沖縄及び北方問題に関する特別委員会 閉会後第1号
- 発言数
- 91 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 4
- 開催日
- 1970/06/01
会議録
○委員長(塚田十一郎君) ただいまから沖繩及び北方問題に関する特別委員会を開会いたします。 沖繩及び北方問題に関しての対策樹立に関する調査を議題といたします。 これより質疑に入ります。質疑のある方は、順次御発言を願います。
○川村清一君 国会が終わりまして直ちに総務長官は、十九日から二十五日まで一週間にわたって、主管大臣として沖繩現地をつぶさに視察をされてまいりました御努力に対しましては、率直に敬意を表します。御苦労さまでした。私どももこの間、新聞をよく読みまして、長官の現地における行動、あるいは記者会見における発言等々について注目して読んでおった次第でございます。いろいろ重要な発言等もなされておるようでございますので、この機会に、数点にわたって長官の率直な御意見をお尋ねしたいと思います。 第一にお尋ねいたしたいことは、これは六十三国会のときも問題になりまして、私がるる長官に質疑を通じて御要望申し上げておりました、琉球政府の財政援助の問題でございます。つまり、七一会計年度における予算を編成することが非常に困難な状態で、いわゆる財政的危機に瀕している。これを何とか援助してもらいたいということでございます。これらにつきましても、参られまして、現地のいろいろな事情を親しく見、またお聞きしたと思うわけでございます。これに対してどういうような措置をなされるか、もう具体的な案も決定し実施に移されているのではないかと思うわけでございますが、この点にきまして、まず具体的なその案というものをひとつお聞きいたしたいと、こう思います。
○国務大臣(山中貞則君) ただいまの、琉球政府の歳入欠陥その他に伴って起こりました財政硬直化の問題でございますが、これは琉球政府といたしましても、本土政府としても、たいへん頭の痛い問題でございまして、本土側としては予算が成立をした直後でございますので、現在の琉政援助という形で組んでおります予算そのものの執行についてまだ内容が、相談が最終的になっていない段階で、最低一千万ドルという、日本の金額にして三十六億の追加要求という形が出たわけでありますが、現在のわれわれの予算運用上たいへん現時点においての処理が困難であるという点では、国会の開会中にもお答え申し上げたとおりでありまして、なおこの状態は同じ状態にあると考えるわけであります。 次に、現地側といたしましては、ずいぶん私もこまかい資料をいただき、あるいは疑問をただしなどいたしたのでありますが、現地側としても、本土政府の責任であるというような明確な理由の問題点の指摘がなかなかしにくくて、ここ一、二年重なりました累積の赤字、それに対応する予算規模は縮減することはできないというような板ばさみの状態にあることもお互いに理解し合ったわけであります。そこで、琉球政府といたしましては、最後の策として議会に勧告をいたしました予算の内容は、歳入面において六百万ドルの市中銀行の借り入れ、並びに、百万ドルの現在布令によって徴税いたしております沖繩県民外の所得税並びに自動車通行税について、これを置きかえて、琉球政府の税制によって現在徴収したならば幾らになるであろうかという推計のもとに、その差額について百万ドルをよけい歳入で見積もってあるという二点に大きな特色があるわけでございます。これに到達されるまでには琉球政府側もずいぶん議論があったようでございますが、第一に、いまの第二点の百万ドルについては、施政権者のアメリカ側の布令税法によってとられている税制と、現在の琉球政府の税制の税率その他によって徴収するということについての了解がとられておらない。したがって、これは一方的に琉球政府側が自分たちがそう見積もるというだけにとどまっておる点と、やはり地方財政の困窮を救うためであるとはいえ、地方銀行からの借り入れという異常な事態というものが含まれておることの二点だと思います。この点は双方の理解は一致しておりますし、意見の相違もありません。私はランパート高等弁務官、フィアリー民政官その他のおもなスタッフと会見いたしまして、その際に、率直にこれらの点に触れまして、復帰が、もうあとアメリカ側の会計年度においては一年を残すのみでありますから、それの時点に立って、主として教職員人件費の六百万ドルあるいは教育関係費の二百五十万ドル等の支出を削ってこられたことについての自分の意見は、やむを得ないものであると思う、予算の組み方からいって。しかしながら、一方で、本来ならば琉球政府が税収として取り得るものに対しては琉球政府に——言いかえるならば、アメリカが施政権者として、本来琉球政府の歳入に入るべきものをいつまでも取り続けるという姿勢も、同時に表裏相まって解消の方向に進んでほしかった。それが一方的に打ち切りのほうだけがなされていて、琉球政府の財源増加ということに簡明につながっていない措置については、自分としても問題点がある。であるから、第一には琉球政府の歳入に組まれておる百万ドルについての好意ある取り計らいと、並びに、融資課徴金等の推計、おそらく四十五年度で千三百五十万ドルに達するであろう——これは推計でありますが——実績は千二百万ドルでありますけれども、これらのものをどうするかについて、琉球政府の財政の運用あるいは予算の組み方その他等を全体ひっくるめて、日・米・琉三者の協議をしながら、八月ごろまでにこの結論を出そうということで意見の一致を見ました。これは、八月末ごろには、御承知のように、われわれのほうの予算の概算要求を大蔵省にお出しをいたしまして、各省が締め切り日としております月でございますので、それらのことを勘案しながら、向こう側にも共同作業を依頼いたしまして、ともにその時点において結論を出し合おうということで意見が一致いたしました。でありますので、いまのところは、これからの作業に待つのでありますが、今年度の予算の運用については、不正常、不健全な点が一、二点ございましても、琉球政府といたしましては、現在の予算でもって、おそらく私どもの四十五年度予算、琉政の一九七一会計年度の予算というものは議会において議決執行されるものというふうに見ておるわけであります。その運用については、今後なお私どものほうと本国政府とよく相談をいたしながら、その執行ぶりについて、あるいは運用について十分不断の相談をして誤りなきを期したいと考えております。
○川村清一君 そうしますと、いろいろ問題があるけれども、七一会計年度の予算については政府は立法院に対して提出することができるという運びになったのだ、かように了解して差しつかえないかどうかということが一点。 それからもう一点、これは新聞に出ておったのですが、市中銀行からの借り入れ金六百万ドルの金利につきましては、日本政府において今年度の補正予算で措置をしたいという点。 それから、琉球政府に対する援助を来年度からは交付税方式に準ずる形でしたいといったような発言をなされておるようでありますが、これについての真意をひとつ伺いたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 予算は、私が現地におりまする間に、「本日議会に勧告をいたしました」という主席の連絡をいただきました。そのように現地新聞も報道いたしておりますので、すでに先月提案をされておるということでございます。 それから、六百万ドルの借り入れ金の利子の問題でございますが、これは補正予算を組むということは申したことはありませんで、不健全な借り入れについては、これはどちら側の責任ということではないけれども、やはりその借り入れ金利等については本上政府において黙過しにくい、たいへん気の毒であるので、今後機会を見て検討することにしたいと答えたのであります。ことしまだ補正予算を組むというようなこともきまってもおりませんし、場合によっては、来年度予算ということにもなるかもしれませんし、そのためにのみ補正予算ということはちょっと考えられないことでありますから、あるいは、現在組まれておりまする予算執行について若干弾力性のある部分の調整等でそれを承認するか等の問題はございますので、これは何もそういう補正予算形式ということにはこだわらないで、これは今後大蔵当局とも相談をいたしてまいらなければなりませんが、何とかしてあげたいという気持ちでおることは事実であります。 交付税方式を来年度から考えてみたいというのは、これはもう国会の開会中にも申し上げましたとおり、そのものずばりの交付税ということはとれませんし、四十六都道府県の納めました法人税、所得税、酒税三税の三二%の総ワクのうち一定部分を沖繩に回すということについては、これは自治省側も、今年度予算編成から、沖繩に対する援助の好意的か好意的でないかの基本の前に、そういうような形式はとれないというようなことについて主張いたしておりますので、私の申し上げているのは、現在沖繩がとっておりまする財政形態の中で、たとえば沖繩自身も、やはり一地方公共団体の立場からは住民税を取っていない県というのはないわけでありますから、県民税がない沖繩ということも検討をしていただきたいということも言っておりますし、また、国税事務等については、今年度はやや腰だめ的に財政援助の形をとっておりますけれども、四十六年度予算においては、もう国・県の事務のはっきりとした内訳を人件費その他でいたしまして、国政を担当しておられる職員の人件費については、当然財政的に現在の援助費の中に盛り込んでいって、それらの負担を軽くする義務が国にある、こう考えておるわけであります。それらのものを総合勘案しつつ、琉球政府が自由に本土の交付税方式で、第一は、自主財源としては、これはもう地方税というものが自主財源、その他に固定地方財源としての国税の三税の三二%の固定財源というものを持っているわけでありますから、そういうような固定財源に準ずる弾力性ある歳入に貢献する金額あるいは支出の形式というようなものを考えてみたいと思っております。 なお、現地で尾長主席とテレビで対談をいたしまして、その中で、「援助」ということばについて自分たちはひっかかりを感ずる、アメリカの施政権者のほうも「米政援助」と言い、本土政府のほうも「日政援助」と言う、自分たちは両方から援助されているという感じは、もう事ここに至っては感じの上でどうもひっかかる点があるという話がありました。これは私もごもっともでありますから、その場で、来年から沖繩援助費というものは復帰対策費という費目に変えます、これは私の気のつかない点でございました、御指摘はそのとおりに承って、予算の費目もはっきりと変えますから、ということを申し上げておきました。費目も変え、したがって、経過措置として、中間的に、ほぼ本土の交付税を固定財源とする地方自治体の財政のあり方に近づける努力をしたい、こういうのが私の真意でございます。
○川村清一君 第一段目の問題についてはよくわかりました。 それから第二段目の、借り入れ金市中銀行から六百万ドル、これに対する金利補給の問題でございますが、これは新聞には、今年度の補正予算で措置したいというふうに書かれておったので私はお尋ねしたわけでございますが、補正予算を組むか組まないか、いまの段階ではわからないということでございましたが、いずれにいたしましても、これは日本政府においてぜひ金利は見てやるというような措置をぜひひとつとっていただきたいということを御要望申し上げておきたいと思います。 次にお尋ねしますことは、ドルと円の切りかえの問題でございますが、これは重要な問題になるわけでございまして、そこで、中山長官は現地において重大な発言をされておりますが、七二年に返還された後においても、当分の間は、ある地域を限ってドルと円との自由交換を認めるというような、きわめて重要な発言をなさっておるわけであります。これは大蔵省に関係ある事項でございますので、大蔵とすでに意見の調整がされてこういうような発言をされたのか、これが実際にやられるとするならばいろいろな問題が起きてくると思いますので、この辺はどういうようなお考えでこういうことを言われておるのか、もっと具体的に御説明願いたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 俗に「山中構想、打ち上げ花火のごとく」といわれておりますが、その中で最も困難であろうと思うものがもしあれば、それはただいま御指摘の、将来同じ一つの国になるわけですから、同一国内において他国の通貨の流通と申しますか、そういうものを認める形のものが一番困難な問題であろうと考えます。その問題にまともに触れるのがいまの御指摘の点であります。私もこの点は相当慎重に検討、配慮いたしたのでありますが、どうしても沖繩の観光客の今後増大する面においては、やはり外客——復帰後は外人の観光がウエートを大きく持って推進されていかなければなりませんし、それに現地におりますアメリカ側の軍人、軍属あるいはその家族、関係者、商社、そういう者等はやはりドルでもって給料を支払われておりますので、このドルによって買いものができるかできないか、これはドルに依存して商売をしておる人たちにとっては重大な問題でございます。私の考えました方式は、一応ドルでもって買いものをすることを可能にする。したがって、それは特定の地域ではございませんで、店でございますが、それらの指定を受けました店はドルでもって賢いものができる。しかし、その店は少なくとも、たとえば一週間なり十日以内という期限を何かつけまして、それ以内にもよりの両がえ店に行って日本円と交換をしなければならない。これには、場合によってはやはり罰則その他が必要となるかもしれません。ということは、日本の国内において国際収支のワク外でドルが、外貨が自由に蓄積されていくということについては、問題が非常に大きゅうございますから、やはり買いものその他に支障がないように、店の人たちの生活を考えてあげることが重点ならば、支障がないようにして、しかし、日本円にすみやかにあとでかえてほしいということについては、当然の義務としてやっていただかなければならぬ、こう思っておりますので、それらの詳細は、具体的なテクニックの問題でございますので、あとは大蔵省側の為替局その他とよく相談をいたしまして進めてまいりたいと考えるわけでありますが、要するに、一番困難な問題はその問題でございます。しかし、それも現在のところ、そういう方向で当分の間いかざるを得ない現地の情勢ということは両者一致いたしておりますし、目下のところ基本的な意見の相違はございませんので、その点、その構想を推進することは可能であると考えておるわけでございます。
○川村清一君 この問題はまことに重大な問題であり、また困難な問題であると私は考えます。賛成、反対といったような、そういう私どもの意思の表明は避けておきますが、いずれにいたしましても重大な問題ですから、慎重の上にも慎重を期しながら、しかも、従来の政府の方針、われわれの聞いておる方針と全然変わる点を打ち出したわけでございますので、まあ、私どもも現地において、コザあるいは那覇の米軍人軍属が出入りしておる店、そういう店の利便というものを考えれば、長官のおっしゃることはよくわかるわけでございますが、これは沖繩が日本に返ってまいりまして全く日本本土になり、そうして沖繩人も日本人も同じといったようになりますというと、通貨の問題というのは、やっぱりいろいろ大きな問題でございますので、十分ひとつ考えて措置していただきたいということの意見を申し上げておきたいと思います。 次に第三番目の問題といたしまして、これも私は重大な問題だと思っておるのでありますが、復帰と同時に沖繩の教育制度、これをすべて本土並みに切りかえるということを言明されておるわけであります。これは、沖繩の問題は主管大臣でございますけれども、教育制度ということになれば、これはやはり文部省の所管の問題でございますので、文部省と話し合いがいろいろな方法について一致しておるのかどうか。それから、これを軽々に取り扱えば、沖繩県におけるいままでの例に見られるように、とんでもない大きな問題がここに生じ、混乱が起きるということを予測しなければならない。これに対してあえて挑戦するがごとく言明されたというふうに私は理解せざるを得ないのでありますが、一体、大臣、そこに相当確信を持ってこういう重大な発言を現地でなされたかどうか。これのやはり真意をお尋ねしておきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 当然、文部大臣とも打ち合わせ済みでございます。教育制度の問題は、ただいま言われましたような、政治的あるいは教職員の人々の組織勢力の問題、あるいは復帰その他の推進の中心であるというようないろいろな問題でそれらの方々の御要望というものをさかなでするような意見は出さないほうがよろしいということも一つの御意見かと思います。しかし反面、教職員会の方々も、やはり一人一人は教育者でございます。教育者というものは本来、子供たちのために教育者として純粋に考えなければならない場合には、またおのずからそこに考え方は出てくるものがあろうと私は信じております。いつでも私はこの問題の話し合いには、私自身も教育者であったわけでありますから、純粋に教育者としての立場から話し合うことにやぶさかでないということを申し上げておるのでありますが、その根本は、義務教育の小中学校制で、同じ日本人であるならば、同じ制度、同じ教育の内容についてひとしく教育を受ける権利を持っておると私は思います。ですから、もう本土の潜在主権のみで何らの権力の及ばなかった時代から義務教育の教科書だけは現地に届けておりますし、算数の教科書は円で書いてあって、なお実際の通用通貨はドルであるのに、算数の教科書はほとんど祖国の教科書をもってやってきていただきました。そこに私は教育の本質があると思います。沖繩の一番南の与那国島、与那国町の小学校の生徒が、お父さんの転勤によって青森県に行ったといたしましてもやはり同じことであるというのが義務教育であると考えるわけでございます。でありますので、現地で私申したのですが、教育委員会の公選制なりなんなりそういうようなものは、どちらのほうがすぐれているのかは、これは本土においても議論のあったところである。しかし、現在本土の制度とこちらの制度が違った制度になっている以上は、教育制度あるいは教科書制度、すべてにおいて同じ条件にしなければ、生徒の問題としてとらえた場合には、制度が違ったほうがいいんだ、自分たちのほうがいいんだから、本土のほうが間違っているんだからといっても、生徒たちにとっては私はお気の毒である、やはり同じ制度でいくべきであるということについては、なお今後とも私としては信念は変わりませんし、子供たちにとって、教育者はそういう面から考えてあげなければいけない。そこに政党とかあるいは思想とかいうものを押しつけて混乱を起こすことは、私自身は極力避けようと思っております。しかし、そのために議論をしたり、あるいはどちらの制度が子供たちの幸福であるかという議論等については、いつでも私は議論は受けたいと、こういうふうに思っておりますが、私の基本的な考えは、教育は子供たちのためにある。したがって、教育者もやはり第一には子供たちのためにはどうあるべきかということを純粋に考えることが必要であろうと考えます。そこに結論が違うはずはないと確信をいたしております。
○川村清一君 山中長官も教育者出身であるということで教育的な信念をここで吐露されたわけなんでありますが、実は私も教育者出身でございまして、いまここで教育の本質についてあなたと議論する気はございませんし、そういう時間もございませんが、教育は、まさに長官のおっしゃったとおり、子供たちのためにあるわけなんで、子供のしあわせということを第一に考えて教育というものを考えなければならぬ、これは当然なことであります。しかし、これは特に慎重を期していただきたいということは、この終戦後から今日まで二十五年間、まあ四分の一世紀にわたって植民地として異民族の支配を受けてきた沖繩において、沖繩人がやはり日本人としての魂は失わないで今日まできたということは、これは一体何の力であったのか。これは率直に言って、沖繩の教育の力であったと思うわけであります。これをささえてきたのはやはり沖繩の教職員の皆さんであったと思うわけであります。そして、その頂点に現在の屋良主席があって、そして努力されてきたことを私は高く評価するわけであります。いま長官は教科書のことをおっしゃいましたが、沖繩の子供たちに日本の教科書を使わせなければならない、日本の教科書で教育すべきであると、それを主張し、がんばってやってまいったのも、これもやはり沖繩の教職員の人たちであったと、私はこういうふうに判断しておるわけであります。そこで、教育制度の問題、これももちろん教育の本質から考えて、子供のしあわせのためにどうしたならば子供がしあわせになれるかという、そういう基本の上に立って教育制度を考えなければならない。そこに日本の教育制度と沖繩の教育制度の違いがありますが、どちらがいいのか。日本の教育においても、現在の教育制度に変わったときに、教育行政を担当する教育委員会が公選制から任命制に変わっていったあのときにおいても、日本の国内においても非常な混乱が起きておる。国会においても非常な紛争があって、その中で自民党の多数の力でしゃにむに現行制度というものがつくられたわけでありますが、 〔委員長退席、理事山本茂一郎君着席〕 それをいまさら私はとやかく言いませんけれども、だから、こっちのほうが正しくて向こうはだめなんだ、こちらのほうに一致しなければならないのだというような、簡単に単純にそういう考えでいくことは、これは問題があろうと思うわけであります。いずれにいたしましても、いつかこの問題が実際に国会内において審議される場合におきましては、私どもも意見を十分述べて議論をいたしますけれども、とにもかくにも、長官がこういうような重大な問題をずばりと発言されておりますので、文部大臣と十分お打ち合わせの上でなされたかどうかという点に立って真意を伺ったわけでありまして、長官のお考えはわかりました。これ以上お聞きいたしません。 次に、毒ガス撤去の問題でございますが、いままで、まあ私がお尋ねしました教育制度の問題、あるいはドルと円の切りかえ——通貨の問題、あるいは財政措置の問題等々はきわめて歯切れがよく、ずばりずばりと発言されておりますけれども、毒ガス撤去の問題については、他の問題に比べて何となく歯切れが悪いというような感じ、これは新聞の報道などもそういうようなことで書いておるわけでありますが、さすがの山中長官も、相手がアメリカとなると、どうも沖繩県民の意思を代表して堂々と意見を述べられないのかといったようなふうに考えたのですが、この毒ガス撤去の問題は、現実の問題としてどうなんですか。これひとつお答えいただきたい。
○国務大臣(山中貞則君) 国会議員のあなた方までそういうことを言われてはこれは困るのでして、私は歯切れは悪くない。しかし、外交手段を私は行使できないものですから、したがって、どうしても外交ルートに対しては強い要請をするという立場に、国内の場合でも、私のほうは立たされる。ここに私の立場があるわけです。ですから、現地においても、毒ガス撤去の問題というものに対して非常に大きな住民の関心、むしろ非常な怒り、こういうものを直接自分としても感じますので、また、終戦直後に搬入したあれは毒ガスだったんだろうと思われるという、運転手からも、その搬入の状態等については詳しく聞きました。あるいはランパート高等弁務官とその他のスタッフと会いましたときにも、外交ルートで話をすることでありますけれども、私としては、せっかく両方会談をいたすのでありますから、この毒ガス問題について沖繩県民は、ワシントン、オレゴンの人間は人間であって沖繩の県民は人間ではないのか、アメリカのヒューマニズムというものはどうなのか、そういうことはほっといて、自国民のためにのみ人道主義はあるのかという、しかも、持ち込まれたときには全くわからないままに持ち込まれた、そして、それがあることがわかったら、アメリカのほうでは、アメリカの本土に持ってくるな、あるいは有力な国会議員と大統領との間に、最高の話があればくるくると行き先は変わってしまうというようなことがあって、はたして撤去をしてくれるのかどうかについてすら非常な疑問を持っている。アメリカのためにもこのようなことはたいへんよろしくないから、少なくとも、安全にしてしかも住民がそれを安心して見守れるような手段等を説明をして、すみやかに沖繩からは撤去してほしいということも申しておりますし、帰って直後の翌日の閣議におきましても発言を求めまして、私としては、沖繩の県民の気持ちは、同じ人間であるのにという強い気持ちがある、それは当然のことである、しかも、一月に運び去るつもりであるというようなことを最初に言っておいて、これがじんぜん日をむなしゅうするというおそれがあるならば、いま不測な事態が起こらないにしても、置いてあること自体、そのことが一日一日沖繩県民の気持ちに対して加えられる重大な侮辱であるということまで私としては見解を述べまして、すみやかに日本政府としての外交手段を行使すべきであるということを、外務大臣とも帰国後直ちに相談をいたしまして、外務大臣としても、これからさらに大臣、大使、あるいは現地の駐日大使、ワシントンの大使とアメリカとの接触、これらは新聞に報道されております。外務大臣もよくわかっております。でありますので、自分が外交折衝を重ねてまいりますからということで、私としては、沖繩県民の声というものに立って存分な——歯切れがいいか悪いかは申しませんが、言わなければならないこと、だれかが主張しなければならないことであるとするならば、それは現在の政治機構の中では私であるということで、県民の立場に立って私はものを言ってきたつもりであります。ただ、その手段を、私としては、外務大臣が不在ならば自分がアメリカの大使と会って交渉しようという、ちょっとそういうことができかねる立場にありますので、不穏当であったかどうか知りませんが、閣議で冒頭に私はそのような発言をして、総理以下に沖繩の人たちの気持ちに立ってやってもらう、しかも、すみやかに具体的にアメリカ側に条件を示すように提案をしたということでございます。
○川村清一君 次にお尋ねしますことは、私どもが——まあ、私は二回沖繩へ行っておるのでありますが、沖繩にアメリカ基地があるのではなくて、まさに基地の中に沖繩があるというような感じを直観的にも受けるわけであります。特に沖繩本島における中央部の、たとえば那覇、嘉手納、コザ、ああいうところは、歩くと、一体これは沖繩なのか、アメリカなのかという感じを受けます。この感じは山中長官も同感ではないかと私は思うわけでありますが、そこで、ぜひここでお聞きしておきたいことは、七二年返還、これを目ざして本土との一体化、そこで具体的に経済振興計画であるとか財政援助計画等々、いろんな構想を打ち立てられて、そして進められるわけでありますが、このことはまことにけっこうであり、われわれもいろいろと進言しておるわけでございます。しかし、私は考えるに、あの基地をあのままにしておいて、沖繩の一体開発だとか経済振興だとか、問題点の解決ができるのか、これをやろうとすれば、まず基本的に考えなければならないことは、この基地の問題を解決しないではとうていできないと思う。あの沖繩本島の中央部の平たん部、一番いいところが、全部アメリカが使用しておる。この現状というものをそのままにしておいて、沖繩の開発だとか経済振興ということは、どういつだって私はできないのではないかと思います。長官は現地に行かれてどうこの問題を把握されてきたか。現在の基地というものをもっともっと縮小していく、最終的には全然なくしていく、こうしなければ、どうしてもこの問題の解決にはならないのではないか。特に、これは長官御存じのように、すでに琉球政府においては「沖繩長期経済開発計画の基本構想」というものをまとめて発表しているわけですが、一九七一年度を初年度とし一九八〇年度を目標年度とする具体的な一つの案というものがまとめられています。産業経済の一つの発展、数字などもそこまで取りまとめているわけであります。長官は御存じだと思うわけであります。で、この構想を見ますというと、目標年度の一九八〇年度においては基地収入というものはもう皆無である。基地収入は一銭もない。それを根拠にしてやっておるわけでありますから、これを逆に考えるというと、一九八〇年には米軍の基地はそこに存在しないということなんです。で、この問題についてまだ山中長官の意見を聞いたことがないのでありますが、あなたは基地の問題をどうお考えになっておられますか。沖繩の開発、経済の発展、こういう面から、アメリカ基地は現状のままでいいのかどうか、この点を率直にひとつお聞かせいただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) これもあるいは歯切れの悪いほうの二本柱の一つかもしれませんが、基地をすみやかに縮小し、そうして将来は廃止せよという御意見でありますが、いずれにしても、基地の問題についての折衝は、外務省ルート、並びに防衛庁長官も入りました協議会というものにおいて相談がなされていく事柄の一つであることは間違いありません。したがって、私は沖繩の基地を返す交渉を直接対米折衝ができない立場にありますけれども、しかし、私のほうは、先ほどの毒ガスの問題と同じで、いま言われたような沖繩の基地の、ことに本島における中南部において、人問も住民も密集しておるのに、大部分のところは基地が広大な敷地を占有しておる。この事情を正常だとは思いません。この問題については、今後日本と一体となって経済開発その他の構想をつくる場合において、当然米側において、今日まで実質上不急不要の基地であるのか、あるいは、黙認耕作等で実質上の所有をしていながら使用はしていないもの、あるいは、大体アメリカ側が今後の戦略の展開いかんによって、ここらのところにこういう広大な住宅街等が必要であるかどうかについて問題があると私どもから見られる問題については、絶えざる問題の提起を、沖繩の立場に立って、私はする立場にある、このことは間違いありません。ですから、私自身が会いますと、直ちに、これも何回も申しました米側との会談においてもそういうようなことを申して、われわれが今後国の計画、あるいは国と琉政と一体となった計画の中で、土地という問題について問題が必要とされた場合においては、軍事基地についてなるべくこれをどんどん転用して返してもらいたい、こういう話をしたわけです。ランパート高等弁務官はにやりと笑って、嘉手納基地を一番先に返してあげましょうかという冗談を言いました。これはもちろん冗談でありますが、この反面には、嘉手納基地はなかなか返せませんということが含まれておるように私としてはとりましたけれども、これからは、やはり沖繩の現地に住んでおる人が日常考えて、国道一号線のすぐそばの東急ホテルの反対側の広大な芝生というものをどのような目で毎日見ながら通っておるかというようなこと等は、これはもう私どもが考えるまでもないことでありましょうから、今後の経済開発の問題等については、あるいは現在の米軍基地の実態等について施設庁等も立ち入り調査等を向こうも認めておるわけでありますから、そういう現実の調査を基礎にしてケース・バイ・ケースで積極的な交渉が必要であると考えますが、私としては琉球政府の基地を完全になくすることを前提とした計画というものについて、これを全然認めないという気持ちはございません。基地が全然なくなるということは、沖繩県民にとっては、ある意味で夢であります。あるいは私たちの日本においても、そういう夢というものを祖国においても願望とすることもあるかもしれません。しかしながら、現実の国際情勢の中で、沖繩の基地が全然なくなって、そのかわりに、こういうものが前提として経済計画、年次計画というものを立てることについては、私としては、そうならなかった場合についてはどうするかという重大なリスクを含んでおると考えましたので、その長期計画について意見を言うのを差し控えましたかわりに、そういう政府のほうにも、あるいは立法院のほうにも、もう少し距離の短い、たとえば復帰までの具体的な計画でもよろしい、あるいは五年間なら五年間でもよろしい、具体的な現実性の裏づけがあって緊急性がある、本土政府の来年度予算でこのようなことを考える、あるいは二年後にこういうふうにしろという要求をぜひ検討してほしい。幸い、琉球立法院の中にも沖繩祖国復帰対策特別委員会ができたようであるから、それらの方々を中心に短期的な経済計画あるいは復興計画というものもそちら側も自主的につくってくれないかという御相談を申し上げたのであります。現地側といたしましても、長期計画もあってよろしい、あるいは、そういう意味の短い計画も自分たちの側からの主張というものも持っていいという御意見のようでございましたので、そういう現実を刻々にどう処理するかという、問題の短距離的な計画というものが出ますれば、そういうものについて相互の意見をなるべく合わしていく。それの堆積が長期計画に、なるべく理想像に近寄るようにするということに進むべきではないかと考えます。
○川村清一君 私の質問時間が過ぎましたので、最後に私の要望意見だけ申し上げて終わりたいと思いますが、「国会議員のあなたがそんなことを言うようでは困る」というような先ほどの御発言もありましたが、これは五月二十五日付の某新聞にこういう記事が出ておったわけであります。「長官は精力的に動き、数々のバラ色の構想を描いてみせたが、それはあくまで構想でしかなく、あるものはその信ぴょう性を疑わせるようなものもあり、かえって現地の間で不安とためらいを深める結果となった。また長官は「復帰後は豊かな県にする」と随所で説きながら、最も肝心の基地問題は「所管外だから」と触れずに過ごし、同長官にかけた沖繩側の期待は“肩すかし”を食わされたかっこうである。」と、こう書かれておるわけであります。これは全部が私がこの意見だということで申し上げるのではございませんが、少なくとも今回の長官のこの沖繩視察というものは、百万県民から非常な期待を持って迎えられた。新聞等においては、あるいは宮古島でございましたか、小学校の生徒が日の丸の旗を振って長官を歓迎されたその写真なども出ております。あれが県民の長官を迎える偽らざる気持ちであったと思うわけであります。それだけに長官の任務というものは私は重大であると、かように考えております。確かに、財政あるいは経済開発等々につきましては、まことに率直な意見をぼんぼん述べられておりますが、しかし、ただいまの、毒ガスの問題あるいは基地の問題になりますというと、外交権がないと。——まさに外務大臣でございませんから、外交権がないわけであります。また、防衛庁長官でございませんから、基地の問題などに触れて率直な意見を述べられないこともようわかりますが、しかし、少なくともこの沖繩の民生安定の責任者は山中総務長官でございます。沖繩県民のこのほんとうの気持というもの、生命財産を守り、そしてまた将来経済発展によってしあわせになりたいというこの気持ちを具体的にあらわしていくためには、やはり基地の問題、あるいは当面の問題としては毒ガスの問題、こういう問題を解決しないで、そうして、将来はこうなるんだというその絵を見せて、ある意味においてはバラ色の幻想を抱かせても、これは実にならないと思うわけであります。民生安定の責任者は私であると、そういう気持ちを強く持たれて、そうして外交権がなければ外務大臣、あるいは防衛庁長官、特に総理大臣に対して、あなたの責任においてがんがん閣議等においても発言をされて、そうして、ぜひ沖繩県民の期待するような政治が沖繩になされるように御努力を願いたいということを私は心から申し上げまして、私の質問を終わらしていただきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) ちょっと言いっぱなしは困るのでして、そこまでおやりになる場合は、外務大臣と防衛庁長官と私と三人並べてそうしてやってください。そうすると、私は沖繩県民のためにのみの大臣でございますから、全くあなたのお気持ちにぴったりの答弁を続けるでありましょう。そうして、そのことを受けて、外務省なりあるいは特定の基地のケース、そのような問題については外務大臣、防衛庁長官が答えるでありましょう。そういうことで、私の行動は閣議においてもすでにやっておりますし、総理にも申し上げておりますし、外務大臣にも申し上げております。今後もまたたゆみなくそういうことをやってまいりますということでありまして、私の念頭には全く、この問題はやっかいだから逃げようという気持ちは寸分ございません。自分の長い政治生命をこの沖繩復帰の問題にかけているつもりでございます。それで私は政治家の生命を終わってもいい、それだけの価値のある問題だと考えて取り組んでいるわけでございます。 私の現地における言動については、これはもちろん新聞の人々がみんな非常によかったなんて書いてくれるはずはないのです。そういうことを書いたら新聞がおかしいのであって、犬が人をかまなければ記事にならないわけですから、かまなかった場合においては、かむようなかっこうをしたということでもやはりなければならないわけでしょうから、記事の問題だけで、私の現地の行動が全部県民の期待を裏切って一方的なかってなことを言い散らして歩いたのだというふうには、私は受け取っておりません。子供たちが街頭に並ぶということはあってはならない、そういうことは必要ないと思うのでありますけれども、現実に旗を持っていれば、私としては素通りいたしかねて、時間は詰まっておりましたが、車からおりて、すべての子供たちと握手とはいきませんが、手と手が触れ合う、手を私は流しながら、子供たちの気持ちをじかにくみ取って歩いたつもりでございます。また、新聞には、下地島を高く買ってもらいたいということで、背に腹はかえられずに子供たちを並ばしたのだという説には異論はありましたけれども、背に腹はかえられずに並ばした。ところがそれを、全くそういうことを考えもしないで、一方的なものの言い方をして帰ったというふうにも書いてございまして、私は、新聞にどういうふうに書かれようと、それは私の不徳のいたすところでございますからいたしかたございませんが、私としては、全く誠心誠意、党の立場さえ捨てて、全く一担当大臣としての行動に終始したつもりでございますので、その点を御理解を願えればたいへんありがたいと思いますが、これ以上申し上げる気持ちはございません。
○鶴園哲夫君 ちょっとおくれて参りまして、ですから、いま川村さんの質問の中で少し一部ダブる面があるかと思いますけれども、先ほど委員部の人から——調査室の人ですか——どういうような質問をされたか内容を伺ったのですが、復帰を前にしまして、私も三月でしたですか、沖繩に参りますと、各方面で非常に不安がありまして、承りますと、確かにいろいろな不安があり、深刻な問題だというふうに理解をしてまいったのですが、これはまあ教育界にいたしましても、あるいは軍雇用者の問題にいたしましても、経済界にいたしましても、そうだと思うのです。その中で、いま川村さんのほうからも質問がありましたのですが、長官が那覇の空港で、復帰と同時に教育制度は日本の教育制度を適用するのだという発言があったように記事が出ておりますね。私は確かにそういう考え方もあると思うのですが、これは「同時に」というのはどういう意味なのか。これは新聞記事が正確なのかどうか知りませんが、「同時に」という記事が出ておりまして、それが一つと、それから私の意見は、特にこの教育制度の中の教育公務員の諸問題については、これは日本と沖繩との間に非常に大きな差がある。かつての日本の教育公務員の場合といまの沖繩の教育公務員の場合と類似をしている面があるわけですね。その意味から言えば、日本のほうがずっと、何といいますか、変わってしまっているのですね。ですが、日本の教育公務員の諸問題については、国際的にもいろいろ指摘をされている面もあるわけですね。ですから私は、こういう復帰を前にして、あるいは復帰の機会に、日本の教育公務員の制度についても考える必要があるのではないか。これは長官の問題ではないようにも思うのです。ですけれども、記事が、教育公務員制度を適用するような話があって、非常に気になるもんですからね。私は、やはり当分の間併存さして、そして、その優劣といいますか、そういう問題を考える必要があるんではないだろうか、その程度の余裕というのは持って対処したほうが賢明ではないか、そういう気持ちを持っておるんですけれども、長官、どうですか。お考えを伺いたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 国会の開会中に私が申し上げましたことで、復帰前にも本土と同じ制度に、本土並みにならなければ、しなければならないものは、教育とそれから社会保障であるということは申し上げたと思います。教育は、これはそれぞれその国の人を育てあげる、次の民族を育てあげる全くの基本の問題でございますから、先ほども答弁したのでありますけれども、やはり制度の問題と子供たちの問題、いわゆる小中学校の生徒の問題としてのとらえ方をしてみる必要もあると私は思うのです。現地でも、私が申し上げましたとおり、現在の沖繩でとられておる教育の諸制度というものと現在の本土側の制度というものとどちらがすぐれているか、このことについては、私はどちらとも言えませんと。あるいは本土においてもそのような議論がございました。しかしながら、現在においての本土の制度というものと沖繩の制度というものをこれからも違えていくということは、事、教育でありますだけに、交通の右側通行、左側通行というような問題とは、全く性質を異にいたします。問題は、先ほども例をとったのですけれども、一番南の島の子供が、おとうさんの転勤で東北なり北海道なりに行っても同じ教育を受けられるということが、やはり教育の基本ではなかろうか。だからこそ、教科書というものを、ドルが通用しておる社会においても、依然として日本の円というもので書かれておる本土並みの算数の教科書を含めて送っていたわけだ。ですから、川村委員も言われたのですが、日本の魂、心というものをほんとうに沖繩で守り続けてきたものは教職員の諸君である。私は全く同感です。それゆえにこそ、戦後、戦争を知らないで生まれた子供たちが社会に出つつあるのですけれども、祖国に対して、やはり自分たちは日本人だという意識を強く持って、むしろ祖国よりも日本人意識というものを、追い込まれただけに、逆に強く持たざるを得ない立場を貫いてきたということを私は高く評価しますが、制度の問題は、たとえば現地で病気やけがをした場合でも、さいふと相談をしなければお医者さんの門がたたけない制度というものは、どちらがすぐれているか。これもまた、本土側の健康保険の追い詰められた財政上の問題、あるいは薬代がたいへん高騰して、四十数%に暴騰しておる現状等々から考えて、いまの祖国の制度がはたしていいのか悪いかも問題があると思いますが、いずれにしても、病気やけがをしたら、まずまっ先に医者に行けるんだ、さいふとは、そのあとの問題として相談をすればいいんで、さいふと相談をしなければ医者に行けないという現在の制度は、少なくとも復帰前にきれいにしておくべきだ、もちろん復帰と同時に本土並みの制度には移行しなければならない、こう考えていたわけであります。その同じような考えで、教育というものは子供たち、小中学校の生徒たちが、本土復帰したときに、内地のどの県とも同じ環境で、どんな山奥でも、どんな離島でもへき地でも、同じ制度の同じ内容の教育を受けておるということが絶対に必要である、こう考えて言ったわけでありまして、文部大臣とも打ち合わせ済みのことでございます。私本来の行政ではございませんが、しかし、やはり現地における内政上の大きな問題でございますので、私としては耳ざわりのいいことだけ言って、あとは、ほかの耳ざわりの悪いことは担当大臣が言えというようなことを言うような性質のことでございませんので、その問題に私は触れたということになるわけでございます。しかし、文部省との間に意見の食い違いはございません。
○鶴園哲夫君 沖繩の教育公務員の制度ですね、これは、先ほど私が申し上げましたように、私は非常にいい制度だと思っているわけなんですよ。かつて日本の教育公務員もああいう制度だったわけですね。その教育公務員の基本的人権あるいは教育の中立性、そういうものについて、いま沖繩の持っておる教育公務員の制度というのは非常にいいというふうに私は見ているわけなんです。ですから、復帰と同時に、直ちに日本の教育公務員制度をそのまま持ち込むんだということについては、これは検討する必要があるんじゃないかというふうに考えているもんですからお尋ねしているわけなんです。何せ、日本から離れて二十数年ですね、ああいう中ででき上がった制度ですから、それが復帰と同時に一挙に日本と同じような教育公務員制度にするんだということには、非常に大きな無理があるのではないかという私は気がしているんですね。これは新聞等で見る限りにおいては、長官は経済の問題については相当幅の広い考え方を持っておられるように見受けたわけですが、こういう教育公務員の制度の問題についても、そういうやはり幅のある考え方で対処していくというのが基本的な姿勢でなければならぬじゃないだろうかというふうに思いますね。その点についての長官のお考えを重ねてひとつお尋ねをしたい。
○国務大臣(山中貞則君) 私は、おっしゃっておることはよくわかっておるんです。どちらのほうが制度がすぐれておるかということを議論してみてもしようがないと思います。また、これを暫定措置で復帰後向こう五カ年間は現在の制度を残すと言ってみても、五カ年後にはまた同じことになる。あるいは五カ年内に、沖繩の制度が進んでいるから本土も全部沖繩のほうに逆に左へならえ、どっちを見て立つかによって右へならえでも、どっちでもよろしゅうございますが、沖繩にならえということも、現在では明言できない立場にあるわけでございますから、そういう意味で申し上げたのであって、経済界の問題についても、私はここの経済界の人たちの利便ということを考えてものを言っておるのではありません。沖繩の環境の中で、なお沖繩県民が人口流出県にもならずにとどまりつつ繁栄をしていく県をつくりたい、そういうふうにしなければならぬと考えておりますからいろんなことを言っておりますが、たとえば、経済人の団体との会談の中で一番強調されたのは、開発事業団というものでございました。自分たちも出資し合って沖繩開発のために事業団をつくらしてくれということでございましたから、それは断じてまかりかねます。そういう方式は、国がやるにしても、あるいは皆さんがおやりになるにしても、決して住民のために効率ある方式とは言えない。ことに、経済人の皆さんが一堂に会して要望されるときには、確かに活字もりっぱだし、構想もごりっぱのように聞こえるが、あなた方は、この部屋を出られたら自分たちの会社のそろばんとの話にすぐなっちゃうんで、あなた方がみんなで沖繩県民全体のために開発事業団をつくらしてくれと言うことは、私としては信用いたしかねますので、この場ではっきりと、そういうことはできないことであるということを明言しておくほうが親切だと考える。そう考えてはっきりとその構想を打ち消して帰ったのであります。私としては、あるべきものはあるべきもの、できないことはできない、努力しなければならないことは全力をあげて努力するということに仕分けをしてものを言ってきたつもりであります。
○鶴園哲夫君 長官、おわかりのことということなんですが、理解はできる、あるいは、何を言おうとしておるかわかるというお話なんですが、これは私は、やはりいまの沖繩の教育公務員制度というものは十分検討の価値があるというふうに思います。ですから、復帰と同時に直ちに日本の教育公務員制度を適用するんだという考え方で臨まないで、もう少し弾力のある考え方で臨んでもらいたいということを重ねてひとつ要望をいたしておきたい。私は、先ほどから申し上げているように、むしろこれはやはりこの機会に日本の教育公務員制度というものを考える必要がある。いずれ国際的にも種々指摘をされている問題なんですから、この機会に検討する必要があるのではないかということを考えておりますので、その点を重ねて申し上げて、次に、これは経済の問題で、私が参りましたときにいろいろ伺ったんですが、先ほども長官お話しのように、過疎地帯になるんじゃないかというような心配をされるくらいに、新しい学校を卒業した者が例年よりもはるかに多く日本のほうに就職する。それは結局、復帰を前にして沖繩の地場産業というものが非常に不安を持っておる。不安があるから、そこで採用について手控える。場合によれば、もうストップというような実情にあるように聞いてきまして、その後の統計の数字なんかを見ましても、非常に深刻な影響があるんじゃないかという気がするわけですが、これは地場産業で、しょうゆとかみそとか、ああいうほんとうの地場産業ですね、農村産業といったような、あるいはビールとか、こういうものが、御承知のように、消費税があって保護されておるわけでしょう。逆に今度は、国際通りあたりのおみやげ屋さん、これは逆に安い消費税で保護されておる。それが沖繩にとっては非常に大きな地位を占めているように思うのです。そうしますと、こういうものが復帰と同時に直ちにそういう消費税がなくなってしまうんだ、そういう保護的なものがなくなってしまうんだということになりますと、これはもうたいへんな不安を抱くのは当然だと思うのですけれども、そういう問題について具体的にどういう考え方を持っておられるのか、これをひとつ伺いたい。
○国務大臣(山中貞則君) みそ、しょうゆ等を例にとってのお話でありますが、私としては、現地で、残りの復帰までの間に、本土とはるか隔たった離島でございますから、全体が離島としての環境を生かして、県内需要というものを一〇〇%自給自足できるようにしたらどうですか。それについて企業の近代化資金、その他についてはこちらのほうで帰って相談をよくしますから、一〇〇%自給自足されているのに、なおかつ、本土から輸送費をかけてみそ、しょうゆ等のものを沖繩に送り込むということは、ちょっと商売の常識から考えられない。やはり二〇%ぐらいの自給不足があるために、そこにやはり資本力の差というものが脅威を与えているんではないか。むしろ一歩進んで、本土から送ってもらう必要はないというような体制をすみやかにおつくりになったらどうですか。でないと、大衆消費の日常生活必需品でありますから、やはり物価論争その他では、一般大衆の、買う側から言えば、本土のほうは税金なんかあまり食べものにかかっていないということになれば、どうしても私は物品税を残すわけにはまいりません。そうすれば、それまでの間に、あと二〇%そこそこなんですから、一〇〇%自給ということができるはずであるということで激励もいたしておきましたし、また、高級魚介類二〇%、あるいは大衆魚介類一〇%等の関税についても、これはやはり一国家みたいな形をなしておりますために、これをやはり本土からの輸入品というものから漁業者を守るためということでやはり税がかかっておる。これもやはり魚に税がかかるということは考えられないことであるから、今度の米の援助資金の二十億の長期低利資金を使って、そうして、すみやかに五〇%以上を越している丸木船の原始的な操業から脱却して、船を大型化、近代化して、すぐ目の前にあるりっぱな漁場を自分たちの手に取り戻しなさい。そういう援助に対する協力はする。なお、そのほかにも、島内の魚ぐらいは自分たちでまかなってみせるという意気込みを持たれたら、むしろ、島内需要をまかなった上に、本土からはるばると機関の音を響かせながら、沖繩の先の漁場に到達する本上の漁業者は、たいへんな時間を使ってやってくるのだ、それを自分たちの漁場を取り戻すことができて、漁場で操業して立つことができて、水揚げを島内に自給した上に、なおかつ、高く売れる。高給魚介類については本土のほうに売りつける、高い収益をあげるということでひとつがんばっていったらどうですかということで激励もし、相談もし、今後の方針について私の考え方あるいは行政上の指導をいたしてまいったつもりでございます。
○鶴園哲夫君 いま長官のお話で、基本的な考え方については理解できるのですが、沖繩と日本との関係でいま長官お話しになりましたけれども、日本とアメリカに例をとってもこれは明らかなことですね。これは日本とアメリカが競争して云々という問題、これは本格的に論議されましてから十数年たっているわけです。十数年の間のいろいろな準備によって自由化は逐次行なわれてきても、なおまだ残っている。いままた繊維製品の問題もたいへんな問題になっている。沖繩は、御承知のように、戦前だって日本本土よりもおくれた県であって、各方面においてもおくれをとっている。それから戦争によって本土と違った意味の破壊を受けた。そして、二十五年の間に日本と完全に切り離された沖繩人がそれこそ一生懸命にいろいろな手だてを使って地場産業というものをつくってきた。そうして復帰した。さあ、ひとつ日本とすぐにでも競争できるようにしなさい。そういう心がまえなり気持ちはわかりますけれども、日本とアメリカとの例を考えても、十数年という準備をしながらやってきているわけです。 〔理事山本茂一郎君退席、委員長着席〕 その間、昭和三十五年ごろから日本はたいへんな高度成長を行なってきて、非常に工業に片寄った政治を行なって、工業を発展をさせて、そして自由化なりあるいは資本の自由化なりを迎えているわけですね。それでも十数年かかっているわけですから、沖繩を考える場合に、これはもっと親切でなければならぬと私は思いますね。すぐにだとか、いや、まあ復帰と同時だということではないと思うのですが、もう少し長期の目を持って地場産業というものを育てていくとか、あるいは近代化していくとか、そういうものが必要じゃないか。それには暫定的な期間というものを考えていく必要があるのじゃないかというふうに私は見ておるわけなんです。恐縮ですが、重ねて長官の考え方を伺いたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) 地場産業といいましても、やはりいろいろ種類があるわけですから、いまみたいな、末端の家庭で買う場合に、物品税がかかってそれを買うというようなことは残しておっていい制度かどうか。私は、復帰と同時にそういう異常な形態というものはなくすべきである。そのために現地で、いまおっしゃったように、二十五年間の灰じんの中から立ち上がった全くの努力の結果生じた結晶というものがつぶれるというような事態があってはならない。そのためには、これは法で強制するところまでは考えておりませんが、あらゆる手段を使って、現地の異常な環境下の二十五年というものの中においてのみ許容された産業なりなんなりというもの、広く底辺、周辺住民、雇用者との間につながりを持って存在するもの、これでこの企業と競合するものがあったら直ちにつぶれるというものは絶対に沖繩に行くことを差しとめ、あらゆる努力を通産省その他と一体になってしなければならぬし、そうして保護してあげる必要があると考えます。これはやはり自給自足したならば本土との間に関税をかける必要はないもの、あるいは物品税という名前の税の保護というものをする必要はあってはならないもの、そういうもの等はやはり整理しておきませんと、そういうものをいつまでも残して、沖繩の人はお魚を税金込みでいつまでも食べておる。しょうゆ、みそをいつまでも税金のついたものを復帰後も食べさせられておるということは、また別な意味の観点からいって特別扱いすることは、それはちょっと問題ではないかというケースもあり得ることと思います。 たばこ等につきましても、民営三社——正確に言うと、後発一社のたいへん弱い立場の企業がございますが、まあ三社でございます。その三社を現在のままで置けるかどうか、これもやはり重大な点でありますが、原則的にはやはりこれも専売制度という国の直接の制度の中に今度はあるわけでございますから、こういうもので従業員の身の振り方、あるいは工場その他の既得権益なり、未来への得べかりし収益の損失等を計算しながらやはり専売制度に移ってもらいたい。ただ、本土ではありません卸方式というものが現地にございますから、これは幸か不幸か、専売公社も、次の前提である小売り店というものはたいへんたくさんございますので、本土の小売り店の規制の方法ではとても混乱を起こしますから、当分の間は、これは現在のまま小売り店を認めていくとするならば、これに対して専売公社が直接配達ということはたいへんなことになりますので、そこで、いまの製造業者の従業員もしくは卸売りの人たちを有機的に考えながら配送委託会社的なものも考えてみたらどうだろうということも現地でも申し上げておりますし、国内でも相談をしておるところでございます。たばこの耕作者も、一反歩でも一人でも存在する間は、やはり専売制の中で正確に国が買い上げていきますということで、耕作を続けていかれたい方は、本土の専売公社が——本土と申しましても、返れば一体でありますから、専売公社が買うということにおいて、たばこ耕作を続けたいという方は続けていかれるようにというこまかな配慮は、十分意見を交換いたしておるつもりでございます。事柄によって、沖繩の環境下においてなおこれを当分残してあげなければならない、あるいは残してあげたい気持ちはあっても、これは原則的にそういうものを残すことがかえって地域住民多数という立場から考えてできないもの、あるいは国が行なっている制度だから経過措置というものがとりにくいという問題など、いろいろ分けて考えなければならぬと考えます。気持ちにおいては、私も、別段沖繩をこの際復帰と同時に何が何でもがんじがらめに本土並みにしてやるという気持ちは寸分持っておりません。
○鶴園哲夫君 私は、二十五年沖繩が外国みたいな取り扱いを受けてきたんだと、で、そういう状況の中で産業というものも興ってきておる。これが日本に復帰すると同時に日本の制度をすぐそのまま当てはめるというお考えではないだろうと思うのです。ですが、どうも長官のやはりきっぱりものを言う性格からですか、何か受け取れるところがちょっと私、当てはめられるんじゃないかというような心配をするわけなんですね。私も、いつまでもそういう消費税によって保護されているとか、逆に安い消費税で保護されておるとかというものがあっていいと思っておりません。ですが、何ぶん二十五年という長い外国みたいな扱いを受けた、また外国と同じような扱いを受けてきておるのですから、その地場産業というものはやはり暫定的な期間を置いて日本化していく、本土化していくという考えが基本的に必要ではないかということを主強しておるわけです。その点はいかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) 沖繩がわれわれと一緒の本土の各県であったと仮定をいたしますならば、おそらくでき上がらなかったであろうという産業もございますね。たとえば一県のワク内において装置産業的なものは興り得ないわけですから、先ほどビールの御指摘がありましたけれども、ビールとかセメントあるいは製粉——装置産業的なものはおそらく一県であったならばなかっただろう。しかしながら、ある意味においては、昭和二十七年の四月二十八日というのは、祖国が沖繩にはっきりと責任を持った日と言うこともできる。祖国の意思、これはやむを得ざる環境の中でしいられたものであっても、祖国の意思が加わって沖繩が分離されたわけでございますから、これ以降の私たちの責任というものは償い切れないものを沖繩に対してもたらしたと私は思っております。でありますから、そういう意味の特殊な環境下においてのみ考えられた産業形態というものを、でき得る限り残してあげたい。しかし、産業人というものはよく自分たちの産業の性格を知っておりますから、それらの人たちが本土の最もいい企業と円満に合同し、提携し、業務提携、運用等において協力するというようなことで、うまく本土体制の中で消化吸収と申しますか、自分たちが納得づくで新しい未来図が発見できる。しかも、現地の工場がつぶされたりなどしない、雇用がマイナスにならない、発展していくというようなことで納得できる方向は、やはり自分たちは自分たちなりにやっておられるようであります。しかし、それができかねる、自分たちはあくまでもがんばるのだという人については、何らかの特別の措置を考える義務が、祖国にあるという点については、私も同感でございます。沖繩の各種多様な企業の形態の中で、私の念頭にあるところは、やはり沖繩の県民が、本土と一体になっても、なおかつ今後も人口も減らずに、できればふえ続けて、そして所得も向上して、明かるい新しい未来図というものの設計図の中で希望を持てる生活ができる地域にしたい。しかも、産業立地上、沖繩の日本列島に与える膨大なるプラスというものは、設計のしかたいかんによっては、はかり知れないものがあるわけでございますから、そこらに沖繩の人たちは自分たちの郷土の新しい価値というものを再発見をされる、そのことについて私たちは全力をあげて加勢をしていかなければならぬ、こういうふうに考えております。一つ一つの業種にはたくさん問題もありまして、金融機関等においても、一県二行ということは、ちょっといまの本土では考えられておりませんので、私としては、なるべく早目に、そのことは十分御承知でありますけれども、公的な立場で金融機関等は地方銀行についても生保においても損保についても信託についても、とにかくまず沖繩側が本土のどん欲なる大資本に押しつぶされたくないと思ったら、まずみんなで弱者で力を寄せ合って一本にしなさい。地場金融機関一社、あるいはその他の金融機関一社ずつになれば、沖繩についてそれを押しつぶすようなことについてのチェックの手段は容易である。ところが、二つ以上あった場合は、弱いほうが一方的に本土の巨大な金融資本と結びついたら、その瞬間から、かりに沖繩で第一の金融機関であったとしても、その地位は逆転をするわけでありますから、そこらのところは、私は、お互いが、事務的な問題もあろう、行きがかりもあろう、しかし、あと二年後の自分たちの共通の苦難というものを考えるなら、お互いの今日までのわだかまりも、小さい問題もあるかもしれないけれども、そういうものは全部乗り越えて、どうしたら自分たちが守れるかというシマウマの知恵をみんなで出しなさい。それについて援助しようじゃないかということは、金融機関の人たちは一様に渋い顔をしておられましたけれども、私としては直言をし、そのことが親切であると考えて意見を交換してまいった次第でございまして、そういう方向に相談が進むことを期待をしているわけでございます。
○鶴園哲夫君 時間が参りましたのですけれども、ずばり長官に伺いたいのですけれども、私は、沖繩に地場産業というものが生きていることは、今日消費税が非常に大きな役割りを果たしていると思っているわけです。高い消費税の問題もありますし、安い消費税の問題もありますが、これが産業に与えている影響というものは非常に大きい。これが復帰するということで、わずか一、二年の間にそういう制度というものがなくなるというのは非常に重大じゃないか。日本だってこれは自由化するには十数年という年月を要しているじゃないか、だから、直ちにせよということを考える必要はないではないか、もう少し余裕を置いて考えたらどうかというのが私の端的な考えなんです。いかがですか。
○国務大臣(山中貞則君) 施政権——立法、司法、行政の三権が祖国に帰って、そして沖繩は弁務官、あるいは民政官その他の内政に関する一切の問題が消え去って本土並みになる。しかし、沖繩県だけは全部、極端に言うと、いまのままの状態で、五年なら五年、特別法ですべての制度を残すということがはたして親切なのかどうか。そこらのところは、また沖繩の人たちもばかにしたものじゃないので、みんな考え、努力し、そして力をつけ、自分たちでできることは自分たちでやろうという決意も持っておられるわけでありますから、そこらはお互いに、ほんとうの友情は真実を告げ合うことにあるということで、そういう意味で、ほんとうの意見の交換をして、なおかつ、それでだめなものは、そのときに、殺すほうに回るのじゃなくて、生かすほうに回るという特例というものは必要になろうかと考えます。しかし、やはりこれも、私は教育制度ほど硬直したことは申しませんが、沖繩県民が享受すべき日常生活の便宜あるいは社会福祉制度、こういうものは当然本土並みであって、なおかつ、その上にのみ成り立っていた特殊な企業について、なお配慮しなければならない。この点は、これからの作業の経過あるいは時間の経過等を見ながら、特定の企業を保護するというようなことにならないように十分に配慮しつつ、気持ちの上では私もそのような気持ちを持って、同じ意見で進んでみたいと考えます。
○渋谷邦彦君 長官に対する質疑の時間がきわめて限定されておりますので、問題点が、今回お帰りになって、いろいろございますし、またお尋ねしたいとも思っておりますが、二、三の点にきょうは集約いたしましてお伺いをしたいと思います。 その一つは、先ほどもお答えがございました、沖繩県民の当面の問題として騒がれております毒ガス撤去の問題でございます。 アメリカも、日本政府の意向あるいは日本国民の反響というものを考慮しながら、オレゴン州あるいはアラスカ州のある島嶼に撤去先を設けようとしたようでございますが、アメリカの強い世論の反撃にあいまして、若干見送りと。おそらく、世論をとうとぶアメリカといたしましては、ほかの地域に撤収いたしましても同じような現象が起こるのではあるまいか。長官としては、今後外交ルートにのせてその折衝の結果を待たねばならないというお話でございました。しかし、いま当面する差し迫った問題として、しかも、この毒ガスはすでにその効能というものが消えかかっていると、こういう判断もされているようであります。そういうようないろんな要素をからめて考えてみた場合に、もしもアメリカに撤去先が求められない場合に、沖繩現地で廃棄処分にするようなそういうことが考えられないだろうかどうか。外交ルートを通じて折衝に当たられる場合に、長官としては当然、先ほどのお話のように、外務大臣にアドバイスされるなりして、沖繩県民あるいは日本国民の世論というものを十分に踏まえつつ臨まれるのであろうと、こう思いますけれども、まず第一に、いつ折衝されるのか、もうすでに折衝されているのかどうなのか。その結果を見てみなければ、いまあとから申し上げたような問題点については、あるいは日本政府として重ねて要望しにくい問題であろうと思いますけれども、やはり現地における廃棄処分ということも考えられないではない。こうしたことをもう一ぺん念を押して、沖繩県民の不安というものを除去する上からお尋ねをしておきたい。こう思います。
○国務大臣(山中貞則君) 全く私もそのとおり考えておりますから、アメリカの国内の問題は国内の問題、あるいは中間選挙を控えた大統領のいろんな議会の思惑もありましょうし、いろんなものもありましょうが、そんなことと沖繩県民とは実は関係はないのであって、沖繩県民も、アメリカのオレゴンあるいはワシントンあるいはアラスカの人たちも同じ人間である。変わりはない。要するに、沖繩から早く持って出ていってくれ。グアム島もあるだろう。あるいは、ビキニの実験で全住民を立ちのかしてそして原爆実験をやって日本の漁船に迷惑をかけた島等もあるわけですし、そこにはまた原住民を帰しておりますから、そういうようなことを言うのは酷なことでありますが、要するに、相手方のことについては触れない。しかし、沖繩からすみやかに、一刻も早く、ましてや沖繩現地において解毒をするとかなんとかというそういう処理をするなんということは、処理しそこなったというようなそういうことを考えた場合に、秘密に持ち込んできていまさら何を言うかというようなことが私の基本的な考え方でございますから、そのことは、私のアメリカ側と話し合った際にも率直に伝えております。また、閣議、あるいは外務大臣の帰国を待っての私の相談の中にも、そのことはちゃんと申してあるわけでございまして、要するに、沖繩から早く持って出ていってほしい、しかも、なるべく早くして、いつかということを早く示して、しかも撤去の方法、そういうものは安全であるということを県民に早く明快に示してもらわなければ、いつまでも不安動揺、さらに人間としての差別観に対する怒り、こういうことで、日米友好のきずなをゆるがすことになる。これは、ある意味においては、B52、あるいは軍用地の一括買い上げ等々の大問題が過去にございましたが、それよりも重大な問題だと認識してもらいたいということを私としては申しておるわけでございます。当然、外相もそういう考えをもって行動してくれておりますし、下田大使とジョンソン国務次官と会いましたときにも、新聞にはその点は出ておりませんが、ジョンソン国務次官はさらに陸軍次官とも打ち合ねせをして、撤去の方針について変わりはない、沖繩から毒ガスを撤去するというアメリカの方針は軍としても変わりはないということを確認した上で回答しておるようでございます。今後も外務大臣に、間断なく、チャンスのあるたびにこの問題をやっていただくようにお願いをしていきたいと考えますし、総理についても、閣議等を通じてお願いしてまいる決意について変わりはございません。
○渋谷邦彦君 いま述べられましたように、何といっても一番大きな問題点は、その時期を明確にすること、これに尽きると私思いますので、今後強力に、外交ルートを通じてすみやかに撤収をはかっていただきたい。 次に、ちょうど長官が帰られてからではないかと思うのでありますが、五月の二十八日に琉球政府が言明したところによりますと、かねてから、原潜の放射能汚染につきまして、日本からの専門家をぜひとも招致したいという問題がございました。従来は米琉合同調査団というのでございましょうか、そういう形で、放射能の汚染状態を調べてきたようでございます。しかし、その後も、絶えず那覇軍港には原潜の往復があるわけでございまして、あるいは再びコバルト60以上の強力な放射能が発見されないとは限らない。そこで、日本の専門的な人にぜひとも沖繩に来ていただいて、やはり調査団の一員として加わってもらいたいということを民政府に要望したそうでございますが、民政府はどういう理由からかこれを拒否したということが伝えられております。この点の真偽について、また、日本からさらに調査団を派遣する用意があるのかどうなのか。この点についてお尋ねをしておきたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) この問題で私まだ愛知外務大臣と話し合う時間を持っておりませんので、正確なことがよくわからないのですけれども、米側としては、拒否したということはない。ただ、琉球政府側が提出をした計画では、ちょっと米側としても、いまそのままの計画をオーケーできない。技術的な面その他について日本側ともっと打ち合わせたいという点があるので、目下のところそのままの計画では困るということを言っているのであって、ことに、前の共同調査と申しますか、そういう問題に対する日本政府側の申し入れというものは佐藤・ニクソン会談以前の時期でございましたので、さらに今後は、佐藤・ニクソン会談以降の復帰の確定した新しい事態というもので、これは琉球政府側の申し入れと民政府の回答という形でなくて、やはり日本政府とアメリカ側との話し合いということで、これはもう技術的な問題であって、そこに恣意的な立場なり、面目なりあるいは感情なりというものをいれるべきものでないわけでありますから、そういう意味で、もっと米側との間の折衝を、琉球政府の要請というような形でなくて、本土政府が受けとめてあげる、こういうことでやはり折衝をやり直さなければならないだろう、こう考えております。
○渋谷邦彦君 この問題も、長官御承知のとおり、もう再々にわたって問題にされてきた点でございます。いまさらここでその問題が再び焦点になるということ自体がきわめておかしいことでありまして、あるいは日米協議会等におきましても、いろいろその話の経過の中にこの調査団の問題についても意見の交換等がかわされたのではあるまいかということが一つ。もう一つは、いまお述べになりましたように、琉球政府が民政府に対して出した要望書あるいは意見書でございますか、これがどうも民政府としては受け入れるだけの条件にかなってないというようなことでございます。しかもなおかつ、それは現地での折衝ではなくして、やはり日米相互の政府間同士の話し合いにまつ以外にはないというそういうお答えでございました。しかし、やはりそうした琉球政府が思い余って民政府と折衝しなければならないということには事情があったんではないか、こう思います。おそらく総理府のほうといたしましても、琉球政府から出された調査団派遣の問題については十分把握されているのではあるまいか。ならば、民政府がなぜそれを断わるような事情に置かれていたのかということも当然分析されておりましょうし、それを踏まえてやはり今後日米間における折衝を強力に持っていただきまして、この問題を早急に解決をしていただきたい、こう思いますので、その二点重ねて所信をお伺いしておきたい、こう思います。
○国務大臣(山中貞則君) 私の滞在中、主席は、毒ガス撤去についてもその技術あるいはその安全性、そういうものについて、原潜と同じように本土側の協力をぜひアメリカ側に取りつけてくれということでございました。これも今後やりたいと思っているわけでありますが、その前に、主席としては、放射能汚染調査の問題はもう合意済みのことだからそのとおりできるんだとお考えになっておったようでありますし、私も実はそう思って、そのときはその場で話を済ませたわけであります。それがいま伝えられるような、拒否ではないにしても、そのまますらっといかないという障害が出てまいりましたので、まず第一に、もうこれはさまったことであるとさえ考えられていた共同調査なりそういう問題についてのもう一ぺん了解を取りつける、こういうことはすみやかにやらなければならぬと考えます。この点、外務大臣とよく相談をいたします。
○渋谷邦彦君 最後に、今回沖繩に行かれた長官は、それぞれ、いままでお持ちになっている構想を、現地の方々にも理解と納得をしていただくために、お話しをされた。それがときには現地住民にとってはたいへん唐突に受け取られたような空気もあったやに伝えられております。いままでの環境を変えるというのでありますから、そういう多少の摩擦が起きることも当然でございましょう。もちろん、それにはそれ相当の裏づけがあっての御発言であることは私どもも十分承知しておりますけれども、こまかいことはこれからまた先の委員会においてお尋ねをしたいと思っておりますが、特に構想の中でフリー・ゾーンの問題をしきりに述べられております。いわゆる高雄方式というのですか、こうしたことが、われわれとしてもあるいは勉強不足だということになるかもしれませんけれども、政府側としてもそれがあまりにも唐突で理解できないような話であるというような問題であるとか、あるいは日立造船の企業進出については、日立造船のほうは全然関知しない問題であるというような、そういう反論があったようにも聞いておりますけれども、この辺の事情というものをわれわれが理解できるこれから要素を持ちたいと思いますので、その点をかいつまんでお話しいただければありがたいと思います。
○国務大臣(山中貞則君) こちらで考えていますほど、フリー・ゾーンというものを沖繩の人々はふしぎな存在とは思っていないわけですね、御承知のとおり、あるわけですから。現在那覇港にありますフリー・ゾーン地帯というのはまことにちゃちなものでして、私、口が悪いですから、こんなちゃちなものではだめだと、現地でそれぞれの経営者に言ったんですが、あそこの敷地も持っているから、そこにはあの一社、たとえばあそこにグローブをつくる皮革製造の会社がありますね。あそこだけで年間牛の皮を二万五千頭ほしいというのですね。いわゆる島内の、県内の現在牛の全頭数が二万三千頭くらいでございますから、そうすると、ここに新しい沖繩の肉用牛の計画を立てるにあたって、フリー・ゾーン地帯であの工場を大きな近代工場にいたしますと、島内の牛の皮があそこのフリー・ゾーンで加工されて外国に出て行くという有望な足がかりを一つ得ることになります。さらに安謝新港というものが、那覇市において港湾管理者として進行しております。一方において那覇港は琉球政府が港湾管理者で、立場を異にしておる。これらの問題は干渉いたさないつもりでありますけれども、よく話し合って、沖繩全体の百年の大計のためにも、そういうところもよく話をつけたらどうですか。ことに、そういう市でやっておりますが、隣の浦添村との埋め立てがどんどん進んで、将来広域の相当りっぱな港湾の敷地条件というものを持つフリー・ゾーン構想というものを現地で考えてみましても、どうしても隣の浦添村の協力が必要である。しかも、市のほうは埋め立ての借り入れ金を返すために切り売りをいたしまして住宅にどんどん売っちゃうのです。そうすると、いつの間にか、港湾の企業に付帯するせっかくの有利なフリー・ゾーン的なものを考えていく場合に、たとえば金属その他の加工技術に非常に現地の人は精通されておりますから、こういうところで原石を外国から非関税で入れて、そうして加工して収入を得て、それをまた非課税で外国に全量を出すというような場合に非常に有利な背景を持っておられるわけです。そういう意味で、私としては、フリー・ゾーンというのは現地においては決して唐突に受け取られておらない。すでにあるものは、さらにりっぱな国家計画として認めようということでありますから、それに対応する現地側の受け入れ体制というものをつくってほしいということがこれからの相談になろうかと考えます。一方において、フリー・ゾーン問題はその程度で、まだほかに石油のフリー・ゾーンをどうするか。あるいはショッピング観光のいわゆる店をつないでいくフリー・ゾーンと申しますか、あるいはポイント、ポイントをずっとフリーにしていくという言い方になりますか、そういうこと等、いろいろありますが、さしあたり、そういうことで現地側においてフリー・ゾーン構想というものはさしてこれは唐突に受け取られておらない。むしろ、あれを廃止すると言ったら騒ぎが大きくなるだろうということのほうが深刻なのじゃなかろうかと考えております。 日立造船の新聞報道のいろいろな食い違いで、山中発言の信憑性がこれによって、百に一つの信憑性があっても問われることになるという批判を受けたことも事実でございます。その私の意見が出たときに現場におった人は、そういうふうに私が言っていないことをよく知っておられるわけであります。そういう記事は、その場に居合わせた全く一握りの人以外は新聞でだけしかわからないわけでございますから、テレビその他で多数の人々にわかるようにその点は一応御説明はしておいたわけでございます。それは松下電器を中心とする本土からの産業調査団が参りましたときに、私と昼に一時間半懇談をいたしました。そのときに、この調査団の中にどうして造船工業界から入っていないのか。三十万トン、五十万トンのタンカーは今日常識的になりつつあるのに、あの狭い本土の稠密した地域にかりにCTS——貯蔵基地をつくって持ち込むとしても、その船を造船所へ行ってオーバーホールをしたり塗りかえたりすることはたいへんなことだ。この沖繩に着目してすでにエッソにしてもガルフにしても東洋石油にしても着々海を埋め立てて進行している。石油の基地ができ上がるわけでありますから、そうすると、これらの現地のタンカーの修理あるいは塗装、そういうことから考えても、そこでかりに船をつくらないでも、船台を持って、今後の巨大な世界最大の石油消費国としての日本の、一手に沖繩側で引き受けていく造船業界も検討あってしかるべき立地条件のところではないか。ことに漁船の近代化その他については、現地には全然そういう造船能力のそれらしい工業がありませんから、そういうもの等もやはり間近な需要として考えた場合に、造船工業界はぜひ沖繩を調査すべきであるということを申しました。その結果、やはり産業調査団の方々から造船工業界にそういう話がありまして、造船工業界も、なるほどそういう意味においては沖繩を新しく見直す日が来ておるということで、調査団を出したいというような話がありますということで、その造船工業界の大手の名前を、どういう会社が相談をしているかということのときに、日立造船の名前を出しました。でありますからして、日立造船が三十万トン、五十万トンのプラントをすぐに向こうにつくるんだというように伝えられておる。それは日立の社長も否定をせざるを得ないことでありますので、そこらの行き違いがありましたことは、私の話し方がまずかったという点にあるいはあるのかもしれませんが、そういうふうに、日立造船が三十万トンのドックをつくる具体的な計画を持っておるというようなことは全然言っておりません。しかし、いずれにしても、それらの行き違いがありましたにしても、沖繩について造船工業界が全く考えないということは、私はあり得ないことだと考えますので、今後ともよく業界と相談をして、相なるべくんば、雇用需要等に大きく貢献する企業でありますので、ぜひ出て行ってほしいと念願しておりますし、工業界のほうも積極的な意欲を見せて検討しておることは間違いないということでございます。
○春日正一君 最初に、いま問題になってきた毒ガスの撤去の問題ですけれども、ずっと、長官の考え方なりおやりになったことも聞きましたから、そこから先の問題として、いままでこの問題について日本政府とアメリカとの間にどんな折衝があったのかということです。その結果、いつごろ撤去できるというような見通し、こういうものはついているのか、この二つの点をお伺いしたいのですが。
○国務大臣(山中貞則君) 撤去の見通しは、当初アメリカ側が、本年一月には撤去すると申しておりました。それが議会と大統領との関係のややこしい段階で、あるいは州法で提訴というようないろんなことがありまして、これは処理がついたようでありますが、延び延びになっている。この点は非常に困る、だから時期を明示してほしいと言っておりますが、撤去すること自体には依然として変わりはありません。これは不変ですが、時期については、たとえばランパート高等弁務官も非常に苦悩の色を濃くしておりました。自分としてはよくわかっておる。しかし、これは私たちの遠く手の届かない高いところの議論になっておるようであるというようなことを言っておりましたけれども、私は、これは率直な立場の開陳であったろうと思いますが、その意味において、先ほど来幾つかのケースをあげましたけれども、やはり日本国政府というものがさらにこの問題だけで会談する形をとられますかどうか。私としては、ぜひ沖繩の人たちに、祖国も一生懸命皆さんの不安除去のために努力していますという形も受け取っていただく義務があると思いますので——形だけじゃございませんが——そういう意味で、その一つだけでもアメリカ側との大臣レベルにおける交渉というものをぜひお願いしたいものだと考えて、いま外務大臣にお願いをしておるところでございます。
○春日正一君 その点、先ほど長官も、アメリカのヒューマニズムというものはそういうものかということをランパート弁務官に言われたということですけれども、沖繩の県民にしても日本の国民にしても、その気持ちでは変わりはないと思うのですよ。何ということをするのだと。ところが、そういう問題について、本土の民主団体がアメリカ大使館に抗議に行きましたら、大使館の係員は、日本政府からいままで何らの抗議も受けたことはない、あなた方がそういうことを言ってくるのは筋違いだろうというふうに返事をしたというのですね。つまり、日本政府がアメリカに山中長官のような態度で言ってくれればいいけれども、やはり非常に気がねをし遠慮をしてやっておるために、アメリカとしてはあまりそれを強く感じていない。だから、日本の民間人が騒ぐのはおかしいじゃないかというような気持ちになっているということだと、これは非常にぐあいが悪いことだと思いますよ。だから、長官のこれは直接の仕事じゃありませんけれども、やはり沖繩を担当しておられる長官として、閣議でなりそういう点を十分主張して、日本政府としても、これは道理のある問題ですから、道理のある問題については、やはり道理を通すという立場をとっていかなければいかぬし、アメリカに対して厳重に抗議もし、早く撤去するということを約束させるという努力をしていただきたいと思います。 それからもう一つ、財政の問題ですけれども、これもこの前の国会の開会中の委員会でも長官は、今度は沖繩に行くからその問題を詰めてくるというふうに言われたんで、私も非常に期待しておったのですけれども、勧告案を見ますと、借り入れ金を増額するあるいは減税の見送り、酒、たばこの消費税などの増額というような形で、とにかく一応勧告案を出すということになったように聞いているのですけれども、こういう内容だと、何かこう、しかたなしに泣き寝入りさせられたという感じをぬぐえないのですけれども、その点、長官としていままで努力をされてきた経過、どうしてそうなったのか、その辺、聞かしていただきたいのですがね。
○国務大臣(山中貞則君) まず新聞報道の、社会党下平総務局長とたしか書いてありましたが、日本政府が申し込んだことはないようなふうに書いてありましたけれども、私どもも気になりましたのですぐ調査いたしました。外務省経由で回答を求めましたところ、いや、一月撤去について自分たちは日本政府の申し入れに答えておる、その後、情勢が変転するたびにお互いに連絡をとり合っているのであるから、あらためて申し入れをするとかしないとかいう問題ではないのじゃないかというふうに答えたのだけれども、よく伝わらなかったのだろうかということでございますので、そこらはことばのあやもあったかもしれませんが、全然、日本政府が、沖繩のことなんか知っちゃいないという態度をとっていないということだけは間違いがないと私は確信をいたしております。また、今後もそういうふうにさせていく努力をいたします。 財政問題につきまして、私のほうでは沖繩琉球政府にこうしろと言ったことは全然ございません。私のほうで、してほしいと言われたことについて、すぐにできかねるということについては回答いたしましたけれども、現地側では、それを本土政府からいますぐ幾らを借りる、あるいは追加援助をもらう、援助をさせるというようなことについてはどうも見通しがはっきりしない。そこで琉球政府としては、でき得る一ぱいの努力はする、借り入れ金ももちろんでございますが、現在アメリカ側との間において了解なしのままで、百万ドルの布令税法を置きかえて、琉球政府の税法によって、準拠してこれを取り立てたならば幾ら取れるかということも、一方的に押し切って計上するというような異常な決意をされておるようでございます。これは、それなりに私は屋良政権の財政に対する姿勢あるいは悲痛さというものをそのままくみ取っております。ですから、私も、それらの点について、でき得る限り今後のアメリカ側の助言、アメリカ側の態度についてのあるべき姿の助言を私としてはいたしたつもりでございますが、これを今後どのようにするかについては、復帰後は直ちにそういう異常なものは解消する努力を財政上もしなければなりませんし、交付税もそのまま適用になるわけですし、起債等も文句なしに当然の権利として取得されるわけでありますが、その前にも、四十六年度予算編成の八月末をめどにして、各省の概算要求の締め切り日ごろをめどにして、おおむねの輪郭を立てることによって、現在の沖繩の政権が議会に出されましたその財政措置の緊急度、かつまた、内容の不健全性が本土政府の姿勢というものによって少しでもやわらげられる見通しが立てるような内容のものにしたいと考えて、いまその努力をしておるところでございます。
○春日正一君 これは来年度の予算とも関係がありますけれども、今度おいでになって、その財政困難の問題を詰めてみて、財政困難の原因が主としてどこにあって、これはどうすればいいかというようなめどはつけておいでになったと思うんですけれども、その点をお聞かせ願いたいのですが。
○国務大臣(山中貞則君) 一つには、いままで、あえて安易と言わしていただきますが、教職員の人件費の義務経費を六百万ドルも補助を受けていたり、あるいはその他の教育費について当然の教育支出、義務経費に近いものを二百五十万ドルも米援助の中で入っていたり、こういうことはやはり不健全であったと思います。また、過去の累積された税収見積もりの赤字の処理、こういうものが積もり積もって財投から政府が借りるというような異常な事態も昨年はとられたようでありますが、やはりやりくりの限度に来ておる。しかし、かといって主席が述べられておられますように、復帰を前にして、財政規模その他の県民の足取りをここで停滞し、もしくは後退させることはできません、ですから、歳出については精一ぱいの努力をして本土並みに近寄る歩幅を持たなければならないし、かといって、歳入はいまいろいろと言われているような問題点があるので、自分としては人事院のベースアップの勧告も一月実施ということでがまんしてもらう、あるいは減税もやはり少し時期をずらすということで、内容については本土に一日も早く近づけるようにしたいと思っております。私としては、主席の考え方というものはそれでよろしいのだ、こう考えております。しかし、財政は歳入歳出のバランスの問題でございますから、このバランスが明らかに歳入面で大きくくずれておる。しかも、その裏に、質疑応答をずっと聞いておられましたので御承知でございましょうから詳しくは申しませんが、アメリカ側が施政権者としておるとしても、アメリカ側はアメリカ側の議会において承認を得た支出があるわけでありますから、その上にさらに加えて、本来、現地で琉球政府が取ってしかるべき、かりに本土並みであっても、当然取っていいような税を、アメリカ側が自分たちの収入として徴収するという状態もそろそろやめてほしいという気持ちでおります。切るものは切ってよろしい、しかし、そのかわり、取っていけないものはすみやかに返すべきだという基本線で話を進めましたし、これからもそのことをすみやかにもう実現さしていきたいと考えるわけでございます。
○春日正一君 いまのお話の中でだいぶ触れられましたけれども、財政困難の理由として、いままで琉球政府の側からあげられてきたもののうちに、国家事務経費の負担、これがほかの県にないものとしてあると思います。あるいは援助の項目が指定されて、その対応費が必ずつく。だから、援助が多くなれば多くなるほど、いわゆる自主財源がなくなって、今度のようにほとんどゼロに近いというような状態になってしまうというような点が言われておって、それを埋めるために、どうしても国家的な事務経費は本土の政府のほうで負担してもらいたい。あるいは、むろんアメリカの政府のひもつきの援助というのではなくて、もっと自由に使える財源の援助をふやしてほしい。それから、先ほどお話のあった、布令による所得税とか自動車税とかいうような税制上のもの、あるいは油の管理による収益というようなものを沖繩の財源に入れてほしいというような要求があったと思うんですけれども、どうですか、来年度からはこういうものは解決できるような見通しというものはありますか。
○国務大臣(山中貞則君) 私としてはいまから努力をするわけでありますが、国の事務を明らかにやっておられる、これはもう政府部内においても意見の分かれるところはありませんので、どこまでそういうものであるかをはっきりさせる。それによってもちろん人件費、事務費等も全部国が持つという体制をもう四十六年度予算はとらなければならない年であろうと考えております。ことしの予算では、それらの議論が詰まらないままに、琉政の二十億と調整費の十億ということで一応の妥結をしたわけでありますが、来年は、そういうことで、交付税方式に準ずる方式等も組み合わせながら、自主財源というものが確保できるように努力したいと思います。 なお、裏負担——対応費と現地で言っておりますが——裏負担の問題については、全然裏負担がないということも問題がございまして、琉政援助は、もちろん本土の各地のいかなる特殊地域の補助率よりも高い援助をしておりますし、あるいは本土ならば援助の対象にならないものも補助をいたしておるケースもございますから、ある意味では、現在の対応費というものは一ぱい一ぱいのものでございまして、事実、援助費のふくれた率に比べて対応費の増額はごくわずかなものでございまして、全体をながめた場合に、ひもつきであるから困るという議論は、確かに私も肯定したいと思いますが、そのひもつきのものであっても、自主財源というものが本土政府の配慮によって別途考慮されれば、これはもう本土の各県に比べて特別の措置であることについてすらっと了解していただけると思いますので、そういう予算上の組み方を四十六年度予算においてやってみたいと考えております。
○春日正一君 来年度でおそらくこういうかっこうでは最後の予算になるだろうと思いますが、今度のことを考えてみても、長官も言われたように、事前にもう少し事情がわかっておれば、こんな窮屈なものにはしなかったろうということを言われたのですけれども、そういう意味で、来年度の予算ではこんな問題を起こさないようにひとつ処置していただきたいと、このことを希望しておきますけれども、同時に、途中でアメリカが削ってくるというものですね、あれは予算のどういう手続で琉球政府の予算というものはきめられるのか。山野長官の衆議院での答弁を速記録で読んでみますと、「事前に琉球政府、民政府、それから私のほうと十分話し合って相互に十分意見を交換して要求額をきめる、それが四百億余りだ、それが大蔵省で切られたんだ」という答弁していますけれども、事前にそういう相談をしてきめられているのかどうかですね。
○国務大臣(山中貞則君) どの予算でもそうですが、要求者側の要求どおりをそのまま大蔵省に持っていくわけにもまいりませんし、やはりこれは財政の仕組み上できない相談である、こういうものはやはりここらくらいの程度でないと、たとえ要求予算であっても持ち込めないというようないろいろな制約がございますから、琉政のほうで目一ぱいにあれもこれもと持ってこられましたもののうち、基本的にそういうものに触れると思われるものをカットして、そうして双方合意の上で、もとの特連局の要求予算というものができているわけです。それを受けて最終的に大臣折衝で金額を決定をするという手順になっております。もちろん、ことしもそういうふうにやりたいと思いますが、一歩進んで、沖繩事務局も琉球政府と一体になって、お互いが、どちらが指導するということもなしに、ときによって現地の事情は琉球政府職員から指導を受け、こちらの諸制度については当然こちらが指導をするという、一体となってやってもらいたい。琉球政府側がまずいとか、あるいは行政能力が云々ということは、少なくとも今後沖繩事務局が出発をした以上は、その責任はすべて事務局の職員にあると思える、であるから、君たち自体の問題であるということを、はっきり現地でも私、直接全職員に申しておきましたけれども、これからは、むしろ私のほうで御希望はもちろん承りながら、来年度はこういうような制度を経過措置としてのせていって、これを実質上交付税的なものでお使いになることはどうですかとか、相互に事前によく相談をして、これは長官もすでに手なれておりますけれども、復帰を目前にしたこちらのほうの予算でも、あるいは最終の予算ではないかもしれませんが、アメリカ側はもう最終予算となるわけですから、われわれとしてもその心組みで十分の事前の相談を、いままでと違った形式で、本土の制度はこういうふうになっておりますから今度はこういうふうにしましょうかと、お互いがよく理解し合った上で、共同作業でつくり上げて要求したいと考えております。
○春日正一君 私がいまその手続を聞いたのは、つまり、衆議院での答弁では、まあ最初に七百十四億円ですか、琉球政府が要求したという話を林議員がしたら山野局長は、正式にはそういうことは聞いておりませんということで、最初そういうものがあったということはまあ非公式にはわかっているけれども、そうでなくて、琉球政府から日本政府に七百数十億円の要求があったということは私ども正式には聞いていませんと、話し合いが大体まとまって大蔵省に予算要求をしたのは当初の四百億程度のものでございますというふうに言っているのですね。そして、この琉球政府、民政府、私のほうで話し合ってということになっているわけですね。七百幾らということが出てきたものを、とにかくアメリカの民政府も入り、本土の政府も入り、琉球政府も入ってそれでこの程度ということでまあ煮詰めたものが四百億程度のものということで、総理府の概算要求の形で出されて、それが大蔵省で五十億削られたというふうな経過だと思うのですよ。そうしますと、私、なぜ問題にするかというと、あとにこういうことが出ているのですね。今度の場合でも、いろいろ速記録その他も調べてみてあれしますと、米民政府の支出削減、教員給与六百万ドル、高校の援助金百八十万ドルというものがあって、こういうものが削られるという話がその三者の話のときにあって、それでこれが削られるから本土の政府の援助としてその分をふやすというような形で、すでにこういうものが削られるということが琉球政府の今度の予算を組む場合に、本土の政府で受ける場合に話し合いがあって、アメリカが減らすならこちらでふやしましょうということで、ふやしたのじゃないかというふうにもとれるわけですわ、いまのような手続でこの四百億がきまったとすれば。ところが、またそのあとにですね、前年度の削減分二百万ドルというふうに年度の途中で削ってきているのですね。そういうようなものもある。こういうことが、あの小さな琉球政府の財政の中で、こういうかなりの額が年度の途中でもって削られてくるということになれば、どうにもならなくなることはわかり切っていることですわ。しかも、それが、事前に話し合ったんだ、話し合ってきめるということになっているということになりますと、これは一体どういうことなんだろうか。そして山野局長の答弁では、局長——今度は長官ですか、八百万ドル近いものが減額になるということは当時はさだかにわかっていなかったと、こういうふうに言っているのですね。だから今度のような困難が出てきたということ、そうしますと、来年度でもこんなことがやられないという保証があるのか。もしそういうものが来た場合、本土政府として一体どうするのか。そこがはっきりしなければ、来年度予算も、長官の言われたような精神でお組みになっても、要求したあとからまたくずれてくるという危険が含まれるわけでしょう。それを私、はっきりさせて、そういうことのないように、もし出た場合にそのつづくりはどうしてやるというようなめどをしっかりしておかないと困るのじゃないか。そういう点で質問しているわけですけれどもね。
○国務大臣(山中貞則君) 私の先ほどの答弁で誤解があったようでありますが、私たちがやっていく相談は、民政府側との相談は入っていないということであります。しかしながら、山野長官の、「編成作業の沖繩側の要求額については正式には聞いていない」という答弁は私の就任以前でありますから、その事柄については長官より答弁をいたさせます。 さらに、来年度の予算の編成のしかたについては、これまで申し上げてきましたとおり、私たちのほうが琉球政府と一体の作業をすることによって要求をいたす形式にしたい、こういうことに改めようと言っておるわけでありますから、その中にはアメリカ側の意向というものをいれてやっておるわけでありませんので、現にことしの予算も、ほとんどこの二、三年は形骸化した日米協議会で、本土政府がプライス勧告をはるかに上回るバランスをくずしたあとの話でありますが、それはもう大体こういうことできめますからという通告を向こう側が了承するようなことで、最初は、アメリカ側がこういうふうな予算を組まれたらどうですかと言って、日本側が、承知いたしましたという形式であったやに聞いておりますが、すでにそういう形も大きく変わってきておりますから、今後については、予算編成について米側からの問題というものは、当然事前に私たちの意向も伝えて、必要なものは、先ほど布令税法等について申し上げました感触はつかんでおかなければならないと思います。さらに、予算編成のときに、ただいま言われましたような六百万ドルないし残りの計二百五十万ドルと思いますが、そういう大きな金額のものを削ってくるということがわかっていたかということでありますが、これは遺憾ながら、おそれがあることは、前年度も歳入欠陥として二百万ドル結局出してくれなかったわけですから、そしてニクソン大統領の議会に対する教書等の感触から見ましても、相当渋ちんでくるなという感触はあったわけです。しかし、その予算編成の段階では、最終決定まで、どこを幾ら切ってくるかという見通しが全くなかったわけです。そういうことがありまして、軍雇用者たちの解雇問題等も見通しのつかない、もっともっとふえそうな気配がありましたし、いろいろなことを考えて調整費十億というものを組んだわけです。もし事前にわかっていたと仮定するならば、いまおっしゃったその金額だけでも今年の予算の琉球政府の財政援助費並びに調整費では足らないということになりますから、そういうことは決してなかった証拠でありまして、そういうことがわかっておれば、当然そういうものはカバーした上に、さらに琉球政府の財政援助二十億あるいは調整費が五億くらいに減ったかもわかりませんが、そういうことに組みかえていただろうと思います。遺憾ながら、私のタッチした段階以降において、アメリカ側から一九七一会計年度の沖繩援助費を幾らに減らそうという感触を得られなかったということは、残念でありますけれども事実でございます。来年度の予算要求においてはそのようなことを十分に事前に検討して、そういう轍を踏むことは、結局、私たち自身が受け取って、一九七二年はもうすぐそばですから、最終年度の予算というものでもなお禍根を残した場合に、復帰の場合においては財政的措置についてはたいへんな荒手術を必要といたしますので、そういうことのないような配慮は当然しなければならないことだと思っておるわけでございます。
○春日正一君 最後に一つお聞きしますが、今度の財政欠陥の問題でも、たとえば交付税の問題というような問題が出ると、いまの法律のワクの中では交付税というものは出せない、準交付税みたいなものというような非常に苦しいことになっているわけですね。そこで、こういうことを考えておるかどうかということをお聞きしたいのですけれども、とにかく敗戦後二十五年にわたってアメリカの支配のもとにずっとやってきて、沖繩の経済というものは本土との格差は相当広いものがあると思うのですよ。私も行ってみて、住宅その他を見てみて、国際通りを歩いてみても、やはり本土の人口三十万都市の中心街に比べてみれば、やはり資本蓄積が少ないという感じを免れません。だから、そういう意味でこの格差を埋めなければならぬし、この地ならしなしに一体化と言ってもそれは形式的なものになってしまうわけです。そうしますと、どうしても沖繩県民の要求あるいは自主的、民主的な計画に基づいて沖繩の復興と県民の生活水準を本土並みに高めていくというような特別な措置が必要になってくるし、それをやろうとすれば、いままで、小笠原の場合も協定ができてから復興法案みたいなものが出ておりますし、奄美の場合もそうなっておりますが、沖繩の場合はすでに以前から問題になっておるし、現に、そういう点で、復興援助しようとしても、いまの法のワクの中ではいろいろ差しさわりがあって思うようにできない、やりたくてもできないような障害があるということになれば、やはり沖繩復興特別措置法というようなものをつくって、そういう障害を越えて沖繩の復興というものを円滑にやる、早期にやれるような法律を少なくとも次の国会あたりには出して、すぐ手をつける必要があるのではないか、こう思うのですけれども、その点についての長官の考え方をお聞きして私の質問はこれで終わります。
○国務大臣(山中貞則君) 結論として、そのとおりにしたいと考えます。返還協定の国会承認というものと合わせまして、沖繩復興特別措置法というようなものは制定をする必要があるであろうと考えますが、ただ、特別会計はその復興措置法の中にはうたい込むつもりでありますけれども、予算上の制度でありますから、これはやはり昭和四十七年度予算ということに具体的にはならざるを得ないだろうというふうに考えております。
○委員長(塚田十一郎君) それでは山中長官、副長官、御退席いただいてけっこうです。
○渋谷邦彦君 去る五月二十六日、沖繩返還に伴う防衛計画について初めて日米間の折衝が開始されたわけでありますが、これからどう詰められていくのか。はたして日本国民があるいは沖繩県民が期待するような方向に向いていくような結論が得られるものなのかどうなのか、非常に注目したい点でもあり、また、疑がわしい点が残りはしないかという不安もあるわけであります。かつて屋良主席は、沖繩の米国基地は本土と比較した場合、その機能あるいは密度あるいはその規模については全く異なる、この点が全面的に改められない限りは真の復帰ということは考えられないのであると。これは長官もすでに御承知のとおりでございますが、重ねてこうした機会に、これからも論議の焦点になるであろうと思われます沖繩の本土化、あるいは本土の沖繩化というようなことがやはり心配でございます。したがいまして、まず初めに、いま申し述べました屋良さんの申されたことは、これはひとしく沖繩県民の偽らざる心境ではないか、それを政府としてどのようにとらまえ、そうしてこれからの折衝にまず臨まれるのかという点の基本的な考え方をお聞かせいただきたい。
○国務大臣(中曽根康弘君) 基本的には佐藤・ニクソン・ジョイント・コミュニケの線を具体化するように努力するということでございます。すなわち、できるだけスムーズに沖繩の本土化を実現していく、そのスムーズな実現ということは、民生の上におきましてもあるいは安全保障の上におきましてもそういう方向に持っていく。そういうのが基本方針でございます。
○渋谷邦彦君 ただいま日米共同声明を引き合いに出されて述べられましたけれども、あの中からうかがい取れる範囲と申しますか、また、いままでしばしば論議されてそうして日米共同声明の中身というものはこういうものだという一つの判断がなされているものがございます。それは、共同声明というものはあくまでも施政権の返還をうたったのであって、基地返還まではそれは触れていないのである、これはもう別個に考えなければならない問題であると、こういうふうな見方がなされる場合がございますし、また、条文そのものを読んでまいりますと、確かにそういう疑わしい点があるわけでございますけれども、いまの長官の御答弁にからみまして、さらにその点をどういうふうに判断したらよろしいのか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 安保条約を沖繩にも適用し、かつ、地位協定も本土並みに沖繩に適用する、こういうことが具体的なことであると思います。
○渋谷邦彦君 確かにおっしゃるとおりの方向になるであろうと思いますが、ただ、やはりそうした点が疑問点として今日なお根深く残されているというところが大きな問題点ではないか、このように思うわけでございますし、最近の米側の一連の動きを見ておりましても、はたしていままで言われてきた「本土並み」というものがそのまますなおに受け入れられていいものかどうなのかということが考えられるわけであります。申し上げるまでもなく、すでにレアード国防長官あるいはリーサー陸軍長官がそれぞれ下院において発言をいたしておりますその内容を検討いたしましても、むしろグアム・ドクトリンの精神とはうらはらに、さらに今後沖繩の基地というものがわれわれの期待を裏切って強化されていく方向に向いていくのではないか、こういう判断がされるわけでありますけれども、最近のそうした権威あるそれぞれの立場にある指導者の発言を通しまして防衛庁としてはどう受けとめて今後の折衝の中に盛り込まれていくおつもりなのか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 米軍といたしましては、日本人の要望に沿いまして、核も抜くし、それからガス類、いわゆる化学兵器類も致死性のものはあそこから撤去するようにいま懸命の努力を払いつつあるところでございまして、私は、極東において大きな状況変化がない限りは、沖繩におけるアメリカの軍の配備も漸次いままでとは違って薄められていくのではないかと、そういうふうに想像しております。
○渋谷邦彦君 いま長官は、ことばじりをつかまえるわけではございませんけれども、「想像」とおっしゃった。しかし、防衛庁としましてもすでにそれらの発言を通して精細な分析検討がなされて、もし米国側から正式に要望があった場合に対処するそういう構想というものをすでにお持ちではないかということを前提にしていまお伺いをしたわけでありますけれども、全然それらの点についてはまだ煮詰まっていないのでございましょうか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 現在その事態に対応するために調査を進めておりまして、専門家のほうもかわりばんこに沖繩へ現地調査に行っております。米軍側もできるだけ早く処理していきたいという要望がございまして、われわれのほうの専門家にも来てくれというので招待がなされております。それでアメリカの基地につきまして現に行って調査も進めております。先般、日米安保協議委員会におきまして私からも発言いたしまして、沖繩における防衛問題にどう対処するか、一九七二年の引き継ぎ、それ以降の諸問題についていろいろ話し合いを始めようという話し合いをいたしまして、先方もそれを応諾いたしまして、それで、それに基づきまして先般防衛局長とカーチス米海軍中将との第一回会談があったわけであります。われわれのほうとしては、A案、B案、C案というような案をいろいろ内部的には検討しておりますけれども、米軍側が一体どういう見通し、どういう考え方を持っているかということを正確に把握しないうちは、そういう考えを出す段階でもありませんし、もう少し宍戸・カーチス会談を進めてみまして、先方の計画やら見通しやら意図をよく聞いた上でこちらはこちらの具体的考えを出していこう、そういう段階でございます。
○渋谷邦彦君 なるほど、伺っておりますとごもっともだと思うんでございますが、しかし、アメリカの考え方というものは、すでにいままで日米協議会等を通しまして、それとなく感触を持ってこられたのではないか、そういうふうにも判断できるわけであります。折衝の段階に入って、新しい時点であらためてすべてをとらまえて判断しようというおつもりのようでございますけれども、しかし、少なくとも現在アメリカ側がどういう意図を持って、今後アジア地域に、そしてまた沖繩に対して臨まれようとしているのか、これはもうすでに防衛庁としては、重々とまではいかなくても、ある程度の見通し、いま申されましたように、A案、B案、C案というようなものにつきましても、それを踏まえて検討された成果ではないのかと、こう思うわけでございますけれども、そのA案、B案、C案というものがどういうものであったか、お聞かせいただきたい。
○国務大臣(中曽根康弘君) A案、B案、C案というのは、三つあるという意味ではなくして、幾つかの対案を考えているという意味で例示的に申し上げたのでございます。しかし、それはまだ公表することは適当であるとは思いません。 それから、カーチス中将と防衛局長との会談も、第一回、あいさつ程度の話がありまして、これから始めようという、玄関の戸を開いたというそういう程度の話で、先方の考え方もまだ聞いておらぬわけであります。したがいまして、先方の考えをよく聞いた上で、それを確かめて、われわれのほうの考え方も部内でまとめていきたいと考えております。 リーサー長官やレアード国防長官等の言は、新聞報道あるいはそのほか在外武官等を通じて若干は知っておりますけれども、それも大体新聞報道の域を出ません。それから、ここにおる地元の出先の米海軍、空軍その他の者が断片的なことを言っておりますけれども、それもわりあいに個人的な見通し程度のもので、責任あるものではないのであります。したがって、そういうことを、国会で御報告申し上げる権威のある話でございませんから、申し上げることが適当であると思いません。要するに、カーチス中将がペンタゴンや国務省と、あるいは太平洋軍司令部と打ち合わせてきて、そして持ってきたものが向こうの意思であると考えますので、その先方の提示を待っておるわけでございます。
○渋谷邦彦君 そういたしますと、米国の下院でもって証言されたレアード国防長官あるいはリーサー陸軍長官、こうした発言というものは全くオーソライズされていないと、そのようにいまの御答弁ですと認識せざるを得ないわけでございます。しかし、まあそれ以上のことはとやかく申しませんけれども、すでにそうしたことが報道されております以上は、あるいはそういう何らかの形、それに近いような要求というものが日本政府に対してなされるであろうということも十分考えていかなければならないと私は思います。とにかくその発言を通して問題になっておりますことは、いま返還という時期を前にいたしまして、沖繩がアジア地域における補給の中枢基地になるんだと、近い将来においては在日米軍のいわゆる弾薬であるとか、あるいは兵器についても全部そこに集中するんだと、まあ、いろいろそういうようなことが伝えられているわけでございます。それらも全く根拠がないものであるとするならば、これまたおかしい。根拠がないことがまことしやかにそう報道されることもあるまいと、こういうふうに思うわけでございます。しかし、いままでの沖繩がキー・ストーンということを考えてみた場合、昨今のカンボジアの紛争を通じまして、インドシナ半島における戦火というものが終息の方向に向けられるのではなくして、むしろ拡大の方向に行くのではないかというこれまたアジア地域全般の不安がつのっているやさきでもありますので、そうなりますと、この沖繩が持つ意義というものがますます高く評価されていきはしまいか、これはもう常識問題だと思うわけであります。そうした昨今のいろんな変化というものをやはり十分とらまえて対応する必要があろうかと思うんでございますが、こうした昨今のアジア地域の変化、そうして同時に、重ねて私が申し上げたいのでありますが、将来ともに米国側が、いま新聞報道のみによって伝えられているような、沖繩が補給基地になるおそれはないのか、どうなのか、もしあった場合にはどうするのか。当然、事前協議の対象にもなるでありましょう。この辺はどう理解したらいいのか教えていただきたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) リーサー長官やレアード国防長官の議会における発言等は一般的政策を述べたんだろうと思います。沖繩に関する具体的な話は、内部で評価された上で訓令となって向こうから出てくるもので、それをおそらくカーチス中将は持ってくるんだろうと思います。そういう具体的訓令となってオーソライズされたものがわれわれの交渉の対象であり、かつ、考慮の対象である、そう考えまして、それを待っておるわけでございます。一般的には、リーサー長官やレアード長官のことばというものは政治的判断の資料としては考える必要はあるとは思います。しかし、それは新聞報道になされている程度のものしかわれわれは知っておらないのでございます。
○渋谷邦彦君 最後に私が申し上げましたインドシナ半島のいろんな変化、それに伴う、あるいは将来仮定のことはこういうところで論議できないわけでございますけれども、沖繩がますます強化される、高く評価されることによってますます強化されるというそういう可能性が決してないとはしない。そういう場合にどう対応できる考え方をお持ちになっていらっしゃるか、そういうことも当然検討事項の中に含まれておられるのではないか。これはお答えがありませんでしたので、重ねて申し上げます。
○国務大臣(中曽根康弘君) 安全保障条約の解釈等におきましても、随時協議等があり、あるいはまた極東条項というのがございますから、極東地域における緊張の状態等によりまして、日本の基地のいろんな設備やその他も、やっぱり幅はあるんだろうと思います。日本の安全保持のためにも重要である場合には強化されることもあり得ましょうし、緊張が遠のけば薄らぐということもありましょう。そういう意味で、それは全く政治的協議の対象で、事前協議等も含めて、政治の中身に当たる、そういうように思います。したがいまして、客観的情勢にかかる、そういうふうに申し上げる以外ないと思います。
○渋谷邦彦君 それ以上のお答えはできないんだろうと、こう思いたいわけでありますが、さて、今回始められたこの日米折衝というものは、現段階においては事務レベルの間における話し合い、こう私は受け取っております。今後のスケジュールがどういうふうに納まれているのか。二年後といっても、どんどん時は過ぎております。しかも、一番大きな問題でありますだけに、当然、防衛庁としても何らかの結論というものをどの時点でお出しになるのか、そうしてさらにはトップレベル会談というものも当然用意されておるのかどうなのか、この辺、どうでございましょう。
○国務大臣(中曽根康弘君) 沖繩の問題は次の防衛計画にも関係してくることでございます。次の防衛計画は、私らの意図では、来年の夏閣議決定に持っていきたい、こう考えておるところであります。したがいまして、なるたけ早く先方と話し合いをして、そして内容やら概貌をつかんで、われわれとしては次の防衛計画の中身にできるだけこれを正確に取り入れたい、そう考えておるのでございまして、次の防衛計画との関連でわれわれは時間的な問題も検討しておる、こう申し上げたいと思います。
○渋谷邦彦君 そういたしますと、大体原案は今週つくられるというふうに伺っております。そしてまた、閣議決定を待ってそれが第四次防計画として正式に出発するのはいまおっしゃられたような時期になるであろう、その時期に沖繩を含めての今後の防衛計画というものが一切完了するのだと、このように理解してよろしゅうございますか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 完了するかどうかはわかりませんが、相手の出方にもよりましょうし、相手の予算年度との調整の問題もあろうと思います。しかし、われわれのほうの希望としましては、いまの防衛計画に適確に入れたい、そう考えておるところでございます。
○渋谷邦彦君 宍戸防衛局長とカーチス中将との間に取りかわされた基本的な考え方というものも、十分に練られた上での御発言であったように受け取っております。大体要約すると三点にまとめられているようでございます、陸上、海上、航空と。ただ、この点をそれとなく見てみますと、ちょうど、五月の何日ございましたか、長官が今後の防衛力整備のあり方について——二十四日でございましたか——考え方を述べられていらっしゃいます。その中身を、ここで再び、確認の意味で申し上げますと、安保条約の固定期限が切れる六月二十二日以前に当然政府声明が出されるであろう、その際に、やはり今後の国防方針といものを明確にすべき必要があるということを前置きとされまして、やはり三つの点について触れられているようでございます。これはあえて申さなくてもいいのでございますが、質疑の都合上申し上げてみますと、第一点が「「非核三原則」を含む「自主防衛五原則」を明記する」。第二点が、「「日米安保体制を基調とする」を「自主防衛を主に、安保条約で補完する」に改める」。第三点が、「「国力国情に応じて防衛力整備」は防衛力が大きくなり過ぎる恐れがあるから削除する」。こういうふうに述べられているようでございます。これがおそらく基調となって今回の折衝に局長が臨まれたのであろう、こう思いますが、その点はどうでありましょうか。
○国務大臣(中曽根康弘君) カーチス中将との会談は、さっき申し上げましたように、第一回は話し合いを始める話し合いという程度で、そういう中身にはまだ入っておらぬようなんであります。したがって、そういうことは言及はしておりません。 それから第二番目に、私がこの前お答え申し上げましたのは、おそらく安保条約が自動延長されるときには政府は声明くらい出すでしょう、それで、その声明の中で、安保条約あるいは自動延長というものに対して今後政府はどういう考えでいくかということを国民に示すのではないかと思われますと、そういう政府としての考え方を、われわれとしては防衛当局としてこれを参考にして、尊重して、そして防衛の方針というものもつくっていかなければならない、だから、順序からいえばそういう順序でいくことになると思いますと、国防の基本方針の問題にしましても、それ以降そういういろんな諸般の情勢を踏まえて次の新しい防衛計画の基礎になるような基本的な考え方として練っていきたい、その際に、問題となる点、検討を要する点は、いまお話しになったような諸点が検討の対象となると自分は思いますと、そういうことを言ったので、それを必ずのせるとかどうとか断定的なことを申し上げた記憶は、いまのところ、ないように思います。検討すべき対象としてはそういう点があると思いますと、こう申し上げたと記憶しております。
○渋谷邦彦君 ただいま、今回の折衝はあいさつ程度にとどまったとおっしゃられましたけれども、しかし、中身を見ますと、決して全く中身がない話し合いがなされたとは受け取れないのですね。いま長官のおっしゃられた考え方というものも、あるいはそれを基調とされて今回の会議に臨まれたんだという点から見ましても、やはり突破口というもの、あるいは足がかりというものをまずつけておいて、それから、これからのスケジュールに従ってどう煮詰めていくか、こうなるのが普通ではないか。あいさつ程度ならば、おそらく防衛局長といたしましても、いままで全然面識のない方でもないと私は思うわけです。特に問題の重要性から考え、直ちに一応のアウトラインというものを述べながら相手の感触というものを探ることも必要でありましょう。しかし、今回の折衝の成果としては、相手の側から、ただ一応の認識の段階にとどまったと伝えられておるだけに、何らこちら側の考え方に対する結論が得られなかったというふうになっておるようでありますけれども、それにつけても、少なくとも、いままで私たちが伝え聞いておりますことを申し上げますと、やはり相当日本としての考え方というものを前面に押し出しているような感じを持ったわけです。たとえば、陸上については、これもいまさら、局長自身も十二分に御承知おきなんでありますので申し上げる必要はないと思いますけれども、「局地的な防空や治安維持、災害派遣などの民生安定に当たることとし、島が多いという地理的特性から機動力を重視する。」、これは中身がないというふうにはいかないと私は思います。これからまあ海上、航空も出てくるわけでございますけれども、こうした点については、むしろ、いま長官がおっしゃられて、また局長にお尋ねをしますと、「長官の言うとおりです」という答弁では私としては納得がいかない。意のあるところを、今度は局長に違った立場からお尋ねをしたい。
○国務大臣(中曽根康弘君) 私は国会で沖繩の防衛の大体の考え方はどうかという質問をいただきまして、いま申し上げたようなことを答えたのであります。たとえば、陸上については警備力あるいは若干の施設力、あるいは海については近海の哨戒、対潜、それから空につきましては防空あるいは通信、そういうようなものの配備が必要であると思いますと、そういうことを申し上げましたけれども、それは国会で正式に言っていることで、そういう私が国会で言ったようなことは、あるいは向こうに言っているかもしれません。しかし、こちらのほうでカーチスに会った場合にこれとこれとということをちゃんと用意をして行ったということはないのです。その点は防衛局長に答弁せしめますからお聞き願いたいと思います。
○説明員(宍戸基男君) 私がカーチス海軍中将と会いましたときの話の主要な点は、これからの交渉の手順、まあ正式な話し合いとして初めてでございましたから、あいさつももちろんでございますけれども、話の内容としては、これからの交渉の手順に重点を置きまして、いろいろ質疑応答の中に、日本の基本的な考え方等、向こうもまあ専門家ですので、いろいろ研究しておりまして、国会での質疑応答とか、日本の新聞報道等につきまして若干の知識は持っておりまして、それについて質疑等もございましたので、私から、ちょうどいま大臣からお答えしましたように、また、先生から読み上げられましたようなことにつきまして、私から答えたということはございます。主とした内容はこれからの交渉の手順、基本的な立場等でございます。
○渋谷邦彦君 ただ、陸上、海上、航空という三つの点について、なるほど長官がいま言われたように、六十三特別国会においても政府の考え方を述べられた、その域を一歩も脱してはいないんだ、ただそれだけのことであって、中身は全然ないとおっしゃいますけれども、やはりここまでお話をされたという事実は、いま局長がおっしゃられたごとく、これがやはり足がかりであるとするならば、中身が全然ないという、そういうことはやはりないのではないか。ここからやはり出発が始まるわけでございますから、これから向こうとしても一応の基本的な考え方を受け取めて、そうしてこれからの第二回、第三回の会合に臨んでくるであろう。そうでなければ、第二回目に開かれる会合にいたしましても、何も足がかりがなければ、何を一体議題として話し合いをするのかという、そういうことすらも考えられないではないか。 そこで、もう一ぺんこれも再確認をして進めていきたいと思うのでありますが、海上について、航空についても、いま長官が重ねて申されたとおりの考え方が今後沖繩においても進められるであろう、これは予測し得る点でございますが、ただ、非常に疑問に思いますことは、先ほどお尋ねいたしましたように、自主防衛五原則あるいは自主防衛を主体にして安保条約で補完する、こういう考え方から申しますと、一体沖繩が返還時においてはどういう分担というものがこれから日本としては考えられていくのか、これは非常に大きな問題になるだろうと思うのです。おそらくこの点についても何らかの、もうすでに成案と申しますか、青写真と申しますか、そういうものができていないとは言えない。全く現在の本土並みに移行さしていくのか、あるいは沖繩は沖繩として特殊ないままでの関係性があり、そのことをやはり考慮に入れつつ、そして沖繩独自の立場で今後の防衛計画というものを練られていくのか、この点はいかがかということであります。
○国務大臣(中曽根康弘君) 本土並みということでも示されてありますように、やはり安保体制下における本土の防衛の一環として沖繩ということも考える。そして、おそらく沖繩の返還の問題につきましては、民生安定の問題と同時に、基地処理の問題が非常に大きな問題として登場してくる。これはわがほうの防衛施設庁関係の仕事でありますので、それに十分対応できるように、いま要員を沖繩にも派遣いたしまして調査を進めて、そして先方との話し合いに即応できるような準備をさせている状態なのであります。
○渋谷邦彦君 そういたしますと、沖繩は国民の予測どおり、まあ、予測というよりも期待しているとおりに、本土並みにしていくのだ、こういうふうに受け取れるわけです、いまの長官の御答弁ですと。しかし、冒頭に申し上げましたように、いみじくも屋良主席が、本土との規模だとか、密度だとか、機能が違うのだと。それが全く改められない限りは真の復帰はないというふうにしばしば言っているわけです。そうしますと、一体自衛隊というものが今後沖繩にその基地を持った場合どういった規模になるのだろうか、ほんとうに本土並みというふうにわれわれ理解できるような方向に向けられていくのだろうか。今後の日米間の折衝に待たねばならない、これだけでは私は答えにならないと思うのですね。やはりそれにはいろいろ御苦労もあるだろうと思いますけれども、その点、まだお答えの中になかったようでありますので、重ねて申し上げておきたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) ステータスが本土と同じになる、そういうことであると私は思うのです。しかし現実は、ちょうど昭和二十七年に米軍が一応占領終結して、そして安保条約、行政協定が適用されました、あのときにはずいぶん基地もあったし、米陸軍も膨大な兵力を日本に持っておったわけであります。しかし、その後自衛隊が成長し、日本の民主が回復するにつれて米軍は撤退をして、そしてほとんど米陸軍はおらなくなり、あるいは海上兵力も、アメリカのものは横須賀、佐世保等使っておりますけれども、ふだんはあまりいない、そういう情勢に変わってきた。そこに来るにはかなりの年月を要したわけです。沖繩の場合も、やはり当座は昭和二十七年の日本と同じ状態で、そして、あるしばらくの間は、その後の調整といいますか、それに時間がかかるのではないかと考えられます。われわれとしては、施政権返還と同時にできるだけ日本の発言権を回復し、そして本土並み、文字どおり現在の日本の状態に近づける努力をしていきたいと思いますけれども、しかし、これはまた相手との話し合いであって、それが施政権返還までのわれわれの交渉の努力であると思いますし、また、米軍側には米軍側の要望もあり、かつまた、極東の平和安全という問題もございますから、そういう面を総合的に考えながら、やっていくということになると思います。したがいまして、これからの努力にもかかっており、かつ、極東情勢その他客観情勢にもかかっておるので、一がいに今日の内地の状態にすぐ全部がなると申し上げることはできない。しかし、われわれとしては、できるだけ早くこういう状態に持っていきたい、そう思っているわけであります。
○渋谷邦彦君 ここではっきりいたしましたことは、ステータスは同じであって、その他基地については、いまるる述べられたように、本土の昭和二十七年のときと全く、あるいはそれに近い条件であるがゆえに、今後時間の経過と相まって解決をしていかなければならないと、これが結論のようでございましたけれども、長官御自身がだれよりも一番よく知っておられるように、沖繩の県民の感情というものは、また十八年間も二十年間も、全く本土と同じようになるためにはそれだけの歳月がかかるのだとした場合には、一向に民生安定の上には寄与できないという逆の現象が出てくるおそれがたぶんにあるのじゃないか。今後の折衝に待つと同時に、不断の努力をするといま申し述べられましたけれども、努力はわかります。当然、これからも続けられるでありましょう。しかし、何も見通しもないその努力というものは、やはり民生安定の上にはきわめてマイナスである、こう思わざるを得ないわけであります。そうなりますと、沖繩の本土化とか、本土の沖繩化という論争がまたまた起こってまいりまして、いつまでたってもこうした問題の解決のめどが立たないということは非常に遺憾であると思うわけでございます。それは御事情はよくわかります。いま述べられた範囲をおそらく出ないであろう、それ以上のことを言うのはいまその時期ではない等々のこともわかるような気はいたしますけれども、それではやはり政治というものではないと思うわけであります。したがって、民生安定ということも長官みずからおっしゃっておられるわけでありますから、この基地問題の解決がない限りは真の民生安定はできない、こう判断せざるを得ないわけであります。この点は再度私はお尋ねしておきたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 沖繩返還、施政権返還処理の一番大きな問題は、私がいま申し上げましたように、民生安定——内地のレベルにできるだけすみやかに回復するということと、基地問題の処理である。で、沖繩の防衛ということも重大ではありますけれども、いまの二つの問題から比べると、私は先の三つのほうが比重としては政治的に大きいと思い、また、内閣としてもその線で全力を注ぐべきであると考えております。そういう考えに立ってわれわれは今後も努力をしてまいりたいと思います。
○渋谷邦彦君 おそらくこれからの具体的な問題点として詰められていくであろうことがいろいろあると思いますけれども、この自主防衛にからみまして、一体、これもいままで論争の焦点になってきたところでございますが、長官自身としてはこの自主防衛ということについては、非常に単純な質問かもしれませんけれども、まずどうお考えになっていらっしゃるか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 国家として自然の姿に返るということでありまして、われわれとしては国民の了解のもとに自主防衛の線を適当な速度をもって進めていきたい、そう思うわけであります。
○渋谷邦彦君 きわめて抽象的な御答弁だと私は思うのでありますけれども、これまた、言うまでもなく、今日自主防衛ということになるその背景は何か、これは核戦力というものがなければ真の自主防衛というものは成り立たないのじゃないか、これは今日のもう常識になっているわけであります。あえてそうした点も十分踏まえて長官自身としては自主防衛というものをこれからも強力に前面に押し出されようとしていらっしゃるのか、それとも、私たちが考えている自主防衛というものの考え方は根本的に違っているのか、その点いかがでしなう。
○国務大臣(中曽根康弘君) 自主防衛ということばの定義にもよりますが、核戦力なくして自主防衛は成り立たないというのはドゴール流の解釈、あるいは中国流の解釈ではないかと思うのです。しかし、自主防衛といっても単独防衛ではない。現に中国においても、あれだけソ連と論争しておりながら中ソ友好同盟条約を破棄していない。中国も破棄していないし、ソ連も破棄していない。この情勢は、やはり自主防衛というものは集団保障というものにおいても成り立つという考え方を想起せしめます。フランスも北大西洋同盟条約機構には入っているようですね。そういうような関係からしまして、今日においては、自主防衛すなわち単独防衛では必ずしもない。集団保障の中においても自主防衛は成り立つ、ただし集団保障の中におけるやり方にかかっている、そういうことがまず言えるのではないかと思うのであります。それから第二に、核の問題につきましては、完全な意味で自主防衛をひとりでやれるという国は、いまアメリカでもソ連でもないようでありますから、すべてこれは国によって相対的なことになってきて、持ち合いで分担し合うという形にもなってきていると思うのです。それがまあ相互協力という形にもなると思います。それで、あの膨大な核抑止力というようなものを戦略核まで含めて持てる国というものは、地球上の百何カ国か国がある中の少数のわずか五つか六つの国だけであって、大部分の地球上に存在する独立国家というものは、核なくして防衛をみんな真剣に考えているわけです。それが地球上の大部分の国であると言っていいわけです。では、その小っぽけな二百万や三百万の人口の国が独立国でないかと言えば、独立国であり、国連においても尊厳なる一票を行使しておる。そういう厳粛な国際環境自体を考えてみますと、日本も核なくしてそのような厳粛なる独立性と自主防衛路線をつくり得るはずである、そう私は考える。そこで、非核中級国家としての防衛理論、戦略理論というものを開発する必要がある、そういう考えに立ちまして、これは外交、経済力、文化力、あらゆる面をその中に含めて、日本としての大きな国家戦略と申しますか、政治戦略といいますか、それを開発する必要があると思っておるのです。まだそういうものが新聞に出たり書物に出ないから、そういうものの可能性が薄らいでおるように思いますけれども、時間の経過とともに、地球上のおそらく百以上の国々が、核なくしてやはりその独立路線を真剣に考え努力しているということを考えてみると、そういうものが出てくべきであると私は考えるのであります。日本は日本のこの環境を考えながら、国民のコンセンサスをよく考えつつ、そういう路線を努力してつくっていってみようと、私はそのように考えているわけであります。
○渋谷邦彦君 自主防衛ということについてはいろいろな論議がある。集団保障体制という、そういう中にあっても自主防衛というものは考えられる。そうしますと、率直に私どもが自主防衛——総理もよく予算委員会等において申されておりますように、自分の国は自分の手で守るのだ、どうもわかったようなわからないような言い方をされるわけでありますけれども、やはり国民の受け取り方というのは、端的に申し上げまして、自力でもって自分の国を守るということになりはしないか。いまおっしゃられたような観点から申しますと、むしろこれは相互防衛と言ったほうがいいのかもしれない、ことば上から言えば、あるいは意味合いから申しましては。今後キー・ストーン的な役割りというものをなお一そう果たすということを考えてみた場合に、今後自衛隊が進駐した時点において、はたしてその点のからみ合いというものはどう一体考えたらいいのかということを心配いたしますがゆえに、いま重ねてお尋ねしたわけでございます。この問題は将来においてまだ論議の余地を残しておるのではないかと思いますので、この点はまた将来に譲りたいと思います。 ところで、具体的にこれから折衝になった場合に、一生考えられる問題点というものがあるようでございます。一つは、米国側が返還時においてどの程度の規模の基地というものを自衛隊に使わせるのか。また、自衛隊としても、現在の沖繩の状況から判断してみてこれだけのものはどうしても必要ではないか、また、当然第四次防の計画にあたってはそれを織り込んでいきたいという先ほどの御答弁もございましたとおり、その点はもういまから煮詰めていかなければならないことでございまして、こういう点についてはまだまだ検討の段階を脱してないとこうおっしゃるかもしれませんけれども、これらは私はやはり一番重要な問題だと思うのですね。まず、いま私が申し上げたどの程度の基地を自衛隊に使わせるか。これは米国側の回答待ちということになるでしょうが、むしろこの際、米国側の回答待ちということも必要でしょうけれども、日本側としてはどうあるべきか、どうすべきか、それとも全然新しい地域に基地を設けるのか、それとも、従来米軍が使用していた基地をこちら側に返還をしていただきましてそれを使わしてもらうのか。どういう点を理想とされているのか。また、今後の自衛隊の合理的な使用をどう考えているか。この点伺いたいと思います。
○国務大臣(中曽根康弘君) 最大限、米軍側が使っておる施設、区域等を自衛隊に使わしてもらう。自衛隊が向こうへ行って新たにつくったり設置したりするということは極力避けなければならない。強くこのことは先方に要望したいと思っています。それで、返還時におきましても、あの基地は大体仕分けをして、米軍が引き続いて排他的一に使うもの、それから、日本と米軍側で共同使用するもの、それから自衛隊単独で使うもの、あるいは民間利用に返してもらう。そういうものを一つ一つケース・バイ・ケースで詰めて、そしてできるだけ日本国民の要望に沿った線でこの問題を落着させるように真剣な努力を払いたいと思っております。
○渋谷邦彦君 何か長官の御予定があって、そろそろもう時間がないのだそうでありますが、ただいまおっしゃられたことを要約いたしますと、新たに基地は設定しない、従来米軍側が使用していたものを譲り受ける、これが基本だろうと私、思います。いま三つの点を述べられた中で、何といっても、やはり県民に返してもらいたいという現在使用している米軍基地が相当数にのぼっております。これを第一義的に考えていただきたいことは当然でありますけれども、現在予定されているような基地の場所がございますか。
○国務大臣(中曽根康弘君) ただいま具体問題についてまだ先方と話し合っておりません。また、先方の計画もまだわれわれのほうに開陳しておりませんので、具体化しておりません。
○渋谷邦彦君 まあ、総合的に考えますと、やはり自衛隊の今後沖繩における使命と申しますのは、これは本土と変わりがないというふうに理解できるわけでありますけれども、しかし、しばしば繰り返されて論議された中にも見られますように、沖繩という特殊な環境から見た場合に、必ずしもそうはいかない。特に陸上、海上あるいは航空というふうに分けて見た場合に、一番米側として力点を置くのは航空であり海上ではないか。その場合に、一体日本側といたしまして、どういうような肩がわりをすることが現在の自衛隊の規模あるいは装備の点等から考えまして望ましいのか。この点、いかがでしょうか。
○国務大臣(中曽根康弘君) 先ほど申し上げましたように、局地防空、それから近海哨戒あるいは対潜関係、そういう関係については、われわれのほうは行なわなければならないだろうとは一般的に考えております。しかし、それ以上の具体的なことは、先方の計画を待っていろいろ協議してみたい。先ほど申し上げたとおりで、それ以上のことをまだ申し上げる段階ではございません。
○渋谷邦彦君 今後この問題につきましては、やはり内外の焦点を集めている重要な課題でありますだけに、これで十分審議が終わったわけではございませんし、閉会中といえども、また長官の御出席を願って、さらに引き続き御質疑を申し上げたいと、このように思いますので、本日は、以上をもって私の質疑を終わらせていただきます。
○委員長(塚田十一郎君) 他に御発言もなければ、本調査に対する質疑は、本日はこの程度にとどめます。 本日はこれにて散会いたします。 午後一時十三分散会