文教委員会 第2号
- 発言数
- 170 件
- 登壇者
- 15 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1971/02/17
会議録
○八木委員長 これより会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について調査を行ないます。 前回の委員会におきまして、西岡政務次官より昭和四十六年度文部省所管予算の概要について説明を聴取いたしましたが、補足説明聴取につきましては、お手元に資料を配付してありますので、御了承願います。 それでは、質疑の申し出がありますので、これを許します。河野洋平君。
○河野(洋)委員 本日は、文部大臣に、先般行なわれました所信表明の幾つかの問題点の中から少しお尋ねをして、もう少し具体的にお答えをいただきたいと思うわけでございます。 最初に、私は先般行なわれました総理大臣の所信表明を聞いておりまして、佐藤総理は、わが国の未来像の達成のために、最も基本的な重要課題として教育の刷新と学術文化の振興をあげる、こう言っておられます。私どもは総理の所信表明を拝聴いたしまして、たいへんいいことだということで、きわめて同感いたしておるわけでございますが、その総理の所信表明を受けて、先ごろ行なわれました文部大臣の所信表明もそうした点を強調しておられます。私どもは、そういうことで坂田文教行政というものに非常に期待をかけておるわけでございますが、大臣はいままでしばしば、四十二年七月以来、中教審がずっと検討を続けておりますわが国の教育制度の根本的改革、これの最終答申を待って本格的な教育行政の改革をするのだということを言い続けてきておられます。伺いますと、この五月末ごろにはその最終答申が出るように承っておりますから、その最終答申が出ましたらば、ひとつ直ちに具体的な作業に入っていただきたい、これは当然のことでございますけれども、一日も早く、しかし拙速ではなくて、十分検討を積み重ねた上での教育改革というものに取り組んでいただきたいということを希望として申し上げます。 そうしてこの中教審が改革に取り組んでおる間にも、国内、国外を通していろいろと日本の教育の現状、教育改革の方向について議論がなされておりますが、その中でも非常にユニークな議論を展開いたしましたのは、昨年来日をいたしましたOECDの調査団であろうと私は思います。この報告が昨年の十月に、エグザミナーレポートですが、なされましたけれども、この報告等で拝見いたしましても、たとえば入試制度については、個人の潜在的能力の発展よりも選抜を少し重視し過ぎてはいないか、あるいは教授の任命を公募制にして、いわゆる近親繁殖防止の必要があるのではないかというような、もうすでにわれわれが検討しなければいかぬと常日ごろから思っている点を指摘している部分もございます。中には、社会的背景が十分理解されていないために当たっていない点も若干あるようにも思いますけれども、全般的に見まして、かなりいい点を指摘していると私は思います。そしてその報告書の中で、主として大学改革に触れているのですけれども、むしろ大学の機構いじりよりも教育の全体系と大学を、長期的展望と理想をもって改革することが大事ではないかということを非常に強調している点が、私は大事なところだろうと思うのです。 そこで大臣に長期ビジョンとしてお伺いをしたいのですが、政府は経済計画あるいは社会開発計画をひとつ再検討をし、思い切った多額な教育投資を行なわなければいけない。そうしてその際に、これまでの東京大学や京都大学を中心としたピラミッド型の教育システムというものをひとつくずして、教育を自由化すること、これが非常に大事なところではないかということを調査団の報告書で書いておるのでございますが、この点について大臣はどういうふうにお考えになるか、まず最初にお聞きします。
○坂田国務大臣 ディスレリーでございましたか、かつて国の運命を決するのは教育だということを申しておりますが、そのことは今日といえども変わらないというふうに私は思います。したがいまして、総理大臣の施政演説におきましても、その意味において日本の国づくりはまず人づくりから始めなければならないということを強調されたわけであろうかと思います。私もそのように教育というものを考えております。同時にまた、新たな価値の創造をするという学問を進めていく努力というものが同時にやらなければならないという意味において、学術文化というものを取り上げられたこともそうかと思うのでございます。 〔委員長退席、谷川委員長代理着席〕 そういう意味から私どもがいま諮問をいたしまして、その答申を期待しておる中央教育審議会、四十二年以来非常な努力を傾けておられることは御承知のとおりでございますが、いよいよこの五月に最終答申が出されると思います。私はその答申を受けましてから、十分その答申を尊重して、幼稚園から大学までの具体的な改革に取り組みたいと考えておりますが、その際にやはり長期的な教育計画というものを策定する。そしてまた、それに対しまして、それを実現するために必要な経費というものが、どの程度かかるかということも計量計算をいたしまして、たとえば新社会経済発展計画の中においてもそれを組み込んでいくということもやらなければいけないと思っておるのでございます。 それから、ただいま御質問の、OECDのわれわれの教育制度改革に対するサゼスチョンといいますか、指摘がございましたが、これも河野先生御指摘のように、私どももかなり評価をいたしておるわけでございます。また、従来われわれが考えておったようなことにも触れておると思うのでございます。たとえて申しますと、あまりにも国立大学と私立大学との格差がひど過ぎる。これをもう少し穴埋めする必要があるのではないかということを指摘しておりますが、これはもうこのとおりだと考えておるわけでありまして、おそまきながら昨年度から人件費を含む経常費助成に踏み切ったのも、そのことをわれわれが考えておるからでございます。それからまた、OECDが指摘しておりますように、東京大学あるいは京都大学中心の大学政策ではなくて、もう少しほかの大学も同様に充実すべきでないかという指摘、これは私、全くそうだと思うのでございまして、むしろ東京、京都の大学においてはこれ以上拡充すべきじゃないのじゃないか。質的な面において、あるいはいろいろ教員その他の組織、あるいは学部、講座等の問題については今後改善を要することがあろうかと思いますけれども、われわれのほうはむしろ日本列島全体をながめ回して、そこで地方大学を充実していく。そうして国立大学を受けたい人が、なるたけ自分の郷里で受けることができるようにすべきではないか。そのためには相当の、りっぱな先生方が地方の大学に行っていただくといいますか、あるいは定着していただくといいますか、確保できるというようなことをあわせ考えていかなければならない。だから私は、むしろ地方大学を充実していくことが一つの考え方であるということを申し上げておきたいと思います。
○河野(洋)委員 大臣は、先般の文教委員会でも地方大学の充実ということを非常に強調しておられました。たしかその際は、ユニバーシティーマップのようなものをつくって、地方と中央いずれにもすぐれた教育の成果をあげるということが大事だということを指摘しておられます。 〔谷川委員長代理退席、委員長着席〕 私は東京大学、京都大学に象徴されるピラミッド型というものを、ただ一つの峰をつくるということだけではなくて、やはり幾つもの峰があることが大事だ、さらに、中央、地方に、いま大臣が御指摘になったような感覚で教育の恩恵を与えていくことが大事だろうと思います。そこで具体的に、と申しましてもどこまで一体具体的にやるかわかりませんが、ユニバーシティーマップのようなものを具体化していくことができることなのかどうかという点については、いかがでございましょう。
○坂田国務大臣 ユニバーシティーマップというものを、私どものほうで一応頭の中で考えましても、実際に各大学の方々がどういう意欲を持っておられるかということが、やはり非常に大事でございます。しかしながら、最近大学の先生方ともお話をする機会が非常に多いわけでございますが、先生方もそのような気持ちを実は持っておられます。口では大学の先生を確保すると言うことはたやすいのでございますけれども、実際上その大学の先生をほんとうに地方の大学に定着させるということは非常にむずかしい問題、したがいまして、そのことは大学の先生方自身もこのごろはもうよくおわかりになっておるわけでございまして、その意味においてむしろ各大学間の協調といいますか、あるいはコミュニケーションというものが非常に必要だということを痛感されております。したがいまして、ある地域あるいはあるブロックにおきましては、同じ悩みを持った各大学の先生方がお集まりになって、あなたの大学ではこういう面について重点を置いてください、あなたの大学ではひとつこういう点に重点を置いてくださいというような話し合い等が行なわれまして、そしてやはり自然に、自発的にそういうような空気が出てまいることを私たちは期待いたしておりますし、また、それとわれわれが考えますユニバーシティーマップというものとを突き合わせまして、そして最終的にいろいろ定員、人員の配置や、あるいはまた予算等について考慮していくということでございますと決して不可能なことではない、そしてやらなければならないことではないか。また、そういうような空気というものが大学の間に出てくることが大学を質的に充実していくことであるし、また地方の大学を充実する道であろうかというふうに私は考えておるわけでございます。
○河野(洋)委員 教育の問題でございますから、あくまでも自発的な考え方というものを大事にしていかなければならないのは、大臣の御指摘のとおりだと思います。ただ、あまりに自発的、自発的といって待つ姿勢ばかりでは、なかなかユニバーシティーマップというものはでき上がらない。そこで、少なくともどこにはどういうものがあったほうがよい、あるいはどこにはどういうものが多過ぎるという程度の見解はあちこちで議論されてしかるべきもの、もちろんもうしておると思います。そうして強制するのではなくて、あくまでも示唆をする、忠告をする、助言をするという立場から、こうしたものの実現にもっと積極的に努力をしていただきたいことを、この機会にお願いをしておきます。 そこで先に進みますが、大臣の所信表明の中には、今回特に「教職員に適材を得るかいなか、その熱意と努力を期待できるかいなかは、教育の成果をあげる上に最も重要」だとして、教職員の処遇の改善と資質の向上をはかり、人事院の勧告を得て、これが法制化に今国会で取り組むということを述べておられます。二月八日の人事院勧告を見ますと、「教育が特に教員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいことおよび夏休みのように長期の学校休業期間があること等」を考えれば、「時間的管理を行なうことは必ずしも適当でなく、とりわけ超過勤務手当制度は教員にはなじまない」ことを人事院がはっきりと意見書を出しまして、給与等の現行制度を改めて、特殊性にふさわしいものとする必要があるということを人事院勧告として出しておるわけでございます。これを踏まえて、国公立の教職員の給与等の改善のための特別措置法というものが提案されるやに聞いておりますが、こうした国公立の先生方への配慮というものはたいへんけっこうなことだ。新聞等で拝見をしますと、四%のアップをねらって、実質的にははね返り六%のアップを考えた案が、今度国会に提案されることになっておるそうでございますが、具体的に、これは局長にでもお伺いをしたいと思いますが、私あちこちに行って話を聞いてまいりますと、この案には非常に賛成なさる方が多うございます。ぜひやってほしいという方が非常に多い。しかし、その中で若干の不安あるいは不満があるとすれば、この法案が小中学校にとどまっておる。高専が抜けておるではないか、幼稚園が抜けておるではないか、あるいは大学はどうなんだという議論がございます。しかし私どもは、これはあくまでもまずこの問題に取りかかったということにたいへんな意義を認めたい、こう考えまして、将来、おそらく高専その他にもこうしたことがなされていくであろうということを私どもも言うておるわけでございます。 ここで問題なのは、しからば一体私学に対してはどういうことになってくるのか。国公立に対してはこうした配慮がなされるけれども、私立の先生方に対しては一体どういうことになるか。もちろん財源が全く違いますから、これを国でどうのこうのと言うわけにはいかないかもしれない。しかし、一方では私学振興ということを唱えて、私学が教育の中に占める部分は非常に大きいということを認めながら、こういう措置をすれば私学にいろいろな意味で経営の圧迫があったり、あるいは国公立の先生方と私学の先生方との間に心理的なもやもやが生じたりするというような心配はないだろうかという声も若干はあるわけでございます。そうした点に何らかの配慮をなされるおつもりなのかどうなのか。これはあくまでも法案の根っこが違う、別の次元で考えなければいけないということであるのか。やはり現実問題としてそういう問題が起こってくる以上、文部省としても何か考える余地があるのかどうなのか。この点、少しこまかい議論になりますので局長でもけっこうですから、何か案がございましたらお答えをいただきたい。
○宮地政府委員 いまお尋ねの小学校から高等学校までが人事院の今回の意見申し出の対象になっておりますが、その他の学校につきましては、人事院の意見についての説明にも今後の検討課題とするということで、人事院も十分意識しておられるようでございます。したがいまして、先ほどの幼稚園とかあるいは高専とかいった、小学校と高等学校の上下の学校につきましては、私どもも近く人事院のさらに今後の勧告なり意見なり等を十分期待しておりますが、お尋ねの私立学校につきましては、先生もいまおっしゃいましたように、私立学校の先生と国公立学校の先生との職務なり勤務の態様は非常に類似しておると申しますか、差異はないといってもよいように考えられますが、給与問題につきましては、遺憾ながら現行制度では国立、公立の先生は公務員でございますし、私立学校の先生は法律的には公務員ということになっておりません。したがいまして、給与なり勤務時間等の勤務条件の決定方法、さらにその内容というものは、根本的に異なっておることは御承知のとおりでございます。しかし法律論、制度論は一応別といたしましても、公立の先生方にこういった調整額が支給されるということに対して、現実問題としての処理はどうなるかということは当然私どもも関心のあるところでありますし、これをほうっておくわけにはまいりません。ただ従来から、私立学校の問題につきましては、大学を含めまして文部省としても種々措置いたしておりますが、四十五年度におきましては私立の高校以下の学校、これは幼稚園まででございますが、それに対しましても、大学と同じような人件費を含めての経常費補助ということは、交付税によって一応措置することにいたしております。四十五年度は四十五億でございましたが、四十六年度は倍額の九十億を見込んで交付税上措置されるということになっております。この九十億の積算につきましては、まあいろいろな積算のしかたがございましょうが、自治省のほうでは、もちろん私どももお願いもいたしましたが、要するに実績をもとにして、教員一人当たりの実績単価というものを中心にいたしております。したがいまして厳密に申しますと、公立の学校でございますと校長さんには一二%の管理職手当が払われておる、さらに教頭には一〇%の管理職手当が払われる、さらに産業教育関係では七%ないし一〇%の産業教育手当が払われておるとかいったようなものを、一々理論的にはじき出しまして理論給与として単価をきめておりません、あくまでも包括的に実績主義でございます。そういう関係もございまして、いま調整額というものが四%だ、だからいままでの四%を加えていくということはちょっと機械的にできない。根っこの計算がそういう計算になっておりますので、むずかしゅうございますが、しかし、それにいたしましても四十五億から九十億に上がりまして、十分の一補助が十分の二といったような積算でございますが、その九十億でかりに四%に当たるものを計算いたしますと、三カ月分で八千万円くらいになります。したがいまして、九十億の中で当然そういう経費は見得ると考えておりますし、また見て差しつかえないものだと思います。
○河野(洋)委員 この問題は非常に大事な問題だと思います。ひとつ法案が委員会に付託になりましてから、いろいろな角度からもう一度議論をいたしたいと思いますが、どうかひとつ大臣は、あちこちで国公私立の格差の是正ということを盛んに言うておられるときでもございますから、私学に対しても十分配慮をしていただきたいということをつけ加えさせていただきます。 そこで、いまおしゃべりをいたしましたのは主として小中高でございますが、大学の問題、つまり私立大学が教育関係では経済的、財政的に最も重大な時期に来ておると思います。ここ一、二年、予算措置としては私学の経常費補助ということでかなり画期的な私大に対する補助が行なわれておるわけでございますが、それでもなかなか国公私立の格差というものは一ぺんで縮まる気配がございません。大臣としては、もっとこの国公私立の格差の是正を急速に進めていくおつもりがあるのか、いやあれはもう徐々にやればいいので、そう急速にやる必要はないんだとお考えなのか、その辺についてひとつ。
○坂田国務大臣 私立大学と国立大学とはいろいろの教育条件の差がございます。これを何とか早く解消いたしまして、ほんとうに私学が、教育の質的な面において充実がされるようにしなければなりません。ただいまは人件費補助の点につきましては昨年度から始まりましたし、ことしは昨年度の予算に対しまして五〇%増獲得いたしておりますけれども、私どもといたしましてはこれで満足しておるわけではございません。もう少し財政当局を説得できるような予算要求をいたすことによって、たとえば事務職員に対しましてもその給与の一部を負担するというようなことやら、あるいはまた研究費、学生経費等につきましてももう少し考えていく、少なくとも国立大学並みの算定基礎に改めていくという、まだ幾多の課題があると思うので、大いに検討いたしまして、この格差是正のため最善の努力を払ってまいりたいというふうに考えております。
○河野(洋)委員 私大の補助等について国立大学並みにできるだけしたいというお考えのようでございますが、一方国立大学のほうを見ますと、これはたとえば授業料一つをとりましても、社会常識からいって少し安過ぎるのではないかという議論があちこちでございます。とかく最近は、政治の上でも社会常識をもっと大事にしなければならぬという世論が強い時期でもあります。今回、国立大学の授業料の値上げは公共料金の抑制ということを理由に見送られたようでございますが、物価の値上げに何も一役買う必要は毛頭ないわけでございますけれども、やはり社会常識から考えて、現在の国立大学の授業料ということをベースにして、私立大学をあのベースに合わせるということはまさに至難のわざだろうと思います。それはなぜかといえば、いまの国立大学のあの授業料は、あまりにも合理性がないということではないかと思います。そこで、国立大学の授業料についても、やはり値上げということではなくて適正な授業料に変えるということは、私はどうしても必要だろうと思います。その適正な合理的な授業料に変えるという努力を、公共料金の抑制ということだけでもうそういう努力を放棄する、そういう検討もしないということでは私はいけないのではないか。一方では、特殊教育その他に非常に零細な人たちが一生懸命その任に当たっておられる。片方では、国立大学は合理的でないと思える授業料で、そのまま今日まで推移してきているということでは、どうも社会常識上納得できない部分があるわけでございますが、その点については大臣はいかがお考えでありますか。
○坂田国務大臣 本年度におきましては、確かに国立大学の授業料というものの値上げは思いとどまったわけでございます。しかしながら、私どもといたしましては、いまの国立大学の授業料がほんとうに適正であるかどうかということについては深い関心を持っておるわけでございまして、もう少し世間の人たちも納得のいくような適正な授業料にしなければならない。その時期あるいは方法というものはもう少し考えさせていただきたい、かように実は思っておるわけでございまして、その授業料が適正であるかいなかということを考える場合に、単なる物価というようなこと、あるいは単なる私学との比較ということだけではきめられないのであって、日本の大学制度における奨学金制度、あるいはまた今度答申が出ます大学改革というものとにらみ合わせながら、適正な授業料というものをきめたいというふうに私は思っておるわけでございます。したがいまして、お話しのようにあまりにも合理性のない、どんなにでも安ければいいんだというようなことでは、私はかえって学生自身にも理解ができなくなるのじゃないかというふうに思うのでございますから、その点、やはりいろいろの面から総合的に考えまして、適正な授業料というものをひとつ考えていきたいというふうに思って検討いたしておるところでございます。
○河野(洋)委員 私どもは私どもなりに、高見先生を中心に国立大学の授業料問題等についても検討を進めておりますやさきに、公共料金の値上げストップという総理の一言で終わりになってしまったということで、私は非常に割り切れないものを実は感じておるわけでございます。大学局長に伺いますけれども、国立大学の授業料というものは公共料金ですか。
○村山(松)政府委員 ただいまの政府の扱いといたしましては、公共料金というものを政府が規制あるいは関与決定する料金というぐあいに定義しておりますので、そういう定義からいたしますと公共料金の中に入っております。
○河野(洋)委員 公共料金の定義ではそうかもしれません。ですけれども、文部省、大学局長としては、国立大学の授業料はいわゆる公共料金というニュアンスの中に十ぱ一からげに入れて、公共料金を値上げしない、ストップというときには、一緒にストップをしていいものだとお考えになりますか。
○村山(松)政府委員 わが国の教育制度におきましては、明治に学制ができまして以来、ずっと国立の学校でも授業料というものは取るというたてまえをとっております。その考え方といたしましては、国立の教育施設は国の営造物である、営造物を使用するのでありますから、それの手数料あるいは使用料といたしまして、受益者に一部負担をさせるという考え方のようでございます。ただ、それが幾ら取れば適正であるかということにつきましては、いつの時代におきましても、いろいろ議論があったようでありますけれども、一定の明快な線が出ておりません。常識的に受益者に一部負担はさせるけれども、負担が過大にならない程度というようなことで、教育上あるいは財政上の配慮等から、金額がおのずからきまっておったようでございます。昨今では、諸般の情勢から国立大学の授業料はかなり長い期間据え置きになっておりまして、その間に物価あるいは私学の授業料などが上がっておりますので、常識的に見まして、相対的な考え方でありますけれども、国立大学の授業料は安いのではないかという見方もございます。 それからまた、観点を変えまして国際的に見ますと、大学の授業料に対する考え方は国によってもきわめてまちまちでございます。かなり必要な費用をペイする程度に近いような考え方をとっておる国もありますし、また、社会主義国家のみならず自由主義国家におきましても、国立の大学の授業料は取らないというたてまえをとっておる国もあるようであります。 したがいまして、国立大学の授業料というのは、やや冗長な御説明を申し上げましたけれども、沿革的に見ましても、それから国際比較から見ましても、なかなか適正な線が引きがたい問題でございます。私どもは、大臣が申し上げましたように、単なる公共料金とは見ておらない。公共料金として物価ないし公共料金の上がり下がりと軌を一にして上げ下げすべきものとは考えておりませんが、しからば、どの程度に見定めたらよろしいかということにつきましては、なお十分検討させていただきたいと思っております。
○河野(洋)委員 大学の授業料というものが営造物の使用料という発想から出てくるということでは、やはりこれは教育的見地から見てもよくないと思います。これは、いま局長はその沿革として言われたんだろうと思いますが、私どもは、文部省の教育に対する考え方がもう少し教育本位であってほしいというふうに思いますし、そうした見地から、この国立大学の授業料問題というのも十分な検討を続けていただきたい、こう思います。私は、もう少し議論をしたいと思いますが、時間の関係もございますから、この問題は検討をしていただくということをお願いして次に移ります。 そこで、最後の質問として社会局に伺いたいと思います。 大臣の所信表明にも、生涯教育ということを非常に力説され、社会教育について力を入れるということを述べておられます。しかし、私どもこれをさらっと見ましても、この大臣のおっしゃる社会教育は、あくまでも公民館を中心にした社会教育というふうに受け取れます。たとえば、社会教育主事を中核とする社会教育指導者の養成も非常に強く言うておられますし、予算的措置も、公民館に非常に強い予算配分がされているように思います。前回の文教委員会で、これは公明党の有島先生が図書館の問題について質問をなさっておられますが、私も、もうそろそろ社会教育の重点が図書館というものにその目が向けられていい時期だ、こう思います。小中学校では盛んに学内の図書館、図書室というものの利用をすすめております。家へ帰りますと、どうしてもテレビその他絵でぱあっと見て短時間の間に理解をしてしまう、あるいは、してしまおうという生活環境の多い中で、やはりじっくりと本を読み、本と取り組むということもまた社会教育の中では非常に大事な部分ではないか、こう考えます。それにしては、どうも図書館に対する予算はあまりにも少な過ぎると思いますが、局長はどうお考えになりますか。
○今村政府委員 図書館に対する昭和四十六年度の国庫補助金の見積もり額は、前年度六千万円が九千万円ということで、五割増になっております。事務屋の計算からいけば、五割増でございますからまあまあというところでございますけれども、しかし、生涯教育の全体系の中で各自が多様な学習欲求を満たし、しかも、高度化し、専門化した知識や情報を身につけていかなければならないという観点からいたしますと、根本的にこの数値は考えてみなければならない現状であると考えております。
○河野(洋)委員 局長がいま言われたように、九千万円という図書館に対する予算では、これはもう何ともならぬのは大臣も御理解いただけると思います。前回の委員会でも、現在ちょっと大き目の図書館をつくれば二億から四億は一館でかかるだろうというのがもろ常識でございます。それが日本全体で九千万円では、これはいかんともしがたい。私はかつて中学校のころ、私が行っておりました町の図書館長にいろいろ貴重な教えを受けた経験を持っております。この図書館長は、最近老齢で引退をされましたけれども、非常に若い者に対して本を読むことを教え、いろいろな意味で貴重な示唆を与えてくれた図書館長でございましたが、そうした図書館長というものをどうぞひとつもっと大事にしてあげていただきたい。そうして、その社会教育を——もちろん公民館も大事だと思います。村で、町で寄り集まって、いろいろみんなで議論するということも大事でございますから、公民館をもっともっとふやしていくと同時に、やはり各市町村に一つの図書館、あるいは図書室でもけっこうですから、そうしたものの充実普及ということを考えていただく。これがやはり社会教育、生涯教育にとって非常に大事な核になることだと思いますので、ひとつ最後にその点についての大臣の御所見を承って、私、質問を終わります。
○坂田国務大臣 いまの河野先生の御指摘は、全く私も同感でございます。ただ、予算面におきまして、ことしは公民館に重点を置いてまいりましたわけでございますけれども、しかし、今後はやはりもう少し子供たちが、フィーリングというような、いわゆる感覚的にだけものごとを把握していくということじゃなくて、思索をしたり、ものをじっくり考えたりするためには、やはりそのような図書館の充実ということが非常に大事だというふうに考えておるわけでございまして、これからの世の中には、むしろそういう意味において、図書館にだんだんウエートを置いていかなければならぬということで、もう人間が人間として存在する上において、考える動物であるといういわれから申しましても、これは必然的に充実していかなければならないことであろうかというふうに考えておるわけでございまして、一そう努力をいたしたいと思います。
○河野(洋)委員 どうぞひとつ、いまの大臣の御答弁、私、期待をいたしておりますから、行動する人間をつくると同時に、やはり思索をする人間、思索をする場、そういう環境をひとつ大臣の手でつくっていただいて、若い人たちに、十分ものを読み理解をし、考える、そういう基礎をつくっていただくようにお願いをして、質問を終わります。
○八木委員長 木島喜兵衞君。
○木島委員 昨年の暮れに「わが国の教育水準」という、普通教育白書と言っておりますけれども、これが発表になりましたが、その中で、教育費の問題についていろいろと多角な触れ方をしていらっしゃいます。ことに主要諸外国との比較をしていらっしゃる点は、やはり文部省でなければこういう調査はできないかと思うようなたいへんおもしろい資料も出ておりまして、たいへん勉強になるのであります。 その中で一つだけについてお聞きしたいのであります。 国民所得を教育費の関係でありますけれども、この中では「国民所得に占める教育費の配分比率をどの程度とするかは、一国の政策全体の課題であり、一概にはいえないが、近年、主要国の比率は全般的に上昇しているのに対し、わが国のそれは昭和三十年ごろを境として下降を示し、主要国の中では最低の比率となっている。」とあります。少なくともこの白書をお出しになるからには、ただ事実を述べたということでなしに、このことを踏まえてのこれからの努力目標といいましょうか、あるいは指向をしたいというものがあるからこそ、こういう白書を出す意味があるのだろうと思うのです。そうすると、主要国の中では最低である。しかし、国民所得に占める教育費の比率というものは一国の政策全体の中でもって考えておるということになると、主要国の中において最低だということは、主要国の中において政治の中における教育というものが最低である——これはちょっとことばじりをとらえたような言い方ですけれども、たとえばそういう現実だということになりかねないと思うのですよ。これを出された文部省とすれば、国民所得と教育費の関係を、政治全体の中では重視するほど国民所得に対する比率は高いのだ——主要国の中では日本は最低であるということをお書きになった大臣として、これを踏まえて今後どのようにしようとなさっていらっしゃるんだろうか、どういう目標を持っていらっしゃるんだろうかということをまずお聞きしたいと思います。
○坂田国務大臣 国民所得と教育費との関係でございますが、これは各国いろいろの事情がございまして、あるいは同じレベルで論じられないかもしれませんけれども、しかし、やはりこれが一つの指標になると私は思っておるわけでございます。したがいまして、日本でも一九六五年に五・三%であったのが一九六八年では四・八%になっております。それからアメリカでは一九六五年に六・〇%でございますが、六八年では六・一%、イギリスでは一九六五年に五・七%、六八年は出ておりませんが、おそらく六%をこしておると思うのです。フランスでも一九六五年では四・五%でございますが、今日四・八%と上がってきております。 そのように絶対額といいますか、それは日本の経済成長が非常に急激でございますからかなり高いと私は思います。しかし、今後新たな大学改革をやり、そしてまた幼稚園から高等学校までの制度改革、特にたとえば幼稚園の充実というものを考えていきますと、相当多額の教育費というものをやらなければ大学改革も行なえないし、あるいは先ほど来お話しの国立大学と私立大学との格差是正も行なわれないし、地方大学の充実も期待できない、私はこういうふうに思いまするので、実はただいまも御答弁申し上げましたように、長期教育計画というものを策定しようと考えておるわけでございます。しかもそれに対して一体どれくらいの計量計算をしたならばいいかということもやっておるわけでございますが、その計量計算というものは、日本の経済あるいは財政として全然不可能なものであってはならないので、やはり実現可能なものでなければならないというような観点から、毎年、一体国民所得に対してどれくらいのところまでならば、現在の日本の国力からいって教育費にこれだけのお金が獲得できるのだ。そこはもう文部大臣の見識の問題であり、大蔵大臣及び総理の見識の問題であるのだ。そういうようなある程度客観的な指標というものを出すべきだという考えでございまして、あるいはそういうようなことも含めまして、率直に実態を比較してみようということで実はこの白書が書かれておるわけでございまして、その前向きな施策をやる前提としてあからさまに実態を出したというのが、実は私の考えであったわけでございます。まあ事務当局としていろいろの考えがあるかもしれませんが、私はそのように理解をいたしております。
○木島委員 要約すると、教育の長期計画の上の積算をある程度して、その中で一定の指標、すなわち、たとえば国民所得に対して一定の比率を考えたいというようにお聞きしてよろしゅうございますか。
○坂田国務大臣 まあ非常にコンクリートにそれを目標にするということがはたして出るか出ないかはわかりませんけれども、しかしおおよその努力目標みたいなものは、考えられればひとつ考えていきたいという気持ちは持っておるのでございます。
○木島委員 私もそういう主張なのであります。諸外国に比べて低いから高めねばならないということで、諸外国が目標であるだけでは意味がないだろうと思うのであります。そういう意味では、ただいまおっしゃったように主体的に考えて、いま四・五%であるなら、それが六%であるか七%であるかは別としまして、しかもそれが六%とするなら六%が永久不変のものでなしに、それは五年なり十年ごとに変えていってもいいわけですね。そういうものが必要なんじゃなかろうかと実は思うのです。 その一つの理由は教育の独立性だろうと思うのです。このことになるとまた大臣は家永裁判にからんでそうお考えになるかもしれませんが、しかし、すなおに教育基本法十条の不当な支配に服しないといういい方を読めば、私は、独立性というものは否定できないだろうと思うのです。だからその自覚に立って教育行政が条件整備をするということには、いわば独立性というもの、不当な支配に服しない、他に支配されない、左右されないという教育の独立性という一つの面がある。と同時に、いま一つの理由とすれば、国民所得の一定比率でありますから、国民所得と教育費というものがある一体性を持っておる。これは実は中教審の何かにもちょっと出ておりましたね。すなわち教育活動の成果が社会に蓄積される。その教育の活動の成果が社会に集積されるということは、一つは量と質に言えて、量は各教育段階ごとの就学者数、それから在学年数という量と、質は計数的にいえば各段階ごとの生徒、学生一人当たりの教育費、一人に幾ら金をかけているか、これを乗じたものが教育費の総額になるわけです。これが毎年社会に蓄積される。そういう社会に蓄積されたものが、個人的にいえばその人の生涯所得をいかに増すかということになってくるでしょうし、その総和はまた国民所得になってくる。そういう国民の質が高まることによっても経済の収益性が高まり、あるいは政治、文化、経済全体への向上につながるという意味からいえば、教育費というものが国民所得とある意味では一体のものである。したがって、教育費をかけることによって国民所得が上がってくる。教育が先である。先ほど河野先生の御質問に大臣も、国の運命を左右するのが教育だという大原則のもとに、大方針のもとにおっしゃいましたけれども、ということは、やはり私はそういうことだろうと思うのです。とすれば国民所得というものと一体のものであるから、そういう意味で一定比率というものを考えるべきであると思うのです。ただそれを、ではどうしてやるかということになると、いまのように大蔵省から、予算の概算要求は昨年の何%増くらいに押えなさいというようなことでは、先ほど大臣の力量だとかおっしゃったけれども、それは大臣の力量でなしに、そういう範囲では限界が知れているんじゃなかろうか。そう大きな伸びが期待できないんじゃなかろうか。しかし、教育のレベルが社会に蓄積される量が少なければ、また逆に言うならば国民所得も伸びないということになる。だから、先に教育というものがある限り、そういう一定の比率というものをここで確立する必要がある。ことにいま教育改革とおっしゃいましたが、そういうことを踏まえればなおさらと思いますけれども、私はそういうことを抜きにして、そういう制度を確立するところの方針というものをいまの政府がやる、あるいは大臣がまあいろいろおっしゃったけれども、ほんとうにそういう強い意思をもって——これは教育界におけるたいへんな事業だと思うのですけれども、そういうことをおやりになる御決意をもう一回お聞きしたいと思います。
○坂田国務大臣 教育投資と経済成長との関係、この点につきましては、実は数年前に文部省で計算をいたして出しております。そのことは一つの試みでございまして、すべてその教育投資即経済成長、国民所得増大というふうにだけ考える見方というものも、ちょっと私いかがかという感じなんでございます。一つのやはり、試算としては価値のある試算であるというふうに思います。その意味において日本が今日、戦後二十五年でなくて、明治の学制発布以来この方、百年のことに言及しておるわけでございますが、そのことについて、東南アジアの諸国やあるいは先進国の人たちも実は非常に興味深くその試算を見ておるわけでございまして、むしろヨーロッパ社会においては、先進国といわれたイギリス、フランス、ドイツが教育制度においては閉鎖的な制度をとっておるがゆえに、国民一人一人の能力開発という面についてまだ十分でない。あるいは身分制あるいは経済的な理由によってその能力開発が閉ざされておるという面があるわけでございまして、たとえばイギリスでも、十一歳において試験をするという制度がまだ残っております。それに対して労働党内閣でコンプリヘンシブスクールを考えました。しかし、今度また保守党になりまして多少このピッチが弱まっておるというようなこと、これをどうイギリス社会でとらえるかというような問題もあるわけでございまして、私は、そういうようなことから考えると、日本はかなり一人一人の能力開発のために相当の力をしてきておる、ということは、世界的に見てもすぐれておるということがいえると思うのです。この間のOECDの指摘におきましても、少なくとも小中の義務教育段階まではそのことを認めておりますし、むしろ彼らが指摘いたしましたことは、高等教育機関の充実あるいは高等教育機関における国立と私立との是正、そこに一つのサゼスチョンを向けておる。そしてそのことは、われわれも同様に考えておるんだ、これから改善しなくちゃならない、あるいは投資もしていかなきゃいかぬのだ、こういうふうに思っておるわけでございます。したがいまして、先生の御質問にあるいは端的にお答えできませんかと思いますけれども、やはり長期教育計画をいたしまして、一体どれぐらいの投資をやったならばいいかということを一応出してみたいというふうに思っておるわけでございます。そしてまたいろいろの御批判も受けたいというふうに思っております。
○木島委員 いまおっしゃったように、確かにいままでの教育の社会的な蓄積というものが今日の経済の成長をもたらしたと思うのです。もちろんそのマイナスのものもありますよ、経済だけ考えるものだから。たとえば公害なら公害というものも、私は一つの教育だと思うのです。そういう人間をくる。経済のことだけ、金のことだけ考えて、社会的なマイナスというものを考えない教育というものが、公害に対する無関心を呼んだというマイナスの要素もありますよ。けれども、教育というものが蓄積されたものが、今日の経済の成長をつくったということは事実です。だから、高いんだからその比率は少なくても金額はよけいなんだということにはならないのであって、常に教育が先だ。教育が先だからこそより成長もするであろう、あるいは文化にしても政治にしても発展するであろう。そういう前提に立つならば、私は大幅に増額されなければならぬだろうと思う。しかし、増額されるにしても、いまの予算のつくり方ではなかなか教育予算というものは大きく伸びないだろうからこそ、私はむしろ、国民所得の一定比率というものをつくったほうが実質的にとれるのではないかという意味で言うのであります。ことにいまおっしゃいましたように、教育制度の改革等が日程にのぼっておりますけれども、しかし、改革するというのは、悪いから直すあるいはよりよく直すという意味があるわけですよ。しかし、いまの六・三制なら六・三制を、もしいまの国民所得に対して四・五%の教育費を七%にしたならば、内容はうんと変わってきます。現状が変わってくれば、直すというやり方が変わってくるだろう。私は率直に言って、いまの六・三制、いまの教育制度改革を否定するのではありませんよ。全く否定するものではないけれども、しかし、六・三制なら六・三制をつくったとき、あのときには世紀の大事業だと言ったわけです。しかし、その世紀の大事業と言ったけれども、それじゃはたしてそのときつくったほどの情熱を込めて予算がつけられているかというと、私は必ずしもそうじゃないと思うのです。私は、これは後に申し上げます。だから、そういう意味で制度を、六・三制をつくった、つくったけれども金をかけなかったから、いま改革しなければならないという現状も生まれたかもしれません。全部そうだとは言いませんけれども。だとすれば、今度新たな改革をした、しかし、そこにまた金をかけなかったらまた欠陥が出てくる、また改革をするという同じことの繰り返しになってくる。だから、改革も私は否定しないけれども、しかし、その前にいまの六・三制というものを完全にするということ、そのために金をかけるということが私はまず第一だと思う。そうでなければ改革の目標が失われてくると思うのです。改革したって同じことがまた出てくるのではなかろうか。そういう意味で私はそのようなことを申し上げているのであります。
○坂田国務大臣 先生おっしゃるのは私も同様に実は考えておるわけでございまして、一方において、中央教育審議会においていろいろ幼稚園から大学までの制度改革をやっていただいておりますが、これを受け取る私といたしましては、一体六・三・三・四制度そのものに欠陥があるのか、それともいまおっしゃるように、そのやり方等について、たとえばいい先生を確保するとかあるいは先生自身がもう少し自覚をしていただくとか、あるいは教育内容等について個別指導等が十分に行なわれるような環境にするとか、あるいは定員をもう少しちゃんと充実するとかいうようないろいろの教育条件を整備することによって、いま六・三・三・四制度に批判をされておるものの大部分が解消するんじゃないだろうか。もしそうだとするならば、まずその教育条件の整備というものをやることによって、その批判されておる六・三制度自身の制度の欠陥を補い、そしてなおかつ、制度それ自身も変えなければこれはだめなんだというような問題については、前向きに、実施に当たって制度を変えていこう、こういう考え方と、それからもう一つは、いままではそれでよろしかったかもしらぬけれども、ただ六・三・三制の制度のいままでの改善とか改革とかいうことだけじゃなくて、二十一世紀に向かう一つの制度のあり方として、従来はこれでよかったけれども、むしろ先生がおっしゃるように、教育というものは前向きに考えなければいけないのだ、したがって未来からの呼びかけに対して、はたして対応できるであろうかという一つの要請もあるということで、中教審では案を練っておるわけでございまして、またわれわれもその点について具体化をしていかなければならない、かように考えるわけで、そう先生の考え方と私どもの考え方と違うものではないというふうに、いまの先生の御質問を聞いておったわけでございます。
○木島委員 大臣もおっしゃったように、私もこの点は違っておるとは思わないのです。ただ、私が言いたいのは、いま大臣がおっしゃったとおり、欠陥を指摘されたものが条件の整備をすることによってずいぶん補われてくれば、改革の中身も違ってくるであろうということでございます。たとえば、そういう意味で予算がよけいになるということ。その最初は、まず国が法律違反をしないことが一つあると思うのです、金の面から。たとえば、どうでしょうか、地方財政法の第四条の五、「国は地方公共団体又はその住民に対し、地方公共団体は他の地方公共団体又は住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む。)を割り当てて強制的に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。」とあります。このことに国が違反をしておらないという言明が、いま文部省ができましょうか。
○宮地政府委員 地方財政法の規定でございますが、先生の御趣旨は、たとえば地方財政法で禁止しておる項目についていろいろ父兄が負担をしたりして、それが学校等の経費に充当されておる、こういったような点をおさしになっての御質問と思います。私どもといたしましては、まっこうから、この禁止規定に対しまして、国がその法律はあってもそういうことはかまわない、寄付をしなさいというようなことは決してしておりません。禁止条項は守るようにということを再三通知もし、県教委等にもいっております。ただ、遺憾ながら現実の問題として、子を思う親の至情でございましょうか、いろいろ無理をしながら捻出した金が学校で使われておるという事実は認めます。しかし、まことにこれはよくないことで、私どもとしては、こういうことのないようにということは十分つとめておるわけでございます。
○木島委員 いま局長、地方にそのように指導しておるとおっしゃるけれども、国みずからがやっておりませんか。たとえば、昨年の国立学校設置法できめたところの秋田大学の医学部、あれは病院を寄付させましたね。病院を寄付させていますよ。すると、これは、国は地方公共団体に対して寄付あるいはこれに相当する物件、物品等をさしてはいけないわけでしょう。そうすると、地方にそういう指導をしておるとおっしゃいましたけれども、国みずからが、たとえばいま言った秋田大学なら秋田大学が病院を寄付させたということは、地財法第四条に違反しませんか。
○村山(松)政府委員 法律の条文を明確に記憶しておりませんが、県立の施設を国の施設に移管する場合には例外が認められておりまして、それによりまして秋田の県立病院は秋田大学に移管をする予定でございます。まだ移管をしておりませんが、その予定にしております。
○木島委員 たとえばいま秋田大学はそうであっても、それと全く同じ地財法第四条の五に違反を国がみずからしておらぬと言明できますか。いまの病院が県立だから移管するというのはいいですが、たとえば土地の問題なんか、いろいろあるでしょう。全くないですか。
○村山(松)政府委員 秋田大学の医学部の創設の問題につきましては、移管でありますとか、あるいは交換でありますとか、そういう合法的な処置によって処理するつもりでございます。 それから全般的に国立大学と地方公共団体との関係で負担関係があるかというお尋ねでございますが、従来におきまして若干そういう事例がございましたので、すでにもう数年前からそういうことがないように指導をしておりまして、現時点では法律に反するような事例はないと考えております。
○木島委員 私は、違反をやっているとかやっていないとかいうことをいまここでもって強く言おうと思っておるのじゃないのです。教育費が足りないから法律違反をしなければならぬ、教育費をよけいにしなさい、して、まずしなければならないことは、法律違反をまずみずからやめること、それは国も地方公共団体も。それは皆さん、現実的には、おっしゃるとおり親の気持ちはそうなんだ。学校に人質を取られているみたいなものですからね。その人質のためには出さざるを得ない。ほんとうに喜んで出しているのではない。やはり地財法に違反しているのです。県が県立高校をつくるときに市町村に出させるでしょう。それは直接ではいけないから期成同盟か何かをつくったりして、それに県も出させて、市町村も出させてやっておるのです。あるいはプールをつくるときにどうですか。そういうことが現に行なわれておるのです。それは文書でもってなさったかもしれませんけれども、各県ともどこでもやっておる。各市町村、どこでもやっておるのです。こんなことは明白なんだ。明白なんだけれども、文書一本でもって、それは現実的には親の気持ちだからということでは済まされない。法律違反であることは確かである。私は、いまそのことを強く指摘するのが目的じゃありません。さっきから繰り返すように、教育費が足りない、だからこうなってくる。だから、私は、前段に言った趣旨の中で申しておるのはそこなんです。少なくとも法律違反をしないということがまず必要であろう。その次は、法律の趣旨というものを完全に生かすといいましょうか、趣旨に反しないこと。違反ではないかもしれないけれども、法律の趣旨が、教育費が足りないために十分に生かされていないのがたくさんあるわけでしょう。たとえば事務職員がそうですよ。学校教育法二十八条では、「事務職員を置かなければならない。ただし、特別の事情のあるときは、」「置かないことができる。」、置かなければならないのだから、原則は必置制でありますね。特別の事情があるときは置かないでよろしいとある。いまどうですか、小学校なら小学校、中学校なら中学校でもって事務職員の配当率はどのくらいですか。
○宮地政府委員 お答えいたします。 今回四十四年から始まりました第三次五カ年計画で、教職員の整備目標では約五四%と見込んでおります。四十三年度、第二次五カ年計画が終わりました時点では四三%でございました。
○木島委員 ちょっと私、三十何%ぐらいだと思ったのですが、五〇%事務職員がいっていますか、各学校ごとに。
○宮地政府委員 四十三年度で、私どもが第二次五カ年計画を終わりました時点で四三%でございます。四十四年度から五カ年計画を始めまして、したがいまして、第三次五カ年計画の終了年次の四十八年度では五四%になるという見込みでございます。
○木島委員 小中学校合わせてですね。
○宮地政府委員 はい。
○木島委員 いずれにいたしましても、特別の事情あるときは置かないでよろしいというのが、むしろ半分以上が置いてないわけです。逆に言えば、これは特別な事情あるときに置くという条文のほうが現実に合っていますな。(笑声)失礼なことを言って恐縮ですが……。ことに、私は新潟県のいなかですから、小さい学校ばかりを見ているかもしれません。東京なんかの大きい学校はあるいはみんな置いているのかもしれませんけれども、小さい学校ほど事務員に余裕はないでしょう。事務の量は同じでしょう。だから私、校長先生は出張要員、教頭先生は事務職員と、こう言っているのです。放課後、先生方は百円札のしわを伸ばすのと十円玉を数えるので手一ぱいで、あすの授業の準備ができない。それだから、置かなければならないという条文になっているのに、特別な事情がないと置かないということ、このことは、少なくとも金がないから、予算が少ないから法律が生かされておらない現状だと思うのです。もし事務職員が必置されたら、私は教育の内容というものはもっと変わってくるだろうと思う。先生方もあすの授業の準備ができるでしょう。 いま一つ申し上げたのですけれども、そのことは、たとえば養護教諭を置かなければならぬ、あるいは司書教諭を置かなければならぬとそれぞれ学校教育法なりあるいは学校図書館法できめておる。これは当分の間であるが、これまでは当分の間であることをいいことにして、元来必置制であるけれども時間的余裕を見た。当分の間というのは、一体全部の学校に一〇〇%置くのは何年間かかるのだろう。当分の間というのは一体何年間なんだろう。少なくとも、当分の間というのは、常識的にはそう長いものではないだろうと思います。そういう意味で、私は法律の精神が、予算が少ないために生かされておらぬという一つの例として申し上げているのです。だからこそ私は教育費を多くしなければならぬ、教育費を多くするためにはどうするかということで、実は最初に申し上げたことの一環なんであります。 たとえば研修を盛んにやると言っていらっしゃいます。けれども一体、小中学校でもって正規の旅費規程どおりの旅費をもらったなんていうのはありますか。研修の機会を与えなければならぬといっていますね。機会を与えるというのは、単に時間的な機会じゃなしに、経済的な側面も考えなければいかぬでしょう。元来、旅費なんていうのは前払いですよね。旅行へ出る前にもらうべきものですよ。一学期に一ぺんくらいあとでもらって、こんなの、学校で旅費くれるのかとたまげた先生がいます。よその公務員の中では考えられないことですよ。しかし、そういう規定があっても規定どおりされないのは、やはり予算がないから、だからそういうことを言っているのですよ。 二月十五日に「学校給食の運営に関する行政監察結果に基づく勧告」が出されました。率直に言って、私、これを見まして、日本における中毒患者の数が学校給食が一番よけいだということ、これはとにかくショックを受けました。しかもたいへんよけいでしょう。全国で食中毒したのが五万人のうち、学校給食でもって中毒が出たのが一万三千五百人、二七%。その次が仕出し屋で一七%、その次が飯食店で一六%。二番目の仕出し屋よりも一〇%よけいの二七%が学校給食から、日本じゅうの中毒の中で出ておる。これは断然他をリードしたトップの金メダルですな。これは学校給食ですよ。私は率直に言って、これを見たときショックを受けました。こんなことがなされておるのだろうか、一体この原因は——大臣どうですか、あなたこれをお読みになりましたか、どうお考えになりますか。
○坂田国務大臣 実は私も新聞を読みましてびっくりした一員でございます。この点につきましては、十分勧告の内容を私たちも精査をいたして、対策をしなければいけないというふうに思っております。ただ、昨年の二月に、保健体育審議会におきまして学校給食についてのいろいろの検討を加えました。そのときにいろいろ指摘をされましたこととも非常にダブっておる点もあるわけでございまして、これは徹底的に実情を知りまして、この対策を考えてまいりたいというふうに思っております。 局長からちょっと御説明申し上げます。
○木田政府委員 厚生省の統計によりますと、件数千三百六十件のうち学校関係が八十二件でございまして、件数としては決して一番ではございませんけれども、学校の集団が多い、また寄宿舎等のこともございまして、延べ数としては、いま御指摘がありましたように非常に数が多く出てまいります。そのことは、やはり学校給食は、たとえ一件でありましても中毒のないように十分戒心しなければならぬことでございまして、毎年、同じようなことでございますが、定例的にかなり綿密な注意をいろいろな機会に促してきておるところでございます。なお、こうした指摘もあることでございますので、一段とつとめてまいりたいと思います。
○木島委員 大臣のおっしゃった、対策を検討中というのですから、対策ができたらひとつ報告していただきたい。これはショッキングで、あなたもびっくりされたことでしょうから……。
○坂田国務大臣 まだ、いまいただいたばかりでございますから、十分検討いたしまして対策も練りたいと思っております。しばらく時間の猶予をお願いいたしたいと思います。
○木島委員 私がさっきから続けて質問しているのは、予算が少ない、だから法律違反をする、あるいは法律が全部生かされないという、そういう観点でいくと、私はこの問題でもそういうことがずいぶん並べられたと思うのです。 一つは、給食施設の危険、不良、合わせて三三%でございます。小中学校合わせて給食施設のちょうど三割が危険、不良であります。しかもその中には、調理室が老朽化しており、ネズミ、ゴキブリ、白アリが出入りしている。天井の塗料がはげて落下したり、天井に黒かびがはえたり、あるいは水滴が落ちたりしている。採光、通風が悪く非衛生となっている。調理室が狭隘なため廊下を配ぜん所や食器保管場所に利用したり、牛乳、ハン置き場に利用しているというのが、その三三%なんです。 これは少なくとも学校給食実施基準、二十九年に出た文部省告示の中の第五条「学校給食施設は、保健衛生上及び管理上適切なものでなければならない。」として、たとえばパン置き場等も書いてあるパン置き場が、この学校給食施設の保健衛生、管理上適切なものでなければならぬとするならば、この条文どおりいくとするならば、学校の廊下がパン置き場になっておるとすれば、これは給食施設ということになりますな、まともに考えて。大臣そうでしょう、このとおり言えば。 〔委員長退席、久保田委員長代理着席〕 あるいは設備のほうもそうです。設備の流しその他も、「保健衛生上及び管理上適切なものでなければならない。」といっているのですけれども、ここでもまた水漏れとか排水不良、調理台の破損、あるいはさびやかびがはえておる、床に亀裂を生じて清掃や消毒ができない。こういうことが、私は、少なくとも金がないから法律の趣旨が十分に生かされていないところに、最高の断然トップの中毒患者というものが学校給食から出ているという一つの要素があると思うのです。 そういう意味で、これではたして——学校給食法の第一条にいう「学校給食が児童及び生徒の心身の健全な発達に資し、かつ、国民の食生活の改善に寄与する」とか、第二条の「食事について、正しい理解と望ましい習慣」、あるいは「食生活の合理化、栄養の改善及び健康の増進を図る」という目標から見るならば、たいへん離れておる。しかも学校給食は、日本の学校の九八%くらいまでいっておりますね。その三割三分まで危険、不良だといわれるならば、これはそういう法律どおりにやらないところからこのような多くの患者を出しておるということになるんじゃないかと思うのです。だから私がさっきから言っておるところの一つは、法律にきめられたものを文部省みずからが忠実に守っておらない。そこが患者を出しているところの要素になると思うのです。 あるいは栄養改善法に、一回に百食以上の食事を供給する集団施設には栄養士を置くようにつとめなければならないとある。あるいは一日三百食以上あるいは七百五十食以上のときには管理栄養士を置くようにつとめなければならないとある。学校の場合、ほとんど百食以上ですね。ところが、栄養士が置かれておるのが七割ぐらいしかない。とすれば、それはつとめなければならぬだから必置じゃありませんよ、しかし、政府が民間につとめなければならぬといっておるものを、政府がまずやらないで民間にそう言うことは、これは力になりませんね。そういう問題もある。 あるいは学校給食の調理従事員数の基準というものを体育局長から出しておりますけれども、その基準の人員に不足しているもの約三割、これまた同様であります。こういう自分で出したものが完全に守られておらない。点検もされておらないんじゃないだろうかとすら思う。あるいは点検してもその次の指導がない、あるいはあっても予算がないのかもしれません。そういうところに問題があるんじゃありませんか。 それと同じ意味では、学校環境衛生基準の中で、これはやはり体育局長でありましょうが、学校給食における食品の衛生の徹底についても出していらっしゃいますが、その食品を自主検査をすることになっておるが、自主検査をしないのが二二%、基準すら知らなかったのが三七%、合わせて六割。学校給食の食品を自主検査しなさいという通達が出ておる。出ておるけれども、それを知らないというものが三七%、出ておるけれども全くしないというのが二三%、両方で六割、しかも、しているけれども記録がなかったり結果の措置がないというようなもの、これが三二%、合わせて九割、毎日子供の給食をしておるその購入食品というものを、検査しないのが九割だということなんです。これでは中毒が出るのがあたりまえです。しかし、そういう通達が出ておるのです。そこに問題がある。いま言ったようなことが完全に実施されておったら、こんな断然他に大きく水をあけてリードするというほどの中毒患者が、学校給食の中から出ないだろうと思うのです。これはきわめて重大だと思う。 あるいは先ほど申しましたように、給食施設の設備費や修繕費に父母負担がある。あるいは給食に従事している方々の金がPTAやあるいは給食費の中から出ておる。これは先ほど言ったように、地財法の違反であります、一つは。学校給食施設をつくるのに父母負担させるのは地財法違反です。同時に、給食費から出すことなどは、これは学校給食法違反でしょう。学校給食法の第六条は「学校給食の実施に必要な施設及び設備に要する経費並びに学校給食の運営に要する経費のうち政令で定めるものは、義務教育諸学校の設置者の負担とする。」とある。だのにやはりこの場合でも人件費まで父母負担になったり、あるいは給食費から出ているとなれば、これは明らかに学校給食法六条違反だと思う。私は、いまここのところを違反だといって責任を直ちに追任しているのじゃありません。しかし、少なくともそういうことの結果というものはこうなっておる。中毒患者をよけいにした。大臣、あなたもびっくりなさったとおっしゃったけれども、私もショックだから、あえてこのことを申し上げているのです。 こういうことは、私はまた逆に言うと、さっき言ったように、文部省が知らなかったでは済まされない。昨年の五月になさった物資購入等に関する文部省の調査によれば、物資の品質管理を確認しているのが四割。給食のために物を買って、その品質管理をして確認しているものが四割しかない。あるいは冷蔵庫を保有しているものが単独校、すなわち学校ごとにやっているところでは八%しかないというのが昨年の五月に出ておる。だから、私もこれを知らなかったし、びっくりしました。大臣もびっくりしたとおっしゃった。大臣は、こまかいことは御存じないから別ですよ。けれども、びっくりすることはないのです。昨年の五月にやった文部省の調査に出ておったのです。こういう施設で品質を管理するのは四割だ。冷蔵庫は八%しかないという中では、こういうことが出てくるのがあたりまえだろうと予想しなければならない。直ちに対策をとらなければならない。こういう背景でもって、たとえばことしの給食費の予算をうんととったり、老朽施設の三分の一がそうなんだから、これを直すために、これは市町村でしょうけれども、どうするかという措置がとられるならば、これはこの勧告が出てもすでに予算的措置をしておりますという、もっとまじめな、法律の趣旨を生かしたことができたはずです。私は、そういう意味でこれは非常にショックであっただけに、ほんとうにあれだったと思うのです。この場合、全国の親に与えた影響、ショックというものは非常に大きい。この際何らかの明確な措置というものを早く、しかも国民の前に示さなければならぬと思うのです。このことをお願い申し上げます。 それから、これは同時に、厚生省の保健所に対する指導というものも私はきわめて責任が大きいと思うのです。この勧告が指摘しておりますように、保健所は、食品衛生法第十九条によって学校給食施設を監視し、指導せねばならなくなっておる。だのにしなかったものが三五%、しかも年に一回くらい形式的にしたものが、したほうでもほとんどです。だから改善を指摘しても、その指摘したところのものが改善されたものが六〇%、あとの四割はされていない。しかしそれは六〇%改善したようだけれども、金のかからないものだけして、金のうんとかかるものはしておらない。しかも、それでもって別にあなた方は確認をしておらないということになると、日本の一番大きな中毒患者を出しているこの学校給食に対して、厚生省は一体どういう指導をしているのかという怒りを感ずる。この点についての御見解を承ります。
○鴛淵説明員 ただいま先生の御指摘のとおり、学校における食中毒の発生の患者数は、他の施設に比べまして非常に多いわけであります。ただ、先ほど文部省のほうから御答弁がございましたように、件数にすると三割もはございませんで、一割以下でございますけれども、やはり一たん起こりますと、人数が多いのと、それから抵抗力の弱い学童でございますから、発生すると非常に人数が多いわけであります。そこで私どものほうも四十四年に、学校給食関係での中毒の防止ということで文部省の学校給食課のほうともよく御相談をいたしまして、特に御注意をいただきますように都道府県の衛生主管局長に対しましても通達を出しておったところでございますが、今般非常に詳細な行政管理庁のほうの御調査がございまして、それに基づく勧告がございましたので、私どもも、非常にごもっともな勧告でございます、一そう都道府県を督励いたしまして改善すべきところを改善し、監視指導を徹底させるようにいたしたい。また、食品衛生監視員の数が非常に少のうございますので、自治省のほうにお願いをいたしまして、来年度は、地方交付税の算定基礎の中に全国で約三百人の監視員の増員をしていただく予定になっております。そういうことで、監視員の強化も、私どものほうではあわせて考えて徹底をさせたいと思っておる次第でございます。
○木島委員 まあ、これらについてはそう深入りをしません。きょうはこのことだけじゃなしに、私はさっきから一貫して教育費が少ないこと、それを多くすることによってまず違法をなくしよう、法律の精神を忠実に生かせばこういうことはないという一つの例でございます。 いま局長がおっしゃったけれども、件数は確かにそれは少ないのだよ。しかし、それは理屈にならないのだよ。件数が一番よけいなのは家庭なんです。そうでしょう。中毒患者の一番よけい出たのは家庭なんです。家庭が三〇%出ているのですよ。それはそうだろう。しかし、人数からいわせればわずかでしょう。影響力が少ないのです。件数が少ないからといって何か弁解する、そういう根性が間違っていると思うのですよ。少なくとも学校給食に対するものの考え方というものに誠実さがないのだ。子供や親に対して、健康を守り、いい習慣を身につけるという学校給食の目的すらも、そういう何か言いわけしようという表現の中に、本質を十分理解していないのではないかという感じがするので、そういうことを……。そうですが、何かありますか。
○木田政府委員 学校給食につきましていろいろと御意見のありました点、また、行政管理庁のほうから勧告のありました点等につきまして、私どもも、みずから従来からの問題点を取りまとめる努力をいたしまして、昨年の二月に保健体育審議会で、これからの学校給食についてどう措置するかという基本的な、全般的な答申をちょうだいいたしました。そのときに論議をいたしました課題が、今回の答申につきましてほぼ私ども全部触れられてあると思っております。これは、学校給食を今後どう立て直していくかということにつきましては、やはり一朝一夕ですぐにできるというものではございません。特に従来学校給食の運営を比較的学校まかせにしておりまして、もっと市町村の行政当局あるいは都道府県の行政当局、また文部省も一つの全体のシステムとして、わが国全体の学校給食をどうやっていくかということにつきましては、基本的に措置を取り直さなければならない課題があることはもう私どもも考えておるところであります。昨年の二月に全般的な答申をいただきましたし、今度また行管の勧告もちょうだいをいたしておりますから、勧告に触れられてない点につきましても、いろいろ問題を私どもなお感じておるところはございます。こういうことは、答申をもらいまして以後一歩一歩改善についての努力を積み重ねていこうと思っておりまして、ことしの予算につきましても、部分的ではございますが、そういう方向についての新たな歩みを始めたところでございます。木島委員御指摘になりました私ども自身の調査で知っておるじゃないか——そういう努力もすでに始めてきたところでございます。 なお、子供たちの衛生の問題その他につきまして決して無関心でおるわけではございませんで、この牛乳の問題につきましても昨年来常に用心をして、厚生省とも連絡をとり、末端への注意を促してきておるところでございまして、中毒のことも、決して件数が少ないからということで考えておるわけではございません。一件でも起こりますと非常に数が多い、これはたいへん大きい問題でございます。ですから、そういう中毒がこわいから学校給食をやりたくないというところも事実ございまして、中学校の学校給食の普及が、一生懸命督励をいたしましても逆に伸びないというような悩みも一面では持ったりいたしております。たいへん、全般にわたりますむずかしい問題でございますから、御叱正がございましたけれども、決して軽々しく考えておるわけではございませんので、一生懸命御鞭撻を得て努力をしてまいりたいと思っております。
○木島委員 もう時間ありませんから、次に移ります。 それで、私はまず違法をやめろ、その次は法律の趣旨を生かせ、教育費をよけいにして、それで先ほど大臣が言われたように、さらに前向きの新しいものをつくっていく。中には、先ほど河野先生御指摘のような大学の問題もございましょう。そういうものが国民所得に対する一定の比率の確保がされれば、私は、あまり大蔵省にチェックされないでもっと法律が生かせる、あるいはもっとうまいものができるだろうと思うのです。 いまここで一つだけそういう面で、先ほど大臣もちょっとおっしゃいましたけれども、教員の待遇というお話がございました。これは全部じゃありませんけれども、大臣、昨年の新潟大学の教育学部の入学状況を見ましたところ、これは全部の教育学部ではないようでありますけれども、募集人員四百五十五名のうち応募者が五・四倍ほどありましたけれども、許可数は、四百五十五に対して取り消しを予想して多少よけい、四百九十八を許可したのです。ところが取り消し数が二百十四、四割が取り消された。そうすると二百八十四しか入らないことになりますね、四百五十五のうち。そこで二次分として許可したのが、百五十九名許可した。ところが、百五十九名を許可したうち入ったのが五十三名、三分の一です。二百八十四名と合わせて三百三十七名、だから、ちょうど七四%しかいまの定数から入っていないのですね。これをちょっと全国的にも調べてみたのですが、いろいろ各大学の事情もございましょうから、これを直ちに言うことはできないけれども、教育学部はたとえば高知大学も定員に対して約七〇%、宮崎大学も七〇%ちょっと割っております。こういう実態が一つは——これですべてとは申しませんし、なんですけれども、やはり教員というのが魅力なき職場になっておるという、一般的によくデモシカなんていわれておりますことの一つのあらわれかとも思うのです。 そこで、大臣、もう御出席でありますから、しょせんやはり待遇をよくするということが一つの大きなポイントだと思う。だから根本的に、私は今回の四%なんというのは、こんなのはそういう前にもっとやらなければならない問題があるだろうと思うのです。いま四%の問題は、これはまたあらためてやりますけれども、一つだけのことを言いますと、たとえば、どうですか、プレオリンピックは終わったけれども、スキーならスキー、子供に教えるために先生がスキーを買いますね。ずいぶん高いですよ、スキーの用具なんか、くつからね。これはしかし教材、教具ですね。先生の月給から出さなければならぬものだろうかね、これはたとえば。しかし、もうあたりまえになっておりますね。いまの賃金は、人事院勧告は生活給ですよね。だから、たとえば図書なら図書、研修なら研修といって本を買いますね。確かに教育図書の量はずいぶん多いですね。こういうものを先生みずから買っていらっしゃる。たとえば民間の研究費は会社が出しますよ。学校に図書館が完備し、図書室があれば、あるいは買わぬでもいいかもしれないけれども、しかし、そういうものは実はそれが高度の専門職という、教員に対する給与の一つのファクターではないでしょうか。どう大臣お考えになりますか。
○宮地政府委員 御質問は、教師の待遇の問題で、もっといい教師を得るために処遇を改善せよということの一例として、スキーの器具の問題をお引きになられたのだと思います。したがいまして、それだけにお答えするのは先生の御趣旨に沿いませんが、申し上げますと、一クラスで先生が一人おられる。その場合に、そういうものは教材、教具の中で買える。あるいは剣道などを先生が教えられる、そういう場合も、生徒分もあるようでございますが、剣道の防具は教材、教具で買える、こういったようなことになっておりますが、御趣旨の点、いろいろな点で教師の処遇が低いということは私どもも感じておりますし、また、いま答えたことで先生の御趣旨に沿っておるという意味でお答えしておるわけではございません。
○坂田国務大臣 教育の成果をあげますには、何と申しましても教育の条件の整備と、それから何といってもいい先生を確保するということは御指摘のとおりに私どもも考えております。しかも日本の経済がこのように非常に発展しておりますと、どうしてもそちらのほうへ人材が流れていくわけでございまして、やはりある程度の思い切った待遇改善措置をやらなければ、いい先生を確保することはできないというふうに私は思っております。したがいまして、その意味で教職員の待遇改善ということについて抜本的な対策を考えたい。これは私がずっと言い続けてきておることでございまして、この中教審の答申にもその点は触れられておる問題でございます。そうでございますが、それまで行き着くまでにもなお努力を重ねなければならないことでございまして、やはり超過勤務の問題も、これはないがしろにできない問題でございますので、いよいよこれに対し本俸四%の教職調整額という形で立法をいたし、皆さん方の御審議をわずらわしたい、そしてまた、ぜひとも全国の教職員のためにひとつ御協力を賜わりたい、さように思っております。
○木島委員 時間がありませんのでやめますけれども、宮地さんいいですよ、聞きませんよ。ただ私は、さっき言ったファクターとしてあるでしょう。これは矛盾でしょう。大臣、いまあなたは、そういうことは言い続けておるけれどもとおっしゃるけれども、言い続けたって実施できなければだめなんです。その間はやはりいい先生は来ないのです。いい先生は来ないし、その先生に受け持たれた子供は一生その影響を受けるわけですよ。だから早くしなければならぬ。そこで、なかなかこれは容易でないかもしれませんけれども、一つだけ。いま言ったように、たとえばスキーだとか図書だとか研究費、これは必要経費ですね。お医者さんの七二%必要経費の控除とまではいわないにしても、税法上弁護士にたいへん似ているのじゃないですか。弁護士さんは三割の必要経費の控除がありますね。だったら教員の場合も、税法を改正したらどうですか。必要経費を認めたらどうですか。このことは税金がいかに安くなるかという金額もさることながら、そういう位置づけをすることが国の教育に対するあるいは教員に対する考え方、いかに尊重しているか、重視しているかということの政策の一環としても、そういうことがあってもいいのじゃないですか。これならば来年でもできますよ。あるいは臨時国会でもできますし、あるいはこの国会でもできるかもしれないが、少なくともそのくらいのことはまずやりませんか。どうでしょう。
○坂田国務大臣 その点も一つの方法かと思いますけれども、私はやはり正攻法といたしまして、教職員の待遇を抜本的に改正するということに最大の努力を払いたい、こういうふうに思います。
○木島委員 そういうことをあなたいまもおっしゃったけれども、先ほどあなたはそういうことを言い続けてきたとおっしゃった。言い続けてきてまだできない。だから私は手っ取り早いことでいうならば、たとえば必要経費の税法改正だけでもいいでしょう、そう言っているのです。そのくらいできませんか。
○坂田国務大臣 私は簡単に言い続けておるということを申し上げておるわけじゃないのです。教育の問題はじみな問題でございます。かなり長期間にわたって言い続けなければ実現できないのです。たとえば私は、私立大学に対する助成等につきましては十年くらいになりますが、それが去年やはりできました。そしてまた、ことしもわれわれの考えておる一つの計画の第二年目として説得できる予算を私は獲得したわけでございます。そういうわけでございますから、いま言い続けておるけれどもできないじゃないか、できないじゃないかというふうにおっしゃいますけれども、そうじゃなくて、やはりその言い続けておる過程において、その前提として、たとえば今度の調整額も何でもないとおっしゃいますけれども、何でもないのではないので、その言い続けておることを実現させるための第一歩であるから、御協力を願いたいということを私は申し上げておるわけでございます。
○木島委員 言い続けていてもできないじゃないかと言うのじゃなくて、そのくらい時間がかかるから、なかなか簡単にはいかぬと私は言ったのです。だから必要経費として控除するということ、そして賃金を上げるということ、そのことがいますぐできないにしても、せめて税金の必要経費の控除くらいは、それは弁護士並みに三割というのが高いか低いかわかりませんが、そういうことならばだれにでも認められる論理じゃなかろうかと思うのです、生活給の中からそういうものを出すということは。だから、そういう意味で必要経費ということを考えたらということを言った。そのことは額の問題ではないと私は言った。国の政策が教員を尊重するという一つの表現としてならば、わりあいにやりやすいのじゃないか。そこに取り組もうじゃありませんかということで大臣の御所見を承っておるのです。
○坂田国務大臣 だから、先ほども私は一つの見識というふうに承ったわけでございます。ただし、それをどうするかということにつきましては、ただいまは私はそれを考えてない。正攻法でやはり抜本的な給与改善に最大の努力を払うことが文部大臣として、私としましての道であるというふうにただいまは考えております。だから、御意見は一つの御意見として拝聴いたしたいと思います。(「せめて検討するくらいは言ったら」と呼ぶ者あり)もちろんそれは検討させていただきたいと思います。
○木島委員 時間が過ぎましたからやめますが、ただ体育局長、この前クレー射撃の御答弁をいただくことになっておったのですが、あれはできましたか。もし文部省の見解が出たら国会に報告してほしいと言いましたね。クレー協会の所沢の土地の問題、あれはできましたか、できませんか。できたら中身だけ。それについてはきょうは質問いたしません。
○木田政府委員 いまいろいろと私どものわかる範囲内の調査を続けておりますけれども、だいぶ前のこともございますので、十分にお答えできるだけのものはまだ集まっておりません。
○木島委員 もう終わりますが、なるたけ早くお願いします。
○久保田委員長代理 午後一時再開することとし、この際休憩いたします。 午後零時二十九分休憩 ————◇————— 午後一時十一分開議
○八木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 文教行政の基本施策に関する件について質疑を続行いたします。有島重武君。
○有島委員 先ほど来、一国の運命を左右するのは教育である、そういったお話が出ておりましたけれども、教育の運命を左右するのは教員に人を得るかいなかである、そして先ほど文部大臣はおっしゃいましたけれども、思い切った待遇改善をと言い続けてきた、そういうようなお話があったわけでございます。 先般、人事院から教職調整額の支給等に関する法律の制定についての御意見を出されました。そのお出しになった目的について少しお聞きしておきたいと思います。内容につきましては、今後文部省のほうから法案が提出されてからいろいろ論議したいと思いますけれども、この前、昭和四十三年、五十八国会のときでございましたか、教特法の審査のおりに、人事院総裁から、教職員給与体系の抜本的な改定を考える、そういったお話がございました。その作業には少し時間がかかるんだ、どのくらいかかるのかと言ったら、まあ五年以内にはできる、そういうお話でございました。それで、そのお考えはいまもお変わりはないかどうか、その点を伺っておきたい。
○佐藤(達)政府委員 確かに問い詰められまして五年ということを口ばしって、二、三の問答のあと、だんだんぼやかしたつもりではありますけれども、五年ということは確かに申し上げた。五年間と申しますと、いま意見書を出すのは早過ぎやせぬかというようにも考えられますけれども、まあ善は急げということもございますから、結論を一応得ました以上は早くこれを法案化していただきたいという気持ちでございまして、なおしかし、あと何年かのゆとりがございます。さらにその周辺の問題があれば、じっくりとその方面の研究に専念いたしたい、こう考えております。
○有島委員 ただいまのお話でございますと、抜本改定を検討しているうちに結論が出てしまったんだからやってしまった、発表したんだ、早まった。それはたいへんけっこうだと思いますけれども、このたびの御意見が、人事院としての教員給与に関するほぼ最終的な御結論であるか、あるいは給与体系のもっと抜本的な改定ないしは新しい給与体系というものの構想の中のごくごく一環なのであるか、その辺のところはいかがでございますか。
○佐藤(達)政府委員 教員の方々の給与制度というのは、普通の行政職といろいろ違った面で周到に考えるべき事柄を含んでおると思います。したがいまして、事柄自体としては、これは相当腰を据えて、息長くあらゆる面から掘り下げていかなければ、ゆるがすべからざる結論というものは出ない、それほど重大な、またむずかしい問題であろうと私は思っております。しかし、先ほど五年のお話が出ましたけれども、やはり根本問題として一つわれわれが当時から意識しておりましたことは、当時と申しますよりは、実は昭和三十九年の私どもの給与勧告の際における報告の中で触れておるのですけれども、教員の超過勤務の問題、これは当時から相当顕著な問題になっておったことでもありますので、それを一応問題として取り上げまして、勤務時間その他これをめぐる基本的な事柄について検討する必要があろうということを、三十九年の報告書でもうたったわけです。そういうことにも関連して五年ということばも出たのじゃないかと思いますけれども、われわれとしてはまずその辺に焦点を当ててずっと研究をしておりました。そこで、当面結論を得ましたから、今度のような意見書を御提出申し上げたわけでございます。この意見書の中身も、たしか当面ということばが一カ所入っていると思いますけれども、しかし、今日のところではこれが最大の対応策の一つである。ただし、先ほど来申しましたように、もっと掘り下げての根本問題というのは、これで案ができたからもうおしまいというべきものではなかろう、さらに深く謙虚に、あらゆる面から周到な検討を要するだろう、そういう心がまえを持ちながらの意見書というふうに御了解いただければと存じます。
○有島委員 いまの総裁のお答えでございますと、さらに抜本的な新しい給与体系を今後考慮し、検討して発表する、そういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。
○佐藤(達)政府委員 あまりまたはっきり申し上げますと、数年のうちにまた問題になる可能性がありますから、そう早まったお答えはいたしませんけれども、しかし、その心がまえは、先ほど来るる申し上げましたように、これは相当腰を据えてじっくりと検討すべき事柄であろう、そういう意識を十分持ちながら今後もなお検討を続けてまいりたい、そういう気持ちでおります。
○有島委員 その腹がまえで進んでいらっしゃるというお話でございますけれども、それはもうずいぶん前からの話であると思うのですね。いま私が伺いたいのは、一番最初に伺ったように、四十三年のあの五十八国会から数えて大体五年以内に抜本的な給与体系を考えることができる、そういうことについてのお答えをまだいただいていないように私は受け取るのです。もっとはっきり言っていただければありがたいのですけれども、今回の意見書の中で、教職員の勤務態様の特殊性ということを認められた、このことは私どもも高く評価できると思います。ただし、今回の勧告は、一般職の職員の給与に関する法律のワク内での手直しと申しますか、そういうものであろうかと思います。それで、教員の専門的職務にふさわしい新しい給与体系、これはそういったワクをもう一つ越えても考えることが可能であるか、人事院としては提案することが可能なのか、それともそういったことまではもうできないのか、その辺はいかがでございましょうか。
○佐藤(達)政府委員 公務員の給与の扱い方につきまして、私どもが一つの原則としておりますのは、同じ公務員相互の間での均衡の問題、これをやはり一応重く考えながら措置していくべきではないかというたてまえが一つあるわけです。したがいまして、私どもの立場から言うと、そういうワクの中での判断になるであろう。しかし、いまお話に出ましたように、いろいろな職種によって相当職務と賃金の違いもありますから、もちろんそれに対応しての措置はとらなければならぬ。たとえばお医者さんの例を一つ考えましても、医療職俸給表(一)というのは近ごろのお医者さんの需給関係等も考慮して、普通の行政職に比べたら大幅に違った扱いをしておるというような面もございます。したがいまして、大きなワクの中であれこれ考慮をしながら、いま申しましたようなそれぞれの特殊性に適した措置をとってまいりたいという、まあ大まかに申しますとそういう気持ちでおるわけでございます。
○有島委員 そういたしますと、一般職の教員給与を基準にして、その大ワクの中での特殊性に応じた修正と申しますか、その程度のことまでが人事院の仕事である、それを越えて新しい給与体系を考えることは不可能である、そういうお立場でございますか。
○佐藤(達)政府委員 これは実態論から申し上げないといけないと思います。 たとえば現在一般職の給与表をごらんになりますと、行政職からずっと表が同じ法律の付表に出ております。そしてその中に教職の第一表、第二表、第三表というような、医療職、研究職などと並んでそういう扱いになっておる。これは表のほんの形での問題でありまして、これは別の法律に取り出したところで、中身が同じなら意味のないことであります。私どもはその形をどう変えようという気持ちは持っておりませんけれども、いまの教員については、現在の制度におきましても、一般の行政職よりも相当優遇した形になっておるということは御承知のとおりであります。さらにまた、今回の意見書から申しますと、その職務の特殊性から一般の行政職とまた違った扱いをしよう、こういうことの積み重ね、あるいはこれが集大成されてどういう形になるかというのは、先ほど申し上げました私どもの将来の検討にもこれは待つべきことではございます。たとえば当面のこの措置というようなものも、いまおっしゃった趣旨に沿う一つの措置であろうというふうに考えるわけであります。
○有島委員 一番最初のお答えをもう一ぺん御確認申し上げたいのでございますけれども、今度の御意見は当面のものである、さらに抜本的なものを、ここ数年のうちにまた御意見を出される御用意があるのかどうか、そのことを伺っておきたい。
○佐藤(達)政府委員 これから今後も検討を続けていきますから、成案ができればまた御審議をわずらわさなければならぬと思います。しかし、根本問題としてわれわれが従来意識している問題としては、先ほど触れました以外に、いま給与局長から教わったのですけれども、たとえば三本立ての問題というようなことがありますね。教職の中で第一表、第二表、第三表、第四表というように表が四つあるのです。たとえば小中学校、高等学校、大学というようなことの三本立て、さらに高専が入っておりますが、そういう形がいいかどうかというような問題も含めまして、これは私どもとしては検討しなければならぬことだと思いますけれども、何かどういうことを言おうとして、何を言わせたいとおっしゃっているのか、ちょっとそこのヒントを与えていただけると話が簡単にいくと思うのです。
○有島委員 では、ちょっと向きを変えまして文部大臣に伺っておきたいと思うのですけれども、先ほど来文部大臣は、望ましい給与体系を言い続けてきた、考え続けておる。今後と申しますか、現在もなおこうした給与体系についての調査研究の作業を文部省内でもって続けておられると思うのですけれども、どんなふうにそれをいまやっておられるか、それが一つです。 それから、ただいま人事院総裁、何を聞いているのかちょっとわからぬというようなお話でございますけれども、文部大臣としては、人事院の今度の意見は一段階として、さらに人事院がしっかりした給与体系を研究して、そして意見書を出してくれることが望ましいと思っていらっしゃるかどうか。その二つを伺います。
○坂田国務大臣 先ほども申し上げましたように、教育界によき人材を得るということが教育を進める上に非常に大事である。そのためには、やはり相当の待遇改善ということを行なっていかなければならない、こういうふうに考えておりますので、従来人事院に対しましてもいろいろの御要望を申し続けてまいっておるわけでございます。 今回人事院からの意見書が出されたわけでございますが、従来から問題とされておりました教員の超勤問題に関する給与改善が中心となっております。私たちがかねてから要望しておりました給与改善措置のすべてについて触れられておるというわけではございません。したがいまして、教員の職務の専門性と勤務態様の特殊性に基づいたあるべき姿の給与体系の確立を目標としておる文部省といたしましては、今回の人事院の意見については十分これで満足だというわけではないわけでございます。しかし、そうではございますけれども、従来の懸案でございました当面の重要な課題でございます超過勤務問題の解決に役立つものでございますし、従来から政府、公務員とも人事院の勧告を尊重するという態度をとってきておるわけでございまして、文部省としてその意見に沿った方向で所要の立法措置を講ずるべく、本国会に国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法案を提出いたしました。いずれこの委員会に付託になって御審議をわずらわすことになろうかと思うわけでございます。したがいまして、私どもといたしましては、まだまだ抜本的な給与改善ということを人事院にも要望いたしますし、また、われわれといたしましてもいろいろな角度から検討をいたさなければならないというふうに考えております。
○有島委員 この問題がはっきりいたしませんと、今度法案を出されたときに、これはごく当分の措置なのか、数年後にさらにまた意見が出されるということを想定しての上の論議になるのか、あるいはこれは半永久的に考えなければならないのか、これでもって論議の姿勢というものはある場合には非常に先鋭化しなければならない。すでにこの意見書の内容だけにつきましても労働基準法を除外してしまうのかどうか、それから超過勤務がなじまないというような表現がしてございますけれども、こうした断定の根拠であるとか、あるいはいわゆる歯どめをどこでつけるか、人事院と文部省との相談でもってやっていくのか、そういったこと、いまここでこの範囲でもって論議しても差しつかえないと思いますが、そういったことは後にまた譲りたいと思います。そういった論議に入る前提として、数年後にはさらに出すつもりであるというようなことが一つあるかないかでもってたいへんな違いになっていくと思うのです。 それで、いま佐藤総裁お聞きになったように、文部省としてはさらにさらに人事院にもお願いしたいというようなお話でございました。一つには、期間的にはいつごろ出したいと思っておるということが一つあれば、それを聞きたいと思います。
○佐藤(達)政府委員 もう期間のことはこりましたからここで申し上げることは御容赦願いたいと思いますけれども、いま文部大臣もおっしゃいましたように、文部省も御研究なすって、また現に研究の成果をひっさげて待遇改善のために私どものほうにずっとぶつかってきておる、それから教員組合の方々も、そういうことでやはりわれわれのほうにぶつかっていらっしゃる、あるいは中教審というような審議機関もさらにまた遠大ないろいろの構想を御研究になっていらっしゃるという周囲の事情を踏まえながら私どもは私どもとしてまた研究を熱心に続けたい、その研究の成果を得ましたなら一刻も早くお出しして御審議をお願いしたいと考えております。 〔委員長退席、河野(洋)委員長代理着席〕
○有島委員 いまの総裁のお答えで、この前の、大体抜本策をつくっておく、五年以内には出すと言ったことは、今度の意見書で御破算ではないのだ、そのように私は受け取ります。それでよろしゅうございますでしょうか。
○佐藤(達)政府委員 五年より早目に出しましたからあと二年残っているじゃないかということもさっき触れましたけれども、そんなことを抜きにいたしましても、先ほど来の意気込みで今後問題と取り組んでまいりたい、そういう気持ちでおるわけでございます。
○有島委員 それが気になるのです。だから、今度のが抜本改正ならばそれでいいですよ。あのときは、抜本改正のためには時間がかかるとおっしゃたんです。そう言われてしまうと、これは人事院総裁ともあろうものが何となくすりかえ議論をなさっているのかと勘ぐりたくなるのですよ。それで今度の御意見でもって、あれは、この前おっしゃった抜本改正はこれでもってもうやったというふうに認めろと、こうおっしゃるのか、これはあの五年以内とおっしゃったそのワク内で、それこそワク内で一つの一歩前進の措置でもって意見がまとまったので、これでもって発表したんだと、そうおっしゃるのか、それはどちらなんでございますか。
○佐藤(達)政府委員 すなおに申し上げますと、この間五年と申し上げました中の最も重要な部分をなしますものは、今度の超過勤務関係をめぐる処置ということが、あのときのお話の空気からいってもそうでございますし、私の申し上げた五年以内というのも、その辺を中心にしての研究ということの気持でたしか申し上げたと思います。したがいまして、それを中心として考えていただきますと、今回お出しした答案というものは、そこでもうりっぱな答案としてお受け取りいただいてけっこうである。ただ問題は、当面と申しましたのは、今度の意見書に接着しての当面の問題としては、じゃあ高等専門学校はどうするとか、大学はどうするとか、その周辺の問題がございますね。今度は高等学校以下を取り上げているだけのことでございます。その問題は、非常に卑近な意味で言えば、周辺の問題として検討すべき事柄としてまず考える。さらに、先ほど来の遠大なる構想についてのお話ですね。それはまたこれとしてじっくりと考えていきたい、こういう気持ちになるわけでございます。
○有島委員 ややまだ私は、お答えについてはわからないところがあるのですけれども。今度のは、これが一応の意見の答申だということになりますと、私たちはやっぱり不満の表明をしなければなりません。それからその五年以内のワクの中でもって一歩前進であるとおっしゃるなら、これは高く評価しなければならないと思っている。いまみたいな、最後のところであいまいにされてしまうと、私たちとしては非常にわれわれの意見の表明のしかたに戸惑う。
○佐藤(達)政府委員 それを早くおっしゃっていただけば明確なお答えを申し上げましたが、惜しいことをいたしましたが、そのあとのほうの、合格のほうの口というふうにお考えいただきたいと思うのです。すなわち、今度提出いたしました意見書というのは、現在の事態からいえば最良の、最上の答案である。それは自信を持っております。
○有島委員 それでは、ここ数年の間にさらに抜本的な御意見をいただけるものと、私はここで受け取ります。それでこれを高く評価するようにいたしますけれども。また内容につきましては、こまかいことはまたいろいろとその節に審議していきたい、そう思うのです。総裁のお話としては、以上でけっこうでございます。 それで、なお文部大臣に伺っておきたいのは、この程度の措置でもってそれこそ人材を集めることができるかどうか。先ほども議論が出ておりましたけれども、各大学の教育学部というところに集中してくる学生数そのものが非常に思わしくない。また立ち入ったことで、これは主観的な判断が多少入るかと思いますけれども、優秀な方というのが教育学部においてごくごく少ないというようなことを学部長さん方からも、私は何人かの方から伺って、嘆いておられるのを聞いております。この程度の処置でもって人材を集められるか、あるいはこの間の所信表明では「教職員に適材を得るかいなか、その熱意と努力を期待できるかいなかは、教育の成果をあげる上に最も重要であり、そのためには、教職員の処遇の改善と資質の向上をはかる必要があります。」と、これは必要条件である、十分条件ではないわけでございますけれども、他にさらにまた必要条件を幾つか考えておられるかどうか、その点をお伺いいたします。
○坂田国務大臣 先ほど申し上げましたように、今回の問題は、人事院の意見というものは教員の超勤問題に関する給与改善が中心となっての御意見でございまして、そういうわけでございまして、私どもといたしましては、さらにさらに抜本的な待遇の改善というものを考えておるわけでございます。そうでございますけれども、しかし、超勤の問題はこの五、六年来の懸案事項でございまして、これは国として、文部省として何らかの措置をしなければならない問題でございます。そういうようなことを全然なおざりにして、抜本対策もさることながら、こういうことは一つずつ片づけていかなければならない問題だと思います。その責任というものが私どもにある、こう考えておるわけでございまして、その意味において今回の法律を御審議願う、こういうことでございますから、もう先生の御質問のとおりにわれわれはさらにさらに——これはその一つの第一歩であるわけでございまして、まだまださらにいろいろなことをひとつ人事院にもお願いを申し上げますが、われわれ自身といたしましても考えてみたい。しかも、いま人事院総裁からもお話がございましたけれども、中央教育審議会におきましても、同様の趣旨によって教職員の待遇改善について十分抜本的な改善を要するということが中間発表においても述べられております。おそらく最終答申においてもそのようなことの答申をなさると思うのでございまして、そういうようなものを十分尊重し、そしてこの教職員の待遇改善をはからなければならない、かように思います。そうすることによって、初めてこの教育界によき人材というものを確保することができるのではなかろうか、あるいは定着させることができるのではなかろうか、かように考えておるわけでございます。
○有島委員 大臣のお話、よくわかりますけれども、私が伺った第二段目の問題は処遇の改善、これは経済的な問題でございます。これは必要条件であろうと思います。人材を集めていく。企業にどうしてああした人材がどんどん吸われていってしまうか。そういったことの考え方の問題でございますけれども、やはり一つの目的観と申しますか、いまはやりのことばで申しますと生きがいと申しますか、そういうようなことが大きい条件になってくるのではないか。必要条件というものをさらに突き詰めて、どうしたらば人材が集まってくるのかということは、さらに検討していかなければならないのじゃないか、そういうふうに思ってお尋ねしたわけでございます。
○坂田国務大臣 私は、経済的な意味におきましてかなりの待遇をするということと、それからやはり教職員の仕事の、いわば特殊性あるいは専門的な職業であるということ、そしてそれが子供たちの心身の発達、その中でとりわけ精神的な問題に触れる職業であるという意味におきまして、私は、おっしゃる生きがいというものを感ずるような職種であると思うのです。生きがいというものを感ずる職種であるにふさわしい待遇改善というものがやはり必要である、こういうふうに私は考えておるわけであります。 たとえば、私たちの仲間で一緒に大学を出た人たちが、最初はとにかくいい企業にということで入りました。ところが、もう社長にはなかなかなれない、まあ部長ぐらいまでは何とかいけるんじゃなかろうか、しかし、いままでの学校を出てからの人生を振り返ってみると、確かに自分はエリートの道を歩いたようだったんだけれども、何か企業の歯車の中にあって、自分の創意くふうといいますか、そういうものが生かされる部面が非常に少なかったように思う、このあたりでひとつ教育というような仕事に、もしできれば、新たに勉強してでもそういう職業につきたいんだというような気持ちを訴える人たちが若干います。それは、私は、そういうような人たちに対しても、今度の大学改革の中において、四種の大学である程度教育をやり、そして現場に立っていただくというような道を開いたならばどうだろうかというような気持ちも持っておるわけでございまして、確かにこれからは、教育という仕事がもう一ぺん新たに見直されてくる時期を迎えておるのじゃないかというような気持ちも一面において持っておるがゆえに、その専門職としての教職員の待遇というものに対して抜本的な処遇の改善が必要である、こういうふうに考えておるわけでございます。 〔河野(洋)委員長代理退席、委員長着席〕
○有島委員 生きがいのほうはだいじょうぶだ、あとは、それを裏づける財政措置が一番の根本の問題である、そういうような御意見だと思います。これについては、ここでは論議が長くなってしまうと思いますので、後に譲ります。 次の問題といたしまして、これも最近新聞等でも盛んに報道されました給食の問題でございますが、先ほども、行政管理庁からの勧告についてのお話が出ておりました。また、先般の総理府の母親の世論調査などを通して見ましても、給食ということに対しての父兄の期待というものがたいへん大きい、それに対して行政施策が非常に不備である、そういうことが指摘されておるわけでございますけれども、給食そのものに対しての文部行政の姿勢と申しますか、大臣のお考えですね、そういったことを伺っておきたいと思います。
○坂田国務大臣 今日学校給食の普及が、中学校においてはまだまだという点はございますけれども、しかし、小学校におきましてはもう相当普及をいたしておるわけでございまして、おそらく、このことによって子供たちの精神の発展あるいは栄養その他について、かなりの成果があがったのじゃないかというふうに思います。管理庁から指摘されました意味において、中毒患者が非常に多い、あるいは施設設備等が十分でない、いろいろの欠陥はございますけれども、また一面において、学校給食が果たしてきた意義とその効果というものはこれを評価しなければならない。評価するがゆえに、けさほどの木島先生の御叱正もあったわけでございまして、またそれに対しましては私たちも十分耳を傾け、そして改善をしていかなければならないというふうに考えるわけでございまして、これからは特に、私といたしましては、もう少し物資の購入等につきましても、ほんとうに責任の持てる体制を整えなければならない。そのためには、やはり文部省あるいは都道府県というような各段階における組織化というもの、あるいは責任体制を確立するということ、あるいは、とにかく千四百万食を取り扱っておるわけでございますが、この給食の材料というものを購入する場合におきましても衛生的な、また安くて良質のものをどうやって確保するかということは、これは非常にたいへんなことだと思います。たいへんなことでございますけれども、これはやらなければならないことだというふうに思いまして、いやしくも中毒その他が給食を通じてやられるということは、一件であってもなくなるようにわれわれは最善の努力を払わなければなりませんし、その責任があるというふうに考えておる次第でございます。
○有島委員 いまの大臣のお答えですと、今後は、技術的な問題が一番おもにお話の中にあったのじゃないかと思いますけれども、いままでいろいろな成果があがってきた学校給食が取り上げられましてから今日に至りますまでには、さまざまな紆余曲折があったと思います。私が伺っているところでは、初めのうちは、児童に栄養を与えるのだ、栄養ある食事を提供することによって健康の増進、体位の向上をはかる。ところが、現在ではやや違った目的も持たされておる。また、将来においては食事が嗜好性ないしは娯楽性を強める、栄養ということよりも、そういったことに傾いていくという傾向もあるのじゃないかと思いますけれども、学校給食というものが学校教育の中でもってどうした意味を持つのか、学校教育そのものが生涯教育の中でもってどのような位置づけをするべきかというようなことが論ぜられるようになっておりますね。それで、学校給食は学校教育の中でもってどのような位置づけをするのか、どういう目的を持たせるのか、それからまた、いまのは多分に理念的なことでございますけれども、それじゃ学校教育制度の中でもってこの学校給食の制度がどのように位置づけられていくか、先ほど大臣は責任体制とおっしゃいましたけれども、そこら辺のところはどうなっているのか、また今後どうなさるおつもりであるか、そういうことを伺いたい。
○木田政府委員 学校給食は、端的に申しまして、発育期にあります児童生徒に栄養ある食事を提供して、児童生徒を健全に育てるということの一翼をになっておるものでございますでございますから、やはり健康に育てるという基本的な機能を持っておると思います。 次に、教育上の意義といたしまして、学校の場で先生と、また他のお友だちと一緒に食事がとれるという生活の場で、なごやかな生活としての環境をつくっていくという大きな意味を持っておると思います。 日常の学校給食の活動自体は、そういうふうに子供の発育を助け育てるということと、それから学園生活を、なごやかで楽しいものとして形成していくという二つの大きな課題を持っておるかと思いますが、ひいてはその学校給食が食生活、よい国民の食習慣の形成ということにつながってまいります。それが学校給食の持っております基本的な課題だ。学校というものの中におきまして、それじゃそれがどういうファンクションになるか、機能になるかということにつきましては、いま申し上げました育てるとかあるいは生活習慣を形成するとかいう、そのことはやはり大きな教育の課題かと思いますけれども、一面から申しますと、また学園生活を成り立たしめる基盤であるという言い方もできるであろうと思います。これを、毎日のことでございますから、いかによりよく整えていくかということは、かなり日常の具体的なこまかい仕事の積み上げについて、技術的にも事務的にも考えていかなければなるまいかと思います。大臣から申し上げました食需要の取りまとめ、あるいはいい食材料を子供たちに与えていくその方法をどうしたらいいか、これはただ単に技術だけの問題ではございませんで、学校給食の持っております基本的な命題に、学校の関係者だけでなくて、市町村の当局者あるいは都道府県また私ども文部省の当局者としても、子供に栄養のあるものをどうして与えていくかという課題として、行政的に取り組まなければならない大事な課題だと考えております。
○有島委員 ただいま体育局長からお話がございましたけれども、その目的として、一つは栄養である、一つは児童生徒の学園生活を豊かにする、それからひいては国民の食習慣を良好なものにしていければいい、そういうことがございました。 文部大臣に伺いたいのですけれども、教育の場でもって食事を供するということは、一見異常なことなんですね。戦後の異常時代から起こったことですけれども、いろんなメリットがあるので続けられ、父兄などはもっとやってもらいたいという声になっていると思うのですけれども、この辺でもってもう少し給食の目的というものをしっかり見定めないと、いろいろな措置をとってもそこに筋金が入ってこないのじゃないかということを私は心配するわけであります。たとえばこうした義務教育における教員と児童生徒の関係というものを、教室においてものを教えていく、教えて訓練もするでしょうし、そこにいろんな教育の技術的なことがあると思いますけれども、そういった目に見えたこと以上に重大なことは、教員の生徒に対する感化の問題ではなかろうかと思います。そして学校生活の中でもってこうした感化がやはり大きく取り上げられなければならないとなりますと、先ほどからの、教員のいい人が集まってもらいたいということが当然起こってくると思うのですけれども、いまの食事の場なんというものは、これは非常に感化力が大きいのではないか。ですから、いまの栄養である、学園生活の豊かさである、食習慣である、こういうことがございますけれども、やはり一つの教育効果としてとらえていかなければならないのじゃないか、私はそのように思います。 そうなってまいりますと、今度は、先ほども調理場の位置がどうであったとか、廊下にパンが置いてあったとか、私が見に行きましても、給食の場というのは一番、何だか便所のそばみたいなところにあとから取りつけてしまったようなところが多いようでございます。そういった意味でも、やはり教育のどまん中にこの給食というものを今後持っていらっしゃるのか、あるいは栄養ということに、やはり教育からちょっとはずれたところに置いておかれるのか。これはフォームの上から申しますと、教育のまん中に持ってくるのか、あるいは栄養ということになりますとやはり体育局だと思うのですね。学園生活の云々ということになりますと、これはまたその位置づけも変わってくるのじゃないかと思うわけでございます。そういったことについて、今後の給食のあり方についての大臣の御見解を承っておきたい。こまかい話はまた今後の論議に譲りたいと思います。
○坂田国務大臣 先ほど体育局長が申し上げましたとおりでございますが、やはり教育的な意味というものは、いま先生が御指摘になりましたように、先生も子供も一緒に同じような食事をとるということがどんなに子供たちに影響を及ぼすか、あるいはいろいろのものの考え方に影響するかということは私も同様に考えておるわけでございます。したがいまして、日本でも昔から、たとえば禅宗におきましても食事をいただくということ、そのことが一つの行だという考え方があったように思います。あるいはヨーロッパでございましても、たとえばイギリス等におけるケンブリッジ、オックスフォードの全寮制、そういう中において食事という時間、あるいは食事における礼儀あるいは食事をとるときのいろいろの先生と生徒たちの態度ということは、ちょうど日本の大学の卒業試験にも匹敵するような価値を持っているというようなことも聞かされておるわけでございますが、それはやはりそこに教育的意味というものを考えておるからではなかろうかというふうに私は思うわけでございます。その意味においてやはり食事を先生と子供たちとが一緒にとる、あるいはお金持ちの子供もまた貧しいところの子供も、少なくともお昼は一緒のものを食べるというところにも教育的な意味があるのではないかというふうに思います。その点はどちらにどうというふうには申し上げられないわけでございますが、やはり栄養の面あるいは教育的意味、そしてその結果としての食事の改善というような三位一体に考えていくべき問題だというふうに理解をしておるわけでございます。
○有島委員 いま大臣のおっしゃったそうした給食の教育における位置づけ、意味づけというようなことをやはり明文化なさって、そうして今後の充実をはかっていかれるべきではないかと思います。いまどうしても大蔵折衝なんということが現実にあると、これは教育とは筋違いのことを半分慈善的にやっているような感覚も多分にあるのではないかと思いますけれども、いまの大臣の御認識ですと、これは教育的意味が十分にあるのだということになりますと、法体系の中にしろあるいはそれ以下のことにしろ、やはり何か明文化なささったほうがいいのじゃないかと私は思いますけれども、御所見いかがでございましょうか。
○坂田国務大臣 昨年の二月に答申を得まして、そういった総合的なとえら方をしてまいろうということで、いませっかく検討いたしておるわけでございます。明文化するかしないかということは別といたしましても、とにかくそういう理念ははっきりさせて、そしてそれを周知させた上で給食を実行していくということが大事だというふうに思っております。
○有島委員 では近く明確にされた理念を発表されるということですね。それを拝見したいと思います。期待しております。 あまり時間がないのでおそらく中途はんぱになると思いますけれども、もし残ったらまた後の機会にさせていただきたいと思いますけれども、放送大学の問題なんです。私どもは放送大学という名前自体がややこれは正鵠を逸しているのじゃないかと思っておりますけれども、高等教育を放送メディアを用いてこれを広く公開していく、こういった行き方につきましては、これは国民の期待が非常に強いと思います。昭和四十八年発足をおきめになったわけでございますけれども、これは一日も早く国民の前にしっかりした方針を明らかにしていただきたい。特にこれは勤労青年など非常に期待しておると思うのですけれども、そうした方針をいつごろ明らかになさるか、これを承っておきたいのです。
○坂田国務大臣 放送大学につきましては、御承知のように、昭和四十四年十一月にまず文部省と郵政省共同で放送大学問題懇談会を設置しまして、いろいろ基本的な問題を検討しまして、その後、その答申といいますか御意見を受けまして、文部省に今度は放送大学準備調査会というものをつくりまして、昨年七月、放送大学の基本的な構想を明らかにした報告書を文部大臣に提出されたわけでございます。文部省といたしましては、このような報告書をもとといたしまして、この具体化のために、その設立準備のために取りかかったわけでございます。また本年度の予算におきましては、テレビ及びラジオによる放送の実験の放送というものをやる予算も一応計上していただき、いま御審議をわずらわしておるわけでございます。そういうわけでございまして、いまこれをどういうふうに進めていくかということにつきまして、省内におきましてもいろいろ検討いたしておるわけでございます。 ただ、この実施主体をどうするかというような問題、これが一番大きい問題だと思いますし、これが未確定のままになっておるわけでございますが、やはりこの問題を早く確定いたしませんと、四十八年度といっているけれども、ほんとうにそれに間に合うのかどうかというようなこともございます。この点につきましては、いま時間をいつまでというふうにはお答えできないのをまことに残念に思いますけれども、しかし、そう長くじんぜん日を過ごすというわけにはまいらぬわけでございます。しかるべき時期にひとつ発表して、皆さん方の御批判をまた仰ぎたいというふうに考えておる次第でございます。一応、考え方としましてはだいぶん煮詰まってまいってきておると思います。これは大学局長から設置主体を……。まあそういうことであります。
○有島委員 いまおっしゃったように、送放大学設置にあたっての放送事業体制について明確にされておらない。初めのうちは四十六年、ことしから発足の予定であったと私は記憶しておりますけれども、今度は四十八年発足だ。これはもう私ども信じてよろしいのかどうか。いまのように設置主体を明らかにしてない、このような状況下でほんとうに確信が持てるのか、責任をもって四十八年から始められるのか、そういうふうにみな心配しているわけでございます。いまのお話ですと、近日中にこれはおまとめになって発表なさる、そのようにお答えだったと思うのですけれども、ことしじゅうくらいに、あるいは夏ごろですか、いかがでございましょうか。
○坂田国務大臣 いま近日中にというふうな御指摘がございましたけれども、ちょっと残念ながら、まだ近日中に発表するという段階までは至っておらないわけでございます。しかしながら、本年度中にはどうなんだとおっしゃれば、これはもう本年度中にやらなければならない。本年度中といっても、それは来年の三月まであるからというふうには私は考えておらないわけでございます。でございますから、その辺はとにかく少し努力をいたしまして、できるだけ早い機会に皆さん方の御審議をわずらわすように、御批評をいただくようにいたしたいというふうに思っておるわけでございます。
○有島委員 それでは四十六年度、そのように私は受け取ります。 今日まで文部大臣の諮問機関として準備調査会がある。このメンバーを拝見いたしますと、通信放送関係だとか、文部省の関係とか入っていらっしゃるわけですけれども、一番大切な大学問題の御関係の方がいささか少ないんじゃないか、あるいは教育改革という問題がここにどうしても大きい比重を占めるのではないかと思うのですけれども、そういったメンバー構成について、ちょっと私は不審な点があるように思うわけでございます。それで、いま大学局長とお打ち合わせなすっていたようでございますけれども、いまのところは社会教育局がこれは担当しているのですか、それで大学に関する問題であるのに、まだ大学学術局のほうに移管されていないんじゃないかと私は思っておりますけれども、こうした点はどうなっているんでしょうか。
○坂田国務大臣 確かに最初の段階におきましては、これは社会教育局で取り扱っておりました。そして、もちろん大学との関係もございますので、常時大学局とも緊密な連絡をとりつつやってまいったわけでございますが、この段階になりますと、むしろ大学のほうにウエートが移されて、社会教育のほうが協力をするというふうにウエートが変わってまいりまして、これからはむしろ大学局が主体となっていくというふうに体制を整えつつあるということをひとつ御了解願いたいと思います。
○有島委員 それでは近く大学局のほうが主管をするようになる、そういうことでございますね。
○村山(松)政府委員 いま議題になっております放送大学は、現在までの審議段階では、放送を主たる教育手段とする大学という一般的なとらえ方で、種々実施主体の問題なり内容の問題なり検討がされておるわけであります。その検討が済みまして、いよいよ固有名詞として放送大学というようなことで発足するその準備段階からは、学校教育法に準拠する国立の大学あるいは特殊法人による大学というようなことになります段階からは、これは現在の省から申しますと大学学術局の主管になるわけでございます。ただ、放送を主たる手段とする限りにおきましては、その放送というものはまた別途放送法関係の法体系で、法律的にも技術的にも問題がございます。そういう問題は放送大学になりましてもなくならないわけでありまして、現在のところは、そういう面は政府におきましては郵政省でありますし、文部省の窓口としては社会教育局視聴覚教育課で行なっているわけでございまして、放送という技術的な面につきましては、放送大学という段階になりましてもなお社会教育局視聴覚教育課を通じまして郵政省という関係で処理がなされるというぐあいに、私としては承知しておるわけであります。
○有島委員 ちょっとまた話が違うように思うのですけれども、当然これは郵政省ともたいへん密接なお話し合いもなければならぬと思うのです。その一番中心に大学局があって、そこから一つ一つまた——私は立ち入って行政の区分について申す筋はあまりないわけでございますけれども、いまのお話だと、いまの形態をずっと続けていくのだというようなお話があったと思いますが、いずれにせよこれは大がかりな画期的な事業である。最初はどんなに小規模であるかもしれませんが、非常に大きい問題でございますから、高等教育機関としての放送ということについての新しい審議会のようなものを設置なさるべきじゃないかと私どもは考えているわけです。文部大臣もとっくにそういうことをお考えになっているのじゃないかと思いますけれども、そういった御用意がおありになるかどうか。
○村山(松)政府委員 放送大学問題懇談会及びその後つくりました放送大学準備調査会、いずれもそれぞれの段階における討議を終了いたしまして、方針を打ち出して、いま目的を終了しております。これからは実施段階に入りますので、さらに必要な学識経験者等の協力を求めまして、実施調査会をつくりまして進めてまいりたいと思っております。これは法律に基づく審議会ではございませんで、予算措置をして行政上の施策を進める場合の部外協力者を集めるという形での調査会によりまして、問題を掘り下げて進めてまいりたいと思っております。
○有島委員 ただいま局長からは実施調査会である。これは当然しっかりした方針が定まって、それをどう実施していくかというようなお話だと思うのです。ところが、この問題については試行錯誤は多分に行なわれると思います。しっかり方針が定まって、あとは実施していけばいいのだという一面もあるでしょうけれども、そうでない、まだまだ論議を尽くさなければならない問題が山積みしているのではないかと思うわけであります。そこでお尋ねしたのですけれども、審議会をおつくりになるべきではないか、その点、大臣はどう思っていらっしゃいますか。
○坂田国務大臣 私は、この段階になりますと、やはり設置主体というような問題には責任をもって私たちが決断をすべきだというふうに思うのです。それから、いろいろのやり方等につきましては、すでに準備調査会でいろいろな議論がなされているわけでございますから、この段階で先生の御要望のような審議会をつくるということは、ただいま考えておりません。
○有島委員 次の問題にいきます。これに関連してですけれども、生涯教育の中における高等教育制度のあり方について、これはたびたび大臣の御見解なんかも伺っておりますけれども、生涯教育を制度化するためには、どうしても卒業後あるいは中途退学あるいは部外の受講生について、これは各高等教育機関におきまして、大学なら大学と大学、あるいは大学の中では各学部間で全日制、定時制あるいは通信制、そういうような幅を越えた授業の互換性ということがどうしても一般的なものにならなければならないと思います。 それから第二番目には、今度はそうしてあちらこちらでもって聞く、あるいは年限的にも別な大学でもまた勉強しなければならないというふうになりますと、単位の累次加算という問題がどうしても必要になってくる。単位の累次加算によっての資格の付与であるとか、そういったことを含めたシステムをどうしても実現しなければならない。こうした互換性の問題、累次加算のシステムの必要性、これについて大臣の御見解はいかがでございますか。
○坂田国務大臣 この生涯教育を考えていきます場合には、どういたしましてもいま御指摘のようなことを考えていかなければならないと思います。今回の中教審の答申におきましても、結局新たな制度をつくります場合には袋小路をつらぬということが一つの基本的な考え方となっておると思うわけでございます。そして各大学間、それから一たん職業についた人がさらに高等教育機関のある大学に行かれる道を開くということ、それから同時に、いまおっしゃるように、たとえば放送大学それ自身にしましても、行く行くは、これは相当先のことかと思いますけれども、その単位そのものが、あるいはある大学の単位と同じように認められるようなところまで権威あるものにならなければ、ほんとうは理想的ではないというように思います。あるいはまた、各大学間においてもその単位を認め合うということの話し合いが成立するというほど、やはり各大学間における教育の質が同質のものに近いようにならないことには、そういう相互理解あるいは承認ということはできないのではないかというように思います。この点につきましては、最近外国、特にイギリスその他の国々から学部学生の交換、そしてその単位をお互いに認め合うことを日本のほうでは考えてくれないかというような申し出もあるくらいでございまして、行く行くはやはりそういうようなところまで発展させていかなければならないというふうに思います。でございますけれども、まだただいまのところはなかなかそれをはっきり私から申し上げるところにはまいりませんが、しかし、行く行くの問題としてはそこまで考えなければいけない。また中教審の答申では、そういう袋小路をつくらぬとかあるいは大学相互間において認め合うような、そういう大学のあるべき姿というものを描いておられるものと私は考えておるわけでございます。
○有島委員 これは考えなければならないことだというお話でございましたけれども、海外までも含めたそうした互換性の問題、そして累次加算——村山局長さんにちょっと伺いたいのですけれども、現在大学生といわれるものは大体百六十万人でございますか、将来二百万くらいになるのじゃないかといわれているそうですが、もっと多くなるのかもしれません。こうした大ぜいの高等教育の学習者のそれぞれに互換性それから累次加算ということは、これは事務量がたいへんなことになるのじゃないか。これはどうしてもコンピューターを使ってやっていかなければならぬのじゃないかと思いますけれども、こういったことの調査はもうそろそろ手がけていらっしゃるのか、まだお考えだけであって実行の段階にはいっていないのか、その辺はいかがでしょうか。実は私どもはこういったことを試算してみまして、百六十万人の方々が大体百五十単位から百七十単位くらいのものをどこの大学のどういった受講形態で聞いているかということをコンピューターにチェックしても、大体コンピューターのほうのフィルムのロールは二十七本くらいで百六十万人がおさまるという答えをぼくたちは得ているのです。費用としても、大体学生当たりに出させても二百円から三百円くらいなものでもって全部がやろうと思えばできる、そんなような結果が出ております。そういった調査についてはお進めになっていらっしゃるでしょうかどうか。
○村山(松)政府委員 コンピューターを単位の集計その他教務事務に使用するというのは、現在はまだ一部の大きい私立大学で試行的に始めておる段階でございまして、文部省としては、まだこのような問題に対しまして調査を進めるということはいたしておりません。
○有島委員 高等教育の袋小路をつくらないで進めていくという中には、どうしてもいま大臣がおっしゃったようにそうした問題把握といいますか、互換性と累次加算というものが必要なものであるという前提に立ちまして、その中でもって今度はテレビないしはラジオ、またはビデオテープやそういった視聴覚メディア、活字以外のものを使っての教育のやり方、そういうことについてテレビならテレビを使用していくメリットですね、このことについて郵政省の方、来ていらっしゃいますね、テレビメディアというもののメリット、どういった点に一番特色があるのか、教育に応用した場合にどういったような特性を発揮し得るであろうか、そういったことについて御意見を承っておきたいのです。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 テレビと申しますか、ラジオを含めたいわゆる放送といったものにつきまして電波を用いるということになりますと、放送というものがほかのいわゆるマスメディアの方法と決定的な相違点ということは電波を用いるということでございまして、ということは結局、放送というのは、御存じのように電波の特性としまして拡散性があるわけでございます。ということは、この電波を用いることによりまして、きわめて広範囲の不特定多数の人々に音声あるいは映像、そういったものを直接的、感覚的に同一の情報を伝送できるというところが一番の特徴でございまして、他のマスメディアに比較しまして、公衆に対する影響力というのはきわめて大きいのではないかと思っておるわけでございます。ただ、この放送というものは、ほかのマスメディアと違う点といいますか弱点と申しますか、というのは瞬時にして失われてしまうという点があるわけでございます。しかもまた、その電波の持つ特性ということから、電波というものは限られているというところにまた特徴もあるわけでございますけれども、またこの瞬時に送るということは時間的に限られるという点もあるわけでございまして、情報量の伝送というものに制限がある。二十四時間以上は放送できないという点があるわけでございます。しかし、いずれにしましても放送の持つこういったような特性というもの、それから生ずる効果というものを、適切かつ最大限に活用するということに最大の理由かあるのではないかと考える次第でございます。
○有島委員 四十六年度から大学の番組を実験的に放送する、そういうことにいま文部省ではなっているわけですね。これはいつから、どのような形態で始めるのかという問題が一つ。それから番組の制作、編成の主体は、一体今度はどこにあるのかということが一つ。著作権の所在は、これはどうなるか。 それから郵政省に伺いたいのですけれども、文部省とのかかわり合い方、それはどういうふうにお考えになっていらっしゃるのか。実際には郵政省の管轄として、いま始めなければならないんじゃないかと思いますが、その点はいかがでございましょうか。
○村山(松)政府委員 企画の主体は文部省になりますので、私からまずお答え申し上げますが、四十六年度に考えております実験放送は、テレビとラジオ、それぞれ三種類やりたいと思っております。テレビはNHKの実験放送、それからラジオにつきましては日本短波放送にいずれも委託をしまして、放送してみたいと思っております。その番組の編成、制作などは、文部省で学識経験者の協力を得ましてつくったものを、それぞれテレビ、ラジオに委託をしたい、かように考えております。
○有島委員 いまこちらで伺ったのは編成の主体、では編成の主体は文部省であると考えてよろしいのですね。それから、いつから始めるのか、それから著作権の所在はどこにあるのか、こういった点はどうなっておりますか。
○村山(松)政府委員 具体的に、最終的にどうなるか、まだこれから相談をしてきめるわけでありますけれども、いずれにせよ文部省側が主体になって番組を制作し、これを委託するということを考えております。 時期としては、四十六年度半ばまでにはそのような準備を整えてやりたいという目標で進めたいと思っております。
○有島委員 四十六年度の半ばから始める。 それからなお、いまので番組編成の主体、これは文部省がやるのか。もう一つ、グループみたいな団体を組んで、そうしてそこを主体になさるおつもりなのか、そういったことはまだ全然きまっておりませんか。 それからいまの著作権の問題、それはどうなっているでしょうか。
○村山(松)政府委員 番組の編成などは、文部省側でやりたいと思っております。それが最終的に文部省ということになるのか、文部省でお願いしたあるグループというようなことになるのかは、お願いした方が寄って相談してみませんと最終的にはきまりません。著作権の問題も同様だと思います。
○有島委員 郵政省がいらっしゃるので、一言だけ伺って、おしまいにしましょう。 民放にも大学向けの、高等教育レベルの放送をそれぞれ自由に、あるいは自主的にくふうして実験制作させることはできるかどうかという問題でございます。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 民放に対しましては、私どもから命令するというわけにはいかないのでございますけれども、放送法には、教育放送あるいは教養放送あるいは娯楽放送、そういったものを調和をとって放送するように、そういう規定はございます。したがいまして、いわゆる民放自体にも大学程度まではいまのところございませんと思いますが、中等教育あるいは高等程度の教育の放送をやっているところはたくさんございます。
○有島委員 それじゃちょっと中途はんぱでございますけれども、これでもって終わります。またあと機会を得て問題を詰めてまいりたいと思います。 以上で終わります。
○八木委員長 鈴木一君。
○鈴木(一)委員 だいぶ早くやってもらいたいという要請がありますので、なるべく簡潔に質問します。大臣以外に答えなくてもいいですが、坂田さんはだいぶ退屈のようでありますから……。 最初に坂田さんにお伺いしたいことは、あるいは時間がたっているのでお忘れになったかもしれませんが、四十四年度の通常国会で私が文部大臣の所信表明に対して質問した問題です。そのときに、学校教育法の一部を改正して各種学校の法的地位の確立はぜひやってもらいたい、その際、外人学校であるとか教頭の地位とか各種学校とは何ら関係のないような法改正までくっつけてくると各種学校の要望にこたえることもできないから、これは切り離してやってもらいたいということをお願いしたのでありますが、大臣も私の要請を大体了解したと私は見ておったのでございます。ところが、幸か不幸か大学問題の国会となってしまって、委員会もごたごたしまして実現できなかったわけでございますが、今回は別に紛争もないようだし、この三年前のお約束を実行する御意思があるかどうか、お伺いしたいと思います。
○坂田国務大臣 私といたしましては、その問題も何とかして早急に解決したいというふうには考えておるわけでございますが、しかしながら、今度の国会におきましていろいろ重要法案もございますし、また私としてもお願いしたいわけでございますが、やはり私だけの一存でこれを御提案申し上げましても成立しなかった場合は困りますので、出しました以上は成立を期さなければなりません、そういうようなことでございまして、いま少しく時間をかしていただきたいというふうに思っております。
○鈴木(一)委員 大学問題はおれにまかせろというふうな気概で国会に臨んだあなたにしてみればずいぶん弱気だと思うのですけれども、私が要望するのは、端的に申し上げますと各種学校だけ今度の国会で片づけろ、こういうことなんです。これは長年の懸案なんですね。ですから、これを片づけるには確かにいろいろ問題もあるかもしれませんけれども、外人学校とか教頭の地位とかいうことと別にして、これだけ単独に出されれば、私はだれも反対する者はないと思うのですね。だれも反対する者はないものが通らないことはないと思うので、私はまず通ると思うのです。教特法の問題はあるかもしれませんけれども、通ると思うのです。この点、どうなのですか、はっきり言ってください。
○坂田国務大臣 その点は、言うのは非常に簡単でございますけれども、なかなかむずかしい問題も実はないわけではございませんので、私といたしましても慎重に、そして初心が貫けられれば幸いであるというふうに考えております。また御意見の趣は十分胸に体しまして、今後検討をいたしたいと思います。
○鈴木(一)委員 むずかしい問題があるというのは何ですか。具体的に言ってください。それでなければ納得いきません。
○坂田国務大臣 そこを鈴木さんは非常に割り切っていらっしゃるわけでございますが、これを一つでやるのかあるいは二つでやるのかというところにむずかしいところがあるわけでございます。一つでやれば、これはたやすいということも一面においては私としては考えられることでございますけれども、それを一つにしたほうがいいのかどうなのかというところが、まだ実は残っておるわけです。そこにむずかしさを感じておるわけです。
○鈴木(一)委員 坂田さん、あなた少し混乱していると思うのですよ。各種学校とそれから教頭職の地位を確立するのと何の関係がありますか。私はないと思うのですよ。両方ともどうしても一体不可分なものなら一緒に出さなければならぬと思うのですけれども、各種学校の問題と教頭の問題は、ただ一つの学校教育法の中にあるだけで、私は何も関係ないと思うのです。関係があると思われるのはあなたたちの錯覚だと思うのです。自民党の中にはりっぱな人もおるし、また少しめちゃくちゃな人もおると思うのです。そういう人が何だといって圧力をかけるせいじゃないか、こういうととだと思うのです。私どもは全く迷惑なことで、野党も全く迷惑、各種学校も迷惑だと思う。どうしてそれが二つ離せないのですか。あるいはもう一つあるかもしれません。三つあった。三段ロケットだと思う。これは各種学校とは何も関係ないですよ。これを割り切ってくださいよ。そうすれば質問終わりますよ。
○坂田国務大臣 質問終わると申されましても続けていただかなければならないのでありまして、やはりその点は、もう少し考えさしていただきたいと存じます。
○鈴木(一)委員 考える余地は、私はないと思うのですよ。考えることなら私だって時間をおきますよ。しかし、何も考える必要はないので、関係ないことを二つ結びつけて考えておるあなたの頭が私は混乱しておると思うのです。もっとすかっとしてくださいよ。もう一回言ってください、ごまかさないで。はっきりとこれだけはやるんだとこの前もお約束したはずなんですよ。ことばははっきりしておりませんけれども、大体それらしいことを言われたので、私はあっさりとほこをおさめたのですよ。関係ないものを持ち出してやられることは、私はまことにあなたらしくないと思うのですね。あれだけ大学問題では勇をふるってやられたあなたが、このことになるとしゅんとしておられるのはどうかと思うのですよ。もう一回言ってくださいよ。
○坂田国務大臣 これにはやはり経緯がございまして、なかなか頭も十分整理ができませんことをまことに残念に思っておりますが、もうしばらく時間をかしていただきたいと思います。
○鈴木(一)委員 それでは、あなたを助けるようにこちらのほうで計らったらいいですね。あなたの苦衷を察して、みんなと相談して国会のほうでひとつ独自に片づけましょう。委員長、そのことをひとつよく腹の中に入れておいてください。坂田さんにこれ以上聞いても時間が経過するだけですから。 もう一つお伺いしたいことは、この前の臨時国会でもちょっと触れました医師の教育、養成の問題ですが、実は東海地区に住まっておる私の友人からこういう依頼を受けたのですよ。自分のむすこは、あまり頭がよくないが医者にしたい。友人というのは医者ですけれども、聞くところによると、最近東海地区で二つばかり医科大学を申請しておるところがある。どっちでもかまわないから、何とかひとつ早く許可ができるように、君は文教委員だから応援してくれぬか、こういう話なんですね。だから、許可になったらそこに入れたいのだというわけでありますけれども、新聞や何かの報道によると、相当やっぱり金もかかる、入学金裏表合わせて一千万以上の金もかかるだろうというふうなこともいわれておりますので、そのぐらいの金はだいじょうぶかとためしに聞いてみたら、せっかく病院建てて自分っきりにしておくのももったいないし、むすこがそこに入ればあと継ぎもできるし、そのくらいのことはどんな無理をしても金をつくるのだというふうなことを言っておりましたが、これは、私は一般の医師の中にある一つの傾向だと思うのですね。しかし、これでは私は正しい医療行政はできないと思うし、また医師の教育ができないと私は思うのです。ですから、そういうふうな大学に多額の金を出して入った者は、やっぱりかけたものは回収して、さらにもうけなければならぬというふうな気持ちになるから、もうけるほうに走ってしまう。こういうことになって悪循環を繰り返すばかりだと私は思うのですよ。だから、ここで大臣に要請したいことは、現在各県に一つずつあるいは二つぐらい国公立の大学もあるわけですね。しかし、その中で医学部のないところが十六校もあるそうでございます。このないところに、一校大体百億かかるというふうに俗にいわれておりますけれども、百億くらいかかるとしても千六百億あれば、全部医学部をつくることができるわけですね。ですから、考えようによっては安いものだと思うし、ここで一斉に十六校つくれというわけじゃないので、五カ年計画立てたら一年間に三百億あれば、五カ年で十五校できるわけですね。ですから、文部省としてもこのくらいのものをつくるというふうな、画期的な一つの医師養成というふうなことに対して踏み切る意思がないのかどうか。人間尊重とか人命尊重とかなんとかいっていますけれども、こういうことは、私は何はさておいてもやらなければならないことだと思うのです。聞くところによると、僻地のほうには医者がいないということから、知事会が思い余った結果、都道府県に金を出させて僻地に勤務する医者を養成する大学をつくるというふうなことが新聞やテレビでも出ておるようでございます。しかし、何か九年間僻地に勤務の義務を負わせるということでありますけれども、いまの日進月歩する医学界の中において、大学を出て九年間ぽっとそういうところにやられたら、もう研究も何もできないし、私は決していい結果がそれで生まれるとは思わないのですね。これは医者が不足だから、思い余ってそういうふうなことを考えたと私は思うのですけれども、これは、私は少し文部省側の怠慢ではないかと思うのですね。金がかかるからやらないんだということだけでは、これは済まされない段階に来ていると思うのですよ。ですから、ことしはもうすでに予算が組まれてしまったわけですけれども、来年あたりから五カ年計画でも立てて、そうした大きな政策を打ち出すような気持ちはないのかどうか、ひとつお伺いしたいと思います。
○坂田国務大臣 鈴木さんのいまの御指摘は大体今日の国民の気持ちと一致するのじゃないかと思いますし、私自身もそのようなことを考えておるわけでございます。本年度中にひとつ医学教育ということについて、基本的な文部省の態度というものをきめたい。そのために、いま事務当局に命じましていろいろ検討いたしておるところでございます。もちろん私立医科大学の要望もございますし、この条件等がととのいましたならばこれを認めていくということも考えておるわけでございますが、今日の段階では、私立医科大学という場合は相当多額の学生負担、学生納付金というものがございまして、この分でまいりますとお金がない人は医学教育が受けられないような状況になりかねない。一種の社会問題を引き起こすというふうに私は思うのでございます。したがいまして、少なくとも数年の間に二つか三つの国立の医科大学、これを付属、大学の医学部としてやるのか、あるいは単独の医科大学をつくるのかは別といたしまして、とにもかくにも国立の医科大学というものを最小限度二つ、三つはどうしてもつくらなければならないというような気持ちでございます。鈴木さんは、十六都道府県に、ないところに全部というお話でございました。そのお気持ちはよくわかるわけでございますが、医学教育というのは実はお金だけではできないわけでございまして、お医者さんの先生の確保というものが非常にむずかしゅうございます。そういうことを考えますと、にわかに十の医科大学というものをつくるというようなことは、ちょっとむずかしいのではないかというふうに私は思うのでございます。 そういうわけでございまして、この問題についてはほんとうに真剣に、具体的に取り組みたいということを申し上げておきたいと思います。
○鈴木(一)委員 二つか三つくらいではとても私は間に合わないと思うのですね。そうすると、国のほうがそういうスローテンポだからこそ、いま言ったような多額の経費のかかる私立の医科大学がどんどん申請してくる。この基準があると思うのでありますけれども、その基準にそぐわない点を指摘されれば、また金を借りるなりいろいろくめんしてつくっていく。そうすると、結局そういうものをどんどんだれかがやりだして、文部省のほうの指摘のとおりの設備ができれば、あるいはまた教授がそろえば、認めざるを得ないと私は思うのです。私は、医師の養成がそういう方向にウエートがかかることはまずいと思うのですよ。むしろそういうものはもうこの辺でストップしてしまって、国の全責任でそういうものをやっていくのだというふうなかまえをする。私は、最初から最善のものはできないと思うのです。ベストのものはあり得ないので、確かにそこの教官というか教授も足りないかもしれません。最善の人はいないかもしれません。しかし、ベターだ、よりいいものということで待遇もよくしていけば、私はかっこうがついていくと思うのです。とてもこういうふうな状態で、ここ数年間に三つか四つぐらいつくるというようなことでは対策にはならないと思うのですね。たとえば、金がかかる点は私も認めますけれども、何でもかんでも基準どおりりっぱな総合病院をつくる必要は私はないと思うので、なるべく本体は小さくしてもいいと思うのです。そのかわり、大学病院のできるようなところは大体市と名のつくところでしょうから、それぞれ公立病院なり公共性の高い病院があると思うのです。ですから、それとの関連においてそこを整備させていく。それに必要な器材とかそういうふうなものに対しては補助金を出すなり何かして、そことセットになった形で大学病院を建設していく。そうすれば、いまのような基準でそう多額の金をかけなくてもやっていけると思うし、そこは私はくふうのしかただと思います。どうも文部省のやることは、四角四面に過ぎてしまって時勢にそぐわない点もあるのじゃないか。たとえば、授業料を値上げしろとは言いませんよ、けれども、いまの国立大学の授業料なんというのは一万二千円だというのですね。月に千円ですよ。幼稚園の生徒よりも安いのです。将来これを無償にする考えならば上げないのも一つの方法かもしれませんけれども、いまの世間一般の常識からすれば、あまりこれはバランスがとれていないと私は思うのですね。教育というふうなことで、あんまり時代から離れ過ぎてしまって、時代の流れにそぐわないようなところもあると思うのですよ。ここ二、三年間で二校か三校ぐらいつくればいいのだというのはそういうところからきやしないかと思うのですが、大臣、とてもその程度のことでは医療行政、医師の養成の抜本的な対策にはならないし、七〇年代の期待にこたえるようなものでは私はないと思うのです。
○坂田国務大臣 鈴木さんももうすでに御承知の上でいろいろ御質問をしておられるとは思いますけれども、実を申しますと、戦前におきましても一つの学部、一つの大学で百名以上を定員として教育しておったわけでございます。これを戦後かなり定員をシビアに考えまして、八十名くらいでずっとやっておった。最近ようやく百名くらいにはなったわけでございますが、これをもう少し百二十名くらいまでは教員、先生方の定員を確保しし、あるいはその他施設設備、予算等を考えれば、これはかなりの医学生の養成ができるというふうに思います。 それからもう一つは、公立医科大学が九校あるわけであります。これも六十名とか八十名とかいうことでございまして、これに対しましては、実は公立の医科大学等についてわれわれは十分の国庫補助もいたしておらないわけでございます。こういうようなことをもう少し考えて、そしてその定員を、六十名のところを八十名とか、あるいは八十名のところは百名とかいうようなことにいたしますると、かなりの医学の学生の養成ができる。この点は、実は自治大臣が新しく僻地に医者を獲得するために自治省で医科大学をつくろうということに今度きまったわけでございますが、そういうお話がありましたときにも、自治大臣にも実は私は申し上げたわけでございます。そういうようなことを考えまして、実は厚生省にお願いをいたしまして、大体日本の今後十年間ばかりの間にどれくらい医師が必要であろうかということを、ひとつ権威ある数をお出しいただきたい、それに基づいて私どものほうでも医師の計画養成といいますか、そういうものを考えてみたいということで、厚生省のほうからもわれわれのところにいろいろの御意見等が参っておるようでございます。この点についても検討をいたしておるわけでございまして、それやこれやを検討いたしまして、また日本列島全体をずっと見回してみて、そして医科大学があるところ、あるいは五百ベッド以上の病床のある病院等の全然ないところ等々をブロック的に見てみますると、大体こことここ、このあたりというところは出てくるわけです。こういうようなことをもう少し客観的に詰めてまいりまして、そしてわれわれ自身として、国立の医科大学としてつくるべきものはどれくらいかということをひとつ考えてまいりたいというふうに思います。 それから、少しサボっておったのではないかということでございますが、結果としてはそういうことになろうとは思いますけれども、一応大学紛争そのものが医学部のあり方、それから実は出発をいたしております。そして、その問題もまだ解決をしておらないわけでございまして、この中教審の答申におきましてもこの点がまだまだ実は十分な検討がなされておらない。したがいまして、むしろ私は、中教審は中教審として、この問題は切実な問題であるから、われわれ独自にひとつ考えていかなきゃならない。したがって、本年度中にまとまった見解をひとつまとめたい。そして鈴木さんの希望されるような新しい医科大学等もひとつつくってまいりたい、こういうふうに思っております。その前提としましてはいまの定員法等のことがございますけれども、これはいまの社会の要請にこたえるためには、ぜひともそのワクを撤廃してもらいたいというふうにわれわれは考えておる次第でございます。
○鈴木(一)委員 もうあまり長くやりませんが、大体やはり目標が必要だと思うのですね。俗にいう人口十万に対してどのくらいの医師があればいいんだということで、しかもこれから福祉国家ということで考えていくならば、少なくとも私は、最低十万人に対して百五十人くらいの医師は必要じゃないかと思うのですね。そうしますと、現在国立の二十五、公立の九、私立の十六、合わせて定員は四千四百ですか。そうすると、これ以上もう私立はつくらぬ、金がかかってしようがないですから。しかもそこを卒業した医者が必ずしも命を預けるに足るかどうかわかりません、金で入るあまりできのよくない者もおるかもしれませんから。そうすると、いま言った十六府県ですね、ないところに医学部を設けて、たとえば定員百名にすれば千六百になりますね。そうすると大体六千ですから、人口十万に対して百五十人というふうな数字が私は出てくると思うのですね。少なくともこのくらいの医者は確保すべきものだと私は思うのですよ。ですから、大臣も、唐突に言われてほいきた、やりますと腹もたたけないかもしれませんけれども、他のことも、いろいろそれは重要な問題もあるかもしれませんけれども、こういう基本的な人命に関する大問題ですし、ひとつ真剣に取り組んでもらいたいと思うのですよ、あなたの在職中に。大学問題も確かに一応紛争は解決しました。しかし、内容はまだ何も解決していません。そこにも大きな問題があると思いますけれども、少なくともこの医師の養成ぐらいは、あなたの在職中にはっきり筋道を立ててもらいたいと私は思うのですよ。もう一回ひとつ所信を表明してもらいたい。
○坂田国務大臣 医師の養成に対しましては、真剣に積極的に取り組んで、御期待に沿いたいというふうに考えております。
○鈴木(一)委員 これでやめますが、ことしじゅうに一つのそういうビジョンというか方向を、五カ年計画ぐらいの、十六全部含まれなくても、少なくとも十校ぐらいは五年間につくるぐらいの、そういう文部省の案を出してもらいたいと思うのです。必ずこれは世論の支持を受けますよ。これをひとつお願いしておきまして、もうこれでやめます。
○八木委員長 山原健二郎君。
○山原委員 時間が迫っているようですから、三点ばかりお尋ねをいたします。 一つは、二月八日の人事院の意見書について文部省の見解を伺っておきたいのです。この問題は、教員からも特に超過勤務手当をよこせという要求は長い間の要求でありますし、またずいぶん論議をされてきたところでもあるわけですが、今度の人事院の意見書というものですね、これにつきまして、今日までのこの問題に関する司法権の問題です。それは、たとえばいままでこれは裁判上の問題となっておりまして、裁判の上から見ますと、たとえば昭和二十五年の京都地裁の判決、それから静岡地裁の判決、さらにそれに付随する高裁の判決、それから大阪地裁の判決、これは昭和四十二年ですね。それから東京地裁の判決が昭和四十五年、それから東京高裁が、これは静岡地裁に関連して行なわれておるわけですが、いずれも超過勤務手当を支払うべきであるということですね。法律上から申しますと、司法権の面から見るならば、これは明らかに国側か敗訴しておるという問題があるわけです。 そういう中で、時間がありませんから、ちょっと東京地裁の判決だけ少し読み上げてみます。今度の人事院の意見書の中には、これはなじまないという問題がありますけれども、東京地裁昭和四十五年四月二日ですが、この中にはこういうふうに書いてあるわけです。途中から読みますが、「しかし翻って考えてみれば、右のような職務の性質並びに勤務の実態そのものは、教員が現実に勤務した時間を算出することが事実上容易でないことの説明にはなるものの、右の教員の勤務の実態がすでに教員が時間外勤務をすることがあることを示しており、この時間外勤務時間の算定が不可能であると称し得ないことは当然である。」ということですね。そしてさらに引き続いて、「これまで認定してきた諸事実に立脚して考察すると、教員の職務が本質的に時間外勤務手当になじまない性質のものであるとは断定し難い上、これを実定法に照して見ると、」云々と、こういう判決になっているわけですね。したがって、この司法権の立場から申しますと、法律的判断としてなじまないという断定はしていないわけですよ。それを人事院という行政府の一機関が、そういう認定をすることが正しいかという問題です。三権分立の立場から申しますと、これは明らかに大きな問題をはらんでおると思うのです。しかもそれをどういうふうに行政府が受け取るかという問題については、その辺の司法権との関係で明らかにしておく必要があると思うのですが、この点について文部大臣の見解を伺っておきたいと思います。
○宮地政府委員 ただいまお引きになられました各地で起こっております超勤問題についての訴訟でございますが、東京の例をお引きになられました。この点につきましては、現在の制度を前提として裁判所は、超勤というものは、時間の測定はできがたいにしてもできるから、原告のいう超勤手当を時間ではかって払ってやるべきであるという判断をお示しになったものと思います。しかしながら、人事院のほうは、現在の制度でその裁判がどうこうというのではございませんで、現在の制度はなじまないので、将来はこうすべきだということをいっておられると思います。したがいまして、私ども、現在の制度につきまして云々ということではなくて、将来の問題として法律を出して、教員の専門職たる職務と勤務態様にふさわしい形にしていきたいということでございますので、裁判所がお示しになられましたのはあくまでも現行制度のもとで、現行法のもとでの判決であろうと思います。さらに、最高裁までいっておる静岡の例がございますが、そちらのほうの判決はまだでございます。そういう関係から、人事院が勧告をされましたのは必ずしも裁判所がいわれるそのことが間違いであるとかなんとかいうことじゃなくて、将来の問題はこうすべきであるということを勧告されたように私どもは受け取っております。
○山原委員 現在、静岡問題は最高裁の問題になっておるわけですが、この問題については長時間にわたる論議もありました。したがって、少なくとも、一歩退いたとしても最高裁判所における判決が出るまでは、この問題に触れるべきではないという見解を私は持っておるわけです。 それと同時に、教育の地方分権の立場から考えましても、私の調べましたところでは、超過勤務手当を支給すべきであるという判定を下した県の人事委員会はこれぐらいになっているわけですよ。福島、千葉、島根、熊本、宮城、北海道、新潟、秋田、広島、岩手、山形、宮崎、長野、群馬、香川、岡山。その他のところは該当の訴訟がないというような場合もあるかもしれませんが、これだけの人事委員会が超過勤務手当を支給すべきであるという——これはもちろん勧告でありますから拘束力がないと思いますけれども、しかし、少なくとも超過勤務手当についてこういう判定をしておるということを考慮に入れました場合に、教育の地方分権の立場から、これは当然尊重をすべき問題だというふうに考えるわけです。その点について文部省側の見解を伺っておきたいと思います。
○宮地政府委員 いまおっしゃいました人事委員会、たしか二十三県でございましたか、いま先生がおっしゃいましたようなことをいっておられます。これに対しまして、文部省といたしましては、その人事委員会のいわれるのは間違っておるから、そうすべきでないといったような指導はいまだかつて一度もいたしておりません。ただ、超勤につきましては、文部省としては超過勤務命令を出し、働かせて、しかもただで働かせてよいのだというような指導は何らしていないわけで、しかしながら、超過勤務は教師に命令するべきでないのだということはいままで終始指導いたしておりました。しかし、人事委員会で問題になり、あるいは裁判所で問題になりましたものも、そのほとんど全部と言っていいと思いますが、当局が命令を出したわけではないけれども、職員会議等が事実上勤務時間以降にわたって行なわれておった、それは命令は出してはいないとしても、同じような効果がそこに及んでおるわけではないかといったようなことでございます。したがいまして、私ども、いま先生がおあげになられましたことに対して、文部省としては裁判所の判決がよくないとか、人事委員会でお出しになられたものは間違っておるとかいう指導はいたしておりません。 それから、そういう係争中のことであるのに人事院の勧告に基づいて法律等を出すことは少なくとも差し控えるべきではないかという前段の御質問ですが、私ども人事院の勧告をいただいてこれから法案を用意し、御審議をいただきますものも、いま係争になっておるから、その係争中のものを消すために既往にさかのぼるような法律案を考えておるというわけでは毛頭ございません。これから後の問題につきまして法律は効果を発するということでございますので、先生がいまおっしゃいます点につきましては、私どもとしては、直接先生の言っておられることと私どもがしようとすることは趣旨において反してないと思います。くどうございますが、過去のそういうことについて、それを消すために法律効果が既往にさかのぼるようなことをしようということでは毛頭ございません。
○山原委員 いわゆる労働基準法三十六条の問題からくるわけですから、いまの御意見に対しては当然論議しなければならぬわけですが、もちろんまだ法案という問題まで出ていないわけで、これについては当然また論議しなければならぬと思いますのでおきます。 もう一つの問題は、こういう問題に関して当然解決をしていく道行きというものがあるのだろうと思うのです。たとえばILO・ユネスコ合同会議の教員の地位に関する勧告の八十九条を見ますと、御承知のように、「教員の一日及び一週間当たりの勘務時間は、教員団体と協議の上きめるものとする。」ということがはっきりあるわけですね。だから、教員団体という問題がここに出てきます。これとどういう協議をしていくのかということについて伺っておきたいと思う。 さらに、基準法の三十六条によりまして、労働者の過半数の組織を持つ団体と書面で協定を結ぶということもあるわけですから、当然労働基準法のたてまえからいたしましても、また国際的なILOの勧告の趣旨から申しましても、当然教員団体というものが浮かび上がってくるわけですね。これとどういう公式な話し合いを行なって、勤務量の問題、勤務時間について話し合いを進めていくかという問題ですが、それについてはどういうふうにお考えになっていますか。
○宮地政府委員 法律案は近く文教委員会でも御審議いただけると思いますので、その際またいろいろお答えもいたしたいと思いますが、私どもといたしましては、いまお尋ねの法律案そのものに、教員組合といった団体と協議するといったようなことは文面では考えておりません。しかしながら、労働審議会でもつい一両日前に御建議があったようでございますが、こういう問題につきましては、関係者の意向が十分反映されるような適切な方途を講ずるべきであるという御趣旨の御建議が出ております。したがいまして、これは従来から、文部省におきましてはいろいろ組合の方々に限らず一般の先生方、さらに文部大臣も各学校に行かれて現場の個々の先生方の御意見等も十分聞いておられます。そういうわけで従来からつとめておりますが、そういうことは当然いたしますと同時に、ともかく正しい教師の意向というものが十分反映されるような運営をしていきたい、そういう心がまえでおります。法文の中には、だれと協議をするというものは出ておりません。
○山原委員 この教員団体の問題ですが、いまのお話によりますと、中央労働基準審議会の話まできょうしようとは私は思っていないのですが、これは労働関係者と、「労働」ということばがはっきりとついておりますね。同時に、教員団体というもの、たとえば日本教職員組合というものは、文部省の意見によっても現在四十九万という構成人員を持っておるという団体ですね。そういう団体を、教員団体の一つとして交渉といいますか、この勤務量、勤務時間についての話し合いをする相手としては全く考えていない、こういうわけですか。
○宮地政府委員 法律の案文そのものでは、そういう団体と協議をするとか、しなければならないという規定は考えておりません。しかしながら、いま先生は労働者とおっしゃいましたが、先ほどお引きになられましたILOの勧告でも、教師は専門職たる地位を持つんだということで、他の労働者と違った職務を持つということをはっきりいっておられます。そういうような点もございますが、一つの職員組合あるいは現在あります五つ、六つの全国的な組合、そういうものに限定せず、五十万、六十万人の教師の真意を十分反映するような、そういう運営をしていきたい、これは運用についての文部省としての心がまえでございます。法律案文にはございません。
○山原委員 文部大臣にお伺いしたいのですが、労働基準法三十六条によって、当然教職員の中の強力な組織として存在しておる労働組合、職員団体といいますか、それと、勤務条件、勤務量、時間というものについてはことにそうですが、そういうものについて当然話し合いをすべきだと私は思うのですよ、法的な問題を言っておるのではなくして。全国的にこの問題が大きな論議を呼んできた今日でありますから、問題解決にあたってそのことを実行する必要があるのじゃないかと私は思うのです。そういう気持ちがあるかどうかですね。伺ってみたい。
○坂田国務大臣 いろいろの教職員の方々の意見を聞くということは、当然なことだというふうに考えております。
○山原委員 もちろんILOの会議に対しても代表の行っておる団体として、国際的にもこれは確認されておる団体として、たとえば日本教職員組合というものがあるわけですから、そういう点から考えますと、これは当然あらかじめ話し合いをすべき問題だと私は考えているのです。文部省の見解には、かなりそういうことについて、教員団体というものについての考え方の相違が私たちとはあるかもしれませんが、しかし、これは国際的に見ても、また実態から考えましても、実際交渉の相手として論議をすべきだという——まあ皆さん方言っておられる教育正常化という問題を解決していこうとするならば、これは当然なことだと思うのですが、もう一度、局長のほうからその辺を聞かしていただきたい。
○宮地政府委員 法律論と事実問題とがあろうと存じますが、先生がお引きになられます問題で、事実上の問題は大臣からお答えいただくとしまして、法律論としましては、当局が交渉に応ずべき地位に立つ団体といういわゆる登録団体といたしましては、いまおあげになられました日本教職員組合は、文部大臣が日本教職員組合からの申し入れに基づいて交渉に応ずべき地位に立つ団体ではないと思います。しかしながら、事実問題として多くの公立学校の先生等を組合員としておる日本教職員組合の方々の意向というのは、これは教職員組合の方々もいろいろ文部大臣あての要望書を持ってこられますし、私も直接お会いしたりいろいろ御意見は拝聴いたしております。しかしながら、法律的には文部省と交渉すべき地位に立つ団体ではない。
○山原委員 そこで文部大臣に伺いたいのですが、日本教職員組合というものを文部大臣はどういうふうに見ておられるかということなんです。 少しいやなことを言うかもしれませんが、文部大臣は、本年の一月二十一日に財団法人生産性本部新春セミナーに出まして、演説といいますか、あいさつをしたことがありますか。
○坂田国務大臣 あいさつしたと思います。
○山原委員 あなたが行かれたときに「日本民族の発展と教育 坂田道太述」という、これが当日配られておるのですが、これはあなたが書かれたものですか。
○坂田国務大臣 それは私の、自民党の大学院の集まりがありましたときにお話ししたのをまとめたものでございます。文部大臣になる前のことでございます。
○山原委員 これが当日の文書でありますけれども、「日本民族の発展と教育 文部大臣坂田道太氏」と、こうなっているわけです。そして文書は当日配られておるわけですが、自民党の会議で言われたかどうか知りませんけれども、これは「新春セミナー「これからの日本」参考資料NO.5」として出されているわけです。この文書については責任が持てるわけですか。
○坂田国務大臣 私が文部大臣になります前に、自民党の研修といいますか、大学院の生徒の人たちにお話しをし、それを印刷したわけでございまして、おそらくそれを配付したのだろうと思うのです。だから、お手元のやつとはちょっと違うのじゃないかと思います。青い表紙のやつでございます。
○山原委員 ちょっと、これは文部大臣になる前のものでしたら、大臣として行かれた場合これを配ることは、私は引き揚げていただきたいと思うのです。と申しますのは、この中には非常に重大な問題があるわけですね、私の見解からしますと。一、二の例をあげてみますけれども、この中には「教育の正常化」というのが冒頭に出ておりまして、「戦後の日本教育にとって、きわめて憂うべき一つの現象があらわれてきたことを、われわれは見逃すわけに行かない。それは、いうまでもなく、日教組のとってきた教育方針である。」ということを書かれまして、その次には「われわれの文教政策は、日本の革命をめざす日教組とのたたかいからはじまったといりても過言ではない。」という考え方が一貫しておるわけですね。 そうすると、文部大臣が行かれて、その席で、この日本生産性本部の各責任者が集まっておるところでこれが配付されたということになりますと、これは文部大臣個人で行かれたかもしれませんよ。しかし、この案内状には「文部大臣坂田道太氏」となっておりますから、当然文部省の見解として出てきたのではないかということが考えられるわけです。そのように受けとれるわけですね。しかも「われわれの文教政策は、日本の革命をめざす日教組とのたたかいから、はじまったといっても過言ではない。」言うならば、日本政府の文教政策そのものが、日教組に対する対決としてあらわれておるといっても過言ではないということになるわけですよ。そしてその次には、非行青少年の発生の原因も、これは日教組の革命的教育にあるのだというようなことですね。また、率直に申しまして、日本共産党徳田球一氏の発言も書かれておりますけれども、その日付は昭和二十八年十二月何日ということになって、三カ所に出てきます。ところが、昭和二十八年十二月には、徳田球一氏はすでにその前に死去しております。そういう非常にどこから出たかわからない、治安当局から出たかわからないかもしれないような文章。 さらに、この日教組に対しましても「暴力的な考え方や行動」を持っておる団体であるといういい方、あるいはまた、偏向教育の面なども出ておりますけれども、たとえば教科書の問題についても、「指導要領の不備につけこんで、日教組講師団が教科書全体の著者になりすまし、偏向教科書が横行するようになった。教科書会社は、売れる教科書ということになれば、日教組と一体にならざるを得ない。そして偏向教科書の横行となった。これを一掃しなければならないというのが、われわれの第一の考えであり、その一つのあらわれが、昭和三十一年、文部省に設けられた教科書調査官制度である。」こういう記述が出てくるわけです。これは調査官制度ができたのは、そういう趣旨でできたのではないわけです。 さらに、教育二法の成立の問題につきましても、この教育二法は中立性の法律であるけれども、現在これは有名無実に終わっている。それは「日教組の大部分は、社会党を支持している実態からみて、法の精神は生かされていない。」こうなってきますと、日教組の大部分が社会党を支持しておるから法の精神が生かされないということに受け取られるのですね。こうなってくると、これは社会党といわず、日本の政党に対する存在を否定する可能性のある文章にもなってくるわけですね。 それからさらに、社会党系の知事のおる京都、そして以前おった福岡においては、法の精神が守られていないというようなことですね。では自由民主党の知事がおるところではどうなっておるのか、それは書いてないのですけれども、こういう記述が、しかも本年の一月二十一日という時点で、坂田文部大臣出席と同時にこれが配られたということは、これは非常に重大な問題。だから、これはもし文相になられる以前のものであれば、私は配るべきでなかったと思うのですよ。配ったとするならば、これは生産性本部に申し入れて、配った部数だけは撤収していただかないと、これは重大な問題になります。私は、予算委員会の分科会もありますので、この問題について質問したいと思うのですけれども、これはどういうことですか。そういう日教組に対する敵視観、あるいは日教組の教研集会というものは社会主義教育をやっておるのだという指摘もあるわけですよ。これはまさに、常に日教組の教研集会の前にあばれ込んでくる赤尾何がしの右翼団体のいっておることとそっくりなんです。これで文部大臣として日本の教育をほんとうにつかさどっていく資格があるかという問題にまで発展しかねないわけでございますから、この点について大臣の見解を伺っておきたい。
○坂田国務大臣 それは、もう先ほどから何べんも申し上げておりますように、私が文部大臣になる前に大学院で話をしたものの印刷物でございまして、もうはっきりいたしております。文教制度調査会長として書いておるわけでございます。そのことを明記してあります。
○山原委員 もう時間がありませんからやめますが、撤収しますか。
○坂田国務大臣 その点は、生産性本部でもし撤収できれば、私のほうからは撤収してくださいと申し上げたいと思います。
○山原委員 終わります。 ————◇—————
○八木委員長 国立学校設置法の一部を改正する法律案、文化功労者年金法の一部を改正する法律案、高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案及び昭和四十四年度及び昭和四十五年度における私立学校教職員共済組合法の規定による年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案、以上の各案を議題とし、政府より順次提案理由の説明を聴取いたします。坂田文部大臣。
○坂田国務大臣 このたび政府から提出いたしました国立学校設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 この法律は、昭和四十六年度における国立大学の大学院及び国立短期大学、国立高等専門学校並びに高エネルギー物理学研究所の新設等について規定しているものであります。 まず第一は、国立大学の大学院の設置についてでありまして、これまで大学院を置かなかった小樽商科大学及び島根大学にそれぞれ商学及び農学の修士課程の大学院を新たに設置し、もってその大学の学術水準を高めるとともに、研究能力の高い人材の養成に資そうとするものであります。 第二は、九州大学医療技術短期大学部の新設についてであります。 従来、看護婦、衛生検査技師、診療放射線技師等の養成は、その大部分が各種学校において行なわれてきておりますが、近年における医学の進歩と医療技術の高度の専門化に伴い、これら技術者の資質の向上が関係各方面から強く要望されており、すでに大阪大学に医療技術短期大学部を併設いたしておりますが、今回、九州大学にもこれを併設するものであります。 第三は、国立大学の付置研究所の名称及び目的の変更についてであります。 京都大学に付置されております工学研究所は、時代の進展に伴い、かねてから研究対象を原子エネルギーの開発利用に関する研究に焦点を置いて部門の再編を進めてまいりましたが、全体としての体制も整いましたので、実態に即してその名称を原子エネルギー研究所と改めようとするものであります。 第四は、国立高等専門学校の設置についてであります。 近年における電波系技術の高度化に伴い、これに対処し得る優秀な技術者の養成をはかるため、現在の国立電波高等学校三校の内容を充実して、新たに三つの電波工業高等専門学校を設置するものであります。 第五は、富山商船高等学校等の廃止についてであります。 昭和四十二年度における富山商船高等専門学校ほか四つの高船高等専門学校の設置に伴い、学生の募集を停止しておりました富山商船高等学校等につきましては、昭和四十五年度限りで在学生が卒業する予定でありますので、これらの高等学校を廃止し、あわせて所要の経過措置を講ずるものであります。 第六は、高エネルギー物理学研究所の設置についてであります。 物質の窮極の構造とその性質を解明するため、高エネルギー陽子加速器による素粒子に関する実験的研究を推進することにつきましては、かねてより学界からの強い要望があり、高エネルギー陽子加速器建設についての基礎的、準備的研究を進めてきたところでありますが、学術審議会からも答申を得ましたので、その答申の趣旨に沿って、全国の国立大学の共同利用の研究所として、高エネルギー物理学研究所を設置するものであります。なお、この研究所は、国立大学以外の大学等の研究機関の研究者の利用にも供することといたしております。 以上がこの法律案の提案の理由及び内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願い申しあげます。 次に、このたび政府から提出いたしました文化功労者年金法の一部を改正する法律案につきまして、その提案理由及び内容を御説明申し上げます。 文化功労者年金法は、文化の向上発達に関し特に功績顕著な者に年金を支給し、これを顕彰することを目的として昭和二十六年四月に制定された法律でありまして、以来今日までの間に文化功労者として決定された者は二百二十八人にのぼり、わが国文化の振興に資するところ大なるものがあったと信ずるのであります。 文化功労者に支給される年金の額は、昭和三十九年の改正以来百万円とされてまいったのでありますが、その間における国民の生活水準の向上、経済事情の変遷には著しいものがあり、また、なお一そうわが国文化の向上発達を期する見地からも、この際、年金額を改定して、この法律の趣旨の達成をはかることが必要かつ適切と考えられるに至り、このたび年金額を百五十万円に引き上げることといたしました。 以上が、この法律案の提案理由及び内容の概略であります。 何とぞ、慎重に御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願い申し上げます。 次に、このたび政府から提出いたしました高等学校の定時制教育及び通信教育振興法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要について御説明申し上げます。 高等学校の定時制教育及び通信教育の振興については、勤労青少年教育の重要性にかんがみ、政府としてもかねてから各種の施策を講じ努力してきたところでありますが、特にこれらの教育に携わる校長及び教員に対しては、その職務の複雑、困難性を考慮し、定時制通信教育手当が支給されるよう措置しております。 しかしながら、最近の高等学校の定時制教育及び通信教育においては、生徒の生活状態を考慮しつつ教育効果を高めるため、技能教育施設との連携教育や定時制教育と通信教育との併修、さらに昼夜の二部制、三部制授業など多様な教育形態で実施するものがふえており、これに伴い教科の指導及び生徒指導等においてこれまで以上に校長及び教員の勤務形態が複雑になり、職務の困難性が一そう増加しております。また、近年、定時制及び通信制の高等学校に進学する青少年の能力、適性、進路等は従来とはかなり異なる様相を示し、それだけに生徒の教科の指導等に関する教員の職務には一そう困難な事情が加わっております。 このような実情を考慮し、定時制教育及び通信教育における教育水準の一そうの向上をはかるため、これら校長及び教員に支給される定時制通信教育手当の支給率を引き上げる措置を講じようとするものであります。 次に、この法律案の概要について申し上げます。 第一は、国立の高等学校の校長及び教員に対して支給する定時制通信教育手当の支給率を三%引き上げたことであります。現行においては、その支給率は、一般の教員については俸給月額の百分の七であり、俸給の特別調整額を受ける校長等にあっては百分の五以内で文部大臣の定める割合とされておりますが、このたびそれぞれの率を百分の十及び百分の八以内としたのであります。 第二は、地方公共団体が公立の高等学校の校長及び教員にこの手当を支給する場合、これに要する経費に対する国の補助については、国立学校の校長及び教員の手当の率と同様に引き上げた率に基づいて行なうこととしたことであります。 第三は、この法律の施行期日を昭和四十六年四月一日からとしたことであります。 以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。 何とぞ十分御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願い申しあげます。 次に、このたび、政府から提出いたしました昭和四十四年度及び昭和四十五年度における私立学校教職員共済組合法の規定による年金の額の改定に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 御承知のように、私立学校の教職員の年金の額は、国公立学校の教職員に対する給付の水準と均衡を保つことをたてまえとして改善を行なうこととしており、さきに第六十二回臨時国会において成立いたしました昭和四十四年度における私立学校教職員共済組合法の規定による年金の額の改定に関する法律により、国公立学校の教職員の年金の額の改定に準じてその改善を行ない、さらに昭和四十五年度も同様の措置を講じてまいりました。 今回も、昭和四十五年度に引き続き、国公立学校の教職員の年金の額の改定に準じて、私立学校教職員共済組合法の規定による既裁定の年金の額の改定等を行なうため、この法律案を提出することといたしたのであります。 次に、この法律案の概要について申し上げます。 第一に、私立学校教職員共済組合法の規定による既裁定の年金につきましては、昭和四十五年度と同じ方式により、年金額の計算の基礎となっている標準給与の額に、その標準給与が適用されていた期間に応じて乗じる改定率をそれぞれ増率して、昭和四十五年度の引き上げの補正分につきましては昭和四十六年一月分から、昭和四十六年度の引き上げ分につきましては昭和四十六年十月分から支給を行なうことといたしております。また、これに伴い、旧私学恩給財団の年金につきましても、相応の引き上げを行なうことといたしております。 第二に、給付等の基礎となる標準給与の月額の上限を、国公立学校の教職員の給付等の算定の基礎となる限度額の引き上げに準じて、現行の十五万円から十八万五千円に引き上げることといたしております。なお、この法律の施行日につきましては、他の共済制度の例に準じて、昭和四十六年十月一日といたしております。 以上が、この法律案の提案の理由及び内容の概要であります。 何とぞ、十分御審議の上、すみやかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○八木委員長 これにて提案理由の説明は終わりました。 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後三時三十六分散会