法務委員会 第8号
- 発言数
- 165 件
- 登壇者
- 19 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1970/12/17
会議録
○高橋委員長 これより会議を開きます。 今国会、本委員会に付託になりました請願は三件であります。 本日の請願日程第一から第三までを一括議題とし、審査を進めます。 各請願の内容につきましては、文書表ですでに御承知のことと存じまするし、また、先ほどの理事会において御検討いただきましたので、紹介議員の説明等を省略し、直ちに採決いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 これより採決いたします。 本日の請願日程中、日程第二の請願を採択の上内閣に送付すべきものと決するに御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 なお、ただいま議決いたしました請願に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○高橋委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は附録に掲載〕 —————————————
○高橋委員長 今国会、本委員会に参考送付されました陳情書は、お手元に配付いたしておりますとおり、十件であります。この際、御報告いたします。 ————◇—————
○高橋委員長 裁判所の司法行政に関する件、法務行政に関する件、検察行政に関する件及び人件擁護に関する件について、調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。畑和君。
○畑委員 私は、本日はまず最初に最高裁のほうに対してお尋ねいたしたいと思いましたが、最高裁がまだそろわぬようだから、先に簡単に法務省のほうにお尋ねいたしたい。 われわれが例の再審の臨時特例法案というものを前に出したことがあります。ところが、その後与党ともまた政府ともいろいろ話し合いをいたしまして、そうしたわれわれがそのとき対象として考えておりました一定期間の死刑囚、その人たちに対しては恩赦をもってこれをひとつ何とか処遇しようというようなことで、われわれの法案はそのまま廃案ということになることを、われわれも承知いたしたのです。そのあと恩赦の作業がどう進んでおるかということについて、お尋ねいたしたいのです。 この前、そういった処置をいたしましたのは、西郷大臣のときでありました。また、今度の小林法務大臣のときになりましても、最初に私からその点申し送りがあったかどうかというような点についても、確認をいたしました。前法務大臣のあとを受けて、現在の小林法務大臣もその趣旨で恩赦のほうの作業を進めておる、こういう御返事でありました。ところで、その後必ずしもそれが進捗をしてないというふうに私たちは思っております。あの当時、あの再審特例法の成立を非常に心から望んでおった人たちも、結局ああいう形になって収拾をした結果、その恩赦の結果について非常な期待を持っておるのでございます。それが遅々としてなかなか進まぬということについては、われわれとしてもやはり重大決意をして、むしろまた例の再審特例法を再提出をしなければならぬというようなことに追い込まれざるを得ないことになるのではないかと思うのです。 つきましては、その点についてお尋ねいたしたいのですが、あのわれわれが対象としておりました死刑囚の中で、何人恩赦ということによって救済をされたか、それをまず承りたい。
○笛吹説明員 第六十回通常国会におきまして、ただいま御質問のございましたいわゆる再審特例法案というものが審議されまして、その当時その対象となっておりました人が七名でございます。ただいまおっしゃいましたように、中央更生保護審査会のほうでも、前向きの態度をもって、できるだけ早く結論を出すべく審査を続けておるわけでございますが、何ぶん、いずれも死刑の事件でございますので、御承知のとおり各事件の記録が非常に膨大でございます。それを全部記録を検討いたしまして、恩赦に相当すべきものはするというように作業を急いでおられるようであります。これで非常に時間がかかっておるわけでございますが、ただいままでに結論が出ましたのが二名でございます。そのうち、一名は昭和四十四年、昨年の九月二日、もう一名は本年の七月十七日にいずれも議決して、恩赦相当、無期懲役に減刑という結論が出て恩赦が実施されておるのでございます。あとの五名につきましてはまだ審理中であります。
○畑委員 あと五名が審理中の由でありますが、その中には、平沢のごとき相当高齢者もおるわけでありまして、平沢は明治二十五年二月十八日の生まれだそうでありますから、そういたしますと、来年の二月になれば七十九歳だと思うのであります。この間も刑務所内でたいへん病気になりまして、相当きわどいところまでいったような話も聞いておりました。こうした長い間、しかも拘禁の日数はおそらく記録的なものだと思うのです。死刑判決を確定していながら、それを現在まで歴代の大臣が死刑執行の判を押すことができなかったということは、彼は次々と再審の手続をして申し出をしておりました関係もありましょうけれども、しかし、最近は彼も再審の申し立てをいたしておりません。実に長い拘禁をされておるわけであります。こうした長い拘禁は死刑囚ではおそらくないだろうと思うのでありますが、こういうことも結局あの問題が非常に問題をはらんだ事件であったというようなこと、あるいは当時のGHQ等の存在、こういったようなこともいろいろあって、歴代の大臣も死刑執行の判を押すことをためらったこともあろうと思うのであります。 それはともかくといたしまして、ともかく相当高齢で、もういつどうなるかわからぬという状態であるわけでありますから、ひとつ早くこれをやってもらわないと、せっかくのそうした考え方も実を結ばぬということになると思うのであります。いろいろ課長さんなんかに話を聞きますと、保護局長もかわられたばかり、課長だってかわられてからそんなにたたないそうであります。また、更生保護審査会の委員のメンバーがだいぶまたかわったというようなことで、初めからまたやり直し、記録を読み直してもらう、人が違うんですからどうしてもそうなりますね。そういった関係も非常にそうした恩赦の手続を進めるについての障害になっておると私は聞いておるのです。そうだからいって、いろいろ役所がかわらないわけにもいかぬと思うのでありますけれども、そういうことによって遅延しているということは、私はやはりぐあいが悪いと思っておりますが、その点はどうお考えになりますか。
○笛吹説明員 ただいま御指摘のように、平沢につきましては非常に高齢であるわけでございますが、また、中央更生保護審査会の委員の構成あるいはまた保護局の私たちの異動というものがあったことも事実でございます。この恩赦につきましての結論を早く出していただくようにということは、これは変わらない気持ちでおります。したがいまして、委員会の委員さん方も、皆さん努力されまして、できるだけ早くということで鋭意努力されておるわけでございます。 先ほど申し上げましたように、何ぶん五人の死刑確定者、しかもそれ全部が全部並行してやるというわけでございませんけれども、一応何とか並行してやれればやりたいということもありますし、記録がたいへん膨大なものでございますので、時間がかかっておるわけでございますが、御趣旨は十分わかっておりますので、できるだけ早く結論を出していただきたい、かように考えて、委員会のほうへもそのように申し上げておる次第でございます。
○高橋委員長 ちょっと私からも……。 いまのこれも早くやってもらうという趣旨で当委員会もずっとやってきておるわけですが、いまの平沢のごときは、畑君が言うように、高齢でもあるし、病身でもあるというふうなことなんで、事務的操作というか、いろいろこまかい点について有罪か無罪かとか、情状なんか記録によって調べるのはとてもたいへんな時間がかかると思うのですが、一体そういう結論が出るまで、仮釈放的な措置でも特別にとる方法はないんですか。死刑囚の場合は、それは絶対できませんか。死刑囚であっても仮釈放とか何かそういう手段方法はなかろうかというのです。
○笛吹説明員 ちょっといまのところは困難だろうと思います。
○高橋委員長 法律上はどうなんですか。
○笛吹説明員 法律上は、死刑囚に仮釈放というのはございません。そういったものはございませんので……。
○畑委員 局長の御答弁のとおり、確かに仮釈放という制度は死刑囚にはないことは明らかでありますけれども、それだけにやはり急いでもらわないといかぬと思うのです。せっかくそういう方向に向かったとすれば、それを早くやって、もし恩赦ができるとすればやはり健在のうちに何とか日の目を見るようにしてやりたい、こういう考えでいるわけです。特に平沢の場合には、例のコルサコフ氏病ですか、あの問題が例の裁判のときにも問題になりまして、結局コルサコフ氏病の前歴はあるということは認定されましたけれども、あの犯行があったと思われる当時には犯罪能力はあった、責任能力はあった、こういうようなことで退けられたと思うのでありますが、その後科学も非常に進歩いたしまして、コルサコフ氏病につきましても最近は学者の見解もいろいろ違ってきておるやに聞いておる。特に東大の脳研の所長の白木博士なども、あの鑑定には相当疑問を持っておられるやに聞いておりまして、現在の水準ではああした鑑定は出し得なかったのではなかろうかというような考えを持っておられるようで、再鑑定の意見書を出しておられるとかいうように聞いております。また、東京工大の宮城音弥博士なども、責任能力がないというような鑑定をして、学問的な立場から平沢白説を主張しておるようであります。また、慈恵大の青木董久博士も、コルサコフ氏病の患者があれだけ周到綿密な計画的犯行はできるはずがない、こういうようなことも言っておるようであります。 要するに、そういった学界の主流の人たちが、そういった問題に相当疑問を持っておるわけでありまして、特に平沢の場合につきましては、この観点から恩赦の手続につきましては十分これを考慮に入れてやっていただきたい、こういうふうに私は考えますが、この点はいかがですか。
○笛吹説明員 ただいま仰せのように、本年の十月十七日以降に平沢本人の代理人から四回にわたりまして上申書が出ておるわけでございます。その中で、ただいまおっしゃいましたコルサコフ症状についての当時の鑑定の問題について、御意見が出ております。したがいまして、この点も含めまして結論を出すように、ただいま審理中でございます。この点も含めて審理していただいております。
○畑委員 それから、もう恩赦が決定をされて死刑が無期になった山崎小太郎という者が在監しておりますが、この山崎小太郎の場合も、現在もう七十六歳、もう二十二年間の獄中生活を送っておるそうでありまして、高血圧その他の病名で、もう数年入院し、いまでも刑務所の中の病院に入院中だというような話も聞いております。せっかく恩赦になったことはいいのですが、そのままそういう病気であるのに執行停止もせずにおくということは、私は不適当だと思う。むしろそこまでいったら、もう七十六歳でありますから、執行停止という手続で私は自由の身にさしてやるべきだと考えておるのですが、この辺はどうお考えですか。おたくのほうの管轄じゃないかもしれぬ、行刑局の関係かもしれませんが、どうお考えですか。
○笛吹説明員 これはちょっと私のほうの所管でございませんので……。
○大竹政府委員 これもさっきの仮釈放とは多少違いますけれども、いままであまり例の少なかった問題でもあるわけでございますが、しかし、一応恩赦の決定があり、そしてしかも老齢だということでございますので、刑の実際、いままでの行状その他を勘案いたしまして、できるものなら何とか考慮してあげたいというふうに考えておる次第でございます。
○畑委員 先ほどの死刑囚に対する仮釈放とは場合が違う。これは死刑囚については仮釈放がないことは明らかなのです。ただ無期懲役になった者については、執行停止もあり得る。仮釈放でなく、執行停止もあり得るわけですから、執行停止という形で私はやるべきだと思う。七十六歳ですから、いつ死ぬかわからぬですから、やはり自由な空気を吸わせて死ぬのなら死なしてやりたいと思う。これはだれも非難しないと思うのです。恩赦で死刑が無期になった。したがって、しばらく置いておかないとかっこうがつかないということかもしれませんが、どうせやってくれる心があるならば、やはりさらに一歩進んで、この七十六歳のような場合には、これは執行停止ということが望ましいと思うのでありまして、次官もそれに別に反対でもなさそうでありますから、ひとつ大臣のほうにもよく言っていただきたいと思うのです。きょうは、大臣がおりますれば、もう少し突っ込んだ意見もかわそうと思いましたけれども、おられませんので、後日に譲ることにいたしまして、この問題についてはこれだけといたします。 続きまして、次は最高裁のほうにお尋ねいたします。事務総長以下おいでになったようでありまするから、これから若干の質問をいたしたいのであります。 最近、司法の独立ということが非常に問題になっておる。裁判というもの、裁判官のあり方、司法のあり方、こういったものが今日ほど国民の間でいろいろ問題にされ、問われておるときはないと私は思うのでありまして、いろいろこまかくそれを申し上げる必要もないと思うのでありますが、特に最近の、例の青法協の問題だとか、あるいは平賀書簡の問題、福島裁判官の問題、飯守裁判官の問題、それからさらに訴追委員会の例のこの間の処置、こういったようなものは一連のほんとうの最近の事案でありまして、これは国民が裁判というものに対していろいろ非常に疑問を持つ事柄だと思うのであります。 たまたま、皆さんもお読みになったと思いますが、毎日新聞に「裁判官」というテーマで連載の記事が載っております。これにいろいろきょうまで連載されておりますが、まだあしたも続きそうであります。これを見て、最高裁ではちょっと苦々しいと思う点も相当あろうと思うのでありますが、しかし、いままで裁判官というものの、あるいは裁判所の裏側というようなことにつきましては、国民も一般の人たちは知らぬ人が多い。われわれ弁護士でありますから、これに書いてあるようなことはわれわれも大体うかがい知っておるわけでありますけれども、一般の国民はなかなかそういうことを知る機会がない。そういう点にとっては、私はなかなか示唆に富む記事だと思っておるのでありまして、この中に出てくる二、三のことなどを中心として質問をしてみたいと思うのであります。 司法の独立、こういわれておりますが、一体司法の独立とは何ぞやという根本的な問題がございます。結局三権分立である。政府に対しても、また立法府に対しても裁判所というものは独立をしておる。そして憲法に従って、裁判官はその良心に従って、憲法と法律にだけ拘束をされて、独立をして裁判を、その職権を行なうという例の憲法の規定、このことが結局は司法権の独立ということの一番のもとになるものだと思う。裁判の独立、したがってまた司法権の独立ということになると思うのでありますが、最近の事象を見てみますると、司法の独立というものが何となくどうも、私は、そのとおりにはいっていないんじゃないかというような感じが深くするのであります。裁判所のほうに聞きますと、いや、そんなことはない、りっぱにわれわれは独立を保っておるんだ、どこからも干渉されずやっておるんだ、この間の私との問答でも、人事局長などもこう言っておられましたけれども、しかし私は、どうもそういう気がしないのです。最近非常に、やはり世論がいうとおり、司法権の独立というものが危機に瀕しておるのではないかというような感じがいたすわけでございます。その大きな事例としては、最高裁の前事務総長の時代の、例の最高裁の公式見解ですか、あの見解、それからさらに引き続いてそのあとで出された最高裁長官の談話、こういったものの中に、どうも司法権に対する暗い影がさしているような感じがするわけでありまして、そして一口には政治的に中立でなければならぬというようなことが前面に押し出されておる。私は、どうもこの政治的に中立でなければならぬということがなかなかよくわからない。この点についてまずお聞きしたいと思うのですが、この、政治的に中立ということは一体どこに法理的に根拠があるのか、その点がちょっと私にもよくわからない。よく政治的に中立、中立といわれます。それは望ましいことには違いない。しかしながら、それがそう前面に押し出されるほどの問題なのか。私は、それよりもむしろもっと大事なことは司法権の独立だと思うのです。そしてまた、何よりもかによりも憲法に沿って行動し裁判をするということが、何よりも基準ではなかろうかと思うのであります。そういう点で、どうもずいぶん前からいわゆる偏向裁判ということがやかましくいわれました。ある一部の方面からいわれた。いろいろな労働事件等に対して、その判決の結果が偏向している、その偏向しているというのは、結局裁判官が偏向裁判だからである、こういうことがいわれ、しまいには最高裁の判決の、例の中郵事件の判決についてすら偏向だといわれるようなこともあったわけでありますが、この偏向だというような人たちは、憲法を、場合によったら変えていこう、憲法九条は一体けしからぬ、こういった改憲論者が多いような気が私はする。そういう人たちから見れば、なるほど偏向かもしれない。しかし、そうじゃなくて、憲法の側からすれば、憲法を中心とすれば、そういう人たちこそ私は偏向しているんじゃないか。したがって、ただ政治的に中立、中立ということは、どうも的を射てないんじゃないか。裁判所はかえってそういう声に脅かされて、政治的中立の名のもとに、だんだんいじけてきている、そんな感じが私はするのでありますけれども、一体政治的に中立ということはどういうことなのか、ひとつ聞かしてもらいたいと思います。
○吉田最高裁判所長官代理者 公正であるということが裁判の生命でありまして、公正でなければもう裁判の生命はないのでございます。その公正を一番担保するためにはやはり裁判が政治的に中立でなければならない。このことはさっき御指摘になりましたように、憲法の七十六条に、「すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」こういう規定がございまして、この規定から裁判の独立ということが出てくるわけでございます。裁判の独立と申しますのは、結局裁判官が裁判を行なうについてほかからいかなる干渉や影響も受けることがないということでございます。さっき申されましたように、裁判所以外の他の国家機関からはもちろんのこと、また、いかなる社会的勢力からもそういった干渉なり影響なりは受けることがない、こういうことであろうと思っております。
○畑委員 私もそのとおりだと思います。結局そういうことで中立ということばが出てくるんだろうと思うのです。私は、あくまでも司法権は独立である、他のいかなる権力にも、政治権力にも、時の政府に対しても拘束をされない、それに支配されないということから、したがってそういう政治的中立ということばが出るのだと思うのでありますけれども、むしろ一番の根本は、独立して職権を行なって、しかも良心に従って、またさらに一番大事なことは憲法と法律のみに拘束されるというこのことばが大事だと思うのです。これが一番根本だと思うのです。国民の信頼に対する基準というものは何かといったら、何よりも憲法に忠実である、憲法を中心として動くということが一番の中心でなければならぬ。その中から公正さというものが出てき、公正さのうちの一つとして中立ということが出くる。特に政治的にということに対してもいろいろ問題が出てくるのですが、あなた方は最近それを強調し過ぎていやしないか。それだからかえって司法権の独立が時の権力によって侵されているんじゃないかというような疑いすら持たれるということになるのではないか。ともかく国民の信頼の基準というものは憲法に従うということ、憲法中心であるということ、その点はいかがですか。御意見ありますか。
○吉田最高裁判所長官代理者 まさにそのとおりでございます。
○畑委員 憲法に忠実であるということは、場合によったら、先ほど私が例をあげましたが、憲法を改正しようという人たちにとってはどうもぐあいが悪いかもしらぬ、政治的に偏向しているというふうに映るかもしらぬ。はっきり申しますけれども、現に自民党は綱領の中に、いまの憲法を改正ですか改悪ですか、改正と書いてありますが、とにかくそれを改めようということを党是として掲げておられる。いまの総理はそうじゃないと言っております。政党はそういう綱領を掲げておるけれどもいまの政府は憲法を守るんだ、こう言っておられるけれども、自民党の綱領にそう書いてあるのだから。また、その中の一部にはなかなか極端な国家主義的な人もおられる。そういう人から見れば、憲法に忠実にやった裁判の結果に対して偏向裁判だ、こういうことを言うかもしれない。したがって、政治的に中立云々ということはともすれば誤解されやすいと私は思うのです。最高裁が政治的に中立でなければならないということをあまり強く持ち出すと、そうするとそういった人たちにとっては非常にいい武器だと私は思っております。そして不当に裁判官の良心が踏みつぶされるようなことになることもあり得る。私は今度の福島裁判官の問題についてもしかりだと思います。青法協に入っていることがどこが悪いのでしょうか。私は青法協に入っていることは何も裁判官に認められないことはないと思う。それだからこそ、あなた方最高裁は青法協に入っていること自体は別に間違ってはいない、責めはしない。それがどうこうということはないけれども、しかし、そういう政治的なにおいのする団体に入っているということは、国民からどうもへんぱな裁判をすると見られやすいから好ましくない、こういうような言いっぷりをしておられます。しかし、御承知のように、裁判所法におきましても、裁判官に禁止されておる行為というのは、積極的に政治活動をすることですね。積極的に政治活動をするということは、極端な話、共産党に党員として入っておっても、それはいい。ただ積極的な行動に出てはならぬのだ。一応いまの政府なら政府のやり方を批判をするということだけは必ずしもかまわないんだ、問わないんだ、こういうようなことを最高裁で出している裁判所法の解釈の本ですか、それにも書いてあるわけです。これはもう私は動かせない事実だと思うのです。その点はいかがでしょうか。どういうお考えですか。
○長井最高裁判所長官代理者 裁判所法の逐条解説にただいま御指摘のような説明が載っておりますが、裁判所法第五十二条の解釈として書かれておりまして、しかも冒頭に、あれは当時の執筆者が当局の一応の見解としてという限定をつけて述べておりますが、私どもはあれは法律の逐条解釈として出てきた限りの解釈と考えております。ただいま御指摘の政治的中立性の問題につきましては、仰せられますとおり、憲法と法律のみに拘束されて裁判官が公正な裁判をしていくということを憲法上義務づけられておるわけでございます。そのためには憲法と法律のみに従って公正にしたという内実とそれに伴う外観を備えなければいけない。その外観がどうあるべきかということにつきましては、日本の八十年にわたります裁判官の伝統といたしまして、裁判官のあり方が久しく論じられまして、今日まで独立した司法権として社会から尊重されている、このように考えております。そのあり方といたしまして、たびたび政治的な色彩のある団体に加入することはやはり慎むべきである、これは裁判官の倫理として慎むことが裁判の公正さを担保し、社会の信頼を得るために必要であるという立場からなされたものでございまして、あの解説とは少し次元を異にしました裁判の公正さを世間に明らかにするためのあり方である、このように解しておるわけでございます。
○畑委員 それはおかしいですね。とにかく逐条解釈では、ちゃんとあの本にはそう書いてある。当時の最高裁の総務局長か何かが書いたんだと思うのですが、そうするとそれは変わったんですか。それは間違っているのですか。それとも見解が変わったのですか。その点、法律の解釈としては逐条的にはこうなんだけれども、裁判官のあり方としてやはりそういった政治団体に入っておることは、法律違反ではないんだけれども好ましくないという一般的な見解、だから逐次解釈はそれでいいんだけれども、変更はする必要がないんだけれども、司法行政的にというか、そういった裁判官のあり方が望ましい、こういう最高裁の考えを言ったことなんですか。その辺矛盾はないのですか。
○長井最高裁判所長官代理者 逐条解説にそのように書いてございまして、これは裁判所法の解釈といたしまして、制定されました立法の論理的な解釈はあのようになる。ただ、裁判が公正を担保するために日本の裁判所としていかように裁判官はあるべきかということを、長い伝統の間から裁判官の倫理といたしまして、あるいはもう少し平たくいえば、職業の倫理といたしまして、今日行なわれております表現をかりますれば、政治的に中立であることが望ましいということをいわれておるわけでございます。例をあげますれば、このほかにも、判決につきまして裁判官は弁解をせずというようなことがいわれ、それがやはり判決の権威というものを今日維持しているものと私どもかたく考えております。これも法律上、このことが特に法律の規定として義務づけられているようなものではございませんけれども、裁判官の倫理といたしまして裁判官にかたく守られておりまして、これが裁判における納得性と司法の独立というものに奉仕していることを私どもは認めざるを得ないと思います。それと同じように、やはり裁判官の倫理というものは長い伝統の間につちかわれ、先輩が後輩に伝えるものとしてかたく守っていくべき職業上の倫理であると考えまして、あのような立場というものが明らかにされたものと考えております。
○畑委員 どうもよくわからぬが、私はむしろ裁判官の倫理というのは憲法に忠実だということだと思うのです。そこから自然と出てくるのです。私はそう思います。極端な軍国主義者とかあるいは相当の共産主義者、こういう者は裁判官にはほとんどおらないと思う。憲法に忠実であれば、そういうことは腹の中で思想として考えておったって、思想はそうであってもそういうことは裁判の結果には出てこないと思う。ところが裁判所のほうは、外からそんなことを言われるものだから、それに乗ってしまって、事務総局が事務総長談話を発表して、見解を発表して、それに政治的中立を特に前面に出してうたう。それを裁判官の倫理だという。また、最高裁長官がああいう発言をされるということは、それに乗っかっていると思うのです。それよりもむしろ憲法に忠実であればいい。これが何よりも私は基準だと思う。何もそのときの権力、勢力、いろいろな人のあれに右顧左べんする必要はない。最高裁の長官がああいう談話を発表すること自体が不見識だと私は思います。むしろああいうことは言わないほうがいい。言わないでもわかっているのです。しかも、私考えますのには、そういった思想の持ち主、これは思想の自由であるから、モラルの問題だ。したがって、これをレッドパージしたり、ブラックページしたりすることは裁判所としてはしない。ただ外部の勢力によって、外部の力によって、たとえば訴追委員会等で問題になることもあろう、こういうようなことを最高裁の長官が言うにおいては、みずから司法の独立を失墜させているのではないか、こういう感じすらするのです。こういうことは言わないでもいいのです。だから訴追委員会がとうとう取り上げて、そして福島裁判官の問題と平賀所長の問題とすりかえて、裁判の独立を守るために裁判に干渉してはいかぬということはそれこそ大前提でなければならぬのに、それに干渉した平賀所長が責められず、逆に、秘密を漏らしたというような比較的ささいなことで訴追委員会では訴追猶予になって、平賀さんのほうは不訴追だ、こういうことにきまったもとは最高裁がつくっていると私は思う。最高裁の責任ですよ。言外に訴追委員会でやってもらいたい、われわれとしてはレッドパージ等はできない——幾ら何でもできるはずがないですよ。したがって、その征伐はひとつ訴追委員会でやってくださいと言わんばかりではありませんか。訴追委員会で問題になれば別問題だ、そういうことがあるかもしれない、こういうことまでつけ加えて言っている。こういうことは最高裁の長官の言うべきことではないと私は思う。このことは結局みずから司法権の独立を失墜させておる、私はそんな感じがする。もっと不覊独立な態度を表明するなら表明すべきです。政治的な中立というようなことばで盛んに強調しますけれども、それは一方の、憲法を改悪しようという人たちにとってもっけの幸いの口実になっているのです。青法協攻撃の材料になっておる、私はそう思います。それでは裁判官になる人がだんだん減るのはあたりまえですよ。裁判官というものはとにかく非常に窮屈な、ほんとうにこの「裁判官」という記事にもありますが、私はまことにそのとおりだと思う。裁判官は非常に窮屈だ、親戚づき合いもまともにできない、居酒屋で酒を飲んだりすることもなかなかできない、こういうことなんです。そうした窮屈な生活をしておる。しかし、その裁判官の生きがいというものは、何よりも独立して裁判をするんだ、そしてまた憲法と法律に従ってだけやるんだ、それだけにしか拘束されないんだ、どんなえらい人でも悪いことをすればわれわれは裁判をするんだ、そしてたとえ国会できまった法律でも憲法に違反することがあれば違憲であるということの裁判ができるんだ、こういう誇りですね、生きがいをいまの裁判官は感じていると私は思う。ところが、最高裁が司法行政的な考え方からいろいろなことを言う。それでは魅力は感じなくなるんじゃありませんか。私はそう思いますが、いかがですか。
○長井最高裁判所長官代理者 憲法に忠実に裁判せよと仰せられますことは、まことにそのとおりでございまして、裁判はそのようでなければなりませんし、また外からの信頼を得なければならない。そのような外観が厳として確立されていかなければならないと考えます。そのためには、内心の憲法に対するいろいろな考え方を裁判官が表明いたしますのは、やはり具体的な事件におきます裁判においてのみであると考えます。それ以外にいろいろな政治的な立場というものについてのあり方が外から問題にされるということになりましたら、やはりその人の立場というものが、いろいろな立場から見られるようなことになりましては、伝統をになう裁判官としては憂慮にたえない。先輩の守ってきました裁判官の倫理というものは、政治的に中立であるべきであるという先輩のことばとして後輩裁判官は聞いておると私は信じておるのでございます。
○畑委員 それでは聞きますが、中立というのは一体何ですか。政治的に中立というのはどういう立場ですか。
○長井最高裁判所長官代理者 先ほども事務総長がお答えになりましたように、憲法の七十六条三項にございますように、良心に従って独立にその職権を行なうことであるということでございます。
○畑委員 そうなれば、そのほかに中立ということばはないはずである。憲法のいまの条項の中には中立ということばは別にないですよ。しかし、独立して裁判を行なう、したがって公平ですね。それでまた憲法と法律に従う、これが中心だ。したがって、そこから自然と出てくることではありましょう。そうじゃないとは言いませんよ、政治的中立ということがないとは言いませんよ。公平であるから中立なので、それはあるけれども、それを前面に押し出してくることが、いま言ったような勢力に利用されることになる。そしてまた裁判官のファイトもそれでなくなり、裁判官をいじけさせるということになりはせぬか、それを私はおそれておるのです。したがって、最高裁長官のあの談話も、私は、まことにいまの問題をむしろいろいろ複雑化させているもとだと思うのだ。自分がつくっているんだ。そんなことを言わずに、とにかく憲法に従ってわれわれは独立して裁判を行なうんだ、こういうことさえ言っておけばよかったんだ、そう思う。 ところで、それからやはり出てくるのは再任の問題です。任官の問題については、この間二人ばかり修習生が希望しても任官させなかったですね。青法協に入っておって活動分子であると言うことはできないから、ほかの理由で任官させなかった。私はほんとうの理由はやはり青法協の活動分子だということだと思う。しかし、そうは言えないからそれじゃない、こう言っておりますけれども、そうだと思う。それから、さらにまた今度は再任の問題になってきます。いろいろこういう問題になってきますと、裁判官は結局十年ごとに再任の問題が出てくる。青法協に入っておる判事補で来年早々、その時期にくる人が何人かいるはずです。それから十年判事をやって、さらにまた再任の問題になる人もあります。こういうときに一体どういう考えでやられるのか。いろいろ裁判官も心配をしている人もあると思うのですが、それに対してひとつ最高裁の態度をお聞きしたいと思うのです。青法協に入っておるというようなことで再任しないとか、こういうようなことはありますか、ありませんか。
○矢崎最高裁判所長官代理者 すべて再任問題は、これは最高裁判所の裁判官会議で具体的に個々の一人一人についてきめるべき事柄でありますし、また、そうでなくてはならないわけでございます。先のことについて私がここでお答えをすることはむしろ不可能に近いということを申し上げるしかないと思います。
○畑委員 だけど人事局長だもの、そのくらいのことは言えるでしょう。青法協に入っているか入っていないか、それによって採用を左右する、内閣に上申することを左右するかしないかわかるでしょう。すべて最高裁判所の裁判官がきめるんだから、私はその任でない。だけど、案を立てるのはあなたでしょう。その点どうですか。そんな言いのがれしないではっきり答えてください。
○矢崎最高裁判所長官代理者 これは何度繰り返して申し上げても同じでございますが、人事局長はそんな権限を持っておるわけでございませんので、最高裁の裁判官会議の結論によるものであります。
○畑委員 じゃ私言います。石田最高裁長官はこの「裁判官」にも書いてある。「「青法協会員という理由だけで再任されないということはない。もちろん任命権のある内閣が、こちらが指名した名簿から削ったとしてもそれは内閣の権限でとやかくいえない。だが常識的な線で落ちつくと思う」と語る。」こういうのですから、これは毎日新聞の記者に語ったに違いない。さもなければこういうものを書くことはないはずです。最高裁長官は言っている。あなたが、私は言えないと言うことはしかたがない。最高裁長官は、それによって左右されることはない、こう言っている。これをそのまま受け取ってよろしいと思う。ただ問題は、もしそれを出した場合、内閣がこれを名簿から削るというようなことは、私はないとも限らぬと思うのです。こういう傾向になってくると、そういうことはないとも限らぬと思う。それこそ私は司法権の独立が侵されたと思うのです。あなた方がちゃんと案を立ててそれで上申をした場合、それを削ったというようなことがあれば、これはそこ以外に考えることはできないと思う。そういった場合に事務総長、どういう態度をあなた方とりますか。上申した場合に内閣によってその名簿から削られる。もしそういうことがあった場合にどういう態度をとるか。とにかくそれは司法権の独立を侵すものだということであなた方の態度をはっきりさせることができるかどうか。そのときにしなかったら、日本の裁判所はおしまいです。どうですか。
○矢崎最高裁判所長官代理者 これはやはりその時点に立ってみませんと、いまからそういうことについて申し上げることはできないと存じます。
○畑委員 事務総長、答えてくださいよ。そういうときにだけ矢崎人事局長が答えている。そして答えろと言ったら答えない。そうしてそういうときだけ買って出る。事務総長、どう考えますか。
○吉田最高裁判所長官代理者 いま矢崎人事局長が言いましたことは、もうそのとおりだと思います。
○畑委員 ちょうどついでだから一緒に聞きたいのだが、この「裁判官」という記事の二回目のものに「高橋法務委員長はこういう。」こう書いてある。これはお読みになったか知らぬけれども、「彼らの正義感は認めるが、」これは青法協のことですね。「彼らの正義感は認めるが、やはりある政治目的をもっていることは機関誌を見てもわかる。会員裁判官が軽々しく憲法判断するのが困るのだ。」こういうことを言っておるのですね。「最高裁が強いの」これはリーダーだというのだ。「強いのを再任指名してくれば、内閣も考え直さざるをえないだろう。裁判所内部の操作で会員たちには、少年事件とか、交通を担当するようにしてもらうのもよい方法だ」結局政治的な問題に関係するような、違憲裁判をしそうなやつは、交通裁判のほうに回す、まず無事なところに回すということが高橋委員長の考え方だけれども、高橋委員長は法務委員長だからやはり注目を引くのだと思うのです。これは個人的見解かもしれませんけれども、あなたも自民党の中のそうそうたる幹部でもあられるのですから、やっぱりこれは相当影響するところが大きいだろうと思うのです。はたしてそのとおりこれは再任されないのかというふうな、要するに会員裁判官の中で憲法判断するのは困る、そういう強いリーダーを再任指名してきても内閣は考えざるを得ないだろう、こういうようなことが書いてありますが、ちょっとこれに対する見解を聞きたい。
○高橋委員長 大体そういう意味のことを言いました。それは、内閣は憲法に忠実であるし、法律を忠実に執行するから、憲法、法律にちゃんと書いてあるから、不適任と思う者は再任する必要がないということです。再任しない権利があるわけです。それに対して最高裁が異議を申し立てることはできません。法制上ちゃんと内閣の専権に属しているわけですからこれはできないから、そういうふうなことに対して異議の申し立てなんかをせられないように私ども希望します。 それから、いまの私の申し上げたことは、青法協会員だけに対するような表現になっておるようですが、そうまでは言わないので、要するに裁判の公正を害するような疑いを持たれるようなそういう立場の人は、これはもう裁判官として適格性を持っていないから、それでそれは再任しないほうがいいというふうな意見で、これはひとり青法協ばかりではなく、自民党に入っているような裁判官があって、自民党的な片寄った偏向裁判をするおそれがある場合は、これはむろん再任すべきではないと思うのです。共産党に入っている人があればまた同様に考えられる。しかし、自民党に入っていても共産党に入っていても、公正にやる人は別だということになりますけれども、しかし、公正を害する疑いを国民から持たれるおそれはあるわけで、これは除斥問題がありますように、親が子をさばく、子が親をさばく場合に、たとえ裁判官本人としては良心に従って公正にやるというふうなことでそういう裁判をやるにしましても、一般世間からは、国民からは必ずしもそうとはとられない。そういう疑いの持たれるような場合には、その裁判に関与さすわけにいかないという法律になっていると同じように、やはりいろいろの利害関係、いろいろの条件を持っている人たちが裁判官として公正な裁判をすることが疑われるような場合には、これはそれぞれ方法を講じなければいけない、対策を講じなければいけない。また本質的に裁判官に向かないような、そういうふうな立場の人は、これは裁判官として任官すべきではない、そういうふうな議論を私はしたわけです。お答えになるかならぬか知らぬけれども……。
○畑委員 どうもなかなか重大ですね。それが自民党の主流だとすれば非常に危険きわまると思う。それだからこそみんな心配しておるのですね。
○高橋委員長 ちょっと細君、自民党自民党と言われるけれども、これは根本的に問題を憲法によってわれわれは考えなければいかぬ、憲法を順守しなければいかぬのだ。憲法では国会議員は国民の代表になっているんだから、何も国民と遊離して、国民と離れて対立して専権的に行動し、自分の職務を行使するというわけじゃないのですから、だからわれわれは国会議員として国民の代表としてやるべきであり、政府もまた国民の代表であって、国民と対立しているものは政府ではないということ、これをひとつ根本的に考えてもらわぬと議論はいろいろ違ってくると思う。
○畑委員 あんまり議論してもしかたがない。しかし、どうも高橋法務委員長は数の政治ばかり、その頭でやっているような感じがすると思うのでございますけれども、非常に重大な問題を含んでいて、かつて自民党の中に、裁判官をチェックしょう、その判決や何かによってチェックをしていって、再任の場合に再任させない、偏向裁判をするようなやつは専任させないというようなことをやろうじゃないかというもくろみが出たことがある。そのときは世論が非常に強かった。同時に、裁判所のほうもき然たる態度をとった。それはほめていいと思う。裁判所を最近ほめていいのはこれくらいなものだ。これはりっぱなことだ。こういうことで自民党もさすがにそれを引っ込めて、田中さんが委員長で別な形のような委員会をつくるということになったことは当時の新聞に報道された。われわれもその問題についてここで質問しようと思ったが、とうとう質問する機会を与えられなかったという事実がございましたけれども、そういう問題とつながる可能性があるので、非常に私はその点はいまの法務委員長の御見解には承服しかねるのです。 ほかにもいろいろ聞きたいことがたくさんあるのでございますけれども、大体約束の時間でございますから、以上をもちまして私の質問を終わりたいと思います。
○高橋委員長 中谷鉄也君。
○中谷委員 報道の自由についてお尋ねをいたしたいと思います。 私の手元にNETの労働組合と経営者との間の十一月十七日の団体交渉の記録というものがあります。その中で、フィルム十六枚を警察へ出したのは証拠品として提出をしたのではなく、あくまで捜査の参考品として出したのだ、証拠品として提出する場合はかってに使うなと警察に念を押したという会社側の答弁があるのであります。事実関係を確認いたしたいと思います。一体警察庁にNETのいわゆるフィルム十六枚が入手されるに至った経過、事情を警察庁のほうから御答弁いただきたい。
○三井説明員 お尋ねのNETの事件につきましては、事件発生いたしましたのが三月十九日でございます。この日には現場で現行犯として十名を逮捕いたしました。その後……。
○中谷委員 経過はいいからその提出した点だけ、時間がありませんからその点だけ言ってください。
○三井説明員 その後四名通常逮捕をいたしまして、合わせて十四名を逮捕送致したわけでございますが、この問題の点は、三月二十三日に通常逮捕いたしました木村という被疑者、これにつきまして当時捜査をいたしましたが、なお証拠について十分でない点がありますので、朝日テレビニュースの写真、これを入手いたしたいということになりまして、三月二十九日に警視庁の係員がNETに鮫島常務を訪れまして、この写真を提出してほしいという点をお願いをいたしました。この常務の承認を得まして十枚のキャビネ判写真を提出していただいたわけでございます。なお翌三月三十日再びこの常務を訪れまして、ネガフィルム一本、これは二十一こまでございますが、これの提出を受けましてこれを領置したわけでございます。これを四月八日に東京地検に送致をいたしたというような経過でございます。
○中谷委員 私がお尋ねをいたしたいのは次の点であります。証拠品として提出したのではない。あくまでも捜査の参考品として出したのであるなどというふうに会社は言っているようです。質問の前提として申し上げますけれども、博多駅事件以来、報道の自由についてはかなりわれわれは掘り下げた議論をいたしまして、われわれにとっては報道の自由についてちょっと想像もつかないような事件でありますけれども、事実確認をいたしたい。いわゆるあくまで捜査の参考品として出したんだというふうなことは、法律的にどんな意味があるのか。話が一体あったのか、これは一体どういうことだったのでしょうか。警察庁、重ねて御答弁いただきたい。
○三井説明員 ただいまの点は、提出をいただきまして、これは法律的には任意提出、したがって領置をいたした、こういうことになるわけでございまして、任意でありましょうとも強制でありましょうとも、押収ないし領置したものにつきまして、これが捜査上の資料になるということは当然のことであろう、こう考えます。 なお、この際にこの常務と警視庁の係員との間の話、やりとりと申しますか、この中では、鮫島常務はこれは慎重に扱ってほしい、できれば公判等に使わないようにしてほしいというような希望の表明はございました。なおまた、この押収物についての押収された方の意見というのをその欄に記載するわけでございますが、この点につきましては、用済み後至急返却願いたいという意見でございます。
○中谷委員 いずれにいたしましても、端的に質問いたしますが、参考品などということばはそもそも存在しないのであって、これは証拠物として任意に提出した、こういうことでございますね。
○三井説明員 そのとおりでございます。
○中谷委員 そこで、法制局にお尋ねをいたしたいと思います。 博多駅事件についてのいわゆる最高裁決定の一部を最初引用いたします。「公正な刑事裁判を実現するにあたっての必要性の有無を考慮するとともに、他面において、取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによって受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなければならない。」これが最高裁の決定であることは言うまでもありませんが、そこで法制局にお尋ねをいたしたいのです。 この場合、裁判の公正ということが問題になる。裁判所の提出命令を通じて博多駅事件というものが問題になったわけですけれども、捜査機関との関係において、これは当然報道の自由、捜査権の行使という関係においても、この最高裁決定の趣旨は同様のものであると私は考えますが、いかがでしょうか。
○真田政府委員 報道の自由は、民主主義社会において非常に尊重しなければならない大事なことであろうと私も思います。それから最高裁判所の決定について、ただいまお述べになりましたような趣旨の判例があることも承知しております。いまの検察官の場合等はどうかというお話でございますけれども、私の理解しますところでは、憲法二十一条の保障のもとにある報道の自由を国家権力が侵す場合について、一定の基準を最高裁判所が示したものだというふうに理解しております。つまり、裁判官が強制的処分である押収令状を発するについてはみだりにやってはいけない。報道の自由というものも大事なんだから。他方、刑事訴訟上の真理発見についても大事であるけれども、それとの比較考量をよくわきまえて慎重にやりなさいということを言ったのだろうと思います。検察官の場合にはそういう強制的な提出を命ずるということは本来できませんので、令状をもってやる場合ですから、その令状を発する裁判官が令状を発すべきかどうかという判断をする際に、先ほどお述べになりました最高裁判所の決定が非常に重要な指標になるだろうと思います。そういう令状がなければ本来強制的には提出を命ずることができないわけでございますから、検察官の場合に特にこの判例が云々しているような事態が生ずるとは、ちょっと理解しがたいように思います。 以上でございます。
○中谷委員 まさに令状をもってする場合でもそのようなことなんだから、任意の場合、こういうふうな最高裁決定の趣旨というものは当然尊重し、報道機関の場合においては、特にみずから任意提出をした報道機関自体の自主的な判断の中において慎重に配慮されねばならないことだという趣旨で、この最高裁の決定は問題があるという一部の意見もありますけれども、まさに任意提出の場合は、報道機関それ自体において自主的に自律的にこのような最高裁の判決の趣旨というものがみずからの判断において尊重されねばならないものだ、こういうふうに私は考えます。任意提出だからいいんだというふうなことはもってのほかであって、令状があってさえも——これは特別抗告で争った事件です。それについて任意提出だからいいんだなんということはもってのほかだ。こういう趣旨、これは当然ですけれども、あえてお聞きしているわけです。
○真田政府委員 検察官あるいは警察官の場合には、いまおっしゃいましたように、任意提出でございますので、つまり検察官なり警察官が強制的に提出を命ずるということは令状なしにはできないわけでございます。つまり、提出を求められたといいますか、協力を求められた報道機関のほうで自主的に判断をして、断わろうと思えばいつでも断われるという法律関係にございますので、特に最高裁の決定にあらわれているような基準がそこで法的にものというような場面ではなかろうという趣旨で、先ほどお答えしたわけであります。でありますから、いつでも断わることができるという立場にある報道機関が、それを断わるべきかあるいは協力に応ずべきかという判断をする場合に、非常に報道の自由というものは大事なものであるという自覚を持って判断されてしかるべきだろうというふうに考えるわけでございます。
○中谷委員 そうすると、任意提出についての依頼をされた、これはもう当然断わるのが常識なんで、こんなところでこういう質問をするのは、博多駅事件以来の経過を踏まえて見ると、とにかく私自身が恥ずかしいくらいなんです。NETがこういうことをやったということについて質問するのが恥ずかしいくらいなんです。 で、そうすると、こういうことですか。報道用のフィルムは全部で百五十メートルくらいあったそうです。朝テレが取材したフィルムというものは百五十メートルくらいあった。その中から何こまか出したということは、それが捜査に必要かどうかという判断を報道の自由を守るべき報道機関がして、捜査に協力をして、これは大体お見込みのとおりの被疑者でしょうといって、結局報道機関が報道の自由を放棄するどころか捜査に対して必要性にわたってまで判断をしたという結果に相なると思いますが、そういうふうなことでよろしいのでしょうか、私の理解で。
○三井説明員 ただいまの点、捜査について協力を依頼し、その内容として被疑者、この場合は木村という被疑者でございますが、それの写っておる写真をいただきたい、こういうふうに申し述べたと聞いております。したがいまして、いま御指摘のように、多数ある中でどれがそれであるのかという点について、両者、写真を見ながら指摘したとか選び出したとか、その辺のところは詳細承知いたしておりません。
○中谷委員 だから非常に重大だと私は思うのです。たとえばその被疑者Aと称せられている人間がある場合には、事態の経過の中では被害者になっている場合だってあり得ると私は思う。私はきょうは少しきついことばを使わしてもらいますけれども、それを報道機関が、犬が尾っぽを振るようなかっこうで、とにかく報道の自由を放棄して捜査に協力をして、その被疑者の写真が何十枚何百枚あったかもしれない。それをみずから、これがそうですよということで出すということは、結局報道機関が捜査について、これが必要でしょうという判断の一部をになっておるということに相なりますね。そういうことにはなりませんか。
○三井説明員 いまの、特定の被疑者が写っておる写真とその場面ということでございますから、特別な判断を要せず、機械的にある程度出てくるではないかという感じはいたします。
○中谷委員 一体それが何枚あったかというふうなことについては、よくわからないわけでしょう。そのうちの何枚かが出てきたということですから……。だから、その部分については結局報道機関にまかしてある。そういう任意提出のしかただから、その被疑者にとって有利なものは隠しておくという場合だって、これは当然あり得るわけですね。要するに、機械的だとおっしゃいますけれども、判断がそこに入っていますね。全部でとにかく何枚あったかということは、あくまで任意提出を依頼するものだ、任意提出で出しましょうといって出したけれども、警察としては任意提出なんだから何枚のうちの何枚が出てきたか、それが全部であるか一部であるか、こんなことについての判断は結局報道機関の例にまかしたわけですから、報道機関において判断をしておる。逆に言うと、それは捜査に加担をしておる。協力じゃなしに加担をしておるということにこれは相なりませんか。
○三井説明員 この場合に提出をいただきましたのは、全体で二十一こまで一本のネガフィルムでございますが、そのうちのたしか三こま程度が放映された。それを見まして、それが写っておるフィルム、こういうふうに申し述べたのです。
○中谷委員 いずれにしても、それが全体のうちの一部分なのかすべてなのかということは、報道機関が結局判断をしているわけだから、そういう判断をしている限りにおいては、捜査に協力どころか、捜査に加担をしている。捜査権自身をむしろ委譲を受けているかっこうになるというふうにさえも私は思うのですが、この点はいかがですか。
○三井説明員 放映をされたものを見て、その写っておるフィルムというような指摘のしかたで提出願ったわけでございまして、そのほかにどういうものを持っておられるかという点は全くわれわれはわからない。しかもまた、放映も何もされないで、特定の被疑者が写っておるものの中で適当なものをくださいというような言い方でもございませんので、かなり機械的なものではないかというように思っております。
○中谷委員 じゃ次にもう一度確認をしておきますけれども、いずれにしても、証拠品として提出したものではない、会社はそういうことを言っておるとすれば、これは警察の約束とは違うわけですね。あくまで任意提出をして、それが証拠物として使われるということで警察は領置をした、こういうことになるわけですか。
○三井説明員 法律上当然でありましょうが、任意でありましょうとも強制差し押えでありましょうとも、領置をいたしあるいは差し押えをいたしましたそのものの性格というものは変わりないわけでございます。したがいまして、私たちは捜査に必要な資料、こう考えておるわけでございますが、ただいま申しましたように、その際に、できるだけ慎重に扱ってほしいという希望の表明はございました。そういうニュアンスはございます。
○中谷委員 そこで、もうすでに報道の自由をみずからの手で放棄をしておいて慎重もくそもあったものではないと私は思うのですけれども、慎重に取り扱ってほしいという趣旨は、一体具体的にはどんなことの申し入れであったわけですか。
○三井説明員 公判廷で使用しないというようなことでございます。
○中谷委員 もう一度法制局にお尋ねをいたしますけれども、報道の自由を守るという立場からいたしますと、公判廷では使用しない、そのかわり捜査の場合にはとにかく幾ら使ってくれてもけっこうですよというふうなやり方、だからそうすると、裁判所がその証拠の適否を報道の自由との関係において判断をしていただくということが結局できなくなるわけですね、そういう場合になると。捜査の場合、幾らでもとにかく任意提出して使ってくれていいですよ、しかし、報道の自由というものがあってうるさいから裁判所には出さないでくれというふうなやり方というのは、むしろかえって——報道の自由について、それは世間がうるさいから裁判所へは出さないでくれ、捜査には幾らでも使ってくださいよというふうなやり方は、法律的に見ても憲法的に見ても、かえって報道の自由というものを侵害することになると私は思うのです。それはいかがでしょうか。
○真田政府委員 おっしゃる趣旨が十分のみ込めたかどうかちょっと心配でございますけれども、何だか事は刑事訴訟法の領置とか押収の効果の問題に関連するのではなかろうかと思うわけでございますが、刑事訴訟法によりますと、任意提出したものは領置できる、その領置の効果は押収と大体同じであるというのが大体刑事訴訟法の通説であろうと存じます。ですから、任意に領置する際に、提出者のほうで、そういう希望条項はとにかくとして、一応法律的にものを言えるような条件をつけられるのかどうか、やや私まだ、とっさの御質問で自信がございませんので、その点は留保さしていただきます。
○中谷委員 そうじゃないのです。実態的な問題を法律的に評価してもらいたいと言っているのです。裁判所へは出さないでくださいよ、これは世間がうるさいから出さないでくれ、そうなると報道の自由とまっ正面にぶつかるから、これは世間の目に触れないようにしてくれ、そのかわり捜査機関の場合には幾らでも私どもは任意提出しますからというようなやり方は、国民の目から隠れたところで結局報道の自由というものが侵害されることになって、事はかえって重大じゃないですかという言い方をしているのです。裁判所へ出さなければそれでいいですよというふうな感覚がどうかしている。裁判所に出さなければいいのだ、警察や検察庁は幾らそれを使ってくれてもけっこうですよというふうな、それだったら報道の自由の侵害にならないのだというふうな考え方というものは成り立たないと思いますが、とこう聞いているのです。
○真田政府委員 いまの留保条項の法律的な性格というのじゃなしに、検察庁なり警察に渡して、しかし公判には出さないということがかりに通るとしても、すでに警察なり検察庁に出したということによって報道の自由が侵されたではないか、それはおっしゃるとおり侵された部分だと存じます。
○中谷委員 そこで、今度は法務省にお尋ねをしたいのですけれども、会社が組合との確認をしたその団交記録によると、次のようになっているのです。「この参考品が」——この鮫島さんという人は参考品ということばを使うのが好きな人のようで、「この参考品が送検の過程で間違って証拠申請されたようだ」こういうふうに言っているのですね。これは法務省、事実関係を一体どういうふうにお調べになっておられますか、お聞きしたいと思います。
○豊島説明員 検察庁といたしまして、この証拠品が、NET側におきまして希望として将来なるべく公判提出を差し控えてほしい、そういう意向があったということは承知しておるわけであります。一方検察官といたしましては、これは被害状況を立証する証拠でございますので、利用したいという意向を示しておりまして、その間、絶対にこれを公判に出さないのだという約束というようなものはないまま、これは証拠品として検察庁へ送致をされ、検察庁においても領置をしたという関係に相なっておるわけであります。 そこで、検察庁といたしましては、この証拠は公訴維持上必要があるということ、そして公判において相手方に同意がしてもらえるならば、これを証拠化したいという考えで証拠申請をいたしておるわけでありますが、証拠申請いたしましたのはもちろんネガではございませんで、焼きつけました報告書添付の写真でございます。これを証拠申請いたしましたのですが、相手方の同意が得られなかった、被告人側の同意が得られなかった、そういう経過で証拠化できないで終わったという経緯になっておるわけであります。したがいまして、お尋ねの趣旨につきましては、検察庁といたしましては、NET側のそういったなるべく公判提出を控えてほしいという希望のあったことも耳にいたしております。しかし、一方検察庁としては使いたいという希望を表明いたしております。そして絶対に出さないという約束はないまま証拠品化されてきたという経緯でございます。
○中谷委員 そうすると、これはもう一言でお答えいただくのですが、間違って証拠品として申請されたのだ。要するにそういうものは絶対に出してもらっては困るという強い申し入れなどというものは会社側からはなかった、提出者からはなかった、こういうことですか。
○豊島説明員 私どもはそのように理解しております。法律的に申しましても、証拠品として領置されたもの、これは証拠化できるものであるというふうに割り切っておるわけでございます。
○中谷委員 警察庁とそれから法務省にお尋ねしますが、その後これがまた博多駅事件との関連においても、ことしは報道の自由の問題でずっと論議されたわけですけれども、会社のほうから、提出者のほうから返還の申し入れというものは警察及び検察庁に対しては——すでに警察の手を離れているのですけれども、そういう事実はなかった。警察にあった段階には警察に対してはなかった。検察庁に現在それのブツがあるわけですが、検察庁に対してもない、こういうことなんでしょうか。
○三井説明員 警察が扱う段階におきましては、あったということは聞いておりません。
○豊島説明員 ちょっと不正確かもしれませんが、現在この証拠につきましてNETの側から返還の要望があったというふうに私は耳にいたしておりますが、ちょっとそこは不正確かもしれません。
○中谷委員 返還の要望があれば返還をされるのかどうかについては、法務省としては、これはすでに事件になっているケースですが、これは必要性の問題に関連してきますが、どういうふうにお考えになっておられるか、お答えできるようでしたら答えてください。
○豊島説明員 もちろん、御指摘のように検察庁で現に公訴維持の問題になっております証拠品でございますので、われわれのほうでどういう結論を出すかということについてとやかくは申せない立場にあるわけでございますが、先ほど申し上げましたように、この焼きつけ写真につきまして証拠申請をいたしましたところ、不同意ということに相なりましたので、これは証拠化できない。そういった意味で将来撤回になるものであろうかというふうに私は考えております。これは法律的にそういうことになるだろうと思います。
○中谷委員 郵政省にお尋ねしますが、放送法の基本的な考え方は不偏不党だということでございますね。放送法の目的のところにそのことが大原則として掲げられております。事は、これは郵政省ですから、このNETの問題については事実関係詳しく御存じだと思いますけれども、事はアルバイトの人に対する解雇に端を発したところの労使の紛争でございますね。そういう労使の紛争について、報道機関がとにかく労使の使の立場に立って、労の関係の問題について、報道の自由をみずから放棄するような行為に出たというふうなことは、それ自体私はまず不偏不党という立場を放棄するものだというふうに考えるのです。この点について一体郵政省として、局長、どういうようにお考えになりますか。これが一点です。 いま一点、郵政省としては報道の自由というのが、放送法三条、その前提には憲法二十一条がある。あるいは憲法には国民の不断の努力によってとにかく基本的人権は守っていかなければいかぬ、こういうことになっている。だから、報道の自由というものは、その報道機関がまずみずからこれを守っていかなければならぬものだ、これは国民の協力を得て守っていかなければならぬものだ、そういうふうな報道の自由をとにかくみだりに放棄をして、みずからの被害者感情を満足させるために警察の捜査の片棒をかつぐような任意提出をするというようなことは、私は全く遺憾であります。これは博多駅事件のときのああいうふうな特別抗告までしたところのそういう次元の高い問題ではなしに、恥ずかしい問題だとして私はこの問題をとらえていますが、この二点について、郵政省、一体どういうふうにお考えでしょうか。報道の自由というものについて、本件との関係において一体どう考えられるか。 それから、不偏不党ということの関係において、労使の紛争じゃありませんか。それが一体雇い主、経営者のほうが報道用のフィルムを労使の紛争の労を、極端なことばでいえば強圧をする、弾圧をするための目的をもって使うなんということは、不偏不党ということから見て、はなはだしく逸脱をしていると私は思うのですが、この点についての御見解を事実に即してお答えいただきたい。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 第一点の不偏不党の点でございますが、これは仰せられますように、放送法の第一条の目的のところに、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること。」そういうふうに書いてあるわけでございまして、この不偏不党ということは最も大事なことであると私どもは存じております。ただし、このNETのような場合は、実は私どもは新聞で読みましたわけでございますが、その後NETのほうから報告は受けております。 それで、大体のことは存じ上げているわけでございますが、あくまでも放送というものにつきましての不偏不党ということでございますので、労使の間の問題ということになりますと、これはやはり会社の中の問題であると私どもは存じておりまして、ことにその点につきましては何ら関与していないということであります。
○中谷委員 ちょっといまの最初の御答弁について質問いたします。 報道の自由を守るべき立場のものがみずからの労使の紛争に報道の自由を放棄して、要するに放送法の一条の考え方にある不偏不党という立場を放棄して、そうしてみずからの会社内部の労使の紛争に報道用のフィルムを利用したというふうなことは、不偏不党の立場というものを侵害することになると私は考える。要するに報道の自由というものを労使の紛争に利用したという点が不偏不党の立場に反するのだ、それが単に放送の内容に関するだけではなしに、報道を取材し、そして自由な報道をする、そのための素材であるところのフィルムを労使紛争の一つの具に供したという点が、不偏不党の精神に反するではありませんか、こう聞いているわけです。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 いまの点でございますけれども、私どもの知っている限りにおきましては、そのフィルム自体は朝日ニュースというところで撮映したようでございますが、それを放送としてテレビに出したということにつきましては、実はよく存じ上げてないものでございますから、あくまでも放送法というものの目的は先ほど申しましたようなかっこうで放送法の四十四条にこまかい規定がございますが、「政治的に公平であること。」とか、あるいは「報道は事実をまげないですること。」そういったような第一条の目的に沿いました規定がございますが、それにつきましては、特に抵触するということはないのじゃないかというふうに考えておるわけでございます。
○中谷委員 放送法というものは、憲法二十一条の表現の自由というものを前提として放送法の三条があり、一条があり、そうしていま御指摘になった四十四条がある、そういうことだと思うのです。そうして結局特に報道機関のあり方として、放送のあり方として、公共の福祉に適合するように規律すると同時に、放送が不偏不党でなければならないということが特に書かれてある。これは放道機関全体の姿勢の問題ですね。それで憲法二十一条の表現の自由というものを特に珠玉のように大事にするという立場で考えておる。だから私が申し上げておるのは、そういう憲法上の問題とのかかわり合いにおいて、報道の自由を守らなければならない報道機関がみずからの労使紛争の問題について報道の自由を放棄して、朝テレのほうから提供されたところのフィルムを捜査機関に提供するというふうなこと、しかもその目的は意図するところ、明らかに——これは推測間違いないと思いますけれども、労使の紛争の労に対するところの使の嫌悪感あるいは弾圧、こういうようなものだということに相なれば、これは基本的に報道機関として不偏不党という立場を逸脱している。放送法四十四条のどこに触れるというような意味でなしに、基本的に報道機関として不偏不党という立場を逸脱していることになると思いますが、こういうふうに私は聞いているわけです。
○藤木政府委員 不偏不党、それからまたいま御引用になりました第三条の、「放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」そういう規定、これは先ほどの第二問のお答えにも触れると思いますけれども、これは御案内のように、放送事業者につきまして、いわゆる第三者による干渉または規律といったものからの放送番組の編集の自由というものを保障している、そういうふうに私どもは解釈しているわけでございまして、今回のようなNETの例にありますような、取材したフィルムをみずから提出するといった場合は、すなわち編集の自由をどのように行使するか、放送事業者が行使するかということにつきましては、放送事業者が報道機関としての良識に従いまして決定すべきことでありまして、私どもとしまして、いわゆる行政指導なりその他の行為によりまして、これにくちばしをいれるということはすべきではないんじゃないか、そういうふうに考えているわけでございます。
○中谷委員 もう一度聞きます。この問題の、とにかく朝テレが取材してNETに提供したものを放映した点について、私はいま直ちに問題にしているわけじゃないのです。そういう取材をしたところのそのフィルムというものをとにかく捜査当局へ任意に提出をした、積極的に提出をしたというふうなこと、しかもその提出をした前提になっているものは、みずからの労使の紛争だ、そういうふうなことで、自分自身がとにかく労使の使の立場に立っておるというふうなことは、放送法全体の精神、憲法の精神から見て、不偏不党という立場を逸脱するものだ。不偏不党という精神に反するものだ。これはとにかく自分のところに侵入されたんだから自己防衛ですよとか、被害者の立場ですよなんということで、被害者感情を満足さすというようなことをされては国民はたまったものじゃない、こう申し上げておる。だから、これは私は、放送法の三条の解釈を局長さんにお聞きしているのじゃないんで、そういうふうな報道機関というものは、報道の自由が与えられている。それは同時にあくまでも公正中立でなければならない。それがみずからの労使紛争のために使がみずから有利に解決をするためにそういうようなものを捜査機関に提供するなんということは、不偏不党の精神を逸脱することはなはだしいものがある、こういうように思いますが、いかがですかと聞いているのです。
○高橋委員長 局長さん、先ほどから同じような問答の繰り返しになるのだが、要するに質問の要旨は、いまの放送法に直接触れてはいないけれども——だから放送法の解釈をする必要はないのです。放送法の法条には、規定には直接触れてはおらないけれども、この事実が憲法の精神とか、放技法の精神に反しやしないかというふうに聞かれておるのだから、反するか反しないかということに関して答弁なすったら簡単に済むよ。何も放送法に直接触れているという質問じゃないから、その精神に反するかどうかという、放送法による報道の自由の制限問題には直接には関係がないのだ。精神に反するかどうかということを質問をされているのだから、それに対して……。
○中谷委員 委員長の整理は、非常にうまく整理しました。私の言っていることはそういう質問ですよ。私は四十四条がどうなっているのか、放送法の審議をやっているのではないのだから……。
○福守説明員 取材の自由につきましては、番組の編集の自由につながるものでございまして、表現の自由につながる問題でございまして、憲法二十一条の精神に照らして十分尊重されなければならないということは申すまでもないことと思います。ところで、新聞紙等によりますと、本件につきましては放送事業者が全く自主的に判断して必要な資料を提出したということでございますが、任意に行なったものであれば問題がないということはもちろん言い切れないわけでございますけれども、編集の自由というものにつきましても、全く無制限に行なわれるものではございませんし、放送自体にも、公共の福祉あるいは民主主義の発展のために必要な制約というものがおのずからあるということもうたわれておりますが、資料の提出によって一応形の上では編集の自由に関連する問題が出てきますけれども、それによって保護される法益がどういうものであるかということが問題であろうかと思います。この点につきましては、事件の内容、それから性質等につきましてつまびらかにいたしておりませんので、軽々しく評価はできませんけれども、少なくともこの問題について見ますと、不当に編集の自由をそこなったということは言えないのではないかというふうに考えております。
○中谷委員 なぜ言えないのですか、事件をつまびらかにしないで。じゃ守らるべき法益、個人の法益、それは一体何だったのか。報道の自由に対すべき法益は一体何だったのか。先ほど私が法制局にお尋ねしたのですが、最高裁判決との関係において、どの法益との間に比較考量すべきものなのか。最初の答えと結論が違いますよ、あなたのおっしゃっていることは。じゃ一体どの法益が守らるべき法益だったのか。代替性の問題というようなことについてお考えになったことがありますか。要するにこの場合の労使の紛争の現場では、社員が何人もおって、パチパチパチパチと何十枚かのフィルムをとっている。何を悲しくて報道のためのフィルムを利用しなければならないかというふうな問題もある。いずれを選択しなければならないかという問題もある。先ほど局長が報告を受けたと言ったけれども、だれから報告を受けたのか。会社側からの報告だけですか。この問題について、報道の自由という基本的な問題に関する限りはさらに掘り下げてもらわなければならぬ。あなたの答弁は非常に不満だ、というより重大だ。事件の内容はつまびらかに知らないで、そうしたら一体どの法益とどの法益と比較対照になるかということがあなたの前提に欠けている。それで報道の自由、編集の自由を侵害したということにはならないと言う。結論と前提が違うじゃありませんか。もう一ぺん最高裁の判決に沿うて答えて下さい。
○高橋委員長 部長、調査資料が不十分なら次回にしたら、また事実を精密に調査された上で答弁されることにしたらどうですか。もうあとちょっと残っているのでしょう。
○中谷委員 何とか答えてもらわなければならぬ、もう私も時間の約束もありますから。
○福守説明員 ただいま申し上げましたとおり、この事件の実態について十分承知しておりませんし、軽々しく評価はいたしかねますけれども、放送法で規定しております番組編集の自由、こういうものにつきましては、ここで直接侵害された、直接抵触するということは言い切れない、こういうふうに存じております。
○高橋委員長 中谷君、思う存分言ったんだから、これは次回にしたら……。
○中谷委員 まだまだ。私が聞いているのは、放送法のどうのこうのという問題を——とにかく郵政省は、じゃ憲法に関して無関心なんですかと私はお聞きしたい。憲法上の報道の自由という問題はとにかくあって、それから放送法が出てきて、いろいろな法律が出てきておるわけです。あなたのほうの御所管の中でも、まさにことし一年、この七〇年、昭和四十五年は報道の自由は、博多駅事件を中心にして、言論の自由が論議された、報道の自由が論議されたのです。事件をつまびらかにしていない、憲法二十一条との関係においてどういう問題も生じませんかと、こう聞いている。事実関係はつまびらかにしません、それで憲法上の問題は生じないのかというふうに私が言って、不偏不党の問題を聞いていた。だから、あなたのお答えはおかしいでしょう。事実関係についてつまびらかにしないとおっしゃって、そうして放送法の四十四条の違反にはならないと思うぐらいのことを言いたいのだ。四十四条のことを聞いているのじゃないのですよ。報道の自由ということは、あなたのほうの御所管なんだから、最高裁判決から見て、この問題は一体どうなんだ、遺憾なできごとなのか、遺憾なできごとでないのかということについてはいかがですか。それでは、遺憾とも遺憾でないともまだ答えられないというなら、職務怠慢であると私は言いたいし、それについては調査してもらいたいし、遺憾でないと言われるなら、私はやっぱり委員長が何と言われても、この質問については続行させてもらわなければならぬ。いかがですか。
○藤木政府委員 お答え申し上げます。 私どもは、もちろん憲法につきましては非常にかかわりの深い放送といったものを監理しているわけでございますので、その点については常に関心があるわけでございますが、私どものいわゆる守備範囲といたしましては、報道という一般的なものではございませんで、報道の中の放送という問題につきまして主管であるわけでございます。 しだがいまして、私どもとしましては、あくまでも放送法というものの立場でものごとを判断するということにならざるを得ない、そういうふうに考えているわけでございます。
○中谷委員 もう一度最後にお尋ねしますが、じゃ報道の自由というような問題については、郵政大臣にここの委員会へ来てもらっても、あなたのところは報道の自由という基本問題については方針もなければ、お答えする見解もなければ、意見もお持ちでない役所だということになるのですね。報道の自由というのは、法務省の所管だ。最高裁がそれについてとにかく判断をし、それでそういうことをやるところなんだ。法制局はそれについての見解を示すところであって、放送法を所管しておる郵政省は、報道の自由というような基本的な問題については意見もなければ、見解も示す役所じゃないのだ、こういうことになるのですか。
○藤木政府委員 もちろん、報道自体はいろいろな報道があると思います。したがいまして、私申し上げるのは、放送というものについての報道、放送の範囲に属する報道というものは、もちろん郵政省の所管に属する、そういうふうに考えております。
○中谷委員 ですから、放送というものの守備範囲を持っておられるその前提としての報道の自由という問題については、あなたのところは最大の関心をお持ちなんでしょう。では、その報道の自由から見て、本件は遺憾であるのか、遺憾でないのか、一体、その点については詳細に事実を知っておるのか、一体どの程度調査されたのか。先ほど部長が何かおかしなことを言うから質問が長くなるのです。一体どうなのかと聞いておる。
○藤木政府委員 まことに申しわけございませんけれども、私どもとしましては、NETから簡単な報告を受けているという状態でございまして、詳細は存じ上げていないわけでございます。
○中谷委員 じゃ委員長、質問を終わりますが、NETからといっても、どうせ会社でしょう。しかも労務担当の会社の重役から報告を受けているに違いない。そんなことで報道の自由は守れませんよ。だから、詳細な調査をしていただきたい。これはもうこの臨時国会で質問する機会もありませんけれども、私はもう一度この問題については郵政省にこの委員会に来ていただいて、質問を続行いたしたいと思います。だから、一体、きょうの段階で調査の報告を受けたというのは、だれから報告を受けたかということだけ答えていただきたい。あなたがおっしゃるように、きわめて不十分な一方的な報告しか受けていないと思うが、一体だれからどんな報告をいつ受けたか、簡単に答えていただいて、私の質問を終わりたいと思います。
○藤木政府委員 私が直接受けたわけじゃなかったものでございますから、聞くところによりますと、鮫島常務から受けておるということでございます。
○中谷委員 質問を終わりますけれども、鮫島常務というのは労務担当の重役なんです。総務局長か何かでしょうけれども、たとえば労使の紛争について、片一方のほうから報告を受けて、それで報告だというふうな考え方が私は大体郵政省の姿勢としてどうかしていると思う。あらためて調査をされますかどうか。
○藤木政府委員 もちろん調査をいたしたいと思います。
○中谷委員 じゃ終わります。
○高橋委員長 ちょっと三井参事官、先ほどの答弁のうちに私疑問に感じたのですがね。公共の福祉のために犯罪捜査に協力するということは国民の義務だ。法制上の積極的な義務があるかないかは別問題として、義務だと思うのだが、それはそれとして、国民が協力することについて、今度の問題にしても、それは協力を受けたことに対して国民の当然の行き方だと思われたか。何か悪いことに協力さしたように、悪意の協力の加担をさしたように思われるかどうですか。当然のことと思われているかどうですか。
○三井説明員 公共の福祉の内容として、本件の場合には捜査に協力をした、りっぱにその義務をはたしていただいたと思っております。
○高橋委員長 だから悪いことに加担したように思われて——いまのこの問題ですね、報道の自由には直接関係がないことじゃないのですか。報道の自由、放送の自由というのは、放送することに対して外部勢力がチェックするとか抑制するとかいうことであって、今度の問題は直接放映とかなんとかに関係したことじゃないのじゃないですか。
○藤木政府委員 私はそういうように解釈しているのですが、こまかいことはよく知らないものですから、よく調べます。
○高橋委員長 岡沢完治君。
○岡沢委員 私は、法曹養成にからんだ修習分離の問題と、欠陥車捜査に関連する東京地検の態度の問題と、そして福島判事の論文の問題の三点について聞きたいと思いますけれども、前二者の質問が簡単でございますので、先にその二つの質問を終わらしていただいて、最後に福島裁判官の発言の問題についてお伺いいたしたいと思います。 最初に、法務大臣がお見えでございませんので政務次官に。政務次官も弁護士御出身でもございますのでよく御存じのとおり、五月に法務大臣の分離修習に関する発言がございました。それ以後日本弁護士連合会あるいは単位弁護士会あるいは個々の法曹人が——この委員会にきょう提出がございました陳情書等によりますと、たとえば京都府議会議長からの陳情も出ておるようでございますが、いわゆる分離修習に関する問題が法曹界の大問題として、ある意味では公害罪以上の関心を法曹人に呼んでおるわけでございます。法務大臣は、七月には法務省の結論を出したいというような御答弁もございました。 〔委員長退席、福永(健)委員長代理着席〕 この分離修習の問題についてその後法務省としてどういう経過をたどり、御方針に変更がないのかどうか。私は、これだけの大問題でございますし、当然法制審議会その他のしかるべきところでも十分検討なさるべき問題でございますし、関係する最高裁あるいは日弁連等の意見も御参酌あるいは御連絡等をなされた上で、慎重な、しかも誤りのない結論がとられるべきだと思いますけれども、政務次官及び担当者の御見解を聞きます。
○大竹政府委員 合同修習の制度が法曹一元化のものの考え方のもとに始められた制度であることは、岡沢委員御承知のとおりでございます。ところが、この制度が行なわれましてからもう何年になりますか、正確な数字はわかりませんが、相当長い間この制度を実施してきましたその過程におきまして、法曹一元化のほんとうの精神でございます弁護士から裁判官あるいは検察官になるという基本的な問題が、一向解決されておらぬこともまた御承知のとおりでございます。むしろその反対に裁判官あるいは検察官をやめて弁護士になっていく人のほうが多い。また修習生の中を分類いたしますと、弁護士になる人は非常にたくさんで、数字はあとから係のほうから申し上げますが、裁判官あるいは検察官になる人が少なくて、欠員を満たすことも非常にむずかしい現状であるということも岡沢委員御承知のとおりでございます。そういうような現実に立ってこの修習制度を根本的に検討してみる必要があるんじゃないかということで、その検討の中に分離修習というようなことも大臣が御発言になったように私は聞いておるわけでございます。 そういうようなことからいたしまして、その後非常な反響がございまして、各弁護士会あるいは裁判所その他からもいろいろな御意見をお示しいただいているようでございますが、しかし、現在はあくまでも検討中の段階でありまして、まだ残念ではございますが、お示しできるような具体的な構想が固まっている段階ではないということを結論的に申し上げるよりしかたがないわけであります。いま御意見の中にございましたように、弁護士会あるいは裁判所の御意見、あるいは法制審議会の御意見等々も調整をして結論を出さなければならないことは申し上げるまでもないことでございまして、それらの御意見も十分参酌をいたしまして結論を出したい、こう思っておる次第でございます。
○岡沢委員 この問題は、おそらく五月の法務大臣の発言が予想外に大きな反響を呼んで、弁護士会あげての大問題となって、これはそれだけの効果はあったと思います。法曹一元制度あるいは法曹養成制度について、これだけ弁護士会があるいは裁判所があるいは法務省が検討する機会を——いま政務次官、発足以来の歴史について詳しくお述べがございませんでしたが、二十数年を経てちょうど反省期、検討期に来ておる。そういう意味の問題提起としては大きな価値があったとは思いますけれども、しかし、そのために弁護士会が特別の総会を開いたり、また必要以上に反対運動に走るというようなことにつきましても、必ずしもメリットだけではなしに逆のほうのデメリットもやはり検討せざるを得ない。いまのお話では、法務大臣は七月中に法務省の意見をまとめる、しかし、それはまとまっていないようでございますし、最高裁との話あるいは法制審議会への諮問等についても具体的な動きはないようでございます。それならば私は、しろうと法務大臣として——法務大臣がいないところで言いにくいのですが、思いつきで公害罪なんかはそのよさがある意味ではいいほうで実を結んで成立の方向に進んだと思いますけれども、事分離修習に関する限りは、いま申しましたメリットも十分認めながら無用の混乱を特に弁護士会に与えているんではないか。だからもう少し慎重に——自分が発言をし、総理にも申し上げたことだから、了承を得たことだからこの際、しゃにむに実現するんだというような高い姿勢、私はまあ勇み足と見ていいと思いますが、これを一歩退かれて、関係者である最高裁あるいは日弁連、あるいは広くしかるべき見識ある人たちの意見も十分に聞き、当然法制審議会の問題にもするという方向でまとめられると無用の混乱が避けられるんではないか、この辺でメリットのほうはもう過ぎたという感じがするわけでございますが、政務次官のそれに対する見解を聞かしていただいて、この問題の質問を終わりたいと思います。
○大竹政府委員 おことばのとおりでございまして、現在の司法関係のあらゆる問題の中でも特にこれは基本的な問題に属すると思いまして慎重にやっているわけでございますが、大臣にもお話を申し上げて、善処いたしたいと思いますので、よろしくお願いをいたします。
○岡沢委員 この問題の質問は終わりまして、先ほどちょっと触れました欠陥車の捜査に関連いたしまして、東京地検が被疑者と申しますか加害者と申しますか、その側の協力を得て捜査をなさっておるという新聞報道がございました。検察庁というのは国民が最も厳正中立を期待し、また捜査の姿勢としてもそうあるべき機関だと思うわけでございますけれども、もし報道どおりだといたしますと、やはり国民の検察庁に対する不信と結びついてまいりまして、単に小さい個々のケースとして看過できない問題を含んでいると思うわけでございます。また、今後公害罪の成立が予想される現段階、その他を考えました場合、かなり技術的にあるいは財政的に捜査に費用とか人材を要請される事態が生じてくる。その場合の手当てとしていまから財政上あるいは人的な用意がございません場合に、同じようなケースが繰り返されるということは決して好ましいことではないと信じますだけに、この報道の真相について明らかにしていただくとともに、今後の対策についての御見解を聞きたいと思います。
○安田説明員 ホンダN360のいわゆる欠陥車問題につきましての告訴事件は、ただいま東京地検において御指摘のとおり捜査中でございます。その捜査に関連いたしまして、御指摘の分は十二月二日の朝日新聞の記事であろうと思いますが、「メーカーに頼る欠陥車捜査」ということで、いかにも捜査に関する費用をメーカーに負担させておるというような記事が出ました。さっそく本省といたしましても調査をいたしましたが、そのような事実は全然ございません。
○岡沢委員 もし事実がないとすれば、やはりまた朝日新聞の報道というのは私は国民に与える影響が大きいと思うわけですね。先ほど申しましたように、国民の検察への期待を裏切るものだというふうに感じますだけに、これはやはり法務省としてあるいはしかるべき立場から朝日に訂正の申し入れをなさるなり、私は単なるミスでは済まされない、大きくいえば検察の権威、国民の信頼という点からいきまして、必ずしも小さい看過さるべき問題ではないと思いますだけに、ぜひ善処されるべきではないか。 それからもう一点。これがかりに事実でなければ幸いでございますけれども、今後、先ほど私指摘しましたような新しい分野での捜査に関連した人的、物的な経費あるいは資料あるいは技術というようなものが要請されると思いますが、それについて従来と違った角度からの、これは何といいましても予算の裏づけがなければ、あるいは人的な裏づけがなければ、やはり朝日新聞が心配するような行為が今後捜査に関連して行なわれないとも限らないと思いますだけに、ぜひそういう手当てが必要だと思いますが、その面についての法務省の御用意を聞きたいと思います。
○安田説明員 第一点につきましては、東京地検から、この報道がきわめて誤解を招きやすいものでありましたことを遺憾といたしまして、さっそくその旨を申し入れております。それに対しまして朝日のしかるべき担当者から、なるほどあれは誤解を生みやすいものであったということで、しかるべき段階で、このように捜査費用を全面的に——全面的と申しますか、捜査費用を業者に、被疑者に負担させておるというようなことの誤解を解くような記事を載せようというようなことになりまして、約一週間後であったかと思いますけれども、そのころの記事でもって、コースの借料、鑑定その他の費用、これは相当な費用がかかるけれども、それらについては捜査当局において全面的に負担して公正を期するようにやっておるという旨の記事が事実掲載されたわけでございます。第一点につきましては、そのように東京地検のほうでもさっそく措置をとっておりますので、おおむねその目的は達しておるものと考えております。 それから第二点の、今後この種の事件あるいは御指摘の公害関係の事犯などにつきまして、鑑定費用その他いろいろな面で人的、物的に十分な対策をとっておく必要が生ずるが、その点についていかんという御指摘でございました。これらにつきましても、御指摘のとおりでございますので、本省といたしましても財政当局に対して、それらの捜査が十分にしかも厳正公平に行ない得るように、それに所要の手当てを裏づけられるよう明年度予算におきましても目下折衝中でございます。
○岡沢委員 私は朝日の二回目の記事も読みましたけれども、必ずしも課長がおっしゃるように、前の記事が誤りであって、国民に検察の厳正な捜査に対する疑惑を解くような書き方ではございませんでしたし、スペースの使い方も全く違っておりました。 それから後段の面につきましては、課長御存じのとおりに、公害罪の成立に関連した附帯決議でもこのことに触れておるわけでございます。われわれは大蔵省に対する法務省の援護射撃をする意味もありまして、ぜひ前向きで、わずかの捜査費用のために国民の信頼を裏切る検察でないように、また、特に公害罪の捜査あるいは成果等に関連いたしましてはやはり大事な裏づけになろうかと思いますので、前向きで積極的に取り組んでいただきたいことをお願いいたしまして、この問題の質問を終わります。 第三の最後の質問でございますけれども、御承知のとおり、福島判事が日本評論社から発行される一月号の「法律時報」に、タイトルに「十月二十六日付札幌高裁裁判官会議 注意処分に対する反論」という題で一文を寄稿しておられます。その寄稿に関連して、福島判事自身が談話として、「私は、かねてから札幌高裁の処分は不当だと主張してきた。しかし処分は司法行政上のことで不服申立てはできないことになっており、なぜ不当なのかを、くわしく述べる機会がなかった。日本評論社からは、はじめ裁判官訴追委員会の「訴追猶予処分」について書けといってきた。しかし、不服申立てのできない高裁の処分に反論するいいチャンスだと思って、この論文を書いた。事実はありのままに書いた。これでも私の一連の行為が非とされるなら仕方ないが、私は正しかったと確信している。」という談話もついております。中身につきましては、札幌高裁の処分の不当性を追及し、そして最高裁当局への疑問の文章もございます。 特にその中で、「高裁長官の意見聴取はやや言葉は悪いが、だまし打ちに合ったという感を免れない。」ということばまで使っておられます。また、「札幌高裁の処分は、最高裁で支持されたが、」——確かに支持の御表明が当委員会でもございました。「最高裁は、どんな事実を知ったうえで高裁の処分を支持したのかお聞きしたい。」という文章もございます。「裁判所は、一日も早く憲法の原点を確認し、司法の権威と国民の信頼とを回復しなければならない。単に一判事の処分をくりかえしていれば司法の権威が保たれると考えるのは愚かである。」というような上級裁判所に対するきびしい批判の文章も堂々と掲載されているわけでございます。 私から指摘するまでもなしに、「法律時報」というのは法律専門誌としては日本で最も権威のある雑誌の一つだと思います。こういう文章を現職の判事が、しかもこういう専門誌を通じて全国民に知らされる。ことに、いま申し上げました、だまし討ちにあった感じだ——札幌高裁、特に坂長官の意見聴取に関連してのことばではありますけれども、自己の上官に対して、だまし討ちだということばを使ってまでの批判をなさるということについて、私は一連の質問をしたいと思うわけでございます。 最初に、先ほど畑委員からの質問でもございました、裁判官の表現の自由、発言の自由、裁判官はことあげせず、言いわけせずという話もございました。いろいろ意見の分かれるところだと思いますが、現職判事がこういう論文を、しかも単に組織内誌とかいうものじゃなしに、いわゆる一般誌の、しかも法律の専門誌に発表されるということの是非について、最高裁の御意見を聞きます。
○吉田最高裁判所長官代理者 福島判事が、「法律時報」の一月号に、お述べになりました札幌高裁の「注意処分に対する反論」という題で一つの意見を掲載するということは、新聞で私も承知しておりますが、何ぶんその内容については全然まだ雑誌も発表になっておりませんので、私知りません。 そこで、申し上げられますことは、裁判官にもいわゆる表現の自由というものがございます。したがいまして、雑誌に意見を書くこと自体を禁止するということもこれはできないと思いますが、裁判官たる者はやはり自分の一身上のことにつきまして、そういった外部の雑誌にとかくの意見を掲載するということはやはり慎重であるべきだ、これが多くの裁判官のおそらく考えであろうと私は思っております。
○岡沢委員 それでは、その中身についてお聞きしたいと思うわけでございます。「最高裁は、どんな事実を知ったうえで高裁の処分を支持したのか」ということを公式に福島裁判官が公表した文章の中で疑問を呈しておられます。福島裁判官にかわってという意味ではございませんが、この際、やはり国民に最高裁の立場を明らかにされるというのも必要かと思います。いま事務総長は、雑誌が出されていない——まだ正式には発行されていないようでございますが、発行されることは事実でございますし、中身も報道されておるわけでございますから、お答えをいただきたいと思います。
○矢崎最高裁判所長官代理者 札幌高裁でいろいろ調査された結果とか、札幌地裁で調査された結果、また訴追委員会で調査の結果なされた決定等に基づいて判断されているもの、こういうように考えられます。
○岡沢委員 いや、最高裁はどんな事実を知っていたのかという福島さんの疑問ですから、高裁処分に関連して最高裁自身どういうことを聞いておられたか、承知の上で——例の坂長官が発せられた注意処分について支持の御意見がこの委員会でもございましたから、それに答えていただきたいというわけでございます。
○矢崎最高裁判所長官代理者 それは事実関係を詳細に話せというような御趣旨でございましたらば、実はここに用意もいたしておりませんし、また、その内容、こちらの調査した内容を逐一御報告申し上げるのも適当ではないのではなかろうか、こう考えるわけでございますけれども、要するに、高裁、地裁、それから訴追委員会の調査の結果、そういうものに基づきまして高裁のなされた措置は適当である、こういうように判断されたというわけでございます。
○岡沢委員 そうすると、最高裁としては、地裁、高裁あるいは訴追委員会の結果について十分承知をしておられる、あるいはまた地裁、高裁からは最高裁に御報告はあったわけでございますか。あるいはまた、直接福島判事について最高裁が事情聴取でもされた事実はございますか。
○矢崎最高裁判所長官代理者 福島判事について直接最高裁のほうで事情聴取したことはございません。
○岡沢委員 前者はあるのですね。
○矢崎最高裁判所長官代理者 ございます。
○岡沢委員 福島判事は、談話で、私が正しかったと確信をしておるということは、高裁の処分が不当だということを痛烈におっしゃっているわけでございますが、これについて意見がないとおっしゃればそれまでですけれども、高裁の注意処分に対して、御承知のとおり、辞表提出のときに発表された意見というのは、政治に迎合した処分であって、こういう裁判所ではとどまれないということを公表されました。それは撤回された。そしてまた現職に復帰されたというふうにも報ぜられましたが、現在はこの高裁の処分については不満だということを、あらためて現職判事の立場からこれまた公表しておられるわけでございます。私自身福島判事の真意がわかりかねますが、国民から見ました場合、これで裁判所に対する信頼あるいは裁判官に対する信頼というものを維持できるのかどうかという疑問が一つございます。 もう一点、これは私は、福島判事について、やはり裁判官の適格性——裁判官の独立とか、平賀書簡、平賀メモとは別な問題として、この人に裁判をまかすということについての国民の信頼の点。自分の一身上のことについて簡単に先輩や友人からの要請で態度を変えられる、自分のことだから簡単に変えていい。しかし、裁判の場合は第三者のことだから厳正公平に憲法と良心に従ってやるのだとおっしゃいましても、人間として自分の最大の身分上のことについてすら他人の意見に影響を受けて簡単に態度を豹変される、そういう方に裁判官としての適格性ということについて信頼せよというのも幾らか無理なような感じがいたします。また私自身、裁判官にたくさんの友人を持っておる者の一人として、裁判官も人間であるし、あやまちもあるし、また福島裁判官個人としては、私としては、中等程度の良識とあるいは人間性とをお持ちになった裁判官と考えてもいいような気もいたしますし、むずかしい注文をし過ぎてもいけませんけれども、しかし、素朴な感じとして、国民がこういう裁判官——自分の直属の司法上の監督官である高裁の処分にまっこうから不満であり、不服であるということを公表しながらその職にとどまる。逆にいえば高裁は何をしているのだ、高裁自身がそれでは福島判事の批判あるいは反論に対してもし反論がなされないとするならば、これは高裁の権威というものもやはり問題になってこようか。ことさらに、本人がここで御指摘になっているように、処分の繰り返しが裁判の独立と権威を守る道だとはもちろん思いませんけれども、しかし、表現の自由とはまた別個の問題として裁判官の適格性についていささか疑問を持つ。国民の裁判への信頼という観点からも私は問題を含んだ論文だというふうな感じを持つわけでございます。 最高裁として、当然近く市井に公表され、公刊される記事であることは明らかでありますだけに、この際、国民が納得する立場で、あるいは国民に対する裁判の権威あるいは裁判所に対する信頼をつなぐ意味からも、私は何か発言があってしかるべきではないか。ないとしたらそれまででございますけれども、事務総長の御見解を聞きたいと思います。
○吉田最高裁判所長官代理者 先ほども申し上げましたとおり、まだ雑誌が発行されておりませんので、その記事をよく検討いたしました上で札幌高裁でまたどのように扱い、またどのような処置をされるか。すべては将来その雑誌が発行された上で行なわれるのじゃないか、かように考えます。
○岡沢委員 私自身、ほんとうの裁判所の独立とか裁判の権威とか裁判所の公平な立場を維持するための方法として、国会の場所といえどもそれを論議するのがいいかどうかということも、ほんとうは疑問を感ずるわけでございます。一方で先ほど来繰り返しておりますように「法律時報」という専門誌、しかも法律の専門誌としての最高の権威のあるもので、やはり現職の裁判官が公表さわた文章の影響ということを考えました場合、やはり一部の、あるいは一つの意見だけが大きく国定に知らされるということは放置できない問題だと考えますだけに、ぜひ具体的にこの「法律時報」の一月号が巷間に出ました段階で最高裁としての誤りのない措置をお願いしたい。 終わります。
○福永(健)委員長代理 青柳盛雄君。
○青柳委員 私は、当委員会で二つの点について質疑をいたしたいと思います。その第一は、在日朝鮮人の再入国許可申請に関する問題でございます。その第二は、名古屋税関四口市支署の人権じゅうりん問題でございます。 まず最初に、再入国許可の問題につきまして吉田入管局長にお尋ねをいたしたいのでありますが、在日朝鮮人が外国人として外国に旅行をし、再び日本に帰ってくるという場合には、入管法によって再入国の許可を得なければならないわけで、過去何回かその申請がなされたにもかかわらず許可されなかった。これは事実としてたくさんあるわけでありまするけれども、その評価の問題は、どうも日本国の政府が在日朝鮮人の中で差別待遇を行なっておる。すなわち、自分の祖国は朝鮮民主主義人民共和国であるという立場を堅持している多くの人々に対しては、再入国許可の申請はこれを拒否する。明らかに朝鮮民主主義人民共和国に敵視政策ということになる、こういう評価ができると思うのでありますけれども、まっ正面から不許可の理由にそれをあげることは、法務省当局としては露骨な形では出ておりません。何らかのほかの理由を設けておるようでありますけれども、その理由とおぼしきものの中に、町入国許可の申請に添付すべき書類といたしまして、この入国管理令施行規則の第十八条二項の一というのがございます。それは「旅券又はこれに代る証明書」——この在日朝鮮人の方は、歴史的な経過によりまして、外国から日本に旅券を持って入ってこられ、そうして外国人登録を受けておるわけではありませんから、旅券というものはございませんことは周知の事実でございますが、「これに代る証明書」この証明書がいわゆる朝鮮民主主義人民共和国を祖国と認めておる方々には適当なものがないというようなことが一つの理由になっているようでありますが、この「旅券又はこれに代る証明書」というものは一体どういうものを考えておられるのか。この規則の解釈、運用の面について最初一般的にお尋ねをいたしたいと思います。
○吉田(健)政府委員 旅券が本来でございますが、旅券がない場合には、これにかわる身分証明書とか船員手帳とかいろいろ公証されておる書面によってその身分を確認する、こういうことになっておるわけでございます。
○青柳委員 私の質問はきわめて具体的でございまして、在日朝鮮人の——六十万ほどおられるそうでありますが、その中のいわゆる韓国籍を持っておられる方々などについてはどういうものを証明書として扱い、それから韓国籍ではなくて、繰り返して申しますが、朝鮮民主主義人民共和国が自分の祖国であり、自分の国籍は朝鮮民主主義人民共和国国籍である、こう言っておられるような方について証明書はどういうふうに考えておられるかということをお尋ねしたいと思います。
○吉田(健)政府委員 入管令の想定しております外国人の再入国に関しましては、原則として旅券を持っておるということが前提になっておりまして、外国人は旅券を持っておるのが一般原則である、こういうことでございます。御指摘の在日朝鮮人の一部の人は旅券を持たないわけでございますので、必要欠くべからざる、たとえば人道上のケース等で再入国が許可される場合がございますが、そういう場合には旅券にかわるものとして、日本赤十字社の発給しておられる身分証明書を旅券にかえて使用いたしております。
○青柳委員 いまのお話の中に、在日朝鮮人の一部の方は旅券を持っておられないというふうに言われましたが、その一部というのはほんとうに一部なのか、それともほとんどの方が、これはいわゆる韓国を国籍と考えている人であろうといなとを問わず、ほとんどの人が旅券というものは持っていないのじゃないか。要するに戦前から日本に移住させられ、そして日本人という国籍があるのだとされていて、そしてポツダム宣言に基づき、講和条約も発効して、日本人ではない、朝鮮人であるということになった関係上、新たに日本に旅券を持って来られた方とは違うわけですから、ほとんどの方が旅券というものは持っておられないのじゃないか。一部の者ということではないのじゃないか。だからこそ、「旅券又はこれに代る証明書」ということで、旅券のない大ぜいの方については証明書という一つの便法を設けて、そしてこういう方々が再入国許可を得て外国におもむく場合には、その証明書に再入国許可の証印を押して、これを持って外国へ行ってまた帰ってこられる、こういう形になっているのではないのでしょうか。
○吉田(健)政府委員 一部の在日朝鮮人と申し上げましたのは、先生の最初の御指摘で在日朝鮮人約六十万というふうにおっしゃいましたわけですが、そのうちの過半数は韓国人で韓国籍でありまして、これらの人は現在は旅券を持っておるわけでございます。これらの人が再入国で旅行されるときには、旅券を提示して手続を進めてこられるので入管令の規定どおりに処置されておる、こういう意味で申し上げたわけでございます。
○青柳委員 関連してお尋ねいたしますけれども、在日の中国人、中華人民共和国の国籍を持っておられる方々、華僑ということばも使っておられますけれども、こういう方々についても同じく旅券というものはないと思います。戦前から日本に移住しておられた方々で、その点在日朝鮮人と全く同じような法律的立場にある方ですが、こういう方々についても旅券はないと思います。こういう人たちが外国へ行くについて再人国許可を申請するということは当然予想できるわけでありますが、こういう方々についてその申請に添付すべきものはどういう証明書を出しておられますか。
○吉田(健)政府委員 中国人という定義の中に、旅券を持っておる、国民政府台湾出身の人の旅券を持っておる人もかなりおるわけでありますが、いま御指摘の点はおそらく中国大陸に属する人たちの関係だろうと思います。現在そういう人たちは旅券を持っておりませんが、中国大陸に何らかの理由で帰られるときは、昨年までは、人道上の特別の考慮を払うべき場合に限って再入国を許可しておりましたが、その際には日本赤十字社の発給しております身分証明書をもって旅券にかえております。また最近、広州交易会に一部参加されるようになったわけでありますが、この場合には人道上のケースではございませんので、入管局長名による書類をもって旅券にかえて処置いたしております。
○青柳委員 いま広州見本市の場合の入管局長名による証明書という一つの新しい形態のものが、日本赤十字社発行のものとは別に考えられているようでありますが、そういうものについて一つの新しい証明書の形態というものが考えられることはいいことだと私は思います。したがって、在日朝鮮人でいわゆる旅券というものをお持ちになっていない方々が再入国申請をする場合に、ただ特殊の場合に日本赤十字の証明書ですか、書類で扱う、それ以外の場合は考えられないということはきわめて非人道的でもあると思うのです。旅券を持っていないのだからもう一切外国へは行かれない、行ってしまえばもう再び日本に永住することは許さない、これでは在日朝鮮人を日本にかん詰めにしておいてどこにも行かせないと、いまのような国際的な交流の非常に自由に行なわれる時世に、そのような差別待遇を行なうその法的な根拠が、そういう旅券がないからだというような単純な技術的な問題でやむを得むということではいけないと私は思うのであります。 そういう点で、現在もキューバで行なわれる国際的な新聞記者の会議、国際記者同盟の会議がございまして、これに三名の在日朝鮮人の記者の方が参加するために再入国許可申請を法務省に出しているようであります。こういう方々について入管局長の証明というのですか、そういった種類のもので再入国の手続を進め、そして許可するということはできないのかどうか、その点をお尋ねいたしておきたい。
○吉田(健)政府委員 再入国の問題は手続の問題と実体の問題とあることは御承知のとおりでございますが、人道上のケースという特殊な状況下における方に対して再入国を許可する、ところが旅券がない、その場合にはその事実が先行しまして、それを救済する便法として日赤の発給する身分証明書をもって旅券にかえておるということが従来行なわれてきた方式でございます。 そこで、その在日外国人の方が再入国を申し出られたときに、これを許可するかせぬかにつきましては、法務大臣が、それが国益をそこなうものでないかどうかということを十分検討されて、国益をそこなわないということになれば、再入国許可が初めて発給されるという法体制になっておるわけでございますが、いま御指摘のキューバにおける国際記者クラブの大会、こういう政治的な色彩を持った大会に外国人が出て再入国の許可をすることはわが国の国益に必ずしも沿わないということで許可にならない、同時に、積極的に旅券にかわる証明書を発給する事由がないということで、現在はお断わりしている次第でございます。
○青柳委員 そうしますと、先ほどの在日中国人の場合は、見本市などに行って、帰ってこられるということは、国益に反しないからという判断がまず先にあって、そこで便法として先ほど言われた入管局長の証明書ですか、そういったものでこの事務的な問題は解決する。だから、基本はあくまでも政治的な判断が先行するのだということになりそうでありますけれども、そうだといたしますと、先年在日朝鮮人の代表の方々が祖国の創建二十周年の祝賀に招待を受けてこれに出席されるということで、再入国許可申請をいたしましたときに、これを拒否された。そこで裁判所にこの問題を提訴して、裁判所は、憲法のたてまえからいっても、祖国へ帰って再び日本に永住するということはまさに権利として認むべきであるということで、法務省当局のやったことの違法性を認めて、拒否処分の取り消しをやったことは御承知のとおりです。一審も二審もそれで勝訴しておるわけですが、最高裁では時期が切れたからもうその実益がないだろうというような理由で、その根本問題には避けて、事実上却下されてしまったという経過がありますけれども、そういうようなものにかんがみますと、政府として裁判所のこの一つの考え方、これは権威のあるものと私どもは考えますが、そういうことについての反省というものはないのかどうか、これをひとつお尋ねしたいと思います。
○吉田(健)政府委員 裁判所の決定は、われわれ非常にこれを尊重するものでございます。ただ、御指摘の案件につきましては、最高裁でその是非が論ぜられることをわれわれも期待しておったわけでございますが、最高裁のほうはそこの点につきましては明確な結論を出していただけなかった。しかし、結果的には結局法務省のいうように許可はしないで済んだという形にはなっておるわけでございます。 だから、これでいいというふうに見るかどうかでございますが、もちろん私たちは反省すべき点は反省し、状況に合うように検討していきたいとは常日ごろ考えておるわけでございますが、旅券を持たない外国人というのはそもそも異常な状態なのでございまして、普通の外国人、日本に来ておる外国人はみんなその所属しておる国の発給しておる旅券を持って日本に来ておる。持たない人は何らかの特殊な事情があるからであるわけでありますが、そういう特殊な事情の発生原因というものはいろいろあるのでございましょうけれども、たとえば日本と国交がない国においては、やはり旅券というものは出されない。また、日本が認めていない国が発給する書類というものは、日本政府はこれを公権力のある書類としては認めない。これは世界各国共通してみなそういう原則でやっておるわけでございますが、そういう事態が発生しておること、その結果旅券を持っておらない人がおる、こういうことに相なっているかと思いますので、旅券を持っておらないということは、わが国の政治、外交、経済状況から見ると非常に異常な関係にある地区の人が旅券を持っておらないということが前提にされているかと思います。したがいまして、技術的に旅券を持たないという手続の問題、そしてわが国の国益に害にならないかどうかという実体論の問題、この両方をそれぞれ十分勘案いたしまして結論を出していくということに相なろうかと考える次第でございます。
○青柳委員 いま話のように、不自然な状態があるという現実を踏まえてその上で議論をしておられるわけでありますが、これこそまさに重要な政治問題でございまして、在日朝鮮人の場合でいうならば、朝鮮に二つの国がある形をとって、しかも日本はいち早く南半分のいわゆる大韓民国なるものを朝鮮の唯一の政府であるというような虚構のもとに承認手続をとって、これと日韓条約なるものを締結する。明らかに非現実的な、一つの朝鮮を形式的には二つであるかのごとくに見て、そして一つだけを承認する、こういう無理なことをやっておいて、そしてこれは不自然だ不自然だ。大体自分のほうで不自然な状態をつくり出しているのがまさに日本国政府の対外政策、朝鮮に対する政策、あるいは中国に対する政策だと思うのです。だから、ここを正さないでおいて、現実がこうだから、不自然だからどうもしかたがないのだというようなのは、自分の責任をたなに上げて、そして差別的な処遇、非人道的なやり方を合理化しようとするものにほかならないというふうにわれわれは考えます。いまや時勢は動いておるわけでございますから、あくまでもいわゆる大韓民国だけが唯一の朝鮮を代表する政府だなどというようなことを固執しないで、現実はあくまでも現実として見て、朝鮮民主主義人民共和国というものが三十八度の北側に厳然として存在し、大きな権威と信用を高めている、その国の公民である人たちが日本に数十万住んでおられる、こういう人たちが全くいまの世界では異例ともいうべき状態に法的には差別されて置かれているということを改めなければいけない。その点を反省しているかどうかということを聞いているわけでございます。おそらく大臣でないからそこまではわからないということであろうかと思いますけれども、その点についての検討というものは政府としてやっているのかどうなのか、この点はお尋ねできると思います。
○吉田(健)政府委員 御指摘のような点は、あらゆる角度から検討はいたしております。ただ、日本の大政策として、ある国を承認するかしないか、ある政府がそれを代表しているかどうかということは、最高政策として決定される問題でございまして、その点には私どもいまここで介入したくないと思います。
○青柳委員 時間がありませんから、次の問題に移ります。 次は、大蔵省の森谷総務課長さんにお尋ねするのでありますが、去る十二月八日に四日市の税関支署につとめておられる川島さんという方が、突然朝の九時四十分ごろその支署の総務係長から呼ばれて参りましたところが、そこには名古屋税関の監察官、これは桜木という方だそうでありますが、それと四日市税関の支署の総務課長の方がおられて、それからがたいへんなことになったのでありますけれども、要するにこの川島さんが日本共産党の中央機関紙の赤旗を配布したという疑いがあるけれどもどうなんだという取り調べを行なった。その行なった時間というのは、その日一ぱい、十時間前後でございまして、またさらにその翌日も、またその翌日もというふうに三日間にわたって同じことについて取り調べを受けた。その延べ時間は十五時間をこえておるというのでございます。このような取り調べというものは法的にはどういう根拠によってなされたのか、まずそれを最初にお尋ねいたしたいと思います。
○森谷説明員 お答えいたします。 いま先生が御指摘になりましたことは、ただいま御指摘の職員が政党の機関紙であるものを税関に出入りする業者の従業員に対しまして購読方をすすめたという疑いがあるということに基づきまして、税関の監察官が監察を行なったものでございます。その権限は、大蔵省の組織規程に、税関監察官は税関職員の服務に関して考査を行なう、こういう規程がございます。それに基づいて実施いたしたものでございます。
○青柳委員 その税関監察官の「職員の服務に関する考査」その考査というのは具体的に言うとどういうことなんでしょうか。たとえば大蔵省の組織規程の七十八条三号によりますと、人事課の事務として「職員の職階、任免、分限、懲戒、服務その他」というようなことがありますけれども、こういうことを含む意味なのかどうか。
○森谷説明員 さようでございます。
○青柳委員 そうすると、赤旗を配ったことが、事実として取り調べをしなければならないということは、職員の服務に関する何らかの違反行為といいますかそういうものに該当するという疑いを持ったことだと思われますけれども、どの疑いを持たれたのか、それを明らかにしてもらいたいと思います。
○森谷説明員 御承知のように、国公法に、公務員の政治的な行為の制限規定がございます。公務員といたしましては国公法を順守する義務があるわけでございます。したがいまして、その規定に違反しているのではないか、いわば服務規律の違反の疑いがあるのではないか、こういう考え方から監察を行なったものでございます。
○青柳委員 その際に監察官は、これは犯罪行為である、したがって懲役になる事件だということも言い、そして職務命令として質問を発するのであるというようなことを言っている。全くその問題についての本人の答弁というよりもむしろ自白を強要するような措置をとった。たとえば証拠があがっているんだというような一般的なことから始まって、川島氏の指紋がある物件の中についている——何についているのか知りません、赤旗という新聞についていたのか、それを包んでいた紙についていたのか知りませんが、指紋がついていたとか、また筆跡も鑑定してみたところがおまえのものだとかいうような形で、きわめて犯罪捜査であるというような印象を本人に与えながら追及したようでありますけれども、犯罪の捜査の権限があるのかないのか、その点もお尋ねしたいと思います。
○森谷説明員 結論的に申し上げますと、税関の監察官は犯罪の捜査権はございません。
○青柳委員 そうすると、犯罪の捜査権がないのに、これは罪に当たるのだというようなことを言ったということは、明らかに脅迫であると思うのです。司法警察職員としての地位で犯罪の容疑で調べるということであるならば、当然刑事訴訟法によって黙秘権を告げ、そして任意捜査の場合には、答えたくなければ答えないでもいいし、もう自由になりたいということであれば、質問の場にいつまでもとどまっていなければならないということでもないわけです。ところが、犯罪捜査の権限もないにもかかわらず、また強制捜査でもないにもかかわらず、職務命令だから言わないか、これは返事をしなければ、そして黙秘などをしているならば命令違反として罪が重なるんだ、こういうことまで言ったというのですが、この点は事実かどうか調べておりますか。
○森谷説明員 お答えいたします。 ただいま先生がおっしゃったいろいろのやりとりの問題につきましては、実は目下調査中でございます。しかし、現地税関での微妙なやりとりがあったのだろうと思いますが、私ども現段階でいろいろ聞いたところによると、監察官として配下の職員に対する監察の実施のしかたにいささか配慮に欠けた点があったような印象を私は持っております。しかし、詳細につきましてはまだ調査が完了いたしておりませんので、いまおっしゃった、犯罪になるとかあるいは業務命令違反だとかいうような、非常に微妙なやりとりについては、目下のところ確たる、そのやりとりがあったかどうかという点を承知いたしておりません。
○青柳委員 その現場の状況がすべて録音をされたり、あるいは速記にとられたり、カメラに写されているわけでもありませんから、これは水かけ論のようにとられる危険性もなきにしもあらずでありますけれども、少なくとも客観的な事実として証明されていることは、十二月八日の朝から始まって、五時で就業時間は切れるのでありますが、その後まで引き続きとめ置かれた。要するに手錠をかけられたり、だれかに手や足を押えつけられていたという状況ではありませんけれども、便所に行くのにもあるいは昼食をとりにいくのにも一々ついてくる。全く自由がなく、第三者と話し合う機会も与えられないというような状況、こういう抑留、軟禁ともいいましょうか、こういうことをやった事実はもう争いのないところであります。しかもそれが一日で済まないで翌日になり、さらにその翌日にまで連続して行なわれた。それでしかもいわゆる調書、何という名称を使っているか知りませんけれども、申し述べ記録書というような名称のものかもしれませんが、そういうものに質疑応答の状況を書いて、そしてこれを認めて署名拇印せよといって求めた。これに対しては当然のことながら、そういうものには名前も書きたくないし、判も押したくないというのに対して、これも職務命令だから押さなければならない、もし押さないならば命令違反としてまた罪が重なるというようにして、どうしても押させるようにし向けていったという。こういう点、刑事訴訟法の百九十八条の末項を読んでみても、調書をつくった場合に署名押印を本人に求めることができる、しかし、ただし書きがあって、本人がこれを拒否した場合にはこの限りではないということになっている。全く任意なのです。これは強制捜査の場合でも任意です。まして任意捜査の場合は当然のことです。それを職務命令、何でもかんでも職務命令といえば何でもできるというような考え方が、どうもこの取り調べ官にはあるようであります。だから、憲法三十八条で認められている黙否権というものも、職務命令がありさえすればたちどころになくなってしまう、署名捺印を拒否する権利もたちどころになくなってしまう。こういうようなやり方が、この監察官たちによって行なわれたということに対して、上司の側では責任を感じておられるのか、どうなのか。取り調べ中だということでありますけれども、この取り調べは調べるほどこの人権じゅうりんははなはだしいものだと思うのです。そういうことが放置されているならば、国家公務員の人たちはもう全く奴隷的な状態におちいらなければならないと思います。私はたまたま私の所属している日本共産党の機関紙の配布が云々になったからこれを問題にするというような、そんな狭いこととして言うのではなくて、国家公務員といえども国民の一人であって、人権は十二分に保障されなければならない。にもかかわらず、何か上級、下級の関係、あるいは職務関係があるからといって職務違反の疑いを持たれた場合には、もう一議に及ばず自由を強要される。その自白も真の自白になるか、強要の結果によってはうその自白までさせられてしまうというようなことになりかねないわけなんですね。だからこういうことは、事は小さいように見えるかもしれない。私は決して小さいとは思いませんけれども、世間ではあまりにもざらにあることだからたいしたことではないというように軽く見過ごされるかもしれないけれども、しかし重大だと思うのですね。ここで人権というものの重さというものをやはりすべての公務員が持たなければいけない。ことに考査などという職務をやる立場の役人は、ついおかっぴき根性が出てきて、民間人に対して警察でもようやらぬようなことを自分たちの部下に対してやってしまう。そうしてそれがまかり通るというようなことになってはたいへんだと思うわけですね。だから、この点どのように今後取り締まっていくか、それだけお聞きして、私の質問を終わりたいと思います。
○森谷説明員 先ほど来申し上げましたとおりに、監察官は事実の解明という点を客観的にやるという任務がございまして、この任務遂行に、非常にことばは変ですが、いささか熱心過ぎて、おっしゃるような若干穏当でない方法をとったという感じがいたしておるわけでございます。それにつきましては、いま先生からおっしゃっていただいた御意見も非常に貴重な御意見でございますので、今後とも現地によく注意いたしまして、さような誤解を招かないようによく指導いたしたい、こう思います。
○青柳委員 終わります。 ————◇—————
○福永(健)委員長代理 閉会中審査に関する件についておはかりいたします。 裁判所の司法行政に関する件、法務行政及び検察行政に関する件並びに国内治安及び人権擁護に関する件、以上の各件につきまして、議長に対し閉会中審査の申し出をいたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○福永(健)委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 閉会中審査に関し、最高裁判所の長官またはその指定する代理者から出席説明の要求がありました場合には、その取り扱いを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○福永(健)委員長代理 御異議なしと認めます。よって、さように決定いたしました。 本日は、これにて散会いたします。 午後一時三十七分散会