P政策ポータルPOLICY PORTALウォッチ
65回国会衆議院1971/03/10

文教委員会 第8号

発言数
73
登壇者
10
会派数
3
開催日
1971/03/10

会議録

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 これより会議を開きます。  文教行政の基本施策に関する件について調査を行ないます。  この際、坂田文部大臣から発言を求められておりますので、これを許します。坂田文部大臣。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 まことに申しわけない御報告をいたさなければならぬわけでございますが、大阪大学の不正入学事件が起こりまして、実は新聞に出る少し前に、大学側には、こういうような問題がある、したがって協力をしてほしいという警察側からの協力依頼があったそうでございます。そのことは文部省でも承知をしておったわけでございますが、その後新聞にあのような記事が出まして、さっそく私どもといたしましては大阪大学に対しまして、その事実の有無等について問い合わせをいたしたわけでございます。ところが、その事件そのものについては警察側から御報告があったそうでございますが、その不正事件にかかわっております学生の氏名等については、今日までまだ報告がなされておらないという状況でございます。しかし、大阪大学の学長といたしましては、もし不正入学の事実というものが明らかになったときには、入学取り消しという処分を含めた厳重な処置をするつもりであるということを申しておるわけでございます。  私どもといたしましては、まことに遺憾なことでございまして、いま少し捜査当局の調べの進展を見た上で、慎重に最終的な判断をいたしたいと思っておりますが、大阪大学当局のこれに関する入学取り消しを含む厳重な処分というようなことは、文部省といたしましても当然なことではないかというふうに考えておる次第でございます。  その後、この不正入学事件にからみまして、箕面の教育委員長が関係があるということも新聞で報ぜられたわけでございます。私のほうで現地の教育委員会に問い合わせましたところ、当該委員長は辞表を出し、また当該市長はこの辞表を受理したということでございます。  この教育委員長という職務を通じていろいろの事件が起きたというわけではございませんけれども、しかし、いやしくも教育行政の任に当たり、その地方における教育委員長という教育行政の最高の地位にある人がかような事件に関係をしたということは、返す返すも残念なことだと考えておるわけでございます。今後このようなことが全国の教育に携わる人たちに起こらないように、いろいろの指導をこれからやっていかなければならないというふうに考えておる次第でございます。  いましばらく事件の進捗を見守り、そしてこれに対する適正な判断をもってこれにこたえ、教育という大事な職にある人たちに対する国民の不信とかあるいは父兄の不信であるとかいうようなことのないように、特段の配慮をしてまいらなければならないというふうに考えておる次第でございます。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 質疑の申し出がありますので、これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ただいま文部大臣から、大阪大学の不正入学問題について御報告をお聞きしたのですが、この問題については、教育のあり方の問題まで掘り下げて検討すべき重大問題だと思うのであります。こういう問題は氷山の一角であって、非常識が常識化しておると言ってもいいほど、裏口入学その他が、国立に限らないとすれば日本の常識になってしまっておる。根本的に検討すべきものがあると思うので、深刻に論議すべきだと思うのであります。きょうはこの問題が中心でありませんので、国会開会中に、文部省の今後の対策について御報告を待つことにいたしておきます。  私、この医大問題のときに、医療行政、教育行政が商品化している感じがしておる。医学教育自体も商品化しておる、あらゆるものが商品価値となってしまって、教育というものが荒廃をしておる、そういう感じがいたします。しかもこういう問題にタッチをしておるものは、親、それから日本の知識階級としては最高というランクを付される医師、それから最も厳重に処理しなければならぬ刑務所の行政官、これが全部この問題の中に出てきておる。青少年の不良化ということならば、これはいつの時代、どんな社会でもあるのですけれども、この指導的立場にあるものが一つの事件の中に全部出てきておるということは、日本の国民教育全体の問題として考えていかなければならないと深刻に私は考えます。ところが参議院その他の論議を聞いておりますと、法律問題として処理して終わりになるんじゃないか、そういう感じがするわけであります。これはあくまでも教育の問題として、文部大臣においては一応不正入学した者を処理する、それでいいのだという問題でなくて、今後の教育政策を考える重要な参考資料にしていただきたい、そういうように思うのであります。  ことに、医大がむずかしいから、競争ということから生まれてきた犯罪というよりも、やはり価値観の問題として、金力万能主義とかあるいは現代の資本主義社会における利潤追求の合理主義とかいうふうなものが、事業界以外に教育界まで支配しておると見ていくとすれば、やはり金よりもとうといものを、国民の価値観として何か新しいものをつくらなければ解決しない問題ではないか、そういうように私は思うのでありまして、このことも含んで、この国会中に大臣が再びここで御報告されることを期待いたします。  そこで、きょうは概括的に提案だけ申し上げて御検討願いたいと思うのでありますが、一つは、どうも日本の医学とそれから一般国民の知識の格差があまりあり過ぎるんだ、そこで医学のエリートであるというものがどうしてもなくならない、一般の国民は医学的に無知である、お医者さんだけは最高の教育を受けたもの、大学において六年、七年という教育を受けたもの、そういう間に、一般国民の医学常識と専門性を帯びた医師の知識が隔絶しておるために、医師はエリートになり、また民衆に対してもよほど傲慢な態度をとっても通用するほどになっておるのじゃないか、そういう感じが私はいたします。処方せんにおいても、日本の医師が日本語で処方せんを書かないで、ドイツ語で書いて患者にはわからない、スペリングが間違っておってもこれはわからない。そういう独自の日本の医学界のあり方というものは、どうも何か教育政策として間違いがあるんじゃないか。そこで、小中高全体の教育課程の中に、先般も、物理化学主義でなくて生物学主義をとったらどうだと言っているのですが、初歩医学の知識を教育課程の必須科目か何かに入れて、お医者さんというものはそんなに神さまのようなものでないという、少なくとも正しく判断のできる、批判のできるそういう常識を国民教育の中で取り入れるということも一つの方法ではないか、そういうふうに思うのですが、いかがでしょう。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 今度の事件が、いまおっしゃるように、日本の社会におけるエリートといわれる人たちも含めて起こっておるというこの現象は、深刻に考えてみる必要があるのではないかというお説に対しては、私も同感でございます。よく青少年の非行等を言いますけれども、その青少年の非行というものを言う前に、おとなたちは一体どうなんだということを考えてみる必要がある。私は大学紛争と取り組んでみて、大学のゲバ学生というものは、これはけしからぬことであります。最高学府の学生として、良識とそして理性の府であるべき大学が、暴力によっていろいろ教育の自由あるいは研究の自由、学問の自由というものが荒らされておったというわけでございますけれども、しかし、この現象を考えたときに、何かしらこの二十五年間の日本の民主主義がまだまだ未熟である、つまりおとなたち自身も一半の責任があるのだということを、私は、みずからも含めまして、痛感をいたしたわけでございます。したがいまして、今度のこの阪大における入学不正事件というものを、いろいろな角度から見て考えてみなければならぬということは同感であります。  私は、医学のように非常な専門性というもの、そして普通一般の大学の教育より、より以上に特殊のあるいは技術的な教育を要求される学問領域というものに学ばれる人は、特に一般教養といいますか、あるいは専門性もさることながら、人間性豊かな教育というものが行なわれなければならない。昔から医は仁術なりと申しておるわけでございまして、仁ということばが示すようなことを体得した人がそういうすぐれた専門技術を身につけて、そして人の生命を預かる医者としての職業が成り立つ、こういうことであって、普通一般の人より、より以上に倫理性というものが要求されると思うわけでございます。これを単に医学を学ぶ人だけだといたしますと、そうではなくて、やはり大学教育それ自身にも、そういう人間性豊かな教育というものが、大学に至る小中高あるいは幼稚園の教育に欠けておるところがあるのではなかろうかということまでも含めて、私は今後考えていかなければならぬと思うわけでございます。この点につきまして、私自身も十分にひとつ検討いたしたいと思いますし、いま山中先生のほうでもいろいろのお考えをお述べいただきまして、知恵をかしていただきたいというふうに思っておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 御期待をいたしております。  次に、私学の医科大学の場合は、言わず語らず入学には裏で五百万、最近新しくできる大学は一千万、二千万の寄付が行なわれるということが、常識的に新聞その他で推察記事があるのですが、おそらく事実にそう違いはないような現状ではないかと思うのです。これが医学教育の商品化といいますか、医者は金もうけに一番都合のいい職業であるということを含んで、このままで捨てておくと、国立大学のときだけが問題になって、私学のときには野放しになるというおそれがあります。どうもこういう考え方は消極的だと思いますが、少なくとも金で入学するというものをなくするために、不正入学防止に関する特別措置法でもつくって、受け取った者も出した者も、伝家の宝刀でいいから、やはり金で入学することは犯罪であるという一つの立法措置も必要ではないかという感じもするのですが、いかがでしょう。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 こういうような問題に対しまして、立法をするかどうかという問題はまた別な問題かと思います。しかしながら、こういうすべての問題の解決が金でもって解決できるんだという、こういう誤った考え方というものがやはりなくなるような世の中をわれわれは目ざし、またその改革のためには努力をしなければならない。その意味合いにおいて、やはり教育というものの役割りは非常に大きいものだと思うのです。  どうしてそういうふうになるんだというお話がありますが、やはり日本が非常に貧乏であった、それでことに戦争に敗れた、そして戦争で非常な物を失った、生産力もがた落ちになった、餓死する者も出るかもしれないというような状況だった。そこからとにかく物をつくり出さなければならない。食う物を、着る物を、あるいは住まうところをということで、私どもが努力をした。まず生産というものを上げないことには分配はだめなんだ、こういう考え方で進んできた。その一応の成果は私は得たと思うのですが、しかし、やはり人間はパンのみによって生きるものではないわけでございまして、山中さん御指摘のように、別な価値観を持った人たちもおるわけです。いまはあるいはそういう金がすべてを解決するという世の中のように見えておりますけれども、しかし、心ある国民の大部分はそうでない人たちがおるわけです。そういう心ある人たちの価値観がこの世の中を支配するような、そういう世の中にわれわれは一歩一歩近づけていく努力をしなければならぬというふうに私は思うわけなんでございまして、その意味において物質文明が豊かになった今日において、むしろ精神復興といいますか、物の価値に対して精神の価値というものを高く評価する考え方でいくことが必要だと思うのでございます。すべてただ物だけが——唯物主義もその一つかと思いますけれども、そして、貧しいということが人間の意思を決定していくということも、最小限度の状況においては一つの真理かと思いますが、しかし、物があまりにもふえ過ぎて便利になり、そして豊かになり過ぎて、かえって今度は精神そのもの、人間の存在そのものをもむしばんでいくという一面をわれわれは忘れてはいけない。ここにやはり、物に対する精神の価値を高く叫ぶ声がちまたに出てこなければいけないのじゃないか。そういうようなことに対して、立法するのがいいのかどうなのかということについては、ただいますぐ立法いたしますという段階ではございませんが、しかし、そのお気持ちに対しましては、私は全く同感でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 現在、政治も事業界も教育界もみな底辺がなくなってしまっているので、その点、いま大臣のお気持ちはそのとおりなんです。それが教育課程の中で、そして一方不正入学を防止する何らかの措置というものが、やはり両方必要ではないかと思いますので、一応申し上げておく。これはあとでまた……。  次に、どうも私自身も含んでですが、入学期になると政治家などは入学を頼まれて困る。これは頼まれるとやはりそのまま捨てておくわけにはいかぬということで、不正にはならなくても、まあ選挙の関係などでみなある程度あっせんをする、あけすけに言えば。しかし、だれもこれが望ましいこととは思っていないと思う。衆議院の決議で虚礼廃止の決議はしておるが、これはまた守られない。これよりも国会議員は入学にタッチしない決議をしたほうがまだいいんじゃないか。全部しなければ、一番気持ちがいいという感じが実はしておる。どうもわれわれも、こういう問題が起こる原因の万分の一くらいは、やはりわれわれ自身の行動の中からも出ておるのじゃないかという感じがするのですが、こういう問題を文部大臣が提唱して、大学の入学期には、衆議院はそういう場合タッチはしないという決議を提案するくらいの気持ちでないと守られないのじゃないかと思うのです。どうですか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 文部大臣としましてはそういうような気持ちでございますけれども、これはむずかしい問題だと思います。しかしながら、やはりその裏には、入学試験制度そのものにメスを入れなければいけないのじゃないかと思うわけです。このことは単に日本だけではなくて、諸外国におきましても、この入学試験というものについては非常に悩んでおるようでございます。しかし、現在の入学試験制度そのものがいいのか悪いのか、もう少し改善の余地はあるのじゃないかということで、最近では、各国におきましてもかなり意欲的にこれと取り組んでおるようでございます。ただいま国立大学の第一期の試験が行なわれたわけでございますが、東京大学におきましても、たとえば作文みたいなものを課すとかあるいはごくわかりやすい問題を提出するとか、新たな試みをやっております。しかし、このことが直ちにいいのかどうなのかは、もう少し経過を見てみないと直ちには判定できないのじゃないかということでございます。しかし、大学当局におきましても、あるいは国立大学協会におきましても、それからまた私たちの文部省におきましても、入学の改善につきましてはいま非常な意欲を持って取り組んでおるわけでございます。九月ごろには一応の結論が出るだろうというふうに、いま一生懸命やっておるということでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 確かに入学試験制度そのものにメスを入れなければならぬと思いますが、これも要望しておきたいと思いますが、大学を改革する場合、四つくらいの方向があると思うのです。それは入るに難く出るにやすい大学、入るにやさしく出るに難い大学、入るもむずかしく出るもむずかしい大学。ところが、日本の大学は入るにむずかしく出るにたやすい。入りさえすれば無為無能でもいいというふうなこと。少なくとも入るにむずかしく出るにやさしい制度は脱却して、進学制度の中から大学制度の方向を、こういう事件を契機として改造しなければならない。そういう方向で改造されてはどうでしょう。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 これも実をいうと一がいにも言えないのでございまして、たとえばフランスなんかは、非常に入るにはやさしいんだけれども出るのが非常にむずかしいというお説のところをとっておるわけですが、そのまた弊害というのが出てきて、実はフランスでは弱っておる。そしてむしろある程度大学が入学試験を、日本でやっているようなことを取り上げなければいかぬのじゃないかという議論がされております。特に去年、私、イギリス、フランス、ドイツへ行ってまいりましたけれども、医学部門についてはかなりの試験をやって入れておる。医学だけは別なんだという考え方が、最近フランスでもそれからドイツでも出てまいっております。フランスは、御承知のように、高等学校を卒業する資格を取りますと同時にそれが大学の入学資格になる、つまりバカロレア試験を通りますと直ちに大学の入学資格になるわけでございますが、たとえば入りましても卒業しますのはほとんど二〇%から三〇%くらいである。それだけに、入りましてから一年、二年というものは、今度はまた大学それ自身としては非常にむだが多いというか、困るというのですね。もう少しそこで多少の選抜をやったらどうかということが、むしろヨーロッパにおいては出てきておる。しかし、いまおっしゃいましたことについても一考を要する点ではなかろうか。入学試験制度の問題については、いろいろその国の事情もございますし、伝統もございますが、いろいろ今後検討しなければならない課題だというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 御検討願いたいと思います。  最後に、最近、私立大学の要望があって、文部省でも認可の方向で、僻地の医師の供給も含んで動いておられるようでありますが、やはりまた金を出さないため、一千万、二千万という入学時の寄付金の名における搾取といいますか、これはわれわれがここで考えてもほとんどそうなりそうだ。弊害はますます倍加するという感じがしておるのです。そこで、この私立医科大学をつくる場合でも、少なくとも病院とかその他研究病院は国が建ててやる。大学は私学であっても、病院は国が建ててやる。そういう施設について、学校法人のものでなくて国有でいいから、そういうことで一千万、二千万の金を取り、医者の息子でなければ入学できない、また、できない子供が入って人間の命のことに従事するというふうなことがないようにされてはどうか。いわば国有民営というふうな構想で、百億も要る医科大学ですから、施設は国有のものでいいから国が建てる。そして、経営は学校法人でも特殊法人でもいいと思いますけれども、何かいままでのような、国有国営が国立という思想を少し緩和して、国有民営というような、国有学校法人経営というような形で検討しなければ、おそらくこの阪大の弊害というものを私学において阻止する教訓になるどころでなくて、いまの行き方をすれば何倍かふえていく悪循環が繰り返されて、どうにもならなくなってしまうかと思うのであります。これからの問題でありますから、そういう私学としての医科大学を設置するについては、いろいろ創意的に検討されるべきだと思います。それについて大臣の意見をお聞きし、さらに、この国会開会中に積極的な、前向きの政策としての御報告をされることを期待して、この問題に対する質問はこれだけにしておきます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 おっしゃるとおりに、今度の国会におきまして、たとえば医学教育についてどういう基本的な考え方で進もうとしておるかということを、皆さま方に発表いたしたいというふうに思っております。      ————◇—————

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 次に、文化功労者年金法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 この法案について一、二御質問いたしたいと思うのでありますが、まず文化庁のほうに。こういう文化功労者を顕彰する目的はどこにありますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 文化行政の観点から見まして、文化の発達に関し功績顕著な方々を顕彰申し上げるということは、一面におきまして、その芸術活動の労に報いるという面が第一点でございます。同時に、そういう人を大事にするということが国家として文化を大事にする、そういうあらわれにもなるわけでございまして、それが文化の発展に間接的に寄与するものであるだろう、こういうことでございます。そういう観点から芸術院会員の制度を設けたり、あるいはさらに、このような文化功労者年金法というような形でのことが文化行政の面でたいへん大事なことである、かように考えておるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 その、あるすぐれた人から、芸術にしても学問にしても発表されて、そして一般の社会に大いに役立つものになった場合には社会性を帯びて、文化というものは個人のものから社会的な性格を帯びて、そういう意味においてこの文化功労者に対して年金を与えて、御本人をたたえ、御本人を顕彰することによって、日本の文化を全体の社会の問題として顕彰するという社会性というものがなければ、この人々に対して年百五十万ずつ年金として渡すという趣旨は出ないんじゃないか、社会性というものを帯びておるからではないかということを、ちょっとお聞きしたいのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 学問にいたしましても芸術にいたしましても、それぞれ芸術家なり学者が、自己の芸術的感動あるいは学問的探求の精神のほとばしるところが、そういうりっぱな業績をもたらすものであると思いますが、同時に、それが社会全般のためになるということによってその価値が裏づけされる、こういうわけでございましょうから、したがって、その意味におきまして、先生のおっしゃるように、学問にしても芸術にしても、社会性をその意味においては帯びるということでございますが、ただ、これはもちろん社会性といっても、単に直接の用に立つということでなく、それが広く日本の文化、学問の上に及ぼす大きな影響というものが当然もたらされるわけでございまして、顕彰されるような方々は、そういう意味におきまして社会全般について大きな影響力を持つべき、そういう人たちであろう、かように考えるわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 私申し上げるのは、個人に対して年金を渡すというだけで終わりにしたくない。そうすると、その個人に対して御慰労申し上げて終わりだということでなくて、その人々を顕彰することが、一般の国民全体に対して文化のとうとさ、あるいはその文化を代表する人を通じて、文化を普及するという社会的な目的というものを含んでこの法律ができたんだ——ここに国会の常任委員長がずらっとみな並んでおるわけですが、この法律によって適用した個人に渡して終わりにしないで、文化会館でもつくって、そういう人たちの、こういう顕彰の写真でもずらっとのせて、全国民が、こういう人々がこういう文化的な業績をつくったために国からこれだけの年金をもらって生きているんだと、そして一般国民にこの顕彰というものを普及しなければ、この法律の目的は果たされないんじゃないかと思うのです。ただ渡してしまっただけでしょう。だから、この法律を遂行して日本民族の中の最高の文化人というならば、やはりこの法律に基づいて、何か文化会館でも建ててその人たちの顕彰の写真もずらっと並んでおるような、そういうものをつくってやらなけばいけないんじゃないか、この法律の目的はそういう感じがするんですがね、将来の問題として。そういう構想を立てられたらどうか。一般の国民はわからないですよね、全然。その人がなくなるまで、ただ百五十万円もらっておるというだけになってしまう。どうでしょう、こういう構想は。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 山中さんの構想、これは一つのお考えだと思います。しかし、いま次長からお答えを申し上げましたように、個人の学問あるいは芸術その他の文化に功労があったことを顕彰するということそれ自体が、日本における最高の人を顕彰するというわけでございますから、その顕彰するということそのこと自体が、実をいいますとその個々の芸術なり学問なり文化というものをふえん化する役目を果たすわけでございます。また、その期待のもとにこういうような文化功労者年金というものをお上げするわけなんで、その意味においては社会性を持ってきますし、また、そういう人間が新たな文化的な創造をしましたものの蓄積というものが、新たな文化創造のきっかけになるわけでございますから、実際的には、おっしゃるようなことがかなり実現されておる。しかし、それを一堂に、文化会館でもつくって写真でも残す、あるいはいろいろな文献等を残す、そしてまた、国民がいつでもそこに来てそういうような人たちの偉大さというものに触れる機会を持つというふうなことは、一つの考えだと私は評価をいたしたいのでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 こういう人たちの業績をずっと並べたそういう文化センターをつくってやれればという感じがしたので、まあ申し上げたのであります。それは御検討願いたい。  賞勲局の局長おいでですね。——この栄典関係の褒章の中に明治十四年太政官布告第六十三号褒章条例がありますが、この褒章条例の中身を見ますと、まず憲法感覚からいうとどうもぴったりしないものがたくさんあるのですが、それはそれとしまして、褒章条例というものに基づいて緑綬褒章、藍綬褒章その他の褒章が出されておる。これに対しては年金その他はついていないわけですね。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 ついておりません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それはこの第五条において「金円トヲ併セ賜フコトアルヘシ」、これはどうも天皇主権みたいで、このこと自体に問題があると思うのですが、やることはできるのですか、勲章じゃないですから。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 褒章条例は生きてはおりますけれども、現実には第五条のような事実はございません。これは運用していないわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 運用しようと思ったらできる。褒章条例は現在の憲法下においても有効であるという解釈はどこから出るわけですか。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 褒章条例は明治十四年の十二月七日太政官布告第六十三号でございまして、その後沿革的には何度も改正を行なっております。日本国憲法九十八条第一項は「この憲法は、國の最高法規であつて、その條規に反する法律、命令、詔勅及び國務に關するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」このように規定しておりますが、この褒章条例も、内容におきまして日本国憲法の条規に反するものとは認められないということで、日本国憲法施行後この九十八条第一項の規定によりまして効力を失ったものとは解されないわけでございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 第一条の一番最初の緑綬褒章に相当して、「孝子順孫節婦義僕ノ類ニシテ徳行卓絶ナル者ニ賜フモノトス」と書いておるのですが、憲法二十四条の家族制度についての規定その他からいって、節婦ですね、しようのない夫に貞節を尽くした婦人のことですが、二十四条の男女平等からいってこれはおかしい。これは憲法に抵触するものは効力を有しないといった、いま言った九十八条から見て、こういうものは生きておるのですか。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 したがいまして、緑綬褒章の規定は、私どもは先ほど申しました理由によりまして有効と見ておりますけれども、現実には、この緑綬褒章の項目につきましては戦後ほとんど実行した例はございません。ただ、孝子節婦と申しますよりも、孝子等につきましては具体例が出てまいりまして、三件程度の事例が戦後あるように承知しております。最近こういう運用は行なっておらないのであります。これはもちろん、各省からその該当者が出てまいりましたときは、それを審査するにやぶさかではございません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ここで憲法論をやるとまた時間がかかりますから……。しかし、そういうものは卒直に検討したらいいじゃないですか。大化の改新当時の太政官布告が、新憲法のもとにそのまま、だれも何も言わないからそっとおくというような考えは捨てて、やはり検討されてしかるべきだと思うのです。  その中に紫綬褒章、「学術芸術上の発明改良創作ニ関シ事績著明ナル者ニ賜フモノトス」、これは「賜フ」というのはおかしいが、これはいまの文化功労者年金に該当する人と同じような中身になってくると思いますが、その関係はどうなりますか。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 紫綬褒章の授章者は、「学術芸術上ノ発明改良創作に関シ事績著明ナル者ニ賜フモノトス」となっておりまして、場合によりますと、それは文化功労者の対象になる人もあるかもわかりませんが、しかし、そういうことは別個の問題といたしまして、私どもは、文部省あるいは科学技術庁のほうから御推薦のありました者につきまして審査をいたしまして、適当と認めた者は、内閣の助言と承認によりまして裁可を得ました上、これを授与するような手続をとっておるわけであります。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 こういう現在の憲法下でもそのまま生きていい褒章をする場合に、東京に呼んで褒章を授与するとき旅費も出していないと聞いておるのですが、賞勲局のほうではどういう御意見なんです。

吉原一眞総理府賞勲局長

○吉原政府委員 褒章につきましては、その次のページにあるわけでありますが、褒章条例取扱手続というものがありまして、これはそのまま改正しておりませんが、読みかえてその場合に運用しておりますが、現実にはそれぞれの主務大臣から候補者が出てまいっております。したがいまして、私どもといたしましては、最近は、東京在住者はもとより、地方在住者につきましても主務大臣のほうに伝達をいたしまして、それによりまして主務大臣のほうがそれぞれ、これは省によりまして区々だろうと思いますけれども、宮中の賜謁をやっていらっしゃるようなところもございますから、御案内しているところもあるようでございますが、私どもといたしましては、その受章者の御都合によりまして、主務大臣から、推薦のありました都道府県知事のほうにお渡しを願いまして、そこでお渡ししていただく、そのようなぐあいにしておる次第でございます。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文部省にお聞きします。年金とそれから紫綬褒章ですか、大体内容、性格は文化功労者と同じ中身の褒章だと思うのです。東京に呼ぶ場合と知事のほうに伝達をする場合とあると思いますが、呼んだ場合に旅費をやっていないと聞いたのですが、それはそのとおりですか。旅費はやっていますか。

安嶋彌文部大臣官房長

○安嶋政府委員 旅費は差し上げておりません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 この太政官布告の文章を見ますと「者ニ賜フ」というのですから、だから旅費ぐらい自分で支払って来いという思想だと思うのです。そこで、文化功労者に年金法として年百五十万円やるという政策と、そして同じ性格の学術芸術上の改良創作その他の顕著なる者に賜う紫綬褒章は、一時金も何もないとしても、少なくとも旅費を出さぬという行政は一体何か。文化功労者年金法と周辺の同じ性格を帯びた顕彰のしかたで、あまりにもギャップがあり過ぎると私は思うので、せめて旅費ぐらいは計上して上げなければならぬじゃないか。しかも非常に貧しい人もありますよ。この人たちは、生活は安定しているのですか。これは不平が出てきておるわけです。私の耳にも入っておるから聞くので、この文化功労者年金法というものを設定し、しかも物価に従いながら相当——今度も五十万円上げるという行政をしておるときに、東京に呼び出して文部大臣からごほうびを渡すときに、旅費まで自腹を切らすというようなそんな行政はもう通用しない。直ちにこの旅費は予算に計上して、北海道、鹿児島から来る人があるのですから、出すくらいのことはすべきである。これはもう検討も何もないと思うのですが、どうですか文部大臣。

安嶋彌文部大臣官房長

○安嶋政府委員 先ほど賞勲局長からお答えをいたしましたように、勲章、褒章は各省大臣におきまして受章者に適宜伝達をするということになっておるわけでございまして、文部省のやり方といたしましては、賜謁等のこともございますので、できれば上京してこれを伝達申し上げたいというふうに考えましてお願いをしておるわけでございますが、これはもちろん強制ではございません。実際問題といたしまして、四十五年の秋の叙勲の場合でございますと、約九〇%の方が東京に出てこられまして、そして褒章、勲章等をお受けになっておられるわけでございますが、いずれも非常に喜んでお出かけをいただいておるというふうに考えております。ただ、残りの約一〇%の方がお出かけをいただけないわけでございますが、御承知のとおり、勲章につきましては七十歳以上というかなり高齢の方がほとんどでございます。からだのぐあいとかあるいは付き添いとか、そういったような問題がいろいろあろうかと思います。その他あるいは経済的な理由によって御出席いただけない方もあるかと思いますが、そういう方に対しましては、教育委員会、大学、それから関係法人等から適宜な方法によって伝達をするという形をとっております。  なお、山中先生御指摘の旅費の点につきましては、文部省といたしましては、等級の比較的低い勲七等の受章者につきましては御夫婦で上京し得るような旅費を出したいということで、年来大蔵省等にも要求しておるわけでございますが、各省等との関連もございますためか、なかなかこれが認められないということでございます。全員についてということはなかなか困難かと思いますが、ただいま申し上げましたように、等級の比較的低い方等につきましては前向きで今後とも努力をしていきたいというふうに考えております。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大蔵省の主計官おりますか。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 出席しておりません。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 文教委員会は、一々言わなくても主計官を呼んでもらわなければいかぬ。主計官を呼んでください。  一体、学術その他に顕著なる者に対する褒章に、いまのように下のほう——下か上か、そんなものもまたいかぬと思うのだが、旅費を出したいと思うが大蔵省で削られて出せないなんて、そんな行政が一体どこにあるか。あまりにも月とスッポンのような待遇のしかた、これは文化の顕彰にならぬですよ。一番大事なことは、文化功労者年金法を通すときに、その周辺とどういう関係にあるかということを、この法案の評価に対して一番重要視しなければならぬ。同じような功労者の中で、東京に呼んで旅費も出していないで、おいでになった方は喜んでおられるようであります、これはやはり太政官布告の精神がそのまま残っているのだ。褒章を賜うのだ、「賜フ」と書いてある。これはやはり賞勲局のほうも直してもらいたい。そうでなければ封建的な思想がそのまま残ってきている。民主的な大臣として自他ともに認めておる坂田文部大臣は、一体これでよいのかどうか。これは直ちに改正すべきであると思うが、いかがですか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この点につきましては、山中先生のお話を聞いているともっともなような気がいたします。しかしながら、各省との関係もございますし、やはり相当基本的な問題でありますから、ひとつ考えさせていただきたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 大蔵省の主計官呼びなさい。あとでけっこうです。来たとき聞きましょう。  あまりにもアンバランスです。あまりにも褒章にはならぬと思うのですね。私の言うことを聞いておるともっともに思いますがというような、そんな認識不足では困るので、これくらいのことは実にささいな予算のことですから、ぜひ実現されるように、次官会議その他でも提案されることを要望いたしまして、私の質問を終わります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 有島重武君。

有島重武公明党

○有島委員 私は、先日文化功労者年金法についてしばらく質問をさせていただきましたので、その続きと申しますか、大臣の見解を少しお伺いいたしたいと思います。  文化功労者の性格というものでございますけれども、これは時代により変遷すべきものであるのじゃないかと私は思っております。そうではなくてこれは伝統を保っていく方向にすべきなのか、時代とともにどんどん変わっていくべきものなのか、そういったことについての基本的なことを伺っておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 文化というものの概念は、非常にむずかしいのじゃないかと思うのです。広い意味と申しますか、それで考えるのとこの法律でいっているのとでは、ちょっと違うと思います。この法律では、おそらく学術、芸術あるいは教育その他の文化ということだと思うのですけれども、普通一般にいわゆる文化という場合の概念でございますと、結局人類というか人間が自然に働きかけて、そしてつくり出したもの、創造したもの、精神的なものもありましょうし、あるいは物質的なものもございましょうが、そういうもの全体を文化というわけでございますから、時代とともにといえば時代とともに、人類が始まって以来その集積があるわけでございますから、その意味において変わるというなら変わるというわけだと思います。しかしながら、範疇をそういうふうに限定していくならば、その範疇の中でどういうものがその時代に特に意義があるかというようなことはあり得ると思うわけでございます。でございますから、その意味合いにおいてはまた変化もあるというふうに考えて差しつかえないと思います。

有島重武公明党

○有島委員 そこで、現代というものは非常に変遷の激しいときであります。いままでの文化功労者の選び方ですね、それの基準になっていた概念をこの辺でもってまたお考え直しになる、そういった御用意がおありになるかどうか。その辺はいかがでありますか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 実際的にも、かなりその点につきましては、変化に応じてといいますかあるいは幅広く考えておると思います。何かいかにも学術あるいは芸術だけだ、芸術にしましても非常に局限されたものだけだというようなことに考えられがちでございますが、必ずしもわれわれのほうではそういうふうには考えていない。たとえば登山家であります槇有恒さんなんかもそういう功労賞を受けておられるわけでございますが、それはその一つのあらわれだと思います。その他にもいたら、ちょっと申し上げて……。

安嶋彌文部大臣官房長

○安嶋政府委員 文化の範囲につきましては、ただいま大臣からお話があったようなことだと思いますが、具体的な運用の例といたしましては、単に学術、文芸、絵画、彫刻、建築、音楽といったそういった狭い範囲に限られることなく、昭和三十年におきましては平沼亮三氏が体育関係の文化功労者として決定されておりますし、また三十一年には小森七郎氏、これは放送事業ということで決定をされております。その他、ただいま大臣からお話がございました、マナスル等に登山されました槇有恒さんでありますとか、あるいは柔道の三船久蔵さんでございますとか、あるいは新劇の東山千栄子さんでございますとか、あるいは近くはガラス工芸の岩田藤七さんでありますとか、あるいは版画の棟方志功さんでございますとか、かなり多方面にわたって文化功労者が決定されておるわけでございまして、時代の変遷とともにそれに対応した選考が行なわれておるというふうに考えております。

有島重武公明党

○有島委員 大臣、この間芸術と国民娯楽という話がこの委員会でかわされたのでございますけれども、歌謡曲なんか非常に国民的な広い範囲にわたっておるんじゃないかと思います。こういったところからの功労者がこの中に加わっていないというのは、何かいわれがあってそうなのか、あるいは将来そういうこともあるのか。それから歌劇関係ですか。それから柔道は確かにございますけれども、剣道とか相撲とかいうものが欠けているのも何かいわれがあってそうなのか、ないしは将来またそういう剣道や相撲の中からも功労者がお出になるのか。それから華道と茶道ですね、これもないのは何か奇異な感じがいたしますけれども、こういった点はいかがでございましょう。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 考え方としてはそういうものを、たとえが柔道があって剣道がない、ないから剣道は排除しているんじゃないかとおっしゃいますけれども、そういうわけではないということでございます。だから、あり得るということでございます。そしてそれは、だれが見てもなるほどそうだと思うような人があった場合は、あり得るということだと思います。もちろんそれは直接には選考委員の方々が御判断になることでございますけれども、しかし、文化功労賞を受ける一つの範囲内には私は入っておるというふうに思います。

有島重武公明党

○有島委員 いま申し上げた歌謡曲にしろ剣道にしろ相撲にしろ、それからお茶や花、そういったもの、いろいろなジャンルの中から将来はあり得るんだ、そういうことでございますね。

安嶋彌文部大臣官房長

○安嶋政府委員 ただいま大臣から御答弁申し上げたとおりでございまして、剣道とか相撲とか華道とか茶道とか、そういった範囲につきましては将来選考の対象になり得るものと考えますが、ただ、いま歌謡曲というお話がございました。歌謡曲につきましては、前回文化庁の次長からも御答弁を申し上げておるわけでございますが、芸術としての伝統とか、何と申しますか、あのとき次長がどういうことばを使われましたか、たしか品格といったようなことばもお使いになったのではないかと記憶いたしておりますが、そういった点からさらに検討すべき余地はあろうかと思います。しかし遠い将来——将来これか芸術として定着をしてくるということでございますれば、これは選考の対象に含めて差しつかえないものであるというふうに考えます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 官房長が答弁をいたしたわけですけれども、私はやはり考えていいのじゃないかというふうに思っているわけです。範囲として考えていいんじゃないか。というのは、諸外国の、たとえばシャンソンといいますね。シャンソンというと何か芸術性がある。ところが日本の浪花節だとかあるいは長うただとかあるいは歌謡だというと、何かそうじゃないような感じですね。あるいはカンツォーネ、あなたのほうが詳しいけれども、イタリアではああいうものをカンツォーネといっているわけでしょう。つまり庶民の非常に愛好する歌、そういうものですね。スペインはスペインにございますし、そういうものはやはりその国独特の芸術だと私は思っておるのです。ただし、日本にはそういうものに対する価値観念が、実をいうとまだよくわかってないんじゃないか。文化というと、何か上のほうにばかりあるものが文化というような学術、芸術というふうになります。しかし、その庶民の中に育ったものでも、すぐれたものとすぐれていないものとあるはずです。私はそう思う。庶民の中にあるから芸術性はないんだとか、あるいは文化功労賞の対象にはなり得ないんだという考え方はどうなのかという感じがする。しかし、実際からいいますと、その選考は非常にむずかしいのであって、その実際的なことをおそらく遠い時間においてと言いましたのは、その点については私もまた文部大臣として同感でございますけれども、対象としては出てき得るものだというふうに思うのです。あのビートルズなんといいますけれども、あれはイギリスのリバプールかどこかですよね、あそこの町で歌われた歌で、私はあれは非常に変てこりんなものかと思っておったら、だんだんいろいろなものを聞いておりますと非常にいい曲のように——これはあるいは私個人の感じかもしれませんが、そしてこれに対してはたしか、これも私の記憶が間違いならば訂正をしますけれども、クイーンはこれに対して何か表彰をしておると思うのです。単に外貨を獲得したからこれにクィーンが授賞したということでなくて、そのビートルズの曲、メロディーといいますかリズムといいますか、そういうものがあの町の庶民の心を非常につかんだいい曲なんだ、また、それを表現したりっぱな人たちなんだということで、女王さんは表彰したと思うのです。私はそのように考えております。しかしながら、いまの官房長の答弁と矛盾しているわけじゃないので、範囲内にはある。範囲内にはあるけれども、そういう人を選定するということはいまの段階ではなかなかむずかしい。長い期間考えればそういうものが出てくるでしょう、こういうことで、そう離れてないと思います。

有島重武公明党

○有島委員 何かお話ありますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 先ほど紫綬褒章のお話が出ましたけれども、紫綬褒章の中で、私どもとしては歌謡曲も漫才も落語も講談もすべて入れておりまして、たとえば歌謡歌手として東海林太郎さんが紫綬褒章をいただかれておるわけでございます。そういうことで、私どもとして、特にそういう芸術上という価値の面で区別していることはございません。それだけつけ加えさせていただきます。

有島重武公明党

○有島委員 大臣のお考えたいへんよくわかりました。私が心配しておりますのは、いま時代が非常に激しく変わっております。ですから、昔考えた長い期間というのは、いま非常に短縮されていかなければならない。それだけにこちらも、相当回転をよくしていかなければならない時代じゃないかと思うのです。伝統を伝えるという一面と、それからまた創造していく一面と、気の長い時代であれば、伝統を伝えていくということがそのまま創造につながっていく、そういったからくりはいまも変わりございませんけれども、いまはいろいろな創造を推し進めていく方向にむしろ積極的にやっていくべきときじゃないか、そういうように私は考えておりますので、いま庶民の文化というようなことが出ましたが、そういった方向を大切にしていただきたい。  以上で終わります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。      ————◇—————

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 次に、高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案を議題とし、審査を進めます。  質疑の申し出がありますので、これを許します。松永光君。

松永光自由民主党

○松永委員 高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案に関連いたしまして、私は、文部省の考え方を数点にわたってお伺いいたしたいと思います。  まず、この法律案の要旨は、要するに定時制の高等学校、通信制の高等学校の校長先生その他一般の先生方に対して支給する定時制通信教育手当を三%増額するということにあるようでありまして、定時制高校、通信制高校の関係者一同が強く望んでおったことが実現されることになるわけで、非常に喜ばしいことだと考えておるわけであります。  そこで、私は、定時制通信教育の手当を三%引き上げることにした理由についてまずお尋ねしたいと思います。そしてさらに、この三%の手当の増額を受ける先生方、対象人員はどの程度いらっしゃるのか、その予算的な措置はどういうふうになっているのかという点について、まず局長さんにお尋ねいたします。

宮地茂文部省初等中等教育局長

○宮地政府委員 お答えいたします。  今回提案いたしました七%を一〇%に手当を上げるという理由でございますが、実は定時制、通信制の高等学校につきましては、すでに現在七%の、一般高校にはない手当がついております。したがいまして、なぜ手当をつけるかということと、あわせましてなぜ増額するかという二点になろうかと思います。  今日、定時制、通信制の先生方に手当がついておりますことは、一般の高等学校と定時制、通信制の高等学校を比べまして、そこに入ってきております子供もいろいろ多様な子供でございますし、さらに、定時制、通信制の教育は、形といたしましても定通を併修したりあるいは二部制、三部制の授業とか、さらに技能連携といったような形態をとっておるものが相当ございます。それは一般の高等学校と違いまして、先生方としていろいろ御苦労なところでございます。さらに、入ってきております子供たちが年齢も、ある程度まとまってはおりますものの一般の高等学校の生徒よりも相当開きがございますし、さらに能力、適性、進路、こういったようなものも相当の違いを持っておりますし、さらに職業を持つと申しますか勤労に従事しておる生徒でもございます。こういったようなことから教育の形態も違いますし、内容、方法も普通の高等学校に比べまして相当複雑であり、これを十分こなしてそのような生徒に適切な教育を行なうためには、先生方の御苦心は相当なものでございます。こういうような観点から従来定通手当がついておりますが、さらに今回三%引き上げましたのは、そのような困難度が従前以上に増してきておるといったようなこともございますし、さらに昨年産業教育手当、これは産業教育手当と定通手当が全く同じ内容だというものではございませんが、趣旨といたしましては産業教育手当も、一般の普通教育に対して産業教育に従事される先生方の御苦労が多いというようなことで、昨年一〇%になっております。そういうようなものとの関連、均衡、こういうようなものを考慮いたしまして定通手当を一〇%に増額したいということでございます。  それから予算でございますが、昭和四十五年度公立の定通課程を置きます高等学校は千七百ございます。それからそこに勤務されておる校長、教員等の職員は約三万二千人でございます。これは本務、兼務合わせましての数でございます。したがいまして、定通手当を差し上げます方は定通の高等学校が本務である先生でございます。そこで、定通手当支給者、本務者のトータルは二万三千九百十八人でございますが、内訳としまして校長先生が千三百六十三人、それから教頭あるいは主事さん、これらの方が千五百八十四人、その他一般教諭、助教諭が一万九千八百四十二人、実習助手が千百二十九人、これが支給対象になる先生方でございます。  ところで、四十六年度の予算額は、補助金といたしまして七億七千五百万円で、そのうち今回の三%の支給率アップに要します経費は二億四千百万円でございます。なお、国の地方公共団体に対しまする補助率は三分の一でございます。

松永光自由民主党

○松永委員 通信制の高等学校の中に、私立であって、かつ広域の通信制の高等学校があるわけなのですが、その高等学校が非常に成果をあげているということを聞いておるのですけれども、その広域の私立の通信制の高等学校に対する補助、助成ということをどういうふうに考えていらっしゃるか、この機会にひとつお尋ねしておきたいと思います。

宮地茂文部省初等中等教育局長

○宮地政府委員 お答えいたします。  私立の高等学校以下の学校につきまする補助、これにつきましては、大学と同じ比率におきまして、ただ補助金ではございませんが、交付税の積算におきまして、大学と同じような考え方で昨年から経常費助成をいたしております。ところで、四十五年度は、経常費助成の経費の積算いたしましたものは四十五億、そのほか経常費でないいろいろな経費三十八億、大体八十三億というものが交付税上措置されまして、四十六年度におきましては、大体経常的経費が九十億、その他五十億で、四十六年度約百四十億、前年よりも六十億増、こういったかっこうで高等学校以下の私立学校に助成の基礎としての交付税が積算されております。  ところで、いま御指摘の広域の通信制高校、私立の通信制高校に対しまする助成金でございます。広域の通信制をやっております私立の高校は、一番大きいのはNHK学園の生徒数二万人でございます。それから科学技術学園が一万人、それから大阪の向陽台高校というのが八千人、それから九州商業高校というのが六千人、それから玉川学園富士高校というのが二千人、この五校だけで四万六千人です。約五万人近い通信の教育の生徒がおります。ところで、この玉川学園は二千人で若干少のうございますが、この五校が大体広域の通信高校でございまして、これは実は先ほど申しました、昨年経常費助成で、交付税の積算で八十三億積算いたしますその根っこになります基準財政需要額積算のときに、生徒数と生徒一人当たり単価、これがもとになって八十三億が出てくるわけでございますが、その根っこの生徒数のところでこの通信制を入れるかどうかというのが相当問題になりました。ところで結論を先に申し上げますと、昨年約五万人の通信制の高校の生徒数は高校生徒数からはずされた。結論はそういうことなのですが、なぜこれを昨年はずしたか、これは一般の高等学校とこの通信制高校とを比べまして、法律的にも施設の面積というものが、通信課程のほうはさほど大きい面積を要求されていない。   〔委員長退席、河野(洋)委員長代理着席〕 さらに教員数も専任教員数は非常に少ないといったようなことで、一人当たり単価を出します場合、昨年高等学校以下生徒一人当たり約五千円とはじいたわけですが、この五千円という積算にはならない、もっともっと低いであろうといったような問題もございますし、当初のことでございまして、昨年積算されておりません。そこで、それにしてもまことに不合理でございますので、いま自治省と私どものほうと話し合いを進めておりまして、一人当たり補正単価に差を設けるのはやむを得ないとしても、生徒数の中には入れるべきであるというようなことで、いま前向きに、これを交付税積算の基礎に入れるべく自治省と検討を進めておりますので、できる限り実現したいと思っております。いましばらくお待ちいただければ、はっきりした答弁をさしていただけると思いますが、一応状況だけ申し上げておきます。

松永光自由民主党

○松永委員 今度はひとつ大臣にお尋ねしたいのですが、わが国の教育制度について、戦後の教育制度それから戦前の教育制度と比較検討して、そうしてすぐれている点あるいはまた劣っている点、改革すべき点、いろいろあろうと思うのですが、戦後の教育制度の中でいろいろ問題点もあるようですけれども、定時制の高等学校、通信制の高等学校に対して、定時制通信教育振興法という法律に基づいていろいろなあたたかい措置がなされるようになったということは、少なくとも戦後の教育制度の中で、前に比べて非常によくなった点だというふうに私は考えておる一人であります。戦前は夜間の中学、現在の定時制高等学校ですが、それなどに対しては補助とか助成とかいうものは全くなされていなかったのじゃないかというふうに聞いておるのですが、そういう中にあって、家庭が貧しい、しかし燃えるような向学心を持っておる、そこで昼間は会社や工場その他に行って一生懸命働いて、そうして夜間中学に行って勉強し、さらにまた夜間の大学に行って勉強をして、そうしてりっぱな社会人となって活躍しているわれわれの先輩がたくさんいらっしゃいますね。しかもそういう人たちは、どちらかというと学生時代あるいは中学生時代から非常な苦労をしておられるから、ほかの人に比べて非常な忍耐心を持っていらっしゃる、また、いろいろな経験をしておられますから、非常に豊かな人間性を持っていらしゃる方が非常に多いと私は思うのであります。したがって、この定時制教育、通信制教育というものは、もっともっと伸ばしていかなければならぬというふうに私どもは考えておるわけなのです。現に東京都でも、大多数の東京都民が信頼するであろうという人はどの人だろうかということでずいぶん探したけれども、結局は夜間の中学で苦労をされ、そして日大の夜間部に行って法律の勉強をされて高等文官試験を通られた人が、定時制教育の課程を経た人が、これは東京都民の大多数が支持するだろうというわけで著名人になろうとしている人もいますね。そういったことを考えてみても、ほんとうの人間をつくるということは、全日制もけっこうですけれども、定時制でもきわめて特色のある人間ができてくる、私はこういうように考えまして、今後とも大いにひとつ振興してもらいたいというふうに思っているのです。  ところが、聞きますというと、最近定時制の生徒数が非常に減ってきておるという話です。もし減ってきておるのであれば、これは振興どころじゃない、むしろ振興でない方向に行っているような感じを受けるわけです。そこで、定時制の生徒数の増減のぐあい、それから通信制の生徒数の増減のぐあい、どういう実態になっているのか、まずそれをお尋ねしたいと思うのです。実態は局長から……。

宮地茂文部省初等中等教育局長

○宮地政府委員 数字的な実態でございますので、私から答えさせていただきます。  定時制の課程におきます生徒数の推移でございますが、御承知のように、一番の最盛期は昭和二十八年度の五十六万七千人でございまして、そのときは高等学校生徒総数に対しまして二二・三%に当たる者が定時制に入っておりました。それから七年たちました三十五年度を見てみますと五十一万六千人、実数は五万人くらい減っておりますが、高等学校生徒全体に対します比率は一五・七で、七年前に比べまして約七%減じております。以後年々減少傾向を示しまして、四十五年度におきましては三十七万人になっております。この数字は高等学校生全体に対しての八・四%でございます。したがいまして、高等学校の中での定時制と全日制との比率は、二十八年と四十五年では、パーセンテージでは三分の一に減っておるというかっこうになります。  次に、通信課程でございますが、このほうは定時制と違いまして、若干でございますが増加の傾向にあります。昭和三十年度は四万六千人、これは高校生全体に対します比率は一・八、二%弱でございます。それから三十五年度は六万五千人で、三十年が一・八%であったのに対しまして、わずかですが、二%というふうに、〇・二%ふえております。それから四十五年度は実数も相当ふえまして十五万七千人、これは高等学校生徒全体に対しての三・六%でございます。これは先ほど申しましたNHK学園、こういった広域のものが相当多数の生徒に勉強さしておりますので、そういうものが相当影響しておると思います。  大体以上が実態でございます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 ただいま局長から御答弁を申したような傾向にあるわけでございますが、先生御指摘のように、戦前に比べまして戦後の一つの非常ないい特徴といたしまして働きながら学ぶという制度、これはほんとうにいい制度だと思っております。したがいまして、これをやはり充実していかなければならない。ところが、世の中が変化をいたしまして、いま申しますような状況にあります。しかし、これをよく分析しなければなりませんが、一応まず進学率が非常に高まってきて、定時制にしか行けなかった人が、だんだん生活程度が高まってまいりまして全日制に行けるようになってきたということが一つ、それからもう一つは、通信制教育というものが非常に発達してきた、あるいはNHK等のテレビを通じての教育、そういうようなものも影響してそっちに入っていく。それからもう一つは、職業教育、各種学校ですね。そういう端的に身につけるもの、時代そのものがそういうものを要求しているのですから、そういうものに入る。私はある各種学校、名前を申しますと品川でありますが、電子工学院、かなり活発にやっております各種学校であります。そこで職員の方々にいろいろお話を伺いましたら、最近の傾向として、親は短大とかあるいは四年制の大学に行ってほしいというのだけれども、子供のほうが逆に、むしろこういう電子工学院みたいな各種学校に入りたいという希望者が非常に多くなってきた。ある私立学校に参りましたら、同様なことをやはり先生が言っておられます。そういうことでございまして、この傾向は決して悪い傾向ではないのじゃないか。先ほどお話しになりましたように、むしろ勤労青少年が、働きながら勉強するという者が——普通一般の高等学校で、あるいはいやいやながらでもございませんでしょうが、おかあさんが行けと言ったから大学に行ってやるなんていうようなふらちな言動をなすような学生もないわけではないわけでございまして、そういう、言うならば大学教育を受ける意味があるのかないのかさえわからないような人がたくさん行きますよりも、もう少し大地に足をどっかと踏みしめまして、そうして人間社会におけるいろいろの複雑な環境等もよくわきまえて、単に親のすねをかじるというのでなくて、自分の腕でもってかせいだお金で勉強する、そのほうが求める心がございますから、またそれに実りがあるということで、先ほど先生がおっしゃいましたことは私も同感でございます。  一昨年だったと思いますが、NHKの通信のテレビの卒業式に私参りまして、とにかく最初これを受けて卒業しようと思った人は相当多数おられた、しかし、ここまでがんばってこられた人は二割くらいじゃないかと思います、しかし、この二割のあなた方というものはやはりすばらしい人だった、相当の根気がなければここまではこぎつけられなかった、それを果たされたあなた方を見ておって目の色か違う——またそう私は実際感じたのです。一方、大学はどうかというと、最高の理性と良識を持っておる大学はあの紛争、ゲバ学生に占領されたり何かして授業ができないというそのさまを一面に見ながら、そのテレビを通じてほんとうに勉強した生徒たちを見まして、ほんとうに私は頭が下がるような気がしたのです。こういう人こそ将来日本の社会をささえていく人たちだ、こういう人たちに学ぶ機会を与え、チャンスを与え、そうしてわれわれもちゃんと教育行政を進めていかなければならぬということを私は痛感いたしたわけでございます。そういうような気持ちをもって今後とも定時制教育のために努力を傾けてまいりたい、かように考えておる次第でございます。

松永光自由民主党

○松永委員 とにかく定時制教育振興法ができた昭和二十八年の定時制の生徒数が一番多く、その後年々減ってきて、特に昭和三十五年から四十五年の十年間に十五万人近くも減少しておるということは、たいへんな数字だろうと思うのです。いま大臣から減った理由等についての説明がありましたので、半分くらいは納得できます。父兄の経済状態が非常によくなったから、みずから働きながら学校に行くのではなくして、父兄から出してもらって全日制に行ける、非常にけっこうなことであります。そうしてまた、大臣のおっしゃるように、直ちに自分の社会人としての仕事に役に立つような実業教育を各種学校で受ける生徒が多くなった、これも私はけっこうなことだと思いますが、しかし、それでもなおかつ中学校を卒業してそのまま就職する勤労青少年というものは相当いるだろうと思います。その勤労青少年に対して定時制高校への進学を奨励し、あるいはまた指導する、一方においては、定時制高等学校というものがそういう勤労青少年に対してほんとうに魅力のあるものであるならば、先ほど大臣がおっしゃったように、全日制に行く生徒がふえた、あるいはまた、直ちに実業のほうの技術を身につけるという各種学校に行く人がふえたとしても、これほどまでには減少しないのではなかろうかというふうに私は考えるわけでございます。  そこで、定通教育を振興していくためには、これから中学校を卒業してそのまま職業につく、そういう勤労青少年に対して、もっと若いうちに勉強しなさいということを指導し、奨励をするということが一つ大切だろうと私は思うのですが、その点について文部省としては、どういうふうにこの定時制高校への進学奨励、進学指導というものをしようとしておられるのか、その点をお尋ねしたい。  それともう一つは、やはり定時制高校というものがそういう勤労青少年に対して魅力のあるものでなければ、幾ら行け行けとすすめても、なかなか行くものではないと思う。定時制高等学校をほんとうに魅力のあるものにこれからしていくという努力が必要だろうと思うのですが、それらの点についてどういうふうな措置をしようと考えていらっしゃるのか、お尋ねしたいと思います。

宮地茂文部省初等中等教育局長

○宮地政府委員 御指摘のように、定時制、通信制の高校を奨励すると申しましても、魅力のないものには幾ら奨励しても生徒自身を引きつける力がないわけでございます。そういうようなことから、私どもいろいろな検討をいたしておりますが、生徒、働きながら学ぶ青少年の世論調査のようなものを東京都の教育庁がいたしたり、あるいは全国の定時制通信制高等学校校長会のほうでもそういう調査をいたしておられます。その際、定時制高校が中卒者を引きつける魅力があるかどうかといったようなアンケートをとった調査もございますが、魅力がありますというのが大体三〇%、魅力がないですというのが六五%、答えないのが残りといったような数字にもなったりしておるのです。その理由はいろいろあるのですが、まず、魅力を感じるような授業をしてもらいたい、非常にきびしい批判ですが、先生にしっかりしてもらいたいというようなこと、それから、来ておる生徒がどうも消極的で不活発で、友だちに気力がないといったような反省、さらに施設設備が十分でないとか、あるいは世間が、定時制や通信に行ってもたいした高等学校でないといったような、いわゆる世間の理由のない偏見、こういったいろいろなものを生徒自身が告白いたしております。そういったようなことも私ども常に念頭に置いておるのですが、何と申しましても、多少理屈めきますけれども、いろいろ希望はありますものの大部分の子供が働きつつ学ぶ子供でございます。したがいまして、彼らの生活条件、学習条件、こういったようなものを考えまして、無理なく教育が受けられるようにできる限りしてやる。さらに、教育内容につきましても魅力がない、先生の教え方が魅力がないというのが相当多いのですが、同時に、教育内容も、あまり画一的な平板なものでない生徒の個性を伸ばすような教育とか、教育面の方法、内容、さらに施設設備、いろいろな問題があろうかと思います。  そういうようなことで、予算的に措置できるものはいたしておりますし、夜間給食等、いまはほとんど九〇%近くの定時制高等学校で夜間給食を実施しております。  さらに、何と申しましても働いておる子供でございますので、定時制とそれから通信教育と両方で高等学校教育が受けられるような、いわゆる定通併修の形をいろいろくふうしてやってみる。  さらに、最近では技能連携制度というのを推奨いたしております。これは七十五の学校でやっておるのですが、三百余りの施設を利用いたしまして、たとえば定時制、通信制に行っておる子供が同時に各種学校で勉強しておる、そういうときには高等学校の単位に換算してやる、あるいは職業訓練所に行っておる者は、高等学校の単位の二分の一、半分まではそういう連携施設での教育を高等学校の単位として認めてやるとか、さらに、夜だけといっても五日制の職場に働いておる子供もございます、そういったような世の中が進みますと子供たちの職場の勤労形態も相当変わっておりますので、二部制、三部制、こういったものとか、いろいろな点につきまして、これはまだ必ずしも十分ではございませんが、モデル校等をつくっておりますと同時に、いま申しましたようなことをもっともっと研究して、子供たちに魅力のある高等学校にしていきたいということで、ことしからモデル校のほかに指定校という制度を設けまして、いま申しましたようなことを具体的な子供に即して研究をしてもらう。  さらに、魅力がない一つの問題として、よく定時制高校は四年だから三年にせよという声もございます。これは、ただ子供のほうには、調査してみますと四年だから魅力がないという答えがちょっと出てこないので、おとなが考えるのと子供が考えるのと違うのですが、確かにそういうこともございましょうから、はたしてそれでは四年を機械的に三年にしてもいけませんので、三年にするためには、五時ごろから夜やったのではこれは時間が足りませんから、職場と協力して四時あるいは三時にできるところ、あるいは土曜日は昼くらいからやってやるとか、そういうことで一年間に何単位くらいとれるであろうか、そういうことも研究したいというふうに思っております。  十分なお答えになりませんが、確かに私ども魅力がないとよく言われますし、また勉強しておる子供が、何と申しましても全日制の高等学校に行っておる子供に対しましてはハンディキャップを背負っておるわけですが、できる限りそういう点に配慮して、先ほど大臣への御質問のような点を十分考えまして進んでいきたい。  それで、教育内容等におきましては、先ほど大臣も言われましたが、定時制は減りましても職業訓練所、各種学校の生徒はふえておるわけです。これは必ずしも、定時制に行くべき子供が定時制に行かないで、各種学校、職訓へ行ったという機械的な因果関係ではないと思いますが、それにしても相当なあれもございまして、そこで先般高等学校の学習指導要領の改定もいたしまして、一部では、高等学校の多様化といいますと高等学校の各種学校化だと悪く言う人もおりますが、そういう意味ではなくて、こういう子供のためには画一的な教育よりも、やはり特に定時制、通信制のような子供には個性に即した、必要に応じた教育をしてやる必要があるであろう。教育内容も直す。さらに、ただいま御審議を願っております先生方に対する手当も、りっぱな先生方に来てもらい、先生方がほんとうに子供の教育をしていただく、そのためにも、金額は些少かもしれないが、三%上げて一〇%の定通手当を差し上げるというのも、結局はいい教育を子供たちのためにしていただきたい、ひいては子供に対する魅力を増すゆえにでもあろうかと、いろいろなことを考えておる次第であります。

松永光自由民主党

○松永委員 定時制高等学校、通信制高等学校を魅力あるものにするために、モデル校あるいはまた四十六年度から研究指定校を設置するといったことで、努力をしていらっしゃることについてはその努力を認めるわけなんですが、しかし、一番の問題は、この修業年限の問題というのは、なるほど局長さんのおっしゃるところによれば生徒のほうから出てこないと言うけれども、三年と四年、一年の差があるということは、私は部外者であって生徒じゃないですからほんとうの生徒の気持ちはわかりませんが、常識的に言って一年間よけい行かなければならぬということは、定時制高等学校、通信制高等学校の魅力を減少せしめておる一番大きなものじゃなかろうかというふうに私は考えるわけでございます。なるほど勉強する時間の問題がありましょう。また、若いくせに戦争前のことを言っては申しわけないのですが、戦前は昼間の中学と夜間の中学と修業年限の差はなかったんじゃないでしょうか。同じ時間でしたよね。同じ時間であっても、昼間の中学を出た人と夜間の中学を出た人との間に実力の差があったかといえば、人によりけりでしょうけれども、ほとんどなかったんじゃないかというふうに私は考えるわけなんです。現に、私どもが中学を卒業する当時に、夜間の部の人が昔の相当いい高等学校あるいはまたいい大学の予科などに相当入っておったことを私は記憶しておるのですが、そういうことで、やりようによっては、生徒の実力にそう差はないというふうな状態に持っていくことは不可能ではないというふうに私は考えるわけでございます。  しかも御承知のように、最近は、中学を出た子供は金の卵というぐらいに非常な求人難であるわけです。そういう機会でありますから、中学を出てそして定時制高校に行きたいという人に対しては、特別に、労働時間を六時間とかそういう時間に短縮してやるという労働基準法上の特例を法律で設ける、こういったことも考えられると思います。そしてまた、比較的短い時間に生徒に力をつけさせるというためには、ほんとうの指導力を持った先生をそろえなければならぬと思うのですが、それも定通手当の増額とか処遇の改善等によっていい先生をそろえることは、これまた不可能じゃないと思うのですね。もっとも、現場の先生のほうからは、三年制化は反対というような陳情が私のところに来ているのですが、これは学校の先生の立場から見れば教えることがたいへんでしょうし、あるいはまた、教える時間等も長くなったりする問題等もありましょうから、現場の先生はたいへんだと思うけれども、しかし、これも先生をふやすなどの措置をすれば解決できない問題じゃないというふうに私は考えるわけですが、そういったことで、やはりこの修業年限を、全日制と同じ年限にするということを真剣にひとつ前向きに、私は検討してもらいたいというふうに考えるわけであります。  これは私だけの意見でなくして、定通教育の振興会というのがありまして、その振興会の人たちはほとんど、三年制にしてもらえばなということを強く要望しているように私は聞いておるわけでありまして、そういうわけで魅力ある定時制、通信制の高等学校にするためには、修業年限の問題というのは真剣に考えるべきだというふうに私は考えるわけであります。そしてまた、この「初等・中等教育の改革に関する基本構想」の中間報告の中にも、「経済発展と労働力の需給の変化に応じて、労働時間の短縮など勤労条件は地域によって多様化しつつある。そのため、定時制・通信制の高等学校の修業年限、教育の内容・形態などを実情に即して弾力的に改める必要がある。」というふうな指摘もされておるようでありますので、この修業年限の一年間短縮という問題は前向きにひとつ真剣に検討してもらいたいというふうに私は考えるわけでございますけれども、大臣の御所見を承っておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 確かに定時制を魅力あるものにするということでなければいかぬので、しかもいまの、先生ずっとるる御指摘になりましたような減少傾向にあるのは、やはりそういう魅力がないからだと思います。それには先生方の問題もございましょうし、施設設備の問題もございましょう。それからまた、修業年限の問題もございましょう。しかも中教審でもそのことについて、この五月最終答申が得られるものと思いますので、それを含めまして、三年制の問題も含めまして私どもはひとつ十分検討をいたしたいというふうに思うわけであります。  私、最近富山に参りまして、あそこの定時制高校、雄峰高校というのでございますが、見ました。これは実にうまくやっておりまして、普通の高校よりも、よりりっぱな施設をモットーにでき上がっている鉄筋コンクリートで五階建てか六階建て、エレベーターもあります。それで企業の人たちと連携を保って、そして集団入学もさせておる、あるいは通信教育との併営もうまくやっておる、それから各種学校との関係もうまく連携をとっておるということで、非常に総合的に定時制高校というものをとらえている。これは、普通高校に行っている人たちに対して定時制に行っている子供たちが誇りを持つばかりでなく、先生自身も誇りを持つ、これは私は一つのいい例じゃないかと思います。それから鹿児島でも同様な考え方で、むしろ普通高校よりりっぱな施設をつくって定時制の振興をはかっている。こういう姿勢が教育委員会にもある、あるいは県政にも出てくる、またそれをバックアップする文部省の姿勢がもともとなければいけないのじゃないか、そして必要なお金をやはり考えてあげるということが必要であるというふうに思いまして、ちょうどこのあたりで一ぺん定時制のあり方を基本的に考え直してみるという時期に来ておるのじゃないかというふうに考えております。

松永光自由民主党

○松永委員 もう一つ、定時制高校の魅力を増すためには、あるいは通信制高校の魅力を増すためには、定時制高校卒業、通信制高校卒業だということで、一般の全日制高校の卒業生との間に就職をする機会、そしてまた就職した後の昇給、昇進などの条件、そういったものについて全く平等なんだということを徹底することが、私は定時制高校の魅力を増す非常に大きな要素になると思うのです。そこで、国家公務員、地方公務員といったような国が直接または間接に措置できるようなところ、あるいはまた公社公団、これまた直接または間接に措置できると思うので、そういうところにおいてはまず差別はないんじゃないかと思うのですが、実態はどうなっているかということ、それからまた民間企業、これについては当局において経済団体その他に働きかけて、就職する機会の差別の撤廃、それから就職後の昇給、昇進についての完全な平等化、こういったものをひとつ促進してもらいたいというふうに思うのですが、実態がどうなっておって、そして今後どういうふうに措置しようと考えておるのか、その点についてひとつお尋ねしたいと思います。

宮地茂文部省初等中等教育局長

○宮地政府委員 御指摘の点につきましては、確かに過去におきましては理由のない差別が職場でなされておりました。が、そういうことから昭和三十八年でございましたか、事務次官から当時の状況をるる御説明いたしまして、そのような差別をしないように、少なくとも就職試験を受ける場合には、受験の機会は平等に与えてもらいたいということを強く要望いたしましたが、それ以後初中局長名でも毎年、主要な全国の経営者団体あるいは主要事業主に対しまして、就職の機会を供与するようにという依頼状は出しております。さらに、国家公務員、地方公務員等は公務員試験がございますが、そちらのほうは全然そういう差別はございません。しかし、だんだんよくなりましたとは申しますものの、四十年ごろから急速によくなっておるのですが、私どもが調べましたところではまだ完全ではないようでございます。したがいまして、日経連、商工会議所、こういうところを通じましていろいろお願いだけしておるけれども、実態はどうなっておるのかといったようなことでデータをとるのも御協力していただいておりますが、まだ一〇〇%差別をしないという段階になっておりません。今後とも大いに努力いたしたいと思います。  なお、公社公団等では、過去におきましては多少区別されておったのですが、最近ではなくなった。特に数日前、一々公社公団に私どものほう直接、そうはいってもことしはどうなんですかといったことを具体的に尋ねたのですが、全然区別はしておりません。ただ、場合によりましては二十歳以上の者はことしは採用しませんというような場合に、定時制高校を卒業した人は二十をこす人、二十歳以上だから、二十歳以上は採用しませんというような年齢で制限されたところが若干あるようでございますが、少なくとも高等学校卒、こういう資格の場合に定時制、通信制は除くというようなことは、公社公団でもいたしておりませんということでございます。今後そういうことのないように、私どもなお一そう努力をしたいと思います。

松永光自由民主党

○松永委員 最後に、いま一つお尋ねと御要望をしておきたいのですが、定通関係の校長先生に八%の手当、それから一般の先生方に一〇%の手当がつくようになるということ、三%ずつアップされるということ非常にけっこうでありまして、私ども喜んでおるわけなんでありますが、しかし、率直に考えてわれわれの生活のリズムというやつは、太陽がのぼって太陽が没するまでは働くとしても、太陽が沈んでしまえばやはり休養をとるというのが人間の普通のリズムだろうと思うのですね。太陽が沈んだ後は、夜になると奥さんや子供さんたちと一緒に団らんする時間、それを持つのが普通人だろうと思うのです。ところが、定時制高等学校の先生たちは、そういうリズムをある意味では狂わして、そして奥さんや子供との間の団らんの時間を犠牲にして、一生懸命子供の教育に当たっていらっしゃるわけですね。そこへもってきて先ほど局長さんの話にありましたように、定時制高等学校の生徒は年齢の差もあろうし、環境の差もあろうし、非常に種々雑多の人が来ておる。したがって、その生徒たちを教える先生の苦労は、全日制に比べて非常にたいへんなものなんだということでありますれば、一ぺんにというわけにはまいりません、除々にということになるのでありましょうが、そういう実態を考えれば校長先生八%、一般の先生一〇%というこのことに満足せずに、もっと処遇を改善していく、こういう努力をしてもらいたいというふうに私は希望するわけであります。そしてまた、先ほどのお話にありましたように、定時制高等学校、通信制高等学校をほんとうに魅力のあるものにするためには、施設の面も大切でしょう、しかし、授業内容というものが魅力のあるものでなければならぬと思うのです。生徒の中にもそのことを指摘する者がたくさんいるということでありますが、もっともだと私は思う。魅力のある授業のできる先生、すなわち優秀な先生というものをそろえなければならぬと思うのですが、優秀な先生をそろえるためには、いま言ったように、ほかの人が休んでおるあるいはまた家族と団らんしている時間に、一般人の生活のリズムを乱して、そうしてその仕事に当たってくれる、しかも優秀な先生をそろえるということになりますと、これは処遇をもっと改善していかなければならぬというふうに私は考えております。先ほど大臣が定時制高等学校、通信制高等学校について再検討する時期に来ておるというお話でございましたので、その再検討の中に、ぜひ定時制高校、通信制高校に携わっていらっしゃる先生方の処遇をさらに改善していくということの検討をしていただければありがたいというふうに最後にお願いいたしまして、私の質問を終わります。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 やはり定時制、通信制の高等学校に教べんをとっておられる先生方の苦労は並みたいていのものではないと思いますので、今後とも待遇の改善に十分努力をいたしたいと思います。ことに定時制高校の抜本的な改正の時期に、それを含めまして検討してまいりたい、かように考えております。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員長代理 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。    午後零時三十七分散会

国会会議録検索システムで原文を見る ↗