物価問題等に関する特別委員会 第8号
- 発言数
- 29 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1971/03/24
会議録
○小林委員長 これより会議を開きます。 物価問題等に関する件について調査を進めます。 本日は、参考人として、日本経済新聞社編集局次長小島章伸君、東京大学農学部教授新沢嘉芽統君、横浜国立大学経済学部教授井手文雄君、中央大学経済学部助教授丸尾直美君、以上四名の方の御出席を求めております。 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。 参考人の方々には、御多忙中にもかかわらず本委員会に御出席をいただき、まことにありがとうございました。 経済政策、財政、地価等が物価に及ぼす影響等につきまして、それぞれの分野に造詣の深い先生方の忌憚のない御意見を拝聴し、当委員会の調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いを申し上げます。 なお、議事の進め方につきましては、小島参考人、新沢参考人、井手参考人、丸尾参考人の順序で、お一人三十分程度で御意見を述べていただき、次に、各委員からの御質疑にお答えいただきたいと存じます。 それでは、小島参考人にお願いいたします。
○小島参考人 日本経済新聞の小島であります。 諸先生方の御参考に供し得るようなお話ができると幸いでございますが、時間の制約もございますので、私の専門分野の立場から、世界経済の現段階と日本の立場というようなことで、当面の焦点に立つ問題につきまして、二、三申し上げてみたいと思います。 第一に、現在の世界経済の焦点といわれます、成長優先から福祉を求める時代ということでございます。 御承知のように、黄金の六〇年代、OECDの当初の目標は、十年間で五〇%の成長を目標にしておりましたけれども、結果としましては、目標を上回る高成長を達成いたしました。もちろん、この成長力は七〇年代も引き続き期待されているということでありますが、特に、いままでありませんでした技術とかあるいは知識の進歩というようなこと、その蓄積がふえてまいりましたこと、さらに、情報化時代におけるその交流のスピードアップというようなこともありますし、新しい成長要因によって、さらにこの成長率は年平均五・二%くらい、六〇年代にまさる先進国の成長が期待されております。後進国におきましても六%くらいの成長が予想されておりますし、その意味では、七〇年代はさらに経済の飛躍が望まれる、期待されるという状態にございます。 しかし、御承知のように、この高成長の中から生まれました幾つかのひずみがございまして、これは言うまでもございませんが、マイナスのGNPといわれます公害問題の発生でありますとか、あるいは最近の消費者運動の広がりとか、いろいろございます。六〇年代に、日本も含めましていろいろな意味で経験した難問題がございますが、中でもこのインフレとの戦いに苦悩しているという状態、これが非常に印象的であります。完全雇用を目標にする現在の政治社会の体制の中で、賃金、物価の下方硬直性ということがいわれておりますが、物価問題の複雑さというものが私たちの目の前にございます。単に需要インフレというようなものだけでなしに、コストプッシュ型のインフレがいろいろと問題になってまいりまして、賃金とか原材料価格あるいは利潤、マージン、いろいろ管理価格を形成するような問題からそういった問題が生まれておりますし、輸入インフレの問題にどう対処するかというようなことも、非常に大きな問題であります。したがって、対応策についても、この点は単に財政金融政策、オーソドックスな政策だけではなしに、輸入政策とか構造政策、あるいは所得政策が最近かまびすしいわけであります。そういったスタグフレーションというような新語も生まれるような情勢、こういった高度成長の中で苦悩している姿というものは、七〇年代においてさらに大きく浮かび上がってくるだろうという気がするわけです。 公害問題につきましては、七二年に世界公害会議も行なわれます。国連の舞台で、ストックホルムで行なわれます。マイナスのGNPの問題処理という問題が、具体的にこれから起こってまいるわけでありますし、都市開発のおくれなども注目せざるを得ないということであります。 第一の物価の問題にからみましては、国際通貨の問題が常にあとへあとへと根本的な解決が延ばされているということで、非常に私は注目したいわけでありますし、同時にガット体制の中で、保護主義がガットの精神に反して広がりつつあるという世界、特にオーダリーマーケッティングというようなことばが広がっているのを見てもわかりますように、これらの問題に取り組む必要があるわけであります。 こういった観点から、世界が戦後四半世紀を経まして、新しい時代、新しい秩序づくりに入っているという気がいたしますが、その意味では、戦後体制の一時期を画した、一時代の終わりを告げたという点では、一九六八年がある意味で決定的な年でありましたけれども、これから両三年の間というものは、新しい秩序づくりへの決定的な両三年になる。中でも、私は個人的には一九七二年、来年という年が非常に重要な意味を持つ年になりそうだという気がいたします。 七二年問題の焦点、第一に、来年の十一月にアメリカの大統領選挙がございます。これに対して、現在のニクソン政権が政治再優先の姿勢をとった、それがいろいろな形で世界経済に及ぼす波紋というものを注目せざるを得ないわけであります。ニクソン大統領が再選へのきめ手と考えることは、ベトナム問題を中心といたしましたインドシナ戦争の解決、第二番目には国内経済の新たな繁栄、三番目には黒人問題を中心とします人種問題の解決ということがございますが、これらのどれ一つをとりましても非常にむずかしい問題でございまして、この点は、特に七二年問題の重要な焦点になっていきそうだという気がいたします。 目をヨーロッパに移しますと、経済、通貨統合、新しい統合の段階に入ったということであります。欧州共同体の完成、強化、拡大の仕事が、これまた七二年あたりを一つの山場にするという気がするわけであります。英国の加盟は、七三年の一月一日からということを目標にして、現在話し合いが続けられております。通貨統合の行くえも、第一段階は七三年までということになっておりますが、八〇年の目標年次に向かいまして、第一段階の山場が七二年あたりにやってきそうだというわけであります。英国の加盟に従いまして、ポンドの処理というような問題も浮かび上がるはずであります。これらを通じて、アメリカとヨーロッパとの間の国際協力に新たな試練が、やはり七二年にはやってまいりそうだということでありますが、中でもSDR、IMF体制の中で、特別引き出し権というものが第三の通貨として生み出されましたが、七〇年から七二年までの三年間九十五億ドル余りの発動が予定されて、そのあとのSDR発動についての話し合いというものが、七二年には当然起こってまいりますし、そのときにアメリカの節度がどのように保たれているかということによって、米欧間の国際協力に新たな局面が生まれることも予想されるというわけであります。 もちろん七二年には、日本にとっては沖繩の返還がございますし、沖繩返還後における日本の経済力ということから考えて、特に外貨のたまりぐあいということから、円切り上げの問題なども、このあたりに当然、外圧とともに浮かび上がってくるということでありまして、そういう意味では、七二年問題というものを特に注目したいわけであります。 その中で、第二の問題として私が申し上げたいのは、アメリカが、こういった変化の時代にどのように適応していくかということであります。 アメリカは、結論から申しまして、政策の選択はすでに終わったということであります。申し上げるまでもなく、アメリカの自由世界における経済力は半ばを占めるわけでありますが、その半ばを占めるアメリカの選択が、これからの新しい秩序づくりに非常に大きな影響力を持つことは言うまでもないわけであります。 ニクソン大統領がどういう選択をしたかということであります。これは先ほど触れましたような、来年の選挙第一の姿勢に変わったということであります。昨年の教書でニクソン大統領は、就任して初めて自分の教書を出しましたけれども、その中で、基本理念にまず生活の質の改善ということを掲げまして、その基本理念を実現するために、対外政策、対外姿勢としましては世界平和の確立、ニクソンドクトリンを中心といたしまして、ベトナムの和平、インドシナ戦争の解決ということが第一の目標になり、また対内政策では、リセッションなきインフレ克服ということを大眼目にいたしまして、そのためには財政政策は緊縮ぎみに運営しながら、金融政策の緩和ということで、ポリシーミックスをうまく進めていくということでありまして、インフレなき繁栄を求めるということであります。同時に、反戦ムードの高まったアメリカを環境問題へ焦点を移しかえたということで、それなりに非常に格調は高かったと思いますし、ニクソン大統領の問題意識として正しいものがあったという気がするわけでありますが、不幸にして一年たってみましたところは、御承知のように、アメリカの成長率は実質マイナスを記録いたしました。失業率は六%をこえるほどになりました。製造業の操業率では、七二%余りにまで落ち込んでおります。その間物価は依然として高騰を続けるという、いわゆるスタグフレーションというような現象が出てまいりました。昨年一年の消費者物価指数は五・九%の上昇を演じております。このように、経済政策をとってみますと、ニクソン大統領、ニクソン政権のとりました新しい政策路線は失敗に終わったということが言えるかと思います。 しかも、このアメリカの不況は予想外に大きい、深刻であるということでありまして、その点は、昨年の選挙に如実にあらわれました。その結果が、ニクソン大統領ないしはニクソン政府にとって非常に大きなあせりになったことは、いまさら申し上げる必要もないわけでありますが、そういった景気後退というものに対する選挙とにらみ合わせた上での政策姿勢、政策路線というものが、はっきりと転換せざるを得なかったというところにあるわけであります。つまり昨年掲げましたリセッションなきインフレ克服というような看板は、恥も外聞もなくおろさざるを得ない、インフレ対策はたな上げするというような状態になっております。 ことしの年初に出されました一般教書、予算教書、経済報告を見てみましても、大統領が訴えましたところは、新しいアメリカの革命であり、予算教書においては、財政拡大によって新しい繁栄を求める、さらに百十億ドルの大幅赤字予算を組むということでありました。経済報告においては、新しい繁栄をもたらすための経済政策路線を描きながら、国際収支関係におきましては完全に開き直った形で、他国に責任を転嫁するということになっております。自由貿易主義を標傍しながらも保護貿易主義を容認し始めている。これは、日米繊維交渉その他をごらんになっても十分わかるところでございますが、そういったニクソン路線の変化ということが、これからの両三年を非常に大きく左右するという意味で、ことしの選挙一点ばりのニクソン政策の転換を重視したいわけであります。 特に、経済報告にあらわれました国際収支の改善につきまして、主要国が平価を固定して国際収支の黒字政策を続けていく限り、アメリカの赤字は解消しないという表現が、非常に注目されるわけであります。これは言うまでもありませんけれども、六八年におきまして生まれました金の二重価格制に安住するアメリカの姿、金為替本位制といわれる現在の通貨制度が、実質的には、この金二重価格制の定着によりまして、端的に言ってドル本位制になり切った、少なくともアメリカはドル本位制という自信をつけているというところで、これが他国に及ぼす影響というものを注目したいわけであります。 およそ一国の国際競争力の低下を救うないしは回復する道は、大別すれば三つくらいあるかと思いますが、第一には、極度のデフレ政策をとって、それに保護貿易主義、輸入制限をかみ合わせるという方法がございます。二番目には、平価の調整にたよるということであります。アメリカの場合は、基軸通貨として金価格を引き上げ、ドルを切り下げるという道もございます。三番目には、国際収支節度はほどほどにいたしまして、他国の協力に期待するという中間の道、はっきり言えば非常に中途はんぱな道でありますが、平価調整と保護主義を適当に交えながら、みずからの国内均衡も果たすというような道がございます。 これら三つの方法をニクソン政権がどのように選択したかといえば、第一のデフレ政策は当然とれない。すでにはっきりとインフレ対策をたな上げしたニクソン政権でございますし、特に現在の完全雇用を目標とする社会において極端なデフレ政策、三〇年代に逆行するような政策はとり得ないことは当然でありまして、この第一の選択はニクソンとしてはとらなかったということであります。第二の平価調整、この問題につきましては、かつてケネディ大統領が就任いたしましたときに、ケンブリッジのカルドア教授から提案されて、ポンド、ドルの一斉切り下げというようなことが考えられたことがあるといわれておりますが、それ以後は、少なくともアメリカにおいては、真剣にこのドル切り下げが論じられたことはございませんし、今度のニクソン教書によりまして、少なくとも当面は、第二の平価調整にたよるという方法は全く考えられていないということであります。つまり、選択された道は第三の道であるということでありまして、との点は、特に保護主義の広がりが論じられているさなかにあって、これからのアメリカの姿勢、そして外への影響というものが非常に警戒されることになります。 第三の道を選んだアメリカに対応しまして、他国がどのように受けとめるか、他国にどのように影響が出てくるかという問題、これが日本を含めて非常に大きな問題になりますが、第一には、アメリカがインフレ対策をたな上げする、インフレ克服の努力をやめるということになりますから、当然他国へインフレを輸出する状態が続きます。そこで他国として、その輸入されたインフレをそのまま受け入れていくか、二日酔い気分を続けていくかというような状態が一つございましょうし、第二には、相対的に競争力が強まる他国でありますから、強い通貨として識別された国に対して、平価の切り上げの圧力が当然強まります。そういった平価の切り上げ圧力に屈するということもございましょうし、第三には、保護貿易主義を認めながら国内の産業対策を考えるアメリカの政策選択によって、自主規制を他国が受け入れるかという、三つの選択に迫られるわけであります。国際協力という名のもとに、これらの幾つかの道の中でどういう方法を選択していくかということが、日本を含めまして、やはり七二年大統領選挙に向かっての最大の問題になっていくのではないか、かように考えるわけであります。 もしアメリカが、ここですべての道に失敗するというようなことがございますと、言いかえますと、国際協力が壁にぶつかるというような事態が参りますと、これは七二年大統領選挙後に、政策の大転換の可能性がひそんでいるということになります。そういう意味で、ここ両三年の動きを注目する必要があるということでございます。 それでは、最後に日本の立場、こういった変化の時代といわれる世界経済の動きの中で、日本の立場はどういうものであるかということでございますが、日本は、六〇年代の世界の高度成長の中でも、特に積極的な設備投資を中心といたしまして、国際競争力を強め、経済大国といわれるような地位を確保いたしまして、経常収支の大幅黒字というものの見通しは、これから先さらに数年間は続くであろうということがいわれております。五十年ころまでには、いまの状態ならば七、八十億ドルにも達しようという見通しが有力であります。アメリカのインフレがなくならないという状態の中で、しかも一方で、日本が長過ぎた金融引き締めというような政策を続けてまいりますれば、これは当然相対的に競争力はさらに強まるということでありますから、外貨準備はすでに五十億ドルを突破いたしましたし、これがさらに増勢を強めるということは、もう目に見えていることでございます。 そこで、先ほど他国への影響で申し上げました三つの選択で、日本が何を選ぶべきかという問題がございます。 もちろん、日本経済にとって当面する諸問題、非常に難問題がございます。物価問題は当然でございますが、資源確保の問題でありますとか、あるいは労働力不足の問題、公害を含む工場立地の問題等々、国内において取り組まなければならない問題は、さらに大きく出てまいるはずでございます。しかし、そういった問題解決にあたって、これまで申し述べてまいりましたような国際がらみの解決ということを考えざるを得ない。国際環境の変化というものにいかに適応しながら政策を打ち出すかということが、非常に重要な問題になるのではないかという気がいたします。その意味で、先ほどのアメリカの路線変化というものにどのようについていくかということが重要と考えられるわけであります。 しかし、日本の現在の立場、これは皆さま御存じのとおりでありまして、まだまだやり残している仕事が多いということでございます。貿易、資本の自由化を進めることが第一であるということがよくいわれますが、私自身も、やはりこの残存輸入制限の撤廃を急ぐということでありますとか、資本の自由化を促進するという仕事は、最優先で考えるべきであるという気がいたします。たとえば残存輸入制限が、この秋にはドイツ並みの四十品目ぐらいまで減らされる予定でありますが、その内容からいきまして実質的に海外を納得させ得るような削減、撤廃を考える必要があるということであります。資本の自由化は鋭意努力中であるということは当然でありますが、三・五次といわれる自動車の資本自由化もここに行なわれることになりますし、さらに第四次ネガティブリストで最終的な段階といわれる自由化も、この秋の目標を早めるということでありますが、こういった態度が望ましいということであります。特にアメリカから見まして、自動車とか電算機などの自由化について、日本の姿勢というものが常に問われるわけでございます。そういったところに、少なくとも今年じゅうには、はっきりした方向を打ち出す必要があろうという気がいたします。 さらに、対外援助の増大、たまりいく外貨を使う努力、日本は、いままであまり持ったことのない外貨でございますので、使い方についてはかなり苦労があるかと思いますし、外国に誤解を与えないような形でこのお金を使うということのむずかしさはあるかと思いますが、少なくともGNP一%という目標を約束いたしたわけでありますし、自分の国益ということから言いましても、援助の活発化、積極化ということが、やはりことし、少なくとも方向としては、はっきり打ち出す必要があるという気がいたします。 そういった努力を進めることによって、少なくとも七二年問題と先ほど申しましたが、七一年、ことしにおいて、日本が円切り上げへ進むような事態は避け得るだろう。また、避ける努力をしなければならないという気がいたします。やるべきことをまず進めることが先決であり、それが経済大国としての責務であるということになろうかと思います。 しかし、おそらくことしの秋IMF総会前後から、日本の外貨のたまりぐあいなどもにらみ合わせまして、外圧といわれるようなものはかなり強まってまいりましょうし、議論は非常に大きくなってきそうだということであります。マルクとか円とか、強い通貨として識別される通貨は、ドルが中心という世界の中でやはり平価調整、切り上げというところへだんだんに追い込まれることは、覚悟をする必要がございます。日本として、いまやり残している仕事を進めながら、その後の問題としては、日本の経済成長を勘案しながら、円切り上げをも含めた総合対策というものを検討していく必要があるだろうと私は思います。国際協力のあり方という問題も、そういうときにあらためて検討される必要があるということであります。 そういう意味で、日本の取るべき道というものは、単に日本一国のみではきまらないという状況が、これから二、三年の間に一そうはっきりしてくるということを、重ねて申し上げたいわけであります。アメリカが、もちろんアメリカの政策について、グローバリズムからいわゆる孤立主義的な方向ということが強く出てまいりますので、そういうものに対して、国際社会の中でいわゆる世界主義、グローバリズムヘの道というものを、他国と協力をしながらアメリカへ訴えていく必要がございますが、現実の動きとして、いままで申し上げたような方向がだんだんに強まってくるということは事実でございます。その点を強調したいわけであります。 大体時間が参ったようでございますので……。(拍手)
○小林委員長 どうもありがとうございました。 次に、新沢参考人にお願いいたします。
○新沢参考人 新沢でございます。 ここでは、物価一般について述べるのではなくて、地価と住宅と家賃、それに関連する事項に限りまして申し述べてみたいと思います。 地価の上昇をもたらしました経済的な背景は、言うまでもなく経済の高度成長とその大都市圏への集中にありまして、土地需要の増大に終局の原因があるわけですが、きわめて高い地価の水準をもたらしました直接の原因というのは、地価の年上昇率、これは首都圏で申しますと大体平均二〇数%になっておりますが、それが証券利子率、大体八分でございますが、それをこのようにはるかにこえるに至った、この事実にあるわけであります。こうなりますと、資産を持っている持ち方といたしまして、土地をただ持ち続けていくほど有利なやり方はないということになるわけであります。 したがいまして、土地の所有者は、原則として土地を売ることをやらない。つまりそういう経済的動機が互いことになるわけであります。また、土地を買う需要者の側にいたしましても、貨幣的な資産を土地にかえることが、最も有利な経済行為ということになるわけであります。 そういうふうになりますと、悪循環が生じまして、さらに地価の上昇率は高まるわけであります。したがって、土地を売るということは不自然な経済行為ということになるわけですが、現実に売買が行なわれているわけであります。したがって、土地の供給側に対しまして、普通の経済行為としては損失であるにもかかわらず、売却を迫る別の動機が作用しているというふうに考えないわけにはいかぬわけであります。 日本の大都市圏の土地所有者の大部分は零細な経営農家でございまして、兼業所得を含めましても、現金所得水準はきわめて低うございます。彼らにとりまして土地を持っていることが最も有利な経済行為だといたしましても、残念なことに、その資産価値が毎年二〇%も上がっておりましても、土地を売らなければ、それを消費に充てることができません。この点が証券を持っているようなことと性質が違うところであります。そこで農家は、古くからの家の建て直しとか新築など、何とかして実現したいと思っていた消費的な動機を充足するために、地価がある程度まで上がりますと、土地の一部を手離しますが、それはほんの一部にすぎません。 次に、投資的な動機としては、経常所得を増大するために土地を売るわけであります。この場合、彼らにとりまして、祖先伝来の資産である土地を手放してまで実行してよいと思うような事業というものは、貸し家、アパートを建てまして、家主に転換するということしかないわけであります。商業などは危険であります。 しかし、その経常所得額は、売った土地の年地価上昇分よりははるかに小さい。つまり家賃として得られる所得は、地価上昇分よりはるかに小さいのですから、ある程度の生活水準が確保されますと、この動機からの売却もやむわけであります。そして、投資量が狭く限定される理由がそこにあるわけであります。 以上のように、供給側に原則として売却動機がありません。そして片方では、土地に対しては無限の需要がある。つまり買ったら毎年二〇%ずつ上がるというわけですから、地価はどこまでも上がっていくわけで、土地需要者の借り入れ金を含めた支払い限度まで上昇する必然性を持っております。そして、安い土地を手に入れようといたしまして、都心に対する住宅の限界地は一つまり住宅が先にどんどん進んでいく、その限界の土地でございますが、時とともに拡大をいたしまして、ついには現状に見られますように、通勤可能なぎりぎりの線までいってしまっているわけであります。 個々の土地所有者は、所有地のごく一部しか売りません。需要者は、限界地を拡大しながら先に進むのですから、限界地と都心の間には農地、林地がスプロールをなして広大に残ることに在ります。東京を中心といたしまして、四十キロ圏の中に十五万ヘクタール以上の農地、林地が残っているわけであります。 需要が限界地に集中する傾向が強いことと、農地の地価から——坪大体千円でございますが、急激に住宅の限界地の地価——大体坪四万円台と思われますが、に高まるので、限界地の地価の年上昇率はきわめて高いわけであります。 限界地の拡大につれまして、その内側の地価も必然的に上昇いたしますけれども、限界地に比べまして需要は相対的に弱い、すでに高水準の地価が形成されている、こういうことから、地価上昇率は相対的に低いわけでございます。こうして、この地域差を利用する投機的売買が発生いたします。すなわち内側の土地を売って、外側の土地を買うということであります。こうして投機的利潤が得られるわけでありますが、このやり方は、不動産業者すなわち土地ブローカーでありますけれども、たいていの農家も同じようなことをやっているわけであります。ほとんど例外はございません。 このような投機的売買は、家の建つようになった現実の限界地を越えて、近い将来に限界地になりそうな外側の土地にまで及びます。したがって、限界地の外側まで地価が上昇するわけであります。この場合、外側の土地の所有者である農家が、消費的動機から土地を手放すといたしましても、そこが限界地になってからのほうが、それもあとになるほど、売る面積は少なくて済むわけですから、限界地に在る前に売られる量というものは、非常に小さなものになってしまうわけであります。ですから、土地ブローカーが、売却するよりも購入するほうに困難を感じるのは、こうした仕組みによるものであります。 次に、借家の年家賃でございますが、限界地では土地を含まない純建築費、つまり土地の地価を含まない純建築費の一七%程度が普通でございます。もちろん、その内側になりますと、それより率が高くなります。すなわち建築費の金利と償却の和程度でありまして、その土地の地価に対する地代というものはほとんど含まれておりません。それは借家供給の傾向が強くて、競争が激しいためであります。 こういう考え方を利用いたしますと、これまでいろいろ主張されてまいりました地価対策とか住宅対策の有効性、つまり有効であるか無効であるかということを判別することができます。 第一に地価公示でございますが、地価公示は地価対策に有効だとする考えがありますけれども、地価は人気によって上がるという素朴の見解だと思いますが、しかし、地価の上昇には前述のメカニズムが存在するのでありまして、地価公示はこの機構に何の関係もありませんから、単独では地価対策にはなり得ないものであります。 それから第二番目に、土地の所有権を制限すべきだ、すなわち、農地の個人間の売買を禁止いたしまして、国あるいは地方自治体がもっぱら買収すべきであるというような考え方であります。自由契約で買収しようといたしますれば、地価は前述のメカニズムによって上昇いたします。強権によって低く買収しようとしますと、農家は売らないだけで、目的は達成できません。実際問題としても、成田飛行場でさえあんなありさまであります。数千ヘクタールの住宅用地を、強制買収で毎年買うようなことができるはずがありません。 それから第三番目は、不動産企業の土地投機に対する規制が必要だという考え方がございます。この考え方の基礎には、不動産資本の介入が地価上昇の原因だとする見方があると思われますが、その機構は十分に説明されておりません。不動産企業は、買った土地は売らなければならないのであります。彼らが独占的に買い占めまして、総供給を意識的に抑制することができる立場にあるといたしますれば、そういうこともできましょうが、彼ら独自の力で価格操作を行なうことはできないのであります。彼らは、前述の地価のメカニズムに乗って投機を行なっているのでございます。 それから第四番目には、用途指定と都市計画でございますが、かつて、都市計画は地価対策になるという主張がずいぶんなされました。しかし、どのようなメカニズムによって都市計画が地価を低落させるように作用するのか、説明を示したものはありません。都市計画事業は、元来、土地の評価を高める方向に作用する事業でございます。むしろ地価対策こそ、都市計画によって都市機能を発揮させ、その事業費を減少させるために必要な対策であります。順序が逆であります。 次に、用途指定が地価に影響することは当然ですが、住居地域の指定も、当然地価を上昇方向に圧迫する材料となるのでありまして、地価対策にはなりません。かつて緑地指定が失敗いたしましたように、市街化地域の指定も、それ単独では同じ失敗を繰り返すと思われます。 第五番目には土地税制ですが、土地税制の主たるものは、保有税としての固定資産税と都市計画税、所得税としての譲渡所得税に分けられます。 譲渡所得税は、前述の地価のメカニズムのどこにも作用する力がありませんので、地価対策としては有効ではありません。このことは、すでに理論的に証明されているのでありますが、ここでは長くなるから省略いたします。もちろん外部経済を吸収する政策としては、譲渡所得税はよろしいわけであります。現実にも、最近、譲渡所得税を分離課税にいたしまして税率を引き下げたわけでありますが、多量の売却がなされました。税率を引き上げることは売却を減少させ、地価を上昇方向に向かわせることが、現実の逆の事実によっても証明されたわけであります。 第六番目は住宅金融でありますが、地価は需要者の支払い可能限度によって定まるものでありますから、土地を買って家を建てる人に金融すれば、支払い限度を高めることになりますので、直接地価上昇を促進いたします。住宅金融公庫の持ち家建設融資と銀行の住宅ローンは、ともに地価にきわめて悪い影響を及ぼしているわけであります。 第七番目は公営住宅と公団住宅でありますが、いずれも限界地の外を買収いたしまして、そこを急速に限界地に転化いたしまして、地価にきわめて悪い影響を及ぼしております。しかし、公営住宅は先進諸国で大きく採用されている対策ですから、やや詳しくお話ししてみたいと思います。 イギリス、フランスなどヨーロッパの諸国では、いずれも人口は日本の半分程度で、しかも、農村人口の都市への大集中は、十九世紀のうちに完了しております。農業地域の一戸当たり経営規模は、日本の場合の十倍、十ヘクタールをこえておりまして、農村から都市への人口集中の余力は、限られたものでしかありません。また、家族制度の崩壊による核家族の形成も、ほぼ完了しております。このような国では、公営住宅政策は実行しやすいものであります。 日本の場合は、人口は一億、ごく最近まで農村人口はきわめて多く、核家族化も始まったばかりであります。ヨーロッパにも見られない経済発展に伴って、人口は急激に、数カ所の大都市圏に集中しつつあります。建築コストを割ったような、つまり公営住宅、低家賃住宅により住宅供給の大部分を受け持とうといたしますならば、右の膨大な需要にこたえなければなりません。そればかりでなく、現に木賃アパートや借家に住んでいる、東京都だけでも三百万人の人が、その需要者に転化するものと考えなければなりません。借家限界地の家賃は、純建築費の償却と金利の水準でありまして、地代部分を含んでおりません。大幅に家賃を引き下げることはできません。公営の低家賃住宅に対抗することは、とうていできないのであります。現状の家賃が高く感じられますのは、入居者の所得水準、日本の賃金水準が低いためであります。すなわち、低家賃で低賃金を救ってやろうというような政策は、現在の住宅供給の主要部分を占めておりますアパートや借家営業が、営業として成り立たなくなるまで進まなければ、住宅政策としては成功しないものであります。われわれは、冷静に事態を考えなければなりません。 第八番目は、民間デベロッパーによる高層分譲住宅の供給であります。この構想は、限界地の持ち家需要者と鉄筋コンクリート高層分譲住宅の需要者の間に用意すべき資金量に大きな違いがあります。限界地の庭つきの持ち家に対して代替性がありません。建築面積二十坪程度の住宅で、約四百万円と七百万円の開きがあります。ですから、限界地の地価が現在の約二倍、物価上昇の影響を捨象いたしまして坪十万円程度に上昇するまでは、直接地価形成には影響しないものでございます。 以上に見ますように、政策は出尽くしたなどといわれておりますが、大部分は役に立たないか、むしろ有害なしろものであったわけであります。実は、有効な対策が見出しがたい点に問題があるのであります。 土地需要の究極の原因は、経済の高度成長と、資本と人口の大都市圏集中にあるのですから、資本と人口の集中をいわば抑止するに足る政策でなければ、基本的な土地政策ということはできません。しかし、資本の大都市圏集中は個別資本の基本的な行動でありまして、個別資本は、販売と生産のシェアの拡大を目ざしまして、立地的な優劣を争っているのでございます。この行動に強力で有効な規制を加えるに足るような具体的な対策を考えることは、決して容易ではございません。現実がそのことを示しております。 土地需要そのものに大きく働きかける方法がわからないといたしますれば、残るところは、さっき申しました地価のメカニズムのどこかに働きかけるということになります。地価形成の機構に働きかけるといたしますれば、地価の上昇率の高いことから得られる土地所有者と土地を買う人の期待利益——それは土地の資産価値の増大ですが、それを削減する方法ということになります。それ以外の方法はないわけであります。そのためには、土地所有に対し、政策的に年々費用をかけなければなりません。すなわち、土地保有税の強化であります。そして、強化された税制は、農地、林地を宅地から区別してはならないわけで、時価による土地評価が行なわれなければなりません。 次には、税率でありますが、地価上昇率が証券利子率を越えているのですから、土地の需給を偏向さしているわけですから、理論的に申しますと、地価上昇率マイナス税率が証券利子率にひとしくなる税率ということになるわけであります。 われわれは、かつて土地の時価評価をいたしまして、固定資産税率はいま一・四%ですが、それを〇・七%、都市計画税は〇・二%ですが、それを〇・五%、合算税率を一・二%にするような提案をいたしました。固定資産税率を〇・七%というのは、純農村の農地までも同じく時価評価した場合に、現在の税額を越えない税率ということで計算したのでございます。それでも、大都市圏で坪五万円の農地を一ヘクタール持っている農家の場合で申しますと、税率一・二%で税額は年百八十万円になります。農業や勤労的な兼業では、すべての現金所得をもってしても税を納められないことになるわけであります。一・二%の税率は、考えてみれば微々たるもの、つまり大体八十年買いということですから。農家の現状の行動様式を転換させるには、それで十分であります。土地保有税の増強の影響を形式的に表現いたしますと、土地の供給の増大と需要の減退による地価上昇率の低落であります。この場合、供給量の増大と需要量の減少は、土地保有税税率の高さの函数となりますから、地価上昇率の低落もまた、土地保有税税率の函数となるわけであります。こうして、低落した後の地価上昇率マイナス税率が証券利子率に達すれば、供給側も需要側も、資産の選択として土地を優先すべき理由を失います。そういたしますと、投機的需要もまた終息いたします。だから、初めに地価上昇率マイナス税率を証券利子率にひとしくする必要はないわけであります。税が地価上昇率を引き下げた結果において、それからのマイナスの税率が証券利子率にひとしくなるような税率を採用すればよいのであります。 土地の供給の増大は、土地を売って得た資金による借家供給の増大をもたらします。土地の需要の減退は、持ち家需要の減少を意味しますから、反面、借家需要の増大を意味します。借家の家賃は、地代の要素をほとんど含まない水準にありますから、地価上昇率マイナス税率が証券利子率にひとしくなりますというと、土地を買ううまみというものはなくなりまして、持ち家と借家の選考は、原則的にひとしくなるわけであります。 このように、土地政策の戦略手段といたしまして、時価による土地評価と税率は、きわめて重要な意味を持っております。中でも税率は、選択の範囲が広いという意味で重要であります。税率を大きくいたしますと、都市近郊農家に壊滅的な打撃を与えるほどの地価上昇率の低下をもたらすことができますし、低くすれば現状のようなことであります。税率の操作によっていかような状態でも出現させることができるのであります。 特に重要なのは都市計画税の税率であります。都市計画税を高くしますと、その範囲の農地の転用は促進され、範囲外の転用は押えられます。都市圏のスプロール的な拡大を阻止することができるようになるわけであります。都市と農村との区分は、単に市街化区域のような区分規制によって可能になるのではなくて、土地所有者に選択をさせながら、おのずから好ましい区分が生ずるように作用する都市計画税を与える必要があります。線引きは、この都市計画税の有無の区分として、ならば有効であります。ところが、現実には逆のことが行なわれているわけであります。線引きが先で、税率の改定はまだ行衣われておりません。 では、なぜ、これまで土地保有税を地下対策として採用することがちゅうちょされ、現在でももたもたしているのか、その理由について考えておく必要があります。 第一番目は、ジャーナリズムは対策は出尽くしたなんていっておりますが、多くの対策が可能のように見えまして、かつ、それぞれが代替関係にあるようにみなされておりました。したがって、実行しにくいものは採用されず、実行しやすいものばかりが採用されたわけであります。ところが、それらはいずれも役に立たないか、有害なしろものだったわけであります。税制につきましても、譲渡所得税と土地保有税を比較いたしました場合、前者は、現金所得としてあらわれた時点で賦課するわけであり、後者は、現金所得がなくても賦課しなければならない。そこで、同じことなら譲渡所得税のほうを採用しようということになるわけであります。土地保有税を大幅に増徴するためには、これしか手段がないということが明らかになる必要があったわけであります。 第二番目は、大都市近郊農家は当然、猛烈に反対するに違いありません。この点を緩和するために、われわれは、土地保有税の税収を土地に還元してやったほうがよいと考えております。すなわち、土地保有税を財源といたしまして、地方自治体主体の大規模な区画整理を急速に実行するということであります。土地保有税を大幅に増徴すれば、スプロールをも阻止できるわけでありますから、ここに初めて都市計画を機能計画といたしまして実現する基礎が得られるのでありますが、財源もまた確立するわけであります。われわれは、右に加えまして、農家の借家建築を税制などを通じて優遇すべきだと考えておりますが、これも農家の反対を緩和するためであります。 第三番目に、持ち家に住んでいるサラリーマンなども反対する。これに対しましては、ある程度の基礎控除が必要であろうと思います。しかし、持ち家住人は借家人に比較し、経済的にも居住環境としても、はるかに有利であります。土地保有税を強化すれば、借家人との不均衡が多少は是正されましょう。ただ、早く東京へ来た者とおそく東京へ来た者とにえらい違いがあるというようなことは、よくないことであります。 第四番目は、商企業も反対するでしょうが、どの商店も同様に取り扱われるわけでありますから、税はそのまま商品価格に転化いたします。これはわずかなものですが、転化いたします。個々の商店を特に不利にするようなことはありません。 問題は第五番目でありまして、工場の場合には、住宅と近接している工場の土地評価をいかにすべきか、これは大問題でございます。住宅地の地価は、前述の地価形成のメカニズムで、工場とは無関係に上昇する性質を持っております。その価格で工場敷地が評価され、これによって土地保有税を強化されたら、成り立たなくなる工場が当然出てくるわけであります。しかし、江東地区などの移転工場あと地は、住宅地の地価の水準で売買が行なわれております。移転しないまでも、用地地価の潜在的な上昇を担保価値の上昇として、たいていの工場は資金調達の手段に利用しております。また、将来の地価上昇を見越しまして、さしあたり不用でも広大な用地を取得いたします。地価上昇が、工場の大都市圏に向かわせる大きな原因になっていることは明らかであります。つまり地価が高くなることが、大都市圏に工場を立地させることになるわけであります。政府が総資本の立場に立ちまして企業の地方分散を考えるならば、土地評価につき近接住宅地と区別すべき理由はありません。工場がなかったならば当然住宅地になっていたはずの土地は、区別なく、住宅地と同等に評価すべきであります。このような政策によってこそ、住宅地域と工場地域との用途区分も可能になるのであります。やむを得ず工場が現在の敷地を手放さなければならなくなったといたしましても、その売却益を移転先の用地購入と施設整備費に充当できるのであります。極端な犠牲をしいることにはなりません。工場敷地だけを特別に取り扱ってはなりません。たとえば大蔵省の調査でございますが、都内から近県へ出ていった工場は、五倍の面積の土地を取得しているのでございます。 六番目は、問題は大都市圏内のことなんですけれども、地方の純農村の農家は、土地保有課税に対してきわめて敏感であることは、過去の土地税制の改善措置の難航に見られるとおりであります。土地保有税の改正に対し純農家の賛成を得ようとするならば、固定資産税率を〇・七%よりも低くし、たとえば〇・五%に引き下げるほうがよいと、現在では、私たちは思うようになりました。そして、市街化地域だけに適用される都市計画税のほうを大幅に引き上げるべきである。固定資産税率を〇・七%より低くしますと、地方自治体の現状の財政需要をまかなうために、地方交付税を増額しなければならないということになります。しかし、大都市近郊市町村に対しては、土地保有税の増徴によって交付税の必要はいわば皆無になるわけでありますから、両者が相殺される範囲内で固定資産税率を引き下げまして、純農村からの反対を緩和すべきだと思います。 以上に見ますように、土地保有税の強化は、大都市圏の土地問題と住宅問題の解決に対し、必要で十分な対策となるのでありますが、その上に、商工業に対して、大都市圏の立地的有利性を地方と平準化するための有力な手段ともなるわけであります。さきに、資本と人口の大都市圏への集中を抑制して、土地需要を減小させるような政策が真の基本的な土地政策だと申しましたが、土地保有税を戦略手段とする政策は、まさに、基本的な土地政策としての意味を持っているわけであります。土地評価の技術的な困難を言う人は少なくありません。こまかな技術的な点などをあげつらいまして、この対策を否定してはなりません。地価公示制度をこの場合こそ大規模に活用いたしまして、公正な地価評価を実現すべきであると思います。 最後に、地価が他の一般物価にどのように影響するかについて述べたいのでありますが、時間がありませんので結論だけを述べますと、地価は、直接には他の物価にはほとんど影響していないと考えております。それは地価はものすごく高いのですが、年間の総売却量は三兆円程度であります。たとえば工場敷地の場合でも、地価上昇率の高いことは敷地の担保価値を高めまして、金融的に有利な立場に立つことができ、むしろ企業の競争条件を改善するのであります。また、大都市圏での家賃支出は、労働者階級にとって大きな負担となっておりますが、家賃には、前述のように、地価の地代部分はほとんど含まれておりません。地価が賃金を押し上げる作用も果たしていないわけであります。 では、地価は物価に対し影響しないかと申しますと、間接に金利水準を高めまして、企業の自己資本比率を引き下げることによって、企業の金利支出の増大を通じて物価に影響しているのであります。というのは、通貨の相当部分が土地投機、これは土地ブローカーと農家でありますが、この連鎖によりまして、通貨の相当部分が土地部門に滞留してしまうわけであります。そして、証券市場に出ていきません。この要素によって通貨の不足を補完しているのが、都市銀行への日銀の貸し出しであります。 以上でございます。(拍手)
○小林委員長 次に、井手参考人にお願いいたします。
○井手参考人 井手でございます。財政の側面から、物価問題について何か申せということでございました。 物価騰貴の原因といたしましていろいろございまして、たとえばデマンドプルインフレとか、あるいはコスト・プッシュ・インフレというようなことがいわれますし、また、あるいは管理価格が問題だ、管理価格インフレ、あるいはまた、流通機構が不整備だ、こういうようなことも原因だということもありますし、あるいは政府の経済に対する不当介入、あるいはまた、自由競争原理が貫徹していない、いろいろこの物価騰貴の原因についていわれておりまして、その原因に応じて、いろいろの対策が主張されておりますし、政府もいろいろ努力されている面がございます。 ただ、ここでは主として財政面に焦点を当てて申しますが、たとえばコスト・プッシュ・インフレということになりますと、その対策としては構造政策と申しますか、生産性格差をできるだけ圧縮する。中小企業の生産性を上昇させる、あるいはまた、第一次産業部門とか高度成長で立ちおくれた産業部門の生産性を引き上げる、こういうような対策が必要だとか、あるいはまた、管理価格につきましても、いろいろいま、再販問題その他で議論が出ております。流通機構の整備ということも重要でございまして、四十六年度予算においても何ほどか御努力されておるようでございます。いろいろございますが、そういう今日の物価対策につきましては、いま申しましたようなことが、これはもちろん非常に重要ですけれども、そういうことが、非常に力点といいますか注目されまして、いわゆるデマンドプルインフレと申しますか、その辺が少し閑却されているのではないかというような気がいたします。いま申し上げましたような構造政策等々が必要ではないというのではなくて、そういうことはぜひやらなければいけないわけであります。これはいろいろの価格に対する政策で、いわば、ミクロ的な価格政策でありまして、これはぜひやらなければいけない。しかし、マクロ的な物価水準対策といいますか、デマンドプルインフレ対策というものがやはり必要だと思うのですね。それが不当に閑却されているというか、これは幾ら不況になっても物価は上がっているじゃないか、スタグフレーション、こういうようなことで、あまり有効需要政策というものは効果がないということで、構造政策その他が重要視されていると思うのですけれども、しかし、必ずしもそうじゃなくて、デマンドプルインフレ対策としての有効需要政策といいますか総需要管理政策といいますか、これがやはり必要でありて、両々相まって行なわれなければならぬ、こう思うのです。 私が見ていますと、わが国の経済の体質というものが、昭和三十年代から四十年代へかけまして非常な高度成長——場合によっては、四十年度のように不況の時期もございました。ですけれども、大体において非常な高度成長をたどってまいりました。そういうような過程の中で、需要圧力というものが非常に出てきて、そうして経済全体が、そういう面から物価を押し上げていくことになっている。そういう体質といいますか、そういうものになっているような気がいたしますので、そういう体質を少し変えていく必要があるのではないか、こういうような気がいたすわけなんです。たとえば管理価格にしましても、考えてみますと、ああいう原因からのものの価格というのは、本来あるべき価格よりも非常に高くなっているというわけですけれども、よくいわれますように、持続的に高くなっていくということとはちょっと違うわけです。底上げされておりますから、本来あるべき水準に価格を下げなければいかぬ。われわれは、ずいぶん不当な価格でカラーテレビその他を買わされておるから、それを下げなければいかぬ。そのためにはいろいろの対策が必要なんですね。しかし、それは下がるわけですけれども、一たん下がっても、下がった段階から、今度は、時をおいて、時とともに上がっていくという物価騰貴のプロセスが出てくれば、また上がるわけです。ですから、そういう意味においては、根本的といいますか、経済の仕組みとか体質を少し変えないと、一たんそういうものが下がっても、ただ個別的な価格政策で物の値段を下げても、持続的な、そこから今度はずっと上昇していく、こういうような気がいたします。 わが国の高度成長は、大体民間企業の旺盛な設備投資を起動力といたして展開いたしてきたように思います。いわゆる民間設備投資主導型の経済成長だったと思いますが、そういう企業の設備投資は何によって行なわれたか。いろいろございますけれども、非常に大きい分野を占めるのが金融機関からの借り入れなんです。 この金融機関からの借り入れに依存するということにつきましては、たとえば、これは租税政策で言いますと、よく問題にされております利子所得の分離課税というようなものがございまして、民間の貯蓄部分が金融機関のほうに預金としても流れていくということになって、資金のアベイラビリティーといいますか、そういうものが出てくるわけです。それからまた、企業としては、銀行から借りたほうが、利子を支払うわけですけれども、その利子は損金として落とされますから、法人税は安くなる。増資によって設備投資をすれば、配当をしなければならぬ。その配当金は損金にはならないわけですね。これは法人擬制説という税制の仕組みからいってそうならない。支払い配当に対しては軽減税率が適用されるような妥協案も出ておりますけれども、損金にはならない。だから、借り入れに依存したほうが税金は安くなるし、借り入れの資金は、今度は利子所得の分離課税で十分に合う、こういうようなメカニズムによりまして、設備投資が他人資本、特に借り入れ資金に依存するという面が多かった。そうしてその結果、貯蓄と投資との関係からいいまして、投資のほうが多くなりまして、結局市中の金融機関は日銀から貸し出しを得て融資をするというオーバーローンの問題もありますが、そういう問題が出てくるわけでございます。 そうして、通貨が増発される。その通貨の増発というものが、これは程度の問題でございますけれども、非常に経済成長率を上回る増発ということから、これが物価騰貴の一つの大きな原因になっておるわけです。通貨が増発されても、ただ単に増発されて、日銀券、預金通貨がふえましても、それが貯蓄に回ってしまえば何でもないわけですけれども、それがつまり有効需要につながるような仕組みになっておるわけですね。根本が設備投資という有効需要でありますし、投資需要だし、それと関連して消費需要も旺盛だ、こういうところから、通貨の増発というものが有効需要と結びつくわけですから、考えてみますと、この通貨数量説、貨幣数量説というものが、このごろまた再認識されておるようでございますけれども、と同時に、それと組み合わせて、ケインズ流の有効需要論とが一緒になった、そういうような気がいたしております。 それから今度は、民間企業の設備投資意欲が旺盛だということの原因もいろいろありますけれども、深い原因は別として、一つは、それだけの力を税制面から付与しておるということもございます。これは法人税あるいは企業課税というもの、これが非常に重いか軽いか問題でございますけれども、税率を単純に足し合わせましても、国際的に見てそれほど高くない。法人税率あるいは事業税率あるいは法人住民税率というようなものを足し合わせましてもそれほどではないところへ、御承知のようにいろいろの租税特別措置というようなものがございまして、税負担の軽減が行なわれておるわけです。それと、比較的低金利政策というものが行なわれてきた。本来ならば資金需要が非常に多い。貯蓄との関係において、資金需要が多ければ、金利が上がって需要が抑制される、こういうようなことになるわけですけれども、金利がそういうコントロールをするように、今日において弾力的に動かないことがございますですね。金融政策の一つの限界のようなものがございます。そういうことがありまして、幾ら借りても、幾ら投資需要がふえても、お金の値打ちであるところの金利がどんどん上がっていくというわけではない。そういう調整機能が働いていない。そこへもってきて、比較的企業課税というものが、いろいろ特別措置法も含めまして軽くて、それが本来のわが国のいろいろな、もっと基本的な、バイタリティーに富んだ旺盛な投資意欲というものを、そういう潜在的な意欲を顕在化してきた、こういうことが言えるのではないかと思います。 ところで、この設備投資がふえていくということは、短期的に見ますと、先ほど触れましたけれども、需要要因、投資需要が非常にふえる、こういうことになりまして、その面から経済も成長するし、需要がふえていきますので物価が騰貴する。もちろん投資がふえて、そうして生産設備能力がふえて、そうして供給能力が出てくる。いわゆる長期的に見ますと、この設備投資というものは供給要因でもあるわけです。ですから、設備投資の二面性でして、投資がふえれば、需要もふえるが供給もふえる。ただ、需要のふえ方が早いわけでして、当面インフレ的になるのですけれども、長期的に見ると供給能力が出てきまして、相当期間設備投資主導型の成長が続きますと不況になる。生産過剰、需要不足、デフレギャップ——インフレギャップからデフレギャップ、こういうことになるわけで、昭和四十年などはそうじゃなかったかと思うのですけれども、そういうことになりますと、大体先ほどのそういうコース、プロセスが、財政の働きも相当あったわけですけれども、今度デフレギャップが出てきますと、そこにデフレギャップを補てんしようとする積極的な財政政策というものが発動するわけですね。そうして、従来の高度成長が、さらにそれに輪をかけて続いていくような状態に持っていく。また日本の経済も、その根本においては底力があるといいますか、ダイナミックな力を持っているということが根本でしょうけれども、デフレギャップが出てくるときには財政面がさらに積極的にてこ入れをして、そして今度は、前の段階よりもさらに一段と高い成長率を実現するというような働きを持っているように思います。 わが国の財政を見ますと、大体長い間、少なくとも一般会計だけでは、ドッジ予算以来均衡予算を続けてまいりまして、昭和四十年の補正予算で、初めて歳入補てん公債というものを発行をした。財政法第四条に違反をしますので、財政特例法によりまして発行をして、四十一年度から本格的に、財政法第四条による建設公債というものを発行してきたわけですけれども、それまでは長い間、少なくとも一般会計だけにつきましては均衡予算であったわけです。 しかし、一般会計だけの均衡予算といいましても、均衡だから経済的に中立的だというわけではないのですね。かりに均衡であっても、均衡予算の規模が拡大していきますと——非常にわが国の予算の規模の拡大率は高いわけですけれども、拡大しますと、そこにいわゆる均衡予算の乗数効果というものが出てくるわけでして、特に租税全体が、比例課税でなしに累進課税的になっておりますと、その乗数が一よりも相当高いところへ行くわけです。だから、均衡予算だからといって、予算規模の拡大、伸び率が非常に問題になるわけです。 ですから、三十年代において一般会計だけとってみると、均衡予算だということで安心はできなかったわけで、あれが景気刺激あるいは有効需要の増大ということに非常に関係があったわけですけれども、と同時に、財政というのは、一般会計だけではないわけでして、特別会計、政府関係機関、さらにもう少しワクを拡大しますと、公団とかそういうようなものも含まるわけでして、そういう領域においては何も借金財政でなかったわけではなくて、政府保証債、公社・公団債というのはどんどん積極的に発行されておりましたし、それから今度は、大蔵省証券という短期証券が発行されておるわけです。 大蔵省証券という短期証券は、一時的な国庫の不足をカバーするというので、その会計年度中に税金で返済することになりますけれども、完全雇用状態のもとにおきまして、年度初めに、どうしても財政支出のほうが税収よりも多くなりますから、そのときに大蔵省証券を発行する、これは日銀引き受けで発行する。そうして、やがて償還するわけでありますけれども、その間通貨がそれによって増発される。こういうことになって、それが波及して有効需要を誘発して、物価を押し上げる、景気刺激効果を持つ。あとで、その年度中に租税で償還をいたしますけれども……。ですから、短期証券だからといって安心はできないわけです。それと公社・公団債というような、広い意味での公共部門における借金というものがあるわけですからして、いわゆる赤字財政というものは続いておったということになります。 それから、四十年代に入りまして、御承知のように公債が発行されてきておりますからして、さらに財政というパイプを通しての通貨増発ということが、より活発になってきたわけです。 通貨増発のパイプは、金融面と財政面と二つのパイプがあるわけでして、金融面からは、先ほど申し上げましたような、日銀の貸し出しということになります。それから、財政面からの通貨増発といいますと、これは公債の発行でありますが、もちろん現在は、財政法第五条によりまして、日銀引き受けというものが原則的には否定されておりますからして、公募といいますか、市中金融機関がそれに応募する。間接的に国民の貯蓄によって消化されるという形になっておりますけれども、金融機関は、公債を引き受けることによって、企業に対する貸し出し資金がそれだけ圧迫されますので、ある意味においては、公債を金融機関が引き受けた分の幾分か、相当部分が日銀の貸し出しの増大を招くということになりますので、結局、形の上では日銀引き受けではありませんけれども、結果としては、全部とはいわぬけれども、日銀引き受けの公債発行というものが続けられる。もちろん経済は成長しますし、成長通貨の供給ということも必要だし、ですから、金融というパイプと財政というパイプと、二つのパイプから、ある程度通貨増発ということが行なわれていることは、これは当然であって、もとの水準に通貨量が停滞しているということはおかしいわけですけれども、問題は、その通貨増発のスピードといいますか増加率と経済成長率との関係でありまして、三十年代から四十年代へかけまして、現金あるいは預金通貨というものの増加率は非常に高いわけでして、経済成長率をはるかに越えておる。そういうところにこの物価騰貴——通貨増発と有効需要というものがからみ合って、物価を持続的に押し上げていく体質が、この経済の中にでき上がっておる。基本的にそういう体質になっておる、こういうふうに考えるわけです。 そして、そういう体質の中で、たとえば生産性格差——労働力が不足してくる。そうすると、低生産性部門においても、生産性の高い企業とほぼ同程度くらいの賃金を与えないと雇用できない、労働力を獲得できないというようなことがあって、そこから生産性を越えた賃金の上昇ということが、中小企業とかあるいは低生産性の産業部門において出てくる、それが物価騰貴の原因になる。あるいはまた、生産性の高い大企業あるいは重化学工業部門におきましては、これはよくいわれますような労使の関係もございますが、そこで、これはどの程度かわかりませんけれども、年々生産性を上回るベースアップというものが、これは統計的に見ませんとわかりませんけれども、とにかく行なわれる。そういうことがあるとしても、そういうことが、ある面においてある。生産性格差、あるいはまた低生産性でない部門においても、生産性を上回る賃金要求というものがかりにあるとしても、その背後には、ある意味においては、先ほど言ったデマンドプル的な体質が原因になっているとも言えるわけですね。たとえば、生産性を越えて賃金が非常に上がったから、企業のほうでは価格を引き上げる、そして一定の利潤率を維持しようとしましても、もしそこにそれに対応する有効需要の増大がなければ、それほどこの価格の上昇によって、賃金の上昇分を消費者に転嫁することはできないわけですね。だから、簡単にコスト・プッシュ・インフレだというけれども、そういうことが容易にできるという体質があるので、そういう容易にできる体質というのが、先ほどからのメカニズムなんですね。この高度成長、財政とか金融がからみ合って、高い成長率を維持していく。そうして通貨の増発、需要圧力という体質があって、そうしてコスト・ブッシュ・インフレといいますか、賃金プッシュ・インフレというものも可能だということも言えるわけですね。 ですから、先ほどから申しましたいろいろの対策、流通機構の確立とか整備とか、あるいはまた生産性格差の是正とか、あるいは管理価格に対する政策とか対策とか、そういうようないろいろの個別的な価格政策というものは絶対に必要でありますが、それだけに対策を限りまして、もうどうせスタグフレーションだからして、有効需要政策というものはもうやらぬでもいいだろう、無力だ、こういうふうに考えることは非常に大きな間違いではなかろうか。一方を否定するのじゃなくて、一方がどちらかというと等閑視されておると思いますので、あえてこの有効需要政策というものを強調するわけでして、しかもそれは、財政政策のあり方に大いに影響されている、こういうふうに思うわけです。 しかし、四十六年度の予算を見ますと、あれは中立機動型ということになっておりますが、よくいわれますように、相当積極的な景気刺激型の予算である、こういうふうな解釈になっております。非常に景気の予測がきびしくて、案外停滞するんじゃないか、こういうことがあって、こういうような予算が編成されたというわけです。しかも、それでもいけないというので、きょうの経済新聞なども伝えておりますように、たとえば公共事業費を繰り上げて支出するとか、その他いろいろの対策をやろうとされておるわけでして、これはほんとうに落ち込むのでしたら、それだけの必要はあるかもわからないわけですね。だから、経済の予測ははなはだむずかしいわけですからして、これは相当多くの人の協力、総合的な力で、コンピューターなどを利用して、そして正確な予測をしなければならぬが、それでもまだむずかしいわけでして、私ごとき者が一人で、経済がどうなるかということをここで断言はできないわけでして、もしそういうように非常に経済が落ち込む、景気が落ち込むということであれば、この四十六年度の予算というものも是認できるだろうし、現在のようないろいろな弾力条項その他を設けまして、予備費を大きくするとか、あるいは不特定の国庫債務負担行為を増額するとか、あるいは政府保証債のワクを拡大してもいいというようなことにする。いろいろ政府が自主的に、自由裁量的に、景気を浮揚させることが議会を通じないでできるというようなことをやっている。こういうようなことも、財政民主主義との関係がどうだということもありますけれども、ほんとうに景気が落ち込むということがあったならば、こういう対策もいいかもわからぬ、そういう予算が是認される、こういうふうに思うのですけれども、しかし、それは非常に景気が落ち込む場合なんです。ただ、かつても言いましたように、設備投資主導型のあれは、やがては、いずれはデフレギャップになるわけです。初めは、設備投資は需要要因として働きますけれども、何年かたつと供給要因として働いて、インフレギャップがデフレギャップになって不況になる。ところが、いままでの経験によれば、それをぐっと財政で押し上げて、それ以前の成長率より高い成長率になる。だから、四十年度において落ち込んだ。しかし、四十一年度から積極的な公債政策に転換して、今度は三十年代を上回る高度成長を経験して、そしていま落ち込んで、そうして、ほとんど予算をあげて景気浮揚のほうに力を注いで、おそらくまた同じような体質が繰り返されていくんじゃないか。やはり新経済社会発展計画に予定されておる成長率を越えた高い成長率にいくんじゃなかろうか、つまか超高度成長といいますか。そうなりますと、基本的に物価を押し上げる物価騰貴の仕組みといいますか、そういう体質がまた復活していくわけなんですね。そうすると、個別的な価格政策、やれ生産性格差の是正だとか流通秩序だとか流通機構の確立とか、その他いろいろ個別的な価格政策は、その限りにおいては功を奏しても、物価上昇というものは、これはとまらないわけですね。ですからして、やはりマクロ的な物価水準対策、物価上昇対策というものが基本にあって、個別的な個々の価格対策というものが行なわれないといけないのではないか。基本は財政のあり方だし、それから日本経済の体質の問題、それを忘れてはいけないんじゃないかというような気がいたします。 これからの財政政策として考えてみますと、どうしても社会資本というものが重要でありまして、社会資本の立ちおくれということは、これはもう皆さんも御承知のとおりであります。これは生活基盤的社会資本、生産基盤的社会資本、ともに立ちおくれておるわけです。特に生活基盤的社会資本というのは立ちおくれておりまして、人間不在の高度成長だということがいわれましたが、これの整備というのは必要でありますが、同時に、生産基盤も今後ある程度成長していくとすれば、そして民間生産設備能力が増大していくとすれば、やはり生産基盤的社会資本の形成ということも無視はできないわけですね。ですからして、これからの財政というものは、どうしても政府の財貨サービスの購入のうち経常購入のほうの伸び率を押えて、そして政府の資本形成投資的な購入のほうにウエートを置く。そういう意味においては、経常購入の伸び率を押えていく意味においては、財政の体質を非常に改善しなければならぬと思うのですね。たとえば官庁機構、行政機構の整備の問題もありましょうし、根本的に財政の体質を変えていく。そうして財政の効率化をはかり、経常購入を押えて、資本的な購入のほうはある程度伸ばしていくという配慮が必要である。しかし、口では簡単でありますけれども、これは財政の体質の改善ということにかかわるわけですし、また、資源の効率的使用ということにもかかわりますし、よほどの勇気が必要だろうと思います。 それからまた、もっとこまかいことを言いますと、公債の問題ですけれども、公債は、これは場合によっては均衡予算、場合によっては公債発行というようなのがフィスカルポリシーですからして、景気の状況によっては、やはり均衡予算に復帰するということも必要だと思うのです。ただ、その場合に収入が問題でありますが、収入上どれだけの効果があるかわかりませんが、たとえば間接税が問題になっております。付加価値税の問題もまた、いろいろ問題がありますが、たとえば物品税などは、よほど課税品目を広げると同時に、いろいろな課税対象間の税率のアンバランスを是正していくというような角度からの増収、それから租税特別措置の徹底的な整理。もちろん特別措置が絶対にいけないというわけじゃございませんけれども、たとえば輸出促進のための特別措置とか、あるいは利子配当に対する特別措置、これはもう源泉選択制度でありまして、やがて廃止の方向に進んでおりますけれども、これを徹底化するとか、あるいはまた、大企業の準備金あるいは積み立て金の本来当然利益留保であるべきようなもの、課税対象であるべきものは徹底的に整理するとか、そういうことによって増収をはかる。数千億の増収があり得ると思うのです。あるいはまた法人税率の操作ということ、場合によっては引き上げるとか、そういうようなことによりまして、税収をできるだけ合理的に引き上げる、増収をはかるということ。負担の配分、負担の公平ということを考えながら税収の増加がはかり得る余地があれば、負担の公正配分ということと関連しながらそこをはかる。そうして、できるだけ力のあるときには公債を圧縮するという形に持っていく必要がある。しかも、それは一般会計だけじゃなしに、広い意味においての公共部門、地方財政をも本来ならば含めまして必要ではないか、こういうように思います。 あるいはまた、特にたとえば需要関係からいうと、投資需要のほかに消費需要もありますけれども、交際費課税の強化というようなことによって——企業は投資需要だけじゃない、交際費という形で消費支出もするわけですからして、企業の消費支出を押えるということは必要だし、それは交際費課税の強化ということです。一方においてはこれは増収にもつながるわけでして、こういうことはぜひやる。政府の収入を増加しながら民間需要を押えるということで、政府部門と民間部門との資源の再配分が行なわれて、社会資本の立ちおくれも是正されていく、こういうように思うわけでして、社会資本が立ちおくれておる、充足しなければならぬ、だから何でも公債を発行し、積極的な財政で、財政の予算規模はどんどん拡大せざるを得ないじゃないかというふうに安易に考えていきますと、物価を押し上げていく。物価騰貴という経済の体質というものがいつまでたっても是正されないで、改善されないで、先ほど申しましたような個々の価格政策というものが、それ自体としては成功しても、物価は上がっていくという形に在るのじゃなかろうか、こういうように考えております。 時間が参りましたので、たいへん恐縮でございますが、以上をもって終わります。(拍手)
○小林委員長 次に、丸尾参考人にお願いいたします。
○丸尾参考人 あいにくかぜをひいてしまいまして、お聞き苦しいと思いますけれども、御了承願います。 私は、戦後の世界におきまして、物価が戦前に比べまして非常に上がるようになったというのは、基本的には、やはり管理通貨制度が先進資本主義国で行なわれるようになったということと、完全雇用がほぼ実現されるようになったということによっていると思います。この二つによって、前者によって経済の急速な成長が可能になりまして、後者の完全雇用によりまして、労働者の福祉の状態は相当の改善を見たわけであります。失業がなくなったわけであります。そういう意味で、この成長と完全雇用のために払っている一種の犠牲であるということは、長期的には認めざるを得ないと思います。 しかし、戦後の世界といいましても、一九六〇年以前と一九六〇年代に入ってからの世界とでは、物価騰貴の原因が根本的に変わってきていると思います。このことを一応説明しますために、私は話がへたですから、こういうレジメを用意いたしました。 まず四枚重ねましたほうの一番上を見ていただきます。私に与えられたテーマは、物価騰貴の根源は何かということです。ですから、一般的なことからお話しなければならないと思いましてこういうことをやったわけですが、若干教科書的で申しわけない点を、最初だけお許し願いたいと思います。 物価は、教科書的に言いますと、結局におきましては、そこの一ページ目に四つの四角がありますけれども、この四つの四角のどれかが、上から三番目の「生産国民所得」の実質量以上に伸びることによって生ずるわけであります。この四つのうち下の三つは、国民所得の三つの面といわれまして、結果的には名目の上で一致するものです。 そして一番上は、通貨量に通貨の回転率のようなものをかけたものです。そして、一般に物価騰貴といわれているものは、古くは貨幣インフレという考えがありましたけれども、貨幣インフレというのは、要するに実質的な生産に比べて貨幣が膨張し過ぎるのだ、そういうことから生ずるインフレであるといわれていたわけですが、最近になりまして新貨幣主義が復活しまして、やはり貨幣の膨張という要素が重要ではないかといわれ始めた。 それから第二番目は、一番一般的な考えでして、要するに貨幣によってこれも誘発されるのですが、需要、上から二番目の支出国民所得というものが、実質的な生産、三番目の生産国民所得に比べまして相対的に急速に拡張する。要するに、需要が供給を上回るからインフレになるのだという需要インフレ説というものと、それから、最近いわれるようになってきましたコストインフレあるいは所得インフレという考え、これは賃金とか利潤とか家賃とかそういった諸所得が、要するに実質的な生産以上に膨張し過ぎるから生ずるのだ、そういう議論と、さらには、構造的な生産性の上昇率の格差によって物価が上がるという生産性格差インフレあるいは不比例型インフレ、そういう四つのタイプにほとんど入ってしまうわけです。 ただ、このほか、開放経済におきましては輸入インフレというものがありまして、外国からインフレが輸入されるという要因もあります。 結局、物価が上がるといえば、この四つないし、これに輸入インフレを入れたそのどれかによって説明できるわけですが、日本の場合あるいは先進諸国の場合、特に日本の場合どういうインフレがいま起こっているかということを、ここで考えてみたいと思うのです。そのために、まず一番普通に考えられております、要するに需要が供給を上回る、これがインフレであろうかという、いわゆる需要インフレ説的な考えが妥当であるかということを、まず考えてみたいと思います。 それを見ますために、四枚とじたのと別の一枚を見ていただきます。これを見ていただきますと、一九六〇年代の世界というものが、一九六〇年代以前の世界と非常に大きく違うということがわかっていただけると思います。まず、この資料の右側を見ていただきますと、右側の上の図表は、「アメリカにおける実質経済成長率と消費者物価上昇率の関係」を見たものです。明らかにわかりますように、経済成長率が高い年ほど物価が上がるという傾向になっております。一九五四年前について見ると、そういう傾向があったわけです。ところが、その下の表を見ていただきますと、五五年以降ですが、今度は逆に、経済成長率が高い年のほうが物価上昇率が低くて、経済成長率が低い年が物価が上がっている。特に昨年の一九七〇年は、アメリカの経済成長率はマイナスに在りました。〇・四%ぐらいといわれておりますが、物価騰貴は、朝鮮戦争以来の最大の上昇をしているわけです。 同様のことは、日本について言えます。左側の右にある小さな二つの図を見ていただきますと、この上方の図は、一九五六年から六一年にかけて、経済成長率と物価上昇率の関係がどうなっていたかということを示したものです。これで明らかなように、経済成長率の高い年ほど物価が上がっているわけです。たとえば一九六一年には、経済成長率が一四%をこすというものすごい成長率を示したわけですが、その年の物価上昇率は六%以上、その当時としては非常に上がったわけです。他方、一九五八年は、経済成長率が五%ぐらい、そして物価はほとんど上がらないというよりも、むしろ若干下がったぐらいだった。そういうような状態であったわけです。ところが、六〇年代に入って、六二年からの統計を見てみますと、ごらんのように経済成長率が低い年、戦後最大の不況といわれた一九六五年、六五と数字が入ってますが、六五年いわゆる昭和四十年ですね、昭和四十年の戦後最大の不況のときに、最も物価が上がっているわけです。二番目に物価が上がりましたのは、二番目の不況であった六二年です。そして今度は七〇年は、やはり景気後退のときに、また物価が非常に上がったわけでございます。要するに、一九六〇年代に物価が上がっている三つの年は、いずれも景気後退の年であるということです。 この事実を考えますと、かつてのような単純な、需要インフレで物価が上がるという説明はほとんど不可能である。アメリカにおきましても、日本におきましても、あるいはそのほか西ドイツ、イタリア、イギリスの場合がここにありますけれども、いずれの国の場合にも、一九六〇年代には、成長率の低い年に物価が上がっているわけです。そういうことを考えますと、物価を押えるために、成長率を押え需要を押えればいいということは、単純には言えないわけです。ただ、長期的に押え続けていけば、ここの一番初めの表で言いましたように、どこかの一つを押え続けていけば、やがては必ずそれに収斂するわけです。ですから、貨幣論者は、貨幣さえじっと押え続けていけば、やがては物価を押え得ると言うでしょう。あるいは需要インフレ論者は、需要さえ押えれば、やがては物価は上がらなくなると言うわけです。あるいはコストインフレ論者は、賃金さえ押えればとか、その他の所得を押えさえすればということを言うわけです。いずれも、どれか一つを強力に押え続ければ、やがて物価は押えられる。これは事実でありますけれども、しかし、それによって成長の挫折とか、あるいは大量の失業とか、その他もろもろの好ましくない要因を生ずるということを考えますと、そういうことでは対策にはならないわけであります。 結局何が必要かといいますと、やはりまず第一番目には、物価にとって最適の経済成長率というものを考えてくるということです。低過ぎてもだめ、高過ぎてもだめだということです。高過ぎれば、一時的には物価は——生産性は上がりますから、賃上げ分を吸収したりして、一時的には物価上昇率はむしろ下がります。しかし、時間のおくれによってやはり悪い影響が出ますから、長期的に見ますと、最近の日本、六〇年代後半からの日本ですと、大体実質一一%台ぐらいの経済成長率を安定的に維持し続けるということが非常に大切である。それよりも落ち込まないように、あるいはあまりにも上がり過ぎないように、長期的に見て成長率の安定性を維持するということ自体が、物価を安定させる要因になるわけであります。 第二番目に、今度は貨幣インフレ的な要因があるかということを考えますために、二番目のグラフを見ていただきます。 このグラフは、横軸に通貨、つまり日本の場合、日銀券の発行高の上昇率と実質の経済成長率の差をとっております。つまり、日銀券が成長率以上に発行された場合には、横軸のゼロというところより右のほうに行くわけです。そして、縦軸には消費者物価上昇率をとってあるわけですが、ごらんのように、日銀券の上昇率が成長率を上回る傾向が多いほど消費者物価上昇率が高くなるという傾向が、明らかに看取できます。そういう意味で貨幣量の増大、膨張というものが、実質生産に対する相対的膨張というものが、物価騰貴の一原因になっているということは否定できないわけです。 念のために申しておきますけれども、因果関係を明らかにするために、一・四半期の時間差を置いております。つまり消費者物価の一・四半期をおくらせてとってあります。 ただ、ここですぐお気づきになりますように、 一九五〇年代が下の線です。それと六〇年代は上の線です。上の三%ぐらい上にある一連の点々がそうですけれども、これとの間に、いま言いましたように約三%のギャップがあるということですね。同じだけ通貨量の増加率が実質生産を上回っていても、たとえば一九五〇年代ですと、通貨の上昇率と実質生産の上昇率が同じぐらいですと、物価上昇率が一%でおさまるわけです。ところが、六〇年代に入りますと、たとえ日銀券の上昇率を実質生産の上昇率と同じにしても、物価は三・六%ぐらい上がる計算になっております。ということは、ここに何らかの構造変化があったということがわかるわけです。これは何かといいますと、先ほど言いましたような需要インフレではない、通貨インフレでもないとしますと、コストインフレ的な要因あるいは所得インフレ的要因、あるいは日本の場合には生産性格差インフレ的な要因が働いたんではなかろうと思われるわけです。 現実に考えてみますと、一九五八年代の終わりから六〇年代にかけましては、日本経済が労働力不足型経済に転換した時期でありました。この時期に、二重構造の拡大から縮小への動きが見られ始めましたし、賃上げ率の上昇その他もろもろの所得の急速な上昇が始まったわけであります。 そういうわけで、日本の最近の物価騰貴は、やはりその他の要因、いま言った需要インフレ要因、貨幣インフレ要因以外の要因をも考慮しなくては十分な説明はできないということになるわけであります。 それでは、その他といいますと何かといいますと、まず考えられますことは、いまも言いましたように、二重構造解消過程において、低生産性部門では、大企業部門以上に賃上げ率が大きい。それにもかかわらず生産性上昇率は非常に小さいということから、低生産性部門において賃金、及び賃金だけではなくて、自営業者の自己賃金と見るべきもの、つまり自営業者の所得ですが、所得の上昇率が実質生産の上昇率を上回ったということと、それから、この時点で賃金が急速に高まって、消費財需要が非常に高まったにもかかわらず、低生産性部門に対しては、政府が十分な対策をとってこなかった。そのために需要の面でもおくれが来た。そういう意味で、低生産性部門では、所得が実質生産を上回るという意味でのコストインフレ要因が働きましたし、同時に、政府が大企業優先で、中小企業あるいは低生産性部門の対策を怠ったということから、その部門での生産性の上昇率が小さいといったようなことから、需要の面でもおくれがあった。部分的に低生産性部門では、コストインフレと需要インフレが同時に生じたというふうに見ることができるわけです。これが通説的にいわれる日本のインフレの主要要因であるわけです。 これを直すためには、低生産性部門に資源を配分しなければいけないという周知の議論でありまして、大川報告もあるいは熊谷委員会報告でも、この点を強調しているわけであります。これをやることによって、ある程度事態は改善されるというふうに考えます。しかし、まだそれだけではおそらく十分でないでしょうし、そういうこと自体がなかなか実行されませんから、そのほかいろいろ総合的な対策をとる必要があるでしょう。その他のもろもろのいわれている政策は、たびたび政府関係諸機関で勧告されているようなことのとおりでありまして、要はそれを実行するということであるわけです。たとえば、先ほど小島さんからもお話がありましたように、輸入の自由化の促進とか、あるいは外貨がたまり過ぎないようにするとか、そういうようなことによっていわゆる輸入インフレ的な要因を除去するということ、あるいは競争条件を整備して管理価格を抑制するとか、あるいは新沢先生でしたか言われましたような地価の抑制の問題とか、諸政策をやらなければならないということは自明のことであるわけです。どうもその辺のところは、むしろわかっていながら非常に少しずつしか行なわれていないということなんでありますから、私が経済学者として特にこれ以上言わなくてもよろしいのじゃないかと思います。 それから、私がここへ特に呼ばれました一つの理由は、私は賃金、物価問題をやっておりまして、いわゆる所得政策につきましてもいろいろな議論をしているわけです。所得政策について、これをどう見るかということは、おそらくここで一言言わなければならないことであろうと思うわけです。 この問題を考えてみますと、所得政策をやるということは、要するに賃金をはじめとする諸所得が実質生産を上回るということであるわけであります。この第一ページの図で見ましたら、この四つのうちの下から二番目の生産国民所得の上昇に比べて大きくなるということであります。たとえば昨年でいいますと、分配国民所得のうちの賃金は、一七、八%は伸びています。自営業その他の所得も、かなり急速に伸びているでしょう。全体として、おそらく分配国民所得が一七、八%伸びているわけです。ところが、実質生産は一〇%ぐらいしか伸びないわけです。その差が物価上昇につながるという傾向があることは否定できない。 ただ、ここで賃金が特に犯人であるかどうかということを考えますと、必ずしもそういうことにならない。この三枚目を見ていただきますと、一見意外なことですけれども、春闘の賃上げ率と消費者物価上昇率の関係を見てみますと、横軸が春闘賃上げ率であり、縦軸がその賃上げが行なわれた年の消費者物価上昇率で、七〇年を除きますと、むしろ逆相関がある。春闘賃上げ率が一番低かった、不況の六三年とか六五年にかえって物価が上がっておるわけです。大川報告が、賃金上昇が物価上昇の原因でない、悪循環はないのだということをいいました一つの背景には、こういう事実があるわけです。しかし、これを別な見方から見ますと、六七年から六八、六九、七〇を見てみますと、今度は正の相関が出始めている。そういう意味では、賃金が以前に比べて関係するようになってきたことは、否定することはできない。 しかし、その次の、最後のページを見ていただきますと、一そうはっきりした事実がわかる。この表は、横軸に賃金の上昇率と生産性上昇率との差額をとっております。国民経済全体での生産性上昇率を賃金上昇率が上回る程度を横軸にとって、縦軸に消費者物価の上昇率をとっておるわけですが、これで見ますと明らかなように、確かに、賃金上昇率が生産性上昇率を上回る年のほうが物価の上がる傾向がある。これは否定できないわけです。ところが、どういう年に賃金が生産性の上昇を大きく上回ったかと見てみますと、おのずからわかりますように、六二年、六五年、七〇年、いずれも一九六〇年から七〇年代にかけての不況の年であるわけです。戦後最大の不況といわれた六五年、その次の不況の六二年、それから最近の不況の七〇年、この不況の年に、賃金の上昇が生産性の上昇率を上回っておる。しかも不況の年は、その前の図からわかりますように、賃上げ率自体は小さいのです。ただ、七〇年は例外ですけれども……。 そういうことを考えますと、賃金が生産性の上昇率を上回って物価が上がったのは、過大な賃上げが原因ではなくて、むしろ政府の政策が失敗して、生産性の上昇率が落ちてしまった。そのために賃上け率はモデストであった。むしろ控え目であったにもかかわらず、賃金の上昇率が生産性を上回って物価を押し上げてしまったということになるわけです。そう考えますと、賃金が生産性の上昇率を上回った責任を労働組合に転嫁するということは、妥当ではないということになるわけです。 それから、七〇年につきましては、確かに賃金の上昇が相当作用しておりますけれども、しかし、これはいま、一九六六年から六九年にかけての賃金と法人所得の伸びの比較をしてみますと、七〇年に賃金の上昇がかなり大きかったということも、ある程度やむを得ないということがわかってくるわけです。ここでいまちょっと見てみますと、一九六六年について見ますと、賃金の上昇率は、一人当たり雇用所得で見て一一・三%、そのとき法人所得は三四%伸びております。六七年は、賃金の上昇は一三・一%、法人所得は三二%伸びております。それから六八年は、賃金が一三・七%、法人所得は三三・二%伸びております。そして六九年は、賃金の上昇率が一五・九%、法人所得は一六・一%伸びております。この四年間、いずれも賃金の上昇率が法人所得の上昇を上回った年はなかったわけです。七〇年になって、まだ確定統計は出ておりませんが、おそらく賃金の上昇が法人所得の上昇を上回っているでしょうけれども、しかし、だからといって、賃金に責任があるということは一方的であろうというふうに思われる。そういうことを考えてみますと、実質生産を上回る過大な所得の上昇が物価上昇の原因になるということは言えますけれども、賃金にその責任を転嫁するということは、現時点では非常に一方的であるということになるのではなかろうかと思います。 結局、もう一度結論的に申し上げますと、まず需要管理政策が必要だということ、私は、これももちろん認めますけれども、しかし、現時点ではその需要抑制が必要であるとは考えません。ただ、長期的に見て需要管理が必要である。経済成長率を安定的に、実質一一%ぐらいに維持するという政策が重要である。ある年には一四%になり、ある年には八%になるというような、がたがたというのが、それ自体が物価上昇に悪影響を及ぼす。そういうことではなくて、安定的に経済成長率を維持する、物価にとって最適の経済成長率を維持することが第一に大切である。 第二番目に、通貨が実質生産を大きく上回って上昇するということが物価騰貴の原因になっているということ、これは計量的にも否定できない事実です。したがいまして、なるべく通貨の上昇率を実質生産に近づけていくということは必要でありますけれども、現時点での通貨の増加というのはかなり不況支持的な要素があり、まして、これを押えつければ、物価には影響はよくても、不況を進行させてしまうという要因がありますから、ある程度限界があるということです。そして、現時点では景気が後退しておりますから、そういう段階で通貨量も押えていきますと、景気は一そう後退しますから、むしろその点で私は、財政政策のほうは、現時点では、不況期のもとでは拡大してもやむを得ない、一般的な名目国民所得の上昇率以上の率で上昇しても差しつかえないと考えております。特に環境政策の不備、社会保障のおくれということを考えますと、そういう面で財政支出を積極的に拡大して、分配の公正、福祉の増進によって、物価上昇によって生ずる国民の不満をそういう面で解消していくということが、非常に重要であろうと思います。 それから、不比例型インフレといいますか生産性格差インフレに対処するためには、大川報告の言うような、投資を低生産性部門にもっと向けていって、低生産性部門の近代化をはかるという政策にもっと本格的に力を入れるという考えに賛成であります。 それから、最後の段階で諸所得の抑制というものが必要になってくるかもしれませんが、その場合賃金だけが責任ではないのだ。むしろその他の諸所得の影響が非常に大きい。法人所得も急速に伸びてきます。あるいは国民所得統計にも入っていない資本利得、土地の売却の利益とかあるいは株の売却の利益、そういったようなものも非常に大きいことを考えますと、賃金を押えていくという形での所得政策ということはほとんど考えない。もし所得政策をやらなければならないという段階になったならば、それはその他の必要な諸政策をやったあとである。しかもその場合には、分配をむしろ公正にするような形での所得政策をやるべきである。所得政策といいますと、すぐ分配の不公正に通ずるというように思われますけれども、やり方によっては、所得の分配の公正に役立つような所得政策というものがあり得るわけです。そういうやり方であり、しかも、その所得政策をやる主体になる政策機関に労働代表が参加してやる場合には、所得政策に反対する理由もなくなってくると思います。かつては、需要を政府が管理する政策、これによって不況を克服するという政策に対して、経済学者も労働側も、非常に反対したものです。しかし、その需要管理政策というものが、不況を克服するために需要を拡大して、政府の役割りを拡大するという政策が、分配の公正あるいは社会保障の拡大等々と結びついたために、その政策はむしろ歓迎される政策になってきた。不況克服のための需要の積極的拡大政策が、スウェーデンをはじめとする北欧諸国及びニュージーランドという福祉国家的な政策と併用した国においてまず実現されたということは、そういう政策がやはり分配上の福祉政策と結びついた形、それと同じことで、所得政策も将来やる必要があるとしたら、分配の公正のための政策及び福祉政策と結びついた形で行なわれるならば、それは決して悪い政策ではない。いまの場合にはそうではなくて、何とか賃金だけを押えて問題に対処しようというそういう姿勢が見えておりますから、労働組合が反対するのも、むしろ当然であるというように思うわけです。 時間が来ましたからこれで終わりますけれども、先ほども言いましたように、一般にいわれておりますような輸入自由化とか、外貨のたまり過ぎをなくするとか、地価の抑制とか、労働力市場の流動化とか、合理化による公共料金の適正化とか、いろいろな諸政策が必要であるということは、私ももちろん考えております。特に私の場合には、何か全般的にやれというような感じだったものですが、すべてではありませんで、私の特に言いたいところに焦点を合わせてお話ししましたような次第です。(拍手)
○小林委員長 以上で参考人の方々の御意見の御開陳は終わりました。 午後一時二十分再開することといたしまして、暫時休憩をいたします。 午後零時四十六分休憩 ————◇————— 午後一時二十七分開議
○武部委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 これより政府並びに参考人に対し質疑を行ないます。 質疑の通告がありますので、順次これを許します。登坂重次郎君。
○登坂委員 本日は、小島さん、井手さん、丸尾先生、新沢先生、どうも御多用中まことにありがとうございました。 まず、小島さんからちょっとお伺い申し上げたいのでありますが、日本の経済もいよいよ国際化の水準までなりまして、日本の最も影響を受けるところのアメリカ及びヨーロッパに、日本の経済発展の将来にわたって、また現代について、いろいろ影響するところが甚大であります。日本の立場といたしましては、先進国とはやや競争的な立場に立ち、発展途上国に対しては、これまた指導的立場に立たなければならない。ここで日本が今後経済を成長発展させていくためには、日本の工業力を生かした後進国に対する援助というものは、非常に大事であろうと思います。 ついては、アメリカは、非常に日本との競争意識を感じまして、いろいろな日本に対する——先ほど来の小島さんのお話のとおり、保護貿易に向かいつつある。しかるとき、大体四〇%ぐらいをアメリカの貿易に依存する日本の経済として、これを今後どういうふうにやっていくべきか。ただいま繊維問題に見られるように、あるいはまた、その他の電器製品、日用品、雑貨等に対するアメリカのきつい保護貿易というようなものが感じられるのであります。 片やヨーロッパに対しまして、日本の将来がだんだん開けつつあるように思われますが、これはEECをはじめ、イギリスの将来EECに加盟というような問題がありまして、これまた、ヨーロッパ共同体という中で、日本に対して門戸を閉鎖するというようなおそれなきにしもあらず。 ただ日本が、これらの国々に対しまして自由化をし、あるいは資本の自由化、貿易の自由化、関税引き下げというようなものを行なっただけで、はたしてこれらの国々の国情を緩和することができるだろうか。 片や発展途上国に対するGNPの一%の経済援助というような問題、これも大事でありまするが、私は、かつてアジ銀のマニラの本店に参りまして、その筋の人と会ったときに、経済援助については、受け入れることは非常に喜んでおるけれども、いろいろな面で指示されることには非常に警戒的である。かつまた、いわゆる経済発展途上国の経済をいろいろ分析してみますと、なかなか一様に、これは幾ら金を与えても、それを使うだけの能力とか、あるいはその目的がはっきりしないということで、遅々として経済援助が進まない。しかし、私どもが見て回った直観によりますと、向こうは資本が非常に少ないので、日本の経済援助を非常に切望している。片やヨーロッパあるいはアメリカ、カナダ等も、後進地域に対して非常に目を光らして、盛んに競争的に、基礎資源の開発という意味において鋭い経済進出をはかっておるというようなことを、私ども感じてまいりました。日本は将来貿易国として伸びなければならぬ。やがては、日本は世界貿易の一一%、一〇%をこえるであろうというような輸出成長が見込まれるということになりまして、外国の感情——後進地域の育成ということは非常に大事と思うのでありますが、これらについて、とくとまた御意見を承らしていただきたい。 次に、新沢先生でございまするが、先ほど来新沢先生におかれましては、土地政策でしたね、これは私も痛感いたしておるところでありまして、今日の物価問題の基本は住宅と土地政策にある、これはもう言をまたないところである、こう思うのであります。 しかし、この土地政策というのは個人的人権ともつながりまして、先ほど来この税金を、都市計画税を重くすれば、それがやがては配分の基礎となるのではないかという御示唆を承りましたが、まことにそのとおりに違いないのでありまするが、これもまた、農村という零細企業、零細土地所有者が多い。かつてのいわゆる農地の分配、いわゆる戦後農地法が強く打ち出されておりまして、そして土地の再配分が行なわれて、零細所有者が多い。これらが急に、日本の経済成長のもとにおきまして、農業をしたほうがいいのか、あるいはいま、その他の所得と比較しましていわゆる兼業農家となりつつあって、これで非常に迷っておる。われわれは政治家でありまするから、割り切って、計画税をすぐさま重くするというわけにもなかなかいかない状態でありまするが、そういう、いわゆる土地に対する計画税を重くするということは必要なんでありますが、次の時点に考えられるとすればどういうことがありましょうか。いわゆる都市計画税の重税というものに次ぐ次善のいい方法は、どういうものが考えられるでありましょうか、その点承らしていただきたいと思います。 次に、井手先生でございまするが、井手先生が言われた、総需要対策が物価の最も緊要なものであるということは、お説のとおりであります。財政と金融、これは車の両輪のようでありまして、日本の今日の繁栄は、いわゆる財政と金融との両輪が、今日までどうやら調和がとれつつあったからであります。日本の経済は非常に底が残いといわれておりますが、公社債市場が今日まで育成されておりませんために、ただただ金融資本にのみよったということは、日本の経済の今日の設備投資のあり方からして、あるいは企業の拡大からして、非常に不均衡なものがあったことは、私も認めるのであります。 今後、総需要の対策というものはなかなかむずかしい。調和のとれた経済成長というものを主眼としなければならないと思うのでありますし、調和のとれた経済発展は、われわれも望むところでありますが、この総需要の中で非常にバランスがとりにくい、たとえば中小企業とか農業とか低生産部門の総需要の喚起、これは非常にむずかしい。どうしても生産性が低いのでありますから、これをどういうふうにしたらよろしいか。もちろん構造改善にもよりますし、先ほどどなたかの先生のお話にもありましたが、中小企業に対する今日までの日本の政府の政策がまずかった、それは認めざるを得ないのであります。公共投資と合わせた総需要対策、これはなかなかむずかしいのでありましょうが、金融と財政、この見地からして、まずどういう面において、また、どのくらいを総需要の量として押えて指導したほうがよろしいか、これをひとつ承らしていただきたい。 それから、丸尾先生でございます。丸尾先生の所得政策、これは先ほど先生からもお話がございましたが、まだ所得政策を論ずるには時期が早いというのは、一般の経済学者の通論でありますし、私もそう思っております。ただ、先生のおっしゃるところによりますと、いわゆる給与の所得は大体一七、八%上昇しておる。しかるに、日本の経済成長は現在一二、三%である。将来にわたって一一%くらいの経済成長を維持できれば、日本の経済というのはスムーズにいく、これは私も同感であります。 しかし、私がここで非常に疑問を持つことは、日本の経済がはたして、これから一一%という高度な成長が遂げられるであろうかどうか、これが何年もつであろうか。世界の経済大国といえども、大体五、六%の経済成長というのは非常にいいのではないか。なかなか五、六%平均伸びられない。日本も、これまでは経済全体が小さかったから、一〇%あるいは一四、五%というような大きな発展が遂げられましたけれども、本年度あたりは一〇%前後じゃないかというようなわけでありますし、ことしは特別といたしましても、日本の経済がはたして一一%という——経済社会発展計画では一〇・六%くらいと思いましたが、そういうわけでありますから、この所得政策というのは、賃金が上がったからすぐ所得政策をやれとは、どなたも言われないでありましょう。経済に関して多少の知識のある者は、当然、所得政策をいますぐやれとは申しておりません。けれども、将来の準備として日本の経済の将来性を考えますときに、日本の経済成長は果てしなく続くであろうかどうかということは、私どもも非常に疑問を持つわけであります。特に今後公害とかあるいは物価とか賃金、労働力の不足というようなものを考えると、これも心の準備として考えておかなければならない。これはしばらくは、学者の先生方の研究課題としておいていただくわけでありまするが、いま経済界で、そう考えている人は少ないと思います。しかし、学者の理論として、あるいは、将来日本の所得政策の方向としてどういう考え方を持つべきかということを、ひとつ御教示いただきたいと思います。 以上、お願い申し上げます。ありがとうございました。
○小島参考人 お答えいたします。 先ほど私は、国際がらみの政策配慮が必要な時代である、特にこの両三年が大事なときに当たっておると申し上げたわけです。御質問の御趣旨も、そのような点からのことと思いますので、私なりの、現在の経済を中心とした国際関係についての考え方を申し上げたいと思います。 第一に、アメリカの最近の傾向、特に保護主義の動きでございますが、現在アメリカは、政策路線として、一応表向きは世界主義をとり、自由貿易主義を標榜いたしますが、実質的にはすでに内向きの時代に入ったというふうに見ざるを得ないわけであります。特に、戦後一貫してとってまいりましたグローバリズムが限界に達した。特に力の政策が、すでにアメリカでは行ない得ない。戦後の特にドルを散布する政策、世界経済の安定なり繁栄なりをアメリカの指導下に行なうような経済の構造は失われておりまして、アメリカも、これは大統領の教書などにもありますように、ワン・オブ・ゼムである、新国際主義というような表現でもわかりますように、分相応の仕事をする立場に立った。西欧とかあるいは日本が経済力を増してきたことによって、アメリカがひとり、自由主義世界のリーダーとしてドルを散布すれば、それによって安定するというような情勢でなくなったことは申し上げるまでもないわけです。周期論というものがよくいわれますが、クラインバーグ教授の周期論によれば、アメリカは独立以来、二十七年ばかりの外向きの政策のあとに、対外政策において、二十年余の内向きの時代を経験しておりますが、そういう意味では、先ほど申し上げた一九六八年を転機といたしまして、ちょうど戦後体制、外向きの時代から、内向きの時代に入ったということに符号いたしますので、ニクソン路線がそういった世界環境、アメリカの社会の背景の中で動き始めているということで、非常に興味深いわけであります。 最近の日米繊維問題などにいたしましても、そのよってきた背景は、第一にはニクソン政権の政治的な立場、これは申し上げるまでもないことですが、選挙戦のときの公約というものがあったということは、御存じのとおりであります。同時に、非常に大きなウエートを持ちましたのは、最近のアメリカの不況の実態であります。これが予期以上に非常に大きなものであったということが、国内産業というものに被害意識を強めた。特に繊維においては、南部繊維地区においてそういった空気が強まってきたということがございますし、第三には、そういった政治的並びに経済的背景のもとで、労働組合が保護主義に変わってきたということがございました。そういった事情を考えますと、アメリカの保護主義的な傾向は、今後とも強まりこそすれ、弱まることはなさそうであるということであります。 そこで、先ほど触れましたような輸入制限的な考え方、単に政治的な背景からのみでなしに、輸入制限的な傾向が強まります。特に、この自主規制への対外的な要請というものは、ニクソン政権のもとでさらに広がっていくであろうと思いますし、さらに、アメリカにおいて、議会がこれらの輸入制限においてなかなかむずかしいという情勢の中から、行政府がタッチし得る分野、つまり関税政策で国内の保護主義的ムードを満足させるということで、最近のカラーテレビ問題その他の一連の、反ダンピング法違反の容疑に取り上げるという事態が出ております。そういう意味で、アメリカ自体が内向きになり、保護貿易主義的な傾向がこれからも続くということになりますと、日米経済関係を考えるについては、今後ともいろいろな分野において摩擦は避けられないということであります。政治的には、沖繩の返還をはじめといたしまして、日米関係が非常にうまくいっているといわれておりますが、その反面で、日本の経済力の高まりということとともに、日米経済関係の摩擦現象というものはさらに続きかねないということであります。 そういった問題が起こりますたびに、双方の解決への努力というものが必要になるわけでありますが、日本としては、基本的には、アメリカのこの内向きの姿勢を少しでも外に向けさせる、いわゆるグローバリズムという思想を消えさせないようにする努力を、他の先進諸国と手を組んで続けていく必要がもちろんあるわけでありますが、個々の具体的問題については、アメリカの国内の実情というものをよく理解した上で、相互理解の中でこの事態を解決する必要もまた迫られるというふうに考えます。そういう意味で、この日米関係のこれからは、特に七〇年代から八〇年代へかけての日米関係というものは、双方の政府の誠意と申しますか政府間同士の相互理解ということが必要でありますし、同時に民間同士の、さらにパイプを太くしていく努力というものも要請されるのではなかろうかという気がしております。 次に、ヨーロッパでございますが、これは、統合の問題は非常にじみな動きでございますので、こちらから見ておりますと、なかなかぴんとこない面もございますけれども、私は、過去十二年、過渡的段階を経まして、新しい統合の段階に入ったヨーロッパ共同体というもののこれからは、ある意味では世界経済を大きく左右する、むしろ最大の問題の一つであるというふうに理解しております。 ヨーロッパ統合論者は、八〇年代早々には欧州大統領を選出したいというほどの意気込みで取り組んでいることでありますが、すでに関税同盟、農業共同市場において成果をあげてきたヨーロッパ共同体は、これから政治統合を最終目標といたしまして、現実的には経済、通貨の新しい統合というものを始めようとしているわけです。その中で、これから十年間ぐらいの間に、当初EECとして、欧州経済共同体として発足したこのヨーロッパが、ほんとうの意味での第三の巨人になる非常に偉大な時代になりそうだという気がしております。 英国の加盟問題も、これこそ三度目の正直でありまして、今度は間違いなく加盟し得るということを考えますと、拡大ヨーロッパの広域市場としての意味合い、そして日本とのつながりというものは、これから、対米関係とともに重視すべき時代に入ったということであります。 ただ、ここで、現段階で強調しておきたいことは、アメリカと日本の距離に比べまして、ヨーロッパとの距離は依然として遠いということであります。この内向きの時代のアメリカで、アメリカ自体がヨーロッパ第一主義というような気持ちが強まっているということ。先ごろの繊維問題でも経験いたしましたように、ヨーロッパとアメリカの話し合いなり、ヨーロッパとアメリカの意図、特に日本の製品に対する見方というものは完全に一致しているのではないか。ですから、戦略として、あるいは戦術として、ヨーロッパと手を組めばアメリカの政策を改善し得る、あるいは是正していけるというふうに考えるのは早計でございまして、アメリカは、何といいましても戦後、日本との間で最も近い関係に立っておりました以上、今後ともその関係維持は、他の地域に比べれば比較的容易でありますが、ヨーロッパとの関係は、そういう相互理解を深めるという意味では、アメリカとの関係と比べますとまことにむずかしい状態にある、非常な努力を要するのではないかという気がいたします。そういう意味で、対欧関係のこれからというものは、EECのヨーロッパ共同体の統合の成り行きとともに注目する必要がございます。 最後に、対低開発国関係でございますが、これはまさに御指摘のとおり、日本の経済大国としての責務として、ピアソン報告などであらわれました国民総生産の一%の水準、これはすでに外務大臣も大蔵大臣も約束しているところでございますが、この達成には最大限の努力を必要とすると言えるわけであります。少なくとも政府資金による対外援助というものを積極化することが必要になります。 しかし、御指摘のように、受け入れ国がそれをすなおに受け入れてくれるかどうかということは、いわゆる大国論議の中でも常に問題になりますが、これから日本が、たまりいく外貨を使っていく過程において、かつてアメリカが低開発国援助において失敗したことを繰り返すことのないように、相手国政府、民間との理解を深めるということが第一でございます。それと同時に、日本というものが世界でなかなか理解されにくいという実情を、われわれ自身が気をつけていく必要があるのではないかという気がするわけです。そういう意味で、いろいろ技術援助その他具体的に話を進める場合に、相手国の実情というものを把握し、また、そこへ派遣する人々の理解を深めさせるということが先決であろうというふうに考えております。
○新沢参考人 お尋ねになられました事柄を、零細農家に対して土地保有税、つまり固定資産税と都市計画税、そういうものを上げることの影響はどうなのかというふうにお尋ねになったのじゃないかと思いますので、それに沿ってお答えしたいと思いますが、純農村の場合でございますね、山形県のようなものを想像いたしますと、純農村の農家ですと、一ヘクタール程度の土地を持っている者が普通でございまして、多い者で二ヘクタールというようなものですが、その場合にその土地の資産価値ですね、つまり時価でございますが、一ヘクタールというと大体三百万円程度ですね。それから二ヘクタールでもって六百万円程度でございます。ところが、首都圏になってまいりまして、東京の通勤圏の先端、つまり四十キロ程度のところでございますが、そこで一ヘクタールを持っていたらどのくらいの資産になるかというと、その辺でございますと、御承知のとおり坪五万円くらい。そうすると、一ヘクタールで一億五千万円の資産を持っているわけでございます。そうして二ヘクタールですと三億円の資産を持っている。ですから、これはもう山形県の農家というようなものとは全然性質の違うものでございまして、その四十キロ圏あたりの農家は、もちろん農業を営んでおりますけれども、胸の中にそろばんがありまして、ことしは一億五千万円だったのが来年は一億八千万になるという計算をいたしているわけでございます。そして、土地は売らないほうが得なのだといって、持っているわけでございます。たとえば、私のところは京王線の桜上水でございますが、そこで私、六十坪ばかりの土地を持っておりますけれども、それでもって、固定資産税と都市計画税合わせまして、現在二万円程度納めております。ところが、すぐ裏に、農地になっている土地を持っている方がおられます。一ヘクタール以上持っておられますが、その人の資産というものはどのくらいになるかというと、八億くらいになっているわけでございます。にもかかわらず、その人の納める固定資産税と都市計画税は、私より少ないのでございます。 こういう事実がありまして、そして一番いけませんのは、そういう資産がふえるとか減るとかいう所得分配の問題を離れまして、そういうわけで、土地を売らないことが一番大きなもうけになるわけですから、売りませんから、そうすると、買おうと思いますと、先端部先端部といって安い土地を求めまして、三十歳くらいの人たちが土地を買うわけです。なぜならば、彼らが貯金をしていたって、その金利よりも地価が上がるのですから、借金でも何でもいたしまして早く土地を買えば、それはまた来年上がるということになっているわけです。ですから、需要は無限にあり、供給はゼロである。こういう関係になっているのを是正するのにはどうすればいいかということなのでございます。 こういうふうになりますと、当然売らないわけで、買うのはなかなかむずかしいわけですから、スプロールが住じまして、そして四十キロ圏以内に、十五万ヘクタール以上の農地、山林がまだ残っているわけでございます。そうすると、そこへみんなばらまかれたように住宅ができ、いろいろなものができているわけですから、道路とか水道とか、そういう社会資本にはものすごい金がかかってしまうわけでございます。まとまっておればその何分の一かで済むものを、たくさんの社会資本をかけなければ、その需要にこたえることができないというのが現実でございます。これが一番いけないわけでございます。そして、できる町というのは、都市計画も何もやられないようなところにどんどん家ができるわけですから、あとは乱雑で、道路はどこへ通っているのかわからないような町になるわけでございます。 こういう状態を是正するのに対して、つまり土地を持っているのに持ち越し費用を少しかけなければならない。それは何か農家をいじめているように見えますけれども、そうすると、現在のような農地としての利用では税金を納められなくなりますから、当然その所有者は、そこに借家とか住宅というようなものを建てまして、その所得を高めまして税金を納めるというふうになっていくわけでございます。つまり資源配分を高めることになるわけでございます。そういうことで、ことし政府が、少なくとも大都市圏の農地に対して宅地並みの税にするのだということを発表なさっておりましたので——それでは、現在の需要者に対しては影響ないわけでございますね、現状と同じわけですから。ですけれども、供給側には少しは影響が出るだろうかと思って、私は期待しておりました。ところが、みごとに肩すかしを食ったわけでございます。そうして、片方では農住都市というような、農家に金を貸して住宅を建てるという方法を先行さしたわけでございます。そうすると、ますます土地は売らなくなる。つまり土地を売って建築資金を得る必要がなくなるわけですから、売らなくなるわけです。 私の考えるところによりますと、土地税制のほうを先行させまして、そうして、それを緩和する意味で農家に対してある程度の優遇策を与えまして、住宅を、借家でございますが、建てることを促進する。そうして需要者に対しましては、借家に入るのも庭つきの持ち家を持つのも、どちらにしてもたいした違いがないようなところまで、地価上昇率を下げる必要がある。それにはやはり固定資産税、都市計画税のような土地保有税を賦課する以外の方法はない。つまり譲渡所得税のようなものはだめですし、ほかに、先ほど申しましたようにいろいろの政策をやりましても、それはみな地価を上昇させ、スプロールを激化するようなふうにしか作用いたしませんので、最後に残った手段はどうしても早くやっていただきたいというのが希望でございます。
○井手参考人 お尋ねの点でございますが、一つは中小企業あるいは低生産性の部門をどうするかということでございましたでしょうか。
○登坂委員 さようでございます。
○井手参考人 それともう一つは、何か総需要……
○登坂委員 総需要対策をどのくらいに押えたらいいか、これはむずかしいことですが、総需要対策の限界ですね。
○井手参考人 低生産性の部門としまして、企業別にすれば、大企業に対する中小企業がございますし、あるいは産業部門でいいますと、重化学工業を中心とした第二次産業部門に対しまして、特に第一次——第三次もございますが、農林水産業部門とか、あるいは流通部門などがございますが、コスト・プッシュ・インフレということは確かにあり、それに対応する生産性格差の是正ということは、やはり個別的な各政策としてぜひやらなければならないことでありますので、たとえば中小企業につきましては、その近代化をはかるためのいろいろの財政的、金融的措置が積極的に行なわれねばならないし、あるいはまた第一次産業部門についても、そういうことが言えると思います。 ただ、国内の資源の最適配分といいますか、資源の効率的使用という点からいいますと、生産性を引き上げるのに相当困難なものがありまして、それまでも全部引き上げる、あるいはまた、それを引き上げることがどうしても困難な場合に、それを保護するといいますか、そうしてその存続を許容していくということは、資源の最適配分という点からいって非常にロスがある。国際化の時代を控えまして、できるだけ資源の効率的な使用をやりませんと、国際競争に負けるわけですからして、中小企業や低生産の産業部門の近代化をはかり、生産性の向上をはかることはやるわけだけれども、もっとさらに、その底辺の——これは切り捨てるというと、ことばが悪いわけですけれども、どうしてもそこまでめんどうを見ようとすると、非常に大きな資源のロスになるという場合は、やはりそういう企業、その部門の雇用人口は、より生産性の高い企業へ吸収されるとか、あるいは、より生産性の高い産業部門に吸収されるとか、労働力の再配分ということ、また、それに伴う物的資源の再配分ということが、どうしても必要だろうと思うのです。 ただ、その場合に、底辺といいますか、そういう部門に雇用されておった人たちの配置転換というか、再配分が、そう即時的に行なわれるわけではありませんので、やはり失業という、つまりそういう摩擦的な失業というものは出るわけです。ですから、私は、そこに社会保障制度というものを考えねばならぬと思うのです。社会保障制度というのは、これは老人とか不具廃疾者とか、労働力を喪失した人たちを救済する、そうしてその生活を保障する、そういう意味があるわけですが、それは生産的意味からいうとないわけですね。しかし、それはどうしても行なわなければならない。しかし同時に、そういう産業構造なり何なりの新しい国際化に対応して変革が行なわれるというときに、摩擦的に一時就業戦線から脱落する——生産能力はあるし、労働能力はありながら、一時そういう就業から摩擦的に脱落する人たち、それを受けとめて、そうして新しい就業領域へ送り込む。そのためにまた新しい技術も必要でしょう。ですから、そういう生産能力を持った労働力をいわば受けとめて、そうして新しい部門へ送り込む間の期間、制度としての、つまり新しい意味において生産的な意味を持ったもの、それを社会保障制度と言っていいかどうか知りませんけれども、そういう新しい社会保障制度というものが必要であって、古い古典的な意味での社会保障制度と、新しい社会保障制度とを両々相まって非常に充実していかなければならない、こういうふうに思うわけでありまして、何でもかんでも全部過保護的にやると、これは国際競争に負ける心配もある。ですから、その点考慮しなければならぬと思います。ただ、これはうっかり言いますと、何か誤解を招くおそれがありますが、決して中小企業とか低生産部門、非効率的なものを簡単に切って捨てる、そういうような意味ではございませんので、その点は誤解を招かないようにお願いいたしたいと思います。 それから、どの程度の総需要といいますか、これは今後どの程度の経済成長率になっていくのが妥当かということですけれども、確かにいままでは名目で二〇%近く、実質で一〇何%ということになっておりまして、四十六年度はどうなるかわかりませんけれども、やがてある程度国の政策によって、財政金融政策によって、また先ほど申しましたようなところへいくのではないか。しかし、やや長期的に見ますと、新経済社会発展計画では実質で一〇・六%ですか、しかし、それは昭和五十年まで。しかし、あと五年後の六十年とか、今後十年とか相当長期をとりますと、やはり成長率が減速していくのではないか。先ほどおっしゃいましたように、五%とか六%あるいは七%、つまり六、七%、それくらいに、十年の後とかそこへいけば、だんだんなっていく。減速していくことは間違いがない。実質で一〇何%の時代というのは、そういつまでも、日本経済といえども続かないと思う。ですから、そういう必然的な傾向に応じた有効需要政策というものが必要であって、そういう傾向を無視して、従来のような一〇%をこえる実質成長率がいつまでも可能だということを前提にして財政金融政策を行なっていくと、ぐあいが悪いのではないかと思います。 それから、日本の企業というものは、非常に高い成長率になれてしまっているといいますか、一つは、先ほども申しましたように、他人資本、借り入れ資本に依存しているというようなこと、自主負担が大きいというようなこと、それだけではありませんが……。それで固定費用が大きいし、損益分岐点が非常に高くなっておりますので、ちょっとその成長率が落ちて、有効需要が減るということになると、やっていけなくなるという企業が非常に多いというわけです。つまり非常に高い成長率になれた、つまり人間でいうと、何か非常に高血圧に表れて、普通の人間だと百三、四十でいいのですが、いつも二百近い高血圧で——それはあぶないのです、脳溢血が。しかし、一応脳溢血になるまでは非常に天気がいいのです、そういう人は。それが、上のほうが百四十、百三十、それくらいになると、非常に何かふらふらしてくるということになるわけで、ほんとうはそれが健康なんですが、日本の企業が、そういうふうに損益分岐点が非常に高くて、そういう意味においては体質が弱いということです。ですから、これはどうせ長期的に見れば成長率は減速していくのですから、それに耐え得るような企業の体質の改善というものが必要だし、それにはやはり租税政策を中心とした財政金融政策というものが非常に必要じゃないか、こういうふうに思います。 それから、社会資本でありますけれども、社会資本形成のための公共事業費というのは、これは従来、ケインズ以来景気調整の一つの手段ということにされておったわけなんですね。ところが、社会資本というのは、これからは成長のネックになるわけです。非常に立ちおくれといいますか、民間生産設備能力とのアンバランスのために、経済成長にとってはネック、ボトルネックになる、これからは。いままでだって社会資本の不足といわれましたが、ネックになるほどじゃなかったというところに、公共事業費操作ということで景気調整ということがあったわけですけれども、これからはネックになるのですから、社会資本の充実ということは必要になりますし、そして社会資本の形成ということが、非常に生産的な意義を持つわけなんです。ですから、やはり新経済社会発展計画でもいっておりますように、政府の固定資本形成の伸び率を民間設備投資の伸び率より上回らしていくということが、正常な生産政策につながるのじゃないか、一つの財政政策のあり方として考えられるのじゃないかと思います。
○丸尾参考人 部分的に井手先生お答えになられましたけれども、日本の経済成長率が今後どうなっていくか。私の場合、現時点ではおそらく二%ぐらいが、物価の安定から見て最適ではなかろうかと言ったわけですけれども、非常に長期的に見れば、私も、経済成長率が若干減速するということは考えております。公害対策、環境政策に資源をより多く配分しなければならない。社会保障にもより多くの資源を配分しなければならない。労働時間は短縮する。労働力の伸び率は若干鈍る。そういった要因が重なりますし、技術革新の余地も、いままでのように外国から導入している分が、そういうものがなくなっていくというだけでも若干影響がありますし、長期的には鈍化していくと思います。しかし、昭和五十年度ぐらいまでは一一%ぐらい——政府の一〇・六%というのはかなりいい線をいっていると思いますけれども、そのくらいの経済成長率は十分に維持できると思っております。それ以後になりますと若干鈍化するというのが、私の考えでもあるし、かなり多くの経済学者の持っている考えであるわけです。 ですから、少なくともその五年間、ここに余裕があるわけです。その間にいろいろな物価政策もとっていって、そして、そのくらいになって成長率が鈍化し、賃金の上昇率はむしろ加速化するというようなことが生じてさましたら、その段階では、いよいよ諸所得の抑制をやらなければならない。その前の段階でも、諸所得のうちの資本利得とか若干の財産所得に対して、規制は十分やっていいわけですけれども、ある段階まで来れば、賃金を含めた諸所得の抑制をやらなければならない。いわゆる所得政策をやらなければならないという時期が来るのではなかろうかと考えるわけです。その段階になってそういうことがやれるようにするためには、分配の公正あるいは福祉の政策というものを、それ以前にだんだんと整えていく。そして、経済政策に労働側が参加するという体制をも整えておく。そういう意味で、分配政策あるいは産業民主主義というものを現段階から進めておくことが、将来いざという場合の物価政策に国民の合意を得る上で必要であろうと思っております。 しかし、現段階では、幸い日本の場合には、まだ所得政策以前にやるべき政策がたくさん残されているわけです。自由化にしましても、労働力の転換政策にしましても、労働力の転換政策と結びついた低生産性部門の近代化等々、非常にたくさんの政策が残っておりますから、それをまずやっていくということが必要です。だんだんとそういうものをやっていって、たとえばいまのスウェーデンのような段階になったとしますと、ああいう国では、すでに低生産性部門というのは解消している。貿易自由化も徹底的にやって、自由化制限品目は二品目しかない。分配の面でも、過大な財産取得の抑制というようなことをやっている。土地問題は、非常に公的な土地所有が多くて、土地問題が物価問題として、あるいは分配上の問題として大きな問題になっていない。そういうようで段階になって、なお物価が賃金上昇によって上がってくる、そういうときになりましたら、もはや所得政策というものを考えざるを得ないわけなす。日本のような段階では、まずその前にやることがある。その段階になって、しかも経済成長率が鈍化してくるという場合には所得政策を考えるべきである。分配の平等化、福祉政策、それから産業民主主義と結びついた形での所得政策を行なわなければならない段階が来るであろう、そういう考えであります。
○武部委員長代理 渡部通子君。
○渡部(通)委員 きょうは、先生方に貴重な御教示をいただきまして、たいへんにありがとうございました。時間もたいへん少ない中でございますので、私、簡単に三点ほどお尋ねをしたいと思います。 最初に、井手先生でございますが、通貨の増発が物価上昇の原因であるというようなお説、よくわかりました。しかし、最近の新聞報道などによりますと、日銀は、買い切りオペの対象となる債券に社債類までも含めよう、こういうような報道がたまたま出ておりますが、この方式をとってまいりますと、やはりインフレの増進ということになるのではないか、この点に対する先生の御見解ですね。 それから、これは先ほどのお話の中にあって、私が聞き漏らしたかもしれませんが、現在の国債発行というものは、市中銀行を中心とするシンジケート団によって引き受けられているという、これを政府は市中消化だと言っているわけでございますけれども、これは実質的には一年据え置きの日銀引き受けの国債発行、こういうことになるのではないかと思います。この方式は、やはりインフレ抑制のためには改めるべきではなかろうか、この点に対する御見解を承りたいと思います。 それから、丸尾先生にでございますが、いまの経済成長率一一%説のことでございまして、物価にとって最適の成長率にするために、=%成長ぐらいに安定させることが必要だというお話でございました。物価にとって最適の成長率が一一%だとおっしゃる根拠ですね、それから、その安定をした場合の消費者物価の上昇、それは大体どの辺に見込んでおられるのか、その点を伺いたいと思います。 最後にもう一点でございますが、これはどの先生でもけっこうなんでございますが、四十六年度の物価対策予算についての御見解を承りたいと思うわけなんです。これは資料を別に差し上げているわけでもありませんので、御意見がおありでしたらぜひ教えていただきたいのですが、政府案では九千八百億円を計上した、こういうことになっております。しかしながら、これはやはりいろいろな多目的の政策目標に対する予算が全部合算されたものでございまして、私どもにとっては、とても物価対策予算などとは、ちょっと直接的には呼べないのではないかという感じを持っております。したがって、この政府の主張する今年度の物価対策予算というものについてどういう御意見をお持ちであるか、これを承りたいと思います。 以上、三点です。
○井手参考人 通貨膨張の方法としましては、日銀の対市中金融機関とそれから対政府との関係がございます。対政府との関係は、二番目の御質問と関連するわけでございますが、対市中金融機関につきましては、日銀の貸し出し、それから通貨増発は買いオペということでございまして、貸し出しは別としまして、オペの対象としての有価証券を、国債を中心にしてだんだんと拡大していくということは、確かに、インフレと通貨増発という点からいえば危険なことであって、オペの対象についてどういう有価証券を適格とするか、どの範囲までにするかということは、これは金融政策上非常に重要な問題ではなかろうかと思います。 それから、二番目の国債発行、これは現在、御承知のとおり財政法第五条で、日銀引き受けで発行してはならないという規定がございますので、もちろん形式的には、先ほどおっしゃいましたように、シンジケートに引き受けさせる、あるグループの金融機関が引き受けるということが基本になっております。形はそうなっております。ただ、前にも申しましたように、設備投資等々で資金需要が多い場合には、市中金融機関が国債を引き受けた分だけ資金が不足しますので、その全額とまではいかなくても、相当の割合日銀の貸し出しに依存する、こういうことになるわけでございますね。市中金融機関がこの国債を政府から受け取る、引き受ける、そして今度、その国債がちょうど担保になって貸し出しを受けるということになりますので、そういう意味においては、直接日銀引き受けの国債発行方式と、結果的には、全部じゃなくてもそれに近い形になる場合が、時と場合によって非常にあるのであって、現在そういう可能性もある。ただ、その程度いかんによりまして、これが健全な成長通貨の供給の範囲であればいいですけれども、それを越えますというと非常に危険であるし、その可能性は非常にある、こういうふうに思います。こういうことでしょうか。
○武部委員長代理 物価予算はどなたでしょうか。
○渡部(通)委員 その前に丸尾先生……。
○丸尾参考人 実質二%ぐらいを安定的に維持することが物価安定のためによいのではなかろうかと、私申し上げましたけれども、一一%というのは確かに一つのめどでありまして、むしろ強調点は、同じくらいの成長率を安定的に維持するということが、変動しながら平均してたとえば一一%になるよりははるかにいいという、そこが一つの強調点でありまして、一一%は一つのめどなんでありますが、そのめどを立てた理由は、同時点で物価上昇率と経済成長率の関係を見ますと、グラフにもありましたように、成長率が高いほどむしろ物価上昇率は低くなる傾向がある。そうすれば、高いほうがいいのじゃないかと一見思うわけですけれども、時間の差を一年ぐらいとってみますと、やはり高過ぎるときは、そのときになって影響が出てくるわけです。結局、こういうふうなU字型のカーブが描かれるわけですね。U字型の底になっているところが大体一一%、そういうことからめどを置いたわけです。ただ、この時点で、一九六〇年代についての一つのめどであって、いつまでもそうであるという保証はないわけです。 それから、その一一%ぐらいの成長のとき、物価がどれぐらいにおさまっているかと申しますと、六〇年代には四%弱、三・八%かそこらでおさまっていたわけです。これは、六〇年代の経済成長率が実質一一%ですから、大体実質経済成長率の三分の一というところで、下村治氏がよく言われますような、実質経済の成長率の三分の一というところになっておるわけです。この実質成長率の三分の一ぐらいの物価はやむを得ない。これ自体も、明確な根拠は必ずしもないわけですが、このぐらいですと、卸売り物価が大体安定するとか、あるいは預金の利子率よりも低いとか、成長が加速しないとか、物価が反復的に上昇しないとか、若干の根拠から、実質経済成長の三分の一ぐらいの物価上昇までは、経済成長と完全雇用のための代価であるというふうに私は考えています。 経済学者がそういうことを言うと、一般の人は、けしからぬというようなことを言うらしいですけれども、しかし、それを達成していないわけですから、それだけやってくだされば、たとえばいまの段階で言ったら、経済成長率は一〇%に落ちてしまいましたから、三・三%くらいですね。それまでぐらいに物価がおさまっていれば言うことはないわけでして、われわれの言っておることは非常に控え目なことなんです。物価を全然安定してしまうということを要求しておるわけではなく、大体それくらいにしようということです。 ただ、七〇年代になってきますと、賃金その他の諸所得の上昇が全般的に加速化する傾向がありますから、何かほかの手をとらないと、単に成長率を一〇%なり一一%ぐらいに維持していても、物価をそれの三分の一ぐらいのところに押えられるかどうか、非常に心もとなくなってくるわけです。おそらく、何もしないでいれば、それ以上に上がると思います。ですから、先ほど言いましたような諸政策をだんだん併用していく。最後には所得政策まで考えなければならない段階に達するだろうというような見通しを持っております。
○渡部(通)委員 物価予算、もし御意見をお持ちの方おいででしたら……。
○丸尾参考人 それでは、ほかの方のほうがおそらく適当でしょうけれども、私、立ったついでですから……。 物価予算は、単に多ければいいということではないのです。ものによっては、政府が介入したために、かえってその物価が上がっておるというのが、近代経済学者がよく皮肉に言うことです。ですから、単に予算が多ければいいということではないのですが、効果がある政策については、もちろんたくさん出していくべきであると思います。いまの段階でまだはっきりとした効果の見通しがないということも、予算の伸びが低い理由でしょうけれども、それと同時に、単に物価を〇・数%、多くても一%かそこら押えるために一兆円に近いような金を使うのは、効率的ではないという見方もあるのかもしれませんが、そういうことから考えると、私は、物価対策の予算というのは、その他の点でもペイするような、そういう点ではものすごく思い切って使っていいように思うわけです。たとえば、先ほどもほかの先生からも御意見があった労働力の転換性、低生産性部門を近代化するためには、要するにそこの部門の労働力を近代化部門に回していかなければならない。日本には、まだ農業部門に一七%ぐらいの労働力がいますけれども、これが五十年以降には一〇%ぐらいになって、さらにはもっと低下する可能性もあるわけです。そのほか流通部門その他に、ものすごく余剰労働力があるわけです。それをだんだんと近代的な部門に転換していくということが、低生産性部門の生産性の上昇率を高め、そして、その部門での所得と生産性の上昇率の差を小さくして、物価を安定さしていく政策であるわけです。スウェーデンなどでやっておる労働市場政策あるいは積極的な雇用政策といわれるものがそれですけれども、そういうようなことがむしろ、単に物価政策という名目でなされる予算よりも、重要ではなかろうかと思うわけです。 そういうものをやりますと、たとえば転換すると同時に、それからもう一つは、余剰労働力の労働力化に役立つわけです。たとえば日本では労働力が足りなくなって、それが一つの課題になっておりますから、非常に賃上げ率が多くなっていく一つの理由ですけれども、しかし、中高年層は非常に余っております。そして身体障害者の雇用はきわめて困難である。家庭の主婦では、働きたいけれども、十分な職場が得られないとか、いろいろあるわけです。そういう潜在労働力を労働力化するにも、いま言ったような転換政策が必要なわけです。そういうところには膨大な予算を使っていく。それは、それ自体がペイする政策である。だから、使うのに惜しげがないわけです。単に物価だけを安定させるということでしたら、確かに、それに膨大な資金を使うというのはばかげているということもありますが、そういうほかの点でも役立つ。たとえば、いま言ったような中高年者とか身体障害者に職を与えれば、その人たちは、それ自体がもう非常にペイされるわけです。それ自体がペイする政策であるわけですから、それが物価安定に非常に役立つというようなことであれば、そういうことには、これから政府は思い切って膨大な予算を出していただきたいというような感じを持っております。
○渡部(通)委員 どうもありがとうございました。
○武部委員長代理 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々には、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。本委員会の今後の調査にきわめて参考になりました。ここに委員会を代表して、委員長より厚くお礼を申し上げます。 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後二時三十一分散会