人も申し述べたとおりであります。 政府、国会は、沖繩のこのような実情を直視し、いま直ちに沖繩のドルを円に切りかえる措置を講ずべきであります。通貨と施政権は不離一体であるとか、施政権の壁があるから不可能であるとかの言いのがれはもはや許されません。 第一、アメリカの占領下にあって、これまで沖繩では、私の知る限りでも、四回通貨の切りかえがございました。その一々の年月日は省略いたします。ただ一つ、昭和二十三年――一九四八年までは日本円が通貨として行なわれていたということであります。講和発効前の直接占領下においても日本円が通貨として行なわれていたというわけですから、施政権の壁が通貨切りかえの支障になるというのは決して理由になりません。 第二に、本土では、たとえば変動相場制に移った八月二十七日の一日間で約十二億ドルのドルを円にかえています。さらに十六日から二十八日までの十二日間、中一日の日曜日を除きますと、実際には十一日間で四十億ドル余の交換が行なわれました。こうした大財閥と大商社のために三百六十円でドルを円にかえて、その利益のために佐藤政府は奉仕してきたと言わねばなりません。その佐藤内閣がわずか十億ドルにも満たない沖繩のドルをいま直ちに円にかえられない道理はありません。 第三に、このたびの協定の中身が真に本土並み返還だと言うなら、もう返還は目の前なのですから、また政府はこれまで一体化、一体化ということを言ってきたのですから、いますぐに円とドルを切りかえるということが政府でできないはずはないのであります。通貨切りかえのためにもとにかく復帰をするという考え方はしたがって正しくありません。 第四に、協定で義務づけられた三億二千万ドルにものぼる資産買い取りをはじめ米軍労務者退職金や米軍施設の改善費へ特殊部隊撤去の費用など、かれこれ合わせて八億九千百万ドルというばく大な費用、これは振り向けるならば切りかえは直ちに可能であります。 以上要するに、沖繩県民の当面の緊急かつ切実で一致した要求は全県民一致した要求です。この要求は、ドルを直ちに三百六十円で切りかえよということであります。変動相場制を採用して以後の一切の差損を全部無条件で補償せよということであります。われわれはみずから好んでこのドル生活に入ったのではありません。長年にわたる不当な米軍統治のもとでよんどころなくドルという紙幣を使わされて今日に至ったのであります。とにもかくにも、苛酷な占領下で額に汗して手にしたささやかな労働の成果を、いまなしくずしに剥奪されていることについては、沖繩県民のすべてが満腔の怒りを込めて反対せざるを得ないのであります。 しかも、皆さん、これをはばんでいるものが資産買い取り、自衛隊派遣を中身とする、要するに金のかかる協定であるとすれば、これには断固反対せざるを得ないのであります。核抜き・本土並みどころか、核基地つき・有事核持ち込み・自由使用返還を内容とし、安保条約の実質的改悪をもくろむこの協定が、県民を含むすべての日本国民の生活に重圧としてのしかかることは火を見るよりも明らかだからであります。ちなみに、七〇年八月二十三日に公表されたサイミントン委員会におけるジョンソン米国務次官の次の証言及び本年三月三十日アメリカ下院歳出委員会の海外活動小委員会でのランパート高等弁務官の証言などは、それを裏づけるものであります。 ジョンソン国務次官は次のように述べました。「われわれが返すのは沖繩の施政権だけであわせてわれわれは頭痛のタネと維持費をまぬがれるのである――オンリー・ジ・アドミニストレーション・ウィズ・ザ・ヘッデイク・アンド・ザ・コスト――。わたしは、沖繩の施政権の問題を解決しなかったならば、沖繩でにせよ、日本でにせよ、われわれがあと五年あるいは十年ももちこたえられるとは思わない」、これがジョンソン国務次官の証言であります。 次に、ランパート高等弁務官は、次のように証言しました。「最近の太平洋における米軍の配備変えによって沖繩駐留米軍の一部削減を含め若干の変化が生じた。しかし沖繩は嘉手納空軍基地陸軍第二兵站司令部、第三海兵師団、大規模通信施設など広範な基地が引き続き存続することになる。沖繩は今後不定期間にわたり太平洋における米軍ならびにその同盟国の防衛のため決定的な役割りを果たすだろう。 沖繩基地は同基地への投資額が多く強固な建設がおこなわれきわめて大きな威力を発揮するだけでなく地理的に非常に重要である。 沖繩『返還』のプラス面の一つはわれわれが地主に毎年支払っている一千万ドルの地代を『返還』後払わなくても済むということだ。 過去一年ちょっとの間にメースBが撤去され、陸軍の対空兵力が削減されたほか、一部空軍兵力が移動した。こういった削減はまずまずのもので大規模なものではない。全体的に兵力は第三海兵師団が六九年十一月にベトナムから引き揚げてきたために、事実上二年前よりさらに強力になったくらいだ」。この証言は、沖繩基地の長期保有と基地の強化――「全体的に兵力は……さらに強力になった」――をあらためて明らかにするものでありました。 ここで注目すべきは「沖繩返還のプラス面の一つはわれわれが地主に毎年支払っている一千万ドルの地代を返還後払わなくても済む」という証言、それとジョンソン国務次官の証言、この協定の本質が那辺にあるかということは、ここでもうあらためて申すまでもないわけであります。 さらにこの協定は、沖繩県民がアメリカの占領下でこうむってきた数々の損害、たとえば講和前の人身損害、軍用地復元、漁業権それから軍用地接収損失、軍用地賃貸料値上げ、入り会い権、講和後の人身損害、つぶれ地、減失地、基地公害などの補償請求権を放棄しております。これらの額についてはここで省略いたします。 次に、アメリカの特権保護のための愛知外相書簡というのがあります。皆さんどうぞ、向こうに商業高等学校というのがございます、その商業学校を帰りに見てください。商業学校の隣にマーニングという会社があります。この会社は国有地、県有地を借り切っています。しかも愛知書簡で、これは一年後に当事者同士相談して返せというものです。しかし、学校ではどうです。便所が基準に満たない。運動場が規格に合わない。私はあの商業高校の教師をしていたことがあります。冬になると女生徒たちがほんとうにそわそわし始めます。授業が終わり近くなるとそうなります。早く行ってトイレの順番を待たなければならない。このような非教育的、不健康な状況があるにもかかわらず、愛知書簡でこれらの土地は返ってまいりません。このような中身の曲がった返還協定に私ども沖繩県民が反対するのは当然であると思います。 さて皆さん、最後に申し上げます。関連法案の中で、公用地取り上げ法案、これは憲法違反のものであります。しかも、沖繩だけに適用される。「法の下の平等」を侵す法律であります。その内容についてはあとで御質問の中で明らかにいたします。 さらに、教育委員の公選制をはじめとする民主的な諸制度が沖繩にあります。これを本土並みになしくずしに悪くするという中身を持った法案、これに私たちは反対せざるを得ません。 以上言い尽くせませんでしたけれども、足らない点は質問で補うことにいたしまして、私は、ただいま国会で審議中の沖繩返還協定は、これは返還協定ではない。だから批准すべきではない。それと対をなす関連法案もその大半はこれに反対せざるを得ない。そして沖繩県民が真に願う核も基地もない真の返還のために、国会の皆さんは国民代表として奮闘していただきたい。このことを申し上げて公述を終わります。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 ―――――――――――――
○団長(安井謙君) 次に、小嶺公述人にお願いいたします。(拍手)
○公述人(小嶺憲達君) 参議院の沖繩における公聴会におきまして意見を申し述べる機会を与えられましたことを光栄に存ずる次第でございます。 私は、結論から申し上げますと、沖繩返還協定並びに関連法案がこの国会におきまして全部成立し、沖繩の二十六年にわたる異民族支配に終止符を打ち、一日も早く祖国復帰が実現されますよう百万県民とともに願うものでございます。 次に、自衛隊配備について申し上げますと、自衛隊は、その名前のとおり、国を守り平和を守るためにあると私は考えます。自衛隊は戦争につながるというような宣伝は、ちょうど消防隊があるから火事が起こるんだという論と同じでありまして、これは当たらないと考えます。国防ということは、国がある以上、国の存立と不可分のものであり、国と国民の安全を守る最小限度の防衛力は絶対に必要であると考えます。ちょうど家に戸締まりをし、火のもとに用心をするというのと同じ道理であると考えるものであります。復帰後沖繩の局地防衛のために自衛隊が配備されることは、ほかの県の例にかんがみても当然のことであると考えるものであります。 次に、公用地法案につきましては、日米安全保障体制のもとで米軍への土地を提供し、さらに道路、港湾、飛行場あるいは電気、水道等の住民生活及び公共の利便を考慮した場合に、公用地の確保は、これも必要であると考えます。 次に、教育制度について申し上げますと、沖繩の教育基本法の冒頭にこうあります。「われらは、日本国民として人類普遍の原理に基き、民主的で文化的な国家及び社会を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しなければならない」とありまして、「われわれは、日本国民として」という文言がまっ先に出てくるのであります。これは、この立法当時から現在に至るまで、いつか沖繩は祖国に帰るという県民の悲願がこの文言の中に込められていると私どもは考えているのであります。しかしながら、真の日本国民の教育というものは、いまのような異民族支配のもとではできないと思うのであります。日本国民の教育は、祖国に復帰して日本国憲法のもとで一億同胞とともに同じ制度、同じ教育内容によってのみ可能であると考えるものであります。したがいまして、教育委員会制度、教育行政制度は当然に本土と同じものでなければならないと考えるのであります。沖繩だけ特別な制度や法令のもとに置くことはとうてい考えられないことでございます。 次に、退職年金あるいは退職手当のことについて問題がありますので、この機会に申し述べさせていただきたいと思いますが、御承知のとおり、沖繩には元南西諸島恩給等特別措置法というのがございます。この法律によって、沖繩の教職員並びに公務員は、いわゆる便宜退職――あるいはみなし退職とも称しておりますが――それによって現職のままで恩給が支給されている例が多いのであります。ところで、共済組合制度が沖繩にもできまして、これも大体本土の制度と同じでありますが、恩給と退職年金とが一本化されたのでございます。そこで、さきのみなし退職をして現職のまま恩給をもらっている人たちが最終的に退職した場合に、その受けるところの年金から、すでに受けた恩給額――これを普通恩給等受給額と称しておりますが――このすでに受けた恩給を返還しなければならないようになっております。その返還の方法に、本土法と沖繩の現行法とに大きな相違がありまして、ここに問題があるのであります。さきに述べましたような、みなし退職によって恩給を支給するという例は本土には全くないのであります。これは沖繩の特例であろうと考えます。このみなし退職による恩給受給の期間は十五年ないし二十年という長い期間にわたっている例が多いのであります。そういたしますと、このすでに受給した額を積み上げますと、これが沖繩のドルにしまして約五千ドル、円にしまして百八十万円ぐらいにもなるというわけでございます。そこで最終的に退職をいたしまして、かりに年額六十万円の年金をもらったとしますと――本土法によりますとこの返還率は二分の一という規定になっております――沖繩の場合は、これを、額が多いということを勘案しまして返還率を十分の一というふうに規定されております。これが大きな問題でございまして、かりに本土法によりますと、六十万円を二分の一ずつ返還いたしますと、百八十万円を返還するのに六年かかります、三六、十八でございますから。そうすると、この六年間は年金は二分の一しか手に渡らない。この六年間の生活は二分の一の年金でささえていかなければならない。こういうたいへんに気の毒な事例が起こるわけでございます。しかも、この該当者は教職員だけでも約六百名いるのであります。で、これについて、そのままにしておきますと二分の一ずつ返還させられる結果になりますので、これを、沖繩の既得権といいますか、十分の一返還方式を続けて認めていただきたいというのが私の願いであります。御参考に申し上げますと、昭和二十一年の五月三十一日に勅令第二百八十七号というのがございまして、これは外地引き揚げ者に対する身分の打ち切りをうたった勅令でございますが、これによって身分を打ち切られていたわけであります。ところが、これが昭和四十二年の恩給法の改正によりまして、この身分打ち切りになっていたのが通算されることになったわけであります。したがいまして、その通算された場合に、身分打ち切りのときに、身分打ち切り以後支給されていた恩給額は、通算の時点において返還するということになっておりますが、その返還率は十五分の一であります。沖繩は十分の一。いまの恩給法の一部改正では十分の一という外地引き揚げ者に対する率でございます。したがいまして、私は沖繩の十分の一という返還率は決して不当なものではないのではないかというふうに考えます。しかも、この六百名の教職員はいずれも年配の教職員でありまして、戦後沖繩全体が苦難の時代に、沖繩の教育の再建に挺身してきた先生たちであります。 それからもう一つ、これに関連いたしまして退職手当の問題があります。さきのみなし退職によって恩給を支給した場合に、一応退職でありますから、退職手当も本土政府から支給されているわけでございます。したがいまして、これも最終退職――いわゆるほんとうの退職、まあ、さっきはみなし退職でありましたので――そのときには、このさきにもらった退職手当を、沖繩の法律によりますと、退職手当に関する立法によりますと、さきにもらった実額を返還する実額控除方式でございます、沖繩は。ところが、これを本土法に当てはめますと、実額ではありませんで、率でもって、過去の年数に基づく率を控除するわけでございます。こうなりますと、たいへんに沖繩の現行法よりも不利になるわけでございます。沖繩の現行法の約半分の退職手当になってしまいます。しかも、先ほど申し上げましだ年配のこの六百名の先生方は、もうしばらくで退職をする。二、三年うち、あるいは復帰直後に退職をなさる方々でありまして、この先生方は永年勤務者でありまして、この人たちが勧奨を受けて退職をするという場合には、その損失の率が倍加されるわけでございます。損失が倍加されるわけでございます。そういたしますと、さきの年金の控除率とこの退職手当の控除率によって二重のパンチを受けることになりまして、私は、このままでは大きな復帰不安につながるものではないかというふうに考えて、実はこのことを国会において何とか考慮していただきたいと考えるものであります。 次は、校舎建築その他の教育施設についてでございますが、沖繩は、御承知のとおり、戦争によりまして校舎が全部灰じんに帰したわけでございますが、これを戦後この復興に鋭意努力いたしてきたのでございますけれども、まだしかし、本土と比べますと相当な格差がございます。試みに申し上げますと、校舎の保有率は小学校で沖繩七〇・五%、類似県九四%、その差は二三・五%。中学校におきまして校舎が、沖繩六七・二%、類似県九二・四%、その差は二五・二%であります。そのほか屋内運動場、水泳プールについては、さらにその差は大きいのでございます。しかも、沖繩の市町村は本土に比べましてたいへんに規模が小さい。しかも財政能力が貧弱でございまして、そのために、従来校舎建築は琉球政府が全額負担――全額補助をしてまいったのでございます。これを一挙に本土並みということになりますと、とうていこれは市町村ではまかない切れない。あるいは十分の八とか十分の九とかという説もございますけれども、それでもまだ私は負担が大き過ぎるんじゃないか。それで、当分、本土並みの水準に達するまで、類似県の水準に達するまでは、国庫が全額補助という形でやっていただきたいということをお願い申し上げる次第でございます。 重ねて申し上げますが、この国会において返還協定並びに関連法案がぜひとも成立いたしまして、この沖繩返還が実現いたしますようお願い申し上げたいと思います。私は、返還協定が四、五年は延びてもよろしいという説は、これは県民の真意ではないと考えます。四、五年待って、はたしていまよりもよりよい条件で復帰できるか、そういう保証は私は全く聞いたことがございません。その保証のないことで返還が延びるようなことがあったら、再びチャンスが来るかどうかを私はおそれるものでございます。どうぞ参議院の先生方、この沖繩県民の心をお察しくださいまして、今国会においてぜひとも返還協定並びに関連法案を成立させていただきますようにお願い申し上げまして私の公述を終わります。 どうもありがとうございました。(拍手)
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 以上で公述人各位の御意見の陳述は終わりました。 ―――――――――――――
○団長(安井謙君) これより公述人に対する質疑に入ります。 御質疑のある方は、順次御発言を願います。 ちょっと申し上げますが、最初に公述願いました村山公述人が、所用のため三時には退席しなければならぬ、こういうお話でございます。村山公述人に対する質疑は早目にお願いできればけっこうだと存じます。
○星野力君 私は嘉手納村の村山さんと弁護士の芳沢さんにお尋ねいたしたいと思います。 まず村山さんには、あなたの村では八六・二%が軍用地に取り上げられておるわけでございますが、村の方々の中には、自分の土地に住みたい、自分の土地を耕したいという念願は非常に強いものがあると思うのであります。そうしてその方々は、いずれはそれらの土地が自分たちのところに返ってくると期待しておられると思いますが、あなた御自身、いつになったら土地が返ってくると期待しておられるか、これが一つでございます。お聞かせ願いたい。 それから、先ほど自衛隊の配備についてお話がございました。政府は、施政権の返還と同時に自衛隊を配備する方針で準備を進めております。なぜ急いで自衛隊の配備をやらなければならぬのかと思うのでありますが、それについて政府は、日本の施政権のもとに沖繩が返ってくる、その日本の領土を自分の力で守るのは当然ではないか、とう言っておるのでございますが、沖繩にいま差し迫った外からの脅威があると思われるかどうか。私は、沖繩への自衛隊の配備は、アメリカ軍、在日米軍の任務の一部を肩がわりして、そうして米軍と自衛隊の共同作戦の態勢をつくっていく、そういうことではないか。言いかえれば、沖繩県民、国土としての沖繩を守るというよりも、今度の協定で恒久化されるところの米軍基地を守るのが第一の任務になる。そうではないかと思っておりますが、あなた御自身、一体何のための自衛隊配備であると、こういうふうに受け取っておられるかをお聞きいたしたいと思います。 それから、芳沢弁護士には、先ほどの、沖繩のドルを即時円に切りかえる必要があるという問題、これは私どもも、県民生活一経済活動、そういうものを守るためにも、旧レートで早急にその措置をとる必要があるということを理解できるのでありますから、具体的にそれが可能であると、その点にも多少お触れになったと思いまするけれども、もう少し話していただきたいということが一点。 それから、教育委員会の公選制、この問題について、沖繩の体験からして、任命制に比べてどういうふうにすぐれておるかということをお話し願いたいし、また、先ほど申されなかったのでありますが、弁護士としての、法律家としての立場から、この公用地取り上げの問題についてお話し願いたい。 この三点でございます。
○公述人(村山盛信君) お答えいたします。 第一番目の軍事基地の問題でございます。軍用地主はいつか自分の住みなれた土地を取り返したいということであるはずだが、それをいつごろ返るものと考えておるかという御質問だと思います。 私、そういう面を深く研究いたしておりませんけれども、現在の私の二十五年間の村議会議員生活の立場から村民をながめてみた場合、すでに村民は、その軍用地にかわるべく、それぞれ自分の恒久建物並びに自分の所有土地、そういったものをほとんど持っておられるというのが実情でございます。そして、戦後二十五年にわたる間に、すっかり現在の居所が私たちの住みかであるといったような状態に期間の長さが置かれているということで、あの膨大なる嘉手納空軍基地がいつ自分に返ってくるかということについて検討したことはございませんので、いまのところ、何年何月ごろ、あるいは何カ年後は返るであろうといったような推察も持っておりません。お答えになりませんで申しわけございません。 それから、二番目の自衛隊の問題について、なぜ早急に配備せなければならぬかという御質問でございます。私は、自衛隊の配備を早急にしてもらいたいということではございません。そう申し上げておったとするならば、取り消しいたします。私たちが希求するところの祖国復帰がそういった自衛隊の配備も条件になっておるとするならば、沖繩復帰を一日も早くあすでもできるような方向に従って自衛隊の配備もしてよろしかろうということと考えている次第でございます。 以上でございます。
○星野力君 よくわかりました。
○中尾辰義君 村山さんにお伺いいたします。 いまの質問とも関連をいたしますけれども……。
○団長(安井謙君) すみません。ちょっとまだ星野さんの芳沢さんに対する御質疑へのお答えが残っておりますので。
○公述人(芳沢弘明君) 簡潔にお答えいたします。 まず第一点の御質問は、ドル切りかえの問題でございました。私は先ほど、まず施政権の壁の問題について一番目に触れました。実は戦後沖繩の歴史の中で通貨の切りかえというのは、まあ沖繩諸島、宮古、八重山、いろいろ差はあったのでしょうけれども、私の記憶する限りでは、およそ四回ほど通貨の切りかえが行なわれました。日本円の新円化の問題。旧日本円から新円に切りかえる問題。それがB円に切りかわる問題。それからB円からドルに切りかわった。そういう経過があります。かつて講和発効前において日本円が現実に通用していたということです。いまや返還するというのですから、その施政権の壁というのは政府がその気にさえなれば取っ払える問題だということです。一体アメリカに一回でもその点で交渉なさったかどうかということであります。沖繩県民はドルを直ちに三百六十円で切りかえろ、こう要求しているわけですから、日本政府の総理はそのようにやっていただきたいということです。 次に財源の問題が一つあろうかと思います。その財源の問題は、沖繩返還協定をめぐってさえばく大なお金がアメリカ側に支払われます。さらにまた、自衛隊が沖繩に来るためにばく大な国家財政が消耗されます。その金があれば、これはいますぐにでもできるではないかということです。なぜに沖繩県民だけがこのように犠牲をしいられなければならないのか。踏んだりけったりであります。財源の問題は、技術的にこれは可能であるということであります。 次に、二番目は教育委員の問題でございます。私は実は那覇の教育委員という立場にもございますが、いま那覇の教育区がかかえておる問題は、ほんとうに深刻なものがあります。先ほど小嶺公述人も、沖繩の教育の問題についてその一端に触れました。全く私は同感できる点があるわけです。この占領下沖繩において生じた本土との教育の格差、これを是正する仕事はほんとうに難事業であります。この那覇で中学校、小学校、幼稚園、あと若干、つまり数校増設しなければ過密化対策として追っつきません。ところが、いまごろ学校用地を確保するということはたいへんな仕事であります。自治体も財政でよくし得るところでありません。その点について、日本政府は国家の責任で金を出さなければならない。軍用地を解放しさえすれば、これら学校用地の確保は簡単である。これらの仕事をやり遂げるためには、やはり父母、大衆市民から選ばれた公選教育委員でなければやっていけない。任命された教育委員であれば、やっぱり文部省のほうを向いたり、あるいは特定の政党のほうをうかがったりということで、ほんとうに教育の中立というものは守れません。ちなみに、沖繩で、先ほど小嶺公述人も言ったとおり、教育基本法が制定されたそのとき、すでに本土では教育委員は任命制になっておりました。沖繩県民はそのことを百も承知で沖繩で教育民立法を立法院が制定したのであります。 次に、しからば、本土がそうなんだから沖繩も本土並みになるべきではないかという点についてはまたあとで触れますが、沖繩だけに適用ある公用地法案をいまやろうとしておられる日本政府です。これは自家撞着です。沖繩だけにしか適用のない法律をつくろうとしている。沖繩に現在あるすぐれた制度を日本へ復帰後も存続させるのは、憲法上これは全然問題はありません。そのことが教育基本法に適合するものであり憲法に合うことであるということです。また、戦前の歴史をたずねれば、三十年内外、二十年内外、沖繩の市町村制や県議会制や地租、税制など、本土と違いがありました。二十年間も国の基本の問題が違っていました。それは可能であったわけです。こういうことがいま沖繩県民として公選制を要求していく必要性またすぐれた点であるということなんであります。 三番目に公用地の法案についてですが、村山公述人が時間を急いておられるようですから、私は村山さんに時間をお譲りします。そのかわり、私はあとでこの問題についてはまた質問に応じたいと思います。
○団長(安井謙君) 村山公述人に対する御質問を先にお願いいたします。
○中尾辰義君 村山さんにお伺いいたします。 先ほどの質問とも関連をいたしますけれども、今度の返還協定の審議にあたりまして一番問題になっておりますことは、要するに、沖繩が返還をされても、基地の機能というものがあまり変わらぬのじゃないか。まあそれは日米共同声明におけるニクソン、佐藤両当局者の発言によりましても、あるいはまたアメリカ側の議会の答弁等から見ましても、われわれは返還後といえども沖繩を自由に使いたいというような意味のことばも出ておりますがね。それと、さらに核抜き・本土並みということが一つの大きな争点になっておりまして、ずいぶん審議をされておるわけですが、そこで、嘉手納の議長さんでございますけれども、いまお話がございましたように、人口が一万五千、しかも軍用基地が八六・二%といいますと、ほとんどこれはまあ嘉手納の皆さんは基地に依存した経済生活をやっていらっしゃるわけでございますね。ところが、一方においては明るい豊かな平和な沖繩と、こういうスローガンのもとで基地撤去を非常に望む声が多い。けさも午前中は、同じく嘉手納村の方が、非常に米軍の軍用機がちょいちょい落っこちたり、爆音といい、墜落による被害といい、またそういうものがいろいろと補償問題等でもなかなか解決しない。一日も早く撤去してくれるいうような声もあったわけですがね。そこで私が聞きたいことは、現実においてはこの基地にたよっている経済である。片方においては、それを除いてくれというような声がある。ほんとうは除いてもらいたいけれども生活のためにはやっぱり基地もなければ困るというような声もあるようですね、現地には。しかし、ほんとうの声というものは、楽しい豊かな今後の沖繩の経済開発ということだろうと思いますが、その辺のところをどのようにお考えになっていらっしゃるのか。基地に依存している皆さんの暮らしの実態あたりからひとつお知らせ願いたいと思います。御意見がございましたらどうぞ。
○公述人(村山盛信君) お答えいたします。 先ほども申し上げましたとおり、いろいろと基地の問題に対しましては、撤去、あるいはまた――少なくとも私どもは必要悪として認めざるを得ないという現状であるという立場に立っておるわけでございます。そういう意味で、できることならば、軍事基地というものは、理想をいえば、ないほうがよかろうと、こう考えます。ただし、まあ私たち小さい村の立場において考えるわけでございますが、現在、先ほど申し上げましたような、基地収入によって村民全体がほとんど生活しておるという現況にあるわけでございます。これは認めざるを得ないという立場でございます。ですから、もしいろいろと琉球政府、日本政府の諸施策によって、われわれ嘉手納村民が現在生活している状態の収入を完全に保証してくれる何らかの施策を持ってくるならば、それができて、目にこれを確認した結果は、おそらく基地の必要性は村民も認めないんじゃないか、こう思います。 お答えになったかどうかわかりませんが、以上申し上げます。
○田英夫君 村山さんに伺います。 先ほどのお話の中で公民館のことを例にあげられまして、本土の出先機関ができてもこれは自治の侵害にはならぬという意味のお話があったと思いますが、村山さんちょうど村議会議長というお立場にありますし、この沖繩における自治の問題をどのようにお考えになっておられるか、そのお気持ちを伺いたいわけです。つまり、沖繩は本土の普通の県と違うんだと。特別の状況にあったし、また今後もあるから、復帰後も自治の問題については、若干自治が制限されても本土政府と直結をした政治があったほうがいいというふうにお考えになるのか。あるいは、もっとうがって考えれば、本土政府の現在自民党内閣があるという状況と、現在の琉球政府の政策というものとの違い、そういうものが関係してきてさっきおっしゃったようなことが出てくるのか。その辺のところを、ひとつお気持ちを、つまり、沖繩における自治はどういうふうにあるべきかとお考えかということです。
○公述人(村山盛信君) 沖繩の自治と申し上げましても、私は自分の立っている立場がいわゆる小さい市町村の自治でございまして、いわゆる県並みの自治についてはよく申し上げられないわけでございますが、現在でも、その制度は日本本土とほとんど変わりなく地方自治法というものが、それぞれ自治の精神にのっとって運営されていると思います。それが、いろいろ本土政府の出先機関が置かれることによって、交通その他の問題で、市町村の公共施設、施策に対して非常に便利である。先ほど申し上げました実例のように、一々こうなにしておりますとたいへんむだな道くさを食うといったような状況があるので、そのほうがいいんじゃないかと、こう考えているわけでございます。別に、日本政府が、この政党がどう、あるいは沖繩の政府が、この政党がどうということには全く私考えておりません。ただ、小さい村の立場から、手っとり早い方向を選びたいということだけでございます。 以上でございます。
○団長(安井謙君) 村山公述人に対する御質疑ありませんようでしたら……。
○松井誠君 お急ぎのところすみません。村山さんと小嶺さんの両方に実はお伺いをしたいんです。それは、この沖繩返還ということがここまで来た原動力は一体何かということをどうお考えになっているかということなんです。まあ一般のあれによりますと、当初この復帰の運動というのが起きたときには、さて実現はいつのことかというように思われておったのが、案外早く来たというように見られておるのではないか。だとすれば、それの原因は一体どこにあったんだろうかということなんです。いろいろの見方があると思いますけれども、たとえばアメリカの側の見方としては、アメリカのいわばドル防衛のためにいずれはどっちみちここからだんだん手を引いていくんだと、いわばそれはニクソン・ドクトリンというものが直接のきっかけになって返還というものがこうも早く来たんだというそういう立場をもしとるとすれば、かりにここで多少長引いても、いずれはアメリカは、返還をしたいがさてどうでしょうと言ってくるのじゃないかという、そういう見通しにもつながるでしょうし、あるいは、日本のほうからこの返還をいわばきっかけにして積極的に自衛隊でも持っていこう。そういうことがあって、日本のほうからせっついたんだという見方をするとすれば、そして、それがこの原動力であったという見方をするとすれば、自衛隊を派遣をしたいという日本政府の態度が変わらぬ限りは、またいずれ返還の問題が出てくるのではないかという、そういうまあ見通しにもつながるかもしれません。あるいは、先ほど芳沢という公述人がお読みになったサイミントン議事録の中で、ここで基地を持っておったって、せいぜい五年か十年というように、復帰運動というものがここまで持ってきた原動力だというようにお考えになるとすれば、ここでかりにちょっとつまづいても、復帰運動が激しく燃え上がれば、やっぱりまた復帰が現実のものになってくるのではないかという、そういう見通しにもつながる。そういう意味で、何が原動力で何がこの促進をしたのか。いろいろなその比重の見方はめんどうだと思いますけれども、一体ここまで持ってきた原動力というのはどういうようにお考えになっておるか。これをまあ村山さんと小嶺さんとにお伺いしたいと思います。
○公述人(村山盛信君) お答えいたします。 沖繩の祖国復帰がこうしてわりと案外早くできつつあるということに対しまして、私はこれは端的にどこの原因によってこうだということは言えないと思います。要するに、あらゆる要素が一致して期せずしてこういった状態になったものだと、こう解釈いたします。ところが、何と申し上げましても、やはりまず現地沖繩住民の復帰運動というものが先端になりまして、それから逐次本土政府を動かし、アメリカの考え方を直すといったような方向で来た。で、こういう結果になってきたんじゃないかということを私はまあ考えるものであります。
○公述人(小嶺憲達君) 復帰運動をここまで持ってきたまあ原因ということは、いろいろあろうかと思いますけれども、一つには、沖繩県民の、祖国に帰りたい、異民族支配を脱却したいという長年にわたる熱意と運動のまあ集積があったからであるということと、もう一つ、私は、それはあったにしても、この返還が、まあ数年前には予想もできなかったテンポで、ここまで進められてきたということには、佐藤総理の沖繩に対する愛情と熱意によってアメリカを動かし、また、アメリカもその佐藤総理の熱意に動かされてこの返還協定がここまで持ってくるまでの運びになったものと信じます。 以上でございます。
○団長(安井謙君) それじゃ村山さんお急ぎのようですからどうぞ。(拍手)
○岩間正男君 芳沢公述人にお伺いします。 先ほども公用地暫定法案に対してどう考えているかという質問がございましたが、一つの点をぜひ補足していただきたいと思うのです。午前中の公述人のお話によりますと、どうしても最後の手段としては土地を強制的にも収用しなきゃならない。そうして、その間に五年の期間を置いてできるだけ説得するのだ。時間がそのようにかかるのは、結局まあ海外の居住者とかあるいは地主の身元がなかなかわからない。そういう人たちのためだというふうな公述があったわけです。しかし、どうでしょうか。現地ではもう大部分の地主の持っておる土地の九七%ぐらいは、そうしてそのうちのおそらく九〇%くらいは返る見通しがあるということでありますけれども、これは海外居住者のほかに現地では反対していられる地主の方が相当多いというふうに聞いております。この実態はどうなのか。この点を聞かしていただきたいと思います。 第二の問題は、教育委員会の問題が出ました。私も非常に先ほどのお話は当を、筋を得たお話だというふうに考えているわけです。昨年沖繩に参りましたときに八重山に参りました。八重山のあすこで学校の先生たちと懇談会をしたのです。二年ほど前まで本土で高校の先生をやっていたその先生が私に率直にこう語った。「本土の教育は暗い。沖繩の教育よりむしろ暗いのだ。長い間本土で教育をしておってこのことを非常に痛切に感じた」。私は実は胸がどきっとしたのです。それから宮古に参りました。宮古に参りまして教育会の事務所長さんに会いました。そうしたら、こう言っているのですね。「今度公選制がもうだめになる。本土並みということになる。そういう中で異民族の支配のあの時代の教育よりもっと悪くなる教育を考えることができるだろうか」。これも私は非常に胸が痛く思って聞いたのです。そこで、先ほどの話にもありましたように、教育委員会の任命制の問題は、これは全く本土のほうが変わった。本土のほうが問題があるんじゃないか。私は、沖繩のこの公選制を、日本の本土の教育の真の民主的な運営のためには残すべきだ、そうして、むしろ本土のほうこそ変わるべきじゃないかという意見を持っているものですが、この点についてどういうふうにお考えか、お伺いしたいと思います。 第三点、もう一つでありますけれども、この今度の返還の願いの中には、平和な願いというのが非常にあるんじゃないか。この沖繩の基地から絶えず爆撃機が飛び立つ。そのたびに何十、何百のアジアの人が殺されておる。ベトナムの人が殺されておる。こういうことを二十数年見続けてきた。もうがまんならぬ。こういう気持ちが実は隠されているんじゃないか。そのことを、しばしば私も沖繩に参りましたが、いままでそういうことをお聞きしたわけです。あなたは平和運動に関係していられる平和委員会の責任者でもあると思いますので、この点についてお伺いしたい。 以上三点についてよろしくお願いします。
○公述人(芳沢弘明君) お答えいたします。 その前に、こちらに持ってきておるのは、私は自分の書いた論稿を見ておるのでございますので、あらかじめお許しをいただきたいと思います。 まず公用地法案の問題ですが、これは先ほど沖繩を訪れました本土の民主的な法律家団体の友人や先輩たちとも話をしたのですが、完全に意見が一致しております。 まず第一に、この公用地法案は、米軍基地の継続使用の不法性、この米軍基地を継続的に使おうという点で不法なんだということでございます。沖繩の米軍基地は、これはだれが何と言おうと、やはり米軍が力づくで囲い込んだものである。力づくで取り上げたものである。あるときはブルドーザーで、あるときは銃剣で取り上げたものである。これはだれが何と言っても否定のできない事実です。これを合法的に土地を取得したなどとは言えないはずです。あとで布令を出して何とかかっこうをつけたにすぎません。これをそのまま継続していくということ、これはたとえばヘーグ陸戦法規第四十六条等に対する侵犯行為であり、これは国際法違反であります。それを固定化しようとするのであります。しかも、この基地を取り上げる、復帰後もこの米軍基地を維持するということがやっぱり沖繩協定の核心だ。それがなければアメリカは施政権は返還しない、こう言っている。先ほど松井先生の御質問にもあった例の国務次官の証言等はそれを裏づけるものであると思います。 次に二番目に、この法案によれば、沖繩の米軍基地の場合は五年である。これは本土に比較して十倍の長きにわたります。沖繩県民の合意もなしに、収用の手続すらもとらずに、これまでの土地使用によって生じた苦痛を引き続き沖繩県民をして是認せしめるというのは、これは他府県と比べて差別である。その点で、法のもとの平等の、憲法に規定するその精神に反するものであるということであります。 次に、この公用土地法案は、自衛隊のための土地収用というのを合法化するものであります。本土において自衛隊のために土地を取り上げる法的な根拠はありません。土地収用法の中に軍事目的、自衛隊目的というのを入れようとしたけれども、これは国会で削除されました。それは憲法九条に違反するということで土地収用法からその点は除かれた。しかし、沖繩でこの公用土地収用法案というものを出していって、自衛隊のためにも土地を取り上げるということです。しかも、もったいをつけて、水道や下水道やそういった施設のためにも取るんだと抱き合わせにしている点、非常にわれわれ沖繩県人からすれば許しがたいものになっているということであります。 それから、これは憲法の定める――いま資本主義社会なんですが――財産権をこれはきわめて侵害するものと言わざるを得ません。やはり土地収用には厳格な手続が要ります。この手続を一切省略です。これは奄美大島の場合とも、あるいは小笠原の場合とも違います。取っておいて、使っておいて、あとで告示をする、通告をすれば足りるというものです。しかも、どこの何番地という地番や何かも明らかにしなくていいものです。軍事基地のこちらの金網のすみから向こうの金網のすみ、こちらの端っこを線で結んで、これは五年間使うんだよ、事後的に通告する。これはとんでもない話です、こういったことは。 まあたいへん荒削りな議論を申しましたけれども、時間の関係で御了承ください。 要するに、沖繩にこの法律が適用されれば、これはやがてあすは本土の問題であります。日本国民あげて、自分の財産を守るためにこの法律には反対しなければならないと思うわけであります。 次に、沖繩の地主たちは一体この問題についてどう思っているかという問題であります。さきにも申し上げましたけれども、かなりの数の軍用地主が、もともと米軍基地、米軍の武力による強奪によって取り上げられたものです。この地代は実に年に三・三平方メートル当たり平均十六セントでしかないという非常に低い状態が現在でもあるわけです。こういう土地をあたりまえの民有地として使用するならば、これはもっと大きな利益が入ってくるわけです。したがいまして、軍用地の地主の約七割、三万七千人余の軍用地主の私有地がこのようなものになっているわけですが、このうちの二〇%前後の地主が再契約に反対をしております。これは明確な意思表示をしているわけです。したがって、反対地主会などというものも結成されております。また、明確に反対の意思表示をしていない諸君でも、やむを得ず、条件をもっとよくするならばまあしかたなく応じましょうというにすぎないものだというふうに私は見ております。多くの地主がやむなくそれに従わざるを得ないような状態にあるということであります。これは軍用地に限りません。沖繩県民は復帰を要求してきたのだろう、このような返還協定をのみなさい、のまなければ返還はやりません、そういう言い方をされれば、事柄の本質を十分わきまえない人たちは、いや、それならばしかたがないかという気持ちにもなろうというものです。そういう空気を悪用して、とにかく何が何でも復帰だ、復帰すればドルも切りかえてやるんだと言わんばかりの言い方は、われわれ県民からすれば絶対に許しがたいところであるということであります。 次に、教育委員会の問題でございますが、御指摘のとおり本土の教育委員会制度は現在任命制度でございます。これは私に言わしめれば、憲法に反し、かつ教育基本法に反するものであると思います。しかし、とにかく本土では任命制のもとにやりました。この任命制のもとで一体どういうことがあろうか。たとえば教師たちには一番大切な問題の一つとして教研活動というのがあります。自主的な教育研究活動です。この教育研究活動、教師たち自分たちでやる。これこそが教育を向上させる一つの大きな原動力になると思うんですけれども、最近ではこの自主教研に組合員が参加することを拒否して職専免を与えない。それをあえて押して出席したならば賃金カットをする。あげくの果てが免職にするといった事例がたとえば北海道では起こっておると聞いております。あるいは高知県下でも一九六八年三月末の現在で夫婦別居の教師が実に三百九十四人もおられました。結婚してから五年間一度も同居できない青年教師、子供と十年間も一緒に住めない父親教師、こういったものがたくさん出ているわけです。これは教育委員会がやはり一部の特定の政治的な立場を持つのあまり、まじめな教師に対していわば不当労働行為をしておると言われてもしかたがないわけです。したがって、教育の現場が暗くなる。やたらおべっかをつかうような教師が出るわけです。これでは教育が荒廃する。子供たちもゆがんでいくのは必然の勢いじゃないでしょうか。それに対して沖繩では、少なくとも私たちはそのようなことはしておりません。公選された教育委員としては、やはり一般行政から独立した教育の中立性、真の意味の中立性というものを守っていくために、父母、教師の立場に立って戦います。たとえば、予算の問題があります。沖繩でも予算の編成権、成案権、執行権といった問題ありますけれども、本土の場合は予算の編成権、成案権はもとよりありません。執行権までも知事や市町村長に掌握されております。沖繩では、議会に対する提案権こそありませんけれども、予算を成案する権限、これは教育委員会に留保されております。そしてその予算を執行する権限、これも教育委員会のものであります。したがって、市町村長に対しては、また議会に対しては、公選教育委員の立場から堂々と予算を獲得するために全力をあげてがんばるものです。そのためにはPTAの皆さんや、あるいは教育長協会の皆さんやその他の人たちと力をあわせてやります。そういう熱意がやはり市町村長、政治的な立場、政党政派の立場を越えて動かしていきます。いま沖繩の教育をアメリカの軍政下でここまで持ってきたその力は、あげて教育委員の公選制にあったと言って過言ではありません。それゆえに、沖繩においては、たとえば教育委員協会もPTA連合会あるいはその他の教育団体も、沖繩タイムス、琉球新報等の新聞も、あげて、教育委員の公選制を守れ、このように主張してやまないわけであります。先ほど御指摘の八重山の教師の気持ちは私にはよくわかります。本土から来た人にとってはそうでしょう。たとえば静岡県では教員になろうとしてもなれない、そういう現象さえあります。沖繩では、いま予算の関係で、まだ希望する教員を全部採用することができない状況にあります。これは勧奨退職制度の問題があって、まだ予算がなくて、やめたくてもやめられない先生方をたくさんかかえているからであります。これこそ本土の政府が力を貸して沖繩の教育水準を本土並みに高めていくための御努力が期待されるゆえんのものだと思うわけです。 次に、返還協定の問題ですが、おっしゃるとおりであります。私たち沖繩県民がこれまで即時無条件全面返還という戦いをやってきたのは、この沖繩の地からB52が飛んで行ってベトナムの人たちを殺している。その事実についてどれだけ多くの沖繩県民が胸を痛めたことか。たとえば今度土地を取り上げられる羽目におちいった地主たちは、自分たちの土地が取られたならば、この土地が基点となって、根拠地となって、天願の桟橋からベトナムに出かけていって人殺しが行なわれる。私たちがその土地を守ることは、自分の財産権を守る、生活を守る、農業を守るということだけではない。ベトナムの人を殺すことを防ぐためでもある。これが沖繩県民の倫理だ、道義だ、そういうふうに思ってがんばって、ついに土地取り上げを食いとめてまいりました。これは沖繩県民のひとしく願うところであると思います。いろいろな民主団体が、立場を越えて、共通のそのような気持ちであふれていると思います。だからこそ、県民の運動はここまで盛り上がってアメリカをして沖繩をこういう形ででも返還せざるを得ないようになってきたというふうに考えます。
○塚田十一郎君 宮国公述人にお尋ねをいたします。 先ほどのお話ですと、金融機関がドルのレートの決定によっておよそ五千万ドルぐらいの差損が生ずる、こういうお話でした。ごくあっさり考えてみると、金融機関というものは預金を預かってそれを貸しておるという両建てのものなのですが、五千万ドルという差損がどこからどういう形で出てくるものか。これが一点。 それから、縦貫道路をつくってほしいということであります。これはもう本土におきましては、御存じのように、最近はもう高速道路網を整備するということが大きな問題になっておりますので、御希望にきっと沿うようになると思うのですが、私は、それよりも、沖繩の交通問題でいつも感じますことは、離島の間の交通問題であります。沖繩全体が、本土から見ると、これは離島でありますが、そのまた沖繩の中に離島がたくさんある。二重に離島の持つ不便を持っておられると思うのです。何か、承りますと、公述人は宮古の御出身だそうでありますが、おそらく宮古とこの那覇との間の往復に非常な時間と非常な不便をずいぶん感じておられると思います。こういう問題について沖繩の方々はどんなお感じを持っておるか。また、たとえばこういうことをやってほしいというような何かがありましたらお聞かせいただきたい。
○楠正俊君 ちょっと関連しまして宮国公述人にお願いしたいと思うのですが、先ほど時間がなくてお述べになれなかった。観光立県を含めた長期的な展望に立った経済の見通しというものを述べたいというお話でございましたので、いまの塚田委員の質問と合わせましてお願いいたします。
○梶木又三君 関連。 いま塚田先生の財政投融資の道路の問題が出たのですが、先ほど来どの公述人の方からも御意見がなかったのですが、私、沖繩で現実に一番谷間に置かれておるのが農民とか漁民の一次産業の方だと思うわけです。 そこで、先ほど財政投融資の話が出たわけなんですが、財政投融資を――もちろん道路、高速道路も必要でしょうが――漁港とか、あるいはことしの大干ばつ、こういう事態に対してのため池の問題、水の問題ですね。これは農業だけじゃございません。各住民の方々の飲料水もありましょうが、だから、その財政投融資のあり方について宮国さんのお考えは、一次産業よりも三次産業的なものへの財政投融資が多くていいのかどうか。いや、そうじゃなくて、やはりバランスのとれた形の財政投融資がいいのかどうか。こういう点につきましてもひとつあわせて御意見を伺いたいと思います。
○団長(安井謙君) 宮国さん、だいぶ項目が多いようですが。
○公述人(宮国英勇君) お答え申し上げます。順番に従ってお答えしたいと思います。 最初に、金融機関に、まあ私が約六千万ドルの差損が生ずるというふうに申し上げて、沖繩の金融といいますか、沖繩におきまして差損の問題で直接はだで感じておられない先生方にはたいへんぴんとこないのもごもっともだと思います。といいますのは、実は、せんだっての十月の個人の預貯金の差損補償ですべてのことが事足れりというふうなことを、まあその当時は、琉球政府も並びに各住民も金融機関の経済専門の方々も考えていたわけであります。というのは、御承知のように、金融機関では、借り方のほうに融資の貸し付け金がございますし、それで貸し方のほうに預金の負債がございます。したがって、ドルが一ドル対三百八円で、三百六十円よりも五十二円だけ切り下がりますと、両方の勘定が同じように減少しましてバランスがとれるわけでございます。しかしながら、そういうバランスがとれるというような観点から、沖繩でも大体のほとんどの方々が、金融機関には決して損はないというふうなことを言っていたわけでありますけれども、私がこれについて具体的に理論的に掘り下げまして、実は経営者協会から「経営」という雑誌がこういうように出ておりますけれども、先月、それの巻頭言の「道標」――道しるべというところで理論的にこれを解明したわけでございます。そうしますと、先ほどから銀行の名前が出ておりますけれども、琉球銀行という銀行の崎浜という総裁が、君の言うとおりだと、まあ、これは論文出す前からそうおっしゃっていただいておったのですが、そういうふうなことから、琉球銀行からもさっそく具体的なあるいは詳細な調査を行ないまして、例の法人の二億ドルの差損をはじき出したわけであります。まあ、話が前後しましたけれども、この銀行の約五、六千万ドルの差損といいますのはどこから来るかといいますと、やはり両方の勘定がバランスを持って縮小するわけでありますけれども、これは均衡して減るというふうなことだけじゃなくて、やはり均衡縮小というところに意義があろうかと思います。すなわち、縮小ということは非常にこれは大きな問題です。経済の規模が大きくなる、成長率が高くなるということはいいことで、成長率が低くなる、あるいはこれが逆に戻るということはたいへんなことであります。ちょうどマラソンでいいますと、一万メートル走るのに、五千メートルまで来てからこれをちょうど二割逆戻りする。すなわち、一千メートルだけうしろ向きに走る、すなわち、四千メートルまで戻るということはたいへんなことです。四千メートルまで戻ったところでは、一緒に走っている連中はすでに六千メートル走っております。そういうふうな状態で、縮小均衡ということはたいへんなことである。こういうことから大体おわかりと思いますけれども、これをもう少し数字であらわしますと、大体沖繩の銀行が、琉球銀行、沖繩銀行の普通銀行二行と、さらに中央相互銀行という一行、それから信用金庫二行ございますが、これらの資金量が大体七億ドルございます。そこでまあ概算的にその一五%が円切り上げによって実質的にドルが切り下がるということになりますと、約一億ドルの規模の縮小、資金量の縮小、融資量の縮小というふうになるわけでございます。そうすると一億ドルの資金量が減って、それでもって融資が減るということになりますと、結局貸し付け金によって銀行は収入を得るわけでございますから、その一億ドルの一割、大体年間一割金利と見まして、一割、約一千万ドルの金利が入ってこないわけでございます。しかしながら、それと反対側にある預金の金利も払わなくて済みますから、預金の金利を大体年五%と見ますと、その五%、すなわち約五百万ドル、これだけの金利を払わなくて済む。したがって、一千万ドルの金利が入らないかわりに、五百万ドルの金利が出ていかないわけですから、相殺しましてちょうど五百万ドルだけの収入が減るということになります。すなわち、沖繩の五つの銀行ないしは信用金庫でもって、年間で五百万ドルの金利が入ってこないということになります。したがって、これが将来とも、復帰時点、七二年の一年間だけでなくて、永久に入ってこないわけでございます。したがって、将来永久に毎年五百万ドル入るべきものを現在価値に割り引きますと、大体年一割の利率で割り引いて現在価値に戻しますと、これがちょうど〇・一で割りまして五千万ドルというような金額になりまして、非常に重大な事実であるということを先生方も御認識の上、ぜひ沖繩の一ドル対三百六十円の交換は、いかなる困難、いかなる日本本土の、あるいは日本政府の損失があろうとも、これだけは何とかやってもらわなければ、復帰自体が非常に暗い沖繩のスタート第一歩になるというように私は極言したいと思うわけでございます。 それから第二点でございますが、先ほど私も、復帰の目玉商品といたしまして、南部-北部間の縦貫道路をどうしてもつくっていただき、それによって沖繩が、楽しい観光ルートとして、ドライブをしながらでもこれが観光できる。私、ハワイの二世の方で友達がおりますけれども、その方の言うことには、沖繩は非常に景色もいい。それから、太陽の光線、海中景観――海の中の景色もいいけれども、どうも道路事情が悪いし、ドライブが楽しめない。ハワイはその点非常にりっぱで、楽しいドライブができるというようなことをこの五、六年聞いてきたわけでありますけれども、そういうような縦貫道路ができましたら、よそ見しながら、――これは非常に危険かもしれませんけれども――とにかく楽しいドライブができるし、さらに密集地の那覇の居住地を、むしろ山原といいますけれども、国頭、名護のあの辺に楽しい住宅をつくり、野や山でいろいろ人間らしい生活をしながら那覇に通勤もできるだろうというようなことを考えているわけでございます。さらに海洋博――国際海洋博覧会にしましても、会場を一つだけに選定しないで、むしろ名護、那覇、南部、宮古、八重山というようにある程度これを散らしまして、何しろ海外からこの海洋博の六カ月の間に三百万人入ってくるというように概算数えられているようですから、一日一万五千人くらい入ってくる予定ですので、一カ所にこれを集積しますと非常な混乱が起こるというような意味合いでも、この国際的な海洋博覧会を成功裏に終わらせる意味でも非常によいことじゃないかと思っております。たいへんありがたい御質問で、私も宮古の出身で、宮古といいますと、先生方御承知の方もおられると思いますけれども、一年間に大体台風が四、五回上陸します。そうして非常に干ばつの続くところでありまして、昔から非常に貧乏な島で、それだけに、われわれはどうしても学問で身を立てなければこれは成り立たないということで、一生懸命がんばってきておるわけでございますけれども、そういう意味で、宮古は非常に経済的に貧しい。そういう自然の脅威の強いところでございます。せんだって宮古の下地島というところにSST――スーパー・ソニック・トランスポーテーション、このSSTの飛行場ができるということで、相当額の資金も落ちるようで、たいへんみなわき立っております。地主も、反対が少しあったようですけれども、みなもう賛成しているようで、非常に今後の宮古の経済を潤す。あるいは宮古の海岸が非常にすばらしい。砂浜も、約四キロくらい砂浜がありまして、砂も非常にこまかくて、まっ白できれいであります。しかも、サンゴ礁がその砂浜にはなくて、相当な距離砂が続いておりまして、本土から観光客を何十万人連れて来たって決してよごれないような砂浜を持っております。そういう意味で、宮古のほうにできれば観光客を本土から続々誘致したいわけでありますけれども、直接宮古に飛行機で行くのもいいでしょうけれども、この離島区を解消するために、沖繩と宮古間にホーバークラフトなりそういう快速艇を、でき得れば観光あるいは産業の発展のために設置してもらえたら、私、願ってもないことだと思っております。 それから三番目に、時間の都合で、長期的観点に立った沖繩経済の対策という面で縦貫道路しか申し上げられなかったのですが、もう少し、若干申し述べますと、二番目に――一番目が縦貫道路で、二番目に、復帰による経済の落ち込みをカバーするつなぎの役割りを果たし、さらに、これから沖繩に誘致される産業に貢献する土地を造成するために、大きな、大々的な埋め立て地の浩成を計画しその資金援助をお願いしたいと、これは大体いま沖繩で計画されているのが糸満の地区、それから浦添、西原、さらに金武湾、こういうところにまあ工場地帯あるいは観光地帯というふうなものがただいまいろんな研究機関でゾーニング・プランによって研究されております。そういう、大体、私の計算では約二千万坪埋め立ててもらいたい。これには三億ドルくらいの資金がかかると、私、理解しております。 さらに三番目に、七五年に開催されます国際海洋博が終わったあとも、これにがかった巨大な投資、すなわち約十五億ドルと民間並びに政府の予算に計上されているようでございますけれども、これから計上されるのですが、そういう巨大な投資が沖繩に投下されるんですから、これをそのまま取っ払って、その後全く中断して、全然沖繩の経済に貢献しないというふうなことでも、やはりそれに準拠した沖繩のいろいろな経済機構ができあがりますので、一たんそういう大きな資本が投下されたあと、これがぽつんと切れますと、非常に沖繩の経済を混乱におとしいれます。そういう意味で、かかることがないように、海洋博と同時に、国際海洋学研究所を設置していただきたい。そして、その国際海洋学研究所で毎年国際的な海洋学、海洋の研究をしていただき、できれば天皇陛下にも年に一度沖繩の非常に気候のいいころ来ていただいて、御専門の海洋の御研究に御専念いただき、まあ明るい豊かな、ほんとうに南国らしい、すばらしい沖繩の社会をつくっていただきたいと思っています。 さらに、この海洋博に関連して、沖繩のサンゴ礁で輝くすばらしい海底資源を活用して海底に牧場をつくり、この海底牧場におきましていろんな魚介類あるいは魚、そういう海底資源を豊富にそこで養殖なりあるいは育成しまして、陸上の畜産に次ぐたん白資源としてもらいたい、こういう希望を持っております。 さらに四番目に、先ほどから基地の問題が出ておりますけれども、やはり、沖繩では基地の面でいろいろなまあこれまで苦労もしておりますので、早目に基地の整理統合をしていただきたいわけですけれども、先ほどから申し上げておりますように、米軍基地の収入は、いかんせん二億ドルもある。そういう意味で、一ぺんにこれが二億ドルがなくなってしまいますと、やはり経済上問題がありますので、その基地の整理統合とあわせて経済政策をとってもらいたい、こういうふうに考えておりますけれども、その基地収入の減少を補う経済対策の一環としまして、現実的な問題があります。これは、現在、沖繩で石油産業が非常に脚光を浴びておりまして、沖繩でも大体いま三社、ガルフ、エッソ、東洋石油というふうな会社がありますけれども、そこの年間石油製品生産量が一千二百万キロリットルございます。これの精製、生産をやっておりますけれども、この輸送の問題がございまして、一千二百万キロリットルといいますと、沖繩の年間貨物輸出入量約七百万トンのちょうど二倍に達します。こういうふうな量の石油製品が本土にあるいは東南アジアに運搬されますので、それの海上における運輸をでき得れば沖繩の地元の業者に、その五割なりあるいはその近辺のものを担当させてもらいたい。それによって相当量の収入が得られ、基地収入からの脱却、基地経済からの脱却が可能になると思います。 それから五番目でございますが、私が財政投融資を復帰前に繰り上げ措置してもらいたいというふうなことを申し上げたことに関連しまして、この財政投融資は一次産業がいいか、三次産業がいいかというふうな御質問でございましたけれども、御承知のように、沖繩はことしも非常に長期の干ばつで、かんがい用水どころか飲料水にまでこと欠いたような状態でございます。そういう意味では、まずもって基幹社会投資が必要でございますけれども、それには北部の山にダムを三つほどつくっていただきたいというふうな基本的な要望がございます。さらに経済の問題としまして、やはり沖繩で第三次産業だけでは、これだけの人口をかかえるにはちょっと経済収入が確保し得ないというふうな意味合いから、二次産業の誘致もいろいろ骨折っておるようですけれども、なかなか国際的な情勢あるいは沖繩地元の問題で関連産業あるいは新しい産業の誘致が進んでいないようでございます。
○団長(安井謙君) 宮国さん、たいへん恐縮ですが、時間の関係もありますので、きょうの議題に直接関連のない部分は割愛をしていただいて簡潔にお願いしたいと思います。せっかくの話を恐縮ですが。
○公述人(宮国英勇君) そういう意味で、やはり一次産業も大事ですので、沖繩ではほとんどかんがい施設がないためにサトウキビがいわゆる立ち枯れして、もう西表やらその他の離島では、製糖工場も操業停止でほとんど動いておりません。そういう意味合いで、かんがい施設も大いにつくっていただきたい、こういうふうに考えております。
○宮之原貞光君 まず宮国公述人にお尋ねをいたしたいと思いますが、ただいまもいろいろ長いことお話があったのでございますが、先ほどの陳述を拝聴いたしますと、沖繩の経済発展、観光県沖繩というためにも縦貫道路が絶対必要なんだという陳述があり、ただいまもまた補足の中でも言われておったわけでございますが、文字どおり縦貫道路という形になってまいりますと、私たちが一つの大きな問題としてぶつからざるを得ないのは、沖繩に存在するところの膨大な基地の存在だと思います。この基地をそのままにしておいて縦貫道路をつくってもらいたいと、こういってもこれは無理だ。また、先ほどのお話をお聞きすると、基地は当分の間あってもらわなくては困る、こういうようなまた話の筋でもあるのですが、一体、いわゆる経済開発と申しますか、この問題と基地という問題の関連性をどう考えておられるのか、そこらあたりをひとつ端的にお聞かせを願いたいと、こう思います。 それからいま一つは小嶺公述人にお伺いをいたしたいのですが、肩書きを見ますと中央教育委員という肩書きのようでございますので、教育関係の問題をまずお伺いいたしたいと思います。まず小嶺さんは、いままでの沖繩の教育というものをどのように評価をしておるのかということをお聞かせ願いたいと思います。先ほどのお話の筋によりますと、復帰して初めて日本人としての教育が可能なんだと、こういう筋のお話があったのでありますが、そのことばをそのとおり受け取ると、いままでは日本人としての教育が非常にむずかしかったというような形にも聞き取れない向きもないではないわけでございますが、少なくともいわゆる国会筋におきますところの議論の中では、沖繩におけるところの今日までの沖繩の教育という問題については、与野党を問わず、あるいは政府間を問わず、いわゆる日本人としての教育という問題について非常な役割りを果たしてくれた、しかも、それをささえたのは公選制だということが強く今日まで議論の中でも明らかにされてきておるわけでございますが、一体小嶺さんはいままでの沖繩の教育についてどういう評価をされておるのか、お聞かせを願いたいと思います。 いま一つは、先ほどの陳述の中では任命制賛成だというお話でございますが、これは中央教育委員全体の意向としてそうなのか、それとも、中央教育委員会はいわゆる公選制が圧倒的に賛成だけれども、御自身の個人意見なのか、あなたのいま出されたところの意見は。そこらあたりを明確にひとつしていただきたいと思います。 いま一つお聞きしたいのは、自衛隊の配備の問題でございますが、先ほどのお話をお聞きしますと、反対論は、消防隊があるから火事になるんだという論法にひとしい、まあ保安的なものだと言わんばかりのお話であったわけでございますが、今日、沖繩に自衛隊を配備をするという問題は、少なくともこれは米軍の役割りの一部の肩がわりであるということはその論争の中でも大体もうみな常識的になってきておるわけであります。これは久保・カーチス協定を見てもそれははっきりうかがえるのでございますが、そういう肩がわりという立場に立てば、小嶺さんは、現在の沖繩にあるところのアメリカの軍隊というのは沖繩の防衛のために存在をしておるものだという理解をなされておるのかどうか、この点をひとつ明確にお答えを願いたいと思います。 以上でございます。
○長田裕二君 ただいまの御質問の第一のことに関連しまして、宮国さんにお尋ねいたします。 縦貫道路のことを非常に強く陳述をしておられましたのですが、ただいまの御質問では別の観点からこれについての重ねての御意見を伺っているわけですが、私はまた別のあれとしまして、沖繩木島の交通の問題につきましては、お聞き及びのように、モノレールでいくとか、鉄道でいくとか、そういう考え方もいままで開陳されているわけです。道路につきましてはある程度まあ自然の改善というものもあるわけですが、宮国さんは、新しく大きな縦貫道路という構想で沖繩の開発、特に観光的な面からの開発ということを主張されたわけですが、モノレールあるいは鉄道というものに対してどういう評価を下しておられるか。まあ、全部やれば一番いいということにもなりましょうけれども、若干順位をつけてお考えになった場合にどういうふうにお考えになっておるかもあわせてお答え願います。
○団長(安井謙君) 宮国公述人、簡単にひとつお願いいたします。
○公述人(宮国英勇君) 最初の御質問で、基地を通って縦貫道路ができるのかというふうな御質問でございましたけれども、これはごもっともでございますが、しかしながら、これは技術的に大体解決できるんじゃないか。基地が現在あるところは通らないように道路をつくるか、あるいは海上にパイルを打ち込んでそこに高速道路をつくることもできるだろう、こういうふうに考えております。さらにそれと関連しましてモノレールでございますが、私も欲ばりでございまして、できたらこの高速縦貫道路の上にモノレールをつけまして、やはり高速道路は人間を運ぶだけじゃなくて、貨物も運ばれるし、まあ楽しいそういうモノレール、あるいはモノレールにかわる通勤用の電車というふうなものができれば非常にけっこうじゃないか、こういう二つのものを同時にやってもらう。これができれば最高の望みでございます。といいますのは、海洋博でも、もし北部にも会場ができますと、道路だけでは、走っている間はいいけれども、これが終着に着きますと、そこで非常に混雑して、結局は同じもとのもくあみで混雑に終わるというようなことでいけないので、やはり人間だけが進めるようなモノレールあるいは通勤電車のようなものも両方できれば、ともどもになければならない、こういうふうに考えております。 次に、基地と経済というふうな非常にむずかしい問題を投げかけられまして、私もたいへん困っておりますが、確かに軍事基地、戦争につながる基地は、これはないほうがいいわけでございます。したがって、沖繩にある基地も、できれば米軍侵略用の基地はないほうがいいということでございますけれども、何しろ、過去二十余年の間にでき上がった一つの歴史というものは、そう簡単に途中で中断するわけにいけない。こういう継続があって基地が一応続くことになっただろうかと思いますけれども、その基地と経済の問題につきまして、われわれ、まあ私個人としては、基地は早急になくならねばならないと思っておりますけれども、ただ、経済のマクロ的な立場から考えた場合、やはりその基地では全軍労の労働者も働いているし、あるいは基地関連の業者、物を売っている業者もおれば、いろいろなそこに関連する人間が働いて、そこから生活のかてを得ておるわけでございます。そういう意味で、一度にこの基地を撤去して、かかる人間はすべて路頭に迷えというふうなことは、なかなかマクロ的な立場から、われわれ経済を一応学んでいる学徒としては言い切れない。そういう意味で、やはり基地は整理縮小、統合してもらいたいけれども、それと同時にやはり経済政策を日本政府としてはきめこまかにそのつど手を打っていただきたいと、こういうふうに考えておるわけであります。
○団長(安井謙君) どうもありがとうございました。 小嶺さん。
○公述人(小嶺憲達君) お答えいたします。 第一点の、沖繩の教育をどのように評価するかという御質問かと思いますが、私は、復帰をしなければ沖繩の教育は全然評価されないという意味合いで申し上げたわけではございませんで、沖繩の教育はそのように評価すべきであると、また、一生懸命皆さん努力してきたということも先ほど申し上げたわけでございますが、ただ、そのいわゆる不自然な状態、まあ、異民族支配というその不自然な状態では、真の日本国民の教育にいろいろと支障があるということを意味しているわけでございます。 それから二番目の任命制についての意見は、中教委としての意見かあるいは個人の意見かということでございますが、これはもちろん個人としてでございます。中教委としては個人として発言する資格はございません。で、個人としてでございます。 それから三番目の自衛隊の配備につきましては、復帰をいたしますと、日本国に入るわけでございますので、いずれ米軍基地が縮小されてくと、それに伴って国内の防衛は自衛隊が担当すべきであるという意味で申し上げたわけでございます。 以上でございます。
○団長(安井謙君) 木島君、時間がだいぶ近寄ってきましたので、ひとつ簡単にお願いいたします。
○木島則夫君 それじゃ簡潔に申し上げます。 仲田公述人にお尋ねいたします。ひとつ端的にお聞きしたいんであります。仲田公述人がきょうこの公聴会においでになるときに、あなたの家族の方、周囲の方々の反応はどうでしたか。非常に大きな期待をもってあなたをここに送り出されたか。そういったことでもけっこうです。まわりの方の反応ですね。それから、あなたの周囲にも沖繩返還協定と法案に反対をされる方々がおいでになると思います。あってしかるべきだと思います。そういう方々は、沖繩が返還をされずにそのまま推移していった場合に一体どういうことが起こるんだろうかというようなことを具体的に仲田さんにお話しになっておりますでしょうか。もしそういうお話がなければ、これはお答えいただかなくてもけっこうです。 それからもう一点です。宮国公述人も、さっきちょっと触れておりましたけれども、アメリカのドル防衛措置に伴って、八月から十二月の間に、すでに大手メーカーからも倒産が出ているというお話でありました。中小企業のこうむっている影響を、一つでも二つでもけっこうでございます、具体的に、本土資本のかけ込みとも関連をして伺いたい。そのことについて、これは簡潔に端的にひとつお答えをいただきたいんです。 以上です。
○公述人(仲田昌繁君) 簡潔にお答え申し上げます。 本日公述人として出る際に、いろいろ電話がございました。それで具体的に中心として公述するのはどういうことだということでございましたが、それは先ほど申し上げましたとおり、特にドル問題に大きな期待を寄せているようでした。それと、二点目の、返還協定がかりに通らないとかあるいは関連法案が通過をしない場合、具体的にどうなっていくんだということに対しては、友人間同士では話しております。その友人間同士の話では、具体的にそこまで突っ込んで、たとえば本土の世論でもあるいは沖繩の世論でもいわれておりますが、具体的に返還協定あるいは関連法案が通過をしないで、可決をされないで、そこでかりにそれが、悪いことばで申し上げますと、パーになるといった場合に、復帰というものが実現できない。こういう深く突っ込んだ考え方は、友人間同士で話をするなり、内容に気づいております。 さらに、アメリカのドル防衛政策に関連いたしまして、倒産問題あるいはかけ込み外資の問題でございますが、先ほども時間足らずで若干説明不足でございましたが、まあ私のほうも、私は水産関係を担当しておりまして、先ほど宮国公述人のほうからもございましたが、たいへんドルの問題が出まして、たとえば市中金融のそういうような融資が受けられない。こういうことに基づきまして、結局、運転資金が借りられないために、本土政府に対して、特に水産関係でございますが、本土政府に対して何とかそういうふうな融資面をしていただきたいというふうな強い要請を現実にやっておる面でございます。そういうことで、やはりこのドル問題というのは、沖繩県民の総意として早目に解決をしないと、復帰に向けて非常に大きな不安と混乱をむしろプラス・アルファしたような形でわれわれは受けとめておるというふうに申し上げておきたいと思います。
○稲嶺一郎君 仲田公述人と、それから、まああなたでいいと思うんだが、実は日本においては景気浮揚策というものが講ぜられているわけです。ところが、いまいろいろと公述人の方々からお話を聞くと、沖繩にはまだそれがないような感じを受ける。私は、沖繩においてはいまこそほんとうの景気浮揚策が必要だと思うんだが、それに対してひとつ御意見をお伺いいたしたい。
○高山恒雄君 ちょっと一つだけ、関連です。 仲田さんにお聞きしたいんですが、固有の沖繩汽船の非常な危険性があるということをちょっと報告されたと思いますが、現在の船の運用上における被害ですね、大汽船が沖繩に入って固有の沖繩汽船というものが下積みになって倒産の一歩手前にいくような危険性があると、こういう意味なのか、そういう点、ちょっとお触れ願いたいと思います。
○公述人(仲田昌繁君) 簡単にお答え申し上げます。 稲嶺先生がおっしゃるとおり、いまこそ景気のそういうふうな対策が非常に必要でございます。さらに、先ほど沖繩と本土間の航路関係に関連いたしまして若干説明申し上げたんですが、現実にいまその倒産というところまでいっているわけではございませんでして、特に復帰対策第二次要綱の中に、貨物船につきましては現在の航路秩序を保っていくと、このようなことが復帰対策要綱の中にも出ておるわけでございます。しかしながら、沖繩と本土間の旅客船につきましては復帰対策第二次要綱の中には入っておりません。そのことは、本土復帰をいたしますと、海運業法というのがございまして、旅客船は免許制度になるわけでございます。したがいまして、来年のかりに四月一日復帰といたしますと、いまのうちにかけ込み旅客船を沖繩航路につけたいと、こういうような具体的な動きが出てまいっておるわけでございます。そのことにつきましては、衆議院の沖特委の連合審査会ですか、十二月のたしか十六日にもそれが出ておると思います。そういう点で沖繩の海運企業、あるいはそこに働く労働者にとってはほんとうに脅威でございまして、復帰対策の第二次要綱の中にもそれが出ておるわけでございますので、そういう点を十分御理解の上、先生方の御理解を得たいと、こういうふうに考えるわけでございます。
○団長(安井謙君) まだまだ御質疑もおありかもしれませんが、予定の時間を過ぎたようでございまして、この程度でひとつ質疑を終わりたいと思います。 公述人の方々、長時間にわたりまして非常にいろいろと有益なお話を下さいまして、まことにありがとうございました。(拍手)得るところも多いだろうと確信いたします。厚くお礼申し上げます。 なお、本日の会議につきまして特別の御配慮をいただきました立法院また行政府、その他関係の各機関の方々に対しまして、心からお礼を申し上げます。われわれ、皆さまの貴重な御意見を伺いまして、さらに明日からもまた国会の審議に精を出すことにいたします。いろいろと本日はありがとうございました。 以上をもちまして本日の参議院沖繩公聴会を終了いたします。 散会いたします。(拍手) 〔午後四時四分散会〕