内閣委員会 第6号
- 発言数
- 212 件
- 登壇者
- 16 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1971/03/10
会議録
○天野委員長 これより会議を開きます。 在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。鬼木勝利君。
○鬼木委員 きょうは外務大臣が十二時過ぎから何か御用がおありだそうですから、なるべくその時間内において御相談ができるように申し上げたいと思っております。久々に外務大臣にお目にかかりましたので、ひとつきょうはいろいろお尋ねしたいと思います。 領土問題でちょっとお尋ねをしたいと思うのですが、竹島問題でございます。最近やや国民から忘れかけられておるような感がないでもないのですが、竹島の領土権について、韓国との交渉その他の経緯について、今日、現状はどういうふうになっておるのか、大臣にその点をお伺いして、また順を追ってお尋ねしたいと思います。
○愛知国務大臣 竹島につきましては、政府としては常に大きな関心を抱いておるわけでございますが、御案内のように昭和四十年の六月に日韓国交正常化の際に取りかわされました交換公文によりまして、外交上の経路を通じて解決するようにつとめるという趣旨の合意ができているわけでございますが、この外交上の経路を通じて解決するということについての結論が、遺憾ながらまだ出ておりません。そうして韓国側としては、御承知のように、事実上占拠と申しますか、そういう状態が続いておる。わがほうといたしましては、随時韓国側の態度に対して反省を求め、また外交上の経路による話し合いによって解決をするように申し入れをいたしておるわけでございます。同時に、この関心を表明する意味も含めまして、少なくとも毎年一回は海上保安庁にお願いをいたしまして、海上保安庁が竹島周辺の海上巡視を実施いたしておるわけでございます。これはその巡視ということによりまして竹島の状況を海上から捕捉するとともに、形の上におきましても、竹島の領有権についてわがほうが強い要請を持っているということを示すという態度を表明しておる次第でございます。
○鬼木委員 いまの大臣の御説明で随時外交交渉をやっておる、なおまたこれに対しては交換公文もあるんだから、外交交渉によってこれを解決したい……、それはすでにわかっておることで、ことに当時の椎名外務大臣と李東元の両者の間にかわされた交換公文というものは、これはもう国民周知のことで、私どもも十分承知をいたしております。ところが、この交換公文というものは、厳然として今日まで残っておる、私はかように理解いたしますけれども、それに対して具体的に、随時そういう交渉をやっておるとおっしゃっておるが、どういうことにおいて交渉の経過が暗礁に乗り上げておるとか、あるいはこういうことでまだ解決ができないとか、ただ随時交渉をやっておるとおっしゃる抽象的なおことばをいただいたのではわれわれは納得できない。どういう時点においてどういったことになった、なお先方に対して反省を求めておるけれどもこういう点において聞き入れられないとか、もっと具体的に——何しろ交換公文書が取りかわされてからもうすでに十年も経過しておることですから、まだ半年や一年で努力しておるけれども結果が実らないというのならばわかりますけれども、十年間もこれをほったらかしてある、いまの大臣の御説明でほったらかしてはおらぬとおっしゃっておるけれども、これは常識からいけば、これはそういうことはありませんけれども、世間一般から見れば十年間もすれば時効にかかるのです。そういうことでわれわれは努力しておる、努力しておるとおっしゃっておるけれども、現実において国民の納得するような、われわれが承知のできるような回答が何もない。これでは、竹島は日本のものだ、韓国はこんなむちゃを言っているんだ、ただそれだけのことを言っても、国民は承知しないのですね。ことにわれわれの九州にとっては、竹島は大事な、われわれに関係が深いのでありますから、そういう点において、もう少し大臣の親切な答弁がほしい。国民が納得するような、十年間も努力をされたけれどもなるほどそれはむずかしい、大臣もほんとうにお骨折りであった、こういう回答がほしいですね。あなたのおっしゃるようなことだったら、これは大臣でなくたって、だれだって答弁はできます。その点もう一回外務大臣にお尋ねしたいと思います。
○愛知国務大臣 四十年当時の経緯についてはもうよく御承知のとおりでございますが、要するにあれだけの日韓間の非常な折衝、交渉にもかかわらず、この竹島の問題は片づかなかった。そこで交換公文で外交上の経路を通して、要するに話し合いをしよう、それによって解決をしようということで合意された。もしそれができなかった場合には、調停による解決をはかるという道も念のために残しておったわけでございます。お話しのようにそれからずいぶん長い時間がたっておりますけれども、一番最近の状況を申しますと、先ほど申しましたように、昨年の九月に海上保安庁の巡視艇による海上からの巡視を行ないました。それで見ますと、やはり竹島に対しましては、たとえば灯台であるとか無線アンテナであるとか、あるいは見張り所とかいうものが依然として置かれておるというような状況が、視察の結果あらわれておりますので、その結果に基づきまして、十一月の十三日でございましたかに、韓国の竹島を不法占拠しているというこの事実に対して、即時撤退を求める口上書を発出いたしまして、交換公文に基づくところの外交経路による話し合いを要請いたしておるわけであります。韓国側はこれに対しまして、依然として韓国領であるということを主張して従来からの態度を変えていない、こういうふうな状況でございます。 それから随時抗議をし要請をしているということを、先ほど抽象的に申し上げましたが、私といたしましても、機会あるごとに、日韓間のいろいろの問題の折衝の際にもこの点に強く触れて要請を続けておるわけであります。御案内のように、日韓間におきましては、その他にも随時いろいろの問題がございますが、それらの交渉案件の折衝に際しても、あるいはまた、たとえば日韓合同閣僚会議あるいは外相会談というようなときにも、必ず本件については日本側としての強い態度を表明しておるわけでございますが、現在のところ韓国側の態度が改まらないということについては、一方においてわれわれとしても残念に思います。また一方におきましては、何とかこの壁を突き破って話し合いを正常の線に乗せることにぜひ最善の努力を続けていきたい、かように考えておる次第でございます。
○鬼木委員 ごく最近の事例で、昨年の九月に海上保安庁のほうでこれをよく調査したところが、見張り所を置いたりあるいは灯台なんか置いておる。まさにこれは不法占拠である。そこで抗議を申し込んだけれども、依然として韓国は態度を改めない。われわれもこれに対しては非常に苦慮しておる。こういうお話でございますが、昨年の九月でなくてももう十年もたっておることで、当然海上保安庁なんかもそういうことは知り過ぎておるはずであります。昨年の九月に見張り所が見つかったあるいは灯台が見つかったので抗議をしたというようなことは、ほんとうに児戯にひとしいあなたのお話で、そうでなくして、外務省として、また外務大臣として、今日の竹島の実態がどのようになっておるか、あるいは韓国の警備施設、警備状態もはっきりしておると思いますが、そういうことに対して、いまごろ海上保安庁が調べるということじゃなくして、竹島一帯を韓国が不法占拠している実態はどのようになっておるか、竹島そのものに対して警備状況はどういうふうになっておるのか、外務大臣はよく御承知であろうと思いますから、その点もここではっきり御答弁願いたいと思うのです。
○愛知国務大臣 いまに始まったことではないというお話で、これはまことにごもっともでございます。昭和二十八年当時から、灯台とか見張り所とかアンテナがあったようでございますが、昨年の九月の海上巡視の結果もそのことが現認されたわけでございます。そして新たなる施設がその後追加されたことはないように見受けられるわけでございますけれども、五名の警備員がどうも常駐しているらしい。それから陸揚げされておる小舟が一隻確認されておるという状態でございまして、いま申しましたように、最近において新たな施設や新たなる人員の増加は見受けられないのでありますけれども、依然として前からの状態が、日本側からいえば改善されているとは見受けられない。この点がわれわれとしては不法なる占拠であるし、のみならず韓国政府としては竹島を自国の領土として保持しようとする態度が依然変わっていない。この事実に対して、政府として厳重な抗議をあらためて発出をいたしたわけでございまして、先ほど申し上げましたようにあらゆる機会をとらえて談判をしておりますけれども、少なくとも年に一回海上から巡視をして、その現認した事実に基づいて正式の抗議をするというようなことは、政府の態度として当然とるべきことでもあるし、またこういう具体的事実の認識の上に立って折衝を継続するということは、ぜひやらなければならない政府の責務である、かように考えている次第でございます。
○鬼木委員 これは何回同じことを申し上げても話は進まないと思いますが、大体この竹島がわが国の行政区域から除かれたということ、これは当時のアメリカ占領軍当局の問題でしょうが、その点私は非常に理解に苦しむのです。政府はアメリカ当局に、当時日本の行政区域からどうしてこれを除いたかというような点を、反問しあるいはただされたことがございますですか。
○愛知国務大臣 率直に申しまして、その当時アメリカとの間にどういう折衝が行なわれたか、こまかいことは私も存じませんけれども、そもそもの起こりは、昭和二十七年一月十八日、いわゆる李ラインの宣言というものが韓国政府から行なわれて、そのときにあたかも竹島に対する領土権を前提とするもののように見受けられた。そして李ラインとして竹島をその内側に含めたということで、政府としては昭和二十七年一月二十八日正式に竹島に対する韓国の領土権は断じて認められない旨の厳重な申し入れを行なったわけでございます。これがそもそもの事の発端でございます。 自来、日本政府といたしましてはこの態度をもって日韓国交正常化のときにも強くこれを主張し続けたわけでありますが、御承知のようにこの点の解決が最終的にできなかった。まことに残念でございましたが、そこで、いわば引き続き外交ルートによって解決をはかろうということにようやく合意がまとめられた。しかし、それで解決がつかなかった場合には、調停という道も残すということに相なって今日に至っておる。こういう状況でありますことは御承知のとおりと存じます。
○鬼木委員 これは、李ラインと領土権の問題は、おのずから違うものだと私は思うのですが、李ラインの設定の場合に領土権の変更、領土権まで李ラインにくっつけるということに対するお話であれば、私はもっとこれは問題だと思うのですが、そういうこともあったかもしれぬと思いますけれども、これは当然やはり日本は当時アメリカに占領されたのですから、行政区域という問題についてはその場合にはっきりしておったと思うのですが、その場合の占領下に置かれた当時の日本に竹島が入っておったとするならば、これは日本の領土だということになる。それが根本じゃないですか。じゃ、アメリカが占領した場合には、竹島もアメリカが占領しておったというように解釈していいわけですか。その点は少し私は納得がいかない。その点をもう一度。
○須之部政府委員 御質問の点でございますが、米国の当時の占領軍としてのいろいろな管轄権と申しますか、それを指示した指令第一号、これは領土権には関係ないということが書いてあるわけでございまして、したがって当時便宜上そういうことになったといたしましても、竹島に対する日本の領土権という問題には何ら関係ないというふうにわれわれは了解しておるわけでございます。それで、そのような日本側の立場というのは、その後随時米側のほうにも通報してあるわけであります。米側としてもその点は十分承知しておると考えております。
○鬼木委員 だから私言っているのですよ。李ラインと領土権に関係があるわけないでしょう。そんなことは関係があるわけがない。でございましたら、アメリカが日本を占領して、日本は占領下に置かれた、占領政策を行なったという場合に、その時点にさかのぼって竹島は韓国のものであって、アメリカの占領下には竹島は省いてあったかということです。非常にそこに矛盾した話が出るんじゃないですか。だったら、李ラインでなくたって、何かほかのものを設けて、これはおれのほうだといって取ってしまったら、どこでもそういうことは可能だということになるのですよ。だったら、日本が占領されておった時代には、竹島は日本のものに入っていなかった、アメリカの占領下にはなかった、こういう既定事実があったのですか。その点をひとつはっきりしてください。これは重大なポイントですよ。かぎですよ。いまの御答弁からすれば、李ラインを引くために、これはおれのほうだといって取った。そんな簡単なことだったら、これは私は大問題だと思う。
○愛知国務大臣 まず問題を二つに分けてお考えいただきたいと思いますが、一つは、私は、アメリカの占領のときの指令第一号と領土権の問題とは関係がない。それから第二には、さっき申し上げましたのは、今度は日本と韓国との間においては、昭和二十七年の一月にいわゆる李ラインというものを宣言したときに、その李ラインの内側に竹島を含んでいる宣言をした。そして、あたかも領土権が韓国にあるかのような李ラインの宣言をした、これはけしからぬことであるということから、そもそも日韓間の日本としての態度というものが明確にされたということを申し上げたのでありまして、私は経過、沿革を申し上げたわけでございまして、李ラインがどうだからといってどうこうという法律的な関係などを含めて申し上げたわけではございません。沿革的に経過的に、直接に李ラインなるものが法律上、条約的に主権に触れていないかもしれませんけれども、その李ラインの中に竹島を内側に置いた宣言などをするということは、これは領土権ということを意味するものであるかのような宣言でございますから、その点に着目をして、直ちに李ラインの宣言がありましてから政府として同年の一月二十八日に正式に厳重な抗議をして、そして韓国の領土権は認められないですよ、これは日本の領土権があるところですよ、ということを厳重に抗議を申し入れて、日本としての態度を明らかにした。そもそもがそのときからこの問題についての発端が起こったのでございますということを先ほど申し上げたわけでございます。
○鬼木委員 それで当時のいきさつを単に話したのだと、それは了解いたします。 そこで領土権と李ラインは関係ないのだということは、この際はっきりしたいと思うのですね。
○愛知国務大臣 そのとおりです。
○鬼木委員 そこで、大臣のいまおっしゃったように、私が先ほどから申し上げておるように、これは李ラインと領土権を一緒にすることはとんでもない間違いだ。それは大臣も認められた。そこで私は、さかのぼってお尋ねしたいのは、不法に韓国が竹島をおれのものだなんということをいって、向こうの言いなりにこちらが承知をするということはあり得ないじゃないか。かつてアメリカが日本を占領した場合には、竹島はアメリカの占領下に入っておったんじゃないか。そうなりますと、韓国のものをアメリカが占領して占領下に置いておった、韓国の領土をアメリカが占領しておったということになる。これは重大な問題であるが、その点をアメリカにただし、アメリカにそういう点をよくあなた方は相談をされてお話し合いをなさったか。その点を私は先ほどからお尋ねしておるのですがね、詳しく申し上げぬでも大臣はよくおわかりだと思ったから。その当時お話をなさって、アメリカが、韓国の領土をあやまってわれわれが占領して、占領政策下に置いておったというような、そこまでは言わなかったかもしれないが、それはやむを得ぬだろうというアメリカのお話であったか。何もアメリカにお話をなさらなかったか。——それは当然そうでしょう。アメリカが占領して、アメリカの占領政策下にあった。ところが、あとからそれは韓国のものだといって取り上げられる。それでは私は話の筋が通らないと思う。これは根本問題だと思う。そういう点をよく検討されたかどうかということをお尋ねしている。大臣はその当時外務大臣はなさっておられなかったから詳しい事情はわからないとしても、いやしくも外務大臣としていまいらっしゃる以上は、当然そういう点を検討しておられる必要があると思う。その点を、くどいようですけれども、これは重大なかぎだ。これは常識で考えて、そんなばかな話があるわけないでしょう。どうですか、大臣。私のお尋ねしておることはおわかりだと思いますが。
○愛知国務大臣 鬼木委員のおっしゃることは非常によく理解できますし、ごもっともだと思っております。そこで、これも御承知だと思いますが、アメリカ側に対してはもちろん日本の見解は、先ほど局長から申しましたように、よく承知されております。その点に誤解はございません。 同時に、この沿革を申しますと、先ほども私申しましたけれども、さかのぼってカイロ宣言から対日平和条約に至る一連の措置がございますね。その中には、たとえば一九四六年の総司令部覚え書きであるとか、それに関連するいろいろの文書等がございますが、これの中では、いずれも日本国領土帰属の最終決定にこれは関するものではないという注釈がこれらのものについておりますから、それらについてこまかく論議をすればまたいろいろの論議も起こるかもしれませんが、同時に大切なことは、竹島が日本の領域から除外されたものではないということがまたきわめて明瞭であるということが、これらの一連の文書、カイロ宣言から対日平和条約が締結され、これが発効されるまでの間に当時の総司令部から出された覚え書きとか指令とかいうことの上においてはそのことが明らかになっているということも、またきわめて大切なことであろう。つまり、竹島が日本の領域から除外されたものではないということが明らかになっているということが大切なことであると思います。
○鬼木委員 だから、私は当然そうだという前提のもとにお尋ねしているのです。いま大臣のおっしゃるように、対日覚え書きにも、竹島は日本の領土より除外されるべきものではないと明記しておる。だからこそアメリカも日本領土として占領下に置いたわけです。そこでそういうことになっておるならば、先ほど大臣もおっしゃっておりましたが、交換公文は厳然としてあるけれども、どうしてもこれがうまくいかない。何としても平行線をたどって、これは日本だ、いや韓国だ、いつまでたっても平行線で、十年間も平行線を続けておる。その間幾多の努力はしたけれども、効果がない。こういうことになりますると、交換公文は今日十年もたっておりますけれども、私は残っている唯一な非常な重大公文書になるのだと思うのですよ。そこで、韓国も当然この交換公文には拘束されると思うのですよ。ところが、この交換公文書によってやってもうまくいかない、そうすれば調停に付することができる、これははっきりこの交換公文書にも載っております。「これにより解決することができなかった場合は、両国政府が合意する手続に従い、調停によって解決を図るものとする。」という文書が李東元外務部長官と椎名悦三郎外務大臣との間に取りかわされておる。これが世にいう交換公文書であります。なお、国連憲章の第六章にもそれがはっきり載っておるようでございます。国連憲章の第六章ですか、「紛争の平和的解決」ということが載っておるようでございます。「いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞れのあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他」云々、平和的に解決することができる、こういうようなことが国連憲章にも載っておるようでございますし、交換公文書にも「調停」ということが載っておりますが、十年もたっておるのですが、この交換公文書のとおりに、国連総会にこの問題を付託するとか、あるいは国際司法裁判所に提訴するとか、そういう義務が韓国にもある、こういう拘束が韓国にもある、交換公文書を見ると拘束されるものである、私はこのように理解するものですが、こういう点はまだお考えになっておらないのですか。それで、努力しておる、やっておる、やっておる。十年二十年と永久に続いても、これはやっておる、やっておる、やっておる、向こうが反省しない、こちらは努力しているというのですね。日本領土から竹島は除外するものでないと思っているから、われわれはこれは日本のものだと思っておる。ただそういうことのみで、何ら進歩もなく、現状のまま、平行線のままで——交換公文書には調停に持ち込んで平和的に解決することができる、あるいは国連憲章にも載っておる。しかし、そういうことは十年たとうが二十年たとうが三十年たとうが、やらない。そして努力している、努力している、努力している……、こういうことでいかれるお考えであるのか。一日も早く、すみやかに竹島を解決しようという何らかの手段、方法をとられるのか。その点を、これは責任者である外務大臣の明確なお答えを願いたいと思います。国民全部聞いているのですから、あいまいなことではこれは承知できません。どうぞお願いします。
○愛知国務大臣 まず第一に、先ほど申し上げましたように、カイロ宣言以来、当時の占領国側から対日覚え書きその他が出ております。これは、先ほども申し上げましたように、最終的な領土の帰属について規定したものではないということが書いてあるわけでございまして、したがって、竹島が日本の領土から除外されたものでないことは明らかなのでございます。しかし、これは先ほどもお断わりいたしましたように、そういうことでありますから、また韓国のほうは韓国のほうでいろいろと理屈をそういうところにつけて、これは昭和四十年以来過去六年の間におきまして、しばしば国会で政府の立場も御説明いたしておりますが、韓国は一体どういうことを主張しているのか、私どもはこれは全然取り上げられない議論であると確信しておりますけれども、韓国の言っていることもこうこうであるということはかねがね明らかにいたしておるところでございます。そこで、どうするのか、国民がみんな聞いている、しっかりしろ。まことにごもっともで、私も大いにしっかりしてやらなければならぬと思いますけれども、ただいまの決心としましては、日韓間は先ほど申しましたように、いろいろの問題もペンディングにございますけれども、基本的にきわめて友好的な親善関係にある。したがいまして、いま一歩この交換公文の前段であるところの「外交上の経路を通じて解決する」ところにいま一段も二段も努力を集中したい、かように考えております。そしてどうしてもそれがいかぬ場合には調停等の手続に出ることを考えなければなりませんけれども、この交換公文にもございますように、昭和四十年当時にも、これはずいぶん苦心の策であると私理解しておりますが、「両国政府が合意する手続に従い、調停によって解決を図るものとする。」でございますから、両国政府が合意する手続ということを妥結するにも——かりに外交上の経路での解決ができないような場合には、その次の段階の合意する手続ということに合意するにもたいへんむずかしいことが予想されますから、私としては現在の決心では、この前段のところに最大の焦点を置いてまいりたい。それから、先ほど申しましたように、実に手ぬるいというおしかりは受けるかもしれませんけれども、海上からの巡視によって随時状況を確認しておるわけですけれども、この確認によって、先ほど御説明したような状況でありますが、これがそれ以上に少なくとも拡大されてないということなどは、やはりこの日本側の立場というものが先方に対しての反省のよすがにもなっているのではなかろうかと考えている次第でございます。
○鬼木委員 いまあなたのおっしゃったおことばの中でちょっと私は耳ざわりな点がある。いま韓国とわがほうは、非常に密接に親密の度を加えておる、国際上あるいは国交上互いに親密の度を加えておる、これは当然のことであると思いますが、国と国とがおよそ国際間において親密の度を加えていくということは、先方の言いなりになってこちらがいつも引き下がっていく、いつも譲歩するいつも言いなりになっていくということが親善の度を増すことじゃないと思うんですね。私はそういう外交はあり得ないと思う。是は是、非は非、右は右、左は左とはっきり本質的に明確な線を出した上に立っての互いにいわゆる平等の立場に立って親善の度を加えていくということが私は望ましいことであって、いつも一歩引き下がっていくということは、私は親善とはいえないと思うんですね。その点を一つ私は申し上げておく。 それからいまのお話を承っておりますと、この交換公文書は非常に両国苦心の策でよくできておる。ところが交換公文書がよくできておっても、現実的によくならなければこれは空文にひとしいですね。これははっきり申し上げておく。 そこで、いま外務大臣のおっしゃるのは、ここにこういうことを書いてある。「外交上の経路を通じて解決する」と、こう書いてある。ところが外交上の経路を通じて解決するということは、すでに十年以上たっている、それを私は申し上げておるのです。これはなるべく平和的に平和的にと、だから外交上の折衝によって、樽俎折衝によって、その経路を通じて解決する、これが一番望ましい理想的なことでありますけれども、交換公文書が取りかわされてすでに十年以上、十四年も十五年もたっている。それだけの年をけみしておりながら、そうしていまおっしゃることは、これは日本の領土から除外されていない、決してわれわれはこれを放棄したんじゃない、われわれのものだ。しかしそういうことは、じゃ卑近なお話を申し上げるが、外務大臣御承知になりますか。あなたの大事な品物をBという人が取って、いやこれは愛知のものだ、これは愛知のものだ、所有権は愛知にある。実際はその品物はBが十年も十五年も持って使っておる。それであなた御承知できますですか。私はそういうことは限度があると思うのですよ。大臣のおっしゃることは、よくわかりますよ。しかもこれはあなたお一人の責任じゃないのですから、十五年間あなたが全部外務大臣なさっておったのではないから。だから、私はあなた一人を責めようとは思わないけれども、すでに十四年も十五年も経過して、いつまでたったって外交上の経路においてこれを平和的に解決する……。これはおまえのものに間違いない、そうだ、おまえのものだ、だけれども実際は自分の手にはない。そういうことが十年も十五年も二十年も、許されるべきことであるか。率直な外務大臣の御見解をはっきりひとつお話ししてくださいよ。いままでのこと、こういう交換公文書の説明だとか、いままでの経路とか、事情はわかってお尋ねしているのですから。ですから、最後にはっきり、方法があるんだ、交換公文書にも書いてあるし、もともとこの問題の根源はやはりアメリカの占領行政にも関係あるんだから、あるいは国連総会に問題を提起するとか、あるいはアメリカに調停を頼むとか、何かそういうふうな腹案があるのか、おやりになる気持ちがあるのか、ひとつ勇気をふるって、ここでそうあなたがお一人で頭をかかえられることはないんだから、あなたは外務大臣として責任者である以上は、あなたの答弁は当然のことであります。大臣、いかがですか。
○愛知国務大臣 そもそもこの問題が起こりましたのは、先ほど申しましたように、昭和二十七年でございます。そして昭和二十七年から、昭和四十年に韓国との間に国交正常化の条約ができたわけですから、その間にもう十三年たっているわけです。そうして四十年に至りまして、先ほど、この品物は愛知のものだ愛知のものだと愛知が言っているだけで何の進歩か。おっしゃるとおりですが、鬼木さんのものだ鬼木さんのものだとおっしゃっているものと愛知のものだとおっしゃっているものが、外交上の経路を通じて解決するということに——二十七年から四十年までかかりまして、とにかく外交上の経路を通じて解決しようということには合意ができたのです。そして四十年からここに正確にいって五年あまり、四十年の十二月十八日にこの条約が、交換公文が効力を発生したわけでございますから、五年三カ月でございますね、そうして私どもとしては、先ほど来るる申し上げておりますような手段をとって、この外交上の経路を通しての解決に向かって努力をいたしておるわけです。そしてなるほど調停ということも合意はされているけれども、これには双方の合意する手続に従ってやらなければならないというような条件がここに入っている。私といたしましては、やはり現在のこの筋で、そしてとにかく話し合い解決をしましょうというところまでは来ているわけですから、この四十年十二月の交換公文の外交上の経路による解決ということに今後とも全力を注いでまいりたいと思います。
○鬼木委員 大臣、たいへん鬼木はくどい男だとお思いになるかもしれませんけれども、そもそも外交上の折衝で解決をしたいということは理想的で、これは一番いいと思うのですが、しかし、もうすでに長い間時間を経過しておるのですから、どうしてもこれがうまくいかないということになれば、近い将来において、この交換公文上にもあるように、調停に持っていくというような——その調停に持っていくということも合意の上となっています。だから、その合意の点に話を持っていくように、あらゆる点で調停に持っていこうということを合意させればいいのですから、そういう努力をし、そしてまたそういうことも将来はあり得るということをあなたがおっしゃっていただけば私はそれでいい。その点をお聞きしているのです。
○愛知国務大臣 よく理解できる次第でございます。私は、現在のところの重点の置き方を強調いたしたのでありまして、調停というようなことを否定しているわけではもちろんございません。これは明らかに合意されているわけでありますから、そういう点もあわせて最善と思われる手段で努力を傾倒していきたい、こういうふうに考えます。
○鬼木委員 これは、しかし何も韓国に対して御遠慮なさる必要もないし、これが韓国にわかったからといって問題になるわけではない。これは交換公文上にあるのだから、「合意する手続に従い、調停によって解決を図る」とあるのですから、これは何も御遠慮なさる必要もない。将来はそういうこともあり得るのですから、それで努力をしたいということで了解をいたします。 そこで、この竹島問題でございますが、この問題が解決をまだしていないいまの時点において、御承知と思いますが、いま日韓の間に大陸だなの領有について非常にやっかいな問題が起こっておる、これも御承知のとおり。長崎の男女群島付近において、韓国の大陸だなの地下資源開発ということに対して、一体どのように韓国との交渉がなっておるのか。これは重大な問題ですから、大陸だなの問題ということは。その点について御説明を願いたいと思います。
○愛知国務大臣 これは、まず竹島の周囲の大陸だなといわれるところは、大体二百メートルよりも浅い海域のようでございます。それが距岸四マイルにも達しない程度のところで、その大陸だなというものはわずかなものであるように思われます。それから一方、現在、ただいまもお尋ねがございましたが、問題になっております大陸だなは、対馬周辺から九州の西方のいわゆる東シナ海方面にかけての大陸だな、これは、なかなか大きな問題であると思っておりますし、政府も非常に大きな関心を持っております。ところがこの大陸だなというものについては、御承知のように国際間あるいは国際条約的にも合意された規制と申しますか、そういうものがございません。と同時に、沿岸国というか、ただ一つの国が一方的に権利を主張して、開発あるいは調査あるいは事業を計画するというような一方的な権利を主張し得るものでないということは、これまた国際間の原則的なコンセンサスであることも御承知のとおりでございます。したがって、この東シナ海方面における大陸だなの開発あるいは鉱区の設定等について韓国側が一方的に権利を主張し、そしてそれに基づいて開発を計画するというようなことは、日本政府として黙視することはできないわけでございます。 そこで、こまかい日時等は、場合によっては政府委員から御説明いたさせますが、これまた韓国側の東シナ海の大陸だなについての計画あるいは措置等が察知されましたとき、即時に申し入れをいたしまして、これは日本側との相談なくして一方的にやるべきものではない、同時に、日本側としても至大なる関心を持っているものであるということで、申し入れもし、協議もし、現にそれが現在継続中である、こういう状況でございます。決して韓国だけが一方的にやれるものではございませんし、また日本といたしましても、非常に大きな関心を持っているところでございますから、でき得るならば関係の国々が協議し合って、そして円満に協調体制の中で開発すべきものは開発を計画したらよろしいのではないか、かように考えている次第でございます。
○鬼木委員 この大陸だなの問題は、いま大臣のおっしゃったように、これは国際間の問題でございますので、当然韓国独自でどうということはできない。したがって、むろん日本自体でもどうということはできない。その間の折衝についてお尋ねしたのでありますが、こういう竹島の問題もまだ未解決の時点にある場合に、あるいは韓国だとかあるいはアメリカ独自にこの大陸だなの開発を強行する、そして既成事実をつくり上げてしまうというような、そういう危惧がないでもない。そういう点において、いまの大臣の御説明からいろいろ総合いたしまして、一応常識からいえば、国際法上からいえば、そういうことになっておりますけれども、それを、われわれが知らないうちに、アメリカあるいは韓国が単独でそういう開発をやるというようなことはないお見通しであるか、あるいはまた絶対そういうことはさせないという御決意であるのか。これは、いま非常にみな心配しておりますので、その点をはっきりお伺いしたいと思うのです。
○愛知国務大臣 まことにごもっともなお尋ねでございまして、政府としては、この大陸だなの問題については、き然たる態度で、断じて一方的に他国が既成事実をつくるというようなことをさせない、のみならず、こちらが各国の協力を得ながら積極的に計画をすべきものである、かように存じておりますから、ただいまもお尋ねがございましたが、一方的に他国に断じてやらせない、やらすべきではない、こういう態度でおる次第でございます。
○鬼木委員 いま大臣の御決意を聞きまして、非常に意を強くするわけでございますけれども、御案内のとおり、われわれはかつて、先ほどもお話があったように、李承晩ラインで韓国の一方的な強引さに、ああいうことをされてほとほと手をやいた経験があるから、そこで今回もまた、大陸だなの問題なんかで、結局はわが国が譲歩しなければならぬというような、そういう立場に追い込まれるようなことが二度とあってはならない、決してこういうことは杞憂でない、殷鑑遠からず、こういう意味で、念のために大臣に御決意をお伺いしたわけでございますので、決してそういう李承晩ラインの二の舞いは踏まない、どうぞ安心していただきたいというように理解してよろしゅうございますか。
○愛知国務大臣 おっしゃるとおりでございます。 これはお尋ね以外のことになりますけれども、たとえば領海の問題につきましても、このごろたいへん好ましからざる世界的風潮でございますが、一方的に領海百海里とか二百海里とかいうことを主張するような国々も相当出てまいりました。こういうことはやはり、日本としては断じてそれを放置すべきではない、日本は従来国際的に非常にビヘービアが正しかったと私は思いますが、三海里説ということを、国際的な法則としてこれを守る、またできるだけ将来も守りたい、という考え方で来たわけですけれども、今日のような世界的な好ましからざる状況が起こってきたのにかんがみまして、こちらも過去の考え方を墨守しない。そのかわり国際的に一つの法規をつくったらばそれにみんなが従うようにするということについて、指導的な役割りを果たしたいものだと考えておる次第でございます。
○鬼木委員 竹島問題は、時間の関係できょうは一応その程度でとどめておきたいと思うのでございます。 引き続き今度は、外務大臣に、沖繩返還問題について二、三お伺いをしたいと思うのです。これまでの日米間におけるところの返還協定について、その交渉の中身がほとんど明らかにされておらない。随時断片的にはいろいろお話も聞いたことがあるのでございますが、返還協定の作成についてどのようになさっておるのか。沖繩県民の意思を反映した沖繩返還でなければならない、これはもう当然のことでございますが、特に私が申し上げたいのは米軍基地の取り扱いでございます。返還後の米軍基地の機能は一体どうなるのか、そういう点が明らかでないようでございますので、それをはっきりお答え願いたいと思う。返還後の米軍基地ということに対して、的確に率直に御回答を承りたいと思います。
○愛知国務大臣 返還後の沖繩におきましては、単純率直に申し上げますと、いま基地ということばが使われておりますけれども、現在はいわばアメリカ本土におけると同じような状況でございますから、駐留米軍は自由濶達にこれを使えるわけでございますが、返還と同時に安保条約関連取りきめが何らの変更なく本土並みに適用されますから、その時点においては日米安保条約の目的にかなうような、日米安保条約に従って日本政府が必要な施設、区域を米軍の利用に提供することに相なりますから、返還時点以降における状況は、これは基地というよりは、内地と同じように日本の提供した施設、区域である。その施設、区域というものが日米安保条約に基づきまして日本の安全と日本を含む極東の安全に寄与するように使われるという、そういう性格に性格が一変するわけであります。そうしてその施設、区域を使用する場合においては、条約第六条、交換公文その他の了解によりまして、提供を受けた米軍がその配置とか装備の変更とか戦闘作戦行動とかに制約を受ける義務を負うわけでございます。こういう意味におきましても、いまのいわゆる基地、返還後における施設、区域、この性格あるいはその使用状況というものは、全然性格が異なる、これが非常に大切な相違点であると思います。
○鬼木委員 返還後は内地の基地と同じような状態になるのだ、これは非常に普遍的な抽象的な御回答のようでございましたが、なおまた、いつも佐藤・ニクソン共同声明で合意された核抜き・本土並み返還、こういうふうに言っておりますが、その点にちょっと疑点があるのです。こうした核抜き・本土並み返還の線を実現するために、返還協定の本文に沖繩への安保条約適用を明記する、こう言われておりますが、その実態がはたしてどういうものであるか、しかも、その基本になるものは一昨年の日米共同声明の第六項にあるようでございますが、日本国の総理大臣とアメリカ大統領は「日本を含む極東の安全をそこなうことなく沖繩の日本への早期復帰を達成するための具体的な取決めに関し、両国政府が直ちに協議に入ることに合意した。」ということが第六項に明記してあります。その点でございますが、私はこれは重大なことだと思うのです。沖繩返還の協定の前文に第六項を挿入したい、「極東の安全をそこなうことなく沖繩の日本への早期復帰を達成するため」——この点の事情を承りたい。これははたして事実であるか。沖繩返還協定の前文にこれを挿入する、しようとされておるのか、また、そういうことに持っていかれるお気持ちであるのか。これは重大な問題だと思うので、その点をお伺いしたいと思います。
○愛知国務大臣 返還協定がどういう形になりどういう文言が使われるかということについては、いま一生懸命折衝をやっておりますので、案文がまだできておりません。したがって的確にお答えをする段階に至っておりません。これは今日の段階ではまことに恐縮に存じますけれども、もうしばらく時間がかかるわけでございます。ただ、私はこの安保条約関連取りきめが何らの変更なしに沖繩に適用されるということが、ただいまも基地あるいは施設、区域の点でお尋ねになりましてお答えしたとおりでございますから、この眼目というものは返還協定で明確にされなければならないし、またそうすべきものだと思います。
○鬼木委員 だから私は申し上げる。これはでき上がっておるものだったらこう書いてあるがと申し上げますけれども、いま申し上げておるように、沖繩返還協定の作成にあたってそういうことを前文に挿入されるという話であるが、そういうお気持ちがあるのか、またお入れるになるような操作をしておられるのか。当然いまからのことだからお尋ねしておる。これは重大なことです。安保条約の適用——沖繩返還協定に対して、本文に安保条約の適用をはかる、何かよりどころがなければ困るから、それを入れるというようなこともおっしゃっておるようですが、問題はその入れ方なんです。しかもその前文に、日米共同声明の第六項の、いま読み上げました、御案内のとおりここに載っておりますが、「両者は、日本を含む極東の安全をそこなうことなく」、これは大問題でございます、国民が一番知りたがっているのはここなんですから、「そこなうことなく沖繩の日本への早期復帰を達成するための具体的な取決め」というようなことを沖繩返還協定の前文に挿入されるというようなお気持ちがあるのか。それはいまからのことでしょうけれども、外務大臣としては当然そういうようなお考えはあってしかるべきだと思うのです。それはまだつくっておらぬから全然わからぬでは、これは外務大臣としては失格だと思う。その点をお尋ねします。
○愛知国務大臣 一番大切な重要なことは、安保条約がそのまま適用されるということであります。安保条約の性格、内容は全然変わらないわけでございます。いま共同声明の文言をおあげになりましたが、御承知のように日米安保条約第六条を例に引きますと、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」云々、云々、施設及び区域を米軍が使用することを許される。これは全く同じことなんです。世の中の一部には、沖繩返還によって何か安保条約が変質されるのだというような説もあるようでございますけれども、政府の一貫した考え方並びに日米間の合意は、いまも読み上げましたように「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」この安保条約の性格、そしてこれに基づく諸規定がそのまま何らの変更なしに沖繩に適用されるのでございますから、その眼目とすることが返還協定の中にも明確にされればそれで私は十分だ、——十分だというよりはそれが一番大切なことだと思っております。文章がどうなるかということは、そういう基本的な考え方でもって私としてはつくり上げ、また日米間の合意をまとめたい、かように存じております。
○鬼木委員 いや、大臣は事もなげに同じことだとおっしゃるが、いささかも同じじゃない。私は決して同じじゃないと思う。極東の安全をそこなわずという意味がもし入るならば、極東の安全もわれわれが義務づけられるということになるのじゃないですか。極東の安全というと、たとえば台湾でもあるいは韓国でも、これは決してそうじゃないとおっしゃるけれども、日本の安全のみならず、われわれはアメリカと合同して軍事同盟を結ぶようなことにならないとも限らない。ですから、返還協定に極東の安全をそこなわずという意味が入るか入らないかということは、これはわれわれ国民にとってもたいへん負担が大きいのです。物心両面に対して負担が大きいのです。これは重要な問題であります。アメリカから今後そういうような意味のことを申し出され、要求されても、日本側はこれは明らかに拒否する、そういうお考えがあるのか。それでなかったならばこれはたいへんな問題ですし、もう少しそこのところをよく考えてください。極東の安全をそこなわずということにわれわれが加担をする、その中にわれわれも入ってしまうということになるかならないかという問題は、大きなかぎですから、それは大臣いかがです。
○愛知国務大臣 率直に言えば、それはいま私がお答えいたしましたことによって政府の態度は十分明らかにされているつもりでございます。つまり日米安保条約を——たいへん失礼なことを言つて恐縮でございますけれども、やはりこういうお考えがおありかと思います。沖繩返還に際して、何か日韓台の三国軍事同盟でも始まるかのようなお考えがあると思いますが、そういうことは政府の全然考えていないことでございます。したがって、大切なことは日米安保条約の性格が変質されるようなものではございません。したがって、いま鬼木委員のおっしゃったような、アメリカがそんなことを言ってくるはずもございませんけれども、かりにそういう三国軍事同盟的なことを言い出すとすればこれは拒否するのがあたりまえ、というのは、そもそもそういう考え方で日米は合意しておるわけではございませんから。これはもっとも政府間の合意ではございますけれども、この合意の一番大切なことが返還の協定の中でも明確にされれば、それが一番大切なことであり、それによっていま言ったような御疑念は全部払拭される、かように私は考えております。
○鬼木委員 アメリカがそういうことを言ってくるはずもないとか、あるいはそういうことを言ってきてもわれわれはそれに応じないということをおっしゃっておりますけれども、沖繩返還協定というようなものにこういうことが織り込まれるということになると、これはそう簡単にはいかないと私は思うのです。私がそういうことを申し上げるのは、総理大臣と大統領の日米共同声明の第四項で、韓国の安全は日本の安全に緊要だというようなことを明記してあるのです。「韓国の安全は日本自身の安全にとつて緊要である」、それから台湾の安全も日本の安全にきわめて重要な要素である。また第七項には、沖繩返還は日本を含む極東諸国防衛のため米国が負っている国際義務遂行を妨げない、こうなつてくると、大臣は簡単にそういうことをおっしゃいますけれども、どこからそんな簡単な理論が生まれてきますか。はっきりこう書いてあるのです。「沖繩の施政権返還は、日本を含む極東の諸国の防衛のために米国が負っている国際義務の効果的遂行の妨げとなるようなものではない」、ところが安保条約第三条なんかそんなことはない、日本は共同防衛の義務はないのです。これは安保条約にはっきりしておるのですから、安保条約とみんな同じだとおっしゃるけれども、同じゃない。だからこういうことを挿入されるとたいへんなことになる。そういう節がたくさんあるから申し上げておるのですよ。あるいはまた第八項にも載っております。事前協議に関する米国の立場を害さない。——全部日本は従的なんですよ。「大統領は、深い理解を示し、日米安保条約の事前協議制度に関する米国政府の立場を害することなく」全部こう載っておるのですから、これは大臣はもう御案内のとおりだと思う、私らよりも。私らはしろうとですけれども。こういう極東の安全をそこなわないという意味がもし返還協定にいささかでも挿入されるということになったならば、これはたいへんなことになるのだ。ところが、いまからつくるのだからまだ何も考えていない、そういうことでは私は納得できませんよ。大臣、いかがですか。
○愛知国務大臣 それはやはり私はいまお答えしたことに尽きるわけですけれども、一番大事なことは、安保条約の性格が変質したようになるのではないかということを不安に思っていらっしゃるからだと思いますけれども、その御不安がないように政府としてはかっちりいたします。それは政府の基本方針でございますし、それから先ほどの答弁を繰り返すようでありますけれども、安保条約の第六条なんか非常にはっきりしていると思いますが、「日本国の安全」ということと、それから日本を含む極東という意味でございますから、「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため」というわけでございます。この考え方は、基本的には日本自体の安全を守るためには日本を含む極東の安全ということが確保されることが望ましいし、それに寄与するために在日米軍の日本の提供する施設、区域の利用ということが許されているわけでございます。 それからその次に、いまおあげになりました点ですが、私もしばしば引用させていただくのですが、日米共同声明発出のときに、外務大臣としてさらに補足した説明書を内外に公表いたしました。その中にも明らかでございますように、アメリカはアメリカとして、たとえば韓国との間に、あるいは中華民国政府との間に、あるいはANZUS条約において、あるいは米比条約において、いろいろのコミットメントをやっております。これは事実でございます。しかし、その約束をして、コミットメントをしているからといって、それが日米安保条約におけるたとえば事前協議等の問題について自動的に前提となり、あるいは条件となって入り込んでくるものではない。安保条約における日本の立場というものは、日本が国益というものを基礎にして判断するものであって、米国が別に日本以外の国々と防衛上のコミットメントをしている、それだから日米安保条約の上においても日本はそれに対してコミットをし、それに対していなやを言わずに従わなければならないなんということはどこにも出てこないわけでございます。それはさい然と区別してあるわけですから、この安保条約の考え方というものが、沖繩返還によってもその立場というものは続くといいますか、そのままの姿で適用されるわけですから、この点については政府のこうした見解は御理解いただけると思います。またその見解に立って、両国を法的にも拘束することになります返還協定の上において明確にすることが、私としては望ましいと思っております。そういうことで返還協定の作業にかかっているわけですが、どういうふうなワーディングを使うかということは、条約のテクニカルな面もありますから、そしていま作業を進めているときですから、いままだ原案ができておりませんから、そこまで申し上げられない段階であることを御理解いただきたいと思います。
○鬼木委員 いま大臣は、そういうことは決して御心配ない。——心配ないと言っても心配するのが当然でございますが、まだ実体がわからないのだ、まだできてもいない、いまからつくるとおっしゃっているのですが、そういうことをわれわれは心配して、日本を含む極東の安全ということになれば、やはり軍事同盟みたいなことでも締結しなければならぬというようなことに追い込まれるというように解釈したってしようがないのですよ。あなた方はそういうことは考えておらないとおっしゃっても、われわれの立場としてはそういうことは当然考えなければならない。それは考えるなというのが無理であって、まだ実体ができ上がっていない、いま作業中だ、こういうふうにおっしゃっておるが、そこで、もしもそういう日本を含んだ極東の安全をそこなわないというようなことになってまいりますると、これはアメリカ側としては非常に都合のいいことで、われわれのほうに都合が悪い。事前協議の場合でも、われわれはノーと言うことができないようになる。イエスと言わなければならない。これは外務大臣もよく、決してそういう場合にはイエスとは言いません、ノーと言います、こういうふうに言っておられますけれども、こういう返還協定あたりにそういうことが織り込まれるようなことになると、私は事前協議は強く出られない。ノーと言うとおっしゃっておるけれども、自然的にイエスと言わざるを得ないようなことになってくるわけです。御承知のサイミントン議長のあの委員会の議事録も私ここへ持ってきておりますが、それを読んでも、そういうような点がずいぶん論議されております。しかも、そういうことがあり得ると書いております。そうなってきた場合に、時間がありませんから読み上げませんけれども、持ってきておりますが、御承知のとおり小笠原返還協定の前文でも、これに似たような「この地域の安全をそこなうことなく」こう書いてありますが、そういったような気持ちで、もし将来返還協定の作成にあたって「そこなうことなく」というようなことばを入れられたら、これはたいへんなことになる。これは将来大きなわざわいとなる。そうでなくても、まだ返還協定もできていないのに、これも御承知と思いますけれども、基地なども返還後も自由に使用できる。——沖繩の米海兵隊基地のレオナード・チャップマンという大将が記者会見をして「佐藤・ニクソン会談で沖繩の米軍が日米両国の利益のため返還後も引き続き沖繩に駐留することで合意に達したことから考えて、返還後も米海兵隊が沖繩から自由な作戦行動がとれると思う」このように述べております。チャップマン大将がこういうことを言っておるのですよ。そうしますと、いま大臣は、沖繩が返還になれば本土並みだからこちらで自由に使えるんだ、それは全面的でないかもしれない、それはあとでまたお伺いしますが、そういうようなことを事もなげにおっしゃっておったが、事実はそうじゃないのですよ。事実はそうじゃない。だから、ただ大臣が、いや、そうはさせぬ、いや、こうじゃ、いや、そうはさせぬと何ぼおっしゃっても、アメリカはそうじゃないでしょう。だから、そういうところの根本の問題について、私ははっきり申し上げたいと思うのですね。「米海兵隊は全体としては縮小されつつあり、今後も縮小されるが、沖繩の第三海兵師団に関する限り縮小される計画はない。沖繩の海兵隊基地は恒久基地として維持されよう。」こういうふうにこれに載っておるのですね。こういうのは一体どういうことでございますか。大臣、こういう点から、あなたのおっしゃることとは全然話が違ってくるのですから、だから私は申し上げておるのです。決して杞憂じゃないのだから、現実の問題としてですね。どうぞその点……。
○愛知国務大臣 繰り返すようでございますけれども、鬼木委員の前段のお尋ねは、これは沖繩返還の問題じゃなくて、日米安保条約そのものに対する御不安、御懸念あるいは御意見と拝承するわけでございます。これはもう別のことといたしまして、あるいは見解の違いということがあろうかもしれませんが、政府の見解は、現にある安保条約、そしてその性格をそのまま沖繩に無条件で適用するということでございますから、沖繩返還に際して、三国軍事同盟とかなんとかいうようなことは、全然あり得ざることであって、そして、そういうことは、返還協定をつくる際におきましても、十分ひとつわれわれとしては、御意見を体しまして、十分私としてはなお努力を新たにいたしたいと思います。 それから、チャップマン大将に限らず、いろいろの意見がいろいろのところで出ておりますけれども、現に、これは十二月三十日でございます。チャツプマン大将の現地記者会見での発言ということでもございますが、その際にも、裏話を申し上げれば、確かめましたところ、返還になれば、われわれは事前協議の対象になることは当然だ、それを前提にして、ということで話されたようでございます。それからまた、こういうことはあまり報道されないのですけれども、アメリカ政府筋からは、たとえばこのチャップマン発言等に関連するかもしれませんけれども、返還後の沖繩のいわゆる基地については、日米安保条約関連取りきめが、本土とそのままに、何らの変更なく、適用されるということは、日米共同声明のとおりである。それから、さらに進んで、これは別問題になりますが、ちょうどラオス問題等がなかなか激しくなったということも背景にしてでございましょう、日米共同声明第四項の末尾には、世にいわゆるベトナム再協議事項といわれておるものがございますが、これに触れて、この再協議というようなことはもうなかろう。——ちょうど私が国会で、大胆に予想すれば、いまの私の見込みでは、この第四項後段のベトナム再協議というようなことはもうなく行くでしょうということを申しておりましたら、それとたまたま同じようなことがアメリカの政府筋からも出ておるということもまた、お気にとめていただきたいと思います。そうして同時に、返還になりますれば、その瞬間から、この施設、区域の性格というものが一変するわけでございますから、現在アメリカの本土並みである米軍の態様をもとにしての状況と、これが変わるということ、これは政府としては確信を持って返還協定作業をやっておりますのですから、これがいずれ批准国会等におきまして、さらに詳細な御議論が御展開願えれば、私どもとして詳細に御説明ができるようにいたしたいというふうに考えております。
○鬼木委員 そうしますと、沖繩の返還協定の前文にそういう条項を挿入することは十分考慮いたします、よく皆さん国民の意を体して注意をして、そういうことはないようにいたします、このように理解いたします。 そこで、次にお尋ねいたしたいのは、第二点、沖繩の問題でございますが、この沖繩の返還に際しまして、いまおっしゃっておった米軍基地はどのくらいに縮小されるのか、あるいは、現状維持であるのか、それとも、拡大されるのか。いろいろ考え方はあると思うのですが、返還後、核抜き、本土並みということに対して、この三者いずれになるのか。まあ基地総点検で調査に行くとかというようなお話もあっておるようでございますが、その点あとでまたずっといろいろお尋ねしたいのですが、まずその点を冒頭にちょっとお尋ねしたいのです。
○愛知国務大臣 第一に、拡大なんということは考えられないことでございます。第二に、縮小されます。その度合いがどのくらいに行くかということが、ただいまの折衝の最中でございます。 要するに、先ほど来申しておりますように、安保条約の目的に適合するような形にならなければならないということが第一。それからもう一つの大きな命題は、沖繩県民の今後の再建といいますか、経済再建等のためにぜひとも必要であると思われるようなところは提供したくない。この二つの命題でもって、この基地の問題に対処していくということを現に鋭意折衝中でございます。
○鬼木委員 そうすると、これは当然拡大はあり得ないと思いますが、大体私どもが考えておりますのは、当然これはもう国民全部縮小されることを望んでおることは、もう間違いない。ところが、沖繩本島の約二〇%を占める米軍基地でございまして、これをその面積から考えますと、本土との比率で考えると二百数十倍ということになっております。沖繩の面積の中における米軍基地の密度は、本土の米軍基地の二百数十倍に当たる。この密度を七二年までに本土並みに減らす構想を承りたいと、こういうことを言っておりますが、そういうことから考えますというと、本土並みの面積、つまり現在の米軍基地を二百分の一に縮小しなければならぬ。そうしなければ本土並みにならない。ただ口で簡単に本土並み、核抜き、これは簡単ですよね、合いことばで。本土並み、核抜き、三原則、これはいつも総理はそんなことを言われている。しかし、実体がはたして本土並みになるならば、二百分の一に縮小しなければならない。そうしなければ本土並みにならない。そういう御計画にというか、絶対ここまでだ、これが限界だ、何ぼアメリカが強く要求してもこれまでという、そういう点をはっきり計数的に科学的に調査なさってお考えになっておるかどうか、その点を大臣にお伺いしているわけです。
○愛知国務大臣 まず第一に、これもたいへん失礼を顧みず申し上げるのですけれども、核抜き、本土並みが合いことばとおっしゃられるのには、私率直にいって非常に抵抗を感ずるのでございまして、これは核抜き、本土並みにするということは沖繩返還の中核として非常に大切なことだと思うのです。核が持ち込まれない。あるものは撤去される。それから本土並みということは、提供される施設、区域の使用といいますか、これについて装備、配置の重要なものについては必ず事前協議が必要になる。あるいは戦闘作戦行動は自由発進ができない、こういうような点は、私は基本的に非常に日本として大事なことであり、また沖繩県民の方々の一番お気になるところを私どもとしてはくみ込んで基本を解決したつもりでございます。それから本土並みということでございますが、今度はそういう性格に変わりました施設、区域のプロポーショナリティー、全体の土地に対する何%、そういうことでこれは画一的に処理ができるものではないのではなかろうかと私は思います。これはまあ私よりもむしろ防衛庁その他からお聞き取りいただいたほうがいいと思いますが、たとえば早い話、ある県と県を比較いたしましても、必ずしも提供している施設、区域の占めている面積あるいはそこに従事しておられる労務者の方々の数、比率なども、これはずいぶんローカルに違うわけでございます。私は事柄の性質上はそういうことであろうかと思います。したがって先ほど来申しておりますように、基地の数がふえるなんということはとうてい考えられることではない。減少するのが自然の勢いである。しかしどの程度にこれが縮小できるかということについてはただいま鋭意それぞれの立場で折衝中である。それからもう一つ、本土並みということになりますれば今後——今後というか、返還後に提供された施設、区域についても情勢の変化に応じてどんどんこれが整理縮小されるということになるわけです、合同委員会の議にかかりまして。ちょうどあたかも本土におきましても急速に縮小の度合いが進んでいるということは御承知のとおりだと思います。こういうことをお考え合わせいただければたいへんしあわせだと思うわけでございます。
○鬼木委員 いや、それは私が日本の面積と沖繩の面積を比較をしたことは、それはその事情によって、あながち本土並みということが即そういうことにはならない、そういうこともあるかもしれません。あるかもしれませんけれども、大体においてやはりそういうふうな基準も一つの基準になる。私が言いましたのは、本土並み、核抜きということが合いことばだなんというのは抵抗を感ずるとおっしゃったから、それは大臣が抵抗を感じられないように、合いことばということが悪かったらこれは取り消しますが、しかし本土並み、核抜きということを大上段に振りかぶって、これが一番大事なことだ。国民もむろんそれを一番望んでいるのです。これが当然第一の要件であり、これによってすべてが解決する。これは当然のことです。しかしそのとおりにならない非常に危惧の点が多い。そこで私が先ほどから申し上げておりますように、返還後といえども自由に使用できるんだ、チャップマン大将なんかそういうことを言っている。はっきりこう言って記者会見をしておる。それはいろいろな人がこうだああだということは言うかもしれぬ、そういうようなことを発言するかもしれぬというようなことをいま大臣はおっしゃったけれども、いやしくも一国の海兵団の責任者である大将ですからね。そういう責任者の方が言われたことに対して、私はこれは重大な問題だと思う。 そこで問題は、なおこれを論究していきますが、沖繩が返還されて、本土並みに沖繩が返還されるといいますけれども、拡大されるということは、これは当然考えられない、私もそう思います。しかし一応問題として提起したんです。縮小されるならどの程度縮小されるのか、あるいは拡大するならどの程度、あるいは現状維持であるかというようなことが考えられるから一応問題提起したんですが、これは縮小されることは当然縮小されなければならない。しかしいま言いましたように、チャップマン大将は沖繩においては縮小はやらない、こういう食い違いが出ておる。でございますから沖繩が日本に返還された後のそういう基地の状態が、先ほど申し上げましたようにどの程度残るのか、どの程度あるいは共同使用でもするのだとか、そういう何か全貌があるはずだと思うのです。そうしないと、私どもは本土並み返還というのははたしてどの程度になるのか。そういう意味で私が先ほど言ったのは、本土並みあるいは核抜きと言われるけれども、実際考えておられるのは非常に弱いんじゃないか。じゃ全貌はどうなるんだ、国民に本土並み返還、核抜き返還で返還された後はこうなるんだ、沖繩はこういう姿になるんだ、そうした実態を、それもまだ交渉中だとかまだわからないとおっしゃればまあそれまでですけれども、私はそれじゃ困ると思うのですよ。だからそういう点をもう少し、外務大臣ですからはっきり国民に、返ってきたときはこうなるぞ、本土並み返還だからこうだぞ、チャップマン大将はこういうように言っておられるけれども、われわれが交渉した限りにおいてはこうなってこうなるんだぞ、皆さん安心しなさいよ。外務大臣はよく御存じだから安心しておられるかもしれぬけれども、一般国民は何も知りませんからね。そこを納得のいくように、本土並み本土並みといって、だからこのとおり本土並みになるじゃないか、何らあなた方は心配する必要はないじゃないか、こうした納得のいけるお話をしていただきたいと思うのですね。だから返還後はどうなるか、沖繩の基地の実態はどうなるんだ、これが私は大きなキーストーンであると思うのですよ。いかがですか。その点を大臣にもう少し具体的にはっきり教えていただきたいと思う。われわれは大臣、しろうとですからね。あなたはもうそれの責任者ですからね。だからなるべくよくわかるように、何もわからない者に教えるように、ひとつ教えてもらわぬと。ようございましょうか、どうぞひとつそういうところで……。
○愛知国務大臣 まことにごもっともでございますが、本土並みになりますから、自由発進というようなことはもうなくなります。それから核は入ってまいりません。日本の本土におきましてはいままでそういうことで安心して、そして同時に安保条約のメリットというものは享受してまいりました。それと同様の形になるのでございますから、どうぞ御安心いただきたいというのがまず一番基本の点でございます。 その次に、たとえば東京都に基地が十カ所しかないとすれば、それ以下にすみやかにしろと、こうおっしゃられても、これは無理ではないかと私は率直に思います。そういう意味で、数が、比率が同じでなければ本土並みでないとおっしゃられると、少しこれはあれですが、しかし同時に、先ほども申しましたように本土並みになりますから、日米合同委員会が不要になったものはどんどん整理をする、あるいは共同使用するということになっていくのが、私は返還後の沖繩の姿であると思いますから、タイミングの要素をも考えていただければ、そういう意味でも本土並みの原則というものが貫かれていくようになる、またそういうことにいろいろの点から御協力と御理解をいただきたい。まあ一口にいえばそういうことであろうと思いますが、ただこれはいまお尋ねの中にもございましたけれども、そう申してはこれは失礼な話ですが、現在協定を——協定案と申しますか、これの御審議を願っているわけでもございませんし、それからこの基地の問題、あるいはそれに関連する諸問題、これはいわばAからZまで凡百の問題を全部詳細に御審議をいただきたいということで、われわれとしても全力をあげていま日夜努力しているわけですが、協定自体にいたしましても、おそくも夏ごろまでにはだいじょうぶという確信を持っておりますけれども、まだいま三月なんでございますね。もうしばらくの時間をおかしいただきたい、これは切にお願いいたします。したがって、何々港がどうなるとか、何々町がどうなるというところまでは、まだ話は詰まっておりませんので、どうかその辺のところは——また無責任に放言するわけにまいりませんので、どうかひとつそれらの点はいましばらく時間がたってからの御論議に残していただきたい、お願い申し上げます。
○鬼木委員 いまそういうことが即答はできないから、しばらく待てと……、わかりました。待てとおっしゃればお待ち申し上げます、決して無理なことは申し上げませんので。 そこで、大体沖繩には、多少流動しているかと思いますが、百四十数カ所基地があると記憶しておりますが、大体返還と同時にその基地が返還される。その決定しておる数もまだ不明でございましょうか。百四十数カ所の基地があるのに、大体返還と同時に日本にすぐそれは返還できるという調査はまだできておりませんでしょうか。
○愛知国務大臣 実はこれも率直に申し上げるのでありますけれども、外務省としてはそこまで入り込んで、ことに軍関係の問題でございますから、そこまで取り組んで現地の調査まではできません。そこで、こういう関係は防衛庁のほうにお願いをいたしまして、そして沖繩が本土に復帰するわけでございますから、いわゆる専守防衛という観点からは沖繩も守備範囲になるわけでございます。そういう点もあわせて防衛庁に現在詳細に検討してもらっておりますわけで、そして返還協定それ自体に直接かかわることは、私と駐日米大使の間で取りまとめ作業をやっておりますけれども、現在のところ、まだそこまで煮詰まっておりませんものですから、いま何カ所が整理されるであろうとか、何カ所が共同使用になるか、そこまではちょっと私自身がまだ十分の知識を持っておりませんので、お答えいたしかねることを御了承いただきたいと思います。
○鬼木委員 これは私も、防衛庁のほうでそういうことを検討しておる、あるいは調査しておるということはよく承知いたしておりますけれども、参考のためにお聞きしたのでございます。 そうしますると、那覇の空港は全面的に返還されることになっておりますか、これもまだ交渉中ですか。
○愛知国務大臣 那覇の空港もわれわれとしてはできるだけ民間用にしたいということで、これは確かに折衝の課題の一つになっておりますが、いま的確にどういう姿にして引き受けるべきものは引き受けるかということを、まだ詳細に申し上げる段階には至っておりません。
○鬼木委員 いずれもまだ未決定というお話でございますが、これはなるべくお早くそういうことは決定していただきたい、そういう点を私要望いたしておきます。 それから、返還後の沖繩米軍基地の機能は一体どういう形態になるのか、それがおわかりでございましたら——これも防衛庁のほうだとおっしゃればそうですが、外務省のほうでもその点は御検討になっておると思いますが、その点……。
○愛知国務大臣 これはやはり本土並みになりますから、地位協定は全部変更なしに適用に相なりますから、たとえば基地内の裁判権の問題とか、あるいは、何を例に申し上げたらよろしいでしょうか、あるいは労務者の雇用契約関係とか、あるいは提供された施設、区域への出入の問題とか、それから一番大きなところとしては核武装というようなものをさせないということ、それから施設、区域から戦闘作戦行動で発進するというようなことは事前協議を経なければできないということや、それが機能的には、いま現に日本の本土にございます基地と全く同じ機能になる次第でございます。
○鬼木委員 その点を私明確にしていただきたいと思うのですね。返還後の米軍基地の機能について、いまおっしゃるように発進基地にはさせない。ところが、サイミントン委員会の会議で、直接戦闘機が、たとえは北朝鮮なら北朝鮮を——これはたとえばです、目標として飛び立つ、攻撃のために飛び立つというようなことは、これは明らかに事前協議の対象となる。これは当然のことだと思う。ところが、そうじゃなくして一度基地に寄港して——何も武装しないで、そうして韓国なら韓国に飛び立つ、韓国から戦闘作戦行動に入るというような場合には、これは問題にはならないのじゃないか。日本から移動して韓国の基地に移るというような場合には、これは事前協議には入らないのじゃないかというようなことまで、こまかにサイミントン委員長の会議では論じてあるのですね。そういう場合はどういうふうにお考えですか。内地では、国内ではそういうことはあり得ないと思います。本土並みとなれば当然そうなければならぬ。その点どうです。
○愛知国務大臣 これも全く本土並みでございます。ですから、サイミントン委員会の議事録も、秘密会でもございますし、いろいろの方がいろいろの角度からやりとりをしておりますから、ある一つのくだりだけをとってあれされますと非常に何か奇異に感ぜられるところもあるようでございますが、全体をしさいに点検してみまして、私が御説明申し上げておりますことと変わりはございません。ただいまの寄港問題は、本土の場合におきましても日本の提供した施設、区域から戦闘作戦行動として発進をする場合には事前協議が要りますけれども、ある地域に寄って一それから戦闘作戦行動が展開されるという場合は事前協議の対象になりませんということは、本土の場合におきましてもしばしば私のみならず私の前任者も歴代の担当の政府委員も申し上げておったとおりでございまして、これは沖繩におきましても全く本土並みでございます。
○鬼木委員 これは事前協議の対象にならないといえば、対象にならないと思うかもしれませんけれども、しかし直接戦闘態勢でなくても、私はこれは間接的に、やはり事前協議の対象に広義に拡大して取り入れるべきものだ、こういうことは絶対そういう協定の中にははっきりそれを拒否するところの条文を入れておいていただかぬと私は困ると思う。それは大臣と私、同じ考えでございますね。ようございますね。
○愛知国務大臣 これは基本的な問題と沖繩の問題と二つあるわけでございますね。沖繩の場合と本土と何ら変わるところはございません。 それからもう一つは、現在はいまお答えしたとおりでございます、これは本土におきまして。それがいけない、あるいは今後の政策論としてもっと拡大すべきであるという御意見と拝承いたしましたが、それは現在のところはそこまで考えておりませんで、この安保条約関連取りきめ並びに了解事項が本土の場合におきましてはもうそれでずっと平穏に来ておりますから、この姿を今後持ち続けることがよろしい、沖繩についてもそのとおりやっていくことがよろしい、こういうふうに考えております。 それからその次のお尋ねは、戦闘作戦行動について事前協議を求められたときに、なるべくイエスと言うなよという御趣旨だと思いますが、そのとおりに私も考えております。
○鬼木委員 少しかけ足をしなければならぬような状態になりまして、まことになんでございますが、先日三月四日から六日ですか、米韓合同空輸演習というのが韓国の烏山米軍基地を中心に行なわれておるのですね。これは新聞に出ておりますから、もうすでに御案内のとおりと思いますが、これにつきまして、新聞に載っておるのですけれども、米軍当局の説明によりますと、今回は米本土を出発するときから空挺部隊は戦闘準備を終えていたから沖繩基地がなくても作戦は可能であった、非常にたくみな答弁ですね。これはもう本国の米本土を出発するときにすでに戦闘準備はできているのだから、決して沖繩でやったのではない。現在アメリカの空輸能力の点からいけば、それはもう直接行ってもできるだけの能力はあるかと思うのですが、しかし実際現実的には、アメリカ本土から沖繩の嘉手納基地を中継基地として使用しておるのですね。そして演習をやっておるという状態でございますから、沖繩が日本に返還された後も、その沖繩の主要基地を確保しておこう、ここは大事なところだという、これはそういう既成事実をつくって、ここはなくてはならないところだという米当局の意思表示である、このようにも考えられるのですが、そういう点についてどのように政府当局、外務大臣はこれを受け取っておられるか。新聞の模様では、事実においてはこれははっきり嘉手納基地が中継基地になっておるのですよ。アメリカの説明を聞くと一応そのようにも考えられるけれども、現実はやはり重大な中継基地としての使命を果たしておるのですね。そういう点についてどのように受けとめておられますか。大臣の御見解を承りたい。
○愛知国務大臣 まず第一に、現在はまだ、あとしばらくのことではありますけれども、先ほども申しましたように、米本土と同じように使える沖繩でございますから、そこまで、何と申しましょうか、いろいろのことを考えてやったものとも思えません。それから、これは結果論でございますけれども、現に韓国に到着することが予定どおりは、荒天の結果、できなかったようでございますね。そして嘉手納から、二十四時間ほど滞留して飛んでいったようでございます。実際相当長い空路でございますから、やはり中継基地をとったほうが安全であるというふうにそもそも演習の計画をしたのではないか、こんなふうにも、しろうと考えで結果論として見ておるような次第でございます。
○鬼木委員 ですから、アメリカ本土において演習の準備は完了しておる。だから沖繩に寄らなくたっていいんだというようなことを米当局は発表しておりますけれども、いま大臣の御説明によると、やはり沖繩で中継しなければぐあいが悪かったような事情もないでもない。そういうことから考え合わせまして、私は返還後もそういうことを一つの既成事実をつくって、ちょうどアメリカから飛んでくるときには、ここを中継基地とすればたいへん都合がいいというような、既成事実をつくっておるのじゃないか。これに対して、向こうの要求に対してじゃどうぞお使いくださいというような弱い態勢で臨んでいただいては困る。そういうことは本土ではあり得ないのですから。いつも言いますように、本土並みであるならば本土並みのように、そういう中継基地にしてもらっては困る、絶対そういうことはできない、ノーと、こう言っていただきたい。その点を大臣にお伺いしたい。
○愛知国務大臣 これは実は本土の場合におきましても、そのワク組みとしては、こういう演習で、そして提供した施設、区域を相当の部隊が本拠として常駐するという以外には、この安保条約関連取りきめあるいは了解事項の対象にありませんから、このワク組み自体としては、演習で在日米軍施設が利用されましても、ワク組みの上でイエスとかノーとか言うべき問題ではございません。しかしそれだからといって、どんなものも事実問題として何でも歓迎ととるべきでないという御意見につきましては、私も敬意をもって拝聴するわけでございます。 それから、沖繩がいよいよ返還になりそうだからというので、この際牽制球を投じておこうという意図があったのであろうという御趣旨の御質問でございますけれども、ちょっとこれは私から何ともコメントいたしかねる次第でございます。
○鬼木委員 沖繩復帰後もこういうことは予想されるのですね。今回の米韓合同演習のような事態が事実韓国にでも起こったというような場合には、これは当然事前協議の対象になるわけでございますけれども、将来こういう演習であっても——演習ということは、これはやはり実戦を予想したものでございます、私は実戦を予想しない演習というものはあり得ないと思うのです。でございますから、演習であっても私は許さるべきじゃない、これを許してもらっては困る、イエスと言ってもらっては困る。だから極論しますならば、たとえ演習であっても事前協議の形に持っていってもらって、これはノーだ、こうやってもらわなければ困る。たまたまそういう米韓合同の演習がありましたので、これも杞憂だといえば杞憂でございますけれども、それをお尋ねしたのでございます。実際の戦時に入った場合あるいは演習の場合でも、これは私はノーと言うべきだと思います。
○愛知国務大臣 これはいま詳しく申し上げましたように、制度として行なわれておりますワク組みの中では、かような場合は、本土が中継基地といいますか、途中寄港されましてもこれは事前協議の対象ではございません。しかしそれとは離れて、政策論として御意見をお述べいただいたものと考えるわけでございますが、それらの点については、先ほど申しましたように十分散意を表して伺った次第でございます。
○鬼木委員 もう一点お尋ねいたしたいと思います。時間があまりありませんが、まだあとちょっと聞かなければなりません。 そこで、今度は沖繩の軍用道路の問題でございますが、無条件にこれは返還されるのでなきゃならないと思いますが、道路というものは、これは大事な産業、経済発展のための基盤になるんでございますから、国民生活の中でも一つの大きな根幹をなすものだと思うのですが、これが返還後もそのまま米軍の軍用道路として残される、あるいは日米共同管理というようなことになるというようなことがあっては私はたいへんなことだと思います。この軍用道路の問題は沖繩返還後はどういうふうな形で返還されるのか、その点をひとつ最後にお伺いしたいと思います。
○愛知国務大臣 具体的な道路の個所その他ということになりますと、私からちょっと御答弁できないのでありますけれども、私のといいますか、政府の考え方としては、提供する施設、区域以外の軍用道路については、当然日本側に管理権が移るものである、これが基本的な姿勢であり、そういう態度で米側と折衝いたしております。
○鬼木委員 軍用道路というようなものは、これはそのまま残されたり、あるいは共同管理というようなことになったら、本土並み返還とはいえない。絶対そういうことがあってはならない。沖繩におけるところのこういう道路は、返還後におきましては沖繩県民の生活に欠くことのできない幹線道路ばかりでございますので、これは返還のときにはぜひこちらへそのまま、いわゆる無条件に、米軍の管理下に残すようなことなく、われわれに返還していただきたい。そうしなければ、道路は米軍が管理するというようなことになりますと、日本に沖繩が返還されても、それじゃ独立主権国家とはいえないと私は思うのです。その点はひとつはっきりしていただきたい。そういうことはあり得ないと思いますけれども、念のためにその点をお伺いしたわけでありますが、それははっきり本土並みで無条件で返還される、このように理解してようございますね。
○愛知国務大臣 そのとおりでございます。
○鬼木委員 三時間の約束で、まだあと三十分ございますが、大臣が何かお忙しいとかいうことですけれども、ようございましたら、あと移住問題についてお尋ねします。
○天野委員長 速記をとめて。 〔速記中止〕
○天野委員長 速記を始めて。
○鬼木委員 今度在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部改正が出ておりますが、在勤基本手当あるいは住宅手当その他配偶者手当とかいろいろあるようでございます。きめこまかいとおっしゃればきめこまかいかと思いますが、私はその中で一つ、海外にいらっしゃる方々の待遇の面でお気の毒に思いますのは、子女呼び寄せ料は入れてあるようでございますが、子女教育手当、これが入っていないようでございます。異国において右も左もわからないで、幼いお子さま方が小さいながら心を痛めて、そして勉学しておられる、その子女の育成ということに、大臣はもう少しあたたかい気持ちを持ってお考えいただくのがほんとうじゃないか、子女教育手当というようなことがなぜお考えいただけないのか。承りますと子女教育手当を要求されたけれども、これは削減された。これは外務大臣が削減されたのか大蔵大臣か知りませんが、福田大蔵大臣だって子供は持っていると思うから、親としての愛情はあるはずだと思う。そんな冷たい男じゃないと思うのですが、だれがそれを削ったか、そういうことは第二として、これは非常に皆さんの要望があると私は聞いておりますが、そういう点について大臣はどういうお考えを持っておるのですか。またその間の事情を御承知であるかどうか。提案されておる法案についてちょっとその点を聞いて、あとはなかなかいいお考えで、大体これはみな私ども賛成でございますけれども、その点ちょっと。
○愛知国務大臣 鬼木委員からたいへん御理解のあるお尋ねをいただいてまことにありがとうございます。実はただいまお述べになりましたような経緯でございまして、二つ子供さんの問題についてはかねがね考えてまいりました。一つは呼び寄せの手当、それから一つは在外子女の手当。実は予算の折衝におきまして本年度はかねての問題であった前半だけ解決をいたしまして、後半は今後の研究にゆだねることにいたしました。これができなかったことは私も非常に残念に思っております。と申しますのは、ちょうどことしの一月現在で、御参考までに申し上げますと、六歳未満の子供さんたちが四百六十八名、それから六歳から十八歳未満が六百十名、それからその他が二百三十八名で、合計いたしますと同伴子女の数が千三百十六名というような多数にのぼっておりますので、何とか来年度はこれらの人たちに子女教育手当ということで支給をいたしたい。諸外国の例などから見ましても、これは決して無理からぬ考え方である、かように考えている次第でございます。
○鬼木委員 たいへん大臣のあたたかいお気持ちを承りまして、海外公務員諸君も非常に喜ばれておることと思いますので、ぜひこれは実現していただきたい。 それからもう一つお尋ねしたいのですが、今度家賃が二五%、住宅手当として増額しておられるようでございますが、これはどういうふうになっておるのでしょうかね。各地域によって家賃も多少の差異はあると思うのですがね。ですから、これは地域的に上がったところだけ上げるというようなことか、あるいはそういうことでなくして、上がっておろうがおるまいが、他の物価との関係とかいろいろのことを考えて住宅手当というものをつけられるのか。二五%上がると書いてありますが、世界各国二五%一律に上がったわけでもないと思うのですが、そういうような点の算定基準はどういうふうにしておられるのか。そんなことないと思いますけれども、二五%お上げになっておっても、あるいはもっと三〇%も上がったようなところは、これは結局恩恵に浴しないというようなことが、私しろうとですからわかりませんが、その点がどういうようになっておるのか、遺憾のないように、皆さんに満足されるような程度になっておればけっこうでございますけれども、その点ちょっと。
○佐藤(正二)政府委員 これはもともとこの住宅手当をつくりましたときに、それぞれの公館と申しますか、それぞれの在勤地の住宅の状況を詳細に調べましてつくりましたわけでございます。その今度御審議願っております法律に出てまいりますのは、十公館でございます。したがって、私どものほうの在外公館というのは百幾つございますから、その中の非常に少数の非常に住宅の家賃が上がったところのみをとりまして、今度御審議願っているわけでございます。しかもその住宅手当の引き上げ率自体も二五%だけではございませんで、一〇%のところもございますし、一八%というようなところもございます。それぞれの場所の状態に従いまして大蔵省と折衝いたしまして、こういうふうにきめたわけでございます。
○鬼木委員 ですから、これは住宅手当をつけていただいて、皆さんが満足されるように、こぼれがなければ私はけっこうだと思いますから、その点をちょっとお伺いしたのです。 次に、今度は海外移住事業団について少々お伺いをしたいのでございますが、昭和二十九年に日本海外協会ができた。それから三十年に移住振興会社ができて、二本建てで車の両輪のごとくやっておった。ところがそれがだんだん時代とともに、昭和三十五年ごろから移住がとまる。昔は移民というようなことばを使っておったようでございますが、そこで三十七年に二本建てを解消して、移住審議会から答申が出たので、海外移住事業団というものを三十八年に設立した、こういうふうに大体大ざっぱにお話を承ったのでございますが、今度総理府の移住審議会の答申で移住の政策理念というものが発表してありますが、大体そういうようなことで現実は運営されておるのかどうか。どういう点に重点を置いて海外移住事業団が運営されておるのか。大ざっぱでようございますので、ちょっとお伺いしたい。
○愛知国務大臣 移住問題につきましては、ただいま経過もお述べいただいたわけで、そのとおりでございますけれども、国内経済が非常に高度に発展をしてきた。また一方において国内的な労働需給状況が非常な変化を来たしてきた。それから移住者の受け入れ国の受け入れ条件がいろいろ変化してきているというような、最近数年間あるいは十数年間の間に情勢がだいぶ変わってまいりましたので、三十八年以来、移住審議会でもいろいろとこうした新事態に即応した考え方を検討していただいておるわけでございます。そうして考え方としては、一つの柱といたしましては、海外に移住される方が、個人個人の立場といいますか、あるいは個人個人の利益追求ということももちろん大切でございますけれども、国家的な立場に立って、国全体としてのエネルギーを広く移住先にも広めて発展させていく必要があるのではなかろうかということが一つであります。それからいま一つの柱としては、移住者の数をいたずらに多く考えるよりは、行かれた方々に安定した生活をしていただきたい。いわばアフターケアと申しましょうか、それにできるだけ重点を置かなければならない、これがもう一つの柱でございます。終戦後だけでもたしか全体で十七万人ぐらい移住されているわけですが、これらの方々の中には必ずしも満足すべき状態でない、非常にお困りの方々もおられるわけでございますので、こういう方々が定着して、かつよりよき生活条件の中で活躍していただきたいということで、特にこれに重点を置いてまいりたい、こういうふうに考えているわけでございます。 それからもう一つは、これは必ずしも移住政策と直接うらはらの関係ではないかと思いますけれども、海外に対する技術協力の必要性ということが各国からも非常に望まれていることでございますので、そういった面の技術協力において、日本人の優秀な人たちに技術をもって進出をしてもらいたい、こういうこともあわせて努力しているつもりでございます。
○鬼木委員 いまお話のありましたように、つまり移住ということには人の面と技術の面があるということは、いまの御説明でよくわかったのでございますが、いまも仰せになるように、戦後は競うて南米方面に相当、いわゆる昔の移民をされた。移住事業団ができる前の移住振興会社では膨大な土地を買い入れた。そしてたくさんの土地が余っておる。ところがいまの御説明のように、三十七年ごろからその足がとまってしまった。私の調べた範囲では三十五、六年ごろだったと思うんですが、そのころから移住がほとんどとまってしまった。ところが振興会社のほうでは膨大な土地を買い込んでその処置に困ったというような事実もある。それからかつて問題になりました、戦後の混乱期に何の用意もなくして無責任にどんどん送り出したというので、今日七十万からの南米に移住していらっしゃる方、なかんずく六十万ぐらいがブラジルと聞いておりますが、そういう方が大臣のお話のようにいま非常に迷惑されておる。その顕著な例は国会で問題になりました例のドミニカの問題。こういう乱暴な移住政策をかつてはやったんだ。それではいけないというので、移住事業団というものをつくって、そしてまたいまお話しのとおり技術協力事業団という技術のほうの協力事業団もあるようですが、いままでは農民が主としてやっておられる。ところが今日は、送り出しというよりも向こうへ行っていらっしゃる方をひとつ十分お世話をしようというアフターケアだ。送り出しはもうつけ足りになって全部アフターケアだ、こういうことになっております。いま私はその是非をどうだこうだと言うんじゃありませんけれども、それに対するところの組織、機構が非常に検討を要すべき問題だ。三十八年に海外移住事業団を新設されていままでの二本立てを一本立てになして、そして地方には、大臣も御承知と思いますが、各府県に地方事務所というものを置いてあるんですね。それで全国で百三十名ばかりの人間を配置してある。県単位でいいますならば二、三名だと思うのですが、それはお話を聞くとかつて移住に関係した経験者だとか海外渡航の経験者だとか、こういうことを言っていらっしゃる。そして送り出しのほうは、まあ相談はしているということはおっしゃっているけれども、ほとんど何もやっていない。これも資料をいただいておりますけれども、年間五、六百名ぐらいでしょう。南米ばかりでなくしてカナダとかアメリカあたりを入れればかろうじて千名足らずです。千名足らずの人を送り出すのに海外移住事業団というような特殊法人をつくって、そして審議会なんというものは年に一回しかやっていない。全然これはでたらめで、そして地方事務所あたりに二人か三人おって、何しておるかわかりませんけれども、こういうことこそ私は行政改革の一番にあがるべきものだと思う。大臣がおいでているから申し上げますけれども、これは念が入っておりましてね。地方には支部というか駐在所というようなものまであるんですね。だからこういうものはあるいはブロック別あたりにもう少し組織、機構を簡素化してやったらどうかと私は思うのですが、この都道府県の地方機関なんかは私はもう必要ないと思うのですね。こんなところで何をやっておるのか。大体送り出しは年間にどれくらいやっておるかといえば、全国的では五百名か六百名です。移住相談あるいはあっせんをして要員を養成して、そしてそれを送っておる。それが、何ぼ送っておっても五百名そこそこですね。それで予算は二十億とっているんですよね。その二十億の予算は昨年と同じことですよ。こういうこまかいことまでは大臣はごらんになっておらないかとも思いますけれども、これはひとつ大臣に見ていただかなければならぬ。私はほんとにこれは初めてですが、予算が去年のとおりですよ。ただ事業団に交付する金が二億円ばかり上がっております。先日説明においでたえらい人が鼻高々と、ここで二億円ふやしておりますといってたいへんな何でございましたけれども、交付金は二億円ふえておりますが、あとは去年のとおりですね。去年のそのままをずっと——ここに予算書があるのですよ。移住地の調査費が去年もことしも同じ七百五十二万五千円です。それから海外移住事業団の監督費がやはりことしも七百九十九万、海外移住事業団出資金が去年もことしも同じ二億、全部去年の予算をそのまま移してあるのですよ。私は、こんな予算書は生まれて初めてなんですよ。大臣、いかがですか。だからといって大臣、誤解なさっては困りますけれども、私は予算をふやしたからいいと言うのじゃありませんよ。予算をべたべたふやせ、これは何%ふやせ、これはどの程度ふやせ、私はそういうことでりっぱだということを申し上げているのじゃない。これは減ったってかまわない。あるところは減っておる、あるところはふえておる、それでけっこうだと思うのです。これでは進歩もなければ何もない。去年の人員が何名だからことしの人員も何名でございます、変わりはございません、旅費規定できまっておりますから変わりません、これでは予算の検討も何もする必要はない。審議会は予算の審議もすると書いてありますけれども、何を審議しておるのか、しかも年に一回だという。誤解のないように申し上げたいのですが、私は海外移住事業団というのがあるならば、予算は、ことしの二十億が、三十億になろうが四十億になろうがかまわない。生きた金を使うのであれば何ぼ使ってもかまわない。だけれども、これには進歩がないじゃないか、前進がないじゃないか。去年の予算をそのままべたっとやるんだったら、どんなしろうとだって何のことはない、そういう状態でございまして、私は、もう少し本気にやっていただかなければ、また昔の移住政策のような二の舞いを踏むのじゃないか、そういう点において、大臣は移住政策ということに対してもう少し意欲を持っていらっしゃるかどうか、そういう点についてお伺いしたい。
○愛知国務大臣 これもまたまことに適切な御質問をいただいて恐縮なのでありますが、実は移住政策の転換ということについては、私としてもずいぶん頭を痛めてまいっております。予算の構成はいま御指摘のとおりでございまして、これはまたあとで御説明するといたしまして、まず消極的なほうというか、整理したほうから申しますと、確かに地方における職員なども多過ぎるような状況になりましたから、概数でございますが、百五十人を百十人程度に減らしました。それから神戸の移住センターを閉鎖いたしました。そういうようなことで、政策の転換期に際しまして、抑制すべきところは自制の措置もとっているつもりでございます。 それから、移住事業団のほうの関係でございますが、これは先ほど申しましたように、すでに移住した方々の定着措置、アフターケア、これに特に重点を置いて、せっかく行かれた方々に対してよりよき環境をつくり上げたいということで、概略申し上げれば、予算の約半分あるいはそれ以上はその方面に充てられることになりますので、こういう意味で、形の上では同額でございますけれども、内容的に相当の変化をもたらしておるということになると思います。 それから移住者の数でございますが、確かに事業団から補助を受けて参りますのは、最近は年間六百人ぐらいです。しかし、同時に、移住者の総数ということからいえば、これはカナダその他を含めますと、四千五百名程度にはなっておるわけでございます。私、率直に申し上げまして、移住の状況がこうであるからといって、全くこれを捨てることは適当でない、むしろ積極的に、先ほど申し上げましたように新しい情勢に応じてアフターケアを大いにやることと、それから技術協力的な意味を加えた、新しい時代に即応した移住政策というものを展開してまいりたい、こういうことで、審議会などもいま御指摘がございましたように年に一回しかやってないじゃないか、あるいは二回で何ができるか、こういうまことに適切な御指摘でございますので、そういう面におきまして、今後一そうくふうをこらしてまいりたい、新しい情勢に応ずる移住政策の新展開をはかりたいと考えますので、いろいろとまた建設的な御協力をお願いいたしたいと存じます。
○鬼木委員 いま大臣の御説明もあったとおり、私もそのように思うわけでございます。現時点においては、極端に申しますと労働者は無用だ、経済援助あるいは技術援助と技術協力を求めておる、趨勢はそのようになっておるのだ……。私もそのとおりと理解しております。様相は変わっております。従来農業移住が主体であったのが、今度は受け入れ側の国とすれば、国土発展、産業の近代化というような、社会における後進性を一掃してもらいたい、こういうことを望んでおると私は思うのです。そこで、移住者の中でも技術者を向こうは歓迎する、これは時代の要請だと思うのですよ。昔のような一旗組では実際の話困るのです。そういうことになりますならば、やはりこれは、技術協力事業団——あとでちょっとお尋ねしますが、そういうのもありますけれども、しかしながら、移住事業団のほうもその指導者要員を養成してやるとおっしゃっておりますけれども、その数がほんとうに微々たるもので、もう少し意欲をもって送っていただきたいということが私の希望であって、そういう点においては、ただ単に指導者要員というようなものばかりでなく、企業進出というようなことでも技術者をどんどん送っていただきたい。永住するようにですね。技術協力者は技術交流でございますから、指導者となるオーソリティーを送って、ある程度向こうの開発が済んだら帰ってこられる、また違ったほうの権威者を向こうに送り込んで、また向こうに技術を輸出したら帰ってこられる。そうでなくて、移住事業団のほうは、企業ぐるみで向こうに永住してやっていただく、そういう要員の養成——個人の養成でなく、個人の養成もむろん大事でございますけれども、企業自体を団体的に移住させるということを、私は積極的にやっていただきたいと思うのです。そうでないと、どうも移住事業団のほうは、いま大臣のおっしゃるように非常に問題が多いと思うのです。これは時間がありますともっと詳しく実は承りたいと思うのでございますが、いかんせん時間がございませんので、大臣の海外移住に対する根本的な施策、方針、お考えを承って、この程度にしておきます。 もう一点ちょっとお尋ねしたいのは——実はもっと承りたいのですけれどもね。時間がちょっと困るのですが、お約束の三時間を経過しました。今度は海外技術協力事業団のほうにちょっとお尋ねしたい。これはまた審議会のことでございますが、運営審議会が昭和三十七年に発足しておるわけです。こまかいことは大臣はおわかりにならないかと思いますが、昭和三十七年に発足しておりまして、構成は十五名、事業団法の十八条、十九条に載っておりますが、これ十五名でございますが、ちょっと大臣これをよくひとつお考えを願いたい。その十五名のうちに各省の次官が十二名入っているのです。各省の次官が十二名、あとの三名が民間人としての学識経験者、こういうことになっておるのですね。そうすると、運営審議会のこの問題が、私は非常にぼけてきていると思うのですね。これは運営審議会でなくて次官会議だと思うのです。団法には、十八、十九条には、そんな次官をもって構成するというようなことは書いてないのですね。十九条には、「委員は、事業団の業務の適正な運営に必要な学識経験を有する者のうちから、外務大臣の認可を受けて、会長が任命する。」 「学識経験を有する者のうちから」だったら、学識経験を有している者は次官だけだということになる。十二名です。これは私はおかしな話だと思う。次官以外は学識経験者じゃないかというのですよ。学識経験者のうちからこれを選ぶ。そして十五名中十二名が次官ばかり。そうすると学識経験者はほかにはおらぬ。わずかに民間から三名学識経験者がおる。あとは全部各省の次官が学識経験者だ。そんなでたらめなことをやっておるから、どうも話がおかしいのですよね。本がおかしいから末がおかしくなる。本足りて末生ずと、そうじゃないですか。源遠ければ流れ長しと、どうです、そのとおりでしょう。その点が私はどう考えても——しかも先ほど言うように、何回も申し上げて大臣恐縮でございますが、あなたの認可を受けて会長が任命するんですからね。しかも、この審議会は、あなたの認可された審議会は年に一回しかやっていませんよ。しかもこれは次官会議ですよ、十二名ですから。そうして、年間わずかに五百名程度の技術協力だなんて……。それで予算は九十億とっている。予算は九十億、だから予算が多いというんじゃありません、もっと多くてけっこうです。だけど、それはもう少し強力に本気で私やっていただかなくては経済交流、経済援助、後進国の開発と、非常におらびだしはいいけれども、竜頭蛇尾で……。大臣はどのようにお考えになりますか。その点ちょっと大臣のお考えを承りたい。
○愛知国務大臣 これも全くおそれ入りました御意見で、私も同感でございます。かねがねこの審議会が全く事実上次官会議のようになって、いわゆる学識経験者が三名しかなっていない。この点は私も是正を要するところであると考えておりますので、改組をはかりたいと思っております。 言いわけがましくなりますけれども、この技術協力というのが——技術協力の面におきましては日本はまだ後進国で、たとえばいろいろな海外援助の中で技術協力の占める金額で示しても、その比率が日本の場合は非常に少ないものでございますから、ひとつ大いにこれに力を入れていかなければならない。ただ新しい試みと申しますか、仕事でありましただけに、それから関係各省の協力を大いに得なければならないという実際の必要上から、各省の次官にずっとここに入ってもらっていたというのが従来の偽らざる経緯でございます。ここまで参りましたらただいまの御意見に十分沿うようにいたしたいと考えております。 〔「もう時間だ」と呼ぶ者あり〕
○鬼木委員 皆さんがそのようにおっしゃいますから……。馬には乗ってみよ、人には添ってみよ。(笑声) ところで私もこれで終わりにいたしたいと思いますが、どうぞひとつ外務大臣、移住事業に対しましては格別の御配慮をいただいて、もっと高度の移住政策を実施していただきますように、切にこれは希望いたしておきます。いま申しましたように、相当問題がございますので、後日またゆっくり御相談をしたいと思いますが、十分検討していただきたい、このように私要望いたしておきます。 たいへん朝からおそくまで御迷惑をおかけしましてお疲れであったろうと思います。ありがとうございました。
○天野委員長 本案に対する質疑はこれにて終了いたしました。 —————————————
○天野委員長 これより討論に入るのでありますが、別に討論の申し出もありませんので、直ちに採決いたします。 在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○天野委員長 起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 なお、ただいま可決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○天野委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○天野委員長 午後一時三十分より委員会を再開することとし、この際、暫時休憩いたします。 午後一時九分休憩 ————◇————— 午後一時四十分開議
○佐藤(文)委員長代理 休憩前に引き続き会議を開きます。 委員長が所用のため出席がおくれますので、その指名により、私が暫時委員長の職務を行ないます。 環境庁設置法案を議題といたします。
○佐藤(文)委員長代理 趣旨の説明を求めます。山中総務長官。
○山中国務大臣 ただいま議題となりました環境庁設置法案について、その提案理由及び内容の概略を御説明いたします。 国民の健康で文化的な生活を確保するために、公害を防止し、環境の保全をはかることは現下の緊要な課題であり、文化国家、福祉国家の完成への試金石でもあります。政府もかねてからこの点を重視し、さきの臨時国会において関係法制の抜本的な整備をはかるとともに、これに引き続き、今国会に提出した予算案等においても公害防止を重点的施策として取り上げ、公害防止施策の拡充整備の裏づけとなる財政、金融、税制面について格段の配慮を払っているところであります。今回の環境庁の設置の構想は、このような環境問題に取り組む政府の基本姿勢を確立し、今後この問題に思い切って効果的に対処できる行政機構の整備をはかろうとするものであります。 まず、環境庁設置にあたっての基本的な考え方について申し上げます。 第一に、今回新設しようとする環境庁においては、公害の防止にとどまらず、広く自然環境の保護及び整備を含む環境保全に関するすべての問題をその行政の対象とすることにしております。公害の防止や自然環境の保護及び整備の問題の重要性にかんがみ、これらをばらばらにではなく全体として総合的に取り上げることが重要であると考えられますので、公害防止対策とあわせて自然公園行政等の自然保護施策をもその対象に含めることとしているのであります。 第二に、これまで関係各省庁に分散していた各種基準の設定、監視測定取り締まり等の公害規制に関する権限をすべて環境庁に集中して行政の一元化をはかることとしていることであります。従来公害規制の権限が多くの省庁に分かれているため、責任の所在が不明確となり、その実施面でも統一性を欠き、不徹底となるおそれがある等の批判がありました点を改善し、今後公害行政を強力に推進することをねらったものであります。 もっとも、下水道、廃油処理施設その他公害防止施設の整備などの問題は、関係各省の行政と密接に関連しているために、その事業の実施は従来どおり関係各省の所管としておりますが、環境庁は、現在の公害対策本部の機能を承継拡充して、広く、環境保全に関する基本的な政策の企画、立案、推進や予算面の調整を含む強力な総合調整機能を持つこととしておりますので、各省が一体となり、十分総合的、効果的な施策を推進していけるものと考えております。 第三に、公害の防止に関する科学的な調査、研究の重要性にかんがみ、国立公害研究所を設け、従来必ずしも十分でなかった公害の人の健康及び生活環境に及ぼす影響の研究その他公害の防止に関する調査、研究等を行なうこととしております。 次に、この法律案の内容の概略について御説明申し上げます。 第一に、環境庁の所掌事務及び権限については、一般的事項として、環境の保全に関する基本的な政策の企画、立案及び推進、関係行政機関の環境の保全に関する事務の総合調整、関係行政機関の公害の防止並びに自然環境の保護及び整備に関する経費の見積もり方針の調整等を行ない、特にこれらに関する試験研究費などについては、環境庁に予算を一括計上し、これを適切な計画に従って関係各省に配分する方法を採用するなど、その総合調整機能の強化をはかっております。 また、自然環境の保護及び整備に関する事項としては、自然公園法の施行、国立公園の公園事業の執行、鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律の施行等の事務を行なうこととしております。 さらに、公害の防止に関する事項としては、公害防止計画の基本方針の指示及び計画の承認その他公害対策基本法に基づく内閣総理大臣の権限の行使につき内閣総理大臣を補佐するとともに、環境基準の設定に関する事務を行ない、さらに大気汚染防止法、水質汚濁防止法その他の公害の防止に関する諸法律の施行、公害防止事業団の監督の事務などを行なうこととしております。 第二に、環境庁の長は、環境庁長官とし、国務大臣をもって充てることとしております。環境庁長官は、環境の保全をはかるため必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、資料の提出及び説明を求め、さらに重要事項について勧告を行なう権限を有するほか特に内閣総理大臣に対し、内閣法第六条に基づく措置がとられるよう意見具申ができることとしております。 第三に、環境庁の内部部局として、長官官房のほか、企画調整局、自然保護局、大気保全局及び水質保全局の四局を置くこととしております。 第四に、環境庁に附属機関として、国立公害研究所及び公害研修所並びに中央公害対策審議会、自然公園審議会及び中央鳥獣審議会の三審議会を置くこととしております。 第五に、環境庁の設置に伴い、内閣法及び各省庁設置法の改正その他関係法律の整理を行なうこととしております。 最後に、環境庁は、昭和四十六年七月一日から発足するよう措置しておりますが、国立公害研究所及び公害研修所については、準備の都合上、一定の期間その設置をおくらせることとしております。 以上がこの法律案の提案理由及びその内容の概略であります。何とぞ、慎重御審議の上、すみやかに御賛同あらんことをお願いいたします。
○佐藤(文)委員長代理 これにて趣旨の説明は終わりました。 ————◇—————
○佐藤(文)委員長代理 総理府設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大出俊君。
○大出委員 今回の一部改正法案の中身に新しいものもありますから、実は少しこまかく承ろうとは思っていたのですけれども、私の時間の関係で、関係法案の党内の手続が済んでおりませんので、それらの時間の関係がございまして時間がありません。時間があれば少し詳しく承りたいと思うのでありますが、前々から引き続き懸案になっております問題が幾つかありますので、まずそれをひとつ承っておきたいのであります。と申しますのは、前回もお答えいただきました駐留軍に働く皆さんの離職問題をめぐりまして、たいへんむずかしい問題が個々の家庭生活の面にまで及んでございますので、ここらのところを少し突っ込んで承りたいのでございます。 最初に、防衛庁の関係の皆さんがお見えになっておりますから、将来の展望について承っておきたいのでありますが、四十四年の十月から四十五年の九月までの間に、空軍関係三千八十五名、陸軍関係三千八百五十六名、海軍関係千八百九十三名の首切りがございまして、合計八千八百三十四名、こういう数字になっているわけであります。これに加えて、昨年十二月二十一日の日米安保協議委員会で、横須賀、三沢、板付、横田、厚木というふうなぐあいで、横須賀海軍基地では五千百十五名、三沢で千三百二十名、板付で八百八十名、さらに横田が五百二十五名、キャンプ・ドレークが二百六十六名、横浜、上瀬谷、厚木を含めまして三百二十五名、計八千四百三十一名、こういうふうになっているわけでありますが、ここから先の厚木の状況などながめておりましても、いささかどうもふに落ちない点等も考えられるというふうな点がございます。たび重なるこの種の大量整理というのが、年の瀬も押し詰まった十二月のぎりぎりに出されて、家族を含めてどうも正月気分にもなれぬということになっている。これではならぬという気がするのでありまして、もう少しこれは自主性を持ってやっていただきたいという気もいたします。そういう意味で将来どういうことになりそうかという点について、共同コミュニケも出ているわけでありますから、防衛庁側でその見通し等についてまずお答えをいただきたいと思います。
○安斉政府委員 お答えいたします。 ただいま先生から御発言のありましたとおり、昨年末の日米安保協議委員会におきまして、全国的に八千四百三十一名という解雇の予報といいますか情報が出たわけでございます。それにつきまして現実にただいま現在正式に、私どもの機関の出先でありますところの労務管理事務所、ここが現実に事務を扱うわけでございますが、ここに発出されています現実の解雇の要求書というものは、八千四百三十一名の予報に対して六千五百二十二名というのが出ております。これは全部三月から六月までの分でございまして、そのほかに特別なものと申しますか、十二月末の大量の解雇のほかに一般的なものといたしまして千二百二十一名というものが別途に出ているわけでございます。これを合計いたしますと、結論的にいいますとほんとうに要求書に出ているものが現在で七千七百十四名というのが現状でございます。そして、私のほうで知り得ている情報ではここまでのところでございます。 御指摘のありました厚木につきまして申し上げますと、ただいまの数字の中に厚木が一部含まれておりますが、これはいまのところ、三月五日の分と四月五日の分と、それから六月三十日の分というので、合わせまして三十九名というのが厚木の関係として出ております。しかし、これ以上の先行きどうかという問題になりますと、私どもとしてはいま確実な情報を得ておりません。それが現状でございます。
○大出委員 そこに常に、前の日までわからぬ、その翌日になると大量にというのですな。年じゅうそれでは、これはかつて、基地に働く方がないからというので、いなかへ引っ込んだ人まで、出かけていって労務連絡事務所から頼んで引っぱってきた方々がたくさんいるのですから、あまりといえばどうも不親切な気がするわけであります。 時間もありませんからその点はあらためて申し上げたいと思うのでありますが、さてそこで、横須賀の問題なんですけれども、先月の十三、十四というふうな日に、通告をした方々のうちを職場のチーフが歩いて就労要請をした。こういうことがありまして、第七艦隊も佐世保に行かないのではないかということなどが出てまいりました。その後、横須賀の市長、助役がオクラホマシティーの艦上で、ウイズナー中将——司令官に会って聞いてみたところが、佐世保には行きません、横須賀にごやっかいになりますから、こういう直接な話が実はあって、その証拠に、佐世保には住宅計画がありますがやってないでしょう、ここまでの話がありまして大きな騒ぎになったわけであります。これをめぐって外務省にも再三ものを言い、防衛庁にも再三ものを言ってみたわけでありますけれども、どうもいまだにはっきりしない。そしてつい先日は、二百七十九名の方々に一カ月ばかりの延伸をする。さてまたこの延伸をめぐりまして、地元にすればそういうことでもっててんやわんやの騒ぎになる、実はこういう状況でありまして、私どもを含めまして、狭い横須賀という地域に五千人もの、つまり五千世帯の方々に及ぶ首切りが出ているわけでありますから、いろいろな角度で就職あっせんその他をしてきております。ところが、その中途はんぱな形で就労を求められて、行かなければ、じゃ一体金のほうはどうなるんだという問題もあるわけでありまして、三月ならば、年度の切りかえ期でありますから就職先も比較的見つけやすい。がしかし、一カ月ずれて四月の末になったら、年度の切りかえ、各関係企業その他も予算がありますから、採用は終わりましたという結果になってしまう。行くに行けず、さて先の見通しもなしということで、全くもってにっちもさっちもいかないというのが横須賀という町の実情です。それを皆さんのほうで、わかりませんと言って捨てておける筋合いかどうかという点を、私は承りたいわけですよ。そんな無責任なばかな話があるかと言いたいわけであります。その辺の事情について、何べんか質問をしたし私自身も調べてはおりますけれども、あらためてこの席上でひとつお答えをいただきたいのです。どういうことなんですか。
○安斉政府委員 横須賀地区の問題でございますけれども、現実に昨年の十二月二十一日の安保協議委員会で五千百十五というものが離職を余儀なくされるであろうという予報になっております。しかし、現場の状況をその後私どもなりに当たりましていろいろ調査をしておったわけでございますが、大筋についての方向といいますか大綱といいますか、十二月二十一日の大綱というものには、いまのところ変化はないけれども、そういうものをやっていく上での一つの作業の過程で、どうしても出入りが起こる。たとえば部署が非常にたくさんございます。横須賀の場合には二十数部隊に分かれておりますが、この部隊における作業が一つの方向へ進んでいくのについても、従業員がいないとなれば作業が予定どおりいかない、あるいはある部分では非常に早く進み過ぎてしまうというようなアンバランスが起こってきていて、それらの調整というものが徐々に行なわれまして、現実には従業員の方にとってはたいへん申しわけないような状態でございますが、三月五日の分というのが七百五十一名通告が出ておりましたが、そのうちの二百七十九名という方々に対しては、もう一カ月四月五日まで延ばしてもらいたいという、非常に突如として手直しが起こったというのが事実でございます。そういうことが起こりまして、現実にはいま先生おっしゃいましたように、御本人のもとへ、戻るか戻らないかという承諾をとりまして、戻る方だけが出て、三月五日には、現実には三月、十三名の方がおやめになるという姿を呈しておるわけであります。しかし基地の中は、やはり作業状況が各部署ごとに出入りが確かにございます。そしてわれわれとしては、早く情報をつかんで、このがたがたを押えていくかあるいは先行きの見通しというものを立てないことには、やめるにやめられない、やめたとしても先にまたここの職場があるとすれば去就に迷うという心情がありありとわかりますので、その辺のところを前広にできるだけ正確につかみたいという努力は行なっているわけでございます。しかし現実の問題として、ただいま現在では三月中の分については変化はなかろうというふうに聞いておりますが、それ以上の分についてはまだはっきりしたところはつかめないというのが現状でございます。
○大出委員 なぜ一体横須賀に五千人からの解雇通告が出て、その妙なことが続くかという点、これは山中総務長官に先般私御質問したときに、これは中央離対協の責任者でございますからそういう意味で承ったところが、さっぱりどうも私は何にも知らないのだ、そんなばかなことはないじゃないですかと言ったら、そういうばかなことがあるのだというお話で、たいへんどうも私のほうがとまどったわけでございますけれども、最近はそんなばかなことはないだろうと私は思っておりますので、それで申し上げるのですけれども、いささかどうも不可解な動きが方々にありまして、外務省筋の皆さんに私がじかに承る限りのお話でも、本日もまたマイヤー大使に、一体これはどうなっているんだ、どうにもならぬがという話を外務省の皆さんがされたら、やはりずいぶん内部のいろいろな問題があったのだ、それは事実だとお認めになっている。第七艦隊は佐世保に行きたくないと言っている、これもまた事実だ。だから横須賀の市長に、佐世保になんか行きません、横須賀でごやっかいかけますからと逆にきれいにものを言われて、横須賀の市長はめんくらっているわけですけれども、その事実をマイヤー大使もお認めになっている。 さて、もう一つ事実があるのですけれども、昨年十二月二十一日に共同コミュニケが出ましたあと、米軍の横須賀につとめておられる家族の皆さんに、案内に類するパンフレットが、非常にりっぱなものでありますが、流されている。この中でいろいろ事情が書いてありまして、共同コミュニケのあったあとどうなるのでしょうかという家族の問いに答えた形になっているのでありますが、この中で、第七艦隊が佐世保に行くとすれば八月ごろだろうなんということが書いてある。ごろだろう、だから、行くのか行かないのかいまだにその意味ではわからない。さらに艦船修理部などの問題にしましても、技術者を確保しておきたい、こういうふうに米軍のほうは言っているという。そうなってまいりますと、これまたみんな切ってしまったわけでありますから、確保するのであれば、手直しが起こらざるを得ないわけでありまして、そこらの問題からさらに突っ込んで、それらを総合して一体どうなるのかという点についての外務省のものの考え方、マイヤー大使とのやりとりの中身等からいたしますと、それらの事実を認めた上で、したがって、共同コミュニケそのものは国と国との約束ですから動かすわけにまいらないけれども、何とかしなければならぬ。前に私が外務大臣に直接この席で質問をいたしましたどきに、愛知さんは、もし変更があるならあると言ってこい、こういうふうに実は言ってあるのだという言い方をされましたが、大綱は変わらないけれども変更があるということを、先方のマイヤー大使のほうは認めている、これが本日のところ私の耳に入っている中身であります。来週の水曜、きょうまで待ってくれということになっておったのだ、つまり来週の水曜というときょうなのでありまして、したがって、この種のことは確かに外務省という一つの筋はありますけれども、やはり的確につかんでおいていただきませんと、現場の混乱というものはたいへんなことになる、だからここまで私申し上げるのですが、離対協の責任者でもあられる総務長官でございますから、一体どういう状況になっているのかということを把握しなければ——閣議でいろいろ報告されて離職対策ができておりますけれども、手の打ちようがないわけでありまして、せっかく就職のあっせんをしたのだが、またこれは取りやめになるのだということに現実になっているわけであります。したがいまして、そこらのところ、対策を立てる皆さんの側で情勢をどういうふうに把握されておられるのか。ここらのところを私どものほうでいろいろ当たってみても、いま申し上げたところまでわかるわけでありますから、政府側の皆さんのほうでも、もっとわかっていなければならぬ筋合いのものでありまして、そこらのところをもう少し突っ込んでお話をいただきたいのであります。長官どうですか。
○山中国務大臣 はなはだ遺憾に存じますが、いまの防衛施設庁の報告も私は初耳であります。そこで、この防衛施設庁もまた、あるいは外務省のルートによるマイヤー大使との交渉というものが、そのまままっすぐに施設庁そのものにきていないのかもしれません。そこらのところは好意的に見ても、私は問題があるかもしれないと思います。いずれにしても、そういうような当初の発表されたものに基づいて、私ども中央離対協というもので各省関係者集まって相談をして閣議に報告をしたわけですが、それに対して、着々と準備の会談等も進めようとしておるわけでありますけれども、これは地域ごとにいろいろ差がありますから、それぞれやろうとしておるわけでありますが、そういう連絡がたいへん緊密でないということは、ただいまもまた認めざるを得ないという事実関係がありますので、今後私どものほうの審議室と、今回の場合主として防衛施設庁、それから各省との連絡をやるわけでありますが、その間の連絡のあり方等について、もう一ぺんやり直さしてみます。どういう手段をとったならばこういう事態が起こらないで済むか、あるいは施設庁もあとで知らされて、話が違うのじゃないかという立場に置かれているのかもわからぬと私いま思っております。
○大出委員 私、いま外務省のだれからということをあえて申し上げていないのでありますが、これは私のほうで直接お話を承っておりますので間違いないのでありますが、ただ、公式の席でございますからどなたかということを申し上げていないのであります。ただ残念なことは、やはりこの種のことは、一日一日現場におきましては、女房、子供にものを言われておやじさんが非常に困って、私のところにまで電話をかけてくるようなわけで、そういう差し迫った実情にあることを御認識をいただきませんと、私はほんとうの意味の離職対策は成り立たないと思っているのですよ。ですから、いま長官いみじくも、連絡のしかたその他をやり直してみたいというお話でございますから、それでけっこうなんですけれども、ともかくこれは何べんか外務省にも防衛庁にも、私は分科会でもいろいろ質問をしてきているのでありますが、そのつど現場ではどうしようかという迷いが常に起こっているわけであります。ほかのほうも延びるなら、たとえば艦船修理部なんかも四月十八日の期限になっておりますから、こちらのほうも手直しがあって延びるのなら自分はいたいのだという人がたくさんいる。なぜならば、四半世紀にわたってつとめた方で、しかも一ぺん自分はいなかに帰ったのだが、呼び戻されて、頼まれて出てきてつとめてきて五十歳を過ぎちゃっていますから、中高年齢で再就職をすれば賃金が下がることは間違いない。また長年その技術も習得をしてきてつとめているわけでありますから、中には聞いてみると、私はこの間、直接現場の諸君と話をしてみましたが、この間潜水艦の修理があってSRFに入った、重要な部品が一つ横須賀にない、至急本国から取り寄せようということになったのですが、これは二十日かかる、そうしたら、来月また入ってきたときに直してもらえばそれでいいからといって、顔見知りで、そういうことで手配をしておいてくれといって出ていった。そうすると、また来月間違いなく入ってくる。十八日過ぎて入ってこられたら自分はいない、いないのだけれどもオーケーというわけで送り出している。オーケーと言ったって、十八日過ぎれば自分はいないのだということになる。その本人の気持ちからすれば、来月また来るといったのだから、修理は必要なんだから、これは首にならないのじゃないか、みんな迷いを生じます。そうすると、来月の十八日に向けて離職者対策をやっておられる皆さんのところに本人は相談に行っているのだから、片方で来月入ってくるだろうという話になっているのだから、妙なぐあいになっちゃって、いろいろ口があるけれども踏ん切りがつかない。いられるならいたいということになるから、そういう形のことに、やはり国の行政責任においてしてはならないと私は思うのです、この種のことは。 だからそういう点を含めまして、先ほど安斉さんからお話をいただきましたが、もう一ぺん申し上げますけれども、マイヤー氏のほうは、七艦を含むアメリカの軍の内部にいろいろな矛盾があって、世界の五分の一の守備範囲を持つ第七艦隊が佐世保に行くなどということはあり得ないではないかと言う、そういう海軍側のものの考え方がある、この事実は認めておられる、アメリカ大使館の側でも。そこで出されているパンフレットでは、家族に安心しろという意味で流している中身なんですけれども、八月ごろになるだろうという。これも八月ごろであって、八月と言っているのじゃない。だから先ほど申しましたように、事情の変更があるということになると、つまり七艦の佐世保行きも延期という形にしておくのかもしれない。その延期がこれは非常に長いのかもしれない。そこまで考えなければならぬわけでありますから、少なくとも家族にあてて八月ごろと言っていますから、それから早くなるということはない。そうすると七艦に関しては、オクラホマシティーがおるのですから、行かないのですから、そこで切られている人の気持ちになれば、当然雇われていていい筋合い。これはもちろん皆さんも御存じ、防衛庁も知っていると思うのでありますが、アメリカの来年度予算編成に関する、七艦に関する海軍予算というのは、ふえればといって実際に減ってない、これは外務省もお認めになっている。そうすると、当然これは継続していい筋合いになる。それは私も党の立場からして、早く横須賀は返してもらいたいと思っている。いるのだけれども、現実にいまのようなことが起こっている。事実に即してものを言えば、これはこの現実もまた認めざるを得ない。そうなれば、一刻も早く個人個人が困ることについて解決をはからなければならぬことになる。だから、そうならそうで、やはり皆さんのほうもその現実に即して、共同コミュニケを出したのだから、この線は変わっていない、やがて七艦は佐世保に行く、こうなったままになっておって、それが期間は相当の期間がある、こうなりそうなんでありますから、だとすると、その間、では一体四月十八日というのはどうするのか、三月の時期は過ぎましたが、そこらのところは早く手を打っていただかぬと、これはほんとうに人道上の問題ですよ。だから先ほど手直しはあるようだというお話なんですけれども、これはもう少し突っ込んで、手直しとは——技術者を残しておきたいということも事実である。何しろ佐世保での募集は、四十何人か募集したら三人しか来なくて、やめちゃった。その三人もとってないのです。こっちで減るからというので向こうで募集したら来ない。来ないからわずか来た人も採用してないということになってくる。技術者が要るのはきまっているんです。修理の予定もきまっているんですよ。私は艦船修理部の責任者に直接聞いてみた。そうしたら、貨物船が入ってくる。そのあとまた潜水艦が入ってくる。そのあとまた軍艦が入ってきて、ここのところ修理ラッシュだと言うんです。そうなると、技術者が要らないなんというばかな話はない。これは皆さんが現地へ行ってごらんになればおわかりになる。いつも皆さんがおやりになるのは電話一本入れるだけだが、そうではなくて現地に行ってごらんになれば、そんなことはすぐわかるんです。そういうところまで皆さんのほうでお考えいただきたいと思う。技術者が要るのか要らないのかという点について皆さん方はどう思っているのか。私は担当者じゃないんで、皆さんのほうが担当者なんだから詳しいはずだ。そこのところはどうなんだということをもう一ぺんお答えいただきたいのと、それから、手直しというのは相当の間ズレがある、これをお認めになるならばお認めいただきたい。 あわせて一つお願いをしたいのは、私は前に鶴崎参事官等には言ったのですが、この際取りあえず延ばすなら、一カ月なんて小切らぬで、せめて六月くらいまで延ばしてくれということです。六月という月は非常に重要な月です。六月は期末手当の出る月ですからね。みんな長期勤続の方々ばかりなんだから、その方々の先々を考えれば、そのくらいのことは考えてやったっていいんです。ひとつも悪くはない。仕事がないんじゃない。そういうことで少しここで期間を置いて、そういう延ばし方なら延ばし方をして、その間にほんとうの意味の広域紹介を含む離職者対策を確立する、これが私は必要なんだと思うのです。したがって、そこらの事情と、皆さんのほうのお考えをもう一ぺん承っておきたいのです。
○安斉政府委員 SRFの問題でございますが、先ほど私が答弁いたしましたのに多少誤解があったかと存じます。私申し上げましたのは、十二月二十一日におきましてコミュニケが出ましたところの大量の人員整理の問題について、大綱は変わらないというのが現在の時点の状況でございます。そしてこの三月五日の分で手直しがあったと申しますのは、この大綱に基づいての作業と申しますか、いろいろ荷物を運び出す問題とか、ある部分について閉鎖をする問題とか、いろいろなものがございますが、こういう問題につきまして各部署でスケジュールより早くなったもの、おそくなったもの、いろいろ出入りがございまして、その部分について手直しが一部起こってきていると いうのが三月五日の問題でございます。しかし、大綱におきます変化というものにつきましては、いまのところ私のほうでは承知しておりません。 しかしながら、先生おっしゃいますように、実際にこの仕事をしております従業員の方々は、日がさまっているならばきまっている、それから、もし何かの手直し等で延びるならば延びるにしても、いっどうなるのかという先行きの見通しがありませんことには、自分の去就をきめるのに非常に迷うというのが実態でございます。そこで、できるだけはっきりした期日を切って、もし手直しがあるならばあるとしても、それをはっきりさせるというふうに処置していきたいというのが私たちの念願しているところでございます。そういう立場で、また考え方で、今後とも臨みたいと思っております。
○大出委員 外務省の方が言っておるのは来週の水曜ということで、これは先週の話でありますから、来週の水曜といえばきょうでありますが、きょうないしあした手直しを言ってくるのではないかと思っている、こういう話ですから、あるいは多少の手直しがまた出てくるのかもしれません。しかしこれも、あらかじめ皆さんのほうで軍のほうと少し突っ込んだ話をしないと、向こうさまの都合でかってに手直しだけ出てきて、また一カ月だなんてことになって、そこへいったらまた手直しだということでは、いまの艦船修理は特にそうですが、仕事があるのはわかっているわけですから、間接雇用とはいいながら雇用責任はやはり政府にあるんだから、それでは事は済まぬですよ。だから私はこの間も外務省の皆さんにも申し上げたのだけれども、事こういう状況の際ですから、その点もう少し突っ込んだ話し合いを向こうとするような形に、これは皆さんが努力をされてやっていただきたいと思うのですよ。山中総務長官はそのほうの担当じゃございませんから、長官に申し上げないのですけれども、これは機会をあらためて防衛庁長官にでもまたお話をしたいと思いますが、ひとつその点はぜひやっていただきたいと思う。 あわせて艦船修理部なんですが、これは聞くところによると、十三日に総理府のほうで打ち合わせをおやりになる、こういうことのようでございまして、これは閣議報告の中で返還地の活用というのが一つ入っているんですね。この問題あたりも、先般私が質問をしたときには、防衛庁の鶴崎参事官から、三月の上旬までには結論を出しますというお答えが実はあった。上旬というときょうが上旬の終わりなんですな。あしたから中旬でございますから、あとがないのですから、どうなさるのかひとつはっきりしていただきたい。だからきょうは鶴崎さんにお出かけいただきたいと言ったら、かわって安斉さんがお見えになったのだから、責任継承の原則がございますので、お答えいただきたい。
○安斉政府委員 SRFのあと地の利用という問題につきましては、防衛本庁内におきましていろいろ案をつくりまして検討をしております。先生いま申されましたように三月の上旬にということでございますので、作業としては非常に進んでおると思います。三月十三日に総理府のほうに初めて防衛庁としての案を出すのではないかというふうに聞いておりますが、現実には防衛本庁のほうでこれを取り扱っておりますので、私の立場といたしましては、それをどういう案できちっと出すのかというようなことまでははっきり申し上げられないということでございます。しかし、非常に近い機会にそういうものが出るであろうというふうには聞いております。
○大出委員 これはおそらく山中さんのところへ報告が行っているんだと思うのですがね。中身は三つしかないといってこの間鶴崎さんは答えている。一つは、土地に関しては国有、そして艦船修理、昔の海軍工廠ですけれども、このほうは国営、つまり国有国営という考え方が一つ。それから土地は国有で政府出資の会社という形、まあ公社あるいは特殊法人的な形、これが二つ目。三つ目が国有民営、土地は国が持っていて民間にやらせる。この三つが考えられているということで、このおのおのにそれなりのプラス、マイナスがある、こういうわけなんですがね。 そこで承りたいのですが、この国有国営あるいは国有で政府出資の会社あるいは国有民営、ここで一つの問題は、人をかかえておくのは困るという問題だ。これを続けてやっていく以上は、中身は変わらないのですから、いままでだって民間の仕事をたくさんしているのですから、何も形が変わるんじゃない。しかも最近、どういう関係か現実たいへん仕事がふえている。にもかかわらず、長年政府が雇ってきた人たちを、続いていくにもかかわらず首切るというのは、これはいささか不合理だというように思う。一つは、高齢者だからやめさせちゃって、若手を雇って人件費でも落とそうという気があるのかもしれないけれども、過去の歴史からいって、私はそれはこそく過ぎると思う。だからその三つについてどういう点が問題なのか、ひとつここではっきりしていただきたいのです。
○安斉政府委員 先ほども私申し上げましたように、これは防衛本庁内で案を練っておりますので、その基本的な問題あるいは細部につきまして、私御答弁申し上げるにはいささか適当でないという立場にございます。いまおっしゃいました三つの方法のどれかになろう、先ほどの非常に近い機会に案として決定をして、関係各省なり何なりで話し合いに入るであろうということは、おっしゃるとおりでございますが、私は労務部でございますが、私の立場とすれば、できるだけ早く、しかもできるだけ多くの方々が雇われるという姿が一番望ましいわけでございます。そういう二つの原則から、防衛本庁がこれを扱う場合の問題の一つのあり方としての意見というものは、私どもから申し上げてあるわけでございますが、いま申し上げました三つの形態の中で、それがどういうふうに行なわれるか、あるいはそのどれかにきまった場合でも、ほかの方法をもって、それに代替するような方法をもって、そこにいる従業員の方が就職されるという方法がつけば、それでもいいかと思いますし、その辺を考えあわせた上で結論的なものが出ましたときに対処したい、こういうふうに考えておるわけでございます。
○大出委員 これは閣議報告ですね、総務長官。総務長官に承りたいと思いますが、この閣議報告の中に、返還してもらったところを活用するんだというふうになっているわけでございますが、そういう意味で、これは離職者対策としてそういうお考えなわけですから、そうすると、いずれにせよ艦船修理部というものは、離職者対策の側は、この報告の中身からすれば、とにかく今回艦船修理部に関する首切り通告を受けた皆さんが、まるまるかかえられていくという方法が一番ベターである。これは間違いない。ですから、そういう立場にお立ちの総務長官の側からは、十三日にというのですから、皆さんのほうもお考えおきいただかなければ、防衛庁がこう言ってきたから、はいそうしますという筋合いのものじゃないだろうと思うのです。つまり総理府の側でお考えになっているいまの問題、ここまでくればそこのところの基本となるべきものをお答えいただきたい。
○山中国務大臣 いまの施設庁の労務対策から見ての基本線、これは私どももやはり基本線であります。すなわち、不幸にして解雇の余儀なきに立ち至った人たちを、なるべく同じ技術で同じ職場で、賃金、条件等が若干違うにしても、やはり働く生きがいというものの中でなれた仕事で生活していける、いま横須賀に例をとりますれば、そういう環境をつくるために何をしたらいいかという問題だと思うのです。そのときには、防衛庁は防衛庁として、防衛本庁と主として雇用者の立場にある施設庁との間において若干の見解の違いもありましょうとも、そこらを調整して離対協に持ってこられると思うのですが、防衛庁の案が出てきたからそのとおりにするというものではありません。いまの防衛庁の分けました三つの案のほかに、完全な払い下げによる、土地も施設も民有民営という民間払い下げというものもあり得るわけでありますから、そのときには、大蔵省、通産省、運輸省、ことに大蔵省においてはその評価等をどうするか、通産省においては、どのような企業にそれを払い下げもしくは雇用のためにどのような条件を付すか、すなわち、できるならば全員いまの体制で民間会社で働ける、週五日制が五・五になることはしかたありませんが、そういうようなこと等も考えながらやる方法もあるわけです。しかし防衛庁として、日米防衛協議会においてこの問題が俎上にのり、それによって話の糸口が始まったわけでありますから、まず防衛庁の業務機構、あるいは防衛庁自身が一号から六号までのドックを使おうといっているのかもしれないし、あるいは四号まででけっこうですというのかもしれない、あるいはそちらのお考えに従いましょうということであるかもしれませんが、それらの問題を踏まえて全体としての角度から検討するというのが私どもの立場でございますから、そういう意味で出発点は、防衛庁の意見というものをまず聞かなければなりませんので、次の予定されている会合に防衛庁の本庁並びに施設庁としてまとめた案をすみやかに出してもらいたい、そのあと、その次はおそらく私どもが主導権をとってやらなければならぬと思いますが、大蔵、運輸、通産、労働、こういうところと連携をとって、防衛庁の意見どおりにならない場合は了解してもらうという工作をせざるを得ないと考えております。
○大出委員 きわめて明快にお答えいただきまして、私もいまの御趣旨に賛同いたしますが、いずれにせよ、国有国営ということについてのメリット、デメリットの問題は、それならば、国がやっていくのだから、土地も国が持っていくのだから、何で一体首を切るのだ、理由はないじゃないかと言われるのが困るというのが、旧来の防衛庁の考え方なんです。これも私は大きな矛盾だと思う。それからまん中の、国が出資をして土地は国が持ってやっていくんだということになると、国が出資する限りは民間の仕事を請け負うというのは邪道ではないかといって責められる、これはまことに困るというのが防衛庁の当初からの考え方。三番目の国有民営ということになると、やがてその土地は民有民営ということになってしまう、だからこれまた困ると言う。そうなると、そのメリット、デメリットを考えたら、どこにも持っていきょうがない。踏ん切りがつかぬ。やはりどこかが中心になってぴしゃっときめていかぬと、ずるずる延びるだけになってしまう。これはよろしくないと私は思っておる。現地にもいろいろな意見がありますし、一つの組織があれば組織の意見がありますが、事ここまで来れば、どこかで決断をしなければならぬと思う、プラス、マイナスがあるのですから。そういう意味で、総務長官がそのほかにも案があるとおっしゃったし、離対協の責任者でもございますから、各省にまたがることにもなり、総理府の所管ということにもなりましょうから、そこのところは三月の上旬にきめます、こう言っておられたわけですから、現地の混乱を一日も早く避けるということを含めて、ひとついまの趣旨に従いまして、ぜひこの辺で早急に、それこそ勇断をふるって御決着をいただきたい、こういうふうにお願い申し上げておきたいわけであります。 あと一つ承ってまいりますが、実は沖繩の全軍労関係の皆さんと本土の全駐労の皆さんとあるわけでありますけれども、上原さんもおいでになりますから、現地のほうはまさに専門中の専門でございますので、お願いはあとからすることになると思います。いままでの経過からすれば、私もこれは長らく手がけてまいりましたが、本土側できめれば、たいへんおくればせでございますけれども沖繩にも及ぶ。二月十日にストライキを打つと、それが一つ間違うと住民同士の争いではなくて基地に大きな影響を与えるということになったとたんに、屋良さんと山中さんとの間で話が進んで、六億幾らかの金をぽんと出した。出したのはまことにありがたいのですけれども、その間にけっこう長い期間にわたってずいぶん差別があう過ぎたということを実はあらためて私も思い知らされたわけでありまして、何でもっと早くやってくれなかったかというふうに思ったわけですよ。そういうわけで本土側の制度というものが直っていけば向こうに響くわけです。ここまで来ておりますから、なるべく早急に向こうに及ぶようにしてもらいたいと思います。 そこで私がどうしても不納得でございますのは特別休職手当制度、これは実は五十歳という年齢制限があって、ただ単に初めて提起をされたからという理由だけで大蔵省にけ飛ばされる。必要なものであれば初めてであろうと何であろうと通さなければならぬ筋合いでございまして、何で一体初めてだからという理由でけ飛ばされたかということ、これを防衛庁側が納得した理由がわからぬ。そこらのところはどうなんですか。
○安斉政府委員 特別休職制度の問題につきましては、おっしゃるとおり四十六年度の概算要求として要求をいたしましたが、これは通らなかったわけでございます。通らなかった理由というのはいろいろございますと思います。しかし一つの理由といたしましては、現在の本土における労働の体系と申しますか、そういうもののバランスにおいてまだ検討しなければならないという問題が残っているという問題もございます。それから、現在駐留軍関係離職者等臨時措置法というのがございます。これによって離職者に対する各種の措置というものが行なわれているわけでございますが、この臨時措置法をフルに活用することによって、まず今回のところはそれの効果的な運用を重点に置いていきたい。特別休職手当というものについてはなお研究すべき余地が残っておる部分がある。これは予算的のバランスもありましょう、あるいは一般労働行政上のバランスもありましょう、法律的な問題もありましょう、そういうようなものについて、予算の概算要求、復活要求の時期においては、われわれとしていろいろやってみましたけれども、まだ疑問の点が残るということで今回は引き下がっているのが現状でございまして、必ずしもそのものずばりという形ではないかもしれませんけれども、今後いろいろな角度から研究を進めて検討していきたいというふうには考えております。
○大出委員 これは、先ほど総務長官がお答えになった答弁の内容にいたしましても、本日あしたあたりのところで、外務省筋から先ほどもお話しになりましたが、昨年十二月二十一日の共同コミュニケに関する具体的な中身についての手直しがある、国と国との約束ですから基本線はもちろん変わりませんが、何がしかの手直しがマイヤーさんのほうから出てくる、長官の御答弁の中でも出てくるということになると、これは現地では非常に大きな関心を持つ問題なんです。これで影響があるのは、まず現地の個々の皆さん、あるいは組織の方々、あるいは横須賀市の皆さん、あるいは神奈川県の諸君、これは大きな影響があるわけです。同じようにいまの特別休職手当制度も、これが前に進みますとすぐ沖繩全軍労の皆さんにも直接関係があるのです、要求をしておられるわけですから。だから、いま言われるようなことでなくて、臨時措置法があるのは私も百も知っている。伊能さんも、いまお見えにならないけれども、私が議席を持つようになってから、伊能さんと私と受田新吉さんと、いま参議院におられる与党自民党の岩動さんと四人で内閣委員会理事会で小委員会をつくって、大蔵大臣と私は九回も会いましたけれども、ようやく議員立法で延ばしたわけですから、これはずいぶん骨を折りました。だ から私は百も知っている。知っているけれども、行政措置でおやりになるということを全駐労の皆さんに答えておる。そうすると行政措置というのは、予算要求をされたこの趣旨に沿うものでなければ困るわけです。大蔵省に予算要求をされたのですから、その趣旨に沿うものかどうかという点、そこに焦点を合わせてお答えいただきませんと……。臨時措置法は百も承知です、私どもの議員立法でやったのだから。皆さんがおやりになったのじゃないのだから。そこのところはどうかということを私は承りたい、これは大蔵省に要求されたのですから。それと皆さんの答えでは、これはできませんでしたが行政措置でやります、こう言っておるわけですから、その行政措置とは一体どこまでのところに踏み切るのかということを聞きたい。
○安斉政府委員 従業員の方々の雇用安定をはかるための、法律によらない一つの行政措置として特別休職手当を考えなければいかぬということで、われわれ政府独自の案として考えて概算要求をしたわけでございますけれども、先ほど御説明いたしましたように、この制度そのものにつきましては、現行の労働体系の中で必ずしもなじまないという問題が若干あろうかという点がございますので、その点についてなお検討を要するという部分がございます。 それともう一つは、四十六年度につきましては、この駐留軍関係離職者等臨時措置法というものを大いに活用して、当座この活用によって離職者の方々に手厚くやっていきたい、特別休職制度の問題についてはなお若干問題があるので、なお研究を要するというのが現状でございまして、この辺の問題につきましては、いろいろの角度からまだ研究の必要があろうと思います。それにつきまして大いに検討を続けていきたいというふうに考えておるわけであります。
○大出委員 もう一歩突っ込んで聞きますが、この法的措置でということで特別休職手当を新設したいと考えた中身は、五十歳以上の年齢制限、これは私は現状から見てとってもらいたいと思いますが、それと三カ月間の補償をしようというわけです、簡単に言ってしまえば。だから補償額というものが問題になりますが、おおむね八五%くらいになる。つまり本給なり扶養手当なり調整手当というものを含むからなんです。 さて、いまお話しの臨時措置法というのは、私が手がけた限り、その奥にあるのは就労促進手当、雇用奨励金の形になっておるわけです。そうすると、就労促進手当、雇用奨励金というものはどういう性格のものか。雇用奨励金というものは雇ってくれる相手方にいくわけです。つまり自由に選択して雇えばいいのだけれども、こうこうこういうわけで特殊な事情で首になったから雇っていただきたいということを、総理府総務長官を中心とする離職者対策の面で進めていくわけです、広域紹介を含めて。だから、中小企業の皆さんが雇いましょうと言ったときに、じゃ奨励金はこれこれ差し上げましょうということになる筋合いでしょう。それを上積みだ云々だということはありますけれども、片一方では就労促進のためのその間の手当、そうすると、その間に失業保険法の適用期間がある。だから臨時措置法のほうからお進めになるというなら、まず現状、つまり失業保険法というものはどういうふうに適用されて、さてそこから先就労促進手当というものはどう適用されてどうなるかということまでつけ加えていただいて、その中でそれをどうするかとまで言っていただかなければ、活用にも何にもならぬわけですから、そこをどうお考えですか。
○安斉政府委員 私どもが当初から考えております手当というのは、実際に米軍におけるつとめが終わったという状態から次に就職をしていくという問題に当座移るわけでありますが、その中間に、あるいは米軍の中の配置転換等まだゆとり、調整があるかもしれませんというところが一つ要素がございます。それから、実際につとめには行っていないけれども、就職の運動を、あるいは自分でさがすなりいろいろなところへ行ってやるための時間がほしかろうということから、現実にはつとめていないままに雇用の形態は続けられないだろうか、給料相当分というものが払えないだろうかという考え方から出ておるわけでありまして、失業保険の関係は、完全に雇用が切れたあと失業保険になる、失業保険が終わったあと促進手当という形になりますので、その中間に入るという感覚は持っておるわけでございます。しかし、そこのところに現在の労働の一般の体系から見て必ずしもすなおにいかない若干の問題点があろうということを先ほど私が申し上げておるわけでありまして、いわゆる雇用の終了というような問題と失業保険との関連というようなところに若干の問題があろうかというふうに考えておりまして、そこのところが今後検討を要する問題であるというふうに考えております。
○大出委員 私もこういうことに時間をかけたくないのですが、個々の方々にとってはたいへん大事なことだから申し上げておる。つまり特別休職手当制度というものといまお話しになったように臨時措置法というものとは性格が全然違うのですね。つまり特別休職手当三カ月間というものは就職促進手当でもなければ失業保険でもない。つまり三カ月間というものは八五%見ようということなんですけれども、これは沖繩の全軍労のたくさんの方々だって一緒なんだ、この制度ができれば。そうでしょう。その三カ月間を見た上で、さてその次に失業保険の適用という問題が出てくる、切れた場合に。さてその失業保険期間が切れた場合に何にもない。駐留軍につとめていて高年齢になった方というのはなかなかどこにも口がないですよ。沖繩の二千名切られた方々だって四分の一足らずしか就職してないのですから。それからさっき申し上げた四十四年からのやつだって、就職しているのは四分の一以下ですよ。そうすると、失業保険が切れた、そこから先は臨時措置法でやる就職促進手当が出てくるわけですよ。奨励金は向こうにやるのですから。そうでしょう。そうなると、この手当というものは、皆さんのほうは、これがなじまなかったからというので臨時措置法を活用しようとおっしゃる。活用しようとおっしゃるが、失業保険が切れた先の話をしている。この手当というのは失業保険の前の話だ。そんなものは活用のしようがないでしょう。ないから、皆さんが全駐労の諸君に行政措置でやりますと言ったならば、行政措置というのは失業保険の適用の前の段階でなければならぬ筋合いだ、休職特別手当にかわるものというのですから。そうでしょう。だからおかしくないかと私は言っている。活用のしようがありますかと言っている。わかりますか。
○安斉政府委員 この手当そのものにつきましては、先ほどから御答弁申し上げておるように、いろいろな制度上の問題ということになりますので、まだまだ検討しなければならない部分はずいぶんあると思います。しかしこの駐留軍関係離職者等臨時措置法の適用といいますか、効用をフルに発揮してと申し上げましたのは、たとえば四十六年度につきましては、特別給付金というものも出しておりますが、これは私たちとしてたいへんに大幅な増額を考えたわけでございまして、二年前に比べますと四割アップしております。長い方は三十五万円の特別給付金が出るという形におさまっているわけでございますが、これも離職者等臨時措置法から出ている一つの見舞い金でございまして、これも大幅に措置している。四十六年度におきましては、したがってこれを大いに活用するとともに、休職者制度の問題については、なお若干と申しましたけれども、いろいろ問題点がありますので、今後研究を続けたいというのが現状でございます。失業保険制度という問題とぴったりなじむかとかいろいろな問題もございますが、しかし、これは制度の問題としてなお研究を続けたいというふうに考えております。
○大出委員 あなたは給付金の話をされるけれども、これまた性格が違うのですよ。われわれとしてはというけれども、今回は与党の皆さんだって基地対策特別委員会等を聞いていただいて、おまけに理事会で満場一致でおきめをいただいて、しかも与党の皆さんが基地対策特別委員会の理事としておられるけれども、坂村さんもだいぶ苦労をされて開いて、めったにやったことのない全駐労の皆さんをそこへ呼んで、しかも加藤陽三さんの与党質問までしていただいて、これは私は大蔵省へ行っていろいろお話ししていたところが、与党の皆さんから質問までもらったというので、たいへんびっくりして、何とか私らも骨を折らなければいかぬということを中川政務次官以下みんな言っていましたよ。そこまでみんな苦労している。昨年の暮れも押し詰まってからなんということで、三カ月猶予期間がないというところもまだ中にたくさんあるのだから、それだけに私は、もう少しこのあたりのところは、いま言うようにそれしかないからそういうのでしょうけれども、臨時措置法を活用してと言ったって、次元が違うんです。そうでしょう。だからそういう点等も考えて、行政措置をおやりになるというならば、どういう措置をやるのかと私は聞いているので、給付金の引き上げなんというものは行政措置じゃない。法律にきまっている。ただ額を上げただけでしょう。だからそういう無責任な話なんかしないで、もう少し真剣にそこを考えていただかないと困ると思ってものを申し上げているのです。私はここでこれ以上安斉さんと詰めても、そうなれば防衛庁の一つの政策ですから、無理があると思って、無理な質問を承知で申し上げたのですけれども、ここの中身だけははっきりしておかなければ困る。皆さんが気がつかないでいて、特別休職手当制度はできなかったけれども行政措置をしてやるなどということを言えば、そうか、それではかわりの措置をやろうというのだろうとか、臨時措置法を大いに活用してうまくやっているんだろうなんて思われては困る。次元が違うのです。そこのところを私はこの際はっきりしておきたいと思って申し上げたので、一人でできることではありませんから、これは後刻またお願いにまいりたいと思っております。 そこで、いまいみじくも出たのですけれども、一つは雇用安定法という法律の問題がありまして、これはこちらの分野ではありませんから、社労でもう少しやっていただこうと思っておりますが、これも検討を要します。 それから、先ほどから申し上げている返還施設及び遊休施設の積極的活用という問題、これも報告の中に入っているのですから、これもぜひ離職者の継続使用、集団就労、平和転用、こういうようなところを中心にして、これはむしろ総理府になりますけれども、ぜひお考えをいただきたいわけであります。これは何も横須賀に限りません。 それからもう一つ、離職者の雇用促進と定着化という問題がございまして、いま雇用奨励金が一体妥当な額かどうか、これは念のためにお答えいただきたいのですが、就職促進手当の金額と、雇用奨励金の金額を合わせてここでお答えいただきたいのです。それが妥当な額かどうかという点、それから給付期間の問題等についても再検討の要がありはせんかという問題、それから最後にこの失業多発地帯の特例措置という形、これをひとつお考えいただきたい。たとえば石炭その他の例もあります。とにかく狭い横須賀で五千以上の世帯が、一ぺんにその支柱になっている人が職を失う。狭いところで、山あり谷ありで、あとは歓楽街が多いのです。地場産業といったってほんとうに小さいのです。そこでどういうふうにあがいても、私も自分で苦労してみて、とにかく求人がないのです。そうかといって遠くにはなかなか出ていけない人がいる。そうすると、駐留軍の労働者が集団的にぽかんと失業した場合、これは将来どこに起こるかわからぬのですから、そういうところまで考えると、失業保険の給付期間とかいうものも、そういう失業多発地帯の特例というかっこうで一ぺんお考えをいただかぬとまずいなという気が私はする。もちろんこれは追跡調査をやってみて、一つの例もありましたが、就職している人たちは四分の一にならないのですよ。あとはみな失業です。これは期間が切れればだめなんです。全く収入がなくなってしまう。だからそういうことも考えて、ここらのところについてのお考えを私は聞かしてほしいのです。一ぺん労務部長からお答えいただいて、政策ですから総合的に中央離対協を総括される総務長官からもあわせてお答えをいただきたいのです。
○安斉政府委員 失業保険の制度になりますと、これは非常にはっきりした制度がございます。必ずしも防衛施設庁だけの問題でございません。労働省の問題もあると思います。先生のおっしゃる意味はわかります。またそういう場所が将来起こり得るのではないかということを予測して、そういうことを考えあわせておくというのはいいことだと思いますけれども、これは何せ、やはり労働政策全体の中のバランスの問題に関連があるものだろうと思います。したがいまして、防衛施設庁限りでどういうふうにしていくかというようなことまでは申し上げかねるというのが私どもの立場でございます。
○大出委員 いまの給付金、奨励金の額は幾らですか。
○青鹿政府委員 これは私どもの手元にある資料でお答えいたしますが、就職促進手当は従来最低三百七十円から最高八百二十円まででございましたが、四十六年度以降、予算が改定されまして、最低三百七十円から九百四十円までに引き上げられました。それから雇用奨励金でございますが、これは年齢別に相違がございまして、四十歳未満については月額七千円、四十歳から五十歳未満までが月額八千円、五十歳以上が九千円になっておるという報告を実は受けておるわけでございます。
○山中国務大臣 きょう防衛庁全体としての発言をする責任者が来ておりませんから、あるいは的確な答弁でないことが繰り返されて申しわけないと思います。 本日、三沢とか横須賀とか、そういう地区の方方が直接上京されまして、私も市川さんとはお会いしましたが、それとは別に私どものところで御意見を承りました。そのときに、いろいろありますが、一、二、三、四に分けて、いまの雇用奨励金とか、あるいは再就職までの期間政府責任による雇用継続と生活保護というのですから、いまの問題になっている議論の表現だろうと思いますが、これらのものを含めて、返還施設の積極的な活用をはかって継続雇用のできるようにしろとかいう四項目の要望等も承っております。これらは予算問題として、大蔵省の予算編成に関係しなければ返事のすぐにできかねるものと、今回の私どもの中央離対協が行ないます大量解雇に伴う諸種の施策の中で展開し得るものとがありますので、なるべくたくさん拾い上げてその方向を定めていきたいと考えております。
○大出委員 私も、したがって御無理を申し上げているのではなくて、先ほど安斉さんが防衛庁だけでないとおっしゃるとおり、各省にからみますので、この種のことは中央離対協が中心になっていただきませんと、各省全部関係しておりますので、そういう意味で総務長官にお答えいただきたいと申し上げたのですが、かつまた御検討願いたいと申し上げているので、その点をいま御理解いただいておりますようですから、ぜひひとつそういう方向で御検討おきをいただきたい、こういうふうに思うわけであります。 時間の関係もありますので、駐留軍離職者対策問題は以上の点にさせていただきたいと思います。 あと少し承りたいのでありますが、先般私沖繩を三、四日歩いてまいりまして、各種会議にも出席をいたしました。各方面で長官には重なる御質問でございますので、もちろん重複する面もあるわけでございますが、これからの長官の側から見た政治日程と申しますか、返還協定等をめぐる事務的な詰めがあり、さて政治的な山があり、私の承知する限りは、三月一ぱいで事務的に詰めて、四月という段階に政治的な詰めをやって、何とか五月の初めくらいには調印に持ち込みたいという意味のことを愛知さんとやりとりをいたしておりますが、あわせて長官の側ではいまの政治日程をどういうふうに——かつて七月国会という意味のことをおっしゃったこともあるのですから、長官の側でどういうふうにお受け取りになっておられるのか。長官がやっておられる仕事の分野の関係もありますから、少しくどいようでありますけれども承っておきたいのであります。
○山中国務大臣 これは決してくどい質問じゃありませんで、あらゆる機会にやはりスケジュールをお知らせしておく必要のある事柄だと思います。 外務省サイドがもっぱら行なっております返還協定の調印の日時等については、当初少し早目になるような意見等も一部伝わったわけですけれども、やはり資産引き継ぎその他の具体的な問題になりますと、最近アメリカもドル防衛でだいぶ予算上はがめついものですから、大蔵とがめつい財務省とのやりとりが火花を散らしておりまして、これがなかなかうまく詰めができない関係がありまして、この点でだいぶ返還協定そのものの作業がおくれつつあるようであります。米国の議会にどういうふうなかけられ方をするから、その反応がどうだというようなことは念頭になくても、現実の作業においてやや当初よりおくれております。それでも、参議院選挙の前あたりと申しますか、国会終了後あたりには何とか詰めておかないと、参議院選挙でまた空白が起こりますので、そういうこと等は念頭にあって時期がほぼ詰められているような感じがいたします。 一方、私のほうは非常に作業は急いでおりますが、検討すればするほど数多くの問題に逢着するわけであります。そこで私どものほうとしては、いまの私どもの沖繩・北方対策庁のメンバーは優秀でございますものの、これは限度があるというので、本日の政務次官会議、明日の事務次官会議等において、それぞれ私どものほうから政務次官、官房副長官より発言をすることにいたしておりますが、それは関係各省と申しますか、各省一人ずつ全部沖繩・北方対策庁に、少なくとも八月一ぱい人員をおさき願えないだろうか、ことにその中でも農林、建設、運輸、自治、通産、ここらのあたりはさらに重点的な御協力を願いたい、こういうことの協力依頼を一応事務次官段階と政務次官段階でせざるを得ない立場に追い込まれております。しかし、これは私の立場で閣議等でお願いして、そういう緊急手伝い要員をお願いしなければならないことになりますか、それとも、私どもとしては当初、陛下の御外遊ということが念頭にない日程を持っておりましたので、そこで、参議院選挙後の国会でやるのか、あるいは沖繩返還に伴う返還協定を審議する臨時国会になるのかということの判断のつきかねる時期もありましたが、現在では大体沖繩国会をやろうということに固まっております。そうすると、そのあとに起こりました陛下御外遊の御日程から考えますと、早くても十月十五日以降になるであろう。そういうことになりますと、私どものほうで当初立てておりました作業日程が若干おくれましても間に合うことは間違いないということでありますので、いまのところは時間的な急ぎ方よりも、むしろ拙速があってはならないし、新生沖繩県の第一歩に、しまったという手落ちが絶対ないように、そして最大限の努力をして合意を求めることのほうがより大切だと考えまして、たとえば第二次復帰対策要綱を今月の大体五、六日ごろまでには閣議決定をするつもりでおりました。ところが、その後琉政側と打ち合わせをいたし、琉政もまた正式な立法院がありますけれども、さらに広く県民の声を聞こうとして県民会議等の非公式なものをおつくりになりまして、そこらにもやはり念を押してかけておられるようであります。そこらの意見を絶えずピンポン玉のようにやりとりしておりますので、慎重な過程がさらに一つふえましたために、現在の見通しでは、第二次対策の閣議決定についても、早くて十九日の閣議ではなかろうか。 その中でも一、二の例をあげますならば、復帰に伴って沖繩県が設立されたあとでも、本省のほうに沖繩のための特別の役所を置くべきかどうか、それの出先機関を沖繩に持つべきかどうか、これもやはり県民自治、自主性と本土の中央権力という問題でまだ議論が分かれておるところであります。あるいは税制等についても、非常に数多くの県民の日常生活個々に関係いたします。県民税はいまない。それを創設する。それを一挙に創設していいかどうか。電気ガス税も新しく一般大衆に賦課される。あるいは町村が取っておる事業税、あるいは不動産取得税は県に移さなければならないというようなことで、いろいろな検討をしておりますうちに、税制とかただいま申しましたような機構はほんとうは第二次要綱に盛るべき重要事項であります。ということは、それを示して、ことに税制については、県民の方々の自分の復帰後の生活、自分の所得、職業の行くえ、こういうものに対して大きく回答を与えるものでありますから、第二次対策におくれることもマイナスの面があると思います。しかし、琉球政府と詰めないでこれを一方的にきめるということをもしやりますと、完全に全部が満足する案というものはできかねるわけでありますので、そこらの点から考えて、第二次対策要綱に税制そのものをすっぽりと落とさなければならぬのじゃないかというようなことも考えております。 そういう短い見通しもございますが、第三次要綱というものがしたがって必要になってきたということが明らかになります。それを踏まえまして、現在の見通しでは法律の数にして大体六百件をこえる、ということは、廃止その他の法律もございますから、実質必要な法律が五百七十件をこえるという状態でありますので、それこそ文字どおり、私も含めて毎晩おそくまで作業いたしております。しかしながら、拙速をとうとんで悔いを残すことのないように努力を続けてまいるつもりでございます。
○大出委員 いま私うしろの上原さんにメモをもらったのですけれども、さっき水曜とこういうことで、情勢の変化の手直し、こう申し上げたのですが、いまこれを見ますと、横須賀のSRFですが、千四首七十名のうち八百九十名は四月十八日が期限切れなんですが、これを五月の七日に延期をした。それから残る六百名が六月七日まで延期ということになった。それから艦船修理計画の変更をした。いまこういう連絡をもらいましたが、このあたりひとつなるべく早く、さっき私念を押しておったのですけれども、私のほうにうしろからくるのが早くて、あなた防衛施設庁の担当部長は労務部長ですから、こっちのほうはさっぱりこないようじゃ誠意のほどが疑わしくなるので 少し防衛庁にものを言っておいてください。私がさっきせっかく質問しているのに、わかっているのにこっちのほうに先にきちゃって皆さんのほうにあとからいくようじゃ話にならぬですから、ぜひひとつこれは御注意いただきたい。
○山中国務大臣 外務大臣と防衛庁長官に私のほうから、いまのようなことも現実一、二ありますから、過去の経緯を踏まえて日米防衛協議会等のあり方、それから日常のその会を踏まえた作業の進捗についての連絡のしかた等について、私自身が外務大臣と防衛庁長官と打ち合わせをいたします。それによって防衛本庁と施設庁ですら意思の疏通を欠いておるというふうな不合理を是正するようにいたしますから……。
○大出委員 ぜひそれはひとつお願いしたいと思います。 そこでいま御説明ございました沖繩の問題でありますけれども、私も時間がございませんので、こちらのほうに時間をとりましたので、少し重点的に二、三点承っておきたいのであります。 おおむねの政治日程はそれで明らかになってまいりましたが、そこでまず第一の問題は、いまお話しの第二次復帰対策要綱ですか、これが当初実は三月の二日ごろという予定であったはずでありますが、ずれ込んで十七日くらいになる、こういうお話なんですね。この中身が幾つかございますが、当初いわれておりましたのは、第二次分というのは、三月二日に予定されておりましたのは、沖繩の戸籍の問題であるとかあるいは大学の制度、沖繩の行政機構、沖繩の国の出先機関、税制、輸出入制度、商工業対策、農林水産対策、社会福祉、厚生、住宅、つまり施政権返還後の沖繩県民の生活の根本にかかわるようなもの、これが中心だったと思うのです。ところで、これらのものの中で何と何が抜けるのかということ。まず一つ承りたいのは、私も行政機構を手がけてまいっておりますので、旧来長官が提起されて論争のある沖繩の開発庁構想がありますね。これはある面で自治権というものとのぶつかり合いというものがある、あるいはある面で行政の一本化という面がある。そういう面のプラス、マイナスがおのおのついて回ります。回りますが、私は本来的には、これはどこまで真剣に沖繩問題を民生安定を含めて考えるかという、つまり行政機関の意思の問題だと思っている。だから私は個人的には、あまりなわ張り争いに終始するのではなしに、とにかくまっしぐらにやっていかなければいかぬのだという意欲の上に立って、この機構がいいんだというなら、それでやっていただきたいと思う。ただ琉球政府の側が反対をするあるいは異論を唱える面というのは、どうもそこらのところがはっきりしない。特に行政機構というのは、それなりにつくってしまえばなわ張りがいろいろ出てまいりますから非常にむずかしくなる。そういう点がどこまで了解し合えるかということが一つの大きなポイントになっているのだろうという気がするのであります。そこらのところを政府部内という意味で長官の手元でいろいろやっておられるのだけれども、どっちのほうに行きそうかということ。 あわせて私はもう一つ、開発事業団というふうなものは、これは与党の皆さんの側にあるように聞いていますけれども、まかり間違ってもつくってほしくないという気がする。おまけに水資源だ何だということが口の端にのぼると——一つの過去の苦い経験は、愛知用水公団なんといったって、とんでもない行政機関相互の争いが繰り返される、あるいは産業融資その他のための土地造成だというのですけれども、じゃ印旛沼などというたくさんの干拓事業を含めてやってきたけれども、当初の目的に沿わぬ形でみんな転用、利用されていくということが至るところにあるわけです。これはそうなっては困るわけでありまして、そこらはやはり沖繩県というところに自主性を持たしてやらせるということでなければ、私はえらいことになるという心配を基本的にする。これは実は返還にあたっての沖繩の行政、機構というものを国との関係を踏まえてどう考えるかという根幹ですから、まずここのところあたりは二次のほうに乗るのか乗らぬのか、どう動いているのかという点、これはぜひ明らかにしていただきたいのであります。
○山中国務大臣 ただいまあなたの読み上げられたものはほぼ適確であります。そういう内容をいま詰めております。その中で落ちるものは、先ほど例をとりました沖繩開発庁構想並びにその出先の一本化された国の機関を置くか置かないかという問題は、琉球政府のほうで、約束は十一日に来てもらうつもりでしたが、どうも向こうのほうでまだ詰まらないと見えておくれておりますが、向こうのほうで結論を持ってきていただければこれは入りますが、結論がまだ出ないということになると、これは落ちることになると思います。それから税制も、税制といえば、一本で考える場合と数多くの税制で詰まったものを合わせるという考え方と二通りありますが、私はやっぱり両者の意見が合ったものをぽつりぽつりと出していくことは、詰まらないで残っておる、落ちたものについてその関係者が非常な心配をされるという問題が別に提起されますので、できれば税制は全部まとめて一本に姿をそろえて、きれいな形で、国税、県税、地方税、直接税、間接税というものはこういう体系に沖繩はなりますというものを一本にしたい、こう思っておりますから、結果、これも落ちることになるだろうと思います。すなわち三次分に回すということになるだろうと思うのです。しかし、沖繩に対するこれらの意見が一致いたしておりますもので、ほぼ政府間の合意を得ましたもので出してもよろしいものは、沖繩振興開発公庫というような意味の各種の、本土の開銀から始まり国民金融公庫に至る、現在沖繩の民政府が持っております開金のガリオア等の資金が入っておりますものすべてをひっくるめた沖繩県民のためのみの金融機関、これは合意に達しておりますので、発表しようと思えば決定も可能なわけでありますが、これは入れるべきか入れるべきでないか、これもやはり構想の中でその柱だけを先に立てていいかどうかの判断の問題で、入れることは可能です。 次に、開発庁そのものについての考え方でありますが、私はこういうふうに琉球政府側並びにその他の琉球関係者の方々には申し上げているのです。それは、沖繩県となりまして新生の第一歩を踏み出す場合において、やはり公債、交付税等も一切を含めて予算編成の最終段階で——昭和四十七年度予算は、まだこれは本土政府のほうで総理府でお世話をしてつくりますから、復帰の年の予算は明らかになります。しかし、これが復帰の年からほかの本土の各四十六都道府県と同じ立場に置かれますと、特別なめんどうを見る、数多くの法律をつくって補助率を上げたり特例をつくったりいたしましても、これは本土各県と同じように歳入も見込み、歳出はその見込みに基づいた歳出の当初骨格予算的なものをつくって出発せざるを得ないだろう。ことに交付税などは、特交なんというものはほとんど第四・四半期にきまるわけでありますから、沖繩等において特交の依存度は非常に高いと思いますが、こういうものがここ三、四半期くらいはわからないという状態の中で新生沖繩県というものが出発をしました場合に、たいへん県民の人々並びに琉球政府、琉球立法院は、沖繩県の昭和四十八年の予算、復帰した年につくられた予算は一体どういう予算なんだということが全然わからないだろうと思うのです。ですから、大蔵省との折衝の段階で個所づけ予算等がきまりますもの等を除いては、配分が始まりますのが五月ごろからでございましょうし、それぞれの親元といってはなんですけれども、行政の縦割りごとの役所に行って折衝し、陳情をし、繰り返してそれのほぼ輪郭が明らかになるのが夏から秋にかけてであるということになりますと、沖繩の人人にとってそれはプラスだろうか。ことに復帰後二年ないし三年は、みんなどの大臣も、人がかわっても熱心に役人も含めて沖繩のためにやると思うのです。しかしそれがばらばらでありますと、その熱心さ、努力の度合いというものは、各省によっておのずから濃淡の差が出てくることは必定であろうと思います。そうなりますと、本土政府の沖繩に対してとらなければならない姿勢の輪郭というものがぼやけてくる、その点私は非常に心配しております。そこで琉球政府のほうに、なるべくそういうことがないようにされたらどうですかということを申し上げているのですが、一方は、北海道開発庁は田中革新知事を押えるために保守政権がつくったものである。沖繩もいま革新政権である。そこで保守自民党政権が権力支配のためにそういう機構をつくるのではないか、そういう意見もないことはありません。これを表立って言ってこられませんけれども、そういう意見を底流として、二重行政とかあるいは県民自治の自主性の確保とかいう意味からいって議論が分かれていることは間違いないのです。そこで私は、それらの議論は、本土政府において保守とか革新とかいう気持ちをいま持っておりません、だから沖繩のためにいずれがよいかを、右か左かを率直に討論してきめてくださいということを申し上げておりますから、これは私どもは、開発庁かどこかそういうところが窓口となって、ごめんどうを見て差し上げるべきであると考えますが、しかしそれを押しつけるという気持ちはないということでございます。 〔佐藤(文)委員長代理退席、委員長着席〕 事業団構想については、琉球政府のほうにも一時そういう意見がありましたし、議会のほうにもございました。しかし現在は、事業団といっても何をやるのだという議論に、だんだん現実の検討を重ねてこられたようでありまして、そこで琉球政府は企画局というものをこれからつくっていきたい。これは沖繩県の御自由でありますから、そこの中の仕事の中で工業団地とかあるいは用地造成とかそういう問題、水資源開発なりその他を含めてやっていきたいという構想になっておられるようでありますから、その構想に本土政府のほうが御援助を申し上げていくことが、むしろ地についた沖繩県の開発のマスタープランづくりに役立つのではないか。ただこれを、じゃあなたのほうでかってにやりなさいとほうり出すと、これはまだとうてい一人歩きはできませんので、その間の緊密な連絡がどこかで要るだろうと思っておりますが、いまのところそういう方向を向いておるということでございます。
○大出委員 もうあと二点ばかり承りたいのです。一つは、沖繩経済振興法などというものについてなんですけれども、これは所管が通産になるだろうと思うのですが、そこらのところは今回の第二次分の中でどういうふうに扱われますか。
○山中国務大臣 それについては今回の二次分に入れるつもりであります。沖繩を新全総並びに社会経済発展計画の中で新たに位置づけ、その持っておる沖繩の価値というものを明確に浮き彫りにし、そして沖繩を新全総の一つのブロックとして位置づける。そして沖繩の持つ亜熱帯、そして日本の最南端という有利な条件を最大限にレイアウトした各種のユニークな、ユニークなと申しますか、沖繩にふさわしい産業経済の発展を期するというような程度の表現になりますけれども、実際には、それを受けて具体的につくりますものは、沖繩経済発展何カ年計画というようなものになるだろうと思うのです。これはもちろん各省の御協力は得ますけれども、いまのところは総理府においてこれを作成するというつもりでございます。
○大出委員 そこで、気になるからいまの問題を申し上げたのです。というのは、この総理府のおつくりになった第一次の対策要綱がありますね。この中で、たとえばどれをあげてもいいのですが、葉たばこの専売制度の場合でも、「たばこ専売法が適用されることによる製造会社および従業員の取扱いについては、適切な措置を講ずる。」というふうな形の書き方ですね、この中身というものは。いまユニークなんとおっしゃる書き方をされると、そこから先が相当親切でないと、そのことだけでやはり中小商工業界に相当大きな問題が起こる。たとえば、これは輸入制限がついていきますから、そうなると、それによって影響を受ける幾つかの地場企業があるわけでありますし、そこに働く人もたくさんいるわけであります。そうすると、これは輸入制限のワクがなければ本土製品の流入になりますから、とてもじゃないがやっていけないというのがたくさん出てくる。逆に長官が方々の委員会、沖特、予算委員会で答えておられるのは、沖繩に対する進出企業のほうについては、たとえばアルミなんかについてもそうですが、きわめて明快に税制、税金についてはこうする、やれ土地についてはこうすると、てきぱきものを言っておられるわけでありますけれども、さて片一方の中小商工業者諸君を対象とするものの言い方というのは、きわめてどうも不親切きわまるという気がする。そのたびに現地で大きな騒ぎが起こるというのでは困るという気がするわけですよ。だから、やるならばそこまで親切に、こまかくものを言ってあげなければならぬのじゃないかという気がするのですけれども、そこらのところはどういうふうにお考えでしょうか。
○山中国務大臣 沖繩の既存企業に対してちっとも不親切ではないのです。非常に親切に考えれば考えるほどむずかしい問題が多くある。単純に考えてみても、たとえば沖繩が待望の祖国復帰を果たして本土の一県になったと仮定する。そうすると、その一県になった時点において、現在は貿易のほとんどを占める本土との貿易において、物品税という名の関税障壁を設けて沖繩内の企業を保護しておられるということは、消費者にとっては、魚にも、しょうゆにも、みそにも税金のかかったものを食べさせ、飲ませられているということになるわけです。このことがいい悪いは別にして、その環境の中で企業というものは存立をしてきておる、専売の例等は特殊なものですから除くとして。そうすると、復帰をしたときに、一つの県の地域について関税的なものを設けられ得るのかどうか。まず税理論上、それから実際の実行上、そしてその実行をしたあとの効果、そういう面から非常にむずかしい問題がある。沖繩の一番北端の島は伊平屋島でありますが、与論島というのは鹿児島県の大島郡であります。その与論島の緯度は伊平屋よりか南にある。そうすると、与論島については税のかからない生活物資その他が入っていく。位置ではそれよりもやや西北のほうに位置する伊平屋島あるいは伊是名島、こういうところは沖繩県だから、そこに行くときには税金がかかるのだというものを一律にやりますと、これは非常にむずかしい問題を提起いたします。そこで税金で壁を設けることは——関税という名はもちろん使いません、外に対して関税ですから、内だったらまあ地域ですから。かつて沖繩にあわもりで出荷税というものがあったということを最近知りましたけれども、かりにそういうものでやるにしても、よほど特殊なものでないとやりにくい。一般の物資は、暗夜に向こうからもこっちからも船に乗せてこいで渡れば、いずれも税の障壁があるために不当利得を生むことは簡単であります。それならば、一定の数量みたいなものを既存の実績で押えて、五年なら五年その数量に本土から行く物資等は締めておきますから、島内にその関連企業がある場合には、五年間で完全に自給自足できるようになっていただくような近代化資金なり高度化資金なりを援助する税制等のめんどうを見ながら、あるいは五年間の間に合併その他の措置を講ずるとか、身の振り方を考えなさいという方法もあるではなかろうか。しかし、そういうことをやる場合には、沖繩の人たちも本土並みの安いものを買えるのじゃないかと思っていたのに、沖繩が復帰したのちに、米の問題は片づいたとしても、その他の問題について高い日用品を国の政策によって買わされる消費者の立場というものも一方あります。そこらの点をあれやこれやそんたくしつつ、しかし、いずれにしても復帰がきまって、税制なり、本土の制度によって既存の企業がばたばた倒れることはあたりまえのことだという結果にはならないようにしたい、もちろん、従業員の問題も含めてです。かといって、消費者の生活に重圧と感ぜられるような差別をつくるようなことも、なるべく避けなければならぬという気持ちでありまして、いまのところは、これを税で片づけるべきなのか、あるいはまた公取の適用除外例的なもので何らかの対策を講ずべきなのか、ここらもフランクに意見の交換をしておる段階でございます。
○大出委員 もう琉球政府も税制審議会にはかって、答申も出ておりますが、この答申もどうも本土政府にものを言っている答申のような感じがしますが、それだけに深刻なのだと思うのです。これは先ほどの間接税一つをとらえたってたいへんなことですから、そういう意味で、私はあまり拙速をとうとんでみたからといって、沖繩の民生安定につながらぬ、ならぬ、こういう気がするわけであります。そういう意味で、いまの問題なんかも、ここにも書いてありますけれども、紙袋とか、合板、家具類、めん類、しょうゆだとか、食用油だとか、これは業種転換を進めるといったって、そう簡単にいきやしません。これはここに数字がありますけれども、六企業で合計二千二百二十万ドルの損失だなどと書いてありますけれども、それのみならず、四千人余の人が失業する、こうなると、これはまあ倒産企業の推定まで出ておりますけれども、千二百三十三カ所、従業員一万四千五百六十人ということになっておりますけれども、これはまともにやられるならばそうなるだろうという計算になると思うのです。私も沖繩に行っていろいろな人と話をしてきましたが、だからぽかんと出た、中身がないと、前のような書き方になると、事直接的に生活につながるだけに、非常に大きな問題が起こるという点を気にしまして、いまのお話でそう不親切な形でなくするというお話だから、それはぜひそうしていただきたいと思います。 時間がありませんからもう一つ、せっかく防衛施設庁の皆さんにもお見えをいただいておりますので、いわゆる黙認耕作地の問題ですね。実は非常にこれは大きな問題なんであります。防衛施設庁は何べんか土地調査団を、いまも派遣されているのかもしれませんけれども、やっておられまして、私も実は防衛施設庁がお出しになっている黙認耕作地を含む例の調査をされた結果を全部持っておりますけれども、明治の時代からのいわゆる沖繩事務所の史跡調査などから始まって、これは焼けてしまって八重山の一部、宮古の一部にしか残っていない、そういうところから始まる沖繩の土地の歴史を調べてみましたが、この黙認耕作地の問題というのは、数ある土地問題の中の非常に特殊なケースでありますから、そこらのところからいって、まず防衛施設庁のほうはどういうふうにお考えになっているのか。これは本土にも例があります。私も横浜におりますから、瀬谷のほうの通信基地の周辺なんというのはたくさんございますが、そこらの制度上の違いもあります。だから、そこらの問題も含めて、一体これをどういうふうに進めておられるのか、一つだけ承っておきたいのです。
○銅崎政府委員 黙認耕作地につきましては、現在出ております調査団は、その実態をよく調べてまいっている段階でございます。と申しますのは、所有者が直接耕している場合とそうでない場合、それから、かってに耕している場合、いろいろ実態があろうかと思います。その辺をよく見きわめまして、それを十分検討した上で地元の方々の意向も十分尊重して善処したいというふうに考えております。
○大出委員 実は、そう簡単な答弁では困るのですよ。私も時間がないから、簡単に質問せざるを得ないのですけれども、実は黙認耕作地がどのくらいあって、弾薬庫であるとか、演習場であるとか、通信施設の線下であるとかいろいろございます。私の資料には大体の耕作者の数もわかっておりますけれども、ただむずかしい問題があるのは、先々個別契約方式をとるにせよ、一括方式をとるにせよ、民事契約を結ぶにせよ、収用するにせよ、返してもらいたい人も実際にいるわけです。ところが、さあ返った、返ったときに自分で耕作をするとなると、実際にやっていることに変化はない、ないが黙認耕作地のままであれば金をもらえるということになる。もらおうという気になればその金が減らないようにしたいのが人情です。だから、私どもの立場で土地問題を取り上げるにしても、非常にやっかいな問題を含む問題なのですよ。だから、あまり国会の中で黙認耕作地の問題をやかましく論ぜられていないのじゃないかと私は思う。だがしかし、捨ててはおけない問題でありまして、防衛庁は一体——黙認耕作地というものは返せ、返せということになるならば、弾薬庫をどけるに通ずるわけです。弾薬庫の周辺には通常何もないからやらせておるわけです。ただこの周辺を返してしまえば、弾薬庫ははだかになるのですから、政策的にどこに一体ポイントを置くかという問題がなければならぬ。それといままでの、いい悪いは別として、一時使用に関する布令が出ているわけですから、根拠はあるわけですから、そうなると、それと防衛施設庁のあるいは防衛庁の政策というものは、一体どうからむのかという点で明確にしなければいかぬわけですね。 時間がありませんからついでにもう一、二点だけ申し上げておしまいにしますが、同じ土地問題で復元補償、復元要求が出ている。これも布令との関連がこまかくあります。ありますが、事は、実は本土の実例からしてこれはよほど慎重に扱っていただかぬといかぬのです。あらためてまた私機会を見て申し上げたいと思うのでありますが、特に軍用地等がありますから、横浜なんかの例からいくと、つい先般私が中に入ってまとめている問題の中に、実は五千坪をこえる三百何カ所の土地がある。これは横浜の山手住宅地です。これはいきなり軍用地に接収してしまって、住宅をぶっこわして道路を広げちゃった。つまり米軍のトラックを入れる道路をつくった。だから、個人の所有の百坪、二百坪、三百坪、八十坪という土地がみんな道路になっちゃった。さて山手住宅を返還するということになる、何のたれ兵衛さんに返しますから判こを持ってきてついてくれという話になる、横浜の防衛施設局には、返してくれるのですか、そうですがと、判こをついた人がいる。いやお断わりします、復元してくれという人がいる。さてこの判こをついた人は、自分の土地は道路なんですが、かつては自分の家だった。しかし米軍の車が通っちゃった、広げちゃって、つぶれちゃった。ある意味ではこれはつぶれ地かもしれぬ。そうすると現状は、返してもらったって、これは私道にしかならないのですね。しかしトラックやバスが通っちゃっているのを、バリケードを張るわけにいかない。またこの人は返してもらったのだから使用料をもらえなくなっている。返してもらいたくない、復元して帰せと言ってつっぱねて判こをつかない人は、道路になっているけれども相変わらず金をもらっているのです。非常に不合理な話です。 さて、これを詰めていくと何が出てくるかというと、復元はいたします、しかし現実にはできません、できませんけれども復元に関する費用だけは払います。称して見舞い金です。こういう話が出てくる。そういう複雑な問題が沖繩にはたくさんある。問題は、まず沖繩県民を収容所に入れておいて、土地を取り上げて基地をつくって、あいたところにあとでここへ住めとやったのですから、至るところに問題がある。 いま一つ、部落になっているところも、道路はだれかが持っている、そこをみんなが歩いている、みんなが金を出し合って地主に払っている。ではその払っている人の土地は自分の土地か、そうじゃない、自分の土地は山のかなたの基地の中にあるということになります。これは引き継いだら一体どうなるということになる。普通ならば、幅員何メートルで自治体が道路の維持管理をする、補修をする、こうなるわけでありますが、そうはいかない。そうなると、そういう問題をどういうふうに考えるかということについて、やはり方針は早く出していただかぬと、これは先ほどの民生云々という問題とからんで、実際日常生活に現に起こっている問題、こういうことになりますから、そこらは何かやはり考え方がなければならぬ筋合いだと私は思うのです、ここまでくると。その二点についてひとつお答えをいただいて、時間ですからおしまいにします。
○銅崎政府委員 補償の問題につきましては、実は返還前米軍がやりましたものと、返還になりましてから形質変更が行なわれるものと、私ども一応区分して考えております。それで返還前に形質変更が行なわれた分につきましては、沖繩・北方対策庁、外務省とも相談いたしまして、外交交渉を詰めまして、そちらで解決を願えるものは解決していただく。それで方針がきまりまして、日本政府がやるということになりましたら、この分ををやる、こうなろうかと思います。それからいろんな問題、御指摘のとおりでございますが、やはり施設庁だけで解決できない問題もございますので、これはそれぞれ関係の省庁と現在具体的な事実に関しまして、どうしていくかということは検討してまいりたい、そういうふうに考えております。
○大出委員 では、この法案を通しておかないと、法案をあげられませんからこの辺で失礼します。たいへんどうもありがとうございました。
○天野委員長 受田新吉君。
○受田委員 官房長官、お時間が迫っておるようでありますから、あなたにまずお尋ね申し上げて、引き続き総務長官以下お尋ねを申し上げたいと思います。 総理府設置法の一部を改正する法律案の中に、国立公文書館の新設を見るわけでございますが、その中で、宮内庁の公文書なるものがいかに多いか、私、数字の上で政府から出された資料を見て目をみはるものがあるわけです。それほど宮内庁には日本の歴史に残る公文書が豊かに残されているということがいえる。この問題は後ほど詳しくお尋ねすることとして、この国立公文書館を中心の具体的なお尋ねを後回しにすることにして、まず、この法案に関係した大事な宮内庁所管の問題をお尋ね申し上げたいと思います。 それは、すでに政府によって発表されておることでございまするが、天皇の国事行為を代行する法律ができて、はじめて天皇陛下、皇后陛下御一緒に海外に御旅行になるというすばらしい、われわれから見たら、率直に申し上げて待望の日が来たという感じを持つできごとでございます。これに関係してお尋ねをしたい。 憲法第一条は、象徴天皇の規定が掲げてあります。これに対する法律論としてまず取り上げてみなければならないことは、憲法の第一条、国の基本法のその第一条に象徴天皇という規定が掲げられてあるんですけれども、これは昨年もちょっと私論議したことですが、法律論として象徴天皇には元首たるの地位が完全でないといり結論を一応得ておる。しかし形式的には、儀礼的には元首と見られないこともない。これは昨年山中総務長官の御答弁でもあり、また総務長官への私の強い要望といたしまして、あなたの在任中に天皇の海外旅行が実現せられるように努力しなさいと申し上げたら、そのとおりやられた。ほめてあげます。その点、総務長官の御努力が実を結んだということもいえる。けれども、現実に天皇が海外に御旅行されるときに、これをお受けになる国々は天皇の御地位を日本の元首としてお受けになるのかどうか。これをまず、法律論からあるいは儀礼的な立場から、どなたでもいい、御答弁を願いたいのです。
○高辻政府委員 私が御答弁するのが適格かどうかわかりませんが、一応私から御答弁をいたしますと、結局は受田さんがただいまおっしゃいました根本の問題は、天皇は憲法上元首と見られるかどうかという点が問題点だと思いますが、この点についてのお尋ねよりもむしろ先に進みまして、受けるほうではどういうふうにお受けになるかということのようでございますが、これはむろん、天皇は、わが憲法上日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であるというような、基本的な天皇の御地位ということでございますから、外国も日本の憲法を知らないわけはありませんので、まさにその象徴たる地位にあられる天皇としてお受けになると私は思います。
○受田委員 私、官房長官にお尋ねしようと思うから質問を少しずつ飛ばしていくので御配慮願いたいのです。そういう元首としてお受けになる。すなおに日本から元首が御苦労されるんだと諸外国はお受けになる。総理の代理として官房長官、そういうふうに理解しておられますか。
○保利国務大臣 私ども憲法制定当時の憲法改正委員会におりまして、国民統合の象徴であられる天皇ということがわかるまで、当時の金森国務大臣非常に詳しいお話をされておりました。どうもなじまない。はたしてこの国の基本法である憲法第一条が、国民の心になじんでくれるかどうかということを、私は非常に心配しておった一員でありますけれども、今日では、憲法論としての元首かどうかこうかというようなことはともかくとして、日本民族の統合の象徴たる御地位という立場というものは、大体国民的にも理解——というよりも納得がいってきておるのではないか。したがって、いま法制局長官の言われますように、諸外国におきましても、日本の特殊な憲法、したがってその憲法の中に規定せられておる天皇の御地位というものは、各国ともよく理解をせられておるわけでございますから、したがって日本国民統合の象徴である天皇として、各国ともにそういう御待遇をされるものと確信をいたしておるわけであります。それ以上のことになりますと、どうも法律論は私はとてもお答えできる立場じゃございません。そういうふうに私は感じております。
○受田委員 官房長官わざわざおいでいただいたことを非常に有意義に思うのですけれども、私総務長官に後ほど具体的にお尋ねしますが、あなたに特に内閣の番頭として伺っておきたいことは、今度の公式訪問をされる国、非公式の訪問国、休養のために寄られる国々というようなことは、受ける側から見たら、公式か非公式か休養かという分かちなく、日本の元首が御苦労されるという受け方をとるものではないかと思うんですがね。
○保利国務大臣 ちょっと違うのではないかと思うのでございますけれども、大体は、イギリス、ベルギーの間においては、両皇室間において、いらしたなら答礼に伺おう、あるいは御訪問いただけば自分のほうも行きたい、行こうと思うというような、両皇室間のあれがあって、それはしかし、国民の象徴であられる天皇が公式に外国を訪問されるわけでございますから、国事行為ではなくても公的な行為である。したがって、このことについては内閣が全責任を負わなければならないというような受け取り方を私どもはいたして、そういうことで慎重にこの問題になにしておるわけでございます。 ところが、そのお立ち寄りのデンマークでありますとかオランダでありますとかいうところは、そういうやりとりの上で御訪問になるのでなしに、その公式訪問の途次、非常に御親交の厚い国であるからお立ち寄りをされる、こういうのが少し違うのじゃないかと思うのでございます。
○受田委員 私なぜこれをお尋ねするかというと、これを受ける国側から見ると、日本の元首が来られる、これは公式だ、これは非公式だ、これは休養だと、そういう区別をすること自身私は問題があると思うし、たとえ休養のために寄られるのでも、親善に貢献されるのであれば訪問には間違いないし、また向こうから見れば国賓としてこれをお招きするような形に考えておるのではないかと思うのです。休養の国は国賓でない形になっておるのかどうか。
○保利国務大臣 この辺は外交儀礼上の問題もかかってくるわけでございますから、したがって、たとえば公式訪問となりますと、御歓待の方法等も、同じ晩さん会なら晩さん会でもぐっと形の変わったものになってくるのじゃございませんでしょうか。ほんとうに御招待をされたところと、そうでなしにただ旅行の途次に敬意を表するためにお立ち寄りになるというところとは、おのずから違うのじゃないかというように私は思います。
○受田委員 内閣として考えておられることは、軽い気持ちで休養で立ち寄る国ということにしても、向こうさまはやはり、警戒にしても接待にしても国の元首をお迎えするという形をとる点においては、そう大差はない。晩さん会がどうとか、そんな問題じゃないですよ。そういうときに公式か非公式か休養か、それは私は何か形式ばったことだと思う。 私ははっきりあなたにお尋ねしておきたいことは、今度の陛下の久しぶりの海外御旅行、皇后さまは初めての御旅行、この画期的な御旅行は、国の元首としてお受けになる国々から見たら、日本に対する非常な親近感を感じられる。海外旅行にあたって、これは公式であり、これは非公式であり、これは休むのですよという等級をつけること自身がちょっと問題じゃないかということが一つ。 それからこれは初めての試みであるが、両陛下には、また日をあらためて、次にアメリカとかアジアの国々に引き続き御苦労願うという御計画をお持ちなのかどうか、またほんとうに陛下が軽い気持ちで、たとえばハワイあたりでちょっと休養してきたいというような御旅行が可能なのかどうか、この点を内閣を代表して御答弁願いたい。
○保利国務大臣 年来受田さんがこのことで非常に心配をされておるということは、私もよく承知をして敬意を表しております。気持ちは私も同じでございますけれども、段をつけて訪問されるというようなことじゃないと思うのです。両皇室なりあるいは大統領との交歓訪問というお話ができたところ——できないところには道すがらお立ち寄りになる。また今回の場合は、フランスやスイスの場合は、お疲れでもあろうから御自由に休養される。しかし受けられるほうの国としては、日本と非常に友好の厚い国々でございますから、日本の国民統合の象徴であられる天皇をお迎えされるわけでございますから、これはもう十分御心配をいただくことだと確信をいたしておるわけでございます。段をつけているわけじゃなくて、形の問題になっておるのじゃないかと思います。 それから、お気軽に人間天皇とされてどこへでもぶらっとお忍びでもお出かけいただきたいということは、国民のかなり多くの人が心の中では願っていると思うのでありますが、しかし実際にはなかなかそういかない。お忙しいなにもあられるし、また相当の御年配になっていらっしゃるので、そうもいかないのでございます。 今回の御訪問のほかに、御訪問、御旅行の御予定があるないということにつきましては、私は何も伺っておりません。したがって政府のほうでもそういうことをいま考えてはいないわけでございます。しかし、国民の一人としての気持ちは、どうかお気軽に、おひまのときは、あなたもおっしゃるようにハワイまででも行ってお休みいただいたらどうだろうかということを願わぬものではございません。政府のいまのなにとしては、そういうことでございます。
○受田委員 しかし、陛下の外国の御旅行はあなたはまだ伺っておらぬというようなお話ですけれども、このことは閣議によって決定されたわけでしょう、今回は。だからこれは第一段階であって、今後できるだけヨーロッパ以外の国々にも、第二回、第三回ということを期待したいという気持ちがあるかないかということを伺ったのです。
○保利国務大臣 たいへん願わしいことだと思っておりますけれども、まだそういう御計画があるということは承っておりません。
○受田委員 この計画は一体どこで立てるわけですか。——計画は宮内庁が立てるわけですね。ちょっとはっきりしておいてください。
○瓜生政府委員 天皇陛下の御旅行につきましては、ほんとうの腹案というものは、宮内庁と外務省のほうで相談をしながら一応立てて、それを内閣のほうに申し上げて、内閣のほうでそれはよろしいということを御決定になるというのが手続だと思います。
○受田委員 いまの質問に宮内庁にお答えを願いましょう。
○瓜生政府委員 今度の御訪問以外の御訪問、たとえば、いまおっしゃったようにアメリカとかアジアの諸国とか、その他の国に対する御訪問を考えているかどうかという点、これは現在のところは別に具体的には何も考えられておりませんが、しかしそのことは、将来の問題として検討されることがあり得る問題であるとは思います。
○受田委員 官房長官、あなたは四時からの御予定があるのでこの一時間だけで御退席を願ってと思いますが、いまの宮内庁からそういう計画を立て、政府筋へ願うという点ですが、宮内庁といえども政府の機関の一つであることは間違いないのですが、いま宮内庁が初めてそういうことを計画を立ててお願いしたのではなくて、過去において何回かお願いしたことはあったであろうと思う。非公式で相談されたと思うのですが、政府がこれまで無視しておったのかどうかということ。宮内庁は、いままで陛下御自身の希望はありながら実際は取り合わなかったのかという問題が一つ。これはあなたのほうはあとでいいです。 それで、私が心配しておるのは、こうした陛下の海外旅行というものは憲法に定める国事行為ではない、しかし国事行為に準ずる問題じゃないかと思うのですが、ちょっと扱い方としてはどういうふうに見ておるのか。軽く見ているのかあるいは非常に重く見ておるのか、また政治的外交というにおいはないけれども、十分政治的にも裏では効果を与えることになる。つまり、結果的には政治的外交の効果をあらわすという問題に発展すると思うので、非常に重大な国事の一部であると私は思うのですが、この点はどうですか。
○保利国務大臣 今回の海外御旅行をお願いするにあたりまして、内閣として最も戒心をし注意をしている点はその点でございます。閣議決定をいたしまして、そのときに総理大臣の謹話を発表いたしております。その総理大臣の謹話で、内閣として、そういう一点の疑いを持たれないように、いわゆる政治に暗に、利用というと悪うございますけれども、そっちのほうに流されるというようなことのないように、純粋な国民の象徴であられる、統合の象徴であられる天皇さまが外国旅行をされる、それがある目的に使われるというようなことであっては絶対にならぬということで、この謹話それ自体は、私が実は非常に苦心を、細心の注意を払って実は原案をつくりましたものでございます。先ほど仰せの天皇の純粋の、プロパーの国事行為ではない、しかしながら国事行為に準ずる公的の行為であるというような御見解は、私はもうそれでいいんだろうと思うのでございます。したがって、これはもうこの御旅行については、内閣は絶対の責任をとらなければいけないという、それほど重大に考えておるわけでございます。ただ、この御外遊を何らかの外交目的なりあるいは政治目的云々というような誤解を抱かれることは、まことにこれはもう予想もしないことでございますから、この点には細心の注意を払っておるつもりでございますし、どうかひとつ、御理解の深い受田さんでございますから、その点は特にひとつ御理解をいただきたいとこいねがう次第でございます。
○受田委員 それでは、あとはひとつ国務大臣として山中長官に代表して答弁していただきます。 これからちょっと法律的な見解をただしたいことがあるわけです。国事事項委任という法律ができて、天皇の国事は摂政の任に当たられる順位の方がお受けになるという法律ができて、初めてこれが適用されることになるのですが、法制局長官、この国事事項の一部を委任するということも、この法律で可能であるかどうか、御答弁願いたい。
○高辻政府委員 御質問の点は、国事行為の臨時代行に関する法律で一部を委任することができるかというお尋ねだと思います。むろんこの法律は、臨時代行がなされる場合としては、「精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、」臨時代行をさせることができるとあるわけでございますので、その事故との関連において、場合によってはいまおっしゃいましたような一部を委任するということもあり得るかもしれないという気はいたしますが、それはまさに事故との相関関係ではないかというふうに考えます。
○受田委員 私、この国事行為の代行法という法律の設定がないばかりに、陛下がただ一人日本の国家の中で海外旅行されることのできない、自由を拘束されておるお方であることを、十年前から執拗にここで申し上げておる。そこで、その原因がどこにあるかをただすと、国事行為を委任する憲法第四条後段の二項の規定を法制化していないというところが原因であるということで、この法制化を要求をさしていただいたのです。それで政府としても、その要求にこたえられて三十九年に法律ができた。私、その過去を顧みまして非常に感無量なものがあるのです。ところが、その法律ができて、今度はせっかく臨時代行ができるから国事事項を委任されながら御旅行ができる立場に立たれながら、その後、長く陛下御自身がこの法律の適用をされる御旅行がなかったということは、これは、毎年のごとくここで私は口を酸くして政府を追及いたしました。特にハワイにおける移住百年祭のときには、時の総務長官田中さんは、繰り返し繰り返し要望に対して慎重に検討したいと、いかにもすぐにもやるような空気を言っておられたのができておらなかったというようなことを顧みると、今回これが実を結んだということは、長くこの問題を提唱した私としては非常に喜びにたえない。議員としての栄光を感じておるわけです。昨年山中長官が私の質問に答えて、在任中にぜひやるようにつとめたいと言われたのが、事実実行されておるような形になっておるので、山中長官が強くやられたと私は思っておるわけですけれども、結果的によい実が結ばれておる。 そこで問題が一つ出てくるのですが、陛下は、戦前戦後を通じてほんとうに御苦労の一生でいらっしゃった。われわれ象徴天皇としてこの陛下を仰いでおる立場から見ても、この陛下の御一生ほど波乱万丈、曲折多岐にわたった人生、しかもよく耐え抜いてこれらた。終始平和主義に徹して、終戦の平和への強い願いがあの終戦の裁断となったことなどもわれわれはよく知っている。旧憲法で陛下がその補弼の任にあるところの内閣の強硬な戦争遂行策に耐えないお気の毒なお立場であったが、終戦の裁断ということで思い切って陛下の御意思を出しておいでになった。自来、平和愛好者であられる陛下の御生活の中にはほっと解放されたものをお持ちだと私は思うのです。その陛下のこのたびの御旅行が実行できるにあたって、陛下御自身さぞ御満足であろうということを感ずると同時に、国民としても、ほんとうに政治的なにおいのないきれいな御旅行をしていただいて、しかも外国との間に、別に人間関係の親愛感、親近感というものを——それが政治的な効果となってあらわれても、私は一向差しつかえないと思う。つまりその場合、非常に親善がよくなるというのは、いい意味でいえば政治的に効果があるわけです。結果的に見れば政治的に効果があっても、意図するところは政治的なものでない御旅行なんですから、その意味ではこの国々との間の親善をはかっていくということは非常に大事である。しかしそのために、特定の国との親善はできるが、旅行されない国との間の親善がよくいかないということになっては困るので、その点山中長官、今回の御旅行が国々との間における親善に格差のできる形でないように、いま官房長官にも申し上げたような形で、できるだけ多くの国々に自由な立場で旅行される、第二次、第三次計画というものを当然宮内庁が立案し、政府がこれを認めるという方向は、宮内庁を含めて総理府のおえら方としてどうお考えになるか。
○山中国務大臣 今回は陛下御在任中の前例のない初の御外遊でございますから、やはり象徴であられても、国家としての公式な御外遊であることに変わりはありませんので、その意味で、国際外交通念上正式に日本に元首が訪問された国、並びに日本の象徴たる天皇の行かれることによって、国王、女王御夫妻が来られるイギリス等を公式の訪問国とし、その他長年の皇室間の交遊のございます国々について、お立ち寄りその他を願うということで、先ほど官房長官が申し上げましたよりな日程になっておりますし、その途中で相当な御休養に傾斜を置いた国もはさんでございます。しかしこれらは、受田委員のお話のように、かつて日本国から外に出られたことのない天皇陛下がヨーロッパに来られるということで、いずれも私たちとして望ましい待遇をしていただけるものと考えております。私どもは、できればこの際、やはり日本の移民の方々の非常に多いアメリカ、中南米の国々を、もし現職の天皇陛下が御健康あるいは事情等がお許しになって訪れになることができるならば、たいへんけっこうではないかという気持ちも、私は総理府総務長官の立場において、心ひそかにかねがね願っていたものであります。今回の御旅行でそれらの地域までお回りになられますることは、これはやはり、陛下の御年齢その他等から考えて、一ぺんには御無理であろうという気持ちも私はいたすわけでございます。官房長官が申されましたように、私も一大臣並びに宮内庁を所管する総務長官として、陛下の御健康が今回おみごとに耐えてこられた、しかもそれが非常に結果がよろしかったというような場合において、当然陛下に、どういう立場で行かれるかは別にいたしまして、なるべく見聞をお広め願うことは、国民の一人としても願わしいことではないかという気持ちでおるわけであります。
○受田委員 まことに私として的確な御意見であると認定できるような御答弁を願ったわけであります。日系人の多い国々というところへおたずねするということは、これは決してえこひいきという意味ではなくて、これらの国々との親善を一そう強烈に考えようとする意味においても効果があるわけなんですが、別に政治的意図という意味ではなくて、母国の陛下が来られたというすなおな感情を育てるという意味で、私はハワイという地域を前に指摘したのですが、アメリカという国、南米の国、三十数万おるアメリカ、六十方もおるブラジル、こういう国々は、どこかに陛下に対する深い敬愛の念が残っている国々でありますから、そういう意味で宮内庁等も十分心して、歓迎を受ける国へ陛下がお出かけになるということを御計画されていいのじゃないか。ここでちょっと瓜生さん、あなたのほうで、いま御計画をお立てになるお話でしたが、いままで何回か私たちの強い要望にかかわらず、陛下御自身もまた旅行をしたい御希望がありながら、これが蒸されておった原因というのは、宮内庁自身が立案の段階にまで至らなかったのか、立案をし、一応素案を用意して政府にただしたが、政府が外交的意図等の事情でこれができなかったのか、いろいろと紆余曲折があったと思います。別にこれは実を結ぶまでの苦心物語として軽く見ていい問題ではありますが、この間の経緯等でお話しがしていただければ、その壁がどうとかという意味でなくて、時期がまだ至らなかったという軽い気持ちで、その経緯を話していただけませんか。
○瓜生政府委員 宮内庁のほうの立場といたしまして、天皇陛下の海外御旅行については、この委員会の席上でもだいぶ前にも申し上げましたように、前向きに、またいろいろ検討をしていたことは事実でありますが、しかしながら、なかなかいい機会というのをつかむことがむずかしくて、具体的な腹案を立てるというところまではなかなかいかなかったのであります。したがって何か腹案をつくって政府のところへ特っていったが、それがきまらなかったというようなことはなかったわけであります。
○受田委員 それでは、そこまでは進んでなかったということで、まだ時期が来なかった。陛下御自身の意思があったにかかわらず、それが押えられておった。また陛下御自身が御旅行できるような立場に法律がつくってあっても、それが適用されなかったということですね。結局結果論はそうですね。 そこで、ここで憲法と皇室典範と、それから国事行為の臨時代行法との三つから、次の法律的問題をお尋ね申し上げたいのです。天皇の国事事項をなさる国事行為と、それから憲法の第四条の前段に書いてある「国政に関する権能を有しない。」ということ、これは憲法調査会その他でも論議されておることでありますが、この「国政に関する権能を有しない。」ということの中に、事実問題として大使、公使の接受というような問題ですね、信任状の認証、こういうような行為というものは国政に関係しておるのですね。国事事項の中に国政と見られるものがある。また衆議院を解散したり、総理の任命行為などという憲法第六条の規定などは、これはもうりっぱな国政であると私は思うのです。この区別は一体どういうことでしょうか。これは法制局長官。
○高辻政府委員 受田委員はもうつとに御存じのことだと思いますので、これを御説明申し上げるのはいかがかと思いますが、憲法四条の「この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」、確かに憲法第七条を通観してみますと、これにはいろいろな種類の行為がございます。人の意思によって効果が発生するような、意思表示を内容とするような行為、これなどはまさに御指摘のように国政に関する権能ではないかというふうにいわれる余地もないではないと思います。もっとも第七条の国事行為の中には、その他「認証する」とか「儀式を行ふ」とか、そういう事実行為もございますから、そういうものまでがそうだとは思いませんけれども、人の意思に基づいて効果を発生するようなものについては、御指摘のような疑問が生ずるのはごもっともなことだと思いますけれども、人の意思に基づいて効果を発生するもの、つまり衆議院を解散するのもそうだし、内閣総理大臣を任命するのもそうだし、最高裁判所長官を任命するのもそうでありますが、それらは、たとえば内閣総理大臣は国会の指名に基づいて天皇が任命する。その他の行為については内閣の助言と承認によって、それに基づいて天皇が行為を行なわれるというような意味において、何といいますか、天皇が単独の意思で御決定になることではない、かような意味で、「国政に関する権能」とわざわざ憲法四条が書いたこの趣旨に合わないものではない。それは四条の規定だけを見れば「この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ」ということから、実は説明を要しないほど明白なことでありますが、「国政に関する権能」との関係を明らかにして申せば、そのようなことに相なろうかと思います。
○受田委員 これは憲法解釈の上で問題もあるわけですが、少なくとも国事事項のこの行為を代行せしめて、海外に旅行されるという現実の問題が起こってきて、あらためてこの機会にこの基本の問題に触れなければならぬ時期がきたと思うのです。いままでこれが現実の問題化されていなかっただけに、素通りされたきらいがある。そこでこの機会に、陛下が御健康で御旅行をされることをわれわれは心から願うわけでございますが、その陛下の御健康上の理由によって国事事項の執行をなさることができないようになる、あるいは非常にむずかしいという時点の判断を、陛下御自身がされる場合と、それから宮内庁が側近においでになるのですから、側近が判断されるのと、それから政府が判断されるのと、いろいろ問題が起こってこようと思うのです。私は、この長く御苦労された陛下に引き続きいつまでもいつまでもお元気でいていただきたい。いまごろは八十までは、ふつうの健康に留意される方であれば耐え得るということを期待できるのでございますが、陛下の長い御苦労を思うときに、陛下御自身が健康上に不安を感ぜられるような事態が起こったときに、これはやはり法律上の問題として考えて差しあげなければならぬことがあると思うのです。それは憲法の規定からいうと、陛下に摂政を置く場合にいろいろな規定がありまして、陛下が在任中に重大な健康上の理由、事故等で摂政をお置きにならなければならないような時点が陛下御自身に起こっておる、私は非常に苦痛だ、しかし陛下は非常に誠実なお方だから表面にお出しになれない。宮内庁は側近であって、陛下をきびしくといってはいけませんが、非常に謹厳に陛下に御勤務を願うような形で、陛下に引き続き御苦労願うような形をしておる。お年をとった陛下が御無理を重ねられるという危険もあり得ると私は思うのです。この点は、政府自身がわからないうちに宮内庁自身が側近で十分わかる事態があると私は思うのです。こういう事態になったときは一応考えて差しあげなければならぬと思うのですが、陛下の御健康等について、宮内庁は常にどういう留意をせられておるのか。陛下の御執務は、この国事事項をなさる膨大な仕事の量というものは、私たちも十分、おうかがいするまでもないほど量があると思うのです。ちょっとその量を、国事事項の一例もひとつ示していただいて、陛下の日常の御勤務がどうなっているか、それから、それに対して常に陛下に御苦労をかけなければならないのか、摂政を置くまでにはならぬけれども、国事事項の一部をいつも委任するような、国事行為代行の法律を常に適用できるような形にして、陛下に気楽に御用邸等でお休みいただけるような形をとるべきではないかということを、私はこの機会にあらためてお尋ねしたい。
○瓜生政府委員 陛下の御健康の関係は、現在非常にお元気であられるわけでございますが、われわれといたしましては、いつまでもお元気であられるように常に期待をいたしております。その模様につきましては、側近におる者としてその御様子を常に拝見しながら、お元気であることを喜んでおるわけであります。なお侍医も常に側近におりまして、医者の立場からも御健康の関係を拝見いたしております。現在お元気であるという点を非常に喜んでおるわけであります。 なお、いろいろ国事行為などで、陛下のなされますお仕事の関係がどういうくらいのお仕事があるかというようなお尋ねでありましたが、昭和四十五年の一月から十二月までの間に、陛下のお仕事で詔書というのが二件ございます。それから条約の関係が二十件、法律が百四十五件、政令が三百五十四件、叙位叙勲が二百九十一件、それから外交関係でございますが、信任、解任、それから委任、認可、そういうのが合わせますと百十五件、批准書の関係が十四件、恩赦の関係が三十九件、任免の関係が二十八件、それから御親書になる勲記が八十九件、そういうのがございます。なお、そのほかに宮内庁関係のその他の一般の書類としては千六百件ございまして、合わせますと、昭和四十五年中は二千六百九十七件ということになっております。いろいろございますが、その一部を委任されるかどうかという問題も、陛下は現在ずっとお元気でございますので、私たちは現在の段階におきましてはそういうことはまずないというふうに拝察いたしております。
○受田委員 私は、いまのような大量の処理をなさる上からいいますと、毎日御勤務されておるかっこうだと思うのです。それから内閣でも、たまに大臣の更迭がある。不意に大臣がかわる場合がある。不用意な交代が起こっておる。予期せざる事態が起こっておる。そうすると、陛下は夜中でも急にお出かけにならなければいけないというようなことが起こってくるのですね。そういうときに、つまり御用邸で静養される間は、この国事行為の臨時代行法で、たとえば一週間でも十日間でもこの法律を適用されるような形に陛下を置いて差し上げる。常に陛下が御執務されなければならぬというところに、御用邸におられてもやらなければいかぬ、こういうところに問題があるのです。たとえば摂政を置くまでには至らない、しかし「精神若しくは身体の疾患又は事故があるとき」で、国事行為代行法には重大な事故とは書いてないのです。「事故があるとき」というのは軽い事故なんです。つまり健康の維持をはかる上に約一カ月下田の御用邸で静養する、きょうは葉山までいらっしゃるのでしょう、葉山まで押しかけていって認証が行なわれたり、葉山まで行って法律命令の手続をされたりしなくても、そのときは皇太子が代行される、こういう形にして差し上げるのが親切であって、またこの法律の精神にも合致する。つまり陛下が常に、九十になられても百歳になられても重い責任の立場に置かれるということになると——あなた御自身でもよろしいですよ、二、三日故郷へ帰りたいというときに宮内庁の仕事をどんどん持ってこられたら、事実神経が疲れるでしょう。ここにおられる三長官、事実問題として解放して差しあげる、休養の日があってしかるべきであると思う、その意味で私は、この海外旅行のこともさることながら、平素においても国事行為の臨時代行法が適宜適用される形をとるべきだと思うのですが、いかがですか。摂政を置くに至らない、重大な事故でなくして軽度の事故のときにも、「事故があるとき」となっておるのだから、国事行為臨時代行法は終始これが適用される形において差し上げるべきである。お年をとられた段階でそうして差し上げるべきである。三人の責任者から、それぞれの立場において御答弁を願います。
○高辻政府委員 法律的な側面から私申し上げたいと思いますが、先ほど申し上げましたように、国事行為の臨時代行に関する法律は、私も実は非常に思い出の深い法律でありまして、私が次長当時だったと思いますが、受田先生から非常に御要望もあり、私どももこの用意がないことについてはそれ相当の反省もありというようなわけででき上がったわけでございましたが、その法律について、受田さんが非常にこれを有効に活用するようにという一心からのお尋ねについて十分によくわかることでございますけれども、これは摂政が置かれる場合以外の場合について臨時代行に関する法律が動く場合でございますから、その場合だけに限定して言いましても、常に疾患または事故があったときに実はあれが働くようになっておることは、もうすでに私のほうで指摘したとおりであります。 そこで、先ほども申し上げましたが、確かに事故の種類によっては、国事行為のすべてができないようなときでなければ事故でないとは言えないだろうというような意味で、ある国事行為については事故とは言えないが、ある国事行為については支障があるというような場合も理論的にはあり得るだろうというような意味合いで、一部の国事行為についての委任というのも理論上はあり得るだろうという考え方から、先ほどいきなりの御質疑でございましたが御答弁申し上げたわけであります。しかし、いずれにしても事故があるということが法律上の要件でございます。 そこで、いまいろいろ例をおあげになりましたが、そういうものがまさに事故と言えるのかどうかというようなことについては、もう少し考えてみる必要があるのではないか。要するに抽象的に法律の側面だけから言えば、事故があるのであれば例の国事行為の委任に関する法律の運用というものができるだろうけれども、それが事故と言えない場合については、当然のことながらあの法律の適用というものは考えられないのではないか。場合によって、事故があるのであれば、その一部の委任というのもできるだろうけれども、いずれにしても事故といわれるものが前もってあるということが前提要件であるということだけを申し上げたいと思います。
○受田委員 いまの法制局長官の御答弁に関係して、あとのお二人に御答弁を願うのに大事な要素を追加させてもらいます。 私は高辻先生と多年にわたって憲法論、皇室典範の扱いを論議させていただいて、終始憲法に忠実な議員として発言しているつもりです。現行憲法に忠実な、つまり象徴天皇の立場を十分国民に浸透させる、これを忠実に実行するという意味の立場で発言しております。 そこで、人間関係の人権問題が一つあるのです。この法律の適用をすることはあまり好ましくないような、なるべくこれは使ってもらいたくないという意味の御発言と私は了解するのです。そういうことですね。——そこで、陛下はお年を取られておるから、おかぜを引かれて一週間ほど休養を要する、こういうこともある。海外旅行から戻られて非常にお疲れで、まだ十日間休養したいというときがある。そういうときには、こちらに帰られてからすぐにその委任を解任されるということでなくして、引き続きもう十日間は静養を要するという——普通お年を取られた人の海外旅行でしたら、戻って翌日から執務をされるということは事実むずかしい。しかし、帰られたらおそらく即日解任の手続をされるのじゃないですか。これはちょっとその扱いを聞きたい。この法律の適用を受けられる法律的な扱い方、どういう形でこの法律の条文を今度の旅行の際には扱われるのか。行かれるとき、帰られるときの扱い方をひとつ……。
○瓜生政府委員 その問題は、国事行為臨時代行法ができます際に起案者のような立場で関与したときに承知しておることを申し上げますと、やはり外国御旅行のような場合、御出発からお帰りになる日までは臨時代行が置かれますけれども、お帰りになればその日からまた普通の形に返られるというふうに、その当時は理解しておりました。
○受田委員 そこなんです。旅行する場合に、お互いは旅行の前にしばらく体調を整え、整理をするために、その間における仕事を普通のお役人でもやめますよ。戻ったら即日執務するというのは、若い山中長官のような血気旺盛な人なら何をかいわんやですが、普通七十歳になられたら、お立ちになる日までの国事行為は全部片づけられる、戻られたら戻られた瞬間から国事行為が待っておるということでは、これは問題だ。だから、立たれる二、三日前から、もうちゃんと皇太子にやり方なども陛下が教えられ、御長男の皇太子にこれはこうやるんですよ、これはこういうふうにしなさいよ、こういうふうに連絡もしておかれて、そしてもう二、三日気楽に、委任の手続を済まされて、戻られたら、皇太子がおとうさんお帰りなさい、陛下お帰りなさいませ、まだもう四、五日はどうぞお気軽にお休みなさいというのが、私は人間の自然においても適当なことだと思うのです。それを行かれる瞬間まで国事事項をやって、帰られたら即座に山積した法律や命令の裁可をやられる。こういうようなことは人権侵害もはなはだしいと私は思うのです。宮内庁次長瓜生先生、この扱い方は、この際法律の適用から少し拡大解釈されるようにされてしかるべきだ。私はこの法律の素案ができて御相談を受けたときに、当時宇佐美長官と徳安総務長官が、こういう案ではどうだろうかと私にお持ちいただいたときに、ここのところは特に申し上げてあるのです。摂政のときには「重大な事故」とあるが、ここは単なる「事故」、それから摂政の任に当たるときには「精神若しくは身体の重患」と書いてあるが、ここは「精神若しくは身体の疾患」だから、ちょっとしたかぜくらいでもここで考えてあげるくらいの幅のある文字だと私は了解すると申し上げた。実際には摂政を置くときとはたいへんな相違があるのです。事実摂政のときには「重患」と書いてある。ここは「身体の疾患」ですから、一週間、十日のおかぜのときなどでも、御用邸で御静養をいただいていいと思うのです。それから「又は事故がある」、単なる事故です。そういうようなことはきわめて軽い意味でこの法律の解釈をして陛下を束縛から解放して差し上げる必要がある。もうこの重い毎日毎日の負担をおかけすることは適当でない。 瓜生さんが次長として私の質問に答えられたことばを私はよく覚えているのが一つあるのです。それは、この国事行為を委任する法律がない限り外国へ行けない。私は、飛行機でぱっと行って、アメリカを旅行されて四、五日で戻ることはできないかと申し上げたら、理論的には考えられないことはない。しかし国事事項はいつあるかもわからないし、ワシントンまで飛行機で行って陛下に御承認をとるわけにはなかなかいかぬから、陛下に海外に行っていただいたら国事行為の執行が事実問題としてできないとあなたが言われたのを覚えておられると思うのです。だから、この委任法がない限りは事実陛下の海外旅行はできないんだ、だから四日でも五日でも旅行ができないんだというお説があったのを私いまでも忘れておりません。それほど陛下は束縛を受けておられる。このあたりで、総務長官、あなたは政治的な扱いをなさる立場から非常にいいアイデアを生む国務大臣として著名である。したがって、この法律の適用について、あまりにも形式ばった形でなくして、陛下が一週間、十日おかぜを召されておるときには代行ができるように、この法律が適用されるようにして差し上げる。また非常に疲れておるから、旅から戻って二十日間ほど休暇がもらいたいというときは、この法律の適用を二十日間延ばしてあげる、こういうような心づかいをしてしかるべきものではないか。つまり朕には辞職の自由がないと明治天皇は仰せられたことがありますが、陛下御自身が重荷を背負って、七十になられてまだ法律、命令に一々サインをされて、そして大使、公使に接見をされて、大公使の接受をされて、衆議院の解散というときには心痛されながら紫のふくさをお渡しになる。これはお渡しになるのはこちらがおやりになるんだけれども、こういうふうにほんとに毎日毎日たいへんな思い——きょうでも内閣で何か重大な事態があって国務大臣を更迭することがなきにしもあらずということが言えるわけですが、そういうときには、真夜中でもお起きにならなければならぬというときには、やはり旅行されたあとなどは何とかゆるやかにお休みを願うというくらいの心づかいがあっていいと思うのです。陛下にあまりしゃくし定木に重荷をかけるということではいかぬ。この点をひとつ御答弁を願うわけです。 これにもう一つひっかけて、現実に陛下の、天皇の地位を去られる退位論などが一部に出ておるのです。私は、陛下の退位があってはいけないという立場をとる人間ですが、私は、陛下の御存命中に終生天皇でいらっしゃることを考えている立場をとる人間として申し上げるのですが、退位されることについてのいろいろな議論が出るということは、陛下はお疲れになったであろう、もうこれ以上御勤務されることが困難であろうという思いやりの心もあるし、また別の意味の人もあると思いますけれども、要するに皇室典範は、天皇が崩じたるときは、皇嗣があとをつがれるとなっていて、天皇は一生涯その任にあられるわけです。そうなっておる。したがって退位論ということになると、これは皇室典範の規定の「天皇が崩じた」ところを改めるということで、一応法律論として済むのではないかと私は思うのですけれども、憲法の規定は世襲のところを別に改める必要はない。憲法問題ではなくして、憲法の委任を受けた皇室典範の改正ということで済めば国会でいつでもこれが扱われるという立場であると思うのです。そのことはあなたとしてまた、別途法律論としては異論があれば異論を言っていただきたいが、そういう意見も出ることを考えるときに、このあたりで陛下に、いま申し上げた国事行為の臨時代行に関する法律の適用を終始自由にして差し上げる。そして、それがいよいよ重大な疾患になり、重大な事故になったときに初めて摂政という道があって、そして陛下のとうとい生命が終わられる瞬間まで天皇の地位にあられるというのが筋として通る、そういうふうに心づかいをすることが非常に必要な段階にきていると私は思うのです。この扱い方について、いま私が質問をしたことに答弁を要求しながら、最後に山中長官、私のこの提案は、ほんとうに陛下を思い、そして陛下の御地位をずっとそのままお続けになられて、同時に仕事の上ではちっとも渋滞がない、若くたくましき皇太子がおられるし、ほんとうに現在の象徴天皇制の永久性ということがそこで私考えられると思うのです。こういう形でものを判断してもらいたいのですが、これは非常に重大な国の基本に関する問題ですが……。
○高辻政府委員 まず後段のほうの天皇の御退位についての法律上の問題点の御指摘がございましたが、これは簡単に申せば仰せのとおりだと思います。憲法の第二条の、皇位は「国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する。」という規定を受けまして皇室典範があって、これも御指摘のとおり第四条「天皇が崩じたときは、皇嗣が、直ちに即位する。」ということで、退位の御自由がないというのが現行の憲法及び法律のたてまえであります。したがって、概していえば仰せのとおりということがいえると思います。それから、その前にお話がありました国事行為の臨時代行に関する法律の点は、私が先ほど申し上げた点は、実は法律そのままを申し上げているわけで、私がこれについてチェックをしようとかいうような意図をもって申し上げたわけではございません。法律の定めるところによりますと、「天皇は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、」「臨時に代行させることができる。」という規定がありますので、疾患または事故がないのに臨時代行をさせるというわけには法律上まいらないということを申し上げたわけでありまして、主として御指摘の点は、この「疾患又は事故」の解釈、運用の問題であろうと思います。それだけ法律的観点から申し上げておきます。
○山中国務大臣 私は、できるならば陛下が、昨年の秋気候のよろしい時期にでも御外遊をというようなことも願っていたものでありますが、昨年は万博接遇等で、やはりお元気とはいっても目に見えない疲労の蓄積等もおありであろうというようなこともございまして、ことし定まったような日程によって御外遊が初めて行なわれる運びに立ち至ったわけでございます。その意味において、陛下の御外遊は、いまの国事代行法そのままでは、陛下のお乗りになりました飛行機が羽田を離れた、日本の国土を離れた瞬間でありますか、あるいは領空を離れた瞬間でありますか、そこから始まって、領空に入ったときもしくは羽田の滑走路に車輪がついたときという、厳密にいえばそれぐらいにきびしい意味の代行期間であろうと思うのです、しゃくし定木に考えれば。しかしながら、今後も大切なおからだとして、そういう初めての御外遊、これはからだだけでない、心身ともにお気疲れでお帰りでありましょうし、俗世間の者ならば、受田さんの言われたように出発準備等で二、三日暇をとってやるというようなことも常識の社会でございますから、陛下に限ってそのようにしゃくし定木にしてよろしいかどうか、これは大いに検討する価値のある問題であると考えますし、われわれまた国会議員たる者、国民を代表する者として、陛下に対してそれぐらいの思いやりというものを持つべき時期に来ておる。俗世間でいう古希に達せられる陛下でございますので、そういう思いやりの措置が法律の解釈、運用によってでき得ないものではなかろうという気もいたしますから、これは十分に宮内庁、法制局、内閣全体として相談をする問題であろうと考えますので、ただいまの御意見については十分に拝聴させていただいたことにいたします。
○受田委員 私いまの御答弁で一応用を足しておると思うわけですが、この憲法の解釈からきて、私たち現行憲法をずっと順守しようという立場を持っておる者として明らかにしておかなければならぬ点があるわけですが、元首を天皇とすべしという憲法改正論者もいまあるわけです。長官御存じのとおりです。この元首という論をちょっとしておかなければいかぬ。 それは、現行憲法を改正すべしという論のあることにおいて申し上げておかねばいかぬのでございますが、象徴天皇という象徴ということばは、いまの時点ですでに国民の中へ浸透しました。非常にもう国民の中では、象徴は、われわれのあこがれのまとめ役、国民全体をまとめられる立場のお方というような意味で、あるいは花でいえば桜、山でいえば富士、国でいえば陛下、こういうお立場というような、いろいろな解釈はあっても、みんなをまとめてこれを一本にされる御存在、こういう意味でよくわかると思います。しかし教科書等には、いろいろとここで疑義がある。中学校から高等学校などへ行くと、もう天皇のお立場というものをちゃんと教科書で明示しなければならぬが、教科書にはどうもその点が明確でない点が一つあるのです。宮内庁はどうですか。この天皇の地位を教科書に出されているのをお調べになられたことがございますか。瓜生先生のほうじゃ、ないですか。文教の関係で、あればちょっと……。
○瓜生政府委員 特に調べたことはございませんが、おりに触れ、見たことはございます。
○受田委員 それで、国民の中に象徴天皇ということばがどう理解されているか。政府は憲法に忠実でなければならぬと憲法の末章に書いてある。憲法順守の義務が山中先生たちの内閣、私たち国会議員にもある。これが全部憲法の規定に明記されてある。その意味で、研究としてはいろいろなことをやってもいいが、しかし現行憲法に忠実であるという政府として、山中長官、この象徴天皇の立場をよく国民に理解せしめ、国民の考えに溶け込んだ統合の象徴、御一家を永久に長期にわたって安定して国家の中へ融合させるという雄大な構想をお持ちかどうか、御答弁願いたい。
○山中国務大臣 これは人為的にもしくは政治的になすべき事柄の外に置かるべき問題であると思います。たとえば元日の賀を受けられる。そのときの国民の、これは限られた東京近郊の方々だけであるにしましても、一昨年でありましたか、つまらないパチンコなんか撃ったのがおって、やむを得ずガラス張りみたいなことで、陛下もおそらく不本意でいらっしゃるだろうと思うのですが、毎年毎年陛下のお姿を見て万歳を叫ぶ国民の数が増加しておる。しかもそれがテレビ、ニュース等で流されて、それにきびしい、強い反発というものを国民が感じていないということ等が、やはりそういう一つの事柄でありますが、徐々に徐々に国民の間に、自分たちの、下世話でいうおとうさん、いわゆるあなたがたとえられた富士、桜、天皇という意味の誇りと尊敬という中に包まれた陛下の地位というものは、一そう私は幅広く、しかも深く定着して、決してこれが途中で断ち切られることはあり得ない、いわゆる民族の血液の中に生き続けていかれるものであろうと考えます。でありますから、ことさらに陛下の地位についての政府公報なり、あるいは施策なりというものをとらないほうが、むしろ現実において国民の間への正しい定着が生まれつつある。これがおかしな現象が起こって、日本の国がおかしくなるというようなことでもありますれば、これはまたあらためて別なことでありますが、教育の分野においても、陛下に対して特別なおかしな教育が普遍的に行なわれるというふうには私は見ておりません。
○受田委員 これは象徴という非常にむずかしいことばで、これはどういう意味かわかりやすく国民に理解させるすべが必要だと思うのです。別に意図する意味でなくして、象徴というのはわからぬ、日本の一般の若い人には象徴ということは、シンボルということばそのものがなかなか直訳でむずかしいという関係があるので、これはやはり教科書などで親切に、いまの、花は桜、山は富士というような意味で、わが国には天皇御一家がおいでるというふうに、わかりやすい説明をした教科書というのはあまりない。この点文教の上においても、たくまずして皆さんの理解できるような、つまり憲法の精神を生かす道が私は必要だと思うのです。そういうことをひとつ政府としても考慮しておかれる必要がある。そこで法制局長官、象徴天皇の御地位は元首ではない、法律で厳正な立場でいえば行政権もなければ外交権もない、内閣の助言と承認がなければ執行権もないということであって、ただ単に陛下が儀礼的な立場で元首という立場になっておられるということで すね。
○高辻政府委員 わが国の憲法上の天皇が元首であるかどうかというのは、先ほどもおっしゃいましたように、いろいろ議論があるところで、かつて内閣に置かれました憲法調査会で、一番最近においては議論になった論点の一つであったわけですが、その調査会での報告書というのが出ているのは御存じのとおりなので、その中に結論的にはこういうことをいっております。「天皇は、現行憲法の下において、「象徴」であっても、」対外関係において一般的に「国を代表するものとしての元首たる地位にあると解釈することができるということは、」委員のほとんど全員の一致した見解であったと報告されているわけでございます。この見解は天皇が対外関係において一般的に国を代表するものとして見た場合についていっていることは、ただいまの報告にもあったとおりでありますが、元首の概念というものは必ずしも明確でなくて、そういうことのほかに行政の首長という要素もあるという考え方もございますが、そういうことになると、いま仰せのとおりに、天皇は行政の首長とは必ずしも現行憲法の上ではいえない、したがって、そういうものを要件に含めての元首とはいえないのではないか。しかし一国を外国に対して代表するという関係においては憲法調査会が申しておりますように、これを元首と見てもさしつかえないという考え方は一応理屈のある考え方であると思います。
○受田委員 したがって、このたび陛下が海外へ出られるというときになってこの問題を明確にする必要があるわけなのです。つまり陛下御自身はもう元首として外国にお向かいになる、さっきの皆さんの答弁でそうなっておる。そうすると、外国向けだけが元首で国内的には元首とははっきり言い得ない。つまり対外的立場だけで元首といえる、国内的には国の首長は、行政権の主体としては主権在民のかっこうからいって三権の分立になっている、そうすると、行政権は内閣に属するから、内閣の山中さんが元首の一人かもしれぬ、そういう説も成り立たぬことはない、つまり合議体としてみれば。そういうはなはだはっきりしない点がある。この点憲法論としても調査会などで、いまのように対外的のことだけを出しておるのでなく、元首との関係、それから国民主権の場合における象徴天皇の地位というようなものも、国民に親切に説明ができるように政府はなすべきである。調査会はこうして答えを出している。調査会が答えを出したものによって、対外的には元首。それは私認める。私自身は憲法調査会と同じと見ておるわけだが、国内として見たときに行政権の主体というものは天皇にはないのだということになってくると、行政権の帰属する内閣が元首という見方が成り立たぬこともない学説もちょっとありますね。そういうようなことではなはだあいまいな点がある。これは法制局長官、法律の番人として、内閣の法律大番頭として、長期にわたって政府に忠実な法律解釈をなさっておられる法制局長官として、このあたりで、陛下が海外に旅行されるにあたって、元首としての扱いを受けられるこの現状において、国内向けとしてどう説明されるか。総理府の政府の窓あたりでそろそろ答えを出す時期じゃありませんかね。両長官御答弁を願います。
○山中国務大臣 いろいろ方法もありましょうが、昨年あたりは、陛下の大体毎年お迎えになるいわゆる元首クラスのお客さまが万博で一ぱい来られましたね。大体毎年の予算では一億二千万ほど組んでありますが、外国の元首クラスが四回おいでになる、それから、今回陛下は別でありますが、皇族関係が二回外国へお出かけになるという積算の根拠で一応予算が組んであるわけです。しかし昨年あたり国民は、万博というものを通して数多くの国の元首や偉い人たちが一ぱい来られて、そうして陛下のところに行かれる元首、そして陛下御一家と外国の元首御夫妻あるいはお子さま等も入られたお写真などを拝見したり、テレビで見たり、そういうようなことで、やはり外国の一番偉い人が来たときには日本でも天皇陛下のところに伺うのだというようなこと等が、これは説き聞かせることでもなく、昨年あたりは非常に数多く国民一般に知らされた。ことにテレビ等の茶の間に入り込んだ今日、相当国民一般に、天皇陛下というものがわれわれの国にはおられて、外国の一番代表する方が来られるとまず陛下のところにお行きになるのだ、総理はその次なのだ、総理に会わなくても陛下には必ずごあいさつをされるのだというようなこと等がすなおにわかってきた年じゃなかろうかと思います。でありますから、政府の窓もございますが、それぞれの心の窓でみんながそれを見たというようなことで、特別にいまのところ政府公報として陛下について憲法あるいは皇室典範、そういうものをやる必要まではいっていないのではないかと感じております。しかしその御意見は聞き捨てにしてしまう御意見だとは思いませんので、よく承ったことにしておきます。
○受田委員 いま私が懸念することは、元首ということになりますと、今度は政治責任、国家を代表するということになる。佐藤総理が海外旅行をされるときは元首じゃないわけです。これは単なる総理です。久しぶりにわが国は元首が海外へ行かれるということに外国から見られる。いままで元首の海外旅行はなかった国だ、外交的には非礼の国だということに一応なってきておるんです。そうですね。間違いないですね。
○山中国務大臣 やはり外国からは元首あるいは国王、そういう方々が日本においでになって、そして日本からはそれに対応する地位の方が行っておられないという意味においては、やはり一方的な外交儀礼というものはありませんから、若干の礼を失する点が、外国の立場からはあり得たであろうと思います。また総理が外国に行かれたとき元首の扱いを受けないこと、これはもうはっきりいたしております。たとえば中華民国に総理が行かれても、蒋総統はお出迎えにならないが、嚴家淦行政院長がお出迎えになるというようなことで、はっきりと外国は区別をいたしております。
○受田委員 つまりそういう形に現実なっておる。これは非常に日本の国はひとつデリケートな問題があるのです。初めて元首が行かれる。外国から見た場合に非礼がある程度繰り返された、これが一部今度解除するということになるわけですが、ただその際に問題は、先ほど官房長官と論議しました政治責任、元首として行かれることに対し、また陛下御自身に対して外国が元首として扱われる。その間に外務大臣が随行されるので間違いはないと思いますが、国際的な関係において政治的な責任ある元首としての立場に立たれることのないような側近の配慮というのが非常に大事だと思うのです。この点、日本の憲法の特殊な事情というものから、象徴天皇として、御自分では政治責任をお持ちにならぬきれいなお立場の方として、政治的には決して汚点の残らないお立場の方として守り抜いてあげなければならぬ。今度の御旅行でその汚点を一切つけ加えることのないように配慮する必要があるということを私は繰り返し申し上げておきたいわけなんです。その点論議をあまり申し上げることはこれでよしましょう。一応基本的な問題は終わったようです。 そこで、もう一つ二つ今度の御旅行に関してお尋ねしたいことがある。それは財産関係です。海外へ御旅行されて献上品がある。こういうことは当然予想される。また海外にいろいろなものをおみやげにお持ちになる。こういうことは当然予想される。前提として申し上げておきますが、陛下の御旅行に対して、行かれる人員、経費等はまだ準備ができておらぬですね、次長。
○瓜生政府委員 まだ決定をされておりませんが、大体いまぼんやりと出ておりますのは、随員は三十数名、予算の関係はまだ見通しつきませんが、まあ大体の見当では一億数千万円じゃないかというふうな見当をつけております。
○受田委員 三十数名が行かれて、大体の見当は、飛行機は、特別機というかっこうのものになるのか、あるいは日航の普通の便、その他の普通の便をお借りになるというかっこうになるのか、飛行機の利用についての配慮その他はどうですか。
○瓜生政府委員 飛行機は、日本航空の特別機をチャーターしておいでになります。
○受田委員 当然それが私はいいと思いますが、この御旅行で人員とか旅費というものは一応お預けにしまして、おみやげというものは儀礼的にある程度用意されるはずだと思うのです。それぞれの国の特殊事情に応じて、親善の意味においておみやげを用意されるべきだ。同時に向こうから献上品がくる。そこで一つ問題が起こるわけですが、皇室経済法第二条の問題にも関係してくるわけでございますが、ここには金額の制限が一つ書いてある。つまり献上の額の無制限ということを押えていく、ある意味においての意図のあるような場合にこれを押える意味でそういう規定があるわけですが、海外でいろいろなものが、非常に高価なものが寄付された、献上された、それが皇室の財産になってくる、そういうときに、皇室財産としてこれが受けられたときに、法律上の問題として、それが無制限に皇室の、いわゆる国会の承認を経ない形の財産として処理されてよいのかどうかということをちょっとお聞きしたいのです。
○瓜生政府委員 その点は皇室経済法の第二条に、「左の各号の一に該当する場合においては、その度ごとに国会の議決を経なくても、皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することができる。」というその「左の各号」の第二号に「外国交際のための儀礼上の贈答に係る場合」というのが法律できめられておりますので、そうした場合はその制限外に考えられるわけであります。
○受田委員 今度初めて陛下御自身が行かれることになって、外国が元首としてお迎えをする以上は、この法律の適用の対象から、たとえどのような献上を受けても全部はずされる。そしてそれがひとたび皇室財産となってくれば、それは公的な皇室財産と私的皇室財産とどちらにいくか、ものによって違うと思うのですが、その場合の処理はどういうことになりますか。
○瓜生政府委員 外交儀礼上お受けになるものにつきましては、皇室の財産としてその保管をされることになると思います。いわゆる国有財産というのとはまたちょっと違ったことになると思います。
○受田委員 私は、これは儀礼的な問題として大いにおみやげを持っていってあげ、またおみやげをもらってもいい。同時にそのおみやげは国民の象徴たる皇室の財産になるわけですから、それでりっぱなものがあれば、それは文化財として将来残るものにもなるのが私はできてくると思う。そういうようなときには、国民にこういうおみやげがあったというようなことを、国会に承認とかいう意味ではなくて報告する必要があるのじゃないか。つまり各国の間においての贈答品の授受の中における親近感、こういうおみやげをいただきましたというような、これは秘密にしておくほうがいいという見解なら別でございまするが、親近感を感ずる意味で、外国との贈与については除外されているというこの規定の精神からいって、これは秘密にする性質のものかどうかもひとつ御検討を願いたい。その御答弁を願いたい。 それからもう一つ。皇室経済法の第七条にある「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」というのは、これはいつか私ちょっとお尋ねしたことがあるのですけれども、三種の神器のようなもの、その他のもので、その範囲が明確でない。つまり「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」というのはどれどれが対象になるのかというところが国民はわかっていないのでございますが、これはどういうことになっておりますか。
○瓜生政府委員 この皇室経済法第七条に申しております「皇位とともに伝わるべき由緒ある物」につきましては、こまかい点ではちょっとはっきりしていない点がまだございます。しかし、おのずから理論の上では、この皇位とともに伝わるべきものという由緒あるものを考えておるわけであります。
○受田委員 これははっきりされていいと思う。つまり今度古文書を国立の館へ入れるわけですから、そういう意味からも明確にされてしかるべきではないか。特に皇居にある賢所は、信教の自由という意味で、憲法八十九条の議論が一部あるかもしれませんけれども、事実そういうことで、いま宮廷費から内廷費のほうに回されておられるようでございますが、そういうところなどを考えますと、宮内庁は何か国民のほうに遠慮されて明確にしていない線がちょいちょいあるのじゃないですか。賢所は一体皇室財産ですか、どうですか。
○瓜生政府委員 賢所の建物は国有財産台帳には載っていないわけであります。これは占領当時、国有の施設に宗教的なものを設置してはいけないということもあって、国有財産の台帳には載っていないわけであります。それでは内廷財産かという、そこらあたりがちょっとあまりはっきりしないままに現在あるわけであります。いつか受田先生から御質問がありましたように、これは国有財産たる皇室用財産にすべきではないというような見解もありまして、現在ちょっとはっきりしないままにきております。
○受田委員 天皇御一家は漸次国民に融合しつつあるのです。したがって皇室の問題はタブーじゃない。国民とともにある象徴御一家という親近感は今度の陛下の御旅行などを通じて国民の間に一そう強まっている。したがって宮内庁は雲上人としての側近でいらっしゃるのではなくして、大衆に溶け込む天皇、皇后両陛下でありまた皇子さまであるというかっこうを常にそばで配慮していただくべきであり、また皇室の中にあるいろいろな施設、人員構成、機構、こういうものについても、象徴一家を国民に融合する形に切りかえるための名称、そしてその任務の一般に対するわかりやすい説明——また雅楽はわが国の古来の音楽としてようやく各地でいまやっておられるようですね。宮内庁の従来の雅楽、古い音楽などで、わが国の文化財として大いに日本国民に周知徹底させるべきものは、その経費の必要があるならば国家の予算を十分おとりいただいて、古来皇室に伝わっている音楽その他の芸術的な諸催し等を象徴一家が国民に融合する意味で各地に公開していいのではないか、こういう感じを持つのですが、次長さんどうでしょう。
○瓜生政府委員 雅楽につきましての公開のことは、御存じのとおり皇居内では春秋二回やります。なお地方の教育委員会のほうの主催の会合にも出ております。そのほか、あそこの独特のものとして主馬班で母衣引きというのがあります。その母衣引きにつきましても、馬事大会や何かの際に出てやっております。それから古式の打毬、これも以前は園遊会なんかの際にやったこともあります。最近は、赤坂御苑ではやる場所がないのでやっておりませんが、これも保存されて、ときに外に出てやっていることはございます。
○受田委員 質問のこまかいことは一応省くことにしまして、もう一つ皇室関係の大事なことをお尋ね申し上げたい。 それは、当委員会で内廷費の増額について四年を二年に切りかえてあります。ところが、ことしはちょうどその増額をする段階でない年になっているわけです。私は、象徴天皇一家としてその権威を保つ上において——民の苦しみが解決してから自分はあとから追いかけていくという、この委員会でも私が何回か申し上げた陛下の先憂後楽の信念、こういうものが陛下にはおありだ、だから宮殿でもずいぶんおくれてできてくるような形になり、今度の海外旅行でも、国民が自由に海外旅行ができるときに、陛下があとから旅行されるということになった。これは君主として最上の名君、仁君と申し上げていいと思うのです。ただここで問題は、内廷費というものの中身は、どこか国民の間には知られない要素を持っているので、国会でこの中身についてもある程度明らかにしたいというお気持ちがあるだろうと思うが、これは象徴天皇御一家の存在という立場を考えたときに、せめてそこで従業する職員、内廷費でまかなわれる職員の給料は——一般公務員の場合は、五%上がれば人事院が勧告することになっているのに、内廷費は一割アップにならなければ改定しない。内廷費の中には給与費というものが大量に含まれているわけでございますし、時代の物価高に順応する意味で五%アップを対象にするという改定を行なうお考えはないか、そうあってしかるべきだと私は思うのです。先憂後楽もある程度に、もう仁君としての陛下にあまり御無理を申し上げない程度に、皇族の方々また御親族の立場も考えられて、象徴御一家につながる御親族のおつき合い等についてもある程度配慮してあげていいと思います。この点なかなか思いやりを持った発言になり過ぎるかもしれませんが、私はそこまで考えて差し上げていいと思う。一割アップまでがまんさせるという考え方を公務員並みに五%アップで処理できるようにされる必要はないか。これは宮内庁のお考えを伺いたい。
○瓜生政府委員 内廷費で支弁されております内廷の職員の給与は、一般の公務員と同じように、そのたびごとにベースアップされておるわけであります。内廷費総額がふえなくてもちゃんとベースアップしております。ただ内廷費、皇族費全体のワクを増額することを法律改正なり予算などに載せて国会の議決を仰ぐのは、増額が必要な額が一割をこすような場合ということになっております。それは一応内廷費なり皇族費を最初に編成する際に予備費を一割置くということで編成しているものですから、予備費のある間は御遠慮をするように、特に精神的な先憂後楽というようなこともございますから、そういうことになっているわけでございます。
○受田委員 私がいまお尋ねしているのは、つとめている職員はベースアップされるわけです。ところがそのベースアップをすることによって一般内廷費はその分だけ減るわけですから、その点を含めて全体を五%アップに切りかえられてはどうか。非常に御遠慮されておられるならばよろしゅうございます。あえて私は御無理を申し上げているわけで、そのくらいのお心づかいを宮内庁自身がされるほうがいいのではないかということで、一般国民並みに扱って差し上げるべきだという意味でございますが、いかがですか。
○瓜生政府委員 ありがたい御意見として拝聴いたしますが、しかし先ほど申しましたような先憂後楽という精神的なものがあり、皇室におかれては質素を旨としというふうになさっておりまして、予備費の関係が先ほど申したような関係がございましたので、特に御不自由をかけていることはございませんから、いまのところは一割増額を必要とするまではまあよろしいのではないかと、われわれ事務当局も一応そう考えております。
○受田委員 最後に、皇室関係におきまして、山中長官にすかっとしたお答えをいただきたいのですが、あなたは野党の議員から非常に評判がいい。もちろんそれは非常に実行力を持っておるという意味において歴代の総務長官で異色である。異色というのはすぐれた異色であるという意味です。そこで私はあなたにひとつお願いをしておきたいことがあります。この象徴天皇の御一家は、国民の統合の象徴としての御一家であり、また御一家によって日本国の特色が世界に明示されておるのでございますから、ここであなた御自身が、国民と皇室とが十分融和できるように、総理府の長官として、あなたの所管の中にある宮内庁と連絡調整をはかられる意味からも、陛下が御親族に行かれるとき、陛下が買いものをしたいとき、陛下が御用邸で静養したいというときに、あまり警戒が厳重で束縛をきびしくするということがないように、きょうはちょうど葉山へ行っておられますが、火災で焼けた、焼けたあとまたどう復旧するか等についても十分配慮して差し上げて、象徴御一家のそうした国民とともにある立場で苦労されるときに、それをまた葉山の御用邸の復旧なども見通しが立たぬとか、あるいはそこへたびたび行かれるのも終始遠慮であるとか、こういう形であり得ないように、さっき私が申し上げましたあの法律の適用を十分いたして、自由に御用邸に休養をとられる。そしてそれに対してあまりきびしい制約をしないような心づかいをしてあげる。お子さまともできるだけ自由に会わせて差し上げる。また警備の任に当たる皆さんにも、陛下に対してそそうをするような連中に対する警戒は当然必要でありますけれども、天皇に対するあまりにもこまかいお心づかいで、陛下の御行動が私は相当きびしく見守られていると思います。これを緩和してあげるように、宮内庁としてはその点がなかなか慣例等もあって思うようにいかぬと思いますが、ざっくばらんなあなたが、そこで古い形式から新しい時代の象徴へ、しかも新憲法後二十三、四年たって国内で融和した皇室御一家、象徴御一家になっておられる。もう時代は変わっておる。新時代の皇室として、いまあなたがその任にあられる間に、りっぱにその使命を果たしていただきたい。私がいま申し上げたような諸点を含めて、葉山の御用邸の扱いなども、あなた御自身御計画もおありだと思いますし、その分については宮内庁のほうで御答弁いただいてもいいけれども、御用邸の活用等を含むそうした民主的な立場における象徴御一家をどうお守りしようとしているか、直接担当国務大臣として御答弁を願いたいのです。
○山中国務大臣 先ほど瓜生次長が答弁をいたしましたが、私としては受田委員の御発言、いわゆる宮廷予算の問題、これは今日人事院勧告が毎年行なわれることが恒例である時代において、二年もおくれるのがあたりまえなんだというのはおかしいというので、これからは毎年皇室経済会議を開いて、そして予算を必要なだけ増額したらいいじゃないかということの提唱も反抗的にいたしたのでありますが、その点は遺憾ながら、受田委員の言われた実行力のある総務長官という点においていささか欠くる点がございまして、それが実現をいたしませんでした。その点は私としては、今後御遠慮は——よけい予算を組もうということではないのでありますから、国家公務員その他地方公務員に至るまで人事院勧告に従ってベースアップの行なわれるときに、宮廷費についても、それに対する正常な必要な金額を毎年計上して差し上げるということに将来はいくべきであろう。私自身は、昨年の予算編成においては果たせなかったということだけは申し上げておきます。 さらに、ただいまの葉山御用邸の焼けたあとの再建の問題、並びに今後陛下が国民一般から受け入れられた象徴としての人間天皇のお姿として、老後を、老後と申し上げては失礼でありますが、残された人生をどのように実り豊かな価値の多い人生を歩かれるべきであるか、これについては十分配慮いたしてまいりたいと考えます。
○受田委員 これで皇室関係は終わります。御苦労さんでした。 それから、在外財産の問題、これは総理府の所管事項ですから、約束の十分間で質問を終わりますが、引揚者特別給付金の支給状況がどうなっているか伺いたい点があるのです。この法律の適用期限が、目の前に期限切れが追っているわけです。政府でこの法律の実施について、当初予定された予算千九百二十億円がいかに使われてきたか。この法律を一年間延長した結果、どれだけの金額の支給があり、その請求者の人数があったか。なお残された該当者は何人あると予想されておるか。残された金額は幾らあるかを御答弁願います。
○吉岡政府委員 引揚者の特別交付金につきましては、当初三百四十九万七千人を見込んだわけでございます。これに要する国債といたしましては千九百二十五億を計上したわけでございます。現在のところ、ことしの一月末現在で申請いたしました者が三百二十万三千人でございます。これは当初予定の大体九二%にあたっております。なお国債の交付額でございますが、これも一月末現在で千五百六十三億ほどになっております。
○受田委員 一月末でなお八%の未支給、当初予想した方々がまだ届け出していない。金額におきましてもなお三百六十億円という未支給分がある。この現状でこの法律の適用を打ち切るということについての、残された問題の処理はどういうようにお考えになっておるのか御答弁願いたい。
○山中国務大臣 これはいろいろ御意見がございます。ございますが、当初予定いたしておりました期限を、議員立法によって一年延長ということをいたしました。その延長の期限がくるということでございますので、おおむね当初予定いたしておりましたものを——大体期限ごろまでには希望者、そして知らなかったという人があまりないと思うのですけれども、そういう周知徹底等をいまはかっておりますので、それによって知った者等が加わってまいりますと、おおむね所期の目的は達成し得るものと考えます。したがって、政府側からさらに一年とか二年とかいう延長ということは全く考えていないわけでございます。
○受田委員 私も総務長官の言われたような周知徹底のビラを雑誌から抜粋しまして、なかなか親切に呼びかけをしておられる御苦労のほどは十分わかるのですが、前に在外公館借入金の返済に関する法律というのを、昭和二十年代に何回か一年一年延長して周知徹底をはかったことがあるのです。これは一年延長を何回か繰り返しました。ところが、これはこのたびこれが最後だというには、一年の延長で打ち切るということは、これは少し周知徹底をはかる上において、なお残された問題の扱いの上で不親切であると思う。特にまだ八%という数字が残っておる。相当宣伝をされてもまだ家庭の事情等で遠慮するのもいましょうし、またそのような人だけではなくて、知らない人もあるわけですから、こういうのは法律のほんとうの意義は、最後の一人を対象にして支給するというのが筋と考えられると思うのですね。最後の一人の支給が完了して、初めてこれが完成した法律ということになると私は思うのですが、この考え方が間違っていましょうか。
○山中国務大臣 もちろん法律をつくって、そして国がそれぞれ法律の根拠に基づいて支給するものでありますから、一〇〇%というのが当然の結果でなければなりません。しかし、ただいま例をあげられました引揚者給付金も、九二%で最終的に終わっておりまして、八%の人がどうしても名のり出てこないといいますか、何年延ばしてもだめだ、九二%どまりという結果が出ておりますし、おおむね今回もそこらぐらいまではいけるのではないかという一応の感触は持っておるわけです。ただ卑近な例を申して恐縮ですが、私つい最近驚きましたのは、私も引き揚げ者ですが、私の家内たちも引き揚げ者なんです。こういうことを言っちゃいけないのかもしれませんが、うちの家内のおやじから、おまえの戸籍謄本をくれということがきまして、何事かなと思いましたら、引揚者給付金というのが出るそうだというので、私の家内の父から連絡があったということを、一カ月ほど前聞きまして、よほど新聞なんかも読んでいるのですけれども、やはりそういう人もいるのだなという一つの実感を私も持ちました。持ちましたけれども、中には知っておって、もうそんな金は申請しないとか、自分はもうめんどうくさいからやめたという人も、やはりパーセントにはのぼってくるだけの数の人がいるということは間違いない事実でございましょう。したがって、理想は一〇〇%だということでありますが、ただいま、つまらない例をあげましたけれども、なお周知徹底を一そうはかっていって、そうしておおむね所期の目的あるいは過去の実績等にほぼ等しい実績をあげ得れば、それでよろしいのではないかと現在は思っておるところでございます。
○受田委員 私もこの問題を処理する二回の審議会の国会からの委員を担当して、いまこの引き揚げ者の給付金問題のピリオドを打とうとする段階で、どうしてもいまのような、つまり何回か繰り返し繰り返しやっても徹底しない分を、できるだけ親切にやるという形が一つと、それから、このたびでない先回の特別交付金支給法のときは、在外居住年数が六カ月以上とあったものが、今度一年以上となっておるという、その半年分の扱い。それから遺族の扱い方の中に、兄弟姉妹まで及ぼさなければならない事情があるのにかかわらず、それが押えられてきておるというような、こういう事情がある。こういうことを考えてみると、政府は、いまやる意思がないということでございますが、どうしてもここで、最後にそうした思いやりをもって、いまのところ三百六十億円残っておる金の扱い方について、ほんとうに引き揚げてこられた方々の苦労を考えたならば、そうした行き届いた最後の手を打ってあげる必要があると私は思うのです。祖国の歴史の上に海外で大活躍をして、終戦とともにもう裸で祖国に帰られたという嘆きの人々に対する最後の思いやりとしては、歴史に残る大業をなし遂げた皆さんを処遇するのに、この三百六十億の金がせっかく残っているのだから、それをもう一つきれいに人道的に生かしてあげる扱いを、政府があきらめられないで、政策としてはもっともだという考えに長官も立ってもらいたいのですがね。これは長いことかかった問題だけれども、私もうこまかいことは言いたくございません。最後に申し上げた、いまのような三つの点からこれはもう一度一年という——在外財産問題という意味の中で、在外公館の借入金の返済法というのは、これはあなたも記憶があると思う、三回か四回一年ごとに延長しておる。そうですね。あれは三回か四回、一年、一年やった。それくらいまで周知徹底やったので、第一回の給付金の支給のときは長官のお説のとおりですが、在外公館の借入金の返済では、非常に念を入れた——私、当時提案者になった思い出があるので、そのくらいにやって親切を繰り返してきたのですが、総理府の担当の責任者がこれ以上むだだという点が一つおありならば、もうその重要なポストはおられなくても、事務処理だけでけっこうでございますから、経費の点かポストの点の問題ならば、これはわれわれで適当にお手伝いしますから、ひとつ長官、いまあまりあっさり政府としては——そうすると議員でおまえたちが何とか議会で考えろという意味かどうか、それは長官としては論外のさたかどうかですが、政府としてはほんとうはやりたいのだが、ここにきたために、いまではやむを得ないという意味かどうか。ちょっといまあまりあっけなく答弁があったから、ほんとうはやりたいということかどうか。
○山中国務大臣 これは前回と今回とは性格が違うということが一つありますですね。それから残額が、まあ一応金額は言われたようでありますが、詳細は事務当局に説明させますが、金が残るという話でありますが、これは実は予算に組んで支出すべきものが残るわけではありませんで、そういう予定を立てていたということであって、それに達しないというだけのことであります。そこら御承知の上の御質問と思いますから、これ以上申しませんが、念のために申し上げます。 さらに政府としては、一年にしても二年にしても延ばすことは、いまのところできませんと申し上げましたのは、政府提案いたしましたものの期限は昨年切れたわけです。それに対して議院の意思によって議員立法として一年延ばされたわけですから、今度はそれにまた政府のほうが議員立法を一年延ばすという、もとの法案は政府提案であっても、そういう木に竹を継ぐような行為は、ちょっと政府の側からはとれないということでございまして、議員立法をやったらいいじゃないかというようなことを、言外に言ったのではないかという意味の受け取りであるならば、そういうことには全く触れてないということにおとり願いたいと思うのです。
○吉岡政府委員 残っておる国債の額について誤解がございますので、もう一度説明させていただきたいと思いますが、一月末現在で支給いたしました国債の額が千五百六十三億でございますが、これは二百九十八万人に対する交付額でございまして、一月末の申請人員三百二十万にいたしますと、それよりもさらに百数十億上回るわけでございます。また先生のただいまの御指摘にありました広報につきましては、新聞あるいは雑誌あるいはテレビ等を通じまして、この一、二、三におきまして大々的に広報いたしております。有線放送等も利用いたしております。それで、これから申請される数といたしまして、おそらく現在九二%でございますが、それよりもはるかに上回って出されて、当初の予定数には達するのではなかろうか、かように考えるわけでございます。昨年議員立法によって一年延長されたわけでございますが、四十五年の四月から今日まで申請された数は約二十三万でございます。ただその数は四月、五月に殺到いたしまして、おそらく四十五年の三月末現在で市町村にまでは申請しておるけれども、それがまとまって都道府県まで上がってくるのがおそうございまして、それが四月、五月に殺到したということでありまして、それを除きますと大体四、五万程度が延長の効果ではなかろうか、かように考えるわけでございます。かように考えますと、さらに一年延長しても、そう多くの数が上がってはこないであろう、かように考えるわけでございます。
○受田委員 一隅を照らすものが国法というものです。一年間に四、五万もあるとすれば、またこれを延長することで相当数出ます。それは間違いない。在外公館借入金の返済のときがそうだったのです。それでもう一つは、いま新しい問題として提案した二つの扱い、六カ月以上、それから兄弟姉妹、祖父母、孫までの対象を広げること、こういう問題を含めた、つまり最後に国が愛情を——ろうそくでも最後にぱっと火が明るくなって消える。そういうふうに愛情がぱっと最後に咲くという措置を政府自身がおとりになり得ない事情があるとするならば、山中先生も議員のお一人であるから議員としての形でひとつ党派を越えて持っていくという道も一つある。そういうことも含めて私もお尋ねしておるわけです。 最後に、長官、交付公債が年齢七十とか八十とかという方々に交付された場合に、もう余命幾ばくもないような方に当初の十年間を最後まで待つということはなかなか耐え得ないものがある。したがって、年齢を、ある時点からぴしっと区画をされてけっこうでございますが、早期償還の急速な措置をおとりになる、思い切った財政措置をおとりになる御意思がないか。これは、もう余命幾ばくもない皆さんにとって一挙にこれをお返しするような財政措置をとるべきではないかと思います。暫定的に少額ずつの配慮がされていることはよく知っておるのでございまするが、基本的な問題として、国家財政がこれだけの、九兆でヨイヨサンなどと誇られるところまできたのです。金額の上では微々たる問題として、ここで愛情を示していただきたい。これで質問を終わりますから、明確な御答弁を願いたい。
○山中国務大臣 困窮者等については一定の条件で、ただいまおっしゃったような繰り上げ償還、一挙償還という形もとれるようでありますが、ただいまお話しの年齢については確たる定めをいたしておりません。したがって、引き揚げ者の方々等の年齢等を考えますと、あるいはそういう配慮も公債の交付のしかた等については必要なのかもしれないという気持ちがいたしますので、なお検討いたします。
○受田委員 それでは質問を終わります。
○天野委員長 次回は、明十一日木曜日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時三十三分散会