決算委員会 閉会後第4号
- 発言数
- 136 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/10/05
会議録
○委員長(足鹿覺君) ただいまから決算委員会を開会いたします。 昭和四十四年度決算外二件を議題といたします。 本日は、前回に引き続き大蔵省の決算について審査を行ないます。 御質疑のある方は順次御発言を願います。
○和田静夫君 まず冒頭に伺いますが、いま大蔵大臣出席は御協議願って御努力願っているところですけれども、国際金融局長がきょうの委員会に何のわれわれの了解もとらず出てこられないということは納得できません。国際金融局長のまず出席を求めます。
○説明員(林大造君) それでは、国際金融局長、ただいまIMFから帰りまして、いろいろの緊急の処理案件がございますが、御指摘のとおり、ただいまから至急こちらに参るように手配いたします。
○和田静夫君 そんなに簡単にすぐ呼べるものを、質問通告をしてあるのに何のあれもせずに出してこないという大蔵省の決算委員会軽視の態度というのはどういうことなんですか。これは次官から言って明らかにしてもらいたい。
○説明員(船田譲君) ただいま和田委員からたいへんおしかりを受けまして、恐縮に存じます。ただ、局長または次長というように私どものほうで解釈いたしておりましたので、解釈の間違いかもしれませんけれども、IMFから帰ってまいりました局長が、こちらにおいてただいま処理案件が山積いたしておりますために、とりあえず出てまいるように、ただいま重ねて和田委員から御請求がございましたので、稲村局長が出るということで努力いたしてまいりたいと思っております。その点おわびを申し上げます。
○和田静夫君 まず井上理事にお尋ねをいたしますが、実はあなたの留守中に、変動相場制採用の際に日銀から情報漏れがあった、それが多量のドル売りを誘発したということが問題になりました。これはある調査に基づいて本委員会で私がそのことを問題にしたのであります。実は、この疑惑というのはいまや国民一般のものになっております。そうして何よりも残念なことは、大蔵当局がみずから積極的に資料を公開しようとしないことであります。私は資料をこの機会に公開をして疑惑を解こうとするのが当然のあり方だろうと実は思うのです。この一連のできごとを通じて言えることは、大蔵省、日銀なりが口先で言われてきたところの数字というものがいかにでたらめであるかということであります。たとえば、大蔵当局は、八月十六日以降二十七日までの外貨増加高が約四十億、この内容は、一に貿易収支の経営の黒字であり、二に為替銀行買い持ちポジションくずし、三に輸出代金の前受けであり、それはほぼ三分の一くらいではないかと言ってきたのです。ところが、九月二日の参議院大蔵委員会で田中通産大臣が七、八割が輸出前受けによるものであるということを明らかにしますと、今度は口裏を合わせるように、そうなんだという言い方をし始めているわけですね。まあ、そう言い始めるというていたらくでしょうが、さきに井上理事がいらっしゃいませんでしたが、二回のこの参議院決算委員会を通じまして、私の資料要求に対しても大蔵省は渋りに渋り抜いた結果、大蔵省が検査をされた分のわずかから輸出前受金の金額しか出してこない。しかも、途中で出した数字に誤りさえありました。八月二十七日の前受証明発行件数及び金額、B行a店三十九件云々と発表、この前の決算委員会で出されたやつは今度の資料提出の中では誤りであった、こういうことになってきた。こういう一事が万事であります。こうなってきますと、疑うなと言うほうが無理です。したがって、私の疑惑を本委員会を通じて明らかにいたしますというのは、常識的であろうと思います。 そこで、井上理事の羽田におけるところの記者会見その他を新聞などで読み、あるいは仄聞をいたしました。そして、たいへん私は井上さんの態度に一種の敬意を表しています。非常にはっきりしておって、私はいいと思う。その前に、たとえば第一銀行の村本副頭取は、私が述べたことについて、そういう事実はないと。まあ彼は一民間企業の代表ですから、うそを言って企業を防衛をしたというふうに理解をしてやれば、企業からはほめられるでしょうが、国民からは村本さんの談話というものは怨嗟の的だと思うのです。そういうものをみごとにくつがえされて、井上さんは正直にやられたことについて述べられておるのですから、その意味では敬意を表しますし、みずから進んでこの委員会に出席をされて事態を明らかにしたいというお気持ちをお持ちになっていることについてまで明らかにされていますから、私は敬意をそういう意味で表します。 そこで、ここでまず冒頭申し上げたいのは、私はこれからいろいろの要求をいたします。その要求する資料について、積極的に日銀の理事の井上さんとして御協力をお願いをいたしたいと思います。そのいわゆる御協力を通じて国民が持っておる疑惑というものをぜひ晴らしていただきたいと思います。いかがですか。
○参考人(井上四郎君) ただいまの和田委員の御質問にお答えいたしたいと思います。 情報漏れというお話でございましたが、そういう事実は絶対にございません。誓って申し上げます。いろんな数字の問題は、外為会計の大部分の数字は、日本銀行は大蔵省の代理人として供給いたしておりますので、これは大蔵省ともよく御相談した上でないと御提出はできないかと思います。 それから、村本氏のお話がございましたが、たしか新聞によりますと、あれは二十六日ということになっておりましたはずで、私が村本氏に会いましたのは二十七日でございまして、村本氏は二十六日には会っていないというふうに言っておりましたように新聞では読んでおります。 以上お答えいたします。
○和田静夫君 それは当然大蔵省と相談をされて御協力をされることになろうと思います。 私は、きょうの質問の中でも触れますが、銀行の固有名詞をあげて、この銀行は何月何日に、たとえば二十六日にこれだけの売り、あるいは二十七日にこれだけの売りなどということは、その前段の部分については、それは求めません。ただ、言ってみれば、A行、B行、C行などというような形で、日時的には何月何日にどれだけの売りなどという形のことは、これは当然出る筋合いのものでしょう。いかがでしょう。
○参考人(井上四郎君) ただいま申し上げましたように、日本銀行は、外国為替市場から売買いたしておりますのは日本銀行でございませんで、外国為替特別会計の代理人としていたしておりますので、この点も十分大蔵省の御承認を得ないと報告できない数字でございます。
○和田静夫君 承認を得るという前提に立っても、はじけばそういう結果というものが出る、計算上は。そういう筋合いのものですね。
○参考人(井上四郎君) お話のとおり、銀行別の数字を出しますことは非常に問題があると思いますが、銀行別の数字は私どもはわかっております。
○和田静夫君 おわかりになっている。 そこで大蔵省に、局長まだ見えませんが、林さん前と同じような繰り返しでは困るので、出るわけです。しかも、この前私は他の大蔵委員会などの議事録を十分に読んでいませんでしたから、あの程度の答弁でがまんしておきましたが、昨晩ずっとみんな読んでみました。全部読んだ、衆議院も、参議院も。そうすると、水田大蔵大臣が九月二日の参議院の大蔵委員会でちゃんと答えているのですね。「全部綿密に調べたら、不可能だということは言いません」——したがって可能だと言うのです。可能だということならば、ちゃんと出るということですよ。あなた、しょっちゅう、検査をしたところだけ、検査をしたところだけという言い方をずっとされてきたわけです。したがって、出ることは、いま日銀の井上さんのお答えでも、過日の水田大蔵大臣のお答えでも、明らかになっていますから、これはひとつ出していただきたい。
○説明員(林大造君) 数字でございますけれども、計数につきましては、出るものと出ないものとございます。ただいま井上理事がおっしゃいましたのは、大蔵省の外国為替資金特別会計と市中の為銀との間の売買の金額は出る。また、悉皆調査をすれば出る性質のものであるというものにつきましても、参議院における大臣の御答弁が具体的にいかなる個所を指摘しておっしゃいましたのか、私手元に議事録を持っておりますが、その個所がまだ見当たっておりませんけれども、性格によりまして出るものと出ないものとある。で、出ますものならば、できるだけ調査をしてお出しするようにいたしたいと思います。過日、また本日御提出いたしました資料につきましても、出ますものはできるだけ調べまして提出いたしました次第でございます。
○和田静夫君 これは九月二日に桧垣徳太郎君の質問に対して水田大蔵大臣が答えている。おそらく、与党質問でありますから、われわれ野党に答えるときよりも警戒心がそういう意味では足りなかったから、ざっくばらんに正直に言われた、こういうことになるのかもしれませんが、行政指導的な立ち入りでございますから、これをそうでなくて、「全部綿密に調べたらこれは調べられない、不可能だということはこれは言いません」——はっきりしています。したがって、不可能ではないのですから、大蔵大臣がそう答えているのですから、事務担当者としては、大蔵大臣が不可能でないと言い切っていることに基づいて集計をされ、資料として本委員会に提出をされる、こういう約束になるのが当然だと思います。
○参考人(井上四郎君) ちょっと誤解のないようにつけ足しておきたいと思います。先ほど数字が出ると申し上げましたのは、お尋ねございました資料から買っている銀行別の数字はわかっておるということを申し上げましただけで、ほかの数字について何でもわかっているという意味で申し上げたわけではございません。 それからもう一つ、大蔵省の承認がなければ出せないと申し上げましたが、これを出していいのかどうか、これは慎重に大蔵省と御相談いたさないと御返事ができない。ちょっと誤解があるといけませんので、つけ加えさせていただきます。
○説明員(林大造君) 桧垣徳太郎先生の御質問に対して大蔵大臣がお答えいたしました内容がいかなる趣旨のものであるかということでございますが、私どもできます数字は調査して提出いたします。性格によりまして、全部が全部必ずできるものとできないものとございますので、その個所で大蔵大臣が言われましたのが具体的にいかなる数字を言っておられたのかということがはっきりいたしませんと、大蔵大臣もそういうできないことをできるとおっしゃるようなお方ではないわけでございますから、後ほどまた御要求の御資料を承りますれば、できるものはできる、できないものはできないというふうにお答えいたしたいと存じます。
○和田静夫君 あなた自分で解釈してもらっては困るのですよ。大蔵大臣がちゃんと答えているのですから、役人の頭の中でいろいろと考えて言うのでなくして、大蔵大臣が答えているとおりのことに基づいて資料を出しなさい、そういう要求なんです。そのことは大蔵大臣と相談されて、後に大蔵大臣お見えになりますから、大蔵大臣の意向どおり、答弁の趣旨どおりにできる資料をお出しにしなったらいいでしょう。
○説明員(船田譲君) 和田委員の御要求の資料につきましては、大蔵大臣が先月二日の大蔵委員会で答弁いたしました、できるものはという、その内容の趣旨がこまかいところまで事務当局にわかっておりませんから、それを十分指示を受けまして、できる限り提出するように努力いたしたいと思います。
○和田静夫君 井上理事にお尋ねいたしますが、あなたは八月二十六日の夕方から二十七日にかけて外為銀行七行の外為担当者に対して電話をしたり来てもらったり出向いたりして何らかのインフォメーションを与えたことを、これはまあすでに過去記者会見でお認めになっておりますが、その七つの銀行の名前はどこですか。
○参考人(井上四郎君) 名前の前に、インフォメーションを与えたということではございません。七行を訪問いたしました趣旨は、二十三日、四日、五日と為替市場が一応落ち着いておりましたのが、二十六日の朝からかなりまた売りが出てまいりまして、二十六日一日ではたしか六億近い売りになりましたと思いますが、どうもああいう非常に不安定な状況でこういう大量の売りが出るということはいろいろ市場の混乱のおそれがあるということで、間違っても投機的な売りを為銀がするようなことになっては困るということを強く申し入れに歩きましたわけでございます。 七行の名前は、普通為替関係で申しております上位の七行でございまして、東銀、富士、三菱、住友、三和、第一、三井、その七行でございます。
○和田静夫君 東京、三菱、富士、第一、住友、三和、三井ですね。
○参考人(井上四郎君) そのとおりでございます。
○和田静夫君 そこで、まあインフォメーションのことや情報のことをさっきから、いろいろ私質問から言えるわけですけれども、そのとき、二十七日、八日ごろに——まあ当初は二十八日だと予定されておったのが一日繰り上がった二十七日の午後八時ごろになったようだけれども、二十七日、二十八日ごろにあなたは変動相場制に入るということをすでに御存じでしたか。
○参考人(井上四郎君) 変動相場制にいずれは移行しなけりゃいけないんじゃないかというふうなお考え方が、政府——と申しましても、私ども大蔵省しか存じませんが、大蔵省の中におありになることは承知しておりました。ただ、そういうふうに決定されたということも存じませんでございましたし、時期については一切承知いたしておりませんでした。
○和田静夫君 先ほど来、大蔵省と慎重に相談をしなければ一切の数字なり資料なりをお出しにならないですね。いわゆる日銀と大蔵省との関係というものはそういう関係だということをいま問わず語らずに井上さんは正直にすべてを申されました。私はそうだと思うんです。そこで、変動相場制に入るだろうというようなことは御存じになっておったのに、日銀は知らなかったと言われますがね、これも日銀と相談なくして大蔵省がやるなどということは、とてもそれは国民の常識としては、いわゆるアマチュアの感覚としては、そんなことは通用しません。プロの皆さん方はそれでもってごまかしていけるとお思いになるかもしれませんが、そういうことに私はならぬと思います。九月一日の衆議院の大蔵委員会で水田大蔵大臣ももののみごとにそのことを答えています。「月末には円転規制によりまして為替銀行の買い戻しということも行なわれることを考えておりますので、月末になればそういうドル売りというものがそんなに多くならない。」——それはそうでしょう。売ったものを買い返すなどということは一応予想しながら行動されておりますから、プロの皆さんとしてはそういうふうに考えられる。「あの日には相当多かったのですが、その翌日からはそう多くならないということも予想を一応しておったところでございますので、やはりそうささえ切れなくなって、追い込められてあわててやったということではございませんで、前からいろいろ検討した線で、」——この検討した線というのが大蔵、日銀がかんでの検討であるにきまっている。「ここらで断を下すのがいいという判断のもとにやったということは間違いございません。」、水田大蔵大臣はそう言われている。したがって、いま御存じないというような形の答弁があっても、それはがえんずるわけにはいきません。それは、日銀がたびたび言われるように、慎重に大蔵と相談をされているわけです。もちろん、あなたや総裁が変動相場制に賛意を表される立場にあったなどということを私は言っているのではない。あなた自身が敗軍の将は兵を語らずとさえ述べられているわけだから、そういう意味においては大蔵省に対してたいへんな意見をあなたはお持ちだろうと思う。思うけれども、この関係を御存じなかったということにはならない。また、八月二十一日に木村経済企画庁長官が選挙区三重に帰るにあたって、あとはすべて蔵相に一任をいたしました、こういうような形の記者会見の談話が発表されていること等の類推においても、二十一日の時点では、すでに少なくとも大蔵大臣そして日銀との関係における相談、その結論にまかされていっている、こういうようなことであります。もしあなたが二十七日に入るということを知らないとあくまで言われるのであるならば、井上理事というのは日銀の中における理事としては一体どういうところに置かれているのか、あなた自身がつんぼさじきに置かれている、こういうことにしかならない。そういうばかげたことを国民は考えるわけがないのでありまして、やっぱり日銀の中におけるところの有力な井上理事に対する期待というものは非常にあるわけだし、変動相場制への方向というものについてたいへん注意を喚起されていたことに対して、理論的に、一面ではたいへん多くの支持があるわけですから、ここでやっぱりその辺のことはちゃんと明らかにされておいたほうがいいと思う。
○参考人(井上四郎君) 変動相場制にいずれは移行しなければいけないかもしれないという御意見が大蔵省の中にあったことは承知しておりました。全然知らなかったわけではございません。ただ、そういうふうにすでに決定されたとか、あるいは時期をいつにきめられたということは、一切伺っておりません。同じことの繰り返しになりまして申しわけございませんが、そのとおりでございます。
○和田静夫君 先ほど大蔵大臣の答弁を読みましたとおり、月末になればという期待がありました。さっき読んだとおりです。したがって、あなたは変動相場制に移行をするという方向についてはまあ大体知っていた。その日時については知らなかった。しかし、日時についてまでじゃあ日銀と全然相談せずにやる、日時については日銀と相談もせずにやったと、大蔵省は、こういうことですか。
○参考人(井上四郎君) 同じことの繰り返しで申しわけございませんが、日時については全く存じませんでございました。私の聞いておりますところでは、政府におかれましてもあの夕方になっておきめになったというふうに伺っております。
○和田静夫君 大蔵省、いまの質問、答弁に対して、どうお答えになりますか。
○説明員(林大造君) 井上理事がおっしゃいましたとおりでございます。
○和田静夫君 とおりでございますって簡単に言ったが、ほんとうにとおりですか。日銀とは何の相談もしなかった、そう言い切れますか、それじゃ。
○説明員(林大造君) 日銀とは何の相談もしなかったとおっしゃる御趣旨がいかなる点を御指摘かということでございますけれども、日時につきましてはその日の夕方になるまで決定していなかったわけでございます。 それから、変動相場制に移行するかどうかという問題につきまして、先ほど木村企画庁長官のお話がございました。八月二十一日ということでございますが、私どもの段階では、八月二十一日の段階では、そういうような問題が検討されているということも存じませんでした。もちろん、大蔵省が意思決定をするにあたりましては、当然日本銀行とは緊密な連絡をとるわけでございますが、決定をいたしますのはあくまで大蔵省でございます。したがいまして、緊密な連絡があったということは事実でございますが、しかし、井上理事がおっしゃいましたその時期、それから一体行なわれるかどうかという最終決定を井上理事が御指摘の二十六日及び二十七日におきまして御存じなかったということは、私おそらくそういうことであったというふうに存ずるわけでございます。
○和田静夫君 こういう答弁になってきますと、大蔵大臣がこの席に出てきてもらわないと進みませんので、大蔵大臣の出席を求めます。
○委員長(足鹿覺君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(足鹿覺君) 速記を起こしてください。 この際、委員の異動について御報告いたします。 本日、中村禎二君、熊谷太三郎君、中村喜四郎君及び土屋義彦君が委員を辞任され、その補欠として河口陽一君、初村瀧一郎君、堀本宜実君及び津島文治君がそれぞれ委員に選任されました。 速記をとめて。 〔午前十時五十七分速記中止〕 〔午前十一時十七分速記開始〕
○委員長(足鹿覺君) 速記を起こして。 大蔵大臣の出席の都合がありますので、十一時三十五分まで休憩いたします。 午前十一時十八分休憩 —————・————— 午前十一時四十五分開会
○委員長(足鹿覺君) 委員会を再開いたします。 大蔵大臣が十二時十五分に出席をされる予定でありますので、暫時休憩をいたします。 午前十一時四十六分休憩 —————・————— 午後零時十五分開会
○委員長(足鹿覺君) 委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き質疑を行ないます。御質疑のある方は順次御発言願います。
○和田静夫君 大臣、到着早々恐縮ですが、けさから話題になって、どうしてもいま大臣に出てもらわなければならなくなったのは、実は変動相場制に入ることを日銀、大蔵当局が知っていたか知っていなかったかということの問題から、その方向については知っておった、ただその問題は、それが二十七日、二十八日という日時について大蔵省と日銀との間において決定的な協議がなされ、それを井上理事が存じていなかった、こういうような答弁が出てきたものですから、しかも大蔵省のいまの答弁もそれを裏づける答弁でありましたから、私の調査結果は後ほど出しますがそういうことにはなっていないので、二十七、八日に変動相場制に入るということを大蔵の大臣を除く当局あるいは日銀の総裁以下が知らなかったというような言い分というのは、私は通用しないと思いますが、いかがですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 市場をそのままずっと続けるかどうかというような問題については、当然真剣に私どもが研究すべき問題で、日本銀行とも相談は事前にしてございますが、実施の時期をいつにするとかどうとかという最後の決定をするところまでは至っておりません。最後にいつ実施するかということは、情勢を見た上でこれは実際の問題として私が明日から実施するということを決定したのが実際でございますので、したがって、それまでは何人もこれは知らなかったというふうに私自身は思っております。
○和田静夫君 それじゃ大蔵大臣にお聞きいたしますが、二十一日の土曜日、二十二日の日曜日、大蔵省の第一公邸にお集まりになったメンバーはどういうメンバーですか。
○国務大臣(水田三喜男君) これはいろいろな問題で集まりましたが、断わっておきますが、いまのこの問題をきめたりなんかした会議ではございません。集まったのは、次官、官房長、財務官、国際金融局長等々でございます。
○和田静夫君 そこで、集まった話の内容はそれではなかったと前段で述べられていますが、私たちはそう見ていない。ここで細見さんや大蔵の重鎮たちを含んでこういう三つのことがきめられた。したがって、大臣の答弁は、ちょっと私、はぐらかしているという結論になるのですよ。それは、変動相場制に入る日時をいつにするかということについて単独の結論は得られなかった。二十七日の金曜日に発表をして、二十八日に市場を閉めて、そして月曜日に実施をする案、二十八日の土曜日に発表をして月曜日に実施をする案、二十七日の金曜日に発表をして二十八日の土曜日に実施をする案、この三つのことがこの会議の席上で意思統一がなされた、こういうことになっています。 そこで、二十一日、二十二日の数字の符合、日数の符合、日付の符合というのは、午前中大臣お見えになりませんでしたが、木村大臣が三重に帰郷をするにあたって、二十一日、これからは大蔵大臣に一任をしたという発表をして帰っている。そのことは午前中論議をいたしました。まさに二十一、二十二日というのは、木村大臣の発言を裏づけるに相当する、こういうことにまあなっているわけです。したがって、この辺巷間たいへん疑惑を持っているわけですから、率直な答弁を願いたいと思います。
○国務大臣(水田三喜男君) それはもう全くの間違いでございまして、こういう問題をこの会議できめたということはございません。これは私どもはっきり記憶をしておりますが、そうじゃなくて、予算問題ともからんで、減税についてのやり方、臨時立法がいいかとかいうような広範な問題をあそこで取り扱ったことでして、これだけ大ぜいのメンバーで、変動相場制を採用するのはいつからこれをやるかなんていうことをまた大ぜいのところで相談するはずがございませんし、そういう事実は全く誤りだと思います。
○和田静夫君 しかし、大蔵大臣、予算の問題などを協議をされたというのならば、主税局長だとかあるいは銀行局長だとかというようなこと先ほど述べられませんでしたよね。
○国務大臣(水田三喜男君) それじゃ間違えました。主税局長も主計局長もみんなおりました。
○和田静夫君 それじゃ日銀に伺いますが、この二十一、二十二の大蔵省の会議を受けて、二十三日、二十四日、日銀の氷川寮にお集まりになったメンバーはどういうメンバーですか。
○参考人(井上四郎君) 私の記憶しておる限りでは、その辺に氷川に集まったことはございませんはずでございます。
○和田静夫君 二十三日、二十四日に日銀の氷川寮にお集まりになっています。
○参考人(井上四郎君) ほかの者が集まったかどうか私存じませんが、私は氷川寮に二十三日、二十四日行ったことございません。
○国務大臣(水田三喜男君) ちょっと訂正しておきますが、さっき述べたのに、主計局長、理財局長、銀行局長、主税局審議官というのですから、大蔵省の各局が入っていますので、予算中心に税から金融から全部を私が扱いましたので、こういう大ぜいのメンバーのところでこういう為替問題を審議するはずがないと御了承願いたいと思います。
○和田静夫君 それが全体の会議の中であったか、その中の分科会的な会議であったかということは、持ち方によってどうにでもなるわけですからあれですが、ともあれ、水田大蔵大臣は、衆参の大蔵委員会を通じて、日銀と十分に相談をしてきめています、こういう趣旨の発言を、けさ来何回か読み上げたのでありますが、そう述べられています。そこで、変動相場制の移行の日についてのみこれは全然他と御相談にならなかったということに私はならないと思います。いかがですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 最後の私どもこれに移行したいという決心をしましたのが二十七日の夕方でございますので、夕方これは五時以後であったと思いますが、日銀総裁と電話でお話をしたということはございます。
○和田静夫君 そこで、いま述べられたように、日銀総裁と相談をされた。そこで、井上理事にちょっと戻りますが、そうすると、私は杞憂をして申し上げましたが、井上さんだけが言ってみればつんぼさじきに置かれて、このことを総裁との関係では知らなかった。あなたが二十七、八日ごろ入るということについて、いわゆる相場制に移行するということについては御存じにならなかったということになりますが、そういうことですか。
○参考人(井上四郎君) 午前中も御答弁いたしましたように、大蔵省に、現在の固定相場制は持て雇い、いずれ変動相場制に移行しなければいけないのじゃないかというお考えのあることは、承知いたしておりました。ただ、そういうように御決定になったのか、あるいはいつ実施なさるかというようなことは、全く存じませんでした。 それから、よけいなことになるかもしれませんが、ただいま大臣のおっしゃいましたのは、私の記憶しておりますのでは二十七日の六時ごろであったかと思いますが、私が大蔵省に行っておりまして、その決定を伺って、日本銀行に帰りまして、それからあとで総裁が大臣に電話をいたしまして、時間はたぶん六時半あるいは七時ごろであったかと思いますが、よけいなことでございますが、ちょっとつけ加えて申し上げておきます。
○和田静夫君 二十七日の段階では、もちろんいま言われたとおり、井上さん御存じになっていたと、こういうことになりますが、言ってみれば、九月一日の水田大蔵大臣の答弁を先ほど読みましたですね、けさ。月末ごろには断を下す、こういうような状況にあったということは御存じになっておった、それは間違いないでしょう。
○参考人(井上四郎君) 何度も同じことを申し上げて恐縮でございますが、そういう考えがあることは承知をしておりましたが、御決定になったかどうかも存じませんでした。いわんや、時期がいつごろということは一切伺っておりません。
○和田静夫君 たとえば、ヨーロッパ市場がすべて閉じているときに、わが国だけが開いておった。それをあなたほどのプロが無制限に開かれ続けるなんてお思いになるはずはないでしょう。したがって、水田大蔵大臣の九月一日の大蔵委員会の答弁は、私は正直だと思う。月末になれば断を下さなければならない——プロである皆さん方は全部そういうようにお考えになっておって、そのことまで否定をするということにはならないでしょう。あなたが二十六日の段階で、二十七日移行するということを、午後八時に移行するということまでを確定をしていなかった。月末までにはという感覚にプロとしてのあなたは落ちるのはあたりまえでしょう。そうお考えになるのがあたりまえでしょう。それだけの折衝があったでしょう。現に、いま言われたように、二十七日に、言ってみれば、大蔵省にたまたま行かれておったというか、行かれておる。こういう状態でしょう。そういう連絡の状態というのは日銀と大蔵省の関係においてはしよっちゅうあること、それは午前中来の答弁で裏づけられているわけでありますから、当然のことでしょう。したがって、月末くらいというような形のものを否定をされるという答弁は、あなたらしくないじゃないですか。
○参考人(井上四郎君) 時期については全く存じませんでございました。二十七日に大蔵省に参りましたのは、御決定の終わったあとだと思いますが、大蔵省からお呼び出しを受けまして、ことにおります外国局長と二人で伺いました。 それから、ヨーロッパとの関係でございますが、最初に市場を十六日の晩に、十七日から市場を開いたものかどうかということは、ヨーロッパは大体締めることになっておりましたので、非常に真剣に検討いたしました。ただ、ヨーロッパ市場は二十三日からまた開いておりますから、それが、プロとおっしゃっていただきましたが、月末にどうしても何か変えなければいけないということには結びつくとは全然思っておりませんでございました。
○和田静夫君 それじゃ大蔵大臣聞きますが、大蔵大臣は前からいろいろ検討した線でという前提を置かれておる。そして、そこらで断を下すのがいいという判断のもとにやった。よって、前からいろいろ検討をした線なんですが、検討がなかったということじゃない。二十七日の段階になって、大蔵大臣の頭の中にひらめいて、こうだ、こういうことになったのじゃなくて、私が述べたとおり、木村経企庁長官が帰郷にあたって述べていた、二十一日段階において大蔵大臣には一任したんです。こういう意見を述べているのでありますから、したがって、その辺は、前々から検討をされた線、こういうことの中に入っているわけですね。これは、前々から検討をされた線というのは、大蔵大臣と日銀との関係においては全然無検討だったということにはならないわけです。そういう検討の上積みに立って、二十七日の六時三十分なら六時三十分に井上理事がたまたま大蔵省に来ていた。そのときに伝えて、帰って、そして総裁から電話があった、こういう運びになるでしょう。そうでなかったならば、大蔵大臣の九月一日の大蔵委員会におけるところの答弁というものは全く架空の答弁になってしまう。
○国務大臣(水田三喜男君) 私としては、この変動制移行ということも、その日に考えたということじゃむろんございませんで、前からこの問題は検討しておった事項でございますので、その日を、いつが一番適当な日だということを選んだということで、これはもちろんでございます。
○和田静夫君 前から大蔵大臣は検討をされていた。そしてその検討の中には、関係者の意見などというものも十分にくみ取る御検討をなされてきた。そういう中には、日銀総裁のことも私は頭の中に浮かぶし、あるいは井上理事のことも頭に浮かぶ。そういう状態というのは自然でしょう、井上さん。国民が、アマチュアである私たちが考えるのは自然でしょう。われわれが自然に考えることが、なぜあなたには不自然なんですか。あなたには、なぜ全然見通しがないんですか。大蔵大臣がみごとに言われているように、月末には、こういうような形のは、プロであるあなた方には当然のことじゃないですか。大量な売りが出た、買い戻しもある、こういうようなことは、けさ読み上げたとおり、円転規制の問題には自然な関係で結びつくじゃありませんか。したがって、全然井上さんが、相場制への移行を、一定のいわゆる日時等について全く無関心であり、全くつんぼさじきであり、全く白紙であるなどということにはなりませんでしょう。それだけを答弁してください。なりませんでしょう。
○参考人(井上四郎君) 何度も同じことを申し上げて恐縮でございますが、これが事実でございますので、ほかに申し上げようがございません。そういう変動制移行はやむを得ないかもしれないというお考えがあることは承知しておりました。ただ、決定されたということも伺っておりません。いわんや、時期は全く承知いたしておりません。 それから、先ほどの御質問の中に一つ、どうでもいいことかもしれませんが、二十七日にたまたま大蔵省に行っておったというお話がございましたが、あれは大蔵省から呼び出されて参りましたものでございます。
○和田静夫君 ともあれ、大臣の御時間もありますから、時間尊重いたしますからあれですが、常識で通らないようなことの答弁にはならないので、大蔵大臣、前々からいろいろ検討されてきたということをお認めになった。そこで、前々から検討されてきた中には、当然総理との関係もありましょう。閣内との関係もありましょう。あるいは日銀との関係もある。あるいは大蔵当局との関係もある。これは国民だれしもが常識的に考えることであって、そんなことを全然抜きにしましたということに、大蔵大臣、なりませんよね。
○国務大臣(水田三喜男君) そこでまた私が言うとややこしくなるかもしれませんが、検討事項の中には、これはもう御想像がつくと思いますが、変動相場制に移行するかということに一本で簡単にきまっておるというわけではございませんで、三つか四つのやり方が部内で検討されておりました。その中には、やはりいまの態度を貫くんだという意見もございますし、そうではなくて、いわゆるよくいわれておる単独切り上げというようなことで、もうそういう措置をこの際思い切ってとることも——という意見も一部はあったかと思いますし、そういうことは絶対にできないんだというようなことで、まあ方法としては四つぐらいの考え方を中心に検討されておって、そのいずれをいつとるかというようなものが懸案になって、私は大体そのうちの変動制にきめておったということでございますが、表面的にこの方式をとってこれでいくというようなものを省議とかなんとかということで決定するというようなことにはなっておりませんでしたので、したがって、私自身は、いつまでもこれを未決定でおくわけにいかないので、一定のときに断を下してやらなきゃならぬという覚悟は持っておりましたが、いま井上さんの言われているように、日銀の理事者がこれをこうだというふうに完全に時期や方法というものをどの程度知っておったかということについては、私も何とも言えません。できるだけこれは実はいろんなところへ相談もしたかったんですが、与党といえども、何人といえどもこういう問題は相談すべき事項じゃない、一朝漏れたらたいへんなことになりますし、自分の責任でこういうものはやるべきであると思ったので、できるだけ相談しないでやってきた問題でございますので、したがって、私はそんなにこの問題がこうなるだろうということを的確に知った人はあまりいなかったろうと思います。
○和田静夫君 しかし、変動相場制に移るということは、これは井上理事はちゃんと理解をして御存じになっておったというのは、これはけさからの答弁の中に明らかでありますから、もういいです。 それから、大体大蔵大臣が述べられたように、いろいろの検討の線というものを進められてきて結論づけられた、こういうことにいまなったわけですね。ここでこの問題は一応大蔵大臣から聞き出すことをとめておきます。 そこで、大蔵大臣の関係で、時間がありませんから、二、三ちょっと質問をして、井上さんにまた帰りますが、それは、大蔵大臣は九月一日、二日の衆参の大蔵委員会で、輸出前受け代金について「一、二どうも説明のできないようなものも見られた」とまあ述べられています。ここで言われている「どうも説明のできないようなもの」とはどのようなものですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 私は輸出前受けの証明書を自分で見たわけでも何でもございませんで、調べた報告を聞いただけでございますが、たとえば仕向け地をヨーロッパとか、あるいはアメリカとか、大ざっぱに書いて、たくさんの国があるのに、大ざっぱに書いた表示になっておるというようなものは、どうも正確を欠いているというような、こういうようなものがあるという報告を受けましたので、そういうものはやっぱり私は相当厳密にこの際調査する必要があるんじゃないかということを申したのでございますが、そういうようなものがあるという報告を受けておりますので、あのときにそういうようなことを言ったので、私が直接見たわけではございません。
○和田静夫君 これは、いわゆる架空のものという疑いをお持ちになった、その報告を受けられた、こういうことを意味しますか。
○国務大臣(水田三喜男君) 非常に正確でないものがあるという報告を受けました。
○和田静夫君 そこで、九月一日以降外貨で受け取った輸出前受金を円にかえることについては、これは大蔵省の認可が要ることになったそうですね。これは間違いありませんね。
○国務大臣(水田三喜男君) そうだろうと思います。
○和田静夫君 これを、しろうとの考えからいったら、なぜもっと早くやらなかったのか。
○国務大臣(水田三喜男君) どうも、そういういろんな手続的な問題が理由にあがっておりますが、私は具体的に知りませんでした。
○説明員(稲村光一君) ただいまの御質問でございますが、事務的な問題でございますので御答弁さしていただきますが、この輸出前受金が一つの為替管理の、いわば抜け穴と申しますか、短資の移動に関しまして、そういうふうなふうに使われやすいという傾向があるということは、実は五月のマルクの変動相場制に移りましたあとにおきましても、若干ずつはございましたので、さっそく所管官庁と相談いたしまして、そういうものは自粛して、ほんとうの前受金ということに限ってほしいという意味の行政指導をいたしました。それで五月の場合はおさまったわけでございます。その八月の事態が起きましたときも、同様にまた、これが大きく短資の流入の穴になってはいけませんので、行政指導を強化いたしますと同時に、関係の通産省とも相談いたしまして、こういうものが乱に流れないような措置をとるという点につきまして協議をいたしまして、そして行政指導その他の強化をやったわけでございますが、この当時の全体の要請からいたしまして、それが大幅になったということでございます。この輸出前受けと申しますのは、実は通常の商取引の一つの形でございまして、前受けそのものをとめるということは、やはり商慣習上も問題がございますので、その点確かに、御指摘のように、事務当局といたしまして、もっと早目にこういうドラスチックな措置をとっておればよかったということは、御指摘のとおりでございますが、やはりこのとりました措置は、ドルで受け取ったものを円にかえさせないという非常にドラスチックな措置でございますので、やはりこの点は若干措置をとりますまでに時間がかかってしまったということは、いまから考えますと、やや御指摘のとおりの問題があるということは認めざるを得ないかと存じます。
○和田静夫君 その答弁についてもう少し……。私はそこですよ、大蔵省側の反省がなければいかぬ。そうして、大蔵大臣に対してたいへん不満なのは、この重要な時期にこういう問題を事務ベースの問題としてまかせてしまっておったということ、この辺にやっぱり大きな問題がある。これは局長とあと二、三のやりとりをいたします。 大臣に関しては、時間がないようですから、あと三問ばかり聞きますが、大蔵大臣はIMF総会でいわゆるSDR本位の通貨体制を提唱されたそうです。そのSDR本位の通貨体制とは、大臣の頭の中にあるものは一体どんなものなのか、これが一問です。 続けてやりますが、そのSDRといった第三の世界通貨、大蔵大臣の頭の中にあると思われる第三の世界通貨が、金なり、ドルなり、それから独立をして純粋に国際協力に基づく信用貨幣としてあらわれるとしたら、これは歴史の大転換だと思うし、水田大蔵大臣の名声というものは、言ってみれば、世界の歴史上たいへん大きな評価として残るのでしょうが、それが一体可能だとお思いになって、たいへん失礼な言い方ですが、言われているのかどうか、二間につきまして質問いたします。
○国務大臣(水田三喜男君) やはり将来の国際通貨は、特定国の通貨をこれに充てるということの矛盾が今度ははっきりと露呈されたことでございますし、特定国の国内政策によって左右される国際通貨というものは、将来国際通貨としてこれが好ましいものではないということははっきりいたしますし、したがって、せっかく四年前に各国が英知を集めてああいう特別引き出し権というようなものを創立して、それが将来新しい国際通貨への芽ばえになるであろうと期待されながら、いろいろな事情で今日まできたのですが、いまこそやはりああいうものが中心になった新しい国際貨幣が形づくられるべきであるというふうな認識は、これは私だけじゃなくて、欧州の各国も大体そういう方向にきておりますので、そうしますというと、これはやはりだんだんに金やドルから離れて、そういう金が国際通貨としての価値を持つような方向へ全体の国がこれは育てていくべきものじゃないかというふうに考えております。
○和田静夫君 ちょっと私のポイントをはずれているのですが、特別引き出し権といういわゆるSDRというものを中心にお考えになった金なら金の裏づけのないところの第三通貨などというようなところにまでお考えがいっているということではないのですか、いまの答弁。簡単に言えば。
○国務大臣(水田三喜男君) 金の生産というものが世界経済の進展に沿うて一緒に伸びていかないのですからして、したがって、やはり金が国際通貨となるための条件というものも徐々に欠きつつあるということも、これは問題です。そこからやはりいまの国際通貨問題が始まっていることでございますから、やはり金というもの、それから特定国の通貨というものを国際通貨にする方向から離れていかなければ国際通貨の将来の解決はないというふうに私は考えます。
○和田静夫君 大蔵大臣は、以前、多国間調整による解決のみを強調されていました。ところが、IMF総会から帰国後大蔵大臣が語られたことをいろいろ読んだり聞いたりしてみますと、日米間の話し合いがあり得るという言い方にいまなっていますね。そこで、何か事情の変化があったのですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 変化はございませんが、これは多国間調整を円満に行なうためには、当然の一つのやはり手段だろうと私は考えます。たとえば、日独がどうするというようなことを相談し、お互いの国の立場を述べ合って了解し合うということ、また、世界の黒字国として日独が全体から認められておるのですが、対米関係から見ますというと、ドイツはアメリカに対して貿易の黒字国になっていないというようなことになりますというと、このアメリカの赤字というものについては、やはり日本が一番関係のある国でございますので、日米がいろいろな話し合いをして、了解し合うというようなことがなければ、最後の多角的調整というものはうまくいかないということでございますので、日米が話し合ったからといって、日米で解決できる問題ではございませんが、最後には多数国の場で解決するために、各国別にいろいろ多角的な折衝があっていいことであって、それがなければ、やはり最後の円満な解決というものはないというふうに思いますので、その手段としての二国間交渉というものは、当然必要に応じて行なわれてもいいのだろうと思います。そういう意味で、私ども、多国間交渉と言いながら、やはり各国別のいろんな交渉もすでに始めているというふうなことでございます。
○和田静夫君 そこで、そうすると、たとえば、日本がまあ損をしないというような見通しがついた場合に、大胆に日米の話し合いに入っていって、ある言い方をすれば、軌道に乗ったとさえ皆さんの中で言っている方もいらっしゃるわけですから、円の切り上げは近づいた、こういうふうに大蔵大臣の実は述べられ方の変遷の中で、私たちしろうとは考えたのですが、そういうことでしょうか、一言で。
○国務大臣(水田三喜男君) 円の切り上げ方というのではなくて、各国の平価調整が一つの軌道に乗ってきたということは言えようと思います。と申しますのは、いままで話がばく然としておって進まなかったのですが、やはり米国の調整さるべき赤字幅というものをどう見るかということから、各国の分担すべきものをどうするかというところへ入らなければ入れないという筋道がようやくついてきて、その作業に入るということがきまったわけでございますから、したがって、このむずかしい仕事の第一歩に入ってきたことは事実でございますので、そういう意味で、ばく然たる話が一歩前進したということは言えるだろうと思います。
○和田静夫君 この辺は、実はもっと深くお聞きをしたいところですが、どうしても時間がないようですから、一応譲るところは譲っておかないと、将来のこともありますから……。 たいへんあれですが、あと一問だけやりますが、その前に、コナリー財務長官とお会いになったのですね。
○国務大臣(水田三喜男君) お会いしました。
○和田静夫君 そこで、いま国民の最大の関心というのは、ニクソン大統領が日本への防衛分担金の肩がわりを交渉中であるとたびたび述べています。ところが、私たちを含んで国民全体は、その日本への防衛分担金の肩がわりの交渉がどこでだれとだれがやっているのかということは一向にわからぬわけです。これは大蔵大臣、どこでだれとだれがやっているのですか。
○国務大臣(水田三喜男君) いろいろ記事が出ておるようでございますが、まだいわゆる防衛分担金の話というようなことはいまのところは日本にはないと思います。
○和田静夫君 防衛分担金の肩がわりの交渉がきていないというが、これは担当はどこでしょうか。大臣席をはずされるのでしょうが、国際金融局長が残っておれば、これから話を突っ込んでいけばこのやりとりはできますか。
○国務大臣(水田三喜男君) これは、コナリー氏は日本をも含めてというようなことを発表しており、また欧州に対してもそういう交渉をしておるようでございますので、これは将来何か言ってくるかどうかはわかりませんが、しかし、日本に対しては、この問題は最初から、日米会談をやり、今日まで日米のいろいろな折衝をやっている過程でも、まだこの問題は提起されておりませんので、どういう形で、どういうふうにくるかということは見当がつきません。
○和田静夫君 それじゃ最後にします。この辺、非常にいまの答弁私は疑問です。たいへん苦しい答弁で、何か正直じゃないことはよくわかります。正直じゃないことだけわかります。コナリー氏との話し合いの中で、たとえば、日本本土における米軍の滞在費用が六億五千万ドルにのぼることをコナリー氏は明らかにしているわけですね。そうすると、その日本への防衛分担金、ニクソンが言うところの肩がわりというのは、この六億五千万ドル、これを持てということ、そういう話が水田さんとの間であったんじゃないですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 何か新聞にそういう記事があったそうですが、私がとにかく会って折衝している責任者でございますが、私にはございません。
○和田静夫君 大蔵大臣がやっぱりいま言われたとおり会って、責任者なんですね。そうすると、国民は、これらの中からまた使いものにもならなくなったような古い兵器を購入をさせられるのではないだろうかというような、端的にそういった疑惑なんかを持っているわけですから、私は、早い機会に、ほんとうならもっとここで時間をとって、一つずつ明らかにしてもらいたいところなんだけれども、国民の前にやっぱり交渉経過を明らかにさるべきだと思う。そのことを私は強く期待をして、大臣に対する質問はこれでやめておきますが、いかがですか。
○国務大臣(水田三喜男君) 私は、池田さんじゃございませんが、うそは申しません。
○和田静夫君 それじゃどうぞ。 それで、たいへんお待たせしましたが、井上理事に入ります。そこで、先ほど来ちょっと大臣のところで間があきましたが、あなたがいわゆる二十六日、二十七日に出したインフォメーションの内容ですね、これは一体どんなものであったのか。
○参考人(井上四郎君) 午前中に御答弁いたしましたように、二十六日から二十七日にかけまして七行の為銀の幹部と会っておりますが、インフォメーションを流したのではございません。投機的な外貨売りをしないように説得をして回ったわけでございます。 それから、先ほど大臣とのお話の中に、一つ、私が変動制に移行することは知っておったという先生のお話がございましたが、変動制という考え方はあることを知っておったわけでございまして、それに移行することは存じません。また、大臣とのお話ございましたように、旧平価を堅持するというお考え方も一方にあった。いろいろなお考えがあった中の一つとして伺っておったわけでございます。
○和田静夫君 とにかく、そこのところがたいへん重要なところですが、二十三日、二十四日の日銀永川寮におけるところの、言ってみれば、一定の話し合い、それらの中で出ている問題もありますが、ともあれ、いま時間の関係もありますから、あれしますが、変動相場制に結果的には入ったんですから、その変動相場制に入る前に、あなたがこういうような形で動いて歩いた、たいへん非常識な話じゃないですか。常識的だとお思いになりますか。たとえば、過去において、あなたが出向いていった、日銀の側が為銀に対して出向いていった、そういうようなことはほとんどないでしょう。もちろん、あなたの新聞記者会見では、こちらが今度は売ってくれるなと頼む立場になったから、頼む立場だから、集めるのはどうかと思って、出向いていった、そういうふうにいま述べられているんですが、そういうのはまさに語るに落ちたという感じが実はいたしますがね。それだから、言ってみれば、あの当時においてはあなたは黙っているのが一番常識的です。黙らずにこそこそ動き始めている。こそこそということばにおおこりになるならば、あとからこそこそというものの裏づけをしますが、そういうような形は非常識だとお思いになりませんか、たいへん常識的な動きだったとお思いになりますか。
○参考人(井上四郎君) 非常識だといささかも思っておりません。
○和田静夫君 それじゃ、なぜ出向かれたんです。
○参考人(井上四郎君) 二十三日から二十五日にかけまして、為替市場は落ちついておりました。銀行のポジションの売りは大体先週に、その前の週に済んでおりましたので、まあ大体外貨売りの峠は過ぎたんじゃないかと、そういうふうに思っておりましたところが、二十六日の朝からまた大量の売りが起きまして、いささかでも為銀に投機的な売りが起きてはたいへんだということを強く感じまして、説得に参りました。ただ、つけ加えて申し上げますが、これはあとで考えますと、為銀の投機売りではございませんで、先ほどからお話の出ております輸出の前受金、これの受け取りが私どもの予想をはるかにこえて多かった。その大顧客の受け取りを為銀が売ってきたものであったことは、あとになってわかりました。
○和田静夫君 どんなに言われても、そんな一般的な内容なら、私たちはこういうふうに思います。たとえば、この前からの大蔵委員会その他の答弁でも明らかになっていますが、いわゆる十八日に二億八千万ドル動いた、そういうかっこうがありましたね。そして、十九日に五億ドル以上の売りがあった。こういう形で、日銀はたいへんショックを受けたでしょう、あの段階で。ショックを受けて、あなた方何をやられました。十九日の時点で、あなた方は大蔵省の行動に合わせてやればいいわけでしょう。大蔵省は、ともあれ、十九日の正午に電話でもって規制の通達をしていますよ。日銀としても、十九日の段階でショックを受けているわけですから、それに合わせてあのときにやればよかったわけでしょう。そのときにはおやりにならなかった。そして二十六、七日の段階にきて、あなたがわざわざ、まさに前代未聞、出向いて歩く、こういうことになる。そうすれば、あなたは非常識でなかったなんて胸を張ったところで、結果的に見れば、あなたの行動というものは、国民一般にたいへん疑惑を生む条件を与えた行動である、こういうことになるじゃありませんか。
○参考人(井上四郎君) 格別疑惑を与える行動だったと思っておりません。前の週の売りが一段落いたしまして、次の週は月曜から水曜費で落ちついておりまして、これで大体の為銀のポジションの売りが済んだと、こう思っておりましたところへ、また売りが出ましたので、非常にびっくりしまして、説得に回ったわけでございます。 それから、確かに私どものほうから為銀のほうに足を向けたことはめったにございませんが、私ども、為銀との連絡の方法は、来てもらってもいいし、行ってもいいし、電話でもいいし、その辺は格別どういうふうにしなければいけないというふうにかたく考えておりません。実は、一堂に集めようかということもちょっと考えましたわけなんですが、あの忙しい時期に為銀の外国関係の担当の役員を同じ時間に集めることは無理だと思いましたので、私がひまのときに次々に出歩くほうが簡単だと思っていたしたわけでございます。
○和田静夫君 それじゃ、わざわざ出向かれたのは、どことどこです。
○参考人(井上四郎君) 先ほど申し上げましたように、二十六日の朝から売りが出ましたので、非常に投機売りが心配になってまいりまして、二十六日の夕方から行動を起こしまして、まず富士銀行に参りまして、その帰り道に三和銀行に寄りました。それでもう時間が終わりましたので、その日は終わりにしまして、金曜日に朝銀行に参りまして、いろいろ市場の模様その他を外国部長と打ち合わせをしまして、ちょっと一段落しましたところで、第一銀行、それから三井銀行、三菱銀行と回りました。東銀にも寄りたかったんでございますが、そこで昼過ぎになってしまいまして、東京銀行には、午後になって私の予定が詰まっておりましたために、こちらから出向かずに、向こうから来てもらいました。住友銀行は、ちょうど担当の役員が大阪に行っておられましたので、午後早々に電話で話をいたしました。 以上でございます。
○和田静夫君 そこで、富士、三和と順次お会いになった方々を教えてください。
○参考人(井上四郎君) それぞれ外国の担当の役員でございます。富士銀行は佐治常務、三和銀行は宮道専務、第一銀行は村本副頭取、三井銀行は飯野副社長、三菱銀行はちょうど担当常務の露木氏がおられませんで、山室外国部長、それから東銀は横山専務、住友銀行は高橋常務。 以上でございます。
○和田静夫君 もう一ぺんくどいようですが、なぜこのいま言われた銀行だけ出向かれたのですか。
○参考人(井上四郎君) この上位七行といっておりますが、外国為替ではこれが相当の割合を占めておりますので、この大きなところを説得しておけば、大勢には影響はない、こういうように考えました。
○和田静夫君 そういうことを言われても、私たちの目から見ると、あなたが出向かれたそれらの銀行にドル売りが多いですね。二十六、七日にかけて多いですね。その事実はどう弁明されるわけですか。まあ、あなたがあわてて頭を下げて歩けば、ははあん、いよいよ何かあると、変動相場制なら変動相場制があると、あるいは引き上げなら引き上げがあると、そういうような形での、言ってみれば、売り、そういうものをあなたの行動が誘発をした、こういうようなことをお考えになりませんか、ことさらにあの時点で動かれることは。差し迫ったあの時期にわざわざ足を運んだということだけで、まあ私は実は責任問題になると思うが、結果から見て。どうなんです。
○参考人(井上四郎君) 何度も申し上げますように、変動相場制移行という考え方が一つの考え方としてあったということは伺っておりましたが、移行時期については全く知らされておりません。というよりも、むしろ御決定になっていなかったと思いますが、したがって、非常に切迫したという気持ちを別に持っておりませんでした。 以上でございます。
○和田静夫君 しかし、結果的には切迫していたんです、そうでしょう、切迫していた。そうして、だれしもがそういうふうに読む時期、外国担当の、言ってみれば、プロならば、そのプロの総元締めであるプロ中のプロであるあなたが、まさに切迫していなかった、切迫感を持っていなかったなんて言ったって、通用しません。まあ一部、一説によれば、東京銀行の外国担当が動かされるとか、動かされなかったとかいうような話まで出るくらい、うわさとしてはあるわけですから。その辺は抜きにしても、私は、あなたの責任問題というものは明確に結果的に見てはある。あなたの行動を受けて、第一銀行が大量の売りに出ているという結果になっている。これは輸出前受けによるドルだけではありませんね。二、三日前の決算委員会で、私はしろうとだから、大蔵省の答弁の技術にごまかされました。いすゞ・GMのいわゆる合弁会社設立のためのGMからの送金と私は推測をいたしています。こういうようなとにかく大量の売りが出ている。それでもなお、あなたは、この結果との対応において、事態の重大性というものをいまもなおお認めになっていませんか。
○参考人(井上四郎君) 投機的な売りをやらないように説得に参りましたので、それが売りを誘ったとは決して考えておりません。私が回った銀行の金額が多いというお話でございまして、いま私ここで宙に銀行の数字を覚えておりませんし、また申し上げる準備も持っておりませんが、これは大体の金額は為替の取り扱い高によっておりまして、その回った銀行が特に多いということはございません。ただ、上位の七行を回りましたので、取り扱い量の多い銀行ですので、したがって総体的には売りも多いということは言えるかと思います。
○和田静夫君 とにかく売りが多い。バランスの問題は後ほど述べます。 あなたは一体だれの指示によってその行動をとられましたか。
○参考人(井上四郎君) これは私独自の判断で、二十六日の売りを見まして、この際説得したほうがよろしいと考えて行動いたしました。
○和田静夫君 新聞でも、記者会見で、あなたは一存でと言われております。独自な判断と言われております。しかしながら、これくらいのこと——かなり重要なことですが、時期の判断の問題を含んで、一存でできることですか。
○参考人(井上四郎君) 一存でできることだと思っていたしました。
○和田静夫君 われわれは一存でできるなどの筋合いのものであるとは思いません。あなたの常識とわれわれの常識はずいぶん違うような気がさっきからしでいるのですがね、二つのこの問題を含んで。おそらく協議をされずにやるということはないでしょう。総裁も知らぬ、あるいはだれも知らぬ、同僚理事も知らぬ、こんな状態ですか。
○参考人(井上四郎君) 私は外国関係の担当をいたしておりますので、大体のことは総裁からまかしていただいておりますので、私の一存で実行いたしました。
○和田静夫君 それは、大体のことはまかされているでしょう。そういうことはあり得るでしょう。しかしながら、やはりこの時期に回って歩く、いわゆるあなたが言う一般的なことでですよ、一般的なことで回って歩くなどというようなことは、ちょっと考えられないじゃないですか。そうだと言えばそれまででしょうけれども、考えられないですよ。私の調査によりますと、もう一つ、たとえばさっきこそこそというような表現をしましたが、日銀の理事以上の行動には日程表がありませんね。秘書役さえ、何の目的でどこに行くということを、個々の理事の行動を知らない、こういうことになっていますね。日銀というのは、そんなにあなた方の重要な行動というのが個人的な裁量でやられるところですか。
○参考人(井上四郎君) ただいま一般的なことで回ったというお話がございましたが、一般的なことでございません。二十三日から二十五日まで落ちついておりました市場が、二十六日から大量の売りが、そのときの私どもの考えでは出るはずのない売りが出てきたもので、これは投機の売りが入っているから、為銀を監督しております日本銀行としてまことにぐあいが悪いということで説得に参りましたので、一般的なことではなくて、そういう特定の用で回ったわけでございます。 それから、日程のことはよく存じませんが、私ども秘書がついておりまして、秘書には、面会その他緊急の連絡の用があるといけませんから、行く先はなるべく言うようにしておりますが、あるいは言わずに出ることもたまにはあるかと思います。大体のことは秘書にいつも行く先を告げていくようにしておるつもりでございます。
○和田静夫君 この日は、全然行く先を告げられずに出たですね、二十六日は三行回ってきます、二十七日は数行回ってきますと。
○参考人(井上四郎君) 非常に忙しいときでございましたので、さっき申し上げました銀行のうちで、はっきりは記憶しておりませんが、たしか最初の銀行は電話で約束をとりまして、あとの銀行はその足で寄って、ちょうどいればそのときに会うというのが一番私の日程上都合がよかったものですから、そうしたはずでございます。最初の約束は、たしか、はっきりいたしておりませんが、秘書に約束をとらしたと思っております。
○和田静夫君 まあその辺は、名前をあげてもいいですけれども、小島秘書役は、この日に限っては何も知らなかったと、こう言っているわけですから。あなたは二、三行回ってくると言って出ていった。問題は、日銀にあるところのほかの運転計画というのは、全部日程表があるのです。ところが、あなた方だけは日程表をつけなくてもいいということになっている。そうすると、日銀の理事なんというのは、個人の仕事、個人の利益のために動いておってもさっぱりわからぬ、こういう状態になる。この辺は、やっぱりあなた方としては改める必要があるだろうと思うんですね。少なくとも、あなた方は政府関係なんですからね。いかがですか。
○参考人(井上四郎君) 日銀の役員の中に、個人の利益で動いている者は一人もいないと確信いたしております。ただ、その日程の件は、私詳しいことは存じませんので、ちょっとお答えできません。 それから、小島秘書役が知らなかったというお話でございますが、小島は秘書役でございまして、私がどこかをたとえばたずねますときに、相手と約束をとったりいたしますのは、私の秘書でございます、小島秘書役ではございません。
○和田静夫君 とにかく、あなた方の行動というのはもっと明朗でなければならぬ。個人の利益で何も歩いているとは言いませんよ、言いませんけれども、それは往々にしてないこともないだろう。将来にわたって出てきたら、あなたのいまの答弁、たいへんなことになるのですよ。それであなた、みんなりっぱな人でしょうけれども、間違いがないなんという人間はいないわけですから、それはたいへん、いまの御答弁というのは。やっぱりもっと行動というものは明らかになるようにしておく必要がある。そうでないから、あなたが二十六日、二十七日に回ってやられたことに対して疑惑を生むことになる。そして、私たちは、その疑惑というのは、国民的な疑惑というのは、正当性を持っていると思う。結果的にはドルが多量に売られているんですから、そのことに対してあなたは責任をとるべきだ。日銀といわゆる外為銀行というのはたいへん密接過ぎますよね。日銀のいわゆる金融政策を貫徹するにふさわしい関係ということにいま都市銀行との関係はなっているでしょうけれども、公定歩合やオペレーションやその他のことを考えてみて。しかし、そこには一線画されているのがあたりまえでしょう。その一線画されているというようなことが、どうもうやむやになる結果になる、こういうふうに思うんです。どこどこの銀行のドルがたくさん売られて、どこどこの銀行が結果的には少なかった、たとえば東京銀行が二十六、二十七日に売りに出なかったからといって、内部的にはいろいろの問題が起きているようですけれども、そういうような結果になると、まあ日本的な慣習として、首になるとか、左遷されるとか、あるいは自殺をしておわびをするとかなどということになりがちですね、その担当者クラスというのは。まあ本省関係でいえば課長クラスなどというところの人たちがそういう考えになりがちだ。あるいは防衛庁でいえば、装備局長でさえそういう状態でなくなられた例をわれわれは知っている。そういうような責任問題というようなものが出ない、そういう意味では、言ってみれば、売りについてのバランスをとろう、そういう意味からの誘導、そういう意味からの誘発、そういうものがあった。私は、巷間うわさをされるこういうものは、一定の価値基準を持っていると思うんです。あなたがどういうような思惑で、いろいろ抗弁をされていますが、動いた動かないは別としても、動かれた結果がそういうことになっているとすれば、あなたの動きというものは必ずしも当を得た動きではなかった。また、二十七日の段階というのは、もうあなた方クラスでは互い、言ってみれば、日銀と外為の事務レベルの段階でもって非常に緊密な接触が行なわれて、うまくやれというような表現に一言あらわされるような関係でそういう接触が盛んに行なわれる、こういうことになるわけです。したがって、私はこれでやめますがね、あなたも含んで反省をしてもらわなければならないのは、結果的には、大銀行あるいは大商社、そういうものの配慮、これはきわめて日銀のあなた方も、あるいは事務ペースでも、いろいろやってこられたことかもしれません。あるいは、政治的なその間における介入のうわさもないわけではない。しかしながら、ドルを集めることができるかどうか、そういうような集め得る能力を持った大銀行や大商社、そういうようなところですね、そこにおけるところの利益というものがまず頭の中にあって、利益追求というものがまず頭の中にあって、その利益追求のために事態が、あなたの行動を含んで展開をされていたとするならば、これはもうたいへんゆゆしい問題です。まさに私は、そういう意味のことを、きょうは国民の意思において明らかにしたいと思うんです。こうなれば、いつも損をする、いつも日の当たる場所におれないのは、国民一般でしかない、全体でしかない。特定の大銀行や大商社がこういう重大なときにもうけを追う、利潤を追う、結果的にはそういうようなことになる。まあ、佐藤政府のもとにおいて、国民というのは常にしいたげられておる。そういう政治的な判断からいっても、私たちは今度の一連の動きの中にもそういうことを指摘することができると思うんです。したがって、あなたの行動というのは、とにかく結果的にはそういうことに結びついていたことについては、深い反省をこの機会に求めておきたいと思います。 そこで、先ほどのニクソン声明の問題との関係で、ちょっと国金局長に尋ねますが、ニクソン声明が出たときに、大蔵省にほんとうに投機を押える意思があったならば、私は、輸出前受金が入ってくる場合に、ドルで積み立てて、そして実際に荷を積み出したときにその証券と引きかえに円にかえるというような強行措置を実はとるべきだったと思うんです。先ほど局長が反省をされましたように、さっきのことも一つの方法ではあると思うんです。しかしながら、たいへん手ぬるかった。いま私が言ったようなことが、真にきびしく投機を規制しようとすれば、大蔵省がとるべき手だったと思う。そのことをやられなかったことは、一体どういう理由なんですか。
○説明員(稲村光一君) 先ほどもお答え申し上げましたとおり、輸出前受けそのものは、これはまあ一種の商慣習といたしまして、前受けがすべていかぬということにはなかなかまいらない問題であろうかと存じます。ただ、たまたまああいう時期に、この点を通じまして多額のドルが売られてきたという点は、いまから考えますと、反省をいたしておるわけでございますが、当時といたしまして、先ほど申し上げましたとおり、この五月のときに、同じような事態が起こりまして、そのときは、各為銀に十分に、ほんとうの輸出前受けであるかどうかということの確認を厳重にやってほしいということ、その他の行政指導をいたしまして、それで五月の際は乗り切れたわけでございますので、今回におきましても、そういうことがむしろ他方で通常の輸出取引を阻害してはいけませんので、実はジレンマと申しますか、両方の点を考えながら、通産省等とも相談をしながら事を進めてまいらなければなりませんでしたので、当初からそういう意味の非常にドラスティックな措置、九月一日からとりましたような措置をとるということにつきましては、問題でございまして、そこまでは踏み切れなかったということは、いまから考えますと、時期がおくれましたということは十分に反省をいたしておりますが、そういう事情であったわけでございます。
○和田静夫君 ここは、私は単に反省して済むものかどうかというのは、大臣時間がなかったからあれですけれども、十分にこれは考えなければならないところだと思う、今後の措置としては。私が提言をしておることが、しろうとですからそのまま当てはまるかどうかは別として、十分にこれからの中では判断の材料にしてもらわなければならぬが、いわゆるこれとのかね合いで思うことは、すでに円にかえられてしまった、そういう輸出前受金で実際船積みがなされなかったもの、すなわち後に架空取引だった、さっき大蔵大臣が答えていますが、そういうことが判明した場合、通産省はどういう措置をとられますか。
○説明員(宇都宮綱之君) 輸出前受代金を取り入れまして、あと実際に貨物が輸出されません場合には、それがキャンセル等にあいまして貨物が輸出されない場合と、初めから輸出する意思がなくてドルを持ってきた場合と、二つに分けて考えまして、まず前者の場合、輸出をするつもりであったけれども、キャンセル等によりまして輸出ができなかった場合には、貿易外取引の管理に関する省令によりまして、通産大臣の許可を受けて外貨を送り返すことができることになっております。それから、初めから輸出するつもりがなくて外貨を取り入れた場合、これにつきましては、外為法違反ということで罰則をかけることができます。
○和田静夫君 そうすると、これはいわゆる罰則をかけると、こういうことになりますね、はっきりした場合。
○説明員(宇都宮綱之君) 輸出する意思がなくて外貨を取り入れました場合は、先ほど言いましたように、外為法違反でございますけれども、ただ、この所管は大蔵省になりますので、大蔵省に御連絡の上、しかるべき措置を御相談したいというふうに考えております。
○説明員(稲村光一君) ただいま通産省のほうから御答弁がございましたとおり、それが虚偽のことで、外為法違反ということがはっきりいたしますれば、むろん所管の官庁といたしまして措置をとりたいと存じます。
○和田静夫君 ちょっと、一番最後聞こえなかったのですが、一番結論……。
○説明員(稲村光一君) 外為法違反の摘発と申しますか、告発と申しますか、そういう措置をとりたいと存じます。
○和田静夫君 そこで、さっき、池田さんじゃありませんが、うそは申しませんという名答弁があったまま出られたのですが、局長、いまさっき私も申しましたとおり、日本の防衛分担金の肩がわりの交渉は、ニクソンはあんなことを言っているけれども、どこにもまだ連絡されてない、こういうような大臣のお話があって、しかもあとでは、大臣は、私が責任者なので、コナリー氏とは話し合ったけれども、具体的にはそういう提案がなかったと、こういうことになっている。言ってみれば、大臣の答弁それ自身もかなりちぐはぐなんですが、それにもまして、私が言ったことにお答えにならなかったのですが、あなたの責任ででもお答えしてもらいたいし、あるいは次官からお答えいただければなおよいのでありますが、さっき私が申しましたとおり、まかり間違うと防衛分担金の肩がわりというようなことで、コナリー氏が述べているように六億五千万ドルの米軍の滞在費用なぞというようなものの要求、それの上に、四次防その他との関係において、アメリカの使い古したところの使いものにならないような兵器というようなものがまた購入をさせられる、そういうことになるのではないかという疑念を持っています。この疑念を晴らすためには、さっきも質問いたしましたが、早く国民の前に交渉経過というものを明らかにされるべきだと思うのですが、これは次官いかがですか。
○説明員(船田譲君) 大蔵大臣が帰られましてから、私は何回かお会いをいたしておりますけれども、コナリー・水田会談においてこの防衛分担金の話が出たかという御質問でございますが、一つもございませんでした。現実に大蔵省内におきましても、そのお話が正式に向こうからアクションをとってこられたという事実はございません。
○和田静夫君 それで、いわゆるそういうような関係の交渉が行なわれてきだしたときには、先ほど私が申しましたような形のいわゆる疑いといいますか、疑問といいますかを多くの国民が持っているわけですから、交渉の内容については、できるだけ早い機会に、ニクソンがもう何べんも何べんも言っているわけですから、それをわがほうが受けたことがないというのはふしぎに思いますが、まあ違った機会に、わがほうの外交専門家の西村関一さんがちゃんとすわってお聞きになっていらっしゃいますから、外務委員会を通じてまたあれしてもらいますけれども、十分に国民が納得し得る、そういうような形での資料の公表というようなものをこの機会に求める、そういう意見を述べておきたいと思いますが、いかがですか。
○説明員(船田譲君) 先ほど、和田委員と井上日銀理事との質疑応答の席で、井上さんはプロ中のプロだというお話がありましたが、私はアマ中のアマの政務次官といたしまして、いまのような交渉がまいりましたときに、どのようにその内容を御報告をすべきかということは、実はこの場では判断のつかないことでございますけれども、しかし、そこにはおのずと、仮定の問題でございますからお答えするのはどうかと思いますが、もしかりに正式な交渉が向こうからまいりましたときに、もちろん交渉事でございますから、国益を守る意味において、こちらのある程度手を見せないでがんばっていくということは必要でございましょうけれども、ある段落がつきましたときに、結果として御報告を申し上げるようなことがございますれば、そのときは十分御報告を申し上げるようにいたしていきたいと、こう考えております。
○委員長(足鹿覺君) 本日はこれにて散会いたします。 午後一時三十三分散会