文教委員会 第5号
- 発言数
- 262 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1971/02/25
会議録
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 去る二月十九日、浅井亨君、長屋茂君、矢野登君が委員を辞任され、その補欠として柏原ヤス君、永野鎮雄君、中村喜四郎君がそれぞれ選任されました。 また、二月二十三日、安永英雄君が委員を辞任され、その補欠として松澤兼人君が、同月二十四日、松澤兼人君が委員を辞任され、その補欠として安永英雄君が、それぞれ選任されました。 —————————————
○委員長(高橋文五郎君) 理事の補欠選任についておはかりいたします。 安永英雄君の委員異動に伴い、理事が一名欠員となっておりますので、この際補欠選任を行ないたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(高橋文五郎君) 御異議ないと認めます。 それでは理事に安永英雄君を指名いたします。 —————————————
○委員長(高橋文五郎君) 教育、文化及び学術に関する調査中、昭和四十六年度における文教行政の重点施策に関する件及び昭和四十六年度文部省関係予算に関する件を議題といたします。 本件について質疑のある方は、順次御発言を願います。
○大松博文君 私はきょうは体育関係、特に札幌オリンピック冬季大会について二、三の御質問をしてみたいと思うのです。 今回のこの札幌の国際冬季スポーツ大会は、これは幸い天気に恵まれて成功裏に終わったと思います。そうして明年のオリンピック冬季大会の開催にはこれによって大きい自信ができたと思いますが、大臣といたしまして、どのように今回の大会を評価するとともに、また明年のこのオリンピック大会の心づもりというものがどうであるかということをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 今度の札幌で開かれましたプレオリンピックの開会式に私も出席をいたしました。それから、その後の大会の状況は新聞あるいはテレビ等でも関心を持って見ておりました。また、いろいろ報告も受けているわけでございますがう一口に申し上げますと、プレオリンピックとしてやはり成功したというふうに思います。一つには天候に恵まれたということもございましょう。しかし、が、私たちが計画いたしました施設、設備も必ずしも十分ではなかったのでございますが、来年までまだ一年ございますから、たとえば屋内スケート場におきます音響につきましては、どうも思わしくないというような声もございましたが、しかしやはり人が一ぱい入りますとその音響も非常に回復、よくなってきておる。しかし、まあこれはやはり手直ししなければいけないというようなこともございました。 それから、あれは最終の日でございましたか、屋根に積もりました雪が落ちてきまして、けがが起きたということはまことに遺憾でございまして、この点も来年度のオリンピックの際にはそのようなことがないような配慮をしなくちゃならない。まあその他いろいろ一年かかりまして改善すべきところも多々あるかと存じますが、その意味におきましても十分自後の検討をいたしまして、来年のオリンピックには支障のないように施設、設備等について万遺憾なきを期したいというふうに考えております。 それからまた、選手の強化等もやりまして、国民の期待に十分はこたえられなかったにいたしましても、かなりの種目におきまして、たとえばアイスホッケーにしましても多大の成績をおさめたようでございまして、その他のスポーツにおきましても成績のよかったのもあるようでございます。また一面において、期待されました種目におきまして十分でなかったというような点もございますが、これまた一年間かかりまして大いに努力精進をいたしますならば、かなりの成果が期待されるのではなかろうかというふうに思っておる次第でございます。 詳細は局長からお答えいたします。
○大松博文君 次に、この運営の問題についてお伺いいたしたいと思いますが、このたびの国際冬季スポーツ大会では一応好成績を運営の面においてもあげることができたと私は思います。しかし、この冬季大会というものは天候によって左右されることが非常に多い。また、こういうことによってたいへんな事態が生じるということもございます。そして、いままでの開催国の例を見てみますと、大会運営上最良の場所というのを会場に選定しおります。それにもかかわらず大会当日には不測の事態が生じるということ、しばしば生じるというジンクスがあると私は聞いております。グルノーブルのときにも雪が不足してこれに悩まされた。またそれ以外にも豪雪とかふぶきとか、まあこういうことによって予測されない事態がしばしば生じることがあるという。ことにこの冬季大会というのはそういうことがあります。こういうことから予測しまして、雪の不足、こういう問題がよく出てきますが、こういうときの予算、またこれの対策というのはどう立てられておりますか。
○政府委員(木田宏君) いま御指摘がございましたように、冬季競技は天気次第と申しますか、天候に左右されるところが非常に多うございます。しかし、一つは、私ども考えておりますのに、毎年国民体育大会の冬季の競技大会を重ねてまいっておりまして、冬季競技のスポーツ関係者もその点ではそれなりに相当の競技大会についての経験を持っておると思うのであります。ただ、何と申しましても、オリンピックのような場合には競技種目数も非常にふえますし、また日本で初めて行なうというようなバイアスロンでありますとか、あるいはボブスレー、リュージュ等の新しい競技種目もありまして、その関係から勢い競技施設がかなり数多く多地域に広がっていく。その面の運営をまずどう整えるかということが、今回のプレオリンピックの協議運営を通じましても、もっともっと改善努力をしなければならなかった点だというふうに感じているところでございます。 最後に御指摘のございましたこの雪の多い少ないの問題によってどうなるか、これは札幌のオリンピックを準備いたしますに当りまして、いろんな面で最大の問題がやはりこの雪の問題でございます。確かに競技そのものにつきましても、雪が多過ぎてもまたたいへんな仕事になりますし、また少な過ぎましても、今回のプレでも一部そうでございましたが、恵庭のあの高い山の上に雪を持って上がりまして、そうしてコーナーに雪を張りつけるというたいへんな努力を今回の場合もいたしたわけでございます。したがいまして、雪の多い少ないは競技そのものにもたいへんな問題を課しますが、さらに観客の輸送、選手の輸送、これにたいへん大きな問題を投げかけることになりますので、現在の段階では除雪費といたしまして、組織委員会には競技施設内におきます除雪費として一億八千万を計上いたしおりますが、全体の運営上天候による不測の事態を予想いたしまして、なお三億五千万ほどの予備費を計上いたしまして、競技運営の面におきます雪の問題、除雪の問題あるいは雪が足りなかった場合の対策の問題は、組織委員会自体として万全の措置をとっております。 なおこのほか、先ほど申しましたように、選手の輸送のみならず観客の輸送、一般道路の除雪ということにつきまして、たいへんな問題があるわけでございまして、これは地元札幌市及び道の当局によって輸送上の除雪対策というものを十分に立てているところでございます。
○大松博文君 この除雪費と、また支援費がございます。この除雪費というのは機械の除雪スタッフとか、機械の借り上げ等、こういう面の除雪費であって、ほんとうに恵庭の滑降なんかで雪が足らなかったような場合、また九十メートル、それから七十メートルのジャンプ場で雪が足りなくなったような場合、これを輸送して、そしてあの上までかつぎ上げて、そして完全な状態にして競技を円満にやるということになりますと、支援費なんかも一億八千万円でございましたか、こういう経費で実際足りるのだろうか、私非常に危惧の念を抱くわけです。そしてここに予備費がございます。予備費があってもこれだけで足りるのか、足りないのか、この点非常に疑問を持っているわけです。これでだいじょうぶでしょうか。
○政府委員(木田宏君) 確かに冬季競技につきましては、この競技コースの整備にたいへんな人手が必要でございまして、私自身も従来考えても見なかったほどのたくさんの人手が実際に必要でございます。今度の。プレオリンピックの際を見ましても、実員で二千五百人ほど自衛隊からの御支援をいただきました。また、さきの冬季のスキーの国体の際にも、地元の自衛隊の関係の方々に、回転の競技コースその他の踏み固め、あるいは距離競技の整備、全部お世話になるということでございまして、来年の本番の際には自衛隊の支援隊員三千四百名余大体実員としてお願いをしておりますし、競技期間の前後を通じまして、これらの方々が協力してくださいます人員延べは約二十二万人にのぼるという想定を立てております。自衛隊の方の積極的な御協力があるからではございますけれども、それにいたしましても集結をはかったりする経費、あるいは若干の補食を差し上げたりするような経費とか、あるいは本来こういうことに使うためではございませんので、車両を動かした場合の燃料費だとか、若干の被服費だとか、そういうものを含めまして格別の御協力をいただき、一億六千万円ほどの自衛隊員に対する支援の必要経費というものを計上いたしておるわけでございます。お天気のことでございますから、これ全くやって見なければわかりません。ことしのプレオリンピックのように、北海道でかつてないことだったそうでございますけれども、完全な晴天が続いてしまいますと、予備費はかなり余るということもあるいはあり得るかもしれません。しかし、実は相当程度に雪の降ることと予定をいたしまして、いま申し上げましたような除雪費に一億八千万円のほか、さらに予備費として三億余を用意いたしておりますので、これは不測の事態が起こってどうにもならぬということが絶対にないとは申し上げかねますけれども、しかし、まず乗り切れるんではなかろうかというふうにいまのところ考えておるわけでございます。
○大松博文君 いま自衛隊の方を三千五百名一応予定に入れているというふうに言われましたが、この問のプレの大会におきましては自衛隊の支援が大体二千五百名だったと思います。そうしますと、これで一応いけるんではありましょうが、何か不測の事態、これは先ほど申しましたように、とかく冬季大会というのはそういう不測の事態が生じるジンクスがあるということを聞いておりますので、この点十分遺憾なきようしていただきたいと思います。 それから次に、運営費の中の渉外でございます。渉外の中の通訳についてひとつお聞きしたいんですが、いままでの、昨年ありました万博、それからまた夏季大会、こういうものをいままで見てきまして、経験を自分でしてきますと、とかく通訳というものははだざわりがいいと、だからして女性で美人で、こういうものをとかく集めてきて、相手に好印象を与えたらいいんだろうというような傾向に最近ありつつあります。しかし、これが半面、いままでの経験上からしてまいりましても、いい結果を及ぼしてはおります。しかし、通訳というものは、これは選手たちにとっては、ことばのわからないということは一番つらい。これが引いてはノイローゼに選手がなっていくということもございます。こういうことからいい成績をおさめられなかったということになりますと、これは非常に各国の選手に対しても申しわけない、開催国としての責任も果たせないということにも私はなってくると思いますが、特に冬季大会の通訳というもの、非常に厳寒である、寒い。そうして、また雪の中をかけめぐらなければいけないというような普通の夏季大会とか、万博というようなものとは違った形のものだ、こういうことを考えると、体力的にも相当の持久力が必要である、こういう点で通訳というものに関するお考え、そうしてまた男女の比率というものをお聞かせ願いたいのですが。この間も英語の通訳が四十九名、ドイツ語が二十一名、フランス語が十八名、それからロシア語が十二名、スペイン語が二名ということになっております。そうしてノールウェーとかフィンランド、こういうところの通訳は一人もおらなかったというので、非常にそういう国の選手が困っている。普通考えますと、こういう冬季大会の種目というものはノールウエー、フィンランドの国から始まったというにかかわらず、そこの通訳が一人もおらなかったということを思いますと、何と言っても選手が常日ごろ鍛えまして、それを発揮する場合に発揮できなかったということじゃ、この日本として大きな責任があると私は思います。この点の御見解をお伺いしたいと思うのです。
○政府委員(木田宏君) 今回のプレオリンピックの際は百三名ほどの通訳を道内を中心にして委嘱をいたしまして運営をしたわけでございますが、その点いま御指摘がありましたような若干の問題がなお残っておることに関係者も気づいたということはございます。明年のオリンピックの際には約六百名の通訳を予定いたしております。昨年の春すでにそのうち四百名は内定いたしておりまして、これは東京からも、また大阪の万博関係に経験のありますものも含めて委嘱をしており、また今後も考えるわけでございますが、残りの二百名につきましては今年の六月ごろまでに現地で一応予定人員を確認をしておきたいというふうに考えております。通訳につきましては会議その他もございますので、同時通訳のできます者を十名、それから日本語との同時通訳のできます者をそのほか加える。一般に競技会のアシスタントといたしまして、学生通訳というものが、大体五百七十名程度考えておりますが、英語で三百六十、フランス語で七十六、ドイツ語で七十六、ロシア語三十八、スペイン語二十という一応の予定はございます。ただ今回の経験にかんがみまして、北欧三国でありますとか、あるいはイタリア語等の、これらにつきましてもやはりある程度の用意をしなければならぬのではないかということは、関係者が感じておるところでございまして、この通訳につきましては、いろいろ問題がございますが、英語、フランス語等、比較的ポピュラリテーが日本でありますことば以外は、そのことば自体の習熟ということをかなり講習でも行なわなければなりませんけれども、第二番目に一般的に不なれな冬季競技についての知識を相当程度に持ってもらいませんとどうにもならぬということがございますので、競技種目別にやはり各スキー連盟、あるいはボブスレーならボブスレー、リュージュならリュージュという連盟が、割り当てられた通訳につきまして、積極的に競技についての知識と、必要なものを講習していくというふうな関係に考えておるところでございます。講師その他は大学の先生を借りるとか、あるいは民間の会話学校等に委嘱をするというようなことも考えておりますけれども、確かに高い山の上のほうまでついて行動しなければならぬというようなこともございまして、普通の社会生活の中での通訳のようなことではすみませんものですから、通訳に対する対策その他も東京の夏のオリンピックのときとは違いまして、かなり経費の面でも積極的に用意をいたしておるところでございます。
○大松博文君 通訳はプレーヤーにとって大切だということは、私もほんとにそうだと思います。よその国に参りまして、通訳がついてくれて、いろいろやっている。そうしてこういう攻撃の練習をしたいからどっか探してくれと言ったところが、あまり大きい場所は要らないから。またサーブも練習をするからコートもちょっと探してくれ、いい体育館じゃなくていいんだよと言って、行って見たところが、こんな狭いところで、これでサーブの練習ができるよといってつれていかれた。これじゃ選手はたまったものじゃない。特に冬季大会になりますと、私のようにスポーツをやってる連中でもあまりわかりません。ましてや普通の人をつれていったんじゃわからないことが多い。だから十分この内容を承知さして、そして各国のプレヤーに、ほんとに手となり足となるように教育していただきたいと思います。 それから、次に、施設設備について一応お伺いしたいんですが、一応の施設設備については、もうすでに完成されておると思います。として、今後つくられる関連の施設設備、この状況と予算の関係を御説明願いたい。
○政府委員(木田宏君) 札幌のオリンピックに使います冬季競技施設は、全部で十四施設でございまして、そのうち十三の施設がことしのプレオリンピックで一応使われるというところまでまいりました。一カ所だけ、月寒のスケート競技場というのがことし中に完成をするという予定で進んでおりますが、プレオリンピックでほとんど全部の施設を、一応来年のオリンピックのときと同じような状況で使用できるところまで、事前に態勢が整いまして、これらの施設の総経費は九十一億五千万でございまして、四十六年度には施設の整備費としては十四億の工事を残す。このほとんどは架設の経費でございます。でございますから、競技施設といたしましては全部完成をして、一度今回のプレオリンピックがテストをしたというふうに申し上げてよかろうかと思っております。四十六年度の十四億の工事費に対しまして、国の予算は五億六千八百万ほどでございますが、これはその大部分が月寒の屋内競技場と、それから組織委員会でことしじゅうにさらに最終的な整備をいたします臨時の架設費に対する補助でございまして、国の工事そのものは一つもございません。ただ、この工事の中で、プレオリンピックの経験にかんがみまして、若干指摘されました部分的な整備というものも、あわせて進める予定にいたしておりますので、本番のときまでには、今回の経験にかんがみまして十分な態勢がとれるものというふうに考えておるところでございます。
○大松博文君 選手の安全対策としての御配慮、まあこれは、この前もボブスレーのコースでいろいろなことがございまして、けがをする人もありまして、そしてこれを改修するということも一つのそれでございましょう、がもう一つまだ観衆の、観客の安全対策に十分な配慮がされておるだろうか。これはもう御承知のように、真駒内の屋内スケート場の問題がございます。これもいろいろ、私聞いてみましたところが、「札幌オリンピック冬季大会競技施設等の問題点と対策」と題して、組織委員会の事務局から四十五年十二月に出た、こういうのがございます。これを見ましても、ちょうどこのスケート場のことで、屋上落雪のため人命に危害を与えるおそれがあると指摘しております。そして、このスケートリンク場がございまして、そして、その下に防雪ひさしを、大体あのときは五メーターつくっております。それから今度は八メーター五十センチのところに木製の防雪さくをいろいろ研究したあげくつくるということになってつくりました。そのつくったときにも、なおかつこの会議のときにはそれでもまだ危険じゃなかろうか、これでもまだ危険だという意見があったにもかかわらず、そのままにしておく。そうしたところが、この競技場から二十メーターのところに雪が落ちてきた、そうしてこの大会を待ち望み喜び勇んで試合場を見に来ました子供たちが、けがまで起こすというような事態が起こりました。こういうことに対しまして、これは事務局もそうでございますが、局長のほうではこういうことに対する対策をもっと厳格に立ててもっと、そうして実施していただかなければいけないのでございますが、こういう防止対策に対するお考えをお聞きしたいと思います。
○政府委員(木田宏君) 今回のプレオリンピックの経験を通じまして出てまいりました競技施設の問題点は幾つかございます。一つは、いま御指摘がありました競技するものの側から見た施設の問題点がございまして、その一つは、御指摘のございました手稲山ボブスレーコースに若干手直しの必要があるのではないかと思います。この手稲山ボブスレーコースは、全長千八百二十メーターほどございまして、十四のカーブを平均五度の勾配度で下がってくるわけでございますが、千八百メーターを一分そこそこで、すごい勢いで一瞬の間に走り去ってしまいますが、いろいろと国際連盟の指導を受けながら、このコースを整備いたしたのでございますが、第四のカーブと第五のカーブのところで、日本の選手が多かったわけでございますが、ボブスレーの本体が外へ飛び出したというようなことが起こりました。けがもそのときに出たわけでございまして、この第四と第五のコースのところは競技運営上どうしても手直しをする必要があるということが、当時世界ボブスレー連盟の関係者とも意見交換をして、出てまいりました。これはそのカーブを適正に直すように改めるつもりでございます。また競技選手の側から見ました競技施設の問題点といたしまして、真駒内のスピードスケート場の氷が少しすべらないのじゃないか、いい記録が出ないのじゃないかという意見が一部にございました。しかし、国際連盟の関係者なり、外国の選手なりの中には、非常にいいというふうにほめていただいている面もございますけれども、でき上がった直後氷を張りました関係上、何らかの工事中の油とか、あるいは汚物が入ったのではなかろうかというような意見が出ておりまして、今回張りました氷の一部を持って参りまして、北大の低温科学研究所で氷質の検査をしてもらって、どこに原因があるかというようなことの検査にとりかかる手順をいたしております。まあ競技の側から見ました問題点としていま聞いておりますのはその二点が大きいかと思いますが、屋内競技場に氷の継ぎ目の問題が一つ出ておりまして、これもこれからどうすれば氷質がよりよくなるかという点での検討をすることにいたしております。なおもう一つ、恵庭岳の滑降のスタートのところが少し危険性があるのではないかという指摘がございまして、ことしのプレの場合には、国際連盟の指示によって一応セットいたしましたスタート地点を少し変えて運用をいたしました。これらの点は今度の経験にかんがみまして十分に整備できると思っております。 もう一つ、今度は観客のほうの側から見ました問題点でございますが、これはいま御指摘がございました昨年十二月の政府と組織委員会関係者でもちましたオリンピック対策協議会の席で幾つかの項目がかなり詳細にわたって検討されたところでございます。 一つは、大倉山の斜面の上のほうにあがってまいります傾斜地にある観客席が安全かどうかということと、そこに通じております観客の誘道路が、競技が終わっておりてくる場合にどうかというような問題がございました。今度のプレの際には、この大倉山の競技場の収容力は五万人と予定いたしておりますが、観客がそこまで入っておりませんのでいまの点の問題は具体的にはなかったわけでございますけれども、この点は、今回のように雪が少ないとよろしゅうございますけれども、雪が多くなった場合のことを多少考えまして、どうしても大倉山の斜面の一番上の観客席に通じます誘道路、これは二、三千人の使う誘道路になりますけれども、部分的ではございますが、少し拡幅をする必要があるというふうに感じております。このプレオリンピックで最大の教訓として私どもも関係者も感じておりますのは、真駒内屋内競技場の落雪になりますけが人が出たことでございまして、不幸中の幸いではございましたけれども、ことしは雪が少のうございました関係と、落ちてまいりましたもののそれほどひどい事故ではなかったということがたいへん教訓としてはありがたいというふうに思っております。これは工事の着手時期から気にしておったことでございまして、大きな積雪地帯で直径百三メーターの屋根をまん中に柱を持たないで支えるそういう屋内競技施設をつくるにはどうしたらいいかということが設計の段階からの関係者の最大の問題点でございました。積雪が多くなりますと百三メーターの丸天井をそのままどれだけ支えられるか、雪をどうしてじょうずに落とすかということが設計上の大きな問題点であったわけでございます。したがいまして、雪を上手に落とすということに関係者が気を配りまして、屋根の形も二段の十六角形のような形の屋根にいたしました。で、それに多少設計者のほうはやはり森林公園との環境に見合った外観ということを考えまして、現在でき上がったものになったわけでございます。雪が屋根から当然落ちてくる、うまく落とすということで考えておるわけでございますが、落ちる場合の雪の落ち方ということにつきまして、設計の段階からだんだんと工事が進んでまいりまして、どうしても四カ所の入り口に対しましてもう少し屋根を出す必要があるであろうというので八メーターほどの屋根を、北海道開発局の注意で、設計になかった屋根を新たに入り口のところへ突き出したかっこうでつけました。そして札幌地域の屋根から落ちてまいります雪の落ち方を見ておりますと、大体ひさしのところからその一番近い部分がすっと下へおりるという意味で、八メーターほどの安全をとっておけば大体だいじょうぶであろうというふうに考えておりました。そういうことから、今度お客様に入っていただきます場合に、さらにその六メーターほど外に、大体十五メーターくらいのところにテープを、綱を張りまして出入り口に誘導をするという観客の整理に当たったわけでございます。ところが思いがけないことでございましたが、一番てっぺんの部分に、わずかに残っておりました雪が屋根の一番中央のところから速度をつけてすうっと遠くに飛んで落ちたものでございますから、十七メーターから十八メーターほど軒先から離れた地点にジャンプして雪が落ちてまいりました。そんな関係で思いがけないけが人を出したという次第でございます。これは行事のように関係者がたくさんおりますときはまだよろしいかと思うのでございますが、平常時におきましてあの落雪が付近の関係者に思いがけないけがを与えるということなどが一番心配でございますので、この点につきましてどういう善後措置をとればいいかということを、プレオリンピックが終わりましてすぐ関係者の間で相談をいたしまして、屋内競技場につきましてはなお、先ほど大臣が申しましたように室内の音響の問題等もございますけれども、第一番の安全対策をこれからの範囲内でどうすればいいかということで、ことしの三月の雪解けのときにおきます屋根の状態その他を考えあわせながら十分に慎重を期したいと考えております。
○大松博文君 とかく東京オリンピックごろから、建築美とか外観とか、こういうことばかりに何か走り過ぎて、内容、実質——質ということには何か欠けているような傾向にある。だからして代々木のプールなんかにしましても天井の壁が落ちてくるとか、当時つくったいろいろな建物もそういう傾向にあって非常に悪評を買っているということから考えますと、今後もありますことですからして、こういう点で外観よりも内容の質をよくしたものを建てていただきたいということに私お願いする次第でございます。 それと、次には選手強化の面、これは国際冬期大会の選手の状況をいろいろ私見ておりまして、いい成績をおさめたものもあれば、だらしなかったこともある。そして、予算の面もまあまあついているように思いますが、一番私は残念に思ったのは、五十キロのレースのときに、私は新聞記者から電話がかかってきまして、三人の選手が、勝てる見込みがない、コンディションが悪い、だからして棄権をしたのだが、大松どう思うかと、こう聞いてきた。だからこれは一体どういう選手なんだといって私聞いたところが、これは強化選手だと、強化選手というのはいわば強化費を出してもらって、税金でそういう技術をみがかせてもらって、そうして国を代表して出ておる選手だ、そういう選手がそういう状態で出場しなかったということを聞いたものだから、私もあきれてしまって、びっくりしてしまって、何だそんなやつは、もう日本国民かと、私言ったのですが、あきれてものが言えません。このオリンピックというのは、昔は、出場するのに意義を感ずると言った。最近はだんだん、そこにも意義がございますが、また勝つことにも意義があるというように変わってきております。しかし、こういう選手になりますと、いかなるときにも練習時の最高のプレーができる、そして自分の健康管理というものも、試合のときには健全なるからだで出場できるというように常時心がけなければいけないのだ、どんな事情があっても。あとから私はいろいろ聞きました。しかし、それについても指導者もそういうようなからだにするとか、また出られるように健康管理をしておらなかったとしたら、私はこれはもってのほかだと思います。この内容もいろいろお聞きしたいのではございますが、来年の冬期オリンピック大会にはこういうことがないように私お願いしたいというのと、もう時間があまりございませんので、これはこれでまた御返答願います。 それとともに社会体育がございます。いまではとかく日本は学校体育だった。それが昨年から文部省の方針によりまして社会体育というほうにだんだんに移行していって、これは非常にいい傾向だと思います。これがなければ日本の将来というものは私ないだろうと思います。この点でこのこのたび社会体育に、スポーツ教室とか、また相談室とか、こういう面でいろいろ予算をつけていただいて、非常に私喜んでおります。しかしスポーツ教室とか、相談室とかただ言われても、なかなかわかりにくい。ここのところ時間がございませんから、簡単に説明していただきたいと思います。
○政府委員(木田宏君) 予定した登録した選手が出場できなかったということはたいへん残念でございます。確かに前日の健康診断で医者からストップを受けたということはあるわけでございますけれども、体調を完全に整い得なかったということは、たいへん申しわけないことだというふうに思っておりまして、この点は選手強化の関係者にも十分に当時から連絡をいたしたところでございまして、これもまたいい薬になったかと思うのでございますが、五十キロ、三十キロというのは、陸上でいえばマラソンのような長距離でございますから、私自体は、五十キロと三十キロと両方出るということはほとんど不可能なことではなかろうかと思っております。たまたま両方に登録をしておって、片一方出なかったというような選手も出たわけでございましたけれども、これもそのときの体調によって判断をした面があった。医者の指導もあったということでございます。 それから次に社会体育についてのお尋ねでございましたが、社会体育をすすめるにつきましては、結局スポーツはスポーツを行なう人の手によって、できるだけその普及、進展をはかっていくという方向をとるべきだというふうに考えまして、スポーツ団体、体育協会、各種競技団体の活動そのものを伸ばしていく、こういう基本姿勢で、ことしの予算、その他の施策も考えたわけでございます。 第一は、いまお尋ねのございましたスポーツ教室等の普及奨励をやはりスポーツ団体の手によって行なわしたいという考え方でございまして、日本体育協会及びその下部組織であります都道府県体育協会の仕事としてとりあえず各府県に四つのスポーツ教室、一スポーツ教室には五種目コースをつけて、結局四教室でございますから、二十コースで、一コースに三十人ほどの希望者を集める、こういう予定で、各県で体育協会みずからの手によってスポーツの普及活動をやっていただこうという仕事、予算にいたしたわけでございます。この経費につきましては、参加者も当然のことながら参加費を持ち寄るという前提で予算の積算をいたしております。またスポーツ教室に加盟いたします前に、市民が自分の体力に即応した競技を選びますために、どういうスポーツをどういうふうにやったらいいかというスポーツ相談事業を、これまた各府県で、スポーツ教室に関連いたしまして体育協会がスポーツ団体の活動として展開をする、こういうふうに考えております。 なお、このようにいたしまして市民に対する普及活動を各競技団体が広げていきます場合に必要なことは、指導者でございまして、指導者の養成事業をこれまた体育協会に対する補助金としてことし計上をいたしました。指導者の養成と、体育団体みずからのスポーツ活動という面を一つの柱にいたしております。 もう一つは施設でございまして、こういうスポーツ教室を市民が集まりやすい施設で開けるようにしなければならぬ。そのためには学校施設の開放という点も一面考えまして、そして学校の放課後、あるいは土曜、日曜、学校として使われない時期に外から市民が使いやすいようにするためのクラブハウスを学校に整備する。そして運動場、体育館等が使えるようにしていくという施設の整備を今回新たに進めることにいたしました。 一方、体育団体自体が国からの経費のほかにみずから積極的にスポーツ活動をするための資金を調達するという方向を促進いたしたいと考えまして、日本体育協会並びにその加盟競技団体及び都道府県体育協会等が集めます寄付金につきましては、試験研究法人と同様一定ワクについて免税の措置を新たに加えるということにいたしまして、関係法令の改正をこの四月から進める。 そういう資金面の免税対策、それから指導者の養成、教室の開設、並びにそれに必要な施設の整備、こういう方向でそれぞれわずかではございますけれども、これからの市民の中におきますスポーツ活動の普及というものを進めていく姿勢を今年度打ち出した次第でございます。
○大松博文君 大臣にお願いいたしたいのですけれども、オリンピックというのは、各国の選手が一堂に会して日ごろ鍛えた技術を競うものである。そして選手の力が遺憾なく発揮できるように、施設設備の面で、また夏の大会と異なって厳寒期であるということからして選手の健康管理、安全対策、観衆のための安全対策について考慮していただきたいということをお願いします。 最後に、もう一つだけ私お聞きしたいのは、また次の機会にもお聞きしたいと思いますが、アマチュア精神とは一体何ぞやということだけ、大臣に一言だけお聞きしたい。
○国務大臣(坂田道太君) スポーツというものを営業といいますか、そういう利益の手段として考えないということだと思います。そういう意味合いにおきまして、私は自分の体を鍛え、あるいけスポーツを通じまして心身の発展を十分やるということ、あるいはスポーツを通じまして人間関係のコミュニケーションをうまくやるということ、あるいはスポーツを通じまして国際的な親善をやるということ、そういうことがアマチュア精神、アマチュアスポーツの意義のあるところではなかろうかというふうに思います。
○大松博文君 プロとアマの相違ということについて大臣の御見解をお聞きしまして、私はこれで終わらせていただきたいと思うのでございます。
○政府委員(木田宏君) 先ほど社会体育につきまして御説明が一点落ちておりましたので、たいへん恐縮でございますが、ここでつけ加えさせていただきます。 第四番目の柱といたしまして、市民、青少年はもとより、婦人も老年もと考えておるのでございます。スポーツ活動を広げていきます場合に、けがが起こったということが問題になります。その意味でスポーツ関係者を中心にいたしまして、今般スポーツ安全協会という協会をスポーツ団体、さらには社会教育関係団体もみんな打って一丸となりまして設立をしていただきまして、それがスポーツ安全傷害保険という、団体保険でございますけれども、新規の保険を損保協会加盟十九社と一緒につくることによりましてママさんバレーでも何でもよろしいのでございます。あるいはボーイスカウトの活動その他何でもよろしいのでございますけれども、学校の管理下以外の、広く市民の中におきますスポーツ活動、社会教育活動についての傷害に対する保険を一年間一人百円ということでグループ活動としてやりました場合には全部それでカバーできるという新しい保険制度をつくりました。これも市民活動に対しましてあらゆる年齢を通じてスポーツを広げていくための一つのささえになるかと考えておる次第でございます。一言つけ加えさせていただきます。
○鈴木力君 最初に大臣にちょっとお伺いしておきたいと思います。 私、年度末人事につきまして男女の差別待遇があるということを十二月の十日に御質問申し上げまして、いろいろ私なりに手に入れた情報なんかもある程度申し上げて、そのあとの善処をお願いしたいということで終わっておったのでありますが、ところが今度文部省当局にその状況の資料を出してほしいと、これは二、三日前に頼んでおったわけでございますが、出て参りました資料というのは、教員の退職勧奨年齢調というので、五十五歳から六十五歳まで九県、そういうものと、男女による退職勧奨年齢の差、制度上の問題、それから校長と教員の退職勧奨年齢、これ一校ちょうだいいたしました。で、私は率直に最初に大臣にお伺いしたいのですけれども、私の十二月十日に申し上げた意図というものを文部省はどのようにおくみ取りいただいて聞いてくださったのか、まずそれを先に伺いたいと思います。これは大臣に伺います。
○国務大臣(坂田道太君) 先生の御質問におきまして男女の差別がないようにということはそのとおりでございます。また、その実情が把握をしておらないという点につきましては、さっそく調査をしなければならないという考え方で指示をいたしまして調べ上げたと思っております。
○鈴木力君 それから大体二カ月かかってこれだけしか調査できなかったのですか。これ局長さんでもいいです。
○政府委員(宮地茂君) 先生のほうへは、資料の点につきましては課長に先生のところへあがっていろいろ御相談するようにと申しておきまして、その結果どの程度の資料を差し上げたか、私ちょっと存じてないのですが、これは一県ずつ調べまして十七の県において事実上勧奨退職年齢に差があるということが報告を受けてわかりました。ただ、その内容について、もし御説明していないとしますれば補足して説明させていただきますが、大体におきまして、一、二歳程度の差を設けているという県が七県ございまして、三、四歳程度の差を設けているという県が二県ございまして、さらにそれ以上の差を設けておると思われる県が八県ございます。したがって、一応十七県が男女間で勧奨退職の年齢が違うということが私どものほうとしては明らかになったわけでございます。
○鈴木力君 制度上はそのとおりだと思いますがね。私が申し上げたいのは、文部省の調査でも男女の年齢比を見ると、こうでしょう。小学校の場合で言いますと十八歳から二十五歳までは、小学校で女教師が七〇%いる。二十六歳から三十五歳になると四十九%に減り、四十六歳から五十五歳になりますと三〇%になる。五十六歳以上は一五%に減る。局長さん、あたりきょろきょろしなくとも、これは局長さんのお書きになった著書の中にある。著書の中にある資料なんですよ。よそさまに聞かなくともわかるはずですよ。それから中学校の場合には十八歳から二十五歳までは五六%、そうして特に下がりまして、二十六歳から三十五歳までは二五%、三十六歳から四十五歳までが一九%、そうして五十六歳以上は一〇%になっているのですね。これは事実ですよ。私は局長さんのこの資料は貴重な資料だと思って拝見したのです。ところがさっきの局長の説明の一、二歳程度が七県で、三歳から四歳が二県、五歳から六歳が八県、十七県が差をつけておる。その他は差をつけていない。もっとも婦人教師が退職する理由は、育児のためというのも相当部分ありますから、全部が退職勧奨とは言えないけれども、そうすると、これだけの差以内で退職勧奨という事実があると思いますか、ないと思いますか。
○政府委員(宮地茂君) 先ほど先生が私どものほうの調査によって女教師が退職しておる年齢別の資料に基づいてのお話がございましたが、それと勧奨退職とは直接結びつくものではないと思っております。私どもが十七県ということを調べましたのは、女子の方々が結婚、これは教員に限りませんが、その他の職場におきましても、女の方は結婚をされるとやめて行かれる方が相当今日でも多いというようなことから、年齢別に退職者の資料というものが出ております。先生のおっしゃいます趣旨は、そういう点よりも、むしろ行政当局が女教師であるということのために何らかの勧奨を行なって退職をさせておる。これは男子にもございますが、男女の間で差等を設けてやっておる、そういうところを調べましたのが先ほど申しました十七県ということでございます。
○鈴木力君 直接関係がないとおっしゃるけれども、私は全部がそうだということは申しません。確かにいまおっしゃたように、最も多くの部分は個人の都合でやめるという事情が多いと思うのです。これは局長さんのおっしゃるとおりだと思いますですよ。ただし退職勧奨によって高給といいますか、高年齢層の婦人教師を減らそうと計画的にやっておる県もある。そういう点は文部省は御調査なさっておりますか。
○政府委員(宮地茂君) 県におきまして計画的に女教師はこれだけという目標を立ててやっておるということは、私のほうは直接承知いたしておりません。
○鈴木力君 それでは私のほうからお願いしますから鳥取県を調べてみてください。私どもの手に入った情報では、鳥取県ではこういうことになっておる。年次計画で高年齢の婦人層を首切ろうというと、口が少し悪過ぎるから、減らそうという計画ですよ。年齢四十五歳のものは九十七人を対象にという計画がちゃんと出ている。そうしてだんだんに一年ごとにずっとふえてまいりまして、そうして昭和六十三年になりますと、五十六歳というのがもうほとんどなくなる計画ですね。巧妙な仕組みに計画を立てておいて、そうしてその人数だけはその年齢の該当者に退職勧奨という形で行なっておる、そういう県がぼつぼつ出てきている。だから、制度的に何歳と何歳と上のほうでということだけでいまのような問題に対処をされますと、私が申し上げたのは、そういう形ではあまりにもい残酷なことが行なわれ過ぎておるということを、私は十二月の十日にも申し上げたはずです。だから、まず原則的に言いますと、男女の差別をつけておるということは、制度上の問題にも一つ問題があると思います。これはこの前の局長さんの答弁では、見解はと問われると、望ましくないという御答弁をちょうだいしておるわけです、確かに望ましくないと。この望ましくないということなんですが、望ましくないものを望ましいようにする手だてというものは、行政指導する必要あると思いますが、こちらのほうから伺いますが、制度上の問題については現在、文部省どういう御指導をなすっていらっしゃるのですか。
○政府委員(宮地茂君) これは別に勧奨退職という制度があるわけではございません。事実問題として行なわれておると思います。したがいまして、これはあくまでも一般に大学等では定年等をはっきりきめておられますが、これをその大学における一種の制度として、その年齢にくれば定年するということですが、勧奨退職はそういうものでございませんから、あくまでも窮極的には当人の自発的な意思によって、勧奨されても別に絶対に応じなければならないということではないと存じます。そういうものでございますが、しかし、それにしても男子教員と女子教員、これは一般的にはやはり女の方が従来からの社会的、家庭的な環境ないし条件、こういった日本独得のものかもしれませんが、そういった別に理屈ではないけれども、そういうような観点からなされておると思います。でございますので、男女の性別によって、制度としてたとえば定年制をつくって、その制度として男女の性別で区別するというようなことは、これは絶対にいけないと思う。あくまでも事実問題、しかし、事実問題としても男女について差別をする事実上の勧奨というのはよくない、そういうことでこれは毎年、人事主管課長会議等を開きましたときに、こういう男女間の差、さらによくこの委員会でも問題にもなりましたが、教員が組合に所属しておるあるいは所属していない、こういったことで、世の疑惑なり不信を招くような差別人事は行なわないようにといったようなことで、男女だけということではございませんが、あらゆる点において公正にやるようにということは、担当主管課長会議では非常に強く指導をいたしております。また、教育長会議でもそういう点については私からも申しておりますが、別に通達とか何とかは出してありませんが、そういった指導をいたしております。
○鈴木力君 そういう指導をしておっても、なかなか指導どおりいかないということなんですが、現状は何か先生たちを処分するようなときにはよく指導が徹底するけれども、こういう問題は徹底しないというのは、少し文部省の権威にかかわるのじゃありませんか。また、いまのは冗談にしてもいいですけれども、制度か制度でないかという法律論といいますか、それはいまの局長さんのおっしゃるとおりだと思うのですね。しかし、たとえば文部省が調査をすると、一歳ないし二歳の差がついておる県は七県、あるいは五歳から六歳が八県とこう出てくるというのは事実上ということではなくて、もうその県は正確に言えば慣習とでも言いましょうか、そういうことになるかもしらぬけれども、もう制度化されておるわけですね。初めからもう男子と女子の間に五ないし六歳の差をつけて退職勧奨するのだということになっておる。しかも正直に言いまして、この年齢の差というものは上限を言うのですから、最高でも、たとえば先にありますように、五十五歳から五十六歳と、こう言ってありますのは、そうしますとかりに五十六歳をとりますと、五ないし六歳の差というのは、男子が五十六歳、婦人教師は五十歳、こういうことになるでしょう、こういうことが制度であるとかないとかという言い方は別としましても、事実上行なわれておる。これがやはり一つの指導としてまずなくすということが、これは私はどう考えてみても望ましいことではないどころの騒ぎじゃなくて、特にこの婦人教師という数の上からいいましても、大体いまの教育の上に占めておる役割りからいいましても、このままほうっておくべきことじゃないと私は思うのです。そういう意味で指導なさっていらっしゃるということはいま伺いましたけれども、私が聞きたいのは、指導しておるという答弁よりも指導した実績を期待するわけでありますから、いまこの勧奨が行なわれている最中でありますからして、特に最も激しくなるのは来月でありますから、いまから手を打って、こういう点の解消に努力をしてもらいたい。この点についてはひとつこれだけを、これはもう大臣も聞いていただきたいのですが、強く御要望申し上げておきたい。 その次に、上限ではなしに、この前の十二月十日にも申し上げたのですけれども、退職勧奨のしかたですね。おそらく文部省では調査なさっていらっしゃらないと思うから、受けたある先生の記録を私がいま御披露申し上げますから聞いていただきたい。ここにたくさんありますが、全部披露すると、九十分ではとてもかないませんから、二、三の例を申し上げます。 この先生は五十歳、そうしてある県の中心学校におる。昔の付属小学校の先生で、書道につきましては文検をとっており、高等学校の教員の資格試験をみずからとるというような優秀な婦人の先生です。ところがこの先生が、まず第一回目は昭和四十三年に退職勧奨を受けた。四十八歳のときです。二月下旬に県の教育委員会から校長が退職勧奨状を持ってまいりまして、そのときは校長さんはよく考えるように言っただけだった。二日たって、校長さんからやめる意思がないかともう一度聞かれた。そこで、生活上の問題等もあるので、もう少しつとめさせてくれと頼んだ。ところが、主人が校長の採用試験を受けておる、おまえがやめないと校長になれないかもしれないから相談をしてみたらどうだということを言われました。よろしいですか。そこで、自分がやめて、ほんとうに主人が校長に採用されなかったら元も子もないと思うので、もう少し考えさせてくれということを頼んでおきましたら、三月十五日になったら校長さんから——これは校長さんを通じてという意味です。もうおまえの主人は校長にはなれないと宣言をされた。すなおに退職勧奨に応じないということが理由だと思う。そこで、この先生は、そのときに、そういうことなら頭をひっぱたかれてもやめないと決意をした、私どもにそういう訴えがきている。ところが、そのあと、三月十九日に卒業式をやっているところへ市の学校教育課長が来た。そうして式が終わったら話したい。ちょうど六年生の担任だったから、謝恩会の行事があるので待ってくれと言ったら、五時ごろに来いと言われた。行った場所はある旅館だった。旅館で、暖房のない部屋でその課長と向かい合って、どうしておまえこれでもやめないかという勧奨を受けた。それからまたずっとありますが、申し上げると長くなる。結末は、通勤できないところに転任していいか、そういうことなんです。そして三月二十七日に——まあしかし、この先生は、自分は幸運だったと言っているのは、何とかすれば通勤できる学校であったから、私は仲間の皆さんより幸運ではありましたと、こう書いてある。こういうものが毎年、毎年何べんもくるのです。私は十二月十日に申し上げたのもこういうことを申し上げたわけです。 それから一般的に言いますと、いまのようにだんなさんを校長にするからおまえやめろという言い方が一つある。この前にも申し上げたのですが、子供さんを採用してやるからやめろという言い方が一つの型なんです。何かの取引だ、そうなってまいりますと。それからこの前に申し上げたのですけれども、管理職の主人とか教育委員会につとめている主人とか、そういう行政側にいる人たちの奥さんがねらわれる。そういう人がねらわれるというのは、だんなさまがそういう立場にあるので、いやと言わせまいということでくるということは、よく手の内はわかるのですけれども、それにしても私はどうも納得できない。こういうことが行なわれておって、逆に言えばどうかというと、われわれから見れば有能だと思う先生が、それではやむを得ませんと言ってやめていく、そういう傾向が非常に強くなっている。これは私は十二月にいろいろ事情を申し上げた。私はほんとうに文部省に調査をしていただきたかったのは、こういうことを調査していただきたかったのです。先生方を苦しめておるいわば不当と言いたいぐらいな退職勧奨というものが行なわれておる。人権問題だと思います、これは。これはもう何べんくどく申し上げても文部省ではその調査をなさっていらっしゃらないと思うから、蒸し返しても意味がないと思います。これも私は特に小さなこととしないで、これらの問題についての取り組みをぜひひとつお願いしたいと思います。どういう形でやるかということまで私は口は出しませんけれども、少なくともほんとうに納得できるような人事行政というものをやっていただきたい。これは大臣にも聞いていただきまして、人事のことについては、そっちの担当局がやるというふうなことだけでもっていかれると、今後の初等教育には非常に大きな問題が残ると思います。そういう意味で私は要望しておきたいと思います。 その次に人事行政で、これも十二月十日に申し上げたんですけれども、どうもいま私のところにぼちぼち入ってくる声では、ほとんど下のほうは変わっていないんですが、広域人事行政による夫婦別居の強制、これもこの前の十二月十日にも申し上げました。この実情については文部省は調査なさいましたか。
○政府委員(宮地茂君) 夫婦が教師をしておられる場合に別居になっておられる形だけは、これは調査をすれば出てくると思いますが、先生の御趣旨の、たとえば人事行政につきまして、先ほどある先生が勧奨された、その経過においては夫が校長になるとかなれないとかいったそういう勧奨の過程の、いわば、先生が取引とかやりとりとかおっしゃいましたそういうことは、ちょっと調査をしても出てこないと思うんです。したがいまして、先生の御趣旨はわかるのでございますが、夫婦別居になっておる形だけの数字を調べても、むしろそうではなくて、別居をしておっても、別に別居を反対しない方も中にはありましょうし、別居をした中で何がゆえに別居になってきたか、いろいろその経緯というものはちょっと調査のしようが、私のほう実はつかみたいんですけれども、こういうことはちょっと数字になりませんし、結局一人一人の先生方に調査書を出して聞くという以外にできないんじゃないかといったようなことで、事実上先生のおっしゃる趣旨の実情を把握する調査はいたしておりません。
○鈴木力君 夫婦別居を好きでやっている人があるんですか。これはやむを得ないと思って出ているだけの話ですよ。数だけでも調べてくださいよ。各県ごとにどういう現状になっているか、これは数を見ていただければわかると思います。数を調べても無意味だという局長のお話は、どうも納得できないんです。そんなものじゃないと思う。もっとも中にはいないほうがいいというおやじもいないわけじゃありませんけれども、それは局長思いあたるかどうかわからないけれども、一般的には夫婦というのは同居をして家を構成するのがほんとうです。それでもがまんできると、がまんできないという範囲がありますがね。 そこで、私はこういう極端なことを言うようですけれども、私の県の岩手県の岩泉中学校の及川文子さんという先生が自殺したことは文部省は聞いていますか。
○政府委員(宮地茂君) 及川さんという方のことをちょっと聞いておりません。 それから先ほど私夫婦別居を喜んでするということを言ったわけじゃございませんで、別居しておられる方には、御主人が校長さんになって他校へ転任していく、奥さんは、子供さんがその辺の学校へ行っておるからということで、まあついていければいいんでしょうけれども、御主人についていかないということで、さほど、別居ということじゃなくて、そういう御主人が校長になって行かれるとか、そういう形もありましょうという気持ちで申し上げました。決して別居を大いに喜んでしておる人があるという意味で申したのじゃございませんから、その点を……。
○鈴木力君 しかし、おそらくこういう事件は県教委へも報告されておると思いますけれども、これは別に聞いていないのがけしからぬとも言いませんよ、言いませんが、これは去年のできごとですけれども、岩泉というのは岩手県でチベットと言われる地域です。この人の本拠地は県南の江刺というところですが、結婚して八年間、だんなさんと一緒に暮らしたことがない。何べんも転任願い出しても、どうにもしてくれない。ノイローゼになりまして、子供さん二人を道連れにして、三人、親子心中をした。これは極端な例だ、例外だと文部省であるいは言うかもしれませんけれども、私は、いまの現状を見ますと、第二のこの人が続々出るような気がしてならない。これは岩手県ばかりでありませんよ。たとえば、局長がいま言われた、それは本音だと思いますよ。校長になるんだからしかたがない、別居をするんだ——。何も別居しなければ校長になれないというはずのものでもないじゃないですか。どんなに広域行政が必要だといいましても、別居にしても、少なくとも一週間に一ぺんは帰ってくるとか、あるいは、何かがあったら、子供が病気になったら帰れるとか、そういう配慮の人事異動があってもいいじゃないかということを、私は十二月十日にも話をしたはずです。ところが、それを数を調べても意味がないと言われてしまうと、どうも私は、文部省もこの人事行政にはきわめて愛情がないという態度。これは県の教育委員会もそうです。あまりにも最近機械的だと、どこを見ましてもそういう感じがしてならないんですよ。退職勧奨のやり方でも、何名というノルマを与えられると、何べんでもしつこくやってとうとうやめさせるというやり方をするし、あるいは管外人事というものを、これも何名というノルマを与えられると、もう家庭の事情がどうだろうが何だろうが、そんなことおかまいなしに、機械的に、事務的に全部やってしまう。こういう形の人事行政をやっておってほんとうにいい教育ができるだろうかということが私はいま心配でならない。私は、しかし、広域人事行政を初めから悪いとは言いやしませんよ、それは。そしてまた、教師である限り、というか、いまのような現状である限り、だれもがみんな自分の第一希望地で勤務できるとも思っていませんですよ。これは当然——当然と言うとまたこっちが逆ですけれども、しようがないことが幾らもあるはずだ。それにしても、ということなんですよ。それにしても、もう少しゆとりのあるといいますか、愛情のあるといいますか、配慮のある人事行政というものがどうしてできないものだろうか。それは非常によくやられている県もあります。やられていない県もある。したがって、私は、このこともまだ調査もなさっていらっしゃらないとすれば、これは全国的に、数でもいいから調べてみていただきたい、この別居の状況をですね。そうして何年間別居をさせられておるのか、あるいはどれだけの距離のところにどうやられておるのか、そういう実態調査はできるはずです。まずそれを調査してみていただきたい。それからなお、これから四月までに行なわれる異動でいろんな問題があると思います。これに私どもにも多少は訴えにもくると思いますから、場合によれば、そういう資料をまた文部省にも差し上げるということもしたいと思います。何らかの形でまともな人事行政というものにもう戻すということがいま大事だとこう思いますので、この点もひとつ御要望を申し上げておきたいと思うのです。これは調査をした上でさらに善処をお願いしたい。 この人事行政につきましては、いまの退職勧奨と、それからこの夫婦別居の解消、これは私はいま男女差別を解消するということと、夫婦別居という、やむを得ないものはしょうがないし、あるいは本人がそれでもがまんできるというものもあるのだけれども、やっぱり正常な姿に——全部なくすということができるとは思いませんけれども、正常な姿に戻すという努力はぜひお願いしたいと思うんです。まとめて、これは大臣にひとつ御答弁をしておいていただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 先ほど来鈴木さんのお話をよく聞いておったわけでございますが、まず人事行政というものは教育のかなめであると思います。非常に大事なことでございまして、男女差別した退職勧奨というようなことが行なわれてならないことは申すまでもないわけでございますが、しかし、現実としてはいろいろの事情でそういうようなことになっておる。この点についてはおりあるごとにわれわれは指導を続けておるわけでございますけれども、しかし十分でないというような点については、今後とも重ねて努力をしていきたいというふうに考えます。 それから夫婦別居の調査でございますが、これはやはり、どの程度できますかは別といたしまして、私たちのほうで一ぺんやってみたいと考えております。やり方等につきましては、ひとつ検討をこちらにおまかせをいただきたいと思うわけでございます。 それから、まあ戦後新しい教育委員会制度になりまして、文部省はあんまり中央集権的な指導を実はやっておらない。そして、直接的な個々の問題については、やはり県の教育委員会の責任においてやるというのが実はたてまえになっております。たてまえになっておりますが、しかし、たとえばきょう御指摘になりましたような問題は、やはり国会で御論議をいただいて、われわれが十分そういうかなめ、かなめについては文部省が責任を持って県の教育委員会をして指導をしていくという体制がなければならぬというふうに私は考えて、その責任を痛感するものでございます。たとえば夫婦別居の問題につきましてもそうでございます。こまかいところについてはなかなか文部省は把握ができないと思いますけれども、しかし、こういう実態が具体的に示されました以上は、われわれもできるだけこれを調査をして明らかにし、そういう実態があるならば、一体どういうふうに今後それをなくするようにするか。それで、いま鈴木さんもちゃんとお認めのとおりに、そうは言ってもやはり限界はあるのだと、全部が全部解消しろと言ったってそういうことはできないということかと思いますが、しかし、やはり常識的な程度までには改善をする必要があるのじゃないかというふうに私も思うのです。 それからもう一つは、やはり県の人事行政そのものにつきましても、戦後新しい制度になって、本人の同意がなければもう全然いけない、こういうたてまえもありまして、昔でございますと、わりあいその点はもうはっきりしておったわけです。しかし、そのことがまた本人の意思に全然反して、そうしてかってに一方の管理者の立場だけでこうやったという弊害もあったわけです。ところが、そこが今度は本人の意思尊重ということがもう絶対だということになりますと、全然これが動かない。動かない結果としてこういうような現象も実は出てきておる。ここのところが実際上の問題として非常にむずかしいところです。だから、お互いが、先生方も良識を持ち、また教育委員会で人事行政を扱うものも良識を持ち、学校長も良識を持ちということでいかないと、先生のおっしゃるような常識的な程度における人事行政というものは行なえないのじゃないだろうかというふうに私も思うのです。 先生のおっしゃることはよくわかりました。私たちのところでできるだけのことをいたしたいというふうに思っております。
○鈴木力君 いま大臣のおっしゃることでやっていただければ、その常識の限界ということは私にもわかっていることでございます。本人の意思だって客観的に見てむちゃな意思でも何でもそれを尊重せよとまで私が言うわけじゃない。常識的に教師が納得できるような、教師がというよりも、だれが見ても納得できるような人事行政に取り戻さなければいけない、こういうことを申し上げ、確かに中央集権的にやってもらっては困るという原則はそうなんです。最近見ると、ほんとのことを言いますと、やってもらいたくないことを中央集権的にやってもらって、やるべきことはどうも手を抜いているというふうに見えてしようがありません。これは私の感想だけ申し上げます。 そこで、これは中央集権だという意味で申し上げるわけじゃありませんが、今年度も力点を置かれておる研修計画についてお伺いいたしたいと思います。文部省からも資料をちょうだいしまして、だいぶ研修を盛んにおやりになる。中身についてはいろいろ議論があると思いますけれども、まず私はその問題きょうは抜きにいたしまして、お伺いをいたしたいのは、資料ちょうだいいたしましたのは、中央研修会と、それから初中局初等教育課の都道府県研修会の実施状況、それから新規採用教員の研修の実施計画、これのことをお伺いしましたが、これ以外に教職員を対象にしている研修はありませんか。
○政府委員(宮地茂君) 研修は、先生御承知のように、文部省が主催いたしましたり、あるいは都道府県、市町村でやったり、いろんな形がございますが、文部省で把握し得ますものは、文部省主催なり、委嘱てしおる研修と、それから補助金を出しておりますもの等でございます。項目だけ申し上げますと、文部省主催のものでは校長等の中央研修、中堅教員中央研修、さらにそのほか、各事項ごとになりますが、情報処理教員講座、これは情報処理教育の重要性にかんがみまして、そういうことを担当する教員の研修でございますが、それや司書教諭の養成講座、さらに生徒指導とか、道徳とか、カウンセラーとかいったようなものの教科の研修、それから機能訓練、教育機器理科現代化、こういうような、各教科の中でもまたさらに細分化されたような、そういう専門的な研修、こういったようなものを主催いたしております。 それから、補助を出しておりますものは、これは昨年度からでございますが、都道府県で新規採用教員に対しましての研修の補助。それから、地方でやります校長さん方や一般の先生方のいわゆる地方研修といわれるもの。このようなものが補助金で出されております。さらにそのほか市町村、都道府県で独自の、いろんな一日、二日の研修等もあろうと思いますが、その詳細につきましては把握いたしておりません。数字的に何カ所、何回といったような計数としては承知いたしておりません。
○鈴木力君 それはひとつめんどうだと思いますけれども、私はこういう観点でいまお伺いしているんですよ。まあ研修の意味というのはいろいろありますから、文部省で一番お気に入りの相良教授の研修という説もありますし、さまざまありますから、きょう、あとの時間ではそこまで言うつもりはありませんけれども、一体教員の研修というのはどういう形でやれば効果があがるのかということなんですね。 そうすると、私の考えを先に申し上げまして、そこで、あとでまたいろいろ御意見を伺いたいんです。いろいろな形で、中身のいい悪いは別にして、やり方だけ言いますと、いまのような、文部省が主催をして一つのものをやる、あるいは県の教育委員会がやる。だれか教育学界の権威のある人が何かを指導する、そういうことは確かに一つの節としてあると思うんですね、私は。ただしそこにだけやはり研修をもしされていらっしゃるならたいへんなことなんであって、そういうことが生かされるかどうかということが日常の教師の生活であると私は思うんです。私が考えるのは、これは私が教師をした経験からもそうです。県視学が来て、何か言ってくれたことになるほどと思ったことはあまり記憶にない。そうじゃなしに、自分が仕事をしながら学んでいくところにほんとうの教師としての何かを求めていくものがある。だから、講習会とか研修会とかいうことを無意味と私は言いませんよ。それが日常の教師の生活にどう結びつくかという配慮、これがない限り、研修というのは意味がないじゃないかということを言ってるんです。 そこで、そういうような配慮をいまの文部省の研修計画あるいは研修の指導の場合に、どうなさっていらっしゃるのかということをひとつ伺いたいんです。
○政府委員(宮地茂君) これは申し上げるまでもございませんが、私ども主催をしたり補助金を出したりといいますものは、大体そういう機会を与えるということでございますが、何としましても、そういう研修を受けられる教師の方々が、研修をしたい、勉強したいという意欲がなければ、これは根本的に問題にならないと思います。したがいまして、研修は何といっても教師の方々が自主的に自分の一番やりたい、必要だと思う点を自主研修なさるということが一番重要なことと思います。そういうことでございますが、しかし一面におきまして、やはり自主研修したいといっても、機会がなければなかなかできにくいという面もありましょうから、そういう意味で、機会の提供をいたしております。 それからさらに、これは機会の提供をしたりあるいは教師が自主的に研修されたり、どちらにも通ずるわけでございますが、研修の施設設備の充実といったようなことが必要であろうと思います。さらに、文部省等で研修の機会を提供して、文部省主催の研修会をやります場合に、一応これは主催者としてある計画は立てますが、やはり受講される教師の方々の意に沿わないもの、ただ命令で、行けということでは実が上がらないであろうというようなことで、私ども機会を提供し、一応のプランは立てますが、受講される方々の意思を相当尊重して、研修のいわゆるカリキュラムも、そのようなことで編成していく、こういうようなことをやっております。 先生の御質問の御趣旨があるいはいまのお答えで不十分かとも思いますが、文部省が主催したからといって、何でも一方的にこちらの考えどおりを押しつけるんだという点は厳に戒めて、受講をされる方を中心にという配慮で従来からつとめてはおります。
○鈴木力君 やっぱりね、局長、気になると思うんで、そこをぼくは聞いてないとさっきから言ってるんですよ、あとで別の機会に時間をかけてやるから。何か、文部省の一方的なものを盛んに気になさっているところにぼくは、気になさることがあると思うんですよ。一応そういう機会もある、中身は別だと私は言っておるんですからね、中身の問題はあとにして、そうじゃなくて、聞かないことを言うというところはどうも気にかかることがほんとうはありますけれども、これはまあ、あとの機会にします。 ただ、聞くところによりますと、去年一カ年間で——去年というか本年度です、何でも十万人くらいが研修に動員をされた。これは実は日本教育新聞がそういう記事を出しているんですがね。確かにそういう形、それくらいにはなると思うんですよ。そういう十万人の人たちが、できれば全員が参加されれば一番いいんだけれども、そういう機会を与えたものが教師の研修に結びつくような現状にいまなっているのかということなんです、私が一番心配するのは。はっきり言えば定数でもそうですよ。一体、いま小学校の六学級の学校に先生が何人いると思いますか。
○政府委員(宮地茂君) 六学級ですと、一学級ごとに一人と、それから校長とさらに専科と申しましょうか、そういったようなことのできる教師を含めまして、六学級で八名という計算になっております。
○鈴木力君 六学級八名というのは、大体どちらもそうですね。そして校長さんと大体教頭さんですよ。あと学級担任が六人。そこで、かりに新採用教員の研修があって、その先生が行くと校長さんは外回りが忙しいからとてもじゃないが授業担当はできない。それから小学校の場合に、学級担任制でやって、よその人が行って三日間教えよう。としたってこれは教育ができない。けがさせないように子守している程度の、そういう現状にあるでしょう。そういう現状にしておいて、研修、研修と機会を与えれば先生たちは研修になるんだと考えているところに私はどうもお役所的なところがあるような気がしてならない。この辺はどうなんですか。
○政府委員(宮地茂君) 新規採用教員の例をおとりになられましたが、私ども新採用教員の研修ということは、大学を出られて教師としての免許状は取られるわけですが、しかしながら、直接子供を教える学校の仕事というものは、大学を卒業して直ちに教壇にお立ちになるという前に、やはり学校の教師としての必要な諸般のとりあえずの研修をなさることが必要であろう。これはいろんな職場におきましても、特に新規採用の職員の研修、講習といったようなものはほとんどの職場でやられておられます。こういったようなことから、この新規採用教員の研修についての補助金を出しました。大体これは全国で二万人くらいな数だと思います。その場合、私どもが示しましたのはいま先生がおっしゃいましたような点もありましょうから、四月一日に発令をすれば、四月の五日か六日に学校が始まるところが多いわけですが、ですから四月一日から五日ないし一週間ぐらいを研修にして、小規模学校に赴任される先生に対して、子供の教育上支障がないように、さらに夏休み等を利用して研修するようにといった、あるいは示し方としては非常にこまか過ぎると思われるぐらいな示し方をいたしまして、新規採用教員の補助金は配賦いたしております。そういうことで、新規採用は全国共通一斉でございましたが、その他各県でおやりになられます場合、いろんな名目の研修はございますが、その先生方が非常に長期になるというような場合は、定数上もこれは一県当たり十名前後であったと思いますが、研修に教師が参加するというようなことから、それだけの定数上の措置も県全体としてはする、十分ではございませんが、そういう措置を講じております。したがいまして、先生のおっしゃる意味が先ほどやっとわかりましたが、研修の機会を与えるなら、研修を受けに行ってその留守中、子供の教育に支障のないように定数上の措置をせよという、まあ、そういう御趣旨のように承ります。そういうことで研修をいたします場合に、機械的に割り当てるということじゃなくて、先ほど十万人とおっしゃいましたが、十万人参加しておりますか、どうですか。その中には市町村や県でやります二日、三日というようなものもあろうと思いますが、できる限り夏休み等を利用し、さらに教師がお互いにくふうし合って子供の教育に支障のない、そういうことを十分頭に置いて研修が開かれるということは各県等にも十分そのことは指導もいたしておりますし、先ほど新規採用教員について申し上げましたようなこまかい指示までいたしておるわけでございます。まあ、十分ではございませんでしょうが、そのような配慮はかねてからいたしております。
○鈴木力君 十分ではございませんがという、そこなんです、問題は。まあ定数の問題だと……これはほんとうに定数の問題だと思いますよ。いまかりに小学校六学級の場合と私が言ったのは、例にあげるわけですが、そうして新卒というといけないけれども、新規採用の先生を四月の初めに教育をするということですね。これだって、こまかいことで恐縮なんですけれども、もう少し配慮すべきなんです。学校がスタートするときに、先生がそろっていないときにスタートするような……それで教え込んでから送り出せばいいのだという考え方もあるけれども、スタートするときに先生がそろっておって、そうしてある程度その学校が回り出した中でやりくりして研修をするとか、そういう配慮がどうしてできないものだろうかということなんです、私の言うことは。どうしても機械的になり過ぎる。と同時に、この定員の問題ですが、一つの県に十人おらないということはゼロと同じことですよ、学校では。大体一つの県で研修に出ておる先生たちが全体で平均どれだけありますか。かりに年間十万人参加という、この数字は当たっても当たらなくてもいいけれども、かりに八万としたところが、平均にしたら一万人こえておるじゃありませんか。四十六都道府県だから平均二万人でしょう。二万人の人が研修を受ける、そういう状況のときに、十人各県に配当したから研修の機会は心配がない。十分だというけれども、これは一つのやり方だというようなことでは、私はせっかくこの研修ということを考えられて金をかけてやることが、どうもあまり生きてこないという感じなんです、気持ちは。と申しますのは、定員の問題が出たからついでに申し上げすすが、いまの小学校なら小学校の六学級の学校で、これは定数のところでやればいいのですけれども、一体先生たちはどういう生活をしておるかということですよ。一週間に三十何時間も授業を持っておるでしょう。毎日六時間ぐらい授業しましょう。午後の二時ないし三時までは授業ですよね。それから掃除の指導だとかなんだとかいう雑務をやると、どこで日常教材研究をやる時間があるのですか。先生たちが全部そろっておっても毎日追いかけられているのです。そういう現状のときに、教育的言えば、だから、いま小学校の先生でも一番大事な授業時間外の生徒の接触の時間というのは、これは取り上げられているみたいで、ばたばたばたばたしていますよ。中学でも同様です。そういうところに何人か、ある期間とめて研修をしてやりましたからといって、その研修をしたことが生きるのかどうか。しないよりいいといえばそれまでの話ですよね。だから、私は大臣にも聞いていただきたいのは、いますぐはもちろんできないけれども、しかし定数問題につきましては、五カ年計画や何とかいっておらないで、ほんとうに深刻な問題として、要するに文部省が取り組むべきだ。そういうことがあって、研修計画というものが私は生かされてくると思うのです。したがって、十人ということがあったとすれば、私は発想としてはいいと思う。研修のカバーをするための人を配置するという発想はいい発想だと思うが、これをもっともっと量的にも充実をさしていって、せっかくやり出す研修というものを生かしていくように、日常の教師の生活の中にそれが結びつくような学校環境をつくるということを、これをひとつ大いに努力をしてもらいたいということです。これはひとつそれだけを申し上げます。 次に、研修計画で補助金を出していらっしゃるのですが、たとえば文部省が直接に東京でやられる、四週間、五回実施で九百十七人やられた。その研修にくる人たちに対する旅費といいますか、手当といいますか、これは一人どれだけ出ているのですか。
○政府委員(宮地茂君) この研修のための参加旅費というのは積算いたしておりませんが、義務教育費の中で教師の旅費計算は積算いたしております。大体二万幾らであったと思いますが、まことに恐縮ですが、はっきりした数字はお待ちいただきたいと思います。一万六千円の旅費計算、全員につきまして一人一万六千円の計算で義務教育費の中に積算いたしております。それからこの研修は、大体平均いたしまして、町村等でやるものも含めまして、四年に一人の人が研修に出るといった実態になっておりますから、一万六千円が全員という計算いたしておりますので、一万六千円そのものは少なうございますが、研修は全員が毎年必ずというような研修の機会になっておりませんから、従来からの実績にかんがみてほぼそれで足りると思います。
○鈴木力君 ちょっと私、納得できないのです、いまの答弁ですね。かりに新潟県から新潟県の先生がきて、オリンピック青少年センターですか、そこで四週間の研修を受けて帰る。これらの費用はどれくらいになりますか。これらも一万六千円ですか、新潟から来る人も。
○政府委員(宮地茂君) この研修に対しての経費ということじゃございませんで、文部省としては、義務教育国庫負担金の中で、教師一人当たり一万六千円という旅費で積算をしてあるということでございます。その財源でそれぞれの研修に先生方が出てくるということですから、新潟から東京へ出てきて、四週間おって、それで一万六千円で足りるという計算ではございません。
○鈴木力君 そうすると一体、この研修に来た人たちがどれだけの旅費を持ってきておるのか、文部省は調べていないのですね。
○政府委員(宮地茂君) その計算はもちろんございますが、まことに失礼ですが、いま手元にその数字を持っていませんから、すぐ調べますから、四、五分御猶予願いたいと思います。
○鈴木力君 それではこれは調べてみてください。かりに新潟の先生が研修に来たら、幾ら旅費をもらうのかですね。 それでは、これはあと回しにいたしまして、もう一つ研修について伺いたいのは、時間もあれですから、研修とかかわりのある研究指定校の運営について伺いたい。文部省直轄の研究指定校は、幾つございますか。
○政府委員(宮地茂君) 集計をいたしておりませんが、多少こまかく申し上げますと、小学校、教育課程研究指定校五十八校、道徳教育研究推進校二百七十四校、僻地教育研究指定校四十六校、同和教育研究指定校六十校、幼稚園教育課程研究指定校四十四校、それから中学校、教育課程研究指定校二十校、これは一般研究です。それから教育機器研究指定校、中学校二十二校、生徒児童研究推進校、中学校百十七校、それから高等学校は、普通科関係の教育課程研究指定校七校、それから職業教育関係で二十一校、特殊教育の教育課程研究指定校二十三校、以上でございます。ちょっと集計した数字持ちません。
○鈴木力君 この研究指定校に対しての費用は、一校当たりどれだけ出しているのか。
○政府委員(宮地茂君) それぞれによって若干違いますが、小学校等は、先ほど申しました教育課程、道徳、僻地教育、同和、こういったものは、大体一校五万円程度でございます。それから中学校の生徒児童研究推進が六万六千円、それから高等学校のほうの教育課程は九万五千円、大体そういった程度でございます。
○鈴木力君 研究費が小学校より高等学校が高くなるという理論的根拠はどこなんです。
○政府委員(宮地茂君) いま申しました五万ないし九万、これらの積算は、謝金、旅費、資料整備費、大体そういう形になっておりますが、謝金と旅費はほとんど同じでございますが、資料費というのが高等学校のほうが若干高く積算いたしております。これは高等関係の資料経費が若干中学校関係よりも高いということによるものと思います。参考書等そういったようなものの一般の定価等が若干高くなっておるという結果でございます。
○鈴木力君 どうもよくわからないんですけれども、一年間研究指定校にして研究を委嘱して五万円で一体何ができるんですかね。実際どれだけかかっていると思いますか。
○政府委員(宮地茂君) 文部省で研究指定校にいたします場合に、文部省だけというよりも都道府県の協力を得てその研究指定校の研究成果を調べ、また活用するといったような観点から、ほぼ同額が県から支出されております。したがいまして、先ほど申しました金額の倍額とおとりいただけばいいかと思います。
○鈴木力君 それいまの御答弁間違いないですね。
○政府委員(宮地茂君) はい。
○鈴木力君 全部文部省の研究指定校は県費が半額入っているのは間違いないんですな。文部省の研究指定校には、その同額が県のほうから金が出ていると、これ間違いありませんね。
○政府委員(宮地茂君) 一校一校につきましてはちょっと資料を持ち合わせませんが、一般的にはほぼ同額が県から出ておると、もし御必要ございますれば、まことに恐縮ですがこの金額は、はっきりした金額を後ほどお出しいたします。
○鈴木力君 一般的なことを言っているんじゃありませんでね、私は研究指定校になった学校の身になってものを聞いているわけですよ。かりに十万円だとしても、道徳なら道徳の研究指定校になってどれだけのことをやるかということは御存じですか。——まあいいです。あまりこまかいから局長御存じなくてもまあやむを得ないと思いますけれどもね。
○政府委員(宮地茂君) 道徳につきましては——これは道徳に限りませんが、それぞれ研究テーマを、主題を文部省のほうで設定いたしまして、県が学校当局等とその問題について検討いたして、その主題の趣旨に沿ったテーマで研究してもらっております。したがいまして、道徳でございますと、これはたとえば北海道で小学校の道徳研究指定校三校ございますが、ある学校は教育課程における資料の活用、次の学校は全体計画の再検討、一時間の指導課程のパターンを破り資料の有効な活用、さらに次の学校は内面化を深める道徳の時間の指導、特に効果的な指導課程を求めて、こういったようにそれぞれの学校に非常に種類の多いと申しますか、観点を若干変えた道徳についての研究テーマを与えて、これで研究をしていただいております。
○鈴木力君 それで、その研究テーマはいいのですけれどもね、テーマをもらうでしょう、そうすると先生たちが何べんかミーティングをやりながらそれから研究にとりかかるわけです。そうしてやって最終的には研究の成果をまとめてプリントにして、あるいは研究指定校だからそれを近所に公開をして、そして文部省からもどなたか行って公開をやって返事をして、これが例でしょう。そのプリント代だけでも大体の学校でぼくが聞いた限りでは十五、六万円はかかっております、プリント代だけでも。そうすると、先生たちの旅費とかいろいろな形のことを文部省は言うけれども、そういうところのしわ寄せというものはその学校の日常の運営費をものすごく食っておる、あるいはPTAからいろいろな形で寄付を求めたり、この研究指定校というようなものが文部省からいったために非常に財政的に困っている学校が多い。先生たちだって資料の一冊も自分でも買いたいと思うけれどもその資料費さえろくにきていない。大体五万円——かりに局長がおっしゃるように県費合わして十万円として、十万円で一つのテーマが研究できると思うのですが、いま。そこで、私はこれ局長にも申し上げたいし文部大臣にも聞いてもらいたいのですがね、こういう中途はんぱなことをやってあっちにもこちっにも研究指定校幾つつくったというのが文部省の行政的に何かの基準があるなら別だけれども、私はこれを思い切って相当研究指定校を減らして、そのかわり指定校にはあまり迷惑をかけないような、金ももう少しつぎ込むとか、あるいは指導の人ももう少し多くできるように、ほんとうに文部省の直轄の研究指定校ならそれらしいような、あまり負担をかけないように切りかえたらどうかということなんです。こうずっと数をたくさん並べていくといかにも仕事をしているようだけれども、それが全部現場にしわ寄せになっている。ただし父母のほうはまだ正直ですよ。うちの学校が文部省の指定校になったそうだ、名誉なことだから一人幾らくらい出しましょうなんというようなことでやっている。しかし、これは私は正常な姿じゃないと思うんです。半分に減らすなり三分の一に減らすなり——私は研究指定校をやめろと言っているわけじゃないのですよ。やるなら中途はんぱなことをやらずにしっかりしたものをやったらどうだということですよ。どうです、文部大臣、御見解は。
○国務大臣(坂田道太君) 先ほど来のお話を聞いておりまして、この中央研修あるいはまた県の教育委員会主催でやります研修、かなり行なわれておる、そしてそれは実際定員が非常に窮屈な中においてあれだけのものをもしやったとして、そのしわ寄せが実際の毎日の学校の教育活動にどういう影響といいますか、場合によっては支障ということがあるかということは、やはり一ぺんこのあたりで検討してみる必要があるような実は感想を持ったのです、率直のところ。というのは、文部省で計画しておりますものは文部省で計画しておるだけで考えたがるものですね。ところが実態は県でやっているものもある、市町村の末端の教育委員会でやっているものもある、そうすると実際の各学校ではかなりな人がたえずどこかへ行っている、こういうことになるんじゃないのか、先生のお話を聞いていてそういうような気がするのです。しかし、私自身としてはそれを把握しておりません。しかし、これはきょうの話を聞いておりまして、ちょっと把握をしてみる必要があるんじゃないかというふうに思います。将来は、おっしゃるように、定員も相当に前向きに改正をいたして、そして研修活動も活発にやるということも必要なんですけれども、しかし、あんまりそれが現在研修研修といって、一体研修は何のためにやるのかという先生の基本的な御質問にも答えなきゃならないので、私自身もそう思うんですよ。先生自身がほんとうに毎日自分の足らざるところを補い、そしてそれをやるというそういう基本的な自主的な気持ちがない限り、教育者としては成り立たないし、そしてまたそういう気持ちがないところに幾らこういう計画をして引張っていきましても実際の効果はなかなかあがらないんじゃないかというふうに私は思います。しかしながら、やはり人間は、非常にりっぱな人間もおりますけれども、意思の弱い私みたいなものもおるわけでございまして、たえず刺激があったり、あるいは何かの計画があったりすることによってやはりみずからを省み、さらに奮起しということもこれあたりまえなことなんで、やはりそうあるべきではあるけれども、人間はやはり弱いんですから、ある程度の刺激があり、中央研修あるいは県の教育委員会の研修というようなこともあることによって、教師みずからが奮起をして研修をするということにもつながっていくわけなので、ただそれがあまりにも機械的に画一的になって、はたしてその効果はどうかということについては、このあたりで一ぺん研修そのものについて考えてみようというふうに私は思います。 それから、この研究指定校の問題も、私も相当あっちこっちを回わりましたけれども、研究指定校の内容を聞いたことは実はなかったんです。これは鈴木さんきょういい御質問をしていただきましたので、私も現場へ行ってよく話を聞いてみたいと思います。そうして、今度は下から、われわれのやっておることが、非常にわれわれは一生懸命やっているつもりなんだけれども、非常に善意でやっておるんだけれども、はたしてそれが教育効果をあげておるのかどうなのか。そして、一体研究指定校のお金がこれで十分なのかどうなのか。あるいは、むしろお話しのように、狭めても充実したほうがやり方があるいはベターかもしれない。あるいは、そうじゃなくして、鈴木さんのおっしゃるのは杞憂であったというなら幸いですけれども、あるいはそうでないのかもしれない。その辺も一ぺん私はうちの局を通じまして調べますと同時に、私も一ぺん現場の人方のお話も聞いてみたい、かように思うわけでございます。
○鈴木力君 大臣の御答弁がりっぱなものですから、私の申し上げた気持ちはわかってもらえたと思うです。私はやっぱり現場の先生たちは研究意欲はあると思うんですよ。一〇〇%どうかと一人一人の点検をしたわけではないけれども、一番学校訪問をして身にこたえるのは、おまえ議員になっているが、何とかわれわれに研究るす時間を与えるような定数をとってくれということが、これが一番深刻な教師の願いです。勉強するひまはないんだ、教材研究をするひまはないんだというのが教師の言い分ですよ。それから研究指定校は一生懸命でやっておる。やっておるけれども、とてもじゃないが公開授業ひとつやるにも三十万もかかるのに、五万円しか金をもらえない。校長さんだって容易じゃないという校長さんのぐちが聞こえるのです。先生たちは本を欲しそうだし、あるいはどこか学校を見てもきたいし、それに対してどう答えればいいのだという校長さんの苦悩も聞こえるのです。だから、私はこういうのはやめろというんじゃないんですよ。やめろというんじゃないが、数を減らしてそういう苦痛をできるだけ与えないようにする。それから、欲ばったと言われれば欲ばりかもしれぬけれども、相当程度の資料も買えて研究できるような、そういうものでやってみたら、小学校かりに五十八あるなら、これを十校なり二十校なりに減らしてみて、その予算をそこに有効に使って見るということが、有効な教育行政ではないかということを提案をしたかったわけです。それで、あと時間もないのですけれども、さっきの調査できましたか。
○政府委員(宮地茂君) 新潟の例をお出しになられましたのですが、一応の私どもの積算は岡山県あたりが全国の中心的な計算であろうということで、積算しているようでございますが、交通費が一万二千三百二十円、それから中堅のほうは四十日間の研修を中央でやっておりますから、四十日間で一日七百円で約二万八千円——三万円弱の滞在費で、合計いたしまして四万千七百二十円、こういう積算でいたしております。ちなみに教員定数といたしましては、教師、小学校で一人の教員二十六時間、中学校で二十四時間授業担当ということになります。現在の定数積算上授業担当は何時間かという基礎は二十六時間と二十四時間、そういう計算でございます。
○鈴木力君 教員定数で言いますと、文部省は平均とればいいんですよ。しかし学級の担任は平均じゃ授業できないんです。六年生の一週間の授業時間は二十六時間です。だから、実際のところからぼくが言っているのですからね。平均じゃいけませんですよ。帳尻りで教育はできないのですからね。その辺はひとつ検討していただきたいし、それからいまの旅費の問題については、これは数字を聞きましたけれども、もし岡山から東京に来て二週間滞在して帰った場合に、文部省の方だったら旅費は幾ら出ますか。成規の旅費規定でですよ。
○政府委員(宮地茂君) ちょっと計算させますから時間を貸していただきたと思います。 それから、先ほど鈴木先生のおっしゃいました、たしか私どもが文部省で教員の定数、あるいは授業時間、これはもちろん学校は何県何村の何小学校ということで一々それぞれの何万という学校一校づつ積み上げてやるのが、これは一番いい方法かとも思いますが、やっぱり文部省でそこまではできません。したがいまして、やはりこれは官庁の予算積算もそうですが、係員から局長、次官、大臣まで旅費が若干づつ違うわけですけれども、総じまして旅費計算上の積算は中堅のところで一人何万円といったようなはじき方をして、あとはそれをそれぞれ運用においてやるということでございます。したがいまして、文部省といたしましては一応定数は県の総ワクとして積算しますし、したがって県としてはその平均したワクで、文部省が積算しますのをもとに個々の市町村に割り当て、市町村としては何村の何小学校ということで運用にあたっていただくわけでございまして、先生のおっしゃる意味もわかりますが、文部省としての旅費計算、予算積算、定数というのは一応そういう形、いまのような形、もちろんくふうはこらしますけれども、その点は御理解賜わりたいというような感じがいたしております。
○鈴木力君 もう時間ないから、その計算はよろしいのです。少なくとも文部省としてその積算のつくり方はわかります。つくり方はわかるが、いまの教員旅費が足りないということをわかってもらわなければ困ると思う。こういう帳簿で計算して、それだけの割り当てだからそれでやっていきますということでは、正規の旅費規定でいったら一日七百円という滞在旅費はないはずです。それはもちろんあそこの安いところに、青少年センターに泊まるからといいましょうけれども、日当とか嘱託料とか宿泊費以外のものもつくはずです。そういうものも、教師にはなくてもいいんだと皆さんが考えているところに、教師の社会的の地位なんということを言ってもらいたくないという気持ちですよ、私は。もう少しまともな待遇をしてもらって研修でも何でもやってほしい。それを私は要望申し上げる。 それから最後に、時間が過ぎたから恐縮ですけれども、お願いしておきますが、別のことでちょっと必要なんですけれども、次の資料をひとつお願いしたいのです。僻地の市町村の財政力指数、これは財政力の指数が二〇%未満と二〇%以上四〇%未満がどんな状況になっているかですね。これは僻地に指定されている市町村の数を調べて資料をひとつお願いしたい。それから僻地に勤務しておる教職員の平均給与、これは年間総額であります。それからある僻地のバス・ボートの年間の運営費、どれだけになっているか、これはあとでよろしゅうございますからこれをお願いしておきたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) いまおっしゃいました資料につきましては、できる限りの資料を整えたいと思います。 なお先ほど私七百円と申しましたのは、実はこの文部省でやります中央研修は御殿場の「青年の家」それからオリンピック青少年センターを使っております。御殿場の「青年の家」は宿泊費は要りません。宿泊料はただでございます。そういうことで実際にあった積算をしておりますので、一般の旅費計算とは違っておりますことを御了承いただきたいと思います。
○鈴木力君 それではもう一つ聞いておきますよ。この中央研修に文部省から派遣された人も同じ旅費ですか、これは実際に出たものをあとで出してください。
○内田善利君 私はきょうは特殊教育を中心にして質問したいわけですが、その前に教科書について、いままでいろいろ論議されてまいっておりますが、私も二、三疑問点がありますのでそれをお聞きして、はっきりしてから本論に入りたい、このように思います。 大臣の所信表明の中に「初等中等教育の改善充実について」という項で、「教育内容の改善につきましては、新年度から新しい小学校学習指導要領を実施することといたしておりますが、さきの国会において制定、改正された公害関係法律の趣旨を考慮して、公害に関する教育をより一そう充実させるために、小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領を一部修正いたしました。」とありますが、この件については前本委員会でも質疑、が行なわれておりますけれども、もう一つ私が疑問に思いますことは、これは部分的に非常に重箱の隅をつっつくような意味で質問するわけじゃありませんが、小学校の社会科教科書の5年の下ですけれども、これは「災害とのたたかい」というところなんですが、どうもこの「災害」と……。
○国務大臣(坂田道太君) 先生、どこの発行所ですか、ちょっと……。
○内田善利君 これは大阪書籍です。大阪書籍の六八ページ、六九ページですけれども、「災害とのたたかい」というところですが、この「災害」と公害との——公害ということにも問題があると思いますけれども、災害と公害との区別をどのように考えられておるのか、まずこの点お聞きしたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) いま先生がお示しになられました「小学社会5年上」大阪書籍六八ページの「災害」でございますが、これはいわゆる自然災害で、天災地変といった従来からの考え方の自然災害でございます。と申しますのは、この公害につきましては、一応この学習指導要領策定にあたりまして、一般災害の関係につきましては、初歩的な点は5年生のまあ最初あたりで扱う、それから公害は、これは教科書は5年の下のほうで、公害は中心的に扱う、こういった考え方で学習指導要領等にも示しておるところでございます。
○内田善利君 そうでしょう。私もそう思います。自然的な被害を自然災害的なものだと思いますが、委員会も特別委員会は災害特別委員会と公害対策特別委員会とあるわけですが、このあとのほうを見ますと、六九ページですが、「このような自然の災害だけでなく、わが国の工業のはってんにつれて、工場のえんとつから出る有毒なガスや、工場のながし出すはい水のなかの毒物が、作物をいため、ときには、からしてしまうことさえあります。このような災害も、わが国の農業にとって大きな問題です。」と、現在公害問題として、農作物あるいは土壌の汚染等がいわれておるわけですが、このような「災害」というところですね。これは当然、公害にすべきじゃないかと、このように思うのですが、この点はどうお考えですか。下で公害の教育はするということですが、やはりこの辺も公害という字のほうが私は妥当じゃないか、このように思いますが、いかがですか。
○政府委員(宮地茂君) いま先生がおっしゃいました点もごもっともと存じます。異議を差しはさむつもりはございませんが、一般的に従来から自然災害、さらにまあ公害等は人為的な面が相当ございますので、広い意味では災害の中の自然災害と公害ということになると存じますが、まあ広い意味の災害を分けてみれば、自然災害と公害である、で、自然災害について扱う、それから続いて公害について扱うということで、この教科書は自然災害、5年の下のほうでまたまとめて一般公害を扱うとして、自然災害だけで終わってもよいんですが、関連においてあとからまた学習するいわゆる公害の問題がありますということをヒントとして与える程度で、この教科書は書かれたんではないか、そういうふうに考えます。
○内田善利君 私はやはり子供たちに公害ということを正確に認識させる意味で、初めのほうは災害でけっこうですけれども、やはりこの項だけは公害とすることが、子供たちに正確に公害とはどういうものだということを把握させることになるんじゃないか、このように思うのですが、意見ありませんか。
○政府委員(宮地茂君) 先生のおっしゃいましたことは、それでまあ私もけっこうと思います。ただ広い意味で災害といえば、自然災害も公害も災害であるし、場合によってはそれを一緒に扱うということも一つの方法でございましょうが、公害に対しまして自然災害は、従来から特に農作物等については、自然災害の関係が強かったといったようなことで、そういう意味で従来から扱っておったという経緯で、今後そうはいってもやはり自然災害をやれば続けてすぐ公害を教えていくのが、災害としては、教え方として非常によいではないかというふうな先生の御趣旨のようにに考えます。異議を唱えるつもりはございませんが、従来の経緯を申し上げて教科書は一応こうなっておる、なお先生のおっしゃいました点今後の検討課題として十分検討さしていただきたいと思います。
○内田善利君 いまの子供たちはもうすでに知っていることなんですね、これは。公害ということを知っておるわけです。ですからやはりここには政治との疑問が出てくるんじゃないか、そのように思います。 それともう一つは、社会科の4年の上ですけれども、表紙の次に四日市の港の写真が入っておるわけなんです。非常に煙でおおわれておりますし、さらに港も公害でよごれておるということははっきりとしております。こういう写真が最初のページにあるわけです。その下に書いてある添え書きは「港でさかえる町四日市市(三重県)」、「原料や製品をはこぶのにつごうのよいところに工場がたっています。」と、まあこれはこれでもいいと思いますが、この写真自体はもうすでに公害で煙っておりますし、海はもうよごれているということははっきりしている写真です。これがはたして今日妥当であるかどうかですね。私は疑問に思うんですけれども、これはどうでしょう。
○国務大臣(坂田道太君) 確かに指導要領の一部を私たち改正いたしました。それからまた現在この四月から使いますこの教科書につきましても点検をいたしまして、そしてもし印刷がまだ改訂ができるならばということで発行者にそのことを伝え、著作者の意向をも聞きまして、直せるところは直したわけでございます。しかしながら、すでにもう刷ってしまっておるというのは、これはなかなか直せない。この点はもうはっきりしておるわけでございまして、しかも今度の四月に使いますこの教科書というものはそもそもいまから二、三年前に、おそらく四十三年に書かれた、そしてそれをずっといろいろの手続を経まして検定をし、そして印刷して出てくる。教科書というものが一月や二月ですぐできるしろものでないというそこの点をひとつまず御了承をたまわりたいと思います。 それから、それでは一体文部省はどうするか、誤った教科書はどうせ出ているんじゃないか、あるいは不適切な教科書が出ているんじゃないか、それを子供たちが見れば、誤った知識を吸収するということになるのじゃないか、そこは指導要領自身がそれを変えました。しかしこれはその地域地域の先生方のやはり自主的判断といいますか、あるいは良識によって教えていただきたい。それからまた私たちのほうでも、教科書そのものにはまだそういったものが残っておる、それに対しまして実際この公害国会が終わりました後において、公害問題だけについての何と申しますか手引き書と申しますか、そういうものをつくりまして、そうしてこれを現場に流し、そうしてその自主的な教育が、公害に関する限りはあやまちのないようにいたしたい、こういう態度で進んでおる、そういうことであるということを申し上げまして、ただいま御指摘のような点が私はやはり適切ではないんじゃないかというふうに思います。
○内田善利君 いまさら何を言うかということになるかと思いますけれども、どうしても見てみまして疑義が残して疑義が残った点だけを質問しておるわけですが、もう一つは、教科書として適当なものかどうか判断する基準ですね、これは教科用国書検定基準というのがあっておるようですけれども、この基準の必要条件というのがありますが、この必要条件を満たしておるのかどうかということに疑義が一つあるわけです。 それは同じく6年の上の社会の教科書ですが、五冊の年表のうち、日本にとっては大きなできごとであった原子爆弾の投下の項が、ほかの教科書には出ておりますが、二つの教科書だけ広島、長崎の原爆投下の歴史的な大きな事実が書いてない。こういうことは検定の段階で問題になったのであろうか、学問の自由ということその他で自由にまかせられたのか、検討がなされたのか。学習指導要領によりますと、教科の目標を一致させるということから、また一つの歴史的事実として、当然掲載すべきではないか、このように思いますが、この辺はどうだったのでしょう。
○政府委員(宮地茂君) いまのお尋ねは、先生のおっしゃいました年表に爆弾投下の日が書いてないということでございますが、その二冊の教科書の年表にないということですが、その二冊の教科書は本文には書かれておると思います。したがいまして、学習指導要領に原子爆弾の投下したことを書きなさいといったようなことを、そこまで学習指導要領にはいたしておりません。したがいまして、それは教科書編集者の考えでございますが、しかし原子爆弾のようなああいう非常に歴史的な画期的な事実につきましては、いま御指摘の教科書にも本文には書かれておると思います。そういう意味で直接そのときの私のほうの調査官とのやりとりを明らかにしませんが、おそらくそういうことでございますと、そのことを必ずその年表にまで書きなさいという指導は、文部省として強く指導するということは、そのときの状況私よく存じませんが、たてまえとして、そこまで強く年表記入を指示することはできない、こういうふうに考えます。
○内田善利君 よくわかりました。 最後にお聞きしたいことは、この現行の教科書検定の仕組みですね、どのようになっておるのか簡単に説明していただきたい。
○政府委員(宮地茂君) お尋ねの件ですが、検定をいたします場合、学習指導要領にのっとって各教科書会社から検定申請をしてまいります。その際、検定の申請がありました場合、文部大臣は、受理いたしました原稿をまず教科書検定課のほうで受け付けて下調査をいたしますと同時に、文部省にございます検定審議会に諮問いたします。それで、審議会は文部大臣から諮問を受けました原稿を調査員、文部省の調査官のほかに学校の先生方が中心でございますが、調査員制度をつくっておりまして、調査員にも送付してその調査をさせる。それから、審議会には教科用図書検定調査分科会というものが、学識経験者九十人の委員で組織されておりまして、出されました教科書がそれぞれ社会とか、国語とか、英語とか、こういうふうになりますから、それぞれの教科別に九つの分科会に分かれておられてその審議会は開かれます。そうして調査官、調査員が調査をいたしましたものを、下調査いたしましたものをそれぞれの分科会に出しまして、そこで審査をされ、合否友決定されて、文部大臣に答申される。文部大臣はその答申に基づきまして検定を行ない、具体的には合格、不合格ということを通知いたします。
○内田善利君 白表紙本は、白表紙のままどこまでいきますか。
○政府委員(宮地茂君) これは先ほど申しました文部省内におります教科書調査官、さらに外部の先生方に委嘱いたします調査員、さらに先ほど申しました審議会の委員の方々に白表紙本を配ります。そして全員が審査をされるという形をとっております。
○内田善利君 そうしますと、教科書に表紙がつくのはどこの段階ですか。
○政府委員(宮地茂君) いまの本のスタイルからの順序を申しますと、まず原稿が出てまいります。そしてその原稿を審査しまして、次に校正刷りのものが出てまいります。白表紙本です。それから次に見本本の審査ということで最後の合否をきめます。見本本の審査のときにその表紙が出てまいります。
○内田善利君 それでは教科書調査官のところにいったときに出てくるわけですね。調査官の四十一人のところに見本本としていくわけですか。
○政府委員(宮地茂君) 調査員は原稿審査、校正刷り審査までで、表紙のつきます見本本審査は文部省の教科調査官のところで見て、それを審議会に出します。
○内田善利君 実はまことにふしぎなんですが、社会科の小学校の六年生の表紙は、まあ偶然の一致じゃないと思うのですが、みんな五重の塔です。偶然の一致ならば、二つぐらいなら偶然の一致と思いますけれども、三冊。それから5のほうは全部ブルドーザーですね、五冊とも。これはやはりどこかで指示があったかどうか、調査官のところでこれはこういう表紙にしなさいという表示があったのかどうか、この点はどうです。
○政府委員(宮地茂君) 文部省の調査官としては、全然そういうことを指示してはいません。
○内田善利君 じゃこういうふうに同じブルドーザーにしようと、五重の塔にしようとどこで相談があるのですか。
○政府委員(宮地茂君) 文部省としてはわかりません。
○内田善利君 こういうことには何も疑義は感ぜられませんか。
○政府委員(宮地茂君) 疑義という意味がちょっとわかりにくいのですけれども、そこまで指示いたしておりませんので、それに対しての個人的な見解は持ちますものの、文部省といたしましては指示していませんのでやむを得ません。
○内田善利君 これは社会科だけ持ってきたのですけれども、どの教科書もこのように表紙が画一的になっているということは、どこかで相談がなされていると思いますね。私はこれはきっと文部省の調査官のところに行ったときに、行く前に表紙がついていくわけですから、こういったものはみんなで相談なさったのか、あるいは文部省のほうでこういうものにしろという指示があったのではないかと、これこそ画一化をはかるものじゃないかと、そのようにとったわけですけれども、その点はどうです。
○政府委員(宮地茂君) もし御疑念をお持ちですと、ぜひ晴らしていただきたいんですが、調査官は全然指示いたしておりません。したがいまして、お示しのは偶然の一致と思いますが、他の教科書は必ずしも偶然の一致もないようでございますし、それに対しまして個人的見解は持ちますけれども、いろいろございますが、そう偶然の一致になったものに対して文部省としてはちょっと答弁するのもいかがかと思いますので、関与していないということだけは御了承いただきたいと思います。
○内田善利君 それじゃ初等中等教育局長として、こういう表紙が同じになることについてはどのように考えられるのか。また、そういったことに対して将来自由に表紙はすべきではないかと、そういった御意見を伺いたい。文部大臣にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私もよく詳しくはわかりません。あるいは偶然の一致だと思います。が、また、おそらくその教科書のそれぞれの内容は違うと思います。というのは、やはり著作者が違いますから……。で、私は教科書というのはバラエティーに富んで、そうして個性のある教科書ができるべきだと思います。その意味において各発行所が競争する。つまり質の面において、内容において競争するということは、非常に私は必要だと思っているんです。まあそれだけに質の面で競うと同じに、やはりこれは先ほどから申し上げますような指導要領のもとにおいて一定の基準がございますから、そのワク内においてはやっていただかなきゃならぬけれども、そのワク内において、違った、ユニークな教科書ができないわけはないと私は思っております。だから表紙のところがそういうふうになったということはまあ偶然だと思います。いま皆さんうちの人たちが説明しましたように、うちでそう五重の塔を表紙にしなさいなどということを言うはずはないというふうに私は思います。
○内田善利君 じゃ時間が来ましたのでこれで終わりますが、文部省で調査官がこういう表紙を見て何の疑念も起こらなかったということについては私はおかしく思うのです。全く同じ五重の塔が同じ教科書にあることを見た調査官が何も感じなかったのか。同じブルドーザーなのですね。偶然の一致で五冊とも五会社ともブルドーザーにし、三つの会社が五重の塔にしておるわけですが、実際こういった画一、同じような表紙になっているわけですから、こういうようなことに対して何の疑念も抱かなかったということについて私は反省すべきじゃないかと、このように思います。 以上でございます。
○委員長(高橋文五郎君) 午前中の質疑はこの程度にとどめ、午後二時まで休憩いたします。 午後一時二分休憩 —————・————— 午後二時七分時開会
○委員長(高橋文五郎君) ただいまから文教委員会を再会いたします。 休憩前に引き続き、教育、文化及び学術に関す調査中、昭和四十六年度における文教行政の重要施策に関する件及び昭和四十六年度文部省関係予算に関する件を議題といたします。 本件について質疑のある方は、順次御発言を願います。
○内田善利君 学校給食については、日をあらためていろいろ御質問したいと思っておりますが、けさの新聞によりますと、ちょっと給食課長のお話が載っておりまして、非常に気になりますので、その姿勢をお聞きして本論に入っていきたいと思います。 それは「食品公害抵抗する父親」、「学校給食返上します」という見出しなんですけれども、「食品公害はもうごめん。学校の給食も不安だから断ります」と、こういう父兄がいるわけですけれども、これに対して、大臣はもうお読みになっていると思いますが、これによりますと、学校給食法に基づいて学校給食がいま実施されているわけですが、これに対して、給食課長のお話は非常に遺憾に思うわけですけれども、この点について、大臣はどのように考えられておりますか。
○政府委員(木田宏君) けさの新聞に載りました、いま御指摘の記事につきましては、私どもも目を通しましたし、若干の経緯について課長から話も聞いております。 この方は、非常にいまの食品にありますいろいろな公害を気にされまして、そういうものを子供に食べさせるわけにはいかぬということで、最初は、お手紙を私のほうにちょうだいしたようでございますが、そのお手紙に対する返事は私どもからも差し上げまして、なお、御不審の点があれば、いつでもお越しいただきたいという御連絡を申し上げましたところ、いつだか日は私はさだかに聞いておりませんけれども、給食課のほうへたずねてこられまして、いろいろと学校給食についての具体的な御意見を開陳されたようでございます。食品にいろいろ問題がありますということは、いま広く各方面で言われておることでございますが、さらばといいまして、その学校給食の食品だけが別のものを調達できるというわけでもございませんから、食品そのもののあり方については、今後いろいろと考える、それはそれぞれの所管官庁によって御指導願うこととし、また、学校給食の面でできますいわゆる食材料は取りそろえるということで学校給食としては進めていくほかはないんだという御説明をるる申し上げました。しかし、この方は、いまの一般の食材料は安心してやるわけにいかぬからというので、御自分の土地の中にわざわざ薬品を使わない農園をおつくりになりまして、そしてそこでつくった野菜を子供に食べさせるんだ、それを弁当にして持っていかせるからと——この新聞にも多少そういう意味のことは書いてございますけれども、うちの子供にはああいう公害のおそれのある牛乳だとか、添加物の入った学校給食を食べさせるわけにはいかぬ、こういうふうに非常に強くおっしゃったようでございます。それに対しまして、これは学校給食をどう考えるかといういま御指摘の点のこともなるわけでございますが、私どもは、学校給食を考えるにつきまして、これは親と学校当局とが昼の食事を共同にひとつ責任を感じながら子供を育てるという形なんだと、その意味では、親が自分の責任で子を育てるということでありましても、やはり学校教育の間に公共の活動として子供が育っていくという子供の社会的な一面もあることだから、親の御心配はわかるけれども、学校におきましてはできるだけ一緒の食事がとれるように、そしてその食事がよくなるように、せっかくの御心配を学校の給食全体のあり方としてひとつ寄与していただくわけにいかぬであろうか、こういうこともるる御説明申し上げたようでございますけれども、どうしても自分の子には自分のつくった食べもので安心のいくものを食べさしたい、こういう強い御主張だったようでございます。そこで、これは給食そのものの考え方でございますけれども、親が子を育てるという基本的な責任を持っておるという一面もございますから、現在の学校給食、あるいはこれは先々の学校給食を考えましてもそうかと思いますけれども、どうしても子供にこれを食べさせると親に言い張られました際に、今度は学校側に、子供に持ってきた弁当を食べるな、学校の食べものを食べろ、こういう指導をさせることは適切でないと判断いたしまして、これは非常に御熱意なり信念を持ってそのように子供を育てるという親御さんの御主張に対しましては、子供そのものが学校において不幸にならないようにということもるる御当人に担当課長から申し上げましたけれども、なお主張されますので、学校当局と御連絡をいたしまして、まあ学校側が子供さんに何を食べさせるか、これも食材料のことでございますから、親なり本人なりが絶対に食べないというものを与えるわけにもいかないので、教育上の指導、あるいは子供そのものの学校におけるあり方ということに気をつけながら、この方のお子さんの食事について指導してほしいという連絡をとりましてきょうに至っておるところでございます。たまたまけさそのことが新聞に出たようでございますけれども、私の承知しております経過を一応申し上げまして、現在の給食に対しての、親と学校当局とが一緒になって子供を育てていくという一面、この親の私的な育てるという立場、一面、学校当局が子供を大きくしていくという公共の立場というものの接点にある問題といたしましては、こういう御主張の方が出ました場合に、子供さん自身の幸福を考えてこのような取り扱いをするということもやむを得ないことかと考えておるところでございます。
○内田善利君 この学校給食のBHC牛乳の公害といいますか、被害といいますか、やはり高知でも十校ぐらい起こっているようですけれども、この食品、特にBHC牛乳についての被害については、その危険という面ではどのように文部省ではお考えですか。
○政府委員(木田宏君) 昨年でございますか、昨年の春だったかと思いますが、いま御指摘がありましたように、若干の地域で牛乳にBHCの汚染がかなり強く、高く出ておるという問題がございまして、そのときさっそく私ども、これはたいへん大きいことになりますので、厚生省の当局に文書でもって、この子供たちが飲んでおります生乳の衛生状態がどうかということを照会をいたしました。それに対しまして、厚生省の環境衛生局のほうでも御検討が進んでおりまして、当時、五月十三日付で公文による御回答をもらいましたけれども、四月のころに、厚生省の食品衛生調査の研究会で検討されました結果の資料を添付されまして、そうして私どものほうに、現在の段階においては衛生上問題がないというような御回答をちょうだいいたしました。さっそくこれを各都道府県の給食関係者に転送をいたし、通知をいたしまして、そのほか、衛生上の問題につきましてのいろいろ、こまごました留意事項もあわせて連絡をしたわけでございますれども、牛乳のBHCによる汚染問題につきましては、厚生省の見解をただしたところ、別添のように、現在の段階では問題がないとこういうような回答をもらったので、その添付書類と一緒に通知をして、とりあえずの措置にしてもらったわけでございます。その当時は、結局、乳牛の飼料が、自然の草の少し不足をいたします間に、特に冬季のことでございますけれども、麦わらを与えた。その麦わらに問題があるということが指摘されまして、さっそく農林当局もその乳牛に対する麦わらの供与をやめさせるという行政上の措置もとられました。現在、世界の国際的な機関でありますWHOにおきましても、一定の検査項目を明確に示しておるというところまで至っておりませんので、どこにも具体的なデータは、このBHC問題については出てないようには聞いておりますけれども、これはある一定量のものを長期間に重ねた場合のことでございまして、当時指摘されました数量が乳牛に与えますえさの抑制その他の措置によりまして解消するということも考えられたように聞いておるのでございますが、厚生省当局では、その辺の行政指導のいろんな見通しを含めまして、いつまでもいまの状況が増加する方向でなくて、減少する方向にいくならば問題なかろうというようなことも言われておりましたので、その辺の見通しのことも考えながら指導をしてまいったところでございます。幸いに、関係当局の意見を聞いておりますと、その後牛乳に入っておりますこのBHCの量はかなり急速に減ってきておる、農林省の関係当局者からもそのように聞いております。最近のデータでも、そのように承知いたしておりますので、現在の段階ではそうこれが長期に続くということも考えられませんし、まず問題がない、このように考えて、各県の当局には指導をいたしているところでございます。
○内田善利君 非常に文字というものは重宝なものであると私は思うのですが、厚生省はいま直ちに危険であるとは言えない、しかしながらこのままの状態が長期間続く場合は保健上支障を来たすおそれがある、と。この長期間というのは、はたして何年ぐらいを言うのか。小学校六年、中学校三年、給食を食べていった場合にはだいじょうぶなのかどうか。この長期間が非常に疑問なんですけれども、四、五年を言うのか、あるいは中学校卒業するまでは長期間と言えるのかどうか、この辺の問題もあると思うのですが、そういった場合にだいじょうぶなのかどうか。だんだんBHCは少なくなっているということですが、この点はどうなんですか。
○政府委員(木田宏君) これも私どもその衛生上の面の専門家ではございませんので、本格的な意見はその関係当局の責任ある結果を聞かなければならないのでございますが、たまたま私どもの関係課長の中で、この医学関係の専門の課長から聞いておりますこと、またそれをもとにして、これは愛知県でございますけれども、愛知県が一応の基準として指導したときの材料等を見ておりますと、先ほど申し上げましたように、BHCのうち、ガンマBHCにつきましては、人間の一日に摂取できる安全量、ADIを定めておりますけれども、問題になりましたベータBHCにつきましては、WHOなどでもその一日の許容量というものを示してないようでございます。しかし一、二の例があるようでございまして、ベータBHCを毎日白ネズミの一生にわたって摂取させた場合に、体重一キログラム当たり〇・五ミリグラム以上を与えた場合の白ネズミにつきまして、肝障害が起こるという、ごくわずかの例でありますけれどもあったそうでございます。その辺のところがら、人体の体重一キロ当たりに直しまして〇・〇〇五ミリグラムをその一生と申しますか、相当長期間になるわけでございますけれども、与えるという程度の限界量になるようでございます。そこで愛知県はこの限界量をさらに、百分の一と申しますか、百倍にこの限界量の安全度をとりまして、そして人体の一キロ当たり〇・〇〇五ミリグラムという基準をあてはめて安全限界としたい。そして子供の体重その他のことを考えてみますと、大体牛乳に含まれるベータBHCの許容量が、この愛知県の担当課長の判断では——牛乳の許容量が子供たちに与えます二百ミリリットルの牛乳量と換算をいたしまして、牛乳中に含まれるベータBHCが〇・二PPMとすると十分な安全度であるという積算をいたしまして、そういうところから私どもも一応の知識を得ておるわけでございますけれども、相当の期間と申しますのは、まあネズミの場合の生涯にわたる期間ということでございますので、人体でまたどのくらいということはとうてい言える問題ではございませんが、半年とかの間に、最近のようにいまの計数がかなり下がってまいるというような状況下におきましては、心配をすることはなかろうというふうに判断をしておるところでございます。
○内田善利君 この担当課長が、給食は強制でないからやめるのは自由だと言われたのは事実ですか。
○政府委員(木田宏君) これが先ほど私が申し上げましたように、学校給食というのは、親の育てるという立場と、学校で子供のめんどうを見ていくという立場の両方を合わせて協力してやっていくものだという考え方に立っておりまして、そういうことから親御さんが自分の子供にはどうしてもこれを食べさせたい、あるいはそれを食べさせたくないというものにつきまして、学校側で無理やりに特定のものを食べさせるというところまで強要することはできないという考え方を私ども持っておりますから、このような親御さんが御自分のお子さんのことにつきましてそういう主張をされた場合に、それでも子供さんの持ってきた弁当を差しおいて学校のものを食べさせるという強制はすべきではない、こういうふうにまあ申したはずでございます。
○内田善利君 「残念ながら、文部省も自衛に立上がらざるを得ないほど食品公害に追込まれ、」あるいは「将来の慢性毒性については、そのおそれがないといえないことは認めざるを得ない。」それからこの方は、「ご自分で農薬抜きの野菜をつくれるなど恵まれた立場だ。」と、こういう一連のことばから、やはり学校における食品公害といいますか、そういったものを認めた上でこういうことばが出ているように思いますが、この点はいかがですか。
○政府委員(木田宏君) 食品の中にいろいろの添加物がたくさん入っておりましたり、いろいろその添加物の中にもチクロでありますとか、いろいろと問題が最近になってわかるようなものがあることは指摘されておりますし、特に学校給食におきましては、一度にたくさんの子供たちに対して食事を供するわけでありますから、栄養上の管理というものは慎重の上にも慎重を期していかなければならぬと思っております。昨年、先ほど御説明申し上げました通達の際に、チクロの禁止についてはもとよりでございますけれども、できるだけ学校では不要な添加物のない食材料を選ぶようにということを指導いたしております。一部では逆に、安全と認められた食品添加物があるのに、なおかつ学校でそれを避けろという指導は行き過ぎではないかとさえ、強い、一面からの御意見を受けたほどのこともございましたけれども、私どもとしては、やはり子供たちに与える食材料がほんとうに衛生上いいものであるということにつきまして、関係者が十分な関心と注意を持つように、またそういうことが食品そのものにつきまして十分な検査があるにいたしましても、腐敗という問題は調理の段階で常に起こってくることでございますから、そういう点での留意を喚起しておるわけでございまして、昨今伝えられますような問題があるといたしますならばなおのこと、学校給食の関係者がその危険性を十分に意識して慎重に食品を取り扱うべきものと、このように考えています。
○内田善利君 学校給食はまあ食べても食べなくてもいいのだと、弁当を持ってきた人は食べてもいいのだということになれば、非常にまあ世間に誤解を招きやすいのではないかと、このように思うわけですが、学校給食も教育である以上は、やはり危険な食品をよく調査した上、安全な食品をやはり父兄が安心して食べさせられるような方向へ持っていってこそ私は教育ではないかと、そのように思うわけです。食べたくない人は食べなくてもいいのだということはちょっと無責任な思いがするわけです。この記事を見ますと、世間一般は、特に子供を学校にやって給食を食べさせている父兄は非常に不安を感じていらっしゃるのじゃないかと、このように思うわけですけれども、こういった父兄の不安を解消する意味で、どうやって対策を講じていったらいいか、文部大臣にお伺いしたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) この記事は、ぎりぎりの話をしたんだろうと思います。ぎりぎりそういう信念を持ったおとうさんがあって、どうしてもうちの子供には食べさせないのだ、ということをおっしゃるのを、弁当を持ってくるのをいかぬとまで言えないのじゃないかというふうに思います。しかし、そのことが同時に、学校給食は自由なんだ、もう食っても食わぬでもいいということではないということは、るる局長からも申し上げましたとおりでございまして、私もそう考えるわけでございます。その前提としまして、とにかく学校給食は単に給食をやるというだけじゃない、教育的意味もある。あるいは一緒に子供たちが一回はお金のある人もない人もみんな平等に食べる。こういうところにも意味はあるわけでございますから、われわれといたしましては、これを推進してまいらなければならないと思います。ただ、そういうふうにたくさんの児童に給食をいたします限りにおいては、やはりまた責任を持って危険のないものを、材料を用意をし、そして給食をしなくちゃならないことも当然なことでございます。ただいまの段階では、BHCの乳牛というものについても、害はないという一つの考え方から進めておるわけでございます。そして、現在のBHCの含まれておる牛乳というものも、だんだんなくなっていくということが期待されるわけでございますから、それに期待をいたしますと同時に、さらにそれ以外にもいろいろの危険な有害な物質が出ないような、万全な措置をしていかなければならないというふうに考えております。その有害か、有害でないかというような判定については、これは厚生省で十分御検討いただくことだと思うわけでございます。ただいまの厚生省の判断では、だいじょうぶだ、こういうふうに私たちは承知をいたしております。
○内田善利君 それでは本論の特殊教育に入りたいと思いますが、大臣の所信表明にも「特殊教育学校の整備」あるいは本年度は「心身に障害をもつ子供達のすべてが適切な教育を受ける機会にめぐまれ、その障害を克服して有為な日本国民として成長していくようにするため、特殊教育学校と同様に特殊学級への就学奨励措置を講ずるなど特殊教育の普及と充実に力を注ぐ考えでありますが、とくに来年度は特殊教育に関し主として実際的な研究を総合的に行ない、教職員の研修等をも行なう国立特殊教育総合研究所を横須賀市に建設し、十月から開所いたしたい所存であります。」と、このように特殊教育に対する大臣の前向きの姿勢、意を強くしているわけですが、先日、昨年の十月二十三日に、この特殊教育について、私最後のほうで質問しまして、途中でやめたわけですけれども、その続きから、この特殊教育について、心身障害児の教育について質問していきたいと思います。 そのときに、障害児の約七割がいわゆる障害児教育を受けていない、こういう私は質問をしましたところ、宮地局長は、その七割は普通学級に行っているものと考えられる、このようにお答えになったわけですが、実際、普通学級にこの障害児が行っているのかどうか。こういった調査をされているのかどうか。この点まずお聞きしたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) 私どもの調査では、それぞれ特殊教育の対象となる子供、それが特殊教育の学校なり学級なりに行っておる子供は、約三分の一ある。したがいまして、六割余り、七割近くの子供が特殊教育の学校には行っていないということになるわけですが、そのうち、大体障害の程度が非常に激しいとかいったような特異な子供二万人を除きましては、普通学級に一応在籍しているということになっております。もちろん在籍はしておりますものの、長期欠席といったような形の者もおりまして、必ず在籍し、かつ平常どおり学校に通っているという者でない者もおります。大体そのように考えております。
○内田善利君 その長期欠席をして家庭にいる者は、七割のうち幾らなのか。
○政府委員(宮地茂君) 四十三年度の調査でございますが、その中で長欠の子供が、四十三年度の調査で小、中合わせまして七万人おります。そのうち、いろいろございますが、その理由の内訳で病気関係というのが約四万人おります。したがいまして特殊教育の対象になる障害児、それは大体その中に入っている、それが二万人ぐらいではなかろうかという推定でございます。と申しますのは、長欠七万人のうち、四万人以外は経済的理由とか学校ぎらいとか、こういったような理由で長欠になっております。もちろんこれは四十三年度の調査で、二、三年前のものでございますが、一応そういう統計になっております。
○内田善利君 そういった長期欠席、在籍はしておっても、心身障害のために七万人が四十三年度の調査では学校に行ってないわけですが、こういう人たちに対する対策、学校ぎらい、これはもう心身障害児ですから当然と思いますが、こういった子供たちに対する対策、あるいは経済的理由ということですが、こういった経済的な国庫補助などはできないものかどうか、こういった点、この所信表明にも「就学奨励措置を講ずる」ということでありますが、また本年度の予算にも今度は特殊学級のほうにも予算措置がされておるようでありますけれども、そういった対策ができないものかどうか、この点お伺いしたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) 私どものほうといたしましては、経済的な関係では特殊教育の子供に限りませず、経済的理由ということで就学がなかなかむずかしいという点におきましては、厚生省の生活援助の法律なり予算がございますが、文部省といたしましてはそれに準ずる子供、要保護とか準要保護といったことばで文部省申しておりますが、そういう子供の就学援助費を予算にも計上いたしまして、かねてから施策いたしております。さらに就学援助費の中身といたしまして、いろんな項目をふやしていくというようなこと、さらに従来から特殊教育学校につきましては、準要保護児童ではないが、それに準ずるような経済的な関係の子供には特殊教育学校に就学するための就学援助費を出しております。したがいまして、要保護児童さらに準要保護児童さらに準々要保護といったような三段階で就学援助をいたしておりましたが、来年度の予算では特殊学校でなく特殊学級に通う子供にもいま申しました準々要保護児童とも言うべき子供も対象にして就学援助をすることに予定いたしております。
○内田善利君 いわゆる通学できない自宅在校児童に対して一、二の県で家庭訪問教師という教師が、学校に通えない心身障害者に対して、家庭で勉強を教える、そういう教師が一、二の県で訪問教育をやっておるようでありますが、この教員の資格ですけれども、一年契約で非常勤講師という非常に身分的にも保障されていない、そのために安心して仕事に取り組めないような面もあるように思いますが、ほんとうに熱心にやっておられるこういった先生方に対して、どのように文部省は対策を講じていかれるのか、私は非常勤講師を専任にしたほうがいいのではないかと、このように思いますが、その点はいかがですか。
○政府委員(宮地茂君) 御指摘の点は私ども今日までに承知いたしておりますのは、たとえば、東京——東京でも全区ではないようでございますが、渋谷、中野、北区といったようなところ、さらに府中市等があるようですが、その他千葉県、大阪府、神奈川県、愛知県、神戸市、北九州市、こういったような比較的大きな県、大都市におきまして、いま先生がおっしゃいますようなことを試みに実施しているところがあるようでございます。大体そういうことで、いわゆる先生のおっしゃいました訪問教師のようなものに採用されておりますものは、退職した教師、六十歳前後でやめられた、そういう退職教師を試みに採用してやっておられるようでございます。もちろん就学猶余、免除になっております子供の中には、もう少し特殊教育というものが進んでまいりますれば、学校にも通える、さらには最近ベッド・サイド・ティーチングと申しましょうか、病院に入院した子供は、その病院に入院中、籍のある学校の先生方が行かれて、病院で教育をするとかというようなこともございます。したがいまして、何といたしましても就学猶余、免除になっておる子供にはそれぞれ理由もありますし、特殊教育の対象にすべき子供も相当おります。教育の機会均等という見地から、いろいろの角度からそういう子供に教育の機会均等の処遇を与えていくということが必要であろうと思います。ただ、そういうことで、その一つの方法として、試みに家庭訪問教師といったようなものもあるようでございます。私ども、したがいまして、この制度が非常によいからいま直ちにこれを制度として、国としても教員定数で考えるとかいったところまではっきりした考え方に到達いたしておりませんが、十分こういう問題も検討し、さらに特殊教育総合研究所がこの十月からできますが、そういたしますと、就学猶余、免除になっている子供でも、特殊教育としてもっとやれるというような成果があがりますれば、学校なり、あるいはベッド・サイド・ティーチングをもう少し強化するなり、いろいろなことを総合的にやる。その一環としていまおっしゃいます家庭訪問教師の問題も合わせ考えていきたい。このように現段階では考えております。
○内田善利君 障害児の場合には早期発見、早期教育ということが非常に大事と思いますが、アメリカ等ではゼロ歳児でそういった早期発見、早期教育がなされておりますが、日本の現状はまだまだ非常にお粗末だと、このように思うわけですが、このようなことについて、早期発見、早期教育について、どのような手を打つ必要があるか、その具体策をお聞きしたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) いまおっしゃいましたアメリカ等のことでございますが、私ども聞いておりますところでは、アメリカでは、これも全部ということではございませんが、ワシントンとか、ニューヨークとか、そういうようなところでは、いわゆる新生児検診と申しますか、生れてきた子供をすぐ視覚、聴覚その他いろいろと検診をして、障害があるような新生児に対しましては、ゼロ歳のときからクリニックセンターといったようなところに親御さんに来ていただいて、その子供の対症療法というよりも、むしろそういう障害児に対して親としてどのような心がまえでやっていくかといった親の教育なり、相談なりに応ずるようなことが相当行なわれておるそうであります。日本ではまだそこまで十分に行なわれておりませんが、大島さんとおっしゃる方がやっておられます日本聾話学校、あるいはさらに東京教育大の附属聾学校、こういうところでもそのようなことを指導しておられる、特に日本聾話学校におきましては現にゼロ歳の子供の親御さん六名の方がそういう障害児に対してのいわゆる早期教育ということでろうあ学校に通っておられるということのようでございます。ただ全般的にまだ普及いたしておりません。まあそういうこともございまして、何でもかんでもこの十月からできます特殊教育総合研究所の任務のように申してまことに失礼でございますが、十分でもございませんが、そういう研究所ができますれば、もっとこういう点につきましても検討もしていただいていきたい、と申しますのは、何といっても従来の経験からしてゼロ歳から始めるかどうか別として、障害児には早期に障害を発見し早期教育というのが非常に有効であるということが言われております。そういう観点で文部省といたしましては、すべての特殊教育学校に幼稚部を、少なくとも当面の目標としては幼稚部を全部の特殊学校に持たせたい、こういうことで従来からろう学校には幼稚部が比較的多くございますが、その他の特殊教育学校も幼稚部を全部持つような、そういう指導なりを講じておる段階でございます。
○内田善利君 いま幼稚部どの程度設置されておりますか。
○政府委員(宮地茂君) 盲、ろう、精薄、肢体不自由、病弱の養護学校等合わせまして四百九校ございますが、そのうち幼稚部は合計で百十四校でございます。特にろう学校では百三校中九十六校に幼稚部がございます。その他はまだ非常に少のうございます。四百九校中百十四校に幼稚部がございます。
○内田善利君 養護学校なりあるいは特殊学級を卒業してからどういう方向へ行っているか、その追跡調査はどのようになっておるか。
○政府委員(宮地茂君) 文部省としてはその特殊教育学校の子供たちの就職等の、卒業後の追跡調査はいたしておりません。しかし、従来から盲ろうの関係の学校卒業者、特に盲等はいわゆる理療関係でございますが、最近盲ろうのほかに精薄、肢体不自由等の養護学校の設置も進んでおりまして、その中では卒業後社会に復帰し得るような、そういう職業的な課目を重点的にやっております。各特殊学校の高等科には従来のような理療科だけでございませんで、工芸とか美容とか、被服、音楽、機械いろいろな普通の職業高校にありますような学科を相当取り入れて、卒業後社会に復帰できる、そういうことを目標に最近相当広範な学科を置いて教育をするようにつとめております。
○内田善利君 養護学校の養護教諭の養成の問題ですけれども、資格をとりながら特殊教育に携わる先生が非常に少ないわけですが、その理由は何なのか。金銭的には八%の手当があるわけですけれども、何か身分的な励みというようなものを考えておられるかどうか。極端に言えば適当でないかもしれませんが、僻地校長になるためには僻地教員として僻地に行って帰ってきたら資格があるとか、そういったような何か身分的な励みとなるような特殊教育に携わる先生方の対策、優遇策、そういうものは考えておられるかどうか。
○政府委員(宮地茂君) 特殊教育の学校の先生には、制度といたしまして本俸に対しまして八%の俸給の調整が、特殊教育担当手当とも称すべき調整額を支給いたしております。さらに小学校、中学校と高等学校では、先生方の適用になります俸給表が違うわけですが、特殊教育学校におきましては、小学校、中学校に当たります段階の先生にも高等学校教員の俸給表を適用するようにいたしております。
○内田善利君 時間がまいりましたが、最後に国立の特殊教育総合研究所についてですけれども、この研究所には医師が必要と思いますが、その医師の確保は見通しがあるかどうか。
○政府委員(宮地茂君) これは三年計画でこの特殊教育総合研究所の職員は充足する考え方で文部省は進んでおります。ただ定数的には単年度ごとでこの定員を充足するという形になっておりまして、来年度四十二名の定員がついております。そのうち研究員——いまのお医者さん等含めまして研究員が、ことしの十月からの発足でございますので、研究員は二十六名でございます。そのうち医師の方が数名予定いたしておりますが、まだいま直ちに具体的に個々の先生方の候補者として内定しておるわけではございませんが、大体医師としてその研究所につとめていただく医師の確保はいまのところ見込みはあるという考えでございます。
○内田善利君 養護学校には医師はおりますか。
○政府委員(宮地茂君) 常勤の教職員として医師は養護学校に配置いたしておりませんが、いわゆる学校医というのが各学校におりますが、養護学校には一般の学校以上に三名の学校医を置くということを基準として指導いたしております。
○内田善利君 総合研究所の場合も養護学校ですから、係の医者が私は必要だと思うのです。非常勤の学校医では十分に機能を果たせないのじゃないか、そのように思うわけですが、総合研究所の場合も医師を獲得するということはたいへんな問題じゃないか、非常勤ならばいざ知らず、専任の医師をこの総合研究所に迎えるということは、非常に待遇その他を考えてあげなければたいへんな問題じゃないかと思いますが、この点だいじょうぶなんでしょうね。
○政府委員(宮地茂君) 研修所には、いわゆる医師の資格を持った方でございますが、これは医学的、心理学的、教育学的に総合的にこの研究所では研究しようということで、そういう観点からのお医者さんも研究員として採用いたしたいと思っておりますが、いま先生がおっしゃいますようなお医者さんは、あそこは、久里浜にこの研究所をつくりますときに、まず第一条件として、病院というものができればその研究所の付属病院を持ちたいというくらいな気持ちでございましたが、研究所に付属病院持つということもできませんので、久里浜病院の隣に、立地的にあそこへきめますときにも病院がそばにあるということを前提といたしました。したがいまして、久里浜病院のお医者さん方に、これは非常勤になろうかと思いますが、相当協力していただくつもりでございます。したがいまして、研究所の研究員として医者の免許を持っておられる方に医学的な見地から特殊教育を考えていただく、さらに臨床的な医師としては久里浜病院の協力を相当仰ぐ、そういうことで計画をいたしております。
○内田善利君 養護学校の件についてですけれども、まだ未設置県が二十八県もあるようですが、養護学校の収容能力が七千三百九十八。ところが四万三千という精薄児がおるわけですけれども、七千三百九十八ではあまりにもお粗末と思うのですけれども、いろいろ事情があると思いますが、地方財政に圧迫をかけない程度で、形で、設置義務を義務づけるとか何らかの方法で県に設置していくような方向に進めないものかどうか、この点いかがでしょう。
○政府委員(宮地茂君) 私どもも養護学校につきましてはできる限りすみやかにこれを義務制にしたいという気持ちを持っております。そういうことで鋭意養護学校の設置を促進いたしておりますが、いまのところ、四十八年度までに未設置県がないように、未設置県の解消をしたいということで、来年以降毎年十八ずつ養護学校の設置を促進したい。さらに特殊教育学級につきましては来年度千二百学級、そのうち情緒障害児等に対しますものは四十学級、こういうことでいま先生のおっしゃいますような気持ちで鋭意特殊教育の振興をはかるべく年次計画を進めております。
○内田善利君 国庫負担二分の一の補助では、地方財政に非常に負担をかけ、圧迫となると思うのですけれども、これはどうにもなりませんか。
○政府委員(宮地茂君) まあおっしゃいますとおりでございますが、国庫補助の裏金といたしましては交付税にその点積算いたしております。よく地方では、交付税ではいろいろなものに使われるので、補助金でほしいというところもございますが、一応現在の国の財政、地方の財政、そういうことで、形の上では国庫補助はいまおっしゃいますようなことでございますが、交付税等いたしましても、私ども毎年その積算におきまして特殊教育とか幼稚園とかこういうものは比較的なおざりになりがちでございますので、ここ数年、自治省と折衝いたしまして、交付税の積算には十分国庫補助に見合うものを積算してもらって努力はいたしております。
○内田善利君 現在この心身障害児、特殊学校に入るようなこういう児童の増減はどういう状況にありますか。ふえつつありますか、減じつつありますか。どういう状況にありますか。
○政府委員(宮地茂君) きわめて専門的な問題でございますが、弱視とか難聴とか、こういったようなものは医学の進歩につれましてだんだんと治療等も進みますので、数字としては絶対数は減ってきておるような傾向でございますが、しかし特殊教育の対象児がだから減っていくというほどの数字ではないようでございます。
○内田善利君 ことに父兄の、こういった子供を持った父兄の意識といいますか、なかなか学校にやりたがらない父兄もあるように聞いておりますが、こういった父兄に対する指導、そういったことはどのようにしておりますか。
○政府委員(宮地茂君) これは従来から自分の子供にそういういわゆる異常児がいます場合、親として世間ていとかいろいろなことでそれを隠したがるといったような考えがわが国にあることは事実でございますが、そういうこともございまして数年来文部省といたしましては、特殊教育推進地域というものを指定いたしまして、親御さんを含めまして町ぐるみでそういう子供の特殊教育を推進していくということを全員で考え全員で推進していく、そういうことを地域を指定をしていたしております。まだ十六地区くらいでございまして少のうございますが、先生がおっしゃいますような点を解消していくための一助といったような観点からそういう地域指定もいたして努力いたしております。今後一そう努力したいと思います。
○内田善利君 最後に文部大臣にお聞きしたいと思いますが、ここの所信表明では、「国立特殊教育総合研究所を横須賀市に建設し、十月から開所いたしたい所存であります。」という結論でありますが、まだまだ日本は諸外国に比べてもこの特殊教育は不完全でありますし、こういった谷間にいる子供たちに対する指導について、教育について本年度の予算まだまだ不十分であると思います。こういった特殊児童に対する教育についてのもっと具体的な方策をお聞きして、終わりたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私文部大臣に就任いたしてから、この特殊教育につきましては教育行政の谷間にあるという自覚のもとに推進してまいったわけでございます。特殊教育総合センターもその一つであります。そしてまたことしの、いままでやらなかった特殊学級への就学補助もその一つの具体的なあらわれであります。何と申しましても情緒障害であるとか自閉症であるとか、その他ハンデキャップ、ダブルハンデキャップを持った心身障害児に対する適切な教育方法というものが実は確立しておりません。どういうふうな教育をやったらいいかということがわかっていないのです。それからまた、一体年齢的に言うならばどのところからやるべきかということもわかってなかった。しかし、最近ではいま先生が御指摘になりましたように、むしろゼロ歳からやるべきじゃないか、あるいはむしろ胎教の時代からやるべきじゃないかというのが世界の先進国のいき方でございますし、おそらくこの総合センターで研究しました結果としては、そういうようなことが私は出てくると確信をしております。日本でも大島先生の学校では、すでにゼロ歳からろうについてはやっておるわけでございます。また成果をあげておるわけでございます。これはもうおそらく心身障害児の子供こそ早期教育というものが大事なんだというふうに私は考えるわけでございます。 それからまた、肢体不自由の子供たちなんかでも、いわゆる小児外科が発達をいたしまして、ある程度小児のときに手術をするというようなことでありますと回復が早いということも実証されておるわけでございます。そういうようなものをあわせ考えますときに、どうしても私は根本的に総合センターというものをつくり、お医者さんから精神衛生、心理学、あるいは教育学、社会学あるいは工学というあらゆる学問を総合いたしまして、これとアプローチしていかなければならないんじゃないか。 それから、いま御指摘になりました、子供を持った母親、父親というものが、何か非常に恥ずかしいというか、あるいは肩身の狭い思いをしておられるということも事実でございますし、ともいたしますと、これを隠したがるわけです。したがいまして、一体特殊教育児童というものをとらえようといたしましても、実はそのとらえることそれ自身が実は困難であった。それがようやく手をつなぐ会であるとか、いま申しましたような特殊教育指定地域であるとかいうようなことで、父兄の方々もようやく目ざめてこられた。目ざめてこられたのは国として、文部省として、何か光が掲げられたという希望があればこそ、そういうことにつながってきたんじゃなかろうかと私は思うんです。いままで希望がないから結局恥ずかしい思いをするだけだと、あるいはどういう教育方法かわからぬのにやってみたところがしようがないと、こういうことだったと思うんです。ですから、希望を与えさえしてやれば、私はそういうことをはっきり登録をしたり、あるいは就学させたりというふうに親もなっていかれるようになるものだと思います。その意味合において、まだまだ未開拓の分野ではございますけれども、一番かわいそうな分野でありますし、わが国としては諸外国にもかなりおくれをとっておる分野でございますから、なお一そう努力をいたしてまいりたいと、かように考える次第でございます。
○萩原幽香子君 大臣は御所信の中で、新しい時代の教育目標について、豊かな人間性と創造的英知を備える人間の育成だとお述べになりました。私も全く同感でございます。 ところで、その豊かな人間性も創造的英知も、その基礎はやはり幼児期につちかわれるものであるということを考えるわけでございますが、こういう考え方については、最近何びとも異論のないところだと考えるわけでございます。同時にまた、わが国の幼児教育の現状でいろいろな意味で多くの問題点を持っていることも、また周知のとおりでございます。 先日も私は一人のおかあさんから、子供を二年保育の幼稚園にやろうと思っていたんだけれども、友だちから二年やっても内容はあまり違わないし、効果がないといわれて迷っている、どうしたらよいものでしょうかという相談を受けたわけでございます。この種の迷いというものはこのおかあさんだけの問題ではないように私は感じられます。なぜこんな問題が随所に起こってくるのでございましょうか。長年保育の陥りやすい欠陥とその対策についてまず大臣の御所見を承りたいと存じます。
○国務大臣(坂田道太君) これは私は専門家じゃございませんからわかりませんが、しかし現在まあ三歳、四歳、五歳という早期教育というものが非常に大切であるということはだんだんわかってきたようでございます。まあ、ある人はゼロ歳からの教育ということを申しておるわけでございますが、これは幼児教育の大切さということは非常にだんだん皆がわかってきたわけでございますが、しかし学問的に科学的にこれをやはり証明する必要があるというふうに思います。そのためにはこの幼稚園教育をちゃんとやった方が一体小学校に入ってどうだった、あるいは小学校の上級生にいった場合どうだった、中学校どうだった、あるいは大学あるいは社会に出たときにどうだった、一方、幼児教育を受けない人はどうだったか、あるいは保育所だけへいった人はどうだったか、そういう追跡調査がまだ十分整っていないのじゃないか、国立教育研究所ではかなりやっておると思います。しかし、それは下学年についてかなりその効果が明らかになっておる。しかし、高学年になりますと、だんだん薄まっていっておるわけです。そうだとすれば、果して幼児教育の効果があるのかないのかということがやはり問題だと思います。というのは、これは一年生に入る前にちょっと何かをやれば一年生のときの何かどういう評価をされるか知りませんけれども、ある知的な進みぐあいとかというようなものだけをとらえれば、それはやったほうが進むに違いない。しかし、人間の能力というものを、情操教育とかあるいは情緒教育とか、あるいは人柄とかあるいは芸術性という、そういうようなもので能力というものをとらえた場合にその能力が一体どういうふうに高学年に開花するか一あるいは発達するというところまで幼児教育の成果がフォローされてない、これはどれだけフォローできるかは疑問といたしまして、やはり問題であろう。やはりそういう研究というものは国立教育研究所あたりでちゃんと出すべきであろうというふうに私は思うわけです。でございますけれども、しかし、いまお述べになりましたような豊かな人間性とか、あるいは創造性とかあるいは自主性とかいうようなものは、やはり小さいときに三子の魂百までと昔から言われておる、ことわざが残っておるということは、一面に人間の経験的な意味における何といいますか、普遍性というか、客観性があらわれているのじゃないかと私は思っておる。その意味において単に知的なことを、もの覚えがいいとか、あるいは吸収するとかいうのじゃなくして、たとえば美的教育というか、美しいものを美しいというふうに感ずるような、そういうようなこと、あるいはいいことをやったことに対してやはりそれを、またいいことをしようというような、そういう善意とかあるいは良心とかそういうものはやはり小さいときが大切であるということは何とはなく経験的に言えるのじゃないか。しかし、これはやはりもう少し科学的、教育的、心理学的に分析する必要があるというふうに思います。したがいまして、私は幼児教育というものは大切であるという確信は持っておる。したがいまして先生のお尋ねに直接どれがいいというところのけじめはわかりませんが、少くとも四歳および五歳児は一体に考えないと幼児教育は五歳児でいいのだ、義務教育を下げるとするならばそれでいいのだというような安易な考え方にはにわかに賛成できない。少なくとも幼児教育を考える場合には、就学前教育をやるためには四歳、五歳を考えるべきじゃないかと私は考えております。行政的にどこから始めていくかということはまた別な問題でございまして、一応私の考え方はそういうことでございます。
○萩原幽香子君 私が申し上げたことと大臣のお答えと少しかみ合わなかったのじゃないかと思うのでございますけれども、しかし、大体大臣のお考えがわかったようですから、この点もう少しお考えをいただきたいと思うんです。と申しますのは、長年保育のおちいりやすい欠陥とか、その対策というものを私は大臣にお聞きしたいと思っていたわけなんですけれども、この問題から私は幼稚園の教育要領というものを拝見いたしました。そこで、この要領は六領域にわたってかなり詳しい説明がなされております。しかし、その中に三歳から五歳までという、子供の非常に変化の激しい年齢であるということを踏まえますというと、その発達段階に応じての教育目標というものがもう少し明確に打ち出されていかなければならないのではないかというふうに私は思うのです。ところが、そういう点があまりはっきり出ていないということについて、これは何か理由があるんでございましょうか。そういうものをはっきり打ち出さなかったという理由がおありになるんでしょうか。もしあるとすれば、それを承りたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) 現在の幼稚園教育要領は三十九年につくりましたしそれ以前に幼稚園の教育要領がございました。それは、四歳児に対して、五歳児に対してといった、それぞれ学年別に一応考えておったようでございます。ところが、三十九年に、この現在のに直しますときに、どうもいままでの四歳児に対してはこう、五歳児に対してはこうということに対して、実践された方々、幼稚園現場さらに学者の方々が、どうもそれは不十分じゃないかといったようなことで、やはりまた今回のように全部を——三歳児から保育をいたしておりますが、三、四、五歳児通じてのような形になっております。ただ、これを受けましての指導書では、その点を幼児の年齢の違い、教育期間の相違、まあこういったようなことに着目して、初めからこうすると、それから次第にこうしていきますと、さらに進んではこうしますという、何か段階をそういったことばで表現して、四歳児はこう、五歳児はこうという分け方がなされていない。しかし、全部一緒ではないが、いまのようなことが指導書で指導されておるということで、まあ結局は先ほどの先生の御質問にもございますように、大臣もお答えになられましたが、それから国立教育研究所の調査も、不十分とは申せ、四歳児、五歳児と二年のほうがよい効果が見られると、一年というのよりも二年がよいと、しかし三年保育がどうかという点については材料が不足して何とも言えないと、これもはっきりした結論はない、まだまだ研究しなきゃいけませんが、そういうような段階で幼児教育につきましては幼児の発達段階——幼児段階の一年というのは、それから長じて後の十年にも当たるぐらいの非常にこの一年間というのは違いがあると思うんですが、教育的にはっきり各学年に対して四歳児はこう、五歳児はこうと目標を設定するまでに研究がまだ実ってないということが一番の原因であったように聞いております。
○萩原幽香子君 私は三歳児、四歳児、五歳児というときは非常に違った特徴を持っていると思うんですね。それをやはり明確にしていただきませんと、先生たちがそれじゃ三歳児保育をした場合にどういうふうにプログラムを立てるかということは非常にむずかしい問題になってくるんじゃないであろうか、これたいへん失礼なことを申し上げるわけなんですけれども、そういう問題も踏まえてちゃんとできるような先生が指導してあれば、つくられてあれば、それはいま局長さんおっしゃるようなことで、幅を持たせて非常にいい教育ができると思いますけれども、いまの幼稚園の先生の実態がそこまで要求することがはたして可能かどうかというところに私は問題があるんではないか、こう思うんです。 昨年私はフランスの幼稚園を訪れましたときに、そこの園長さんから聞いたことで非常に感銘したことがございます。それはどういうことかといいますと、「日々成長する子どものよびごえにこたえられぬ教師は幼児教育を担当する資格がない」ということでございます。私はそれを聞いて非常に感心もいたしましたし、考えさせられました。ここに幼児教育に携わる人々のプライドと自覚というものを私ははっきりと見たような気がいたします。と同時に、彼女たちにそこまで言わせたフランスの文教行政というものに、あらためて私は頭が下がる思いをしたわけでございます。 ところでこの教育要領は、先ほどの局長さんのお話のように、三十九年の三月につくられているわけでございますね。その後の幼児を取り巻く環境というものが非常に大きく変わっているということ、その環境の変わったというものを踏まえて各領域の教育も変わるべきだと思うわけでございますけれども、そういうものかまだ何も打ち出されていない。三十九年三月に一度つくって与えておけばそれでよろしいというお考えではないと思いますけれども、その後、いわゆる初等中等教育におきましては、それからも指導要領が変わっているのにもかかわらず、幼稚園だけこういうものをそのまま与えておくというところに、幼児教育は大事だとおっしゃるけれども、やはり私は幼児教育に対する文部省の態度というものがもう一つがまんがならないという感じがするわけなんです。幼児教育というものが、何か幼稚園教育が非常に安易なところで停滞しているといったようなことも、このあたりに問題があるんじゃないかと私は考えるんですけれども、そのあたりいかがでございましょうか。
○国務大臣(坂田道太君) 萩原さんのおっしゃるのは、そのとおりじゃないかと思うんです。私自身もこの指導要領というものはもう一ぺん見直してみる必要があるというふうに思います。しかしどういうふうに変えるかという問題になりますと、しばらく時間をかしていただきたいという気がするのです。なるほど日本の小学校教育は百年の歴史を持っていますから、まあ欠点もありましょうけれども、大体において世界に冠たる小学校教育というふうに思います。したがいまして文部省自身も自信を持っております。経験も積んでおります。いろいろの指導法も確立されております。それだけに今度問題があるところも私は知っております。 ところが、幼稚園教育もそれは兵庫県その他かなりな歴史を持っております。しかし、これはやはり非常に部分的でございまして、小学校教育みたいに確立しているとはまだ言えない。また一つの理念がちゃんと確立しているとも言えないわけでございます。そういうわけで、ここはちょうど特殊教育障害その他に対する新しい教育方法がまだわからないと同様に、今日また幼児教育といいましてもむしろゼロ歳から云々ということさえも言われているこの時代に、日本独自にやはりどういうような教育をやったらいいのか、あるいは保育をやったらいいのか。私のちょっとした常識的な考え方からいいますと、学校教育、小学生教育とはやっぱり区別さるべきじゃないか。学校教育は一応低学年においてはそうでもないにいたしましても学科別教育というような形になってまいると思います。しかし幼児教育というものは生活それ自体としてとらえるべきじゃないか。あるいは生物の中の人間として、あるいはその人間の初めの段階として情緒がどういうふうに形成されていくか、意思がどうやって形成されていくのか、そういう形でとらえていかなきゃいけない。そこでいきなり字を教えるとか、数をやるとかいうようなことだけがいかにも幼児教育であるということなら、小学校の学科別の一年二年でやっているやつをそのまま下に下げることをもって幼児教育であると考えると、これははなはだ人間性豊かなという考え方からするなら、逆なことにつながりゃしないだろうかというふうに私は考えるのです。したがいまして、この点は何回も私は申し上げておりますが、まず現場の先生方の意見を十分聞くということ、現場の先生方にも公立と私立といろいろ違った意見を持っておられる方がある、違った経験を持っておられる方がある。この違った経験をよくわれわれ文部省は聞く必要がある。それからもう一つは、幼児教育の学者の先生方がこれがまたいろいろの御意見を持っておる、全く違った意見を持っておられる方々がいる。これも違っているがゆえにまた意味があると私は思っております。そういう方々の一方の話だけを聞いてこれやったんでは私は間違うと思うんです。この辺で両方の学者の人たちの話を聞き、あるいは現場の両方の先生方の意見も聞き、そうしてわれわれが判断していかなけりゃならない。そうして早急に幼児教育の指導についてどういうことをやったらいいかということをひとつ具体的に打ち出したい。で、それができまして、初めて一体それにはどういうような先生を養成したらいいということがまた出てくる。そうしてその養成機関に対する先生の教育というものが始まらなけりゃならない。時間はかかりますけれども、そういうやり方でもってこの幼児教育に取り組んでいきたいというふうに私は考えているわけでございます。
○萩原幽香子君 大臣、全くそのとおりでございますけれども、そういうふうにおっしゃられるというと、幼児教育とはまことに前途ほど遠しという感じで、これから一体どうしたらいいんだろうかということを考えるわけです。この幼稚園の教育要領の中でたとえは「自然」というのがございますね。ところがその中に「身近な動植物を愛護し、自然に親しむ。」と身近な動植物に愛情を持ったり自然を大切にしたりするというのが一番先にぽんと出ているわけでございますね。ところがほんとうに自然はこわされていっている、その状態の中ではたしてこういうことを要求されても一体どうなるんだろうかという心配も出てくるわけでございます。ですから、これは二年、三年とやっていくうちにだんだん高度なものにしていくんだというおっしゃり方はわかりますけれども、じゃあこういったようなものをどのように、三歳児はこれはどのようにこういうものを把握していくのか、四歳児になればどうなるのか、そういうところはやはり踏まえていただかないと私はむずかしいことになるんじゃないかと思うんです。健康の問題にいたしましても、あるいはまたこの問題の六つの領域の中でいろいろと考え直して、言語の問題にいたしましても、これほどテレビなんかが普及した場合に一体子供たちはテレビというようなものを通してどういうような言語を学び取っているだろうか、そいったようなこともやはりここへ一つは出てこなければならない問題じゃないだろうかというふうに思うんです。いま大臣がおっしゃったように学者もいろいろの意見がある。そのとおりでございます。そしてまた現場の先生たちもいろいろな意見を持っている。それもそのとおりだと思います。しかし、だからといって、それをどういうふうにして吸い上げて、どういう機会にそれをどう処理をなさるのか、そこらあたりを私ははっきりお聞きしておかないとこれはなかなか非常にむずかしい問題で、あの意見もこの意見もと言っておったんでは、たいへんなことですと言っておったんではどうしようもないような気がいたしますので、このあたり大臣としましては、どこらあたりくらいにめどを置いてこういうようなものをいわゆる小学校の指導要領並みに変えていかれようとしておりますのか、そのあたりちょっとお聞かせ願いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私は非常に悲観的にあるいは言ったかもしれませんが、それほど私たちは、うちの人たちのやっていること、あるいはいまありますことを悲観的に見ているわけじゃないわけです。それはそれなりによろしいが、まだベターなものがあるということを考えてわれわれは進まなきゃならぬということでございまして、もういつまでたったって文部大臣の話聞いているとこれは実現できないというしろものではないということはひとつ御理解をいただきたいと思います。 あと局長が御説明申し上げます。
○政府委員(宮地茂君) 大臣の御答弁に補足いたしますが、先生がおっしゃいますとおりに私どもも考えておりまして、小学校は、一年はこう、二年はこうというのに、幼稚園だけこれでよいのか。それは先ほど申しましたような、学者さん方の考え方もあったということですが、何としても先生と同じような考えを持つわけで、そこでこの教育要領ができまして、三十九年につくったわけですが、実は学習指導要領の改訂は、小学校は来年でございますから、これは十年目だということで、十年に一ぺんやるのかというような御意見もございますが、決してそうじゃございません。まあそういうこともございまして、幼稚園につきましてもぜひこれは教育要領を直したい。中教審の中間報告にも指摘もされておりますが、大臣の先ほどのようなお考え、御抱負もございます。そういうことで私は、四十五年度の文部省主催でやります幼稚園の研修会、これにもテーマを出しまして、それから一年間の文部省のいわゆる幼稚園の教育の研究指定校、ここにもお願いしまして、テーマの一つに、三年保育はどのようなカリキュラムを組むか、二年保育、一年保育はどういうふうに組んでいくかといったようなことの研究を四十五年度してもらっております。それで そういう現場の御研究に加えまして、実は来年度幼稚園の教育内容の改善に関しまする予算も若干計上いたしておりますが、専門のこのことを検討する調査会のようなものを持ちまして、そこでいろいろな資料も持ち寄り検討もしてみたい。教育研究所でも、これは幼児の、特にピントは、その就学時期の研究ということで来年教育研究所では研究していただくことにしておりますが、それとの関連で、その他とにかく就学前教育についての調査をもっと研究所でもしてもらうことにしております。そういうふうなことをもとに、来年度からさっそく専門の調査会のようなものをつくりまして、まだ大臣とも十分御相談もしておりませんが、これ、一年ですぐできると思いません。それでそういう夢物語りでなくて、少なくとも四十六年度、七年度、二カ年くらいで、従来の学習指導要領はそのままで検討いたしておりますので、二年くらいの間に、理想的なものでないとしても、当面の問題でも何かいま先生が御指摘のような点について幼稚園の先生方の指針になれるようなものにぜひ直していきたい、大体そういう考え方で進みたいと思っております。
○萩原幽香子君 じゃ、おつくりになる調査会の中にはもちろん現場の先生方も入れていただくわけでございますね。 その次にちょっとお尋ねしたいことは、小学校、中学校では指導主事というのがございますね。ところが、幼稚園には困難な社会情勢の中で重要な幼児期を預かる先生たちに、非常に適切な指導や助言やあるいは困っている問題について相談をするいわゆる学校における指導主事のような形の人が、あることはあるそうでございますけれども、その数が非常に少ない。そこで先生たちは一体どこへこういう悩みを持っていけばよろしいのかというのが多分に出てくる問題だと思うんです。そういう点について、これからそういった相談役のような人たちをどういうような形で配置をなさろうとしておりますのか、それもお聞きをいたしておきたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) 現在幼稚園関係の担当指導主事を専任に置いておりますのは十七の府県でございます。他の府県には、専任ということでなく、他教科との兼任の指導主事が幼稚園を担当いたしております。県のことでございますので、私のほうでこれを置けと言うこともなかなかむずかしゅうございますが、県内に相当、文部省として充て指導主事の制度で県に一応の定数を分けます。したがいまして、そういう関連におきまして、私どももこの幼稚園教育につきまして県で中心になる指導主事がせめて一人くらいおってほしいという気持ちも持っておりますので、そういう考えで教育長さん方とも相談をして、この十七府県以外のところには、まあ幼稚園を担当する者が主であって、たまたま兼ねているという方もおられるのかもしれませんが、十分指導主事につきましても配慮をするように教育長等と相談もし、指導もしていきたいと考えております。
○萩原幽香子君 先ほど大臣は、小学校と幼稚園とは非常に違うんだと、いまおっしゃったとおりでございますね。ところが、いまのお話を聞いておりますと、その指導に当たる人は他教科との兼任だと、こうおっしゃるのでございますね、そこらあたりが何かしらぬけれども、私おかしい感じがするのですけれども、私の受け取り方が悪いのでしょうかしら。他教科との兼任とおっしゃいますけれども、幼児教育というものと何とを兼任なすっているのでしょう、そういうことについての御調査はいかがでございましょうか。
○政府委員(宮地茂君) 専任が十七県で、専任を置かない残りの二十九府県はいま一県ずつ調べておるようでございますが、大体におきましては家庭科あるいは音楽、こういう先生が兼任をしておられるようでございます。
○萩原幽香子君 局長さん、やはり幼児教育第一にされているとは言えませんですね。これではどうも私は満足はできないと思うのです。で、昭和四十六年度の予算の中で、先生の質の向上をはかるためのものがほとんど組まれていないように考えるのでございますけれども、それはいかがでしょうか。ただ、この教育課程研究指定校の設置、それから教育課程研究集会というようなものについて、昨年度と同じように、七百万を組まれておるわけでございますね。そういう七百万というお金でどの程度のことがやれましたのでしょうか。先ほどのお話でございますというと、一つのテーマが出されていて、いわゆる三年保育、二年保育、それから単年保育はどういうふうに違うかといったようなことをテーマにしていると、こういうことでございましたが、ある程度まとまったようなものが出たでございましょうか。それからまた本年度も同額組まれたということは、昨年度の組み方でまずまずそれでよかったということなのでございましょうか、この点をちょっと承りたいと存じます。
○政府委員(宮地茂君) いま七百万とおっしゃいましたが、教育課程研究指定校設置予算と教育課程研究集会等の経費これで七百四十万ばかりになりますが、教育課程研究集会は都道府県ごとの集会、さらに東京で発表大会、そういったようなものでございます。それから前年に比べてふえてないというのは、結果的には私どもの努力が足りないと申し上げる以上にございませんが、大蔵省のほうでの了解が得られなかった、私どもの努力が不十分であったということでございます。
○萩原幽香子君 それでは、不十分だということでございますから、まあ、これはいたし方がないと思いますね。 ついでにお聞きいたしますけれども、本年度新たに調査研究費五百万がつけられまして、これ非常に私もありがたいことだと思っているのですけれども、これはどういう形でお使になりますのか、具体案があればお示しをいただきたいと思います。
○政府委員(宮地茂君) これは五百万でやることが非常に多いので、実はなかなかむずかしいのでございますが、大体におきまして幼稚園の実態を調査してみたい。と申しますのは、中央教育審議会で、希望をする五歳児の子供には全員幼稚園にはいれるような措置を文部省として講じてやるべきだといったような、そういうことを中心とした中間的な御答申もいただいております。そのためには個々の何町何村で幼稚園が何校あって、何町何村ではもう幾つ幼稚園が必要であるか、こういったようなものを持ち寄りませんと、全体的な計画、地についた計画ができません。そういうことで実態調査をするというのが非常に大きい経費でございますが、さらに先ほど申しました幼稚園の教育内容の改善についての調査研究、大体大きい柱はその二つが大きい柱になっております。
○萩原幽香子君 それではそういう調査をしていただくわけでございますから、この問題はだんだん必要でなくなってくるんじゃないかと思います。しかし、ただいまの幼稚園の就園率の地域差について考えてみますというと、香川県の八四・四%、兵庫県の八二・六%などと八〇%をこえる地域があるかと思いますと、一方では高知、長野のように一〇%台の地域があるということは、これは大臣も十分御承知のとおりでございます。そこで中教審の中間報告を見てみますというと、幼稚園を希望する五歳児を就園させるため市町村に設置義務を課するとともに、これに対する国及び府県の財政援助を強化すること、というふうに述べられているわけでございます。そういうふうにいたしますと、この地域差はこのままでは済まされないということが考えられているわけでございますね。それは大臣、いかがでございましょうか。
○国務大臣(坂田道太君) その格差を是正していくということは当然だと考えております。
○萩原幽香子君 本年度の予算で施設整備費の補助が十億九千百万円組まれておりますけれども、この配分につきましては、こういったような非常に少ない地域というようなところを重点的にとか、そういったような配慮も含まれているわけでございましょうか。大体どれくらいの幼稚園をするつもりでこの十億九千百万円というのが組まれましたのか、承りたいと存じます。
○政府委員(岩間英太郎君) 私どもは、先ほど初中局長から御説明申し上げましたように、計画に従いまして採択するということになっているわけでございます。ただいま御指摘いただきました配分につきましては、たとえば岩手とか、それから宮城、秋田、そういう東北方面の非常に率の低いところはほぼ一〇〇%の採択をいたします。それからこれは低いほうで、具体的にあげるのは恐縮でございますが、先ほどお話がございました兵庫につきましては五三%採択するということで、そのほか徳島とか香川とかというところは比較的低いわけでございますけれども、その他就園率の低いところはできるだけ見るということで、一〇〇%近いものを見るということにいたしております。
○萩原幽香子君 第六十三国会で成立いたしました私学財団法に基づきまして、私立の大学と高等教育機関の経常費につきましては、人件費を含んで国は助成の道を開いてくださったわけでございますけれども、高等学校以下の私立学校に対しても同様な措置が交付税においてなされたと聞いております。そこで、私立幼稚園に対しましてはどれくらい交付税で措置をされておりますのか。その積算は幼児一人についてどれくらいになっておりますのか、承りたいと存じます。
○政府委員(岩間英太郎君) 幼稚園についてどの程度というのは、あまりこれは内訳が実ははっきりいたしませんでたいへん恐縮でございますが、いまのところ高等学校以下の私立学校に対しましては人口一人当たり幾らと標準団体でどの程度というふうな積算をいたしておりますので、その点がはっきりしないわけでございますが、総額にいたしますと、四十五年度に従来の倍以上の八十三億というものを措置いたしました。それから四十六年度にはそれを百四十億にふやしたいということでただいま作業をお願いしているような次第でございます。いままでと比べまして約八割の増加ということでございますが、これは人件費を含めます経常費の増加ということでございますけれども、昨年の倍それを見るというその結果がただいま申し上げましたような数字になっているわけでございます。
○萩原幽香子君 交付税の関係でございますから府県の自主性で使われるわけでございますので、大体このくらいは幼稚園にきているんだぞということがわかりますと非常に私はありがたい。県でその話を進めますときにも、このくらいはきているんだから、このくらいは幼稚園のためにひとつ出してくださいよということが言えるわけでございますね。で、できましたら府県ごとにどれくらいいっているかということが、後ほどでけっこうでございますから、わかればお示しをいただきたいというふうに考えるわけでございます。 私の聞くところによりますと、今度は幼稚園の多いところには保育所の新設が少なくて、逆に保育所のある地域には幼稚園をつくらないといったような傾向が各府県では出ているように聞いておるわけでございますけれども、この点についてはいかがでございましょうか。これはぜひ承っておきたい問題なのでございますけれども、いかがでございましょうか。そういったからみ合わせの問題でございますが。
○政府委員(宮地茂君) おっしゃいますように、保育所の非常に多いところは幼稚園が少のうございます。たとえば長野などは保育所と幼稚園と合わせますと八一%ぐらいの充足率になっておるんですが、長野に例をとりますと、六二%が保育所関係、二〇%足らずが幼稚園、非常にアンバランスになっております。 それから逆に、香川県などで申しますと、保育所関係が一三%、幼稚園が八三%、九七%にもいっているんですが、保育所は一四%弱と、こういうふうに非常に極端なところがございまして、まあ事実上、先生おっしゃいましたような傾向がそれぞれの町村には暗にあろうかと思います。それは保育所のほうは泣く泣く措置費といったようなものは出され、幼稚園のほうは教員給与等に交付税で公立は積算いたしておりますが、はっきりした義務教育のようになっていない。したがって保育所をつくると補助金がもらえるが、幼稚園はあんまりもらえないといったようなことで、それぞれの市町村には何となくそういう空気があろうかと思います。そこで今後の幼稚園を希望する者には、五歳児は全員を幼稚園に入れるというような計画を立てますときには、従来のやり方でなくやる必要がありますし、さらに公立、私立の授業料の違いといったようなものに対しても措置しなければいけない。ただ保育所と幼稚園の関係、まあ二元化して、行政の二元化で弊害が多いと言われるのでございますが、一応たてまえは、保育所のほうは保育に欠ける子供、幼稚園のほうは幼児教育、そういうことで、しかし実態においては保育所も、幼稚園通園の年齢の子供には別途保育要領をおつくりになっておられますが、幼稚園の教育要領と似たような形でおやりいただいておりますし、両者の関係は十分とっております。そしてさらに中教審の御答申、中間的な御答申では、その問の関係につきまして、将来保育所が保母さんの資格等もございますが、あらゆる点が幼稚園と同じような形になれば、いわゆる二枚看板をかけて、その問の統制をとるといったような案も出ております。まだこの点につきましては厚生省等とも、中間答申ですが、その過程でお話し合いはしておりますけれども、また決定的な、こういうかっこうで保育所と幼稚園の関係はいこうというところまで煮詰まっておりません。私ども何も役所でなわ張り争いしておるわけじゃございませんで、結局は子供のしあわせになるように、そのためにはお互いに形式的には二元的でも、実質的に一元的なような形で進むということを目標に御相談もしたいというふうに考えております。
○萩原幽香子君 先ほど文部大臣おっしゃっておりました、昭和四十四年の十二月に国立教育研究所から「就学前教育効果の検討」と題して、いろいろの角度から調査研究された結果が発表されました。大臣も十分ごらんになっておりますようでございますので承りたいと存じます。 で、まずその調査にあらわれた数字の上から三つばかりお尋ねをいたしたいと存じます。 その一つは、幼稚園出身、保育所出身、そして家庭からの直行組、それぞれの子供たちが、小学校の五年生のときに学力テストを受けた。その学力テストの結果がどういうふうにあらわれているか。そのあらわれ方について、大臣ははっきりしたものではないとおっしゃるかもしれませんけれども、ある程度そういうものについて、その理由、なぜこういう結果が出たんだろうかということは大臣としてお考えいただいていいと思います。その第一点、その問題についてひとつお答えをいただきたいと思います。 それから第二点は、その調査の中で、家庭の状況と知能指数の関係、そのからみの上で幼稚園出身者、保育所出身者などの学業成績の差が出ておるわけでございますけれども、その点についての理由、なぜそういうことになったのか、それをひとつ明らかにしていただきたいと思います。 それから先ほどの宮地局長さんのお話でございますと、通園年数によって、やはり一年よりも二年のほうがいい結果が出ておるようだというお話でございましたけれども、私は通園年数によってあまり成績の差が見られないように感じるわけでございます。そういうことになりますと、長年保育というものは必要でないのかということ、それともまた、ほかに幼稚園のあり方に問題があるのか、こういう点について、この三点について、私は大臣の御意見を承りたいと存じます。
○国務大臣(坂田道太君) 私としましてはまだ十分それを読んでいませんから、いま局長からお答え申し上げます。
○政府委員(宮地茂君) いまおっしゃいました第一の点でございますが、何か私どもも自信を持って答えられませんが、教育研究所のほうでなさった調査結果を見ますと、小学校一年生のときと五年生のときと比べまして、幼稚園経験児、次に保育所経験児、次にいずれも経験してない子供、そういう段階で学習成績、さらに生活行動的なものが、まあ点数であらわせば幼稚園に行った子供がよく、次は保育所の子供、行かなかった子供がその次といったような順序に一年生はなっておるし、五年生はその開きがだいぶ縮まってはきておりますものの、やはりそういう段階になっておる。これ、私もよくわかりませんが、一応、研究所の調査結果というものがそうなっておるということを考えますと、てまえみそのようで恐縮ですが、やはり幼稚園に行っただけの効果は、中学、高等学校とかその辺まで調査もありませんし、だんだん薄らいでいく。しまいにはその差はなくなるのかもしれませんが、ともかくそういう結果があらわれておる以上、幼稚園の教育はそれなりに教育的には効果があったというふうに思わざるを得ないんじゃないか。ただ、これは現在の幼稚園教育が、だからといって非常によいということであるのかどうか。さらに家庭の教育がそういうことにプラスしておるのか、その辺がまだ十分でないようでございます。
○萩原幽香子君 ただいま局長からおっしゃいましたのは総合的なものでございますね。総合的に知能指数とかそれから親の経済状態とかいうものを合算してみた場合にはいまの局長さんのおっしゃるような結果が出ているわけでございますね。いわゆる総合的知能指数というものも、それから家庭の経済状況というものも、合算しましたときには、幼稚園がよくて、その次は保育所で、その次は家庭から来た子供という結果が出ておるわけでございますね。ところが、その中に一つ非常におもしろいのがあると思うんです。といいますのは、経済的に家庭の非常に悪い子供というのは、幼稚園から来た子供よりも保育所のほうから来た子供のほうがいい、こういう結果が一つ出ているわけです。ですから、この調査というのはいろんなからみ合いを考えた調査の結果が出ていると思います。ですから、これを十分検討してみますと、いわゆる幼稚園の教育のあり方、あるいは保育所のあり方というものも出てくるんではないだろうかというような感じがするわけでございます。このあたり、もう少し御検討いただきまして、なぜ経済状態の一番最下位にある子供は幼稚園よりも保育所の子供のほうが成績がよろしいのか、そういった点につきましてもう少し私は考えて、その考え方いろいろ煮詰めておいていただきたいものだと、こういうふうに考えるわけでございます。時間がございませんからたくさん言えないわけですけれども、そこで、幼児期における教育の機会均等、あるいは幼児教育の振興の立場から今後幼稚園と保育所というものはどうあればよろしいのか、どういうふうに改善されたらよろしいのか、こういう点についてお尋ねをしたいわけでございますが、先ほど局長さんが中教審の答申のところで中間発表についてお話があったわけでございますね。いわゆる保育所との関係については、将来は必要な条件を具備した保育所に対しては幼稚園としての地位をあわせて付与する方法を検討すべきであると、こういうことを述べておられるわけでございますね。この考え方と申しますのか、非常にいままでなかった考え方がここに出てきている。画期的だといえばそういうことになるかもしれません。そういったような点につきまして、きょうは厚生省からもおいでいただいておりますので、そういう点についてひとつ、文部省、厚生省からそれぞれ御意見を承りたいと存じます。まず大臣のほうから……。
○国務大臣(坂田道太君) 先ほどの保育所と幼稚園との関係、つまり各県の何といいますか、格差があるということ、これはまん中に線を引きまして、左のほうが幼稚園、右のほうが保育所と考えます。それでたとえばおたくの兵庫県とか徳島とか香川とか、八〇%以上越えたところが上のランクにいきます。ずっときまして長野県とか高知とかというのが一番ビリにきて何%とか、こうなってくる。今度は逆におたくのような幼稚園の発達したところは非常に少なくてそしてだんだん大きくなりますれば、それ全体をこう見てみますと、とにかく保育に欠ける子供と幼稚園との関係ではございますけれども、その時期の子供たちを何らかの形でとらえておるということは言えますね。だからもしこれを合算いたしますと、これは計算はいろいろありましょうけれども、七〇%は何らかの形で保育だろうが幼稚園だろうが何かとらえている。先生もごらんいただいたと思いますけれども、ドイツの幼稚園というものはどちらかというと日本でいう保育所に似た感覚だというように私は受け取ってまいりました。それはそれなりに意味があるんじゃないか。先ほどの、家庭の非常に貧困な子供は幼稚園を出たいい子供とそう変わらない、むしろいいんだというデータも出ておる。こう考えると、ただ厚生省だ、あるいは文部省だといってなわ張り争いをやったりしておるわけでもないでしょうけれども、えてして何のためにこういうものがあるのか、そして先ほど私が言いましたのは、文部省のほうはどちらかというと小学校教育が百年の歴史を持っておりますから、幼児教育といってもそれを下のほうへ持ってこようとする気持ちが強い、だから幼稚園の先生といっても、結局女の先生だとか、あるいはちょっと音楽がやれるから幼稚教育によろしいという人を指導に当たらせるということになる。ところがそういうふうに考えますと、情緒的なもの、あるいは保育というものを十分考えていくことが、より教育的だということがもし確立するとすれば、その辺のところをもう少し生活学習的なとらえ方にすれば、この七〇%は、いわば就園しておるのだ。また幼稚園教育ということばと、それから保育ということばがございます。それから幼稚園教育をやっておる人たちなどでも、幼稚園教育ということばは適さない、むしろ就学前教育としては保育ということばが適切だと言っておる。その辺はもう少し両方から歩み寄りまして相協力し合うということが一番大事じゃなかろうか。大ざっぱといいますか、基本的といいますか、そういう考えを私は持っております。したがって、この幼稚園の指導要領等も考え直してみたらどうなのかということを申し上げたのはそういう意味なんでございます。もし理想を申し上げますならば、将来は保育所のほうも幼稚園の資格を持った人がこれに当たる、あるいはまた幼稚園のほうにも保育の経験を持ったような人がこれに当たる、そういう形で子供たちをとらえていくということが一番実際的じゃないか、こういうふうな感じがいたします。ほかのことは両局長から答弁してもらいます。
○萩原幽香子君 時間がありませんから厚生省のほうから……。
○説明員(岩佐キクイ君) 保育所の問題につきましては、御承知のように、子供の両親あるいは母親が働いておるとか、あるいは病気とかいうような場合、保育に欠けるというような状態になりましたときに、市町村長がその子供を保育所に入所させて保育教育をするということが主たる機能になっておるわけでございます。したがいまして、いま申されましたような点から必ずしも幼稚園的な子供が入っておるというふうには私どもちょっと考えられないわけでございます。市町村長が市町村でその子供を幼稚に入れるか、あるいは保育所に入れるかということの選定につきましては十分措置基準というようなものも持っておりまして、それに従いまして措置をしておるということから、保育に欠ける子供たちが保育所に入っておるものであろうかというふうに考えておるわけでございますけれども、したがいまして、いまの保育所におきましては福祉的機能と教育的機能の両面を二つともあわせ行なっておるという特殊性を持っておるわけでございます。関連いたします問題は、教育的機能がどうであるかということでございますが、昭和三十八年に文部省さんのほうとも話し合いをいたしまして、幼稚園適齢児につきましては幼稚園教育要領に準じた教育を行なうということを了解事項といたしまして、文部省の初等中等教育局長、厚生省の児童局長の連名通達をもって全国の保育所に指導いたしておるわけでございます。しかし、最近の幼児教育の振興に関連いたしまして、保育所と幼稚園との関連の問題ということがさまざまな形でいろいろな議論も呼んでおるわけでございます。そこでこの問題につきましては、十分厚生省といたしましても中央児童福祉審議会等の御意見をお聞きいたしまして今後検討さしていただきたい、こういうふうに考えておるわけでございます。 それからちょっと戻りますけれども、先ほど来、萩原先生から、私のほうには直接お尋ねはございませんでしたけれども、関連する問題がございまして、国立教育研究所の行なわれまし調査につきましてのことが出ておりましたのでございますが、これにつきましては、その調査方法等というものを詳細に私ども承知いたしておりませんわけでございますが、保育所の持つ機能のうち、特に教育的な側面に着目して測定を行なわれたのではないだろうかというふうなことを考えるわけでございますし、しかしながら、保育所と申しますのは、ただいまも申し上げましたように、保育に欠ける子供に対する養護的な機能と教育的な機能を一体として行なうものでございますために、福祉的な機能というものを十分配慮して行なわなければならないということが考えられるのでございます。しかしながら、保育行政におきましても、いまのような幼児教育が非常に社会的な関心も高まってきておりますという点を考慮いたしまして、この調査結果というものを虚心に受け入れまして、今後保育所運営あるいは改善につきましては、それが役立つようにはかってまいりたい。そのためには、何と申しましても、保育の中心になりますものは、現在のところ保母が中心になりますので、直接児童に接触をいたしまする保母の資質の向上ということを十分に考えながら、保母の養成あるいは確保につきましては計画的に考慮をしてまいりたいというふうに考えております。
○萩原幽香子君 ありがとうございました。時間がまいりましたのでこれで終わります。ほんとうにいま一〇〇%ないわけでございますから、いま保育に欠けるということでございましたが、親がいても、私はこのごろ保育に欠ける子供もいるのじゃないかという感じがいたします。たとえば、昔のように家族がたくさんいて、子供もたくさんいて、そういう中で暮らしております子供というものは、やはり集団生活のルールというものをある程度身につけております。ところが、いまのような核家庭でございますと、おかあんと二人きりというような子供は、おかあさんと二人きりでいることがむしろ正しい保育をそこなっている場合さえあると私は感ずるわけでございます。そういったような家庭構成、家族構成の変化というようなことを考えましたときには、やはり保育に欠けるという意味もだんだん変えていかなければならない情勢ではないか、こういうことを考えます。子供のしあわせのために幼稚園、保育所、どちらにいたしましても、子供の需要が満たされるようにやっていただきたいということが一つ。それから、やはり教育の立場からいいますというと、幼稚園の先生、保育所の先生、少なくとも子供たちがよろこんでいけるような、いわゆる日々成長する子供の呼び声にこたえ得るような先生たち、そういうことをどうぞ文部省も、厚生省もお考えをいただきまして、子供のしあわせを考えていただきたい。こういうことをお願い申し上げまして質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
○小笠原貞子君 いまも萩原さんがおっしゃっておりましたように、幼児教育、揺りかごからそれこそ墓場に入りますまで、生涯教育というのがいま非常に大きな問題になっております。非常に重要な問題だと思います。その生涯教育といわれる大きな問題の中に果たす役割りとして、社会教育というものがこれまた大きな問題になると思うわけです。聞くところによりますと、現行の社会教育法というものがいま非常に再点検されて、抜本的な改正というような動きもある。事実文部省のほうから「改正にあたって検討すべき問題点」とか、それからまたこれに関する「十五の問題点」というようなものがすでに一部発表されておりますし、ずっと出されているというふうに伺うわけですけれども、一体いつごろからこれについて御準備を重ねていらっしゃったのか。どの部局の、どういうメンバーで御準備が進められていたかお伺いしたいと思います。
○政府委員(今村武俊君) 社会教育法の改正につきまして、文部省としてまだ態度をきめておるわけではございません。私、昨年の七月三日、現在の職を拝命いたしましたが、関係の方面から社会教育法の改正についていろいろ希望がございます。改正しろといって、中身については特に意見のない人や、あるいは中身を指摘して改正の要を説く人や、いろいろございます。社会教育審議会の中間報告の序文におきましては、この中間報告を基礎にして社会教育法の改正を検討すべきである旨の文言が書かれておりますので、事務的に、私のところの審議官を中心に事務局の者が、各方面で聞いております意見を参照しながら、事務当局の意見を加えてみて研究し、そうして都道府県の社会教育課長でつくっております社会教育課長協議会と相談しながら、目下、全く事務的に研究を進めておるという段階でございます。文部省として法案改正するという意思決定は、まだなされておりません。
○小笠原貞子君 文部省としては法案改正の意思はないというふうにおっしゃっていますけれども、一応文部省として「検討すべき問題点」と、それから「十五の問題点」というのをおまとめになったわけですね。それは文部省として、いまおっしゃったように文部省としておまとめがあるわけでございましょう。
○政府委員(今村武俊君) 私は、文部省として申し上げますのは、法律の改正案につきましては大臣の御決裁を得てきまるわけでございますが、その段階で、局の段階であるいは課長の段階でいろいろ検討いたします、そのまだ前の前の段階ぐらいの研究段階だ、こういう意味でございます。
○小笠原貞子君 研究段階でもけっこうでございますが、文部省が事務当局の中でこういうふうな準備をされている。これについては大臣もそのことは御存じでいらっしゃるわけですね。そうですね。
○国務大臣(坂田道太君) そのとおりでございます。
○小笠原貞子君 それで「社会教育法改正に関する十五の問題点」「検討すべき問題点」というのは、これは全部、質問形式になっておりますね。こういう問題点がある、これについて検討してほしいという形で出されているわけですけれども、これは研究とおっしゃいましたけれども、これは省内研究ではなくて、相当、外にも、各地方教育委員会、社会教育というふうな段階にまで出されているわけでしょう。
○政府委員(今村武俊君) 「十五の問題点」といわれますが、私自身もまだその「十五の問題点」をよく承知いたしておりません。私のところの局に、局長の命を受けて仕事をする審議官という職がございますが、その審議官を中心に研究を進めてくれということを、去年、局長就任直後に申しました。そうして局内の関係者等を集めていろいろ議論をし、そうして都道府県の社会教育課長何とか協議会という名前がついておるようでございますが、その会にはかってみて、事務的に、こういうことについて意見はどうか、あるいは対案はどうかといったことを研究しておると理解しております。
○小笠原貞子君 いろいろおっしゃいましたけれども、いろいろそういう意見を聞いて、そうして社会教育審議会とも相談して、そうしてまとめていらっしゃるわけでしょう。それは審議課のほうでまとめていらっしゃる、こうおっしゃるわけですが、その審議課でまとめていらっしゃるのも、局長さんのほうから、こういう問題が起こっているのだからこういうことについて検討してほしいとおっしゃって、そうして審議課のほうでまとめているわけでしょう。決して個人でやっているわけじゃないでしょう。そうすれば、結局それは文部省として、そうして社会教育局として審議課に対して、これについての検討をしろ、こういうことをおっしゃっているわけでしょう。
○政府委員(今村武俊君) 法案改正の意思決定はしてないと申し上げましたが、それは、文部省としてという場合は、大臣の御決裁を得なければならないので、御理解いただけると思います。 それから、私が審議官に、先ほど申し上げたような各方面の希望もあり、社会教育審議会の中間発表の序文にもあるので、検討を進めなければならないと思ったこと、その思ったことに基づいて審議官に研究をしてくれといったこと、それに基づいて研究がされているということ、それだけは私はそのとおりだと思いますけれども、それが直ちに文部省としてというぐあいにいわれると、文部省としてということばの意味に、私ども役所の組織体の中ではある意味を持たせますので、直ちに、そうでございますと御返事するわけにはまいりません。
○小笠原貞子君 じゃあ、この出された責任は、どこが出したのですか。こういう問題点をまとめられたわけでしょう。それでいまおっしゃったのは、今村さんが検討しなければならないと考えられて、そうして検討をして、こういうものがまとまったわけでしょう。そうすると、それはどういうことなんですか、私もよくわからないのだけれども、今村さんは文部省の社会教育局長でいらっしゃるわけですよね。そうすると、社会教育局長個人がまとめたのか、それとも文部省としての社会教育局長の立場で出されたのか、ということですよね。それは個人じゃないでしょう。
○政府委員(今村武俊君) 文部省としてまとめているわけでもないわけです。まだ原稿用紙の端に鉛筆で書いた程度のものです。しかし問題点であることは間違いのないところで、こういう問題について非常に関係の深い県の社会教育課長のところへ連絡をして、あるいはもらいに来てもらっていったのかどうかしりませんが、研究を進めておるというふうに私は理解をしております。
○小笠原貞子君 私は理解をしておりますというのは困るんですよね。私がこうやって拝見しますと、結局、いろいろ社教審のほうから中間報告があがってきた。いろいろとこういう問題があったと確かにきておりますよね。こういう問題についてその問題はこういう点だというまとめになっておるわけでしょうこれ、まとめになっておりますね。一つの検討すべき問題点と。だから問題点十五というふうになっておりますけれども、まとまっておるわけでしょうこれ。こういうふうにばく然として、研究段階だからこういうことも考えてくれとお出しになっておるわけではないんですね、こういうふうに問題を受けて、こういう点が検討すべき問題点だと、ここに「十五の問題点」があると整理されておるわけですよね。その整理されておるのが、おたくのほうで整理されておるとすれば、そうしたらやはり文部省の意向というものがそこになかったらまとまらないのじゃないですか、文部省がまとめないで、だれがそれじゃまとめたのですか。
○政府委員(今村武俊君) 私が文部省としてということばに少しこだわっておるのかもしれませんが、文部省の社会教育局のその一部分においてそういうことを検討しておるということでございます。
○小笠原貞子君 じゃこれは、文部省としては、全然文部大臣としてはこれには関係ない、知らないし、だから一審議課のほうでこれを出したと、こういうことなんですね。
○政府委員(今村武俊君) そのとおりでございます。
○小笠原貞子君 そういうふうにおっしゃいますけれども、やはり一審議課だといっても、単独に一審議課が別にあるわけじゃないんですよね。やはり文部省の中の社会教育局の審議課が独自にまとめたのじゃなくて、その答申を受けてそしてこういう問題があるんじゃないかと、こういう整理されたというからには、やはりこれは文部省の意向として問題点というものをつかんでいらっしゃるわけでしょう。
○政府委員(今村武俊君) 文部省としてということになりますと、法律案の改正でございますれば、局内の手続でも、各局長、各課長を集めて相談をして、局の意向をきめて、官房と相談をし、局長会議にかけて、そして大臣の御決裁を得て、そういう手続を経て、文部省としてということばにふさわしい手続が完備するわけです。また審議課じゃございません。審議官という官職でございますが、局長の命を受けて仕事をする一事務官でございますので、その審議官を中心に局のほうで担当者が集まって研究会をしておる、現在その段階でございます。
○小笠原貞子君 じゃ、それはあくまで省内で研究会をしておると、こうおっしゃるわけですか。
○政府委員(今村武俊君) 研究会をしておりまして、まあいままで、してきたということでございます。
○小笠原貞子君 それはいつから始まりましたか。
○政府委員(今村武俊君) いつからということはさだかにおぼえませんが、私が現職を拝命したのが去年の七月三日でございますから、それ以降でございます。
○小笠原貞子君 それでは、こういうものが省外に配付されていないんですか。
○政府委員(今村武俊君) 省外に配付されたかどうか、私ははっきり知りませんが、審議官のところで県の社会教育課長と相談をして研究をしているところを見ますと、その草稿の一部を渡したであろうと思います。
○小笠原貞子君 私がいろいろ聞いてみたところでは、「改正にあたって」という文のほうは、地方教育委員会の社会教育主事まで渡っている、「十五の問題点」は、県教育委員まで配付されて、これについての意見を述べてほしいと、こういうふうに言われておると伺ったわけです。それは事実ですか。
○政府委員(今村武俊君) 私自身はそういう意思表示をしたことはございません。ただ研究の段階でございますから。社会教育法ができたのは昭和二十四年でございますし、その後抜本的な改正がないまま社会情勢は激変しているわけでありますから、それについて都道府県教育委員会の意見を十分聴取することはよろしいのじゃないかと思います。おそらくそういうことを口頭で申しているのだと思います。
○小笠原貞子君 事実は違いますね。私が調べたところでは、みんな出ていますね。だから先ほど今村さん、省内研究だとおっしゃいましたが、省内で研究しているんじゃなくて、地方の社会教育主事にまで渡っている。「十五の問題点」は地方教育委員会まで渡っている。実際に渡って、そうして検討してくれと言われれば、文部省としてはそういうものを聴取したい、意見を聞きたいというふうに取るほうは受け取りますよ。それはさっきの答弁と違うでしょう。さっき今村さんは、外に出していない、省内の研究だとおっしゃっているが、事実出している。それはだれかが、かってに出したんですが、あなたが全然御存じないところで起こったんですか。
○政府委員(今村武俊君) 私が研究するようにという命令を出して、そうして研究をしているわけです。研究の途上において社会教育課長に資料を渡しただろうと思います。そう申し上げたのです。したがって、県のほうが文部省の社会教育局の審議官からこういう書類を渡されたというふうに理解することはこれは当然だと思いますが、私があくまでも文部省としてということばにこだわっているのは、法案を決定したわけでもございませんし、内部の手続を経ておりませんので、そういうことを申し上げているわけでございます。事実はおっしゃるとおりでございます。
○小笠原貞子君 事実がそうならば実際もそうじゃないですか。 それじゃ伺いますが、あした関東甲信越教育長会議というのが開かれるのですね、御存じですか。
○政府委員(今村武俊君) 何か聞いたような感じがいたします。
○小笠原貞子君 その関東甲信越教育長会議でも意見を述べてほしいというふうに伝わっていますよ。そうすると結局、組織的にもうそれは出したのは審議官だと、私が先ほど文部省としてと、私のほうも少しこだわり過ぎるかもしれませんが、やはり個人ということはないでしょう、こういう問題を出すのに。やはり審議官であろうと、だれがやろうと。だれが流したか知らないが、文部省としてまとめられた、それは文部省の意向としてと受け取られてもしかたがないでしょう。それであした関東甲信越教育長会議で意見を述べてくれ、あした議題になるのでしょう、そういうことになっている。それは私のほうは関係ない、やはりかってにみんなが研究していることだからという立場に立たれるんですか。
○政府委員(今村武俊君) 私はきわめて正直に申し上げたつもりです。文部省の一機構——一機構というか、文部省というのは大きな組織体でございますが、そのある部分においてそういう研究が行なわれている。その研究を命じたのは私である。そうしてそれが県の社会教育課長のほうに資料が渡っていてみんなで研究している、そのとおりでございます。文部省としてというのは、私がこだわるのは、大臣の決裁を得ておらない事務的な研究の段階であるということだけでございまして、関東甲信越ブロックの教育長の会議があるということは、おそらく聞いたことがございます。おそらくそういうところで研究を進められると思いますが、おそらくそのほうも県のほうの自主的な研究会であるからまことにけっこうである、十分研究していただきたいということを念願いたしております。
○小笠原貞子君 それじゃ、いまおっしゃったように、まことにけっこうだから、いろいろ討論して意見を出してくれ、その意見を聴取してまた文部省としても考えるということですね。いままでそういうような意見聴取をされたことはありますか。まだ全然そういう意見というものを聴取されていませんか。
○政府委員(今村武俊君) 私自身の率直な気持ちを申しますと、社会教育の関係者の方々は何かこの社会教育の振興がなかなか思うようにいかないので、じれったくなって、法律の改正をしろしろということを非常に言われるわけです。そして、どの条文をどう変えるんですかと申しますと、それはまだ考えておらぬがという話が多いものですから、地道に条文に即して研究していただくことは非常にいいことじゃないかと思いまして、研究をしていただくことをいまけっこうなことだと思って、その感想を述べたわけでございます。意見聴取ということをまだ具体的にやっておる段階ではございません。
○小笠原貞子君 これからそれじゃいろんなところでそういう意見をまとまったものはおたくで掌握して、そしてこういう意見だったということを公表するというようなおつもりはおありですか。
○政府委員(今村武俊君) 意見は聴取しまして、分類整理して、そして現行法を改正する必然性があるかどうかということを十分検討いたしたいと思います。そういう内部資料でございますから、公表という意味が研究していただいた人まで、皆さんの御意見を集めて分類してみるとこういうことだということを私がするところまでは事務屋として考えなきゃならぬと思いますが、何か公表という意味が、新聞の方々に発表するとか、そういう必要はなかろうと思っております。
○小笠原貞子君 大臣、伺いますけれどもね、この中身というのは御承知でいらっしゃいますでしょう。
○国務大臣(坂田道太君) 全然知らないんです。
○小笠原貞子君 今村さんは知ってらっしゃるんでしょう。
○政府委員(今村武俊君) 私も、大要を知っておるつもりでございますが、まだ詳しくは存じません。
○小笠原貞子君 新聞にも出てましたでしょう、私なんかも見ましたですよ。これやっぱり、社会教育というのは大きな問題でしょう。生涯教育にも大臣は非常に熱意を込めていらっしゃるわけですわね。その中で社会教育というのは大きなウエート占めるわけでしょう。この社会教育の改正というものが中間報告で出されて、これはもうそういう点もあろうかなと、改正することも必要かなと、内容によってはお考えになってるわけでしょう。それにもかかわらずですよ、これが出されているのに、全然中身ごらんにならなかったというのは、一体どういうことなんでしょうね。
○国務大臣(坂田道太君) いや、いま局長が申しましたように、その段階で検討しているわけでして、まだ局自体として局議にかけたりする前の前の段階なんですね。私の知る段階はやはり局議が終わって省議をやりますときに初めて出てくるわけです。しかしながら、私がこういう男でございますから、いろんなことに首を突っ込むわけで、そのプロセスにおいても一体どうなってんだと、こういうようなことはしばしばあるわけでございますけれども、このことに関しては私はまだ、実を言うと、ちょっと怠慢かもしれませんけれども、首を突っ込んでおりません。
○小笠原貞子君 首突っ込まれるとか突っ込まれないとかじゃなくて、これ小さい問題だと考えていらっしゃるのでしょうか、社会教育法改正についてのこういう問題点が出されておるということは。
○国務大臣(坂田道太君) 社会教育法の法律改正というものは、これは大きな問題です。
○小笠原貞子君 大きな問題だし、重大な問題で、しかも出されているにかかわらず、全然それについては知りませんということで通りますでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) 私は全然知りませんとは申し上げません。大綱については存じているつもりでございますとお答えいたしました。
○小笠原貞子君 それじゃ、大綱について御存じというのも、やっぱり担当の責任を持っていらっしゃる方としては不十分に私は考えられるわけですね。私などのような、ほんとうに一年の政治家でも、まして文教担当をしておりまして、社会教育というものを考えれば、これはたいへんな問題だなと、すぐに見るわけですよね。そうするとまたそちらさまもお忙しいかもしれないでしょうけれども、たいへんに御専門でいらっしゃるわけですよね。ごらんにならなかったなんということでは、まことに無責任な態度だと、私は遺憾の意を表したいと思うわけです。 それで、次に移りますけれども、こういう案がもう事実、案といいますか、こういう問題点というものが指摘されておると、現に意見を出されておるのを聞いて聴取もする用意があるということになれば、そうしたら大体こういうものが出されて意見を聴取して、そうして、それに対して聞くところがあれば改正すべきだと当然お思いになるだろうと思うのですけれどもね。そういう改正ということを頭に考えていらっしゃいますか。
○政府委員(今村武俊君) 社会教育審議会の中間報告でございますが、その中に「この答申ではできるだけ網羅的に問題点を整理したので、課題の指摘が概括的にとどまったきらいがあるが、さらに、現行法令の改正を含むより具体的方策の検討が必要であること。」、こういう指摘がございますが、現行法令の改正をすることは、審議会のほうで予期されておるところではないかと私は考えるわけでございます。したがって、現行法令を改正する必要があるのではないか、あるとすれば、どういう点が問題であろうかということを模索しておる段階でございます。
○小笠原貞子君 そういうふうに報告でも指摘されたと、いわゆるこういう問題点を出して、意見を聴取している段階だと、大体いつごろめどにそういう問題をはっきりさせるということを考えていらっしゃいますか。
○政府委員(今村武俊君) 社会教育審議会の答申がおそらく三月には出ると思います。それから関係の人々の意見が夏ごろまでには出るのではないかと思います。それから、現行法と御意見とを照らして見て、改正の必要ありや否やという問題、それからまた文部省関係の提案されるべき他の法案とのかね合い、そういうことを考えてみなければなりませんので、私自身としてはまだめどが立たないというのが現在の心境でございます。
○小笠原貞子君 何月何日なんというめどじゃなくても、大体八月段階とか、今年じゅうとか、それとも来年だとかというような大きなめどということをお考えになっていらっしゃいませんか。
○政府委員(今村武俊君) 私ども事務屋でございますから、常に最善を求めて努力しなければならないわけでございますが、いつごろといったような、そういう問題につきましては一局長のよく判断するところではないと思います。これについては大臣最高の御処断をいただかなければならない、かように存じております。
○小笠原貞子君 特に教育審議会からの中間報告というものは大臣もお読みになったと思いますが、それの報告をごらんになりまして、現行の社会教育法というものがもう相当時間がたっている、これはやっぱり考えなければならない、改正する必要もあるのじゃないかというようにお思いになっていらっしゃると私は思うのですけれども、大臣はどう思っていらっしゃいますか。
○国務大臣(坂田道太君) これはどうしたほうがいいかをやはり考えなければならない、ですから、それにはやはり問題点を少しちゃんと整理しまして、それからその問題点についても、ただ私たちだけではいけない、いろいろの人たちのお話を承わらなければいかぬというふうに思っております。そういうわけで、いまずっとお話のやりとりを聞いているわけですが、すなおに局長はお答えをしているのじゃないかと思います。で、そのプロセスにあるから、それは事実はそうかもしれないけれども、それをはっきり文部省としてなんと言ってかしこまられて質問を受けると心臓が弱いほうで、ああいう答えになったのだろうと思います。そういうわけでございますから、先生のほうでもそういういろいろお考えにならないで、すなおにお考えいただければおわかりいただけるのじゃないだろうかと思います。
○小笠原貞子君 私のほうがすごくすなおなんですよ。だからこれを見てすなおにこう受け取って伺っているわけですから、こっちのほうがずっとすなおに受け取って質問をしているというふうに、偏見を持たないで質問に答えていただきたいと思います。それで今村さんのほうでは大体大綱は御存じと、もちろん大綱とおっしゃっても御専門の方だからよく御存じだと思うんですけれども、この内容の問題点というのを見ますと、非常に心配な点が出てくるわけなんです。それは、やっぱり社会教育というのは、要するにそれぞれが人間としてどんな場所においても、どういう立場の人でも、どこでも自由に教育を受けるという、そういう権利がございますですね。そうすると、そこにやっぱり大事なのは、自主的に求めるわれわれの側と、それを援助してそういう場を与えるという立場とがうまくいかなければならない、そういうふうに考えると、やっぱり、きょう宮地さんがお残りになっていただけば私、再度確認したいと思ったのですけれどもね、現行の「改正社会教育法解説」という中で宮地さん自身が書いていらしっしゃるのですよね。もう一度読んで勉強していただきたいのですが、それから、これは昭和二十七年十二月に地方教育委員会のための社会教育の手引というのも出ていますね、私もこれを一生懸命に読ましていただきましたわけですね。そうすると、いま言ったように社会教育の一番根幹は何だといったら、自主性を持って、そしてこれに援助して教育する場を与える、環境を醸成するということがやっぱり主体だと思うのです。その点については大臣も同感だと思うのですよね。 それで、現行法を見ますとね、これは三条にそれが書いてあるのですね。第三条、初めのほう云々と書いて、「すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るように環境を醸成するように努めなければならない。」と、こうなっているわけでしょう。これは非常に私は大事な点だと思って、この姿勢でやっていただければいいなと、こう思っているのです。 今度これ出ました。その問題点の中で、第三条というところ、まあ地方公共団体の責務という問題になるわけなんですけれども、ここのところにはそれが抜けちゃっているんですよね。そういう環境を十分に醸成するような努力をしなければならない、というのが抜けております、今度のまとめられたものの中にはね。そうすると、先ほどから言っているような、一番大事な自主性を尊重するというようなことが、私もずいぶん苦労を受けたほうなんです、婦人団体として、社会教育のほうの御指導で。そうすると、いままででもそういう点が心配されたのに、これを抜かれているということは、そこのところの社会教育を発展させるといいながら、そういう自主性が押えられるような、むしろ押えるような形になってくるということについて、非常に私は心配するわけなんです。この辺のところについてどういうふうにごらんになっていたでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) どうも恐縮でございます。みんながつくってきた改正条文の全部を見なくてものを言っているわけで恐縮でございますが、何かつくってきた案文を見ましたところ、百十条ぐらいございました。そして、現行法と同じような条文もたくさん入っておりまして、問題になるところだけみんなで議論してみたらどうだというようなことを言った記憶がございます。 それから、現行法、社会教育法第三条は、社会教育審議会の中間報告のまさに基調トーンになっております。私自身も教育基本法の七条ないし現行社会教育法の第三条は、まさに中間報告のトーンそのものでございますので、変更を加える必要がないのではなかろうかという気持ちで日々条文を読んでおるのでございますが、そういうたぐいのものであるからことさらにあげていないのではないかというふうに理解します。
○小笠原貞子君 その点については大臣も同様にお考えになっていらっしゃいますか。
○国務大臣(坂田道太君) 私も書いたやつはよくわからないのですけれども、しかしあれでしょう、社会教育というのは自発的といいますか、それがなければ成り立たないんですね。そこで、国としては、その環境を整備する、あるいはチャンスを与えてやるということじゃないかというふうに思いますから、その基本は私はそういうふうに心得ておるわけでございます。
○小笠原貞子君 それじゃ安心をいたしました。 それではまたこの第九条の三というところに、社会教育主事の問題が出ているわけですよね。ここにも社会教育主事について、「社会教育を行なう者に専門的技術的な助言と指導を与える。」そしてその下に「但し、命令及び監督をしてはならない。」と、こういうふうにきちんと書かれているわけですね。こういう点もまとめられたものの中には出てこないということが気になったわけですけれども、これはもう当然必要なことだというふうにお考えになりますでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) 社会教育主事が専門的な指導と助言を与える、命令、監督をしてはならないという趣旨はそのとおりだと思います。 ただ、現在のところ明瞭でないのは、いかなる専門性を持たなきゃならぬかというその内容がわかったかのごとくしてなかなか明瞭に分析されていないところに社会教育主事養成あるいは研修上の問題があると考えております。
○小笠原貞子君 現在の社会教育の中での青年学級とか婦人学級とかずっとつくられていますね。それが年々減っていますね。参加者、学級数というのが。それはどういうふうにごらんになっていらっしゃいますか。
○政府委員(今村武俊君) 青年なり婦人のその自主的な、自発的な意欲、意向によるものと考えております。
○小笠原貞子君 私が伺ったのは、年々減っているわけです。たとえば、青年学級調べましたら、青年学級が三十八年と四十五年比べますと、三千四百八十九減っているわけですね、五千四十一学級あったのが。減っているのですよ、青年学級そのものも。それから参加者も減ってきているわけです。婦人学級も漸次的にこう減少してきているというおたくのほうの調査の資料で見たんですよね。そういうふうに、社会教育は大事だと、振興したいといろいろ苦労されているのだろうけれども、こういうふうに減ってきているのは一体何が原因で減ってきているのだと、その原因はどこにあるのだとお考えになっていらっしゃるかということを伺いたい。
○政府委員(今村武俊君) 青年学級につきましてはずいぶん減っております。昭和三十年当時百九万であった青年学級の学級生が四十四年には二十万といったことで、五分の一にも減っております。これは青年学級というのが、当初東北地方から始まりました農村青年を中心とする、何といいますか、中心として考えられた青年学級を基本としながら、法律を構想していった関係がございまして、農村青年自体の減少という絶対要件がございますとともに、また社会教育において、従前と違って高等学校への進学率も非常に増大してまいりました今日、学校教育から取り残されている者を補充して何か教育を授けてやろうといったような考え方が基底のどこかに流れているのじゃないか。そういうところがこの学級数が漸次減少してまいった理由であろうと思っております。 それから、婦人学級の問題につきましては、まあ婦人の生活の形態が非常に変わってきている。それからまた、婦人の希望を満たすに足りる婦人学級の運営がなかなか現実問題として運営困難で御要望に沿い得ない実情がいろいろあるのじゃないか。そういうところが問題でもございます。また、私どものほうでそういうところの分析がクリアーでない点もございますので、いまそういう点を検討しておるところでございます。
○小笠原貞子君 私のほうも実際に青年だとか婦人たちとかいろいろ話しまして、やっぱり減っているのは農村青年が減ったということも一つの事実だと思うし、生活形態が変わってきた、それもそのとおりだと思うのですよ。だけれども、行ける人も行かない、行かなくなっちゃったというところにやっぱり検討しなければならない問題が残ると思うのです。どうして行かないんだといったら、やっぱり自分たちが求めているものが、要求されているものが与えられないわけなんですよ。それからまた、やはり非常に地域的にも行きやすい場所にそういうものをつくられていないというようなこともあるし、別に全部べったりついて指導なんてしていただかなくてもいい、自分たちはこうしたいのだと要求を持っている青年がいっぱいいるわけですね。特に生きがい論というのが出てくるように、これから自分はどうしたらいいのだ。とにかく話し合いする仲間がほしい、そこでは自分たちが自由に運営してやっていけるというものを持っているわけですよ。それが結局そういう講師はいけないとか、そういうことでは場所を貸さないとかというような民主的な運営が保障されていないという問題と、いまの青年たちが求めているいろんな要求というものをすなおにそれこそ受け取っていないというところがやっぱり問題だと思うのです。私は数が減ったというだけじゃなくて、やっぱりそういうふうな小さくてもほんとうに青年たちが生きる希望が与えられるような青年学級や婦人学級というものができなければならないと思うのです。そういう意味で自主性とか地域性とか多様性がある。その中である要求を満たし地域的に運営できるという保障をやっていただくという指導が大事なんじゃないかと思うのです、そういう点に私は分析しているのですけれども、どうでしょうか。
○政府委員(今村武俊君) 私も大体同感でございます。ただ社会教育の長年の歴史がございまして、明治から大正時代の通俗教育の時代、大正後期から昭和の前期にかけての教科教育、インドクトリネーションの傾向を持った社会教育の傾向がございまして、いまなお社会教育主事は布教し、説教して歩かなければわが職をつとめていないと感じておるような社会教育主事さんが非常に多い。そうじゃなくてもう少し社会教育主事の専門性の内容を分析いたしまして、そういう住民の学習欲求を組織化し、これを何といいますか体系化し、広めようとしていくといった社会教育主事の専門性が確立されなければならない、かように考えております。
○小笠原貞子君 時間がだんだんなくなりましたので、簡単にお答えいただきたいのですけれども、第八番目に問題点として、社会教育団体に登録制を設けることについてどうだというのが出ていますね。社会教育団体に登録制を設けるなんて私はとんでもないと思うのですよ。先ほどから大臣がおっしゃったように、自主的にいろんな自分たちの要求でもってつくられてきて、発展させていかなければならないのに登録する。しかも登録というものがこうこうこういうような条件だと、これに該当しなければ登録をされないというような点があれば、ここでもうはっきりと押さえられてしまうという危険性があるのです。この登録制の問題というのは個々にいいか悪いかなんかじゃないですね。こんなことはしちゃいけないことなのか、したらどうかというような問い合わせを出しているということは問題だと思うし、こういう登録制というのは先ほどから言われたように教育基本法にも憲法にももとる。社会教育団体にこういう登録制をするのはとっても間違った逆に向いている方向だと思うのですが、その点はどうお考えになりますか。
○政府委員(今村武俊君) 私も当初草案を見ましたときに、おそらくこの点は最も世間の非難が集まる点だろうと思いました。それは内容をよく考えなかったり、ふわっと読んだりする人がそういう非難をするだろうと思いました。そういう意味は登録制ということが何か登録することによってコントロールするのだという印象を普通詳しく読まなきゃ持ちがちである。しかし、世間の人は決して詳しく読んでくれないからそういう誤解あるいはそういう非難が起こってくるだろと思いましたが、予測のとおりという感じがいたしますが、実はその案文を書いたときには、社会教育関係団体が税金をまけてくれという希望が非常に多いわけです。従来、税金関係で大蔵省の関係とかけ合ってみますと、社会教育関係団体といって、大体どの辺がボーダーラインになるのだということ、そのボーダーラインのはっきりしないものに税金をまけてやるなどということはできませんということで、いつもあしらわれるわけです。それでその条文には、おそらく配ってあるものにどの程度書いてあるか知りませんが、税金に関する減免を受けることを目的としてのみの登録というようなことであって、それ以外の目的に全く使うものではないということをくれぐれも書いて条文にしなければ、おそらく非難があるからということで、十分意識をしておりましたが、そういう趣旨で書いた法律でございます。
○小笠原貞子君 その税金の問題からというのは、私のほうもふわっと読んだわけじゃなくて、ちゃんと読んだのですよ、そのことは。だけれども、それはお金の面での問題ですよね。私がさっきから強調しているのは、やはりこういう社会教育団体というのは、自主的に自発的に活動していく団体でしょう。それがお金の問題で、税金の問題からこれは登録しなければならないという、やはり登録するものと登録されないものというのが出てくるわけでしょう。当然そうでしょう。すると、そこに発展させる阻害になる問題、残りましょう。だからこれは私はその税金の問題で登録だなどというものが持ち出されたということではなくて、すなおに考えても非常にこれは本来の社会教育発展には逆行する問題だと私は考えているのです。大臣、どうお思いになります。
○国務大臣(坂田道太君) ちょっとその点は私、まだわかりません。ですけれども、いまのお金の問題はやはり大事な問題でございまして、ことしの予算の折衝のときも社会教育団体というものを何とか免税の対象にしよう、指定寄付の対象にしようということでございました。ところが非常にばく然としているということで、どうしてもできない。しかし社会教育団体の方々からこんな弱腰じゃだめじゃないか、もうちょっとがんばれといわれたわけですけれども、ついにことしはだめでございました。しかしながら、たとえば体育関係、先ほどもお答えを申し上げました体育協会、これは指定寄付の免税を獲得をしたわけです。そういうわけで、ある程度、社会教育団体に対しましてもそのような恩恵を持たせるということも、またこれはわれわれの一面の責任でもあろうかと思うのでございますけれども、まだその法案をどうこうというわけじゃございませんので、十分その点は検討してみたいと思います。
○小笠原貞子君 だから社会教育団体の財政が非常に足りないから免税をするというそういう点が悪いといっているのじゃなくて、それと同じ問題として、すぐに登録制ということになると、幾ら何といわれても、やはりそこのところで非常に危険なものが出てくるわけなんですよ。だからそういう財政面での配慮というのは登録制で解決するのじゃなくて、何かほかの面で考えるというようなことを考えていただかなければならないと、そう思うわけです。やはり登録制ということによってやはり統制がきかされるということは、ふあっとした危惧で非難されるとおっしゃいましたけれども、やはりいろいろいままでの生活経験の中から、歴史的な経験の中から、そういう心配というのは出てきているわけですから、この登録制という問題は十分に配慮をして、社会教育団体としての自主性、自発性、それをそこなわないという先ほどから御証言いただいておるその原則をきちっと踏まえて、そのあとの問題として、お金の問題として、別の問題として考えていただきたいということをお願いしたいと思うのです。 もう一つ問題になりますのは、社会教育振興財団構想というのが出ていますね、第九の問題の中に。それでこの社会教育振興財団構想というものは一体どういうふうな構想で出されているのか、聞かせていただきたいと思うわけなんです。
○政府委員(今村武俊君) まだばく然とした考え方でございますけれども、ただいまの税金の減免と関連するわけでございます。登録制についておそらくいろいろな反論も出てくることを期待——期待といいますか、予想、予期をいたしております。それでそういう関係の問題と、何といいますか、択一的な問題としてその登録制を設けないとしたような場合に、社会教育関係団体という団体が、限界がぼうばくとしてはっきりしないので、ある特定の、ちょうど体協みたいな形になると思います。体協とか私学振興財団とかああいう特定の団体をつくっておいて、その特定の団体に対して寄付があった場合にはその寄付金について所得税の減免があるというぐあいに考えて、そして社会教育関係団体のどの団体を特定するかはその民間団体である振興財団の機構が決定をするといったようなことが考えられないものであろうかというような発想でございます。まだ詳しいことはきわめておるわけでもございませんし、そういうことを登録制との択一的な問題として別に考えてみたということでございます。
○小笠原貞子君 実は私も、この社会教育振興財団というのが出されたの見て、すぐ私学振興財団というのが頭にくるわけなんですよ。あのときも私が質問しましたよね。結局財政的な配分という、その配分権でもって、やっぱりそっちでは関係ないと言われても、それをもらうためにはこうしなきゃならないという、教育の内容とか、管理、運営の問題というものが、お金でもって制限されてきているわけですよ、事実ね。介入もされてきているわけです、客観的に見てですよ。そっちでは介入されてないと言ってもね。そういう心配が、ここでまた財団というものをつくられると、これもまた社会教育全体だから、今度は対象をうんと広げるわけですから、そうすると、ここでまさに社会教育をにぎって国民的コンセンサスをつくるんだ、うん、なんてやられると、これは、ほんとにすなおに考えて非常に危険だということになってくるわけなんです、ものの順序といたしましてね。だから私は、その辺でこの財団というものも、やっぱりこれは相当検討されなければならない、だからあくまで、先ほど言った憲法、教育基本法、そして社会教育を発展させるための重要な問題としての自主的な問題、民主的に発展させるという問題というものをしっかり踏まえないと、そこはことばでは、そのとおりでございますと言いながら、出てくるものがこれで押えられるとたいへん困るということで、ひとつ十分な検討をしていただいて、本質をはずさないようにということをしっかりお願いしたいわけなんです。大臣も社会教育、生涯教育、非常に熱心に言ってらっしゃるわけなんですけれどもね。やっぱり一生懸命にやってると言われたって、やっぱりその環境設備ですよね。そういうものがなければ、またそういうものがありさえすれば自分たちで運営してこのサークルをつくりたい、これやりたいで、ほんとにいま青年たちの要求はものすごい深刻な要求になってるんですよね。それも実際面でどの程度保証していくかという、この保証がなければ、いくら大事だ、生涯教育大事だと言われたって、ほんとに絵にかいたもちにしかすぎないわけです。文部省のほうとしての統計では、四十三年度の分しか出ておりませんので、その後少しは出てると思いますけれども、たとえば図書館を見ますと、全地方公共団体の中で、図書館があるというのはパーセンテージにすると一九%なんですよ。ほんとにもうひどいものです、これ見ますと。それから今度社会体育施設ですね。これ見ましても、まあ市町村が三千三百四十幾つありますわね。その中で、運動場広場というのは四百十九という数出てますね、これ見ますと。それからまた公民館というのは、だいぶ予算をつけてくだすって、大臣所信表明で非常に自信持って言ってらっしゃいますけれどもね、公民館だけが社会教育じゃないわけですよ。やっぱりもっといろんな種類がいるわけでしょう。だから科学博物館みたいなものもほしいし、博物館に至りましては全部で三百三十八しかございませんよね。それから青少年、おとなの方はちょっとがまんしてということがあっても、青少年の施設にいたしましても一七%です。全三千三百四十五の地方公共団体のうち一七%ですよ。この数字ごらんになって、ほんとに社会教育というものをどういうふうに考えていらっしゃるのかということですね。時間がありませんから、最後に、これで質問やめますから続けて伺いますけどね。じゃ、今年度の予算どうなのかと、今年度の予算見ましても公立図書館が大型で三館でしょう。それから普通型というのですか、これ九館、合計十二ですよ。それから公立博物館大型四館、普通型二館、児童文化センター三館なんですよ。だから私たち話を聞きましてね、大臣の所信表明演説伺いましてね、ほんとうにそうだ、やっていただけそうだなと思うのだけれども、事実であらわれてくるものはまことにお粗末ですよ。これが文化国家なんといえるか、GNP何番といえるか、この事実で考えていただいて、一体これでいいのかどうかということなんです。ほんとうにその辺のところを、内容を民主的にやるということと一緒に、こういうものについてどのくらい取り組もうという姿勢を持っていらっしゃるか。また社会教育全般について、ほんとうにどこをいま必要な重点として考えていらっしゃるかという大臣の決意も伺いたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 確かに、いまおっしゃるように、たとえば博物館であるとか、図書館であるとか、あるいは青少年の施設というものがはなはだおくれておるということは御指摘のとおりだと私は思っておるのです。従来なぜ社会教育が大事だといわれながらつかなかったかということを実は深く反省したのです。で、去年も荻原先生や小笠原先生、内田先生皆さんから、いろいろ社会教育について私に、足りない足りない、もう少し充実しろという御激励を受けまして、私もありがたく御激励を受けたわけでございますが、何とかしてその社会教育の予算を獲得するために 、財政当局を説得するこの知恵を生み出さなければならぬと考えまして、社会教育局長と相談をいたしたわけです。どだい社会教育に従事しておられる方々が、どうも文部省口では社会教育を充実すると言うけれども、毎年毎年やるが、まあ公民館にしたところが一〇%増、二〇%増、それで公民館はよくやってくれたというようなことだということで意気消沈してしまいましてとてもだめだと、こういう空気があったことは事実でございます。ここで少しはずみと申しますか、気合いと申しますか、やればいけるんだ、こういう気分をまず社会教育団体の方々に持っていただくということが必要じゃないか。そのためには、財政当局を説得するためにはあるところを、社会教育の中で遠慮するのは遠慮しちゃって、そうしてひとつ重点をきめて、まずそれを突破する、こういう作戦を実は考えたわけです。したがいまして、御指摘の博物館やその他に実はしわ寄せがあるいはきているかもしれません。そういうことですが、とにかくまず人の集まる場としての教育、社会教育の場である公民館というもの、しかも昔のような公民館ではなくても、世の中がこれだけ発展してきておりますから、やはりつくるとするならば相当のものをつくらなければ魅力もないわけで、人も集まらないわけでございますから、その意味において中型、大型というものに重点をおいて考えていく、そうして予算もとにかく四倍を要求するといってがんばったのですが、そこはやはりものには限度がございまして十億円、しかしながらこの十億というのがいままで二〇%、三〇%と比べれば二倍半ということで、これは私自身としては小さなあれじゃございますけれども、かなりうまくやれたなという感じがある。そうしてそのことは自分たちもあれだけ努力をし、各先生方にお願いすればやはりできるのだなという自信力を社会教育団体が持たれたわけです。同時にこの社会教育研究所というものを、先生方もきていただきましたけれども、あそこを改築するというこの予算も獲得した。ここで社会教育を進めていく場と、それからその人の養成という一つの二本柱を獲得して、それから来年度は博物館とか、そういうところに移っていこうという気持ちでございまして、確かに御指摘のとおりに私はこれで十分だとは考えておりません。しかし、生涯教育の中において、これからは、むしろ社会教育というものが、非常に大事であるし、人間性豊かなおとなや子供たちを、そういう前提があって、この世の中というものは住みよくなるわけでございますから、やはり、そういう図書館とかいうものは、どうも最近、テレビ、ラジオがあまり発達しすぎて、視聴覚的な呼びかけだけで、知識を吸収しておる。人間は考える動物でございますから、もう少しものを考えるためには、活字に親しませて書物を読むような習慣を子供のうちからつけながら青年もつける、単に享楽的なことだけに走らないで、ものをじっくり考えるという、そういう習慣を養うというのが、ぜひとも図書館なんかを充実しなくちゃならぬという基本的な考え方はわれわれふだん考えて、まあ努力をしておる、そのことだけは小笠原さんもひとつ御了解をたまわりたい、こういうことでございます。
○小笠原貞子君 たいへん御努力なすったということはすなおに受け取るといたしまして、まだ問題点があったんですけれども、時間がないから一つだけ簡単に言いますと、人事の問題で社会教育主事というのと主事補ですね、参事というものを設けることについての可否、こういうのが出ているでしょう、まさにわれわれから言わせれば、職階制の持ち込み、官僚統制、そういう筋書きにのったようなことが出てくるのです。その辺のところも非常に私たちとしてはこれは不本意だ。こういうような職階制みたいなものをつくるということは考えるべきではないと思うのですけれども、その点はどう考えていらっしゃるかを最後に伺って私はこれでおしまいにしたいと思います。
○政府委員(今村武俊君) 私自身は参事などというおかしな名前をつくらぬほうがいいだろう、前に意見は言っておりました。参事とか何とか、そんなのこのごろわかりません、非常にむずかしいことを言って。それよりもまじめに考えなければならぬのは、社会教育主事の専門制、その機能が今後いかにあるべきかということにもう少し突っ込んで積極的に分析をしていって、その分析された各事項について専門的に養成し、研修することのほうが大事じゃなかろうかという意見は言っておりました。
○委員長(高橋文五郎君) 他に御発言がなければ、本件についての本日の質疑はこの程度にとどめます。 本日はこれにて散会いたします。 午後五時十二分散会 —————・—————