文教委員会 第4号
- 発言数
- 31 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/12/03
会議録
○丹羽委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、これを許します。多田時子君。
○多田委員 現在問題になっております国立大学と私立大学の授業料の値上げの問題について、この委員会でも先日も質疑がございましたし、またその前には山田委員からも質問がございました。国立大学の授業料の値上げはもちろん私どもは反対でございます。これは反対であるということを前提にしてお伺いしたいと思うわけですけれども、私立大学はもう破産寸前のところもたくさんございます。そして、ばく大な授業料の値上げにもいま踏み切ったところでございます。そういう実情と、国立大学は値上げをしなくてもいいというふうな前回の高見文部大臣の御答弁とが、いろいろな情勢から考え合わせて、何かそこに現状にそぐわない、あるいは矛盾があるというふうに考えられるわけなんですけれども、もちろん国立大学の授業料の値上げは反対としても、その現状分析の上においてその矛盾をどういうふうに解釈したらいいのか、このように思うわけなんです。まず最近の委員会の質疑の中から取り上げましたこの授業料値上げの問題について、ひとつお尋ねをしておきたいと思います。
○高見国務大臣 国公立の大学と私立の大学との間に授業料の上において非常な格差がある、これは御指摘のとおりでございます。前にも申し上げましたように、私は、私立大学はその建学の精神において、国家権力の支配に属さない、独自の教育的な理想を掲げて教育に当たる、これが私立大学建学の理想である。たとえば新島先生にしましても、福沢先生にしましても、大隈先生にしましても、そういう意気に燃えて私立大学というものをおつくりになった。したがって、学校の経費というものは、その当時は基本財産と、それから寄付金、それから学生の納付金、これが私立大学の経営費のおもなるものであったのでありますけれども、実は経済事情が非常な大きな変化をいたしました。その関係で、私立大学の経営が非常な困難を来たす状態になってまいりました。たとえば基本財産の面におきましても、終戦後の貨幣価値の変化というものが非常に大きく変動いたしましたために、基本財産が基本財産の意味をなさなくなった。そこへ持ってきて、戦災等を受けまして物件費が非常に大きくかかる状態が出てまいりました。加えて人件費の増高というような問題もありまして、私立学校はいまや経営の危機に瀕しておるという事実を否定するわけにはいかないと思うのであります。国立大学の授業料との間の格差という問題は、これは国立が安過ぎるじゃないか、私立が高過ぎるじゃないかという比較の問題ではないと私は思うのであります。本来、国立大学の経営というものは、国の費用でまかなうというたてまえで出発をいたしておるのであります。けれども、現状から申しますというと、私立大学のほうでは、このままではもう破産する。と申しますのは、調べてみますと、昭和四十一年を最後に、学生紛争の関係もございましたが、どこも値上げをしておらないのであります。昭和四十一年からと申しますと、実は五年間値上げがストップされておるという状態になっておりますので、この段階において、私立側で値上げをしなければならない、授業料の引き上げをしなければならないという事情は、わからないわけではございません。わかるのでありますけれども、これをできるだけ軽くすることを考えなければならぬ。というのは、だれが負担するかといえば、それは授業を受ける生徒の父兄が負担するわけであります。したがって、この際は国が積極的にめんどうを見てあげることを考えなければならぬ、かように考えて、一昨年から私立大学に対する特別助成の方法を講じてまいりました。いまこの五年計画が進行中の状態であります。ただ、進行中の状態でありまするけれども、事態が急迫しておりまするので、今年度は特別に大きな助成をしようという気持ちで予算を要求いたしておるというのが実情でございます。
○多田委員 いまの御答弁を伺っておりますると、あまり要領を得ないように思うわけなんです。先日も山田委員の質問に対しての大臣の御答弁の中に、「おそらく来年度は見送りということになるんじゃないかと思っておりますが、私は、私個人の意見を聞かれるならば、むしろ国立大学の授業料は安過ぎる、」というふうにおっしゃって、どっちにでもとれるような御答弁で、結論すれば国立大学の授業料の値上げは見送ったというふうにとれるわけなんですけれども、大臣は、「私個人の意見を聞かれるならば、」というふうにおっしゃっていらっしゃいますけれども、大臣が私個人とおっしゃってもやはり文部大臣でいらっしゃいますので、これは私的発言ではなくて公的発言というふうに受け取るわけなんですが、このどっちともつかない御答弁は責任のがれというふうな感じもしないではありません。この決断を下すのは文部省としても文部大臣ということになっているかと思いますけれども、その点、新聞には一応見送るというふうになっておりましたが、再度ここで大臣の国立大学の授業料の値上げについての発言をお願いしたいと思います。
○高見国務大臣 個人の所見と申しますのはあくまで個人の所見であります。実はこれは考え方はいろいろあると思います。国立の大学の場合は、授業料をいっそ免除してもいいじゃないかという考え方も一つの考え方としてはあり得ると思います。ただ単純に私立と比較して国立が安過ぎるからという議論は当たっておらないという感じを持っておるのであります。問題は、国立が安過ぎるのか、私立が高過ぎるのか、これはあくまでも相対的な問題であろうと思うのであります。したがって、国立大学の授業料をこの際来年は据え置くという結論をまだ出したわけではございません。これははっきり申し上げておきます。これからの情勢によっては必ずしも国立の授業料の値上げは見送るという性質のものではございませんけれども、問題は、授業料を引き上げるならば、その引き上げに見合うだけの教育の機会均等を得させるためにも、育英制度というものとあわせ考えなければいけない。授業料をただ引き上げればいいという性質のものではないという考え方を私はいたしておるのであります。その意味においては、いま国立の授業料は値上げをいたしませんということも申し上げる段階ではない。場合によっては値上げをする、値上げをするという場合には一体育英資金はどうするか、あるいは経済的負担のできない者についての態度もしくは授業料の免除をどう考えるかというような問題は、これから考えなければならぬ問題である。上げると決意すればそういう問題を考えなければならない、こういう考え方でおるということを御承知いただきたいと思います。
○多田委員 水田大蔵大臣は、上げるというふうにおっしゃった。文部大臣のおっしゃった次の日でしたか、そういうふうにおっしゃっております。新聞では二日にわたって上げるの、上げないのということになったわけですけれども、いまの大臣の御答弁によりますと、上げる可能性もあるというふうに、この前からしますと一転しているように思われます。そういうふうに理解しておきます。 それから、これに関する問題なんですけれども、いまも大臣おっしゃいましたように、国立と私立との間の格差はますます広がっていくばかりだ。授業料だけでも一万二千円と約十万円というふうに、まず十倍は違います。この間も山中委員や鈴木委員のほうからお話があったことですけれども、確かに憲法第二十六条教育の機会均等ということから考えますと、これは重大問題だというふうに、いま大臣のおっしゃったとおりだと思います。 そこで、いま学生の出身家庭を調べてみますと、家庭がたいへん裕福で、子供の教育も、家庭教師などを雇って、りっぱに子供を家庭でも教育ができる、そういう経済的にゆとりのある家庭のお子さんはむしろ授業料の安い国立へ行く、それから家庭の所得がたいしたことはなくて、たいへんな中から大学へ子供を送り出している、たまには共かせぎの家庭もある、そういうふうな家庭のお子さんが授業料の高い私学に行かなければならない。これは大学ばかりではございませんで、高校あたりもそういう傾向になっております。そういうことから考えましても、また四人に一人は大学生という、いわゆる大学の大衆化路線がますます進んでいる、こういう実情から考えましても、真の教育の機会均等ということを考えますと、こうした格差があるということは重大問題である、こんなふうに考えるわけですが、その辺についても大臣の御所見を伺いたいと思います。
○高見国務大臣 実は、国公私立大学に在学いたしております学生の家庭の経済状態を調べてみますと、国立のほうは所得の低い層のほうの父兄に多いのであります。これは多田先生のいまの御指摘の中で、国立のほうへ金持ちの子供が行っておるという例よりは、やはり国立のほうへ金持ちでない、勤労階級層の子供さんが比較的多く行っておる、所得平均を見ますとそういうことになっております。 それはともかくといたしまして、教育の機会均等という立場から申しまするというと、私は、私立がほとんど十倍になっておる。これは、昭和十年の統計を見てみますと、国立も私立もともに百二十円であったのです。これは月でございますが、一カ月百二十円。私立の大学の中には月謝百円という学校もあったのであります。急に月謝が上がりましたのは昭和二十四年以後のことでありました。ことに私立大学がたいへんな経営上の困難を来たしましたのは昭和四十年以後なんであります。ちょうど学生急増期に物件費が非常に上がったということでございますね、それが今日まで実は尾を引いておるというのが実情であるのであります。この関係から、昭和四十五年から、これはこのままではいけないということで、私立学校に対する特別助成という道を開いたわけなのであります。まあ微々たるものであります。微々たるものでありますけれども、そういう意味において私立学校に対する特別助成の道を開いたというのが実情であるのであります。さよう御承知をいただきたいと思います。
○多田委員 いま大臣のお話ですけれども、昭和四十年以降というお話がありましたが、いわゆる公立、私立の別を、金持ちとかなんかというあれは別といたしましても、私はやはり現状をよく御存じないんじゃないかと思うわけなんです。といいますのは、最近いろいろおかあさん方から心情を聞きます内容は、大体高校でも大学でも、むしろ家計的にたいへんな中から行っていらっしゃる方のほうが、授業料の高い私学のほうへ行っているという実情はいなめないと思います。 そういう観点から考えますと、いまいみじくも大臣がおっしゃったそのことは、やはり昔ながらの考え方から一歩も出ていないというふうに私は考えるわけなんですけれども、そこで文部省の体質は、国立偏重であり、私学軽視である、それが文部省の体質だなどというふうな批判を受けております。その批判を解明してみますと、国立大学ですから当然のこととはいたしましても、四十五年、四十六年、四十七年、この三カ年の、国立大学と私立大学の国としてかける経費の相違、それが四十五年は三千億、四十六年は三千四百億、そして四十七年は四千百億、これは約です。こまかい数字は別といたしまして……。そして私立大学のほうは、四十五年が百三十二億、それから四十六年百九十八億、四十七年が、もしこの予算が通れば四百十六億ということで、まず大体十分の一。通って十分の一でありまして、これは私学に対する軽視であるというふうにいわれてもしかたがないんじゃないか。 また、もう一つは、国立大学の学生が年間約百万円かかる。私立大学の学生は約一万七千円だ。この辺の、学生一人当たりの分量にいたしましても、またもう一つは教授と学生のバランスの上からも、国立大学では教授一人に学生八名、大体理想的なところへいっているわけです。ところが、私立大学では教授一人に学生約三十名強。三十名オーバーしているところのほうが多いようですけれども、結果的には、こういうふうに私立大学というのは、その大学の理想から離れましてマスプロ教育というものが余儀なくされている。理由はもっといろいろあると思いますけれども、こういう実情から、数的な面から考えても、やはり国立偏重である、私学は軽視している、こういうふうな昔ながらの考えが国民大衆にも定着しているんじゃないか。こういうことになりますと、文部省としてもこれは黙ってはおれない、そうではないという御反論もあるかと思いますけれども、この辺についての文部大臣の御意見を伺いたいと思います。
○高見国務大臣 確かに多田先生のおっしゃるとおりであります。いま三十人とおっしゃいましたけれども、来年の推算では、あるいは三十五、六人になる学校がありはせぬかと思っております。ただ、文部省が私立大学を軽視しておるというのではなくて、文部省としては、私立大学に対する自主性を尊重してまいりましたのが一貫した姿勢であったのであります。私立には私立の権威を持たせる、建学の理想をそのまま実現させるというのが考え方の基本であったのでありますけれども、経済事情の変動等から、このままにしておくわけにはいかないというところで特別助成の道を開くことになりました。この特別助成の道を開いてみましても、実はわずかなものであります。ここ五年間の割合から申しますと、大体五年前に比べますと五倍になっております。それでも国立に比べますとちょうど一割にしか相当しないという状態なのであります。この点については私どもも、私学というものの自主性を尊重しながら、私学の成り立つ姿をつくっていかなければならない、かように考えておるわけであります。その熱意だけはひとつ御理解をいただきたいと思います。
○多田委員 その御熱意を理解をしたいところですけれども、私立大学に対する助成が四十五年度から始まったということだけ見ても、やはりいわゆる学園の自治というような美しいことばが一つの隠れみのになって、そして文部省としてはもっぱら国立大学に力を入れていたというふうにいわれてもしかたがない面もいろいろなところに見られるわけなんです。それで、その辺に対しても私は、その御努力がどういう形で実るかということを今後もよく見守っていきたいと考えておりますけれども、この前の山田委員の質問に対する大臣の御答弁の中で、先ほどもちょっとお話が出ておりましたけれども、奨学金制度の抜本的改革をはかり、それとの関連において国立の授業料の問題を検討したい、こういうふうにおっしゃっていらっしゃったわけなんですが、日本育英会奨学金制度の抜本的改革というのはどういうふうな抜本的改革案をお考えですか。
○高見国務大臣 これはいろいろな考え方を持っております。たとえば銀行ローン方式というようなものも目下検討をいたしておりますが、なかなか銀行側の協力が得られないという悩みがあるのであります。ことに私立大学の場合におきましては、国立よりは給与、貸与ともに私立のほうを厚くいたしておりますのは、そういう私立大学の学生負担がふえてまいります面をわずかでもカバーしてやりたいという気持ちでやっておるのであります。これは将来できることなら銀行ローン制度というものを何とか検討いたしたいと、実は私も就任以来いろいろやってみましたけれども、なかなか銀行側がついてきてくれないというのが実情であるのでありまして、この辺の問題は、まだまだその他いろいろな問題があるわけでありまして、給与だけでなしに貸与の問題についても考えなければならぬし、場合によればその貸与を免除するという道を講じることも考えなければならないということなどをあわせて、ひとつ育英資金のあり方というものについて考えてみたいと思います。 私立学校に対しますたとえば私学振興財団の金にいたしましても、学生の急増いたしました時期において土地建物に非常に投資をいたしました。それは私学振興会の金で投資をいたしましたけれども、今日の金利状態から申しますと、これが非常な大きな負担になっているわけであります。私の見るところでは、その学校の教育総経費の中における大体二二、三%が負債の償還金に充てられております。そういう状況であるならば、この際思い切って——これは育英の問題ではありません、私学振興財団の資金の問題ですが、思い切って安い金を考える。安い金を考えるということになりますと、その金利の補てんをどこでするかということでありますが、やはり国費でもって補てんせざるを得ないということになりますね。国費でもって補てんするということになりますと、私学振興財団に対する国の出資金をふやすより以外に——これはただの金ですから金利がかかりませんから、したがって金利がそれだけ下がる、それによって肩がわりをさせていくことを考えるというような道も講じてやるのでなければ、これからの私学の振興というものを期することはできないのだ、かように考えておるわけであります。
○多田委員 その抜本的改革ということがいまのお話のようなことであるとすれば、これは一日も早く実現をしていただきたいと思うわけですけれども、この日本育英会の奨学金制度というものにまた問題があるように伺っております。 先ほど大臣が、私学に行く学生は大体家庭が財政的に豊かであって、国立のほうが比較的家が貧しくて頭のいい子で苦学の学生がいたというふうな、昔からの考え方が基本にありまして、そういう国立大学の学生は願書を出せばたいへんスムーズにもらえる、願書が通る。けれども、私学の学生にとってはこれがまたなかなか不利な制度だ、そんなふうな問題もあるようでございます。いずれにしましても、高等教育を受ける人々の七七%が私学の生徒さんたちですから、こういうことから考えても、やはり日本育英会の奨学金制度も、私立大学の学生に対してもっとあたたかい行き方であってほしい、こういうふうに思うわけですが、その点についてはいかがでございますか。
○高見国務大臣 いま御指摘になりました問題、まさにそのとおりであります。私も実は、この制度の上における一番の大きな欠陥はそこにあると思っております。私も不勉強で、これを発見いたしましたのは三カ月ばかり前の話なんですが、そういうことになっているなら貧乏人の子供は行けないじゃないかという話をしたことがございます。 確かに、お話しのとおり、その点は、今後むしろ負担の重い私学のほうにより多くのお金を出してやることを考えなければならぬ。これは前年に来年度進学する学生の中で奨学資金を受ける学生を募集いたしまして選考いたすものですから、頭のいい子供は国立へ行ってしまうということになりますので、どうしても国立が多くなるということになるわけでありますが、私学の場合は、金額をより多く貸してやるというだけで問題は解決するのではなくして、むしろ私学へ行く子供に貸してやる金あるいは出してやる金のほうを多くしてやるという考え方、配慮というものが必要であるということは多田先生御指摘のとおりで、私も全く同感であります。そういうように今後処置いたしたいと思っております。
○多田委員 文部大臣がそうおっしゃってくだされば、そうなるであろうことを確信をいたしておるわけでありますけれども、私立大学は、先ほども申し上げましたようにいま破産寸前の大学があるわけです。約二百八十校の大学の中でそういう危機に瀕しておるような状態の大学が大体どのくらいございますか、お調べいただいておるでしょうか。
○安嶋政府委員 具体的な調査は持ち合わせておりませんですが、先生お話しの、破産寸前ということを文字どおり受け取りますとたいへんな事態でございますが、いま一般に私学が赤字を多数かかえているということの意味は、いわゆる会社経理等におきまする赤字という意味とはかなり違うわけでございまして、借り入れ金が非常に多い、あるいは教員の人件費を上げなければならないのに上げることができない、あるいは先ほど御指摘がございましたように、教育研究の設備を充実しなければならないのにそれができない、そういう事態を一般的にさして私学の経営状態がほとんど破産的であるとか、あるいは赤字が非常に大きいというふうに言っておるのであろうと思います。 文字どおりの意味におきまして破産的な状態にある大学が幾つあるかというお尋ねに対しましては、いま申し上げましたように、調査がございませんが、おそらくそういう大学はない、あるいはほとんどないはずだというふうに考えます。
○多田委員 大学は、私立大学にいたしましても国立大学にいたしましても、文部省の諮問機関と申しますか、大学設置審議会とか私立大学審議会、そうした二つの審議会があって、そういうところの審議を受けて認可され大学になったわけですから、やはりこういう問題も、いわゆる学園の自治を尊重してということも当然ではありますけれども、やはり認可をしたという立場から、責任をもってそういう状態を把握していかなければならないと思うわけです。いまそういろ大学はないというようなお話でしたけれども、すでに何か運動場を売りに出すとか、あるいは学生が集まらなくて先生に払う給料が出せずに経営者が逃げたとか、そういったような大学があるように伺っております。大学の学生数も、ことしもそうでしたけれども、来年あたり徐々に減る傾向にあるわけですから、そうしますとますます赤字財政は、形態がどのような形態にせよやはり赤字は赤字なんであって、たいへんな中で私学を経営していかなければならないという実情には変わりないと思うわけです。 そこで、それがわかられていないということでしたから、これはまた重大な問題ですし、それに対してどういう処置がなされているかということをその先伺いたいと思ったわけなんですけれども、もしそういうことが正確に把握された場合の文部省としての処置のしかた、そういった問題についてはいかがでございましょう。
○安嶋政府委員 ただいまお答えいたしましたように、正確な意味における破産状態の大学というのは私ども的確には調べておりません。おそらくないと思いますが、しいて例をあげますならば、たとえば静岡県の三島にありまする富士見丘学園というような大学は、これは学生が集まらないために現在すでに事実上廃校状態になっておるわけでございます。そういうものがごくまれにございますが、その他の私立大学は、おっしゃるような意味におきまして、経営が非常に苦しい、いわゆる赤字が多いという状態ではございますが、破産といったような状態までには立ち至っていないと私どもは判断をいたしております。しかしながら、いま申し上げましたように、私学の経営状態が非常に苦しいということは、これはまさしく事実でございますので、先ほど大臣が答弁申し上げておりますように、私学の助成に最善の努力を傾けていきたい、こういうことでございます。
○多田委員 それは私の質問の御答弁にちょっと当たらないように思います。もしそういうことが事実とするならば、どういうふうな対策を講じられるかというふうに伺ったわけなんですけれども、その点もう一回御答弁いただけますか。
○安嶋政府委員 破産あるいは破産的な状態にあるという大学はほとんどないと思いますが、ただいま申し上げましたような例等から考えますと、大学生の急増期に急激な学科増等をやって、それが、その後志願者が減少したために十分な入学生が入らなくて、経営状態が非常に困難になったということ、それに理事者間の争いといったようなものがございまして学園の紛争が起きたといったような、非常に私どもから申しますならば、かなり個別的な特殊な事情によりまして破産あるいは破産的な状態というものが起きておると考えております。したがって、そういったものは、いま申し上げましたように非常に特殊なケースだというふうに考えますので、これに対して文部省が特別な措置を講ずるということは、これはなかなかむずかしいことかと思います。 私どもが取り組んでおります問題は、私学全般の経営状態を改善する、私学全体の教育の振興をはかっていくということが私どもの施策のねらいでございまして、非常に特殊な場合の措置につきましては、もちろんそれはできるだけのことはいたしますけれども、そういうケースは特殊なケースとして、処理するにはおのずから限界があろうかと思います。一般的な問題といたしましては、私学全体の振興をはかってまいりたいというふうに考えております。
○多田委員 それは承りをしておきます。 それで、時間があと十二、三分しかございませんので、先を急ぎますけれども、こういう深刻な現状の打開の一つの方法といたしまして、現実すぐできること、そうしてまた、長期的展望に立った、国家五十年、百年の大計に立った長期的な対策というものもあろうかと思います。それで、短期的といいますか、身近な、できることからということで一つ御提案申し上げたいわけなんです。 それは、私立大学に入学しているお子さんの家庭の税金を控除するというふうなことが考えられないものかどうか。形とすれば、生命保険に入っている人は、その領収書を持っていけば税金が控除になることになっておりますが、ああいう形で、私立大学の授業料の領収書を提出すれば、年末調整で税金が控除される、こういうふうなことがなされれば、これは税金ですからそう大金ではありませんけれども、それでも、その学生個人にとっても、また家庭にとっても、または国立と私立との格差是正の上にも一翼をになうようなことになろうかと思います。これが一番手っとり早く、いわゆる国としての助成ということももちろんですけれども、そういう個々の家庭の状況に対するそうした対策というものができないだろうか。それで文部省としては、減税に対するその分は予算であらかじめ計上しておく、こういうふうにできればいいのではないか。すでにおやりになっているということであれば別でございます。
○高見国務大臣 これはもう多田先生の御意見、私どもも非常に賛成でございまして、実は税制調査会のほうには、たびたびこの問題で要求をいたしておるのであります。もう三、四年になりますか、そのような希望をいたしております。何とかして実現いたしたいと考えておるのでありますが、なかなか税ということになりますると非常にかたいもので、ただいまのところまだ思うようにいっておりませんけれども、この御提案につきましては、私もぜひ実現をいたしたいと考えておるということを、これは全く同感でございますから、お答え申し上げます。
○多田委員 この問題は、なかなかかたいということでございますけれども、ぜひ実現の方向に向かって御努力をいただきたいと思います。これは大蔵省の方をと思いましたけれども、また次の機会に伺いたいと思います。 長期的な問題として、一言でけっこうですから、その長い道を——先生なんかもおっしゃっておりますように、このままいったのでは、物価は上昇する、そのたびに私学の授業料は上がるという悪循環は消えそうにもない。こういう最終段階にきて、遠い将来のことを考えられていた。名前を一応先生は大学公社なんというふうにおっしゃっておられましたけれども、さっきは実験大学公社なんということをおっしゃっておられましたけれども、こういうことは考えられるものかどうか。また中教審でも、設置者を一つにしぼってはどうかということを言っておるようでもありますけれども、この問題はたいへん将来のことと考えておりましたが、そうも言っておられない現状ではないかと思うわけで、その点について一言でけっこうでございますから……。
○高見国務大臣 いますぐこうしますという御返事を申し上げる段階ではございませんが、私どもも十分この問題については検討しなければならぬ、人間をつくる仕事でございますから、ものをつくるのとは違いまして、よほど慎重な考え方をしなければならない、こういうように考えておるわけであります。
○多田委員 あと一問ですので、ちょっとの時間にしたいと思いますが、一つは、栃木県に建設を予定されております自治医科大学の件でございますけれども、この医科大学の設立の構想というのは自治、文部、厚生の三省でよく検討をされまして、そうして学校教育法にのっとった正規の医科大学、こういうことで発足させるようであります。その中の入学資格のところに、辺地勤務を義務づけるというふうにあるわけなんですけれども、これに対しては、文部省、自治省、厚生省の三省は、辺地勤務を義務づけるということは憲法違反にはならないというふうな御見解のようなんですが、この辺地勤務を義務づけるということははたして憲法違反にならないものかどうか、この点についてお尋ねをしたいわけなんです。あわせまして、憲法第二十二条に職業選択の自由の保障が剥奪されてはならないというふうにあるわけなんですが、こういうふうに身分上の制約を入学の条件とするというふうなことになりますと、これは明らかに憲法違反ではないか、こんなふうに考えるわけなんですが、その点について……。
○安養寺政府委員 いまお話しの自治医科大学でございますが、現在、同大学の設立準備財団が具体的な構想を検討中でございまして、なお文部省にも、学校法人並びに大学の新設の審査の要求がございまして、現在審査中でございます。 いま御指摘の、入学者について僻地の勤務を義務づけることを条件とするというふうなお話がございましたが、現在、自治医科大学の関係者の内々の御相談の案は多少違っておりまして、入りました者に、契約で、将来僻地に勤務しようというようなことであれば、授業料を一切免除する、特別の奨学資金を出す、そして卒業後特定の期間僻地のほうに勤務する、こういうことになっております。もしそういうことをしなければその金を返してくださいというようになっておりまして、こういう点からだけ申しますと、先般この委員会でもお話がございましたように、常識的妥当な範囲内であれば、そういうような取りきめというものはあえて憲法違反ではないんではないか、かように思っておるわけでございます。 なお、関係者の十分な具体的な案を見た上でございませんと、確定的な御返事はできかねるのでございますが、現況だけで申しますとそういうことになっております。
○多田委員 比較的そういう目下検討中というような御答弁が多いわけなんですけれども、そう言われているうちに、方向ははからずもそういう方向に行ってしまうということがいろいろな場面でぶつかるわけですね。そこでこの問題も、もしそういうことが、ことばはどんなふうに巧みに言えましても、内容がそういうことであれば、やはりこれは人権の侵害にならないかというようなふうにも考えますし、憲法違反になるのではないかというふうなおそれもあるわけなんです。 重ねて、これだけで終わりますが、同じ問題なんですけれども、いまも御答弁がありましたように、辺地勤務をしない、ことばをきつく言えば拒絶ということなんですけれども、そうした場合に、それまで教育を受けた六年間、その六年間にかかった経費、授業料その他、そういうお金は返還させる、そういうことになりますと、その本人の代償、本人としては借金を課せられたという形になるわけで、その額は一千六百万円とかいうふうに聞いております。まあ、そういうふうにお金で結局は身分の自由を束縛をするというふうな形になりますし、精神的にも束縛されることになると思いますね。こういうことでありますと、やはり個人の人権に対しても侵害することというふうに考えられますし、また教育基本法の理念から見ても間違った行き方ではないかというふうにも考えられます。さらにまた、こういう行き方がもし認められると、防衛医科大学なんということもいわれておりますが、この問題はあとにいたしますけれども、そういうふうな形ができますと、それがたとえば国立大学でも、たいへんな国費をかけて学校に通って卒業したあと、まあ国立大学の場合は私企業につとめたりいろいろするわけですけれども、そうした人たちにもこれが当てはまるという形になりはしないか。そうした前例となるかもしれないというふうに考えますと、これは一つのことですけれども、重大な関心事でございますので、この辺はやはり国民全体が納得のできる形で進めてほしい、こういうふうに思うわけでございます。この点についてお願いしたいと思います。
○安養寺政府委員 まだ関係者のほうの具体的な案が検討中でございますので、いまお話しの点につきましては、文部省も入学の方式その他十分気をつけて審査をして、でき上がりました際には、りっぱな大学であるという確認の上で大臣の認可を出すというふうに進めておるわけでございます。いまのお話の、入学する際に必ず僻地に行くから入学させてくださいというような入学のしかたをさせるのではございませんで——あまりこれを強調すると、何のためにその学校をつくっているのかということになりますけれども、僻地に行くためにここへ入れる、そうでなければ入れないというような選抜にはしないということになっております。したがいまして、中に入りました上での一応の契約というような形で事柄が適正に取り進められるというように伺っておるわけでございまして、御趣旨の点などにつきましても、なお関係者等によく注意をいたしまして、いい学校ができるようにしたいと思っております。
○多田委員 この点については大臣からひとつ。
○高見国務大臣 これはどうも僻地大学という、僻地のお医者さんが足りないというところから自治省のほうで、私から言えば少し先ばしった感じがするのでありますが、ただ問題は、これは私立大学なんです。この私立大学を認可するのは文部省の権限であります。私立大学を認可するというときには私立大学の認可の条件に適合するものでなければならない。という意味においては、特定の個人が申請いたしました場合といえども、自治省が申請した場合といえども、同じように取り扱って目下審査中であります。 ただ問題は、僻地の医者をどうして確保するかという問題から出発をいたしておりますので、たとえば僻地へ勤務いたしますからという誓約書を入れる者については授業料、学費を免除する、あるいは奨学資金を出すという制度をとる、このこと自体は私は民法上の契約関係である、こう考えております。したがって、それを履行しないからといって、それは民法上の賠償責任の問題であって、別に支障はないものである。ただ僻地に勤務する意思はありませんという学生は入れないというたてまえはあくまでとりません。成績さえよければだれが入ってもいい学校にするというたてまえになっておる。この点だいぶいろいろな点で誤解があるようでありますから、特に私から申し上げておきます。
○多田委員 終わります。
○丹羽委員長 次回は来たる八日開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午前十一時二十六分散会