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63回国会衆議院1970/04/08

文教委員会 第11号

発言数
176
登壇者
11
会派数
5
開催日
1970/04/08

会議録

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 これより会議を開きます。  著作権法案を議題とし、審査を進めます。  この際、著作権法案審査小委員長より小委員会の経過について報告を求めることといたします。著作権法案審査小委員長高見三郎君。

高見三郎自由民主党

○高見委員 著作権法案審査小委員会を代表して、私から本小委員会における審査の経過について御報告申し上げます。  著作権法案を審査するため、小委員十三名よりなる著作権法案審査小委員会が去る三月二十日、本委員会に設置され、自来今日まで小委員会を開会すること七回に及んだのであります。  この間、三月二十六日から四月二日まで四回にわたり、日本放送協会法規室長青木幸治君外十七名の参考人を招致し、放送、音楽、文芸、出版、美術、写真、レコード、映画、実演等各界の意見を聴取し、本法案の目的、映画の著作物の著作権の帰属、写真の著作物の保護期間、実演、レコードまたは放送の保護期間、翻訳権十年留保、その他の諸問題について慎重審査したのでありますが、その詳細は会議録によって御承知願いたいと存じます。  かくて、四月七日、本小委員会の審査を終了し、自後は本委員会による審査に移すことといたしました。  以上、御報告を申し上げます。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 これにて小委員長の報告は終わりました。     —————————————

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 次に、本案についての質疑を行ないます。通告がありますので、これを許します。河野洋平君。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 ただいま小委員長から御報告がありましたように、著作権法案につきましては、小委員会におきましてその法案の詳細について質疑応答がございました。文化庁長官並びに次長から非常にこまかい点まで御答弁をいただいておるわけでございますが、本委員会におきまして、今後の課題あるいは運用等につきまして、若干大臣から御答弁をいただいておきたい部分がございますので、三、四点私は大臣に御質問申し上げたいと思います。  小委員会におきます質疑は、主として著作権法案自体についての質疑が繰り返されたのでございまして、今後の問題という点につきましてはまだ問題が残っておるわけでございます。特に私ども社会常識となっておりますように、技術革新その他によりまして著作物の利用手段が非常に日進月歩を遂げておるという最近の事情等を考えてみますと、この著作権法案がもし成立を見たとしても、これですべて事足れりということにはならないと私は思います。著作権法は、非常に長い間旧態依然たる著作権法を現行法として適用しておるわけでございますが、かりに新法が成立を見たといたしましても、今後の問題利用手段の新たなる開発等について、これからどのように対処していかれるかということについて、大臣の御所見を承りたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 コンピューターでありますとか、あるいはビデオカセットなど、著作権制度におきまして今後早急に検討を必要とする課題が少なくないことは、いま御指摘になりましたとおりでございます。また、応用美術の保護など、今回の改正法におきましては今後の課題とした事項もございますし、また、さらに写真の保護期間、映画の著作権等、今回御議論のありました件もございます。従来、一部には、今回の改正が行なわれれば、今後数十年間は改正がないであろうというような声が聞かれますが、著作権制度は著作物の利用手段の発展に応じまして整備されるべきものでございますし、今後の五年はいま左での十年あるいは二十年に匹敵をする、こういうふうに考えられますので、これらの問題につきましては、今回の改正を基盤として、時を移さず積極的に検討に着手する考えでございます。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 どうかひとつ時期を逸さぬ対策というものをおとり続けいただきますように、この機会をおかりして要望申し上げておきます。  その次に、これは前回の本委員会のときにも松永委員から質問があったところでございますが、例の附則十四条の規定についてでございます。ブラッセル改正条約への加入の利益を考慮すれば、附則第十四条の規定は削除したほうがいいのではないかという意見があちらこちらにあったわけでございまして、むろん社会環境等を考えますればいろいろ御議論のあるところだと思いますが、いわゆるブラッセル改正条約への加入の利益ということを考えれば、この十四条の規定の削除という意見ももっともな意見と受け取れるわけでございます。この点につきましては、「当分の間、」というような字句で非常にあいまいな点もございますし、非常に問題のある点だと思いますので、もう一度大臣から御答弁をいただいておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 大多数の国が加入をいたしておりますブラッセル改正条約に加入することは望ましいことではございますが、わが国の現状というものを無視するわけにはまいらないと思うのであります。なお、わが国の実情というものを考慮いたしますと、附則第十四条を削除して、現在直ちにレコードによるすべての音楽の演奏につきまして著作者の権利が及ぶものとするということは、少し困難ではないかというふうに考えるのであります。しかしながら、なまでありましょうとレコードによるものでありましょうとも、著作物の利用につきましては著作者に権利を認めるべきものとする原則が今回の改正により認められた上は、やはりこれについての国民意識の醸成ということをまちまして、この規定についても検討を加えるべきものであると考える次第でございます。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 大臣からレコードについては非常に配慮をされるという趣旨の御答弁があったわけでございますが、一部には、今回の法改正の機会に、レコードではなくて、音楽のなま演奏の使用料も増額されるのではないかということを非常に心配をしておる向きがあるわけでございます。レコードを使用する分につきましては、つまり「当分の間」ということばを使って配慮する向きをこの附則に書いておるわけでございますが、なま演奏の分につきましては附則その他にも何も取り上げてないということで、当事者の中には非常に心配をしておられる向きがあるわけでございます。この点について、ひとつ大臣から御所見を承っておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 音楽のなま演奏に関する著作者の権利は、現行法におきましても確立されておりまして、今回の法改正によって影響のないところでございます。このなま演奏に関する使用料徴収の業務は、日本音楽著作権協会が行なっておりますが、この団体の徴収する使用料につきましては、文化庁長官の認可を要するということになっておるのであります。文化庁といたしましては、今回の法改正を機会に、バー、キャバレー等の社交易におけるなま演奏の使用料を増額すべきであるとは考えておりません。社交場における使用料につきましては、その性質上、使用料の徴収方法について苦情があることは承知いたしておりますが、文化庁といたしましては、実態に即して公平かつ妥当な額の使用料が徴収されるよう指導をいたしておるところでございます。また、使用者に対しましても、今回の法改正を機会に、著作権思想の普及、徹底方についてさらに努力をいたしたいというふうに考えておる次第でございます。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 ただいまの御答弁で当事者の心配はある程度なくなることとは思いますけれども、重ねてお願いを申し上げておきますが、文化庁長官にも特にお願いを申し上げておきたいと思います。いま大臣の御答弁にもございますように、文化庁長官の認可ということになっておるわけでございまして、新しい法律ができたということで、日本音楽著作権協会が、急激にバー、キャバレー等の使用料について、力関係が変わって、現在までと非常に違うような料金徴収等を行ないたいというような場合には、ひとつ長官も一はだ脱いでいただいて、あまり急激な変化がないように、どうか十分な配慮を払っていただきたいということをお願い申し上げておきます。  そこで、続けて質問をいたしますが、この法案ができたあと、当事者間でトラブルが起こるということを私は非常におそれておりますので、やたらにトラブルが起こって裁判に持ち込まれるというようなことがないように、この法案が成立いたしましても、どうかひとつ、当事者間で十分な話し合いが行なわれるということが何より大事なことだと思いますので、この点は文化庁長官もそういう配慮で御指導をお願いをしたいと思います。ちょっと御答弁を……。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 この著作権というものに対する世間一般の認識がまだまだ浸透しておらぬ状況にありますので、それをもっと周知させるように努力いたしまして、環境衛生その他の業者にも不安を与えない——この高くなりはしないかというような一つの不安でありますが、私は、厳にそのようなことのないように、先日も申したとおりでありまして、なお一そう今後このような不安を一掃するよう努力する考えでございます。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 最後にもう一点、当事者間の話し合いになって恐縮でございますが、レコードによる音楽放送の使用料についても、放送事業者に過大な負担をかけることがないよう考慮する必要がある。これもいままでのやり方に急激な変化が来るという危惧の念が一部にあるのでございまして、この点についても十分な配慮をしていただきたいと思いますが、大臣の御所見を承りたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 その点につきましては、著作権制度審議会の答申におきまして、権利行使の実際にあたりましては、長期間にわたる自由利用により形成されている社会的慣行が考慮される必要があり、使用料の額、徴収方法につきましては、現状に急激な変動の生ずることを避けるよう慎重に配慮すべきであるというふうに述べておるところでございますので、その趣旨に従いまして、関係者の話し合いをあっせんするとともに、著作権仲介業務法の運用に当たりたいと考えております。

河野洋平自由民主党

○河野(洋)委員 以上で私質問を終わりますけれども、何よりも大事なことは、この法律の趣旨を十二分に徹底させる、著作権思想の普及ということが最も大事なことであると思いますし、それと同時に、この第一条の目的に掲げてございますように、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ」とあるこの点について、どうかこれが、やはり私ども一般国民がこうした法案によりまして非常に文化的な所産の恩恵を受けられるという点にも、十分配慮をしていっていただきたいということを最後にお願いをして、私の質問を終わります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 小林信一君。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 この法案審議の中で、大臣に御質問申し上げる機会というのはいままでなかったわけですが、大臣のほうもたいへん忙しかったと思います。  きょうまで小委員会の中で非常に詳細な審議をしてまいりまして、その結果を総合いたしました私の感想を申し上げれば、この著作権法というのは、著作権者を守るのじゃなくて、著作権者にいろいろと制限あるいは規制を加える法律ではないかというような、極端に申し上げれば、印象まで私は受けておるわけです。この際、そうでない、著作権者を守る法律であるという点を、大臣にひとつ壁頭にお伺いしたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 法案の目的というのは、第一条の点だと思いますが、著作権法の目的は、著作者等の人格的及び経済的な利益を確保することによりまして著作者等の労苦に報い、著作物のより豊かなることを期待して、もって文化の発展に寄与するということでございますから、この法律の目的が、著作者等の権利の保護を第一義とするものであるということは、言うまでもないところでございます。しかしながら、一方におきましては、著作物は広く国民に利用されではじめて意義があるものでございますから、著作物の利用の面についても意を用いる必要があると考えるのでございます。この場合におきましても、著作物の利用が公正に行なわれ、著作者の利益を守ることも当然考慮すべきところと考えます。このことを明らかにするため、「公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り」といたしたわけでございます。なお、「公正な利用に留意しつつ」の文言は、著作物を使用する営利企業等の利益を考慮したものではなくて、以上のように、一般国民の公正な著作物の利用、享有を考慮したものでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 帰するところは、やっぱり大臣の御答弁のように、第一条の問題に集約されるかもしれませんけれども、私はそういう意味でなく、ずっとこの法案の大勢を通して見ての印象で申し上げたわけでありますが、やっぱり第一条の目的にこういうものがあらわれるわけで、大臣のいまのような答弁になると思うのですが、内容を通してまいりますと、定義だとか、あるいは適用範囲だとか、著作者の権利だとか、あるいは権利の内容、こういうものを見てまいりますと、保護してあるように見受けられるのですが、これは多少現行著作権法から発展をしておるように見えますが、何ら進歩したところはないと思うのです。そういう前置きをしながら、いよいよこの著作権の複雑な内容の中に入ってまいりますと、今度は規制する面のみが多くなっているような感がいたしますが、あるいはいままでの審議の中で十分私の意を尽くしておらぬためかもしれません。そこで一つ一つの問題について最も責任者であります大臣からお伺いをして、なおこれを検討をしてまいりたいと思うのですが、第一番に同一性保持権の問題でありますが、ここら辺から著作権者に対する制限とか規制とかいうふうなものが多くなってきておりますが、最もその点でお伺いいたしたいのは三十三条第一項であります。学校教育の目的上やむを得ないと認める場合には、その著作物の変更、切除あるいは改変をすることができるというふうにしておるわけですが、確かに学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの、これは私どもも賛成をいたしますが、その前につけてあることば、「著作物を利用する場合における用字又は用語の変更」、これまではいいのですが、「その他の改変で」ということばがついているのです。こういうことばが非常に法案の中に多いのですよ。前のほうでなるほどと思わしても、「その他の改変で」というと、一体どこまでこの「その他」の意味が発展をするのかということを考えざるを得ないのですが、大臣で御無理であれば、次長からでもいいですが、その具体例をお示しになっていただきたいと思うのです。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この点は、文化庁次長から説明申し上げます。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 まず、御指摘になりました第二十条の二項の第一号で教科書等に「著作物を利用する場合における用字又は用語の変更」の次に「その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められるもの」というのがございますので、これについての具体例を御紹介申し上げたいと思います。  たとえば内容の正確性をはかるという見地からいたしますと、例をあげますと、「シュバイツァーは九十歳をこえた今日でも」という原文があったといたします。これを教科書に入れる場合に「一九六五年、九十歳で死去したシュバイツァーは」というように直して教科書に載せるというようなことが——これは非常に高学年の段階になりますれば注記でもいいのでございますけれども、低学年の場合には、そういうような内容の正確性を子供に誤りなく伝えるという必要から、そういうふうに直す必要も出てくるであろう。それから、たとえば社会生活上の規範あるいは健康、安全というような見地からいたしますと、「弟のたかしを自転車に乗せてつれていった。」と書いてあるわけでございますが、子供に相乗りをさせるのはいけないということでございますから、「弟のたかしを一緒にお店までつれていった。」こう直さざるを得ないわけでございます。それから特定の商品の宣伝になるおそれのあるもの、「セロテープ」というのは固有名詞でございまして、それを載せますと特定の商品の宣伝になるから、それを「ばんそうこう」というように変えなければならぬ。あるいは児童生徒の心身の発達段階というような点からいたしまして、「役僧」を低学年の場合には「おぼうさん」というように直すというような点でございまして、学校教育の目的上の必要から真にやむを得ないと認められるものに限定されるべきものであると考えておるところでございます。  それから三号で「前二号に掲げるもののほか」云々のところがございますが、その具体例というようなことになりますと、たとえば絵をカラー写真で複製するというような場合には、印刷の紙とかその他でどうしても色彩が変わってくる。これは現物と違うんじゃないかと言われましても、そういう技術的な制約上しようがないであろう。あるいは劇場用の映画をテレビ放送に使うという許諾を与えた場合に、ワイドのスクリーン用につくられたものをテレビにいたしますと、画面の四すみが切れるということが出るわけでございます。これは許諾するときに、四すみが切れるだろうということが一応予測されておるわけでございますので、そういうものの場合においてはやむを得ないと思われるわけでございますし、あるいは民間放送であれば当然コマーシャルが入ってくるわけでございますが、コマーシャルが入ってくると著作物の同一性を妨げるというようなことになるとも思われますけれども、そのようなものは、著作物の性質なり利用の目的、態様に照らして真にやむを得ない改変ではないだろうか。こういうようなごく特殊な、真にやむを得ない改変のみ許すようにしようというのが、この規定の趣旨でございます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この第二十条の第二項の規定が適用される具体的事例につきましては、ただいま文化庁次長から説明をさせましたが、この規定はほんとうにやむを得ないというように客観的に認められるごく限定された場合にのみ適用されるものでございます。この趣旨が誤解されることのないように、その周知徹底方につきましては、特段の配慮をいたしてまいりたい、こういうふうに考えておるわけであります。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 これは法案の性質上、こういうあいまいな、しかももし拡大解釈されたら悪用されることもあるというような内容を持った個所がたくさんにあるわけです。そういう点を私は指摘をして、この法案はかえって規制が多いじゃないか、制限することが多いじゃないかということを先ほど申し上げたのですが、その一つの例として二十条をあげたわけです。いまやむを得ない場合はということで次長は言われて、その点では人格権を侵害しないようにするというような趣旨の答弁があったわけですが、やむを得ない場合に、その文章なり絵画なり映画なりの生命を変えるようなところまでも含めてやむを得ないというようなことになっては、たいへんだと思うのです。そこで、その三号をいま御説明になられたのですが、私たちは、そういう意味でこの三号はないほうがいいのじゃないかということを考えているわけです。と申しますのは、映画がテレビ放送される場合には、両わきをカットするとかいうふうに次長は言われましたが、シネマスコープの画面をテレビ放送をする場合には、七つに区分するのだそうです。七つに区分をして、その中の五つを入れなければテレビ放送にならない。そういう場合に、撮影をした人から考えれば、その切り方いかんによってその画面の主体性が変わる場合があるのだそうです。この項を入れておきますと、そういうことにはとんちゃくなく、テレビ放送局の意向でそれが切断をされるのだ。ただ両わきが切られるのじゃなくて、ある場合には右のほうの二つが切られて左のほうの五つが残される場合がある。ある場合には両わきを二つとってまん中が使われる場合があるというふうに、さまざまにこれは使われるのだそうです。ところが、著作権を持っております監督なりあるいは撮影監督なりの立場からすれば、そのために自分たちのそれに対する主目的というものが失われるような場合がある。おそらくこの項目があれば、われわれの著作権は全然無視されるのじゃないかという考えを持つのが当然だと思うのです。そういう場合に、ただこの条文だけでいいのか、何かそれを規制するものがなければいけないのか、そこが問題だと思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 映画をテレビで放映をする場合におきまして、時間の制約で一定の長さのものを短くする、あるいはいま御指摘のありましたようなシネマスコープのようなものを切って放映するような場合におきましては、当然これは原則でありますところの同一性保持権にかかわる問題でございまして、これは監督等の著作者にちゃんと了解を得た場合においてのみできる。現在でもそのような慣行が行なわれておりますし、私どももこの第二十条の原則に立って、そういうものは人格権として守られるべきものであると考えるわけでございます。また第二項は、第一項の原則に対する例外でございますから、例外はあくまでも厳密に解釈して運用すべきものであると考えるわけでございますので、先ほど大臣お話がございましたように、私どもといたしましては、この例外についてはきわめて厳格に解釈されるように、あらゆる機会に趣旨の徹底をはかりたい、かように考えておる次第でございます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 いま次長が申し上げたとおりでございますが、先ほど私からも答えを申し上げましたように、単に真にやむを得ないだけではいけない。真にやむを得ないものが客観的に認められ、しかもそれはごく限定された場合にのみ適用するというふうに、非常に厳格に解釈をいたしたいと思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 御説明はなかなか丁寧をきわめているようです。慣行の中でそういう点は了解をするようになっておるというようなお話ですが、そういう場合に、ほんとうに著作権者の了解を求めるというようなことが条件にならぬものか。確かにこの条文というものは必要なような気がいたしますが、しかし、これをこのまま載っけておくことは、多分に著作権侵害の形になりはしないかと思うのですが……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この点は、著作者といたしましては二十条によって同一性を保持する権利がございまして、それは百十二条によりまして、著作者はその著作者人格権を「侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。」という規定を、明文を置いております。したがって、もし著作者が自己の判断においてそういうものが二十条一項の違反であるというような場合には、直ちにこれによってその侵害の停止または予防の請求ができるわけでございますから、したがって、この原則ははっきり確立してあるならば、これの権利はこの百十二条等によりまして現実的にもしっかり確保できる道が講ぜられておる、かように考える次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 いまの御説明でやや了解をいたしましたけれども、現実においては、一般映画がテレビ放送に利用されるような場合については、なかなかこういうことが実際上はできない。泣き寝入りをするような形になるわけでありまして、一方これ存自分たちの利益のために利用しようとする者はこの条文をたてにとるけれども、被害を受けるほうはなかなかこれが適用できない。したがって、この法律がそのまま通るとすれば、この条文が通るとするならば、今後その点に相当な啓蒙を使用者側にはかり、趣旨の徹底をはかっていかなければいけないし、法律をつくった者は責任を負うような形をとらなければいけない、こう私は思います。  さらに同じような点では、第五款の著作権の制限の問題でありますが、これは明らかに制限をするのですから、著作権者にとっては問題の点だと思います。そこで、同じような、非常にあいまいな語句について御質問を申し上げますから、できるならば具体的な例をあげて御説明願いたいと思います。  三十条でありますが、「個人的に又は家庭内その他」——「個人的に又は家庭内」そこまではいいのですが、「その他これに準ずる限られた範囲内において使用することを」という、ここにもまたよくその具体的な内容を聞かなければわからないことばがあるのですが、その点について了解のいく御説明を願いたいと思います。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 「個人的に」というのは「一人で」ということになります。それから「家庭内」というのは「同一家庭内」ということになりますが、「その他これに準ずる限られた範囲内」と申しますのは、たとえば三、四人程度のごく少人数の友人で組織する音楽の同好会というようなものが、その楽譜を印刷してお互いに歌うというような、そういう家庭に準ずるような、家庭といっても大体大きさというものがあるわけであります、それに準ずるような小グループの中で——これは家庭ではないけれども、家庭くらいの人数の小グループの範囲内というような意味で「これに準ずる限られた範囲内」、こういうように表現した次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それらも拡大解釈をされればどうなるか、心配する者があります。それから次には三十一条、これは図書館等で複製をする場合の問題でありますが、やはり同じように「その他の施設で政令で定めるもの」とある。図書館等は、いま会社等の中にも図書館が設置されております。そういう図書館も含むのか。「その他の施設で政令で定めるもの」、これもこの際明確にしていただきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この三十一条の「図書館その他の施設」は、最終的には政令で指定することになりますが、これには国会図書館、あるいは公立図書館、あるいは大学の付属図書館などを予定しております。企業内図書館等営利団体が設立するものは指定しない方針であります。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 いま大臣のおっしゃったのは、図書館というものの意味だと思うのですよ。「その他の施設で政令で定めるもの」、どういうものが政令で定められるか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 「図書館その他の施設」という場合に、図書館という名前がなくても、非常にりっぱなそういう施設の場合もございますが、たとえば科学情報センターというようなものがございます。これは特殊法人が設立いたしておるところでございますが、そういう科学情報センターというような公共的性格を持つようなもので、しかもこの場合には著作権の制限になりまするから、そこには司書等の一定の資格を持って、しかもその専門的職員が著作権についても十分な教養を持つ者でなければならないというようなことをはっきり明記いたしまして、この著作権の侵害行為が行なわれないように十分配慮いたす所存でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 大臣は参議院のほうで何か御用があるそうですが、大体いま、そういうこまかい点を私はこれから御質問申し上げておりますから、また大臣が帰ってきてから総括して御質問申し上げて、次長の……。  じゃ切りにします。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 午後零時三十分より再開することとし、暫時休憩いたします。    午前十一時十八分休憩      ————◇—————    午後零時五十四分開議

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  著作権法案について質疑を続行いたします。小林信一君。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 著作権制限の問題で午前中二、三例を申し上げたんですが、なお一応問題を解明しておきたいところがございますので、続けてお伺いします。  三十一条の一号「図書館等の利用者の求めに応じ、その調査研究の用に供するために、」云々とあって「複製物を一人につき一部提供する場合」というふうに書いてありますが、「一人につき一部提供する場合」ということになると、これはやっぱり無制限を意味するものではないか。  それから、二号の「図書館資料の保存のため必要がある場合」、こういう点について、やはり確たる御意見を承っておきたいと思います。  それから、続けて申しますと、同じようなことばですが、三十二条の一項のあとのほうに「正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」引用の問題でありますが、「正当な範囲内」、これを規制するものは何であるか。  それから同じく二項、「ただし、これを禁止する旨の表示がある場合は、この限りでない。」ところが、「禁止する旨の表示」というのが禁転載というふうなものを意味していると思うのですが、こういうものは必ずしも、そういう意思があっても、その本のていさいとかあるいはページとかいうふうなものを考慮して載せることができない場合もあると思うのですよ。だから、もし共通のマークか何かつくって、こういうものが押されてある場合はこれは転載は禁止されておるんだというような形にでもすればですが、これは他に転載してはいけないというような表示のしかたというものがいままで非常に不統一であるために、それをもしすれば、ページとか本とかいうもののていさいを非常に悪くするというふうなことから、そういう意思があってもそれを表示しておらぬ場合もあるわけですが、しかし、これがなければ引用は自由であるというようなことで、ここにもやはり問題がありはしないかと思うのですが、以上の点についてひとつ……。この際次長でもいいです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 第一の御質問の第三十一条一号の、その「複製物を一人につき一部提供する場合」ということで、一人につき一度に数部を提供するようなことは違反になるということでございます。でございますから、これは非常に厳密に一人につき一部といっておるわけでございまして、その確保の手段といたしましては、先ほど申しました政令で規定する場合に、図書館の司書等がその著作権についての認識を十分備えておるというようなことを要求いたしまして、この趣旨が十分貫かれるようにしたい、かように考えておるところでございます。  それから二号の「図書館資料の保存のため必要がある場合」と申しますのは、所属するところの稀覯本と申しますか、非常に他に得られないような稀覯本がございまして、それが損傷していくとかあるいはそういうものの紛失を防ぐとか、そういうような場合におきまして、その保存のために、リコピーでその図書館において複製して持っておく、こういうような意味でございます。  それから、第三十二条におきまして「かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と書いてございますことは、報道であれば、報道の目的上そこにおのずからなる制限があるわけでございます。あるいは批評の目的であれば、批評に必要な範囲内において、その批評のために必要と認められる限りにおいてそれを引用するということでございまして、批評に名をかりてほとんど全部他の本を引き写すというようなことは、認められないわけでございます。この「目的上」というのは、それぞれ報道、批評、研究その他引用する目的があるわけでございまして、その「目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」したがいまして、ここで何字、何行まではいいとか悪いとかいうことは言えないわけでございまして、それぞれの具体的な場合におきまして、「目的上正当な範囲内」と認められるかどうかというところで、それを越えれば、それは著作権侵害の問題になるということでございます。  それから第二項の場合は、これは国または地方公共団体の機関が広報資料、調査統計資料、報告書——たとえば文部省で教育白書を出すとか、そういうものを出すわけでございまして、そういうものを他の著作物等、新聞、雑誌その他の刊行物に転載するというようなことは、これはそもそも国がなるべく一般の人に知っていただきたい、こういう目的で出すものでございますから、本来的にいえばそういうものについては転載を自由にするという考え方でございますけれども、ただ特別の必要があって、そういうものはやはり一応転載する場合については困るというような禁止の旨の表示がある場合にはそれができないということでございまして、原則はこれはなるべく知らしめる、知っていただく、こういう趣旨でございます。  それから禁転載の表示の方法等についてなるべくみんながわかりやすいような方途を考えてはどうかということ、まことにごもっともだと思うわけでございまして、これはまあ政令とかいう形できめるということはいかがかと思いますけれども、そういうようなものが十分うまくできますように、今後関係者等とも十分話し合いをいたしまして、そういうものが、おのずからそういう慣行なり形式がある程度一致したものが得られるように努力するというのは、たいへんけっこうなことだと思いまして、ただいまのお話、そういう意味で非常に感銘深く伺った次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 その「図書館資料の保存のため必要がある場合」の複製というものですね、いまリコピーというふうに言われたんですが、に限るのですか。あるいは保存というふうなことを考えて、りっぱな複製をつくるということも私はありはしないかと思うのです。そういう場合に、ついでだから少しよけいつくっておいて、ほかにも必要な人があったら分けてやれというようなことが大きくなってくると問題じゃないか、こう思うのですが、リコピーに限りというふうなことですか。もう一ぺんそこを……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この本文のほうに「著作物を複製することができる。」と書いてございます。したがいまして、私申し上げましたようなリコピーと申しますか、そういうものが普通だと思いますが、たとえば欠損ページを補充するとか、あるいはマイクロフィルムにとっておくとかいうようなこともあるわけでございますが、いまお話がございました、これをたくさんつくっておいてほかに分けてやるとかいうようなことは、これは明らかにその「図書館資料の保存のため必要がある場合」ではございませんから、これは明らかに著作権侵害になるというように考えます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 そういうものに名をかりて、それに便乗してこの著作権侵害をするようなことが、こういうものがあれば行なわれはしないか、こう心配をするものでありますから……。  さらに、項を改めて、(教科用図書等への掲載)の問題ですが、その二項ですが、われわれとすれば、著作権者が教科用図書に掲載をされるということについては、この規定に別に反対はしないと思うのですが、それならば二項の中に「その旨を著作者に通知するとともに」とありますが、「通知する」という前に「事前」というようなことばを入れて、そして著作権者に相当敬意を払う意思をここに表示すべきじゃないか。何かただばく然と通知というふうにしておけば、あとで通知をしてもいいし、しっぱなしでもいいというふうな、何か人格権の侵害が考えられるような文章になっております。おそらく事前という問題もお考えになったと思いますが、あえてここへ入れなかったということについての御意見があったら、承りたいと思うのです。同じように三十四条の二項も「著作者に通知するとともに」というふうに書いてありますが、私どもは、事前ということばを入れたら非常にこれは著作権者の人格権の尊重という形になりはしないか、こう思うのですが、どうですか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 著作者に通知すべきものとしました趣旨は、著作者人格権の尊重という精神に基づくものでございます。したがいまして、この趣旨からも、事前に通知がなされることが望ましいというふうに考えますので、その趣旨で教科書会社あるいはNHK等を指導してまいりたいと存じております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 それなら、事前ということばを入れることには問題はありませんか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 確かに御指摘のとおり、著作君に対して、著作者人格権の尊重という精神から、当然趣旨といたしましてはただいま大臣からお話のございましたように事前に通知するというのがたてまえであろうと思うわけでございますけれども、この実際の通知の意味というものを厳密に考えてみますと、著作者人格権を侵害しないということを確保するためでございます。したがいまして、かりにたとえば全然原文を変えない、そのまま転載するというようなことでありますれば、著作者人格権の侵害は生じないわけでございます。したがいまして、その場合に、厳密な法律解釈として、事前というのはその意味でどうだろうかという疑問も出されたわけでございまして、そこでここでは事前ということは事柄の趣旨としては当然であるけれども、法律上そこに事前にということまでも入れることはいかがであろうか、こういうのが厳密な法律上の考え方の問題でございますけれども、趣旨はただいま大臣からお話ございましたように、著作者に敬意を払うという意味から、事前のほうが望ましいし、そういうのがたてまえであろう、そういう意味におきまして今後の指導によっていきたいという大臣のお話になろうかと存じます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 どうも事前を入れることが人格権尊重の意味からいって当然のような気がするのですが、何かこの事前をことさらに省くことには、交渉上の関係とかいろいろこの中には意味があるのじゃないかと思われるのですが、かえって事前を入れないほうが人格権尊重になるというふうな御意見で、多少われわれには理解がいかない点があります。  三十五条の「学校その他の教育機関において教育を担任する者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合には、必要と認められる限度において、」「複製することができる。」、その末尾に「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。」こういうことばを入れなければならぬのは、どういう意味なんです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 これは学校で先生が教材等をプリントに刷って子供に配る、こういうようなことを一般的に予想しておるわけでございます。しかし、最近はゼロックスとかいろいろな機械も出てまいりましたから、そういうことが非常に簡単にできるわけでございますが、そういうことを先生がやればいいというようになると、ある程度の問題が出てくる。たとえば童話集が市販されておる、そういうような場合に、その童話集の全部をリコピーでとって子供にやってしまう、そういうことになると、五十冊売れなくなるという問題が生じます。そのほか、たとえばいろいろ教材等がたくさん出ておりますが、その出ているやつを一枚買って、あと全部リコピーでそのままとってしまうということになると、これはやはり著作権者の利益を不当に害するということがございますから、学校の先生がおやりになる場合でも、著作権者の利益を不当に害する場合はいけませんということをはっきりしておかなければいけないということで、このただし書きをつけたということでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 いまお話がありましたように、最近いろいろな機械が出ておって簡単に複製することができる。だから、こういう条項がある以上、全児童に買わせなくても、一冊買ってきてそれで間に合わせる。しかもそれは決して違反ではない、著作権侵害ではないというようなことに利用されるおそれがあるのですが、しかし、私はこの条文が必要だと思います。必要であるけれども、不当に害することがあってはならないというふうなことだけで置いてはいけない。それは最近のいろいろな機械等の伸展から見て十分注意しなければならぬと思うのですが、こういうことが著作権違反として、この問題だけでなく所々に留意されなければならないと思うのですが、その点は了解いたします。  三十七条へいきまして、盲人用の点字の複製の問題ですが、この人たちにいままで著作権というものを提供しておった人たちに言わせれば、この条文が出てくると、文化庁が自分たちの権利を剥奪して、文化庁が盲人の人たちに恩恵を施しているような形になる。こういう条文をつくらなくても、私たちはすでに盲人の人たちには著作権というものをほんとうに無料で提供して今日まできておる。そういう慣習から見ても、私たちと盲人との関係で問題が処理できるほうが、私どもとしてはうれしい。この条文ができることによって、私たちと盲人たちの関係というものはなくなってしまって、そして文化庁という役所が、この条文で自分たちの著作権を取り上げて、文化庁の、政府の恩恵で盲人の人たちに著作権を提供するという形になる。だから、これはあってもなくてもいいんだ、こういう意見があるのですが、これを特に置かなければならない御意見を承りたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 盲人用の点字複製等につきましては、従来著作者の方々が示されてきました御理解には深く敬意を表するものでございます。しかしながら、盲人の福祉の増進という見地からいたしますと、このような特別な規定を設けて、盲人用の点字複製等がより積極的に行なわれるようにすることが適当であるというふうに考えて、こういたした次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 大臣がいままでの歴史的な過程についても一応敬意を表され、そういう気持ちでもって今後この問題を処理されるならば、私は、おそらく著作権者もこれを了とすると思うのですが、そういう意思のあることは十分御留意願いたいと思います。  次に、時事問題に関する論説の転載の問題でありますが、ここにも軽率に取り扱う場合は相当問題が起きるではないかと思いますし、さらにこれと関連をいたしまして、裁判手続等における複製の問題は、これは審議の段階でも問題にしたことがございますが、これらを同じように拡大解釈をされますというと、取材というふうなものが捜査の手先になるというようなことにもなりかねないわけで、この点についてどういうふうに今後実施にあたっては留意をするか、御説明願いたいと思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 第三十九条の(時事問題に関する論説の転載等)の規定でございますが、この規定はベルヌ条約にございますし、現行法でも認められるものでございますが、これは新聞、雑誌に掲載されたところの論説は、報道の自由と申しますか、なるべくそういうものを自由に利用して、これらの問題についての考え方を広く一般に知らせることを容易にしようということで、Aという新聞に載った社説を、Bという新聞が、A新聞社の論説であるということを表示した上でそのままこれを載せてもよい、こういう趣旨の規定でございます。したがいまして、これは、そういう時事問題に関する論説が広く一般に使われやすくするようにと、こういう意味の規定でございます。  それから四十二条の規定は、現行法では、「専ラ官庁ノ用ニ供スル為複製スルコト」とのみ書いてあるわけでございますけれども、それでは非常に意味が不明確であるということからいたしまして、「裁判手続のために必要と認められる場合」と、それから「立法又は行政の目的のために内部資料として必要と認められる場合には、矛、の必要と認められる限度において、複製することができる。」、「ただし」ということで「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りで、ない。」ということで、内部資料であるということと、それからこれが部数が多くなるというようなことによって著作権者の利益が害されないように配意をする、こういうような趣旨の規定でございますので、これはもっぱらそういう報道関係の論説の自由な利用とか、あるいは裁判手続、あるいは立法資料、または行政の目的のための見地からのみの著作権の制限の規定である、かように考える次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 その内部資料というところをたいへんに重視しておられるようですが、その意味をお願いしたいと思うのです。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 行政目的のための著作物の複製につきましては、現行法第三十条第一項第九号「専ラ官庁ノ別ニ共スル為」におきましても、内部資料のための複製など、著作者の経済的利益を害さない程度のものに限定されるものとして解釈をされてきたところでございます。法案第四十二条におきましては、この点を本文とただし書きにより明文をもって明らかにしておりますので、行政目的のための複製と申しましても、広報資料等の部外へ配布するためのものを含まず、内部資料としてごく限定された部数に限って認められるものでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 たとえば報道関係者がある事件をフィルムにおさめた、それが裁判をする場合に証拠品としてあとからこれを提供するように——そのものを提供するというのか、あるいはそれが複製という形になるかもしれませんが、そういうことは、この条文に照らして要求するというふうなことにはならないのか、なるのか、なるおそれがあるか、私はそれを心配するのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 これは、裁判手続のため必要と認めて、その関係当局が録画をするというだけの問題でございまして、したがいまして、その裁判の証拠のために提出命令をするとかしないとか、そういうようなことは、この著作権法での問題ではなくて、その裁判手続のために必要と認められる場合において、その関係当局がそれを録画をすることができるというだけの意味でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 はっきりしませんが、そういう場合には、取材をした人が、録画をした人が拒否する、私はそれはできませんと言って、拒否したというような場合には、いやこういう条文があるからこの著作権法の条文でも提供させることができるんだということにはならないということですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 これはフィルムをよこせとかよこさぬとかいう所有権の問題ではないわけでございまして、テレビの画面を、たとえば私どもが写真でとるということが許されるのがこの三十条でございますが、その家庭用の目的でなくて、裁判手続のために関係当局がテレビの放映のものを録画することができるということでございまして、人から物をとるような権利は、ここからは全然生じてまいりません。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 その録画を複製をするという場合に、この法律がある以上、条文がある以上、できる。しかし、それはおれの著作権侵害であるという異議を言うことも、私はできると思うのです、著作権者のほうからは。しかし、それはこの条文がある以上はできないというのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 さようでございまして、その写真の著作者の著作物が裁判手続のために必要と認められる場合に複製されることについて著作権者が異議が言えないという、そういうだけの意味でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 そういうだけなんて簡単に言われるのですが、私、これは非常に重大な問題だと思います。そういう御意見であることを了承いたします。  そういうように、これは著作権がある以上、こういう複製は制限をしたり規制をしなければならぬということがよくわかるわけですが、これがこの法律の大部分である点を考えれば、著作権というものが保護される上には、こうした規制もまた受けなければならぬとは思いますが、そういう規制、制限のほうが多くて、ほんとうに著作権を保護するという点が、非常にこの法律では私には少ないような気がするのですが、そこで、さらに同じような傾向である点を指摘してまいりますと、第六十八条、まず内容をお聞きいたしますが、「公表された著作物を放送しようとする放送事業者は、その著作権者に対し放送の許諾につき協議を求めたがその協議が成立せず、又はその協議をすることができないときは、」こうありますが、「協議が成立せず」というのは、結局利害関係というふうなものであるか、あるいはどうしてもこういうものは公表したくないという事情があるのか、またその下のその「協議をすることができない」、これはその人が所在不明で協議ができないというようなものを意味するのか、この協議が成立せずというのは、どういう場面を想定してここに書かれておるのか、あるいは「協議をすることができない」というそれは、どういう場合のことを言っておるのか、まずそこをお伺いいたします。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 「協議が成立せず」という場合は、協議を求めて協議に入ったけれども、協議がまとまらなかった。たとえば著作権者のほうが非常に法外な、社会的に見ては当然考えられないような法外なお値段が出て、そこで協議が成立しない。それから、その次の「協議をすることができないときは」というのは、たとえば一応連絡はできたけれども、協議自体にまで入ることができなかったというような場合を言っておるわけでございます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この規定は、いかなる場合にも著作者に無断で著作物を放送できるとする規定ではなくて、著作者と協議してもどうしても許諾が得られない場合に利用される規定でございます。この制度は条約上に根拠がございますし、現行法にもすでにあるものとして、著作権制度審議会の答申においても、なお存置すべきものとされたのでございます。法案におきましては、この制度を慎重に運用するために、著作者がその利用を廃絶する意思を有していたり、著作者が放送の許諾を与えないことについてやむを得ない事情があるときは裁定ができない旨を定め、著作者の意向の尊重について特に配意いたしたところであります。  なお、戦後この制度は実際に利用されましたことはございません。今後におきましても、その適用はあまり予想されないところでございますが、その運用につきましては、十分慎重を期したいと存じます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 大臣のこの条項に対する精神は、十分わかりました。わかりましたが、いま次長の説明の中に、非常に一方的な考え方をしている点が遺憾に思われるので、重ねて申し上げますが、法外に高い値段だということを主張されましたが、法外に安い値段で交渉した場合に成立しないという場合も、私はあると思うのですよ。あなたはとかくこっちのほうは軽率に取り扱ってそっちのほうを重視される傾向が、この法案審議の中で通してあるのですが、やっぱりこう出てくるのですね。そういうような場合は、想定はいたしませんか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この六十八条の著作物の放送についての制度は、趣旨といたしまして、放送の公共性にかんがみて権利者の権利の乱用を戒めるという趣旨でございますので、私がそういう例を申し上げましたけれども、協議でございますから、両方の条件が合わないということは当然あるわけでございますから、先生のおっしゃるような場合も、もちろんあり得ると思うわけでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 そういう使用者のほうが安い値段のために折り合いがつかないという場合にも、裁定を下しますか、どうですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 先ほど大臣からもお述べになりました七十条の三項の第二号で、その著作物の放送の許諾を与えないことにやむを得ない事情があるというような場合にも、これに関係があるわけでございます。そういうようなことを勘案した上で裁定をするしないという決定をするという、こういう考え方でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 さらに後段の協議することができないというふうなときに、著作権者が自分は放送事業者の他社に関係がある、そういうところから義理であなたのほうにこれをまかせることはできないというふうなそういうわれわれが想定できない場合もあると思うのですがね。そんな点も考慮されておるのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 まことに御指摘のとおりでございまして、七十条の三項の二号で「その著作物の放送の許諾を与えないことについてやむを得ない事情がある」、特定の放送事業者に著作物の放送についての独占的許諾をすでに与えておる、そういうような場合に、他の放送事業者が、どうしてもわしのところでもやってもらいたいということを言って裁定申請しても、それは認めないということになろうかと思います。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 さらにずっと飛びまして、八十四条の三項ですが、「当該廃絶により出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しない場合は、この限りでない。」という条項に、私は非常に疑問を感ずるわけです。と申しますのは、自分が出版をしようとして出版権者と約束をした中途において、自分がその廃絶のやむなきに至ったという場合に、通知によってその出版権を消滅させることができる、こういう条文で、これは著作者を非常に保護しておる条文でありますが、そのあとへ、「ただし、当該廃絶により出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しない場合は、この限りでない。」という条文がついておることが、これはかえってこういう名のもとに著作権者の権利を奪うような形になりはしまいかと心配するわけです。私に言わしめれば、中途で出版を廃絶するわけですから、出版権者にはももろん損害を賠償しなければならぬと思います。だから、損害をあらかじめ賠償して、そしてその通知を出すという形になりさえすればいいので、一番最後の「この限りでない」、本人は廃絶を思い立っても、ときには本人の意思に反してその出版を強行される場合があっても差しつかえないというふうにきめることは、私はややこしい表現の中に出版権者の利益を考えているような意図が感ぜられるわけですが、この点も詳しく解明していただきたいと思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 まず、出版権というものでございますが、これは著作権者、そのうちでも特に複製権を必ず持っているその著作権者が、ある特定の出版社に対して、自分のものはあなたの出版社だけで出版させますということの両者の信頼関係の上に立って出版権というものが設定されるわけでございまして、そしてまた出版権の存続期間というのは、原則としていま三年ということになっておるわけでございます。そういうような観点をひとつ前提にいたしまして、その途中で自分はあの出版物はもう出したくなくなったというようなことがないとは言えないと思うのですけれども、やはりそういうものもあり得る場合におきましては、その信頼関係を一たん廃止するわけでございますから、そのためにやはり出版権という形においてその専属的といいますか、その本屋だけで、出版社だけで出版できるというその地位を守ることが、この出版権を設定して認めるという趣旨でございます。したがって、そういう権利も、またこれは著作権の一部が移ったようなものでございますから、これはやはり尊重しなければならないということでございます。そういたしますと、著作者が自分の著作物はもう自分の確信に適合しなくなったからやめたいという場合、その心情というものと、それから一方においてはこの著作物を専用的に出版する地位を得た出版権者というものの経済的地位も、守らなければならない。それをどのように調整するかということになるわけであります。そこで、ここでは当該廃絶により出版権者に通常生ずべき損害をあらかじめ賠償するということを義務づけておるわけでございまして、このことについては先生もまた御異論がないようでございますが、その場合に、「通常生ずべき損害をあらかじめ賠償しなければならない」と書くか「しない場合はこの限りでない」と書くかは、一面では修辞上の問題ではございますが、同時にこの規定では「出版権を消滅させることができる。」ということでございますから、一方的な複製権者である著作者の意思によって、通知によってその効力が生ずるわけでございまして、したがいまして、他方の出版権者の立場から見れば、通知がきたからもうそれでという、その損害は賠償してもらうということになるわけでございますが、そこで消滅の効力が一体生じたかどうかというところが、問題になるわけでございます。したがって、あらかじめ賠償しない場合には消滅させることができない、こういうふうに読めるわけでございます。したがって、あらかじめ賠償しないときは通知をしても出版権は消滅しませんよということを明確にする意味におきまして、先生お示しの「あらかじめ賠償しなければならない」よりは「あらかじめ賠償しない場合は、この限りでない」、すなわちあらかじめ賠償しない場合は出版権は消滅させることができないというようにしたほうが、法律関係を明確にするという意味において望ましいということで、ここではあらかじめ賠償しなければならないというのではなくて、あらかじめ賠償しない場合は、この限りでない、その場合は出版権を消滅させることができない、あらかじめ賠償した場合は消滅させることができる、こういうように法律関係を明確にするという趣旨に出たものでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 御丁寧な答弁でわからなければ申しわけないのですが、私は簡単にこう考えるのですよ。出版権を停止する。しかし、それまで金がかかっている。だから、これは補償しなければいけない。そういう場合に、金が支払えない場合には、その人の持っておる家屋とかあるいは土地とかいうものを代償に取ることはできますよね。そういうことは、商取引の中で当然のことだと思うのです。だが、この条文からいえば、出版を継続してやってよろしいということも、これも何か金がなければ家を抵当に取るとかあるいは土地を抵当に取るとかいう、代償に取るとかいう、それと同じように出版することもできるというように私には考えられるわけなので、財産と同じに考える点では差しつかえないのですが、しかし、その出版というものは、その出版を自分が廃絶をしようというときには、いろいろな立場があると思うのです。この本を出版しようと思ったけれども、しかし内容がこうであるから、これは自分の社会的地位をなくなすというような場合もある、あるいは人にとんでもない迷惑をかけるというような場合、そういうようなことから廃絶を意図した場合があると思うのです。とすれば、この出版そのものは、財産等と比較できない場合もあると思うのですよ。だが、いまのこの条文でいえば、金がない場合には家とか土地とかいうふうなもので代償するというのが商取引であるけれども、その中へ一枚出版ということまで入れてしまうということは、少し著作権というものに対する認識が軽率じゃないか、こう思うのです。だから、賠償しなければならないでおいでおいで、この限りでない、出版も継続してできるということについては考慮してやらなければ、出版権者だけの利益をはかって著作権者の立場というものを考慮しない条文ではないか、こう思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この規定が三項でございますけれども、実際の場合は、自分は本をやめたいということを出版社に言って、それではあなたのおっしゃるのはごもっともだということで、それじゃやめましょう、そのかわり私に対して、出版社としてはこれぐらいの損害賠償がほしいのですよというので、通常の場合はそれで話が行なわれるというのが常態でございまして、こういうような場合、法律のいわば極限の場合でございます。その極限の場合において、自己の確信に適合しなくなったものは出したくないというその著作者の信念というものは、やはり一面では重要視しなければならない。しかしながら、一たん設定された出版権というものの地位も守らなければならぬということで、これで両方の立場を調和的に考えたということでございます。したがって、あとは先生のおっしゃるあらかじめ賠償しなければならないと書くか、あるいはこの限りでないと書くかは、結局消滅させる、消滅ができるかどうかの事態を法律的に明確にするほうがいいか、若干はその辺はあいまいにしておいたほうがいいかという問題に帰するわけでございまして、基本的な考え方については私ども小林先生と全く同じでございますが、ただ法律的な消滅させることができるかできないかということを明確にするという、その法律の関係を明確にするという立場からは、「この限りでない」と書いたほうがベターではないか、そういう考え方でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 簡単に考えれば、代償ですからいいような気がいたしますが、廃絶をしようという場合は、私はいろいろな場合を想定してやらなければいけないと思うのですよ。その場合「この限りでない」ということばをつけておくことは、これはなぜ出版権者に有利になると私が断定するかと言えば、ただ出版権者は出版することによってその仕事から出てくる利益だけを目標にするのでなくて、その本が将来ベストセラーになるというような場合には、よけいもうかるわけですね。そういうことから出版権者の利益を考えれば、ただ代償を支払ってもらうということでなくて、「この限りでない」という条文を入れることによって出版権者を非常に有利にさせるというようにも考えられるわけで、このことばは私は出版権者のためにのみ考えてつけたような気がするのですが、これも今後それが不当に行なわれるような場合には、何か監督する立場から考慮することができるかどうか。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 いま仰せのごとく、あらゆる場合を考えなければならないということはもっともでございますが、通常出版権を途中でやめるということはめったにないことです。普通わずか三年間でございますから、その間にやめるということはめったにないが、最も多く考えられるのは、事実そういうことのほうが多いのですが、ある本屋に原稿を渡す、そうすると、三年以内に——一年くらいで、本屋が第一版くらいでやめてしまうのです。ある本屋にいわすと、こういうようにして売ればもっと売れるのですよというので、ある本屋をやめてこっちへ移りたい。しかし、その間出版権が三年間続いているので、廃絶することができないというような場合が非常に多いのです。ですから、損害を賠償するということは、ほとんど損害がないのです。ある場合は、これを廃絶したほうがいいということで、こういう場合は、出版権の問題は民法上の契約の問題なんで、出版権とは非常にかかわり合いが薄い問題ではないかというように私は考えるのでございますが、いかがでございましょうか。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 民法上の問題になることが可能であるだけに、「この限りでない」という、出版権を継続して出版権者が持っていくことができるような条文をつけないほうがいいという考えで私は申し上げたんですが、わかりました。あまりそういうことはないというようなお話もございまして、一応この点は了解いたします。  そこで、私が取り上げた問題をこの法案からあげてみますと、制限、規制するようなことのほうが多くて、保護するということはこの法律にはそんなにないような気が私はするのですよ。そう言うと酷評かもしれませんけれども、それが何から生まれてきておるかといえば、この法律をつくる場合の基礎であります第一条の目的ですね。大臣が当初言われたんですが、この第一条の目的を表示する中には、著作権者の保護だけでなくて、いわゆる「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ」という、そこに非常に留意された法案の作成ではないか、こう考えられるわけです。試みに「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ」という文句をとって考えてみれば、それでも差しつかえないような気がするわけなんです。「文化的所産の公正な利用」という、いわゆる使用者側を考慮するような傾向が非常に強くなってきておるのですが、参考人の方々の御意見を承っても、まだまだ日本の著作権者というものは使用者に対しては非常に弱い立場に置かれておる、こういう条項を置くということは、そういう意味でも非常に著作権者に不利な形になりやしないか、また著作権法という法律のたてまえ上、これをはたして必要とするかどうかというような疑問もたくさんに聞いておりますが、もう一度この文章全体について大臣の信念を披瀝をしていただくと同時に、なぜ「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ」を加えなければならぬかという点を御説明願いたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この点は先ほど冒頭に申し上げたとおりでございまして、現実問題としまして、この著作物というものが公共に一般的に利用されるという実態が、実はあるわけでございます。そういうような実態を全然顧みずに、著作者だけの保護ということを申しましても、むしろかえって著作者の保護ということを期し得ないというようなことにもつながってくるのではないか。現実にそういうような公正な利用というものが一面においてなければ、むしろ著作者としての権利が保障されない、こういうような考え方から、この「公正な利用に留意しつつ」ということは大事な点じゃないかというふうに思います。しかし、先ほど申しますように、あくまでもこの法案の第一の目的は、著作者等の権利の保護を第一義的に考えておるということには変わりはないわけでございまして、この全法案の中に貫いておる考え方というものは、これがりっぱに生きておるというふうに私は確信しておる次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 そこら辺の見解というのは、非常にむずかしいものだと思います。確かに著作者と、そしてその著作者の作品を読むなり見るなりするという受益者、この二つの関係だけでなく、その中間にこれを仲介するものがあって事は成り立っていくと思うのですが、一番最後の「文化の発展に寄与する」という点を考えれば、必ずしもそういうことを考慮しなくてもいいと思うのです。つくるもの、そして今度はそのための利益を受ける人、そういういわゆる作者とそしてそれを批判をするというか受益者、こういうもののきびしい関係の中にますます著作者というものはその創作性を高め、芸術性を高めていき、そういう批判をする中で、一般社会人というものは、自分たちもそれに応じて自分たちの教養を高めたり知識を高めたりしていくことができる。それが文化の進展になっていくと思うのですよ。その中間的な存在というものをあまり考慮すると、かえってその両者の関係というものにきびしさがなくなっていくようなことも考えていかなければならぬと私は思うのですが、これは非常にむずかしい問題であって、私にも確たるものはないわけです。  そこでお聞きしたいのですが、保護期間というものがこの法案の一番重要な問題になってくるわけです。それが何か著作権者を保護するような印象が世間一般に多いわけなんですが、私はこの問題を世間が考えているようには考えておらないのです。私の見解を申し上げて立法の御意思を聞きたいと思うのですが、保護期間というものは五十年というものを一応基礎にしておるわけですが、五十年というのは著作権者の権利を保護するためにのみ考えてあるのか。ある場合には、死後五十年だったら、一体だれが著作権者であるかわからぬとか、いろいろ事務的に繁雑なものがある。そういうことも考慮して五十年ぐらいにしたらどうかという——財産権を守るというようなことよりも、事務的な面で年限を考える向きもありはしないかと思うのですよ。保護期間の五十年というものが、ほんとうに著作権者の権利を守るという、そういう意味であるかどうか。その点を、五十年が妥当である理由も一緒にして御説明願いたいと思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作権という制度を設けて著作権を保護するというのは、先ほど大臣からもお話ございましたように、著作者の創作活動に対してその労苦に報いる、そして著作物がより豊かになるということを考えるわけでございますが、そのことは逆に言えば、著作者が著作物を創作した、その場合にはそれに当然報いがあるということでございますが、その報いるのは、単に生きている期間ではなくて、死後においても子孫にもその報いがあるということによって著作者というものの労苦が報いられるというのが、根本的な考え方でございます。その場合、一体死後三十年にすべきか、あるいは死後五十年にすべきかというその年数が、三十年は非常に短くて、五十年にするのは、二十年延ばすのはなぜであるか、その理由いかんと言われましても、なかなか実証的には証明しがたいのでございまして、これはやはり条約等によりまして、あるいは各国ともが、もうすべての文明国が死後五十年という原則をとっておる。したがって、その死後五十年間という著作者の労苦に報いる期間を設けることが適切であるという一種の世界的な常識があるということで、やはりその諸外国並みに条約の定めるところの五十年はぜひ保護しなければならない、こういうような考え方でございまして、これはその著作権者が不明になるとかそういう技術的なことよりは、むしろ死後五十年はその労苦に報いるようにすることが、著作者の創作意欲あるいはその労苦に報いる上において必要である、こういうように一般的に考えられるということではないかと存じます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 次長の言うような考えを私も最初に持って、この法案審議に臨みました。要するに、報いられるとか、その創造性、芸術性、こういうふうなものに対するところの、何というのですか、精神的な代償というふうなものが著作権である、その著作権を保護するための保護期間であるというふうに見ておったのですが、しかし、参考人等を呼んでそれぞれの立場から意見を聞いてまいりますと、そういうような見方をしておったのでは、著作権というものは必ずしも成り立たない。もっと利害関係の問題の中から生まれる著作権である、あるいは保護期間ではないかというふうに最近は私は考えるようになってきたのです。確かに最初私もその創造性、芸術性、いわゆる日本の、その国の文化を高めていく基礎であるそういうものに報いるものが著作権であったりあるいはまたその代償でもあったと思ったのですが、実際においてはもっと割り切った財産権、商取引、そういうものの中から文化というものが高められてくるというふうに考えたほうがいいじゃないか。ということは、優秀なものであれば自分が幾らでも値段をつけて、そしてこれを出版する人なりあるいは使用する人が評価する。たとえその保護期間を五十年設けたって、それを使用してくれるものがなければ何もならないわけなんですよ。だから、高く評価されるもののみが与えられるものであるとするならば、これはソースの精神的な面からのみ考えていく必要はない。そうすると私は、この第一条というものをあまり純粋に考え過ぎて、実際においてはもっと商取引あるいは財産権というようなものに終始しておるような気がするわけなんです。だから、こういう条文をつくれば、かえってその中間的な立場に立つ使用者というふうなものが非常に利益を受けるような気がするわけなんですが、しかし、著作権の大勢からすれば、いま大体御説明を受けて、不満足ではありますが、そういう条項をつけることもやむを得ない。だが、精神面だけの取り扱いをしておったら、ほんとうの著作権法というものはその使命を全うすることができないような現状にあると思うのです。大体そういう点から私はこの法案に対して一応最後的に責任ある大臣からお聞きいたしまして、最後の検討をしたいわけであります。  そこで、なお二、三問題をお聞きいたしますが、まず第二十九条をお尋ねいたします。  第二十九条は、小委員会の中でも相当な論議を尽くしたわけでありますが、依然として私どもに割り切れない点は、映画の著作権というものはその製作者に帰属するという結論がここに出ているわけです。この法文の中で、著作権というものは、その創造性あるいは芸術性、それが基礎になって生ずるものであって、映画の著作権というものが製作者に帰属するということは、この法律の定義の点からいたしましても矛盾しやしないか。そういう意味で二十九条というものは、何かこの法律全体に大きなきずを残すような気もいたしますし、またこれに関係する著作権を保持する人たちからも非常な不満が持たれておる条項なんですが、これを大臣から、特に大臣も遺憾な点があるとするならば、それはどういうわけでやむを得ずこうするのか、あるいはこれでもうほんとうに完全無欠なものであるというならば、そのとおりの御趣旨をお答え願いたいと思うのです。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 法案の第二十九条では、発意と責任を有する映画製作者の寄与の観点や、映画の著作者の多様性等にかんがみまして、権利関係の簡明化、映画の利用の容易化の観点から、映画の著作権を映画製作者に帰属さしているところでございます。しかし、このことは映画監督等の著作者と映画製作者とが、両当事者の自由な意思に基づいて映画の利用について契約することを妨げるものでないことはもとよりでございます。たとえば映画監督が映画の海外配給あるいはテレビ放送等について条件を付することも、契約によって可能でございます。両当事者が、映画の製作に際しまして、明確、適切な契約を結ぶ慣行が確立されるよう、今後あらゆる機会に関係者にこの趣旨の徹底をはかる考えでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 こういう条文をつくらなければならぬ原因というものを私どもは幾つか考えたわけなんですが、たとえば、いま日本の映画界というものは五社で独占をされておる。この五社の仕事に対して政府もその資金を出しておるというようなことから、映画界の本来あるべきものが求められずに、旧態依然たる中に運営をされておる。その形を、いま大臣がおっしゃったように、権利行使を明確にするというふうなことを考えていけば、どうしてもこういう矛盾した法案になっていかざるを得ぬと思うのですよ。五社の独占的な形態、あるいはこれに対してまた国が補助をするというような問題も、この裏では解決していかなければならぬと思うのですが、そういう点は、大臣として考慮されておるかどうか、お願いしたいと思うのです。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 最近、映画が、テレビ等が発達しました関係上、なかなかやっていけないというような事情もあります。これは終戦直後の状況から考えますと、おそらく考えられなかったことだと思うのでございます。それほどにテレビその他の発達が目ざましい。そのために、映画そのものが衰微してきている。これは単に日本だけではなくて、諸外国でもそうだと思うのでございます。したがいまして、映画製作というような問題については、だれに著作権を付与したらいいかということは、実際上の問題としてはいろいろな議論があるところだと思うのでございます。しかしながら、現実ただいまの問題といたしましては、このような法案にいたしたわけでございますけれども、このような問題等につきましては、将来十分検討すべきであろうというふうに思っております。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 その条文にいたしましても、いろいろ質問をしなければならぬところがあるのですが、とにかくこの問題は、複雑な映画界というものが整理されない中にその著作権の帰属を求めたという無理が、根本的にあるような気がいたします。したがって、このことは私は一応ここで了承いたしましても、いまのような大臣の御意見からいたしましても、今後この著作権を運営するためのりっぱな機関が存置され、直ちに活動をして、そしてその根本的な原因というものを探って、これに不自然が感ぜられないようなたてまえをとっていかなければいけないと思うのですが、おそらくそういう配慮はいまの大臣の御意見からしてもなされると思います。  それから最後でございますが、先ほど保護期間の問題を私は申し上げましたが、写真の保護期間、五十五条の問題であります。他のものは死後五十年が認められておりますが、写真は公表後五十年ということになっております。写真を使う人たちの立場からすれば、公表後五十年でも長過ぎる、あるいは写真の多様性からいって、それを分類した形でそれぞれに保護期間というものを分けて与えたらどうかというような意見もあるほど、この期間に対してはさまざまな意見がありまして、私どもほんとうに判断に苦しんだものですが、そういう場合には、やはり何も全部がこの保護期間を受けるわけじゃない。優秀なもの、必要なものが受ける、これが保護期間の原則である以上、私はやはり一般と同じように死後五十年にして、そしてその中で必要なもの、あるいは芸術性の高いもの、記録にいたしましてもどうしてもこれがなければならぬというものは、当然その期間を保護されてもいいような気がいたしますが、もう一ぺん、なぜ公表後五十年にしなければならぬかをお伺いいたします。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 写真の保護期間につきましては、現行法の定め、条約上の取り扱い、各国の立法例、厚真の記録的性格等、あらゆる観点から検討した著作権制度審議会の答申に従いまして、法案では公表後五十年としているところでございます。写真も、りっぱな著作物であることはもとよりでございます。この保護期間をいわゆる死後起算とすることも、相当な理由があると考えますが、同時に、ニュース写真についての特別な取り扱いを講ずるかどうか、あるいは無記名の写真の利用、その他写真の利用を容易にするための実際の措置をどうするか等の課題もございますので、写真に対する国民の認識といったものを考えつつ、これらの課題とあわせてさらに検討を加えてまいりたいと存じます。このような趣旨で、今回の改正にあたりましては、映画と同様に公表後五十年とすることを御了承いただきたいと存ずる次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 大臣の御意見を私は尊重いたします。いたしますが、やはりこれも先ほど申しましたように、いろんな意見があります。したがって、これから生まれるというか、すでに存在しております審議会等で十分検討をしていく必要があると思うのです。というのは、写真というふうなことも著作権法が最初つくられたときにもすでに認められておる点からすれば、歴史的にも私は十分著作権というものは考えていかなければならぬ問題だと思いますが、最近の写真の技術あるいは写真に対する一般人の関心というふうなものを考慮に入れて、なお今後時勢が変転をしていくのに応ずるような体制をとっていくべきだと思っております。  それから第六十条であります。これは人格権の問題でありますが、後段のただし書きは私は必要ないということを主張してまいりまして、この際責任ある大臣に、これが簡単に悪用されないということを御確約を願いたいと思うのです。と申しますのは、人格権というものは、その著作者がたとえなくなっても、「存しているとしたならはその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。」、こういうふうに人格権を尊重された書き方がされていろんですが、ただし、そのあとのほうに、「その行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合は、この限りでない。」一方においては尊重しながら、一方においては全然それを今度は無視するような書き方なんですよ。これも必要かもしれませんけれども、あまりにその二つが、対比して、一方が肯定すれば一方が否定するというふうなくらいにただし書きが強く出されている。そこに私は疑問を持つわけですが、「この限りでない」という、そこには相当留意されているものがあると思うのですが、御説明願いたい。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 法案の第六十条は、著作者人権権を現行法同様、著作者の死後におきましても、著作権の保護期間とはかかわりなく、いわば永久に保護する趣旨の規定でございます。しかしながら、著作者の同意が得られなくなった著作者の死後において一切の著作物の改変等を禁じてしまうということは、また実情に合わないところであろうかと思うのでございます。この点につきまして、現行法では、単に著作者の意を害さない改変は許されるものとして措置しているところでございますが、この法案におきましては、特にただし書きを設けまして、「その行為の性質及び程度、社会的事情の変動その他によりその行為が当該著作者の意を害しないと認められる場合」にのみ改変等が認められるものといたしております。このただし書きは、現行法より要件をさらに厳格にするとともに、著作物を利用する国民に判断の基準を示して、著作者の死後における人格的利益の保護をはかる趣旨でございますので、何とぞ御了承を願いたいと思うわけでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 最近、価値観等も転換をするというふうな時代でございまして、その人格権というものの認め方というふうなものも、時代時代によって違うし、変転をすることが早くなってくると思います。したがって、こういう条項が、ただし書きをしておくことが必要かもしれませんけれども、そのために人格権が有名無実にならないように、運営の上で御留意願いたいと思います。  最後に、実はこの著作権の審議がまさに終わろうとするということを聞きまして、いろいろなところに波紋を起こしておるわけですが、先ほども河野委員から御質問がありましたが、この法律が通りますと、実際本業は飲食物を販売するというふうな業者の場合に、そこでなま演奏をして商売をしておるというような人たちが、とたんにその演奏することによる著作権の使用料というものが高くなってくるんじゃないかという心配をしております。先ほど河野委員にその点は説明がありましたが、そこで私は特にお聞きしたいんですが、ここに日本音楽著作権協会から出しておる著作物使用料規程というのがございます。その人たちの言うには、これは音楽著作権協会と文化庁だけで作成したものであって、われわれ使用する立場の者にはこれに参画させておらない、まことにこれは片手落ちだという意見があったのですが、それが事実であるかどうか、お聞きいたします。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この音楽の使用につきましては、著作権の仲介業務に関する法律というのがございまして、この法律の第三条によりまして、著作物使用料規程を定める場合には文化庁長官の認可を受けなければならないということになっておるわけでございますが、その場合には、「前項ノ認可ノ申請アリタルトキハ文化庁長官ハ其ノ要領ヲ公告ス」ということで、官報に公告いたすわけでありまして、その場合にはさらに第三項で「出版ヲ業トスル者ノ組織スル団体、興行ヲ業トスル者ノ組織スル団体其ノ他命令ヲ以テ定ムル者ハ前項ノ要領ニ付公告ノ日ヨリ一月以内ニ文化庁長官ニ意見フ具申スルコトヲ得」、そして文化庁長官はその認可をするときには、公告の日より一カ月たった後著作権制度審議会に諮問しなければならない、そして出されたところの意見は著作権制度審議会にこれを提出しなければならないということが、著作権の仲介業務に関する法律で規定されておるわけでございます。したがいまして、この使用料規程につきましても、そのような手続によりまして昭和三十五年に制定されたものでございます。したがいまして、この規程につきましては、十分関係者との話し合いを経て、その上で文化庁に出し、そしてそれについてさらに意見を尋ね、審議会に諮問し、その上で決定するというものでございます。ただ、そのような趣旨が不十分であるとするならば、その規程の内容等の趣旨を十分徹底しますと同時に、またその徴収方法等につきましても、先ほど大臣がお話ございましたように、公平妥当にその著作権者と利用者との間で十分な協議が行なわれるように、そういうふうに十分この音楽著作権協会に対する指導を強化いたしてまいりたい考えでございます。

小林信一日本社会党

○小林(信)委員 私も、そうだと思います。こんなものが一方的に話し合いをされて利用者が全然関係しなかったというようなことはないと思うのですが、その人たちは非常にそこにこだわっておられました。  それからもう一つ問題は、私の想像ですが、この使用料徴収が公平円滑に行なわれておればいいのですが、どうも性格上、あるところからは適当に取る、取れるところからよけいに取るというようなことも行なわれておるのじゃないかと思うのです。そういう運営面でもう少しその趣旨というものが徹底されて、そして納得のいくような料金の支出ということになればそうでもないと思うのですが、いまのところ何かまちまちで、取れたら取る、取れなかったら取らぬというようなで終わっておるのじゃないかと思うのですが、そういう点、やはりこれも今後の指導ということをお願いをしたいと思います。いつかもこれから得る収入というものが音楽著作権協会には相当な額だというふうなことを聞いておったのですが、そういう点についても十分指導する余地があると思うのです。それがかえって著作権法案が成立をするということで影響を受けるようなことがあってはならないと思うので、その点は考慮していただきたいと思うのです。  私の質問は終わります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 正木良明君。

正木良明公明党

○正木委員 私がお尋ねいたしたいこともたくさんございましたが、小委員会で相当煮詰められた問題もございますし、疑問が晴れた問題もありますし、同時にまた二人の先に質問なさった方々の質問によって問題点が明らかになったものもございますので、その点はできるだけ重複を避けるようにしてお尋ねをいたしていきたいと思います。特に、言うまでもありませんが、著作権法というのは非常に重要な問題でございますので、あとで非常に複雑な解釈が生まれるというようなことはできるだけ避けなければならない、こういう意味から、特に重点的に法律の上における解釈というものをできるだけ統一的なものにしておくという意味での質問にしぼっていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。  まず第一に、法案の第三十一条の問題であります。法案の二十一条では複製権が認められておるわけでありますが、これが三十条以下に制限が加えられている。特に、その中でも図書館等におけるところの複製の問題でございますが、この中では「政令で定めるもの」というふうに限定をいたしております。したがいまして、指定すべき図書館というのはどのようなものであるか。特に私がこの問題をお尋ねする理由は、最近企業の中で図書館を持つものが非常にふえてまいりました。こういうものの全部が営利的なものであるとは決して考えられない点もございますが、それならばすべて公共の目的のためのものであるかどうかということについても、疑問があります。そういう点については、この運用を誤りますと、また政令で定め方を誤りますと、著作権者の権利が不当に制限されるということになりかねない、こういうふうに考えますので、この点についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、お答えをいただきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 第三十一条の「図書館その他の施設」というのは、最終的には政令で指定することになりますが、これは国会図書館、あるいは公立図書館、あるいは大学の付属図書館などを予定しております。したがいまして、企業内図書館等、営利団体が設置するものは指定しない方針でございます。

正木良明公明党

○正木委員 その点は了解をいたします。  次に、これは先ほど小林さんも少しお触れになりましたが、法案の第三十九条に規定する「時事問題に関する論説の転載等」についてという問題でございますが、これはこの間の参考人の意見の中にも非常に強い希望が述べられたわけでありますが、新聞や雑誌、これらの署名入りの記事、こういうものは転載を禁ずるという表示がなくても、これはそう容易に転載を自由にさせていいものではないという強い希望意見が述べられたわけでありますが、この点についてどのようにお考えになっていらっしゃるか、お答えいただきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 現在、新聞、雑誌界におきましては、新聞、雑誌に掲載された署名入りの記事というものは禁転載表示の記事と同様に取り扱われておる慣行がございますので、法案の第三十九条の解釈運用にあたりましても、署名入りは禁転載、つまり転載を禁ずるの意思表示と同様に解するのが妥当であるというふうに考えております。

正木良明公明党

○正木委員 そこで、この問題と関連するわけでありますが、署名入りの記事については、いまお述べになりましたように、転載を禁ずるという表示がなくても転載を禁ずるという解釈をなさるようでありますが、その点三十二条に引用の規定がございます。この引用の規定との関連については、どのようにお考えになっているか、お答えをいただきたいと思います。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 三十九条で、転載することができると書いてございます「転載」というのは、全文を載せることができるという意味でございます。したがいまして、その全文を載せることについては、禁転載があるとか、先ほど大臣のおっしゃいました署名入りのようなものは、著作権者の許諾を得なければ転載をしないということになるわけでございます。しかしながら、この三十二条というのは、公表された著作物の一部を引用して利用するということでございまして、言うならば、参考的に必要な部分を引き抜いてくる、こういう意味でございますので、三十二条と三十九条とは、その趣旨が違うわけでございます。したがいまして、三十九条によって禁転載の表示があった場合は転載することができないけれども、かりに禁転載というのがあったとしても、引用という目的で、引用という目的上正当な範囲内であるならば、三十二条で許される、こういう関係になろうかと思います。

正木良明公明党

○正木委員 その場合は、引用の根拠というものを明らかにしなければならないのではないかと思いますが、その点はどうですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この点はたいへん大事なことでございまして、これは四十八条に「出所の明示」の規定がございます。「次の各号に掲げる場合には、当該各号に規定する著作物の出所を、その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により、明示しなければならない。」の中に、一番最初に引用のことが書いてございます。したがって、このものはどこから引用したもの、著作者はだれであるかということを明らかにしなければならない、こういうことでございます。

正木良明公明党

○正木委員 次に、同じ著作物でも、絵だとか彫刻、これらの著作権の問題でありますが、聞くところによると、このような芸術品の紛争の原因になっているのに、所有権が移ったからというので著作権も当然に移ったということで、いろいろ紛争が起こっておるということを聞いております。これはむしろ原則的、というよりも、常識的にいって、所有権が譲渡されたからといって著作権が移るものではない、このように思います。したがいまして、この点についてどのように法文上あらわそうとしたのか。もしくはこのたびの法案には、いわゆる所有権が譲渡されても著作権は譲渡されないという明文がないのであります。この点については、参考人の中からも、これを明示してほしいという強い希望がございましたが、この二点についてお答えいただきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 所有権と著作権とは法律上認められた別個の権利でありますから、絵画その他の美術作品が譲渡されましても、その著作権までも譲渡したということにならないことは、仰せのとおりであります。この点を明確にするための解釈規定のようなものを特に設けることはいたしておりませんけれども、第四十五条の規定の趣旨からも、このような解釈は明らかでございます。このことに関し特に規定を設ける必要はないものと考えます。  なお、しかし今後あらゆる機会にこのことを徹底するよう努力してまいりたいと考えておる次第であります。

正木良明公明党

○正木委員 こういう点が切除、改変という問題ともつながってくるわけでありまして、その点は解釈のもとに、最後におっしゃいましたように、こういう考え方というものを徹底するように、今後の努力を一段とお願い申し上げたいと思います。  次に、八十九条の隣接権の問題でありますが、八十九条において著作隣接権の問題が規定されておるのでありますが、しばしば著作隣接権は設定されたけれども、しかし、著作権と違って、人格権というものがここではもううたわれていない。したがいまして、この実演家の人格的な利益の保護ということについては、非常に大きな問題が残るわけであります。したがいまして、この点について、その実演家の利益を保護するという意味において、人格的な問題にまで保護を与えるべきではないかというふうに私は考えるわけです。不当にその同一性をこわされたり、また改変を加えられたりした場合、この人格的な保護については明確な保護規定がない。これは隣接権を設定されて非常に問題としては向上したとは言いながらも、この問題が一つの問題点として残される。この点について、ひとつ明確な解釈をお教えいただいておきたいと思うわけであります。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 実演の利用にあたりまして、実演家の人格的利益が尊重されるべきことは、言うまでもないところであります。この実演家の人格的利益の保護につきましては、著作権制度審議会におきましても実は論議があったところでございますが、一般的には、その性質上、民法上の不法行為として救済され得るとの見地から、特段の規定を設ける要はないとされたところでございます。実演家の人格的利益の保護をはかる必要があることにつきましては、全く異議がございませんが、民法の保護以上に著作権法において実演家の人格的利益の保護を規定する必要があるかどうか、これは実演の利用の実態を勘案いたしまして、やはり今後十分検討しなければならない課題であるというふうに考えておる次第でございます。

正木良明公明党

○正木委員 通常、民法にゆだねられるということが、法律的な手続としては当然のことであろうかと思います。しかし、民法上の問題として、名誉棄損等々の問題で提訴いたしましても、非常に裁判に時間がかかる。そのそこなわれた名誉についてそれを回復するのに、もう時間的な経過によってそれは何ら実効をあらわさないという場合もありますので、こういう点については、なお行政指導の面で十分の配慮をしていただかなければならないと思うわけであります。その点、特にお願いをいたしておきます。  それと、この問題は、先ほどもちょっと出てまいりましたし、参考人の多数からの意見が出たものでございますが、いわゆるビデオカセットという方式がおそらく実用化の段階になってまいりまして、こういう問題について、おそらくこの問題が著作権の問題と重大な関連を持ってくるであろう、これは早晩予想せられる問題であります。したがいまして、このビデオカセットの二次使用の問題、それと同時に、現在もうすでにございますが、ジュークボックス、これなんか有料で金を取っておるわけなんですが、こういうジュークボックスまでも、実演レコードの二次使用を認める。いわゆるジュークボックスには実演はございませんが、レコードの二次使用を認める。また、ビデオカセットというような方式が開発されて、それが実用段階に入ろうとしておる。こういう場合における権利の範囲というものを拡大しなければならぬではないかというふうに考えますが、この点についてはどうでしょうか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 科学技術の非常な発展に伴いまして、いろいろこういうジュークボックスだとかあるいはビデオカセットだとかいうものが発達してまいるわけでありますが、商業用レコードについての実演家、レコード製作者の権利は、今回初めて認められたものでございます。その権利を認める範囲につきましては、審議会も当面、放送及び音楽の有線放送に限定すべきものであるとしたところでございますので、それをジュークボックスまで拡大することにつきましては、なお慎重な検討を必要とするところでございます。  また、ビデオカセットにつきましては、現在まだ市販されておりませんし、将来これがどのような態様で利用されることとなるかは、現時点において明確に予測しがたいところでございます。しかし、今後におきます利用状況を勘案いたしまして、これらの著作隣接権上の取り扱いについて、これは十分やはり検討を加えて対処しなければならない課題であるというふうにわれわれは承知をいたしておる次第であります。

正木良明公明党

○正木委員 こういう問題は非常に重要な問題でありまして、こういう新しい事態が起こったときには、それに直ちに対応して法の改正等を行なうというような努力は、われわれとしても行なっていかなければならないと思うわけであります。したがいまして、この著作権審議会がどういう形で残るか、また、新しく発足するのかはわかりませんが、そういう審議会においても常時、こういう事態の発展に対応して検討を進められていかなければならないと思うわけでありますが、その点はいかがでしょうか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 この点はまさに先生御指摘のとおりでございまして、今後、この審議会を活用いたしまして、十分時代の進展に対応させるべく検討いさせたいと考えておる次第でございます。

正木良明公明党

○正木委員 そこで、今回この著作権法案の審議にあたって幾つかの重要な問題が提起されたわけでありまして、その中の一つが、やはり私は何といっても附則第八条の翻訳権十年留保の問題だと思うのです。この問題が直接影響がある、その使用者としての出版協会の参考人からも、むしろこの問題に集約されて参考意見が述べられたという経緯もございまして、同時にまた、著作権者、またその使用者といいますか、利用者といいますか、そういう相互の立場を離れて、第三者的な立場で意見を述べられた伊藤参考人からも、この翻訳権十年留保の問題はいま放棄すべきではない、これは日本の国益の上から考えてもこのまま温存しておくべき権利ではないかという強い意見が述べられたわけであります。いろいろこれを放棄するにしろ留保するにしろ意見が分かれるところでありますけれども、これは今度の新しい著作権法案にとっては重要な問題であろうと思うのです。この点について、明確な考え方をこの際明らかにしておいていただきたいと思うわけであります。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 翻訳権の十年留保は、著作権尊重の精神や最近におきますわが国の国際的地位などから見まして、将来にわたって維持することは適当ではないと考えます。しかしながら、出版界に与える影響等を考慮いたしますと、現在直ちにこの制度を廃止するということは適当ではないと考えられますので、新法施行後十年間はなおこの制度を利用できるよう、経過措置を設けた次第でございます。

正木良明公明党

○正木委員 この点はもう少し詳しく次長からも説明いただきたいのですが、十年間の経過措置をとったということは、これは単なる経過措置であるのであって、翻訳権の十年留保とは本質的には関係がないと私は思うのでありますが、これを十年留保を緩和するための条件として答弁されてはちょっと困るのですが、その点次長からでもけっこうですから……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 翻訳権の十年留保、すなわち原著作物が日本国内で発行されてから十年以内に翻訳物が発行されないときは、その原著者の翻訳権は消滅するというのが、現行法の規定でございます。これをやめて、いわゆる翻訳権、翻訳を許諾する権利というものを本来の著作権の期間、この法案でいけば死後五十年間保護される、こういうふうに直すのが、この法案の内容でございます。  その趣旨は、大臣からお話がございましたように、第一の点は、何よりも著作者を尊重するということで、著作権者を尊重する、著作権の尊重がこの法案の第一義であるという答弁が、先ほど来ございました。そういう意味からいたしまして、日本の著作者の保護と同様に、外国の著作者もまたこれを尊重するというのが、著作者なり著作権尊重の精神にかなうものではないかというのが、第一の理由でございます。  第二の理由は、現在このような制度をとっております国は、トルコとかメキシコとかアイスランドとかというような国が、日本を含めまして五カ国ありますけれども、日本の現在置かれているような国際的地位からいたしますならば、このような制度をしいて永遠にわたって存続することは適当ではないのではないかというのが、第二の点でございます。  第三の点といたしましては、現在、翻訳出版物のうちで全体の約二〇%のものがこの翻訳権留保の規定によって、十年後において翻訳物が発行されない後において、この著作権者の許諾を得ることなく翻訳物が発行されておるという実情はございます。しかしながら、現在におきましては、著作権の許諾を得るという手続も、かつてのように非常にむずかしくはない、容易にとれるわけでございまして、八〇%のうちかりに半分のものが著作権の切れたもの、あるいは著作権条約のないソビエト等のものであるといたしましても、相当数のものがすでに著作権者の許諾を得て払っておるわけでございまして、そういうような点からいたしまして、やはり日本としては、将来永遠にわたってこれを続けるという現行法の精神は、いまや捨て去るべき時期ではないだろうかという考え方でございます。一般に翻訳、たとえば歌にいたしましても、外国の歌を歌えば、それが原語であろうとそれから翻訳したことばであろうと、その作曲者には権利としてその著作権使用料が払われておるわけでございまして、文書だけ、本だけはないということはおかしいのではないか。翻訳物といえども、その翻訳物の利用によって得られているのは、翻訳されたことばを通じて得られるところのその原著作者の思想、感情でございますから、そういうものを利用する以上は、それに著作権が認められる以上は、その著作権者の権利を尊重する必要がある、こういうような考え方に立ったわけでございます。しかしながら、先ほど大臣からもお話がございましたように、現在まだ二〇%の翻訳物がこの制度によっておるというような事柄を考慮いたしますと、急激にこの制度をやめるということについてもなお問題があるから、この法律の施行前に発行された著作物については、この附則の八条によりまして、なお旧法の規定が効力を有し、十年間はこの規定が動くということになりますと、なお十年間は翻訳権の留保をする必要があるということになりますけれども、たてまえ、原則といたしましては、わが国はそういう翻訳権の留保の措置をとらないという原則は確立しつつ、十年の間にこれを消滅させるということが、今回の法案の第一義としておりまするところの著作者ないしは著作権者尊重の精神にかなうものというのが、この本則として認めず、なおまた現実への影響を考慮しつつ附則八条を設けた趣旨でございます。

正木良明公明党

○正木委員 必ずしも相互主義をとる必要がないという条約の規定もありますし、また翻訳自由の原則なんということも考え合わすと、全面的にそれを了解するわけにはまいりませんが、しかし、そういう事情でやむを得ないと考えざるを得ないのでありますが、この前の参考人がこのようなことをおっしゃっているわけであります。昭和四十三年の末に日本書籍出版協会が行なったアンケートによると、文芸家、学者、評論家、こういう中で翻訳に携わっている二百七十人のアンケート調査の結果、八三・三%の人たちが十年留保の存続を望んでおる。ところで、これは私が次に述べる理由がすべてであったのかどうかわかりませんが、翻訳料といいますか、翻訳者に支払う印税は、いわゆる翻訳の著作権者、それから原著作権者、二つ印税を払わなければいかぬ。そのために、大体倍近い印税を払わなければならない。したがって、その結果、本の売価というものが非常に高くなってくる。勢い本の売価をそんなに高くできないということになれば、どこへしわ寄せが来るかというと、翻訳者、翻訳した著作者のほうの印税が引き下げられるというところに来るのではないか。これは常識的に考えましても、それは考えられます。そういうことを非常に心配なさっている。出版協会がそれを心配しているというのだから、こういうことが行なわれることは大体察しがつくわけでありますが、そういう意味では、そういう著作者の現在受けておるところの権利は、非常に、経済的なものでありますけれども、ダウンしてくるということになるとやはり問題である。そういうことも、一つはこの十年留保放棄の問題に反対する、十年留保を存続したいという理由の中に介在するのではないかというふうに考えるのでありまして、こういう点についてもどこまで指導できるのかわかりませんけれども、そういう点は文化庁でも留意して、そういう既得権を保護するという意味で、指導ができる範囲では指導していただきたいと思いますので、この点はひとつお願いをしておきたいと思います。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 現在、翻訳権の使用料として外国人の原著作者に支払われているのは、文学書とか学術書によって違いがございますけれども、大体五%から七%ぐらいというのが実情でございます。それから日本人の翻訳者に対する印税率も、大体七%から一〇%ぐらいになっておるわけでございます。普通は、国際的に言いますと大体が一五%で、そのうち半分の七・五%は原著作者に、それから七・五%が翻訳者に支払われるというのが、大体のめどでございます。現在翻訳権使用料で翻訳者に対する印税率は、翻訳権の使用料が支払われた場合は、七%と八%台を合わせますと六一%でございます。支払われない場合は三七%ということでございますから、六一%と三七%の差のところ、すなわちその七%ないし八%のところがふえて、一〇%台というところが減ってくるという実態は生ずるだろうと思うわけでございます。  一般的に、翻訳権使用料が支払われている場合と支払われていないという場合において、本が実際にそのために高くなっているかどうかということは、必ずしも明らかでない。一般的な本の値段としてつけておるわけでございますから、この出版権の十年留保をやめたからそれで翻訳書が非常に高くなるというようなことは、一般的には考えられないのではないだろうかというわけでございまして、かりに翻訳権がなくなったものと翻訳権があるもめと比べて、翻訳権使用料が支払われているがためにその本がこれだけ高いというようなことは、実際においてはあらわれておりませんから、実質的には書籍出版社の収入が、その面において若干の差を生ずるということは起こり得るかと思います。それから翻訳者の印税率について若干の変動があるということが、予測されると思う次第であります。

正木良明公明党

○正木委員 なお、先ほど写真の著作権の保護期間の問題が出たわけであります。実はいろいろなところから陳情が参りまして、使用者側でありますが、やはり発表後五十年というのは長過ぎるから何とかしろというのはもうかねてから陳情を受けておるわけでありまして、そのかわり写真家のほうからは死後にしろという陳情もあり、実際両方から陳情を受けて困っておるのです。この問題は、いずれにせよ発表後五十年ということでまん中をとったようなかっこうになっておるわけでありますが、これはやはり両方からそういう希望が非常に強い。このまま発表後五十年で押し通していいのかどうかということについても、また疑問点が残ります。そういう点についても、先ほど申し上げたように、引き続き審議会等において検討を続けられるという余地は残しておいていただきたいと私は思うわけであります。  なお、それに関連しまして、先ほど河野さんも小林さんもお触れになりましたけれども、ああいうキャバレー等におけるところのなま演奏の問題これも実は強力な陳情が来ておりまして、これもそれぞれ著作権法という法の精神から判断しなければならないものであると私は思います。思いますが、しかし、この法律が成立して急激にこの問題がしわ寄せされてくるということはやはり問題であろうと思うわけでありまして、これは答弁はけっこうですから、その点についても十分御留意いただくようにお願いしておきたいと思います。  まだ質問したい点があるのですが、文部大臣がお出かけになるようでありますので、一応この点要約して申し上げたわけであります。あとまた時間がありましたら質問したいことがありますので、一応留保だけさしていただきます。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 麻生良方君。

麻生良方民社党

○麻生委員 もう大かた各委員によりまして問題点になった点はほとんど指摘されておりますから、私はちょっと残された点だけ若干質問をしておきたいと思います。  附則第八条の翻訳権十年留保、実演、レコードの保護期間は三十年とすべきではないかという意見が小委員会の中で出ておりましたが、これについて大臣の見解をちょっとお聞きしておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 実演、レコードの保護期間につきましては、レコードの二次使用料請求権を認めるなど権利の内容を拡大したこと、いわゆる隣接権条約の定め等を考慮して、著作権制度審議会の答申に基づき、法案では二十年としているところでございます。しかしながら、この点につきましては、今後における実演、レコードの利用の実態やこれらの保護に関する国際的動向等をも見きわめつつ、ビデオカセットの著作隣接権上の取り扱い等の検討とともに、なお今後の課題として十分検討してまいりたい、かように考える次第であります。

麻生良方民社党

○麻生委員 大臣まだおいでになれるようですが……

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 まだ五、六分はよろしゅうございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 それじゃその五、六分間にちょっとお伺いします。  大臣がどこかに呼ばれて演説するでしょう。それを公開の席上で演説した場合、あなたの演説は著作権が及びますか、及びませんか。——大臣に聞いている。あなたの演説のことを聞いているのに……。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 間違いますといけませんから……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 大臣に限らず、いずれの人の演説といえども、これは第十条の一号で「小説、脚本、論文、講演その他の言語の著作物」ということで、当然著作物になるわけでございますが、大臣のような方でございますと、政治上の演説をなさることが多いわけでございます。それは四十条で「公開して行なわれた政治上の演説又は陳述及び裁判手続における公開の陳述は、同一の著作者のものを編集して利用する場合を除き、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。」したがいまして、大臣が坂田道太著作集としてお出しになる場合は坂田さんに著作権があるわけでございますが、これを他の者が坂田大臣の演説だとしてこれを利用してもよろしいということは、この四十条で許されておる、こういうことでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 そうすると、テープを持っていって大臣の演説を全部聞いて、それをよそで発表しても差しつかえないのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 政治上の演説であれば、それはこの四十条で自由になるわけでございますが、大臣が文学的なお話をもしなさいますと、それは口述権といいますか、著作権として定めました口述権を侵害するということで、これは著作権侵害になるわけでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 そうすると、政治上の演説を政治学上の演説とは、どう違うのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 政治上の演説と申しますのは、一般に現在の法律では政談演説というようなことばで言っておるわけでございますが、政治学者が全く学術的な立場におきまして、ある政党政派の支持または反対ということを離れ、あるいは政治上の目的以外の立場で学術的な演説をなさる場合は、これは保護の対象になるわけでございますけれども、一般に、常識的にいってこれは政治上の演説であるというような場合においては、四十条によって自由になる、こういうことでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 そうすると、政治上の演説か学術上の演説かの相違というのは、公開された政談演説会場であるかどうかということが重要な判断の要素になる、こういうわけですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 四十条に書いてございますように、公開して行なわれたということでございますから、公開されない場所において、公開されない状況において行なわれた政治上の演説は、この自由にはならないということでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 その公開する、しないということは、たとえば一般の講演会の場合、一般の演説会の場合、政談演説会ではなくて、たとえば主催者が学術団体であるとかあるいはいろいろな別な団体である場合、公開して演説会、講演会が持たれますね。その場合はどうですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 通常傍聴が許されると、一般の入場が許されるわけであります。あるいは放送される場合、あるいは報道関係者の入場が許されるような場合、こういうような場合は、一般に公開と解していいのではないかと思います。

麻生良方民社党

○麻生委員 そうすると、いま次長の言われたような場合は、全部著作権は及ばなくなるというわけですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 二つあるわけでございまして、まず公開して行なわれた政治上の演説ということであります。この自由になるのは、公開した場所で行なわれることが一つと、その演説内容自体が政治上のものであるということであります。したがって、かりに公開した場所でも、政治学的な、政治学上の講演会であれば、この四十条は働かない、こういうことでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 その政治上の演説であるかどうかという判断の基準は、昨今ではなかなかむずかしくなってきているのですよ。われわれが講演を依頼された場合でも、それが政治上の演説であるかあるいは一般の講演であるかという認定は、非常にむずかしくなってきております。だから、明確に言うならは、政党が主催をする演説会——国会の中のことは別ですよ。そうじゃなくて、政党が主催をする演説会の場合、これは明らかに政治上の演説であると解していいんだが、そうじゃない団体が主催をする場合でも、公開してあるからという理由でその限定を加えてしまうと、あとで非常にトラブルが起こる場合がありますね。そういう場合の判断、これは裁判にゆだねる以外にないといえばそれきりですけれども、なかなかむずかしい点があります。こういう点については、ここの問題点の中には指摘されなかったようですけれども、今後特にわれわれ自身に関係がある問題です、われわれ自身が演説して歩くわけですから。  それからもう一つは、講演と演説というものの差別、これも現実においては非常にむずかしいわけであります。たとえば国際条約の中では、講演と演説と明確に分けて記載をしてあるはずです。ところが、この本案では講演が省かれている。これは講演であるか、政治上の演説であるかという判断というのは、今後ともなかなかしにくくなってくる。もうでかい声を張り上げてやるのが演説で、対話調でやるのが講演であるというわけにもいかないのですから、これも将来なかなか問題が起こってくる点だということを一つ指摘をしておきます。  それからもう一つ、公開されざる特殊な人たち、つまり私なら私が特定な人たちだけを招いて講演をした場合、その講演は当然著作権が及びますね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 公開しない特定な人に限局された場所において行なわれれば、それは著作権上のこういう制限を受けないということになると思います。

麻生良方民社党

○麻生委員 その場合は、多少政治的な発言が入っても、それはあなたの言われるとおりになりますね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 非公開の場合においては、こういう制限はございません。

麻生良方民社党

○麻生委員 そうすると、私なら私が特定な人たちを対象にして講演をした。その講演をした内容がテープで録音をされて他の新聞に発表されたというような場合には、それは著作権の侵害が及ぶのじゃないですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この法案によれば、当然そうでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 それ以上私はここでその問題には触れませんが、大臣、昨今とにかくやたらに、どこかで演説したやつがすぐテープにとられて、すぐ次の日にはどこかの新聞に発表されるというケースが多いのですよ。これはやはり著作権上の問題からも、ゆゆしき問題だと私は思う。この種のことが平然と行なわれてくるということになりますと、われわれはそうむやみやたらに発言できないという、表現の自由さえ逆に脅かされてくる可能性がある。現に一つの事実として、某政党の某議員が特定の集会において発言をしたことが、テープに録音され、それが新聞に公開されている事実がある。これは、私は、いまの次長の答弁によれば、著作権の侵害になると判断している。しかし、いまだそれは論ぜられておらない。したがって、著作権を守る、出版権を守るということは、同時に、その著作権をやたらめたらにいまのような形で政治上の演説であるという理由のもとだけで公開されてしまうという方向に流れてしまうと、これは逆説的に言うと、言論・出版の妨害に逆に大きな影響を与えてくるという作用を持っております。そういう意味で、いまの点を将来検討すべきである。かりに公開上の場合であったにしても、それがむやみにこの法律上の政治上の演説だと一方的に判断して、そのテープが公開されてしまってから裁判を起こしても、これはおそいのだ、そういう面もありますので、私はこれは非常に慎重を要する問題だと判断をしております。そういう点について、大臣おられるうちに、大臣の所感をひとつお答え願います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 その点は、もう麻生さん御指摘のとおりでございまして、やはりこの法案は、その著作権者を守るという精神でございます。また同時に、一面におきまして、言論の自由というものは、これは守っていかなければならないと思うわけでございます。このわれわれの住む社会、つまり現憲法下におけるこの社会におきましては、あくまでもこの言論の自由というものが基盤にあって社会生活が営まれておるわけで、そこに非常に意義があると私は考えておる次第でございます。十分その点については検討をいたしたいと思っております。慎重に取り扱いたいと考えております。

麻生良方民社党

○麻生委員 それに関連する出版の自由、著作権の侵害等事例がありますが、私はきょうはここではそれを保留いたします。次の一般質問の機会でもあれば、その席でまたあらためて質問したいと思います。  そこでちょっと、これも一つの事例ですが、たとえば私が出版屋だとしますね。私が出版屋で、一つの著書の出版の企画を立てます。その企画を立てたことに基づいて、一切の調査費用その他私の出版社が出して、そうして十人くらいの著作者に頼んで、その企画に基づいて一冊の本をつくる、そうしてその著書を出版するという場合、著作権はどこにありますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 通常一番大きく行なわれるのが、百科事典のようなものになるわけでございます。そうでない場合にも、たとえばいまおっしゃいました十人の人にそれぞれ頼んで、そうして書いてもらって本にするという場合に、それぞれのその書いた部分については、それぞれの人に著作権がございます。それから、それにほかにだれか一人編集者があって、編集をした人には編集の著作権があります。こういうのが原則でございます。しかし、その編集などを会社の者がやるというような場合で、その場合については、その編集著作権が会社のものになる。あるいは百科事典のような非常に大きなものになりますと、著作権を全部譲り受けて買い取り原稿にするというような場合、そういう場合には、その各部の著作権も、また全体の著作権も、また契約によって出版社に譲渡されるということもあり得るかと思います。

麻生良方民社党

○麻生委員 大体私も、いまの次長の判断でいいと思います。ところが、映画の場合もそうですね。映画の場合というのも、会社が企画しますね。その企画に基づいて監督、つまりこれは出版でいう場合の編集者です。監督をきめて、その監督のもとにいろいろな舞台照明であるとか、あるいは脚本であるとか、演出であるとか、いろいろな人たちの手をかりて映画を製作するわけですね。そうでしょう。そうすると、当然著作権は、いまあなたの出版の場合と同じ考え方の上に立つなら、著作権は本来的に編集者を中心とした各部門に分かれる人たちが持つということになるのは、これはあたりまえじゃないですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 映画の場合は、非常に多数の者が参加いたしまして、どの部分はだれがやったんだということが、必ずしも実際問題としては明確にならない場合が非常に多いわけであります。カメラマンは、確かに写真をとるのと同じような形においてとったんだ。しかし、そのカメラマンに対してある程度の監督が指示をした。あるいはカメラマンが、実は監督に対してこうしたほうがいいですよと言ってやったような場合があり得るわけでございます。それから、どういう映画をつくろうかという、先ほどおっしゃいました本屋と同じような立場でありますその映画会社と製作者、プロデューサー——プロデューサーというと語弊がありますが、メーカーがその映画をつくろうとして考えた。そして、こういうアイデアでこういうふうにいこう、こういうことで、大体のそのつくろうとするものの考え方、そういうようなものは、一応会社なりメーカーが発意をしてやるわけでございます。そして、その映画についての責任というか、何々会社作品、松竹作品なら松下作品というようなことで、精神的にもあるいは経済的にも会社なりメーカーが責任を負う。こういうような関係においてつくられる著作物である。しかも、本の場合でございますと、翻訳は、その原稿をもらって本にするということですが、映画の場合は、そのもの自体が経済的な商品としてつくられる。こういうような点で、一般の本のように、原稿をもらってただ印刷して出すとは違ったところの、その製作行為自体が同時に創作行為である。創作行為と製作とがうらはらになっているような、そういうようなものである。そういう非常に特異性を持っておるということを御了承願いたいわけであります。  そこで、一体、映画の著作者をだれにするか。それから映画の著作権をだれに帰属させるかという問題は、いろいろな考え方があろうと思います。先生のように、監督だけが本来その著作者で、あとはその助手をしたにすぎないのだという言い方も……(麻生委員「私はそんなことを言っていない。」と呼ぶ)いや、そういう言い方もありましょうし……(麻生委員「そんなことは言ったら速記に載るから困る。」と呼ぶ)あるいは、それぞれの共同にした著作物であるというような考え方もあろうかと思います。あるいはそうじゃなくて、その映画の著作者は、むしろその映画のメーカーである、メーカー自身が著作者であるというような考え方も、あり得るところでございましょう。そこで、あとはこれをどういうふうにすることがその国の映画の実態に即するかという、一種の政策的な判断等にもかかわる問題でございます。  そこで、この法案におきましては、やはり先生おっしゃいましたように、つくったのは、創作したのは、それぞれその監督なり、カメラマンなり、美術監督なりであるはずだ。したがって、そういう意味においての著作者である以上は、その著作者人格権、著作者であるところから当然生ずるところの人格権というものは、これはそれぞれの著作者に与えなければならない。しかし、著作権という経済的な利用権というものをだれに与えるかという問題は、別個な問題として、特に映画の場合には、その映画の需要という——需要というと、その映画会社の問題じゃなくて、映画を見る国民という立場に立って、映画が見られやすくするという観点に立ちますると、その権利を集中したほうがよろしい。だれかに行けば、すぐそこで片がつくようにすべきであるということから、そこで映画製作者に権利を集中させるというのが、一般的な考え方でございます。諸外国においては、映画の製作者を著作者であり、著作権者であるとしているところもございますし、著作者からその権利を譲渡されたものと推定するというような制度をとっているところもございましょうし、あるいはそういうことをやめて、映画の製作者、メーカーが映画の著作権者である。著作者はそれぞれ出演者であるけれども、著作権を持っているのは製作者だというようなきめ方をしている国もあるわけでございます。現在の映画の実態からいたしますると、この法案のように、著作者はそれぞれ監督等の創作をした人である。その人には人格権を与える。しかし、経済的利用権としての著作権は、映画製作者に帰属させる、こういうことが、現在の段階における映画製作の実態に最も適合し、また、映画の流通を円滑にする趣旨にかなうのではないかということで、こういうような方法がとられた、こういうことでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 いま、この法案の立場に立っての、次長、あなたのお考え方はわかります。だけれども、私が言っているのは、何も監督だけを著作者にしろというようなことを言っているんじゃない。それから、非常に複雑だ、著書のようにはっきりしないというけれども、映画をごらんになってわかるように、あそこに出演している俳優、それからその他のものは、全部名前が出ている。映画の場合は一目瞭然ですよ。それだけのものの総合著作物なんです、映画というものは。だから、それの総合著作物であるという立場を認めるなら、その総合著作物の焦点を監督なら監督に置くということだけにしかすぎない。だから、やはり著作権というものは、思想、感情の表現をしたことですから、それを保護するんだから、それらの人に人格権だけ与えて著作権を与えないというのは、それは全く何にも実質のない名誉だけを与えて、中身はみんな会社がとっちゃうということなんですよ、人格権を与えるなんていうていさいのいいことを言うけれども。この一番大事なことは、これは要するに、著作権というものは財産権ですよ。財産権を抜きにしたら、著作権なんていうものは無にひとしいものである。著作権というのは財産権である。しかし、財産権だけではないのだ。一番最初に私が大臣に御質問したように、憲法上の表現の自由、そこから出てくる人格権を同時に与えるということになる。これを分離しちゃって、人格権だけは認めてやるが、財産権はおまえたちのもんじゃないぞというのは、全く著作権法の精神に反する。私はそう思う。精神においてですよ。だから、いま次長の言われた中で私は最も妥当な処置をとるとするなら、どんなに譲歩しても、最小限著作権というものは、本来監督以下、思想、感情の表現をしたものの総合著作物であることを認めると同時に、契約に基づいて、その著作権が会社側、製作者側に譲渡されたものと認めるのではなくて、事実上譲渡した場合には、その著作権が会社のものになる。そこに合意がなければ、つまり双方の合意がなければ、著作権は一方的に製作者のものにはなり得ないんだという精神が出てなければ、これはなかなかこの法律どおりにストレートに製作者に著作権を与えちゃうということには、私は非常に疑義を持つ。もう一度大臣、御答弁……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ただいまお述べになりました考え方も、まことに十分りっぱな御見解だと思うわけでございまして、そういうたてまえのもとに譲渡したものと推定するという制度をとっている国もあるわけでございます。ただ、映画の場合に、たとえば監督等は、その映画をつくるときに、映画の監督を引き受けるかどうかという、そこに引き受けるときのチャンスがあるわけです。そのときには、当然引き受ける場合には、こういう条件でという条件をはっきり出すことができる。これは先ほど大臣から御答弁ございましたように、参加する契約をする、あるいは参加を約束する、その場合には、参加契約において、あるいは他の形において、著作権の行使についてこういう条件ということをつけ得るわけです。たとえば海外へ配給する場合にはこういう金をもらいたいとかということができるわけでございますから、そういう際において、かりに「帰属する」といたしましても、そのような形において経済的利益を保障するチャンスがあるというようなことに着目すれば、こういう制度も考えられるのではないかということでございまして、しかしながら、先ほど大臣もおっしゃいましたように、今後の映画のあり方、映画会社のあり方とか、あるいは映画の使われ方、そういうような点を考えますると、やはりこの問題は重要問題として将来にわたって検討を続けていかなければならない問題である、かように考えておるところでございます。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 山中吾郎君。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 ごく簡単に、写真の保護期間について、小林委員の大臣への質問に関して念を押したいので、お尋ねします。  写真の保護期間については、先ほど、写真もりっぱな著作物であることはもとよりであり、この保護期間をいわゆる死後起算とすることも相当な理由があると、妥当なお答えがあったわけであります。このことは、いままでの審議の中で、写真は他の創作物と違って、機械が入るから質が違うんだという素朴なお考えがある人もあり、十分に写真の芸術性というものを認識を深めていない者もあるので、念を押しておきたいのですが、芸術写真その他も含んでありますから、その意味においては他の創作物と何ら差別すべきものでないので、思想としては、死後五十年というのを差別せず考えるべきものであると思うのですが、この点について、文部大臣の御意見を聞いておきたいと思います。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 芸術写真につきましては、精神としましては、やはり一般の著作物と異なるところではなくて、死後五十年という考え方もあろうかと思います。この点につきましては、今後十分国民の認識を見きわめつつ、いま申しました趣旨で前向きに検討いたしたいと思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 次に、先ほど御答弁になった場合に、「写真に対する国民の認識といったものを考えつつ、これらの課題とあわせてさらに検討を加えてまいりたいと存じます。」、これも前向きに妥当なお答えがあったのでありますが、一言だけ念を押してお聞きしておきたいのですが、写真に対する国民の認識が、この法律が施行されるに従って、それに深まることに比例して、前向きでこれを死後五十年の方向に向かって検討されるという意味と受け取ったのですが、間違いございませんか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 それは必ずしもそう限定できないので、やはりそういう考え方もあるということを含めて、十分慎重に検討したいというふうに思います。

山中吾郎日本社会党

○山中(吾)委員 それじゃちょっと、芸術写真というものについては、精神については、思想として死後五十年というのは他の創作物と差別すべきものでないという思想を持っておられるのですから、ただ、いまそういうものについて、ニュース写真とか無記名写真のものもあり、なかなか区別がむずかしい、それから国民の認識というものも深まっていないのだというので、これからの課題として検討するというのですから、ニュース写真、無記名写真を私は言っているのじゃないのです、芸術写真に対する国民の認識が深まるということ、それを法律の施行につれて深まってきたときに検討するというのは、死後五十年を検討するという意味ではないのかとお聞きしたのです。それはそのとおりじゃないですか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 その点につきましては、前向きにひとつ検討いたしたいと思っております。

麻生良方民社党

○麻生委員 いまの写真のことについてのやりとりですけれども、大臣いま前向きに前向きにということで逃げて、前向きに行ってしまいましたけれども、文化庁長官、いまの写真のことですよ、私はやはりきわめて近い将来に——写真だけ差別するということは好ましくないと思うのです。これは事実上、公開してからという表現は、法律の上でいろいろ規定していますけれども、いつ公開したかということをさかのぼってせんさくしていくというのは、芸術家の場合に非常にむずかしいですよ。それをいつ公開したものとみなすかということで、まず必ずトラブルが起こるのです。だから、やはりそこでいつでも著作権の場合は死後と、こう出てくるわけですね。いつ死んだかということは、これはもう議論する余地はない問題になってきますから、公開したことということになると、たとえば写真をとってそれを自分のうちで人に見せた場合が公開になるか、人を呼んで見せた場合に公開になるか、あるいは展覧会に出したときが公開になるのか、その判断がなかなかむずかしいし、いつ公開したかということをさかのぼって調べるということも、きわめて容易じゃない問題になります。だから、これはきわめて近い将来に写真の問題は解決をしたほうがいいし、いま山中委員が発言されたような方向でと、そういうふうに思いますが、文化庁長官、もう一度長官のお考えを……。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 写真の問題は、映画の問題とともに非常にむずかしい問題で、映画の著作者の構成要素が非常に多いというようなことと同じように、また写真のほうも、芸術写真あり、報道写真あり、記録写真あり、まあしろうと写真でも展覧会に出たものは、これは公表された著作物とみなすのでありますから、非常に多いので、これも私は非常に研究の余地がある問題だと思いまして、今後それこそ前向きに研究していきたい、そういうふうに思っております。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ただいま公表の時期の問題がございましたが、これは第四条に、著作物が発行され、または「上演、演奏、放送、有線放送、口述、展示若しくは上映の方法で公衆に提示された場合」ということをいっておるわけでございますから、これで書物になって発行されたか、あるいは展覧会等において相当数の人に、公衆に提供されたかどうかというところで判断されると思います。

麻生良方民社党

○麻生委員 それでは次長、あなたそれで解決ついたように思っているのだけれども、一枚の写真をここで取り出して、これはいつ公表されたか調査してこいといわれて、調査できないですよ、なかなかそんなもの。出版物であるとか映画であるとかいうものなら、いつ公表されたかという記録は比較的容易に入手できるのです。しかし、この本の中に入っている一枚の写真を取り上げてきて、この写真がいつ公表されたか調べてこいといって、あなたすぐ調べられますか。たいへんなことなんです、それは調べるだけで。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 現在は、写真で無記名のものが相当数あるわけであります。こういう場合は、無名、変名という場合は、公表時起算でいかざるを得ない。そうすると、結局はその写っているところから、写っている被写体というようなものから判断をしていくというようなことでもって運用をしているわけでありまして、したがって、これが  一体だれだかということを調べた場合に、これはだれのものだということを調べることもこれまた非常にむずかしゅうございます。   〔委員長退席、河野(洋)委員長代理着席〕 ですから、むずかしさからいうといずれもむずかしいのでございますが、今後はやはり写真家の写真著作権を管理するようなそういう団体ができまして、そこへ行けば大体この写真はどこのだれのものだというようなことはわかるような、そういう組織がつくられるようなことが望ましいのじゃないか、私どもはそう考えております。

麻生良方民社党

○麻生委員 それはたいへんだ。いま長官が言ったように、つまりアマチュア写真だって著作権は及ぶのですよ。つまり私がとったフィルム全部に著作権が及ぶのですよ、芸術的にとったと主張すれば。だから、写真というものは無数にできるのだ。それをあなたが言うように全部集めて、コンピューターで、この写真はだれのだってぱっと答えが出てくるようなシステムをつくるといったら、国家予算が幾らあったって足りるものじゃないですよ。写真であるから、公開ということのせんさくが非常にむずかしい。むしろ私をして言わしむるならば、死後三十年なら死後三十年としたほうが、ずっとはっきりするのです、写真の場合は。死後以外にないのです、この種のものは。それならば、その本人が生きているか死んでいるかを戸籍上で調べればすぐわかるのです。だから、どうしても期限の点において五十年が長過ぎる、まだそこまでいっていないというなら、これははっきり死後三十年と改めるべきなんだ、ほんとうは。私の主張をして言わしむるなら。実質的には同じことなんです。   〔河野(洋)委員長代理退席、委員長着席〕 百年も生きる人はいないのですから、生後十歳になって写真をとり始めて、六十歳まで写真をとり続けて、五十年ですよ。そうでしょう。その五十年間において、いつそれが公表されたかなんということをそんなばかげたシステムを使って調べ上げているよりは、それならいっそ死後二十年なら二十年、三十年なら三十年、結果的には実質同じじゃないですか。そういう答弁をされていると、私は改正を要求したくなるのだ。だから、それは容易じゃないのです。その容易じゃないことをあなたは認めなければだめです。事実上法律にこう書いてあるから、もうこれははっきりしていますなんて、これはそんな簡単なものじゃないですよ。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 死後起算というのも十分首肯できる考え方であるということは、大臣も先ほど来申し上げているところでございます。ただその場合に、写真の区別の問題とか、写真の場合は無名、変名のものが非常に多いわけですね、その場合の問題もございますものですから、そういうことはやはり総合的に考えて、そして写真が容易にてきる方法——それは全国民一億みんながとった写真ということになればたいへんでございますけれども、やはり通常使われる厚真というものはおのずから限定された人々でございますから、そういうようなところで権利が処理されるというようなことができてくると、やはりこの権利処理の面におきましても、非常に便利になるというようなこともあろうかと思いまして、いずれにいたしましても、先ほど長官からも話がございましたように、この問題は非常にむずかしいところでございますので、今後よく検討さしていただきたい、こういうことでございます。

麻生良方民社党

○麻生委員 押しくらまんじゅうみたいなものですからね。次長、あなただってそうでしょう。死後二十年としたほうがずっと扱いやすいでしょう。死後二十年というのは、生存六十年を入れて八十年ですよ。公開後二十五年とか三十年というよりかずっと扱いやすい。だから私は、これはいまどなたかおっしゃっておられたけれども、そういう非常に繁雑なことがあるので、各国ともすべての基準は死後という方向に動いているわけですよ。それを写真だけこういうようにしておくというのは、特に写真の性格から見て非常に繁雑である、トラブルのもとになるということです。だけれども、いろいろ話し合いも進んでおりまして、改正の意思がなかなか出てこないようですけれども、委員長、これは文化庁長官にもお願いしたいのですけれども、私はこの法案の審議にあたりまして、政府側としては一字一句修正したくないという気持ちはわかります。また一句でも修正すればあちこち修正が出てくるだろうという懸念で成立が危ぶまれるということもありますけれども、この著作権の問題の審議、私自身はしばしば他の委員会とかち合ったために出席できなかった場合もありますけれども、煮詰めてみると、問題点というのはだれが見ても同じものですよ。これは与党の議員さんが見たってわれわれが見たってなるほどそうだと思われるのは、与党の議員さんだっていまの死後のほうが判断しやすいというのは同じだと思うんだ。イデオロギーの問題じゃないのだから、そういう意見が大勢を占めたら、フェアにやはり修正に応じていけるような委員会にしなければ、政府・与党が出したものは一字一句修正しない、させないというかまえになれば、われわれの数が少ないからこれで通りますよ。私は、やはり委員会の審議というものはそうじゃないと思う。原案として政府が出したものでも、与野党一致して、だれが考えても常識的にこの点は直したほうがいいと思う点があれば、いまのように公開後何年にするよりか、死後何年にしたほうがいいという、これは常識ですよ。それは実質変わりないのだから。まだ写真を五十年とするのがいかぬという議論もあることはあるのだから、それなら死後二十年、こうしたほうがずっと合理的に処理できるという判断に立てば、私はやはり修正してもらいたいのです。だから、そういう雰囲気の委員会にしてもらいたい。ところが、とにかく一字一句でも修正はしちゃ困る。したがって、与党の議員さんは、心の中ではなるほど麻生の言うとおりだなと思っていらしても、いざ会合になってせんじ詰めると、まあひとつ修正はかんべんしてくれ、これじゃ何のために委員会の審議をしているかわからぬですよ。与党も三百名をおとりになったのだから、そうむちゃなことはできないのですから、与党の議員さんもなるほどと思うところがあれば、何もメンツとかなんとかなしに、やはり自由に修正すべき点は修正する。これだけみんなのいい知恵が集まるのですから、そのみんなの知恵が生かされないような法案審議のあり方というのは、私は好ましくないと思う。そういう点を特に委員長に要望いたしまして、私の質疑は終わります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 午後四時より再開することとし、暫時休憩いたします。    午後三時三十五分休憩      ————◇—————    午後四時五分開議

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  著作権法案について質疑を続行いたします。山原健二郎君

山原健二郎日本共産党

○山原委員 この法案についてでありますが、一定の形で著作権者の要求が反映をしておると私も思います。しかし、もろ手をあげて賛成をするという気持ちにもなれない点があることは、先ほどからの質問の中でも明らかだと思うんです。それで私は、特にこの前の質問のときに第一条、第三十三条を主としまして、基本的な問題について質問をいたしたわけでありますが、特に参考人が出られまして、その中で、たとえば日本芸能実演家団体協議会の紙恭輔氏から、既得権の侵害ではないかという問題なども出ておりますし、また映画監督協会の大島さんのほうから、二十九条についての問題も出ているわけです。さらに写真家協会の渡辺さんであったと思いまするけれども、写真芸術に対する差別的な取り扱いをするなという問題などもありまして、また先ほどの麻生さんの話の中にも出てくるわけですが、神さまのつくった法案ではないわけで、そういう意味では、当然これらの取り上げるべき声というものは法案の中に織り込むべきではないかという考え方を持っているわけで、そういう意味での配慮というものは非常に大事になってきていると思いますので、最初にそのことについて、質問ではなく、強い要請として申し上げておきたいと思います。  その次に私は、特に音楽著作権問題につきまして質問をするわけでありまするけれども、これは昭和四十二年の七月十九日の第五十五回国会における文教委員会の唐橋委員の質問に出ている問題でありますが、日本音楽著作権協会におけるさまざまな不正問題などが出ておるわけで、議事録を見ますと、安達次長が答弁をいたしておりますけれども、十分な資料がないということ、また警視庁に資料が納められておるというような点から、十分な論議になっていないと思うわけです。このことに関して、あれだけの大きな問題でございますし、かなり問題を含んでおる部門のことでございますから、これについて、まず最初に音楽著作権に関する徴収方法ですね、ブランケット方式といわれておるようでありますが、これはこれ以外に方法がないのか。あるいはこれにつきましても、諸外国におきましては、コンピューターを使う等のかなり科学的な処理をしておるというふうに聞くわけですけれども、ここに一つの落とし穴があるのではないかと思うわけですが、この点について安達次長の答弁をお願いしたいと思います。  さらに、この事件に関して、その後どのような調査をされ、またどのような指導をなさったのかという点が第二点です。  そうして第三点は、どうしてこうした不正事件が起こったかという問題について、明らかにしていただきたい。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 まず第一番目に、音楽著作権協会の音楽の著作権の使用料の徴収方法についてお尋ねがございました。現在大きく分けまして、放送の分野、社交場の分野、それから演奏会の分野と三つほどになるわけでございます。放送の場合におきましては、放送局との間におきましては、一曲単位におきましてその徴収をする、こういうことになっておるわけでございます。そのために協会にモニターというような形で、またそれぞれの放送局においても、その著作者、著作権者等を明らかにするというような形でやっておるわけでございます。これにつきましては、世界の国々は、現在はもう放送局との間におきましても、ブランケット契約でその放送局の収入の何%、電波料収入の何%というようなやり方をしておるわけでございますが、現在のところ、日本ではなお一曲単位で徴収するという形をとっておるわけでございます。それからもちろん演奏会の場合等におきましては、それぞれ使用される曲目等が明らかでございますので、それぞれ曲ごとに徴収しておる。もう一つ第三のグループの社交場関係でございますが、これは全国にたくさんある社交場で、使った曲はどの曲であるということを一々詳細に帳面につけておきまして、そしてそれに応じて金を取るということは、事実上非常にむずかしゅうございます。それで徴収の段階におきましては、それぞれの社交場との間におきまして月ぎめで幾ら、あるいは年間ぎめで幾らというような形におきまして契約をする。これがいま先生から御指摘のあったブランケット契約と称するものでございます。こういう方式は、諸外国におきましてもすべて社交場との関係においてはこういう方式でやっておるわけでございます。  ところで、一体どういう曲が使われたということが基礎になって徴収したものを分配しなければいけないわけでございまして、だれにどの程度の金を与えるかということが問題になるわけでございます。しかも実際には、どの曲を使ったという証拠等々を調べるのはなかなか困難である。そこで考え出されたのが、サンプル調査によりまして年間四回、四半期ごとに二百軒ほどの社交場を選びまして、数学上の根拠に基づきましてサンプル調査をいたしまして、そこで一体どのような曲がどの程度使われるかということを調査いたします。それによりまして、その曲がどの程度使われるかということが数学的に出てまいるわけでございます。したがいまして、徴収しましたそのものを使用度に応じまして分配をするということが現在行なわれておる方式でございまして、これは音楽著作権協会は、単に日本の音楽の権利者だけの権利ではなくて、諸外国ほとんどの国からの権利の委託を受けておるわけでございます。それの徴収方法につきましては、どの国もそれについて文句を言っていない、こういう方式によらざるを得ないということで、特に異議はございませんので、こういうブランケット契約による方式で徴収して、ブランケットで徴収したものにつきましては、サンプル調査によって使用度をはかり、それによって分配するという制度につきましては、特にいまのところは異議が出ていない、こういう段階でございます。  それから第二番目の音楽著作権協会の内紛の問題でございます。これは昭和三十九年の秋に会長の選挙をめぐりまして内紛を生じたわけでございます。これは一面におきましてはその当時の、旧来の執行部におきましての経理上について問題があるということが一つございました。それからもう一つの面は、そういう会長選挙その他の問題が起こりまして、恐喝事件があった、こういう二つの事件が錯綜して、双方が告訴合戦をするというような事態を生じたわけでございます。  そこで旧執行役員の裏経理、いわゆる昭和三十四年度から昭和三十八年度までの五年間にわたりまして、収支予算決算にあらわれない、いわゆる特別会計といいますか、裏経理が行なわれたということが判明をいたしたわけでございます。この点につきましては、われわれはやはり十分事態を明らかにして、正すべきものは正すべきである、こういう方針をとったわけでございまして、その方針のもとに、音楽著作権協会から旧執行役員に対しまして、それらの裏経理によってなされたところの経理に対する返還請求の訴えが出されました。それらにつきましては昭和四十二年に和解が成立いたしまして、その結果、旧役員から三千二百五十万円というものについては返還すべきであるということで、それらの金がこの音楽著作権協会のほうに返還されたわけでございます。したがいまして、このいわゆる裏経理の問題につきましては、そういうことで片がついたということになっておるわけでございます。  それからもう一つ、恐喝事件につきましては、現在裁判所においてこれの審理が係属中てある、こういう状況になっておるわけでございます。  こういうような音楽著作権協会の内紛なり経理上の不始末の点につきましては、私どもとしては今後この監督を厳重にして今後かかることが生じないように十分留意しなければならないということで、再三にわたりましていろいろの調査を行ない、その後の状況等につきましても、十分監督をいたしておるつもりでございます。それから昭和四十年に新しく執行部の全面的交代がありまして、現在の新執行部のもとにおきまして、現在のところは、現在の段階におきましては、音楽著作権協会は評議員会等も強化いたしまして、その音楽著作権協会の運営を民主的にすると同時に、その事務の適正化が行なわれるように行なわれておるわけであります。しかしながら、私どもといたしましても、著作権の仲介業務に関する規定によりまして文化庁長官は監督権がございますので、これに応じて適切なる監督を今後とも十分加えてまいりたい、かように考えておるところでございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 この経理上の不正問題というのは、私の聞くところによりますと、いまあなたの言われた裁判の記録も読ませていただいたのでありますけれども、数億に達する、あるいは三億ともいわれる、そしてまた一億数千万ともいう、いわゆる刷新委員会の経理専門員でありました深町輝明会計士補の調査によりましたら、そういう数字も出ているわけですね。そして九千二百三十七万という、そういう金額も出てくるわけで、それに対して、東京地方検察庁の調査によりますとその金額が減っておりますけれども、少なくとも三千二百五十万というものを返還しなければならないという不正部分がはっきりしてきたわけですね。この三千二百五十万は、いま次長も言われたわけですが、この金額は現在返還をされて、しかもそれがどういうふうに配分をされているかわかりますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 旧役員から返還されました三千二百五十万円の扱いにつきましては、今後理事会その他で慎重に検討の上その措置をきめるということで、その措置がきまるまでは、定款の規定に従い、理事会の決定により定期預金にして保管いたしてございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 この三千二百五十万というのは、これは非常に控え目といいますか、非常に少なくされた金額で、他は不明であるというのが、東京地方検察庁の見解なんですね。だから、非常に不明朗な内容があったということは、これはどなたがお考えになってもわかると思いますし、さらに監督官庁としての文部省の問題ですけれども、これはこの数年間にわたってなぜこのような放置がなされたか、私は非常に疑問に思うわけで、特に文部省は、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律及び同法の施行規則によりまして、監督官庁であるわけであります。しかも臨検まで行なうことのできる権限を持っておる官庁であって、この数年にわたってどうしてこういう状態に置いたのかという点で調べてみますと、文部省の役人との間に非常に金品の授受が行なわれておるということで、その金額についても、はっきりはわかりませんけれども、最初百二十万といわれておった。それが次長の前の答弁では七十万、最後には七十二万何がしという金額だと思うのですが、これはあなたの答弁によりますと、非常に儀礼的なつき合い的な金額であるというふうな答弁が前になされているわけですけれども、私の調査では、ここに資料もその後出ておりますが、この文教委員会で質疑応答が行なわれた後においても出ておりますし、また文部省が協会に提出させました菊池豊三郎氏から文部省の社会教育局長蒲生芳郎氏に出された文書を読みましても、これは七十二万になっておりますけれども、しかし儀礼的なものとは思えないのです。この点は、現在も儀礼的なものだとお考えになっておりますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 御了承願いたいことがございます。一つは、三千二百五十万円という数字でございますが、これは裁判長が和解案として出したものでございまして、裁判長の判断において三千二百五十万円が適当である、こう判断されたものであるということを御了承いただきたいと思います。  それから第二に、文部省の職員との間に金品の授受があったというお話でございますけれども、金品の授受というようなことは一切ございません。というよりは、実際問題といたしまして、最初出ました数字の中には、これはちょっと言いにくいのでございますけれども、文部省職員でない者が飲食したものも文部省職員が飲食したごとく帳簿につけてあったというような、要するにぬれぎぬを着たところも相当実際問題としてはあったわけでございます。その何十万円というのが、五年間にわたりまして、たとえば新旧課長がかわったときに歓送迎会をやるとか、そういうようなものが中心でございます。しかしながら、そういう御指摘のような誤解を生ずるならば、そういうことはやはり慎むべきであるということで、その後はそういうことの一切ないようにわれわれとしては十二分に戒心をいたしておるというのが実際でございます。  それから第三番目に、監督上の問題につきましては、実は裏経理であって、正式の帳簿に載ってなかったわけでございますから、実は私どもでは不明でわからなかった。その不明はわびなければいけないと思うわけでございますけれども、その点はわれわれとしても遺憾であったと思うわけでございます。その問題が起こりましてから、私どもといたしましては、いろいろな状況を調査し、今後の運営に遺憾のないように、経理上の処理等につきましても十分な監督を加えるというようなことをいたしてきたわけでございますが、ただ一つは、こういう団体の内紛の問題等がございましたので、こういう問題は自主的に内部的な処理をすることが第一原則でございまして、こちらが内部に入ってその渦中に投ずるというよりは、まずは協会自体の自主的解決をまちたいということで、そういう方向でこの評議員会も改革されまして、新しく組織された評議員会のもとで新しい執行部も選ばれてくる。こういう形でその著作権協会の運営は、現在においては健全に行なわれているものと確信いたしておるところでございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 こまかいことを言うようですけれども、私はそう簡単には思えない点があるわけです。ここに協会から文部省に出された関係書類があるが、これは信憑性につきましては、非常に少な目に見積もったものだと思うのです。たとえば昭和三十五年には、文部大臣に対する贈答品とか、あるいは日時を言いますと、四月十九日に文部大臣その他の懇談会、あるいは五月四日の著作権課長に対する病気の見舞い代とか、あるいは文部省会合費とか、あるいはまた再び見舞い代とか、あるいは著作権課に対する贈りもの代であるとかいうのが、連日のごとくずらっと並んでいるわけですね。しかもその容体を見ますと、なまやさしいものではないわけで、われわれの感覚ではちょっと想像ができない感覚だ。これを簡単なものだと言う文部省のあなたの答弁は、私はかなり感度が鈍っておるのではないかと思うのです。接待の態様を見ましても、たとえば贈答品あるいはせんべつ、これはあなたが言われた歓送迎会というようなものになるかもしれませんが、病気見舞い、あるいは講師依頼、転任の記念品、それから接待費、折衝費、中元、おみやげ、こういう数費目にわたって支出がなされておるので、これは簡単な儀礼的なものだとは私は思えませんし、しかもほとんど料亭が使用されているわけで、たとえば赤坂、築地などの料亭、キャバレー、舞台は申し上げませんけれども、小梅とかその他の料亭がずらりと並んでいるわけです。そうすると、当時協会が求めておったのは、旧法の三十条八号、これを何とかして削除してもらいたいというので、三十・八という数字が至るところで出てくるわけです。三十条八号の削除、これを文部省へ働きかけるためのそういう折衝費にお金が使われているわけですね。これはただごとではないわけでございまして、それまでもたいしたことではないというお考えに立つことが、私は文部省の姿勢の問題として究明をしなければならぬと考えるわけですが、この点について、当時文部大臣ではなかったわけですけれども、文部大臣の所見をちょっと伺っておきたい。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 私もただいま御指摘になって初めて知ったようなわけでございますが、そのようなことがもし行なわれておるとするならば、いやしくも文部省といたしましては、どう考えてみましても好ましいことではございません。ことに、何らかの目的をもって、それを助けるためにそのような会合を持つというようなことは、よくないというふうに思うわけでございます。今後、そういうような点につきましては、十分注意をしてまいりたいというふうに思います。また、私といたしましても、その間の事情をよく聴取をしてみたいと考えておるわけでございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 一つの協会の問題ですからあまり詳しく申し上げたくないのですけれども、これはただ文部省だけでなくて、国税庁に対しても行なわれているわけです。それは、この協会に対して三百五十万の税金の徴収が行なわれましたので、これを何とかして税金を課税されない団体にするという知恵を借りるために、国税庁の係官に対しましても、東京国税局あるいは京橋税務署の係官に対しましても、昭和三十五年から三十六年に至るまでひんぱんに金品の贈与、酒食の供応ということが重ねられているわけでございまして、そういうような中で、この団体が課税対象にならない団体になっておるというその結果は、私は非難するわけではございませんけれども、こういうような中で行なわれることは決して明朗なことではございませんし、さらにバー、キャバレー等を暴力団が経営しておるところから著作権法違反の問題が起こるわけで、それに対して警察当局を導入する、これに対しましても、警察庁の保安課に対する金品の授受、昭和三十八年八月五日から九月の五日まで、たった一カ月の間に、私の計算では九万円以上の供応がなされておる、こういう状態なんです。  これは三つの官庁にわたって申し上げたわけでありますけれども、これは綱紀の粛正の面から申しましても、私は非常に重大な問題だと考えておるわけでございまして、これはやはり官庁としてははっきりと姿勢を正すべき問題だと思うのです。こういうことが続くということになりますと、たいへんな問題でありますし、その被害は利用者にも及ぶわけでしょう。さらに著作権者にもその被害は及ぶわけで、双方に迷惑をかけてくるわけですね。そういう意味で、これは今後の問題として再びかかることが起こらない対策というのは、厳重に講ずる必要があると私は思いますので、そのことを申し上げたいと思うのです。  さらに、それに対する対策がなされたと言われますけれども、私はそれは行なわれていないのではないかと思うのです。たとえばそういうことが起こる原因として私は数点問題を考えておるのですが、一つは、ブランケット方式というもの——これ以外には徴収方法はないように私も思います。しかし、それならブランケット方式というのは、特にバー、キャバレー等におきましては、どこでどれくらいレコードあるいは演奏がやられておるかわからないという問題もありますので、徴収する金額が非常にわからない部分があるわけです。配分についても困難な面があることは、わかるわけです。これが一つの落とし穴になるわけです。そうしますと、それを扱う協会そのものが相当厳重な監査体制をつくり、あるいは協会そのものが徹底した民主化をされないと、不正が起こる苗床というものは依然として存在をする、こういうふうに考えるわけです。その点について、どういう体制をとられておるのかということが一つです。  もう一つは、こういう協会と文部省とのつながりですね。たとえば名前をあげて非常に恐縮ですけれども、菊池前常務理事の場合には、かつての文部次官でありますし、もちろん文部省からそのまま行ったわけではないわけですけれども、文部省とのつながりはあるわけですね。今回常務理事として行かれました北岡健二さんにいたしましても、かつて文部省の調査局長でありますから、そういうつながりというものが、監督官庁と指導を受ける機関との間に明確なものをなくしている。そこらあたりから非常に雑然とする状態が出てくるのではないか。こういう点は、明確にすべきではないかと思うのです。これについて意見をお聞きしたいのです。  もう一つは、時間もあまりありませんから、菊池豊三郎さんのことを例に出しますと、この方は、かつては文部次官、そして次には協会の常務理事といたしまして、三十条八号の削除のために努力をされた。努力をされたけれども、その間に先ほど言いましたような不明な金が使われるという事態があるわけですね。贈収賄ということばを使うならば、いわば贈賄側の人に当たる責任者だった——本人がやったかどうか知りませんよ。しかし、そういう席にあったことは事実です。ところが、その方が依然として、そういう大問題が起こっておるさなかにもかかわらず、著作権法の審議会の委員をやっておられたわけですね。審議会の委員を確かにやっておったと思うのです。間違いであったら指摘していただきたいのですが、その審議会の委員を菊池さんがやられて、そして答申が四十一年の四月に出たわけなんですね。そうすると、悪いことばでいうならば、贈賄側の方が審議に参加して、そして答申が出てくる。事実今度の法案によりますけば、九十五条で三十条八号の趣旨が生かされてくるわけですから、それはけっこうでありますけれども、そういう関係というのは、決して正しいものではないわけでございます。しかも当時、菊池さんの場合には不起訴にはなりましたけれども、ようやく起訴猶予になったという点、しかも三千二百五十万の不正部分の一人の責任者であるという点から申しまして、こういう形で審議会が構成をされておるところに問題があるのではないかというふうに考えるわけです。この点についても、私の調査が誤りであれば指摘をしていただきたいのですが、御答弁をお願いします。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 まず第一点は、御指摘のとおり、これは三十四年から三十八年に至る五年間にわたる問題でございまして、この間の事柄については、私どもはきわめて遺憾である、また文部省の関係がもしあったというようなことにつきましても、大臣からおっしゃいましたように、これはきわめて遺憾なことであるということで、それ以降は一切そういうことがないというように極力注意をいたしておるということを御了承願いたいのが、第一点でございます。  こういう裏経理が行なわれる原因がブランケット契約にあるのではないかという御指摘でございますが、これはブランケット契約と申しましても、それぞれの社交場との間に契約がございまして、そういう証拠書類もあるわけでございます。したがいまして、ブランケット契約があるからこういうことが生ずるのだという御指摘につきましては、われわれとしては首肯しがたいわけで、そういう社交場等からの徴収につきましては、どの国もブランケット契約を結んでおるということでございます。それからまたこの分配につきましては、協会員が現在のやり方について特別に異議を申し立てていない、こういう方法でけっこうだということで運営をされておるわけでございますから、したがって、こういう状態が生ずる原因をブランケット契約だとすることにつきましては、先ほど申し上げましたように私どもとしては首肯しがたいと思う次第でございます。  それから文化庁なり文部省、当時文部省でございましたが、文部省といたしましては、その当時から終始この協会における自主的解決を一方では促しつつ、同時にあらゆる資料の提出を命じまして、必要な注意を喚起したところでございます。なお、申しおくれましたが、最近におきましてこういう徴収、分配に関する事務につきましては、ますます著作物利用の機会も多うございますので、最近におきましてはコンピューターを導入いたしまして、それに監査部門を強化いたしまして、これらの分配が合理的に、しかも適正に行なわれるように留意いたしておるところでございます。  それから役員の問題でございますが、菊池豊三郎さんが音楽著作権協会に参られました理由は、私ども伺っているところでは、当時の会長の西条八十さんと小学校時代からの親友でございまして、西条さんからぜひ来てくれという話があって行かれたと伺っておりますので、文部省のほうからこういう人を採れというような関係ではなくて、個人的な関係においでおいでになったと私ども伺っております。  それから菊池豊三郎さんは、もちろん審議会の委員ではございましたけれども、この問題が起こると同時に委員をおやめになりまして、したがいまして、この答申が出される段階におきましては、菊池さんは委員ではございませんでした。  それから、北岡健二さんが現在音楽著作権協会の常務理事をしておられるわけでございますが、これは協会のほうで学識経験者として適当な人はないかということで各方面さがされた結果、北岡さんが最も適任者であるという御判断の上で行かれたわけでございまして、文部省にいたしましても、文化庁にいたしましても、音楽著作権協会にいたしましても、文部省の人を入れて都合よくやろうなどという意思は毛頭ございません。学識経験者として最も適当な人がつかれることが望ましいし、そのような運用が行なわれているものと考える次第でございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 この問題は、協会はやはり発展をさせなければならない協会ですし、しかも最初に申しましたように、文部省が認めておる日本におけるただ一つの協会ですから、しかも千数十名という著作権者がこれによって生活されておるという問題でもあるわけで、そういう点ではこの協会を発展させなければならない。しかし、二度とこういう不正な問題を起こさせないということが大事です。ことに、外国との関係におきましても、問題になりましたジョイあるいはリコルデーという会社に対する支払いも、かつて四百四十五万の支払いがされたということですけれども、調べてみると、当会社に対しては支払われていなかったという事実も明らかになっておるわけであります。これは国際信用の問題としても重要な問題だと思うのです。さらに会計上の問題でも、たとえば一千万円の恐喝にあった金額、これも支出をされておりますけれども、これだってキャバレー業者から集めた金額のうちの相当部分を入れて納めておる。また、私の県の高知放送なども払い戻し請求をしておるわけですが、高知放送に対する払い戻し、あれは六十万であったか、これも他から集めてきた金を渡しておるということで、実際払い戻しにはなっていないわけです。そういう会計上の大福帳式といいますか、非民主的な運営は、絶対に排除しなければならぬと思うわけです。  また、いま言われましたけれども、私の調査では、菊池さんの問題は、この事件が起こってからおやめになったと言われましたが、供応接待を受けた側の方がやはり審議会に入っておるということもお聞きをするわけです。さらにもう一つの問題としては、現在の協会において公認会計士を入れるという問題も、そういうことで監視をきびしくしていくという、経理上の不正をなくするという方針だと思います。しかし、この事件のあった当時の公認会計士の方が、現在も残っておるということも聞くわけであります。それは誤りであるかどうかわかりませんけれども、そういうこともお聞きするわけです。ともかく、以上あわせまして、ほんとうにこの協会に対する唯一の監督指導機関、しかもかなりの権限を持っておる文部省の姿勢というものは、この際はっきり正していただきたいわけで、重ねてそのことを申し上げるわけです。そういうことによってこの著作権法というものがほんとうに著作権者のために生きてくるわけでございまして、そういう監視体制といいますか、そういうものがはたして十分なのか、あるいは諸外国に対する国際信用を失墜するようなことは今後ないのかどうかということを、もう一回伺っておきたいのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 過去においていろいろ遺憾なことがあったことは、まことに遺憾なことでございます。ただ、現在外国の著作権団体は日本の音楽著作権協会をどのように見ておるかということが私ども気になりまして、国際会議に行くたびにいろいろ外国の著作権団体の人に会うわけでございます。非常に日本はよくやってくれているということばをいつも聞くわけでございます。そういう意味におきましては、現在におきましては音楽著作権協会の運営はよく行なわれており、外国のこの種の団体も非常によく信頼をしておるということが言えるのでございます。私がただ外国の著作権協会の人だけの話を口頭で聞いたからというだけでは御信用なさらないかもしれませんけれども、実際問題としては、音楽著作権に関する仕事の世界的な団体でCISACというものがございます。これは毎年理事会等をやっておりますが、日本もぜひ理事になってくれと言っておるわけでございまして、外国におけるところの信用は非常に上がっておるということを御了承願いたいと思うわけでございます。  それから公認会計士の問題でございますが、前の人がなくなられまして、現在は新しい公認会計士のもとに行なわれておる、こういうことでございまして、先ほど来申し上げておりますように、音楽著作権協会は日本の音楽あるいは外国の音楽の著作権を一手に引き受けてこれを行使する団体であるから、いささかの不正もあってはならず、またその業務が国民の信頼を得るような、また利用者からも信頼を得るような、そういう団体になってほしいし、またその団体の経理等におきましても不正、そういうようなものが少しもないように、われわれといたしましては監督官庁としての責任を果たすために今後とも十二分に努力をしてまいりたい、かような所存でございます。

山原健二郎日本共産党

○山原委員 最後に一言要請をしておきますけれども、前のこの委員会で取り上げられたときには、警視庁にそれがいっているというような問題もあったわけですけれども、これはこれだけの問題ですと、しかも数億円という金が動くといううわさが立つということになりますと、文部省としてははっきりさすべきではないか。一部係争中の問題があるそうでありますが、伝票その他は残っておるそうでありますので、こういう問題については、一応けりをつける意味において会計上の問題ははっきりさしたほうがいいのではないかということを申し上げまして、私の質問を終ります。

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたしました。     —————————————

八木徹雄自由民主党

○八木委員長 次回は、明九日木曜日、午前十時より委員会を開会することとして、本日は、これにて散会いたします。    午後四時四十五分散会

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