物価等対策特別委員会 第6号
- 発言数
- 105 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1971/05/19
会議録
○委員長(佐田一郎君) ただいまから物価等対策特別委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、田代富士男君が委員を辞任され、その補欠として三木忠雄君が選任されました。 —————————————
○委員長(佐田一郎君) 当面の物価等対策樹立に関する調査中、物価対策の基本方針に関する件及び公正取引委員会の物価対策関係業務に関する件を一括して議題といたします。 質疑のある方は順次御発言をお願いいたします。
○阿具根登君 物価問題について質問に入るわけなんですが、私は形を変えた質問をしてみたいと思うのです。 通常、物価高と言えば、生活必需品が主体になっておりますが、私は、より以上に、今日の状態の中で、社会保障も完備しておらない中で、一たん病気になった人が薬についての相当の出費をしておる、かように思うわけなんです。薬のことですから、宣伝しなければわからぬと思うのですけれども、膨大な宣伝費をかけて、そうして薬屋さんは高額所得のベストテンの中に入っておる。昔から薬九層倍と言うが、薬屋で損したものはないと言われておるのですが、今日の状態の中でもそういうことでいいのだろうかと、私はこう思うのです。 それで、これは大臣にはちょっと無理かもしれないので、関係の方でひとつお答え願いたいと思うんですが、たとえば、テレビの宣伝を見ておりますと、「あなたはうがいをすると歯が痛いと言っておられますが、歯ブラシが悪いんじゃないんですよ、あなたは歯槽膿漏です、歯槽膿漏の方ならばこの歯みがき粉を使えば歯槽膿漏はなおります」、こう言っているわけです。そうすると、これはお医者なのか、この歯みがき粉というのは薬なのかどうなのか、私にはわからないわけです。私が知っている範囲内では、歯槽膿漏というのは相当の人がかかっておる、そうして非常になおりにくい病気だ、こう聞いておる。ところが、テレビでは朝から晩まで、目から耳から入ってくる。ある特定の歯みがき粉を使えば歯槽膿漏はなおるとするならば、それは薬でなければならぬ、こう思うんですが、その点について、どういうふうにお考えになっておるか、お答え願います。
○政府委員(武藤き一郎君) 薬の公告の問題でございますが、ただいま先生が例をあげられました歯みがきの問題でございますが、歯みがきは化粧品と部外品に分かれておりまして、部外品と申しますのは、薬事法の中で、医薬品よりも作用が軽度でございまして、薬にたとえますと仁丹というようなものが大部分でございますが、それに、部外品として歯みがきとして承認、許可されておるわけでございます。したがいまして、そのものの中には歯槽膿漏の予防というような効能をうたっておる部分がございます。もしも先生の御指摘のように、歯槽膿漏がなおるというようなことを宣伝しておるとすれば、それは私は非常に不適切だと考えます。きくということでありますれば。先生がおっしゃるように、歯槽膿漏というのは非常になおりにくい病気でございまして、原因等も、まださだかでないようでございます。いろいろ歯石を取ったり、あるいはマッサージをしたり、そういう場合に、歯みがきによって、たとえば多少消毒効果等もございますので、そういう点で部外品としての許可を与えておるもので、先生がおっしゃるように、それによってなおるというようなことが行なわれておるとすれば、それは非常に不適切だと私は考えます。
○阿具根登君 これはむずかしい問題だと思うんです。たとえば、それは歯槽膿漏の予防だというなら、一ぱいの水でも、「うがいしなさい、うがいをすれば歯槽膿漏の予防になります」——したがって、これも予防になるんです。ところが、これは、そういうように特定の人がテレビ等でばく大な金をかけて宣伝しない。それでは、歯みがき粉はこれは歯槽膿漏にきかないのか。それでも歯を清潔にして磨けば歯槽膿漏の予防になるわけです。そうして、水なり何なりだって、口をうがいしさえすれば歯槽膿漏の予防になる。そういう結論になってくる。そうして、薬ということになると、一体薬はどの人のからだにきくんだ、歯槽膿漏なら歯槽膿漏にきくんだということは、これは医者でなければ言えないと思うんです。一般の人が言っていいかどうか。
○政府委員(武藤き一郎君) いわゆる物質で効能、効果をうたいますと、これは薬になるわけでございまして、それは薬事法上の許可が要るわけでございます。したがいまして、そういう効能、効果があるというふうなことを厚生省の許可なしにやれば、それは薬事法違反になるわけでございますが、ただいま先生の、有名人がそういうことを宣伝するのは適当かどうかというお話でございますが、これは、薬事法の六十六条に、誇大広告等について一つの規制の条文がございます。これに従いまして広告の適正基準というものが告示できめられておりまして、その中にも細部にわたりまして規定があるわけでありますが、先生の御指摘の有名人の問題につきましては、この法律の規制の運用基準以外に、業界のほうで自粛要綱というものを定めておりまして、有名人が特定の医薬品を推薦または常用している旨を広告することによって、その医薬品の効能効果を誤認させるおそれがあるようなことは厳に自粛する、ということが自粛要綱の中にきめられておりまして、その線に沿って指導しているわけでございます。 それから重ねて——この広告の問題が絶えず問題になるわけでございまして、昨年の八月には、重ねて、こういうふうな自粛要綱をきめさせております。それは、「広告に使用される人物の状態、動作等から、その人物の有するすぐれた技能、体力等が当該医薬品によって発揮、又は維持されているかの如く誤認させる表現をしないこと。」というようなことで、いわば当局の行政指導によりまして、そういう自粛要綱をきめさせて、先生もあるいは御認識いただいておるかと思いますけれども、従来は、運動選手が走り回っているわきで薬の広告をするとか、あるいは活劇俳優が何か動作をやっているところで薬の宣伝をしておりましたが、そういうことは最近はなくなってきでおります。しかし、一部には、有名俳優等を薬の宣伝に使いまして、あたかもその有名人が効能をアナウンスすることによって、いわばその薬の効能というものを誇大に消費者に印象づけるというようなことが間々ございまして、こういう点につきましては私どもは厳に現在指導をしておるところでございます。
○阿具根登君 そこまで質問していなかったのですが、そこまでお答えになったから申し上げますが、第一にお尋ねしたいのは、薬事法によってきめられた人でない、医者でも薬剤師でもない人が薬を売っていいかどうか、薬の宣伝をやっていいかどらか。また、その場合、確かにあなたがおっしゃるように、ずいぶん自粛されてきておりますけれども、有名な芸能人が、あたかもこれはききますよと言わんばかりに言わなかったら宣伝にはならないのです。しかし、何の病気にこれはききますよとは言わないけれど、「これを飲んだら非常に胃の調子がよくなりますよ、みんなそう言っている、これが薬の効能ですよ」、これはいわば完全な薬の宣伝なんです。——薬には、反作用があるとか、副作用があるとか、あるいはきかなかったとか、そういうふうに、薬というものは必ず何かの副作用があるはずだと私も思うのです。そうした場合には、一般聴視者は、その薬がどういうものか知らない。ただ、それを宣伝した人が、あの人が言うのだからということで、それを飲む、買う、こういう効果をねらって有名人を宣伝に使うのだと思うのです。私が知っている範囲内では、ある有名な芸能人は、私は薬の問題はわかりませんけれども自分が知らない問題で大衆の方に宣伝する責任を私は負い切れませんと言って、やらない方もいるのです。やる人が悪いと言っているのじゃないのです。私はそうしてもらいたいのです。 で、そういうことが一体いいことかどうか。いま徐々に直っていると言っているけれども、病人は徐々ではないのです。朝から晩まで、テレビのチャンネルをひねれば、どっかで薬の宣伝をやっていないところはないのです。そうした場合に、私は、薬というのは資格を取った人でなければ売ることはできないと薬事法にきまっておると思うんです。富山の薬と、それからたしか十四、五年前、助産婦さんが避妊薬かなにか売っていいということをきめたと思うんです。それ以外売ってはいけないと思うんです。売っていけないということは、自分が売買するだけができないのであるかどうか、これはいい薬だからこれを買いなさいと言うことは売買に入らないのかどうか。もしもそれが許されるとするならば、私はこの法律は全然役に立たない、こう思うんですが、その点いかがですか。
○政府委員(武藤き一郎君) 先生の御指摘のように、薬は、薬局その他の、資格がきめられております人が、きめられた場所で売るようになっております。したがいまして、それ以外で売りますと、これは薬事法の違反でございます。それから、有名人等が薬の効能等を保証するような表現をすることは薬事法の広告基準に違反いたしますので、当然に薬事法違反になります。それから、有名人が推薦もしくは常用しているということで効能、効果を誤認させるようなことを言いますと、これは、先ほど申しました、私どもが指導しております自粛要綱違反でございますので、この点は十分行政指導をしなければいけないということで現実に指導しているわけでございます。先生の御指摘のように、そこのボーダーラインのところで、率直に申しまして、業界のほうは、なかなかうまく、すれすれのところでやっておりまして、絶えずそういう点を私ども注意をしておりまして、改善につとめてきておりますが、なおそういう具体的な事実がありますれば、さらに今後とも漸次改善をいたしたい、かように考えております。
○阿具根登君 あなたは、そういうことがあるならばというような表現なんだけれども、テレビを見たことないんですか。あなたも忙しいから見るひまもないと思うんですが、私もあなたに負けぬくらい忙しいんです。しかし、やはり朝起きたらテレビを見ます。晩おそくも見ます。私は数個の例を知っています。それを、あなた方がそういうような考えだったら、こんなことは直らないと思うんです。私は、ここで名前を言えば私が宣伝することになりますから言いません。しかし、有名人がやっているのがたくさんあります。私がだれを指しているか御承知のことと思うのです。そうした場合に、それは確かに巧妙に宣伝をされている。もしもその薬が私なら私のからだに合わなかった場合は、これは薬屋の責任なのか、宣伝したその芸能人の責任なのか。——私は薬屋を知らない、不幸にして薬を知らない、芸能人は知っている、りっぱな芸能人だ、りっぱな人格者だ、そういう尊敬する人が言っているからといって私が飲んだところが、たまたまそれは副作用があって非常に困った、そういう場合は、一体だれの責任になりますか。
○政府委員(武藤き一郎君) 私も、就任後あまりたっておりませんけれども、やはり薬務局長になりますと薬のことが非常に気になりまして、この二、三カ月の間でも、一、二具体的に注意を担当の課長に命じまして、直った分もございますし、いまいろいろ業界と折衝中の分もございます。その点は今後とも改善をさせたいと思っております。 いま、宣伝をした薬によって事故が起きたらどうなるかというお話でございます。これはやはり事故の内容によると思いますし、先生御推察のように、薬というものは副作用が必ず出るものでございます。大衆薬の場合でありますと、使用上の注意を十分に知っていただいて、なおかつその状態で薬を服用していただくという指導をしているわけでございますが、やはり事故が起こる場合には、いろいろ複雑な要因がございますので、それが本来のその方の体質なのか、あるいは適応を誤ったのか、あるいはほかに何か原因があるのか、非常にこれはむずかしい問題でございます。医療用の問題でありますと、いろいろそこに医者の介在等がありまして、これまたよけい複雑になりますけれども、大衆薬の場合は、そういう意味で、なるべく副作用の強いもの等は私のほうでは許可にいたさないようにいたしているわけでございます。ただ、いまの、宣伝している者に責任があるかどうかということにつきましては、まあ一口に申せば、私は、宣伝者自身は、これは別に責任があるとは、いわゆる法律上の責任があるということにはならないのじゃないか、かように考えております。
○阿具根登君 私もそうは思うのです、医者じゃないんだから。それならば、人間のからだを見ることもできない、薬を与えることもできない人が、有名人なるがゆえになぜ宣伝していいのか、ですね。この人がお医者さんなら、たとえば胃のぐあいでも、こういうぐあいのときはこの薬がいいでしょうとか、あるいはこの薬がいいでしょうと言われるのもけっこうだと思うんです。しかし、医者でもない人が人間の体内を知っているはずがないでしょう。資格がないでしょう。薬の中身を知らないでしょう。そういう人が薬の宣伝をやっても限度があるのに、一体これはどうして許されておるのですか。
○政府委員(武藤き一郎君) 薬事法で、医者その他の者が保証するようなことは禁止されておりますので、そういうことはないわけでございますが、一般的に広告としてのそういう例はないはずでございますが、一般のいわゆるしろうとの有名人等にどうして広告を許すのかということは、これはまあ、やはり表現の自由その他の問題があって、あるいは許されるのかどうか、法律的には、いろいろ具体的な運用問題については私は問題があろうかと思いますけれども、やはりその人によって効能の保証をしているわけではないので、いわゆる表現の自由といいますか、いわゆる宣伝の自由といいますか、まあそういう限界から許されていると、かように考えられます。
○阿具根登君 一般論としてはわかるのです。当初言っておりますように、一般の品物については、宣伝は当然のことなんです。薬も宣伝しなければならないけれども、それは職業の選択の自由からか、あるいは商売上のためかわかりません。しかし、事、薬に関しては医者しかできないんです。一般物品販売なら、だれでもできるのです。これは職業選択の自由で保証されているんです。しかし、事、薬に関しては、医者と薬剤師しかできないようになっているはずなんですね。だから、一般と混同されては困る。 公取の方、見えておりますね。公取の方から見て、一体どうなのか。これがよろしいとするなら、有名人を持ってくるほどいいんです。有名人を持ってきて宣伝するほどいいから、やるはずなんです。公取から見た場合に——有名な芸能人の方々が、これを飲めばその病気はすぐなおるぞというような宣伝をされる。お互いが家におって、腹が痛い、胃が悪い、腸が悪いというときに、医者に行く前に、まず、何か手近に薬はないだろうかと思うんです。そうすると、最初はばかにして見よっても、頭の中にその薬だけ入ってくるのが宣伝効果なんです。そして、それを買って飲んでいる場合もある。そういうことは、公取から見た場合、他の問題も問題があると思うんですけれども、事、薬なんです、薬に対して、医者以外の有名人が、売ることを禁止されている人が宣伝しているのはどうなのか。誇大広告じゃないか、私はこう思うんですが、公取として、いかがですか。
○説明員(坂本史郎君) お答え申し上げます。 問題は、広告宣伝、景品表示法のことばで申しますと、不当な表示の問題ということになろうかと思われますが、これにつきましては、たとえば第四条に「事業者は、自己の供給する商品又は役務の取引について、次の各号に掲げる表示をしてはならない。」ということで、その一号に「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、実際のもの又は当該事業者と競争関係にある他の事業者に係るものよりも著しく優良であると一般消費者に誤認されるため、不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」ということになっておりまして、一般的に申しますと、この条項に該当すれば不当表示の問題になるというふうに考えられるわけでございます。 ただ、薬の宣伝につきましては、宣伝する事業者のほうは、それによって一般消費者の注目率を高めるために有名人を使うというようなことをやっているのだろうと思いますが、これが直ちにこの規定に該当するかどうかという点については、ちょっといまここで断定的に申しかねるわけでございますが、これにつきましては厚生省の監督もあり、自粛規定もつくって自粛していくということでございますので、できますれば、そういった方向をさらに強化することによって、あまり好ましくない宣伝というようなものが行なわれないようになれば望ましいのではないかというふうに考えております。
○阿具根登君 公取にしては珍しく歯切れが悪いですな。私が言っているのは基本的な問題を言っているわけなんです。一般の商品じゃないんです。薬なんです。その薬を、しろうとが、有名人なるがゆえに、人間のからだもわからない、あたることもできないしろうとが、そんなことをやるのは誇大じゃないと言えるのかどうか。たとえば、さっきの歯みがき粉のように、歯みがき粉が歯槽膿漏の薬だったら、薬として売ればいいのです。薬として売ればいい。「それは歯槽膿漏です、だからこの歯みがきを使いなさい、そうしたら歯槽膿漏はなおります」、こういう宣伝なら、これは薬なんです。完全に歯槽膿漏の薬なんです。そうすると、厚生省は、これは部外の製品で化粧品に類するやつだ、こう言うのです。化粧品に類するやつは、それは消毒には確かになるでしょう。しかし、化粧品に類するやつで、これは皮膚病の薬だとは言わないのです。皮膚病の薬は薬で別個にあるはずです。そういうやつも、それなら自粛だと言うのですか。自粛だというのは、それはお互いに自粛すれば問題はないですね。だから私は聞いておるのです。薬というものは、それは専門家が宣伝するのはいいけれども、そうでない方が宣伝する、先ほどのこれも同じことなんです。これは一体誇大でなくて何だろうかと私は思うのです。だから、そういう病気にきくなら薬として売ればいいのです。薬じゃないでしょう、あれは。そういうものは誇大じゃないんですか。
○説明員(坂本史郎君) 景表法で禁示しておりますのは、事実が表示と違っておるということが主眼であるというふうに考えておりまして、それは、たとえば、有名人が宣伝しても、全然無名のしろうとがやった場合でも、同じことだと思いますが、要するに、たとえば効能がないのに効能があるような宣伝をしたとすれば、これは不当表示の問題に該当するというふうに考えます。
○阿具根登君 これは質問がむずかしいと思うのです。有名人と有名人じゃないというのはどこに線を引くかというのは、これは問題なんです。問題なんですね。それで、私もそれ、非常に苦しんでいるのです。どこに線を引くかという問題は確かに問題ですよ。しかし、いわゆる一般が認めるような、しかも、芸能人でも非常に名の通った方方が、医者でもないのに、この薬はききますよと.言うのは、私は誇大だと思う。そうじゃなかったら、その人はお医者になったほうがいい。しかし、国家試験も通っておられない。そういう人はできないのです。 そこで、私は、大臣にひとつ御答弁願いたい。いままでの質問で御答弁願いたいのは、まあ、同僚議員の中にも薬屋の社長さんがおられるから言いづらいのですけれども、だから私はわざと言うのです。その人はここで反論してもいいんです。膨大な宣伝費をかけて膨大な利益をあげるような政策が許されていいのか、それは許されていいのか、こう思うのです。だから、有名人を持ってきたり、膨大な金をかけて宣伝したりしても、それは決して薬屋さんの損にはならない。全部消費者にかかってきているはずなんです。そうすると、薬の効能よりも宣伝費のほうを飲んでいるような結果になる。もしそれがきかなかったらどうするか、だれの責任か、私はこう思うのです。だから、特に薬等の問題は厚生省が厳重にこれはやっておられると思うけれども、たまたま失敗もあって、許可されたやつを取り消さなければならぬとかなんとかと言ってきている。極端に言って、かぜひきの薬が何百種類あるか、あとで教えてもらいます。それは一種類や二種類、そんなどころじゃないと思う。しかし、その中でも、金をかけて宣伝をしたほどもうかるのではないかと、こう思うのです。だから、商売をやる以上は、そういうことをして金もうけをしなければならぬでしょうが、事、薬に関しては、政府が何らかの対策をそれに講ずる必要はなかろうか。薬屋さんにもうけさせっぱなしじゃなくて、たとえば、政府が、これこれはどういう薬で何々にきくのだというような宣伝をしてやる。テレビで宣伝という、そういうのはないですけれども、一応広報かなにかに書いて知らせてやる。そうして、これ、誇大な宣伝をしないように、また、それだけの宣伝をされるなら、一つのかぜひきならかぜひきの薬、これは一体コストは幾らかかっているのか、それもひとつ教えていただきたい。幾らかかっているから幾らに売られているのか、しかも、宣伝費はその中に幾らかかっているのか、ですね。私たちは物価問題を討議するのに、おまえ薬のことばかり言っていると言われるけれども、病人が一番かわいそうです。そうして、薬屋が一番もうかるのです。これじゃ、あまりにかわいそうじゃないですか、病人が。こういうものこそ、なるべく安くしてやったらいかがかと私は思うのです。そういう点、大臣、どうでしょうか。
○国務大臣(佐藤一郎君) いまの問題、もう私たちも、物価の問題を通じて、薬の問題についていろいろ御議論を拝聴する機会が多いわけですが、いわゆる大衆薬と、それからまた、いわゆる医薬品と称するものとで、またおのずから取り扱いも違うのじゃないか、こういう感じが第一にいたします。そして、宣伝の問題も、したがって、やはりおのずから常識的な判断基準というものがそこに生まれてくるはずであろうと私は思います。いま、たまたま話を伺っていて、有名人の話が出ましたけれども、その特定な有名人でなくて、たとえば会社の広告宣伝の係の人、あるいは担当者、こういう者がしからばテレビでしゃべった場合でも、その人は専門家ではないですね。ですが、宣伝の担当者である。一体その人が宣伝するという場合に、専門家ではないのだけれども、やはりその会社の担当ということで宣伝をするという場合に、一体それは不当なのかどうか、こういう問題にもだんだん詰めてくると、どうもそこいらの線の引き方というものはむずかしいものだなと私は思って実は拝聴しておった。そういう意味において、一方において、私は大体自由主義の体制というものを信頼しているのですが、結局、いいかげんな宣伝をすれば消費者自身の判断力によって飽きられてしまい、信用がなくなってしまって、その商品自身というものの生命がなくなると私は信じております。しかし、多くの大衆相手のことですから、そう全然ほうっておいて消費者の判断にまかすというわけにもいかないでしょう。そういう意味において、確かに、御指摘のように、何かこう、常識的な判断基準というものが要るかもしれません。しかし、これはやはり、そのために、私もいま読んでみましたが、薬事法の六十六条であるとか、それから景表法の四条であるとかいうものがそういうためにあるんですから、その法律の精神というものをどう生かすかということであり、それで、その場合に、担当省としてこれをまじめに検討して、そして一定の基準をおつくりになる、いま言ったように、これはデリケートな問題で、そう第三者がいわゆるしろうととして考えるような一方的なことではないと思いますけれども、それだけに、やはり担当省が専門的に基準を検討される、そして、ただ一片の通達を出すということだけで満足しないで、やはりそれが実際にどう行なわれるかということを十分監視をする、これが必要だと思っています。ただ、具体的なことになると、ちょっと答弁申し上げかねますけれども、やはりもう少しそういう態勢が要るんじゃないかと、こういう感じを持っています。
○阿具根登君 大臣、そこなんですよ。その宣伝をする、会社の営業部長なら営業部長、あるいは芸能人なら芸能人が宣伝をするのに、どこまでチェックしていいか線がきめられないと……。そうなるなら、売る人だっていいはずです。売る人だって、この薬はこれは四十歳から非常にいいですよと、こう言って売って回っていいはずなんです。売ることはできない、売ることはできないけれども宣伝だけしていい、宣伝していいというんだったら、売ってもいいはずなんです。つくってもいいはずなんです。つくることもできない、売ることもできない、宣伝だけはしてよろしい、有名人だけよろしいと、こうなってくるわけなんです。有名人でないのを使うわけはありません。そうすると、つくった薬を宣伝するなら、これは売ったと同じことなんです、買ってくれということなんですから。そうすると、それを持っていって、これを買ってくださいと言うのとちっとも変わらぬわけなんです。同じことなんです。ところが、それはできないんでしょう。私が薬を売ることはできないでしょう。宣伝することはできるでしょう、私は。そこいらがおかしいと思うんです。私は宣伝はしてよろしい、しかし、私は売ることはできない、どこに差があるかということです。宣伝することは大衆相手だけれども、これは限られた特定のわずかの人としか接触できない。宣伝はばく大な金も使うかわり、テレビで何百万の人に一ぺんに宣伝ができるんです。それは許されている。売ることはできない。その宣伝が許されるなら、売ることも許していい。薬事法は何にもならぬと、こうなりはしませんか。私はそういう疑問を持ってしょうがないんです。
○政府委員(武藤き一郎君) 先生がいろいろあげられました問題点がありますので、薬事法では誇大広告等の規制がございまして、それに基づきまして詳細な適正化基準というものを設けております。なお、それでも不十分でございますので、現在、業界に再度にわたりまして、先生がいま例をあげられましたようなところを規制するように自粛の基準をつくらしておりますが、間々、私どもで違反と考えております効能の保証を与えるとか、これはもうまさしく薬事法の違反でございます。それからまた、有名人が推薦をしたり、あるいは常用をするというような場面を演出さして、効能、効果を盲信させる、あるいは誤認させる、あるいは誇大に信用させるという点は、十分指導をいたしているつもりでございますから、なお今後とも有名人の使用はできるだけ押える方向で十分指導したい、なおかつ、また、この自粛要綱等で不十分な場合には、この広告適正化基準等にも盛り込みまして、規制のいわゆる正しい方向を今後とも検討していきたいと、かように考えております。
○阿具根登君 もう約束の時間が来ましたので、要領を得ぬまま終わりますが、いずれ、厚生大臣でもお見えになったときに、この問題は私も資料をそろえて質問したいと思います。 ただ、この国会でも健康保険法が問題になって参議院にいまのところ来ることもないようなんですけれども、その間に薬の占める大きな比重ということを考えていただきたい。いつまでも薬九層倍で、薬屋さんだけまるまるもうけるような形にしないでもらいたい。大衆が苦しんでおるのだから、もっと保健薬なら保健薬を安く売るように。そういう有名人をつれてきて、薬屋さんでもないような有名人が売るために宣伝する、そういうことはやめてもらいたい。それだけの費用をかけられるならば、少しでも大衆薬を安くしてもらったらいい。その点、ひとつ特に御要望申し上げまして、私の質問を終わります。 —————————————
○委員長(佐田一郎君) 次の質問をいただく前に、委員の異動について御報告いたします。 ただいま、林田悠紀夫君が委員を辞任され、その補欠として玉置猛夫君が選任されました。 —————————————
○阿部憲一君 経企庁長官に二、三御質問申し上げます。 四十五年度の消費者物価の上昇は、政府の当初の見通しでありまする四・八%、これをはるかにオーバーして、七・三%というような答が出ておるわけでございますが、これはもう、ほんとうに近年にない大幅なものであると思います。これによって、四十二年度が四・二%、 四十三年度が四・九%、四十四年度が六。四%、そうして、いま申し上げた昨年度が七・三%、ますます上昇の度が上がっております。このような事態、しかもまあ、政府においては、むしろ逆に、このようなことでなくて、反対に、幅を狭めていこうというような努力をしているというふうに、国民の前にも宣伝していたと思いまするけれども、長官として、このような、要するに、お志と違うような結果というものに対して、どういうふうにお考えになるか、また、原因がどこにあるかということについて、お答え願いたいと思います。
○国務大臣(佐藤一郎君) たびたび申し上げておりますように、昭和四十五年度の異常な上昇、これは確かに政府としても、物価政策の遂行上、政府の予想をあまりにも上回っております。この点については、まことに遺憾でもありますし、痛心しているわけであります。 ただ、まあ、物価の上昇の原因というものも、やはり同時に検討してみなければならないわけでありまして、何といいましても、あまりにも異常とも言うべき季節商品の上昇というものが大きな原因になってきておる。そうして、それはやはり、いわゆる主として野菜等を中心とするところの需要供給のアンバランス、これがもたらしたものである、こういうことで、御存じのように、その後農林省を中心にいたしまして、この問題に取り組み、そうしていわゆる供給の安定体制というものをできるだけ確立していくように、現在もまたその努力を続けておるわけでございます。そういう意味において、四十五年度の生鮮食料品の上昇というのは、むしろ異常であったというふうに判断して差しつかえないのじゃないか、こういうふうに考えられておりますので、今日までの努力にさらに今後の努力を重ねまして、野菜等の価格の安定体制というものをさらに一そう進めていく、これがやはり、一つは、四十五年度の価格上昇から見まして、私たちがまずなさなければならない重要な問題です。 もちろん、そのほかのものにつきましても、価格の強含みということがございます。これはやはり、何といいましても、全体としての高度成長ということが打ち続いた結果の、超過需要の非常に強い全体としての経済情勢、この基本的な超過需要というものを背景といたしまして、消費の面におきましても、あるいは賃金の問題を通しましても、あるいはまた、民間のいわゆる企業的な意味の需要の強さを通じましても、あるいはまた、いわゆる輸出需要の強さを通じましても、あらゆる面でもって需要の強さということが非常に大きく響いておる。これに対しては、一方において、過度な需要の強さというものをいかにして抑制するかという問題がございますしもそれから一方において、供給が、その需要の強さ、需要の急激な変化というものに即応できない供給の体制というものについて再検討を加えなければならない。これは全体としてそうですが、また同時に、物資別の話になるわけですが、そういう意味において、結局、まず需要の抑制、こういうような基本的な点を、まずさわらなければならないということで、御存じのような、いわゆる予防引き締め的な措置を講じまして、需要の抑制ということを基本的にはかったわけでありますし、今日は、そういう意味においては、四十四年度から始まりましたところの異常とも言うべき需要の強さというものが相当に冷却をしてきておりますし、このことが、やはり経済全体に、物価に関する限り、非常に好影響を私はもたらしておると思うのであります。 こういう背景のもとにおいて、その他のいわゆる体制をできるだけしいていく、たとえば、需要の強さに対応する供給の不足を補うための輸入の促進の問題であるとか、あるいはまた、流通機構については、個別的に改革の手の及ぶところのものはできるだけ行政的な指導も加えながら行なってまいり、できるだけ競争条件を導入し得るところのものはこれを導入していくとか、それぞれその考えられる対策というものをつかみまして、そうして、できるだけ強含みの物価の情勢というものを全体として水準を押えていく努力を重ねていく、こういうような必要を感じておるわけであります。 何といいましても、四十五年度の七・三というのは、そういう一つの野菜等を中心とする特殊な事情、それからまた、それは特殊の事情でもありますけれども、その背後には、先ほど申し上げましたように、非常な急激な都市化、あるいは急激な所得上昇、そうしたものによる需要の強さ、その急激な需要が強くなっていくことに対する対応のしかたのおくれ、こういうものが背景にあるわけでありまして、そうした基本的な点も頭に入れながら対策をやっていかなきゃならない、こういうような感じも持っておりまして、昭和四十六年度は、少なくとも四十五年度のようなことのないようにやっていかなきゃならない。何といいましても、この四年間にわたる高度成長の後始末といいますか、つけというものが回ってきた感じを否定できません。そういう意味において、いわば一種の過渡期に私は遭遇したということも言えると思うのであります。景気がいいときにどんどん供給が伸びて、上がらないのが、ちょうどその過渡期に、引き締め等の結果としての過渡期にあたって、過去のそうしたつけが出てくる、こういうこともよくあることでありまして、そうした感じを私は強く持っておりますし、そういう意味で、四十六年度は四十五年度よりも全体として落ち着いた感じのもとに、物価の抑制について努力をする、その効果というものも出てくるものと、こういうふうに考えておるわけであります。
○阿部憲一君 いま長官の御説明がありましたが、結局、このような急激な経済成長だとか、特に目立った季節商品の上昇というのも確かに原因の一つだと思います。ただ、非常にいやな感じを持ちますのは、いまあげましたような、だんだんと年ごとにデータはアップしております。先ほど申し上げているように、四・二%、翌年は四・九%、その次は六・四%、さらに七・三%となったことでございます。それは、いま長官が言われましたように、そのようないわゆる経済成長、その他、物価の上昇に対する対応策のおくれということを言っておられましたけれども、対応のおくれというのは、私は政府の責任じゃないかと思いますけれども、結局、ただ、何といいましょうか、物価が上がってから、その弁解に使われておるような感じがしますのですが、そうすると、もっと言うならば、今後もこのような事態が進んでいくのじゃないかというような危惧を持っておるわけです。 もう一つは、いま長官も言われましたように、いわゆる景気の停滞によりまして需要の伸びが減ってきました。これは、物価の面から言えば確かにいい傾向だとは思いますけれども、しかし、それに対しても、政府では、今度は需要を増すために、要するに景気を回復するためと称して、今年度の財政なども非常に大型の、これは私に言わせれば景気を刺激するための大型財政というふうに思われますし、財政投融資なども未曾有の数字になっております。そんなことで、さらにまた金利を引き下げて、金融政策の面からも需要を増大させよう、このような努力をしておるわけでございまして、これなども、私は、いま長官のおっしゃったような、物価を引き下げようというようなことからは、むしろ反対の方向、反対の手を政府は打っておるのではないか。そうすると、また、私最初に申し上げましたとおり、本年度もさらに五・五%ですか、というようにダウンするのじゃなくて、また上昇線をたどっていくのじゃないか、このような危惧を持つわけでございますけれども、この点について。
○国務大臣(佐藤一郎君) 数字で見ていただいてもわかりますように、四十年度が不況の底をつきましたが、四十一年、四十二年、四十三年と、御承知のように、経済成長率というのは急激な伸び率、しかも、その高い伸び率が、さらにそれを上回る次の年の伸び率ということで伸びてきておりますし、ちょうどそれと同じように、たとえば春闘における賃金の上昇率も加速度的で、四十一年度が一〇%くらいであったものが、四十二年には一二、四十三年には一四、四十四年には一六、四十五年には一八と、こういう調子でもって、全体としてこういうふうに伸びてきておるのでありますから、そうしたものが全体として少しずれて出てくる、物価の面に反映をしてきたということは、私は、もう、経済というものはもちろん政策的にこれを運営をいたし、そしてこれを調整しなければならぬものでありますけれども、同時に、これは一つの社会現象でございますし、それは法則的なものでございますから、そうした高い経済成長というものをほうっておきますと、ある程度、どうしてもこうした物価上昇というものをもたらさせられる、そうしたことがやはり原因である、これは弁解というよりも、やはりそうした過去の経緯に照らしましても、やはりこうした形の過度の成長というものについての反省が、いまそういう意味でもって行なわれておるのだと思います。 ただ、御指摘のように、現在非常に不況のムードになっておりますけれども、いつも私の言いますように、過渡期によく物価が上がるのは、あまりに急激に経済が冷えるというと、これはこれでもって別の問題が多く出てまいる、そういう状態で、特に、たとえば、今日までは、いわゆる何といいますか、規模の利益、規模を拡大することによるところの、すなわち生産量の増大によって、この申し上げたような猛烈な賃上げというものも吸収をして、そして何とか、まあまあ、ある程度で押えてきたわけでございますから、その規模の拡大の利益というものが急に消えうせて、逆に非常な縮小になるという過渡期におきまして、どうしても高い賃金をまかない切れないというようなことから、価格に対する転嫁というようなことが行なわれてくるというところにあると思うのです。過去の例を見ましても、景気が高いところから低くずっと落ちてくる過程において、消費者物価というものは、とかく上がりがちになっているということを見ましても、そういう意味において、あまり一ぺんにスローダウンするということには問題がある。それから私どもは——まあ人によって、主張が違うかもしれませんが、経済の成長と消費者物価の上昇というものを二律背反的には考えたくない。つまり、物価を押えるためには成長も思い切って押える以外にはないのだと、あるいはまた、物価が上がっているのは成長ということと関係するわけですけれども、同時に、成長というもののある程度の確保ということは、これは経済の前進ということについて必要でありますから、そこのところをあまり過度にわたらない成長のもとにおいて両立させていくという努力、これはやはりしなければならぬ。そういう意味で、一方が立てば一方が立たないのだというような極端な二律背反的なものの考え方は、できるだけ政策の基調としてはとりたくない、こういうことをもちろん考えております。 それで、一つは、御存じのように、そういう意味で、一三%もしておった実質成長を一〇%ぐらいのところに、まず落とす、これも、六%、七%の成長に落とせばいいじゃないかという議論もなくはないですけれども、現在の経済の成長というものは、ほかの条件によってもきまる、全体の経済条件、日本の与えられている条件によってきまることでありまして、それを無理に押え込むということは決して適当でもない。そういう意味で、諸条件を勘案いたしまして、さしあたって一〇%前後ぐらいの成長にスローダウンする、それが適当であろう。そしてまた、ある意味で成長というものは国力の増進でありまして、同時に、また、あらゆる経済問題を解決する力でもあるわけですから、そういう意味の成長は維持していかなければならぬ。ただ、こういうふうに少しスローダウンするということの意味は、ある意味においては、民間設備のいわゆる増加ということを中心としたいままでの経済成長、いわゆる民間主導型の経済成長というものを少しこの際改めていく、そういう意味においても、私は社会投資の必要というものを痛感いたしますし、一方において、民間の工場の需要だけは十分満たされておるけれども、そのまわりの社会的環境が十分満たされていない、需要が満たされていない、こういうことになれば、やはりアンバランスが出て、これも物価に響く。でありますから、幾ら車ばかりつくっても道路が足りなければ回転率が落ちるということと同じ意味において、やはり社会投資をやっていかなければならぬ。この社会投資を十分にやることによって、バランスある経済が生まれ、そして、そこにやはり安定した成長が生まれる。こういう意味において、私たちは、ここしばらく財政支出というものをそういう意味において考える必要があるのじゃないか、こういうふうに一方で思っておりますから、今度の大蔵省のこの公共事業の増大というような点も、私はこれはいいのじゃないかというふうに実は考えておるのです。 金利の引き下げは、御存じのように、国際関係等もからみ合って、いまむずかしい問題でございます。まあ、この程度のことで急に国内経済を刺激するというようなところには、いまの鎮静ぶりから言うと、その点についての心配はないのじゃないか。一方において、国際経済との関係も無視できない。まあ今日の経済は昔のように国内のことだけ考えるわけにもいきませんし、国際・国内を通じていろいろな矛盾した要請というものは同時に出てくるわけでありますから、それらの調整をはかりながら措置していく以外にない。そういう意味で、この公定歩合の問題にいたしまして五あるいは公共事業の繰り上げにいたしましても、むしろ、これは物価刺激的で物価政策上絶対とるべからざるものであるというところまでは実は私は考えておらない。現在の段階に立って考える限りは、そこのところは、そうとらなくてもいいのじゃないか。そういうことで、今回のそうした政府の措置も是認し得る、こういうふうに考えてきたわけであります。しかし、いずれにしましても、現在の落ちついた環境というものが、あまりまたブーム的なものになるということは絶対これはわれわれとしては避けなければなりませんから、そういう意味で、御心配のような方向についてはわれわれも十分注視していきたい、こういうふうに考えております。
○阿部憲一君 私も、経済成長と物価が二律背反的なものではないということは、そのように思っておりますけれども、ただ、例の経済成長率ですね、この前おつくりになった新経済社会発展計画の中に織り込まれているもので、経済成長率一〇・六にした、それに対して年間の上昇率四・四%、しかも最終年度においては三・八%というような目標にしておられるようですけれども、これが四十五年度の七・三というような数字と比べまして、それは確かに経済成長率が落ちてはおりますし、ですけれども、ここらのところが、ちょっと初めから非常に実現が無理じゃないかというふうな感じがいたします。また、それじゃよほど大きな、実効のある物価対策でも講じなければ、このような数字というものが望めないのじゃないか、このような危惧を持っていますけれども、この点、いかがでしょう。
○国務大臣(佐藤一郎君) 実は、阿部先生のおっしゃることも私もある意味ではよくわかるのですが、五カ年計画をつくりますときに、これ、いろいろな経済計画をつくるとき、いつもそうなんですが、過渡期の問題についての計画の数字の見通しというものは、いつもとかく狂ってくるのですが、そういう意味においては、たとえば、よく言われる前期からの持ち越し分とか、前期からの影響とか、あるいは前期からのげたというようなものを十分計算に入れないで、とかく計画を立てがちである。ちょうど計画の移り変わるときによくそういう問題が起こりがちでありまして、そうした点は、新計画において、特に物価問題なんかについてはそういう欠陥がややあったのじゃないかという感じを私も持っております。全体として、この四十五年度以後の問題としては、できるだけひとつ、そういう過渡期の影響の排除とともに、安定した方向へ持っていこう、こういうことになろうかと思います。その間、まだ長期的なことでもございますからして、できるだけひとつ努力する以外にはない、こう考えておるわけです。
○阿部憲一君 何か、お話では、だいぶたいへ々数字を、目標を実現するには御無理のようなお口ぶりにも拝見されましたが、私ども実際なかなかたいへんだと思いますけれども、それに対して、政府におかれましても、物価の安定のために、よほど強力な手を打たれなければ、この数字は絵に書いたぼたもちになってしまいやしないか、このように心配しております。先のことはともかくとして、四十六年度ですか、本年ですね、これは五・五%とお立てになっておりますね。しかし、これもこの前の前の委員会あたりで申し上げたと思いますけれども、非常に実現が困難なような状況じゃないかと思いますが、これについては、もちろん、この五・五%に向けて努力なさっていくというような御決意を承りましたが、五・五%という数字は、どこか何か基準があって五・五%と出されたのですか、それをお伺いしたいと思います。
○国務大臣(佐藤一郎君) 経済見通しですから、もちろん、過去のデータ等をとりまして、そして一定の数字的な作業をいたしまして、それに対して、一方において、やはり政策的な努力ということも頭に置きながら、そしてまた、消費者物価の現状も考えてみまして、やはり政策としてどの程度のところまでが許される目標であるかというようなことも頭に置きながら、大体ここいらのところに一まあ、本来でありますと、前より上がっておるわけでありまして、われわれとしては非常に残念なことなんですけれども、まあ現状このくらいのところという数字を出したわけであります。
○阿部憲一君 そうすると、例の年平均上昇率四・四%という数字は、いずれ御修正なさるようになりますね。
○国務大臣(佐藤一郎君) これは、いまからはもちろん何とも考えておりませんが、御存じのように、新経済社会発展計画は、もうそろそろ改定に着手しようと、こういうふうに考えております。それで、そのときには、全体としての成長であるとか、生産であるとか、需要であるとか、いろいろなものが問題になるわけでありまして、物価もその中の一つでございます。その改定の際にどういうふうに扱いますか、まだ方針はきめておりません。全然改定しないということを、したがって申し上げることもできませんけれども、現状としてできるだけ、まあわれわれの気持ちとして、平均でもって四%台を維持したいという感じを持っておりますが、これらも今後の作業になると思います。現在は何ともその点について触れることはできないと思いますから、いまの目標としてこれを頭に置いてやらなければならぬ、そういう気持ちであります。
○阿部憲一君 この物価の問題については、もういつもこの委員会で問題になりますけれども、物価上昇を押えるだけの、要するに物価を安定させるだけの、きめ手といいましょうか、メリットのあるきめ手というものが出てこないので、ずるずると上がってくるようになっています。それをわれわれ非常に心配するわけですし、また、国民も、物価は安定できないのじゃないかという、半ば非観的な気持ちが相当みなぎっているように思います。長官におかれましても、ひとつ大いにがんばっていただきたいと思いますが、ただ、私遺憾だと思うのは、長官は、だいぶもうせん、張り切られて、何といいましょうか、物価安定のためにいろいろ通産あるいは農林等に向かって強力に働きかける、いろいろ毎日、作業というか、行動をやっておられたのに、最近あまりそのことを新聞でも見かけませんけれども、長官、少し物価値上げに対して意欲を薄められたのじゃないか、それを心配していますが、いかがですか。
○国務大臣(佐藤一郎君) もしそういう印象でしたら、まことに不徳のいたすところなんですが、いろいろほかとの関係もありまして、いまちょっと開いておりませんが、近々中にはやる予定も持っておりますし、昨年六月には、私が就任して間もなくでしたが、一応全体としての政策の総点検みたいなこともいたしまして、各省に対しても十分これの実施を要請し、各省としても相当これに対して取り組む体制を示しましたが、何といいましても、これは年じゅうそういうことをやらなければなかなかうまくいかないものでございますから、まあ新年度のことでもありますし、だいぶ問題もいろいろとございますし、われわれも各省大臣とそうした意味の協議をさらに続けて、各省の政策実施にこれが浸透するようにしたいし、また、新しい問題、あの二十五項目以外の問題も出ているわけでして、そうした問題もひとつやっていきたい、こういう意欲については変に変わりございません。どうかひとつ、そういうつもりで御安心願いたいのですが、ちょっとここのところ、どうもまことに、もしそういう感じをお与えしたとしたら、まことに申しわけないことであります。
○阿部憲一君 特にそう申し上げましたのも、一つとしまして、政府が、今年度の生産者米価、これはまず上げないんだというような総理以下態度であられたわけでございますけれども、ついに御承知のように上がってしまった。もちろん、これは私、上げることに対して反対を言っているわけじゃございませんけれども、そのように、政府が弱腰といいますか、一定の方針を立ててそれを押し通してというような意欲に欠けているのではないか、ことに、その場合に長官として、もう少しがんばってもらいたかったという感じを持っているのですが、この問題につきましても、結局、今度は消費者米価が上がることになる。どういうふうに政府でおきめになるか知りませんけれども、しかも、いまの物統令からお米をはずすということを御決定のようであります。よけいこれなども物価の上昇、ことに出来秋あたりにおきまして、ことし冬あたり、また昨年の暮れと同じような、あるいはもっともっとひどい季節商品その他の値上がりを招来しやしないか、そんなことも憂えておるわけであります。そういう意味におきまして、長官もひとつ物価に取り組んでいただいて、ぜひぜひ上昇を押えるような役割りを果たしていただきたい。こう思うわけです。 それから、時間がございませんですから、最後に一言、長官の御意見、御高見を拝聴したいと思うのですけれども、いま、例の国際通貨不安の問題、ドルの問題でございますけれども、これに基づきまして、通貨不安の再燃をきっかけとしまして、またアメリカあたりも、円の切り上げと、だいぶいろいろ声が出ております。これについては、もちろん政府におきましても、このような切り上げをせざるを得ないような状況にならぬようにいろいろ手を打っておられることは承知しております。また一方、財界におきましても、このような大きな影響のあるものに対しましては防止するという姿勢であることもよく知っておりますけれども、ただ、円の切り上げというものと、いまの物価というものと並べて考えますと、一つは、単純に考えますれば、円の切り上げをすることは、要するに、外国から原料なり商品なりを安く買うということは、とりもなおさず、物価に対して好影響をもたらす。はっきり言うならば、物価を安定させる上でもメリットがある。このようにも考えられるわけでございますけれども、そこで、いまお伺いしたいのは、このような円の切り上げ、もちろん、これはどのようなレートを考えておられるか知りませんが、どのくらいが適当かどうか、あるいはまた、円の切り上げというものは回避していかなければいかぬといういろいろお考えがあると思いますけれども、そういうものと切り離しまして、円の切り上げという問題と物価に及ぼす影響といいましょうか、現在の状況におきまして長官の御高見を拝聴したいと思います。
○国務大臣(佐藤一郎君) もちろん、御存じのように、政府がたびたびはっきり言明しておりますように、円の切り上げは考えておりません。それで、一般の理論的な話として、物価政策の上から、よく円切り上げの議論が出ます。結局、どうしてそういうふうになるかと言えば、これもすでに御存じのとおりでありますけれども、一方において輸出の抑制が行なわれる、そして一方において輸入の促進が行なわれる、そして、それによって物資の需給バランスというものが回復し、そして供給が十分になってまいる。そういうことを通じて結局物価に対する好影響というものがもたらされる。でありますが、かりに切り上げをいたしましても、ドイツの例で見まして、今度のように切り上げをいたしましても、実はドイツの場合は、それが輸入の促進になり、輸出の抑制になったかというと、必ずしもその効果が期待できないというのが今日の専門家の意見であるように思われます。それは、ほかの条件がやはり整ってなければできないことでございまして、そういう意味においては、国内の物価政策という見地から通貨の切り上げを議論する議論がよくありますけれども、現実のある国の経済条件というものをとってみた場合には、むしろ、今日必ずしもそれに適合しない問題もあるのでございます。それからまた、一方において、国際的なインフレが相当びまんいたしております。でありますから、日本の物価が高いと言いますけれども、諸外国で、なお高いものがたくさんございます。そうしたものがどんどん入ってくることによるところの影響というものは、逆に物価の上昇を刺激する場合もございます。いずれにいたしましても、よく理論的に言われておりますけれども、その国の経済の条件、置かれた条件、今日における世界経済の条件、そうしたものを十分見なければいけませんし、そうしてまた、しかも、それを実現する過程において、ほかの政策というものとの調整がいろいろと必要なものがございます。そういうことから、今日政府は全く円の切り上げというようなことは論外であるという立場をとっておりますし、また、今日の日本経済から見れば、私は確かにそうであると思っております。それだけに、具体的な問題として現在取り上げるつもりはございません。まあ、御質問でございましたから、理論的な点は、そうした点も十分考えられる、十分頭に入れなければならないこういうふうに考えております。
○三木忠雄君 私は、最近話題になっているニシン、カズノコの問題を、物価対策の面からきょうは若干質問申し上げたいと思うんです。 その前に、長官に、物価対策としての貿易の自由化あるいは関税問題について、どういうふうな考え方を持っていらっしゃるか、この点について、まず最初にお考えを伺いたい。
○国務大臣(佐藤一郎君) わが国の場合には、御存じのように、過去終戦後二十年以上の間、とにかく外貨で苦しめられて、しょっちゅうきておりましたから、一方において、輸出の奨励ということをあらゆる経済政策の第一義に置いたと同時に、一方において、やはり全体としての保護的な体制というものがまだ残っております。そうして、今日外貨の増大その他いろいろ問題が起こってきておりまして、やはり、ここでもって、一方において、日本経済自体の要請からいっても、それからまた、その反映としての海外からの要求というようなことも、あわせて考えてみまして、やはり何といっても、自由化ということは今日の日本の経済において何よりもやはり第一義的な政策であるというふうに考えてよろしいというふうに思います。そういう意味において、もちろん、長い間保護的な体制になずんできているんでありますからして、これを無条件で自由化を進めるといいましても、それぞれの立場、それぞれの言い分があることでございますからして、そうした点を十分説得をしながらも、やはり大きな自由化の方向というものを進めていく必要があると、こういうふうに考えております。
○三木忠雄君 関税問題。
○国務大臣(佐藤一郎君) 自由化と同時に、関税の引き下げについても全く同様でございます。
○三木忠雄君 この問題で私論議したくはありませんが、一方で自由化を行なう、片や関税のほうでいろいろ縛ってくる、こういう形ですね。物価政策の上から考えても、自由化はしたけれども関税政策で縛りつけるというような問題で、一般消費者には、自由化の恩恵といいますか、こういうものとしてはなかなか考えられない。その一例が、いま法案になっておりますけれども、チューインガムの問題で、わざわざ五%関税率を上げるというようなことで、これは問題ですね。これは何だか逆行しているんじゃないか。これは別の委員会の問題でしょうけれども、こういうふうな問題は、やはり消費者をほんとうに考えてのこういう自由化なのか、あるいは関税政策なのかという問題が、私は論点になってくるんじゃないかと思うんです。具体的に、一次製品といいますか、農水産物の輸入の自由化の問題というのが一番問題になってきますし、常に話題になるわけでありますけれども実際に通産あるいは農林という場合は、どうしても生産者保護という立場——これは当然考えなければならない日本の体質的な問題がありますけれども、その問題と消費者保護という、この問題について、どこを接点にして、どういうふうに取り組んでいくかということを見ると、これはどうしても通産やあるいは大蔵、農林の現業関係のほうが強くて、消費者という点がどうしても忘れがちになっているんじゃないか。この問題は私は常に疑問に持つのですけれども、こういう問題はやはり積極的に推進するのが経企庁じゃないか、私はこういうふうに考えているのですけれども、いかがですか。
○国務大臣(佐藤一郎君) 自由化の問題についても、大きな政策の立場から私たちもその必要を認めているわけで、それを具体的に実際実施するのは各官庁でございますが、それにつきましても、いま三木さんの御指摘になったように、なかなか各省だけでは、とかく、どっちかというと、動きにくい面があることも確かでございますから、われわれとしましても、全体としての経済政策の推進という見地から、できるだけ各省ともそういう点について話し合って、そうして、おっしゃるような方向に進めていくための一つの任務を持ち、そうしてそれを果たさなければならない、そういうふうに考えております。 ただ、その場合に、いまお話しのように、消費者と生産者の立場の調整をどこへ求めるかという際に、一方において自由化をする、同時に、その過渡的な影響を緩和するために、関税をいじったり、季節関税を設けたり、いろいろとするようなことがございます。これが行き過ぎになりますと、いま御指摘のように、自由化の効果がまるまるなくなってしまうわけであります。しかし、まあ自由化というのは一種の大きな制度的な変革でございますから、そういう意味において、一方において関税をいじったり、あるいはまた、いわゆる価格支持制度をとったり、いろいろ調整作用をいたしますけれども、何といっても、やはり自由化ということをまず進める。そうして今度は、その過渡的な緩和措置というものを徐々に取り払っていく。こういうことが必要なことも、過渡的には、ものによってはあるかもしれません。現にそういう問題も起こっているわけでありますが、そうしたところを、調整措置のほうが強くて自由化が無意味になるということであっては絶対ならないはずであります。その点は、われわれ十分戒心しなければならないところであろうと思います。
○三木忠雄君 それで、私は、その自由化の問題、関税の問題を、特に最近起こっておるカズノコあるいはニシンの問題等を通して例をあげて御質問したいと思います。初めに、水産庁長官が見えておりませんので、漁政部長にお願いします。 日ソ漁業交渉の推移ですね、大体のことはわかっておりますが、今後のそれに対する輸入水産物の対応策をどういうように考えておるか、これについて。
○説明員(田中慶二君) 御承知のように、本年日ソ漁業交渉におきましていろいろ難航いたしまして、結局、抱卵ニシンにつきましては、これを禁漁にするというふうに決定をいたした次第でございます。それに対しまして、現在、漁業者あるいは加工業者の救済措置等を検討いたしておるわけでありますが、それとあわせまして、関連物資の輸入について何とかこれを確保いたしたいというふうに、いろいろと努力をいたしておるわけでございますけれども、御承知のとおり、抱卵ニシンでございますと、この生産をする海面と申しますか、そういう点が非常に限られておるような状態でございまして、まして、いわゆる完熟いたしましたカズノコは世界的にも非常に限られておりまして、これの輸入を確保するということについては現在苦慮している次第でございます。
○三木忠雄君 その苦慮だけの問題ではなしに、今回のこの禁漁に対して、このニシンあるいはカズノコの日本の需給関係はどういうふうになっておりますか。
○説明員(田中慶二君) まず、抱卵ニシンでございますが、大体まあニシン一般は、昨年でございますと、これはまだ推定でございますが、九万一千トンばかりでございますが、そのうち、今度禁漁になる抱卵ニシンは三万トン程度でございます。そして輸入は八千二百トンということでございまして、まあ合計で九万九千トンというところがニシンの供給量になっておるようであります。カズノコは、従来、そういうふうにとりました抱卵ニシン等で生産をいたしましたもの、あるいは、まあ少量でございますけれども、沿岸でとれました抱卵ニシンから生産をいたしましたものが大体二千六百トン、輸入が五百九十五トンというふうに四十五年度の実績を推定いたしておりますが、これで合わせて三千二百トンほどの数量になっております。
○三木忠雄君 これは確かに日本の供給量だけから見た場合であって、もともと、需給の関係から言えば、国内ではもっとほしいという感じは私はあると思うのですね。ニシンとカズノコの世界の漁獲量といいますか、とれる量というのは大体どのくらいのものか、これについて。
○説明員(田中慶二君) ニシンの漁獲量は、世界で、これはFAOの統計資料でございますけれども、大体二万トンか三万トンぐらいでございますが、具体的に申し上げますと、一九六七年で三百八十二万七千トン、一九六八年が三百二十一万トン、一九六九年が二百二十八万トン、そのうち太平洋岸でとれますものが、一九六七年で四十七万三千トン、六八年が五十二万三千トン、一九六九年が六十万トンということでございます。その残りが大体大西洋でございまして、まあそういうようなことで、大西洋では北欧とソ連、カナダの北大西洋のほうでとれるものが多いわけであります。太平洋岸におきましては、一九六九年で申し上げますと、その六十万トンのうち五十万七千トンがソ連でございまして、その残りが、八万五千トンが日本、それからアメリカ、カナダにおきまして七千トン、二千トンというふうな数字になっております。
○三木忠雄君 そうしますと、今回の禁漁によりまして、輸入に仰がなければならない問題が数多く出てくるわけですね。この問題についてはどのように水産庁としては対策を考えておられますか。
○説明員(田中慶二君) いま申し上げましたように、世界のニシンの漁獲量は、大西洋岸、あるいはまた先ほども申し上げましたように、太平洋岸でもソ連に多いわけでありますけれども、そういうところにおきましては、いわゆるまき網で、索餌といいますか、えさを求めて回っているニシンをとっておるわけであります。いわゆる産卵で沿岸に近づいているような回遊魚はほとんどとっておらない。そういうことで、カズノコを目的といたしますニシンといいますものが、そういう諸外国から仰ぐことが非常にむずかしいわけでございます。そして、しかも、こういう索餌中のニシンといいますと、いわゆるアブラニシンといいまして、これは身欠きニシンの材料になりますけれども、そういう遠いところから持ってきては現在日本の消費には高くかかりすぎるというふうな状態でございます。したがいまして、まあ現在、抱卵ニシンとしてカズノコの原料になるのが、オホーツク海のこの禁漁にいたしましたところが唯一の資源として、ソ連のほうでも強く禁漁の要請があって、それにこたえたということになるわけでございますけれども、そういう点からいたしまして、カズノコの供給は、私どもといたしましては、あと、アラスカあるいはカナダの一部にとれますほか、多少そういう北大西洋の中でとれますものの中に完熟をした卵がまじっておる、そういうものをかき集めて持ってくるというふうなことになろうかと思います。
○三木忠雄君 かき集めてくるということですが、実際にニシンは北欧方面ではあまり食べないそうですね。カズノコなんかもあるそうなんです。これは、一部の商社に、何か、見つけたものに輸入を許可するとか、このニシンとかあるいはカズノコについての輸入割り当てが相当きびしいらしいですね。この具体的な割り当ての問題については、いままで通産省、どうですか。
○説明員(佐々木敏君) 現在、ニシン、カズノコにつきましては、ただいま御指摘のように、輸入割り当て物資であります。したがいまして、輸入業者につきましては、現在、通産省が水産庁と協議をいたしまして割り当てを実施いたしておるわけであります。割り当て物資でありますから、一定の基準でそれぞれ対象者に割り当てておるわけであります。その意味におきましては厳密な実施をいたしております。
○三木忠雄君 その厳密な輸入割り当て、それならばいろいろ方針もあるんでしょうけれども、それでは、現時点におきまして、禁漁になった、確かにとることができないと、こういうふうになった時点において、通産省あるいは水産庁は、このニシンあるいはカズノコに対する考え方、どういう態度で臨もうとしておりますか。
○説明員(佐々木敏君) 基本的には、先ほど長官からお話がございましたように、物資の自由化につきましては、私ども通産省といたしましても、国内の物価政策に基づく国民生活の安定とか、あるいは対外的ないろいろな要請等に応じまして、極力自由化を進める、そういう一般的な方針でございます。したがいまして、ニシン、カズノコにつきましても、そのような一般的な方針に基づいて今後とも前向きで自由化の方向に進みたいと考えております。しかし、さしあたり、現状におきましては、このニシン、カズノコの割り当て数量増ワクにつきまして水産庁と協議をいたしております。
○三木忠雄君 水産庁、これはどういうふうに考えていますか。
○説明員(田中慶二君) まず、ニシンでございますが、ニシンの割り当てにつきましては、ここ、四十三年におきまして四千五百トン、四十四年は八千トン、四十五年は一万トンと、この輸入ワクを漸次増大をしておるわけでございます。それで、この中で、先ほども申し上げましたように、ソ連からの輸入が一番多かったわけでございますけれども、本年度においては、向こうも抱卵ニシンをとらないと、こういうことを言っておるわけでございますから、とうていこれは輸入が見込めるものではないと思いますので、私どもといたしましては、先ほども申し上げましたように、これはオホーツク海のところを除きますと、資源的に問題がございますけれども、今後アメリカ、カナダ等、他の生産国からの輸入の促進をしてまいりたいというふうに考えておるわけでございます。 また、カズノコでございますけれども、これは、四十三年五百トン、四十四年も五百トン、四十五年六百トンの割り当てをするということで、漸次増大をしておるわけでございますけれども、これも、いまとなればぞれほどの輸入が見込めないというふうなことでございます。そういうことで、どっかでそういうふうなカズノコが確保できないかということで、いろいろ情報等も収集いたしまして輸入確保についてできるだけ努力いたしたいというふうに考えておるわけでございます。
○三木忠雄君 私は、そういうなまぬるいことを言っているのじゃなしに、実際に十八日に出漁の問題で現地の漁民の人たちが非常に困ったわけです。それに対して、政府として四十一億九千万円の手当を出す、こういう形になった。私はそれで決して満足しているわけじゃないけれども、漁民のことは当然考えなければならない。外交交渉の失敗といいますか、いろいろの問題があるから、補償の問題は当然考えなければならない問題があると思う。それに相見合う、やはり、都内あるいは全国の消費者に対して政府はどういうふうな手を打つかということです。片一方の圧力団体のほうは強いけれども、消費者に対しては泣きつらにハチではないかということですね。現実に四十一億も——考えてみれば国民の税金ですよ。この税金で補償されることは私はけっこうだと思いますけれども、しかしながら、その税金を払い、それでまた物価をつり上げられるような材料を提供しなければならないような輸入政策になっているということは、私は改めなければならないと思います。特に、この一年間輸入することはできない、あるいはとることができないという現時点においては、やはり、補償も考えるけれども、それに対する物価対策としての輸入の緩和とか、あるいは関税問題をもっと大幅に消費者の側に立った政策を考えるという、この態度が私は水産庁としては必要じゃないかと思います。そうしなければ、通産省はふやしませんよ。輸入業者が幾らふやしたいと思っても、それだけのワクがきめられて、結局は国民の税金で補償し、また一輸入業者によって消費者はますます苦しめられるような状態になっておる。こういう状態が物価の大きなネックになっているのじゃないですか。この問題をどう考えるかということですよ。来年の正月に上がってくるカズノコを、いま手を打たなければ間に合わないんじゃないですか。この点を行政面でどう対処していくかということについて、この両問題についてお答え願いたいと思います。過去のことはどうでもいいのだ。
○説明員(田中慶二君) 先ほどもお答え申し上げましたように、このカズノコ、あるいはカズノコの原料になります抱卵ニシンは世界的にも減少傾向でございまして、なかなかそれが確保できないという問題がございます。そして、たとえば昨年は抱卵ニシン一万トンの割り当てでございましたけれども八千トン程度にとどまっているというふうなこともございます。それで、私どもといたしましては、現在あるものを輸入させないということではなしに、どういうふうにして世界的にあるものを確保しようかというような方向で検討いたし、また、本年度の割り当てを現在検討中でございますけれども、今後のそういう数量もきめてまいりたいというふうに考えております。
○三木忠雄君 そうしますと、ニシンが、たとえばある輸入業者がいろいろ世界各地にまだまだ輸入する余地がある、こういう場合には輸入の緩和は認めますか。これはどっちですか。通産省ですか、水産庁ですか。
○説明員(佐々木敏君) 通産省といたしましては、ただいま先生おっしゃいましたような、このような非常な事態でありますから、ニシン並びにカズノコにつきまして確実に入手できるというような見通しがございますれば、できるだけその数字は確保したい、したがいまして、割り当てしたい、かように考えております。
○三木忠雄君 そうしますと、その割り当てをする場合に、たとえばニシンの一例を申し上げますけれども、ニシンは十二社に限って輸入業者を選定しているわけですね。こういう業者に限って輸入を認めると、こういうことですか。それとも、輸入業者は拡大しても、希望があれば、確実に入手できるという輸入業者があれば、輸入してもよろしい、こうとってよろしいんですか。
○説明員(佐々木敏君) ニシンにつきましては、現在の割り当て方式は需要者割り当てであります。現在は、水産庁長官が発給いたします内示書をもらいました者、現状におきましては北海道漁連でありますけれども、その水産庁長官の発給した内示書をもらった社が、その社が発注した輸入業者、その輸入業者に通産省は割り当てをするのであります。したがいまして、需要者である北海道漁連が発注した業者が、かりに十二社以上にふえましても、通産省は割り当てをいたします。
○三木忠雄君 これは水産庁に伺いますけれども、この問題だけじゃなしに、韓国のブリの輸入についても、いろいろ輸入業者のワクというものがあって、水産庁長官の権限があまりにも大き過ぎるというか、輸入製品に対する、特に水産物に対する利権といいますか、そういう問題があまりにも物価の問題のネックになっているという点を私は考えるわけなんです。したがって、水産庁長官の立場から許可が必要でしょう、確かに。国内のいままでの業者の保護ということもありましたからね。ところが、今回一年間やることはできないわけですね。こうなりますと、ますます、ニシンにしても、カズノコにしても、どんどん——いまでも二倍に上がってきたといわれます。正月になれば四倍、五倍になるんですね。こういう実態をからみ合わして、特定の業者だけに輸入を認めるという行き方ではなしに、こういう際には、それは業者もやはりいろいろ選定はあるでしょうけれども、もう少しオープンに輸入業者を広げるという態度でいくべきじゃないかと考えるんですけれども、長官がいらっしゃらないので、あなたが代理者と思いますけれども……。
○説明員(田中慶二君) ただいまお話がございましたように、抱卵ニシンはいわゆる需要者割り当て方式をとりまして、北海道漁連に割り当てをいたしまして、北海道漁連が委託をいたしまして輸入をするということでございます。これの経緯につきましてはもう御存じだろうと思いますが、とにかく、従来の、沿岸において非常にたくさんとれたものの加工業者あるいは漁業者の保護というふうなことでやってまいりまして、最近におきましては、オホーツク海において出漁している漁業者、それにたよっている加工業者というものの保護のために現在そういう制度をとっておるわけでございます。そういうことで、今回急にそういうオホーツク海の抱卵ニシンがとれなくなったということでありますので、早晩はそういう方式も検討する時期がまいろうかと思いますけれども、現在におきましては、そういう制度が急激に移行いたしますと、御承知のとおり、ニシン加工業者はほとんど北海道に集中をして、従来そういう割り当て制度のもとでやってきておるわけでございますから、それらの者のことも考えまして十分に検討をいたしてまいりたいというように考えております。
○三木忠雄君 大蔵省にお尋ねいたします。 この問題でいま二、三論議したんですけれども、こういう時点になってきますと、関税問題がやはりからんでくると思うんですけれども、今後、輸入の自由化の問題とあわせて、今回特にこういう一年間なら一年間の日ソ交渉の結果が出てきて、関税率一〇%、あるいはカズノコ一五%ですか、こういう関税率を、暫定的といいますか、物価対策上からも関税政策を検討する、こういう考え方は全然ございませんか。
○説明員(旦弘昌君) お答えいたします。 おっしゃいますように、現在、ニシンにつきましては一〇%、カズノコにつきましては一五%の税率でございますが、この税率は内外価格差を勘案いたしましてきめておるわけでございます。特にニシン等につきましては、沿岸零細漁民の保護という見地から設けておるものでございまして、先生御承知のとおり、その他の自由化されておる品目につきましては、ガットの譲許でさらに半分にしておるというのが実情でございます。したがいまして、物価対策の見地からは関税率をできるだけ下げたいとわれわれ考えておりますが、一方、零細漁民の保護という点も勘案いたしまして現在の税率が定められておる次第でございます。おっしゃいますような、今後これをどうするかということにつきましては、今後の価格差の推移、あるいは物価対策等の見地、あるいは漁民の保護というような点を含めまして農林省等と相談して定めていきたい、かように考えております。ただ、現状におきましては、ニシンの一〇%という税率は、内外価格差の現状からいたしますと、おおむね妥当なところではないか、かように考えております。
○三木忠雄君 まとめて長官に伺いたいのですけれども、いまお聞きになったように、こういう緊急事態ですね。こういう問題に対する対応策を考えてみれば、生産者に対しては四十一億九千万円で、これは満足じゃないけれどもやはり補償はする、しかしながら、消費者というのは多数です。そういう突き上げというか、そういう声というものは確かにいろいろあっても、なかなかそのような形であらわれてこない。こういう実態について、農林省、水産庁ですか、あるいはまた通産等の連携もさることながら、やはり物価対策の一環として、漁業交渉がこういう結果になったにおいては、やはり消費者保護という観点から、もう一歩突き進んだ考え方を持って、このニシンあるいはカズノコの限定をされた輸入問題については大きく手を打つべきじゃないか、こう私は考えるのですけれども、この点はいかがですか。
○国務大臣(佐藤一郎君) 一般論としては、いまおっしゃったような方向で当然やらなきゃいかぬと思っています。ただ、いまお話を聞いていますと、非常に資源的にも制約を受けていて、数量の拡大とか、その他について、どうもままならぬところが多いもののようでありますし、こうしたものの取り扱いはなかなかむずかしい問題だと私は思うのでありますが、もちろん、方向としてできるだけ消費者の立場に立って輸入政策を実行していく、こういう点については私は全然異論はございません。また、そういうふうに各省にも考えてもらいたい、こういうふうに思っております。
○三木忠雄君 最後に、水産庁に要望ですが、長官にもお伝え願いたいと思うのですけれども、実際にこういう漁業の輸入の割り当てという問題については非常に私たちもいやな話を多々聞いているわけです。こういう時点に立って、ますます、ニシンあるいはカズノコは三倍、五倍になってくれば、そこにやはり輸入業者の具体的な実態というか、そういう問題をもっともっと突き詰めていかなければならないと思うのです。私は、きょうは輸入業者の実態のこまかなところまで一々やる時間はございませんけれども、私はあとで、通産ですか、のほうから輸入業者の実態を資料で提供してもらいたいと思うのですが、タマネギの問題のときも同じような問題がいろいろあるでしょうし、輸入割り当てについてのもう少し実態ということをよく見つめてこの許可割り当てというものを行なっていかなければならないんじゃないか、こういう点は、特に漁業については私は言えるんじゃないかと思うのです。そういう点を強く要望して私の質問を終わりたいと思います。
○渡辺武君 私は、再販価格維持制度の問題について質問いたします。 この問題は、独占価格のあらわれの一つとして、前から物価対策の見地から問題になってまいりました。特に最近は、消費者団体がこの制度を廃止せよという強い要求を出しておりますし、公正取引委員会も、四月の十五日でございましたか、「再販売価格維持行為の弊害規制等について」という方針を出しておられます。そこで、この問題についての経済企画庁長官及び公正取引委員会の委員長の態度をお聞きしたいと思うのです。 で、いま申し上げましたこの「再販売価格維持行為の弊害規制等について」という方針は、この弊害を規制するという点に中心を置いておられて、これを裏から読みますと、再販価格維持制度は存続させながらその弊害を規制するというふうに読み取れるわけです。ところが、谷村委員長は、この十二日の日に、衆議院の物価等対策特別委員会で、例の「おとり廉売」の問題について、「おとり廉売」を防止する有効な対策の検討を急いでいるといるという趣旨のことをおっしゃいました。この発言は、この「おとり廉売」防止の一つの理由として、いままで存続してまいりました再販価格維持制度は廃止する、そしてこれにかわって、別の「おとり廉売」防止対策を考えているのだというふうに新聞などに書かれているわけです。そこで、経済企画庁長官及び谷村委員長は、基本方針として、この再販価格維持の制度をおやめになる方向をとっておられるのか、それとも、また、これは維持して、その弊害を規制するというようなことを基本方針としておられるのか、この点を伺いたいと思います。
○政府委員(谷村裕君) お尋ねの、四月十五日に私ども公正取引委員会が委員会として正式に決定いたしました「再販売価格維持行為の弊害規制等について」という、その問題の考え方は、少なくとも、現在法律において一定の法益があるものとして認められている一つの法秩序がある以上、そして、その法律に従って私どもが適正にその法益を守り、また、そこに書いてあるように、消費者の利益を不当に侵害しないようにして、いわゆる秩序のためにやっていくのだという、そういう法律の規定でございますから、それに従って、それを適正に運用していくためにはこうしなければならないと、さような考え方から出したものでございます。 そういうふうに言いますと、それでは、再販制度というものはもう全くそのままでいいのかという話になってまいりますと、これは、いわば別途立法論として、さらに、そういう再販制度というものが考えておるところの法益を充足させるためにはどういうあり方であったらいいかという、基本的な、いわば、何と申しますか、考え方を検討してみる、これは私ども行政官としては常に必要なことであろうと思います。そういう意味では、当面、現在の法律をいかに適正に運用していくかということを考えつつ、さらに、われわれの独禁法制全体にそういう問題はあるわけでございますが、いかに時代の要請にこれえて法律というもののあり方を考えていくかということも当然考えなければならない、さような意味で、再販問題についてやはり基本的に問題を検討しておくという態度は私ども変わっていないわけでございます。 そこで、お尋ねの、去る十二日に私がさようなことを申しましたのは、むしろ私どものほうから積極的に申し上げたのではなくて、衆議院の物価特別委員会におきまして、与野党の方々から、再販制度がその法益の一つとして考えておるところの「おとり廉売」防止という立場、それから考えるならば、「おとり廉売」防止という方法としてさらにまたいろいろな考え方をとってきた場合には、再販制度というものも、いまのような形で必ずしもなくてもいいというふうにいけるかどうかと、かようなお尋ねがあったわけでございます。そういうお尋ねに対して、私は、そういうふうに、いまの再販制度という法律という法律に基づくやり方というものも「おとり廉売」防止という一つの角度からするいろいろな方策を考えますならば、そこにまた別の評価が行なわれることもあり得るだろう、かような答弁をいたしたわけでございます。これだけ申し上げます。
○国務大臣(佐藤一郎君) まあ、公取委員長の答弁で尽きていると思いますが、確かに一定の法益がある、ですから、この法益をどういうふうに認識するかという具体的な問題であろうと私は考えています。しかし、同時に、例外的なものでありますから、それを認識するにあたっては十分厳重にこれを見なければならない、そうして両方の調整をはかっていく必要がある、こういうふうに考えております。そういう意味において、法益の保護ということになると、どっちかというと、とかく固定的に、乱に流れがちでございますから、十分に見直しをする必要がある。そういうところで見直して、なおかつ一定のものがやむを得なければ、これについてのさらに弊害の発生を除去するための努力をするということだと思います。
○渡辺武君 単刀直入に一言で伺いますが、この再販価格維持制度を廃止されるつもりがあるのかどうか。この点、お答えいただきたい。
○政府委員(谷村裕君) いまそういうふうに言われまして、単刀直入にとおっしゃいますが、こういう問題について単刀直入にお答えするという性質のものでは私はないと思います。しかし、現在ある法律そのものをそのままでいいんだ、あるいは一つの姿をそのまま是認するんだ、そういう考え方を私は持ちません。常にそれが時代に即応して一番よく運用され、必要とあれば、またさらにそれの立法面においても検討しなければならない問題があるということを私は常に考えております。
○国務大臣(佐藤一郎君) もちろん、いま申し上げましたように、廃止すべき点があるか、見て、できるだけ廃止の方向でもってやってもらいたいと思いますが、やはり、何といっても、法律によって守られている制度でもあるんですから、一がいにこれを、何でも廃止するんだ、こういう方向を打ち出すのは、私は行き過ぎだと思います。
○渡辺武君 それでは次に伺いたいと思いますが、再販制度の弊害を規制するというふうに方針が出ているわけですが、その再販制度の弊害ですね、これのおもなものは、どういうものなのか。その実情も含めてお聞かせいただきたいと思います。
○政府委員(谷村裕君) 私ども公正取引委員会の立場としては、できるだけ経済が自由濶達に、それぞれの経済主体の自己責任と自主性とによって動いていくことが一番望ましいわけでございます。そこで、いま企画庁長官も言われましたように、再販制度というのはその例外でございますから、例外であれば例外であるに必要なだけの法益にとどまっていただかなくてはならないわけでございます。よく御指摘がございますが、最末端の価格というものを、いわばそのブランド商品について責任を持っておりますメーカーが、小売り店について拘束をするわけでございます。そして、この値段でしか売ってはならないよと、そしてまた、それにはずれたならばペナルティを課しますよと、さような制度が認められているわけでございますが、ややもすれば、その末端に競争が制限されていること自体から起こる、いわば、よく世の中で言われております再販の上にあぐらをかくというような問題が、いまのような経済社会では起こりがちになってまいります。たとえば、消費者に利益が還元されなくて、いわば中間段階にだけ、販売促進等々の名目でもって、必要以上に、たとえばマージンなりリベートなりが支出されるというような問題が、その弊害の一つに当たるかもしれません。あるいはまた、非常に強力なブランドを持つようになったそういう企業が、なるほど企業相互の間では市場における競争がございますけれども、価格の面での競争、あるいは品質の面での絶えざる競争、これは、いまの再販商品は多分に、何と申しますか、ムード的なものとか心理的な効用が非常に強いとかいうものもございますから、ある程度いまのような世の中にはそういうことも避けられないのでございますが、しかし、価格競争でない面でいろいろと競争が行なわれるということが、たとえばそこに一つの悪い結果をもたらす。広告は、もちろん、いまのような世の中でございますから、必要なことでもございましょうし、こういう情報社会では当然認められてしかるべきものでございますけれども、たとえば、そういうものに非常な行き過ぎがあったりするとかいうようなことも、よく弊害として指摘されておるような問題でございます。 いろいろございますが、二、三申し上げました。
○渡辺武君 それの実態ですね。かりにというようなことばもだいぶ入っておりましたが、やはり、こういう方針を出されるにあたっては、実情を調べて出されたと思うんです。詳しく伺いたいと思いますが、しかし、きょうはあまり時間がないので、その実情を端的に教えていただきたいと思います。
○政府委員(谷村裕君) 私ども独占禁止懇話会というものを開いておりまして、そこで、昨年のたしか十月、十一月、十二月くらいにかけまして、再販問題についてのいろいろな資料を提出して御勉強いただいたことがございます。また、国会の御要請に基づきまして、ある程度そういった資料も出したことがございます。たとえば、リベートなどについて見ましたときに、これは非常な押し込み販売と申しますか、あるいは季節的にこういう月にはうんと売らせようということがあったのかもしれませんが、かなりよく世間でも言われておりますが、十のものを扱えば主さらにおまけに十のものをつけるというふうな形の現品添付ということがあって、それが非常な高率のマージン、リベート等の姿になっておるといったような例を私ども出したことがございます。あるいはまた、小売店に対する拘束が再販価格を維持する以上にきびし過ぎる、よくこれも御指摘になるところでございますが、一定の金額を、たとえばリベートとして支給すると言っているものも全部メーカー側のほうで留保してしまって、いわばその拘束がきつ過ぎるといったような、そういう例もございます。あるいはまた、自分のところの商品をこれだけ必ず扱えというふうにして、組みにして渡す、どこまでがいわゆる自由な営業活動であり、どこからがそれは強いものがいわば弱いものに対して優越した力を押しつけておることになるのか、こういうふうな境目がなかなかむずかしいものもございますけれども、いろいろそういった例がございます。
○渡辺武君 いまリベートの例を主としておっしゃったわけですが、この方針の中にもその点は一番最初に出ているわけですけれども、過大なマージン、リベートがやられておるというのは、これは一般的なものなんでしょうか。 それからまた、もう一つ、ついでに伺いたいんですが、その方針の次に「メーカー等の不当に高い出荷価格」というものが出ております。このメーカー等の不当に高い出荷価格、こういうのは、これは特殊な事例なのか、それとも一般的に行なわれておるのか、その点も、あわせて伺いたい。
○政府委員(谷村裕君) 私が先ほど例としてあげましたようなことは、再販商品全体について日常常に見られるというほどではないというふうに申し上げてよろしいと思います。しかし、あるときに、ある商品に、あるメーカーがそういう行為をしておるということが見られる場合もあるということでございます。 一般的に申しますと、私どもの資料によりますと、たとえば指定再販商品として売られております化粧品、あるいは石けん、歯みがき、合成洗剤、医薬品などのマージンといったようなものでございますが、これは、私どもの調査でございますと、小売りも卸売りも含めまして、いわゆる流通マージンが大体四割前後という数字でございまして、石けんのようなものになりますと、二割ないし三割、これは実は、再販の値段そのものがある程度幅がございますために、そういう差が起こってまいります。あるいは歯みがきあたりでも大体二割五分くらい、かようなマージンは、たとえば回転率等の関係から考えてみましても、他の商品のいわば小売りあるいは卸売りを合わせた流通マージンに比べて、そのこと自体は必ずしも高くはございません。飛び離れて高くはございません。先般中小企業庁から発表されました白書などで見ましても、指定再販商品よりも高い卸売り・小売りマージンになっておりますものも、ほかに例がございます。ただし、それは商品の性質その他も勘案しなければならないと思いますが、いま申し上げたような悪い弊害が出るかという問題は、再販商品のすべてがそうであるという意味ではなくて、そういうのが見られるということでございます。
○渡辺武君 メーカーの不当に高い出荷価格、これはかなり一般的にあるんじゃないかと思いますが、どうですか。
○政府委員(谷村裕君) これは、実は私どもとして正確に調査したいというものがあるわけではございません。ただ、いろんな資料によって見ますと、たとえば、皆さまもよく御存じでございましょうが、一般の製造業の平均的な、一部上場ぐらいになっておりますような企業の、いわゆる一般管理費、販売費を除いた製品原価と申しますか、これは、実は製造業で大体八割ぐらいであったかと思います。たとえば、お菓子や乳製品だと七五%ぐらいでありますとか、あるいはまた、一般化学工業でありますと七〇%ぐらいであるとか、そしてそれ以外のものが、大体一般管理費、販売費、広告宣伝費なども含めてという姿でございますが、やはり資料によりますと、再販指定商品になっておりますような化粧品あるいは医薬品等におきましては、かなり一般管理費、販売費等がウェートとしては大きくて、そして、いわゆる製造原価と申しますか、こういうものは、いま申し上げましたような一般の他の産業に比べますと、かなり低いところにある。これは、しかし、商品の性質上そういう面が多分にあるようでございまして、たとえば、写真材料その他といったような再販商品でないようなものでも、かなり製造原価そのもの、売り上げ原価率と申しますか、これは低いようでございます。さような点から考えて、ただ、売り上げ原価率が低くて、一般管理費、販売費等が一般に比べて高いから、だからいけないというふうには言えないと思います。しかし、一般向けのものと比べて、たとえば医薬品で言いますならば、病院向けとか医家向けというほうは、同じような内容のものでも、荷姿に差はございましても、どうもこれはバランスがとれないぐらい安いというふうな、もし姿があるとすれば、そしてまた、それは多少ともあり得ることだと思いますが、そういうものがあるとすれば、私どもは、やはりそこに不当にバランスを失しているんじゃないかという問題を指摘せざるを得ないわけでございます。 そういう意味で、実は、これはたいへん企業の経理内容にまで立ち入ることになるわけでございますけれども、やはり消費者としては一番そこらが不安にも思い、また、メーカーのほうとしても、決して消費者の利益をそこなっていないのだと自信を持って言われるのであるとすれば、その点について公取がある程度入って見て行くほうが両方のためにもよろしいことである、かように思いまして、具体的な例が、いまここに、こうこうしてあるというふうなわけではございませんけれども、私ども、もし不当に高い価格設定をしているとするならば、それをひとつ調べなければならない、かように考えているわけでございます。
○渡辺武君 いま委員長の答弁された点と、それから独占禁止懇話会の四十五年の十月二十日付で出された資料と、若干食い違いっているように私には受け取れました。たとえば、四十五年十月二十日の「再販実施企業の損益および販売業者マージン等の状況」という報告がありますけれども、それを見てみますと、再販実施企業などの売り上げ高に対する営業利益の率ですね。これは、家庭用石けんだけが例外ですけれども、そのほかのものについては、全部、再販契約をやっていないところよりも、営業利益の率ははるかに高いという例があります。念のために申し上げてみますと、化粧品の場合は、一般品は一・七%、売り上げ高に対する営業利益率は一・七%、ところが、再販契約をやっている制度品は一〇・九%という、はなはだしい違いがあるわけです。歯みがきの場合は、再販メーカーが八・〇%、それから非再販メーカーが三・三%、それから医薬品の場合、これは一般向けの医薬品の場合ですが、再販メーカーの場合は一三丁七%、非再販メーカーの場合は二・一%、合成洗剤の場合は、再販メーカーが七・八%、非再販メーカーが〇・二%、こういうことで、売り上げ高に対する利益の率は、再販制度をとっているメーカーほど非常に高いという明白な数字がここに出ているわけですね。そうして、こういう高い、おそらく利益率に保証されてでしょうけれども、ものすごい販売の伸び率を示しているわけです。 やはり同じ独禁懇の同じ日に発表された「再販売価格維持契約実施状況」、この中の「再販売価格維持契約商品数および販売金額」という数字がありますが、それを見てみますというと、化粧品の場合ですと、昭和四十一年に比べて昭和四十四年は四四・七%もふえている、販売高が。それから歯みがきの場合には実に三・七倍、家庭用石けんの場合には四六%、それから医薬品の場合は五二・三%、全部を合わせてみましても、わずか三年の間に販売高が五二・七%もふえた、こういう状況です。つまり、これらの事態があらわれるのは、これはまさに、販売制度を利用しているメーカーなどが不当に高い出荷価格をもって大きな利潤をあげているということを、はっきり示しているんじゃないか。先ほど、小売り商などのリベートその他、これはまああんまり一般的なものじゃないとおっしゃったけれども、まさに、こういう大メーカーの不当に高い出荷価格、これこそが一般的にあらわれているものだというふうに、数字ははっきりと示しているというふうに思いますけれども、その点、どうでしょうか。
○政府委員(谷村裕君) これは、私どものほうが、お説のとおり、確かに発表した数字でございますから、この数字の示していること自体には間違いはございません。報告によってやったことでございます。ただ、それをどう理解するかという問題であろうかと思います。結局、再販指定商品目になっておりますものの中で、再販制度をとるか、あるいは再販制度をとらないかということは企業の選択になっております。そうして、再販制度に乗っておるもの、これが実は確かに、また国民消費者のほうにブランドイメージも高く、また、選択もそちらに片寄りがちな、そういう非常に有力な商品を売っているような企業が多いようでございます。それだけに、また、それに対する需要もふえる。また、伸びておる。で、それの裏には、たとえば、先ほど申し上げましたような情報化社会と申しますか、特に非常に消費者の選択の嗜好性の強いようなものもございますし、まあ、私などは別にそんなに薬というものをたいしてあれしないのでございますけれども、中には、非常に、日本人というのはどうしてこんなに薬好きだろうと言われるぐらいに薬に対する信仰が強い。逆に言えば、そういうふうにまた広告でしているという問題もございましょうけれども、メーカーがそういったような再販制度をとっており、そしてまた、それだけによく売れ、そしてまた利益をあげている、かような実態でございまして、それが不当に高いか高くないか、不当というのは一体企業の利潤追求ということをどこまでこえて、片方で自由な営業として持ちながら、どういうことをしていたら不当であるかということになってまいりますと、片方では、それは確かに生産性の上がっているものもございましょう。競争が激しければ、それなりに値段の下がっているものもある。やはりそのときに出しました資料にございますけれども、主たるメーカーの再販商品としてのいわゆる値段が、ある意味で言えば下がっている、出荷価格が下がっているという、そういう姿も実は出ておりまして、そこに実は、出荷価格は下がっておっても、また別途の形でいろいろな経費が出て、そうしてまた最末端価格というものは下がらずにいるとか、そういう問題は、確かに、指摘されたとおり、あるわけでございますから、その辺を私どもはやはりつかまなければならないと思っておりますが、御指摘になりましたこの資料だけから、直ちにそこで、これだから不当にもうけておるのだ、あるいは不当な高い値段をつけておるのだというふうには、私は直ちには言い切れない、かように思っております。
○渡辺武君 まあ、委員長としては慎重に答弁されるのもやむを得ないと思いますけれども、しかし、率直に言わしていただきますと、私は、出されたこの弊害規制等についての方針ですね、これを読ましていただいて、これは非常に不徹底なものだというふうな感じしか持たなかった。もちろん、弊害を規制しないよりも、やったほうがいいわけですけれども、やはり、やられるなら徹底的に消費者の要望にこたえるように私はやってほしいと思うのですね。その不徹底の最大の原因はどこにあるのか。私は、これらの弊害が起こる根源をついてないというところに一番大きな原因があると思うのですね。その根源とは何か。これは、いま私は独禁懇が発表した資料だけで申し上げた。大メーカーも、やはり同様に、再販制度を実施していないところに比べてみれば、ある場合には十倍に近いような売り上げ高に対する利益を上げているというような状態ですね。ここに私は、先ほど委員長も言われました、小売り価格が上がる、あるいはまた下がらないというような現象やら、あるいはまた、中間マージンを出して、そして小売り店に対する系列支配などもずっと強めていく、あるいは、いま申し上げました大メーカーの不当に高い出荷価格というようなものが出てくる一番重要な根源がある。ですから、対策もそこを押えていくことを重点にしてやっていただきませんと、何ですね、画竜点睛を欠くような方針にならざるを得ないと思うのですね。 きょうは詳しくその問題を重点にしてやりたいと思ったのですが、もう時間もありませんので、一、二点だけ申し上げておきますけれども、やはり独占禁止法に基づいて活動していらっしゃるわけですから、やはり大企業の独占行為という点を焦点にした対策を立てていただいたらどうだろうかと思うのです。 で、やはり、再販価格維持行為というのは、これはむずかしいことばですけれども、平たく言えば、私は、メーカーによる卸売り、小売り、特に小売り商に対する定価販売の押しつけだと思うのですね。先ほど委員長も言われましたけれども、メーカーは、ただ単に契約によって定価を押しつけるだけじゃなく、値くずれした場合は出荷停止というような制裁行為もやる。あるいはまた、先ほど申しましたように、リベート制度などをうまく活用して、チェーン化、専門店化などの系列支配を非常に強めるというような、いわば強制的な措置によって定価販売を押しつけて、しかも、これが再販価格維持制度によって認められているから、いわば合法的に、公然とこれがやられているところに私は特徴があると思うのですね。で、これは、言うまでもなく、公然たる競争制限、縦系列の独占行為そのものだというふうに見なければならぬと思うのですね。ですから、そういうものを禁止している独占禁止法のたてまえから言えば、根本的にこれは対立するような制度だと、本来許されるべきものじゃないと思うのですね。それが、昭和二十八年のあの独禁法の改悪のときに、私的独占の全面禁止から言えば、それを緩和するというような方向でこの制度が盛り込まれたというのが私は経過だと思うのです。したがって、これは独占行為そのものですから、そこから必然的に大メーカーのいろいろな好ましくない動きが出てくるのも当然のことだと思うのですね。特に、昭和三十七年ごろまで、この制度があったにもかかわらず、あまり大きく活用されなかったけれども、大体その当時以後、大メーカーの市場支配競争が非常に激しくなるにつれて、特に化粧品だとか、あるいはまた薬品だとかいうようなところを中心として、この制度が全面的に活用されてきた。つまり、これは大メーカーの市場支配の道具として使われてきているものであって、当初この再販制度の必要性として言われた——先ほど委員長もちょっと触れられましたけれども、メーカーのブランドを維持するとか、あるいはまた「おとり廉売」を防止するとかいうようなことは、もう本質的な問題ではなくなってきている。むしろ、大メーカーの市場支配の武器そのものになっているというところに、いまの再販価格維持制度の本質があると思う。ですから、問題点をよく考えられて、弊害規制をする場合には、元凶である大メーカーをこそ、きびしく規制するという方向をとる必要があるんじゃないかというふうに思うのです。 その点をまず申し上げて、あと、もう一、二点だけ、ちょっと質問を述べさせていただきます。
○政府委員(谷村裕君) 確かに、いま渡辺委員のおっしゃいましたような意見がありますし、私どもも、そういう御意見に耳を傾けないわけではない。また、私ども自身も、そういう点について、かなり、何と申しますか、内部としても議論をしているポイントであるということを私は率直に申し上げます。それでありますからこそ、いままであまり例のなかったことでございますけれども、あえて、たとえばいま渡辺委員のお目にとまったような資料も表(おもて)に出しているというわけでございます。
○渡辺武君 時間がもう終わったそうで、あと一問ぐらいにしろということですから、一問の中で二つぐらい伺わさせていただきたいと思います。 委員長も御存じのとおり、いま消費者団体の要求としては、再販制度を廃止しろという要求ですね。ところが、小売り商のほうは、いや、廃止しちゃ困る、存続させろという要求が出ているんじゃないかと思うのですね。私は、これは重要な矛盾だと思う。つまり、消費者のほうは小売り価格を下げたい、下げなければならぬ。そのために、その妨害になっている再販のこの制度は廃止すべきだという要求を出しているわけですが、小売り商のほうは、これを廃止されたら、いまの状態のもとで廃止されたならば、これはもう必ず小売り商同士の過当競争が出てくる、特にスーパーだとかその他の量販店と、そして小さな小売り商との間の競争が出てきて、それに伴ってマージンが下がって、やがては倒産に追い込まれるのじゃないかというのが、私は心配の一番大きなところだと思うのですね。ですから、ここの矛盾をどのように公正取引委員会では今後の措置として解決しようとなさっておられるのか、これをまず第一に伺いたいと思います。 それから第二に、先ほど元凶をつかなきゃならぬと言った趣旨からいたしましても、また、いま私が申し上げましたこの矛盾を解決するという点から言いましても、大メーカーのこの出荷価格、これを引き下げることが私は第一だと思う。そうして、小売り価格は下がったけれども、しかし小売り商には正当なマージンが保証されているという、そういう状況をつくりながら、再販制度を廃止するという方向に向かえば、いまのような矛盾もなく、同時にまた、消費者の要求も正しく解決できるというふうに私は思うのですね。ところが、この方針を見てみますと、「メーカー等の不当に高い出荷価格の是正」というところでは、それの点に十分こたえるような方針に私はなっていないんじゃないかと思うのですね。第一に、どうも、出荷価格は調べるというようなふうに書かれておりますけれども、しかし、やはりメーカーのコストを調査するということをやらなきゃならぬ。ところが、その点、書かれていないが、そういうことをやる必要があるんじゃないだろうかということが第一です。そして、これを公表して、もし不当に高い場合には引き下げさせるということが私は必要だと思います。そういう方向を打ち出しながら、小売り商には、やはりメーカーとの価格交渉をやることのできるような団結権、団体交渉権といいますか、そういうものを小売り商に認めて初めて、この問題は全面的に正しく解決できるんじゃないかと、そのような方向に検討されるかどうか、伺いたいと思います。
○政府委員(谷村裕君) 私どもは、本来、できるだけ企業が自由に、また自主的に行動することを望み、なるべくならば、政府当局がそれの経営の内部等に入り込んでいく、介入していくということはやるべきでないと思っております。いまお話が出ましたような、たとえば消費者の立場、あるいは小売りの立場、そしてまた、メーカーの立場、こういうものも、本来ならば、市場機能、あるいは価格メカニズムの中で調和されていってしかるべきものと思っておりますけれども、いまお話しのような問題というのは、実は、再販という一つの制度がそこにありますために、そこに一つ大きく映し出されておりますけれども、私は、必ずしも再販商品だけがそういう姿になっているとは思いません。小売り、特に流通の近代化と申しますか、あるいは在来型小売り店と量販店との関係とか、そういった問題は、常に、再販商品に限らず、私は、これから日本の経済が解決していかなければならない問題であると思います。そういう場合に、やはり、ある意味での商業秩序と申しますか、そういう意味で、先ほど申し上げましたような「おとり廉売」、目玉商品という問題も考えなきゃならぬと思っておりますが、再販というところでクローズアップされておりますけれども、問題は、再販品だけではなくて、日本の経済、社会にそういう問題がやはり出てきておる。同様な意味において、メーカーの問題も、再販品について、確かに力があるメーカーというものは再販を最も有効に武器として利用いたしておりますけれども、再販品でない商品につきましても、やはり、私どもが望んでおりますような自由な競争が行なわれるような市場の存在というものが、必ずしも、いまのここまで発達してまいりました経済、社会では、全面的に存在するかと言えば、そうとも言えない状態が起こってきております。 そこで、問題は、そういう意味において、今後私ども公正取引委員会だけでなく、政府全体がそういった状態についてどう考えるか、これはなかなか理屈だけで割り切れません。小売りの問題一つつかまえて見ましても、やはり、それは経済問題でありますと同時に、ある意味では社会問題にもなってまいります。そういう意味で、非常にむずかしい問題でございますが、むずかしいだけではなくて、そこはやはり何か考えなければなりませんが、私どもは、再販品だけに限って申し上げれば、たとえば、メーカーについての調査は、当然のことながら、個別商品のコストというものは非常にむずかしいわけでございますけれども、そういうものを総合した一つの企業としての経理計算というものには立ち入らざるを得ないと思います。いいことではないと思いますが、しかたがございません。 しかし、それを公表するという問題になりますと、これは、私どもの法律にも企業の秘密に属するものは除くと書いてございますが、そこまでの体制には私はまだなっていないと思います。しかし、いきなり法律をふりかざしてやるということではなくて、私ども、やはり大企業の社会的責任というものをまず考えていただいて、その社会的責任を果たしていただく意味において、私ども何らかの行政指導をしていく、そういうような姿で、対話ということばを使うと非常に悪いですけれども、イギリスあたりでも、たとえばコダックフィルムというものが非常に支配力を高くしていたときに、コダックフィルムとの間で独占委員会がやりましたやり方というのは、一種の行政指導であり、対話であったわけです。また、別のことばで言うと、一種の誘導経済みたいなかっこうになりますけれども、一挙に、公表だ、摘発だというふうなことではなしに、しかし、私どもとしては、再販商品のように、本来の市場メカニズムの例外になっておりますような姿をとっておりますものについては、やはりそれだけの行政責任を私どももとらざるを得ない、その前に、ぜひやはり企業のほうでも、そういう制度の目的に照らして、自分たちの行動を十分自分で考えて責任を持って行動していただきたい、こういうようなことを申しているわけでございます。 両方一度にお答えしたようなことになりました。
○阿具根登君 私は、質問時間が終わったんですが、公取委員長がおられなかったので、部長さんからお答えいただいたのですけれども、一問だけ質問申し上げておきたいと思います。 いまの質問の中で、委員長は、日本人ほど薬を飲む人間はいないのだ、その宣伝も行き渡っておるかもしれないけれども、日本人は世界で一番薬を飲むんだと、こういうようなことでもあったわけです。その問題なんですが、私どもも、テレビを見れば薬の宣伝が第一に入ってくる。この問題で、薬というものは薬剤師か医者でなければ使うことができないことがきまっておるわけです。それを、全然専門外の有名な芸能人が薬を宣伝するということは誇大宣伝になりはしないか。さらに、少し今日では自粛されておるようですけれども、私の知る範囲内では現在残っておる。そういう芸能人の宣伝に対しまして、また復活を盛んにやっておられる。野球の選手を持ってくる、王さんを使ってもらいたい、あるいはその他の人を使ってもらいたいとか、あるいは横綱を使ってもらいたい、使いたい、そういうのがわんさと押しかけておると、こう聞いておるわけです。特に薬の問題は、他の一般の消費物資と違うのです。もし、これをこのまま放置するならば、私は薬事法は要らないと思うのです。薬事法では、ちゃんと規定された人、どこかで認めた人でなければ売ることはできない。宣伝はやってよろしいと、そういうことにはならないと思うのです。だから、その専門家でもない人が、自分が有名人であるから、その有名人ということで薬の宣伝をやるということは、これは行き過ぎではなかろうかと、こう思うわけです。もしもそれを許されるならば、宣伝もできる、そのかわり売ることもできるということになるわけです。何も、そこで差をつけることはできないわけです。専門の方がつくった薬を売るだけだったら、何もそれは差をつける必要はない。薬屋はちゃんと規制されて、一番守られておるのです。薬屋が一番これは守られておるはずなんです。そういう、守られておるにもかかわらず、メーカーは、もうけんがためにばく大な宣伝費をかけて、そして今日の多額納税の高位の人を見てみても、薬屋さんがトップあたりにおるわけなんです。病人を相手にして、そうして宣伝これつとめて、ばく大な利潤をあげるということがいいことかどうか。これはどういうふうにお考えになりますか。この一問だけお答え願いたいと思います。
○政府委員(谷村裕君) いわゆる有名人が宣伝をすることがどうかということに尽きるわけでございますが……。
○阿具根登君 「専門家じゃない有名人」がですよ。
○政府委員(谷村裕君) その点では、私おことばを返して恐縮なんですけれども、まあ、売っているわけではなくて、宣伝に使われているわけでございまして、たとえば、お酒の販売は、酒の小売り免許を受けたところでなくては売ってはいけないわけでございますが、「お酒をこんなにおいしく飲んでます」という顔をして広告に出るのには、ずいぶん有名人なども出てまいります。そういうような意味で、売るということと宣伝するということと、どうも違うと思うんですが、たしか、薬事法では、誇大な宣伝をやってはならない、広告をしてはならない、という規定が厳としてあったと思います。私どものほうでも、不当な表示をしてはならないということがあるのでございますが、有名人であれ、あるいは有名人でなかろうと、もしその宣伝の内容に行き過ぎがあれば、それは私は、薬事法なり、私どものほうの不当表示防止法に違反することになるかと思いますが、有名人であるという人が広告にかり出されているということ、そのこと自体、モラルとしては、私の心情としては、あまりいい感じはいたしませんけれども、経済の問題として考えますときには、私は、そこはやはり一つの、営業の自由と申しますか、自由な広告活動と申しますか、そういうものの一環として現在の法制のもとでは差しつかえないのではないかと、かように思います。たいへんお気に召さない答えかもしれませんけれども。
○阿具根登君 全く気に召さないのです。大体、嗜好品の酒と薬を、あなた同等に考えてこういう場で答弁されるというのは、私は不謹慎だと思う。薬というものは嗜好品で飲むやつじゃないんです。酒屋の小売りは、酒屋の何とかという名称を持った国家試験にでも通って、そして大学でも出てこなければ酒が売れないんじゃないんです、これは。これは、商店として認められれば、どこでも売れるんです。薬はそうじゃないんです。薬というものは、必ずこれは反作用か副作用が出てくるおそれもあるわけなんです。だから、これに対しては、一般の人は営業することはできないんです。売ることはできないんです。それを、酒屋の小売りと薬屋と一緒に考えられたのでは、これはたまったものではないです。あなたの論理でいくなら、それならば何も大学出て、そして薬学の肩書きをもらわなくても、医者でなくても、だれでも薬は売れるようになるんです。だれでも薬は売れるようになるんです、あなたの論理でいくならば。酒と薬は違うんです。たとえば、大学のりっぱな方が、有名な方が宣伝される、私は、それはけっこうだと思うんです。お医者さんですから。ところが、お医者さんでも何でもない一般の人が、どうして「この薬があなたにききますよ」ということが言えるだろうかと思うんです。私は言えないと思う。医者じゃない人が、人間のからだを、「あなたはどこの病気だ、どの薬を飲みなさい」と言うことはできないはずなんです。できぬようになっているんです。酒はそうじゃないのです。「飲んでおいしいですよ」と言っても、これは嗜好品ですから、問題じゃないのです。だから私は言っておるわけなんです。それだから、あまりにも薬が乱売されておるのじゃないか。そうして今度は、金があるところはどんどん宣伝費に金をかけておって、そうして今日の状態に来ておるじゃないか。あなた自身が、再販の問題で、どうして日本人はこんなに薬を飲んだのかとおっしゃっているでしょう。だから、先ほどの質問のときにも言ったんですが、その薬がきくということは、これは一般の人にはわからないのです、だれにも。ただ、りっぱな有名な人が、医者でも何でもないけれども、一般の人に、大衆にわかりやすい芸能人の方が「これはきくんですよ、これは飲んだらいいですよ」と言えば、あの人が言っているからといって、飲むようになる。それは誇大な宣伝にはならないか、こう聞いているわけなんです。
○政府委員(谷村裕君) 例のとり方を、私は、物を売ることと宣伝に使われることとの別として申し上げましたので、あるいは例として適切でなかったかもしれません。もし阿具根委員の言われることが、いま言われたような意味で言われているのであるとすれば、たとえば、要するに、宣伝に一役買う人が、たとえば宣伝の内容を、いかにも自分の意見であり、いかにも自分の体験であるかのごとくにして言うという問題の適否になってくると思います。そうして、そこに、もしいまの日本人あるいは消費者が、やはり、有名人というもののことばなり動作なりに対して、一種の信仰なり非常に引きつけられるものを持っているとすれば、それは、私は、そこに一つのトリックがあり得るかもしれないと思います。しかし、それはなかなか簡単にそう断じ得るかどうかについては、ちょっと私の所管をはずれているようにも思います。それですから、ちょっと、これをどうも、 いままともに、ここで公正取引委員会の委員長としてお答えするほど、それほどのまだ用意がございませんけれども、しかし、先生が何を言おうとしていらっしゃるかということは、よくわかりました。それだけ申し上げておきます。
○委員長(佐田一郎君) 両件に対する質疑は、この程度にとどめます。 —————————————
○委員長(佐田一郎君) 次に、請願の審査を行ないます。 第九号、物価安定、公共料金値上げ抑制に関する請願外二件の請願を一括して議題といたします。 速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(佐田一郎君) 速記を起こして。 それでは、ただいま御審議願いました、請願第九号、物価安定、公共料金値上げ抑制に関する請願、第二九八号、物価値上げ抑制に関する請願、及び第二三四二号、野菜価格安定に関する請願、以上三件の請願は、議院の会議に付するを要するものにして、内閣に送付するを要するものと決定することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐田一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐田一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(佐田一郎君) 次に、継続調査要求についておはかりいたします。 当面の物価等対策樹立に関する調査につきましては、閉会中もなお調査を継続することとし、本院規則第五十三条により本件の継続調査要求書を議長に提出いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐田一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 なお、要求書の作成につきましては委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐田一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 —————————————
○委員長(佐田一郎君) 次に、委員派遣承認要求に関する件についておはかりいたします。 閉会中の委員派遣につきましては、その取り扱い等を委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(佐田一郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時二十九分散会 —————・—————