建設委員会 第10号
- 発言数
- 85 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/03/22
会議録
○委員長(田中一君) ただいまから建設委員会を開会いたします。 まず、委員の異動について御報告いたします。一昨二十日、丸茂重貞君、山崎五郎君及び塩見俊二君が委員を辞任され、その補欠として山内一郎君、奥村悦造君及び大森久司君が選任されました。 また、本日、中津井真君、柳田桃太郎君及び山内一郎君が委員を辞任され、その補欠として高田浩運君、矢野登君及び山崎竜男君が選任されました。
○委員長(田中一君) この際、理事の補欠選任を行ないます。 委員の異動に伴い、現在本委員会の理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行ないたいと思います。理事の選任につきましては、先例により委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議こざいませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(田中一君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に大森久司君を指名いたします。
○委員長(田中一君) 次に、参考人の出席要求に関する件についておはかりいたします。 建設業法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、海外技術協力事業団の役職員を、また明二十三日の委員会に東日本建設業保証株式会社取締役社長中田政美君をそれぞれ参考人として出席を求め、その意見を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(田中一君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 〔委員長退席、理事松本英一君着席〕
○理事(松本英一君) 建設業法の一部を改正する法律案を議題といたします。 前回に引き続き質疑を行ないます。質疑のある方は順次御発言を願います。
○田中一君 きょうあすにかけて、私が総括的な質問を申し上げますので、時間の関係で、きょうは海外における日本の建設産業の実態並びに今後の方針等について質問をいたします。 最初に伺いたいのは、賠償援助あるいは贈与というような形式で講和条約発効後今日までにどのくらいの日本の建設産業が現地において仕事をしておるか、その全体をひとつ御報告願いたいと思います。
○政府委員(高橋弘篤君) 海外建設工事の受注実績につきまして、いまお手元の資料で、先生いま二十九年と申されましたけれども四十年でございますので、それで申し上げさせていただきます。 昭和四十年が、商業ベース及び賠償、経済協力ベース合わせまして百三億三千九百万、十三件でございます。四十一年が三十件で百二十一億二千六百万、四十二年が三十四件で二百二十三億六百万、四十三年が五十一件で二百三十三億三千五百万、四十四年が六十五件で四百十六億一千七百万でございます。
○田中一君 これは外務省のほうに伺ったほうがいいと思いますが、いままでの賠償及び贈与、円クレ等、これらの形式でいっている仕事は、おおむね日本の業者が行っているかどうか。それから日本の業者が行っておるならば、現在いまだ工事が残って、仕事をしているものがどこかどのくらい残っておるのですか、その点を御説明願いたい。
○政府委員(沢木正男君) 建設業者が海外に出てまいる様式については、いろいろの資金の源があるわけでございますが、現在、海外で行なわれております工事のうち、円借款につきましては法律のたてまえ上、日本国の生産物もしくは日本人の役務のために借款が使用されなければならないということになっております。したがいまして、円借款の出ております国におきますもので工事に日本の建設業者が参加しておるものが相当ございます。それから賠償あるいは無償援助につきましては、これまたやり方が二とおりございまして、日本のほうで物を建ててそのまま現物を向こうへやる方式と、それからお金を向こうの政府勘定につけかえまして、そうして向こうの政府がそれに基づいて発注する形式と二つございます。向うの政府が発注する場合も、おおむね日本の業者が落札しておる例が多いようでございますが、それにつきましては必ずしも日本の業者でなければならぬという制約はございませんので、その場合には向こうの業者が入っている場合もございます。
○田中一君 これらのほかに世界銀行の資金によって国際入札をやっている仕事があるはずですが、それはどうなんですか。
○政府委員(沢木正男君) 国際入札をやっておる例の中に日本の業界がとった例もございます。しかしこれは非常に例が少ないかと思っております。
○田中一君 例が少なければ、少ない例をひとつ建設省のほうから報告してもらいたい、どこに何があったか。
○政府委員(高橋弘篤君) 二、三の例を申し上げますと、中華民国の達見ダム建設工事、それからカンボジアのプレクトノットダム、こういうものがあるわけでございます。
○田中一君 贈与、円借款等はこちらが仕事をじかにやっておるというならば、この形式は、たとえば賠償の問題にいたしましても、現物で賠償金を払うという場合、日本が同じような仕事の入札に参加して日本が落札してやったという場合もあるでしょうし、また円クレの場合でも、同じような形式をとるものがあると、いま局長言っておりましたけれども、その際は資材等はどこから買ってもいいことになっているのですか。
○政府委員(沢木正男君) これは賠償の場合、無償の場合、それから円借款の場合でおのおの違っております。円借款につきましては、日本国の生産物もしくは日本人の役務という規定がございますので、材料につきましては、大体日本品が中心でなければいかぬ。その場合に、たとえば日本で生産されましたクレーンでございましても、そのエンジンの部分が、たとえばアメリカから輸入されたエンジンを使ったクレーンであるというような場合にも、われわれはフォーリン・コンポーネントと申しておりますが、外国製品の要素が全体の額の中で三〇%以下であればこれを認めるということにいたしております。それから賠償につきましては、日本国の生産物で賠償するという考え方、日本人の役務もしくは生産物で賠償するという考え方でございますので、これも大体日本のものでございます。ただこれにつきましては、ある程度現地の資材その他も使いませんと向こうのものができないというような場合に、たとえばコンクリートやセメントは日本から持っていっても、砂利とか石を買うのは向こうでやっておるというような例でございます。それから無償の場合は、これは先ほど申し上げましたように、向こうの政府に勘定をつけかえまして向こうに発注させる方式をとった場合には、相当現地の資材を大量に使うことも許しております。
○田中一君 そこで円借款の場合、これは向こうの政府に金が行って、向こうの政府から日本から行っている建設業者のほうに支払いをするようになるのか。むろんこれは現金払いでない、相当延べ払いが多いと思います。その場合にはどういう形でその保証をしてもらうのですか。
○政府委員(沢木正男君) 円借款の場合には、日本側が、経済協力基金もしくは輸出入銀行自身が向こう側の政府と借款の協定を結びます。その借款の協定に基づきまして向こう側のエンドユーザーと申しますか最終購買者が、ダム建設工事でいうならばダムを建設するということで、日本側の業者との間に契約を結ぶわけで、その契約に基づきまして日本の業者が向こうに資材を持っていくなり、あるいは品物を売るなりするということでございます。円借款の場合は、日本から出ていくものにつきましては輸出信用保険はっけておりません。と申しますのは、船積み時に一〇〇%当地で円貨が支払われます関係上、保険の付保は必要ないという解釈でございます。ただ、延べ払い信用の場合は、これは円借款と全然別個でございまして、これは日本側で輸出信用保険をつけて向こうへ持っていくというかっこうになります。
○田中一君 延べ払いの場合には、おおむね現地に在住する商社がその取り扱いをするように聞いておりますが、その点はどうですか。
○政府委員(沢木正男君) これは千差万別でございまして、現地に駐在する商社は現地でいろいろどういう仕事があるかということを常時探っておりますから、これから話なり情報が入って最終的に契約が成立するというケースは非常に多いかと思いますが、向こう側から見まして輸入の場合に、輸入業者は日本の貿易業者の向こう側の支店であるということには必ずしもなっておりません。
○田中一君 たとえば国際入札の面にいたしましても、資材の購入あるいは手広く各地からの物を、日本であれば輸出、向こうにすれば輸入ですが、これらを扱う場合、おおむね資金の裏づけがないために商社を活用しておるというふうに承知しておりますけれども、その点はどういうことになっておりますか。いまお話がありましたけれども、どこかで保証しなければ品物が出ないはずであります。
○政府委員(沢木正男君) ちょっとこれは、先生自身の御質問の意味がよくわからないのでございますが、たとえば3Kダムというものを円借款でインドネシアでやっております。これは鹿島組が出ておって、日本工営が工事設計の監督をしておるというような場合は、現地で品物を調達して、現地で品物が何か要ると、それを円借款でもって日本から引いてこようという場合には、やはりインドネシアの事情に詳しいあるいはブルドーザーならブルドーザーを扱っている商社に頼んだほうが便利がいいというだけでございまして、日本に直接本社に電報を打って、本社がそれを国内において調達して向こうに送りつけても一向差しつかえないわけです。これはケースによっておのおの異るかと存じます。それで保証の問題というのは、工事自身を引き受けることに対する危険保証の問題とそれから物を輸出する場合に代金保険の問題と、この二つに態様が分かれるわけでございまして、資材の問題とは別個でございます。
○田中一君 これは建設省に伺いますが、大体、いま海外との輸出入をやっておるところの商社は、大部分建設業法の指定を受ける業者なんです。したがって、国際入札等にはその商社が名前を出して入札をしておる現状がたくさんあるわけです。たとえば、いまの賠償の問題にいたしましても何にいたしましても、商社が入っている建設業者が陰に隠れて、商社が入札の相手方になっておる例が相当あると思います。それは一つはそういう商社が建設業者の登録をしておるということがあるのではないかと思います。それから、あなたのほうには商社が応札するような例が相当あるかどうかということを伺っておきます。
○政府委員(高橋弘篤君) 外国におきましては、御承知のように建設工事は日本の建設業法の登録は必要はないわけでございます。大体、日本の建設業法による登録をしたものが多いようでございます。
○政府委員(沢木正男君) 日本の商社が建設業者と組んで落札するケースは非常に多うございます。しかしながら、建設業者が単独で落札しておるケースも多うございます。
○田中一君 そうすると、日本の建設業者の看板がなくとも商社が自由に落札しても自由なんだ、というように建設省は考えておるわけですか。
○政府委員(高橋弘篤君) 海外におきましてやはり施工能力というものを確保して日本の建設業と建設技術というものを発揮する場所でございますので、私どもとしましては登録した業者が応札することが必要であろうかというふうに考えております。
○田中一君 この建設業法の今度の改正でも明らかなように、現行でもそうでありますが、全然建設能力がなくて、ただ資金調達あるいは資材の調達等の得意な商社が向こうで応札するということは、いま外務省の局長から伺ってもあるそうでありますが、これはさしつかえないんですか。
○政府委員(沢木正男君) 私は、商社が建設業者と組んで応札しているケースがあると申し上げましたので、商社が単独でそういう建設工事を請け負ったケースというのは、私はちょっと記憶にございませんです。
○田中一君 そうすると、建設業者と商社がジョイントを組んでやっているということなんですが、あるいは私の承知している範囲では、商社だけが独自で自分の名前で応札し落札しているということがあるように承知しておるのですが、その点はどうですか。
○政府委員(沢木正男君) 具体例で多少申し上げますと、たとえばベトナムの難民住宅の建設、これは、たしか伊藤忠商事でしたが、単独で請け負ったケースであろうかと思いますが、これもどっかの建設業者と多少組んでやっておる。それからたとえば先ほど例がございましたプレクトノットダムでございますが、これは前田建設とトーメンとが組みましてトーメン・前田という名前で契約しておるというようなケースでございます。
○田中一君 私が言いたいのは、まる投げをしちやいけない。ジョイントというと、ジョイントが何か技術のジョイントじゃなくして資金のジョイントなんですね。たとえば、われわれが通例ジョイントというのを了承しているのは、お互いに技術的なものを持ち寄って一つのものを完成するということ、これはあると思います。しかし看板になって応札するのは、いまお話しのようにトーメン・前田という一つの形をつくって行なっているのならこれはまた別の見方がありますが、少なくとも商社が契約の相手方になって、それを全部鹿島なら鹿島に建設そのものを一切まかすというようなことは、これは建設業法違反じゃないかと思います。むろんその商社もおそらく国内においても登録をしていると思うのです。していると思いますが、結局、仕事全部を業者に、業者というのは建設業者にまかす場合には、これはまる投げになっているというふうに見られますが、その点はどうですか。実態を調べたことありますか。
○政府委員(高橋弘篤君) 外国にはおきましての建設工事がどういう商社とそれからその下請けの建設業者なりまたジョイントベンチャーの相手方の建設業者との関係がどうなっておるかということは、実態調査した具体的なものを、私ども持っておりませんけれども、主として、外務省からも御答弁がありましたように、商社がいろいろ現地における事情に詳しいその他の事情から商社を窓口にするとか、あるいはジョイントベンチャーにするというようなことがあったと思います。私どもは、今後は、やはり建設省におきましてもそういう建設市場の調査、業界におきましてもそういう市場調査というものを十分行なって独自の調査網を整備しまして、そういうことによって建設業者というものが独力でもそういうことに応札する、また契約の当事者になれるということが、そういう法則をとることが必要であろうかというふうに考えておるわけであります。
○田中一君 いま高橋君の答弁、低くてわからぬけれども、まる投げのような形式はとっておらぬというのですか。そういう形式があった場合にはどうするのですか。
○政府委員(高橋弘篤君) 国内の建設工事におきましてはまる投げということは、たとえば一括下請負の禁止とか、また建設現場におきましては必ず主任技術者を置くという契約がございます。そういうことをしなければ、それによって相当の監督処分その他があるわけでございます。したがって、そういう実態があるとすれば、先ほど申し上げましたように、海外工事につきましては建設業法の適用がございませんけれども、やはり趣旨としては必ずしも好ましいことじゃないというふうに考えておるわけでございます。
○田中一君 参事官にちょっと伺いますがね。ちょうど二十六年に平和条約ができた。そのときに、東南アジアの復興という、むろん当時は日本の復興が大事でありましたけれども、建設省から専門家がアタッシェとして向こうに行けということを私は慫慂したものです。ところが、全然当時は行っておりません、むろん国内事情もいろいろあったでしょうけれども。二十九年のコロンボ計画の後というものは、向こうに目を向けるようになりました。そして何年から建設省の公務員も、専門家も海外に出しておるか、どこに何人出しておるか、ちょっと説明していただきたいと思います。
○説明員(御巫清尚君) 田中先生の御質問の中で、何年からという点につきましては、ちょっと資料がございませんが、現在建設省から在外公館に職員が派遣されておりますのは四ヵ所でございます。その場所はインドネシア、フィリピン、それからアメリカ、タィの四ヵ所でございます。で、アメリカを除きましていずれも発展途上国ということになっております。
○田中一君 大体どこでも一等書記官あるいは二等書記官で行っておるのでしょうけれども、どんな仕事をしておりますか。
○説明員(御巫清尚君) 建設省から派遣されております在外公館の館員の職務は、おおむねその場所場所におきます建設関係に関係のある仕事でございますので、主として、たとえばインドネシアの場合で申し上げますと、賠償に基づく工事が各種ございます。したがいまして、その賠償関係全般は建設省から派遣されております職員が見る。またそのほかに技術協力の問題がございます。これは必ずしも建設省の職員のみではございませんが、主として建設省から派遣されております館員が技術協力の関係を見ておると、そういうふうな館内のいろいろな事情に基づきます事情によりまして、建設省の所管事項以外のものも分担することもございますが、多くの場合、主として建設省の関係の仕事を分担しておるということになるかと思います。
○田中一君 私も海外に行くときにはずいぶんその方々にお世話になるのです。しかしその方々が、大体在任が二年ぐらいですか、二年ぐらいでようやくまあ現地語がわかる、また向こうの社会あるいはあらゆる面で多少わかってくるというころになると、また交代していっている。したがって、外務省の館員として現地にいる各省の職員というかアタッシェですね、割り当てを一体どういうぐあいにきめてこられたのか。どうも適所適材ではなくして、各省からみんな外務省が媒体となって、外国の事情を調べにいくというような程度のものしかほんとうの役割りをしておらぬのじゃないか、こら思うのです。したがって、各省から外務省に出向し、海外に出かけておるところの館員の分布状態をひとつ報告してください。
○説明員(御巫清尚君) 御質問の第一点は、建設省から派遣されております在外公館の館員の勤務する年数がそう長くないのではないかということでございますが、これはそのときどきの建設省と外務省との相談に基づきましてその年数がきまってくるわけで、大体三年程度は在勤しておるかと承知しております。これは必ずしも長いとは申せませんが、いろいろ人事の都合とかそういうことがございまして、そう長くは置けないというのが実情であろうかと存じます。 それから第二点は、各省から在外に行っております人間の配置ぶりということであろうかと思いますが、特に外務省が各省に割り当てているというようなことではございませんが、現状におきまして、今年度におきまして各省から在外に出ております人数は、総計いたしまして百八十一名ございます。この内訳は、通産省が五十一名、大蔵省が三十六名、農林省が二十一名、防衛庁十八名、運輸省十一名、警察庁十名、科学技術庁八名、労働省六名、建設省四名、法務省、郵政省、文部省、厚生省、経済企画庁各三名、自治省一名ということになっております。四十六年度の予算で追加が予定されておりますのが、防衛庁二名、運輸省一名、文部省一名、合計四名でございますので、昭和四十六年度からは百八十五名ということになると思います。 これらの職員の配置につきましては、現地の公館の公館長の意見、それからそれぞれの所管省の御意見、それから外務省の意見、こういうものを合わせまして総合的に判断して、どこの館にどの程度の人員を配置するか、毎年毎年相談してきめていっておるわけでございます。
○田中一君 そうすると、建設省は全部技官ですね、農林省もおそらく技術官が多いのじゃないかと思うのです。そういう形で海外へ出るのは非常にいいのですけれども、はたして本来の姿の技術を持って、向こうの情報と言っちゃ、どっちみち外務省の在外の人たちは一種のスパイ的な役割りは当然あるわけでありますけれども、情報というものばかりではなくて、まあセールスマンにもなる場合があろうと思う。しかし、東南アジアに対する技術援助という大きなテーマを持った場合には、ぼくはアジアの各国に、ことに日本が戦争で相当な被害を与えた国々に全部配置して、その国の政府並びに民間等を含めての仕事を、一つの事業を計画する場合には、日本の技術家に相談をしてするんだというような形までの一つの信頼というものを相互に持たなければならぬと思うのです。したがって、建設大臣に伺っておきますが、四人程度の者が三年交代で、ようやく語学ができるようになったという程度で帰るのでは困る。しかし、建設省自身としても、そうしなければ、その人の将来もあるから、まあ三年くらいで帰してどっかに配置するんだということも必要でしょうけれども、これはもっと東南アジアにおける日本の一つの役目、義務、一種の義務づけ、もう一つイタリアにしても、フランスにしても、西ドイツにしても、相当東南アジアに入り込んできております。しかし、何といっても至近距離である日本、それから技術としてもよその国に負けないような技術を持っておる日本としては、四人程度のものがアメリカその他に散在しておることではなくて、もっと腰を据えて日本に対する相手方の理解、日本が相手方を知る、そして平和建設というものに対する協力をしなければならぬと思うのです。私が聞いているところによりますと、外務省はいろいろ受け身ですから、百八十何名というものが、館員が足りないわけではない。しかし、そうした私が申し上げたような役割りを、各省から来た在外の各省の出向者が、仕事をしてくれるものと期待をしておるのだと思う。しかし、事実はそうじやないです。人の名前が出ますから一々言いませんけれども、たとえばどこそこの大統領に会いたいからといって、大使館に話してもなかなか会えるものではない。自分で単独に行ったほうがずっと早いのです。きょうの午後三時ごろ会いたいからといって、別のルートをもって頼むとすぐ会える。在外公館に頼むとなかなか、二日も三日も待たなければならぬということがあるのです。ことにそうした面の協力というものを、日本に期待しておりますこういう国々に対しては、もっと真剣に、真剣というよりも前向きに取っ組んで、ほんとうに技術の指導、日本に対する、日本の持っている技術を知らしめる、こういうことをする役目が本来じゃないかと思う。そういう意味で、百八十何名という各国に出ている中で、建設省の持つ役割りは非常に少ないのではないか、これについて建設大臣どうお考えになるか。
○国務大臣(根本龍太郎君) 東南アジアの発展途上国に対して、日本の建設事業というものとの関連において非常に重大な関心を持つべきだという田中さんの御指摘、私も賛成です。それに実は昨年来愛知外務大臣それから福田大蔵大臣にはこういう提言をしております。従来は賠償あるいは経済援助等においていろいろの物的、資金的な援助をしておるが、どうもほんとうの意味において発展途上国の一般国民、すべての国民に利用され、かつその国の今後の再建に非常に大きく役立つのは、いわゆる公共事業が多いようであります。これに対して従来は公共事業ではなくて、実はビルを建てるとか、ホテルとか、一つのデモンストレーションみたいなものはやっているけれども、その他のものはまだ本格的ではない。日本は発展途上国に対して国民総生産の一%は援助するということを、大蔵大臣もはっきり言っておるのだから、その際に、私はやはりそれぞれの国々の基本的な国づくりの土台になる道路、港湾あるいはダム、かんがい施設、こういうものをやらなければならぬと思うが、そのときにあたって、向こうのほうの連中はどういうものから着手していいか、どういうような開発をすべきかについての具体的なプロジェクトを持っていない、またわかりにくい。そういう点まで私は、日本がおせっかいでない限りにおいてよく話をして協力してやるべきだ。そうして、そうしたものについての経済援助をこれから本格的にやるべきだ。こういう申し出をして、それについては大蔵大臣も外務大臣も同意を表しています。 ところで、これをやる場合において、いま御指摘になりました、望むらくは日本の在外公館においてそうした担当の人間を配置することが望ましいと思います。が、これはなかなか人員の配置等むずかしい点もあるようでありまするが、それを補強する意味において、やはり私はコンサルタントですね、海外に出ていくコンサルタントの育成が必要じゃなかろうかと思っています。それから、外務省の役人が行った場合とコンサルタントとして行った場合、どっちが働きやすいかというと、これは一長一短ありますけれどもね。むしろ民間人で行ったほうが——先ほど田中さん御指摘のように、外交官としてずっと下の者が行くとなかなか向こうに会えない。ところが、これは民間人でかなりの自由な行動をしたほうが、かえってそういう国々については接触がしやすいという点も多いようでございます。そういう観点から、今度の国際開発センターをわれわれがきも入りでつくらしまして、これを活用し、これを外務省とお互いに連携をとってやるほうが、あるいはかえってメリットが大きいじゃないか、それを私は考えている。こういう意味で、もちろんでき得るだけ技術者の人々を、在外公館に人間をふやすということも努力しますけれども、それだけでは、これは行っても一人ですから、一人ではそういうことは技術者でなかなかむずかしいと思う。それからすれば、むしろ国際開発センターのようなところの者を派遣して、それを機動的に動かす。そのほうがいいではないかと考えて、これはもちろん建設省のみならず、民間のほうとも、あるいは外務省とも相提携して、そうして御趣旨に合うような体制をつくってまいりたいと思っている次第であります。
○田中一君 いやあ全くそのとおりです。在外公館であれば大使の命令で動かなければならない。だから結局、行けば外務省のペースに従って動かざるを得ないわけです。ことに向こうに行っている人たちもずいぶん苦労しております。苦労しておりますが、実効があがらない。これはもっとも期間の問題もある。これは二年か三年じゃ、なかなか向こうの政府の連中と親しくなるわけにいかない。それから向こうもいろいろ政変等があって変わる、これはむずかしい問題です。むずかしい問題ですが、あえてしなきゃいかぬということです。やはり政府関係機関ということで信頼をされる面もあります。したがって、この問題については、建設業者がただ単に国内だけでもってとやかやと過当競争をやるんじゃなくて、最も根本的に業のあり方というものを考えなきゃならぬということを言いたいわけなんです。で、外務省の問題じゃないから四人でもいいんじゃないかということじゃなくて、百八十何人も行っていれば、少なくとも東南アジアの国々には−海外コンサルタントができたといっても、それは何かあるから行くんじゃなくて、行ってなきゃわからないんです。またこちらから助言をして仕事をつくるのも必要なわけなんです。それで、行ってみましても、大体日本の商社がそれらしき動きをして入り込んでおります。これはどこまでも技術の問題でも何でもない、金もうけに行っているわけですから、そうした感覚的なものがないわけです。だからきらわれております。ずいぶん何十社と出ております。東南アジアの各国々に、日本からも何十社というほど、在外職員を持っている商社が出ておりますが、非常にきらわれております。会いたくないというよりも触れたがらないのですね。三十四、五の若い青年が行っているが、相手の東南アジアはもう日本よりも後進国でありますから、ことに戦後大きな成長を遂げた日本としては、相手をばかにし切っている。酒、女、マージャンで日を暮らしております。日本ほど自由じゃありませんから、日本の国内におけるような動きはできませんけれどもね。こういう問題に対しても、外務省はこれに対する監督権がないわけですから、だれかがどこかでそうした意味の指導力を持たぬと、だんだん日本は東南アジアからきらわれてまいります。ことに最近の第三次防、第四次防、これらの防衛計画というものに非常に神経をとがらしております。経済的に優位になった、したがってこれからばまた軍国化するのじゃないか。これは決して中国やなんかが言っているのではない。東南アジアの諸国がみんなそれを感じております。しかし、戦争はないだろう、こういう一つの安心感は持っておりますが、強大な武力を持つことをおそれていることは事実です。したがって、海外における商社員の行動、これらに対して一面何とか規制をする道はないであろうかということが一つ。これは外国でのことですから、日本の行政権というか、日本のそういう力は及びませんけれども、そうした意味の精神的なものでもかまわないのです。まあヨーロッパ、アメリカに行った場合にはこれは別でありますけれども、東南アジアの諸国は何といっても、われわれ日本民族が痛めつけたわけですし、日本によって自分たちの国が独立したのだということを感じております。そうしつかり受けとめております。おりますけれども、日本がこうして戦後二十五年でこれだけの成長を遂げた、今度は強大なかつての軍備を固めて何をするのかという危惧を持っていることは事実です。したがって、この点については、外務省はそれらの在外商社等の若人たちに対する一つの指導をする方法はないのであろうかということ。それから一面、いま建設大臣が言っているように、国の開発ということを非常に重点的に考えております。広大な領土を持ちながら、技術がないために、金がないために、それをしあわせとして享受できない立場を何とかしたい、という気持ちを持っております。これに対しては積極的な、民間が行くんだから民間に自由にやらせればいいじゃないかということじゃなくて、もう少し強い裏づけをしなければ動けるものじゃないのです。その二面についてひとつ御答弁願います。
○政府委員(沢木正男君) 在外におきます商社員の行動あるいは商社員が多過ぎるではないか、過当競争ではないかという点につきましては、終戦後毎回われわれはその会議その他では言っておるわけでございますが、これを有効的に規制する権限は政府に与えられておりませんので、規制することは不可能でございます。ただしかしながら、そういう過当競争の弊害というものは、常にわれわれ身にしみて感じておりますので、商工会議所あるいはいろんな会合その他では過当競争は意味がないということをわれわれPRしておるつもりでございますし、現地におきましても、大使あるいは大使館員においてできるだけそういうみっともない非難を受けないように指導することはやっておるかと存じます。 それから、相手国の計画に対する援助でございますが、東南アジア各国は全部第何次五ヵ年計画、三ヵ年計画というようなものを持っております。これがただし計画企画能力が不足しておるがために、きわめてその計画が不適切であったり、あるいはずさんであったりする場合がございます。それにつきましては、われわれうっかり大使館からそれをやりますと内政干渉という反発を受けますので、できるだけ向こう側のほうからこちら側に頼んでもらう、頼んでくれればこちら側もリコメンドをするというような関係にあることが望ましいわけでございます。それには結局、日本全般のこれらの国における評価というものが上がってくることによりまして初めてそういう機運が出てくるわけでございます。で、一面、たとえばインドネシアなんか、援助量の非常に多い国につきましては、向こう側の計画庁あるいは建設省、運輸省、農林省というようなところへこちら側の技術者を入れまして、そして計画の段階から向こう側の計画作成に協力するというようなことをやっておりまして、これは大使館でいかに有能な人が行きましても、あるいは民間でいかに有能な人がそこに駐在しておりましても、ただそれだけではなかなかそこに浸透するということは不可能ではないかと思います。で、だんだんそういうふうな意味におきまして援助量がふえますとともに、それを有効に消費するという点につきましては、計画段階から向こう側を援助してやる必要があるということで、後進国の向こう側の役所に技術者あるいは参与というような者を入れるということが、最近非常に広範に始まっておるわけでございます。
○田中一君 東南アジアで日本と通商条約のない国はどこですか。
○政府委員(沢木正男君) 貿易通商取りきめということでございますれば、ほとんどの国と何がしかの取りきめはありますが、通商航海条約を意味されるならば、御承知のようにフィリピンとの間には通商航海条約がまだフィリピン側によって批准されておらないという問題がございます。
○田中一君 確かにフィリピンだけが、日本といろいろ取引はあるでしょうが、正式にそれができておらぬ。それで、フィリピンに対する日本の国としての、政府としての態度はどうですか。それが向こう側が批准しないということは何の理由かというと、向こうの内部事情らしいのです。しかし、そういう、もう二十五年たっている今日、平和条約が締結されてからもう二十年、この段階でそのままでいいのか、あるいはそれを今後プッシュし、あるいは話し合いをしているということがあるのかないのか、その点を伺いたい。
○政府委員(沢木正男君) これは、私外務省でその問題を主管いたしておりませんが、外務省の幹部の一員として承知している範囲内でお答え申し上げますと、日本側はフィリピン側にあくまでこの通商航海条約をできるだけ早い機会に批准してもらうことがいいということで、常時あらゆる機会をつかまえて、先方に対して早期批准を促しておりますが、何ぶんいろいろ向こう側の上院の構成その他で必ずしも−現政府も努力しておるようでございますが、いま直ちに批准されるという見通しはまだ得ておらないというのが現状でございます。
○田中一君 私は昨年の秋にちょっとフィリピンに行ってきたんですが、非常に日本の建設技術の導入というものを待っておるんです。ただ一面、いま言う条約がないということは、これは国内における不安も多少あると思いますけれども、非常に熱望しております。たとえば、ことし三万人の駐留軍、駐留軍というか、米軍のうち一万五千人が今度撤退するそうです。その一万五千人が撤退したあとの軍の施設というものを何にしようかということ、これすらきまらない。そうしていままでの、現在の飛行場がだめだから、そこに新しい国際飛行場を持ちたい、それには日本の技術援助がほしいのだということを言っております。ところが、フィリピンは御承知のようにいままでマリキナダムで日本がだまされたり、あるいは友好道路でもってだまされたりして、一人も出ておらないわけです。一人も出ておりません。何があっても逃げる。私がずっと東南アジアを歩いて見ましても、東南アジアでは、フィリピンが一番文化国家だなということを感じたのです。最近十九年目に行ってみてそう感じ取ったんです。非常に待っておるということは事実です。日本の技術の導入を。しかし、日本人に働きかけてキャンセルしたら困まるというような妙なみえがありまして、ものが言えない。このような条約の問題についても、上院のロイというのに会って、どうするのだと言ったら、これは何でもない、自分のほうの、いまお話のあった上院の二人ばかりどうしても承知しない者がいる、リベラル党内でもって、マルコスがああいうことをするのは、日本から相当金をもらっているのだということを言われるので、どうしてもできないのだ、こういうことを言っておりますけれども、これはひとつ建設業界、建設産業というものは待ち望んでいる国にはどんどん出るような道を開くことが私は必要だと思う。私のようなずぶのしろうとにいろんなことを相談するわけです。向こうの建設技術は相当すぐれております。道路なんかもアメリカ人がつくったのかどうか知りませんけれども、相当りっぱな建築もある、りっぱな道路もある。何ぶんにも島が多いから交通は不便でありますから、なかなか困難だと思いまするけれども、建設大臣、これはひとつ建設大臣の役目だと思う。日本の建設産業というものをどこに持っていくか、どういう方向に持っていくか、ただ単に今度のように法律を改正をして、業者をたくさんつくらんでも、悪い業者がこうだというのじゃなくて、日本の高度の技術というものを、せめてアジアにだけでも定着させる。イタリアやフランスの業者はたくさんありますが、大手は全部八割は海外の仕事をしている。むろん、これはかって植民地をたくさん持っておりましたから、その開発に相当出ておるからでしょうけれども、イタリアにしても、フランスにしても海外の仕事を七割、八割やっておる。国内の仕事は国内の次のクラスの人たちにやってもらっておるというような現状であります。でありますから、そういう意味で、せめて東南アジアだけでも定着させるということが必要だろうと思うんです。これは積極的な政府の姿勢の問題なんです。金はある、いろんな形で、輸銀もあれば何もある、金の援助をするのだといういまの建設大臣のお話から見ても可能性はある。それには信頼される者が行かなければならない。いま信頼されない者だけが行って、局長さんが説明したように、まるで血で血を洗うような悪口を言いっこしてやっているわけです。これは商売だけもうかればいいんだということです。そういう意味でないものをひとつ、ただ単にコンサルタントセンターだけでは満たされるものじゃありませんので、根本さん、あなた、どうかあなたの在任中にひとつ芽を出すような方向で考えていただきたいと思うんです。そうして、そこに出て行く建設業者というものも事前に教育をしなければならぬと思うんです。フィリピンに行ってもフィリピンは英語だけじゃ通用しないというので、妙なタガログ語とか何とかいうのと、それを一緒にしてごちゃごちゃにしてしゃべっている現状でありますので、やはり国の全体を見、また向こうにいい人間がおれば活用するとか何とか、ひとつこの際建設業法を改正していろんな締め出しをするならば、それらの諸君はまだまだ天地はあるんだ、資力があり技術を持っている方は出れるのだというような道をひとつ開いていただきたい。御答弁を願います。
○国務大臣(根本龍太郎君) 発想については全く同感です。ところで、これは田中さんが百も承知のことでございまするが、現地に日本の業界がそのまま単独に行ってもなかなかできないのです。まずいろいろのその国の法制が違う、税制が違う、それからやっぱり現地の人間を使わなければならないということです。そういうことで私はこれはまあひとつ皆さん方からも教えていただいて行政指導してまいりたいと思っているのですが、やはり現地のしっかりした建設業とある程度までジョイントでやるか、あるいはまた合弁会社のようなものをつくって、こっちのほうの技術とそれから相当の部門の資材、向こう側のローン、骨材、それから事情、いわゆる情報と、これを合わせないとどうも定着しにくいような感じがします。そういう意味の指導をする何らかの機関を持たなきゃいかぬ。これはまあ建設省と外務省あるいは必要とあれば通産省と連携しながらそれをやっていくべきだと思う。そういう意味で本年度は建設省に経済協力室なるものを設けて、その基礎的な研究をいま進めようとこう思っております。 それからいま御指摘のように、東南アジアの発展途上国、これが今度は東南アジアからアフリカにどうもその手を伸ばさなきゃならぬような気がしておるのです。というのは、いままでは東南アジアは戦争で大体みんな日本を知っているけれども、アフリカの資源について、いまもう資源が非常に枯渇してきた日本としては、どうもあそこに手を伸ばさざるを得ない。これは燃料源としてもそれからまた非鉄金属、これらのものもある。ところがこれらの国々は全部輸送機関がだめだ。これをつくりさえすれば相当向こうのほうの国も非常に発展するし、日本にも裨益する、こういう意味でアフリカに対する関心が深くなってきている。そうなるというと今度南米諸国がもっと資源のあるのは南米なんだと、これもまた国土のわりあいに交通機関その他がない。これさえあればやってくれる、特に日本の鉄道それから船舶、これさえやればやってくれるというかなりの意欲的なしかもまじめな前向きの姿勢が出てきているので、これはいま田中さん御指摘のように私は日本にとっては非常にいいチャンスだと思うのです。これをどうじょうずに受けとめてそれらの国々の信頼というものをかちとって、そうしてその上に真剣にかつまじめにこれらの事業に取っ組み得る人材、それから企業、これを結びつけてやることが非常に大事だと思います。そういうことで何もいまの建設業法出たために、これは一つの比喩的にあなた締め出すとか言うが、これは締め出す気持ちは全然ありませんが、むしろそうした人々もそうしたところに行けばもっともっと新しい分野があるのだと、ただそれにはそこに行くための条件が備わってない。ことばができない、またそういうふうに海外に行って、向こうのほうと相提携してやるというだけの精神的な条件がまだできていない。こういう人もあると思うのですが、今後は十分そうした点を建設業という、ただその事業が発展するというだけでなく、その国の発展との関連において日本の建設業が大きく貢献できる道を開くために、これは外務省とも十分に連携をとりながら参る。そうすれば、結局においては日本の業界がそれだけそれらの国々に貢献しその道を開かれた後に日本の資材、商品が出ていくし、また向こうからも原材料が入ってくる。こういう意味でただ単に日本の建設業がもうけるために海外に行くということのほかにそうした大きな私は使命感というか、ビジョンを持っていくように指導することも必要だと思いまして、これからそうした意味で建設省としても初めての試みでなかなかむずかしいと思いますが、一生懸命やらせるつもりでおります。
○田中一君 賠償でつくったフィリピンのセメント工場を私見てきましたが、十八工場できているのです。そして仕事は事業が少ないものですから、これは全部競合しちゃって、競合というか、現状向こうはセメントトン当たり三千円、日本では大体六千円、最近は六千円切っておりますけれども、その程度で、逆に日本はフィリピンからセメント持ってきたほうが安いのじゃないかというぐらいのものです。これは何かというと賠償政策の失敗と言ってもいいくらいなんです。そして東南アジアの諸国にフィリピンから輸出しております。まあいわば日本がフィリピンに工場をたくさんつくって競争させ、東南アジアに対する日本のセメントの市場を失っているということになるわけであります。こういう行き方、これは通産省とか何とかというのでなくて、その資材を使うほうの側の発言というものがなければならぬと思うのです。ベニ板の原料は大体あの辺から来ております。もうベニ板工場はたくさんありますからもう日本から買わない。今日合板は不況で、日本でもおそらくことしの秋ころには合板界は相当な不況に陥って倒産が多いと思う。これらはこれは通産行政というかの失敗です。セメントにいたしましても、こういう点についてはいままで外務省はこれらのものを扱う窓口であろうけれども、そうした本質については発言はいままでできなかったのですか。
○政府委員(沢木正男君) 賠償につきましては、戦争で与えました損害を償うという趣旨が含まれております。したがいまして一応年次計画ということに基づきまして毎年の供与物件を合意するわけでございますが、その段階でこういうものをおとりになっても、おたくのためにならない、もっとこういうものをおとりになったほうが、おたくの経済建設上有効ではありませんかという意見は申しますけれども、それをもう一回向こうが拒否しまして、どうしてもこれを欲しいという場合には、われわれのほうは折れざるを得ないという態度で従来終始してきております。それから年次計画を合意いたします際にはもちろん通産省、建設省、運輸省あるいは大蔵省という関係各省に全部事務次官レベルで賠償委員会と申しましたか、正式な名前はちょっと忘れましたが、そういう委員会がございまして、それに基づきまして文書で協議して各省の御意見も入れた上で決定しているものでございます。
○田中一君 どうかひとつそういう点について単にフィリピンだけではございません。早くベトナム戦争、仏印の戦争を終えること、そして、あすこにやはり平和な国をつくるようにわれわれは協力する、したがって、戦争協力はしないということ、これは建設大臣建設省の非常に大きな役目だと思うんです。そういう点もひとつ考えていただきたいと思うんです。 それからいま海外関係の団体を見てみると、海外技術協力事業団、これは見えておりますか。
○理事(松本英一君) はい。
○田中一君 これはどういう役割りをして、将来どうなっておるのか、またこれは主管はどこになっておるのか、ひとつ事業の内容を説明願いたいと思います。
○政府委員(沢木正男君) 技術協力事業団は外務省主管の団体になっておりまして、政府ベースの技術協力予算の実施を委託する機関でございます。で、政府関係の技術協力の予算と申しますのは、もちろんその大部分が外務省についておりますけれども、ものによりまして通産省あるいは建設省あるいは運輸省といったような関係各省にもついておる部分がございます。で、それらを実施いたします場合に、ここに委託してやらせるということのためにできた事業団でございます。現在の事業内容といたしましては、先方の要求に基づきまして専門家を後進国に派遣すること、それから研修員を受け入れて日本で研修を行なうこと、それから海外に技術協力センターというのをいままでに合計三十一建てておりますが、その中にはすでに相手国に引き渡したものもございますけれども、そういうふうな海外のセンターの運営、あるいは一次産品開発調査、あるいは資源調査、それから農業面、医療面の協力につきましては、それぞれ農業協力予算あるいは医療協力予算がついておりまして、そういうものだとかそれから海外青年協力隊の派遣、そういう事業を扱っておる事業団でございます。
○田中一君 日本貿易振興会−ジェトロばどうなんでしょうか、これ通産省ですか、それから海外建設協力会、それから海外コンサルティング企業協会、これちょっと説明してもらえませんか。
○政府委員(高橋弘篤君) 海外建設協力会というのは、これは建設大臣の認可を受けて設立されました社団法人でございまして、一九五五年に設立されております。目的は、海外におきますところの建設事業について建設業者が協力してこれを推進するというところに目的があるわけでございます。それで諸外国とのいろいろな親善だとか経済提携というようなことにつきましての強化をいろいろはかっておるものでございます。そういうことで会員は、大体海外におきまして建設工事を施工するに足りるところの能力とか信用を持つところの建設業者というものが会員になっておるものでございます。それから海外コンサルティング企業協会は、これは通産大臣とそれから建設大臣の認可を受けて設立された社団法人でございまして、一九六四年にこれは設立されております。目的は、わが国のコンサルティングの企業の海外活動の振興だとか会員相互の親睦をはかるという目的でございまして、会員は、海外におきましてコンサルティング業務を行なうに足りる十分な実力を持つ企業がこの会員になっておるわけでございまして、コンサルティング企業の海外活動の助成、あっせんあるいは諸外国との情報交換というようなものの事業を行なっておるわけでございます。
○田中一君 援助資金の窓口、出口ですね、それから四十六年度の予算、それから方法ですね、これちょっと説明してほしいんです。
○政府委員(沢木正男君) 援助には、広く分けまして資金的な援助と、それから技術協力−技術援助と申しますか、そういうものがございます。この二つがさらに大きく分かれまして、政府ベースの援助と民間ベースの援助に分かれます。で、民間ベースのほうをしばらく離れまして、政府関係だけで申しますと、まず政府ベースの援助で贈与がございます。その中の一番大きなものが賠償でございますけれども、この賠償は、フィリピンに対してあとたしか六年でございましたか、支払いを残すだけで、それ以外の国は全部完了しております。それから賠償に準じたような準賠償的なもので無償経済協力の協定がいろいろな国と結ばれておりまして、これはビルマ、韓国、それからマレーシア、シンガポール等でございます。それから政府の技術協力のための予算は主として外務省でございますが、関係各省にもいろいろそれのための予算がついておりまして、それの実施は、事業団に委託されて実施するものと、あるいは直接民間に補助金を出されまして民間団体が行なうものとがございます。それから円借款とか延べ払い輸出とかというようなものは、輸出入銀行あるいは海外経済協力基金を通じて先方に借款を出しているわけでございます。輸出信用の場合は、民間業者のほうが市中銀行を経由しまして輸出入銀行に申請を出して、そして市中銀行の金と輸出入銀行の金が合わさって融資される。ところが直接借款の場合には、輸出入銀行が出している分は、民間の銀行の資金と輸出入銀行の資金がまざって借款が出されますけれども、経済協力基金の場合は、経済協力基金から単独に先方に対して借款を出している。輸出入銀行は、出資金につきましては産投特別会計を経由して一般予算から繰り込んでおります。それから経済協力基金は、一般、特別会計から直接基金に対して出資するということでございまして、これはいずれも大蔵省所管の予算、それから経済協力基金は所管が経済企画庁になっていることは御承知のとおりでございます。
○田中一君 これは年次的に資金のワクはきまっているんですか。
○政府委員(沢木正男君) きまっております。
○田中一君 四十六年度どのくらいになっておりますか。
○政府委員(沢木正男君) 輸銀について申しますと、出資が六百五十億円、それから運用部資金の借入が三千九十八億円、それから自己資金の繰り越しが千五百六十億円、それから一般会計からの無利子借入が、本年度に限りこれはインドネシア債権の繰り延べのためでございますが、四十二億円でございまして、資金源としては総計五千三百五十億円でございます。これは大蔵省主管で私が承知している限りの数字で申し上げましたので、あるいは多少細目について間違いがありました場合は、後刻訂正さしていただきます。それから経済協力基金につきましては、出資が三百三十億円、借入が四百億円、自己資金が百六十億円で、合計八百九十億円でございます。
○田中一君 円借款のやつはどこなんですか。
○政府委員(沢木正男君) もちろん予算を積算いたしますときには、輸銀で申しますならば、五千三百五十億円の予算のうちから、それがすなわち貸し付け規模になるわけでございますから、その中で船舶輸出の金融にどれほど要るとか、輸入の金融にどれほど要るであろうとかあるいは投資金融にどれほど要るであろう、それから直接借款であります円借款にどれほど要るであろうという積算の根拠はございますけれども、一たん予算が認められて成立してしまいますと、その資金の中で状況により融通するということをいたしております。したがいまして、直接借款にどれほどというきまったりジッドなワクはつくっておらないというのが現状でございます。
○田中一君 この資金が出るのに、やはり商社が何らかの役割りをしているんですか。
○政府委員(沢木正男君) 直接借款につきましては、これは向こうの政府からこちらの政府に直接借款をほしいという要請が参りまして、それに基づいて政府間交渉をやって直接借款を出すということでございますので、商社は別に関係ございません。ただその中で、実際の輸出入契約が取り結ばれて、この円借款を使用してまいるときに、日本の貿易業者が関係をするというのが通常の形でございます。
○理事(松本英一君) 外務省のほう、もうお帰りになってけっこうです。
○田中一君 海外技術協力事業団の現在行なっている事業の内容を説明してください。
○参考人(吉原平二郎君) 私、海外技術協力事業団の理事をしております吉原と申します。 先ほど事業団の内容について、概略外務省の沢木経済協力局長がお話し申し上げましたとおりでございまして、現在私のほうには海外事業部、それから国内事業部、それから開発調査部、それから農業協力部、それから開発技術協力室、医療協力部、それから総務、経理の二部、合計七部一室あるわけでございます。 事業団の内容でございますが、まず一番典型的な事業が、「海外事業部によります個別の専門家の派遣事業でございます。これは向こうの政府からコロンボ計画あるいは中近東計画あるいはアジア・アフリカ計画というものの計画によりまして、そういうフォームにおきまして日本から専門家を送ってくれという要請がございました場合に、当方でその要請を外務省からもらいまして各省に協議いたしまして、その要請に適当な専門家を送るということが当方の仕事でございます。 その次に国内事業部、これは研修員の受け入れ事業でございます。これも同じように毎年度大体集団のコースをきめまして、昨年は九十コースでございましたが、来年度はそれが約百十コースぐらいになりますが、各コースの内容を事前に各国にインフォメーションとして送りまして、大体各国で何名という割り当てをしましてその要請を受け付けております。そのほかに同じく個別の研修生の制度もございます。年間約千数百名の研修員を受け入れております。 それから開発調査部、これはやはり外国政府からの要請でございますけれども、主として公共事業面のいろんな調査というものをしてくれという要請を、やはり政府ベースでもらいまして、私のほうで調査団を出しております。これは俗にフィージビリティー・スタディと申しまして、まず技術的ないし経済的なその事業の可能性の調査をいたします。その場合におきましても、やはりその調査の内容、それから送るべき人間、どういう調査をしたらいいかということにつきましては、各省と十分協議をいたしまして調査団を送っております。 そのほかに農業協力部、これは俗にプロジェクト協力と称しまして、相手国、主として東南アジアの国の稲作開発が中心でございますけれども、その農業開発のために専門家を送り、必要な機材を送り、相手国の農業開発に協力しておるわけでございます。それに関連しました研修員の受け入れも行なっております。 それから開発技術協力室、これはちょっと名前がわかりにくいんですが、俗に言います。次産品の輸入問題でございます。現在のところ、ほとんどが農産物でございまして、この農産物の生産技術、加工技術、調整技術、それから輸出に関する問題というものを、専門家を派遣し必要な機材を送りまして協力しておるわけでございます。 そのほかに医療協力部、これはもちろん政府の要請でございますけれども、主として東南アジア各国の病院、研究所等に日本のほうから医師を送りまして、研究ないし臨床という活動を行なっておるわけであります。 そのほかもう一つ、OTCAの局ではございませんけれども、日本青年海外協力隊というものがございます。これは独立の事務局を持っておりまして、毎年海外の開発活動に従事しようという青年の募集をしております。基本はあくまで青年の自発的な後進国の開発に対する協力の意欲という面に立ちまして、一般の専門家とは違いまして、現地の人たちと一緒になってその開発事業に協力するというものでございまして、方面はあらゆる方面を含んでおります。 たいへんざっぱくな説明でございますけれども、御質問に対してはその程度のお答えになるかと思います。
○田中一君 建設関係の派遣員は建設省から出ているんですか、それともあるいは民間から出るんですか、どっちですか。どのくらいの人員が出ていますか。
○政府委員(高橋弘篤君) 建設省からOTCAの依頼によりまして派遣されております技術者は現在十三名でございます。これが四十年から四十五年三月までは百四十一名ばかりすでに派遣いたしております。
○田中一君 船舶局長、実はあなたに、ぼくはちょっと間違ったかもわからぬけれども、イギリスのロイド協会といいましたかロイドね、あれで私は建設関係の建造物、これに対する保険制度というものはできないものであろうかというところから、ボンドの問題があります。これがいまあなたのほうで所管しているというように聞いておったので、その内容をひとつ伺いたいと思うので、きょうおいで願ったんです。
○政府委員(田坂鋭一君) 私どもの特別所管しておる業務じゃございませんので、ちょっとわからないわけでございます。
○田中一君 どこがやっているんでしょうね。
○政府委員(田坂鋭一君) 通産省が所管しているように伺っております。
○田中一君 これは大津留君、君、わからぬかな。
○政府委員(大津留温君) 輸出保険というのは通産省の所管というふうに伺っています。
○田中一君 私は調べたいと思ってずいぶんさがしてもわからないんだ。大蔵省も関係ない、どこも関係ないと言ってわからないんですが、完成保証的な建造物に対する保険制度をひとつ確立できないものであろうかというところから外国の例を調べてみたんですが、アメリカなんかはあるんです。それからフランスもイタリーもあります。日本のすべてのものがそういう機関にかかって、国際的な立場で保険があれば、相当日本の建設産業も安心した形でもって仕事ができるんじゃないかと思うんです。そういうことで調べたんですが、わからないんです。沢木さん、知らないかな。
○政府委員(沢木正男君) 海外に物を輸出したり、あるいは海外で投資をしたりする場合の保険制度は、現在通産省所管になっております。これは主として輸出代金保険が中心でございますが、先生ただいま御指摘の建設業の問題につきましては、工事引き受け保険というのがない点が一番問題になって、これが建設業者が海外に出にくい一番制度上の困難な問題ではないかというふうに考えております。建設業者がつくりますダムあるいは不動産建築物、これが付保されることは、建設業者が海外で工事をすることの助けにはあまり関係ないんではないかというふうに考えております。
○田中一君 運輸省のほうすみませんでした、わからなかったものですから。 これはひとつ、根本さん、いろいろ伺ったんですがね、何としても日本のこの業法の改正によって、業者が減るかふえるか、あるいは所期の目的を達して不良業者がなくなるか、これからの問題です。ただ、目を隣に移してみると、日本の建設業者が相当大きく伸びる可能性があるわけなんです。それには政府の協力が足りないのではないか。さっきフィリピンの例を申しましたけれども、フィリピンに一人の業者も出ておらぬ。で、資源としては短かい時間でありましたが、もちろん調べてみましたけれども、日本で現在使っている銅の六六%はフィリピンから来ているわけです。したがって、ただ、資源開発では、日本の民族がしあわせになればいいんだというばかりじゃなくて、アフリカまで行かないでも、まだ隣にあるんだということですね。これにはやはり建設省が建設という面から見た場合には、それは通産省の問題だ、それはどこの問題だというのじゃなくて、意欲的に安心して出れるという姿がほしいのです。ただ、制度を変えて、この制度でもってやればいいじゃないかというのじゃなくて、もう少し外務省とも、あるいは通産省とも、あるいは大蔵省とも相談して新しい計画を立てることが必要である。おそらくことしは相当不況になります。一面その中で金融機関 銀行なり、生命保険なり、損保会社なりがそれぞれ巨大なる資金をもってもう建設産業の中に割り込んできているということが見えるわけですよ。資本の自由化によって意欲的に日本に上陸しようというのもあります。じわじわ来るか、一ぺんに来るかということの違いであって、現在のようなままでことしの秋になると、おそらく相当な上陸があるのじゃないかと思うのです。日本の建設産業が弱まったときにそういう問題が起きるのではないかと思うのです。その点についてもっと大きな目で全体を見なければならぬと思うのです。こうしていろいろな施設があります。いま伺ってみると、この中ではたして建設大臣が意欲的にその中に飛び込んでいって、こうしようじゃないか、ああしようじゃないかというような発言が可能なはずなんです。そうしたら、あなたは非常に行動的な政治家ですから、私はあなたにうんと期待したいのですよ。業法を変えて、こうだああだということと並行して、目を先に向けるような姿勢を政府がとらなければならぬと思うのです。いま経済協力局長の話でありますが、それぞれの国にはそれぞれの産業を守るというものを持っております。持っておりますが、少なくとも東南アジアは日本の協力、技術協力を渇望しております。そういう点で先ほど御見解を伺いましたけれども、なお、おざなりのものでなくして、いまの事業団にしても、おざなりじゃないかもしれませんけれども、あの程度では困る。なかなか優秀な技術者、指導者がそういう小手先のことだけで派遣されるものでもない。ほんとうに立場を認め、その技術を認め、その中枢に入るだけの日本に対する信頼−日本の技術に対しては信頼しておりますが、日本の政治の姿勢、国の姿勢というものがどこにあるか。これはそうした情報を商社にまかせたのではだめでありますということを言いたいのです。そういう意味でひとつこの際、あなた一つの方向を確立する、現在ある機関が悪いというのではございません。これを生かす形で飛び込んでいくような人を求めなければならぬ。私は建設省にも人材がいると思う。民間の者に行けといっても、なかなか行けるものではないのです。経済的な裏づけがない限り。そういう意味できょうの質問を海外の問題に集約して申し上げましたけれども、これからもひとつお互いに勉強して、それである一つの方向を求めようじゃありませんか。きょうのこの問題の質問はこれで終わります。
○国務大臣(根本龍太郎君) 御指摘のとおりです。それで先ほども答弁申し上げましたように、私は七〇年代の日本と、あなたは特に発展途上国の東南アジアに限定しましたが、それだけでも非常に重要な役割りを日本の建設事業、建設技術か非常に大きく関連づけて考えなければならぬと思うのです。日本の経済協力の大部分をそこに指向すべきじゃないかと考えるわけです。で、先ほど御批判がありましたように、賠償の問題は、いろいろわれわれもこれについては反省させられる面が多かった。けれども、これは日本は金は出すけれども、選択権は向こうにある。しかも新しく独立した国のいわゆるリーダーなる者、政治家なる者がどうしてもスタンドプレイをやりたがる。それと同時に、みんなデモンストレーションのようなものだけに取り組んでしまう。しかもその中にいろいろな好ましからざる動きがあったということのために、向こうの国においてもあまり評判もよくなかったし、日本の国内における評判のよくなかったことは、にがい教訓として残っていることは事実だと思います。そのために、日本の業界の連中も、あそこの国に行ったのでは骨の髄までしゃぶられちゃってとても行けるものではないという一つの何といいますか、なますを吹いて食う傾向すらある。しかし、それに萎縮しちゃって黙っておったのではだめだ。そういう意味で私は、日本の建設技術とその業務の東南アジアに対するもっと積極的な国の取り組み方が必要だと思います。その意味で関係各省、本格的に協力してやるために、これまた建設省の例のプロジェクト・チームにこれをいま下命しております。で、これは建設省の役人だけでできるものじゃありません。そこで各方面の意見を聞いて、どうしたならばこれができるかという一つの方向づけをし、これを育てていきたい。その意味から、私は、きょう田中さんがこういう問題を高度の政治的判断を要するものとして取り上げられたことに、私も非常に教えられ、かつ見識に共鳴し、かつ敬意を表するわけでありまするが、これがもしできた場合には、いわゆる単なる経済進出を越えた以上の大きな七〇年代の東南アジアの新しい行き道になる、そしてまた日本を再評価してもらう一つの道になる、私はこれは平和への最大のりっぱなベースを築くことになると思うのです。 実は私も七、八年前に、アジア・ハイウエイの問題を持ちまして東南アジアをずうっと回ってきました。当時はまだ、いまのスカルノさんも、それからいまのラーマン首相、これらの方々の意見を見てみると、まだほんとうにその民族、その国家の再建のためのじみな構想はなかなか出てこない、どうしてもスタンド・プレーが多い。私は、ことばは丁重であるけれども、かなり苦言も呈し、批判もしてまいりました。また、昨年、東南アジアの各国の首脳が万博の関係で来たときも、それらの人々と会った機会に私も意見を述べておきましたが、私は、やはりみんな東南アジアの国々の人々は、すぐに重工業、これを何とかやりたい、あるいはまたホテルとか、そういうものをつくりたいというほうにいっちゃうのです。ところが、それらの国はいま一番困っているのは食糧問題であり、国内の交通関係であり、あれだけ簡単に生活できるようであってもやっぱり住宅問題であり、それからまた公共施設の問題もあり、それに対して、どうもピントが合ったプロジェクトを持っていない。そこの点から、これは指導と言えば向こうのほうではあまりおもしろくないでしょうから、一つのサゼッションを差し上げて、彼ら自身の一つの意図としてこれを持たせるということが一つ。 それからいま田中さんが御指摘になりました商社を前面に立てるということについては、かなりのメリットはありますけれども、商社はやっぱり一発勝負をどうしてもやりがちです。そうして、その中においてコミッションを取るのが彼らの商売ですから、彼らの意図が、必ずしもその国の再建に最適と思わなくても、とにかく商売になればいいというような動きは、これはもちろんなきにしもあらずです。その意味で、せっかくのこういうチャンスに、商社だけが持つ情報だけでやるというところの、何といいますか、デメリットも相当ありまするので、できるだけ日本の官庁同士の連携をよくすると同時に、やはりそういう意味で、私はある意味では国会外交というものが必要だと私は思っております。国会議員の海外旅行について、ときどきマスコミでひやかしているけれども、私はむしろ国会から、もう国内旅行ばかりじゃなくて、東南アジアを、一つのチームをつくって見てきて、そうしてその国にはどういうような経済技術援助をすべきかということ。そうしてまた、今日まで日本が海外経済協力をやった、それをフリーな立場で、あげ足とりじゃなくて批判して、そうしてそこから政府のやった面と国会とのある意味における意見調整、こういうことが必要だと私は思うのです。私はアメリカあたりの最近の、失敗とはあえて言わぬけれども、かなりおもしろくないような成果の問題も、どうも海外におけるアメリカの政策についての、アメリカの国会議員の諸君が、ほんとうの深いところまで検討していないというような気が実はするのです。実は数年前でございましたが、ライシャワーさんがここの大使をしており、そうしてちょうどトンプソン、あれはアメリカの大統領補佐官ですか、これはたしか第一次大戦当時、モスクワがまさに陥落せんとするようなところまでいったときに、レーニンがまだ政権を取っておったときに、あそこのアメリカ大使だったはずです。彼が来まして、私と会いたいということで、何で会いたいかということを聞いたら、いまの現在問題になっておる南ベトナムの、これについての意見を求められたときに、私はアメリカが軍事的にあそこで支配するために金をつぎ込み、人命をつぎ込んでも、それ自身としてはたいした効果がないと思う。私は満州建国にあたってやった経験から見て、むしろ、南ベトナムの各地にイリゲーションの施設をつくり、そうしてその部落、部落が、自分たちの手で自分の村を守るという基本的な対策をやらすべきだ。それにはたいした金はかからない。年間二、三億ドルをあそこの軍事政権を経ずに直接地元住民に与える方法をとったら必ず成功する、やりなさいということを助言したら、たいへんおもしろい助言だと言ったが、結局だめでしたがね。私は、そういうようなことを自分が戦時中、戦争の中を行って見て感じ、それからまた、先般、これは何年ぶりですか、十何年ぶりでビルマのネ・ウィン夫妻と会ったときも、非常に熱心な人だけれどもこれは田中さんと意見を異にするが、彼は社会主義政策であれは失敗しているのですよ。私は前の政権をやったウ・ヌー政権のときに行って、あのときよりもずっと下がっている。非常に心配しているから、これは食糧政策の誤りだ、とにかく農民が自分で生産意欲を燃やすことが必要なんだ。それにはイリゲーションをもっと真剣にやりなさいと言ったが、彼はどうも自分の基本政策に触れたから、それだけは喜ばなかったのでありますけれども。私は、そういうことを言うのは、外務省の役人だとか商社はこれは言えないのです。お互いに政治家同士なら言えるんですよ、そういうことが私は必要だと思う。そうした前提のもとに、彼らの指導者がああそうか、それじゃおれのほうでこういうプロジェクトをやろうじゃないか、ついてはどうだ、日本のほうでこういう援助をしてくれないか。よし、それではわれわれがひとつ政府にも働きかけよう、こういうのが非常に効果があがるんですよ。私はソ連との関係が非常によくなったのは、やっぱりときどき国会が行き、特にかなり有力な連中がソ連の指導者と会い、それに続いて日本の財界の指導者の諸君も行って率直に話し合った結果です。まあ私はあえてここで藤山使節団を批判するわけじゃないけれども、中共との間だって、あれは高碕さんが行ってほんとうにルートを開いたんで、高碕さんは周恩来首相に率直にずばずばものを言うし、向こうの意見もどんどん聞いていくという、そこに私は大きなああいうLT貿易の道も開いたし、いま最近政経分離はけしからんと言うけれども、政経分離は向こうのほうから実は言い出したことなんですから。積み上げ方式もそのとおりなんです。それと同じように、私は東南アジアにおいても、いまあなたの商社だけ使ってはならぬということもわかりますけれども、それ以上に私はもう少し国会が、これだけ膨大な日本の海外援助資金を使っているんだから、もっと国会もしっかりして、国内を見るばかりでなく海外を見てきて、そしてこういうところで委員会で堂々とお互いに議論するということが大きなあれになると思う。それを受けて今度は各行政官庁がより高いレベルで、単に各省がなわ張り根性を抜けて、そして大きな方策を立てるということが非常に必要だと考えておったんですが、きょうはたいへんそういうふうな意味において、この建設委員会、いままではおそらく建設業法というと、いや中小企業がどうだこうだとそういうようなことばかり言っておったんだが、国際視野の立場において業法を論ぜられるとまことに私も愉快でありますから、一生懸命やりますから、どうぞ御支援のほどをお願いいたします。
○理事(松本英一君) 本日の質疑はこの程度とし、これにて散会いたします。 午後零時二分散会 —————・—————