産業公害対策特別委員会 第15号
- 発言数
- 204 件
- 登壇者
- 21 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1970/06/10
会議録
○加藤委員長 これより会議を開きます。 産業公害対策に関する件について調査を進めます。 ただいま御出席の参考人は、水俣病補償処理委員会会長千種達夫君、東京大学助手宇井純君、日本鉱業株式会社社長河合尭晴君、石油連盟会長出光計助君、社団法人日本自動車工業会会長川又克二君、医師萩野昇君、岡山大学教授小林純君、以上でございます。 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。本委員会におきましては、産業公害対策樹立のために調査を進めておるわけでありますが、自動車の排気ガスによる鉱害問題、黒部市におけるカドミウム汚染問題、水俣病問題について、参考人各位には、それぞれのお立場から、問題の経緯またはその事情等について、御意見を述べていただくようお願い申し上げます。 なお、参考人の御意見の開陳は、おおむね一人十分ないし十五分程度といたしまして、あとは、委員の質疑の際にお答えくださるようお願い申し上げます。 それでは、最初に千種参考人からお願いいたします。水俣病補償処理委員会会長千種参考人。
○千種参考人 それでは、水俣病補償処理案作成に至りました経過と要領を申し上げることにいたします。 これはいままでもう新聞でしばしば発表されたことではございますが、新日本窒素肥料株式会社と水俣病患者家庭互助会との間に昭和三十四年十二月二十九日、不知火海漁業紛争調停委員会の示した調停案を受諾しまして、円満に解決して、同月三十日両者間に水俣病に関する補償問題についての契約書が一応取りかわされまして、互助会員はその後その契約に基づいてきょうまで見舞い金というものを受領してきたのであります。しかし、昭和四十三年九月二十六日に水俣病の原因に関する厚生省の見解が発表のありました機会に、互助会員の一部から契約に基づく補償額の増額の要求がありました。会社は昭和四十四年二月二十六日厚生大臣にあてまして、本件の紛争の処理のために厚生省が設置する第三者機関である委員会の委員の人選につきましては、厚生省に一任をして、委員会が当事者双方からよく事情を聞いて、双方の意見を調整しながら論議を尽くした上で示す結論には異議なく従うということを誓約する旨の契約書を提出したのであります。これに対して互助会に属する死亡者二十六名の遺族及び生存者四十九名から、昭和四十四年四月十日厚生大臣にあてまして、本件紛争のあっせんにあたっては、あっせん委員の人選について厚生大臣に一任したのであります。解決に至るまでの過程で委員会が現地水俣の実態を十分調査して、当事者双方からよく事情を聞いて、また双方の意見を調整しながら議論を尽くした上で示す結論には従うから、よろしくお願いするというような依頼書を提出したのであります。この両者の依頼に基づきまして、厚生大臣は昭和四十四年四月二十五日に水俣病補償処理委員会の委員を委嘱しまして、これに紛争の処理を委任されたのであります。しかしこれは厚生省も私どもも、いわゆる仲裁契約であるとは考えていなかった。あくまでも当事者に対するあっせんでありますから、もしこのあっせんに応じないという方は応じなくても差しつかえないという態度で初めから臨み、また当事者にもそのことをよく説明をしておいたのであります。 次に、あっせんに至る経過でございますが、委員会はこれに基づきまして会社といわゆる患者側の一任派との間に紛争解決に当たることになりまして、四十数回、その間患者側代表や会社側代表にもしばしば会って意見を聞きましたし、また水俣にも数回おもむきまして、患者やその家族、または死亡者の遺族に対しても親しく面接いたしました。実情を調査するとともにその訴えを聞きまして、会社の水俣工場も実地調査して、会社側の説明も聞きまして、なお関係者や医学者及び医師などからも数度にわたりまして経過や症状などを聞きましたほか、いろいろ関係文献やあるいは交通事故や何かの処理に対する調停や和解というようなこともよくしんしゃくいたして検討をしたのであります。 そこでここに会社の法律上の責任がどうであるかという問題があるのでありますが、委員会は紛争解決のあっせんをするのが目的でありまして、裁判のように法律的な結論を出すことが目的ではありません。のみならず、裁判のように証人を呼んで宣誓さして、違反した者は刑罰に処するというようなことができる性質のものでもありませんし、また和解ができなければ裁判をするというような権限も、これは裁判所にはありましても委員会にはあるわけではなく、ただ委員会は相互の互譲の結果によってこれを解決するよりほか手段がないような状態であります。しかし一応あっせんをするにあたりましては、法律上の問題点についてもやはり考慮する必要がありますので、ある程度検討はしてみたのであります。 申すまでもなく、現在の法制のもとでは、水俣病のような被害につきまして、会社の排水が原因しておるということだけでは、会社側に法律的責任を負わせることにはなっていないのであります。この点がよくほかの鉱山なんかの問題と混同されまして、因果関係さえあるならば直ちに損害賠償責任が法律上にもあるのだというふうに解釈されておるのであります。けれども、水俣病の場合につきましては、因果関係があるということだけでは法律上の責任を負わせることができることにはなっていないのであります。しかし、会社側に民法上のいわゆる過失があるということが認められるかどうかということにつきましても、ある程度まで検討はいたしてみました。しかし、何らかの意味で過失があるということが認められるといたしましても、その時点がいつであろうか。たとえば昭和三十一年に最も多数の患者、五十二名が出たのでありますが、その時点において、はたして工場の排水が原因しておるということが予見できたであろうかどうかというような事柄につきましても、いろいろ検討を試みてみたのであります。けれどもどの委員会としましては、それについての見解を決定はしないことにいたしました。同時に、発表もしないことにいたしました。その点は現在裁判上において双方非常に争われておる問題であります。裁判上に争われておりますような問題をほかのほうが論議して意見を出すということは、やはり裁判に対するモラルに反することにもなりますし、私どもも長い間裁判官生活をしており、こういう問題について前から関心を深く持っておった者でありますので、そういう見解をこうした十分な権力も持たずして調べた事柄で発表するということは、訴訟に対する影響ということも考えまして考慮せざるを得なかったのであります。 また、会社と患者側との間には、昭和三十四年の十二月三十日に契約書が取りかわされております。この契約を直ちに無効であるといえるかどうか、和解と見るか、いろいろ考え方はありますが、その性質上の問題からしても議論の余地がありますが、特にその契約書の第五条には、患者側は将来、水俣病が会社の工場排水に起因することが決定した場合においても新たな補償金の要求は一切行なわないものとするという、その条項までつけ加えられておるのであります。当時すでに水俣病が工場排水によるかどうかが一般にも問題になっておったのでありまして、当時一般の権利意識が今日のように高くなかったこと、その他の各種の事情を考慮に入れましても、これを直ちに無効であると断定すべきかどうか、なお考えるべき問題があるように思われたのであります。 こうして法律上の責任の問題がございますが、しかし、会社側の社会的責任というものを他面において考えなければならない。しかし、本件の被害が会社の工場排水に原因しているということは、今日では医学界や厚生省の見解の発表などによりまして、一応認められておるところであります。今日、水俣病で苦しんでおる患者やその家族の実情を、私どもは参りましてまのあたりに見たのであります。しかし、死亡した患者の遺族の気持ちもわかりますが、また特に重症患者として生き残っておる人々のことを考えますときに、これらに対しましては、どれだけの金を支払ったからといってこれが償われるものではないということをつくづく感じたのであります。そこに、会社側にも法律上の責任のあるなしはしばらく別としても、ともかくもできるだけのことをしてもらいたいということを希望いたしまして、そして道義的な意味におきましても適当な措置をとりたいと考えたのであります。 また、契約書に定めてあります金額は、当時としては相当の額と考えられたことは認められるのでありまして、旧契約に定められた弔慰金の三十万円というのも、当時としてはあるいは必ずしも不当であったかどうかということは問題でありますけれども、しかし、今日になってみますと、やはり少な過ぎる結果になっております。特に、人間尊重という観念が高められまして、人身事故による損害賠償というようなものもだんだん高くなってきておりますし、また今日の立法も大体その線に向かって動いていくべき傾向にあることを考えますと、本件の補償額をきめます上においても、やはりこの点は全く考慮に入れないということはできないと思うのであります。しかし、これらの立法も、過去に起こった事故にさかのぼって適用されるものではありません。現時の立法や将来または改正されるであろうという法律が、はるか以前に起こった事故でありまして、もうすでに死亡者に金を払ってしまい、また年金も受領しておるという今日、一応すでに解決済みになっておるものに対しまして、そのままこれを当てはめるということも適当ではない。そういう意味から、補償額につきましてもおのずから制限のあることをやはり考えざるを得なかったのであります。 そこで、この委員会が補償案を作成しました方針と要領だけをきわめて簡単に申し上げておきまして、まだあとは御質問がございましたならば申し上げたいと思います。 この委員会は、いままで申しましたような会社の法律上の責任があったかなかったかということと、会社の社会的道義的な責任というものを両方考慮に入れました上で補償案をつくったのであります。 その第一は、死亡者に対して支払われるべきところの弔慰金であります。前の契約では発病のときに成年であったかどうかによって差を設けているだけでありまして、死亡者が死亡したことによってどれだけの得べかりし利益を失ったか、すなわちもしその人が生存しておったならばこれだけもうけ得たにかかわらず、死亡したことによってこれだけの損害をこうむったというようなことが考慮されたような形跡はないのであります。しかし、それでははなはだ不公平になりますので、この案では年齢によってさらに区別をつけました。たとえば、七歳未満とかあるいは七歳以上十八歳未満とか、十八歳以上五十一歳未満とか、五十一歳以上六十一歳未満、六十一歳以上というようなふうに、働き得るような年齢によって細分をしかのであります。遺族の慰謝料のほかに、こうして死亡者がもし死ななかったならば得たであろうと思われるところの利益の喪失をも考慮に入れまして死亡者の一時金を設けまして、金額に差を設けましてその公平化をはかることにして、その金額も前の契約のときよりは増額したのであります。 それから生存者に対する関係、この問題が私どもの最も頭を痛めて議論に議論を尽くし、あらゆる点から検討した問題でありますが、不幸にして報道にはこの生存者に対する支払いをどのようにしたかということが詳しく述べられておりませんし、これが論じられておりませんので、この点はもう少し申し上げておきたいと思うのです。 旧契約と同様に一生を通じて支払われる年金制をとったのでありますが、年金の額を増額しまして物価の変動によるところのスライドを明確にいたしました。これは三年ごとに物価の変動に応じましてスライドするということを明確にいたしました。患者に一生の間多額の年金を支払うということは、会社にとっては大きな負担になりますが、患者の今後の生活の保障ということを考えますならば、会社にこれをしいることにいたしました。この結果だけでも、もし患者が平均年数生きたとしますならば、会社の支払う金額は五億二千八百万円からにのぼる計算になるのであります。 それから旧契約の年金は、患者が発病のときに成年に達した者と未成年であった者とによって区別しておるだけであります。しかし、この案では症状や年齢によってさらに区分しまして、当時は症状が固定しなかったために、これはやむを得なかった措置だと思われますけれども、その後十年余りを経まして症状がほぼ固定しました今日では、その症状によってこうむる苦痛や、また働くことのできないことによって生ずる損害というようなことを考慮しますときに、症状の程度や年齢によって差を設けるのが公平であると考えたからであります。しかし、症状の最も軽く、年齢の最も若い人に対しましても、旧契約にありますために最小限度を認めて、また将来、症状の変化することのあることを考えましてその必要な措置を講ずることも定めておきました。 それからその次に、年金を受けていた者が将来死亡した場合に支払われるべき弔慰金につきましても、旧契約ではすでに死亡した者に準じて弔慰金を支払うことをきめておるだけでありますから、前に述べた不合理がやはりここについても言えるのであります。そればかりでなく、死因が水俣病によるかどうかによって区別しているかどうかも明瞭ではないのです。本来なら死因が水俣病に原因しているということが確定されない限りは、法律上訴えましても死亡そのものによる損害賠償は一文も取ることができる性質のものではないのであります。しかし将来死亡する者が水俣病が原因で死んだかどうかということを判定するということは、これは医学的にもまた理論的にも非常にむずかしいことであります。水俣病患者が水俣病で死ぬるというのでなくして、ほかの病気で死ぬる場合が多いのであります。水俣病で足が悪かったために自動車事故にあったというような場合に、水俣病で死んだといえるかどうか、水俣病にかかったことを非常に悲しんで自殺したという場合に、水俣病が死因であるといえるかどうかというようなことを将来の判定にゆだねることになりますと、これは紛争を将来に残すことになりまして、何らの解決にはならない。紛争を将来できるだけ残さないようにするという基本方針に従いまして、死因が水俣病であるかどうかをせんさくしないことにしたのです。 それじゃ、その額を一体どうしてきめるかということで、結局発病当時からかなりの年数を経て、きょうでは症状もほぼ固定しておりますので、現在の症状や年齢等を考慮しましてその一時金の額をきめた。すなわち、症状の非常に重い人は水俣病で死ぬるいわゆる蓋然性が多いであろうということで、軽い人ほど蓋然性は少ないということでその率をきめまして、その弔慰金というものも現在においてその金を払ってしまっておくという、しかし、そういうことをきめますと、もしそのあとすぐ死んでしまったような人々は年金を多くもらえないことになりますから、その一年間に死んだ人は、たとえば四年分の年金を継続するとか、あるいは何年分というふうにしまして、十年の間に死んだときには幾らというように細分したわけであります。 こうして年金の調整をはかるとともに、一時金と年金との支払いを両立させたということが、本案作成にあたって最も苦心したところでありまして、これは裁判所の判決では絶対にできないことであります。裁判所では現時点において全部払ってしまいまして、年金を払うということはないのであります。しかもスライド制をとるということもできないのでありまして、こういう点でこの委員会はこの案を出して、なお葬祭料につきましてもスライド制を採用して増額を行ないました。 こうしたような方針や事情によってつくられたものでありますから、今後新たに水俣病患者と認定したものがあったとしましても、それをそのままに当てはめることができるものではありませんし、よくこれが将来の公害問題の先例になるというようなことがしばしば伝えられておりますけれども、そういう意味におきまして、これは他の補償とはまた違った特質を持っておるものでありますから、これが将来の補償についてのあるいは参考になる場合があるとしましても、これが先例になるものであるということは私どもは考えておらないのであります。 まあこうして委員会としましては、患者側のこうむった精神上の苦痛や財産上の損害が、これだけの金額で十分償われておるものだということは毛頭考えておるものではありません。また会社側にとりましても一時金の増額に加えて、多年にわたりまして多額の補償金を支払うということは、企業上大きな負担ではあると考えるのでありますが、しかし、当事者間になるべくこういうことを考えて妥結してもらいたいということを希望したのであります。その後いろいろと両当事者間に折衝をいたしまして、最終的には患者側のほうから死亡者に対してさらに五十万円ふやしてもらいたい、生存者に対しては何らかの意味で三十万円ずつふやしてもらいたいという要望がありました。そうして会社側にいろいろと説明をいたしまして、何とかその線に乗ってもらえるようにということを話しましたところが、会社側のほうもその線に承諾をしてくれましたので、両方まあ円満に妥結いたしたのでありまして、そして一任派といわれる人々が帰りまして報告をしたようでありますが、最近向こうへ行った人々の意見を聞きましても、患者側もそれで納得してくれたということを聞きまして、私どもは陰ながら喜んでおる次第であります。
○加藤委員長 次に、宇井参考人にお願いいたします。
○宇井参考人 東京大学の都市工学で助手をしております宇井でございます。 十年ほど前からこの水俣病に関心を持ちまして調べておりました経過を最初にちょっとお話しいたします。 三十一年にこの病気が見つかりましてから、厚生省の公衆衛生院が原因究明の指導に三十一年、三十二年と二カ年にわたって若干の援助をしまして、これはかなりに原因究明に役に立った事実がございますが、その後厚生省の研究費の支給は三十四年に有機水銀が水俣病の原因として判明した直後に打ち切られております。また、厚生省の環境衛生局長が当時の熊本県知事に対して、もし患者や漁民との補償あっせんのために水俣病の結論を出すことが不利であるならば、結論発表友若干延ばそうか、あるいは伏せようかというふうな発言をしております。 その後、四十三年九月のいわゆる政府見解に至るまで、厚生省がこの問題で特に水俣病の解決のために努力をしたという事実はないのであります。 政府見解の後に患者互助会と会社の交渉で、厚生省が患者から頼まれて第三者として両方のあっせんに出たということを私聞きましたが、後に調べてみますと、実はこれは患者側と会社の交渉が行き詰まったときに会社のほうから示唆されたことであって、患者側が自主的に願い出たとはいえないということもあとでわかりました。このようないきさつから、厚生省ないし政府は水俣病において第三者として働いたとはいいかねる事情がございます。 そこで、千種先生をはじめとする三人委員会、正式の名前を私、ときどき変わりますのでよく存じませんが、補償裁定委といわれていたので、とりあえずそう呼んでおきますが、この作業が昨年からことしにかけて一年続けられております。この作業についても、私といたしましてはいろいろ疑問がございますが、ここでその二、三をあげておきます。 まず、患者に現地で数回接触して親しくその事情を調べたということですが、私の知る限りでは、水俣に二、三回行かれて、患者を呼びつけて、市役所の三階の会議室で一人十分間で二十年間の苦しみを話せというのが患者に対する調査の内容であったようでございます。このような条件で患者の身になってその苦しみを考えてみることができるかどうか、私にはちょっとここではわかりません。また水俣病という病気は不治の病気でございます。その上、時間がたつとともにだんだん悪くなります。こういった状況を現在の症状ではかるとおっしゃいましたただいまの千種先生のお話は、はたして正しいものかどうか、疑問がございます。 それと、患者の現在の生活につきましては、現地に住んでおられる詩人の石牟礼道子さんが、い以前から聞き書きをとっておられますが、その仕事あるいは私に対する調査、さらに水俣病については数年前からこのような資料がすでに出ておりますが、これを補償調停委が参考として事情を調べたということもなかったようでございます。このようないきさつと昭和三十四年十二月の見舞い金協定がこの補償の基盤になった由でございますが、これがあっせんに当たりました知事あるいは会社側、双方とも水俣病の原因は不明であるという前提に立って締結された。またあっせんに当たった知事や市長が、これ以上あっせんを断わるようならば手を引くと、半ば公然と脅迫をした結果結ばれたことについてはやはり考慮されていないものと考えるほかありません。 要するにこの水俣病に対する補償は、今回きまりましたものは水俣病の書面審査であると申し上げるほかはございません。事実に関しては、私の知る限りほとんど調べていない。書類に出たものだけについて正当性あるいは法律の上でどう整合するかということだけをきめられたのではないかと判断しております。しかも、この場合の廃水を流しました企業でありますチッソは、三十三年から数回にわたって研究班の報告に対し反論を発表し、あるいは資料の提供を拒否し、三十四年十月には有名なネコの実験の結果をみずから知りながらそれを隠して、三十四年十二月に、現在問題になっております見舞い金協約を結んでおります。こういったいきさつを考えますと、私には、なぜチッソに刑事責任がないのか、つまり過失を通り越しまして、故意に自分の利益を不当に守ったということは、われわれの常識で考えますとやはり刑事責任の対象になるのではないかと考えられますが、この点についてもちょっと——法律の常識を私持ちませんので、あるいは間違っておるかもしれません。 なお、たとえ病気の原因が水俣病とわかったとしても、これ以上の補償は支払わないという条項の有効性についてただいま千種先生からお話がございましたが、同様な工場排水について、これ以上の請求をしないといういわゆる永久示談条項は、大正十四、五年以来、当時の日本窒素の工場排水によって起こりました何回かの漁業紛争におきまして、水俣漁協との間に何度も同じ条文で契約されております。しかしながら、その後昭和二十八年に至るまでたしか二回改定してございます。ですから、チッソみずからこの永久示談条項は、漁協との協約に対しては無効であることを認めております。これが患者に対して有効であると主張するのはやはりかなりむずかしいことではないかと判断いたします。 このようないきさつを考えまして、水俣病の補償が現在第三者機関、それも患者の身になって考えたことのない第三者機関によって公正に補償金額あるいはその処理がきめられるということは私はたいへんおそろしいことのように感じます。このままで日本全国の公害がどんどん進行して、最も責任のはっきりしている水俣病でさえこの程度にしか責任というものが国の機関では、あるいは第三者機関では定められないといたしますと、さらに因果関係あるいは過失の立証がむずかしいような多くの公害につきましては、結局被害者は泣き寝入りあるいは病気になり損ということになるのではないかという心配がございます。それが私がきょうここで専門家ではございませんが、法律のことについても若干私の考えを述べた根拠でございます。 以上をもって一応終わります。
○加藤委員長 次に、河合参考人にお願いいたします。
○河合参考人 ただいま御紹介いただきました日本鉱業株式会社社長の河合堯晴でございます。 当社の三日市製錬所のカドミウムによる汚染問題につきましては、地元の方々をはじめ、あらゆる関係先に対し、多大の御心配と御迷惑をおかけしましたことを、この席をお借りして衷心よりおわび申し上げます。 本日は、この公害問題について説明せよとの御指示でございますので、私ども企業の立場から実情を率直に御報告申し上げますとともに、目下県、市並びに関係官庁御当局の御指導のもとに、全力をあげて取り組んでおります本問題の解決策につきまして、御説明申し上げ、御理解を得たいと存ずる次第でございます。 当社の創業は、明治三十八年故久原房之助氏による茨城県日立鉱山の開発に始まり、以来六十数年にわたり非鉄金属、石油などの地下資源の開発並びに製錬、精製等の事業に携わり、国民経済の基礎原材料供給の責務を果たしてまいったのでございますが、この間、地元との関係には特に意を用い、共存共栄の精神にのっとりまして地元の御発展にいささかなりとも御協力してまいった所存でございます。 すなわち、私どもの事業は、地元の御理解と御協力なくしては、まず成り立たないのでございまして、これまでの長い歴史におきましては、鉱業にとりまして宿命的とも申すべき煙害などの鉱害問題なども派生したことは事実でございますが、日立鉱山草創期における大煙突建設にも見られますように、常に誠意をもってこれが解決に当たり、結果的には地元の方々の信用をちょうだいすることができたと思うのでございます。 社会的信用の上に立って初めて私どもの事業が存立し得るとの認識は、鉱山会社としての当社創業以来の伝統的精神でございまして、私も毎年、年初の社長あいさつの際は、企業は社会的信用の上に立って初めて存在し得るものであると訓示いたしており、特に、ここ両年にわたりまして、公害問題を起こさぬことを第一義に要請するとともに、これが施設面の強化についても最重点としての予算措置を講じていた次第でございます。しかるに、今回三日市製錬所におきまして御高承の問題を惹起いたしましたことは、遺憾しごくに存ずる次第でございます。 今回問題となりました三日市製錬所について御説明申し上げますと、同所は昭和二十八年、当社と日窒鉱業株式会社との合弁で設立されました三日市製錬株式会社として出発いたしまして、その後日本製錬株式会社を経て、昭和四十年二月当社に合併いたしたものでございます。 同所の亜鉛製錬技術は、アメリカの技術を導入いたしましたが、当時は、わが国と同様アメリカにおいても、公害問題があまりやかましくなかったと見えまして、でき上がった工場は、意外にも率直に申し上げまして粉じんの多い工場でございました。 当時は、カドミウムが問題視される以前でございまして、もちろん当社といたしましても、カドミウムを有害視してはいなかったのでございます。しかしながら、環境衛生の観点からも、この粉じん防止には全力を尽くすべきものと判断いたしまして、独自の技術改善を加えるとともに、防除施設を逐次増強したのでございます。 すなわち、当時の三日市製錬所の工程は、焼結工程と蒸留工程の二つでございまして、最初の焼結工程と申しますのは、亜鉛精鉱を溶焼したこまかい粉状の受け入れ原料を、焼結機を使って融着させ、大きなかたまりとする工程でございます。 次の蒸留工程におきましては、焼結工程でできました焼結塊を、予熱の上、電気炉に装入して加熱いたしまして、還元により発生する亜鉛蒸気をコンデンサーに導き溶融亜鉛とし、これを鋳造して蒸留亜鉛を生産するのでございます。 公害源として問題とされておりますカドミウムは、原料焼鉱の受け入れ時並びに各工程から飛散する粉じん中に含まれるもの、焼結工程から生ずる排ガス中の粉じんに含まれるもの、並びに製錬所排水に含まれるものの三つでありますが、これらの粉じん等の防除に鋭意努力を重ねてまいったのでございます。 まず、飛散粉じんの防除につきましては、率直に申して操業開始当時は十分とは言いがたかったのでございますが、集じんのためのバグフィルター設備を逐次増強いたしますとともに、発じん個所の吸引ノズルに格別のくふうをこらしまして、集じん能力の飛躍的向上をはかったのでございます。現在では、集じんバグフィルターの吸引ファン用のモーター馬力は、一千五百馬力に達しておりまして、その規模の大きさは容易に御想像いただけるものと存じております。 次に、焼結排ガス中の粉じんにつきましては、これを水洗除去する役割りを果たします中和塔の能力を逐次増強いたし、また、技術面、管理面での改善くふうを加えますとともに、三十五年には大型の電気集じん機を取り付けまして、格段の進歩を遂げたのでございます。 さらに、翌三十六年には、カドミウムの回収を目的といたしまして、当社独自の減圧蒸留方式によるカドミウム工場を建設いたしまして、回収を開始いたしました。 また、排水につきましても逐次改善を施し、沈でん池による中和に加えて、暗渠を敷設したのでございます。 その後、カドミウムに対する厚生省の見解が出されました昭和四十三年以降は、新たな観点から防除施設全般の徹底的見直しを行ないまして、専用タンク車による受入れへの切りかえ、密閉式ベルトコンベヤーの採用、集じん機、中和塔並びに排水処理設備の改善強化等を行なったのでございます。 これらの結果、現在の製練所は、環境衛生面から見まして、創業当初に比べ画期的とも言える程度になりまして、粉じん、排水中のカドミウムは、いずれも厚生省の排出基準以下でございます。現在の施設からは、カドミウム汚染はないものと確信いたしております。今回の事件は、製練所周辺の土壌中のカドミウムが問題にされたのでございますが、これは、ただいま御説明申し上げましたカドミウム回収工場や、排煙、排水処理設備の完成前に排出されたもの、あるいは昭和三十八年七月の豪雨の際に、一時流れ出した沈でん池の廃水中に含まれていたものが、土壌中に蓄積されたものと思われます。 このように今回の問題は、カドミウムが公害源として問題視される以前のものの蓄積により生じたものでございますが、たとえ過去のものであろうと、現実に地元の方々に御不安を与え御迷惑をおかけしております以上、誠意をもって前向きにこれが解決に努力する方針を決定し、当面の操業と、今後の対策、補償等につきまして、目下県、市並びに地元の皆さまと鋭意お話し合いを進めておるところでございます。 まず、当面の措置といたしましては、住民の御不安を考慮いたします。また県並びに市の御要望等を尊重いたしまして、五月二十九日以降焼結炉二基のうち一基を停止し、操業を自粛いたしました。今後の操業度の向上につきましては、三日市製練所における現在の公害防止施設全般について、県御当局において御点検、御確認をお願いいたします。この御確認の結果に基づいて、逐次決定してまいりたいものと存じております。 これとともに、設備面では、公害防止施設をさらに強化するため、集じん機の増改設等を、新たに二億円を投じて可及的すみやかに完成いたすべく努力いたしております。 また、補償につきましては、とりあえず県の御認定による汚染地域内の農家の自家用保有米に対して、当社の負担において配給米と交換すべく市に申し入れまして、すでに実施中でございます。また、四十五年度稲作に対しましては、補償を行なう旨の能生度も直ちに明らかにするとともに、これが補償につきましては、県並びに市の御指導であっせんをお願いいたしておりまして、実情に即して誠意をもって対処いたす所存でございます。 今回の問題は、社会的信用の上に企業が存立し得るという基本的方針のもとに、事業を進めてまいりました当社にとって、まことに遺憾のきわみであり、重ねてこの席をお借りいたしまして、おわびいたしますとともに、何とぞ事情おくみ取りくださいまして、一そうの御理解と御援助を賜わりますようお願い申し上げて、私の説明にかえたいと思います。ありがとうございました。
○加藤委員長 次に、同じく黒部川公害の件で岡山大学教授小林参考人にお願いいたします。
○小林参考人 私は岡山大学の小林でございます。黒部川の公害についてお話ししろということでございますが、実は私はこの月の下旬にそちらへ参りまして、汚染の実態調査をしたいと計画しておるわけでありまして、まだ私のほうでは調査をしてないのでございます。しかしながら、去年の六月に、あそこをたまたま通りました。と申しますのは、去年の六月に山形で日本陸水学会、海水に対しまして陸水、陸水学会というのがありまして、その帰りがけに萩野博士のところに研究の打ち合わせに参りました。それはかなりむずかしい患者を扱いまして骨がほんとうに溶けているかどうかを、その人が食べているカルシウムと、排せつ物から出しているカルシウムとどっちが多いか、ふん尿から出ているカルシウムのほうが、食物からとっているカルシウムよりも多ければ、骨が骨軟化症を起こしつつあるんだということがはっきりわかるのではないか。レントゲンなんかではなかなかそういうこまかいところがわかりませんが、分析によってカルシウムがたくさん出ているということが確実に数字の上で出れば、骨が一月の間にどれだけ溶け出したということまでわかりますので、そういう試験をしたいということで萩野先生のところにおたずねして打ち合わせをしたわけであります。そのときに、私たまたまあそこの電車に乗りまして、宇奈月の温泉に夕方行って泊まったわけでありますが、ちょうど電車が右へ、富山から参りますと、カーブしておるあたりで、去年の六月ですが、水田の水口ごとに稲が黄色くなっておりました。これはちょうど私が戦時中の昭和十八年に神通川の神岡鉱山によります稲の鉱毒、現在の婦中町でありますが、その当時は熊野村とか、神保村とかいろいろの町村に分かれておりました。 〔委員長退席、島本委員長代理着席〕 昭和十八年に、私が農林省の鉱毒の調査に担当官としまして被害地に参りましたが、当時、神岡鉱山は、戦争のために金属の大増産をやっており出した。そしてまた排水の処理すら現在のようなりっぱな沈でん池、向こうでは堆積場と呼んでおりますが、ああいう沈でん池が戦時中なくて、選鉱したカスをほとんど神通川に、故意かあやまちかわかりませんが、流しておりました。そういうととで戦時中に採掘のピークがありまして、排水処理が非常にずさんでありました関係で、私がたまたま参りました昭和十八年には、神通川の稲の鉱毒は一番被害の激しいときでございました。そのときにちょうど見ましたのが、あの黒部川の稲と同じように水口の稲の葉っぱがまっ黄色になっておったわけであります。ですから私は、いまは神通川流域は、神岡鉱山がりっぱな堆積場をつくりまして以降、つまり昭和三十一年以降は鉱毒が直りまして、回復いたしまして、現在神通川流域ではイタイイタイ病の発生地ですが、稲の葉が黄色いという現象は見受けられないのであります。ところが、昭和十八年に見たのと同じ稲の葉っぱが黄色いという現象を電車の窓から去年たまたま見ておりまして、非常に不思議に思っておったわけであります。それは神通川とはあまり距離も隔たっておらないところでありまして、私はああいう黄色の葉っぱを見て、神通川で昔やはり同じような、稲の葉っぱが黄色くなって鉱毒騒ぎを起こして、そうしてそのあとでイタイイタイ病が発生した子のごく近くにおいて、やはり稲が黄色くなっておる現象を見て、どうしてあのところの、富山県の人たちはわからなかったんだろうか、稲の葉が黄色くなっておることはもう数年前からなっていたんじゃないか。としますれば、わかっている方はおそらくぼやのうちに火を消しとめようというようなおつもりがあって、いろいろ苦心されておったんじゃないか。ところが、ぼやを消しとめるどころではなくて、昔の神通川流域のように、稲の葉はますます黄色くなって、そうして今度のように新聞に出て、初めて大きな火の手になって燃え上がっておるということがわかったんじゃないかというような感じがするのであります。 鉱山によりますカドミウムの被害は、御承知のように、鉱石を採掘して、その採掘しました鉱石をこまかく砕きまして、そうしてそれを、浮遊選鉱と申しまして薬品を加えまして水でこねてどろどろにしまして、そうして金属の部分が水を反発して浮き上がったところをとりまして金属を濃縮していって、それでかすのどろどろの部分はこれを全部廃棄してしまうわけであります。ですから、掘りました鉱石の大部分はこのかすのほうになりまして、そのどろ水の処分に非常に困るわけでありまして、神岡鉱山の場合はこれが神通川に流れ出しまして、そうして四十キロも五十キロも下流の地点におきまして初めてそこに大きな被害を発生したわけでありますが、製錬所のある場合、神岡鉱山はもちろん製錬所を持っておりますが、製錬所の被害が神岡であったとしますれば、それは当然神岡町の地元の人たちがまずイタイイタイ病にかかるわけであります。ところがそうでなくて、神通川が山の間を流れ下って、四十キロも離れてそこで初めて被害が発生したということは、これは当然煙突から出た製錬所の煙というよりはむしろ排水、浮遊選鉱によります排水が流れ下って、それが水田にたまって、そこに育ちました稲、葉っぱが黄色くなっておりましたが、その稲のお米を長年食べ続けて、そうして発病する原因になった。もちろんその地区の人たちは、そのかんがい水を、鉱毒鉱毒といって大騒ぎをしながら、自分たちの台所へ引き込んで飲んでおったのでありますから、稲がその水からカドミウムを土壌を通じてだんだん濃縮していきました上に、そういった水を——鉱毒だということは、おそらく稲だけかかって、飲むことはおそらくそれが害になるということを農家の人たちは気がつかなかったんではないかと思うのです。そういうふうに口を通しましてカドミウムが人体の中に入り、そこに長年おられた方たちの発病の原因になったわけであります。 ところが神岡鉱山のように、あるいは長崎県の対馬のように、あそこに対州鉱業所と申しますのがありまして、あそこも私がイタイイタイ病はカドミウムによる公害であるということを証明する一連の仕事の一つとして対馬のカドミウム汚染を三十八年に調査いたしまして、三十九年には萩野先生をお連れしてあそこに患者がおるかどうかを探索して、とうとう萩野先生が患者を見つけ出されたわけでありますが、それはイタイイタイ病がカドミウム公害によるということを証明する一つの意味がありますので調べに行ったわけでありますが、ああいった対馬の場合は、これは鉱石を採掘しまして、そうして選鉱しておるわけです。鉱しましたつまり金属を濃縮した部分は群馬県の安中へ運びまして、そうしてあそこで亜鉛、鉛、カドミウム、そういったものを製錬しておるわけであります。ですから、安中の場合は御承知のように鉱石を掘っておりませんし、また選鉱もしておりません。単なる製錬所であります。ですから安中の場合は、煙によってカドミウムが揮散していく。亜鉛、鉛、カドミウムという金属はわりあいに低い温度で揮散しやすい。ですから製錬所の場合は煙突から揮散していくカドミウムに重点を置いて汚染調査をしなければいけないということを私は最初に気づいたわけでありますが、ちょうどそれと同じことが黒部市のほうでいえるわけでありまして、今回問題の起きました黒部のカドミウム汚染は、やはり煙突に由来するものでありまして、こういった安中とか黒部の場合には、水から、カドミウムを口から飲むというよりは、鼻から大気汚染としてカドミウムを吸うケースになるわけであります。それからもちろんそれが田畑に落ちまして農作物がそれを濃縮していく。それをとって常食として米を食べたりあるいはほかの野菜類をつくって食べる。ですから、口と鼻と両方からカドミウムが人体に入っていきまして、そこでイタイイタイ病の初期の症状がまずあらわれる。じん臓がおかされてたん白尿が出るといったような症状が出てくるわけでございます。 〔島本委員長代理退席、委員長着席〕 私は昭和十八年に神通川の鉱毒を農林省の担当官としまして調査しました場合には、亜鉛と鉛の鉱毒であるというふうにだれもが当時は考えておりまして、カドミウムというものはその当時は考えられていなかったのであります。しかしながら、私は早くからカドミウム汚染ということに注目いたしまして、昭和三十四年には、すでにこのイタイイタイ病の、週刊雑誌なんかで日本の奇病であるという記事を読みまして、そこでそこにおられます萩野先生にお手紙を差し上げまして、水を六点ばかりびんに取っていただいて、私のほうで分析しまして、その三十四年にはカドミウムと亜鉛と鉛と砒素がその一部の水にあるということを萩野さんにお知らせしたのであります。 それからまた同じ三十四年には全国の農業試験場からとれましたお米、白米ですが、二百点余りを採集しまして、そうしてカドミウムの分析をしております。そうしてその全国の、これは公害地を除いてのカドミウムの白米中の平均は〇・〇六六PPMであるということをすでに発表しております。そして日本の米は外国よりもカドミウムが多い、そういう傾向があることを知っておりまして、タイとかその他の国から輸入しました外米にはカドミウムが少ない。それからまた安中なんかの製錬所によります公害地の白米には、特にカドミウムが多い、そういうことを三十四年にすでに見つけ出しております。 それから三十五年に今度はアメリカまで参りまして、人体の中の重金属をスペクトルによりまして定量分析する、そういう技術が日本でまだありませんでして、スペクトルによっては金属を定性分析ができても数字で定量的にあらわす分析が日本になかった。それを私はアメリカティフトンという世界で一番人体の分析をやっておる方ですが、そこへ行きまして、三十五年に学んで帰りまして、それからまたカドミウムのアメリカで一番有名な研究者としてシュレーダーという博士をたずねまして、その博士の家にも泊めていただいて、そうしてカドミウムの話をいろいろと話して帰りまして、その三十五年八月にアメリカから帰りましてすぐ試みましたのが、ちょうど萩野先牛のところにイタイイタイ病患者二体分の標本が保存してありまして、その標本をアメリカで習いました分析方法で手がけてみましたところが、その患者のいろいろな場所の骨だけでなくて、肝臓やじん臓、ひ臓、大腸、小腸、肺臓、大脳、舌、食道、それから子宮、そういったところに至りますまで全身に、灰にしまして、その灰の中に数千PPMから一万PPMというものを三十五年に検出したのであります。そしてそのカドミウムだけでなくて、亜鉛や鉛を非常にたくさん発見いたしまして、それで私はすぐ、亜鉛、鉛が大量に出ましたことから、これは神岡鉱山による鉱害と関係があるというふうに直感をしたのであります。 もちろん、昭和十八年に神岡鉱山を調べた経験がございますので、同じ富山県のことでありますし、神岡鉱山の鉱毒だと直感しまして、萩野さんにお伝えしたわけでありますが、ところが萩野六んはすでにその数年前から鉱毒説を唱えておられたのであります。しかしながら、御承知のように医学界は、その当時萩野さんの鉱毒説を全然受け入れなかった。総反対を受けておられたのであります。その当時の、三十五年ころの医学界では、患者の小便からたん白が出る、あるいは血清の中の燐が欠乏しておる、あるいはアルカリフォスファターゼの値が高いというようなことは、臨床的にはっきりとわかっておったのでありますが、イタイイタイ病の原因を農家の栄養の失調だとか、あるいは農家の労働過重だとか、あるいはあの地区の気象条件が悪いのではないかというような、そういうところにイタイイタイ病の原因を求めようと、お医者さんが努力しておった。そういうことで、萩野さんの鉱毒説は通らなかったのであります。 ところが、いま申しましたように、三十五年に私が初めてカドミウムを患者からめつけ出しましたことによりまして、いままでの医学界が突き当たっておりました壁を破りまして、イタイイタイ病はその原因不明の、しかも業病だといって、その家族たちすらその患者を隠そうとしておった、そういった壁をぶち破りまして、カドミウム鉱害説の第一歩を踏み出したのであります。そして同じ三十五年の末には、私と萩野さんと連名の英文のレポートを書きまして、外国の研究者に配付いたしました。それからまた、当時日本の文部省や厚生省にそういったイタイイタイ病は天下の大鉱山による鉱害であるというようなことを申し入れても、笑われるだけで、相手にしてくれない。とても日本からこの証明のための研究費がもらえないということで、アメリカの公衆衛生局、NIHと申しますが、公衆衛生局へ三万ドル以上の申請をしたのであります。これは岡山大学の学長名で、私が主任研究者、萩野先生が副主任研究者、それから私の部屋の助手たちが動物実験や化学分析、そういったものをやる関係で、そういった人たちが協力研究者ということで、NIHへ申請したのであります。ところがその三十六年の暮れに、私が英文で書いたレポートを見ましたNIHの人たち、つまり公衆衛生局の人たちは、小林のカドミウム汚染と地域住民の激しい骨軟化症に関する研究というのは、たいへん重要な意義がある。フランスのカドミウム工場におきまして発生しました職業病としての骨軟化症は、すでにニコードらが報告した。しかし、その発病のメカニズムはその当時はわからなかったけれども、その後の研究によってそれはファンコニー症候群という病気であって、じん臓の障害が最初に起きる原因であって、そしてたん白尿が出たり、あるいはじん臓による燐の再吸収がそこなわれて、血清中の燐が欠乏して、そうして燐の貯蔵器官である骨が溶けて骨軟化症が起きるのだ、こういうことを三十六年の二月にすでに私のほうへ公衆衛生局から知らしてきたわけでありまして、向こうではすでにカドミウムによって当然そういうイタイイタイ病が起きるということをはっきりと向こうの審査員たちは認めたわけであります。 ところが、日本ではとてもまだそういう情勢ではなかったのでありまして、三十六年の五月に英文レポートと大体同じ内容の日本文のレポートを私と萩野さんと二人の名前で第一報、二報として出しましたし、またそれと同じような内容を、その翌月の三十六年の六月に北海道の日本整形外科学会で萩野さんは報告されました。私の分析の結果、患者から非常にたくさんのカドミウムが出た。だから、おそらく鉱山の排水のためであろう。それからまた萩野さんは、そのときに同時に鉱山の排水を使って動物実験をやったところが、骨に異常が生じて骨軟化症が発生した。だから、鉱山の排水を使ってイタイイタイ病を起こす実験は成功したということを北海道で発表されたのでありますが、その後非常に強力な反論が出まして、それが日本衛生学会誌に堂々と載せられまして、これは岐阜大学の先生がやった仕事ですが、鉱山の排水を使ってはイタイイタイ病らしい症状は動物に何ら起きないというような強力な反論が出たりなんかしまして、なかなか日本ではイタイイタイ病がカドミウム鉱害あるいは鉱山の排水による影響であるということは認められないむずかしい状況にあったのであります。 そういうわけで、単に人体から大量のカドミウムが見つかったというだけでは、まだまだ日本ではそれがイタイイタイ病の原因であると見てくれる人はなかったのであります。ですから、どうしても幾つかの証明をやってこれに勝たなければならないということで、私はその三つのプランを立てたわけであります。そうしてそれを得ないうちに申請したわけでありまして、第一は稲の戦時中鉱害を受けましたこのひどい鉱害を受けた場所と、それからイタイイタイ病の患者が発生した場所が完全に一致しなければ神岡鉱山による鉱毒であるということが言えないという見解のもとに、萩野先生に一軒一軒尋ねていただいて、地図の上に詳しい赤いスポッティングをしていただいたのであります。そうしてその結果は、ちょうど私が十八年に鉱毒調査しまして最も被害を受けましたその町村を、その被害の程度とそれから面積、そういったものが三年間の統計が出ておりましたり、あるいはまた農家がその水田の水口に小さな沈でん池をつくって、上流の鉱山から出るかすを食いとめるために沈でんさせたその沈でん池に富山県がその当時補助金を出しておりましたが、そういう数から見ましても、熊野村とか神保村、そういったところに最も稲の被害があったわけでありまして、その熊野村に萩野先生が終戦以後開業しておられるというようなことからして、完全に両者が一致するということが判明いたしました。 それからまた第二番目の実験としましては、動物を使いまして、この亜鉛と鉛とカドミウムのうちのどれが骨軟化症を起こさせる原因物質であるか、どれが一体犯人であるかということを突きとめる必要があると考えまして、化学薬品を使いまして、亜鉛、鉛、カドミウムを単独あるいは組み合わせまして動物に与えました。そうしてカルシウムを、口からとったえさのカルシウムと、出ていくカルシウムを科学的に測定しましたところ、カドミウムを与えたときだけ骨が溶け出してカルシウムがたくさん排せつされるということが判明して、カドミウムが犯人であるということがわかりました。 それからまた第三の実験としましては、同じような鉱山地区で患者がおるかどうかということで、先ほど申しましたように長崎県の対馬を選びまして、まずカドミウムの汚染調査を三十八年にやり、三十九年には萩野先生と一緒に参りまして患者を発見したわけであります。 そのようにしまして、三十九年には私どものほうではもうイタイイタイ病は神岡鉱山によるカドミウム汚染であるということははっきりしておったわけであります。にもかかわらず、厚生省のほうで公害病として認定されたのは、それよりはるかにおくれて、昭和四十三年であったわけであります。 そういうようなことがありまして、この公害関係の仕事というのは、非常な困難に遭遇いたしますし、また、ある一部の人にはわかっておっても、これがなかなか認められないで、ぼやのうちに消しとめようとして、そしてそれが失敗して、大火になって燃え上がるというようなことも起きるのだというその一例が今度の黒部の問題じゃないか、そういうふうに考える次第でございます。
○加藤委員長 次に、同じく黒部公害の件で、萩野参考人にお願いいたします。
○萩野参考人 富山県婦中町萩野病院、萩野昇でございます。 ただいま小林教授からカドミウムとイタイイタイ病との因果関係につきましてるる御説明があったのでございます。私は許された時間内に、カドミウム公害と黒部市との関係、イタイイタイ病との関係等について御説明申し上げたいと思っております。 昭和二十一年に富山県の神通地区で一種ふしぎな骨の折れる病気を発見いたしましてから二十五年間、この解明に努力してきたのでございます。最初の間は原因がわからない。そうしていろいろの学者からいろいろの説が出たのでございますが、なぜあの地区だけに出なければならないのがろうかということから、疫学的に神通川の水に関係があるということを感じ取ったのでございます。そして三十二年に学会にイタイイタイ病の原因は神通川の水に関係があるのだ、上流の鉱山から流れてくる工場排水の鉱毒であるということ々発表したのでございますが、何しろ学会に実績のない一開業医の言うことでございますから、学会からは嘲笑され、何ら認められなかったのでございます。三十三年に再びこれらのデータを集めまして、学会に投げつけたのでございますが、これまた応答なし。白眼視され無視されたのでございます。 これも原因がございまして、その時点において神通川の水が各種機関で検査した結果白である、白である川水がなぜ黒たり得るのだという根拠によって反駁を受けたのでございます。これはあとでも触れますが、小林教授が初めて日本で微量重金属の定量、カドミウムということを御指摘にたるまでは、日本の医学界においてこれらのことを検出する技術がなかった。まことにお寒いことでございました。これがこれからあとで申し上げますイタイイタイ病に大きく原因してくるのでございます。 そういうふうになってまいりますと、私も自分の立てた鉱毒説、これを立証するためにはと思いあぐねていたのでございますが、ちょうどそのときに同種鉱山の近くに同種疾病がはたしてないものであろうかということから、富山県内の三日市にある三日市製錬所の近くを訪れたことがあるのでございます。初めて訪れてみますと、ささやかな工場、まことに失礼な言い方でございますが、町工場のような感じ。このような規模のものであればたいしたことはないだろう。また二、三当たってみたけれども、確証もなく帰ってまいったのでございますが、これが十年後、過日参りまして、まさに高度成長——私は高度成長ということばを文字では読んでおりましたが、ここに日本の工業の発展の高度成長の姿を見たのでございます。工場の外観も一変し、工場の生産量も一変し、まことにたくましく壮大に発展していたのでございます。このような状態であれば、当然公害が起こってしかるべし、なぜ為政者はこれを途中でとめ得られなかったものであろうかと私は驚いたのでございます。 話が戻りまして、その後、先ほど小林教授から御説明のあったとおり、小林教授のお力によって、その鉱毒なるものがカドミウムであると発見され、私たちの共同研究によって、再び三十六年にカドミウムの学会報告をしたのでございます。そして長い間訴え続けたイタイイタイ病の救済が、昭和四十三年五月八日厚生省によって公害病と認定されたのでございます。 厚生省は、イタイイタイ病はカドミウムの慢性中毒であり、そのカドミウムを主として流すのは、上流の神岡鉱山であるという断定を下したのでございますが、これらは小林教授と私たちの研究を国の機関で追試した結果認められたのでございます。そして長い長い間不幸のままで放置されていた患者たちはやっと救済されるようになった。そして患者とともに生き、患者とともに泣いてきた私は、もう二度とこのような不幸なことが日本の国では起こらないであろう、企業を守るという政治が国民のための政治にきょう生まれ変わったのだ、私たちはほんとに患者のために喜んでやったのでございますが、二年後の今日、同じことが再び起こったのでございます。しかも、他の国ならいざ知らず、あの苦いイタイイタイ病を経験した富山県において、しかも私たちの近くに同じ事実が発生してきたのでございます。私は、その時点で厚生省の皆さまに感謝し、富山県の衛生関係の皆さまに感謝したのでございますが、このようなことが再びいま起ころうとはつゆ思わなかったのでございます。そしてイタイイタイ病は世界で初めて日本に起こり、その日本の富山県で初めて発見されたそのイタイイタイ病が、もちろん世界の公害病の第一号でございますが、同じ富山県の黒部に起こったときのショック、私は涙が自然に流れたのでございます。 これをいま静かに考えてみますと、四十三年の五月から、いなかのささやかな三等病院、小さい設備の、病院とはいうものの小さい病院でございますが、そこにマスコミの方々が潮のように押しかけてこられたのでございます。若干とだえて、再び静かな研究ができるかなあと思っておりました本年の五月の上旬、再び私の病院ヘマスコミの方の往来が激しくなってまいりました。あるマスコミの方からは、尿を持っておいでになり、この尿を萩野病院で調べろ。なぜ私が調べなければならないのですかと聞きますと、公の機関では信用できないのだ。ここまで来ますと、私は政治何ものぞと言いたくなるのであります。私は依頼された尿を検査いたしました。しかし的確なイタイイタイ病の所見は、その時点において得られませんでした。それで私は、依頼された方に、この尿では良心的にまだイタイイタイ病と言うことはできないと御返事申し上げたのでございますが、それから往来がますます激しくなり、五月十八日に、ある新聞がこれをすっぱ抜いたのでございます。それから驚くべきデータが県当局から続々として発表され始めたのでございます。私は、正式のルートから得たデータでは毛頭ございません、新聞に出るデータを見て驚き、また驚いたのでございます。このようなことが一年も前から、二年も前から起こっていたのだ、しかも、イタイイタイ病、世界の公害病第一号を発生した富山県に、どうしてこういうことが起こり得たのであろうか。私が十年前に黒部を訪れたときに、あのささやかな町工場がこんな大きな害毒を流しているとはつゆ思わなかったのでございます。そして私は五月の二十一日に再び黒部を訪れたのでございます。これは、私を取り巻く人たちが私に再三再四黒部へ行ってくれと要請されたのでございますが、まだ心の準備も機械の準備もできてない私は、断わり続けてきたのでございます。五月二十一日の午前十時に至りまして、黒部地区の患者がぜひ萩野に見てほしいと言っているから行ってくれないか、この一言で、私は心の準備も機械の準備もなしに出かけたのでございます。私たちは医者でございますから、患者が見てくれというこの一言には弱いのでございます。そして訪れてみた結果が、先ほど申しました再びの黒部市訪問となったのでございます。 きょうまでに私は二十八名の患者の尿を依頼されて検査しております。そしてその尿の中から、ゲルろ過法によりまして、神通川地区のイタイイタイ病と全く類似した二人の患者のパターンを発見し、他の二人にはややこれと近い尿のパターンを発見しているのでございます。ただし、現在の医学においてはこのゲルろ過パターンを認められない、まだ新しいために、他の追試がないためにこれを認められないといって認められないのでございます。純粋医学の立場であれば、大いにこれらの検査方法もディスカッションされなければならないのでございます。そして十分な費用と十分な時間をかけまして正しい方向へ進まなければならないのでございますが、現在のように何の検査方法も確立してないときに、少しでも役に立つ検査方法があれば、予防医学の面においてこれを利用しなければならないものじゃないだろうか。私は純粋医学というものと予防医学というものとのこの微妙なニュアンスを、政治は予防医学の面で絶対に取り上げるべきだ、将来それが間違っていても、人間の命ほどとうといものはないのでございますから、少しでもプラスになることは現在時点において取り上げていくのが行政じゃないか、それが予防医学じゃないか、私はこのように強くこの席で申し上げたい。また私はそのように信じております。 元来、イタイイタイ病という病気は、カドミウムにおかされた土地に住み、カドミウムにおかされた水を飲み、カドミウムにおかされた米を食べ、その土地でお産をし、その土地に三十年のキャリアを有する御婦人が主としておかされて発病しているようでございます。この意味におきまして、黒部市はまだ若干救われたのじゃないだろうか。三日市製錬所の歴史が浅いために、神通川地区のような重症のイタイイタイ病が出る懸念は毛頭ない。あの悲惨なイタイイタイ病が黒部にはおそらく出ないであろうということは、半生をかけてまいりました私の体験からはっきり申し上げられる。ただ私の分類の一期、二期の軽症のイタイイタイ病があの地区にないとは毛頭言い切れないのでございます。にもかかわらず、県はこれを言い切っている。私は実におそろしいことだと思っております。 公害の発生の機序というものは、まず植物がおかされる。それから動物がおかされ、最後に人間がおかされてくる。あの地区に行ってみますと、りっぱに植物公害が起こっている。草木が枯れ、稲も枯れてきている。農民たちは先祖伝来の田から米がとれなくなるので、これを手放している、工場に売り渡している。その地区は実におそるべき大量のカドミウムが含まれている。このように植物公害がある以上、早晩人間公害が起こるのは常識なんです。イタイイタイ病の初期の患者があってしかるべし、イタイイタイ病というと語弊がありますが、慢性カドミウム中毒の患者があってしかるべし。にもかかわらずないと断定するこの発言は、私は何を意味するものであろうか。もし私たちが、患者がいないであろうという予測のもとで検査すると、その網の目から患者はぽろぽろこぼれていってしまう。特にイタイイタイ病の初期の患者のように非常に鑑別診断がつきにくい、二十五年も患者を見ている私でさえも、初期の患者の断定は非常にむずかしい。非常に気をつけて、各種検査をした上でも言いにくいものが多い。そのような患者を、まだ十二分に患者を見たことのない先生たちが、ないだろうということばの下で検査したならば、おそらく患者は発見されないのじゃないだろうか。予防医学というものは患者の発生防止が生命でございます。私は植物公害があるところに早晩人間公害が起こってくるのであるという公害学の原理から考えまして、慎重な住民検診を望むものでございます。特にカドミウムの初期の、一期、二期という症状は、われわれが断定できる症状がそろっておりません。その上、老人性骨粗鬆症など、他の疾患との鑑別診断が非常につきにくい。しかも尿中カドミウムは厚生省の暫定基準の、それ以上の方もあれば、それ以下の人もいる。ですから現在研究途上にある医学にとって、あの地区に現在いる人たち、植物が枯れ、先祖伝来の田で米がとれなくなり、自分は腰が痛む、胸が苦しい、せきが出るというような身の危険にさらされている人たちを、たとえ十分なデータがそろわなくても十分に検診をしてやるべきじゃないかと思っております。 時間がございません。これでやめさせていただきますが、どうぞ政治はあの地区の不幸な人たちにあたたかい行政をしてやっていただくようにお願いして、私の陳述はこれで終わらしていただきます。
○加藤委員長 次に、自動車公害の件につきまして、出光参考人にお願いいたします。
○出光参考人 石油連盟の出光計助でございます。 世の中から公害を追放することがこの七〇年代における世界全人類の重要課題となってまいりました。公害対策は一国内の企業だけで解決できるような簡単な問題ではありません。国、地方公共団体、企業及び国民全体が一体となって解決に当たらなければならない問題であります。われわれ石油業界では、企業の社会的責任を十分考えましてこの問題に取り組んでおります。 まず、製油所自体から発生する排煙、排水、騒音等の公害を追放するために従来から努力しております。もともと製油所自身の燃料使用量は少ないので、公害の心配はないのであります。われわれ製油工場から供給するところの石油が公害の発現源にならないように、極力力をいたすことでありますが、そのためにここ四、五年来亜硫酸ガス対策に積極的に取り組んでおりますが、まず第一に低硫黄原油の輸入増加につとめておりますが、これには多くを期待することができないのであります。御承知のように、日本の原油輸入のうち九〇%以上が硫黄の高いペルシャ湾の石油であります。これはわが国石油市場の宿命とでもいえる問題でありましょう。そこで世界に先がけまして、重油の脱硫技術と取り組みまして、最近では各社とも一通り脱硫装置が出そろいまして、目下低硫黄重油の生産に拍車をかけております。そのために各社はばく大なる設備投資をしておりまして、この数年間に金額としまして約一千億円を費やしておりますが、石油業界がこの四十四年度で公害対策に投資しました金額は大体二百四十億でありまして、全投資額の一六%に当たっております。日本全体の産業が公害に費やしておる金が大体全投資の五・二五%となっておりますが、これはアメリカと比べますと、米国では上位二百社の比率が大体四・五七%でありますから、わが国の産業界は公害に対して決して無関心ではないのであります。 次に、自動車排気ガス公害問題でありますが、米国においては、本年初めニクソン大統領の公害特別教書が発表されまして、急速に論議が進められておりますが、日本においてはすでに一酸化炭素は規制されておりますし、また二月以来、自動車排気ガス全般を総合的に防止するための対策について産業構造審議会で研究されておるのであります。 先月牛込柳町問題が起きてから、ガソリン中の鉛が問題の焦点になってきておりますが、実はこのような事件は世界で初めてのことでありまして、われわれ石油業者としては非常に驚いておるのであります。米国においては自動車排気ガスの防止策として無鉛化問題が論議されておりますが、その目的は排気ガスの中の汚染物質を減らすためのコンバーター、触媒式浄化装置でございますね。——の触媒の耐久力、寿命を保つためということが目的で無鉛を叫んでおるわけであります。元来ガソリンの中には鉛は入っておらないのでありますが、自動車のノッキングを防止するため、アンチノック剤としてオクタン価を高めるために四エチル鉛を入れるのであります。このアンチノック剤は二万余りの化合物の中から長年にわたりまして試験の結果、最適なものとしてこの鉛が採用されるようになったわけでありますが、ガソリンの加鉛量、ガソリンに入れる鉛の量につきましては、わが国におきましては毒物及び劇物取締法が規定されておりまして、一ガロン当たり四・九二cc以下とされております。これに対しまして実際はどのくらい入れておるかと申しますと、四十四年度の実績では、ガソリンにプレミアムとレギュラーと二通りありますが、プレミアムのほうは二・二ccパーガロン、それからレギュラーのほうは一・一ccパーガロンとなっておりまして、平均では大体一・二九ccパーガロンとなっております。ですから法律の許容量に比べますと、プレミアムが大体四五%程度、レギュラーのほうは二三%の混入率になっております。アメリカの加鉛量は大体これの倍の二・四二ccパーガロンとなっております。日本の混入量は大体アメリカの半分くらいとなっております。 次に、最近ハイオクタン・ガソリンが問題となっておりますが、この高速度時代に適応しまして、自動車のエンジンの性能がだんだん進歩してまいりました。したがって、これに合うような品質のよいガソリン、すなわちハイオクタン・ガソリンが要求されるようになりました。ハイオクタン・ガソリンは圧縮比の高い大型車やスポーツ車に必要なことはもちろんでありますが、特に一般的にも高速時あるいは登はん、坂を登るようなときにエンジン性能を発揮できることなどからもハイオクタンが要求されるのであります。 それから自動車排気中の鉛化合物の人体への影響の問題につきましては、現在の加鉛量程度では大気中の鉛化合物の濃度が非常に薄いと世界的に考えられておりまして、この問題につきましては柳町問題を契機にしまして、専門機関のほうで十分調査して確認していただきたいと思っております。 今回通商産業省から当面の対策として、六月一日に、プレミアムの加鉛量をレギュラー並みにすること、レギュラーの加鉛量についても極力減らすことについて全石油会社は通達を受けましたので、われわれ石油業者は直ちに生産の切りかえ等を実行いたしておりますので、おそくとも今月中には全社そろってこの趣旨を実行することになると思っております。 そこで、この自動車排気ガスの問題ですが、排気ガス公害は各種の公害物質、一酸化炭素とか炭化水素、窒素酸化物あるいは微粒物質、浮遊粉じん等の複合によるものでありまして、ただ鉛だけによって自動車排気ガスの解決はできないのでありまして、目下産構審のほうで十分検討されております。われわれとしてもこれに非常に期待々かけておるわけであります。 最後に、今回の柳町問題は、過密地域における交通量の過度集中と特殊な地形のもとに起きている問題でありまして、他の同様な条件の過密地域にも起こり得ることを非常に心配するものでありますが、けさの新聞にも大森のような問題が起きておりますので、今後は自動車交通量の過密化を排除しつつ、国と地方公共機関、それから自動車企業、石油企業、国民一般も、関係者一体になりまして、総合的な自動車排気ガス公害対策に努力することが必要であることを強調したいと思います。 どうも御清聴ありがとうございました。
○加藤委員長 次に、同じく自動車公害の件で、川又参考人にお願いいたします。
○川又参考人 御指名をいただきました川又でございます。 ただいま出光さんからのお話もございますので、なるべく重複を避けて御説明申し上げたいと思います。 自動車工業会といたしましての公害関係の対策、研究、そういう経過あるいは将来やりたいこと、いろいろございますので、一応印刷物にいたしましてお手元に差し上げた次第でございます。 ミスプリントがございまして、五ページの上の「ディーゼル黒鉛」の「鉛」は「煙」の間違いでございますから、相すみませんが御訂正をいただきたいと存じます。 いま鉛の問題がございましたが、自動車の排出ガスは大気汚染に関係がございますので、自動車業界といたしましては、これはわが国も諸外国も同じでございますが、特にアメリカにおきまして、一九六六年にこの法律が制定される機運に相なったわけでございます。事の起こりは、ロサンゼルスが非常にスモッグに悩まされているということから、カリフォルニア州がこの問題をいち早く取り上げたのでございます。それが合州国全体といたしましても取り上げる機運になりまして、当時日本及びヨーロッパからアメリカに小型車を輸出しておりました。この排気規制は、大型車にとっては比較的有利である、小型につきましては少しむずかしい面があるというようなことから、アメリカ政府にいろいろ規制の事情を伺ったり、またわれわれの考え方なりを申し述べたりと、こういうことで、一九六六年と記憶いたしますが、わが国から、私が団長になりまして、少数の団員でございますが、通産省からもオブザーバーを派遣いただきまして、行った記憶がございます。 その後も、日本でも、大気中に排出される自動車の排気ガス、この中にある有害成分、これはすでに皆さま方御承知のように、一酸化炭素、炭化水素、窒素酸化物等でございます。 ただいまわが国で規制されておりますのは、歴史的に申し上げますと、一九六六年九月に最高濃度は三%。これは差し上げました資料の九ページの表に記載いたしました。一九六九年の九月に二・五%にこれをきつくしたわけであります。 それから、これはまだでございますが、一九七一年一月から軽自動車及びLPG車も追加する。軽自動車は三%、LPGは一・五%。それから一九七一年四月でございますが、平均濃度を規制する。こういうふうな規制値がずっとここにしるされてございます。 それから一九七〇年の八月には、最高濃度を四・五%にする。これは、アイドリングと申しまして、自動車が走行しないでとまっておりながらエンジンを回しておる状態をアイドリングと申しますが、そのとき出す一酸化炭素は最高濃度四・五%に押える、こういう規制値でございます。 使用過程車、これはいま走っている車でございますが、これも最高濃度五・五%に押える、こういう規制値がございます。 炭化水素では、まだ検討中でございまして、ただフロー八イガス——ブローバイガスと申しますのは、資料の三ページに、どこから出るかという簡単な車の構造図がございますが、まあエンジンから出るものでございますが、ブローバイガス還元装置、これはきわめて小さなピンホールのところから出しまして、もう一ぺん気化器に送り込んで、これをまた燃してしまえば外には出ないということで、ブローバイガス還元装置、こういうものはことしの九月からつけなさいということになっておるのでございます。 資料で右のほうに各国の規制値がございますが、これは省略させていただきます。 工業会は、工業会自身の活動のほかに、自動車研究所を持っております。工業会が持っておるわけではございませんが、主として自動車研究所の活動は、工業会と密接不可分なものになっておるわけでございまして、この自動車研究所の活動といたしましては、資料の五ページに述べました。 そういうことで、大気汚染に対しまして、CO、HC、NOxということについて、研究開発に努力いたしておるわけでございますが、この汚染物質の低減に関して研究が進む、あるいは汚染物質の規制値をだんだんときびしくしていく、こういう過程でただいま、先ほどの出光さんのお話にもちょっとあったかと存じますが、エンジンの吸排気系の改良とかエンジン内部の改善などがございます。 さらに一そう効果をあげますためには、排気ガスの再燃焼装置、これはいろいろございまして、目下アメリカでもわが国でも研究中に属します。こういう、たとえばエアインジェクションとか、 マニホールドリアクターとか、アフターバーナーとか、触媒式コンバーターとかいろいろあるわけでございますが、こういう装置に、ガソリンの中に含まれておる鉛分が有害である。つまりこういう装置を腐食して寿命を短くするということがわかりまして、実はこの春から石油業界の方々ともこの問題について研究を始めたわけでございます。 ところが最近、柳町の問題が起こりまして、これは産業構造審議会産業公害部会自動車公害小委員会におきましてもいち早く取り上げられまして、この対策をする。同様の地区につきましては、東京都及び厚生省等におきまして目下調査中でございますので、私どももその結果について伺いたいと存じておるわけでございますが、その結果を待たずに、この小委員会で当面の対策といたしまして、ハイオクタン・ガソリンはおそくとも七月一日までに鉛を加える量を半減する。これはガロン当たり一・一CCでございます。オクタン価はこの場合九七ぐらいになるかと予想されます。レギュラー・ガソリンは、従来平均値が大体一・一CCパーガロンでございますから、レギュラーも弄るべく少なくしてもらうようにしたいけれども、まず平均値は過去の例から見ると、ガロン当たり 一・一CCでございますが、これをなるべく少なくするという程度にこれはなっております。このレギュラー・ガソリンのオクタン価は九〇程度でございましょう。 で、こうなった場合に車がどういうふうな影響をこうむるかという点でございますが、九七程度のオクタン価でありますならば、従来メーカーが ハイオクタンを使っていただきたいというふうにして販売いたした車も、まず支障なく走れるかと存じます。もっとも、車もだんだん使って古くなる場合もありますから、その場合には多少点火時期の調整等を行なえば、まずは支障がないのではないかと思うわけであります。 ちなみに、オクタン価の低下が著しくなりますと、エンジンにノッキングを生じ、回転が悪くなったり、また排気ガスの状態が一そう悪くなったり、あるいはエンジンそれ自体がいたむというようなことになるわけでございます。 こういうハイオクタン、これは石油業界で先ほどお触れになりましたように、プレミアム・オクタンでございますが、ハイオクタンと称せられるガソリンを使うような車と、レギュラーという、通常のオクタン価の車と、どのぐらいの分布でいま国内にあるかと申しますと、大体千四百八十万台と推定いたしますが、ハイオクタン車はそのうち百四十二万四千四百九十五台、これはまあ百四十二万四千台とお読みいただいてけっこうであります。それからレギュラーで走れる車は千三百三十七万五千台、これはパーセントにいたしますと、大体九〇%の国産車はレギュラーで走れるということになりますし、また走っておるわけであります。ただ、スポーツカーとか特殊用途を見た構造のエンジン、こういうものをつけている車、これらはハイオクタンを使っていただきたいとメーカーも言っております。こういう車が約一〇%あるわけであります。 このハイオクタンとレギュラー・ガソリンの相違は、ただいままで触れましたように、いわゆるアルキル鉛、通常四エチル鉛とも申しますが、それの鉛分が入っているわけでありまして、比は大体一・一と二・二ぐらいの平均値を持っているわけであります。この鉛を除去するということは、将来各種の排気成分を除去し、またこれを一そう少なくしていく過程で絶対に必要であるということがいわれておるわけでありますが、アメリカでは反論がないわけでもないわけであります。鉛を含んでおるものでも、装置を腐食しないと反論される向きもありますし、大多数のメーカー、また石油業界の方々も鉛はないほうがいいぞということで、加鉛量を減らしていき、したがって、だんだんこれをゼロにしていくということが最も好ましいというのが最近の傾向でございます。 御参考までに、アメリカがこの三月、HEW、これはヘルス・エデュケーション・アンド・ウエルフェアといいますか、厚生省と文部省と一緒になったような省でございますが、これが担当省であります。このHEWはガソリン内の添加剤規制に関する次のような具体案を初めて明らかにいたしまして、目下関係者にコメントを要請しております。その内容は、「一九七一年七月一日以降、オクタン価九七以下のガソリンについては含有量をガロン当り〇・五グラム以下に規制。但し、オクタン価が九七を越えるガソリンに関しては需要が認められる限り、含有量をガロン当り四グラムまで認める。」「一九七四年七月一日以降、オクタン価九七以下のガソリンについては鉛添加剤を認めない。但し、オクタン価が九七を越えるガソリンに関しては、一九七一年七月一日以降と同じ。」こういうことに相なっておるわけであります。 私どもといたしましても、一酸化炭素、炭化水素、NOx、こういう有害成分の除去、こういう問題と鉛の関係、また現在レギュラー・ガソリンが大部分の車に使われるということから、なるべくこのレギュラー・ガソリンを、通常のエンジンでもハイオクを使うような方もあるわけでありますが、とにかくいま生産し発売され走っておる車は、九〇%まではレギュラーで走れるということで、どういうふうな銘柄であるかということは工業会と販売業界を通じて御使用各位におわかりになれるようにこれを御通知申し上げることになっておるわけでございます。 時間が参りましたので、またあとの御質問に譲りまして、これで失礼いたします。ありがとうございました。
○加藤委員長 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 午後一時三十分に再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時四十九分休憩 ————◇————— 午後一時四十五分開議
○加藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前中に引き続き、産業公害対策に関する件について参考人から意見を聴取することといたします。 質疑の申し出がありますのでこれを許します。林義郎君。
○林(義)委員 午前中諸先生から非常に有益なお話を伺って、私も非常に勉強さしてもらって、この委員会としても非常にまた成果のあがるお話がいろいろあったと思うのです。ただ私、きょうお話を聞いておりまして、私は非常なしろうとの立場でございまして、それぞれ私も医学の専門家でもありませんし、また会社の経営にも当たったこともございませんし、そういった点におきましてはしろうとでございますが、若干の質問を行ないたいと思います。 まず最初に、実は千種先生にお尋ねをしたいのですが、千種先生の御発言と宇井先生の御発言と、内容がだいぶ違っておるという私は印象を率直に受けたわけでございます。 で、ひとつ宇井先生に申し上げておきたいのですが、私が承知しておりますところでは、宇井先生から御発言のありました中で、三十一年から厚生省が指導をやっているけれども、その後一つもやったことがないというようなお話がございましたが、私が知っております範囲では、厚生省は三十一年から三十四年までにいろんな指導、研究をやっておられて、その後三十四年にたしか経済企画庁じゃなかったかと思いますが、経済企画庁のほうへそれが移されまして、総合的な水俣病対策特別委員会というものが企画庁にできてやっておったということでございまして、私は政府として全然やってないというような印象を持っておられるのは若干行き過ぎではないか、こういうように思っております。それから最後に資料がございました。水俣病の大きな資料を先生持っておられましたけれども、私の知る限りではその資料はたしか厚生省のほうから予算が出てそれでおつくりになった資料ではないかと思いますが、分厚い資料でございますが、そういうようなことの事実の誤解があるといけませんので、その点は確かめておきたいと思います。 その辺はさておきまして、実は千種先生がお話しになりました点と宇井先生とだいぶ食い違う点は、一つには補償裁定委員会がいろいろな活躍をされた場合におきまして、現地に行かれまして、宇井先生からの発言ですと、一人十分間で話すということで市長室でやったというようなお話がございましたのですが、この辺は当事者でございます千種先生のほうから、どういうふうにおやりになったのか、一番お詳しいと思いますので、千種先生のお話を承りたいと思います。これが第一点でございます。 それからもう一つの点は、だんだんと病状が悪くなっているのに、何らその対策も考えてなかったというようなお話が宇井先生からございましたですが、その辺も千種先生のお話とだいぶ食い違うようでございますので、その辺裁定委員会のほうとしてはどういうふうにやっておられたのかということでございます。この点についてお尋ねをしておきたいと思います。この二点でございます。 それからもう一つは、これはむしろ厚生省のほうにお尋ねしたほうがいいのかとも思いますが、やはり宇井先生からのお話で、会社のほうからだけの話でこのあっせん委員会ができたというお話でございますが、私の新聞その他で承知しておるところでは、これは会社と被害者のほうと話し合いを相当進めていった。ところが、どうしても話し合いがつかないので、両方から厚生省のほうへ持っていって、たしか当時斎藤厚生大臣じゃなかったかと思いますが、その方がその裁断をして、こういったあっせんをしようではないか。しかも厚生省が直接やるのではおかしいから、そういった民間の第三者機関でというふうなことになっていると思いますが、その辺の事実関係につきまして厚生省のほうからでもお話しをしていただけたらと思っております。 とりあえず千種先生からお話を聞かしていただきたいと思います。
○千種参考人 先ほど宇井参考人からお話がありましたが、私のほうから十分説明しなかったためにそういう御意見が出たのだろうと思います。すなわち処理委員会は患者から水俣市役所の三階で一人十分だけ意見を聞いたにすぎないというようなことを述べられておるのでありますが、それはおそらく第一回の現地調査、すなわち四十四年の六月二十七日から九日の際の意見聴取のことをお話しになったのではないかと思っております。しかし、第二回の調査、四十四年の十月二十七日の際には、西湯之児の一光園ホテルというところで、午前十時から午後七時までにかけまして、一任派の六十四世帯、そのうちどうしても出てこられない方が五世帯ございましたが、その方については代表者に会いまして、三人の委員が手分けをしまして個別的に一人一人事情を聴収しておるのであります。と申しますのは、各代表者が出ておりますけれども、代表者がはたしてほんとうの本人の意思を十分表明しておってくれるかどうかということをやはり本人自身に確かめない限りはわからない。いわゆる言わざる人の声を十分聞いて、そしてそれらの人に適切な処置をとらなければならぬということを考えまして、個人個人に別々にその事情を聞いております。 なお第一回の調査のときには、重症患者の家庭を見まして病状をみんな聞いておりますし、あるいはまた病院に行きましていろいろな患者も見ておるということであります。 それから第二の、将来病状が変わったときにどうするかということについての規定がないというようなお話でありましたが、これは一番初めにちょっと申し上げたのでありますが、大体病状は今日固定しておるのでありますけれども、しかし、それが変更するということも考えざるを得ませんので、著しくその状況が変わったような場合には、その症状の等級を変更するという手続を認めております。 〔委員長退席、島本委員長代理着席〕 そして同時に覚え書きの中には症状の等級の変更ということについての手続をきめまして、生存者の症状の等級の変更は、その生存者の申し立てによりまして、両当事者協議の上で熊本県の公害被害者認定審査会というものを設けまして、その審査会の審査を求めて、その結果に基づいて行なうということにきめてありますので、その点は御心配はないと思います。 それから厚生大臣が扱うようになったということについては私の関知しておるところではございませんが、厚生省の言われるところを聞きますと、現地で何とかあっせんをしてもらいたいということを現地のほうの方々にいろいろと依頼された。しかし、どうしてもそれらの方々の力によってこれを解決することができないというので、当事者のほうから厚生省に依頼されて、それに基づきまして委員を任命せられるというような経過になったということを聞いております。
○林(義)委員 さらにいろいろとお尋ねしたい点もありますが、与えられた時間が非常にわずかでございますので、その次に移りたいと思います。 先ほど宇井先生からお話がありました中で、この問題は刑事責任になるのではないかというお話があったわけでございます。ちょうどこの産業公害対策特別委員会で、この前の国会でございますが、公害紛争処理法案のときにもいろいろとそういった問題を議論したのでございまして、私は、刑事責任になるのではないかというのは、ちょっとどぎついお話ではないかという気がするんです。刑事責任ということになりますと、いわゆる故意、過失の問題を問わなくちゃいかぬし、構成要件の問題もあるでしょうし、それから責任の問題もあるでしょうし、それらの点を問わなくちゃいかぬ。さらに、あとで小林先生、萩野先生からもお話がありましたように、医学的にも非常にむずかしい問題が公害問題にはある。その立証というのも非常にまたむずかしいので、いきなりすぐに刑事責任というかっこうまで持ってこられるということは、どうも私は非常に唐突な感じを実は受けたわけでございます。その辺についてでございますが、先生せっかく都市工学でございますか、社会工学ですか、そういう新しい学問を勉強しておられるので、むしろ私はいろいろ御批判いただくよりは、積極的に公害の問題というものを都市工学的な見地からどういうふうにしてやったら一番いいか、それからまた、この前できました公害紛争処理法案で、中央委員会とかいろいろな委員会ができました。これもいろいろお話があった末にできたのでございますけれども、やはり公害の問題を解決する方法は、この前、国会で議論したときには、こういった方法でしかないではないだろうかという形で一応結論がついておるわけでございますから、そういった点さらに——先生は全く新しい考え方、都市工学というような考え方から、こういった形での裁定方式というものでもあったらいいじゃないか、もしもそういうことがおありでございましたら、この機会にぜひ聞かしておいていただきたいと思います。
○宇井参考人 それでは、まず先ほど二、三お尋ねのありましたことも、この機会にちょっとお答えしておきます。 三十四年からいろいろな厚生省の指導、研究が特になかった——特別な問題としてなかったと私申し上げましたので、通常の指導あるいは通常の研究は確かにありましたが、特に三十五年に企画庁の手に渡ってからは、資料は一切秘密にされまして、ちょうど私が調査を始めました時期でしたが、この関係の資料は一切見せるわけにはいかぬと言われたことを覚えております。もう厚生省の担当官の方もおそらく全員おかわりになって、そのころの事情は、いまから調べるのはかなりむずかしいかと思いますが、事実はさようでございます。 次に、この分厚い資料でございましょうか、先ほどお目にかけました……。
○林(義)委員 それじゃなくて、いろいろな調査資料があったんですね。
○宇井参考人 先ほどお目にかけましたこの資料は、私ほか数名が水俣病の調査をいたしまして、それを「月刊合化」と申します小さな労働組合の機関誌に載せたものでございます。最近になりまして、「水俣病を告発する会」という小さな市民組織が、自分たちで金を出し合ってこれを刊行してございます。ですから、これは厚生省とは一切関係のない文書でございます。 そこで先生からお尋ねの問題について先ほどから考えてみたのでございますが、まずこれが刑事責任があるかどうかということは、私、専門家ではないのでよくわかりませんが、私がたまたま三月の公害国際シンポジウムに出席しまして、水俣病の説明を外国の学者にいたしましたときに、これはなぜ刑事責任にならなかったかという質問が異口同音に出てまいったことがございます。それから、私が一昨年八月から昨年の十月まで、やはり公害問題の調査のためにヨーロッパを回って歩きましたときにも、やはりその話が異口同音にいろいろな人から出ました。 そしてもう一つ、私が日本へ帰ってまいりましてから聞いたことで、カネミのライスオイルの中毒事件というものは、わりあいにこの水俣病と規模が似ておると申しますか、病気として急に出てきたといういろいろな差はございますが、カネミのライスオイル事件のときには刑事責任がはっきりして、しかも、この経営者は別に事実の隠匿とか反論とか、あるいは研究妨害ということは一切しなかった人が刑事責任を問われて、チッソの場合のようにあらゆる自己防衛の活動をした、反論は出しますし、自分のほうの研究はしまい込みますし、それから妨害も幾つかございました。そういった場合に刑事責任にならないというのは、公平の原則から見てどうであろうかという疑問がいまだに残っております。 先ほど、厚生省のあっせんについて、患者から依頼があったからあっせんしたのだというお話も、表向きはそのとおりなんでございますが、患者と工場との交渉の場合に、全然答えを出さずに数カ月おいておきまして、工場のほうから、まあ第三者にあっせんしてみたらどうだという話しかけがあって、患者もわらをもすがるつもりであっせんを頼んだというのが最初でございます。そういたしますと、いわば人をどぶに突き落としておきまして、助けてくれと言ったから助けてやるというふうな感じが私もいたしまして、そこからあといろいろ聞いてまいりますと、表には出ないそういった記録に残らないいきさつがございます。公害の問題を調べますときに、記録に残らないいきさつをどうやってさぐり出すか、私どもにとっても非常にやっかいな問題なんですけれども、ただ当事者の意見あるいは記録だけを見ておりますと、ただいま御質問にありましたのは記録には確かにそのとおりにございましてそれが実相であったということにどうしてもなりがちでございます。 最後に、都市工学的見地からどうするかという御質問に対しまして、実は私、助手でございまして、都市工学を代表してお答えする立場ではないのですけれども、私の個人のこれまで感じましたことは、やはり公害発生源を徹底的になくすべきである。チッソの場合などはわずか数百万円の金でメチル水銀を一切とめることが可能であったのであります。これはもちろんあとから出た知恵という面もございますが、調べてみますと、私たちは数億かかるものと思いましたところ、実際は数百万円であった。あぶないものを本気でとめようと考えれば、場合によってはそういったわずかの金で危害を未然に完全に防止することも可能でございます。そういった技術を私どもも勉強しなければなりませんし、また数百万円だったら思い切って金をかけるという企業がこれからの日本には残っていくのではなかろうか、そのように考えております。その上に合理的な都市計画なり産業立地計画なりが立つものではなかろうか。現在のように野放しになっている状態でこれをどこか人に迷惑がかからないところへ持っていってくれといわれましても、日本の国は狭うございまして持っていくところがございません。やはりきたないものは初めから出さないのだということをはっきり企業のほうで言ってくださいませんと、どこにその企業を据えても必ずどこかに迷惑がかかります。そういった点で実は私どももまず公害を出さないということが一番先で、計画がその次になるという考え方を現在とっておりますが、さらにこの点は勉強をしなければならないと思います。 これでお答えになっておりますでしょうか。
○林(義)委員 いま宇井先生からいろいろお話がありましたが、この話をやっていますといろいろとまた水かけ編みたいなお話とか、記録に残らない記録であるとかいうようなお話も出ます。私もいま声なき声をというような話が昔あったのを思い出したのですが、そういったことで非常にこの問題の解決というのはむずかしい問題であるということを私は思っているわけでございます。この話はおきまして、ほかに来ておられますので、移りますが、日本鉱業さんにお尋ねしたいと思います。 きょうの新聞を見ますと、通産省のほうで鉱山保安法に基づくところの金属鉱山保安規則というのが改正になっております。これは金属鉱山保安規則の中からするとちょっと異例な改正じゃないか。といいますのは、いままで私が知っている範囲では、金属鉱山保安規則というものは坑内労働者云々というような形のいろいろな規定が置いてあったのが大体主であったのでございましたが、今度はいろいろな、水銀が出る、カドミウムが出る、そういったものについての規制もこの鉱山保安法に基づく体系でやろうというふうなことでございます。そのように思うのですが、この法律ができた場合に、あるいは御承知ないかもしれませんが、一体現在のところ日本鉱業さんとしてはそれを十分守っておやりになるつもり——もちろんあるだろうと思いますが、やるということになれば相当にお金もかかることでございましょうし、どのくらいのお金がかかるのか、その点がおわかりになればまず教えていただきたいと思います。
○河合参考人 私、いま林先生からの御指摘の新聞はまだ見ておりませんので、確たるお答えにならぬかもしれませんけれども、従来私どもの事業所は、本質的には鉱山保安法の適用を受けておるところが多いわけでございまして、水質、粉じん、その他制限が、許容限度がきめられておりますので、それを厳に守ってやっておるのが実態でございます。たまたま三日市の亜鉛製錬所はああいう場所でございますし、いわゆる付属製錬所でないものでございますから、厚生省の基準を守ってやっている。たまたま県ではまだ条例ができておりませんけれども、最近では佐賀関の製錬所がございまして、あそこは大分県のほうで、これは条例じゃございませんが、覚え書きの締結もいたしております。佐賀関町、大分県、会社で最近締結もいたしております。そういうような新しい形がどんどん出てきておりまして、われわれのほうといたしましては、良心的に鉱山保安法であろうが、厚生省であろうが、県のいわゆる覚え書きであろうが、むしろシビアなところを基準にいたしまして、これに対処していこうという腹がまえはきめておりますので、いま御指摘のありました数字ははっきりこれから確認いたさなければなりませんけれども、できないことをおきめにはなっていないという感じもいたしますし、はっきりその数字を拝見いたしまして、もちろんもうこちらの意向を申し述べる段階じゃないと思っておりますけれども、順応してまいりたいという覚悟でおります。
○林(義)委員 社長にもう一ぺんお尋ねしたいのですが、日本鉱業さんは、去年はたいへんいろいろな事故がございました。山形の吉野鉱業所でございますか、それにもありましたし、実は私は山口県でございまして、隣の選挙区でございますが岩国で、ちょうど私がいなかに帰っておりましたときに流れた、こういうふうなことがございまして、この三日市の件と三つ、いろいろと事件があるわけでございます。一体、これはこういうことを申しては失礼かとも思いますが、やはり方々で事故が相次いであるというのは、なかなか社内体制としても十分に気をつけていただかなければいかぬ点がたくさんあるので、この機会に社長にその辺を、十分社内体制を固めていただくことを御要望しておきます。 時間もあまりないようでございますので、柳町の問題をちょっと質問させていただきたいと思います。 まず、出光さんにお尋ねしたいのですが、鉛の公害問題ということで、最近盛んに柳町は騒がれております。しかし私は、鉛の問題というのは、オクタン価を上げるためにガソリンの中に入っておったのだろう、こう思うのです。あれも確かに生産工程からしますと、最後に添加をするという段階になっているのではなかったかと私は思いますが、そういった点からいたしますと、最後の生産工程だけはずしさえすれば鉛というのはいつでも取り除くことができる。ところで、この鉛をガソリンの中に入れて車で使用するというのは、相当前から行なわれているのだろうと思いますが、やはり鉛を入れなければ——入れるのはいつごろからそういったことになってきたのかというのが第一点。 それから第二点で、もしも鉛を抜いたときに、同じような商いオクタン価というものを、ガソリンの品質改良であるとかいろいろことができると思いますので、そういった点でできないものだろうかどうだろうかという点をお尋ねしておきたいと思います。社長はあれでございますから、もしお連れの方で技術的にお詳しい方があればその方から御答弁いただいてもけっこうでございます。
○出光参考人 鉛を入れましたことはアメリカでは五十年くらい前に発見されてやっております。日本では、御承知のように終戦後非常にオクタン価が低いもので、それでも二十六、七年ごろから入れているようでございます。 それから鉛を入れないでオクタン価を上げるという問題でございますが、これは原料の関係もありましてたいへんむずかしい。要するに、大量のガソリンをまかなわなければいけませんので、それに全部を無鉛にしてやるということは非常に金もかかるがたいへんな問題で、技術的にいま研究いたしておりますが、とりあえず鉛を減らそうじゃないかということでもう取りかかっております。
○林(義)委員 時間がありませんのでこれで終わりますが、最後に川又社長にお尋ねしておきたいと思います。 実はこの鉛の問題というのは、私の知る範囲では、実はハイオクタンにする、オクタン価を高める、こういう形で入ってきたものだと思います。それはなぜかといいますとやはり車がノッキングをする。ノッキングをすればやはり不燃焼物が出る。ちょうど昨年この公害対策特別委員会で盛んにCOの問題、NOxの問題等いろいろ議論された問題があるわけでございます。そのときにおそらく鉛の問題は出ていなかっただろうと思います。やはり鉛というものがそういったふうな形で、一方では一酸化炭素をなくすというような形での作用を働きながら、また一方で、逆に今度は鉛そのものが公害を及ぼすというような形になってきているんだろうと思うのですが、まず第一にエンジン性能の観点からいたしまして、一体全然鉛がなくなったときに、いまのエンジンがどういうふうな形になるのだろうか。私が考えますのに、おそらくオクタン価が低くなれば、相当大きなエンジンにしなくてはいかぬ。また値段も高くなるというような問題も私はあるだろうと思うのです。そういった点についてどういうふうにお考えになるのか。 それから、いまのエンジンを使って鉛なしのガソリンを使ったときには、相当に一酸化炭素等が出るんではないだろうかという感じも私はするわけでございますが、その辺について何かお調べになったようなものがあればお示しをいただきたい、こう思っております。 私は鉛にいたしましても、一酸化炭素にしましても、またその他NOxとかその他のいろいろな公害発生源というものが車にあると思うのです。車というのは現代文明の一つの大きなシンボルでありまして、いろんな便利なことがあるわけです。われわれの生活も豊かになるし、またいろんな流通の関係その他において果たした貢献というものはたいへんなものがあると思いますが、やはり公害のないような車というものは、これからつくっていかなくちゃいかぬし、それからそれを解決するためには、単に自動車だけの改良ではいかぬので、やはりガソリンと一緒になっていろんな点の改良をしていかなくちゃいかぬ、そういうふうに考えておるわけでございますが、その点につきまして、先ほど申しました点、まずガソリンの中で全然鉛をなくしたときに、現在のエンジンでどういうふうな状況になるのか、その辺の問題と、それから一体鉛なしのガソリンを使ったときのエンジン開発というものが相当できるものかどうだろうか、その辺について御所見を承りたいと思います。
○川又参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。 鉛をなくすということ、つまりゼロにするということと低鉛化という二つの過程がございまして、ただいま懸案のは低鉛のほうをやっております。鉛をゼロにしてしまいますと、われわれのほうから申しますと、その場合にオクタン価がどのぐらい得られるかということは、石油業界の方々と相当設備的にそれから原油あるいはガソリンそのものの組成分から相当検討していただかないと、鉛がゼロになったときのオクタン価というものを策定できないのではないか。いろいろ予測数字は出ております。八八くらいになるとかということはいわれておりますが、まだ日本でそういうデータがはっきりありません。したがって、参考といたしますればアメリカのことを参考にしなければならないのですが、アメリカでは、たとえばゼネラルモータースは鉛がゼロになってもハイオクタンというクラスのガソリンで九四・幾つか、端数がつきますが、その辺はオクタン価を得たい、こういうことを言っております。したがいまして、鉛がなくなるということと、オクタン価を維持するということ、これが関連があるわけでございますから、私どものほうでは鉛をゼロにしてオクタン価がたとえば九〇に保てるか、あるいは従来のハイオクタンの観念でいった程度のガソリンで九四ぐらいが得られるか、それには精製過程、設備の改変、ガソリンそれ自体の組成分のあり方、こういうものを十分に石油業界のほうで御検討願わないといけないと思います。 それに伴ったエンジンの改良でございますが、現在の状態で申しますと、現在のレギュラー・ガソリンを使うようなエンジンあるいはハイオクタンを使うようなエンジン——ハイオクタンを使うエンジンであったのにレギュラーを使いますと、ノッキングを起こします。またレギュラーであったものがかりに七月一日以降ガロン当たり一・一cc、これがもう少し鉛を入れないと九〇ぐらい保てないというようなケースがないでもない。これは一にかかってガソリンの組成分のいかんによりまして、たとえて申しますと、私専門家でありませんからあまり権威がないかもしれませんが、ガソリン組成分の中にアロマティック、つまり芳香族、オレフィン、それから飽和分、こう知られている三つの要素があります。この要素の組み合わせで、ある場合にオクタン価を、鉛を少し減らしても上げられるということだそうでございます。したがいまして、鉛を減らすということとオクタン価を上げるということと、ガソリンの組成分の変化、こういうものが組み合わされるわけでございます。現在のレギュラー・ガソリンを使う状態でのエンジンの回転が落ちるとか、あるいはほかの一酸化炭素とか何か出るということはないと思います。ただ、オクタン価が下がったもので使われるようなケースが起きますと、その場合には自然ノッキングを生ずることになります。ノッキングを生ずればエンジンのバルブもいたみますし、もちろん運転者がわかりますけれども、エンジンをいためてしまう。それからガソリン組成分の変化によってオクタン価の関係を求める場合には、組成分の中の芳香族、これはハイドロカーボンに属するものですが、HCがよけいに出る可能性があると指摘されております。ですから全然無関係ではございませんが、COとの関係はまだはっきりつかめておりませんが、いまのところCOだけの関係はまずないだろう、こういうふうなことが言われております。
○島本委員長代理 関連質疑の申し出がありますので許します。浜田幸一君。
○浜田委員 お許しをいただきまして、東京大学助手の宇井参考人並びに日本鉱業株式会社社長河合参考人、石油連盟会長出光参考人にお伺いをいたします。私は関連質問でありますから時間がありませんから率直にお答えをいただきたいと思います。 まず第一点の問題でありますが、宇井参考人の発言を聞いておりますと、この問題の処理に当たって国がとってきた態度はあくまでも第三者的な行為であって、企業の設置を認めている国としてとるべき態度が的確でなかった、そういう責任は当然国側にもある。あるいは負担を負うべき責任がある。同時に、これを犯した人々は刑事責任を問うべきである。このような趣旨に受け取っておるのでありますけれども、そのように受け取ってよろしいかどうか、御確認をさしていただきたいと思います。これが第一点であります。 第二点の問題は、もしかりに参考人の御意見に従いますと、当然、本問題の処理に当たって国が責任をとり、何らかの措置を被害者に対していたすべきであるというふうに受け取るのでありますが、具体的にいってそれはどのような形を国がたるべきであったかとお考えになっておられるか、この点をお伺いしたいと思います。 それから日本鉱業株式会社社長の河合参考人にお伺いいたします。 おたくの資本金が幾らであるか、これが第一点であります。 第二点は年間の利益はどの程度出ているか。その年間利益のうちで何%程度を今日まで公害対策として計上し、使用してきたか、この点についてお伺いします。 なぜかと申し上げますならば、きょう参考人の趣旨弁明を聞いておりますると、国と相談をして国の指導のもとにどんな努力でもいたしますということを言っておられますが、企業は当然企業の側に立って利益を守っていかなければならないと思います。でありますから、利潤全体をそれに対して投下した場合もこれは善処でありますし、矛のうちの二分の一を投下した場合でも善処であります。あるいは二%しか投下しない場合でも努力をしたということに相なるわけでございますので、そういう問題を、会社全体の責任行為として、良識ある行動としての判定にしたいためにこの点をお伺いしておきたいと思います。 それから三人目の石油連盟会長の出光参考人にお伺いいたします。 きのうの質問に対しまして、厚生省は五カ年以内で鉛公害については解決するように努力をいたすと言っております。そのことと関連をいたしまして、きょう参考人の供述もいただいたのでありますが、率直に申し上げて業者側の立場から考えられまして、一人の人間に対して、あるいは国民に対して鉛の公害をなくすということが五カ年以内で完全にできるかどうか、またそうしていただかなければならないわけでありますが、そうするために企業全体をあげて努力をしていただけるかどうか、お伺いをします。 以上です。
○宇井参考人 まず、最初の刑事責任のことについてここで私が申しましたのは、一人の市民としての見解でございますが、昭和三十八年二月に水俣病の原因となったメチル水銀が工場排水の中で見つかったという新聞報道が熊本でございましたときに、当時の検事正が新聞記者の質問に答えて、そういう事実が出てくれば刑事責任も考えなければならないかもしれない、断定ではございませんので、検討の対象であるということを申しております。 ところが、その後私そのことを聞きまして、どういう論拠で刑事責任が検討の対象になったか、調べに参りましたところ、あいにく当の検事正は直ちに千葉へ転勤になっておりまして、調査ができなかった事実がございます。ですから、法律家の間でもこれが検討されなかったわけではないということはいえると思います。私の個人の見解としては刑事責任とどうしても判断いたします。 それから次に、国が何ができるかということになりますと、これは非常にむずかしいことでございまして、問題の規模によって変わってまいりますが、まず現在どうしてもこれだけはしてもらわなければならないというものがございます。水俣病の遺伝的な毒性がいま心配されております。現在までの水俣病の患者というのは、会社の付属病院の院長も加わった、いわば原因者側も加わった診定委員会で、だれが見ても水俣病という人たちだけが対象になっております。やはり地域住民の検診はこれは最低やっていただかないと、どこまで広がっているかわからないおそろしい事件でございます。 それから次に、病院はリハビリテーションセンターとして湯之児につくられましたが、諸般の事情で病院に行かれない方々がたくさんおられます。そういった方々のことをやはり——現在国の公害病に対する法律がございますし、それから県、市町村のいろいろな援護措置もございますが、やはりそれだけでは十分ではございません。その辺に私にもちょっとどこまでやっていいのか、行政的なことはわかりませんが、まだまだやることがあるのではないかという気がいたします。 以上でございます。
○河合参考人 ただいま御質問ございました資本金は百八十八億五千万でございます。 それと利益の問題が出てまいりましたのですが、御承知のように、先期あたりは銅価が非常に高い関係で、それなりの利益が出たわけでありますが、経常利益で半期五十億、税引きで約二十億だと承知いたしております。 それと御質問の保安関係、安全関係、公害防除関係に幾ら使っているかという御質問でございますが、かなりこの仕訳がむずかしいのでございまして、たとえて申しますと、最近佐賀関で月間約一万トンの銅処理の自熔炉精錬と申します非常に大きな設備をつくったわけでございますが、これが例の亜硫酸ガスの排除に非常にプラスになっております。これは大きな設備でございまして、約百億程度かかったと思います。そのうちにいわゆる公害防除のための経費はということになりますと、たって仕訳をいたしませんと、はっきりした数字は出ません。片や御承知の重油の直接脱硫装置、これは八十億ばかりかかりまして、これは岡山県の水島工場につくって、現在稼働中でございます。これとてもいわゆる低硫黄の重油を生産するものでございますから、これなんかをいまの御質問の中に入れますと、かなりの割合になるかとも思っておりますが、ざっぱくに申し上げまして、現在大体投資額の一割、一〇%程度をいわゆる保安関係、公害防除に使っていると御理解いただいたらどうかと思っております。
○出光参考人 鉛の問題、とりあえずの問題は、鉛を入れる量、加鉛量を減らすということでスタートを切っておりますが、これはもうすでに生産のほうでやっております。それで通産省のほうからの指令で五年以内にやるということになっておりますが、もちろんこれは五年以内、なるべく早くやらなければならぬ問題であります。鉛を減らしますと、先ほど川又さんからも申し上げましたとおり、いろいろとノッキングを起こしたり、自動車の円滑なる走行ができないというような問題があります。この点は石油業界と自動車工業会との間でもうすでに何回もやっておりますが、結論を見たいと思っております。
○島本委員長代理 関連質問ですから、この辺で御遠慮願いたいと思います。
○浜田委員 ちょっと一点だけお願いしたい。
○島本委員長代理 特に認めて、一問だけにとどめていただきます。
○浜田委員 これは河合参考人に念のためにお伺いしておきますが、先ほど宇井参考人が、たとえば資料提出を求めたところ、会社は資料を提示せず、あるいは宇井参考人等の意見に対して反論を出した、あるいは妨害行為があったということをも発言されておるわけでありますが、特に会社側において故意にものごとを隠蔽したということがあるかないか、これはひとつ率直にお答えをいただきたいと思います。 それからもう一点——一点しかお許しをいただいておりませんのであれなんですが、宇井参考人に、これも一つお伺いをして終わらしていただきますが、あなた先ほど五百万円なら五百万円かければ窒素関係の公害はなくすことができたと言っておられますが、これから先も共存共栄という立場で、企業も住民も公害から守りながらお互いが繁栄していくことができ得る、人間の英知をもってすればでき得るとお考えになるかどうか、この点だけお伺いして終わらせていただきます。
○宇井参考人 ……。
○浜田委員 河合参考人から先に……。
○島本委員長代理 宇井参考人のほうを先にあなたから要求しましたから、順序どおりに答弁いたします。
○宇井参考人 もしその数百万円程度の処理をきちんとやってくだされば、共存共栄はできると思います。いまのところ何も処理をしないで、たれ流しという現状ではなかなかむずかしいのではないかと考えます。
○島本委員長代理 河合参考人——河合参考人にお伺いいたしますが、チッソの関係の質問でありますけれども、特に日本鉱業の社長というような資格で河合参考人のほうに要請あったものだと思います。この問題について答えるのは自由でありますが……。 いま浜田幸一君が質問をとりやめましたので、答弁はけっこうです。
○浜田委員 やめます。どうもありがとうございました。
○島本委員長代理 次に移ります。川村継義君。
○川村委員 参考人の皆さんどうも御苦労さまでございます。たくさん時間をいただいておりませんから、取り急いでお尋ねをいたしますが、どうぞそのつもりでお答えを願いたいと思います。 私が申し上げるまでもございませず、最近各種のおそるべき公害が出ておりまして、毎日、新聞を見てももう恐怖を覚えるわけであります。私はそういう点企業の責任、政治の責任、まことに大であると思っております。昨日からあすにかけて、この公害対策の委員会が開かれておりますのも、それらの問題を究明をして、またきょうは皆さん方の御意見をちょうだいをいたしまして、公害の対策を進めたい、こういう考え方で開いているわけであります。先ほどどなたかの御意見にもありましたように、公害は起こしたら、これはあとで金を幾らやっても死んだ人間は生き返りませんですから、やはり事前に公害を起こさない、こういう考え方で私たちは取り組む、政治もまたそうなければならぬ、このように考えております。 私は、千種参考人、宇井参考人に対して水俣病補償問題を中心としてお尋ねをいたしますが、水俣病は公害史上あるいは人類史上最大、最悪の公害病だと実は私は考えております。そこで、今度いろいろの問題がありまして、千種さんがたいへん御苦労いただいて、あっせん等をしていただきましたが、このあっせんの結果を見たり、あるいは新聞でいろいろあらわれておる論説あるいは皆さん方の御意見、これを聞いていると、一体これで公害というものの始末が考えられるかどうか、そういう点で私は非常に重大に考えているわけであります。一つには、あやまちを犯したその責任を追及することなく回避してしまったり、犯人たる者の責任を不問にしておるというようなこと、こういうようなことは私は、公害の対策を考える場合には大きな問題であると思っております。そういうことでひとつこれから二、三御意見をお尋ねをするわけであります。 水俣病の経過について私がいろいろとここに詳しく順序を追うて申し上げる必要はございません。時間の都合上そういうことは私申し上げません。皆さん方よく御存じのとおりでございます。ただ、昭和二十八年にこの病気が始まってから三十一年、三十二年に多発をした。それから熊本大学の研究班の先生方が非常に苦労なさって、長い研究の歴史がたってきたわけであります。その間三十六年、三十七年には入鹿山教授あるいは細川病院長の研究の結果が一応実りがあった。ところが、公害ということについての認定は、御承知のとおりずっとおくれて昭和四十二年の九月公害認定が出された。この間、先ほど宇井参考人も申されましたように、この研究についていろいろの問題が実はあるわけであります。これらを考えて、一体処理委員会という立場で御検討なさったかどうかという問題が一つあります。先ほどカドミウムの問題につきまして、小林参考人やあるいは萩野参考人からもいろいろございましたけれども、学者が一生懸命取り組んでおるのを妨害したり、じゃましたり、研究費をストップしたり、そういうことをするということが、こういうものの公害の真相を究明することをおくらしてしまう。これは水俣病の歴史を見ると実は歴然としております。 そういう点で、実はまず第一に千種参考人にお尋ねいたしますが、あなたの今度お出しいただきましたこの「水俣病補償処理案作成の経過と要領」、これについて私は幾つかの問題をお尋ねしなければならぬと思っております。しかし、時間の制約もございますから、全部きょうお聞きするわけにはまいりません。先ほどいろいろあなたから詳しくお話しいただきましたが、その中で二、三実は取り上げてお尋ねをいたしますが、まず第一に、この「経過と要領」の、お示しいただきましたこの中で、あなたもお話のありましたように、たくさんの方々の意見も聴取した、それから医学者、医師などからもずいぶんと経過の症状を聞いた、関係文献その他もずいぶん調べた、こういうお話でございましたが、私この点について一つまずお聞きをいたします。たいへん千種参考人には失礼でございますけれども、いまあなたがこれを取り上げられたその経過において、どういう文献をお調べになったか、いまあなたの頭にあるものだけでもいいですから、ひとつお示しいただきたいと思います。
○千種参考人 いま細川病院長などのお話がございましたが、細川病院長には、委員会の笠松先生、これは東大の教授でございます。その方がまづ先に四国までおいでになりまして、その方からつぶさに経過はお聞きになって帰ってきております。 それから熊本のお医者さん、学者ですね、その方からも、これはわれわれ三人が一緒になりまして詳しく経過を聞いております。 それから水俣におきましてリハビリテーションや、そのほかいろいろ患者に対して施策をしておられますところのお医者なり、あるいは現実に患者を見ておられるお医者さん方から、病状やその経過などについて詳しく聞いてまいっております。ただ、私は医学の専門家じゃございませんので、そういう点につきましては、お医者さんの立場であられる笠松委員が最も詳しく聞いておられます。 なお、文献といたしましても、その熊本医大の教授の書かれた水俣病に関する報告もあります。そのほか、ほかの大学から出された文献もありますし、あるいはそうでなくて、少しく通俗的にわかりやすく書かれた二、三の著書もありますので、そういうものも一応目を通しているわけであります。
○川村委員 千種参考人は、昭和三十四年の七月にチッソが廃液を使ってネコを実験をし、九大にその鑑定を頼んだという、実は極秘にしてある文書があるわけです。いま一つは三十五年の八月からこれもまたチッソの極秘レポートとなっているものが実はあります。それは「精溜塔廃液について」という実はレポートがあります。これはごらんになりましたか。厚生省はこれを千種さんに差し上げてごらんいただいたかどうか、これを一つお答えいただきます。
○千種参考人 どうも厚生省が出したかと言われて、私がお答えするのはちょっと困るわけでございますけれども……。
○島本委員長代理 千種参考人に申し上げますが、出したか出さないかについては、あなたの場合はそれをちょうだいしたかしないかでいいのであります。
○千種参考人 それは私はもらったかもらわないかは忘れておりますが、覚えておりませんが、しかし、ネコについて実験したということはいろいろな方面から聞いていることでございます。ただ、その時期がいつであるかということについてもいろいろ問題がございますが、とにかく実験をしたということは聞いております。
○川村委員 私は時間がありませんから、きょうは厚生省をまぜて聞く予定ではなかったのだが、厚生省の公害部長、私がいま言った三十四年七月のチッソのネコの実験のレポート、極秘にしてあるはずだ。これと三十五年八月からやった「精溜塔廃液について」というレポートを千種さんにお見せしましたかどうか。
○城戸説明員 ただいまの「精溜塔廃液について」というレポートは、私から千種先生のほうにお渡ししたような事実はございません。 ネコの実験につきましては、いま千種先生からお話がありましたようなことでございまして、笠松委員が細川院長等からいろいろと事情を聞いておられるということは承知しております。
○川村委員 実は、私は、いまの答弁を聞いて、そういうようないろいろ大事なものを明らかにしないでおいてこういう処理委員会の結論が出たということ、しかも、一年間もかかっておる。ところが、その結論については、千種さんも御承知のとおり、四面楚歌の声である。たくさんの新聞の論調、記事をごらんになったでしょう。世界でこんな補償なんてあるか、最低だと、幾つかの実は問題が出ておりますし、一般世人も、水俣の諸君も、患者はもちろんのこと、怒りに燃えている。それが実情でございましょう。千種参考人、たいへん失礼なことをお聞きするようですけれども、あなたが補償案をお出しになった、あっせんをなさったあとのいろいろこの世論をお聞きになって、どういうお気持ちを持っておられますか、お聞かせいただきたい。
○千種参考人 私は、最低であると思っておりません。これで患者側が満足されるとは思っておりませんが、いろんな面から考えまして、これはまあ妥当な結論であると思っております。
○川村委員 いまのレポートにつきましては、後ほど、また少しお尋ねをいたします。 あなたのこのお出しいただきました「補償処理案作成の経過と要領」、ここの中の、せっかくのいまのおことばでありますけれども、「補償額」というような点を見てみましても、こういうことばが述べてある。「また、旧契約に定める金額は、当時としては相当の額と考えられたことは認められる。たとえば、旧契約に定めた弔慰金の額三十万円も、当時の自動車損害賠償保障保険法に定めた死亡者に対する支給額の最高に相当する金額であった。」と、こう述てあります。 そこで、まず第二番目に、この点についてあなたのお考えをお聞きしますけれども、これは三十四年の十二月に結ばれたところの見舞い契約であります。ところが、千種参考人、御存じでございましょうけれども、三十五年以降四十年にわたって、この水俣病でなくなったり、あるいは廃疾になったり、不具者になったりしている人がたくさんありますね。何人ぐらいそういうのをつかんでおられますか。それが一つですよ。また、三十八年や三十九年やになくなった人たちは、いまのことばで一体これは結べるのかどうなのか、これはいかがでございましょう。
○千種参考人 当時、この金額、死亡者に対して三十万円であったということは、大体、そういう額を出されたのはどういうわけかと申しますと、その案を出された方々の意見を聞きますというと、自賠法の規定もそのぐらいな規定であることや、そのほかの事情もしんしゃくして、しかも、企業に完全な過失があるかどうかということも決定的ではないという事情のもとにおそらく出されたというような事柄であります。 なお、もし、必要があればまた申し上げてもよろしいが、その当時までの裁判所のいろんな災害に対する判決額というものも、今日と比べまして、非常に少ない額であるということは、まぎれもない事実であります。私どもは、損害賠償につきましては、前々から非常に関心を持っておりまして、人命の尊重ということは非常に大事なことである、従来の損害賠償の額が低過ぎるということは、四十年来、述べ続けておるものであります。自賠法につきましても、自賠法のような規定を設けなければならぬということは、すでに四十年の昔から私は法律雑誌に書いておるものでございます。それがやっと十数年前にできた。私は、決して、人命の尊重というものを軽んじていいもんだということを考えておるわけではありません。その後、この契約をしましたのは、三十四年の十二月であります。そのときは、自賠法の規定がわずか三十万円であった。判決の額も比較的少なかった。ところが、三十四年になりまして、五百万円払えというような判決が裁判所で出された事例がございまして、私は、これを雑誌に紹介しまして、そうして運輸省の側に、こういうような意見もあるんだ、わずか三十万円の自賠法では少な過ぎる、もっとふやしなさい、ということを、私は知りませんけれども、申し入れたことがございます。そういうような判例などが契機となって、その後、五十万円に上げられたというようないきさつがありますので、今日の時点の額を考えまして、当時の額が著しく不当であったということが言えるかどうかということは問題でございます。 三十四年にそういう契約をいたしまして、大体、三十四年までの間に、一番多数は、三十一年に五十二人の患者が出ておるのでありまして、契約したのは、三十四年の終わりになっておるのであります。この契約が有効か無効かという事柄につきましては、これは裁判所で争われておる事柄でございますので、私がここで申し上げることはむしろ差し控えさせていただくほうがよろしいと思います。だから、全体の額が多いか少ないかということは、完全にチッソ側において責任があるということを前提としてあるいは論じておられるのかも存じませんが、その前提問題がはっきりしないで額が少ないか多いかということを断ずることは、非常にむずかしいことであると私は考えております。
○川村委員 私がお聞きしたいのは、いまお話のあったことばの中に出てまいりましたが、三十四年当時の見舞金契約が有効であるか無効であるか、これは一つの大問題なんですよ。ところが、あなたのほうの委員会は、三十四年の契約のこの三十万円というものは、その当時においてはりっぱなものであった、完全な民法上の権利契約であり、無視することはできないというような見解で、これをちゃんと踏まえて、それに積み上げるような形で今度のあっせん案を出しておられるでしょう。そこで、私は、公害という認定が出た時点においては、そうではなくて、白紙の立場でこれをあなたのほうの委員会が取り上げていただくことが正当ではなかったか。そうすると、あなたのような論法に従えば、三十四年当時には三十万円でよかった、それを踏まえておる。しかし、三十六年、三十七年、三十八年、三十九年に水俣病で死んだ者は、一体、どう考えてこれを受けとめて、この計算基礎の中に入れられたか。そのときの二、三年前の自賠法は一体どういう額であったか。それを踏まえてあとの者は積み上げてきたのか。いろいろの疑問が出るから、私も率直に言って、見舞金契約は有効であるか無効であるか、これは論争の大きな問題となりましょう。私は、無効とすべきである。そうして公害認定が出たのだから、これによって新しくこのあっせんをとるという態度があってしかるべきでなかったか。あなたは四十年も損害賠償の大きな仕事を手がけておられる偉い先生だとお聞きしております。民法の偉い先生だとお聞きしております。そのあなたがそういうようなことを踏まえないでこのあっせんを出されたことについて、私は疑問が解けないからお聞きしているわけです。いま一度……。
○千種参考人 いわゆる見舞い金契約というものが有効であるか無効であるかということは、私どは少しも断定いたしておりません。これは先ほども繰り返して申しましたように、裁判上かかっておるべき問題であります。 それからもう一つ、自賠法の規定が改正になったということも申されましたが、本来自賠法の規定と水俣病の病気に対する補償というものは関係のない事柄であります。関係のない事柄でありますが、この問題がしばしば引き合いに出されております。しかし、三十年前に自賠法の規定に基づいて三十万円もらった人が、今日五百万円に自賠法の規定がなったから残りの四百七十万円をくれという請求をされましても、何人も一文も払わないでありましょう。それだけのことは申し上げておきます。
○川村委員 非常に大事なことをお聞きしていくつもりなんですが、また私は、あしたも厚生省が参るそうですからお尋ねすることにしますが、とにかくいま参考人は、自賠法とは関係ないとおっしゃった。それはそうですよ。そうなければならぬ。ところが、この案文を見てみると、常にそういうことばでもって出てきておるんですね。だから、私がいまお尋ねしたような疑問になるわけです。 そこでいまの三十四年当時の見舞い金契約が有効であるか無効であるか、あなたは裁判で争う、こうおっしゃった。いいでしょう。ところが、今度のあなたのお出しいただきましたこのあっせん案を見ますと、いま私が申し上げたような会社の、企業側の責任を全く考えないで、ただ社会的責任は見のがすわけにいかぬとかなんとか言って出しておられる。そこにまた私は一つの大きな問題を考えるわけです。 そこで、お尋ねいたしますが、昭和四十三年九月、厚生省が公害と認定いたしましたね。これは私が文書を読まなくても御存じであります。しかし念のために、千種参考人、私読まなければならない。厚生省は、中毒性中枢神経糸疾患であり、その原因はメチル水銀化合物で、新日本窒素水俣工場のアセトアルデヒド酢酸製造施設内で生成され、工場排水として排出されて水俣湾内の魚介類を汚染した。それを地域住民が食べたため汚染した。こういうようなことばで公害と認定しておる。これが千種先生、一体それなのに会社は責任ない、いいですか、これは責任ない、これは裁判で争いなさい、こう言い切られていいものですかね。先生、公害と認定したのは、一体これは何ですか。公害と認定したのは企業の責任を明確にしたと私は見ているのですよ。お考えいかがでしょう。
○千種参考人 一般の方々からは、そういうふうにお考えなさるのも無理からぬことでございまして、川村さんのおっしゃいますことはごもっともなことであろうと私は思います。ただ、裁判上の問題になってきますと、因果関係があるからというだけでは、水俣事件では会社に法律上責任ありということが言えるような立場になっていないわけです。(「そんなことはわからない。」と呼ぶ者あり)わかりませんか。
○川村委員 どうしてでしょう。
○千種参考人 それは民法七百九条をごらんになりましても、「故意又ハ過失二因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ」と書いてあります。その規定あるいはまた民事上のそのほかの責任の問題を考えましても、因果関係さえあれば責任があるというような規定はない。鉱山の関係の場合には特別法があります。だから、そういう場合を踏まえましたときに、おそらく裁判所側のほうでこの事件を取り扱いましても、その点は非常に検討をいたすことであろうと思っております。
○川村委員 千種先生は、こういう大事なあっせんをなさるのに、何か大事なところは裁判である、こういうようなことで回遊なさっている。これは裁判であろうとなかろうと関係なく、私はき然とやっていただかなければならぬ問題だと思う、先ほど私が尋ねた問題にも、あなたのお答えは明確でありませんよ。 そこで、もう一つ私はいまの点に触れますと、患者が多数発生した三十一年当時、はたして会社の排水でこのような被害を生ずることが予見できたかどうか、その判断は裁判によるほかはない、三十一年発生したかどうか、このときの時点においてという前提を踏まえてですよ。十数年前の姿をそこに置いておいて、しかも補償額については三十四年十二月のあの見舞い補償金をちゃんと下敷きにしておいて、そしてあなたの委員会は一切の作業をしている。 そこで私は先ほど、三十八年、三十九年になくなった人は一体どう考えたらいいか、公害認定されるか、どう考えたらいいかというようなことを実はお尋ねしたわけです。いまも私は申し上げましたように、裁判によるほかはない、こうおっしゃっているのですが、それは別にして、あなたが民法学者であり、損害補償の権威であるならば、私はこれはあなたのほうの委員会で会社の責任を明確にすべきであったと思う。厚生省がすでに公害と認定しているでしょう。そこで私はその点を申し上げるわけですが、それについてご意見をあとでまたお聞きしますが、あなたは不明確だとか、予見できなかったとおっしゃるのですが、去年から一年間かかって作業なさった今日の時点においてまだ、予見できなかったという十数年前の姿でなさるということは、私は納得がいかない。 そこで、この際私は宇井参考人に、途中ですが、お聞きします。というのは、先ほど私がちょっと触れましたように、実は会社は三十四年の七月にみずからネコの実験をして、その廃液の中に有機水銀があるということを明かにしておるわけです。しかしこれは、九大に鑑定を頼んでいるのだが、一切秘密にして公表しておりません。これは先生がお書きになっておる「公害の政治学」あるいは「生ける人形の告発」、あらゆる著書の中にもその姿が見える。そして、先ほど先生がお示しになりました「水俣病」の二二五ページにそのことが出てくる。これが一つ。 いま一つは、三十五年の八月からしばらくかかって、このチッソ水俣はアセトアルデヒド設備の精留水の廃液を使って有機水銀を抽出しているのですね。そして「精溜塔廃液について」という極秘のレポートを持っているはずです。これは厚生省はどうもはっきりしないようだけれども、こういうものについて考えると、いままでは、やあエチレンじゃ、何じゃ、爆薬じゃと、先生も先ほどおっしゃったように、長い間、熊大の研究をあらゆる形でじゃましているわけだ。有機水銀ということは、すでに三十四年に厚生省の食品衛生調査会でわかっている。そういうときからでも、私は一々例示しませんが、いろいろな形を使って妨害をしてきているのです。隠蔽をしているわけです。いま私が申し上げました三十四年の実験、三十五年の実験、これを考えると、これはもう故意に隠蔽したといわざるを得ない。先生はこういう点についていろいろと調査なさっておりますから、この辺の私が知り得ないようなひとつ経過を、問題点をお示しいただきたい。
○宇井参考人 ただいま例としてあげられましたいわゆる四百号のネコの実験は、工場の中で三十四年の七月の末から同じ年の十月の初めまで行なわれまして、水俣病であることが疑われ、その研究の続行を細川博士らは主張しましたが、会社の首脳部に断わられました。ところがこの結果は、会社が十月の末に水俣病の原因について発表した反論からは故意に削られておりました。ですから、私はこの時点ではすでにこの問題について故意が成立したのではないか、故意または過失のうちの過失ではなくて、故意の責任が成立したのではないかと自分では考えております。 しかし、それとはまた別に、新日本窒素水俣工場が、まだ日本窒素水俣工場といっておりました戦前から、この工業排水が毒であり、近所の漁業に対して被害を与えている事実は、漁民だけでなく工場側も認めております。そして大正十四、五年ごろから、たしか三回ほどにわたって漁業補償を締結し、その間どの回にも必ず、今後新しく出た損害に対しては永久に損害補償を申し立てないといういわゆる永久示談の条項を含みながら何回もこれを改定しております。そういったことを考えますと、やはり工場が自分の排水からこういった毒が出るということは予見できたのではないかというのが私の考えでございます。
○川村委員 千種参考人、先生、いまお聞きのとおりでして、三十四年、三十五年、三十五年には精留塔廃液からちゃんと有機水銀を抽出している。こういうものをあなたがもしもごらんになったら、こういう結果は出なかった、いやその会社の責任をどこかへ隠してしまわれるようなあっせん案にはならなかったのじゃないかと私は思うのですよ。あなたは裁判、裁判とおっしゃるけれども、そうじゃなくて、あなたの委員会でそれを明確にしてくださることこそが、とにかく日本の第一発といっていいようなこの公害のあっせんに大きな権威を持たせるものじゃなかったかと私見ているのです。 そこで、いま一つあげなければなりませんが、いま熊本で裁判が行なわれております。私は、裁判のことについてとやかく言おうと思いません。ところが、会社側が裁判の第二準備書面書に出したところによると、会社は相変わらずこれを隠蔽しようとしている。「昭和三十七年半ば頃、熊本大学部衛生学教室の入鹿山且朗教授らが、被告水俣工場水銀滓から塩化メチル水銀を抽出しえたことを発表するまで、アセトアルデヒドの製造工程中にメチル水銀化合物が生成することは、一般に化学工業の業界、学界において、理論上も、また、分析技術上も予知しえない事柄であった。」こういって、そうして同じいままで繰り返してきたようなことをずっとくどくどしく書面書に書いているのですね。これは三十七年半ばごろ。ということは、入鹿山さんの有機水銀であるということは認めたことになるですね。しかし三十四年、三十五年のやつはみずから持っておりながら、認めていないんですよ。 宇井先生、もう一つあなたに聞いておきますが、この私が読みました第二準備書面書において、三十七年ごろまでには「化学工業の業界、学界において、理論上も、また、分析技術上も予知しえない事柄であった。」私はそうじゃないと思うのですね。これは熊大の学術研究をなさった方々のいろいろな御意見を聞くと明らかなんです。これは先生も学術書でそんなものを見たとおっしゃるから御存じだと思いますが、私は「予知しえない事柄であった。」というのは、これは詭弁だと思っているんだ。宇井先生、ちょっとあなた、御意見をお聞きしたい。
○宇井参考人 少なくとも三十七年二月までには会社のいわゆるHI排水と呼ばれておりますアセトアルデヒド酢酸工程から出てまいります排水でネコないしネズミを飼った動物実験は全部終了しております。ですから、ただいま川村先生がお読みになった文章は、化学工業一般では予知し得なかった、しかし私は知っていたという後半のところを落としているのではないか。チッソは少なくともその時点では全部のことがもうわかっていて、現在それは全部隠しているということは、私、法律については存じませんが、川村先生のおっしゃるとおりであると思います。
○川村委員 千種先生、いまお聞きのとおりの問題がありますが、あなたのあっせん作業の中で、そういうものはどう一体お考えになったのか、これか一つ。 いま一つは、熊大の鰐淵元学長、お会いになったかどうか知りませんが、熊大の鰐淵先生は、あなたのこのあっせんが出たときに、あなたが三十四年の見舞い金契約はごうごうという発表をなさったそのあと、鰐淵元の学長は、実はいろいろ意見を述べておられます。全部読むと時間がかかるから要約いたしますが、三十四年の十一月二十四日厚生大臣に出したところの食品衛生調査会、その中の水俣病特別部会、代表して自分がいろいろ申し上げたけれども、つまり工場の排水が原因であると言ったけれども、取り上げなかった。しかもその年早々に実は見舞い金契約が年末に結ばれておる。あのときにわれわれのような医学専門家等が加わっておったならば、将来水俣病が工場廃液に起因することが決定した場合でも新たな補償は一切要求しないなどといったこんなことを書かせたはずはなかった、こう言っておられるのですよ。千種先生、ひとつさきのことといまのことあわせてあなたの所見をお聞きしておきたい。
○千種参考人 きょうは何だか私が被告人になったようなかっこうになりましたが、これはそういう事実認定ということになりますと、欠席判決じゃいけないんですね。原告、被告両方来てもらって、そしてその裁判官は宣誓をさせまして——証人に、うそを言ったときには処罰するぞといって宣誓をさした上で当事者の証言を聞き、その証言を聞きました上で、どっちが真実であったかということを認定せざるを得ないのでありまして、きょうは会社側も来ておりませんので、一方的に書かれたものだけでどっちが真実かということを言えといわれましても、私にはわかりませんし、それをここで判断するということも、これは裁判所にまかせるよりほかにしかたがないので、委員会というものはそれだけの絶大な権力を与えられておるものではなくして、双方の間に立ちまして紛争のあっせんをするので、こちらの案を押しつけることのできる性質のものじゃないということはひとつ御了承願いたいと思います。
○川村委員 ごもっともでございます。そこでぜひきょうは江頭社長においでくださいと、たって理事さんに頼んだ。ところがおいでにならない。どうしたことかわかりません。これはあとで私の同僚委員の藤田さんがまた私のお尋ねするところの足らない部分、そういうものをあわせてお聞きしますから、私はそれに触れませんが、それはもういまあなたのおっしゃったこと、私決して否定はいたしません。ただ、私がお尋ねしてまいりましたのは、どうもこのあっせん案をちょうだいして拝見したときに、そういうように会社の責任というものを全くお考えにならぬでやっておられる。私が先ほど読みましたね。このことにつきましても裁判の第三回目に会社はこう言っておるのですよ。あなたのほうにですよ。損害賠償義務を認めての調停依頼ではない。三十四年の契約には、金額は物価にスライドさせる条項がある。その後の物価上昇にスライドする分の算定を補償処理委員会にお願いした、こう言っているんですよ。これは熊本裁判所です。この考え方とあなたがお出しになったこれを見てみると、これは考え方、思想は同じなんですよ。だから、私が千種先生ともあろう者がなぜ会社の責任を全く回避なさったか、そういうあっせんをなぜなさったか、これはぜひ先生にひとつ聞いておかなければならぬと思って聞いてまいったのです。決して欠席裁判などをするつもりはありません。しかし、おっしゃるとおり、社長がおりませんとそういう事実関係のあれはわからぬでしょう。これはまたあとで藤田委員がお聞きします。 そこで、私のいただきました時間が参ったようですから、たくさんお聞きしなければならぬことがありますけれども、まとめるわけですが、今度の先生の努力であっせん案が出ましたけれども、そういう意味では会社の企業責任をぼかしてしまってこられた。これは実に私は残念でならないわけです。あなたはこれは先例とするものではないとおっしゃっておられますけれども、私として心配するのは、御承知のとおりわれわれは公害処理という一つの法律を持っておる。この中に調停とかあっせんとか出てくるわけですよ。今度あなたが談話で言っておられるように、裁判にかけたらいつまでかかるかわからぬ、だからこういうのは早くしなければ患者が気の毒だといってなさった。その気持ちはわかる。わかるけれども、あなたのようなあっせんをすると、こういうものが生まれても、会社がいやだ、いやだ、高いとごねておってごらんなさいよ、一体どうなりますか。ごねておってごらんなさい。結局は御破算になる。あるいは裁判に持っていくことになるかもしれない。いつまでたってもできぬでしょう。そうしたら結局弱い被害者というものが一番ばかを見る。こういうことになると私は思うのです。そういう意味であなたの今度のあっせんは実に重大な意義があったと私は考えておるのですが、残念なことに、先ほど私が二、三申し上げましたような点で、もっと言うならば、委員会の皆さん方は少し軽率じゃなかったか。だれかに少し遠慮なさった。少しひきょう過ぎた。あなたのような学者がおられるのですから、裁判じゃなんて言わないで、もっとびしっと、そういうずっと長い歴史と事実関係を明らかにしてあっせんを出してもらいたかった。これが私のお尋ねをしたところの真意なんです。これは将来こんなのが左右するものじゃない、影響するものじゃないとおっしゃいますけれども、これは影響しますよ。これは会社は、企業側は必ずこのあなたのあっせんを例にとって、それはわかりました、それでは大阪のガス爆発のように一千九百万円最後出しましょうなんて言いやしませんよ。いや、三百万円だ、水俣が四百万円じゃなかったか、こういうことになってぐるおそれ十分にあると思っております。 いろいろとたくさん実はお尋ねする用意をしましたが、委員長からお許しいただきました時間が参りました。足らないところはまた明日でも実は厚生省によく聞いておきます。しかし、先生ほんとうに御苦労でしたけれども、残念でたまりません。それだけ申し上げまして、私のお尋ねを終わります。
○島本委員長代理 藤田君。
○藤田(高)委員 私も水俣病に質問を集中してお尋ねをいたしたいと思いますが、先ほど川村先年の質問もございましたから、それに関連する部分についてまずお尋ねをしたいと思うのです。 その前に私は、これはちょっと異例な質問かもわかりませんが、委員長にお尋ねをしたいことがございます。と申しますのは、先ほど来からもしばしば質問の中で、あるいは参考人の中からの意見にも出ておりますように、本日参考人をお呼びして水俣問題に関する意見を聴取することについては、私はチッソ会社の江頭社長がこの席においでになることがある意味で一番大事なことではたかっただろうか。そうしないと、千種先生自身が言われておりますように、千極先生にお尋ねをしてもお答えできない部分がある。これは何としても当該会社の社長が来てお答えしなければならない問題点があるわけです。したがって、私自身本日の質問に立つという前提で委員長を通してこのチッソ会社の社長が出席するかどうかについて非公式ながら確認をした。一昨日の時点では、出席するというお話でした。ところがどういう経緯か知りませんが、おそらくこれは理事会の中のいきさつがあったのでしょうけれども、きょうはお見えになっていない。そのことはこの種の重大問題について、事の真相、経緯を明らかにする上において国会の権威を国会みずからが失墜することになっているのじゃないか。そういう点については、なぜ出席できなかったということをお尋ねしたいわけであります。先ほどの宇井先生の御意見を聞いておりましても、客観的な経緯、評価というものをやはり正確にわれわれが把握して意見を出すためにもぜひ社長の出席というものは必要ではなかったか。しかも、この水俣問題に関する限りは、幾つかの重要な視点がありましょうが、先ほども川村先生が指摘をされた三十四年時点におけるネコを中心とする動物実験を行なった段階では、もうすでに水俣病が、会社の有機水銀によってこの公害病が起こっておるということは、少なくとも会社は知っておるわけなんです。こういういわば本問題についての肝心な中でも最も肝心だと言われるような問題点を説明してもらうためには社長の出席というものが絶対必要である。こういう点で私は、先ほど言ったように、出席できなかったのか、させなかったのか、その間の真相をひとつ明らかにしてもらいたい。本社は東京丸の内にあるということを聞いておりますし、社長は要請があれば出席をするというようにも答えておったということを聞いておるわけですけれども、熊本から呼ぶわけではないのですから、必要な場合、私は直ちに社長の出席を委員会として要請してもらいたいということを、まずお尋ねと同時に要請をいたしたいと思うのです。
○島本委員長代理 藤田君に、この際、お答え申し上げます。 理事会では、ただいま質問されたように、いろいろ議論が出たことは事実でございます。千種参考人、宇井参考人とともに、江頭チッソ社長、これも当然呼んでほしいという要請がありました。その際に、現在係争中の問題もあるし、訴訟になっておる問題等であるから出すのはこの際好ましくないのではないか、こういうふうな意見が出たのであります。そうしてそういうような意見が平行線をたどったままでは委員会が開かれません。したがいまして、理事会において今後事態の推移を見た上で、どうしても呼ばなければならない場合にはまた考えようではないか、とりあえず千種参考人、宇井参考人に出席を願って、この辺の事情の解明等も行なうほうが先じゃないか、こういうようなことになりまして、進めるためにそういうように合意をして会議を進めた、こういうようなことに相なっておりますので、この点、ひとつ御了承願いたいと思います。決してこれは呼ばないということでここはきめた問題ではございません。そういうような途中経過にあるということをお含みおき願いたいと思います。
○藤田(高)委員 島本委員のほうからああいう答弁がございましたが、私は、率直に言って納得することはできません。少なくともこれは同じ社会党の委員長であり、いま代理で委員長席にすわられておるわけですけれども、私は、この委員会の権威のためにもいまの経緯については了承することはできません。私は、ぜひこの委員会に呼んでもらいたいということを再度要求をしたいと思います。 そこで、私の意見を率直に申し上げておきますが、水俣問題に関して二つの派があって、一方が裁判をしておることは承知をいたしております。しかし、裁判係争中であるということであれば、私は、千種座長を中心とする半ば公的、半ば私的なこういうあっせん自身も、会社が受けること自身おかしいと思うのです。いわんや国会に出て、裁判上どうしても支障のあることであれば、私は、私どもの質問に対して答えをしない場合もあっていいと思うのです。ですから、そこらはこの委員会の運営の問題として十分処理できることでありまして、私は、どなたがこの社長の本日のこの委員会出席に対して反対をなさったのか、出さなかったのか知りませんけれども、きわめて不満であるということを申し上げて、私自身の持ち時間の関係もありますから、質問を続けたいと思います。
○島本委員長代理 ではこの際、藤田君にお答え申し上げておきますが、委員長が参りましたならば、委員長も入れ、理事会においてただいまの提案を善処したいと思います。質問願います。
○藤田(高)委員 その点はよろしくお願いをいたしたいと思います。 それでは、若干時間をとりましたが、川村委員の質問に関連をしてまずお尋ねをしたいと思います。 その一つは、先ほども問題になりましたように、三十四年の、見舞い金契約と俗称いわれておりますこの契約を取りかわした時点には、会社としては、部内においてネコを中心とする動物実験を通じて、水俣病と同じ状態が起こるということについては廃液調査を通じて把握をしておった、こういう事実を隠蔽したまま、いわばその当時、被害者側に、将来問題が起こっても新たな損害賠償ないしは請求をしないというような契約を結んだという、そういういきさつを十分御承知の上で、千種委員会と称するものがこのあっせん案をお出しになったのかどうか、その点まずお尋ねしたいと思うのです。
○千種参考人 いま藤田さんからおっしゃったようなことを言う人のあることだけは聞いておりました。しかし、それが真実であるかどうかということまでは、私はまだ確かめるところまではいっておりません。
○藤田(高)委員 私はきょうの質問をするにあたって、これは朝日ジャーナルの「告発された水俣病の重大局面」ということで、熊本大学の講師の原田さんという方が書かれておりますが、この方の今回の処理委員会のあっせん案に対する見解が出ています。この内容に関連して私は直接お尋ねしましたところ、当時この水俣工場の付属病院の院長をなさっておった細川博士自体が、いま言っている見舞い金契約ともいうべきものの契約書を取りかわす前に、会社としては実態調査としてそういうことが完了していた。そうしていよいよ三十四年の十月の時点では、本格的な調査に移行しなければいかぬということをきめながら、世間に出ることをおそれて、いわばこれをうやむやにした、こういういきさつがはっきりしておるわけであります。ですから、私はこのあっせん案自身が、先ほども各委員から指摘しましたように、民法上これは有効な契約書であるというほど法律上も拘束力を持たしたような見解をおとりになるのであれば、私はそういうペテンにかけるような事実行為が前段にあって、十年なり十何年たった今日そのことが明るみに出た以上は、その契約書自身は法的な拘束力を持つものでない、こういうふうに理解するのがあっせん委員会としての正しいあっせんの態度であり、理解の態度ではないがろうか、こういうふうに思うわけであります。ですからその点を、ある意味において私は非常に大事な点だと思うので、そういう事実を御承知であるかどうかについて、知った上でこのあっせん案をお出しになったかどうかということを、もう一度確かめておきたいと思います。
○千種参考人 そういう和解契約がどういうことでできたか、その内容などにつきましては私どもはここで意見を述べることは差し控えさせていただきたいと思います。
○藤田(高)委員 私はきわめて残念に思いますが、限られた時間ですから、この問題についてはそれ以上、お答えもできぬということですから申し上げませんが、きわめて残念であります。 次に私は、若干前後いたしますけれども、千種座長を中心にこのあっせん案を引き受ける前段として、経過は先ほどもお話がありましたが、この種のあっせんをなさる場合に、私の何か読んだ記憶では、関係者から、どういう結論が出ようともあっせん委員会に一任をするということで判こかつかしたということを聞いておるのですが、そういういわば判をつかしてまで、そういう証文を取ってまであっせんに入られたかどうか。それであったとすれば、そこまで確認をしなければいけない積極的理由というのはどこにあったのか、これをお聞かせいただきたいと思います。
○千種参考人 これは私が取ったのじゃございませんので、私から申し上げる資格はないかもしれませんが、私どもはああいう書面が出ておりましたからといって、私どもが出したあっせん案に従いなさいという考えで毛頭案を出したわけでもなければ、そういうことを期待しておったわけでもありません。ただわれわれがやります上に考えますことは、初めから闘争手段をもってあっせんに臨むということでありますならば、とうていあっせんはできません。裁判所でしたら、当事者が幾らおこりましたところで、それじゃ和解不調、判決するということで判決でいきますが、私どもには判決する権限も何の権限もないのです。だから、ほんとうに当事者が、この人ならば信頼してやれるという信頼感が双方になければなりません。一方にだけ信頼感がありましても、他方が信頼しないということであるならばこのあっせんというものは成り立つものではないし、将来そういう制度ができたとしましても、それなら私は裁判をやります、こう言って、またそこで闘争の手段としてやっていくという状態ではあっせんは実際にできないであろうと考えております。私どもは決してそんな委任状、そういう依頼書が出ておるから、それで押しつけようというようなことは考えておったわけではございません。
○藤田(高)委員 判こを押さしてまでやったことは委員会自身としてやったことではない、それはそのとおりでありましょうけれども、そういう形式の整ったものをオーケーしたのはやはり委員会であったということは事実ですね、そういうことを前提にしておやりになったわけですから。千種座長さんのお考えはいま言ったようなものであったにしろ、形式的には、これは水俣の一任派と称する皆さんには失礼な言い分かもわからぬけれども、法律的に非常に無知だというか、理解の少ない、あるいはこの種の訴訟問題の調停あっせんをすることについて未経験な人から見れば、そういう判こをつかすということは、日本人の一つの慣習としても非常な拘束力を持たしたであろうと私は思う。これは千種先生にはたいへん失礼だけれども、いま中労委の公益委員もおやりになっておるようでありますが、私は、労働問題の解決にあたっても、この種の判こを押さしてあっせん調停をやるなんというような例はないと思うのですよ。いわんや今回のような場合には、もう被害者と加害者というのははっきりしておるのです。そういう性格のあっせんをなさるのに、精神的にこの種の拘束力を持たすような形式行為の上にあっせんをおやりになることは、これはあっせんをやられる性格上の問題としても非常に不当性があったのじゃないかと私は思うが、どうでしょうか。
○千種参考人 私はその心配はないと思っております。そんなものに判が押してあるか押してないかというような事柄は、深く頭の中に考えたことはございません。裁判上和解をたくさんやりましたけれども、和解ができなければできないだけのことでありますし、この事件だって、和解ができない、したくないという方を、無理にしなさいということも申しません。だからそれはあるなしにかかわりませんが、ただそういう気持ちで委員会があっせんに臨むという態度だけはないというと、この委員会ではあっせんすることは事実上不可能であると思います。 〔島本委員長代理退席、委員長着席〕
○藤田(高)委員 この問題もこれ以上深くお尋ねしようとは思いませんけれども、それは法律の大家であり、裁判官の経歴もお持ちのような方は、そういうことであっても何ら気になさらないかもしれないけれども、私がいま言ったように、この種のあっせんや調停というのは、一生に一回あるやらないやらわからない、そういう関係者から見れば相当精神的には大きな拘束力を持たされただろう。やはり公平なあっせんをなさるのであれば、そういう当事者の心情までも、いわんやこの水俣病の問題のように生命が傷つけられ、殺される、そういう異常な問題については労働問題の解決なんかはそばへも寄れないほどの心理的な条件をも考慮してあっせんをおやりになることが、あっせんを引き受けられる当事者としては当然のことではなかったか、私はこう思います。これは私の見解ですが、あとでもう一度お答えになってもらえれば幸いであります。 時間の関係がありますから次に続きますが、先ほどからあっせん案が出るまでの経過につきましてもお聞かせをいただきました。このあっせん委員会は法律的な結論を出すものではなくて、紛争それ自体を解決する目的をもってやったのだ、こういうふうに言われておりますが、先生方がまとめられたこの「水俣病補償処理案作成の経過と要領」、この四千字ほどの内容を見た場合には、けっこうこのあっせん委員会は法律問題に実質的に触れておるのですよ。事実問題としてあっせん委員会は法律関係にお触れになって、しかも触れられておる内容の論理は、結果的にはいま裁判闘争といいますか、訴訟を起こしておる会社が疎明理由として出されておる、たとえばこの四十四年十二月、水俣病の損害賠償請求訴訟事件第二準備書面の内容の中などを見ますと、これは時間的な関係で読み上げませんけれども、全く会社が裁判所に出され主張されておる論理と同じことを、このあっせん案の経過の中でお触れになっておる。これは結論的にいうと、法律的な観点からいけば、会社の見解をこの調停あっせん委員会自身が擁護なさった結論になっているのではないか。二つ目には、いま申し上げたように、会社側の立場に立った法律論に実質的にはお触れになって、そういう立場に依拠した形でこのあっせん案が出ておるとしか見えないわけであります。先生の御意見を聞いた上で、場合によりますと私はその内容の問題でなお意見を聞かしてもらいたいと思いますが、私の若干の主観が入っておるかもわかりませんけれども、私が何度読み返しても、これはあっせん委員会が法律的な問題には触れないのだ、法律的な結論は出さないのだと言いながら、結果的には会社と同じ立場に立っているではないか。この点についての見解をひとつ聞かしてもらいたい。
○千種参考人 先ほども申しましたように、結論を出さないということを申しておりますので、結論は出していない。ただ、その問題を全然触れないで額をきめるということはできませんので、一応その問題について検討をしてみたというだけのことでございます。それが会社側の言っていることと私どもの問題としたところが一致するか一致しないかということは別問題でありまして、私どもは会社側の立場に立って考えたものではない、会社に対して何も遠慮しているわけじゃないのです。ただ法律には遠慮しております。
○藤田(高)委員 別問題だと言われておりますけれども、これはやはり先生方は別問題だと言われても、こういうものがあっせんの経過なりあっせん案として世間に出れば、私は客観的には別問題として処理することはできないと思うのですよ。そういう経過の上であっせん委員自身は、法律的な要素を考慮するとすればどういう立場に、どういう見解をおとりであろうかということは重大な要素ですね。そのことはいま私が指摘したように、会社が裁判で争っておる論理と一緒だということになれば、これは客観的な評価としては会社の立場を擁護する法律的立場に立っているではないか、こういうふうに思うわけであります。この点は私は決して別問題ではなくて、ある意味では非常に重要なあっせん案をお出しになる場合の問題点だったと思うわけです。その点では会社の立場に立つのではなくて、民法上どうだこうだという先ほど来のお話もあります、しかし、実体論としては、水俣の廃液によってこれだけ人が殺されておる、死んでおる、そして不具廃疾の人ができてきておる、あるいは重度心身障害児が生まれるような状態が起こっておるというこの事実は否定できないわけですよ。私は、法律以上の強いものけ何かということになれば、具体的にこれだということはわかりませんけれども、この水俣問題に関する限りは、先ほど刑事問題の論議も出ておりましたが、もう最高の刑罰をもって臨むぐらい社会的には責任を問われるべき実態が生まれてきておる。さすれば千種先生のように法律専門家の人であれば、法律の問題にお触れになるとすれば、現在の民法ではこうだ、現在の法体系では触れることはできない面もあるけれども、しかし、この事実行為を通して新しい法律をつくるとすれば、こういうたとえば公害罪というようなものをつくる必要があるんじゃないかというようなものを出されることが、全国の心ある国民のこの委員会に対する一つの期待であったんじゃなかろうか、こういうふうに思うのですが、その点についての見解をひとつお聞かせいただきたいと思うのです。 そういう点について、いま法律論の問題にも触れましたが、ここでひとつ宇井先生にも、私がいま先ほどから主張をしてきております、法律的にはしろうとでありますけれども、私自身のこの考え方に対して、宇井先生のように、この問題にほんとうに寝食を忘れて取り組まれておられる方からの見解もひとつこの機会に聞かしていただきたい、このように思います。
○千種参考人 刑事責任というような問題は、いま法務省でもいろいろ論議のあるところでございますので、その問題はこれは別ですけれども、そのほかの点につきましては、私は藤田さんのおっしゃいますことに非常に共鳴するところはたくさんあるわけでございます。 これは裁判でやりますと、どうしても権利があるか、義務があるかという法律一片でやらなければならないのですね。これはやはり無理ですよ。この事件は法律一片だけということになりますとね。これは法律だけでなくして、やはり道義的にも社会的にも考え、すなわち法律一片ではなくして、社会的ないわゆる常識というものを加味して、そして解決をするという、これは非常に大事なことでありまして、それがために両方の立場を、法律問題とあるいは常識的な面とを両方考え合わせまして、そうして会社としては相当の金額ですけれども、全部合わせますと七億何千万円という金額になるわけでございますが、これを出してもらうことに会社側に要請をしたようなわけでありまして、これはやはり和解じゃなければできない、あっせんでなければできない事柄であると思います。特に、だんだん法律というものも社会の進運に従いまして改められていかなければならないのでありますけれども、やはりおくれます。ついていけない。そこにやはりギャップがある。そのギャップを埋めるのはやはり調停とかあっせんというものであるということを私どもは常々考えておるところでございます。
○宇井参考人 お尋ねのことにつきまして、私やはり感じますのは、こういう第三者あっせんの場合に、事実は十分に検討したといわれながら、しかし先ほど御質問のありましたチッソの中で行なわれたネコの実験あるいはその以前にどのような異変が海にあったかというふうな事実については全く検討されずにこのようなあっせんが出たという過程を非常に悲しくに思います。 これは私個人の感想と申しますより、現在排水処理の研究をやっておりまして、これほどに因果関係がはっきりし、責任がはっきりした事件において、なおかつ第三者の調査ではこういうふうな責任がはっきりしないのであろうか。とすれば、現在起こっている公害も含めまして、これから先こんなことを続けていったら、われわれはこの島に住んでいくすき間があるのだろうかというおそろしさのようなものを感じます。そこでやはり公害問題においては、真相をはっきりさせようとするものが被害者であり、真相をあいまいにさせようとするものが加害者である。つまり真実かあるいは真実を隠すか、どちらかの行動しかない。第三者のあっせんというものにわれわれはこれから公害問題についてたよることができるであろうかという危惧を現在感ずるものであります。 それではどうしたらいいかというと、実は名案がございません。ただ明治時代に、足尾の鉱毒事件という非常に大きな鉱害問題がございました。その経緯をいささか調べて、その後大正時代に日本の鉱業と被害者がどのように問題を解決したかという歴史的なことを調べてみますと、やはりとことんまで二者間で言うことを言って、企業側が反省した事例が大正期にはございます。昭和期に入ってまいりますと、それがなくなってしまいます。そういう点で私は、やはり被害者が苦しくてももっと自分で力をつけ、場合によっては裁判にも持ち込んで決着をつけるという、残念ながら時間と金と手間のかかる方法しか今後ないのではないか、そのように、多少悲観的な感じもいたしますが、もし今度のあっせんが前例とされないと言われながら、常にいままでこういった事例が前例にされてきたことを考えますと、今後の公害もこうなるのではないかという危惧を持つものでございます。
○藤田(高)委員 時間の関係もありますので、次へ進みたいと思いますが、その前に一つだけ希望意見を含めてお尋ねをしておきたいことは、せっかくこういうあっせんをなさっておきながら、あっせん案それ自体、その具体的なあっせん案が出るまでの経過、この中身を見ると、肝心な因果関係の内容については遺憾ながら詳しく出ていないのですよ。これは少なくとも今日因果関係の問題についてはかなり具体的なものが出ておるわけですから、その点をこの中に明確にしないとこのあっせん案というものは、先ほど私が指摘をした法律問題に関連して、非常に片寄ったあっせん案としてのそしりを免れない。このあたりにやはりこのあっせん案が非常な酷評をされておる一つの大きな問題点があるのじゃないかと私は思うのですが、その点についての見解をひとつ両先生から聞かしてもらいたい。 次に、質問点を先に列挙したいと思いますが、先ほど質問の中でもありましたが、このあっせん案が出てきた一つの具体的な前提に、一応病状が固定しておるということを前提にされておりますが、この種の問題になると、率直に申し上げて私どもしろうとでありますけれども、これは熊本大学の武内教授の見解によれば、最近の研究では将来十年後も病気が進行することを認めておられます。また医学的には水俣病の実体は、なお不十分で明らかにされていないが、この病状が進行するかどうかについては、専門的な人の意見では病状は悪化、進行する、こういうふうに説明されておりますが、あっせん委員自身はお医者さんもおられたようでありますけれども、この症状が固定したというふうに前提を置かれて具体的なあっせん案をお出しになったことは、これは少しあっせん案そのものの性格上も間違った結論が出てきておるのではなかろうか。たまたまきょう萩野先生ですか、水俣病とは違いますけれども、いわばこの種の公害病の権威者である先生もお見えになっておりますので、できましたら萩野先生からこういった病状が進行するかしないかということについての医学的な、専門的な立場からの見解をひとつ聞かしてもらいたいと思います。 三つ目の質問は、このあっせん案の中身を見ますと、いま進行中の裁判であっせん案以上の判決が出た場合といえども、新聞あるいはこのあっせん案の内容によりますと、これ以上上積みといいますか、判決のほうがいい条件が出た場合、最高四百万円以上の条件が出た場合といえども手直しをする請求をする権利さえない、極端に言ったらこういう言い方をしておりますが、これまた非常に私は問題があるのじゃないか。なぜならば、あっせん委員会自身は法律問題には触れない、極端に言えば。法律的論拠からこういうあっせん案を出したのではないというふうにお触れになっておる以上は、法律上別な見解が出れば、そのことに対してまでこの千種あっせん委員会なるものが拘束するような歯どめの条件を出すことは、これは行き過ぎではないかと思いますが、その点はどうでしょうか。 以上、三つの点についてひとつお聞かせください。
○千種参考人 まず因果関係の点ですが、これは書いたものの中にもありますように、「本件の被害が会社の工場排水に起因することは、今日では医学界や厚生省の見解の発表などにより一応認められているところである。」ということをちゃんと明記しておりまして、この点は会社側のほうでは必ずしも認めると言っておるわけではないけれども、この事件につきましては、やはり争っておらないように思いますので、この点はもはや当然なことであるということの前提のもとで深く触れていなかっただけのことであります。 なお、二点の病状が固定しておるという点ですが、これは精神科の大家であられる笠松先生が委員となっておられますので、これはいろいろとその意見を私どもは聞かしていただきましたが、固定しておるというのは、これから絶体に動かないというわけではございません。やや固定しておるという——あの前のいわゆる見舞い契約ですか和解契約、これは争いがありますけれども、その契約書のできた当時と今日と比べますと、症状が安定しておるということは言えると思うのです。しかし、今後といえどもその症状がさらに変わってくるということは当然予測できる事柄であります。それで先ほど宇井さんのおっしゃいましたように、この症状が変わってきたときには病状のランクを変えるということにして、それに対して諮問委員会を設けるということまできめてあるわけなんですね。 それから第三の問題点は、結局和解契約というものの性質ということになります。この和解契約は、今度結びましたのは和解契約ということにしてあるわけです。あまりここで法律の講釈のようなことをしますと申しわけありませんので、なるべく申し上げないほうがいいかと思いますが、民法六百九十六条という規定がございますから、和解契約というものがどういう性格のものであるかということを御了承願いたいのですが、一応和解契約が成立したならば、そのときに争いになっておった事柄については、そうじゃないという結論が出たとしても、それはもう争うことができないということになるのが和解契約、そうでないと、何べん示談しても幾らでも数限りがないということでは困りますので。ただその場合でも、全く予期できなかったような後遺症が出たとかなんとかいうような事柄があるいは起こるような場合については、解釈上多少の議論もあるわけでありますが、だから、この契約では会社側に法律上の責任があるかないかということが争われておる。そしてこの金額を会社は払う、また患者側はこれだけ払ってもらったら、もうこれ以上払ってくれということは言わないということで契約ができておるわけでありますから、これをまた判決があったらどうだこうだということになりますと、和解契約というものは何べんしてもいたし方のないことになりますので、そういうことはできないということになるわけでありまして、もし工場排水が会社の責任によって支払い義務があるのだということになったときには、さらによけい払うかということになりますと、今度は逆に会社側に裁判上、法律上責任がないということになったら、患者側は不当利得したのだから、もらった金を全部返せという議論になってしまうのですね。そんなことはとても複雑になって困るものでありますから、大体和解契約の性質というものは、両方譲り合って、そしてそこできめてしまうというのが和解契約でありますので、そういうような意味に御理解願いたいと思います。また時間があれば、もう少し法律上の問題は別席で申し上げます。
○宇井参考人 私は排水処理とか公害の研究をしている立場のためか、千種先生とやや違う見解をどうしても持っております。すなわち因果関係としては、いま先生が読まれた限りのものが法律としては成立するのでしょうが、この因果関係がどうしてわかったかということも、私どもは因果関係のうちに含めて考えます。なぜおくれたかということの中に、因果関係の本質がやはり含まれているというふうに考えておりますので、これだけではちょっと私を納得させることはできない、あるいは被害者を納得させることはできなかろうと考えます。 次に病状の固定の問題も、これもまた新潟の例などを見ますと、髪の毛の中にせいぜい二、三〇PPMしか水銀が含まれていなかった、魚もそんなに食べなかったという人がこの二、三年で非常に悪くなって、半身不随のように進んでいる例もございます。最近急に何名か、患者と認定されております。水俣の場合にもそういう未認定患者といわれている人たちが大ぜいいることは事実として私承知しております。ですから、このあっせん案で事は済んだとは思いません。 それから、最後のお話を伺いまして、私実は、これは三十四年十二月の見舞い金協約を名前を変えて、金額を変えてもう一ぺんやっただけだということがはっきりわかりました。ですから、また十年、二十年の後にわれわれが気がつかなかったようなもっと大きな災厄が水俣病から生まれるであろうという悪い予想も立てております。
○萩野参考人 同じ公害を研究してまいりました医師としての立場からお答えいたします。 私たちは症状固定という意味を使ったこともございますが、メチル水銀の場合に、おかされた脳細胞はまずほとんど回復しないというふうに理解しております。ですから、症状固定というように見えましても、だんだん悪くなっているのではないか。特に人間は三十をこしますと老化現象が目立ってまいりますので、老化現象とともに症状が悪化する、そしてついに死に至るということが多いのでございます。それゆえ症状固定という意味の御質問は、いまお答えしたように理解していただきたい。なおったという意味じゃ毛頭ない、またこれ以上悪くならないという意味じゃ毛頭ない、その先に大きな危険がひそんでいるという意味の症状固定という政治的なニューアンスのおことばじゃないかと考えております。
○藤田(高)委員 時間が来ましたから、もうやめます。 ただ最後に私は意見を出しておきたいと思いますが、ちょうど千種先生おられませんけれども、症状固定の問題につきましても、いま専門家であられる萩野先生、あるいは専門的に、医者ではありませんけれども、この問題について研究をされ、権威者としての立場におられる宇井先生、こういった方の見解に立てば、私はこのあっせん委員会がお出しになったあっせん案の前提というものは非常に大きな誤謬をおかしているのではないかという問題点を一つ指摘しておきたいと思います。 それと、時間がなくて触れることはできませんでしたが、このあっせん案の性格は、何としてもさっき言ったように、会社の主張を客観的には認める立場に立っているということ。その一つの締めくくりとして、補償額の問題についても会社にたいへん大きな負担をかけたという表現なんですね。これは私は、この公害問題については最近新聞その他でたくさん論調がありますけれども、これだけ因果関係のはっきりした、そうしてこれだけ大きな、それこそ先ほどだれかの意見ではありませんでしたけれども、世界で最悪最高の悪質な公害だというようなものに対しては、会社の経理負担とか、会社に財政的負担をかけるの、どうのいうことを前提にしてあっせんをやられること自身ナンセンスじゃないか。もっと端的に言えば、極論でありますけれども、この種の公害を起こすような会社に対しては、会社自体経理上はあるいけ破産しても、つぶれてもしかたがないというぐらいなかまえで今回のあっせんというものはなされるべきではなかったか。そういうかまえでやらない限り、今日わが国に起こっておるこの公害問題の根本的な絶滅ということはできないのじゃないか。私はそういう立場に立って考えますときに、せっかくの御努力ではありましたけれども、今回の俗称千種あっせん案なるものに対しては非常な私は不満を持っております。そのことに関連する行政機関に対する質問はあすに譲りまして、私の質問を終わりたいと思います。
○加藤委員長 次は岡本富夫君。
○岡本委員 持ち時間がお互いに申し合わせにより制限されておりますから、端的にひとつ答えていただきたいと思います。 最初に千種参考人にお願いいたします。先ほどからも種々論議がございましたが、その前に、あなたの陳述の中で、この原因は、因果関係、これは私は問題ないんだ、ただあっせんに乗り出しただけだ、こういうお話の中で、まあその原因はやはりチッソ会社にあるんだ、こういうことでございました。 そこで、先ほどあなたがお引きになりましたように、民法七百九条「故意又ハ過失二因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之二因リテ生シタル損害ヲ賠償スル」ものとする、これに当たらないんだと、こういうお話でございましたが、これについてひとつ、どうも私解せないのですが……。
○千種参考人 因果関係があるということだけでは責任がないということを申しましたが、過失がなかったということが言えるということは私どもは申しておらぬのですね。 もう一度申しますと、不法行為が成立します要件は、まず一般的に、七百九条の規定以外にもいろいろまた問題がありますが、それは別といたしまして、故意または過失ということが一つの要件、それによってということが、これが因果関係、同時に、損害ができたということ、それにいろいろ申しますと、違法性とかなんとかいうことがございますが、そんなことは別問題といたしまして、因果関係があるということだけでは、賠償責任があるということに現在の法律の上ではなっていないということを申しただけで、過失がなかったということを申しておるわけでもなければ、過失があったということも申しておるわけでもないわけでございます。
○岡本委員 その点が、過失がなかったともあったとも言ってない。 次にお聞きしますけれども、七百十七条の「土地ノ工作物ノ設置又ハ保存二瑕疵アルニ因リテ他人二損害ヲ生シタルトキ」も、これは責任があるのだ。要するに、排水設備がなかった、そのためにたくさんの方が御病気になったということは、結局この項に当たるのではないか、こういうように思うのですが、どうですか。
○千種参考人 それは七百十七条に当たるか当たらぬかということでよろしいわけですね。その問題については、当事者は別に主張もしておりませんが、一応考えることは考えておりますけれども、私のほうとしてはそれに対する見解は示しておらないわけでございます。
○岡本委員 今度のあっせん案は、やはり原因者が日本窒素にあるのだ、こういうことを頭に置いて、そしてあっせんなさったでしょうね。
○千種参考人 その点はそうでございます。
○岡本委員 わかりました。 では、原因は日本窒素にあるのだということをあなたはお認めになったと思うのですが、そこで、このあなたのあっせん案を見ますと、また近い将来、要するに契約した三十四年ですか、その当時では非常に不公平であるから、金額を出すには不公平であるから、将来を勘案して考慮して、そしてあっせんに当たった、こういうお話もありましたが、そうでございましょうか。
○千種参考人 前の契約が非常に不公平であったということまでは言っておるわけではございません。ただしかし、その後の社会事情の変更もありますし、また水俣病患者の立場もあります。会社側のほうの姿勢としましても、その責任のあるなしは別問題としても、気の毒な人々に対してもう少し考え直してもいいという意見が出ましたので、そういう意味から、さらに頼まれてあっせんに乗り出したということになるわけでございます。
○岡本委員 おことばじりをとらえては申しわけないのですけれども、あっせんというのは、それはなるほど原因者とそれから被害者、この間のあっせんでありますが、ちょっとあなたの先ほどからの御意見を聞いておりますと、会社側の意見を非常によくお聞きになっておる。会社側があっせんに乗ってもいいと。被害者のほうからはその点十分お聞きになったでございましょうか。
○千種参考人 いや、むしろ会社側よりも被害者側の意見のほうを私どもはよけい聞いておりますよ。これはたいへんな誤解でございますが、会社側には会った機会というのはきわめて少ないのですけれども、被害者側にはもっともっとしばしば会っておりますし、しかも個別的にも会っておるわけでありますから、そういうことは絶対にございません。
○岡本委員 被害者側にお会いになりまして、その御意見をいれて、そしてあっせんの調停案をつくった。それであるならば、そのあっせん案をお示しになったときに、今度は被害者のほうから、少ないからもう少し上げてくれ、こういうようなことにはならないように思うのでございますが、ちょっとその点、私、先ほどからお聞きしておりまして、いまもお話がありましたように、会社側があっせんしたもう少し前の契約だから、現代に見合ったように将来のことを考慮して金額をふやしてもよろしいというようなことがあったということでありましたから、そういうことを考えますと、悲惨な患者の方々の立場のほうがずいぶん抜けておる、こういうように先ほどからも感じておりますし、また私どもはそう思っておるわけでありますが、そこで、将来のことも考慮に入れて、またこれが参考にはなるかもわからないが、先例にならない。この二つの時点を考えますと、第一点の、将来のことを考慮に入れたということになりますれば、将来もっと大きな金額であるいは裁判が決定されるかもわからない。先ほどの話では、自賠責でも一応決定したものに対してはあとは請求権はないんだ、これはよくわかりますけれども、しかし、将来のことを考慮なさったのであれば、もう少し高い金額にならなければならなかったのではないか、私どもはそういうように感じておるわけですが、いまあなたは、このあっせん案の今度の調停、あっせんは絶対間違いなかった、こう言い切れますか。
○千種参考人 あっせん案を示しましたのは、これはチッソの会社側と患者側と同席してもらいまして、同時にそこであっせん案を示しました。そのあっせん案の前提となる事柄につきまして、双方とは、その前いろいろ意見の交換をしておりますけれども、あっせん案そのものは、同時点で、両方同席しておる場所で初めて出したということでございます。 それから将来のことは、それは考えております。これは三年ごとに物価指数、特に熊本県の物価指数によってスライドするという制度を設けておりますのも、その一つのあらわれでございます。年金にしましても、あるいは葬祭料とかいうようなものにつきましても、スライドするということです。これは裁判でやります場合には、現在一時に請求するわけです。それで、中間利息を差し引きます。しかし、物価の騰貴ということは、まだ判例では考えてはいけない、そういう不確実なものを要素として算定すべきでないというのが、まだ今日の一貫した意見であります。しかし、それでは物価の高くなっていったときに困るだろうということで、前には著しく変更があったときはというようなことでありましたけれども、これは三年ごとに必ずスライドするというような規則を設けまして、患者側のほうを厚くするということを考えたのも、それがためでございます。
○岡本委員 死亡なさった方に対するところの一時金、これはスライドできないと思うのですが、これを論議しておっても次に進みませんので、あとは次の関係当局のときに追及することにいたします。 そこで次は、日本鉱業の社長さんにお聞きいたしますが、先ほどもいろいろとお話の中で、あなたのほうの今度のカドミウム禍、要するにカドミウム公害はあなたのほうの責任であるとお認めでございましょうね。
○河合参考人 現段階では、御指摘のとおり、かつては別会社の形態でやっておりましたけれども、四十年から日本鉱業という経過はございますけれども、負うべきものだと考えております。
○岡本委員 では、そのお認めをいただいた上で、了承して、次へ進みます。 次に、石油連盟の会長さん出光さんにお聞きいたしますけれども、先ほどからあなたの御説明をお伺いしておりますと、四エチル鉛、この鉛はハイオクタンの中に入っておるけれども、その鉛公害というものは全然お考えになっていないような御説明でございました。きのうもテレビを見ておりますと、石油連盟の方と川又社長との対談がありましたが、ハイオクタンの中に入っておるところの鉛は、それによって非常に燃焼率が少なくなるために一酸化炭素がたくさん出るから害があるのだ、こういう御説明だった。また先ほどからもそういう御説明であったのですが、確かに間違いございませんでしょうか。
○出光参考人 私の説明が間違っておったのじゃないかと思いますが、鉛のためにCOが出てくる、こういうことじゃないのでございます。鉛自体がからだに害があるだろうということははっきり認めておるわけでございます。
○岡本委員 きのうテレビでもそういうことでありましたが、先ほど私が申しましたように、一酸化炭素があれによって出るのだ、一酸化炭素がたくさん出るから、その原因になるのだから、これは害になるのだ、先ほどもそういうように私はお聞きして、いまそうではないのだというおことばでございましたが、おそらくあなたも、昭和四十二年十月四国沖におけるところの、あの四エチル鉛を積んできたところの船が神戸港に入りまして、そうしてそのあとの掃除に八人入りまして、そのうち三人が即座に発狂した、あとの五人はまだ入院中で不治の病である、こうした猛毒であるということは御存じのはずであります。また昭和四十四年の二月九日大阪のオフセット印刷の工場でガソリンで洗った事件がある。そのときにそれを洗った工員の方が発狂した、こういう事件も御存じであります。また昨年ですか、アメリカのカリフォルニア州におきましてガソリン自動車の禁止をしよう、こういうことが上院で可決をされておる、こういうことも御存じであります。したがいまして、私これは一般論といたしますけれども、テレビなんか見ておりますと、何かハイオクタンが非常に車の能率を高め、非常に「モーレツ」なんという宣伝でやっておる。一般の方は、ハイオクタンなら一番いいのだ、こういうように私たちも思っておりました。これはやはり企業責任といたしまして、ここらで大きく国民の皆さんに、ハイオクタンの鉛というものは有害なんだ、とまでもあなたのほうから宣伝はできなくとも、一般のレギュラーのガソリンで十分いけるんだということもお知らせするところの責任があるのじゃないか、こういうように思うのですが、いかがでございましょうか。
○出光参考人 御説のとおりに、四エチル鉛は猛毒でございます。したがいまして、世界各国ともこれに激しい制約をしている。日本でも、先ほど申しますように、毒物劇物法規によりまして規定されております。われわれとしましては、四エチル鉛を取り扱う者に非常に注意をするようにいたしております。したがいまして、ガソリンに入れる鉛の量も、許容量の半分以下にいたしております。たいへんおそろしいものであります。 それから、先ほどお話しのハイオクタンの宣伝、これは少し商魂たくまし過ぎたような気もいたします。この六月一日から、厳重にそのことはやめようという申し合わせをいたしまして、すでに実行に入っておりますが、まだ徹底してない節もありますので、その点は十分なにいたします。それから、レギュラー・ガソリンでいけるものはいけるように、これからガソリンをお買いになる方に各スタンドにおいて御注意いたしたいと思っております。
○岡本委員 それでは岡山大学の小林先生、鉱害についてあなたの御意見をお伺いしたいと思うのですが……。
○小林参考人 最近の自動車のふえ方に従いまして、特に都会地におきましては、日本人の人体の中に鉛が急速に蓄積されつつあるのではないか、そういう心配が生じております。私はずっと前から、カドミウムや亜鉛、そういったものだけでなくて、ニッケル、鉛、いろいろな重金属の分析を手がけてきたのでありまして、特に人体のいろいろな内臓とか骨とか分析しておるのであります。鉛は、すでに一部の方は御承知と思いますが、肝臓とかじん臓あるいはひ臓、そういったような内臓にもよくたまりますし、また骨の中へたまる性質を持っております。私は、先ほど申しましたように、昭和三十五年アメリカへ参りましたときに、ニューヨークの歯医者さんから二十本余り抜き取った歯をいただきまして持ち帰りました。それから日本に帰りまして岡山大学やその他秋田県から、これは自動車が少ない秋田県から、その当時少なかったのですが、歯をやはり岡山、秋田二十本ずつぐらいいただきまして、そうしてスペクトルにかけまして、どういうふうな違いがあるかを見たのであります。ところが、ニューヨークから持ち帰りました歯には、鉛が日本の歯に比べまして何倍も多いという結果が出たのでありまして、その結果を私が重金属の分析を教わりましたティプトンにその当時報告しまして、ニューヨークの歯に日本に比べて非常に鉛が多いということは、鉛が骨格にたまりやすいということを意味しておりますとともに、自動車のガソリンの排気ガスのためであろうということをティプトンに報告したのであります。それは十年前のことでありまして、ティプトンは私に、それは非常におもしろいアイデアだという返事があったのであります。ところが、それから数年たちまして、ティプトンと、先ほど申しましたシュレーダー、それからペリーという三人の方の共同論文が出ておりますが、それによりますと、人体の内臓を、いろいろな重金属の含有量につきまして世界の地域別に比較してみたところが、アメリカ人の内臓には鉛が最も多い、それに次いで今度は東京と京都から集めたサンプルらしいのですが、日本にも内臓に鉛が多い、日本以外のアジアでは少ない、そうして特にアフリカは鉛の含有量が人体内に最も少ない、そういう結果を発表しまして、これは自動車の排気ガスの影響であろうということを発表しておるのであります。そうしますと、最近日本に急激にふえました自動車の影響によりまして、特に都会地におきましては、内臓や骨の中に鉛が急増しつつあるということが推定できるわけであります。 一方におきまして、私のほうでは一昨年あたりからいろいろの地方の屎尿の中にどういう金属類が含まれておるかということを分析し始めております。これはまだあまりだれもやっていないことでありまして、私のほうでその微量金属の分析を始めております。その各地方の屎尿を分析しますと、重金属の摂取量が多いか少ないかということを比較できる、そういう意味合いから始めておるのでありますが、その中間的に最近までに出た成績を見ますと、都会地の屎尿には鉛とすずが多い、それからいなかの屎尿には鉛とすずが少ない、そういう結果が最近出ております。ということはとりもなおさず、鉛が都会地の屎尿に多いということは、自動車の排気ガスによる鉛、それが都会の人たちによって鼻から吸収されて屎尿から排せつされておるということを意味しておると思います。一方、またそれに伴ってすずの量がふえておるということは、都会の人たちの食生活がかん詰め生活に非常に依存するようになって、かん詰めを非常にたくさん食べるようになった。したがいまして、それにメッキしてありますところのすずが口から自然に入りまして、都会の人にすずが多い。だから屎尿を見ますと、都会には鉛とすずが多い、いなかにはその両者が少ない、こういうような結果が屎尿の分析の結果あらわれつつあるのでありまして、これは非常におもしろいことを意味しておると考えております。したがいまして、現時点ではやはり鉛の影響というものは、特に自動車の多い地域では相当これは考慮しなければならない、そう考えるわけであります。 同様にしまして採尿の分析の値を見ますと、カドミウムの汚染地とそうでない地区の差も非常にはっきり出ております。たとえば神通川流域の、つまり婦中町の農家から、大小便を便所のつぼからよくまぜましてとってまいりまして、そうして分析してみますと、そういう農家の家族たちは一日におよそ〇・三ミリグラムくらいのカドミウムを摂取しているのではないかということが、屎尿の分析のほうからわかってまいります。ところが、それに対しまして安中のほうはと申しますと、神通川流域の倍ぐらいの〇・六ミリグラムくらいのカドミウムが屎尿から出てまいるのであります。ですから、過去は別としまして、現在では安中の人たちのほうがカドミウムに汚染された飲食物をたくさん摂取しておるというふうに判断されるのであります。黒部市の住民のカドミウム摂取量をそういった意味からなるべく早く調べまして、また黒部市周辺のカドミウム汚染の実態につきましても、今後調べまして、早い機会に発表したい、そう考えております。
○岡本委員 あと二人ですが、川又自動車工業会会長さん、こんな猛毒なハイオクタンというのですか、鉛のガソリンを使っておるということは、国民の健康ということを考えますと、一日も早くやめなければならぬ。しかし自動車を動かすためにはやはりそれが必要であるということでありますが、いつごろまでに大体無鉛ガソリンを使って自動車を動かせるようになるか、どういう見通しを立てていらっしゃるか、お聞かせ願いたい。
○川又参考人 鉛の全然含まない、つまり無鉛ガソリンでいつごろ車を動かせるかという御質問でございますが、現在のところ唯一の基準になる資料は、先般の産業構造審議会産業公害部会の中のまた自動車排気ガス対策小委員会ですか、これは通産省の所管でありますが、そこで示された基準だけしかございませんが、これは今後五カ年以内を目途として無鉛化を開発しようということでございます。その場のいろいろの各委員の御発言もございまして、五年というのはどういう理由であるかというような質問も委員の中にありました。五年というのは、私も委員でありますけれども、ちょっとどこが基準であるか私もわかりかねますが、私なりに察しますと、これはアメリカの自動車排気ガス規制の基準が一九七五年にCO、HC、ZOxのほかに英語で申しますとパーティキュレート、日本語で訳しますと浮遊じんとでも言うのでしょうか、とにかく粒々みたいなものでございます、浮遊じんでしょう、そういうものの規制値が一九七五年に入ってまいります。そのパーティキュレートの中のものは、大体大多数は鉛分であろう、こういうぐあいに指摘されております。私なりに五年というのをどこから持ってきたかというふうに立案者の趣旨はよくわかりませんけれども、察しますと、その辺が基準になっているかと思います。要するに、わが国におきましては、五年以内に無鉛化を開発するということが課題になっておるわけであります。
○岡本委員 先ほどからも論議されておりますように、また非常に最近鉛の問題が大きくなっておる。これは室蘭大学の室住博士から私は聞きましたのですけれども、一日も早く企業責任においても無鉛化になるようにひとつやっていただきたい。 最後に萩野先生に、お待たせいたしましたが、今度の黒部のカドミウム公害とそれから神通川との相違点。 それからもう一つ聞いておりますのは、何か今度の黒部のほうは住民の方のほうが先に気がつきまして、いろいろと資料を県のほうに出した、あるいは申し出た、こういうことによって県のほうが気がついている。ところが、ほんとうは一般の申し出た方にその結果を報告するのがあたりまえであるのに、会社側のほうに先に連絡をした。そうした県の姿勢を聞いておるわけでありますけれども、あなたは富山のほうにいらっしゃって、そういうことをお聞きかどうか、これが一点。 それからもう一点は、絶えず私どもが論議しておりますのは、一日も早く、ああしたイタイイタイ病のような大きな病気にならないように、予防医学と申しますか、厚生大臣もよく先取りして公害をとめていくのだ、こういうことを言っておりますけれども、イタイイタイ病患者の早期発見、この点についてどうも萩野先生と厚生省との意見の相違があるように聞いておるわけでありますが、その三点についてお聞かせ願いたいと思います。
○萩野参考人 お答えいたします。 神通川のイタイイタイ病は、七十キロほど上流の鉱山排水が流れ出まして、流されまして、地形の関係上、下流の、山脈が切れて平地に移るところに比重の関係でたまって、そしてこの汚された水を飲み、そのかんがい用水によって養われた瑞穂、稲でございますが、稲の中に吸収いたしまして、これらのものを食べて発病しておるのでございます。ですから、非常に長いキャリアが必要で、疫学的に、統計学的に私は三十年のキャリアが必要というふうに見ております。 黒部のほうは、工場から排出される排水、あるいは過去に水がつきましたときに、工場の中にバラ状で野積みになっておりましたカドミウムが流れ出たというようなものの上に、工場排煙によって、この地形とは関係なしに、風向き、風の吹くままに地面の上へ落とされてきたカドミウム、これらのカドミウムを直接吸うことによっておかされ、あるいはおかされているのじゃないかというような場合も加わっておりますので、発病の年限は若干早いのではないだろうか。 これらが神通川のイタイイタイ病と黒部の場合との違いでございます。 ただ、先ほども申しましたように、工場のキャリアが浅いために、短期間に高度成長をした会社でございますので、神通地区のような重症のあの骨の折れるミゼラブルなイタイイタイ病は起こってないだろう、まずないのじゃないか。ただし、初期の患者さんはたぶんあるだろう。これは今後の研究に待たなければならないのでございます。それで、先ほどもるる健康診断がいかに重要であるかということを申し上げたのでございます。 その次は、まことに辛らつな御質問でございまして、私もこれにお答えしなければならないというわけでございますが、確かにおっしゃったとおりのことを私たちは見、また聞いております。と申しますのは、神通川のイタイイタイ病は、全く宇井純先生の言われるように、加害者と被害者に関係のない第三者の開業医がこれを取り上げまして、そして患者救済という意味で叫び続けたのでございます。そして二十三年の後に公害病と認められたのでございますが、黒部の場合は全く様相が一変いたしております。先祖伝来の土地、その土地に住んでいる零細な農民が、工場の排煙あるいは排水によっておかされたカドミウムによって唯一の農作物が枯れてくる、そして植物公害が目に見えてくる、しょうがないのでこれを訴えたのでございますが、その上に息をしますとせきが出てくる、胸がうくなる、あるいはからだが痛んでくる。このような植物公害と自分の健康を害されてくるという事実のもとに、この零細な農民たちは自分たちの手で粉じんを拾い集め、また植物の枯れる土砂を市役所へ持っていきまして検査の依頼をしたのでございます。これが県へ参りまして、県の機関で検査されました。驚くべき数字の有毒重金属カドミウムが検出されたのでございますが、この時点において、これらの検査依頼の回答が、当然被害者であり問題を提起し告発した農民に返されるべきだと理解しておりましたが、これが企業側のほうに知らされていた。そうして農民はつんぼさじきに置かれた。それで企業側のほうはもちろん急遽改善をされたようでございます。そうして最も危険な土壌の地区は、市役所のあっせんで、公害防止という意味か、お買い取り上げになり、また工場排水はすみやかに厚生省の暫定基準以下に持っていくように努力されたようでございますが、これらが善意であろうとも悪意であろうとも、住民は次のように理解しております。というのは、われわれが提起したこの告発がわれわれの手に戻されないで、政治は加害者に証拠隠滅をさせているのじゃないか、こういうような政治があっていいものだろうかというように住民は理解しておるようでございます。この点私は非常に残念に思っております。 第三の件でございますが、イタイイタイ病の重症でございますと、私たちは長い間の体験から、比較的簡単に病名をつけられるのでございますが、軽症は現在の医学界の盲点になっております。私たちもこの一期、二期の軽症の患者を見ました場合に、これはおそらくカドミウムの慢性中毒によって起こるイタイイタイ病の初期疾患であろうということは想像するのでございますが、これのきめ手がないのでございます。それで私は、以前から、最も早期に患者に出てくる症状、それは尿のたん白でございまして、このたん白は低分子であるという事実から、この方面からイタイイタイ病の初期をつかんだほうがいいのではないか。というのは、尿というものは患者が毎日体外へ排出しているものでございまして、これを入手するのは何ら困難ではない。それ以外の方法でございますと、御婦人の方の多いこのイタイイタイ病患者は非常にいみきらうので、この方向からカドミウムの尿中の定量検査と、尿たん白の低分子であるということからきめ手をつかみたいと思っていたのでございますが、たまたま富山県の衛研の方々から、新しくゲルろ過法によるパターンによってきめたほうがいいのじゃないかというお話も受けまして、私も積極的にイタイイタイ病地区の患者にこれを利用してみたのでございますが、非常におもしろいパターンを呈しまして、完全ではございませんが、ある程度診断の参考になると信じているのでございます。ただし、医学界のディスカッションにおきましては、まだ追試の例も少のうございますし、この新しいやり方についていろいろと批判もあるのでございます。私たちはもちろんこの至らない点はよく知っております。たとえば他のカドミウム以外の重金属である鉛や亜鉛のパターンが一体どうなるのだ、これらとの鑑別診断がはっきりしないじゃないか、それ以外にファンコニー症候群を呈する他の疾患とのパターンの相違も検討していないじゃないか。もちろん私たち自身はよく知っているのでございますが、この方法を実際に使いまして、イタイイタイ病発生地区の神通川流域ではある程度の成果があるのでございますから、やはりこのような過渡期におきましては、不完全であるとはいいながら、少しでも予防医学の前進という意味で、利用させていただいて差しつかえないんではなかろうかというふうにも考えております。もちろん他にいい方法が見つかりましたら、喜んでその方法のほうへ移るのでございますが、現在時点において私たちはそのように考えておる。しかし、富山県の行政官の方々は、不完全であるから、学会が認めないからというような意味で、これによる私たちの献策を好まないような発言が新聞に出ているのを見ているのでございます。しかし、問題は患者を救うことでございます。そして患者がイタイイタイ病になるのを予防することでございます。私たちはあらゆる方法を使いまして、予防医学を徹底させ、この悲惨なイタイイタイ病に患者さんたちがならないようにしたい、それには早期に患者を発見し、早期に治療することだと思っております。 簡単でございますが、これで終わります。
○岡本委員 どうもありがとうございました。
○加藤委員長 この際、皆さまに御参考までに申し上げておきます。 どなたも皆さんそれぞれ該博な知識をお持ちの方々ばかりでございまするから、うんちくを傾けていただけることはたいへんありがたいことでございまするけれども、このような状況でまいりますると、本日中に終わらない結果が招来すると存じます。したがいまして、質問者も答弁者もひとつ時間を御厳守のほどお願いいたします。ちなみに、与えられた時間は、質問者一人二十分でございます。 古川喜一君。
○古川(喜)委員 私は河合参考人に質問をいたしたいと思います。 あなたの会社の三日市製錬所の周辺におけるカドミウム汚染の問題については、きのうも通産省、厚生省等に、本日の事態に至らない先に掌握をして対処することができなかったのかということなどを質問してまいりましたが、御承知のように鉱山保安法の適用外の製錬所である、あるいは水質保全、大気汚染防止法の法律に規制されない単独の製錬所であるなどで言いのがれをしておるわけです。要は、法律は人のためにつくるのであって、そういう事態が起こらないうちにそれらを防止する法措置を構ずるのが政府の任務なんです。にもかかわらず、それを怠ってきたというのは、やはり企業優先という思想が流れておるからほったらかしておったのだと思うわけでありますが、政府関係者はそのようにしてほっておいたにしても、あなたの会社自身は、カドミウムをばらまいているということは、ずいぶん前から御承知のはずであります。特に三日市製錬所だけでなく、たくさんの鉱業所、製錬所を経営しておられる社長さんにとりましては、カドミウムがばらまかれておることをよく御存じだと思うのです。そしてまた、その弊害が出ておることも御承知と思います。なぜならば、昭和三十年からいわゆる苗の黄化現象によって農民に対して補償金を出してあるわけです。先ほど萩野参考人も、植物に被害がくればやがては人畜にも被害が出てくるのだと言われますように、十年も前からわかっていた。それがいわゆる利潤追求というか、住民の問題をあと回しにして今日までこられた結果がかくなったものであると私は思うわけであります。しかしながら、過去のことだけを追及しておっても前進にならないので、先ほど河合参考人の、経過並びに今後のことを述べられたことに対しては、私も同感です。ほんとうに社会的信用のもとに、地域住民とともに企業が栄えていく、したがって、今日までのことに対しては誠意をもって解決をしたい、そのことを私はしっかり胸にたたんで今後臨んでいただきたいと思うわけです。 そこで、ことばだけじゃなく態度で示していただきたい。その一つは、最初この問題が出た際には、大ぜいの調査団あるいは記者連中の取材などが行なわれてきたわけでありますが、二十日前後ごろから一切シャットアウトしてしまった。本社の許可を得ぬと入ることができないといって、取材拒否をしたりあるいは調査を拒否したりされておった。それまでは私のところの工場の責任でありますというので、全部にこういう設備をしていまはだいじょうぶといって説明しておったのに、急にそういう態度に出られる。だからいまの設備に対して万全を期して何らやましいことがないなら、堂々と取材を許す、それから調査を許すという態度で臨んでもらいたいということが一つ。 その次に、黒部市民は過去何年か前からそういうことがあったにもかかわらず隠されてきた。昭和四十三年八月、県条例によって届け出が行なわれるようになってから、はっきりカドミウムが出ておるということがわかった。にもかかわらず知らされておらなかったということに対して、会社はわれわれをだましてきたのだ、県や市はわれわれをだましてきたのだという気持ちがあるわけなんです。だからこういう危険な操業は一たん停止してもらいたい、そして科学的な調査によって、現在ただいまは安全であるということを確認されるならば、操業を再開されるのもよろしい、こういうところまできておるわけです。私は、市民の立場からするとするならば、会社を信頼することができない、県、市を信頼することができないとするならば、そういう要望が出てくるのは当然だと思うのです。したがいまして私は、現在はだいじょうぶでありますということを立証できるまで、いままでの責任感からしても、一たん操業をとめて納得させる努力をされるべきではないかと思うのであります。全面操業を一時停止するということに対してはどう考えておられるか。 それといま一つは、市民大会にも私は何回も出ましたが、最高責任者である社長がおいでになることを住民が望んでおります。それは多少突き上げがあるかもしれませんけれども、最高責任者である社長がみずから黒部市へ出かけてきて住民と話し合うというその誠意が、私は住民の怒りをやわらげると思っているのです。そしてあなたが直接話されることによって、事態はもっと早く解決する方向に向かっていくのじゃなかろうかと思うわけでありますが、そのことをひとつ態度で示していただきたい。 それから萩野参考人にお尋ねいたしますが、先ほども言われましたように、この程度では婦中町のようなイタイイタイ病の患者は絶対出ない、さらにそれが進んでいって、イタイイタイ病になるかならないかわからない、あるいはならないというような考え方を、私は知事や市長が持っているのじゃなかろうかと思うのです。たまたましゃべっていると、カドミウムとイタイイタイ病とは関係がないのだというようなことすら発言をしておるわけです。なければ一番いいわけですが、いつも最悪の場合のことを考えて処置をするということが大切だと思うのです。イタイイタイ病とカドミウムが関係がないということを、イタイイタイ病が発生しておる県、市の長が発言するというのはまことに不可解だと思うわけでありますが、その点を簡単でいいですから明らかにしていただきたいと思います。
○河合参考人 ただいまの御質問はかなりいままでの経過につきましていろいろな問題を含んでおったようでございますが、お答えが足りませんでしたらまた御指摘いただくことにして、お答え申し上げたいと思います。 先ほどから申し上げましたように、昭和四十年に三日市製錬所、日本鉱業が合併経営に入ったわけでございますが、そのころから確かにお話しございましたように、富山県での神通川のイタイイタイ病の問題は新聞その他で見聞きいたしておりましたし、同業の三井金属の問題でございますので、十分関心は持っておったわけでございますが、詳しい発表はなかなかございません。一方的なあれが多かったものでございますし、会社自体ではわれわれのほうには連絡はあまりございません時代でございましたので、それなりの理解にとどまったと思っております。その後しかしこれは油断ならぬということで、環境整備あたりは、ずいぶん先ほどずっと御説明申し上げましたようにいろいろやってはまいったわけでございます。そのうちに昭和四十三年の五月に厚生省の御見解が発表されましたので、これは問題があることは明確だということがはっきりわかったものでございますので、重ねて当社におきましても真剣に対策を検討いたしまして、設備につきましては万全を期するために防除施設をほんとうに一生懸命に強化してまいりました。そういうような経過があったわけでございますが、重ねて昨年九月でございましょうか、カドミウムによる環境汚染に関する厚生省の見解と今後の対策が示されまして、暫定対策要領が出たのでございますが、これに従いまして、その基準値以下にひとつ成績をあげようということで一生懸命に取り組みまして、先ほど申し上げましたように現在におきましては、御確認いただきたいわけでございますけれども、問題がないものと実は確信いたしておるわけでございます。 それと同時に、先生からいろいろ御質問があったわけでございますけれども、住民に対するいろいろな誤解の問題もあったようでございますが、われわれのほうでも先ほど申しましたような過程におきまして、特にこれはカドミが有害だということはまだはっきり認識いたしておりませんときから、亜鉛があることはもうわかっておりますので、亜鉛等の重金属に関する土壌の調査をいたしておりましたときに、たまたま分析の中でカドミがあるということは知ったわけでございます。四十二年ごろだと思いますが、これは厚生省の見解が出る前でございますので、これははっきり申し上げまして、カドミに対する問題意識が低かったと考えております。特に、その当時は試料の採取の方法といい、それから分析の精度にまだまだ問題がございまして、データは一方的にわれわれのほうでとっておるわけでございますので、信頼性が薄いこともございますので、社内の参考資料として実はそのままにしておったわけでございます。 しかし、先ほど申し上げましたように、それに対する対策は鋭意設備的に進めてまいったことはもう間違いございません。先ほどのと重複するかもしれませんが、厚生省の見解が発表されましたので、これはたいへんだということで、先ほど先生から御指摘ありましたように、住民のほうに御迷惑をこれ以上かけてはいけないということで、特に三十八年に溢水がありましたときに、沈でん池の石灰中和の沈でん物、この中にカドミが入っておるわけでございますが、それが流れましたところの地域につきましては、いち早く市のごあっせんをいただきまして、こちらの責任においてひとつやってい二うということで、土地の買収を進めてまいった経緯はございます。そういうことでございますので、厚生省の見解が出ましてからは一生懸命に太刀打ちいたしたわけでございます。私の聞き及ぶところでは、特に厚生省から県のほうへ一昨年指示がございまして、亜鉛の工場のあるところはカドミがあるのだから調べろということでお調べになって、そっちからの通報も、一応御注意もございました。こちらも、思い当たることはもちろんございますので、それから急遽また強化いたしておったわけでございますが、その後の報告が県から厚生省にいきますときに北日本新聞で発表されたやに聞いておるわけでございます。住民の方はおそらくそれで御存じになったのじゃないかというふうに私は了解しておるわけでございます。そんなことで今日まで至ったわけでございます。 いろいろ住民感情もよくわかりますので、先ほど申し上げましたように、県のすすめもございますし、現実的なその処置といたしまして、最初は、県に出向きましたときに、大体二割の操短で、八割程度の操業を御許可いただきたいということで進めたのでございますが、地元民の感情を、じかに、もろに工場は受けておりますので、二炉のうち一炉をとめて、自粛いたして、その後ひとつ早く御確認いただきまして、漸次回復していきたいというのがわれわれの念願でございまして、特にこれは技術的に工場がストップできないということを決して誇張いたしません。主張いたしませんけれども、ああいう乾式のなにでございますと、れんがの目地のいたみとか、特に精留塔の、トラフと申しまして、といがずっと何段にも舌なっておる構造でございますので、これをとめますとたいへんな時間が出はいりでかかることは事実でございます。たいへんなことになります。現在では異常がございませんから、皆さまの、住民の御理解も得ながら、ぜひひとつ従来どおり、御交誼をわずらわしてやらしていただきたいということが念願でございます。 先ほど、私が所信を述べましたことをよく御理解いただきまして、非常にありがたいと考えております。と同時に、最後に、私が現地に出向かないかどうか、行ったほうがいいのじゃないかというおすすめ、よくわかるわけでございますけれども、かなりエスカレートした状態におきますと、私はかまいませんけれども、私一人で参りましても、即答のできかねる問題が非常に多かったと思いますし、現在でもその状態だと考えておりますので、私は逐一現地からは情報を聞いておりますし、その情報を入れては本社でみなの知恵をかりなくてはなりませんので、それが最近の企業の形態でもございますので、いろいろ相談をして逐一指示も出しております。知事にもお会いいたしております。できる限りおわびかたがたそういうチャンスもと考えておりますけれども、いま住民の方に対するお話し合いが、市を通じ県を通じまして順調に進んでおりますので、しばらく御猶予をいただいたらどうかという考え方、これは率直に申し上げておるわけでございます。御忠言ありがたく承っております。 それから、あと……。
○古川(喜)委員 新聞取材調査等の入場拒否…。
○河合参考人 そういう事実は……。特定の関係者の方は御案内申し上げておったはずでございますけれども、ただ、ああいう工場の場所でございますし、御応対申し上げるのが限られた人でございまして、これは御想像いただけると思いますが、あのピーク時ではみんな半分ノイローゼのような形で非常に困惑しておったようでございます。その後落ちついてまいりまして、直接関係のある——もちろん先生方はお断わりしたことはございませんが、ただ関連の団体の方で、お見えになったときに何かお断わり申し上げたということは私もちょっと耳にいたしておりますが、御遠慮していただきたいということを申し上げたようでございますが、今後落ちついた環境におきましては、こちらの判断におまかせいただきまして善処いたしたいとは考えております。ああいう場所でございますので、なるべくその点をおくみ取りいただいて御応対いただきたいというふうには考えております。
○萩野参考人 簡単にお答えいたします。 イタイイタイ病は、カドミウムの中毒によって起こる病気でございまして、関係が十分ございます。その理由は、岡山大学、金沢大学はじめ各研究機関で、動物にカドミウムを与えまして、イタイイタイ病と同じ症状を起こさせております。 なぜそれでは軽症の場合にイタイイタイ病といわないような傾向があるかと申しますと、私が当初イタイイタイ病を見つけ出しまして、イタイイタイ病と言ったころは、外見からわかるような、全身の骨折の多い、最も悲惨な状態のものを名づけたのでございまして、それがいままでもとらわれてきた。そして、その後、一期から五期までに分けまして、軽症もイタイイタイ病と私はいってきておるのでございますが、外から見て悲惨さがわからないようなものまでもイタイイタイ病というのはどうかということをおっしゃる学者もありまして、それが政治的に取り上げられているように思っております。 結論は、イタイイタイ病は、カドミウムによって起こる病気でございます。
○古川(喜)委員 河合参考人に申し上げますが、私は、過去の状態から生まれてきた今日の状態については、黒部の隣の魚津でございますから、いろいろ申し上げたいことがあるわけですが、先ほど申し上げましたように、時間もないし、前進にならないことを繰り返しておってもしようがないから、申し上げたわけでありますが、まあ百聞は一見にしかずということがよくいわれております。だから、住民のエスカレートしておるところに社長さんみずから乗り込んでいってうまくいくかいかないかという心配もあるでしょうけれども、住民はそれを望んでおるのでありまするし、現地の橋本工場長以下、本社から来ておられる幹部の方々も、いずれ社長が参りまして皆さんにおわびを申し上げますと言っておるのですから、私はなるべく早いほうがいいと思うのです。エスカレートしていることが、社長みずから出かけていかれることによって、なおやわらぐと思っているのです。なお、紛争が大きくなるのではなく、それが問題をやわらげる、そしてまたそれが会社の誠意を示す行動になるのだ、このようにも考えております。まあ忙しいでしょうけれども、そういう重大な問題を引き起こしておるのですから、すみやかに、住民が一応あなた方の今後の方針を納得して解決の方向に向かっていくような努力をまず社長みずからしていただきたい、このことを要望いたしまして、私の質問を終わります。
○加藤委員長 大原亨君。
○大原委員 きょうは簡単に御質問いたしますが、最初、川又さんのほうへお願いいたします。 自動車の関係ですが、私ども国民の立場に立って、きのう以来いろいろな議論を聞きながら、端的に感ずることがあるわけですが、これはいままでも質問がございましたので、重複を避けまして御質問いたしたいと思うのです。 これは、やはり石油関係もそうですが、鉛の公害に対する認識というものが、そういう専門に鉛の問題を扱っておられる方々に、なぜいままでこの認識がなかったのだろうか、こういう率直な疑問が一つあるわけです。それは、うらはらの関係では、これから、では、鉛を含めまして自動車の排気ガスの無害化について、やはりほんとうにできるのだろうか、こういう問題もあるわけです。このことについて、ひとつ率直な反省なり感想を聞かしていただきたいことが一つ。 第二は、これにやはり関係をしていると思うのですが、自動車産業は高度成長の花形産業ですが、企業競争のあり方というものについて、私どもはいろいろ考えてみる必要があるのではないか。特に技術開発については、これは産業スパイとかその他秘密があることは、これの開発について投資が要るわけですから、あることは当然ですが、しかし、安全とか公害とかという問題については、私はやはり企業間に、技術開発の重要な部門ではありますが、もう少し協力関係があってもいいのじゃないか。安全とか公害という問題についての共同研究なり協力関係が、この問題に限定してはあってもいいのではないか。これも含めて企業競争ということになると、やはりほんとうに国民の立場、ユーザーの立場から見ると、正しい問題の解決ができないのではないか、こういう点について私は感じを深くいたしたのでありますが、この二つの問題につきましての率直なお考えをお聞かせいただきたい。
○川又参考人 ただいまの質問にお答えいたしたいと思います。 鉛と人体という関係では、一般的に、先ほど来お話が出ておりますように、鉛は決して有害でないということは一つもないのでありまして、労働衛生上でも鉛の取り扱いの職場については検診をいたしておりますし、また厚生省でも、街頭でいろいろ検査いたしております。ただ、自動車の排気ガス中に出てくる鉛が人体にどれだけの影響を与えるかということにつきましては、実はせんだっての柳町の資料以外にいままでないと申していいのじゃないかと思います。また、ああいう数値のものが初めて公にされ、それにつきまして東京都、また厚生省で、同一の似たり寄ったりの交通の混雑しておるところについて、何カ所か選んで目下調査中と承っております。したがいまして、われわれはそういう調査について、結果を一刻も早く知り、対策を立てたい、かように存じておるわけでございます。 それから、鉛を含まないガソリン及びそういうガソリンを使うにつきましては、先ほどお答えいたしました。 また、企業間の競争が激し過ぎて、排気ガス対策あるいは安全装置、そういうものについて共同作業が行なわれないのじゃないかという御指摘下ございますが、これは自動車工業会におきましても、あるいは自動車研究所におきましてもその着の権威の方々を動員いたしておりますし、また平工業会には安全公害対策委員会がありまして、入社それぞれ担当者が出て共同研究もいたしております。また、その申し合わせによりまして、排気ガス及び安全に関するものについては技術を供写する、特許等のようなものに関係すると思いますが、これは一社で一人占めはしない、社会問題であるし、社会のためであるから、これを競争の具には供しない、こういう申し合わせができております。 以上、お答えいたします。
○大原委員 きょうは参考人から御意見を聞くのですから議論はいたしませんが、いまの御答弁は、前の石油連盟の会長の御答弁と、ちょっとニュアンスが違うと私は思うのです。これは議論していたら限りありません。いま小林先生からもお話があったわけです。四エチル鉛がエンジンの中で——こまかなことはわかりませんけれども、出るときには無機鉛になるわけでしょうけれども、どっちにいたしましても非常に大きな被害があるということを書かれた文献もあるし、またアメリカのニクソン大統領も公害教書で特にこれを問題に取り上げておるし、あるいは税金をかけたりしておるわけです。柳町の事件があって突然この問題が問題となるということは、やはり安全とか小害の問題に取り組むメーカーとしての姿勢の中には、率直に反省をされる点があるのじゃないか、こういう点を私は指摘をいたしておきたいと思います。 時間の関係もありますから進んでまいりますが、もう一つは鉛の低鉛化と無鉛化、こういうことがあると思います。二つの段階で、七月一日からは低鉛化していく、鉛の含有量を下げていく、それから無鉛化が目標である、五年以内ということで、これはできるだけ早いほうがいい、こういうことであります。 そこで、この問題について、方法としては、私どもはきのう以来議論し、またあしたも議論するわけですが、二つの方法があるのじゃないか。つまり現在のエンジンを改造していくという問題、あるいはガソリンを使わない新しいエンジンを開発するという問題、これは電気自動車の問題等含めてですが、そういう問題についてこれからエンジンを改造していかれる、そういう問題に対するメーカー側の見通しなり御意見があれば、いまもちょっとお話がございましたが、もう一度ひとつ簡潔に見解、お考えをお話いただきたい。
○川又参考人 お答えいたします。 ただいまの御質問がございましたが、先ほどのお答えにちょっとつけ加えさせていただきますが、アメリカの大統領の教書の中の鉛問題は、鉛を含んでいるガソリンを使っておりますと、CO、HC、ZOx、一九七五年にはそれに加わるに夾雑物、パーティキュレート、こういうものを除去する装置に非常に有害であるという趣旨が、アメリカの自動車業界から多数述べられまして、目下石油業界と自動車業界でいろいろ議論が戦わされておるのでございまして、それに関係した教書と私どもは承知いたしております。 それから、だんだんこの鉛を低下し、あるいはゼロにする、これもいいけれども、ほかに何か方法はないかということでございますが、御指摘のとおり自動車は長年ガソリンというもので走っておる内燃機関でございますから、これを使っている限りいろいろ有害成分を除去しなければならぬというような宿命を負っているようなものでございます。これから脱却するのには、巷間よくいわれますように、電気自動車はどうであろうか、あるいはガソリンにかわる蒸気、これは水もありますが、フレオンガスもあります。こういうものによって動かないかということが検討されておりまして、現実に電気自動車はいろいろな面で開発がされております。さかのぼりますと、終戦後ガソリンが払底して、なかった時代、私どもは電気自動車のバスを走らせた経験を持っておるわけであります。ああいうふうな形が今日の実用性に適するかどうかという問題にいま取っ組んでおるわけでございますし、また乗用車という面に電気自動車を応用するためには、蓄電池が現在の鉛蓄電池では重量その他の関係できわめて不経済であり、またスピードもそう得られないという主として実用性の面からまだ街頭に出ておらないわけであります。ただし、非常に場所を区切って配達する配達車とか、あるいは構内輸送とか、そういう面には実用になる道がまことに近くあると存じております。 それから、全然ガソリンを使わない、蒸気、フレオンガスとか水を使う、これは世界で手がけられておりますけれども、まだ実用性のめどはついておりません。検討はされております。 以上、お答えいたします。
○大原委員 これは時間はとらないですが、問題は無鉛化されたエンジンの改造、現状のままでこれを改造していくということについて、かなり時間的な見通しを持っておやりになっていますか。
○川又参考人 鉛のないエンジンの開発ということは、現在のエンジンを改良していく程度で済みはしないかと思っております。これはいろいろ機構に改良を加える面があると思いますが、主としてバルブ機構の弁、バルブの弁座と申しておりますが、そこに鉛が——鉛分を多少でもガソリンの中に含んでおりますと、その多少でも含んでおる鉛分が潤滑剤の役目を果たしておるのであります。その潤滑剤の役目を果たしておる微量の鉛分がなくなりますと、そこのいたみ方が激しくなる。したがいまして、材質等を変えて、いたまないようにするというエンジン機構の改良が必要になります。あるいはその他の面でも二、三出てくるかもしれませんが、現在のエンジンの改良で間に合うと承知いたしております。
○大原委員 こまかな点はまた省きまして、川又さん、私は関係ないのですけれども、たとえばロータリーエンジンなんかというのは、七〇ぐらいのオクタン価で百六、七十キロ走る、こういうふうなことを一部では新聞で書いていますね。だからエンジンについてかなり鉛を抜いていくということについて、あるいは触媒を改造するということをきょう新聞にも東洋高圧かなんかのものが出ておりましたが、そういうことについて私はできるだけ積極的な態度を各メーカーが、やはり安全と公害の問題については、利害の問題その他は十分含んだ上で協力される体制が必要ではないか、それが国民の要請にこたえることではないか。このことは鉛害の認識自体についてやはり議論する必要があるのじゃなかろうかということを私は痛感いたしております。このことはこれ以上申し上げません。 それから石油連盟の会長に御質問いたしますが、このことについてきのう議論があったのですが、山口県の都濃郡の四エチル鉛工場がアメリカの技術と提携いたしまして開発をし、九月から大大的に操業するという問題です。この工場と石油連盟の主要な会社は取引契約をしておられると私は思うわけです。それでなければこの工場をつくらないと思うわけです。その契約を締結をしておられるかどうかという点についてひとつお知らせをいただきたいと思います。
○出光参考人 この工場は、だいぶん前にできておりまして、もちろん私のほうが原料をもらうであろうということを予定しておりますが、まだ契約はしていない状態でございます。
○大原委員 契約していない……。
○出光参考人 契約はいたしておりませんが、期待はいたしておると思います。
○大原委員 一部で、あの山口県の四エチル鉛工場側の発言といたしまして契約の解除については何の連絡もない、だからそういうことは承知しておらぬという工場側の発言があったやに一部で伝えられましたから、そのことについてお聞きをいたしたのですが、これ以上は伺いません。その点については全然契約関係がない、こういうお話というふうに理解をいたします。 それから最後に一つだけですが、いままでハイオクの話がありましたが、いわゆるモーレツ宣言ですね、あれは誇大宣伝で、言うならば法律違反だという議論が出ておるわけですね。それでこれは石油連盟の方々のどなたかの発言ですけれども、これはユーザーが悪いのだ。ユーザーが買うから売るんだというような議論をされておる人があると思うのですが、この誇大宣伝とユーザーが求めるということはうらはらの関係ですね、率直に言いまして。ですから、私はそういう点については非常に安全とか公害とか国民生活に関係の深いような問題については、私も国会で議論する際には、そういう誇大広告、誇大宣伝ということは一つの企業のモラルとしてきびしく規制をする必要がある、こういうことを考えて議論をいたしておるわけですが、この点につきましての反省とこれからの方針についてのお考えを最後に重ねてお聞きしたいと思います。
○出光参考人 御説のとおりでありまして、実はハイオクタン競争をやり過ぎまして、商魂のあらわれでございます。今回の問題で自粛いたしまして、この六月一日から厳重にやめました。目下その手配をいたしておりまして、まだ全国津々浦々までには至っておりませんが、目下そういう競争をやるような表示をおろすようにいたしております。御安心願いたいと思います。
○大原委員 以上で終わります。
○加藤委員長 寒川喜一君。
○寒川委員 私は日本鉱業の河合社長さんにお尋ねをし、御所見を承りたいと思います。時間の関係もございますので、三点ばかりお尋ねをいたしますが、簡潔に要領よく御所見をいただきたいと思います。 まず第一点は、先ほど古川委員からも操業問題について御質問がございましたが、私も現地に参りまして非常に残念に思いますことは、会社と富山県庁とががっちり連絡がとれておって、特に会社に参りました場合にも、私は私の身分、国会におけるこの委員会の職責ということを明らかにしてお尋ねをいたしましたにもかかわらず、二〇%以上の操業短縮をしますと、一年以上は工場復旧に支障を来たすのだ、こういうお答えがございまして、当日も黒部市の関係者の集会が市役所で持たれておりました。細部の模様を承りますと、大体考え直す、本社の意向を入れて四〇%まではということをその後御回答になっておられるわけです。二〇%と四〇%では倍なんです。私はこういう態度にやはりこの問題をより大きくしておる問題点があるのではないかと思いますが、そのことに対する社長さんの御見解——現場の方々はあげて本社の意向、本社の意向ということを主張されておりましたが、まずお聞かせを願いたい。 それから第二の点は、農作物の被害についてはかなり前から補償をしておられるということを現地に参って承知をしたわけでございます。すなわち稲の分けつが著しく少ない、収穫もかなりな量の減収であるというような観点に立って補償をされておるようでございますが、何年ごろからどの程度の対象反別に対して、あるいは農家戸数に対してどの程度の金額を補償されてきたか、このことをお尋ねをいたしますと同時に、こういう実態を踏まえての会社の態度といいましょうか、第三点は、たとえば日鉱における労使関係の実態から見ましても非常にうまくいっておるような状態を組合の方からも承っております中で、農作物にこれだけの被害があれば、率先をして職員、家族の、ただ単に基準法上の健康診断というものから出て、こういった被害の立場における健康診断というものが私はあってしかるべきだ、こんな感じがいたします。加えて大部分の方が社外通勤の模様でございますので、先ほど来御所見を承っておりますことばの上での姿勢、そういうものが現実の対策の場で具体的に生かされておらないというところに問題があるのではなかろうか、いわゆる商業主義と申しましょうか、そういう意味では経済界のリーダーシップの立場にいらっしゃる社長さんでございますので、ひとり御社のことのみならず、産業公害に対する経営人の心がまえ、これからの対処、そういったことどもについて御所見をお聞かせいただきたいと思います。
○河合参考人 先生の御質問の第一点でございますが、実は先ほどもちょっと触れましたように、今度の北日本新聞の発表でわっと現地のほうの感情が爆発してエスカレートいたしましたものでございますから、私がこちらに所用がございましたせいもございまして、副社長の塚本君を県庁に即刻派遣をいたしまして、県と市のほうに善処方もお願い申し上げますし、現地の御意向——住民の方とはそのときはお会いしておりません。県、市を通じまして住民の方の御意向もそんたくいたしながら、会社としては何とかひとつ自粛の線を打ち出したいということで、いろいろお話を申し上げました。特に、県庁の中田知事を中心にしてお話を申し上げましたところが、富山ではいろいろのケースがそれ以前にもございましたものですから、住民感情も察知されまして、一部操短を含めてひとつ会社は善処してほしい。人的、物的の補償は、当然会社が負うべきものは、もちろんこれは有限のものと思いますけれども、責任をもって果たしてほしいという二つの御要望がございましたので、われわれのほうとしては、会社の内部の事情と申しますよりは、むしろわれわれがいわゆる供給責任を持っております需要者に対する責任がございますので、これがわれわれとしては一番問題点でございます。それをいろいろ勘案してやったのでありまして、私から何も指示をやったわけじゃございません。大体一心同体でございますし——心同体ではございません、異体同心でございましょうか、会社の内部の幹部の考え方は一致しておりますので、塚本副社長単独で二割操短ということを現地で知事さんにお話もし、これだけ自粛してやるので住民の方々の御感情もひとつここで御緩和願うようにごあっせんも願いたいということで実はきめたわけでございます。 と同時に、御要望がございました人的、物的の損害があれば責任をもって補償の責任に任じますということで、自家保有米の問題、それから今年度の植えつけの対象の問題、そのために区域をきめていただきたいということで一応区域も設定を見て、今後またチェックをいたさなくてはなりません、そういうような段階でございます。 〔委員長退席、島本委員長代理着席〕 実はそれでわれわれも本社で、副社長が帰りまして承知いたしておりましたが、その後先生も御承知のとおりの現場の状況でございますので、これは現場単独で決意して一炉をとめるということで、現地で決定いたしましてわれわれのほうへ報告が来たわけでございます。決して本社から、では一炉をとめろということを言ったわけではございません。電話連絡も前後したかもしれませんが、少なくとも私どものところへ来たのはとめてからの話でございます。そういういきさつでございまして、生産の責任を持っております者としましては一番それが責任を痛感いたしておるわけでございます。腹背に問題をかかえて、非常に苦慮しておるわけでございますけれども、これは会社の内部の事情でございません。ユーザーに対する責任、住民に対する責任ということを第一義的に考えております。そういうふうないきさつでございますので、御了解をいただきたいということでございます。 それともう一つは、いまの補償の問題でございますけれども、これは大体中和塔から出ますガスでございますね、これは焼鉱の中に一・五%ぐらいのサルファしか残っていないわけでございますけれども、ああやって焼きますもので、それと同時に中和塔である程度処理しておりましたわけで、昼夜の操業になりますから、昔はそれが若干不完全なこともございましたでしょう。そういうようなことで、SO2のガスによるいわゆる鉱害と申しますか、稲なんかに対する害でございまして、その当時はカドミを確認いたしておりません。カドミの害というよりはSO2、これははっきりいたしております。黄変もそれだと思います。 と同時に、あそこの付近は先生御承知のように水も冷たいものでございますから、水の取り入れ口あたりは、そういうふうな傾向もこれは一般的にあるように伺っております。そういう面もあるかもしれませんが、主としてSO2のいわゆる煙害と申しましょうか、そういうものに対する補償を大体年間五百万程度ずっと差し上げておったようでございます。これは収穫量のなにははっきりわかりますものでございますから、それに対する事後の補償でございましょうけれども、補償をずっと差し上げておったという十年ぐらい前からの経過は確かにございました。詳しいことにつきましては後刻また先生のほうへ数字を差し上げてもいいと思いますが、そういうふうないきさつがございましたので御了承いただきたいと思います。 乾式製錬でもございますので、いろいろそういうような面でなにがあるようでございますけれども……。 先生失礼いたしました。少し誇大に申し上げました。年間に二百万程度でございました。失礼をいたしました。取り消しさせていただきます。そんなことでございますので、大体いまの煙害関係はSO2、亜硫酸ガスだと考えております。現在ではございません。そんなことでございます。お答えになりましたかどうですか。
○寒川委員 職員の健康は。
○河合参考人 失礼いたしました。どうもなれたいものでございますから……。 実は職員の健康診断は随時やっております。例のカドミのメダルをつくってもおりますし、電炉から出ますCO、一番おっかない一酸化炭素を燃料に使っております関係で、相当防除の設備、マスクその他をやっておりますけれども、内規をつくりまして、それぞれのなにで定時相当シビアな健康診断を従業員にはやっておりますが、家族までにはまだなにしていないと思います。お米に対するなにを昔は考えておりませんものでございましたから——従業員には厳重にやっております。従来のところでは、それらしい疑似者は出ておりません。それと栄養補給とかいろいろな面で配慮はいたしております。これは構内だけの問題でございますから十分にやっておりまして、その従業員に対する配慮と申しますのは、構外の方々にはその懸念はないわけでございますので、そういうふうに御承知おきいただきたと思います。 ありがとうございました。
○寒川委員 やはり問題は、会社が要求が強ければだんだん後退をして、感情を緩和しようということが、第三者に映る印象は、やはり商業主義的な立場で対処しているという印象しか私は持たれないと思いますね。同時に、たとえば健康の問題が問題になってまいりますと、富山県の健康診断のやり方でも、一番最初は成人病の健康診断というふうな形でしかやっておらないのです。そういった意味合いで、やはり大きな会社なんだから、率先してたとえばお医者さんを東京から一定期間駐在させて、あなたのほうの従業員の方々の家族も含めて、健康については心配がないんだ、あるいは心配があれば積極的にこういう対策をとろうというようなことがあらわれてこない限り、やはり不信というものはなかなか抜け切れない。しかもそれはもはや現在の時点における企業責任においてなすべき最小限度の義務だと私は思うわけなんです。そういう意味からも、ひとつさらに一段の配慮を特に要望して私の質問を終わります。ありがとうございました。
○島本委員長代理 細谷君。
○細谷委員 時間がございませんので、簡単にまとめて御質問いたしますが、その前に、業病といわれましたイタイイタイ病に、あらゆる迫害を克服されまして、この問題の原因究明に当たられました萩野博士、小林教授に敬意を表したいと思います。 そこで質問でございますが、私は岩波の「科学」に昨年三回にわたりまして小林教授が発表されましたイタイイタイ病の原因の究明というものを読みました。そこでそれについて二、三質問をいたしたいのであります。 一つは、参議院の公害特別委員会で石崎金沢大学教授が、神通川の関係だけでも千名程度の潜在患者群がおるということを述べたということがこの論文に書かれてあります。そこで萩野先生に、そういたしますと私は先生が言われる一期、二期、こういう患者というのがかなり多数にのぼるのではないか、こう思うのでありますが、石崎教授が述べられたことについてどうお考えであるか、これをひとつお尋ねしておきたいと思うのであります。 第二点は、小林教授にお尋ねしたいのでありますが、小林教授の論文の中で、「亜鉛または鉛を単独で投与した群では体内からのカルシウムの損失はほとんど認められなかったけれども、カドミウムを投与した群では、死亡前の約二十週間にわたり、カルシウムの出納が連続的に負となって、骨のカルシウムが失なわれることがわかった。」と書いてあります。「またカドミウムを餌の中に一万分の一混入した場合のカルシウムの損失量は一匹あたり二百ミリグラムであったけれども、亜鉛、鉛、銅などをカドミウムに併用した場合には、カドミウム量を三万三千分の一に減らしても、骨のカルシウムの損失量はさらに増加して最高六百ミリグラムに達し、骨の三分の一以上が消え去った。したがって、イタイイタイ病患者の体内から多量に発見された亜鉛、鉛、カドミウムのうちで、発病の主犯となった金属はカドミウムであったことが、この実験により初めて証明された」、こういうふうに書いてございます。 そこでお尋ねいたしたい点は、鉛と亜鉛単独ではカルシウムの代謝が起こらないけれども、カドミウムだと起こる。そのカドミウムに亜鉛と鉛とが加わるともっともっとこのカルシウムの代謝が促進される、こういうことがこの実験で証明されておるのではないかと思うのであります。そういたしますと、一番おそろしいのは、カドミウムと、鉛と、亜鉛とが、どういうような割合でまざったときに、この病気が一番促進されるのかという疑問が起こってまいります。この辺について研究の結果があるかどうか、ひとつありましたら、私の疑問点の一つでありますから、御解明をいただきたいと思っております。 それから第三点は、小林授教はこうおっしゃっております。「一九六八年五月八日は日本の公害行政史上、輝やかしい記念の日であった。この日、園田厚相が「この病気の原因はカドミウムが自然界に微量に存在するものを除いては、神通川上流の三井金属鉱業所の事業活動に伴って排出されたもの以外には見当たらず、これは公害による疾患である」との見解を正式に発表したからである。」こう書いてある。 そしてこの論文の第三報におきまして、「公害行政の後退」ということで小林教授は具体的に例をあげて論じられております。たとえば、その終わりのほうに「このような間違った試算に基づき、」——この試算というのはどうも安中は心配ないんだということで過大にカドミウムを評価している、こういうことなのでありますが、「間違った試算に基づき、しかもイタイイタイ病の初期の患者が現実にいると言われるときに、「今直ちに、いわゆるイタイイタイ病が発生する危険性があるとは考えられない」と発表した厚生省見解の意図は一体いずこにあるだろうか。企業の加害責任がうやむやになることは明白である。健康は企業の利潤に優先するという公害行政の基本方針が、公害病の認定後一年足らずですっかり後退してしまったのだ。」と論じております。私も今日の公害行政というのはきわめて重要な段階に来ておると思うのでありまして、もしそういうことでありますとたいへんゆゆしいことでありますので、この論文をお借りいたしまして、この席で小林教授の御見解をひとつお伺いしておきたいと思うのであります。 最後に、萩野博士にお尋ねいたしたい、あるいは小林博士と関係があるかと思うのでありますが、水銀の場合には、母親が子供を生みますと、子供の血液の中に水銀がよけいたまる、出生児のほうが母体よりもよけい水銀を持っている、そういうことが学問的に証明されております。カドミウムの場合にはじん臓がおかされる、こういうことでありますが、一体カドミウム患者、いわゆるイタイイタイ病の初期の患者たちが子供を産んだ場合に、それはその人の母体でありますとカルシウムをとられますけれども、子供が一体カドミウムをどういうふうに受け継いでいるのか、水銀と同じような関係があるのかないのか。この辺おわかりでありましたらば、ひとつお教えいただきたい、こう思います。 以上です。
○萩野参考人 お答えいたします。 石崎教授のおっしゃいました千名の容疑者があるということは事実だと思っております。私もそのように解しております。と申しますのは、あのような慢性中毒の疾患は、患者の発生がピラミッド型になっているのが疫学上当然でございます。と申しますのは、その頂点にわずかの患者がある以上は、その底辺にそれに十何倍、数百倍の軽症の患者がいるはずでございます。当然千名の容疑者がいるのでございまして、これに私たちがいま一番苦慮いたしております。 次のイタイイタイ病のカドミウムが母体から胎児性汚染を起こすかどうかという問題でございますが、この点私たちも水俣病の例がございますので、そのような事実があるかどうか、目下研究を続けておりますが、現在のところまであると申し上げる確実なデータがございません。なお、今後研究を続けたいと思っております。
○小林参考人 私から御返事申し上げます。 先ほどの千名というお話は、萩野先生からお答えのありましたように、結局じん臓をおかされて、たん白尿が出ている。そういう人があの地区に非常に多い。イタイイタイ病の発生地区に非常に多かった。そういう意味で千名ほどの人が、よその地区にはそれほど多くないのにたん白尿が出ていた。そういう意味でこれを潜在患者、予備軍というような意味で何かおっしゃったように思います。 それから二番目の、カドミウムを単独で一〇〇PPM与えましたときには、ネズミ一匹当たり二百ミリグラムのカルシウムですね。骨の主成分のカルシウムが溶け出したということが書いてあるわけでして、ところがカドミウム単独の場合は一〇〇PPMで二百ミリグラムのカルシウムが溶け出したのですが、カドミウムの量を一〇〇から三〇PPMに落とした——三万三千分の一ということは三〇PPMという意味になります。落としたにもかかわらず、今度は亜鉛、鉛をそれに追加して加えましたところが、むしろ骨が溶け出す量がふえた。六百ミリグラムふえて、ネズミを乾燥した骨の中のカルシウム量から計算すれば、三分の一ぐらいが溶け出した計算になった。そういうことを申し上げたわけでして、亜鉛と鉛単独では、私の実験ではいま幾らの濃度のものを与えたかということを数字をちょっとここで思い出せませんですが、カドミウムよりは量をずっとふやして与えたにもかかわらず、骨が溶けるという、それはカルシウムの代謝出納実験ではカルシウムが溶けるというデータが出なかったわけです。ところが、いまのように組み合わせますと、今度は亜鉛とか鉛の影響が加わって出てきたということになります。そうしますと、結局は鉛の慢性中毒、たとえば先ほどから問題になっております排気ガスによります鉛の慢性中毒というものも、何かのきっかけがあればやはり出てくるのじゃないか、そういう不安が出てくるわけでして、自動車の排気ガスがものすごい濃度に達した場合には、そこに鉛の慢性中毒が起こらないという保証はないということが言える、私はそういうふうに解釈していいと思います。 たとえば先ほど申しましたように、ファンコニー症候群というのはカドミウムによって起きますだけでない。ファンコニー症候群によりまして骨に異状が起きる。それはカドミウムだけがそういう病気を起こすわけではありませんで、ほかの重金属類も起こします。ですから鉛の慢性中毒によりましても、ファンコニー症候群というのは起きるのじゃないか。としますと、おとなは骨軟化症になって、たとえばイタイイタイ病のようになりますが、赤ん坊とか非常に小さい子供はくる病になってしまいます。これは同じファンコニー症候群によりまして、子供の場合は骨の成長がとまりますからくる病が起きる。ですから、かなり濃い鉛を体内に入れて、それの慢性中毒が起きました場合には、子供のくる病なんかも起きないという保証はないのじゃないか。今後ますますガソリンの排気ガスの中の鉛がふえていって、鼻からの鉛の吸収量がふえていった場合は、そういう心配がないという保証はないのじゃないかという感じを私は持っております。 それから、第三番目におっしゃいました厚生省の見解の問題ですが、私は実は農林省におりまして、先ほど来申しましたように、昭和十六年から鉱害——その当時は公の字を使いませんで、鉱山、工場の害という意味で鉱工害ということばをその当時は使っておりました。その調査を私がいたしましたときは、やはり被害者の農民の立場に立ってものを考えました。企業側にできるだけの設備はしてもらうという立場をとってきておりまして、そういう私の過去の経験からしますと、あの当時の厚生省の御見解は後退したというふうに私には受け取れましたので、そのことをああいう「科学」に書いたわけでございます。 それから、今度最後に、水銀やカドミウム患者の子供はどうなるかという御質問でしたのですが、これは私のほうでもカドミウムにつきまして、ネズミにお産をさせたことはありますが、それにつきましてははっきりとした結果はつかんでおりませんので、何とも御返事申し上げかねるわけであります。
○細谷委員 ありがとうございました。 いま小林教授から、カドミウム単独よりも鉛、亜鉛——実験では銅もお使いになっておるようでありますが、そういうものが加わるといわゆるカルシウム代謝というのがもっと促進される。そうして骨軟症というのが起こってくる。子供であるとくる病が起こってくる。こういう御説明でございます。 そこで、やはり今日鉛の問題というのが起こっております。いま調べられたものでありますと、たとえば神通川なり、黒部なりあるいは安中なりあるいは数日前に発表されました大牟田の三池製錬所のものでも、カドミウムと鉛と亜鉛との割合というのは必ずしも一致しておりません。これは当然であります。米の中あるいは土、野菜等いろいろあるわけであります。したがって私は、やはり今後この病気を予防するためには、一そう促進されるということであれば、この辺の研究も精細に行なう必要があるのではないか、こういうような感じがいたしましたけれども、あるいは水銀のように、子供のほうにどういう影響が起こるのか、この辺もお調べになったようでありますけれども、正確なデータが出ていらっしゃらぬ、こういうことでまことに残念でありますけれども、非常に重要な問題であろうかと思いますので、先生おっしゃるように、研究費は非常に不足な段階でありますけれども、問題が問題だけに徹底的な究明を今後もひとつお願いを申し上げたいと思います。 私の質問を終わります。
○小林参考人 一言忘れましたので……。実はその前にお話ししましたときに、屎尿の中のカドミウムの量から住民のカドミウムの摂取量がわかるということを申し上げまして、安中の場合は〇・六ミリグラム、それから富山の神通川の場合は、過去は知らないけれど、現在は〇・三ミリグラム程度と思われるということを申し上げましたのですが、それに対する対象地区の非汚染地区ではどうかということをちょっと申し忘れました。それは〇・〇四ミリグラム程度という結果になっておりまして、一けた違いますので、申し上げておきます。
○島本委員長代理 土井たか子君。
○土井委員 私は、特にガソリンの鉛害の問題について、石油連盟の会長と、きょうここにお越しをいただきました自動車工業会の会長に御意見をお伺いいたしたいと思います。 これだけ世間で注目をされ、現に騒がれておりますいろいろな公害問題につきまして、特に私は今日における企業責任というのは非常に大きいというふうに考えているわけでございます。特に企業責任というのは、ほかから追及することより、より以上に企業自身の自主的な、公害はこれを許さないというふうな気持ちと同時に、それに対処するとき、どうしても人間としての自覚というものが私は最大限に要求されると思うわけでございますから、きょうここにお出ましいただきました自動車工業会の会長さんと石油連盟会長さんに対しましては、少々失礼にわたるかもしれませんけれども、私は遠慮なく意見を申し上げてひとつ御意見をお聞かせいただきたいというふうに存じます。 まず、自動車工業会の会長さんのほうにお伺いをしたいわけでございますが、とかく自動車工業界というのは売らんかな方式で、どうもこの公害除去のほうは忘れていらっしゃるのじゃなかろうかというふうに思われる向きが、私たちしろうと判断からいたしましても散見されるようでございます。たとえば内地売りの自動車を見てまいりますと、アフターバーナーなんかを見た場合に、これは言うまでもございません、公害除去するための装置でございますが、このアフターバーナーなしで、しかも価格が高い。外地売りの輸出車については、この公害除去装置つきで価格が安い。 〔島本委員長代理退席、委員長着席〕 ですから、それを見た場合に、一言にしていえば、内地売りの自動車というのは、公害危険高価格車というふうにいわなくてはならないのじゃなかろうかという気がするわけでございます。 いまお伺いしたいのは、アフターバーナーというのが国内向けの自動車に取りつけられないということはどういうわけなのか、輸出用に取りつけられているというのはなぜなのか、この点がまず第一点でございます。 それからさらに二点目には、アフターバーナーを取りつけるのには一体どれくらい費用がかかるものなのであるかという点でございます。まずこの点についてお伺いいたしたいと思います。
○川又参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。 私はここにアフターバーナーの価格を用意いたしておりませんので、まことに申しわけございませんが、価格はちょっとお答えできません。ただ巷間伝えるところによると、二万五千円とか三万円でつくというものもあるやには伺っております。 それからアフターバーナーをおつけになっていらっしゃる方もあるやに聞いておりますが、工業会自体といたしましては、やはり車の耐久性、信頼性というような面も重要視しているわけでありまして、寿命が短いというようなものを簡単におつけしていかがかというふうな考えでございます。 それから性能等ももちろん十分に吟味した上でないとつけにくいという条件がありますのと、もう一つは、現在わが国の国産車に適用されておりまするCOの規制値、これはアフターバーナーなしでやれる範囲のものでございます。そういう関係から特にはつけないというふうに存じております。 それから輸出する車はそれをつけているではないかと申しますが、アフターバーナーはつけていないと私は承知いたしております。それはエンジンの改良、いろいろの装置がございますかもしれませんが、はなはだ不用意で申しわけありませんが、輸出用にアフターバーナーがついておるというのは私まだ伺っていないのであります。 それからこれはよく指摘されるところでありまして、国内の装置と、それからたとえば——たとえばというよりむしろ米国を対象にするのでありますが、というのは米国以外にそういう規制値がありませんので、米国へ向ける車が対象になるかと思います。これは米国の規制値によっておるわけでありまして、価格の点が、それをつけても日本の国産車、国内価格より安いのじゃないか、米国向けの輸出価格、これは向こうにアンチトラスト法もありますし、いろいろ価格について規制がございますので、運賃その他で多少勉強している点があるかもしれませんが、米国のアンチトラスト法、あるいはダンピング法、そういうものに触れない範囲の配慮をした価格でやっておると存じます。 以上、お答えいたします。
○土井委員 いまのお話を伺っておりますと、内地売りの自動車については、別にアフターバーナーを特に取りつけなくてもCOを規制している基準以下で、とにかく排気ガスからの実害というふうなものを起こすことがないからというふうな御意見のように承りましたけれども、しかしCOに対して取り締まり基準以下であるからとおっしゃっているその取り締まりをお考えになる場合に、やはり外国の場合と日本の場合とは過密状況がいかに違うかという問題であるとか、都市構造の問題であるとか、利用されるところの状況なんかをやはり配慮なさるということは、私はたいへん大事な要素だと思うわけですが、その点自動車業界ではどの程度そういう問題に対しての配慮をいままでお払いになっていらっしゃるかどうか、ひとつお伺いをいたしたいと思います。
○川又参考人 先ほどもちょっとお答えした内容でございますが、わが国で排気ガスの規制を行なうようになりましたのは、一九六七年からと思います。非常に歴史が浅いのであります。初めはCO三%でございましたが、先ほど御説明いたしましたように、いまはCO二・五%であります。この規制値がアメリカの規制値と比べてゆるやかではないかという批判も実際あるのでありますが、これは多少専門的になりますが、排気ガスをはかるはかり方があるのであります。たとえばアメリカが〇〇一・五というときは平均一・五というふうにいたしておりますが、日本は二・五というときには二・五をこえてはいけないのであります。ですから、平均と、こえてはいけないというのと、それからこれは専門語でございますが、私もよく御説明できませんが、セブンモードとか、フォアモードとか言いまして、モードというのは段階というふうに考えてもいいかもしれませんが、セカンドのスピードで幾らとか、トップで幾らとか、総走行キロで幾らとか、各走行の段階に応じて、それぞれ排出されたガスをはかりまして、その平均値あるいはその最高値というぐあいに規制しておるわけでありまして、日本のCO二・五は最高であって、それをこえてはならないのだから、日本の規制はアメリカの規制に比べて決して甘くはない、こういうふうに言われておるわけであります。 それからもう一つ、なぜその他の排気ガスについてやらないかというふうにも伺いましたが、日本には御承知のように軽四輪、つまり三六〇ccという小さなエンジンをつけた軽四輪というのがございます。それから一〇〇〇cc、二〇〇〇ccと、まあ物品税の関係もございまして、二〇〇〇cc以上の車は、普通にはあまり売れませんで、きわめて少量しか出ておりません。したがいまして、軽四輪以上は二〇〇〇cc、つまり二リッターまでの容量のものでございます。これは乗用車でございますが、トラックはディーゼルあたりならば、もっと大きいのもございます。そういうことで全国各メーカーのつくっておる車のエンジンを一斉に規制するということになりますので、多少アメリカの規制値よりおくれているかとは存じます。 以上、御説明申し上げました。
○土井委員 それでは時間のかげんもございますので、先を急ぎまして、例の問題の無鉛化ガソリンについて話を進めていきたいと存じますが、現在新聞紙上によりますと、当面どうしてもガソリンの中からの鉛の量を減らしていかなければならないというところにスポットを当てまして、ハイオク用の自動車、ハイオク・ガソリンでしか走らない自動車に対して、これをレギュラーで走れるような自動車に変えていく必要があるというふうなキャンペーンが出てきております。私は、もちろんハイオク・ガソリンの規制も必要であるということは、これは当然なことであると思いますが、レギュラーにいたしましても、鉛化ガソリンであるという一点においては同様でございまして、むしろこれから先の問題は、このレギュラーのガソリンの内容から鉛を抜いていくというところにスポットが当てられなければならないと考えるわけでございます。現にいままでの自動車の車種を見ましても、ハイオク・ガソリンでしか走らないという車種は、数の上でもそう多くございません。ですから、それに対する規制をやって事足れりということは絶対に言えないわけでございまして、これから先はいま申し上げたとおり、レギュラーで走る自動車に対しての考え方を根本的に変えていく必要があるのではないかと思うわけでございます。 そこで、非常に素朴な質問をいたしますが、無鉛化ガソリンでも自動車は動くものでございますか。
○川又参考人 無鉛化ガソリンでもエンジンは動きます。——ちょっとあまり簡単でございますから、少しつけ加えさせていただきますが、無鉛化——先ほど来たびたび御説明申し上げたと存じますが、四エチル鉛あるいは四アルキル鉛は高圧縮比のエンジンに起こるノッキングを防止するために使われ始めたものでございますから、高圧縮比でなく、圧縮比を下げて使えばレギュラー・ガソリンでも、あるいはそれを次第に強化していって、ついに鉛を抜いてもエンジンは回ります。ただし、鉛が入っているガソリンということを前提にしたエンジンでは、そこへ鉛なしのガソリンを入れますと、先ほど申しましたように、バルブシート等をいためたり、あるいはピストンをいためたりすることが起こりますから、鉛を抜いたら鉛を抜いたという方向でエンジンを改良して使わねばならなくなると思います。 以上、お答えいたします。
○土井委員 それでは重ねてこの問題に対して最後にお伺いをいたしますが、鉛化ガソリンでなければ動かないエンジンをこの際、製造することを停止するというお考えはお持ちにならないかどうか、その点をお伺いいたします。
○川又参考人 ちょっと失礼でございますが、お伺いするのですが、無鉛化ガソリンでなければ動かない……。
○土井委員 鉛化ガソリンでなければ動かない……。
○川又参考人 鉛のないガソリンでなければ動かない、……。
○土井委員 いや、そうじゃありません。鉛が入っているガソリンでなければ動かないエンジンですね、いまおっしゃった。そのエンジンの製造を停止する、中止するという……。
○川又参考人 その考えはないか——それは非常に難題でございまして、いま鉛添加があるガソリンでなければ動かないエンジンですね、これを停止する、それは五年後とか七年後とかという時間をいただけば別でございましょうが、きょうあすということにはまいらないと思います、はなはだ残念でございますが……。
○土井委員 しかし、これだけ鉛害の問題で身体に実害が出てしまっている人たちもあるわけなんでございますから、この際ひとつ業界におかれましても英断をふるって、ああ日本の自動車工業界は健在なりというところをお見せいただきたいと思うのです。それこそ私は世界から評価される存在になり得るゆえんだと存じますので、ひとついまが英断のしどきだというふうにお考えいただいて、会長みずからこのことに対してはやるぞというふうなことで取り組んでいただくことを強く要望いたします。 さて、次にガソリンのほうの問題でございます。石油連盟会長さんにお願いをいたします。 鉛の問題で、添加装置は各石油会社に現在設けられているのでございますか、いかがでございますか。
○出光参考人 全部設備は持っております。
○土井委員 そういたしますと、鉛の添加許容量に対しましては、いま石油連盟としてはどのようにしてその許容量に対する責任を果たしてこられておりますか、その点少し御説明いただきたいと思います。
○出光参考人 鉛はたいへん猛毒がありますので、法律でもたいへんやかましく規制されておりますが、プレミアムで大体法定の許容量の四五%、それからレギュラーで二三%、この程度入れております。これは平均でございます。
○土井委員 その数字のほどは私も不十分ながら存じ上げているわけでございますけれども、それをどのようにして具体的に守らせることを心がけていらっしゃるかという点についてお伺いをしているわけなんでございます。
○出光参考人 四エチル鉛は非常に猛毒でありますので、管理は非常に厳重にいたしております。これをはかりでよくはかりまして入れております。御安心願いたいと思います。
○土井委員 そのことについては、別に石油連盟としては、逐一そういう問題について管理なさるという体制はいままではお持ちにならなかったわけでございますね。——わかりました。 いままでそういうふうなことでいらした石油連盟が、今度特に通産省に無鉛化で、まあ内容は五カ年計画というふうに大見出しで出されているわけでございますが、全面協力することをお約束なすった旨新聞紙上で私たち存じております。いま会長さんにお尋ねいたしたいのは、ならば現在ハイオク・ガソリンのストック量がどれくらいであるかについて点検などをお進めになっていらっしゃいますか、どうですか。この点いかがでございますか。
○出光参考人 柳町問題がたいへんやかましくなりまして、連盟でみな各社寄りまして協議いたしておりますが、ハイオクタンのガソリンが今月一ぱいで大体なくなる、こういう見通しでみなやっております。もうすでに生産するものは加鉛量を少なくしておりますので、鉛の多いガソリンは今月一ぱいで大体なくなると思っていただきたいと思います。
○土井委員 ハイオクは、今月一ぱいで大体なくなるという見通しでいらっしゃる旨ただいまお伺いいたしましたが、さらに今度はレギュラーについても無鉛化の方向に、通産省からのあの五カ年計画に基づく全面協力に従ってお進めになるということであるなら、四エチル鉛についても、国内でその需要は減る一方だと私は思うわけでございますが、この点については、会長はどういうふうにお考えでいらっしゃいますか。
○出光参考人 もちろん需要はだんだん減ってまいりまして、五カ年すれば、ぜひなくしたいと思っておるわけでございます。
○土井委員 五カ年と申しましても、一年一年、これは時のたつのは早いものでございまして、初めが肝心と申します。まず十分な手を打っておかなければ、あっという間に五年間というものはたってしまって、五年たったけれども何らもとと変わりないなんという状況も、あちこちで私たち間々知るところでございます。 そこで、ただいま問題になっておりますこの四エチル鉛について、国内生産が、今度初めて山口県で大規模な工場を設営して、来年一月から本格的操業に入って始めるというのですが、これに対しまして、石油連盟の会長さん、取引契約を結んでおります石油精製会社を現に察知なすっていらっしゃるか、重ねてお伺いいたしたいと思います。
○出光参考人 この会社に対しまして、原料の供給契約はできておりますので、その会社は、おそらくエチル鉛を石油会社がもらうという期待はしておると思います。それで、ただいまは四エチル鉛は全部輸入品であります。それにかわりまして徳山の工場が輸入品を排除して国産にする、こういう計画に伺っております。
○土井委員 そういたしますと、いままで輸入品でまかなってきたところを今度は国内品で肩がわりをさせていくということでございましょうから、取引先というのはいままで輸入品でまかなってきたところというふうに一応判断してよいと思われるわけでございますね。そういたしますと、その取引関係はおのずと明らかであると私は存ずるのです。 そこで、この際会長さんにお伺いしたいのは、その取引関係の破棄を石油連盟を通じて申し入わられるよう、何らかの措置をおとりになるお考えがあるかどうか、この点についてお伺いいたしたいと思います。
○出光参考人 その会社でできます鉛を各精製会社が買うか買わないかは、品質その他価格等の問題がありまして、輸入品との見合いになりますので、まだ工場もできない前に購買契約を結んでおるということはないと思います。
○土井委員 どうもお伺いをいたしておりますと、やはりこれは商業ベースでお考えになる向きが非常に強うございます。環境整備について、公共の福祉を破壊してまで経営の自由というものはないと私は考えるわけでございまして、人体に対する実害に目をつぶって利潤を追うことは、もはや許されないと私は考えるわけでございますから、この際強く私は、石油連盟の会長さんを通じて、いまのこの四エチル鉛に対する取引関係についての破棄申し入れをおやりいただくようにお願い申し上げる次第です。 質問をこれで終わります。ありがとうございました。
○加藤委員長 次は、島本虎三君。
○島本委員 どうも参考人の皆さん、ほんとうにおそくまで御苦労さまでございますが、あと私を残すほか一人でありますから、もう若干のしんぼうをお願い申し上げます。私、先ほどから聞いてちょっとノートしておきました。納得できない点について、それぞれにございますから、ひとつよろしくお願いいたします。 まず千種参考人。先ほど、この水俣の今回の処理委員会の案は仲裁とは考えない、あっせんである、応じなくてもよろしい、こういうふうに説明しておいた、こういうようなことを承りました。やはり思うところがございます。その後いろいろな情勢やまたいろいろ委員の質問を通じまして、何か一任派は判を押してしまって、もうそれ以上、受けなければどうにもならないような状態においての一任であった。そうすると、仲裁とは考えない、あっせんであって応じなくてもよろしい、こう説明しておいたと言いながら判を押してやった、こういうような一つの作為的行為というようなものがあってこれが行なわれたということは、私は、これは理解することがどうしてもできないのでございまして、これは私の理解の間違いでしょうか。もしそれをそのままやると、精神的な拘束力をもってあっせんを強要したということに相なろうかと思いますので、私、この点少し疑問でございまして、この点をひとつお願い申し上げたい、こう思います。 時間の関係上、これを一つとして次のほうへすぐ移ったほうがだいぶ時間の節約になります。 次に、道義的にもできるだけ出してやる、これは社会的にも道義的にもそういうような責任でやった補償金である、こういうような御説明がございました。私はそれを聞きまして、きのう最高裁の矢口民事局長に、現在命は地球より重いはずだけれども、これをもしということを仮定して、人間の命の最高の補償は幾らですかと言ったら、六千万円だと言いました。普通三千万円から四千万円程度ということで、最高六千万円ほどになっております、こういうようなことでございました。そのほか慰謝料だとか、こういうものが幾らとか説明があったわけであります。そういたしますと、これは道義的、社会的な責任だというほうと、この金額とは、どうも私はぴったり理解できないし、法律上、これは何か私は抵抗を感ずるわけでございます。この点についてもひとつはっきり解明を願いたい、こういうふうに思うのであります。 第三番目、これは弔慰金であるというふうにして、将来に残さないためにいろいろ死因を見ないことにした、そして発病、この蓋然性が多いということで弔慰金と認めた、こういうようにおっしゃったのを私ノートいたしました。もしそれがほんとうであるといたしますと、いままでネコを使って、ネコじゃネコじゃの狂い死にする、こういうような一つの原因になるような重大な事故を会社がすでに知っておった。それをあなたが知らなかったとおっしゃった。しかしながら、そういうような事実があった。その剥製は、つい最近また盗まれたのかどうか、病院から紛失した。そういうような状態の中でこれが出されたとすると、何か社会的、道義的という名において最高であるはずのものが最低のこういうような金額が出たということは、どうも私どもとしてはこれは納得しかねるのでございますが、この点についてまず千種参考人の考え方をお伺いしたいと思います。 それについて、実地でいろいろ研究なさいました宇井参考人はどのように考えられるか、同じ質問でありますから、これの見解を聞かしていただきたい、こういうように思うのであります。 それと、次に河合参考人。河合参考人のことばで、確かに社会的信頼の上に事業が存在するという先ほどのことばは、私は、ほんとうにこれでなければ事業者はだめだ、こういうように思うほど私の心肝をふるわせたようないいことばなんです。もしそうだといたしますと、三日市の鉱山保安法三条によるところの防御施設、こういうようなものに対して、あえて何ら拘束を受けないような状態にして野放しにしてあったということ。それからまたもしカドミウムであるとするならば、これは現在もうすでに原子炉の制御棒用としても実用に供される重要な資源ではございませんか。もしこれを産業人として考える場合には、いまやこの新しい原子炉の重要な一つの部分をなすものは進んでとって、そしてそれでもうけるのはいいけれども、それをたれ流しにして国民を害するなんて、私はこれは経営上、いまおっしゃったことと反対のことになるのじゃないかというような気がする。もうけるものを流すような商売人はないのじゃないか、こういうように思うのでございます。そのほかメッキ用にも使えると聞きます。そのほかまたいろいろ取り寄せましたけれども、ペンキ等にもこれを使うということも聞いております。いろいろございますけれども、なぜこういうような有効なものを、おとりなさらないで、たれ流しにして国民を害するのか、これがほうとうに社会的信頼の上に事業が存立するという意味になるだろうか。これは率直に私、疑問として思いましたので、これをひとつお願いしたいと思います。 同時に、今度は萩野先生にお願いしておきたいのであります。それはいろいろ御腐心なすっておりまして、これは私自身も一回行ってまいりましてよく先生の苦労はわかりました。それで、いままでの苦労からして萩野参考人、イタイイタイ病の抜本的治療法の開発、これに対して現在どうであって、将来のために国もまた機関もどのような努力をなすっておるか。これははっきりしたデータによらなくてもよろしいと思います。あなたのいままでの一つの血のにじむような苦労を参考にして、ここで直明にひとつ聞いておきたいのであります。 それから、その治療法等について、これはまだまだはっきりしないものがあり、先生もまた苦しんでおられる、こういうようなことも聞いておるのですが、そういうようなことの抜本的な治療法の開発について国がどのような援助をなすっておられましたでしょうか。これもあわせて聞いておきたいと思います。 まず、これが第一回目の質問でありまして、次次に出てまいりますので、ひとつよろしくお願いいたします。
○千種参考人 このあっせんの判をもらいましたのは私じゃございませんので、その前からもらってあったわけですけれども、しかし、これは厚生省の考え方としましても、先ほどから申しましたように、これを仲裁というようなふうには考えておられないようでした。ただ、こういう姿勢をもって臨んでもらうのでなければ、おそらくだれだってこんなあっせんを引き受ける人はないだろう。私どもだって、両方からゲバ棒をふるってやれというようなあっせんを引き受けませんよ。だれだって引き受ける人はありません。だから、そういう姿勢を示してもらわなければあっせんを引き受ける人がないだろうということでとっただけのことであるという態度をとっておられましたし、私どもも初めからこちらの出した案を押しつけるという考えは全然持っておりませんでした。だから、私どもは常々申しております。こちらの案を押しつけるのじゃなくして、一応案を出して当事者の言うことをほんとうに聞くということが、これがあっせんである。こちらから伸びることじゃなくして、言うことを聞くことがあっせんであるという考えであっせんに臨んでおったのでありまして、その姿勢はくずしておりませんし、決してそれを強制するというような態度はとっておったわけではございませんのです。 それから道義的、社会的責任というお話もございましたが、私が説明いたしましたのは、道義的、社会的責任も、法律の理由があるなしにかかわらず、大いに考えてもらわなければならない。しかし、法律的な問題を考えないということを申したわけではないのでありまして、以上申したような法律的な責任の有無の問題と道義的責任というものを、両方あわせ考えてこの案に臨んだというような意味でございまして、そうしてその生命のとうといこと、これは何人も異存のないことでありまして、人間の生命というものの尊重したければならないということは、これは私どもは前から常々申しておることでありまして、この事件につきましても同じことであります。ただ、六千万円とか四千万円とか民事局長が申したと申しますが、私は聞いておりませんが、それが平均でたいことは私はここに断言いたします。それは最高であったかもしれません、いままでの。そんなものが、六千万円、四千万円の平均の価格を出しているというようなことをもし民事局長が言ったとしますならば、これははなはだしき誤りであるということは私は断言いたします。 ただ、現在どの程度までやっておりますかと申しますと、命の値段というものは一体どうして判断するかということ、これは昔から非常に議論のある事柄であります。大体命の値段を金にかえることが、金ではかることができるか、特に慰謝料というような問題を金にはかることができるかどうかということは、これは外国ではすでにずっと昔は議論があったわけでありますが、とにかく金というものには満足作用がある。そういう意味で、慰謝料をもらうことによって幾らか気がおさまるからというようなことで、そういうような慰謝料というようなものを認めることになったような沿革もありまして、これはいろいろ標準があって標準のないようなものなんです。ちょうど刑の量定と同じようなものでございまして、標準があって標準がないようなものでございます。大体判定する人の気持ちによっても違うわけです。ふところぐあいによっても違うので、裁判する人のふところぐあいでどうも判断するようなことが間々ありますので、従来裁判官の判定額が非常に少なかったということがいわれておるのでありますが、しかし現在、交通事故で損害賠償の和解をしておりますような例をとりまして見ても、自賠法の規定によって幾らか金をもらっておりますが、全額はもらっておりませんが、三百万円、四百万円で和解しておる金額が、東京の地方裁判所の交通部におきましても、これが一般的であるということが言えると思うのであります。 そういう意味で、ネコの実験という話もありましたが、これはネコで実験したという事柄はわれわれもよく聞いております。もっともネコの実験の時期が三十一年の最も多くの人々のそういう公害を、そういう患者を起こしたという時点とどういうような関係にあるかということも、一つの問題点であると思いますが、そうなっていきますというと、ある患者の場合についてはこれは過失が認められるが、ある患者以前の問題については過失が認められないとかなんとかいうような、非常に複雑な法律問題になってくるのでありますが、ネコの実験をしたということ、このことは私どももよく聞いておりますので、そのことも考えの中に入れておるわけでございます。
○島本委員 どうして最高四百万円に落ちつかなければならなかったか。
○千種参考人 それはいろいろな問題を考えて、慰謝料は一体何万円が相当であるかということは、やはりいろんな事情を考慮した上での、諸般の事情を考慮した上での判定でございまして、慰謝料とかそういうようなものについて一定の基準があるというわけではないわけです。しかし、特にこの点御注意申し上げたいと思いますのは、死亡者のこともさることでございますが、それよりも重症患者で生きておる人をどうするかということのほうがもっともっと大きな問題でございまして、患者側の意見といたしましても、死んだ者はもうすでに十数年も昔のことで、そうしてもうある程度片づいておるんだ、生きておる人はこれから生きなければならないんだ、生活していかなければならないんだ、だからこれをもっと考えてくれということでございますし、同時に、日本の判例をごらんくださいましてもわかりますし、外国の判例もそうでございますが、死亡者よりは不具廃疾となって生存した者のほうの損害賠償のほうがぐっと高いのでございます。なぜかと申しますと、死んだ場合には生活費が要らなくなってしまう。医療費も要らない。だから逸失利益の損害賠償ということになったり慰謝料ということになりますけれども、生きておる場合は、なお生活費が要ります、医療費も要ります、いろいろな出費もございますので、どうしても重症患者でそういう生き長らえておるという者のほうが損害賠償の額が勢い多くなっておる。アメリカだってそうでございます。だから、その点についてわれわれは最も考えておるようなことでありまして、私ども現地に行ってみましても、生きておる人が、死んでおるのか生きておるのか、全く生けるしかばねというような状態になっておるのを見ますときに、これを見ては、死ぬることもできないというような悲惨な状態にある人に対しまして、もっともっとよく考えてやらなければならないということで……。 それじゃ、その辺にいたしておきましょう。どうも、また……。
○宇井参考人 いままでいろいろ千種先生のお話を伺って、やはり和解あるいは法律的なあっせんというものではもうこれしかないのだろうかということも感じてまいりまして、そうだとすれば、もう双方が納得すれば、力の差だけでこういうものはきまるのではなかろうか。この場合にはチッソと患者という力の差はあまりにも大きいとすれば、一年余り議論を重ねても、あるいは最初から数式で割り出しても、こういう場合に三百万円から四百万円という金額はすでにきまってしまうのではないだろうかという気もいたしております。 そこで、それを防ぐためにどういう方法があるだろうかということを先ほどから考えておったのですが、このあっせん作業がもし全過程が公開されたところで行なわれたら、やはり途中でわれわれは、これは少し考え方としておかしいのではないかということを気づくのではなかろうか、あるいはあっせん委員がこういった事実を調べないで結論を出すというのは、それは無理ではなかろうかということを、われわれみなひとしく感ずるところが何かあるのではないかという気がいたします。先ほどのネコの実験の話などにいたしましても、それは最終的には考慮には入れたけれども、そう重要な事実ではないということになりますと、そういった結論が出てくるまでの過程の問題が大切なのではなかろうかというふうに感じております。 しかし、なおかつ現在命の値段というものが、平均は確かに六千万円より低いかもしれませんけれども、あの狂い死にとそれから二十年間の苦しみ、手も動かず目も見えずというふうな苦しみだけではなくて、同じ町のうちで、あいつらはちょっとした見舞い金をもらってええことをした、おれたちも水俣病になってみたいものだと、面と向かって言われて生きていなければならない苦しみを勘定に入れてこの金額が正しかったかどうかということになると、私は、絶対これではいけないという気がいたします。事実関係については、結局こういうあっせんのときには主たる要因ではないのだと言われてしまえばそれまででして、あとは私は、苦しみをどのように評価するか、あっせん委員がどこまで患者の身になったかということできまるのではなかろうかと思いますが、今度の場合は残念ながら私はそうなったとは考えておりません。
○河合参考人 お答え申し上げたいと思います。 先ほど御指摘がございました鉱山安保法の適用をなぜ受けてなかったかというお話でございますが、この三日市製錬所のおい立ちをこの前も申し上げたわけでございますが、二十八年に会社ができまして、ずっとやりまして、これは日本鉱業の会社ではなかったわけでございまして、経営権が及びませんので、その当時のなには、話は聞いておりますけれども、日本鉱業がやったわけではございません。ただ、鉱山の付属製錬所となりますと、これは鉱山保安法の適用を受けるわけでございますが、御承知の黒部の町と主たる供給先の北海道の豊羽鉱山、鉛、亜鉛鉱山でございますが、これは日本鉱業——その当時は日本鉱業ではございません、これも関係会社だったわけです。これもたいした生産量ではございませんで、各山からかき集めまして、日窒鉱業の秩父鉱山からもかなりの亜鉛鉱が入っておりましたような状態でございますので、特に遠隔の地であったことと、それと例の付属製錬所という一応の認定がないままに工場法の適用、基準局の適用を受けてまいりましたが、行政的には名古屋の通産局の行政指導もございましたので、少なくとも私のところの会社に四十年になりましてからは、私のところの会社はそれぞれ鉱山保安法の適用を受けておる個所が非常に多うございますし、その規制も知っておりますので、先ほどもお答えしたわけでございますが、そのシビアなほうの規制をとって工場の一応の規定といたして、ずっとまいっておりますので……(島本委員「規制だけじゃありません。カドミウムを現在用途に供せるのになぜそれをとって……」と呼ぶ)それは次にお答えしようと思っております。そういうような関係で鉱山保安法の適用云々はお答えといたしたいと思います。 続いて、なぜこれだけ有用なものでもあるのにとらなかったかということでございますが、これはいわゆる別会社の関係会社で、当時も昭和三十五年度から電気集じん機をつけまして、そこで捕集しましたいわゆる粉じんと申しますかダストから主たるカドミウムの原料にしてとっていくわけでございます。三十六年からカドミウムは採取いたしております。その前になぜとらなかったということに対しましては、最初のうちは、きょうもいろいろな先生からお話がありましたが、非常にちゃちな工場でございまして、しかもアメリカの技術を全面的に導入したわけではございませんので、技術的に非常に苦労して成長した会社でございました関係で、亜鉛を仕上げるのが精一ぱいでした、当時は。現在でこそいま御指摘がありましたようなカドミウムの有用性が非常にうたわれております。特に塩ビの安定剤として最近はかなり用途もふえてまいったのでございますけれども、当時はカドミウムの使用量はそれほど需要ものびてなかった。当時黄色の顔料に使いましたり、たまたま合金に若干入れておったというようなことでございまして、あまり珍重されていなかったという経緯もございます。余力がなかったということが真相でございまして、その当時はまだ取るに至りませんでしたが、いま申し上げましたように、昭和三十六年からずっとこのかた採取率も上げてずっととってまいっておりますので、現状では完ぺきに採取いたしております。その間に若干中和いたしました沈でんのほうにかつてのカドミウムは入っておったかとも思いますが、そうばらまいたわけではございません。ダストにまじって若干の風向きによりましては土壌を汚染しておるということでございますので、そういうふうに御理解いただきたいと思います。
○萩野参考人 簡単にお答えいたします。 現在治療法といたしましては、対症療法とカドミウム排出根治療法とに分けております。 対症療法と申しますのは、ビタミンD、あるいはB1、B12、あるいは大量のカルシウム、たん白同化ホルモン、男女性ホルモンあるいは唾液腺ホルモン、パロチン等を使いまして、非常に卓効をあげているわけでございます。重症で痛い痛いといって見動きできない患者が、一カ月ないしは二カ月ぐらいでほとんどよくなり、三、四カ月もいたしますと、腰もきまってくるのでございますが、よくなったといいまして、ほっておきますと、一年ないし二年後には再び増悪するのでございます。これは骨の中に含まれたカドミウムが体外に非常に出にくい状態でございますので、ただ対症療法をやっていたのでは根治しないということが判明いたしましてから、カドミウムの排出療法をやっておるのでございます。これらはSH基のついた薬、すなわちタチオンとかD−ぺニシラミン、あるいはまたゲルマニウムを主体としたG・M・Lというような薬を使いまして、カドミウムの排出治療をやっておるのでございますけれども、ここに一つ隘路があるのでございます。というのは、これらのカドミウムの排出を学会に報告する場合に、これらの薬を投与する前と投与中と投与後との尿中におけるカドミウムの排出量、一日量の全量を調べまして、これを計量いたしまして学会に報告しませんと、学会ではただ症状がよくなったというだけでは認めていただけないのでございますが、これらの検査機関が現在能力が限定されておりますので、なかなか実施していただけない。私のほうから富山の衛研にお願いしてございます一千検体くらいは、二年くらいの間凍結されてそのままの状態でございます。いろいろ事情を聞きますと、とても忙しくて手が回らないという状態でございまして、私たちは鋭意研究に努力しておりますけれども、思ったような成果があがらない。 いま一つ考えられることは、カドミウムを排出しても、現在患者さんたちは食べておるのでございます。神通川地区の患者さんたちは、自分のつくった米を食べておりますので、やはりカドミウムが口から入っておる。その点黒部のほうは幸福じゃないか。あの米は移出禁止にもなっておりますし、患者さんたちも食べないように、カドミウムの入らないお米の配給を受けておるのでございます。神通川地区におきましては、依然自分でつくった米を食べておりますので、やはりその中にカドミウムが含まれておりますから、カドミウムをとっている。私は、私の病院に入院しております患者には、あの地区のお米を買うと、まことに変な言い方でございますが、安いのでございますけれども、富山市内の米屋さんからカドミウムの入らない地区の米をいただいております。また野菜も富山地区に買いに出まして、カドミウムの入らない野菜を買って患者に投与しておりますが、それでもなお入ったカドミウムがなかなか出にくい。これらが現在の研究の隘路でございます。しかし、何とかこれを打開して、御期待に沿うように努力したいと思っております。
○島本委員 千種先生と宇井先生にお伺いしておきたいと思います。 いままでの答弁でややわかりました。ただ一つ、将来にしこりを残さないために、真因をいろいろ見ないことにしても発病、そういうような事実からして、その蓋然性が多いということで弔慰金をきめたとおっしゃるのです。それならば、国が公害病と認めて、そして排出工場は一社ですから、当然そこから排出される有機水銀であるということを認められるのですから、企業責任という一つの蓋然性を認めた上で金額の策定をすべきじゃなかったのか。一方は蓋然性を認めて、一方は蓋然性を認めないでやったということは、おかしいのではなかろうか。 それともう一つ、これは将来いろいろと参考になっても先例にならないのだ、こういうようなことがございました。私もそれを望むのでございます。ただ、先ほどもちょっとございましたけれども、公害紛争処理法、この中には同じような制度があるのでございまして、仲裁に持っていって、これをやろうとしても、これはだめだといわれれば、それは成立しない、そうなりますとどうなるか、やはりいまのような方法で押しつけられるような可能性と危険性があるのですから、これは困ったなと思ったのです。そういうことなので、幾らことばで言っても、参考になっても先例にはしないでもらいたいというならば、大きい金額を申してやって、この辺が当然人道的にも社会的にもこれは認める線じゃないか、最高六千までもありますぞ、普通三千から四千までの線ですぞというふうに、地球より重いけれども、人命をそれにかえるならばこれほどですよ。——これは最高裁のほうできのう言ったのですから、議事録を見れば私がうそを言ったかどうかわかりますから、これで調べてもらいたい。そうまであるならば、なぜ二百、四百なのだろうか。もしあなたのほうがこわをのまなければのまないでよろしい。しかしながら、これは何としても人間の尊厳を守るというためにも、これだけははっきり会社の責任においてなすべきじゃないか。のむ、のめない、こういうようなことよりも先に、人間の価値、人間の尊厳、こういうようなものからして、患者にどれがけ負担すべきかを検討したあとで、会社の負担能力、いわゆる経営状態ということを考えるべきじゃなかっただろうか、私はそれを考えるわけでございます。 時間もございます。これ以上時間は何ぼあっても、幾らでもあるのですけれども、そういうような点で、私はいまの二点でまだまだ納得できないし、今後に残す点があることをおそれるのです。できるならば、今後に残す点はございません、ほんとうにこれが最高なんです、というようなものだけは、この機会に国民の前にこれだけはっきり言っておいてもらいたいのだ、これが私のお願いなのでございます。 それともう一つ。千種先生の点等も伺いまして、中労委でいろいろ御活躍もなすっておられる点も調べて聞いておるのでございます。そうであるならば、労使の賃上げ交渉と同じような状態で、苦しんで生きてそういうふうにしてせっかくきた人、こういうような人たちを一室に入れておいてやるというような行き方は、受けなくてもいいんですよと言いながらも、やはりそういうような精神的な圧迫、経済的な圧迫、それからまた前の三十四年度のそれをのまざるを得ないというような一つの考え方、脅迫といいますか、そういうような考え方からしてどうしても受ける。受けるときに出た金額がそれですから、やはりこの点等においては私は困ったものだ、こう思うのでありますが、そのほかにやはり、この補償は見舞い金の上積みと主張した会社側の言い分と同じで、これを認めたような形になってしまった、こういうようなことであるならば、今後やはり私としては悪例を残すのではなかろうか、こういうふうに思ったわけでございます。 また、先ほど、千種先生は専門家でありまして、私は専門家でないから、これはちょっとお聞きしなければならないのでありますけれども、不法行為として、これは故意または過失によっての問題を出されました。これはそのとおり民法七百九条でいっておりますけれども、その同じ行のすぐ下に、七百十七条でありますが、土地の工作物等の占有者及び所有者の責任という中で、完全なことをしないでやった場合は企業者が責任を負わなければならないというのがあるのであります。そうすると、なぜこれによって企業者のほうに先に目ざめさしてやれないのか、こういうような点も私当然疑問になってまいるのであります。この機会にこれをはっきり解明しておいてほしい、このことをお願い申し上げたいと思います。
○千種参考人 さっきちょっと弔慰金にかわるものとしてお答えしかけておって、途中でやめてしまいまして失礼しましたが、いま御質問の趣旨がよくわかりました。これは年金というものを別に払っているわけでございます。年金は多い人は、あの地方としての考えでございますけれども、三十八万円年に払って、これは死ぬるまで払っていくことにしてあるわけでございます。そうして同時に、三年ごとにスライドして上げていくということにしてありますので、これはもう、前の金額はわずか十四万円でしたか、それをぐんと上げまして、そうしてまた、その症状の程度によりまして差別はつけておりますし、年齢の差別もつけてはおりますけれども、それ以外に、前には弔慰金というものが払われておったわけでありますが、おそらくその弔慰金というものを払うことにしました考え方は、水俣病が原因で死亡した者に対して弔慰金を払うという趣旨であったであろうということが全体から見れば推認できるわけであります。文句の上ではどうもはっきりしておらないのでありますけれども、しかし、先ほども申し上げましたように、水俣病で死んだか死ななかったかということを判定するということは事実上非常に困難な問題であります。それをそういうような状態で残しておきますことは、事件の起こるごとに紛争を起こすことになりまして、紛争の解決にはならない。でありますから、さらに水俣病で死んだ者であってもなくても、ともかくも前の金額をだんだん、三十万円がベースアップしまして五十万円近くなるかもしれませんが、しかしこの案では、一番その症状の軽い人でありましても、死亡したときには八十万円になっております。それよりも多いわけでございます。そしてなお、十八歳以上五十一歳未満というような最も働き盛りの人であれば、症状に応じてだんだん多く、特に重い人につきましては二百万円を払うという。それは死亡したときにもらうよりは現在ほしいという希望が非常に多かったものでございますから、そのほかに二百万円の金額を現時点において払っておく。この金額をそういうふうにきめたというのは、やはり病気の重い人が水俣病が原因で死ぬる蓋然性が多いであろうということを考えまして、病気の重い人に多く払うということにして、将来の争いをなくしようとしたわけでございます。しかし、そういうことにしましても、この話をきめてしまってから後すぐ死んでしまったような人にとりましては、非常に不公平な結果になりますから、十年以内に死んだ人につきましては、その死んだ年月によりましてさらに継続年金というものを払うというようなことにいたしまして、そうして保護を厚くするということにしたようなわけでございまして、しかもこの金額は、現在直ちに払ってやるということにしたわけなのであります。 そういう意味で、これは裁判上では絶対にできないこと、これをこの委員会ではやりましたということは、これはおそらく画期的なことであろうと私どもは思っておりまして、このことをどうしようかということの案をつくるために非常に長くかかったというような状態でございます。 そしてまた、その紛争処理をいたします場合につきましても、やはりこれは当事者間の和解、話し合いが解決いたしませんと、これは幾らどういたしましたところでできるものではありませんので、あまり突拍子もないような額を出すということになりますと、やはり両方のある程度の信頼が得られるのでございませんというと、将来におきましても、それじゃ頭からそんなあっせんの線には乗ってこないということになってしまいますと困りますので、それはある程度適当であるという額を考えまして、それを押しつけるわけではございませんが、それをもとにいたしましてあっせんをしていくよりしかたがないのであります。最初の場合におきましては、あっせんの案は両方おる場所で示しておりますが、しかし和解の場合は、必ずその結果に基づきまして、片一方のおらない席で自由に意見を述べるようにしまして、その後は両方別々に意見を聞きまして、ほんとの意思を述べてもらうようにしてやっていくのが、これは労働委員会でありましても、裁判所の和解でありましても、同じことでございまして、決して相手方の圧迫に応じさせるというようなことにはしないで、温和に話し合っていくという形式をとってやったわけでございます。
○宇井参考人 実はこの点でも私は全然逆の考え方を持っております。ただいま蓋然性のことも認めた点で進歩だとおっしゃいますが、元の契約、元の見舞い金協約には、水俣病で死んだ場合しか払わないとは書いてございません。患者が死亡したときにはこれこれ支払うと書いてございます。ですから、この場合字づらを読んで疑う余地はないのでございますが、こういう場合にすらチッソが値切った例がございます。肺ガンか何かガンで死んだ患者に対して、死因が、水俣病ではないか広弔慰金三十二万円の全額は払ってやらないということを言い出しまして、患者側もそれを泣く泣くのみまして、三十万円ではなくて、たしか二十万円か十五万円か、その辺を支払われた例がございます。ところが、最近の文献を調べてみますと、メチル水銀には発ガン性が疑われるのであります。ですから、ガンで死んだかどうかというふうな議論をやること自体が水俣病についてはもう意味がない。あるいは蓋然性を、そういったことを議論していいものかどうか、私にはちょっとわかりません。これははっきりわからないと申し上げておきます。ただ、こういうことを今後に残す大きさは、それはこれから起こる公害だけではなくて、世界で一番公害が進んでしまった日本で、一番はっきりした公害にこういうふうな補償が出たということのおそろしさは繰り返して私申し上げておきます。
○島本委員 法律解釈を聞けなくて、これで終わったのかと思っていましたが、あれは残っていりまして、当然あれは患者のために蓋然性を認めるためにはやっていいんじゃなかろうか、こういうことであります。ただ長引いてどうにもならない点だけを利用したということは、一方的に会社側が喜ぶような考え方じゃなかろうかとちょっと思ったわけです。法律を見ましたらちゃんとこれはあるのでありますが、なぜこの適用をお考えにならぬだろうか、これをちょっと思いましたが、これはどうしても適用してだめな法律なんですか。いま私が読み上げた七百十七条でございますか……。
○加藤委員長 答弁漏れがありますので、これを許します。千種参考人。
○千種参考人 それは前に説明しましたときに、過失の有無、その他民法上の責任ということを説明いたしました。それはその問題について申し上げたわけでありまして、当事者がいままで主張していないことなんです。当事者が主張していないことですけれども、私どもはそれを考えますので、過失の有無だけを申していない、その他民法上の責任ということを申し上げたのはそのことでございます。
○加藤委員長 次は米原和君。
○米原委員 参考人の方々には、長い時間たいへん御苦労かけまして、私最後ですから、あまり時間もありませんし、ほかの委員から私の聞きたいと思っていた点もかなり明らかになりましたから、非常に限られた質問ですが、第一に、日鉱の社長の河合参考人に聞きたいのです。 それは、河合さんの話を聞いておりますと、三日市製錬所による公害、これはカドミウムの生産を始めた三十六年以前に、それまではカドミウムは生産しなかったために、以前に起こったのだという話でした。そうしてその堆積物が三十八年七月の大水で押し流されて、それが現在の公害になっている、現在はどうかというと、その時点については公害を防いでいるのだというようなお話でした。 私、実は先月の二十一日に三日市工場に参りまして、会社の中を視察しました。説明も聞きました。ある意味では社長と同じような説明があったのです。排水基準も基準の〇・一PPM以下になっておる、だから公害は防いでおるのだ、公害はいま現実に起こってない、前の堆積物の問題だけなんだということですと、操短の必要ないわけですね。現実には起こしてないんだという立場に立たれるなら、なぜ会社は——そのときはまだ二割操短でした、私が行ったのは五月二十一日ですから。なぜ二割操短されるのか、逆に皮肉な質問なんですが、そのうちに四割の操短になっておるわけですね。きょうのお話を聞いていましても、大体社長は同じように考えておるように思うのですが、基本的には操短は必要でないという考え方じゃないか、そういうふうに私は伺いました。この点どう考えておられるか。現在の工場ではもうそういう公害を引き起こすようなことはなくなっておるということをはっきり確信を持って言えますか。その点を聞きたいのです。
○河合参考人 これは私のところの副社長がさっそく県に参りましてのいろいろ折衝の結果でございまして、ただいま御指摘のような、いまカドミの公害を引き起こしたのは、土壌中のなにが主たるものでございまして、米からくる問題を一番大きく取り上げられておるわけでございますが、これは先ほど来御説明申し上げましたように、カドミをかつては、スケールは小さかったのでございますけれども、とっていなかったという時期に、いろいろ焼鉱の飛散もございましたでしょうし、中和塔からの噴煙、電気炉からのダスト、そういうもので土壌を汚染した経過は考えられます。それからそれが蓄積いたしまして、いま米に関連するカドミの汚染ということでございまして、現状では、先ほど申し上げましたように、四十年以降、防除施設を非常に強化してまいっております、先生もごらんいただいたと思いますが。 それで、会社側としましては、現状におきましては厚生省の一応基準範囲内にあるということを信じておったわけでございますが、当時住民の感情がかなり高まっておりまして、会社の責任を非常に急に追及をされておりましたので、市長並びに県知事からの御配慮がございまして、いまの高まった住民感情を静めるためには、一部操短も含めて対処してほしいということでございまして、副社長独断で、二割操短をやりますということで実は県とのお話し合いをし、市長にもお伝えして、住民にもお伝えして対処いたしておるのでございまして、これは緊急避難ということばは当たらないかもしれませんけれども、きわめて現実的な処理を会社は考えまして、いわゆる自粛の一半として実は打ったのでございます。御指摘のように、できますれば、われわれはいわゆる供給責任を持っておりますので、そのままで続けていきたかったことはやまやまでございますけれども、えてしてこういう紛争の場合は、かなり興奮しておられます皆さんの御意向として、まず工場をとめてそれで出直せということは普通あるわけでございますが、工場の性格上、なかなかそれが三日や一週間というわけにまいりませんし、先ほどわれわれも確信を持って申し上げたわけでございますので、ぜひひとつ御理解をいただいてやりたいということで、二割操短で実は進めておったのでございますが、何しろ現場のかなりの強い住民の方々の集まりもございましたし、これは非常にことばは悪いかもしれませんが、わかりやすく申し上げますと、突き上げもございましたので、これはわれわれのほうから応援は出しておりますが、向こうの単独の決意で、二炉のうちの一炉をとめたということを向こうで決定いたしまして、実はわれわれのほうへ通報してまいったような経過でございまして、でございますので、実力以内にわれわれは自粛しておるつもりでございますので、少なくとも現状を早く御確認をいただきたいということで、いまお願いを申し上げて折衝中で、もう手を打っていただいておるわけでございます。そんないきさつでございました。
○米原委員 いまのお話を聞いていると、私は、公害に対する考え方が全く間違っている、こう考えるわけです。と申しますのは、あなたのほうの会社で出しておられる「日鉱」という雑誌がございますね。その中で、あなたの会社の技術者の方が、この製錬の過程を分析された論文が出ております。一九六八年七月の八十四号というのですが、そこに出ております。それに基づいてこう調べてみた、逆算しました。私はそういう点ではしろうとですけれども、学者の意見も私の意見も聞いてみました。大体それは正しいというので、ちょっとその点でお話しするのですが、いま会社にもらった資料によりましても、製錬所は蒸留亜鉛を月一万トン、それからカドミウムを二十八トン毎月製錬されている、こういうことになっておりますね。その論文の過程から、これはむずかしくなりますから簡単に申しますと、それを逆算していきますと、月に焼鉱中の亜鉛は一万トン——焼鉱の成分がその論文に出ておりますが、亜鉛が六〇・七%で、カドミウムが〇・二四%、焼鉱の総量が一万七千百トン、そういうふうになります。そうしますと、焼鉱中のカドミウムは毎月四十一トンあるわけです。ところが、実際に生産されているのが二十八トンというのは、四十一トンから二十八トン引いて月十三トン、これは大まかな計算ですが、実は十三トンのカドミウムがどこかに行っているわけですよ。もとの原料が来るわけでしょう、これを製錬されている過程で毎月十三トンのカドミウムが、あるいは粉じんにもなっている、もちろん排水となってもその中の幾らかは含まれているわけですが、いろいろな形で散っているわけですよ、カドミウムが。ですから、これはいまは公害を引き起こしていないのだと断定されることはとんでもないことになるのではないか。月十三トンといいますと、そのほかに蒸留亜鉛中にカドミウム成分が〇・〇五%となっておりますから、月五トンのものが蒸留亜鉛中に入っておる。これを差し引きましても、月に八トンのカドミウムがどこかに散っているわけですよ。そうしますと、一年間に九十六トンのカドミウムがどこかに散らばっている。水の中にも入っているし、粉じんの中に入っている、あるいは煙の中にも入っている。依然として続いているのじゃないか。これはどうしたって出てきます、差し引き計算すれば、原料から出てきたものを引けば、そのあとのものはどこかに散っているわけですよ。しかも、たいへんな量です。概算ですが、九十六トンとなりすすが、これは計算のしかたでもう少し少ないかもしれない。あまり違わないと思うのです。そうしますと、かつてはカドミウムを生産しなかったから、そのときは全体として生産量は少ないのです。この数年の間に野放しになってカドミウムが出ていた。これは全部計算してみますと三百二十トンくらいだと思います。これはたいへんな量ですよ。ところがいまでも、どう考えても、私は八十トンから九十トンというカドミウムが飛散しているのだ、そういうふうに言えると思うんですよ。そうしますと、いま公害は全然引き起こしてないのだ、基準に合っているのだ、私はその基準が間違っているのだと思う。科学的に考えてそんなふうには言えない、そういうことになると私は思うのです。公害というのはそういう性質のものですよ。矛、このことを考えてもらわないと、さっきの発言を聞きましても、たとえば以前には余力がなかったからカドミウムを回収はしなかった、亜鉛だけで精一ぱいだった、こうおっしゃいました。これにも実は驚いたんです。そういう考えだと、今後も余力がなければカドミウム公害を防ぐことをしなくてもいいのだという有力な問題になるのですよ。公害というものはそういうものじゃないのじゃないんですか。その根本的な点を考えてもらわないと、ただ基準に合わしているから、操短というのも、ただ突き上げがある、住民の世論が沸騰している、だからそれに調子を合わせるという意味では、私はむしろ間違っていると思う。公害を引き起こしているからとめるのであって、実際はもう公害は起こっていないんだ、これは世論の沸騰をなだめるためにやっているといったら、これは手を使っているにすぎないのです。ごまかしです。そういう態度ではほんとうに責任を持った態度とは言えない。需要者に対しても責任を持っていないとおっしゃいましたが、そうなってしまう。これは公害に対する考え方の根本問題をしっかり考えていただかないと、いま、排水基準以下になっているということだけで安心なさったらたいへんなことになる。以前はまだ少ないですからね、ほうっておいても実は大した量じゃないのです。いまの計算でいきますと、こんなのを二年、三年続けていくとたいへんなことになりますよ。私は、おそらく一〇〇%完全に原料を回収するなんというのは、亜鉛工場の場合不可能じゃないかと思う。実際は亜鉛工場そのものをあんなところに建てることが間違っているのだといわざるを得ないのです、現在それを完全に防止するようにできてないんだから。それは少し極論かもしれない。しかし、そこまで考えてやらないと、これは解決つきません。そう思うのです。その点どう考えられるか、聞きたい。
○河合参考人 お答え申し上げます。 ただいま御指摘になったのはひょっとすると労働文化のなんでございましょうか。おそらく工場内の紹介をしているのじゃないかと思いますけれども、論文と申しますよりは、しろうとわかりのする、一般の家族なんかにも配る……(米原委員「そうじゃない」と呼ぶ)そうじゃございませんか、ああそうでございますか。それじゃあとでまた調べてみたいと思います。 マテリアルバランスの問題を御指摘になったようでございますけれども、会社でつかんでおります現在の数字といたしましては、大体排水中へ僅少、これは基準内ということでございます。中和塔の排ガスの中にも僅少でございまして、主たるものはカドミウムの地金、大体七五%から七八%をとっておるつもりでございますし、なお亜鉛地金その他ヘカドミが入ってまいりますので、これが約二〇%、その二〇%の内訳は、大体蒸留亜鉛も出しております、その地金に八%、あと亜鉛基の合金も出しております、いろいろな変わった製品を出す中での中間製品のほうへ一二%、合計で二〇%。それから中和滓、沈でん池で除去しておりますが、これに大体一、二%というのが現状の数字でございますので、こういうものを含めて、いまの操短の時期に県に御確認を願いたいというのがわれわれの期待、希望でございますので、第三者のお立場でこれをひとつ十分チェックしていただきたいというのが現状でございます。
○米原委員 もう時間がありませんから、もう一つだけいま聞いたことを答えてもらいたいのです。というのは、さっきの話ですね、余力がなかったらしかたがないのだというこの考え方です。余力がなかったからカドミウムの回収はしなかった。一体それでいいのか。その考え方でいきますと、今後も余力がなかったら公害を起こしたって責任はないのだ、これは根本的に考え方を私は問題にするのです。カドミウムを完全に押えることは絶対に責任があるのですよ。そういう公害を引き起こす原因をつくる、そういうことにとっては、余力がなかったからできないでは済まないのです。それだったら、もう全面的に操業をやめたほうがいい、そういうことです。その点をひとつ。
○河合参考人 先ほど来お答え申し上げておりますお話が少し現状と混同されたのじゃないかというような感じがいたしますけれども、余力云々の問題、これは日本鉱業になりましたのは四十年からでございますが、その前に共同の製錬会社としてスタートいたしまして、二十八年から会社ができて、三十年からものを出したわけです。そのころは少量でございました。そのころはカドミはとっておりません。それからずっとくだりまして日本製錬になりまして、これも関係会社という形でございますので、こちらの経営権は及ばなかったわけでございますが、そのころの三十六年からカドミを取り始めたということでございまして、現在ではいま御指摘になったような該当のなにはないと考えておるわけでございます。従前、経営権の及ばなかった時代がかなり長うございますので、その間にある程度の散逸は、これは肯定しなくちゃなりません。そのときのいわゆる汚染ということを重点に申し上げておるわけでございます。 それとマテリアルバランスの関係は、出るやっとそれから入るものでございますか、先ほど御指摘がありました焼鉱の中の亜鉛であり、カドミでございます。それと出るもののチェックでございます。それしか方法はないわけでございますので、排出口をそれぞれひとつ厳重にチェックいただきまして、現状ではだいじょうぶだということの御確認をお願い申し上げたい。われわれのお願いでございます。
○米原委員 では、もう時間がありませんから、もう一つだけ石油連盟会長の出光さんにお聞きしたいと思うのです。 それは、けさの出光さんの発言で、鉛の微粒子による大気汚染は現在程度では非常に少ないというようなことを述べられました。しかし人体の鉛汚染は、柳町だけの問題ではもうなくなっております。柳町について、あれを調査されたお医者さんと私直接会いまして、データをもらいました。それを見ますと、あの地区で、印刷工場が小石川のほうに非常に多い。鉛を印刷労働者が使っておるわけです。これは前から非常に問題がありますから、この労働者に鉛がどれだけ入っておるか検査されたお医者さんなんです。ところが、そのデータと柳町のあたりで調べた人体に入ってきておる鉛と比べてみると、柳町のほうがはるかに越えておるんですよ、鉛を年じゅう使っておる労働者より。これは重大な問題だと思うし、東京都全体で調査されるそうですけれども、そういうデータがおそらく今後幾らでも出てくると思うのです。あるいは交通の警察官もそういう被害を受けておるということも発表されております。学者の論文を見ましても、岩波から出ておる「自然」という雑誌の昨年の六月号の解説によると、四アルキルの使用が一般化した一九四〇年代以降、明らかに地球表面の鉛汚染が増加しつつあるということの一般的な結論も出ておる。こういう状態であるにもかかわらず、いま問題になっておる石油業界の指導者の出光さんが、鉛微粒子による大気汚染はたいしたものじゃないというようなことを考えておられるという点は、非常に問題だと私は思っておるのです。この点どう考えておられるか、もう一度聞かしていただきたい。私の質問はそれだけです。
○出光参考人 御指摘のとおり、全く柳町事件で驚いたわけであります。それまでは世界じゅうの資料が、大体ガソリンに含まれた鉛が、直接人体に影響するというようなことは出てなかったわけであります。さよう信じておりましたが、今度の柳町事件で全く教えられまして、これはたいへんなことだというわけで、通産省もすぐああいう処置をとられました。われわれも連盟みな寄りまして、何とか至急やらなければいかぬ、こういうことにいたしております。どうぞひとつ御了解願います。
○米原委員 それでは、質問したい点があるのですが、もう時間もきましたし、むしろ政府の指導のほうに一番大きく問題があると思いますので、あとの質問で私は解明したいと思います。 終わります。
○加藤委員長 これにて参考人よりの意見聴取は終わりました。 参考人各位には御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見の開陳をいただきまして、たい へんありがとうございました。 次回は明十一日午前十時理事会、十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後七時三十七分散会