大蔵委員会 第21号
- 発言数
- 293 件
- 登壇者
- 14 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1971/03/17
会議録
○毛利委員長 これより会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案及び租税特別措置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。佐藤観樹君。
○佐藤(観)委員 まず所得税法の改正についてお伺いしたいのですが、今度の所得控除の引き上げ、すなわち基礎控除が十八万円から十九万円、配偶者控除が十八万円から十九万円、扶養控除が十二万円から十三万円というふうに上がっておりますが、この一万円というのは一体どういうところからはじき出して一万円というふうに上がっているのでしょうか。
○細見政府委員 控除は、御承知のようにそれ一つ一つということもございますが、やはり全体として標準的な世帯を考えて、その世帯でどの程度の負担の軽減になるかということとしてお考え願いたいと思うのであります。したがまして、今回の改正によりますと、大体おしなべて各階層夫婦子二人でありましても、夫婦だけの世帯でありましても、あるいはまた夫婦と子三人の世帯でありましても、大体課税最低限が一〇%ぐらい引き上がっておる。およそ課税最低限の一〇%程度の引き上げというところを目途として減税を行った。御承知のように消費者物価の騰貴につきましては、御異論もあろうかと思いますが、一応五%か、あるいは五・五%程度ということを想定いたしておるわけでありますので、そういう意味で実質的な減税になっておる、かように私どもは考えておるわけであります。
○佐藤(観)委員 そうしますと、確認をしておきたいのですが、何と申しますか、いわゆる普通家族、夫婦と子供二人、これの大体生活様態を考えまして、その控除額を大体きめてからこれに案分するというか、いろいろな意味づけをして各一万円ずつ、それから勤労者控除の場合には、これは三万円上がりましたけれども、そういうように、まず大ワク——私は一貫して夫婦と子供二人の話をしたいのですが、課税最低限が今度九十六万三千七百二十七円になるわけですけれども、これから割り出して、大体基礎控除、配偶者控除、扶養控除、その他の控除額というのは大体上がっていった、上げていくやり方だ、そういうふうに考えてよろしゅうございますか。
○細見政府委員 そこのところはどちらが先でどちらが結果ということじゃなしに、やはり現実に税法にきめられておりますのは、基礎控除幾ら、配偶者控除幾らというふうにきめられておるわけでございますので、それをそれぞれ一万円かりに引き上げたら、全体として世帯単位に考えたときにどの程度引き上がるかということで逆算すればそれは一〇%程度。したがって、従来の改正の経緯を見ましても、基礎控除あるいは配偶者控除といったような諸控除を一万円上げたときもあり、あるいは二万円上げたときもございますが、いずれにいたしましてもそういうものを引き上げて、その結果として総合的な負担がどうなるかというように考えてきた。その辺はどちらが先でどちらがあとということではないと思います。 〔委員長退席、山下(元)委員長代理着席〕
○佐藤(観)委員 今度、給与所得控除の定額部分が十万円から十三万円に引き上げられますけれども、サラリーマンというのは御存じのように必要経費というのは認められないわけですね。しいて意味づけて考えれば、給与所得控除、これがサラリーマンを続けていくための必要経費であるというふうに考えていいと思うのですが、その点はいかがでございますか。
○細見政府委員 その点はいろいろ誤解もあるわけでありますが、いわゆる生活という感じで申しますれば、サラリーマンであろうとあるいは事業を経営しておられる方であろうと、そういう人、いわゆる人間としての基本的な生活権というようなものにつながるものは、それは基礎控除でありまして、やはり給与所得控除につきましては、給与所得を得るために必要なサラリーマンの控除、それはいわゆる、よくいわれますように食べるもの、あるいは住宅の関係とかいようなものでなくて、サラリーマンであるということによって、いわゆるつとめ人であることによって必要な経費ということになっておるわけで、そこの辺がいつも議論がこんがらかりまして、基礎控除はそれは人間である権利として、事業をやっていこうとサラリーマンであろうと、生きていくための最低のものはということになれば、その間に差はないのじゃないかと思います。
○佐藤(観)委員 その場合、サラリーマンといってもいろいろ種類、態様があると思うのです。どうしてもおつき合いをしなければ自分の仕事が全うできないようなものと、そういうものじなくて、極端に言えば毎日毎日通っていればそれでこと足りるというと非常に語弊があることばになるかもしれませんが、いろいろサラリーマンには態様があると思うのです。その辺のところは現在税制では加味というか、考慮はされておらないわけですね。
○細見政府委員 その点につきましては、いま私は一言にサラリーマンであるということに伴う経費と申し上げましたわけでありますが、たとえばサラリーマンに伴います経費というようなもので、かりに職務上必要な旅費というようなものがあるとすれば、わりあいはっきりサラリーマンである経費ということがはっきりしてくるのでありますが、御承知のように日本の給与の形態というのは、むしろ旅費のような場合には、旅費実費あるいは旅費の定額をその出張を命じた人に渡して、それを非課税にするというような形になっておる。 〔山下(元)委員長代理退席、委員長着席〕 そういたしますと、典型的なサラリーマンの経費というのはなかなか思いつかないわけで、たとえは通勤費というようなことにいたしましても、この中の一定——四千二百円でありますが、現在最高限度はいたしておりますが、その辺につきましては、御承知のように交通費として支給されるものを非課税というふうなことにいたしおりまして、なかなかサラリーマンであるための経費ということになると、いま御指摘ありましたように、つき合いの経費あるいは本を買わなければならない経費というようなものが比較的浮かんでくるのでありますが、つき合いという場合もほんとうの意味のおつき合い、つまりそのことをしなければ自分が職務をやっていくのにぐあいの悪いというのもありましょうし、まあきょうは何とはなしにくしゃくしゃしたから一ぺん一緒に飲みにいこうというあたりの区別、それがなかなかつかない。それを税務当局に区別させるような形の税制をつくることがはたして、納税者の皆さんにとってのわずらわしさというような点から考えて、いい制度であろうかどうかという、その辺を考えて御承知のように日本は定額にしておるわけで、その定額につきましても、昨日も御議論が出ましたように、ドイツあたりでありますと、たとえば十八万円余りのところでもうストップにしてしまっておる。ところが日本は金額が五十数万まできておるとか、あるいはフランスでありますと控除率一〇%に限っておる、それを日本は二〇%というような率もある、その上に定額もあるというようなわけで、日本としては、日本の納税者の意識あるいは日本の、何といいますか、納税レベル、納税者のレベルというようなことを考えれば、これが一つの現実的な解決じゃないか、かように思っておるわけであります。
○佐藤(観)委員 私がいろいろ事業者なり、サラリーマンの方々と座談会なりやってみますと、やはり一番不満が多いのは、サラリーマンの方というのはちっとも必要経費——感覚としては、いま局長がおっしゃったように意味づけはされているのですが、なかなかそれはそういう感覚でとらえられない。そういうところでよく話に出るのですが、事業者の方は車を買った場合に、この車の税金まで必要経費で落ちるし、ガソリンを使った場合でも、五十何円のガソリンの二六%ですか、ガソリン消費税というのは……、これも必要経費で落ちているわけですね。ところがサラリーマンが車を買ったといたしますと、所得税を取られて余った可処分所得の中から車の税金を払って車を買い、しかもガソリンを使えばガソリン消費税というのはまたそこから取られるということで、そういう面では非常にサラリーマンの人というのは事業者に比べて不利な状態に置かれていると私も思うのです。 そこでやはり、いま局長のお話では、つまり納税者の具体的な、実際にたとえば住居費、あるいはサラリーマンでも勉強しなければいけませんから読書代、教養費と申しますか、それから酒を飲む、これもあすの労働への意欲ということもあるでしょうし、それから洋服、被服費ですね、こういうようなもの、確かにそれは繁雑になるかもしれませんけれども、そういうものの最低限のある程度の控除額というのをつくってやれば、確かにめんどうくさくはなりますけれども、その辺サラリーマンの納税者には気持ちとして納得いくのじゃないか。ある程度そういう面では必要経費ということばが意味どおりに出てくるのじゃないかと思うのですが、その辺のところはいかがでございましょうか。
○細見政府委員 事業をやっておられる方が自動車を買われましても、それを事業の用以外に使っておられる限りは経費にならないわけでありまして、実際の税務におきましては、たとえば職員のレクリエーション用に使わしたというような場合には経費にしておろうかと思いますが、経営者自体が、所有者自体がその自動車に乗って箱根へ行ったとかあるいは熱海へ行ったというようなときには、それが税務調査でわかる限りは経費になっておりません。その辺についての誤解がありまして、あるいはまた税務調査が必ずしもそこまでこまかく、まあ重箱のすみをつつくようなところまでいっていないというようなことがあって、いろいろ誤解もあろうかと思います。ガソリンというのも同様に、それから自動車についても、その分については経営者に対する給与として課税になるというのがたてまえでありますが、たてまえがどこまでいっておるかということについては、御指摘のような議論が世の中で行なわれておるということは、必ずしもたてまえどおりいっていない面もあるいはあるかと思います。いまお話しの住居とか教養とかあるいはレクリエーションの費用だとか被服費だとかいうようなことになりますと、先ほども申し上げましたように、いずれも人間生きていく限りにおいて必要なものであり、教養にいたしましても大なり小なりそれなりの教養は、まあ文化的な世界に住んでおる限り要るわけでありまして、それを文字どおりいわゆる経費というところまでいくのか、御本人自身の知的あるいは生活感情の充実というような形で考えるのか。その辺の生活費というようなものも、文字どおり食うだけの生活から、やはり知的文化的な生活になってくると生活の内容も違ってくる。その辺をどこまでを経費といい、どこまでをその御本人のいわば生活の高度化というようなものとして考えるかということになりますと、たとえば税金などのことについてこまかく気をつかっておられる方であれば非常にじょうずに立証ができる。ただほかの人はもっとおおらかにやっておられる。そうするとさっぱり立証ができないというようなこと、そういう立証のうまいへたというようなことでかなりこの問題は違ってくるだろうと思います。そういうようなことを考えますと、やはりサラリーマン二千数百万の納税者に対して、一々これは住居で——この住居も自分が職務をやるためにこの程度の家に住んでいなければいかぬ。自分とすればたとえば月一万円の家賃の家でいいんだが、やはり会社の部長であるから二万円の家に住んだんだ。したがって一万円の分は経費だというような議論、これは際限のない議論になるわけでありまして、一万円の、つまり人間が生きていく限り必要なものは、これはサラリーマンの経費にならないことはおわかり願える。それとサラリーマンである、部長であるということからくる差というものをどうやって個々の場合に立証していくか、これは非常にむずかしいことで、かえっていままでよりもっと大きな国民の税に対する怨嗟の声を招くことになるのじゃないか。その辺がむずかしいところであろうと思います。
○佐藤(観)委員 確かにいろいろ繁雑になると思うのですが、その点はもう少し技術的な問題も加わってまいりますので、きょうはあまり時間もございませんから、次の問題なんですが、いわゆる課税最低限の目安なんです。これは一体どういうところでおきめになるのか。私は先ほど申しましたように、夫婦子供二人の場合九十六万円強ですね。弱というのか——強でございますね。これは九十六万円ちょっとということでございますから、大体平均して十二で割りますと月八万円でございますね。ここにあるいは総理府統計局からの年間収入の五分位階級別の収入と支出なんですけれども、そうしますと、課税最低限というものが即生活費なんだということになりますと、これは五分位のうちの三番目くらいの順位までしか消費支出としては入ってないわけですね。大体中流家庭の方々の生活費までは免除するというようなことだと思う。九十六万円というのは一体どのような生活様式をもって考えて出されたものか、その点をお伺いいたします。
○細見政府委員 この課税最低限とかあるいは所得税の負担を考えます場合に、全体として課税最低限、基礎控除とかいろいろな諸控除によって課税最低限ができますのは、むしろどの辺の所得階層からなだらかに税負担を求めていったらいいかということに一つの考え方があるわけであります。その場合にその基礎控除の——たとえばこういうことになるわけです。百万円の所得から課税するといたしまして、もし基礎控除とかいうものがないといたしますと、百万円を免税点にして一その次百十万円になったときには、つまり百万円から一〇%の税負担がかかるわけでありますが、基礎控除を置きますと御承知のように十万円にだけ税をかければいい。そういうことで、同じ税負担のなだらかな上昇を求めていくというのに基礎控除というのを組み合わせるのが一番いいのだというのが考え方でございます。 その場合に、基礎控除につきましては、できるならば最低生活費というようなものに食い込まないほうが望ましいということがいわれております。そういう意味で最低の生活費というものには食い込まないようにするのが望ましい税制であると思います。そういう意味の最低生活費というのは、現在の、ここに出ております五分位のどの階層でもないわけでありして、むしろ現在のように社会保障制度がかなり発達いたしてまいりますと、社会保障でささえておる生活というのが極端に申せば最低の生活費であろうかと思うのですが、そこまでのぎりぎりした議論は申し上げませんが、たとえば従来大蔵省で取り上げておりましたマーケットバスケットの方式などによりましても、これらの五分位のどの階層よりも若干低いところに出てまいります。そのことにつきましては、そういう料理内容がどうとかいう議論もありますので公表はいたしておりませんが、しかしこれらの五分位の各階層は、各階層を通じまして教養娯楽費とかあるいはテレビ購入費でありますとか、若干上の層にいけば自動車があるとか、あるいはこれらの階層それぞれ何万かの貯蓄ができるというような階層でありまして、そういう意味におきまして、支出について切り詰めていかなければいかぬ、そういう観念はあろうと思いますが、これだけの支出をしなければ食っていけないという階層ではない。そういう意味でこの階層が即課税最低限に持ってこなければならない階層ということではないのじゃないかと思います。 と申しますのは、これは大臣がたびたび申しておりますように、夫婦子二人でとりましてもあるいは子三人でとりましても、イギリスとかドイツとかいうような国の課税最低限よりも実は上回っておるわけでありまして、もちろん生活の内容も違いますし、それから消費物資の値段の構成あるいは家賃の高さというようなものも違いますので、一がいには比較できませんが、日本の国よりも所得水準が高い国の課税最低限よりも現在高くなっておりますので、私どもはこれが絶対的あるいは相対的に非常に低いものであるというふうには考えておりません。ただしかし物価も上がることでありますので、それらのことを考えながら、やはり所得税について、こういう会社、経済の非常な変動期におきましては、それにある程度適応するような形で所得税の減税というのは今後も考えていかなければならない、かように考えております。
○佐藤(観)委員 わかったようなわからないような話なんですが、ここにございます五分位階級別の収入を見ますと、五段階がございまして、その平均が——課税最低限の場合には消費支出を問題にしていいと思うのです。そうしますと月平均が八万二千百一円でございますけれども、第一分位の場合には五万四千六十二円、ですからこれ八万円から引きますと二万六千幾らというものが、つまり生活費以外の可処分所得の分も控除されているという意味合いにとっていいと思うのです。第二分位の場合には約七万円でございますので、残りの一万円が可処分所得からこれだけは使ってもかまいません。課税しません。生活費ではなくて、生活費を除く部分からそれだけ税金をかけられていない。第三分位くらいになると大体それが、いまの九十六万円という課税最低限ですね、これと、月当たりにしてみて大体一緒になる。つまり第三分位くらいになると生活費全体が課税最低限になるというふうに見ていいと思うのです。第四分位になるとこれはもう消費支出は一カ月九万一千幾らになっておりますから、そうしますとこの場合には生活費のうちの一万一千円というものは課税されているというふうに見ていいのじゃないかと思うのですね。その際、生活費、生活費といっても個人的に非常に奢侈な生活をしている人もあるでしょうし、そこまでは私は必要ないと思うのですね、その内容次第でございますけれども。ですから課税最低限といっても、そういうふうにいまの五分位制との関連で消費支出と生活費、課税最低限の問題というのを考えてよろしゅうございますか、そういうような見方をしてよろしいのですか。
○細見政府委員 一つのチェックする方法としてそういうものをお使いになるのはけっこうだと思いますが、先ほど来申し上げておりますように、こうした消費支出という、いわば出たままの消費支出というものを課税最低限にそのままとってこなければならないということではないんではないかと思います。たとえば、御承知のようにエンゲル係数一つを見ましても、三四、五%であったエンゲル係数が現在では三二%ぐらいに下がっておるわけで、従来の課税最低限が生活費に食い込んではいかぬという議論は、エンゲル係数が五〇とか六〇とかいう高いときの議論であって、かといって所得税の負担が幾ら重くてもいいという話ではないですが、いわゆる課税最低限あるいは最低生活費というような議論とは、いまの日本の所得税はある程度離れて、富の再分配をどうする九というような観点のほうによりウエートが移っておると考えていいんじゃないかと思っております。
○佐藤(観)委員 所得税の課税最低限の問題は去年のこの委員会でもかなり論議されておりますし、前の方もずいぶんされましたので、次の所得税と住民税との関係についてちょっとお伺いしたいのですが、自治省の方いらっしゃいますか。——いま住民税の課税最低限は幾らくらいになっておりますか。
○石原説明員 今回の改正法案によりまして、夫婦子二人の給与所得者の場合七十二万八千九十一円になっております。
○佐藤(観)委員 それで、住民税を納めなければいけない人の数というのは全国的にどのぐらいございますか。
○石原説明員 昭和四十五年度の課税状況で調査したものでありますが、住民税の所得割を納付している者の数が二千七百九十万人ございます。
○佐藤(観)委員 昨年の夫婦子供二人の場合の課税最低限は、住民税の場合には六十四万円でございましたね。その際から今度の七十二万八千九十一円に課税最低限が上がったことによって、ふえているか減っているか知らないですが、納税者はどういうふうに変化しておりますか。
○石原説明員 今度の改正案によりまして、推定でございますが、二百二十万人ほどの減が立つわけでございます。
○佐藤(観)委員 それで、現在所得税の課税最低限との差が二十三万五千六百三十六円ですか。それで、四十五年度の場合も所得税の課税最低限が八十八万三百二十八円、住民税がさっき申しましたように六十四万九百四十円、その差は二十三万九千三百八十八円。先ほど申しました本年度改正案によります二十三万五千六百三十六円とほぼ一緒なわけですね。この課税最低限が住民税と所得税の問で差があるというのはこれは意味づけがあるのですか。それとも財政上の問題ですか。
○石原説明員 この点につきましては従来ともいろいろ議論があるわけでございますが、たとえば昭和四十三年七月の税制調査会の長期答申におきまして住民税と所得税の性格の差異について述べております。これによりますと、住民税は所得税と異なりましてそれぞれの地域社会の費用をその住民が能力に応じて広く負担する性格を持つ税であるというふうに述べられております。そのことから、住民税と所得税とは基本的な性格が違うということから、その課税最低限というものは必ずしも同じである必要はないんだというふうに述べておりまして、自治省といたしましては基本的にはその答申の考え方をとっておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 その点が、その差が実は国民に、住民税が大衆課税である、あるいは重税感というものを与えているんじゃないかと思うのです。たとえば夫婦子供二人の場合、いまのように課税最低限が住民税の場合には七十二万八千九十一円でございますので、年間所得がこれ以上の人はここから住民税がまずかかるわけです。かかっていってそして九十六万三千七百二十七円になりますと、今度は所得税がまたそれに加わってくるということになるわけですね。この二本の線を延長してみますと百十六万九百八十八円でこの二本の線が交差いたしまして、つまりそれ以前の場合には住民税のほうが所得税より高い状態になっているわけですね。この点について自治省としてはどういうふうにお考えでございますか。
○石原説明員 所得税は、何と申しますか、国全体の立場に立ちまして、所得再分配なりあるいは資源配分なり景気政策なりという、いろいろな機能を果たすわけでありますが、住民税は限られた地域社会のもろもろの経費を、その地域の住民が一種の会費的な性格として負担し合うのだというふうに理解しております。その基本的な性格が違うというところから、課税最低限についてもある程度の差が生ずるのは税の性格上やむを得ないではないかというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 しかしその考え方ですと、この差というのは別にかまわないというふうに私はとれるんじゃないかと思うのです。いまちょっと資料が見当らないのですが、おたくの大臣はだんだんこの差は縮めなければいけないというふうにおっしゃっておられると思うのですが、いかがですか。
○石原説明員 もちろん住民税につきましても現在その負担については相当重いという批判がありますし、減税を求める声も非常に強いわけでございまして、私どもといたしましても事情の許す限りこの課説最低限の引き上げには努力しなければならないと考えております。御承知のように昭和四十六年度の改正案におきましても、所得税と住民税のこれまでの差を少しでも縮めるという意味合いで、その課税最低限の引き上げ幅も所得税の場合よりも若干上回る改正案を御審議いただいておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 そうなんですよ。いま言われたように非常に若干しか差は縮まっていないわけですね。そこが私はやはり問題じゃないかと思うのです。確かに地方税のほうは、考え方としてそういうふうに各自治体の、簡単にいえばクラブ員のようなもので、みんながクラブ会費を納めなければいけないんだ。そこに還元されるものというのは、その個人なり税を納めた人に密着したものにそのまま返ってくる。やり方次第でいろいろありますけれども、返ってくるという意味で納めなければいけない。それから、地方自治の精神からいって独立性を持っていなければいけないという考え方が確かにあるのは私も知っております。ただし、現在の場合にこれだけの差があると非常に重税感を国民に与ているんじゃないか。それからまた、もう少しあとで詰めますが、税を集める面において課税最低限が国の所得税と一致してないということは非常にめんどうになっている点じゃないか。というのは、つまり、課税最低限を一緒にすれば、いろいろな面が紙一枚で所得税のうしろにつけて徴収することができると思うのです。その辺のところでどちらか、つまり住民税が大衆課税でなくする方向にいくのか、それとも、やはりそういうふうに課税最低限の差についてなおやはり意味づけを持ってこのまま進まれるのか、その辺のところは将来に向かっていかがでございますか。
○石原説明員 ただいまの手間の問題、徴税コストの問題でございますが、所得税の課税の対象になります方については、国税の申告あるいは源泉徴収の場合の給与支払い報告書については、二重の調査の必要がないように、これまで逐年その改正が加えられてきておりまして、今日では別個の調査ということは原則的にはないわけでありますが、所得税が課税されない、いわば所得税の控除失格者につきましては、地方自治体がそれぞれ独自の調査はしておるわけであります。これはまあ住民税の性格上やむを得ない事柄であります。 将来の問題として、住民税と所得税についての現在ある差というものをどう考えるかというお尋ねでございますが、初めにも申し上げましたように、所得税と住民税とではその基本的な性格が違いまして、住民税は、御指摘もありましたように、いわば会費的な性格の税でございますから、やはりなるべくたくさんの人たちに広く負担していただくという考え方をとらざるを得ないと考えております。これらの点については、実は政府の税制調査会などにおきましてもいろいろ議論があるところでございまして、その基本的なあり方につきましてはこれからもさらに議論が行なわれるような予定になっておりますが、基本的には私どもは、一致しなければならないというものではない、何がしかの差がそこに残ることはやむを得ないというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 それで、いま徴税コストの問題も出ましたのでちょっとその問題に移りたいのですが、実は昨年の四月九日の当委員会において、平林委員から徴税コストの問題が取り上げられまして論議がされているわけなんですが、政府側の意見としては、これは一元化のために積極的に取り組むということで、中川政務次官もお答えになっているし、税調のほうにもはかるということばが細見局長のほうから述べられておりまして、平林委員は最後に、「それじゃこれは一年後にお目にかかるということにいたしまして、具体的実践を私はきょうは確認をいたしまして、次の機会を楽しみにいたしておきます。」というふうに難事録になっているのですけれども、そこで私がそれについて引き続きまして御質問申し上げたいのですが、いま私が住民税との関係で申しましたように、住民の側からいうと取られる——主税局長さん、取られるということばはいけないのかもしれませんけれども、つまり、税金を納めるほうといたしましては、住民税も国税もとにかくふところから出ていくことは間違いない。それが二カ研なり三カ所に納めに行かなければいけない、あるいは、申告書も別個に書かなければいけないということになると、非常に手間がかかるということなんですね。 そこで私はこう思うのですが、いかがでございましょうか。それは、確かに住民税の場合にはいろいろな意味づけがございます。ですから、単に課税最低限を一緒にするしないという問題もありますし、それから、地方自治体あるいは地方自治体の徴税の独立性という問題もあります。そこでこういうのはどうだろうかと思うのですね。つまり、いま国税庁で国税を集めていらしゃいますけれども、別個に地方自治体とも何らかの関連を持った、何という名かわかりませんけれども、徴税庁みたいなものですね、そういうものをつくって、現行の課税最低限なら最低限でいいから、とにかく現行のままひとつ集めまして、そこに一カ所に納めにいく。そうすると、現在住民税の場合には八万人ですか、それから国税の場合には五万人の方々が集めていらっしゃるのだけれども、その辺のところはもう少し合理化することによって、住民のほらも、それから使う予算のほうからいっても便利なんじゃないか。その辺の議論は、平林議員がされた昨年から本年一年の間にどのように進展しておるのか、お伺いしたいと思います。
○細見政府委員 その点につきましては政府の税制調査会で、かなり基本的な制度にわたることになりますので、基本問題小委員会というのを設けましていろいろ御議論願って、昨年の十一月に中間答申はしていただいたのですが、最終的な結論はこのあと七月までかかって最終的な御検討を願いたいと思っておるわけです。 ただ、いまの佐藤委員の御指摘、非常に示唆に富んだお考えで、私どもも何らかの意味において徴税事務を合理的に一元化する方法を考えなければならないということは考えておりますが、その場合に、やはりいまの税制をそのまま置いておきますと、いろいろな意味で、たとえば所得税であるが住民税は前年課税であるとか、あるいは事業税は法人税の計算の上で経費になる、しかもそれは前の事業年度の事業税が出てくるというような複雑な制度が若干ございます。それらの点につきましても見直さなければほんとうの意味での制度の抜本的改正にはならない。ただ、そういうことになりますと、現在それぞれの地方団体にいわば固有の財源としてございます地方税のあり方というのが、各団体ごとにかなり変動を生じてくるというようなこと、あるいは国と地方との間の財源配分にかなりの差異が出てくるというようなことがございますので、それらの点を含めまして、しかしもう戦後二十数年たちまして、現在のように人口と富が都市に集中してくる一方、過疎地帯がどんどんできてくるというような場合に、はたして二十五年前のように、日本全土をほぼ同じ水準で開発していかなければならないと考えておったときの地方税がいまなお当てはまるのかどうか、この辺はむずかしいと思っております。しかし、この問題は避けて通るわけにいきませんと同時に、非常に利害関係が複雑でございまして、私がここでこういうことをお話ししたということが、もうおそらく二、三日後には地方行政委員会に呼び出されて、おまえはけしからぬことを言っておると言われるくらい複雑な関係がございますので、その辺を考えながら、しかし避けて通らないで進んでいかなければならない、かように思っております。
○佐藤(観)委員 確かに、一緒にするといっても、なかなかむずかしい問題がいま局長が言われたようにあるわけですが、そうするとお伺いしたいのですが、それは仮定にもよるのですが、私が申し上げましたように、そのままいまの地方自治体の徴税行政を徴税庁なりに移管をする、国のものも徴税庁で集めるというように一本化した場合、確かに地方自治体によっていろいろパーセンテージも違うところがありますからいろいろ複雑ではございますが、そういうように一本化した場合に、先ほど局長の言われましたように税調の基本問題調査会ですかで行なわれました「国税と地方税のあり方」に書いてあるけれども、「徴税事務、納税手続の簡素化の効果は期待される程大きくないのみならず、納税者又は特別徴収義務者の側における負担の増加も懸念される。」——これは一緒にするのに反対の意見のようでございますけれども、そういうふうに書いてあるのですが、その辺のところは、仮定がいろいろ複雑でございますからそう簡単にはいかぬと思いますが、いかがでございますか。
○細見政府委員 その点は端的に住民税に出てくるのではなかろうかと思うのであります。先ほど申しましたように、国の所得税は現年の課税であります。ところが住民税は前年課税である。しかも、前年課税によりまして、各地方団体ごとにいわば税率が違うわけです。ですから、それをどうやって計算するかということになりますと、いまのような地域ごとにやる徴税機構があったほうがうまく計算できる。それを一元化いたしましても、一ぺんそれを中央まで持ってきて、さらにそれを地方に再配分しなければならない。しかも各団体ごとに税率が違うからどうしてもそういうことをしなければならぬというようなことがあったりして、再計算の事務その他が中央に集中することがはたして、いまのままの制度であるならば効率的であるかどうかというあたりはかなりむずかしい問題で、もしそれを全国の市町村を一本化するということになれば、貧弱団体あるいは徴税税率の違った、高いほうの団体の財源措置をどうするかという問題が出てまいるわけでありますし、その辺を踏まえますと、やはり制度を一元化しなければ徴税機構の一元化というものはむずかしかろう。 またいまのお話しの徴税庁のようなものをつくりましていたすとすれば、それは自治省であれ大蔵省であれ、あるいは総理府でありましても、国の機関にならざるを得ないと思います。国の機関にしたときに、いまの地方税を付加税にするとか、あるいは一元化するというときの議論の反対の論拠の一つに、やはり地方団体がみずからの額に汗をして税を集めて、そこに初めて地方団体としての意識も出てくるし、納税者のほうも、いわばタックスコンシャスとでもいうのですか、自分がこの役場の経費を払っておるんだということで住民意識が出てくるんだという論議をなさっておる人々に対する答えにはならない、その辺をどうするかという問題があるわけでございます。
○佐藤(観)委員 私は、住民税の付加税化には反対なんですね。反対だけれども、課税最低限を一緒にして、それから用紙を一枚にして、それで、もちろん所得税が幾ら、それからそのうしろに今度は住民税が幾らと、あくまで住民税ということばは残すわけですね。確かに額に汗をしてと言うけれども、たとえば徴税コストを見ましても、国税の場合には百円当たり一円四十七銭で済んでいるものが、道府県では三円二十銭、それから市町村に行きますと四円九十九銭、地方を合計しますと三円九十二銭と、大体三倍弱になっているわけですけれども、これだけは、結局だれが負担しているかというとやはり住民が負担しているんですね。自分たちが取らないと自治意識がわかないんだということは、それはことばでは確かにそうなりますけれども、あくまで何々市町村民税ということばを残し、その財源というのはそのままその市町村に現行どおり入るということになれば、必ずしもそれで地方自治というものを侵すことにはならないのではないか。あくまでも財源というか、徴税の独立性——独立性というのは何もそこの市町村が責任をもって取るということではなくて、事務の合理化の面でできるところがあればかまわないのじゃないかというふうに考えるのでございますが、いかがでございますか。
○細見政府委員 私どもも同様に考えるわけでありますが、反対側の人はそれじゃならぬのだと、こうおっしゃるわけでございます。
○佐藤(観)委員 この辺のところは、かなり地方自治と現状の地方行政、地方事務、そのあたりとの関連で、度合いの取り上げ方だと思うんですね。理屈としては確かに自分で取らなければ地方財政の独立性ができないといいますけれども、実はいろいろな意味で支出が押えられれば、地方自治体もそれにこしたことはないと私は思うのですが、その辺のところは自治省はいかがでございますか。
○石原説明員 お答えいたします前に、先ほど御指摘ございました徴税コストの問題でございますが、確かに徴収税額に対する徴税費のパーセンテージで参りますと、国税が一・四七%に対して、四十五年度ですと地方税が三・九一%ですが、この辺は、地方税の場合、固定資産税ですとか、その他比較的取りにくいというか、経費のかかる税目が多いということと、それから住民税にいたしましても、あるいは住民税の法人税割り、所得割り、それぞれ所得税あるいは国の法人税に比べまして、いわば納税通知書一枚で取れる税額が非常に違うわけなんです。ですから、税額で割り返しましたパーセンテージはどうしても地方税のほうが高く出るという点を御理解いただきたいと思うわけです。地方は地方なりに、最近いろいろな意味での合理化には努力をいたしております。 そこで、お尋ねの税をみずから取らなければ地方自治にならないのかどうかという辺でございますが、やはり地域社会の共通の行政を進めていく場合に、その経費をその地域の人たちが負担していただくという、いわば受けるサービスと負担する経費との相関関係ができるだけ明瞭な姿で示されるということが、地方自法の健全な発展の一番の基本ではないかというように私ども理解いたしております。したがいまして、個々の税目についての徴税の合理化、経費の合理化には最大限の努力を傾けなければいけませんけれども、やはり地方自治を健全に育てていくためには、その自治体が課税の主体になり得るというような姿でなければならないというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 ですから私が言っているのは、その地方に住んでいらっしゃる住民の方が負担していただくわけでございますけれども、それを徴収するのには、何も県なら県の職員でなければいけないということはないと思うのです。その辺のところは、県も市も町も村も国の税金も、一体化して一本で取る、こういう合理的な事務、行政でも私はかまわぬと思うのですね。それで、もちろんその取った、現行なら現行の税制で取った税金というものはそのまま地方自治体に移管する。ですから、確かに現在の形態とその面では、その住んでいる方々が地方自治体に財源を納めるということにはちっとも変わりないと私は思うのです。ただ税金の事務を各段階の行政がやるのではなくして、一元化したほうが——コストを見ても、確かに地方自治体というものはこまかい税目がありますし、それから国税庁ほどいろいろな職員がそろってないという問題もありますし、それから小さいところでもとにかく何人か持たなければいけないのですから、それを頭割りで見れば、その意味では確かにコストが高くなるということは、ある意味では当然だと思うのです。ですから、その辺のところを全部一本化して、徴税庁なら徴税庁みたいなものでとにかく取った財源というものは、そのままもちろんその各地方自治体に戻すということならば、私は別に地方自治体の独立性というものをそこなうことはないんじゃないかと思うのですけれども、もう一度御答弁をお願いしたいと思います。
○石原説明員 先ほど主税局長からも御答弁がありましたように、一本で徴収する機関をつくるといたしますと、どうしてもこれは国の機関にならざるを得ないのではないかと思いますが、そうしますと、個々の税目の定め方は、各地方自治体の条例で定める——現在でも、基本は地方税法で定めておりますが、具体的な課税権といいましょうか租税債権といいましょうか、それは条例で定めることによって発生するわけでありますが、そういうたてまえにしておりましても、実際に税金を集める窓口が国の機関であり、集まった税収入が国の機関から交付されるという形になりますと、今日の譲与税あるいは地方交付税などと、理念としては別であっても、現実の形としてはあまり変わらないものになってくるということになりますと、今日、独立税に対して譲与税や交付税の難点といいますか、地方の財源としてはいわば次善のものであるという理解がされておりますが、こういった問題と同じような議論がどうしても出てくるのではないかと思います。 それからまた技術的な面におきましても、一つの国の機関で集めるといった場合に、現在の徴税制度で認められております各自治体の選択権、自主性、具体的に申しますと税率について、ある税目については標準税率をオーバーして課税ができております。たとえば住民税の法人税割り等については、相当数の団体がその地域の経費をまかなうために法人に対して標準以上の負担を求めておりますが、こういった点が非常に複雑になってくる。さらには、各地域の実情によりまして、たとえば東京都とか大阪などで広告税とか商品切手発行税という法定外普通税を設けておりますが、こういったものをどうするかという問題。さらに、たとえば住民税に例をとりましても、かりに所得税と住民税の課税標準を全く同じにいたしましても、取ったところで、各納税者ごとにその住所を調べて、その住所地の市町村にそれぞれ払い込むというような手続がどうしても残るわけでございまして、先ほど申し上げましたように、税制調査会の答申の中にも、一本化については言われるほど経費の節減効果が期待できるかどうかという議論が、実は技術的な面でもあるわけでございます。 私どもとしましては、この問題については単に税金の取り方ということだけでなしに、徴税制度、さらには地方自治制度の根本に触れてくる問題でもありますので、今後とも税制調査会その他で十分御審議をいただきたいというふうに考えております。
○佐藤(観)委員 この問題の最後に政務次官にお伺いしておきたいのですが、御存じのように、いま中間報告として五点にわたって報告され、その報告というのがなかなか適宜を得たことばで書かれていると思うのですが、それについていま自治省の方が述べられ、あるいは細見局長のほうから述べられたように、いろいろの考え方があって、いまの中間報告としては両案が併記されているわけです。いずれ結論が出ると思うのでございますけれども、大蔵省として徴税一本化というのはおやりになる決意があるのかないのか、お考えをお伺いしたいと思います。
○中川政府委員 大蔵省としては、昨年来当委員会でも御答弁申し上げましたように、納税者の気持ちあるいは徴収コスト等からいって一体化することが望ましいという考え方のもとに、何とか実現をはかりたいと努力をいたしております。この点については、総理が国会においても答弁をしておるところであります。 ただ、自治省からもいろいろと御意見がありましたように、この問題は地方自治の本質というものに触れる心配もある。きょうからはいよいよ地方選挙の火ぶたを切っておりまして、こういったこともこれから与野党政治家において大きく議論されるところでありますが、何といっても国民の納得がいかないままに無理してやるということであってはならない。早急にはできないにしても、時間をかけて、国民の皆さんに納得が得られる努力を続けていくうちに実現を期してまいりたいという考え方でございます。
○堀委員 ちょっと関連して。自治省に伺いますが、いま地方自治体は、健康保険料を委託して徴収しておるところがかなりあるように思うのですね。健康保険税は違いますけれども、保険料については自治体そのものが徴収をしないで、委託して徴収しておるところがかなりあるようです。いまの場合、税と料は違うといえば違うのですが、本来的には地方自治体の固有の業務であるわけ外すけれども、ここはどでしょうね。自治省は、払ういう徴収の委託という問題はどういうふうに踏まえて考えておるのか。
○石原説明員 国民健康保険料と保険税とは、実質は全く同じでございますが、徴収形態が、片上が料、片方が税、租税という形をとっておりますので、租税の場合は全面的な委託徴収ということはあり得ません。料につきましては、ほかの使用料、手数料につきましても現在地方自治法上、委託徴収の道が開かれております。そういう意峠で、一部の団体において委託徴収の方法がとられておると思います。事務の合理化のために事務の一部を部分的に委託するということは孝えられると思いますが、税全体を特定の機関に全面的に委託するということは、税を全部料制度に直すという前提はありますけれども、今日の国民健康保険制度と市町村行政との関連からいたしましていろいろ問題があるのではないかと思いますが、なお研究してみたいと思います。
○堀委員 いま、国と地方の関係を見ますと、地方自治体は国の業務をずいぶん委託されていますね。地方自治体の業務を国に委託しているものというのはありますか。
○石原説明員 とっさのお尋ねでございますのであれですが、実は私、歳出の項目をいろいろ洗っておりまして国に対する委託料の費目を見たことがありますから、個別的にはあり得るんじゃないかと思います。
○細見政府委員 いまの点ですが、住民税、事業税の申立書を税務署で委託を受けてお配りしておる。正式の委託ではございませんが、事実上の委託を受けてやっておるというのはございます。
○堀委員 どうせあとでこの質問のときに自治大臣に入っていただいて、この問題は理論的に少し詰めてみたいと思うのですが、自治省、少しこだわり過ぎているんじゃないかと思うのですね。私は尼崎市に住んでいるのですが、尼崎の幹部会議へ私ちょっと出て、君たち国に対して何か要望はないかと聞いてみると、とにかく徴税を一本化してください、これはむだですというのが実は自治体の声なんですよ。私のところは、いま社会党の市長を出しているから私はちょいちょい幹部の意見を聞いてみるのですが、その点、自治省の言っておられることと自治体そのものの感覚にはかなり違いがある。私は、いま佐藤委員が言っているように割り切ればいいと思っているのです。国に委託すればいいと思う。何も自治体が自分のほうで全部やらなければならぬということはない。国が自治体に委託をしているんなら、自治体と国は対等なんだから、自治体も国に委託をして、県民税と市民税は国が取って持ってこい、こうやって、どうせ国に委託したって委託料を取られるわけじゃないから、ただで委託をすればいいんだからこれほどけっこうなことはないのであってね。どうも何か発想がじめじめして、国が上で自治体が下だとか、力関係が大きいとか小さいとか、そういう発想に非常に問題があるような気が私はするのです。国と地方自治体は本来的に対等なんで、対等だけれども実際は国が強くていろいろなことを委託させて自治体は困っているのだから、少しぐらいは国に委託をする。とにかくメリットを国から引き戻したっていいんじゃないかと思うので、ここらはあなた方、もう少しドライになって、自治体の力というものをそういう形の上で立証していくという考え方が、今後の地方自治を推進する非常に大きな問題点になるんじゃないかと私は思う。その中で合理化によって得た費用を住民サービスに持っていくなら、これほど合理的で有効なことはないし、自治体の本来の姿の線に沿ってくる問題であるのではないのか。 ただ、そこで問題が残るのは、実はいま地方自治体ごとに基準がいろいろ違いますからね。それを国のベースの形にするといろいろ誤差が出る。だからこれは、調整財源でその分だけは逆にまた戻すということで、現実ちっとも変わらないような委託業務を国にやらせることは可能だと私は判断しています。ここらは、次に私が自治大臣とやるまでに、自治省は一ぺん十分検討しておいてもらいたいと思う。来週になるのか再来週になるのか知らないけれども、大蔵大臣と自治大臣と並んでもらって、この問題は一ぺん理論的にもきちっと詰めさせてもらいますから、検討しておいてください。
○佐藤(観)委員 この問題は、また堀委員にあと詰めていただくことにいたしまして、もう一つ別法の問題についてお伺いしたいと思うのですが、今度所得税法の改正で二百二十三条、これは改正がございますね。これはどういう理由でございましょうか。
○細見政府委員 この制度は御承知のように昭和二十五年以来設けられておるわけでございますが、この制度は、昭和三十九年に限度を五百万円に上げまして、それ以来ずっときておるわけです。現在、所得者のうち約四%足らずの人が高額の納税者といいますか、五百万円をこえる所得のある人として分離されておるわけでありますが、この三十九年当時にはこれが約一・二、三%程度のことでありまして、これは税務署の事務といたしましては、かなり複雑な手間のかかる事務になってきております。パーセンテージこそ低くはなりますが、納税者がふえておりますので、人員としては相当の人員になるわけで、これを……。
○佐藤(観)委員 つまり、これは申告書を公示しなければいけないというわけですね。その額が五百万円から一千万円になるということですね。そうすると、この改正が通りますと国会議員は公示されますか、されませんですか。
○細見政府委員 国会議員の方々で歳費だけの方は、公示が要らなくなるであろうと思います。
○佐藤(観)委員 公示が要らなくなるわけですね。いままでは公示されていたわけですね。いままでの歳費が、年間いろんな手当もありますけれども、こまかいのは入れないで、四十五年四月一日から五百十八万円ですから、これは五百万円以上でございますからみんな出ていたわけですね、国会議員は。四十五年五月一日からは国会議員の給料は六百万円ですね。そうしますと、これは公示しなければいけない額というのが一千万円となりますと、一千万円以上こえる人は何人あるか知りませんけれども、原則的には、国会議員だけの場合には公示されないことになるわけです。それでこれは前の、つまり五百万円になったのはいつからですか。公示しなければいけない額が五百万円になったのは……。
○細見政府委員 五百万円になったのは三十九年で、その当時は国会議員の方は、歳費だけである限り公示にはならなかったわけであります。
○佐藤(観)委員 三十九年ですね。それで、国会議員の年間収入が百万円をこしたのは三十三年四月一日からなんですね。そこで二十七年からたしか公示しなければいけない額が二百万円になっていると思うのです。ですから、三十三年四月一日から百八十万円になっておりますから、このときには公示されませんでしたけれども、三十九年の四月一日には二百十六万円になっておりますから、このときにまたちょこっと、この二百三十三条でございましたか、これによって公示しなければいけなくなったわけですね。それで三十九年に改正になりまして、また出なくなっちゃったわけですね。また出なくなってしまいまして、そして四十四年の六月一日になって国会議員の歳費が上がったら今度五百万円をこしましたので、今度全部出ることになったわけです。見え隠れしているわけですけれども、今回、原則的には税務署が国会議員の給料というものを公示しなくてもいいことになったわけですけれども、政務次官、その点についてはいかがでございますか。
○中川政府委員 結果的には、国会議員の歳費だけの所得が分離にならないので公表されない結果になります。ただ、裏の議論として、野党の皆さんのほうからも、もう変えてもいいではないかという意見も実はございました。実態上が一・三%程度が高額所得者だということからいけば、現在ちょうど一千万円に引き上げますと、皆さんのレベルが上がったものですから、一千万円にしてちょうど一・三%くらい、この辺が法の精神からいってもいいところではないかということから提案し、お願いしたところでございます。
○佐藤(観)委員 それはいいんですよ。いいのだけれども、確かに言われるように三十九年から四十五年、この七年間というものが五百万円で来たわけです。それから、本年度改正になるということでございますけれども、七年たって物価上昇を考えてみますと、いままで倍々で五十万円、百万円、二百万円、五百万円と来ておりますので、倍々で今度の一千万円というのは、理屈としては時期的に見ればかまわない。あるいは政務次官もおっしゃるように、一・三%くらいの人が高額所得者ということで国民の前に公示されればいいということだけれども、私は、国会議員というのはまたちょっと立場が違うと思うんですね。確かに年間六百万円ということになっておりますけれども、国会議員というと何かと痛くもない腹を探られる。あるいは痛い方もあるかもしれませんけれども……。やはりこの際、これまで見え隠れしてきた国会議員の歳費というものが、収入というものが国民の疑惑を受けないためにははっきりと出したほうがいいのではないか。すなわち、この二百三十三条に「国会議員は除く」、除いて全部大っぴらにしたほうがいいのではないか。一律に五百万円から一千万円にすると、今度国会議員の給料が大幅に上がったものだから、これは五百万円を一千万円にすると言われても、私はなかなか抗弁することばはないんじゃないかと思うのです。ですから、政務次官の言われるように、高額所得者が一・三%くらいだということはわかるのです。わかるけれども、何かとやはり国会議員というのは国民の目——自分たちが法律をつくる立場にあるわけですから、そういうことを言われないためにも、この際一千万円に上げるのはかまわないとしても、国会議員だけが従来のように五百万円以上は公表するというふうにするほうが、痛くない腹も探られないし、国民もやはり納得がいくのではないか。やはり法律をつくる者が、いかにも自分のためにつくっていると思われるのは、私自身としても非常に心外だと思うのです。その辺、政務次官のお考えをお聞きしたいと思います。
○細見政府委員 その前に技術的なことを申し上げておきたいと思います。この高額所得者を公示いたしたのは、御承知のように、第三者の通報制度というのがあって、世の中に高額者であるはずの人が高額者になっておらないときに、それを第三者通報というようなことで申告の適正を保証しようということが沿革であったわけです。したがいまして、この公示制度というのは、いまの国会議員の皆さんのように、法律その他によって給料か幾らだということが明らかになっている人を何も公示することが目的でなくて、その方々は法律を読まれればわかるわけです。公示されておるわけですから、その点は。残りは、一千万円がいいかどうかということになれば、一千万円というのは、大体三十九年の改正の年と同じくらいの割合でございます。こういうわけでございます。
○佐藤(観)委員 官僚の方というと失礼な言い方になるもしれませんが、それはそれでいいと思うのですが、しかし、国民の側は、公示されているというのを、そういうような局長の言われた意味づけで必ずしもとっていないと思うのです。今度公示が一千万円ということになると、何だ、国会議員は自分たちの歳費が、大幅に上がったものだから、それを隠すために五百万から一千万になったのじゃないか。確かに、先ほど私が申しましたように、改正されたのは七年前でございますから、諸物価の高騰その他を考えればこの五百万が一千万になったということはかまわないと思うのです。ただし、いままで何かと批判の多かった政治家の場合には、これはやはり除いて、国民の前に正々堂々と出すべきではないかというのが私の考え方なんです。政務次官の御意見をお伺いします。
○中川政府委員 この二百三十三条の改正は、国会議員を念頭に置くべき性質のものではございませんで、高額所得者とはどの程度をさすのかという理論的なところから、純粋に技術的にきめていくべきものであろう。それに付随して、国会議員というものは別の角度から考えるべきだ。佐藤委員御指摘のように、国会議員の所得を隠蔽してというようなことがあってはなりませんので、その国会議員における収入支出というものを国民の前に明らかにすることは、この制度とは別のことでやるならばやるというふうに考えるべき性質のものじゃないか。その国会議員の歳費から新しく二百三十三条の姿を変えていく、左右するということはいかがかと判断をいたしておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 私は、つまり高額所得者という考え方だけでいったらいけないと思うのです。そこで、いま政務次官が言われました別のルートで考えるべきではないかということは、別のルートで考えてみましょうということですか。
○中川政府委員 そういうことが大多数の御意見であるならば、考えてみるべきではないか。私どもが判断するところでは、国会議員の歳費が、世にいう高額所得まで行っているとは思っておりません。よって、高額所得者としての公表ではなくして、すなわち二百三十三条にいう公表ではなくして、別途必要があれば、私はこれだけ持っていますと個人個人が言うのもけっこうでしょう。あるいは制度として必要があるという国会の御決議があれば、大蔵省が関知するものではない、こういう意味でございます。
○佐藤(観)委員 私の言っているのは、国会議員というのは世にいう高額所得者かどうかわかりませんけれども、とにかくいままでは、国会議員というものは全部見えていたわけですね。どれだけ申告漏れがあるかどうかわかりませんけれども、五百万という公示額のために国会議員全部が見えていたわけです。ところが、今度の改正によると見えなくなる。その改正というのは国会議員自身がやるわけですね。それがやはり問題なので、そうじゃなければ、問題じゃないわけです。国会議員自身がやるから、何だ今度歳費が上がったがために、あれは五百万から一千万にしたのじゃないかと言われる。確かにこの二百三十三条の法の精神は、局長が言われたように、第三者通告の目的かもしれないけれども、国民の側としては必ずしもそういうふうに正当には受け取ってない。今度改正された場合にまた見えなくなる。見えなくなるのじゃなくて、やはり国民の目から見ると、何だか隠しているのじゃないかというふうにとられるのじゃないかと思うのです。それで私は、この際に、この法改正をする場合に五百万から一千万にするのは、改正されたのは七年前のことでございますから、これは物価指数その他を考えても適当だと思うのです。国民の中の一・三%が高額所得者だということで、それはかまわないと思うのです。思うのですが、この際に、法改正の中にカッコして、「ただし国会議員は除く」という項目をやはりつけるべきではないのかということはなんですが、いかがでございますか。
○中川政府委員 先ほど来申し上げておりますように、税制上からはそういうことは出てこない。税制上からは、高額所得者とは何であるか、幾らをさすのかということから判断すべきものでありまして、国会議員のものは公示するという例外規定のようなものを設けるのは、税制上からはどうもなじまない。ちょっと竹に木をついだような感じがする関係上、そういう趣旨はとり得ないのではないかと存じます。
○佐藤(観)委員 それでは考え方を変えまして、局長にお伺いしますが、これを改正しないで五百万のままにしておきますと、どういう弊害が起こりますか。
○細見政府委員 税務署の手間が非常にかかるということでございます。
○佐藤(観)委員 私は先ほど数字を控えるのを忘れたのですが、いままでの場合には、五百万以上の高額所得者といわれるものが国民の中で一・何%ですね。そうだったわけですが、今度の場合、本年度五百万以上とした場合と一千万円以上とした場合と、実数でどういうふうになりますか。
○細見政府委員 統計として四十四年しかないわけでございますが、四十四年で見ますと、五百万円でいたしますとこれが十六万五千人おられます。それが一千万超でありますと約五万人になるというわけでありまして、四十四年からその後二年間所得がふえてきておりますので、大体年率、公示になる人たちは、たとえば四十三年が九万三千人であったのが四十四年は十六万五千人と、一年で七万人近くふえておりますし、今日計算すればおそらくこれよりも、二十万ないし二十数万にふえておる。だから二十万近い人が公示になる。二十万からの人を張り出すこともないのじゃないかという感じを持っておるわけであります。
○毛利委員長 関連質問を許します。丹羽君。
○丹羽(久)委員 いまの話で、手数が非常にかかるということから、佐藤委員が再度の質問をして初めて数字をあらわしたわけですね。しかし、そういうところにぼくは問題があると思うのですよ。朝日新聞でも一昨日の新聞にそれを書いているのですよ。十六万六千何百人という多数の人になるから一千万に切り上げて五万何千人が今度適用される、これでも税務署は非常に大きな負担になるというように解説してあった。だからそのときの答弁で、手数がかかるというような簡単なものの言い方をせずに、その数字をそのときにすぐ、こういうふうだから手数がかかると、あなたが親切味のある答弁をされると、その問題はそれで済んでいくと私は思う。そうでしょう。何か木で鼻をくくったような答弁をされるから——それじゃ手数がかかるなら、事実どういう点で手数がかかると——そこに資料を持っておりながら、そういう言い方はぼくは親切味がないと思うのですよ。局長のような頭のいい人がそういう親切味のないところをたまたま出されるものだから、そういう問題が起きてくる。だからこれからは、手数がかかるという前提に立って、こういうこととこういうことが手数がかかると言えば、私どもは納得できるのです。 そこで、佐藤さんの質問のうちに、「ただし国会議員を除く」というような発言があったけれども、それはどういうところから——二百三十何条のところで、国会議員をただし除くというようにしたらどうだという話だが、それは私はちょっと納得ができないが、そこの点を教えてくれませんか。
○細見政府委員 法律でありますからどういうことも書けないということではないのですが、しかし国会議員のような方の、つまり歳費そのものは法律できまっておるわけですから、ここで公示する必要は何もないのじゃないか。国民の皆さんは、代議士あるいは国会議員の歳費が幾らだというのは、国会の歳費法を法律として見られれば、もうおのずから明らかなのであって、それ以外のことについては、代議士であろうとなかろうと、それは一千万をこえる高額所得者であるかないかということで、国民一般として御判断願えばいいのじゃないか、こういうことです。
○丹羽(久)委員 私はそういうものを、二百三十三条の高額所得者発表という、それに基づいて、法の精神でいくと、国会議員はただしこれを除くなんというようなばかげたことを書くこと自体が私はおかしいと思う。現に所得があればそれは良心的に申告をすべきものであって、事実がない人は事実がないで、五百万であろうと三百万であろうと、それは申告をすることは、少なくとも国会議員は良心的にやるべきことだと私は思う。だから、そんなところに国会議員をただし除くなんということを入れたらどうだということは、私は反対だ。不届き千万な言い方だと私は思う。私は、自分で毎年毎年良心的にやれば、国民が何と批判しようとも、みずから正しい考え方で申告すればそれでいいと思う。ただ、あなたのほうが一千万でやることが適当であるかどうかということは、慎重な考え方——それには、いまの十六万何千人という人が二十万になればこれは非常に困難だというなら、それはみんなにはかってきめられるべきものだと思うのですが、国会議員だけを除くということは、私はこの際反対だということを意思表明しておきますよ。
○佐藤(観)委員 丹羽先生、ちょっと誤解があって、局長を責めてもむずかしいのですが。いま数字をあげられましたけれども、五百万円の場合には十六万五千人、一千万円の場合には五万人ということで大体三分の一ですけれども、私がなぜこういうことを言うかと申しますと、政治不信というものが残念ながら非常に全国に行き渡ってしまっておると思うのです。それは各選挙における投票率の問題もございますし、いろいろ話をしても、何だ、結局何にもできないじゃないかという政治不信あるいは政治家に対する不信というものが非常に根強く行き渡ってしまっている。その際に、確かにこれは三倍にもなれば事務上の手続はめんどうでございましょうけれども、やはりこの際に、その手数をしてでもそれは公表しておいたほうが、国民の目の前にははっきり明らかなんじゃないか。何しろ政治家というものは法律を自分で変えたりつくったりするわけですから、自分の都合のいいように見られて、痛くもない腹を探られるのはやはり心外だと私は思うのです。 そこで、もう一つここで提案しなければいけないのは、所得があるというだけでなくて、税金の額も出してもらわないと、つまり何ぼ所得がありましたという人と、いわゆる国会議員の六百万の歳費の中からどれだけ税金が取られているか、これだけを取りましたということをはっきりしたほうが私はいいのじゃないかと思うのです。私は、人数がふえることはわかります、事務上それだけ繁雑になることもわかりますけれども、やはりこれは政治不信ということにも関係してくることなので、そのくらいの手間はしていただきたいと思うのです。ですから、いまこの際に五百万なら五百万にしておいて、国会議員の給料がいつ一千万をこすか知りませんけれども、一千万をこしたら、今度は一千万以上ということにしたらどうですか。確かに法の精神から二百三十三条はそういう性格のものではないけれども、国民が絶えずそういう目で見ているというふうなことを考えなければ……。私は通り一ぺんの、二百三十三条の精神はこうじゃありませんではなくて——国会議員がもらっている給料は法律できまっているのだけれども、国民はわかっていない。われわれだってよくわからないんですから。だから、そういった通り一ぺんの切り方ではなくて、そういう誤解を招くようなことは極力避けるべきであるし、この政治不信の時代ではそうじゃないかと思うのです。 それからもう一つは、これだけ所得がありましたという公表ではなくて、その所得に対してはこれだけの税金を取りましたという、繁雑になると言えば繁雑になるかもしれませんけれども、やはりそれくらいやってもいいのじゃないかと思うのですが、局長及び政務次官のお考えを伺わしていただきます。
○細見政府委員 明文というのは、先ほど申しましたように税額ということでなくて、やはり総所得が幾らある。第一二者通報制度とのからみで出てまいりましたので、沿革的に、所得は幾らある、あの人は山林所得があるはずじゃないかというような方について、山林所得を含めた金額が所得として表示されておればいいのであって、税額は、これは税務署のほうで適正に税金の計算をしておる。その所得の計算のしかたはかくかくである、これは税法上おきめを願うということでいいのではなかろうかと私は思うわけです。
○中川政府委員 佐藤委員のおっしゃることはわかるわけです。ほんとうに何か、みのに隠れてしまうという意図があるのじゃないかという疑いなんですが、そもそもこの制度で発表いたしますと、長者番付ということで全国へ出すわけですね。そのときに国会議員がいまの歳費で、長者番付の中に入る歳費だろうかと私は政治家として思うわけなんです。われわれでも歳費においてはびた一文違わないわけです、おそらく佐藤委員と。(佐藤(観)委員「政務次官手当があるでしょう」と呼ぶ)政務次官手当について一万何ぼ、二万円ぐらい違うわけでして、大差ないわけです。それが、佐藤委員も長者番付の中に載ったというふうにとられることがかえって国民に不信を招くのじゃないか。やはり長者番付に載る人は、いまでは千万円ぐらいとった人、私の気持ちからすればもっと多いぐらい、いまの時代ですから。長者番付というものの中に国会議員の歳費があるというほどの国会議員の歳費ではない。五百万円というものをこえたとしても、われわれいろいろ政治活動でかかる中では、長者番付といわれて批判される金額ではないと思いますので、そのことに左右されて、五百万円に据え置くということにはどうも納得がいかないという気がいたします。ただし、政治家の姿勢を国民の前に明らかにするということの佐藤委員の素朴といいますか、率直な御意見には十分傾倒いたしたいと思います。御了承をいただきたいと存じます。
○毛利委員長 関連質問を許します。広瀬君。
○広瀬(秀)委員 いま長者番付というお話が出たのですけれども、長者番付というものをなぜ発表しなければならぬのかということが非常に問題だと思うのですね。これはある程度国民の中に慣習的にそういうものが発表されるというものかもしれないけれども、積極的にこういうものを発表しなければならない理由というものが、これはどこにあったのだろうか。さかのぼって考えれば、これは一体どういうことでできたのか。一説によれば、終戦直後のいわゆる隠匿資産というような問題などが非常にやかましかった当時に、そういうようなものを払拭するような意味で出したというようなことがあったわけなんですね。そういうことも考えて、これはもう一ぺん検討を要する問題ではないのかというように考えるわけなんです、この制度の存在そのものがですね。税の面で、税法の中でこういうことを論議するということは、当然いま佐藤委員が提案をしたように、これだけの所得があった、それに対してどれだけの税金をこういう人から取っておりますということを同時に発表されるなら、何ほどかの意味があるかもしれない。しかし、単に所得だけがずっと発表されるというようなことが、どういう意味がはたしてあるのだろうかということで、根本的な問題として、これはもう一ぺん考え直さなければならない時代に来ておるのじゃないか。 ついでに聞いておきますが、諸外国でこういうことは税制の中でやっておりますか。外国の例なども同時にお伺いをいたしておきたいと思うわけです。
○細見政府委員 これは沿革的に申しますと、昭和二十二年に申告書閲覧制度としてこれが設けられております。これはおそらく税務執行が非常に困難であって、いろいろの、本来所得がもっと大きい、あるいはもっと大きな所得を申告すべき人か申告をしておらないということについて、税務行政の適正を期するということで広く行なわれ、協力を求めたというのが沿革であり、その後、二十五年に例のシャウプ勧告が出まして、このときには、シャウプ勧告の論調はどちらかといえば税務行政の一助というような感じが出ておるわけであります。今日におきましては、むしろ第三者通報制度という、つまり他人の税の脱税を告発して通告して、それによって報償金をもらうというのは適当ではない。しかし、そのときの改正のときにも出ましたように、日本のいわゆる高額所得者といわれる人たちがいわば納税の義務に目ざめられて、確かにしかじかの所得をしておるということをやはり国民にわかってもらうことが税務行政の適正な執行にもなりますし、また、適正な申告水準を維持する上においても大いに役立つだろう。そういう意味において、現在におきましての意味は、税務行政が適正に行なわれており、適正に行なわれておる結果、このように適正な申告が行なわれておりますということを国民の皆さんにわかっていただくという意味の制度であろうと思います。その意味で、先ほど来御議論が出ておりまするように、国会議員の皆さんのように、所得自体が法律その他の制度によって明らかになっておる人までを公示しなければならないということはないのじゃないか、かように思っております。
○中川政府委員 もうちょっとつけ加えますと、われわれの歳費も、あるいは事務次官、最高裁判所長官の月給、そういったものまで、いま言う第三者通報制度から出てきた、公示して見せてもらわなければならぬ、あるいは長者番付に給与所得の明細が載るというのはいかがかという気もありますので、これは別途、国会の姿勢として国民に明らかにする点は別途の方法でやるべきであるという考え方であります。
○広瀬(秀)委員 別途の方法というのは、一体具体的にどういうことをお考えなのか、そのことをあとで答弁してもらます。 それから、申告がかくのごとくなされたということを知っていただくということは、税の民主化という税務行政の上で何ほどかのメリットはあるのじゃないということが一つの理由になっているようでありますが、それはそれなりにある程度理解できる。しかし、それならば、申告がかくのごとくなされて、その確定税額がこれだけあったということも同時に発表したほうがすぐれた制度になるということだし、さらに今日の段階で五百万を一千万にするということに、何もそうこだわる必要はないではないか。国会議員が入ったってそれは一向差しつかえないではないか。そのかわりその税額も、かくのごとく申告をして、かくのごとく税金を納めているんだということを同時に発表すればさらに、いま主税局長が言われた趣旨というものはより一そう徹底されることになるのではないかと思うのですね。そういうことなんですが、何も一千万にしなくてもよろしい。ところが、手数がかかるというだけの理由であるならば、国会議員が今度の措置でほとんど大部分が消えてしまうというようなことは、やはり国民の目から見ると、何かお手盛りで自分たちの所得を国民の目から隠したというようなことにもなりかねない面もあるので、これは現状でもいいではないかということを、少し手数がかかっても、これはもう確定申告がなされているのです、それをただ拾い出すだけのことですから、事務的に手数がそれほどかかるものでもないから——手数の面では若干かかるかもしれないけれども、その問題はそうたいしたことではない。そういうようなことを考えるならば、いままでどおりのことでやっても一向差しつかえないのではないか。ただ、五百万がいいか一千万がいいかというのは、さらに経済の情勢、特に物価上昇、賃金上昇というものとにらみ合わせながら、もう少し先になって考えてもいいのじゃないか。国会議員がこれでほとんど全部消えてしまうというようなことは、やはり問題点があると思うというようなことで、その点私どもそう考えるのですが、主税局長と、それから一番最初の問題点については政務次官から、具体的なアイデアがあるならばそれはそれとしてお聞きいたしたいと思います。
○細見政府委員 私どもがこの改正をお願いいたしておるゆえんは、先ほど来申し上げておりますように、申告をされておる方の大体一%から二%足らずの人、この方々のいわばトップの申告というのを世の中にお示しすれば、なるほどああいう人たちはこういう高い申告を出しておるのかということで、それがその次の階層の人にも響き、あるいはその下の階層の人たちにもいい影響を与えるだろうということで行なっておるわけでありますので、その点におきまして、そういう意味での税務行政の一助ということでございますので、税務行政にかかる負担というものとバランスをとりまして、この事柄の適正さということと、この金額の大きさということとをにらみ合わせて、一千万くらいのところでありますと、ちょうど三十九年に改正したときと同じくらいの割合の方々に申告していただく。絶対人数はどういたしましてもふえてまいりますが、しかし、その辺で税務行政にかかるトラブル、それが税務行政に与える好影響というようなものを秤量いたしまして、行政の分野としてこの点が適当でなかろうかと考えております。基本的には、広瀬委員御指摘のとおり、納税者の皆さんに適正な申告をしていただいて、適正な税を納めていただくというのが申告納税の何と申しましても基礎でございます。それがいわば飾りとでも申しますか、飾りということばは適当でないかもしれませんが、そういうものが税務行政の執行の一助として、優良な納税者、適正な申告をしておられる方々、大きな申告をしておられる方々はこういう方々でございますということを世の中にわかっていただく、それくらいの意味しか現在としてはないわけでございますので、負担の面もそれに見合う程度のものにしたい、こういうわけであります。
○中川政府委員 私がこの問題について別途の方法と申しましたのは、これは佐藤委員のような御意見がございまして、やるならば議員間においてそういうことを出そうということでやられるべきであって、政府が、しかも税務行政をあずかる大蔵省が、国会議員の歳費を全部出せというような立法を政府側においてやるわけにはとうていいかない。議員立法が必要だということが議員間において定着いたしましたならば、そういう方法で国民の前に明らかにする方法をとるのがいいのではないかという意味が別途の内容でございます。
○佐藤(観)委員 この問題は、私の論点としては、確かに技術上のことは局長の言われることあるいは政務次官の言われることはわかるのですが、やはりこれは国民への政治姿勢の問題だと思うのです。これだけ政治不信、政治家不信がただよっている日本において、今度の税制改正によってほとんどの国会議員が、あるいは出す必要はないという理論はわかりますが、一応はっきり国民の前に提示したものを、今度の自分たちの変える法律でそれを見えなくしてしまうということについては、私は非常に疑問を持つのです。この問題は政治姿勢の問題だと思うので、次期総裁と目されている福田大蔵大臣がいらしたときに、この問題についてお伺いしたいと思います。その次は、租税特別措置法に関してお伺いしたいのです。局長にお伺いしますけれども、今度、貸倒引当金ですね、これは何らか改正されましたか。
○細見政府委員 今回はいたしておりません。
○佐藤(観)委員 この不合理性については、去年の委員会で広瀬委員も、あるいは広瀬委員に限らずいろいろな方が、引当金の額は〇・二%、〇・三%くらいだ、非常にこれは保護していることにならないか。確かに税の繰り延べだということになるかもしれないけれども、この引当金が無税で、いわば内部留保として企業活動にきわめて大きなプラスをしているということを言っていらっしゃるわけです。それについて福田大蔵大臣は、途中を略しますけれども、「そういうような制度改正がありましたので、当時きめられた今日の準備率は、どっちかというと幾らかゆとりを持ちながらきめられた感があるのではあるまいか、そういうふうに見ておるわけであります。」つまり実際の引当金の額は非常に甘いものであった。当時情勢が変わっているということをお認めになっているわけだと思います。そのあとで「そういうふうに見ておりますので、この問題はまさに広瀬委員の御指摘のとおり、検討してみる必要のある問題でありますので、再検討いたし、実績を見まして、必要がありますれば改正をいたしたい、かように考えております。」と述べられているわけですね。それで、去年こういうことが述べられて、ことしは何も出ていないということはどういうことですか。
○細見政府委員 金融機関の問題でございますので非常にむずかしい問題でございます。したがいまして、去年からことしにかけましてずっと引き続き検討をいたしておりまして、なるべく早い機会に結論を得たいと思っておりますが、御承知のように、金融機関につきましては、統一経理基準の設定とかあるいは貸し倒れの認定の方法とか、あるいはまた新しく金融界全体の資本の自由化とか、いろいろな問題をかかえておりますので、それらと総合的に検討ということでわれわれなりの検討はいたしておりますが、まだ成案を得るに至らなかった。大臣もこの間のこの委員会の席におきまして、次には何とか、むずかしい問題であるが結論を出したいとお答えいたしておりますが、私どももその意を受けまして何らかの結論を今度は出さなければならない、幾らむずかしいといってもほっておくわけにはいかない、かように思っておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 そういうふうに委員会で、検討してみたいというふうに述べられて、何にもなされていない、あるいはこれが検討に値したものだろうかという点が多々あるので、きょうは三点ばかりにしぼってお聞きしたいのですが、もう一つは輸出振興税制の問題ですね。これについても去年の委員会で広瀬委員が質問され、福田大蔵大臣も、現在のような状態ではずいぶん輸出振興税制がつくられたときから変わっている、最後に「その期限到来の時期には、ただいま申し上げましたような方向でこれをどうするかということを検討してみたい、こういうふうに考えております。」というふうに述べられているわけです。検討して出されたのが今度の輸出振興税制だと思うのですが、これは一体どういう観点から今度のような改正が出されたのですか。
○細見政府委員 わが国が貿易立国である限り、貿易の重要さというものは基本的には全然変わらないわけでありますが、その貿易振興のための税制として、直接輸出を行なった企業だけに恩典が及ぶというような制度、あるいは非常に輸出ドライブをかけるというような制度というのは、これだけ貿易量も大きくなり、経済的に世界に対する影響が大きくなっておる段階では非難が多くて、それらの制度については考え直さなければならないということで考え直しまして、ただしかし、日本の国が基本的には貿易に依存して生きていかなければならないわけでありますので、企業の体質を強化して国際競争にたえる企業にしていく。それは単に直接輸出を行なったという企業だけではなくて、すそ野の広いわが国の中小企業を含めました全産業の体質強化のほうにいわば減税の財源を振り向けるというのが第一点でございます。 第二点は、今後日本が経済的に伸びていきます場合に必要な資源というのは、多く発展途上国にこれを求めなければならぬわけでありますが、そういう国々に向かいまして、相手にわれわれの輸出品を購入するだけの購買力を与え、同時に、相手の国を産業的に振興いたしまして、日本としては必要な資源を得る。あるいはまた、必要な産業の開発を行ないながら日本のものが買えるようにしていこうというようなことで、資源開発のためにいろいろな税制を、なまの輸出振興からそちらのほうへ振りかえていくというようなこと。あるいはさらに直接の事業といたしまして、今後は相手国の中にあって産業活動の発展をしていって、その国も栄えさせ自分の国も栄えていくという意味において、後進国あるいは先進国を問わず、国際的に企業が海外に出ていかなければならない。そういうことを考えまして、ただ日本から輸出品を輸出していくということだけでなくて、相手国の中に入って産業を振興しようというような意味で海外投資関係にそれらの財源が及ぶようにする。そういう形で、いわば海外を相手にした日本の国という形での輸出振興じゃなくて、国際経済の中に組み入れられた日本の経済という形にいたしたわけでございます。
○佐藤(観)委員 あくまで租税特別措置というのは、税の公平ということを欠いて一つの政策目標のためにやるわけですね。ですから、それが数字的にそれだけ十分政策目的に合致するかどうか、その点はやっぱり十分追跡しながらやっていかなければいけないのじゃないかと思うのです。去年の委員会でも、その点について広瀬委員からこのような質問があるわけです。すなわち、輸出振興税制をもらっている会社は増収やら増益が非常に多いのじゃないか、それに対してあなたは、必ずしもはっきり追跡してない、こういうことを言っているのです。「輸出企業が特に収益上有利になっておるかどうかというのは、一般経済現象としてわりあい輸出が有利になってきたとかいうようなことで承知はいたしておりますが、特に輸出割り増し償却の適用になる企業とその適用にならぬ企業との間に差があるかどうかというところまでは、検討はまだいたしておりません。なお、輸出割り増し償却がわりあい早いテンポで増大いたしておりますのは、輸出割り増し償却の対象になる企業が、商社のようなものからメーカーになるとかいうような形で、償却の対象になる機械、設備が多くなってきておるという点もございますので、その辺はいま少し検討いたしませんと、特別な印象はいまのところ持っておりません。」広瀬委員はそのあとで、この租税特別措置法というのは、ある一つの経済目的のためにやっているというけれども、完全にその経済目的に合っているのかどうなのかという追跡ということになると、必ずしも主税局としてもつかんでない、経済性に合っているかどうかつかんでないということだと思うのです。 それで税調の答申にも、「租税特別措置については、その政策目的の合理性や政策手段としての有効性の判定を厳格に行ない、既得権化や慢性化を排除するよう努力すべきことはいうまでもないところであるが、」ということまでわざわざついているわけです。その点になると、この輸出振興税制については、どうもあまり、そういう税制を設けたけれども、単なる企業に吸い取られてしまって、その目的に合致しているということが追跡調査されてないのじゃないか。それはまさに税調の答申にもあるように、「政策目的の合理性や政策手段としての有効性の判定を厳格に行ない、」というように、わざわざ税調が答申をしなければいけないような状態になっているのじゃないかと思うのですが、いかがでございますか。
○細見政府委員 まあそういうこともございますが、しかし、輸出振興税制というのがわが国の輸出の振興に大いに役立ったというのは、個々の企業について見た具体的な判断は別といたしまして、全体として今日のように輸出企業が非常に大きくなり、それがまた国際競争力も十分持つようになったというのは、やはり早い償却によって国際的な技術の立ちおくれに追いついていく、ある いは技術的にさらに進んだということになったも のと、一般論としては言えようかと思います。ただしかし、そういうことにいたしましても、先ほど申し上げましたように甲種輸出貢献企業、乙種輸出貢献企業というような形に、輸出するためにすべての努力を集中するのだ、あるいは非常にはっきりした形で輸出ドライブをかけておるのだというような制度はいかがなものかというので、甲種貢献企業の割り増し、乙種貢献企業の割り増しというものを廃止し、しかも輸出割合に応じた割増償却というのを輸出割合の八掛けにするというようなことで、かなり直接の輸出を担当する企業のメリットは削りまして、それを、その財源を広く、先ほども申し上げましたように、中小企業を含みまする日本経済全体、すそ野の広い日本経済全体の技術革新のためにという形で、償却率の短縮あるいは特別償却の創設、中小企業その他の特別償却の創設というようなほうに振りかえたので、その意味におきまして私どもは、輸出割増償却の効果もそれなりに新しい制度のほうへ振りかえていったというふうに考えておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 私が問題にしたいのは、これは去年の租税特別措置法に対する反対討論の中の一文でございますけれども、租税特別措置法が「政一策効果をねらう減税だといいながら」も、私が先ほど読みましたように、その政策効果が証明されていないわけですね。「証明されないままにおいて、今日まで長期間既得権化し、慢性化してきておるわけであります。」と書いてあるわけです。これは反対討論の中で述べられていることばを引用したわけですけれども、その辺のところが、政策目標といいながら、具体的にそれだけ減税をしたらこれだけの効果があがっているという追跡調査というのは、ちっともされていないんじゃないかと思うのです。その辺が、私はわざわざ税調の中でも出てきているんじゃないかと思います。 もう一点お伺いしますが、探鉱準備金制度の問題でございますけれども、これは単に三カ年間延長するということになっておりますね。これはどういう意味でございますか。
○細見政府委員 今日の資源問題というのは、わが国経済が当面しておる最大の問題の一つであるわけでありまして、そういう意味におきまして、広く海外に日本経済に必要な資源を求めなければならぬわけでありますが、そのいわばにない手ともなるべき鉱業会社につきまして、その体力をこの段階で弱くするというようなことは適当でない、まさにこれから伸びていかなければならない段階であるので、いろいろ御批判もございましたが、やはりこの際は、資源の確保という要請は、従来にまさることはあっても衰えるわけじゃない、むしろ今日の最大の問題であるというような点から延長をお願いしておるわけでございます。
○佐藤(観)委員 その探鉱準備金の問題でも、去年の委員会で、公明党の二見委員に対する佐藤首相の答弁にも、「また本来から申しまして特別措置というものは特別措置、そういう形のものが幾つもできては、これが税の公平さを欠くおそれもございますから、これはもうお説のとおりだと思います。それぞれ特別な意味を持ち、特殊な目的を持っているものでそういう特別措置がとられております。そういうものをあまりやかましくいって、いつまでも残すようなことがあってはならない。これはもうお説のとおりだと私は思います。」ということで、その次に、減耗控除制度、いわゆる探鉱準備金の問題でございますけれども、それについて首相は、「私はいま、結論は税調でも一年間ひとつ預かって十分検討するということですから、もうそれで、その点は二見君も御承知だと思うので、けっこうだろうと思います。私もその結論を支持するものです。」それでただ同情的に見れば、日本はいま局長の言われたように資源の少ないところですから、そういう手当てもしてあげなければならないというようなことを述べられ、最後に、「しかし、とにかく一年間期限を延期して、その間に十分慎重に結論を出そう、こういう税調の態度でもありますし、いま二見君の言われることも私はよく理解ができますので、そういう意味でこの問題が結論を出されることを実は期待しておる、かように思います。」ということを答弁なさっておられるのですけれども、ここに出された改正案というのは、単なる三年間の延長、私はこれでは討議しても何にも意味がないと思うのです。こういうふうに、そういうような意見に沿って、いままで探鉱準備金の制度についてはあまりに優遇され過ぎていたということは首相自身お認めになっている。私がいま読み上げたような方向で検討するということになっているけれども、ここに出されたものは、三年間延長する、何にも内容の変更すらないということでは、どうも納得がいかないのです。その点御答弁願いたいと思います。
○細見政府委員 非常に慎重に検討した結果というものが、改正しなくてもいいということに決断したわけでございまして、検討すれば必ず変えなければならないというものじゃなくて、検討の結果、存続となったわけでございます。
○佐藤(観)委員 それでは、政務次官にこれについてお伺いしたいのですが、よく、検討いたしますという御答弁がございます。佐藤首相は、慎重に検討いたしますというのが口癖でございますけれども、慎重に検討いたしますというのは、こちらの質問者の意見の中身が大体わかってその方向で検討しようというのか、単なる、それではもう一度調べてみましょう、局長の言われたように、検討した結果そのまま続けることもあり得る。検討いたしますというのは一体どういうことばですか。
○中川政府委員 これは非常に幅の広い意味を持ったものだと私は思います。(「中身がないということだ」と呼ぶ者あり)中身のあります場合もありますし、検討した結果期待にこたえられな場合もありますし、それが味のあるところじゃいかというふうに思います。検討の中には、前向きの検討とか慎重に検討とかいろいろありますが、この問題につきましては、政府としてはほんとうに真剣に相当議論をして、御指摘のような検討を十分いたしました。いたしました結果、あと三年程度はひとつ資源開発上残しておこうということが出たわけでございますので、御了承願いたいと思います。
○佐藤(観)委員 事ほどさように、私もわざわざ議事録を読み上げましたように、昨年度やった問題わずか三点についても、このように全然——私が普通の日本語で考えれば幾らか変わるのじゃないかと思ったことがちっとも変わってないということで、やはりこれでは小林法務大臣のことばではありませんけれども、委員会としても検討しても、あるいは質疑をしてもちっとも意味がないのじゃないかというふうに思うのです。たとえば、最後にもう一つだけ、先ほど申しました輸出振興税制措置の問題でございますけれども、福田大蔵大臣は最後に、「一つ一つ外国の状況ともにらみ合わせながら検討していきたい。その中におきまして、輸出の優遇策、これにつきましても、急というわけにはなかなかいかぬと思いますが、逐次ということになりましょうが、ひとつよく検討をしていきたい、かように考えます。」というふうに述べられているわけです。ところが出てきたものは、検討されたのかされないのか、あるいはここで述べたことが通り一ぺん答えただけでおしまいなのか。これは私のほうとしても、ただ質問するだけではいかぬと思うのです、国民に対する責任があるから……。だから、あえて昨年度ここでやりました審議についての追跡調査をしたのですが、出てきたものは、皆さんおわかりのように、前向きに検討したのじゃなくて、中立的に、あるいはうしろ向きに検討したとしか言いようのない内容じゃないかと私は思うのです。ここについてますます冷たいわけですけれども、時間もありませんので、きょうはこれだけにいたしまして、いわゆる租税特別措置法なるものが既得権化してはいけない、あるいはますます数をふやしてはいけないと税調なりあるいはこの委員会の附帯決議で述べられているにもかかわらず、その反対の方向に走っているということを最後に申し述べまして、私の質問を終わりたいと思います。
○毛利委員長 午後一時三十分から再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時三十八分休憩 ————◇————— 午後一時四十五分開議
○毛利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 質疑を続行いたします。貝沼次郎君。
○貝沼委員 所得税法並びに租税特別措置法につきまして若干の質問をいたします。 初めに今回の所得税の減税につきましてでありますが、たとえばこの減税は大幅なものであるとか、あるいはミニであるとか、あまり意味があるとかないとかいろいろ議論のあるところでありますが、主税当局といたしましては、この減税についてどういう認識を持っておられるか、お尋ねをいたします。
○細見政府委員 税制改正は、必要なときに必要な税制改正をするのが本旨であろうと思いますので、そういう意味におきまして金額の大小ということではなくて、この際必要な税制改正を行なった、かように考えております。
○貝沼委員 必要である、必要でないということは非常に意味が広いと思うのでございますけれども、現在、物価の上昇並びに自然増収が非常にふえておる。こういうようなところから、また国民一人一人の生計という問題から見ましても、非常に苦しい生活をやっておる。こういう場合に、はたして必要なだけ、国民の要求するだけの減税がなされたのかどうか。この辺について私は非常に疑問だと思いますが、その点もう一度お願いいたします。
○細見政府委員 今回の税制改正によりまして、おしなべて各世帯におきまする負担の軽減割合は一〇%前後になっておるわけであります。その意味におきまして、ある程度の消費者物価の引き上げというか騰貴は避けられないものといたしましても、その騰貴率をかなり上回るものでございますので、国民の生活を圧迫するというようなことでなくて、やはり全体として実質的な負担の軽減になる税制の改正であろう、かように思います。
○貝沼委員 この調査室の資料にも載っているのでありますが、年度ごとに自然増収とそれから減税額を見てみますと、ただいま答弁がありましたように、確かに国税におきましては九・三%、まあ一〇%以内であります。四十五年度は一二・八%、四十四年度が一二・六%というところから比べると、これは非常に少ない率ではないかと私は思うのです。さらに所得税だけではなく、国税と地方税というものをひっくるめて考えてみましても、この率というものは四十六年度が特に低くなっているように思えるのでありますが、この点についてはどういうふうに評価されますか。
○細見政府委員 確かに四十四年、四十五年の減税は大幅なものでございましたが、これはいわばその当時におきます政府の税制調査会の審議におきまして、日本の所得税制の現段階における一応の望ましい姿として、控除を、たとえば夫婦子三人で百万円程度にするとか、あるいは税率の累進度を、ドイツほどはいきませんが、イギリスなどよりも軽い累進度にするというようなことで、日本の現状において望ましい所得税のあり方として一応描きました姿をそのまま四十五年、四十六年にそっくり実現いたしたわけであります。その意味で、四十四年、四十五年の所得税の減税幅はわりあいに大幅であったわけでありますが、しかし一方、御承知のように、福祉国家を建設するにあたりまして必要とする国の歳出も年々ふえておることは御案内のとおりでありまして、そういうものを考え、また現在のわが国の所得税の負担の水準を考えれば、決して十分とは申しませんが、一応の負担率を実現するための減税になっておる。確かに四十四年、四十五年は一二%程度になっておりますが、四十二年から四十五年までを平均いたしますと一〇%程度の減税割合になるわけであります。それと、もし自動車重量税を差し引いていわゆる減税分だけで見ますと一一%、所得税とその減税という形で見ます限り一一%くらいになっておるわけでありまして、大体の傾向に沿ったところの減税というようなことが一応言えるのではなかろうか、かように思っております。
○貝沼委員 ただいま四十二年から四十五年までを見ると一〇%くらいという話でありましたけれども、これはどうして四十二年からなんですか。四十一年から計算されたらどうなりますか。
○細見政府委員 四十一年は、御承知のように非常な景気の沈滞ということで、所得税の自然増収額をかなり上回る減税を行なったわけで、いわば経済政策としての特別な減税であった、かように私どもは考えておりまして、負担の調整という考え方に立って行なっておる減税としては、四十二年から計算して平均すればいいのではないか、かように考えております。
○貝沼委員 くどいようですけれども、もう一度。一〇%くらいといっても、四十六年度は九・三%、一%近く低いわけでありますが、たとえば来年度は平均が一〇%くらいと見るならば、さらに減税をするお気持ちがあるのかどうか、その辺を伺っておきたいと思います。
○細見政府委員 来年のことにつきましては、せっかく税制調査会の御意見なども承って、その規模あるいは減税のあり方、内容というようなものについては、その答申を待って検討いたすことであろうと思いますが、先般この委員会におきましても、大臣が引き続き所得税の減税については考えてまいりたいということを申しております。私どももそういう大臣の考えに沿って検討を進めたい、かように思っております。
○貝沼委員 さらに、最近の物価の上昇というものは、いままでの各年度の率から見まして急激に上がっております。こういうようなところから考えましても、いままで一〇%程度であるからそれでいいという結論には私はならないと思うのです。巷間の批判等を見ますと、ことしはミニ減税であるというのが圧倒的に多いわけでありますし、さらに減税の方向を強力に進めるように要求をいたします。 次に、サラリーマンの必要経費の問題を整理しておきたいと思いますが、現在の所得者と納税者の割合でありますが、昭和四十五年、四十六年の見込みで、給与所得者全体の何%が納税者となっているのか、それから農業所得者全体の何%が納税者になっているのか、それから農業所得者以外の事業者ではどうか、この点をお伺いします。
○細見政府委員 この辺はかなり概算的な推計を入れたものとして御了承願いたいと思いますが、四十五年で推計いたしてみますと、給与所得者は大体所得者の七割四分程度、それから農業所得者の場合でありますとそれが一六%程度、それから農業以外の事業所得者につきましては三二%程度というようなことに一応なっておりますが、この納税者の区分というのは、たびたび申し上げておりますように、農業所得者でありましても、農業を主たる事業としておられる方でありましても、たとえば出かせぎその他のことで給与所得を得ておられる場合には、そちらは給与所得者になる。一方農業所得のほうはそれだけ小さく出てくる。家計として見れば大きいのですが、負担としてはそういう形に出てくる要素がございますので、これはかなり大胆な推計で、信憑性については相当問題がある、かようにおとり願いたいと考えます。
○貝沼委員 さらに、納税者数の構成でありますが、納税をしておる中で給与所得者というのは、四十五年度でもけっこうですが、大体何%くらいあるのか。それから農業所得者並びに農業以外の事業をやっておる方、それがどれくらいあるのか。
○細見政府委員 給与所得者の場合が八五%、農業所得者の場合が丁四%、農業以外の事業所得者が六・八%、それからその他所得者と申しまして、給与所得のほかに譲渡所得があったとかあるいは配当所得などがあって申告をしておられる方でありますが、その割合が六・七%、こういうことになっております。
○貝沼委員 以上の数字から、給与所得者の占める割合というのは非常に大きいということははっきりしていると思うのです。さらに、あまりいいことばではありませんが、サラリーマン等からはクロヨンであるとかいろいろなことが言われているわけであります。農業関係の人から見れば、クロヨンというのは税制の問題ではなく、夜寝る時間のことだというふうにも言っておるようでありますが、いずれにしても、サラリーマンに関する税制というものは非常に重大な問題である、こう思います。 そこで、現在農家の全国平均一戸当たりの所得でありますけれども、これは四十二年ごろすでにもう百二万円くらい、たしか上回っていると思うのです。ところが都市のサラリーマンの世帯の平均というものは、四十四年ごろでも九万八千円くらいだと聞いておるわけであります。しかもその所得の伸びは、農家のほうが年々都市勤労者家計のそれよりも大きく上回っておる、こういうのが国民生活白書の内容であったわけであります。したがって、サラリーマンのほうが割り損だという印象が非常に濃厚にあるわけでありますが、この辺についてはどのようにお考えになりますか。
○細見政府委員 手元に、昭和三十八年と四十四年とをとりまして、その就業者総数の増加の状況と納税者の増加の状況とを調べたものを持っておりますので、これについていまの点の感触を申し上げてみたいと思います。 自営業者つまり農業とか商売とかをやっておられる方でありますが、この事業主の人員は、三十八年が九百八十一万人であったものが四十四年に九百九十三万人、約十二万人増加いたしております。ところが、その問申告所得税の納税者は、いまのその他という系統の人がありますので若干の調整は要ると思いますが、八十九万人納税者としては増加してきております。つまり十二万人の七倍強、八倍足らず、ただいま申しましたようにその他所得という、配当などが入る人がありますので、この点を差し引かなければならないことは当然でございますが、いずれにしましても就業者の数をかなり上回る形で申告所得税の納税者はふえておる。一方雇用者のほうで見てみますと、三十八年に二千五百七十八万人であったものが、四十五年三千百九十九万人、約六百二十一万人ふえておるわけでありますが、この間の源泉徴収を受ける源泉の納税義務者の増加は五百十四万人でありまして、むしろ雇用者の増加に対して源泉の納める人の増加のほうが低いというような形になっております。確かに申告所得税の課税が一〇〇%うまくいっているかどうかについていろいろ議論のあることはよくわかりますが、この数字をごらん願う限り、自営業者の増加を数倍上回る形で申告所得税の納税者はふえてきておる。雇用者のほうは、六百二十一万ふえましたその数字よりも源泉納税義務者のふえ方は少ない、百万足らず、八十万ほど少ないというような点——もちろんこの数字をそのまま使うわけにはまいりませんが、これらも、その後の所得税の納税義務者につきましてはだんだんといい方向、負担の公平がはかられる方向に向かっているということを示す一助になるのではないか、かように思うわけであります。
○貝沼委員 いろいろ説明がありましたが、そこで現在の日本の税制というものが何もサラリーマンを目のかたきにするという税制ではないと私は思うのです。しかしながら不満はサラリーマンのほうにずっと多いわけですね。そこで、どこに問題があるのかいろいろ考えてみまして、サラリーマン課税の制度そのものの中に不合理、不公平があるのではないかと私は考えるわけでありますが、主税局長はその点はどのようにお感じですか。
○細見政府委員 税制といたしまして、サラリーマンに対する課税のあり方が他の所得者との問のバランスということになりますと、私は日本の税制は、どこに比べてとまで申すことははばかりますが、給与所得者の税制上の扱いとしてはかなり、世界でも有数に有利というか、相対的に手厚く扱われておる税制になっておるのではないかと思います。ただ日本におきましてクロヨンとかいろいろな論議が行なわれます過程におきましては、給与所得者の税制が税制として不公平だということもさることながら、事業所得者あるいは農業所得者などにつきまして必ずしも一体でないようないろいろな印象、批判というようなものがあり、それを必ずしも打ち消していけなかったというところにサラリーマンの人たちの不満があり、これはわれわれにいまなお課せられた課説の公平をはかる上での課題であろう、かように考えております。
○貝沼委員 私はこの問題を通して、従来税法の審議が行なわれるたびにいろいろ議論が出ておるわけでありますけれども、議論が主税局の方式と野党の方式といつもぶつからないみたいな、そういうところが感ぜられたわけです。そこでこの際、こういう議論の焦点というものを一応おさらいをしておけば今度のまた議論のときに非常に参考になるのではないか、こういう観点から、実はくどいような質問を先ほどからしでいるわけであります。 そこでまず、この所得税法に規定されておるところの「所得」という定義ですね、その所得というのは日本の税法においてはどういう考えのものを所得というふうに定義をしておるのか。
○細見政府委員 ごく一般的に申しますれば収入から経費を差し引いたもの、これが所得であろうと思います。
○貝沼委員 その経費が問題なのでありますけれども、あっちこっちの税法の本などを調べてみますと、この経費はすべて自分で自主的に計算して、かかったものはすべて認められる仕組みになっているという、こういう意見のものもかなりあったのですが、この点についてはいかがでしょうか。
○細見政府委員 事業上の経費がもちろんその典型でございますが、収支計算というものは、申告納税制度のもとにおきましては、自主的に自分で正しい計算をしていただいて、その結果出てくる所得を申告をしていただくというのがたてまえでございます。
○貝沼委員 そこでサラリーマンの場合、特に必要経費というものを考えるならば、給与所得控除というものの中に入るのではないかと思いますが、こういう場合に給与所得控除というのはこれは自主的ではないわけですね。また、自主的でたく、そして天下り的に計算をされておるわけであります。給与所得控除が多い、少ないという議論は従来行なわれておるわけでありますけれども、自主的に計算が認められているかどうか、この辺がやはり一つ議論があるのではないかと思います。この点についてはどのようにお考えですか。
○細見政府委員 給与所得の経費の見方につきまして、大きくあげて二つの行き方があろうかと思います。一つは、わりあい低い概算控除の率をきめておきまして、それを上回るような方については場合によって特別な経費を控除するという行き方があろうと思います。しかしその場合でございますと、その給与所得者の経費であるかないかということについていろいろ立証の問題とかあるいは金額の当否の問題というような問題が起こってくるわけであります。そういうふうな給与所得控除というものを認めておりますのは、ヨーロッパにドイツとかフランスとかがあるわけでありますが、これらの国は、午前中にも申し上げましたように十八万円程度の金額であるとか、あるいは収入金額の一〇%程度であるとかいうような、かなり低い金額でございます。そのかわりに特別な仕事の人についてはある程度給与所得控除というようなものが認められておる。 それでは、そういう経費というようなものはどういうものであるかということについて、実はこれが世の中の人と私どもとが一番意見の分かれるところでございまして、あるいは洋服が必要経費であるとかあるいはくつが必要経費であるとかいうような議論が非常に多いわけでありますが、日本のことを申し上げるよりも、外国の例でそういうようなものについてどう観念しておるかと申しますと、たとえば制服のようなもの、洋服でございますと制服です、その制服もおまわりさんの制服とかあるいは消防夫の制服、これが必要経費になる制服でございまして、非常におもしろい例で申し上げれば、たとえば軍人の制服というようなものは、自分が買ったといたしましてもこれは必要経費にはならない。なぜならないかと申しますと、軍人の服であれば、それを着て宴会にも行けるしあるいは儀式にも出られる、したがって一般の洋服と違わない、そういうものは必要経費にならない。そういうきびしい社会的な、給与所得者の経費についてのルールがあるのでありますれば、日本におきましてもそういう考え方がございましょうが、いま世間でいわれておりますのは、洋服はサラリーマンの必要経費だ、くつはサラリーマンの必要経費だというようなことで、あたかも商売をやっておられる人は洋服は着なくてもいい、くつははかなくてもいいというような議論がわりあい多いわけでありまして、その辺の議論のこんがらがり、混乱というようなものについては私どものPRと申しますか説明の不足もございますが、その辺についてやっぱり世間の方々にも、何がサラリーマンの必要経費かということについてもう少し考え方が共通になってくる必要があるのではなかろうかというふうに考えておるわけでございます。
○貝沼委員 現在、必要経費論につきましてはいろいろと新聞等で、いまお話がありましたせびろの話なども訴訟問題として新聞をにぎわしている問題でありますが、この必要経費というのは、先ほど私が言いましたように、サラリーマンの場合は自分で計算するということができないわけですね。その辺が実に問題なんです。何とかそれを考える方法はないかということでありますが、税法上で給与所得控除を設けた根拠ですね、これはいろいろ答申等を読みますと、四種類ぐらい意味があるようでありますが、主税局長はどういうふうに受け取られておるのか、その点をお願いいたします。
○細見政府委員 基本的には、給与所得者の給与所得を得るための経費、それを概算的に控除するということであろうかと思いますが、そのほかに、たとえば前払いになっておる分の利子を見るとか、それから給与所得者の場合はおおむねつとめ人である、つまり地位がふだん不確定である、あるいは健康によって収入を得られなくなるというような不確定さというものを考慮して給与所得控除というのを概算的に設けておる、こういうことになろうかと思います。
○貝沼委員 実に簡単な答弁でありますけれども、結局この答申でうたっていることが、現在の給与所得控除というもので満足しておるのかどうかということですが、この点はどういう解釈でしょうか。
○細見政府委員 給与の収入金額に対しまする、たとえば給与所得控除の割合というもので見てまいりますと、年間の収入金額が五十万円の人であれば四〇・八%、あるいは八十万円の方であれば二十六万四千円で三三%、あるいは百万円の方であれば三十万四千円で三〇・四%、このように高くなっておりますので、むしろ給与所得者と事業所得者との間に給与所得控除のあり方について問題があるのではないかというような御議論をいただくぐらいになっておるわけでありますし、また一方、青色申告者その他の事業所得者が、自分たちの所得の中にも給与部分がある、勤労性部分があるのだから、その部分について勤労所得控除というか一種の控除率を設けるべきだというような議論があるところから見れば、私は、給与所得控除のあり方としてはかなり高いところまで来ておる、こう考えていいのではないかと思います。
○貝沼委員 途中飛ばしますが、結局この必要経費という部分もこの中に意味としては入っているわけでありますが、自主計算、自主申告ということを幾らか認めるような方向に将来考える気持ちはないかどうか、この辺はいかがですか。
○細見政府委員 長期の方向といいたしましては、すべての人について自分の経費は自分で計算できるようにするのが税制としては望ましいことであろうと思います。ただその場合の執行の難易、具体的に課税の公平がはかれるかどうかというようなこととの総合的なにらみ合わせが要ろうかと思いますが、方向として、特別な給与所得者について、この給与所得控除を上回る経費がある場合に何らかの控除の道が開かれていくということは、方向としてはその方向にあろうかと思います。
○貝沼委員 先ほど外国の税法の話が非常に大ざっぱにありましたが、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス各国におきまして、この給与所得控除というものはどういうふうになっているのか、それを説明していただきたい。
○細見政府委員 アメリカから申し上げてまいりますと、アメリカには給与所得控除というものはございません。アメリカの特殊な事情といたしまして、連邦税にあたっては州税を控除するとかいうような考え方に立って、概算控除という制度を置いております。イギリスにおきましては、給与所得者につきまして若干の軽減税率を設けております。それから西ドイツにつきましては、概算控除額として千百四十マルク、十八万ばかりと申し上げておきましたが、現実には十七万ぐらいになるわけでございます。それからフランスが概算控除一〇%というのを設けております。ただフランスにおきましては給与所得控除と申しまして、さらに概算控除のほかに二〇%の引き方をいたしておるのがございますが、この点につきましては、フランスの場合には明らかに税務執行の問題があって、給与所得者が他の所得者に比較して把握度が強いというようなことで、いわゆる把握控除といいような考え方が入っておるようであります。しかしその点については、フランスの税務行政を一確立して、こうした不名誉な控除は除くべきだということを大蔵大臣が申しておるわけでありますので、これはやがて消えていくものではないか、かように思っております。イタリアにつきましては、職業上の経費として給与の二〇%程度を控除して、最高限度が三十六万リラでございますから、十八万ぐらいの感じになろうかと思います一が、そういう控除を設けておる。 それで繰り返して申し上げますと、アメリカ、イギリスというようなところは、比較的所得の種類というものについて厳格な経費の見方をしておるというか、差別して給与所得者にだけ甘いというような考え方をしておりませんし、なおイギリスの場合の給与所得控除的な考え方というのは、きのうもちょっと申し上げましたが、いわゆるサラリーマンというのではなくて、事業所得者等も含めますいわゆる自分の労働が加わった所得というような考え方になっておるわけでございます。
○貝沼委員 各国の税法を見ましても、たとえば概算控除とかいろいろあるわけでありますが、やはりその国その国が非常に苦心をして、何とかして公平な税制になるようにという結果であると思うのです。そこでこの必要経費の問題だとえば給与所得控除というものを二つの部分に分けて、そしてその一方に自主計算あるいは自主申告をするというふうな、こういうような考え方があっても決してふしぎではないと私は思うわけであります。特にこの必要経費を除いたあとが所得という考えでありますから、この給与所得控除だけを例外にする必要はないのではないかという気がしますが、この点どのようにお考えでしょうか。
○細見政府委員 給与所得者多数の人についてめいめい違った形で経費とかあるいはコストとかいうものがあるわけでありまして、それを平均化してするということは非常にむずかしい。そこで結果的に概算控除というようなことで、人それぞれの個別事情を捨象した平均化したものが必ずしも全体の平均というわけにもいかない面も考えまして、概算的な控除ということにいたしておりまして、その計算というのは現実的に計量化するというのは非常にむずかしいのではなかろうか。せっかくの御意見でございますから検討はいたしますが、非常にむずかしい。御了解願いたいと思います。
○貝沼委員 次に、妻の配偶者控除の問題でございますが、今回は所得限度が十万から十五万に改正をされた。そこで、いままでパートタイムあるいは内職をした場合、非常に議論があったわけであります。ところが現在はこのパートタイム並びに内職の単価というものがずいぶん値上がりをしておるわけであります。そこで、この十五万にしたその根本の資料は、やはりそういうようなパートタイマーあたりの単価というものも計算に入れてされていると思いますが、主税局長は、現在たとえば東京でパートタイム一時間どれくらいの報酬になっていると思いますか。
○細見政府委員 いろいろな統計がございますが、たとえば労働省の労働基準局調査によりまする「家内労働概況調査結果報告」というようなもの、あるいは東京都労働局の調査によりまする「東京都におけるパートタイム雇用の実態調査結果」というようなものが手元にございます。たとえば前者の労働省労働基準局の調べのものによりますと、これは四十四年でございますからその後かなり大幅な引き上げが行なわれておろうと思いますが、女の平均月収額は、年額にいたしまして十四万円くらいになっている。これは四十四年でございます。それから東京都のパートタイムの調査によりますと、一時間当たり百四十円から百六十円くらいのところに一番密度が多くて、その辺が五割程度の構成比になっております。それで百五十円をかりに平均的なものといたしますと、六時間の労働といたしまして年間二十六万円くらいの収入になろうと思います。ちなみに今回の改正を収入金額に換算いたしますと、約三十二万になるわけでございます。十分こうした平均的な家内労働はカバーいたしておると考えております。
○貝沼委員 それは四十四年のデータですね。ことしは四十六年です。そこで二、三職安に当たって聞いてみますと、現在東京で一番安いところは足立区であります。ここで大体一時間百八十円ないしは二百円であります。経理を担当するほうはもっと高くて、二百円ないし二百五十円です。これは東京の都内で一番安い区です。ところが高いところは中央区で、これはもうずいぶん差があるわけでありますが、少なくとも二百円以上であります。そういうところからただいまの局長の計算方式で計算をしてまいりますと、これは六時間というふうにやっても、ざっと計算して三十三万六千円。これは二百円と計算してですね。ところが実際は六時間というのはあまりないのです。聞いてみますと、最低六時間半ないしは七時間、八時間というのもあります。こういう実態から考えてみますと、私はこの十五万ということは必ずしも時にかなった数字ではないのではないか、これは非常に甘いのではないか、こういうふうな感じがするわけでありますが、この点はいかがでしょうか。
○細見政府委員 御承知のように、奥さんの内職の収入でございますと、いまの三十二万足らずの金額が非課税になりました上に、いわば妻の配偶者控除を受けるわけでございます。そうするとその金額が、夫との所得を合算して考える限り、控除になる、非課税になるわけであります。ところが独身の給与所得者の課税最低限は御承知のように三十八万でございます。それを上回るという制度になることは税制としてはいがかなものだろうか。その辺のかね合いがむずかしいところでございます。
○貝沼委員 何も少ないところを基準にする必要は私はないと思うのです。だからこういうような、最近ずいぶん問題になっておる妻の座というようなところからも、これは非常に甘いという数字も出るわけであります。やはり独身者の場合だって、それはよく調査をしてみればいろいろな問題があると思うのです。したがって、独身者を基準にするのではなく、やはりもっとほかの面からも考えて、そうして減税というものはしていかなければならないのではないかと思うのです。ことに今回は、先ほども言いましたように、物価の上昇があまりに激しいために、単なるパーセントや何かではいかないわけですね。そういうようなところからも、私はこの十五万ということは非常に疑問である、むしろこれはもっと上げるべきであった、こういうふうに思います。 それから課税単位の話でありますが、夫婦間において税を計算をする場合、わが国の現行の所得税法では通常、夫の所得は夫の所得、妻の所得は妻の所得として、それぞれの所得の額を別個に計算し、それぞれに累進税率を適用する、こういうふうになっているわけでありますが、例外として資産所得の合算、それから家族企業の場合、こういったものがありますけれども、今後もこういう考え方で進まれるのかどうか、この点を伺っておきたいと思います。
○細見政府委員 御質問は、将来日本の所得税制の中に二分二乗といいますか、夫婦合算課税方式というようなものを取り入れるかどうかという御質問であろうかと思いますが、その点につきましては、いわば所得税の課税の単位というものの変更になるわけでありまして、所得税制におきます相当大きな問題でございます。税率をいまのままにしておいていいかどうか、そういう改正がどういう所得階層にどういうふうに影響するかというような問題、それらを含めまして慎重に検討はいたさなければなりませんが、しかし世の中の大勢として、夫婦は一体として課税するのが人情にかなっておる、国民感情にかなっておるんだというような御意見もだんだん強くなってきておりますので、今後の税制改正の一つの大きな項目として今後検討してまいらなければならぬ、かように思っております。
○貝沼委員 二分二乗方式という、局長が、おそらくそういうことだろうということでいまお話があったわけでありますが、私は、確かに将来は二分二乗方式にいくべきであろうと思います。そこで、大蔵省得意の諸外国の場合でありますけれども、諸外国の場合に、この課税単位というものをどういうふうにとらえておるのか。それからまた、これは配偶者控除との関係が非常に密接なしけでありますが、この配偶者控除との関連はどういうふうにして各国ともやっておられるのか、その点について説明を願いたいと思います。
○細見政府委員 アメリカは、御承知のように選択によりまして、夫婦合算二分二乗課税ということになっております。控除につきましては、基礎控除、配偶者控除、扶養控除を問わず一律に六百ドルということになっておるわけであります。イギリスにおきましても、夫婦の所得は合算して課税いたしておりまして、その場合に基礎控除額は、一人の場合でありますと三百二十五ポンドのものが、夫婦になりますと四百六十五ポンド、必ずしも倍でなくて、ちょっと少ない金額になっておるわけでありますが、そういう控除を設けておるわけであります。西ドイツにおきましては、選択によりまして、これも二分二乗課税になっております。それからフランスにおきましてはさらに徹底いたしまして、単に奥さんだけでなくて、扶養親族のすべてを含めまして——扶養親族と申しましても未成年の子女でありますが、未成年の子女を含めまして、家族数に応じてN分いたしまして、それをN乗ずるというような家族合算課税というような形になっております。そのほかの、スウェーデンというような国も夫婦合算いたしておりますが、日本と同じような制度をとっておりますのはカナダがあるようでございます。
○貝沼委員 配偶者控除との関係はどうですか。
○細見政府委員 アメリカは六百ドルと申し上げましたが、その後値上がりいたしておりまして、六百五十ドル。五十ドル上がっておったのを失念いたしまして申しわけございません。全体が六百五十ドルということになっております。イギリスにつきましては、配偶者につきまして所得控除が百四十ポンド、先ほどの独身と夫婦との場合の控除で申し上げたとおりであります。それから西ドイツにおきましては千六百八十マルク、これは基礎控除額と同額の金額になっております。フランスの場合は、これはいま申しましたようにN分乗いたしますので、控除ということと直接つながらなくて計算できるわけであります。それからカナダにつきましては、基礎控除は千ドル、夫婦になりますと二千ドル、つまり同額であるというわけで、大体配偶者控除同額というところまでは押えられている共通の方向のように見受けられます。
○貝沼委員 いまの説明からもわかりますように、各国とも二分二乗方式をとっておるところがかなりあるわけですね。英国でも一定のしんしゃくのもとに所得合算方式がとられておるわけでありますが、どうしてわが国だけがこれができないのかということですね。そのできないという理由は、おそらく民法の関係という答えが返ってくるのではないかと思いますが、そのほかに何かあるのかどうか、その点をお伺いいたします。
○細見政府委員 これは沿革的なことでございまして、N分N乗課税というようなことも国際的には行なわれておるくらいでありまして、必ずしも民法と直接つながらなければならないということではないと思いますが、さらにでき得べくんばそういう形で、民法が夫婦共有財産制というようなものになっておれば、所得税というものがそのまま実感として夫婦間の財産の分割というか、共有になるということになりますが、民法を離れて二分二乗いたします場合には、税金の計算のしかたという形になろうかと思います。その結果残った財産は、現在の民法を前提とします限り、やはり稼得者名義人主義ということで、夫がかせいだものであれば夫の財産になる。そこは必ずしも、二分二乗になったから半分が妻の財産になったという形にならない。ただ税の上では二分二乗はできる、そういうことになろうかと思います。
○貝沼委員 いまの御説明だと、非常に二分二乗方式は有力な方向だと思うわけでありますが、いままでできなかったというのはどういう理由によるわけですか。
○細見政府委員 むしろ配偶者控除を基礎控除と同額にいたしますのにも年月がかかったというわけでございまして、またその後におきましても、所得税の基本的な税率を低くして所得税負担の軽減、合理化をはかってきた。その間におきましてあるいは外国よりもさらに徹底いたしておって、日本は夫のものは妻のものということになっておって、二分二乗というようなことも要らない。全体としておやじの所得税が安くなれば、それは自分の所得税も安くなったんだと、こういうふうに観念願っておったのではなかろうか。これは憶測でございますが、そういうふうに思います。
○貝沼委員 しかしながら、新憲法のもとに、日本の国民一人一人というものが、もういま大体日本の国の中堅というのは戦後の人になっておるわけであります。そういうようなところからも、これはやはり二分二乗方式というものは早急に実現する必要があるのではないか、こういうふうに私は考えます。 それから次に、いつも平行線をたどってぶつからないのが課税最低限の問題でありますが、この課税最低限ということを税法上どういう観点から定めたらよいのかという問題であります。 まず、その課税最低限の高さという問題につきまして、どういうふうにこれをきめるのがよろしいのか。現在大蔵省ではどういうきめ方をしておるのか。その点について伺っておきたいと思います。
○細見政府委員 直接税、なかんずく所得税が累進的であるということは望ましいわけでございます。その累進的である所得税の累進度は、できるだけ担税能力に応じたものであるのが望ましい。そういう意味におきまして、ある程度なだらかな累進税率、ある段階から急に所得税負担がかかってくるというのでなくて、なるべく小さな負担からだんだん大きくなっていくというふうにするのがいいわけであります。その場合に、もし税率だけでいたしますとすれば、一%とか二%とかいう税率を設けましたりいたしましても、ある程度以下を免税点にし、あの程度以上から所得税をかけるということになりますと、たとえば百万というところに線を置きまして、百万までは免税、百一万から課税ということになりまして、たとえば一〇%の税率ということになりますと、百十万になれば十一万円税金が、免税点でありますればかかる。ところが基礎控除というものを置くことによりましてその十万円に一〇%、一万円という税で課税の始まりが行なわれるというわけで、最もなだらかに税負担が進行する。しかもどの辺の階層から税負担を求めるかということについても、いまの基礎控除という形で比較的、いろいろな配慮をしながらいわば課税の限界というものが定められておる。そういう意味で基礎控除とその他の諸控除を置いておるわけです。 その控除が全体として最低生活費というものに食い込まないほうが望ましいというのは税のあり方として一つの考え方であろうと思いますが、基礎控除を越えましたものが全額税で徴収されるわけでございませんので、ある段階まで基礎控除がきておるならば、日本の国民であります限り、子供は小学校へ行くわけでありますし、あるいはまたいろいろな政府のサービスを受ける。警察の保護も受けるわけでありますので、ある程度のものはいわば生活費の一体として、つまりその生活というものの中には政府から受けるサービスというものが当然に入り込んでおるわけでありますから、地方税について地方分担という思想があると同様に、国におきましてもそういう最低限のものはお互いにささえ合うんだという思想は当然にあるわけであります。ただ、国の所得税の場合は、それとあわせて資源の再配分とか富の再配分とかいう概念が入ってくるわけであります。基礎的な免税点といいますか、課税点はどこからスタートするかということにあたっては、そういう社会分担という思想は国税についても入って少しもおかしくない思想だということもございますが、しかし、でき得べくんば最低生活費にはかからないようにしていこうということで考えておりまして、現在の日本の課税最低限というものは外国に比べましても、しかも外国の一人当たりの所得が相対的に高いことを考えますと、かなり高い水準まできておって、所得税の負担のあり方としては諸外国に比べて特に問題があるということではないだろう。ただ、物価も上がり所得も上がる国柄でございますので、それぞれのときに必要な見直しをしておる、こういうわけでございます。
○貝沼委員 確認でありますが、最低生活費には食い込まない、これが大原則でありますね。
○細見政府委員 最低生活費に食い込まないのが望ましいというわけでありまして、もしこういう場合を御想定願ったといたしますと、たとえば所得税だけで何が何でも国をまかなっていかなければならないというときであれば、たとえ最低生活費であっても国のために出していただくということもあるいは必要であろうかと思います。いま所得税がそうなっておるというわけではございませんが、税制というものはそういうものであろうかと思います。
○貝沼委員 要するに、課税最低限を議論する一つのエレメントとして最低生活費というものが大きなウエートを占めてくる、これはそれでよろしいわけですね。 それから、そういう考え方からだと思うのですけれども、たとえば最低生活費というものをどうして算定しておるのかということですね。これは総理府の家計調査であるとか、あるいは有名なマーケットバスケット方式だとかエンゲル係数だとか、いろいろやっておるのではないかと思うのですけれども、最低生活費というものをどうして算定されるのか。実際使ったからそれしか金がないということもできませんし、金があれば使うけれどもなければ使うこともできないので、ただ使っただけでは生活費というものもわからないし、この辺は大蔵省としてはどういうふうにとらえておるわけですか。
○細見政府委員 最低生活費と申しますものは、御承知のように、最も理屈っぽく申せばそれぞれの人によってそれぞれ違うわけです。私のように二十貫のからだをしておる者と十一貫のからだの人では生活費も違うはずです。そういうものを平均するということはできないわけでありまして、結局最低生活費というものを平均して捨象化してくる過程におきまして、それはかなり観念的、相対的な、しかも判断にわたることが多い。最低生活費をどうやって算定するかということで、かつて賃金の問題についてマーケットバスケットというような方式も考えられたわけでありますが、これがなかなかうまく動かない。人によって生活環境、生活事情というものは違うわけであります。男と女でも違いましょうし、そういうものを一律にいま出すということはむずかしい。だから大まかな線で、最低生活費というものはこの辺であろうかということを想定いたして、その場合に、その大まかな最低生活費というのはどのようなものであろうかということにつきましては、支出の実態とかあるいは生活の実態をいろいろ統計的に見たものから類推する、判断するということ以上のことは困難ではなかろうか、かように考えるわけでございます。
○貝沼委員 そうしますと、今後課税最低限を議論するときは最低生活費というものを基準にして議論をするということでよろしいわけですか。
○細見政府委員 観念的にはつながるわけでありますが、その金額が幾ら幾らかということになれば、これはもう議論の分かれるところで、非常にむずかしい問題であると思います。
○貝沼委員 といいますのは、私は去年皆さんの議論をずうっと聞いておったわけでありますが、片っ方は生計費で、これはあまりにも安いというわけですね。ところが諸外国の関係並びに貯蓄がどうであるとかいうようなことを例に出されて、そして大体平行線をたどってぶつからないというのが現状であったと思うのですね。こういうようなことを何年繰り返してもあまり意味がないのであって、やはりぶつかる議論をしておかなければならないと私は思うのです。そのためには一つの土俵をきめておく必要があると思うので、生活費なら生活費それにさらにこういうような要素を加えて、そしてその上で議論をしなければならないというふうなものがきまってなければならないのではないかと思うのです。そういう意味でいまお尋ねしているわけでありますが、最低生活費と、それからほかに要素は、ありませんか。
○細見政府委員 先ほど来申し上げておりますように、最低生活費ということで課税最低限の問題を考えなければならないということも一つの議論でございますが、税の立場で申すことは、どの辺の階層からどういうふうに税を負担していただくかということを国民の皆さんと一緒に判断し合うというのが税制のたてまえであって、その場合の、どの辺の階層から所得税を負担していただくかについては、最低生活費といいますか、生活費というようなものも判断の一つの基準であろうと思いますが、それを食い込んだからどうとかいうことは、そういう意味におきましてはたとえば終戦直後の税制などになりますと、それでは所得税であったのかなかったのかというような議論すらできるわけでありまして、その辺は意見にわたることで、そういう意味におきましていままで平行線であったということは、これはつまり今後も平行線であるということであろうと思います。
○貝沼委員 この課税最低限というのが非常にみんなの関心の高いところなんですね。ところがそれがきまってくる一つのメカニズムですね、このところがどうもはっきりしないんです。私は、もしできるならば現在の税制の課税最低限のこの金額がどういう理論的な根拠のもとに出てきたかということを証明してもらいたいぐらいの気持ちなんです。しかしながらおそらくこれは、いままで何ぼだったから大体これくらいで、あとは物価の上昇とかそういったものを考え合わすと大体このぐらいのところが妥当ではないかとか、そういう見当がむしろ本音ではないかと思うのですが、それはきちっとした理論的な根拠というものが何かおありなんでしょうか。その辺をお伺いしたいと思います。
○細見政府委員 計数的な根拠というようなものは、先ほど来申し上げておりますようになかなかむずかしいわけでありまして、つまり税制の上で考えております課税最低限あるいは生活費というものは、極端に申せばどこにもおられない抽象的な人、それぞれの人はそれぞれなまのからだでありますからそれぞれ特性を持っておられるわけでありますが、そういう特性を全部捨象した人間を考えなければならない。これが所得税のいっている基礎控除なり何なりでありますので、そういう意味におきまして、理論的な根拠というものを何か具象的なものに結びつけてということであれば、これは不可能なことであろうと思います。
○貝沼委員 大体課税最低限のきまってくるところが見当がついてきました。 それから次に特別措置法の問題でお伺いいたしますが、資源開発投資損失準備金というふうに今度は名前が変わったわけであります。その内容として、たとえば原油のほかに非鉄金属、ウランとか、木材とか、原料炭であるとか、いろいろ入っておるわけでありますが、この場合、この準備金ができたことによって実際に対象となる法人というのは、おのおの非鉄金属あるいはウラン、それからその他についてどれくらいあるのか、それをお聞かせ願いたいと思います。
○細見政府委員 これは今後そういう方面に投資をしていかれる企業がどれだけあるかということでございまして、従来のいわゆる金属鉱山だけがこういう恩典にあずかるわけでないわけでありますので、これが対象になる法人というのは、現在の資源問題の重要性からしてかなり広範になろうとは思いますが、その数字が現在幾らかということについてはちょっと不明でございます。
○貝沼委員 私は、不明なほどたくさんないと思うのです。せいぜい十社以内だと思うのです。たとえば非金属なんかにしてもですね。その辺を計算に入れないで税制ができてくるというのはどういうことなんですかね。もう一回お願いします。
○細見政府委員 これは私の説明がまずかったのかもわかりませんが、この制度の対象になりますのは、山を掘りあるいは鉱石を拾う会社だけじゃなくて、そういう事業に参加する企業が全部関係するわけでございます。いま貝沼委員が数が少ないではないかとおっしゃったのは、おそらく現在鉱山会社という名前のついている会社は少ないじゃないかということでございましょうが、この制度はそういう人たちだけじゃなくて、新しいプロジェクトあるいは現地に新しい資源開発の会社をつくりまして、それに投資をして積極的に参加していこうという会社も全部対象にするわけでありますので、今度はおそらく大半の商社も参加するでありましょうし、大きなメーカーで資源の切実さに悩んでおる企業もどんどん投資していくでありましょうから、その数はかなり大きなものになるのじゃなかろうか、かように思っております。
○貝沼委員 いまプロジェクトということばが出てまいりましたので、あとでまたプロジェクトについてお伺いいたしますが、初めに、この非鉄金属というのは非常に種類が多いわけです。そこで、非鉄金属というのはいろいろあるわけですが、どれを対象にされておるのか。通産省でもどちらでもけっこうですから……。
○佐藤説明員 非鉄金属ということばの範囲は先生の御指摘のようにそう明確じゃございませんけれども、一応われわれの行政ベースにおける所管の面から御説明いたしますと、実は通産省の鉱山石炭局の中で所管いたしておりますのが銅、鉛、亜鉛等の、いわゆる鉄属以外のものでございまして、これを非鉄と申しております。一方、重工業局関係のいわゆる鉄鋼関係の原料でございます。これは鉄鉱石を主体とするわけでございますが、それを鉄鋼関係ということで明確に一応分けてございますけれども、その辺の鉱種において別にきちっと分かれておるわけではなくて、一般的な俗語で区別している。ただ鉱種の区別についての所管は明確にされてございます。
○貝沼委員 俗語だと言いますけれども、これはいま法律の話をしておるわけであります。そこで法律の中に非鉄金属と一応考える以上、何を対象にしているのか、これははっきりしないと私はおかしいと思うのです。
○細見政府委員 非鉄金属鉱物で、どろとかなんとかいったようなものは除かれまして、ただしウランを含むことを考えております。
○貝沼委員 ウランはウランというふうに書いてあるのです。非鉄金属、ウラン、それから木材とか、こういうふうに説明はしてあるのですが、その非鉄金属の内容を聞いておるわけです。
○細見政府委員 法律では「石油、金属鉱物その他政令で定める資源」ということばにいたしておりまして、その内容は、鉄、非鉄金属を含むというわけであります。したがって、この非鉄金属と考えておりますのは銅、鉛、亜鉛といったものが主でございまして、そのほか産業上の事由により必要になった非鉄金属というようなものが出てまいりますれば、その段階で追加を考えていきたい、こう考えておるわけでございます。
○貝沼委員 それで通産省よろしいですか。私はちょっとおかしいと思う。鉛、亜鉛というのはおそらく中心ではないかと思うのですよ。中心になっているのは銅とかアルミ、ニッケル、あるいはその他もあるでしょうが、大体これらが中心になるのではないか、私はそういう気持ちがするのですけれども、通産省はいかがですか。
○佐藤説明員 特に海外開発におきます重点といたしまして、われわれがいわゆるベースメタルと申しまして、国民生活上非常に重要な鉱物として目しておりますのは銅、鉛、亜鉛、次いでニッケル等のレアメタル、それに鉄鉱石等でございます。税制とは若干離れますけれども、一方通産省の助成の対象の鉱種といたしまして、金属鉱物探鉱促進事業団で海外開発の助成の対象といたしております鉱物は銅、鉛、亜鉛、最近ニッケル、それにウランが追加されておりまして、そういうものが一応限定的に助成の対象になっておる現状でございます。
○貝沼委員 アルミはならないのですか。
○佐藤説明員 ボーキサイトはただいま、来年度の対象として審議をやっておりまして、予算の中に入っております。現状の四十五年度ではボーキサイトは入っておりませんで、四十六年度の予算として一応案としてはいま国会に上程中でございます。
○貝沼委員 どうも納得いかないのですけれども……。それでは、非鉄金属の中で海外依存をしておるものですね、たとえば銅、鉛、亜鉛、アルミ、ニッケル、鉄鉱石、原料炭、石油あるいはウラン、これらの依存度というのはどれくらいありますか。
○佐藤説明員 まず銅から申し上げますと、現状におきましては大体国内鉱の占める比率が一五%でございまして、残り八五%が輸入地金も含めた海外に対する依存度になっているわけでございます。それから鉛でございますが、鉛につきましては国内鉱の占める比率が——いま申し上げますのは四十四年度の実績でございますが、全体一〇〇といたしますと二八・六%でございます。それから亜鉛につきましては、やはり四十四年で三五・六%でございます。それからニッケルとかウランについてはほとんど海外に依存しているということでございます。
○貝沼委員 今度のこの法律の出てきた意味も私はちょっとともう一回聞いておく必要があると思うのですけれども、今回のたとえば原油の問題で日本はずいぶんひどい目にあったわけでありますけれども、この資源開発投資損失準備金としたその理由ですね、これを主税局長からお願いいたします。
○細見政府委員 基本的に、わが国が資源を海外に求めて日本の経済をささえていかなければならないということは御案内のとおりでありまして、一方、この税制を考えますにあたって、貿易との関係で申し上げますれば、従来の税制と申しますのはどちらかといえば輸出に貢献のあった企業そのものを重視していく、これに対してメリットを与えていくというような税制でありましたが、しかしこれだけ日本経済も大きくなり、また国際協調が要請される段階におきましては、こうした一方において日本経済に必要な資源を開発し、同時に相手国に対してはそこの産業なり地域の開発、そういうことによりまして外貨を獲得して日本の輸出品も買えるような形にする。相互に相手も栄えこちらも栄えるというようなことにするのが今後の日本経済の進むべき道だというふうな意味におきまして、海外資源開発と海外投資活動の活発化ということを行ない、一方国内におきましては直接の輸出企業だけでなくて、すそ野の広い関連産業の技術の高度化あるいは体質の改善というようなことに、従来の輸出振興に向けておった特別措置を振りかえたのでございまして、その意味でこの制度は、現在のように資源がやかましくいわれるときにおきましては、私どもは時宜に適した制度であったと、いささか自負しておるようなわけでございます。
○貝沼委員 それはそれでけっこうなんですけれども、内容というものをはっきりした上で、たとえば非鉄金属というのはこれとこれとこれなんだとか、あるいは海外依存度というのはこれくらいであるからそれを開発するために必要なんだとか、そういうことをはっきりしておく必要があると思うのです。それできょうは通産省の方に聞いておるわけですけれども、たとえば先ほどの数字からいいましても、鉛とか亜鉛というのは海外依然度はごく少ないわけですね。それに比べて銅とかアルミ、ニッケルあるいはウランというのは非常に高い。そういう海外依然度というところから見れば、私はむしろ銅、アルミ、ニッケルとかあるいはウランとか、こういうようなものがいまのところとりあえず対象となって、そうしてまた時に応じてこういうものも考えていくとか、そういう一つの段階を通っていくのではないかと実は想像して聞いたわけでありますけれども、どうもその辺がぼくとして、はっきりしないわけですね。そういう、ただ非鉄金属というふうな名前だけだと私は非常に疑問がある。というのは、先ほどか白話があるように、非鉄金属というのは非常に多い。であるならば、なぜいままでこれが入っていないのに急に入れなければならないのか。入れたらなぜ全部入れなければならないのか。この辺がちょっと理解に苦しむ点なんです。だから、いままで非鉄金属がないわけじゃないのですから、これはあるのですから、それがいままで入っていないのを、主税局長のおっしゃるように卓見をもって資源開発としたのは私はけっこうだと思いますけれども、その中にもやはり注目すべきものはあるというのがほんとうではないか、こういうわけで実は聞いたわけなんです。
○細見政府委員 税法のほうには、御案内のような「石油、金属鉱物その他政令で定める資源の探鉱又は開発を促進し、本邦における資源の安定的供給に寄与することになるものとして政令で定めるもの」ということで、いまの非鉄金属というような字句も直接は出ておらないわけでありますが、非鉄金属の重要性というのは御指摘のとおりでありまして、どういう鉱物なり資源なりをこの政令の対象にするかということにつきましては、現状において通産当局とも話をいたし、あるいは木材のようなものにつきましては農林当局等とも相談いたしまして、現在において必要なものを第一義的に考える必要があろうと思いますが、同時に、いま通産当局からもお話がございましたような、鉛でありますとか亜鉛でありますとかいうようなものは国内で探鉱することが必ずしも、公害の問題とかいろいろ問題があるわけでありまして、短期的な視野と同時に長期的な視野に立ってこれらのことは考えていかなければならない。何しろ投資でございますから、その投資が実ってくるまでには若干の年数もかかろうと思いますので、そういう意味で長期的視野というのも必要であろう。その点については通産当局の御意見を十分尊重して政令で定めてまいりたい、かように考えておるわけでございます。
○貝沼委員 公害だからよその国でいいということではないのです。これは私はまずいと思うのです。日本の国で公害があるからまずいというのは、よその国でもまずいのですから、そういうことは国際信義上非常によくないと思うのです。さらに、資源の中でも特にエネルギー資源、これが非常に重大な問題だと思います。ことに今回の原油の問題で、日本を滅ぼすには武器は要らない、要するに原油をとめたら日本は滅んでしまうのだ、こういうふうに言った人もおりますが、非常に大事な問題であるにもかかわらず、いまごろ自主開発ということを一生懸命叫んでおりますか、しかしながら、どっちかといえばおそきに失したという感じがするわけであります。そこで今後の問題としては、原油だってこれは限度があるわけでありますから、どうしてもエネルギー資源は原子力エネルギーに私は変わらなければならないと思うのです。そういう観点からも資源という名前が出ているのだと思いますが、原子力エネルギーの原子燃料ですね、この原子燃料は現在のところウランであります。ところが先ほどの話のように、ウラン鉱はほとんど一〇〇%海外依存である、こういうふうになりますと、また原油の二の舞いを私は踏むのではないかと実は心配をするわけであります。そこで、原油の開発もさることながら、原油自主開発をこれからするといいますが、これからある程度概査をし、そうしててこに井戸なら井戸を掘る。その井戸一本を掘るにしても相当のお金がかかるし、また一年以上も月日はかかる。そうしてその当たる率というのは大体丁二、三%という率でありますから、ほんとうに五年後に、日本の原油需要量が二倍になっても、自主開発がはたして間に合うかどうかということは非常に疑問です。こういうようなところから原子エネルギーというものがその二の舞いを踏んではならないと思うので、私はいまから自主開発なり何らかの方法というものがあってしかるべきだ、こういうふうに思うわけでありますが、この点はどのように進んでおりますか。
○佐藤説明員 先生御指摘のとおり、わが国におきますところのウランに対します需要想定、一応通産省の総合エネルギー調査会におきまして六十年度までの想定をやっておりますけれども、その需要バランスからいきましても、当面五十年度ころまでは、電力九社のアメリカ、カナダのウランの鉱山会社からの買い付けによりまして一応の見通しは立っておりますけれども、さらにそれ以降の年度につきましては、まだ確たる手当てが済んでおりません。 そういう状況でございますけれども、しからばわが国の海外ウラン探鉱に対してどういう現状であるかということをちょっと御説明申し上げますと、いま先生のおっしゃいましたように、動燃が中心になりまして国内探査を進めておりますけれども、その資源量はきわめて乏しいものでございまして、その大半を海外にいま依存せざるを得ないという実情にございます。海外に対しますウランの探鉱は、民間企業によりますところの探鉱活動は四十一年以降でございまして、そのほとんどがアメリカ、カナダの外国資本との共同探鉱を現在実施中でございます。ただ残念ながら、いまだその共同探鉱による成果に基づく開発への移行という段階までは至っておりません。しかしながらまた最近、実は昨年の五月にフランスと、それからアフリカのニジェルという国がございますが、それと日本の三者で共同探鉱の会社を設立いたしまして、この探鉱を現在実施中でございます。四十一年以降実施いたしております民間企業の探鉱活動の中では、このニジェルの。プロジェクトが最も有望であろう。その後のボーリングの結果についても非常に有望な成果を得ておりますので、われわれもそこに期待いたしておるわけでございますが、そのほかの合計で、いまのニジェルのプロジェクトを含めまして四十一年以降八プロジェクトをずっと手がけてきております。 一方、これは政府関係機関として動燃事業団がみずからの手によりまして探査活動を現在継続いたしておりまして、主体はやはりカナダ、アメリカでございますが、最近はオーストラリアあるいはアフリカ等につきましても探鉱活動を相当進めてまいっておりますし、予算の面からいいましても、四十五年度五千万円の予算が来年度約八千万円の予算を計上をさせていただきまして、世界的の探鉱活動を進めております。 ただ、何といいましても、いま油の問題と関連いたしまして、今後のエネルギー事情は非常に険しい問題になってきておりまして、はたしていまのような体制でウラン探鉱活動が十分にいけるのかどうかということは確かに問題でございますので、実は総合エネルギー調査会の原子力部会の中に昨年の初めからワーキンググループをつくりまして、全般的な供給体制の問題につきましてただいま作業を続行いたしておりまして、その辺の成果を得つつ、新たな政策をその辺から考えていくというふうに通産省としては考えておるわけでございます。
○貝沼委員 まあ非常に心配な話ですね。 それで、経済企画庁の新経済社会発展計画によりますと、昭和五十年度においては原子エネルギーの需要というものが二・二%ということになっておりますね。私は、これは間に合うかどうか、非常にふしぎだと思いますね。昭和五十年度においてそれだけ、はたしてできるのか。いまのお話でも海外のほうもだいぶきびしいようでありますが、現在の開発——まだ探鉱ですけれども、探鉱しておるものが、実際イエローケーキとしてわれわれが手にすることができるまで大体何年ぐらいかかりますか。
○佐藤説明員 わが国のウランの供給は、一応動燃は探鉱活動にとどめて、成功の暁には民間が開発するということに一応たてまえはなっております。現在やっております八プロジェクトの中でこの可能性のございますのは、実はニジェルのプロジェクトが一番有望でございますが、これはまだボーリングを実施中でございますので、確たる見通しは得ておりませんけれども、大体いまから二十六カ月問探鉱活動をやりまして、それから五十二年度以降営業をやりまして、大体最終年度でU3O8の形で年間千九百五十トンの供給を期待しておるということでございます。
○貝沼委員 酸化ウランとして出てくるのは五十二年ですね。
○佐藤説明員 五十二年以降営業ということになっております。
○貝沼委員 そうするとこれはちょっと間に合いませんですね。まず五十年には少なくとも間に合わない。そして二・二%というのもちょっと問題があるし、これはどこからかおそらく買うことになると思うのですね。購入ですね。その場合にはどこの国から買うのかという問題が一つあります。それから、はたして日本が必要なほど相手国がそれを売ってくれるかどうか。この問題が一つあると思うのです。 それから、もう時間が来たというあれですからまとめて言いますけれども、いま言ったように、相手が売ってくれるかどうか。それから日本の国とその国との感情の問題ですね。さらに、このウラン鉱を掘り出して、それを濃縮するわけですね。濃縮をしてイエローケーキをつくる。その場合に濃縮工場というのが実は問題になるわけですね。この濃縮工場が外国にあるものによってイエローケーキをつくって日本が購入するのか。それとも日本がこの工場をつくってイエローケーキをつくるのか。これは大きな問題があると思うのです。外国からイエローケーキとして買う場合にはこれはまだしも問題は少ないのですが、しかし向こうが売らないと言ったらこれは問題になります。この欠点がございます。それから今度は、日本でもしもそういう濃縮工場というものをつくろうといたしますと、これは核兵器につながってくる世論がありますので、そうすると、軍事大国日本とかいろいろ言われるので、これは世論として非常にむずかしいと思います。こういうようなところから通産省としてはどういうふうにこれを進めようとされるのか。そこのところがはっきりと、これからこういう方向で原子力エネルギーというものは確保しておく、そのためには税制なら税制あるいは特別措置というものが意味があるのだというなら話はわかるけれども、どう入ってくるかをはっきりしないで、そしてただ制度だけつくるということは、私はちょっと納得しかねる点があるので、この点を承っておきたいと思うのであります。
○佐藤説明員 従来のウランの需要に対する日本側の姿勢といたしましては、大体電力九社が最大の需要家になるわけでございますが、若干世界的には需給関係がゆるんでおりますので、当面とにかく安いウランを買っていく姿勢をとってまいったわけであります。一応、先ほど申し上げましたとおり、五十五年、六年ごろまでは大体買い付け量は四万六千ショートトンぐらいの量になっておりますが、昭和六十年度では十二万ショートトンぐらいの需要に達するわけでございまして、はたしていまのような形で選択的に単純にウランを買い付けていくという姿勢でいけるかどうかということを、われわれとしても非常に問題にしてきておるわけでございまして、その意味も含めまして、先ほどちょっと触れましたが、やはり基本的にもう一回見直す必要があるだろう。特に濃縮ウランの工場の問題も含めまして、通産省のみならず、科学技術庁、動力燃料事業団、金探事業団等々の関係機関を全部入れましたワーキンググループの部会を昨年約一年ぐらいやっているわけでございますが、そこで非常に緻密な計算を積み上げて作業中でございまして、その辺の結果を待ちまして、さらに総合エネルギー調査会で十分に練り直した上で、いろいろな前向きの政策を考えていくというのが当面考えている姿勢でございます。
○貝沼委員 結局これから考えていくという話であります。ところが制度はいますでにできておる。そこで主税局長にお伺いしたいのでありますが、要するに、内容をはっきりしない制度というのは、私はあまり意味がないんじゃないかと思うんですね。そこでやはりこういう制度が出される前に、今後のこともありますので、よく内容というものを検討された上で出される必要があるんじゃないかと思うのです。 それから、そういうようなことから私はちょっと心配な点があるわけでありますけれども、政令で定める部分がかなり多いので、この政令で定める場合に、いま議論のあった点をよく考えた上でされるようにしていただきたい、こういう希望を申し上げます。 それから通産省の方に、いまはウランを買ってきてそして原子エネルギーとする話をしたわけでありますが、実は現在開拓されつつある問題として、核融合反応があるわけですね。これに対して、日本の政府としてこの学者に対してどれだけの金を使って研究をさせているかということは、私は実は心配な点があるのです。それは先日の新聞で、官僚の天下りという問題が大きく出ました。その中に技術者というものがかなり入っておる。こういうようなところから考えて、いま政府として一番大事な問題は、たとえば公害の問題にしても、政府に技術者がおってちゃんと監督していかなければならないのに、その優秀な人たちが民間に天下ってしまうということは、せっかくいままで育ててきたのが一体どうなるんだろう、こういう率直な疑問があるわけでありますので、そういう点も勘案して、ほんとうにこれからはそういうエネルギー資源の開発とかあるいは公害問題につきましても、そういう技術屋というのはわりと大事な存在になってきましたので、さらにこれを検討される必要があるのではないか、こういうことを痛感いたしますので、最後に希望として申し上げておきたいと思います。
○毛利委員長 竹本孫一君。
○竹本委員 われわれは本委員会において、ただいま毎日のように所得税、法人税、特別措置法、いわゆる三法について論議を重ねておるわけであります。毎日ではなくて、実はこれは毎年やっているわけですね。毎年大体ポイントはそう変わるわけでもないんだけれども、数字は変わるでしょう。しかし毎年毎年こういう論議をしておるということに私は一つの矛盾を感ずる。小林前法務大臣は、野党の質問の内容がつまらないから眠たくなるんだと言うんだけれども、質問の内容にも関係があると思うけれども、同じポイントを毎年同じように繰り返せばだれだって眠くなると思うが、こういう審議のあり方、法案の提出のあり方について、中川政務次官はどういう感想を持っておられるのか、まずこれをひとつお答え願いたいと思います。
○中川政府委員 私もこれで二回目の委員会で皆さんにお世話になるわけですが、法案の審議について非常に御熱心なことにはまず敬意を表しております。おりますが、改正の問題点をもっとやはり議論の焦点とし、そしてその中からよりよいものを生み出す方向というものについて重点的にやるべきではないかというふうに思います。また、眠くなるから審議を省略というような御意見といいますか、お話もありましたが、やはり国民から税金をいただくわけですから、審議についてはやはり慎重にやっていくべき一面も忘れてはならない、このように思っておるわけでございます。
○竹本委員 ぼくの質問のポイントと少し違うのですけれども、主税局長にひとつお伺いするが、所得税、法人税、租税特別措置法は、毎年その間の事情が変わるんだから、政策目的が変わるから、これはある程度毎年手直しするのはあたりまえだと思うのです。しかし、所得税や法人税のような基本的なものについて毎年論議を重ね、毎年法律を改正する、世界各国そういうことをやっておるのかどうか、その辺をひとつ聞きたい。
○細見政府委員 毎年のように税法を改正いたしておりますのは、おそらく日本がその最たるものであろうと思います。そういうことで、かつて一度、ことしは、日本は御承知のように物価も所得も上がっていくというか、騰貴するわけでありますので、たとえば四十六年は何々控除一万円、四十七年もやはり一万円というようなことで、一ぺんに出してきめておいてもらったらどうかというお話が出たわけですが、これは国会の審議権を拘束するとか、あるいは予算の年度主義を拘束するというようなお話でできなくて、いまのようなかっこうで、結局毎年毎年ある程度の控除引き上げをお願いしなければならないというのが実情下ございます。
○竹本委員 もう一度念を押して聞きますけれども、日本だけなのか、あるいはどこでも所得税心法人税は毎年こういうふうに手直しをしておるのかという点の事実について伺いたいのが一つと、それからもう一つは、大体大蔵省主税局たるものがまず、所得のあり方や法人税のあり方についでは基本的な方式やルールを確立して、大きな情熱の変化とか政策目的の変化があった場合には基本的に根本的に論議をするということに当然しなければならぬが、大体同じような議論を毎年同じように繰り返しておるというのは、人が見ればよほど大蔵省も大蔵委員会もひまがあるように思われる。もうちょっと税のあり方について、あるいは所得税、法人税の基本的なあり方について根本的に考えたことはありませんかということです。
○細見政府委員 毎年のように税制改正をいたしておるのはおそらく日本だけでございまして、アメリカのようなところになりますと、たとえば基礎控除額というのは、先ほど言い間違いましたように、六百ドルという期間がおそらく十年近く続いておるというようなことで、それが五十ドルやっと引き上げられた。ドイツとかイギリスというようなのは、日本と違います点は、内閣を構成しておる政党がかわるものでございますから、そこでかなり大幅な税の考え方についての転換が行なわれた改正が行なわれております。ただ日本はこういうわけで毎年御審議を願っておって、その間に国会でいろいろ、附帯決議ほどでないものもありますが、いろいろ強い御要望が出ると、それを翌年はどうしても改正して持ってこないと、約束を守らぬじゃないか。たとえば物品税のようなものを改正しないでおりますと、それはいかぬ、それはいかぬ、こうなるわけでございますし、物価あるいは所得水準の違いというものが日本ほど激しいところもない、その辺もひとつ御賢察願いたいところでございます。
○竹本委員 いろいろその辺の事情、お察ししますけれども、いまの大蔵省の姿勢では一年しか効果がないということじゃないですか。二年以上の見通しを持った方式が確立されないというところに私は問題があると思うのですよ。あまりにもマンネリズムで毎年毎年税法の改正をやって、お互いに迷惑だ、だからもう少し基本的なあり方というものをひとつこの辺で考える意欲があるのかないのか。また考えるとすればどういう点を考えようとしているのか。そういう問題について、少し濁流から離れて静かに将来を展望した税制のあり方あるいは税制の論議のしかたというものに、もうちょっと科学的な判断や考慮があっていいと思うのですが、どうですか。
○細見政府委員 非常にありがたい御指摘で、私どもも、所得税につきましても毎年のように控除や税率の問題を考えるというよりも、むしろ課税単位の問題として、先般来御議論のございましたように、所得税の課税単位を個人で考えるのか世帯で考えるのか。さらにそれを及ぼしまして、現在の日本の夫婦間の財産のあり方というようなことを含めまして、相続税あるいは贈与税の分野でどういうようにしていけばいいのか。それから法人税におきましては、御承知のように法人税というものの実体をどう考えればいいのかというような問題。それから間接税につきましては、やはり個別消費税というのはどうもなかなかうまくいかない面が多いので、一般的な消費税に置きかえるというようなことができるのかできないのか。そうした問題が前途の大きな問題として、私どもも真剣に考えていかなければいけない日本の税制の問題であろうということは承知いたしておるのでありますが、毎年毎年の改正事項に追われまして、それになかなか時間的な余裕もない、あるいはまた能力もないので、それらの点は御叱正をいただいて、基本的な問題に取り組んでいく姿勢はぜひ持たなければいけない、そう思っております。そういう意味で、今回の税制調査会におきましても特に基本問題小委員会というものを設けまして、多数の学者などにも参加してもらって、少しでも基本的な、いわば原点、原初、原始に返って、税とはそもそもどうあるべきか、あるいは国税と地方税はどうあるべきかというようなところから議論を願っておるのも、そういう気持ちのあらわれの、一部でございます。
○竹本委員 これでとどめますけれども、ぜひこれはひとつ大きな将来をも見通した根本的な考え方について、中川政務次官のような新しい発想のできる方のおられる間に、そういう問題を角度を変えて一ぺん論議をしてもらいたいという希望を申し上げておきます。 次は、ことしの所得税減税は幾らであって、いわゆる物価調整減税は幾らでありますか。
○細見政府委員 所得税の減税額が千六百六十六億円で、課税最低限だけでの物価調整を行ないますと、これが七百四十億ということでございます。
○竹本委員 念のためにいまの物価調整減税の算出の方法、もう一度確かめたいと思います。
○細見政府委員 基礎となる諸控除の金額を算出いたしまして、それに消費者物価の伸び率をかけるわけであります。つまり消費者物価が上がって、諸控除を消費者物価の伸びだけ伸ばした金額が幾らかというわけであります。それから今度は所得の増加に応じまして増加いたしまする控除額が出てくる。それをいまの物価指数だけ諸控除を伸ばした金額から差し引きまして、そのパーセントが出るわけであります。それを収入歩合のようなものを調整いたしましてかけたものが所要調整額というわけでございます。
○竹本委員 算出方法にも私は若干疑問があるのですけれども、きょうは時間がないから、もし局長のほうで、その算出方法には何か矛盾を感じておられるかどうか、その辺も聞きたい。 それからもう一つは、物価調整減税というのは、どういう方式で算出するかは別として、これはもう別ワクにしたらどうか。これもさっきの議論と関係しますけれども、ある意味からいえば見せかけの減税を大きくするために調整減税も必要ということになるかもしれないけれども、どうしてもこれは議論をするし、だれも考える問題なんですから、もう別ワクにして、こういうものは論議の外にするというくらいにしたらいいと思うのだが、物価調整減税というものを一つの独立の体系にして、別ワクにしておくという考えがあるかないか。
○細見政府委員 物価調整減税と申しますのは、いまの算式で申し上げましたようにあらゆる所得の階層の人に全部及んでおるわけであります。つまりその物価調整減税が必要なゆえんというのは、消費者物価の値上がりで消費生活を圧迫する——先ほどの課税最低限の議論ではありませんが、いわゆる最低生活費的な課税最低限を侵食するじゃないか、その分を見るべきだ、こういう議論でございます。ところがいま申しますように、すべての人の控除にこれを適用いたしておりますので、はなはだ特定の人の例をあげて失礼でございますが、たとえば松下幸之助さんにまで、その基礎控除なり配偶者控除のところで物価調整を見ておる。全くの貯蓄部分と申しますか、留保部分のほうに響いておる。その辺をどう考えたらいいか。したがって、この金額をこれだけ大きな金額として考えるのがいいのか。文字どおり最低生活費に近いところに課税最低限があったとして、その分だけは見ていかなければならないという階層をどの辺までで区切るかという問題が一つあろうかと思います。そういう意味で、この辺のことについては現段階においてはもっと違う考え方があっていいのじゃないか。この話が出ましたのは御承知の三十六年ごろでございましたか、そのころのことでございまして、なかなか様子は変わっておろうかと思います。
○竹本委員 いまの御答弁で、新しい考え方、あり方を模索しておられる点はわかるのだけれども、それは内容の問題だ。私の言うのは形式の問題で、ここでもうこういう物価調整減税は別立てにして——それ自身に問題があることはいまおっしゃったとおりだ。しかし少なくとも、いずれにしてもそういうものを別立てにしていく考えはおいか。
○中川政府委員 竹本委員から非常にいい、建設的な、しかも近代的な御提案で敬服しておるわけですが、所得税なり法人税、毎年一年間で、扶養控除がどうの、あるいは基礎控除がどうの、一万、二万いじくって何ぼ減税になって、その中に物価減税が何ぼだという議論を毎年やるということに意味があるだろうか、私も非常に疑問に思います。できるならばこれは三年なり五年なりの長期的の見通しに立った上での法の改正を行なっておいて、三ないし五年たった後でまた新たに改正を加えるというくらいのことが理想的であり、また当然のことではないかと思うのです。ただ、御指摘ありましたように物価の問題だけは毎年大なり小なり動くものですから、この点を見通しておかないとこれは現実に合わない事態が一年ごとに出てくるわけですから、これを何らかの方法によって自動的に、政令その他によって、法改正を行なうことなくして、たとえば課税最低限を中心にして物価減税の分だけは見ていくとか、何らかの方津が技術的に生み出されるのではないか。こういうことも含めてひとつわれわれも検討してみますし、政党、議会側においてもひとつ御協力をいただくように、前向きにこれはやってみるべきことではないか、このように考えます。
○竹本委員 ぜひこれは前向きに御検討を願いたいと思います。 次に参りますが、今回の給与所得控除のうちの定額控除の問題ですが、一万円やると三百億円減収になるとかということだけれども、三万円やると人数のほうではどのぐらいの人が税金をかけられないことになったか。所得税の納税人口と、そかれら三万円の定額控除をやった関係で税を払わなくなったという人数の大体のところでけっこうです。 それからもう一つは、あれもこれもみな一万円、これもまた毎年のようにいじるわけだけれども、定額控除なら定額控除のところに重点を置くというような考え方をひとつ基本の方式に考えられないものかどうか。その辺二つあわせて伺います。
○細見政府委員 源泉所得税の関係で納税義務者か、今回の改正によりまして百万人減ったわけでありますが、金額の一万と三万の差、しかし実際上家族構成が夫婦子二人ないし子一人の給与所得者が多いわけでありますから、ほぼ三万円そっちも響いておるというようなことを考えれば、大体これが半々くらいのかっこうで働いたのじゃないかと、これは大ざっぱな勘でございます。それから、給与所得者の控除につきましては定額控除を中心というお考えも一つでございますか、しかしやはりサラリーマンで役がつくとか——役がつくとしたがって給料もふえていく。その役割りに応じましてある程度の支出が出ていく。冠婚葬祭につきましても、たとえば課長であり部長であるから出さなければいかぬという面も出てまいるわけでありまして、定額控除にある程度重点を置けというお考えもそれなりにわかりますが、やはり定率のほうもそれなりの理由があるのではないか。両方がバランスがとれるのが一番いいんじゃないか、かように思っております。
○竹本委員 バランスは政治の秘訣といいますか根本ですから大いにけっこうだと思いますが、へたをすれば総花主義になるし、重点のないやり方にもなるし、事務手続的に見てもいたずらに複雑になるのだから一いままではいいですよ、今後将来の展望からいえば、これも所得税減税のあり万というものについて一つの基本方式を打ち立てたらどうかというふうに私は思うのです。時間がありませんから先へいきますが、いま申しました所得税減税のあり方について、これもひとつ一これは本来は大臣に伺いたい問題あるいは総理に伺いたい問題なんですけれども、私は二つ考えるわけですね。たとえば、いま政府が言っておられるのは、四十三年に税調がその答申の中で提案した長期税制の姿というものは大体四十四年度と四十五年度でやっちゃった。その結果いま日本は、アメリカやフランスには及ばないにしてもイギリスやドイツ並みに大体なった、こういうことをよく言われる。そこで問題は二つぼくはあると思うんですけれども、一つは、アメリカ並みではないがイギリス並みだという、そのイギリス並みになるということの内容をもっと分析検討して、われわれが言っておるように、いわゆる百三十万円まで四人家族でも減税をすべきじゃないか、課税最低限を上げるべきではないかという問題が一つあると思うのです。しかし同時にもう一つ、より大きな政治的な視野からいうならば、いつまでも減税一本やりでいくのは政治のあり方として正しいかどうかという問題がぼくはあると思うのですね。というのは、ことにわれわれ革新陣営からいうならば、社会保障とか社会資本ということを大いに充実したいという立場に立っておる。そういうことになれば、当然建設公債の問題も出てくるけれども、税の取り方、あり方についても、いままでと違った観点がやはり必要だろうとぼくは思うのです。そういう意味からいって、あるところまでは持っていきなさいということはあとでぼくは若干質問もいたしたいと思いますが、同時に、いつまでも減税減税でいくだけの一つ覚えでいいのかどうかという問題がやはりあると思うんだ。その点についてひとつ……。
○中川政府委員 その問題、非常にまた大事なことじゃないかと思うんですが、御指摘のように、昭和四十三年度に税調から長期答申といいますか、思い切った税制改正をやるべきだということで、四十四年、四十五年、完全実施をいたしました。これで国際的にもまあまあいいところへきたといわれております。そこで、ここら辺で本来ならば一服してしばらく様子を見るというのが普通のあり方ではなかったか。ところが一方物価高の問題があるのと、まだ不十分だという声がかなり強い。また個々の問題をあげて、たとえば経費の問題を見たらどうとか、いろいろな議論を残したままに四十五年度ああいうことで終わっておりましたものですから、惰性というような意味で若干の、人によってはミニ減税——四十四年、四十五年のような大幅減税が定着してしまって、それだけやらないと減税だといわれないというような、私たちからいうならば誤った見方にまで発展している。こういうことを考えますときに、御指摘の百三十万円まで——夫婦子三人ですかの場合百三十万円がいいのか、あるいは百二十万程度がいいのかわかりませんが、もうそこら辺でどこかの線で区切りをつけて、そして国際的にも、減税としては、税のあり方としてはまあこの辺でひとつ定着をして、それから先は、何といいますか、それを土台にして日本の経済の発展をはかっていく、社会資本の需要にこたえていくという、前向きに行ってもいいだけ日本の経済力あるいは一人当たりの所得等が出てきたんじゃないか。ちょっとえらそうな話になりますが、日本でいま欠けているのは、所得ベースはかなりよくなってまいりましたが、住宅事情が悪い。住宅事情さえ先進国並みになれば、所得からいっても生活環境その他からいっても、まあまあいいところへきたのではなかろうかということを踏まえますときに、その上にまたこれからベースアップ、ことしも春闘、かなりあるようですが、勤労者の生活もよくなるとすれば、これから先は減税ということではなくして、応分の負担をいただいて、変わった意味の社会資本によって日本全体の皆さんが幸福になるような方向に力強く進むべき転換の時期であろうというふうに思います。七〇年代はそういうふうな転換に立った、いままでのようなちびちびと社会資本の充実をはかり、ちびちびと税の負担を軽くしていくというようなことではなくて、ダイナミックにやっていって日本の諸問題を解決していく方向に振り向けるべき時期であろう、私はこのように思っておりますし、ぜひともひとつ皆さんの御協力をいただいてそうありたいものだというふうに考えるわけでございます。
○竹本委員 いま政務次官の御答弁で大体理解はできるのですけれども、ほんとうは財源がなくなったら急に高福祉高負担というようなことを言ってみたって、これは高負担だけだという受け取り方になってしまうと思うのですね。そうではなくて、ぼくのいま言っている問題は、基本的に、われわれのいまでいえば夫婦子二人で百三十万円にしろ——ことし百三万といっても、これは五人家族の場合でしょう。それを四人家族で百三十万円なら百三十万円にしろという一つの目安をつくる。そこまではこういうふうに努力して何年計画で持っていきます。しかしそれから先はこういう新しい社会資本の充実なり社会保障の充実なりという大きなビジョンのもとに、われわれはこういうふうに切りかえていくのですよという、それが政治のリーダーシップだと思うのですね。そういう意味のステーツマンシップが日本にはなくて、財源がなくなったころに急に思いついて高負担だとか高福祉というものを上につけてみたということではなくて、やはり大きな方向づけをもうぼつぼつすべきときである。まだなっていないから、なっておらないのは残念だけれども、何年計画で持っていく、同時にそのあとはこういう方向にいくのですよという方向を示すべきだとぼくは言っているのです。大体政務次官もおわかりいただいていると思うのですけれども、そうでないと、先ほどの毎年所得税、法人税を論議する、それから減税も、ばかの一つ覚えといってはことばが悪いのだけれども、大幅減税さえやればいいといって毎年法案を出す。主税局長おかげで忙しいだけで、まあ楽しんでおられるのかもしれないけれども、しかしこれは国の政治の方向ということからいえば全くマンネリズムでもあり、場当たりでもあると思うのです。そこには政治はないと思うのですよ。ほんとうの意味の減税政策のあり方というものを、もうこの辺で基本的に検討すべき時期ではないかということをぼくは指摘したわけであります。そういう意味で、私はいまが満足だというわけではありません。しかし目安をつくっていくことを言うわけです。 その目安の問題につきまして、ついでに一つだけ伺っておきたいのは、日本のいまの課税最低限がイギリスやドイツ、大体それよりもオーバーした、こえたということになるわけだけれども、その問題と関連してですが、それはもっと減税をやったほうがいいという意味にもなるでしょうし、そうではなくて、同時にちょっとこの辺で日本のインフレ経済を反省してみたいという意味で聞くのだけれども、日本の一人当たりの国民所得と蓄積、その蓄積も戦前と戦後、それからいまの世界の国々との比較において、日本は経済大国、経済大国といっているのだけれども、そしてまた大蔵大臣はゆとりのある家計とかいうことを言われるのだけれども、実際はどういう関係になっておるか、これもちょっと関連して伺っておきたい。
○細見政府委員 所得で申し上げますと、戦前、昭和九−十一年の平均一人当たり国民所得は二百九円でございまして、後ほど倍率を申し上げてみたいと思いますが、それが現在四十六年になりますと六十三万八千円という金額になっております。アメリカは、統計の関係で四十六年度でなくて四十四年になりますが、便宜日本円に換算して申し上げたいと思いますが、百三十六万三千円、それからイギリスは五十四万三千円、これも四十四年でございます。それから西ドイツが四十四年で七十四万二千円、フランスが七十万七千円、イタリアが約四十五万五千円という形になっておりまして、消費者物価指数だけで換算いたしますと四十六年は六百十一倍というぐらいの数字になっておりまして、生活の実感としては消費者物価で換算していただくというようなことになろうかと思いますが、六百十一倍、つまり十二万円ということになろうかと思います。ただ資産の状況になりますと、これは国富調査とか、いろいろなものもございますようですが、なかなか一人当たりの資産というのは調べようもございません。
○竹本委員 これも時間がありませんから、ひとつ次にまいりましょう。 一つは、先ほども議論が出ておりましたけれども、地方税の住民税との格差が三十万円あるという問題で、まあこれから先は私のいま言った社会資本の充実、社会保障の拡大といった問題とともに、あるいはその前に、減税の重点を所得税の大幅減税ということでなくて、住民税との間のバランスをとる、ギャップを埋めるということのほうにむしろ今後は重点を置くべきではないかという意見なんですけれども、いかがでございますか。
○細見政府委員 まことに適切な御指摘で、私どもも、いろいろな考え方はございますが、住民税について特に低所得層から負担を求めるということがあらゆる意味で是認できることだというようには考えておらない。でき得べくんばやはりある程度のところから課税になる。所得税のように住民税より高いところから課税をしておっても、課税最低限が最低生活費に達しておるか達してないかという御議論があるわけですが、それよりも住民税は下のほうでございますから、そういう議論からいたしましても、当然国税程度のところに住民税が一致するということが望ましい姿ではないかと私どもは思っておりますが、午前の論議にもございましたように、地方自治論との関連でいろいろ別の議論をなさる方も多いようでございます。
○竹本委員 これはかれこれ三十万円のギャップがあるわけですけれども、何年計画ぐらいで埋められるというような見通しがありますか。
○細見政府委員 ことしの減税、初年度七百四十三億というようなことで、地方税の税収が国税の大体半分でございますので、この減税額は割合としてはかなり大きくなるわけで、先ほどの論議とも関連いたしまして、その間、所得税の最低限の引き上げは住民税の最低限の引き上げを待つ、一緒になるのを待つかというのも一つの議論でありますが、所得税のほうにおきましてもいまやその後の物価、所得の上昇からして応分の減税をすべきだということになりますと、常に一ことしもわずかではありますが、つまり配偶者控除などの引き上げが大幅であっただけわずかではありますが、その差は縮まりましたけれども、これをいつまでに一緒にできるかというのは、国税の減税でもやめない限り、そう確たる見通しが現状ではできにくいわけでございます。
○竹本委員 私は、基本的にいえば資本主義経済というものは集中の原理で動くもので、都市に集中するし、中央に集中する、これは経済の法則だと思うのです。したがって、資本主義のバスに乗っておりながら、地方の財源を豊かにするとか地方の文化を振興するとかいうのは、ほとんど不可能だという考えをぼくは持っておる。しかしそれは一応別として、地方の地域社会の開発をやろうという声もいろいろあるのだけれども、そしてまたいまの住民税の減税も早急にやらなければならぬという問題と関連して、一体地方に独立財源を与えるということについては基本的にどういうお考えを持っておられるか。
○細見政府委員 地方財源として適切な財源があって、つまり普遍的に、その地域によって財源に差が生じないような適当な税があれば、やはり地方税が独立財源として一番望ましいものであるので、それらのものについて国、地方の間で財源配分を行なうことも当然考えていくべきではないか、こう思っております。
○竹本委員 ちょっと具体性がないのですけれども、もう一つ、これは大臣も言っておられましたが、中央と地方の徴税をなるべく一本化するという問題、あれはどういうふうになりましたか。その後の発展は……。
○細見政府委員 税制調査会の基本問題小委員会におきましてその問題を詰めて議論を願っております。いろいろ論議の過程で出てまいりました中間的な論議といたしましては、現在の税制をそのままにしながら徴税を一本化するというのは、そのわりに能率化の効果があがらないので、むしろその意味においては税制そのものからやはり考えていかないと、国、地方をすっきりした形で徴税の一元化をはかるということはむずかしかろう。その場合に、一体地方税というのは地方団体が徴収するというたてまえが地方自治に不可分のものであるかどうかというあたりをめぐりまして、かなり意見が対立しておるというのが実情でございます。
○竹本委員 所得税について最後に、今度の改正によりまして独身者は三十八万二千円までは税金がかからぬという話ですが、それをオーバーして、たとえば中学卒業で就職した場合、高校卒業で就職した場合、普通に想定した場合にどのくらいの人が、何割までが税金を払わなければならない課税対象になるかという問題が一つ。 それからもう一つ、ちょっと角度を変えまして、私はまあ中学卒業、高校卒業して直ちに税金をぶっかけられるという気の毒なような気もしますから、それはなるたけかけられないほうがいいだろうと思います。しかし同時に、正しい納税意識というものを養成する面で、日本の政府の努力というのはちょっと足らないのじゃないか。極端に言えば、たばこのほうは、あまり飲むと健康に害があるという有害表示もやらないようになったらしいのだけれども、これもぼくはアメリカがやっておるようにやったほうがいいと思うのです。税のほうも私は取らぬで済めばなるべく取らないほうがいいにきまっておるが、取るという以上は、この税金は、国政はこういうふうに動くのだということを理解させる、われわれの立場からいえば税を通じて日本の政治を批判してもらう、税を通じて日本の政治のあり方を理解してもらう、こういう努力というのは、専売公社がたばこを売るために宣伝している以上にやらなければならぬと思うのだね。そういう努力がどういう形でどの程度になされているかということを伺いたい。
○細見政府委員 独身者の課税最低限と現実の給与との関係でありますが、中学を出て就職された方々につきましては、就職の年は大体課税にならないようでありますが、その翌年になりますと、時間外手当のようなものも加わってまいりまして、どうしても課税になるのが実情でございます。それから高等学校卒業の方々につきましては、おおむね就職の年には課税にならないというような形で——ただしそれは四月採用という条件でございますので、当然また翌年になれば課税になるというようなことでございます。 それから、税の教育につきましては、現在納税教室というような形で、皆さんが払われた税金はどういうふうな歳出に充てられ、どういう役割りを国の経済の中で果たしておるか、あるいは国がそれによってどういうサービスをしておるかというようなことを書きましたものを各高等学校などに配布いたしまして、高等学校教育の社会科の教育の中で取り入れていただくようにお願いし、またその教育が徹底いたしますように、これは東京国税局とか大阪国税局などを中心にいたしまして、夏などの比較的先生方のひまなときにしかるべきところにお集まり願って、大蔵省の当局の者が税のいろいろなお話をする、あるいはまた主計局の者がいろいろ歳出のお話をする、あるいはまた財政学の先生のような方においで願って国の財政の仕組みというようなものをお話しするというようなことで、いま申し上げたいろいろなパンフレットなどが生きて使われるような配慮というようなことをいたしております。しかし、何と申しましても基本的には中学校、高等学校の教科書の中でしかるべき形で納税の必要性あるいは納税の義務とでも申しますか、納税の必要、大事なことを大いに強調していただくのが基本であり、われわれのほうもPRの活動が十分ではございませんが、それを補足するような意味において今後ともできるだけのことはやっていかなければならぬ。いまやっておることはそういうような印刷物の配布あるいは先生方に対して講習会などを催すというようなことをやっているわけでございます。
○竹本委員 次に法人税について二、三伺っておきたいと思いますが、法人税の体系上の問題について、政府も税調も、法人税というのは株主の所得税の前払いではないのだ、そういう方向で検討するということに数年前からいわれておるわけだけれども、具体的に検討の結果どういう処置が進んでおるかということを伺いたい。
○細見政府委員 法人税を所得税の前払いと観念する御承知のシャウプ税制というのがいろいろ御批判を受けて、そして法人税制をその御批判にこたえて立て直すということになれば、法人税は所得税と別々の税だというふうに観念した構成の税制にすべきだということになるわけであります。その場合におきまして、株主と会社そのものとが全く別個の存在になっておるような大企業と、それから経営者即所有者であり即自分の事業であるというような会社と、その辺について同じような税制がはたして適用できるのかどうかというようなことも問題がはたとございます。それからまた一方では、現在の税制というのは何と申しましても、やはり企業の自己資本の充実というようなことについてそれなりの役割りを果たしておるわけでありますが、これを利潤税というような形にいたしました場合に、配当を損金にまで観念できるか。いまの商法のたてまえ、つまり配当率というものが会社において自由に裁量ができるわけでありますが、そういう自由に裁量できるものを損金と見れるかどうか。金利のように確定的に義務が生じておるものと、会社において任意に判断できる配当というものが、同じ性質のものであると考え得るかどうかというようないろいろな問題もございまして、この問題についてはやはり商法を含めた基本的な検討が要るのではないかということ、それと、それにもましまして、一体世の中の人たちが、法人税というものをどういうふうに構成したらいいかというふうに国民的に合意としてお考えになっておるか、その辺がはかりかねてなかなか作業が進まないというのが現状でございます。
○竹本委員 いまの御答弁では、だから、いろいろ問題意識はあるにしても、あまり数年前から前進していないというぼくは感じを受けますが、そう受け取ってよろしいかということが一つ。 それから、やはり考える場合に大法人と中小企業とは、いまも御指摘のあったように別の体系にすることのほうが妥当ではないかと思うが、その点についてもう一度明快なる御答弁をお願いします。
○細見政府委員 現状におきましては、あまり法人税制の体系についての考え方のその後の進歩はございません。 それから第二点は、そういうことで大法人、つまり所有と経営とが分離した会社と、所有と経営とが全く同じである会社とを区別する方法というのが、法人税を考える上の一つの解決の方法として適当でないかということは何回も議論したわけでありますが、その場合に、商法の中に、はたしてそういう同じ株式会社を二つに区別できるかどうかということについて、法務省との間になかなか意見の一致を見ないということで困っております。ただし私どもは、法人税の解決の方法としては、いまおっしゃったような商法のような組織法から見直していくということが一つの重要な解決の手がかりではないか、かように思っております。
○竹本委員 あまりきょうは論争をやるひまもありませんから、問題を指摘しては意見を聞いて一応進めますが、例の法人税の三六・七五%の問題ですが、四十七年から先はどうなるということですか。あるいはどういうふうにするおつもりであるか。
○細見政府委員 現実に明年度の予算なり税制なりを考えなければならない段階におきまして、歳入全体の大きさあるいは歳出予算の必要性、あるいは当時におきまする経済の状況というようなものを見て、その段階で具体的に考えなければならぬ、かように思っております。
○竹本委員 これは一・七五というのは暫定的に上げたのでしょう。そうしますと暫定的というのは、結論が十分でないから暫定的にやるのか、あるいは暫定期間だけで問題は解決して、もとへ返すという立場で暫定にするのか。一体暫定のあり方はどうですか。
○細見政府委員 いま御指摘の両方の点を含め、とにかくというか、二年間の措置でございます。
○竹本委員 たいへんごまかし答弁のような感じですが、あなたは気持ちの上でわかっているだろうから、もう少し基本的にこういう問題は考えて対処すべきだと思いますが、きょうは時間もないから特に追及しませんけれども、ぼくはやはり暫定というのはあくまでも暫定としなければいかぬという考え方です。 それから、法人税には基本的にある一定の税率をつくるということと同時に、景気調整税的な考え方を取り入れろという意見をぼくは持っておるのだけれども、そういう点についてはどうですか。
○細見政府委員 フィスカルポルシーの中でいろいろな歳出を使っての方策というのも限られてまいりまして、歳入の方法で、歳入についてそういうものを考えるべきだ、その場合に、そういうフィスカルポリシーに一番適したものは法人税穴あることは、いろいろな学者の意見の一致しておるところであります。その方向で今後の課題として勉強しなければならない、そのように思って決ります。
○竹本委員 次へ参りますが、銀行の貸倒引当金問題ですが、これも先ほど議論があったようですが、現在は一体幾らあるかということが一つと、それから実際に回収不能になった貸し出し金は全体の何%くらいであるか。法律上一・五%までは無税で積み立てをやっておるということだろうと思うのだが、それとの開きはどの程度になっておるか、数字で伺いたい。
○山内説明員 金融保険業で貸倒引当金の残高は四十四年度六千二十四億でございます。金融保険業全体でございます。なお、その中でいわゆる銀行、全国銀行でございますが、これについて見ました貸し倒れ率は千分の〇・一でございます。銀行の場合は〇・一でございます。以上でございます。
○竹本委員 したがって、これは無税の積み立てが認められておるパーセンテージと比べればはなはだしく格差があると思うが、大蔵省は事務的良心的に考えた場合に、そのギャップは今後放置するつもりであるか、半減させるつもりであるか。どういう構想で取り組もうとしておられるか、その辺を伺いたい。
○細見政府委員 この実際の貸し倒れの率とそれから積み立ての率との違いはかなり大きいものですから、そこで、現在の銀行におきまする貸し倒れ処理がほかの企業におきまする貸し倒れ処理と同じようなものであるのかどうなのか。あるいは金融業という特殊な性格から見て、本来ほかの企業であれば貸し倒れすべきものが、二年なり三年なり猶予するという形で企業の立ち直りを求める、いわゆる金融機関の公共性というような面からして何か考えるべきものがあるのかどうか。その辺について十分な検討をいたしまして、おそらくは若干率が高くなっておろうかと思いますので、その辺については適切な措置をとっていかなければならない、かように思っております。
○竹本委員 佐藤総理も、昨年の国会であったと思うが、これは前向きに検討しなければならぬという答弁をされたはずである。佐藤さんという人はあまり仕事をしない人だということは定評になっているから特に責めないけれども、しかし少なくとも事務当局の事務的良心からいえば、これは前向きに検討すべき問題、というよりも、いまの主税局長の答弁では適当なところを、こう言うんだが、問題は、適当なところの中身はどうかと いうことを聞いているんだから、その辺をひとつ伺いたい。
○細見政府委員 先ほども申し上げましたように、せっかく実態を調査いたしておる最中でございます。
○竹本委員 いつごろまでに実態調査の結論が出ますか。
○細見政府委員 この席で大蔵大臣もお答えいたしておりますように、明年の税制改正にはその成果を生かしたい、かように考えております。
○竹本委員 政務次官にお伺いしておくが、来年度には、総理も約束され、いま主税局長も間に合わせるような話だけれども、そういうふうに理解してよろしゅうございますか。
○中川政府委員 これはそのように理解していただいてけっこうだと存じます。実はことしの税制改正、四十六年度の改正にあたって何とかしたいということでありましたが、銀行を取り巻く情勢その他もありまして、次年度はということで国会においてもしばしば総理あるいは大蔵大臣が答弁したにもかかわらずできなかったことはまことに遺憾でありまして、事務当局もまた大蔵大臣もほんとうに来年はやりたいという姿勢でありますので、そのように御了承していただいてけっこうだと存じます。
○竹本委員 積み立て率は大体いまの半分くらいにすべきだと私は思いますから、御留意を願いたい。 次に、中小法人について法人税の延納の条件をもう少し緩和したらどうかと思いますが、いかなるお考えであるか、伺いたい。
○細見政府委員 延納の条件とおっしゃるのが、利子率その他ということでございますれば、これはやはり延納に伴いまする利益というのは、企業の大小を問わず金融機関からの借り入れとの関係で、むしろ中小企業金融のほうが金利が高いことを考えれば、その意味では同じになっておってもいいのではないかと思いますが、延納の条件とおっしゃるものが具体的にどういうことをお考えなんでございましょうか、お伺いしたいと思います。
○竹本委員 小のほうの場合、ことに最近のように金詰まりだとかうしろ向き金融だとかいうような問題が多くなるし、滞納も多くなるといったような情勢の中では、小さな企業の場合には税額の三分の一を納めたらあとは四カ月猶予してやるとかいったように、いまの条件をちょっと緩和してやる必要があるではないか、そういう御意思がありますかということです。
○細見政府委員 歳入確保等の関係もございましてなかなかむずかしいと思いますが、せっかくの御提案でございますので、十分勉強はしてみたいと思います。
○竹本委員 最後に法人税の問題で、まあこの間も同僚議員の中から、四二%の時代もあったんだというようなことで、税率を一方で引き上げろというような意見があった。私もまたそれに賛成ですが、それから中小の場合には二八%というのがやや固定しておるんだけれども、今後これを動かす意思があるのかないのか。二つについて伺いたい。
○細見政府委員 法人税の負担をどう考えるかというのは、先ほどの利潤税との関係のときにもちょっと申しましたが、所得税と違って、いわゆる負担の公平とかあるいは応能負担とかいうような議論はないんだというような言い方からすれば、中小企業も大法人も同じでいいじゃないか。さらに法人税の中には転嫁されているものが多いんだという議論まで取り入れますればそういう議論もありますが、わが国におきまするいろいろな世論と申しますものは、むしろ中小企業について税率の幅を大きくしろというような議論もございまして、そういう意味で先般のそれこそ暫定措置の一・七五を引き上げましたときにも中小企業の税率は改正しなかったというような経緯もございます。また中小企業の内部留保につきましてもこれを甘くしたというような経緯もございます。ただ中小企業を甘くいたします過程で、先般も議論が出ましたように、青色個人関係の事業者とのバランスをどうするか。二八でもむしろ法人になったほうが有利だ有利だという議論があるわけで、その辺のかね合いということがむずかしい問題で、これは固定的にしておくのが筋だというようなことではございませんが、青色申告者その他の個人事業者とのバランスをどう考えていくかということと総合的に考えなければならぬ。税率はそういう意味で今後の所得税のあり方と並行して弾力的に考えていけばいいんじゃないか、かように考えております。
○竹本委員 まあ所得税、法人税については議論すれば論点は幾らでもあると思いますが、きょうは時間がありませんから、租税特別措置法に関する質問は留保して、一応これで終わります。
○毛利委員長 小林君。
○小林(政)委員 まず最初に、私は所得税の課税最低限の問題について伺いたいと思います。 二月十日の衆議院予算委員会の公聴会で林助教授が、所得税の基礎的な控除である基礎控除、配偶者控除、扶養者控除のこの引き上げは物価の上昇をカバーするものではなければならない。そのことを含めて減税を行なうべきだということを述べております。たとえば独身者の白色の事業所得者の課税最低限というものを私は昨年の委員会でもだいぶ問題にいたしたわけでございますけれども、それをことし比べてみますと、四十五年度独身の課税最低限は十八万五千五十一円、四十六年度は十九万五千三百六十円、引き上げ額はしわがって一万三百九円、引き上げ率を調べてみますと五・五%でございます。標準的な夫婦子二人の四人家族の場合を調べてみますと、四十五年には六十一万千九百五十八円、それが四十六年には六十五万八千三百五十円で、したがって引き上げ額は四万六千三百九十二円でございます。引き上げ率は七・五%の上昇でございますけれども、この引き上げ率は四十五年度に政府が発表いたしました物価上昇率七・七%を下回っているものでございます。しかも消費者物価の中でも、比較的生活に欠かすことのできないといわれております諸物価等の上昇は非常に激しいものがございます。 四十六年の二月二十六日総理府統計局が消費者物価指数の速報を発表いたしましたけれども、これによって見ますと、生活必需品である野菜、これは二七・二%の上昇、生鮮魚介類等は一五・六%、その他のものは一二・六%、このような物価上昇分さえカバーできない課税最低限の引き上げというようなものを考えますときに、私は逆に、消費者物価の上昇率よりもいまの課税最低限は非常に低いものであると同時に、実質的には課税最低限そのものが引き下げになっているのではないか、このように考えるわけでございますけれども、この点について明らかにしていただきたいと思います。
○細見政府委員 課税最低限の問題につきましては午前中にも申し上げましたように、課税最低限と税率とによりまして所得税に累進度をどういうふうに取り入れていくかということについての、累進度をどのようにするかという、刻むかということのためのいわば二つの仕組みであるわけでございまして、その場合に課税最低限がいわゆる最低生活費といわれるものに食い込まないほうがより望ましい制度であるということは、いろいろな人たちが言われておることで、私どももそれなりにそういうふうに努力をいたしてまいったわけであります。しかしいわゆる最低生活費というものにつきましては、午前にも御論議願ったわけでありますが、私のように二十貫ある者と十一貫の人とはカロリーも違いますし、たとえば野菜は食えないが肉が好きだというような人と、肉は食えないが魚のほうが好きだというような人、あるいは寒いところにおって、寒冷地でいろいろな生活費がかかる、あるいはまたあたたかいところであまり寒さがこたえない、そういうふうにいわゆる最低生活費というようなものも、結局せんじ詰めますれば人一人一人によって違うわけでございます。そういうものを抽象化した、ある程度最低生活費とおぼしきものと推定できるものを取り上げて、それを考えればいいわけでありまして、その意味におきまして、私どもは年々の課税におきまして基礎控除、配偶者控除、こういうものを大体一年に一万円ないし二万円を引き上げてきたわけであります。その意味で、ことしの改正におきましても、給与所得者などにおきましては大体一〇%程度の引き上げにどの世帯を見ましてもなっておりますし、事業所得者の負担を見る場合におきましては、たとえば白色の申告者の場合でありましても白色専従者がおられるとか、あるいはまた青色の場合であれば青色の専従者がおられるというようなのが多くの場合の実例でございまして、所得税の負担というのはもちろんその個々の人にすべてカバーするのが望ましいわけでありますが、いわば標準的な、何といいますか、生きた具体的なものでない標準化された、抽象化された最低生活あるいは抽象化された個人というものを考えるわけでありまして、そうした場合に、事業所得の実態というのはある程度そうした家族従業員というものにささえられた経営というものが標準的なものであろうと思いますから、そういう意味で、私どもは白色申告者の専従者控除が二万円に引き上げられておるとか、あるいは青色申告者については専従者控除が自由にきめられる、そういうもの等を含めて総合的に御判断願いたい、こう思うわけであります。
○小林(政)委員 私がお聞きをいたしましたのは課税最低限の引き上げというものが物価の上昇率というものに比べてはるかに低い。こういうことであっていいのかどうか。私は課税最低限は物価だけできめるべきでないというふうに実は考えております。しかし、物価の上昇率に比較しても、先ほど数字を述べましたように低いということは、これはやはり問題だと私は思いますし、むしろそれによって、課税最低限額を少し上げたといっても、実質的にはこれを下回る、むしろ下がるというようなことが言えるのじゃないか。この点についていま明確な御答弁をいただけなかったのですけれども、課税最低限がいかに実態に合わないものであるかという点については、私、いま二、三の例をあげてもう少し明らかにしてみたいと思います。 特に、私は昨年生活保護基準との比較においてもきわめて低いということを指摘いたしましたわけでございますが、白色事業所得者の課税最低限、これはことしどうなっているかということで、これもまた調べてみましたところ、御承知のとおり生活保護基準も年々引き上げられております。一級地における十八歳の独身の男子の場合、生活扶助、光熱水費あるいは冬季加算五カ月分を含めまして十八万四千七百四十円、それに住宅扶助、こういうものを加えますと、東京都の場合などを例にとりますと大体最高限度額というものを一万に押えておりますので、十二万を加算すれば、生活保護基準が三十万四千七百四十円になるわけですね。しかも、同じ基準でいまの白色の独身者の課税最低限というものを調べてみますと、先ほど申し述べましたとおり十九万五千三百六十円。これでは、同じ基準であってもその差というものはすでにもう十万八千三百八十円、住宅費を除いて計算した場合、課税最低限がはるかに下回っている。こういうことを考えてみましても、これでもってほんとうに課税最低限というものが実情に即したものなんだ、一応それで相当努力をして上げてきたのだからということが言えるのかどうか。この点についても明らかにしていただきたいと思います。 特に、毎年毎年一万円ずつの控除額を引き上げておりますけれども、これで見ましてもそのことは立証することができるわけでございます。たとえば控除の基礎になるものでございます基礎控除だとか配偶者控除、こういったものを四十四年、四十五年、四十六年で調べてみますと、これは御承知のとおり四十四年は十七万、四十五年は十八万、四十六年は十九万、年々一万円ずつ一万円ずつ積み重なってきたものでございますけれども、しかしこれを対前年度比で比べてみますと、四十五年は四十四年に比べて五・八八%、そして四十六年は前年の四十五年に比較して五・五六%、こういう伸びでございます。いまの物価上昇率の伸びと比べて、このような伸びではたしてこれが実情に即した基礎であるべき基礎控除の引き上げだということが言えるのかどうなのか、この点についてお答えを願いたいと思います。
○細見政府委員 先ほど来申し上げておりますように、全体として所得標準的な国民負担を考えてその引き上げに努力しているわけでありまして、この水準をもってしても、少なくとも住民税の課税最低限よりは高いわけでございます。もし小林委員の御指摘のようなことであれば、住民税は最低生活費に食い込んだ課税をしておるという議論ということになろうかと思いますが、私はそういうことではないと思います。
○小林(政)委員 私はいまここで住民税の問題について、その妥当性について、課税最低限の是非ということを論議しようとは思いません。しかし住民税については、これはいかにも低過ぎるということはそれぞれの委員会の中で各委員のほうからも指摘されているところでございますし、少なくとも国税との差が相当出てきているという点が論議の中心になっているわけです。むしろこれをもっと引き上げると同時に、国税の課税最低限について私は論じておりますので、住民税の問題については触れませんけれども、この給与所得者について見てみますと、納税人口というものが年々これも増加をいたしております。しかもその給与所得者に対する納税人口の割合というものを調べてみますと、昭和三十年は五九・三%、それから四十年は七七%、昭和四十四年には七八・七%と、こういう形でずっと上昇をしているわけでございます。しかも年収百万以下の納税者は、昭和四十四年には約七〇%という高率を示しているわけであります。そして数を調べてみますと千五百万をこしているわけでございます。このように年々納税人口がふえる、しかも百万以下の納税人口が非常にふえている、こういう実態を見ますときに、政府が減税減税ということを毎年宣伝しておりますけれども、しかしその減税というものは、納税者の人口が百万以下の低所得者をも含めて年々伸びているというこの事実から見ましても、いかに減税が十分行なわれていないか、それを示す数字がこのような納税人口の伸びという形になってあらわれてきているのだというふうに思います。これらの点について見解をお伺いいたしたいと思います。
○細見政府委員 確かに給与所得者の納税者がふえてまいっておることは事実でございますが、これはその基礎にありまする産業構造の変革というのがこの間に非常な早さで進んでおった。いわば自家営業の人たちがどんどん雇用者の形に変わっていった。したがって払っていただく所得税の形態が、申告所得税から源泉所得税に改まっていったというわけでありまして、いま小林委員は三十年からのお話がございましたが、手元の資料の関係で三十八年から申し上げてみますと、雇用者がその間に六百二十一万人ふえておりますが、源泉町得の納税者は五百四十万しかふえておりません。つまり八十万くらいの人が新たに雇用者として就職戦線に加わったわけでありますが、課税になっておらないわけであります。それからいま百方円以下の納税者の数が非常にふえたというお話かあったわけでありますが、これもやはり三十八牛から見まして、三十八年から四十四年までに納税者は九百八十二万人ふえております。九百八十二万人ふえまして、この中で百万円以下の階層におきましては二百四十一万人が減少になっておるわけであります。つまり、千二百万人近い納税者のふえた中で、百万以下の階層は二百四十万人減っておる。この事実をひとつ正確にお受け取り願いたいと思います。
○小林(政)委員 確かに百万以下の率は若干このところ落ちていることは承知いたしております。しかしなおかつ千五百万をこえる百万円以下の所得の納税者がいるということも、これは事実でございます。私はこのことから考えても、これは一つにはいま言われたとおり、事業所得からいわゆる源泉なりあるいは給与所得、こういったものに移り変わってきている人たちの数、雇用者がふえているということが言えると思いますけれども、高校を卒業すればすぐ課税される、その年からもう課税される、こういうようなことも一つの納税人口が大幅にふえてきている原因だろうというふうに考えます。私はやはり、新卒者といいますか、初めて社会に出るこの高校卒の未成年者、こういった子供たちまで——まだ未成年ですから私は子供と言っても差しつかえないと思いますが、少なくともこういう新卒者に対しては、徴税の段階で何らかの措置をとるべきではないか。むしろ私は未成年者には課税すべきではないという考え方すら持っておりますけれども、これらについて何か具体的に検討を加えられたことがあるのかどうか、政務次官にお伺いいたしたいと思います。
○中川政府委員 小林委員の言うことはよくわかるのですが、低所得者の納税する対象の人口がふえておるということの御指摘でありますが、これは私たちから言うならば、高校を卒業した人たちが税金を納められるくらい給料が高くなった、こういう見方をしておるわけです。あるいは百万以下の人たちで税金を納める人の数がふえてきたことも同様で、税金を納められるだけ給料をたくさん得られる人が多くなってきた、非常に喜ぶべきことであるという見方をしておるのでありまして、税金の関係でたくさんふえてきたというような小林委員の指摘は当たっておらないのではないか。ただし、低所得者から税金をたくさんいただかないようにしたいというところから、昨年、一昨年と大幅な課税最低限の引き上げを行ない、もうこれでいいじゃないかという議論もありましたが、さらに当委員会でいろいろ御指摘がありましたから、大幅引き上げをやったあとことしも、昨年に比べれば大きくはありませんが、かなり、さっき言いました物価の問題をカバーするぐらいの引き上げを行なったということでありますので、ひとつ大いに小林委員からほめていただけるものだと思って提案しているような次第でございます。
○小林(政)委員 全く見解の異なる御答弁でございまして、私は課税最低限がいかに低いかということによって納税人口というものがふえてきているのだということを申したについて、いま、それだけこの税金を納められる人がふえてきたというようなことはたいへんけっこうなことなのだというお話でございますけれども、はたして国民の生活というものは、いま政務次官言われたように非常に生活にゆとりができてきて、いまの税制で喜んで税金等も納められるというふうになっているかどうかという問題だと思います。 昭和四十四年八月、厚生省が、最低限必要とする日本人の栄養所要量を食費について発表をいたしております。この数字は四十四年度の数字でございますけれども、それによりますと、最低限健康を維持していくために必要な食費、こういったものは、小学生一人と中学生一人の四人の家庭の場合、月額で四万三千円、年額で五十一万六千円ということが発表されております。しかも食費だけではなく、私は家賃というものを平均して調べてみますと、大体二万円、東京都なんかの場合ですと、政府施策住宅といわれております公団住宅がいまもう三万円を上回るというような、こういう家賃をきめておりますので、都市の場合には非常に住宅費というものが高くなってきているわけです。しかし一応平均ということで二万円ということで計算をいたしてみましても、いまの五十一万六千円に月額の二万円を加えまして七十五万六千円。それから中学生一人と高校生一人の同じ標準四人家族のこの食費を調べてみますと、月額でこれは四万五千円、年額五十四万円になります。同じく家賃を二万円加えますと七十八万円になるわけでございます。 いまの課税最低限は、御承知のとおり標準四人家族の場合には給与所得者で九十六万三千七百二十七円でございますし、白色申告者の場合には六十五万八千三百五十円、こういうことになるわけでございますが、この食費が課税最低限の中に占める割合というものは、食費だけで五三・五%を占めるわけです。住居費を含めますと七七・四%、白色申告者の場合ですと、食費だけで課税最低限の中に占める割合は八〇%をもうすでに占めてしまっているわけです。したがって住居費というようなものは、ほんのわずかしかその残りからは入らない。具体的に数字をあげれば九千八百六十円にしか当たらない、こういったような数字が発表されているわけでございます。 私は、少なくとも食費と住居費で課税最低限の七七・四%から八〇%に及ぶものを占めているというような現状の中で、いま国民の生活がほんとうに喜んで税金をもう納められるようになった、課税最低限は妥当なものだということがはたして言い切れるのかどうなのか。 そのほか、私は教育費についても調べてみました。東京都の教育委員会の調査でございますけれども、これなどでも、小学生の場合、東京都では実際に小学生の教育費で七万六千七百三十五円、それはいろいろ教材費を含めまして、もちろん給食費を含め、その他の、子供にかかるそういうものを含めますと、やはり相当の教育費というものがかかるわけですし、まして高校あるいは大学というようなものを考えますと、この教育費の比率というものはきわめて高い、住宅費に続いて高いものになってきているわけです。 こういった実態から考えて、はたしていまの課税最低限というものが妥当な課税最低限ということが言えるのかどうなのか。私はむしろ、昨年も申し上げましたけれども、普通の生活、子供の教育もできる、住居も、健康を害さないような標準的なある程度の住宅というものに国民が住めて、教育もちゃんと受けられる、そうして健康を維持するために必要な食費も一応きちんと保障される、ぜいたくはできないけれども普通の生活をちゃんと行なえるというようなところに、やはり課税の最低限をもっと引き上げていく必要があるのじゃないか、こういうことを私は昨年も申し上げたわけですけれども、今後この課税最低限問題についてどのようにお考えになるか。これを一そう引き上げていくという意思があるかどうか、政務次官にお伺いをいたしたいと思います。
○中川政府委員 その問題については大蔵大臣からもお答えいたしておりますように、あるいはまた本委員会でもしばしば申し上げておりますように、課税最低限の引き上げについては、今後物価の問題あるいは資金需要の問題、いろいろ勘案しなければならぬことが多いわけですが、今後も前向きで引き上げに努力するということでございますので、その点は御理解をいただきたいと存じます。 なお、最低生活費と税金との関係ですが、これは言われる気持ちはわかりますけれども、その分を上全部、取ってしまうわけではございませんで、その上の一〇%程度、国として御協力をいただくということであります。九〇%は本人に帰属するわけですから……。聞いておりますと、それ以上のものは何か税金として取っていくような印象、あるいは政府が、先ほどのあれになりますが、減税減税と宣伝しておると、こう言いますが、私たちは決して故意に減税を宣伝もいたしておりません。丁重な気持ちで税金をいただき、また、できる限りのことを心から御協力をいただく意味でやっておりますので、この辺のところもひとつくんでいただきたいとお願いいたします。
○小林(政)委員 課税最低限問題については、私はまだまだいろいろと問題点ございますし、議論ができればと思いますけれども、時間の関係で次に移りたいと思います。 次にお伺いしたいのは、青色事業主の特別準備金の問題についてお伺いをいたしたいと思います。今回、青色申告者に対しては、事業主の特別準備金の積み立て、こういうことが行なわれまして、そして必要経費に算入するけれども、当該個人が仕事、事業を譲渡した場合とか廃止した場合には、その積み立ててきた準備金を取りくずして、これはその場合には一時所得として取り扱うことにしている、こういうものでございますけれども、なぜ一時所得として取り扱ったのか。青色申告会等は、先般来御意見が出ておりますとおり、これついては退職所得として扱ってほしい、こういうような要求、要望が非常に強いわけでございますけれども、これを一時所得として取り扱った根拠についてまずお伺いをいたしたいと思います。
○細見政府委員 御承知のように、中小企業者が外部に積み立てまして、いわゆる小規模企業共済制度というものに掛け金をかけまして、それが満期その他の事由によってその支払いを受ける、これも御承知のように一時所得でございます。あるいはまた一般の方が郵便年金その他に積み立てて、郵便年金の支給を一時金で受ける、これも一時所得でございます。そういう意味でこれは基本的に一時所得ということで、いまの税体系の中ではそれ以外に考えられない、かように思います。
○小林(政)委員 私はやはり、いまそういう意味で一時所得として扱ったんだというお話でございますけれども、これについて、法人成りの場合と個人事業ですね、これも先般来委員会の中で問題になっておりますけれども、これは実際の経営内容というのは同じじゃないか、このように考えます。それなのに、法人の場合には役員の給与は一定額については損金算入でもってこれははっきりと落とせますし、また役員が退職する場合にはその退職所得についても、法人税法三十六条で損金算入が認められています。したがって、同じような企業の内容で、いわゆる法人成りとのバランスといいますか、そういう点から考えても、私は退職所得として取り扱うということが妥当ではないだろうか、このように考えますが、一度御答弁をお願いしたいと思います。
○細見政府委員 退職所得として支給を受けるためには、その受給者が勤労者というか、給与所得の受給者であるということが前提になろうかと思いますので、そういう意味でいまの法人の場合と個人の場合とは基本的に違うわけであります。法人の企業の場合には、その企業の実体の経営がワンマン経営であるかないかは別といたしまして、あくまでも給料を支払うのは法人でありまして、先日も申し上げましたように、法人の収益は三十万しか、利益として三十万しかなくても役員に対して百万の給料を支払うということができるわけでございます。そのできたものは、支払いました差額というのは法人の資産の食いつぶしという形でできるわけでありますが、その場合に税制としてはその百万円に対して所得税を課すわけであります。個人の場合でありますと、事業所得が三十万しかなくて、その人の生活費として百万要るという場合におきましても、あくまでも課税になるのは三十万でありまして、残り七十万円をたなおろし資産などを食いつぶして生活されても、それは所得税の対象にならない。そこのところが基本的に法人企業と個人企業との違うところであります。その辺については、法人をつくった場合にはあくまでも別個の企業主体であって、現実的には比較的少ないようでありますが、法人になる場合には個人の財産の譲渡という形で譲渡所得が発生するということになって、個人とは離れた財産になる。その辺についての見方の違いといいますか、誤解があるような感じがいたしております。
○小林(政)委員 この退職所得というものにするとすれば、それは給与でなければならない、こういうお話でございますけれども、私は、個人事業の所得というものを考えてみますときに、その利益部分、あるいはまたその事業主の働く勤労部分、そういったようなものが合算して実際にはその所得に含まれている、こういうふうな見方が妥当であろうというふうに考えられます。事実、先日来もお話出ましたように、魚屋さんにしろ何にしろ、そこの御主人が万が一のことがあれば、実際には仕事そのものを続けていくことはできなくなります、病気で寝たような場合には。こういうことを考えますと、個人事業というものは、その利益部分というものと、あくまで主体になって働いているこの事業主の勤労部分というものが含まれるというのが、法的にはたとえどう見ようとも、実態でございます。私はしたがって、個人事業のその所得の勤労部分というものについては、いわゆる自家労賃というものを当然認めるべきであろうというふうに考えます。そして積み立て金の取りくずしというようなものについては、そういう立場から退職所得とするというふうな点で一貫すべきではないかというふうに考えられますけれども、この点について、いわゆる個人事業主の自家労賃の問題等についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、お伺いをいたしておきたいと思います。
○細見政府委員 事業所得をかせぎ出すにあたりましては、たびたび申し上げておりますように、事業用の資産と、それを運用する才覚と、それから若干の労働というものが加わって、それがこん然としてうまくいったときに事業所得が出てき、失敗したときに破産するというわけでありますので、そういう意味で事業所得の中にいわゆる勤労性部分というか、肉体を動かし、事業を動かした部分がないということは申し上げておるわけじゃなくて、自分の固有の事業や資産を運用して、これに肉体的な労働あるいは頭脳的な労働を加えてかせぎ出したものが事業所得であって、それを勤労部分とそうでない部分とに分けがたいところが事業所得であるのだ、そう申しておるわけで、小林委員の勤労部分があるじゃないかと言われる、それはあると思います。頭の悪い人が幾ら資産を持ってもできないわけで、頭のよしあしというものが事業の成否に大きく響くわけでありますから、そういう要素がないということは申し上げておるわけじゃないので、所得税の課税のほうにおきまして事業所得といっておるのは、つまりそういう資産と人間の能力とが加わってできたものが事業所得なのだ、そういう意味である。ですから、事業所得でありますから、自分が会社の社債である場合も含めて人に雇われている場合のいわゆる給与所得というものとは事柄が違う。自分が自分の資産を運用して得ておる所得が事業所得、したがってそれはどこまでいっても給与所得ではないというふうにいまの税制では構成いたしております。そういうことを申し上げておるわけであります。
○小林(政)委員 この問題についてもいろいろと論議しなければならない問題だというふうに思います。私は、そういうことになればやはり零細の企業ほど頭脳なりあるいは自分のからだを使う部分が大きなウエートを占めていることはもう当然だろうと思います。そういう状態でありますから、いわゆる利益部分というものあるいはまた勤労部分というものを分けて、それに対して、勤労部分について自家労賃を認めることは、税制のたてまえ上はともかくとしても、正当な実態に即した意見であろうというふうに考えられますので、この点について今後もう少し機会を見て論議をいたしたいと思います。 一つだけお伺いをいたしておきたいのは、今回の準備金の積み立てというのは一応百分の五、そして限度額を十万ということで押えたわけでございます。この点について、むしろ百分の五とかという定率じゃなくして、十万円なら十万円という定額制にして、そういうものを広く、特に小さな事業主等に広く該当するように行なうべきじゃないか。複雑な帳簿の記帳がなければ所得の計算ができない、そしてその計算に基づいて百分の五ということでなくて、すっきり白色の人にも適用できるように定額でもって額を決定すべきではないかという考え方を持っておりますけれども、これについてのお考えをお伺いいたしておきたいと思います。
○細見政府委員 青色申告だけに限って申し上げますと、御承知のように税負担は所得の大きさに応じて負担を願っておるわけでありますから、こうしたいろいろな税制上の特典というものもやはりある程度所得に応じて特典が及ぶというのが自然ではなかろうかた。だそれが大企業にあまりに有利になるという意味におきまして十万円の頭打ちを置いたというわけでございます。もし後半の御議論でございますれば、これはあに事業所得に限りませず、広く国民の負担を軽減し、国民の蓄積を豊かにするという意味で一般的に大幅な減税を行なうべきだという御意見としてならば承っておきたいと思います。
○小林(政)委員 次に入りたいと思います。これは国税庁にお伺いをいたしたいと思います。私は具体的な事例をあげまして少し御質問したいと思いますけれども、税務署が納税者に対して一体どんな態度でもって臨んでいるのか、私は大きな疑問を感ずるわけでございます。これは、多くの納税者の方々の中にはさまざまな人たちがいるわけでございます。たとえばからだの不自由な人、身体障害者の方々、あるいはまた地域の中で税金の申告のやり方などわからないような人まで含めて、非常にさまざまな納税者の人たちがおるわけでございますけれども、昨年の十月二十日、神奈川県の厚木税務署が全盲のはり師をしている村井さんという方のお宅の調査を行ないまして、そうして四十三年、四十四年度の期限後申告に判を押した、こういう問題があったわけでございます。 そのときの調査のやり方をつぶさに私は調査もいたしましたし、話を聞いてみますところによりますと、収入認定について、家の門のところでたずねてくる患者の数を調査し、そうして玄関のはきものの数を数えて、そのことから患者は一日平均七、八人程度だということを推計をした。そうして本人がそのことについて否定をいたしますと、帳簿をつけているか。もちろん奥さんも全盲の方でございますので、この夫婦が帳簿をつけるなどというようなことは実際にはできない。こういう状態のもとに置かれている方でございますけれども、全盲のためもちろん帳簿はつけておりません。そうしたら、貯金通帳があるだろう、貯金通帳を見せてほしい。そうしてその貯金通帳に十五万円の額が載っていた。この十五万円、ずっとおろしてないけれども、十五万円おろしてないということは生活にある程度ゆとりがあるから貯金にまで手をつけないでやっていられたのだろう。しかし三十年もその仕事をしていて十五万円くらいの貯金がなければ不安でたまらない。もうとらの子のようにして手をつけないようにしているのだというので事情等も述べたそうでございます。そうしたら、治療室を見せてほしい、こういうことで治療室に入りまして、そうしてあの戸だなをあけて見せてくれ、あるいは引き出しをあけて見せなさい、そこにあるかばんの中をあけて見せなさいと、約三時間近くの相当の長時間にわたっていろいろと調査をしたわけでございます。 それでその結果、おたくは年額九十万円の所得ときめる、こういうことを言われたので、本人はびっくりいたしまして、いろいろとその実情等について述べると同時に、たとえばげたの数だけで調べられたのじゃ困る。玄関が一つしかないから近所の人や知人や親戚の人もそこから出入りしているし、それに一番患者の数が調べた日が多いような、そういう日を基準にされちゃ困るのだ。たとえば雨の日などには一人も見えないときもあるし、せいぜい一人くらいのときもある。また特に寒い日などには午前中はほとんど一人も来ないときもある。こういったような非常に不定期な状態であって、それをげたの数がいま調べたら何足あったというようなことで認定をされたのではたいへん困る。またその中には、お年寄りなんかの場合には付き添いで家族の人がついてくればげたの数もふえるのだというようなこともいろいろと述べて、実態も訴えられたそうでございます。しかしいろいろとひどい長時間にわたって、本人はものすごく何か、目も見えないし、初めてのことでもあったので、不安を感じて、そしてとてもそんなに収入はないんだということを事実をあげて説明すると同時に、九十万なんと言われても困るからもう少し何とかしてくれないかということで、結局は、それじゃ八十万にしようということになったそうです。 そうしたらすぐにその税務署の職員が、書類をつくってくるから判を押してください、こういうふうに言われて、修正申告に本人は、持ってこられたそれに判を押したそうでございます。たまたまその晩娘さんが帰ってまいりまして、その話をしたときに、八十万ということで判を押したという話をしてそれを見せたところが、本人は総所得が八十万だということを力説したつもりであった。ところが税務署は所得が八十万ということで、じゃあそれでもって修正申告してください、こういうことになって、実際にその書類を見た娘さんによって総所得百二十万、すなわち経費その他を引いて所得八十万、こういうようなことが目の見える娘さんによって明らかにされたわけでございます。本人は税務署にだまされた、自分は事実をずっと訴え述べて、そして総所得というものが八十万ということで言っているのに、それでいいでしょうということで、総収入が年八十万でいいでしょうと言ったのが所得になって、所得が八十万だというようなことで、修正申告を自分が自主的にしたようになるわけですから、そういう形で判を押させられたということに対して、非常に強い、だまされたという怒りを持っているわけであります。 私は、税務署が、この身体障害者で、しかも不自由なからだだからこそよけい人さまに迷惑もかけないようにということで努力をして、まじめに働き、しかも何とか自力で生活をささえようと努力しているこれらの人たちにとって、このような打撃的といいますか、こういうひどい態度で臨むということが、いまの税法のもとで許されていいのかどうなのか、この点についてまず明確な御答弁をお願いしたいと思います。
○江口説明員 ただいまの厚木の具体的な案件につきまして、私まだ寡聞にして聞いておりませんので、明確なお答えになるかどうか御判断をいただきたいと思いますが、確かにいま先生のおっしゃるような報告であるとすれば、いささか問題が残っておるような感じがいたします。と申しますのは、一つは調査のしかたの問題でございますが、これは御指摘のような方法で調査をする場合もございます。数年前でしたか、銭湯、浴場の調査の際に、なかなか申告指導がうまくいかずに、ある地域につきましてかなりの日数門前でもって、計数器によって入湯者を把握するといったようなやり方をしたことがございます。常時そういうやり方をやっているわけではございませんけれども、一般的にある業種につきまして申告の内容が明らかに不適正であるといったような判断ができるような場合は、さらに適確な資料によって修正申告の用意をするような、適正な申告をしていただくというような努力をするわけでございます。これは一般的な調査の方法ではございませんが、いただいまの全盲者はおそらくあんま、はり、きゅう業という方であろうかと思いますが、これについて、門前等で人の出入りを見る、あるいはげたの数を数えるというのも一つの方法かと思います。 すべてそういう方法でやれというわけではございませんが、ただこの場合に気をつけなければいけませんのは、いわゆる職員の中にも経験年数、知識の豊富な多年の職員の場合と、それから比較的年数の浅い若年層の場合とでは調査技術上にいろいろの問題があることは事実だと思います。この辺につきましてはふだんから税制等の教育を通じて、あるいは会議の際に、あるいは部内での研修の際に、調査技術という観点から、応待のしかたあるいは調査の技法の研究というようなことを始終やっておるわけでございますが、現場に臨みますといささか税務職員も興奮する、というとことばが過ぎるわけでございますが、真剣のあまりにふだんの冷静な判断というものがなくなる場合もないとは言えません。そうしたものにつきましては今後とも十分注意をしていきたいと思いますが、本件のように御両者が目が見えないといったような場合、これは私も初めての御質問でございますが、その場でもって書類に数字を書きましても相手方にはこれは通じないという問題がございます。そうした場合にどういう方法をとるか、とっさの場合ではなかなかそうした事態に対処する案がその場では浮かばないだろうと思いますので、でき得るならば、私がかりに調査官の立場になった場合には、十分話をお聞きして、正式の書類をつくる場合には別途の方法を講じて、幸いに娘さんがおられるのであれば、御迷惑でない限り娘さんにも立ち会っていただいて、数字の内容を確認した上で修正申告を出していただくということのほうが適切であろうかと思います。しかし、本件のような場合には私はそういう感じがいたしますが、一般的にはなかなか事務量がたいへんでございますので、職員としてはなるべく早くその事案を処理したいということを急ぐあまりに、あとから考えますと冷静を欠いたあるいは不親切であったというようなことを御指摘を受ける場合が多かろうと思います。 なお、本件につきましては、いつの時点の問題か存じませんが、もしおっしゃるとおりの問題があるのでございますれば、異議の申し立てという手続を踏んでいただかなくても、署のほうにおいでいただけばその段階で十分審査をしてみたい、かように考えております。
○小林(政)委員 現在これはやはり私は重大な問題だと思いますので、その点については調査を明らかにきちっとやっていただきたい、こういうふうに思いますけれども、厚木の税務署ではこのように言っているそうです。修正申告に判を押したわけでございますから、したがって修正申告というのは本人が自主的に修正を申し出て判を押したというたてまえに一応の形の上ではなるわけです。その結果所得八十万と見て決定してしまっているので、嘆願書を出してくれ、こういうようなことを言っているそうですけれども、全く当人にしてみれば不本意なこのような調査をされ、しかも全く自分が実態を、事実まで熱心に話しているにもかかわらず、それに対して一方的にこのような措置がとられた上、もう所得が決定してしまっているんだし、今度あらためて嘆願書を書いて出せというようなことが言われるということについて、もちろん非常に納得もできない問題でございますし、私は重要な問題だろうというふうに考えます。 もう一つお伺いしたいのは、一体所得税法の二百三十四条、これによって「その者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる。」というふうに一応規定されておりますけれども、しかし預金通帳だとか机の中だとか、かばんの中をあけてみろというような、こういうことは一調査官によってかってにできるのかどうなのか。私はその点について明らかにしておいていただきたいと思います。
○江口説明員 先ほどの問題について若干補足させていただきたいと思いますが、いま先生のお話ですと嘆願書を出せということばで署のほうは言ったそうでございますが、おそらく嘆願書というのは、更正の請求期間を過ぎたというようなことで、それにかわるべき救済の方法として嘆願書を出していただきたい、こう申し上げたんだろうと思います。それは一つの配慮であろうかと思います。なぜそうした正式のいわゆる更正の請求といった手続のほかに嘆願書というような窮屈な手続をさせるかと申しますと、これは内部の規制の問題でございます。一たん正式の書類をつくられて、しかも、いまの場合にはやや不親切のきらいがあるわけでございますが、御本人が判こまで押されて一応修正申告の形が整いますと、これが職員の恣意で訂正が行なわれるということになりますと内部的にいろいろの問題を提起する可能性がございます。したがってこうした内部の牽制組織として——嘆願書というのは別に様式がきまっておりません。したがって、目が見えない、字も書けないという方でございましょうから、口頭で言っていただいてほかの者が代筆をするというようなことで、様式が整えばそれに基づいて正式の手続を踏むといった意味においては、厚木税務署としては十分配慮をしたものではなかろうかと思いますが、なお本件につきましては後刻調査をいたしまして、先ほど申しましたように御納得のいく処理をさせていただきたいと思います。 それから第二の本論の問題でございますが、二百三十四条の規定は具体的に「帳簿書類その他の物件」という書き方をしてあるわけでございますが、われわれの従来の解釈あるいは判例等を見ますと、帳簿その他というのは一つの例示でございまして、日本語の書き方としては「その他の物件」というふうに書いてあるわけでございます。したがって、これも調査のしかたの問題で、あまりにも常軌を逸するということであればもちろん御指摘を受けるというようなことになりましょうが、いろいろの場合に、この点につきましてはどの程度の範囲かということについては、抽象的なことばで恐縮でございますが、合理的な範囲にお いて判断し得る、いわゆる適正な課税を維持する、あるいは適正な申告を期待する、それに値する物件等については質問検査の対象にすることができるというふうにわれわれは解釈しておりますし、大方の判例等につきましてもこれを支持しておるという現段階ではないかと思います。
○小林(政)委員 私がいま述べた事実は実態のほんの一部でございますけれども、このような行為を正当な質問検査権というふうにお考えになれますか。かばんをあけてみなさいとか机の中を調べるとか、しかも全盲の人に対してこういったようなことがやられたことを適正なあれだということが、いま私が申し上げたこの実態の中ではたしていえるのかどうなのか、明らかにしておいていただきたいと思います。
○江口説明員 ことばの使い方で、はなはだ恐縮でございますが、適法であったかどうかということになりますと、これは一応適法という形をとらなくちゃいかぬと思います。ただ、それが適当であったかどうかということになりますと、いまの具体的な例の場合には、相手の方が目が見えないということであれば、かりに、机の引き出しをあけさせてもらいますよと、これは必ず事前にお断わりしておると思っておりますが、また必ず相手の了解を求めた上でそうした行為をするように……。この場合に問題になりますのは、相手が返事をしなかった場合にどうなるかという点でございます。この場合には、きついことを申し上げて恐縮でございますが、質問検査権につきましては二百四十二条にいわゆる間接強制の罰則規定があるという前提から解釈をいたしますと、相手が黙っておった場合にも一応承諾があったものとみなすという前提で質問検査権が行使される場合があるかと思います。ただ、いまの具体的な問題につきましては、これはなお後刻調べた上で適正な事後処理をしたいということを先ほど申し上げたわけでございますが、とにかく目が見えない方のような場合にはそれ相当に特殊な配慮をする必要があろうかと存じます。
○広瀬(秀)委員 関連で質問をいたしますが、小林委員が提起されたいまの問題夫婦とも全盲の人であったといった場合に質問検査権を行使する際には、いま最後であなたが答えられたけれども、そういう場合には家族の者で五体満足な、成人のちゃんと資格のある、公民権を持つといいますか、そういう意思能力、行為能力のあるような満足な人の立ち会いを求めるというようなことの中でのみやるんだということをきちんとすべきではないか。二人とも目が全く見えないのだというところでそういうことをやるということは、これはまさに非人道のそしりを免れないだろうと思うのですね。いまあなたもそういう点で非常に明るい見通しのようなことを語られたけれども、そういった場合は非常に特殊なケースだと思うのですね。だからそういう場合には、満足な意思能力、行為能力のあるような、まあ公民の人を立ち会わせなければ質問検査をしてはならない、こういうようなことぐらいはここではっきりさせてもらうのが当然であろうと思うのですね。そういうお考えがありますか。二人とも全盲である、そういう状況の中で、だれもほかに立ち会い人がいないというような場合には遠慮をして、次にだれかちゃんとした人が立ち会えるような条件のもとで、娘さんがいるんならその娘さんを呼んでください、こういうようなことをした後でなければやっちゃいかぬと私は思うのです。これはむしろ法律以前の問題であろうと思うし、これはまさに人道上の問題でもあろうと思うから、その辺のところをきちんとして、そういう特殊なケースの場合には質問検査を避けていきます、そしてしっかりした立ち会い人がいる中でやります、こういうはっきりした答弁をここでなさっていいんだろうと私は思うのですが、いかがでありますか。
○江口説明員 結論的には先生のおっしゃるとおりであると思いますが、ただ質問検査の場合に、その当日に最終的な結論を下すあるいは最終的な手続を踏むといったような場合と、それから事前に状況等をお聞きするといったような場合に、理屈がましく言って恐縮なんでございますが、かりに、目は不幸にして見えないけれども応答はできるといったような場合に、一応事業の概況等の応答をする程度であれば立ち会いが要らない場合もあり得ると思いますが、最終的な結論を下す場合には御指摘のように御本人の承諾を得てといいますか、御本人の指定された方に立ち会っていただいて処理をしたほうが、自後おっしゃるようなトラブルがないということでは適切だと思っております。
○小林(政)委員 いま広瀬先生もおっしゃっておりましたけれども、私もそういう原則上の問題について言えば、こういう事態の中で行なったそのような行為が違法じゃないんだ、当然なんだというようなことをはっきりと言い切ることは私は問題だと思うのです。そういう立場で言うんなら、適法な質問検査権というものは一体どういうものなんだ。そこにあるもの何でも、それもあけろ、これも見せてくれというようなことでかってにやっても適正な質問検査権ということがいえるのかどうなのか。国民の基本権、こういう立場からいえば、私は、適正な質問検査権の行使というものについてはおのずから限界があるべきだというふうに考えております。しかも、その正当な質問検査権の行使の限界というものはではどこに置くのかということになれば、これは常識なり解釈の問題によってずいぶん違ってくるわけです。 私はその点で、国税庁がそういうことをおっしゃるんなら、ここに質問検査権についての裁判の判例を持っております。これは三十八年の損害賠償等請求事件のときに出ました四十三年一月三十一日の質問検査権に関する判決でございますけれども、「質問検査権の行使は、いやしくも納税者の営業活動を停滞させ、得意先や銀行等の信用を失墜せしめ、その他私生活の平穏を著しく害するような態様においてなされたとすれば、それはも早任意調査としての限界をこえるものであるといわなければならない。」これは裁判所の判決です。判決の中でこういうことをはっきりいわれているんです。 国民の基本権というものはあくまでも尊重すべきでありますし、適法なということは、そして適正なということは、だれが見てもその場合の状態からいって正当であるというような、おのずからその限度といいますか解釈を国税庁はきちっと置かなければ、私は今後、全盲の人に対してすらそのようなことが何か違法ではない、これは当然だ、かばんあけろ、机あけろ、あれをあけろ、ドアをあけろというようなことが違法ではない、正当なんだということになれば、国民の基本権の問題でこれは私は重大な問題だと思いますので、国税庁は質問検査権の範囲、そういったものについて一体どのような態度で臨んでいるのか、明確に御答弁を願いたいと思います。
○江口説明員 先ほどお断わりしましたように、やや理屈ばしった言い方をして適法ということを申し上げたわけでございますが、一応質問検査権の基本的な基準と申しますのは、課税の適正、公平な課税が確保できるということを前提にいたしまして、これも抽象的で恐縮でございますが、合理的な範囲内で質問検査を行なうということでございます。合理的な範囲内というのはどういう場合かということになりますと、これはケース・バイ・ケースで適時判断をしなければいけないと思いますが、ただしこれだけは申し上げておきたいと思いますけれども、やはり税の調査につきましては、真実を知っておられる方は御本人が唯一最高のものであるということに相なろうかと思います。したがって、わずかの期間に、所得税でございますれば一年間の所得あるいは収入、経費を把握するという調査をするわけでありますので、ある程度法律の趣旨にのっとって納税者の方々は質問検査に対する受忍義務を負っているが、それによって両者が信頼関係に立って真実の発見につとめ、またそれに基づいて適正な申告が行なわれるということが一番望ましいことだと思います。したがって、先生御指摘のように、かってに何でもできるということには私は解釈をいたしておりません。先ほど抽象的に申しましたが、合理的な範囲内での調査を行なうべきである。またそれにつきましても、具体的な例等を引きまして、いろんな研修あるいは学校教育あるいは会議等の際に、行き過ぎのないようにくれぐれも注意をしておるつもりでございます。
○小林(政)委員 今後、質問検査権の問題につきましては、これは基本権の問題との関連でございますので、この国民の権利というものをやはり十分尊重していく、そういうたてまえというものをきちっと踏まえて行なわなければ、えらい問題になるということを私は言及しておきたいと思います。 そうして、この問題についてちょっと、一体全盲の人にどうやって身分証明を見せたのだろうか。まあ何か紙を見せて、手でさわってあれしたのかどうか、そこまで私はこまかくお聞きはしなかったですけれども、しかし身分証明を一体提示したのかどうかも私はわからないし、もししたとしても、本人はそういうもの見えませんしね。こういうような中で、いま広瀬先生もおっしゃったように、立ち会い人も置かないでこういうことをやった。しかも、その所得と総収入ですか、こういった点ではこれは単なる考え方がちょっと狂ったなんというような問題じゃなくて、修正申告という立場で本人が八十万で書いてきたんですから、そうして本人は八十万が総収入だというふうに思っておるわけですから、これなども全くでたらめだと思うのです。目のあいている人はだれもいないわけですから、八十万と書いてあろうが九十万と書いてあろうがわからないわけですね。私はこれは相当はっきりした態度で臨んでいただきたいというふうに思いますし、本人はそういう立場ではっきりと自分でも意見を述べておりますので、この課税所得八十万だったということ、これについて私は税務署が取り消すべきだというふうに考えますけれども、その点について一点だけお伺いをしておきたいと思います。
○江口説明員 最初に申し上げましたとおりに、本件につきましては直ちに調査をいたしまして適正な処理をしたいと思います。具体的な内容を私きょう初めて伺いましたので……。 いまの身分証明書の提示の問題なるほどこれは——しかし、おそらく口頭では税務署の者ですということを当然断わったはずだと思います。そういうことで中に上げられたというふうに私思います。これも推測でございますので、事実関係すべてを調査いたしまして、御本人に納得いくような最終処理を必ずしたいと思います。
○小林(政)委員 その問題については、調査の結果明らかにしてもらって、さらにまた何らかの機会で私どもも明らかにしたいというふうに考えております。 時間がもう過ぎておりますので一点だけごく短く。あとほんとは二点ばかり用意してきたのですけれども。 これも国税庁にお伺いする内容だと思いますが、私は先日、委員会として渋谷の税務署を視察をさせていただいたわけです。いろいろとたいへん勉強になったわけでございますけれども、その中で、これは省側の方も行っておられましたし、また私も目撃をいたしましたけれども、税理士の方が何人かお手伝いといいますか、確定申告の代筆を納税者にかわってやっておられました。また、これは渋谷だけじゃなくて、そのほかでも、私の住んでおります地域でもやはり税理士の方が確定申告の代筆をやっておりますが、そのときに税理士さんたちに税務署長から標準税率表というものを渡しているわけですね。私は、そういうものを渡して納税事務に協力するといったことが行なわれているということを伺いましたが、事実かどうか、まずその点からお伺いいたしたいと思います。
○江口説明員 税理士さんに渡しておる標準税率表というのはどういうものか私知らないのでございますが、おそらく税理士さんのほうは私らからお願いしたのじゃなくて、経緯を申し上げますと、東京の場合は各区で事情が違うようでございますし、署によっても事情が違うようでございますが、税理士会のほうから、二月のおそらく後半あるいはほとんどが三月に入ってからだと思いますけれども、税理士会としての一つの行事として、納税者の方々に自発的な無料サービスといいましょうか、そういうことをやりたいという申し入れがございまして、それで東京の場合は発足したものでございます。したがいまして、三月の十日前後になりますと非常にふくそういたしますので、お見えになる先生方も勢い数が多くなるということでございますが、その場合に先生方にお渡ししていますのは、私の承知している限りでは、申告書と一緒に納税者の方々にお送りしております確定申告書の手引き、あるいは申告書の記載のしかた、これを解説したものがございます。毎年かなりの部分の税法改正がございまして、なれた者でも申告書の記載がなかなかむずかしいというような問題がございますので、そのときに時間をあまり要しないというような意味合いでいま申したような書類はお渡ししていると思いますが、標準税率表というのは一体どういう内容のものか、ちょっと私わからないのでございますが。
○小林(政)委員 いわゆる一般にいわれております標準率効率表というもののことを私はさして言ったわけです。
○江口説明員 事実関係を調べた上でまた御返事させていただきたいと思います。
○小林(政)委員 事実私はここへ写しを持ってきておりますけれどもね。これはもうプリントして私持ってきているわけですけれども、こういうものが実際に使われていることは事実なんですよね。だとすると、いま大阪地裁などで判決が出され、さらに現在大阪高裁でいわゆる標準率効率表のこれは機密漏洩事件という名のもとで争われておりますが、そのときの裁判の書類を見てみますと、国側の主張は、標準率効率表というものは国の秘密だ、こういう見解を明らかにしていると思いますけれども、それは間違いありませんか。
○江口説明員 間違いございません。
○小林(政)委員 私は、そういう国の機密に関するものだといって、そしていま裁判でまで争われているようなその標準率効率表というものを、税務署長が、幾らお手伝いをしてくれるということであっても、公務員でない税理士さんにこういうものが渡されて、そうしてそこで納税者の人に対して代筆をやるというようなことについては、これは国家公務員法百条違反ではないかというふうに考えますが、いかがでしょうか。
○江口説明員 事実を調査してから判断してみたいと思います。
○小林(政)委員 私は、これは裁判の実態もやはりいろいろ調べてみましたけれども、裁判所が、このいわゆる機密漏洩事件と称されていま争われております裁判のときに、裁判所としてもそれを証拠として法廷に提出をしてほしいということが求められたときも、国はこれに対して、秘密に属するものだとして、肝心の数字のところを墨でもってまつ黒に塗りまして、そしてそれを提示したというふうなことがいわれておりますけれども、私は、それほど機密に属するというようなこういうものをなぜ署長が税理士に渡しているのかという点について、もっとはっきりとさせていただきたいと思いますし、第一私どもは、いまいわれております標準率効率表などというものが、これは機密にするということでつくられていること自体が問題だと思うのです。これは一体何のためにつくっているのでしょうか。
○江口説明員 納税者の方々が、すべて事実に基づいて適正な申告をしていただくのであれば、あるいはそういうものが必要はないという考え方はあろうかと思いますが、現在の場合には、すべて白書申告者等の場合に、帳面もほとんどつけておられない、いろいろな事情があろうと思いますが、つけておられない場合に、いろいろと税務調査でもって適正な課税水準というものを判断する必要があるというようなことで、従来いろんな角度からこまかな調査をいたしまして、いわゆる平均的なあり方というものを一つの課税水準の判断のめどにするためにつくっておるということでございます。ただ、こうしたものを一般に公開するということになりますと、現在の制度は自主申告納税制度でございますので、それに恣意と申しますか、逆の判断をするようなデータを提供するということは、いかにも事実に即しての申告に適さない、制度の趣旨からいっておかしい、こういう段階でございます。したがって、そうしたものにつきましては部外秘扱いということにしているわけでございます。
○小林(政)委員 これは白色等の人の推計課税、そういった場合に一つの参考といいますか、何九基準といいますか、そういったものにするためにこういうものをつくっているのだ、しかしそれについて公表すれば云々という意味のお話でございますけれども、私は現在税金というものは自主申告制だと思うのです。自分の所得については、本人、納税者が申告をするというたてまえが第一義的なものでしょう。だとすれば、そういう中で納税者が申告していくわけですから、あるいは白色できちんとした帳簿がもしなかったとしても、先ほどの全盲の方ではないけれども、うちでは患者さんがこれくらいでこういうことだよということを口頭でだって言えるわけですから、あくまでもそれを尊重するというたてまえ、そういうことから考えれば、むしろこの効率表というようなものを、単なる一つの参考だということであれば、これは公表すればいいと思うんですよ。そして公表してもなおかつ多くの納税者が、自分の申告はこれが正しいのだ、こういうことで言われることがやはり望ましい姿であって、公表はやらないで、機密に属するものだというようなことで、国家公務員でない税理士にこういうものを渡しているということは、公務員法百条違反だ、この点についてだけははっきりさせていただきたいと思います。
○江口説明員 先ほども申し上げましたように、いま御指摘の点につきましては事実関係を調べまして、その上で判断をさせていただきたいと思います。
○小林(政)委員 時間がだいぶ経過しておりますし、まだ事実関係云々というお話もございますので、それを直ちに明らかにしてもらった上で、もう一度その問題については触れたいというふうに思いますので、それを最後にいたしまして、私の質問を終わります。 ————◇—————
○毛利委員長 この際、参考人出席要求に関する件についておはかりいたします。 すなわち、所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案、租税特別措置法の一部を改正する法律案の各案について、参考人の出席を求め、その意見を聴取することとし、参考人出席の日時、人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○毛利委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 次回は、来たる十九日金曜日、午前十時より理事会、十時三十分より委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時四十七分散会