文教委員会 第2号
- 発言数
- 12 件
- 登壇者
- 4 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1970/02/24
会議録
○委員長(楠正俊君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 この機会に一言ごあいさつ申し上げます。 私、このたびはからずも文教委員長に選任されました。微力ではございますが、誠意をもちまして委員会の運営に当たりたいと存じますので、皆さま方の特段の御指導と御協力をお願い申し上げます。(拍手) —————————————
○委員長(楠正俊君) 委員の異動について報告いたします。 一月二十日、青柳秀夫君が委員を辞任され、その補欠として西田信一君が、今月十三日、川村清一君及び小林武君が委員を辞任され、その補欠として杉原一雄君及び田中寿美子君が、十四日、斎藤昇君、平泉渉君及び柏原ヤス君が委員を辞任され、その補欠及び久保勘一君の議員退職による欠員の補欠として小林武治君、土屋義彦君、多田省吾君及び宮崎正雄君が、十八日、西田信一君が委員を辞任され、その補欠として大谷贇雄君がそれぞれ委員に選任されました。 —————————————
○委員長(楠正俊君) 理事の補欠選任についておはかりいたします。 私の委員長選任と小林武君の委員辞任に伴い、理事に二名欠員を生じております。 理事の選任につきましては、先例により委員長にその指名を御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認めます。 それでは、理事に永野鎮雄君及び杉原一雄君を指名いたします。 —————————————
○委員長(楠正俊君) 西岡政務次官から発言を求められておりますので、この際、これを許可いたします。
○政府委員(西岡武夫君) このたび文部政務次官に就任いたしました。皆さま方の御指導、御鞭撻をよろしくお願いいたします。(拍手) —————————————
○委員長(楠正俊君) 派遣委員の報告に関する件を議題といたします。 先般、委員会が行ないました教育、文化及び学術に関する調査のための委員派遣について報告を聴取いたします。 まず第二班の報告を願います。田村君。
○田村賢作君 去る二月三日から六日間にわたりまして、中村委員、川村委員、萩原委員と私、田村理事は茨城、福島及び栃木の三県におもむき、各県の教育行財政の現状並びに文化財の保存、保護の実情を調査してまいりました。 以下、その内容を簡単に御報告申し上げます。 私どもは各県の教育委員会との懇談及び現地視察におきまして、詳細な説明並びに要望を承ってまいりましたが、以下、主要な点について申し上げます。 なお、要望の詳細は資料として報告のあとに添付することを委員長にお願いいたしたいと思います。 第一に、公立文教施設問題について申し上げます。 まず、茨城県では、鹿島臨海工業地帯の急速な開発に伴って当該地区の過密現象が顕著にあらわれております。これに対応して、小学校三十五校、中学校十八校、高等学校十四校、幼稚園五十校を数年のうちに建設しなければならない状況に追い込まれています。しかしながら、工業地帯周辺の土地は、坪当たり十万円以上も高騰しているため、学校用地の取得が非常に困難であるとのことでした。その上、一挙に多くの学校施設を建設しなければならない事情も加わって、当該市町村財政能力をもってしては、何とも手の打ちようがないので、特段なる国の援助を要望しておりました。 福島県では、全学校の二〇%に及ぶ僻地学校をかかえている上に、過疎現象が進行しており、五年間の間に一〇%から二五%の人口減少率を示している町村は二十三町村にものぼっております。 このような実情から、県は、学校統合を進めておりますが、国の助成措置にもかかわらず、当該町村の財政力はきわめて弱いため、統合は円滑に進んでいないということでありました。したがって、統合諸施設に対する国庫補助率を三分の二以上に引き上げ、かつ起債の充足率を改善するよう要望がありました。また、僻地学校の施設設備に対しても同様の要望がありました。 さらに、去る一月末のいわゆる台湾坊主によって、福島県は十人の死者を出したほど、大きな被害を出しております。そのうち、文教関係では、小学校七十一校、中学校三十八校など、合計百二十九の施設、金額にして約二千八百万円の被害を受けているとのことでした。これに対する早急な国の助成措置を要望いたしておりました。 栃木県では、義務教育の施設整備が他府県と比較して著しく劣弱でありました。すなわち、まず、校舎及び屋内運動場の構造比率を見ますと、木造が七八%、鉄筋鉄骨が二二%で、鉄筋鉄骨の全国平均四一%と比較しますと、その保有率は全国平均の半分しかないと言えます。さらに屋内運動場の保有率を見ましても、小学校の全国平均七一%と比較して、栃木県のそれは三二%と半分以下を示しております。中学校にしましても全国平均より低い保有率を示しております。以上、栃木県の義務教育施設の整備状況を一口に位置づければ、全国の四十五都道府県のうち、つまり悪いほうから二番目という順位にあります。 本県でも、これは由々しい問題であると認識し、この汚名を返上すべく、小学校の屋体、危険校舎、統合事業等につきましては、四十四年度の二倍から四倍の事業量を四十五年度に計画いたしております。しかし、これらの事業の執行については、文部省の助成のワクと関連があるので、全国水準に早急に到達させるよう、特段の配慮を要望いたしておりました。 なお、会津若松市から、国有財産となっている学校敷地の払い下げについて、次のような要望がありました。当市では七校の小・中学校の敷地の平均二〇%、約一万八千平方メートルが旧兵舎跡地等の国有地で、現在、年間五十万円の使用料を支払っているとのことであります。目下、国から当該国有地を買い取るよう要請があるが、市としては約一億六百万円も支払うことは財政上困難であるから、無償払い下げを希望している。もし有償の場合は、評価価格を引き下げるとか、支払い掛盾を長くするとかという措置を講ぜられたい旨の強い要望がありました。 第二に、学校給食について申し上げます。 私どもは、学校給食に関しましては、福島県会津高田町の学校給食センターと、全国に先がけてコールドチェーンを導入した栃木県学校給食会を視察してまいりました。 会津高田町学校給食センターは一千四百五十万円をもって完成し、四十二年度から事業を開始しているのであります。学校給食の取り扱い規模は児童、生徒三千四百人分であり、分校を含め十八の小中学校へ配送いたしております。 当センターの構成員は、調理人十名、栄養士一名、運転手二名、事務員二名、計十五名でした。 一食当たりの単価は、小学校五十円、中学校五十八円ですが、当センターでは、材料について農業協同組合と年間特約を行なっているため、物価変動の大きな影響も受けず、安い値段で、最高の栄養を与えているとのことでした。したがって、従来の弁当時代と比較して、昼食の栄養価は革命的に改善されたとの説明でございました。 しかしながら、当センターの悩みは積雪期における輸送確保の問題であります。この地域は、冬季中、ほとんど雪におおわれ、絶えず除雪しなければ、交通は途絶し、給食を配送することができないのであります。幸い、当センター設立の際、関係当局と、除雪は責任をもって行なうという約束が取りつけられ、現在、除雪作業は円滑に行なわれているとのことでした。ただし、一部除雪車もはいれない悪い道路もあるそうであります。 私どもは、当センターから約四キロ離れた尾岐小学校へ向かう途中、乗用車が通れないほどの吹雪にあい、ジープに乗り継ぎましたが、激しい吹雪のため、一寸先が見えず、何回か立ち往生しました。本校の視察を終えて、帰るころ、給食が届けられましたが、これを見て、積雪地帯の給食輸送の困難性を、身をもって体験したのであります。尾岐小学校からさらに八キロ離れた松坂分校まで給食を輸送していると聞き、私どもは、当該職員をはじめ、関係者のなみなみならぬ教育に対する情熱、子供に対する愛情の深さを強く感じた次第であります。 私どもは、積雪地帯というハンディキャップを背負っている教育関係者の犠牲的な献身を、政治の場に反映して、悪条件緩和のために強力な措置を講ずべきことを痛感いたしました。 栃木県学校給食会では、コールドチェーンに必要な冷凍庫を見てまいりました。四十三坪、百五十四トンを収容できる冷凍庫の中には、マイナス二十五度を保ち、六十四トンを収容できるSA級冷凍室など、五つの分室がありました。また二トン積みの冷凍車一両と、二トン積みの保冷車四両を用意してあります。さらに、学校や共同調理場にも、百七の冷凍庫が配置されております。これは給食総人員の約四五%に相当しております。 次に、コールドチェーンを学校給食に導入したことによる効果について調査しましたところ、四十四年度における冷凍食品についての給食会の価格と、市販の価格を比較した場合、平均一九%、金額にして約二千五百六十七万円もコストダウンできたとのことでした。その他、一般物資についても年間二千五百万円のコストダウンに成功し、合計、年間約五千万円の経済効果をあげておりました。冷凍食品の取り扱い高は、四十二年度の五千二百万円から、四十三年度の一億一千万円、四十四年度の一億三千万円と飛躍的に伸びております。 以上のように、当給食会は、コールドチェーン導入のモデル第一号として、鮮度の保持と安定的な低コストによって、学校給食の内容の充実向上、及び父兄負担の軽減に大きく貢献していることが判明いたしました。今後、政府は、全国の学校給食へコールドチェーンを導入するよう期待するものであります。 なお、本県では、コールドチェーンの導入に際して、地元業者としんぼう強く話し合いを重ね、地元業者の深い理解を得た上、実施に踏み切ったということを申し添えます。 第三として、工業高等専門学校について申し上げます。 私たちは、茨城工業高等専門学校と小山工業高等専門学校を視察いたしました。 茨城高専は三十九年度に発足し、機械工学科、電気工学科及び四十四年度から新設された工業化学科の三学科を持っております。また、小山高専は、四十年度に発足し、現在、茨城高専と同じ三学科を有しております。両高専からは、第一に、公立高校の教員を高専の専任講師に採用する際、二千円から四千円の給与切り下げがあることから、人材確保の点から、教官の待遇改善をはかるということ。第二に、設備基準の充足率は、茨城高専で七〇%、小山高専で三七・八%であるので、設備基準充足のための予算措置を早急に講ずること。第三に教官の定員増をすみやかにはかること。以上三点の実現を強く要望されました。その他、小山高専からは、電子計算機の設置、学校図書館の新設、及び学生のための構内合宿施設の新設を要望しておりました。 以上、両高専を通じまして、狭隘な教室、一般教科の教官研究室のないこと、高くない設備基準さえも充足されていない事実、待遇等についての問題を知り、政府は、高専を期待しながら、発足させても、十分に育てていないという感じを抱いた次第であります。これらの問題の早急な改善措置を政府に期待するのであります。 第四に、その他の教育施設について簡単に申し上げます。 まず、茨城県の百里基地周辺にあります小川町立橘小学校では防音工事の実情を視察しましたが、防音工事の対象を屋内運動場及び講堂まで拡大し、さらに冷暖房の装置に対しても国庫助成を要望しておりました。次に、栃木県立小山高等学校では、近代化した農芸の開発という立場から、農業課程の分離独立を、県としても考慮しているので、これに対する国の援助を要望いたしておりました。 その他、僻地一級指定を受けている東尾岐小学校、国立磐梯青年の家、栃木県立野沢養護学校及び定時制を併設している県立宇都宮商業高等学校の実情を検察いたしました。また、公民館では、福島県の会津坂下町立若宮公民館と栃木県の西那須野町中央公民館を、さらに日光市では、日光スケートセンターを視察いたしました。 特に日光市から、男体山麓に日本一大きい、総合トレーニングセンターの建設を計画しているので、国からの積極的な援助を要望しておりました。わが国の青少年の体力は、近時、体位の著しい向上にもかかわらず劣っているといわれますが、それは、西独のような青少年向けの体育施設があまりにもわが国に少ないからであります。このような立場から、夏は涼しく、しかも冬季には家にこもりがちな青少年の体力増強のため、東京に近い日光に、大きなトレーニングセンターを設立しようとする日光市の姿勢は頼もしいものがあります。このようなりっぱな計画に対して、国は特段なる配慮を希望するのであります。 第五に、文化財について申し上げます。 文化財といたしましては、鶴ケ城、輪王寺、二荒山神社及び東照宮等を視察してまいりました。 鶴ケ城跡は昭和九年、国の史跡指定を受けた文化財であります。私どもは、十センチ以上も降り積った雪を踏みながら鶴ケ城跡をめぐり、昭和四十年九月に復元された天守閣の中で、多数の国及び県指定の重要文化財を視察いたしました。 輪王寺では重要文化財の三仏堂、東照宮では国宝の陽明門及び唐門、また、鳴龍で有名な重要文化財の薬師堂、さらに重要文化財の二荒山神社及び化燈籠等を視察いたしました。 ついで日光二社一寺文化財保存事務所におきまして関係者と懇談を持ちましたが、二社一寺の文化財建造物の保存修理工事費に対する国庫補助率が、四十四年度の場合四〇%にすぎず、これを四十五年度からせめて四五%から五〇%まで増額されたいとの陳情を受けました。ちなみに、昭和二十五年度から四十二年度までの二社一寺の建造物の保存修理に要した工事費は約七億九千万円で、これに対する国の補助率は平均四五%でありました。また、防災施設設備につきましても、昭和二十五年以来のものについても老朽したものがあるので、その更新について、国のほうで助成してほしい旨の要望がありました。 茨城県では、徳川光圀の隠栖の地であり、また、大日本史の編さんを行なった太田市の西山荘を視察いたしました。 なお、茨城県側から、大正十一年に史跡及び名勝の指定を受けた偕楽園の好文亭の復元について陳情を受けました。すなわち、去る四十四年九月の落雷によって、好文亭の五分の四以上が半焼または全焼し、四十四年度では県費にて一部復元したが、四十五、四十六年の両年度で奥御殿を復元したいため、総工事費の四三%に相当する約三千五百万円の国庫助成を要望いたしておりました。 最後に、筑波研究学園都市について申し上げます。 私どもは、筑波山麓にあります約二千七百ヘクタールに及ぶ研究学園都市建設予定地を、最初ヘリコプターによって上空から視察いたしました。学園都市の北部にある大穂町のゴルフ場に着陸した後、マイクロバスで南へ下り、防災センターの大型耐震実験装置及び五百ヘクタールの国立大学予定地の前を通り、中心にあります花室地区の道路の建設状況を視察してまいりました。 申すまでもなく筑波地区に研究学園都市を建設することがきまりましたのは昭和三十八年でありました。自来、住宅公団によって用地買収が進められ、今日では、すでに買収計画面積の九四%以上も買収を終えているのであります。これにつきましては、地元並びに関係者の血の出るような協力、努力のありましたことを特に報告いたしておきます。 右のような状況にもかかわらず、今日まで政府関係の三十六機関の移転計画はほとんど進んでいない実情であります。わずかに科学技術関係の防災センター及び無機材質研究所の二機関が建設途上でありました。 学園都市を建設することが決定されて以来、すでに七年を迎えようとしているのであります。今日まで大幅に建設がおくれている原因として、私たちは次の三点を指摘したいと思います。 第一は、基幹道路をはじめとして、生活環境の整備がほとんど進展していないこと、第二は、学園都市建設に伴う膨大な関連公益事業に対し、茨城県や関係市町村の財政力をもってしては負担不可能であること、第三は、国の推進機構体制が不備であることであります。すなわち、現在、研究学園都市建設の主体として、十四省庁の事務次官からなる研究学園都市建設推進本部があり、その職務は「新都市建設に関する連絡・調整及び推進にあたる」こととなっており、推進本部の庶務は内閣総理大臣官房審議室において首都圏整備委員会事務局の協力を得て処理することとなっております。その他、政府から委託された住宅公団がこれに協力することとなっております。このような各省庁の連合体のような推進体制では、予算の獲得、実施等強力な推進母体となり得ないのであります。 以上の三点を克服し、すみやかなる学園都市建設のためには、まず、一元化した推進機関を設置する必要を感じた次第であります。さらに、地元の負担割合を軽減するため、たとえば今国会に提案されました新東京国際空港周辺整備のための国の財政上の特別措置に関する法律案のような特別措置法を成立させる必要を感じた次第であります。 日本の未来を考えるとき、オリンピックや万博にもまさるとも劣らないこの頭脳センターといわれる研究学園都市の建設に対し、一そうの熱意をもってこれらの措置をすみやかに実施するよう強く政府に要望するものであります。 以上で終わります。
○委員長(楠正俊君) 次に第一班の御報告を願います。安永君。
○安永英雄君 第一班は楠委員長と私の両名が、去る一月三十一日から六日間にわたり、香川、岡山の両県における教育及び文化財の保護の実情について調査してまいりましたので、その結果を簡単に御報告いたします。 香川県におきましては、県立養護学校、坂出市立東部小学校、国立詫間電波高等学校、香川大学附属高松中学校、五色台青少年センター等を視察いたしました。 また、岡山県においては、歴史公園として計画中の吉備路風土記の丘、津島遺跡、高松農業高等学校と青少年教育センターであり文化財でもある閑谷学校等を視察いたしました。 なお、岡山県では県北部の僻地学校を視察する予定でいたところ、二、三日前の降雪により交通困難となりやむなく中止し、日程を変更いたしました。 まず、香川県から申し上げます。 県においては、金子知事はじめ多数の県当局者と懇談いたしました。県教育委員会からの要望事項としては、教育職員の待遇改善と新教育課程実施に伴う施設、設備の整備充実の二点でありました。本県の場合、県民の教育に対する熱意と努力により高い教育水準を維持し続けてきたが、今後もさらに教育を通じ社会が要請する人材の育成につとめたい。ついては、この人づくりを担当する教育職員は、教育の当面する課題について、広くかつ深い知識、高い識見、強固な信念が要請される。そのためには優秀な人材の確信をはかること、また、勤労意欲を高める意味においても教職員の待遇改善について一そうの努力をしてほしいということでありました。 なお、新教育課程の完全実施には施設、設備の整備充実が緊急の問題であり、さきの高校急増期にも本県は学校を増さないでやったため運動場を拡張することができない状態であります。ついては、国の補助を教育課程の完全実施ができるよう十分なものとしてほしいとの意向が述べられました。 次に、本県においては、特に、僻地教育、特殊教育、社会体育の現況について詳細に調べてまいりました。 僻地教育については、教授用資料の充実、高校進学者のための宿泊施設の整備、教員宿舎の建築補助単価の引き上げを要望されました。 また、特殊教育については、障害に応じた適切な就学指導確立のために障害判別委員会を設置することと言語障害・情緒障害児等に対する特殊学級を設置すること。 社会体育については、国の助成による社会体育 施設の充実と国の立法上の措置と、助成による社会体育専任主事の配置等を要望されました。 次に、県立養護学校について申し上げます。本校は隣接に県立ひかり整肢学園、県立身体障害者更生相談所、更生指導所、県立保育専門学院、香川県特殊教育センター事務所等が設けられている県の障害者に対する施設の中心となっている学校であります。昭和三十六年に精薄、三十七年に肢体不自由児、四十年に二重障害課程が設置され、現在の児童生徒数は、精薄百五十一人、肢体不自由児百五十七人、二重障害三十二人となっており、職員数は、教員五十一人、寮母十三人、その他九人となっております。もちろん教職員の不足は、他校と同様で、特に寮母は二十名程度必要であるとのことでした。なお、ここでは、寮母の希望者が多く、定員の増加があれば直ちに、充足できるとの話でありました。学校の特色としては、 一、全国で唯一の二重障害児を収容しております。肢体不自由児の父兄には、区分した教育をとの声がありますが、児童生徒にはお互いによい刺激となって、むしろ教育効果はあがっている。また最近は重度の重複障害児が増加の傾向にあるということであります。 二番目には、校舎は鉄筋二階建で、障害者に適した建築設計が施され、廊下、階段、便所、浴室にこまかい配慮が見られています。 三番目には、社会的に自立するため職業教育と体育教育を重視していること。職業教育には四〇%の時間をとっており、中学校の卒業者では約七%が就職できる状況にあります。高等部には印刷・被服・商業があり、商業では、本年簿記一級合格者が二名出ております。 四番目には、就学前及びアフターケア教育を行なっていて、幼児教室を月四回実施していますが、相当遠くからも集まって来ているようであります。青年教室を月二回、数学、国語、体育、身上相談を実施しているが、非常に喜ばれ、卒業生は楽しみに集まってくるとのことであります。 五番目に、肢体不自由児には、高松商業高校の商業科、高松工芸高校のデザイン科の特殊学級があって、それぞれに三名ずつが在籍中で、本校にて卒業し、その学校から卒業証書が授与されることになっております。 なお現在、学校の懸案事項としては、社会的自立のために、職業訓練施設の拡大と、独立して働くことのできない生徒のための庇護授産施設の設置であります。現在、入学希望者をほぼ受け入れているが、障害児の増加傾向にあるため、学級並びに教室の増加、就学前の教育として三歳児からの教育のため、幼稚部の創設を望んでおりました。 本県において進んでいる教育の一つに、特殊学級がありますが、その特殊学級として坂出市立東部小学校を見てまいりました。ここは、昭和二十七年に開設され、元県教育委員長、大西精神衛生研究所長の故大西博士の援助のもとに、現在本校の教頭をやっておられる特殊教育に非常に熱心な山本教諭が担任となり、一学級が設置されました。その後、昭和二十九年には、大西博士の私財約三百万円が投ぜられ、敷地三百坪、建坪六十五坪の大西校舎が建設され、特殊学級設置条件としての教室設備が充たされ、現在、松組、竹組の二クラス二十一名の児童が熱心な先生と、月に数回の大西精神衛生研究所の専門的な指導により教育の効果をあげているとのことでありました。児童を特殊学級に入級させることについての保護者の理解についての質問に対しましては、この地方は特殊学級についての認識と理解があり、抵抗がないとのことでありまして、喜ばしいことであると思いました。 なお、特殊学校に入れるべきかどうかの判定については、昭和四十五年度から県教育委員会に判別委員会が設置されるとのことでありました。 次に、本委員会が高専昇格を決議いたしました詫間電波高等学校に参りました。本校は、県の西北部に位置する詫間町にあって、旧海軍航空隊跡に設置され、瀬戸内海に面し、後背は小高い丘陵に接した周囲の美しい景観な場所であります。校地面積も十万平方メートル以上もあるすこぶる自然環境に恵まれた在籍生徒数四百三十三名の学校であります。生徒の約八〇%が寄宿舎で、残り半数ずつが自宅及び下宿生活をしており、その寄宿舎を拝見いたしましたが、室内の整頓と寄宿舎の清潔さは、さすが船舶乗員養成の学校であると感じさせられました。本校の卒業生の就職状況は三分の一が船舶関係、残りが官公庁、公社、放送、商社及び電機メーカーなどであり、求人の要望は多く、学校としてその配分に困っているという説明でありました。 なお高専昇格について、強い要望がありました。 次に、香川大学付属中学校におけるコンピューターによる算数の学習指導状況を見てまいりましたが、集団教育でありながら個人別の教育が受けられ、各人の能力に応じての教育効果をあげていることは認められるものの、また、一般的な反対理由として掲げられているコンピューターが教育を非人間化するという懸念についても、今後の大きな研究課題ではないかと考えます。 岡山県においても、副知事をはじめ県教育委員会の方々と懇談をし、また、一般的な状況の説明を聴取しました。その際、五点の要望事項がありました。 第一点は、私学助成の強化について、長期低利資金融資による施設設備の拡充改善の助成の強化、教職員の待遇改善等に要する経常経費の助成をすること。 第二点は、公立文教施設等整備費の増額について、国庫負担事業量が大幅に拡大するとともに、補助単価を実情に沿うよう引き上げる、国庫負担率を小学校校舎二分の一、僻地については補助出をすべて三分の二、過疎地域の学校統合は三分一 二に引き上げること。 第三点は、歴史公園として吉備路風土記の丘を昭和四十五年度から建設したいから国庫補助事業として認めてほしいということであります。 第四点は、社会教育施設整備費補助金の増額について、公民館、博物館、青少年施設等の社会教育施設に対して国庫補助事業を大幅に拡大するとともに、定額補助の増額をはかられたい。 第五点は、特殊教育施設の整備について、特殊教育学校の新設、改築、新増築に関する国庫補助のワクを拡大すること等でありました。 次に、実地に視察しました県立高松農業高等学校について申し上げます。本校は、農業、園芸、畜産、農業土木、農芸化学、生活の六学科を持つ生徒数七百六十六名、うち女子は生活科百十八名、外六名の学校であります。ここでは、全国的な傾向であるといっても過言ではない農業高校の悩みを校長先生が、問題点として述べられました。 農業自営者コースである農業科、園芸科、畜産科などでは、農業自営を希望する生徒が少ないということ、これは農業高校でも入っていようかといういわゆるでも入学者が多く、学科本来の性格を薄くするとともに、学習に対する意欲を低くしている結果ともなっているとのことであります。したがって、優秀な生徒がいる反面、小・中学校の学習内容でさえも、理解不十分な生徒が相当数いて、学習指導、実験指導に困難をしているとのことであります。学校としては、農業自営への夢と希望を持たせるために苦慮しているが、農業を取り巻く情勢が不安定であるため、生徒に対し農業経営に希望を持たせる努力をしても、効果がきわめて少なく、嫁飢饉の状態等自営者教育に障害となっており、将来について心配しておりました。ちなみに、卒業生の推路状況調査によれば、昭和四十三年度の自営コースの農業、園芸、畜産科では、百四十七名中農業自営者は二十九名、農業自 営に準ずる者五十八名、昭和四十四年度は百三十七名中十八名、農業自営に準ずる者五十三名という状況でありました。これらは、教育以外の問題も多分に包含されているものとして緊急に適切な方策を講ずる必要を感じてまいりました。 また、要望として、 一、農業教科担当教員はもちろん、普通教科担当教員、事務職員の待遇改善、 二、施設、設備の近代化と整備充実 三、農業後継者の研修機関としての農業教育センターの設置 等が述べられました。 次に、岡山県教育委員会が昭和四十五年度から五カ年計画で総事業費三億五千万円余を投じて建設しようとしている吉備路風土記の丘を見てまいりました。この計画は、総社市を中心に高松町、山手村にまたがる旧山陽道に沿う、東西二、五キロ、南北一キロにわたる地域で、全国四番目に位する前方後円墳である造山古墳をはじめとする多数の古墳群、備中国分寺跡、同尼寺あと等の史跡などの文化財指定地二十ヘクタールを中心に、周辺の山林などを含み、総面積約四十五ヘクタールを区域とするものであります。ここに、江戸時代の代表的民家を移築し、歴史民俗資料を陳列する資料館を設け、史跡周辺の景観の保存及び環境整備を行ない、歴史公園にしようとするものであります。われわれは赤松の林道、竹やぶの小道、農耕道と田園風景の中を縫いながら、一枚石をくりぬいてつくった家形石棺がある巨大なこうもり塚の石堂、伽藍の規模の雄大さを想像できる国分寺尼寺の礎石、現在も使用されている松井の名水井、小松におおわれている古墳等を見て回りました。現在まだ心配するほどの業者の動きはないとのことですが、この四月から定期観光バスも開かれるとのことですから今後、これらの文化財の保護については、工業開発とか、すでに造山古墳まで、迫っている宅地造成などの開発規制を行なうなどとともに、地域住民の協力のもとに土地の確保をし、史跡の自然環境の中での保存と、周囲の景観保全のため国としても、このような事業については、時期を失することのないように、早急に援助する必要を感じました。なおこの件に関しては、副知事、教育委員長から国庫補助事業として決定されるよう強い要望がありました。 次に、津島遺跡について申し上げます。津島遺跡については、当委員会においてしばしば取り上げられた事柄でありますが、岡山県が県営総合グランド内に武道館を建設のため工事に着手したところ、遺跡が発見され問題となり、再三の調査の結果、弥生時代前期の住居、倉庫、水田あとなどが発見されて、文化庁から史跡に指定されました。そのため県は、武道館を同グラウンドの西北隅に建設することになったものであります。同遺跡は私どもが参りましたときには、雨水に没し見ることができませんでしたが、教育委員会の説明によると、ここの地域内に弥生時代前期、中期、後期、古墳時代、奈良、平安時代と各時代の遺跡があるとのことでした。県としては、今後これらの地域の保存、保護については万全を期するとのことでした。 最近各地において埋蔵文化財包蔵地の発堀や史跡等の現状変更が道路の設置、宅地造成、産業開発等によって問題となっております。申すまでもなく、文化財はかけがえのない重要なものでありますから、開発行為は当然規制されねばならないと同時に、国または地方公共団体による包蔵地域の買い上げ等については早急に十分な予算措置を講ずべきであることを、つくづく感じた次第であります。 以上で終わります。
○委員長(楠正俊君) ありがとうございました。 おはかりいたします。 ただいまの派遣報告の参考資料を本日の会議録の末尾に掲載することに御異議はございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○委員長(楠正俊君) 御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 報告についての質疑は、後日に譲ることにいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午前十時五十八分散会