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63回国会衆議院1970/02/19

大蔵委員会 第2号

発言数
98
登壇者
7
会派数
5
開催日
1970/02/19

会議録

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 これより会議を開きます。  国の会計、税制及び金融に関する件について調査を進めます。  この際、財政、金融の基本施策について、大蔵大臣より説明を求めます。福田大蔵大臣。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 先般、一月十四日の第三次佐藤内閣の成立にあたりまして、私が引き続いて大蔵大臣に任命されたわけであります。また今後とも御鞭撻のほどをお願いいたします。  私の財政、経済に関する考え方につきましては、この間の財政演説におきましてとくと申しあげたわけでございますが、お手もとに私の書きましたものをお配りいたしてあります。それはそれとしてごらんを願いますが、私がいま一番心配をしており、また私の脳中を去来しておる最大の問題は、景気の持続的成長という問題なのです。  つまり、今日の経済の成長、これを見ておりますと、まことに雄大なものではありまするけれども、どうもその勢いが高きに過ぎる、こういうふうに考えておるわけであります。ことに六〇年代は、年率におきまして一一%成長という驚異的なレコードでありますが、その後半、特に四十一年から四十四年、この四年間におきましては一三%前後という成長をなし遂げておるわけであります。私は実はこれを問題にいたしておるのであります。こういうことはすばらしいことには違いありません。つまり、それだけの成長をいたしましても国際収支の面におきまして微動だもしない、これは戦後のわが日本経済におきまして非常に珍しい一つの大きな成果であるというふうには考えまするけれども、さて、この状況をいつまで続けていくことができるかということを考えますると、いろいろ心配になる要因があるわけであります。どうしても物価の問題の処置が、この成長の高さでは非常に困難になってくるという問題があるわけであります。どこの国でも経済の成長を制約する要因の第一は国際収支であります。国際収支の問題はまずまず心配はないというふうに見ておりますが、第二の制約要件である物価の問題、この問題を考えてみまするときに、現在引き続いて毎年四%、またはさらには五%を上回るような物価の上昇が続いておる。これを放置しておきますると経済の根幹をゆすぶるような事態になりかねない。これはどうしてもいろいろの手段を講じなければならぬけれども、この成長の速度ということが基本的課題になってくるだろうと思います。  それと関連を持ちながら、労働の需給という問題が大きな制約要件となりつつあるというふうに見るのであります。七〇年代の世界先進国を見ますると、共通の課題として労働の需給逼迫という問題があります。この労働の逼迫下において成長をいかになし遂げるか、これが先進各国共通の経済最大課題であるというふうに見るのでありますが、その間におきまして、わが国は、他の先進諸国に比べますとかなり優位な体制にあると、こういうふうに見ております。あるいはアメリカにおきましても、あるいはドイツにおきましても、あるいはイギリスにおきましても、いわゆる完全雇用下である。それらの国々に比べますと、わが国におきましては、まだまだ休眠労働力を大量にかかえておる経済体制であるというふうに見ておるのであります。あるいはいま農村問題が問題とされておりまするが、そこにもまだ休眠した労働力はあると見なければなりません。あるいは町にも多数の休眠労働力がある。あるいは婦人労働力、これの活用につきましても、まだまだ外国と趣を異にしておる状態であり、さらに高年齢労働力、そこにも開発の余地がかなり残されている、こういうふうに見るのであります。それらのことを考えまするときに、私は、他の先進諸国と比べますると、本質的にはわが国の労働需給はかなり優位に立っておるというふうに考えるのでありますが、しかし、その労働力の流動化、この施策が進められなければなりませんけれども、その施策のテンポを越えましてわが国の経済成長が発展するということになりますると、そこにわが国におきましても、他の先進諸国と同様な、あるいはそれ以上の労働需給の緊迫化ということが起こってこないと保証できないのであります。そういうことを考えますると、もしこの経済の成長が労働流動化対策に先行して進むということになりますると、そこに労働需給の均衡が失せられまして、金の高騰となる。賃金の高騰が実質的な意味合いでなくて、それは物価の高騰につながる、こういうことになり、さらにはそれがまた賃金の高騰というふうにつながり、そこに悪循環という問題が起こる可能性を多分に含んでおる。  さらにまた私が問題としているのは、資源上の制約であります。わが国におきましては国内に資源が乏しい。どうしても、この雄大な日本経済を経営する上におきましては、資源を海外に求めなければなりませんけれども、あまりに日本の資源需要が多いものですから、海外での供給、そういうもの、また海外での資源開発というもの、そういう対応体制というものが間に合わない。そこでわが国の、たとえば今日非鉄金属が非常に高騰いたしております。それらはそういう資源的な隘路からきておるというふうに見ておるのでありますが、そういう問題。あるいはこのいまの速度の成長でいきますると、五年半で日本の総生産は倍になりますが、しかし、それを一体輸送することさえもできますかどうかということを考えますると、輸送能力はとても五年半で二倍にはならないのであります。  そういうことを総合的に考えまするときに、たいへんな問題が日本経済の前途には横たわっておりまするけれども、いま設備投資はもう非常な勢いで進んでおる。そして五年半で日本の経済の生産を倍にする勢いで進んでおる。進んでおりますけれども、それはそれらの隘路にはばまれて、これを達成することはとうていできるはずがないのであります。五年半を待たずして、一、二年あるいは二、三年にして日本経済は大きな壁にぶつかる。ぶつかって鼻血を出すくらいではない。これは脳天をぶち割るような事態におちいる。そういうことを考えまするときに、私は何とかしていまの経済の成長の高さを押えたい。つまり総需要、これを押える政策を、いまの金融財政政策の主軸にしなければならない、そういうふうにいま考えているわけであります。  当面の経済情勢の動きを見てみましても、日本銀行の銀行券の発行、これは昨年の初めごろは一七%、前年度に対してふえるという状態でありましたが、だんだんと高まってまいりまして、暮れから二〇%もふえるというような状態になってきている。その趨勢が今日ずっと続いているというような状態であります。あるいは卸売り物価の状態を見ましても、これは楽観を許さないものがありますことは皆さんも御承知のとおりであります。  そういうようなことを考えながら、九月から金融調整政策をとっておるのであります。金融調整政策の浸透状況を見ておりますと、金詰まり、つまり金融機関の手元におきましては資金が非常に逼迫している状態になってきております。もちろん、これは業種別に見ますと、大企業の逼迫感、これはかなり強いものがあります。また地域的に見ますと、大都市における逼迫感、これが特に強くなってきておるような状態で、まだ全国普遍的という状態ではありませんけれども、しかし金詰まりという様相は、今年になりましてから一段と高まってきておるのであります。そういう状態ではありまするけれども、これに対しまして企業側の反応はどうかというと、これはまだまだ設備投資はスローダウンされているというような状態ではない。そういうようなことで、私は経済界、特に産業界に対しましては、この成長のテンポに対しましては高過ぎる、これに順応する体制を期待し、自主的に設備投資のスローダウン等が行なわれることを期待して話し合いをいたしているわけでございますけれども、まだ的確な実績をあげるに至っておらないのであります。  そういう間におきまする財政の運営は特に慎重にしなければならないというふうに考えるのが私の基本的な姿勢でございましたが、そこで予算の編成というものがあります。予算編成にあたりましては、社会資本の充実、これも非常に急がれている問題であります。あるいは社会保障、これについても、これを要望する国民の声も多い。あるいは農村の転換のための対策、これも金が非常に多くかかる問題であります。特に地方交付税、交付金、これがかなりかかる。そういうようなことから、財政の規模としては、昭和四十四年度の伸び率に比べますと、これを上回る伸び率を示す予算とは相なりましたけれども、ただいま申し上げましたような慎重な財政金融運営ということを考えながら、その内容面におきましてはできる限りの配慮を加えているつもりでございます。つまり景気を刺激しないような財政、そういう見地から法人税の税率の引き上げを行ないますとか、あるいは、いろいろな需要の強いつながりはございますけれども、準備公債の発行額を抑制いたしますとか、できる限りの配意をいたしたつもりであります。  ただ、その中におきまして一つ、そういう考え方と必ずしも相いれない施策と申しますか、所得税の減税を行なうことにいたしたことであります。私もずいぶんこの問題は、どういうふうにしようかということを考えてみたのであります。所得税減税によって購買力を解放する、それがはたしてこの時点においていい施策であるかどうかということを考えてみたのでありますけれども、これは多年のいきさつもあります。また税制調査会の答申もあります。またサラリーマンを中心として勤労者からの強い要請もある。これはまた別個の高度の政治判断としてこれを断行しなければならないかというふうに考えまして、所得税減税だけはただいま申し上げましたような考えと別個の考えでこれを行なうということにいたした次第でございます。  私がいま申し上げましたような考え方が経済界の協力を得て、私の考えのようにここでスローダウンという線が出てまいりますれば、わが国の経済は、国際収支の均衡、好調を維持しながら、さらにさらに前進することができる。しかしその前進の過程において、考え方を大きくここできめておかなければならぬ問題が二つある。これは財政演説においても申し上げたところでございます。  一つは、何としても六〇年代のこの成果を考えてみますると、それはなるほど日本の国の内外にわたって大きな影響を及ぼす成長、発展でございましたが、あるいは公害の問題でありますとか、あるいは過密過疎現象でありますとか、あるいは社会資本の立ちおくれの問題でありますとか、あるいは老人問題でありますとか、あるいは特に物価の問題でありますとか、いろいろの問題がここに提起されておる。七〇年代、今後におきまして、私は成長の成果を踏んまえてそれらの問題を解決しなければならぬ。またそういうなだらかな、また適度な成長の中でそれらの問題を解決していかなければならぬ。また、それらの諸問題を解決するためにも、この成長の速度が適正でなければならぬというふうに考えておるのであります。私が財政演説におきまして、量的成長の六〇年代から質的成長の七〇年代を目ざすのだというふうに申し上げましたが、そのような気持ちを表明しておるわけであります。これは私の気持ちばかりじゃない。政府の姿勢であります。  同時に、七〇年代におきましては国際化というものが非常に進むであろう。その進む国際化の中において、わが国の姿勢をどういうふうにとらえていくか。これもまた一つ大きな問題であろうと思います。わが国は六〇年代の経済の発展を基礎にいたしまして、対外経済協力というような施策を進めることになりました。今後これをやはり進めていくべきだと思います。戦後の五等国、六等国といわれるような日本ならばともかく、わが国はいまやGNPにおきましては世界第二の生産をあげるような国になってきたという立場に立ちまして、日本の国のことだけを考えてみましても、もうわが国だけの繁栄、独自の繁栄ということは許されない、それくらい大きな地位になってきておるのであります。世界とともに繁栄する、世界とともに平和である、こういう姿勢が必要になってきておるというふうに思うのです。そういう意味において、わが国は世界の国々の繁栄、発展に協力したければならない。先進国に対しましては、われわれは、通貨の安定、そういう面におきましてもできる限りの貢献をしなければならないと同時に、また開発途上の国々に対しましては、その政治の、あるいは経済の安定、その前提としての経済協力ということを、わが国の国際社会に対する責任、使命としてこれを行なわなければならないというふうに考えるのであります。  同時に、いま何としても自由化という問題があります。これは世界の大勢であり、また資源の乏しいわが国とすると、この自由化の世界的大勢というのはわが国益にそのままつながってくる問題です。これには困難な国内問題もありまするけれども、できる限り努力をいたしましてこの困難を乗り切り、この自由化の大勢というものに乗り、むしろ積極的にこの施策を進めていくべき時期にきておる、こういうふうに思います。  そういうことを考えながら、内は日本国を、ほんとうに国民一人一人が安定した気持ちでその日その日の生業にいそしみ、また社会連帯感を持ち、情操豊かな国民として社会生活を営み得るような、そういう日本社会を実現し、また外は、日本国は世界の中においてこういう発展をしておる、そういうことが世界の平和、繁栄にも役立っておるのだ、尊敬すべき日本国であるというような、そういう日本国の地位というものを高めていく、そういう日本国の国づくりに、財政は、また金融は貢献をすべき立場にある、かように考えておる次第でございますが、そういうことを踏んまえながら、これから皆さんの御協力のもとに金融財政の運営に遺憾なからしめていきたいというのが私の所信でございます。  ただ、私は、前の大蔵委員会におきまして皆さんから御教示にあずかりまして非常に感謝しておりますが、その皆さんの御教示、またその席で皆さんに検討、実行をお約束したことにつきましては、できる限りの努力をしてまいったつもりです。ただ一つ私が実行できなかった問題がある。それは入場税の軽減であります。これはいろいろな事情がありまして実現できなかったことを私自身遺憾に存じておりますが、今後とも所信を曲げずに努力していくつもりでございますことを最後に申し上げまして、ごあいさつといたします。(拍手)     —————————————

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 これより質疑に入ります。通告がありますので順次これを許します。阿部助哉君。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 大臣の十四日の本会議で行なわれた財政演説、まあ総理大臣心得の気分でたいへん調子高く打ち上げられたようでありますが、これをお伺いしており、いまのお話を聞いておりまして一番強く感じますのは、高度成長を高く謳歌しておられる、そして大企業の高度成長を高く謳歌しておられるけれども、その陰に苦しんでおる労働者、農民、中小企業というものは全く眼中にないのではないかという感じを受けるわけであります。また予算編成にあたりまして、政府が最優先的に扱ったと伝えられております防衛費に関して、これは一言も触れておられない。全くふしぎな財政演説であるという奇異な感じを受けるのは私だけではなかろうと思うのであります。ごく少数の独占資本の立場に立ち、都合のよいことだけを並べまして、そういう点では私は納得のできないものがあるわけであります。本日は数々質問をしたいのでありますが、時間の制約もありまするので、ほんの二、三の点にとどめますが、中心は何といっても、これからこの国会で審議を始めます冒頭でありますので、大臣のこれからの財政に対する政治姿勢といいますか、そういうものについてお伺いをしたいと思うのであります。  その第一点は、経済成長の成果についてであります。大蔵大臣は、この十年間に一人当たり国民所得が四倍に増大した、こうおっしゃっておるのでありますが、これは事実と違うのではないか。生産性本部の資料によりますと、一人当たり雇用者の所得は、三十三年から四十三年の間に三倍になった。そして、消費者物価指数そのものに問題がありますが、この消費者物価指教でデフレートすると、実質は一・六九倍にすぎないのであって、四倍になったのでなくして、六九%の伸びにすぎないではないか。これに対して法人所得はどうか、こう申し上げますと、これは日本経済研究センターの資料等によって見ますると、四十一年から四十五年の年率純利益は二六・九%、これだけずつ伸びておるのでありまして、おそらく十年間では七倍強になるのではないか、こう感ずるのでありますが、大臣はこの数字をお認めになるかどうかをまずお伺いしたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は、いま伺う数字は初めてでございますので何とも申し上げませんが、事実、わが国の一人当たりの国民所得は四倍になっておる、これは間違いがございません。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 一人当たりと、こういうことになりましても、あとでその点もお伺いをいたしますけれども、たいへん大きな所得を得る人あるいはまた非常な低所得の人、この平均だけでは私たちは納得することができないのでありまして、この数字は私がかってにつくり出したのではなしに、大体、政府並びに政府関係機関の数字を申し上げておるのでありまして、おそらくは間違いはなかろうと思うのであります。高度成長を自慢しておりまするけれども、巨大資本の利潤の高度成長であって、労働者や農民、中小企業という、この勤労人民にとっては、むしろ物価だ、あるいは公害だということで、苦しみのほうが倍増したのではないかという感じを受けるわけであります。四十四年の一月に行なわれました内閣官房の国民生活に関する世論調査によりますと、一年前に比べて生活が楽になったと答えた人はわずかに八%、これは御承知でありますね。そして、わからないという方々が二%、まあ前と同じだと答えた人、並びにもっと苦しくなったと答えた人が実に九〇%という大多数を占めておるのでありまして、私が申し上げたことを証明しておると思うのであります。  大臣、あなたは国民生活に対する見解、また、政策を立て実施する態度が少し狂っておるのではないか。大臣の演説は、きょうのこの文書にもありますように、「国民生活の水準は、格段の向上を示し、豊かで多彩な消費生活が可能」になっています、というようにおっしゃっておるけれども、これはごく一部の大所得の人たちのことであって、大多数の人たちはみな、大臣のおっしゃることとはおよそ違った方向にあるのではないか。こういう人たちに対しても、大臣は目を注がれる必要があるのではないかと思うが、どうでございますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は、六十年代の経済成長の結果、国民の生活がもう、ほんとうに十年前と比べまして一変をしておるというくらい、多彩なものになっておるということについては、これを信じて疑いません。ただ、そうは申しましても、いろいろ問題のあることは私自身が御指摘を申し上げておるとおりでございまして、住宅の問題あるいは公害の問題、あるいは低生産性部門の立ちおくれの問題あるいは物価問題に対する国民の関心の問題と、いろいろあります。そういう問題、これは、六〇年代にはそういう偉大な経済発展という、また生活の向上という一面もあるけれども、その成長と生活の融和感というか調和感というか、そういう点において反省してみる必要がある。七〇年代というものは、それを一転いたしまして、それらの問題に取り組んでみる、こういう姿勢にならなければならぬと、そういうふうに思うのでありまして、決して、六〇年代の発展が、国民生活にとりましても、あるいは国の世界における地位向上という点に対しましても、意味のなかったものであるというふうには考えませんし、それは逆に偉大なる意味を持っておったものである。ただ、調整しなければならぬ問題は多々あるという点は十分に承知しております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 それを私は、いままでの成果を誇大に述べておられるが、はたしてこれからそれが期待できるかどうかという点で不安を持つからでありまして、これからもう少しお伺いをしてまいりますが、どうも大企業の高度成長というところにあまりにも目を奪われておるのではないか。たとえば土地問題、住宅問題にいたしましても、東京周辺の土地の値段は、年間二〇%ずつ、十年間で六倍の上昇をした、こう新聞は報道しておるのでありますけれども、もうここまで至りましては、住宅問題というのは勤労人民にとって絶望的である、もう自分で家を建てるということなどは絶望的な段階にきたのではないかという感じすらするのであります。国民所得が四倍になったという自画自賛をする前に、もっと物価問題に真剣に取り組むべきではなかったか。これから物価問題に取り組むと言う。しかし、今日までも、総理大臣以下、物価が最重大な政治課題だとおっしゃることは、たびたびの国会で約束をしておられるのでありますが、このところ、物価安定のめどというものは、国民もすでにもうこれは期待ができないということになっておるのではないか。国民生活研究会の「十年後の国民生活」というものを——皆さん、これは前に出しておるのでありますが、これなんか見ますると、全く何を見通しておったのか、これは見当がつかない。あんまりにもひどく狂い過ぎておるのではないですか。これの百三十二ページによりますと、三十五年を基準として四十五年まで消費者物価が約九・六%程度の上昇と、こういっておる。三十六年の物価白書には、一年間の消費者物価の上昇見込みを一・一%と、こう書いてあるのでありますが、現実は全くこれとは違いまして、三十五年から四十三年までに六一%の上昇であります。この十年間では、おそらく六七、八%の上昇になっておるのではないかと思いますが、この点はいかがです。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 消費者物価の上昇は、わが国は先進各国に比べまして、これは前から上昇の傾向があったわけです。それはやはり私は、日本の経済が急速な拡大をしたというところに根本的な原因があると思います。つまり、昭和三十五年までは大体消費者物価も安定しておったのです。昭和三十六年から物価が上昇の傾向になり、たとえば米価にとってみれば、三十五年まではほとんど安定しておったわけでございますが、三十五年から米価も大幅な引き上げ傾向になってくる。それと相並行いまして諸物価も上がってくる、こういう傾向になってきた。その時期におきましては、先進諸国は成長の速度が低いのです。そうして、そういう低いさなかでありますので、諸外国の消費者物価は、これはわが国に比べますとかなり安定した様相でいったわけです。ところがわが国におきましては、消費者物価の上昇にもかかわらず、卸売り物価が安定をいたしておった。これがわが国の輸出体制として非常に強味であったというふうに思いますが、私が最近特に心配しておりますのは、その卸売り物価にもまた上昇の傾向があらわれてきておる、こういうような状態でございます。私は何とかしてこの物価の上昇——今日の時点になりますと、各国ともインフレの状態でありまして、あるいはアメリカに例をとりますれば、わが国よりも消費者物価も卸売り物価も条件が悪い状態であります。わが国はアメリカに比べて決して悪い状態じゃございません。しかし、長い日本の今後の発展ということを考え、また国際競争力におきまして、過去において卸売り物価が安定しておった、それがわが日本の輸出における優位を確保した大きな条件であったということを考えますると、その優位性がここで失われるということにもつながるわけでございます。そういうようなことを考えますときに、資源の乏しいわが国、貿易日本という立場をとりますときに、この物価問題の解決ということは非常に大事な問題である、そういうふうに考え、まあとにかく一番大事な問題は、経済の制約条件を乗り越えて経済が進展をするということになると、そこに破綻が生じますので、その破綻を来たさないように経済の成長の速度を一方においてゆるめる、同時に制約条件の打開を整えていくという、そういう両面の政策、これが私は物価問題のきめ手であり、前提であるとまで考えておるのであります。その他、物価問題につきましては、個々の問題としてあらゆる角度から努力しておりますことは御承知のとおりであります。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 いまのお話からも感じますのは、消費者物価は上がってもたいしたことがないが、卸売り物価が上がるのは、これは輸出に差しつかえてくるという面を強調されるのでありますが、一般の国民大衆にとりましては、消費者物価が上がるということは、これは生活設計が成り立たぬということでありまして、私は、この卸売り物価の問題もさることながら、いま大臣にお伺いをし、問題視しておるのは消費者物価の問題を言っておるのでありまして、十年前の企画庁の発表によっても、大体、先ほど申し上げたように一・一%程度、こうおっしゃっておりながら、実は非常な、五・七%近い年平均の値上がりをしておるという点で、政府は何らそれに対して責任を感じないというところに私は国民の一番大きな不満があろうと思うのであります。そういう点で、大臣もこれからいろいろと手を打つということじゃなしに、ほんとうに具体的な、これで物価を安定させるのだ、こういうものを国民に示さなければ、今日まで十年間、物価安定、物価安定、最重要政策であるということを口をきわめて申されておっても、現実はこうやって上がってきておる。それならば、大臣にもう一ぺんお伺いしますが、安定というのは一体何%程度が安定だというふうにおっしゃっておるのですか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 これはそのときどきにおける国際環境ということも考えなければならぬ、外国の物価がわが国にも影響してくるわけでありますから。それから、そのときどきにおけるわが国の経済の情勢ということも考えなければならぬので、毎年毎年がこの程度でなければならぬということはありませんけれども、少なくとも今日のように五%をこえるような上昇、つまり預金の金利を上回るような物価の上昇ということは避けていかなければならぬというふうに考えます。  まあ成長経済でありますから、その摩擦現象としての物価上昇ということ、これは避けることはなかなかできないし、物価の上昇という問題と表裏して賃金問題もありますが、物価が上がり経済が成長する、そういう過程において、経済全体の中における一つの平衡作用というものも働いておるわけでございます。そういうさなかでありますけれども、今後の日本の経済の持続的成長という見地から考えますときに、将来どうしてもまだまだ物価が上がるのだぞという感じを国民に与える、これが一番いけないことだ。いま経済も非常に成長、発展する。また経済が非常な変動期にある。非常にむずかしい問題である。しかしながら、物価はだんだん落ちつきぎみにいくのだぞという安心感を与えること、これのほうがむしろ重大なことである、かように考えております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 大臣、安心感を与えることが大切だと言うけれども、政府のいまの姿勢で国民が安心感を持つわけがないじゃないですか。大臣はいま、五%をこえたらこれは困る、こういうことは、逆に言えば五%近くまではやむを得ない、物価安定のワクは五%、こういうことでありますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 なるべく低いほうがいいと思います。しかし、低いほうがいいと申しましても、それには限界があると思います。やっぱり経済の平衡作用というようなことが行なわれる、そういう過程からどうしても賃金なんかの問題とも関連を持ちながら、物価の上昇もこれは避けられない、そういうふうに思いますが、とにかく預金の金利を上回るというような消費者物価の上昇ということでありますと、わが国再建の、あるいは建設のための最大の威力である貯蓄に大きな影響があるのではあるまいか。そういうことを考えながら、何としても預金の利子をこえる物価上昇というものは万難を排して避けたい、こういうふうに思いますが、下限につきましては、低ければ低いほどよろしいと考えております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 その程度で国民が納得をし、物価に対する安定した気持ちになるとお考えになるという点で、私はちょっと大臣の政治感覚を疑うわけであります。大臣はいま、預金金利を上回っては困ると言うが、預金金利の税引きの率はどのくらいですか。

細見卓大蔵省主税局長

○細見政府委員 一年ものでありますと五・五%で、それに一五%、普通の場合でありますと割り引かれる。したがいまして四・五%を若干切るという形になります。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 いままでの物価も、またこれからお立てになっておる四・八%という政府の物価見込み、これはすでに大臣が困るとおっしゃっておる預金金利をこえておるということになりませんか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 そういう見地から、預金の利率につきましてもいろいろ考えるところがなければならぬというふうに考えますが、とにかく私の気持ちはそういうところにあるということをとくと御了承のほどを願います。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 どうも、大臣の気持ちをわれわれがいかに了承しようとも、現実に物価が上がって生活に苦しんでおる、実際に生活をしておる人たちがこれを聞いて、私の気持ちだけはと大風がおっしゃって納得するとお考えになっておるんですか。この問題は、大臣のおっしゃることともうすでに狂っておる。この物価問題については、総理大臣のたびたびの施政演説で、最重要施策であります、その安定のために努力します、こういうことをおっしゃっておるんだが、何らそれに対して政治責任も感じない。いまおっしゃるように、預金金利を上回るのは避けるとおっしゃるけれども、預金金利をすでに政府見通しはこえておるということになってくると、やはり政治姿勢というか、政府のこれに対する態度が、考え方が甘過ぎるんではないか、ふまじめなんじゃないかという感じを受けるわけであります。ちなみに、総理大臣は四十一年の八月三日、新聞記者会見でこう言っておる。「インフレは、適正であれば、春風に吹かれているように気持のよいものなんだが……。」こうおっしゃっているんですね。まさにこのインフレによって利潤を得る者、その人たちの立場に立って政府はものを考え、施策を立てておったんでは、とにかく一般の、物価値上げによって被害を受ける国民の立場にもひとつなってもらわないと、これからの財政運営というものに国民は納得をしないんじゃないかという点で、もう一度大臣の確たる見解をお伺いしたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 根本的に考えますれば、これは不況政策、これを強行いたしますれば物価問題の処置はかなりやさしくなると思う。しかし、それじゃ国民のふところはよくならないでしょう。生活もよくならない。そこで、国民の生活、ふところもよくしなければならぬ。その政策を考えなければならぬ。しかし、それはやはり物価問題と重大な関係がある。その辺の調整を一体どうするかというところに問題があるんです。それであればこそ、私は、いまの一三%成長、五年半で二倍になるという成長、これは商過ぎる、物価問題の立場から考えても高過ぎる。これを押えたいという気持ちを持っておるわけです。しかし、今度は鉱工業生産を下げちゃう、アメリカのように引き下げまで持っていくというようなことまでしていいかというと、私は、そんなことをしては絶対に相ならぬ。これは国益から見て非常に大きな損失になる。その辺の調和を考えながら、まあ一〇%成長ぐらいを当分はねらいにして、それを軸として物価問題の処置に当たろう、こういうふうに考えておるんですが、急に一〇%ということもなかなかむずかしい、こういうので、四十五年度はまあ一一%、正確には一〇・八%成長ということを志向しておるわけなんです。これは非常に真剣に取り組んでおるので、いいかげんにやっておるというような状態ではありません。このことははっきり申し上げておきます。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 大臣のお話は問題をそらされておるのでありまして、この物価に対しては、いまの自民党政府の進めている経済政策の中では、物価は五%程度は常に上がるんだという前提で施策を進めておるということになりますね。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 そうでもないのではないですか。四十一年度はたしか四・七%ぐらいの物価の上昇だったと思います。その後多少ずつ上がってまいりまして、一昨年が五・三%ですか、昨年は五・五%をかなり上回るような情勢になりましたが、まあ年によってでこぼこがあるのは避けられない。物価上昇の要因は何といっても食料にあるわけなんです。特に生鮮食料品、これは天候で左右される。この天候的要素なんかを考えますと、毎年毎年これが同じ基準で動くというわけにはまいらない。しかし昭和四十年前の、平均して六%以上の消費者物価の上昇であったというのに比べますと、水準はここでかなり落ちてきておる。ただ四十四年度が多少問題になってきておるというので心配をいたしておる。さればこそ、四十五年度においては何とか努力をいたしましてまた頭をたたこう、こういう姿勢であることをひとつよく御了承願いたいと思います。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 この問題であんまり時間をとりたくないのですがね、大臣のお話では、私はどうも国民は納得をしないだろうと思って聞くわけですが、十年前の、成長政策をとったときのこれをごらんになったことがありますか。とにかく毎年一・一%といっておるのでありまして、それから見たら物価はめらやくちゃに上がっておる。しかも、先ほど来申し上げるように、政府は物価問題が最重要施策だといっておる。国民の生活にはまことに大きな影響を持つ。それに対していまの大臣の御答弁のような姿勢では、また総理大臣の春のそよ風というような姿勢では国民が納得しないので、これは何としても物価問題にはもっと真剣に取り組んでもらいたい。先ほど成長率一〇%とか一一%とかおっしゃったが、これを一〇%にした場合、物価はどの程度になりますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 これは計量学者がいろいろ計算をしております。しかし、計量学者が計算をしておるそのままに物価が動くとは思いません。これは一つの参考だというふうに思いますが、成長の速度が低まれば低まるほど物価の上昇率は低まる、こういう傾向のあることだけは私は確信をいたしております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 どうも国民はこれでは納得しませんね。大臣は、物価は自然現象、気候等で左右されるとおっしゃる。生鮮野菜あるいは農産物のウエートもありましょうけれども、また生産性を上げたからといって必ずしも物価は引き下げられてはおらないというような管理価格の問題もある。そういうものもお考えになってもらわないと困るのでありますが、物価は、私は、自然現象ではなしに、社会的に被害者と加害者があって、そうして動いておる現象だと思うのです。どうもいまのお話を聞いておると、政府と大資本のいわゆる独占資本とが加害者で、勤労人民が被害者である。大体さきの総理大臣の春風などという発想、この感覚というものは、これは加害者の立場に立って考えたときに出てくるものであって、勤労者の立場から言えば、いまのお話を聞いておっても、物価が安定するなんということには全然期待が持てないのではないかということは当然でありまして、もう一度、この問題の締めくくりとして、物価等を考えながら生活設計をしておる国民のために、一体どの程度に物価をこれから安定させていこうとするのか。四十五年は四・八%、こう見通しを立てられた。この次にはどの程度までしようというのか。それとも四・八%程度はやむを得ない、大臣の言う五%程度はやむを得ないということで生活設計を立てなければならないのか。それとも、二年後、三年後に向かって物価はこういうふうに安定さしていくのだという方針がおありなのか。おありならばそれをお聞かせ願いたい。これは生活設計のためにたいへん重大であります。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は理想としては三、四%ぐらいのところに焦点を置かなければならぬかというふうには思うのです。しかしそれにはなかなか時間がかかりそうだというふうな感じがします。当面この成長政策を進めていく、そのことを考えまするときに、四、五%、この辺はしばらくはやむを得ないのじゃないか。しかし、政府は万難を排して努力はしてまいります。かように御了承を願います。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 大臣は財政演説で、物価と賃金の問題で、「労働力不足の深刻化を背景といたしました物価と賃金の循環的上昇の懸念も、」云々ということで、物価が上がる、賃金が上がる。賃金が上がるから物価が上がるというような形でおっしゃっておるのでありますが、私は、労働者は物価上昇の被害者であって、賃金上昇は本質的には物価上昇の原因ではないのではないか、こう思っております。  一月二十一日の読売新聞は生産性本部の統計を紹介しております。「労働分配率の低下は著しい」という題目でこれを紹介しておるのでありますが、これによりますと、三十年から四十三年各月の賃金は一年間一〇・四%、生産性は一三%の上昇であって、生産性に比べて低いのであります。それで労働配分率は三一・七%であるが、家族従業者を含めるとさらに低くなる、こういっておるのであります。三一・七%という数字は、アメリカの五〇%、イギリスの五三%、非常に低いといわれる西ドイツの四一・四%に比べましても、これは非常に低いのでありますが、こういう低い賃金を踏まえて日本の高度成長が達成されておるのではないかということを考えると、この労働者の賃金を物価の原因にあげるような形での表現は私は狂っておるのではないかという感じがするわけであります。経済同友会から年頭に発表されました七〇年代経済というのでもこういっておる。財界ですら、六〇年代は労働者に対する配慮が乏しかったと反省をしておるのでありますが、大臣はそういう考えには立ら得ないのでありますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 日本の物価が上がりますのはいろいろの原因もありますが、主たる問題は低生産性部門の価格、またサービス料金、そういうものが上がる。これは生産性が低い。しかし生産性が低いからといって生活をそれで甘んずるというわけにはまいりませんもんですから、平準作用としての賃金なりサービス料金の高騰というものがある。その反面におきまして、生産性を上げ得る高度企業、そういうような方面におきまして製品価格の低落というものがあり、そうして総平均といたしまして物価というものが安定をするという形をとることによって、物価の安定の方向というものが一つ大きく打ち出されるというふうに考えておるわけです。ところが低生産性部門のサービス料金、また製品価格がある程度上がってくる。これにも制約はあります。ありますが、上がってくる。しかし大企業、高度企業の製品価格というものが生産性が高いのにかかわらず下がらないというところに一つの問題がある、こういうふうに見ておるのです。またその製品の価格が下がらないという問題は一体どういうところにあるのか。これもいろいろの問題もありましょうけれども、そこには賃金との関係が出てくるのです。私はそのことも言っておる。  それからもう一つは、私が施政演説で——財政方針で申し上げましたが、将来労働の需給が逼迫をしてくることがあり得るのであります。この労働力は、わが日本は休眠労働力を大きく持っております。しかしその開発ができない間に成長が進むということになると、労働もまた需給の関係で賃金の高騰というものがくる。これは物価との間に非常にむずかしい問題、つまり循環現象を生ずるおそれがある。こういうことを指摘しておるのでありまして、別に私はそれが間違った考えであるというふうには存じておりません。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 物価上昇の一番の被害者である勤労者に転嫁するのはやめにして、そうしてほんとうに物価を値下げするために政府は具体的な方策を示すべきだ、こう私は思うのでありますが、財政演説では私たちはそういうふうには受け取れない。この財政演説を見ますると、何か労働者のほうに悪循環という形でむしろ問題を転嫁しておるひきょうな表現じゃないかという感じすら受けるのでありまして、いまの分配率を見ましても、日本の労働者は先進国といわれる国の中では一番低い取り分しかもらっていないのでありまして、そういう点で、物価問題の本質はここにあるのではなしに、もっと根本的な問題があると私は思うのでありまして、その点をもっと真剣に政府は考えるべきではないかという気がいたします。  大臣は、国民の生活が上がったという形でマクロ的な表現をしておるのでありますけれども、それならお伺いしたいのでありますが、いまの経済情勢の中で国民の一人一人がまあまあがまんできるという月収額は大体どの程度あったらいいのか。それはその人その人の気持ちも違うのでありましょうけれども、平均的な国民が物質生活面で、大臣が声を大にして演説しておられるように、文化的な生活という点からいったらどの程度の月収が要るのか。どの程度に見当をつけておられるのか、お知らせを願いたい。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 それは国力の中における相対的な問題で、絶対的にこうということはないと思うのです。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 今日の段階で、いまの経済で……。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 これは、人間の欲望には際限がありませんし、これを、幾らあったらこれが理想的だということはなかなか困難な問題だとは思いますが、今日一人当たり——これは赤ちゃんも老人も入れまして、一人当たりとにかく四十七万円になっておる。これでいい生活だというふうに思う人は私は相当多いのではあるまいか、そういうふうに思います。ただ問題は、交通難が出てきたとか、あるいは特に過密過疎というところで、去り行く農村の人々がどういう感じを持っていますとか、あるいは恩給で生活しておる人が、物価が上がってどうも弱るなというような問題でありますとか、あるいは働けない身体障害者でありますとか、そういうような人々がどういう感じを持っておりますとか、いろいろな問題があると思います。そういう問題に対しましては、いわゆる福祉政策、これを強力にとらなければならぬというふうに考えておりまして、その施策を進めていこう、こういうふうに考えておるのであります。戦後二十五年の日本の国として、まあまあだ、こういうふうに思っておるのが、これが大方の考えではあるまいか、そういうふうに見ております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 一人頭四十七万円あれば、こうおっしゃるのでありますが、その際私たちが一番心の痛むのは生活保護世帯等の低所得の人たちであります。今度の予算で生活保護の基準は一四%にとどまったようでありますが、まあ一番高い東京で一人頭七千五百円、一日わずかに二百五十円であります。これはまあまあの生活、年間四十七万円に比べますとあまりにも低過ぎるのでありまして、大臣の、日本経済は鉄が何倍になったとか自動車が何倍になったとか、あるいはかくのごとくして国民の生活水準は格段の向上を示して、豊かで多彩な消費生活などというには、この立場の数多くの人たちは全くよそに置き忘れられたのではないか。一晩寝て起きると二百十万円も所得のある高額の社長さんは大臣の財政演説に、これはなるほどとうなずいたかもわかりませんけれども、二百五十円を持って、これを握りしめて一日暮らさなければならないという、こういう生活保護世帯の人たち、これが一体大臣の財政演説を聞いて、なるほどというふうにうなずくと思うでしょうか。私はそこに、いまの高度成長を謳歌する中で、物価は上がる、そうして生活は苦しいという人たちに、もう少し手を差し伸べていくべきであって、この人たちを忘れた財政演説、またこれからの財政運営について、私は大臣にひとつ大きな反省を求めなければ、これからの審議はうまくいかないのではないかという感じがいたしまして、この問題について、大臣もっとこういう問題に目を注いで、そうして手を差し伸べていくべきだ、こう考えるのでありますが、いかがでありますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 生活保護世帯は東京では一世帯三万四千円なんです。これがどうしてそういうふうな生活ができるかというと、国民が税を払ってやるわけです。その税を払えるだけの経済力がついてきた、こういうことなんで、それは何かといえば、これは経済がそれだけ発展してきたからなんです。私も阿部さんのおっしゃることはわかるのですよ。わかるのですが、私の言っていることも阿部さんにわかってもらいたい。経済の成長がなければ福祉政策もできない、これはひとつよくおわかり願いたいと同時に、私も福祉問題につきましてはさらに一そうの努力をいたしたいということを申し上げさしていただきます。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 次に移りたいのですが、一言、経済の成長がここまでなったことを謳歌しておる段階では、これにもっとあたたかい手を差し伸べるのが、私は、内政の年だとおっしゃる佐藤内閣のとるべき道だ、こう言っておるのでありまして、経済が苦しいときはお互いにがまんせなければいかぬけれども、かくのごとく経済が伸び、大臣がおっしゃるように、多彩な生活が可能になったと、こうおっしゃるこの財政演説に、この人たちはどういう気持ちでこれを聞かれただろうか、こう考えて手を差し伸べるべきだと、こう申しておるわけであります。  次に、農業の問題をちょっとお伺いしたいのでありますが、政府は共同声明等によって、七一年中に残存輸入制限品目は原則として自由化する方針だと、こう聞いておるのであります。いま、たしか制限品目百十八、そのうち農産物が七十一、こう私は承知しておるのでありますけれども、これはどの程度——全面的にやられるのか、あるいは一部品目はやらないのか、そこをお聞かせ願いたいのであります。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 全廃じゃないのです。半分程度ということでありまして、たしか閣議で方針をきめましたのが昨年の秋だと思いますが、当時百二十品目残っておったのです。それをこの一両年で半分にしよう、こういうことでありまして、その後逐次それが実施されておりまして、昨今では百四品目、百二十というのが百四品目になったか、かように存じます。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 来年の自由化の場合は、その主たるものはやっぱり農産物になりますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 さしあたり自由化が進められるものは鉱工業製品になる、こういうふうに考えておりますが、最後に残る品目の多くは農産物、農林漁業品目になる、かように見ております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 そうすると、半分といっても、私の承知しておる百十八のうち七十一という、大半が農産物でありますので、この農産物も相当部面が自由化する、こう見て間違いありませんね。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 百二十品目の商品が輸入制限下にあったわけです。それを半分、一両年中に自由化いたしましょう、こういう方針をきめまして、その品目を逐次、いま対策を講じつつ具体化しておるわけです。残るのが六十品目内外あるわけなんですが、その残る品目の多くの部分は農林漁業品目になるであろう、こういうふうに申し上げておるわけです。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 この残った六十品目程度は、これは再来年に、その翌年くらいに自自化するのですか、それとも自由化しないでずっといくという方針でありますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 その六十品目につきましての考え方はまだきめておりませんけれども、これは外国の品物を輸入いたしましてもその業者に重大な影響がないというような対策と見通しが立ちますれば、これを自由化するという基本的な考え方をとるべきだというふうに考えておりますが、最後に残る六十品目についてどうするかということについては、具体的にはまだ考えておりません。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 そうして自由化をしていくわけでありますが、農産物の自給率というものは、これは農林省等もいろいろな見通しを立てておるようでありますが、五十年には大体どれくらいの自給率になるのか。四十二年では八三%、こうなっておるわけでありまして、たしか農産物の輸入金額は二十三億ドルで、輸入総額の二〇%程度と承知しておるのでありますが、この自給率は五十年の段階ではどの程度になるのか、見通しはいかがですか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は具体的な問題としてそういう検討をしたことがありませんが、しかし基本的に考えますることは、食糧のうちでもその基本になる主食等につきましては自給という考え方をとったほうがよろしいというふうに考えております。つまり、食糧というものは食べて消耗してしまうだけのものでありまして、再生産にはつながらない、そういう意味におきまして、鉄や石炭を輸入いたしますのと、はなはだ経済効果が違うものであります。そういうものでありますから、できる限り国内においてこれを生産するという考え方をとったほうがいいと思います。ただ主要な食糧でないもの等につきましては、国内において重大な影響を及ぼさないという段階を早くつくり、そうして交流を盛んにするというほうがいいんではあるまいか、そういう考えであります。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 農林省のこの資料を見ますと、小麦等は三十六年には四三%の自給率だったのが四十二年には二〇%になっておる。大麦、裸麦は三十五年度一〇八%であったものが五九%という形で、こういうものはアメリカその他からの輸入によって、日本の農業というものはほとんどなくなってきておる。いま米の増産政策から減反政策に移行しようとしておるわけであります。そういう点で、私は、この自給率の見通し等もおそらく政府は立てておられるだろう、こう思ってお伺いしたわけであります。それはないとおっしゃるならばやむを得ませんが、当然私はこれはあるんではないか、こう思うのであります。  次にお伺いしますが、いまの政策、作付減反等を進めてまいりましたら、農村人口は一体どのような推移をたどると思われておるのか。これを見ますと、四十二年には九百三十万人おられるわけでありますが、五十二年には、この農林省の資料を見ますると五百九十四万人という形で減るようでありますが、相当の減りを見込んでおるということになりますね。私、こういう問題を大蔵大臣に御質問いたしますのは、この二、三年来、だれしもが、また農民はみんなそう見ておるわけでありますが、最近はどうも米審よりも財政審のほうが農業政策に対して発言をする、農林大臣よりも大蔵大臣にその主導権が移ったようだ、こう見ておるわけでありますし、大臣もまた今度の財政演説でこの問題に触れておられるわけでありますので、そういう点から基本的な問題をお伺いをしたいわけであります。  まあいまの政策を進めてまいりますと、農業人口は相当大幅に減っていく。先ほど大臣が、これからの日本経済の発展を考えると、労働力不足の問題が一つの大きなネックだとおっしゃっておる。それに合わせるかのように、いまの農業政策は農民の第二次産業への移行というものを大きく見込んでおるという点は間違いありませんね。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 これは間違いありません。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 そういたしますと、何か米が余ったということをてこにしながら、農業というものが自給率はどんどん減ってくる、農村人口、これは農村から第二次産業に移行してくるというこの政策は、むしろ日本の高度成長をささえるために農村から労働力を持っていこうというところに重点があるやに私には感ぜられるのでありますが、いかがでありますか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 農村の生産性、これはいま非常に低いわけであります。そこで食管制度というようなささえがあって農家の経済が立っているというような状態でありますが、農家の生産性を上げるためには、集約農法下のわが日本農業では問題は解決しないと思うのです。これは大型農業化が必要になってくるというふうに思います。そうしてなるべく少ない人手で多い生産をあげるという態勢になって初めて農業も他産業並みの農業になっていくのだというふうに考えまするがゆえに、傾向的には、私は農業人口というものはそういう農村の近代化施策と同時に進んでいくというふうに観念するわけです。しかし、それがどういう数字になるかということは非常にむずかしい問題なんです。いまの数字はどういうふうに計算して出したのか、私も聞いておりませんけれども、これは農業自体の問題としてさような傾向をとると同時に、農工一体化というか、工業との関連において農業問題というものの先行きを考えるという余地もかなりあるのではあるまいか、そういうふうにも考えます。とにかく農業は時間がかかる問題です。ですが、ねばり強くこの問題は近代化に向かって進めていかなければならぬ。  私は、今度の米の問題に関連いたしまして非常にいい傾向が出てきたと思いますのは、地方の知事さん、また市町村長さん、これが農村問題に対して非常に真剣な態度をとりだしてきておるわけなんです。農林省というものは地方に部局もありますけれども、農林省だけで幾ら努力してもこの問題はなかなか解決いたしません。農作物の転換をはかるといいましても、その現実の指導というものは、一番手近なものは農業協同組合があります。また市町村長、知事さんというものもある。そういう人たちがほんとうに農村をどういうふうにしようかというきめのこまかい配慮をしてくださるということによって、初めて道が開けていくというような感じがいたしますが、そういう意味合いにおきまして、今度はそれらの方々がほんとうに真剣に農業の前途を考えるというふうに相なりましたことは、私は、今後農村政策を進めていく上におきまして非常にいいことだというふうに思います。この態勢を大事に育て上げて、何とかりっぱな日本農業というものを定着させるようにいたしたい、さように考えております。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 もう一つお伺いしたいのですが、いま政府は土地を買い上げる、農地を買い上げるというような政策を立てておるのですが、この農地は大体どの程度の面積を想定し、むしろこれから工業や宅地のためにどの程度の土地を必要とするのか、これは年次的に多少の計画というものがあるのですか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 いま百五十万トンの米が余る、こういうのが常識的な見解になっております。そこで、百五十万トンの米の生産を減らすということになりますと、約一割のたんぼを休ませるということにしなければならない。これが三十五万ヘクタールになるわけなんです。その三十五万ヘクタールのうち、二十四万ヘクタール分につきましては休耕転作奨励金を出しまして、米作を休んでもらう。それから五十万トンに相当する十一万八千ヘクタールにつきましては、これは事業家あるいは農業協同組合あるいは地方団体が、これをそれぞれの用途のために買い取りいたすとかいうような方法によりまして、他の用途に転用してしまう。農業以外の用途に転用するということを骨子としてこの予算を考えたわけでございます。十一万八千ヘクタールについて年次的な計画等があるかというようなお話でありますが、これはいま各省におきまして分担をして、その可能量というものにつきまして検討をいたしております。またいずれそれが整いましたならば御披露を申し上げさせていただきます。

阿部助哉日本社会党

○阿部(助)委員 もう時間のようでありますから終わりますけれども、農民はいままで増産しろ、増産しろということで進んでまいりました。私たちの地帯も、あるいは干拓だとか土地造成にちょうど中途まできて、もうでき上がるという段階で、今度は作付制限という形でいまきており、農民は一体何をするのかということで、いま迷い苦しんでおるわけであります。そういうときに、ただ米が余った、作付制限しろというだけでは、農民は先の見通しが立たない。これは実際の生活問題ですから、そういう点で政府はもっと明確な方針を出すべきなんです。それが、何か見ておりますと、高度成長のためには労働力が要る。米が余ったのを幸いに農村から労働力を持っていこう。工場の土地が要る、高い、だからこの際に休耕等をからみ合わせて土地を取り上げようという考えできておる。結局は、貿易の自由化の中で、日本の食糧自給率は下がるのを覚悟の上で、これは外国食糧に依存をしている。そうして、工場製品は売れるだろうけれども、日本農業は壊滅的な打撃を受けるということで、結局とどのつまりは、佐藤総理のきのう来のお話のように、これがうまくいかないと食管法もあぶなくなるぞというおどかしの中で、農民はいま苦しんでおり、迷っております。けさの朝日新聞に、総合農政の基本方針という見出しで出ております。これは私は中身そのものをまだ拝見しておりませんけれども、食管法の問題には触れていない、こう注釈、解説がついているほど、食管法そのものをなくそうとしておるのではないかという不安を持っておるわけでありまして、食管の根幹を守るとか言っておるけれども、もう食管の根幹なんというものは、政府はむしろそのものをくずそう、ただことばだけ食管の根幹などと言っておるだけの話ではないかという不安を持っておるわけであります。  いずれ今度機会を改めて——その食管の根幹とは何なのかというような問題をもう少しお伺いしたいと思いましたけれども、時間が来たようでありますので私の質問を終わりますが、この農業問題は、実際に生活をし、苦しんでおるのでありますから、もっともっと明確な方針を出し、それに対して具体策を政府が示す義務があろうと思いますので、その点もっと一段とこれに対しての努力をお願いしまして私の質問を終わります。

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 松尾君。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 私は、大蔵大臣の力強い施政方針演説に対しまして、特にこの中で、いろいろお伺いしたいのですが、税制の問題について、今回の税制改正、それから税制の長期見通し、これについてその基本的な問題についてお伺いしたいと思います。  わが党で、すでに本会議におきまして、竹入委員長がこの税制につきましては佐藤総理から若干の答弁をいただいておりますけれども、これではまだ理解しがたいものがありますので、そこで表面的にあらわれた幾つかの問題点をとらえまして、そうしてあらためてここでお答えをいただきたい、こういうふうに考えます。  今回、政府が特に重点を置いた施策の一つとして、この税制の改正を取り上げております。そうして昭和四十五年度は史上最大の減税である、こういうふうに言っておりますけれども、その中身を見てみますと、まず税調の答申よりも二年間の実施のずれがある、こういう点が一つ。さらにこの二年間の物価上昇、さらにベースアップによる税率、こういった点を合わせて考えますと、これはむしろ大幅減税ではなくして、相当大幅な増税になっておる、こういうふうに考えられるわけです。大幅減税という名に値しないわけですが、そこで私がお伺いしたい点は、先ほどの蔵相の施政演説の中で、七〇年代は経済の質的成長を達成するときだ、こういうふうに言われております。したがって、当然税制改正も質的改善に当てはまるのでなければならない、こういうふうに考えますが、この点はどうか。また具体的に質的な成長、すなわち国民にとって実のある点はどういう点に配慮して改正されたのか、まずこの点をお伺いしたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 いま、今度の減税が逆に増税だというのはちょっと受け取れませんが、それはことばのあやかとも思いますから特に反論はいたしませんが、私どもはかなり高度の減税をいたしたというふうに考えております。経済が上昇、発展をする、その中において国民生活をその経済の発展、成長にふさわしいようなものにしていくということを考えておるわけでございます。私が財政演説におきまして「成長の成果を国民生活の中に吸収し、」というようなことばでこれを申し上げているのはそういう意味でございます。したがいまして、今回大幅な所得税減税をいたすことにいたしましたが、これをもって終わりというふうには考えておりません。もっとも、私は今日の段階になりますと、所得税の減税を大きくやるということを考える場合におきまして、やはりその一方において国家の財政需要、社会資本の充実もしなければなりません。また社会保障のほうも考えなければなりません。その他もろもろの政府のやるべき要請もあって、財政需要はかさむのです。そういう状況下において所得税減税をどうやってやるかというと、所得税減税だけを考えながらやるというやり方には、これはある程度のことはできましょうが、限界がある、こういうふうに考えておる。そこで税制は、いま直接税中心の税制ということになっておりますが、国民の税負担感というような角度から考えますときに、間接税で適当な形をとることはできないかというようなこともあわせ考える必要があると思うのです。そういうようなこともあわせ考えながら今後の税制というものを考えていきたいというふうに考えておるわけであります。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 いま資本充実の重点をどういう点に置かれているかという点を伺ったのです。これに対してお答えいただきたいのですけれども、その前に、所得税に対してはある程度の限界があって間接税を考えていかなければならない、こういうお話です。この間やはりテレビで、今後の税に対してのお話がありましたが、そのときにも大蔵大臣は、今後の税に対する考え方は間接税を相当重視しなければいけないだろう、こういうお話をされたことがあります。私は、この間接税に移行するという点につきまして、現行の間接税の状況を見ますと、むしろ大衆課税になるのではないか、こういう危惧を持つのですけれども、この点についてどういうふうにお考えになっておられるか、お願いしたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は、税制を考える場合におきましては、まず第一に税制が公平でなければならない。第二には負担に応ずる、応能負担という性格を求めなければならないというふうに考えますが、同時に、国民に負担感を与えるということをなるべく避けることも考えなければならないというふうに考えておるわけであります。そういういろんな角度から考えまして、現在の所得税中心は、その大きな体系としては私はそのとおりでいいと思うのです。しかし、所得税というものはどうしても国民との間に、やはり負担感という見地から見ますときに問題が多い、こういうふうに見ておるわけでありまして、一方においてそういう摩擦のある所得税というものは今後といえども減税には努力をしたいが、同時に、国の財政需要というものを考えるときに、大幅に所得税減税ということをやることにつきましては限界がある。そこで、これを補う財源をどこに求めるかということになるわけですね。そういうことから間接税というものもまたこれからの検討要目としなければならないのかな、こういうふうに考えておるのでありまして、これから減税案、それから法人税の増徴案等について御審議を願うわけでございますけれども、これが実施過程に入るというような段階になりましたその後におきましては、それらのことを考えながら今後のことをひとつ検討してみたい、こういうふうに考えておる段階でございます。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 間接税については相当問題がありますので、もっと突っ込みたいのですけれども、時間が限られておりますので……。  今度の減税ということにあたりましては、私はむしろ取り過ぎの調整じゃないか、こういう考えを持つわけです。といいますのは、四十五年度においては一兆三千億円もの自然増収が見込まれておりながら、その中で減税に回る部分というのがわずかに二千四百六十一億円、これじゃ自然増収のうち減税として国民に還元する分というのは、ほんとうにもうわずかなもんだ。したがって、国民所得に対する税負担率から見ますと、四十四年度一八・七%から四十五年度では一八・八%——大蔵大臣は所信表明の冒頭で、GNPが世界第三位となった、一人当たり国民所得が十年前と比較すると十倍になった、こういうことを胸を張って言われておりましたけれども、しかし一人当たりの租税負担額を見てみますと、四十五年度では十万円、約五倍にふくれ上がっているわけです。したがって、減税とはいいながら実質的には増税になる、こういう意見が生まれるわけです。国民は知らず知らずの間に高負担の道を歩まされている。したがって、このように自然増の面、それから国民所得と税の対比の面から見る限り、どうしても大蔵大臣の言う質的成長につながらないんじゃないか、こういう点に疑問を持つわけでありますので、この点、もう一ぺんお願いしたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 税は国民が国家に納めるわけでございますが、これは納めっぱなしじゃないのです。これはまた国民に返っていくのです。そういう方式がわが国においてはまだ非常に低い段階でありまして、いわゆる先進諸国のこれを見ますと、租税の負担率というのは大体三〇%から四〇%くらいになっておるのです。それに比べますと、わが国はまだ一八%程度のものである。これはわが国においてまだいかに租税負担が軽いかということがもう一目瞭然というくらいでございますが、まあ社会保障もしなければいい、社会資本の充実もしなければいいというなら、これは幾らでも減税ができますよ。そうじゃない。あなた方も要求をいたしておるとおり、もうやらなければならぬ仕事が一ぱいある。しかも、一ぱいあるその仕事は国民に返ってくるのです。ですからその辺もひとつよく御理解の上、そういう状態ではありまするけれども、なるべく負担が多からざるようにと努力しておる苦心のあるところもひとつ御理解願いたいと存じます。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 一つ一つ突っ込みたいのですが、実は時間がもうあまりありません。そこで、いま大蔵大臣から言われました重税感という問題ですが、重税感を高めている原因はやはりいろいろあげられると思います。  まず、税の不公平あるいは捕捉率で、クロヨンとかトーゴサンとかいわれておりますけれども、この捕捉率の問題、さらにこの間新聞等をにぎわした脱税の問題、こういったいろいろな問題が不公平感や重税感を生んでいるということが考えられると思いますが、さらにまた問題になるのは、今回相当配慮したという利子と配当所得に対する優遇措置、この問題であります。あれほど国民の批判を受けておりながら、どうして最初の答申よりも後退してしまったのか、この点は問題だと思うのです。たとえば、配当所得だけで生活する標準世帯の場合を見ますと、従来二百八十二万円であったのが今回の改正で三百四万円まで無税になった。これと同じ収入のサラリーマンを比べてみますと、二十八万円の税金、さらに地方税を合わせると四十四万円も税金がかかる。これではまじめに働く多くの勤労者に対して公平とは言えないのではないか。この優遇措置を廃止する、あるいはまた交際費の適正課税、さらに大企業に対する租税負担措置を改廃する、こういうふうに思うのであります。また答申と違う点として、給与所得控除にかけました五%、三百万円を四百万円に引き上げる。このような高額所得者とか、それから不労所得者に対する優遇措置を与えるその前に、もっと一般国民、特に低所得者に対して減税が行なわれないものか。これによって初めて重税感というものが除かれるのではないか、こういうように考えるわけでありますが、この点についてひとつ大蔵大臣のお考え方を伺いたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 利子、配当の特別措置の問題についてでありますが、これは私としてはかなり思い切ったことをしたというふうに考えておるのです。つまり貯蓄ということですね、これは非常に大事なことなんです。戦後二十五年間でこれだけりっぱな日本国ができた。これはなぜかと言えば貯蓄ですよ、大きな力は。この貯蓄にいささかのマイナスというか、不安を与えるというような状態であることは、これはできるだけ避けるべきことである。貯蓄は大事なことであるから増強しなければならぬということでこの特別措置がそもそもできたのです。しかしこれはあくまでも所得税に対する特例措置であるから廃止をしなければならない。こういうふうな意見もあるわけでありまして、その意見を尊重して、ただいま申し上げましたような貯蓄に大きな影響があっては相ならぬということを踏んまえながら、利子につきましては源泉選択制を採用するという画期的な措置に踏み切ったわけであります。それから配当につきましても、配当控除率の引き下げを行なうということをやったのですが、その辺がやっぱり理想と現実という問題があるのですね。やはりそれはそのときどきの経済情勢を見ながら日本の経済を円滑に発展させていくにはどうすればよいか。これも非常に私どもも考えに考えた末の結論でございますが、まああなたのおっしゃるところの考え方、これも一歩進める。しかしその大事な貯蓄につきましてもそう大きな影響を与えないというところが、まず政治としては上々のところではあるまいかという結論がただいま御提案を申し上げているようなことに相なったわけであります。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 貯蓄の大事なことは当然理解しているわけです。ただ現時点、非常に戦後の困窮しておったときと違いまして、もう大蔵大臣も常に、世界第三位だ、自由主義圏ではアメリカに次いで第二番目だ、こういう時点になりまして、今後貯蓄を奨励していくことは、物価その他をあわせて考えましたときに、いろいろ問題もあろう。現時点で、一番重税感あるいは不公平感の原因になっているのがここだということを私は申し上げたわけです。したがって、これに対しまして、現在段階的に移行していくという画期的な措置だと言われましたけれども、さらにこれをもう一歩進めて、減税に振り向けていく考えがないかどうか、この点だけもう一ぺん伺っておきたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 いま貯蓄ということが非常にデリケートな段階と考えておるのです。つまり、先ほども阿部さんから御指摘がありましたが、物価との関係がある。そういうようなことから貯蓄をどういうふうに推進していくかということは、はなはだむずかしい問題なんです。そういう際でありますので、私どもは特別措置の処理にあたっては特別気をつけなければならぬという段階に置かれておると思うのです。しかるにもかかわらず、とにかくこれだけの改正に踏み切ったというところはひとつ評価をしていただきたい、こういうふうに思いますが、反面におきまして、しからばどうかというと、いままで十数年の長きにわたって税率改正というようなものは行なわれなかった。そのために中堅所得階層というものが非常に重税感を持っておる。こういう事態を踏んまえまして、初めてここで税率の引き下げを長期答申に従って完全実施をするというところまでいくわけなんでありまして、お気持ちはよくわかります。わかりますが、そういう両面を踏んまえてやっておるのだというところも御理解願いたいと思います。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 この問題につきましても非常に微妙な問題があります。さらに突っ込んでは予算委員会、あるいは次の機会にしたいと思います。  次にもう一点、この重税感、不公平感という問題について具体的に見てみたいのですが、まず一人当たり国民所得と、それから一人当たりの租税負担額の伸び、これを比較してみましたときに、ほとんど毎年のように税金の伸びが所得の伸びを上回っておるわけです。四十五年度についてみますと、所得が一四・二%の伸びに対して税金は一四・八%と伸びておる。また物価上昇がこれに拍車をかける、こういったことが重税感を高め、民生活を苦しめておるのではないか。さらにまた、減税という立場で見ましたとぎに、ベースアップがなかった場合のことを減税というのであって、ベースアップがあると累進税率のために減税にならない、こういうふうに数字は示すわけです。したがって増税となるのであって、たとえて言いますと、夫婦それから子供二人の場合に、四月からかりに一五%のベースアップがあったとしますと、年間五万円から六万円になってしまう。一万円上昇する。増税になる。これでは実のある税の改正と言えないのではないか、そういうふうに感じます。過日行なったわが党の税制総点検によりますと、約十万人の調査対象者の中から九三%に当たる人が、いずれも重税感を訴えている。今回の税制改正がはたしてこの重税感解消の一助になっているかどうか、これは新聞あるいは国民世論を通してみても非常に疑わしい問題だと思います。  そこで、七〇年代のスタートにあたり、この四十五年度の税制改正にもっと抜本的な税制改正を講ずる必要があるのではないか、こういうふうに考えますが、その第一として、私どもの前から主張してまいりました課税最低限百三十万、この引き上げに対して佐藤総理は、その意思はない、こういうふうに答えておりますけれども、今後七〇年代というのは非常に重要なときでありますので、この七〇年代の長期展望に立って、経済、財政あるいは質的な成長の根本とも言えるこの重要な税制改正をどういう方向で進めていくか、国民のためにもひとつ端的な見解をお願いしたい。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 所得税の負担が重くなっておるといういまの税制、これに対しては今後といえども配慮をしていきたいというふうに考えておりますが、この問題をかなり根本的に思い切ってやるということになりますと、所得税法だけの改正ではうまくいかない。やはり総合的な税制ですね。私は先ほどその一つの事例として間接税ということを申し上げたわけですが、それらをくるめて総合的に考えなければならぬというふうに考えます。しかし、国がなすべき仕事もこれからだんだんと多くなってくる。そういうような状態でありますから、国民の租税負担率、いまの一八%前後という負担率を引き下げるということ、これは私は、高度福祉国家を建設するという上において、なかなかむずかしい問題じゃあるまいか、そういうふうに考えておるのであります。やはり福祉国家を建設するということになればそれだけ金が要るわけです。金をどこかに求めなければならぬ。そうそう公債を発行するということにつきましては、皆さん御賛成はしまいと思います。そうすると税だということになってくるわけでございますが、そういうことも頭に置きながら御了解を願わなければなりませんが、とにかく税のこれからのあるべき姿につきましては総合的に検討してまいりたい、かように考えております。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 ちょっと抽象的でどうもはっきりしませんが、これは予算委員会がありますので、その機会に譲りたいと思います。  時間が参りましたけれども、基本的に一点だけお伺いしたいのは、現在日本経済と密接な関係のあります米国経済のスローダウンが伝えられております。これにからんで日本経済の将来に暗い見通しを持つ者がおる、こういうことが極間うわさされております。そこで、大蔵大臣はこの日本経済の好調がいつまで続くというふうに考えられるか。直接税収とも非常に関連がある問題でありますので、この点を端的に見通しをお願いしたいと思います。まず、これを先にお伺いします。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 私は、いまのままで推移しますと、日本経済はやがてたいへんな落ち込みになることをおそれております。しかし、そうあってはならないというのが私の基本的な考え方でありまして、そのために、調子の高過ぎるわが国の経済を、ここでもう少し成長発展のテンポをスローダウンさせたいというふうに考えておるのであります。このスローダウンが成功いたしますれば、わが国の経済は長く成長発展するであろうというふうに考えております。アメリカの経済がどうなるであろうか、これはアメリカの経済政策のきめるところでありまして、私ども予断はできませんけれども、この動きにはよほど注意をしておかなければならないと思います。そのアメリカの経済なんかもよくにらみながら、経済運営をただいまも申し上げたような方向でひとつ大いに慎重を期してまいりたい、かように考えております。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 それからもう一点基本的に伺いたいのは、先ほど大蔵大臣は、国際収支には心配がない、こういうふうに言われておりますが、日本の国際収支、特に貿易収支の黒字幅の大幅な増大、それから、これから来る諸外国の円の切り上げに対する圧力が強まってきた、こういうふうにいわれております。ある説によると、今秋にも切り上げが行なわれるのではないか、その可能性が強いことがまことしやかに語られておる向きもあるのでありますが、これに対する大蔵大臣の見解を一点伺いたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 円の切り上げにつきまして話題がいろいろ出ておることは承知しておりますけれども、諸外国から正式にわが国に対して円の切り上げをしたらどうかというような要請には接しておりません。それから、わが国といたしましても、円の現在の価値につきましては、これが高過ぎるという判断はいたしておりません。いまの一ドル三百六十円というものは、これは為替管理とかあるいは貿易の制限とか、そういうものによって、非常な厚い庇護のもとに維持されておる三百六十円対一ドルであるというふうに考えておりまして、それらが撤廃された段階において、裸の円の価値は一体どうなるのだということを考えてみますると、今日のような状態であるかどうかにつきましては、私もまだ見当をつけ得る段階ではございません。さようなことで、いま円の切り上げという話題を提供する人がありますが、私自身といたしましては、いささかもそういう必要があるとも考えませんし、それを考えようともいたしておらないということをはっきり申し上げます。

松尾正吉公明党

○松尾(正)委員 円の切り上げに対しては相当いろいろな説があるけれども、いま大臣としては一切考えていない、こういうふうに理解してよろしいわけですね。  それでは、なお税の基本的な問題、改正の基本的な問題あるいは七〇年代に対する改正の意図、これらに対しましては、さらに続いて予算委員会その他でお伺いしたいと思います。  以上をもって質問を終わります。

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 永末委員。

永末英一民社党

○永末委員 二十七分間で福田大臣の税制に関する基本観念をひとつ伺っておきたいと思います。  私は、一九七〇年代には日本の国は相当な変化の中に入らなくてはならぬと思います。したがって、その相当な変化の中で日本国家が国家の統一性を保って生き抜いていくためには、国民一人一人の国家観念というものがしっかりと把握されていなければならぬ、このように考えます。  さて、国家観念と申しても、一九六〇年代にケネディが申しましたように、国家が国民に何をしてくれるかを考えるよりは、国民が国家に何をするかを考えろというような、上から落ちてくるようなものの言い方で、七〇年代のわが国の若い世代の国民が国家を考えるとは私には思えない。しかも、大蔵大臣の直接の所管である事項の中で、あなたが国家の代表者として国民に臨むのは租税であります。そういう観点から、ひとつあなたの基本的な考え方を伺っておきたいと思います。  第一は、わが国は大衆社会状況をすでに呈しております。特にこのごろは情報化社会といわれておる。つまり、たくさんの情報があふれておるけれども、これを個人個人が消化することはきわめてむずかしくなっておる。言うならば不完全市場、たくさんそれがあって、その不完全市場に一つ一つ情報の色づけが行なわれておる、こういうような社会になりかねないのであります。したがって、国民はその限られた環境の中で自分の生活を展開するだけであって、それを乗せている国家観念まではっきりとつかむようにならない、こういうことが私には心配であります。  そういうような中で、われわれ国民は自分の所得の源泉を、大体都市化現象を起こしていく都会の中で現金収入者として求めざるを得ない、こうなってきておる。それが非常に大きなスピードで、ますますその速度が添加されていくと思います。さてそうなると、すなわち、いわゆる給与所得者に対する課税というものがいままでとは違った形で、大蔵大臣としても真剣に取り上げねばならぬ問題になってきておると私は思います。大体第一段でその辺の感覚はあなたはいかがですか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 どうもよくつかみにくかったのですけれども、もう一度……。

永末英一民社党

○永末委員 それではもう少し説明をいたしましょう。  あなたが昔、自民党を代表して本会議で代表質問をされたときに、昭和元禄を嘆き、そして昭和維新の必要論を論じられたことを私は記憶しておる。それに合わせて言うてみたのですが、その辺の感覚を少し思い起こしていただいてお答えいただければ幸いです。こういうことですね。勤務をしている場所、その環境は、そこで働いている給与所得者が自分のいわゆるマイホームとは違った環境にあるということですね。すなわち、もし価値の体系があるとすると、自分のマイホームよりは数段すばらしい環境にあるということ、そしてその勤務してのおるところで扱っている経済量は、自分のふところに入っている金——その金で自分の家庭をささえるのでありますが、私経済、これと非常にその経済量が違うということ。しかも情報化社会におきましては、めちゃめちゃに盛んに商品の宣伝が行なわれておること。逆にいいますと、個人にとっては欲望が無限になってきておる。ところがその無限の欲望を抱きつつも、その欲望を充足する手段としてふところに入っている金はきわめて少ない。ここに、個人を取り巻く環境と、彼が公の場所におって与えられておる環境とが大きな断絶があるわけですね。だからこのごろむかついて人殺しがはやるんですよね。若い人でもそれをやり出す。この辺をよく考えてほしい。いわゆる給与所得者に対して源泉徴収という戦争以来の制度がまだ続いておるということを一体あなたはどう考えるか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 源泉徴収制度は、先ほどの私の考える租税三原則、国民との摩擦のない形、それに相当するわけでありますが、これは勤労者の納税体制として非常に慣熟をしたというふうに見ておるわけであります。これを一々必要経費はどうだというようなことを論じておったらたいへんなことになりはしないか。しかもこれから御指摘のように勤労者がたいへん多くなってくる。これはもうたいへん多くなってくる傾向を持つであろうというふうに思うわけであります。源泉徴収制度はやはり租税徴収の制度として適切な制度ではなかろうか、そういうふうに考えておるわけであります。  前段において、この社会環境の変化等に対する見解を述べられましたが、それについては私も同感であります。

永末英一民社党

○永末委員 いま大蔵大臣は、源泉徴収制度は給与所得者に対してすでに制度として慣熟している。それは長年たてば慣熟もしましょうが、どういうぐあいに慣熟しておるかということをお考えになったことありますか。払いたくなくても月給袋をもらったときに天引きで取られておる。しょうがないから(春日委員「泣く泣く慣熟しておる」と呼ぶ)ということであります。泣く泣く慣熟しておる。給与所得者の一人一人の心から言うならば、もし全額持って税務署がこれを払いに来いというならば、おれは払ってやらないぞと思っておる人がおるかもしれない。  それはどういうことかというと、最初の話に立ち返って、給与所得者、特に都市化現象を起こして、たくさんのいろいろな事業所がございますが、そこで働いて現金収入を得なければならぬ者にとって、国家が立ち会えるのはまさしく一月に一ぺん月給袋をもらったときで、国家は税金を取る。しかし国家は何もしてくれないではないか、こういうことになるならば——何かするほうを言っておるのじゃないですよ。税金を取るという場合には、まさしく納税者のほうもその制度に慣熟し、その制度の積極的な意義を認めさせるような、そういう納税の中身がないといけませんね。その御用意があるかどうか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 源泉徴収制度というもののやり方は、ほかの部門でもできますれば私はこれはけっこうなことだと思いますが、そういう適当なものがありませんですから、いまは勤労者ということになっておるわけでございますが、これは一一必要経費はどんなもんであるかというような論争をして、そうして納税をするというようなことに比べますると、これははなはだ合理的、近代的なやり方ではないか、そういうふうに考えております。ただ、その必要経費、これは一律にきめるわけでありますから、そこに問題がありましょう。さればこそ、今度も必要経費、これを拡大するというような考え方をとったわけでございますが、私は、制度としてはそうここで考え直すべき問題ではあるまい、かように考えております。

永末英一民社党

○永末委員 先ほど大蔵大臣は御答弁で、租税制度について一つの重要な柱、それをささえるものは公平であると言われた。給与所得者はみな知っているわけですね。ほかの所得者は自己の税金について、やはり国家と、その税金を取るほうと対等の立場で戦い得る立場にあるんだということを知っている。ところがわが給与所得者に限っては、悲しいかなサラリーマンもブルーカラーも戦えない。どっかできまっちまう。すなわち国会できまった制度の中で有無を言わさず取られている。ここのところなんですね。ここの心理状況が一体どうなっているかということを、聡明なる大蔵大臣はよくお考えをいただきたいと思います。慣熟しているかいないかというのはそこなんですね。相手方は、戦っている国民層がたくさんあるわけです。戦っているということばがいやならば、自己の主張を主張し得る。ところがこの源泉徴収という制度のために主張し得ない。しかし、だから源泉徴収をやめろと言っているのじゃないですよ。そういう心理状態にあるということをもし考えることができるならば、いやいや納めている者については納めなくていいようにすることを考えたらどうか。  そこで、私はこのごろの税制の説明で非常に奇異に感ずる問題が一つある。いつでも出てくるのは標準世帯、夫婦と子供三人だ、こういうのですね。ところがよそのほうで出てくると五人になっているところはありはしないのですね。特に都市化現象を起こして、小ちゃなアパートなりに若い人々が住んでいるということになりますと、もっと下がってきておる。だとするとむしろ問題は、すでに子供が三人もおって相当年月つとめて、そうして給与が上がってきている方にも問題がございましょうが、そうではなくて、学校を卒業したてで、未成年で単身でつとめておる者にも税金がかかっておる、これをどうするかという問題。それから、いよいよそれが結婚をしようとする。二人の帯の場合に、きわめて——日本の経済は大蔵大臣の言われるようにでかい、世界第三位ではないのであって、一人一人にとっては給与水準はきわめて低い。だから結婚しようと思っても、女房候補者もまたつとめておる。したがって、これは共かせぎをしなくちゃならぬという問題を若い人はほんとうに真剣に考えているのですね。  さて、そこで、もし彼らが世帯を持った場合に一体どういうような税制になってくるのだろうか、この辺をもっとぼくは考えてやってほしい。もし主税局長のところで資料があるならば、単身とそれから夫婦、特に若年のほうですね、どれくらいの人数がいま源泉徴収で取られておるか、ちょっとお知らせ願いたい。

細見卓大蔵省主税局長

○細見政府委員 調べて後ほどお答えをいたします。

永末英一民社党

○永末委員 それを聞かないと前進をしないのですがね、大蔵大臣。つまり、いままでありきたりのようにいわれてきた標準世帯論というものは、私が先ほど申しましたような都市化現象を起こしておるところで、実際に生活の前線に立っている若い世代とは違う議論なんです。五人世帯を置いておいてそして百万円だということと。その言い方の中には、あたかもみんな百万円が限界のように考えるが、そうじゃない。単身なら三十数万円だし、夫婦になって五十万円でしょう。ところが百万円がもう免税点だという感覚になる。これはことばのごまかし。おれはそんなつもりで言っておるのではないと言われるかもしれませんが……。だから、実態に即して言えば、私はそこのところに問題があると思いますので……。わかりますか。わかるならばひとつお知らせを願って進めたい。

細見卓大蔵省主税局長

○細見政府委員 税法上、独身というのをつかまえにくいので、つまり夫婦共かせぎの場合もそれぞれが一人として出てくるものですから、そういう意味で必ずしも独身ということをあらわすかどうかはわかりませんが、要するに、扶養家族のない給与所得者で納税者である人というのは約一千万人、それから一人の人、つまり夫婦、これが二百十二万というようなことであります。ついでに、全体の納税者は二千万になっております。

永末英一民社党

○永末委員 大臣、いま数字が出ましたように、過半数がいまのような人間なんですね。納税者、給与所得者の総人数が二千万でしょう。そうして、いまのように一応単身、扶養家族なし、夫婦というところで仕分けられているものが一千二百万であります。そうすると、いま、今度の税制で給与所得者に対する税金を大まけにまけた、雑な言い方でいえばこういう表現ですが、はたしてこの点の人々がどうなっておるかということを具体的に即して考えなければならない問題だと私は思います。そこで、これは詳しいことはどうせ税制でやりますから、考え方だけただしておきたいのですが、そういうところに問題があると大蔵大臣はお考えでしょうか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 今度の御審議願う法律案では、確かに独身者なんかについての配慮が他のものに対する配慮よりも低いわけです。それは十数年ぶりで税率調整をした、こういうところに関係があるわけでございますが、低い方につきましても、これは累年控除率の引き上げ等をやってきておりますので、少し長い目で税制改正を総合的にごらんになりますると、かなり手厚い措置が行なわれておる、こういうふうに見ておるのでありますが、今後もそういう御指摘の点等を念頭に置きまして、総合的なバランスがとれるようにというところには努力をいたしていきたい、かように考えております。

永末英一民社党

○永末委員 いま大蔵大臣、長い目で、こういうことばを使われるが、私は急いでいる。なぜかならば、一九七〇年代というのは——すでに昨年一昨年、大学で起こったような紛争がございました。あの紛争を私は、大学の外部社会に伝染し得ない性格のものであるから、どうせおさまるだろうと思っておりました。しかし、あの世代の人間がああいう考え方をしてあれを起こしたことは事実であります。その社会現象というものを大蔵大臣としてやはりしっかり見きわめていただきたい。単なる昭和元禄の問題ではない。そういう人人、あの世代の人々がいまのような単身ないしは夫婦共かせぎのような、あるいは扶養家族なしというような形でこの納税戦線に立ち上がってくるわけです。そうして、その人々の大部分は、満員電車にゆられ、ろくな住宅がなくて苦労しているわけです。国家は社会資本の充実等いろいろありますが、国家から与えられるものがなくて、自分は課税の天引きをされている。この人々の国家観念というものがしっかりしたものにならぬ限り、日本国家は、先ほど経済的にこれから落ち込むかもしれないと大蔵大臣は心配されましたが、私はいまのような国民の心情、心意の点において、きわめて心配しておるわけであります。  そこで、あなたは昭和維新論者でしょう。長い口でなんかやらないで、急いでくださいよ、ここのところを。なるほど、中堅の所得者に対するいわゆる所得の弾性値を下げるために、先ほど質問がございましたけれども、増税というのはあのことなんであって、住民の感覚からいえば、ベースアップがあって定期昇給があって、だからふところがふくれるだろうと考えておったところが、税金をたくさん取られた。これでは減税とはいえない。そういうものなんだ。しかし、もっと重要な点はここのところである。この人々が、ほんとうに重要なのは、国家はおれたちのためにあるんだというようなことを思わせるためには、私はやはり手を加えるときである。このごろの統計数値は御存じだと思いますが、どんどん新しい納税人員がふえていっておって、課税最低限はなるほど引き上げられました。しかし、まさにこの点についての納税人員がふえていっている。一体納税人員をふやしていかれるのか。こういう実情を考えられましたならば、納税人員は下のほうでふやさないようにしようとする方針を立てられるか、伺いたい。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 これは国がやるべき問題がどういうふうな傾向になるだろうかという問題と相対的な問題になるだろうと思いますが、永末さんの御指摘の、若い者の心情というものをよく理解せよという点は、これは私も傾聴いたしました。今後の問題としてよく考えてみたい、かように思います。

永末英一民社党

○永末委員 端的に伺いたいのは、大臣、ここの点はこういうことなんです。いままでの納税制度なり内容に対する考え方、たとえば昭和十年を起点としてずっと一連の流れがある。それを物価指数によってデフレートしたりしていろいろ説明するわけですね。コンピューターがときどき選挙のとき間違えますね。あれはインプットが悪ければアウトプットが間違えるのはあたりまえであり、コンピューターのせいではない。もしわれわれが、いまの税制がいいか悪いかということを考える場合に、単に昭和十年にデフレートしてみたところで問題が解決するものではない。ただここで著しく変わってきておるのは納税人員でしょう。その納税人員を考える場合には、頭の中で、先ほど申しておりますように、五人世帯の課税最低限を考えて、それから下がって単身の課税最低限がきまるわけだ。したがって、そのものの考え方の中には、所得の流れはありますよ。しかし納税人員というものは一体何人が適当なのかというような観点はないわけなんですね。だから、いままでのような税制の考え方の中に一体——いま千二百万と出ましたけれども、その人員というものに視点を置きつつ、たとえば単身世帯の中で、中学を卒業し高校を卒業した者が、ことに中学を卒業した者が未成年でも税金を納めざるを得ない、いま所得の量からきますから。結果的に未成年者の源泉徴収にかかわる納税者はなくなるであろうとかいうことではなくて、政策的にそういう点はもう落とすのだということを立てて課税最低限はきめていく、こういう発想が私は望ましい。これがまさにいま考えなくてはならない税制改正に対する一つの視点だと私は思う。その点についてあなたはどう考えるか、伺いたい。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 国民の全体が納税をする、そして国家について責任を持つ、そういう状態ですね。つまり、それだけの能力を国民全体が持ち得るという状態になるくらいな日本国になることが望ましい、私はこういうふうに考えます。しかし、現実の時点をとらえて、現実に低所得である、そういうような者に対する配慮、その考え方、ものの考え方、それについては私もよくひとつ考えてみたい、こういうふうに申し上げておるのです。

永末英一民社党

○永末委員 ことしは言われなかったのですが、前の選挙が済んだ佐藤内閣では、福田さんは大蔵大臣であったか幹事長であったか忘れましたが、人間尊重なんて佐藤さん言いましたね。私は税制でも人間尊重をしてほしい。人間尊重でやってほしい。その人間尊重の一つの柱は、やはり未成年者には課税しない、こういうことだ。その未成年者に課税しないというのは、未成年者だから課税しないというのではなくて、そういう所得水準にかけておることは間違いである、そういうことです。そういう一つの考え方が立ち得ると私は思いますが、もう一ぺんそこをお答えいただきたい。未成年者が、今度の税制改正で納税者の数がこれこれと出てきますよ。そうしたら、だからそれをはずせというのではない。それをはずせるような税制に次のときには考えてほしい、こういうことです。お答え願いたい。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 未成年者だからこれを所得税対象から除外する、こういうわけにはいかぬ。これは永末さんもそのとおりにお考えだと思います。しかし低所得者、そういう者に対する配慮ですね、これについてさらにさらに時代の流れに即応して考慮すべし、この所論につきましては私もそんなような感じがします。なお、それをどういうふうに具体化するかにつきましては今後の検討問題にいたしたい、かように考えております。

永末英一民社党

○永末委員 さて、考えるということでございますが、ひとつ考えることを待っていますから、早く考えてください。  もう一つ、なかなか解決しない問題にサラリーマンの必要経費の問題がございますね。なるほど、自分が家事をやるための経費が税金の対象外になるというようなことはできないと私は思いますが、しかしサラリーマン——このごろサラリーマン論が非常に盛んでございまして、哀れなる者はサラリーマンだという説もございます。国会議員も考えてみるとサラリーマンみたいなものですね。しかし国会議員がサラリーマンだといいますと、全国のサラリーマンに、何を言うかとおこられるかもしれませんね。しかし所得の形式はまさしく給与所得扱いだからサラリーマンみたいなものなんです。国会議員はどうでもいいのでありますが、つまりサラリーマンというのは、自分がいわゆる家事なり家事関連費で自分の生存を維持しておるということが、サラリーマン個人の一番適格要件をつくるための準備行動なんですね。それはちょうど家をつくったり店舗を持ったり、機械を入れたり物を買い入れたりすることと同じであって、自分のからだに米を入れ肉を入れ、ときにはお酒を入れたりビールを入れたり、そして働いて所得を得ておる。それはちょうど小売り店で問屋から材料を仕入れて、そしてこの中で所得を得ておるのと一つも変わらぬわけですね。問題は、事業所得者が最終的な家事並びに家事関連費として使っているもの、これはわかりますよ。そっちの事業所得の中身を調べていけばわかる。サラリーマンがいまのようなことで所得を得ている、その中身の家事並びに家事関連費というものが相当であるならば、サラリーマンが——ここ二、三年のようにサラリーマン何とかといってあらこち、あなたの党内にも税制がきまってからサラリーマンの課税をやる連盟をつくった。これはよくわからないのですが、税制をつくるまでにやればいいと思うのです。これは失礼。  そういう公平をとるべしと思うのです。その場合に、サラリーマンには、必要経費といったってわからぬのだからと言って、いまの額のサラリーマンの給与所得控除ということだけでいいんだろうか。基礎控除と給与所得控除と、最高十五万円になりますが、もうちょっと下の所得では下になりますね。十八万円と十数万円で、それでいいのだろうかという気がするわけです。だから、もちろんサラリーマンにもいろいろ職種がございますが、やはり何か個々のサラリーマンとしての必要経費というものを認めてやらなくちゃならないのではないだろうか。たとえば評論家という人種がある。評論家が取材のためにバーへ行って酒を飲んだ、そのバーのツケは領収書があるならばこれは必要経費に認めておるんですね、大臣。サラリーマンがバーへ行って安ものの酒を飲んでツケを持ってきても税務署では認めませんね。そういう不公平感がある。これは実際町で行なわれていることですね。何かやはりそこに——サラリーマンとしての調査はなかなかむずかしいかもしれない。しかし、もし給与所得控除一本でやるというならばもっと大幅に上げるべきだ。これを引き上げるならば、先ほどの給与所得者における低所得者は全部はずれますが、そういう方法をとるか。それが時間がかかるというならば、サラリーマンにも何ほどかの必要経費を認めてやるか。どっちかだと思いますが、お考えを伺いたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 サラリーマン問題は、必要経費問題をめぐってなかなかむずかしい問題なんですが、ただいまのところの考え得る処置は控除の問題だ、そういうふうに考える。これは税制調査会でも非常に議論をいたしまして、慎重に決定した、その長期答申に基づきまして、今度それを完全実施をするということにいたしたわけでありまして、まあまあ、私どももいいことをやるんだ、やったというふうに考えておりまするし、サラリーマンユニオンにおきましても、完全に実施したということについて敬意を表するというような状態でありますので、私はまあまあだ、こういうふうに思いますが、いろいろサラリーマン問題につきましては問題もありましょう。ありましょうから今後も検討いたしますが、今日では、この段階として最善と考えますのは、ただいま御審議をお願いしておるこの税制改正、こういうふうに見解を持っておるわけであります。サラリーマンの方も大かた納得を得ておるのではあるまいか、そういうふうに考えております。

永末英一民社党

○永末委員 もう時間でございますからこれで終わりますが、あなたは日本の経済のことを御心配で、私もあなたと同様に心配しますが、その経済をささえている人間、その多くの場合が事務に従事しているサラリーマンかサラリーウーマン、この人々の主張点というものは、実はよそにプレッシャーグループとして押しかけることのできない存在だ。われわれがその代弁をせざるを得ないと思います。あなたもその一人だと思いますが、ひとつ十分にお考え願いたい。  いずれまた各論でやります。終わり。

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 小林委員。

小林政子日本共産党

○小林(政)委員 八分間というきわめて短い時間でございますけれども、私はこの際大臣に、経済の高度成長のもとでいま深刻な状態に置かれております老人の医療費無料がなぜできなかったのか、そしてこの実施の問題について、ぜひこの機会にお伺いをいたしたいと思います。  まず最初に、昭和四十四年度の税の自然増収は幾らございましたか。また四十五年度はどのくらいのお見込みをお持ちですか。その点についてまず最初にお伺いをいたしたいと思います。

細見卓大蔵省主税局長

○細見政府委員 四十四年度の自然増収額は一兆一千九百五億でございまして、四十五年度は一兆三千七百七十一億ということになっております。

小林政子日本共産党

○小林(政)委員 たいへん膨大なものでございますが、そこでぜひ大臣にお願いをいたしたいのでございますが、それは、老人で生活機能を失っている方々の医療費について、現在の医療保険制度では三割ないし五割の負担でございます。これを何とかして無料で安心して医療を受けられるようにして差し上げたい、これが国民の中で活動いたしております私たち政治家の差し迫った仕事かと心得ております。御承知のとおり、すでに東京都では、いろいろ制度上あるいはまた制約等、困難なことがございましたけれども、勇断をもって昨年の十二月からこれを実行いたしております。これを国として全国的に私はぜひ実施をしていただきたい、この強い、要望を持っております。大蔵大臣は国の財政を握っておられる方でございますから、その緊急性、必要性というものをほんとうに痛感されまして、ほんとうにやろうと決意してくださればこのことはできることと考えますけれども、いかがでございましょうか。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 老人問題は、これは私どもも非常に頭の痛い問題になってきておるわけで、この間の私の財政演説におきましても、六〇年代が生み出した一つの大きな課題は、老人問題にいかに対処するか、こういうことだというふうに申し上げた次第であります。  そこで老人医療の問題でありますが、これに対して国費、地方費、つまり公的負担で全部やれないか、こういうお話と承りましたが、これは公費負担の全額制ということは、社会保障体系からいうとなかなかむずかしい問題があるのです。いま社会保障制度審議会のほうでもこれをいろいろ議論しておる段階でございますが、いろいろその議論を伺ってみたいし、またその結論もよく見てみたいと思うのです。全額制ということは、他の諸制度との関係上、考え方としてそう簡単なものではありませんので、ここでこれをやるのだというふうなことを申し上げることはできませんけれども、審議会の答申がどうなるか、その成り行き等も見まして慎重に考えてみたいと、こういうふうに考えております。

小林政子日本共産党

○小林(政)委員 大体そういったような御答弁をいただくのではないかというふうに思っておりましたけれども、しかし私は、大蔵大臣に特にお願いをいたしたいのでございますけれども、審議会等でいまこのようなものについていろいろ検討もされているということですけれども、どのような答申が出てまいりましょうとも、政府としてこの問題についてはやはり積極的に問題を解決していくというような、そういう立場、そういう御意向をぜひ私は持っていただきたいというふうに強く要望をいたします。  特にいま老人の置かれている実態等につきましては、これはもう深刻な状態にまで立ち至っております。私の知人の方の中にも、お年寄りをかかえて、その医療費も五割負担で、月二千五百円以上の医療費が本人負担としてかかりますし、また病人の世話などで家族が疲れ切っているという悲惨な状況にいま立ち至っておりますけれども、これは決して珍しいことではなくて、特に年をとってからの病気というのは慢性的で、長い期間の治療を必要とする場合が多く、したがって治療費もかさむと同時に、所得が少ないために、医療にかかりたくとも、国民健康保険あるいはまた社会保険の本人負担が支払い切れずに、医者にかかることをあきらめてしまうというような、こういうお年滞りの方々も非常に多いわけでございます。東京都が四十三年度に実施いたしました老人福祉法に基づく老人の健康診断の結果等を見ましても、受診した人員は十一万九下六百八十六人ございましたけれども、そのうち治療を必要とするという方々は七万三千六百八十丘人で、六一・五七%という非常に高い率を示しております。  私は、これらの深刻な実態に対して、国としてどう積極的に対処していくのか、この点について伺ったわけでございます。この実態を見かねて、東京都では——国にはいろいろと反対もあったようでございますけれども、昨年の十二月から老人の無料医療を実施いたしております。このことは都がやっていることでございますし、いま大臣からいろいろと制度上の問題等というお話もございましたけれども、ほんとうに積極的に解決していこうという姿勢があれば、この問題については解決が——都がやっていることを国ができないということは私はないと考えます。まして財政規模の点から考えましても、約八兆円に近い膨大な財政規模を持っている国の財政の中で、この深刻な事態を一日も放置することはいまできないところにまできているのではないか、このように考えます。特に私ども共産党は、老人の医療費の無料化をほんとうに、これは直ちに差し迫った問題として実施していかなければならない深刻な問題だというふうに考えておりますし、さしあたっては東京都が実施いたしておりますこのことを国が実施すべきであるというふうに考えます。また、老後の生活を保障するためにという名目で集められました厚生年金や国民年金の積み立て金等、あるいは掛け金、こういったものが財政投融資に繰り入れられておりますけれども、寝たっきりのお年寄りのために、あるいはまた医療費その他の問題について、積極的にこれらの問題を活用していくべきだというふうに考えております。  これらの問題等に対して大臣の誠意ある回答をお願いいたしまして、私の質問を終わりたいと思います。

福田赳夫自由民主党大蔵大臣

○福田国務大臣 老人問題は、先ほど申し上げましたとおり、私ども今後の課題として重要な問題であるというふうに考えております。一両年前から、寝たっきり老人の対策、これを始めましたが、四十五年度の予算では白内障老人に対する無料手術の措置を始めるとか、局所的な対策をぽつぽつとっておりますが、御指摘のように、老人をどうするか、こういう問題、これは今後の社会保障施策の重要な課題になってくるというふうに思いますので、ひとつ鋭意検討してみたい、かように考えます。

毛利松平自由民主党

○毛利委員長 本日の議事はこの程度にとどめ、これにて散会いたします。    午後零時四十五分散会

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