予算委員会 第8号
- 発言数
- 337 件
- 登壇者
- 27 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/03/05
会議録
○委員長(古池信三君) ただいまから予算委員会を開会いたします。 昭和四十六年度一般会計予算、昭和四十六年度特別会計予算、昭和四十六年度政府関係機関予算、 以上三案を一括議題といたします。 —————————————
○委員長(古池信三君) この際、参考人の出席要求に関する件につきましておはかりいたします。 三案審査のため、新東京国際空港公団総裁今井栄文君を参考人として本日出席を求め、意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(古池信三君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(古池信三君) 昨日に引き続き、松本賢一君の質疑を行ないます。松本賢一君。
○松本賢一君 きのうに続きまして質問申し上げるわけですが、その前に、けさテレビを見ますと、きのうここでも話の出ておった成田の空港の問題がたいへんまあ激しいことになっているようなんで、ひとつそれについての御報告をいただきたいと思います。
○参考人(今井栄文君) 一昨日の代執行に引き続きまして、一昨日は御承知のように非常な豪雨でございまして、現地が関東ローム層の悪い土質のためにたくさんのけが人が出た状況でございましたので、昨日は一日休みまして、本日の七時から現在代執行を施行中でございます。で、いま先生のおっしゃいましたように、現地はいま火炎びんその他の応酬等が、応酬といいますが、火炎びん等がとりでの中から投げられまして、ブルドーザーであるとか、あるいはまたその他の機械類に火がつくというふうなことで、これを消火しながら、現在とりでに対して代執行の作業を進めておるという状況でございます。
○加瀬完君 関連。ただいまの公団総裁の現象的な説明だけでこの問題の解決ができるものではございません。そこで私は、昨日八田質問を聞いておりましたが、聞く者も答える者もはなはだ認識不足で、成田の実情を誤り伝えておりますので、この際、政府に対し反対の実情を明確にするために次の諸点の説明を求めます。 一つ、最初の反対、賛成の地主区分。 二つ、その後の用地取得状況と公団のとった入手の手段、方法。 三つ、現在の未取得地の状況、特に地権者名と面積。その未取得理由。 四、昨日発表以外の二千二百余名のいわゆる一坪地権者住所氏名。 五、ガードマンの雇用状況、特に賛成派との関係。 六、反対地主に対する千葉県収用委員会の審議経過。 七つ、反対派への代替地取得並びに提供状況。御説明を求めます。
○参考人(今井栄文君) ただいま加瀬先生から七項目につきましての質問を御列挙されましたですけれども、七つにつきまして全部お答えできるかどうかわかりませんが、先生のおっしゃった点についてお答え申し上げますが、足りない点についてはさらに御質問項目を言っていただければお答えいたしたいと思います。 空港予定地が決定いたしましたのは昭和四十一年の七月でございまして、その七月の末に空港公団ができたわけでございますが、空港予定地の全体の面積は千六十ヘクタール、それに対して当時の現地の状況は非常にこんとんといたしておりまして、反対の方々の声が非常に強く、公団の分室が進出いたしました当時、私どもの職員は敷地の中へなかなか入れないという状況であったわけでございます。しかしながら、私どもは空港公団設立以来、鋭意地元の方々に対して空港建設の必要性というもの、あるいはまた、われわれ日本人の将来にとってどうしても必要であるというふうな面についての御説明をいたしまして、現在のところで申し上げますと、大多数の方々の賛成を得たわけでございまして、第一期工事区域、現在五百七十ヘクタール程度のものを使って工事を進めておりますが、全体の民有地の面積は当時二百八十二ヘクタールでございまして、その民有地のうちすでに私どもは任意買収で二百七十四・五ヘクタールを買収を終わり、これらの方々は、ほとんど全部の方々が代替地のほうへお移りいただいております。したがいまして、現在のところでは、第一期工事区域全民有地につきまして九七・三%というものはすでに買収を終わっておるわけです。これは中におられた地主の方々の空港に対する御理解によって私どもが売っていただいたものでございます。現在未買収地は、第一期工事区域につきましては七・五ヘクタールでございまして、全体の二・七%ということでございまして、この中のほとんど、半分前後が一坪運動の用地であるというふうなことになっております。それからさらに全体の工事区域、第二期工事も含めまして千六十ヘクタールの中で民有地の面積は六百七十ヘクタールでございまして、残りは旧御料牧場並びに県有林等でございますが、この六百七十ヘクタールの中で全体ですでにもう五百八十四・ニヘクタール、八七・二%の買収を終わりまして、未買収は全部で八十五・八ヘクタール、一二・七%が未買収ということに全体ではなっております。で、この未買収の第二期工事の区域の中には、加瀬先生も御存じのように、まだ農地を持ち、しかもその中で宅地を持って生活をしておられる方々が約八十ヘクタールの土地を持っておられるわけでございます。私どもは、第二期工事区域のそういう純粋な農家の方々に対しましては、まだ第二期工事は相当の期間もございますので、代替地その他の問題について現在手当てをいたしておりますので、十分御納得をいただいた上で、できるだけ任意買収で進めていきたい、かように考えておる次第でございます。 それから代替地の状況でございますが、空港が決定いたしましたときから私どもと千葉県が協力いたしまして、御料牧場の残地百ヘクタール、それから県の畜産試験場あるいは種鶏種豚場等を合わせまして百ヘクタール、それからさらに富里村に三百ヘクタール——主として富里でございまして、富里以外にも成田にも若干民有地はございますが、民有地を三百ヘクタール用意をいたしまして、全体で三百ヘクタールの用地を取得いたしたわけでございまして、国有残地並びに県有地の代替地を含めますと、全体でいま申し上げましたように五百ヘクタールになるわけでございます。そのうちですでに配分を終わりましたものは三百七十ヘクタールでございます。で、この三百七十ヘクタールの中で御料牧場の残地へ移られることを希望する方が圧倒的に多かったということで、私どもと県は、当初から敷地内の面積と同じ面積をもしほんとうに将来ともに農業専業でいくという御希望であるならば、それと同じ面積をお分けするということで、中には富里の当時の県有林に、敷地内におけると同じ面積を持って早くお移りになって現在農業をやっておられる方もおるわけでございますが、相当数の方々が御料牧場の残地に入植を希望されるということで、これはどうしても面積の関係からいって御希望どおりの面積がなかなか出ないということで、当時の条件派の方方、主として部落対策協議会でございますが、方方の中で、御料牧場百町歩の全体の配分計画をきめてほとんど現在もうお移りになっておるという状況でございます。で、したがいまして、五百ヘクタールの代替地を用意したのでございますけれども、まだ配分をやり得ると、耕地にすぐ転用できるというところが相当すでに用意したところでも現在残っておるわけでございます。その面積は約五十ヘクタール程度ございます。県はそのうちの三十ヘクタールぐらいはすでに造成に着手しておるというふうに聞いております。しかし、私どもは従来の代替地だけでは足りないと、それからまた必ずしもそこへ行くことを希望しないという方々もおありではないかということで、新たに県に要請をいたしまして、これは加瀬先生等も平素から常に代替地の問題については非常に強い御意見を持っておられまして、私どももその御趣旨に従いまして、近郊の八日市場であるとか、あるいはまた多古町であるとかいうふうなところに町村会を通じまして代替地を新たに取得する努力を現在いたしておりまして、相当面積が確保できたやに聞いておりますが、私どもは、大体においてさらに六十町歩、六十ヘクタールの新しい代替地を成田のできるだけ近い町村でお求め願いたいということで現在作業を進めておる状況でございます。したがいまして、今後、現在敷地の中で農耕を営み、また居住をして生活を立てておられる農家の方々に対しては、できれば先生方の御協力も得て、私どもとしては新しい耕地をりっぱにつくってそこへ移っていただくようにぜひお願いをいたしたいと、かように考えておる次第でございます。 それから土地収用に関する手続あるいはまた千葉の収用委員会におけるいろいろな作業でございますが、土地収用につきましては、私どもといたしましては、現在やっております一坪用地六カ所をまず昨年の三月の三日に申請をいたしたわけでございますが、それから逐次第二次、第三次、第四次というふうに調査をいたしまして、それぞれ三月から昨年の八月までに一坪運動等の第一期工事区域内におけるどうしても話し合いのつかないというところについての申請を一応終わったわけでございます。で、第二次以降の分について工事上必要であるものについては近く収用委員会において審理が始まるというふうに聞いております。なお、工事の緊急性にかんがみまして、第二次以降から第四次まで、空港の第一期工事に必要な区域の一坪運動その他の用地につきましては、土地収用法の特別措置法による緊急裁決をお願いいたしておる次第でございます。それから現在やっております六カ所の代執行につきましては、これは昨年の十二月の二十六日に県の収用委員会から公団の権利取得並びに明け渡しの裁決が出まして、一月の末までに裁決するようにということでございまして、それまでに、私どもは、記憶によりますれば約五回の審理を開いたということになっております。これがしかしなかなか思うように十分な審理ができなかったことは当時の新聞等で御承知のとおりでございます。で、二十六日に裁決が出まして、私どもは二月一日に代執行の請求を知事にいたしまして、知事は直ちに二月の二日に代執行の戒告を関係者に出しまして、さらにまた二月の十六日に代執行令書を出しまして、その代執行令書の中では二月の二十二日から三週間、三月の十四日までに代執行を行なうという通知を出したわけでございます。したがいまして、先ほど申し上げましたように、現在二十二日以降現地に不測の事態ができるだけ起こらないようにという配慮のもとに日時をかけて現在代執行を行なっておるという状況でございます。 以上、漏れた点もあると思いますけれども、一応お話し申し上げましたが、ほかに御質問について先生から項目を御指摘をいただければ直ちにお答え申し上げます。
○加瀬完君 ただいまの公団総裁の御説明を、政府はそのまま真実とお受け取りになるならば、はなはだ遺憾であります。と申しますのは、代替地の問題にいたしましても、四年間反対農民が一応選考の対象にするような代替地は一反歩も提供はされておりません。ここは御存じのように、スイカ栽培が主でございますけれども、いまいろいろ例にあげられましたところもスイカのできない畑であります。農民はスイカのできない畑は畑としては認めておりません。四年間代替地は一反歩もない、こういう点を明らかにいたします。 それから私は、地権者名と面積、その未取得の理由、あるいはガードマンの雇用状況、それからきのう発表以外の二千二百余名の一坪地権者の住所、氏名、こういう点を聞いておるのでございます。あたかも社会党が反対をしておるから空港ができないような質問や答弁がありましたが、そうでないという事実を認識をしなければあなた方は実情の認識をはなはだ誤ることになりますので、それをつまびらかにせよと要求しておるのでございます。ただいまの御答弁は御答弁になりませんので、私は関連質問でありますから長々とできませんので、理事会においてもう一回私の質問を明確にして、数字を要求しているわけでありますから、現実の氏名、面積を要求したのでありますから、私の質問に答えられるような措置をおとりをいただきます。
○参考人(今井栄文君) 今回の六カ所につきましての面積でございますが、面積は全体で六・一ヘクタールでございます。
○加瀬完君 空港全体を問題にしなさいよ。いまの代執行のことだけを問題にしたって空港にはなりませんよ。
○参考人(今井栄文君) それから、それではすぐ資料で後ほど御説明申し上げますが、ガードマンの問題についてお答えいたします。ガードマンは、私どもとしては、全体で百六十名程度のものを用意いたしておるわけでございますが、これは私どもは、本来代執行を受託いたしまして、やる以上は、直ちに警察にお願いするということでなくて、できるだけ自分たちでやろうという意味で、みずからを守るという意味でガードマンを実はお願いしたわけでございます。ガードマンの会社は、御承知のように、地元の方々がおつくりになった(「どこから雇ったか」と呼ぶ者あり)ガードマンは空港警備株式会社、これは地元の土地を売っていただいた地主の方々が、今後の生活設計のためにおつくりになって、今後空港ができた場合には、空港の警備もあわせてやっていただくという目的で、自発的におつくりになったものでございます。私どもは、この会社は閣議決定の当時の趣旨から言いましても、できるだけ御支援を申し上げたい、こういうふうに考えております。 それから、さらにもちろんこの一社のみでは足りませんし、また場所によってはこういう方々を出すことが不適当であるという場所もございますので、それ以外に綜合警備保障、また大同帝国警備保障、これは成田の空港警備の下請でやっておりますが、現在大体その三社が中心になりまして、百六十名のガードマンを採用いたしておるわけであります。(「名前どうしたんだ、答弁しろ、早く。」と呼ぶ者あり)お答えいたします。一坪運動は全体で面積的にはわずかでございますけれども、人数は非常にたくさんおられまして、千を超える人数でございますので、名簿につきましては全部わかっておりますので、ぜひ資料として提出さしていただきたいと思います。(「おかしいじゃないか、きのう名前まであげたじゃないか。きょうあげられないというばかな話はあるか。」と呼ぶ者あり)それでは、加瀬先生の先ほどの御質問に対しまして、御答弁いたしませんでした分についてお答えをいたしたいと思います。 で、まず第一は、用地取得の状況につきましては、詳しくお話を申し上げたわけでございますけれども、公団のとった、その用地取得の手段、方法はどうかということでございますが、これは、特に手段、方法といいましても、通常の私どもの職員が伺いましてお話をした上で契約をするという方法をとってやってまいったわけでございまして、もちろん、それ以前にそれぞれの条件派の方々との間に価格交渉がございまして、相当長くかかったのでございますが、昭和四十三年の六月に話し合いがつきまして、自後逐次一般の方法によりまして購入の手続をとったわけでございまして、特別に変わった方法をとっておるわけではございません。 それから、ただいま取り寄せておりますが、この全体の一坪運動の方々の名前につきましては、資料が到着いたしました際に報告いたすことにしまして、ひとまず、今度やりました分についてだけでも先に報告さしていただきます。で、これは第一号地点でございますが、これは成田市の駒井野広田でございまして、所有者は、昔は金江保さんという方でございますが、この方はすでに賛成派になっておられます。したがいまして、現在の所有者は主として芝山町の農業の方が主でございますが、敬称を略さしていただきたいと思いますが、三ノ宮武二、石井昌治、河内秀、三ノ宮静枝、石井英祐、河内明、小川剛正、小川たけ、大槻きみ、萩原男一、萩原美津子、鹿嶋清、鹿嶋ちよ子、山村照海、山村園子、秋葉冨美枝、本多とみ、萩原儀助、萩原昌、龍崎しづ子、これらの方方が現在共有者でございます。(「何名だ」と呼ぶ者あり)第一号地につきましては、全体で二十名でございます。職業は全部の方が芝山で農業をしておられる方でございます。 それから第二号地でございますが、第二号地もやはり同じように、旧所有者は駒井野の金江保さんでございまして、すでにこの方は、敷地内の土地その他は私どもにお売りいただきまして、現在は賛成派ということでございまして、共有者として残っておりますのが、出山隆正、大竹操、萩原泰明、小川安治、大竹たつ、萩原寛、矢野森三、萩原豊三、萩原トミノ、酒井吉次、平山亨、永長治郎、椿茂、出山克正、椿せい、関口寛、萩原久義、笹川留吉、鈴木久夫、笹川たけさんになっておりまして、人数はやはり二十名でございます。これらの方は従来、もちろん先ほどの方々もそうでございますけれども、空港用地の中で土地は持っておられた方はほとんどおられませんで、第二号地に持っておられた方がわずか二名おられるだけでございます。 それから第三号地点でございますが、これはやはり駒井野の伊藤兼三郎さんという方が持っておられた土地でございまして、この方もすでにもう賛成派になっております。で、現在の所有者は共有者でございますが、桜井茂尚、大木古男、秋葉光一、秋葉寿美、小川勇、小川和夫、石井義朗、池上弘雄、山下文、細野虎雄、平岡桂治、伊藤勝好、伊橋利春、伊橋栄、斉藤力、小川栄良、小川高、青木幹男という方々でございまして、十八名でございます。で、この中には櫻井さんは元衆議院議員であられた方でありますし、全部農業ということではなくして会社員の方もおられます。なお、大多数の方がやはり山武郡芝山町で農業を営んでおられる方々でございまして、これらの方々もかつて空港用地内に土地を持っておられた方はおりませんでございます。 それから第四号地点でございますが、これもやはり先ほどの伊藤兼三郎さんのお持ちになっておられた一部の土地でございまして、この方はすでに申し上げたとおり賛成派でございます。それからこれを共有しておられた方は、従来はなくなられた小川三男先生が入っておられますが、おなくなりになりましたために、この共有地もやはり相続人として小川純子さん、小川ルミ子さん、小川ルリさんの三人のお名前になっております。なお、それ以外に郡司守さん、石井稔朔、石井清、石井寛、鈴木和男、鈴木泰、鈴木敏二、石井武次、高仲好雄、石井道泰、こういう方々でございまして、小川さんの御遺族三名と、それから全部で十三名ということに、御遺族を合わせまして十三名ということになるわけでございまして、これらの方々も空港の、現在の用地内にかつておられたことはないわけでございます。 それから第五号地点でございますが、第五号地点は私もよく存じ上げておりますが、駒井野の古い農家でございまして、本多巳代治さんでございます。この方もすでにもう条件派の幹部になられた方でございますが、この方のかつて持っておった土地の共有者は、菅沢昌平、藤沢太麿、田下幸、平山俊彦、石原茂福、平山文治郎、平山賢、菅沢保、飯田武男、石井正雄、石井登、石井岩夫、岡本隆一、北山愛郎、平林剛。ああ、それであとの三人はこの地域における明認立ち木の所有者でございます。したがいまして、この第五号地点に関します所有者は、土地所有者が十二名、いま申し上げました立ち木の所有者が三名で、合計十五名ということになっております。 それから六号地点でございますが、六号地点は取香の岩沢多門さんの持ち地所であったものでございまして、この方もすでに賛成派になっておられるわけでございますが、現在の共有者は、飯田清二、寺田正一郎、川口一夫、大矢良一、平山敏夫、島田剛夫、加瀬善司、石神井充、加瀬京治、古川明、諏崎瀧次、根本政雄、飯田堅雄、鵜沢正、滑川寛、加瀬新一郎、平山実、渡辺勇、石井利三、加瀬武夫、高野清、石神井はな、伊橋潔、以上の方々でございまして、これらの方は多古町の反対派の方々だろうと思いますが、二十三名でござまして、これらの方々もやはり従来はこの土地に、敷地内に土地をお持ちでなかった方々と伺っております。 ああ、さらにいまのはちょっとその次のページに二名抜けておりましたので、つけ加えますと、平山清司、加瀬喜久雄の両名、やはり農業の方でございますが、この方を加えまして、いま二十三名と申しましたが、二十五名になっております。 大体現在一坪運動でまだ資料が参りませんので、さしあたって代執行を行なっております六カ所についての土地所有者の名称を御報告申し上げた次第でございます。 それからなお先ほどの加瀬先生の反対派の代替地取得とその提供状況という点について、答えが不足であるというお話がございましたが、この点については、従来も私ども国会の各委員会でいろいろ御質問を受けましてお答えをいたしておるわけでございますが、代替地については特に農地である場合には公団は農地法上取得できないという問題がございまして、もっぱら県のほうに代替地の取得並びに造成はお願いをいたしておるわけでございます。それからなおその配分につきましても、県のほうから御相談を受け御協議を受けた上で、県のほうが直接配分をいたしておるという状況でございまして、詳しい点につきましては県当局のほうに十分な部局もあり、資料もあるわけでございます。 なお、先ほど申し上げましたように、私どもは約五百ヘクタール、正確に申し上げますと五百七ヘクタールの代替地をつくりまして、先生は全然農耕に適しないというふうなふうに言われましたけれども、私どもが実際に現地に参って拝見いたしましても、すでにその当時天神峰から越して行った越川さんのごときは、相当りっぱな麦作をやっておられた記憶を私は持っておるのでございますが、そういうふうにして現在すでに三百七十ヘクタールを配分いたしまして、残りの中で、しかも造成ができるというところを、私どもは四十八ヘクタールというふうに見ております。しかしながら、先生がおっしゃるように、必ずしもそれはいい土地ではないじゃないかというふうな問題もあろうかと思いまして、新たに県に対して約六十ヘクタールの新しいしかもりっぱな農地として使えるところをということで、現在買収をお願いいたしておるという状況でございます。
○委員長(古池信三君) この際、暫時休憩をいたします。 午後は十二時四十五分から再開をいたします。 午前十一時三十八分休憩 —————・————— 午後零時五十五分開会
○委員長(古池信三君) ただいまから予算委員会を再開いたします。 この際御報告いたします。 加瀬君から求められましたいわゆる一坪地主の氏名につきましては、理事会において協議の結果、資料として提出を求めることになりました。
○委員長(古池信三君) それでは午前中に引き続き松本賢一君の質疑を行ないます。松本賢一君。
○松本賢一君 残り時間が少ないので、成田の問題はこれで打ち切りまして、政治資金の問題に返ります。 きのういろいろお尋ねしたところを要約いたしますと、緊急を要するものとして選挙制度審議会が出した答申により、骨抜きでありながらも政府が提案した政治資金規正法の単独改正案というものが自民党内の車の両輪論というものに押されて結局廃案になったと、こういうふうに解釈いたしますが、いかがでしょうか。
○国務大臣(佐藤榮作君) とにかく廃案になったことは事実でございます。全部自民党の責任か、そこらのところはまた別でございます。
○松本賢一君 これはまあ議論になりますからやめますが、そこで、次のすぐ開かれた臨時国会の冒頭に、私の質問に対して総理のお答えは、遺憾であった、次の国会に必ず出すということと、それから、車の両輪論はとらないということをおっしゃった、これは確認できますね。
○国務大臣(佐藤榮作君) 国会で私が答弁したことは、ただいま言われるとおりでございます。
○松本賢一君 そして翌年また、四十三年の会期末に、参議院選挙を目前にひかえたころに出てきたのが例のきのう申し上げました青天井と言われた法案でありましたが、このときもあなたは両輪論じゃない、おわかりでしょうと、こういって私におっしゃったですな。
○国務大臣(佐藤榮作君) そのとおりです。
○松本賢一君 ところがその後、特に近ごろ総理のおっしゃいますことは、どうもああとっていいのか、こうとっていいのかわからないようなことが非常にあっちこっちで多いのですけれども、私の見ますところでは、あなたはやっぱり両輪論というものになっておられると私は思うのです。それでそこらの心境の御変化があったのかどうか、いつごろからそういうふうになったのか、お聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) 現在もいわゆる車の両輪論をとっておるわけではありません。しかし、最近の国勢調査によりまして、ある程度定数是正もしなければならないと、そういう機会になってまいりますと、あわせてそういう事柄が考えられる。これを車の両輪論と言われればそういう新しい事態に対して考え方が進んでまいってきていると、変化があると、かように御理解をいただきたいと思います。
○松本賢一君 少しおかしいのですけれども、しかし、とにかくまあ私どもは車の両輪論と言わざるを得ないと思うんです。ということは、単独ではもう出さないんだというようなことを、そうらしいことをたいていの場合におっしゃる。それはそういうことになるわけですか。単独ではもう出さないということになるわけですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) この問題は、やっぱり総合的に考えるべき筋のものだと、かように思いますので、それがただいま言われるような車の両輪論と、こういうことになるかもわかりませんが、いわゆる両輪という形ではございません。ものごとを改正する場合に、どちらからか早く手をつける、同時にそういうものを一緒に片づける、こういうような行き方がございますから、必ずしも私は同時に片づける、片づけなければならない、かように私は思いません。ただ、資金規制だけ先にやるか、あるいはもっと定数是正のほうが先になるか、そこらの問題はかね合いであろうと思っております。そういうことなどもいずれ、ただいま選挙制度審議会でいろいろ諮問をいたしておりますから、そういう点が明らかになってくるのではないかと、かように思っております。
○松本賢一君 いろいろおっしゃるとわかりにくくなってしまうんですけれども、要するに単独では出さないということはわかりました。というと、それを私どもは両輪論だと思うんです。お気に入らなければ三輪論でも四輪論でもけっこうでございますけれども、いろいろなものと一緒なら三輪論でも四輪論でも六輪論でもけっこうでございますけれども、そういうふうにひとつ確認をいたします。 それからもう一つは、審議会の結論を待ってとか、答申を待ってとかいうようなこともあっちこっちでおっしゃっておるし、いまもそういうふうなおことばがあったんですけれども、そうすると審議会が新しい何か答申なり結論なりを出すのを見ておやりになる、こういうことでございますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 申すまでもなく、このことのために特別なお忙しい方々に特にお願いをして審議会でいろいろ御審議を願っております。したがいまして、私は審議会の議を経てということが望ましい姿だと、かように考えております。
○松本賢一君 そうすると、審議会の任期はたしか今度は二年になったと思うんですけれども、審議会で結論が出るのはどうしてもおおむね二年後ということになると思うんです。そうすると御提案なさるのもおおむね二年後と、こういうふうに解釈してよろしいでしょうか。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただいまのは委員としての御意見かと思いますが、私は審議会が二年の任期ということでその任期末に全部が出てくるとばかりも思わないように思っております。ものによりましては早く出てくるのではないだろうかと、かように思います。いずれにいたしましても、審議会の議を経て私どもこの問題と取り組みたいと、かように思います。ことに最近のはなはだしい例は、何と申しましても国勢調査が行なわれたばかりでございますから、この正確な数によってやはり、減らすことは困難にしても、増員は適当にしていかないと、これはもう現状に合わない、かような点が指摘されるのではないかと、かように思いますので、そういう点はできるだけ早めに出されることだろうと、かように思います。
○松本賢一君 どうもあいまいなんで、まあはっきりも言いにくいのかもしれませんけれども、そうすると、情勢が変わったとおっしゃいますけれども、国勢調査の結果はこれはもう近くはっきり出ると思いますが、四十一年に緊急を要するといって答申が出されたものが、それももうすでに四年たっておる。それからさらに一年なり二年なりどうしてもかかるというのが常態だとすると、今日の状態というものは緊急を要しないかということですが、その点はいかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは私別に変わっておるとは思いません。特にこの政治の、国民の不信を買うようなことだけは避けなければならない。これは最も緊急を要するというか、基礎的な問題だろう、かように思います。その点は今日も、また四十一年時分も変わっていないように思います。しかし、さっき松本君からも御指摘になりましたように、最近はこの問題があまり議論されない、そういうような意味では、やや国民の受け取り方もこの問題については変わってきておるのかとも思います。だからその緊急性というのは、そういうような意味でも、やや当時とは受け取り方も違うのではないか、かように私は思います。しかし、基本的に、基礎的に申せば、政治の不信がここにあるのだ、こういう点は今日も私指摘できると、かように思いますので、各党の納得のいくような成案を得るという、それについて政府は積極的な努力をすべきだ、かように思っておりますので、この緊急性は依然としてそういう見方をすれば変わりがないということになろうかと思います。
○松本賢一君 緊急性が変わらないとすると、もうほんとうに急いでやってもらわなければならぬと思いますけれども、じゃ最大の努力をして急いで出されるということですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 急いで、最大の努力を得たい、かように思っております。それには何と申しましても、いままでの過去の苦い経験がございますから、今度出せば必ず成案を得るという、その見通しの立つそういうところで出さなければならない、かような問題だと私思っております。
○松本賢一君 ちょっと自治省にお願いしますが、最近の政治資金のふえ方というものがたいへんなものだというふうに新聞で拝見しておるのですけれども、一応御説明いただきたいと思います。
○国務大臣(秋田大助君) 確かに政治資金規正法の収支報告によりますとふえております。収入で四十四年の上期が八十五億三千四百七十万、それが下期には百七十三億円になっております。四十五年の上期には百七十三億円に、こうなっておりますので、漸増の傾向が看取できます。この理由につきましては、まだ十分分析し、つかめておりませんが、近来政治に関し、大衆にいろいろPRをする費用等の点が激増しておるのもその理由の大きなものではなかろうかと考えておるわけでございます。
○松本賢一君 時間がありませんから、別の機会にもっと詳しく聞きたいと思いますが、私がちょっと計算してみましたら、四十一年を一〇〇としますと、四十四年は一七〇という数字が出ているのですね。四十五年の前半がこの間発表された膨大な数字を考えますと、四十五年には、四十一年の倍になるということはもう十分予想される、そういうことでは政治資金の規制というものをのんびりかまえちゃいられないと、もう緊急性は四十一年よりははるかに大きいのだということを、ひとつ総理はっきり認識してかかっていただけますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 私はただいまのような事態を非常に心配しております。しかし、各党の政治活動もたいへん活発でございます。おそらく一地域の選挙区におきましても、まかれる宣伝ビラなど、数限りもないものじゃないかと思っております。だから四十一年時分の政治活動と、今日の政治活動、これはもう比較にならないような状態を現出しておるのじゃないか、かように思います。この政治活動自身も、ときには十分の効果も考えられるとか、あるいはどうだろうかと思うような政治活動もございますが、そういうものもやはり選挙制度審議会でいろいろ審議されるのじゃないかと、かように思いますが、政党が政治活動をするという、それにはおのずから限度があるだろうと思いますけれども、最近の状態はなかなかそうも考えられない。合法的だという範囲においてはずいぶん思い切った活動が展開されるようでございます。そういうところにやはり政治資金そのものが要るということにもなりますし、また政党の政治活動自身を制限することも、これまたいかがかと思いますから、そこらにいろいろむずかしい問題があるように思っております。しかしとにかく、いま言われる金額が非常にふえておる。百が二百にもなるだろうと、かように言われること、これは私が心配しておる点はそういう点にあるのであります。それがひいて国民の政治に対する不信を招くと、こういうことがあってはならないと、かように考えております。
○松本賢一君 時間がないから議論はしませんが、いまのお話を承っておりますと、政治には金が要るんだと、運動の方法も変わっているというようなお話ですけれども、その金を使うのが、いまの法律ではとめどもなく金が使えるから、それを制限するために政治資金規正法をつくろうとしているのですから、いまの状態をそうやって是認した上でものを考えたのでは、政治資金の規制はこれ以上できないということになりはしませんか。
○国務大臣(佐藤榮作君) そのとおりだと思っております。そこに問題があるのでございます。政党の政治活動、それにワクがはめられるかと、これが一つの問題でございます。ここにお互いにやっぱり考えなきゃならないことがあるように思っております。
○松本賢一君 それじゃ、とにかく、二年後というようなことでないようにひとつ、最善の努力を払うとおっしゃったのですから、努力を払っていただきたいと思います。こういうときに、蛮勇をふるってというあなたのお好きなことばをひとつそのままやっていただきたいと思います。どうしてもあなたにすぐやるんだと言っていただきたかったのですけれども、なかなかおっしゃらない。やっぱり議会というところは攻めるのにむずかしいところだと思います。 それで、ほかの質問に入りたいと思います。 これも、私、四年前に大地震の対策について質問をしたことがありましたが、そのときには、総理からも、ほかの大臣からもまことにおざなりの御答弁しか得られなかった。要するに対策は何もなかったという感じがしたのでございます。今日、総合的なこれに対する対策はどういう機構で、どういうふうに行なわれているのかお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 中央防災会議において大地震対策について検討いたしておるところでありますが、四十三年の閣議決定をもとにして、まず、地震は学問的に予知の分野の学問と、それから地震が起こったときの対策、こういう分け方を一応いたしまして、地震の予知については、四十四年に建設省の国土地理院に地震予知の連絡会議というものをつくりまして、これは専門家の方々でありますが、そういう学問上の予知手段なり研究等を続けてもらっておるわけであります。四十四年に、関東地区南部において大震災が起こった場合、冬の夕食時、全部ストーブがついておるという状態のときを想定して消防審議会の答申が行なわれました。その答申を受けて、中央防災会議では部会を設けていろいろと具体的な案を検討いたしておりまして、きょうもロサンゼルスの地震調査団の報告、それをもとにして開いておるわけでございますが、私どものところの政務次官がその会議を主宰してやっておりまして、この地震に、ことに関東地区南部というものに具体的に対応するための、主として東京中心に対する関東大震災の経験を踏まえた問題でありますから、避難部会とか、いろいろその他八つの部会に分けてそれぞれの問題点として議論をしているわけでありますが、今度のロサンゼルスの調査団を派遣いたしました報告その他等から考えまして、いろいろのまた新しいヒントなりアイデアなりというものが考えられるわけであります。このままではいけないという問題点を幾多教訓として持って帰っておりますので、本日の閣議においても、建設大臣等から新しい考え方の提案等がございました。今後これらの問題点を踏まえながら、総理から、やはり関東地区というものは過去に大震災の経験を持っている地区であるだけに、いたずらに人心を不安動揺きせるようなことはいけないけれども、しかし突如襲われてパニック状態におちいることが一番問題なんだから、なるべく早く中央防災会議において結論を出して手段を明らかにするように、対応策を明らかにして関係地区住民が安、心するようにという指示を受けたばかりでございまして、そういうようなふうに運びを進めてまいりまたいと考える次第でございます。
○松本賢一君 ロサンゼルスの地震に調査団を派遣されて、その調査団も帰ってこられたと、いまもちょっとお話がありましたけれども、この調査の報告をできる範囲内で聞かしていただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) これは政府各省からなる派遣団でございまして、便宜、建設大臣がまず報告を聴取しておられますので、建設大臣にお願いをいたしたいと存じます。
○国務大臣(根本龍太郎君) かなり技術的な専門的な問題が多いので、これの資料を精査して解析するには相当の時間がかかると思います。本日、昼休みの時間に団長以下六名の者から概略を聞いてまいりました。これによりますというと、向こうのほうの構造物の設計基準が、日本からすればたいへん何と申しますか、地震に対する配慮が少ないと申しますか、そういう状況であるそうであります。特に道路、橋梁等については地震に対する点が非常に脆弱になっておった、日本の構造物ははるかにこれに比べて綿密かつ強度を持たしているからだいじょうぶである。ただ、この構築物のうちで非常に日本においても大いに検討しなきゃならぬというのは病院とか学校、こういうものの強度がどうもこれは日本でも再検討しなければならぬじゃないかということでございました。それから高層建築物はだいぶしっかりしたものができておって、日本の新しい高層建築もこれならだいじょうぶだ、ただ木造の老朽の建物が日本ではかなり多いから、この点はもう一度これは検討する必要があると、こういうことでございました。 それから地下鉄とか、そういうものは日本でもだいじょうぶであろうと、非常に厳密にこれはやっておるというような話でございました。それからダムの設計等も日本のほうははるかにじょうぶにできておるからだいじょうぶだと思うと、こういうことで、概略向こうよりも日本は相当綿密にやっておるけれども、ただし一番日本でおくれておるのは、非常に過密になっておるために、そのパニックが起こる——人間のですね。瞬間的に来たときに、避難するためのパニックがおそろしい、したがって、これについては十分に各人が地震が起こった際における心得をみんな持っておれば相当防げるんじゃないか、こういうようなことでございました。先ほど総務長官からお答えありましたように、政府といたしましても、各省庁ともこれは綿密に総点検をいたしまして、これに対応する解説書をつくりまして、各企業別、たとえば化学工場なんかにおいては、よほど綿密に瞬間的に起こった場合の措置、それから高層ビルについては、建物は安全であるけれども避難するための混乱、これをどうして防ぐかというふうな解説書をつくって、そうして国民にわかりやすいようにこれから準備したいと、こう考えております。
○松本賢一君 いま建設大臣から最後に心得帳のようなものというようなお話がありましたが、実は私は、昭和四十二年にこういう質問をしております。権威ある、しかもわかりやすい心得帳のようなものをつくり、各戸に配布することを考えられないものかどうかという質問をいたしましたら、どなたも御答弁がなかったわけでございます。今日おそきに失すると思いますけれども、そういうことは、できるだけ早くお願いをいたしたいと思います。 それから、いまの御答弁の中で、この間建設委員会でお聞きしたことで、日本の高層建築あるいは高速道路というようなものはわりあい安心できる、わりあいじゃない、だいじょうぶと、こういうように御答弁をいただいたわけですが、けさのでしたか、きのうでしたか、新聞を見ますと、どうもあのロサンゼルスからのお話によると、何となく不安が感じられるので、その建築構造の日本と向こうとの違いでだいじょうぶなものかどうか、そういう点についてもう一ぺん御説明をいただきたいと思います。
○国務大臣(根本龍太郎君) まず、権威ある解説書ということでございましたが、これは主として自治省が、消防庁を持っておるので、いまそれを準備しておるようでございます。私が申し上げましたのは、さらにもっと詳しく、高層ビルに起こった場合にはどうするとか、あるいは地下鉄に乗っておったときに地震がきたときにはどういうふうにしたほうがいいかというふうな、もっと非常にわかりやすいものをいま中央防災会議を中心として、これをもう一回やり直して権威あるものにしたいということです。 それから高層建築あるいは橋梁等、これは技術的なことはよくわかりませんが、非常に日本は関東大震災を受けてから材料、それから構造の問題、それから接合、あらゆる面において検討しておるとのことです。そうして日本のほうでは地質が非常に弱いから地盤の、地質の研究から始めて、どういう地質にはどういうふうな構造にするというところまで厳密にやっておると、ところが、アメリカはそれをやっていなかった。それから高速道路が落ちたところなんか見ておると、二十メートルも高いところに道路をつくるのに一本の鉄筋の柱でやっておる、だからこれが倒れる、日本では、少なくともこういうふうにけたをつくって、そうして地盤には非常にしっかりした土台をつけておるというようなこと、それからずれて落ちることのないような設計をしておるということで、これは専門的なことで、私よく説明できませんが、そういうことでだいじょうぶであると、こういう概括的な報告は先ほど聞いてまいりました。
○松本賢一君 だいじょうぶであったらもう変える必要はないということなんですか、それともまだ変えるべきところもあるということなんですか。
○国務大臣(根本龍太郎君) 大体においてだいじょうぶだけれども、しかしもう一回総点検を私から要請しておきました。その結果に基づいて、特に大阪、東京、名古屋というような、こういうところにおける高速道路については全面的に再検討しなさい、それからダム、これが一つ決壊すると非常に大きな損害が起こるようなところ、こういうところの問題は、だいじょうぶだと言っただけではいけないから、これは総点検をするということをきょう指示しておいた次第でございます。
○国務大臣(秋田大助君) ただいま先生から指導要領のお話がございました。数年前にそういう御指示があったということは私は存じませんでした。その点は自治省としても近年非常に考えております。実は四十六年度から大地震火災が起きた場合に、火を出さないようにする心得、また初期にどういうふうにして消火をしていただくか、また住民が避難、待避をしていただくのにはどういうふうに指導したらいいか、また住民もどういう心得をしていただいたらいいだろうか、こういうことに関する指導要領的なものをつくりまして、これでブロック会議を開きまして市町村におろし、住民におろしてこの点のPRをいたしたい。また場合によりましては、電波等を通じまして広く大衆に不安感を起こさせない点を考慮しつつ、十分ここらの点に関する考え方をまとめておいていただくような処置をしたい。ただいま準備をいたしておりますので、先生のひとつお考え等、御指導また御支援をお願いいたします。
○国務大臣(西田信一君) 大震災に対する建造物等の構造の問題につきましては、いま建設大臣がお答えになりましたように、再点検なさるわけでありますが、これらに備えまして、研究学園都市に移っておりますところの国立防災科学技術センターにおきましては、昨年、大型耐震実験装置ができ上がりました。これは世界において最も大規模なものでございまして、私も現場に行って実験してまいりましたが、世界に起きましたあらゆる地震をそのまま再現できるような装置になっております。これらは各省庁あるいは大学等の共用に供しておりまして、これらを大いに活用いたしまして、この構造上の問題等も解明していくことになるだろうと思います。
○松本賢一君 ちょっと余談ですけれども、いま自治大臣が、私が前に本会議で質問したのに、そういうことがあったということを御存じない、これはかわられたのですから御存じないということになりますけれども、これは総理にお伺いしたいのですけれども、国会の答弁が、どうもあとからちっとも研究されていないという傾向が強いと思うんですが、その点いかがでございますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) もちろんいま言われますように、国会で論議されたこと、これは続いてやっぱりトレースしていかなければならないことがずいぶんあるだろうと思います。それは事務当局が、所掌しておる事務当局をして追跡させておる、こういうこともございますが、しかし事柄が政策的な問題になってきますと、大臣自身が取り上げてやらなければなららない。したがって事務当局自身が追跡しておりましても、事柄の性格上何と何、これこれはぜひ大臣の意向できめてもらいたいとか、こういうようなものがあるだろうと思います。御指摘になるまでもなく、ただいま言われるような国会の審議、そのもとで私ども政治が行なわれているのでございますから、国会の審議は尊重するもしないもない、これはやっぱり大事にトレースすることがもちろん必要だと思います。
○松本賢一君 その点特に御注意をいただきたいと思いますし、もっと総理にそれに関連して申し上げたいこともあるんですけれども、きょうは時間ありませんから別の機会に譲りますけれども、それでいま心得帳というか、そういった指導要領といったようなものをおつくりになる。それに何もかもお書きになることだろうと思いますけれども、しかしそれができるまでここで待っているわけにもいきませんので、もっとお尋ねしたいと思いますが、いろいろいまの日本は非常に狭いところへたくさん人間がおるためにパニック状態が起こりやすいというさっきおことばがございましたが、そのパニック状態というものに対して、人間の場合もあるし、車の場合もあるし、いろいろあろうと思いますけれども、そういう場合に対する対策がどの程度でき上がっておるかという点について御説明をいただきたいと思います。
○国務大臣(秋田大助君) 大震災が起きまして火災等も発生した場合に、パニックが予想されます。これに対しましてはやはり的確な情報というものをなるべく敏速に、そして妥当な処置をとるべき点を大衆、住民に知らせるということが必要かと存じます。そしてパニックを引き起こさないようにする処置が必要である。これにはやはり情報を的確につかむ、これをマスコミ等、テレビ、ラジオ——これは電気がつかない場合も予想されますからいろいろそれらの処置も考慮しなければなりませんけれども、やはりそういう情報伝達、防災に関する情報伝達のシステムをしっかり確立しておくことが必要であろうと存じまして、消防庁長官に命じまして中央防災会議を通じてその点をまず第一に心がけるべきことを私としては指示をいたしておるような次第でございます。
○松本賢一君 指示をいたしておるという段階であって、まだできていないということですか。
○国務大臣(秋田大助君) 関係者におきましてはその間の連絡をとっておりますし、もちろん放送法等におきましてもその点の規定があるように心得ております。
○松本賢一君 それではいろんなことが問題になってくると思うんですけれども、特に乗りものですね。国鉄、私鉄あるいは自動車、地下鉄、こういう公共の乗りものに対する対策というものはどういうようなふうに考えられておるわけですか。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 御承知のように、東海道新幹線につきましては設計の当初からして、関東震災の程度のものがきた場合においてほとんど損傷をしないという非常に強度の設計をしております。この設計は大体重量に対して横からの重力二分の一のものが当たってもほとんど損傷がない、かような設計をいたしております。 なお微震、いわゆる震度一とかあるいは二というような微震におきましてもコンピュータシステムを使いまして、自動的にストップをする。その感震器といいますか、地震を感ずる器械ですが、これを東海道新幹線では数十ヵ所に適切なところに置きまして、そしてさような震度一、二のような場合におきましても自動的にストップする、その上において乗客を誘導する、こういう措置をとっております。
○松本賢一君 汽車は走らなければならぬわけですね。それで高架線路が地震でこわれるとかこわれないとかいうことが、いまの御説明でこわれないだろうということはわかったんですが、かつてちょっとした地震でとまってしまうことがよくあったわけですね、新幹線。そういうことに対する対策はどうですか。
○国務大臣(橋本登美三郎君) ただいま申しましたように非常な小さな地震がありましても、新幹線の場合は相当スピードのあるものですが、これがストップをする、とまるという状態になっておりますから、そこでとまってから乗客を誘導する。ストップする場所にもよりますからして、その場所に従っての誘導措置を、各お客さんの誘導措置を考えておる、かようになっております。
○松本賢一君 ちょっと時間がないのにむだ口をたたかなきゃなりませんけれども、私の言うのは走らなきゃならぬということなんですよ。乗っている人を逃げさせるという問題もでしょうけれども、そうじゃなく、輸送しなきゃならぬということ、その輸送ができなくなりやしないかということを心配しているわけです。
○国務大臣(橋本登美三郎君) その場合、これは震度にもよりますけれども、関東大震災とかロサンゼルス大震災のようなものが起きますれば、鉄道の輸送状態ももちろんこれはある程度ストップせざるを得ません。その場合における食糧等の非常措置、これは防災本部におきましてどういう形でこれを輸送するか、たとえば船をもってこれを行なうとかそういう措置を考えなければならぬと思います。ただ、ある時間における瞬間における移動状態は停止して、そうして安全なる事態を待つということが最もより安全な方法であろうとも考えております。
○松本賢一君 どうも満足な答弁得られないと思うのですけれども、時間がありませんので——それじゃ学校に対する対策はどういうふうにお考えになっておりますか。
○国務大臣(坂田道太君) 学校ではそれぞれ地震に対する教育はやっておると思いますが、先般新潟地震の際におきましては、その訓練に基づきまして非常に先生方がよく子供たちを誘導されまして、もちろんあの際は時間がよかったこともございましたが、ほとんど死傷者がなくて済んだわけでございますが、今度のロサンゼルスの地震にかんがみまして、ただいま建設大臣からお話がございましたようなことにかんがみまして、十分これから建物等におきましても総点検をする、あるいはどういうような建築をやったらいいかということについて十分検討しなくちゃならないと思いますし、また誘導のしかたその他につきましても、新たなロサンゼルスの教訓にかんがみまして、十分ないままでやっております事柄につきましても改めるところは改めなければならないというふうに考えておる次第でございます。
○松本賢一君 食糧の点はどういうふうに考えておられますか。
○国務大臣(倉石忠雄君) 政府部内では先ほどここで建設大臣からお話がございましたように、そういう場合の安全対策についてはいろいろやっておるようでありますが、私どもは地震というふうなこと以外に、常時御存じのように東京のような大消費地には三カ月分ほどのものはたくわえております。ただ、途中でその輸送がとだえるような場合のことはこれは考えておかなければならぬと思いますが、したがって、そういう震災のようなときに対しての輸送関係等についてはさらにその防災会議等と御相談をして処置いたしたいと思いますが、幸いにして主食はストックがございますし、それから野菜その他は全国各地に散在いたしておりますので、そういうことについては防災会議等の方向も承りながら準備をいたすと、そういうふうに考えております。
○松本賢一君 まあしろうとですから、ああしろこうしろということは申し上げる資格もなし、申し上げようとも思いませんけれども、とにかく皆さんおっしゃるのに中央防災会議というものが出てくるわけですが、その中央防災会議で今後それをどういうふうにまとめて、そしてどういう対策をいつごろまでに、ほんとうにこれを見てくれとおっしゃれるようなものができ上がるのは、いつごろの御予定でございますか。
○国務大臣(山中貞則君) ロサンゼルスの地震が起こりまするまでの予定は、大体六月から八月ごろの予定でおりましたけれども、やはりなまなましい実例を海外でわれわれとしては見せられたわけでありますから、この六月予定をもっと繰り上げて、できれば一カ月でも二カ月でも早目に結論を一応出したい、中間的なものでも前進的なものがあればそれを採用して、決定として打ち出していきたいと思っております。
○松本賢一君 総理にお伺いしますが、防災会議の機構とか大きさとかいうものは現在の程度でいいとお考えですか。ちょっと時間がないので簡単に。
○国務大臣(山中貞則君) いままでは総務長官が事務局長というような中途はんぱなものでございましたけれども、政令を改正しまして、きちんとした閣僚構成のもとに、総理府の副長官が事務局長で事務をとりしきって、大局的な政治的最終決断を中央防災会議で私も加わってすることにいたしましたので、総理直属の決定機関としていまの方法で機能すればよろしいと考えております。
○松本賢一君 時間がなくなりましたのでこれでやめたいと思いますが、総理、いろいろお聞きになったと思いますけれども、ひとつこの問題にも全力をあげていただきたいと思います。 私の質問はこれで終わります。
○委員長(古池信三君) 以上をもって松本君の質疑は終了いたしました。
○委員長(古池信三君) 次に、稲嶺一郎君の質疑を行ないます。稲嶺一郎君。
○稲嶺一郎君 まず最初にお礼を申し上げたいと存じます。今度の予算措置におきまして、国会並びに政府が示された御好意に対して、県民を代表いたしまして心から御礼を申し上げます。これから私どもといたしましては、この予算措置が完全に有効に沖繩で実施されることを県民一同見守っていきたいと存じております。あらためて私はこれから沖繩対策についての積極面と、それから消極面の二つの面から要望並びに質問をいたしまして、御答弁をお願いしたいと存じます。 第一に、日米返還交渉の経過及び内容についてお伺いいたしたいと存じます。 去る二月九日、沖繩の立法院議会において全会一致で決議された沖繩の施政権返還協定に関する要請決議にもあらわれておりますように、返還協定の交渉経過も、政府の復帰準備の進みぐあいもほとんど県民に知らされることなく、県民不在のままに返還協定や復帰対策が一方的に進められているのではないかという不安を県民が抱いておりますので、あらためてどのような方法で返還が実施されるか、差しつかえない限りにおきまして、交渉及び内容について御説明を願いたいと存じます。
○国務大臣(愛知揆一君) 沖繩返還についての交渉の経過は、すでに国政参加が行なわれて、現に本日もこうして稲嶺委員から御質問を受けているわけでございますが、こういう機会を通じまして、現に交渉中ではございますけれども、なるべく政府といたしましても、交渉の経緯等についてなし得る限りお話し申し上げ、また、県民の立場を代表される御意見に十分耳を傾け、誠意を尽くして御要望に沿うようにしてまいりたいと考えております。 大体の今後の経過といたしましては、夏までには何としても日米間の話し合いをまとめてまいりたい、かように存じております。内容といたしましては、一昨年の日米共同声明によりまして合意せられましたあの共同声明の第六項、第七項、第八項という、いわゆる核抜き本土並み、これがきちっと本土と同様になるようなワク組みをつくり上げるということを基幹として協定をつくりたいと思っておりますが、さらにほかの内容としては、御承知のように各種の請求の問題があり、それから資産の引き継ぎの問題があり、それから裁判権の始末があり、そうしてまたそのほかに米系その他の外資系企業の始末ということもございます。これらの問題等につきましてどういう文言の協定になりますか、まだそこまで話は煮詰まっておりませんけれども、先ほど申しましたように、十分沖繩県の方々のお気持ちを体して話を進めてまいりたいと思っております。 もう一つの問題は、よく論議せられます、いわゆる基地の問題でございますが、返還になりますれば、日本政府が提供する施設・区域は、安保条約の目的に沿うような日本及び日本を含む極東の安全に寄与するという角度から見て必要と思われるものを、日米の合意によって日本政府が提供するわけでございますから、現在のアメリカと同様の施政権下にある沖繩の場合とは全く性格が変わってくるわけでございます。その目的に従って提供すべき施設・区域をどういうところにするかということについては、現に鋭意日米側ですでに折衝に入っておりますけれども、いま申しましたような目的に沿うものであり、かつ裏から言えば沖繩県民の方々が、これが非常に役に立つといわれるものは提供しないようにと、こういうことを基本的な考え方として、いわゆる基地問題に対処してまいりたい、こう考えておりますが、これらがどういう形で協定それ自体の問題になるか、あるいはそれ以外の処理の方法があるかどうか、要は先ほど来しばしば申し上げますように、県民の方々の御希望に沿うて実効のあるやり方を確保することが何より大切であると、かように考えております。 これが大体日米間における今後煮詰めてまいらなければならない問題点でございますが、そのすべてと申してもよろしいと思いますが、関連をして、復帰をしました場合に十分支障なくいけるように凡百の国内立法措置がある。これは沖縄対策庁が中心となって、総務長官のもとに、各省庁の非常なこれは努力によって、現に作業が多方面にわたって展開中であることを承知いたしておる次第でございます。 それから最後に特につけ加えておきたいと思いますのは、ただいまもおあげになりました琉球立法院の最近の御決議は、前文ももちろん大切でありますが、中身は五項目ございますが、そのいずれにつきましても、先般私自身も代表の方々とお目にかかりまして、意見の交換もいたしたわけでございますが、そこに表明されておりまする琉球立法院の超党派的な御意見に対しましては、対米折衝に当たっておりまする私といたしましても、全くこういう点が御心配である、こういう点が非常に関心の深い点であるということについては、私も全く同じように考えております。こういう考え方を基礎にして今後とも最善の努力をしてまいりたい、かように考えておる次第でございます。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただいま外務大臣から、日米交渉、折衝に当たっておるその気持ち、その心組み等を詳細にお答えいたしましたから、これは必要でないかと思いますが、私の手元にも沖繩県民から直接に手紙がきている、たよりがきている、あるいは陳情がある、こういうような実情でございます。また、すでに御承知のように、返還に先立って皆さん方国政に参加していらっしゃるのですから、私はこの機会に国政に参加しておられる皆さん方を通じて、政府の取り組み方を十分に地域の沖繩県民の方々にも伝えたいと思うし、また、皆さん方を通じて県民の要望も十分聞き取りたい、かように思いまして、どうかそこらにギャップのないような、そういう役目を果たされるのが皆さんではないか、かように私思いますのでそういう点で政府は県民の要望にこたえる、こういう態度で臨んでおります。なかなかそのつど交渉の詳細は報告いたしかねるものもあるようでございますが、しかし皆さん方が国政に参加しておられるその姿において、政府自身が説明の足らない点は、皆さん方を通じて十分ひとつ意思の疎通をはかっていただく、また、県民の要望も伝えていただきたい、かように私はお願いする次第であります。
○稲嶺一郎君 ただいま総理、外務大臣の御意見をお伺いいたしまして、まことに感謝いたしております。ただ、今後沖繩県民との間に意思の疎通がないような方法において処理されんことを要望いたします。 次に、復帰不安の解消についてお伺いいたしたいと存じます。二十五年間離れておりまして、私どもは二十五年間復帰に対して戦い続けてきた。ところが、復帰に際していろんな不安が生じてきた。これにはいろんな問題があります。たえば一番最大のものは経済問題でございまして、復帰後においては基地がなくなる、そういった場合においてはわれわれの生活はどうなるだろうか、あるいは縮小の問題もございますし、あるいは産業の問題、これが存続するかどうかといったような問題もあります。また、人口が減っていくんじゃないかという不安もございます。また、物価が高くなっていくんじゃないかということもございまして、各人各様にいろんな不安を持っておるのでございます。私どもは復帰の際においてこういうことがないようにありたいものだというふうに念願いたしております。この点について不安解消につきましては、総理はじめ関係の政府の皆さん方が全力を尽くしてこれに当たることを希望いたしまして、またそれに対する政府の対策をお伺いいたしたいと存ずる次第でございます。
○国務大臣(山中貞則君) 復帰という長年の念願がかなう喜びの裏に、米占領下において税制から始まる一連の生活環境、様式というものが、全く違った条件下に置かれておられました沖縄県民の方々が、復帰において本土並みになることの喜びのほかに、本土並みになった場合を想定して、ここの人たちの生活あるいはここの事業を営んでおる人たちの事業の将来に対する不安、こういうようなものが入りまじって一種の復帰不安というものがありますことは、私どもつとに訴えられ、もしくはその実態を把握して、その対処に苦労いたしておるところであります。 ただいまの物価の問題という角度からいたしますと、これはいろいろございまして、本土並みになったために、たとえばみそやしょうゆや、あるいはまた、日常生活品等で魚、その他非課税になる。現在は課税されておるものが非課税になることによって、大衆が消費生活の面からプラスになる半面もあれば、あるいは原材料等において、現在は沖繩において特別の手当てがなされておるために、本土の関税その他を適用された場合に、原材料その他のコスト。プッシュによって製品が高くなるというようないろいろなものがございます。このような純粋の生活上の不安と、それからさらに今度は職業の上から言いますと、現在ほとんどの貿易が本土との間において貿易という名において商売がなされておるわけでありますから、これを完全に取っ払いました場合において、国内において関税を一地域のみに存続はできませんし、関税という名前が第一つけられないわけでありますから、内国税において、物資の流通において障壁を設けることは、非常に技術上も税制理論上も実際上も困難であります。しかし、それを放置いたしまして、そのまま本土の猛烈商法の大企業を中心とする企業群の中にたたき込まれました零細中小企業というものがどうなるかは、これはもう論ずるまでもなく、一挙に二十五年の辛苦がそのまま破産につながるということは明瞭でありますので、それらの点については保護をするために、若干の物価に影響がある、いわゆるほことたての両面を持つ問題でもございますけれども、既存企業の苦労に対して保護いたしますと同時に、それが消費者に対して逆に被害を与える、過大な負担をしいるものでないようにという両面の配慮をもって、いまいろいろ苦心をいたしておるところでございます。
○稲嶺一郎君 復帰対策のむずかしさにつきましては、私自身よく経験いたしております。それから総務長官の御苦心のほどもよくわかるのでございますが、現在、沖繩県民にとりましては死活の問題でございますので、これの解消についての基本的な考え方を総理からお伺いいたしたいと存じます。
○国務大臣(佐藤榮作君) いま一つの問題をとってみましても、占領下でずいぶん長い生活が続いております。それを変更するということは非常にむずかしいことで、いま一つの問題というのは通貨の問題です。その一つをとってみましても、これはたいへんな問題だと思います。いままでの計算、ドルが今度は円に変わる、もちろん現在持っていらっしゃるドルが円に変わる、それで損を与えるようなことはございませんけれども、しかしながら、円の生活に切りかえるという、そういう状態になりますと、物が高い安いという、そういう感じがずいぶんあるだろうと思います。私はしかし、円に変わるその結果は、むしろ米などについて特別なくふうがされておる今日ならば、物価はむしろ安いような感じになられはせないか。申すまでもなくアメリカの物価、そういうものが沖繩に入っておる、その形から見ますと、どうも今度は円のほうが使いやすい、安い感じを持つようになられるのじゃないだろうか、これはもう一言にしてそういうような感じがいたします。 しかしながら、それだけではございません。その他幾つかの問題がございます。ことにいま税の問題の話が出ましたが、皆さん方がなじんでいらっしゃるその税の問題、あるいはまた、その他アメリカ式な生活、そういうものを今度は日本式に切りかえるんだ、そのために日本の国内に使われておる法律、適用されておる法律、それをそのまま沖繩へ持っていくと、直ちにそれができるのかどうか、そこにある程度の猶予期間が必要なのかどうか、そういう点がやはりいろいろ考えられておる、くふうされておる一つの問題であります。これはたいへんな、職業の選択、そういう問題につながるだけではございませんで、生活様式を日本式様式に変える、そこに非常な私は苦しみがあるんじゃないかと、こういう移行——日本式生活に切りかわる、移行する、それにはどういうような手順をとっていくか、ものによっては直ちに国内法を実施する、ものによってはある程度の期間はどうもいまの布令、その他施行されておるものを守らざるを得ない、こういうようなものもあるんではないだろうか、こういうような点が、ただいま皆さん、沖繩県民と本土の人たちとの間に大きなみぞとして残っているんじゃないだろうか。総理府において検討いたしておりますのもこういう点でありまして、こういうものが急激に沖繩県民の生活に打撃を与えるような、ショッキングな方法で変わる、そういうことは避けなきゃならない。しかし、できるだけ復帰の実があがるように、復帰した以上、日本の法律がそのまま適用される、これは当然のことでございますが、そういう方向でなければならない。だから県民の皆さんにもやはりこういう点については十分検討して、心がまえもつくっていただきたい、かように私は思います。 また、ただいま言われますように、いままでの経済そのものが軍基地依存経済だと、これがだんだん復帰後においてあるいは基地の態様も変わっていくだろうし、また、そういうものもだんだん縮小さるべき筋のものだと、かように考えますので、ここに職業転換の問題なども出てくると、やはり各省こぞって沖繩が本土化していくような、そういう指導をせなきゃならない。そのためにはあたたかい意思の交流と申しますか、本土のわれわれと沖繩の県民の要望、その願望が一致するような、そういう方向を特にはからないと、いまの状態ではどうしても対立になるとか、その不安が解消されないとか、こういうような心配があるんではないかと思います。まあ先ほど申し上げましたように、復帰に先立って国政参加ができた、こういう意味合いで、皆さん方の責任がたいへん重いという、そういう立場に置かれておるんじゃないだろうか、かように私は思いますので、ただいま申し上げるような点で、復帰というそのことは喜ばれても、復帰によってどういう影響を受けるか、その影響の最もはなはだしいところは、われわれの生活の様式がドルの生活から円の生活になる、ドルが円に変わるというだけではない。生活全体が日本式生活に変わるのだ。ここに私はたいへんな不安があるようでございます。一例として、先ほど総務長官から、本土の資本あるいは企業と沖繩の中小企業と、これが競争できないことは指摘されたとおりであります。そういう点も勘案しなければならないが、とにかく心がまえが基本的に考え直さざるを得ない、かような問題が基本的にあるんだ、こういうことを私は私なりに考えておって、この問題と取り組むつもりであります。
○稲嶺一郎君 問題はいろいろ伏在しておりますが、これに対してぜひきめのこまかい、また親切な対策を講じて、復帰ショックをできるだけ少なくするという対策をとっていただきたいというふうに要望いたします。 次に、基地対策についてでございますが、現在まあ全軍労の問題がございますし、それからまた基地周辺に、基地に依存している、生活している諸君がおりますし、この両者の関係が沖縄においては非常に利害相半ばしておりますので、この両者をうまく調整して、両者とも生きるような対策を講じていただきたい。これをひとつ総務長官からお伺いいたしたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 長い目で見ますれば、基地依存の形態というものは逐次解消されていかなければならぬと考えます。しかしながら、現実的には基地があるために、典型的な都市として、戦前八千人の人口が六万にふくれ上がったコザ市に象徴されておりまするように、やはり人間の生活の必要上、その周辺において基地依存産業なり生活なりというものが、基地があるために成り立っていく、これは当然の成り行きでございますし、それが一朝一夕でそうなったものでなく、強制されたものでなく、そういう現実がそこにあるわけでございます。したがって、全軍労の皆さんたちは、自分たちの首を切られることは、生活権そのものの問題でありますから、ストを組み、その他の抗議行動を行なう、これまたわかります。しかしながら、業者の方々にとっては、その基地を閉鎖されるということは、その四十八時間ストであれば四十八時間、その間じゅう自分たちの営業を停止せざるを得ない。商売そのものが全く閉鎖されるという現実がもたらされるわけでありますから、そこに業者の人たちは、また、基地依存業者としての生活権の問題があるわけであります。事実、コザ事件のあとのコザ市の売り上げ高の激減等は、最も大きなホテルの八〇%の売り上げ減を先頭にして、当然のことながら、レストランとか、あるいは飲食店とか、そういうものを中心にしたおもちゃ屋に至る売り上げの激減というものが出ておるわけであります。これらの状態は、やはりコザの人たちにとっても、その他の基地依存の業界の方々にとっても、非常に大きな衝撃を与えておるわけでございますから、やはり両者生活権の問題である。そうすると、そこに生活権を、両者の主張し合うものが利害相反するのであるということになりますと、利害がともに相反するならば、そこに現象として相互の衝突という力づくの事態が起こるおそれが絶えず存在をして、これからしていくだろうと考えます。そのためにこそ私どもは、コザ事件のあとに、全軍労の首切り反対ストの第一波、第二波、いずれもコザを中心とするそれらの利害相反する立場の人たちと、県民同士の流血の惨事が起こらないように、細心の努力をしてまいったところであります。幸いこれは両者の良識によって今日まで、いまのところは重大な状態に立ち至っておりません。また、米軍側も嘉手納の第二ゲートについては、これは細心の部内においても配慮をしておるようでございまして、その点は不幸中の幸いだと思えるのでありますが、これらの生活権同士の衝突というものが、沖繩における象徴的な矛盾の一つであることを思いをいたしまして、これらの人たちと全軍労の方々が、雇用事情の非常に悪い、そういう場所の沖繩の県内に解雇されてほうり出される。そのことについての再就職なり何なりの手当その他について十分のめんどうを琉球政府と一体となってやりますと同時に、一方においては基地に依存する形態の業者の方々が、永続的には、やがて新しい三次産業の方向へ、あるいは二次産業による就労機会による収入の転換へいかれまする場合の税制、金融上の措置等について対応していかなければならない問題がある。かように考えておるわけでございます。
○稲嶺一郎君 沖繩のほうにおいては、基地関係業者が、何かまま子扱いをされているんじゃないかという考え方を持っております。この点につきましては、今後十分の配慮をいただきますようここに要望いたします。 次に、復帰後における暫定及び特別措置について関係大臣にお伺いいたしたいと存じます。この問題は、総理府沖繩・北方対策庁の所管事項でございますが、各省にも関係がございますので、お伺いをいたしたいと存じます。 復帰後における暫定及び特別措置について、現在、沖繩には四万一千百八十五の事業所があり、そのほとんどが本土法にいう中小企業でございます。しかも、このうち二千七百二十七カ所の企業が、これまで琉球政府による物品税、諸消費税等の規制あるいは貿易管理による輸入規制によりまして保護育成されて発展していったのでございますが、もし復帰時点で即時に関税及び貿易諸制度が一体化されますと、その及ぼす影響はきわめて大きく、これの企業にとっては致命的な打撃になるのでございます。すなわち、復帰時点におきまして何らかの暫定措置が講ぜられず、倒産するものが出るものとすれば、その企業数は千二百三十三カ所にも及ぶといわれております。そうなりますと、その従業者一万四千五百六十人、出荷額八千六百万ドルに及ぶ非常に大きな影響を持つものでございます。しかも、その従業者が四万五千人ないし五万人といわれておりますので、この影響するところはまことに大なるものがございますので、これにつきましては特別の措置が講ぜられる必要があると存じますので、関係の大臣の方々に御意見を伺いたいと存じます。
○国務大臣(福田赳夫君) 私から関税のことをお答え申し上げますが、関税問題が非常な関心事である、これは稲嶺さんからもしばしば承っておるところであります。今度沖繩が日本の関税領域に入る。そうしますと、たとえば肉についていいますると、本土では二五%の関税がかかっているのです。それが沖繩ではいま五%、本土並みにこれをしますと二〇%沖繩では関税負担が増加する。これが物価や生活に相当影響してくる。そこで、それが何とかできないかということも考えてみるのでありますが、関税の立場からはなかなか名案がないのです。たとえば、暫定的に沖繩ではいままでどおり五%の肉に対する関税でいくんだと、こうやりますと、今度は沖繩を通じて本土へどんどんと安い肉が入ってくると、こういうようなことになる。肉のことを申し上げましたが、あらゆる品物についてそういうことが起こるわけであります。そこで、関税について特別措置はなかなかむずかしい。それからもう一つ問題がありますのは、沖繩では、本土から安い商品が入ってきちゃ困るというので、本土に対していま関税をかけておるわけです、たとえばみそについては一〇%、しょうゆについては二〇%と。しかし、沖繩と日本本土が一緒になったというのにこの両者の間で関税があるということは、これは許されない。そういうようなことで、関税制度自体で特例をということは非常にむずかしゅうございますが、しかし、与える影響は何とかして緩和しなきゃならぬ、こういうことから、いろいろいま頭をひねっておるところでございますが、結論を得ておりません。中途はんぱなことは申し上げられませんが、何とかして中小企業やまた県民に与える影というものを緩和したい。 それから一般の税の問題でありますが、これは暫定的な措置を何かとらなきゃならぬかと、こういうふうに考えております。これもまだ具体案というところまでいきませんけれども、何とかしてショックにならないような税制と、こういうふうなことを考えておる。何とか努力をしたいと思っております。
○稲嶺一郎君 物価の件につきまして通産大臣の方からも。
○国務大臣(宮澤喜一君) 先ほど山中総務長官が言われましたように、一般の消費者の立場と、それから営業をやっている人たちの立場とが、ある場合には相反するようなことがあるわけでございますけれども、一般論といたしまして、復帰によって沖繩県民の生活にマイナス面が生ずるということは、これはもうできるだけ防がなければならないことでありまして、そういう観点から申しますと、復帰対策要綱に出ておりますような思想で、できるだけの衝撃を緩和していく。そのための特例を考える。これは私はやはり基本であろうというふうに思っております。
○稲嶺一郎君 次に、本土と一体になりますと、それによって自然に需要がなくなるというのがございますが、あるいはたばこの問題だとかあるいは通関の事務だとか、あるいは自動車の検査とか、こういったものがどんどんなくなる。これについても救済の措置を講ずる必要があると存じますので、これについての政府の御見解をいただきたいと存じます。
○国務大臣(福田赳夫君) たばこにつきましては、ただいま沖繩におきまして生産を行なっておる、その生産工場を専売公社の委託工場というような形でしばらく運営したらどうだろう、こういうふうに考えております。また耕作者につきましては、いま沖繩のたばこ、これは低ニコチンであるといういい評判があるわけです。しかし、同時に品質自体は、国際水準から見ると劣っておる、こういう点が指摘されておる。そこで、その品種改良とかいろいろやりまして、その低ニコチンという点は生かす。しかし、国際水準に近づけるという改良を行なう、そういうようなことで、葉たばこ事業者に不安のないようにという措置をいま考えておりますが、これは何とかいけるんじゃあるまいか、さように存じます。 また、いま沖繩では、何といっても本土との貿易ですね、これが多いわけであります。その本土との通関事務というものがなくなるわけでありますから、通関に関係する通関士でありますとか、あるいは労務者でありますとか、そういうものの就業対策というものを考える必要があるわけでありまするが、通関士の免許基準を簡素化するとか、そういうようなことは幾らかお役に立つんじゃないか。それから労務者の転換対策、これは労働省でも考えておりますが、これは総合的な立場で十分検討いたしまして、不安のないようにということを念願いたしております。
○稲嶺一郎君 ただいまの件につきまして特に私申し上げたいのは、葉たばこの業者なんですが、これが非常な不安を持っておりまして、農民でございますので、非常ないま不安を持っておりまして、ぜひ低ニコチンでございますので、ひとつ沖繩で今後増産計画をやりまして、また大蔵大臣の言われるように品質の改良をやるということで、相当の生産が可能性あると思いますので、ぜひこの点については非常な関心を持たれて実行されることを期待いたします。 次に、沖繩の工業化の問題でございますが、今日までアメリカの業者がいろいろ出てまいりました。あるいは石油事業、あるいはアルミ産業に出ようといたしておりまして、また出ておるのもございますが、本土からもアルミ五社、あるいは電気関係の業者等が出ておりますが、最近何かそれが熱意がなくなったような印象を沖繩の県民に与えておりますので、どういうわけでこれがいまのような状態になっているか、これについての御説明を願えればけっこうだと存じます。
○国務大臣(宮澤喜一君) アルミニウムにつきましては、精練五社が、昨年の暮れでございましたか、昨年の十二月の末に、沖繩アルミ株式会社を那覇市に設立いたしまして、日本軽金属が中心になりまして、四十八年末には五万トンのプラントを完成する。これは、私ども聞いております限りでは、計画どおりに進んでおるように承知しております。もう一つの松下電器などの電子メーカーのほうでございますが、これは設立の予定をしておりますけれども、実は昨年来のちょっと内地におけるいろいろな不況というものがやはり影響いたしておるようで、多少おくれているように観察をしております。しかし、基本的に計画を変更するというようなことではないようでありまして、内地でも若い雇用者をいっとき待機させるというような状況でございますから、多少同じようなことがこの計画のおくれに出ておるのではないか、いわば一時の現象であるというふうに考えております。
○稲嶺一郎君 造船会社の問題もございましたが、これはどうなっておりますか。
○国務大臣(山中貞則君) 便宜、私からお答えをいたします。 造船業界の調査団が沖繩に参りまして、大体中規模造船にぐらいは適する条件下にあるということの結論を持ってまいりました。ただし、現在沖繩に、小型の船舶については造船業界が、小そうございますが存在をしておりますので、それらの分野が倒産につながるような進出のしかたでは困る。でありますので、五千トン級ぐらいのドックをつくるための造船会社をつくるにしても、沖繩側の既存企業との間に、現在は合弁みたいなことですが、出資し合って現地法人をつくるという形で、一体となって、新しい沖繩の、ことに造船というのはたくさんの労働者の人々を雇用しなければならない貢献度の高い企業でありますので、私は熱心に推進しておりますが、そういう具体的な、中規模造船所進出ということで、ほぼ大体本土側と現地の二つほどの中堅造船会社との間に提携の話も進んでおるようでございます。
○稲嶺一郎君 ぜひこの点につきましては積極的に進めていただくよう、また、私自身がこの造船には関係いたしておりますので、われわれとしては喜んで提携する考え方でございますので、積極的に進めていただくようにお願いいたします。 次に、畜産問題についてお願いいたしたいと存じます。と申しますのは、沖繩では畜産を盛んにしなけりゃならないということで今日までやっておりますが、なかなか思うようにいかない。これは一つには飼料が非常に高いということでございまして、この点につきまして、私どもは前から、沖繩にサイロを建設すべきだという見解を持っておりますが、ぜひこれについて、農林省のほうにおいて、かつて本土でやったような同じことを沖繩においてもやっていただけないかということを要望いたす次第でございますが、これに対する農林大臣のお考え方を伺います。
○国務大臣(倉石忠雄君) 沖繩の畜産は、私ども、かねがね非常に望みを嘱しておるわけでありますが、そのためには良質で低廉な飼料が必要でございます。そこで、港近くに穀物サイロをつくるべきではないかというお話がございまして、私どもも必要だと思っております。この穀物サイロの建設にあたりましては、立地条件や運営方法についてなお検討すべき点がありますけれども、具体的計画が示されますならば、融資等のあっせんをいたしたいと思っておりますが、現に、沖繩の配合飼料需要量は約七万四千トンぐらいでありますけれども、島内の生産量は約四万トンであります。そこで、琉球農業協同組合連合会と、本土の全購連との間に、沖繩に月産六千トン、年産七万二千トンでありますか、配合飼料の工場の建設が計画されておりまして、これには、いまの港近くに穀物サイロの併設というのもこの計画の中に含まれておりますので、こういうものにはぜひわれわれも協力いたしたいと思っております。
○稲嶺一郎君 私どもがもう十年来これは唱えておることでございますので、ぜひ、できるだけ早く実現するようにお願いいたしたいと思います。 なお、農業災害補償の適用についてお伺いいたしたいと存じます。 沖繩では、台風、干ばつなど自然災害が多いので、復帰とともに沖繩に農業災害補償法を適用する際、沖繩農業の主軸といたしまして、沖繩の経済をききえておりますサトウキビとパイナップルをもそれに含めていただきたいというふうに要望する次第でございますが、農林大臣の所見を承りたいと存じます。
○国務大臣(倉石忠雄君) 災害補償につきましては、いろいろ保険設計の調査を実施する必要がございますし、それからまた、その生産地域が限定されておりますので、危険分散が困難であるというふうな、いろんな問題もございますが、本土では、御存じのように、地域特産物等の新しい種類の共済の開発、果樹共済といったようなものも試験的にいま実行いたしておりますので、そういうもの等の関連を考えながら、保険制度の問題について調査をいたしたいと思っておりますが、御存じと思いますが、一九六四年度からサトウキビの被害率の調査をもうすでに進行さしております。それから一九七一年度からパイナップルの被害率の調査を始めるつもりでおります。
○稲嶺一郎君 ぜひこれが復帰と同時に実施されるように希望いたします。 なお、私ども去年は、まあ沖繩百万の県民は本土の米を輸入いたしまして、みんな最初喜んだ次第でございますが、どうも非常に古くなっているということで不評判を買いました。これはおそらく温度が違いますので、暑いので、その結果生じたことじゃないかと思います。それで、ぜひ沖繩に低温の倉庫を設置していただけないか、それによってわれわれの不平不満というものがまた緩和されるのじゃないかと思いますので、この点についての御意見を承りたいと存じます。
○国務大臣(倉石忠雄君) 昨年お送りいたしました米が、九州から——なるべく近いほうがいいと思いまして、お送りいたしたわけでありますが、高温多湿の沖繩でございましたので、確かに、私がそのころ行ってみましたけれども、評判悪うございまして、別段悪意ではないわけでありますが。御指摘のように、これはこういう地域にやはり低温貯職施設が必要であるということでございますので、総務長官とも御相談をいたしながら、復帰に備えて、こういうことについて私どもは検討いたしてまいるつもりであります。
○稲嶺一郎君 いま、農林大臣から前向きのお答えをいただきましてありがとうございました。 なお、最近本土では野菜類がだいぶ高いので皆さんお困りのようでございますが、冬になりますと、沖繩のほうはこれはもうたくさんできまして、かえって困るぐらいになっております。ただ、問題は輸送の方法でございまして、なかなか輸送することが困難でございます。だが、宮崎と川崎のほうでは、科学技術庁のほうで研究をされて、この輸送方法が非常にうまくいっているという話を聞いております。これをぜひ沖繩にも適用していただくよう、農林大臣に格段の御尽力をお願いいたしたいと存じます。ひとつ御意見をお願いします。
○国務大臣(倉石忠雄君) カーフェリー、それからコンテナ等による遠隔地からの輸送につきましては、ただいまお話しのように、本土政府においてはいろんな角度から検討いたしておりますし、またカーフェリーはすでに実施に移っております。そこで、復帰に備えまして、私どもただいまお話しのようなことが実を結べるように、いろいろその点において、これも総務長官との御連絡で検討中でございます。
○稲嶺一郎君 運輸大臣に御質問いたしたいと存じますが、いま沖繩では、あるいは北部、あるいはまた那覇、あるいは八重山、宮古等に港がございますが、中部にはございません。私どもは今後の沖繩の総合的な開発計画、あるいはまた先ほど申し上げました基地業者の問題もございますし、この問題については真剣に、中部の振興については取り組んでいかなけりゃならないと思っております。で、将来中部に港をつくることが必要じゃないかというように考えておりますが、この点についての運輸大臣の御所見をちょうだいいたしたいと存じます。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 沖繩につきましては、政府は、先ほど来から申し上げておりますように、積極的に経済開発あるいは国土開発に邁進をしたいと、こう考えておりまして、かねてから沖繩本島の北部には二カ所港があります。また本島南部にも二カ所の港がありますが、いまお話しのように中部にはありません。従来調査しましたところによりますと、中城湾といいますか、中城湾という湾は非常に港湾としての地勢もよろしい、のみならずその背後地は大体百万人ぐらいの人口を持っておるということで、一つには流通港湾としてのもちろんこれは役割りもあると同時に、先ほど総務長官からお話がありましたように、造船あるいは修理造船等、特にせんだって稲嶺さんほかから御陳情がありましたように、この造船につきましては、地元を圧迫しないような措置でやってほしいと、こういうことでありますので、関係当局から関係者にもそのように指示をいたしておりますし、同時にまた、運輸省としては、あるいはこの地区には修繕ドックというものが必要ではなかろうかということで、それらを合わせましてこの中城湾のいわゆる港を、できれば特定港湾、重要港湾の上でありますが、そういう形でこれを開発していきたい。これにつきましては、大蔵省と相談をしなくちゃなりませんが、特別措置として、できるだけ国の予算でこれをやっていくと、こういうことによって、沖繩本島の全体の開発の目玉的な役割りをするような措置を講じてまいりたいと、これは積極的に考えておる次第であります。 なお、先ほど所管関係で今後暫定的に施策をすべきものの中に、運輸省関係としては自動車の検査の問題があります。これは、制度は御承知のように本土とは多少事情が違っておりまして、本土の場合は自動車整備事業という形でもって制度が明らかになっておりますが、沖繩ではそうではなくして、指定検査人という形でやっております。その整備工場はいま沖繩にはたくさんあります。大体千百八十の工場がありますし、二千人近くの整備士というものがおるわけですが、その指定検査人という制度がありまして、その指定検査人のいわゆる認定を得れば整備ができたという形になっております。ところが本土の事業とは少し事情が変わっております。直ちに本土の制度を適用いたしますというとたいへんな不便を感じることが明らかでありますからして、したがって一定限度、将来の方針としては、本土でやっておりますような自動車整備事業制度を採用いたしますけれども、当分の間、暫定期間をどのぐらい置きますか、これから関係者とも相談しなくちゃなりませんが、たとえば一年なら一年とか、あるいはそれ以上必要かもしれません。そういうことによって暫定期間を置きまして、そうして整備士の技術の向上をはかる、同時に徐々にいわゆるこういう制度を入れていくと、こういうような、いわゆる暫定期間を置きまして、整備士の人々あるいは指定検査人に迷惑のかからない、しかも将来ともにこれが整備を全うし得るような状態をつくっていきたい。現在は沖繩本島には大体十万四千台の自動車があります。それ以外に米軍の使用自動車が二万六千台ありますからして、相当な数があるわけであります。自動車修理といいましょうか、いわゆる整備事業というものは、相当将来ともに重要でありますので、これらの人々に迷惑をかけないような措置を講じてまいりたい、かように検討中であります。
○稲嶺一郎君 ただいま運輸大臣から、中部地帯における港の建設の問題につきましてお伺いいたしましたが、非常に積極的にお考えになっておられるのを聞きまして、私どもとしては非常に喜んでおります。 次に、那覇空港の国際空港指定についてお伺いいたしたいと存じます。 現在那覇空港は、東京、大阪、福岡等本土の主要空港をはじめ、米国ルートではグアム、ハワイを経由して結ばれております。また東南アジアとは香港、台湾を経由いたしまして結ばれ、極東地域における空の十字路といたしまして重要な地位を占めているのでございます。しかも那覇空港は、今後増加が予想される航空需要やジャンボジェットやSST時代に適応できる条件を持っておりますので、復帰時点におきまして第一種国際空港に指定されるよう要望いたすものでございます。ひとつ御所見をお伺いいたしたいと存じます。
○国務大臣(橋本登美三郎君) この那覇空港の国際空港指定につきましても、皆さんから強い陳情を受けてまいっております。ただ、御承知のように国際空港というものは、ただ国際空港に指定したからといってできるものではありませんでして、一つは、相手の会社がそこに行くということを前提にしなければならぬわけであります。しかし現在は、御承知のように四社のアメリカの会社が入っておりますが、目下交渉中でありますけれども、これにはやっぱりアメリカと日本の飛行機のいわゆる関係もありまして、まだ最終の段階に入っておりませんが、アメリカ側は沖繩まで入ることを希望しておるようであります。 そこで、第一種空港の問題ですが、御承知のように四十六年度の予算におきましても、沖繩対策本部から予算が、いわゆる民間空港としての整備のための予算がついております。将来ともに、もちろんこれはお話しのありましたように、極東地帯、東南アジアの将来の情勢の変化によっては重要な航空基地になることは間違いありませんので、したがって基幹空港としての整備は、もちろんこれは四十六年度から進めてまいりますが、第一種空港すなわち国際空港ということにつきましては、なお今後の情勢を見た上で、もちろんこれはジャンボ機がとまれるような滑走路をつくることには間違いありませんけれども、いま申しましたいわゆる名前の上でいうところの国際空港ということにつきましては、今後なお検討してまいりたい。しかし国際的空港としての価値それ自体については、われわれはできるだけ整備の上で進めてまいりたい、かように考えておる次第であります。
○稲嶺一郎君 次に、尖閣列島の開発につきましてお伺いいたしたいと存じます。 三月一日に公表されました日中覚書貿易のコミュニケによりますと、日韓台連絡委員会が中国に近い海域の資源開発を決定したことは中国の主権に対する重大な侵犯であると述べ、日本側はこれらすべての反動的な活動に対して断固反対すると表明しています。これはおそらく尖閣列島周辺の石油資源開発について言及したものと思われますが、尖閣列島が日本固有の領土であり、沖繩県の一部であることは、明治十七年に日本人によって先占され、その結果明治二十八年における閣議、二十九年の勅令によって、わが国領土といたして確定したことにより明らかでございます。また、米国政府が尖閣列島を沖繩占領区域の中に編入している事実を見ても明瞭であります。同列島周辺の石油資源は人類に残された最後の大油田で中東並みだとさえ専門家は折り紙をつけているほどでございます。これが開発につきましては、沖繩県民はこぞってこれが早急な開発に夢を託しているのでございます。これは単に沖繩の県益につながるばかりでなく、日本本土はもちろん、アジア、太平洋の文明の発展に少なからず寄与するものであるということを信じて疑わない次第でございます。もちろん大陸だな資源と、領土主権が別なものであることは理解できますが、これら大陸だな資源をすべて中華人民共和国のものであるという前提に立って一方的に押しつけようとする考え方には、私どもは理解できないのでございます。各国の相互理解と協力のもとに、大陸だな資源の開発を進めるべきことは申すまでもありませんが、といって、日中国交回復問題の解決までこのような貴重な資源を海底に眠らせておくということは、わが国のエネルギー事情、あるいはアジア全体の発展の上から考えて私は許さるべきものではないと思っております。 日中覚え書え貿易のコミュニケは、明瞭に大陸だな資源という表現を使わず、浅海水域の資源という微妙な表現をして逃げ道をつくっておるようでございますが、この問題につきましての総理の御見解を明確にお伺いいたしたいと存じます。
○国務大臣(愛知揆一君) 総理からお答えがあると思いますが、その前に私からお答えいたしますが、御指摘のように二つの問題があるわけでございまして、いずれについてもごもっともな御意見であると思います。 一つは主権の問題でございます。尖閣列島はお話のように、いかなる点からいいましても日本の固有の国土である、これはあらゆる点から立証もできるわけでございますし、ことに沖繩返還の問題が具体化してまいりました今日におきましては、アメリカの施政権が及んでいる、そうして布告の上に明瞭になっております範囲の中に、もうきわめて明確にこの地域が入っております。したがいまして中華人民共和国、あるいは中華民国政府、その双方がこの主権に対して別の意見や主張を持っているようでありますけれども、日本国政府としてはこの主権のある領土については、他のどこの政府とも交渉すべき案件であるというような考え方を持っておりません。これは沖繩が返還されるときには、当然沖繩の一部として返還になりますので、これを日本の固有の国土としてりっぱに育て上げていくべきものであって、何ら他の国の意見などは耳をかすべきではない。厳然たる姿勢をとっていくべきものであると考えます。 それから大陸だな資源につきましては、実は国際間で多くの国々が合意している合意というものが国際法的に確立されておりませんが、いずれにしてもこれは一方的にある国だけが独占的な開発をしようというようなことが許さるべきものではないということは、国際的に確立している通念である、かように考えるわけでございますから、そうした海底の資源について友好国との間に話し合いをして、双方のためになるような解決策をとるべきものではないだろうかと考えております。この点については中華民国政府との間に話し合い、申し入れ等もいたしております。すでに一方的に中華民国政府がこれを開発しようとするのは間違いであると、こういう観点に立って日本として外交折衝を通じまして話し合いを現に持っておるような関係にあるわけでございます。覚え書きのほうで共同コミュニケの問題は、伝えられるところでは、お話のように浅海資源というふうな字が使われております。つくられ、合意をされた方々の帰られてから、一体これもどういう意味なのか、こういう点も十分に見解も伺う必要があろうかと思いますが、おそらくわれわれのいわゆる大陸だな資源のことを言っているんだろうと思いますが、しかりとすれば、いま申し上げたように、一方的に先方が権利権原を主張し得るものではない、これはもう国際的な通念であると、かように考えるわけでございます。またもし尖閣列島についての主権の主張、これは新華社電、その他では従来からもしばしば伝わっておりますが、あらためて今度のコミュニケの上においてもその主張をされたんだとすれば、これまた日本政府としての態度は厳然たる態度で処すべきものである、かように考えておる次第でございます。
○国務大臣(佐藤榮作君) 尖閣列島に関する問題は、ただいま外務大臣がお答えしたとおりであります。また海底油田の開発等についても、ただいま眠らしておくべきものではない、国際間の協定において十分利用されるような方向でただいま努力しているとお答えいたしましたが、そのとおりでございます。
○稲嶺一郎君 次に国際海洋博覧会の開催についてお伺いいたしたいと存じます。 予算が今度約五百万円近く措置されましたので、大きな期待を持ってわれわれは見ておりますが、なお大きなまた不安を持っておるのでございます。沖繩は復帰によりまして単なる沖繩ではなく、今後は日本の一部といたしまして、世界にその存在意義を求めるものでございます。その一つといたしまして、ここに沖繩での国際海洋博覧会を沖繩の本土復帰の記念事業といたしまして開催することを要望する次第でございます。この海洋博は、科学と海とをテーマといたし、新しい文明の誕生を目的とし、それに加えて沖繩を含む日本の海洋開発と、世界の海洋国家並びにアジア発展途上国との海洋開発とを結びつけ、世界の平和と繁栄を追求するものでございます。したがいましてこの海洋博は、博覧会にとどまることなく、その開催を基盤といたしまして、亜熱帯の沖繩を南北交流のセンターといたし、かつ海底原子力発電所、海底淡水化装置、海洋研究所を設け、海底科学の研究を高め、沖繩の台風、深海、潮流、大陸だなの研究をもって、世界の開発に貢献するものといたします。かくすることによりまして、世界の共有であります海についての研究と勧告のための国連海洋開発の機構の本部を日本の沖繩に置くことも私はあえて不可能ではないと信ずるものでございます。この際特に国際海洋博覧会の開催につきましては、政府といたしましてこれを促進されるよう強く要望するものでございます。できますれば海洋博の沖繩開催につきましてすみやかに閣議決定をしていただき、本年五月と十一月に開催されまする予定である国際万国博覧会協会の理事会に、沖繩開催についての御提案をしていただきますよう要望する次第でございます。総理のお考えを承りたいと存じます。
○国務大臣(愛知揆一君) 条約関係もちょっとございますから、私から最初にお答えしておきたいと思います。 海洋博覧会御開催ということはまことにけっこうなことで、政府としても従来から積極的な姿勢でやってまいりたいと考えておりますことは御承知のとおりと存じます。ただこの海洋博覧会が万国博ということと同じように考えられるとしますと、大阪の万博というようなものは、万国博覧会条約で御承知のとおりに六年間の間隔を置いてでなければ開催ができない。それから一つの国が二回やります場合には十五年間の間隔がなければならないということが条約上明記されておりますので、その点から申しまして、大阪で行なわれました万博というような条約的、規模的なものでありますと、これはその関係から言ってできないということになるわけでございます。ところが、この条約の中では第二の種類の国際的な博覧会のことがきめてございまして、これは一つの目的、——たとえば海洋開発ということも一つの目的に私はなると思うのですが、そういう専門的な目標、性格の特別のものをやる場合は、やはり万国博覧会条約の第二条の規定に従って行なうことになっております。これはやはり開催の間隔その他規定がございますが、日本はいまだかつてやったことはないわけですから、その関係から言えばこれは観念的には開催の可能性がある。しかしやはり、この第二条ではいろいろの規定もございますから、いま御計画になっておりますものがこうした第二条的なものとして取り上げられ得るものであるか。また、取り上げられ得るものであるとすると、いろいろの規定から申しまして、ずいぶんめんどうな手続が要り、またずいぶん長い年月が、たとえば登録であるとか、準備期間であるとか、いろいろむずかしい規定もございますようですから、それ以外の方法によることがいいか、この辺のところは沖繩の方々、それから総理府その他関係省と十分協議をいたしまして、その開催ということはたいへんけっこうなことでございますから、これをどういうふうな性格、規模のものにするかということについては、なお十分政府側にも考えさしていただきたい、かように考えておる次第でございます。
○国務大臣(山中貞則君) ただいま万博条約上の問題点について外務大臣からお話がありました。特別博覧会としての性格上、手続上いろいろの問題が横たわっておりますが、しかしながら、日本は特別博覧会をまだやったことがありませんし、国際的にも海洋博覧会というものが開かれた条約上の根拠に基づく前例がありません。でありますから、手続上は六カ月前に万博の事務局に対して登録の申請をし、さらに一年以前に関係各国に対して加盟の各国に対する参加招請をしなければならないという手続が残っておりますから、まあどんなに早くやりましても二年以内にはできないということになるわけであります。しかしながら、はたしてこれが国際的な条約に基づく海洋博としての性格をもって行なえるかどうか。この問題も含めて昭和四十六年度予算で通産省予算として調査費を計上してもらっております。できるならば稲嶺君の御希望されるような国際的な基準をしっかり持った条約上の海洋博覧会を開いて、後世に沖繩がそのために観光その他の立地条件を生かして、並べられましたようないろいろな構想をあわせ行なうことによって、末長くそれが大きな遺産として沖繩の未来の発展に観光立県の柱になるようなものにしたいと考えます。しかしながら、条約に基づくかりに特別博覧会としての海洋博の開催が国際情勢から非常に困難である。ということは、同じ条約の中で、日本は昨年大阪で万国博覧会を開いたばかりでありますから、したがって、加盟各国に異論がかりにありました場合には、これは条約に基づかない、日本の行なう規模は国際的な規模の海洋博覧会としてでも実施すべきかどうか、こういう方向で進まなければならぬと考えますが、いずれにいたしましても、沖繩で慶良間群島を中心に本島の残波岬その他に至るレイアウトをしつつ今後調査費を使いながら日本自体のまず考え方を定めていきたいと考えます。総理の手元にも読谷の村長からの読谷村も万博の中にレイアウトしてほしいという要望等を受けておられるようでありまして、私のほうにそのようなことが可能かどうかという問い合わせ、指示もございました。もちろんそういうような大規模なものとしてやっていくことになるであろうと思いますが、四十六年度の調査費を足がかりに、稲嶺君のおっしゃいますような沖繩の立地条件を生かして、やがては沖繩の、新しい新生沖繩の大きな発展の柱に、それをよりどころとして海洋観光を中心にした観光立県という柱が打ち立てられるよすがをつくり上げてみたいという念願で、今後通産、外務等とよく相談をして推進してまいりたいと存じます。
○国務大臣(佐藤榮作君) いま山中君、愛知外務大臣、二人からお答えをいたしましたように、この問題は沖繩県の読谷村の村長さんからも手紙が参っております。直接陳情を受けておると、こういう問題でございまして、とにかく海洋の特にきれいなところでございますし、透明度もたいへんりっぱなところだとか、そういう意味では海洋博開催には最も適しておるところだと、かように私も思います。しかし、ただいま二人の大臣からお答えいたしましたように、国際となりますとなかなかむずかしい問題がいろいろあるのではないかと、こういうことでありまして、ただいま展示するものが一体何か、どういうような企画でやれるのか、そういうことも前向きにいろいろ検討しないことには、ただいま国際会議を計画いたしますと、この約束はなかなかできないのです。しかし、皆さん方のお気持ちもございますし、十分それらの点についても検討するという、そういうことで、また検討かというおしかりを受けるかもわかりませんが、ただいま申し上げるような事情もございますから、この際は積極的な回答を差し上げるわけにはまいりませんけれども、特に場所柄として適地等についてもこれまた検討すべきじゃないかと、かように思っております。先ほど来いろいろ展示すべきものが、海底原子力発電その他であるようには言われますけれども、私はどうもそれらの点だけでは海洋博覧会としてまだまだ検討すべきものが多いのじゃないだろうかと、かように思いますし、また、万国と名がつきますと、開催の制限があるばかりではなく、それをやはり迎えるように陸上施設も整備しなきゃならない。そこが一つのねらいでもあろうと思いますが、たいへんむずかしい問題だと、かように考えておりますので、その点を誤解のないように私からもつけ加えてお答えしておきます。
○委員長(古池信三君) 以上をもちまして稲嶺君質疑は終了いたしました。 —————————————
○委員長(古池信三君) 次に、杉原一雄君の質疑を行ないます。杉原一雄君。
○杉原一雄君 通産大臣にお伺いいたします。それは商工会、商工連合会、あるいは商工会議所、中小企業協同組合ですか、それぞれはそれぞれの法律があるわけですけれども、それらの団体が特定の政党を支持、支援したりするようなことについて、通産行政の立場からどのように考えておいでになりますか。
○国務大臣(宮澤喜一君) 商工会あるいは商工会議所等につきましては、法律の規定が明らかでございまして、たとえば商工会につきましては「商工会は、これを特定の政党のために利用してはならない。」という規定がございます。この点はきわめて明白であろうと考えております。
○杉原一雄君 通産大臣は全国目が届くわけでもないでしょうが、こうした行為、つまり特定の政党に利用するしないといったような問題等について、点検をなさったことがございますか。
○国務大臣(宮澤喜一君) 最後におっしゃいました二言がちょっとわからなかったのですが……。
○杉原一雄君 点検です。
○国務大臣(宮澤喜一君) 実は、ときどきやはりそういう問題が起こりかかりますので、以前にも中小企業庁長官から通達をいたしたことがございます。関心を持っております。
○杉原一雄君 しからば、具体的な事実がいま進行しておる場合、指導監督の立場からどのような、それに対するチェックなり指導をなさるつもりですか。
○国務大臣(宮澤喜一君) もしこの商工会、先ほど読み上げました規定に違反しておるような行為がございますと、それは直ちに御注意をいたさなければならないと思います。
○杉原一雄君 現に長野県で起こっているわけですが、そうした長野県の中小企業団体、あるいは商工会連合会等、そうした行為を十分点検なさいまして、きびしく指導なさることをここでお約束いただきたいと思いますが、どうでございましょう。
○国務大臣(宮澤喜一君) 先ほど商工会法の規定を御紹介いたしましたように「特定の政党のために利用してはならない」ということの解釈になるわけでございますが、聞きますところによりますと、長野県の場合、候補者が特定の政党には所属しておらないということのよしでございますけれども、厳密な法律解釈をもしお求めでございましたら、法制局長官にお願いするといたしまして、たとえば無所属の候補者でありましても、商工会といったようなものがその選挙に、推薦人になる、かかわるというようなことは、私はこの法律の目的から申しましても、きわめて好ましくないことであるというふうに考えます。実は、数年前にも一度通達をいたしましたが、最近も、中小企業庁長官の名をもって各関係者に通達を出したところでございます。
○杉原一雄君 次は——委員長にも資料を出しておきますが、見ておいてください。文部省が昭和二十二年の八月二日に検定をいたしました「中社」いわゆる中学社会科の七百七号、「あたらしい憲法のはなし」という教科書があるわけです。そのことについて、特に十七ページの「戦争の放棄」という項目があるわけです。この点、まことにすみませんけれども、文部大臣からその全章を、大きく会堂にお集まりの皆さんに理解できるようにお読みいただけないでしょうか。
○国務大臣(坂田道太君) 戦争放棄のところでございましょうか。
○杉原一雄君 そうです。
○国務大臣(坂田道太君) 「みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戦争はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戦争は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。 そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。 もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。 みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。」 これは、当時の中学校第一学年社会科用教科書のものとしてつくられたものでございます。昭和二十三年、二十四年度の中学校第一学年社会科の教科書として使用されたものでございます。その後、検定制度に基づく民間会社の教科書も発行されることとなりましたので、昭和二十五年、六年度には補充教材として使用されましたが、それ以後、文部省は同書を発行しておりません。 同書につきましては、現在も著作権が存続しているものでございますが、その後、学習指導要領が数次にわたって比較的に改定されていることもあり、教科書としては使用されないものであるから、今後、これを発行することは考えておりません。 なお、学習指導要領が全面的に改定された際には、新指導要領に基づき編集され、検定を受けた教科書のみが教科書目録に登載され、教科書の採択は、右の教科書目録に登載された教科書のうちから採択するものであるから、旧指導要領に基づく教科書が採択され、使用されることはないわけでございます。 というわけでございまして、講和条約が昭和二十七年四月二十八日に発効いたしておりますが、今日、自衛隊法が制定されましていろいろ、自衛隊がございます。しかし、そのころはそういうものはなかったわけでございまして、これは憲法の第九条の戦争放棄の部、とにかく国際紛争を解決する手段として、戦争を放棄する、戦争はしない、武力行使を行なわない、あるいは陸軍、海軍、空軍というような軍隊は持たない、そういうような精神を、これはその当時述べたものだと思うのでございます。
○杉原一雄君 文部大臣には非常に失礼でしたけれども、読んでいただきたいといったので、文部大臣から解説を求めたわけではありません。ただ、文部大臣の解説については私も異議がある。それは、文教委員会でこの問題を提起して、文部省の係、関係の皆さんも参加した中で、これについて私は質問をしている。その際には、いま大臣が申したようなことは申しておらない。結局、私は、ぎりぎり追い詰めて、これがもし教科書として文部省が認めてないものならば、すみやかに廃棄の通達を出すべきだと言ったのだけれども、明確な答弁もなく、そのままに実はなっているわけでございます。ただ、いまそうした問題について論議しようと思いません。いま文部大臣が読んだ、このまま私たち、いま、かりに使っても、これは違法にはならないと思います、現場の教師が。そこで、これは中学生を対象にしたものであります。そうしますと、国会のこのような席で論議をしていることも大事ですけれども、中学生にこのままこれを読んで、感想を聞いたり、また教えたりした場合に、これはたいへんな矛盾を感じます。なかんずく、この間の本会議の防衛二法の趣旨説明があったときの説明の内容、上田君に対するところの総理大臣の答弁等から、かなりの矛盾と亀裂があります。そのことを私は言いたくありません。いま、ただ、なまのこの教科書に対して、お聞きになった総理はどのようにお感じになりますか。総理の見解をお聞きします。
○国務大臣(佐藤榮作君) いま私も、参考資料として読んでおったところであります。私の感じでは、そういう時代があったかなという感じでございます。
○杉原一雄君 その次に、防衛庁長官おりますね、長官、ひとつお願いします、同様なこと。
○国務大臣(中曽根康弘君) 質問の内容を、ちょっといま聞いていなかったのですけれども……。
○杉原一雄君 どこへ行っておったんです。通告もしてあったじゃないか。いけないよ。隣の大臣に聞きなきい。
○国務大臣(中曽根康弘君) たしか、あれは昭和二十何年か、占領時代につくられたものでありまして、その後日本も独立し、また、文部省を中心にして、新しい日本の教育体系について考え方がまとまりまして、中央教育審議会その他を通じてつくられましたものが現存しておるのでありますから、その現存している文部省の方針に従ってわれわれは教育すべきであると思います。いまお読みになったものは、そういう過渡的な歴史的所産の一つであると思います。
○杉原一雄君 それでは、長官、きのう八田委員との間にやりとりがあります。ようやく速記を手に入れましたが、これはそのまま読まないと誤解を生じますから、八田委員がこういう質問をしているわけですね。「長官になられる前は、核を持ってもいいように言っておられたように存じます。私自身も、核は持っていなければならぬと思うのでありますが、その点について御見解を、ひとつお願いします。」。それで、大臣は、そうでない、これは防衛庁長官の前にそういうことは言ったことはないのだと、ただ私は核拡散防止条約について慎重な態度をとる必要があると言ったのだと、こう述べておられたわけですね。これは間違いないと思います。しかし、八田さんが言ったことは、そうすると間違いだと、こうなるわけですね。その点は、はっきりしてください。
○国務大臣(中曽根康弘君) 私の認識に関する限りは、八田さんは誤解をしていらしたように思います。
○杉原一雄君 私も、新聞とかマスコミ機関等を通じて長官のあちらこちらでの所信表明をいろいろ総合してみると、やはり、何かしら、こうした雰囲気の発言をしておいでになるように伺っておるわけですが、いまもなお、そういうことは絶対断じてないのだと、今後ともないのだということを明確にお聞きしたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 私は、非核中級国家という考え方で日本の防衛戦略を進めようという考えを持っておるのでございまして、議会で言明したことは間違いございません。
○杉原一雄君 もう一人、高辻長官から、いまのこれですね、総理大臣はきわめてあっさり扱ったわけですが、長官はどう思っておいでになりますか。
○政府委員(高辻正巳君) 私の御指名でございますから、法制的見地ないし法律的見地からのことだと思いますが、特に申し上げることはないと思います。
○杉原一雄君 中曾根長官に聞きますけれどもね。自衛隊の教育方針というものは、根本法は何に基づいているのか。あれは自衛隊法第三条だけに基づいているのか。たとえば、坂田文部大臣が教育を進める場合に、いま言われたことはそれにも触れているわけですが、教育は教育基本法というものがあるわけです。自衛隊の教育をする場合に、教育基本法に該当する法律があるのかないのか。あるいは、それより一段下って、政令その他であるのかどうか。そういったことをお聞きします。
○国務大臣(中曽根康弘君) 自衛隊は、日本の平和と独立を守るという特殊の目的を持っておる国家機関でございます。したがいまして、その特殊の目的を実現するための集団でありますから、その目的のための教育をするのは当然でございます。そこで、防衛庁設置法第五条の二十一号に「教育訓練を行うこと。」と、そういう条文がございます。これが基本であります。そして、そのほかに、今度は、自衛隊法に、それらを受けまして、教育訓練に関する所定の規定がございます。五十二条に「服務の本旨」というところがございまして、「隊員は、わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、人格を尊重し、心身をきたえ、技能をみがき、」云々と、そして、もって国民の期待に沿うことを期するものとすると。で、隊員はそういう宣誓をしなければならないと、こういう規定が五十三条にございます。したがいまして、ただいまの教育基本に関する条文に基づき、こういう服務のできる自衛官をつくる、そういう教育を自衛隊内部でしておりますが、もちろん、教育基本法あるいは憲法の精神も重要な基礎としてこれを取り上げていることは当然でございます。
○杉原一雄君 防衛大学というのがあるわけですが、防衛大学の設置目的、それから教育の基本的な考え方、いま言ったことで何かおおよそ理解できるような気がするわけですが、重ねてお聞きします。
○国務大臣(中曽根康弘君) 防衛大学校は、自衛隊の付属機関として、自衛隊の幹部要員を養成するための自衛隊の学校として成立しておるものでありまして、特に幹部としての自覚を持たせるその基礎的教育を行なう、そういう点が特色になっております。
○杉原一雄君 非常につまらぬことをお聞きしますけれども、いろいろ、学校の施設、人件費その他を含めて、防衛大学の学生が四年間勉強すると思いますが、卒業するまで幾らほど経費がかかりますか。割って一年間で幾らほどになります、一人。
○国務大臣(中曽根康弘君) ただいま調べまして、後刻御答弁申し上げます。
○杉原一雄君 それでは、過去、ことしの三月を含めて、ですから四年間になりますかな、五ヵ年間の。ことしの三月卒業生を含めて、五ヵ年間の卒業生の数、そして今度は、長官が期待するように幹部自衛官とならないで、民間等に奉職する数、しかも、それはどういう方向に仕事を求めていっているか、できればその原因等、長官のほうの分析、判断をお聞きしたい。
○国務大臣(中曽根康弘君) 過去五ヵ年間におきます防大の卒業者で民間に就職した者の理由は、大学院の入学、それから家業を継ぐための者、それから身体が虚弱で耐えられなくなったという者、それから民間会社へ就職したいという者というものでございます。いままでの状況を申し上げますと、自衛官としての職業に自分としては耐えられない、そういう精神的煩悶を抱いた者が、去年の六十九名のうちの二十一名。それから自分の体力、能力不足による自信喪失等から、主としてこれは自分は指導力がないという考えから二十名。家庭の事情により、やむなく退職するものという者が十七名、大学院進学のためという者が五名、身体的理由によるものという者が六名でございます。
○杉原一雄君 まあ、ちょっと違うんです。それは去年のでしょう。
○国務大臣(中曽根康弘君) 四十六年。
○杉原一雄君 六年の三月、そうすると、いままでの分は、ちょっと、たくさん申し上げると時間がありませんから、ことしに入ってからあと四年間のを、ひとつお願いします。
○国務大臣(中曽根康弘君) 局長から答弁いたさせます。
○政府委員(江藤淳雄君) 特に防衛大学校を卒業しまして退職者がふえましたのは、昭和四十一年からでございますが、四十一年に二十六名、これは卒業生の五%でございます。四十二年度に三十二名、六%、それから四十三年六十七名、四十四年六十四名、四十五年六十九名、大体一四%になっております。これらの退職理由は、先ほど申し上げましたように、大体三〇%程度は自分の職業的地位に不満を持つ者、それから三〇%程度が自分の能力不足で自信喪失した者がやめております。それから家庭の事情によってやめる者が大体二五%、大学院進学でやめる人が一〇%程度、それから身体的理由によってやめる者が五%程度になっております。これらの者の就職先でございますが、退職時に本人がはっきり意思表示をいたしておりませんので、その追跡調査はたいへん困難でございますが、大体防衛大学校が理工系の教育をいたしております関係上、就職先はおおむね電気、機械、金属関係の関連関係会社でございます。
○杉原一雄君 そこで、中で、特に精神的な問題がありますし、いろいろありますから、長官としていろいろ事情点検されたと思います。そうすると、その場合に、数字はこうだという平面的な考察じゃなくって、やはり原因があるわけですね、なぜこうなってくるか。後ほど一人に対する経費を出してもらえばわかると思いますが、防衛大学は普通の東大とか早稲田とは違うと思うんですね。そうすると、それは入った当時から、おそらく自衛官になりたい、なるという決意を持ってぼくは入ったと思うが、そういう人たちが、身体、家庭の問題は別として、ほかの民間等に移りかわっていくというところに、私は、あなたに強制力を働かしてもらいたいということを言いたくないのですが、ただ、原因をお聞きしたいわけです、なぜそうなるか。つまり、教育の内容の中に、方法の中に問題点はないだろうか。断じてないなら、はっきり言ってください、断じてないと。その辺をお聞きします。
○国務大臣(中曽根康弘君) 約六百人ぐらい卒業生があるわけでございますが、そのうちの六十人ぐらいというものは、現代っ子でありますから、いろいろ複雑な心境にもなったり、感じも生まれるんだろうと思います。ほかの国の情勢等も私がうろ覚えに覚えているところによりますと、日本よりはひどいようであります。特にイギリス、ドイツあたりは士官が非常に不足しておるようであります。そういう比率から見ると、日本の場合はまだまだ比率はいいようです。これは、おそらく、入ってくるときに防大というものをある程度認識して、その職務に精進しようという気持ちが強く入ってきているんではないかと思いますけれども、しかし、二年、三年、四年とたっているうちに心身成熟してまいりますから、自分の適性とか、あるいは家庭の事情とか、社会の情勢とか、そういうものを見て、だんだん自分の成熟した考え方に合わないと感ずる者も出てくるのは当然でございます。そういうものまで強制することは、その人の人生のためにいかがかと思いますから、いまのような措置を講じておるので、私はやむを得ない事態であると思います。
○杉原一雄君 一般論的におっしゃったわけですが、どういう意見を持って——おそらく肩たたきなさったと思いますが、あなたがなさらなくても、学長その他が。その場合に、こうだ、ああだというふうな説明を、それぞれ、大学を出た学生ですから、自信を持って言っておると思いますが、そうした中で、われわれ国政を論ずる者にとって参考になるようなアンケートがありませんか。あなたは、それを、行政を進める場合においても、そのことは必要だと思うが、いまおっしゃったような、外国がどうだのということは、私はこの際何の比較にもならないと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 幹部自衛官になる者の比率を見ますと、防大出もございますが、部内で曹士から上がってくる者もあります。それから一般大学から入ってくるというのが、また非常に多いわけでございます。文部省の正規の大学を出まして、私立大学等が多うございますが、そういう人から入ってくるのも非常に多うございます。現在は、幹部というものは防大系が比較的に多うございますけれども、しかし、一般大学も非常に多いので、そういう面から見ると、現在の若い人たちは意外に防衛というものを理解し始めている、そういうように私思います。それで、防衛大学の学生や、そういう大学を卒業して防衛庁に入られた人たちの話を聞いたりしておりますけれども、いままで得た報告によりますと、非常に健全な意識を持っておる。昔の軍人というのは非常に目がふさがれておりまして、馬車馬みたいでございましたが、現代の者は非常に豊かな常識を持って、しかもその上に使命感を持っておる、そういうように私思いました。 この間も江田島に行きまして、幹部候補生学校に行って、海上自衛官になる者と一緒に泊まったり、めしを食ったりしてまいりましたが、約百人ぐらいの人間と座談会をしましたら、ほとんど全部が質問いたします。そうして活発な議論をいたします。中には、疑問を相当投げかけてきておる者もありました。また、憲法問題について彼らの所信を述べる者もありました。しかし、自衛官としての規律と職分はきちんと守って心得ておるようであります。その上に立って、ああいう自由な活発な議論をするということは非常にたのもしい。ああいう広い考えを持っていないと、これからのリーダーにはなれない。そう思いまして、現在の教育が私は悪いとは思わないで、よくやっているなと、そう思って帰ってきた次第です。
○杉原一雄君 ただ、あなたは、よく数字を扱いますけれどもね。その六十何名もことしの三月卒業生が自衛官に残らないということの数字だけでも、私は驚異的な数字だと思います。そうすると、いまみたいな判断は当を得ておるかどうか、非常に私は疑問に思います。で、「軍事研究」という雑誌があるわけですから御承知でしょうが、そこに防大一年生のアンケートの一部がピックアップされております。名前は御本人の人格権にも関係しますから省きますが、二つ対照的なのがあるわけです。 「あなたの尊敬する人物」というアンケートに対して、三島由紀夫、アドルフ・ヒトラー、こういうのを載せている。その人は、「総理大臣への希望」という欄で、これは佐藤総理に対して希望しているのですが、現憲法をやめてください、ベトナムにやってください——派兵です、海外派兵です。国防軍の創設をしてください、治安維持法の制定をやってもらいたい——こういうことを言っているわけです。これは健全でしょうかね。それは質問しませんよ、考えてくださいね。それから、もう一人の学生は、これも一年生ですが、「あなたの尊敬する人物は」——自分でみずからの命を断った人々、戸川万吉。それから総理大臣への希望でありますが、まことに申しわけないけれども、そのとおり申し上げます。「早く辞職しろ」「早く死ね」、こう書いてあるわけです。これは、大臣、たいへんだと思いますが、こういうアンケートを見ると、防衛庁長官がいま言った、めしをつつきながら話し合っている内容とは非常に違います。 こういうことについて、長官も非常に足まめでありますから、隊内を点検なさっておりますが、教育上の問題点が全然ありませんか。その辺、お聞きしたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) まず、先ほどの御質問で、どれぐらいかかるかということでありますが、年間一人当たり百二十万円ぐらいかかっております。 それから、いまのアンケートは、「軍事研究」という雑誌に載ったアンケートでございますが、アンケートをやる基礎が非常に不明確かつ無責任でやられておるのです。ある雑誌社から助教授の上田君というのが頼まれて、そして、これは公表しないと、これは上田助教授が自分の執務の参考にするといって、そう重点を置かないで、何でも好きなことを書きなさいというので配ったらしいのです。それを集めて、それを生徒に無断でその雑誌社に出したわけです。ですから、生徒のほうは、それほど重大な問題であるとも考えないで、まあ半ば思いつきとか、あるいは多少やゆぎみなものもありました。それで、いまのようなものも多少はあったわけです。だから、そういうような、ちゃんと規定しないで無責任でやったものを公表することが間違いであって、それは生徒に対する重大な人権じゅうりんであります。したがって、その助教授を処分をいたしました。生徒に陳謝せいと、そう言って実は処分をしたものでありまして、そういう文書がここで引用されることは、実は私らとしては、あまり責任のない文書でありますから、迷惑なのであります。 しかし、防大もやはり若者を育てているところでございますから、昔の士官学校みたいに馬車馬で教育しようとは思いません。私が猪木正道先生を校長先生にお願いしたのも、実は、そういう視野の広い、世界的視野を持っておる、市民としても尊敬される自衛官をつくりたいと、そういう考え方に立って、制服組を持っていかないで、猪木先生をお願いしたのでありまして、そういうような教育を現在精力的にやっておるわけであります。そういうようなアンケートが出てくるということは、ある意味においては、かなり思想の自由が行なわれているという意味でもあります。尊敬する中に、いまのようなのもありましたけれども、しかし、まだ、りっぱな、リンカーンであるとか、あるいはケネディであるとか、そういうりっぱな人もあります。いまおあげになったのは、わりあい少ないほうであります。中には毛沢東というのもありました。ですから、いろいろなことを、いろいろに言っているのであって、必ずしも、だからといって目くじらを立てて、いいとか悪いとか言うべきものじゃなくて、私は、思想の自由が防大に行なわれているという意味において、むしろそれはいいことじゃないかと、表に出すことはよくないけれども、そういう思想の自由を保証しているということはいいことだと、私はそう思っているわけです。
○杉原一雄君 大臣ね。昭和三十六年に、「学生に対する歴史教育のあり方について」——一等優秀論文として当選しているわけです。一尉というのは、昔流に言うと大尉かもしれませんがね。豊田正二郎という人、所属は第七航空団です。幹部候補生学校における募集でありましょう。これを読んでみたのでありますが、まあ、いろいろ読み上げると時間がありませんので省略いたしますが、ただ、この人が訴えていることは、いままでの小中高、いわゆる文部省教育において歴史教育はゼロに近いということです。これはあとで、文部大臣、反撃してくださいよ。歴史教育はゼロに近い、しかも今日までの歴史教育は、あったとすれば、それは唯物史観に基づく歴史教育である、こういう断定を、この人はしている。昔で言うと大尉ですから、相当の精神年齢を持っていると思いますね。 そこで、具体的な現象として、文永、弘安の役を高く高く評価している。つまり、外敵に侵害されて、世界最強の軍隊である元の国の軍隊を日本がこれをはね返したその当時の国民の気力、能力の偉大さ、こうしたことを評価しつつ、北条時宗の力、朝野の協力など、惜しみなくやった当時の国民意識を評価しながら、それがついに日清、日露の両戦役にこれが移ってくるわけであります。お読みになったかどうか知りませんが。 こうなってくると、佐藤総理が一生懸命、軍国主義じゃないとおっしゃっているのだけれども、あなたの中の教育の中に、えらい人たちがそういう史観と考え方によって教育を、これはしているのです、この人は。する立場であります。そういう点をあなたは御承知であるかどうか。知っておいでにならなければ、担当官でもけっこうですが、この優秀論文ですから、これは先ほどのような上田助教授を首にするようなわけにいかぬと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私もその論文を読みました。これは研究論文であって、彼の個人の思想の表明であって、そのとおり教育しているというものではないのです、まず第一に。 それで、文永、弘安の役云々というのを言っていることもありますけれども、私は悪いとは思いません。むしろ、防衛庁で防衛を担当するものが、国を守れという意味において、われわれの先輩がこういう苦労をして一致団結して守ったという歴史を教えることはあたりまえのことであって、教えないほうが悪いと私は思います。 それから、日清、日露の戦争云々については、史観、がみんなおのおのによって違いますけれども、私は、白露戦争なんかは防衛の戦争であったと思っております、私個人が。だからといって、別に防大に行ってそういう演説しているわけじゃありませんが、その考えが間違っているとは思わない。私たちは、日露戦争などは防衛の戦争であったと、こう思うわけです。それで、文部省の高等学校の学習指導要領を読んでみますと、歴史の教育についてはこういうふうにやれと書いてあるわけです。これは文部大臣の領域ですが、私が感じましたことは、たとえば、「わが国の歴史に関する基本的事項を理解させ、歴史的思考力をつちかい、各時代の性格や時代の推移を把握させて、それぞれの時代のもつ歴史的意義を考察させる。」、あるいは第四番目に、「文化の創造、発展および伝播に関する祖先の努力や、文化の伝統についての理解を深め、文化遺産に親しみこれを尊重する態度を育て、さらに新しい文化を創造し発展させようとする意欲を高める。」そうして、その内容として、「日本文化の黎明」というところでは、「民族の起源」であるとか、その中には、最後に、「原始信仰にも触れる。」ということも書いてありますし、第二の「古代文化の形成と展開」という点については、「国家の統一と大陸文化の摂取」とか、こういうことも書いてあるので、私は非常に豊かな学習指導要領であると思っています。これ悪いとは思いません。 それで、この豊田正二郎空尉の論文を読んでみますと、この論文は三つの部分に分かれています。第一は、筆者の歴史観です。第二は、学生に対する歴史教育のあり方です。第三は、歴史教育の私案であります。 第一の、筆者の歴史観については、「正しい歴史のとらえ方」として、何よりも史実を直視すべきこと、これからの日本に不利になることでも、史実をゆがめてはならない、最も警戒すべきは、一つの歴史の法則をつくって、これに史実を当てはめるやり方で、唯物史観、皇国史観は、いずれもとるべきでない、こういうことを言っておるのです。つまり、先に一つの法則をつくって、これでこれを当てはめるというような考えはいけない、日本の歴史の史実として、第一に建国の歴史が長いこと、第二に、最近まで他国に侵されなかったこと、第三に、日本民族本来の文化は非常に優秀であることをあげて、これはわれわれの誇りであると言っています。そして、史実に対する価値判断の基準は、日本の国家が日本民族の政治的文化的共同体であるという観点から国家を第一義にすべきである。そして、主権在民の歴史などという、主権在民という美名のもとに、国家という観念を捨ててしまっては何にもならない、つまり、主権在民ももちろんいいけれども国家という観念まで捨ててはならぬ、そういうことを言っているのです。そして、民主主義における個人の尊厳は個人の生活共同体としての国家の尊厳につらなる、民主主義における個人の尊厳というものは厳然として認めて、それが基礎であるけれども、それはまた個人の生活共同体としての国家の尊厳にもつらなるべきである。で、このあとで、戦後の日本の歴史教育は日本人に劣等感を植えつけるための占領政策のなごりであり、唯物史観に立脚する教科書が多くあらわれ、深く現代の青年に影響を及ぼしていると批判している。これは個人の意見を出している。そして、さらに、現代の史学界における唯物史観に基づく進歩派と、実証主義によるアカデミズム的史学と、戦前の歴史を是とするがんこなグループもあるが、日本民族の歴史を限りない愛情で包むという態度は望ましく、自衛隊においても独自の価値判断を強制すべきでないと言っており、日本歴史は世界の歴史と関連きせることの必要性を述べ、国土と国民への愛情なくしては歴史は語れない、こういうようなことを実は言っておるのでありまして、全般を見ますというと、私は、自衛隊の教育方針としては、そう悪い内容ではない、そういうふうに私は思います。
○杉原一雄君 いま文部大臣にお願いしようと思ったことを長官が先取りきれた感じですが、そのことをもって、必ずしもこの豊田君の論文が正当であるということにはならない。豊田さんの論文の中で、いま申し上上げた弘安・文永の戦いの評価の問題、大臣は、それは日清、日露にも通用することであり、正しい、いわゆるもっぱら専守防衛なんだ、こういうことのようにとられたんですが、そうじゃないでしょうね。それは、ちょっとあなた、行き過ぎじゃないですか。特に日清、日露のことも結びつけておるわけですからね。間違いないですか、その点は。あとでまたお聞きしますよ。文部大臣、どうですか。この方は、いままでの教育は唯物史観によってやられていろと言っているのですよ。しかし、防衛庁からいただいた本は、この本をいわゆる参考にしておられるようです。これは文部省検定の教科書であって、「高等日本史」、肥後さんの著であります。肥後さんは、ぼくは唯物史観の人だとは思いませんが、その辺のところも、何か、えらい違いがあるし、同時に、いままでの学校教育は歴史教育に関してはゼロに近い、同僚に聞いても知らぬと言っている、こういう表現ですから、今度は逆に、文部行政の立場から、きわめて責任が重いと思います。どういうふうに考えますか。
○国務大臣(坂田道太君) 終戦直後以来、まあ教科書もいろいろ変わってまいりました。一時は、憂うべき教科書という形で、いろいろ批判をされたことは、皆さん方御承知のとおりでございます。でございますから、特に心身の発展段階に応じて、やはり歴史教育というものはやらなきゃならない。そういう意味から、決していままでのやつが十全であったというふうには考えておりません。そして、最近におきまして、それを是正し、今度の指導要領等におきましては非常によくなってきておるというふうに私は思います。常に完ぺきを期さなきゃなりませんけれども、振り返って考えるならば、その当時としては、あまり上等でなかったというようなものはあったように思います。
○上田哲君 関連して。 防衛庁長官に見解をただしたいと思います。ただいまの御答弁の中に、日露戦争は防衛戦争であったという見識が表明されました。はなはだ海外の論調に軍国主義という非難が強くなっています。私どもは、安保条約の解釈その他の問題からしても、防衛出動の範囲ということが、いま大きく国会での論議を集めているところです。そういう認識をとっている段階で、防衛庁の最高責任者が、一つの史観だとは思っていても、日露戦争は防衛戦争であったという御発言があったので、この際、国会の場でありますから、その意味するところを明確に定義をしていただき、いわれなき誤解を解いておきたいと思います。 そこで伺いたいのですが、防衛出動ということはの定義のために特に厳密にこの際お伺いをいたしますが、日露戦争が防衛戦争であるということであれば、今日私たちが関与する限りでの自衛隊の防衛出動——これは明らかに政府用語であります。その防衛出動の中には、防衛庁長官の立場における防衛出動が同じく含まれるのか。今回も防衛戦争であるならば、防衛出動は、まあ国名をあげることは正しくはないかもしれませんが、日露戦争と同じような地域に向かって出動することがあるという理解になるのか、ならないのか。 もう一つ、そうでないということであるならば、第二点は、今日、防衛戦争ということは、しからばどういう意味で日露戦争についてこれを定義されたのか、その点を明確に提示していただきたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 歴史的事件の評価というものは、その時代時代の環境、条件等によって考うべきであって、ある時代が隔たってから、客観条件が変わったときに、その変わった客観条件で判定すべきものではない。歴史の解釈というものは、そのときそのときにおける環境条件において解釈すべきである、それが歴史の一回性というものだろうと私は思うのです。そういう意味から、今日においては、われわれは、現在の憲法があり、憲法第九条もあり、総理大臣以下われわれが述べてきたような国策が正しいと思い、それを順守しているつもりでありますけれども、当時においては、欧米列強が帝国主義的政策をもってアジアを蚕食しておった時代でもあります。そして、国際的な通念というものは、いわゆるバランス・オブ・パワーといわれる権力争奪の時代でもあったわけです。したがって、国を守るという、守る行為の内容や範囲についても、そのときそのときにふさわしい領域なり方法が認められておったはずだと私は思うのです。 あのとき、日露戦争の当座における日本の立場というものを見ますと、私は、明らかに日本の存立を守るために、日本国民が一致して、意識してやったことであり、世界の国々もそれを認識して、大部分の国が日本を応援したのだろうと思うのです。アメリカ大統領のルーズベルト以下、日本を応援し、イギリスも応援した。もっとも、そのときには日英同盟というものもございましたけれども、日英同盟が世界的な支持を受けたということも、そういう背景があったと私は思うのです。そういうような考え方から、どちらかといえば、あの当時は、旧帝政ロシア、スラブの膨張主義が南のほうにあたたかい海を求めて出てきた。そういうことが日本の運命に非常な危険性をもたらしてきた、そういうことから、あの問題は起こり始めてきたのであって、日本がロシアに攻めて行こうとか、あるいは中国の領土を取り上げようとか、そういう積極的意図をもってやった戦争ではないと私は思うのです。そういう意味において、あの当座の客観的条件、歴史的条件というものをもって公正に見たら、防衛戦争であると私は考えるし、大体学界の通説もそうじゃないかと思います。
○上田哲君 確認をしておきたいと思いますが、いまのおことばの最後の部分ですが、領土的野心がない、侵略的野心がなければ、自国の防衛のためには他国の領土に入るということであったということは、当時の防衛戦争の概念である、今日そういう防衛戦争の概念はあり得ますか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 少なくとも、日本国憲法下における日本に関する限りは、本土の防衛、わが愛するこの大八州の島々及び国民生活共同体、それを守るということに限定さるべきであり、われわれはその趣旨に沿って防衛をやっているわけであります。
○杉原一雄君 それでは、同じ隊内から出た、長官にとっては鬼っ子だろうと思いますが、小西誠君がどうしてこういう行動をとったのか、十分分析なさったと思いますから、要約してお願いします。
○国務大臣(中曽根康弘君) 小西君の「反戦自衛官」という本を私は読みました。しかし、その中身を読んでみると、全共闘の学生が言っているような薄っぺらなことがぺらぺらと書かれてある。私は、そういう自衛官が出たことを自衛隊として恥ずかしく思います。
○杉原一雄君 ただ、ぼくも教育者であります、過去においては。そういう反省のしかたはない。少なくとも、一人といえども、あなたの部下として教育されたわけでしょう、専守防衛、国を守るために。である者がこういうことになるということは、やはり教育に欠陥があったと、そういう反省なくして、そういう言い方がありますか。教育者として——あなたは教育者じゃないかしらぬけれども、少なくとも自衛隊法に基づく教育の責任を持っているわけでしょう。そういう言い方がありますか。「ぺらぺらぺら」とか、何だ、それは。しかも、読んでみたと言うけれども、ほんとうに読んでみたの。ここでは読み上げる時間がないから読み上げないだけのことなんだ。教育の方法の問題がある。しかも、これは十九か二十で入った青年だ。その後、このような形で成長してきているわけなんです。ぼくは、全面的にこの人の思想を支持するとか、しないとか、問題は別なんだ。こういう人が生まれるところに、自衛隊内に矛盾があるということをぼくは指摘したいわけだ。あなたは、絶対そういうことはないと思いますか。教育に間違いなくして、これは鬼っ子なんだと、そういうふうに判断しているの。もう一ぺん言ってくださいよ。そういうことじゃ教育はできませんよ。
○国務大臣(中曽根康弘君) 小西君の本は私も読みましたけれども、読んで一番感じたことは、これは三派全学連の学生が言っていることをまねして書いているんじゃないかと、そういうぐらいに思ったぐらいに、同じ内容のことが書いてあります。私はそれを読みまして、この人はほんとう自分の信念でこういうものが出てきたのか、あるいは外からそういうことを教えられてそういうことになったのか、非常に疑問を感じておるんです。それで、その後もいろいろ、ベ平連の大会とか、あるいは反戦自衛官の組織をつくるとかなんとか言って演説しているのを聞いてみますと、まさに全共闘の学生と同じような、口ぶりまで同じような口ぶりで実は演説しています。早口でぺらぺらぺらとやって。私は、ああいうことを見て、これは自衛隊の精神を体得しなかったなと、一人でもこういう自衛隊の精神を体得しないで外へ出て行った人がいたことは、まことに自衛隊としては国家のために申しわけないと、こう思った次第です。
○杉原一雄君 それでは、やはり、彼は教育の内容について若干具体的なことを提示しておりますから、お読みになったと思いますが、くどいようですが、読みます。 「ホヤホヤの新隊員には中隊長が自衛隊の使命をスライドを使って教える。講義だと、ちょっと退屈すると遠慮なしに居眠りするから、もっぱら視聴覚教育にたよるのである。たとえば、スライドでベトナムの惨状を次々と写し出しながら説明する。「わが国が、こんな姿になってはいかんだろう。だから自衛隊は平和と独立を守り、それを犯すものには、断固として立ち上がらねばならん」、「自衛隊の使命は、直接及び間接の侵略を未然に防止し……わかるかな、これは。間接侵略、たとえば、上の子が、ほしいものがあるときに、下の子に入れ知恵しておねだりさせる、これが間接侵略だ」」——きわめて明瞭な解説をやっていますね、偉い人たちは、あんたとこの。これは間接侵略だ、こういう教え方をしているんですよ。ここにどうして愛国するとか国を守るとか、そういう気概をこの中から生み出してくれますか。「あまり反応がない。中隊長はいくぶん、てれたようす。」、このまま書いているんでしょう、これは。毎日新聞社編「素顔の自衛隊」に載っているところを、彼はまた重ねてピックアップしているわけです。 そういう、いわゆるあなたの教育の内容の指導方針なり、方法等にきらきら欠陥はないんだけれども、ときたま、こういうものが出てきて、しかも出てから、全学連の皆さんに指導を受けたからこういう結果になって、この本が出たのだと、こういうもののとらえ方の中には、一片の反省もないわけですね。私は、その点、非常に残念に思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 小西君のその部分は、まあ、おそらく、教育課程中の一つの部分を抜き出してそう書いたんだと思いますけれども、はたしてそういう事実があったかどうかも私は疑問だと思います。かりに、あったといたしましても、部分ではないかと思うのです。最近、自衛隊や自衛官のことが新聞やテレビや、その他に出ますけれども、必ずしも正確でないことが多いんです。たとえば三島事件のあとに、ある新聞社に投書が出まして、自衛官として自分は鼓腹撃壌してマイホームを楽しむんだというのが出ていました。あれを調べてみましたら、あれは全く事実無根のことです。そこで、その新聞社は、あれは事実でなかったといってあと書きで出してくれました。しかし、大部分の人は、ああいうふうにマイホーム主義で自衛官がいるのかと思って誤解を受けておる。私は非常に残念に思いましたけれども、ああいうふうな投書が大きく出てしまうと、それが事実でなくても、そうなってしまう。この間は、あるテレビで現役の自衛官として影絵でいろいろ一問一答がありました。そうして、反戦自衛官の組織がふえているとか、これが自分の自衛官の証明書だとか言って、そういうのも出ていました。これも調べてみましたら、二年ぐらい前にやめた人が、その証明書というのはどうも人のものを持ってきたんじゃないかという疑問があります。そういうように、現役の自衛官でない人を現役の自衛官として、そういう影絵のテレビに出したりしておるんです。そういう今日の情勢を見ますと、自衛隊のことが必ずしも正確に伝えられていないし、いまのような小西君のお書きになったものの内容についても、私は信をおけないという気持ちでおります。
○杉原一雄君 通産大臣にお伺いしますけれども、ことしは、貿易黒字は大体幾らほどになりますか、収支です。
○国務大臣(宮澤喜一君) 政府の立てました経済見通しによりますと、昭和四十五年度は四十億五千万ドル、四十六年度は四十六億五千万ドルであります。
○杉原一雄君 三月一日の新聞でございますが、三洋電機、松下電器その他三大メーカーが南ベトナムに進出するということ、合弁の形式で出るということが書いてありますね。御承知だと思います。それについで、南ベトナムは交戦状況にいまあるわけですし、ラオスもそうですが、そうして、いま東南アジアで紛争を巻き起こしている地点に、日本の資本がどの程度出ているのか、それから貿易関係ですね、収支。それぞれの国にどれぐらいあるのか。いま直ちにお答えはできないと思いますけれども、できればお答えをしていただきたいと思いますが、できますか。
○国務大臣(宮澤喜一君) それは調べて資料として御提出いたします、もしできましたら。おっしゃっておられますことの範囲は、念のためにお伺いいたしておきますが、ただいま東南アジアで紛争の起こっておる地域と申しますと、ベトナム、ラオス、カンボジア、それでよろしゅうございますか。
○杉原一雄君 いいですね。
○国務大臣(宮澤喜一君) それに、日本の資本が現にどれぐらい進出しているか、できましたら、ひとつ調べまして資料として提出いたします。
○杉原一雄君 で、総理もそうですが、私たちの年輩になると、太平洋戦争突入当時の日本の経済の事情をよく反省させられるわけですが、まあ、黒字の問題は別としても、そういう東南アジアの各国との貿易、なかんずく資本の輸出等の形をとって、どんどん進出をしていくということが、よく評論などで、マラッカ海峡防衛論が出ると、中曾根長官は直ちに、そんなばかなことあるかと、おそらく返事をすると思いますが、私は、そういう、これは白とか黒とかということじゃなくて、すべてこうしたものは、総理の軍国主義論でもそうですが、やはり経済的な背景があるわけですよ。だから、黒字の問題にしろ、交戦国との貿易、資本の輸出等の問題にしましても、これがだんだん拡大していく可能性が強い。日本の国内が不況になればなるだけに強くなる。そのことは、結果的に、資本防衛、あるいは会社防衛、企業防衛、日本人防衛という形になるわけですから。なかんずく、資源を、石油資源のごとく、ほとんど外部から求める結果になると、それは、ルートはマラッカ海峡になる場合が非常に多い。そこで、財閥なり、そういう人たちが心配されて、あくまでも海軍を伸ばしてくれとおっしゃるのは、気持ちの上では実は当然過ぎるぐらい当然だと思いますがね。長官、どうです。マラッカ海峡防衛論は賛成できないでしょうが、議論はわかると、気持ちはわかるというところまでいきませんか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 依然として、ばからしいことだと思っております。
○国務大臣(宮澤喜一君) そういう考え方はもうたいへん古い考え方でありまして、もしそうでありますと、アメリカの資本が南米で接収されたり、フランスの資本がアルジェリアで取られたりすることはないはずなんでございますから、そういう考え方はこの節は私はないと思っています。
○杉原一雄君 いまさらアメリカがなぜラオスに進出しているか、侵入しているかということは私はここで議論しません。しかし宮澤さんはあっちのほうから見ているからね、近いところは目に見えないようですわ。なぜアメリカがあんなところに行くのですかということ、いまここで議論しませんよ。これはあなた資本の法則ですよ。あなたと私とは立場が違いますからね。したってこれは水かけ論になりますわ。もうこれははっきりしているのですよ。 それで総理、時間がありませんから、この間上田議員が本会議で質問したときに、軍国主義ではありませんと、それはかくかくであると。もう一ペん言ってくれませんか、お疲れでしょうが。
○国務大臣(佐藤榮作君) いまどういうようなお尋ねだったかちょっとわからなかったのですが、軍国主義ではございません。
○杉原一雄君 軍国主義ではないということ、それはなぜかということ。
○国務大臣(佐藤榮作君) はい、これはもうはっきり日本は軍国主義じゃない。
○杉原一雄君 理由は……。
○国務大臣(佐藤榮作君) それはよくおわかりだと思います。私は、軍国主義というものを一体どんなに定義するか、おそらく軍事がすべての問題に優先するそういう国をやはり軍国主義の国だと、かように言うのではないかと、かように私は考えております。日本のように、軍事がずいぶん他のものに優先して、予算が組まれてもとにかく社会保障の半分の程度だ、あるいは教育はまたもっと進んでおるとかその他の点を考えてみると、日本においては、軍事が他に、他の施策に優先している、また他の施策をリードしているといいるようなものではない。そこらに私は軍国主義でないということをはっきりみずから言っているわけです。いわゆる文民統制だとかいうようなこともその一つのあらわれでございますが、何にもまして軍事が優先しないというそういうところに私は軍国主義でない証拠があると、かように思っております。
○杉原一雄君 ただ私は速記録を読んでちょっとふしぎに思ったのは、それはもう一つ軍国主義でない証明として非核三原則ですね、それからもう一つは徴兵制がしかれていないと強調されたのですが、海外派兵だけわざわざのけたのか、失念されたのかもう一度聞きます。
○国務大臣(佐藤榮作君) 具体的事例として非核三原則、また徴兵制を持っていない。さらにこれが一番非常にはっきりした例で、軍国主義であるという場合にこういう点がいつも議論されるから私は言ったわけです。海外派兵、これはもうわが国の憲法のもと、そういうことはできませんから、これはもう各人がよく知っていると、かように思っております。
○杉原一雄君 次は文部大臣にお伺いしますが、私、実は失念しておったんですけれども、友人から注意があってこれはたいへんだと思ったわけですが、三月四日の読売新聞に、日本武道館が担保になっているという事実が明らかになりましたが、その詳細を御報告いただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 財団法人の日本武道館は、武道振興会館等の建設に必要な土地購入のため、昭和四十三年十一月、日本不動産銀行から六億円の融資を受けることとし、日本武道館は理事会及び評議員会の議決を経まして、その承認方を文部大臣に申請してまいったのでございます。文部大臣は、昭和四十三年十一月の二十五日、当該借入金について承認をいたしました。本件の承認条件といたしまして、旧偕行社あとの土地、宅地及び建物、それから日本武道館本館付属建物の一部である図書館、博物館、事務所を担保とすること、それから借入金の償還は、昭和四十五年九月から昭和五十三年十二月までの三十四回払いとして、その金利は日歩二銭四厘とするということになっております。で、新聞報道を見て私も非常にびっくりいたしました。まさかと思ったのでございます。直ちに調べました。ところが、この日本武道館本館についても担保に出されておるという事実が判明をいたしました。したがいまして、本日、私どもの木田体育局長をして、武道館の責任者、理事代行でございますが、赤城宗徳氏のところに参りましてこの是正を申し入れた次第でございます。そうしましたら赤城氏からも、そういうふうにしようということでございました。しかしこのことはまことに遺憾千万なことでございまして、監督の責任にある私といたしましてはまことに申しわけないことだと思います。今後十分審査をいたしまして、それからまた、けさの新聞等によりますと、何か横領等のこともうわさをされております。まだ、きょうの段階で私ども調べました限りにおいてはそのことは事実であるかないかということはわかっておりませんけれども、疑いが持たれました以上は徹底的にこれを調べまして、そういうようなことのないようなことに、あるならあるでこれは処断しなければならぬわけでございますけれども、この点は重々おわびを申し上げる次第でございます。
○杉原一雄君 四十六年度の補助の予算措置は幾らになっておりますか。
○国務大臣(坂田道太君) 約八千万と思いますが、もし間違うといけませんから、木田局長からお答えを申し上げます。
○政府委員(木田宏君) 本年度の補助金は八千八百万円でございます。
○杉原一雄君 きのうのきょうでございますので、きのう八田委員が、おれは柔道やったから、警察にも入った男だけれども、このようにりっぱな男になったと、日本的理想像になったと言わむばかりだけれども、それが、武道でしょう、柔道でしょう、そこがメッカであるこういうところにこういうことが起こっているわけですから、これは大臣、相当しっかりした気持ちでやっていただかなければ困ると思いますし、理事の中に八田さん入っていますか。
○政府委員(木田宏君) 入っておられなかったと思います。
○杉原一雄君 文部大臣にお伺いします……、その前に、厚生大臣おいでになっておりますね。医師が不足だという話はたびたび大臣からもお聞きしているわけですが、簡単に、その足らないというのは、絶対数か、相対的な問題か、その辺のところを、あるいは僻地がどうだ、いろいろなことがあると思いますが、われわれにちょっとわかりやすく御説明いただきたい。
○国務大臣(内田常雄君) せんじ詰めてみますると、絶対数も十分ではない、また相対的にも配置が適正ではない、こういうことに相なります。わが国の医師の総数は、昨年現在くらいで約十一万五千人ぐらいでございますから、よく統計にとられます十万人当たりにいたしますと、十万人当たり百十三人ぐらいでございます。しかしアメリカとかソ連とかいうような国はわが国よりもかなり多い医師の割合を示しております。ところが相対的に見ますると、わが国でも大都市におきましてはアメリカ並み、十万人当たり百五十何人くらいの医師が配置されておりまするし、中都市くらいですと十万人当たり百二十五人くらいでありますが、これが地方の町村に参りますと半分くらいに減りまして六十五人くらい、こういうことになりますので、医師の強制配置、無医地区などに対する強制配置ということも言うまでもなく非常にむずかしいわけでございますし、とどのつまりは相対的な配置を直しつつ、さらに絶対数におきましてもやはりアメリカ程度まで、十万人当たり百五十人、日本全体の医師数にいたしまして、今日の十一万五千人よりももう少し多い程度に医師を養成する必要があると、こういう結論になっております。
○杉原一雄君 後ほど厚生大臣からもう一度お伺いします。その前に秋田自治大臣が各地で自称秋田構想という、つまり医師養成の問題でおっしゃっているのですが、それはこのごろだいぶあたたまってひよこが生まれるような状態になっているのですか。
○国務大臣(秋田大助君) 例の過疎対策の一つとして——また過疎地域が医師不足である、医師が定着しない、これはやむを得ないんだというお説もございますけれども、今日の状態ではそういうやはり地帯といえども医師の定着を策してほんとうに住民福祉をはかるべきものであると考えまして、これを提唱しました。厚生省、文部省の御賛成も得、大蔵省の御理解も得まして、来年度四月から開校することにして、一校百名、都道府県等が集まりまして学校法人をつくって、そのもとで開校する。これは普通の医科大学でございます。まだ必要によっていろいろ詳細も御説明申し上げますけれども、来年の四月を目途に開校できることに相なりました。
○杉原一雄君 それでは文部省ではどういう手配をしておいでになりますか、少なくともことしの予算等について。
○国務大臣(坂田道太君) ただいま厚生大臣からお話がございましたように、絶対数も不足をしておる。何とかこの僻地対策を含めまして、絶対数の増加が要請されなければならぬということでございます。 で、この十年間、ちょうど約千五百四十ふやしまして、ただいまでは入学定員が四千三百八十人でございます。その千五百四十を十年間ふやしましたのは、国立で増員、あるいは秋田大学を含めての九百、公立四十、私立六百と、こういうことになっておりますが、いまの厚生大臣のお話のように、十万人に大体百五十人の医師という絶対数を確保するとするならば、約六千が必要であると、こういうことになるわけでございまして、あと千五百を今後十年間あるいは昭和六十年までにどうするかということにつきましていま計画を立てようとしておるわけでございます。 そのやり方としましては、やはり一つの医学部をつくりますと約八百億から千億かかるわけです。それから、看護婦さんその他を含めまして人数が千人ぐらい要るわけです。でございますから、なかなかむずかしいわけでございますけれども、私はその計画の中で、現在の定員が百名のところもございます。戦前は百二十名やったこともございます。しかしながら、現在まだ八十名、あるいは公立の医科大学等については六十名というようなところもございます。こういうようなところに相当の資金、たとえば設備資金に対する、あるいは研究費あるいはまた定員というものを確保してあげるならば、かなり養成ができるのじゃないか。新しいたとえば医学部あるいは医科大学をつくりました場合はどうしたって六年後ということになるわけでございます。しかし私は、今日私立大学において相当多額の納付金が必要である。また、そういうようないろいろな寄付金も強制されておるというようなこともございまして、何といたしましても国立の医科大学あるいはまた医学部というものはぜひともつくらなきゃならない、かように考えております。 最終的には、一応中教審の答申が五月にございますけれども、それはそれといたしまして、私どもといたしましては、本年度中にその長期計画を立てまして、あるいは日本列島全体について、どういうようなところに医学部を、あるいは医科大学をつくっていいかというような調査費も五百万円を計上しておるわけでございますから、十分検討をいたしました上、できますならば四十七年度からその計画に従って医師を充足していきたい、かように考えておるわけでございます。
○杉原一雄君 大臣、ことしの予算の中で、大臣の意図が調査費という形で含まれていると思うのです、五百万円。備考欄によると「山形ほか」と書いてある。ふだんちょっと異例の処置であろうと思いますね。個所づけがはやすでに出ているわけです。そうしますと「山形ほか」は、山形県に対してはぼくは異議はないのですが、「ほか」ということになると、まだ幾つかあるのか。また、山形が出てきたのにはそれなりの理由があると思いますが、それをちょっとお聞きしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 御承知のように、たとえば全国で、高知もそうでございましょう。愛媛もそうでございしょう。あるいは北海道もそうでございましょう。栃木その他静岡、かなり前々から医学部、あるいは医科大学をつくってもらいたいという要望は熾烈でございます。しかしながら、実を申しますと、大学改革の一つの根源となりましたのは、医師養成の問題でございまして、これは厚生行政とも関連を持つ根深い問題でございます。そういうようなことから、中教審の答申をも期待せざるを得ないわけでございますけれども、しかし、この僻地等におきます医師養成の声というものは、非常に強いわけでございまして、私は中教審の答申と並行いたしまして、ぜひとも文部省自身といたしましても、これに対する万全の措置を講じていかなきゃならぬ、具体的な考えを出していかなきゃならぬというふうに思っておるわけでございます。そういうさなかにございまして、いろいろの要望をずっと調査をいたしました結果は、これは国立、私立を問いませんが、医科大学設置の要望が各方面からあるということは先ほどちょっと申し上げたわけでございますが、こういうような地域的な設置計画をするにあたりましては、ただそこの要望があったから直ちにそこにきめてしまうというようなことは、たとえば小中高におきましても、地域社会における要望を勘案しながらやるわけでございますから、特に医学部設置等については多額のお金も要りますし、また実際上の運営等もございますから、やはり、地元の地域の要望というものもございますけれども、日本列島全体を通じてその必要性、たとえば人口十万人に対して日本の平均が百十人、先進国が百五十人と厚生大臣おっしゃいましたが、その百以下どいうところがかなりあるわけです。あるいは府県で全然公立も私立も国立も、何ら医療教育機関というものがないというのが数県に及んでおるわけでございまして、その中で北からずっと申しますと、山形は何もそういう大学もなければ、私立も公立もない。あるいは四百ベッド以上の医療機関もないというような——そこのところはちょっと、たしか記憶しております。もし間違いでございましたら、それは訂正さしていただきます。そういうようなことでワン・オブ・ゼムの一つの例として山形ということを例示したという意味でございます。山形を含めまして、数県の要望された土地についてこの五百万で調査をいたしたいというふうに考えております。
○杉原一雄君 大臣のそれによりますと、山形その他、あるいは静岡とか例をあげられたわけですが、みなそういうところもあるという程度ですね。しかしそれは、山形を特に書かれたことは、私、かなり意味があると思うし、去年の十月二十二日の山形の新聞によりますと、自民党の偉い方が三人行かれまして、陳情があったものだから、よし、わかった、まかしておけ、山形の大学に医学部をつくると、こう約束しておられるわけです、新聞によりますと。それと無関係ではないだろうと思うのですがね、大臣としては言いにくいでしょうね。言いにくければよろしゅうございます。だけれども、ただあなたが一月十七日に愛媛に行かれまして、愛媛でもこれに近いことをやはり言明しておられるわけですね、有望だとかということを。その辺のところを——よく選挙があると、そこにちようどそういう手ごろな題目があるものだから、何かおっしゃってくるような気がしてならないわけです。野党ですから邪推いたしますよ。だけれども、予算を見ると、それが山形と出てくるものだから、これはやったなと私は思うんですよね。そういうことは絶対ありませんか。対等なんですか。
○国務大臣(坂田道太君) 党の三役が山形に行かれてそういうような熾烈なる陳情を受けられたと、そのことはそのこととして事実じゃないかと思います。約束されたかどうか。しかし、約束されましても、直接それをきめますのは私でございますから、そこははっきりしておるわけでございます。愛媛に参りましたのも、これは愛媛は前々から非常に御要望が強かったわけでございます。これは山形よりもずっと前に御要望は強かった。また、四国の事情からいって非常に熾烈な御要望があるということで、私はそういう意味のことを承ったわけでございまして、あそこでそう必ずやりますなんというようなことは私は申し上げておりません。それは、先生もお聞きなったと思いますし、新聞でお読みになったと思うのでございます。
○杉原一雄君 文部大臣、ちょっと失礼ですけれども、先ほど武道館の問題で失礼いたしたのですが、理事長はだれであるかということですね。新聞面によると、赤城さんが代行になっているわけですよ。だから、理事長がおって代行になったのか、おらなくて代行になっているのか、その辺のところを……。
○国務大臣(坂田道太君) あるいは私の思い違いでございますとあとで訂正させていただきますが、たしか川島先生が理事長だったのじゃないかと思います。それで、あとの理事長というものが正式にきまりませんので、赤城さんが代行ということになっているんだろうと私は思っております。もし間違いましたら、またあとで訂正させていただきます。
○杉原一雄君 それで、赤城さんが代行者ですから最高責任者ですね。そのところでこうしたことが起こっているわけですから。国費でことしは八千万投入すると言っているわけです。そういうところで、こういう常識はずれの大きなことをなさったのですが、総理としてより総裁の立場でしょうか、どうですか、考え方をお聞きしたいと思います。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは、まあ、総理、総裁、両方からの責任があることだと思いますが、ただ、事情を、文部大臣が先ほどお答えいたしましたように、もう少し明確にしないと、どうもただいまのところでは新聞の報道だけですから、たいへん残念なこと、まことにそのとおりであれば遺憾だということ以外には申し上げることはございませんがね。どうも、もう少し早く事態が詳細がわからないと困るだろうと、かように思います。
○吉田忠三郎君 関連して。武道館の問題でそれぞれ答弁がございました。それで、これは名儀はどうなっておりますか。それから担保に入っているわけですから、債務者は一体だれなのか、これを答えておいていただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) ただいまもうこの質疑は終わったと思いまして体育局長が実は帰りました。それで、いま呼び寄せますから、しばらくお待ちを願いたいと思います。
○杉原一雄君 それでは、公害教育は、文部大臣、だれか答えますね。大臣も答えてくれますね。公害教育はだいじょうぶでしょう。——では、公害の臨時国会も終わったわけで、その際、文部大臣は、教科書あるいは指導要領、そういった点についての改定の言明がありました。それが、今日まで、非常に速い、従来かつてない速さで教科書の改定の作業なりあるいは指導要領の改定の作業等をお進めいただいていることを聞きまして、私も提起した者として非常にうれしく思っているところでありますが、ただ、これからの作業の中で、指導要領の指導書、ガイドブックの問題になってくる、教師用の。それはことしの秋ごろとは聞いておりますけれども、これからどういう作業を経て、教師の手に渡るところはいつをめどに置いてあるか、作業とめどですね、それを聞きたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 御承知のように、昨年公害国会が開かれまして、十四の法律が出されたわけでございます。そういうような観点からしさいに指導要領を点検いたしましたところ、どうも適切でないということで、これは変えなければいかぬということで、さっそく変えることに決心をし、それをいたしたわけでございます。ところが、ことし四月から使っております教科書そのものは、著者自身が四十三年に執筆したものでございまして、そうして、その検定を行ないましたのが公害国会の前でございます。そういうようなわけでございまして、そのものには多少やはり公害国会の後のはっきりした人間尊重ということ、経済優先から人間尊重という立場が貫かれておらない個所、が多少ございます。この点はやむを得ないと私は思いましたが、しかし、その教科書を手にする子供あるいはそれを手にして教える先生からするならば、その地域地域においていろいろ違っておる、また、公害問題は非常に流動的でございますから、ある市におきましては公害はもうストップした、完全によくなったということになっておるかと思うと、また公害が始まったとかいうようなことがございまして、なかなかその時点で一々教科書を改定するというわけにはまいりません。そうなりますと、やはり指導要領に基づきまして、それから先はその地方の先生方のいわば自由あるいは良識に基づいた教育ということにゆだねざるを得ないのじゃないか。そうなりますと、その手引き書になりますものは、公害に関しまして一括いたしまして手引き書をつくって、そうして秋ではなくてその前の七月ごろにはひとつ完成させたいということで、いま馬力をかけておるということでございます。
○杉原一雄君 大臣のいまの終わりのほうのことばが非常に大事だ。大事であるだけに、指導書をつくる場合に、公害というものに対する基本的な原則、これはまあ前国会の中で本会議、委員会等で盛んに論議されたところですから、そうした原則をいま素案の過程の中でどう踏まえておいでになるか。いま人間尊重ということばが出たのですけれども、その他公害対策に盛っているところの基本的な問題、その押え方をちょっと簡単に項目別に聞かしていただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 国民の健康で文化的な生活を確保する上において公害の防止がきわめて重要であることにかんがみ、学校教育においては、国民の健康の保護、適切な生活環境の保全などを中心とする人間尊重の立場に立った指導が十分に行なわれるようにしなければならないというふうに考えておるわけでございます。また、これに関連いたしまして、やはり人に迷惑をかけないというような道徳教育というようなことも非常に大事なことでございますし、あるいは人間自身が月にも行けるような英知を持っておるということも事実ではございますけれども、そういうような英知が原子力を生み、あるいはそれがかえってわれわれの人間そのものを侵すというようなことすら考えられる時代を迎えておる。そういう意味合いにおいて、人間さまも、あまり増上慢になってはいけないのであって、人間を包むところの植物やあるいは動物、生物というものを大事にすることなくしては人間そのものの生存がうまくいかないというような気持ちをもってこの自然環境というものを守るというような立場に立って公害教育というものを進めていかなくちゃいかぬのじゃないか。そうして、やはり小中の小さい子供たちにそういう自然を愛するというようなことをよく体得きせるということが必要だと、私は、いろいろ、あるいは忘れたこともあるかもしれませんが、そういうようなことを考えておるわけでございます。
○杉原一雄君 でありますから、ニクソン教書まで引き戻す必要はありませんから。問題は人間尊重、環境権の確立の問題、論議されておりました無過失賠償責任制の確立とか、特に住民運動を大切にする。それから教師の——いまおっしゃったように流動的ですから、創意とくふう、そうした活動の幅、そういうものをやはり大幅に認めていただきたいというのがぼくの希望でございますから、大臣のいま提起されたことに付加して、その点への今後の作業に御努力をいただきたい、そういうふうに思います。 委員長ちょっと所用がございますのでこれで失礼いたします。
○吉田忠三郎君 関連。文部大臣、まだ資料がきていないというのですから、それはそれでけっこうですが、三十九年に御承知のように、この建物はオリンピックの会場として建てられておりますね。その後たいへん国家的な行事に使われている。まあ由緒ある場所になっていますよ。これは新聞によりますと、四十三年まで不動産登記を行なっていないわけですね、これは。まことにでたらめもはなはだしいもんだと思うのですよ。毎年国民の税金が補助金として出ていますね。四千万から今度の場合は八千万ということになっていますが、大蔵大臣どうですか。こういう国民の税金が補助金として出ているものに対して約四年間不動産の登記をしていない。まことに私でたらめだと思いますね。関連質問ですから、委員長あまり私は長くやりませんが——したがって、先ほど質問したように、不動産の登記面の所有者が一体だれかということを、いいですか、そうしてその名義はどこか、この点ですね。 それからこの新聞の中には、いろんなことが書かれております。時間がございませんから私は読みませんけれども、不動産銀行と契約を結んでおります。五十三年十二月までに融資を返済しなければ当然抵当に入っておりますから、所有権というものはこの銀行になるのじゃないかと私は思うんです。しかしいずれにいたしましても、いま申し上げたように不動産登記をしていないで抵当権を設定して、おそらくやこの名儀というのは、その融資を行なった銀行の名儀になって私は登記されているんじゃないかと思うんです。だとすれば、法的にこの財産は過渡的過程であるかもわかりませんけれども、売ったという、売買をしたということに私なるんじゃないかと思うんです。等々考えますというと、この関係の書類を明日までに提出を求めたい。資料の要求をいたします。
○国務大臣(坂田道太君) 承知いたしました。
○委員長(古池信三君) それでは杉原君の質疑は本日はこの程度にとどめ、残りは次会の委員会にて行ないます。 —————————————
○委員長(古池信三君) 次に、加瀬完君の質疑を行ないます。加瀬完君。
○加瀬完君 総理に伺いますが、三百人足らずの農民に対し三千人の警察官を動員しなければ執行ができないという代執行を不自然とはお感じになりませんか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 成田空港の問題はずいぶん起こったときから考えてみまして時間がかかっております。こういうのはまずないケースだと思っております。熊本県下においてのダム建設で下笙ダムと申しましたかね、これがやはり匹敵するような事件だと思いますけれども、これは何と申しましてもいなかの事柄ですが、この成田空港は首都東京に近く、また千葉市にも近いその場所においてかような事態が起きていること、私はまず現在の段階でお尋ねのように多数の警官を動員するとかガードマンを動員するとか、こういう状態はなかなか考えられない、かように私思いますが、ただこれ近いだけにいわゆる権利者がしゃんとしておりましても、応援団体その他学生——これは応援団体は別に頼んだわけじゃないでしょうが、自由にどんどんかけつけていると、こういうような事態がありますから秩序維持のためにやはり必要な状態だろうと、かように思います。とにかく私ふしぎに思いますのは、長い間この問題がなお今日かような状態で議論されているということに法治国家として、はたしてそれが守られているだろうか、このことを私ほんとうに意外に思うような次第であります。
○加瀬完君 成田の代執行のニュースはごらんをいただいたと思いますがいかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 時々ニュースは見ます。
○加瀬完君 農夫が木に自分を鎖で縛りつけて抵抗をしておるのが何回か映りましたが、ごらんをいただいて御感想はいかがですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは、私ニュースというよりも新聞の写真で見まして、一体これはどういうことなんだろうと、そうまでして法律の執行をやめさせなきゃならないのかと、やはり法治国家というものならば、そのもとにおいてはやはり法律の定むるところに従っていくと、これが本来の姿ではないかと思うわけであります。ずいぶん乱暴な話だと、かように私は見受けました。
○加瀬完君 結局ですね、常識から考えれば乱暴と思われる命を投げ出したような抵抗をしていることに農民の心理があるとすれば、自民党の中でも、この三里塚は法律問題ではない、人の生き死にの問題であるから政治的解決をはかるべきであると、こういう御意見もあるようでございますが、総理はこの御意見はおとりになりませんか。
○国務大臣(佐藤榮作君) もちろんけっこうなことですが、政治的な解決。そういうことよりも最終的にはやはり法律的な解決、それによるのが最後のよりどころではないだろうか、かように思います。政治的な扱い方とかように申しますと、どうしても納得のいきかねるような方法にならざるを得ないだろうと思います。やはり明定された法律、そのもとにおいてこういう問題が解決される、そこにまあ法治国としてのありがたみがあると、かように私は思っております。
○加瀬完君 昨日のニュースで、今井空港公団総裁の談話として、三日の代執行は甘かった、こう伝えております。その三日の状況を朝日新聞は「ギャー」という悲鳴が続く。一人が丸太ごと引倒される。手首が有刺鉄線にからまったまま泥水の中をひっぱられた。」とこう書かれております。こういう状態では甘いと、こういうことに総理もお考えになりますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) どういうような気持ちでただいまのような談話が出たか、私その関係をよく知りませんが、代執行は代執行、秩序を維持する方法はまた別にあると、やはり代執行が円滑に行なわれることが法治国としては当然のことではないだろうか。そういう意味において、やはりただいま言われるように、それを妨げるもの、これはやはり別な意味において警察問題、治安問題だと、そこまで発展していくのではないでしょうか。
○加瀬完君 そうすると、総理は代執行の遂行のためには、まあ命がなくなるとは申しませんが、この程度のけがはやむを得ないと、法律にそむくやつが悪いのだと、こういう御見解ですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 私はけががいいとか——。とにかく事故を起こさないようにと、代執行はやるが、それについては十分注意しておるつもりであります、政府といたしましては。したがって地域住民の方々も代執行は代執行として行なわすと、御協力願いたいと、かように私は心から思っております。ただいま言われるように、代執行を行なうためにけが人が出てもやむを得ないとか、これは当然だとか、さような乱暴なことは申しません。
○加瀬完君 今後の土地取得についても同様な代執行の態勢をおとりになりますか。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただいまのやり方でこの代執行以外に方法がない。空港はぜひとも早い目に整備しなければ、いまの需要に応ずることができないと、かように考えて、最終的な段階としての代執行がいま行なわれておるのです。さようなことを考えますと、この道が早まったとは私考えておりませんので、代執行はやっぱりやらざるを得ないと、かように思っております。
○加瀬完君 国家公安委員長に伺いますが、三里塚での警察官の行動の法的根拠は何ですか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答え申し上げます。 代執行に伴う警備活動の基本方針について申し上げます。代執行に対しましては、これを妨害する者があり、不法事案の発生が予想される場合や、代執行現場において個人の生命、身体及び財産の保護を要する場合は、警察は独自な判断に基づき、警察本来の責務を果たすため、出動、警戒に当たり、それぞれの事態に応じ、警察官職務執行法、その他の諸規定に基づき、適宜適切な警告、制止、避難等、所要の措置を講ずることとしております。特に本件の場合、一部の過激分子の違法行為に対しては厳正な態度で臨むとともに、つとめて彼我双方及び第三者にけが人等を出さないことを警備の基本方針として、慎重かつ適切に対処してまいっておるところであります。
○加瀬完君 二十五日には、すわって弁当を食べている者まで検束されている。すわって弁当食べていることが威力業務妨害ということになりますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 政府委員からお答え申し上げます。
○政府委員(山口廣司君) 私どもの承知いたしておるところでは、そういう事実はございません。ブルドーザーの前にすわってその作業を妨害したということで、威力業務妨害で検挙をいたしております。
○加瀬完君 私は現場で見ましたから。そういうものではない、すわって弁当を食べている者まで検束している。さらにこれは新聞に出ておりますが、「サク越しに白いジュラルミンのタテが何回もうちおろされるのが見える。」こういう報道がある。ヘルメットをはがして、ヘルメットのない頭をたてでなぐったりこづいたりしておる事実があります。これが一体正当な警察官の行為と認められますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答えいたします。投石や竹やり等で妨害が激しかったからだと思います。
○加瀬完君 警察庁、それでいいですか。白いジュラルミンのたてでヘルメットをはずしてその頭をなぐったりこづいたりするということは過剰行為にはなりませんか。そういうことは過剰行為だと書いてあるんじゃないですか。
○政府委員(山口廣司君) いままで私どもが現場で押収いたしました竹やりの数、これはもう数百本にのぼっております。それからきょうなども火災びん九十本が使われております。そういうような状況のもとにおいていろいろなことが起こったと思いますが、私どもはあくまで全体として考えた場合に、先ほど公安委員長から御答弁を申し上げましたように、たいへん抵抗が激しいという状況があるもとで行なわれたことであると思います。
○加瀬完君 抵抗が激しい状況のところではないですよ。警察官の制圧の中に入った者をヘルメットを取ってなぐったりこづいたりしている。事実を調べて、また報告をしてください。 さらに伺いますが、警察官は代執行者でございますか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答えいたします。 代執行とは関係ございません。
○加瀬完君 代執行と関係ない者が代執行の対象物件を押収したり撤去したりすることは違法ではありませんか。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) そういうことがあったとすれば違法であります。
○加瀬完君 事実ございましたので、十分調査の上、この代執行を警察官によって行なわれたものは取り消しをしてください。 とにかく三月三日の代執行には二百余人のけが人が出ております。こういう状態を回避をすることが私は先決であろうと思いますけれども、けが人が輩出しても代執行を強行するということでは、まだとりでは全部落ちておりませんから、不測の事態で死人が出るという心配もございます。人が死んでもかまわないという御態度では警察も政府もないと確認してよろしゅうございますね。 この点は十分注意をされると考えてよろしゅうございますね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) お答えいたします。もちろんでございます。
○加瀬完君 では法を守ることは政府の側も国民の側も同じであると考えてよろしいですね。
○国務大臣(荒木萬壽夫君) 仰せのとおりであります。
○加瀬完君 それでは成田空港にかかる政府の進め方はすべて合法妥当とお認めになりますか。これは運輸大臣に伺います。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 合法妥当であります。
○加瀬完君 航空法改正前によれば、地元住民の意思を十分聞いて空港の位置をきめるとありまして、法の改正後も行政慣行としてこれは貫くということを運輸省はたびたび答弁をされておる。成田の場合この手続きがとられておりますか。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 当時の事情は私詳しくいたしませんので、政府委員をして答弁させます。
○政府委員(内村信行君) 飛行場の設置でございますけれども……。
○加瀬完君 いや、とられておるかおらないかだけ答えてくれればいい。
○政府委員(内村信行君) おると思います。
○加瀬完君 思いますじゃなくて、それはとられていますかいませんか。
○政府委員(内村信行君) おります。
○加瀬完君 住民の意思をどういうふうにいつ聞いた、お答えをいただきます。
○政府委員(内村信行君) 公聴会によってやっております。
○加瀬完君 あなたのほうの前の航空局長が成田の市長だけにしか聞いていないということを明確にしているんですよ。 それではさらに次を伺います。航空法三十九条はどう運用されましたか。
○政府委員(内村信行君) 航空法三十九条でございますけれども、公団の場合には第五十五条の三によりまして、三十九条というものは準用されております。その第二項も準用されておりますので、それによって公聴会をやっております。
○加瀬完君 三十九条全体だ、各号どう運用されておりますか。
○政府委員(内村信行君) 第一号、二号及び五号、特に問題になるのは五号だと存じます。五号につきましては、「申請者が、その敷地について所有権その他の使用の権原を有するか、又はこれを確実に取得することができると認められること。」とございます。先生おっしゃるのは、その確実に取得するということが見込まれたかどうかということであろうかと存じます。この点につきましては、前々から法制局の話がございましたけれども、この方法につきましてはまず法的に達成手段があるかどうか、それから、達成することが可能であるかどうか、こういった点が問題でございまして、この方法につきましては、法的に考えますと、契約という方法、それから土地収用という方法、この二とおりがございます。それによりまして、契約によるものが大部分、それから若干残ったものも土地収用法の要件に該当するということから、それによってやっておるわけでございます。
○加瀬完君 四十八国会で法制局は、三十九条五号について申し上げますならば、空港敷地を確実に取得できると認められることの条件が整わない、そういうことであるならばもちろん空港の認可はできませんと答えておる。成田の場合三十九条五の条件が満ちていますか。
○政府委員(内村信行君) 充足していると認めたわけでございます。
○加瀬完君 確実な取得ができないから、代執行がああいう状態の中で繰り返されるんじゃありませんか。確実に取得されておりますか、敷地が。
○政府委員(内村信行君) 先ほどお話し申し上げましたように、その取得の方法としては、土地収用法による収用、それには代執行も入ってまいると思いますが、そういうことも含んであるというふうに感じます。
○加瀬完君 四年もたってまだ何分の一かが残るという状態で確実な取得の見込みが立ったと言われますか。
○政府委員(内村信行君) これは四年たったということはございますけれども、それはわれわれが、公団並びに県当局でございますが、説得に説得を重ね、できるだけ合意の上でいこうということを重ねたために日がたったわけでございまして、それで相当大部分の方が合意されておりました。なお、残った若干の方々がおられましたので、やむを得ず代執行になったと思います。
○加瀬完君 法制局長官に伺いますが、確実な取得というのは一〇〇%の期待権だというお答えがあった。そこで、その取得の見込みがあるかないかという時点は、いつ一体時点として考えるわけですか。四年たった、五年たった、十年たった、取得するまでこれは永久に延長して見込みがあるという解釈が成り立ちますか。
○政府委員(高辻正巳君) 加瀬委員の仰せになる論点は、実は私も含めまして何べんかお答えをしているはずでございます。航空局からもお話がありましたように契約で取得する場合それから土地収用という手段で取得する場合、その後段の場合についてのお尋ねでございますが、これはむろん、たしかあれは計画書を提出して審査をするということだったと思いますが、その際における見込みでむろんあっていいことだと思います。ただし、それはあくまでも法律上の問題でありまして、その際に土地収用法の要件に概当し、そうして土地収用法の手続が進行し、それによって取得される見込みがあればむろんいいのでありまして、常に法律の執行に当たっては法律の適正な運用を前提としてものを考えることは当然のことでありまして、それに対して、何といいますか、国政上の一つの手段に対して実力をもって抵抗するというようなことがその場合に勘定に入らないことは、これは当然だと思います。
○加瀬完君 適正な運用というなら、政府のほうにまだ問題がある。大体、建設省は一部分の反対者以外に多数の反対者がある物件に対して収用法を適用した、そういう運用をしたためしがない。適正なる運用というならば、あれだけの反対に収用法を適用するそのことが問題だ。それから計画をするその時点で取得できるかどうかという見込みを立てるとするならば、計画をして満四年たってできなければ確実な取得の見込みというものに対しては政府もやはり反省すべきである、当然じゃありませんか。それが適正なる運用じゃありませんか。——私の言うことが正しいから答えられませんよ。それが違っているとは。 次に移りますよ。一坪運動がきのう問題になりましたので、私のほうでも見解を申し上げます。一坪運動は非合法ですか、長官。
○政府委員(高辻正巳君) 一坪運動というものについてのお尋ねですが、一坪運動、要するに一坪についての所有権の取得をして、これに対して登記をしというようなこと自体、これが法律上違反しているということはないと思いますが、しかし、それは何のためにしているかという点の考慮が当然払われなければならぬと思いますが、それはやはり土地収用法の手続に対する一つの抵抗運動ではないか。これは私は断言することははばかりますけれども、そうではないかというような考え方もあり得るのではないかと思います。
○加瀬完君 それはあとで触れます。そこで、一坪運動以外のまだ未取得の面積は幾らですか。
○参考人(今井栄文君) お答えいたします。第一期工事区域における未買収地域の全体でございますが、これは面積として七・四六ヘクタールでございます。それから第二期につきまして申し上げますと、やや詳しく申し上げますが、一坪運動並びに団結小屋等を含めまして件数で三十三件一・四五ヘクタールでございまして、それ以外に個人所有の土地あるいは若干の共有地を含むかもわかりませんけれども、いわゆる一坪運動でない未買収地の面積は全体で七十六・九ヘクタール、こういうことになっております。
○加瀬完君 これだけ残っておって確実に取得したという認定が下せますか。いわゆる一坪地主は二千二百四十七人でありますね。きのう八田さんが発言をした社会党だけではありませんよ。社会党でないものが二千人以上もいるわけです。そこで一坪運動の主宰者は社会党ではないのです。反対派の農民なんですよ。どうしてこういう一坪運動が起こったかと申しますと、政府が確実に取得もできないような法律の満たない条件にありながら、ごり押しにやってまいりますから、暴力も使わずに対抗するためには一坪運動ということで政府に反省を促す以外にないということで、これは生まれたわけです。社会党はこの農民の生活権を擁護するために個人的に参加をしているに過ぎない。ただし、政府が航空法の趣旨を尊重して、住民の意思を聞くべく住民との話し合いの態度に立ち返ることを、われわれは願っているわけでございますから、工事をいたずらに遅延させることが目的ではございませんので、政府の反省の刺激剤に一坪運動を私どもは認めているということを、ここに明らかにしておきます。しかしこういう、公団も、政府も、いわゆる一坪運動の地主に対して何の交渉もいままでないではありませんか。ございますか。——公団でもいい。
○参考人(今井栄文君) 一坪運動の共有者は全体で千三百名前後という多数に上っております。これは反対同盟から出された関係人全体の数を土地収用委員会の事務局で精査した結果、しぼってなおかつ千三百名前後になっておるわけでございまして、これらの方々の中には遠く京都におられる方、あるいはまた静岡におられる方というふうな、各地におられる方々もおるわけでございまして、私どもとして、それらの人に全部に対して交渉するということはいたしておりません。というのは、一坪運動というのは、形式的には合法的だと私は思いますけれども、実体が空港建設に反対するというふうなお立場で、いうなれば戦術的に共有しておられるところが私は一坪運動だと思います。したがいまして、従来でも私どもは反対同盟の方々とでき得る限り接触の機会を持ちたいと努力いたしたのでございますけれども、とうていそういうふうな意図でお持ちになった方々との間に話し合いは妥結することが非常にむずかしい、という認識に立っておるわけでございます。
○加瀬完君 きのうも運輸大臣は、一部国会議員が反対運動に参加していると、こうおっしゃった。同じことをいま総裁おっしゃった。社会党は空港そのものに反対をした覚えはございませんよ。三里塚では多くの農地をつぶし、かつ代替地の対策も立たないので、このままでは生活権の略奪になる。内陸空港はSST時代には適さないので海面空港が望ましい。どうしても三里塚というならば、農民と話し合い、納得の上できめるべきであると、たびたび提言しているんじゃありませんか。これは委員会においても、個人的にもあなた方には何回も言っている。大臣も御存じでしょう、総裁も御存じでしょう。しかし、この社会党の主張に一度でも耳を傾けたことがございますか。あるいは党派を越えて空港問題を考えようという態度を一回でもあなた方とったことがありますか。自分の怠慢をたなに上げて、一坪運動で空港ができないなどというのはもってのほかだ、訂正しなさい。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 加瀬さんも問題点はよく御承知でありますから、私よりこの問題には前から関係していらっしゃいましたから、明らかに御存じでありますが、私は運輸委員会を通じ、あるいは個人的にもこの問題について、空港を建設するという前提で、いわゆる三里塚を中心とした地帯に、それはもう話し合う、条件等の問題については十分に話し合う考えはある。政治的解決というのは、どういう意味か知りませんけれども、問題はやっぱりいまの空港情勢から考えて、何としてもできるだけ早い機会に空港ができなければ、日本の国際空港における、いわゆる地位も下がる状態でありますからして、したがって、これは一日も早くつくりたい。であるから、この成田新空港を建設することについて、それを前提として、そしてその他の条件等について話し合うというのであるなれば、いつでも話し合いましょう。また事実木原代議士は、まあ大臣がそういうような柔軟な考えであるならば地元の諸君とも話してみて、もし話しするような機会があるなれば話しますかと言うから、喜んで私はお話ししましよう、ただ初めっからここに空港をつくっちゃ困ると、こういうことであるなれば、それはできません。ということは、政府は相当の年月をかかってこの東京を中心とした地帯を幾つかの点のコースを調べた結果、ここ以外に適当なところはないと、こういう方針をきめたのであるからして、この成田空港をやめてどこかほかにつくれと、こういう前提では、話し合うことは、むずかしい、かように申し上げて、決して話し合いをしないわけではないわけでありますことは、御承知のとおりであります。
○加瀬完君 代執行を中止して話し合うべきではないかという提言も、これは県も政府も受け入れていただけなかったわけでございます。そのわれわれの主張といままでの政府のやり方については、いずれ時間をたっぷりとれる他の委員会で論及をいたします。 あらためて伺いますが、政府は——これは総理に伺います——いかなるときにも主権者の意思を無視することはないと考えてよろしゅうございますね。
○国務大臣(佐藤榮作君) 大事なことがちょっと聞こえなかったのですが、どういうことですか。権利者……。
○加瀬完君 主権者。
○国務大臣(佐藤榮作君) 権利者……主権者…。
○加瀬完君 国民の意思と言ってもいい。国民の意思を全然無視するというお考えはございませんでしょう。
○国務大臣(佐藤榮作君) これは意思は尊重するという、そういう立場で取り組んでおります。しかし、全部を納得さすことができない場合がございます。ただいまの強制執行、代執行等はそのいい例でございます。これはどうもそこまでは聞けないからどうしても政府はやるという、こういうことで対立しておるわけでございます。先ほど来その場でいろいろこの予算委員会の席上加瀬君もそれは話していいんだと、こういうお話でございますから、たしか所有者でいらっしゃるように思いますから、ひとつとくとお話を願って、そうしてそんなにめちゃくちゃにがんばるのじゃないのだというお話も、よく私先ほど来聞いておるので徹底いたしておりますから、これはまたそうあるだろうと私も思います。将来の利便のことを考えると、やはり成田に空港ができることに御賛成いただけるだろうと、かように思います。
○加瀬完君 それは待った、そこまでは私どもは申し上げない。総理大臣、重ねて伺いますが、成田空港の場合、このね、権利者の地元の住民に十分納得まださせ得るところまでにはいっておらないという点は、お認めになりますね。
○国務大臣(佐藤榮作君) 全部に納得をしてもらったと、かようには思っておりません。しかし、けさほども話ししたように、旧地主は了承したと、しかし、その土地がいわゆる一坪地主になっておる。しかももとからの成田空港建設予定地の耕作者ではないという、そういう事実は明らかになったように思います。
○加瀬完君 旧地主でも何でも買収が済めば、旧地主という権利はないわけだ。で、一坪運動だけが反対ではないですよ。まだ農家がたくさん反対している、こういうまず御認識をいただきたい。 そこで法制局長官に伺いますが、抵抗権とはいかなるものですか。
○政府委員(高辻正巳君) 抵抗権と申しますのは、おそらくフランスの人権宣言あたりに出ていた権利をさしておっしゃっていると思いますが、この抵抗権というのは、当時ルイ十六世が周辺の国々との間で戦闘を、たしか戦端を大いに開いて、フランスの国政だいぶ疲弊をいたしました。その際に、エタ・ジェネロー、いわゆる三部会というのが、その第三院が改組をいたしまして国民議会をつくったと、その国民議会がいわゆる人権宣言をつくったわけでありますが、そのときに初めて顔をあらわした権利であると思います。抵抗権というのは、とりわけ国民の意思が国政の上に反映しない、どうにもしようがないというような場合について、少なくも人権宣言の上にあらわれていたことは事実でありますが、しかし、近代憲法のもとにおいて、国民がその意思をあらゆる手段を通じて国政の上に反映することができるようになった現在においては、これは人権宣言ができた当時の抵抗権というようなものは、そのままには現在はないと言っていいと思います。
○加瀬完君 抵抗権というものは、自然法上存在しているでしょう。それで政府の違法行為に対しては、国民に保障されている権利と解していいのでしょう。
○政府委員(高辻正巳君) 非常にむずかしい問題でありますので、簡単にこの答えだけ言えとおっしゃられても実は困るものですから、ちょっとお話をしなければなりませんが、確かに抵抗権というのは人権宣言ができたころの考え方、非常に古典的な考え方で言いますと、これがやはり自然権的なものとして認められてきたことは確かでございます。しかしおっしゃいますように、これが抵抗権というのは実定法上の権利、少なくも日本の憲法その他多数の国の憲法では、実定法上の権利としては認められておりません。この抵抗権が実定法上の権利でない自然権としてこれがものを言うようになりますと、実定憲法自身をひっくり返すおそれが非常にあるものでございます。したがって、この抵抗権というものを一種の自然権的な一つのものごとの何といいますか、発展の、発達の経緯——でき上がった経緯等に照らしてこれを思うのはよろしゅうございますが、しかし抵抗権があるからといって、その国王の正当なる発言に対して、すべてにわたって抵抗するというようなことがもしかりにあれば、これは繰り返して言いますが、憲法を破壊するものである、ということになると思います。
○加瀬完君 私はそう言っていないでしょう、半分しか聞いていないね。政府の違法行為に対しては国民に保障されているこれは自然法上の権利だと、こう言っているのです。政府の違法行為に対してということをはっきり言っている。これはいまの憲法学者はみんな認めておるのです。
○政府委員(高辻正巳君) ですから申し上げましたように、抵抗権というものは国民の何といいますか、国民の意思というものが国政の上に反映しないような場合には、全く如実にその権利の作用というようなものが意味があったし、また現に認められていたと言っていいと思いますが、先ほども申しましたように、国民の意思というものが国政の上に反映すること、ができるようになった、政府の違法行為に対しては手段を尽くしてこれに対して是正を求める権利というものがある。いわゆるいろいろ請求権とかあるいは発言権とかいうようなものが整備されておりますので、そういうものをもしあなたが抵抗権とおっしゃるなら、これは現行憲法の上にあるということになります。
○加瀬完君 航空法三十九条の五号というものを政府は曲げて解釈をしている。法律的にはどうしても充たされておらない。しかし強引に空港をつくるということになれば、当然これは不法なる行為ということで、それに対する一坪運動などという抵抗権が当然発動してもよろしいはずです。そこでですね、政府のやることはみんないいことだと、農民が権利を主張することはみんな悪いことだという、こういうことではこの問題は解決できません。もっと農民の意向を聞くという政治的解決の方法をとるべきだと思うが、運輸大臣、どうですか。勉強してきて言いなさいと、おれは勉強してきているのだからな。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 三十九条の問題ですが、ただ問題は、この土地収用法による事業対象の対象になる事業である、これはもう加瀬さんも御承知のとおりであります。取得の範囲というのは、それはあの中の法律は、私は専門家じゃありませんけれども、しかしながらこれが公共、この事業が公共的な性格を持つかどうか、空港自体がですね。もう一つは、これが必要欠くべからざるものであるかどうか、また同時に、これが適正な位置においてこれが必要かどうかという問題が主でありまして、したがって、その取得の条件というものはいわゆるこの、まあとんでもないところを取るということになると、これは別問題でありますけれども、そういう事情に従っていろいろの説得をし、先ほど御承知のように七十数%までがいわゆる賛成をきれた、残りが三分の一弱であります、全体といたしまして。それらはもちろん、これはこれからも説得、いわゆる第二期工事のほうでありますが、説得をしてどうしてもできざる場合は、やっぱりこれは代執行、強制収用の対象にならざるを得ない。で強制収用の対象ということは、そういうことによって取得できるという状態、取得できるという状態がいわゆる収用法のたてまえであります。だから収用法があるということは、やはり収用によって取得する、可能であるという意味で一〇〇%取得できる、こういう状態をわれわれは考えてこういうような措置をとったわけであります。
○加瀬完君 一点非の打ちどころのないような三十九条五号の適用ということにはならないでしょう。一歩譲っても疑義がある。それから収用法の適用にしても、いままで適用をした例のない適用のしかたをしておるわけだ。だからね、これはお互いの主張だけを通しておらないで、話し合いでもっと円満な解決の道をとるべきではないか。それを違法行為がありながら、強引に相手方の権利を抹殺するようなやり方をするのは妥当ではない、と私は申し上げている。そこで、あなた方違法はないないと言うなら、代執行における第三者とは何ですか。公団でもいいですよ。
○参考人(今井栄文君) 代執行における第三者ということばがよくわかりませんですけれども、代執行の——本来明け渡し裁決また代執行の令書を受けた利害関係人は当然当事者になるわけでございまして、本来みずから明け渡すべき義務を法律上負うわけでございますが、実際に明け渡しができないために、県知事が現在代執行権者ということになっておるわけでございます。したがいまして、執行権者はその業務を遂行するにあたりまして、空港公団に対して業務の委託をいたしておるわけでございまして、現在私どもが県知事の委託に応じてその業務を遂行しておるという状況でございます。したがって、私どもも第三者ではないというふうに考えております。
○加瀬完君 あなたよく知らないね。第三者でない者に委任をすることはできないですよ。第三者とは事件または契約等の当事者でない者をいうと言うのですよ。あなた方のほうは、いま御説明のように知事から代執行の委託を受けている。あなた方は事件の関係者ですよ、当事者ですよ。代執行を受ける権限はありませんよ。
○参考人(今井栄文君) 先ほどの答弁は、私の間違いでございまして、県知事は第三者である空港公団に対して、というのは、その場合の当事者というのは、県知事とそれからその執行を命ぜられました明け渡し義務者というものが当事者になるわけでございまして、それ以外の者は第三者になるわけでございます。ただ私が、現在私どもが第三者でないというふうな言い方を申し上げましたのは、業務を受託して以後の私どもの立場を申し上げたのでございまして、業務を委託する場合におきましては、私どもは法律にいうまきに第三者であった、というふうに訂正さしていただきます。
○加瀬完君 ここでいう事件とは、土地収用手続と見るべきでしょう。その土地収用手続は、あなた方のほうが本来の主体者でしょう。土地を別の面から考えても、土地を売る者と土地を買う者、これは当事者でしょう。あなた方は土地を買う者で当然当事者でしょう。第三者ではないわけですよ。形式の上では公団は利害関係者以外としても、収用法の全体から見れば、あなた方が取れないから知事に代執行を頼んだ。本来あなた方は当事者だ。それが利害関係人でないという理由は、どこにもないですよ、これはどうですか。法制局長官、違法ですよ、こんなばかなことをやってね。
○政府委員(高辻正巳君) 加瀬委員がおっしゃいますのは、土地収用法の第三者ですか、行政代執行法と御指摘があったわけではございませんね。
○加瀬完君 公団が代執行者になれるか。
○政府委員(高辻正巳君) 本件の場合は、御承知ではありましょうが、土地収用法の百二条の二の二項の問題だと思いますが、百二条の二の二項では「都道府県知事は、起業者の請求により、行政代執行法の定めるところに従い、自ら義務者のなすべき行為をし、又は第三者をしてこれをさせることができる。」とありますが、これはいま公団の総裁の説明が間違っているようには私は思いません。
○加瀬完君 形式的には一応理屈は通りますよ。しかし、土地をほしいといった収用を申請した当事者は公団でしょう。その公団に収用を頼まれた代執行者がもう一回代執行をまかせるということが一体、妥当を欠くとは言えませんか。そんなばかな話ないですよ。
○政府委員(高辻正巳君) いまの御質疑の中にありましたように、形式的にはいいようであるがと、おっしゃいました。しかしそのあとは、妥当を欠くというふうにおっしゃいましたが、私に関する限り、一応は法律に違反するかどうかというのが、私の当面の責任者として一番関心を持つわけでありますが、それについては、別にそういうかどはなかろうと、しかし、加瀬委員の御所見は御所見として承っておきたいと思います。
○加瀬完君 あなたの形式的な解釈によって代執行をさせていることがいま訴訟になっていますね、問題になっている。違法だといって問題になっておるようなことを、何を政府が好んでそういう疑義のある方法をとらせる必要がありますか、あるいは県にそういうことをやらせる必要がありますか、おかしいでしょう。——何回答えても同じだ。
○政府委員(高辻正巳君) 全く何回答えても同じでございますが、しかし、御質疑ではございますから一応お答え申し上げなければならぬと思いますが、この政府がやらせているということがまず一つひっかかるわけですが、百二条の二の第二項、こういう場合には、都道府県知事は起業者の求めに応じてというわけで政府がやらせているわけではない。それから私は積極的にこういう解釈だということを申したわけではなくて、公団総裁の言っていること、これについて誤りがあるとは思わない。いろいろな見解がありましょうから、御指摘のような訴訟事件もあるのかもしれません。私は必ずしもつまびらかにいたしておりませんが、そういう意味で、加瀬さんの御意見も御意見として一つの御意見だろうということは先ほども申し上げたとおりであります。
○加瀬完君 代執行を申請した起業者が代執行者になるなんて、どう考えたって不自然じゃありませんか。しかし、ここは法廷じゃないですから、そんなことを言っているひまはもうなくなりましたので、最後に総理に伺います。 今回のこの成田空港のこじれている一番の原因は、土地に対する農民の見方や考え方というものに政府が十分に理解が届かなかったという点ではないかとは思いませんか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 農業者の土地に対する執着と申しますか、そういうものはこの事件ばかりではございません。あらゆる場合に随所に見受けられることでございます。したがいまして、そういう点では政府が全然無視した、こういうものではないことは、これはもうおわかりがいただけるだろうと、かように思います。私も十分それらの点については注意をしておるところでございます。
○加瀬完君 では農民の考え方に立って策が立てられたとお考えですか。
○国務大臣(佐藤榮作君) 農民の立場だけで対策が立てられたとは私は思っておりません。私は、広く日本国民の立場において対策を立てておると、かように御理解いただきます。
○加瀬完君 それは論弁ですよ。日本国民の立場に立って総理大臣政治をなさる、当然だ。しかし、成田空港の場合はそこで生活を失う者がある。それならその生活を失う農民の立場というものを第一に考えて対処をするというのが当然じゃありませんか。そういう配慮が十分あったかどうかをこれから具体的に伺います。 代替地の問題がたびたび出ておりますけれども、農民が言う土地とは一体、何だと公団の総裁はお考えですか。
○参考人(今井栄文君) 農民の方のおっしゃる代替地という意味でございますが、これは従来敷地内に住んでおられた農民の方々によって若干ニュアンスの違いがあるんではないか、特に、敷地外に出て専門に農業をやりたい、純農で進んでいきたいという方に対しては、りっぱな農地ということであろうかと思います。しかし、農業をやっていく上において、自分の家族構成であるとか、あるいは子供さんの現在の職業であるとか、いろいろな関係から、兼業農家でいきたいという方については、また兼業農家に適するような土地が代替地として希望されたわけでございまして、そういうような面で、二つないしは三つくらいの御希望があったのではないかと思います。
○加瀬完君 これは総理に御説明申し上げておきますが、兼業農家とか百姓をやめる農家に対しては、至れり尽くせりの公団は代替地を与え、対策も立てました。私が聞きたいのは、農業経営を続けたいという、現在反対している農民に、一体彼らが欲しているような土地というものをあなた方は与えたか、耕せない面積は土地ではありませんよ。政府も県も、一例を言えば、一等地と三等地ではありませんか、出しているのは。しかも、比率は一町歩に対して七反歩くらいしか出していないではありませんか。しかも、耕作条件が、畑作を田のほうに持っていったり、あるいは遠隔の地に持っていったり、そういうことしかいままで行なっていないではありませんか、どうですか。具体的に農民に、こういういい土地がありますよと、相談してくれませんかという具体的なものはありましたか。
○参考人(今井栄文君) 午前中、お答え申し上げましたように、私どもは五百ヘクタールの代替地を用意したのでございますが、純粋に農業でいきたいという方に対しては、当初から敷地内と同じような面積の配分をいたしまして、富里村等で現在農業を営んでおる方もあるわけでございます。しかしながら、先生がおっしゃるように、三町歩に対して七反歩であるとか、あるいは二町歩に対して五反歩であるとかいうような配分は、敷地内におられた方が外に代替地を求める場合に相互で相談した上で、おのおので配分いたしたわけでございます。というのは比較的成田市に希望が集中した。少し離れていけば広い土地がもらえるのだがという話もあったのですけれども、やはり成田の近郷にいたいという方が非常に多いために、従来、敷地内で耕作した面積ほどの土地を結局、配分できなかったという問題があるわけでございまして、これは強制的に県、あるいは公団が協議してきめたものではなく、代替地として用意された中から、農民の方々がそれぞれ御相談になって、おきめになって配分いたしたものでございます。
○加瀬完君 そうではないですよ。その条件賛成派の土地配分の比率は変えられないと知事も言っているのですよ。もう一点指摘するなら、農村の生活体は部落でしょう。あなた方が出しているのは、八日市場だの勝浦だの、八日市場に行ってスイカつくれますか。勝浦は三十度から四十度の傾斜地ですよ。それを一反歩を七畝、一町歩を七反歩と取りかえようということでは、農民は腹を立てこそすれ、公団の配慮というものに感謝する気持ちが起こりますか。これは政府といえども、八百年も九百年も続いている生活の紐帯をばらばらにしてもいいという権利はないと思う。
○参考人(今井栄文君) 私どもも加瀬先生と同じように、現在特に第二期工事の区域で現実に農業をやっておられる反対派の方々に対して、何でも強制的に土地をいただくというようなことは毛頭考えておりません。これは相当期間もございますし、私どもとしてはりっぱな代替地を用意して、話し合いの上でそちらへお移りをいただくということを考えておるわけです。 で、いま先生がおっしゃるように、おまえらの用意しておる代替地はろくなところはないじゃないかということであれば、反対派の方々を納得させることはおそらく困難だろうと思います。先生もおっしゃるように、現在、天神案、東峰あるいは古込、木の根というところに住んでいるいわゆる反対派の農民の方々は非常にまじめな農家の方が多いと思います。だから、こういう人たちに対しては、当然やっぱりその人たちの気に入るような代替地を用意するということで、私どもは現在県知事と折衝いたしておるわけです。
○加瀬完君 総理大臣・運輸大臣に聞いていただきたいんですがね。その県知事は昭和四十四年三月、社会党の現地対策本部長小川三男あてに、次の確認事項というものを送ってきております。その中で、代替地については「原則として部落単位に移転を図る。」「移転先は、騒音区域をさける。」「移転先は、なるべく旧市町村とすることとし、移転者の希望もきき措置したい。」「代替地の畑かん等については、そこに移転される方々の希望を聞いて措置する。」こういう約束をしている。何にもやっておらない。二年間たって何にもやっておらない。話し合おうとしたって話し合えますか、これで。とにかくじゃまものはどけという方法ですよ。これは公団総裁、あなた、知事が知事がと言うが、知事がこういう約束をしているでしょう。あなたは、これと同じ内容を私どもが国会で質問したときに、そのとおりやると言った。やっていないじゃないか。こういう怠慢で住民が腹を立てるのはあたりまえじゃありませんか。それはああいう行為が全部合法で、われわれが奨励すべきだとは考えない。しかし、こういう仕打ちをされて、土地がなければ農民は生きていかれないですよ。その土地をやるやると、うまいことを言って二年もたって何にもやらぬ。どうして一体空港に賛成できますか。
○国務大臣(橋本登美三郎君) 友納知事がさような回答をしたということはやはり真心をもって回答したと思います。ただ、希望者のほうから言うならば、先ほど総裁が言いましたように、ある地点に集中いたしますからして、一坪はやはり一坪ですから、一坪を五坪に計算するわけにまいりませんので、そういうことからして、残念ながら、その話し合いの中で、こういうようなことに「なるべく」ということばを使ってあるのも、できるだけそうしましょうという真心が十分にあらわれておると思います。しかし、これからの問題もありますからして、知事も、また総裁も、できるだけ最善の土地を、そうして営農上差しつかえないような土地を考えており、また最善の努力をしよう、こういうことを約束しているのでありますから、したがって、友納知事がうそを言ったのではなくて、ほんとうに真心からさようなこともやりたいし、また、やるつもりでやってまいったが、なかなか全体の計画の中では全部がそうは入り込まない、こういう点もあることも御了承願いたいと思います。
○加瀬完君 全体の計画の中では反対派農民ははみ出すということは、結局、反対派農民には対策なしということですよね。それでは困る。確認事項として、これだけやりますと言って二年もたっているのですから、こういうことでは困ります。しかし、ここで友納千葉県知事を責めたって、いないものはどうにもなりませんから、そこで、これは総理にあらためてお願いしたいのでございますが、農民の立場を尊重して、もう一度こういう点を考え直していただけませんか。
○国務大臣(佐藤榮作君) どうもけさほどの公団総裁が説明したことと、いま加瀬君の言われることと、ずいぶん開きがあるように思います。私はは、いま問題になっているのは、在来からいまの空港建設予定地、そこに住んでた農家の方についての救済措置をとれと、こういうことが御意思だろうと思います。先ほど来、午前中の話では、ただいまの一坪地主というものは在来からそこに住んでおったという方ではないのだ、その大部分の方が隣の村あるいはその付近から来ている。あるいはまた、その付近は林野であって、ただいま言われるように登記がかってに——農地法でかってにできるような地域じゃなさそうだ。かようなところでもあるようでございますし、それらのことを考えると、耕作者、耕作者と言われるけれども、耕作者の権利、利益、これはもちろん無視するというような考えは私はございませんが、十分地域住民の方々の権利は保護するという立場に立って国策をひとつ遂行しよう。こういうふうに考えると、そこらに何らかの妥協点はあるだろう。最後にどうしても妥協点が見つからないと、法治国ですから、法律を適用していくと、こういうことにならざるを得ないんですよ。どうも加瀬君のお話を私聞いていて、ずいぶん話が食い違っているようです。
○加瀬完君 説明が届かなかったようですから、もう一度はっきり申し上げますが、いま私が代替地を問題にしておりますのは、いわゆる一坪地主の代替地をどうこうと言っているのではございません。一坪問題ははずしていただきます。一坪をはずしても、反対者は、農業経営をしなければならない反対者はたくさんおる。これに対して、知事は二年前に約束をしておりながら、公団は答えておりながら何にもやっておらない、これを政府が責任を持って処理をしてもらいたいということを申し上げている。
○国務大臣(佐藤榮作君) いわゆる一坪地主、これは別だということでございますが、私は農業者の立場に立って、問題を誠意のある処置をとる、そういうことにやぶさかではございません。
○加瀬完君 時間がきましたので総理にもう一度念を、失礼ですが、押させていただきますが、成田空港問題を空港の賛成とか反対とかという政策の問題としてではなく、人の命にかかわる問題として対処していただけませんでしょうか。
○国務大臣(佐藤榮作君) ただ単に人の命ではない、けがもさせてはたいへんだ、かように思って私はこの問題と取り組んでおります。
○加瀬完君 お答えをいただきましたので、あとは蛇足になりますが、蜂の巣城の室原さんが、土地収用は法にかない、理にかない、情にかなわなければならないということばを残しましたけれども、客観的に見ても、三里塚は法にも疑義があれば、これが一体完全空港として将来何十年も利用できるかどうかという理の問題もあれば、まして、農民の、何にもわれわれのことは考えておらないという怨嗟の的になっておりますので、こういう点を情の解決として政治的にいろいろ農民と話し合っていただきたいと思う。これは運輸大臣、担当でございますからお願いできますか。
○国務大臣(橋本登美三郎君) いまお話しのように、十分に営農のできるような条件をしつらえてもらいたいと、こういう話し合いであるなれば、これはもちろん話し合える余地は十分にありますし、また県当局及び公団当局においても最善を尽くす考えでおるわけでありますから、ただ、ここは動けない、成田に飛行場をつくることはできないと、こういう前提では話し合う余地はありません。
○委員長(古池信三君) もう時間ですから……。
○加瀬完君 もう一、二問。
○委員長(古池信三君) それではもう一問だけ許します。加瀬君。
○加瀬完君 先ほど私どもは申し上げたはずだ、成田に空港をつくるという場合は農民の救済というものに万全を期しにくいのを一体どう解決してくれるんだと。それからここは気象条件も地質条件も何にも基本的な事前調査というものはしておらないわけですよ。SSTの時代に、あそこがはたして将来国際空港として持ち続けられるかという問題もあるので、そういう点も検討をしてもらいたい、できるならこれは海面空港を望むということで、どうしてもあそこへつくらなければならないというならば、もっと農民の対策を立てて、じっくり話し合いをしていただきたい、こういうお願いをしておるわけです。ですから、つくるなら話をする、反対なら話をしないということではだめなんで、もう一回政府は政府の考えを農民に伝えるでしょう、農民は農民の希望を政府に申し上げるでしょう、そういう話し合いの場というものをつくるべきではないか。それには、けが人がずんずん出るのに代執行は法の定めるところだから強行するということではどうにもならない。まず話し合ってもらえるかどうかと、こういう意味なんです。
○国務大臣(橋本登美三郎君) あそこが国際空港として不適当であるという加瀬さんの御意見はあなたの御意見でありますが、運輸省としては、四千メーターの滑走路については最善の検討を重ねて、ここは十分に国際空港として妥当であるという結論に立って建設をきめたわけであります。 第二の、農民の営農につきましては、もちろんこれは県当局も、また政府自身も十分に考えております。したがって、土地を、代替地をする場合においては、代替地を買った上に土地改良費というものを加えて、そして合計合わして百四十万で土地を県当局が買ったわけでありますが、それに対して九十万円でこれを売り渡すと。ただ私は、その内容におきましても先ほど来からお話がありますからして、土地はできるだけいい土地をさがす、それがために費用がかさむことについては、私は別に問題はないと思います。ただ問題は、代執行を中止してそして話し合いをやるかということになりますれば、法の命ずるところであるのみならず、われわれはそういうようなけが人は出したくないし、ああいうやじ馬あるいは学生等のことがなければもっと穏やかにいくだろうと思いますけれども、そういうようなことがありますために多少の混乱はありまするが、少なくとも今日まで長い四年間かかってここに来たのであって、きのうきょうの問題ではありませんので、したがって、代執行を中止して話し合いをするということは考えてはおりません。
○委員長(古池信三君) 以上をもって加瀬君の質疑は終了いたしました。 本日はこの程度にとどめ、明日は午後零時三十分より理事会、午後一時より委員会を開会いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時四十二分散会