逓信委員会放送に関する小委員会 第1号
- 発言数
- 81 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1971/02/10
会議録
○水野小委員長 これより会議を開きます。 放送に関する件について調査を進めます。 本日参考人として御出席をいただきました方々は、放送番組向上委員会委員長高田元三郎君及び松山秀子君であります。 この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。 参考人各位には、御多用中のところ、本小委員会の要望を入れ御出席をいただき、厚く御礼申し上げます。御存じのとおり、最近の放送番組の現状につきまして、本小委員会は調査中でありますが、つきましては、参考人の方々はそれぞれの立場で忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。ただ、時間の都合もありますので、まず高田参考人からは五分程度御意見をお述べいただき、後刻小委員から質疑もあろうかと存じますので、その際十分お答えくださるよう、また松山参考人からは質疑応答の形式で御意見を承ることといたします。 それでは高田参考人にお願いいたします。
○高田参考人 高田でございます。いま委員長からお話がございましたが、意見ということでなくて、先にちょっとごく簡単に、私どもがいま番組向上委員会というのをやっておりますが、それがどういうようなぐあいにしてつくられたか、現在どういうような活動をしておるかということをごく簡単にかいつまんでお話し申し上げまして、そ の問題点につきましては、むしろあとからひとつ皆さんからいろいろ忌憚ない御質問をいただきまして、それにお答えするほうがよかろうか、かように存じます。 放送番組向上委員会というものができましたのは、最初は御承知のとおり、昭和二十八、九年ごろ、非常に青少年非行化、その原因はマスコミにあるんじゃないかということで、各方面からいろいろ問題になりまして、郵政省のほうも、テレビ放送番組というものが非行化にかなり影響を及ぼしているんじゃないか、何かこれに対して適切な措置を講ずる必要があるんじゃないかということで、NHK、民放各社代表とそれに東京のNHKと民放のキー局の番組審議会委員長、これらの方々に集まってもらいまして、郵政省、たしか古池郵政大臣のときだと思いますが、そのときに結局、番組を規制するとか指導するというようなことは政府の力あるいは法律によってやるということはできない、むしろ事業者が自主的にやるべきことじゃないかということで、皆さんの御意見も期せずしてそうなったわけです。番組審議会の委員長の方々も、やはり現在の番組審議会だけでなくて、そういうものをNHKと民放の協力によってできる機関があったほうがいいんじゃないかという御意見で、ちょうどたまたまそのころに日本放送連合会というのが、NHKと民放各社との話し合いの場としてつくられておったのがございまして、その機関の中の一委員会として放送番組向上委員会というものが発足したのでございます。最初に委員になられた方は渋沢秀雄さん、茅誠司さん、坂西志保さん、稲田清助さん、松下正寿さん、松下さんは途中でかわられまして、林離さんが松下さんのあとに入られました。それから荒垣秀雄さん、石井幾久子さん、この七人の委員の方々が委員としていろいろお骨折りを願ったわけでございます。 ところが、昭和四十四年の三月に、ただいま申しました放送連合会というものが解散するということになりました。しかし、放送連合会は解散しても、この番組自主規制の機構というものはどうしても存続する必要があるということで、NHKと民放連の話し合いによりまして、その向上委員会の母体として現在の放送番組向上協議会というものができました。そこで、その委員会の活動を継続してやるというわけでございますが、新しい機構になった機会に、委員の方々もやはり新しい方にお願いするということに当然なったわけでありまして、新しく向上委員会が組織されたときに委員になった方々は、飯沢匡さん、磯村英一さん、内村直也さん、加藤芳郎さん、河口静雄さん、三枝佐枝子さん、それに私、この七人でございました。途中で飯沢匡さん、それから加藤芳郎さん、河口静雄さん、それぞれよんどころない御事情のためにおやめになったので、それらの三人の方の後任といたしまして、ただいまは伊馬春部さん、草柳大蔵さん、和田可一さん、このお三人が新たに委員に加わられまして、現在七人で向上委員会を組織して活動しております。 御承知のように、これはただいまのところはまだ任意団体でございますが、社団法人の申請はもう向上協議会のほうから郵政省のほうに提出中でございます。しかし、先ほど申しましたとおり、これは自主規制の機関ということでございますから、自主規制の機関なるものには当然法律の裏づけというようなものはございません。番組審議会のほうは放送法に規定されたものでございますが、これは法律によらない機関でございますから、権力あるいは規制力というようなものは何ら持たないわけです。でございますから、ここでいろいろ番組について審議をして意見を出しましたところで、それを強制する力というものは全然ございません。これは一に局側の良識にまって、改善するなりあるいはやめてもらいたいという番組はやめてもらうことを期待する以外にはないのでございます。そういう次第でございますから、その点はひとつあらかじめ皆さんにおいてお含みおきを願いたいと思います。 先ほど申しましたとおり、NHKと民放連の共同によってできた機関でございまして、その経費は両者が負担するということになっております。年間に、ただいまのところは大体三千万ないし三千五百万ぐらいのものは要るだろうというわけでございまして、四十五年度におきましてはまだ二千四百万程度でございますが、もっと積極的に活動する必要があるので、四十六年度の予算としましては約三千五百万ぐらいのものが要るからということで予算を組んで、ただいまNHKと民放のほうに交渉中でございます。 委員会は、原則として毎月一回、必要の場合には臨時の会合を開きますが、年間大体十五回ないし十六回開催しています。委員のほかに幹事というのがございまして、幹事というのは、NHKそれから民放の各局を代表して――代表するといっても大体は東京のキー局、それに地方から大阪、名古屋、福岡あたりを代表する一社の方、それらの大体編成担当の人が幹事として必要な場合には参加する。これはふだん委員会に参加するわけではないのですが、局のほうと問題について懇談する、あるいは局側のほうで向上委員会に対していろいろ自分のほうから報告をするとかあるいは懇談するという機会もございまするから、そういうときに必要に応じて幹事が出席をするというような形で、ふだんは委員会だけでやっておる次第でございます。 しかし、委員会と申しましても、先ほど申したとおり七人のいわば学識経験者と申しますかそういう方々、いずれもそういうことには適任の方だと思いますが、七人の委員の方々だけで、しかも、これらの方々はみんな忙しい人ばかりでございますから、テレビの番組をしょっちゅう見るというような機会も少ないわけであります。それにはやはりどうしても委員会の審議の基礎をなす人がなければならぬということで、これはやはり放送番組に対する世論を収集する一つの手段として、現在全国に約七百人ばかりのレポーターというものを持っております。これはNHKと民放の各局から来て、それぞれの局にモニターをしておられた方々のうちから、非常に適任である、公正な意見を出すので適任だという人を推薦してもらった人をレポーターとして頼んで、ある場合にはアンケートを出して報告をしてもらう、あるいは見た番組について積極的に意見を出してもらう。それにいわば何人かの専門委員というような方々にお願いして、問題番組に対する調査などをしております。 そういうものを基礎にしまして委員会で審議をするわけでございますが、場合によりましたら、委員の方々はどうしても番組を見てない場合が多いのでございまするから、特にやはり問題番組については十分視聴してもらって、その上でこれらのいわば世論と申しますか、基礎になる資料を根底にいたしまして御意見を出していただくというわけでございます。ただいままで、やはり意見を出すというような場合にはいろいろの方法もございましょうが、大体先ほど申しました局側を代表して出られております幹事の方と合同して委員会をつくって、来てもらいます。その幹事の方々を通じて、委員会の意向を局のほうに伝えてもらうというような、どちらかというと非常になまぬるいような方法といって差しつかえないと思いますが、当たりさわりのない、あんまり局を刺激しないような方法をとるということでそういうような方法をやっておりました。先ほども申しましたように、自主規制の機構というのは何の権力もないということから、これは前の委員会のときに委員長をされておりました渋沢秀雄さんが非常にうまいことを申されたのですが、向上委員会なんというのは、いわば漢方薬を出すようなもので、即効薬の役割りというものは果たすことはできない、だから、やっぱりなまぬるいとか手ぬるいというようなことをいわれてもしかたがないのだというようなことを言われたのでございまするが、まさにそうだろうと思うのでございます。いままでの活動は、どちらかというと漢方薬的の効能を発揮するというところに主眼を置いてやっておった。 ところが御承知のように、放送番組向上というようなことが一向実があがってないじゃないか、むしろ低俗番組というものが逆にふえるような傾向にあるんじゃないか、向上委員会何しているのだというような世間の批判もわれわれの耳に入ってまいりますので、ことに今年になりましてからもう少し活動を積極的にして、委員会できまった意見は局のほうに十分通ずる、いままでのように幹事を通して局のほうに伝えてもらうというようなことでなくて、直接その民放の各社の社長に、文書あるいは口頭をもって委員会のほうから意見を伝達して善処を求めるという場合もありましょうし、場合によりましたならば、民放連の会長あてに文書または口頭でもってその委員会の意向を伝達して、民放連としてそういう番組について適切なる処置をとってもらいたいということを要望するようにしようじゃないか、漢方薬であると同時にその即効薬の役割りも場合によったら果たさなければならぬという意向が、全委員のうちにそういう声が強くなりまして、ことしからはひとつそういうことで積極的にやろうと思っております。 たまたま、これは皆さんにおいてもお気づきになっただろうと思うのでございますが、やはり世間の批判がだいぶ高まってまいりまして、向上委員会あるいは番組審議会というものが存在しながら、一向その番組がよくならぬというような声が高いものでございますから、やはりNHKはもちろんでございまするが、民放連におきましても積極的にその番組向上の実をあげるようなぐあいにしなければならぬ。つまり、自主規制というものをもっと強化するというような機運が民放内部にも出てまいっております。で、向上委員会のほうからの意見を出してもらうということのほかに、民放連は民放連自体として、やはりその番組向上のためにもっと適切な方法をとるべきじゃないか。 御承知のように、放送番組を制作する場合に番組基準というものがございまして、それに抵触しないような番組をつくるということでやっておりまするが、しかしながら、できた番組を見ますると、どうもやはりその番組基準に抵触するものか少なくないわけでございます。ですから、そういうものをもっとチェックして、局は局でその考査機関というのがございまして、一応制作した番組あるいはこれから制作する番組については考査機関で十分検討を加えて、その番組基準に抵触しないような措置を講じなければならぬのであるが、実際にはやはりそういうことはあまり行なわれてないんじゃないかというので、民放連は民放連としてやはり番組委員会というのがございまして、その中に番組基準委員会というのがございます。基準委員会の活動あるいはその他の活動をもって、民放連としても問題のある番組についてはやはり適切な措置を講じて、それを出しておるところの局のほうに民放連の会長名をもってひとつ何らかの方法をとろうというような、そういう動きが見えておる際でございますから、向上委員会のほうもむしろ積極的に、ある場合には民放連の会長に直接意見を出して、ただいま申し上げましたような機構を通じて、民放連としても適切な措置をとってもらいたい、そういうふうに考えて、本年度は少し、先ほど申しましたように昨年までの予算では十分な活動をする裏づけになるものが得られませんので、やはりモニターあるいはレポーターをもっと増すなり、それから番組調査というものをもうちょっと活発に十分にやりながら、そのためには費用を要することでございますから、費用の増額を要求して、ただいま交渉中というわけでございます。 いずれにしましても、今年度は世論の批判にもこたえて、番組向上委員会は向上委員会として、その活動の積極化をひとつはかりたいと思います。 この点に関しまして最後に一点加えておきたいことは、御承知のように向上委員会ができる前から番組審議会というものは各局にできておりまして、それがただいま申したような役割りを果たすべきものとして放送法に規定されておるのでありまするが、実際のところは、これは皆さんがすでに御承知のとおり、あまりそういう意味で役立ってはおらぬというわけでございます。向上委員会ができましてから――しかし、自分たちのほうは法律による機関でも何でもないのです。先ほど申したとおり、規制力それから強制力というようなものは全然ないのでありますが、番組審議会のほうは放送法に基づいた機関であるから、やはりある場合には番組審議会と十分連絡をとって、向上委員会で問題番組を指摘してこれについて善処を求めるという場合に、局のほうに直接その意見を出すと同時に、番組審議会の委員長に向上委員会の意向を伝えて、番組審議会としてもひとつ適切なる措置をとってもらう、こういうことが必要じゃないかというのでございまして、これは私どもがそう考えたばかりでなくて、昨年この全国の番組審議会、かなりの数がございまするが、その委員の方々に向上委員会からアンケートを出しました。そういうような番組向上のためにどうしたらいいか、向上委員会と番組審議会との関係というものをどうしたらいいかというような点をアンケートを出しました。いずれも向上委員会と密接な協力を保って、やはりそれが一番向上の実をあげる道になるだろうという回答を寄せられたのが圧倒的に多かったわけであります。 昨年の秋に、これも皆さま御承知だろうと思いますが、向上委員会が主催しまして、これは初めての試みでございまするが、NHK、民放各局の全国の番組審議会の委員長懇談会というものを東京で行なったのでございます。前の日にシンポジウムをやって、番組向上に関しましていろいろ学識経験者のお話を聞き、それから翌日は委員長懇談会をやったのでございますが、そのときの会議でもただいま申した点で、番組審議会の委員長の側からもその声が非常に強く出まして、ことしはぜひそれについてもっと積極的にやろうじゃないかということになっております。ただいま申しました全国の委員長懇談会というようなものもさらに毎年一回はぜひやってもらいたい。のみならず、あるいは地区別にそういう会合を持って、向上委員会からも何人かの委員に参加してもらってやるというようなことも一つの方法じゃなかろうか。いろいろ意見が出てまいっております。 でございますから、ただいままでの活動は十分でない、しかしことしからはもっと積極的にやる。しかも同時にいま注意すべきことは、民放の内部においてもそういう声が出てきつつあるというところでございます。この点だけを申し上げまして、あとはひとつ皆さまの御質問にお答えする形で私の意見も述べさしていただきたいと思います。 ありがとうございました。
○水野小委員長 以上で参考人の御意見開陳は終わりました。 ―――――――――――――
○水野小委員長 参考人の方々に質疑の申し出がありますので、順次これを許します。林義郎君。
○林(義)小委員 いま参考人から非常に有益なお話を聞いたのでありますが、まずお尋ねしたいのは、番組向上委員会というのは、各局の放送番組を一体具体的にどの程度までデータを集めて審査をしておられるのか、いろいろと、あの番組はここは少しおかしいとかどうだというお話をされるのでございましょうけれども、どの程度まで集めて、いいとかどうとかいっておられるのか、その辺についてひとつお尋ねしたいと思います。確かに映画のほうには、いま映倫というのがございますけれども、映倫ではかかる映画というものはほとんどみんな一応かけてみて、おかしなところだけをあとでピックアップして審査委員会の先生方に見てもらうというような形をとりますが、テレビのような場合にはなかなかそういったこともできないだろうと思いますので、どういうふうな形で調査をし、また審査をしておられるのか、その辺について具体的なお話を聞かしていただきたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 ただいまお話しのとおり、映画と違いましてテレビのほうは非常に数も多いし、これを事前に審査するというようなこともできません。また事後に番組が出たものを一々見るといったところで、これはなかなか、相当数人がそろっておればともかくも、七人の委員の人でそういうこともできませんので、先ほどちょっと申しましたように、全国に約七百人ばかりのリポーターというものがございまして、その人たちはかつて各局のモニターをやった経験者でございまするから、なかなかよく番組を見て問題点をよく指摘してくれます。こういう番組はこういう点で好ましくないんじゃないかということ、それと同時に先ほど事務局のほうでもいろいろの資料を集めて、たとえば新聞による批判あるいは週刊誌その他雑誌等に出た意見、それから集められるところの意見というものは集めております。そのほかに何人かの人に特に頼んで、大体これは問題になる番組を特に選んで視聴してもらう、全番組についてというわけじゃございませんが、問題になるおそれがあるというものはたいていわかっておりますので、そういうものについては特に視聴してもらって、その調査しの結果を事務局のほうへ送ってもらっております。 でありますから、その程度がただいまのところでは精一ぱいでございます。本来なら、もっと経費がございますならば、いまのリポーターと申しますかモニターの数も、全国的にということはなかなかできませんが、少なくともやはりいわゆる民放の局が複数局以上のものがあるところくらいは、何人か相当数の人に見てもらうとかいうことをやる。いずれにしましても、現在のリポーター以上の数の者をそろえるというようなことも一つだろう。 もう少しあるいは世論を集めるということが一番必要でございまするから、これは私一個の個人でございますけれども、結局、視聴者の団体というものがございますならば、そういうところとやはり連絡をとって、そこで番組について出た意見というものは向上委員会のほうへ提供してもらう。前にこちらへ伺った視聴者会議という、金山さんがやっておられる会議がございます。そう申しちゃ失礼でございますけれども、何と申しますか、まだそうたいした存在じゃないのですか、こういうものが将来発展しまして、アメリカあるいは西ドイツのほうにはそういう視聴者の団体というものがたくさんあるそうでございますが、そういうものが日本にできますならば、そこと連絡をとってやるということも有効な方法になるんじゃないかと思います。しかし、視聴者団体でなくても、かりに青少年問題協議会、そこに加盟しておるところの団体というのは、ずいぶんたくさんございます。あるいはそればかりじゃないのでございますが、いやしくもテレビの番組というものに関心を持って、絶えずモニターというものをやっておられるところの団体というものがありますから、そういうところからもひとつ意見を出してもらうというような方法を講じる必要があるんじゃないか。あるいは代表者の人たちも委員会のほうにも来てもらって、意見を述べてもらうということも一つの方法ではないか。いろいろあろうと思いますが、現在のところはまだそういう不十分なやり方であると、これは正直に申し上げまして、そう申し上げざるを得ないところでございます。
○林(義)小委員 大体わかりましたが、先ほどのお話でも七百名のリポーターだということでございます。これを大体どのくらいの数まで――これは全国一億の国民みなリポーターということになってもしようがないだろうと思いますし、どのくらいの数のリポーターを大体持っておれば、なお充実した番組向上委員会の成果をあげられるというふうにお考えか、その辺の大体の見通しか何かあれば出していただきたいのと、それから、最初の陳述でお話がございましたけれども、年間の四十五年の経費が二千五百万でございます。まあ三千万円から三千五百万円くらいの経費をかけてやるというお話でございます。七人の方々が十五回ほどお集まりになっておられるということですが、十五回やられましたときに、大体具体的にどういうふうな形で議論をされるのか。一回のお集まりが大体何時間ぐらい、たとえば朝からぶっ通しで夕方の四時ごろまでもおやりになるのか。皆さんお忙しい方だからなかなかそうもいかぬだろうと思いますが、大体どの程度の御審議をしておられるのか、その辺を聞かせていただきたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 モニターの数というものは、これはどうもどのくらいあったらいいのか、私どもにも見当がつきません。しかし、これは必ずしも数によってどうこうということじゃなかろうと思います。しかし、先般郵政省で放送番組に関するモニターというようなものをお考えになったときには、東京付近で二千人くらいというようなことを何かお考えになったやにわれわれは聞いておるのでございます。しかしこれでもやはり、はたして十分かどうかということになりますると、問題はいろいろあると思います。しかし、これはやはり数よりも、むしろ適当の人によく番組を見てもらって適切な意見を出してもらうということが一番必要だろうと思いますから、数よりもむしろ質のほうが大事かと思います。 それから、放送番組向上委員会における審議は、ただいまのところ、普通の会合はやはり大体三時間ないし四時間ぐらいでございます。しかし、それは場合によりましては、なかなかそれでは尽きないものでございますから、時間を延長してやっていただいておることはございます。初めにちょっと申し上げましたようなぐあいに、やはり審議の基礎になるものを事務局のほうで用意しまして、問題の番組というようなものについての審議のほかに、傾向というようなものもいまございます。 それから、たとえばいろいろやり方がございまするが、最初、これは率直に申しますと、今度新たに委員になった方々が、やはりいろいろ放送の作家あるいは批評家というような方、あるいはタレントの方も入っておられましたが、そういう方々でありまするから、自主規制の機関といっても、悪い面を指摘するだけでなくて、むしろこういう番組をこういうふうにつくったならば、あるいはこういう番組をもっとやるべきじゃないかという積極的な向上策の意見を自分たちが出すというほうが役に立つのじゃないか。ですから、チェック機関でなくて、むしろ積極的に番組向上のための委員会、こういう活動を主体にしようというわけで、私どもも大いにそれはけっこうだと思っておりました。しかし、どうもそれをやるよりも、問題番組が相次いで出ますものでございますから、世間からやはり向上委員会のほうにいろいろの意見を寄せてこられる方が相当あるのでございますが、こういうものに対して適切な措置をとるほうがやはり急務じゃないか。ただいまのところは、そういう積極的な向上策よりもむしろ番組規制、こういう番組は好ましくないという指摘、あるいはこれに対してどういうふうにやってもらいたいというようなことを中心に審議してもらうというほうが多いわけでございます。これはまことにどうも現状が実際はそうなんでございますから、いたし方はなかろうと思います。
○林(義)小委員 いまのお話で三、四時間くらいというお話でございますし、具体的にこの番組向上委員会で悪いものを、低俗番組をチェックいたしますということと、積極的にいい番組を、こういうふうな番組をつくっていったらいいじゃないか、そういうことをいろいろやっておるというお話でございますが、そういう低俗番組をチェックされまして各放送会社、NHKを含めまして、放送会社に対しまして具体的に注文をされて、具体的に直ったというようなケースが一体どのくらいあるのか。これはまたあるいは直ったか直らないかよくわからないというようなものもあるかもしれませんけれども、向上委員会のほうからお話をされてはっきりとその辺は修正されたというようなケースが、昨年の例でもけっこうでございますから、全体の中でどのくらいあるものか。もしお話しできるならばそういう点をお話しいただきたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 ただいまの御質問の点でございまするが、一つの例をあげまするならば――これはどうしてもやはり局の名前を言わなければならぬかもしれませんが、NTVで、俗名「野球ケン」といわれた番組がございました。だんだん一枚ずつ着物を脱がせる番組がございました。これは何か「裏番組をぶっとばせ」というようなことで、局としては非常に力を入れた番組だったろうと思います。かなり視聴率が多かったやに聞いております。しかしながら、これはやはりだいぶ問題がある、世間の批判も高いということですね。どうもやはり好ましくない番組であるというので、これはこういうような方法をとりました。番組審議会の委員長さんと何人かの委員と懇談会を開きまして、向上委員会のほうに来ていただきまして、それで実はこうなんだと言ったら、番組審議会の方々も全然同感でございまして、さっそくわれわれとしても局のほうに申し入れをしよう。それから番組審議会の委員長がやはり局のほうに強い申し入れをしまして、好ましくない番組であるから至急にやめてもらいたい。これはそれから間もなくやめるような措置をとっております。そのほかにもそういうようなのが二、三ございます。あるいはそれほどでなくても、やはり向上委員会でたまたまそういうことが取り上げられたということで、これは何かくるぞということでだいぶ内容が改善されたという番組がこのほかに、たくさんでもございませんが、相当ございます。つまり指摘されるような問題がなくなっている、もっと具体的に申しまするならば、番組基準に触れるというようなところがないように改められた、こういうことがございます。しかし、私どもが考えて、まだ十分そういうような結果をわれわれあげ得たとは必ずしも考えておりません。
○林(義)小委員 いま一つ例が出ましたけれども、そういった例はたくさんあるものでしょうか、昨年。そのほかにもたくさんほんとうに指摘をされたという点があるのかどうかという点をお尋ねしたいのと、それから、番組向上委員会のほかに各放送に番組審議会というのがありますけれども、いまのお話を聞いていますと、番組審議会のほうが黙っていて、向上委員会のほうから何か言われたので、これはしようがない、何かやらなければいけないという感じもちょっと受けたわけでございますが、各局にはみなそれぞれ番組審議会というものを持っておるはずなんです。当然そういう形で各局の番組審議会は番組審議会ごとにいろいろやっていかなくちゃいかぬのだろうと私思うのです。一体その辺はどういうふうになっているのか、高田さんからお話をいただきたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 ただいま申し上げました番組のほかにもございまするが、私どものほうから具体的にその番組の名をあげて、こういうものは好ましくないからということで申し入れたのはあまりたくさんございません。と申しまするのは、先ほど申しましたとおり、向上委員会はやはり自主規制の機関とは申しながら、非常に遠慮してものを言っていたという傾きがございます。昨年度においてはことにそうだったと思います。むしろ間接に言う、いまの番組審議会を通じて言うとかあるいは幹事の人を通じて言うとか、申し入れをするというような方法をとっていたのですが、どうも結果を見ているとやはり手ぬるいからもうちょっと強硬にやったほうがいいのじゃないかというのが、先ほど申しましたこれからひとつ積極的に申し入れをしようというようなことでございます。
○林(義)小委員 一般的に申しまして、テレビ番組についてはやはりいろいろと低俗化、退廃化という傾向もいわれております。私、先般アメリカに参りましたけれども、アメリカの社会というのは非常に悪くなりまして、非常に低俗化、退廃化の傾向が見えてきていると私は思います。テレビはあまり時間がなかったのでじっくりとは見てこなかったのですが、アメリカのテレビではそうあまり悪くはなっていないという感じを持ったのです。ごくわずかの期間でございますから、私ほんとうにどうかわかりませんけれども、日本のことを考えますと、高峰さんもおられますが、やはり映画というものは昔から非常に娯楽でありました。映画産業というものが非常に発達してきた過程で、だんだんだんだんやっぱり悪くなってきた。悪くなってくると同時にテレビが出てきたので、ますます映画会社が競争して悪くなったというかっこうになったと思いますが、テレビにおきましても、やはりこういうふうな低俗化、退廃化というような傾向が一般に言われておるわけでございます。そのときに、はっきり申しまして、人人によって、私は実はいろいろ考え方があると思うのです。いま見た人によって、これは大したことないという人もありますし、むしろ、すかっとドライであっていいということを言う人もあれば、一方においては、あんなけしからぬ番組を出して何ごとだという人もあるのが私は実情だろうと思うのです。 高峰さんも長い間映画関係、テレビ関係にタッチしておられまして、非常なフランクな気持ちでお話をされたときに、全くの個人的な御意見でけっこうでございますけれども、こういった長い芸術家として活躍されておられることから考えてごらんになって、いまのテレビ番組について、率直にどういうふうにお考えになるのか、その辺についての御意見を聞かせていただければありがたいと思います。
○松山参考人 私は、さっきも一年の話が出たんですけれども、この仕事に入って四十二年やっております。四つのときに――あまりよくわかりませんでしたけれども、だんだん大きくなりまして、いろいろな時代がありまして、戦争中は戦争ものですね、兵隊ものといわれましたようなもの、戦後はチャンバラものがはやったときもありますし、純愛ものというんですか、そういうものがはやったときもあります。または喜劇がはやった時代もあります。時代、時代でいろいろな時代がありましたけれども、とにかくエロとかグロとかこういう大低俗の時代というのはいま初めてだと思うんです。それは映画の場合もそうですし、テレビの場合でも同じだと思います。 第一、テレビというのは少しキー局が多過ぎるんじゃないかと思うのです。NHKが二つ、あと民放が四局ありますけれども、これがみんな一生懸命いいものばかりを競争してやっていただければいいんですけれども、ついつい低俗なふうに流れていっちゃって、それでまたあの視聴率なんていうばかばかしいものがありまして、あれたった五百台のテレビでやっているらしいんです。ネコが見ていてもそのときにスイッチが入っていればいいっていうことで全く当てにならない。あんなものを一番にしたければ、カステラかなんか持って五百軒回れば、すぐ一番になっちゃうと思うんです、極端に言えばね。ですから、私はあんなものはばかばかしいと思うんです。なくなった大宅壮一さんという方が、何年か前にテレビを評して、一億総白痴と言いましたけれども、あのころからほんとうにそのことばが正しかったんです。ですから、いまごろこんなことを――こちらは雲の上らしくてなかなか聞こえてこないのかもしれませんけれども、下界のほうではずっと前から言っているんです。ですから、私もちょっとおそ過ぎるんじゃないかと思います。 それで低俗、低俗といいますけれども、やはり考えていくと、放送に携わる人たち、現場の人たちももちろんですけれども、現場の人たちというのは上からきたのを注文を受けていろいろ仕事をするわけですから、結局はプロデューサーなり社長ですね、上に立つ人の教養と、それから使命感みたいなものが足りないんじゃないかと思います。結局はもうそのことだけじゃないかと思うんです、私。――ちょっときょう音声が悪いですね。
○林(義)小委員 非常になまなましいお話を聞かしていただきましてありがたく思っておりますが、やはりこういうふうなエログロというような――実は先般も話しましたが、ちょっとアメリカとヨーロッパに参りましてやはりテレビというものについて、たとえばヨーロッパのほうはほとんど国営でやっておりましてあまりたくさんの局がない。テレビはあまりおもしろくないんだということですが、フランスのある政府の高官に聞きまして――実は別な話で行ったわけですが、そのときにフランスの高官が言っておりましたのは、フランスでもテレビがはやってから伝統的な生活様式というものが、テレビによって非常に変わってきた。着ている洋服にいたしましても、またいろいろな家庭の日用製品にしましても、テレビの影響を受けてみんな変わってきている。これはフランスとしてはたいへんな問題であるというようなことをいっておるんです。 日本の中でもテレビから非常に大きな影響を受けるということですから、さっきもお話のありましたように、低俗化、退廃化というような問題は相当前からいわれておりますから、やはり何か方法を考えていかなければならぬ。良識にまって仕事をやるということになりましても、さっきもお話のありましたようになかなかむずかしいようなお話でもございますし、放送事業者のほうのモラルについてもお話がございましたが、高峰さんにお尋ねしたいのは、出演者の立場、芸術家としての俳優の立場から、われわれよくわからないのですが、出演されるときに一体どういうふうな形でやるのか。非常にどぎつい役についてもだれかが演出をしておるわけです。演出をしておりますが、それは会社のほうからこれはやってくれという形でやるのであって、これは金に縛られているからしようがないという形になるのか、あるいはその辺はある程度まで、それは一方芸術家であるから、おれはそんなことはやらないと言ってがんばれるものなのかどうなのか、その辺をひとつ聞かしていただきたいと思います。
○松山参考人 たいへんむずかしい問題だと思います。私の場合を申し上げますと、あまり長くこういう仕事をしているもんですから、やはり顔が出まして皆さんに見ていただく仕事ですから、だんだん長くやっておりますうちに、何か責任感みたいなものをだれにも教わらなくても感じてきちゃうわけです。いまさらおしりをまくったりなんかするのはちょっとぐあいが悪いので、そういうことをやめましょう。私は「二十四の瞳」なんというので学校の先生なんかになりましたから、あれでずいぶんいい人だと思われちゃったんですね、実はそういう人間じゃないのですけれども。でもああいう役をやりまして、それがたまたま小中学校を動員しまして、何か大ぜいの人に見ていただいちゃったもんですから、ありがたいようなありがたくないような立場になりまして、もうへんな、さか立ちしたりなんかできなくなっちゃったんです。 私は、大体映画界に入りたくて入ったんじゃなくて、気がついたら映画界にいたわけです、四歳からですから。いろいろ回りを見まして、うれしいようなことはあまりない。どうも回りを見てもおもしろくない。私は、顔も子供のときはかわいかったんですけれども、だんだん鼻なんか大きくなり過ぎちゃって、どうも美人女優としては通用しない。それならばどういう映画に今後出ていったらいいだろうかと考えましたときに、やはり家族連れで見てもらって、そうして心の中に何か持って帰れるような映画に出ていきたいと思って、ずっといままでそのつもりでしてきたんです。ですから、私はそういうふうに初めから思っていたからいいんですけれども、さあ途中から俳優になりたくてなった人で、何でも、さか立ちしても何してもいいから人気がほしい、お金もほしい、有名になりたい、そういう人は低俗も高俗もないんじゃないですか。 ですから、俳優は個人個人みんな違うんです、生活もかかっていますしね。でも映画会社の専属――私も東宝にいたこともあります。松竹にいたこともありますけれども、専属はなかなかむずかしいんです。これはだき合わせ映画といいまして、お正月なんか自分の気に入った脚本にも出してあげるかわりに、こっちの何とか珍道中みたいなのにも出なさいと言われると、いやと言えない場合が多いんですね。ですから専属俳優というのはなかなかむずかしいと思うんです。私はたまたまフリーですからいやなものは断わる。出たいものには出るってはっきりできますけれどもね。なぜああいうものに出るのかといわれても、私もときどきテレビを見て親の顔が見たいやとか、子供ははずかしいだろうなと思うけれども、その人にはその人の事情があるのだからしかたないと思います。 それから、テレビというのは、このごろでは映画の人も芝居の人もみな出ますけれども、昔は映画界でだめになっちゃった人というと悪いですけれども、映画界でもう使われないような人たちがテレビにざあっといったわけなんですね。いまは映画のほうもだめになっちゃいましたから、映画のスターといわれた人もみんな出ておりますけれども。――ちょっとお答えになりませんね。でもこれはむずかしいです。人みんな個人個人で違いますからね。
○林(義)小委員 非常にうまい御答弁をいただきまして感謝しておりますが、いまのお話で、やはり高峰さんのような場合にはすでに非常に高名であったから、ある程度まで自分の意思を通せる。ところが、最初からやるとなかなかできないだろうと私は思います。やはり、一人の俳優というものを相当に売り出すには、相当な宣伝もしなければならぬし、金もかかる、こういうことが実情だろうと思うのです。その金を映画会社が出すか、テレビ会社が出すかというようなことにもなってきますし、出してくれたならばやはりその恩は返さなければいかぬ、こういうことにもなるだろうと思いますが、非常に極端なことを言いますと、むしろそういったものがあるのだから、一切俳優と会社というものを分けるようなことというのは、方向としてはできないものだろうか、どうだろうか。これは芸術家のほうにあれするのは非常にむずかしいので、むしろ経営者側にお尋ねしなければいかぬのかもしれませんけれども、そういった形がだんだんできるのじゃないか。 たとえば渡辺プロみたいなものがありますね。渡辺プロみたいな形でやっている分には、渡辺プロで俳優を育てる。それをいろいろと方々から注文があればそこに対して出していく。そうすれば今度、渡辺プロとしての倫理基準というものをはっきり守ってもらえば、相当に防げると思うのです。それはやはり競争の関係ですから、俳優が一人一人対抗していけば、やはり金を持っている大会社のほうが強いにきまっていると思うのです。そういったようなかっこうに、ずっとまとめていくというようなことは一体できないものだろうか、どうだろうか。なかなかそれは実際問題として非常にむずかしいことだろうと思いますが、そういった方向は何かできないだろうかどうか、その辺お尋ねしたいと思います。
○松山参考人 なかなか一人で自分を売り出すということはむずかしいです。サンドイッチマンみたいに看板を下げて歩いてもしようがないし、やはりどこかのプロダクションなりマネージャーなり、そういう人に自分を売り込んでもらわないと、なかなかできないと思います。渡辺プロというのは、ずいぶん問題になっているようですけれども、あそこにはあそこの理屈がありまして、このタレントを売り出すにはどのくらいかかっているんだと、すぐこう言われるのです。そこで育ててもらっている人たちは、だんだん自分に人気が出てくると、ほかへ行って自分の力だめしをしたいとか自分の力でやりたいとか思いますけれども、そのときに渡辺プロの力はなかなか大きくて、そうか、おまえ出て行くのか、こんなに恩義になったところへあと足で砂をひっかけるとは何ごとだ、それじゃちょっと待ってなといって、あっちこっち声かけて干しちゃうのですね。こういうことがしょっちゅうあるのです。 また何とか何とか歌謡番組がたくさんありますね。そういうところへ局のほうから、だれとだれとだれを歌わせろ。そこへちょこちょこと二人ぐらい千円ぐらいの人をつけるのです。局のほうでそこまで厳選しないのです。ですから、何か三人が網にかかればいいので、そのあとざこが出てきたけれども、そのざこも百回出れば有名になるわけですから、それでだんだんあそこは売っていくわけです。それは出演料は安いけれども、顔を売ってやるということで、一緒に恩も売るわけですね。これはマネージャーとタレント、それからプロダクションとタレントというのはなかなか切れない。だんだんまた多くなっているように思います。 それから俳優の場合も、いま映画会社の専属というのはほとんどありません。年間で何本契約というようなことはありますけれども、それも年間二本なら二本契約しますと、その二本を十二カ月に分けて月給をもらうというような俳優さんはございますけれども、全然一年間まるがかえというのは、ことばは悪いけれども、そういう俳優さんはあまりいないのです。そうすると、自然にそれもプロダクションをつくる。五人なり十人なり集まりまして、プロダクションをつくることになるのです。これはだんだん多くなっていくんじゃないですか。なかなか一人の力じゃできませんから。よほど自信でもあって、映画会社を飛び出して一人で何もかもやっている俳優さんというのは五人ぐらいだと思います。あまり自分の宣伝になるから、やめておきます。
○林(義)小委員 映画のチェック機関として映倫というのがありますね。いまでもあるのだそうですが……。
○松山参考人 あるようですね。――あるようですねという程度です。
○林(義)小委員 いま映画の映倫というものがあって、まさにいまおっしゃったように、あるようですねという程度のことしかやっていない。何か一般からしますと、テレビよりも映画のほうが実は非常に品が悪いというか、低俗化しているのじゃないかと思うのです。やはりその辺は、テレビよりは映画のほうが品が悪い。ところが、国民に対する影響ということになると、映画というのは見にいきたい人が金を出して行くのですね。ところが、テレビのほうは、ぱっとスイッチひねったらいやおうなしに目に入ってくるということで、その辺ちょっと違うのだろうと思うのですが、映倫というものは現状のままにしておいていいものなのかどうだろうか、その辺は高峰さんの率直なお気持ちをお聞きしたいと思います。
○松山参考人 それが、私がりっぱな映画ばかり出ているものですから、映倫にひっかかったことがないからわかりません。でも正直なことを言って、あるようですねという程度なんじゃないですか。何かごまかすというと悪いけれども、何となく製作者のほうの思うようになっているのじゃないかと思いますね。確かにテレビのほうが影響力が大きいのはもう当然です。映画はいま低俗は低俗ですけれども、この観客年齢というのが、昔私がまだ若かりしころ、いろいろいい映画に出ていたころは十八歳から二十二歳くらいだったのですね。いまは十一歳から十四歳くらいまでなんです。みんな親にお金をもらって、そのお小づかいで行く人たちですね。またはあぶく銭みたいにのりくらしているお金で行く。自分たちが働いたお釜で映画を見るというお客さんが少ないのです。そういうお客さんたちばかりにしたのは映画界が悪いのです。これもテレビと同じで、五社なんというものはぶつつぶれちゃったらいいと思うのです、みんな解散してしまって。一人の俳優を干してみたり、そんなことぐちゃぐちゃやってないで、全部だめになってつぶれて、それでみんなでつくりたいからこの指とまれみたいな、いまフランスではそうですけれども、少なくともそういう形式になっていって初めていい映画ができていくと思います。とても私はそれまでもちませんから、死んでしまいますけれども、そのうちにそうなっていくのじゃないかと思います。いまの状態ではほんとうに悪くなっていくばかりだと思いますね。 それから、テレビの低俗、低俗といって、低俗とは一体何かと考えてみると、やはり卑しいこととか卑劣だとか暴力だとかエロだとか、そういうことが低俗になるかもしれませんけれども、私はテレビをあまり見ないのですけれども、チャンネルをひねるとクイズ番組をやっていて、何だかいろんな物をもらったり外国に行ったりする。あれが低俗の中の最も卑しい部類に入るのじゃないかと思う。いつから日本人はこんなこじきみたいになったのか知らないけれども、やたら物をくれるじゃありませんか。何か当てると物をくれたり石けんくれたり、いろんな物を山のごとくももらう。ああいうふうになっていくと、茶の間にすわっていてテレビをじっと見てて、ははあ、はがき一枚書いてそれがもし当たれば香港に行けるというなら、みんな書きますよ。テレビ局のほうでみんなだめにしているのですね。話がとんちんかんになりましたけれども、私はとても卑しい中の最高だと思います。クイズ番組の中で物をくれるということはもうやめたらいいと思うのです。
○林(義)小委員 委員長、森委員から関連質問ということでございますので、お許しいただきたいと思います。
○水野小委員長 森喜朗君。
○森(喜)小委員 関連ですから時間をあまりいただいておりませんので、高田参考人と高峰参考人と最後に電波監理局長、一人一人伺いたいと思うのです。 いま松山参考人から、映倫もあるようですねということでございます。高田先生いろいろと述べておられましたけれども、向上委員会ですか協議会というのは、どうかかったってこんなものは隠れみのかクッションでしかないと私は思っているのです。大体さっきから聞いていましても、放送番組向上協議会の住所一つ見ましても、電通みゆき別館というので電通の中にいるわけですよ。そうすると、委員会の何か出資の経費も民放と――民放だけでやっているとまたNHKは何か言われるから、NHKはお義理でおつき合いしておるのじゃないかと思うのですが、おもやが電通の中に入っておってやっておるのですから、番組をよくしようというお気持ちはわかりますけれども、どうチェックして、どう手直しをして、そんなことをおやりになることはまずでき得ないと私は思っているのです。そんな協議会が何ぼテキストを出し表を出したって、そんなものでは全然番組はよくならないと思うのです。先ほど松山さんが、家族連れで親子そろって見れるような、心あたたまって帰れるような、そういう映画ということをおっしゃいました。私は、この間、党のたしか電波小委員会か何かのときに今道民放連会長に申し上げたのですが、何か「11PM」でピンク映画を写しまして、それを四、五人のイラストレーターやいろんな人たちが、俳優を使ってまた同じような場面を再現させた。三分か五分程度ですが、女の子をおかす場面しかやっていないわけです。今道さん、そんなものを家族と一緒にお茶を飲みながら見れますかと言ったら、いや私も見れませんと言っているのですよ。そんなことも、高田先生、現実に局の幹部なんかとお話し合いをされておられるのでしょうか。――これは高田先生に……。
○松山参考人 いいや、私が答えます。
○森(喜)小委員 あなたにはあとで申し上げます。 高田先生、失礼ですが、自主機関で遠慮しながらやっておられて、あとから何か言われないように、あるいは郵政省あたりから何か出てこないように、あるいは国会の逓信委員会なんかから何か持ってこられない程度にまあまあ自主的にやっていこうじゃないかというふうに、われわれはいまのところ考えるしかないのですよ。その辺の御見解と、これからこうやるんだ、この程度までやっていくんだということを、簡単でけっこうでございますから、その意思をひとつ御表示いただきたい。
○高田参考人 お答えいたします。 先ほど松山さんが、これは局の首脳部あるいは制作者、その人の認識の問題じゃないかということをおっしゃったが、まさにそのとおりなんです。これは結局、局の首脳部や制作に当たる人たちにそういう気になってもらわなければ、われわれのほうでいかに努力したところで、やっぱり実効はあがらぬと思うのです。しかし、いまのお尋ねでございまするが、先ほど申しましたとおり、私ども自身も、そのやり方ははなはだ手ぬるい、ことしからもう少し強力にやろうというようなことを言っておりますが、それでも考えてみますると、先ほど申したとおり、われわれには規制力も何もないのですから、局のほうでそれを受け入れるか受け入れないかは向こうさま次第、やはりその気にならなければ番組の改善というものはできません。ですから私は、これは一に放送事業者の認識の問題であって、その人たちにテレビの公共性、しかも甚大な影響があるんだということを十分認識してもらって、その上に立って番組を制作する気にならないといかぬと思うのでございます。 しかし、いろいろそういうことを申したところで、先ほど来問題になっておりました視聴率の問題あるいは東京にこんなにテレビ局があるということも、さっきおっしゃったとおり、いわゆる過当競争というものが現実に行なわれておるのです。普通の、いい番組をやったんじゃ視聴率がかせげない。だから何かみんなの目を引くような番組ということで、番組基準に触れないからこの程度ならいいだろうというのが、私は、いわゆる低俗番組だろうと思うのです。低俗とは何ぞやということになるとなかなかむずかしいと思うのですが、家族そろって見られる番組、そうでないもの、子供と一緒に見ていて恥ずかしいと思うような番組、これは困るというような番組は低俗といっていいんじゃないかと思う。不幸にしてそういうのが相当数ある。これは一に、さっきからたびたび申すようでございますが、局側の認識が改まらぬ限りは、向上委員会みたいなものをつくっていかにやったところで、私はむだだと思うのです。 それからもう一つは、何か規制力を持つようなあるいは法律によるものでなくても――いま、事業者から金をもらってやっておるような機関で十分なことはできないんじゃないかというようなお話がございましたが、私自身は、そういうことはないと思うのでございます。一応たてまえとしては、こういう放送番組のようなものは自主的に規制する。第三者機関をつくって、そこに勧告権を持たせて、その第三者機関によって出された意見というものは局のほうは尊重しなければならぬということにするということも一つの考え方だと思います。現に番組の低俗化が非常にひどくなったときに、一、二年前に私どもにもそういう話がございました。いまやっておるような向上委員会ではだめだろう、そういうようなものに改める必要があるんじゃないか、何かいい方法はないかと考えましたのですが、結局こういうものはあくまで自主機関、法律によらない機関としてやってみて、しかしもうどうしてもだめなら、いまのお話のとおり、第三者機関あるいは法的に勧告権ぐらいは持つ機関にするということもやむを得ないんじゃないか。これは私から言わせれば、放送事業者がみずから求めてそうやるのでございますから、表現の自由あるいは言論の自由というような自分たちが持っている権利を捨てたものと認めていいんじゃないかと思うのです、極端な言い方をすれば。しかし、そこまでいくのには、自主機関というものをいろいろな方法でやってみて、最後にわれわれがやはりだめだというところまでは、私はぜひそういうことでやりたい。だから、第三者機関でなくて、あくまで事業者が金を出して――これは前後になりますが、いま委員をされておるような方は、なるほど何がしかのお手当はもらっております。しかし、これはもうほんとうに車馬賃に類するようなものです。しかも、それをもらっているからといって、局のほうに遠慮するとかなんとかということは毛頭ございません。かなり公正な立場でものを言っておりますから、そういう点はひとつ御懸念なく願いたいと思っております。
○森(喜)小委員 松山さんにはいろいろと申し上げたいことがたくさんありますが、何しろ時間がございませんから……。これは逓信の小委員会で申し上げることじゃないかもしれませんけれども、俳優というのはやはり芸能人である。芸能人というのは、私は世間のたくさんの人たちから見られていると思うのです。松山さん、いわゆる俳優として高峰さんは、これから芸能界の中にあって、そうあきらめないで、ひとつ指導的立場になってもらいたいと思うのです。 私はこういうことをよく思うのです。この間、ロッテ・オリオンズが身売りをいたしました。プロ野球人にいたしましても芸能人にいたしましても、なぜ豪華な生活をしなければならぬのだろうか。先ほどからどうも、生活がかかっておるということをおっしゃいます。「ハレンチ学園」の大辻伺郎なんか、ひげの先生をやっておりますが、おとうさんの大辻司郎は漫談家で、芸で名をあらわした。あんなばかげたことをやって、一体自分で恥ずかしくないのかと私はよく思うのですが、あれをやらなければ「ハレンチ学園」なんかでき上がらないと私は思っておるのです。食べるためにというよりも、芸能人だとすばらしい車に乗って、すばらしい邸宅に住み込む、そうしなければ何か世の中で合わないのじゃないか、そういうふうに芸能人はみんな思っているのじゃないかと思うのです、成り上がりの連中が。プロ野球人でもそうなんですよ。大体、もうかりもしない球団でどんどんどんどん給料を上げて、年間何百万円も何千万円ももらう。それがあたりまえなんですよ。 私、そういうことを思うと、これは質問にならないかもしれませんが、松山さんあたりは芸能人として先輩格に当たるわけですから、やはり芸能界における指導的な立場で指導していってもらいたいと思う。単に、食べなければしょうがねえんだというような発言をされるのは、私はたいへん残念なんです。そういう意味で松山さん、芸能人として、これから芸能人の心がまえとか、そういうものに対して、これは要望みたいなものですが、簡単でけっこうでございますから、芸能人の姿勢というものを改めていただくような、そういう考えをひとつ述べていただきたい。
○松山参考人 お答えいたします。 シナリオにはシナリオ作家協会、監督には監督協会、いろいろありますけれども、俳優協会というものはないのです。あるんですけれども、できないのです。なぜかというと、みんなお山の大将だから。それで、きょうは百万円取っていても、あしたは十万円に下がっちゃうかもしれない。きょうは百万円取っていても、足でも折ればあしたはただになっちゃうかもしれない、そういう人間の集まりだからできないのです。養老院をつくろうという話も初めあったのです、俳優たちがお金を出し合って。でも、この俳優は十円出すけれども、こっちは百万円出せる、こっちは五十円出す。出演料がみんな違うのです。その出演料は言わないことになっている。ですから、みんながそろって百円ずつ出しましょうということができなくて、とうとう養老院ができない。こんなことが多いもんですから俳優協会というのはできないのです。 いま大辻さんの話が出ましたけれども、大辻さんていい役者なんです。だけれども、あんなものに出てほんとうに恥ずかしいだろうと思うけれども、恥ずかしくないのかもしれませんね、大辻さんは。私、そう思うのです。だからしようがないと思う。 それから、生活がかかっているということばは、ほんとうにあんまり上品なことばじゃありませんけれども、いい自動車に乗って、いいうちに住む。それはやはり人によって違います。そういう人たちはそういうファンを持っている人たちです。いい着物を着て、いい自動車に乗っているからすてきだわというファンは私は要らないです。ですから、それも各個人で違うわけなんですよ。ですから、そういう人たちは、たとえば歌手を誹謗するわけじゃありませんけれども、わあなんて歌をうたっている人たち、あれはみんな住むに借金してまでいいうちを建てて、いい自動車、外車に乗って、いい洋服を着ている。それによってファンが集まるのです、情けないことには。歌がへただから。ですから、そういうことで補って――とても極端ですけれどね。ですから、そういう人たちはそういうファンを得るには、そういうことをするのにむちゃくちゃにかせがなければならない。それで勉強するひまがないとかなんとかいって、一年ぐらいで消えていくのがそういう人たちの運命なんです。 大辻さんはいい役者なんですけれども、いい役がこないのじゃないかと思います。これは幾ら俳優が私はじょうずなんだ、私はどんな役でもこなせるんだと思っても、「ハレンチ学園」しかこなければそれに出るよりしようがないのですね。ですから、どうしても、俳優は才能があってもチャンスがなければだめ、チャンスがあっても才能がなければだめ、この両方がぴたっといったときに初めて世に出ることができる。しかし、その人の根性によって、一年ぐらいでだめになっちゃうし、それを百年は続かないだろうけれども、ずっと続けることもできるのです。ほんとうに情けないと思います。 それから、さっき御自分たちで――御自分たちでつくったんでしょう、向上委員会というのは。それであんなに何かいびっていらっしゃいましたけれども――そうじゃないのですか。自然にできたんですか。大体お幾ら予算があるか知りません。私はとても一向上委員会というのはりっぱなメンバーだと思います。もう皆さんに一千万ぐらいずつ月給をあげたら、みんな何もかも投げうって 一生懸命やると思います。私はお金が足りないと思う。それから活動資金も足りないと思う。これ二つだと思います。だって皆さんほんとうにりっぱな方たちで、それともう一つ一番大事なことは、権限を持たせてあげることだと思います。権限がなければ、幾らお金があっても何にもできないのです。もっとお金をあげてください。
○森(喜)小委員 ありがとうございました。 松山参考人ともろとやりたいのですが、時間がないのできょうは監理局長に――よろしゅうございますね。
○水野小委員長 簡単にお願いいたします。
○森(喜)小委員 林先生のやりとりをわれわれ伺っていて、これはやはり監理局長、責任大きいと思いますよ。姿勢が全然ないとおっしゃる。松山さんももっと力を与えてやってほしいと言った。金も与えてほしいということも言った。そういうことを考えてまいりますと、やはりこれはこれだけやりとりしただけの郵政省としての御感想をぜひ伺いたい。 それからもう一つは、私はよく常々言うのですが、キー局が多いとさっき松山さんがおっしゃった。私もそうだと思う。キー局が多いでしょう。多いところへ持ってきて、視聴率を上げたいといい番組をつくる。いい番組ということは、そのデータを見ますとワースト・テンなんというのがあるが、みんないい番組なんですよ。その局から絶対離せない番組でしょう。ずんどこの連中だの、そうでしょう。「ザ・ガードマン」、これもTBSのドル箱ですよ。こういうものをはずせるはずがないわけですよ。視聴率を上げるということは、単に東京の五百人ばっかりのデータを上げるんじゃなくて、地方の系列局から買わせることが大事なんです。ところが地方で、たとえば私の石川県にまいりましょう。北陸放送というVの放送とUの石川テレビ、それにNHKしかないのです。そうすると、北陸放送というのはTBSの系統ですね。それから石川テレビというのは大体三、三、三、一になっているのかな、NET、それからフジテレビ、それからもう一つは十二チャンネルと自社番組、そこからちゃんともらうわけだから、売り込むのに一生懸命なんですよ。売り込むには安くするよりも番組をおもしろくさせなければならぬ。そうすると石川県民あたりは、もう八時台、九時台というのは、NHK以外はくだらない番組しか選びようがないわけですよ。 こういうテレビの実態というものを、局長、私は常々部会では申し上げておりますけれども、やはりもっと知っていただいて、たとえば免許の更新がこんな形のままでいいのかどうか、三年ただ届け出して。それから今道さんがずっと前から私に言われたことがある。七時から十時まで以外は全然売れてない。放送するのは赤字なんだ。それを何で二時ごろまでくだらない映画をやっているんだ。高峰秀子さんあたりの「馬」とか「二十四の瞳」あたりやってくれればいいけれども、もっともっとくだらない映画を一時半、二時半までやっている。こういうようなことも規制して――たとえばイギリスですか、十時以降になったらスポーツ放送しかやらないというような、こんなことをもう少し含めた電波指導というもの、そういう基本的態度について、局長、いま急に質問して申しわけございませんが、一ぺんあなたのお考えをぜひきょうは伺っておきたいと思います。それはやはり参考人お二人の方に対するお答えだと私は思っている。 それからついででございますから、これはあらためてやりたいのですが、たまたま一月五日、私のくにの北国新聞に出ております、「成人映画深夜の茶の間に侵入 受験期になんということを」ということで。隣のいわゆる連れ込みホテルに有線でテレビをやっているわけです、旅館の中で。いわゆるピンク映画、桃色映画です。それが全部、これはどういうことか技術的には私わかりませんが、入ってくるのです。この写真をごらんになっておわかりのとおり、抱擁をしているベッドシーンが見えるわけです。ちょっとこれをごらんになってください。 ですから、そういうことを考えてみますと、テレビというのはもういよいよたいへんな時代に来ております。当然有線テレビというような問題もこれから今国会に出てくるわけでありますが、そういうことも含めて、こういう状態になってくる。いわゆるテレビというのは、われわれがいやだいやだと言っておれなくて、もうどんどん入ってくるのだというこの実態をよくおくみ取りいただいて、たくさん申し上げましたが、ひとつ局長さんの見解あるいはこれからこういうことをやろうと思うということを、おっしゃれる範囲でけっこうでございますから、意欲的な御意見を伺って、私は質問を終わります。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 非常に重大な問題でございまして、私、いまここですぐに申し上げるのはちょっとむずかしいのじゃないかと思いますけれども、初めの感想ということでございましたが、私ども日ごろラジオ、テレビその他の無線局一般を監理しておるわけでございまして、特にラジオ、テレビにつきましては番組の内容の向上ということにつきましては一番関心を持っておるわけでございます。ただ御存じのように、放送法にもございますように、番組の内容自体は、番組の編集ということはあくまでも放送事業者の問題でございまして、いわゆる思想の自由といいますか表現の自由といったところにも関連するわけでございますので、私どもといたしましては、個々の番組については干渉するという意図はございません。ただし、あくまでもその向上ということにつきましては、何とかしてこれを達成するようにいろいろ考えてはおるわけでございますけれども、うっかりすると表現の自由とすぐ接触してしまうということで、非常にデリケートな問題でございます。したがいまして、現在の放送法におきましても、御存じのように、先ほど来お話がございまする番組審議機関というものあるいはいまの高田先生の放送番組向上委員会といったものを通じて、自主的に番組が向上されるようにこれを期待しておるという状態でございます。そしていま高田先生あるいは高峰さんのお話を伺いまして、向上委員会でも非常に積極的にやっておられるということを聞きまして非常にうれしく思っているわけでございますし、また私どもとしましてもこれの基礎固めと申しますか、先ほどもちょっとお話を伺いました社団法人といったことで、実は郵政省のほうには申請をいただいておるわけでございまして、それをいま審査しているという状態でございまして、そういった基礎を固め、資金の面も何とかするようなことも考えまして、いま実はどうしたらいいかということを検討しておるという状態でございます。 それから、放送局が多いという問題あるいは地方に行きますと非常に少ないという問題、これはしばしばこういったところでも問題になっているわけでございます。ただ御存じのように、電波というものの有限性ということから申しまして、東京もあるいは地方、金沢も、全部のチャンネル、同じ番組だけテレビの局を置くということもなかなかむずかしいということでございます。また一方、先ほどお話がございましたようなCATVといった新しい技術といいますか、施設といったものも今後発展していくという方向にもありますので、そういったことをあわせまして、番組の数の平等化と申しますか、そういったことにつきましてもただいま検討はしているわけでございます。まだどうしたらいいかという最後の結論は出ておりませんけれども、さらに先生方の御意見を参考にいたしまして、何とか方向を出していきたい、こういうふうに考えておるわけでございます。 それから、最後のピンク映画が茶の間に入ってくるという問題は、実は最近千葉でもそういうことがございました。それから大阪でもそういうことがございました。その金沢の話は実はきょう初めて伺ったわけでございますが、これはさっそく――私どももつい一週間か十日前くらいにそういった話を伺いまして、電波がどういうかっこうで漏れてテレビに入ってきたかということを実は調査をいたしておる段階でございまして、はっきりした対策はいま、原因がまだどうもはっきりしないわけでございますので、まだとれないわけでございますが、いろいろ検討いたした現段階では、テレビの配線のために電波が漏れるというようなケース、あるいはこういったホテルやなんかでそういったピンク映画をやっているものが、アンテナから漏れてほかのほうに入るケースと、いろいろなケースがあるようでございまして、いずれにしましても非常に重大な問題でございますので、いま盛んに検討しているという状態でございますので、御了解をお願いしたいと思います。 非常にたいへんな問題でございまして、とてもいま即答できかねる問題ばかりでございます。簡単でございますが、一応ただいま私が考えておりますことをお話し申し上げた次第でございます。
○水野小委員長 武部文君。
○武部小委員 お二人の参考人の皆さんにはたいへんお忙しいところありがとうございました。 私は、最初に高田参考人にお伺いをいたしたいと思いますが、十二月三日の日に、放送番組向上委員会は局側の幹事との合同委員会を開かれて、先般開いた全国番組審議会委員長懇談会における各社番組委員長からの提案や政府並びに国会の動向を検討されたようであります。その結果、四項目について意見の一致を見ておられるようでありますが、その四項目の中の最後に、「郵政省が計画中のモニター制、衆議院逓信委員会に設けられる放送に関する小委員会等については、関係方面との連絡を密にして、その動向を監視する一方、自主性確保のための啓発に努める。」という項目があるようであります。前段の三つの項目については、私は何も申し上げることはございません。第四の郵政省が計画中のモニター制、この問題は、当衆議院逓信委員会でモニター制の問題について、私ども反対の意見を表明をし、結果的には四十六年度予算にはこれが計上されない、こういう結果になりました。この点はあなた方と私どもとは意見が一致しておるようであります。問題は、このあとにある当小委員会に対して、皆さんのほうはその動向を監視するということをきめられておるようでありますが、一体これはどういうことなのか。 私どもは、少なくとも放送番組の自由性について、言論の自由について、国会がそれをチェックするとか、法律によって規制するとか、そういうことを考えて当小委員会を設けたのではないのであります。近年非常に番組の低俗化ということがいわれ、われわれ自身もこのことについて多くの意見を持っておる。しかし国民各階層がどういう意見を持っておるのか、この番組についてどういうような見解を持っておるのか、そういうことを広く国会の立場から、われわれ自身が研究し勉強する必要があるのじゃないかというような立場からこの小委員会を設け、各階層の意見を聞きながら、私どもとしては国政の場で生かされるものならば生かさなければならぬという、そういう立場で当小委員会を設けたつもりであります。しかし、皆さんのほうでは、このようにわれわれの小委員会を監視しなければならぬというようなお考えがあるとするならば、これは私は少しおかしいのではないか。私がちょうだいいたしましたこの皆さんの発行されておる冊子の一番最後に高田委員長のことばが載っております。まことにりっぱなことばであります。「番組の改善と向上は、単に放送局だけの問題ではなく、全国の視聴者が一体となって取り組むべき、国民的課題のひとつであると考えます。」この三行であります。私はこのとおりであると思います。 ところが、えてして民放なりそういう人たちは、何か番組のあり方について意見があると直ちにそれが何か規制をする、言論の自由を圧迫するというようにおとりになることは、いささか私は先ほどからの問答を聞いておって、そのことばと、このような御決定になったこととの間に何か大きな食い違いがあるじゃないかというような気がしてならぬのであります。一体放送番組向上委員会やあるいは委員長会議をお開きになって、――私は、あとで申し上げますが、ここに冊子をちょうだいいたしました。これを全部読んでみました。このことと、このおきめになった、発表の第四項とはいささか食い違っておる。ひとつ高田委員長のほうから御見解を承りたいと思います。最初にお願いしたい。
○高田参考人 お答えいたします。 ただいまお尋ねの件でございますが、私、委員長として実はそういう発表がなされていることをごうも知りません。これは事実とすればまことに遺憾なことでございます。 実情をお話し申しまするならば、その会合が開かれましたときに、ただいまお話がございましたように郵政省のモニターをやめるというようなことが決定されましたときにも、われわれは郵政省もやはり番組向上委員会というような機構が十分な活動をしてもらうならば、新たにそういうモニターを設けるというような必要もなかろうというようなお考えでおやめになったということも伺っておりますし、それからたまたまやはり低俗番組というものについて世間からいろいろの批判がございます。国会におきましても逓信委員会の中に新たに放送小委員会というものが設けられた。この事実をわれわれは十分重視しなければならぬという意味で、そのときには、いまや低俗番組に対する批判というものはいわば世論になっているのじゃないか。国会においてももう今度新たに放送小委員会を設けてそういう番組をひとついろいろ検討されるということだ。それで、いまや世論といっていいことになっておる。そういう事実はわれわれとしてはやはり重視しなければならぬ。向上委員会として一そうの活動をする必要があるということで、この小委員会も設けられたということは皆さんの間に検討されたわけです。国会でもいろいろこういうものができておるそうじゃないか。世間でもいろいろなあれがあるじゃないか。私はもうたびたび申すようでございますが、やはりさっきパンフレットに書かれた私のことばを引用されましたが、私はもうそれは私自身の考えではなくて、おそらく皆さんがそういうお考えだろうと思うのです。 それで、さっきお答えしましたように、放送番組向上委員会あるいは番組審議会がいかに積極的の活動をし、強力な意見を出そうと、局側の反省がなかったならば何もできない。しかし、これはやはり法律による規制というものはあくまで避けなければならぬとすれば、何の力によって局側の反省を促すことができるか。私は一にこれは世論の力以外にないと思うのです。われわれの役割りも、そういうことを指摘し、そういう意向を表明してひとつ世論を起こすということ、その一助にしたいというわけなんです。それでさっき私は、昨年度においてこういう番組は放送番組向上委員会の意見に基づいてとりやめになったということを申しました。しかし、これは、放送番組向上委員会がそういう意見を出したということは一つのきっかけにすぎないのです。局のほうがやめたのは、全く世論の攻撃に負けたという形でやめたのだと実は思っております。御承知のように新聞その他でだいぶそういう番組についていろいろな形でその報道もし、批判も加えられた。結局それは世論がここへきているということをやはり強く認識したからこそであって、われわれのほうがそういう意見を出したから、それですぐそうやめたというものじゃなかろうと思うのです。世論を起こすということが必要だ、やはり国会というものは最高の機関なんだ、そこですらそういうことをやるということは、われわれとして重視しなければならぬ、これは局側の反省を促すために非常にいい機会だという意味で、われわれもひとつ国会の活動というものを十分注意して、向上委員会もそれに沿うような活動をしようという意味で話し合いをしたことは事実でございますが、しかし、監視というような字を使って発表したとすれば、私はこれは非常に申しわけないことだと思います。私は全く知りませんで、初めて伺うのでございます。これはきょうは事務局の者も参っておりますから、そういう点は今後非常に気をつけると思いますが、本旨ではございません。全く反対の意味です。非常に重く見て、そういう活動と相呼応してひとつわれわれがやらなければならぬという意味で、そういう話し合いをしたことは事実でございますから、さよう御了承を願います。
○武部小委員 お話でわかりました。ただ、私どもの小委員会も一世論の一つであります。そういう意味で、この発表によりますと、あとと関係するわけですが、われわれの小委員会を監視する一方、自主性の確保につとめなけりゃならぬ、こういうふうな報道になって発表になると、当然あなた方のほうは、私が前段申し上げたようなお気持ちを持っておるのじゃないか。それならば、国民の世論を聞くというようなことはただ上つらだけのことであって、何かそういう番組に対していろいろな意見があることは、さっきから申し上げるような言論の自由を圧迫するとか、こういうことにあなた方自身がおとりになるとすれば、これは問題だ、こういうふうに私は考えたので、この第四項目というのはたいへん重要だ、どんなお考えなのかということをお聞きしたかったので、冒頭この問題を取り上げたのですから、内容がそういうことであれば、これは問題なかろうと思います。注視していただいてけっこうであります。 そこで、お述べになりました十一月六日と七日ですか、二日間にわたって開かれました会合の議事録の中に、たいへんいい各民放からの意見が出ているようであります。私、これをずっと読んでみまして、いまの委員長の発言との間に、キー局との問題にたいへん大きな食い違いがあることを、この発言の中から知ることができました。発言の内容を若干抜き出ししてちょっと申し上げます。 南海放送からは、「放送界の秩序としては、視聴者が最も重く、ついで地方局、その次にキー局という順であるべきなのに、現状はこの逆。」こういう発言である。さらに岩手放送では、「キー局との連絡会議を持つことを強く要求し、年に四、五回はキー局の編成責任者等を呼んで苦言を呈している。その成果として、まだ充分ではないが、漸進的ながら多少の改善跡はある。」この岩手放送のことは、この発言の中でこれだけです。キー局との関係で少し進歩しておるという発言をしたのは、この岩手放送だけであります。中京テレビからは、「低俗というよりは俗悪である番組に対する厳しい批判が出ているのが現状である。地方局番組審議会の意見だけでは効果は少ないというのも現実であるから、向上委員会はキー局に対して、番組審議会の意見を充分に汲みとるよう勧告願いたい。すでに具体的に態度を表現すべき段階に来ている。」こういう発言があるようでございます。 それから、もう一、二申し上げます。低俗番組が流される「その責任はどちらにあるかについて、キー局はスポンサーに、スポンサーはキー局に責任を転嫁し合っているようである。最近、視聴者としては、結局、スポンサーよりもキー局の責任だと受取るに至っている。その辺のところをはっきりさせてもらいたい。」こういう発言であります。ところが、民放連番組委員長の高橋さんは、「地方局はキー局が悪いといい、キー局はスポンサーが悪いというが、そんなバカなことはない。」「放送局はスポンサーに対して卑屈になる必要はない。広告代理店にきけば、局よりもスポンサーが大事と言うだろうが、少なくとも私が関係している毎日放送においてスポンサーに屈服したという事実はない。」と、開き直ってこういう発言をしておるようであります。 この一連の発言をずっと読んでみますと、現実にこの地方における番組審議会というものが全く有名無実、これらがどんなに会合を開いていろんな意見を言っても、何らこれは中央に反映をしていない。そういうことを各放送局が全部発言をしておるのです。このことについて、地方番組審議会の運営、さらにはあなたのほうの番組向上委員会との関係は一体どうなっておるのか、この見解についてひとつお伺いをいたしたい。
○高田参考人 お答えいたします。 いま、こちらから出した資料に基づいたお話がございましたとおりでございます。ただ、私が申し上げたいことは、昨年開かれました番組審議会委員長懇談会におきましてそういう声がたくさん出ました。私ども自身もやはりまさにそうだと思っておるのであります。それで、局側のほうが要望したことは、もっとひんぱんにこういう会合を開いてもらうか、あるいは地方でブロック別にこういう会を開いて、そこに向上委員会からも何人かの委員が来てもらって、十分われわれの考えておるところをキー局に反映させるように努力してもらいたいという要望が、最も強いものの一つとわれわれは受け取ったわけであります。 でありますから、向上委員会が果たす役割りの一つは、まさにそこにあると思うのでございます。地方局が系列局――いろんな事情がごさいましょう。経営上の問題その他があって、地方局が言ったからといって、キー局のほうでそれを取り上げるということがなかなか困難な場合があるんじゃないかと思いまするが、しかし、地方局の言うところをわれわれが東京のキー局に伝える役割りは、向上委員会の一つの大きな役割りとして今後やっていきたい。そのために、地方の番組審議会の委員会が開かれるときに、もし要望があればわれわれのほうから出向く、あるいはわれわれのほうでときどき向上委員会に地方の番組審議会からも来てもらって、現にたびたび、ことに新潟放送のごときは何回も審議会の委員を向上委員会のほうに出席さしてくれまして、向上委員会との懇談会をして、向こう側の意向を十分われわれも伺いまして、キー局のほうに伝えるものがあれば十分われわれも努力したい、かように考えております。 ただ、もう一つ申したいことは、いま番組審議会の活動が有名無実であるということ、これは一がいに申されませんが、そういうことは言えるかもしれません。ざっくばらんに申し上げますが、確かに言えるかもしれませんが、地方の民放の局の番組審議会の中には、まことにりっぱな活動をしておるのが少なからずあるのでございます。これはわれわれどうも不敏にしてその事実をちっとも知らなかった。ところが最近、この向上委員会に地方の局の番組審議会の議事録というものを送ってまいります。これを拝見しまして驚いたことは、東京のキー局でこれだけのことをやっておるところがはたしてあるのか、このくらいの努力をされているならばもっと番組はよくなるに違いないと思うような活動をされております。これは二、三にとどまりません。そういうあれがございまするから一がいには申されませんが、概してそういうことがありまするから、その一つの方策として、先ほど申しましたように、向上委員会がその役割りの一半をになってこれをやりたい、かように考えている次第でございます。
○武部小委員 先ほど高峰参考人から視聴率の問題について御意見がありまして、私もその点は全く同感であります。現実に視聴率競争というものが行なわれておることは、これはもう定説であります。そこで、企業、スポンサーは、いわゆる視聴率の高いものを買う。これが企業の原則であることは言うまでもない。したがって、視聴率のパーセンテージによって番組の質と価値というものを評価しておるようであります。 そこで、先ほどお話がございましたように、視聴率というものがどういうことではかれるのか、私も不思議に思っていろいろ調べてみましたところが、一番簡単なのはビテオリサーチの視聴率調査ですね。関東地区では四百三十世帯のテレビに機械をつけておきさえすれば、それで視聴率がわかるという仕組みになっておる。関東地区のテレビ聴視者は七百四十万。七百四十万の聴視者のうちで四百三十世帯の率をもって視聴率として、それにうつつを抜かして、そして視聴率競争をやる。それに放送局はきりきり舞いをさせられておる、こういうのが私は実態だと思うのです。こういうような視聴率競争について、高峰参考人の意見はわかりましたから、高田参考人はどういうふうにお考えでありますか。
○高田参考人 お答えいたします。 私自身も高峰さんとまるで同意見で、いまおっしゃったとおりだと思うのであります。現在の視聴率というものは、はたしてテレビのよく見られておるということの実際を反映するものかどうか、これはまことにどうも疑わしいと思うのでございまするが、現在はそういうような方法しかないというところにやはり問題があると思います。われわれとしましては、これは向上委員会などでもよく出る意見でございまするし、また番組審議会の委員長懇談会などでもその意見が出ましたが、ほんとうに今度はそういう視聴率調査じゃなくて、もっとやはり番組の内容にまで立ち至った調査をするような、いわゆる量的の調査ばかりでなくて、質的の調査も含めるような調査というものをすべきじゃないか。これにはやはりNHKと民放が、一つの向上委員会の機関としてということはむずかしいかもしれぬが、自主的にそういうものをやるべきじゃないか。NHKはNHKとしてやはり世論調査所、文化研究所等がございましてある程度やっておりまするが、これはやはりNHKだけでなくて、やはり民放をも含めてそういう調査をどこかで――これはなかなか権威ある調査というものは、どの程度のものをやったら権威ある調査ということがいえるかわかりませんが、少なくともただいまお話しになったような程度のものよりはもう少しましな調査ができるんじゃないかと思います。しかし、それにあらわれた数字が必ずしもいい番組であるという――むろんいい番組というわけじゃございませんが、はたして見られている番組かどうか、ほんとうの実勢を示すものとなるかどうかということはなお疑問だろうと思いますが、少なくともそのくらいのものはやはりつくるべきじゃないかという意見でございます。
○武部小委員 話がちょっともとへ戻りますが、この二日間の会議を通していろいろ意見が出た中の問題が、すでに各民放においてその後具体化をしておるようでございます。たとえば中京テレビが、NETの系列の会社でございますが、NETの全国のそうした会社が一緒になって、NETの幹部と番組向上について協議をしなければ、地方局が幾らがんばったって、キー局がそういう番組を流す限りどうにもならぬ。そこで、いわゆる地方局が、その系列下が一体となって、親局とそういう懇談をしなければとても一問題は解決しない、こういう動きが出ておるように報道されておるようであります。その先がけとして中京テレビがそういう決定をいたしたようでありますが、番組向上委員会としては、この二日間の会合を通して、今後親局にそういう系列下の民放との間にそういうような会合を持って、地方審議会の意見を反映させて、そうして番組の向上のための努力をするように、そういう取り運びといいましょうか、そういうような役割りを番組向上委員会としてこれからおやりになる意思がございましょうか。
○高田参考人 お答えいたします。 ただいまのお話の中京テレビのみならず、私どもが最近承知しておる限りにおきましても、四チャンネル、NTVにおきましても、これは昨年の秋だったと思います、新しい社長が就任して間もなく、これは東京の本社に地方の系列会社の番組審議会の方を何人かずつ呼ばれて、これはもうりっぱな会をやったように聞いております。朝の十時から夕方の五時までぶっ通しにその地方局の意見を聞いて、これは謙虚に聞くべきところはやはり聞いて、番組を改めなければならぬところは大いに改める参考にということであの社長が言って、そういうことをしたと聞いております。のみならず、またNTVの番組のほうの担当の重役から私どもに、やはり番組審議会と向上委員会の合同の会というものを地方のブロック別くらいにおやりになってやっていただきたい、そういうことがやられる場合にはわれわれのほうもできるだけ協力するというような話もございました。 これはやはり私どもが、地方の局はみなそういうことを要望しておるんじゃないかと思っておりますから、向上委員会におきましても、機会がございまするごとに、何かの形で、その地方局の声をひとつ私どもを通してやはり親局のほうに反映すると、そうなれば幾らか番組向上につながるのじゃないか、かように思います。その努力をしたいと思っております。
○武部小委員 高峰参考人にお尋ねいたしますが、先ほどクイズ番組のことをおっしゃっていたようであります。クイズ番組も低俗番組の一つであることについては、私も異存はございません。低俗番組、俗悪番組、そういうものがはんらんをする、その一体原因はスポンサーにあるのか、それとも一責任者にあるのか、制作者にあるのか、そういう点については一体どういうふうにお考えでしょうか。
○松山参考人 映画の場合もそうですけれども、やはり両方じゃないかと思います。スポンサーでもいろいろありまして、視聴率さえよければいいというんで、初めからどんなものでもかまわないからといって、俗悪でも何でもいいから買うというのもあります。それから私の経験では、たった一つだけ、視聴率は関係ありません、それから品のいいものにしてくださいと、それだけしか言わないスポンサーがありました。それはNETのポーラー名作劇場でしたか、それからTBSの東芝日曜劇場でしたか、あそこはそういう気持ちで、何にも、何というのでしょうか、受けるようなものをやってくださいとか、そういうようなことを全然言わないところなんです。ですからやはり両方あるんじゃないですか。――よくわかりません。 それから映画の場合というのは、少なくとも東京で一週間上映されます。それから全国を回って、大体一年ぐらいかかるのです、一本のフイルムを消化するまで。テレビというものは、何しろぱっと映ってぱっと消えてしまうので、批評家の商売がテレビの場合成り立たないのです。批評したときにはもう終わっちゃっているし、それに、ずいぶんゆうべの番組はひどかったよといっても、どうひどかったの、とてもひどかった、ああひどかったの、それで終わってしまって、どのようにひどいのか、もう一ぺん見てみようということができないんです。ですからこれもほんとうにとてもむずかしいことだと思うのですね。 ですから、テレビというのは、さっきから私言っているのですけれども、局が多過ぎて、朝から晩までやっています。それをみんな見ていないんです。当事者も見ていないです。きっとその局の社長さんも見ていないでしょう。現場の人たちも見ていない。自分はこういう低俗なものをつくってやれ、それで、自分は自分のつくったものだけは見るでしょう。でも、ほかが全部もっと低俗なものをやっても、知らないのです。映画の場合もそうです。申しわけないんですけれども、私は映画の俳優ですけれども、このごろちっとも映画を見なくなったのです、それがいい証拠なんです。つまんないからです、一言で言えば。テレビの場合も、みんなあくせくあくせくつくるはつくるのですけれども、ちっとも見て反省したりなんかすることができないんです。それはビデオをもう一ぺん回すということはたいへんにお金もかかるし、時間もかかるし、それに追いまくられているので、そういう反省の時間がないんですね。ですからもう悪く悪くなっていくだけなんだと思うのです。やっつけ仕事というのか、何とかごまかしてその場をやってしまえばいいという。 ですから俳優でも、脚本家に渡されたせりふをてにをはもきっちり覚える俳優というのはもう何十人ぐらいしかいないんじゃないかと思います、何千人俳優がいても。それらしいことを言えば済んでいくんです。ですからそういうきびしさが全然ないんですね。映画だと、これは何といっても五十五日間、ちゃんとした映画だと四十五日から五十五日撮影期間があります。それで繰り返し繰り返し、とても最高のカットがとり終えるまで粘ることもできますけれども、テレビの場合は何しろ五十五日間かかる一時間のものを一日でとってしまうんですから、それはもうそれらしいことを言ったんならいいやということで済んでしまう。ですからだんだんにきびしさがなくなってくると思うんです。映画はほんとうに、さっきもお話が出ましたけれども、お金を出して入らなければならないけれども、テレビは茶の間でごろんとひっくり返ってスイッチを入れれば映るでしょう。ですから映画よりもずっとずっともう影響が大きいし、ぱっと消えていくものだからこそ、もっときびしく、もっと一生懸命やらなければならないと思うんです。 それから時代劇なんかでも、話がちょっと変なほうにいっちゃいましたけれども、時代劇なんか見ても、私たちが見るとひどい刀の差し方をしていて、時代考証がなっていなかったり、たいへんめちゃくちゃなんです、その場さえ済んでいけばいいという。歩き方もできないような俳優が歩いていっちゃって、あれひどいなと思っても、もう次のカットになるからそれでごまけてしまう、そういう場合が多いんです。でもそういうことは、たとえば中学生にしても、へえ、当時はあんなたばこ盆があったのかとか、当時はあんな刀をさしていたのかとか、ぴっとそういうことを覚えちゃう。たいへんそれはこわいことだと思います。ですから、消えていくものだけに、もっときびしく、もっと一生懸命にみんなが仕事をしてくれるといいと思うのです。 それから、よけいなことですけれど、やはりアメリカにはナイトショーというのがあります。ナイトショーは十二時から一時まで。ナイトショーが終わるとレイトショーってのがありまして、レイトショーが終わるとレイト・レイト・ショーというのがありまして、五時ごろまで古い映画をやっております。でも、日本の場合も、深夜放送ですか、もうずいぶんいろんなものをやっておりますが、やはり十二時でやめたらよろしいんじゃないですか。十二時からあとは、もう寝たらどうでしょうかね。
○武部小委員 いま一つ二つお尋ねいたしますが、いままでのお話は主としてテレビであります。ラジオで流されておる歌謡曲の歌詞ですね、これも、だんだん夜おそくなってくると、とんでもない歌詞が出るのです。この歌謡曲の歌詞、こういうものについて、番組向上委員会というものは何か御検討なさったことがおありでしょうか。
○高田参考人 お答えいたします。 歌詞について特に検討したということはございませんが、御指摘の深夜放送、ラジオでございますね、これが、申し上げるまでもなく、このごろどうも視聴者にはかなり大きな影響力を与えているようです。中には、ずいぶんやはり番組基準にもまさに相反するものをやっているところがあるということで、これは問題にいたしまして、現実にその委員にその番組を聞いてもらいまして、こういうものはやはり局側のほうにひとつ反省を促すべきじゃないかということで申したことはございます。それに、いまの歌詞のことは、これはやはり民放連にそういう何か基準委員会のようなものがございまして、そのレコードそれからいまの歌詞ですね、これもなかなかやかましくやっておりまして、こういうものは放送に流しはいかぬというあれがあるそうでございます。 でございますから、一応そういうことはやっておりますが、やはりすれすれのところまで持っていってやるということがあるんじゃないかと思います。しかし、こういうラジオについても向上委員会としてやはり相当関心は払わなければならぬ、適切な措置をとる必要があるときにはやらなければならぬ、かように考えております。
○武部小委員 それから、この問題は、会社の経営の内容にタッチする問題ですから、非常にむずかしいことになろうかと思いますが、NETテレビがワイドニュースを流しております。これは午後十一時三十分から二十分ないし二十二分間、私どもは夜おそいほうですから、ニュースはそれを楽しみに見ておる。相当長い時間のニュースであります。非常に番組としては、私はいい内容のものだと私なりに見ておるわけです。ところが、これが三月ごろ中止になるということを聞きました。これは会社の経営上やむを得ぬというようなことだそうでありますが、いろいろ聞いてみると、内部の反対を押し切ってこの番組を取り消しをする、ワイドニュースを取り消しをして、一般の娯楽番組にこれを変えるというようなことのようであります。先ほど申し上げるように、これは会社の内容でありますから、とやかく言うことはできませんが、こういうように番組の中においても、その会社がいままで国民の期待にこたえた番組を放映しながらも、企業の採算に重点を置いて、そうして番組を社内の反対を押し切ってそのような変更をするというようなこともちらほら聞くのであります。私どもとしては、会社の経営そのものもたいへん大切ですが、こういうようなニュース番組というようなものについては、やはり国民のいわゆる声を聞いてそうした態度をきめるべきものではないだろうかというような気がしてならぬのであります。採算いちずに経営をするという企業家の態度もわからぬではありませんけれども、こういうことについては、一体高田委員長としてはどのようにお考えですか。
○高田参考人 お答えいたしますが、それは非常にむずかしい問題でございまして、いまおっしゃったとおり、経営に関する問題でございまするから、番組内容に触れる問題でもございませんので、やはり向上委員会でとやかく申すというようなことはちょっとできないんじゃないか、かように考えております。一に局の良識の問題だと思いまするが、しかしこれはいま御指摘の番組ばかりじゃないと思うのでございます。われわれとしては残してもらいたいというようないい番組がなくなって、これにかわるものが、むしろ排撃すべき俗悪番組であるというような例がまだほかにもたくさんあるように思います。 しかしこれは、どうもやはりさっきからたびたび申すようでございますが、経営者の良識に待つよりほかないと申しますか、ただそれだけではなくて、やはり過当競争ということ、視聴率をかせがなければならぬということ、しかも経費をよけいかけずに視聴率をかせがなければならぬということになると、やはりこの低俗番組でどうかと思うような番組をやるのが一番早道だということでございますね。これは世間一般の風潮である。世間というか、放送界一般がそうなんで、自分の局だけいかにも良心的な番組をやろうといったところで、視聴率がよくいくわけがないというようなことから、そういう現象が起こるのだろうと思います。しかしこれは向上委員会の範囲ではございませんが、こういう問題については、やはり民放連で多少そういう点にも触れて検討すべきことじゃないか、お互いの問題ではございますから。
○武部小委員 同僚委員からまだたくさん質問があるようですから、私は時間もたいへん経過いたしましたので、最後に一つだけお尋ねをして終わりたいと思います。 先ほどの質疑を通しまして、低俗番組、俗悪番組等の問題の解決は自主規制による以外にはない、これは放送業界のモラルの問題であるというような意味のやりとりが行なわれました。私も全くそのとおりだと思うのです。ただ問題は、高峰参考人もおっしゃったように、ただいまの番組向上委員会なり審議会の権限の問題になろうかと思うのです。権限なり予算、そういうものが手をつけられないままに、ただ単に放送業界のモラルの問題だとかというようなそういう程度のことで、一体いまわれわれが取り上げておる低俗番組なり俗悪番組というものがはたして規制できるかどうかということに対して多くの疑問を持つのであります。 もちろん向上委員会の皆さんや審議会の皆さんが一生懸命おやりになっていることはよくわかります。それなりに努力されておることはよくわかりますが、現実問題として一体いまの機構や財政のままではたして私どもの期待をする、また国民の期待をするような番組の向上ということが期待できるだろうかということを考えると、たいへん疑問に思うのであります。 したがって、これはたいへん大事なことでお聞きするわけですが、先ほど法律によらない第三者機関というものを設けて、それに勧告権を与えていくということを最終的には考えなければならぬじゃないだろうかというような御意見がありました。この番組の問題はほっておくことはできぬ問題であります。したがって向上委員会としては、先ほどお述べになった第三者機関、もちろん法律によってはこれはたいへんなことになるわけですから、法律によらない第三者機関に勧告権を持たせるというようなことをやろうとお考えになっているのは、番組向上委員会の皆さんの御意見なのか、それとも高田委員長の個人的な御見解なのか、またいわゆる自主規制というものが行なわれないというような実績が現実に起きた場合に、あなたのほうではもうこれではだめだということから、そのことをいわゆる外部に打ち出して、そういうようなものを設けなければならぬというふうに自主的に皆さんのほうからそのような態度を御表明になるおつもりなのか、これは先ほどの質疑を聞いておって、たいへん大事なことでありますから、最後に一つお伺いをいたしたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 私が申し上げましたのは、いまやっている自主規制の機関としての活動をいかに強化していっても一向効果があがらない。さっき私はもう局側の良識に待つ以外にないということを申し上げましたが、局側の良識ばかりにはよらぬでしょうが、やはり一向効果があがらぬということになった場合には、これは何かほかのものをやらなければならぬ。そうでなければ私は法的規制を加えられることは必然じゃないかと思うのです。 と申しますのは、これはアメリカで有名な評論家でありますウォルター・リップマンなどもそういうことを、同じようなことを言っております。言論、表現の自由というその権利は守らなければならぬが、テレビというようなものを無制限に放置しておくことはできない。もし、やはり自主的にそういうことが規制できないとするのならば、やはり言論の自由と表現の自由、その点については捨てなければならぬが、これはもう自業自得なんだからしかたがない。やはり国民の福祉あるいは青少年に及ぼす影響というようなことを考えると、どうしても自主的規制というものができない場合には、それはやむを得ないのじゃないかということを言っております。 ウォルター・リップマンだって、評論家でありまするから、言論の自由というものを守ることにおいては決して人後に落ちないと思います。私もやはりそうなんでございます。私は、ことに長年新聞記者をしておりまして、ことに言論統制時代というもので非常な苦い体験をしてきておりまするから、何とかしてそういう時代をもう再び繰り返したくない。しかし、これを、新聞はいざ知らず放送の場合に当てはめましたならば、かえって自主規制をやったところで効果がないということなら、しかたがなくてそこにくるんじゃないかと思うのです。だから、私どもが、放送事業者よ目ざめてくれ、と言っているのはそれなんです。そうでないと、必然的にそこへくるぞ、やむを得なければ第三者機関もやむを得ないんじゃないかという声、それは私一個の個人的な見解でございまして、委員会でそういう声が出ておるわけではございません。私自身がそう思っておるということを申し上げただけでございます。
○武部小委員 ありがとうございました。
○水野小委員長 樋上委員。
○樋上小委員 高田先生、高峰さん、長時間ありがとうございました。もう私とあと一人ですから、十五分くらいで私はもう終わりたいと思います。 もう先ほど来のお話でほとんど尽きたと思うのでございますし、私の尋ねようとしたことはほとんど出てしまった。そこで一つ、二つ、まだ出ておらないものだけ取り上げて、これはお二人のほうからお答えいただきたいと思うのですが、コマーシャルの問題ですね。これについて私、お伺いしたいと思うのですが、高峰さんも映画から離れられて、映画ではお目にかかる機会もなくなり、テレビもあまりお出にならね。ところが、一つだけコマーシャルで、「田辺です」「ハイベストン」というところでお目にかかっているのですけれども、これはコマーシャルにもいいのがあり、悪いのがあるということを、私つくづくコマーシャルばかり研究して見ておるのですけれども、いろいろなコマーシャルがあるのですね。非常にいい番組で、子供たちと家族が見ておるときに、その番組がいいなと思っておる間に、ぱっと予告なしに出てくるコマーシャルにぱあっと顔を赤くせなければならないようなコマーシャルが出てくる。こういうコマーシャルをつくるのは、スポンサーの会社がつくって、こういうコマーシャルを流してくれというのか、それとも、そのコマーシャルはこの劇の中には不適当であるとかいうことで拒否することが局側でできるのか、また、そのコマーシャルの内容によって、そのタレントが、私はこのコマーシャルはいやだというのと、このコマーシャルに出るという、いろいろなタレントがありますね。そういう点について、このコマーシャルはどこで制作されて、そしてこの拒否権が会社にあるのか、スポンサーが押しつけるのかという点についてお伺いいたしたいと思います。
○高田参考人 ただいま御指摘のコマーシャルの点は、向上委員会におきましても、たまたまその委員の一人に和田可一さんという方がおられます。この方は、広告主協会において長くそのほうの委員長――コマーシャルやなんかのほうの幾つかの委員会ができておりまして、そのほうの委員長をされております和田可一さんもおられますので、確かに御指摘をまつまでもなく、コマーシャルというものはかなり大きな影響力を持つものだということはひとしく認めておるところでございますから、向上委員会においても、やはりコマーシャルというものについていろいろ検討しまして、いま御質問のような点もやはり深く突きとめなければならない。 一体どこがやるのか。大体やはり会社側のほうからの要望によってつくるということでございましょうが、制作はやはりプロダクションあるいは広告代理店のほうでつくるわけでございますから、向こうの意向を聞いてつくるのだろうと思います。しかし、やはり会社によりましては、会社のイメージというものがあるから、いかがわしいようなコマーシャルをやるということは、会社のイメージをこわすというので、そういうことはやらないというところもございます。しかし、そう申しては何ですけれども、中にはそういうものをやって、世間の目を引くというところ、むしろそういうものを注文するところもあるのではないかと思います。それは局のほうで、やはりこれは困るからというので拒否することができるわけです。私はそういう例はあったろうと思うのでございます、これはあまりひど過ぎるからちょっと直してもらいたいということで。ですから、そういう事実は今日も慣行は行なわれておると思います。 同時に、いまの広告主協会におけるコマーシャルのほうの担当委員会においては、やはり一種の自粛をしよう、いわば自主規制をその委員会においてひとつ検討してやろうということで、昨年来そういう活動が行なわれておりまして現実には、これはごらんになっておわかりだろうと思いますが、すぐ御婦人のヌードの非常に多かったのが、このごろは数が非常に減っておりますが、それはそういうところの自粛活動のあらわれの一つだというふうにわれわれ承知しております。 こういう点につきましてもやはりわれわれのほうの検討事項の一つとして考えておりまして、将来もひとつそういう点は注意していきたい、かように考えております。だんだんよくなりつつあるということは、私どももやはり見ていてそうだというふうに感じております。
○松山参考人 困っちゃった。私やっているからね。 ちょっと弁解させていただきますが、私、確かに「田辺のハイベストン」なんてやっております。いいですね、それは商売だから。それはなぜかと言いますと、いまから四年くらい前に、タッパーウエアーというアメリカの冷蔵庫の中に入れる、食料を入れて貯蔵する弁当箱のようなもの、あれとても高いけれども、あれの宣伝をしていたんです。なぜアメリカの会社の宣伝をしたかと言いますと、社長がジャスティン・ダートという車いすに乗った人、――あの人小児麻痺なんですけれども、その人が日本の施設の子供たちのために、三百六十五日のうちの一日の売り上げ全部を日本の身障者に寄付してくれたんです。それをありがたく思っちゃいまして、そういうところだったらもっと何かやってくれるんじゃないかと思って、二年か三年くらいあそこのコマーシャルをしたんです。やはり毎年それをしてくれました。それからチャリティーショーなんかしまして、全国の身障者とそのおかあさんと看護婦と、全国から汽車賃、飛行機代を出してくれて、武道館に集めて、そして私たちに――私は歌も踊りも芸なしですからしませんけれども、いろいろな人を集めてショーを見せてあげて、それも全部自分が謝礼を払ってくれて、そういうようなこともしてくれたんです。非常にありがたいと思ったんです。 ところが、あの品物は、とにかく二十年という保証つきなんで、売るだけ売っちゃったらもう二十年は売れないんですね。私がなぜあの会社のあの商品を宣伝したかというと、それより十年も前に私、アメリカで偶然その品物を買っておるのです。それから十何年たってからその仕事を頼まれて、そのときもう十何年たってもそれはこわれずにちゃんと使えている。それでこれは非常にりっぱなものだと思って、自信を持ってコマーシャルをやっていたんです。ところが、いろいろと事情がありまして、二年だか三年だかでやめました。 今度田辺になりましたときに、あすこの社長さんが、秋田医大かなんかの教授だったんです。田辺という会社はつぶれそうになって、その教授をスカウトしまして、田辺が立ち直ったというような会社で、これはすごい、社長さんもそういうことをしてくれるのじゃないかと思って、おっちょこちょいだものですからあそこへ――それがどうもしてくれないのですね。大体大阪のほうに住んでいてあまり会う機会もないので、これはちょっとまずっちゃったものですから……。 私は大体コマーシャルをする場合には一社にきめているのです。鯨の肉の宣伝したり薬の宣伝したりラーメンの宣伝したり、そんなふうにいかないので、いつもコマーシャルの仕事をするときには一社にきめているのです。いまは田辺一社なんです。その前は松下電器、ナショナルですね、いまちょっと評判が悪い。あれを戦前から続けて十七年やりました。やはり俳優というのは長い間こういう一つの仕事をしておりますと、結局何を売るかというと、芸なんというのはたいしたことはないのです。ものまねですから、みんな似たり寄ったりで。ですから、何を売るかというと、俳優というのは信用を売るよりしようがないのです。その信用で十年が二十年になるか、二十年が三十年になるか。私なんかも何で薬の広告をしなければならないのかわからないけれども、結局は信用みたいなものが少しあるそうなんです。その信用でお金を出してくれているわけです。そのタレントの信用を見せてものを売るとか、ただテレビに出てきてもあっと裸になって人目を引けばいいとか、商品をやたらと出してその商品の名前を覚えさせればいいとか、いろいろなコマーシャルがあると思うのです、スポンサー側に。 大体コマーシャルフイルムというのは一年契約で、一年に四回季節季節にとるのです。ですから、その映画の間に入る絵が適当じゃないといっても何でも、もう三カ月前にとっているからだめなんです。ですから、それがどんどん入っていってしまうので、これはやっぱりスポンサー側の、ただ人目を引けばいいのだとか、このタレントの顔を覚えさせる、商品の名前を覚えさせるのは二の次でいいのだとか、そういう態度によると思うのです。それで、スポンサー側はその程度の意見しか初めは出しません。制作する側がいろいろなコンテを何通りか出します。じゃこういうものはどうでしょう、こういうものはどうでしょう。でも、変なものを出さなければスポンサーのほうも、じゃそれでいきましょうと言わないわけですから、結局人のところでやっていないような、目を引くようなどぎついもの、どぎついものになっていくのじゃないかと思うのですね。これはどっちが悪いとも言えないですね。
○樋上小委員 私もコマーシャルを見ておもしろいことを考えたのですけれども、タレントが出てきて何にも言わなくてそのコマーシャルがきいているコマーシャル、それはどれかというと、商品の宣伝になるようなことですけれども、「男は黙ってサッポロビール」、あれは三船敏郎何にも言わない。ぐっと飲んでやっている。サッポロビールはうまいなと思う。もう一つは、「どういうわけか、どういうわけか、キリンビール」ぱっと出てくる。あれは中谷昇も、夫婦ですけれども何にもしゃべっていない。これは非常に巧妙な、巧妙なといいますよりは非常にスマートなコマーシャルだと私は思っているのですよ。
○松山参考人 コマーシャルは短いですから、さっきも言ったようにドラマと違って、批評家の問題ですけれども、どんなのと言って見ることができるのです。あれは短いでしょう。大体一分と四十五秒と三十秒と十五秒と五秒なんです。コマーシャルというのはそれだけつくるのです。そうすると、短いからちょっちょっと出てくるものですから、なるほど、きのういいと言ったけれども、いいねといって競争心が起こって、残念ながらコマーシャルのほうがすぐれたものがあります。ドラマの場合だとさっき言ったように二度見ることができないのですね。
○樋上小委員 私もいろいろなコマーシャルを見ておるのです。何も商売をやっているわけじゃないが、非常にテレビが好きで、大体テレビのコマーシャルは見尽くしておるのです。夜のコマーシャルで、自動車のセリカというのは、これはここで発表しませんけれども、あのコマーシャルなんか少しどうかと思うのですね。あれは夜だけ、実際自動車に乗ってやっているコマーシャルがあるのですよ。それはちょっとわいせつ――わいせつというとあれだけれども、少しくどうかと思うのがありますけれども、今後はいいコマーシャルをつくって、そして局がその劇に合うようなコマーシャルを入れてほしいなと私は思うのですよ。ホームドラマ的な劇の流れている中にとてつもないコマーシャルが入ってくる。こういうような点は番組向上委員のほうでこのコマーシャルの点にももっともらと注意をしてもらいたい、私はこう思うのです。これは何でもないように思いますけれども、子供はみな覚えてしまうのですね。子供は全部コマーシャルのことだけは覚えてしまいます。大人の私も覚えるのですけれども、ともかくこういった点にも、こまかい点ですけれども――私はコマーシャルということについて、高峰さんが田辺の一社だけにそのコマーシャルが非常にいいということは私も思っておるのでございます。 それで、なぜ劇のほうに出演されないのか。それは高峰さんが脚本があまり自分の気に入ったのがないから私はテレビのほうに出ないのだというのか。映画から遠ざかって、テレビのほうに出ようかなとおっしゃったことがあると思うのですけれども、最近どれを見ても映画もテレビもあまりおもしろくないということでお出にならないのか。よい脚本がないから出ないとおっしゃっておりますその点について……。
○松山参考人 実にお粗末なお答えで申しわけないのですけれども、くたびれるのです、テレビは。私はずいぶん長く映画をやっておりますけれども、その映画の中でも非常に仕事に恵まれておりまして、いい映画にずいぶん出していただいて、いい映画というと変ですけれども、お金もかけてちゃんとした俳優で、ちゃんとした脚本でというと、どうしても五十五日はかかる。その前の企画から携わると半年かかります、一本つくるのに。それでいいとか悪いとか言いながらのんびりつくっている仕事ばかりしていたものですから、まあテレビの忙しいといったらないのです。私は連続なんというのをたった四回ですけれども「霞」というのがありました。へたばっちゃったのです。でも皆さんこうして三カ月、大体ワンクールというと十三回、十三回の次に二十六回ですね。それから一年、五十二回になって、とてもじゃないが五十二回なんて私はできない。テレビというのは三十歳くらいの人がやるのであって、私みたいなお婆はとてもじゃないけれどもくたびれちゃってしかたがないのです。 五十五日かかってとるものをとにかく一日でとってしまう。その前の日と前の日がけいこです。その前の日が本読みです。全部で四日か五日なんですね。それじゃ一冊の本を――主役というものは大体相手の言うせりふを覚えなければこっちもしゃべれませんからね、自分ばかりべらべらしゃべっているのじゃないのですから、こんな厚い台本を三日で覚えろと言っても、私のようなちょっと頭脳障害で言語障害ではとても覚えられないのです。ですからどうしてもさっき言うように、それらしいことを言う要領のいい俳優さんが出るようになっていくのです。 それと皆さんは色気があるので御存じでしょうけれども、池内さんとか淡島さんとか乙羽信子さんとか京マチコさん、これはみんな同じ年なんです。ところが亭主持ちは私だけなんで、彼女らは独身なんです。独身でなければできないのです、忙しくて。ですからとてもおもしろいと思うのは、そういう連続に出ている女優さんというのはみんな独身なんです。それほど忙しくて肉体的にたいへんな仕事なんです。 そういう理由でなまけて一年に二回くらい「東芝日曜劇場」、単発といいますけれども、一時間もののいいものがあったときには出る。あとは「ハイベストン」なんてお茶をにごしているるわけなんで、これはただ、私がなまけ者だというだけです。 それと映画に出なくなってからずいぶん、五、六年私はテレビに出なかったのですけれども、映画が不調になりまして、いまによくなろう、いまによくなろうと思っているうちに六年もたってしまった。私はほかにすることがないのです。ほんとうに何にもできない。四つのときから映画界にしかいたことありませんから、いまさら何かしろと言ってもできません。雑文なんか書いてますが、一枚二千円や三千円の原稿料をももらって、そんなものを必死になって書いていたってだめだし、自分の仕事といえば自分が顔を出して芝居をすることですから、やはりテレビしかいくところがない。でも、私は亭主がなかなかかせぐので別に食うに困りませんから、いるよと存在を示すというくらいでいまはなまけているわけです。 これでお答えになったかな。何か全然違うことを聞かれたのじゃないかしら。
○樋上小委員 もう御答弁を聞いて、なるほどそうかなと思うのです。御主人のほうも「松山善三四十五歳」、コーヒーのほうでお目にかかっているのですけれども、いまお話が出ましたように、映画は何カ月もかけてばく大な制作費をかけてやっている。テレビのほうは安直にすっととってしまう。安直にとるから、もういい脚本のものが出ないんだ。たまたま私は、相当な金をかけていると、これは報道で聞いているのですけれども、いま「大忠臣蔵」というのが、相当な、何億という金をかけてテレビをやっている。ああいうような大ものが出て、そして準備と金の面とみっちりやってするようなテレビだったら、それは高峰さんもお出になるだろうと私は思うのですけれども、その準備期間がなしにさっと安直なそういうようなものだから、テレビがもうおもしろくなくなってきた。テレビを見ていても、もう身にしみるようなテレビがなくなってきたというので出演されないのかと私も思うのですけれども、いまお聞きしましたら、いろいろそういうように安直にとっている。でしたら、やはりもう一ぺん映画にお帰りになるという気持ちはないのですか。
○松山参考人 とても間に合いませんね。それまでに映画がまた復興してくれれば――何とか復興してくれるように思っていますけれども、とても間に合わないと思います。 それから、言い忘れましたけれども、テレビというのは、連続に出ますと、そのディレクターですね、演出者がちょこちょこかわったりするんですよ。びっくりしちゃうんですね、これ。映画だったら、この監督でというので、五十五日、幾ら何だってその人が来ますけれども、テレビの場合は、十回この人で三回この人でみたいに、押せ押せになっているのです。やっぱり役者というのは、見てくれる人が対象ですけれども、その人たちが芝居と違って目の前にいません。対象というのは監督なんです。監督と話し合って、監督と勝負するのが役者の楽しみというのか、それだけなんだと思うのですよ。それが監督がひょいひょいかわられたら、とてもたまらないのですね。そういうことにがまんができない。でもテレビの人たちはそれがあたりまえで、テレビというものはそういうものだからそれでやっているんです。 でも私はちょっとがまんができないということと、それから脚本が、連続だと五十二回一緒に渡されるものじゃありません。一本済むと、はいよといって次のが来ます。そうすると、それが長ければむぞうさにぱっぱかぱっぱか時間に入れるために――これはほんとうにいけないことだと思うのですけれども、いま一時間ものだったら四十七分ですか、四十七分何秒にぎゅっと詰めるためにはむぞうさに切ってしまう。ですからつじつまが合わない変なドラマができるのです。そういうことも何もじっくりと、これは脚本家に悪いんじゃないか、こんなにむぞうさに切っちゃ悪いんじゃないかとか、そういうあれもないんです。実にずさんといえばずさんだし、それがまあテレビだといわれればしかたがないのですけれども、長年克明な仕事ばかりしてきた人間には、とてもそういうことが耐えられない、そんなことでいいものかなと思って。 そんなことがあるものですから、あまりテレビに出ないのですけれども、もちろん、いいものがあって、時間をかけてじっくりやってくれれば、老いの一徹で一生懸命やります。
○樋上小委員 ありがとうございました。御答弁、たいへんよくわかりました。 それじゃ、高田先生に最後にお伺いするのですけれども、低俗番組の十傑とかいって、悪い番組ばかりをチェックしておるのですけれども、優秀な番組もありますね。これは優秀だと、映画でも芸術祭参加作品とこう出たり、そういうものをどんどん推薦して、そういうものをつくった会社を番組向上委員会で発表するとか、テレビで発表するとか、何とかそういう励みのあるような方法をされれば、だんだん低俗番組というものはなくなってくるのじゃないか、私はこう思います。その点どうでしょうか。
○高田参考人 お答えいたします。 放送連合時代にありました番組向上委員会には、お話しのとおりな考えで、やはり悪い番組ばかりを指摘するのではなくて、いい番組は大いに推奨しようじゃないかというのでやったことがございます。ところが、局のほうはあまりそれはありがたがらぬのですよ、実をいうと。それはいろいろなそういう、たとえば芸術祭賞であるとかいろいろなのがございますから、それでかなり――民放は民放で年に一回そういう推奨をやっておりますし……。 ですから、向上委員会としてはそれよりもやはり低俗番組をなくするほうが先決だというようなことで、その後は一向そういうことはやりませんが、さっき御指摘の最悪のワーストテンですか、あれと同時にベストテンというのも、視聴者団体においてあわせて行なっております。いい番組、それはやはり御意見のとおりだと思います。もしそういうあれが必要といいますか好ましいということになれば、向上委員会でもやりたいと思っておりますが、ただいまのところは、正直な話、局のほうではあまりそういうものをもらったところでというところでございますから、やっておりません。
○樋上小委員 ありがとうございました。
○水野小委員長 栗山礼行君。
○栗山小委員 約三時間にわたりましてたいへんきょうは、われわれが何とか腹におさめてあるいは頭でひとっこなしたいという問題について、非常に御意見を拝聴いたしました。いろいろことばの上において、あるいはまた私どもが腹にひとつ理解する問題等もいろいろお聞かせいただいた、こういうふうに考えております。時間がございませんし、また、ひとつせっかく出てやったのにということで御期待を裏切るような委員会の形になってはいかぬと、こう思いますので、ほんとうは御遠慮を申し上げるべきでありますが、一、二の問題だけひとつお伺い申し上げてお許しいただきたい、こういうふうに考えておるわけであります。 松山さんにひとつお聞きするのですが、先ほどしかられまして、ちょっとこたえたのです。故大宅壮一先生が、たいへんいま電波公害で国民の一億総白痴化というような時代に進んでいる。国会のわれわれは雲の上の人だから、いま時分こういうことを論議なさるのかというようなことで、たいへんことば短いのでありますけれども、私ども胸にこたえるものがございます。 私はよくわかりませんが、家内に聞いたのであります。家内もあなたの長いファン、私も四十年来、あなたの聡明と独特の芸術について大きな期待を持って、まあファンといいますか、そういうながめ方をしてまいったのであります。何か私はよくわからないのですが、あなたはここ数年前まではテレビはあまり出たくないというようなことで、それなりの一つのテレビに対するとらえ方をされておった。ところが最近、田辺の話も一出ましたが、私もときたま家でながめる場合があるのですが、あなたの一つの顔が出るというようなことで、ちょいちょいテレビに出ていらっしゃる。こういうことで、おそらくあなたの聡明において、あなた自身のテレビについての発想があるのじゃないかと、こういう受けとめ方をぼくはいたしておるので、別に心境の変化ということではなくて、もしテレビに出ないということを言うていらっしゃって、最近テレビでやはりあなたならではということで関心を高めておるということについて、あなたの場合は、何といいますか一つの発想が、なぜテレビに出るのか、こういうことを一ぺんお聞かせをいただきたい、こういうことが一点であります。 それからもう一つは、裏も表も、長い間、半世紀になりませんが、半世紀に届く映画界の名声を持続された方ですから、何もかも御存じのはずであります。まあ、テレビに出ていらっしゃって、映画の社会とテレビの社会というものにどれだけの相違点があるのか、こういう点を、聡明なあなたにひとつ端的に一ぺん伺ってみたい、こういうことでございます。
○松山参考人 先ほどちょっとお話しいたしましたけれども、私がテレビが始まってから五年ぐらい出なかったのは、長い間映画界で御飯を食べさせていただいたから、何とかもう一ぺん映画がよくなるまでがんばっていたいと思ったんです。でも私はどこの会社の専属でもありませんから、月給というものがないんです。出なければ何年でも一銭もお金が入らない。それでも私は、何とか映画というものがもう一度よき時代がくるんじゃないかと思って期待してたんですけど、五年待っても、六年待っても――いま、ますます、もっと悪くなっていますね。それで、しかたなくテレビに出始めたというだけの理由なんです。 それともう一つテレビに出なかったのは、前はビデオがなかったんです。ドラマでも何でも同時で、なまといいますけれども、なま番組で、しゃべっていて間違えようが――しゃべっていたら、そばにあった手すりが落っこっちゃった、こうやったら、手すりが落っこっちゃったんですよ。それでもかまわないでやらなくちゃならない。とり直しということが全然できない。しゃべっている女優さんのまげが、途中でぽこんなんて落っこっちゃってもしようがない。そういうのを見ていると、恥ずかしいというのか、何もあんなにしてまで出なくてもいいんじゃないかと思って、もうちょっと練習もできて、完全にとり直しもできて、お人さまに見せても、間違ったせりふも言わない、ろれつが回らないようなものを見せるのは恥ずかしいし、ちゃんとおけいこの日数なり何なりがきちんとしたら出ましょうと思って待っていたわけなんです。様子を見ていたわけなんです、なかなかずるいから。その二つの理由です。 それからもう一つ、何でしたか、忘れちゃった。――もうくたびれちゃったですね、少し。何でしたっけ。
○栗山小委員 映画の世界とテレビの世界の相違はどこにあるかということです。
○松山参考人 映画はやはり――テレビというのは、初めから私たちは電気紙芝居と言っていましたけれども、何かキャメラというけどキャメラじゃないんです、あれ。何かむぞうさに、ぼんなんて床をけっとばすと、すっとそのキャメラが動いて、それでそのとまったところで画を合わせるという非常にむぞうさなもの。映画のキャメラというのは、一センチ違ってもキャメラワークというものが変わってしまいますから、非常に神経質になる。すべて克明で、全然違うものなんです、あれは。ただ片一方は映っていればいいみたいな、だから電気紙芝居なんて言うんですけれども、映画の場合はやはりスタッフも六十人ぐらいいますし、それが何だかんだ一生懸命になって克明な仕事をするものだと思うのです。 それと、映画というのは非常にけしからぬことなんですけれども、非常に安いんですね、月給が。それは映画会社がけしからぬことなので、何だおまえたちは、とても映画が好きで入ってきたんだったら、そっちから月謝をよこせみたいな態度なんです。これはとってもけしからぬ。だけどもがんばって、その少ない月給でも、三度のめしより好きといいますけれども、ほんとうに好きで好きで大好きでやっている人が多かったんです、映画というのは。その好きな連中がやるというのは、仕事に喜びを感じちゃいますし、月給なんかもう、御飯なんか食べなくてもいいやみたいな人たちの寄り集まりだった。 しかし、これがやっぱりだんだんだんだんそうじゃなくなって、労組ができたりいろんなことになって、お昼になると、まあたとえばの話、ワーワー泣いているところがありますね、ワーワーワーワー泣いていても、お昼のポーが鳴ったらみんなそしらぬ顔をして外へ御飯を食べに行っちゃう。こういうことじゃやっぱり映画というのはできないのです。やっぱり十二時十分過ぎても、泣くところだけやってもらえれば、あとはまた違うところをとれるけれども、ワーと泣いている最中に、めしだと言っていなくなる。そういうような仕事じゃないと思うんです、かん詰めつくったりなんかするのと違いますから。 そういうことで、一つは映画というものがちょっと、だんだんだめになっていったんじゃないかと思うのです。もう、しゃくし定木でできるような仕事じゃないんですね。それと、だんだん人もそんなぐあいで少なくなり、テレビというものもできますし、だんだんだんだんしようがなくなっちゃった。それで、そのつくるものはそれこそテレビと同じで、だんだん低俗なものになっていっちゃった。いいものばかりとっていれば、いいものしかないから見ますけれども、悪いものをつくれば、どうしても低いほうに流れていっちゃうんで、だんだんだめになる。テレビもそういうところは同じですね。 それはどうしてそういうことになったかということは、ずっと考えていけば、映画会社の上層部が頭が悪いからですよ。頭が悪いというのか、教養がないというのか、そういうことなんです。テレビもやはり同じで、同じ道をたどっているのだと思います。それでいいですか。
○栗山小委員 いろいろ質疑を通じてお伺いいたしましたが、私は二点だけお伺いしてたいへん教えられるところがございました。 高田先生、いろいろお伺いをいたしてまいりましたが、御承知のようにいろいろ番組向上委員会についての価値判断と批判がございます。またお話がございましたように、その機能的な問題についてもひとつどう機能化すべきか、そしていまいろいろ国民の世論に対応する番組向上のあり方を進めてまいるかということにつきましては、なかなか遠大な一つの抱負とそれの実行についての忍耐と時間をかけてまいらなければならぬ、こういうことであろうかと私は理解をいたしておるのでありますけれども、先ほどいろいろお伺いをいたしまして痛感いたします点は、やはりもう限界にきておるのではないか。どこで一線を画してやはり期待される番組像をつくっていくか、こういうところに大きな問題点が集中されておる、こういうことであろうかと思います。 私どもやはり政治の世界にいて、政治がほんとうの政治たる一つの使命感と誇りを持ってまいらなければならないのでありまして、心すべき多くの問題がございますが、そういう政治の中から、何らかの問題の緊急打開の方向を、国民的な一つの良識を求めて、取り組んでまいらなくちゃならぬ、こういうふうな考えに苦悩いたしておるわけでありまして、たいへん御意見をわれわれも徴しまして取り組んでまいりたいと思うのでありますけれども、たまたまひとつ大権威の番組向上委員会の委員長として、私、多くを申し上げませんけれども、やはりそのタイミングが必要である、時期が必要でございます。しかもこれをゆうちょうに放置するという状態ではこれは許されない、こういうような国民的な課題からひとつ検討を加えてまいらなくちゃならぬ、こういうふうに私は理解いたしまして、一そうの向上委員会の高い使命の努力をひとつ切望申し上げ、こういうことで私の心中を申し上げて、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。
○佐藤(守)小委員 ちょっと関連で……。たいへんお疲れのところ高田先生はなはだ申しわけございませんが、あと一つ、二つ関連してお聞きします。よろしくお願いいたします。 先ほどからお聞きいたしましてたいへん勉強になりました。特に松山さんの信用を得るということばは私たちも同じでございまして、大いに勉強になった次第でありがとうございました。 それで高田先生にお聞きしたいのでございますが、この参考にもらった二冊の本を読んでみたのですが、中に委員の方で、向上委員会はお飾りではないか、あったほうがいいか、ないほうがいいかというとお飾りでもあったほうがいいんじゃないか、というようなことを述べている委員の人もございました。私は、その意味はよくわからなかったのですが、先ほど各委員の質問によりまして、大体ある程度理解できたわけですが、手当が少ない、しかも権限がないという中に、ほんとうに世の中のことを考えられまして努力されておる姿にたいへん私は敬服するわけでございますが、実は高田先生のお話を聞いておりまして、二つポイントがあったと思うのですが、一つは番組をよくするためには世論の喚起が大切である。もう一つは局側の良識を待つよりほかに方法がないというようなお話があったと思います。 局側の良識でございますけれども、この点実は高田先生が向上委員会の委員長をやっておられまして、おそらく向上委員会で出た結論につきまして、NHKとかあるいは各民放の経営者とかあるいは電波監理局長等と話をされたかと思うのでございますが、この点につきまして、局側の良識を待つよりほかに方法がないということは、民放の経営者といろいろ話をされまして、少なくともいまの状態では先生が幾ら話されても見込みがないという判断をされたのでしょうか、どうなんでしょうか、その点一つお伺いしたいのであります。 各民放の経営者と話されまして、先輩が、番組向上委員会の方が七人実に熱心にやっておられます。やっておられその結論に基づきましておそらく私は話をされたかと思うのでありますが、その話を経営者がまじめに受け取ったかどうかという点、実はこれは次の私質問する場合に一番大きな問題になるわけです。その点につきましてたいへんこまかい話ですが、一つずつお聞きしたいと思います。
○高田参考人 お答えいたします。 私は、経営者の良識に訴えるよりしようがないということを申したのでございますが、ただ経営者から言わせるというと、諸般の事情があって、やはり商売なんで売れる番組でなければ困る。また金がかからぬで売れるような番組ということでどうしたって考えざるを得ないと思います。しかし、ただいま私どもが希望をつないでいるところは、先ほども申しましたとおり、私ども要するに縁の下の力持ちみたいな仕事をしておりまするが、ほんとうにそれが聞かれるのか聞かれないのかは正直のところわからぬような状態です。 考えてみるとつまらぬあれだ、むだな努力をしているんじゃないかと考えたときもございまするが、最近少し希望の持てるようになりましたのは、先ほど申しました民放の内部にひとつ自粛といいますかその機運が出てきた。これは会長名で各社の社長あてに通告を去年の何月ですか出しております。最近もまた、これは公式の発言じゃございませんが、民放連の会長がある雑誌のインタビューにおきましてやはりそういうような発言をされております。またこれは現につい二、三日前に聞いたのでございますが、民放連で取り上げる場合には、番組委員会というのがございますが、その委員長をされているのが毎日放送の社長の高橋さんなんです。高橋さんの話を聞いてみましても大いにやるんだというようなことを正直に申しております。 でありますから、いままでよりは少しわれわれは期待が持てるんじゃないかという感じをしておりますから、大いに謙虚に聞いてもらえるところが多くなったと思いますが、どれだけいくか、それはまだわかりませんが、希望を持っておることだけは事実でございます。
○佐藤(守)小委員 実は私たちの感じでは、よくあります同上委員会とか番組審議会は、結局世間をごまかすために、このように努力をしておるんだというような形の場合が多いような感じを持っております。きょうも聞いておりましても、いささかそういうふうに感ずるわけでありますが、いつぞや郵政省がモニター制を考えまして、いまやめたと思いますが、そのときになぜ向上委員会、番組審議会をもっと強化することを考えなかったんだろうかというような感じがするわけでございますが、実は先生方がおやりになっておられる向上委員会の結論が出た場合に、電波監理局はこの意見をまじめに聞いたことがあるのかどうかということ。 もう一つ、社団法人にした場合にもっと向上委員会の機能がほんとうに発揮できるのかどうかということにつきまして、ちょっとお聞きしたいわけでございます。
○高田参考人 お答えいたします。 郵政省がモニター制をやめたときに、私どもはちょうど大臣、次官などと懇談の機会を持ちまして、郵政省のほうとしては、やはりいろいろの事情でもってやめるが、向上委員会の機能を強化するなり活動をもっと積極化するなりしてもらえれば、郵政省がモニター制度を設けなくてもいい効果が得られるんだと思うからぜひやってもらいたい、もし向上委員会を強化するために費用の増額というようなものが要するならば、自分たちもできる限り協力する、民放連の会長にひとつ懇談して、そういうことを私どもからも、これは何も公式に言うあれではないにしても、懇談の機会があるから、そういう機会にやはり十分協力したいということであります。私どもぜひそうしていただきたいということはお話ししたような次第でございます。以上です。
○佐藤(守)小委員 そういうことで、郵政省自体が向上委員会というのを無視しておったんじゃないかというような感じが実は私もするわけでございます。これはまたあらためて次の機会に電波監理局にゆっくり聞きたいのでありますが、先ほど先生がおっしゃいました、結局法律によらないで第三者機関の勧告によって世論を喚起するというようなことでございますが、この場合に、もっと進めまして、たとえば同上委員会をほんとうに権威あるものにした場合に、向上委員会が何回か勧告をする。しない場合には電波監理局で次の免許で考えるとか、やはり何らかの強制手段を講じてもしかるべきじゃないかという気もするわけでございますが、その点につきまして、ほんとうに効果あらしめるためにはどのようにしたらいいかということにつきまして具体策がありましたら、もっと詳しくお聞きしたいと思うわけでございます。
○高田参考人 お答えいたします。 私どもが考えているような効果をあげるということはなかなかむずかしいのではないかと私は思います。しかし、先ほど来お話し申しますように、民放内部においてもそういうことをひとつやろうじゃないかという機運になっておりますから、いままでよりは効果があがるようになるんだろうと思います。第三者機関のお話がございましたが、私どもそういった点は実は非常に暗いのでありまして、むしろ皆さま方にお尋ねしなければならぬと思っております。勧告権と申しておりましたが、第三者機関、法律によらない機関をつくって、これに勧告権を持たせるということが、はたして法律によらなくてできるものかどうかわからぬ。しかし、できるならば法律によらないで何か勧告権に相当するような力、これは結局民放連なら民放連――NHKのほうは問題じゃございませんが、主として民放連の問題だと思いますが、民放連のほうでこの向上委員会の出した意見というものを十分尊重して、こういう措置を講じなければならぬということを取りきめてもらえばできるのではないかと思います。そこまでいってもらえれば非常にありがたいと思っております。そこまでいくかどうかわかりませんが、先ほど来お話ししましたように、民放連としても何かそういう措置をとるということを表明しておりますから、それでいけなければということを考えて申し上げた次第でございます。
○佐藤(守)小委員 実はけさの新聞でございましたか、一歳かの子供がテレビばかり見ている。そして子供が非常に早熟になっている。しかもものごとに驚かなくなっているとか、いろいろな記事が出ておりましたが、ほんとうにテレビの影響はこわいと思っておるわけでございます。 そういう意味で、民放に対しての電波監理局の権限でございますが、私の知る限りでは、認可をとりますと、結局あとは免許更新のときしか権限がない。しかも免許更新はほとんど自動的に行なわれておる。何かありましても、一札あれすれば済むということでございまして、私は、この辺ももっと徹底的に、そういう勧告とか、あるいは世論を無視するような会社につきましては思い切った処置に出るということが大切じゃないかと思って、実はお聞きしたような次第でございます。 最後にひとつ、期待される番組でございますね、一応向上委員会でいろいろ基準を設けておやりになっていると思いますが、期待される番組ということばをよく聞くわけですが、その期待される番組ということについてお話を承れればありがたいと思うわけであります。どんな番組が期待される番組かということでございます。
○高田参考人 お答えいたします。 なかなかむずかしい御質問で、私ども満足に答えられないと思いますが、そういう点につきましては、これもさっき何かの機会に申し上げましたが、やはり向上委員会の一つの役割りは、いい番組というもの、どういう番組をつくったらいいのか、委員の中にそういうほうに多少関連を持った方もおいでになりますから、いい番組の見本はこうだということじゃございませんが、そういう点もひとつ意見を出せば局の参考になるのではないかということで、考えようじゃないかということは出たこともございました。しかし、これも先ほど来申すとおり、そういう作業をやろうじゃないかと言っているときに、たまたま片一方の低俗番組のほうの問題がやかましくなったものですから、まだそこまでいけませんが、これは申し上げるまでもないことでありますけれども、民放の番組は低俗番組ばかりじゃないんで、むしろいい番組も相当あるわけでございます。 ですから、いまのお尋ねの点は、民放がいまやっております、たとえば視聴者会議でベストテンに入るような番組はもちろんでありますが、それに入らなくてもそういうものがあるのですから、そういうものをやってもらいたいというのが一番われわれの願望でございます。 しかし、そればっかりというわけにいかないところにやはり問題があるのだろうと思うのです。私ども一番今日困っておりますのは、番組基準に違反した番組ということなら指摘が十分できるのでございますね。これは民放連でこれからひとつ大いに自粛をやろうというものに抵触したものはいいのでございますが、番組基準には抵触しない、たとえば性だとかあるいは暴力だとかいうような問題には接触はしないが、こんな番組をなぜやっているのだろう、なぜテレビでこんな番組をやらなければならぬのかというような番組ですね、そういうものをやっぱり何とかして早くやめてもらいたいと思いますが、これはなかなかわれわれのほうとしても、こういう理由でということがいいにくいと思うのです。その点非常にこれから問題であるし、また現に苦慮している問題でございます。
○佐藤(守)小委員 じゃ、それで。どうもありがとうございました。 先ほど私、電波監理局に申し上げましたけれども、社団法人としていま検討中だというお答えがございましたが、ほんとうに役に立ついいものなら早く審査を進めてもらいたいと思います。どの程度審査するのか知りませんけれども、どんどん作業を進めてもらいたいと思います。特に要望しておきます。いろいろ教えていただきましてありがとうございました。 最後に、実はまだいろいろ質問したいことがございますが、時間もございますので、ひとつ最後までがんばって大いに努力していただきますことを心からお願いしまして、私の質問を終わります。
○水野小委員長 ほかに御質疑はございませんか。――別にないようでありますので、参考人の各位に一言お礼を申し上げます。 本日は、たいへん長時間にわたり貴重な御意見を承り、まことにありがとうございました。本件調査に資するところ大なるものがあったと存じます。本小委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時五十二分散会