決算委員会 第9号
- 発言数
- 157 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1971/03/12
会議録
○委員長(森元治郎君) ただいまから決算委員会を開会いたします。 昭和四十三年度決算外二件を議題といたします。 本日は運輸省及び日本国有鉄道の決算につきまして審査を行ないます。 この際、おはかりいたします。議事の都合により、これらの決算の概要説明及び決算検査の概要説明は、いずれもこれを省略して、会議録の末尾に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(森元治郎君) 御異議ないと認め、さよう決定いたします。 それではこれより質疑に入ります。御質疑のある方は順次御発言を願います。
○和田静夫君 最近、運賃を上げられる計画がございますか。
○政府委員(山村新治郎君) すみません。運賃はどちらの運賃でございましょうか。
○和田静夫君 国鉄。
○政府委員(山村新治郎君) 国鉄、じゃあ総裁からどうぞ。
○説明員(磯崎叡君) 国鉄運賃につきましては、いま具体的には値上げの案を持っておりません。しかし御承知のとおり、ことしの予算におきまして、四十六年度予算はいわゆる暫定予算ということで御説明を申し上げておりますとおり、ことしじゅうにいわゆる総合交通体系、これをつくる。この総合交通体系の主務官庁は経済企画庁になっておりますが、総合交通体系をつくって、国鉄の今後のあるべき姿あるいは今後国鉄が分担すべき輸送分野等をきめて、そして今後の四十七年度予算並びにその後の国鉄再建計画の修正ということをやるというふうになっておりますので、それと関連いたしまして運賃問題がいずれになりますかは、まだ未定でございます。
○和田静夫君 きょう四十三年度の決算を審議をしていく、そういう過程の中で私は、運賃値上げというのは不当であるということだけを冒頭まず一つ申し上げておきたいと思います。 次に、国鉄は運転、工作の両局の合同で車両の総点検を緊急に実施されるようにきめられたそうですが、その内容をちょっと……。
○説明員(磯崎叡君) 運転、工作両局の車両の総点検と申しますのは、いま具体的に最近そういうことをやることはきめておりませんでございますが、多分お耳に入っておるとすれば、私どものほうの運転、工作両局、すなわち車両を動かすほうと、それから車両を補修するほうと、この二つの部局でございますが、その二局でいま相談いたしまして、全国にございます二十数カ所の工場——車両修繕工場でございますが、その車両修繕工場を今後いかに運営するか、いかにこれを使っていくかということについて、いまいろいろ案をつくっておりますので、多分そのことではないかと思いますが、いまのところ、いわゆる総点検をいまやるという案は具体的には持っておりません。多分、先生のおっしゃるのは工場の何と申しますか、再編成と申しますか、そういう問題ではないかと思っておりますが、それならばいまいろいろ案をつくっておる最中でございます。
○和田静夫君 伝えられるところによると、キハ一八一系ですね。この最新型の気動車にブレーキの故障やエンジンの過熱など、三月に入ってからたいへん事故が多い。したがって緊急にこれらに対する総点検を必要とする、こういうふうにまあ伝えられているわけですね。そうして昨日、いま言った両局がその総点検を開始するときめられたようです。したがって、内容をこの機会に教えてください。
○説明員(磯崎叡君) 新しい最新型——ああ、それでは多分最新型のキハのお話かと思います。それは実は、私具体的にまだ総点検の内容を聞いておりませんが、新鋭のディーゼル機関車、そしてことにこれは馬力の強いディーゼル機関車でなしにディーゼル動車でございますが、特急用の高遠ディーゼル動車でございます。これを一昨年から中央西線に使っておりまして、大体良好な結果を得ましたので、このたび秋田特急に使っておるわけでございますが、それがちょうど「はつかり」という列車を初め、ディーゼル化いたしましたときに似たような故障が起きております。大体ディーゼル動車につきましても、ほとんど一〇〇%の自信を持っておりましたが、たまたまこの寒気と関連いたしましてブレーキ部分についての故障等が出ましたので、急遽——これはたいした両数ではございません。正確に覚えておりませんが、全部で三十両ぐらいだと思いますが、特急用の最新型のディーゼル動車をもう一ぺん見直すというお話ならば、私ちょっと耳にいたしておりますが、具体的にどういう点でどうということならば、すぐ調べまして御回答申し上げますが、事柄としては多分そういうことだったと思います。
○和田静夫君 それではキハ一八一系の最新型の気動車が現在何両あり、その購入のために要した費用がどれだけであったか。そして今度の総点検に要する費用はどれだけを予定されているか、至急にお願いをしたい。
○説明員(磯崎叡君) 至急、担当の局長を呼びますので、しばらく御猶予を願いたいと思います。
○和田静夫君 次に、六日、七日、上越地方を襲ったふぶきで、御存じのように一昼夜立ち往生をした。そしてまあ青年の幾人かは目ざす学校の、国立大学の入試に間に合わないという事態を経験している。人生航路が狂うという結果になった。あの上越沿線でとまった状態というのは不可抗力でありましたか。
○説明員(長浜正雄君) ああいう状態のときには、やはり列車をとめまして安全の確保ということを第一にやらなきゃなりませんので、われわれとしてはあれは最良の方法をとったと、こういうふうに考えております。
○和田静夫君 それが最良の方法であるとするならば、私は七日の上野発午前七時の「佐渡1号」に乗ったんですが、わざわざ確かめたわけですね。朝三時以降上野には一両も入ってきていない。したがって、これは満足に新潟に着くだろうか。途中で引き返す状態ではないだろうか。——そうしたら「最悪の場合でも一、二時間おくれで着くでしょう」、したがって私は、それに乗車いたしました。そうすると、これは水上でとまったまま動きません。前日来の状態というのは、われわれは朝早いから、七時のニュースも見ていませんのでわからない。上野駅に着いて不自然に思ったから尋ねた。多くの乗客がそういう事態に逢着をした。その後も連続的に当日は上越線を発車させておる。そしてそれらがそれぞれ群馬県境に至る過程でもって全部御存じのとおり運休になった。こういう事態というのは、乗客本位にものを考えない国鉄の習性がまさにあそこに露骨にあらわれた状態ではないかと思うのですが、いかがですか。
○説明員(長浜正雄君) 私が最良の方法と申しましたのは、実は列車をとめまして前途の安全をはかったという意味において最良と申しましたので実は旅客扱いその他の点につきましては、そういういろいろ御迷惑をかけたことは多々ございます。そういう意味においては必ずしも最良の方法と申し上げることでなくして、私は、実は安全をはかるということを第一に考えておりましたので、そういうふうにとめたり、いろいろな処置をしたわけでございます。つきましては、そういうことが前途に起こるということを予測して、上野駅その他の旅客扱いの処置をしなければならなかった点はあるかと思います。この点につきましていろいろあとでわれわれとしても考えなきゃならぬ点もあったかと思うのでございます。これは今後とも十分勉強もしていきたい。こういうふうに考えておるわけでございます。
○和田静夫君 これは、私がたまたま乗り合わしたから言うのではなくして、ちょうど日曜日ですから朝スキー客で満員、そういう列車がとにかく次から次へ発車をしていく。そうして、そのレジャーを楽しもうとする乗客の諸君も、すべて目的地に行けずに帰ってくる。しかも、その帰りがあるのなら話は別です。折り返しはないわけですからね。こういう状態というのはもう朝から予測ができます。しろうとでもおそらくできると思う。したがって、これは次官の答弁も求めたいのですが、運輸行政全体の中で、いま申し上げましたような状態というものを一体どういうふうに考えるのか、あるいは是正のためにどういうこれから協議や指導を、将来に向かってされるのか、一言答えておいてもらいたい。
○政府委員(山村新治郎君) 運輸省といたしましては、国鉄に対しまして、まず安全が第一でございます。そしてサービス、これに万全を期するようにということで指導してまいります。 今回の先生がお乗りになった列車は、おそらくサービスの精神にもう少し徹しておれば、その場合に何らかの行なうべき——帰りがないというような予告もできたのじゃないかと思いますが、しかし、その現地でのそういうようないろいろな状況につきましては、これは国鉄にまかせるほかはございませんが、何はともあれ、運輸省として安全とサービスというのを第一として指導してまいります。
○和田静夫君 国鉄に申し上げておきますが、あの状態というのは、上越線がまだ吹き荒れているわけですから、しかも、前夜来受験生を乗せてとまっている、そういう状態になっているのですから、下りが行ける状態でないことは明白です。それを、まさに無計画に発車させるなんということは、私はやはり国鉄の手落ちだと思うのです。今後十分その点は皆さん方が振り返ってみて反省をし、教訓にしなければならないと思いますが、よろしいでしょうか。
○説明員(磯崎叡君) その点は先生のおっしゃるとおりでございまして、実は昭和三十八年の正月に同じようなことがございまして、もっと非常に多く、約四千人ぐらいのお客さんが線路でもって宿泊したという事実がございました。その苦い経験にかんがみまして、第一次規制から第五次規制と、雪の状況によりましていろいろ列車ダイヤを規制する案をつくりまして、きょうの天候なら第何次規制というふうな具体的な計画をつくってやっておったわけでございますが、結局、雪につきましてはなかなか判断がむずかしくて、ことに上越は御承知のとおり、いわゆるどか雪と申しまして、一晩に一メートルも降るというようなこともございまして、なかなか気象台も把握困難な状態でございますが、なるべく私どもといたしましては、やはりお客さんを運びたいという気持ち、これはやむを得ない点でございますが、しかし、運び始めていまのような事態になることもたいへん残念なことでございますが、極力気象条件と見合いながら、今後列車規制を厳格にやってまいりたい。台風の場合でございますとわりあいはっきりいたします。たとえば、何時間たてばどうなるということがはっきりいたしますが、雪の場合でございますと案外慎重にやり過ぎて雪がなかった、やんでしまったというようなこともございまして、非常に現地の判断がむずかしいようでございますが、極力慎重を期しまして、いまのきまっているスケジュール、第一次規制から第五次規制までを、そのときに適した規制方法でやってまいりたいと思いますが、過般につきましては、確かに少し列車を出し過ぎたというふうに私、卒直に思っております。
○和田静夫君 昭和四十六年度の予算を編成するに当たって、単なる帳簿上の処理で国鉄の赤字を減らしたということが一斉に報道されました。国鉄の赤字というのは、帳簿上の操作でどうにでもなるのですか。
○政府委員(山口真弘君) 昭和四十六年度の予算の編成でございますが、これは先生御指摘の点は、損益勘定の収支におきまして資産充当並びに財政再建債利子補給金に関する事項を損益勘定の収入にいたしたいということをさすものと考えるわけでございますが、この点につきましては、現在の国鉄の財政事情からいきまして財政再建債に対する利子につきましては、これはいわば財政再建債がたな上げと同様な措置をとりまして、その利子を無利子にしておるということでございますので、その意味では収支に対する影響というものは、雪だるま的な利子の負担にあえぐというようなことがないという意味におきまして、これを収入に計上をした。 それからさらに、資産充当につきましては、これは現在の国鉄の財政事情等を考えれば、この程度の資産充当を収入に計上するということもやむを得ない措置であるということで、この予算を組んだわけでございまして、決してどうにでもなるという性格のものではございません。これによって今年度の予算としては組み、これで経営をしていくということでございます。
○和田静夫君 昭和四十四年度の鉄道要覧、一二七ページから一二八ページによりますと、営業経費の中で伸び率の最も高いものは修繕費で、昭和三十五年に対比するに、四十三年が三四二、四十四年が三六五、それから減価償却費が四十三年の三〇〇、三倍ですね。それから四十四年の三一七、人件費が約二倍ちょっとのときに修繕費なり、これらはこういうことになっております。 そこでまず、修繕費についてお聞きをいたしますが、国鉄の修繕費というのは本来、耐用年数を延長させて、そして価値の向上をはかるために投ぜられるものでありましょうから、全部なら全部厳密な意味における経費的支出とは言いがたいのだと思いますね。むしろ、改良費ともいうべき資本的支出の性格があるのではないか。とすれば、この改良費の急速な伸びと、減価償却費の急速な伸びというのはたいへん矛盾をしていることになりはしないかと実は思いますが、いかがですか。
○政府委員(山口真弘君) 国鉄の修繕費は車両の保守だとか修繕だとか、整備だとか、あるいは線路、電線路、信号施設、そういったものの維持整備に主として使用されるものでございまして、ただいま先生の御指摘のように、耐用年数を延ばしたり、あるいは設備の増強をするというようなものは修善費ではございませんで、これは資産の増でございます。したがいまして、それは修繕費としては計上いたしておりません。ただ、修繕費は資産が多くなり、また運転、保安を確保するためには、当然、これは修繕費でもって修繕をし、保安を確保しなければならぬわけでございますから、それによってふえているわけでございます。
○和田静夫君 修繕費というのは、それじゃ改良費的なものではないと、そういうことになりますか。
○政府委員(山口真弘君) 修繕費は改良費ではございません。修繕費は当該設備、車両等の維持、保守というものが修繕費でございまして、改良費はむしろ、資産の増加、あるいは耐用年数の延長というような性格のものでございますから、改良費ではございません。
○和田静夫君 そうしますと、日本国有鉄道会計制度調査会答申を中心にしながら二、三伺いますが、現在国鉄で使用されている総合償却法というのは「早期除却資産と耐用年数経過後使用資産とが償却単位全体として平均化されることが前提」としています。まず、この「前提」は成立をしていますか。
○説明員(小林正知君) ただいまの先生のお尋ねでございますが、国鉄といたしましては、会計制度を三十年に大きく資産再評価の際に償却法を確立しておりますが、その際に同種財産で非常に多くの集合体をなしております財産を非常にたくさん持っているというようなことから、個別償却は非常に少ない範囲で実施しておりまして、大部分のものはいわゆる総合償却という形をとっているのは、いま御質問のとおりでございますが、その実態といたしましては、総合償却の前提をなしますものは、同種財産の非常に多くの集合をもって構成されるというところにその成立の根拠があるかと存じておりますが、そういった実態を踏まえて、総合償却を見ます場合には、耐用年数経過前におきまして用途廃止をして廃棄する。また最近のごとく技術革新が非常に日進月歩で進んでまいりまして、物理的な耐用年数以前に陳腐化して減却されるというようなものもございます。そういったものも修繕あるいは使い方によりまして、耐用年数を経過いたしても使用しているというような実態も非常にたくさんあるわけでございまして、以上総合いたしますと、全体といたしましては総合償却の基盤はおおむね維持されている、かように考えておる次第でございます。しかしながら国鉄といたしましては経営、特に線区別等につきましても中の管理体制をより明確にするとともに、経理内容を明確化するという意味におきまして、車両等につきましては個別償却の方向に向かって現在作業を進めておりまして、総合償却より、むしろ個別償却の方向に現在償却方法を、事務的煩瑣の問題もありますけれども、進めておる、かような方向に進んでおる次第でございます。
○和田静夫君 国鉄の資産のうちで耐用年数経過後の使用資産というものが、いろいろ読んでみると相当あるように思うのです。それはどのくらいの額になりますか。
○説明員(小林正知君) ただいま御指摘の点でございますが、ここにちょっと手持ちの資料を持っておりません。耐用年数経過後の資料は調べればすぐわかりますので、かってでございますが後刻御報告さしていただきたいと思います。
○和田静夫君 これは、いま委員会をやっておるし、ぼくの質問はちゃんと言ってあるのだから……。
○説明員(小林正知君) ただいますぐ取り寄せて御報告いたします。
○和田静夫君 この答申によりますと、昨年の十二月十九日に出された日本国有鉄道会計制度調査会答申、この二一ページには、先ほど答弁されたこととも関連がありますが、「早期除却または耐用年数経過後使用の事実が一方に偏して著しく多く生じていないかを定期的にチェックし、必要に応じて引当金の額を修正することによって、この前提の欠如による償却計算の誤びゅうが長期にわたり繰越されないようにすることが必要である。」こうなっているわけですね。この前提の欠如による償却計算の誤謬が長期にわたり繰り越され、赤字が実際よりも過大に見積もられているという事実はありませんか。
○説明員(小林正知君) ただいま御指摘のような事実は、これは各個別的に見てまいりました場合には、総合償却という制度を、たてまえをとります関係上、個々には若干の径庭はあると思いますが、国鉄全体といたしましては、ただいま御指摘のような点はないと、かように考えておる次第でございます。
○和田静夫君 そうしますと、先ほど言われたように、現行償却制度の合理化、答申の中にもありますが、それについては、個別償却への方向も含んで具体的にお考えになっている、そう理解してよろしいですか。
○説明員(小林正知君) ただいま御指摘のございましたように、償却の方法といたしましては、各線区に所在いたします各種のトンネル、線路等の資産、また車両等の資産、すべて含めまして個別的にこれを一つずつとらえてやるということが正確であるということは、もとより申し上げるまでもないわけでございますが、総合償却がとられる前提を具備いたしております国鉄のような集合財産というものの償却制度といたしましては、これは全体としてはいままでに御懸念いただきましたような点はないと、かように存ずるわけでございますが、国鉄の現在の財政再建の過程におきまして、中の内部管理あるいは線区の実態というものをより明らかにする、またさらに具体的な管理データを採集するというような意味から申しまして、できるだけ個別化するほうが妥当である、かように考えられるものにつきましては、個別化の方向に向かいたい、かように考えております。その際には、従来手作業ではできていなかったような作業につきましても、コンピューターを活用いたしまして、相当程度必要な範囲におきましては個別化の進展は可能である、かように存じます。
○和田静夫君 昭和四十三年度の日本国有鉄道収入支出決算内訳の損益勘定を見ながらお尋ねをいたしますが、まず在外事務費、この性格と、一億千八百九十六万六千円の使途明細を明らかにしていただきたい。
○説明員(小林正知君) 在外事務費の一億程度のものの内訳でございますが、これは現在、在外事務所をニューヨークとパリに置いておりますが、その大部分は人件費でございます。内地の国鉄のほうから派遣しております者と現地採用しております者若干名の人件費が主でございまして、そのほかに、諸外国における鉄道事情、あるいは経営事情その他の情報、また交通体系等につきましての情報の調査等、通信連絡といったような費用がその内容になっております。それからパリにおきましては、UIC——欧州鉄道連合という国際機関がございますが、そこの会費というようなものも含んでおります。
○和田静夫君 業務委託費ですが、これはどのような業務がどこに委託されていますか。
○説明員(小林正知君) 業務委託費は、四十三年度の決算で申し上げますと、全体といたしまして二百九十九億でございますが、これをその経費の性格と申しますか、そういったものによりまして分けますと、三つに分けられると私ども考えております。 その第一のグループは、いわゆる収入と通り抜けになる業務委託費の経費でございます。と申しますことは、御承知のように国鉄におきましては、貨物でコンテナ輸送というものをやっておりますが、これは戸口から戸口までを含めました運賃料金ということになっております。その鉄道オンレール輸送以外の両端の輸送、いわゆる集配費、それから積みおろし費というものを、部外に委託しておりますので、それは顧客からは運賃として国鉄が収受いたしますが、収入と同額が業務委託費といたしまして委託会社へ通り抜けて支払われるということになっており、収入に対して通り抜けになる、両建てになる経費でございます。そういったものがコンテナの集配費、あるいは小口扱いの小口貨物集配等、合わせまして四十三年度で約百億ばかりでございます。 それから次に、収入を基礎といたしましていわゆる手数料等の意味をもちまして支払っております委託費がございます。そのおもなものは交通公社でございますとか、あるいは日本旅行その他におきまして乗車券の委託販売をやってもらっておりますが、その売り上げ高に対しまして何%といったような率をかけまして委託料を払っておる。これは収入を基礎にいたしまして支払う業務委託費これは約九十三億ございます。 それからその他は、清掃作業でございますとか、荷扱い作業等。清掃作業と申しますのは、いわゆる客車、電車等の清掃、また貨車の清掃といったようなもの、これは比較的単純な作業でございますので、直営することなしに外の適当な委託会社にこれを委託させるということによりまして業務を遂行しております。それが約百六億ばかり、合わせまして二百九十九億円、これが四十三年度の実績となっております。
○和田静夫君 この大きく一、二、三と分けて、そこで業務の内容と総額についてはわかりましたが、委託をされているいわゆる関連企業などをずっと一覧にすると、どのくらいあるのですか。
○説明員(小林正知君) 社数を正確にいまちょっと手元に資料を持ち合わしておりませんので、はなはだ失礼でございますが、ごくアウトラインだけ述べさしていただきたいと思いますが、御了承いただきたいと思います。大体コンテナの集配費、これが一番多いわけでございますが、これは日通であるとか、その他通運百数社、それからそのほか乗車券の代売関係で、先ほど第二のグループで申し上げましたものが日本交通公社、日本旅行等を初めといたしまして十五社ございます。 それからそのほか、第三のグループでございますが、第三のグループの業務委託の中で非常に大きなものは車両の清掃料でございます。これは先ほど申し上げましたように、業務の内容は車両の掃除をする会社でございますが、これはそう大組織を持ってやるような企業内容ではございませんので、それぞれ地元におきまして適当な会社を設立あるいは適当な会社を選定いたしまして、おおむね各管理局ごとに若干違っておる面もございますが、一つくらいの割合です。したがって三十くらいの会社に車両清掃を委託する、さような内容になっております。
○和田静夫君 三のグループの荷扱いなんかは、どういうことになるのですか。
○説明員(小林正知君) 荷物関係の受託関係といたしましては小荷物会社というのが東京、大阪等にございます。それからまた、そういうもののほかに、あと二社ないし三社あるわけでございます。
○和田静夫君 これは各社の一覧表をいただけますか。
○説明員(小林正知君) 後刻提出させていただきます。
○和田静夫君 そこで一、二、三に分けて、四十三年度でいえば三百八億九千四百七十三万五千円のこの決算、積算の基礎というのはおわかりになりませんか。
○説明員(小林正知君) それぞれこういった荷扱い作業あるいは駅業務委託、清掃といったものにつきまして業務委託をする場合で、これはいずれも契約によってやっておるわけでございますが、その場合に集配コンテナの、たとえば受託集配の場合でも受託関係でどういう単価でやる、あるいはまた運送費がどうだというようなことは、一つの基準といたしまして積算の基礎はもちろんあるわけでございますが、そういった基礎に基づきまして契約をしている、収入実績によって決算をする、支払うというような形態になっておりますので、それぞれ乗車券の委託販売の場合にいたしましても、どういう乗車券を売った場合には何%といったような契約の基礎になり、単価の基礎になりますところの基準と申しますか、そういった積算基礎はいずれもございます。
○和田静夫君 その一々をいまおそらくお答えになれないでしょうから、資料をいただくときに、それぞれの委託費について概算どれだけ、その積算の基礎はこうという形の資料にしていただきたいと思いますが、よろしいですか。
○説明員(小林正知君) ただいまお申しつけのございましたような資料の形で提出さしていただきます。
○和田静夫君 昭和四十三年度中に調査報告書が出されました例のEL・DLの乗務員数と安全の関係についての調査委員会ですね、これには総額幾らかかって、それがどの予算項目から支出をされましたか。
○説明員(磯崎叡君) 全体で三百二十万八千二百六十九円、これを国鉄側と組合側とが半々負担をいたしました。国鉄側は百六十万円、それから組合側が、国鉄労働組合が八十万円、それから動力車労働組合が同じく八十万円、端数はちょっと正確に存じませんが、三者でもって二、一、一の割合で負担いたしております。
○和田静夫君 この委員会の調査素案としてELは東海道浜松から米原、山陽線岡山から広島、DLは山陰線京都——豊岡の三案が出され、委員の構成が医学、心理学、人間工学の専門家に限られていたために、必要あるときは権威者などに調査の一部を依頼し、また必要に応じてその助言を随時聴取する、こういうことになっていました。そこで実地調査は、まず本格的調査に先立って予備調査を行なうことになって、第二案の岡山——広島間が選び出されて同年の十二月七日から十九日まで明大教授の清水さんと名古屋大学講師の山田さんの両氏が立ち会い人に委嘱された。こういうふうに聞き及んでいるんですが、ここまでは事実でしょうか。
○説明員(磯崎叡君) 私もちょっと古いことで正確に記憶いたしておりません。御承知のとおり、この委員会では、先ほどの費用負担をごらんになってもわかりますように、私のほうと二組合・三者でもって五人の先生方にあらゆる内容を全部おまかせして、大体調査の終了の時期については御希望申し上げましたけれども、調査方法、あるいは調査の具体的な場所等につきましては全部委員の諸先生におまかせしたわけであります。予備調査につきまして、予備調査ということばについていろいろ問題がございました。そしていま先生のおっしゃったように、多少のいきさつもございましたけれども、先生方は、組合側の予備調査という名前でなければいやだということであれば、予備調査という名前でもいいんじゃないか、名称にこだわらないということを確認された上で予備調査という名前を使われたというふうに私は記憶いたしております。
○和田静夫君 国鉄にすれば百六十万でしょうけれども、この四十三年度の決算をやっております——四三年のことでありますから、実はのちほど触れますが、先日の事故との関係でこの辺のことはお互いに重要だと思うので、お尋ねをしておくのですが、その立ち会い人の清水教授の証言によりますと、十二月の十日に現地の岡山に行って、そして岡山——広島間のテスト車に乗ったが、委員とは会えなかった。一たん東京に戻って二日後にあらためて岡山に行って、大島委員長らと駅長室で約二十数分会談をしただけだ、そのときの結論は年が明けてから補充的調査を行なう——補充調査というのがことばとして正しいかどうかは別として、そういうことのほか四点であった。そして当局に対して何回となく問い合わせたけれども、その調査は行なわれなくて、立ち会い人としての意見も聞かれないままに四十四年の三月二十四日に突如報告書が出されてしまった、こういうふうに言われているんです。この経緯というのは事実ですか。
○説明員(磯崎叡君) 私どもは、この大島先生以下五人の先生、すなわち大島先生、鶴田先生、高木先生、斉藤一先生、藤井先生、この五人の先生、いわゆる人間工学、心理学、医学、機械工学、こういう日本の一流の先生にお願いいたしました。それからあとのことは全部五人の先生におまかせいたしております。いまの清水教授とおっしゃる方は、私ちょっとよく覚えておりませんが、どういう立場で立ち会いということをおっしゃったのか、その点はこの報告書にもまた清水教授という方のお名前は出ておりませんです。いろいろあの際はおれが立ち会う、あれが立ち会うというお話はございましたけれども、それはあくまでも調査の内容につきましてはこの委員会に一任するということが、四十三年の九月二十日の当局並びに二労働組合との間、これには社会党、総評も中に入って話し合いできめたわけでございますが、この九月二十日の覚え書きによりまして——別に設ける委員会に依頼する、委員会の内容、それについては尊重して云々という覚え書きがございますが、私どもこの覚え書きによりまして、五人の先生に御一任した。それからあとは五人の先生が独自の御判断でなさったというふうに記憶いたしておりまして、その立ち会い云々という話は、当時いろいろな方が、おれが立ち会う、あれが立ち会うという話があったように覚えております。いずれも委員会の正式のものではないというふうに私は了解しております。
○和田静夫君 私が一応調べた結界に基づくと、DLについては先ほど言われたとおり予備調査ということばが妥当なのかわかりませんが、予備調査すら行なわれなかった。それからELについては予備調査だけ行なわれたわけですが、実際乗務は八〇%までが深夜だというのに、その調査は午前八時から午後五時までの昼間行なった、こういうことになっています。そして報告書という経緯があるのでしょうが、この報告書には全員一致とある。ところが、その大阪大学の鶴田正一さん、青山学院大学教授の高木貫一さんの両委員は報告書の総括というのは委員会で討議されなかった、委員会の解散について何ら連絡を受けていない。そういう事実を明らかにして、四月十六日付で今回の報告書というのは中間的な調査データとして提出すべきだ、第一次の予備調査は安全性の判定を求める結論の資料とはならない、特に報告書の総括については慎重に再検討する必要がある、報告書の内容については調査依頼者側である国鉄労使と十分協議をして、疑義の解明が必要であると、そういう趣旨の書面が大島さんあてに提出された。その前述の委員会の主任調査員として岡山に出向いた鉄道労働科学研究所の小木さんと斉藤さんが、学者としての良心から黙っていられないということで、公開質問状を出された。両氏は、私たちには何の相談もなく報告書が確定資料として使われたのには驚いた、私たちも研究者だから十分調査し、納得した報告書であれば責任を持つが、あの中間報告書を確定報告書とされたら責任が持てないし、そのことによって機関車の一人乗務が推進されるとしたら非常に危険だと述べている五項目からなる質問を行なった、こういうことになっている。このように大島報告書は、国鉄当局を除く内外から道徳的にも学問的にも鋭く指弾されることになって、遂に五月二十九日に至って、一人乗務の客観的条件は熟していると言い切っていたものを、将来方向として一人乗務が考えられるということを述べたものであるという覚え書きを発表せざるを得なかった。これは、私が読んで見て、大島さん自身が報告書が粗製乱造であることを認めたものであると思う。こんなことに国鉄当局があれだけの金をかけられたということは、私はむだではなかったかと実は思うのですが、いかがですか。
○説明員(磯崎叡君) たしか四十四年の四月九日に私のほうの本社の中でもって、大島先生以下——鶴田先生はちょっと何か学校の会議でどうしても出られないというお話があったと思いますが、四人の先生が立ち会いされまして、正式に大島委員長から私並びに二組合に対して報告書をいただきました。その後いろいろ、先生のおっしゃったことがあったことも私存じておりますが、これは委員会の下部機関として、いわゆる事務局としてその委員の先生のお手伝いをした連中が、自分たちのデータを出したということは、これは私は穏当でないと考えております。あくまでもこれは国鉄労使が委員会にお願いしたということは、これははっきり書面でいたしておりますので、私どもといたしましては、四月九日に委員会からいただいた報告書を正式なものとして受理いたしているわけでございます。当時、鶴田さんが欠席なすったことは事実でございます。これは後刻、鶴田さんから大学問題の関係上出られなかったというような詳細な御弁明があったわけでございます。その後、これも先生御承知かと思いますが、昭和四十三年のいわゆる一番初めの委員会をつくってやろうというときの覚え書きの中に、委員会の答申は尊重すると——これは三者でございます。三者というのは国鉄並びに動労、国労の三者でございます。その覚え書きの第二項に、委員会から答申された内容は尊重し、労働条件について団体交渉できめる、こうなっております。で労働条件について、一年間かかったことは事実でございますが、その労働条件の基礎的な問題についていろいろお話が折り合いませんで、それでそういうふうな表現があったのを私は記憶いたしております。その後約一年かかりまして、大体労働条件あるいは安全対策等を終わりまして、そして、実施に移したという段階でございます。
○和田静夫君 そこの一人乗務問題というのは、総裁、どうされるんですか。
○説明員(磯崎叡君) これは、その報告書をごらんになりましてもおわかりのように、いろいろ機械的なチェックがついております。さらにこういうものがあったらいいんじゃないかというような機械的な問題もあります。それから、ほかの外国の問題あるいは飛行機、自動車等の問題、いろいろ各方面から検討された報告書でございまして、私どもといたしましては、現在話のつきました筋に従いまして一人乗務に切りかえつつある、今後ともそういう方針で進んでまいりたいということでございます。
○和田静夫君 そこで、もしそういう方針で進められるとすれば、この前東北で起こったあの事件ですね。助役の乗務員に対するところの朝の点検が手抜かりだったのか、どういうわけかしりませんが、そのような事故が起こらないという保証がおありになりますか。
○説明員(磯崎叡君) 過般の東北線におきます事故は非常におはずかしい事故で、私、国会におきましても数回にわたって陳謝申し上げております。これは私の不徳のいたすところでございます。これは個人が酒を自宅で飲んだというのが原因でございまして、そこまで全部チェックすることは非常にむずかしいとは思いますけれども、かと申しまして一々点呼の場でもって風船をふくらますというようなわけにもいきませんし、これは人権上の問題でもございます。したがって、これはやはり私どもの職員の良心に訴える、再びああいうような事故を繰り返さないということ以外にないと思います。これはいろいろ内部のことでおはずかしい問題でございますが、あまり私部内の問題——私の責任でございますので申し上げたくはございませんが、やはり私はああいう職員がいたということは、やはり私自身の監督不行き届きと申しますか、そういう面で国民に御迷惑をかけたことはまことに申しわけないと思っております。今後、一人乗務問題とあの問題とはまさに全然異質な問題でございまして、今後ああいう醜態のないように全力をあげてやってまいるというのが私の率直な気持ちでございます。
○和田静夫君 いや、全くこれはアマチュア——私はいま、一番大切なのはアマチュアの論理というものをプロに——プロフェッショナルにぶっつける、そのことが一番大切だと思うから言うので、一人乗務になった場合に——二人乗務なら睡魔がきても横でチェックできるなどなどある。基本的に考えなければならないのは、利用者の生命の安全でしょう。一人の乗務ということは——たとえは最近心不全で倒れるというような状態の病状が非常に多い。心臓でもって倒れる率というのがだいぶふえているわけですから。そうすると、そういうような形のことが運転中に起こらないという保証は私は一つもないと思います。そういう事態か起こっても、二人乗務の場合に乗客の安全を守り得るという条件がありますけれども、一人乗務の場合は全然そのことが保証としては存在しない。そのことは予見できるわけです。毎日の新聞をながめておっても何も老齢者ばかりが倒れるものではありません。四十代でもってたくさんの方々が御承知のとおり高血圧その他でもって倒れている。それらとの関係において、国鉄の合理化などというようなものが頭の中で、あるいはペーパーの中で先行しておって、乗客の安全というものがうしろに追いやられている結果が、一人乗務というものを急ぐという国鉄の姿勢によってあらわれているんじゃないか、そういうふうに考えますが、いかがですか。
○説明員(磯崎叡君) 私も国鉄総裁として国鉄全般の責任をお預かりし、また数千万の人命をお預かりしている責任者であります。私が人命をおろそかにして、ほかの施策をするということは絶対にございません。これは私自身が申し上げるのですから、信じていただく以外にないと思います。私自身も過去数回つらい事故にあっております。その際の責任者としての立場というものもよく自分でかみしめているつもりでございます。そういう立場に立ちまして、諸般の合理化政策を進めておるわけでございますが、一人乗務問題について、いろいろそれを一つの目よりも二つの目、あるいは逆に二つの口より一つの口、また二つの目より四つの目であったほうがいいと言われておりますが、二人乗って一人が眠ってしまうと、ついつり込まれて眠ってしまうというケースがありまして、これは、したがいまして、先ほど申しました人間工学、社会学、心理学、機械学、こういうもので学問的にチェックする方法をとったわけであります。もちろん、私どもはこれをやるについて決して素手でやったわけではございません。相当保安設備をつくりまして、たとえばいまおっしゃったような、心不全その他でもって心神喪失の場合には自動的に信号の前でとまるというATS装置を全線区につけたわけでございます。それから過般はあれでしたが、うまくいきませんで申しわけなかったのですが、車掌が随時どこでも非常ブレーキをとめられるようにいたしました。それから運転手と車掌の間には、一人乗務になった場合には必ず携帯無線を持たせる。それが運転手や車掌だけでなしに、駅でもって傍受できるようにするという、あらゆる角度から一人乗務を科学的にチェックするというふうな方法をとってまいりました。さらにそれに加えて、過般来EB——エマージェンシーブレーキ、これは五カ所全部手をはずしてしまうと、とまるという非常ブレーキでございます。これをつけることは機関士に対する冒涜であるという議論もありまして、多少おくれておりますが、これは委員会の報告書は、いずれ将来こういういいものが開発されたらEBをつけることは望ましいという御意見でありましたから徐々につける。ことし一ぱい主要線区につけ終わるつもりでございます。私としては、一人よけい乗ったら安全性が確保されるということではなくて、やはり人間のいまおっしゃったいろいろな生理的な欠陥、あるいは心理的な欠陥がございます。それを機械で補いましても最後はやはり人である、あらゆるものを全部機械で補うのは不可能で、最後は機関士の職責にあるものがほんとうに自分の職責を全うするかどうかというのが最後の安全性確保だと思います。したがいまして、管理者として十分今後とも指導しなければならないという責任を深く感じている次第でございます。
○和田静夫君 たいへんアルコールの度合いが多かった状態でさえ機械はチェックできなかった、現実には。そして、ここで何を言われようが、起こったあの事件というものを考えた場合に、それは一人乗務でいるよりも二人いたほうが、その事態というものを発見できるだろうということは、これは常識的に考えられます。ぼくはやっぱりそういう常識というものを尊重して、乗客の生命の安全というものをやっぱり考えていくのが正しいと思う。そのことだけは申し述べておきたいと思います。 次に、筑豊地区の油須原線が取りやめになって、これは予算委員会でも問題になったようですが、工事に十九億円がむだに——まだなったのじゃなくて、なろうとしている問題ですね。私は、米価問題の見通しを誤った農林省の開拓事業によるばく大な国費のむだが、一方ではいまたいへん出ているんですが、その例と実は似ている。そうした政策の失敗による国費のむだ、それこそが決算委員会の場で問題にされなければならないと思うのですが、政府はほんとうに油須原線をどういうふうにするつもりですか。
○政府委員(山口真弘君) 油須原線は、油須原——漆生間の二十七キロメートルの線でございますが、昭和四十一年の三月に一部区間の漆生——豊前川崎、約十七キロメートルでございます、それが開通いたしまして、現在国鉄が営業中でございます。残る豊前川崎——油須原間の約十キロメートルでございますが、これは大任及び油須原付近を除きまして路盤工事がおおむね完成の状態になっております。この線は、当初は筑豊の炭田の石炭を苅田港に輸送する、そういうことによりまして、石炭輸送の合理化をはかる、それとともに地方交通の便をはかる、こういう目的で着工されたものでございまするが、その後エネルギー革命の余波で筑豊地区の炭鉱が相次いで閉山をいたしまして、そのために貨物輸送を主眼としておりました従来の計画につきまして若干検討し直す必要がある。線路の勾配だとか、田川線の取りつけなどの変更を検討いたしまして、さらに開業設備に対する工事の再検討をする必要があるということでございます。現在そういうことでこの線の再検討に着手しておりまして、国鉄とも公団が相談をして検討しているという段階でございます。
○和田静夫君 いつごろ結論を出されるのですか。
○政府委員(山口真弘君) これはただいま申し上げましたような経緯で非常に社会情勢なり地域の実情の変化というものがございます。さらに一方、地方の鉄道というものに対する総合的な交通体系、交通政策の面から地方の鉄道を見直さなければならぬという考え方が実はございまして、そういったような面を見ながら、この線を具体的にどうするかということを現在公団が国鉄に対して協議をしておるという段階でございます。
○和田静夫君 山田国鉄副総裁は、油須原線については当初から疑問を持ちながら工事を進めた、そう述べているんですね。そうすると、初めから持っていらっしゃった疑問というのは、どういう疑問ですか。
○説明員(磯崎叡君) 新聞のたしか副総裁の談話だと思いますけれども、当初からと申しますよりも、御承知のとおり油須原線は、約十年ほど前まだ石炭の非常に出ておりました時分に、あの地区の石炭を苅田港へなるべく早く運ぶ——苅田という港がございます。俗称はかんだ港と申しておりますが、そこへ早く送りたいという、初めは石炭輸送の目的でつくられた線でございます。それでもって建設審議会が通って工事に着工したのは三十八年だったと思います。その後、御承知のように石炭事情でもってもう石炭輸送は必要ない、五十数鉱あった山がほとんど四つか五つになってしまった、いまさら新線をつくって石炭輸送をする必要はないということになったのをとらえまして、山田副総裁は、そういうふうに客観情勢が変わったんならばもうつくる必要はないというふうに申したんだと思います。その点がちょっと省略されております。それは過般の予算委員会におきましても、私が客観情勢の急激な変化によって油須原線の価値がすっかり変わってきたというふうに申し上げたことと同じことをたぶん新聞に申したように思います。
○和田静夫君 率直な話、国鉄の力では、たとえは疑問を持つ場合、客観情勢が変わった段階でたとえばチェックするならチェックできたですか。国鉄の力ではどうにもならなくて、他からの圧力があるなどというようなことはないのですか。
○説明員(磯崎叡君) これは御承知のとおり、いわゆるAB線という開発路線でございますので、私のほうは出資する以外には全然関係がなくなってしまった。毎年の予算配賦等につきましても建設公団がいたしまして、若干私のほうでいろいろ意見は申しますけれども、決定権は建設公団のほうでありますから、私のほうとしては、まあ前総裁はなるべくゆっくりというふうなことばを使いましたけれども、そういう不明確な表現は別といたしましても、やはりここで再検討する。これは昭和四十四年の御承知の国鉄の財政再建特別措置法の立法が国会でなされたときも、その法律に基づきます閣議決定におきまして、いわゆるAB線と申します、そういう開発路線を再検討するということがきめられております。私どもは、過般も申し上げましたが、現在のAB線が全部要らないと申しておりませんが、いまの油須原線なんかは残念ながら一日二百人のお客さんしかない。しかも、百円の水揚げをするのに千円かかる。こういうところはいまさら鉄道でやるべきではないという気持ちを持っております。私といたしましては、なるべく早く再検討していただいて、やるものはやる、やめるものはやめるというようにしていただきたいというのが私の率直なお願いでございます。
○和田静夫君 この間、予算委員会で、福田駅とか中曾根駅などということが問題になりまして、伝えられるところによりますと、上越新幹線の駅でいろいろ胸算用が起こっていて、福田さんにお願いにいきましょうと群馬側が言えば、いや私たちの新潟側は田中さんにお願いにいきましょうというような形で、どうも上越線の新幹線の駅が政治駅的なにおいでもって想定をされるのですが、これは政務次官、絶対にそういうことは起こり得ませんか。
○政府委員(山村新治郎君) はっきり申し上げますと、絶対にないといまのところ言えると思います。しかし、どこへどうつくるというのは、これは鉄道建設公団が運輸大臣の建設指示を受けて、これに基づきました路線の具体的な調査、測量、設計等を行なった上の工事実施計画をつくりまして、運輸大臣の許可を得るということがございますので、この線に限りましてはひとつ運輸大臣とよく相談をいたしまして、そういうような政治駅のできないようにやっていきたいと思っております。
○和田静夫君 いまの答弁に期待しておりますから、再び決算委員会で同じようなものができてしまったではないかというやりとりのないように、ひとつやってもらいたいと思います。
○政府委員(山村新治郎君) 運輸大臣とよく相談いたしまして、全力を尽くしてその方向に進んでまいります。
○和田静夫君 けさほど来のやつは、まだおわかりになりませんか。
○説明員(磯崎叡君) キハの一八一でございますか、新しい五百馬力のディーゼルカーでございます。現在名古屋に十四両、これは中央西線を走る「しなの」用でございます。それから尾久と申しますのは東京でございますが、奥羽線の「つばさ」用が五十両、昨年の秋から米子に十両、合計七十四両ございます。そしてやはり五百馬力でございまして、初期故障の段階であるというふうに技術者は言っておりますが、しかも、過般の奥羽線の事故を重視いたしまして、すぐ関係課長を現地に二人の部下をつれてやらせました。現地でもって、ことに急激に温度が冷えた場合のブレーキの問題ということにつきまして慎重に検討いたさせまして、直すべきところは直すというふうにいたしておりますが、けさほど毎日新聞に出ておりました欠陥車総点検というようなことではなくて、一つ一つシラミつぶしにやっていく、何か非常にあわてて総点検と書いてございましたが、そういう意味ではなしに、故障のあった場合のあと始末と同じようにやってまいりたい。非常に新しい車でございますので、しかも強馬力、勾配のきつい間を上る車でございます。五百馬力のディーゼルカーは日本で初めての車でございますので、一応中央西線で約一年間試運転をいたしまして、自信ができたので採用いたしましたが、やはり寒冷地、特に急激に温度が冷えるという場合におきましての問題が若干まだ解決していない点があるかと思います。これは至急機械部分、電気部分につきまして対策を立てまして修繕いたしたいと思っております。それほど致命的な欠陥ではないと言っておりますが、まかり間違えば人命に関することでございますので、十分に慎重に故障個所につきまして検討いたしてまいりたいというふうに思っております。
○和田静夫君 七十四両のいわゆる総購入費は幾らですか。
○説明員(磯崎叡君) ちょっとお待ちください。
○和田静夫君 耐用のやつわかりますか。
○説明員(小林正知君) ちょっといま電話でまとめておりますので、しばらくお待ちいただきたいと思います。
○和田静夫君 幸袋線ですが、あれが廃止になって、そして国鉄が市へ一括払い下げるという約束をされていたのをおやめになって、そして特定の業者を優遇しているというふうにいわれていますが、これは事実ですか。
○説明員(磯崎叡君) 幸袋線は全長約七キロ、それが行政区画から申しますと、小竹町という町と飯塚市にまたがっております。小竹町のほうが約一キロ半ぐらい、飯塚市がその残りでございますから五キロ半ぐらいということになっております。これを廃止する、しないを、三年ぐらい前からいろいろ話をいたしまして、飯塚市としてはもう非常に、むしろ市内交通のじゃまになる、取ってもらってもいい、そのかわり線路敷はぜひ飯塚市に払い下げてほしい、飯塚市としては道路に使いたいという御意向でございました。一方、小竹町のほうは、それはうちは要らない、道路に要らないということもあって、ちょうど小竹町の区間におきまして筑豊本線と並行いたしております。したがって、私どもといたしましては、小竹町の範囲内の線路敷は将来筑豊本線の複線化の問題とからみまして、譲りたくないという気持ちがたまたまございましたので、小竹町の範囲内はお譲りしない、飯塚市の範囲内は飯塚市に有償でお譲りするということでこの問題をきめまして、そして飯塚市に売りましたのが約十三万平米、これを飯塚市に上ものを全部入れまして六千百七十六万円で売却いたしました。それから、小竹町のほうは六千九百四平米でございますが、これは、先ほど申しましたとおり、私どものほうとしてもお譲りする意思はないし、また小竹町もほしくないというお話でございますので、それはそのまま私どものほうで持っております。そういう事情でございまして、飯塚市に対しまして譲ったとか譲らないとかいう事実はございません。全部約束どおり譲ってございます。ただ、そこに一駅だけ約何百メートルか飯塚市にちょっと入っております。その部分の問題かと思いますが、それは初めから飯塚市との話し合いで、これはある荷主が使いたいから、その専用線としてうちが認めるから、その専用線敷として飯塚市からその荷主に有償でやってほしいということを、うちと飯塚市との協約で、譲り渡しましたときの約束でそういうふうになっておるわけであります。事後にそうなったわけではございません。初めからの話でそうなっております。
○和田静夫君 そこで、特定の業者にだけこれを使わせているというのが問題になってきて、そしてこれまた談話でありますが、山田副総裁は、情実でそうしたのではなく、妥協の産物だと思うとこういう談話を発表されておりますね。そうすると、その妥協に至るまでの経過というものが問題になると思うのですが、そのいきさつをちょっと説明してください。
○説明員(磯崎叡君) 幸袋線は、先ほど申しました、わずか七キロ程度のものでございまして、たいした輸送力でございませんが、その中に荷主が五人——大荷主と申しますか、わりあいに大きな荷主が五人おります。一人の荷主はすでに前からやめておりますから、実質上は四人でございまして、これは大体幸袋線を廃止する際には、なかなか荷主さんがうんと言ってくれないという事情がございましたが、そのうちの三人だけは、名前と金は御遠慮申し上げますけれども、三人だけは専用線の廃止補償を出しまして、そして専用線を廃止する。それから一人は、横持ち補償と申しますか、ある程度の補償金を出してこれを廃止するということをいたしました。一人の荷主がどうしても石炭輸送上困るということで、それならば専用線をつくりなさい、それならばやむを得ない。専用線というのはむしろ私のほうとしては慫慂しているものでございますから、専用線をつくるならやむを得ないということで、たまたま私のほうの線路をその荷主に約八百万円で譲渡いたしました。八百十八万五千円で売却いたしまして、そうしてその荷主が使っておるわけでございまして、これは幸袋線を廃止する問題と、それから専用線をつくった問題とは全然別個の問題でございまして、何か新聞では、廃止した線路の上を貨車が走っているというふうに書いてございますが、これは明らかに専用線でございまして、私どものほうの財産から除去してございます。そういうわけで、何か多少取材のしかたにおきましておわかりにくかった点があって、そういうふうな表現になったと思います。山田副総裁の申しました妥協の産物と申しますのは、場合によっては専用線の廃止補償というふうに金で始末することもあれば、どうしても専用線として残したいという場合には、専用線として貨物だけだということで残す場合がある。その場合にはもちろん国鉄の財産から離しまして、専用線の入れかえ料金その他全部取りまして、一般の専用線と同じように扱うというふうなやり方をしております。この問題は、旅客につきましては御承知かと思いますが、通勤、通学定期については、通勤者については一年間、通学者については在学中のやはり補償をいたしております。それと同じように荷主についても補償するというふうな方向でやったわけでございます。誤解を招いたのはたいへん残念でございますが、私もいろいろ事情を調べました結果、全然間違いないということが判明いたしました。
○和田静夫君 運輸省に関連団体についてお伺いいたします。まず、運輸調査局という財団法人がありますね、これは何をするところですか。
○政府委員(高林康一君) 運輸関係に関する諸種の事情あるいは外国の問題等との比較、そういうような運輸全般に関するところの調査研究をやる機関でございます。
○和田静夫君 そこのおもな役員で、運輸省あるいは国鉄から天下っている人の名前はわかりますか。
○政府委員(高林康一君) 名前はわかりますが、運輸省から行っているところの者は、現在の役員にはございません。
○和田静夫君 国鉄関係者は。
○説明員(磯崎叡君) これを見ますと、いま理事長は欠員でございます。あと専務理事なり理事が四人おりますが、私が名前を知っておるのはこのうち二人だけでございます。この二人は国鉄に昔いた人でございます。ちょっと名前ははっきりしませんが、いま理事長は欠員でございます。
○和田静夫君 じゃ、その二人というのはどなたですか。
○説明員(磯崎叡君) 一人は専務理事の中島勇次と申します。これはたしかずっと中学から勉強いたしまして、そうして公認会計士の試験を通ってやめた人だと思います。いわゆる学士ではございません。独学の非常に珍しい勉学者でございまして、いわゆる鉄道顕功賞と申しますが、私のほうで最高の栄誉の顕功賞——事務屋でこれをもらったのはいまだかつて、この人が初めてでございますが、そういう非常にすぐれた人物で公認会計士の資格を持っております。もう一人は杉山栄一と申します。これは最後はどこでやめましたか、これは私のほうにいた者でございます。
○和田静夫君 交通博物館と交通科学館、これはお互いに違いますか。
○説明員(磯崎叡君) 交通博物館は東京にございます。交通科学館は大阪にございまして、いずれも国鉄の土地並びに出品物は大部分が国鉄の資産でございます。それを現在、財団法人の交通文化振興財団と申しましたか、これにその経営を委託いたしております。これは両方とも、博物館のほうも、科学館のほうもこれを委託いたしております。将来これをどういうふうにするか、いまいろいろ考えておりますが、非常に小中学生の参観が多うございまして、とてもいまの須田町のあとではやっていけないというふうなこともございまして、この財団法人の交通文化振興財団、これに今後どういうふうにさせるか、いまいろいろ勉強中でございます。科学館は大阪にございまして、博物館は東京にございます。
○和田静夫君 ここに国鉄関係から天下っている役員の方——館長はお二人ともそうですね、それ以外にいますか。
○説明員(磯崎叡君) これは、たしか東京の館長は古い人だったと思いますが、これは最近やめたと思います。大阪の館長は昨日か、一昨日なくなった方でございますが、これはたしか国鉄から奈良電鉄にいって電鉄を長くやられて、そうしていかれた方だというふうに思っております。その他はほとんど上の職員におりません。ほんとうに切符を売ったり、あるいは案内したりという人でございます。
○和田静夫君 厚生事業協会、それから交通協会、交通協力会、それぞれのおもな業務内容をまず教えてください。
○説明員(磯崎叡君) 厚生事業協会は国鉄共済組合の事業でございまして、現在おもにやっておりますのは各会社等でやっておりますような一種の宿泊施設でございます。これは不忍池の付近に持っておりますが、宿泊施設をもちまして地方から上京いたしました出張職員あるいはその他の職員の宿泊並びに部内の職員を相手にいたしました結婚式場、ちょうど半蔵門会館とか葵会館、それと似たようなことをやっております。それから交通協会と申しますのは、国鉄、私鉄を全部合わせましたこれは純粋の親睦団体でございまして、これはたしか財団法人だったと思いますが、国鉄、私鉄合わせましたまあいわば親睦機関というのが交通協会。それから交通協力会は私のほうのPR機関でございまして、交通新聞を出し、その他交通関係の出版物を出しておる、こういう財団法人でございます。
○和田静夫君 それぞれの役員を実は知りたいのですが、いま時間の関係もおそらくありますから、きょうここで全部聞き出そうと思いませんが、これは一覧表でいただけませんか。
○説明員(磯崎叡君) 承知いたしました。
○和田静夫君 それはこういうことなんです。いま厚生事業協会、交通協会、交通協力会というものをお聞きしました。事業内容を国民の多くは知りません。いまお聞きするまで私も知りません。そうして、ここにはほとんど国鉄の幹部の方々が天下りでいっていらっしゃいます。そうすると、国鉄で長くお勤めになった方々の生涯保障のために、これらのものがつくられている感じさえ逆にするのです。私が調べた範囲内であげていけば、交通統計研究所、運輸経済センターあるいは国際観光振興会、日本観光協会、国際観光旅館連盟、日本観光学会、日本鉄道運転協会、鉄道貨物協会、運送保証協会、日本鉄道混載協会、外航中小船主労務協会、日本鉄道技術協会など数え上げていったらきりがないほどあるのです。そこで、いま申し上げたような形の関連団体、関連企業の一覧表と業務内容、それから政府からの委託金があれば、委託金、そして役員、これだけをいただきたいと思いますが、よろしいですか。
○政府委員(高林康一君) 資料をととのえて提出いたしたいと思います。
○説明員(磯崎叡君) たいへん失礼いたしました。先ほどのディーゼルカーの数字が参っております。両数は七十四両でございます。新製費はキハ一八〇と一八一と型式が二つございまして、一八〇のほうが四千二百四十万円、これはモーターの関係、それから一八一のほうが五千百六十万円、これを十両平均にいたしますと四千五百万円でございます。それからいままでの年間の一両当たりの修繕費、これはまだ経年が新しいものでございますが、年間定期検査で約四百万円、それから臨時入場で四十万円、これが補修費でございます。以上がキハ一八一並びに一八〇の単価並びに数量でございます。おくれましてたいへん申しわけありませんでした。
○和田静夫君 自動車局長、お急ぎのようですから自動車問題をちょっと伺いますが、全国八大都市、それからそれに付随する十大都市、それから大手電鉄、過疎地帯の電鉄などの自動車の整備工場等の調査をお願いをして、協力をしていただきました。そうしてこれをずっと一覧をしてみますと、公営企業の関係というのは、車庫数と整備工場数が大体同数なんですね。ところが、私鉄のほうはバスの車庫数と整備工場というのはたいへんな違いがあるのです。これは一体事故との関係でどういうことになるかというのは、たいへん関心のあるところです。 そこで、逐次お伺いをいたしますが、まず一つは定期の点検整備は、御存じのとおり一カ月ごとにやるわけでありますね。そうしますと、たとえば東武鉄道の場合、百四の車庫数があって整備工場は二十八しかない。四十三年度決算ですが、こういう状態の中での定期の整備点検というものは満足にできましょうか。
○政府委員(野村一彦君) ただいま先生の御指摘のように、東武鉄道の場合を見ますと、車庫数とそれから整備工場の数には相当の開きがあることは事実でございます。しかしこれは、この鉄道の路線網の範囲が非常に広いという実情がございまして、いままでの実情は、私どもが調べましたところでは、こういう開きがあるために、特別、整備業務に支障があるということはないと確信いたしております。
○和田静夫君 調査願った重大事故というのは、どういうことをさしますか。
○政府委員(野村一彦君) 重大事故の定義は省令で定めてもございますが、これは転落とか火災とか、その他人命に非常に大きな影響を及ぼすような、死者または重傷者を出すというような、あるいは火災ということで、非常に何と申しますか、人命に重大な影響を及ぼすような事故を私どもは重大事故と申しております。
○和田静夫君 そこで、その重大事故が、たとえば東武の場合七十三件、そうすると、これはいまの定期点検整備との関係において起こったと思われる事故は、このうちのどれくらいを示していますか。
○政府委員(野村一彦君) ただいまの七十三件でございますが、これはいわゆる車両そのものに基因する——定期点検整備その他車両の維持補修、そういうことに基因する事故ではございませんで、これは運転に伴う事故と申しますか、そういう事故がほとんどでございます。
○和田静夫君 最近、官庁の車や自家用車で通勤されている方は別として、われわれ一般のバスの乗客は非常に急停車をする状態にあったり、いろいろするわけです。あるいはおりようと思ったら、はるかバスの停留所を越えたところでとまっている、こういう状態にたくさん遭遇します。おそらく経験された方がいらっしゃるでしょう。したがって、幾つかのことについて調べてみました。そうしますと、これはたいへん、こんなところに人命を預けておいていいのかと思うことにぶつかった。どういうことかといいますと、二種の免許を持っていることは持っています。しかし、いわれるところのペーパードライバーではないかと思われる人たちがいるんです。そうすると、会社なり企業体に採用されたこれら運転手の諸君が——これは運転手の責任であると私は思わないんです。いってみれば、採用されてから一定の教習を受ける条件というものが欠けているんです。したがって、専門家に言わせると、大型バスを乗客を乗せて運転する条件に欠けているんだと言うんです。たとえば、ここが停留所でありますという表示があれば、ちゃんとそこに出入り口をあわせてとめるということが、大型バスを運転するためにはあたりまえのことになっているんです。ところが、そこにとめ得ないんだと言うんですね。これは経験不足、教習不足、こういう状態が起こっている。そういう事実関係等について、まあいろいろ安全管理者を選任しなさいとか、報告をしなさいとか、あるいは指導しなさいとか、教育しなさいとか、いろいろあるんですが、それらのことについて運輸省としては点検をされていますか。
○政府委員(野村一彦君) 最近におきまするバスの運転者の素質と申しますか、そういう安全上からはもとよりでございますが、旅客のサービス等の面におきましてかなり質的に問題があるんではないかという御指摘、私も遺憾ながらそういう傾向がかなりあるという事実は、これは率直に認めざるを得ないと思います。私どもとしましてはいまの労働力不足、特にこういう職業運転者というような免状を要しますものの補充について、私どもも企業を指導していろいろと良質の運転者を確保するよう指導をしておりますが、なかなか満足な結果を得ておりません。ただ、私どもとしましては、ただいま先生の御指摘のように、運転者を採用した場合には、もちろんこれは正規の運転免許を持った運転者でございますが、いま御指摘のような安全の管理あるいは旅客の接遇等について必ずしも十分な教育が行なわれていないんじゃないかということでいろいろ調査をいたしました。私どもとしていま把握しておりますのは、東京都の大手株式会社のバスにおきましては、大体多少の相違はございますが、まず採用時、本社において教育をする、そうしてそれは運転関係の法規とか、それから就業規則というようなものを教育するということをおおむねやっておりますし、それから今度は第一線の現場、営業所ごとには路線図の問題とか、あるいはただいま御指摘のような停留所への発着の問題、旅客の接遇の問題、もちろん事故防止の問題を第一番といたしまして、そういう教育を両方あわせて大体平均一カ月ぐらいはやっているようでございます。しかし、これではまだまだ不十分な点が多いと思いますので、ただいま御指摘のような点を私どもさらに検討いたしまして、こういう採用時の教育、これは全般的な基礎教育と、それから現場に即した教育をさらに強力に進めていかなければならないと、かように考えております。
○和田静夫君 先ほど言われましたように、たとえば東武鉄道なら東武鉄道の七十三件、すべて運転者の責任。車両の故障によるのではない。それから四十四年六十七件、四十二年八十九件という状態ですね。これが重大事故。全国これを合わせてみると、たいへんなもので、総計は出していないですけれども、たとえば、いただいたもので大きなものを言えば、大都市は大きいですね。大阪で五十一件、二十八件、二十五件、あるいは神戸で二十四件、三十一件、三十四件などというのが出ています。 そふで自治省にお尋ねをします。再建計画との関係で、これら地方公営企業におけるところの教習所がほとんどなくなっています。財政的な締めつけが行なわれ、合理化を指導することが先行するあまりに、本来運転者等になさなければならないところの教習施設と教習期間というものが非常に縮小をされてきた関係から、バスの事故率というものが非常に上がり、人命がそこなわれる、こういう結果になってきております。こういう事実関係とのいわゆる照応において、全体としてのいわゆる企業関係の再建計画をどのようにお考えになりますか。
○政府委員(佐々木喜久治君) 財政再建計画との関連におきまして、交通事業が最も関心を持たなければならない安全管理という点が欠けてくるという点は私どもも非常に心配をしておるところでございます。 〔委員長退席、理事渡辺一太郎君着席〕 現在確かに人員関係の合理化ということが行なわれておりますけれども、こうした運転講習の関係につきましては、大体各地とも再建計画の策定にかかわらず、私ども聞いているところではこうした教習関係の職員の削減を行なっているというようなことはないように感じております。たとえば東京都におきましては、四十年の場合に十八人の教習所の定員が四十五年の場合には十九名ということになり、それから横浜の場合におきましても昭和四十年が三名、これは委託をやっておる関係かと思います。これも定数には現在変わりございません。あるいはまた名古屋におきましては、四十一年度二十八人の教習所職員が四十五年度三十五人というような形になっております。大体教習所関係につきましては、私ども、相当関心を持って実施をしておるというふうに考えております。
○和田静夫君 いまのように言われますが、それじゃ教習施設というものがどういうふうに変遷していますか。大体いま八大都市の教習施設のあるところと、教習期間を教えてください。
○政府委員(佐々木喜久治君) 教習施設の内容につきまして、いま私ども手元にありますのは、いま申し上げましたようなものでございます。八都市等につきましては、さらに調査いたしまして後刻お届けいたしたいと思います。
○和田静夫君 これは運輸省のほう、どうですか、いまの質問。
○政府委員(野村一彦君) 私どもがただいま手元に持っておりますのは、民営のバス事業者八社、東京都内の八社については一つずつ教育施設を持っておるということでございますが、ただいまその詳細な内容についてはここに持っておりません。
○和田静夫君 それじゃ要望しておきますが、これは一ぺん調べていただきたいと思います。後ほど自治省と同じような形でいただきたいと思います。各私鉄——この前出していただきました私鉄関係のバスの教習施設と、そうして教習期間、その教習期間は、先ほど言われたような法規だとか地理だとかいうことではなくて、いってみれば運転の実務の期間です。これはまあ法律によれば少なくとも五日間の指導ということになっておりますが、現実の問題としては、それぐらいではとても安心をして人命を預け得る状態にはならないです。でありますから少なくとも——というのは延びれば延びるほどいいはずですから、その辺のところを一ぺんお調べ願って報告をいただきたいと思います。 最後に、名古屋湾及び四日市港にコンテナバースをつくるための昭和四十五年、四十六年度における財政措置を……。 〔理事渡辺一太郎君退席、委員長着席〕
○政府委員(栗栖義明君) 昭和四十五年度につきましては、いわゆる伊勢湾と申しますか、名古屋、四日市におきまして、俗に特許会社方式という名前を使っておりますが、国が一割の無利子融資をするという費用を計上してございます。四十五年につきましては、両港におきまして、二十四億の事業費に対しまして、二億四千万円無利子融資をするということで計上いたしております。それから四十六年度はまだ決定しておりませんが、現在検討しておる段階でございますと、両港につきまして、約三十二億程度の事業費を考えまして、三億二千三百万円程度のものを無利子融資の資金ということで用意しております。
○和田静夫君 運輸省は、まあそれを行なうために、昨年わざわざ法改正をされたわけですが、どのような見通しのもとで、それを行なったのかということを、これは聞きたいのですよ。たとえばPSW、PNW、あるいは欧州、ニューヨーク航路のどれをとっても、四日市港との密接度というのは皆無にひとしいと言われていますがね。
○政府委員(栗栖義明君) 伊勢湾につきましては、一昨年でございますが、海運造船合理化審議会の答申が出まして、大体昭和五十年ごろには六バース程度のコンテナ専用が要るだろうという答申が出ておりますが、五十年程度の今後のコンテナ貨物の伸びというものは、いろいろな流動的なファクターがございまして、必ずしもいまの時点で的確に把握することはむずかしいかもしれませんけれども、一応、われわれの考えましたのは、現在、昭和四十四年の実績でございますけれども、名古屋港で定期船で取り扱っておる貨物が約五百四十万トンでございます。それから、四日市港につきましては、約百万トンの貨物が定期船で、雑貨を中心にして動いてございます。それに対応するような——対応すると申しますか、この雑貨がコンテナ化されていくという状況にございますが、東京湾あるいは大阪湾に比べまして、伊勢湾はコンテナ化される割合がかなりおくれておりますけれども、非常にコンテナの貨物そのものは伸びていっております。四十四年で見ますと、名古屋港で十五万八千トンの貨物、それから四日市港で二万八千トンという貨物がコンテナに載っております。——載っておりますというのはコンテナで運ばれております。 なお、先生からいま御指摘のございましたように、名古屋港にはおもな航路の船が入っておるわけでございますが、四日市は歴史的な経緯もございまして、豪州との貿易が非常に昔から密接でございまして、おもに豪州とかニュージーランド、そういった方面との貿易が非常に盛んであるという特徴を持っております。したがいまして、先ほど申し上げましたように、約百万トンの定期船の貨物がございますが、大体、豪州航路が中心になるということは実績で出ておるとおりでございまして、今後、コンテナの専用埠頭をつくる場合に、四日市はおもに豪州航路を考えておけば当分間に合うのじゃないかというふうに考えております。
○和田静夫君 これは、まさに私はアマチュアですからあれですが、どうも船主側が消極的だということです。ところが運輸省がメンツにこだわって何かやっているというようなことが伝えられます。私は、もし、そういうことであるならば、失敗するだろう。失敗するようなことはやめたほうがいい。さっきの磯崎総裁ではないが、疑問に思っておった、しかし、ずるずるいっちゃったというんでは困る。疑問なら疑問の段階で、名古屋港なら名古屋港だけで間に合うものなら、名古屋港だけにしてしまうということを英断をもってやるということが国費のむだ使いにならないのではないかと、そういうふうに思うから質問したわけです。見通しをもって、いま豪州でいけるんではないかと言われたんですが、確信がありますか。
○政府委員(栗栖義明君) 先生の御趣旨のとおり、むだは当然起こってはいけないということは大前提でございますけれども、先ほど申し上げましたように、名古屋港あるいは四日市港それぞれ定期船が入って、荷役活動をやっておるわけでございますが、いまの段階で昭和五十年の見通しを一応検討してみますと、やはりかなり貨物は伸びるだろうというふうに考えられます。名古屋、四日市、あの地区はいずれも将来の発展が予想されますし、五十年で現在の定期船に載っておる貨物は約倍程度にはふえるんじゃないかというふうに予測しております。そのうち、どれくらいがコンテナに載るかという問題があるわけでございますけれども、京浜あるいは阪神の例を見ましても、予想外にコンテナ化する割合が強いというのが現実でございますので、両港ともコンテナ・バースをつくっても、十分やっていけるというのは語弊がございますが、必要があるというふうに考えておりますし、ただ答申があったから機械的にやるということじゃなくて、先生の御指摘のございましたように、現実にこれだけは間違いないというものをつくる。で、最初に申し上げましたように、コンテナ化というのは非常に流動的な要素がたくさんございますので、情勢にあわせながら考えていくと、現在確かに少なくとも一バースは四日市には必要でございますけれども、一バースだけで済むものなのか、さらにたくさん要るものかというふうな問題もございます。それから、バースの規格とか大きさとかいうものも、豪州航路にあわせた小さいバースを考えておりますが、今後情勢の変化に対応できるように弾力的に考えていきたいというふうに考えております。
○和田静夫君 それでは、償却資産の問題……。
○説明員(小林正知君) たいへん調べるのがおそくなりまして失礼いたしました。 先ほど、先生から御質問のございました御趣旨、そのものずばりにちょっとお答えしかねるわけでございますが、問題は、会計制度調査会の答申の二一ページのところを引用されまして、総合償却のほうといたしまして、国鉄が現在償却を行なっておりますが、その前提となっている早期除却資産と耐用年数経過後の資産とが、償却全体として平均化されているかどうかという点に焦点を当てた御質問と、かように理解いたしますので、耐用年数経過後の資産、それの実額そのものにつきましては、これはちょっと現在手元に資料がまだ参っておりませんので申しあげるわけにはまいりませんが、御質問をそんたく申し上げまして、ただいま申し上げましたような趣旨から答弁させていただきたいと思います。 実は、私どもといたしましても、この答申の中にございますように、四十四年度末におきまして実態調査を実施いたしてみますと、その結果、個別償却を行なっている資産は国鉄におきましては四十四年度末におきましては車両、船舶、無形資産、この三つは個別償却でございますので、償却済みになればこれは償却を計上することはないということで問題はないと思います。要は、総合償却をしている償却資産が幾らあるかと言いますと、全体で四十四年度末で約三兆円でございます。それが現在までに耐用年数というものを経過いたしましてなお償却が続いている。これは総合償却でありますから、年数に関係なく財産を使用収益しております間は償却に計上いたしますので、それが九百十九億でございます。償却費が九百十九億、すなわち耐用年数経過後の償却資産に対しますところの減価償却費は九百十九億上がっておる。それに対しまして一方の償却の前提になります耐用年数経過前に早期除却をいたしました資産の除却不足額というものを対応して考えるべきものでございますが、それが千百二億ということで除却不足になっております。と申しますことは、先生すでに申し上げるまでもなしに御承知のことと存じますが、総合償却をとります関係上、除却をいたします場合には、すべてこれを償却済みのものといたしまして、一般の償却資産の場合には残存価格を一割ということで、一割の除却費、損費計上をしているわけでございます。したがいまして、それが四割しか償却していない間にそれが除却されるという場合でも、除却損として経費に立ちますのは一割でございますので、ただいまのような結果が生ずると、かような次第だと思います。したがいまして四十四年度末現在におきましては、耐用年数超過をいたしました資産についての償却分が九百十九億、早期除却による償却不足額、要するに除却費の不足額、それが千百二億ということで、差し引き百八十億程度なお償却不足になっている、かような実態でございます。除却費につきましては、御承知のように現在国鉄で第三次長期計画以来かなり大型のプロジェクトで近代化あるいは輸送力の増強を行なっておりますので、早期除却の資産もかなり多く発生している事実がございます。 以上のような次第でございます。
○委員長(森元治郎君) ちょっと速記をとめてください。 〔速記中止〕
○委員長(森元治郎君) どうぞ速記をつけてください。
○沢田実君 千葉県の君津郡富津町において工業開発のため漁場を失った漁民が、生きるために新しいノリの漁場を開拓しようとしております。しかしその新しいノリ漁場の沖合いに原油中継基地が建設されようとしております。このようにして漁民がその生活権を奪われてもやむを得ないのか、こういうような問題が起きておりますので、その方針をはっきりさせて、再び成田のような問題が起こらないように、この際質問をいたしたいと思います。 まず最初に、水産庁にお尋ねをしたいわけですが、千葉県の東京湾岸はどんどん埋め立てられまして、きれいな海が次々に汚染され、漁業は全くその影を失いつつあるような現況でございます。富津町の海岸埋め立てのため漁業の全面補償が行なわれておりますが、まずその漁業補償の状況について御説明をいただきたいと思います。
○説明員(田中慶二君) お答えを申し上げます。いまお話がございましたように富津地区は、京葉臨海工業地帯を造成するために昭和三十二年から始められております埋め立て地区のいわば最後の地区になっておりますが、この地区には富津それから新井、青堀南部及び青堀の四つの漁業協同組合がございまして、それぞれ組合地先に共同漁業権と区画漁業権とを持ちまして漁業を営んでまいっておるわけであります。特に優良なノリを生産するというふうなところでございましたが、これに対する漁業補償が行なわれたわけでございます。 これらの四つの漁業協同組合の組合員数は千三百八十九名でございまして、補償金額は約百五十八億四千万円というふうに聞いております。その内訳は、区画漁業権を放棄いたします分といたしまして約百十九億七千万円、共同漁業権を放棄いたします分といたしまして約十九億六千万円、その他漁業関係で、沖の漁業あるいは自由漁業等の分といたしまして約十八億六千万円、その他漁業協同組合の職員の退職金及び補償交渉等の経費といたしまして約三千万円というふうに聞き及んでいる次第でございます。 なお、参考までに申し上げますと、本地区の埋め立て漁場の代替の漁場といたしまして富津町の下洲海岸沖合いに、さきに申し上げました四つの漁業協同組合の組合員の中から二百三十六名がノリの養殖をするということで一人当たり五百万円を拠出いたしまして、それで約十一億八千万円、それに県が四億出すということでございまして、合計いたしまして十五億八千万円で新しいノリの漁場の造成と合わして、漁港施設及び共同利用施設等の建設を計画している。そして昭和四十五年度から着工しておりまして、この地先海面のノリの区画漁業権の免許を本年の九月に行なう予定である。そういうふうに私どもといたしましては聞き及んでおる次第でございます。
○沢田実君 そのノリの漁場の埋め立ての話が出て、そして現在のような状況に至るまでには相当の年月と経過があるわけですが、その辺のところはおわかりになりますか。
○説明員(田中慶二君) この地区の埋め立ての問題にからみまして、漁業補償の交渉がかなり長くあったわけでございます。最初にそういう補償の申し出がありましたのは昭和四十一年の八月でございまして、やはりここの地先がかなり沿岸漁業といたしましては優良な漁場でもあり、ことにノリ漁場として非常に優秀でございます。また漁民も漁業に非常に熱意を持っておりまして、ノリの養殖等におきましても新しい技術を導入して一生懸命やっておったというふうなこともありまして、かなりこの交渉には年月がかかりまして、結局、そういう埋め立てのお話を受け入れようということになりましたのが、三年を経ました昭和四十四年の六月でございまして、この補償問題が妥結をいたしましたのは、昭和四十五年の二月だそうでございます。この間、やはり交渉回数はおおよそ三十回から四十回の交渉が持たれたというふうに聞いております。
○沢田実君 いまお話のように、青堀あるいは青堀南部、新井、それからいま問題になっております富津、その辺は非常にノリの漁場としては唯一のところでございますので、千葉県の県民の生活を豊かにするためだと言われても、漁民は相当の反対をしてきたわけです。ところがそのためにはやむを得ないということで、いま報告のように、相当の反対はありましたけれども、全面補償の妥結がされた。しかし一部の人は、工場ができて工場に通うといっても、自分たちはノリ以外にない、いままでの経験からいって。そういうわけで、もう一度その少数の二百三十六名の人だけで組合を設立しようというようなことで、昭和四十四年以来組合設立の準備を急ぎまして、そして昭和四十六年の一月にようやく組合ができたというふうな経過のようでございます。そういうふうに、ノリ漁場あるいは魚の漁場が、工業発展のために漁業補償という名でどんどんどんどんなくなっている現状でございますので、そういう状況から、そのときに話が起こりましたのが東京湾の整備計画、現在の東京湾内に、あるいは二十万トン、三十万トン、あるいは五十万トンのタンカーを入れることについては、いろいろな危険を伴うということで、東京湾外にその石油の原油の中継基地をつくろうというようなことの話が起こったらしくて、運輸省のほうからお話があったようでございますが、その港湾整備第四次五ヵ年計画、その概要を運輸省の港湾局長から御説明を願いたいと思います。
○政府委員(栗栖義明君) 港湾整備五ヵ年計画は、昭和四十六年から昭和五十年までの五ヵ年間の港湾投資額二兆一千億というふうにきめたわけでございます。そのうち、一兆五千五百億円がいわゆる国費の負担、あるいは補助の対象あるいは出資の対象になる事業。言いかえれば、広い意味の公共事業費と言えようかと思います。で、残りはそういう港湾施設に関連いたします上屋とか荷役機械、そういった、これはおもに起債になりますが、港湾管理者が整備する、港湾の機能施設は。そういう考えでございますし、なお一千億程度はいわゆる予備費というような方向で考えております。で、現行の五ヵ年計画を変えまして、四十六年度から始めます新しい五ヵ年計画の港湾の取り扱い貨物数量は、目標でございまするが、現在のところ約三十三億トンというふうに想定してございます。昭和五十年です。
○沢田実君 その計画の中で、いま申し上げました新しいノリ漁場をつくりつつあります富津の沖合いに原油の中継基地をつくるということは、計画に入っておりますか。
○政府委員(栗栖義明君) 現在の五ヵ年計画の、先ほど申し上げました総投資額につきまして、大体一応関係の官省でまとまったわけでございますけれども、今後先ほど申し上げました、特に中心になります一兆五千五百億円の内容につきましては、これから積み上げてつくっていくという段階にございます。ただ、いま先生の御指摘は富津沖というふうなお話でございましたけれども、東京湾内で大型タンカーが事故を起こせば非常に危険であるということで、四十六年から調査をいたしたい。これはいろんな意味の調査はございますけれども、まず技術的な調査、あるいはそういうノリ漁業その他に関係いたします影響があるかないか、あるいはその対策をどうしたらいいか、そういう意味も含めました調査を進めたい。調査ができれば五ヵ年計画に組み込んで進めていきたいというふうに考えております。
○沢田実君 まだそうしますと、そこにつくるものやら、つくらぬものやら、かいもく見当がつかぬと、こういうことですか。ところが運輸省から千葉県知事に対して、そこにつくりたい、了解をしてほしいというような話があったと聞きますが、それはいかがでしょう。
○政府委員(栗栖義明君) 調査をすると、まあ基本的な構想といたしましては、できればつくりたいということは事実でございます。できるものやらできないものやらというよりも、もう少し私のほうとしては地元の関係各位とお話がついて、いろんな影響がないということで、具体的に実施できるという見通しがつけば行ないたいということで、私どもの出先と千葉県といろいろと御相談申し上げているというふうには聞いております。ただ必ずつくるのだ、何が何でもつくるのだということではなくて、やはり港湾というのはその地域の方々の御了解がなければ円滑な運営ができないものでありますので、十分県その他と相談しながら進めてまいりたいというふうに考えている次第であります。
○沢田実君 そうしますと、県でも反対だ、地元の漁民も反対だということになりますと、よさそうだという調査ができても、どうしてもつくりませんか。
○政府委員(栗栖義明君) まあ東京湾の外と申しましても、富津の沖も非常に有力な候補地でもございますけれども、数ヵ所あるわけでございまして、いろんな地点をこれから調べていきたい。その中の一つの有力な地点でございまして、どうしても地元のほうで反対されれば、これはつくれないというふうに思っております。
○沢田実君 そうしますと、千葉県の知事には四ヵ所を指定してお話になった。われわれの聞いているのは富津のところしかおっしゃっていないように聞いていますが、その辺はどうですか。
○政府委員(栗栖義明君) 富津の沖と申しますのは、東京湾の別に湾口の改良計画、特に第三海堡を中心とする非常に障害物のあるところがございますので、そういう調査を進めておった段階で、あの辺の潮流その他、比較的われわれがいわゆる土地勘と申しますか、よくわかっている地点がまずあそこにございまして、問い合わせたということでございまして、その他の地域はもちろん富津沖も含めまして、今後波なり流れなり、あるいは水深、それから海底の土質状況、そういうものも調べていかなければならぬというふうに考えております。
○沢田実君 そういう調査も当然必要でしょうけれども、富津のところが非常によろしいということであれば、いま水産庁からお話をしていただきましたように、どうしてもノリの漁場がなくなるので、あの岬の反対側、いまの海水浴場になっているところに新しいノリの漁場をつくろうということで、十億以上の金を出して、しかもその大半は補償金でもらった金を自分たちが出し合って、新しい漁業組合をつくって、そしてノリの生産を始めようとしているわけです。ところが港はいま建設が進んでおりますが、そのノリの漁場が新しくできた、そこへシーバースができたということになれば、ノリの漁場がだめになってしまうんです。ですから、どうしてもそこにつくるんなら、そこにノリの新しい漁場をつくらないようにしなきゃまずいわけです。そのためには地元の漁民とほんとうによく話し合って了解をとらなきゃできないわけですよ。だから私は、その反対側の、現在の富津のノリの漁場が全部だめになってしまって、その補償金で私たちはこのノリの漁場しかないんだと言っていま一生懸命で新しいノリの漁場を建設している漁民の考え方を無視しちゃいかぬじゃないか、ということが趣旨なんです。それで、千葉県の知事は県議会の議員の質問に対して、反対をしていくから、建設させないというような答弁をしているらしいんですが、その辺のところはどうですか。
○政府委員(栗栖義明君) それは、現地段階では先生御指摘のように、漁民を含めた地元の関係者あるいは県というところと十分了解していただかなければ実施できませんし、それから、特にいま新設されておりますノリ漁場その他以外にもいろんな漁業はあろうと思います。これは中央段階では水産庁の御意見を聞いて御相談しようと思っておりますけれども、ただ、いま先生御指摘のように、新しく開拓をされておるノリ漁場というのは、まあ海岸線に比較的近いところで、水深の浅いところでございますが、もしシーバースをつくるとしますと二十メートルあるいは二十五メートル以上の深い場所になるわけでございまして、その水深の差というのは、場所がシーバースとかなり離れてくるということになりますので、単純にシーバースをつくるということだけではなくって、ノリ漁場に影響を与えない方法はあるんじゃなかろうかという感じもいたしまして、まあないかあるかということもあわせて検討して、地元の方々の、もし可能であれば了解をいただきたいというふうに思っております。
○沢田実君 現在の技術でそんな簡単に、その沖にシーバースをつくって、しかもノリの漁場がだいじょうぶだというようなことをおっしゃるだけの根拠があるんですか。
○政府委員(山村新治郎君) 先生の御心配はよくわかるわけですが、県議会での千葉県の知事の答弁、またこの地元の漁業者を含む関係者全体、もしこれがまあ絶対反対ということでございますればこれは——地元も、そして県も絶対反対だというなら、つくろうと思ってもつくれるわけがございません。しかしまあ、せっかくいまのいわゆる東京湾口のシーバース計画、これが今後のいわゆる東京湾の整備というものにどうしても必要である、そこで、それには一番いまの富津の南側のシーバースの候補地がいいところだということで、この昭和四十六年度から一応調査はいたします。しかしこれだけははっきりしておりますのは、それにしましても千葉県、そしてまた地元が絶対反対でつくらせないということになれば、これはつくろうと思ってもつくれませんもので、まあ運輸省としてはそういうようなすばらしいところであるので、調査をして、そしてまた先ほど来局長が話しておりますように、いわゆる油の流出を防止する方法があるか、またノリの漁場というものに被害を与えない方法があるかということを検討しておるというのが現状でございます。
○沢田実君 それは県も地元も絶対反対だとなればできないということは、そのとおりでしょうけれども、運輸省がどうしてもとなりますと、県は説得されるんですよ。その次は漁業組合じゃありませんか。そうすると漁業組合は、国と県でやろうとすることに対して抵抗する力はありません。もしそういうふうにしてどうしても将来つくらざるを得ない場所というんなら、いまノリ漁場を建設している段階で漁民の皆さまと話をしなくちゃならない段階じゃないかと私は言っているんですよ。それで、成田空港の例を考えてみますと、県の長期計画の一端として養蚕団地というのをつくっていたわけでしょう。そしてその造成を進めていて、相当の投資をしたあとで空港計画が発表された。そういうところにぼくは国の計画性のなさ、長期計画がないところに現在の成田の問題が起きていると思うのです。あんなに反対しようたってつくっちまうじゃないですか。だから漁民が何ぼ反対したってどうしようもなくなると私は思うんですよ。それならもう少しいまから何とか——知事まで話を進めるというようなことならば、漁民となぜ話をしないか。行ってみると一生懸命港をつくっているんですよ。それがだめになってしまうんです、油がきて、あるいは埋め立てられて。油でノリの漁場がだめになってしまうのです。ノリの漁場のための港をつくっているんですから、十五億だめになっちゃうわけですよ。そして二百三十六名の漁民の人たちの生活権が問題になるわけです。そういうわけですので、私がくどくど言わなくても政務次官は千葉県の方でいらっしゃるし、これはひとつ大いに漁民の皆さまの生活を守っていただくように、そしてまた、国があとから漁民の皆さんの納得のできないような無理押しをしないように、私はいまから計画を立てて、十分漁民の皆さまと相談し、納得のできるところで、国益のためにどうしてもつくらなければならないということなら納得を得て、していただく以外にないと思いますけれども、その辺、やり方に問題がありますので、お願いしたいと思います。
○政府委員(山村新治郎君) 先生おっしゃるのはよくわかるわけです。特に成田の問題を例に出されましたが、成田の問題につきましていろいろ御心配をおかけしておりますが、成田のいわゆる養蚕団地というものがあの空港が来たことによって急に変わった、計画性がなかったということを言われましたが、しかしあの空港の状態につきましては、養蚕団地のほうは別にいたしまして富里、八街地区という別の段階があったわけでございますが、はっきり申しますと、そこの説得が困難、反対が多過ぎると、そこで国有地、県有地のある三里塚のほうに移ったわけですが、その段階におきましては一応これは空港をつくる場合に、養蚕団地等をつぶさなくても済むのじゃないか、しかし御存じのとおりの羽田の混雑状況、危険この上なしということで、これは政府のほうでもほんとうに地元に相談せずにきめたということは申しわけないと思いますが、三里塚地区に急速決定したということで、今度の港湾の計画とはちょっと違うものじゃないかと思うのでございますが、しかしそれにしましても港湾の計画につきましては、先生のおっしゃいましたとおりに、地元特に漁業者とは十分話をしてやってまいるつもりでございます。
○沢田実君 成田のことはそれでけっこうです、御説明いただかなくても。こっちのほうはしっかり頼みます。 それからその次に、いまお話が出ましたので、ついでにお尋ねしておきたいのですが、第三海堡の撤去の問題とか、あそこの海をもっと掘るとか、いろいろ計画があるようですが、それはいつごろ、どのように行なわれる計画であるか、お尋ねをしたいと思います。
○政府委員(栗栖義明君) 現在あるいは御承知かと思いますが、東京湾の入り口というのはS字型になってございまして、一日の交通量が八百隻をこすという状態でございまして、船舶の航行からいって非常に難所というふうにいわれておりますし、今後ますます船がふえればふえるほど危険性が増すということで、何とか東京湾の入り口を船舶航行上安全にする方法を考えて検討してまいったわけでございます。特に昔からと申しますか、かなり前から問題になっておりましたのは、第三海堡という、大正年代にできた昔の要塞のあとでありますが、これが非常に危険である。しかもその周辺の海難事故が多いということで、第三海堡の撤去という問題が起こっておりまして、第三海堡を撤去すれば、いまのS字型に回る航路も倍に使えるという点もございますし、誤認もなくなる。なお、それでも、だんだんいままでの四、五千トンの船が一万トンになり十万トンになり、現在は二十万トンも入っているという状況でございますけれども、いまの第一海堡と第二海堡の間の州がございますので、これは満潮になれば隠れるような州でございますが、それをまっすぐ掘って通せば航路の形もよくなる、その両方をあわせて湾口の改良をいたしたいということで考えております。
○沢田実君 いつごろやる予定ですか。
○政府委員(栗栖義明君) これは四十六年度に事業の着工準備、あるいは関係漁業者との話し合いに入りたいというふうに考えております。
○沢田実君 東京湾の交通の飽和状態のこともよくわかっておりますが、あそこの海を掘ろうとすれば、またあの辺のノリ漁場もだめになるんでしょうし、魚のことも問題があります。第三海堡を撤去すれば、あそこは非常に魚の生息地になっているわけですよ、これもまた漁業に問題があります。ですから運輸省にしても、いろいろな計画はよくわかりますけれども、常にひとつ漁民の立場を忘れないようにやっていただきたいと思います。政務次官、おっしゃることありますか。これで質問終わります。
○政府委員(山村新治郎君) 先生のおっしゃった、特にいまの自然がなくなっておる段階で、自然がなくなれば魚もなくなるわけでございますので、漁民の立場、そして漁民との話し合い、これを十分考慮して今後の港湾計画というものをやっていきたいと思っております。
○委員長(森元治郎君) 他に御発言もないようですから、運輸省及び日本国有鉄道の決算につきましてはこの程度といたします。 これにて各省別の審査は終了いたしました。 本日はこれにて散会いたします。 午後零時三十二分散会 —————・—————