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63回国会衆議院1970/03/04

予算委員会公聴会 第2号

発言数
51
登壇者
12
会派数
5
開催日
1970/03/04

会議録

中野四郎自由民主党

○中野委員長 これより会議を開きます。  昭和四十五年度一般会計予算、昭和四十五年度特別会計予算、昭和四十五年度政府関係機関予算、以上三案について、前日に引き続き公聴会に入ります。  本日午前中に御出席を願いました公述人は、三井物産会長水上達三君、横浜国立大学経済学部教授井手文雄君のお二人であります。  この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。  本日は、雪の中、また御多用中のところを御出席いただきまして、まことにありがとうございました。  御承知のとおり、国及び政府関係機関の予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても慎重審議を続けておるわけでありますが、この機会に各界の学識経験豊かな各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。  何とぞ各位におかれましては、昭和四十五年度総予算に対しまして、それぞれ御専門の立場から忌憚のない御意見をお述べを願いたいと思う次第であります。  次に、御意見を承る順序といたしましては、まず水上公述人、続いて井手公述人の順で、約三十分以内で一通りの御意見をお述べいただき、その後、公述人各位に対し、一括して委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。  なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を求められること、また、公述人は委員に対しては質疑をするととができないことになっております。この点あらかじめ御承知おきをお願いいたします。  なお、委員各位に申し上げますが、公述人各位に対し御質疑のある方は、あらかじめ委員長にお申し出くださるようお願いいたします。  それでは、水上公述人から御意見を承りたいと存じます。水上公述人。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 最初に、昭和四十五年度予算についての私見を述べさせていただきまして、終わりにただいま御審議中の新社会経済発展計画にも関連いたしますが、日本の国際化時代における財政の役割りというふうな問題について、若干の私見を述べさせていただきます。  まず、昭和四十五年度の予算案についてでございますが、第一の問題は、この予算案が明年度の日本経済にいかなる影響を与えるかという点であります。  明年度は、目下審議されつつあります新経済社会発展計画の初年度に当たる年でもあり、また、わが国が本格的な国際化に向かって踏み出す第一年でもあります。こうした観点から、世界もわが国を注目しており、また、われわれも世界の期待にこたえて、健全な経済成長につとめていかなければならない年だと考えておる次第であります。その意味では、四十五年度予算案は、部分的には若干の問題はあると思いますが、総体といたしましては、物価の安定、社会保障の拡充、社会資本の整備など、多くのむずかしい課題にこたえながら、同時に、着実な成長持続を志向した予算として評価されてよろしいものと考えます。  一般会計予算の伸び一七・九%、財政投融資の伸び一六・三%は、確かに政府経済見通しにおける成長率一五・八%を上回るものではありますが、しかし、中央、地方を含めた財政支出として見れば、一四・八%の伸びであり、経済成長率を若干ながら下回っております。  また、政府の経済見通しによれば、GNPに占める財政支出の比率は、四十五年度においては一六・七%となっておりますが、GNPの増加に対する財政支出の寄与率は一五・八%であり、シェアよりも一%近く低くなっておりまして、財政の景気押し上げ力を総体的に低くしてあります。  このような点から見ましても、景気に対する刺激度は、まず中立的であり、安定成長予算を意図したものと考えてよろしいかと存じます。しかしながら、金融引き締め下のもとにありながら、民間設備投資、国民の消費購買力は旺盛であり、賃金、物価は卸、消費とも上昇しており、特に若年労働力などは不足しておる、また、国際収支が黒字続きであるというふうな際でありますので、予算の運営にあたりましては、特段の配慮が要請されなければならない年だと存じます。以下、歳入、歳出につきまして所見を述べたいと存じます。  まず、歳入でありますが、歳入全体として、景気の抑制への意欲と努力の結果、公債発行の減額、法人税の引き上げなどができたことは、まずまずというところであるかと存じます。  また、産投会計につきましても、私どもの関係している仕事のほうから見ますと、いろいろに意見があるのでありますが、たとえば法人税の引き上げにつきましても、金融引き締め下であるということにおきまして、一部にはいろいろな意見がありますが、しかし、従来法人税の引き下げられた経過にかんがみまして、この際は、法人税は、景気調整の意味におきまして、引き上げることは当然であるだろうというふうな意見もまた多いのでありまして、結局、経済界といたしましても、法人税引き上げには大体において賛意を表したような次第であります。  また、政府保証債関係、産投会計につきましては、配分その他いろいろの問題がありますが、これはことしのように、総選挙の直後でもあり、また資源の少ない、当然増経費などの非常に重なっておる際といたしましては、この程度であるいはやむを得なかったかと存ずる次第であります。  なお、一般会計歳出についての所見を若干の項目にわたりまして申し述べたいと思います。  第一に、社会保障関係でございます。この関係につきましては、硬直化が非常に目立ってくるわけでありますが、老人福祉対策、心身障害児対策あるいは母子対策というふうな点につきまして、どちらかというと、きめのこまかい対策がとられているようであります。この点につきましては、全く賛意を表するわけであります。要するに、働くにも働けない人たちへの保障は手厚くするのは当然であります。また一面、社会保障の手厚くなる結果、勤労意欲を失うという面も争われない点であります。こういう点につきましては、今後、何らかの手を打っていきませんと、イギリスのたどったような悪い方向に行くおそれがあるのではないかと考えるわけであります。  第二は、文教・科学振興関係でありますが、文教・科学の必要なことはいまさら申すまでもありませんが、日本における教育の実態を見ますと、幼児から中学、高等学校、そういうところへの教育のあり方、特に幼児からの教育、つまり基本教育、それから学校教育、それから社会教育といいましょうか、そういう一つの一貫性という点から考えまして、私は、この幼児からハイティーンに至るまでの基礎的な教育が非常におくれており、また、あり方が間違っている点があるのではないかということを痛感するのであります。  御承知のように、これからの日本人は、国際人への心がまえを必要といたしますし、また、消費経済時代になっていきますので、消費科学などに対する知識も非常に必要度を増してくるのではないかと思いますが、こういう点につきましては、まだまだの感があるのであります。そういう意味からも、教員の教育、優秀な教員を養成すること、それからまた、これは角度はちょっと違いますけれども、国際化時代に備えまして、青年に対する海外発展の思想の普及など力を入れたい点であると考えます。  それから、科学技術の振興につきましては、いまさら申すまでもありませんが、大体、わが国製造業の過去十年間におきまする生産増加のうち、四〇%以上が技術進歩によるものだといわれております。その中でも、化学あるいは輸送用の機械その他は、特にその依存度が高いというふうな数字が出ておりますので、こういう点につきましては、最も力を入れていかなければならない点であると思いますが、これは多年度にわたってやっていかなければならない問題であるかと思います。  それから、第三は地方交付税の関係でございますが、御承知のように、地方財政は年々膨張いたしまして、その伸び率も非常に高い。政府の見通しよりも常に上回っておる。一時三割自治といわれましたが、今日では、四割自治という数字にもう達しておるわけであります。富裕県と後進県との財政の格差が広がりまして、地方交付税の配分と地方財政に対する調整機能の強化について、至急検討して、その実施を急ぐ必要があるということを痛感いたします。  法人税の引き上げにつきましては、先ほどちょっと触れましたが、これは景気調整を弾力的にする政策に協力するというたてまえから賛成したものと解しておりますが、地方財政が今後このままの状態で推移するといたしますと、国、地方を通ずる財政の景気調整機能がしり抜けとなるおそれがありまして、財政の硬直化、放漫化を招くこととなるのではないかと心配するのであります。  この点で、数年前、西独の状態が非常によく日本のいまの方向に似ておるという実見をしておるのでありまして、これはある意味で他山の石として学ぶべきものであると考えます。御承知のように、西独は一九六五年−六七年、過熱から不況を迎えたわけでありますが、この過熱の一つの主因は地方財政の放漫化であったのであります。一九五〇年代からきわめて順調に成長を遂げて、一九六一年にはマルクの五%切り上げも比較的容易に切り抜けたのでありますが、六五年を頂上といたしまして、物価、賃金は上がり、名目成長率は伸びましたけれども、企業利潤は減りました。政府は景気抑制をしようとしましたけれども、すでに財政は硬直化しておって、伸縮性を欠いていたので、金融引き締めを強化したのであります。その結果、物価は安定し、賃金の伸びは半減いたしましたが、失業率は倍加して、実質成長率は六七年にはゼロになったというわけで、非常な不景気になってきたのであります。成長率ゼロという経済はいかに耐えがたい不況感をもたらすものであるか、と同時に過度の成長、節度を越えた所得を期待した結果、経済の均衡をくずし、不況に転落したという実例でございまして、均衡のとれた、ある程度高度の成長と安定政策というものが、一面非常にむずかしさを持っておると同時に、他面非常に重要であるということを教える材料ではないかと存ずるわけであります。  この意味でも、中央、地方財政の役割り分担を正し、両財政の一体的、総合的、また効率的、また弾力的な運営をはかるということがいかに肝要であるかということを感ずるわけであります。  それから、第四は公共事業費でありますが、公共事業費は、よく社会資本が立ちおくれておるということをいわれまして、なかなか金も要る大きな仕事でございますので、なかなかむずかしい問題でありますが、要は、先ほど教育の点でも申し上げたように、私は根源に対する政策を常に怠らないという点が最も重要な点ではないかと思います。  私は、最近タクシーの値上げ、それから水その他の公害なんかで痛感するのでありますが、タクシーは渋滞のために値上げをした部分があるわけでありますが、この渋滞というのは一体だれの責任であるか、利用者が払うべきものであるか、だれが払うべきものであるかということを考えますと、どうも国へしりを持ってこられるというふうなことではないかと思います。水の問題でもそうでありますが、水が非常に豊富に流れておるところにある程度のよごれ水を流しても、公害を起こさないのであります。それが過去におけるわれわれの体験した点でありますが、最近は水そのものが非常に減っている。その減った水をいかに配分し、いかに水質基準をきめても、それは枝葉末節の政策であるといわれてもしようがないというふうなものじゃないかと思います。したがって、これだけ雨の降る日本で、その水を捕水して、それをいかに有効に使うかという基本的なところにもっともっと力を入れていかなければならない。山林の政策その他たくさんあると思いますが、そういう根源にさかのぼってやるという、そういうことが必要ではないかと思います。  輸送なんかでもそうでありますが、一つ一つの施設そのものに対する対策はある程度できておりますけれども、その接続点、海と陸、空と陸、その他接続点における施設が必ずしも——これは行政の関係もございます、いろいろありますすけれども、そういう点で非常にまだ総合的な政策に欠けておる。こういう点は大いに注意していかなければならぬ点であろうかと思います。  それから、この点で今度民間の資金を公共投資の中で使うというふうなことが頭を出しておりますが、これは景気調整機能から申しましても、また、経営の効率化というふうな点から申しましても、たいへんけっこうなことではないかと思います。  それから、第五は、貿易振興、経済協力でございますが、御承知のように、従来の日本の貿易の中で、特に輸出に対して非常に力を入れられておる。その輸出の中でも商品の輸出、単体の輸出と申しましょうか、そういうものが非常に伸びて、今日の貿易の隆盛をもたらしたということが一口に言えるかと思います。しかしながら、今後の日本の輸出のあり方はこれではいけないのでありまして、外貨もこれだけ持ち、技術も進歩した今日では、技術と資本と商品そういうものを一体化した輸出、これはプラント輸出のようなものもその代表される一つの形でありますが、こういうものの輸出に力を入れていかなければならない。これを列国に比べますと、アメリカはこういうもので全体の三〇%ぐらい占めておる、西ドイツとかイギリスとかいうところも一〇数%から二〇%見当を占めております。日本はわずかに最近五%ようやくであります。こういう点から見ましても、こういうものに大いに力を入れていかなければならない。これをやるためには、やはり資金がまず非常に要ります。それから外交政策も必要であります。  まず、資金でありますが、先ほどちょっと触れましたが、たとえば輸出入銀行とかあるいは海外経済協力基金とかいうものが、こういう点におきます重要な役割りを占めておるのでありますけれども、これらに対する資金の投与は、日本の現在行われておる輸出規模、あるいは望ましい形での輸出を促進する上においては非常に貧弱なものである、こう言わざるを得ないわけであります。  それから、最近輸出について、かなり外貨がたまるものですから、少し押えてもいいのじゃないかというふうな意見があります。これは後ほどちょっと触れたいと思いますが、私は間違った考えだ、日本の国柄といたしまして、どこまでも輸出には力を入れて、ゆとりある国際収支の中で、国内あるいは海外に対する望ましい政策を実行していくもとにしなければならないと考えております。  それから、第六は、中小企業対策でありますが、中小企業対策は、私どももいろいろ関係を持っておる業種でございます。私が常に痛感するのは、従来の中小企業対策は、一口に言いまして金をつけてやるという政策になっておるように思います。ところが、金を出すだけの政策ではだめでありまして、やはり中小企業というものは、いま低生産性の代表的の一つの部門でありますから、流通関係にも重要な役割りを占めておりますけれども、うまくいかないというのが実際であります。このあり方をどういうふうにしたらいいかという基本的な指導をするというところにもっと金をかけたらどうかというふうに考えます。それから、第七は、農林漁業政策、なかんずく農業政策でありますが、米につきましては昨年間接統制に移行いたしまして、また、本年は百五十万トンの休耕、転作をやるということで、非常な英断をしたわけでありますが、これは私は、客観的に見て、非常に高く評価していい政策であると考えます。ただ、総合農政にいたしましても、まだ総合農政の具体的な案ができておりませんために、農家は迷っているというのが実情であると思います。早くこの具体策を明示する必要があると思います。私は、私の仕事から考えましても、適地適作の地域分業というものを促進していくというふうな考え方で、ある程度ラフなものでいいと思いますが、早く出してやることが必要だと思います。  それからまた、農業が工業化しておりますので、農工一体政策の展開というふうなことが農業部門については必要ではないかと思います。これは国土や資源を総合的に利用すること、それから地域開発あるいは人口の適正移動さらには広域経済への移行というふうなことで、日本の将来の国土利用の一つの望ましい姿に到達する一つの手がかりであると考えます。  こうした点につきましても、多少先見的な誘導政策というふうなものを考えながら、農工一体政策あるいは総合農政というふうなものを進めることが必要ではないかと思います。  それから、もう一つ農業関係で非常に大事なことは、これは物価にも非常に関係があるのでありますけれども、農産物というものは豊凶によりまして値段が非常に動きます。その結果、消費者も生産者もお互いに非常な迷惑をし、苦労しているのが年来の実情でありますが、これをできるだけならしていくということで、適地適作の地域分業というものと並行いたしまして、農産物の加工、保存、貯蔵、輸送、そういうふうな施設を、これは国のやるべき点と民間でやるべき点とあると思いますが、国で果たすべき役割りはかなりこの面では多いかと思いますので、こういう点につきまして特に配慮を促したいと思います。  それから終わりに、国際化時代といわれます一九七〇年代に入った今後の財政の新しい役割りというふうなものに関連いたしまして少しく申し述べたいと思いますが、これからの日本は、どうしても対外的な均衡維持ということが非常に大事になってくると思います。いままでは大体国内的の視点で大かたはよかったわけでありますが、これからますます国際化時代に入りまして、いまの日本の外貨保有高、あるいは日本の対外活動すべてを含めまして、対外活動の活発化に伴いまして、対外的な均衡維持ということが非常に大事になってきたのではないかと思うのです。これは日本としては、どちらかといいますと、初めての経験でありまして、しかしながら、これから日本が主導的役割りを果たさなければならぬ部門も、かなり今後の世界の問題の中にはあると思います。そういう意味で、こういう姿勢を正しく認識しながらこういう政策に対処していくという心がまえが必要ではないかと思うのであります。  国際収支の点から見ましても、日本のいまとっておる経済政策を一つ見ましても、国際収支が黒字基調となった現在、従来のようなただ国内の総需要抑制策ということだけでは、かえって国際収支の黒字幅はふえてくる勘定でございますので、ことに金融引き締めがその上にされるということになれば、この傾向はさらに拍車をかけられるということになります。国際収支黒字基調下では、したがって、金融政策はなかなか内国にも通りにくいというところがございます。むしろこういう際は、一つの景気調整の主役として財政が、たとえば支出を減らすというふうな形で、この役割りをになうべきであろうかと考えるのであります。  それから対外経済政策を積極的に、総合的に活用する。しかし、その安定的な、長期的な経済政策というのは、ゆとりのある国際収支のもとでなければできません。したがって、先ほども申し上げましたように、ゆとりのある国際収支をつくり出すというもとは、やはり輸出が中心になりますので、輸出は依然最も重要な政策でなければならないと存じます。ただ、過度の輸出保護政策があったとするならば、それは、国際的に見て不合理の面は、訂正するのは当然であります。  それから輸入と経済協力、これは物価政策からまいりましても、輸入政策を活用するということは非常に大事であります。経済協力というのも、日本の置かれている立場からいいまして、これは非常に大事な政策であります。もちろん、その間立ちおくれておる自由化を促進することとか、そういうことも必要であるかと思います。また、輸入を促進する輸入政策を活用するためには、輸入金融などの検討も必要ではないかと思います。  こういう七〇年代あるいは新経済社会発展計画で考えております六年の間に、どういうふうな問題が起こり、それに対して財政当局者としてはどういうふうな注意あるいは配慮が必要であろうかという点につきましては、思いついた点を簡単にちょっと申し上げたいと思いますが、対内的な問題は、時間の関係もありますので省略いたしますが、対外的な問題だけを拾い上げて申しましても、黒字国になりますと、その責任を非常に追及されることは、もう御承知のとおり始まっておるわけであります。そこで、国際収支はまだ今後黒字を保てるだろうかという問題がありますがこれは私どもの見方では、当分日本の国際収支の黒字は続くだろう、こういうふうに考えております。  そこで、この金の使い方でありますが、国際機関へ出資するとか、あるいは外国へ借款をするとか、海外経済協力を拡充するとか、もちろん貿易、為替、輸入などの自由化は促進しなければなりません。それから特恵関税の問題とか、いろいろな問題がございます。その他、あらゆる方法で積み増してきた外貨を有効に投資なり融資なりいたしまして、長期にわたって日本が必要とする重要な資源などの確保に使うということが一番いいのではないかと私は思います。  それから、外貨の積み増しがふえてくるに従って、当然円の切り上げというふうな問題が起こってまいります。これは適当な時期に、適正な幅でそのやり方よろしきを得るならば——円の価値が上がるということはだれも喜ぶことでなければならないと思いますが、ただ、日本は現在貿易あるいは為替の自由化というのが非常におくれておりますので、これをまず急ぐ必要が当面はございまして、いますぐ円の切り上げと、飛躍して論議することは私はどうかと思うのであります。ただ、だからといって、円の切り上げに対して全然耳をかさないという態度では、これもまたまずい。そこで、これは私の全く私見でございますが、いろんなやり方が切り上げ、切り下げについてはあるわけでありますが、切り上げの問題でも、かつてドイツが二回やりました五%あるいは一割弱の切り上げのやり方があります。クローリングペッダといっておりますが、小幅なしかも段階的な平価調整。これは現在でも平価に対して上下一%の変動は認められているわけでありますが、これプラス小幅なもの、そういうやり方でいけば、投機というものがあまり起こらない。御承知のように、西独が非常な外貨流入で苦労したのは、やはり投機者がある程度もうかると予想したからこそ、外資が非常に激しく動いたわけでありまして、それによって国内の経済が非常に撹乱されたというわけでありますが、こういうものを防ぐのには、やはり小幅なものが必要ではないかと思います。  こういう点で、私は最近感ずるのでありますけれども、いろんなものの考え方に、非常に個人的な立場——まあ企業でいえば私企業の立場、それから国民個人の立場、そういうものが非常に権利を主張し過ぎるといいましょうか、そういう結果いろんな問題が起こっております。たとえば賃金の問題についてもそうでありますけれども、もうかった会社が賃金を上げ、あるいは配当をふやしということは一向差しつかえないようなものでありますけれども、おのずからここに限度がなくてはならないと思います。それから国際的に見ましても、日本がいまある程度の外貨をためている。その外貨の使い方について、やはり国際的な責任というふうななものがおのずからあるわけであります。こういうものの限界を心得て、そういう時代にふさわしい動き方をするということが必要ではないかと思うのでございます。どうも私益優先あるいはその国だけの国益優先というふうなことがとかく最近多い。ことに日本に多いと思います、率直に考えまして。  そこで、たとえば土地の問題にいたしましても、土地収用などについては、やはり場合によっては私権をある程度制限されてもしかたがないというふうなことも考えなければいけませんし、すべて国内的には公益優先というふうな考え方に立っていかなければうまくないし、また対外的には国益を考えてものをきめる。ずいぶんいろいろな問題が外国に対してありますが、それに関係するわずかな業者、わずかな人たちの利益のために国益を犠牲にするというふうなことは、私はこの際非常に慎まなければならない問題だと思います。  これはどうしてこんなことを申し上げるかと申しますと、説明するまでもないと思いますけれども、地方の財政にいたしましても、個人の利益というふうなものを主張するあまり、それがやっぱり財政に響いてくるという問題もかなりございますし、そういう意味で、公益を優先する、国益を優先するというふうな考え方を基本にして、いろいろなものを運んでいくということが非常に大事なことではないかと痛感するわけであります。  いろいろ申し上げたいことがございましたけれども、時間の関係もあるかと思いますので、一応これで打ち切りたいと思います。ありがとうございました。(拍手)

中野四郎自由民主党

○中野委員長 どうもありがとうございました。  次に、井手公述人。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 本日は、四十五年度の予算案に関しまして私見の一端を陳述する機会を与えていただきまして、ありがとうございました。  四十五年度の予算案を拝見いたしますと、相当大幅な所得税減税があります。それから法人税率の引き上げというようなこともあり、あるいはまた国債の減額というようなことも織り込まれておりまして、予算編成にあたって相当苦心され、配慮された点がうかがわれまして、この点は高く評価いたします。ただ、にもかかわらず、私なりに君子の疑点あるいは注文と申しますか、そういうようなものもございますので、その点を簡単に申し上げたいと存じます。  四十五年度の予算案、特に一般会計の仕組みを拝見いたしますと、四十四年度の当初予算の歳入額に対しまして約一兆四千四百七十億円の歳入の増加が見込まれるわけでございます。そのうち一兆三千七百七十億円、これは税の自然増収でございます。つまり、四十四年度の税制をそのまま四十五年度に適用したとするならば、四十四年度の税収よりも一兆三千七百七十億円だけ四十五年度は租税収入がふえるはずだ、こういうことなんです。そのほかに約七百億円の収入の増加がございます。これは雑収入の増加が六百二十二億円、それから専売益金の増加が百五十億円ですか、大体これで七百七十二億でありますけれども、そのほかに減少した部分が雑収入にはございますので、差し引きして大体七百億の増加。ですから、税の自然増収の一兆三千七百七十億円とその他の収入の増加七百億円を足しますと、ちょうど一兆四千四百七十億円、こういうことになるわけなんです。  この増加分をどういうふうに配分されたかと申しますと、実質減税が千七百六十九億円ですか、これは二千何百億という所得税の減税がございますけれども、法人税率の引き上げによる増収とか、そういうようなことがありまして、差し引き減税額が千七百六十八億円、それから国債の減額を六百億、それから財政支出、予算規模の増大、これが一兆二千百二億、大体これでありまして、合計しますと、ちょうど一兆四千四百七十億円、こういうことになるわけです。  このような計算で一般会計のフレーム、わくと申しますか、そういうものができ上がっておりますが、私はもう少し所得税の減税額なりあるいは、したがってまた実質減税額、それから国債の減額、こういうものの幅がもう少し多くとれるのではなかろうか、こういう気がいたします。  それで少し計算をいたしてみますと、多少数字が、算術をやりますのでなんでございますけれども、先ほど申しましたように、四十五年度における税の自然増収、つまり四十四年度当初予算に対しまして、それが一兆三千七百七十億円でございまして、四十四年度の当初予算に計上された税収が五兆七千三百八十一億円でございますからして、この自然増収率が二三・九%ということになります。ところで、四十四年度の予算を編成しましたときに、関連して作成されました国民経済計算において、四十四年度の経済成長率は名目で一五・八%と、こういうふうに予測されております。経済成長率が一五・八%で、税の自然増収率が二三・九%でございますので、こういう計算は、結局税収の所得弾性値が一・五一%、大体こういうふうな所得弾性値を前提として計算されておるわけでございます。四十五年度の税収所得弾性値は一・五一である、こういうことになっております。ところで、さかのぼりまして昨年の予算編成について見ますと、四十四年度の名目成長率は一四・四%と予測されております。そうして四十四年度の自然増収は、つまり四十三年度の当初予算に計上された租税収入に対しまして、四十四年度、税制を改正しないならば一兆一千九百六億円だけふえる、つまり四十四年度の自然増収は一兆一千九百六億円である、こういう計算になっております。四十三年度の当初予算における税収は四兆六千九百七十九億円となっておりますので、この場合の自然増収率は二五・三%ということになります。したがいまして、四十四年度の税収の所得弾性値は一・七六。名目成長率が一四・四%で、自然増収率が二五・二%でございますので、税収の所得弾性値は一・七六、こういうことが前提になって、四十四年度の予算というものは編成されておるわけでございます。四十五年度の所得弾性値が一・五一、四十四年度が一・七六、四十四年度のほうが相当所得弾性値が高くなっておりますが、これほど所得弾性値が違うということは、ちょっと考えられ、ないような気がいたします。ですから、四十五年度は所得弾性値を過小に見積もって税の自然増収を出しておるのではないか、こういうふうに思われるわけです。  したがいまして、かりに四十四年度の所得弾性値丁七六というものを適用いたしまして計算をいたしますと、四十五年度の税の自然増収は一兆六千六十七億円、こういうことになります。政府はこの自然増収を一兆三千七百七十億円と計算しておりますので、差し引き大体二千三百億円ぐらい自然増収の過小見積もりがここに出てくるということになります。四十四年度は現実には自然増収はもっと多くなったわけでありまして、しかし、それはまた成長率も実は高くなったといういろいろの複雑な情勢、要件があるし、と同時に、成長率が高くなって自然増収が最初の見積もりよりもふえたといっても、今度は減税をやったという新しい制度のもとにふえたわけですからして、そういう条件も勘案しなければならないというので、精密な計算はむずかしいわけですけれども、四十四年度一・七六というのは、これ自体が少し過小ではないか。しかし、それをそのまま四十五年度に援用しても、二千三百億ぐらいの税の過小見積もりというものが出てくるということになります。     〔委員長退席、藤枝委員長代理着席〕 したがいまして、この税の過小見積もり二千三百億というものが、最初から当初予算編成当時に考慮されておりますれば、先ほど申し上げましたこの余裕財源の金額というものは、さらに二千三百億円だけ増加する、こういうことになるわけでありまして、この二千三百億円が、減税あるいは国債減額、こういうところに、どのように振り分けるかは別とまして、とにかく国債減額をそれだけふやすか、あるいは減税をさらにそれだけふやすか、あるいは両方にそれを振り分けるか、そういうことが可能であった、こういうふうに思われます。  総合予算主義ということがいわれますが、総合予算主義と申しますと、歳出面におきまして、すべての補正要因を当初予算に組み入れまして予算をつくる、したがって、もう一切補正予算は組まない、当初予算それ自体がもうすでに適正な予算規模である、だからこういう適正予算規模として政府が出した予算が、はたして適正かどうかを審議してくれ、こういう形になるわけでありますが、しかし、歳出面ですべての補正要因を組み入れると同時に、それだけではなしに、歳入面において的確な歳入の予測を行なって、そうしてそれを歳出面と対応させていく、そういうことが総合予算主義のほんとうのやり方ではなかろうかと思うのです。歳出面だけ実際の補正要因を組み入れて計上した、しかし、歳入面において、歳入の予測は不十分で不正確で、そうしてより以上の税収があり得るということであっては、これは正しい的確な当初予算、一年を通じてそれで済むという的確な予算の編成ということはできない、こういうふうに思います。  先ほど二千三百億円の——まあ、二千三百億円というのは一応の計算でありまして、実際はもっとはるかに多い税収、財源が出てくると思うのでありますけれども、それを減税か国債減額かに振り向けるべきである、こういうふうに申しましたけれども、まず、減税につきましては所得税減税、絶対額といたしましては相当大幅の減税をしていただいたわけであります。しかし、さらにこの点につきましては、いろいろ課税最低限度額の問題等等ございまして、一般にこの減税が不十分であるといわれております。したがって、さらに所得税を中心として大幅な減税が望ましい。税制調査会の長期答申の夫婦子供三人の世帯の百万円という課税最低限は、よくいわれますように、あの当時の物価を前提としておりますからして、やはり、現時点において百万円というのは、これは、税制調査会の長期答申からしても、まあ不十分ではなかろうか。したがって、その点からいっても、百万円あるいは百三万円ということは、これは控え目であって、しかも、こういう余裕財源が当然あり得るんですからして、所得税の減税はもう少し配慮されてよかったのではないか、こういうふうに思うわけであります。  それから国債でございますけれども、これは六百億減額されまして、相当の減額でございますが、しかし、本来ならば、さらに減額すべきで、極端に言うならば、均衡予算に立ち戻るべきだと思います。なぜ、国債、公債依存度を引き下げなければならぬかということでございますけれども、これは何も、アメリカあるいはヨーロッパの公債依存度が五%ぐらいである、したがって、欧米並みにしなければならぬという必要はないわけでありまして、欧米が五%程度であろうと四%でありましょうと、わが国が必要に応じて十何%の公債依存度であるということだってかまわないと思うのです。最初に、四十一年でございますか、この一般会計において本格的な公債経済に入ってきたときには十何%の公債依存度であったし、それはデフレギャップを補てんするために、私は当然それでよかったと思うわけです。  ところで、いま、この公債依存度の引き下げということに、政府当局におかれても非常に熱心であるというのは、それは将来において——近い将来かもわかりませんが、強力なフィスカルポリシーを有効に実施しようということ、まあ、持続的な成長ということがねらいでございますけれども、しかし、やがて供給過剰といいますか、そこから有効需要の不足、デフレギャップ、不況というような、一種の景気変動と申しますか、そういうことで落ち込むこともあり得るわけで、そういう場合に備えて、そういうことがないように持続的成長ということをねらいとした予算の編成でありましょうけれども、しかし、そういう事態が出たときに備えて、そのとき強力なフィスカルポリシーを行なう、つまり、公債を積極的に発行する、ちょうど昭和四十一年度のようにでございますね。そういうことができるようにしたい。ところが、財政法第四条によって、公共事業費の財源としてしか発行できない。正確にいえば、出資金、貸し付け金、公共事業費の財源としてしか発行できない。そうすると、いまのうちに、税収が十分にあるうちに、できるだけ公共事業費の財源としての公債の比率を低下させておかなければならない。一ころは、ほとんど、公共事業費から特定財源を差し引いた残りに対する租税と公債との割合を見ますと、公債が八〇%をこえておる。ほとんど公債で公共事業費をまかなっておるというような状態であったわけです。それが今日ではずいぶん引き下げられておりますけれども、それをさらに引き下げようということであって、公債依存度、つまり、歳入総額に対する公債収入の割合を引き下げるというのじゃなしに、むしろ公共事業費から特定財源を差し引いた残りの金額の財源としての公債の割合を、できるだけいまのうちに引き下げておこう。そうすれば、他日相当大幅な公債をさらに発行できる。つまり、それこそ有効なフィスカルポリシーが行なわれる。そういうねらいがあって公債依存度引き下げということが非常に熱心に考えられているのではなかろうかと思います。しかし、もしそういうようなことであれば、有効なフィスカルポリシーということであれば、このような高い高度成長、ややもすれば過熱をおそれられるこの成長の時代、そうして国際収支の黒字基調が定着した、こういうときには、まさに均衡予算に立ち戻るべきではなかろうか。つまり、フィスカルポリシーというのは、あるときには黒字予算、あるときには均衡予算、あるときには赤字予算、こういうように予算のバランスをある程度弾力的に機動的に運用し、操作して景気を調整するということでありますので、このように好景気が持続しているときに、前年度比では減額しておりますけれども、いまだ数千億の公債を抱きかかえておるということは、それ自体必ずしも的確な有効なフィスカルポリシーとは言えないわけで、もしも公債依存度引き下げが有効なフィスカルポリシーをねらいとするならば、むしろいまのうちに均衡予算に立ち戻るべきだ。しかし、これは、実際問題として均衡予算に立ち戻るということが不可能であるとすれば、さらに大幅な国債減額ということが必要であり、それは決して不可能ではない。これはもっと正確に税収を予測すれば決して不可能ではないということになります。  現在では、国の予算を編成する場合に、国民経済計算との関連において編成されるし、それから予算の妥当性、合理性を政府において説明される場合におきましても、国民経済計算との関連において御説明になっておるというわけでございますが、もしそうだとすれば、国民経済計算との関連において、確かに論理的に間違いのない、納得のいける予算になっておる、こういうことでなければならない。国民経済計算を予算の合理性の論拠として利用はするけれども、予算と国民経済計算とは、理論的に考えていくと必ずしも斉合性がないという傾きがありはしないか。その辺、せっかく国民経済計算をお使いになるならば、もっと緻密な計算が必要ではなかろうかと思います。  それから四十四年度と四十五年度とを比べてみますと、四十四年度は、国民経済計算において名目一四・四%の成長率が見込まれておりまして、一般会計の規模の伸び率はそれよりもやや高い一五・八%でありました。ところが財投、財政投融資の伸び率は一四%で、名目成長率の伸び率よりも少し低くなっております。それから政府財貨・サービス購入の国民総支出に占める割合は一二・三%でありまして、名目成長率一四・四%よりも相当低くなっております。つまり、名目成長率よりも一般会計の予算規模の伸び率は高いけれども、財投及び政府財貨・サービス購入の伸び率はどちらも低くなっております。四十五年度を見ますと、名目成長率は一五・八%となっておりますが、一般会計の予算規模の伸び率は一七・九%、それから財投の伸び率も一六・三%と、ともに成長率一五・八%を上回っておる。ただ政府の財貨・サービスの購入比率が一四・八%というように、この名目成長率よりも下回っておるということでありまして、これを見ますと、四十四年度の予算よりも四十五年度の予算のほうがむしろこういう数字から見る限りでは景気刺激的である、そういわざるを得ないわけでございます。しかるに、四十四度は、最初の一四・四%の成長率をはるかに越えまして、実際は一八・五%ぐらいになるであろうという見通しになっております。これは現に今度の四十五年度の予算を編成するにあたっての国民経済計算において、四十四年度の成長率は一八・五%ということになっておる。つまり四十四年度の当初予算編成のときの国民経済計算の伸び率一四・四%が改定されておるわけであります。したがいまして、これから見ますというと、四十五年度が一五・八%の成長率に終わるということは、これはとうてい考えられない。そうしますると、昨年の消費者物価騰貴率が五・何%、六%以下でありましたのが、現在の見込みでは六%台に上昇するということがいわれておりますが、四十五年度は四・八%の消費者物価の上昇が見込まれておりますけれども、これも当然論理的にはそれをはるかに上回る結果になると考えざるを得ないわけであります。これは客観的に数字の上から導き出された一種の結論でございますが、やはりこういう計算も成り立つわけでございますからして、予算を編成する場合におきましては、国民経済計算との関連において予算を編成するということは、それは戦前になかったことで、戦後の一つのすぐれたやり方であり、これは経済学の進歩とともに行なわれるようになったことでありますけれども、それならばそれでやはりさらに精緻な、われわれを納得させる計算が行なわれなければならぬ、こういうことでございます。  以上、結論を申しますというと、さらに大幅な減税とさらに大幅な国債の減額、それをどっちのほうにより多くウエートを置くかということは、これは問題でございまして、政府で計算されましたよりもより多くの余裕財源は必ずあるわけですから、それを減税と国債減額とにさらに適正に配分されなければならない、こういうふうに考える次第でございます。  もちろん税収の所得弾性値を、故意に——と言うと語弊がありますけれども、低く見積って、そして税の自然増収を過小に算出するということによって予算の財政支出の膨張を予算編成当局としては防ぐ。初めから正確な収入を計上すれば、そこにそれだけの財源があるというので、どうしてもそういう財源のいわば奪い合いになって、予算規模というものは編成当局が考える以上の規模にふくれ上がるということ、それを阻止するために税収をむしろ故意に過小に見積もるということであれば、それは景気抑制という効果は一つ出てきます。と同時に、それは景気抑制という効果が出てくるのか、あるいは減税の幅を小さくするという効果になってしまうのかということが問題である。  それからもう一つそういうことであるならば、これはもちろん絶対に補正予算は組んでいけないわけです。適正な予算規模にするために財源を過小に見積もったということであれば、あとで出てくる余裕財源を補正予算の財源にして、それを支出化してしまうということであれば、結果としては予算規模は拡大してしまうわけです。編成当局がこれこそ適正な予算規模であるべきだというもの以上に拡大することになるわけですからして、その場合は、そういうあとで出てきた余剰というものはたな上げしなければならぬ。つまり黒字予算という形にならなければいかぬ。そのためには補正予算というものを組んではならない、ということは、総合予算主義が徹底的に行なわれるということです。しかし、総合予算主義を主張されましてから、現実には補正予算というものが行なわれております。絶対に補正予算が行なわれなかった年はないわけでして、四十四年度もすでに補正第一号は出ております。そうしてその財源のうち約二千億円ぐらいは税収をもって充てられておる。すでに四十四年度において、当初予算に見積もられた税収以上の相当巨額の税収の増加があって補正第一号の財源になっておる、こういうことでありますので、もしも故意にというのか、意図的に自然増収を少なく見積もって、初めから予算編成当局として適正な予算規模にしたということであるならば、あとから出てくるであろうところの余裕財源はたな上げして、黒字予算にしなければならぬ。予算規模をふやしていけないということでなければならぬ。そういう保証はないわけです。すでに毎年補正予算というものは出てきておる。それならば初めから一切の歳出補正要因、それから一切の収入の面での補正要因とでも申しましょうか、そういうものをさらけ出して、そうして総合予算主義のもとに最初から大っぴらに適正な予算規模というものを打ち出していく。こういうことがフェアであり、また合理的である、こういうふうに思います。  それから先ほど申しましたようなことで、一般会計や財投やあるいは政府財貨・サービス等々の伸び率からして相当景気刺激的であると申しましたけれども、そこには法人税率の引き上げというようなことがありまして、あるいはまた、国債は少なくとも六百億は減額されましたので、そういうのが今度は景気を抑制する要因として働く、こういうことで一応警戒中立型であるという説明がなされておりまして、そういうこともいえますが、はたして法人税率一・七五%の引き上げが旺盛な民間設備投資意欲を押え得るかということ、つまりこの法人税率の引き上げを、景気抑制効果を目的として引き上げたということであると、この引き上げではたしてどれだけの効果があり得るかということが問題にされなければならないし、そういう景気抑制効果はそれほど大きくはないのではなかろうか、こういう気がいたします。  なお、公債の発行と関連いたしまして、財政法第四条の規定について一言いたしてみたいと思います。  財政法第四条は、御承知のように、原則としては公債や借り入れ金はいけないという均衡予算主義を打ち出しておりますが、出資金、貸し付け金及び公共事業費の財源としてならば発行してもいい。ただし、その金額は国会で承認を得た金額の範囲内に限る。いろいろ規定はございますが、最後に、公債を発行する場合は「その償還の計画を国会に提出しなければならない。」という規定がございます。私、不勉強で財政法第四条が要求しておりますところの償還計画というものが具体的にどういうものであるか、どの程度のことを要求しておるかということは必ずしも私はっきりいたしません。財政法関係の法律の先生などにお伺いをしなければならぬとも思いますけれども、しかし「その償還の計画を国会に提出しなければならない。」とはっきりうたってある。この償還の計画について——まあ公債の発行は一応認めるとしても、この財政法第四条の規定のもとに政府がどのような償還の計画をお持ちであるか。財政法第四条の規定を無視して、償還の具体的な計画を持たないということになれば、これは問題ではなかろうか、こういうような気もいたしますので、これは私自身のはっきりしないところでございますが、ここに疑問点として一つ掲げておきます。  いままで申しましたように、ごく大づかみなところでございますけれども、四十五年度の予算を一応景気刺激的な予算という性格としてとらえてみたわけでございますが、もしそうとしますとどういうことになるか。先ほど申しましたように、消費者物価は四・八%にはとうていとどまり得ないと私は思うわけでございますが、こういう物価上昇というものが国民生活を不安定にするということは言うまでもございません。他面において所得の分配の不平等化を来たすということを注目すべきだと思うのです。ということは、つまり物価上昇、貨幣価値の低落というものは比例課税と同じことでございまして、累進課税と違いまして、比例課税というのは、課税の原則からいいますと、公平の原則に反するものでございますが、インフレーションはこれはまさに比例課税であります。比例課税であり大衆課税である、こういうことになります。  予算全体のマクロ的なそういう性格がこういう意味での比例課税、比例税率による課税であるということが一つある上に、肝心の税制改正そのものを拝見いたしますると、税負担の公平の原則の貫徹ということには残念ながら失敗をしているのではなかろうか。この問題につきましては、もうすでにいろいろ言われております、来年四十五年度の税制改正、分離課税の問題にしましても、課税最低限度額の問題にしましても、利子所得、配当所得の分離課税、源泉選択制度の改正の問題にいたしましても、その他。したがって、ここでは略しまするが、結論として、税制改正を拝見いたしますと、資産所得者層対勤労所得者層、あるいは高額所得者層対中小所得者層あるいは企業対個人、あるいは大企業対中小企業、こういうような関係におきまして前者に有利なこの制度であります。たとえば資産所得対勤労者所得、つまり後者勤労所得者層に有利かというと、前者に有利な制度がほとんどこの改正案におきましてもくずれていないということがいえると思うのです。税制の不公平ということを申しますと、いかにも何か青くさいような気もいたしますが、しかし不公平であることは事実なんで、やはりわれわれはこういう税制の不公平ということはもう少しそういう事実に注目し、またそういう事実に驚く必要があるんじゃないかと思うのです。少し不感症になっている傾向があるかと思います。でありますからして、あえて私は税負担の公平化は今度の改正案においてはほとんどとられていない、この点が問題である、したがいましてインフレという大衆課税にあわせて不公平な税制の体質がくずれていないということが、やはり一つ問題にされなければならないのじゃないかと思います。  なお、今度は経費の個々の面について申し上げますと、いろいろございますが、社会保障費、よく言われますように二〇・一%の増大ということでございますけれども、これは医療費が半分以上を食っておるということで、つまり社会保障関係費が一兆一千億ぐらいで医療関係費六千億、その辺が問題でございます。生活保護費の中で生活扶助基準が一四%引き上げられた、こういうことになりまして、それ自体としてはまことにけっこうでありますけれども、これも国民経済計算によりますと、四十五年度の個人消費支出の伸び率は一五・九%になります。したがいまして、この一四%の引き上げということは、全体の個人消費支出の伸び率よりも相当低い。こういう点からしてもまだまだこの所得格差の是正ということは必要であり、こういう面において予算上さらに配慮が必要ではないか、こういうことが指摘されるのではないかと思います。  それから公共事業関係費を見ますと、これも一七・三%の伸び率でありまして、けっこうでございますけれども、肝心の生活環境施設整備費というものはその中のわずかに六百二十八億円で、公共事業関係費の四・三%にしか当たらない。これは少し過小ではないか、こういう気がいたします。俗に、国民生活優先主義というものが四十五年度予算案において無視をされたという批判を新聞雑誌で見ますけれども、この生活環境施設整備費の四・三%というものは、それの一つのあらわれと見てもいいのではないかと存じます。これからは労働力不足経済時代に入ってまいるわけでございまして、労働力再生産のための支出、これを単に消費的支出としないで生産的経費であるというふうに認識することが必要ではなかろうか。予算を編成する場合の価値基準といたしまして、そういう価値観念の変革と申しますか、それが必要ではなかろうかと存じます。社会保障関係費が消費的な支出だという観念ではなくして、あるいはまた消費的支出あるいは非生産的支出であるという観念ではなくして、むしろこれからの重要な生産的支出である、こういう考え方が必要じゃないかと思います。  少し古い話でございますけれども、昭和二十四年にシャウプ税制使節団が参りました。そして提出しましたシャウプ勧告の中に次のような一句がございます。これは地方団体に関することでございますが、地方団体の行政水準を引き上げることは、日本最大の資源たる「国民」つまり日本最大の資源であるところの国民への直接投資となり、その投資は改善された教育、よりよき健康、より大なる保証と安全、拡張された機会、拡張された機会というのはエクスパンディット・オポチュニティー、こういう表現をとっておりますが、拡張された機会の形をとる、こういうことをいっております。要するにこういうことばは使いませんけれども、人間投資的な考え方をすでにシャウプ勧告が主張しております。あの当時は日本は敗戦からまだ立ち上がれない。ほんとうにたよりにする資源は人間だけであった。国民だけであった、こういうことで、そこに人間への、国民への直接投資ということをシャウプ使節団は強調したわけでございますけれども、いまから一九七〇年代はまさに労働力不足時代でありまして、日本最大の資源としての国民というもの、国民が日本最大の資源だという認識をもう一ぺんシャウプ勧告とともに考え直してみる必要があるのではないか。そうしますと、人間への支出はこれは投資だ。つまり行政水準を引き上げることが、日本最大の資源たる国民への直接投資だという考え方、行政水準というのは、これは人間への投資でありますからして、生活環境、家計中心の社会資本の充実、社会資本は、生産基盤的社会資本の充実ということもまさに必要である。持続的な成長のためにそういう社会資本の整備が必要でございますが、さらに忘れてならぬのは、この人間への直接投資としての社会資本の公共事業でございます。生活環境整備のための投資これをこれからきわめて重要な投資的な支出という観念を持って、つまり従来の価値観念とは違った観念を持って予算を編成していく、こういうようなことが基本的に要求されるのではなかろうか、こういうふうに考える次第でございます。  長い間御清聴ありがとうございました。(拍手)

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 どうもありがとうございました。     —————————————

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 これより両公述人に対する質疑に入ります。森田重次郎君。

森田重次郎自由民主党

○森田委員 貴重なる御意見を拝聴いたしまして、ありがとうございました。  ちょっと予算に直接関係があるわけではありませんが、日本の将来に非常に重要な関係があると思いますので、基本的な問題について一つだけお尋ねいたしたいと思うのであります。  それは労使一体観の問題でございます。いまのところ日本も相当景気がよくて、労働賃金もどんどん上がって、したがって労使の間にそう悪い空気があるとは考えられません。ただ、私企業のほうで労働賃金が上がるんだが、公企業としての官公労の方面に、むしろ私企業のほうからの影響で労働賃金を上げろというようなことが問題になっているというようなわけなんであります。ですから、こういう形で日本が進んでいけるんだ、こうなっておれば労使の問題もそう険悪な問題にならずにいける、こう思うのです。しかし、考えてみると、これは日本始まって以来の好条件の産業発展の道をたどってきている。しかし国際関係全体から見て、将来はたしていまのようなかっこうでだけ進んでいけるとは思われない。したがって、どういう国際的経済混乱が起こるかわからないということをこういうときに考えて、それに備えるだけのことをわれわれはしていかなければならない、こういうことでございます。  私、感ずるところがありまして世界を一通りほとんど回ってみました。そうすると、いまわれわれいつも頭の中にあるのは、ソ連とアメリカを中心とした第二次世界戦争の勝利者としての実力者、この力でとにかく一つの安定性を持っているという形でありますけれども、これは世界の全体を見るというと、そんな安易な平衡状態でいつまでも平和が続くもんだと私は考えられないと思うのであります。おくれている国々にもそれぞれの個性を持った独立国家、自由の国家があるのである。しかし、それがなかなか簡単に経済的に立ち直れそうもないというようなかっこうで放置されている。でありますから、世界全体を見ると、やはり容易ならざるものがあるように考えられまます。ただ、昔だと国際間の争いは、特に経済上の争いは、最後は戦争によって解決をつけた。しかしもう原爆ができた限り、こういう世界戦争的な暴力解決というものは私は不可能だこう考える。そういうことを前提にして考えますと、やはり産業競争力というものはその民族の根底になるし、また世界の将来は、各国とも産業を振興させるという、この競争の形で人類の世界生活というものは始まっていくものだ、こう考えるのであります。そういう世界各国の産業競争の中に日本が立って、将来産業的に優位な地位に立とうということになると、最も能率的な企業経営をやるということが前提になるのだと私は考える。そうすると、結論するところ、労使の間にきわめて緊密な一体観最も能率的な体制というものが確立するのでなければ将来波乱が起こるであろう。世界経済混乱を乗り切ることが困難な場合が必ず来るものだと予想していかなければならぬ。そこで労使の間の協調をどうとるかということが問題になってくる。第一は、温情主義で使ってやるのだ、情けをかけてやるのだ、こういうかっこうで協調会などというようなもので、これがある程度効果をおさめた時代がありました。しかし、もうそういうことは時代おくれであることは、これは言うまでもないことだと思う。  そこで第二の問題として考えられるのは、労使の間は結局は対立していくものなんで、これは協調できるものでないのだという世界観があるようであります。御存じのとおりであります。結局闘争によって、そうして労働者専制の国営企業に持っていくということが究極の目的だという運動が世界的にあることは御存じのとおりであります。これだと一つの革命観でありますから、そこまで一体到達するにそう簡単な時間に——かりに可能だとしても、そう簡単に起こるものだとは考えられない。これはマルクスが予言してから百年たってもまだそういうかっこうになっていないということからも言える、こう思うからであります。  そこで、そうすると、いまのようなかっこうの労使の間に一つの協約ができて、これで何年間か継続していくという方法でいくのだ、しかし、労働組合側にやはり最後の革命観というものを潜在させる姿でいくのでは、これは何か事ある場合には、私は日本の産業界というものは必ずしも安全ではないという感を持つのであります。そこでこの世界の大勢から見ても、また人類の将来の世界生活の上から見ても、これはそういう単なる対立感をそのままにしておいた協約だけでいったのでは不十分じゃないか。だから、どうしても労使というものは一つの企業を中心にした運命共同体なんだ、これは前から提唱されているあれでありますけれども、ただ概念的に提唱されているだけであって、具体的にはそこまでいっていないことは、日本の現実を見ればもうおわかりのとおりでございます。  そこでどうしてもここで新しい世界観、労使に対する世界観、人生観を確立する必要があるのではないか、それはこん然たる一体観、こん然たる一体観になれば、それは使うほうだけの都合に利用されて、そして労働者のほうは発言権もろくに与えられないようなかっこうでいくのだという不安感がある。ここに私は、使うほうのものの考え方にやはり革命的な新しい世界へ入るだけの勇気を必要とするという考え方を持っているのであります。労働者の側の労働組合のほうもまた革命観を潜在させながら戦っていくのだということでは、私の申し上げる真実における労使一体となるものではないという考え方を持たせられるのであります。  私は、結論を簡単に申し上げますが、いままでやってきた姿を見るというと、経営協議会というもので何とか相談し合ってつじつまを合わせていこうじゃないかというのが今日の姿のようであります。しかし、この程度ではたして私のいま申し上げたような世界を乗り切ることができるか、今日からの備えをどうするかの問題がある。そうなりますと、やはり経営参加の問題がここで強く取り上げられていいのではあるまいか。特に一つの手本だといわれているドイツの労働決定法に基づくような経営参加という形の経営へ持っていって、ほんとうに労使が一つにとけ合うというような形に持っていくことをめどとしつつ、これは労使ともこの理解の上に立って、新しい人生観世界観労使一体観を確立する必要があるのじゃないか、こう実は考えているものでありますが、きょうは幸い学問のほうから御研究の先生もおいでになり、それから実際企業経営の衝に当っておいでの御経験の方とお二方がお見えになりましたので、そういう見方に対して、一体日本の経営者側のほうではどうだろう、それから労働者側のほうでは、そういう形の方向へ持っていける可能性、その見通し、こういうことについてお二方の御意見をお伺いしておきたいということでございます。どうかよろしくお願いいたします。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 御高説を拝聴したわけでありますが、私は経営者の一人としてお答えしたいと思います。  温情主義というお話がありましたけれども、これはおそらく永久に変わらない人と人との関係でございますので、基本となっていくであろうし、またそうあるべきものだと思います。それから、いま労使というふうなことで、使う使われるというふうな古い観念も現状は混在しておるかと思いますが、私など経営者の一人としての実感は、もう経営者自体が非常に使われているというのが実感でございまして、まじめにやればやるほど文字どおり粉骨砕身です。ですから、使うというふうな考え方は、もう全く実感としてはございません。しかしながら、企業は一つ、また企業は永遠に繁栄さすべきものであるというふうな考え方からいきますと、やはり労使一体になってその企業の発展をはかる。また、それが社会的にもあるいは国際的にも役立つように機能するというふうな努力を重ねることがやはり大きな目的でなくてはならぬと思う。そのためには、方法としてはいろいろお話がございましたが、経営協議会的なもの、あるいは労働関係の組合の側の代表的な意味で経営に参画させる。参画させ方は、ドイツのようなやり方もございますし、その他いろいろの考え方がございます。また参画させてもどの程度の発言なり権利を与えるかという問題もまた別にあると思いますけれども、一つの目的に向かってお互いが協力するという形はいずれにしても必要であろうと思うのです。  それで、いま、何か統一した一つの考え方に向かっていくべき時期ではないかというようなお話に了解いたしましたけれども、いまの私などの関係しておる身近なところ、私などの知っておる限りにおきましては、まだそういうところまでは行っていないのではないかと思います。というのは、まだそこに行くまでの間にいろいろな問題があるかと思うのです。たとえば、いまの組合の運動のやり方、方針にいたしましても、組合によりましてまだかなりの差異がございましょう。それから、その結果、たとえば経済問題にしましてもあるいは政治問題にいたしましても、その取り上げ方も違うようであります。その他、いろいろな問題がありますので、まだそこまでは少し距離があるように思いますが、いずれにしましてもそういう哲学を一つ持っていくということは非常に大事なことだと思います。ことに日本の現状は、特に出生減、その他労働力の配分関係が必ずしも適正にいっていないというふうなこともありまして、若年労働者が非常に不足しておる状態であります。これはもっとどうかしなければいけないと私ども思いますけれども、外国へ行きましても、われわれの接する範囲のところにはあまり若い人はおりません。若い人はほとんど若い人の働くべきところにおるようであります。われわれに接するところはほとんど年寄りばかりであります。また年寄りでできるし、年寄りのほうが適当なところが多いということもございまして、いわゆる適材適所におのずからなっておるのじゃないかと思うのです。日本はそうなっておらないようであります。そういういろいろな問題がございますので、いまお話しのようなところに到達するにはまだ相当の時間を要するのでありますが、そういう一つの考え方を持って常に話し合っていくということは、日本の国内のみならず、広く国際的に目を配りながら話し合っていくというふうなことが大切なことではないかと思います。むしろ、私は、森田先生の言うことは、一つの参考としてたいへん貴重な御意見として拝聴いたしました。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 私の直接専攻しておる範囲と違いますので、はなはだ知識不十分でございますが、こういうような問題があるということ、そうして何かそこに解決を見出さなければならないということ、こういうことは私も承知いたしております。  いま拝聴いたしましたような基本的な考え、目標と申しますか、価値観、世界観の変革と申しますか、それをもとにして労使間のいわば労使一体観というビジョンを理想として、そうしてそこに向かって一歩一歩お進みになる、これがやはり必要ではないか。現実はもっと具体的なところで、いろいろ一歩一歩試行錯誤の形で解決をしながらこういう方向へ向かっているのではないか。たとえば、よく知りませんけれども、何といっても労使間というと物質に関係してくる。ですから、付加価値の配分を合理的に行なう、それについては、たしかラッカー・プランというようなものもございまして、いろいろやり方に関する考え方なり学説もある。それを日本の会社などでも取り入れて研究し、そうして実行に移しているところもあるようでございます。そういうような付加価値の配分を、だれからも文句の言えない合理的な方法によって、その生産に携わった人たちに分配するという方式、いろいろあるその一つの例としてはラッカー・プランでしょうが、そういうようなものを取り入れつつ、試行錯誤的に何かそこに合理的なやり方、配分の方法はないものか、そういうことを考えていく。そういうような着実な具体的な方法を積み重ねていって、次第にこういう基本的な企業の体制へ行くんじゃなかろうか。しかし、それにはそういう具体的、現実的なやり方、試行錯誤的なやり方とともに、やはりこういう基本的なビジョンといいますか、理念といいますか、世界観、哲学といいますか、そういうものを持っていくということが必要であって、両者あわせて必要じゃなかろうかと、こういうふうに存じます。  たいへん不十分なお答えでございましたけれども……。

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 藤田義光君。

藤田義光自由民主党

○藤田(義)委員 時間がありませんから、きわめて簡単に四点ばかりお伺いしたいと思います。主観を入れず、きわめて客観的に質問をしたいと思います。  これは水上さんだけに質問でございますが、第一点は、対外的均衡維持が絶対今後必要であるという御発言がございました。この貿易発展の見通しですね、水上さんの過去の経歴にかんがみまして、特に一言だけ伺っておきたいと思いますが、現在の貿易の数字を見ますると不自然である。隣の七億の人口を持った中共との貿易量、二億三千万の人口を持ったソ連との貿易量、これと比較いたしまして対米貿易量が四〇%をこす。これは、ベトナム事件という特異の現象もございますが、非常に不自然である。人口の分布状況と資源の分布状況からかんがみて、今後、対外経済の均衡を維持していくためには、しかも繁栄を続けていくためには、現状はまことに不都合である。思想、政策を超越して将来この壁はどうしても破るべきではないか、経済人としては。特にシベリア開発に関しましては、政財界の動きが非常に活発でありまして、この間も永野さんがモスクワに乗り込んでおります。中共に関しましてはきわめて消極的である。これは、ひとつ経済自主独立の体制を何とかこのあたりでもう打ち出してよろしいんじゃないか。この点に対して率直な御意見を伺っておきたい。これが第一点でございます。  特に私は、繊維問題を中心に——これは事態は非常に重大であると思います。へたをするとスチールその他に波及していくということで、対米貿易に不確定要素が相当増加しつつある、不吉な予感を持っておる関係上お伺いします。  それから第二点は、防衛の問題に御公述がありませんでしたが、ことしは約五千七百億円、去年が四千八百億円強であります。大体GNPの〇・八%弱ですね。私のうしろにすわっている松野元防衛庁長官あたりは、このパーセントはもう少し上げる必要があるというような感覚であったようでございますが、かりに現在のパーセントを維持していくとしまして——去年の十月に、私は、各政党の諸君とワシントンに参りまして、十八名のアメリカの国会議員といろいろ話してみましたところ、日本の防衛努力の不足に対する批判は相当深刻である。国家予算に占める防衛費の現状は、まことに言語道断であるというような批判でございますが、現状のパーセントを維持していきましても、昭和五十年には大体一兆円、国民所得の伸びからすれば。昭和六十年度、一九八五年には二兆円ということになります。     〔藤枝委員長代理退席、委員長着席〕 フランス、イギリスが二兆円、現在は。ドイツが一兆九千億円です。したがってアメリカの諸君の批判は、いまのパーセントでいっても、日ならずして予算面の上においては自然解消するという勢いであるが、この国民所得に占める防衛予算の現状をどういうふうに見ておられるか。  特に一言つけ加えて、防衛産業というものが、いまいろいろな批判がありまして、輸出面で相当制約を受けている。日本の経済を伸ばすためには、相当大胆に輸出が必要である。ベトナム事件があるから特に神経質になっているが、こういう点に関しましても、何か御意見をお聞かせ願いたいと思います。  第三番目は、総合農政の問題で、これは非常ににいい御意見、適地適作をやるべきである、特に地域分業をやっていくべきである、これは農林省の役人に教えたいような非常におもしろい御意見と私は思います。この点は、需要供給を見ざる日本の現在の農政、したがって物が余って暴落し、物が足らなくて暴騰するというきわめて農産物価格が不安定であります。  そこで簡単にお聞きしたいが、この問題で一つは、食糧の需給率というのは、産業人はどのくらいに置いたらいいと見ておられるか。歴代の農林大臣で、この点に関して需給率を明言したのはおらぬ。経済人あたりが正確な見通しを持っておられやせぬかと思いますので、お伺いしたい。  それから、これは経済の中の農政で、農政プロパーで農業政策は解決できぬ段階になっている現在でありますから、特にこの点はお伺いしておきたいと思います。農工両全、特に過疎地帯に工場をどんどん持っていくという体制にありますが、私は経済の中で農政を解決する、そのためには絶対農工両全の方向に大きくカーブを切らなくちゃいかぬ段階である、全く賛成でございます。  第四番目は、貿易の自由化、アメリカは盛んにこれを言っております。カナダに次いでアメリカは日本が第二番目のカスタマーである、現在は。やがて日本の対米貿易量は、カナダを追い越すことは必至の情勢である。これは数年以内に追い越して、日本がアメリカの最大の顧客になる。にもかかわりませず、フランスは、たしか今日現在まだ自由化せざる品目が七十くらいあるはずです。アメリカの政財界は、日本だけに対して自由化せざる品目の縮小を請求するのにあまりに急である。こういう印象を私は持っております、現地に参りましても。フランスとアメリカの貿易量からすれば、その国が七十も自由化せざる品目があるならば、日本が百前後の自由化せざる品目があっても妥当ではないか。アメリカの要求に対して、少しわれわれも神経質になり過ぎてはおらぬか、こういうしろうとながら感じを持っておりますので、御所見をお聞きしておきたいと思います。  この四点だけお伺いしておきます。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 まず第一の中共との貿易の問題でございますが、これは、私も実は中共を非常に熱心に勉強しておる一人であります。ですが、勉強すればするほど、またむずかしい問題であるかと思います。  まず第一は、政治的、国際的な状況の問題、中共だけを取り上げて日本がどうするというわけにもまいりません。ですから、私どもは、現状では、まあ経済的にできるだけ買えるものをよけい買い、売れるものをよけい売るというふうなたてまえで、ずっとやってきておるわけであります。しかし、これはほとんど日本のペースではなく、中共側の理由で貿易額は増減しておるというのが実情であります。  しかし、いずれにしましても、隣国であり、この条件は永久に変わらないのですし、おっしゃるように、多くの人口を持っております。しかし、これがはたしてどれだけの購買力になっていくかという問題は、これはおのずから別だと思います。まあ、昔から四億の民というふうなことがいわれておりますけれども、それにふさわしい経済相手国にはなっておらないわけであります。とにかく政治的な事情、経済的な事情、人種的な事情、言語上の問題どことなく親近感はみんな持っている先でございますから、それを妨げているものは、やはり国際情勢だと思います。ですから、それをどういうふうに打開していくか。日本でもある程度できる分野があるかと思います。そういう点について、政府は政府、民間は民間、民間でもそれぞれのお立場からこの努力を積み重ねていくということが、私は大事ではないか。そういうことは非常にしんぼう強い忍耐強さを要する問題でありますけれども、相手も非常に忍耐強い国民であります。やはりそういう態度で接していくということが必要じゃないかと思っております。  それから、アメリカの貿易に比較してのお話がございましたが、これは人口と貿易というものは必ずしも一致いたしません。まあ、ある部面において一致する面もないことはありませんが、全体的には一致しません。これは別に考えるべきものだと思います。  それから、第二の防衛の問題でございますが、私は、日本の経済発展というものは、この防衛費がいままで非常に少なかったということによって発展できた、これが一番大きな理由であると考えております。そういう意味で、もう日本のいろいろの段階に応じて、ある程度いろいろ九金を使っていかなければならぬということを、外国人は考えておるわけであります。現状の日本においてはあまりにその自主防衛的な費用が少な過ぎるではないか、こういう考え方があるわけですね。したがって、それが経済発展に回って、終局的には外貨の多くなる、積み増しになっているというふうなことを考えますと、やはりここにかなりの圧力がかかってくるということは当然だろうと思うのです。ですから、これは一面、防衛費に対して日本の国民のコンセンサスを得る範囲内においていくということは必要だと思いますが、同時に、海外経済協力その他に日本が協力するという面において、このほこ先を避けていくというふうな配慮が必要ではないか、こういうふうに考えます。もちろん、防衛産業というものは、やはり高度の技術の開発の場所でありまして、防衛産業の盛んな国は、そういう面から民間は貴重な開発した技術を得て、自己の企業に役立っているという面もかなりありますが、そういう面については、日本はこういう状態ですから、あまり民間として得るところはないわけであります。直接防衛産業を命ぜられてやるところは別でございますが、こういう点は、どちらかというと、望ましい点ではない面もあるのですけれども、しかし、防衛という一つの大きな観点からやはりものを考えなければなりませんので、現状はやむを得ないかと思っております。  それから総合農政の問題でありますが、自給率は、私の大体の計算では、直接的には大体現状八割がらみじゃないかと思います。しかし、間接的には六〇%くらいじゃないかと思います。ですから、まあいろいろ総合しますというと、六割程度の自給率しか持っていないというのが現状ではないかと思います。それからいまの傾向は、加工食品のようなもの、高級食品のようなものの輸入が方向といたしましてはだんだんと増加します。それから主食的なものは、やはり漸減傾向である、こういうふうな方向かと存じますが、農業はなかなかむずかしい問題でありますけれども、国際的にどこの国でも一番大きな悩みとなっておるのが実情でありまして、日本だけが例外ではないのです。日本はまだなすべきことがたくさんあるという意味において、まだまだやりやすいということもいえるかと思います。いずれにしましても、交通も発達してまいりますし、しかも日本の農業が工業化していきますので、もう農業ということばでは、従来持っておるわれわれの観念の農業として考えていくことは、私はどうかと思うのです。やっぱり工業の一部である、工業の一つの部門であるというふうにむしろ考えていくべきではないかと思うのです。そういうふうに考えてまいりますと、いたずらにこの輸入だけが能ではなくて、日本からこれから発達していく航空あるいはその他の輸送手段を通じて輸出することも、季節的にあるいはその他の事情でできる可能性は非常に大きいと私は考えております。ですから、やはり農業の国際化時代、もうまさに文字どおり国際化時代に入っていく、これをうまくとらえていくことが日本の農政の一つのやはり基本的な態度ではないか、こういうふうに思います。  それから、適地適作のお話をいたしましたが、地域分業、もちろんそのとおりですが、実際これを配分していきますと、なかなか従来のいろいろな因縁がございますし、習慣もございますので、農民感情としてはいろいろの問題を起こしてくる問題でありますが、しかし、これは断行しなければならないまた問題だと思います。たとえば、米の百五十万トンの調整にいたしましても、北海道なら北海道全部米をやめて、酪農なら酪農に全部振りかえるということを、思い切ってそういうドラスチックなことができるといたしますれば、それだけで米の問題は量的には片づくというふうなこともあるかと思いますが、それは極端な例でありますけれども、ある程度要するに思い切ったことをやらなければだめである。しかし、その対策はおのずからあたたかい政策が必要であることはもちろんであります。最後に、貿易自由化の問題でございますが、これはアメリカからだけ日本の貿易自由化をいっているわけではございません。ヨーロッパの各国も——この間もEECの通産大臣にあたるドニオさんというのが参りまして懇談した機会なんかにも、やはりEECとしましても、その他のヨーロッパ各国のみならず、その他中南米、アジアの諸国でも、日本の貿易の自由化ということについてはかなり積極的な態度で来ております。アメリカだけが新聞などには大きく報道されるようでありますけれども、実際はそうじゃありません。アメリカはむしろそれを代表していっているというような感じであります。私は、この前の貿易の自由化のとき、繊維、綿製品、綿花などを含めてやりました第一回の貿易の自由化、あれがやはり日本の戦後の経済発展の一つの大きな契機をなしたと思うのです。やはりお互いが同じ土俵に立って公正な競争をしていくというのが、貿易のこれも基本原則です。いま日本と先進国との間では、何がしかのハンディキャップを日本側はもらっているわけです。先ほどフランスの例もございましたが、フランスは御承知のように農業国でもありますし、数は自然多くなるわけでありますが、もうすでに日本は、フランスがどうだとか、ドイツがどうだとか、イタリアがどうだとかということはいっておられない高い立場に、日本はもう追い上げられてきておるというのが、私はいろいろな数字から見ましても実態だと思います。貿易の量からいいましても、すでに日本は、イタリアもフランスも抜いて、もうカナダ、イギリスの上に来るというふうなことでありますので、もうアメリカ、西独、日本、こういうことになってまいります。ですから、私さっき公述でも申し上げたように、日本がもう主導権を持ってやらなければならない問題がたくさんあるわけであります。そういう意味で、相当進んだ考え方で対処していかなければならない。かなりのハンディキャップをもらっておるわけですから、それはやはり解消していくという方向に努力しなければ、結局日本のためにならない。そこのところを考えていくべきじゃないか、こう考えております。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 細谷治嘉君。

細谷治嘉日本社会党

○細谷委員 時間がございませんので、まとめて御質問いたしますので、お答えいただきたいと思います。  第一番目は、両公述人にお聞きしたいわけでありますが、四十五年度の予算案について、警戒中立型、妥当であるとか、いろいろ御意見をお聞きしたのでありますけれども、その前提となっております政府の四十五年度の経済の見通し、まあ実質一一・一%とかつてない二けたの伸びが見込まれておるわけでございますけれども、これは四十四年度の実績見通しよりもかなり低い。しかも、今度の四十五年度の経済見通しをいろいろ銀行筋なり経済研究所等でやっておりますが、政府の見通しと三菱銀行の見通しだけが低い。他は大体において実質一二ないし一三くらいの伸びで、むろん対外要因等の評価もありますけれども、従来の政府の経済見通しというのはもう当てにならぬ、こういうふうに評価されております。今度は二けたの一一・一という見通しをしたわけでありますけれども、私はやはり低過ぎるのではないか。特に貿易収支あたりも、指摘されておりますように、やはり過小見積もり。これは円の問題等もあって政治的な含みでやられたのではないか、こういうふうに指摘されております。こういう点についてひとつ、これは予算編成の前提条件にもなっておるわけでありますが、御意見をお聞きいたしたいと思うのであります。  この点に関連いたしまして、先ほど井手先生から、税収の見積もりが過小である。おっしゃるように、確かに税の弾性値、こういう点から見ますと、四十四年度の一・七六、四十五年度は一・五一ですか、低いのでありまして、二千億円程度が過小見積もりである、こういうことにはっきりなります。ところが、やはり先ほど先生がおっしゃったように、総合予算主義であるからには、歳入のほうも正確に見積もらなければならぬ、こういうことになってまいりますと、経済の見通し、いわゆる経済の伸びというのが過小なのでありますから、私は税の伸びというのは二千億円以上過小である、こういうふうに申し上げなければならぬと思う。特に法人税等については、かなり隠された形で数字が出ておるのではないか、こういうふうに考えておりますが、この点について、税の問題に触れられました井手先生から、お聞きしたいと思います。  それから、法人税の引き上げの問題でありますが、先ほど水上さん、不景気時代に下げたのであるからいまは上げるべきである、これは常識だ。二年間の暫定措置でありますけれども、財界等の反対がありまして一・七五と、こういうことに落ちついたわけでありますが、税調等は最初から二%、下げたものは三%でありますから、しかも、留保部分にだけしかいかないわけでありますから、私はまあこの辺で問題があるのではないか、こう思うのでありますが、率直な御意見をお聞きいたしたいと思うのであります。  それから、水上さんは世界のいろいろな経済状況を知っていらっしゃるわけでありますが、経済の主導的な進出、こういうことをおっしゃっており、円の切り上げも早晩やらなければならぬ、こうおっしゃっておったわけでありますが、しばしば聞くことは、どうも日本の財界、経済のやり方というのはエコノミックアニマルだと、こういうふうにいわれておりまして、経済が伸びれば伸びるほど今後風当たりが強くなるのではないか、こういうふうにいわれております。世界の事情にお詳しい水上さんから、ひとつこの辺の問題についてお聞かせをいただきたい、こう思っております。  その次の問題は、科学技術の振興ということは非常に重要である、こういう御指摘がございました。日本の生産の伸びの相当部分というのは、科学技術に負うところが多い。私もそう思うのでありますけれども、現実に技術の輸入というもので日本は今日までやってまいったわけでありまして、残念ながら、独自の技術開発、こういうものがないことは、技術面における収支面というのは、異常な輸入超過であることは申すまでもございません。科学研究費は民間が七で政府は三だ、これは西欧と比べると逆じゃないか、こういうこともいわれておりますけれども、今後私はこの科学技術というのは、おっしゃるように、非常に重要でありますので、しかも頭脳の流出というのが、西欧のほうではアメリカヘ、日本においてもアメリカへ、こういうことが問題になっておる時期でありますので、やはり独自の技術、そしてまねごとではない、最初の口をきく。こういう形の、まねをしていってあとの口ではなくて、先にリードしていくという技術開発をしなければならぬ、こう思っておるわけでありますが、こういう点についての実感をひとつお聞かせいただきたい、こう思います。  いろいろありますが、最後にお聞きいたしたい点は、水上さん、地方財政もフィスカルポリシーのワク内に閉じ込むべきであるという御意見のようでございました。私は、地方財政というのは、国の政策に協力しなければならぬけれども、フィスカルポリシーそのもののワク内でいくべきではないんだ、また、そういう構造を持っておらないんだ、こういうふうに考えております。こういう点について、御意見もありましたので、ひとつもう一度この辺のことについてお聞きいたしたいと思います。  時間がありませんから、いろいろありますけれども、以上についてお伺いいたします。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 終わりのほうからお答えさしていただきたいと思いますが、地方財政の問題は、制度上の問題は別といたしまして、私が先ほど申し上げましたのは、現実に財政の状態が非常によくなってきておる。常に予想をかなり上回るような状態になってきておる。これは先ほど例にあげました西独の状態に非常によく似ているような気がするのであります。そこで、一つの検討課題として申し上げたわけでありまして、ぜひこれがドイツの二の舞いにならないように御検討をお願いしたいと、こういう意味でございます。それから、科学技術の問題ですが、確かに従来は、輸入が非常に多くて、輸出は非常に少なかった。最近は、ある同じ技術でも、アメリカからあるいはヨーロッパの各国から輸入いたしまして、それを日本的にうまく使いこなしまして、新しい応用を加えた技術を開発しているというふうなものもかなりございまして、そういう技術の輸出は最近とみにふえております。そこで、アンバランスの一番悪いところはもうすでに済みまして、だんだん日本の輸出のほうがふえてきて、その差額が縮まってきたというふうなのが現状でありまして、この形は、今後もっとよくなっていくんじゃないか、こういうふうに私は考えております。  それから、経済の主導性をとらなければならぬような時代になってくるというと、ますますまた憎まれやせぬかというふうな御意見だったかと思いますが、やはり金持ちはねらわれるわけでありまして、また、金持ちでなかったところがにわか成金になったというふうなことでもありますと、なおさらそうじゃないかと思うのです。そういうときに、日本の海外旅行者なりあるいは日本人の外国に滞在している者なりのちょっとした言動の目ざわり、耳ざわりなことがございますと、それをいろいろな形で非難の種にされるというふうなことが、最近特に東南アジアあたりに多いわけです。これは一口に言って、私もさきに触れたわけでありますが、日本人の国際化というところで、そういう問題の起こらないようにしていかなければならぬと考えております。  経済自体の問題は、これは繰り返すようですが、日本の力がついてきたわけでありますから、その力を発展途上国にいろいろな形でかして、それが向こうの国の経済開発に役立って、ほんとうにその国のためになるように、その国の立場になって考えてやるということが、私は一番大事じゃないかと思うのです。やはり日本側は、物を売りたい、物を買いたいというふうな、売りたい買いたいという自己中心主義の考え方は、とかくどこかで破綻いたします。  私ども一番憂えている問題は、今度、新経済社会発展計画がそのうち出されるわけでありますが、多少算術的に積み上げた数字が出るわけでありますね。そういたしますと、どうしても過去の経済成長率が高かっただけに、非常に高い数字が出てくるわけであります。ところが、一番心配なのは、いままで予期しなかった日本に悪い問題がいろいろとあがってくる可能性がある、そういうおそれが非常にあります。輸出の市場におきましても、いろいろな圧迫を受けることももちろんありますし、これは消費者が買わなければ、国がどういうことをしても、もうおしまいですから、やはり相手の国民感情というのは非常に大事なものであります。輸入の面におきましても、何か買ってやるんだからいいじゃないかというふうな思想がとかくあるように思いますけれども、とんでもない問題です。やはり貴重な資源を持っていかれるという、そういう住民感情というものもかなり、地下資源なんかについてあるんです。ですから、そういうものを開発する場合は、やはり開発して、それが現地の住民にどういうふうに利益をもたらすか、将来どういうふうにその国の経済発展に役立つかというところをやはり考えて、そこに役立つようにしてあげなければ、長続きしない、その資源の確保もできない。したがって、日本の産業に供給できないということになるわけであります。こういう点が非常に大事でありまして、これは非常に考えていかなければならぬ問題だと思います。  たいへん失礼ですが、もう一つ何かございましたかしら。それだけでよろしゅうございますか。

細谷治嘉日本社会党

○細谷委員 経済の見通し。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 伸び率でございますか、あれは、私も多少、現状から見る限り、過小評価ではないかという感じはいたします。しかしながら、政策当局者として出す場合は、やはりいろいろ、少なくとも予想し得る問題は織り込まなければならないかと思います。御承知のように、アメリカの経済というのは、非常に日本のいろいろなことに影響いたしますので、現在のアメリカは、かなり不況感が出てきております。そういう点を織り込みますと、やむを得ない数字ではないかと思うのですが、ただ、私の専門の貿易に関して考えますと、少し私どものあれでいきますというと、輸出はややこれよりも多く、輸入がややこれよりも少ない。したがって、国除収支の額が、まあ数億ドル、あるいはちょっとそれをというか、四、五億ぐらいは違ってくるんではないかというふうな感じがいたします。これはほんの感じでございますけれども、大まかに申し上げますと、そういうことであります。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 私には、経済の見通しとそれから法人税率の引き上げの問題ですか……。

細谷治嘉日本社会党

○細谷委員 いや、税全体の問題です。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 おっしゃいますように、政府の見通しよりも相当大幅な成長率が実現するであろう。先ほど、実質で一二ないし一三%という数字が一般に出されているがということでございましたけれども、私も、一一・一%よりも相当大幅な成長率、したがって、先ほど私が二千三百億円の余裕財源の増加というのは、これはきわめて控え目でございまして、実際はそれよりもはるかに多い税収の年度内の自然増収が出てくる、こういうふうに私は思っております。先ほどの非常に控え目なあれでございました。  それから法人税を今度引き上げられましたが、留保課税のところでございますたが、これにつきましては、今回の法人税率の引き上げとあわせまして、利子所得や配当所得に関するいろいろの特別措置や課税の制度でございますね、それをあわせて考える必要があると思うのです。  御承知のように、法人税率というのはいま複雑になっております。法人擬制説からいえば、これは一本の比例税率でいいわけです。いいというよりもそうでなければいけませんけれども、実際はもうすでに法人擬制説的な筋は通っていないわけで、法人税率も資本金一億円をこえる企業については三五%、それから資本金一億円以下の企業については、年所得三百万円をこえる部分についてだけ三五%で、年所得三百万円以下については軽減税率が適用されておる。その上にさらに支払い配当分についてそれぞれ軽減税率が適用されている。こういうふうに非常に複雑になっております。  今回の法人税率の引き上げは留保分についてだけ引き上げておる。従来、すでに支払い配当分については軽減税率が適用されてお恥留保課税分について三五%という高い税率が課せられておるところへもってきて、この三五%という部分について一・七五%というふうに課税される、そういうことになりますと、これは企業の経営からいえば留保するよりも配当性向が強くなったほうが、高めたほうが税負担は軽くなる、こういうことになって、同じ資本蓄積といい、資本形成といいましても、それからまた自己資本と他人資本と分けましても、同じ自己資本といっても利益の内部蓄積か株式資本かという二つの自己資本がある、それをどこにウエートを置くかということが一つ。それと他人資本、銀行などからの借り入れ、それで利子所得の分離課税ということは——ああいう配当所得なり利子所得なりの租税特別措置というものは貯蓄奨励ということでありますけれども、それについてはいろいろ意見がある。つまり貯蓄というのは所得の函数ですから、そういう軽減税率の適用というものは貯蓄総額をふやすというのではなくして貯蓄の方向を左右する、こういう効果しかないんだ、こういうことを学者などで言う者もある。かりにそういうことであっても、貯蓄の方向は変わるわけです。  利子所得の分離課税というようなことになりますと、貯蓄は銀行預金というようなところにいきます。そうすると企業貸し出し資金がふえる。そうすると、今度は企業から見ると利子支払いは損金として落とすことができますから、借りる資金は潤沢だし、税金は安くなるというので他人資本の比率が高くなる、そういう一つの効果を持つ。それに対して配当控除制度というものがありまして、これは今度はその貯蓄が株式投資といいますか、株式応募へ向く効果を持つ。法人擬制説からいえば、これは個人株主に対して恩恵じゃないのだけれども、しかし現実的には恩恵になっておる、したがって株式のほうへ向く。そこで一応バランスがとれておる、企業からいうと。しかし支払い配当は損金として落とさない、これは法人擬制説の立場からいうと、支払い利子は損金だ、そうなってくると企業からいえば借りたほうが得だ、そこにアンバランスだからというので、支払い配当も損金に落とせという主張があって、しかしそれは理論的にあまりにも筋が通らないというので軽減税率を適用する、こういうようなことで一応バランスをとっておる。つまり資本の蓄積といいましても、資本の形成といいましても、一体他人資本にウエートを置くのか、自己資本といっても、利益の内部留保にウエートを置くのか、株式資本にウエートを置くのかということが非常に大きな問題で、現在の税制というものは、資本蓄積政策から見ますと、その辺の調整をとっておるわけですけれども、ところが、その三つのうちで税制上から見て一番軽視されているといいますか、それはどうしても利益の内部留保ということが一番軽視されておる。つまり銀行から金を借りるということは分離課税で処理しよう、そうして損金で支払い利子は落とす、一方は、支払い配当は軽減税率が適用される、応募するほうは配当控除制度だ、こういうことでありまして、結局内部留保というものが阻害されているのじゃないか。これは非常に大きな問題で、自己資本比率を高めろ、高めろといいましても、一体株式資本に依存すべきか利益の内部留保に依存すべきか、こういうことが一番問題になって、今後世界経済、国際化の時代においてわが国の企業の体質を改善しなければならぬ、企業の体質ということは、端的にいえば自己資本比率を高めなければならぬ、その自己資本比率を高めるという場合に、いま言ったような二つの資本のどちらにウエートを置くか、バランスをとるかということになると、そこが非常に大きな問題で、それと関連して税制を考えなければならぬ。今回この法人税率の引き上げにおいて、留保分についてだけ引き上げられた、こういうことは、いよいよ利益の内部留保を無視していくという傾向がある、その点は今後の資本蓄積の政策と関連して一つの問題を投げかけているものではなかろうか、こういうふうに私は思います。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 公述人と質疑者の方にお願いしておきますけれども、午後の公聴会の関係もございますので、質疑も公述人の方のお答えもひとつ簡潔にお願いを申し上げたいと思います。  松尾正吉君。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 非常に時間も経過しておりますので、私は何点か準備しましたが、二点だけにしぼって井手公述人にお願いしたいと思います。  非常に貴重な御意見を伺いましたが、特に私は、国の財政については詳しく伺ったのですけれども、地方財政の問題です。シャウプ勧告の例を引かれて地方水準の引き上げということを言われましたけれども、まさしく私は、この地方団体の水準、地方財政、地方行政の水準というものに大きな問題があると思います。それで、地方財政それから地方税について改革の必要が今後あるかどうか、この点について簡潔に一点お願いしたいと思います。それからもう一点は税の方向でありますけれども、予算委員会で論議された中に、今後の方向として間接税に移行をする、そういう問題が取り上げられました。したがいまして直間比率、この問題についてどのようにお考えになっておられるか、この二点についてお伺いしたいと思います。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 第一点は地方財政のことでございまして、これについて簡潔にお答え申し上げます。  地方財政が非常に潤沢になったと申しますけれども、それは一応そう言えますけれども、実際は地方行政水準というものは非常に低いという前提がございます。まだまだこの地方行政水準を引き上げなければならない。特に市町村の行政というものはわれわれ住民の生活に密着したものでありまして、生活環境の関係の社会資本の水準というものは非常に低い。清掃、屎尿処理あるいは上下水道あるいは通勤道路舗装率等々、すべてまだまだ低いわけでございますから、そういう低い水準のもとにおいて一応財政状態は好転したかのごとく見えるということが指摘されねばならないと思います。それで、今日よく広域行政圏というようなことが言われておりまして、府県の合併あるいは道州制の問題、あるいはまた広域市町村圏あるいは市町村連合方式というようなものがいろいろ各方面から出されておりますが、これはなるほど一面において合理的でありまして、明治以来の区画が今日の経済圏生活圏の拡大に即応するとはいえないわけです。しかし、他面そういう行政的なアプローチだけではだめなんでありまして、やはり財政的な裏づけがなければならない。どんな広域行政圏あるいは広域行政構想が出てきましても、やはり現在の市町村というものが一番基礎的な行政単位であることは間違いないわけで、どうしても地方団体の中でも特に市町村の財政状態を強化していくということが必用じゃないか。これは歴史的に、経過的に見ましても、府県の税収の府県の歳入全体に占める率から見ましても、あるいは府県税収の伸び率から見ましても、やはり市町村のそういう伸び率に比べて相当上回っておる。ですからして、どちらかというと、むしろ府県なんかよりも市町村段階のほうがピンチに立っておるような気がいたします。だから、じゃどうしたらいいかというと、いろいろこれは問題がございますが、一つは、よくいわますように、法人課税を国の段階と府県段階と市町村段階で、どういうふうに配分されているかというと、これはほとんど国と府県でとってしまって、市町村段階はたしかわずか六%しかとっていない。こういうことになります。したがって、市町村財政の強化をはかるためには、市町村の法人/住民税の法人税割りの税率を相当大幅に引き上げるということが一つ考えられる。しかもこういう法人/住民税というものは大都市においては収入が多いわけであります。過密化対策等々に悩まされ、財源不足を訴えておる大都市の財源もそれによって強化される、こういうことは一つ考えられます。  それから固定資産税の伸び率が非常に弱い。これが市町村財政を困窮化しておるわけでございます。これはまあ非常にいろいろ複雑な問題もございますが、やはり実体課税に近づけていくということ、それから特に土地の評価について非常にまちまちであって、不公平が出てきておる。だからそういう負担の不均衡を是正するとともに税収を上げていくというような形で相当思い切った措置を固定資産税の領域において行なうということが必要ではなかろうか。シャウプ税制では市町村税制、市町村税の中に固定資産税を住民税とともに中核的な地位に置いたのですけれども、今日ではそれが変わってきた。それは固定資産税の伸び率が低いということで、実体課税ができなかったということでありますが、そこが一つ大きな問題点だと思います。  それから住民税につきまして申しますというと、よくいわれるように、所得税の課税最低限度額と住民税の課税最低限度額と、標準世帯において約三十万円ほど違っておるのはおかしいじゃないか。私も、個人住民税はまさに本質的には所得税でありまして、国税、所得税と住民税、個人住民税と課税最低限が違うということはおかしいわけで、理論的にはこれはもう個人住民税も標準世帯で百三万円までは引き上げなければならない、こういうふうに思うわけです。ただ、一方において地方財政は財源不足ということもあります。したがいまして、これはまだ私の中ではっきりしませんけれども、個人住民税を所得税の付加税、完全な付加税方式にする。そうするというと所得税では減税されて所得税は軽くなったが住民税は重いというような今日の感覚がなくなるのじゃないか。つまり同じ所得税、それで国と地方とでとられるだけで、払うほうは一つの所得課税として負担するわけですから、はっきりしておる。つまり国と地方段階でどれだけ税を負担しておるかということがはっきりせぬから問題なんで、それをはっきりさせるためには、私は個人住民税を所得税の付加税制度にするということ、だから課税標準は同じなんですよ。そうした上で、国と地方との間において思い切った一つの財源の再分配を行なっていく。これは事務量の配分と関係しますけけれども、これは相当困難で抽象的なようでありますけれども、やはりそういうようなことをひとつ現実に真剣に考えてみる必要があるのではないか、こういうふうに思います。ただしこの付加税方式ということについてはまたあるいは地方自治というものを侵しはしないかとかいろいろ問題もあるかと思います。  それから次は税の方向で、直間比率でございますが、確かに直接税がだんだんとウエートを増しまして、間接税の比率が低くなってきた。直接税の負担過重だということで減税が要求され、財源はますます不足する。だからこの間接税を増徴する、あるいは新しい間接税を創設していくということが必要ではないか、直間比率の関係を少しバランスのとれた形に持っていくべきではないかという意見がありまして、これも確かに一面においてもっともでございますが、簡単にそういうふうに直ちに直間比率を均衡へ持っていくということではなしに、やはりそこには、直間比率だけをいえば、間接税を引き上げてバランスをとる方法もあれば、直接税を引き下げてバランスをとる方法もあるわけで、もし可能ならば直接税を引き下げるという形で直間比率のバランスをとることが理論的に言うと望ましい。  それから、その場合に財源の不足が問題になりますけれども、その場合よくいわれますように、財政支出の効率化ということをもう一回あらためて考えていって、ほんとうに財源がどれだけ不足するのかということを科学的に突きとめていく。単に現在の支出方法を前提とした上で、これだけ財源が足らないから、直接税を軽減するとこれだけ財源が不足するから間接税を引き上げていくという、あるいは新しい間接税を見出していくということは、これはそう簡単に、そこまですぐ話の結論を急いではいけない、こういうふうに思います。  ただし、それじゃ全然間接税が今後いけないかというと、そうは言わないわけで、やはり奢侈品課税、ほんとうに奢侈的な商品があれば、それに対する間接税の増徴あるいは新設ということはむしろ望ましいかもわかりません。ただし、それがどういう種類のものであるかということは慎重に考えなければならないと思います。絹織物消費税、高級織物消費税というものがかつてあったのですけれども、現在は廃止されております。こういうようなものも、もし考えるとすれば考え得られる。何万円というような非常に高級な着物、織物が課税されていない。これはどこから見ても税負担の均衡上おかしいわけだ。こういうわけでありますからして、そういうような奢侈的な間接税というものが見出されれば、それはやるべきだ。  ただし、もう一つ考えなければならないことは、往々にして奢侈的な高級品と申しますか、そういうようなものをつくる業者に、中小企業とか零細業者が間々多いわけで、そうすると、せっかく税金をかけて消費者に課税したつもりであるのが転嫁されまして業者にかかってきて、中小企業あるいは特に零細業者が負担をするということになると、そこに一つ大きな問題がございます。したがいまして、奢侈品課税はいいけれども、そういうようなエフェクトというか効果を十分に考えて行なうべきだ、きわめて問題は複雑じゃないかと思います。  一般売り上げ税の創設問題も間々出てきます。しかし、これもいろいろ申し上げたいこともございますけれども、時間の関係で省略いたしますが、相当慎重に考えなければならないのではないか、こういうふうに考えております。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 土橋一吉君。

土橋一吉日本共産党

○土橋委員 それでは水上公述人にお答えを願いたいと思いますが、時間もございませんので、簡単にイエスかノーかという点だけお答えくださいますよう、お願いを申し上げます。  第一の点は、物価上昇について今年度予算からもたいへん心配をしていただいておるのですが、具体的に物価を上げないためにはどういうような措置を講じたらよろしいのか。私たちは公共料金の引き上げを断じてやらない、あるいはまた独占物価などでたいへんな利潤をあげているものに対しまして、これを国会において十分調査しながら、不当な利潤をあげておる独占物価に対しまして、これを思い切って下げることが必要だ。また赤字公債などの発行によりまして、インフレなどを助長すること自身がたいへんなものである。同時に膨大な当初予算を組みまして、先ほど井手さんのお話もございましたように、国家財政全体をふくらましてくるようなことによって、かなり独占あるいは財界がこれを利用しながらさらに景気がよくなってくるとか、こういうようなことが言われております。そういうことについて、私たちは、均衡財政をとるべきであるにかかわらず、こういう膨大な予算を編成しておることに問題があるのじゃないか、こういうふうに考えておりますが、あなたの御意見はどうでございましょうか。これが第一点でございます。  第二点としては、中小企業についていろいろな御配慮の御説明がございまして、たいへんありがたいと思いますが、実際問題として、日本の事業所において、中小企業が占めておる範囲というものは非常に広大です。また、労働者の生活も非常に問題がございますが、この中小企業についてあなたのお話でございますと、ただ経済的な援助だけでは、金をつけてやるだけでは困難だというお話でございます。それでは具体的にどうしたらよろしいのか、こういう点についてお話を願いたいと思います。  第三番目には、いろいろ御高説を承って私も非常に参考になりましたが、日本が外国において指導的な役割りをしなければならないというようなお話があったように存じております。ところが、最近わが国の貿易商社あるいは財界などが海外進出をするにあたりまして、たいへん悪い、情けないことが言われております。日本の商人はエコノミックアニマルではないかとか、あるいはイエローヤンキーのようなやり方じゃないかというようなことが間々言われておりますが、さて指導的な役割りとは一体どういうことをお考えになっておるのでしょうか。あなたの御説明で初めてだということでございました。しかし、私は三井さんは戦前においても相当南洋方面において活躍されたと存じておりますが、どういう意味で初めてだということなのか、あるいは指導的役割りを果たすというようなことについてちょっと御説明を願いたいと思うわけでございます。  以上、三点ございます。  井手先生のほうには、私はあなたの御説明は非常に適切な点で感銘をいたしておりますが、こういう点はどんなものでしょうか。すなわち、日本経済の進捗に伴って、シャウプ税制以来日本の財政あるいは予算制度が国民経済と非常に結合しておる、こういうお話がございまして、私も全くだと思いますが、国民経済とは一体何であるか。これはすべての一億の国民に関係する問題であるというふうに私は考えますが、おそらくこの問題の中心はやはり財界あるいは独占資本との関係において、特に自民党の政府でありますから、そういう方面に非常に配慮をしておるというふうに考えて間違いないかどうか、こういう点でございます。  次の問題は、間接税の問題でございまして、いろいろ詳しい説明がございましたが、大衆課税を強化するというような説もございます。しかし、私たちは大衆課税は非常に危険である、現在の物価生活をしておる中において、もし大衆課税を増強するようになってまいりますと、それはすべて転嫁されて商品にかかってくるわけです。特に生鮮食料などを中心としましても、総合農政でまだ十分な政策を出していない自民党のもとでは、一般庶民はたいへん困っておるわけです。こういう中で比例課税であるともいわれ、また大衆課税でもあるといわれておる間接税を一般化する問題について、われわれは反対でございますが、あなたの御意見はどうか、こういう点についてひとつお答えを簡単に願いたいと思います。

水上達三三井物産会長

○水上公述人 第一の物価の問題でありますが、物価の問題は非常に広範でありまして、簡単に言えない点がかなりあると思いますが、おっしゃられたような工業製品の独占価格というふうなものは、私はないのではないかと思います。それから、総理府の発表する日本のいわゆる消費者物価指数の中身を見ますと、私どもの感じは、どうもこれに出てくるウエートの数値のとり方、たとえば食料関係が四八の寄与率になっております。雑費が三二とか、そういうふうなものが大きなアイテムになっております。しかし、使っておるほうの消費者としての立場からの実感を率直に申しますと、どうもこういう数字にならないのですね。実態は、たとえば四十三年の総理府のあれで見ますと、四八になっておりますが、これは三五幾らになります。そういうふうにどうもちぐはぐである。一口に言いますと、食料品あたりは指数の上では実態よりも値上がりが大きく出る。それから娯楽費とか交通費なんかも同様である。しかもその分が非常に大きい部分を占めているというふうなところで、こういうふうな点で私は多少ミスリーディングな点があるのではないかという感じがいたします。そういう点も物価問題に対する一つの検討するべき点ではないかと私は思います。  それから、その次は中小企業の問題でございましたが、私が申し上げたのは、金だけで片づく問題じゃない、こういう点を申し上げたわけであります。金を出すことはもちろん必要であります。しかしながら、それだけでは解決できない問題が中小企業の実態ではないか。場合によりますと、金を出すことによってかえって零細企業をふやしていくというふうな結果になっておる部面も事実あるわけです。ですから、そういうことにならないように、できるだけ将来の望ましい中小企業というものを育成する方向に誘導していく、それが必要である、これが非常に大事な点じゃないか、こういうことを申し上げたわけであります。  それからもう一つは、国際的に日本が主導権を持ってやらなければならないような問題がこれからあるが、日本は初めての経験であるものが多いというふうなことを申し上げたわけでありますけれども、これは、一つ例をとって申し上げますと、これだけ外国からは目ざわりになるような外貨の蓄積ができてきたというふうなことに関してだけ申し上げますと、黒字国の責任というものを当然果たすべきものがあるという考え方に立っているわけでありますから、それを果たせということであります。そういう意味で、これはまさに日本は初めての経験であります。もう外貨がたまって、何とかして使い道をさがすなんということは、私ども聞いたこともない。それは第一次大戦の直後ぐらいにあるいは短期間あったのかもしれませんが、これをうたかたのごとくしないために、どういうふうにしたらいいか、これを日本のためだけでなく、世界の人類のために、どういうふうに使ったらいいかということを日本も真剣に考えなければならない。そういうことでやはり指導性を発揮すべきであるというのが私の一つの考え方であります。

井手文雄横浜国立大学経済学部教授

○井手公述人 第一点は日本の税制と独占資本との関係ですね。確かに従来、これまでの昭和三十年代の高度成長期を通じまして、企業、特に大企業にウエートを置いた税制であったということは、はっきりいえると思うのです。しかし、それは一つにはわが国の経済成長ということが、戦後立ち直って、そうして経済成長が要請されてきた、そういう客観的な条件といいますか、日本経済の要求と関連して出てきたことではありますが、しかし、確かに企業、特に大企業にウエートを置いた税制であったことは否定できないと思うのです。ただ、これからの税制と申しますか、先ほどから申しましたように、そこのところはあくまでも企業が中心であり、経済はまだまだやはり成長はしなければならぬと思いますし、それから、企業が成長するためには、やはり設備投資を中心とした民間生産力の発展ということが中心にならなければならぬことは否定しませんけれども、同時に先ほど申し上げましたような人間というものの生産力的意義というものをもう一ぺん再検討しないと、従来のような体制の税制を続けていくことは、かえって日本経済にとってもマイナスになりはせぬか、こういうことで、ここでひとつ転換が必要ではないか、こういうふうに考えます。  それから、大衆課税の問題でございますけれども、確かに間接税は一般に大衆課税だといわれる、否定的でもあります。ただ、先ほど申しましたように、もし非常に奢侈的な奢侈品に対して課税漏れあるいは非常に低い税率が適用されている奢侈品があるならば、新税を創設する、あるいは増税をするということは大いにやらなければならない。ただ、先ほど申しましたように、そこのところが中小企業とか零細企業と結びついた場合がありますので、そうなると新たな問題がそこから派生してきますので、私自身としてもそこのところが非常に複雄な問題だ、こういうふうに考えております。だから一がいに間接税が大衆課税だと簡単には言えぬですが、しかし、それだからといって、奢侈品課税が簡単にそれでいいかということにもならない。それと税収の問題というものを、どれだけ収入があるかということも考慮に入れなければならぬと思います。簡単ですが……。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 水上、井手両公述人には、御多忙のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申し上げます。(拍手)  午後は、一時三十分より再開することとし、暫時休憩をいたします。     午後一時二分休憩      ————◇—————     午後一時四十一分開議

中野四郎自由民主党

○中野委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  昭和四十五年度総予算について、公聴会を続行します。  本日午後に御出席を願いました公述人は、日本労働組合総評議会総務企画局長大木正吾君、洋服仕立業犀川庄吉君、このお二人であります。  この際、御出席の公述人各位にごあいさつを申し上げます。  本日は、雪の中、また御多用中のところを御出席いただきまして、まことにありがとうございました。  御承知のとおり、国及び政府関係機関の予算は国政の根幹をなす最重要議案でありまして、当委員会といたしましても慎重審議を続けておるわけでありますが、この機会に各位の有益な御意見を拝聴いたしまして、今後の予算審議の上において貴重な参考といたしたいと存ずる次第であります。  何とぞ各位におかれましては昭和四十五年度総予算に対しまして、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べ願いたいと思う次第であります。  次に、御意見を承る順序といたしましては、まず大木公述人、続いて犀川公述人の順で、約三十分以内で一通りの御意見をお述べいただき、その後、公述人各位に対し、一括して委員から質疑を願うことにいたしたいと思います。  なお、念のために申し上げますが、発言の際は委員長の許可を求められること、また、公述人は委員に対しては質疑をすることができないことになっております。この点あらかじめ御承知おきを願います。  それでは、大木公述人から御意見を承りたいと存じます。大木公述人。

大木正吾日本労働組合総評議会総務企画局長

○大木公述人 大木でございますが、予算審議にあたりまして、意見を述べる機会をいただきました委員長並びに委員の各位に、冒頭お礼申し上げておきたいと思います。きわめて国民全体の関心の深い問題でございますので、私のほうも率直に、労働者あるいはサラリーマンの立場から、若干の問題について申し上げたいと思います。  最初は、物価関係に対する問題でございますが、政府が今回組みました予算の背景には、いま改定検討中の新しい経済社会発展計画がございますが、実はこの新しい経済計画の策定の討議の経過等を伺っておりますると、たとえば年間の成長率が実質で一一・一%、名目で一五・八%、こうなっているのでありますが、民間の金融機関の一月以降の各種の発表等を拝見いたしますると、いずれも実質で一二・五あるいは一三%ということもいっておるのであります。私どもは物価問題についてはいろいろ総合性もあると思いますけれども、何といいましても経済計画とその実行、あるいはからみまして予算の策定等があまり大きな乖離を生んだのでは、物価がインフレーション的なものになってしまうことを心配いたします。  昨年も御承知のとおり、当初の計画に対しまして、実質が二・二%、名目一八・五%というように、たいへんな勢いで成長いたしましたけれども、特にこの中で問題と考えられますことは、いわゆる民間の設備投資の動向だろうと、こう思うのであります。これは要するに、一六。二%程度の計画が実際には二六%以上も上がる、こういう計画でありまして、いえば国民の経済活動全体の中に占めます民間の設備投資が一番大きな経済計画に対して乖離状態を生んでおるように思うのであります。何といいましても、物価問題については、この問題について、きょうは企画庁長官等はおいでになりませんけれども、民間の設備投資について、政府が責任を持って経済計画のワクの中にとどめることについて努力をしてもらいたい、こういうふうに第一点として考えるわけなんです。  物価問題の中心が、この問題と、もう一つは予算のことでございますが、各野党の方の予算委員会におきましての総括質問等も私拝読いたしましたけれども、政府の側では相当自信を持った御答弁をしているのでありますが、結局一七・九%というような予算の膨脹度合い、あるいは財投資金等を含めました場合にはもっと多くなりましょうし、地方財政を含めますと、総合では、経済専門家の話を総合いたしますと二〇%くらいにいってしまう、こういう話もございます。国民のふところが二割も年間にふえるということは大体ないと思いますし、同時に、民が貧しくして国が栄えるということはないわけでございますから、ぜひこの辺の問題については、まあ予算が出てしまっておるわけでありますから、私どもの希望とすれば、その予算を縮小というような形がとれればそうしてもらいたいと思います。実行上の問題として、いえば今日の経済上のひずみの問題についてもっと効果がある問題を考えてもらいたい、こう考えています。  きょう、たまたまここに前労働大臣を経験でございますところの小平先生もおいでになるのですが、先生が大臣のときに私たいへんお世話になったこともあります。私は社会党の推薦でございますから、自民党の委員の方をほめたのでは、ちょっとこれは場所柄悪いかもしれませんが、一つのこれは例として申し上げるのですが、労働省関係の予算、いえば、これは私たち総評、同盟等の労働者に対するサービス官庁の予算なんですが、これが昭和三十五年から三十九年、この段階では、五年間にたいしまして九四%ふえています。ところが、最近の動向を見てみますと、四十年から四十四年間には、何と五年間にわずか二〇%しかふえてないのであります。しかも本年度予算に入りますと、さらにこれが減りまして、わずか三%しかふえてないのであります。予算のふえぐあいがたいへんこう、五年間に八九%、あるいは四十年代には八〇%に伸びていますから、三十五年代との関係ではたいへん労働者に対するサービス関係予算が狭くというか、小さくされているわけであります。  御承知のとおり、最近の労働関係を見ますと、技術革新がきわめてテンポが早いのであります。ですから、たとえば国鉄の合理化問題でありますとか、中小企業の倒産問題、八幡・富士の合併問題等たくさんございますが、いずれもこれは新しい技術に対しまして、労働力の不足時代でございますから、職業訓練の問題でありますとか、あるいは労働災害の激増問題とか、要するに昭和三十年の初期には想像できなかったような問題がたくさんございますのに、こういうような予算の状態では、やはり少し予算の中身として問題があるのじゃないか、こういう感じがいたします。ですから、公共の職業訓練所をもっとたくさんつくるとか、もっと労働者が災害関係でもって安全に働ける状態にしていただくとか、こういった問題はぜひ配慮していただきたい、こういうふうに申し上げておきたいのであります。  それから、物価問題とも関係いたしまして、さらにもう一つつけ加えますると、土地関係の問題についてなんでございますが、これは根本建設大臣のテレビの討論会等私は詳しく拝聴いたしましたし、新聞にたいへん大きな見出しで一つの決意を述べられておりました。私どもサラリーマンが、東京、大阪等で、東京駅、大阪駅を中心にしてずっと見渡しますると、大体通勤時間一時間半以内の土地は、いまではほとんど坪二十万円前後いたしております。これは要するに、持ち家政策といいましても、なかなかできないことであります。同時に、政府が援助しています住宅公団等も、土地問題が暗礁に乗り上げて、ほとんど仕事が計画どおり進行しないとか、あるいは予算の大半が土地に食われてしまうとか、これはある意味ではサラリーマンもそうですけれども、政府の予算の執行上の問題としても大きな問題ではないかと思うのます。ですから、この辺の問題にからみまして、私は佐藤経企庁長官にもいつか申し上げたのですけれども、今日の段階では、やはり国会なり政府が決意を持って、そして土地政策を断行する以外にないと私は思うのです。  一つは、何といっても公的な制限という問題をぜひ、この段階では、ある一定の社会的政治的環境はございますけれども、ワクを欧米型で考えてみてもらったらどうだろうか。あるいは税金問題等によりまして——私も杉並に住んでおりまするけれども、私の住んでいる土地のすぐ近くにある、地方の農民の方ではありませんが、都会地の農民の方がほとんど作物をつくらないのに——固定資産税は今度再評価が出るわけなんですが、時価にして四百倍、五百倍という評価が現にあるわけなんです。こういった問題についてこのまま放置していいかどうか。私は、要するに生産をしない農地でありましても、これについては税制問題でもっと土地の流動化ができるように考えていただきたい。東京等でも土地はずいぶんあるわけですから、抜本的な政策を考えてもらいたい。  主として私が主張したいことは、土地問題をもっと深くえぐっていきますると、一般物価が六%のときに二五%も土地が上がるのでありますから、ある意味では、これは日本の経済の中でのたいへんなインフレーション的なビルドインされた問題点かと思うのですが、蛮勇をふるって、そして与野党ともに、私たちをして言わしめれば、この問題については考えていただきたい。労働者は工場で一生懸命働いてものをつくるわけですから、そのために、働く場所はもちろんですが、住居について、高層のマンションでは不十分です、相当に高賃金をもらいましても、坪二十万もする土地は買えませんから、そういった問題について蛮勇をふるっていただきたいことをこの際私は主張したいのであります。  この種の問題を考えていただけば、物価問題についても、ある程度の配慮をといいましょうか、政府計画の四・八%——私は率直に申し上げて、四・八%におさまるというような見方に立っておりません。おそらく六%という形でもって、いまのままで民間の設備拡張が推移し、土地問題等を放置すれば、これはいってしまうということを憂えます。ですから、この問題については、ぜひ各党におかれましても慎重な御検討を願いたいのであります。  二つ目の問題は、税金問題であります。ことしも、二千四百三十億円という形でサラリーマン減税等で幾分は前進したようにいわれておりますけれども、率直に申し上げて、私はこの税金の税調の答申あるいは政府の計画等を見ましたときに、労働者、サラリーマンとして非常に大きな不満を禁じ得ないのであります。  いえば、長期答申の所得税の課税最低限百二万円という金額が税調のほうから出ました中では、金科玉条という一つの到達点だと思いますが、御承知のとおり、この長期答申自身が、昭和四十二年にあれはできたものでありますから、その当時の経済成長計画を背景としていますので、要するに日本経済が実質で八・五%前後の成長という形でつくられた答申なんであります。そうしますと、四十五年には実質でもって一一・一%という政府計画におきましても、当時よりは大体三%前後の伸びになりますから、百二万円という税調の課税最低限の提案というものは、今日では百十万円以上に読まなければ実際の中身はないと思います。ですから、百二万円という数字は、当然今日では、経済状態の成長度合いのテンポが激しい中ですから、書きかえてしかるべきではないか、こう考えるのでありまして、百二万円は今日は百十万円以上に直すべきものではないか、こう思いますので、そこをひとつ基本に考えていただきたい。  同時に、五人家族という立場での答申でございますけれども、御承知のとおり、今日日本の若い方々の頭の中には、子供を二人以上生むということはなかなかできない——これは原因がよくわかりません。もちろん、だれも三人以上生んではいけないという法律があるわけじゃありませんが、私たちの立場上、生活がきびしいという問題等に受けとめているわけでございますけれども、四・ ○二人ということが総理府の統計等の平均値ですから、これで百二万円を直していきますと、八十八万五千円ほどになりますから、いえば、東京、大阪等で2DKで生活をするサラリーマンの場合には、一週間に一ぺんぐらいやっと鳥肉が食えるというぐらいの生活でしかない、最低限なんであります。ぜひこの問題についてはお考えいただきたいところであります。  同時に、私たち労働者の下層の者をこの税金問題でおこらしている今度の答申の中身におきましての問題点を申し上げますと、やはり、たとえば四十四年度におきまして百三十万円の所得の方が、かりに百五十万円という四十五年の所得ですから、これは二十万円ほど年間所得がふえるという計算でしょうけれども、たとえばボーナスを六カ月分として計算をして考えていきますると、百三十万円に対して、十二カ月プラス六カ月、十八カ月でありますから、いえば年間にして大体一割ちょっと、一〇%か一二、三%ベースアップがありますると、黙って百五十万の収入になってしまいます。私たちが春闘でだいぶ日経連、経団連とやり合っている最中なんですから、そんな一二、三%でもって遠慮しようという気持ちはないので、もっとたくさんとるつもりなんですが、そういう形でいった場合には、かりにここに一つの例として申し上げますと、所得税と住民税を合わせまして四十五年度にいきましたのを、百五十万の収入の方は、実際問題として一万四千三百五十四円という税金の負担が増すわけなんであります。要するにいまの減税という問題は、物価上昇というものを見込んでいますから、実際上の減税というものは、一年間の途中におきまして結婚をした独身者とか、子供さんを一名ふやした方とか、そういった方でなければ実際の減税はあり得ないのでありまして、すべての者が、税金調整的なことはありまするけれども、増税という形の中にあることをぜひお考えいただきたいのであります。  同時に、今度の税金の一つの特徴としましていわれましたことは、部課長減税ということが多いのであります。サラリーマン・ユニオンの小南さんなんかとよく私は話をするのでありますが、うまく小南さんのほうに分がよくいってしまった、こういう話をするのであります。今度の減税の中の予算のワクを見ていきますと、全体のサラリーマンに対する課税最低限の原資が総ワクでもって一千四百三十億円、それに対して税率部分が九百九十九億円でありますから、大体三分の二以上の原資がいえば税率調整部分に回っているのであります。しかも、この税率調整の影響を受けるサラリーマンは、全体に対しまして大体一割前後というふうに想定できるのであります。ですから、減税の実感というものはやはり一般のほんとうに汗して働く労働者にはどうも浮かんでこない。しかもその内容をずっと探っていきますと、税率緩和の動向にいたしましても、四%から六%、八%、九%という形で、いえば高額所得の方ほどたいへんな九%以上もの税率緩和というものの適用を受けることになりまして、私たちとすれば、せっかくの減税ですから、もっとサラリーマン、一般労働者が確かに減税になったのだ、こういう気持ちでもってその恩典というものに浴するような形にぜひ御議論というものを詰めてみていただけないだろうか。  実は、来週の十日でございますけれども、総評と同盟が仲が悪いということでよく御批判をいただくのですが、この問題について同盟のほうと私ども話をいたしまして、一つの提案として、各党に対して要望書を出したいと思っているわけですが、これは税率その他のむずかしいこともございますけれども、結局、給与所得控除の中におきましての定額控除は、現在は全部の方に十万円であります。これを五万円程度ふやしてもらえないだろうか。十五万円に定額控除をしていただけないだろうか、こういうような要望書なんであります。原資的に考えていきますと、私の想定といたしまして、大体八百億円くらいじゃないかと思います。しかも政府の経済の見通しがわりあいにことしは、大蔵大臣はきびしく見積もっておりますので、また本年の十月、十一月ごろには二千億、もっとこえるくらいの自然増収が出ることは間違いないと思います。そういう関係がございますから、何とか今年度中にあと五万円というものを日本の労働組合全体が——組織労働者は一千二百万ほどおりますけれども、全体の意見としてお持ちいたした場合には、これは各党のお話し合いで何とか実現のために御努力を願えないものだろうか。私も選挙のときの公約で、各党の御意見がたくさん手元にございますけれども、ぜひこういった問題については大乗的な立場に立ちまして、労働者のささやかな気持ちとしてお聞きおきいただきたい、こういうふうに考えるのであります。  以上、申し上げた点が税金関係の原則的な見解でございますが、私どもは、今度の税調の答申には、政府の予算案の収入状態を見た場合に、法人税の関係の問題でありますとか、あるいは配当・利子の関係の問題とか、たくさんのことでまだまだ不満がたくさんございます。できれば法人税問題等につきましても、昭和三十年あるいは二十七年当時四〇%、四二、三%あったわけでございますから、今日の経済の好況下におきましてはぜひ——ことしも二%の大蔵事務当局案が一・七五%に時限法案で切られました。こういった問題についても、私は今日の社会問題として考えたときに、もうけた部分が税金という形でもって国家財政に返ってきて、しかもそれが国のために使われるならば、いえば、公害対策もそうでしょうし、要するに企業がもっと社会に対して責任を負う立場をとるとすれば、ぜひヨーロッパ並みの法人税の実質負担、要するに総合いたしまして四〇%、四四、五%くらいまでは持っていくことが、今日の段階では妥当ではないか、こういう感じがいたします。  こういうことで、私ども自身の気持ちからしますと、配当・利子の分離課税問題とか、たくさんの税金の不公平問題等もありまして、税金問題をやらなければ、労働運動の立場といたしましても、なかなかいまでは一般の組合員と相談もできないことになりまして、まことに、これは、いえば、時代的な問題だと思うのです。私も税金酷書をつくった張本人、ほんとうはもう少しきびしいことを申し上げたいのですけれども、きょうはせっかくの機会でございますから、なるべくお願いの立場で申し上げるのですが、まずサラリーマンが税金に対する不満感というものをだんだんだんだん広げていくことは、政治の民主化という問題からいたしまして非常に問題がございますので、ぜひ国会がこういったサラリーマンの税金問題についても、税調の答申もあった、いろいろな意見もあった、あったけれども、この程度の問題については最小限何とか考えていこう、こういう問題についてぜひ前向きの問題点の御検討をお願いいたしたい、こう考えるのであります。  いずれにいたしまして、私たちは物価と税金問題が最大の予算に対する関心事でございまして、ぜひ土地問題あるいは経済成長問題、税金問題、こういった問題については各党の各委員の方々の慎重な御検討の結果、とにかく日本経済は七〇年代には労働力不足でございますから、労働者の社会的な責任も私たちは十分に考えておるわけでありますが、労働者が喜ん、汝職場で生産に精を出す、こういった形にしていただくためには、要するに人間性といいましょうか、気持ちに対して国会がこたえてやっていただきたいと思います。  このことを最後にお願いをいたしまして、終わりといたします。(拍手)

中野四郎自由民主党

○中野委員長 どうもありがとうございました。  次に、犀川公述人。

犀川庄吉洋服仕立業

○犀川公述人 冒頭に私は自己紹介をさせていただきます。  私は、富山県に生まれまして、その後東京に出まして、流れ流れていま浜松に住んでおりますが、十二のときに脳膜炎をやりまして、神さまが助けてくれたかどうだか知りませんが、どうにか今日の状態を保ちまして、洋服屋をやっておるわけですが、一昨年はからずも岐阜の一日内閣のときに意見を述べる機会を与えられて、そのときにも伺ったのですが、またこのたび応募しましたら、諸先生方の前で四十五年度の予算案に対する所見を述べる機会を与えるから出てこいというお話を伺いまして参りました。私は一市民としまして、国民としまして、学問はございません。そんな数字的なことはまことに弱いし、また、先生方の前でそんな私どもが数字を並べたところで、そんなことは釈迦に説法になることは間違いないのでございますから、さようなことは申しません。ただ、身近に感ずることを申し述べまして、それに対する政府の考え方あるいは先生方のお考えをその中に、国政の一端にあるいは行政の末端にでもいいから反映させていただいたら、ほんとうに望外のしあわせだと考えております。  まず最初に、防衛費の増大について私なりの意見を申し上げます。七〇年代の幕あけ、安保改正の年を迎えて、多難を予想される国際情勢の中で、七二年には沖繩返還を伴う大幅な予算増大、第三次防遂行のための防衛の肩がわりという重荷をアメリカからしょわされておるわけなんです。それに伴いまして、その次に出てくるものは第四次防だということを伺っております。第四次防ということは、結局は五カ年計画だと伺いますが、これは国民総生産の約一割だということを先日テレビで中曽根防衛庁長官がお話しになっていらしたことを伺っております。その中で、福祉行政の立ちおくれと高度成長経済の恩恵に浴せられない底辺の層の数多い中で、第四次防の五兆円になんなんとするものが計上されるということを伺いますと、これは五カ年計画ですから、五兆円を五年に割れば一兆円だということにも簡単に計算が出るわけなんです。そういうことになりますと、明年度の予算の約七分の一ないし八分の一というものが防衛費のために使われるということは、これもまあやむを得ないことではないかとも考えますが、大東亜戦争の時代には、当時の経済で約三割というものを国防費に使ったという、その経験から推していきますと、今日、米ソに次ぐ日本の国防力、あるいはそれに次いだ状態になっておるのじゃないかということ、私どもの聞いております範囲でそういうことに了解しておるものでございます。しかし、それはそれなりとして、いい悪いは、これはまた格別な問題としましても、当然それは国民として、国を守る立場に立つ、その時点に立ちまして、そのくらいの予算はまあやむを得ぬものではないかと私どもは考えております。  次に、物価の問題に移りたいと思いますが、きのうもお話がございましたが、生鮮食料品の値上がりが、ことに万国博を控えまして、生鮮食料品、野菜のタマネギとかジャガイモの値上がりが特に目立ってひどくなっております。これは一部業者の買い占めによるものだともうわさされておりまするが、このために物価指数が六%を優に上回ったという新聞なんかの批評も読まされるわけなんですが、そういうことと加えまして、賃金との悪循環を繰り返し、シーソーゲームをやっておるということは、これはまことに情けないことではないかと思います。私どもの日常の生活の中には、高度成長のひずみというものをほんとにいやというほど味わわされておる毎日なんでございます。この生鮮食料品の物価高ということは、これは特殊な万国博とかなんとか、そういうものがないときでも、あり余る場合には安くたたかれ、足らないときには高くなるという、そういう悪循環を続け、ほんとにしっかりとした基盤の上に立ったウエートを持った企業でないだけに、そこに情けないところがあるのじゃないかということを私ども子供のときから、小さなこんなときから見聞きし、その中で育ってきたものですからよくわかるのでございます。これはしかしいま考えてみますと、流通機構の不備が今日の物価高を招いているのじゃないかということを私ども痛切に考えるのでございます。ということは、生産者から消費者に渡るところのその間で中間搾取があまりにも多いのじゃないか。回り道をし、その中であっちで一%、こっちで二%ということが積もり積もってそういう結果になっておるのじゃないかということを考えさせられるのでございます。ということは、百姓の庭先渡しでかりに一本十円で売った大根が問屋さんの手に渡ると、市場の門をくぐると、それがもうすでに十五円になり二十円になり、八百屋さんの店先にきた場合には三十円、五十円ということになるということは、そこに何らか流通機構の不備があるんじゃないかということ——かつて河野建設大臣が、これは政府が本腰を入れて、産地と消費地とを結んだ冷凍機構の設備を国が責任を持ってめんどうを見るべきじゃないかということを申されたことがございましたが、そういうものが多少なりともできておれば、今日このような物価高を招くということもある程度避けられたんじゃないかとも考えられます。予算の中を見ますと、流通機構のための補助金というものが出ておりますが、ほとんどそうしたもので小手先を濁して、大もとにつながるものを忘れておるというような形を間々見受けるのでございますがこの点は十分にお考え願いたいと思います。  三番目に、公共料金の抑制でございますが、この公共料金ということは、佐藤内閣が当初から何回も申され、米の値段あるいは麦の値段は据え置かれたとは申しながら、電話の基本料金にしましても、知らないうちにさっと一方的に上げられてしまったり、卑近な話が、私どもの浜松市の市営バスが、二十円のものが、平均して一六・五%、今度三十円になるわけなのでございます。そうしたことと加えまして、先日床屋さんへ参りましたら、いままで五百円だったものが今月から六百円に値上げし、またことしの暮れには七百円、八百円にするんだということを伺いました。そうして天井知らずに物価の高騰とともに公共料金の一方的な値上げということは、これは許されないことじゃないかと思います。  とにかく、いずれにしましても、平常な状態でもって今日経済が成り立っておるとはほんとに考えられない一面を身近に考うるものでございます。タクシー料金も上がりましたが、これは乗車拒否とかあるいは交通労働者のノルマの達成ということにも原因をしておるかとも思いますが、万博を控えてあるいは苦慮するためにそうした一部業者の圧力に屈して政府が上げたんじゃないかということも、ひが目かもしれませんが、そう考えられる節も間々あることを私どもほんとに残念に思うものでございます。  それから先ほどの流通機構の問題なんですが、補助金のようなそういう形でもって、一時的にそれを出せばもうそれで事足りるというようなことじゃなくて、抜本的に国がそのために一あるいはそうしたものをこしらえるためには、用地の問題あるいは管理運営の問題もございましょう。それに伴う冷凍の問題あるいは赤字のやっかいな問題も出てくることではございましょうけれども、と同時に、今度余剰米の貯蔵ということにもあるいはそうしたものが——生鮮食料品あるいは魚類が、何といいますか、品物が足らないというときには、あるいは米の貯蔵のためにそれを使ってもいいんじゃないかということを——わざわざ琵琶湖まで持っていってテストしたところで、それがはたしていい結果が出る、あるいはどういう結果が出るかも今日の段階ではまだわからないと申しますが、かりにモミの貯蔵にしましても、簡単に十五度で米が貯蔵されるということがわかっております段階で、そういうものがあれば、国がめんどうを見た冷凍設備があれば、米の貯蔵にもあるいは一役買えるのじゃなかったかなということを今日考うるものでございます。  四番目に交通公害、産業公害、大気汚染の問題を考えてみたいと思います。年々一万数千名のとうとい人命を失い、その何十倍にも当たるけが人を出し、国民十人について一人が何らかの形で被害を受けておる、そういう現状の中で、車のはんらんと道路行政の立ちおくれ、交通労働者のノルマ達成のためのしわ寄せが、今日の災害をもたらしておる遠因ではないかと私も考うるのでございます。  そこで私が提案したいと思いますことは、今日国内では東名高速あるいは名神高速だって百キロあるいは百二十キロのスピードしか出していかないところへもってきて、百五十キロも出すという宣伝をした車を次々と出しておるわけなんですが、そういうこと自体がおかしいことじゃないか、これがつまりスピード公害につながるものじゃないかということを私は申し上げたいのです。そのために結局はちょっとアクセルを踏めばもうすぐ百二十キロ、百三十キロは出るという一それは日本の今日の科学の進歩とその技術の頭脳のためには、外国に輸出するものはそれはそれなりにしましても、国内で販売するものはギアにそのような制限装置をつけたものを販売していただけたら、そうしたことが事故の減少にも何らかの役に立つのじゃないかということを考うるものでございます。と同時に、ブレーキを踏めばすぐとまるというような、甘いブレーキじゃなくて、もっと強力なブレーキをつけることを提案するものです。ということは、今日でも高額な金を出した車はすべてそういうふうになっているということを伺うのですが、それをただいたずらに反則金を取るための手段として——と言うと語弊があるかもしれませんけれども、今日のこの狭い日本の道路の中で、七トン車、八トン車あるいは大きいのは、十トン車のようなものが走り回っているその中で、若い方が百三十キロも百五十キロも、あるいは夜中に車の通らないときは百三十キロも出したということを得々と申されるのですが、そういうことはもうほんとに危険なスピード公害だということを私は申し上げたいのでございます。  次に、米の生産制限の問題でございますが、戦中戦後を通してとにかく米をつくれ、つくれの政策のおかげで米が大過剰になり、そこで今度はとにかく米を減らせ政策となったのでございます。それは日本農業にどういうふうにつながるかということを、政策当局も農民も考えてはいまいと思うのでございます。食管制度のおかげである程度の危機を乗り越えた一庶民も一これは終戦後の話ですが、一庶民もおかげで米が食べられる、そういうことに食管制度のおもなる目的があり、政府が高く買い上げて安く売るということに主なる目的を持って今日まで参ったのでございます。  今度は作付減反によって休耕と合わせて百万トンの減収を見込み、残る五十万トンは離農者を求めて零細な個々の経営を再編成して、残る農家にバラ色の夢を持たせようという親心を示されているわけなのでございますが、兼業あるいは離農の農家に十五万円ないしは三十万円の補助金を与える、このための予算が三十七億円今年度は見込まれておるわけなのでございますが、その残りの五十万トンに見合う土地の緊急需要調整費としていまから一億円の調査費を見込んで、これはおもに水田でございますが、これを確保することに当たられるやに伺っております。このことによって農協または政府が先行取得をして、土地の価格を押えることに寄与するという一石二鳥の効果をねらっておるやに新聞には書いてございましたが、そういうただ机の上の論文ではなくて、たとえば祖先伝来の土地を簡単に手放して次の安易な職業に転職ができるものでもございませんでしょうし、それに午前中にもお話がございましたが、過疎の地帯に、離農対策としてそこで人を集め、そこへ工場を建てたならばそれが一番いい方法じゃないかということも伺いましたけれども、まあ、しかし、そういうことよりも農協あたりがあるいは借家を建てて、それの賃貸しをするというシステムもいいのじゃないかとも考えるのでございます。  私事にわたってはなはだ恐縮なんですが、実は私の生家が富山県の砺波市なのでございます。それが五年前に農業構造改善機構のモデルケースとして選ばれまして、約三百戸ある農家の耕地を全部、高いところは二メートルから二メートル半もある段々のところを全一部ならしまして、一枚のたんぽが一反歩というものをつくりまして、三ちゃん農業でいままでどうにもしようがないから、これを共同作業によって苗しろも稲刈りも田植えも、あるいはすべてのものを——単作地帯なものですから、すべてのものを共同作業によってまかない、そして機械化されたもの、耕うん機を入れ、あるいは稲刈り機を入れ、そういうことでもってようやくそれが軌道に乗ったその暁に今度の百万トン減収のことを政府が打ち出され、そのことによりまして——私昨日くにのほうへ電話しまして、おいに聞いたのでございます。おまえたち、一体この農業構造改善事業のためにたんぼを直したのだけれども、それに対する費用というものはどういうことになっているのだということをきのう聞いたのでございます。そうしましたら、一反歩について十五万円だというんですね。一反歩について十五万円で、それが私のところで一町三反ばかり耕作しておるのですが、それを二十年間に支払うのだということなんですね。それじゃもう一つ聞くけれども、政府の補助はどのくらいあったのだ、そう聞きましたら、政府の補助が約二五%だと言うんですね。二五%じゃ、二十カ年間のうちには利息に食われてしまうじゃないかと言ったら、それはそれなりに一ぺんに払うのじゃないからどうにかこうにか前が合わさる程度に何とかかんとかやるだよ、そうは申しておりましたが、そんな中で、ひるがえって今度の百万トン減収あるいは五十万トンの見返りというものはどういうことにするのだ、そう伺いましたら、それは今後直接にそれが響いてくるわけじゃないのだから、別にそうしたことは痛切に考えないけれども、みんなと寄り寄り相談して作付をどういうふうにしようかということのいま相談の最中なんだよということをおいが申しておりましたが、モデルケースにされたおかげで、その多額な借金を背負い込まされて、今日、それじゃこれからあとの百万トンあるいは五十万トンの割り当てをどういうふうにするんだかということの見通しがつかないでほんとうに困ったよなんて、そういうことを申しておりました。あるいはそういうことがほかにおありになるかならないかということは、私よく存じませんが、一番身近に起こったことをただ申し上げまして、皆さんの御参考になったら幸いだと思います。  その次に、社会福祉と老人対策について、私なりの所見を申し上げたいと思います。  これは三月一日の中日の「中日春秋」の欄に出ておったのでございますが、「お迎えを待っているのに邪魔がられ」というある老人の川柳が書いてございました。戦後、家族制度の崩壊によってむすこをはさんでしめっぽい火花が散り、夫婦と子供中心の家族制度となったとはいえ、時の流れはどんどん老人を押し流しました。家にいたたまれず、日暮れどきに町に出て交通事故にあったと社会面に小さく記されておった記事がございます。高度成長で車がはんらんする、消費が美徳とされる時代に、若さを謳歌されるこの時代に、老人は物心両面にわたって二重の苦しみを背負って生きておるというわけでございます。物価がどんどん上がって、貯金で暮らしておる老人は身を切られる思いをし、いま六十歳以上で働いておる男の方が六一%、女の方が二五%もあるという統計が出ておるのでございます。まだ働けるうちはいいが、働けなくなったら、月二千円の老齢福祉年金では、これはどうにもしようがないということ、また老人ホームあるいは別の形の、老人福祉の今日私どもが積み立てておりまするものが、将来一人一万円というベースも聞いてはおりますが、まあ、しかし、そういうことはまだまだ遠い先のことであって、老人みんながスープのさめないところに住めるというのは夢のまた夢であるということを考えるものでございます。     〔委員長退席、藤枝委員長代理着席〕 ストックホルムやコペン八一ゲンのような福祉施設の発達した国には遠く及ばないまでも、わが国の将来の姿はどういうふうになるだろうかということを考えますときに、繁栄と福祉の中の孤独ということが痛切に考えられるのでございます。  これに対しまして私自身の——若干労働者の不足に対する基幹産業の労働力確保のために、中学卒業生が金の卵だともてはやされ、東北あたりから中卒の子供さんを都会へ連れてまいりましても、それが定着しないということは、それはそれなりに生活環境の違い、あるいは職場になじまないということもございましょう。けれども、先ほども午前中にお話がございましたが、そういうことよりも、いま一つここでひるがえって考えることは、定年制を二年ないしは三年延長しても私は差しつかえないんじゃないかということ。現在五十五歳ないし五十七歳ということになってはおりますが、しかしまだ二年や三年は延ばしても別段それがどうこうというものじゃないんじゃないかということを痛切に考えるものでございますが、その点もひとつお考え願いたいと思います。  それから次に、重度機能障害児の助成、救援のための措置をお考え願いたいと思います。そのためにコロニーの建設を早急に実現できまするように、関係の方々にお願いしたいと思います。私の県にも、御承知のとおり、「小羊学園」あるいは宮城まり子先生の御寄贈になった「ねむの木学園」、あるいは静岡県が建てました「養護学園」等、幾つかの施設がございますが、それも十八歳になりますと、引き取り手がない場合には親元に送り返される現状なんでございます。それからその親がもしなくなった場合には、毎月二万円ずつを生涯その子のために支給するという救済保険が新しく立案されたやに伺いますが、宿命づけられた子供が悪いわけでも、その親御さんが悪いわけでもないのでございます。これに対して国がもっとあたたかい手を差し伸べていただきたいと思うものでございます。  それからその次に、いつも苦々しく思うことでございますが、予算編成のときに圧力団体あるいは地方自治体が陳情、予算のぶんどり合戦をするということが年中行事のようにその時期になりますと新聞に出るのでございますが、これはかたく戒めてもらいたい思います。そのためには、卑近な例でございますが、私どもの浜松市からも市長はじめ首脳が大挙して一カ月も宿泊して陳情を続け、ために市の機能が麻痺するというような状態にもなっているということを伺うのでございます。こういう姿は民主国家としては、ばく大な費用と時間の浪費、行政上のロスをほんとうに平然と年中行事のような形で繰り返しておるということは、中央集権化もはなはだしく、官僚行政の悪弊をおくめんもなくさらけ出しておるものではないかと私は考えるものでございます。また、圧力団体の旧軍人あたりがこの際に恩給の増額をねらうのだということで圧力をかけ、それに屈したというわけでもございませんでしょうが、おおばんぶるまいをし、そしてそのためにいつもあと味の悪い思いを残すのでございます。三割自治といわれておりますが、午前中にお話がございましたが、今日は四割自治だということも伺いましたけれども、いずれにしましても、この補助金行政というものは何とかこの辺でケリをつけて、もっと根本に立ち返った、そういう陳情とかあるいはわざわざ地方から大挙して出てこなくても——北海道あたりは飛行機をチャーターしてまでも東京に乗り込んでくるということを伺いますが、そういうむだな費用を使うこと、まあ当局に言わせれば、たとえば百万使ったとしても、五百万の補助金がつけば四百万まだ地元のためにはプラスになるじゃないかということを平気な顔で言われておるといいますが、そういうことがはたして公然と認められていいものかということは、私どもいままで考えてもみなかったことなんです。そうしたことが毎年繰り返されておるということは、まことに残念なことだと思います。私はこの席を利用して、ほんとうにそういうことが、あるいは票田につながるかもしらないけれども、自分の選挙区のためにはそれは十分に認められて暗黙の了解のうちにそういうことがなされておるとしたら、これはゆゆしき問題ではないかということを考えるものでございます。  その次に、衆議院議員の定数制の改正の問題を訴えたいのでございます。  法律では——国勢調査の結果に基づいて五年ごとに議員の定数を改正するという条例があるやに伺いますが、今度の選挙の結果を見ますと、大きなひずみを生じ、過密・過疎の現実を判然と表面に浮かび上がらせた結果となったのでございます。片方では六万票で当選なさり、片方では十三万票で落選するという、ちょっと考えられないようなことが平然と行なわれ、そんなばかなことがあっていいものかということをテレビでもやっておりましたが、これは選挙制度審議会の答申に基づいてなさるということを伺っておりますが、早急にその改正をお願いしたいと思います。  それから九番目に、過少申告、脱税の適正ということを申し上げたいのでございます。三月は申告納税の時期なんですが、例年そのあとで何十億という過少申告あるいは脱税の摘発をなされておることを聞くのでございます。たとえば、お花の先生が十五億円脱税をしたとか、あるいは過少申告したとかということを聞くのでございますが、今日、外科のお医者さん、弁護士、料亭など多方面にわたって適正ならざる申告をし、国税庁をして気をもませておるということを伺うのでござます。貧しきを憂えず、ひとしからざるを憂えるということは昔からいわれておるのでございますが、これは諸先生方、国税庁を鞭撻なさいましてとことんまで適正な課税をなさるようにお願いしたいと思います。  次に、政治不信の問題でございます。  国権の最高機関である国会の場は、私どもはいままで神聖な場としてながめてまいりましたが、近年の様子をながめますと、党利党略が優先し、物理的抵抗をあえてし、審議拒否あるいは強行採決によって型どおりに一連のことが運ばれるという、こんな状態の中ですべてのことがきまっていくとしたら、全く国民不在の政治といっても過言はないと考えられるのでございます。この点は十二分にお考え願って、まあ佐藤総理のおっしゃるには、三百議席を取ったんだから、国民が自民党にそれだけの支持を与えてくれたんだから、そんなわずかな問題を取り上げることもないんじゃないかというような、それらしいお話も伺ったこともあります。そうしたことのないように、あえてこの場をかりて申し上げる次第であります。  その次に、国鉄再建整備計画の中で、赤字続きの国鉄当局が、再建のために、無人駅の設定、貨物扱いの民間移譲、乗務員の一人勤務など、思い切った措置をとる計画を発表しておりますが、ふしぎに思われますことは、明治の末期に創設されたという鉄道建設公団がいまだに生きて、政治路線と思われる新線を建設中だということは、まことにもって七ふしぎの一つではないかと思うのでございます。その矢先に田中幹事長が自動車新税を設けて、その三〇%を新幹線の財源に充て、裏日本にまでも、三カ月も四カ月も雪が降るその中へ新幹線を——先生は新潟県ですから、それは新潟県のほうへお持ちになるのもいいでしょうけれども、そうしたことがはたして時宜に適することであるかどうかということは、これは国民としまして、別に自動車を持っているからして自動車新税を出すのがいやとかきらいだとかというわけではございませんが、四カ月も雪の中へ埋もれているところに——三メートルも雪が降る、私ども子供のときには三メートルぐらい雪が降ったのでございます。今日はそんなに降らないということも伺うのでございますが、そういう中へ新幹線を持ち運びましても、それがはたしていいことでありますか悪いことでありますか、おのずから判断がつくんだと思いますが、一時、選挙の前にそうしたことがうたわれたことがございました。あれは、一部の説では、自動車メーカーから政治献金を取るための一つの手段方法であったのだということを伺ったのですが、また、きのうだかの新聞にこういうことが大きく載っておりましたが、ちょっとこれはいただけないと思うのでございます。  まあ大体そういうことで、まだ申し上げたいことは幾らもあるのですが、限られた時間の中で私だけが貴重な時間を拝借するということは、まことに忍びないことでございますから、この辺でとめますが、こうしたことが、ほんとうにいいことはいいなりに、悪いことは悪いなりに国政の末端で——実は一昨年岐阜で、当時の中曽根運輸大臣に、鉄道は一体全体建設以来六十年も下肥のたれ流しで、それでいいとお考えになりますかということを、私痛切に申し上げたのでございますが、そうしましたら、それを改装するには八千億という金がかかるから、いますぐにというわけにはいかないけれども、徐々に直していくという公約をいただきまして、昨年十一月に新聞で拝見したところでは、特急と急行からトイレの改正をやるということを伺ったのでございますが、一昨日浜松の工機部のその専門の係の方に、一体どうなっているんだと伺いましたら、やはり新聞のとおりに特急と急行からトイレを直しましたという御返事をいただきました。いまそこに足立先生もお見えになりますが、浜松を通過します東海道が高架になるのでございます。普通の場合ですと、線路から二百メートル汚物が散るのでございますが、高架にしますと四百メートルという広範囲にわたってそれが飛び散るというデータが出ておるのでございます。そういうことも含めて、早急に列車トイレの改装をお願いしたいということを、あらためてこの席をかりてお願い申し上げておく次第でございます。  ありがとうございました。(拍手)

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 どうもありがとうございました。     —————————————

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 これより両公述人に対する質疑に入ります。  なお、御質疑をなさる委員の方々に、申し上げますが、質疑の通告者が多数ございますので、この点お含の上、なるべく簡潔にお願いいたします。  細谷治嘉君。

細谷治嘉日本社会党

○細谷委員 大木さんに御質問しますが、あなたは、税調の委員をなさっていらっしゃって、税の問題についてお詳しいわけでありまして、いろいろと御意見を聞いたわけでありますが、所得税の課税最低限を百十万以上に、当時の長期答申をやったときから見ると、すべきである、こういうことでございますが、税調としては今後引き続いて課税最低限に重点を置かれて審議をなさるつもりかどうか。それから、この委員会でも明らかになったのでありますけれども、所得が百二十六万円を境にいたしまして、百二十六万円以下の人は実は重い所得税よりもまた多い住民税を取られておるわけなんです。したがって、百二十六万円といいますと、国民の七割五分か八割くらいはとにかく所得税よりも住民税のほうをよけい取られている、こういうかっこうになっております。そのよって来たる原因というのは、課税最低限の差が依然として三十万もある、こういうことだと思うのでありまして、私は早急に住民税の課税最低限を——三十六年までは本文方式では一致しておったわけでありますが、わずか数年の間に国税減税の影響を遮断するということから、イージーにやってまいったところから起こっているわけであって、重税感というのは所得税にもありますけれども、むしろそれ以上に住民税にあると思うのでありまして、こういう点について、幸い税調の委員でありますので、今後どういうふうに取り組もうとなさっておるのか、こういうことをお尋ねしたいと思っております。  それから、この委員会でもありましたが、今後はいろいろな原資が要るわけでありますが直接税よりも間接税をひとつよけい取っていこう、こういう考えがこの席でも大蔵大臣から述べられ、きのうもまた参議院で大蔵大臣が述べておりますが、こういう点についてのお考えをひとつお聞きしたいと思うのです。  第二番目は、土地問題で、東京問題調査会の提言では、土地保有税、こういうものを市街化区域内について調整措置は講じないで、いわゆる評価いっぱい取る、そういうことが土地問題解決の一つの方法として提案されておるわけでありますが、これには異見があります。そういうことになりますと、いろんな問題が出てまいるわけであります。この東京問題調査会等の提言もありますけれども、ひとつ税調の委員である大木さんに、土地問題の中の税問題、特に問題になっております固定資産税関係から出てくる、そういう問題について御意見をお聞きしておきたいと思うのです。  それから、第三番目は、総評という立場でありますが、民間と公務員の間には厚生制度が非常に大きな格差があります。臨時行政調査会等の答申の中でも、公務員と民間との間には一対十くらい、けた違いの、むろん内容によっては検討しなきゃなりませんけれども、厚生制度について非常に大きな格差がございます。公務員の厚生制度というのは、能率をあげるためにということで、法律にぴしゃっと書かれてあるわけでありますけれども、きわめて貧弱であります。こういう問題についてどうお考えになっているか。  それからもう一つは、いま犀川さんから、寿命も延びたんだし、定年は二、三年ぐらいは延長していいじゃないか、こういう御意見がありました。労働力が不足しているのですから、私もそのとおりでありますけれども、お尋ねしたい点は、民間はいま五十五歳というと、実際は五十五歳になったその日ですね。ですから、事実上は五十四歳の最後の日でもう工場をやめなければならぬ。ところが、それではめしが食えない、子供はまだこれから学校というのがいまの段階ですね。厚生年金のお世話になるには、六十歳にならなければいかぬ。その間はどうしても食いつなげない、こういうことなんですね。ですから、厚生年金の適用を六十歳を下げるということではなくて、その間をつなぐことが非常に緊急の問題ではないかと思うのでありますが、どういうふうにお考えになっているのか。これが一つであります。  最後に、午前中の公述人の御意見の中で、社会保障というものが充実すると、勤労意欲が減退して国の滅亡への道になりかねないのだと、英国の例をあげて言ったのでありますが、労働界の指導者としてこの問題についてどうお考えになっているのか。  以上、お尋ねします。

大木正吾日本労働組合総評議会総務企画局長

○大木公述人 細谷委員から五、六点出たのですけれども、一つは、最初に定年問題から入っていきますと、犀川さんのほうから、私と立場をかえて——私、これはむしろこっちが言うべき問題だと思っているのですが、おっしゃるとおり、いまの日本の場合に、表向きは五十六歳ですね。しかし、これはその前後から肩がたたかれますから、実際には五十五歳という形のものもございます。問題はやっぱり社会保障制度と定年ということの間に陥没地域があるわけですけれども、その間を結局いまでは、たとえば、一部の企業ですけれども、嘱託制度にするとか、あるいは臨時的に期限を付して雇用する、そういったことが一部に出ているのですが、いずれにしましても、ここのところをしっかり社会保障につないでもらいませんと、いまの物価高騰の関係からいたしますと、結局は非常に大きな生活不安というものが存在するわけですね。ですから、ここのところはぜひ定年は六十歳、しかも六十歳から先は年金制度をしっかりさしていただく。いまでも二万円ということですけれども、実際には二万円もらっている方はほとんどいないわけですから。同時に、年金問題で、もしも経済というものがいまの状態で成長すれば、年金のスライド制ということを当然導入していっていただく。やっぱり労働者が安心して働ける形にしていただきたいわけなんですね。  同時に、いまの最後の御質問がこれと関係をすると思いますけれども、社会保障制度をいわばあまり豊かにしますと、労働者がなまけて働かなくなるという考え方ですね。どなたの御意見か私知りませんが、そういった御意見というものをもしお持ちになれば、これは先生方の前ではなしに、実際働いている私たちの仲間のところへ来て、そういう意見を堂々と発表していただきたいと思うのです。おそらくこれはたいへんな内ゲバが起きると思うのですが、やっぱりもっと人間というものを大事にするという思想をこれから社会全体が追求していきませんと、いまの学生問題でありますとか、反戦青年委員会の問題とかいわば日本の社会問題から来ている各種の大きなトラブルは解消しないというふうに思います。いずれにしましても、犀川さんもおっしゃったのですが、労働者全体が六十歳を過ぎても六割以上が働いているということは、単に肉体が頑健じゃなしに、老後の生活の不安定問題ということに一番の大きな問題点があるわけですから、安心して働ける状態にしていくことはいわば一つの社会制度の前進でありますから、やはりそのことを逆にこまを回す形はやめてもらいたい、こう思っているわけなんです。  それから、課税最低限の問題について、第一問でございましたけれども、これはまさしくおっしゃるとおり、これからの税金問題ということは、ことしもう納税人口が所得税におきまして二千二百万人、約二百万弱ふえているわけですね。ということは、やはりこの経済の実勢というものと減税ということがマッチしないという形で、たいへんに減税の幅がいまでは——いまから四年前も五年前も十万円ですから、いまの物価との関係、賃金との比較からいたしますと、当然二十万ぐらいの減税をしませんと、目の子でやるにいたしましても、バランスがとれない状態だと思います。ですから、課税最低限の場合に、いわば所得の階層に関係なく、全部が減税の恩典を受ける問題ですから、このことに最重点を置かなければいけないという考え方なんです。私も率直に申し上げて五十歳近いですから、サラリーマンでは高いほうなんですね。ですから、税調の中で財界の方なんかと議論いたしますと、大木君、君そう言ったって、君自身は所得が二百万こえているから、このほうが得じゃないか、こう言うわけですけれども、私は、そういう態度でもって個人の所得の関係で税金の議論をする立場はいけないと思うのです。やはり何人の人が、もっと生活のきびしい人が、税金の思想——所得再配分思想ということをたな上げした税制調査委員は失格だと思いますから、そういう立場では、最重点は課税最低限問題、せめて一千万人ぐらいの層まで納税者を減らしていくということになりますと、おそらく——自民党さんの選挙公約百二万円でしたけれども、野党さんの方の公約はほとんどが大体四人家族で百三十万ぐらいですから、この線ぐらいまでは持っていくことは、私は今日でも可能だと思います。佐藤首相が、たしか二、三日前ですか、例の交際費の非課税問題を取り上げたわけですけれども、私はこういったことをぜひ勇敢に実行してもらいたいということを税調でもしょっちゅう述べている問題ですが、そうしていけば、課税最低限というものをもっと上げるということは可能だというふうに考えるわけなんです。  それから、住民税関係と所得税の最低限のアンバランスの起きた時期、理由等については、細谷さんと全く見方が一致いたします。結果的にいえば、労働側といいましょうか、労働界の私たちの立場におきましても、少し地方自治体に対する同情といいましょうか、そういった神経も確かにあったと思うのですが、いまから数年前に地方財政がたいへん苦しい時期がありました。あの時期にこういったことがとられ、同時に、それに対して若干の同情があったと思うのですけれども、やはり原則的には、税金というものは地方税と国税と違うということを税調の中の意見ではずいぶん出るのですが、私は税金を払う立場に立ちますと、これは所得税も住民税も全部一本にした形でもって一緒にとって、そして配分機能をもっとしっかりさしていく、そういった立場にしませんといけないと思います。いずれにいたしましても、三十万の違いがここ数年間ずっと続いていることは残念でありまして、しかも住民税の場合には、累進構造の刻みが二つしかございませんから、非常に所得の高い層でも税金が安い。しかし、逆にいいますと、生活保護を受けている層におきましても、税金が同じ率でかかってくる、こういう問題点があるわけですから、ぜひここのところは、私たちも所得税の減税ばかり騒いでいて、住民税が弱いということの御批判をよくちょうだいするのですが、このことは私の主張としても、ぜひ近いうちに一本のものにしなければいけない、こういう立場でお答えしておきたいと思いです。  それから、最近間接税問題が福田さんの口からよく国会に出まして、新聞でも拝見するのですが、私はこれは非常に残念に思う立場なんです。結局、間接税というものくらい正体のつかみにくいものはございませんし、同時に財政という問題で、法人税を今度引き上げるということの背景も、一つには物価問題があったと思います。やはり物価を下げるといいましょうか、いわば民間の成長度合いということを牽制するために、財政制度というものをアメリカ型にしていこうという考えもあったと思います。ところが、この間接税ということをやりますと、いまの日本の商慣習からいたしますと、取り引き高税の問題とか、あるいは物品税を増高すれば、いまの状態では九九%は物価にはね返ります。それが証拠には、いままで大蔵省は何度も調査したと思いますけれども、法人税等の減税をいたしましても、物品税を少し下げましても、それが明確に物価を下げるという形でもってはね返った例は全くないのであります。ですから、ああいう形のものをサラリーマンが、私たちあるいは同盟の組合やサラリーマンユニオン等がサラリーマン重税に抵抗という形でもって運動を起こします。今度は、直接税が取りにくくなるから、間接税で取りやすくしていこうということは、少し政治のしかたとして迂遠といいましょうか、ずるいといいましょうか、やり方がいけないと思うので、もっと直接税というものでもって堂々と国会で議論をしていただきたい、このことを申し上げておきたいと思います。  土地問題でございますが、私が住んでいる杉並の成宗の土地の五十六坪は、これは土地がありましても、私自身の月給には全く関係がないわけであります。ところが、たくさんの土地を持っておりまして、そしてさら地にしておいて、麦も植えない、イモもつくらない、何も作物がないという農地が、いまたくさん杉並の奥のほうにございますけれども、そういったものは含み資産という立場でもってどんどん潜在的に土地が上がっていきます。しかし、私の土地は一買ったときは坪四万円でしたが、いまは二十何万かしているようですが、私が売ってしまえば、生活根拠がなくなるわけですから、土地が上がったって全く意味がないわけです。同時に、また大都市の駅の周辺にありますところの銀行とかあるいは有力な地域の工場等の場合には、明確に土地が利益を生んでいる傾向を持っておるわけです。場所がいいために商店も繁栄するでしょうし、同時に、工場の立地条件がいいために、非常に輸送の関係もいいという問題。土地はある場合には、サラリーマンの土地はほとんど利を生みませんけれども、営業関係の場合には明確にある程度利益を生むし、銀行が金を貸す場合でも、土地を抵当にすれば、相当評価が高ければ、よけい金を貸してくれるわけでございますから、そういう点等を考えて、私たちはこういうふうに考えています。要するに、政府は、この段階では土地について、遊休の土地は、大胆に、ある意味では所有権の制限といいましょうか、そういった公的な立場をとってほしいという問題が一つです。同時に、先生方もそうでしょうし、私たちもそうでしょうが、明確に俸給的な生活をしている者の土地については、大都市と地方と違いますが、百坪前後までは固定資産税の問題についてある程度考えてもらいたいと思います。同時に、遊休の土地あるいはたくさんの土地を持っている方の場合には、それをこえる部分については遠慮なく固定資産税の減免等をしないで取りたててもらいたい、私はこういう気持ちがするわけです。そのほうがある意味では土地が動き出すということにもなりましょうし、いま少し大都市内の土地なんかについては、やはり何かたいへんな問題の背景がありますので、お互いに遠慮し合っているという感じなんですけれども、皆さま方先生方が客観的に日本の生産なり製造なり経済に協力する労働者、サラリーマンの立場ということをしっかり考えて、こういった問題についてぜひ相当野心的な土地政策をこの際は考えてもらいたいと思うし、そういった問題については世の中の情勢というものも熟してきている、こういうふうに感じているわけであります。  それから、細谷先生の第四点でありました厚生制度の問題ですが、実は明確にきょうお答えができかねるのであります。たとえば、民間の——きょう新聞記者の方もたくさんおられると思いますが、新聞社の方とか、あるいは大企業の方の場合には、賃金がおおむねにいたしまして、同じ年齢の方の場合には、公務員と民間の賃金の格差というものは、年間の所得でもって大体一割五分くらいと私たち踏んでいるわけです。ところが、そういう公務員や公社関係職員の厚生福祉施設の場合には、これは各経営ごとに若干の経営上の採算であまり明確に公社関係、公務員関係という形で区別ができない。たとえば、電電公社の場合なんか住宅が相当ございますけれども、八幡製鉄とか、あるいは大手の新聞社等でも、住宅などはほとんど本人が負担をしている形になっていますから、そうしますと名目賃金が違いましても、厚生施設環境をあわせましても、なかなか労働条件がどちらがいいかという判断に立ちにくい問題がございます。ただ、ここで申し上げたいことは、やはり日本の企業というものは、大手と中小の差、しかもそれがたいへんに大きな、七割近い労働者が中小企業の労働者であるという問題なんであります。これについていつも私は思うのですが、きょうも実はこちらへ来るについて予算書をちょっと拝見いたしたのですが、非常に中小企業に対する対策がやはり予算上少ないのであります。もちろん、これはどういうふうに内容が使われるかについては、私も詳しく存じませんけれども、やはりいまの物価問題等について、先ほど少し大だんびらを振りかざして申しわけないと思いますが、中小企業の低生産部門の構造改善ということをしっかり考えませんと、結局やはり物価問題というものはなかなか大きな筋と——大きな筋は民間設備投資についてもっと政府がしっかり指導してやってもらって、成長の計画のワクの程度でもって考えてもらいたい。土地問題を大胆にやりなさい。同時に、中小企業等の構造改善のためには、せめて中小企業の方が払っている税金分ぐらいはひとつお返ししてやったらどうだろうか、こういうことを考えるのです。どうも最近の予算の関係を見ましても、必ずしもその額には達していない感じで、これは、いえば、農家の方の税金、これは俗っぽい話ですから私も正確に存じませんが、百五十億円程度の税金、所得税関係ですが、いえば農家の方から納められて、四千億近い、あるいは四千億をちょっとこえましょうか、そういったものが支出されるわけですが、私は中小企業問題については、予算の規模がふくらんで一七・何%になったということについても言いたいのですけれども、中身として、もしも中小企業の構造改善等に農村に準ずるくらいの大胆な施策をしていけば、物価問題についてある程度きめのこまかい施策になる、こういう感じ方なんで、お答えが少しまとまりませんけれども、総括的に申し上げて、そういうふうな見解を持っております。

藤枝泉介自由民主党

○藤枝委員長代理 吉田之久君。

吉田之久民社党

○吉田(之)委員 一、二大木公述人と犀川公述人にお伺いいたしたいと思います。  大木さんは総評の指導者としていろいろと労働者の生活向上のために御尽力をいただいているわけですが、最近総評、同盟、中立を問わず、およそわが国の労働者、サラリーマンの中の共通の一番の将来に対する不安は何であるかということを考えますと、私はやはり定年退職後、ろくろく自分の住居をかまえることも約束されていないではないかということに対する不安と焦燥感が一番大きなものであろうと思うのです。実は私の友人などですでに四十五歳前後になっておりますけれども、大体あと十年間だ、ところで今日の給料は子供の養育費、そしてみずからの生活で精一ぱいだ、まず退職して普通もらう退職金というのは三百万前後であろうか、人によっては若干の増減がございますけれども、この三百万の金で家を建てることもできないばかりか、やっと土地を買うだけが精一ぱいではないか、こういう反問なのです。ところで、くにへ帰れば家がある。しかし今日生活様式の変化に伴って、くにへ帰ったのでは二度のつとめができなくなるし、また子供の教育もできなくなる。くにには家があるけれども、それはそのままにおいておいて、やはり京阪神地帯で土地を持ち、住宅を持たなければならない。大体坪十万円として三十坪前後の土地しか買えないではないか。人間が一生懸命国家のために働いて、そして一生涯かかって自分の住居さえささやかにかまえることもできないというような国家があっていいのであろうか、こういう質問がしばしば出るわけでございます。問題はやはり土地の価格をどのように抑制していくかという問題であります。政府はだんだんと土地の値段をきめようという試みをいたしておりますけれども、それは昔のマル公にすぎないのであって、おそらくは守られないであろう。したがって、きめられた価格以上に高く土地を売買した場合には、その利益分はすべて税金で吸収されてしまうというような強力な税制改革がなされない限り、土地価格を抑制することはできないのではないか、こういうふうな考え方を持つのでございますけれども、あなたはこの点についてどのようなお考えをお持ちになるかという問題が一つ。  いま一つは重税感の問題でありますが、まず額としての税金の重さ、この問題が一つです。いま一つは、税の負担公平の原則が全く守られていないではないかということに対する不満、この二つに大別できると思うのです。特にサラリーマンの場合、今日一つのサラリーを得るために要する経費というものは、生活様式の変化や社会水準の向上に伴いまして、十年、二十年前のそれと全く大きな変わり方をいたしております。また子弟の教育の内容も特段に変わってまいりました。こういう面から追って、給与所得税というものはこの辺までは控除されるべきであるという理論的な検討が当然なされなければならないと思うのでございますけれども、この点においてどのようなお考えを持ち、またどのような指導をなさっているか。  それから、税の公平でないという問題で一番サラリーマンが口にいたしますのは、われわれは働いて百三万までは控除されるけれども、それ以上は税金がかかってくるではないか。一方、利子・配当所得税は三百万までは無税ではないか。遊んで利子、配当を受けている人たちがこれほど優遇されておるのに、働いているわれわれがなぜこれほど税金を取られなければならないのかという問題が出てまいります。  いま一つは、それほど貯蓄心を向上させるためにおおらかな配慮がなされておるとするのであるならば、個人が定期預金などをした場合に、百万円までは無税であっても、それ以上になれば税を課せられるのはどういうわけなのであろうか。特に先ほどの問題とも関連いたしますけれども、やはり老後のために家を建てる用意をしようと思えば、今日百万や二百万では家は建ちません。そのためのささやかな預金であっても税金が課せられるのは一体何たることであるかというような不満が非常に大きいと思うのでございますが、この点についての大木公述人のお考えを承りたいと思う次第でございます。  それから犀川公述人にお伺いいたしますが、いろいろと中小企業の立場に立たれまして、一向に庶民の生活が向上しないことに対する憤りや不満というものをお聞かせいただきまして、まことに感銘にたえない次第でございます。  特に米の問題でございます。土地をつぶしたりあるいは休耕、転作で百五十万トンを押えていこうという政府の考え方でございますが、むしろもっと積極的に米の需要というものを伸ばし得る余地があるのではないか、またそのことを考えるべきではないか。いままで日本の国では、米が余るなどということはここ数年前まではほとんど予想できなかったことであります。したがって、それに対する対策はほとんど講じられておりません。しかし、これからあらためて米をもっとどのようにして消費させるかということが問われなければならない一つの課題ではないか、特に生活保護者に対しては米を現場で給付するというような方法もあるはずであります。また、児童の学校給食等につきましても、パンよりも米を食わせるという方法が当然あるはずでございます。さらに古米や古々米が非常にまずいなどといわれておりますけれども、精白度を高めることによって、もっとよくつくことによって、米はもっとおいしく皆さんに愛されて、そしてどんどんとその需要が高まっていくということも考えられるはずでございまして、こういう点について国はもっと考えるべきであるとお考えにならないかどうか。  いま一つは、老齢福祉年金の場合でございますけれども、御指摘のとおり、乏しきに対する不満が確かにございます。非常に大きなものがございます。同時にひとしからざるに対する不満があると思うのです。たとえば農家の場合には、所得の把握がややサラリーマンの場合と違いますので、同じような生活条件でありながら、農家の場合のお年寄りは老齢福祉年金を受給しているのに、サラリーマン家庭の場合においてはそれがもらえない、こういうことで、まことにささやかな年金をめぐって、お年寄りの間に猜疑心やあるいはささやかな嫉妬心がだんだん、だんだんと蔓延してきておるというふうな事態をわれわれ常に見聞きいたしておるわけでございます。こういうことについて何かお考えになる点がありましたら、お教えいただきたいと思います。

大木正吾日本労働組合総評議会総務企画局長

○大木公述人 先生のおっしゃったことは、税金の問題でもあろうと思うんですが、もっと原則的に申し上げれば、やはり日本におきましても、社会保障制度が非常におくれているという問題に根本的な問題点があると思います。結局、最近の社会保障の内容等を見ていきますと、従来はそうじゃなかったと思うのですが、特に四十二、三年ごろから医療費の増高がありまして、予算に組みました社会保障関係諸費用のうち半分以上が実は医療費に食われているわけであります。ですから、要するに一番大事な、いま御質問のございました老後の生活の安定のためにという形での老齢年金制度についての費用が、非常に少ないわけでございます。ここのところを一体どうすればよいかという問題について、相当思い切った社会保障制度ということを考えていきませんと、いえば、いまの中高年の方々の老後の不安感は解消しない。最近は核家族でございますから、私などももう五十近いですから、女房と話をするのですが、一体どの子供がおれをめんどうを見てくれるか、まずゼロになってしまうだろうということで、ぼつぼつ養老院に行く支度でもしようかという話もするのでございます。これは先生方にも関係がございますので、社会保障制度については日本がほんとに近代国家になっていく段階でございますから——よく賃金等ではイタリア、フランス並みを越したという話もございますが、住宅等社会保障については、残念ながら世界でいえばそれこそ二十番目ぐらいに終わるわけでございますから、これは抜本的にお考えいただきたいのであります。  それから、お話しのとおり、大体いまの退職金の内容を見てみますと、民間の中堅企業以上で大体三百四、五十万というといいところであります。私も実はILO体制の問題もございまして、去年の六月に電電公社を退職いたしました。ちょうど三十年間籍がありましたわけですが、ところが、この三十年間籍がありまして、いただいた退職金が三百四十四万円であります、ずいぶん働いたつもりでおりますけれども、ところが幸いにして、三十年ごろに二万円ほどの安い土地を買ってありましたから、借金で買いましたからよかったのですが、もしもこれしかなかったとすれば、私は空中マンション生活で、基地をどこかに小さく買って、私の土地は自分が死んだときに、自分の骨を埋めるためのささやかな土地しかないというみじめな状態——最近墓地もだいぶ上がっているのですけれども、そういった考え方でりつ然としている気持ちなんであります。ですから、土地問題は先生も専門かもしれませんが、話は少し横にいきますけれども、いまの民間の企業等が借金経営で、何べん法人税を減免しましても、自己資本がよくならない。二〇%を割る段階に入っています。これ自身やはり土地を持っていれば銀行は金を貸すというものが背景にありまして、そして借金がどうしてもふえてしまうという傾向を持っていると思うので、相当思い切った土地問題の解決策をやっていただきたいと思います。  同時に、固定資産税の問題と譲渡税ですが、固定資産税問題については、百坪前後までのサラリーマンの問題で、サラリーマンの土地は要するに生産をしないで、利益をあげていないのだということでもって、坪数は少なくてもけっこうですから、ぜひお考え願いたいことと、譲渡する場合には、いえば、これは譲渡税が高い安いのこともございますけれども、どうすれば土地というものがもっと広く流通機構に乗るかどうかが一番根本的なねらいでありますから、そういう関係で考えていきますと、結果的には譲渡税というものは相当思い切って上げろという意見もございますけれども、この中に少し——税調でも議論したのですが、いえば投機的な土地ですね、たとえば二年持っていて倍になってしまう、こういったものについては八割くらい取ってしまう。そしてむしろそういったものじゃない、もっと長期に持っていたものについては少しあれするとか、とにかく土地を持っていればもうかるんだという考え方が消えていくような形でもって、少し幅広に譲渡税問題については議論していただきたいと思います。同時に強力に執行できるという形では御研究いただきたいことは、例の不動産屋さんの問題なんですが、仮登記して、まん中におりまして、そして自分たちが全然税金を納めないで、売った人、買った人の負担に帰していくという非常にぼろいもうけが世の中にあるらしいですが、この辺の問題についてもぜひ御研究いただきたいと思います。それから、税金問題については重税感もございますが、何といってもいまでは私は不公平感の問題が大きいと思います。  もちろん税金の重いことは間違いございませんが、やはり使い道ということを考えていきますと、まあいえば一般的な水準で、ソ連の税金とかあるいは東欧諸国の税金とかヨーロッパの税金に比べていきますと、大蔵省が私らの税金酷書に反論しましたときに、課税最低限はそんなに違わない。——私自身もあれに意見があります。ありますが、きょうは述べません。だいぶ年次の違うのを持ってきているわけですから、意見はありますけれども、問題はむしろ使い方問題について、もっと税金が払った人の手元に返ってくるという形を考えてほしいのです。同時に、財政投融資資金のうちの何と七割くらい、私たちの零細な郵便貯金と簡易保険資金と例の厚生年金資金というものが六割か七割原資にあるわけであります。それと間接税と所得税を含めたサラリーマンの負担というものは、ことしの税金の収入はたしか六兆幾らだと思うのですけれども、あのうちの法人税と関税等を除外したものはほとんどサラリーマンが負担するわけですから、松下さんが一日にたばこを一千箱とか、ビールを十ダース飲むわけじゃございませんから、そういう考えでいきますと、やはり七割くらいのもの負担しているサラリーマンに対して、もっと私たちは返してもらってもいいじゃないか。社会党さんも、民社党さんも、共産党さんも、公明党さんも、野党の各位がもっと奮闘してもらわなければ、われわれはサラリーマン党でもつくって、そして今度はもうやはり暴動でも起こすしかないだろう。税金闘争の次には今度は土地暴動ぐらいやろうなんという話もあるんでございます。これはたいへん危険な発言でございまして恐縮ですけれども、ひとつその点は十分お考えいただきたい。  それから不公平問題について配当利子はそのとおりなんでございまして、ぜひ私は本則に早く返してもらいたい。     〔藤枝委員長代理退席、委員長着席〕 今度税調答申のときに、私も少数意見であったのですけれども、こういうことが結果的にいまの民主政治というものについての信頼感を失わしていくわけです。私は社会党の議員の先生の中にも、仲間でお医者さんもおられますけれども、七二%の問題について、大蔵省の資料でも五〇%ぐらいの経費だろうという話もございますから、やはり税金の思想というものをもっとしっかり徹底していただいて、そして公平に、さっきもお話しありましたとおり、要するに、ひとしからざるをほんとにお互いに考えるという立場に立って税金問題を考えていただきませんと、経済が成長すればするほどサラリーマンの税金への不満というものはもっともっと倍増してしまうということをお考えいただきたいのであります。  いずれにいたしましても、その問題にからんで私は百万円貯金の関係等を申し上げれば、目的的な貯金というものをどんどんとつくってもらいたいと思います。たとえば教育のための貯金とか、あるいは住宅のための貯金とか、あるいは老齢の場合の準備貯金とか、そういったものについてはあまり百万円とか二百万円という限界をつけずに、まあ基本的社会保障に行くになかなか時間がかかるとすれば、過渡的にはひとつそういった形の目的的な貯金についてはやはり税金を十分に考えていただくということが、とりあえずの問題としてはお願いしたい問題だと思います。以上でございます。

犀川庄吉洋服仕立業

○犀川公述人 お答えいたします。  米の問題については、生活保護を受けている人に結局は現物で支給するという道もございますね。いずれにしても、やはり人間生きていく上においては何らかの形でもって食料というものは必ず必要なものでございます。何代かの前には、なくなった池田総理が貧乏人は麦を食えという発言もございましたが、今日こんなにあり余るとは——それは、なくなられました河野建設大臣が、何年か末には米が余るようになるぞということをおっしゃったことを伺っておりましたが、現実にこんなにも早くなるとは、それは科学の進歩あるいは農薬の発達によって今日こういう現象ができたわけなんでございます。一面考えますと、先日の新聞にビアフラあたりで食糧がなくて一日に何十万という人民がなくなっていくというその中で、日本に米が余っているとしたならば、あるいは豚のえさにしたり、鶏のえさにするよりも、人間を助けたほうがいいんじゃないかというそういう思いもいたしますけれども、政府関係の諸先生方、どんなふうにお考えになりますか。私ども一番底辺におりまして、そういうことが許されるものであるならば、あるいは国際援助の形でもって、国連を通しても、そういう形で余っているものならば——向こうの連中に言わせますと、新米はべとついていけない、古米よりもまだ古々米のほうがいいということを——油でいためたり、何かするんだからして、そのほうがいい、歓迎するということを新聞で読みました。その中でもって、それじゃ古々米は、先ほど先生がおっしゃるように精白度を高くすれば、あるいはより以上にうまく食べれるんだという裏づけもおありになるとすれば、あるいはそうしたことが学校給食に回したり、あるいは佐藤総理がおっしゃったように、玄米パンの材料にするという手もございますけれども、その前に人間と人間と皮膚の色は違っても、人間には違いはないのだからして、片方で飢えて一日に何十万という人が死んでいくというその現実の前に、なぜ日本が率先してそうした動物のえさにする前にそれを贈るような手段、手だてを講じないのかということを私どもほんとうにふしぎなくらいに考えるのです。国連の場もございましょうし、あるいはそうした余剰のものをもてあましておるということならば、そのような方法もございましょうし、あるいは先ほど申し上げたように、政府が冷凍設備の完備したものを持っておれば、モミで貯蔵する。私どもの実家のほうへ行きますと、大きなコンポストがございます。昔は、私が子供のときには地干しをし、落ち穂を拾ったものでございます。米という字は八十八と書く、八十八回人の手にかからなければ口に入らないのだからということで、もうほんとうにこんなときから、もう米粒一粒でもむだにしたり、踏みつぶしたり、こぼしたり何かしたら、それこそ、おばあさんにしかられたものでございます。今日の子供たちは、もうそんなことは平気のへいざで、余ったものを捨てるぐらいはなんでもないくらいのことに考えているのですが、そうしたやはり時代のギャップとか、年代の相違ということもございますけれども、やはり米というものは、——昔から食糧がととのわない国は滅亡するというジンクスがあるということをある本で読んだことがございますが、日本のように一次産品は何にもなくて、ほんとうにすべての資材を国外に仰いでおるというような現状の中で、余るものは米だけだというその現実を踏んまえて、もう少し何とかという道を、あるいはそれは韓国にですか、十年の償還の目的でもってあるいは貸してやったとかいうことも新聞では読みますけれども、それよりも前に、今日ただいま飢えてなくなっていく人民のために、日本が救援の手を差し伸べるべきじゃないかということを私痛切に感ずるものであります。何とか先生方、ひとつその点をお含み願って、よき施策をお立てになるようにお願いいたします。ありがとうございます。

吉田之久民社党

○吉田(之)委員 お年寄りの年金について……。

犀川庄吉洋服仕立業

○犀川公述人 年金ですか。それにつきましては、昨年、私の家内の父が八十三歳でなくなりました。そのときに、生前そう申しておりました。田地があり、畑があり、あるいは宅地がある。そういう自分の名義になっておるために、当時千八百円の年金がもらえないんだよということを父がかねがね申しておりました。「こんなことはなあ、おかしなこんだなあ、おれ八十三にもなって、はあ働けねえんだからして、全部くれてもいいんだがなあ」と、そう言うから、もらえるようにそれじゃ方法をとったらどうだと言ったら、「ああ聞いてみたこともあったんだけれども、そうしたことはだめだ、だめだの一点ばりでだめだった」ということを申しておりましたけれども、しかし先ほどお話しのように、サラリーマンの家庭の方はもらえない、あるいは農家の方はもらえるという、そういう中でもやはり遺産があり、自分が実際において中心人物でなくてもあるいは田地なり畑なりがそういう名義になっておれば当然もらえない。そういうことのために、そして残されたものは、母は後妻なものですから、今度は自分の名義のものは何もないんだから——もう七十になりますからね、福祉年金ももらえるのではないかなあと、それを頼みにしておるのですがね。そういう現状の中で、やはり税金の問題ということも先ほどから痛切にるるお話しの中にありましたけれども、サラリーマンは九割ですか、中小企業は六割、百姓は四割だという、そういう税のたてまえですね。それからトーゴサンということを申しますね。サラリーマンは十割、中小企業は五割、百姓は三割ということを申しますけれども、そうしたことはとにかくとしましても、長い間のそういう慣例といいますか、そういう税制を踏んまえて、あえてそれをふしぎとなさらないような組織の中におありになるということは、いまこの際、もう少し考えていただきたいと思います。私どもの長男も市役所に勤めており、ほかの子供たちも、三人も四人もそれぞれにみな勤めを持っておりますが、独身のうちはつまらぬよ、よけい取られるからということを、ボーナスをもらうたびにふうふう言うから、おまえ幾らもらうんだい、幾ら引かれたんだといえば、そんなことを言う必要もないよと、よくそう申しますけれども、やはりそういう税制のあり方というものを、先ほどおっしゃったように、持てるがために三百万まで利子回配当には税金がつかないというそういうアンバランス、不公平ですね、そういうことをもっと御検討なさるように、まあ大蔵大臣あたりがおっしゃるには、零細なものを積み立てたんだからして、その人に対して貯蓄心を失わせるような結果になっちゃいけないからということをおっしゃるのですけれども、それは大所高所からごらんになって、あるいは国の政策としてそういうことが適当だという観点のもとにそういう措置をおとりになったことだと思いますが、まあ早い話が、老齢年金なんかにしても、行く行くは、私どもももう六十を過ぎておりますから、七十にならなければということになりますと、そこにまた七、八年のギャップがあるわけですが、これは六十五歳ぐらいからいただけるように何とかご配慮願いたいのですね。いまのところ、積み立てをやっているわけなんでございますが、何とか六十五歳くらいでもらえるような一もらえると言っては語弊があるかもしれませんけれども、そうしたような御配慮を願いたいと思います。どうもありがとうございました。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 なるべく公述人は簡潔にひとつ……。  土橋一吉君。

土橋一吉日本共産党

○土橋委員 きょうはたいへんどうも両公述人、御苦労さまでございます。  最初大木公述人にお願いしたいと思いますが、あなたのたいへん含蓄のあるいろいろなお話がございまして参考になりましたが、御承知のように、ことしの六月の二十二日で安保条約の十年の固定期限が終了するわけでございます。そして、この安保条約が日米間において特に日本の経済協力を強く要請いたしております関係上、午前中の公述人のお話もございました。自民党の政策は日本の独占資本やあるいは財界に対しまして、国家財政上も非常な協力体制をとっておるということを午前中の公述人がはっきりと仰せになっておったわけです。私たちは、こういう中において、国民経済の発展の中から、特に公共料金、たとえば電話料金を上げるとかタクシー料金を上げるとか、その他公共性を持っておる料金を上げるということに非常に反対をいたしております。また、独占物価が御承知のようにたいへん高く、しかも不当な利潤を追求しておるものが多いように見受けるわけです。したがって、独占物価を下げるということがどうしても物価を下げる上においてまことに重大な要素であると考えております。また間接税などを、特に生活必需品については間接税を大幅に削減をするか、あるいはのっぴきならない生活必需品にはこれを廃止するというような体制をとらなければならぬと考えておるわけです。赤字公債の発行なども、これをできるだけ、端的に言うならば、やめたほうがよろしいというふうに考えておりますが、こういう政策について——物価を下げるということがいま労働者の問題として非常に大きな問題でありますので、国家が財政上特別に財界や独占資本のために、何といいますか、経済発展に名をかりて使うようなことにもちろん私どもは反対いたします。特に第三次防衛力整備で、御承知のように五兆七千億円も使っておりますが、こういうこと自身もたいへん私どもは反対をいたしております。そういうことについて総評の幹部として、あなたさんの御意見はイエスかノーか、そういう点について簡単にお答えを願いたいと思います。

大木正吾日本労働組合総評議会総務企画局長

○大木公述人 七〇年代はパンか大砲かという問題が、私たち国民生活にはたいへんな問題だと思っておるわけです。ですから、土橋委員の御質問に対しましては、原則的に私はあなたの意見と同意見を持ちます。特に予算委員会の総括質問で、楢崎委員が第四次防衛計画について御質問されたことがありますが、やっぱり日本という国は日本的にありたいと思います。ですから、私もアジアの諸国を回ってきたのですが、タイのバンコクにおける日本人の商社員の殺された事件とか、あるいはシンガポール、マレーシア、たくさん回って相当長く勉強してきたのですが、現地の状態というものは、日本の資本が出ていきまして、そして現地の商社を日本の力でもって振り回す形を必ずしも歓迎していない。援助はほしいけれども、経営の実体というものは現地の国家、民族でやりたいという気持ちがございます。その点は十分に経営の方も考えていただきたいのであります。  同時に、いまのお話もありましたとおり、日本が世界第二位の国になったといいますけれども、再三申し上げたとおり、日本の社会保障とか土地問題とか——いわば車の持てる時代になったことは間違いない。逆に言いましたら、車を買わなければ日産もトヨタもたいへんな問題になりますから買うわけですけれども、しかし、道路が狭い問題でありますとか、住宅が非常にみすぼらしい問題とか、社会保障のおくれ問題、この問題こそ七〇年の前半には解決すべき大問題でありまして、もしこれをやらずに、中曽根さんもだいぶりっぱな計画をお持ちのようですけれども、このことに直進をするということは非常に日本の労働者全体としては危険な政治状態だ、こう考えておりますので、ぜひこれからの問題は、佐藤さんもおっしゃいましたけれども、経済社会、要するに社会発展計画ですから、言い値と元値に食い違いのないように、やはり人間が最も大事にされ、生活が安定するような形に、予算についても経済政策についても運用してもらいたい。このことをお願いいたしまして、原則的には土橋委員と同じ意見だということを申し上げておきます。

土橋一吉日本共産党

○土橋委員 時間もたいへん急いでおりますので、犀川公述人に簡単に、先ほどと同じようにイエスかノーかという点だけお答えを聞かしていただきたいと存じております。  私は、あなたの防衛費問題をはじめとして約十項目にわたるいろいろな不満なり、あるいは国民的な立場においていろいろお話しくださったことに敬意を表しておるものでございます。  最後の九番目のところで、脱税の問題についてあなたからいろいろ指摘されました。特に最近新聞で、たとえばお医者さんとかあるいはサービス業とかいうところで脱税が多いということについて、あなたもたいへん心外に存じておられたようでございますが、いままで有価證券、株券を持って暮らしていらっしゃる方が二百八十数万円までは課税をしないというのが現在の政府の政策でございます。国民全体として、額に汗をしながら働いておっても課税が重くて苦しい、あるいは労働者には非常に過酷である、間接税も高くて物価が上がる、こういう中で二百八十三万でございましたか、二百八十数万円までは有価証券、株券で暮らしている方は税金をかけていないわけです。こういうことが一体妥当であるのかそれとも不当であるのか、こういう点を承りたい。  もう一つの点は、御承知かと存じますが、現在の政府のもとにおいて、租税特別措置法というものによりまして、大きな金融業者とかあるいは不動産業者とかあるいは財界といわれている大資本は税金を免れておるわけです。もしこの税金をちゃんと徴税のルートに乗せまして、そうしてこれを国家に納めまするならば、いまあなたがお話しになったかなりの部分についてもゆるやかになってくるし、ましてや物価の問題についても非常によくなってくるとわれわれは考えておるわけです。こういう一兆九千億円にものぼる脱税を認めておるような、こういう制度がはたして正しいのかどうか。これを取り上げて国家の財源を豊かにして、そうして物価を安定するとか下げるとかあるいは労働者の賃金を上げるとか、先ほどお話がございましたが、老人の社会保障制度を拡充するというような問題になぜできないのか。こういうことについてあなたさまは、それでもよろしい、あるいはそういうことは反対だということだけ承ってみたいと思うわけでございますので、どうぞ簡単に御発言をお願いしたいと存じます。

犀川庄吉洋服仕立業

○犀川公述人 お答えになりますやらなりませんやら、私なりの考えを申し上げたいと思います。  まず第一番にお尋ねになりましたことは……。

土橋一吉日本共産党

○土橋委員 所得が年間二百八十数万円まであっても、株券とか有価証券だけで暮らしておる人は税金を払わないわけなんです。こういうことが一体いいのか悪いのか、あなたのお考えをお尋ねしたいわけです。

犀川庄吉洋服仕立業

○犀川公述人 それにつきましては、前に予算委員会か何かの答弁の中で大蔵大臣が御説明になったと思います。その中で伺っておるに、配当でもって生活を立てている人、あるいは預金の利息でもって生活しておる人には、政府のたてまえとしては税金をとらないことにきめておりますという発言をなすったときに、ああやっぱりな、自民党は大資本優先、それから持てる者の政党だからなあと思って、それはもう絶えずふんまんの域を脱しないものがございます。しかし、その中でも大企業優先、いまあなたのおっしゃる一兆何千億という大資本の税金が納税のルートに乗れば、物価の安定にも役立つでしょうし、あるいはそうしたことが社会福祉の面にもつながりましょうし、あるいは老人福祉の面にもつながりましょうけれども、それができないところに今日の官僚政治の情けないところがあるのじゃないか。悪いところをむき出しにしたような形に今日おさまっておるということは、まことに情けないことだと私は考えております。そのためにも野党の議員が結束して、まあ政権をとるとらないという問題は二の次、三の次にしましても、そういうことをルートに乗せるための努力をなさっていただけるように諸先生方にお願いしたいということを、この席をかりて申し上げておきます。

土橋一吉日本共産党

○土橋委員 終わりました。

中野四郎自由民主党

○中野委員長 公述人に対する質疑はこれにて終わりました。  大木、犀川両公述人には、御多忙のところ、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。厚くお礼を申します。  以上をもちまして公聴会は終了いたしました。  明五日は、午前十時より委員会を開会し、昭和四十五年度総予算に対する一般質疑を行ないます。  本日は、これにて散会いたします。     午後三時五十分散会

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