大蔵委員会 第20号
- 発言数
- 216 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1971/03/16
会議録
○毛利委員長 これより会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案及び租税特別措置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。広瀬君。
○広瀬(秀)委員 前回、所得税の問題を大蔵大臣に質問いたしたわけでありますが、今後も引き続き減税に努力をする、特に給与所得者、サラリーマン減税、課税最低限を中心にした減税を続ける、こういうことで、しかもいわゆる物価調整減税というようなことではなしに、大幅な減税をやる意向を表明されたわけであります。そういうことをぜひひとつ今後も続けていただきたいということを申し上げておいたわけでありますが、そこできょうは、給与所得者の減税の問題につきましてさらに他の委員もそれぞれの角度から質問がある予定でございますので、私は角度を変えまして、事業所得者の税制について若干御質問をいたしたい、かように考えるわけであります。 まず、事業所得者の中で青色申告の所得の問題でありますが、独身者の場合でもあるいは標準世帯の場合でも、課税最低限において給与所得者との間に非常に大きな差があるわけであります。この差というのは一体どういう理論的根拠をもってこれだけの大きな格差をつけるのかということがどうも私どもにわからぬわけでありまして、まず最初に給与所得者と事業所得者との間に課税最低限の相当な開きがある、このことはなぜなのかということについて、主税局長にお伺いいたしたいと思うわけであります。
○細見政府委員 給与所得者と事業所得者との間の税負担を比較するということはなかなかむずかしいことでございまして、給与所得者の場合でありますと、その世帯におきまする所得の稼得者というのがおおむね一人の方に限られておる。共かせぎのような例外はございますが、原則として一人の所得者になっておるというものでありますし、事業所得者の場合でありますと、おおむね一人ないし二人の専従者、それが青色の場合のように青色の専従者になる場合もありますし、白色申告の場合におきましても白色専従者というのがおられるということで、事業所得者の場合と給与所得者の場合との課税のバランスをとるということにつきましては、一義的な尺度がとりにくい。むしろ総合的に、事業所得者の場合には家計の中に入ってくる収入というふうな考え方もしなければならないという面がございますので、一義的な比較はむずかしいわけであります。そういうことで、現在給与所得者の課税最低限と事業所得者との間にある程度の差異が出ておりますが、しかし事業所得者の課税最低限につきましても、やはり生活費の高騰というような現象は同じように影響を受けるわけでありますので、ことしの改正におきましても、そういう基礎控除のようなものは引き上げるとか、あるいは白色申告者の専従者につきましても二万円程度の引き上げを行なうとか、あるいはまた青色申告者の場合でありますと、いわゆる給与は青天井になっておりますので、生活費に対応した給与が支払われておるものとして考えるとかいうようなことで、これはやはり総合的に考える。その総合的に考える場合に若干違った見方というのを取り入れておる、そういうことが各課税最低限の違いにもある程度出ておるということであろうと思います。
○広瀬(秀)委員 どうもいまの御説明だけでは何ともわかりかねるわけであります。具体的に申し上げますと、独身者の給与所得者の場合に、ことしは——これも私どもの見解をもってすれば、独身者の課税最低限も低いんだということを前提にしておるわけですけれども、四十六年分として三十八万二千四十二円、しかし青色申告の場合、独身者で四十六年分、二十万五千六百四十二円、大体五〇%にしか当たらない。この間になぜこれだけの差が必要なんだという理論的、数字的根拠、その両方をからみ合わせて——やはり理論を示すものは数字なんですから、そういう理論とそれが化体した、差別を設ける理由というものを数字的に答えていただきたいと思うのですが、いかがでございますか。
○細見政府委員 この違いといいますのは、端的には給与所得控除の違いであるわけでありまして、給与所得控除というのをどういうふうに観念するか、あるいはそれが大き過ぎるか小さ過ぎるかという話はございますが、事業所得者の場合でありますと、事業に伴うもろもろの経費というものは全部経費として控除されまして、いわゆる文字どおりの生活費だけがいわば取り上げるべき経費項目という形になってくる。一方給与所得のほうは、給与所得を得るためにいろいろな経費がかかる。あるいはまたその給与所得控除の中には、税金の前払いをしておるとか、あるいは若干の担税力の差というものを考慮している面もございますが、主としてやはり給与所得を得るためにいろいろな経費がかかっておる。その給与所得の経費の見方というのが少な過ぎるといういろいろな世論がございまして、それにこたえて今回のように、たとえば定額控除を三万円引き上げるということをいたしますと、結果として出てくる数字というものは大きく開いてくる、こういうわけでございます。
○広瀬(秀)委員 この差は、いわゆる給与所得控除が片方においてはあり、片方においてはない。これはきわめて公式的な答えなんでありますが、しからばこのいわゆる青色申告——白色申告の場合でもそうだけれども、いわゆる事業所得者、これは個人事業所得者でありますから、事業主と、奥さんあるいは子供さんが従業員としておる。最高の程度でもそんな形というのが一般的なものなんですね。そういう人たちの事業所得というのは、その中に当然にいわゆる勤労性所得、勤労分というものが入っておる。それで、工場に働く労働者が給与所得控除を受けられるとするならば、少なくともそれでは勤労分というものについては給与所得者とみなすこともできるのではないかということは当然出てきていいと思うのであります。事業所得者であって、なるほど資本を投下して、その資本の利潤部分というものと、勤労を主体にしておるという分と、当然分けて観念をしていいのではないか、こういう点がいわゆる個人事業者というものにはあるんだと思うのであります。このことは私がいまさら言うまでもなく、もうわが党の赤松議員から総理に対する質問趣意書が出され、これに対する大蔵省の答弁書も過去二回あるいは三回くらいにわたって行なわれている問題なんです。そして今日、中小というよりも小零細企業が大部分なんでありますが、そういう団体などからも、この問題については非常に強く要望されてきておることは御承知のとおりであります。そういうことで、いま私が申し上げたように、個人事業者のいわゆる勤労所得分というもの、こういうものを税法上分けて考えるということはできないものなのかどうか、この点をお伺いいたしたいと思います。
○細見政府委員 日本の所得税法は、御承知のように所得をある程度カテゴリーで分けて、所得種類を分けましてそれぞれ課税するというたてまえをとっておるわけでありますが、私どもも事業所得者について、いわゆる額に汗して働き出された部分がないということを申し上げておるわけじゃないのでありまして、事業所得と申すものは、本来そういう資産と、それからそれに対する労働が加わってでき上がってくる。その場合に、給与所得者のように、ある程度あらかじめきめられた給料によってその労働を提供するということでなくて、事業と労働とが結びついた成果が非常に大きくなることもあるかわりに、それが結果としてゼロになる、つまり何らの労働報酬も得られないというようなこともある。それが事業所得なんで、そういう事業所得として観念する。 給与所得者とそれではどこが違うかと申されれば、給与所得者の場合は、おおむね他人に雇用されまして、それに伴う給与所得を得るための経費がかかっておる。事業所得者の場合におきましては、その事業所得に伴う必要な経費というものは原則として事業上の経費として支払われておる。ですから、税制の立て方として、イギリスなどにありますように、適当な訳語を知りませんけれども、アーンドインカム、かせぎ出した所得、働き出した所得というような概念を持ってきて、それは人間の生命が終わるときに終わるんだから、かせぎ出せなくなるんだから、弱い所得だというふうに観念する観念のしかたもございます。しかし日本のいまの税制の立て方はそういう形ではなくて、給与所得者というのは、むしろ雇用される、何といいますか、雇用者所得というような観念になっており、事業所得者というのは、自分の労働と自分の資産と自分の才覚で所得を得ていく人、その場合においては、必要な経費は事業上の経費になる、そういう立て方になっておるわけであります。勤労部分がないというようなことを申し上げておるわけでないので、青色申告会とのいろいろな接触においても申し上げたわけでありますが、自分の事業経営の目安として、五万円なら五万円、十万円なら十万円を自分の所得、自分の勤労部分として計算上立てていかれるということはけっこうでありますが、たとえばそのトータルが年百万になったといたしまして、事業所得が五十万だというときに、おれは給料が百万あって、結果は五十万あった、それは事業のほうが持ち出しだというふうな観念はできないのじゃないだろうか。事業所得というのは、月々の目算として十万円で百万円の給料を考えておられても、全体のもうけが五十万円しかなかったときには五十万円と観念せざるを得ない、そういうものじゃないか。そのかわり、百万と給料を観念しておられましても、非常にもうかって三百万、五百万と得たときには自分の所得だ。そういうように才覚と労働と資産、その三つを組み合わせておやりになる、それが事業所得で、そこが違う。勤労部分がないというようなことを申し上げているわけではございません。
○広瀬(秀)委員 いわゆる勤労所得分というのはあるのだ、しかし投下した資産なり資本なりというものを利用して経営をする、その経営の中から利潤を生み出す、こういう部分と切り離れないような関係においていまの所得というものは稼得されておる、こういうようなお考えのようでありますが、私は必ずしもそうでなくていいのではないか。現に国税庁におきましても特に青色申告制度というものを設けてこれを奨励する立場にあるわけですね。したがって、青色申告をせよということは、いわゆる企業会計というものと家計というものとを個人事業の場合においても分離をするのだという思想に立っていると思うのです。そういうようなことを現実に申告書等にも記載をすることまでは認めているというところまできておるわけなんですね。したがってそういう点では、いわゆる企業利潤分と、それから事業主報酬というか事業主の勤労所得分については、これはやはりその家計と企業会計というものが分離した形になっておるのですから、企業のほうから事業主報酬分というものを支出をする。そしてそれをいわゆる給与所得と同じようなことに観念いたしまして、そのように認識をして、給与所得と同じ課税の中に取り込んでいくということがあっても一向差しつかえないのではないか。むしろそのほうが今日の実態というものに対して——まあ課税の原則は実態課税だ、実質課税だという原則を主税当局もとっておられるわけですから、むしろそういうことのほうが実態課税、実質課税にかなうものではないのかという点についてはいかがでございますか。
○細見政府委員 事業経営の成否を明らかにする意味におかれまして、自己労働というものを適切に評価されて、それとの上で事業所得の収益状況というのを計算される、そのことは合理的なことであり、それはそれなりに——それは農業におきましてもやはり自家労賃というものを適正に計算してやっていくということでありまして、今日労働がこれだけ貴重なときに自分の労働をただに見るというようなことは適切でないと思いますが、先ほど申し上げましたように、たとえば、自分はそれじゃそこへ働きに行っておれば年収百万くらいは取れる男だというふうに考えまして、事業所得が五十万しかもうからなかったときにどういうふうに計算するかということになれば、それはやはり自分の事業の失敗として考えていかれて、給料は百万円もらうべきものだということではないのじゃないか。そういう観念ではない。ただ計算の上においては、おれは当然自家労賃百万円あるのに、収益として五十万しかあがらなかったから五十万は損だったというふうに観念されるのはいいと思いますが、しかし、自分は自分のこっちのポケットからこっちのポケットへ百万円いかにしても払わなければならぬのだ、そういうものではないのじゃないか。そういうものではないところが事業所得の事業所得たるゆえんではないか、こう申し上げておるわけであります。
○広瀬(秀)委員 たとえば個人事業者が今日では青色申告で、奥さんや子供の場合には完全給与制がとられておるわけです。事業主に対してだけそういう給与制あるいは事業主報酬制というものがとられないということは、いまの御説明だけでは何か納得できないものが残るわけですね。確かにもうけが相対的に少ない場合、いまのままで給与制をかりにとったとしたら、それが固定しておるというようなことで、百万取ったらもう赤字になるというような場合も出てくるかもしれません。しかしそういうような場合に、これは利潤分がいわゆる赤字になるのであって、勤労所得としては勤労に見合う所得ということで、そこにはなるほど自分の左のポケットから右のポケットに移すという問題点はあるにしても、そういうものはそういうものとして、やはり世間一般の社会的な通念に照らして、過当に自分の事業主報酬分を取るというようなことについてはおのずから社会的な限界というようなものを設けることもできるし、常識的な線というものが税制上も出るわけであって、その辺のところについては事の本質というものを考えて、その実態に見合う税制を適用していくという点からいえば、やはりもう一歩進んだ考えをしてもいいのではないか。同一人が経営者であり、かつみずから報酬を受ける対象である、こういうことについてはなるほどちょっと理論的におかしいのじゃないかということもいえるわけだけれども、すでに青色申告におきましては、いわゆる事業者貸し、事業者借りというようなこともちゃんとやっておるわけであって、いわゆる企業と家計との分離というものが進んでいるのだということで、いわゆる勤労性所得分が幾らで、いわゆる自己の勤労に見合う労賃分が幾らだということが企業会計上もきちんと分離されるというところまできているのならば、その分についてはやはり給与所得としての扱いをする。それ以上に、それを引いてなお利潤が出た分について、その利潤分というものに対しては、いわゆる企業課税としての事業税をかけるなり何なりということは当然あっていいことだけれども、そういうように観念して私は差しつかえないのではないかと思うのですが、そういう方向というものは絶対に主税当局としてはとろうという考えはないわけでございますか。
○細見政府委員 所得の観念論としてはいままで申し上げましたことに尽きるわけでございまして、いまの五十万しか所得がなくて給料百万取ったといわれる場合に、個人の財産を食いつぶされた場合にはそれは所得税はかけません。かりに百万円生活費として使われたとしましても所得税はかけないわけであります。ところがかりに、よく同族会社との比較で同じじゃないかという御議論がございますが、しかし法人から百万円払われました場合には、百万円の所得として所得税は課税いたします。そこが法人の場合と個人の場合と大きく違うところでございます。そういう観念論は別といたしまして、事業所得者として自分が自分に払われるわけでありますから、いまのように食いつぶしたときには、食いつぶしは自由であり、その食いつぶした分には所得税はかからぬわけでありますが、そのことの評価といたしまして、一体甲という人は年収幾らぐらいに想定すればいいのか、あるいは乙という人は年収幾らに想定するかというようなことはさめようがない。結局かせぎ出された所得の大小によって区別しなければならない、あるいは社会一般の平均で計算しなければならない。いずれにいたしましてもそういうことを想定しない限り、そういう計算の区分もできないわけでありまして、やはりそれはそれなりのフィクションであって、そういう御議論をなさる方のほうに無理があるのじゃないかと私どもは考えるわけです。学歴でものがきまるわけではありませんが、幾ら学歴がりっぱであり、職場の経験が長いりっぱな方でありましても、その人が事業をやられて年三十万しかもうけられない人が、おれは働きに出れば三百万の年収あるべき男だと言われても、それは観念の遊戯になってしまうわけであります。そういう意味で、事業所得者の中に自分だけ主宰者である——奥さんとか子供の場合は、今日の家族におきまする財産のあり方について、何といいますか、従来の事業経営者、あるいは従来でいう家長といったものの権利がだんだん分散いたしまして、それぞれの家族構成員が自分の固有の財産を持つという概念が出てきておる。そういうものに見合って、奥さんに対する専従者控除あるいは子供さんに対する専従者控除、給与の対価としてのものが支払われる。主宰者、経営者である御自身、この方は事業の全体の責任を持っておられる方でありまして、これとはやはり違うのではないかというふうに思います。
○広瀬(秀)委員 局長、たとえば自分はということでいま例を引かれたように、私はよそへ行って働けば三百万取れるのだという極端な例を引かれたわけだけれども、青色申告者のいわゆる完全給与制をとる際にも、主税当局には、そういうことではかえって権衡を失するではないかという気持ちもあったろうと思いますが、きわめて常識的な線に、しかもその全体の経営の中で落ちついているわけだし、決してその奥さんの給与を、完全給与制になって青天井になったのだからといって非常識に、たいして大きな商店でもないのに十万も二十万も出すなんてことは全然あり得ない。現に税の執行上そういう事例というものはもう見られないわけですね。やはりきわめて常識的な線で申告も出すし、実際に払うか払わぬかは別としても、そういう実態というものがやはり今日の実態だと思うのですね。だからそういう、おそらくこうなるだろうという徴税側におけるおそれというようなものは、そういう点ではこれはないものだという観点で、やはり前向きに検討していかなければならぬと思うわけなんですね。その辺のところはもっと青色申告者というものに対して信頼をおく立場でなければ、この制度というものをつくった趣旨というものがだいぶ没却されるということになるわけでございまして、その辺のところは少し見解を改めていただきたいのです。 それから、いわゆる法人とのバランスの問題、当然同じような仕事をやり、同じようなことなんだ。しかしながら片方は法人成りをして同族法人になっておるということになれば、大手を振って——個人事業と同族会社がどれだけの違いがあるかといえば、実体はほとんど違わないんだ。しかしながら法人成りして同族会社のかっこうさえとれば、経営者としてちゃんと役員報酬も経費から落とせるというようなことで、それは給与所得として観念され、その税制の適用を受ける、こういうことになるわけですね。個人事業ということで、法人成りもしないからといっていいのかどうか。そういうことで不満があるならば法人成りしたらいいじゃないか——主税当局としては、そういうことで不満があるならば、いわゆる実体としては個人事業と同族会社というのはあまり変わらないけれども、それなら法人成りをしてちゃんと事業者報酬に見合う役員報酬が取れるようにしたらどうだ、そういう積極的なお考えというものがあるわけですか。法人成りの問題との関係でこの問題についてどのように考えておられるのか、この点を確かめておきたいと思います。
○細見政府委員 法人成りの問題につきましては、すべてそうでありますが、税というのはできるだけ中立であるというのが望ましいわけで、今日の租税の原則の一つに中立性の原則というようなことがいわれておりますように、個人事業であれば有利であるとか、あるいは法人形態をとったら有利であるとかいったようなことができるだけないような税制にしていくのが望ましいことであろうと思います。そういう意味で、法人になることを税務当局は考えておるかということをおっしゃれば、そういうことでなくて、ただ経済の発展に伴いまして事業規模も大きくなってくるというよう段階におきましては、いろいろな、いわば自分の奥と事業との区別という意味でまず青色申告になり、あるいはさらに、それが青色申告という程度ではなく、対外的な責任感の問題とかあるいは事業資産の問題というような点においてむしろ法人になったほうがいい。これは事業経営のあり方としてそれぞれの経営主体になられる方の御判断にまつことで、税としては中立でなければならないと思うわけであります。 先ほど法人の場合と個人の場合と同じじゃないかというお話が出ましたが、もう一度先ほどの例を引かしていただきますと、観念論は別といたしまして具体的なことを申し上げますと、いまの事業所得が三十万しかなかった、しかし生活費が百万かかる、その場合に、自分はいろいろな事業のたなおろし資産のようなものを売り食いするというような場合に、所得が三十万しかないときには三十万にしか課税にならないわけであります。ところが法人形態をとっておられれば、その場合に、おれは百万要るんだから法人から百万の収入を取って法人のほうは赤字になる、法人のほうは資産を食いつぶすという形になりましても、これは百万に所得税がかかる。その人格が別である。自分たちが、同族会社でありましても法人ということになれば別の人格になる。そこの違いが基本的に青色申告の場合と法人になった場合との違いで、いまの三十万と百万円、非常に卑近な例でございますが、その辺に端的に出てくる問題でございます。
○広瀬(秀)委員 いまおっしゃったような場合もそれは確かにあり得ることだし、そういう点でややおかしいじゃないかという反論を述べられたわけですけれども、青色申告をする事業所得者は、とにかく家計というものと企業というものを分離をするというたてまえの中で、それぞれいろいろな要件も整え、それぞれの帳簿を備えつけて経理をやっておるわけなんです。そういう中でいわゆる事業をやりながら、もうどこまでが奥でどこまでが企業の収支なのかわからぬというような込みのものから、だんだん近代的な事業経営形態というものをはっきりさせていくというような立場で青色申告制度というものもとられ、それはやはりそれぞれの事業者に対する国としてのやはり一つの信頼というものが根底にはあると思うし、そして一応その申告に基づいて納税を認めていく、こういう制度になっておるわけです。そういう中でやはり事業主のいわゆる肉体的な労働、勤労の所得というものを、何かそういうものが企業経理上明らかに、しかも社会常識的に過当な不当なものでないというものが経理面ではっきりするという場合には、その部分について——農業所得ならばいわゆる自家労賃分というようなものはやはり給与所得並みに扱っても一向差しつかえないことだし、事業所得というのはあくまで資本投下と経営による利潤分なんだ、こういう二つに分けて、税制上もそういうものを認めていく、こういう方向というものがどうしても正しいのではないか、私どもこういうように思うわけであります。しかしまあこの点はなかなか、主税局長がいろいろ答弁されたように、確かに問題点はまだ残っているかと思うわけですけれども、日本の非常におくれた中小企業というものを近代化し、発展をさしていくというためにはそういう税制の導入ということがやはり今後必要になるのではないか、このように思うわけであります。 そこでひとつ、これは国税庁にもお伺いをしたいのですが、いわゆるクロヨンということが言われるわけであります。去年もこれはここで問題にしたのです。しかもこの問題については、税制調査会の基本問題小委員会でも、この問題はかなり重要な問題だ、税に対する国民の信頼を失わせるというか、そういう面で重要な問題である。いわゆる税制民主化の見地からいって、これはどういうものなんだということを正しく国民に実態を知らせるということがやはり税制民主化の一つの問題だろう、こういうような考えのもとで、この点については誤解だとするならばその誤解を解く努力をしろというようなことが中間答申で表明されているわけですね。クロヨンとかあるいはトーゴサンとか、これは御承知のように給与所得者は十割あるいは九割という、所得の捕捉率というものがそのような状態なんだ。事業所得者が六割であるとか五割であるとか、こういうことらしい。農民の場合には三ないし四だ、四割しか捕捉されないんだ。こういうことが非常に一般的な、むしろ国民の中に定着をしたような議論になっているわけですね。これについて、一体主税当局また税の執行に当たる国税当局はこの問題をどう考えているのですか。クロヨンというのは実際の姿なのか、あるいはトーゴサンというのは実際の姿なのか。全くそうではないのだ、これは国民のかってな推測なのか。こういう点について、この点まずはっきりさしていただきたいと思うわけであります。
○江口説明員 ただいまのクロヨンの問題、実は私どもも非常に気になる話でございますので、従来からも調査その他を通じましていろいろ検討しておるわけでございますが、言わんとするところは、御指摘のとおり所得の把握率の問題であろうかと思います。源泉所得税につきましては、御案内のとおり、支払い者の段階で収入が把握されるということでございますから、それに見合ったものの税金というのは十割——九というのも少しひっかかりのある数字かと思いますが、遠慮した数字ということで、十または九ということが源泉徴収の場合に言われるものだと思います。 農業所得につきまして四というのはどういう意味なのか、私どもまことに理解をしかねておるわけでございますが、農業所得につきましても、普通の田畑については、御承知のとおり現在は標準率による課税を行なっておるのが大部分でございます。一部の地方等におきましては青色申告等で個別の申告をしておられるというところもございますけれども、標準率で平均的なものとしての課税が行なわれておるという内容を見ますと、十アール当たりの収穫量をもとにいたしましてこまかな調査をいたしました経費等によりまして、県、市町村それから税務署との協議会でもって平均的なデータというものを示し、これを参考にして申告していただくということでございますので、少なくとも普通田畑につきましては所得の把握率が四と言われるようなことはおそらくあり得ないというふうにわれわれは考えております。ただ、トーゴサンあるいは九・六・四という言い方は、とかくいたしますと、給与所得者その他の源泉徴収をされておる方々の声が多かろうと思います。そういたしますと、所得といいますか、収入の把握ないしは経費を引いたところの所得の把握、つまり経費の問題、これらについて多少の疑問の余地を残して九・六・四と言われているのではないかという感じがするわけでございます。 なお、営庶業につきましては、なるほど収入の把握についてもなかなかむずかしい問題がございますし、経費の仕訳等につきましてもこまかには問題がないわけではございません。したがって、われわれといたしましては全体として申告水準はきわめてよくなっておるという認識に立っておりますが、なおかつその段階で収入並びに経費の内容等について、好況業種あるいは最近の実績等を見まして、申告状況のかんばしくないものについての重点的な調査をするということによって、九・六・四というような感じの上での問題を実行上解決をしてまいりたいということで、年々努力をしておるわけでございます。 したがって、大ざっぱに申しますと、源泉徴収を受けておる方々からするならば、それ以外の納税者については把握の割合が低いのではなかろうかという感じの上から出たことばだとすれば、それはわからないではないわけでございますが、そうした課税の不公平というのは、われわれの職場としては最も忌避すべき問題でございますので、そうした声がなくなりますように、あるいはできるだけ早くそうした声が少なくなりますように努力を続けてまいりたいと思っておるわけでございます。
○広瀬(秀)委員 主税局長はこのクロヨンの問題についてどのようにお考えですか、御意見を承りたい。
○細見政府委員 クロヨンといわれます場合に、よくその根拠とされますのが、国民所得計算におきますいろいろな雇用者所得とか、あるいは事業所得とか農業所得というものに対して課税されておる所得の割合が低いということをもっていまのような御議論になっておるわけであります。ここでいろいろなよそのことを申し上げてもいかがかと思いますが、国民所得の統計のデータというのが、御承知のようにそう悉皆ではなくて、かなりランダムになっており、その標本の数も少ないわけでございまして、そういう意味で私どもは、いま直税部長が申し上げましたように、全体としての把握がそんなに低いというふうには思っておりません。ただ、事業所得者の場合等を例にとってみますと、いわゆる事業上の経費というような形で引かれておるもの、あるいは会社の形態をとっておる場合でありますと交際費というような形で経費になっておるものが、かなり私的な消費、個人的な消費に回っておる、そういうものがサラリーマンなどにとっては非常に目につくという面があろうかと思います。そういう意味で、それでは所得税なり法人税の課税にあたりまして、いまの交際費などが私的に流用されておるものを徹底的に追求するというようなことが現実的であるかどうかということになりますと、これは非常にむずかしい問題で、行き方によりましては、何と申しますか、個人の私生活の自由というものまで拘束しなければ——あなたが何月何日どこどこで飲み食いされたのはだれとだれとおられたか、どういう用件で行っておられたかというようなことまで聞いていかなければならないというようなことになりますので、そういう面の、つまり他人のふところがなかなかわかりにくいこともあり、またいま申しましたような若干公私混淆的な消費が世の中にあり得る。それが目について、事業所得者あるいはその他の人たちは非常に税を免れておるのではなかろうかというような憶測を生んでおりますが、しかしそれは税の執行の上では交際費あるいはそのほかの事業上の経費という形で出てきておる。その実際が若干違っておるというようなところ、その辺が国民の皆さんにいまいうクロヨンという感触を与えておるのではないか。これをどうしたらいいかということは税制の問題としては非常にむずかしいな、かように考えております。
○広瀬(秀)委員 クロヨンの問題で国税庁の答弁もまた主税局長の答弁も、そうクロヨンとかトーゴサンといわれるような実態ではないのだというニュアンスの答弁だと思うのです。それは個人事業をやっておって、たとえば八百屋さんをやっておって大根を一本自家消費として使っても、それがはたして帳面で自家消費としてちゃんと載っているかどうか、あるいはくだもの屋さんが自分でミカンを食べても、それが自家消費として自己が自己に売ったというような経理がはたしてなされているのかというようなことについて、はたの見る目からそういうことがばく然と言われたのではないかというようなことに聞いたのですけれども、国税庁では脱税の問題でワーストサーティあるいはワーストテンなどをよく新聞に出すわけですね。 〔委員長退席、山下(元)委員長代理着席〕 こういうような実態について、申告をした人たちがクロヨンの六だとするならば、四割は課税が税務当局に隠されているということであるならば、そういうものが大体実態なんだということならば、脱税案件などにおいて、あるいはまた普通の青色申告者が申告をした、それが過少申告で、調査の上更正決定をするという場合の実際の姿の中からはそういうものが大体どのくらいあるのか。クロヨンの六といわれるものではないが、七ぐらいであるとか八ぐらいであるとかというような実態はどのようにっかんでおられますか。その辺をお示しをいただきたいと思います。
○江口説明員 どの程度かというのはなかなかむつかしい問題でございますが、毎年調査をした結果につきまして、私どものほうの事務年度分について新聞発表をいたしてございますが、それを御参考までに御説明をして御判断をいただきたいと思います。 いろいろな形態の調査がございますが、一般的に査察を除きまして、直税部門での一番重い調査をいわゆる特調と申しておりますが、これを中心にして毎年十二月あるいは一月ごろに前々年分を前年に片づけたものとして新聞発表いたしておるわけでございます。 ちなみに昭和四十四年の七月から昭和四十五年の六月末までの一年間で、私どもの手元で処理をいたしました事案の件数を申し上げますと、全体でいわゆる重い調査である特調事案が六千百九十七件あるわけでございます。これは十数日の日数をかけましてかなりの重い調査をやるわけでございますが、その結果把握されました所得が四百億円でございます。これに対する税額が百八十億円ということになっております。 これに比較いたしまして、納税者の数がふえて、私どもの手元の事務量が非常に多いために連年実調率が減っておりますが、いま申しました重い特調以外の一般調査の件数を申し上げてみますと、この同じ時期に約六万七千五百件ほど調査をいたしてございます。これに対する増差所得でございますが、これが六百三十三億円、これに対する税額が百五十七億円ということになります。 もう少しわかりやすく一件当たりで比較をいたしてみますと、いわゆる特調事案というのは、最近の好況業種の中で特に多額の所得があると認められるもの、そうしたものを中心にする。それからもう一つは、ここ数年間の申告実績とわれわれの手元にありますいろいろな管理判断資料あるいは具体的な当該事業者についての個別の資料等を総合いたしまして、ここ数年来申告状況のきわめてよくないと思われるもの、こういうものが特調事案になります。そのほかに一般事案というのはそれに準ずるようなものということで、私どもの意識の線ではそれよりはかなり軽いものということになりますが、これがいま申し上げましたように六万七千五百件程度ということで、一件当たりにいたしますと、特調の場合には増差所得が六百五十二万円ということになります。ところが一般調査の分につきましてはその約六分の一以下になりまして、九十四万円というのが去年一年間の実績でございます。 なお、どの程度の申告水準の差があるかという御指摘でございますが、これについては別に、営庶業だけの所得金額の過去の推移を見てみますと、これも判断の一つの資料になろうかと思いますのでもう一つ御披露をさせていただきたいと思いますが、営庶業につきまして四十年についての所得金額の総額は七千三百三十億円でございます。これに対しまして四十四年では約一兆五千百億円ということで、四年前と比較いたしますと二 ○六%になっておりまして、そのほかの一般的な経済指標等と対比してみました場合には、かなり顕著に申告水準が維持されておるのではないかという感じがここ四、五年非常に強くなっておりまして、私どもではそうした意味で、申告納税制度というものがようやく、という言い方はどうかと思いますが、日本に定着したのではなかろうかという感じを非常に強めておるという事績も確かにございます。 〔山下(元)委員長代理退席、委員長着席〕 なお、青色申告につきましては、二十五年に発足した当時かなり積極的な宣伝その他をいたしたわけでございますが、それから数年はどうしても五%を出たり入ったりという程度でございましたが、幸い一昨年の実績を見ますと営庶業者の五三%、約百五十万程度の方々が青色申告になっておられるというような状況を見ましても、御指摘のような状況というものはだんだん課税の公平といいましょうか、適正な申告の方向にかなり顕著に進行しておるのではないかという感じをわれわれは強く持っているわけでございます。
○広瀬(秀)委員 いまいろいろこまかい数字をあげて御答弁があったわけだけれども、それらの数字をこの委員会に——申告所得者がいま全体で百八十七万人ぐらいいることになっていると思うのですが、その中である程度アトランダムの調査でもいいし、あるいはまた特徴的なものでもいいし、そういうような業種を幾つか選定してでもいいから、とにかく申告した額とそれから実際の調査をした状況で、四割落ちておったとか三割落ちておったとかいう状況というものはないんだということがはっきりわかるような数字の資料をひとつお示しをいただきたいと思うのです。これがないと、ここで聞いただけではこれは私どももわからない。 ただ私どもが考えられるのは、やはりある程度所得の捕捉率というものはサラリーマンよりは低いだろうという考えは、これは課税当局には私は根本にはあるんだろうと思います。クロヨンとかトーゴサンというようなことじゃないにしても、そういう気持ちはやはりあるだろう。こういうようなことがあるから、冒頭に申し上げましたように、一番わかりやすく独身者の例をとったわけですけれども、給与所得者の独身者の課税最低限が三十八万二千円で、これに対して事業所得者の場合の独身者課税最低限は二十万五千円だというようなことになっている一つの原因というものがあるんじゃないかと思います。というのは、たとえば事業所得者で独身者で二十万五千円というのは——今日の物価事情、経済情勢の中で、独身者といえどもいわゆる最低生活が一年間二十万でできるというような数字ではないだろうと思うのです。この二十万という数字、これについての妥当性というものは一体主税当局はどのように証明されますか。
○細見政府委員 人事院などが都会のサラリーマンの独身世帯について調査したものはございます。その数字ははっきり覚えておりませんが、大体この程度の数字、これより若干下の数字になっておろうかと思います。
○広瀬(秀)委員 この夫婦子供二人——まあこれから標準家族として夫婦子二人でいこうということになっていると思うのですが、この場合、労働者の場合に九十六万三千七百二十七円だ。これに対して七十九万九千二百九十三円、こういう相当な開きがあるわけですね。約十七万くらいの開きがある。この開きというものは主として給与所得控除の差だ、こう言われるわけでありますが、やはり何か所得をかなり隠しているんだというような、捕捉されない面がかなりあるんだということが一つのこういう差をつける、これだけの大幅な差をつける根拠になっているのではないかと思うのですが、そういう点はどうなんです。
○細見政府委員 事業所得者の家としての負担の問題と、勤労者の家としての、消費単位としての家としての負担の問題との比較にあたっては、白色事業専従者控除の問題とかいろいろなものがからんでおるので、端的な比較というのはなかなかむずかしいということは申し上げたわけでありますが、今日給与所得者と事業所得者との開きというのは、ここ数年大幅に給与所得控除の引き上げが行なわれてきた、その結果こういう開きになっておるわけでありまして、私どもも青色事業所得者の場合にはそういう把握漏れがあるんだというようなことを前提にいたしていろいろな議論をいたしておるわけではなくて、財源との関係その他を見ながら、できるだけ基礎控除、扶養控除、配偶者控除というようなものの引き上げに努力しておる。それがサラリーマンに与えられます給与所得の引き上げ幅と若干の差が出たということでございまして、おっしゃるような意味でこれを低く押えておるというわけではなくて、財源が許せば、大臣が申し上げておりますように、今後もこの課税最低限の引き上げということについては、事業所得者、給与所得者の別なく努力してまいらなければならない、かように考えております。
○広瀬(秀)委員 そこで私がちょっと算術をしてみたところによりますと、十年前の給与所得者の課税最低限、そして四十六年度の課税最低限を比較してみますと、給与所得者の場合には独身者で二・七四倍になっておるわけです。さらに夫婦子二人という標準世帯で二・八倍に課税最低限が引き上げられている。事業所得者の場合は独身者の場合に丁九六倍、夫婦子二人の標準世帯で二・四八倍ということになっているわけなんですね。そうなりますと、たとえば十年前のバランスが正しかったとしても、その後の状況というものは、物価値上げの影響を受ける場合でも、あるいは生活水準、いわゆるゆとりある家計というようなことについての欲求も、これは事業所得者たると給与所得者たるとやはり変わりはないと思うのですね。そういう中で生きている状況の中で、非常に事業所得者は——まだ給与所得者でも私どもは満足しているわけではないので、もっと改善を給与所得者の場合もしてもらわなければならない、そういう気持ちを持っておるわけなんだが、事業所得者の場合にはさらにこれが立ちおくれている。いわゆる税制上における実情というものを十分把握して、税制上の改善の思恵というものを事業所得者にも与えてやろうという点では、このようなおくれというものが私は現実にあると思うわけなんですが、この数字が間違っているかどうか、この点と、それから立ちおくれているではないかという点についてのお考えをお聞きいたしたいと思います。
○細見政府委員 数字の点につきましては、いまチェックをいたして後ほどお答えいたしたいと思います。 この引き上げの差が出ておるということは、これは年々の税制改正をいたします場合に、やはりその年その年の問題を持っておってその解決をいたした、それが結果としてこういう差になっておるという点を御理解願いたいのであります。言いかえますと、この委員会におきましてもたびたび御論議がございましたように、子供の教育費を引いてくれたらどうだ、あるいは老人については経費がかかるからそれをもっと見たらどうだという御議論がありました。そういうことによりまして、どちらかといえば基礎控除よりも扶養控除のほうを大幅に引き上げたのがここ数年来の傾向でございます。その意味で、数字の当否は別といたしましても、いま広瀬委員御指摘のように、夫婦子二人になれば事業所得者の場合にも二・四八倍になって、独身者に比べれば大きくなっている。これはそのときそのときの税制改正がかかえておった問題の解決ということを先にせざるを得たくて、その結果こういう形になっておるので、その意味におきまして、先ほども申し上げましたように、今後とも基礎控除、扶養控除あるいは配偶者控除、それぞれバランスのとれた引き上げということには努力してまいらなければならぬ、かように思っておるわけでございます。
○広瀬(秀)委員 それからもう一つ、各国との事業所得者についての比較を、大蔵省の資料に基づいて調べてみたわけですが、独身者の場合に日本は——その前に、イギリス、アメリカ、こういうところでは事業所得者と給与所得者はほとんど差別をつけていない。西ドイツあるいはフランスは日本と同じようにある程度の差別がある。こういうことがわかるわけなんですが、たとえばそういう中で日本の場合に独身者を例にとってみますと、給与所得者が、先ほど申し上げたような三十八万二千四十二円だ、事業所得者の場合には二十万ということで、これが五二%ぐらいになりますか。西独の場合には三十三万六千三百九十一円が給与所得者の課税最低限で、事業所得者が十八万四千九百十七円というようなことで五五%ぐらいに当たっている。フランスの場合でも四十九万九千四十九円、それに対して二十六万五千六百九十七円、これは五三%ぐらいになっている。こういう状況にあるわけですね。さらに、夫婦子供二人でとった場合にも、西独が給与所得者で七十八万四千九百十八円、それに対して事業所得者が六十三万三千四百三十八円という課税最低限になっておる。大体八一%くらいに当たる。日本の場合にはこれが六八%ぐらいにしか当たらぬということで、やはり外国の例を引きまして、独身者の場合でも、差別をつけている西独、フランスと比較をいたしましても、事業所得者のほうの課税最低限はやはりまだ低い。独身者の場合でも夫婦子二人のところでも低いんだ、こういう数字が出ると私思うのです。 こういうようなことを通じて、先ほどのいわゆる事業主報酬制をとったらどうかという問題とかりに離れたといたしましても、この面での、中小零細企業、小零細企業が大部分を占めている青色申告事業所得者に対する減税というものは非常におくれている、このように見ていいと思うのであります。この面について、先ほどのクロヨン論議も、これは主税当局としては一般的な常識論として言われたけれども、実態はそうではないということであるならば、やはりそういう面の、零細企業、中小企業と一般的にいわれるそういう人たちに対する所得税の減税というものをもう少し積極的に進めていいのではないか、進めるべきであるということを考えるわけですが、いかがでございますか。これは政務次官もあとでお願いいたします。
○細見政府委員 諸外国と比べまして事業所得者と給与所得者との間の課税最低限の開きが大き過ぎるというお話は、これはごもっともでございまして、それぞれの国はそれぞれの国なりの税制改正をやってまいっておるわけでありまして、日本におきましてはここ数年、サラリーマンの減税ということが一番の税制の問題だという形で取り上げられてきた。その結果、私どもはこの委員会でも、日本の給与所得控除はどこの国に比べても甘くなっております、どこの国に比べても有利なんでございますということをだいぶ申し上げたわけでありますが、しかしそれでもなお不足だということで、ことしもたとえば定額が三万円上がっておる。こういうことになりますと、給与所得金額に比べて定額が大きい場合には、非常に低額所得者にとっては有利な給与所得控除になるわけでありまして、これだけ有利な給与所得控除制度をとっている国はどこにもないわけで、たとえばいまお話しのドイツというようなところでも千七百四十マルク、これはかりに百円といたしましても十七万円くらいということでありますし、フランスでは概算控除が一〇%というようなことになっておるわけで、日本のように二〇%というようなものがあり、しかも定額があるということになっておらないわけでございます。しかしこれは日本の国民感情というものからいたしまして、給与所得者の減税を中心に行なうべきだということでそれなりの歴史的な背景があることで、いまこの段階でどうこう申し上げることではないと思いますが、そういう意味で、外国と比べていろいろ御議論願うときには、給与所得者を除きました課税最低限の高さというのは必ずしも外国に比べて高くはございませんが、しかし一応それなりのところにきておるわけでありますので、そういうものとして、むしろ給与所得者にとってかなり有利な税制になっておるというふうに御判断願いたいわけであります。 もちろん、そういう議論が出ました背景には、われわれ税金に携わっておる者の努力の不十分もございまして、なかなかクロヨンというような論議が国民の皆さんから消えないというような面もあることは深く反省しなければならないことと思っておりますが、それは別といたしましても、やはりどちらかといえば給与所得者のほうが有利になっておる。イギリスは先ほど申し上げましたようにアーンドインカムという考え方で、これは給与所得者であろうと自分で事業をやっておられる事業所得者であろうと、これは肉体が関与してかせぎ出した所得であるというので一定の控除をしておる。アメリカは御承知のように、経費が引かれた後のものについては事業所得であろうと給与所得であろうと全く同一のものだということで、給与所得控除のような概念を非常にきびしく拒否しておるわけでございますし、ヨーロッパ諸国におきましては、フランス、ドイツというようなところは給与所得控除を入れており、フランスのごときは国民性もございまして、これはかなり端的に、給与所得者は十分把握されるのにそのほかのものは必ずしも把握されていないという、把握漏れ控除という形で給与所得控除をしておったという沿革もございます。やはり税制にはその国その国の税務行政あるいは国民感情というようなものが背景になっておりますので、その辺をあわせお含み願って日本はいかにあるべきかというのを御論議願いたいと思います。
○中川政府委員 広瀬委員から、クロヨンの問題あるいは長年議論のありました事業者における事業主控除の問題、あるいは給与所得者と事業主控除との比較の問題、いろいろと御指摘いただきましたが、これらは長年議論のあったところであり、また現在もなお大いに議論しなければならない大きな課題でございます。今後クロヨンの解消あるいはまた給与所得者の税制における合理化、特に大蔵大臣からお話がありましたように、今後といえども基礎控除の引き上げその他所得控除については前向きで検討する。かたがたそれに見合った事業所得についての改善、これらも今後いろいろと検討を加えて、それぞれ問題はあろうかと存じますが、今後とも御指摘をいただいてよりよいものに改善に努力をしていきたい、かように考えております。
○広瀬(秀)委員 事業所得者の場合には地方税法においていわゆる個人事業税という、これは税制論議においてもきわめて悪税である、あるいは二重課税であるというようなことがいわれてきた問題ですが、きょうは自治省を呼んでおりませんからこれを本格的に取り上げるつもりはないのですけれども、先ほど私が主張したような形をとらないで、しかも課税最低限などにつきましてもかなり低い水準にある、しかもそれでいながら一方において個人事業税まで取られておる、こういう問題があるわけであります。したがって、やはりどうしてもクロヨンというような問題が国民感情の中にも非常に定着したような形である。これは、必ずしも実態を反映しているものではないという答弁があったが、そうだとするならば、この事業主報酬分というものをきちんと認めて、あるいはそれにかわる事業主控除というようなものをきちんと認めるような形をとることを通じてむしろ課税は適正に行なわれるのだということで、そういう制度の改変を通じて、やはり取るべきものは取るし、いわゆる所得を隠蔽している分はないのだということを国民の前にもきちんと、税全体の課税の公平の原則からいってもむしろそういう形に転換をすることを通じて、正しく課税所得を補足するということをきちんとやるということでないと、なかなか抜けないだろうと思うのです。そういう一つの問題をいま大きく中小企業諸団体もこぞって提起している、そしてまた国民もそれを支持する方向にきてるということで、そういう事業所得に対する所得税制のあり方というものは思い切ってこの辺で考え直したらどうか、こういうことを考えるわけなんです。 ところで今回、いわゆる青色事業主の特別経費準備金制度というようなものをつくって、これは相当な事業所得者に対する優遇であるというふうにいわれているわけでありますが、一人一人の事業所得者に聞いてみますと、必ずしもこれでは恩恵ではないではないかという気持ちが非常に強い。税務当局としてはかなり思い切った優遇策を講じたというようにお考えかもしれませんけれども、そういうことです。というのは、いろいろ問題点があるわけであります。 たとえば準備金を取りくずしをする場合に一時所得の扱いをするということになりますと、二十年準備金を年々十万ずつ積み立てた場合に二百万になる。二十年つとめれば労働者の場合にはおそらく平均して三百万以上の退職所得が大体非課税で残ることになるわけです。それが一時所得の扱いになると、それとの関連においても非常な差があるんではないかということがいわれるわけですね。しかも、青色申告会からもらった資料によりますと、減税総額が二十年ということで見れば三十九万だ。しかし一時所得の場合に課税差額が十七万八千五百円になる。こういうことで減税の約半分は消えてしまう。また事業所得の課税を受けるというような、青色を取り消された場合に、そういうようになりました場合には、その段階で四十五万六千円も取られるということになったんではどうもおかしいじゃないか、こういうことがいわれておるわけですね。きわめて思い切った措置をされたつもりがあまり喜ばれない。かえって、本来の事業主の報酬制度を認める、あるいは事業主の控除を大胆に認めるというような本格的なことをそらすための一つの手段でしかないじゃないかというような不評を買っていることになれば、この問題についてももう少し、一時所得というようなことで、積み立てた段階で考えるのではなしに、むしろ労働者の場合の退職金と同じような取り扱いくらいむしろしてやったら、なるほどそれはそれなりに、不十分なものにしても前進した措置である、こういうことで非常に喜んでいただけるものになるのではないかと思うのですが、この点については主税局長はいかがお考えでございますか。
○細見政府委員 事業所得者の場合に、それを経費準備金で積み立てましたといたしましても、所得の性格は積み立てだからといって変わるわけではないわけでありまして、積み立てだからといってそれは給与所得的になったのだというのは、これは先ほど来るる申し上げておることで、そういうことにはならないということはおわかり願えようかと思うのですが。 そこで一時所得に課税を受けるではないかとおっしゃる御議論、それもわからぬではございませんが、しかしそれは今後かなり先のことでもありますし、その間税制改正というようなことで、十年、二十年先ということになれば相当いまと違った形にまで税制改正によって改められておろうと思います。そういう意味で、いまの段階で二十年先の計算をされて云々ということは必ずしも適当でないかと思います。 それから退職所得とのバランスを云々される場合におきまして、ひとつぜひお考え願いたいのは、サラリーマンというものは多く無資産であって、勤労だけを唯一の資産として所得をかせぎ出している。その間にもちろん蓄積もできておろうと思いますが……。しかし事業所得者の場合には資産が残っておるわけでありまして、資産と一緒になって所得をかせぎ出しておるわけで、もし全くこれを同じようにやるとすれば、おそらくサラリーマンのほうから、ああいう事業のように、自分がなくなっても、たとえば奥さんがたばこ屋ならたばこ屋をやっていけるというものと、自分が死んだらもういかにしても所得をかせぎ出すことができないという人と同じにするのは何ごとだという議論が必ず出てくると思います。ものごとには一面を言えば必ず一面があるわけでございまして、その辺は御賢察を願いたいところだと思います。 それから青色申告を取り消されたときには課税になるのはおかしいではないか。これはしかし青色申告を奨励するためにやっていただくことでありまして、そういう意味で青色申告だけに特にお認めしておるというわけで、特に給与所得的性格があるということでありますれば何も青色申告者に限るわけではなくて、先ほども申し上げましたように、農業におきましてもその自家労賃というものは勤労所得であるはずでありますし、白色申告の方等におきましても、事業をやっておる限り青色と白色との事業の性格が違うというものではないわけでありまして、むしろ、そういう御議論をなさるのであれば、青白を問わず、給与所得と事業所得との間にもう一つ新しい所得のカテゴリーを持ってくるかどうか。端的に申せば、資産所得だけを重課するような税制を別途考えるかどうかということになるのではないかと思うわけであります。
○広瀬(秀)委員 だいぶ最後のところは脅迫的な答弁なんですけれども——たとえば八百屋さんのようなものが、これはたいして設備もないし、何もない、自分の家だけがある。労働者の場合だって家はあるわけですよ。そこでいろいろな品物、野菜を並べる台とかたなとか、そういうものはあるでしょう。しかし御主人がなくなられて、もうとてもこれではやっていかれないというようなことになって、その資産がまた使えて有力な資産としてそのまま継続されるかどうかわからぬというような場合——商店などの場合にはみんなそういう事例が多いわけですね。いわゆる資産といったって、こんなものはほんとうに取るに足らないものであり、しかも御主人がなくなられたというような場合には、あともう奥さんでは仕入れもできないというような状態になったら、その資産なんてものは全然問題にならないものなんですね。そういうようなことを考えていけば——冒頭のところで二十年先というようなことになればもうどういういい税制になっているかわからぬじゃないかということを言われたんだけれども、このいま私が例を引いたような事例というものは、サラリーマンの場合とほとんど変わらない状態だ。そういう業種というものが一ぱいあるわけでありまして、そういうものについてやはりもっと何かあたたかい、中小企業、特に零細企業、個人事業に対して税制上考えるべき点があっていいのではないか、こういうことを実は申し上げたかったわけであります。この資産の問題というものは、青色申告はしているけれども非常に体質の弱い事業所得者というような場合に、ある程度考えてやらなければならない面というものはあるのだということなんでありまして、将来どういうようにこれらの問題を改善していくかというようなことについては、何か展望が——先ほどの冒頭のおことばでは、何かその辺のところで主税局長考えておる点があるのではないかと私は思うのだけれども、その点はいかがでございますか。
○細見政府委員 具体的なことはなかなか考えつかないのでございまして、先ほども申し上げましたように、そういう事業所得者として一番気の毒な方ということになれば、むしろ青色申告もできないような、いわばどんぶり勘定で事業をやっておられるような文字どおりの零細企業の方がおられようと思います。そういう方々に対して税でできることということは、やはり課税最低限の引き上げをいたすとか、あるいは税率の引き下げをいたすというようなことによりまして、できるだけゆとりができて、蓄積ができるような形に所得税を持っていく。そういうことによって、何と申しましても自分の生活について一番責任を持たれるのは御自身でございますから、そういう方々が蓄積をなさる。その蓄積をしようと思っても税が重くてできないというようなことがないように持っていく。迂遠なようでございますが、これ以外やはり方法がないのではないか、税制としてできることはそれしかないのじゃないか。特に白色申告のどんぶり勘定でやっておられる方についてはそれ以外のことは無理ではないか、かように考えます。
○広瀬(秀)委員 この青色申告者の事業所得に対する課税の問題については、私どもこの質疑応答を通じてまだまだ納得できないわけでありますが、この点についてはまた同僚委員があとからやられると思いますので、きょうはこの程度でとどめておきますが、先ほども申し上げたように、この税制面における個人事業所得税の問題については、新しい問題としてこの事業所得者の側から非常に強い要請が今日出されておるということについてはひとつ十分考えていただいて、この改善の問題を——もちろん給与所得者の問題が終わったということじゃなしに、そのほうはそのほうとしてさらに前進をはかることとしながら、この事業所得者の税制改善についてはまだまだ立ちおくれているということを指摘いたしまして、特にそういうことがさらに個人事業税との結びつきということで、より一そうその矛盾を拡大するというようなことにもなっておることを十分認識されて、この改善のために努力されることを強く要望いたしまして、この点の質問は終わるわけであります。 法人税関係で、今度の税法改正が、完成工事引当金、いわゆる建設業において引き渡し後におけるものが故障というか不十分な点があって、これの再修理を無償でやらなければならぬというような事態に対して、積み立て分について引当金で減税を認めていこうという制度が昨年できたわけでありますが、今度はこれを造船であるとかあるいはテレビであるとか写真機であるとか、こういうようなところに拡大をしていくということになったわけなんですが、私どもこれはどうも合点がいかない。船というような場合、これは非常に人間の命にとっても、また財産の運搬の中で故障があったり何かということについては、やはり完全なものにしていかなければならぬという立場はわかるのですが、今日何百万台というように年間売れている品物、テレビだとかあるいは写真機だとか、そういうものにまで、アフターサービスをするために、今度は名称も変えていくというようなことについてはどうも納得がいかないわけであります。 この点で範囲を拡大したということについて、私ども、特にテレビ等の場合に対米輸出がどうもおかしい、アメリカの保護貿易にひっかかって輸出が少し頭を打ってきた、国内ではまた消費者大衆の二重価格に対する反発というようなことで売れ行きが少し鈍ってきたというようなことに対して、何かそういうものの救済のために、こういうところに税の優遇を拡大したというようにとれるわけです。しかも建設業の場合などは、たいへん大マンモス建設会社からほんとうに零細な業者まであるというようなことで、しかも、工事に欠陥があったものを補修するということは当然のことですからあれなんですが、そういうほんとうに大衆化した耐久消費財にまでその範囲を拡大するということは、私は非常に問題があると思うのです。しかも電気製品の主たるメーカーというのは、大体四つに限られていると思うのです。そうすると、その四大メーカーにだけ減税の巨大な恩恵を得させる以外の何ものでもないじゃないかということが言えるわけで、こういうことで口をあけたら、これはもうあとからあとから幾らでも対象を拡大しなければならない、そういう業種が出てくるだろうと思うのです。これはけじめも何もつかぬことになるだろうと思うのですが、この点について、一体どういう立場で、どういう理由で、特定の四業者にメリットを帰属させるこういうことをやられたのか、この点の見解を伺いたいと思います。
○細見政府委員 最初に申し上げたいのでありますが、この制度は、いわゆる準備金というふうにかなり長期にわたって積み立てが認められるというようなものでなくて、引当金でございますので、その引当金を引き当てないことが、その当期の利益を計算する上にといいますか、当期利益が正当に算出できないというものに限って引当金というものを認めるわけであります。したがいまして、これはそういう大企業にとって有利になる、あるいは中小企業にとって有利になる、不利になるというような問題でなくて、いわば会計技術上の計算を、より期間対応させていく、期間に応じた適正な利益を出していくというためのものであるわけであります。 したがいまして、こういう引当金を設けていきますにあたりましては、その製品を売り渡しました以後に補修の義務を持っておる、あるいはその義務によって企業が提供するサービスあるいは資材というものがかなり大きな額になっておって、それをそれぞれ売り上げの期に適切に対応させないと利益が大きく変動するというようなものでありますとか、あるいはそのような引当金がそういうふうに企業経理を適正にするためにどうしても必要なものでありますので、税がどうあろうと、そういうふうな方向で引当金を設けていく方向にある、あるいはそういう企業の慣行が慣熟しつつあるというようなもの、そういうものに限って認めるわけでありまして、同じ電気製品でございましても、たとえば電気洗たく機のように、そうした慣行あるいはそうした経理区分というものが必ずしも適当に行なわれておらないようなものは、今回の対象にもはずしておるわけであります。そういう意味では、ここに掲げましたそれぞれのものにつきましては、建設業と同様、かなり巨額の補償を売り上げの翌期あるいは翌々期に必ず行なわなければならない、しかもそれは企業におきまして区分して、それぞれその一の売り上げに対応する補修がいつ行なわれたかというふうなことがわかっており、したがって、それを引き当てておるというようなものを取り上げていたしたわけでありまして、その意味におきまして、こういう同種の企業がございますればある程度範囲は拡大いたすということになろうかと思いますが、無際限にこういうものが広がっていくというようなものとは、引当金でございますので、事柄の性質上そういうことにはならない、かように存じております。
○広瀬(秀)委員 この減税額が、松下、東芝、三洋、早川シャープと、この四大メーカーにどれぐらいずつ帰属するか、この点を明らかにしていただきたいと思います。
○細見政府委員 売り上げに対しまして引き当てをいたしておるのが大体一%ぐらいになっておりますので、それぞれの会社の一%くらいの引当金、それに法人税率をかけたものということになるわけでございますが、ここでぜひ申し上げておきたいのは、それはその一期だけそういう形が出るわけでありまして、むしろ翌期の経費はその分だけ減るわけでありますので、これは引当金であって、決して減税になるということではないわけでございます。
○広瀬(秀)委員 これは全然減税になりませんか。
○細見政府委員 引当金でございますから二期通算する、つまりその売り上げが、最終的に補修が終わる段階まで見る限りにおきましては、減税ということではございません。期間を、それぞれこの期の経費にするか翌期の経費にするかという違いだけでございます。
○広瀬(秀)委員 それは理屈であって、それはその分、引き当て額は、少なくともその期間社内で留保できるわけですね。そういう形においても、やはりこれは減税の一部であるということが私は言えるだろうと思うのです。それはもう幾らでも資金として回転がきく、運転がきくわけですから、そういう引当金というのはみんなそういう性格を持つわけだけれでも、特別措置における引当金とやはり同じような性格を持つわけだから、これが減税でないということは、これは強弁であろうと思うのです。 ただ私ども、こういうようなことをやったら、これは引き当てに対しては慣行としてできているのだというようなことを言われるけれども、そういうものがあとからあとからそれじゃ出てくるだろう。たとえばクーラーにも出てくるのじゃないかということだって考えられる。そうしたらこれはもうとめどがないのじゃないか。そういう慣行ができたということになれば幾らでも出てくる。 しかも私どもが納得いかぬのは、これはまあある程度の保証期間というようなものはある。その修理の保証期間というようなものがあるけれども、そういう中でも、実際にテレビ屋さんが来て直してくれた、その保証期間中でも故障が起きて直したういうような場合には、今日はもうすでにたいがい修理費は取られているのですよ。これが実態ですよ。そこで、保証の部分がその全体——どこがどうちょっとでも故障があったらというようなことじゃなくて、これはもう利用者、ユーザーはまさにしろうとなんですから、あのこまかいプリント配線なんかどう見たってわかりっこない、それをどう直したのだということは。故障の場合ですね。これは個人のあれは、たとえば保証期間だってちゃんとテレビ屋さんに修理代を払ってやっているというのが現実だとするならば、単にこれはほんとうにメーカーを喜ばせるだけのものでしかないということが言えるだろうと思うし、そういう問題があるということと、もう一つは、耐久消費財なんか加えたら、あと限りがないんじゃないかということなんですね。その点は一体どういうようにお考えでしょう。
○細見政府委員 いまの広瀬委員の御指摘の、代金を取っておるじゃないかというお話、その場合には当然、代金が利益になっておるわけでありますから課税になるわけで、そういう意味で、この引当金を一方で経費にしておりましても、それは修繕代を取ることによって課税されるわけで、この引当金があることとそのいまの問題とは直接はつながらない。もしそういうことをすれば、引当金というものが死んでしまうという形になるわけでございます。 それで、引当金でございますので、これはそれぞれの企業が原則として実績として積み立てて、いままで課税後の所得で引き当てしておったものを一年間課税を待つ。今期は引当金になっておるけれども、翌期は経費になってしまうものだから、今期だけ課税を待とうというものでございまして、それなりにかなり巨額のものでなければ期間案分を——より正確にするといいましても、あまり微細なものまで期間案分をするわけじゃないわけでありまして、そういう意味で、先ほども申しましたように、その引当金の額がかなり巨額になっておる、その引き当てをさせないことが、利益といいますか、売り上げ高等に見合う利益を正確に表現させることにならない。その引き当てすべき金額が大きいから、その正確なる利益の表現を誤って表示する。過大利益をつまりその期に表示する。これがもし企業が永久に、企業年度を限らずに計算するのであれば、こういう引当金を設けるとか設けないとかいうことはないわけでありますが、御承知のように、おおむね企業は六カ月ごとぐらいに計算を切らなければいかぬ。そうすると、その売り上げの利益の発生の時期というのが適切にならない。それを引き当てするというわけで、これは先ほど来申しておるように、準備金とは異質のものでございますから、文字どおり、経費性があるといいますか、損金性があるといいますか、そういうものとして御理解願いたいので、これが決して企業優遇のものじゃない、かように思うわけでございます。
○広瀬(秀)委員 まあこの問題は、あと同僚議員がまた問題にすることにいたしますからきょうはこの辺で終わっておきますが、減税でないというのですけれども、松下電器とか早川とか東芝とかいうような、そういうものにどれだけその分で利益留保になるかということだけでもいいから、その資料をひとつ出してもらいたい。 それからもう一つ、法人税の問題で寄付金の——所得税、法人税両方にかかるわけですが、寄付金の問題なんです。学校法人が募集する寄付金について、「寄付金控除の対象となる寄付金又は法人の各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入する寄付金を指定」する件というたいへん長い大蔵告示があるわけですが、この告示で、ここ五年間くらいで次々に法人を指定していっておるわけでございます。この中で、私どもがいろいろな面から言われることは、こういう指定をされた学校法人の特定の目的に対して寄付をした場合には、まあ簡単にいえば税金をかけぬということになるわけですが、そういうことで、特定の政治家がこの学校法人の理事長だとか学園の園長だとかいうような責任者になっていることが非常に多いということで、無税の寄付金を集めて、そのルートを通じて今度は政治家にその学校法人が政治献金をする、いわゆる政治寄付をするという事例なども非常に多いということがいろいろな人から指摘をされるわけなんです。 そういうようなことで、これはきょうは資料要求だけしておきますが、五年ぐらいの間にこういう指定をしたものについて、政治家が責任者をやっておる団体がどれだけ指定をされておるか、この資料をひとつ提出していただきたい。それをもってまた議論をいたしたいと思うわけです。きょうは時間もありませんので、これで終わります。
○細見政府委員 政治家とおっしゃるカテゴリーがなかなかむずかしいので、国会議員の方とかいうような意味でございますか。それも現でございますか。
○広瀬(秀)委員 ええ、現、元……。
○細見政府委員 それはなかなかむずかしいので、そういう学校に関係しておられて後に政治家になられた方もございますし、その辺は一切ひっくるめてで……。
○広瀬(秀)委員 ええ、ひっくるめてでけっこうです。
○毛利委員長 阿部君。
○阿部(助)委員 大臣が入るまで時間がないそうですから、きょうは所得、法人をやりたいのですが、まず法人のほうから入らせていただきます。 まず第一に、法人税は二十七年に四二%の税率であったものが逐次引き下げをしてまいりました。四十五年に少し上げましたが、その引き下げをやったたびにそれぞれ理由があっただろうと思うのです。まず、その理由を一つ一つ述べてもらいたいのです。簡単でようございます。
○細見政府委員 法人税の引き下げを行ないましたのは三十年に一回、これは全体として資本の蓄積をはかろうということでやったわけであります。それからその以後三十三年に引き下げをいたしましたのは、これは御承知のように三十二年に大幅所得減税をやりまして、そのときの課題として、ことしは所得税、来年は法人税ということで、全体として蓄積がないのだから税負担を軽くしていこうという一連の考え方によっております。それから四十年、四十一年の段階におきましては、四十年におきましては全体として本格的な開放体制への移行に対処いたしまして、自己資本の充実と企業基盤の強化に資するということを中心にして法人税の税率の引き下げを行なっておるわけであります。四十一年におきましては、不況の打開とひいては安定成長路線の確立、まあ不況の打開ということが主になって、企業に力をつけようということであったわけであります。昨年は、法人税の負担の引き上げを行なって、社会資本と民間投資とのバランスをとろうとしたわけでございます。
○阿部(助)委員 三十年は資本の蓄積とおっしゃったのですが、これも私は当時のあれを見ると不況対策という面が強く打ち出されておったと思うのであります。三十三年も、所得税との見合いとおっしゃったが、このときもまた不況対策という面が強く打ち出されておった。なるほど四十年は、いわゆる自由化を迎えての自己資本の充実という面があったろうと思うのでありますが、その次の四十一年はこれまた不況対策、こうなっておる。それならば、大蔵省のほうでいう蓄積あるいはまた自己資本の比率の引き上げ、こういうことをねらっておやりになったとすれば、その成果は一体あがったのですか。
○細見政府委員 自己資本の充実について見る限り必ずしも予期した効果をあげておりませんが、しかし、全体として日本の企業が力を得てきたという意味におきましては所期の効果を得ておるのではないだろうか、かように思います。
○阿部(助)委員 私はそのことにも多少疑問があると思うのです。自己資本比率を引き上げるというのが、あのときにはずいぶん強く打ち出されておったはずなんです。ところが現実は、自己資本比率はますます低下の一途をたどっておるといっても過言ではない。そうすると、政策とちぐはぐになっておるんじゃないか。このちぐはぐになったというのは、大蔵省のほうでは少しは責任を感じないのですかな。
○細見政府委員 これは非常にむずかしいところで、この程度の税制措置をやったから、もっと悪くなる自己資本がここでとまったという議論もできるわけでございまして、そういう真空状態の実験ができませんのでなかなかむずかしいわけでございますが、おそらくこれだけの高度の成長をしていく、しかもその成長の過程で売り上げ金が伸び、その売り掛け金が伸びていくというわけでありますから、売り上げ高は三年、五年で大体倍、三倍になっていくわけでございますので、それに見合う自己資本の蓄積ということは現実には非常に困難ということで、とにもかくにも法人税その他の負担の軽減をはかっておったのがこの程度にとめたという議論もあるいはできようかと思います。その辺は御意見が分かれるところだと思います。
○阿部(助)委員 引き下げを行ないました多くの場合が大体不況対策であります。不況だから下げてきたのですね。それならば、ついこの前まで九期連続の好況だ、こういっておる。それで日本のGNPが資本主義国家では世界第二位だ。そのおもなものは大体大企業であります。大企業の生産が伸びたということです。その中で、なぜ好況であるのにもとへ戻さなかったのか。いままでも不況だからといって法人税は下げてきたけれども、次に景気がよくなったからといって法人税はひとつももとへ戻っていないのですね。これはなぜなんですか。
○細見政府委員 確かに表面税率を見ます限り、日本の法人税率もそんなに高くはなってないようでありますが、外国と比べるのは必ずしも当を得ているとは思いませんが、たとえばイギリスでございますと、法人税の税収は全体の税収の中の一三%、あるいはまた西ドイツでありますと八%、フランスでありますとやはり八%というわけでございまして、これは全体として所得が小さい、そういうこともありますが、日本の法人税についても、ただ単に表面税率を比較して負担の高い安いということはいえない。日本の場合は、御承知のように、税収の中で三割を上回る形で法人税が位置しておるわけでありまして、そういう見方だけからすれば、法人が一番高い税を払っておるではないかという議論もあるいはできようと思います。私どもは必ずしもそうとは思いませんが、そういう議論ができるように、やはり法人税の負担というものも表面だけを見ていくわけにはいかないという点があろうかと思います。
○阿部(助)委員 先ほど広瀬委員の質問の際には、その国にはその国の事情がございますということを局長はたびたびおっしゃっておるわけです。都合の悪いときになると外国の例を持ち出されるわけですが、それならそれで全部世界じゅうのを出してくればまた議論をいたします。しかし、皆さんの出したこの資料を見ても、実効税率でいっても、なるほどイギリスは、ついこの前のポンド危機や何かを控えて税率を下げました。それで、わずかに日本よりもイギリスが低いだけであって、あと実効税率を見ても、アメリカも西ドイツも、あるいはほかの国はみんな日本より高いじゃないですか。だから、外国の例を引き出すのもいいけれども、それよりも、法人税率を下げるときに、不景気だからということで下げたならば、景気になったら上げるということが理論的にも首尾一貫しておるのじゃないか。ところが、景気になったって上げやしないじゃないですか。これはどういうことなのか。これは一般の勤労者や何かは納得のしないところだと思う。不景気だから下げたならば、景気ならばもとへ戻すのがあたりまえの話なんです。その点では首尾一貫しないのじゃないかという感じを持つわけですが、その点はいかがですか。
○細見政府委員 法人税を景気に対応させながら弾力的に運用していくというのも一つの考え方で、今後いろいろな景気指標というようなものも整ってまいりますれば、日本におきましてもそういうことを考えていっていいのではないかと思いますが、現実の問題といたしますと、日本には一年法人があり、六カ月法人があるというようなことで、課税技術の上で、同じ引き上げた税負担というものを、六カ月なり一年の期間で計算するものですからうまくいかない。その間も日本の景気というのは非常に変動が激しいということで、いままでは必ずしもうまくいっておらなかったわけでありますが、学者などは、景気に即応して法人税のようなものは弾力的に運用するのも財政政策として一つの大事な方向ではないか、こういうことを言っておる。今後はそういう方向の研究が要るのではないかと思っております。
○阿部(助)委員 弾力的におやりになるかどうかは別にしまして、下げるときの理由が、不景気だから法人税率は下げます、こういうことなんです。それならば、景気になったらなぜ上げないのか。これはもとまでぴったり戻すかどうかは別です。しかし、不景気だからといって下げてきたら、景気になったら何がしかもとへ戻る方向で是正されてしかるべきだ。それでなければ、不況対策だといって下げること自体が国民にうそあういておることになるのじゃないかということなんでして、局長の答弁は私どもどうもすっきりとしないのでありまして、私どもだけではなしに、国民にわかるようにひとつお答えを願いたいのです。
○細見政府委員 そういう意味におきまして、長い間の、法人税は下がっていくんだというような考え方に対して、昨年かなり違った方向で法人税率の引き上げを行なった。それはおっしゃるように、かなり好況にもなっておるのじゃないかという考え方が背景にあったわけでございます。
○阿部(助)委員 それでは、本会議が終わってからやりましょう。 ————◇—————
○毛利委員長 この際、質疑を暫時中断し、関税定率法等の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案につきましては、去る十一日質疑を終了いたしております。 これより討論に入ります。 討論の通告がありますので、これを許します。藤田高敏君。
○藤田(高)委員 私は、関税定率法等の一部を改正する法律案に対して、日本社会党、公明党、共産党の三党を代表し、反対の討論を行なうものであります。 このたびの関税定率法等の一部を改正する法律案に対し、政府は、わが国の置かれている内外の経済環境の変遷に対応し、画期的なものだという説明がなされたのでありますが、この点については、委員会審議を通して明らかにされましたように、改正の特色であると見られる物価対策、輸入自由化対策、さらには南北問題解決のための特恵関税制度の新設等について、それぞれの観点からその対策の効果を検討いたしましたが、それほど画期的なものでもなければ、また効果の面におきましても期待することがほとんどできないのであります。 たとえば物価対策として関税の引き下げ措置を講じている品目は、品目数において三十八品目に及んでおりますが、この品目の中には、カラーフィルム類等、物価対策の該当品目でないものさえ多数含まれております。また、物価へのはね返りを見ましても、輸入価格では一部効果があるかのごとく算定されておりますが、現在の流通機構のままでは、過去十年前から自由化がなされましたが、それ以来の実績を見てみましても、物価は下がるどころかむしろ急上昇を続けてきたというのが実態であります。この実態から判断をいたしましても、物価引き下げへの効果はほとんどないと認めざるを得ないのであります。 また、自由化対策の立場から見ましても、この対策で考えられている馬肉やグレープフルーツ等については、この措置によって国内のいままでの施策に逆行することになり、競合する生産者が相当な被害を見ることは、これまた火を見るより明らかなところであります。 特に、委員会でも問題になりましたグレープフルーツなどの自由化は、季節関税を設けた程度の対策では、ナツミカンだけでなく、わが国の果樹生産の中心である温州ミカンが致命的な打撃を受け、ミカン農業そのものが壊滅的な打撃を受けることは必至であります。したがって、国内における抜本的な対策が事前に満度に行なわれないままに無制限な自由化政策を進めることはやめるべきであります。いわんや、国際競争力強化の名のもとに、合理化の推進、中小企業の切り捨て、整理統合など、中小、零細企業に重大な犠牲をしいることは絶対やめるべきであります。 さらに、ケネディラウンドの繰り上げ実施についても、中国産品に対する関税格差解消を生糸等に積極的に行なっていないのみか、差別待遇、差別関税を強化することは、今日中国との経済交流の円滑化を唱えられているとき、この政策と全く逆行するものでありまして、まことに心外とするところであります。 また、特恵関税制度についても、その意図するところは、一方的に自由諸国家群の経済圏を強化する方向を示し、自由化の方向、ガットに反する道をたどることになり、その実施の影響は、国内関連業界の近代化、合理化の施策をみずから崩壊に導くことになると言わざるを得ないのであります。 私は、以上の立場と以上の見解に基づき、この関税定率法等の一部を改正する法律案に対して反対するものであります。 これをもって反対討論を終わります。(拍手)
○毛利委員長 これにて討論は終局いたしました。 これより採決に入ります。 関税定率法等の一部を改正する法律案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
○毛利委員長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決いたしました。
○毛利委員長 ただいま議決いたしました関税定率法等の一部を改正する法律案に対し、自由民主党、日本社会党、公明党及び民社党を代表して、木野晴夫君外四名より、附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。 この際、提出者より趣旨の説明を求めます。木野晴夫君。
○木野委員 ただいま議題となりました関税定率法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議案について、提案者を代表して私よりその趣旨の説明を申し上げます。 まず、案文でございますが、案文は印刷してお手元に配付いたしておりますから、朗読は省略いたします。御承知のように、今回の改正案は、当面する物価対策、輸入自由化対策、公害防止対策、さらには南北問題の解決等に資するため、関税機能の積極的、多面的な活用をはかろうとするものであります。しかしながら、このことは、その内外経済に及ぼす影響も大きいと思われますので、本法の施行にあたっては、わが国経済の実情に即した運用が特に必要であると考えられ、政府の特段の配慮を要請するものであります。 第一に、本案においては、多くの品目について物価対策としての関税引き下げが行なわれているのでありますが、その引き下げの効果が中間の流通段階で吸収されることなく、末端の消費者価格に反映されることが肝要であるのであります。このため、政府は、流通過程の合理化等について行政指導を強化する等、強力な措置を講ぜられるよう特に要請し、格段の努力を払うべきであります。 第二に、ケネディラウンドの実施により、協定税率が適用されない国との間に生じた関税格差については、たとえば中国大陸等の産品を対象に、今回の改正に至るまで四百二十四品目について格差の解消をはかっているのでありますが、改正後もなお二十三品目は格差が残ることとなっているのであります。これらの品目については、貿易振興のためにも、ケネディラウンドの均てん措置を推進すべきものと考えられ、国内産業保護上支障のない限り、できるだけすみやかにその格差解消につとめることを望むものであります。 第三に、政府の輸入自由化のスケジュールによれば、本年九月末までに大幅な自由化が実施されることになっており、改正案においても、この輸入自由化に対処するため種々の関税措置が講ぜられているところでありますが、その対象には豚肉、グレープフルーツ等、自由化に伴い国内産業に不測の被害を生ずるおそれのあるものも含まれているのであります。したがって、自由化に伴い、輸入の急増等により国内の生産者に相当な悪影響を及ぼすおそれの生じた場合には、具体的状況に応じ、緊急関税の発動をはじめ、不当廉売関税その他所要の措置を適時適切に講ずることを要望するものであります。 第四に、特恵関税の実施に関連いたしまして、繊維製品、雑貨等は、すでに開発途上国の競争力が強く、わが国内産業が急速に追い上げられている実情にあります。したがって、これらについては、例外品目及び五〇%カット品目を設ける等の措置を講じておりますが、さらに特恵の供与にあたっては、たとえばシーリングワクの設定及び管理等運用面の諸措置に十分配意し、国内関連産業に悪影響を及ぼさないよう強く望むものであります。また、たとえば香港等特に競争力の強い地域に対して特恵を供与する場合には、これらの地域に対する他の特恵供与国の取り扱い等とのバランスを考慮しつつ、国内産業保護上特に問題のある品目は特恵対象から除外する等、十分配意すべきであります。 第五に、特恵関税の実施に伴い、国際経済と国内経済との競合から、国内関連産業に悪影響の生ずるおそれのあるものも出てまいりますので、別途措置を講じようとしております中小企業特恵対策臨時措置法案に盛られているような中小企業特恵対策としての金融、税制上の諸措置が適当に講ぜられ、万遺憾なきを期せられることを特に要請するものであります。 以上が附帯決議案に対する趣旨の説明でありますが、各位の御賛成をお願い申し上げ、趣旨の説明を終わります。(拍手) ————————————— 関税定率法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案) 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について十分配慮すべきである。 一、物価安定対策としての関税率引下げ措置がとられたことにかんがみ、その効果が末端消費者価格にまで反映されるよう、行政指導を強化するなど格段の努力をすること。 二、ケネディ・ラウンドの実施により、協定税率が適用されない国との間に生じた関税格差については、国内産業保護上支障のない限り、可及的速やかにその格差解消に努めること。 三、豚肉、グレープフルーツ等の輸入自由化に伴い、輸入の急増等により当該品目の国内生産者に相当な悪影響を及ぼすおそれの生じた場合は緊急関税の発動等の措置を適時かつ機動的に行なうこと。 四、特恵関税の実施に当たり、既に発展途上国が十分な競争力を有する繊維、雑貨等の生産品については、当該業界に悪影響を及ぼさぬよう運用面において特段に配慮するとともに、特に競争力の強い地域を特恵受益地域に指定する場合には、他の供与国の措置をも十分勘案し、国内産業保護上特に問題のある品目は除外する等の措置を考慮すること。 五、特恵関税の供与に当たり、供与対象品目に該当する国内関連業界に対し、悪影響を及ぼさないよう、中小企業特恵対策としての金融、税制等の諸措置について十分配慮すること。 —————————————
○毛利委員長 これにて趣旨の説明は終わりました。 おはかりいたします。 本動議のごとく附帯決議を付するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○毛利委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 本附帯決議に対し、政府より発言を求められておりますので、これを許します。福田大蔵大臣。
○福田国務大臣 ただいまの御決議のありました事項につきましては、政府といたしましても御趣旨を尊重して、善処いたします。(拍手) —————————————
○毛利委員長 おはかりいたします。 ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、これに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○毛利委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○毛利委員長 午後三時より再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時四十八分休憩 ————◇————— 午後三時四分開議
○毛利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 所得税法の一部を改正する法律案、法人税法の一部を改正する法律案及び租税特別措置法の一部を改正する法律案を議題とし、質疑を続行いたします。阿部助哉君。
○阿部(助)委員 休憩前に局長から御答弁をいただいておるのでありますが、法人税が幾たびか引き下げをやってまいりましたのは、自由化という面もありあるいは自己資本率の体質改善という面もありますけれども、その多くは不況対策だ、こういうことなんです。そうすると、不況対策だったら、好況になったら何がしか直すのがほんとうじゃないか。しかし、これをずっと直さずにやってきたのはどういうことなんだ、こういうことで質問がとぎれておるわけであります。 昨年は九期連続の好況だということで、ほんのわずか、ほんのかすかに皆さんの御奮闘でこれを直したようでありますが、財界からの圧力等もたいへんあったやに聞いておるのでして、やはりそういう力関係でなかなかもとへ戻しにくいのだろうというように私はお察しはしておるのです。だけれども、全然ピントのはずれたような御答弁をいただいたのでは、私はそれを認めて先へ進むわけにまいりませんので、その辺をもう少し直したい、直すべきだというぐらいの答弁がなければ、下げるときは不況だから下げた、ところが好況になったってもとの方向へ戻そうという傾向が見られないとすれば、国民は、一体法人税の税率というのは何を基準にして定められておるのか、それ自体もわからなくなってくる。そういう点で、局長からもう少しちゃんとした答弁をいただいて次の問題に移りたい、こう思うのですが、いかがですか。
○細見政府委員 確かに朝鮮事変以後の法人税はおおむね引き下げの歴史であったわけでありまして、言われるように景気に最も弾力的に即応し得るあるいはすることが性質として適しておるのが法人税であるわけでありますから、もっと弾力的に運営が行なわれておってしかるべきであったという御批判、ごもっともだと思います。そういう意味におきまして、昨年は法人税の引き上げということを行なったわけであります。幸か不幸か、引き上げまして一年余りたって、ここでまた不況になるというようなことで、法人税の引き上げというのもタイミングよくというのはなかなかむずかしいと思いますけれども、しかしいずれにしましても、いわゆる個人のような負担関係というようなもの、あるいは応能負担というような観点が比較的薄い税でございますから、経済政策に最も即応した形で税を弾力的に運用する中で、今後とも法人税については弾力的な考え方をしていくのが筋だろう、かように考えております。
○阿部(助)委員 法人税率についてはいままで論議されたようなことでありますし、さらにこの法人に対しましては退職引当金だとかあるいは貸倒引当金あるいはいろいろな引当金や準備金があるわけでありまして、日本の製品がダンピング輸出だなどと騒がれるのも、一つはそういう過保護的な面が多分にあるのではないか、こういうふうに考えるわけでありますが、まずその引当金の問題についてひとつお伺いをしたいのであります。 先ほど午前中にも広瀬委員からの質問もありましたが、この引当金という中には、皆さんのほうでも負債性の強いものだとかあるいはまた評価性だとか、いろいろな理由をあげておるのですが、何を基準に一体引当金を定めるのか、それをひとつお答え願いたいと思うのです。
○細見政府委員 現在の退職給与引当金は、退職時にもらうであろう人たちにつきまして何年後かの退職時を想定いたしまして、そのときの要支給額の合計をいわば複利で還元した現在価値にして積み立てておる、こういうわけでございます。
○阿部(助)委員 私は、たとえば退職給与引当金にいたしましても、こういうのを税法に、本法のほうに入れること自体が何か間違いなんじゃないか。税法はやはり利潤を正確に把握するということが中心であるべきじゃないかという点から、どうも税法に入れることには少し問題があるのじゃないかという感じがするのですが、いかがですか。 〔委員長退席、山下(元)委員長代理着席〕
○細見政府委員 これはむしろ企業会計に関するいろいろな考え方の進歩といいますか、そういう考え方が確立されてくる過程におきまして、むしろ退職給与につきましても要支給額をすべてそれぞれのときに積み立てるべきだというような会計学者の意見もあるわけでありまして、それらに比べれば税の上でいまとっておる引き当ての方式というのはより優遇的でないというか、必要最小限のものを積んでおるというようなものでありまして、全体として会計学とかあるいは会計原則というようなものの考え方というのは、税はそういうもので確立されたものはすんなりと受け入れる。商法なり会計学なりというようなもので——税の上で特別に配慮しなければならないものは別でございますが、一般的にはそれらの確立された隣接分野の考え方とかあるいは法制度というようなものは取り入れていくというたてまえからすれば、これもやはり税制のあり方としてはより合理化された近代的な税制といわざるを得ない。したがって日本に限りませず、いろいろな国の税制を見ましても、大体引当金というようなものはそれぞれの確立されたルールに従って税の上でも引き当てを認めておるということになっておるのではないかと思います。
○阿部(助)委員 私は、企業会計、会計学のあり方というものからいけば、やはりこれはどっちかといえば企業の存立というところにウエートが入らざるを得ないでしょう。それで税という場合には利潤をまず正確に捕捉するということが重点であるべきだ。かりに引当金を認めたとしても、それはやはり実態に見合ったものをこれに制定をしていくというのが、これがほんとうじゃないか、こう思うのですが、いかがですか。
○細見政府委員 その点御指摘のとおりで、適正な引き当て率であって、引き当て過多になっても過少になってもいけない、かように思います。
○阿部(助)委員 それではひとつ、退職給与引当金というのは、大体会社が倒産したときにこの引当金というものはちゃんと労働者の退職金に回るようになっておるのですか。たとえば炭鉱の閉山というような事態はいままでたびたびあった。ところが炭鉱の場合には石炭鉱業合理化事業団なんというもので、これがたいへんなめんどうを見ておるからある程度退職金が渡っておるけれども、もしこれから金がいかなかったら、一体退職引当金なんというもので積み立てておったものがどうなっておるんだろう。大体会社が倒産した場合に、この退職積立金というものが別ワクに積まれておったためしがあるのだろうか。それは皆さんは、法律上は見合いの資産があればいい、こういうことになっておるでしょう。だけれども、実際問題として退職給与引当金が退職時に活用されたという例が一体あるのですか。
○細見政府委員 やはりそれはむしろ常に活用されておるとお答え申したほうがいいんじゃないか。と申しますのは、阿部委員も御指摘のように、その形において、何らかの資産になっておるわけであります。御指摘のように、現金、預金というものに全部なっておらない面がありますので、資産を処分したり換価したりしなければならないという問題はございますが、しかしそれだけの資産があるということは事実でございまして、しかも労働基準法によって未払い賃金なり未払い退職金というものについては優先権があるわけでございますから、こういう制度がなければそれだけの資産あるいは資金の準備ができておらなかったものが、やはりこれによってそういうものが少なくとも資産として手当てされておる。ある部分は現金、預金にもなっておるでありましょうし、そういうことで、むしろこれによることがなかった例があったかというふうな形で調べれば、あるいはそういうものも一、二はあったかもしれませんが、原則的にはやはりこれが従業員の退職資金の原資として十分に役割りを果たしておる、かように考えていいんじゃないかと思います。
○阿部(助)委員 私が調べたところでは、大体金がなくなっておるのですね。いま常磐炭鉱、一部閉山するということで通産省の課長を呼んで聞いてみても、現金はないんですね。ところが、この常磐炭鉱では二十四億五千万円という積立金を帳面づらはしておるはずなんです。ところが、そんなものはみんななくなっておる。ただ、ここはぴっしゃりつぶれて資産が全然ないわけじゃないから、ではこの金はどこへいったかといえば、まだそれに見合いの資産がございます、こうは言うけれども、現金は別にないんですね。だから、都立大の林教授のこの本でありますけれども、これもこういっておるのです。「退職給与引当金においても、将来従業員の退職に伴う退職給与の支払によって引当金がとりくずされる場合にはじめて引当金なる利益留保分が費用化される。」のだ。退職、そういう事態が起きたときに初めてこれが費用化される。そうしてこの「退職給与引当の対象となる従業員数を維持してゆくかぎり、一定の利益留保が経常的に存在してゆくということを注意しておかねばならない。」こういっておるのだけれども、私も全く同感なんですね。午前中もあなたは、引当金だから去年の引当金は取りくずして利益になる、こうおっしゃるけれども、同時にことしはそれ以上の分が引当金になっておる。会社が継続している限り、ずっと引当金になっているんですね。私、皆さんのこの資料で計算してみると、四十四年度に、退職の引当金、貸倒、賞与、価格変動、海外市場開拓、海外投資、この六つだけでどれぐらいの金が会社に留保されておるのか、皆さん計算してみましたか。幾らありますか。——これは足し算で簡単だから私計算してみました。これによると総額、この皆さんの資料を計算したわけですが、この六つだけで三兆八千七百十一億、そしてこの年の財政投融資が幾らあるかというと、財政投融資が三兆七百七十億、その年の財政投融資の総額よりも大きな金が会社に留保されておる。ほんとうはこれは政府から無利息で貸してあるといえば一番簡単なのでありましょうけれども、会社はこれによってばく大な利益を得ておるわけです。利益を得ておるから——局長が、毎年これを取りくずしていくから大した恩恵じゃない、こうおっしゃるけれども、恩恵になるから各会社は次から次へと要求をしてこれを拡大する。拡大してくれいという要求が出ておるんでありまして、私は、これはたいへんな企業に対する恩恵である、こう思うのですが、局長の午前中の御答弁を聞いておりますとさっぱり、また取りくずすんだからたいしたことはないんだというような御答弁であったように聞いておったんですが、あなたはやはりそういうお考えに立たれるわけですか。
○細見政府委員 午前にも申し上げましたように、一つの取引あるいは一つの義務というようなものを期間を限らずに事業の存続する限りという形で計算すれば、こうした引当金というのは全部現実に支出になっていくわけでありますが、午前にも申し上げましたように、半年とか一年とか事業年度を区切って計算していくといたしますれば、未払いの債務というものは当然に立てていかなければならない。ということはおわかり願えようかと思います。そういう意味で私どもは、これらの金は当然に払わなければならないそれぞれの金でありますから、未払いの債務の負債として引き当てていくというわけでありまして、阿部委員はいま企業の側のことを非常に強調されましたが、逆に今度は雇用されておるほうから見れば、そういう退職給与で会社は保障をしておりながら、約束をしておなながら何らの手当てもしておらぬ。そういう状態が望ましい状態かどうかということになれば、これはやはり引当金として会社はそれなりに合理的な計算をして——一ぺんにすべての人がやめるわけじゃございません。あなた方が五年なり十年なりつとめてやめていくための必要な金はこのとおり、約束したとおり積み立てております、会社で持っております。これはむしろ労働者のほうの権利を擁護するゆえんにもなるので、会社がその金をどう運用するかということは、これは資金繰りの問題としてお考え願えば、そんなに不法に利しておるわけではないのではないか。むしろ具体的に退職金は払いますという約束を、会社が現実に合理的に計算しながら果たしておるんだというふうにお考え願えればいいんじゃないかと思いますが……。
○阿部(助)委員 だから私は、さっき一番先に申し上げたように、実際つぶれる会社というものは、こんなものをみんな食いつぶしておるのです。これが受け取る労働者が管理をしておるとか一緒になって管理をしておるならば別ですけれども、この管理はあげて会社側の理事者側に握られておるわけです。それで会社がつぶれたときには実際問題としてこういう金まで食いつぶしておるというのが倒産する会社の大体常道なんですよ。だから実際に見合っておるのかどうか。少なくとも実際に見合ったように洗い直すべきだというのが私の主張なんでして、全部やめるかどうかは別にしましても、もう少し実態に見合うように洗い直すか、また積み立てて労働者の権利が発生したときには、その会社は義務を果たすことができるように、もう少し積立金のあり方というものに監視をしておかなければ、積み立てましたわ、実際はつぶれたときには退職金はありませんでしたわということになる危険性があり、いままでそういう例が多々あった。通産省の担当の人でもそれを言うわけですから、そうすると一体税制としてこういうあり方を見のがして、たいへん大きな金を会社まかせにやっておくという税制のあり方が一体正しいかどうか。第一に実態に見合っておるかどうかという点に私は疑問を持つんで、その点でどうか、こう聞いておるんです。
○細見政府委員 引当金が過大引き当てにならないように、あるいはまた引き当ての現実と離れた制度にならないように見直していく。経験率によって積み立てておる場合には比較的そういう問題はないわけでありますが、一定率を積み立てるというような場合、この一定率のとり方によりましては甘くなる企業あるいはきつくなる企業ということまで——おおむねいまの事例ですと、甘くなり過ぎておるというようなこともあるいはあったかと思います。そういう意味におきまして、引当金のあり方についてそれが実績と遊離しないように絶えず見直していくということは、税制として必要なことだと思っております。
○阿部(助)委員 吉國さんの名著だといわれる「法人税法」のここにも、全部読みませんが、一つだけ最後のところだけ読みますと、「引当金の計上にはおのずから一定の原則が定められてしかるべきである。」こういっているのです。私はこれはやはり「一定の原則」というのはおそらく実際に見合ったものという点をおっしゃっておるんだろうと思う。「一定」とは何が一定なのか、先生おられるからここでお伺いしたいところなんですが、まあ私はそういう実際に見合うものというのが限界だろうと思うのですが、これをひとつ吉國長官にお伺いしたいと思います。
○吉國(二)政府委員 私は「一定の原則」によってしかるべきであるということを申しましたのは、御承知のように引当金と準備金というものは性格的に相違があるという前提をとっております。引当金と申しますのは、その当期の利益を発生するのに寄与したが現実には未実現であるという費用、それを引き当てるという考え方であります。準備金と申しますか、一種の利益留保であるけれども、特別なものに備えるために準備金という、留保をするという性格のものであるので、引当金についてはいわばその費用として発生したその実態に即して引き当てをすべきものであろうという原則があってしかるべしという意味で書いたわけでございます。そういう意味で、細見局長が申しましたように労働者が働いて給料をもらう。しかし同時に、その働いた期間について退職金が発生して累積されるということであれば、それが一つの限度として考えられるべきであろうということになるかと思います。ただ税法では現在二分の一に切っておりますのは、御指摘のような実際に実現して払われるのは、全部の退職者が一度に退職するわけではないので、それについては資金の余裕が生じるであろうというので、かなり辛く二分の一に制限をしておるということで、一般の企業会計原則の考えよりはきびしく引き当てをとっているということになるかと思います。
○阿部(助)委員 まあこの引当金についてはこれで終わりますけれども、いま申し上げたように実際に見合うようにもう少しこれはきびしくすること。もう一つはその管理がいまのような野放し、まかせっぱなしでは、実際は引当金といっておるけれども、倒産する会社というものはもう背に腹はかえられない、それをみな回転しながら運転するうちにそれもなくなってしまっておるというのが私は実情だろうと思うのです。これは当然のことだろうと思うのです。そういう点から、この管理にもう少しくふうをこらすべきだ、こう思うのですが、いかがですか。これでこの問題は先に進みたいと思うのですが……。
○細見政府委員 労働者の権利を保障するという意味におきまして、労働省などにいい知恵があるかどうか、その辺御相談して検討してみたいと思います。
○阿部(助)委員 次に貸倒準備金につきましては、本会議で佐藤総理も答弁しておられるけれども、ことしもおやりにならなかった。福田大蔵大臣は、ことしはやらなかったが来年は、みたいな話をしておられるわけでして、これはもう今度は本腰を入れてやはりこれに取り組むべきだと思うのですが、大体どんなふうな取り組み方をするのか。これも実際に見合うという点からいけば一番極端なのが、私は銀行をあげましたけれども、金融機関の引当金というのがおおむね五〇%近いものを持っておる。全くこれはどちらにしても大企業が大半を占めておるという点からいっても、この引当金は当然この辺で手直しをすべきだ、こう思うのですが、主税局長の構想をひとつお伺いしたいと思うのです。
○細見政府委員 銀行の貸倒引当金につきましては長い懸案でありますので、われわれも大臣がお答え申しましたように、明年は何らかの具体的な改正案を検討したいと思っております。ただ、それにつきましても、ほかの業態の貸し倒れと銀行の貸し倒れとをどういうふうに考えていくのがいいのか、預金保険というようなものも出てまいりましたからかなり様子は違ってまいると思いますが、預金者がかなり大量に預金の引き出しを行なったというような場合に、ある程度の準備金というようなものを持っておらないと、企業が五、六年継続して事業をやらせておれば貸し倒れにならなくて事業が成功するものであっても、いますぐその金を返せということになれば企業がたちまち、たとえば運転資金が枯渇して倒れてしまうというようなこと、その辺のかね合い、金融機関の貸し出しの態度、あるいは全体の国の経済の状況、そういうものが、普通のいわゆる相対事業への貸し倒れというものとは若干違う要素があろうと思います。その辺をどう評価するか非常にむずかしい問題でございますが、全体的に勉強して具体案を考えなければならない、かように考えております。
○阿部(助)委員 先ほど来私申し上げるけれども、大企業ばかり目のかたきにするようですが、これを見ますと、先ほどの退職給与のところを見ましても大体五十億以上の大会社、大企業に大体この資金が集中しておるといっても過言ではない。そういう点で一ぺんにやればいろいろなショックを受けるのでありましょうけれども、もう少し本腰を入れておやりになってもいいんじゃないか。大体名前から悪いですよ。銀行なんというのは第一担保を取っておって、われわれ貧乏人にはなかなか金を貸してくれないくせに、これだけ貸倒引当金を持っておるというのが大体けしからぬので、あまり貸し倒れがないのだから、この辺で少しは思い切ってやらないと税の公平の原則を変えていくと思うので、もう少し本腰を入れた取り組みを期待いたしまして、次に移りたいと思います。 それでは、今度完成工事補償引当金、これを「製品」に幅を広げまして、造船、テレビ、カメラということにまでこれを広げたわけでありまして、午前中も広瀬委員からこの点について追及がなされたわけでありますが、こういう形でまいりますと、一体これはどこまで広がるかわからないんじゃないだろうか、これは次から次へと広がっていくのじゃないか、こういう不安を持つわけですが、一体これはどこで歯どめをされるつもりなんですか。
○細見政府委員 先ほども吉國長官からお答えいたしましたように、当然その期の利益あるいは損失として割り振っておかなければならないものがその期の支出にならないというものを引当金としておるわけであります。したがいまして、その引当金を設けないことが企業の利益を計算する上におきまして合理的な計算にならない、本来の利益でないものが過大に利益として出てくる。つまり引当金に見合うような経費が、本来その期に引き当てておくべきものが引き当てされないから利益が大きくなり過ぎるということによって引き当てを設けるわけでありますが、その金額が小さなもので非常に微々たるものであれば計算がさほど不合理というような問題でもないわけでありまして、そういうことを考えますれば、おのずからかなりその後の補修なりあるいは修繕なりの義務が確定いたしておるものであり、しかもそれが個別的にはっきりできるものであり、しかもその金額がかなり大きなもので売り上げの面割、何%かを占めるというようなものであるということが条件になってまいりましょうから、そんなに無際限に広がるものであろうとは私どもは考えておりません。
○阿部(助)委員 私が言っておるのは、これをやればこれを突破口に、この企業もこの企業もという形で要求をしてくるんではないか、その歯どめは一体何なんだ。またこれを認めていく場合には何を基準にしてこれを認めていくのかということです。皆さんが今度造船、テレビ、カメラを認められた。あとは絶対に認めません、こうおっしゃるなら、これはそれで了解をするわけですけれども、これだけ広ければ次から次へとほかの業種もまた要求してくるんではないだろうかということで、そこでその歯どめはどうか、こう聞いておるのです。
○細見政府委員 先ほども申し上げましたように、引き当て金額がある程度り売上げ額に対して大きなものであるということ、それから、したがって税がどうあろうと引き当てておかなければならないというふうに企業自身が考えておる、したがって企業の中にそういう会計慣行がいわば慣熟してくるといいますか、ひとりでに生まれてきて、自己防衛のためにそういう計算を行なっておるというようなもの、そういうものがある程度制度化されたものでなければならぬわけでありますので、そんなに無際限に広がっていくということでなくて、いまの客観的な数値というものの大きさが微細なものを取り上げる必要はないと思っております。したがってそういう意味で経験的、客観的数値がある程度大きなものということになれば、そんなに数ある業種ではないんじゃないか、かように思っております。
○阿部(助)委員 そう広がらないとあなたはおっしゃるけれども、こうやって認めれば、業界は手ぐすね引いて待っておるわけでありまして、業界の税金に対するこれを設けろあれを認めろという要求は、私きょうちょっと部屋に忘れてきましたが、こんなにたくさんあるのですからね。こんなに厚いのにべったり書いてある。あれだけ要求が強いとすれば、局長がそう簡単に楽観するようなものではないんじゃないか。大体制度化されれば、企業がそれを慣行といいますかそういうことをやっておればそれを追認するというように私いまお伺いをしたのですが、そういうことになればやはり何ぼでも広がっていくのじゃないですか。慣行をどこまでやったら慣行を追認するのですか。
○細見政府委員 ただ慣行と申しましても、いたずらにランダムに積み立てておくというようなもので、毎期毎期同じ金額を積み立てておるから慣行だ、そういうものではなくて、修繕なり補修なりと、売り上げたものとの間に契約なりそのほかの約款に基づくきちっとした対応関係があるというものでなければならないと思いますので、かなりはっきりした対応関係、したがってある程度の大きな金額ということにならざるを得ない。したがってその意味では、非常に安いものとかあるいは小さなものとかいうものは対象になってまいらないわけでありますので、カメラと申しましても主としてこれは高級カメラでございまして、そういう意味で無際限に広がるようなことはないと考えております。
○阿部(助)委員 大きな金額、小さな金額というのは、これはいろいろあるでしょうが、その企業にとって比率が大きければ、やはりその企業としてはのまざるを得ない。こう不特定なあれをやるなら、病気になったときの引当金をみんな労働者にも認めたらどうなんです。不特定でいつ労働力を行使できなくなるかわからぬという者にもやはり必要だ。その労働者にとってみれば、収入に見合ったところはたいへん大きな負担ということになるのじゃないですか。業界としては、今度認める造船、テレビ、カメラというようなものには決しておさまらないで、どうしてもまた次から次へと要求が出てくるだろうと私は思うのです。そういう点でこの辺で何かきちっとした歯どめがなければ、次から次へと認めていく。いままで細見局長の話を聞いても、考え方自体がどうもわれわれと少し食い違っておるようでして、引当金はどうせ来年取りくずしてまた積むんだからたいして恩恵を与えていないのだ、こういう観点に立たれておればなおさら業界の圧力というものには抵抗できないのじゃないかという感じがするんで、少ししつこいようだけれども、この問題、もう少しきちんとした見解をお伺いしておきたい、こういうことなんです。
○細見政府委員 引き当てができますものは、偶発的な、あるいは企業にとって自分の意思で、あるときは世話をする、あるときはめんどうを見ないというようなものではなくて、経常的に契約なり約款なりによって拘束されておる。つまり偶発的なものではなくて、売り上げと同時にはっきりした義務を負っている。しかもそれは、あなたには保証する、あなたには保証しないというようなランダムなものではなくて、経験的に一定割合で発生してくるとは思いますが、すべての売り上げに対して、同率でといいますか、一律に義務を負っている。したがって、経常的経験的に出てくる一定の数値というものが修繕のための経費として必ず起こってくるというようなものを取り上げて引当金といたすわけであります。いま阿部委員のいろいろの御質問の背景に、いままで税制の中で取り上げられておる引当金の中には、一定率というのはかなり高いものがあって、それが過剰留保になっておる面があるではないか、だから今度のものもそういうことになりそうだというようなお感じでもし御質問願っておるのであるといたしますれば、今回の引き当ては原則として経験値でございますし、そうでない一定率を置くものにつきましても、業界の実情を見てむしろ引き当て率の低いほうのものを取り上げておるわけで、そういう経験を持たない企業にとっては酷にこそなれゆるくなるというようなものではございません。
○広瀬(秀)委員 ちょっと関連しますが、何かいまのやりとりを聞いていますと、ある程度の実績、有税引き当てをやっておったということが慣行となっているということなんです。そういうことで、そういう条件でいけばそうあとからあとから出てくることはなさそうだということなんですが、私ども常識的に考えまして、この税制は耐久消費財で欠陥商品を出しやすくするのではないかということを逆に考えざるを得ない面が一つあるわけですね。あとほかに波及すれば、あとからあとからそういう要求が出てくる、認めざるを得ないようなことになるというようなことも、そうは考えられないと言うわけでありますが、自動車なんかの場合にもいわゆる欠陥車というものがずいぶん出たわけです。こういうことでいま自動車業界でもあわてて欠陥車の回収あるいは部品の取りかえというようなことを無料でやっているようでありますが、今度はおそらくある程度有税引き当てというようなことでこれはやらざるを得ないことになるだろうと思う。最近のようにああいう欠陥車が出てくるという実績を持っている商品も現にあるわけですから、そういうようなものが二、三年続けば、そういう経理をやっているということが慣熟した状況になってきたというように認めざるを得ないだろう。そうすれば自動車にもいくのじゃないか。こういうようなことも考えられるわけですね。そういうことですから、どうもいまのような答弁では私どもちょっと納得できない面があるのですが、いま申し上げた二つの点についてお答えをいただきたい。
○細見政府委員 その引当金ができたといたしましても、できなかったといたしましても、たとえば保証が一年であるといたしますれば、半年の事業年度として二期ないし三期を通算すれば、修繕のコストがかかるときにはそのときの事業所得が減額になって、三期通算してみれば同じ所得になる。その間そういうわけでありますので、欠陥車を出すことを容易にするということでなくて、欠陥車を出せばその補修費というのは、引き当てしようがしまいが、二期、三期の事業年度を通算してみれば大きく出るわけでありまして、それだけ収益を圧迫する。さらにそういう欠陥車が出れば商品が売れなくなるわけでありますから、この引当金制度ができたから欠陥商品が出しやすくなるというようなことではなくて、それは本来売り上げたときにある程度の——たとえばテレビであればテレビ、船であれば造船で、一年目に必ずもう一ぺん戻ってきて、いろいろな艤装の悪いところとか、ハンダづけの悪いところとかを修繕いたしますという保証をしておるわけでありますが、会社とすればそのときに修繕なりハンダづけなりをしないほうが収益としては大きくなるわけでありますから、企業家としてはあとで手直しが少なくなるような商品をつくろうとするのは当然のことで、この引当金制度ができたから欠陥車をつくってもあとで楽だというような事柄ではなくて、二期、三期にわたっての企業計算をより合理的にするというだけのことです。いわば所得計算の技術の問題あるいは企業会計におきまする期間利益の計算の合理化ということとして御理解願えればいいのじゃないか、かように思うわけでございます。
○阿部(助)委員 次に、法人税は昨年ですか、皆さんたいへんな御奮闘をなさったようでありますが、財界の圧力をはねのけて一・七五というほんのわずかだけ引き上げた。これはたしか暫定だと思ったのですが、期限がきたらまたもとへ戻っちゃうのですか。
○細見政府委員 期限が二年でございますので、期限が到来した段階で新しい問題として存続あるいは廃止、さらに引き上げ率を大きくするか、すべてその段階で考えることだと思っております。
○阿部(助)委員 これは政策の基本的な問題でありますから、政務次官にお伺いしたほうがいいと思うのでありますが、この暫定は、一・七五という引き上げ自体は非常に少ないわけです。しかも先ほど来お伺いしているように、二十七年には四二%の税率だったものが逐次、不況だといえば下げ、不況だといえば下げて、好況になっても一つももとへ戻さずに下げっぱなしでいままできた。そして上げたときにはわずか一・七五だけ、かすかに上げた。しかも、その上げたのは二年間の暫定だ、こうなっておるわけです。これは当然、いま日本の経済、外貨もドルは五十億ドルをこえて、始末に困っておるみたいな話もある。しかも九期連続の増収だ、こういわれておる。最近ちょっと少し景気が悪いみたいな話もありますが、それにしてもGNPは一〇%をこえる前進をしている。こういう中で、一体、二年たったらまたもとのもくあみで下げるのか。それとも、いままでの引き下げの幅は相当大きいのだから、これを本法に直して、もう少し引き上げるというお考えなのかどうか。これは大蔵省の最高方針をひとつお聞かせ願いたいと思います。
○中川政府委員 阿部委員からけさほど来、法人税による景気抑制あるいは景気の拡大というのですか、これに法人税率を使うべきである、ところが、ずっと下げっぱなしで上げておらぬではないかという御指摘でありましたが、昨年本委員会で、それほど大きな、いばったものではありませんでしたが、所得税減税を大いにやったさなかに、ある程度ではありましたが、引き上げを行なったということは、景気を抑制したいという作用もかなり取り入れた、こういうふうに私は理解いたしております。そこで、あとこれから二年でありますから、四十五年度と四十六年度この税率でやりまして、御承知のように最近の傾向は景気は非常に苦しいものがあるというところから、金融引き締めの緩和あるいは公定歩合の引き下げ等々の措置を講じて、景気の回復をはかりつつあるところであります。今後この景気がどうなりますか、われわれとしてはかなり景気がよくなることを期待いたしておるわけでありますが、この期待にどう響いてくるか、そういった結果その他を考慮いたしまして、慎重にこの問題は取り組んでみたい。いま引き下げるともまた引き上げるとも、また恒久法にするともはっきりしたことを言える材料が出そろっておらないと思います。今後の状況を見た上で、ひとつ御指摘の点も十分配慮いたしまして決定してまいりたいということでございます。
○阿部(助)委員 これは冒頭から私指摘し、お答え願っておりますように、もう下げるのは何べんも下げてきておるのですよ。しかも四二%から三五%まで下げて、それで去年一・七五上げただけなんですよ。しかも、これは暫定だから、ほっておけばもとのもくあみの、三五%へまた戻ってしまうのですよ。もうこの辺で、景気がどうのこうの幾ら言ってみたところで、首尾一貫して、下げるときの理由からすれば、これは本法に直して、そしてこの三六・七五をもう少し引き上げるくらいのことは、私は当然御答弁になるだろうと期待したのでありますけれども、いまのようなお答えではさっぱりわけがわからない。出そろわないと言うけれども、いまの状況の中で、ほっておけばこれはまたもとのもくあみになってしまう、三五%になってしまうのですから。その方針くらいは大蔵当局もう持たないとすれば、全く出たとこ勝負で、財界の要求があれば、不景気だといえば下げ、景気がいいといえばほおかぶりしていく、こういうことで、財界に対する過保護も少し度が過ぎるのではないか、こう思うので、もう少しその辺は、大次官たるもの勇気を出した答弁を期待したいところなんですが、いかがですか。
○中川政府委員 大蔵省としては、資金需要も多いことですから、税率引き上げを行なってたくさんちょうだいできるようにしたい。したがって三五%を三六・七五でございますか、四十年、三十九年、過去のところまで上げたい気持ちはわかりますが、これからの日本の経済がそこまで回復できるような、引き上げができるようなことになりますか、今後の日本の経済の動きを見た上でひとつ判断をしてまいりたいということで御了承をいただきたいと存じます。
○阿部(助)委員 いや、新規需要が多いからよりよけいの、新需要に見合うだけ取り上げたいというなら、私は先ほど来申し上げておるように、この引当金、準備金、こういうものが、この六つだけで財政投融資の金額をこえるほど大きなものを、財界に無利息でそっくり貸し与えておると同じことなんですよ。こういうものを与えておるのだから、それならば、税率をこのままならば、そっちのほうを少し減らすというくらいのことは、私は、負担の公平という立場からいっても、日本の税法を原則に合わしてすっきりするという点からいっても、これは当然のことであって、それを片方はうんとまけるだけまけてやっておって、これでも景気が不景気だみたいな話では、少し大企業に対する過保護も、幾ら自民党内閣だから、保守党内閣だからといっても、少し財界に対して甘過ぎるのではないかという感じを持たざるを得ない。これは私だけではなかろうと思います。これを国民に知らせれば、国民はこれは大半がやはり同意見になるだろうと私は確信をいたします。 そういう点で、二年の暫定でありますだけに、この問題はもういまから当然取り組んでしかるべき問題だという感じがいたしますので、どうかそういう点で、この問題、もう少し真剣に取り組んでいただくことを期待しまして、次、農業所得税に入ります。 所得税に入ります前に一つお伺いしたいのでありますが、税制調査会のメンバーの中には農業代表というのは入っておられるのでしょうか。各界代表を入れてあるようですけれども。
○細見政府委員 農林水産技術会議の会長をなさっておる小倉元農林次官がお入りになっております。
○阿部(助)委員 ははあ、小倉さんが農業代表ですか。米価据え置きやら食管制度をなくそうなんということで、少なくともぼくらのほうの農民は、小倉さんはわれわれの敵だ、こう言っておるのですがね。あれが農民代表ですかな。もう一ペんひとつ御答弁願いたいのですが……。
○細見政府委員 税制調査会は、御承知のように、直接に委員としてある業界あるいはある団体の利益は代表していただかない。その事業あるいはそうした領域について詳しい方という意味で、農業関係に詳しい方という小倉武一さんがおられる。さらに長老としては、東畑精一さんも、これは日本の農業経済の権威だと思います。
○阿部(助)委員 いやどうもおそれ入りました。まあ業界代表ではないということはそれでもいいけれども、それにしてもこの人選は少しおかしいのじゃないだろうか。まあたいへん大きな不満の意を表して次に移りますけれども、小倉さんあるいは東畑さんが農業者のことをどこまで知っておるかわかりません。大きな政策は詳しい方だということは承ってはおりますけれども、どうも農民の側としてはこれはあまりいただけないということだけ申し上げて、次に移ります。 農家の五人世帯の家計支出、現金支出、これは最近の資料ございましたらお聞かせ願いたいのです。
○細見政府委員 おっしゃる資料はおそらく農家経済調査の数字だと思いますが、いま手元に実は持ってまいっておりませんので、後ほどお届けさせていただきたいと思います。
○阿部(助)委員 私のところにもごく最近のがございませんで、四十年までの資料しかないので少し古いあれになるのですが、この農家の課税最低限というのは五人世帯で、標準世帯で幾らになっておりますか。四十二年から四十五年くらいまでのを少しお聞かせ願いたい。
○細見政府委員 四十二年が五十万九千円、それから四十三年が五十七万四千円、四十四年が六十四万九千円、それから四十五年が七十三万一千円、四十六年が七十九万円となるわけでありますが、この場合に白色専従者を実は入れておりません。それを入れれば、これの十五万ないし十七万上回った数字になるわけでございます。
○阿部(助)委員 私の手元にある資料からいいますと、四十四年に例をとると、農家の課税最低限、これが六十四万九千円、ところが同じ年の農家支出というのが、これは農林省の統計でありますが、百八万一千四百円、そうして現金支出が八十五万七千五百円、こうなっておるわけです。そうしますと、この課税最低限、労働者の場合も、午前中いろいろと広瀬委員から低過ぎるじゃないかという御意見が述べられたと思うのでありますが、それに比べてもまだこれはちょっとひどいんじゃないか。農家の現金支出よりもはるかに低いところに最低限が置かれておるということは、これは実際問題として農家の場合、生活費に食い込む課税が行なわれておるんじゃないか、こういう感じがするわけでありますが、これは公平の原則、生活費に食い込んではならないという原則からいってもう少し引き上げるべきだ、こういう感じがするのですが、いかがですか。
○細見政府委員 課税最低限一般の問題として今後も引き上げを続けていくべきだという御議論につきましては、午前中にもお答え申し上げましたように、私どももそういうことで考えております。 いま阿部委員の御指摘の農家経済調査での現金支出の中には、おそらく営農資金の現金も入っておるんじゃないかと思いますので、そういう意味であれば、農家の課税上の農業所得というのは、そういう経費は一切引いたいわゆる手取りの所得になる。もちろん、飯米のようなものは現物であっても現金換算はいたしておりますが、そういうものでありますので、幾らか調査の面が食い違っておるということはあるんじゃないかと思います。
○阿部(助)委員 いや、私の申し上げておるのは、これはことばが足らなかったけれども、家計費でございまして、農業を行なうための経費ではないのであります。 そこで、農家の場合には、所得税はなるほど少ないのです。所得税はなるほど少ないけれども、この農林省の統計をごらんになっても、たいへんよけいな公租公課、負担というものがかかっておるわけであります。これは四十三年の資料でありますけれども、申告所得税はわずかに四千六百円にすぎないけれども、いろいろな水利費だとかあるいはまた部落費だとかというようなものを合わせますと、これは十万四百円かかっておるわけであります。農家の場合には、ちょっと皆さんにはおわかりにくいかもわからぬけれども、たいへんな負担がかかっておるわけであります。こういう点を配慮していくならば、もう少し課税最低限というものは引き上げてしかるべきじゃないかという私は感じがする。そういう点で、皆さんのほうでは、まあ午前中も話があったように、クロヨンで、農家はたいへんに課税対象が捕捉されていないみたいな意見が町にはありますけれども、私は、実際はこの農家の負担というものは重過ぎる、こうこの資料を見ても思わざるを得ないし、現実もまたそう私は感ずるわけでありますが、その辺はいかがですか。
○細見政府委員 午前中もお答え申し上げましたように、私どもは、ある業種、ある業態によって、いわれているような大幅ないわば脱税が一般的にあるんだというようなことはあってはならないし、また現実にそういうものはないんだ、こう思っておるわけでございます。
○阿部(助)委員 そうすると皆さんとしては、結論からすれば、課税最低限を農家の場合も引き上げることには一そうの努力をする、こういうことで了解してよろしゅうございますか——農家の負担の重くなっておる一つには、私はこの必要経費の見方が少な過ぎるんではないか、こう思うのでありますけれども、この辺はいかがですか。たとえば私、あまりこまいことを申し上げたくはないのでありますが、農家の使うバインダー、稲を刈るやつですね。ああいうものは償却は七年なんですね。一体、七年間あれがもつだろうか。もつわけがないのです。自動車は償却、何年です。これと比べてみても、あの肥料の入っておるたんぼをかき回すバインダー等が七年の償却だなどということは、これは少し無理がある。一事が万事、そういう形になっておるわけでして、私はこの辺、必要経費ではっきりわかるものはもう少し償却を見てしかるべきじゃないか、こう思うのですが、いかがですか。
○細見政府委員 農業用の機械につきましては、農業の専門家が一番よく御存じになっておるわけでありますので、われわれが耐用年数をきめますときには、農林省の諮問機関でございます農林統計審議会の農畜産業用固定資産部会というところで耐用年数を御審議願って、それをそのまま受けて耐用年数表にしておるわけでございますが、ただいま阿部委員御指摘のように、幾らか長過ぎるというようなものがあって、これを改正する動きがあるように聞いておりますので、新しい改正案ができますればそれに応じて見直しをいたしたい、かように考えております。
○阿部(助)委員 しかし、局長そうおっしゃるけれども、農家の課税標準をきめるときには、各地域ともいろいろと折衝をしておるわけなんですよ。税務署とも話し合いをしておるわけです。ところが実際税務署長にはもうその権限がなくて、何か上のほうから来たものを、それを金科玉条で押しまくるというような感じを私は受けるわけであります。たとえば私のところなんというのは、どっちかといえば農民組合が強いので、交渉するわけでありますけれども、他地域との均衡ということで、ここで一歩後退するとほかのところもみんな総くずれだということで、なかなか許さない。そこでいまのような問題が——これは必要経費の問題を一つ一つあげていけば、ほんとうをいうと二日もかかります。私はそれをあまりこまかくは申し上げないけれども、いまのように、はっきりとだれが見ても、またあのバインダーや耕うん機を七年間使った農家があったとしたら私はお目にかかりたい。そんなことはないのですよ。それだから農機具を買った金がごく最近で二兆も——農家はかつて増産、増産でやってきたのです。今度は減らせというので、みんな困っておる、そういうことになっておる。農林省の統計では、農機具やなにかに二兆も使っておるじゃないですか。それくらいやっておる。それが次から次へとだめになっちゃうわけです。だから償却に七年も見るというのは、何としても現実に合わな過ぎる税金のかけ方だ、こう思うので、その辺はもう少し下のほうにも現実に見合った必要経費は見てやるという姿勢がほしいと思うのですが、その点をひとつ明確に、これは長官のほうでありましょうけれども、お答えを願いたいのであります。
○吉國(二)政府委員 御承知のように、農家におきましては、収入、必要経費を的確に記帳する習慣がまだ確立しておりませんので、現在では、御承知のとおり農業所得標準というものを定めまして、原則としてそれで申告をしていただいておるわけでございます。その農業所得標準をきめますときには、市町村、県段階の協議会というものを開きまして、普通標準につきましてはここで十分に検討いたしております。なお収穫量、諸経費につきましては、いま御指摘の農林統計とかそういうものを十分に参酌をいたしております。必要経費といたしましては、たとえば現在七〇%程度普及しているという農機具につきましては、その償却費を標準に盛り込んでおりますが、特殊な機械等につきましては標準外で別に表示をするというふうなことでやっておりますので、この標準のきめ方については、標準でありますだけに、非常にこまかく経費等を見ておるはずでございます。これは別に国税庁できめて全国一律にやるという性質のものではございませんで、地域、地域で、いま申し上げましたような協議会で具体的に作成をいたしております。ただ農業の場合は、経営のしかたその他が非常に定型化いたしておりますので、あるいは御指摘のように権衡という問題を意識にのぼせるやり方もあるかと思いますが、あくまでもそれは具体的標準を的確なものにするという配慮からやっておるわけでございます。税金をよけい取るとか、そういう趣旨でやっておるわけではございませんので、毎年この標準率はその時期に即して改定をいたしてやっておることは御承知のとおりでございます。
○阿部(助)委員 長官、標準協議会なんといいますけれども、私は全国を知っておるわけではありませんが、私のところの例をあげますと、農協、町村長、こういうのと農業委員会くらいが集まる。ところが農協の組合長が町長である。農業委員会の会長が村長である。そういったものが集まって——村長や町長は地方税の課税権者なんですね。税務署も取るほうです。村長、町長も取るほうなんだな。それが片方では協議会のときに、納税者の立場と取る課税権者の立場と一緒の連中が集まったのじゃ、これはまさに、国税通則法で同じ穴のムジナということばがあったけれども、同じ穴のムジナなんというものじゃないのだ。こんなものが協議会を構成してみたって、これは課税される農民の代表なんということに一体なるのだろうか。私はどうもその辺がおかしいから、それならばおれのところは農民組合が強いのだから、組織はちゃんとあるのだから、農民組合の代表をその中へ入れろ——昔は入れておった。ところが今度は、ここで入れると、ほかのところまでみんな右へならえされたのじゃたいへんだからということで、これを入れなくなった。町村長は、どうせそれがきまれば、村民税の場合にはその人たちとまた話し合いをしなければならぬ。二度手間だから、一ぺんに済むから入れろと言っておるけれども、税務署長ががんとしてこれを拒否する。だからそういうふうなわけのわからないことになっておる。また調査対象の農家にしましても、大体税金のかかるいわゆる精農というのですか、大きな農家を対象としてやる。だからどうしても一般の農家とのバランスがとれないものが出てくる。最近は米の売り上げは農協で大体収入は把握できるのです。ところが問題はやはり必要経費にある。この必要経費のとり方が非常に少ない。しかもその協議会は、いま言ったように課税権者が大半集まって、そこで協議会なんといったって、これがはたして民主的な協議会ということに一体なるのだろうか。税調も税調だが、下へくれば協議会も協議会だという感じがするわけですが、この辺はいかがですか。
○吉國(二)政府委員 この標準作成について協議会と申しますのは、確かに課税関係当局が集まっておるということは事実でございます。標準そのものが調査の結果を集計してつくり上げるものでございますので、課税当局がそれぞれの調査に誤りなきを期する、こういう意味で集まっておるわけでございますが、最近聞いたところでは、市町村長もむしろ農民の立場に立っておられる方が非常に多いということも承っております。かなりその点も強く主張されるようでございます。しかしいずれにいたしましても、できるだけ精密な調査を幾つかやって、そういう標準を作成する。過大な所得標準をつくろうという努力をしておるわけでは決してございません。しかし一方では、細見主税局長が申しましたように、農業がクロヨンの四であるというようなことはないような正当な標準率をつくるように努力いたしております。今後もまたこれが努力を続けていきたいと考えておる次第であります。
○阿部(助)委員 もう一つだけこの問題でお伺いするのですが、たとえば利子の場合ですね。近代化資金であるとか、いろんな借金をしておるわけでありますが、この利子等の場合も、三万円以上になると利子を見てくれるけれども、三万円未満の場合には見てくれない、こういうことがあるのです。やはり近代化資金なんというものは、かかっただけは見るべきだと思う。農民のほうでは、せめて一万円以上のこういう金利は見てもらいたいと、こうだいぶ交渉したけれども、ついにこれはだめであった、こう言って私のところへ来ておるわけでして、こういうものはやはり営農の場合の必要な経費でありますから、私はこれは当然見るべきだ、こう思うのですが、これは長官いかがでしょうか。
○吉國(二)政府委員 農業近代化資金は、それぞれ農民によって借りております高が違いますので、原則としてはこれは標準外の経費として引いているというのが私の理解でございますが、関東信越局でございますかでは、大体非常にこまかいということから三万円以下の利子については標準のその他の中に入れておる。それをこえたものを特別経費としていっているという扱いをしておるようでございます。これを全部標準外で引くのも一つの方法であろうし、その点標準のつくり方に若干差があるようでございます。たてまえとしては、これは当然引くべきものである、かように考えております。
○阿部(助)委員 私も、これはその他の中に入れておるかもわからぬが、それならば、強く、これを認めるというときに、説明ができないはずがないのですね。その他の中に入れておるのなら、その他の中にこうやって入れておりますよとおっしゃればいいのですけれども、実際のその他というのはわけのわからぬ経費ですから、これもきちんと入れるべきものは入れるということが私正しいと思うのでありますが、そういう長官の御答弁で次へ移りたいと思うのであります。 いま農家の納税者数はどれくらいあって、そのうち青色申告をしておられる方はどれくらいかを、ひとつなるたけ古い資料から最近までのあれをお聞かせを願いたいのであります。
○吉國(二)政府委員 農業の課税を受けているものでございますと、ちょっとわからないのでございます。つまり、従たる所得が農業である場合——主たるものが農業である場合は農業所得として整理をいたしておりますが、その分は三十五年で……。
○阿部(助)委員 それでいいです。三十八年からでけっこうです。
○吉國(二)政府委員 八年からでございますか、三十八年が二十三万八千、三十九年二十五万、四十年二十四万八千、四十一年二十七万八千、四十二年が四十四万九千、四十三年が四十九万九千、四十四年が四十四万九千という、端数を切り捨てましてそういう数字になっておりまして、そのうち青色申告者は約三万ほどでございます。
○阿部(助)委員 ずっと大体三万ですか。
○吉國(二)政府委員 四十一年ごろから次第にふえておりまして、四十一年が一万九千でございますが、それから四十二年二万一千、四十三年二万四千、四十四年に三万ということになっております。
○阿部(助)委員 他産業と違いまして、農業の場合には青色の方というのは非常に少ない。私は、農業の性格からいっても、一つは非常に青色申告というものがやりにくい、まあ農民の不勉強もあるかもわからぬけれども、やりにくいというところに、いろいろないままでの歴史的なもの等もあって、なかなか青色が進まないのだ、こう思うのであります。それだからこそ農業の場合には標準課税ということで、標準をきめて税金を取るということを税務署でもおやりになっておるのだ、こう思うのです。その点では、やはりいまの農業で青色を全部に行なわせるのは至難であると思うが、皆さんのほうはやはりこれはやらにゃいかぬのだ、こういうことになるのでしょうか、いかがでしょうか。
○吉國(二)政府委員 御承知のように、農業はいわゆる収穫年度課税と申しますか、普通の商業とは違いまして、収穫があった年のその収穫に対する所得というのが世界どこでもやっている姿でございます。その関係で、青色申告をいたします場合には、現物収入をそれぞれ評価をいたしまして記帳するという記帳体系が必要なように思います。そういう関係でなかなか青色申告がむずかしいというのは私もよくわかるような気がいたします。農林省でも長い間特殊な簿記計算方式をつくって指導いたしておりますけれども、なかなかこれはむずかしいということで、農業がすべて青色になるということは近い将来には私は無理であろう、かように存じます。
○阿部(助)委員 私もいまお話しのとおりだと思うのでありまして、そういう困難だという前提に立つなら、青色の場合とこの白色の場合に、専従者控除等にこれは差があるというのは少し酷ではないだろうか、こう思うのですが、いかがですか。
○細見政府委員 白色の専従者控除を実情に見合って引き上げていくということは、必要な改正の方向であろうと思います。そういう意味で今年も特に二万円引き上げを行なったわけでありますが、やはり給与を支払うというようなこと、しかもその給与の金額はいわば経営主体がきめるということになりますと、そこはやはり正確な記帳が行なわれておりませんと、どうも課税上締めくくりがつかないということになるのではないか。その辺のかね合いをどういうふうに持っていくかということは、これは青色申告の場合の専従者給与の支給額の推移その他を見ながら、あるいはまた諸控除の引き上げの推移というようなものとにらみ合わせながら、今後検討していく問題ではないか、かように考えております。
○阿部(助)委員 この青色申告の専従者控除を今度、四十四年に実額にされましたね。これまでは大体青色には何がしかの恩典が少しよけいあったけれども、大体片っ方が上がれば片っ方も上がるし、またいまのようなインフレで貨幣価値の低落というものがあれば、何がしかずつ専従者控除の引き上げをやられるのは、物価調整という観点からも私は当然のことだと思うのです。そういう点で、この四十四年までは両方とも少しずつ上がってきたわけです。ところが、四十四年に青色の場合の専従者控除を実額にしちゃったとたんに、白色のほうはストップしちゃった。これは少し私は残酷なんじゃないか、虐待過ぎるのじゃないか。ことしは二万円引き上げと、こういうことになったけれども、去年はこれはそのまま据え置いたということは、やはり少し片手落ちではないだろうか。農業が青色になかなかなりにくいというような、いろいろな歴史的なあるいは現実の困難があるという前提に立つならば、私はやはりもう少しこの引き上げをやるべきじゃないか。実際問題として、自分の子供を農家で農業をさせてみたところで、やはりこれは相当の小づかいくらいはやらなければならぬ。またこのことは、農林省、政府の言う農家の後継者育成なんということからいくならば、当然ある程度やはりこれは見てやらなければ、子供はそんなに言うことを聞かなくなってきておる。ということを考えれば、片っ方は実額にして天井なしにしたとたんに、白色のほうはぶん投げてほうってしまうというようなことは、税制の公平さからいっても少しおかしいんじゃないか、私はこういう感じがするのですが、いかがですか。
○細見政府委員 やはり、まあ農家について青色になることがむずかしいという一面はあるにいたしましても、正確な記帳をして、正確な所得を計算して納税していただくということは、いわば税務行政の理想でございますので、そういうことを考えましたときに、そういう正確な記帳をし正確な申告をしていただく人にある程度税制が有利といいますか、そういう人を対象にした税制になるということもこれはおわかり願えることかと思います。しかし、おっしゃるようにその他の基礎控除とか扶養控除とかいうようなものが引き上げられた段階において、白色専従者の控除をいつまでも放置しておくのは適当でないということで、今回かなり、放置されておった点を考えて、その他の諸控除は一万円でありますが、二万円引き上げたということは、その辺も考えての措置でございます。
○阿部(助)委員 ことしはそれで二万円上げたということでありますが、やはり少し実情に合わないのじゃないかという点で、もう少しこれは引き上げるべきだということなんであります。 それならば、今度は青色に、これは特別措置でありますが、五%、十万円まで積み立てをする、こういうことになりますのは、これはどういう目的でこの制度をおつくりになるのか、お伺いをしたいと思います。
○細見政府委員 青色申告者の事業の安定をはかる、つまり利益のあるときにある程度積み立てておいて安定をはかるという一面、それから一般のつとめ人などに比べまして、事業をやめるときに、一般のつとめ人であれば退職金というまとまった金が入ってくるわけでありますが、事業をやっておる場合には、老年になったときにもまとまった金というのがなかなか入りにくい。そういうようなところをにらみ合わせまして——もちろん中小企業共済制度というようなものもございますが、これは社外に金を出さなければならない。中小企業はなかなか金が忙しいのに社外に金を積み立てるというのはむずかしかろうというようなことでできたわけでございます。ただ白色申告の場合には、御承知のように白色専従者控除といいますのは、現実に給与が払われておるとかおらないとかということに関係なく、その所得の計算上控除するということでありますので、これをあまり大幅に引き上げるということはまたはね返ってまいりまして、普通のサラリーマンの家庭で奥さんだって相当内助の功があるのにこれはどうなるんだとか、あるいは子供さんなどにつきましても、母親が病身のときにはよく働いておる、それらのものをどうするんだというような議論にはね返ってくるところでありまして、先ほども申し上げましたように、諸控除の引き上げのあり方、それから青色申告の実際の支払いの給与の実態というようなもの、それらを勘案して総合的に考えていかなければならないのじゃないか、かように思うわけでございます。
○阿部(助)委員 まあはね返りの話を別にすれば、結局これを認めたのは青色申告の奨励、あるいはまたいろいろな経済の変動に対する安定、そして老後の保障という三つだろうと私お伺いしておったわけでありますが、そういうことであるならば農業こそ、一番の問題さえ別にすれば最も変動は激しい。最近のように、私の県みたいに二年前まで百万トン増産計画が出た。県自体が百万トンまでふやすんだといって一生懸命やらしておって、今度は去年からは作付減反だ、こう言っておる。物価がこう上がる中で米価は据え置きだとこう言う。こういう形で、実際いって農業は相当に変動をしておるわけでありますし、老後の保障という点からいくならば、白色だから老後の保障がなくともいいなんというものじゃない。またいまの日本の社会保障の貧弱さから見れば、これは同じように老後の心配というものはつきまとっているということからいけば、白色とか何であるとかということでなしに、白色にもやはり何がしかの積立金をさせておく、それに減税措置をとるくらいのことは、公平の原則からいっても私は当然のことじゃないか、こう思うのだが、この制度は少し片手落ちにすぎやせぬか、こういう感じがするのですが、いかがですか。
○細見政府委員 長期にわたって準備金を積み立てておくということになりますと、その準備金がどういうふうに管理されておるか、あるいはその準備金がどういう資産に化体しておるかというようなこと、それがやはり帳面によっていつでも把握できるということでないと、ただ減税したものが企業で自由に使われておって結果はどうなっておるかわからないということでありますと、これは一般的な減税をすればいいということでありまして、そこが青色申告のように帳簿があるものと白色申告のように帳簿がないものとの違いということであろうと思います。御指摘の、やめたときに何らかの金がほしい、やはり肉体が衰えたときにはそれなりのまとまった退職金といいますか、老後のための金がまとめてほしい、あるいはそれは勤労所得のような性質のものとして何らかの退職金をほしいという議論でありますれば、これは午前中にも申し上げましたように——午前中にはむしろ青色の課税について、いまの準備金、青色申告経費準備金をさらに甘くしろという御議論に対しましてお答えいたしましたように、そういう議論をいたすならば白色の人についても同じことを言わなければならない。したがって、これが青色について認め得るぎりぎりのところでございますということを申し上げたのでございますが、ただいまは阿部委員からさかさのほうから指摘されて、そういうことがありますから青色にこれ以上のことはできませんと、こう申し上げておるわけでございます。
○阿部(助)委員 いや、私は青色を何も下げろなんて言ってないですよ。もっと上げればいい。けれども公平の原則というものからいえば、これは白色にももっと認めろ、これを認めろ、こう言うのです。あなたはこの積み立てた金が把握できない、これは結局使う金が多くなるだけじゃないか、こうおっしゃるけれども、私はきょう一番最初に申し上げた、あの会社の退職引当金にしたって、結局勘定合って銭足らずという、帳面づらではなるほど金があるけれども、倒産した会社に銭こがあるはずがない。そんなことを言えば同じことなんです。だからそれは何かりっぱな理屈のように見えるけれども、どっちにしたってこれは使う金になるかもわからない、またまじめに貯金しておくかもわからない、これはわからぬ。それでその管理の方法を別途考えなくてはこれはどうしようもない。大会社ですらそうなんですから、それをいまのような理屈で差をつけることは、私はこれは課税の公平の基本原則に反する、こう思うのです。決して青色のこれを認めたのがけしからぬと言うのじゃない。もっとよけい認めてもけっこうです。だけれども白色にそれだけの差をつける理由がないじゃないか。ただ、青色にせよ、青色の奨励のためだの一点ばりだ、こういうことをおっしゃるならば、これはまたそれなりに理屈があるだろうと思います。しかし変動に対する安定度を与えようとかあるいは老後の保障、こういうことになれば、この点では青色も白色も同じじゃないか。特にいまの農民は政府の政策の変更によってこれだけ変動させられておるということから考えれば、これにはやはりそれだけのものを認めるべきだという私の意見なんでして、決して青色をやめろ、こういうことじゃないのですから、それは誤解のないように、もう一ぺん御答弁を願います。
○細見政府委員 青色申告の場合でありますと記帳がされており、その資金の所在というものが、現金でないにいたしましても帳簿上確認できる、したがってそれを取りくずす場合には課税も可能であるということで、税制としてそういう準備金を設けることの執行が可能であるわけでありますが、白色申告の場合にはそういう資金の管理というものは帳面によって確認することができない。税務当局が一々個々に確認しなければいけないということになりますと、それを記帳によって裏づけることができないとすれば執行が困難であるというわけで、この準備金の制度はやはり記帳のある青色申告だけにしかできない。おっしゃるような農業所得全体に対する問題は、これは産業の構造改善に伴いますいろいろな共済制度とかあるいは構造改善計画の実施に伴ういろいろな諸施策というような形で行なわれるのが筋じゃないか、かように思います。
○阿部(助)委員 まだ言いたいことが一ぱいあるのですけれども、だいぶお急ぎのようでもありますのであれですが、大企業には引当金だ、準備金だ、いろいろな点で私は少し過保護だと思う。片っ方農業や小さな事業に対しては課税最低限の低さから見てもこういうものを——皆さんこれからまた検討して上げられる、こうおっしゃるのでその点のあれはやめますけれども、非常にきびしい。そして必要経費、当然の支出だ、こう思われるものすらなかなかきびしくやっておられるという点からいくと、どうも日本の税制は大企業に非常に甘過ぎて、そして勤労者や零細な事業者には少しきびしいのではないかという感じを受けるわけでありまして、特にいまの五%、十万円の特別措置等をせっかく設けられるならば、これはやはり青色申告にも認めたら白色にももう少しあたたかい政策が行なわれてしかるべきものだ、こういうことを申し上げたいわけでありまして、この問題ひとつ十分御検討願うことにして次に移りたいと思います。 人事院の方にお伺いしますが、人事院規則の十五−一というのですか、「職員の勤務時間等の基準」という十条に「各庁の長は、公務のため臨時又は緊急の必要がある場合には、正規の勤務時間以外の時間においても、職員に勤務することを命ずることができる。」この「臨時又は緊急」というのはどういうときが緊急であり、臨時であるのか、ひとつお知らせを願いたいと思います。
○島政府委員 人事院規則十五−一の第十条、これが給与法適用職員についての超過勤務の根拠規定でございますが、ここで「臨時又は緊急の必要がある場合」とはいかなる場合をいうか、こういう御質問でございますが、ごく平たく言えば、突発的または一時的に業務量が増大して、所定の人員で所定の勤務時間内に勤務するだけでは十分処理できない、業務の運営に支障を来たす、そういうふうに認められる場合を「臨時又は緊急」の場合というふうに私どもは考えております。
○阿部(助)委員 そうしますと、あらかじめ予見されるような問題は「臨時又は緊急」とはいわれないわけですか。
○島政府委員 この場合、私どもでは必ずしも予見されるあるいはされないということにかかわりなく、一時的に業務量が増大する場合も全部ここにいう「臨時」に含まれるものとして解釈をいたしております。
○阿部(助)委員 一時的にといえば、たとえば農林省の職員で米の出回り期、検査に忙しいというようなときは、まあ農林省の諸君は超過勤務反対という運動をされますわね。それで検査の数量を制限をしまして大体何とかやっている。多少一時間ぐらいの超過勤務はあるようですが、しかしほんとうならば、たいへんな量が出回る、忙しいというときは、これは臨時だから何ぼ超過勤務させてもいいということになるのですか。
○島政府委員 いま御質問のような例の場合、超過勤務をすることは一応許されるというふうに解釈しております。ただその場合、幾らでも無制限にという意味ではございません。ただ超過勤務をなし得ないということにはならないというふうに考えております。 〔山下(元)委員長代理退席、委員長着席〕
○阿部(助)委員 幾らでもやらせることはできないというのは、人事院があろうとなかろうと、規則があろうとなかろうと、そんなのはわかっています。三日徹夜してあと二日休ませるから三日徹夜せいなんということは、いまの仕組みの中ではだれもしませんし、できない。だから、皆さんこうやってその規定をつくったのは何のためにつくったのか。「臨時又は緊急」の場合以外はだめだ、こういっている。だから、その臨時というのは幅を広げればみんな臨時になるみたいな話をされたのでは人事院は何のためにあるのか。これは公務員からスト権や団結権を奪ってその代償として皆さんがこれを扱ってやっていく。そういうときに臨時の幅を何ぼでも広げれば、超過勤務五時間やろうと六時間毎日させようとそれができるみたいな話になるわけですが、その限界というものは何もないのですか。
○島政府委員 もちろんその場合には職員の健康及び福祉を考慮しなければならないという規定がございますので、条理上そこには一定の制限があることは言うまでもないことであります。
○阿部(助)委員 健康または福祉というのはどこに限界を引くのです。公害やあれと同じで、一日少し超過勤務をよけいやったからからだがすぐ何時間目からくずれてしまうなんというものじゃないでしょう。それを続けておるうちにからだというものは、わからないようにむしばまれてくる。だから、労働者が一週間四十八時間制であるとか一日八時間制というものを今日までかちとってきたというには、たいへんな血が流れているわけでしょう。そんなことをあなたは承知の上で、人事院はやっておられるわけでしょう。この幅を、健康または福祉とだれが判定するのです。
○島政府委員 これは当然当該職員を管理している監督者の良識にまつべき問題であろう、こういうふうに考えております。
○阿部(助)委員 じゃ監督者は、その労働者の健康というものを常々お医者さんのほう以上にわかるほど医学の知識があるのですか。
○島政府委員 もちろん多くの職員をかかえておる監督者が、自分の部下の職員すべて一人一人にまで、その健康状態を的確に把握しているかどうかということは、あるいは無理かとも思いますが、しかし、そこには社会通念上おのずから限度というものは、管理者として当然わきまえているものというふうに考えております。
○阿部(助)委員 わきまえていないのが一ぱいおるから私は質問しておるのであって、わきまえているものと思いますなんということでは、この規定は何にもならないじゃないですか。何のためにあなたは人事院規則をつくっているのですか。
○島政府委員 これは経験的に私どもが申し上げるわけでございますが、もしこの規定の趣旨が十分生かされてないということであれば、当然、職員から行政措置の要求等が私どもにはまいるはずでございますが、従来、この種の措置要求が一件もまいっておらないという事実から、私どもでは、管理者によって十分この規定の趣旨が生かされておるものというふうに考えておる次第でございます。
○阿部(助)委員 いままでこの問題について皆さんのほうに、「臨時又は緊急」、この超過勤務のことについて何にも話があったことがないということですか。
○島政府委員 いわゆる行政措置要求としての正式の手続に乗っかったケースはいままでないということを申し上げているわけでございます。
○阿部(助)委員 この超過勤務のことについては、私のここには郵便局、これはまあ多少あれとは違う現状かもわかりませんけれども、これは農林省、厚生省、まあ超過勤務の問題について、いろいろ皆さんのほうで、認容というのですかね、何か裁定みたいなことをしておられるわけですよね。あなたのところから私のところへ説明においでになった方も、こういう問題はあまりいままで問題になったことはございませんみたいなことを言っておるのだけれども、これは少し皆さん不勉強なのかうそをついておられるのかわからぬが、ここにこういうのが私の手元にはあるのですよね。しかし、これはあろうとなかろうと——これは明治大学の松岡三郎先生という法学博士の意見でありますけれども、やはりこの人は、「臨時又は緊急」というのは、臨時が恒常化している場合、慢性化している場合は「臨時」ではない、こう言っておるのですよ。そうすると、毎年毎年農林省の米の検査の人たちだとか、税務署の職員の人たちであるとかというものが、三月期になれば、税務署の職員の人たちは毎年忙しくなる、これはもう初めから予見できるわけですよ。それで超過勤務を毎晩毎晩三時間も四時間ずつもぶつ通しでやるということになったときも、これは「臨時」だ、こういうふうに人事院は解釈をされるのですか。
○島政府委員 年間を通じて恒常的にそういう勤務が正規の勤務時間外に毎日行なわれるということであれば、まさにこのいう「臨時」ではないというふうに考えますが、ある一定の時期にそういう繁忙期に至るという場合にそういう超過勤務を命ずることができないということは、私どもはこの規定の文言からは解せられない。したがって、そういう場合には、ここにいう一時的な業務量の増大という意味で、一応「臨時」に当たるというふうに解しております。
○阿部(助)委員 この一時的というのは相当長期間にわたるわけですよね。一日や二日その問題が起きて、それでやるということではないわけでしょう。たとえば一カ月あるいは一カ月半に及ぶというようなことでも、これは「臨時」あるいは「緊急」ということばになるわけですか。日本語はそんなふうに解釈されるのですか。
○島政府委員 職員の管理をする立場にある監督者としては、なるべく職員の健康が十分保たれるよう、また市民生活がある程度享受できるような、そういった勤務体制を常日ごろから考えておく必要があるということは言うまでもないわけでありますけれども、役所の都合で、その一時的という意味が、たとえば一カ月ぐらいの長期になった場合に、それが、ここにいう超過勤務を命じた場合にこの規則に当たらないということは、私どもではそういうふうな理解はしておりません。一応は適法である。ただ、それが望ましいかどうかということになりますと、これは別途の配慮が必要かと思います。
○阿部(助)委員 いや、適法か適法でないかはあと回しでいいですが、日本語で「臨時」というのは、そういうときは「臨時」というのですかな。
○島政府委員 私どもでは、この「臨時」というものは、恒常的に対する意味で理解しております。
○阿部(助)委員 恒常的というのは、一年間のうち、どのくらいの期間あったら恒常的なんです。
○島政府委員 恒常的に、文字どおり、毎日という意味でございます。
○阿部(助)委員 毎日毎日四時間も五時間も超過勤務しておったら一体どういうことになるのです。そんなことを人事院が考えておるのですか。そんな人事院なんですか。人を使う資本家だって、労働者が健康で十分働かすことができるということは望ましいことですよ。だけれども、昔から資本家は労働者をこき使ってきた。労働者もまた、低賃金だから、超過勤務も何も長時間労働をやってきた。そこで健康をこわした。だから労働者はある意味では、血で払ったといってもいい、たいへんな長い歴史の中でこの四十八時間制というものをかちとってきたんでしょうが。これは三六協定はない、この公務員の場合。当然、とにかく人事院がその辺の規制をされなければ、健康だ、福祉だなんていうことをたてまえにして、そうしてこの超過勤務を野放図にさせるとすれば、これは問題じゃないですか。それはおかしいんじゃないですか。そんなに毎日毎日二カ月も三カ月も続いていいなんていうことに、人事院は甘い解釈をしておられるのですか。
○島政府委員 毎日毎日というのは少しことばが足りませんでしたけれども、一年を通じて毎日ということでございまして、そういう長期間、たとえば二カ月も三カ月も毎日やっていいのかという御質問があれば、それは必ずしも適当ではないということは言えると思いますが、私どもでは、ここにいう「臨時」という意味は、あくまでもそういった一年を通じて毎日毎日という意味のそういう意味に対して、一時的に、それがかりに一カ月なら一カ月ぐらい続いた場合には、やはり一応この「臨時」の中で、「臨時」という意味に含ましめるべきであるというふうに解しておる次第でございます。
○阿部(助)委員 そうすると結局、当然予見し得る、しかも相当長期間、一カ月ないし一カ月半という長期にわたる、しかも、その間労働時間が相当多いという場合でも、これは「臨時」ということばの解釈に当てはまるんだ、こういうことですね。——そうすると、具体的に時間を示してお伺いしますけれども、土曜、日曜あって一カ月に八十時間も超過勤務をするなんという事態があっても、なお健康及び福祉を害しないというふうに人事院はお考えなんですか。
○島政府委員 何時間が職員の健康を害するか害しないかということは、一義的に判断することはなかなかむずかしい問題だと思います、そのときの業務の種類なり役所のいろいろな都合ということもありますので。ただ一般の、たとえば行(一)職員の平均の超過勤務時間が全部をならしまして一カ月約十八時間くらいになっておるわけでございますので、そういう平均値から見ますと、八十時間というのはかなり長時間であるということはいえると思います。しかし八十時間の超過勤務命令をしたから直ちに違法であるということにはならないと思います。ただ適当であるかどうかという問題はまた別途の問題だと思います。
○阿部(助)委員 いま法律を見ますが、あなたは労働基準法の超過勤務の条項を御存じですか。第何条でありますか。
○島政府委員 労働基準法の第三十六条にその規定がございます。
○阿部(助)委員 それはどんなふうに書いてあるのです。
○島政府委員 「使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があろ場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、これを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条若しくは第四十条の労働時間又は前条の休日に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによって労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。但し、坑内労働その他命令で定める健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、一日について二時間を超えてはならない。」こういう規定でございます。
○阿部(助)委員 坑内は二時間ですが、一般の場合には何時間でもいいわけですか。
○島政府委員 なお六十一条に女子に関する労働時間の制限の規定がございますが、そういった三十六条の有害業務及び女子労働者の場合を除いては一応協約事項になっておりますので、協約によってその労働時間を定めることができる、こういうふうになっております。
○阿部(助)委員 だから、公務員の場合にはそれがないから人事院なんというものをつくって皆さんがその任に当たるわけでしょう。そのためにこの十条の規定をつくったわけでしょう。そうなんですね。そのつくられた皆さんが——いま私は、あなたと話しても何かさっぱりけじめがつかないから具体的な例をあげたのですが、もう一ぺんはっきりとお答え願いたいのは、一カ月に八十時間もの超過勤務をやることがいいことなんですか。
○島政府委員 先ほど申し上げましたように、職員の平均的な超過勤務時間から比べますとかなり長時間な超過勤務になりますので、その意味においては平均値をかなり上回っているということは言えようと思いますが、直ちにそれが職員の健康及び福祉を害するかどうかということは、当該管理者の判断いかんによるものだと思います。
○阿部(助)委員 どうも康康及び福祉なんというあいまいなことばを使い、それを管理者に一任をしておるということは労働基準法の精神からいってもおかしいのじゃないですか。団体交渉権やそういうもののない組合にかわって皆さんがこれを監督をして、規則をつくっていくということでつくっておるのだけれども、みんなこれはしり抜けじゃないですか。労働時間というものは、本来超過勤務をすろということは全くこれは例外であるべきなんですよ。それがだんだん法律がしり抜けになってしもうて、たとえば私のところあたりから来ておる出かせぎの人たちは、出かせぎをしなければ収入がふえないから、健康のことも忘れてかせがなければとにかくうちに持ってくる金がないということでかせいでいく。そのあげくはからだをこわす。それではいかぬから、この四十八時間制というものを制定しているのです。ほんとうにやむを得ざる臨時のときにあるいは緊急事態の発生のときに、これは超過勤務はやむを得ないという特別の除外例だと私は思うのであって、あなたのお考えからいくと、超過勤務は何ぼさしても管理者の主観だけでこれを判定をし、やらせていくみたいな話では、人事院というのは中立の機関でもなければ何でもない。労働者にとってはこれはほんとうに有害ですよ。そんな機関なんですか、人事院というものは。人事院の成立というものはそんなことでなっておるのですか。私はどうも少しおかしいと思う。
○島政府委員 この規定の趣旨は、当然各管理者に人事院が全部まかせっぱなしでいいという趣旨でつくったものではございません。当然それには条理上一定の限界があるというふうに私ども考えておりますが、制度的に申しますと、職員自体が非常に過酷な超過勤務を命ぜられた場合は、制度的には人事院に対して行政措置の要求という道が残されております。人事院はそういう訴えがありますればそこで判断を下す、こういうことに制度的にはなっておるわけでございます。ところが、先ほども申しましたように、いままでそういった措置要求制度に直接そういった問題が出されたということは一度もございません。ただ、超勤不払い問題というのはこれは何件かございますが、いわゆるいま言ったような超過勤務が非常に多過ぎて、われわれの健康が害されるといった意味の訴えはいままではございません。
○阿部(助)委員 あなたは、世界の労働者が四十八時間制というものを獲得した、それで労働時間は週四十八時間、最近は四十時間制ということにだんだん傾向はなってきておる、この勤務時間の問題に対してもう全く無関心であるといっても過言じゃないじゃないですか。人事院はそんな態度でいいのですか。労働基準法の制定された精神も私はそこに一番大きな焦点がある、こう思うのですが、人事院の態度は全く労働時間なんてものは念頭に置いてないのですか。皆さんはこの規定を設けたのだから、これをもう少し厳密に解釈してもらうように、各官庁に勧告をするくらいの態度で当然だと思うのだけれども、あなたの態度は全くうしろ向きで、「臨時」の幅を何ぼでも広げて、何ぼでも超過勤務ができるようにするなんということは、これは人事院のあり方として、ほかの官庁の人ならいざ知らず、人事院の職員局長ともあろう者が、労働時間に対してそんな甘い考えでいいと思うのですか。
○島政府委員 超過勤務はあくまでも正規の勤務時間に対する例外的な勤務であるという認識には、私どもは変わりはございません。
○阿部(助)委員 例外的な規定であるならば、本来させないほうがいいんですよ、そうでしょう。させないほうがいいものならば、もっと制約を、この字句をきちんと厳密に解釈するとかするのがほんとうでしょう。ところがいままでのあなたのお話を聞いていると、何ぼでもこの「臨時」の幅を広げているわけです。これはもっときちんと常識どおりに解釈してごらんなさい。初めから、当然毎年毎年予見できるようなものが「臨時」であるなんということはおかしいじゃないですか。それも一日や二日であるならば、これもまだわからぬではない。だけれども、一カ月にもわたり、一カ月に八十時間も超過勤務をするなんという事態がまともな、合法だなんというふうに解釈して、皆さんの規定に触れないなんという解釈であるならば、私はもう少しこの問題を詰めるまで論じなければいけないんです。
○島政府委員 先ほど農産物の検査の例をお出しになりましたが、たとえばそういった、ある時期に業務量が急に増大するということがあらかじめ予測されている場合、一般に私どもでは、そういう場合には他の部局の職員の応援を求めるとか、あるいは非常勤を雇うとか、そういう措置によっても十分カバーできるわけでございまして、私どもでは初めから超過勤務をそういう場合に命じろということを言っているわけではなくて、そういう他の方法によって十分カバーできるような場合は、一応そういう方法によって措置をして、しかる後になおかつどうしてもやむを得ない場合に、やはり超過勤務をさせるのはこれはやむを得ないではないか、こういう考え方で私どもではこの制度を運用しておるわけでございます。
○阿部(助)委員 だいぶ私の考え方と近づいてきたんですがね。そこで農林省の場合には、最近はあまりないようですが、臨時の検査員をやるとか、あるいは米の出し方を、おそ出し奨励金というようなものをつけまして割り当てをして、一ぺんに、一日にあまりよけい来ないようにしながら、あまり超過勤務をしないようにやる。ところが税務署のほうでは、いま申し上げたように一カ月に八十時間もの超過勤務をやっているのは、私はやはり「臨時」の規定には当てはまらないのじゃないか。これから吉國先生にお伺いをするわけですけれども、その前提が狂うとなかなかやりにくいので、これでも「臨時」のワクの中にあなたが押し込めようということにすれば、それは人事院のあり方自体に私は問題を転じざるを得ないので、これは少しひどいのじゃないか。労働時間の制限をしてきた歴史を踏まえても、この「臨時」あるいは「緊急」という事態を、もう少し厳密に皆さん自体が、人事院自体が解釈をするのが私は当然だと思ってまずお伺いをしたわけなんですけれども、その点もう一ぺんきちんと答弁してください。
○島政府委員 私どもには、超過勤務をさせるのはあたりまえだという考えは毛頭ございません。あくまでも、こういう勤務をさせるのは職員の健康等から見て必ずしも好ましくない、他の方法によって十分カバーできる場合にはやはりその方法でやるべきである。ただし、ある一定の技術なり知識を要するようなそういう業務でありますと、たとえば非常勤職員を雇うとか、他の部局の職員の応援を求めるといいましても、なかなかそういう職員を短日月の間にある仕事に習熟させるのは困難である。そういうような場合にはやむを得ずやはり超過勤務をさせざるを得ない場合もあろうかと思いますが、しかしやはり私どもは、それは例外であるという認識には変わりはございません。
○阿部(助)委員 どうも狂っておるんですね。健康をどうだとか、人手が足らない、専門的だとか言うけれども、初めから予見できるんだから、予見できるとすれば人員をふやしておけばそれに対処することができるわけですよ。それをしないでおいて、一カ月に八十時間もの超過勤務をせざるを得ないことを初めから予見できておってそれをやるということは、一体労働法の精神からいって、また福祉という面からいっても、それは私は間違いではないかと、こう言っておるのであって、私はそれを認めればそれでいいですよ。
○島政府委員 人員をふやすという意味が、定員をふやすという意味になりますとまたいろいろ問題があると思います。やはり非常勤職員等によって一時カバーすることは、これは従来各省庁が行なっておるところでございます。
○阿部(助)委員 人員をふやすと問題があるからといって、何ぼでも超過勤務きしてもいいという理由にはならぬのでして、仕事の分量が多ければ、やはり人間をふやして超過勤務をできるだけないようにしていくというのがたてまえなんでしょう。人間をふやす、ふやさないというのはあなたの権限じゃないでしょう。それは別個なものであって、人事院としては、できる限り四十八時間制なら四十八時間、超過勤務のなるたけないようにというのが人事院のとるべき態度だと、こう私は解釈しておったんですが、あなたの考えとちょっと違うようでございますね。
○島政府委員 超過勤務はなるべくきせるべきでないという先生のお考えは、私ども全くそのとおりでございます。
○阿部(助)委員 これ以上あれしてもなかなか進まないようでありますので、先へ参りますけれども、吉國長官にお伺いしますけれども、三月期になると、はがきで、税務署へ来るように、という呼び出しをやりますね。このはがきなんですがね。前のほうは略しますが、「申告すべき所得について申告をしなかったり少なく申告をしたりしますと、あとになってお互いに手数がかかることにもなりますから、」お忙しいこととは思うが、まあ来てくれ、こういう、あとになって手数がかかることになりますからという、これはたいへんこわい文句を、何か、やくざ者に、おどかされておるみたな文句がついておるわけですが、これは、呼び出しというのは何か法律的な根拠というものがあるのですか。
○吉國(二)政府委員 法律的なと申しますよりも、納税者が申告をきれるその援助という意味で、もちろん任意でございまして、おいでいただかなくてもやむを得ないということでございます。
○阿部(助)委員 いまのお話だと、おいでにならなくともいいということでありますが、そうしますと、今度二へん目になりますと、もう少しきついんですよ。「申告すべき所得について申告をしなかったり少なく」いたしますと——その前に、何月幾日においでになるよう願ったけれどもおいでがない、そこであと、「申告をしなかったり少なく申告したりしますと、あとになってお互いに手数がかかることにもなりますから、前もって申告と納税のご相談をしたいと思いますので、」何月幾日においでくださいということで、今度はもう少し、これでもかというわけで、きついのが来るわけです。そうすると、税務署は何といっても、商売をしておる個人企業なんというような人たちにとっては、警察よりまだこわい役所でありますから、これくらい、二度おどかしをかけられますと、忙しくともひまをつぶして出かけざるを得ない。皆さんのほうでは、これは何も法律ではありません、出ておいでになろうとなるまいとかまわないのだ、こうおっしゃるけれども、実際問題として受け取るほうとしては相当にやはりおそれおののくのじゃないか、こう思うのですが、これは行政上の都合だけでやっておられるわけですね。
○吉國(二)政府委員 先般渋谷を御視察いただきましたが、その際にごらんをいただきましたように、納税者の方々は現在やはり相当むずかしい申告書を何とか正確に書きたいということで、税務署においでになるわけでございます。いまの呼び出し状もございましたけれども、呼び出しをして出署される方が五、六割だと思いますが、現にそのほかに、呼び出し状を差し上げなくてもおいでになる方が同数ぐらいございます。結局こういう申告というものがほんとうに納税者の間に定着をし、納税者が進んで正しい申告を出されるということでなくしては、税務行政というものは実際には実行できないというのが事実だと思います。そういう意味では、納税者の方に正しい申告の書き方を御援助いたすという意味では、やはりこれは税務行政の大きな部分であろうかと思うのであります。そういう意味でできるだけ御来署いただければ、それだけ申告の内容も正確になり、あとで更正決定などをする必要もなくなるということで、これを長らく続けてまいりまして、最近では納税者の方が税務署をおそれるということはあまりないのじゃないか。現に渋谷をごらんになりますと、お互いに非常にスムーズにやりとりをしておるというおほめも実はこの間承っておりますので、おっしゃるように税務署がこわがられるという事実もまだあろうかと思いますが、非常に改善されておるのではないか、かように考えております。
○阿部(助)委員 呼び出しに応じなかったときには、これは何か差別があるのですか。
○吉國(二)政府委員 何の差別もございません。ただあとで事後調査をする場合に、申告書を調べて、呼び出す呼び出さないにかかわらず、過少申告であるというものには事後調査が行なわれるということでございまして、出なければ損であるというわけではございません。正しい申告がより有利であるということでございます。
○阿部(助)委員 昨年私、長官に、明らかに間違いがあっても容易に変更するなという東京国税局の文書を読んで御質問申し上げたことがあるのですが、ことしは文書はつくらないようだけれども、もっと一そうきびしくなったようですね。今度は絶対に変えるなという例がある。これはやはり税務署でも神さまじゃないのだから、間違いがあったときはいさぎよく、誤りがあれば直すというのが私は行政の、政治ばかりじゃない、行政の本来のあり方だと思うので、そこはやはりあれであるけれども、昨年やったり、今度は文書は出さないけれども、絶対に直すななんということを指令しておるようなところがあるのですけれども、これは少し行き過ぎだというふうに長官はお考えになりませんか。
○吉國(二)政府委員 どうも私もその質問の意味がよくわからないのでございますが、直すなという意味、これは納税者が申告することでございますので、直すなということはないと思いますし、また現にこの間ごらんになりましたように、納税者が二カ月最高の売り上げを持ってきた場合に、それが最高であるのではないか、むしろ平均のツケを出してごらんなさいというような指導もいたしております。税務署は決してそういう無理なことをするということではなくして、納税者の同意を、協力を得るということが将来の税務行政の一番大事なことだと私は信じております。そういう意味で、悪い点があれば改善いたしますが、この申告指導ということが結果においてよき納税者を生む、よき申告を生むということを最大の眼目といたしております。
○阿部(助)委員 たいへんけっこうな御発言でありますけれども、実際は大体要旨によって見込み金額をつくっておって、それであなたのところはこのくらいあるだろうというようなことで押しつけているということは、これは実際問題としてあるのですね。そういう点で、いまの長官のおことばをもう少しやはり下のほうにも知らせておきませんと、取るためにはだんだんきびしくなるという傾向を持ってまいりますし、税務署のほうでも、みんなごまかしておるように思うのかどうか知らぬけれども、なかなかきびしいということはこれは間違いないようであります。今年はまた昨年より大ぜいの人員を呼び出す計画をしておるようでありますが、昨年までのこの二、三年の呼び出した人員は、第一次で幾ら、第二次で幾らという数字はございませんか。
○吉國(二)政府委員 いまここに持っておりますのは東京局の例でございます。四十二年には来署依頼をいたしました人員が二十一万三千八百人、四十三年が二十一万五千人、四十四年が十一万人と、これは非常に小さくなっております。ことしはまだ実績が出ておりませんが、ほぼ一昨年、四十三年並みであろうかと推測いたしております。
○阿部(助)委員 大体そのようでありますね。東京のブロック別の課長会議の計画を見ると、約二十一万九千人が一次、第二次が十万九千人くらいでありますから、大体一昨年並みというくらいのところでありますが、昨年から見るとこれは格段に人数が多くなっているわけであります。しかしこのように大ぜいの呼び出しというものがありますと、どうしても税務署の職員の方々も非常に忙しくなるのじゃないか。この呼び出しというものはもう少し減らすというようなことにしなければ、いまの超過勤務というものを少し緩和するということはできないのじゃないかと私は思うのですが、いかがですか。
○吉國(二)政府委員 実際を申し上げますと、昨年少額所得者については呼び出しを停止しようということを東京局はやったようであります。ところがその結果は非常に不安を持たれまして、実際には、さっき申し上げましたように来署依頼したより以上の人が来られて、それで結局またもとへ戻したという経過のようであります。したがいまして一昨年とほぼ同じ数になっているのではないかと思いますが、その場合に、確かに私どもは超過勤務をできるだけ避けたいとは思いますけれども、この三月の時期に納税者の方が東京局だけでも百万以上申告をされる。その相当数の方が税務署を訪れられるわけであります。呼び出した人員よりも税務署に任意に来られた方のほうが数は多いと思います。そういうように、やはり税務署に行ってしっかり確かめた上で申告をしたいという納税者の意欲というものは、これは非常に大事なことだと思うのです。申告納税というものは、納税者が自分から進んで申告をするということになることが基本であろうと思います。いわばそれを現在ほぼ定着に近いところまでこういう申告指導でやってきたということも事実でございますので、一方において超過勤務をできるだけ避けるように、もちろん臨時職員も雇っておりますし、申告書の整理等にはアルバイトを、署によっては二十数名も雇っているところもございます。また各課の職員が応援をしているところもございます。それでもできる限り職員の健康には注意しながらやっておるのが実情でございます。また、この申告指導の前には一斉に職員に対して健康診断をやっております。十分な注意をしながら、しかし納税者の申告、控除、納税に対する協力というものを得るためには、私どもはやはりこれだけのことは税務行政としてやらざるを得ないのではないか。もう少し事態が改善されればまたそれはよりよくなるということは考えるわけでございますが、いまのところこの程度の呼び出しというのはやむを得ないんではないか、かように考えております。
○阿部(助)委員 先ほど人事院の職員局長の話もお聞きのとおりでありまして、私は、やはり税務署の職員の超過勤務というのはたいへん多過ぎる、こう思うのであります。それはまあ国民へのサービスだとかいったことを優先する、それは数をふやしてサービスすればいいんであって、毎年毎年きまった季節になればこれだけ超過勤務をさせるということは、やはり長官としてもたいへん残念なんでありましょうけれども、何とかもっと呼び出しを減らしていくとか、あるいは職員をもっとふやすとかいうことがなければ、実際問題として少し超過勤務時間が多過ぎるんじゃないかという感じがするんですけれども、その辺の長官のお考えはどうですか。
○吉國(二)政府委員 私といたしましては、定員が多ければ多いほどいいという気持ちは持っております。現に、現在五%削減という段階でも、毎年その五%を埋めて若干名ずつふやしておりまして、もっとふやしてもらいたいというのが実情でございますが、この臨時の事務——先ほどもお話がございましたが、たとえば大蔵省の主計局でも、毎年予算をつくるために一カ月以上は二百時間ぐらいの超勤をやっていると思います。やはりある時期に臨時に起こることに対処してやってまいりますためには、ある程度はやむを得ない、そのために超過勤務手当というものもあるんだろうと思います。これに十分なだけの人員をもらえるものならもらいたいと思いますが、なかなか全体の公務員制度の中でそれだけ要求することがむずかしい、要求してもなかなか認められない実情のもとでは、税務行政をここでしっかりやっておくことがあとの数カ月あるいは十一カ月の超勤をむしろ減らす、あるいは調査の手数を減らすということから見ましても、大局的には決してマイナスではない、かように考えております。もちろん健康その他についての注意は十分払ってまいりますけれども、当分この程度のことはやらざるを得ないというのが現在の実情ではないかと思います。
○阿部(助)委員 現状はこうだから超過勤務をしておるんでして、また予算編成期において大蔵省の皆さんが超過勤務をされておることも重々わかります。だけれども、これは決していいことではないと私は思うのでありまして、まず、これはいいことじゃないんだということから出発をしなければ、これは直らない。長官みずから、まあしようがないんだということでやったのでは、皆さん幹部はいいだろうけれども、使われている下々のほうは、これはたまったものじゃないんでして、その辺を長官たる者、もう少し職員のことをお考えになって、私は、まずこれはいいことじゃないんだというところから出発をされないと、これは解決を見ないんじゃないかと思うのです。 私、ついでだから、もう私もあまり超過勤務したくないので、はしょろうと思いますが、たとえば一つは、これは具体的に言いますが、麻布の税務署ですが、六木木かいわいの飲み屋街といいますか、そういうところの調査を計画をいたしました。その調査の時間は、昭和四十六年一月二十九日金曜日、二月二日火曜日の間の夜間(七時から十二時ごろまで)一斉に臨戸する、こうなっているのですね。そうすると、これはもう初めから深夜業務なんですね。こういうこと自体がいいことかどうかということが一点。 もう一つは、十二時まで深夜業務さしたら、それに見合う超過勤務手当というものは当然お出しになるのがほんとうだと思うけれども、これはお出しになっておるのですか。
○吉國(二)政府委員 これは阿部先生も御存じだと思いますが、六本木というところは昼間は締まっていて開いておりませんので調べられません。アパートに行ってその持ち主にかけ合えば、そこには帳簿がない。しかもあの辺には非常に問題があると言われているのを全然調べないでほうっておくということは、これは税務行政としては絶対にできないと思います。したがって調べ得るチャンスは、わずかに七時から十二時までの間なんでありまして、調べる職員には非常に気の毒だとは思いますが、これは私、税務行政の義務であると思います。ですから、申告がない限りは——あの地帯は非常に非難されている地帯でございますので、これは絶対にやらざるを得ないと思います。もちろん超過勤務は払っております。
○阿部(助)委員 しかし、これは刑事事件でも日の出から日没までというのが大体原則です。そこで、長官はいま非常に語気を強めて、やらないわけにはいかぬ——私は何もやるなとは言っていない。これは調べる手が絶対にないということはなかろうと思う。それを深夜にやらせるというところに私は一つは問題があると思う。 もう一つは、超過勤務を払ったと言うけれども、これは労働者から要求があって初めて全部払ったようでありますけれども、初めは十時までしか払っていない。これは私が調べたのだからはっきりしている。そういう深夜業務をさせたら、そのさせた分は、組合からの強い要請がなくても、これは私ちゃんと払うべきだと思う。 もう一つは、刑事事件であってもこれは大体日の出から十二時までなんていうことではなしに、せめて十時から十時までで一応やってやるのがほんとうじゃないか。十二時までやらせるということには少し問題がある、これが第二点。 もう一つは、こういうふうに深夜業務をさせた場合には、次の日はどうなんですか、交代させているのですか。
○吉國(二)政府委員 警察の調査でも、夜間公開する場所については例外がございます。これは実際問題として、昼間参りましても調査ができないわけであります。これはやむを得ないことだと思います。したがいまして、これの調査をやってはいけないということではないと思います。これはやむを得ないということでいたしましたが、超勤が十分払われていないというのは、たいへんな手落ちで、それは私注意していきたいと思います。 ただ理論的に申しますと、超勤を払えば翌日は普通勤務になるわけでございますが、それについてはそれぞれ妥当な処置を上司はとっていると思います。若干おそく出てくるとか、それははかっているだろうと思いますが、理屈を申しますと、超勤を払えば翌日は普通勤務の代休というふうには制度はなっておりません。
○阿部(助)委員 まあ、こういうことで呼び出しが多い。そうして超過勤務という形、またこういう深夜業務というようなものも、これはたいへん御苦労なさっているということでありますが、やはりこういう労務管理という点をもう少し真剣に考えてもらわないと、やはり税務署の職員は疲れもするだろうし、病気にもなるだろうし、そうしていらいらしておれば、警察よりこわいということばもあるように、ますます納税者に対する態度も荒っぽくならざるを得ない面も出てこようかと思う。そういう面で、まず呼び出しをもう少し何とか指導してこれを減らすべきだということが一点と、こういう深夜業務は、いかにそれが困難であろうとも、こういう深夜の十二時までなんという計画は立てるべきではない、九時であるとか十時であるとかいう形で、そうおそくまでのあれはやるべきでないということを私は強く訴え、そうしてそういうことがあった場合にはせめて次の日に代休を与えるというくらいの配慮はおとりになるのが当然なことだ、こう思うのですが、御答弁を伺って私の質問を終わりたいと思うのであります。
○吉國(二)政府委員 呼び出しの点につきましては、私が先ほど申し上げましたように、昨年の例で、呼び出しをやめたために結局任意来署が同じくらいあったという現状では、もう少し状態を見なければそういう点で判断しかねるというふうに考えております。 深夜の調査につきましては、もちろんできるだけ早く切り上げるという指導をすべきであろうと思います。あと始末についても常識的な措置を考えていくべきだということは、私もそう考えております。
○阿部(助)委員 終わります。
○毛利委員長 次回は、明十七日午前十時理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後五時四十二分散会