内閣委員会 第2号
- 発言数
- 92 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/02/18
会議録
○天野委員長 これより会議を開きます。 防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案を議題といたします。
○天野委員長 趣旨の説明を求めます。中曽根防衛庁長官。
○中曽根国務大臣 防衛庁設置法及び自衛隊法の一部を改正する法律案の提案の理由と内容の概要について、御説明いたします。 まず、防衛庁設置法の一部改正について、御説明いたします。 第一は、自衛官の定数を、海上自衛隊六百六十三人、航空自衛隊六百四十三人、統合幕僚会議五人、計千三百十一人増員するための改正であります。海上自衛官の増員は、艦船の増加、対潜航空機の増強及び後方支援部隊の充実等のため必要となる人員であり、航空自衛官の増員は、主としてナイキ部隊の編成のため心要となる人員であり、統合幕僚会議の増員は、情報機能強化のため必要となる人員であります。 第二は、防衛庁の附属機関として、自衛隊離職者就職審査会を設けることであり、これは学識経験者を含めた五人の委員をもって構成するものであります。 次に、自衛隊法の一部改正について、御説明いたします。 第一は、自衛隊の予備勢力の確保のため、陸上自衛隊の予備自衛官三千人、海上自衛隊の予備自衛官三百人、計三千三百人を増員して、予備自衛官の員数を三万九千六百人とするための改正であります。 第二は、現在、離職した隊員が営利企業の役員等へ就職しようとする場合には防衛庁長官の承認を要することになっておりますが、この承認を、前述の自衛隊離職者就職審査会の議決に基づいてすることとしようとするものであります。これは隊員の営利企業への就職の際の承認について、一般職の例に準じ、部外者を含む特別の機関の審査にかからせることによって、その公正さを担保しようとするものであります。 以上、法律案の提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げましたが、何とぞ、慎重御審議の上すみやかに御賛成くださるようお願いいたします。
○天野委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 ————◇—————
○天野委員長 運輸省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。木原実君。
○木原委員 私は、この機会に、成田の空港の問題を中心に運輸大臣の御見解をお伺いしたい、こういうことで御質問を申し上げたいと存じます。 いろいろ問題がありまして、しかし、いろいろとまた従来も論じられてきた問題が多いわけでありますけれども、御承知のように、現地ではたいへんにエキサイトいたしておりまして、私どもにとりましてもたいへん心痛をいたしておるところであります。そういう状況を前提にいたしましてお伺いをしたいと思いますが、先般千葉県知事が官房長官並びに運輸大臣のところへ出向きまして代執行を行なうについて政府側の意見を聞いた。こういうふうに報道されておるわけでありますけれども、運輸大臣は、知事にお会いになりましていわば政府側の考え方としてはどのような考え方をお示しになったのか、ひとつ差しつかえない範囲でお示しをいただきたいと思います。
○橋本国務大臣 先日、友納知事が参りまして現地の事情等の説明がありました。ただいま木原さんがおっしゃるように、なかなか地元はエキサイトもしておる。しかし政府のほうは、何とか四十六年度中には供用開始をしたいという御意向のようである。まあいろいろの意見といいますか陳情もこれあり、十分まだ最終的な腹はきめておらないけれども、政府としてはどういうようなお考えであろうかというようなお話があったわけであります。 私としては、現地の事情等は、これは空港公団において直接的にタッチをしておるわけでありますから、現地の具体的な事情は私は報告を受けておるということでありますからして、大体の情勢はわかっております。したがって、現地においていまお話しのあったような、いわゆるエキサイトされた空気があることも承知はいたしております。ただ、政府といたしましては、これは木原さんも御承知のように、前の国会におきましても、できるだけ最善の話し合いをいたしましょう、こういうことで、木原さんはじめ皆さんも御心配くださいまして、種々なるお話し合いをしてくださったようでありまするが、それに伴なって友納県知事からは、いろいろ現地反対の人々の要望等も十分に反映をといいましょうか、考えの中に入れて、十数項目にわたっての要望書もその後提出がされました。それに対して、運輸省といたしましては空港公団の首脳部とも相談をし、いわゆる反対派の希望ともいわれるような条項、いわゆる騒音対策その他かえ地等の問題等々につきまして、政府側のやれる点は、最善、一〇〇%これを了承していこう、こういう方針のもとに、昨年の秋ごろでありますか、十月ごろでありますか、大体その項目に対してはオーケーを与えたわけであります。 したがって、その間において、空港公団にしましても、あるいは知事側にいたしましても、また運輸省側にいたしましても、いわゆる政府側にしましても、できるだけの措置は講じてまいったがなかなか話し合いの、いわゆるきっかけがつかめない。その点、木原さん等にもいろいろ御足労をかけまして恐縮に存じますが、さような情勢でありますので、そういうことでやってまいりましたのは、やはり四十六年度中にはおそくとも供用開始をしなければ、御承知のような国内航空のダイヤをある程度拡張していくわけにはまいらない、現在すでに二十数便にわたって減便をしておる状態である。こういうようなこともありますので、したがって、私からは友納知事に対して、ぜひとも四十六年度には成田新空港の供用開始ができるような措置を講じてもらいたい。代執行等について、そういう前提に立って県当局において現地の情勢を見ながら御処理を願いたい、かような話し合いをしております。
○木原委員 一つは四十六年度中には供用開始をしたい、こういう強い御意向があることはわかるわけですが、私どもも実は先日、なかなか部外者を入れないというのですけれども、気になるものですから現地のいわゆる壕を掘っておる状況等を見てまいりました。これは伝えられている以上にたいへんに危険なものなんです。しかも農民諸君にしてみれば、文字どおりここに自分のからだを埋めても反対をしたい、阻止をしたい。しかも学生諸君だとかいろいろな応援団が行っておりますけれども、そういう人たちの問題じゃないんだわれわれの問題だ、こういうことで老人あるいは家庭の主婦を含めまして、文字どおり百姓は穴に立てこもるのだ、こういうようなこと。しかも諸般の空気を察しますと、このままでまいりますと事実上そういうことになると思うのです。私どもとしても、たとえ自分の意思を主張する場合でもこれは生きるために主張しておるわけですから、自分のからだを、たとえば死亡事故を含むそういう事故の可能性が十分にあるのを知りながら、なおかつそういうことでやるということについてはわれわれとしては同意しがたい、こう説得をしておりますけれども、とても私どもの説得は聞き入れられないと思うのです。しかし私どもはその努力をしたいと思うのです。しかしその際に、私どもとしては、ここまできておって、政治が事態の解決の方法についてあまりにも無力だと思うのです。そういうことを考えました場合に、何とか名誉ある休戦の道を見出していくべきではないか。 そのためには、結論から言いますと、私は三里塚の問題について、当初から地元の関係がありましていろいろとタッチをしてまいりましたけれども、成田空港の問題というのは、決定の段階はきわめて政治的に決定している。そしていろいろな困難にぶつかって、その困難を解決する際には全く政治は介入していない。むしろ技術的に処理をする、そういう側面が多いと思うのです。たとえ何人かの、あるいは何十人かの農民諸君が、ともあれ農地のために自分の命を投げ出すんだ、こういって公言をして実行に移ろうという段階にあって、やはりいま必要なのは、政治が政治的に動くというのが必要じゃないか。いままでもお互いに一お互いにというよりも、農民諸君の政府なり県なりに対する不信感が生まれてくる背景というものを、私どもはよく理解ができると思うのです。初めからボタンをかけ違えていた、こういう側面もございますが、しかしともあれ、そういう不信感に裏づけされてなかなか正常な話し合いもできない、こういう形のまま推移してきたと思うのです。しかしながら、そういう経過であれ、いわば最後のここまで来ていて、なおかつそれではやむを得ない、話し合いのルートも全くない、こういうことで法に基づいて代執行を通じて、ある意味では力によってこの問題をけりをつけていこう、こういう姿勢だと思うのです。しかし、知事も何がしかの含みを持ちまして、二十二日から三週間というゆとりを置いた代執行をやるんだという意向を明らかにしておりますが、言ってみれば、この三週間のめどの中でやはり政府としても、われわれはもちろんですけれども、何か努力の方向というものを見出さないと、これはわれわれ議会人として政治に携わっておる者としても、結果はどうであれ、言ってみれば政治の無力を社会から非難をされるということになると思う。ですから、話し合いとかという抽象的なことではなくて、やはり政府のほうでも、何がしかの問題点についてあらためて問題の提起をして、そうしてその上で何か双方に譲歩し合って、名誉ある休戦の道は見出せないものか、そのための政治的な行動をやる時間というものが幸いにしてあと三週間ほどある実はこういう状態じゃないかと思うのです。 ですから、そこでひとつ大臣の御決意を聞きたいと思うのですけれども、最初申し上げたように私どもとしてみれば、決定の段階はたいへん政治的にきめて、そうして事後いろいろな困難を解決する道というのは、行政技術的といいますか、そういう技術的な処理に委ねられてきた。政治的に動いていく条件を、政府の側の条件をもう一ぺん提起をして、そうして農民諸君に呼びかけてみるそこに何らかの形で話し合いのパイプを、解決のパイプを新しくつくり上げていく、そういう最後の努力をする、そういう余地はないという御判断ですか。どうでしょう。
○橋本国務大臣 関係農民の反対する、いわゆる土地に対する愛着心といいますか、それはよくわかります。したがって、関係農民の一部の人が何とかしてこの土地におりたい、こういう素朴な気持ち、これに対しては心から同情もするし、また理解もする。ただ世の中は、御承知のようにだんだん進んでまいりますので、その素朴な感情は私は敬意を表するにやぶさかではありませんけれども、この問題はきのうきょう代執行ということになったわけではありません。御承知のようにいまから六年半前にあそこに決定をし、その当時から反対派の人に対しましては、あらゆる方法を通じて空港公団なり県当局が接触を進めてまいったわけであります。ですから、代執行というものは突如としてあらわれるものではないのであります。その間六年有余にわたって、いろいろ反対派の諸君に対しては、どうか希望があるならば条件を出してもらいたい、そうして条件に対しては、政府としてはあらゆる方法を講じてできるだけ御満足のいくようにいたしましょう、こういうことでやってまいったわけであります。したがって、成田空港の土地買収につきましてもあるいはその他の土地にいたしましても、従来の空港建設とは全く異なった画期的な措置が行なわれておるわけであります。もちろんこれで十分だとは私は思いません。それでも不満がありましょう。しかしいま反対しておる一部の人、反対の全部ではありませんけれども、一部の人の中には、何でもかんでもここから自分は離れることはできないのだ、こういう人があるわけですね。それは先ほど申したような素朴な、自分の祖先伝来の土地を離れたくないという土地に対する愛情というものが主でありましょう。あるいはまたいろいろな問題があるかもしれませんけれども、その問題は抜きにいたしましても、ともかく何でもかんでも、条件いかんにかかわらず自分たちは離れることはできないのだこういう少数の一部の人があります。これは御承知のとおりです。それ以外には条件によってはという人もあろうと思います。そういうことでありますから、代執行というものに、きのうきょうそこまでいきなり飛び越え、三段飛びに代執行に行ったわけではなくて、ここまで来るにはあらゆる手段を通じて、少なくとも六年有余にわたって反対派の人々には説得を続けてまいった。そこでできるだけの条件は聞いてまいりたい。しかし、せんだって友納知事に言ったんですが、今後においても三週間以上の期間があるとすれば、その間においてもひとつ話し合いを進めてもらいたい、そうして政府としては、いわゆる筋の通ったことであればできるだけの措置をいたしましょう、騒音対策その他土地の問題で、こういうことを申し上げて、決して政府としては、ただ無理やりに、いわゆる頭から法でもって措置しようという考えではありません。ただいま申しましたように、これは木原さんもよく御承知のとおりに、ほんの一部であるかもしれませんが、その人は何でもかんでも離れたくないのだ、絶対にここに飛行場をつくらせないんだ、これでは対話の余地がないわけですね。その点は木原さんも前から、運輸大臣も対話を主張しておるし、話し合いでやっていこうという態度はけっこうである、自分もできるだけそういう意味で協力いたしましょう、たいへんありがたい御協力といいましょうか、御趣旨を承って私もそういう方向で空港の総裁及び友納知事に対しましても指示をいたしまして、友納知事からも相当いろいろの条件を出されましたが、これに対しては一〇〇%政府としては了承を与えてやってまいりましたが、何といっても一部の人たちは、あそこに飛行場をつくらせないんだ、ですからこれはもう対話の余地がないですね。ほんの一部かもしれません。そうなりますと、いままで六年半にわたって努力を続けてまいったが、どうしてもやはり最終的には飛行場をつくらなければ、四十六年度中には供用開始にはならない、ということは、日本の国内飛行を含めていわゆる航空事業に対して円滑なる運営ができない、こういう問題があるわけであります。したがって、私から反対派の諸君にお願いしたいことは、こういう世界的な情勢、国内の情勢等も年とともに変わっていくのであるからして、決してあなた方を、これからいわゆるどん底に追い込もうとしているわけではないのです、これは御承知のように、まあこんなことを言っては恐縮かもしれませんけれども、当時十分なる価値のあった土地ではないものを相当な価格をもって買い上げる。あるいは移転する人に対しては最善の措置を講じてやってまいる、こういうことをしてまいったので、いわゆる経済的な生活を奪う考えはもちろん決して持っておらない。経済的な生活に対しては少なくとも豊かなる地位を保障しよう、またそういうような措置をとってまいっております。ただ精神的な面になりますとおれはここにどうしてもいたいんだ、こういうことになりますと、これはやりようがないわけですね。滑走路をつくらなければなりませんから、滑走路のまん中に一坪、二坪あるいは何十坪持っておって、ここで一生生きることがおれの生きがいなんだ、こう言われたのでは話し合いになりません。その点は全国民もそうであろうと思う。お互いに国民一人一人がたとえその場所を離れましても、その人の経済的な豊かな生活、あるいは広く言うならば豊かなる精神生活をも与えることが憲法上のわれわれに与えられた義務でありまして、また国民の権利でもある。この点に対しては最善の措置をとります。しかしながら、ここでなければおれの生きがいがないんだということだけは、これはお互いに考え直してもらいませんと、世の中の進歩というものはできない。こういう意味において、私は無理やりにいま代執行を急に考えたのではないので、六年半にわたって政府はできるだけの努力をしてまいったということを御理解願いたいと思います。
○木原委員 いまさら申し上げてもせんかたないことであれですけれども、私はいまの状況というのは段階が違ってきたと思う。私も全然政府が努力しなかったとは申しません。しかしながら、その努力の方向が残念ながら後手後手を追ったといいますか、不信感の上にあれこれと言っても何にもならない、こういう不信感を増大するような方向でしか努力が行なわれなかった。残念なことですけれども、そういう側面があると思うのです。しかし、いままでのいきさつはいきさつとしまして、段階が違ってきている。何人かが、おれはここで死んでもいいんだ、死にたいんだ、こう公言をして、しかもその準備を進めておる。そういう段階を迎えて、しかも政府としては、四十六年の供用開始というのは至上命令だ、もうそれもすでにおくれてきているんだ、いままでもさんざんいろいろやってきた、どうしようもないから代執行ということに踏み切ったのだ、こういうことだと思いますけれども、そういうことを含めて段階の違ってきた状態の中で、何とか少なくとも流血、というよりも死者を出さない、こういう前提の上に立って、この段階でもう一ぺん政治的に政府が譲歩すべき点は譲歩するとか、措置を講ずるなら措置を講ずるとか、反対に農民諸君に対しても、死ぬることが本望じゃないわけですから、何かお互いに生きていく方途を——感情というようなことばがしきりに言われますけれども、感情であればやはり鎮静を求めながら冷静にそういう方途を双方に見詰めていこう、こういう呼びかけを政府のほうからも、あるいはわれわれも現地関係者として、農民諸君に死んでもらうのが本望じゃありませんから、その努力の余地がないかというのが私の質問の前提なんです。 そこで私は幾つか問題があると思います。一つの問題は四十六年の供用開始、これはいままでおくれておるわけですから、羽田が差し迫った状況になっておるのは私どももよく承知をいたしております。しかしながら、四十六年の供用開始と申しましても、いまの形のままでかりに代執行がスムースに行なわれて、四千メートルの滑走路が一本できたとしても、これがある意味で完全に機能をするようになるまでは、なお日数がかかるのじゃないでしょうか。つまり東京都心との連係の問題なりあるいはまた付属施設の問題なり、航空会社の現地移駐の問題なり、滑走路はできたけれども実際に完全な国際空港として機能するまでにはかなりピッチをあげましても少なくとも二・三年ぐらいはかかるのじゃないかという気がするのですが、その辺のお見通しはどうですか。
○橋本国務大臣 前段の木原さんの人情味のある、理解あるお話に対しては、全く同感であります。私も死者を出したりけが人を出したりすることのないように取り計らいたいと思っております。できるだけ一方においては話し合いを進めましていわゆる公団側といいましょうか、政府側の考え方、県側の考え方を理解してもらえればこれに過ぎたる幸いはないと思っておりますので、その点につきましては、木原先生も側面的によく理解するよう御協力願えれば幸いと思います。 そこで後段の問題ですが、滑走路は大体十月から十一月ごろまでに完成させたいと思っております。それに対して計器等の附属のことがありますものですから、滑走路が三月までにできればいいという問題ではありません。滑走路が十月末ごろまでにできませんと、それに対する計器等の装置がおくれますから、そういう段階から考えますとそう何カ月も、一年も延ばすわけにはなかなかいかないということなんです。 そこでもう一つは、東京までの交通路が完成しないではないかというお話であります。交通路の問題は幾つかありますけれども、一つは軌道の問題であります。京成も入っていくわけでありますが、これは多少おくれるようでありますけれども供用開始を四十六年中と考えられ、まあまあそうおくれることはないのじゃないかということに考えております。京成当局は三月末までには完成するのだと言っておりますが、なかなか金のかかる仕事ですからして、ぴしりと三月末に必ず完成すると私もここで断定はできません。しかし京成当局では三月末には——これは大体が十月ごろまでにできる予定であったのですが、途中の工事の関係もありましておくれるようでありますが、しかし京成当局は三月末には完成したいと言っております。もう一つは道路の問題であります。道路は大体それまでに、十分ではありますまいが、これもできる予定にしております。しかしいま私個人の計算によりますと、成田空港から東京までの時間は、京成電車ができますれば二時間五分でありますからして、まあまあというところであります。しかし、道路がそこまでできましても、いまの交通事情から考えますと、当初考えておったようには早く通れないのではなかろうか。たとえば飛行場からの専用バス等で参りましても、大体において一時間五十分から二時間ぐらいかかる心配があると思っております。ただ問題は、この成田空港は御承知のように国際空港として使うわけでありますから、したがって将来は、われわれが考えておった三十分程度で、これは成田新幹線でつなぎますけれども、これは五年先のことになる。しかしながら、とにかく十時間前後かかって来る国際飛行機でありますから、われわれの計算からいって三十分ぐらいおくれましても、これは国際線の場合においてはそう不便はかけない。日航においてもう一つ考えておりますことは、どうしても急を要するものに対しては、あるいは小型飛行機でいわゆる都内とを結ぼうという計画もあるやに聞いております。これは特別の人ですね。運賃が高くかかりますから。かようなことによって、とにかく国内の飛行機関係のものが非常に窮屈になっておりますから、このままでおきますと、それこそ国内の方々に対して不便を与えるということになる。こういう意味では、そういう国際旅客に対しては多少の不便を与えるかもしれませんけれども、全体から見ればやはり四十六年度中に供用開始をして、そうして一方においては国内旅客の便もはかっていく、こういうことは総合交通政策としては必要なところであろう、こういうことを考えておりますので、おっしゃるように、われわれが当初考えておったような完全無欠な国際空港としての連絡がとれるかといえば、完全無欠とは申し上げられません。それは新幹線ができ上がったとき及び湾岸道路が完成したときである。しかしいずれにせよ現在の非常な隘路を打開することができる、これは木原先生も御理解願えると思います。そういう意味においてはやはり四十六年度中において供用開始をしたい、かように考えております。
○木原委員 私は前段の問題について、もう少し提案なりお伺いをしておきたいと思うのですが一つは、かりに大臣がおっしゃったような方法で代執行を行なわれる、幸いにけが人もなくてあるいは代執行が行なわれた、こういう前提にしましても、二期工事というのは非常に困難ではないかと思うのです。これは知事も、大臣とお会いになったあとでそういう談話を出しておりましたけれども、なかなかこういう形ではおそらく収用は困難であろう。しかも二期工事の分野の中にいわゆる反対同盟の人たちが非常に多い、こういう関係に実はなっておるわけであります。そうしますとかりに一期工事ができましても、いろいろな面で整備をするのには期間も要することは、大臣のおっしゃったとおりだと思うのです。しかし、それでも四十六年度中に飛行機が離発着できるようにはしたい、こういうことなんですが、二期工事の問題は、もしここでこういう話し合いのできないまま突っ込んでまいりますと、これはもう二期工事のほうがもっと困難になってくる。そうなりますと、この二期工事が、いつか私の質問申し上げたときには、二期工事も続いてやるんだ、一期工事、二期工事は区分はしてあるけれども、一体のものだから続いてやるんだ、こういうようなお話がございました。しかし事実問題として、この二期工事は土地の収用の面についてたいへん困難を来たす。いずれにせよ、そこでは話し合い以外には解決の道がないと思うのですね。そういう見通しがあるのならば、やはりこの新しい段階の中で呼びかけるべき問題点があるのではないか。私は以下少し申し上げたいと思いますけれども、そういう気が実はするわけです。そこで、二期工事の見通しについてはどういうふうに見通しを持っていらっしゃいますか。
○橋本国務大臣 この前、木原さんの御資問の際に、二期工事はあきらめたらどうだ、これは木原さんよりはあるいは加瀬君かもしれませんけれども、はっきりそういうような御質問があった。そこで、これは一体のものであるから片ちんばな飛行場をつくるわけにはいかぬからして、やはり二期工事といいますか、これも続いて行なう方針であるというようなことを申し上げましたが、それは全体計画の中で一期工事というものは、まあ飛行機でいえば御承知のように一種の片肺ですねそして第二期工事が終わってまあまあ曲がりなりにも完全に飛行場になるわけですから、これはやめるというわけにはいかないんだ。当時、加瀬君なりその他の方の提案は、二期工事をやめるということになれば話し合いがつくんじゃないかと言うから、それはできませんと言った。しかしいま私は、第一期工事が完成しましたから、あるいは代執行がうまくいったから、続いて第二の問題についても直ちにいわゆる代執行をやっていくという考えは持っておりません。まあ私も政治家でありますから、皆さんも政治家でありますので、そこでやはり、第一期工事でもって実際上の供用開始が行なわれて、どういう——政府の考えておったような、いろいろ騒音対策とか、その他の問題がありましょう。いままでは机上の一つの測定ですから。また机上の測定といっても、近ごろはコンピューターによってかなり正確なものが出てまいりますけれども、それにいたしましても、実際上の住民生活の関係は実際やってみませんとほんとうのものはわかりますまい。そういう意味においては、ほんとうはできれば、まあ第一期の供用開始は四十六年度中といってわれわれは一年近くも延ばしましたけれども、これはほんとうは早いほうがいいのです。早くでき上がって、そうしてやってみた上で、これが国民生活、地域住民にどういう悪い影響を与えるか、われわれの考えておったより以上な面が出てくるということがよくありますれば、それに対してのいわゆる万全の措置を考えなくちゃいかぬ。確かにこの国際飛行場といいますか、ことに最近のような大型飛行場ができますれば、それに超音速ができますと、地域の人に迷惑をかけるということ、これはもういなめない事実であります。しかしながら、それはいまの技術をもってすれば、あるいは装置をもってすれば、あるいは防音装置等、これを全面的に広くやっていけば、金がかかることでありますけれどもこれは措置ができないことじゃないんですね。 そういう意味において、これは基地問題でも同様ですが、基地問題に関するいわゆるマイナス面は全国民が負わなければならない、経済的にもある意味においては精神的にも——精神的には理解というか同情ということになりましょうけれどもこれは全国民が負うべきものである。そういう意味において、たとえば新幹線等も同様です。つまり新幹線の駅付近は大きな利益をこうむりましょう。ところが途中の通るところは、あれだけのものが通るのですから、決してあまりプラスの面はない。だが国の総合開発といいますか、国民の豊かなる生活あるいはそういう面を考えますと、そういうようなことはどうしてもマイナス面がありプラス面がある。そのマイナス面というものは全国民の立場においてこれを理解し、また経済的に救済しなければならぬものだと私は考えておる。そういう意味において第二期工事については、できれば第一期工事の供用開始の後における状況、情勢等を判断した上で、そうしてやっていきたい。その間において関係者とも十分に話し合いを続けてまいりたい、かように考えております。
○木原委員 私も、二期工事についてはゆとりを持って考えたいという意味の大臣の御答弁だったと思いますが、それは歓迎をしたいと思うのです。大事なポイントになると思います。いままでは一期工事に続いて二期工事、これはセットになっておるんだ、こういう説明をわれわれは聞かされてきたわけですけれども、成り行き上そういうことになり、その間に何かを見つけ出したい、実は私どもこういう期待を持っておるわけであります。 そこで問題は、先ほど来私が申し上げておることの中で大臣の御配慮をいただきたいという問題は、結局問題をしぼってまいりますと、一体騒音の問題をどうするかという問題と、それから反対同盟の農民諸君のこれからの生活の条件をどういうふうにするのか、この問題はやはり出発点の問題であると同時に最後の問題もこれだと思うのです。ところが、従来いろいろないきさつがございました。いきさつがございましたけれども、騒音の問題についても現地側の受けとめ方は、これはもう全く対策がない、こういうふうに受けとめておるわけなんです。おれのところの屋根の上を大きな飛行機が飛ぶ、学校については防音工事はするかもしれないけれども、個々の農家ではどうしようもない、こういう受けとめ方。あとで詳しい騒音対策を聞きたいと思いますけれども、騒音に対する一定の恐怖感があります。これに対して、いままでもいろいろな特例的な措置を成田に対しては講じたい、こういうことでわれわれも話を聞いてまいりましたけれども、それにしても騒音の問題については、私はやはり未解決の分野が多いような感じがします。また努力しましても、これはあとで御質問の中で申し上げますけれども、足りない面があるのじゃないかという感じも実はするわけです。騒音の問題をどうするか。 もう一つは、いわゆる代替地といわれている問題にしぼられてくると思いますけれども、反対をしておる農民諸君のこれからの生活の方途についての問題が必ずしも確立をしてないわけなのです。と申しますことは、確かにいままでも、ある意味では異例の措置で反当たり百四十万近くの買収価格で買収が行なわれたとか、条件派の人たちに対して、ともかくいろいろな形の措置が行なわれました。しかし、この反対同盟の人たちは当初からボタンをかけ違っておりましたから、それに耳をかさなかった。しかも、いろいろ措置が行なわれておりまして、条件をのんで他に移転をした人たちもいるわけですけれども、必ずしもうまくいってない人たちもおる。そういう姿を見ておる。当然のことだと思いますけれども見ておる。しかも反対の人たちに対しては、たとえば代替地の条件について千葉県の知事は、われわれに対して同質同量の代替地を同一市町村の中に見つけて提供をする、こういうような話がありましたけれども、事実それが不可能なのか努力が足りないのか、具体的にそういうものが示されていない。どん詰まりで詰めた話、反対同盟の人たちの生活の方途についてのもう少し突っ込んだ提案が実はないわけなんです。畑百姓でたいへん裕福な農業をやってきておりまして、御存じのとおりなんです。丸朝農協というのは日本のうちで五本の指に入るくらいで、いい蔬菜を提供している地域、それからスイカなどで畑はたいへん粗収入の高い裕福な農家です。そういう畑作農家に対して、たとえば印旛沼を埋め立てた水田をどうだ、こう言いましても同じ百姓でも畑百姓と水田の百姓とは雲混の差があるのだ、なにをばかなことを言っているのだという、これまた不信感の一つになるわけです。そういう詰めた問題をしぼってみましても、幾つか問題があると思います。 だから私は、ここでひとつ問題を提供しておきたいと思うのですけれども、そういう言ってみれば、これからの反対同盟に参加しておる農民の諸君の生活の方途についても、代替地の問題を中心にしてこれからの営農の問題については、これは最大限に農民諸君の意向を入れていく。ある意味では条件をのんでいった人たちについては、次々と一種の要求に応じてプレミアムがついているようなかっこうになっている。片方が反対をしているから、だから県なり政府にしても、条件派のほうを大事にしてプレミアムをつけていったというそういう問題もあるかと思います。ですから、ここで大事なことは、代替地の問題を含めてこれからの営農の問題なり生活の条件なり、具体的にもう一ぺんここだということを握って提案をしてみる。 騒音の問題については、法律上の規制その他の問題もいろいろございます。それからまた、いろいろと技術的な問題もあろうかと思いますが、しかし、この騒音の問題については、これも一番大きな問題だと思いますけれども、やはりこれで最大限、何といいますか、迷惑をかけなくて済むという限度はどれくらいまでいけるのか。現在の法律の規制やいまの政府のワクの中ではここまでだしかしながら、さらにここまでやってもいいのだあるいはやる努力をする、こういうような、これは政治的な問題の提起あるいは政治的な問題になるかと思いますけれども、そういう呼びかけがこの段階でもう一ぺん必要じゃないのか、こういう感じがします。 いままでは、話し合いとかいろいろなことが行なわれましたけれども、不信感が前提に立っておりますから、政府提案の中身にも何も入っておりません。何も入っていなくて、見せつけられるものは農民の気持ちをさかなでするような、ばかにするようなものしか入っていない。だから、われわれは決して条件をのんで農民諸君に出ていけという形のものじゃなくて、しかし既成事実がかなり出てきた最終段階で、いずれは双方に名誉ある休戦をしなければならない。名誉ある休戦をするためには農民諸君にもある程度の譲歩を求めなければなりませんし、同時にまた政府も最後の段階で、いわばこれだけの譲歩といいますか、これだけの努力をする、そういうものをやはり出さないと新しい道というものは開けないのではないかと思うのです。いずれば出さなければならない問題だと思いますが、それらの問題についてやり得る範囲あるいは努力の方向、こういうものはひとつございませんでしょうか。
○橋本国務大臣 基本的には私が答えまして、あとは航空局長からいろいろのこまかい点については御説明申し上げようと思います。 まず基本的には、実は私は、官房長官の時代に価格の問題が出てまいったわけでありますが、そのときに、実はいろいろ大蔵省なりその他のほうから、反当たり百万円をこえるというのはべらぼうな話だ、こういうような一たとえば建設省が提防をつくるときには、反三十万から三十五万程度でこれは買収にかけておる。安いところは二十万前後であります。それを百万以上で官房長官が了承するということは非常にこまるという意見がありました。あるいはまた大蔵省においても同様どうも説明が通らぬ、筋が通らぬ、従来の国の買収の方針からどうしても措置ができない、こういう意見がありましたけれども、私はこれを退けてそれは情勢が違う一また茨城県の知事からも、研究学園都市の買収にあたって、自分のほうは坪八百円程度でやっておる、反当り三十万円以下ですね、そういうときに、これは茨城県の場合は非常に美田でもあり、よき畑が大部分でありますがそういうところをそういう価格で買っておるときに、田や畑を含めて平均百万円をこえるようなことは、非常に自分のほうの買収価格に影響があるから、好ましくないというような話もありましたが、私はそれに対しても、それは事情が違う。なるほど国の従来の買収の既定方針についてはいろいろの一つの規則があって、そういうことがあるけれども、これは全国家的な、全国民的な問題がそこに要約されておるのであるから、これはいわゆる学園都市やその他とは条件が違うからして、したがってそういう基準にはとらわれるべきではないということで、まあ私時代に最終決定、百万円以上になってもやむを得ない、こういう措置を指示したわけであります。そういう点については政府としては、少なくともある地域に対しては特別の考え方、特別の理解を持ってやってきたことは、これは木原さん御理解願えると思います。そういう数字の上から見ても御理解願えると思います。 もう一つの、第二の問題、いわゆるかえ地の問題、同質同量と、こう申しますけれども、なかなかこれは問題があります。同質同量というものは同じものを運ぶ以外にはなかなかありませんから。ただ、私、これは個人的な見解も含まれますけれども、長年かかってそうしたりっぱな畑をつくったわけでありますから、初めからそこにりっぱな畑ができておったわけじゃあるまいと思います。御承知のように、これは千葉県、茨城県を問わず全国至るところ、とにかく農民の長年の努力によってりっぱな畑になり、りっぱな水田になるわけでありますからして、したがって、これは農民の御努力によってりっぱな畑もできるわけですからその費用をその個人だけにしょわせるということは、これは好ましくないと思います。それではどういう方法でそういうものをやっていくかということは、具体的にはまだ私、案を持っておりませんけれども、しかしながら、長いことかからずしてりっぱな同質同量に近いものをつくり上げることは可能である、事実日本民族はやってきたのですから。そういうことを助成するための方法等は具体的に県知事においても考えるだろうし、われわれのほうにおいてもそれに対する力を十分にかす、こういうことによって、決して農民が全くこれは何にもならないのだというようなことにならないようにいたしてまいりたい、これについては将来ともにもちろん私たちが前向きに、またほんとうに誠心誠意をもって処理をしていきたい、かように考えておるわけであります。 具体的な問題等は航空局長をして御説明申し上げます。
○内村(信)政府委員 それでは、命によりまして具体的な問題について若干補足御説明申し上げます。 ただいま御指摘ございましたように、確かに代替地の問題、騒音の問題、それから離職者に対する手当の問題、こういった問題が最も重要な問題だと思います。 代替地におきましては、大体現在五百ヘクタールの代替地が準備されております。その中で約四百ヘクタールはすでに処分済みでございまして、残り百ヘクタールというものが現在残っております。その百ヘクタールにつきまして、現在の反対の方に対しましても、こういった中からお分けしてまいりたいというふうに考えております。 なお、これだけでは必ずしも十分とはいえないかもしれませんので、さらに十分にいたしますために、千葉県の協力も得まして、さらに適地を選定しながら、公団のほうで買収交渉を続けるという御承知のような段階でございます。その際には具体的にその希望地の御希望等も十分に伺いまして、その線に沿ったような代替地をつくっていくというふうな考えであります。 それから、次に騒音問題でございますけれども騒音問題は、御存じのようにいわゆる航空機騒音防止法というふうな法律がありまして、これによって騒音に対する対策をやっておるわけでありますが、新空港について申し上げますと、まず学校等にその防音工事に対する助成がございますが、これは全体で二十五施設について騒音防止工事をやることにいたしております。そのうち第一期工事といたしましては十四施設に対して防音工事の助成をいたしております。 それからさらに、騒音区域につきましては、家屋等の移転補償とか、あるいは耕地の買い入れということをやっておるわけでございますが、その場合に騒音区域につきましては、滑走路の末端から二キロ、それから滑走路の縦の中心線から両わきにそれぞれ六百メートルというふうな地域をとりまして、その中におきまして土地の買い入れとか、あるいは移転の補償ということをやっておるわけでございます。この範囲につきましては、羽田あるいは伊丹よりも、さらに成田の場合の特殊性を加味しまして若干広くとられておられるような現状でございます。 それからそのほかに、新空港の特殊性も考慮に入れまして、滑走路のまわりに防音林というようなものを設置いたしたいというふうに考えております。 それからさらに、騒音対策区域内の農耕地につきましては、必要なものにつきまして畑地かんがいの施設を建設いたしまして、これによって農業収入の増大をはかってまいりたいというふうに考えております。 それから、地元関係者あるいは航空会社あるいは公団等が入りまして騒音対策委員会というものを設置いたしまして、騒音問題の万般の処理に当たりたい。この点につきましては、現在名簿を公団のほうで作成いたしまして、現在具体的に千葉県当局のほうと御相談を申し上げておる段階でございます。 なお、お話がございましたように、先般千葉県知事から騒音の問題について大幅な御要求がございました。これに対しましては、私どもといたしまして、飛行機の飛び方その他につきまして、ほとんど全面的に千葉県知事の御要望を入れて処置してまいりたいということにいたしております。 それからさらに、離職者の問題でございますけれども、これにつきましては、公団のほうで四十三年の二月に、成田市に生活設計相談所というものを設けておりまして、そこでもって離職者の生活設計についてもろもろの御相談に応じておるというふうなことでございまして、さらにこういうような点を御活用いただきまして、ほんとうに皆さまのためになるようなことをやってまいりたいというふうに考えております。
○伊能委員 関連。さいぜん来同僚木原委員からたいへんに積極的な、しかも成田空港の建設についていろいろな角度から御心配を願って御意見が提示されたわけですが、そのうちきわめて重要なことは、何とかこの問題を円満に解決をしたいという木原さんの熱情を私も拝聴しておったのでありますが、せんだっての知事と官房長官の会談、その後における運輸大臣と知事と公団総裁、三者の内容も実は私も伺いました。そのうちには、きょう直接お話は出ませんが、ずいぶん思い切った打開の措置についてのお話し合いもあったようでございます。それについて木原さんは、政治的なものが現在の折衝、現地の折衝においてはあまり行なわれておらないではないか、こういうお話がありましたが、私はこの点については、必ずしもそうでないというように感じております。ということは、現に三週間のあの期間の間においても、知事は全力を尽くすと同時に、その間に、これは私が申し上げることが適当でないと思いますので、私は具体的には申し上げませんが、現地の直接の農民、利害関係の切迫した、穴にもぐって籠城しようという直接利害関係のある農民、直接でない一部の、率直に言って扇動的な反対運動のための反対という連中ではなくして、直接利害関係のある人たちに対するあっせんの労が、町村長会等でとられておることは木原さんも御存じだと思います。そういう問題等からして、私は、反対のための先週の日曜日のようなあの騒ぎ、ああいうふうなものについては、これはお互いに力と力でぶつかり合う以上、当然職権をもって処置されなければならぬと思うのですけれども、ほんとうに現実に利害のある人たちのせっぱ詰まった、ここまできたものをどうやって救済するか、またどうやって納得させるか、こういう問題については、きょうせっかく木原さんからこういうお話があったのですから、ひとつ運輸大臣におかれても、これらの処理について——実は私は久保三郎代議士にもいよいよここまできたら何とかしなければならぬと思うんだが、一ぺん何らかの援助もほしいということすら話しております。したがって、木原さんが政治ということばを強調されましたが、そういう点で運輸大臣が、もしこの問題について知事対地方だけでいけなければ、木原さん等の御助力も得て前向きの方向で打開できるのならば、私は何かそういう方面について千葉県知事と社会党の方々あるいは関係の方々でお話し合いを願う。 一方町村長会等においても非常な努力をしておるということで、三週間の期間内に、現実には騒音の問題、いまお話がありましたが、内村局長から滑走路の中心から六百メートル、そのわきのものについても何とか希望があれば買おうじゃないか、あるいは滑走路の末端二千メートルの先でも希望があれば買おうじゃないか、あるいはさしあたり、いま木原さんが問題にされた二期工事の問題、あるいはその後に至る完成中の周辺あるいは中についても、仕事のできるところは集団農場的な関係、通勤農業的な関係でやり得るものは、当座何とかし得るような問題も協議をしようじゃないか、いろいろな問題が提起されております。 したがって、たとえば知事はここまで、これはお耳に入っていると思いますが、公共の施設については、騒音対策は、いま内村局長が言われたとおりですが、県知事としては、個々の家についても防音家屋、防音室をつくろうではないかというところまで決意をして、予算の計上もしておるというようなことですから、反対のための反対の騒ぎの連中を対象としないで、現実に——せんだって知事が現地へ行ってお話し合いをしたことも、おそらく木原さん御承知だろうと思います。あのときにたいへん殺気立った面もありましたが、一部の良識ある農民、直接利害関係のある農民が知事を守ったというこの事実も、私どもは忘れてはならぬ。暴行行為が起こらんとする気配があったときに守ったのは、警官ではなくして一部の利害関係のある農民であったということを私も聞いております。したがってそういう面から、ほんとうにここまできたら、最後の段階で、何とか木原さんのおっしゃるような形に進められる方途をひとつ運輸大臣も考慮願って、せんだってのお話の、知事にさらにいろいろな問題について一さいぜん大臣は、知事にはほとんど全権を委任しておるまた金その他の問題でも、いま直ちに決定されない問題でも、もし現地との間で、これはまあ公平の問題をさいぜん木原さんも言われましたが、条件派については一部条件がよくなってエスカレートしておるようなことで、かえって不公平な面も出るとか、いろいろなお話もありましたが、ともかくここまできたら、何とか流血を見ないで円満にいくめどが各方面から考えられておるので、ひとつこういう問題も努力して、せっかく提案がありますから、何らかの方法で皆さんの協力を得るような道をひとつ大臣も考えていただきたいということを、私は希望として申し上げておきます。
○木原委員 伊能委員からお聞きのような発言がありまして、私も原則的には賛成です。ただ、いままでのいろいろのいきさつ、それから何よりも決定的には、政府なりあるいは知事なりに対する反対同盟の諸君のそういった不信感、これをやはりほぐしていくということは容易ならぬことじゃないかと思う。私は、申し上げたいのは、そういうものを前提に含めて何か打開の道を講じなくちゃならない。そこで必要なことは、この際何かやはり新しい政治的な提案をなさる御用意があるかどうかということを、きょうの質問で明らかにしたいと思って申し上げておるわけなんです。私が問題提起をしましたのは、騒音の問題の対策あるいは代替地という問題にしぼられてくると思うのですけれども、あわせてお伺いしておきたいのですが、騒音の対策について、いま局長のほうからいろいろお話がございました。これをいろいろとさらに対策を拡大をしていくなり、改善をしていくなり、そういう道があろうかと思うのですが、もう一つ大きな問題は、たとえば、ジャンボが入ってくる時代ですが、SSTというような飛行機が就航する段階が近いと思うのです。これらも当然ここへ受け入れるということになると思うのですが、SSTもこの飛行場へ受け入れるという前提なんですか。これはちょっと話がそれますが、どうでしょう。
○内村(信)政府委員 SSTの開発の状況については、最近あまり活発でないということを聞いておりますけれども、本来成田空港をつくります際には、SSTは当然できるでありましょうし、SSTというものができれば、航空における非常に大きな革命でございまして、これを受け入れるか入れないかによって、その国の発展というものに重大な関係があるというようなことから、SSTも受け入れるというふうな考え方で成田はつくったわけでございます。
○木原委員 大事なことなんですけれども、私どもの考え方は、騒音問題というのは、なかなか最終的には解決がむずかしい要素があると思うのです。第一に、内陸にこれだけ大きな飛行機を受け入れる飛行場をつくるということについても疑問があるわけです。だから私どもは、必要なことは諸外国でも、SSTが入ってくる段階においては内陸側は飛ばせないとか、強い規制が行なわれているやに聞いております。これは一つの提案ですけれども、成田については、たとえばSSTについては就航は禁止といいますか、開発の状況もありますけれども、SSTクラスの飛行機については、これは当分受け入れないでもいい。この前の私と大臣とのやりとりの中で、成田がかりにできたとしても、すぐ第三空港の問題を考えなくちゃならない、こういうお話もあったと思うのです。いずれにしましても、成田がかりに完成をしても第三空港の問題には当然取りかかる時期にきている。それならば、あらためて成田のいままでのいきさつ等の教訓を含めながら、政府としては第三空港に取りかかり、成田については内陸であるから、騒音の問題で、将来の問題ですけれども、最小限度原則的にはSSTのようなものを入れないというくらいの配慮で第三空港のほうに問題を移していく。第三空港の問題については、でき方その他についていろいろ問題があろうと思いますけれども、しかし第三空港に移っていく、こういうような政治的な配慮というものができないものでしょうか。そういう提案というものはできないものでしょうか。
○内村(信)政府委員 ただいまの御提案非常に重大な問題でございまして、私の口からそういうふうなことをお約束もできかねるのでございますが、ただ申し上げておきたいことは、SSTの開発が非常におくれているということも、実はその騒音に問題があるようでございます。したがいまして、騒音の問題はわが国だけで叫ばれているわけではございませんで、世界的に非常に大きな問題になっております。したがいまして、ある意味におきますれば、その騒音の問題が解決できませんと、SSTもなかなか実現できないのではないかというふうに考えられる節もあるようでございます。 それから、なお衝撃波その他の問題がございますけれども、SSTができましても、洋上を飛ぶ場合には超音速で飛ぶわけでございますけれども、空港に着陸をするような場合、内陸を飛ぶような場合には、現在の航空機と同じような速度で着陸するというふうに考えられているように承っておるわけでございます。
○木原委員 技術的には諸種の対策があるいはあるかわかりませんけれども、それならば、成田に離発着する飛行機について一定の騒音規制をこの際明らかにする。たとえば、これ以上騒音を出す、あるいはジェットの激しいソニックブームを出す、そういうことについてはもっときびしい規制をする、こういうような措置は考えられませんか。
○内村(信)政府委員 騒音規制の問題でございますが、これまたわが国だけの問題でございませんで、ICAOというような国際民間航空機構がございます。それから、アメリカにおきましてのFAAというような航空関係の機関がございますが、そこで騒音証明制度というようなものをつくりまして、一定のレベル以上の騒音を出すものは飛ばせないということをやっておるわけでございます。したがいまして、SSTの場合にも当然そういったものが適用されるというふうに考えております。現実に、騒音の度合というものもだんだん低下しておるというのが実情でございます。したがいまして、ちょっと例を申し上げますと、コンベア880という機種がございまして、これはいまは日本で使っておりませんけれども、非常に大きな騒音がございました。それに比べまして、今度ジャンボが出てまいりまして、ジャンボは馬力から申しましても図体から申しましても、はるかに大きいわけでございますが、それと比べましてもむしろコンベアよりは騒音は低いというふうな状況でございます。したがいまして、これも国際的にそういうふうな低騒音の発動機の開発をいまやっておりますので、逐次下がっていくのではないかというふうに考えております。
○木原委員 あまり時間もないので、騒音論争をここであまりやりたくないのですが、私もしろうとですけれどもいろいろ専門家の学者等のお話を聞きましたけれども、音の問題だけではなくて、音に伴う大きな飛行機の圧力感みたいなものがある、だから、これはなかなかどうも数字の上で議論する以上に、現地の者にとりましてはいろいろな問題がすでに心配をされるわけですね。そういう問題もあります。 それから、よくいままでも指摘をしたところなんですけれども、たとえば成田の管制空域と申しますか、そういうものの設定等につきましても、たとえばブルー14が走っている。これはもう既成の事実として、これを取っ払う行政的な努力というものはあるのかもしれませんけれども、われわれは耳にいたしません。そういうような形で、どうしても成田を中心に飛行機の離発着の段階が来ますと、騒音地域が限定されたところに集中をしてくる、ないしは、場所によっては滞空をする地帯が広がる。これは、私もしろうとですが、だんだん調べてみますと、片方には百里の基地の問題がある。片方にはブルー14が走っている。片方には羽田の空域がある。こういうような形ですね。これらの調整の努力、現地の側から見ますというと、農民のほうにはいろいろ必要なんだから何とか協力をしろというけれども、当然政治的ないし行政的に努力をしてしかるべき方向については努力が行なわれてないんじゃないのか。だから、ブルー14については、近い将来にこういう努力をして、この制限はひとつ取っ払ってもらう、そうすれば、この空域の利用範囲その他によって現地が受ける音の被害というものは相対的にこういうふうに緩和されますよとか、あるいは百里の、これは自衛隊の関係ですが、何も自衛隊優先であっていいわけはないので、たとえばその辺の調整についてはこういうふうに努力をして調整をするということになれば、音の問題については、現在考えておるよりも、近い将来にはこういうふうに緩和をしていくんだ、こういうような努力の方向というものは出せないものですか。どうでしょう。
○内村(信)政府委員 騒音の問題につきましては、御指摘のように飛行機の飛び方と大きな関係がございます。そこで、飛行機の飛び方につきましては、現在の羽田の管制区域と完全なセパレーションをつけておるわけでございますが、その際に、飛行機が飛ぶ場合にも、県の上空におきましては六千フィート以上でございますとか、あるいはホールディングをする場合には洋上でやるとかこれは先般千葉県知事からの御要望にもあったわけでございますが、そういうふうな配慮をいたしまして、下のほうになるべく騒音が響かないというような配慮をいたしております。 なお、ブルー14の問題でございますけれども、ブルー14と申しますのは、かつて米軍が占領当時、厚木、横田、立川、入間でありますか、この四つの飛行場に離着陸する飛行機が円滑に運航するために米軍が設定したものでございます。しかし、その後こちらに返ってまいりまして、その際に、正式に運輸大臣といたしまして、大島から日光までの航空路を設定いたしたわけです。そこで、従来はそれを横に突き抜けることができなかったというふうなことから、非常に不便を感じておりますけれども、その後ブルー14を横切るルートを二つ設定いたしまして、したがいまして、現在関西のほうへ向けて飛ぶ飛行機の九〇%はブルー14を横断して飛んでいるというような状況でございます。したがいまして、私、成田との関係ちょっといま専門知識を持ち合わせていませんけれども、そういうことで、ブルー14というものを横断することも可能であるというふうに考えております。
○木原委員 騒音の技術的な問題は、これは論争してもこの場所ではやむを得ませんので、おきますけれども、先ほどの伊能委員の提案等に関連して、これは大臣にきょうの質問の集約として御確認をいただきたいことなんですが、局長のお話しになりました代替地案、これについては、地元の農民は決して乗っていかないという要素があるわけです。これは先ほど申し上げましたように、早い話が条件が合わないわけですね。そういう意味でも不信感があるわけです。ですから、これは新しく代替地を設定をするとかいろいろ努力は必要だと思いますが、しかし、そういう問題を含めまして、私はやはり、この段階で、知事が設定した代執行の期間三週間、それは長いことではないと思うのですが、最大の努力を政府としてもわれわれとしても当然やらなければならぬと思うのです。そういうことを前提にして、これは大臣にひとつお考えをいただきたいんですが、一つは騒音にかかわる問題、騒音にかかわる問題につきましては、いま局長から御説明がありましたような現状についての最大の努力をしておるということなんですが、たとえばSSTクラスの飛行機については成田に入れないように努力をするとか、これは政治的にやはりそれぐらいのことを私はお示しいただきたいと思うのです。というのは、第三空港の問題、むずかしい問題でしょうが、どうせつくらないと——当初の意図に反して、でき上がりましても成田がやはり中途半ぱな飛行場になるわけですから、そういう側面、それからもう一つは、当初大臣がおっしゃったわけですけれども、やはりこのままではなかなか二期工事がおいそれとはいかないという状況があるわけですから、二期工事はゆとりを見ながら話し合いの場を見つけていくんだという、こういう側面、それから、この騒音につきましては、伊能さんもお触れになりましたように、知事も、民家の各戸に防音室をつくる。これはひとつ県費でやろうというようなことで、県会のほうにも提案をしておるようでありますけれども、しかし、聞いてみますと、一家に一部屋ぐらいのものを、お年寄りの隠居所みたいなものを防音室としてつくってあげよう。これは予算に限りがありますから無理だと思います。この努力は買いますけれども、そういう努力が行なわれているということは、私ども多としたいと思うのです。しかし、おっしゃったように、それらの措置でも、県だけでやるのでなくて、国も積極的にそういう努力をする、あるいは騒音対策上の問題については、思い切って成田空港に適用する新しい基準を設けてでも、騒音については迷惑をかけないとか、いってみれば、いずれも政治的なことでありますけれども、そういう騒音についての国としての積極的な姿勢を私は大臣からこの際示してもらう、それが一つの呼びかけになる。 それから、代替地を含めたこれからの営農の問題については、現在反対をしておる諸君についても、ある意味ではできるだけの最大限の協力、努力をしようではないか、個々の条件についてはなかなかむずかしい問題だと思いますけれども、しかしそういう、言ってみれば新しい提案としてそういうものをお示しになる。これはこの段階で私は政府がやるべき必要な問題の提起ではないかと思うのです。 私どもは、かりにどういうことがあっても、あの危険な中に君たちが入ってまで抵抗をするということについてはよしなさい、やめなさい、死ぬために反対をしているのじゃないだろう、生きるために反対をしているんなら生きる道を探せ、こう言っているわけですけれども、しかしおれたちが穴に入らなくてこのまま手をあげたら、政府は一体何をやってくれるんだ、こう農民諸君からの反論があるので、当然政府としてはこれに答えてくれなければなりません。だからわれわれは、少なくとも人身事故の可能性が非常に高いああいう穴倉にもぐらせることは、できるだけの努力を払ってとめたいと思います。しかし、とめたいときに、それじゃといって、早い話が降伏をしたんだというかっこうでやるだけでは、これは問題をこじらせるだけになると思う。だから、そのタイミングと条件を踏まえて、新しい提案を政府のほうから、知事を通じてなり何なりの形でやっていただく。その中で、いずれ話し合いで詰めなくてはならぬ問題ですから、最大の努力を払って話し合いの条件の場を求めていく、こういう努力が急がれる段階ではないのか。そのためには私どももできるだけの協力をしたい。社会党も、何か学生と一緒にあそこで旗を振っているのは実は能じゃないわけでありまして、やはり議席を持つ政治家としての責任は十分果たしていきたい、こういう気持ちでおります。そういうことを前提にして、ひとつ大臣のこの段階での御決意を聞いておきたいと思います。
○橋本国務大臣 SSTの問題は、航空局長から説明がありましたように、SSTの騒音あるいは衝撃波の問題は、アメリカが非常に重要視しておるわけであります。というのは、アメリカは内陸を飛ばなければなりませんから、したがってアメリカが非常にきつい条件を出しておるようであります。もちろん日本の場合におきましても、一部の都市を通りますから、やはり重大なる関心を払っております。ただ、いま技術開発といいますか科学の発達した時代において、そういう問題は早晩解決されるのではないだろうか。地域住民に非常な障害を与えてまで早い飛行機を飛ばさなければならぬとは考えておりません。おそらくアメリカにしてもヨーロッパにしても同様であろうと思います。したがって、もちろん現状のままでSSTを飛ばす考えはありませんが、そういう科学技術の開発によって地域住民に大きな障害を与えない状態になってでもSSTを飛ばさない、こういうわけにはいくまいと思いますが、もちろん国際的な関係から、最近は公害問題で世界各国ともきびしいのでありますから、いわゆるSSTを飛ばす場合には、このような大きな障害がないという前提がなければ、おそらくこれは各国とものめないだろう。その点は、御好意は感謝いたしますが十分政府においても考えてまいりたい。 代替地の問題は、農民にとっては重大な問題でありますから、したがって、知事も最善の措置を考えておると思いますが、それに対して空港公団当局も最善の協力をいたすものと考えます。ことに御承知のように千葉県と茨城県のような近郊農村においては、最近農業の方法が変わってきております。御承知のようにハウス栽培が中心になってきておる、こういうようなものに対して、いわゆる新しい農業開発というものが行なわれつつありますから、それに対して積極的にやはり政府自身も助成策というものを考えていかなければならないと思っております。 また、個々の防音の問題でありますが、これも現状では、先ほど県当局で考えておるような前進的な姿を見られますが、同時にやはり将来ともに国も考えていかなければならぬ。県当局だけにまかせればよろしいというわけにはいきますまい。したがって、こういうような公害関係がやかましくいわれておる、また住みよい社会をつくる、地域をつくるという前提からするならば、金の問題でちゅうちょする必要はないと思う。何も何兆円という金がかかるわけじゃありませんから、たとえそれがために何百億程度の金がふえましても、やはり全体の国民の生活を守っていくという姿勢は政府自身になければならぬと思いますから、その点においては、私はあしたにやれということはできないにいたしましても、いろいろの点からして、総合的にこれは急速に進めていかなくちゃならぬ、こう考えておるわけであります。 いろいろ話し合いの場をつくったらどうか、積極的な政府の提案を行なったらどうかという御意見でありますが、私どもといたしましては、友納知事及び空港公団が直接的にこれに当たっておりますので、こういう公開の場を通じて、これは国民にも申し上げておることでありますから、この意志は十分知事に伝わるであろうし、あるいは空港公団の関係者にも伝わるでありましょうから、あらためて私自身が提案をしなくとも、こういう問題でやってまらいたい、こういうことで話し合いのきっかけができるであろう。先ほど木原さんから、社会党はただ旗を振り回しておるだけではないというたいへんけっこうな話を承りました。そういう意味におきましては、御承知のように、何か一坪運動というものがあるそうでありますけれども、社会党が参加しているかどうかわかりませんが、三百名くらいあるようでありますから、こういう問題も御善処願えると、全体の感情の上において、やはり話し合いの場がだんだん出てくるのではなかろうか。一坪持っておって、そうして家を建てるというわけじゃありますまい。したがって、こういうようなとげとげしい問題は、お互いにこの際やめていくということになれば、積極的な措置が進んでいくのではないかと思いますしかし、それはそれとして、この問題があるから私たちはやらぬというわけではありません。たとえ一坪占有の運動がありましても、政府としては国民の立場から政治を行なうのでありますから、いま御提案があったような趣旨に基づきまして、積極的に、かつ誠意をもってこの問題の解決へ進んでまいりたい、かように考えております。
○木原委員 大事な時期なんですが、もう少し大臣から前向きの話を承りたかったのですが、一坪運動の問題を反論されましても、これは私どもはこの成田空港については、どうもやはり航空政策上、特に空港政策としてはいまでも適切ではなかった。政策上の問題としてこれは批判を持っているのです。しかしここまで問題がきているわけですから、そのことを論じておる段階ではない。でき得べくんばすみやかに第三空港についての政府の方針を示してもらいたい、実はこれぐらいの気持ちでおるわけです。 それからもう一つは、われわれが何か一坪の地主になったということは、いま反対同盟の中にこもっておる諸君に対しての権利問題、この権利問題について、これは直接いまの橋本運輸大臣の責任ではないかもしれませんけれども、歴代の運輸大臣、それぞれ私ども経過を見てきております。これは、もう決定をした、協力をしろ、こういうかぶせ方だったと思うのです。だから、われわれ野党として、やはり農民諸君の権利については、これは野党としてその権利を擁護する、そのために協力をしてやるというのが当然の責務であろうこういうことで実は出発をしているわけです。ですから、ある意味では追い詰められておる農民の諸君に対して精神的な支援をしながら、できるだけやはり最善の解決の道を見い出したい。これはひとつ大臣の御理解をいただいておきたいと思います。 そういうことなんですが、いずれにしましても、最後に私の要望として申し上げておきますけれども、これは、いま全く新しい状況である、新しい段階である。この際に、われわれも努力はもちろんしますけれども、しかしながら、政府としてさらに新しい何かの問題を提起するなり、打開の道をはかるなり、その努力の方向を示すのだ、これだけの確認はぜひしておきたいと思うのですが、その決意はあるやいなや、こういうことなんですが、いかがでしょう。
○橋本国務大臣 お話のように、決して流血の惨事を見ることが目的ではありませんので、円満にこの問題は解決していきたい、こういうふうに考えておりますから、できるだけわれわれのなし得る責任において、また努力においてやってまいりたいと思います。 ただ問題は、四十六年度中には供用開始をしたいという最終の希望があるわけでありますから、そういう点においては、その間において最終的な話し合いができるかどうかを非常に心配しております。しかしながら、先日も友納知事に対しては、ぜひ最善の努力を尽くして、期間を置いて、そう して十分に話し合いを進めてもらいたい、また空港公団総裁に対しても、その旨を強く指示しておりますので、その間において最善の努力を尽くすと考えます。その結果、従来促進しておった問題、経済的な問題ではみ出しましても、これからは十分政府において誠意を尽くすつもりでおりますので、その点はひとつ御理解を願いたいと思います
○木原委員 これで終わりますけれども、最後に一つだけ承っておきたいのですが、こだわるようですけれども、第二期工事を含めての当初の計画で成田の空港がほぼ完成をするといいますか、機能を最大限に発揮する時期、これは、さっき申し上げましたように、新幹線の問題だとか都心との交通の問題、設備の問題、その他を含めまして、これが大体機能する時期というのは、いまのあれでいきますと、昭和五十年ごろくらいになる感じがするのですが、どうですか、大まかに。
○橋本国務大臣 まあ、できますれば、四十八年度には第二期工事の分も供用開始をしたいと思いますが、そういったところでなかなかそのとおりにいかない場合が多いようでありますから、何もかも四十八年度を限度として強硬手段をとるという意味ではありませんが、われわれの考え方、希望としましては、四十八年度末には第二期工事分も完成したいと思っております。しかしその間においては、十分に関係者とも話し合いをしていきたい。できれば円満にこれが片づけば、たとえ半年、一年おくれても差しつかえない──差しつかえがあっても、やむを得ませんね。 先ほどちょっと第三空港の問題のお話がありましたが、私は第三空港というのは、新しくつくる考えは持っておりません。新しくというのは、わざわざ陸地をやったり、海岸を埋め立てたり、こういうことは、もういろいろな面から見て無理があります。私が民間の第三空港と言っているのは従来あるいは米軍基地もしくは自衛隊が使います厚木等の問題がありますが、それらを含めて、いわゆる第三空港が必要であろう。陸地に飛行場をつくったり、海岸を埋め立てて新しい飛行場をつくるのは、実際上から見て無理があります。したがって、将来はどうしても第三空港は考えますがそれは現在は、既設の飛行場を活用する、こういうことが主になると考えております。
○木原委員 もうこれで終わりますが、第三空港はまた次の機会に聞きたいと思いますが、いままでの御発言とだいぶ違うのです。中曽根さんが運輸大臣のときも、いや多々ますます弁ずだ、東京にも大阪にも北海道にも国際空港は必要だ、それからこの前、大臣も、私の質問のお答えのときにこれはもうすぐ第三、第四の飛行場群をつくるのだ、そういう土地がありますかと言ったら、いや土地は幾らもありますよ、こういう御見解だったので……。
○橋本国務大臣 いまおっしゃったのは、羽田を中心としての意味だと理解しましたので、それは考えておらぬが、国全体を考えれば、もういわゆる関西第二空港は四十年中に決定をしておるあるいは将来北海道の札幌あるいは沖繩を含めて国際空港は必要でありますから、全体の関係でいうならば、これは別問題ですが、ただ羽田を中心にしての新しい国際空港を新たに土地を造成するという考えはない、こういう意味であります。
○木原委員 それでは終わります。どうもありがとうございました。 —————————————
○天野委員長 文部省設置法の一部を改正する法律案を議題といたします。
○天野委員長 趣旨の説明を求めます。坂田文部大臣
○坂田国務大臣 このたび、政府から提出いたしました文部省設置法の一部を改正する法律案につきまして、その提案の理由及び内容の概要を御説明申し上げます。 心身に障害を持つ児童生徒を対象とする特殊教育につきましては、近年養護学校や特殊学級の増設など量的拡大の面ではかなり著しいものがありますが、教育の内容、方法など質的充実の面においては、これまで十分な研究が行なわれていないため、いまだ解明されていない分野が多く残されております。 また、特殊教育の対象となる児童生徒のさまざまな障害の種類、程度等に即応して適切な教育を行なうためには、絶えず特殊教育に従事する教育職員の資質の向上をはかっていくことがきわめて緊要であります。 このため、文部省の所轄機関として国立特殊教育総合研究所を神奈川県横須賀市久里浜に設置し、特殊教育の一そうの発展と充実をはかることとしたのであります。 本研究所においては、特殊教育に関し、主として実際的研究を医学、心理学、教育学、工学などの立場から、総合的に行なうとともに、特殊教育関係職員に対し、より一そう専門的な知識、技術を修得させるための研修を行ない、あわせて特殊教育の研究に関する市外の資料を収集し、提供するなど研究の連絡及び促進をはかることといたしております。 なお、この法律の施行日は、昭和四十六年十月一日といたしております。 以上がこの法律案の提案理由及び内容の概要であります。何とぞ、十分御審議の上、すみやかに御賛成くださるようお願い申し上げます。
○天野委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 —————————————
○天野委員長 次に、在外公館に勤務する外務公務員の給与に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大出俊君。
○大出委員 政府機関を幾つかつくるという設置法でありますけれども、きょう実は時間がないところで、何とか大臣のあいたときにということで、いろいろしきたりに従ってやっておりますと時間がなくなりますので、承りたいポイントを少し最初に聞かしていただきたいのでありますが、この間、外務大臣、ほかの場面だったと思いますけれども、沖繩返還に伴う所管の省としての政府のお考えを御説明になっているようであります。「衆、参両院沖繩及び北方問題に関する特別委員会における愛知外務大臣による外務省所管事項の説明(案)」、こうなっているのですが、この内閣委員会も総理府所管でございまして、無関係ではないわけでございます。本来ならばあらためて承りたいわけでありますけれども、時間の関係もございますので、その点は省略をさしていただきまして、これは、端的に承りますが、どういうおつもりでと言ったら、所管事項の説明だとおっしゃるかもしれませんけれども、書いてあるのを注意深く読みますと、何か絵がかいてあるような感じがいたしますね。やがてここに書いてあるこういうふうなものが日程に上がってきますということをここで言っているような感じがします。その意味では、ようやくこの段階から大臣は、具体的な返還交渉協定作成等についての多少のところについて、あるいは概略というふうなところについて、ぼつぼつ口をお開きになるのではないかという感じがする、これを見ていて。将来大きな問題になりそうなものをぽんと幾つか言っておられるという感じがするわけであります。したがって私は、やはりここまでくると、もう少し突っ込んで、かつて藤山さんが中間報告までされておるわけでありますから、奄美大島あるいは小笠原の状況とはたいへんに違うわけでありますので、もう少し親切に突っ込んだお話をしていただけないかという気がするのでありますが、もう少しこれから進んでものを言うという気持ちがございますか。まずそこから聞いておきたいのですが。
○愛知国務大臣 その協定、これは他の委員会でもしばしば申し上げておりましたから、お聞きいただいておる点もあろうかと思いますけれども実は現在の段階では、まだ協定の原案というところまでいっておりませんような段階でございますから、現在公に言えることは、まだ抽象的なことにならざるを得ないわけでございますけれども、これから国会の開会中でもございますし、いろいろの質疑応答を通じまして、われわれとしては何もひた隠しにしようというような意図は毛頭持っておりませんから、いろいろの機会を通じまして政府の意図しているところや、あるいは話し合いの内容等について煮詰まりつつあるようなところが出てまいりましたならば、そういう点等については、できるだけ質疑応答等を通じてだんだんお話をするようにいたしたいと心がけておるわけでございます。 それから、いま安保条約の改正のときの状況にお触れになりましたが、あのときは、もうすっかり話し合いが煮詰まりまして、条約案の内容、骨子等も全部いわば内定したという、相当ぎりぎりの時期にああいうことをされたように記憶いたしております。
○大出委員 ひた隠しにする気はない、まとまりそうなものについては、それが多少抽象的なものであっても申し上げるつもりだというお話なんですね。前向きでそこまで御親切に言っていただいて恐縮いたしますが、それではひとつ私のほうも、ひた隠しにする気はないとおっしゃるし、しかもまとまりそうなものについてはなるべく申し上げたいというし、あるいは抽象的な形になるかしれぬけれども、こういうわけでございますからそこで承りたいのでありますが、シュナイダー公使はいつお帰りになるのですか。
○愛知国務大臣 これは私、よく知りませんが今月中には帰ってくるのだろうと思います。
○大出委員 来週というお話を皆さんの関係局の方が話しておりますが、これは相手の国のことでありますからともかくといたしまして、さて、この返還協定そのものについてずばり承りたいのですが、あなたのほうは一これはアメリカ局のある方が、いま新聞にたくさん出ておりますが、これはほとんど虚報でございますと、こう言うわけですね。虚報、つまりうそだと言うのですね。さて虚報だということになりますと、たいへん新聞でいろいろ書いておりますこととは違ったものがおたくのほうの所管の中になければならぬと思うのです。協定そのものはたいへん短いものになりますということですね。そこで性格はどういうものであるかというと、小笠原の返還協定、この方式でいきます。文章は非常に短いものになってあといろいろ付表に書くのですよということなんですね。これはやはり陰でおっしゃらぬで、はっきり言っていただかぬと困る。これはいまおっしゃったように、まとまりかかっておるものは、それは多少抽象的であってもひた隠しにする気はないとおっしゃるのですから、私も調べるだけ調べて伺っておるので、知っていて言っているというふうにおとりいただいてもいいというふうに思っておるくらいです。だからそう的はずれなことは——これは聞いていただければわかりますけれども、的はずれなことを言っておるのじゃありません。だから、まず一つ問題は、小笠原返還協定の方式、これが一つの基礎になる。その方式でよろしゅうございますか。
○愛知国務大臣 これは、小笠原それから奄美の返還が、いずれもサンフランシスコ平和条約、特に第三条によっております。そういう関係では同じようなスタイルになる。大体そうお考えになっていただいていいと思いますが、しつこいようですが、文言、ワーディング、書き方などについて、まだそこまで先方との話が進んでおりませんが、考え方はそれでよろしいのじゃないかと思っております。
○大出委員 じゃ、柱と称するものを、またさっき私が申し上げたある人が四つばかりおあげになっていますが、中身を言ってもいいのですが、まためんどうくさくなればどなたが話したと言ってもいいのですが、いまの点お認めになったようですが、小笠原返還協定、こういうスタイルでいく、ただワード、つまりことば、文言がどうなるかということは、地域が違いますからいろいろあると思うのです。 さてそこで、世の中の新聞に出ているのは虚報だ、つまりいろいろなことがたくさん並べられているのですけれども、そうではなくて非常に短いものだ。概略あるいは抽象的に考えれば、そういうことになりますか。 これは、もう一つつけ加えておきますが、アメリカ側に問題がありまして、たとえば行政権というものが立法権というところにあまり深く入り込むということは、議会対策上困るとか、日本よりむしろアメリカ側に、国防省、国務省等の意見の相違等が沖繩返還にまつわりまして非常に激しくある、だからむしろ向こうの側でできるだけ簡単なものにしたい、こういう気持ちが非常に強い、こういうふうにおたくのある方は言っておられるのですけれども、そういうふうに受け取ってよろしゅうございますか。
○愛知国務大臣 先ほどの点をちょっと補足いたしますと、奄美、小笠原と同じように、サンフランシスコ条約からきた考え方でございますからそういう意味ではそういう姿が相当参考になるという意味を申し上げたわけであります。 それからその次に、内容的には、もう四分の一世紀に及んでおりますし、百万人の県民の方々が全く違った法体系のもとで生活を余儀なくされておられる、こういう状況でございますから、中身におきましては、奄美、小笠原とはずいぶん違って、広範囲で深くなってくるのはやむを得ないし、またそれが当然のことだろうと思いますから、そういう意味では奄美、小笠原の協定とはだいぶ違った姿になるかと予想いたします。 それから、いまのお尋ねですけれども、非常に簡単なものになるのじゃないか、それからアメリカ側がそれを欲しているではないか、私はそれほど簡単なものとは考えません。それからアメリカ側はいかに考えるかわかりませんけれども、先ほど来申しておりますように、こちらとしてはいま申しましたような考え方で、そしてこれはいまも御引用になりましたが、内容として、協定に掲げました中で非常に重要だと思われますのは、対米請求の問題、それから裁判に関連する引き継ぎ、これはまた法制上、機構上非常にむずかしい、ややこしい問題でございます。それから米国資産の処理、これは資産の引き継ぎの問題と私ども言っておりますけれども、これは三公社の事業とかあるいは軍事以外の行政的な建造物とか施設とかいうものもこれに含まれますが、そういう問題。それから沖繩に現に存しておる外資系の企業の取り扱い、おもな点としてはこういう問題であろうと想像しておりますが、これについてきちっとした話し合いをまとめまして、中には金銭的な問題も相当ございますものですから、そういう点については実は大蔵省と財務省との間でも相当真剣な下話といいますか、あるいは交渉の一部局といたしまして、現に協議を積み重ねつつあるわけでございます。 それから同時に、非常に大切であると思いますのは、よく論議されますとおり、安保条約関連取りきめ、それから地位協定、すべてが返還の日をX日といたしまして、そのX日にずばりと本土並みに何らの変更なしに適用されますから、その日までに諸般の準備を並行的にずっと積み重ねて、また合意の必要なものは日米間で合意をしていかなければならないわけでございます。 それと今度は相関連して、これは主として国内官庁の問題ではございますけれども、沖繩対策庁が中心になって、国内関係各省庁の立法その他の措置の用意をいま進めているわけでございます。相関連して、いわゆるワンパッケージでごらんいただきませんと、ほんとうに沖繩の方々が具体的な身近な問題をそれぞれお持ちになっておりますから、自分のこの問題はこういうふうになるのだなということが御納得いただけないと思いますので、もうこまかい点にわたりましてすっかり準備と体制をつくっていきたい。そして、いわゆる沖繩批准国会におきましては、それらを全部ワンパッケージで十分審議をいただきたい、こういうふうに心組んでおるわけでございます。
○大出委員 私が申し上げましたのは、協定本文の話をしたのです。協定本文というものは非常に簡単になるという話を承りましたが、さて、いま最後におっしゃった返還日をX日とすればというお話がありました。この日までに並行的に詰めるものは全部詰めて、はたしてその日までに事務手続が終了するかどうか非常にむずかしい問題なんです、こういうふうにいまおっしゃった。だから返還協定自体は返還日を入れないんじゃないですか。この点、返還日を入れないで事務手続終了後すみやかにというふうになるんじゃないですか、いまのお話では。そこで、事務手続終了後すみやかにという意味は、事務手続を来年の六月末日までに終了するという目標を立てられて、七月一日から、こう説明されているのですよ。大臣、あなたはどこまで御存じか知らぬけれども、首をかしげられてもだめですよ。こんなことはちゃんと言ってくれなければ困るじゃないですか。別な場所で言えて、言えないという手はないでしょう。静かに承っているのですから答えてください。違うなら違うでいいですから。
○愛知国務大臣 いまのお話はどういうなにかわかりませんけれども、まず第一に返還日——返還日というか協定発効の日、つまり私はいまかりにX日と申しましたが、これをいつにするかということについては、まだ日米間の合意ができてないわけです。これを協定の上に何月何日と書くことになるか、あるいはこちらの国内手続はきわめて明瞭なんでありますけれども、先方の国内手続はまだどうなるか、これからのことですからわかりません。したがって条約の一般論から申しますと、たとえば批准を交換した日から何日目に発効するというような条約のていさいもございますしそれから何月何日に効力を発生するという書き方もございますし、そのほかいろいろの書き方があると思いますけれども、この点はまだ煮詰まっておりません。 それから四月一日ということにつきましては、私は昨日沖特で申したのですけれども、琉球立法院としては、四月一日を非常に希望しておられるわけです。これは私は非常によくわかりますということをお答えしているのです。なぜかといえば四月一日は琉政の発足された記念日でもございますし、また事務的にいえば、日本とすれば会計年度の始まりの日でもございますから、その日が非常に大事な日であるということは私としても十分腹に入れて考えてまいりたいと思います。ただ、これはまだこれからの問題でございますから、結論がどうなるかわかりませんが、この琉球立法院のお考え方を私としては十分腹に入れてこれからも交渉に当たっていきたい、こう考えておるわけでございます。 それからもう一つ御質疑がございましたが、だれがどうとか、いろいろ希望的な観測やあるいは仕事ぶりを申し上げておるかと思いますけれどもX日がきまるというよりも、政府の態度としては七二年中に、なるべくすみやかな時期に、ぜひここまで実現したい。逆算いたしまして準備をねじりはち巻きでやっているわけでございまして、国会と政府との間柄におきましては、この年内に、本年の後半には批准国会をお開きいただいて、そして十分御審議をいただいて、年内中には国会での御結論を出していただきたい。そうすれば、それを踏まえまして、七二年中のなるべく早い機会に効力が発生するように、政府としてはさらに十分のかまえができるわけでございますから、そういうふうにいたしたいというのがわれわれ政府全体のいまのかまえ方でございます。
○大出委員 協定は九分どおり、つまり事務的に詰めてきて九分どおりできている。シュナイダー氏が来週帰ってくるその段階で急速に進む、こういうものの見方、まあだれが述べたか、あなた方は首を振るからそれはあとから言います。だがしかし、私の耳に入っておりますのは、世上新聞などで、協定案文を持ち帰っておるとかなんとかというふうに載っておる記事もありましたが、そういうことはない、そうではなくて、いままでずっと詰めてきて、向こう側の、いま大臣がいみじくもおっしゃったのですが、相手方の手続もありましょう、そこらをいろいろ相談されるのでお帰りになっておるのだと思います。だから帰ってくれば、その意味では事務的な詰めは急速に進む。したがって三月が交渉の山、つまり三月一ぱいというところが目途だと思います、進行段階でありますから。何とかひとつ進行をはかるというふうに努力していって、四月末から五月初め、このぐらいのところを目途に両者の協定が合意に達するところに持ち込みたい、そこであるいは調印を意味しておるのかもしれません、という形にして、大臣がいま言っておられましたけれども、四月という希望もあり、七二年度中にという約束もある。米会計年度でいけば、当然七月一日になる。だから、そういう意味では日にちを何も入れなくてもいいんじゃないか。これはだれが言ったということはたな上げに上げておきますけれども、これは判こをついた、事務手続終了後すみやかに、それで期間があるわけですから、四月、七月という二つの目標があります。両者の主張があります。ありますが、日付を入れないでおけば、事務手続終了後すみやかにということで、片一方は七二年中というのがあって、琉球政府のたっての四月一日がある、こういうわけでありますから、話し合いの場もありましょうし、またおのおのの立場でつかまえるとらえ方もありましょう。四月一日なんだといってもいい。ただし会計年度という関係がありますから、アメリカとすれば、七月一日から先まで沖繩援助費をアメリカで持つ気は毛頭ない。あたりまえなんです、いま金がないのですから。そこから先はもう日本です。これだけは間違いないです。こういうふうに進められているということを私は言っているわけです。これはずっと立てておられる目途を私はいま申し上げた。その辺は大臣、何もこだわらぬで一それはどうなるかわかりません。最終的には向こうさんは、シュナイダーさんが帰ってきて、そうじゃないと言うかもしれない。言うかもしれないけれども、現状くらいは——私もやみに鉄砲撃っているのではないのだから、私も実はこれからまた沖繩に出かけていく予定も持っているのですから、沖繩現地の方々と研究集会をたくさん人が集まってやるというので、私も担当しておりますから、防衛問題もあれば地位協定の問題もある。そっちをやってきておるわけですから、さらに返還協定という問題がちらちら新聞にいろいろの角度で出る。出るけれども、さっきおっしゃった、ひた隠しにする気はない、抽象的であっても進んでいるものについてはとおっしゃるから、それに乗って私はおたくの関係の方々からということをさっき申し上げましたが、それはたな上げしてもよろしいですけれども、耳に入っている限りのことをいま申し上げたわけなんで、そう違いはない。進行状態であって、ただし相手があるからどうなるかそれはわからぬ、それならそれでけっこうなんです。そういうふうに進めていただけませんか。
○愛知国務大臣 私は、おっしゃることはよくわかるのですが、とにかくだんだん時期が迫ってまいりますから、大体お聞き取りになったり御想像になったりしているような筋でいくと思います ただ、二点だけ念のために申し上げておきますが、シュナイダー公使がいまワシントンに行っていることは事実なんですけれども、彼我ともに、やはりなかなかむずかしい問題がたくさんございますから、御了解はずいぶんしているわけでございますが、やはり今回の場合はだんだん日にちが迫ってきたから、彼の動向というものが注目を浴びているのかと思いますし、それからシュナイダーが帰ってくる、こないにかかわらず、だんだん本番の山場がいよいよ目前の状態なんですけれども、やはり私どもとしては、来月から四月一ぱいあるいは五月にかけてがほんとうの山場ではないかと思います。実質上の話の煮詰めをやりますのは。 それからもう一つの点、先ほどもちょっと申しましたが、発効の日のことは準備が整い次第云々というふうにおっしゃっておりましたが、これは私が先ほど申し上げたとおり、条約のつくり方として、たとえば批准交換の日から三十日目とか、それからもうずばりと何月何日とか、いろいろな方式があると思いますが、これはひとえに、これからの作業の進行とにらみ合わせて、なるべく早い時期にきめるようにいたしたいという考え方でございまして、それ以外のことは考えておりません。それから、たとえば両方の事務的準備が完了次第なんていうような書き方とか考え方とかというのは、私は現在のところは頭にないわけでございます。協定の締結まで進めば、そしてあと双方の国内での審議手続が終わりましたならばすみやかに発効ができるようにというふうに考えていくべきものであろうか、こういうふうに考えております。
○大出委員 そうすると大臣は、現状、何月何日というつまり返還の日付、発効日、これをお入れになる、こうお考えなんですか。
○愛知国務大臣 これはこちら側よりも、やはり相手方との話し合いの問題でもございますし、私が想像いたしますのに、アメリカ側の政府と議会との関係で、この書き方というのはかなり影響されると思います。これは実質問題じゃございませんですよ。その書き方なんです。それはそういうこともございますので、まだはっきり何ともいたしかねますが。
○大出委員 これは大臣、私も無理言っているのじゃないですよ。いろいろ政治的にむずかしい問題がある。お互いの思惑も立場もある。だからさっき私が耳にはさんだ話を申し上げたら、私は条約のあり方として、調印をするということになれば、三十日とか六十日とかそれはわかりませんが、いま口の端にされたのは、そういうことで日にちははっきりしたい、それしか頭にないとおっしゃるから、じゃ日にちを入れるのですなと念を押したら、いや入れる入れないというのは相手方があるからわからぬとおっしゃられたんじゃ、あなたの頭には日付を入れるしかないとおっしゃっておいて、それはこっちはそうだけれども、向こうがあるからわからぬとおっしゃられると、そうなるとさっき私が提起したことだってあるかもしれない、こうなるでしょう。それは矛盾でしょう大臣お答えになっているみずからの御答弁の中の矛盾ですよ。あなたの頭には、調印をする以上ははっきり何月何日、こういうふうにしたいとおっしゃっている。それしかないのだとおっしゃっておるのに、私がじゃ日にちを入れるんですなと念を押したら、そういうわけにいかない、向こうがあるのだ、こう言われる。それはおかしなことになるのじゃありませんか。だから、私の耳に入っているのはどっちの事情か、それは知らぬ。それを聞いているのじゃない。現状を聞いているのですよ。相手がある、ですから、向こうがどうきまるかわからないけれども、経過の中にはこういうことがあったから、先々はどうなるかわからぬ、そのことを前提に私も承っておるのです。だからアメリカのほうのやり方がと言ったって、どこから考えたってアメリカの上院というものは——条約批准権は上院しかないのだから、三つしか方法ない、いままでの例からいけば。そうでしょう。それはアメリカがやる場合には三分の二なら三分の二というオープンでやっていく方式がある。あるいは持ち回り的なものもあったり、三つばかりありますよ。どれをとられるか、これは知らぬ。私どもにはわからない。どれをとったって、大臣がかつてどこかでお答えになっているけれども、喜んで両方が話がついたということになれば一番いいのだが、どんな方法でもそれはかまわぬ。かまわぬけれども、しかしやはり問題は、いま私が申し上げたのは一つのポイントなんですよ、琉球政府の立場からすれば。だからそこのところをくどくこだわるのですよ。見方によってはこれは小さい問題ではない。ところが、あなたのほうの答弁があっちへ行ったりこっちへ行ったりして二つのことをおっしゃるのではわからぬですよ。日にちを入れるという断定ができますか。それは相手があるからあくまでもわかりませんか。
○愛知国務大臣 これは、私は正確に申し上げているつもりなんですよ。日米両方で合意をいたしまして、そして何月何日ということになると思うのです、話し合いは。しかし、条約の書き方として、何月何日にこれは効力を発生するという書き方も条約のテクニックとしてはあり得るわけですね。それから多くの条約は、両国がとにかく批准を交換する、あるいは今度は批准の交換という形にはならぬかもしれません、アメリカの上院の手続いかんによりましては。しかし、いずれにしても向こうはオーケーという、要するに国としての意思表示があるわけでございますね。こちらは国会が承認ということが絶対の条件でございますね。それで、それが両方で合致したときから何日以内と書いて、それが両方で合意した何月何日に合致するような書き方を条約上やることも、これはテクニックとしてはあり得るわけでございます私は、ですから大出さんのおっしゃることはよくわかり、かつ実質的にはおっしゃっているとおりだ、こういうわけでございます。
○大出委員 実は私がさっき耳にはさんだということで申し上げたのとそう変わらぬことを結果的に言っておられる気がするのですけれども それはそれでいいのでありますが、そこで、まあ大筋はお認めになったようでありますから、事務的には三月段階で詰めていく、さて調印という運びになるについては、四月末から五月くらいというものが最後の詰めになると思うのです、こういうことだろうと思います。これはわかりません、相手がございますから。またずれるかもわかりませんが、当面はそういう進め方で進むのだろうと思うのでありますが、さてそこで、先ほどお話がありました小笠原方式というのが前に出ているわけでありますが、これは先例もありますから当然だと思うのですが、これはまだそこまでいくのはちょっと早いのですが、時間の関係もありますので申し上げておくのでありますけれども、一つは、さっき大臣がおっしゃった請求権の問題がありますね。この請求権問題これは条約十九条との関係もありますね。そこらのところをどの程度どうかぶるのか、お答えいかんではもっとこまかく承っていってもいいのでありますけれども、つまり請求権の放棄という問題一つがありますから、それをどの程度どういうふうに考えておられるのか前例は小笠原返還協定に書いてあります。それを中心にして、そこらはどういうふうにお考えになりますか。
○愛知国務大臣 これも沖特その他でしばしばお尋ねがある点ですが、サンフランシスコ条約の第十九条によって放棄した講和前の請求権というものは、沖繩の場合も当てはまるというのが従来からの政府の解釈でございますので、これは放棄することになると思います。しかしこれは、非常にいろいろ政府としてもこの点について苦心を重ねているわけでございますけれども、沖繩県民のの方々がとにかく請求権として主張されているもので十分の根拠ありと認められるものがあるわけですね、相当。それについては、できるだけこれを尊重いたしまして、本土政府としても十分の関心を持ってこれの処理に当たるべき問題である、こういうふうに考えております。 それから、これはまあたいへん率直なあれなんですけれども、事情をよく御承知のとおり、たとえば講和前に人身事故についてアメリカ側としてもお見舞いといいますか——補償という字は絶対に使わなかったわけですが、若干のお見舞いをしたこともあります。また、本土政府もそういう意味でお見舞いをしたこともございますが、そういう中で、同じケースで補償漏れのものがありといわれているわけですね、請求漏れのものが、当時そういうものの処理なども含めまして、よく私申し上げるのですけれども、私どものところで凡百のこういった請求権の事例を全部分析し、整理いたしまして、大分類でも十種類ほどになります。そのそれぞれが歴史的な背景もありますし、個々のケースで、法律的にもいろいろのケースがございますから、この実態の掌握をできるだけいまやっているわけでございます。沖繩県民のお立場からいって請求の根拠十分というようなものについては、できるだけのことを本土政府としてもいたしたい、こういう考えでおりますが、これらは、やはりアメリカとの関係で協定の中に載せるべきものもあり得る。そういう点が実態がまだ煮詰まりませんものですから、協定の上などにもどういうふうに書くかということで、まだそこまで作業が実はいっておらぬのでございます。
○大出委員 ここにこう書いてあるのですけれども、いろいろおっしゃった、皆さんの関係の方でありますけれども、ある場所でお話しになった中身をずっと書いてございまして、それを先ほど端からずっと言ってみたわけですがね。何十日以内というふうにくっつければ、これはそこでお互い成り立てばいいわけですから、それも含めておおむねここに言っておられるようなことになっていると思います。 そこで、大臣、この間ほかの委員会で請求権に関して十項目ばかりあるというふうにあげておられますね。この十項目、お手数で恐縮なんですが十ですから、簡単に言っていただけますか。
○愛知国務大臣 私は前国会の末に、これは実は十ほどに分類しまして、その当時お話しいたしましたから、もうすでにお聞き及びの方も多いので恐縮でございますが、第一は、いま私もちょっと触れましたが、講和前に行なわれたものの中で人身損害に関するいわば補償漏れに対する補償というものが一でございます。二が軍用地復元補償、三が米軍の演習等による漁業補償、四が軍用地の接収によって生ずる通損補償といわれているもの、五が軍用地借賃増額請求、六が軍用地立ち入り制限に伴う入り会い制限による損失補償、七が講和後の人身損害に関する補償、八がつぶれ地に関する補償、九が滅失地に関する補償、それから十が基地公害に関する補償、まあ大ワクで分けてみますとおよそこの十種類になります。そのおのおのの中に、またさらに非常にこまかいケースがたくさんございます。
○大出委員 時間がありませんから、三点ぐらいにしぼりまして承りたいのでありますが、いまの点あとから触れますけれども、まず第一は、この小笠原方式ということになりますと、これはとにかく返還協定が締結をされて、話がつけば土地はとにかく一ぺん返ってくるわけでありますから向こうは軍用地確保、基地確保というのが中心命題でありましょう、そこで、いわれる一括方式なり、あるいは個別契約方式なりというように問題が出てまいりますね。この問題について、この間の沖特における大臣の答弁を間接的に承りますとまだ議事録がありませんから、正確に私も読んでおりませんが、何かどうも個別方式でたいへん御努力がいただけるというニュアンスのお答えになっているように承るのでありますが、そこのところのポイントになるところをどういうふうにお考えかをお話しいただきたいと思います。
○愛知国務大臣 私は沖特で、本日もおいでになっておりますが、中谷委員等から非常にこまかく御質疑を受けて、私もなし得る限り御答弁申し上げたわけですから、これはおとといでございますか、そのとおりに考えておるわけでございます 要点だけ繰り返して申しますれば、返還になる私のいわゆるX日、これは四月一日であるか七月一日であるかは別といたしまして、X日には、従来今日においてアメリカが自由に使用しておった軍用地というものについては性格ががらりと変わるわけで、そのX日をもって日本側が安保条約の目的に沿う施設、区域として米側に提供することになるわけでございますから、それは日米の合意に基づいて日本側が提供する。日本側が提供するものにつきましては、もうそのX日以降はあらゆる条約、取りきめ、地位協定、法律が本土と同じになるわけでございますから、その前提として、民有地であります場合におきましては地主の方々から日本政府が提供していただいて、それを日本政府が米側に提供する、こういうかっこうになるわけでございますから、地主の方々の御理解と御協力を前提にして、そして個々の契約において成就できるようにいたしたい、こう考えておるわけでございます。
○大出委員 もう少し前に進めますが、私も横浜ですから、先刻やたら苦労してきた一人なんですけれども、上瀬谷の通信基地なんか十年かかりましたね。だから知らないわけじゃないのですが横浜の防衛施設局の局長久保さんなんかとはお互いに苦労し抜いた間柄ですから、それでいきますと、行政協定の時代に千件くらいあった土地の問題が、この処理が八割くらいは個別にサインをしてもらって、折衝して苦労して片づけているわけですね。二割残ったうちの一割五分くらいのところは、その後まただいぶ苦労して、ようやく話し合い妥結にこぎつけている。最後の五分というのは、これは要するにおどかしたのです。実はいまも横浜市の神奈川区にモータープールというのがありまして、米軍の接収用地でございますが、旧地主は横浜倉庫という会社が持っている。ここなんかの場合、横浜の港湾のほうに千若というところがございまして、ここには六万坪ばかりの土地があるわけで、これはいま米軍が使っておるわけですけれども、ここなんかも、法律に基づいて取り上げるぞというその間のやりとりの歴史を、この会社は克明に書いておりますが それを見ますと、ずいぶんひどいことをいわれて、しまいにはもうどうせ取られるのならというので提供しまして、しかも取られたら半永久的だといわれているものですから、それじゃ会社が持たぬというので買ってくれといって、分割してやっと買ってもらって、その金で東京に土地を買った。だからいまは東京で営業している。膨大な土地を持っていてそういうことになった。それは横浜倉庫の先代の千若というのから千若町という名がついている。その人の先代の土地だからというので最後まで頑強にがんばった。ところがいま申し上げたようなことに最終的になった、こういうことですよ。だから、その土地等の使用等に関する特別措置法がありますね。これがどうしても出てくる。しかし実際にはこれは使っていませんがね。使わないでみんな防衛施設庁の末端の方々が苦心惨たんした反面がありますけれども、横浜の例からいきますと、最後に残ったところは、極端なことばで言えばおどし取ったようなかっこうになっている。そうすると、四万人からある地主さん相手に——これは沖特で繰り返された論議で恐縮だけれども、これは一体皆さんが考えて、先ほど前提にいたしましたこの日程でこれから進めていかれた場合にいみじくもX日、これはどういう形のX日か知らぬけれども、私が言ったのもお認めになっているようでありますから、これはわかりませんけれども、そういうことで詰めていった場合に、最終的にそれこそおどし取ることでもしない限りは、なかなか個々に合意をしにくいという問題が出てくるかもしれない。これはやってみなければわからないことですけれども、そこで心配な非常に大きな問題が出てくるわけでありますが、これは上瀬谷なんかの例もそうでありますけれども、この安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法、えらいやかましいことばですけれども、この附則の2というのがありますね。九十日、九十日と、こう書いてあるわけですが、現在あるこの法律、これは昭和二十七年五月十五日の法律ですから、したがってこれは地位協定以前からあった法律です行政協定以来。この法律があるのだからこれでやれるということになりますけれども、しかしこれは、半年なら半年の間に、またここから先合意を求めなければいかぬことになる、これだけでやろうとすれば。そうすると、さて協定包文に何かがなければこういうわけにはいかない。半年で切れてしまう。そうなると協定本文のほうが実は非常に大きな問題になる。それは確かに沖繩の四万の地主さんの方々のほうは、その地主の連合会の皆さんと話してくれれば片がつくんだと言っておられる。おられるけれども、いろいろながめてみるとごもっともな主張なんだけれども、政府の側からして見ると、なかなかのみがたいというものが幾つも入っている。私は地主の皆さんの言っておられることは無理もない、当然だと思う。思うのだけれども、さてそれをこなすとなると、私の長い横浜で苦労した経験からすると、そう簡単にいかない。だから、そう簡単にいかないことは政府もおわかりなんだろうと思うのですね。いかないが、しかしどんな努力でもしてやっていくんだということであれば別。私は実はそうしていただきたい、戦後と違うのですからね。しかもさっきの請求のの問題、あとから触れますけれども、日本に帰ってきたのじゃない、施設権は向こうが持っていたのですから本来違う。なおのこと私はそこにこだわります。その上で念のために承っておきたいのですが、小笠原協定方式でいくという話になりますと、これは小笠原協定というのは、いまの点に関する限りはたいへん酷な規定が入っている。しかもいままた二円五十銭の土地の問題が政令で云々なんというので問題になっているので、米だって政令ですよ。政令というのはろくなことをせぬと私は思うんですね。この小笠原返還協定なんという暫定措置法をこしらえて、しかも政令で、うっかりするとわからぬ、まことにふざけたことになっているのですけれども、この三年、五年という規定です。こういうことを小笠原方式でいくとおっしゃるなら、ポイントになるのは、相手方はあくまでも基地の残存ということなんですから、当然これが入ってくるというふうに——私は実は皆さんの関係の方から、小笠原方式でいくんですという話を聞いたときに、これはしまったこうなるとせっかく中谷君が沖特で一生懸命詰めて、この特別措置法の関係で九十日、九十日でいっていますけれども、これはどうしても黙っているわけにいかないので承りたいのでありますけれども、そうするとこれは一体——もしこれ違うとおっしゃるなら、いいですから、大臣、違うとおっしゃるなら否定していただきたい。小笠原の方式でいったんじゃたいへんだと私は思うので、そういうことになるのかならぬのか。もうここまできたらやっぱり日本政府の考え方は明らかにしておいていただきたい。
○愛知国務大臣 他にもいまお述べになりましたことでいろいろ申し上げたいこともありますけれども、小笠原方式ということは、先ほどもお答えいたしましたように、要するにサンフランシスコ平和条約の考え方というか、そのワク組みの中で返還を受けるということにおいて大体姿が同じくなるというのでございまして、いま御指摘になりました点を含めまして、こういうところがいま話し合いの、だんだん山場になってくるところでございます。
○大出委員 だんだん山場になってきて、小笠原方式ということになればこういうことになるわけですよ。大臣は私の質問に——念のために読み上げますが、これは皆ちん御存じでございましょうが、これは読み上げておかぬと困ると思うのでありますが、これは暫定措置法があります。政令これは二つくっついていますが、農地の例のやつこの前にありますがね、この暫定措置法の十二条三項ですな。「第一項の規定による使用の期間はこの法律の施行の日から五年をこえない範囲内において当該施設又は工作物の種類及び設置場所等を考慮して必要と認められる期間として政令で定める期間をこえることができない。」これが一つありますね。この「使用権の設定」という十二条の第三項、法律名称も念のために申し上げておきますが、「小笠原諸島の復帰に伴う法令の適用の暫定措置等に関する法律」昭和四十三年六月一日という法律。これは返還協定に伴ってこの法律が制定ちれた。その十二条の「使用権の設定」の三項先ほど読み上げた項目、これに基づきまして政令は、「小笠原諸島における土地に関する権利の調整等に関する政令」昭和四十三年六月二十四日というこの政令の第六条、大臣よろしゅうございますかな、この第六条で「使用の期間」 「法第十二条第三項(同条第五項後段において準用する場合を含む。)の政令で定める期間は、硫黄島及び南鳥島に存する飛行場及びロラン局の用に供されている土地にあっては法の施行の日から五年、その他の施設又は工作物の用に供されている土地にあっては法の施行の日から三年とする。」、ロラン局が五年、その他が三年、この政令はこうなっていますね。ということになりますと、このロラン局というのは硫黄島ですよ。硫黄島の山の上。昨年夏に私参りましてしみじみそう思いながらあのロラン局を見てきたのですが、これはいま自衛隊の硫黄島分遣隊が飛行場を管理しておられる。そこで二条四項(b)を使いまして、出入権というかっこうでアメリカの飛行機は、あそこの三十何名かの硫黄島分遣隊の飛行場におり、あとロラン局へ入っていくというかっこうになっている。これは返還協定に基礎があって、暫定法律ができて、政令が出された、こういうわけです。だから、それがいま非常に重要なポイントなんだとおっしゃるが、そのポイントでこうされては私は困る。だから、こういうことになりませんか、ならなければそうならないとおっしゃってください、こう申し上げたら、それがいま非常に重要な問題だということしかお答えにならない。重ねて承りますが、もしこの小笠原の返還協定方式をほんとうにお取りにならぬのだ、それは単に十九条サンフランシスコ条約関連ということで申し上げただけなんだというならば、こういうことはいたしませんと、ポイントはこれなんですから、アメリカだって返還の一番ポイントは何かというと軍用地でしょう、こういうことをおやりにならぬ、こうおっしゃるのなら、暫定措置法あるいは政令に基づかないにしても、小笠原協定でやっているのは三年、五年という年限をつけた、こういうことをおやりになるのかならぬのか聞いておる。ならないんだとおっしゃるなら、なるほど小笠原方式じゃないということだ。いや、やるかもしれないというのなら小笠原方式かもしれぬということになる。ここのところはいかがでございましょう。
○愛知国務大臣 これはもう沖特で申し上げたとおりでございまして、沖繩の返還に際しましては、政府といたしましては、安保条約の目的にかなうようなものを提供する、それから一方においては、沖繩県民のために、特に民生の向上の上必要と認めるようなものは提供しない、こういう基本姿勢でいわゆる提供すべき区域、施設について検討をし、また米側といま話し合いを始めているわけでございます。そういう考え方で、提供する施設、区域については、民有地の場合においては関係の地主の方々の理解と御協力を求めてひとつ円滑に処理をしてまいりたい。それから、地主の方々の御理解なければ施設、区域を提供できないわけでございますから、一昨日も私は申したのですが、私もこれはまあ非常に極端にいえば、理想といい、あるいはこれが目標でございますから、それに向かって全努力を集中してまいる。できなかった場合はどうなるか。できなかった場合は、私どもとしては——いま御経験上もそんなことをおまえ言ったってとてもできるもんじゃないと御批判を受けるかもしれませんが、ひとつそのむずかしいところを何とか切り抜けてやってまいりたい。それができればただいま御指摘のような御懸念はなくなる、こういう関係になるのだろう、それが理想の姿だ、こういうふうに私は考えております。
○大出委員 それじゃ順次お聞きしましょう。 私はここに紙に書いたものを持って先ほどから遠慮しいしい話をしておりましたが、人がほかでしゃべったのをそのまま持ってきてここであまりずけずけ言いにくいから気をつけてしゃべっておりますが、あまりそっちもこっちも口をつぐんでしゃべられぬから、ひとつ突っ込んで言ってみたのですが、これは御容赦いただきたいのです。 いまおっしゃっている、つまりここまできたくない、あくまでも民法上の個別契約で無名契約になるかもしれません、上瀬谷式にいえば。ここでたとえば、不作為行為なら不作為行為というものを約束した。十年もかかってそうなった。ところで、さて沖繩の場合に現に基地はある。上瀬谷なんかの場合はまわりが制限区域でございますからAゾーンから始まるゾーンでございますから、だからそれは十年かかっても対米関係において皆さんはお待ち願える。だから十年もかかってまとめた。安保条約の継続している期間と、あれはなっているんですね。ところが、さて沖繩の場合、考えてみたらそう簡単に十年待ってくれというわけにいかない、これは火を見るより明らかだ。だから現地の皆さんも心配をする、これはまた当然です。そうするといま言われる理想の姿ですが、そうすればこの心配はなくなるとおっしゃるのですけれども、くどいようだけれども、もしその理想——理想というのはあくまでも理想でございまして現実がある。そうすると理想の姿なんだが、現実はそうはいかない。だから問題のポイントになっているのだ。こういうお話になるので、そこが問題のポイントだと先ほどおっしゃったから、理想はこうあるのだが現実そうはいかない、日米間のポイントになっているというお話です。そうでしょう。そうすると、大臣がここでその理想に向かって、あくまでも日本政府はどんなに努力をしてもやるのだということでやり通すとおっしゃるなら、これは出てこないということで私は信用する。そうではなくて、いまの話は理想なんです。しかし現実そうはいかないのだということでこれをお考えだということになると、小笠原の協定方式でばしゃんとやられる。そこが実は沖繩現地の四万の方々にとっては最大のポイントなわけですよ。だからそのポイントを、お答えをいただくにあたってはずさぬでほしいのです。いまの答弁で理想を言われることはけっこうだが、日にちは差し迫っておる。先ほどおっしゃった四月末から五月、私が指摘を申し上げたとおりあなたのほうでお答えになっておる。そうすると私が承りたい手順というのは、これから一体どういうふうにお進めになるのか。地主の方々とどんどん話を進めていって、さて四月末から五月という段階で調印というところにくる。その間に話を全部つけてしまう、つけてしまえる。その五月の段階で話がつかないということになった場合は、そこで出てくる協定というものは小笠原方式になって出てくるというのであれば、私がさっきから申し上げておる小笠原方式へこの腹はいま現にあるということなんだ。ここからわずか——いま二月の末ですよ。いまから五月までにあなたのほうは、いま見ているところ、地主の皆さんとそう連日積極的に交渉しているとは見えない。これからどういう順序になるのですか。
○愛知国務大臣 これはおっしゃることも私は非常によくわかるし、それからお考えのところと私の基本に考えているところは一致しているように思います。そして現にそういう基本的な考え方で政府といたしましても交渉すべきところは交渉しているわけでございますから、これ以上この点についてあまり多くを申し上げることは差し控えたいと思います。 それから順序でございますけれども、協定の話が煮詰まった段階までに個々の地主さんと云々というようなことは考えておりません。これは協定ができましたときに、米側の考え方それから日本側の考え方の合意ができるわけでございますから、それをもとにいたしまして——それから同時に、今後は米側の立場にしてみても、提供してもらいたいところの施設、区域、あるいは逆にいえば、放したくないというか、これはぜひ何とか残したいというものもありましょう。そういう個々の施設、区域等についての話し合いというものも、この協定はフレームでございますから、そのときに個々の点まできまるということはないと思いますが、しかし、考え方、その後の作業の進め方について、それから県民の方々に、どういうふうなことでその事柄が進んでいくかというような、大綱やスケジュール等についてはできるだけ明らかにしていきたいと思います。そして先ほど来申し上げておりますように、それから今度は国会の御審議を願うまでの時期において、これに関連するいろいろの準備も十分詰めまして、国会の御審議の際にできるだけ詳細に御説明をできるようにする。 それから、実はいまお尋ねのような問題につきましては、御承知のように、本土におきましては防衛施設庁がその衝に当たっていろいろの苦労をしているわけでございますから、この協定ができるに従いまして、専門家の相当の経験を積んだ連中を現地に派遣してもらうことにいたしまして、そういうこともその間どんどん準備は進めていくつもりでございます。
○大出委員 そうしますと、順序は、日米間の合意が行なわれた、さて協定ができた、いまのお話は、どういうところが必要だ、どういう土地がどうのこうのということはそこできまる。それからおたくのほうは個々の地主さんと話し合いをし個別契約なり、何なりを結んでもらうように進めよう、こういうふうにいまお話しになったですね。そうすると、協定はできてしまったということになりますと、協定を合意するにあたって一いま私が申し上げましたロラン基地をいまだに硫黄島は持っております。私は昨年行ったのですけれども、そうすると、あれはなぜ今日維持されているかというと、ここに五年だという規定があるから政令で暫定措置がつくられているから、協定がそのことを予測しているからこういうことになる。そうすると、そのことをその時点でやっておおきにならなければ、もしかりにあなた方のほうの個別契約の努力をされてみても、正当な主張でございますが、四万の地主さんの方々の団体からは現にたくさんの主張が出ております。それを多少知っている私の目から見て、御満足いただくような合意に達するところまで持ち込むのにはたいへんな努力が要するだろうと私は思っている、四万人も対象ですから。しかも私の知る限りは、土地台帳や何かもさっぱりはっきりしないのが山ほどある。しかも戦災で、あるいは米軍が接収をして形質の変更がどんどん行なわれてしまっている。こういうわけでありますから、さっきの請求権十項目の中につぶれ地ができてきたり滅失地ができてきたりする。しかもその中身をいろいろ実は調べてみてびっくりした。これは日本の本土におけるような状態でない。たいへんなことになっているそれはもう十分御存じのはずだ。そうすると、協定締結にあたってこの種の歯どめがないとすれば延々と争いが続くかもしれない。そういうケースが出てくるかもしれない、こう見なければならない。 そうすると、大臣はそこから先をお話しになけませんけれども、いまの手順、いまの順序でいけば、協定を結ぶ段階で三年、五年というのをお入れにならない。三年、五年か五年、十年かそれは知りません。知りませんが、こういうことをお入れにならない。そうだとすれば、先ほどの理想とおっしゃるのは、私にはよくわかる、全く同意見、しかし、そうではなくて、協定は結んだ、そこからおやりになるという日程は初めからわかっておる。そうだとすると、幾らあなたのほうが否定されたって、それじゃ一体どうするのですか。そのときには一体それで米側が言うことを聞くとあなたお思いになっておるのですか。そこをどうお考えになるのでしょう。だから心配になるのです。
○愛知国務大臣 そこで、私もその点を非常に重視しておりますから、その点については、一つはアメリカ側との話し合いということが現に進んでいる最中でございますから、基本のお気持ちは私もよくわかり、私の気持ちもよくわかっていただいておると思いますから、この程度にしておいていただきたいと思うのです。 ただ、私は、沖特でも明らかに言っておりますように、私は日本政府の立場として、いわゆる岡崎・ラスク協定というようなものはつくりたくございませんということを対米交渉の基本線にしております。これはそれ以上はちょっとあれですが私の基本姿勢はそうでございます。
○大出委員 これは大臣、ここを実はあいまいにすべきでないと私は思っておるのですよ。幾ら相手があっても、百万県民の方々がこれだけ長い間苦労されて本土復帰をされるのですから、いま私は大臣のお気持ちがわからなくてはならない。わからなくはないけれども、私は具体的にものをあげて言っておるのですから、私が、小笠原方式でやるというふうにおたくのある人がおっしゃっておったと言ったら、あなたはそれは言下に否定された。それは平和条約との関連で言っておるのだ。それならばポイントはこれなんですから、一番大きな問題はこれなんですから、あとは請求権放棄の問題なんです。そうすると、この一番大きな問題がはっきりしないで、私が聞いている小笠原方式でいかざるを得ぬということは、そんなことを言ったはずはないと言ってみたところで、信用できないじゃないですか。いまの大臣の答弁からいえば、入ってくるならばまさに小笠原方式であります。だから、小笠原方式にならざるを得ぬという点はお認めになったほうがいいと思う。
○愛知国務大臣 さあ、どうでしょうか。認めたほうがよろしいのでしょうか。私は日本人の立場ということを真剣考えまして、その点はお気持ちはよくわかります。それを交渉に臨む一もう臨んでおるわけであります。そこで、いまの小笠原の協定のことを中心に御論議ですけれども、これは、安保条約改定のときに岡崎・ラスク協定というものはなくなったわけですけれども、このなくなった安保条約の前の時代のああいう考え方は政府として、私自身といたしましてとりたくないということで、私の考え方は一貫していると自分では思うのでございますが、そういう態度でひとつがんばりたいと思います。
○大出委員 私の言っている意味は、なぜ認めたらいいと言ったかといいますと、そのときになりまして、さてぎりぎりまでいって、希望を皆さんが持ってぎりぎりまでいった。出てきたら、これは何だということになると、これは収拾つきやせぬ。だから私は、いまアメリカとのやりとりの中で、抽象的でもいいですよ、ひた隠しにしないとおっしゃっておるのだから、これは個別方式で生々とやっていけるという見通しをお持ちなら、はっきり言っていただきたいし、譲る気がないなら、断固としてそれでいくのだと言っていただきたい。そこのところをはっきりしておきませんともしあなたがいまここで小笠原方式で三年、五年などでいくんだと言ったら、それこそたいへんな大騒ぎになる。そういう状態をつくって対米折衝をあなたはやったほうが、それならやりいい、そう思うから、まだ先があるんですから、その腹がいまあなたにあるならあると言ったほうがいい。それこそこれはおさまりつかぬ事態が起きる。その起こった中で、あなたはそれを切って、できませんというようにしなければならぬことになる。そうなれば、そのほうが私はよほどものはスムーズに進む。そうでなくて、私、ぎりぎりまで理想に向かって努力いたしました、いたしましたが、結果的にできませんでした、ふたあけてみたらこの方式になっておるということになると、これはたいへんなことになる。だから、私は執拗にその点は詰めているんです。どういうふうに情勢を御判断になりますか。気持ちはわかるんですよ。
○愛知国務大臣 これは問題を分けて、対米折衝の問題といたしましては、これはまた論議を呼ぶ点かと思いますけれども、安保条約として、日本側としても、これは施設、区域として提供すべきであるということになって、合意をいたします。しかし、これはこちらとしての主張があるわけでございますね。安保条約の目的に照らし、それからなおそれに付加して沖繩県民のために必要と思うところは、多少そういう点からは食い込むかもしれないけれども、できるだけひとつ提供するほうからははずしたいということをもって基本線にしておるわけです。そして、対米的には、そういう考え方で臨んでおるわけでございます。 それから、そういう約束をしたが、それができないという場合の御懸念でございますが、これは何とか、この基本的な対米折衝にも関連いたしますけれども、施設、区域を提供すべきものと合意をするものについては、国内的にいろいろと、これは非常にむずかしいことであると思いますけれども、関係の方々の御協力によって約束したことは貫徹するようにしたい、こういうふうに考えております。
○大出委員 わかった上でまことに恐縮ですが、大臣、どうしても心配だから言うんですけれどもこの三年、五年だ、これは暫定措置法に基づく政令ですけれども、こういう措置をおとりにならぬ決意なんだ。それはそうでしょう。そういうふうにお考えなら、はっきりそれはそうしておいていただきたい。いかがでございましょう。
○愛知国務大臣 これはいま申しましたことに尽きるんですけれども、要するに、日米間の話し合いといたしましてろ、いかなる施設、区域を提供するかということ、日米間の折衝はこれが重点でございます。そして、それについての政府としての態度は、申し上げたとおりで、現にそういうことで折衝をやっているわけでございます。 それから政府として提供することについて合意したものについて、政府と民有地の場合には、地主との間にどういうふうにやっていったらいいかということについては、もう政府の考え方としては、あくまで地主の方々の御納得、御協力を得て処理をしたい、こういうことです。
○大出委員 私も、それは安保条約第六条があるんですから、「日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。」と書いてある。そして地位協定二条がありますから、それを知らないわけじゃない。ないけれども、何があってもこの方式だけは私はとっていただきたくないんですよ、正直言って。これだけ切ってほしい。せっかく四半世紀にわたって暮らしてきた方々で、初めからアメリカが施政権を持っている。事情が違うのです。だから小笠原のように、地域的にも狭隘であってあるいは人口を見ても、沖繩ほどではないというところと、これは比較するわけにはいかない。だから、そういう意味では、ふたをあけたときにこれはなかった、私はどうしてもこれが心配になるので執拗に申し上げたんだけれども、あくまでも民有地については個別契約の方式で全力をあげて努力をするんだ、そこのところはよろしゅございますね。答えてください。
○愛知国務大臣 あくまで政府と関係地主との間において納得のいくような処理をいたしたい。これで全力をあげてまいりたいと思います。
○大出委員 ということであれば、私もそういうふうに思っておるわけでありますから、せっかくの御努力をいただきたいと思います。 時間の関係がありますので、あと数点にしぼって終わりたいと思いますが、もう一つこの間の沖特でどなたも質問なさらなかったというのが一つここにあるのでありますが、これまたふしぎなことだと私思うのでありますけれども、この軍事基地外道路、たとえば一号線だとかいうのをさすのかもしらぬという気がするのでありますが、二十幾つかあるというふうに琉球新報なんかには書いてありますけれども、それをさすんだろうと思いますが、この所信を表明いただいた文章の中に「三公社、軍事基地外道路、行政用建築物」こういうふうに並んでおるわけでありますが、この軍事基地外道路、ここにこれをおあげになったのは買い取りという趣旨でございますか。
○愛知国務大臣 この点はことばの上の問題でもありますが、同時に私は実質的な問題だと思いますが、買い取りということは書いていないので要するに、ここに例示いたしましたのは、パブリックユーティリティとでも申しましょうか、今後とも沖繩の県民の方々のために末長く公共の用に供せられて便益のあるもの、こういうものを一ここもまた御意見がいろいろあるところだと思いますけれども、全部いままで施政権者だったからつくったのであるけれども、みなただで置いていけというのも少し言い過ぎではなかろうか。これは実は国内的な問題でもございますが、率直に申しますと、数日前に大蔵大臣が予算委員会でも明日にいたしておりますが、そういうものについて若干の、何といいますか対価といえば買い取りと同じじゃないかという議論もあるかもしれませんけれども、買い取りという意味じゃなくて、将来長くパブリックユーティリティとして使えるというようなものについては、中身をじっくり検討しまた将来の見通しを立てて何がしかの支払いといいますか、対価を提供することは、大蔵大臣としても考えておる、こういうことを予算委員会で表明しておりますが、これが政府の見解でございます。
○大出委員 そうすると、これこれ金をかけたからこれこれ払うというんじゃないんですね。ここに書いてあるように、パブリックユーティリティとおっしゃいましたが、住民にとって有益である、そういう観点から、何がしかの、まあ言ってみれば、義理を果たすぐらいのことをする、そういう受け取り方でいいんですか。
○愛知国務大臣 これはここに述べましたとおりでございまして、「返還後も沖繩の住民にとって有益であると認められるような資産の引き継ぎについては、日米間の協議を通じ、公正かつ衡平な解決を図ってまいりたいと考えております。」、こういうことばの中の意味は、そういう意味でございます。つまり現在を評価して、それを全部お金を出して買い取るという意味ではございません
○大出委員 どうも悪いんですがね。ここに書いてあるとおりとおっしゃるのだけれども「公正かつ衡平な解決を図ってまいりたいと考えております。」といわれても、何が公正で何が衡平なのかさっぱりわからぬのです。ずいぶん幅があることになりまして、これだけ金をかけたのだからこれはしようがないじゃないか、これも衡平だ、公正だ、あれだけかってに使ってきて——かってに使ってきたということはないが、使ってきたのだから、早い話が元は取れているじゃないか、置いていけといったら、全くただで置いていくというわけにはいかない、それじゃしょうがないから幾らか払うかという程度の受け取り方とはたいへんな開きがあるのですよ。私も伝法なことを言っては恐縮だけれども、この気持ちはおそらく沖繩の県民の皆さんはみんなあると思うのですよ。だからそれを衡平だとおっしゃるならいいのですけれども、これじゃだれもわかりませんから。後者だといういまのお話だから、そういうことかと本日は承っておきます。 それからもう一つ、「行政用建築物」——琉球政府の建物なんか含むのだろうと思いますが、ここにちゃんと書いてあるのですが、この琉球政府の建物というのはどういういわれでできたのですか、歴史的には。
○愛知国務大臣 実はこの書き方は非常に抽象的で、いかにも解釈に幅があるのではないか、ごもっともだと思うのです。これはまだ煮詰まっておりませんものですから、この考え方を披瀝したわけでございます。これはいまおあげになりました琉球政府の建物をどうするかというふうなところまで実はまだ話が進んでいないのでございますけれども、いずれそういうものが具体的になり、またこういう関係で、たとえが予算上はどのくらいが計上されるかというようなことが明らかになりますれば、これは具体的になってくるわけですが、先ほど申しましたように、この関係とか、それから請求権の問題とか、これは大蔵省、財務省の間、あるいはもちろん現地側の諸機関がいろいろ参加しておりますけれども、こういうところでまず実態とそれから現在の評価ということには、先ほど言ったような考え方ですけれども、いろいろの点、角度から考えて、衡平妥当な処理をつけたい、こういうふうに考えている段階でございますから、抽象的なことしか申し上げられない点は私ももともと恐縮に存じておる点で、もう少し時間がたちましたらだんだん明らかになると思います。
○大出委員 沖特におけるいろんな論議を陰ながら聞きまして、私の耳に入っていた外務省内のいろんな話を聞いて心配になって、先ほどの点を小笠原方式というのであっさり政令でぱしっとやられたのじゃたいへんなことになると思ってお聞きしたわけですが、だいぶ大臣の気持ちがわかってきた気がするのであります。したがって、それを中心にきょうは詰めようと思ったのですが、念のために幾つか簡単に承っておきたいのであります。 私も琉球政府におじゃまをしたときに、もう数年前に内閣を委員会の視察がございまして、あそこのこんな鉄のワクに書いたものがございましてたしかデディケート・ツーでしたかな、そういう英文の説明があそこにありました。つまりあれは献呈する、献上するという意味、献と呈はささげるという意味ですね。そういう内容であったように記憶しているのですよ。数日うちに行きますからまた見てきますけれども、そうすると、本来あの建物というのは沖繩県民の皆さんに、あの英文を翻訳したとおりであれば献呈をした、こういう感じなんですね。ですから、私はそのいきさつをつまびらかにいたしませんけれども、そうなっているのなら、沖繩の皆さんはほとんど英語がおわかりになる方々ばかりですから、そういうふうなものをいまさら買えの何のというふうなことになると、これはいささか看板に偽りありになりはせぬかという気持ちもするし、見解が違えば、間違ったことを将来言っちゃまずいから、直していただきたいと思うのです。 それからもう一つ、三公社なんかも、アメリカの議会証言や何かを皆さん御存じのとおりですねガリオア資金をもって始めてあと利息みたいなことで利益で大きくなったのだとすれば、これもここにあるように「公正かつ衡平な解決」の中に入っているわけですね。そうするとまた、「公正かつ衡平」ということになると、もうけ過ぎちゃっているのに買えとは何だという理屈が当然出てくるでしょう。アメリカの議会証言にもあるじゃないかということにもなる。そういうふうな点は、一体ここにいう「有益である」、有益であるから「公正かつ衡平な解決」をはかる、これだけじゃこれは幾ら何でもやっぱりわからない。行政府の建物の中には、離島の八重山あたりを含めて気象庁だのあるいは局舎だのいろいろあると思うのですが、そこらのところも、今度はここまで来ているわけでありますから、どういう気持ちでこういうふうにされたのか。先ほどの道路の件は、琉球新報を見ますと、道路の件は二十二本あるというのですね。一号線だとか十三号線含めて約二百十二キロあるというのです。これだって、先ほどの話からいって、気持ちはわかりますけれども、小さくはない。同じ意味で三公社なんというのはたいへんなものだ。そこらのところは方々で質問が出たことだと思いますけれども、私、沖繩の問題で外務大臣に質問するのは初めてでございますから、念のために、せっかく所管事項としての考え方を御発表になったわけでありますから、そこに書いてある文章でありますから、ぜひひとつ御見解をお述べおきいただきたいと思うのであります
○愛知国務大臣 具体的なお尋ねでございますけれども、まず第一に琉球の建物ですね。これは政府としてもあらためてよく調べておるわけなんです。それでデディケートということも承知しておりますけれども、ところが、実際には琉政から借用証書が公に出ているのです。ただ最後のあれは別といたしまして、事実関係を申しますと出ている。そして琉球政府は米国から借りているということになっておりまして、琉政の所有になっていないのでございます。これは内部的といいますか琉政と米国側で。そこでその扱いをどうしたらいいかということについては、やはり検討中でございます。 それからガリオアにつきましては、一昨日もあらためて御質問がございましたから政府の見解を明らかにしておきましたが、実はアメリカ側でもいろいろの記録や証言がございますけれども、たとえば一番はっきりしているものの一つに、一九五二年四月三十日の極東軍総司令部から琉球軍司令官あて指令に「ガリオア資金を米国に払い戻させるために琉球人に負担をかけることを期待してはならない。」、こういう明瞭な指令があります。それから一九四六年の当時のスキャップにもこういう趣旨がはっきりしております。そこでガリオア資金そのものを返還せよというような請求はアメリカ側としても私はできないはずだと思うのです。それから、もしそういうような請求がガリオアそのものの返還を要求するというようなことがございますれば、日本政府は拒否する、そういうつもりでございます。先ほど申しましたように、三公社その他にガリオア資金が一部入っていることは事実でございますが、それとこれは別として、要するに将来そういうパブリックユーティリティとして、役に立つものとしてどの程度に有用に使えるかということに着目して、ただで置いていけというのもあまりにひどいのではないか。先ほど大出委員からお話しになったような御見解は私もよくわかるのです。また沖繩の方々の感覚からいえばそういう御主張があることも私はよくわかりますけれども、ただ、日米間の折衝といたしまして、沖繩県の方々の御負担に絶対にならないように、いまでいえば本土政府としての気持ちといたしまして、若干のお金を国民の御理解を得て払わせていただきたいというのが、これは大蔵大臣自身もその考え方に立っておりますので、政府としてそういう態度でまいりたいと思っております。
○大出委員 では、この沖繩返還問題についてもう一つだけでおしまいにさせていただきます。 先ほど申し上げました土地使用に関する特別措置法に関連がありますので、せっかくあげましたので、念のために伺っておきますが、ここに復元措置に関する条項がございます。これは非常に複雑でございまして、「土地等の返還及び原状回復の制限が土地使用等に関する特別措置法にはありますね。つまり土地使用等に関する「土地等の返還及び原状回復の制限」の関連条項が幾つかありますが、これは本土内におきましては非常にむずかしい問題が各所にある。私もいまだに往生している問題があるのです。たとえば、横浜市の山手というところがございまして、米軍の山手住宅地区というのがございます。ここあたりはたいへんな個所、当面問題になっただけでも五千坪からあるのですが、これはみんな個人所有の七十坪、五十坪、八十坪、大きくても三百坪ぐらいのその集積なんです。これはどうなっているかというと、接収しましたから、大型の米軍トラックを通しますので、接収しておいて全部ぶちこわして広い道路にした。そしてびゅうびゅう車を走らした。それがだんだん数が減っていく段階で、今度はやれ何々バス、市営バスなんというのが走っておる。ところが、さて接収が解除になった。解除になったから、さあ防衛施設庁のほうは、解除になりましたからお返しします。うっかり、では返していただきますと判こをついた。ついてみたけれどもさて自分の土地は道路になっている。私道です。そうなると、復元措置を要求すると、ここにあるこの規定で復元措置の方法がない。道路ですから現に走っているのですから、そこに鉄条網を張って、おれの土地だというわけにはいかない。そうすると、奇妙なことが起こる。ここでは「原状に回復することが著しく困難であるとき、又は土地等を原状に回復しないでもこれを有効且つ合理的に使用することができると認めるときは、その土地等を原状に回復しないで返還することができる」こうなっておりますね。 そうすると、まず二つ問題がある。先ほどの協定の締結をする、それまでの時点に、あるいは両政府で取りきめた時点に原状回復措置をやって返すということにするかどうかというのが一つある。それをやらないで、要らなくなったところが返った。日本政府が、それを地位協定の適用というかっっこうその他いろいろありますが、とにかく引き受けた。建物その他あります。その復元措置なり何なりというものは日本政府の責任になる。その場合に復元措置のしょうがない、著しく困難であるという場合には、復元しなくてもいいんだということになる。ところが、それではいま私があげた例じゃおさまらない。返しますといって、自分の百坪の土地が道路になっている。判こをついていただいた。これはどうにもならぬ。ところがそんなものはいただけるか、原状回復してから返してくれ、こう施設庁に言った、防衛庁に言った。その人は賃貸契約に基づく金をちゃんともらっているわけです。判こをついて自分の土地にしてしまった人、知らないで判こを押した人は復元をしてもらえない、おまけに契約の期限は切れるから金はもらえない、こういう結果が出てくるのです。そうすると、受け取らないといって突っぱっている人は、その土地はどうなっているかというと、防衛庁の行政財産みたいになっている。そうすると、これはたくさんの、四万人もある方々、民有地はあくまでも個別契約で努力するということでよほどいまからそこらのことをきめこまかく詰めておいでにならぬと、あとでまたたいへんなことになってくる、こういう問題がございます。そこらのところ、条文にあるわけでありますから、地位協定の適用との関連等におきましてどういうふうになるか、これは外務省の所管でないとおっしゃられれば、後刻またあらためて質問をいたしますけれども、念のために聞いておきたい。
○愛知国務大臣 あるいは防衛施設庁からお答えすることが適当かと思いますし、そういうこともいろいろございますものですから、先ほど申しました点をちょっと訂正しておきますが、返還協定、私ができてからと申しましたが、それ以前に防衛施設庁の相当な人たち、数十人ですか、行ってもらうことになっておりまして、いままでもずいぶんいろいろ調査をしたはずでございますけれども、いよいよ契約問題その他がほんとうに迫ってきておりますから、その際に、そういう点につきましても大所高所から私たちからもお願いして処理をするようにいたしたいと思っております。
○大出委員 それでは最後に、この間私が本会議で申し上げました横須賀の妙なことになってしまっている件ですね。方針は変わってないのだというお答えだけで、キツネにつままれたような話なんですが、現地はそんなことを言ったっておさまりがつかぬのです。ともかく横須賀市内だけで五千世帯にわたる、つまり五千名解雇されている。ところが、ここにも刻明な新聞があります。この間は本会議ですから言わなかったのですけれども私も横須賀市の助役さんと何べんも連絡をとり、きのうも例の連絡会議で横須賀市長が私に一ぺん連絡してくれということを言っているぐあいで困り果てている。 それはどういうことかというと、まず一つは、この席だから申し上げてしまいますけれども、横須賀の市長長野さんが、実は第七艦隊司令官ウイズナー中将に非公式に会っている。ウイズナー氏といろいろやりとりをしている。助役も同席をしている。ところが、その席上でウイズナー氏は、七艦は佐世保なんかに行きません。住宅計画があるでしょう、あれはやってないでしょう、行ったってとまるところがないですよというような話で横須賀市にごやっかいをかけるんだ、こう言っているわけですね、現状は。横須賀市も心配でワシントンに、ある筋を使ってペンタゴンの意向を確かめてみている。そうすると、昨年十二月二十一日の方針を特段の変更はいたしておりませんと答えている。これは一体どういうことになるのだ。これはどこでどうなっちゃっているんだという問題だ。 もう一つは、あれだけ首を切った。県も市も隣の市も一生懸命になっている。横須賀の中で五千人も首になっているから、ぼくらも正直のところ何人もお世話をしている。ところが、さて十三、十四日は土曜、日曜で、二日間米軍は休みですから、職場のチーフが個々のおたくを訪れて就労しろと言う。言われてみたって、やっとその人は口を見つけて、私ら世話した都合もありますけれども、ほかに行こうということで話がついて行っている人もいる。ところが就労しろと言う。行かないと勝手に退職したんだからというので割り増し金がもらえないということになる。そうかといって片方を休めば一いまやっと頼み込んでつとめたものをやめるわけにはいかない。そこへ持っていってもう一つは、じゃ就労してみても何カ月雇ってくれるのか、一年雇ってくれるのか、半年で首になるのか、三カ月か、これは全然わからぬのです。それで横須賀市に、市当局、これは困っているんだけれども何とかしてくれ。だから市長もウイズナー氏に会うようなことになる。行かないと言う。 しかも話の中には、佐世保で艦船修理の要員を四十人募集したら三人しか来なかった。艦船修理部は昨年の十二月二十一日に外務省の皆さんの御意見も十分入って、共同コミュニケになっている。そうするとあれは払い下げませんという。何にするんだといって市側が聞けば、民間の会社にでも貸そうと思うという。そうなるとこれは住友ですよ。そうするとますます迷いは深しになって、みんなやってきた仕事だから、かわらなくたってそっちに行けるなら──前には政府の責任ある機関とか、つまり政府が幾らか金を出した、そういう形の機関とかいう話もあって、私の質問で三つの答弁が出ているのですよ。ところが、ずばり民間にと言う。そうするとまたそこで心配になるのはみんな長くつとめていますから、平均年齢四十九歳でしょう。賃金が高いほうをすぱっと切って、若いところだけは拾っていった。賃金の高いほうはほうり出して、新規採用者は採用して経費をコストダウンさせて、そうして米軍の艦船の修理については優先契約をして下げようなんということをされたんでは、これは一体それこそ戦後四半世紀にわたってつとめてきたのは何じゃということになる。こういう感情はぬぐい切れないですね。 それがそうなっているのに、外務省のルートを通じても防衛庁のルートを通じても、さっぱりわかりませんで済ましたんじゃ、現に家族をかかえてやっていく人間はどうするんだということになる。これは、そこのところを本会議で私は承ってそれきりでまだまだ全然わかりませんと言われたんじゃ、ずいぶん無責任な話になるんじゃないかと私は思うので、これだけは何とかはっきりしておいていただきたい、こう思うのです。いかがでございましょうか。
○愛知国務大臣 まず第一におわびを申し上げなければならないのは、外務省としましては、あの新聞記事が、神奈川新聞でございますか、これで事態を承知いたしまして、本会議で御質問があるので早急に外務省といたしましてもそれぞれ米側に照会をし折衝いたしました。それから同時に防衛庁官とも私もさっそく話し合いまして、防衛庁側からもいろいろの情報などをとることにつとめたんですが、ただいまのところ、とにかくそれはそうかと思うのですけれども、十二月二十一日の日米安保協議会で、それもかなりワーキングレベルの検討も積み重ねた上で、この種の問題としてはあの最高レベルの会議で決定して、そして新聞発表も合意の上でやったくらいのことでございますから、アメリカ政府としてはあの合意をして発表したことに変更はありませんという態度を現在までとっております。また、それは米政府といたしましては、もしあらためて変更するというのならば、それぞれに納得のできるような申し入れがあろうかとも思いますけれども、ただいまのところはそういう状況なんでございまして、非常に私どもも心配しております。しかし、さりとて一方からいえば、合意を正式にして、しかも照会に対して、いや、さような変更はございませんという態度なものでございますから、非常に私どもも頭を悩ましております。なお今後とも事態については早急に、もしそういうことを米側がほんとうに考えて、下部機構だけの動きではないということになりますれば、またそれ相応の措置をしなければならない。これは大出さんもよく御承知と思いますけれども、日本政府としてもかねがね、まあ返せ返せと、簡単にいえば主張しているわけでございますね。あの十二月二十一日のときの横須賀の問題などは、こちら側としては受け入れ体制も若干自信のないところもあったんですが、せっかく向こうが返すというものですから、喜んで受け入れて早急に政府部内でも協議をいたしまして受け入れ体制などもちゃんと用意したわけでございますから、政府としても、もし先方が変えるということでありますと相当これは重大な問題だと思いますので、なおよく事態を見詰めてまいりたい。そして一刻もすみやかに御本人たちはもとよりのこと、その御家族はじめ横須賀の方々の御心配をすみやかに解消するようにいたしたいと思っております。
○大出委員 これは大臣おしやること、私もきのうやきょう大臣とやりとりしているのじゃないからよくわかるのですが、ただこれは横須賀市としても困り果てているというんですね。ということは、上のほうが変わったんだといってくれるならそれなりに処理のしようがあるというわけですよ。ところが、変わっていないという限りは現場で動きがなければいいというわけですよ。実際に現場で動きがあって、やたら言われていて、そして心配だから司令官に会ってみたら行かないよと言っていて、それじゃどうしろというのだ、方針も立たなければ何にもできない。こんなことでほっておかれて、 これは市の中です、市民ですからね。そういうことになっているのに、それが何日も続いて、しかもさっぱりわからぬで済む筋合いか。軍のことですから、あした変わることでもきょうまで言わないということが旧来の習性ではあります。おまけに外務省がお入りになって、防衛庁が入って、そして参事官がお入りになって、あるいはアメリカ大使館、米軍と四者が協議をずっとやってこられたのは私も知っています。だから百も承知でこの席で言わなかったこともある。だけれども、あれだけ詰めたことですから、そこでいつもこちら側の自主性というものがはっきりできないで、常に向こうさまがいろいろやることをしかたがないといってくっついていたのでは、もうおさまりがつかぬ時期にあるというふうに私は思うのですよ、その点は。だから、あれだけ混乱しているので、実はけさも電話で話したようなぐあいですけれども、それでもなおかつわからぬでは困る。何らか外交ルートをお持ちなのは私のほうではないので、やはり政府の責任というものは明確にしていただきませんと、さっぱり見当がつかぬ、宙ぶらりんでどうしたらよかろうといって額を集めているだけでは、あまりといえばこれは気の毒ですから、何としてもこれは早くはっきりさせていただきたい。わからぬものはいまさらここで言ってもしかたがありませんから、この点だけひとつつけ加えておきます。
○愛知国務大臣 まことにごもっともで、ほんとうにこれは困ったことでございます。実はこの間の本会議の御質問も、その後委員会において他の方からもやはり御意見がございましたので、国会における御論議も全部アメリカ側に、このとおり重大な波紋を描いている、即刻きちっとしなければいかぬということを添えまして、申し入れ、照会、交渉をいたしております。一刻もすみやかに何とかけりをつけたいと思います。
○天野委員長 次回は、来たる二十三日、午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後一時四十七分散会