大蔵委員会 第7号
- 発言数
- 182 件
- 登壇者
- 10 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1970/03/03
会議録
○毛利委員長 これより会議を開きます。 国税通則法の一部を改正する法律案を議題といたします。 質疑の通告がありますので、これを許します。堀君。
○堀委員 前回、私が「審査請求事案の所得階級別処理区分表」というのを請求いたしまして、大蔵省のほうから提出をされております。 そこで、この問題に入る前に、私実は少し調べておりまして、大蔵省の資料といいますか、報告そのものの中に、どうも適切を欠いておる点に一つ気がついたわけであります。ですからこの資料に入る前に、まずその問題を一つ取り上げておきたいと思うわけです。 そこで、ちょっと最初にお伺いをしておきたいことは、皆さんが今度お出しになっております訴訟事件に関する資料なんでありますけれども、「訴訟事件件数表」というのが出されておりまして、まず直税関係でお伺いをいたしたいわけであります。 この直税関係で、国側一部勝訴というのと国側敗訴というのと国側勝訴というのがありまして、この件数は、昭和三十八年に国側一部勝訴が十四件、その次、三十九年六件、九件、十六件、十五件、十二件と、実は皆さんの提出資料にはこういうふうになっているわけであります。 そこで、ちょっと最初にお伺いをしたいのは、昭和四十三年十月十五日の言い渡しになっておりますところの訴訟事件の判決が一つありますけれども、これを例にいたしますが、判決要旨として、「行政権の発動としての行政行為が行政行為として完全に効力を生ずるがためには、権限ある行政機関の正常な意思決定に基づくものであって、その内容が公益に適合し、行政法上の一連の諸手続を履践したものでなければならない。」この後半のほうに、「不作為の違法確認の訴えは、法令上申請権を認められた国民から、処分をすべきことの申請を受けた行政庁が、これに対して、相当の期間内に却下あるいは認容ないし棄却する等何らかの処分をすべき応答義務を履行しない場合に、その違法を確認し、宣言することによって、不作為状態をすみやかに解消し、もって申請人の権利の救済を図ることを目的とするものである。」云々と、こうあるわけでして、実はこの税務訴訟資料を拝見しておりますと、不作為に関する提訴というものが非常に多数の件数にのぼっておる。ところが、これをどう理解をしておるのかわかりませんが、これがどういう形で「訴訟事件件数表」にあらわされておるのかということなんですね。これをちょっと最初にお伺いをしたい。
○吉國(二)政府委員 ただいまの不作為に関する訴訟もこの発生件数の中に入っております。そして終結をいたしましたものはその態様に応じて却下、勝訴、一部勝訴、敗訴という中に分類してございますが、ただいまの事案は却下の件数の中に入っているわけでございます。
○堀委員 そこで、これはなるほど却下という形になっておりますと、われわれただこの資料だけ見せてもらいますと、要するに、訴訟の事案になったものの中で、本来国側が正当なためにこれが却下になった、こういうふうに実は理解をするわけです。ところが、内容を読んでみますとどういうことになっているかというと、いずれも不作為時間が一年以上にわたるものがほとんどですね、実際に訴訟案件になっているのは。件数としてもきわめて膨大な件数がありますが、昭和四十三年だけでいいから、不作為件数についての訴訟件数と、それが確定をした——一審だけでけっこうですから、一審においてはどういうふうな形で確定をしたのか。昭和四十三年ができなければ四十二年でもよろしい。どこかの年度における不作為に関する訴訟の状態をちょっとお答えいただきたいと思います。
○吉國(二)政府委員 この不作為の訴えは昭和四十二年と四十三年に特殊な事案として出てまいりました。昭和四十二年に三百六十四件、四十三年に二百六十件の発生がございます。
○堀委員 それはどういうふうな経過になっておりますか。
○吉國(二)政府委員 そのうち却下されたもの六百六件、取り下げをいたしましたもの十八件ということで終了をいたしております。
○堀委員 その中で訴訟費用を国が負担したのは一体どれだけありますか。
○吉國(二)政府委員 訴訟費用の負担は国側が負担しているものが多いようであります。
○堀委員 多いようでありますでは、困る。一体どのくらい——これが問題なんですよ。却下になっておるにもかかわらず、国側がなぜ訴訟費用を負担しなければならなかったのか。ここが非常に重要ですから、ちょっとこれをお答えいただきたい。
○吉國(二)政府委員 これがいわば不作為の請求事件でございますから、形式から申しますと、不作為が解消いたしますと訴訟の目的がなくなりますので却下になるわけであります。訴訟の目的がなくなる、あるいは、訴訟の目的があったがそれがなくなったことについて国側の遅延というものがあるとすれば、それについては訴訟費用は国側で負担すべきであるという考え方で、大部分のものがそのような結果になっておるわけであります。
○堀委員 ちょっとあとで正確に、このいまの却下六百六件についてのそれを伺いたいのですが、私はこの資料を調べていて感じたことは、まず、却下になっておるというので、われわれはこの問題については国の側に瑕疵がなかったのだというふうな判断で実は原資料を見たわけです。おそらく、裁判記録を見ない限りは、この原資料だけをこのまま見れば、却下というのは国の側には瑕疵がないのだ、これは訴訟した側に問題があったから裁判の結果却下されたんだ、こう見るのが当然だと私は思うのです。ところが裁判記録をずっと読んでみると、要するに訴訟になってから、審査請求が一年以上にわたってほったらかしであったものが審査の裁決をしておる。訴訟を起こさなければ裁決をしなかったという事例が、二年間にわたって六百六件あったんだということを実は立証しておるわけです。そこで、訴訟事件を起こしてそれで裁決が出ておるから、なるほど訴訟に対する原告側の意思というものはこれで認められたから却下になったんだけれども、しかしそれにもかかわらず、審査請求が行なわれて一年以上にわたってそのまま何らの回答もせず放置したことについては国側に責任がある、それによって当然訴訟費用は国が払え、こうなっておるのが実はこの却下の件数の中にあるということなら、これを国側一部勝訴とか敗訴とかいうこういう理解で見るならば、ここにはコメントがついていなければ、この分はわれわれは全部国側に瑕疵なしという判断をして実は資料を見てきた。これは資料の提出方法としてはきわめて重大な錯誤をわれわれに与えるおそれがある、私はこう思うのです。 どうですか政務次官、あなた、いま私の言っていることを聞いて、この資料提出、これは要するに国民の権利に関する問題をここで取り扱っておる、そこで異議申し立て、審査請求、訴訟という一連のものを見るときには、結局異議申し立て、審査請求については国と国民との関係であるから、行政当局と国民との関係と、いうことではいずれも一方的なことになっておるけれども、裁判記録については、これは公正なる一種の第三者が行政当局と国民の側に立って判断をしておることであるから、その判断が国民の側に軍配を上げたのか行政当局に上げたのかについては、やはりその点が明らかにならないと、実はただ単に国側が勝訴、国側が一部敗訴というだけの件数では、われわれの判断を誤る可能性が十分にある、こう思っておるので、今後のこういう取り扱いについては少なくとももう少し配慮あってしかるべきではないか、こういうふうに私は判断するのですけれども、政務次官、どうですか。
○中川政府委員 堀委員のおっしゃるところ、まことにそのような感じがいたします。ただし、事務的な書き方としては、国が勝った負けたとはっきりしているところであり、形の上ではやはり却下になっておるわけですから、書き方としてはこういうこともやむを得ないのではないかと思いますが、今後の扱い方としては、見方によってはこれが国が当然勝ったというような形の中に入れられそうな誤解も受けそうに思えますので、これからの資料の書き方としてはもうちょっとここら辺のところはくふうすべきじゃないか、このように思います。
○堀委員 おっしゃったように、事務的には確かに却下に間違いありません。却下に間違いがないけれども、われわれは形式をここで議論しておるのではなくて、実は問題の背景が何かということを認識することなくしては、せっかく資料を提出されても、この点は私は十分でないという判断をするわけです。 そこで、ここに私は気がついたので、あわせて資料をひとつお願いしたいわけです。その資料をお願いしたいのは、私も実は裁判記録をきのう少ひっくり返してだいぶ調べてみたけれども、実にわかりにくいわけだ、この裁判記録そのものか。最初のところに見出しがちゃんとついていますよ。見出しがついているけれども、この見出しの中身を全部読んでみないと、一体これは国側が一部勝訴なのか敗訴なのか全然わからないようになっておる。私は、これは税務署に国税庁が渡すのならば、もうちょっと国税庁として税務署側の読むものが、要するにこういう形でひとつ整理をされた何かの目次がついていて、国側勝訴というものについて見るときはどこを見ればわかるのだ、国側一部敗訴はどこだ、却下はどうなっているんだというようなことが一応どこかについておってしかるべきではないか。結局私はきのう一晩かかってこれ二冊おもなところみんな目を通さなければ、こんな膨大な裁判記録が頭に入れられないという非効率。私は、行政水準を高めるためには、まずそのくらいの程度の努力があってしかるべきだと思うが、国税庁長官、どうですか。
○吉國(二)政府委員 仰せのような問題もあると思いますが、御承知のとおり、裁判記録というものの内容自体がたいへんむずかしいものでございます。これだけに要約するのもなかなかたいへんでございます。これでお読みになるとおわかりにくいながらもおわかりになると思いますが、裁判記録をごらんになったらおそらくどうにもならぬ。この辺までかなり努力をして縮めております、か、今後ともわかりやすいものにいたしたいという気持ちであります。
○堀委員 私が言っているのは、中身はもうこれでいいのですよ。ただ要するに索引というか、何を引きたいと思っても、これでは全然引けない。だから、そこだけを整理してもらいたいと思うのです。これはもう簡単なこと、ここまでできておれば、あとは要するに皆さんが——これは国税庁の資料に出ておるわけだ。国税庁統計年報に出ておるし、事務年報にもいろいろなことが出ておるわけでしょう。そうすると、われわれは統計年報を引いて、一部勝訴なりいろいろなものがある。そうすると、一部勝訴とは一体何か、一部敗訴というか一部勝訴というか、これは何だということは非常に興味があるけれども、この中でこれを私はきのう相当かかって見て、その一部勝訴というのはどれかというのは、この二冊の中ではどうもよくわからない。国側敗訴はわかるけれども、よくわからない、こうなるわけですね。だから私はひとつきょうお願いをしたい資料要求というのは、この国側一部勝訴と国側敗訴について、要するに簡単なコメントでいいから、この事案についてはどの部分について実は国側が一部敗訴になって、残りのこの部分は勝訴だということ、あるいは国側が敗訴になっておるのはどういう問題であったかということについて、ひとつ、わかりやすい資料として当委員会に提出をしてもらいたいと思うのです。同時に——いまの取り下げはいいです、これは自発的な意思でしょうから取り下げはいいのですが、その次の却下という問題をここに見ますと、昭和四十二年度は却下が十一件と五・四%だったのが、昭和四十三年度でいきなり却下の件数が六百二十二件にふえておる。というのは、いまの実は不作為に対する問題というものが出てきたことに原因があるのだろうと思うのだけれども、そういう問題を含めて、要するに却下というものがどういう形のものであったのか。特にその却下の中身には、多少行政上の瑕疵に基づく問題を訴訟をしたことによってようやく行政上の処理がされた。私はこの問題で非常に重要に感じるのは、この不作為にしておる——訴訟をしておる人たちというのは、ある程度税務行政に詳しい人たちが実はやっておるわけですね。それ以外のものの、要するに不作為で一年以上経過しておるものが私はあり得るのではないかと思うわけです。ひとつ協議団側として、昭和四十二年に行なわれた審査請求の中で、一年以上不作為で放置をされたものは一体何件あるのか、ちょっと答えてもらいたい。
○吉國(二)政府委員 いま数字を申し上げますけれども、御承知のように、この不作為の訴訟というのは非常に特殊な法律解釈が行なわれておるということは御承知だと思うのです。御承知のように、審査請求を提出いたしましてから三カ月不作為でと申しますか、審決がない場合には、直ちに訴訟に移行できるわけであります。通常の考え方でいけば、三ヵ月で訴訟を提起すべきというか、することが可能になる。それが長い間お互いににらみ合っておった。その結果訴訟が出たというので、非常に異例なものではあると思うのです。しかも集団的に出ましたので件数が多い。実は一件と同じことであるということは御承知だと思います。 それから、確かにこれは協議団のほうでも、処理したうちで一年以上経過したものが、四十二年度で処理件数総体一万一千百八十三件のうち二千四十七件、一八%もあるのは、はなはだ私も遺憾でございます。しかし、最近において非常に努力をいたしまして、この審査期間を縮めております。ただ、この非常に期間を要したものの中には、御承知のように査察事件で刑事処分がまだきまらない。で、刑事事件と民事事件は実際は既判力の関係はないわけでございますが、普通は刑事事件が起こりますと民事事件は停止をいたす。そういうことで、それの前提となる審査請求も様子を見ておるものが相当ございます。それと一部が、二年度同じ問題が起きまして、一年目が訴訟になった、二年目にまた同じ問題が起きて、それが審査になったという場合に、訴訟の行くえを見定めるということもございます。そういう意味でおくれているものもございますけれども、実際問題として一年経過したものがこれだけあるということは、私どもとしてもぜひ今後是正をはかりたいと思います。審判所がその意味で非常に大きな貢献をしてくれるのじゃないか、かように考えております。 で、これは申し上げましたように、現在はこの処理のうち二割ないし三割の期間というのが、ものによっては主管部との折衝で終わっているという問題もございますので、今後はその問題が起きなくなるという点から申しましても、短縮が可能になるのではないかということはこの間申し上げたとおりであります。
○堀委員 実は私が伺ったのは、いまの不作為件数、二千匹十七件あるわけですが、この二千四十七件の中で、訴訟として問題を提起した一連の問題、税務行政に比較的明るい人たちが関与をしておる一連の問題をこの中から除いた場合、その他の不作為案件数というのはどのくらいありますか。
○吉國(二)政府委員 この不作為の案件が出てまいりましたのは、これが最近において一番顕著な例でございます。ほかの点は私は関知をいたしておりません。これがおそらく全部だと思います。
○堀委員 そうすると、私が心配をしておることは、税務行政に詳しい者が関与しておれば不作為で一年——まあ三ヵ月でできるのだけれども、一年一応おくとしても、そこで訴訟をやるというて訴訟を受けると、今度は、これを見ている限りでは、裁決をしているわけですよ、審査請求に対して。ところが、もしそういう訴訟をしなかったらはたしてこれはどうなっているんだろうかという問題が、実は私としては疑問が出てくるわけですね。そうすると、要するにその一連の団体に関係する人たち以外の者に対しては、審査請求というものは三カ月くらいでみんな処理がされておるのかどうかという疑問ですよね。実はそこのところを聞きたいわけだ。 私の言いたいことは、要するに、納税者の中にはきわめて税法に詳しく、税理士なり弁護士なりいろんな関係を通じてやれる人もいますけれども、わりかしそうでない人もいるんですよ、国民の中には。そうすると、税務知識のある者は何らかの方法手段によって、審査請求がおくれれば訴訟でやるんだ、こういくけれども、ところが訴訟をやると費用がかかるとか、弁護士頼んだりいろいろすると費用がかかるからというので、必ずしも訴訟に訴えない。訴えないことをいいことにしてと言うと悪いけれども、訴えられなければ審査請求はほうっておくのだという、不作為のままで残っているのだということになれば、これは私は国民の権利が重大に侵害されることになる、公平の原則を乱すことになると思うので、そういう事例はないのかと実は伺っているわけです。そこのところは、たとえ件数は少なくとも重要な意味を含むわけですから、慎重に答弁をしておいてもらいたい。あとで出てきましたなんということでは、私は承知できないからね。その点ははっきりひとり……。
○吉國(二)政府委員 訴訟として遅延があらわれたというのは、いま御指摘のあったとおり、何と申しますか特殊件数だけでございます。ただ、一年以上放置されているものの中には、この件数以上のものが放置されているわけですから、おくれているものがあることも事実でございます。おそらく処理件数のうち、三カ月を経過して後一年以内に処理された件数と申しますものが、件数にいたしまして大体四割ちょっとございます。そういう意味では審査がややおくれぎみであるということも言えるかと思います。今後はその点を大いに是正していく可能性はあると思います。ただ、私さっき申し上げましたように、御指摘のように三カ月たてば訴訟が起こせるわけでございますから、起こさないということは、やはり一般の方々は訴訟の手続が困難であるし、金がかかるということからおやりにならない点が多いと思います。それだけに審査請求というものをできるだけ迅速に正確にやるということが今回も特に注目されているゆえんではなかろうか、その点は今後の運営といたしまして特に配慮をしていくつもりでございます。
○堀委員 そこで、いまお話を聞いておると、現在の協議団では、三カ月以上一年以内、訴訟できるものが四割強もある。しかし現実の問題としては、ただ審査請求がおくれているから訴訟ができるというのは、私は特殊な便宜を持っておる人だろうと思うんですね。それ以外の者はやはりなかなか訴訟までいかない。訴訟が出たものは必ず実は審査請求をすぐ裁決しているわけです。訴訟が出たらすぐ裁決して却下になるような処理を国はしておるということの中に、私はやはり少し割り切れないものがあるのです。まあ、あなたのさっきの言をかりれば、三カ月以上は訴訟できるのだから早くやってもらいたい者は訴訟しなさいというのじゃ、これはちょっとおかしいでしょう。そう思いませんか、皆さん。そうでしょう。訴訟の権利は確かにある。しかし国民に訴訟の権利があったら、片一方おくれているやつを急ぎたい人は訴訟しなさいなんということには私はならないと思う、この問題の性格は。それは長官があとで答えられたとおりだと思う。だからそうなると、審査請求の処理というものは何にしても——それはいろいろな事情があって遅延するものもあるでしょう。それはやはり例外はあっていいけれども、しかし私はちょっとこの数を聞いていると例外の問題じゃないですね、どうも。一般的権利として審査請求に対して国税庁全体としての熱意が足らぬということじゃないかと私は思う。この実態はどうでしょうか長官、私の言い方がちっとひど過ぎますかどうですか。
○吉國(二)政府委員 その面がないとは申せませんので、ほどほどの御発言かと思います。
○堀委員 そこで、今度の租税審判所になった場合、これは人数の資料が提出されておりますが、いま早くできる可能性が開かれるというような答弁を長官しておるですね。租税審判所をつくったら、少なくとも審査請求については、三カ月以上は訴訟できるということに現在なっているわけですからね、三カ月以内にやるのだ。訴訟は、この問題についてだけはまことにくだらぬことですからね。訴訟手続をして、出して、その中身がないのだから。ともかく早く審査請求を出せということを言い、片一方が出したらその訴訟はおしまいになる。おしまいになっただけでなくて、国が負担しているわけですよ。一体この裁判費用はどのくらい負担したのですか、この六百六件で。六百六件による国側が負担した裁判費用の総額を一ぺん言ってみてください。これは税務行政上たいへんな私は損失だと思う。
○吉國(二)政府委員 また、この訴訟費用というのが一般の常識とかけ離れておりまして、御承知のとおり訴状に張った印紙の代金とかそういう程度のこと、一件当たり数千円程度、これはもう御承知のとおりでございますので、額としてはそう大きくはないと思います。
○堀委員 ちょっとその数千円というのはひっかかりますね。一件当たり一体幾らか、これをそこにいる人、だれも知らないのだろうか。これだけ、六百六件も訴訟費用を負担させられておって、数千円なんということは、大蔵委員会の答弁としては通らぬ。これは、もうちょっと正確に、三千円台と言うのなら私は了解するけれども、数千円なんという答弁は私は了解できぬ。
○吉國(二)政府委員 三千円ないし四千円程度のところでございます。
○堀委員 費用の額としてはたいしたものではないようでありますけれども、結局、その費用そのものも、言うなれば国民の税金によってまかなわれておるものでありますから、たとえそれが四千円としても、六百件といいますと幾らになりますか。
○吉國(二)政府委員 たいへん算術がまずいのでございますが、大体二十四万円だと思います。
○堀委員 誠意をもって審査処理が行なわれておれば、国は二十四万円損しなくても済んだ。だから、私は、国税庁としては、これだけ余分の費用を実は国民の負担において支払ったような感じがしてしかたがない。だから、ひとつ不服審判所が法律が通ってできたら、審査請求については原則として——例外はありますから、原則としてひとつ三カ月以内に裁決をするという答弁を、国税庁長官、ここでやってもらいたい。私は、当然のことだと思うのだ。それに必要な人員は、必要があれば要求をして、少なくとも国民の権利にこたえるだけの処置をすべきだと思うので、その点についての答弁をひとつお願いします。
○吉國(二)政府委員 たいへん失礼いたしました。二百四十万と間違えました。一けた間違えました。
○堀委員 もうそれだけ損を過小評価した。
○吉國(二)政府委員 どうも数学に弱いものですから……。あとで速記録を訂正さしていただきます。 それから、新しい不服審判所ができましてから、審査請求は原則として三カ月以内にやれという御要望は、私は非常にけっこうなことだと思うのでございますが、御承知のように、これから発生するものだけを扱うわけでございませんで、従来からのひっかかりが相当残ります。で、私が、早くなるであろうと申し上げました根拠は、四十三年の審査請求の提出の度合いが、四十二年に比べて、発生件数が七割ちょっとに下がっておるわけです。それから処理未済件数も大体六八%程度に下がっております。発足までに、協議団としても、この間御指摘がありましたように、優秀な本科生の卒業生を一部併任をいたしまして処理を進めております。そういう意味では、件数はよほど減ります。それと、発生件数が減ってくるという両方合わせますと、おそらく従来の処理件数に対してかなり低減をすると思います。それと、もう一つは主管部との協議という問題がございます。それらを考えますと、相当に処理は促進をされるので、将来はそういう方向を原則とするように事務処理をやっていってもらうように、私としては新しい審判所には要望いたしたいと思っております。 従来の処理の平均を申し上げますと、これは総体の平均でございますので、勘がかなり入っておりますが、協議決定までに大体六カ月半ぐらい、それから裁決までが八カ月半というのが大体平均だと思います。そこで二カ月間というものが今後は短縮をされます。あと、件数がかりに七割程度に減ってくれば、処理の慎重を期するにいたしましても、この六カ月半が当初の段階で五カ月程度には短縮できるのじゃないか。それを努力していけば、御指摘のような大部分のものは、三カ月以内に処理ができるという態勢に推し進めていくことは可能であろうかと思いますので、そういう考え方を基礎にして今後の事務運営に当たりたい、かように考えております。
○堀委員 私は、税金を取るということも非常に大事だと思います。大事だと思うけれども、やはり人間がやる税務行政ですから、瑕疵が起こることはこれはやむを得ない。その瑕疵を正すのがそういう問題なんですから、そうすると私は、国民の権利を守るためには、今度の不服審判所のほうにかなり人間を持っていっていいのではないか。国税庁はいま五万人くらいいますね。五万人の職員の中から、そこにかなり持っていっていいのではないか。そして、少なくともいまのあなたのおっしゃるような方向でいけばいいけれども、実際やっていて、いかないようなら、人間をふやしてでも、少なくとも訴訟に至らなければ処理ができないなんというようなことを除いて、原則として三カ月以内に審査請求の裁決を行なうことこそ、私は、税務行政に対して、末端のほうも、それだけに十分考えて処理ができるようになって、正しい税務行政が行なわれることになるのではないか、こう思うので、その点はひとつ、あなたの話、わかりますし、これまでの係争のあるものについては、これはいろいろあろうから、私は、できてから、出された審査請求についてだけ今後また資料を要求して、もらうことにするけれども、それにしても、少なくともそういう原則については、人間をふやしてでも、原則はひとつ確立をしていきたいという答弁なしておいてもらわぬことには、結果として、努力はしたけれども人がおりませんでできませんでしたなんというのは弁解にならないわけだ。実際の問題として、その点はひとつはっきり、三カ月を目途として早急にやる、原則は三カ月だ、もしそれができないときには人員をふやしてでもやります、その答弁がなければちまっと私は納得できない。
○吉國(二)政府委員 いま御指摘ございましたように、私どもも、この四百四十九人という数字でやっていこうというのは、現在やっておるものをさらに質的な向上をするという前提をとりますので、発足としてはこの四百四十九名というのが一応の限度だという、行政管理庁なり何なりの考え方というものをくつがえすのはなかなかむずかしいですか、実績が出てまいりました場合には、できるだけ実態に即するような定員要求をしていくという心がまえでいきたいと思います。ただ、いまの税務職員自体、全体の定員が少ないのでございます。御指摘がございましたように、国税庁から削って持っていくというよりも、新しく定員をとるというほうにひとつ努力をいたしたいと思います。
○堀委員 まあそれは、一般行政職の中にもあんまり必要のないのもいるのかもしれないから、だから大蔵省全体として考えるということでなら私も必ずしも反対ではありません。国税庁だけのワクの中だけで考えろということではないけれども、要するに、そういう一つの行政目的をここで国会として確認をされた以上は、その確認のほうが優先をするのだということでないと国民の権利が守られないと私は思うので、そのことな裏返せば、私は、税務行政についてのあなたのほうの確信をもってふやすことになる、当然行なわれるべきだと思うので、特にひとつ要望しておきます。 次に、階層別に入る前に、もう一つちょっと問題にしておきたいのは、滞納問題です。実は所得階層別滞納の問題というのが年報で明らかにされております。その中に、滞納になっておるということの理由の中に「不服申立、訴訟中等のもの」というのが、滞納件数として実はあげられております。これはいまの問題に関係があると思う。要するに、異議申請中だから、審査請求を出しておるからということで滞納になっておるという場合には、その問題の処理がされればこれは徴収できることになる、こういうことだと思うのですが、この「整理段階別純滞納状況表」というのについて、「不服申立、訴訟中等のもの」、これは件数としても相当ありますし、ウエートとしても二二%ですからかなりあるわけですが、これについて報告を少し聞きたい。
○吉國(二)政府委員 不服申し立てがございますと、御承知のとおり滞納処分をいたしましても、一部には執行停止の方法を一とる場合もあります。それから、差し押えをいたしまして本強制競売はできないわけです。そういう意味では、保全措置はとりながらそのまま徴収を差し控えておるというものが多いわけですから、それは訴訟なり審査請求が解決をして税額が確定をすれば、相当程度は徴収ができるはずのものでございます。
○堀委員 だからこの面から見ても、実はこういうような不服申し立てに対する処理が早く行なわれるということは——要するに税務執行上もさっきのように裁判費用として損をするだけではなくて、当然取れるべきものが、自分たちの審査なり不服申し立てに対する処理がおくれておるために、それが結果として滞納となっておるということは、これは私やはりどう考えてみても問題があると思うのですよ。訴訟のほうはしかたがないです。これは裁判所の都合だからしかたがない。あなた方に関係はないけれども、少なくとも「不服申立、」この中身はどうなんですか。二つ書いてあるけれども、「不服申立」と「訴訟中」とのやつは、二二%のウエートの中ではどっちが何%ぐらいになっているのですか。
○吉國(二)政府委員 異議申し立て中と申しますか、行政段階にあるものに対する不服は十二月末で約百三十億、それから訴訟中のものが約四十億でございますが、この異議申し立て中という整理がまたむずかしいのでございまして、たとえば例の森脇関係は現在刑事裁判、告発しております。それに対して審査請求を提出しております。ですからこれは訴訟中といってもいいような性質でございますが、形式上は異議申し立て、これが百三十億のうち四十数億を占めておりますので、それを切りかえて考てますと、むしろ訴訟中とほぼとんとんというかっこうになるかと思います。
○堀委員 それにしても、異議申し立てによる滞納額というものが相当多額にわたっておるということは、これは私はやはり行政上重要な問題だと思うのですね。だから、この点は私がさっきから触れておるように、何にしてもあらゆる段階において、いま裁判中のものはしかたがないけれども、そうでないものは行政側の処理でできることなんだから、それをできるだけすみやかにやって、滞納額を処分していくということは——これはどっちになるかは別ですよ。強制執行ができるのか、あるいは解除をするのかは別としても、その処分を明らかにすることはきわめて重要なファクターだと私は思うのです。その意味からも私が言っていることは非常に重大だという認識を持ってもらいたいと思うのですが、長官、その点どうですか。
○吉國(二)政府委員 これはおっしゃるとおり、係争中のものを差し押えておるという影響は、国に対しての影響だけではなくて、一般債権者に対しても非常な影響がございます。それだけに、たとえば国が不動産を差し押えておりますと、それに対して一般の強制執行をやった場合も、その優先権に基づいて交付要求をいたしますと全部国の取り分になってしまうというようなことでは強制執行もできませんので、そういう意味では、できるだけ早く問題を解決して一般債権者との調整もとらなくちゃいかぬということでは、とにかく早く処理をするということが一番大事であるということは、これは言うまでもないことでございます。
○堀委員 それに関連をして、私この資料を見てちょっと感じたのですけれども、実は滞納額というのが年間ずいぶん多いですね。皆さん見ていられないから、あなたのほうで全体の滞納額を一ぺん言ってください。そして、それと同時に相当大口の滞納額が多いということを私はこの資料で明らかに感じましたので、ひとつ昭和四十二年度における滞納額の状態、同時に一千万円以上の滞納額の状態を速記にとどめ、委員の皆さまの御参考にしたいと思うので、それをひとつちょっと読み上げてください。
○吉國(二)政府委員 昭和四十二年度末における総体のを申し上げますと、税額九百四十一億円でございます。そのうち局所掌と申します大口のものが、税額にいたしまして約五百九十五億という数字になります。それから署所掌、つまり署で滞納処分を実行いたしますものが約三百四十五億円という数字でございます。それから局所掌分のうち、さらに一千万円以上の分が税額で約三百二十八億あるという数字になっております。
○堀委員 皆さんもいまお聞きになったらわかったと思うのですが、現在九百億円にのぼる滞納がそのままになっておる。国税収入の面から見ても、私はこの九百億円というのは大きいと思うのですね。全体として見まして非常に大きい。だから、ここのところはさっきの問題のように——まあ処分の内訳はいろいろ書いてあります。書いてありますけれども、どちらにしても九百億円というのはたいへんなものです。いま長官が答えたように、一部はずっとこう差し押えられておるわけですよね。だから国民の側としての問題もあるし、国の側としての問題もある。だからこれについては国税庁としては、どちらにするにしろ滞納処分というものをもっと促進しなければいけないのではないか、こういう非常に強い感じを私は受けておるのですがね。これは政務次官どう思いますか、政務次官の立場として。どちらの側から見るにしても、九百億円の滞納があるということは私はまことに遺憾なことだと思うのです。
○中川政府委員 お説のとおりだと思います。特に異議申し立てあるいは審査請求、まあ裁判まではわれわれの範囲内ではございませんが、われわれの範囲内であります審査請求あるいは異議の申し立てを早く処分をして、滞納をなくすという努力は当然やっていかなければいけませんし、裁判所もおそらくそういったことも大いに促進されるであろうということでございます。
○吉國(二)政府委員 確かに滞納額が大きいということは言えると思いますが、これは国税庁としては非常な努力をいたしまして圧縮をしてきたわけでございます。年度末滞納は、昭和二十四、五年のころは年間の徴収決定額に対しまして年度末に残るものが大体一八%程度、それが逐次減ってまいりまして、三十年ころに九%台になり、それから三十五、六年当時に三%台になり、現在二・一%まで下げてまいりました。この間相当な努力をいたしておるということはお認めいただきたいと思いますが、これで足りるとは私は思っておりません。十分に努力をいたしたいと思います。
○堀委員 パーセンテージは確かに下がっているのですね。しかし、おそらく徴収決定金額は相当上がってきているわけですからね。私は二・一%になったことはたいへんけっこうだと思うけれども、税収そのものがどんどん大きくなっておると、きに、パーセンテージだけでは議論できないのじゃないか。やはり絶対額というものを十分考えていかなければ問題があると思いますね。それは税収に対するパーセンテージとしてのあなた方の努力は評価しないというのじゃありません。評価しますよ。評価するけれども、しかしその御意見を離れて、九百億の滞納があるということは、国民から見ると、納めておるものはばかを見るということ、要するに私がこの前から言っているように——ともかく去年の予算委員会でやってことしやらなかったのは、大蔵委員会でやらなければ詰めた議論ができないと思ってはずした一つに、源泉所得税控除という問題を私は昨年から提起しておるわけですね。源泉所得税を納めておる者は、現実には滞納ということはないわけですよね。ところが九百億円も滞納があるということを国民が知ったならば、何と源泉徴収を受けておる者は差別を受けておるなという感じを受けないでもないと思うんですね。こういう、納税意欲を阻害しないようにするためにも、私は滞納の問題は、もちろん努力のあとは評価するけれども、なお一そう努力をして、これがネグリジブルな額になることを期待しなければならぬのじゃないかと思うのですが、長官、どうですか、そこは。
○吉國(二)政府委員 もちろん滞納があるという状況を解消するということが最終の目標でなければならぬと思います。大体、さっき申し上げました二十四、五年ごろが千億をこえた滞納額でございます。それが現在は千億近く、あるいは現在千億かもしれません。そういう意味では絶対額はほとんど変わっていない。しかしその間に件数、法人数とか納税者数は非常にふえておりますから、そういう意味では私は、不可避的な滞納と申しますか、ズレによる滞納がある程度は残ると思いますけれども、さらにこの数字は圧縮可能である。ただ現在、相当数の納税者数の増加に対応いたしまして税務署で配置がえを行ない、できるだけ調査部門に人を回すというようなことをやっておりますので、徴収部門としては非常な努力をしていることは事実でございます。その点も、第一線の評価をしていただくこともお願いしたい、かように思います。
○堀委員 とりあえず評価はしますけれども、やはり努力を続けてもらいたい、こう思います。 実はその件に関して、もう少しこの点についても資料を要求しておきたいのですけれども、滞納の中身ですね。一体どういうことによって滞納をしておるのか、ちょっと国税庁の発表されておるものだけではよくわかりません。たとえばさっきの異議申し立ての中で実は百三十億ある。しかし、その中にはいまの森脇の四十億がありますなんということになるので、ともかく当委員会に対して、この滞納状況について、もう少しわれわれが、なぜ滞納が起きておるのかということを理解するために、ちょうどあなたがいまさっき言ったように、ある程度以上削減できない問題があるというのは、法人税で滞納というのか——これは延納だから滞納じゃないわけですね。これはどういうものがやむを得ないものか私どもよくわからないしするから、ひとつその点で、滞納に関するもう少し詳しい資料を当委員会に提出をしてもらいたい。 ですから、私がさっき要求した中では、一部敗訴、国側からいえば一部勝訴と国側の敗訴という問題についての資料、各年別に件数、これは大体どういう事案であったのかというコメントをつけた資料をひとつお願いしたいことと、あわせていまの滞納状況についての、われわれも読んでなるほどとわかるような資料を、ひとつ国税庁側として当委員会に提出をしてもらいたいという資料要求をしておきまして、最後のいまの階級別区分表の問題に入りたいと思います。 私がこの階級別区分の請求をいたしましたのは、一体どういう所得階層に対してどういう取り扱いが行なわれ、その中で全部取り消しまたは一部取り消しをされておるというのは、所得階層別に見るとどういうところに多いのかということを実は知りたかったわけです。 そこで、大体私の感じたことが統計上にもあらわれてきておるのは、要するに一部取り消しまたは全部取り消しというこの取り消し件数についての全体の構成比は、大体百万円以下のところが三〇・三%で、構成比としてはここが一番高いわけですね。その次が二百万円以下のところで二九・七%、要するに、合わせて全部取り消しまたは一部取り消しの約六〇%というのが実は二百万円以下のところで行なわれておる。審査請求の場合においても行なわれておる。だから、そのことは、実は小さなところの所得層に対してもう少し課税決定がゆるやかであってもいいのにもかかわらず、やはり少しきびし過ぎたということが、ここの全部取り消しまたは一部取り消しの全体件数に占めるところのウエートが六〇%になっておることからも私はよくわかるのじゃないだろうか。それから所得階層が上へ上がるにつれて取り消しの比率はどうなってくるかというと、今度は一千万円超で見ると、一千万円超の中で取り消しをした構成比というのは九・二%に下がってきておる。しかし、今度は横に見れば、一千万円超の中で一部取り消しが五〇%も占めて、全部取り消しは少ないけれども、やはり一部取り消しもかなり多い。こういうような資料が出ているわけです。 これを見ると、まず税務行政上の問題として考えなければいかぬことは、あまり小さなところをこまかくほじくり回すのではなくて、やはりできるだけ所得額の多いもののほうにもっと比重をかけて処理をしておく必要があるのじゃないか。ただしその場合でも、一千万円超のほうで見ても一部取り消しが五〇%にもなっておるところを見ると、必ずしもどうも行政段階における処置が自信をもって行なえておらないような感じがする。これは申告所得税の問題でありますけれども……。だから、ここらの問題について国税庁長官はどういうふうにこの資料を見ておるか、ちょっと国税庁長官のほうから、この資料を見たあなたの感じをひとつ聞いておきたい。
○吉國(二)政府委員 審査請求でございますので、これを見ますと、百万円以下が全体の三〇%を占め、二百万円以下が二九・七%、五百万円以下が二一%ということは、審査請求を受けている件数の割合は上ほど非常に大きい。したがってそれだけ更正が上のほうに行なわれておるということは事実でございます。おそらく百万円以下というのは納税者の所得階層で申しまして六〇%を占めておると思いますから、それが審査の段階では三〇%、逆に千万円以下とか千万円超というのはもう一%程度でございますから、所得階層で申しますと、それが一割ずつぐらい出ているということは相当上のほうを調べているということは言えると思いますが、小さいほうがあまり調べ過ぎではないかという点が御指摘の点だと思います。私どもはやはり一方において、小さい所得者というものを無理に調べる気は全くないのでございますけれども、全体の源泉所得税その他との権衡という点で、著しいものあるいはそういう納税全体の秩序というものを守るために、ある程度はやはりやらざるを得ないということは言えるかと思います。 それから、取り消し割合でございますが、確かに大きいほうが一部取り消しが多い、そのかわり全部取り消しが少ないということは、大きいほうになりますと所得内容が非常に複雑でございまして、たくさんの争点が出ておる。ごく一部直しましてもこの一部取り消しになるということは確かにあると思います。法人のほうをごらんいただきますと、全部取り消し割合というのは下のほうほど大きい。上の一千万超に比べますと倍以上の割合で全部取り消しをやっております。このことは、審査内容が非常に多様化しておることから一部取り消しがかなりふえておる。金額で調べると実態がもう少しわかるかと思いますけれども、これはまた私ども自身でいろいろ検討したいと思いますが、大ざっぱに申しまして、大きいほうに非常に争点が多くて、そのために一部取り消しが多くなる。しかし全部取り消しというような点の間違いというのは非常に少ないのじゃないか、こう言えると思います。
○堀委員 そこで、今度法人のほうに入りますと、いまあなたがちょっとお触れになったように、全部取り消しというのは、申告所得税の場合はまん中ごろのほうがちょっと高くなっているわけですね、一五%とか一四・四%。下と上とは差はあるけれどもあまり変わらない。ところが法人税のほうは、これはもう明らかに下から上へ一直線になっているわけですね。こういうふうに全部取り消しが、法人税のほうでは下が倍以上もあって、上へ行くほど小さくなり、それから申告所得のときは、百万円以下、二百万円以下が一一・四、一〇・六になって、五百万円以下に行くと一四・四になり、五百万円から一千万円までが一五%になり、一千万円超になると八・九%に下がるという、これはなぜか。たまたまそうなったということかもしれないけれども、しかし傾向的に見ると、これはやはり法人のほうが低所得について配慮をしているような気もするのだけれども、ここは一体どうでしょうか。あなたもわからぬかもしらぬけれども。
○吉國(二)政府委員 おっしゃるとおり、的確にはわからないわけでございます。一つ申し上げられることは、青色申告者は直接審査請求ができるわけでございます。ところが、この間申し上げましたように、個人の場合は青色申告でも一割しかその制度を使っておりません。したがいまして、この審査に出てまいりますものはいわば二審で出てきておるわけです。ところが法人の場合は青色申告の五〇%があの制度を使っておる。そのためにここに出てまいりますものの中にかなり始審的な審査請求があるのじゃないかと思います。それで小さいものは始審的な審査請求の中にかなり誤りもあり得るわけでございまして、それが全部取り消しが倍以上多くなっておる一つの理由じゃないかと思うのですが、また年度によっても違いまして、正確には申し上げかねるのでございますが、一つの原因はそこにあるかと思います。
○堀委員 私がちょっと急いだから国税庁にたいへん無理をお願いをしたことでお気の毒だと思っておりますが、これからひとつ当委員会の審査を行なうためにも——これは私、審査請求だけ急いだからあれですが、異議申し立てを含めて、これから古いのを拾うのはたいへんでしょうから、今年度からでけっこうだから、四十四年度から、異議申し立て、審査請求その他の問題については、こういう形で所得階層別の資料を事前に作成をしてもらって、これも今後当委員会として承知しておかなければいかぬ非常に重要部分でありますから、いまあなたのおっしゃるようなコメントを少しつけて——これだけじゃ私もわからぬけれども、あなただっておそらくわからぬ。お互いがわからぬ資料を出し合っているのでは何のために統計資料を出したか意味がないから、それについてはコメントがついて、こういうふうになっているのはこういう理由に基づくものであります、要するに資料を読む皆さんのための便宜をはかるだけのコメントをつけた資料を当委員会に今後は提出をしてもらいたいと思いますが、その点についてはどうでしょうか。
○吉國(二)政府委員 審判所ができますと、審査については相当詳しいものが検討されてでき上がると思います。そういう意味じゃ、審査についてはかなり実態的なものを出せると思います。異議につきましては先般来申し上げておりますように、資料のとり方をだいぶはずしておりますから、全般的な資料にならないかもしれませんが、何らかの検討資料的なものを努力してつくってみたいと思います。その点ひとつしばらくおまかせを願いたい、かように考えます。
○堀委員 資料をつくるだけが皆さんの仕事でありませんから、できるだけ努力をしていただいて、全数でなくても、あるいはサンプルによってもけっこうですから、要するにわれわれが異議申し立てというものはどういう形でどういう階層から行なわれ、それはどういうところに問題があるのだということを承知できることが、今後当委員会で税務行政を論議する場合に非常に役に立つ基礎資料になると思いますので、そういう点を含めて、ぜひお願いをしたい。 そこで、私はこういう資料請求をしながら国税庁にひとつお願いをしたいことがある。それは、ひとつこれから主として当委員会の委員の皆さんの勉強に資するために、いまのようないろいろな——私は統計に非常に興味があるから、いろいろなところをひっくり返しながら問題を拾ってくるわけだけれども、皆さんはなかなかそういうふうになりにくいので、そこで当委員会の皆さんの御勉強に役に立つように、国税庁の各種の統計の中で皆さんで検討をしてみて、ぜひ大蔵委員の皆さんにはこういう資料をひとつ提供をして、見ていただいておくといい。もちろん皆さんのほうにちゃんと製本になったものはありますよ。しかし、これは専門的な能力をある程度持っていないとちょっと読みこなせないのですよ。私は大体読めますけれども、しかし、新しく大蔵委員になった方にこれ読みなさいと言っても読めないですから、そういう大蔵委員に出てこられた方に税務行政を統計的に理解をしていただくための参考資料的なものを国税庁でつくって、それをわれわれに配付するだけではなくて、公刊すれば、かなりいろいろなところでそういうものが売れて、皆さんの税務行政の実態についてわかりやすく理解をされる参考になるのじゃないかと思われるので、そういう問題を提起しておきたいのですが、ひとつ国税庁なり主税局を含めて答弁を求めておきたい。
○吉國(二)政府委員 非常に検討問題だと思いますが、二面いろいろな秘密資料というものもやはり官庁としてはございますので、いろいろ考えてみる必要があると思いますし、また年報書をもう少しわかりやすくすることを考えてみる必要もあると思います。年報書にはかなりいいものも入っておるのですが、もう少しコメントを多くするとか、そういうことも考えてみたい。ひとつ検討事項にさせていただきたいと思います。
○堀委員 大体以上で審判所に対する私の質問を終わりますけれども、どうかひとつ前回と今回、問題を提起したものについては意のあるところを十分考えてもらって、必ず行政運営上明らかになるようにしてもらいたい。私はまたしばらく当委員会にいますから、いろいろ問題があれば常にやりますけれども、また私が来年になって同じことを二度と言わなければならぬようなことのないように、大蔵省関係の諸君はきわめて優秀でありますから、強く要望して私の質問を終わります。
○毛利委員長 午後一時再開することとし、暫時休憩いたします。 正午休憩 ————◇————— 午後一時二十七分開議
○毛利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 この際、本日就任いたしました近藤銀行局長より発言を求められておりますので、これを許します。近藤道生君。
○近藤説明員 本日付で銀行局長を拝命いたしました近藤道生でございます。こういう時期の就任でございまして、たいへんいろいろ御迷惑をおかけ申し上げると思いますが、よろしくお願いいたします。 ————◇—————
○毛利委員長 次に、昭和四十五年度の税制改正に関する暫定措置法案を議題といたします。 これより質疑に入ります。 質疑の通告がありますので、これを許します。美濃政市君。
○美濃委員 まず最初にお尋ねしたいことは、この暫定措置法案の中で、私たちは所得税法の改正には問題があると考えておるわけです。しかしながら、一カ月所得税法の改正をあとにして、これをさき一カ月暫定先議ということになるわけですから、これはどういう趣旨によってこういう提案をしてきたか、まず最初にお伺いしたい。
○細見政府委員 御承知のように、最近の税制改正は大体四月から実施してまいったのが常で、したがいまして初年度は四分の三の軽減が及ぶということになっておるわけでありますが、ことしは選挙その他の事情がありまして提案がおくれて、四月に給与が支払われる人について、かりに本法改正が成立いたしましたときにその減税の恩典が及ばないと、年末調整まで及ばないというようなことになりますので、四月分についてこの措置をいたしたわけであります。
○美濃委員 これは提案を予定されておる所得税法改正がきまるときに、遡及規定では何か支障があるのですか。たとえばこの法律は四月一日から実施するという規定でやれないのですか。
○細見政府委員 その後ずっと継続的に雇用関係にある方につきましては、おそらく年末調整なり確定申告なりで処理ができないことはないと思いますが、四月におきまして、日雇いと言いますと語弊がありますが、日給式の給料で四月で雇用関係が終わってしまう人、あるいは四月までの雇用で外国へ行ってしまう人というような人については及ぼしようが、理屈の上で絶対ないわけではございませんが、海外から、たとえば確定申告を出すとかいろいろな、技術的に非常に不可能に近い無理なことをお願いしなければ減税の恩典は及ばない、そういうことで、いわば特殊な方ではございますが、あとで救済のできないような階層が出てまいるということを考えたわけであります。
○美濃委員 しかし、雇用関係はそういう状態にあっても、徴収したものは税務署ですから、還付するという方法はあるのです。どうなんですか。
○細見政府委員 還付も、理論の問題としては、納税者から還付の申請があればできると思います。しかし、実際上飯場等で転々としておられたような場合には、その支払いの事実あるいは支払いの証明をするようないろいろな証憑書類の添付ということが非常にむずかしい。特に東京等でいろいろな飯場におられて郷里へ帰っておられるというような人について、四月にこれこれの支払いがあったというような証憑を集めていただくということは現実的に非常にむずかしいかと思います。
○美濃委員 しかし、前段に申し上げたように、私どもとしては今回の所得税法の改正は一応重要な法律として、改正そのものは改悪ではないにしても、改正しようとする中身についてかなり問題点を考えておるわけです。ですからこれを先に——大切な本法をあと回しにして、先に一カ月分をきめろ、一カ月だからという。あとの法律の改正する部分は、たとえば関税定率法のごときは現行で一応一カ月延長しておいて、あとから改正法を出すというのですから、こういうのは現行一カ月延長ですから、すなおにそのままでいいと思うのですが、これは重要な改正する部分を一カ月きめろ、法律はあとから出す、こういうのですが、こういう提出のしかたについて、これをきめて、一カ月の既得権を議会として政府側に与えて、本法が出てきたときにこれが悪いあれが悪いという審議のしかたもどうかと思うのですが、どうしてこういう提案になったのですか。そういう提案は、別の面で全然できないということじゃないのだったら、技術的に考えて遡及規定をつけてこれは本法でやるということにいかないのですか、そういう体系に。そういうことを根本的に考えてこれは出してきたのだと思うのですけれども、しかし出し方としては、私どもは審議するにあたって非常に矛盾を感じるんです。一カ月きめて、あとからその基本の法律を審議する。審議のしかたとしてあるいは出し方について非常に疑義を持つわけなんです。
○細見政府委員 先ほども申し上げましたように、所得税法そのものの改正がさらに変更になりました場合には、もちろんそれによりまして確定申告なりあるいは調整措置をとっていただくということで——その場合、おそらく変更というのは、より減税になることはあってもおそらく増税になるような改正はなさらないと思うのです。そういうことを考えますと、この際、少なくとも政府側が提案しておる程度のメリットは、いま申し上げましたように、継続的でない雇用関係とかいうような人あるいは特殊の事情で外国へ行かなければならないというような人、つまり、あとからそれをさかのぼって直すことが非常に気の毒あるいは非常に困難な方々について、少なくとも政府提案程度のメリットは及ぼしておいたらどうか、そういう意味でございますので、この法案を出しますことが、このあとの所得税法の御審議を何ら拘束することでなくて、政府案といたしましては、つまり四月にさかのぼって同じことをいたしたいということだけを申し上げておるわけであります。所得税法案の御審議はそれ自体として御審議願う、それに対して政府側として差し出がましい拘束のようなことは何ら考えておるわけではございません。
○美濃委員 それは提案者のほうの政府側としてはそういうふうに考えるだろうけれども、私どもとしては、そうすなおに額面どおり、一たんきめておいて額面どおりの考え方に立つことについて、これは非常に矛盾を感じるのです。 それからもう一つは、いまお話ありましたように、法案を審議していて修正された場合どうなりますか。それは総体は減額修正であっても、中身は増額修正になる。たとえば率の問題がありますね。これはたとえばですよ、率の低率化をはかるよりも、中規模所得者といえども三百万、五百万となれば、やはり勤労所得とすれば高額所得ですから、事業所得から見れば低額所得かもしれぬけれども、そういう、ある程度基準生活費を引いても、税金を現行税率で払っても基準生活費よりはかなり高い所得になるという人の税率緩和が大切なのか、あくまで人間尊重の立場に立って、課税最低限、生活費に食い込んでおる部分を緩和するということが大切なのか、こういうことになっていくと、これが通ってそれを実施しておる、そうして、でき上がる法律は修正されたとなると、その修正のいかんによっては必ずしも全部が減税になるというわけでもないのですがね。そういう場合に、こういうのをつくって実施しておっても同じことが起きるのではないのですか。ですから、そういうことが、なるならぬは別として、想定されるわけですから、どうせ想定されるとなれば、想定の上に立って法案を考えるということになれば、現行法そのものにしておいて、その努力をして還付する方法はあるわけですから。税務署が絶えずあらゆる面で、たとえば予定納税あたりでも、あらかじめ所得が減じたといってもなかなか承知しませんね。減すれば確定申告で返してやるから前払いせよ、こういうのですね。ですから、必ず前払いは、確定申告によってやるわけですから、還付の方法はやれると思うのです。事業主から徴収したものは、徴収するのは税務署なんですから、何も事業主に還付するのではなくて本人に還付するわけです。その点どうですか。
○細見政府委員 私の御説明が悪かったかもしれませんが、この特例法はあくまでも四月分に支払われる給与だけについての源泉徴収を特例的に軽減しようというわけでありまして、その意味におきましては、あとから還付その他の方法でその減税の恩典を及ぼすことが困難な人たちばかりのことを申し上げましたが、一般のサラリーマンも、四月に支払われるものにつきましてはこの新しい軽減税率が適用されることによりまして、あるいは失格になって税を払わなくてもよくなる人もあるでしょうし、それから少なくとも金利部分は、先に税を払っておって年末に返してもらうという意味で金利部分、まあどのくらいになりますか、わずかなものとは思いますが、政策としてはそういう、つまりあとで返すものを先に取っておくのがいいのかどうかという判断としては、やはり私どもは減税が少なくともメリットになる人たちについてこういうことをするのは、それでそれなりにいいことではないか。また、いま先生のおっしゃるように、あとで重くなる人があるではないかとおっしゃれば、これはそのときにやはり重い税で、その年の税制として源泉徴収なりあるいは申告納税なりをしていただくということで、ことしの税制がどうなるということとは関係なしに、一応政府提案のような税制になったときに、四月には税金をここまでまけられるということだけをやって、あとは五月以降については税制全体を御審議願い、その過程でどういう税制を施行するかというのはまさに国会で御審議願うことで、この一カ月だけの給料について、あとに、六月に四月の給料を払うということはない、一年に一回の四月だけを何とかそのときで軽くしておこうというのがこの法律のすべてでございまして、所得税法そのものにつきましては今後の御審議に待つというわけでございます。
○美濃委員 その場合においても、私がさっき言ったように、それではそういうふうに一カ月はこの法律で実施して、あとの法案審議の結果とは切り離して一カ月の措置をこの法律でやる、それはそうだと思うのです。しかし、それは必ずしもそのとおりでない。たとえば修正されるとしても、全部がさらに減税されるのであればいいです。これは国民に与える意識としても、あるいは率の問題で、率緩和よりも国民生活の実態に当てはまる、あるいは課税最低限のほうがより大切だというような修正が行なわれた場合、これは一カ月というけれども、一カ月やったよりもまた増税になる場合がありますね。国民に与える影響ですね。そういうふうに法律というものを考えていいのか。あなた方は、政府原案ですからしゃにむに原案で通すのだという意識でおるかもしれない。しかし通る通らぬは別ですからね。法律ですからこれから国会で審議するわけです。修正された場合に、そういう国民に不快な状態を起こさせるという点、どうですか。これは一カ月ですから、一カ月は法律事項としては御答弁のとおりだと思うのですよ。しかし国民に与える影響というのはそんなしゃくし定木に——国民というのは国会で審議する法律よりも、やはり事税金であれば払わなければならない、税金に響いてくることは頭にくるわけですから。国民は法律というものは、一たんそうきめられた法律というのは簡単に一カ月ぐらいで変わるなどと考えていないから、そうするとそういう修正をされる場合も、全部が減税に修正されれば、それは減るのですから問題はないと思いますけれども、審議のいかん、あるいは修正のいかんによっては、あるいは人によっては、その所得の状態によっては増税になる場合があるということが出た場合に、当該国民に与える影響というものは、やはり不快な念を持たすと思うんですね。何だ愚弄しておるではないかという不快な念を持たす。どうですか、そういうふうに簡単にあなた方が事務的に割り切っておるようなものじゃないんですよ。どうですか、それは。
○細見政府委員 所得税法そのものが四月に御審議を終えていただけるような状態でありますれば、こういうことはいままでもやっておらないわけでありますが、四十二年でありますか、それ以前の三十六年でありましたかのように、いろいろな事情で国会の会期がおくれる、また政府案と申しますか、税制改正案の御提案がおくれるというような場合に、やはり国民としては四月から減税の恩典があるんだというふうに観念するのがむしろ長い間の慣習ではないかと思うのであります。その辺を考えますれば、先ほど来申し上げておりますように、本則と申しますか、所得税法そのものの御審議によりまして国会の意思が決定いたした、それによってこの臨時特別法が、おっしゃるようにある階層に重くなるような改正もあり得ようかと思いますが、それはそれなりに国民にとっては、その政府が提案を予定しております本来の所得税法の改正と同じものを四月にさかのぼって均てんさせようとした、その善意と申しますか、意図は、それなりに国民にわかってもらえるのではなかろうかと私どもは考えております。
○美濃委員 この問題はこれ以上論議してもちょっと平行線をたどると思いますので、しばらくおきます。あとの質問者もございますし、できれば理事会等でこの出し方について検討してもらいたいと委員長さんにもお願いしておきますが、条件とはいたしません。 次に、じゃ中身に若干触れてお尋ねいたしたいと思います。 まず、この課税最低限と、同じ政府機関である総理府の統計局が生活費の実態というのを調査しておりますが、これらの相関関係は課税最低限をきめるときにどういう——政府機関が生活費の実態調査をやっておるわけですから、ああいうものと、ああいう調査結果の資料と、片や所得税当局である大蔵省と、同じ政府機関ですから、どういう関連でこの課税最低限というものをきめるときにどこまで、同じ政府機関が相当の金をかけて生計費を調査しておるわけですから、どういう関連を持たせて検討しておるか、それをお伺いいたしたいと思います。
○細見政府委員 課税最低限と家計調査におきます個人消費とどう関連させるかというのはなかなかむずかしい問題でございまして、かつていわば生活費あるいは個人の消費支出の実態を理論的に分析するというようなこともいたしまして、まあ大蔵省メニューというふうなこともやった時代もございましたが、その後課税最低限のほうは非常に大幅に、消費者物価の値上がり、騰貴を考慮いたしましても非常に大幅に引き上げてまいりましたので、いわゆる何と申しますか、文字どおりの最低の生活費というような意味での生活費という問題と課税最低限とを比較するというのは、若干、もうそういう配慮というものは要らない段階にまで課税最低限は引き上げられてきていると思いますが、しかし一方で、おっしゃるように家計調査におきまする消費支出というのが、国民のより向上してまいった欲望を充足させる消費支出であることも事実でございますから、そういうものと私どもが課税最低限を比較いたします場合にどういう関連になっておるかということを見てまいるわけであります。その、最近四十年以降の指標だけを見ましても、この課税最低限のほうは、家計調査におきまする個人消費支出との関係はだんだん近接いたしてまいりまして、いわば課税最低限が実質的な生活の改善に役立ち得るような形で引き上げられてきておるというのを示しておると私どもは考えております。
○美濃委員 しかし、だんだん接近しておると言いますけれども、片や、特に昨年あたりのこの物価上昇を見ておりますと、必ずしも私どもは接近していないと、こう考えるわけです。たとえば、これは総理府統計局から資料をいただいたわけですが、四十四年、昨年の年間生計費は大体百十五万ぐらいに調査されておるわけです。こまかい数字は省略しますけれども、大体百十五万。ことしの物価上昇を想定すると、総理府統計局の資料とことしの物価上昇の推定を合わすと、四十五年度の標準世帯基準生計費は百二十万を若干こえるかもしらぬけれども、大体百二十万。百十五万から五万の上昇でとどまるかどうかにも問題があると思います。たとえば、今回の予算提案にあたってのいわゆる政府当局が言っておる物価上昇率、最低これに押えたいという基準をかけても、四・数%ですから、五万以上上がると思うのです。そうすると、今回提案しておるものとは、四十五年度においてまだ大きな格差がある、そう縮まったとは考えないのですがね。どうですか。それが四・五%に終わればそれは縮まるかもしれませんが、現実はなかなか、昨年の実績等を見てもかなりの勢いで上昇していくわけですから、私どもはインフレとこう言っておりますけれども、インフレ上昇を続けるわけですから、そうすると縮まったということにはなっていない。あるいは現実には、ベースアップと定期昇給で一〇%の給与が改善されれば、人によっては増税になるものがある、こう思うわけですね。税額では増税になるものがある。減税、減税といいながら、実質減税どころか、具体的な税額で増税になるというケースが出てくるわけです。これは全部じゃないです。しかしかなりの対象者に実質税額で増税になるものが出てくる、こういうことが計数上はっきり出てきますがね。ですから、いま答弁のように課税最低限は圧縮されておるんだ、こういうふうには簡単に受けとめられぬと思うのです。どうですか。
○細見政府委員 最初に若干数字の点を申し上げてみますと、私どもの聞いております限りは、消費支出は八十七万円程度というように聞いておりますので、それなりにカバーいたしておると思いますが、それは別といたしまして、先生に思い出していただきたいのでありますが、ここ二、三年来引き続き毎年課税最低限を十万円程度引き上げてきておるわけです。これは夫婦子三人で百万になりまして一割、百万以下のときでありますと一割を若干上回る形で課税最低限は引き上げられてきておるというわけです。ところが消費者物価のほうは、五%を上回る年もありましたが、大体五%前後ですから、その意味で実質的にも少なくとも五%程度は課税最低限もよくなってきておる。これを係数で申し上げてみますと、かりに昭和三十五年を一〇〇といたしまして、消費者物価は四十五年が政府の経済見通しによりますと一七一・八、約一七二ぐらいになろうかと思います。その間、昭和三十五年の、かりに夫婦子三人の場合で申し上げまして、課税最低限をやはり同じように一〇〇といたしてみますと、課税最低限のほうは三〇五・五というようなことで、六割近い改善になろうかと思います。同じく夫婦子二人でとってみましても、三十五年を一〇〇といたしまして、四十五年は二九八・九、約二九九ということで、この指数の差というのは即実質的な課税最低限の引き上げであったかと私どもは考えております。
○美濃委員 いまちょっとよく聞き取れなかったのですが、八十何万という数字をあげられましたが、それは……。
○細見政府委員 百十五万とおっしゃったのは平均実収入のほうで、消費支出のほうは八十七万程度と推計されておるように思います。
○美濃委員 これはとり方じゃないですか。八十七万程度というのは、基準のとり方で、たとえば食費だけをとるとか、そういうとり方で、住居費から全部入れると百十五万ということ、それからもちろん公租公課も払っておりますから、それから源泉徴収されるすべての諸控除、こういうものを入れると百十五万ということ、それをなくして、除外して八十何万という数字——八十何万といえば、生計費を考える場合、ぜいたくだといえばこれは別ですから、生活費と生存費とあると私は思うのです、かろうじて生きていくという最低限でとれば。しかし、ことしの生活保護基準だって、東京都における生活保護基準というのは、昨年で五十三万八千円ですか、ことしは物価値上がりで生活保護基準が引き上がるでしょう。予算も上がっておりますから、生活保護でも六十万ぐらいでしょう。八十何万が生計費なんだというものの考え方、これはどうかと思うのですね。これは食費とか、分類をした中でならそういうことだろうけれども、住居費、家賃から全部総体の計数をひっくるめたものが八十何万で標準世帯が生活できるなんという、そういうことにはなっていない。
○細見政府委員 私が申し上げている数字も、やはり家計調査におきまする個人消費支出でありますが、年度が若干古いので、その後の支出額の増加もありましょうと思いますから、そういう意味で八十七万というのが個人の消費支出でいまもあるということは言えないかと思います。いずれにいたしましても、個人消費支出でありますから、あらゆる支出額をもカバーしておるということにはなっております。
○美濃委員 まあひとつ今後、いまお話しのように古い資料だから信憑性に欠けるようなお話ですが、そんな信憑性に欠ける——これは物価の変動がなければ一年や二年前の資料でもいいですけれども、これだけ物価が変動しておる時期に古い資料をもって信憑性に欠けるような答弁は、ひとつ今後は十分注意してもらいたいと思います。大切な時間でやっておるわけですから、信憑性にいささか欠けますけれどもなんて言ったって、そんなものを材料に大切な——あなた主税局長さんですから、あなたが計算機を回してこういう法案の原案をつくるわけですから、そんな古い信憑性に欠けた資料で計算機を回してもらっちゃ困る。これは御注意申し上げておきます。 したがいまして、あといろいろの問題は、所得税法の改正の本法の提案のときにいろいろしたいと思いますが、本日は次に、関税定率法の考え方、外国経済との均衡の考え方について、法律事項等につきましてはいずれ法案が提出されたときにします。具体的な対象品目とかやり方についてはそのときにしますが、これも考え方についてお尋ねをしておきたいと思います。 まずこの文章を見てみますと、ちょっと私が見ておっておもしろいことが書いてあると思うのですね。これは必ずしも中国だけをさすのでなくて、いわゆる現在これからの貿易、国際市場の中で、いろいろの問題で実質的にあらわれた現象と中身との違う問題がたくさんあるわけですね。たとえば外国から入る農産物が安いといったって、膨大な輸出奨励金を出したり、あるいはそれぞれの国の農安法で、たとえばわが日本であれば、ことしもまた五千トンくらい送ったようですが、韓国に対する米の放出なんかというものは、あれは国民に政府が売り渡しておるものとは全然質的に違う。ああやって積んでおいて倉敷金利をかけるよりも、数だけでも減らせば倉敷だけでも助かるなどといってああいうことになるわけですから、そういう問題、いろいろあるわけです。したがって、これから、関税なりあるいは課徴金なりという制度でそういうものもあるわけですから、これは農産物だけに限らず、あらゆる国内産業と、そういう国際経済から自由化の中で出てくる、派生する問題は、これはある程度承知せんければ国内産業は守れないということは当然だと思う。 そういう中で、ここに中国との関係で、時間の関係で長いことは読みませんが、三百五十一品目のうちおおよそのものは国定税率を協定税率に合わせて引き下げる。しかし三十品目、万年筆、生糸等三十品目があるが、これは中国の競争力が特に強いと考えられる品目であるとされておると誓いてあるわけです。これは大蔵省側は、これらの品目がどういう理由で、どういうわけで中国の競争力が強いのか具体的に承知してお書きになったことなのか、客観的にわからぬけれども、こう書いておけといって書いておいたのか、どういうことなんです。
○上林政府委員 中国からの輸入につきまする関税につきましては、御存じのように国会の附帯決議もございまして、国内産業に支障のない限り協定税率を適用し、要するに関税率の低減をはかる、こういう方針で私どもは大体四十一、二、三、輸入実績のありますものの九十数%に及びまする、ほとんど大部分に及びまするものにつきまして最低税率を適用いたしておるわけでございます。ただ、ただいま御指摘がありましたような万年筆その他のものにつきましては、国内産業との競合上問題があると考えまして、国定税率を適用しているわけでございます。いま、何でそういうものを考えるか、こういうことでございまするけれども、もちろん中共の万年筆の生産コストその他が幾らであるかというのは、私ども率直に申し上げまして存じておりませんけれども、はっきりいたしておりますことは、輸入をいたします価格、礎IF価格というものがわかっております。これはいままでの実績によりますと、一本平均いたしますと五十セント以下、百八十円以下のような非常に安いものでございます。万年筆につきましては、御存じのように日本の国内におきましては三社、大きなメーカーがございますけれども、その他の大部分のものは中小企業のメーカーでございまして、いま申し上げましたような安い価格の万年筆が入ってまいりますと、これらの中小企業であります国産品メーカーに相当の打撃を与える、そういうふうに考えまして、これをいま申しましたような国定税率をそのまま適用しておる、こういうことでございます。
○美濃委員 私の質問の趣旨は、安いことは私も承知しておるわけです。しからば、たとえば万年筆においては、中国のこういう軽工業はすでに日本の水準を抜いたために安いとお考えになっておるか。競争力が強いと書いてある。どういうふうにお考えになっておるか。その競争力とは何をいっておるのか。物の競争力なのか、通貨の競争力なのか。何をさして競争力が強いとお書きになったか、それを聞いておるわけです。
○上林政府委員 いま申しましたような競争力を比較いたしますのにはいろいろあると思いますけれども、率直に申しまして、いま問題になっております万年筆につきましては、先ほど御答弁いたしましたように、輸入価格自体が国産品と比べまして非常に低うございます。これが入ってまいりますと国内産業に影響がある、そういうふうな観点から、これは国定税率を適用したということでございます。
○美濃委員 何のために、どういうことが原因で輸入価格が安いか、これをお尋ねいたします。コストの問題なのか。ただ安いじゃだめです。何が原因で輸入価格がそういうふうに安くなっておるのか。
○上林政府委員 中共の産業の実態は、率直に申し上げまして、不明でございます。しかしながら、わが国に輸入されております中共産品の中には、ほかの国から輸入されているものに比べまして輸入価格がきわめて低いというものもございます。いま申しました万年筆はその例でございます。輸入価格が低く入ってまいりますと、やはり国内産業に与えます影響も大きいわけでございまして、二、ういうふうな観点で、国会の御趣旨も国内産業に影響のないものにつきましてはできるだけ下げよう、私どもそういうような御方針に沿いきて、こういうようなことをできるだけ——もちろん一方におきまして国内産業の合理化を進め、日本の国際産品につきましても国際競争力をだんだんつけていくということが大切であろうと思っておりますけれども、そういうものに応じまして適宜な措置を講じてまいりたい、こういうことでございます。
○美濃委員 しかし、政府間貿易をやらないで、全然貿易という事柄も起きないで不明という話ならわかる。少なくとも使節団を出して、いままた政府間貿易の交渉中でしょう。不明という表現——それほど、向こうへ行ってみればどこも見せないということはやっておりませんから、不明という表現そのものが——まあこれは中国に限らず、おそらくこれからいろいろの問題を審議していくと、不明などというものの考え方があるのでないか。たとえば、どこそこの国の余剰農産物のほうはどうなんだという、それは不明です。あるいはどこそこの工業製品はこういうふうに安く入ってくる、これは何が原因なんだ、不明です、こういう能力で、やはり日本の経済が、あるいはこれからさらに激しくなってくる国際競争に、何が原因でそういうふうになっておるのかということを知らないで、不明でありますという中で、いま答弁にあったように合理化をするとか——必要があれば、私は若干の時間、安い原因を申し上げてもいいのです。私のほうから、あなたが知らなければ申し上げますよ。合理化とか、そういうものに関係ないということですよ。今日、中国の工業製品の中で、日本の工業よりも質的にすぐれているものがあったらお目にかかりますわ。全部高いんです。六十日、私は中国の経済をこの目で見てきたわけです。安いものは何もなかったですよ。全部高いです。高い中からなぜ安いものが入ってくるか。まあ、一つのダンピングとも言えるかと思いますけれども、そういうものを対象にいま話しておった。不明であります、これからやはり日本の万年筆企業も合理化すれば追いつけるかもしれない、そういう意識で国内産業を見ておってどうなるんですか。これから国際競争が激しくなったら、あなた方のような意識で国内産業を見ておったら、国内産業を全部つぶしてしまいますよ。それで、一番あなたら権力持っておるんだから、通産省よりも農林省よりも。とにかくそういうことになったら、あなた方は聞かぬのだからね。それらの役所は、たとえば、こういう関係になってくると、私どもの見るところでは、大蔵省農政局くらいだと見ておるんですよ。農林省じゃないんです。あなた方が絶対の支配権力を持って振り回しておるんだ。私どもは、もう価格問題やこういう関税問題になってきたら、大蔵省農政局で、農林省とは考えていない。その振り回す権力者が、知りませんという意識でものを判断しているということは、これは重大な問題だと思うんですね。どうですか。
○上林政府委員 おしかりを受けまして、なお一そう勉強をいたしますが、率直に申し上げまして、いろいろな産品につきましての国際競争力、あるいは、関税率をどの程度に設定をいたすか、こういう問題につきまして、できるだけ外国の産業の実態を調査するということは必要でございまするけれども、もちろん、それには、おのずから限界があるわけでございます。したがいまして、また、関税率の設定のしかたにつきましても、これは内外価格差というものを基本に関税率の設定をいたしてまいるものでございます。どの国の場合におきましても、通常どの程度の価格で輸入品が入ってくるかということは、きわめて簡単明瞭にわかるわけであります。そういうものを参考にいたしまして関税率を盛るわけでございます。したがって、基本的に一番問題になりますのは、いま申しました、どの程度の価格で入ってくるか、いわゆる内外価格差がどの程度あるかということを一番の問題点——もちろんそれだけではございません。ほかの国の産業がどうであるかということもできるだけ勉強をいたすべきだとは思いますけれども、基本的な観点は、いま申しました内外価格差というものがどの程度あるか、それに応じて関税率をどの程度盛ったらよろしいか、そういうことを検討いたすのでございます。そういうような観点から、万年筆につきましては、やはり協定税率より国定税率のほうが適当であろう、こういう考え方に立ったわけでございます。 なお、御指摘の点につきましては、もちろん外交関係がございませんので十分調査はできませんけれども、関係業界等を通じまして、できるだけ努力をいたしたいと思います。
○美濃委員 その、海外事情の把握力に限界があるというお考え、これはどういうことですか。把握力の限界というのは、何をさしてそう言われるのか。大蔵省だけの限界なのか、政府全−体の、各省庁通じての限界なのか。
○上林政府委員 率直に申し上げますと、こういう産品につきまして、一体、内外価格差がどの程度あるかと申しますことにつきまして、各国におきまする企業の生産費コストその他、そういうものまで全部当たらなければならないわけでございます。これは、日本の産業自体につきましても、実態的にコストがどのくらいかかるということは、なかなかむずいしい問題ではございます。しかし、いろいろな資料から私ども推定もいたしますが、外国の企業になりますと、そういう資料を得ることが、日本の国内産業の企業よりもさらにむずかしい場合が多うございます。もちろん、その場合におきましても、私どもは、たとえば在外公館を通ずるなりあるいはジェトロを通ずるなり、それから外国で発行されています本などをいろいろ参考にいたしましてそういうものは勉強いたしております。しかし、これは、関税率を盛りますときには相当詳細なといいますか、コスト計算などをいたさなければならぬ場合も多いわけでございますので、それにこたえられるような資料が得られるというのは、国内の場合に比較して非常にむずかしい場合が多いということを申し上げたつもりでございます。
○美濃委員 私の聞いたのはその把握ですよ。あくまでがんばって、大蔵省は大蔵省独自の把握をしなければならぬのか。たとえばそういう問題について、大蔵省はどっちかというと財政機関ですから——把握力が進んでおる、たとえば工業製品であれば通産省、あるいは農産物だったら農林省、それぞれ先方では把握しておる。同じ国の機関の省庁ですから、それから持ち込んできた話はもっとすなおに大蔵省は受けとめるという考えなのか。これは誤解かもしれませんけれども、私ども見ておると、それがすなおでないのですね。たとえば農産物の支持価格なんか、あとから出てきますが、でん粉の価格なんかきめるとき、農林省が持ち込んだものに対して大蔵省はすなおでないわけだ。とにかく、何といったって、夜中の何時まで、あの自民党本部で与党の連中が大蔵省と折衝だと言ってやっている。農林省の言うことをあなたらは聞かないわけだから一ああいう場面が展開するということは、省庁内で信用しないからああいう場面が出てくるんだと思うのです。そうすると、把握というものは、あくまで大蔵省自体で、財政を担当しながら、海外の経済事情を自分の目で見て把握しなければ、知らぬことでも、いいかげんに思い込んだことで、おれはこう考えるんだから、おまえらの言うことはだめだと言って押し切ってしまうのですか。その把握のしかたがあると思うのです。全体に検討している機関があるんだから、それは同じ国の機関で省庁なんだから、一がいにそれを否定しないで、そこの把握をもう少し活用したらどうですか。あくまで大蔵省は、それはみずからが把握しなければ承知できないのか。どういう考え方で行政を進められているのか。
○上林政府委員 私、答弁が足りませんで誤解なさったかと思いますが、私ども、いろいろな資料を得るにつきましては、大蔵省だけでできるとは思っておりません。先ほど、外国の資料につきましては、在外公館なりジェトロなり、いろいろなところにお願いすると申しましたが、関税率を設定いたしまする場合には、通産物資でありますと通産省、農林物資でありますと農林省と十分協議をいたしまして、むしろ通産、農林からの、こういうふうにしてほしいという御要望に応じて、それぞれ御相談をして設定をいたしておるわけでございます。予算関係につきましては、御指摘のようないろいろなあれがあるかと思いますけれども、関税率の改正につきましては、各省庁ともいろいろ円滑に、またお互いによく議論をいたしましてしごく円滑に実施されておる、かつ農林省、通産省の意見につきましても十分伺っておる、私はそういうふうに感じております。
○美濃委員 これはどうですか、私の言っていることは違いますか。きょうは主計局長が来ていないが、どうですか。私は現実を見ておるのですが、私の見方が違うというなら違うと言ってくれませんか。それはやはり今後調整してもらわぬと、重要問題だと思うのです。把握力が足りない、わかりませんではだめなんです。これから国際経済がますます競争場裏に入っていくわけですから、この問題の把握のしかたの姿勢というのは——これはちょっと政務次官に聞きます。どうです、政治的に。把握のしかたをきちっとしておいてもらわないと、いま言ったように、知りませんではだめです。教えてくれと言うなら、私、言いますよ。何で万年筆が安いか。万年筆は、私は、ここに書いてあるから、一つの例として言っておるのです。万年筆だけのことを言っておるのじゃないのです。全体をさして言っておるのですから、わかりませんというくらいの能力で、いばるだけいばられたのでは困るのですね。これは権力だけを行使されて、中身を聞いてみたら知りませんという、これではどうもならぬです。
○中川政府委員 中共の事情については行き来する数も少ないわけですし、把握のしかたは、しにくいことは当然であろう。しかしながら、だからといって把握しないでいいわけでは決してございませんで、通産省あるいは農林省等から十分聞き、またただいま美濃先生から中共について、ずっと回った結果貴重な御意見も拝聴いたしまして、大いに参考になったわけであります。これから把握については最善を尽くして、各省はもちろんのこと、旅行された方々、特に中共については少ない数の人でありますから、特にそういった方々から把握につとめて誤りなきを期してまいりたい、このように思うわけであります。
○美濃委員 把握のしかたですよ。中国の問題は、ここに書いてあるから例として言っておるのだ。決して万年筆だけ、中国だけを私はさして言っておるわけではないのです、国際経済全体をさして言っておるのです。だから把握のしかたについて、あくまで大蔵省が了解するまで、みずからが了解するまで把握しなければ——各省庁の把握力をもって持ち込んだ政策をかなり拒否しておるわけですから、それを言っておるわけであります。今後は拒否しないのか。各省庁の把握力でもって持ち込んできたのは、わからぬのですから、わからぬものが拒否したのでは、これは非常に問題があると思うのです。握把力が足りません、わかりませんというのでは、わからぬ能力で各省庁の持ち込んだものが拒否されていくのでは、これは重大な国政上の問題だ。ですから、把握力は大蔵にはなければなくていいんです。財政担当ですから、ゼロでもいいと思うのですよ。ゼロである場合には、各省庁が政策として持ち込んできたものには、大蔵側は正しい把握とみなして評価するのだ、こういう姿勢でいくのかどうかということを聞いておるのです。
○中川政府委員 決してそんなことではない。大蔵省は、通産省や農林省がせっかく把握してきたものを、大蔵省の目で見て確かめなければこれが正しいものだとはとらずにはね返すというようなことはあってはなりませんし、いままでもそんなことはないであろう。答弁の何かの行き違いでそういう誤解をされたのではないか。いままでもありませんし、これからもそういうことはない。ただ美濃先生も——私も実は大蔵省に入る前には、大蔵省というところは権力の非常に強いところでという意識を持っておった一人でありますが、案外入ってみますとそうでないところもございますので、とりこになったわけではありませんが、これからもひとつ接触をしていただいて、よくない点は御指摘をいただき、御指導をいただいて、よりよい行政をしていくように御協力をいただき、またわれわれも、大蔵省当局もそういった反省もしてまいらなければならない、このように思うわけでございます。
○美濃委員 せっかくのついでですから、皆さん方の能力だけを批判しても一さっきから万年筆の状態をちょっと申し上げたのでありますが、中国はもう昭和二十五年から通貨変動は一%もしておりませんから、中国と日本との通貨の為替レートは、いま行くと十ドルが二十四円です。中国円で二十四円で交換されます。平均賃金は中国円で七十円。これを三百六十円為替レートに換算すると一万五十円です。高校卒初任給は六千八百円です。ですから、そういうものの見方で、たとえば百八十円という万年筆もありますけれども、中国の一番いい万年筆は「英雄」です。「英雄」という万年筆になると、大体アメや横丁で四百五十円くらいで売っております。これはかなりいい万年筆です。これはなぜ四百五十円で入るかというと、今度も政府間貿易で行っておりますけれども、中国側の輸出公司でいろいろ話をしますと、日本の円は価値がないから、大宗をなすものについて為替レート換算は、概算、中国円一円に対して日本円百五十円です。ところが三百倍、ものによっては四百倍で中国公司は換算をし直して、それは為替レート上は横へよけておいて、日本から入る商品が高いから、それに価格補正をするわけです。日本の商品が入った場合そういうことをやっておるわけです。ところが万年筆だとか絹なんかというものは奢侈品ですからあまり重要でなくて、糸類だと綿ですから、中国は綿類は六百五十万トンの生産です。綿は輸出農産物としての本命なんです。そういうものは別として、どうでもいいような——しかも中国のいまの給与は、先ほど生活給という話があったけれども、私どもの見たところでは生存給です。生活を楽しむだけの所得水準にはなっておりません。生存給でありますから、たとえば四百五十円の「英雄」の万年筆を、一ドル三十セントの万年筆を買うには、いまの平均賃金で一日半の賃金所得に該当するわけです。日本でいうならいまの賃金で優に二千七百円でしょう。二千七百円から三千円に該当するわけです、数とすれば。あの「英雄」の万年筆の質で日本に持ってきて二千七百円、三千円といっても売れません。したがって、中国をずっと歩いてみて、高校生は万年筆を使っておりません。全部鉛筆です。一日半の労賃を生存給の中からさいて万年筆を子供に買うだけの経済的余裕はまだないのです。ですから、つくったものは非常にストックするわけです。つくったものがどこにも売れようがないから政府間貿易に入れて、しょうがない、ストレートで出してしまえ、それで日本へ入ってくるわけです。そういうものにどうですか、あなた方がいま言っておったように、日本の万年筆の企業も体質改善をやらして、中国のほうの水準が強いのだ、経営の合理化や体質改善で将来解決していくのだという性格のものじゃないということです。高いです。あの万年筆は生活の実態から当てはめてみると、日本のパイロットなんかよりかなり高いのです。一番高いのは砂糖であります。砂糖は為替レート換算でキロ百五十円です、白糖となりますと。そういうふうにものすごく高いものがあります。これを日本の生活の実態に当てはめたら、キロ四百円ということになります。日本の通貨に、現在の膨張した経済レベルに合わすと、日本の賃金均衡で向こうの砂糖を計算をすると、一キロ四百円という砂糖になるわけです。私どもの見たところでは一番砂糖が高かった。ですから、私の申し上げておるのは、安いものが何もなかったということです。あなた方の言うように、競争力が強いのだ。中国の工業製品で、日本の経済、賃金と均衡をとった中で安いものは何か。六十日歩いてみて、全部高かったということです。それが安いという現象で入ってくる。これは何かというと、やっぱりインフレです。日本も二十五年の通貨水準で来たらこういう矛盾はないです。三百六十円為替レートの中で、昭和二十五年の経済ベースの日本の円で据え置いてきたとしたならば、こういう矛盾は今日起きていないのです。そこに問題があるわけです。ところが、片や経済新聞なんか見ておったら、いささか日本の国際収支が黒字だということで、円が強いとか、切り上げるとか切り下げるとか、けしからぬことを言っておる。それほど日本の円に力があるのか。 そこで、時間が参りましたので、きょうはこの程度にして、いずれ関税定率法の問題も出てきますから、そのときまたいろいろその品目についてお尋ねもしたいと思っておりますが、そういう面をどうするか。 ここで資料をちょっと要請しておきたいと思います。これは本来からいえば通産省なんですけれども、とっていただければとっていただきたい。農林省からは肥料の資料はとっておりますから、肥料部分はつけてくれればよろしいと思いますけれども、今日、日本の農産物は高いというけれども、そういう関係で、窒素肥料は外国へ行くと一トン二十ドル安いんですよ。たとえば中国へ一番多く行っているが、中国だけではありません。東南アジアヘの輸出が二十ドル安い。今日半値ですね。国際市場へは硫安、尿素を国内価格の半値で売って、それを国内価格にしわ寄せて農民にかぶせておる。これは全部あるわけですね。最近テレビなんか問題になっております。この関係の資料を大蔵省で出していただくことができるならば、あらゆる日本の商品のいわゆる独占輸出管理価格の資料を提出願いたい。これは大蔵省では無理だ、通産省だというならばやむを得ません。所管は通産省だと思いますけれども、しかしあなた方も、いま言ったように、こういうことをやらなければならぬ。あなた方自身にこういうことを覚えておいてもらう必要があると思いますから、できれば、同じ省庁ですから、連絡して、私が商工委員に入ってわざわざその資料を要求に行かなくとも、とってもらえるならとってもらいたい。これをお願いします。 本日の質問は以上で終わります。
○上林政府委員 ただいま御要求のありました資料、私どもでできないかもしれませんが、あとでけっこうでございますが、具体的にもう少し教えていただきまして、それで通産省と相談をいたしたいと思います。 ————◇—————
○毛利委員長 次に、国税通則法の一部を改正する法律案について質疑を続行いたします。春日一幸君。
○春日委員 私は、憲法と通則法と行政事件訴訟法との関連について、特に問題点は、国民が基本的人権としてふだんに保有する出訴権、裁判を提起する権利、それがこの通則法によって、訴願前置主義が置かれることによって基本的人権を大きく制約することにならないか、この点について最初に質問をいたしたいと思います。 この訴願前置主義なるものは、先回の質問によっても大体政府から述べられたところでありまするけれども、行政機関それ自体がその訴願によって反省の機会が与えられ、そこで行政機関そのものが持つ自律作用によってこれを消化するという、そういう面からいたしますれば、実質的にはこれは意義のあることであり、実効も伴うものである。この価値は認めるにやぶさかではございません。けれども、憲法によって定められております基本的人権というものは、あらゆる場合に不可触権とでも称すべきものであって、最高度に尊重されなければならないことは論を待たざるところでございます。 そこでお伺いをいたしたいことは、行政事件訴訟法が制定、施行されましたのは昭和三十七年。これまでは、国民の権利が侵害されたとおぼしきその被害者は、訴願前置主義が原則としてとられておったと思うのでございます。ところが、行政事件訴訟法が施行されることによりまして、従来裁判においても、その他行政運営の面においても、とかく批判もあり、ために疑惑がかけられておりましたところの訴願前置主義、これが原則として廃止をされた。そうして、特別の問題については特別法を制定して、前置主義を置くことができる、こう法律が改められておることは御承知のとおりであろうと思うのでございます。したがって、従来の慣行であります訴願前置主義が、この行政事件訴訟法の制定によって特にこれが廃止をされて、そうして出訴権というものがここに認められた、特別異例の措置として前置主義を特別法によって設定することがで夢る、こうされておりますこの法意を何と見るか。この点について細見主税局長からその理解のほどをお示し願いたいと思います。
○細見政府委員 権利救済制度全体に流れております基本的な理念は、やはり迅速的確に権利を救済するということにあろうかと思います。そういう観点で税務に関する訴願事案を見てまいりますと、その九十数%は事実関係でありますし、また、その決定をいたしまする税務官庁は、同種事件を反復的にしかも大量処理しておるというのが実情でございます。したがいまして、万遺憾なきを行政上期しておるといたしましても、事実関係の誤認とかあるいは事実関係の調査不十分というような事態がたびたび起こってくることもある程度やむを得ない。そういう点から、不服ないし訴願的な要素の非常に多いものにつきましては、ほかの事案につきましても多々訴願前置主義のたてまえをとっておることは、春日先生御承知のとおりでありまして、そういう意味で、国税のようにいわば最も反復的にしかも多数の案件が起こり、しかもその事案が法律の解釈と申すよりは、むしろ事実の誤認あるいは事実の認定の差というようなことでありまして、本来行政庁のほうがより適しておる、あるいは当初その事案についてあずかったものが見直すということのほうが、迅速な処理としてはむしろ望ましいというふうに考えられるような事案であります。租税事案についてはやはり訴願前置主義をとったほうが、迅速な国民の権利救済になるわけでありまして、そのような原則をとることが適さない緊急特殊な場合には出訴ができるようになっておることは、先生御承知のとおりであります。
○春日委員 細見君は税法についてはエキスパートでございますけれども、国政万般については、言うならば鹿を追う者山を見ず、木を見て森を見ざるの偏狭のきらいなしとはいたさないのでございます。 私は昭和主十七年度におけるこの行政事件訴訟法が審議された過程において、かれこれ七、八年も前のことでございまするから、その論議の骨子は、いまその記憶はおぼろでございまするが、憲法三十二条の「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」というこの憲法の宣言は、行政権の特権行使というものを——いずれにしても、三十七年の行政事件訴訟法におきまして特別にこの訴願前置主義が廃止されて、そうして訴願前置を認める場合は特別法の制定の場合に限る、この一条が設けられたということは、いま申し上げましたように、この行政権の特権というものを排除するという、そうして国民の基本的人権を最高度にあとう限りこれを保護する、この精神に出てきておるわけでございます。この理論はお認めになるでございましょうね。 ただいま細見局長が述べられた租税不服の申し立てに対する大量性あるいは懐疑的性格というものについては、論者もこれを認めるところである。けれどもそれは一つの手段である。手段のために大目的というものがぼやかざれたり、そこなわれたりすることは、よほどの場合でなければならぬということを念頭に置いて、新しい法の制定に取り組まなければならぬと思うが、以上申し上げました点について所見はいかがでありますか。
○細見政府委員 国民の権利救済という立場、たてまえからいたしますれば、何人も出訴の権を奪われないというのは、これは一番基本的な事柄でございます。したがいまして、このような訴願前置主義をとっておりますものも、その行政の事務手続と申しますか、法律的な事案の処理というたてまえから考えられておることでありまして、先生のおっしゃっておる出訴の権というものを制約するためにあるものであるとは私どもも考えておりません。
○春日委員 だとすれば、前の第一問に対して答弁された中で、そのような国民の不服申し立てが行政的立場から、そのものの権利救済の立場から、迅速かつ的確に解決される手段として最上のものが前置主義である、ゆえにこのような条文の設定をもくろんでおるのだ、こういうふうに御答弁がありました。だとすれば、事案の中には非常に複雑なものがある、けれども事案の中には非常に簡明なものもあるであろう。すなわち、国民がこの憲法の条章に定められておるその権利を行使するにあたって、本人自体の理解も、あるいはまた客観的に見ても、非常に裁判手続によるほうが解決に適するとおぼしき事案というものは絶無ではないであろう。だとすれば、そのような事案については、すなわち出訴権というものを、前置主義にこだわらずそういう道をも開いていくということは、憲法が定めておりまする基本的人権を最高度に尊重せなければならないというこの至上命令に即してそのようにあるべきものであると思うが、所見はいかがでありますか。 すなわち、簡明に的確に解決ができると思われる事案、こういうものは、行政府のその決定が不服である場合は、権利救済の立場から、国は憲法が国民に保障されておる出訴権、これを制約すべきではないと思う。だから、みそもくそもといっては語弊がありまするが、大量的である、あるいは懐疑的である、そういうことだから前置主義を置いておるのではあるけれども、しかし、客観的にどう見たって、裁判による手続のほうが解決に即するとおぼしき事案についてはこの限りではない、こういうような形にして、すなわち出訴権というものと、それからこの訴願前置主義というものとを当事者の選択にゆだね、特別の条件を具備するものにおいては第一次的出訴の道をも開いておくというこのことが、私は憲法精神を尊重しながら、なお租税不服に対する国民の権利救済、さらにはまた行政救済、こういうような目的を達し得る最上の方法であると思うが、これについてはいかがでありますか。
○細見政府委員 春日先生の御議論は、私どものような非常に現実的な者の考えておりますものよりもいわば一段高い理想の段階のお話でありまして、御承知のように、アメリカのようにある程度準司法的な考え方を入れ、あるいは出訴権などにつきましてリベラルな考え方をとっております国におきましても、たとえば地方裁判所に出訴するときには税を納めてから出訴できるようにするとか、あるいはそうでないものにつきましては、いわば日本のこれから設置いたします不服審判所のより純化された、より高度化されたものでありますような租税裁判所を設けて処置いたしておりますように、やはりそれなりにいま春日先生のおっしゃる簡明直截に訴訟のほうが適しておるというものにつきましても、いまは本人の選択というようなお話でありましたが、そのことにつきまして、やはり裁判所としては、それがより適しておるかどうかは判断しなければならないとかという問題があるわけでありまして、いずれにしても、私どもは、審査請求が出て三カ月たって何らの決定がないというときには出訴ができるよう、そういう形で出訴権が不当に侵されることがないように配意しつつ、従来の行政のワク内でやっておりました訴訟を、より第三者的に、より客観的に処理ができる方向で当面解決する。まずそこまで進むのが第一歩ではないかというふうに考えておるわけであります。
○春日委員 それは私ども代議士の視野というものは、諸君から見ればはるかに次元の高いものであるということは論をまたないところでありますが、ただ私は、あなた方の答弁から不愉快に感じますことは、答弁のどさくさまぎれに悪い面だけを事例として持ち出されてくるというこの官僚のど根性である。たとえば先日のごときは、大島君は、大陸地域における審判所の機能は増額決定をすることができるとか、いま細見君は、税金を納めてなければ出訴権が付与されないとか、聞きもしないたわけたことを言うてくる。まさに三つ子の魂百までというて、君たちは徴税官吏として育ってきたものだから——いまわれわれが審議しておる法案は救済のための法案ですぞ。聖書の中にもあります。なんじ収税人石もてこれをぶち殺せ、これは聖書の中にもある。そういうような収税人の根性でもってこの法案を作成しようと思うところに、まさしく語るに落ちたというけれども、いかに次元の隔たりが広大無辺であるか、よく御理解が願えると思う。 だから、政務次官、なお各党の理事に申し上げたいことは、私はこの租税紛争というものは大量的である、そして処分、解決というものは、しょせんは懐疑的性格を持つものであるから、したがってこのような前置主義の機能というものを認めるにやぶさかではない。やぶさかではないけれども、ただわれわれが法律論としてこれを論ずる場合、政策論としてこれを論ずる場合は、花よりだんごということがあるが、その逆なんだな。だんごよりも花なんだ。ということは、実益を与えれば、名目はどうなってもいい。実益を与えれば、憲法上の基本的人権の保障というものが若干制約されてもそのほうがいいんだ、こういうようなあり方ではいけないのである。すなわち、憲法の条章はあらゆる政策の根源でなければならぬ、原点でなければならぬ。だとするならば、私の言うのが詭弁を弄しておるのではなくして、三カ月間たって返答がなければ出訴権が保障されておると言うけれども、三カ月間というその時間、国民の基本的人権が制約をされておるということは、これは憲法の精神、わけて三十二条に厳然として保障されておる基本的人権、これを三カ月間制約するという、そういう問題については、問題の焦点、その内容が客観的にきわめて簡明である。ということは、本人の申し立てに基づいて審判所長が特に出訴を認めた場合においてはとか、ほかの条件をさまざま付しても、この出訴権という基本的人権が全面的にここに制約されるというような法の立て方は、何らかそこにはけ口といいまするか、そういうようなものを設けていくということが、立法の府として考えなければならない肝心な焦点ではないか。この問題については、いずれ理事会において附帯決議その他の御検討があるようでございまするから、あわせて御検討をお願い申し上げておきたいと思います。 質問を進めます。次は国税審判官の地位に関する問題についてでありますが、この制度か生かされるかどうかということは、この審判所を構成する審判官がその職責を自由濶達に、良心に即して自主的にこれを行使できる体制が確立されるかどうかということにかかると思われるのでございます。そこで、昨年の大蔵委員会においてもかなりこの問題については論議されたところでございますが、この際この審判官の地位ということを中心にしていろいろと考察を加えてみたいと思う。 この法律によりますと、この審判官は担当審判官と参加審判官とに分かれて、合議によって一応裁決の案をつくり、所長が裁決に基づいて審判を下す、こういうことになっておるようでありますが、この審判官はそれぞれの事案の審理にあたって審判所長の指導監督を受けるものなのか。それとも裁判官のごとくに独立して、そうしてその審理に当たることができるのであるか、その点はどう理解されておりますか。
○細見政府委員 実際の運用につきましては国税庁長官から別途御答弁があろうかと思いますが、私どもがこの法案を御審議願うにあたって考えておりますことは、もちろん役人でございますから身分上の監督権というものはございます。しかし、個々の事案につきましては、あくまでも審判官が自己の良心と自己の能力をフルに生かして、それぞれの責任において判断し、それがまた合議ということを生かすゆえんである、かように考えております。したがいまして、個々の事案についていわゆる審判の指示のようなものはないものと確信いたしております。
○春日委員 ないものと思うという御答弁でありまするが、この問題は、この法が成立をいたしまして実際に機関としてその機能を発揮いたしまする段階においてきわめて重要なポイントになろうと思います。すなわち、その事案の審理にあたって、その審判官は所長の指導監督を受けざるものか、あるいは指導監督のもとにその審理に携わるものであるのか、この点を国税庁長官吉國君から明確なる御答弁を願っておきたいと思います。
○吉國(二)政府委員 審判所長は審判所職員に対しまして、一般的な管理権と申しますか監督権は持っておりますし、事務の進行等に対する指導ということは、一般的な権限として持つわけでございます。しかし、個別の事案につきましては、あくまでも合議というものか成立をする。それに基づいて裁決をするのでございまして、事案の合議の中に指揮をする余地はない。指揮をするならば合議は成立をしないわけでございます。そういう意味では、個別事案については三人の合議体は独自の立場で裁決を行なうということで事務を運営してまいる所存でございます。
○春日委員 そういたしますると、服務規律でありますとか、その他一般的な問題については、これは当然のこととしてしかるべくその面における監督があるでありましょうが、個々の事案については、あたかも裁判官のそれのごとく、その事案についての指揮監督というものは行なわれざるもの、行なってはならないもの、こういうぐあいに理解してよろしいですね。
○細見政府委員 ただ、従来の通達の解釈を変えますことにつきましては、これは審判所長に申し出て審判所長が長官に申し出ることになっておりますから、その点に関しては相談と申しますか、審判所長の考え方というものをただして、それによって審判所長が長官にまで申し出ることかどうかの判断を仰ぐということはございます。
○春日委員 それはちょっとおかしいと思うよ。大体租税法定主義なんだから、法定主義というものはまさしく法律、政令、それまでだ。通達などというものは君たちがかってに八百長でやっておるだけのことで、そんなものは何ら国家的権力でオーソライズされたものではない。解釈のしかた、解釈の基準を一応定めたものであって、君らの独善的の単なる気休め尺度にしかすぎないものである。そういうような、通達の趣旨を、審判官は国税庁から独立した機関として——独立はしてないけれども、将来は第三者的機関として独立をせしめなければならぬと附帯決議にもあるし、昨年、大臣は、これに向かって大いに善処をしたいという共鳴の意思を表明いたしておる。だとすれば、国税庁の通達なんというものは、審判所にとっては全然拘束力のないものである。だから、通達の趣旨に即さないような裁決を下そうとした場合、一々事前に所長の了解を得なければならぬ。なお所長自体も、その通達の趣旨と相異なる裁決を下そうとする場合は、国税庁長官の同意を得なければならぬというようなコンストラクションになっておるようですけれども、こういうこと自体は実際はいけない。しばしば本委員会においても論じられたんだけれども、そもそも通達などといって国民を実際的には拘束しておるんですね。裁判なんかでも、この通達というものは法令にかわる権威をもって作用いたしておる。だから私は、今後国税庁や主税局長が通達を出すときは、少なくとも大蔵委員会にはかる必要があると思う。こういう通達を出しますがよろしゅうございましょうか。差しつかえのないものならばオーケー、いかぬものならば、これを政策案件としてここで審議する必要があると思う。 いま私の質問とはこれは脇道へ入った問題ですけれども、通達というものが国民の財産権に大きく作用する現実にかんがみて、少なくとも法律に定めのない場合は、いまは法律では審判所長が通達と相異なる決定をしようと思う場合は、国税庁長官に相談せなければならぬと、こうあるけれども、審判官の問題についてはそういうことは書いてありません。いま細見局長が言われたことは法律には書いてない。だから審判官というものの独自性を最高度に認めるというならば、審判官は、通達があろうとなかろうと、法律、政令によって判断をし、それによって相異なる意見を審判所長に申し出ようとするときは、事前に審判所長に相談をせなければならぬというような扱い方は、これは大いに問題があると思う。ぼくは頭が非常に鋭いものだから、したがってあなたの問わず語りに申されたそのことばによって、審判官、副審判官というものが実際独立して審判に当たることができるかどうか、非常に疑惑を生じてきた。というのは、少なくとも徴税吏員というものは通達に基づいて課税を行なっておる。で、それに苦情を申し立てる場合は、本人が法律をいろいろ勉強して、この法律と通達とが食い違っておるというような場合もあるであろう。そういう場合、審判官が法律、政令に基づいて一つの審決をまとめる事前に所長に申し出なければならぬということは、これは審判所の機能というものをいかにも国税庁そのものの内部機構に性格づけていくというきらいなしとはしないと思う。附帯決議の精神が、第三者的独立機関にすべきである。大陸もヨーロッパもそうである。この現実に即して、いまの局長の答弁は適当ではないと思うが、吉國前局長は何と申されるか。
○吉國(二)政府委員 これはもう御承知のとおり、通達は国家行政組織法のもとにおいて行政の統一をはかるために訓令として出されるものでございます。税務署が法令を適用するにあたりまして、人ごとに異なる解釈をしてはならないという意味では、私は通達というものの機能というものはやはり法的に認められておると思いますけれども、これが第三者に対して客観的な拘束力を持つものとは考えておりません。ただ税務署の解釈というものが統一されておる、したがって、具体的な場合に、その通達は適用性がないという判断を下した場合には、納税者みずからその判断に基づいて申告を行なうことが当然あり得るし、またそうであるべきだと思うのです。したがって、これに対する税務署側の更正があり、これに対する不服申し立てがあった場合には、審判官はその当否を判断し、したがって、もし通達と異なる解釈のほうが正当であると思うならば、それによって決定をした場合には、本来の法律の趣旨に基づいて審判所長に上申をすると申しますか、連絡をいたしまして、審判所長が法律上の手続をとるべく措置する準備をすべきものであると思います。したがいまして、地方の首席審判官には審判所長の権限が一部委任をされますけれども、その委任をされた部分について決定をした場合であっても、みずから国税庁長官に申し出をする権限がございませんから、その決定内容を審判所長に移送をいたしまして、審判所長が国税庁長官に同意を求める手続をとるべきことは、これは当然かと思います。そういう意味で細見局長が申したものと私は了解をいたしております。
○春日委員 法律はそういうふうに書いてありませんぞ。君らは勉強不足かと思うが、法案の九十八条第一項及び第二項によると、国税不服審判所長が審査請求による裁決を行なう、その裁決をする場合は担当審判官及び参加審判官の議決に基づいて、ということになっているわけなんだ。だから審判官が法令に基づいて裁決をしたときは、その通達にどうあろうとこうあろうと、その審判所長はそれについて異議を申し立てることはできない。これは通達に違反しているなと思ったところで、その審判官たちが合議の結果、これはこうせなければならぬ、この通達は行政執行上、あやまちなく統一的にその執行を期するために一個の基準というものが設定されたのだが、その事案についてはこの通達そのものではいけない、こういうふうに判断をしたときには、審判官は合議によってそれの裁決の案をつくる。そうすると審判所長はその裁決案に基づいてのみ裁決することができるのであって、そんな細見君が言うように、これは通達違反をしておるからいかぬなんということは言えないはずだ。法律は「基づいて」と書いてある。「基づいて」ということは、変更することはできないのである。ぼくはこの間、大学法において、文部大臣は学長の申請に基づいてということで、この「基づき」をあらゆる角度から調べたのであるが、その変更の余地はないのである。だから、大島君たち、将来この審判所の責任者になられる諸君のために弁ずるのだけれども、審判官諸君が、これはよろしい、法律、政令、すなわち国民に対する拘束力を持つものはこの二つのものでしかない、いま吉國長官も言われておるように。通達というものは国民に対して拘束力を持たない。だから法律、政令に基づいて審判官が判断をし、この事案については行政執行の統一基準に当てはまらないと考えたとき、すなわち通達に反する、あるいは通達と相異なる裁決をせなければならぬと彼が考えたときには、それに基づいて裁決案を議決し、そしてこれを審判所長に申し出る。審判所長は、それに基づいてのみ裁決ができるのであって、この参加審判官の議決にして通達の趣旨と相異なる場合においては、参加審判官は審判所長に申し出てその承認を得なければならないとかなんとかいうことは書いてないのだから。「基づいて」ということは、全くそこに独立性、自主性というものを最高度に認めておるのだから、私が言ったようなことでなければならぬと思うが、どうですか。
○吉國(二)政府委員 いま私が申し上げた趣旨も同じであると思います。裁決をいたしますには合議に基づくわけです。その場合に、通達等と異なる裁決をしようとするときには国税庁長官に申し出をする。それは審判所長がやるわけです。したがって審判所長は、その合議の結果が通達と異なるものであると判断したときは、その手続をとらなければならないわけでございます。 私はさっきちょっとこまかいことを申しましたのは、地方の首席審判官には、裁決の権能を国税審判所長の名において行なう、その権限委任を行なう予定でございますが、その場合に、地方の首席審判官は、もしその合議体の決定が通達等と異なるものであるという場合には、これを審判所長に申達をして、審判所長が本来の裁決をそこで下さなければならない、それを下すにあたっては当然国税庁長官に申し出をいたす、しかし審判所長はもちろんその地方における合議の結果に基づいて裁決を行なう、その裁決を行なうにあたって手続上、国税庁長官の同意を得ることをなさなければならない、こういうことを申し上げたわけでございます。
○春日委員 お互いにこの辺は疑義を残さぬようにしておきましょうね。これは全く直ちに作用する問題ですから。 いま吉國長官が言われたのは、審判所長が通達と相異なる裁決を行なわんとする場合は長官と合議しなければならぬ。ところが審判所長が裁決を行なわんとするその時点は、その前に合議によって、その参加審判官が通達と相異なる裁決を必要とするという議決を経て審判所長へ持っていっておる。すなわち、審判所においてはそれが過去完了しておる事柄なんだ。だから、審判所長はこれを受けて、これは通達と違うなというときに、初めて長官のところへ、違うがどうしよう、こういうことになるわけだ。わかりますね。だとすれば、審判官が通達と相異なる裁決をしようとするその時点は、羅判所長が国税庁長官と合議するかしないかという、そういう条件が成立してない段階なんだ。その案件が、まだ胎児であって生まれてないわけだ。だから審判官になる者が通達と相異なる裁決を合議によって行なおう、議決をしようと思うときはかってにやれる。やってこれでは通達と異なるなと審判所長は思うわけだ。なぜかならば、審判所長はその合議された決議に基づいてのみ裁決することができるのだから。そこで初めて所長が長官のところに合議におもむくのであって、審判官がそういう決定をしようと思う段階においては、所長についても長官についても、その問題については何一つ容喙する権限というものはない、法律どおり読めば。この点どうです。
○細見政府委員 私の発言がいろいろ議論されておりますので私から言わしてもらいますと、確かに内部的にこの合議を成立させる過程におきましては、参加審判官それぞれが自分の良心と信ずるところに従って議決に参加するわけでありまして、それが結果的に従来の慣例とかなり違った解釈になり、あるいはまた通達と異なったものになる一ただその場合も、通達がカバーしておらないような、つまり通達でいろいろ列挙しておりますような条件と違った条件の場合は必ずしも通達に反するということにはならないと思いますが、そういうような事案が出ましたときに、これが対外的に審判所の裁決となるのには、御承知のように審判所長の名をもってするわけでありますから、その段階で審判所長は、これは従来の通達あるいは従来の慣例と異なるということでありまして、そこで審判所長の判断で国税庁長官に申し出る。したがいまして、長官は議決を尊重して国税審査会の議を経て指示をするということになるわけであります。その意味におきまして、決定にあたっては全く独自でありますが、それが対外的に効力を発する前におきまして、これだけの手続が内部牽制と申しますか、国税行政の統一、あるいは納税者万人に平等な行政を保証するという意味において、これだけの担保が制度として置かれておる、かように考えておるわけでございます。
○春日委員 なかなか回りくどいことを言うたけれども、要約していうならばぼくの言ったとおりか。ということは、審判官は合議する場合において法律、政令、そういうものに基づいて審判をする。すなわち性格的には第三者機関なんだから。また望むらくは、方向はそうあるべし、将来は独立した第三者機関になすべきだ、こういう方向にあるので、したがって、そのような立場から冷厳に判断をするならば、法律、政令はもう厳に守らなければならないが、通達については行政執行上の統一基準を徴税官吏に国家が、国家というよりも大蔵省、国税庁が示しておる、こういうものだから、その示し方がその事案にそのまま合致しないとか、あるいは合致しておってもその事案においては相異なるところの決定をしなければならぬと審判官が合議で議決した場合には、すなわち通達に反する場合といえども、その審判官は審判所長の指揮あるいは事前の承認、相談、こういうことをしなくてもよろしいものであると理解してよろしいね。それは当然でしょう。ちょっとあなた、隣と相談していないで、こんなこと何べんも言いたくない。そのとおりならもう一ぺん立って言うてくれ。
○細見政府委員 春日先生の言われるようになると思います。
○春日委員 それならよろしいけれども、これは諸君も聞かれたとおり、通達と相異なるところの議決をなそうとする場合は、事前に所長にちょっと打ち合わせせんならぬということを細見君が言うたものだから、したがって、これは重大な疑義だということをぼくが発見して、やはり第三者的なその機能の完ぺきを期するためにこの疑義を氷解した、こういうことでこれは記録にとどめ、執行の中で万全を尽くしてもらいたい。 それでは、今度は身分保障の特例というようなものをこの問題と関連してどのように配慮されておるか、これをお伺いいたしたいと思う。 かりにその審判官が国税不服審判所長の指揮監督を受けず、独立して職務を行なうことができることとされた場合、それを制度的に担保するためにはやはり審判官には一般の職員よりもより強度の身分保障というものが必要にはなってこないか。裁判官の例等もございますけれども、やはり上司とおぼしき所長というものに個々の問題について指揮も受けない、またその問題については監督も受けない、全く独立した裁判官的地位であるということであれば、裁判官に対する身分保全の措置がとられておることを想起して、これら審判官に対してもそれと同様の、あるいはそれに近い何らかの担保が必要であると思うが、この点どのように措置する方針であるか、長官より御答弁を願いたい。
○吉國(二)政府委員 国税審判官につきまして特別の身分保障を行なうということはたいへん望ましいことだと私も思います。ただ、いまの一般の行政の立場におきましては、一般職の公務員は一般的な身分保障があるだけでございます。これは公正取引委員会の審判官、海難審判庁の審判官、特許庁審判官等においても同じでございまして、特別の身分保障を今回どうしても取りつけるというには至らなかったわけでございます。将来この点についてなお検討の余地があると私は思いますけれども、現在の機構においてはちょっと困難であるというのが事実でございます。ただし、人事権その他につきましては、現在国税庁長官から審判所の所員に対する人事権について相当な委任を行なうという検討をいたしております。それを通じて実質的な身分保障と申しますか、地位の安定をはかり得るということも考えなければならぬ、かように考えておるわけであります。
○春日委員 はたせるかな、この問題については昨年の審議の過程において、附帯決議第四項目の中に明示されております。なお長官からただいま御答弁のありましたように、これはすみやかに何らかの措置を講ずる必要があるであろうと述べられておりますが、はたまたもって、審判官が公正にその職務の執行ができるという体制を確立するためには、何としても身分保全ということについて特別の措置が緊急に講じられまするように、できるならば第四項の附帯決議をもう少し濃縮して政府に注意を喚起することが必要であると思いますので、願わくはこの問題については、法の修正はこの段階でむずかしゅうございましょうから、各党の理事に要請いたしまして、この附帯決議をもう一段と強めていただくことを要望いたしておきたいと思います。 では、この問題はわれわれの期待と政府の方針とが大体同じ方向であることによって了解をいたしまして、次はこの審理方式というか審理原則というか、この問題についてただしてまいりたいと思います。 現在の国税通則法によりますると、行政不服審査法二十五条の「審査請求の審理は、書面による。」こういうことで「ただし、審査請求人又は参加人の申立てがあつたときは、審査庁は、申立人に口頭で意見を述べる機会を」云々、こういうことになっております規定は、現在の租税にかかる審査請求にも適用される。そういうことになりますと、これはすなわち書面審理主義がとられていくものと理解すべきか。それとも、今度のこの法律の条文を見ますと、八十四条には「異議審理庁は、異議申立人から申立てがあったときは、異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」こういう新しい条文が設定されておりますね。したがって、従来のままでいけば書面審理というところに重点が置かれておるような印象だが、今度はこの八十四条の設定、これは協議団令第五条がふえんしておるものだと思うのだけれども、すなわちこれは口頭審理の方向へ重点が移行したものと理解すべきか、この点はどうですか。御説明を願いたい。
○細見政府委員 従来と特に新たな考え方を取り込んでおるというわけじゃなくて、従来の方式をいわば踏襲しておるわけであります。
○春日委員 従来の方式とはどういうものですか。
○細見政府委員 書面を主にし口頭で補足するという考え方です。
○春日委員 はたしてそういうふうに断定すべきかどうかということですね。これはいろいろと法案についてわれわれが研究を進めてまいりますると、最高裁の田中一郎判事の租税法の書物をお読みになったと思うのだけれども、行政不服審査法の二十五条は冒頭宣言的に「審査請求の審理は、書面による。」と書いてあるんだ。だから書面審理というものが重点に置かれて、補完的な審理として口頭審理というものが従属的に認められておったんだよ。ところが租税の苦情処理については、この協議団令第五条で、協議官は合議に付された事案についてみずから必要な調査に当たり、さらに原処分に関する事務に従事した職員及び不服申し立て人に意見陳述の機会を与えなければならないと、こういうぐあいに書き出されたことによって、この行政不服審査法二十五条の宣言というものは、すなわち書面審理の原則というものは口頭審理の原則に移行したものである。そしてこの租税の苦情処理にあたっては、口頭審理が重点であり、補完審理が書面審理である、こういうぐあいに解すべきだとこの田中一郎君は言っておりますが、この点はどうですか。この八十四条では書面審理のことに触れないで、口頭審理をここにもっばら明定いたしておる。このことは、口頭審理すなわち当事者本位の審理というところに重点が置かれておるものと解すべきであると思うが、この点はどうですか。吉國国税庁長官の意見をちょっと聞いてみたい。
○吉國(二)政府委員 法令の形態といたしましては、不服審査法の書面主義というのを正面から出さずに、異議申し立て人に口頭で陳述する機会を与えなければならないという規定が設けられておるという意味におきましては、私はこの行政不服審査にいたしましても、ことに租税の不服審判におきましては、事案の内容に応じて必要な手続というものはそれぞれ分化してくると思います。したがいまして、この法令の範囲内において、具体的に今後事案に即して一つの定型をつくり上げていくように行政慣行を訓致していくということが当面の課題であろうかと思います。書面主義から当事者主義に変わったというだけの法令の根拠も明確ではございません。しかし、その審理にあたって当事者の意見を直接徴するということも必要な場合があろうと思います。また、当事者の書面あるいは口頭による主張を裏づけるために質問検査権を行使する必要もあろうかと思います。いわばこの問題は、審判所が成立してから——現在の裁判所の審理自体も各種の法令とぴたりと合わずに、それぞれの慣例ができておる、併合審理とかいろいろなことがいわれておるわけでございますが、そういう意味ではやはりこういう審判の機構というものを動かす原則というのは、実際の経験の中から最も妥当なものを選んで一つの定型化をはかるということでやっていくべきではないか。実はそのような考え方で、審判所成立後各種の態様を考えながら法令の趣旨に即するように、法令の規定をそれぞれ生かしながら運用をはかっていきたい、これが私の気持ちでございます。
○春日委員 この法案の原案をつくられたのは長官が主税局長時代だったかな。どうですか。
○吉國(二)政府委員 さようでございます。
○春日委員 それで、私は特に関連しながら長官の答弁をより多く求める形になるのだが、行政不服審査法によって、はっきりと、これは二十五条によって「審査請求の審理は、書面による。」こういう冒頭宣言があるから、したがって一般の不服審査は書面審理である。ところが、この法案では、あえて第八十四条において口頭主義というものが新しく宣言されておることにかんがみて、これは現行の審査請求制度に比べて口頭主義のウエートというものがより大きくなった、こう見るべきものであると私は解釈せざるを得ない。ただいま長官は、法律が制定されたならば、実際に運営してみてどちらにウエートを置くかということは実情に即するようにしていきたい、こういう考えを述べられたが、それはとんでもない間違いだと思う。諸君、行政機関というものは、法律に基づいてのみ執行の権限を付与されているのであって、法律をどうでも自分かってに解釈するなどというがごときは言語道断である。そのような恣意は、官僚、行政機関にはゆだねられてはいない。法律の範囲においてのみ行政執行が可能である。したがってこの法律は、八十四条において、口頭主義にそのウエートを加える、こういうことをここに明定しておるものである。だから、いろいろやってみて実情に即したほうをとる、というような問題でなくして、これは口頭主義にウエートを移行せしめておるという、そういう法意である。だとすれば、問題は、そこから政策内容に入るのだが、結局権利救済の主義に徹するならば、すなわち、口頭審理にウエートが置かれるということは、当事者本位で問題の解決に当たらなければならないという、こういう運営の実態がそこから描き出されてくるのである。わかりますか、私の言うこと。
○吉國(二)政府委員 春日先生の法律解釈は定評がございますが、やや現在の解釈としては飛躍があるかと思うのでございまして、第八十四条は「異議審理庁は、異議申立人から申立てがあつたときは、異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」ということをいっておりまして、審理は口頭をもって行なうべきものであるということまでは宣言をしておらないと思います。また、書面審理原則も排除しておりますから、この法律の範囲内でと先ほど私が申し上げましたように、この法律はかなりその点で、租税事案というものが多種多様であるために、審理のやり方についてはかなり自由な考え方をとっておると解すべきでなかろうか。したがいまして、私が先ほど申し上げましたように、実際の運営にあたって最も正当なる方法をここから編み出して、それを定型化するということが、私どもの努力として必要ではなかろうかと申し上げたわけでございます。その一つの理念として春日先生の言われることは私もよくわかりますが、法律はそうではない……。
○春日委員 よくわかる——われわれ国会側というものは、諸君と同じように——諸君は行政機関であり、法案の原案を日本ではたまたま諸君が作成されておるが、アメリカなんかではわれわれが原案を作成する。こういう意味で、提示された案については、諸君が想像に絶するほどわれわれはあらゆる角度から勉強しておる。 そこで、いまたまたまぼくが八十四条を強調したから、この八十四条は筋違いだと言っておるが、私の理論の骨子はこの八十四条ではない。協議団令第五条だ。協議団令第五条によると「前条第一項の合議体が合議を行うに当っては、当該合議に付された事案について、協議官自ら必要な調査に当り、」そして終わりのほうに「当該不服申立てをした者にその意見を述べる機会を与えなければならない。」とある。第五条というこのものが設定されたことは、すなわち行政不服審査法第二十五条の設定とここの設定と違うのですね。第二十五条は、書面審理ということが冒頭宣言にあって、その次にその口頭審理ということが書かれておる。ところが協議団令第五条にはいきなり口頭審理ということがうたい出されておる。だからこれに基づいて裁判をいろいろやってみる、そうすると結局はこの田中一郎最高裁判事がいっておるように、この第五条の法意というものは、すなわち従来の一般の行政不服審査における書面審理の原則をアウフヘーベンして、そして口頭審理にそのウエートが乗りかえられたものと解すべきであると述べておりますね。そのことを述べておるのであって、私は八十四条だけで言っておるのではない。この協議団令第五条と行政不服審査法二十五条とあわせて見ると、片方には書面審理のことが書いてないのだ、協議団令第五条には。片方にはそれが冒頭宣言に書いてある。ところが特別法的な性格のもとではそれがこう入れかわっておるから、すでにして現行の協議団制度のもとにおいても書面審理よりも口頭審理の方向へ——口頭審理とはすなわち権利救済の方向へ、その精神が移行しておるものと解すべきである。だから協議団令第五条を受けてこの法律はそういうような構成になっておるのだ。だから協議団の運営は、すなわち、法律だとかあるいはいろいろな法規の関係もあるが、とにかく不服申し立て人本位に問題の審理に当たるべきであると、ここが落ちなんですね。この点はどうでございますか。
○細見政府委員 協議団令で運営いたしておりましたときには、春日先生御承知のように、行政不服審査法第二章は排除しておらなかったわけでございます。したがって、書面審理が原則だというものがある中で協議団令が新しく——こちらは御承知のように政令でございます。片方は法律でございまして、そういう意味では協議団運営の精神をうたう、その運営の精神が新しいものであったということは田中先生がいわれるように……。でありまして、今回の通則法におきましては、その新しい精神をいわばそのままうたい込んでまいっておる、そういうわけでございます。
○春日委員 したがいまして、行政不服審査法は書面審理が原則。それからこの国税通則法による国税不服審判におけるその審査のあり方は口頭審理、口頭により大いなるウエートを置くべきである、かくのごとく解し、したがって、具体的には不服申し立て人本位に問題の処理に当たるべきものである、こういうぐあいに結びつけていくべきものと思うが、この点はいかがですか。
○細見政府委員 本案の審査にあたりまして、国会の皆さんの御意見がそういうことであったということは、今後の運営にそういう精神を生かしていくべきだと思いますが、法文上、その字句どおり解すればどうかといわれれば、先ほど来私どもが申し上げておるとおりだと思います。
○春日委員 では、特に書面審理の行政不服審査法の第二十五条の精神がこの国税審判所の運営にあたっても堅持されなければならないという積極的根拠は何か。
○吉國(二)政府委員 書面審理を主とするというたてまえで運用するとは、私どもは考えていないわけでございます。むしろ、書面審理が原則であるとまでは考えずに、書面審理、口頭審理、さらにそれを裏づける調査、こういうものを最も的確に組み合わせまして、いわゆる真実の発見を通じて権利救済というものを全うするということが必要であろうかと思います。したがいまして、書面審理を必要とするということは、仰せのとおり今回の改正でそれが含まれていることはないのであります。
○春日委員 さすれば、田中最高裁判事の解説書の中に立てられておる意見、すなわち、協議団令第五条なるものの法意は、行政不服審査法第二十五条の規定を排除とまではいわないまでも、書面審理重点主義から、この租税の不服審理にあたっては口頭審理の方向ヘウエ一トが移行しておるものであるというこの理解は間違ってはいない、すなわち、第五条を受けて現行のこの改正がなされておる、こういうぐあいに理解してよろしいか。
○細見政府委員 現状は御案内のように、この種の審査事案というのは主として書面が、特に税の事件などにつきましては物証が非常に大きなウエートを占めるというようなことで、この辺を主にして運営されてきております。そういう現実を踏まえまして、立法論として口頭弁論主義といいますか、口頭による申し立てにより重点を置いて審理していくべきだというのは、いわば立法論としての価値判断でないかと私は思います。
○春日委員 そのような価値判断は間違っておるのですか、正しいのですか。
○細見政府委員 いずれのほうがいいとか悪いとかいうことでなくて、やはり真実の発見にどちらがより有効であるかという観点で判断していく、その中には確かに書面を作成するのが非常に困難である人とかあるいは非常に困難な場合に、口頭でもってやったほうがより簡便であり、より効率的だということもあろうかと思いますから、時運の進歩としては、そちらの口頭弁論というようなものにより重点がかかっていくような運営というものに、だんだんそうなっていくのではないかと思いますが、いまこの段階でどういうふうになるかというのは、私どもはちょっと予断できないのであります。
○春日委員 こういうような石頭が存在するということを私は憂慮するあまり冒頭の質問、すなわち先日の質問で、行政救済かあるいは権利救済か、あんなにも時間をかけて論じ合ったわけなんですね。ところが結論として、この方向に踏み出したことは、すなわち、現在の協議団制度というものが純然たる行政救済と断ずべきものである、これでは適当でないから、したがって、この際、権利救済についての濃度をさらに強めるために、不完全とはいいながらこのような国税不服審判所の機関というものを新しく設置する、こういうことになったのだ。だとすれば、私は特に国税庁長官に要望したいことは、すなわち、行政救済ではなくして、これはもう権利救済への一歩を踏み出したのだ。だとすれば、いま主税局長が述べられましたように、まずいろいろとそのような救済を求めるためには、本人の言い分というものがあるであろう。ことに、三年、五年をさかのぼるというようなときに、銀行の期首における財産証明をせよといってみたり、その残高の証明をとってこいとか、あれだこれだというような書面がそろわなければ、証拠がないので立証できないというようなことで、本人の権利救済というものが不完全になってしまう。だから、その口頭審理というところへ重点を置く。このことは当然の事柄として履行されなければならぬと私は理解するけれども、この問題が結局は法律家の解釈やわれわれ政治家の判断ということで、なおきわめてつかみがたいというような現状に即して、私がここで結論として、今後の運営の中で要望しておきたいことは、すなわち協議団令第五条の精神をそのまま受け継いでいるこの審判所、すなわち協議団令第五条そのものがすでにして口頭審理へそのウエートを移行せしめておる、第五条の設定であるというような、裁判所の権威ある裁判官のそのような意見等をも十分尊重して、かつは私のごとき、この徴税行政の日本における最高のベテランがかくのごとき意見を立てた以上、これを十分尊重して今後の運営に完ぺきを期せられるように強く要望しておきたいと思う。 それから次は、不利益処分の問題についてお伺いをいたしたいのでありまするが、現在の不服申し立て制度では職権審理がたてまえとされておる。したがって、審査庁は、不服申し立て人が主張しないところの問題についてもこれを審理することができ、不服申し立て人の提起しない証拠も取り調べることができる、こういうぐあいに現在の制度は理解されますが、今度の改正ではこれはどうなんですか、まずこの点からお伺いをいたしたい。
○細見政府委員 法律のたてまえといたしましては、職権によって審査官に調査権が与えられ、調査をいたして決定するということになっておりますから、その意味では、審判官が適正な所得を発見するために必要だと思われる限りにおいて調査ができるたてまえになっております。
○春日委員 そこで、そのようなたてまえと、この第八十三条第三項で、最後に、「ただし、異議申立人の不利益に当該処分を変更することはできない。」とありますが、この関係はどうなりますか。
○細見政府委員 その所得の存在あるいは大小を争うものにつきましては、棄却あるいは却下というような、主として内容に至ったものは棄却あるいは審査請求の容認という形になるわけでありまして、ここにあげております不利益処分というのは、そういう処分の内容としての不利益ではなくて、たとえば徴収猶予を六カ月申請しておった者について、それを三カ月にするとかいうような、そういう意味での不利益処分でありまして、所得の大小、それが納税者の利益不利益になるという意味においては、それは裁決の内容ということになるわけであります。
○春日委員 それではもう少しはっきりと聞きますが、増額更正決定をすることができますか。
○吉國(二)政府委員 審判所としては増額更正はできません。つまり審判所のでき得る処分というのは、原処分の全部または一部の取り消し、また請求の棄却及び却下でございますから、新しい決定は一切できないということになります。 ただいま申しました不利益に変更することはできないというのは二重のように見えますけれども、この不利益変更については、いわゆる所得の課税標準の異議以外に各種申請等の異議がありますから、その申請が出た場合に、たとえばいま申しました徴収猶予を六カ月やってくれというのを原処分庁は三カ月でやってくれ——審査してみたところが徴収猶予の必要はないといっても三カ月以下にしてしまうわけにはいかないということでございます。
○春日委員 そうすると、常識で考えて、不服申請人は自分の有利な材料を提供しますわな。すなわち、自分の申し立てを立証するに必要なもの、書類の提示またはそのような口頭申し立てをするでしょう。ところがその限界の外、そのワクの外の主張しない理由における審査、あるいは不服申し立て人が提出しない証拠についての調査、そういう調査ができるということの法意は、そのねらいが一体どこにあるのですか。
○細見政府委員 もう釈迦に説法ですが、税の裁判なりあるいは税の審査請求というものは、税法のもとにおきまする適正に計算された所得が幾らであるかというのが、これが国民として納税の義務があり、また国家として徴収できる税金であるわけでございます。したがいまして、税におきまする真正な権利の救済というのは適正な所得を見出すということにあるわけでありまして、そのための調査、これが職権主義といわれておるものでございますが、裁判におきましても総額を幾ら幾らというふうに決定する、そのために審査の段階で申し出ておったものであろうとなかろうと、最後の口頭弁論まで書類の、証拠の提出ができるという裁判の慣例あるいは行政審査の慣例というようなものは、やはり総額主義と申しますか、租税債務が全体として幾らあったかということ、それが正しいものであることが納税者の権利救済であり、正しい税額である限り、国民としては納税の義務があるというふうに観念いたしておるからだと思います。
○春日委員 現実の問題として、そのような解釈としてこういうふうに観念しておるとかという問題は、ただ単に観念しておるだけで、一体その執行の実行面はどうなっておるんですか。たとえば現在の協議団の制度では増額更正をしたようなことはあるのかないのか、あるいは調査の過程において脱税を発見したる場合は、徴税当局にその問題を移行するとかいうような事例はあったのかなかったのか、この点について御答弁願いたい。
○吉國(二)政府委員 現在の裁決もやはり同じように棄却、却下、一部取り消し、全部取り消しだけに限られておりますが、増額更正ということは協議団を通じても行ない得ないということになっております。主として協議団が、非常な脱税、隠れた脱税を発見したる場合にどうするかという問題、これはなかなかむずかしい問題でございますが、やはりこれはすべて常識にかかると思います。軽微なものを一々洗い立ててするのがはたして権利救済として妥当かどうかという常識論もあろうかと思います。実際の協議団の運営におきましては、できるだけ当事者の申し立てを中心に審理をするという態度を深めてまいっております。結局、真実の所得とは申しましても、その真実の所得というものは相対的なものである、いわば神さま以外は一つの手続で確定するよりほかないわけであります。その場合に確定するにあたっても、材料をどこにしぼるかというやり方——当事者の主張にできるだけしぼるというやり方でやっていくというやり方も、これは権利救済としては十分考え得るやり方であります。そういう意味では、現在できるだけ当事者の主張のできる範囲で審理をしていくという態度をとっております。それが基礎概念ではない。しかし今後の運営においてもその考え方は踏襲さるべきであるという考え方で進んでおります。
○春日委員 従来のものでは足らない、足らない一面は何か、すなわち権利救済という面が足らない。足らないということを足るようにするためには、従来の職権主義ですね、このあり方ではその足りない分を補完することはできない、このような理解の上に立ってこのような法の改正がなされる。したがって改正の法意は、結局はその職権主義から当事者主義的な方向へ持っていかなければならぬ、こういうところにあるわけですから、結局その目的を達するためには手段はそれ一つしかないんですね。いままでの職権主義では、そういうことはやらないで来た。しかしやらない歯どめは何であったかというと、それは行政の裁量権というか、単なる常識といま長官は言われたけれども、その程度のものですね、歯どめとしては。法律的な根拠はなかったわけですよ。ところが今度もない。今度もないということになりますと、特にこの制度が新しく改正されるその改正の法意というものに対する担保というものがここにないわけですわな。ただ一つ、その担保になりそうなものは、あす付せられようとする附帯決議にしかすぎないものである。こういうものですから、この点については納税者の権利救済の面をいよいよ重視するならば、とにもかくにもその不利益処分にわたるようなことのないよう、職権調査の限界においても、本人が望まないような書類の提示を求めるとか、あるいは関係取引先を職権によってどんどん調査するとかというようなことのないように配慮せられるべきものであると思うが、この点について大島候補者の御見解、抱負はいかがですか。
○大島説明員 私、審議官といたしまして、大臣から不服制度についての検討を命ぜられておりますので、その立場において御返事いたします。 ただいま御質問の点は、毎々長官から申し上げておりますように、争点主義ということが法律上は明記されておりませんけれども、今後の運営にあたりましては、もっぱら争点主義に近いような態度で運営をやっていくということが適正ではないかというふうに考えております。なお、法律上明定はされていないのでありますけれども、何と申しますか、従来と違います点は、答弁書の提出が強制されているという点におきまして、その意味では当事者主義に一歩近づいているということが言える、そこは一つの大きな改造点ではないかというように考えております。
○春日委員 不利益な調査あるいは本人に不利益な資料の提出、こういうものは求めないように行政指導があってしかるべきだと思うが、その点はよろしいか。中川君、一ぺんやってみよ。
○中川政府委員 前々からこの問題は相当議論をされておるようであります。法律上のたてまえからいくと、その人の所得が妥当であったかどうかということに重点が置かれておるようでありますけれども、実行面では、いま審議官が答弁しましたように争点主義、問題となった個所だけに限る、それでそれ以外のことについて調査をしたり意地悪なことはやらないということが原則のようでございます。ただし、それじゃ全くやらぬのかというと、やっている過程において重大な脱税があったときに、これを見のがすということも、役人としてあるいは日本人として許されるものではないという程度であります。決してその過程において、それ以外のものをつとめてさがすということはやらぬということは、ずっと答弁の中から聞いておりましてうかがえるところであり、そうなるであろうことを信じております。また附帯決議にもその趣旨がございますので、これは大蔵当局としても、この附帯決議を末端にまで熟知してやるという、おそらく前の大臣答弁もございますが、今度附帯決議ができましたならばそういった趣旨でやっていきたい、このように思っております。
○春日委員 これは副大臣、貴殿はちょっと大蔵省にアルバイトに行っておられるが、実際問題として、次官が済めばわれわれと一緒にすわらなければならぬ。これは重要な問題なんですよ。官僚対国民、こういう立場で問題の判断を述べてもらわなければ、国会を代表して君を政務次官として大蔵省へ送り込んでいることの意味がなくなってしまうですね。だから私は申し上げるんだけれども、とにかく当事者主義という考え方と職権主義という考え方では、一分八間に非常に開いてくるんですよ。そういうものが職権を行使して銀行を調べる、取引先を調べる、あの資料を出せ、この資料を出せというようなことを言い出したら、これは結局、やぶをつついてへビが出てくるというようなことにおそれをなして、ほんとうに権利救済の機能というものは果たすことは実際できなくなるんだ。それはぼくだって日通事件なんかも知っていますよ。知っておる。聞けばなおさらびっくりするようなことばかり。けれども、われわれはそんなことばかり論じておるわけではないのですよ。ただ職権行使の過程において行政裁量権を行使して、と言うたところで常識ということになる。たいしたことと言うたところで、そのたいしたという額はどれだけか。三億円の査定額のものに一千万円はたいしたものじゃないかもしれないが、百万円の課税額に対して一千万円と言うたら、これはまたたいしたことになってくるんだ。そういうこと、だから、原則というもの、たてまえというもの、これは非常に重大な問題なんです。すなわち、職権主義というものとそれから当事者主義というものの分かれ目は、これはこの国税不服審判所の性格それ自体の分かれ目になってくるんですよ。そういう意味で、不利益処分はしない。しないのであるならば、そのようなおそれのあるような職権調査は、これは厳然として、たてまえとしてこれを差し控える、こういうぐあいに指導していく、こういう御答弁があってしかるべきであって、常識上考えて、巨大なものを発見したら、それを見のがすなんて、実際問題の話が、少なくとも国会議員がたわけたことを言うはずがない。やはり公正でなければならない。われわれは正義の味方月光仮面、そんなようなものだ。そういう意味でこの問題については厳然として、すなわち事件主義、事案主義、当事者主義、こういう方向へ脱皮すべきである。そういう方向でこの運営の完ぺきを期し、その法意をぜひとも生かしていく、こういうぐあいに御努力願いたいと思うが、中川政務次官の御意見を伺っておきたい。
○中川政府委員 春日委員の御説、まことにごもっともだと思います。私もアルバイトの最中で、やがてあと何カ月か後にはそちらに回る身でもありまして、いついつまでの責任は持てないといたしましても、この答弁を通じて争点主義に徹底すべきものであるということだけははっきり申し上げて、「厳然」ということばで春日委員の御要求がありましたが、そういった気持ちでこの法案を取り扱っていくようにいたしたいというふうに思っております。
○春日委員 申し上げておきますが、いずれ明日この附帯決議が議題として上程されるでございましょうが、便宜上ここに朗読をしてその趣意を明らかにしておきたいと思う。 それは、貴殿のほうの党も賛成されて、ここには「厳然」とは書いてないが「厳」と書いてある。「厳に銘記の上、納税者の正当な権利救済の実現に努めること。」こういうぐあいに書いてある。まあ「然」の字がないのはなんだけれども、ないほうが強い。したがって、担保になるものは、いまの質疑応答の経過に徴しても明らかでない。ただ担保になるものはこの附帯決議の第二項第二段、これ一つしかない。したがって、この附帯決議をよくひとつ法律の施行にあたってはあやまちなきを期せられるよう強く注意を喚起いたしておきます。 最後は、白色申告者に対する更正の理由付記の問題についてお伺いをいたしておきたいと思う。 青色申告については、更正する場合はその更正通知書に更正理由を付記せなければならぬが、白色申告にはその必要がない。これは法人税法、所得税法ですか、こういう定めがある。このため、せっかく不服申し立て制度についてここに改善措置が講ぜられようといたしておるが、しかし白色申告者は更正処分を受けた場合、どういう理由でこの更正を受けたのか、なぜ否認されたのかわからぬ。したがって、不服申し立てをしようと思っても、このよりどころがないというか、手がかりがないというか、はたと困るではないか。このような状態では不服申し立て制度が生きて働かないことになる。国民は法律の前に平等である。したがって、青色であろうと白色であろうと、この国税不服審判所のウェーバーを同じように均てんして受けられるようにこれは何らかの措置をとらなければならぬと思うのです。したがって、私は、今度この法の改正ができたということは、新事態がここに発生した、新しい国家機関がここに設置されて、国民はひとしくこの不服審判所に不服の申し立てをすることができるような状態になってきた。ところが白色申告者については、不服申し立てをしようと思っても、その更正決定かあるいは否認がどういう理由だということがわからぬ。税務署が更正決定書をぽんと郵便でよこすだけで何にも書いてないから、それでどの点にどういう不服があるのか書こうと思っても書けないじゃないか。だから、私は、この際これはその所得税法か法人税法を改正することができなければ、何らかの附帯決議でこの白色申告に対しても、更正を行なわんとするときはその理由を付記することができるような措置をとる必要があると思う。この点はどうでございますか。
○細見政府委員 御承知のように、青色申告につきまして更正するときには、青色申告というのは原則として正確な記帳をしてもらい、その記帳によって正確な税額が計算できるということでできておる帳簿、それを記帳しておる納税者について否認、更正の決定、つまりその人の税額と違う税額を決定しようというわけでございますから、青色申告については特に更正の理由を記載するようになっておる。ところが、白色申告者の場合でありますと、帳簿その他が不備であり、また白色の中には、たとえば外人のような人もあるわけでありまして、およそのことは推定がつくにしても、かくかくということはなかなか決定しにくいというのが実情でございます。そういう意味で、白色申告者に全部その更正の理由を付記するということは、言うべくしてなかなか困難なことでありまして、白色申告者の実際の更正にあたって——これはむしろ長官からお答えするのが筋かと思いますが、たとえば個人の場合でありますと、納税の相談その他に行っていただくわけでありまして、どこが見解の食い違いかというのは、先ほど来の先生のお話しのように、まさに口頭による話し合いがるる行なわれておるかと思いますので、そういうことによって、納税者のほうもおよそどういうことが更正されたかということはわかるのが実情ではないか、かように思っております。
○春日委員 長官の答弁、あわせてお願いしますす。
○吉國(二)政府委員 ただいま主税局長から申しましたように、白色申告者の場合はみずからの所得を計算する基礎がないわけです。帳簿がつけてない。したがって、法律としてはその場合にほっておくわけにはいかない。生活状態その他の客観的事実から推計課税をすることができるということになっておるわけです。したがいまして、納税者としてはその推計課税に不服を申し立てる。その場合に異議申し立てを裁決するというときには、異議申し立てとして十分な調査をいたしまして、その原処分が実はこういうことであったのであるということで、審査請求の可能なように理由を付記するというのが今回の法案の一歩前進したゆえんであると思います。現在の青色申告の理由付記というのは世界でもない例で、日本で一番進んだ制度をとったわけですが、記帳の代償としての保証、これを無限に広げるというのはいまの段階では早いと私は思いますし、また実際問題といたしましては、私どもは調査をした場合には納税者の納得し得るように、納税者が理解し得るように、できるだけ説明をするということを励行するように言っております。具体的な付記という形ではなくて、納税者がみずからの所得について明確な認識を持つような指導をするということには今後もつとめてまいりたいと思います。それらのことがだんだんと十分に行なわれるようになれば、将来白色申告のほうも、青色並みの帳簿でなくても、ある程度帳簿をそろえることも可能になりましょうし、理由付記も実際に行なうことが可能になる段階が来ると思います。そういう意味で、いまの段階では不服審査の段階において理由付記を行なうということが一番現実的である、かように考えておるわけでございます。
○春日委員 これは御両所とも徴税法規の原点というものを忘れてしまわれておるきらいがなしとはいえない。というのはシャウプ税制勧告で改められた主要なポイントは、これはそれまでは賦課徴収制度でしたよ。国家が、君の所得はこれこれだというその賦課徴収制度であった。ところが徴税行政の民主化をはからなければならぬというシャウプ勧告に基づいて申告納税制度に改められたわけです。納税者の主権というものを大幅に認める、認めるためにはやはりそこに論拠がなければならぬ。論拠を特に保証するために記帳する必要があろう。だから記帳を奨励するためには青色の特権というものがそこに新しく設定されてきたというんですね。したがって、徴税行政の原点というものは、結局は、国民が、わしの所得はこれこれだというて自主的に申告する、ここにあるのですよ。だからそれがうそかほんとうか、そのことは本人の責任において処理されるものであって、それがうそだと徴税当局でわかる、国家がそれをうそだというときには、その理由を付さなければならぬ、こういうことで、青色申告に対する更正決定についてはその理由を付記するという条文が設定された。これはたしか昭和二十九年ころだったと思うけれども、吉國さんは知っておると思うが、私と、いまはなき池田勇人とのやりとりで、当時お知らせ制度があった、このことは、シャウプ勧告の原理に基づけば、あなたの所得はこれこれですというて、その所得額を本人の申告の前にこれを通達するがごときは、これは徴税法規、すなわち申告納税制度そのものに背反するやり方である、こういうやりとりをして、そして三月十五日の直前だったけれども、電報で、そういう制度を廃止せよということをやったことをあなたは覚えておられると思うが、覚えておられますか、どうです。全然知らぬかな。
○吉國(二)政府委員 当時私は所得税に関与しておりませんでしたので、そういう経緯を具体的には存じておりませんが、お知らせ制度を廃止したのが昭和三十年のちょっとあとだったかと思いますが、おそらくそういう事情があったものと存ずるわけであります。
○春日委員 勉強不足もおびただしいものだと思うのですよ。それは本議員と池田勇人君との間に約三時間くらい渡り合って、シャウプ税制の原点に立って批判をし、これは法律違反である、法律違反の執行をすることはよくないというて、お知らせ制度を廃止した、これは記録を見ればはっきりいたしておる。その点から、本日のこの白色申告を判断すると、その人の申告が間違っておるかどうかを疑うこと自体がけしからぬ。少なくとも国家の主権者というものは実際たいしたものですよ。旧憲法における国家の主権者は、明治天皇、大正天皇、今上天皇と三人しかいらっしゃらなかった。ところが現在の憲法のもとでは、今上天皇陛下の次に、吉國君とか細見君とかいうような諸君をも交えて、われわれ国民が全部主権者になってきておるんですよ。そのような主権者が自分の申告する額を、でたらめを申告すると思うか。上御一人に匹敵する地位にある国民が、その申告額がでたらめだといって白目で見るがごときは言語道断だ。言うならば不敬罪に触れる。理論はそういうことだ。だから私は、そのような主権者が申告されたものに対して、それはあなた間違っておるというときには、これこれの理由で間違っておりますと、こういう理由を付するのが国家として主権者に対する当然の奉仕の行為ではないか。まるで国民を手の下の罪人のごとくに思っておる。国民を見れば脱税者だと思っておる。けしからぬ。その税金で君らは何となくゆったりしておるようだけれども……。だから私が言うのは、白色申告の諸君がとにかくこの国税不服審判所によって救済を求めようと思っても、理由が書いてなければ、どういうてその不服——ただ漫然と口で言えばいいのですか。 それからもう一つは、いま長官の答弁に、帳簿かないからということを言っていたけれども、白色申告の中にはことごとく帳簿がないとは断じがたい。ぼくたちは徴税行政に通暁しておるから多くの場合がわかる。たとえば青色申告を取り消された諸君ですね、それはもう帳簿がある。ずっと十年間帳簿をやってきて、取り消しやがった。そうすると白色申告に戻らなければならぬ。帳簿はあるけれども、更正決定には理由がない。申し立てようと思えば理由は幾らでも書ける。また徴税当局もそういうものに対して更正決定しようと思えば理由は幾らでも書ける。書けるものを書かぬとは何ごとか。書かないことによって国民が審判所の救済を的確、迅速に求めることができなくなる。だから、私は、少なくとも理由の書ける場合、そういうものは更正決定の場合に書き得るように措置すべきだと思うが、どうか。
○吉國(二)政府委員 ただいま申告納税について深遠なお話でございましたが、まさに国民は主権者でございますが、国民が主権を持つのは総体として持っておるわけで、個々の国民が個々に持っておるわけではない。したがいまして、全体としての国民は主権者として法律を制定し、その法律によって納税義務を課しておるわけです。
○春日委員 ぼくば主権ないですか。それじゃ何で代議士になってきたか。
○吉國(二)政府委員 お一人ではどうも、法律決定の権限はおありにならない。
○春日委員 ないけれども、それじゃどうしてこういう審議をしておるのか。
○吉國(二)政府委員 総体として集まって……。
○春日委員 基本的人権は国民に淵源するのだ。
○吉國(二)政府委員 それは別といたしまして、シャウプ改正の考え方というのは仰せのとおりだと思いますが、御承知のように、英米法におきましては、いわゆる挙証責任は納税者にあるという態度が一貫してとられております。したがいまして、納税者が申告をするときには所得の内容について証明をしなければならぬ。したがって、青色申告の制度をつくりましたときの思想は、青色申告において、帳簿によって明らかな証明があり、その証明に対して文句をつけるならば必ず理由を付せよ、これがシャウプ思想であったと思います。英米法の考え方はまさにそうなっておる。したがいまして、英米法においては、更正決定をやった場合に理由を付しておるわけです。これに対しては納税者がみずからの所得を証明して争うべきだというたてまえでございます。私は必ずしもそこまで強くは考えておりません。白色申告者といえども、おっしゃるとおり帳簿がないわけではないと思うのです。そこで、積極的に所得の証明をするということは可能であると考えるわけです。そこの証明が行なわれないという段階では、青色申告との区別がないということは、制度としては不均衡である。したがって、異議申し立てをしてきた際には、これらについてはっきりしたその異議申し立てを前提としながら理由を付記しようというのが今度の考え方でございます。したがいまして、私といたしましては、実際問題として、春日先生がおっしゃるような帳簿があり、所得証明のできる納税者に対して更正をする場合には、税務署も必ず、あなたの帳簿はここが間違っておるじゃないかということを言ってやっておるはずだと思う。そういう意味で、事実上そういう慣行をできるだけつくっていくということは非常にけっこうだと思いますし、私どもいまやらしております。理由の付記を制度として直ちに白色申告にとり入れるのは時期尚早である。むしろ、国税不服審査のこの段階で一つの前進をするのがちょうどいいところではなかろうかというのが私どもの考え方でございます。
○春日委員 かねがね申し上げておるように、財産権というものはすなわち命の次ですね。それに向かって国家がいろいろの賦課徴収をはかっていくという場合は、生命に対する安全保護と同じように、財産権に対する保護が完ぺきを期せられてしかるべきであると私は思う。そこで、本人が自主的に申告をする、それが間違っておるという更正決定を行なうにあたっては、税務署、国家にはそれだけの根処があるわけだ。たとえばその推計もできるし、その他法人税、所得税でいろいろ権限が国家に付与されておるわけだ。当然の責務を課しておるわけなんですよ。その理由を更正決定のときに書くことがなぜ不可能ですか。書こうと思えば書けるものを書かざる理由は何ですか。特にその積極的な理由をお示し願いたい。
○吉國(二)政府委員 これは春日先生が言われたとおりでありまして、青色申告というもので帳簿、記録を明らかにしたものは、それを理由なしに更正できないという制度をとっておるというところに、理由付記の原因があるわけです。本来ならば理由付記というのは考えられていなかった。申告納税制度も昭和二十二年に実施されております。それを改善する道として、シャウプが来て、青色申告制度を設けたわけでございます。
○春日委員 それでは、さらに砕いて言うならば、理由が付してもらいたかったら青色申告になれということなのか。
○吉國(二)政府委員 たいへんぶしつけに申しますと、さようなことになるわけでございます。
○春日委員 青色申告を普及する手段としてそのような制度を設定するということは、言うならば、これはしゃくしであてがうというようなやり方なんで、まま子いじめのようなやり方なんですよ。国民は法律の前に平等なんだから、現在制度として白色申告制度か認められておる。好ましくない制度であるならば廃止すべきである。全部青色申告の条件はこれこれこういうふうにとなすべきである。ところが税法上白色申告が認められておるのですよ。しかも、ただいま私が申し上げたように、国家権力を行使するにあたっては、それぞれの根拠がなければならぬ。その法律の根拠もある。だからそれを書けばいいのだ。書けばいいが、書いてやらないぞ、書いてもらいたかったら青色申告になれというだけのことなんだ。青色を普及する手段として、国民の基本的人権をかくのごとくに大幅に侵害するというこの法の設定のあり方、制度のあり方、こういうものは正しいと思われるか。いかがですか。これはすみやかに改正を必要とすると思う。すなわち、一方において法人税法、所得税法を改正して、白色申告に対してもその更正の理由を付記しなければならない、こういうぐあいに改めるか、それとも白色申告そのものを全面的に廃止してしまうか、何らかの措置をとって——制度として認められておるその制度を活用しておる国民に対して、そのような差別的待遇を与えるということは、その法そのものの立て方が、国民は法律の前に平等の原則というものを逸脱しておる立法であると思う。まさに違憲立法と断ずべきものだ。いかがですか。
○吉國(二)政府委員 法律は白色申告と青色申告と二種類の申告を認めておるという制度ではないのでございます。申告のうちに特別な努力を行ない、特別な制度を自分で設けた者が青色で出し得るときめておるわけです。青色を出し得た者に対してはこれだけの措置がとられるという構成でございますから、何ら違憲ではないということになろうかと思います。
○春日委員 ならば、ますます問題はだめになってくる。ということは、基本的なあり方というものは白色でいいのだ。特別にそういうようなことをやった者についてはこうだああだ、こういうことになっておる。ならば、基本は白色なんですよ。所得のある者は課税するのだから、自分の所得がこれこれだといって自主的に申告すれば、それで法律はよろしい。それがいかぬ、それが間違っておるというならば、その理由を付して、本人に、これは違うのだという更正決定をする。何をためらうか。どこが不合理であるか。国家が、国民の基本的人権として自主的に申告する申告納税制度——現在の制度は申告納税制度でしょう。賦課徴収であってはならぬのでしょう。昔は代官、庄屋が百姓、町人に対して、おまえ税金をこれこれと賦課徴収してきた。そのポリシーが踏襲されて、官僚国家においてそういうようなやり方がなされてきたが、戦後日本が民主国家に脱皮するにあたっては、まず財産権に関するこの徴税行政を申告納税制度に改めなければならぬと、あのような換骨奪胎的な大改正が行なわれたわけですね。だから、白色申告そのものがオーソドックスなやり方なんですよ。ところが、特別な恩恵を受けようと思うときには、というようなことになってきておるのだけれども、しかし、その法の立て方自体がおかしい。自分で自主的に申告したものの、その自主性を国家の権力によって変えようとするときには、やはりその理由を明示することはあたりまえじゃないですか。たとえば裁判、この間判例があった。一週間ばかり前に、別件逮捕は違憲である、こういうことでしたよ。拘束するについては、検束するについては、その理由が明示されなければならぬ。そういうような点からいえば、財産権に対して、本人の申告を間違ったものであると断定して国家権力を行使しようとするときに、その理由を付することは当然のことじゃないか。そんなことがなされていないということ自体がおかしいではないか。この点は研究を要すべき問題だと思うが、どうですか。研究を要する問題ではないかと思う。実際問題として、ここで論じて、君のほうがノーだと言えば、これはまたそれで終わってしまう。法律家として前国務大臣もここへ来ておるが、これは実際憲法の原点に立って、徴税行政のシャウプ勧告をもう一ぺん洗い直して、そうしていろいろ判断をし、今度新しい事態が、この国税不服審判所設置によってこういう客体があらわれてくるんだから、この機会に、その間違ったところを、これを是正していくということは意義があろうし、この国会でできなければ、次の国会の懸案として検討することも有意義であろう。私の意見が間違っておれば、その理由で私が納得すればそれでいいのだから。政策マンや法律家が検討されて的確な結論を出すということは国益に合致すると思うし、またこのような委員会にはそのような責務が課されていると思う。願わくは、この問題については、委員長の配慮で十分政策上のあるいはまた法令上、法理上の検討が加えられるよう適切な措置をとられることを要望いたします。
○毛利委員長 御趣旨のこと、善処すべく検討します。
○春日委員 それでは、いろいろと問題点がございますけれども、相当時間を経過いたしました。いろいろな問題点については、明日、附帯決議その他において十分趣旨がくみ取られることを強く期待いたしまして、私の質問を終わります。
○毛利委員長 これにて本案に対する質疑は終了いたします。 次回は、明四日水曜日、午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十四分散会