産業公害対策特別委員会 第10号
- 発言数
- 86 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1970/04/10
会議録
○加藤委員長 これより会議を開きます。 産業公害対策に関する件について調査を進めます。 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 本日は、御多用中のところ、本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございました。 さきに、東京において開かれました国際シンポジウムは、世界の社会科学者が共通の悩みを持つ公害問題にその立場から取り組まれ、多大の成果をあげられましたことは多くの注目を集めているところでございます。 この際、シンポジウムを主宰されました立場から、会議の模様、議論等を中心に、公害問題に対する忌憚のない御意見をお述べいただき、参考にいたしたいと存じます。 それでは、まず参考人から御意見をお述べいただき、その後委員からの質疑に対する応答の形でお述べをいただきますので、さよう御了承いただきたいと存じます。 それでは、都留参考人にお願いいたします。
○都留参考人 ただいま委員長から御紹介がありました一橋大学の都留重人でございます。 去る三月九日から十四日まで、国際社会科学評議会という国際的な学術機関の中にあります公害問題常置委員会、その常置委員会の主催で、東京で、社会科学者中心の公害問題のシンポジウムを開催いたしました。 この国際社会科学評議会という組織がどういうものであるか、ごく簡単に申し上げておきますが、これは学問の幾つかの分野ごとに国際的な学会があることは御承知だと思いますけれども、そうした国際的な学会の中で、社会科学に関連のある国際学会をお世話をするための一種の世話役の国際機関でございまして、財政的にはユネスコの支援を得て、戦後に設立されました。 これに対応いたします日本での機関は、日本学術会議の第二部と第三部でございます。たまたま私がこの国際社会科学評議会の常任理事をいたしておりまして、一昨年の常任理事会で、この評議会の中に公害問題に関する常置委員会を設立することが望ましいという議が出まして、それを設けることに意見一致いたしたのでありますが、その機会に、必ずしも私は公害問題の専門家ではございませんでしたが、ひとつ委員長になれということで、一昨年以来委員長の任にございます。たまたま私がその委員長をいたしております関係もございまして、公害問題についての社会科学者の国際シンポジウムを日本で開くということになりまして、昨年の夏ごろから準備をいたしまして、今回の開会に至ったわけでございます。 従来まで公害問題というのは、自然科学者の方が非常に長い間にわたってじみちな研究、調査を続けてきておられまして、大気汚染の問題、水質汚濁の問題等に関しましては、数多くの業績が現に存在いたしております。 国際的に見ましても、ヨーロッパの諸国は陸地続きでありますために、どうしても水質汚濁の問題に関しましては一国だけで簡単に処理できないような事情がございます。一本の川が幾つかの国を通して流れる状況でありますために、他国の迷惑を顧みずしてDDTを使うということさえむずかしいという事情が早くからございまして、水質汚濁の件に関しましては、かなり以前から国際的な協力体制もできておりました。しかし、公害問題に関しまして、従来までの自然科学者の努力と比べてみますというと、社会科学者のほうはわりあいに怠慢と申しますか、十分の努力を重ねてこなかったといわれてもやむを得ない状況であります。 わが国では、申すまでもございませんけれども、公害対策基本法というのが三年ほど前に成立いたしまして、それに基づいてのいろいろな法律なり、あるいは都道府県の公害防止計画なりが着着と進められておりますけれども、やはり法律学者や、経済学者、あるいは社会学者の努力というのは不十分である。不十分でありますけれども、よく考えてみますと、公害問題というのはどうしても社会科学の分野の人たちがしばしばきめ手を握っておるのであります。自然科学者の方がどんなに綿密な研究を大気汚染や水質汚濁に関してなされておりましても、いざそれを実施するとなりますというと、あるいは法律、あるいは条例、あるいは経済の面からいろいろな刺激を与えたり、課徴金を課したり、補助金を与えたりというような方法で、あめとむちとよく申しますけれども、そういう手段を使って企業に対し公害防止をするように働きかける、そういうメカニズムが社会科学者の研究対象となるのであります。そういう観点から申しますと、社会科学者の研究はいままでまことに不十分でありました。今回の国際シンポジウムを機会に、どうしてもわれわれの責任が大きいということを、外国の学者一同と痛感したわけであります。 公害という概念に関しましては、公害対策基本法でかなり具体的に、大気汚染と水質汚濁と、騒音と、悪臭と、地盤沈下というふうに規定されておりますが、国際的な討議の舞台では、必ずしもこの公害に該当することばがございませんで、私どもが今回集まりまして討議いたしましたときにも、なかなかこの概念の統一というのが困難でありました。日本の公害ということばは明治の時代にすでに法律の中にことばとしては出てまいっております。現在では世上ジャーナリズムの社会では、何もかも公害と呼ぶならわしさえございまして、物価騰貴も公害である、あるいは交通事故も公害であるというふうになってまいりますと、少し公害の概念がばく然とし過ぎて、対策を立てる上でも必ずしも焦点のはっきりと明らかにされた形の対策がとれないおそれがありますので、なるべく公害という概念をはっきりさせるということが必要であるというふうに私どもも感じております。 日本で生じておりますいわゆる公害というのは、現在裁判になっております水俣病、イタイイタイ病、あるいは四日市公害などに典型的にあらわれておりますように、人命に対する危害、健康に対する危害というのが非常に重要な内容をなしております。ところが、外国で公害と申します場合には、どちらかといえば環境の破壊、生活環境の破壊というふうに広くとっておりまして、たとえて申しますと、水俣病のような公害は、これは産業公害としては産業革命時代の一種の犯罪に類するものであるというようなコメントさえ外国の学者からございました。 で、環境の破壊ということになりますと、自然保護という問題、さらにはもっと大きく舞台を広げますと、この地球上に住んでおる人類全体にとって不可欠な要素である酸素がだんだん少なくなっていくというような事柄、それまでがいわゆる環境破壊の一側面としてとらえられるようになっております。ジェット機が太平洋を一度飛びますと、大体四十五トンぐらいの酸素を燃焼いたしますが、現在何千機、何万機というジェット機が世界じゅうを飛んでおります過程で失われつつある酸素は、たいへんな量に達しております。それを補給する源はどこにあるかと申しますと、たとえばアフリカの大原始林の植物、あるいは海中にあります緑のモなどが酸素を補給するのでありますが、たまたまアフリカの原始林も、開発という名のもとに伐採されつつありますし、海中のモなども、DDTによって死滅する度合いが強くなりました。したがって、酸素の補給は減るが、酸素の燃焼する量はふえるというので、大気中の酸素のバランスが次第に失われつつあって、その結果、大気の温度が上がって、北洋の氷山が早く解けて、あまりこの度合いが強くなりますと、結局は氷山が解ける度合いが早くなることによって、たとえば東京湾の水位は十二メートルぐらい上がる見込みだという計算さえあるのであります。そうしたジェット機を飛ばすことと、大気中の酸素が減っていくことの関係なども、外国では現在公害の一種として、環境破壊の一種として考えられるようになっております。したがって、産業公害というふうに限定いたします考え方をさらに広げて、環境をそこなう、環境を破壊するという形でまとめられつつあるのが、現在の国際的な動向であると私は考えております。ことに国連が一九七二年に、スウェーデンのストックホルムで、人間とその環境という主題のもとに国際会議を開催する予定にいたしておりますが、そのときの考え方も、やはり広い意味の環境破壊、日本で申します公害を含めた広い意味の環境破壊の問題になると思います。 そこで、一口に公害と申しますが、一体その特徴がどこにあるかということを考えてみますと、古くから言いならされたことばでございますが、やはり量の質への転化という点が一番の大きな特徴ではないかと思います。隅田川に十条製紙が一つだけ位置しておりましたときは、十条製紙が流します廃液程度では隅田川はそうよごれないで済んだのでありますが、その後だんだん数多くの工場が沿岸に位置するようになりますと、どうしても川の水の持っておりまする機能が発揮できないところまで汚濁されてしまうという状況になりました。大気汚染の問題でも、四日市の中に万古焼きの小さなかまどが百や二百ある程度では、四日市の大気はそれほどよごれないで済んだのでありますが、現在のように第一コンビナート、第二コンビナート、さらには第三コンビナートができるようになってまいりますと、量がふえることによって質的な変化をもたらしまして、その結果、人体に対する悪影響を及ぼすという事態が生じました。この量の質への転化というのがおそらく公害現象の一番特徴的なことではないかと思います。 そういたしますと、ここに一つの困難が生ずるわけで、どうしても公害現象をわれわれが追及する場合に、だれかの責任を問いたいわけですが、因果関係を明らかにすることがむずかしいのであります。量の質への転化でございますので、百ある、二百ある工場のうちのだれに責任があるのか。全部に責任があるといわれますと、なるほどそうに違いありませんが、どれか特定の企業に責任を負わせるということが非常に困難である。つまり、因果関係の立証が決してやさしくはないのであります。 水俣病のような、新日本窒素——当時新日本窒素と称しました会社が、有機水銀を川に流して、その結果、何人かの人が水俣病になったというような、比較的因果関係追及のやさしいと思われる事件でさえ、御承知のように十何年の年月を要して、ほぼ確実だと思われることを科学的に立証するまでには非常な困難をいたしました。神通川のイタイイタイ病に関しましても、一体三井金属鉱業神岡鉱業所が原因なのか、これも厳格に申しますと、どこまではっきりした立証ができるかということは、そう簡単ではないのであります。阿賀野川事件になりますと、なおさらむずかしいいろいろな複合的な要因があって、いまだに確実なことが言えないということなども御承知のとおりであります。 そういうふうに、一企業が関連する公害でさえ、われわれは因果関係の立証に苦労をいたすのでありますから、ましてや四日市のように、複合的な幾つかのコンビナートで、またお互いの現象の間に相乗作用が起こるようなところで——相乗作用と申しますのは、たまたまある型の物質が空中に出まして、それともう一つの種類の物質が相乗的に重なり合ったとき、より大きな被害が生ずるということ、あるいは大気の状況いかんによってたまたまの天候が悪い影響を及ぼしたということ、そういうようなことを考えますと、因果関係の立証が困難である。数年前に四日市で六十一歳になる老人が閉塞性気管支炎でなくなりましたが、このなくなりました被害者に対して、彼が公害の犠牲者であるのかどうかということをいざ立証しようといたしますと、そう簡単ではないのであります。こういう因果関係の立証が困難であるというところに、公害現象の特徴がございますので、どうしてもこれに対する対策といたしましては、それになかったワク組みを私どもはつくらなければならぬというふうに考えております。 そこで、対策上の問題点を二、三、今回の国際会議で出ました議論も含めて申し上げたいと思います。 第一には、基本的な考え方でありますが、御承知の公害対策基本法では、生活環境を良好な状態に保つことをねらいといたしておりますけれども、その生活環境を良好な状態に保つことが、経済の健全な発展と調和した形で行なわれなければならぬという文句が二度出てまいります。この法律は、私どもの現在の感覚から申しますと、経済の健全な発展と調和するということを、あたかも生活環境を守ることと矛盾する可能性があるかのごとく解しておられるという点で、やや理解に苦しむのであります。 生活環境を良好な状態に維持するということは、これすなわち経済の健全な発展との調和そのものではないでしょうか。そういう感じを現在では私ども持つのでありますが、おそらくそんたくいたしまするに、当時の立法の際の起案では、経済の健全な発展というのは、成長率をある高さで維持するというふうに解されておったのではないかと思います。経済成長率をある高さで維持することは、確かにわれわれ国民生活にとっていい面があるにきまっておるわけで、それをあまり阻害しないという配慮がこの法律にあったと思います。しかし、よく考えてみますと、経済の健全な発展と調和ということは、もっと幅広く考えまして、それこそ生活環境の維持ということもその中に含むべきであり、また経済の健全なる発展という中には、たとえて申しますと、日本の経済社会の中で、中小企業の持っておる役割りを十分に機能を発揮させるような発展というふうに解することもできるわけで、あまりにも当時の起案の際の考え方は、成長率にこだわっておられたのではないかという感じがいたします。すなわちこの公害対策基本法の中に出てまいります「経済の健全な発展との調和」ということばは、解釈のしようで、現在ならばもっとほかの意味にもとれることでありますが、私は生活環境を良好に維持するということこれ自体が、経済の健全な発展との調和というふうに解したいと思うのであります。 さて、対策上の問題点について三つほど申し上げたいと思いますが、第一は法制上の問題であります。 国の法律と地方公共団体の条例との間の関連が、世界じゅうどこでも、公害対策では問題になっております。国の法律である基準をきめた場合、その基準よりもきびしいことを都道府県の条例できめることができるかどうかという問題であります。たとえて申しますと、東京都の公害防止条例は国の法律よりもきびしくなっております。国の法律では、たとえて申しますと公害の原因をもたらす発生源でありますが、発生源工場から報告を求めることができるという形になっておるのに対しまして、東京都の条例では三年に一度企業者は報告しなければならない、しなければならないというふうに、よりきびしくなっております。また、東京都の条例では、上水道中の事業用水や、あるいは工業用水の供給停止を行なうことができるという、かなりきびしい条項が入っております。また、硫黄分の低い燃料使用の勧告ができるというようなことも東京の場合には入っておりますし、また、自動車の排ガスに関する規制も東京では考えております。 このように、国がまだ十分のことをしていないとか、国できめておる大ワクよりもきびしい事柄を都道府県の条例がきめて、それを実施することができるのかどうかという問題は、この法体系上の問題点として今度の会議でも問題になりました。 諸外国の例で申しますと、アメリカなどでは、騒音規制という問題が非常にやかましくなっておりますが、連邦政府の法律では、空港などの騒音に関してまだ十分の大ワクの規制法さえできていない、部分的なものしかない状況でありますので、おのずから州の法律あるいは州の条例が、かなりきびしい騒音規制の条例を出しましても、現在のところは矛盾を来たしません。しかしながら、現に連邦政府の法律あるいは法令と、州の法律ないしは条例とが矛盾する状態が生じまして、カルフォルニアでは、カリフォルニア州の検事総長が一つの意見を最近発表いたしておりますが、それなどを見ますと、もしも空港そのものが州政府の所有である場合には、その空港に関して州政府が行なう騒音規制が、連邦政府の法律とたとえ矛盾しても、コンフリクトしても、州政府の法律は妥当であるという意見を述べております。 このように、それぞれの国の政治体系、法律体系、事情等によりまして、いろいろ意見は異なってくると思いますけれども、今後ますます、国の法律と地方公共団体の条例との関係というのは日本でも大きな問題になると思われますので、ぜひ御検討いただきたいと思うわけであります。 また、現在のところ、アメリカで申しますと、司法府が、つまり裁判所が、非常に重要な役割りを果たしております。これは、考えによっては多少矛盾でございまして、三権のうちの司法府というのは、国民による裁判官の審査の制度はございますけれども、民主的に選ばれる形をとっておりません。もっとも、考えようによっては、国民の民主的な選択から離れた形で選ばれるこの司法官が、国民の生活環境を守る上で一番積極的な役割りを果たしているのは、まことに皮肉なことであるということをアメリカの法律学者が今回も申しておりましたけれども、アメリカの場合には、昔から、法に訴えて自分の個人的な権利を守るという風習が国民の間にも強うございますので、そういうこともあるのでございましょう。司法府つまり裁判所が訴えを受けて国民の生活環境を守るために、いろいろな判例を残しておるという点は注目すべきだと思います。 経済面に関しまして、対策上の問題点を申し上げますと、やはり一番の重要な点は公害の防除にあると思います。病気の場合でも、事前の防止と、病気になった場合の治療——治療の前に診断がございますが、診断と治療、それから病気がよくなったときの予後措置と、四つに分けて考えるのが普通でございます。しかしながら、防止のことに携わる公衆衛生の分野に入っていくお医者さんというのが比較的少なかったり、あるいは優秀な人が入らなかったりというのが、世界じゅうどこでも共通の現象でございますが、今回でも、医学系統の社会学者の方が、どうしても今後の医学に関しては、予防医学の分野に力を入れなければならぬということを主張され、同時に、公害に関しても防除が一番大事であるということを力説されました。 そこで、経済の観点から申しますと、公害の防除をできるだけやりやすくするためには、どのような形の誘導措置が好ましいかという議論がございました。普通の場合には防除のほうが安くつくわけなのでございますが、たまたま公害現象の場合は、公害が起こってしまったときに、それに対する賠償の措置あるいは市民、住民が受けた被害を償う措置というものが十分に行なわれないのが通例でありますために、たれ流しをしたことの結果の被害がたとえ多くても、それを負担するものは結局住民そのものであって、企業の側では、妨除のために金をかけるよりも、むしろ許されるならばたれ流しの状況でなるべく費用を少なくしたい、そういう刺激が働くわけであります。 そこで、どうしても、経済の観点から申しますと、公害現象の結果生ずる被害を計算いたしまして、計数的に測定いたしまして、これだけの被害があるのだから、これくらいの防除費用を負担するのは当然であるという形の、計数的な比較をすることが大事であろう。どのようにこの公害の被害を計数的にはかるかという問題に関しては、なかなか、まだ一致した方法論ができておりませんけれども、考え方といたしましては、生ずるであろう、現に生じておる被害と見合って、これくらいの防除費用は当然であるという形で、防除費用を企業の負担とするという考え方が、国際的な学者の討議の中でも多数を占めております。 企業の負担とするということは、これは現在の日本での考え方よりはどちらかといえばきびしいわけでありまして、日本の場合には、公害対策基本法でも、第二十四条をごらんになりますと、「事業者に対する助成」という項目があります。事業者に対する助成というのは、助ける、つまり事業者が公害のために防除施設をする場合には、国は金融上、税法上の援助をする、助けるということが法律にうたわれておるわけでありますけれども、私ども経済学者の立場から申しますと、そのような援助をする必要はない。むしろ企業自体が負担をして、そして防除施設を企業が取り入れた場合、おのずからその企業の製品の価格は上がります。ちょうど製紙会社が、廃液で川の水がよごれるのを防ぐために、大体流します水一トンにつき十五円とか二十円の費用を負担して現在流している例が多いのでございますが、そうしますと、おのずから紙の値段は上がります。われわれ経済学者の立場から申しますと、上がってやむを得ないのだ、原因者負担であると同時に、これは消費者に転嫁されるという形でよく批判されるのでありますけれども、消費者にある程度は転嫁されるのが当然であって、それだけの被害を及ぼすのを避けるためにこれだけ高くつくというものであるならば、高くつくというかっこうで消費者の選択にまかせたほうがいいのだ、こういう考え方の上に立つわけであります。 公害被害の中には、国ないしは地方公共団体の負担で償わなければならぬ面が多々あることは明らかでありますけれども、企業が行なう妨除施設については、まず第一に防除の技術開発については、国がいろいろな形で研究者の方に援助されるのは当然だと思いますが、防除施設を企業が取り入れます場合のその費用は企業の負担とすべきである、それだけものが高くなる、高くなったらそういうものはあまり買われなくなる、それだけ買う刺激が弱くなる、それだけ公害を起こすような製品の普及がおくれる。おくれるだけ公害現象は少なくなる。こういう因果関係をねらっているわけであります。 同時にもう一つ重要な因果関係は、公害防除のためにそれだけの金を使わなければならぬということになると、企業としては製品が高くなるので、売れ行きが減っては困りますから、何とかして公害を起こさぬようなものを開発しようという開発意欲が生じます。これは非常に重要な点でありまして、新しい技術を開発する際に、少しでも公害を起こさぬような技術を開発しようという意欲が企業の中におのずから出てまいりますならば、これはまさにわれわれのねらうところでありまして、やはり企業が負担をして、負担の分だけ高くなる。高くなると物が売れない。売れないのでは困るから、公害の出ないようなものを開発しようという努力をする。同時に、公害を起こすようなものについては、売れなくなるだけそれだけけっこうだという考え方がその背後にあるわけであります。 この経済の側面について一番重要だと思います論点はこの点でございまして、いままで私どもの議論が、原因者負担とか消費者への転嫁ということを何か二者択一のように考えておりましたけれども、そういう考え方の成り立つ場合も当然あるとは思いますものの、原因者に負担させることが同時に消費者の負担ともなる。それがかえって望ましいのだという考え方をぜひひとつ御検討いただきたいと思うのであります。 対策上の問題点としての第三は、やはり地域社会における世論の役割りであります。これはピッツバーグにおける公害克服の事態と、四日市における公害対策の事態とを比べますと一番明瞭でございますが、ピッツバーグの場合は、あそこに位置いたしました幾つかの大企業、鉄鋼その他の大企業の本社も工場もあのピッツバーグの町に存在し、重役もそこに住んでおって、そしてピッツバーグはわれわれの町だという感じでもっておったわけです。それが一九三〇年代の中ごろには非常によごれた。ばい煙でよごれ、川も汚濁し、どうにもならない町になって、あのピッツバーグにあるような会社だったら自分は行かないといって、大学を出たばかりの優秀なる若い青年たちがピッツバーグの会社を避けるようになった。これではピッツバーグに位置しておる会社は伸びる見込みがないというので、ピッツバーグの市内にありました会社の企業者、住民、労働組合等が、あげて公害対策に一致協力した結果、現在のようにピッツバーグは公害を克服した町として、きれいな町になったのであります。 ところが四日市の場合はどうかと申しますと、ほとんどの大企業は分割法人であります。四日市のコンビナートにあります大企業のほとんど全部が、本社を東京か名古屋に持っております。そういう会社の重役の方は、たまたま四日市に滞在されましても、短期間だけそこに駐在されるわけで、四日市の勤務御苦労であったというので、何年か後には名古屋なり東京なりに戻していただけるわけです。そういう状態でありますので、この四日市にある企業の指導的地位にある人が、四日市の町を庶民のためによくしょうという意欲がなかなか出てこない。地域社会としての統一性に欠いておるところがございます。そういう状況が、四日市における公害克服を非常に困難にしたのではないかと私には考えられます。 この地域社会における公害問題というのは、どうしてもそこに位置しておる企業が、その住民の意識というものを真剣になって反映させる意欲を持つことが大事であり、そのために住民に対する公害現象についての啓蒙活動等も重要である。そういうことを考えますと、なるほど法律も大事であり、経済も大事だけれども、結局のきめ手は世論ではないだろうか。日本の場合でも、やはり世論が大きな役割りを果たすのではないだろうか。たまたま世論が行き過ぎることはあるとしても、それを立法府で受けとめられて、ここまできておるのか、ここまで住民が反対しておるのか、実態はどうなのかということを立法府などで気づかれる一つの手がかりは、やはり世論の盛り上がりであるというような認識を私ども持つわけでありまして、世論というものが公害対策の上で果たす役割りの大きいことはいまさらながらに痛感するのであります。 ところが、この世論の場合に一番大事なことは、私感じまするに、ものごとが起こってしまってから初めて気づくという場合が多いのであります。ひどくなって初めて世論はわき立つのでありまして、ひどくなる前に、こういうことをすればこうなりますよという形で事前にいろんな情報を明らかにして、住民の意識を問うということは、いままであまりなされておりません。いま問題になっております富士市でもそうでございますし、四日市市の場合も、四日市市が最初に第一コンビナートの開発をいたしますときには、太陽と緑の大工業都市ができるんだという非常にうたい文句のりっぱなパンフレットができまして、市民はそれを期待したのであります。ととろが、できた結果はああいうことになったというように、やはり現在の産業公害というものがどういう帰結をもたらすかということについて、事前にそれを明らかにするという仕事は、今後ますます重要になると思います。一例を申し上げますならば、 空港騒音の問題などは、まさにどうしても事前に事態を明らかにして住民の意見を反映させながら航空輸送開発をしなければならぬ問題になっておると私には思われます。現に先進諸国におきましては、たとえばロンドンの第三空港が住民の反対でつくれなくなったということ、フロリダのマイアミの近くの国際空港が、やはり自然保護の観点から設立中止になったという事例に見えますとおり、空港の問題に関しましては今後ますます一種の公害としてやかましくなるでありましょうが、現在の日本の可能性を考えてみますと、航空輸送に対する需要の伸びは昭和六十年度、あと十五年間くらいの間に、国内航空は十五、六倍、国際航空は約二十倍、国際貨物航空輸送はおそらく現在の三十倍くらいの規模に伸びることが運輸省などの調査によっても現在予定されております。それだけの伸びがあるといたしますと、この東京を中心といたしました空港は、現在つくりつつあります成田と羽田で足りないことはもとより、横田が返ってまいりましても、その三つを全部合わせても足りないのであります。昭和六十年にはすでに足りないのであります。だといたしますと、一体どこに空港をつくるのか、騒音ということを考えながらどういうふうに空港の位置づけをするのか、そのアクセスはどうするのか、そういう問題は現在すでに考えていなければならぬ問題であります。 そのときに住民に対して、こうなりそうなんだが一体どう思うかという問いかけは、事柄が起こる前にしなければならないことで、公害に関しましてはこの一例でもわかりますように、住民の意思、住民の意向というものは、事が起こる前に、悪くなる前に情報を明らかにしてその意見を反映させるということがいかに重要であるかということを痛感するのであります。 本日とりあえず申し上げましたことは、公害の概念の特徴と、それが量から質への転化を含むために因果関係のきめつけが困難であるということ、それから対策上の問題点といたしまして、基本的な考え方に対策基本法の中には多少ズレがあったのではないかという点、それから法律の面、経済の面、それから世論の面、この三つに分けまして簡単に私の意見を申し上げた次第でございます。(拍手) —————————————
○加藤委員長 質疑の通告がありますので、これを許します。浜田幸一君。
○浜田委員 いろいろ御指導ありがとうございました。私自由民主党の浜田幸一でございますが、御指導いただきたいと思います。 まず第一点は、国がたとえば亜硫酸ガスの脱硫装置、そういうものに対して実は補助をいたしておりますが、先ほどの御説明ですと、それが直ちに物価にはね上がってくる、それは当然企業負担にすべきであるということでございますが、たとえばいま貿易の自由化が叫ばれまして、すべて生産物資そのものは世界の過当競争の中にあるわけでありますが、そういうものとの、たとえば経済闘争といいますか、そういう面において、一時期において国家がそういう企業に対して——私は千葉県の出身でございますから、特に石油精製工場はたくさんできておりまして、脱硫装置をやってもらわなければいかぬということで、やっていただいた。そういうものに対する一つのプロセスもあるわけでございますが、たとえばそういう自由世界の過当競争の中において、先生の御意見のように、それは消費者に転嫁すべきであるという御意見、ごもっともだと思いますけれども、そういうことのために、たとえばアメリカ資本なり、そういうすでにすべてのものを完備しているところから安い価格で入ってくるために、日本の市場すなわちマーケット等において競争が特に展開されて、日本国の、たとえば企業そのものの成り行きが非常に危険になってきた。そういう場合に対する対応策というのは、先ほどの先生の御意見のとおりでよろしいのかどうか、まず第一点、それを御質問申し上げます。
○都留参考人 ただいまの御質問、非常にごもっともな論点でございまして、外国貿易という問題を取り上げてまいりますというと、原因者に負担させることが、消費者に転嫁された場合に、国際競争力をそれだけ失うということは、非常に明瞭でございます。しかしながら、もしも国際競争力を失うから、何とかその輸出産業は少しでも援助して伸ばさなければならぬという要請があるならば、その際には、別途の方法で輸出を伸ばすための措置を講ずるのが、経済の立場からいっては、たてまえだろう、こう思うわけです。 現在、国がある程度の援助をいたしておりまする脱硫装置で、四日市にあります中部電力の四日市火力で脱硫装置のパイロットプラントを動かしておりますが、もしあれを四日市火力ないしは中部電力の負担ということにいたしますと、電力料金が上がるでありましょう。電力料金が上がれば電力をたくさん使用する製品はおのずからコストが上がりますので、輸出価格も高くなります。それだけ国際競争力を失うことになるわけですが、しかしながら、たとえ国際競争をある程度減殺されるとしても、経済の論理からいえば、やはり公害の防除施設は企業の負担としてやらせるというのを本来のたてまえにする、基本にする。その上でもし必要とあれば、これだけはどうしても輸出振興のために伸ばしたいんだということがあれば、そのことを明らかにして、対策をとるべきではないか。 と申しますのは、今回の国際シンポジウムでも問題になったのですけれども、御記憶かと思いますが、昔一九三〇年代にソシアル・ダンピングということばがございました。これはダンピングではないのだけれども、しかしながら、日本の企業の労働者があまりにも低賃金で働いておって、社会的に十分のことを労働者に対してしていないからダンピングにひとしいのだということで、外国からソシアル・ダンピングの意味での規制措置がとられたことがございます。 また近くは戦後になりましてから、一九五九年ですか、ガットの総会が東京でありましたときに、綿製品の自主規制に関しまして、アメリカからの提案で市場撹乱という概念が出されまして、市場撹乱というのはダンピングではないのだけれども、たまたま相手国、たとえば日本から出します綿製品が急速にアメリカの市場に広がってしまって、しかも非常な低価格で売られて、よく調べてみるというと、日本における綿製品工業における生産性の伸びのほうが、賃金の伸びよりも高いということが認められる場合には、これは市場撹乱を形成するという規定が行なわれまして、その綿製品の自主規制の短期協定の中に——長期協定のほうがあとでできましたが、長期協定の中で、市場撹乱が認められる場合には、双務協定に振りかえることができるという条項がありまして、その結果、綿製品に関して、アメリカは双務協定でもって日本に対して、自主規制を要請してまいりました。それが現在の繊維製品の自主規制にまで及んできております。 現在の国際的な立場から申しますと、公害対策を十分にしないような企業の製品は、これはやはり一種のソシアル・ダンピングであるという考え方をとらねばならないと思います。ことに日本の場合は、まだ海に囲まれておりますために比較的問題が単純でございますが、ヨーロッパのように、どの国をおとりになっても、ヨーロッパ大陸の国は隣接をしておりまして、どこかで十分な公害対策をとらないと、他国にまで影響を及ぼすというような場合には、どうしても国際協定でもらて公害対策を十分にとらないような企業を規制し、そしてそれらの輸出品に対して規制を加えるという概念は出やすいわけです。まかり間違いますと、——まかり間違うといったほうが、あるいはその逆かもしれませんが、再来年のスエーデンにおける人間と環境についての国際会議におきまして出てまいりますことは、公害対策を企業が十分の措置を講じて防除するのでなければ、そういう企業の生産品を輸出する場合には規制を加えてもよいという考え方が将来出てくる可能性がある。私は、そういう可能性があるだけではなく、私としてはそういうことを主張したいのであります。 そういうことで、国際競争力の面でも、たとえ国際競争力を減殺されるといまでは思っておられても、将来の状態から考えると、よくも早くその手を打ったということで、かえって模範になると申しますか、そういうことになるのではないか、私は長期的にこの問題を考えるべきだと思います。
○浜田委員 またその問題については後刻お教えいただくことにしまして、先生に再度お伺いをしたいのでありますが、たとえば日本国内の産業構造を分析いたしますと、もちろん公害基本法の中に矛盾点があったのではないかという御指摘があったのでありますが、日の当たる産業と日の当たらない産業がある。特に中小企業、零細企業は、私は日の当たらない産業の中に入るのではないかと思うわけですけれども、そういう時点で日の当たる大企業、たとえば鉄鋼産業とか、そういうところにおいては比較的排気ガス等についても燃料再編成といいますか、そういう形で新しい八幡製鉄等もそういうものを使っております。しかし、日の当たらない産業側である——これは日の当たらないというおことばでお許しをいただきたいと思いますが、そういう側に対して公害基本法の精神を生かして、その中で国民生活の環境を守っていくんだ、だからそういう規制をするという結論をお出しになることはけっこうなんですけれども、弱小資本に対する政府の公害対策補助というものについて、私はやはり再度経済界もお考えをいただかなければならない問題だと思う。 そこで、その公害対策基本法の取り扱いの問題になるわけですけれども、実際問題として日の当たらない産業側にある人たちに対するそういう立法措置に対するものとして、自分の資本でやれない場合に、国家はこれに対して保護政策を認めるということは、今後の公害対策上の欠点になるであろうか、この点についてお伺いをいたしたい。都留参考人 お答えいたします。 私もその点を非常に心配をいたしておりまして、そこで私なりの解釈なんですけれども、公害対策基本法第一条の第二項の「生活環境の保全については、経済の健全な発展との調和」云々ということばですが、この「経済の健全な発展」というのは、中小企業がそのところを得て発展することの可能なようなという意味に実は解したいのです。それは必ずしも牽強付会ではないだろうと思うのです。これを立法されたときの趣旨は、あるいはそうじゃなかったかもしれません。しかし、よく考えてみますと、「経済の健全な発展」ということの中には、中小企業がそのところを得ておるように、日本の産業構造の中での中小企業の立場というのはよく考えてやらなければいけない。それが発展するように考えることこそ調和なんだというふうに解せないかどうか、これはむしろ立法された方々にお伺いしたい点なんです。おそらく最初はその意味に解しておられなかったと思いますけれども、今日となれば、そう解していいのではないか、ことに現在、おっしゃいましたように、中小企業の場合には、自分の資本力で防除措置を講じ得ないものが多うございます。その企業そのものの性格からして非常に規模が小さ——から、一つだけだったらほとんど何も被害をもたらさないのに、幾つかあるために——たとえばメッキ工場のような場合ですね。幾つかあるために被害を及ぼすという場合も生じます。そこで中小企業団地造成のための特別の援助措置なども現在行なわれているように聞いておりますが、私は、日本の産業構造の中でところを得ておる中小企業というものが公害を集団的に防除できるような形で、中小企業団地の造成に政府が力を入れるということは非常に重要なことだ、こう考えております。
○浜田委員 続いてお伺いをしたいのでございますが、たとえば人間の住む住宅行政そのものが、現在の開発行政の中で非常にしいたげられている。聞くところによりますと、アメリカではアメリカ公害局が——連邦公害局だと思いますけれども、実際にモデル都市をつくって、人口六千と聞いておりますけれども、その中には車の排気ガス公害もないように自転車と歩道、それだけの都市があるというふうに聞き及んでおるわけであります。 まず、具体的にお伺いしますが、第一点として、日本政府としてももうこの辺でたとえば公害省あるいは公害局ですね、そういう単独に——現在の場合は通産省なりあらゆる省が協議の上でやっておるわけでありますが、そういうもので人間の住む、生きる環境、都市ですね、そういうものをつくる必要があるのではないかと私自身考えるのですけれども、たとえばモデル都市一つつくる場合にも予算がかかるということで、なかなかこれが困難だと思いますが、そういう点についてたとえば国際会議において、他国においてそういう例があったかどうか、この点を一点。 第二点目の問題としては、先ほど御説明をいただきました国際空港とか、そういうものをつくる場合においては、騒音問題は国民の総意を得てから、そういう納得をしていただいた上でそういうものは建設すべきである、こういう御意見があったわけであります。現在、私どものところで、成田空港を建設しておりますが、当初九十ホンは人体に影響を及ぼす、豚が子供を生まなくなる、そして人体に身ごもる場合、その受精といいますかそういうものが正しく行なわれなくなる、鶏は卵を生まなくなる、そういうようなことでいろいろあったのでありますが、そういう騒音規制の問題ですね。たとえば空港を建設するにあたって、世界各国における騒音規制は何十ホン以下におさめているのだ、だからそれをオーバーする場合にはこれは空港は建設いたすべきではないというような議論が、そういう国際会議においてされていたかどうか、この点をお伺いしたいと思います。 というのは、私自身も、たとえば現在英国における、あるいはフランスにおける空港建設の状態、あるいは西ドイツの空港建設の状態を見ても、率直に言って日本の状態と状態が違いますね。というのは、用地買収あるいは決定にあたっても、日本の場合は非常にむずかしい状況にあります。しかし、これは文明の利器でありますから、建設をいたさなければならない。その場合に、たとえば騒音は何十ホン以下という規制を、これは経済界で、あるいは学者グループで、あるいは政府できちんと定めなければならないと思う。そういうものの規制が世界の統一的な見解として、国際会議の場で論議されたことがあるかどうか。とりあえずこの二点をお聞きします。
○都留参考人 お答えいたします。 第一の点でございますが、御承知のようにニクソン大統領がことしの二月に環境汚染に関する教書を出しまして、アメリカ政府などが画期的と言ってよいくらいの規模で環境問題に対する関心を高め、行政的な機関も拡大いたしました。ことに特徴的なのは、今年度の予算の中で、連邦政府が出します研究調査関係の項目が、軒並みに落ちているのに対し、環境問題だけは一挙に二、三倍になっているというぐらいな意気込みで、いわゆる環境問題に対する関心はアメリカで急速に高まりました。諸外国におきましても、その他ヨーロッパ諸国においても、環境問題については相当の行政的な機構ができておるわけですが、日本の場合にはいわば縦割り的な状況になっておりまして、私どもの個人的な考えといたしましては、非常に大胆な提案でございますが、この際農林省はみずからをアウフヘーベンされまして、環境保全省とでもなって、農業という、どちらかといえば防衛的な立場を常にとらなければならぬ仕事をするよりは、環境保全という、より積極的な仕事を、日本の自然を守るという形でやる官庁として再生されたほうがいいんじゃないかぐらいに思っております。それほど大胆なことはそう簡単にできないだろうと思いますけれども、現に蚕糸局なんというのはそれほどの役を果たさなくなっているとか、そういうふうに、だんだん産業構造の変革につれて役割りというものは変わってきておりますから、この際行政機構の面でもかなり大胆な発想があってしかるべきではないかと思われます。 第二の御質問でございますが、今回の国際会議は社会科学者の会議でありますので、どの程度の騒音が人体ないしは生物に被害があるか、国際的な統一基準はどの程度がいいかというようなことは、実は私ども専門家でもなく、その点の論議はございませんでした。ございませんでしたけれども、むしろわれわれのほうは、騒音の問題に関しては、自然科学者から与えられたいろいろな技術的な情報を基礎にして、もし自然科学者がこうだとおっしゃるならばそれをもとに、法律の上であるいは行政的にあるいは世論に訴える上で、どういうふうに規制をする措置を講じたらよいか、という形の議論でございますので、せっかくのお尋ねでございますが、私ども専門の立場からは、どの騒音水準が一種の限界水準だというような話は出ませんでした。
○浜田委員 私は、何か時間がないようでありますので、機会を与えていただいたのに非常に残念でございますが、また個人的に御指導いただくということにいたしまして、最後にもう一点だけお伺いします。 たとえば、いま関東においても電力供給が非常に不足しておる。たまたまいま千葉県の名洗の近所でありますが、そこにまた東電が進出をしたいということで、もちろん東京都条例と同じような規制ですね。たとえば油は高等なものを使う規制、そういう形で現在条例も持っておりますけれども、ただそれだけでは亜硫酸の防止にはならない点があるわけですけれども、そういう場合に、一つでは、国が九十九里開発、そこに大きな観光センターをつくろうとしている。片方ではそういうものが必要だから、関東近県で各県が東電を誘致するところは全然ないわけです。そういう場合に当然、そこからは完全に公害が出ないのだという立証が与えられない限り、そういうものは認むべきではないのかどうか。これは率直に後ほど先生にも具体的な実例をお示しして御指導いただくことにいたしたいと思いますけれども、政府の一つの政策の中で、そういうものも具体的な実例として出ているわけなんですけれども、そういう場合、現在の電力会社から排出される亜硫酸、そういうものに対してはどのような方策をとることが最大の措置であるのかどうか、これを一点お伺いしたいと思います。
○都留参考人 ただいまの御質問でございますが、私は現に中部電力の四日市火力でパイロットプラントの形でやっております脱硫装置、これは三菱重工業が開発したとか伺っておりますけれども、そういう脱硫装置をもっと普及すれば、現在日本が購入する大部分を占めております石油資源を使いましても、われわれが考える許容限度内の環境基準を守ることができると思います。そういうような脱硫装置がどんどん開発されておりますので、技術面での開発を並行させて行ない、そういう防除装置に対しましては、先ほども申し上げましたように企業の負担とする。しかし、それでも個々につくりたいという場合には環境基準を侵さない限り認めるという方向でいけば、私は脱硫技術の進歩とあわせて、決してそうむずかしい条件を産業立地に対して課すことにはならない、こう考えております。私、専門家じゃございませんが、技術開発の面では、たとえば味の素とか、倉レが開発いたしました日本のビニロンとかいうようなものに打ち込まれた情熱と長年の努力、それと同じくらいの情熱と努力を公害防除の技術に日本の科学者がつぎ込めば、おそらくは相当のことができるのじゃないか、現在までのところその努力が足りなかったのじゃないか、そういうことを奨励し刺激することこそが国としてもなさるべきことじゃないか。確かに産業公害を起こす産業などは多いのでございますけれども、それを防除するための技術開発というものがいままでおくれておったのじゃないか。その点を考えますと防除技術の開発とあわせていく限り、そして環境基準をはっきりと確定してその範囲内で誘導していく限り、私は日本の産業立地の上にそうむずかしい制約を加えることにならないと予想いたしております。
○浜田委員 どうも時間をいただきましてありがとうございました。ひとつこれは御要望申し上げておきますが、また何かの機会に、私は一年議員でございますので、機会がありましたらひとつ御指導いただきたいと思います。 特に問題は一点あるわけでありますが、現在の日本国の産業界の、たとえば繁栄の基礎をなすものはアメリカ資本でも何でもない、アメリカ支配でも何でもない、ただ終戦直後から日本国の産業が繁栄するために必要な能力、アイデア、そういうものをアメリカから相当高価なものを出して買ってきた。そういう中で、公害問題だけを買い忘れた、そういう能力を自由主義陣営から買い忘れた結果ではないだろうか。そこに横着な、心があったのではないだろうかと私は考えているわけですけれども、率直に申し上げまして私はまだ若僧でありまして、そういう具体的な追及までいたしておりませんが、最後に先生から、私の考えであるアイデアは買った、しかし公害に対するアイデアを買い忘れた結果が現在の日本の公害対策の立ちおくれではないだろうかという考えが正しいか正しくないか、これをひとつお伺いして終わらしていただきます。
○都留参考人 アメリカ自身でも、公害防除技術は技術といたしましてはそれほど進んでいなかったと思います。むしろさっきのピッツバーグの例にありました市民運動としての盛り上がりのモデルはございますけれども、技術開発の面で特に日本が買い忘れたという点はないように私は思うのです。現に公害に関しましての末端機器、つまりいろいろのものを計測いたします機器などの開発の面では、あるいは日本のほうが現在進んでいるのじゃないでしょうか。日本の困難は、いかにも住宅と工場とが近接しておりまして、四日市をごらんになると一番明らかなんですが、私ども子供のころ白砂青松の海岸としてよくたずねましたあの高浜町の付近が、現在は埋め立てられて四日市火力なんかがあるわけですが、あの四日市火力と道をへだてた少し内側に、昔できました高浜町の市営住宅がそのまままだ残っております。これほど住宅と工場が近接混在しながら工業が発展した国というのは、世界にあまり例がないと思うのです。そういう困難が日本の場合にはありまして、技術を買い忘れたというよりは、むしろ日本自身の持っておるこの過密状況が問題を一そう深刻にしているのじゃないか。それらの研究のために、巨大加速器が大きければ大きい低どよいというのが基礎物理学者の意見でございますが、公害研究のためには、あたかも巨大加速器が大きいかのごとく日本の公害現象というのは世界に冠たるものを持っておって、したがって、公害研究の舞台としては日本が一番先進国たり得る状態にあるといって過言ではないと思うのです。したがって、むしろアメリカから買い忘れたというよりは、日本の学者が怠慢であったといったほうがいいんじゃないかと自己反省いたしております。
○浜田委員 ありがとうございました。 委員長、お時間をいただきましてありがとうございました。感謝申し上げます。
○加藤委員長 島本虎三君。
○島本委員 どうもほんとうに貴重なる御意見ありがとうございます。 その中で一、二ちょっと伺いたいことがあるのです。このシンポジウムに参加されました各国の学者でございますが、終わってからまたいろいろな施設や町を視察された、こういうようなことも聞いておるのであります。いまおっしゃいましたように、いわば公害の先進国である日本であります。こういうようなことから、いわば外人の、経済学者の目に映った水俣病やイタイイタイ病や富士市の大気汚染による公害、こういうようなものに対して、どういうふうに映って、これをどういうふうに理解して、これに対してどういうふうなアドバイスを残されたのか、これをちょっと伺っておきたい、こう思っておるのですが、お願いいたしたいと思います。
○都留参考人 お答え申し上げます。 今回の国際会議に参りました学者の中で、水俣まで参りましたのは一人だけで、ハンガリーのホックという学者でございますが、そのほかの全員が東京を視察いたしまして、富士市も現地視察いたしまして、四日市を見、また大阪も見たわけであります。そのほか神通川のイタイイタイ病などに関しましては、文書の形で説明したものを用意いたしまして読んでもらいました。それから水俣病に関しましては、九州朝日放送が作成いたしました水俣病に関するフィルムを見せました。 そんな関係で、ある程度の具体的な知識を与えたわけでありますが、ほとんどの外国の学者、と申しましても大部分が社会科学者でありますが、やはり一斉に驚きましたことは、これは産業革命時代の産業災害じゃないか。つまり産業革命の時代と申しますと十八世紀であるわけですが、産業革命時代の産業災害に類するものじゃないか。現代の社会にこういうことが起こったということは、ちょっと理解しがたい。 特に水俣病に関しましては、そういう発言が強くあったのです。しかしよく振り返ってみますと、そういう外国の学者も有機水銀による被害というのが方々でぼつぼつ出始めましたので、一体どうして日本の場合に、有機水銀の被害がこれほどきびしい激しい形をとるのかという検討をいたしました。これはやはり日本人の食習慣から申しまして、まあ小さい魚を食べたり貝類を食べたりする、そういう魚や貝類にたとえば有機水銀とかカドミウムなどが集積的に生物学的な集積作用をするという食習慣との関係で被害が大きくなったということなどの認識も深めたと思います。 まあ富士市の場合にはやはり大気汚染だけでなくて水の汚濁、悪臭などが重なっておると思いますけれども、住宅と工場との近接が一番の原因じゃないか。これくらいの廃液を流す製紙工場は世界で幾らでもある。幾らでもあるのだけれども、その流す廃液が住民の住んでいるところに近く効果をあらわすという状況を避けるように産業立地ができるのに対して、日本の場合にはどうしても人間の住んでいるところの中に工場ができて、そしてその工場の廃液と人間の住民とが近過ぎるのじゃないか、この点はやはり日本の特徴的な過密状況が原因じゃないだろうか、日本の特殊事情が重なっているんだという認識があったと思うのです。
○島本委員 ありがとうございます。 それで、なお当産業公害対策特別委員会では、またその他のいろいろな状態を通じまして、いま問題になっても解決できない、基準もできないのが悪臭、においなんです。こういうようなにおい等について、何か御議論がございませんでしたでしょうか。ありましたら、少しその辺また御報告願いたいと思うのでございますが……。
○都留参考人 悪臭の問題については、私どもの国際シンポジウムでは特に専門的な議論はございませんでした。ただ富士市を視察いたしましたときに、一部通りますとかなり鼻につく個所がございます。そういう体験はいたしまして、これは公害の一部であって、この問題に対する対策も大事だという雑談的の議論はありましたが、これを専門的な立場からどういうふうに考えるかという討議は、われわれの間ではございませんでした。
○島本委員 いままでいろいろ御報告があった中で、やはり資本主義の国での公害対策の進め方と、いわゆる社会主義の国での公害対策の進め方とでは、経済情勢はもちろんですけれども、その政治体制の違い、こういうものから、公害対策がどういう状態で防除的な見地から施策されるか、こういうような点で違いがあらわれてくると思います。また、考え方についてもこれははっきり違いがあらわれるのじゃないか、こうも思います。またそれはもう全然議論にならないかもしれないと思うのでありますけれども、この体制の違いを学者の公害対策に対する意欲とあわせて、どちらのほうの経済体制でどういうようにしたらいいか。資本主義の国の場合ではもちろん困難であるとか、社会主義の国の場合では容易であるとか、こういう技術的な関係だけじゃなしに、持っている体制そのものの中から、この公害問題に対してどういうふうに受け取って対処しているのか、こういうのがございましたら、この際でなければ聞けませんので、ひとつ御発表願いたいと思うのであります。
○都留参考人 ただいまの御質問でございますが、今回の国際シンポジウムではソ連、ハンガリーそれからユーゴスラビア、まあユーゴスラビアは社会主義圏といっていいのかどうか私はっきりいたしませんが、大体ソ連圏の学者が三人それからポーランドの人が一人おりましたから、四人になりますか、おりまして、アメリカの専門家からソ連の公害事情についての報告などがございました。アメリカの専門家はロシア語のよくできる人で、ソ連の地方の新聞や雑誌を非常に綿密に調べて、いかにソ連にも公害現象がたくさんあって住民が不平をこぼしておるかという事例を並べ立てたわけです。それでかなりの議論になったわけです。公害のようなことこそ社会主義国がこれを防除して、防止してそれが起こらないようにできるはずだと思ったのに案外ではないかというので、議論になりました。ソ連の学者からそれに対する反論もあり、また日本の参加者の中からも、このアメリカの学者がやったほどの綿密さでもし日本の公害事情を新聞等から調べてリストをつくったとすれば、たいへんな量になるだろうというような指摘もあったわけです。 しかし、いずれにいたしましても、体制にかかわりなく公害現象は起こるという認識が多くの人によって抱かれたと思います。体制にかかわりなく公害現象が起こるけれども、いざ対策をとるとなると、計画経済の国のほうがとりやすい。土地が国有化されているだけでもやりやすい。たとえ資本主義の国といっても、土地の公有化の程度、こういうものの程度が大きければ大きいほどやりやすい。したがって、対策となると計画経済のほうがやりやすいのだという点についてもこれは意見が一致したと思います。 それともう一つ体制に関連がありますのは、やはり社会主義体制でも、経済の発展のおくれておる段階では、多少の公害はがまんしても経済を成長させたいのだ、住民にがまんしてもらうのだ、住民にがまんしてもらって、とにかく経済を発展させるのだというやはり計画によるがまんですね。計画によるがまんをわれわれは承知でやっているんだという答えもあったわけです。また、体制の違いとは申せませんが、低開発国の場合には、低開発国はどうしたって現在のぬかるみのような経済の低迷状況から早く脱出したいのだけれども、脱出するためにはやはり公害の現象などをあまり心配しておったのではできないから、できるだけ早く経済発展の機動力を発揮するため、公害のことはしばらくがまんするのだ、こういう見解もございました。つまり公害のことを心配できるのは先進国の特権ではないか。先進国の一種のぜいたくではないか。低開発国であるとか、なんとか生産力を伸ばしたいと思っておる社会主義社会の場合には、多少の公害はがまんしても、経済発展のほうへ、成長力を伸ばす方向へ持っていくのだ、公害のことを心配できるようになっただけ、それだけその国は生活水準が上がったのだ、こういうふうに見るべきではないだろうかというような意見もございました。 いずれにいたしましても、一番大事な点は、おそらく公害対策をいざやろうとなれば、計画経済の国のほうがやりやすいという点では意見の一致したことだと思います。
○島本委員 ありがとうございます。 なお、御報告にございました対策上の二番目の点に裁判、司法権の問題が重要な問題としてあげられている。日本でも最近になってようやく公害罪というものをつくる、現在の刑法の中で、一貫した中で取り上げられるのはむずかしいけれども、やはり現状からして、これを別個にでもして取り上げざるを得ないような情勢だということが国会内で議論され、そういうような大勢になりつつあるわけであります。それのためにも裁判所、司法権、こういうようなものが、他の国においてどういうような先例があるかというようなことにつきまして、ぜひともこの機会にお教えを願いたいと思うのですが、これはいかがでございましょうか。
○都留参考人 公害罪の問題に関しましては、私が申し上げましたように、特定的な因果関係の追跡が困難なところに公害現象の特徴があるため、私は犯罪として取り扱うことのむずかしい面があると思います。しかしながら、いざ訴えられてみますと、裁判所は結論を出さなければならぬ羽目にあるために、経済学者にはそんなものは計算できないといってお断わりすることができますけれども、裁判所はそうはできないわけです。東京都の地下鉄工事の騒音で訴訟がありまして、あれは六年くらい前でございましょうか、一九六四年でございましたか、隅田川の吾妻橋のほとりですが、住んでおった七名の方々に十二万円の賠償金を払った例があります。これはたしか東京地裁で判決があったのですが、七名の方々に騒音の被害として十二万円払ったのですが、どうして十二万円の計算を出されたか。経済学者が聞かれてもこれは答えは出ないのです。十二万円というのはお金でありますが、経済学者だったら答えないだろうところを裁判所のほうは答えざるを得ないわけです。それで十二万円という計算を出されて、東京都はたしか十二万円払ったのですが、そういうふうに司法府というのは、われわれ経済学者でさえよう答えない問題について、経済的な答えを出す羽目におちいっているのが現状だと思うのです。現にやっておられます公害裁判などについても、おそらく何らかの答えをお出しになるのだと思うのですが、そういう例がアメリカの場合には非常にたくさんございます。 アメリカの場合には公害に関連しての裁判が、特に騒音それから水の問題などに関して非常にたくさんの例がございまして、空港の騒音だけに関しても、関連の判例がおそらく戦後の時期に百くらいあるのじゃないかと思います。そういう種類のものは日本の法律、行政学者がもっと勉強して、われわれの参考にしなければならぬのだということを今度も痛感いたしました次第で、私ども経済学者から言うと、実に勇敢に答えを出されることに敬服すると同時に、司法府にわれわれが依存するよりほかないような事態が現実にあることを、一体、三権分立の立場から見てどう考えるか。公害というのはこの三権分立の問題に対してまでもつの新しいチャレンジを求めているんじゃないだろうか。昔流に、簡単に三権分立といっていたけれども、公害のような現象に対しては、日本の政治、法律体系の上から考え直すような問題を提起しているのじゃないだろうかという取り組み方を、私どもは今度もしたような次第でございます。
○島本委員 ありがとうございます。 だいぶ時間も経過してまいりましたので簡単にお願いしたいのですが、聞き漏らしたのかもしれないのですが、アメリカのあの例の中で、連邦政府の法律と州の条例でございますか、この矛盾に対して、アメリカはじめほかの国ではやはり同じような問題も起こっているんじゃないかと思います。この解決をどういうふうにしてはかったらいいか、それをお知らせ願えませんか。
○都留参考人 先ほど申し上げました例は、カリフォルニアの空港騒音に関しまして、カリフォルニア州の検事総長が出しました意見書をもとにして申し上げたわけです。この意見書は、ことしの二月に出されたわけですが、カリフォルニア州の場合には、州が所有権を持っている空港があるわけです。州が所有権を持っている空港に関しては、その騒音規制は、規制のしかたが連邦政府の法律とたとえ矛盾しても州政府はやってもよいという決定をしたわけです。ところが、州政府が所有しているという条件がついておりますので、州政府所有でない空港だ関しては——日本で申しますと、第一種の空港は国がつくるわけでございます。そういう第一種の空港などは、日本の場合にはどうしても国の法律と矛盾することは困難だろうと思います。しかしながら、地方公共団体が設置するために主導権を持ち、かつお金を出す上でも、大部分を出しているような空港の場合には、アメリカで申しますと、州政府が所有しておる空港というのに近いのじゃないか。そういう違いがいろいろございまして、そういう所有権の違いによって、規制のしかたの法律との矛盾ないしは対立という問題の答えを変えているということ、これがアメリカの場合にははっきりしているわけです。私はヨーロッパの事例は存じません。存じませんけれども、やはり法律と条例との関係という問題は国際的にかなりむずかしい、それぞれの国の事情に応じた問題として討議の対象になっているということだけは、今回のシンポジウムでも皆さんの話の中に出てまいりました。
○島本委員 最後になりますけれども、GNPと環境保全とのバランスの関係でだいぶ議論があったと聞いておりますが、この議論の経過と結論はどういうふうなことになりましたか、お教え願いたいと思います。
○都留参考人 一言で申しますと、GNP、つまり国民総生産と申しますのは、裏返しますと国民のお金の形で払う費用の合計であります。費用の合計だという側面に私どもはしばしば目をつぶってしまって、生産の面だけを問題にいたしますために、それが伸びることがいいことだというふうに誤り考える傾向があるようですが、費用がいたずらにふえることを好む人はあまりないわけで、公害との関連では、GNPの持っておる費用的側面、コストとしての側面を、もう少しわれわれははっきりと見きわめるべきだ。 費用がふえれば福祉が高いという種類のものもございます。たとえて申しますと、お子さんを大学へ通わせるためには費用がかかりますが、それだけお子さんを大学へ通わせるという福祉が得られるわけです。 他方、費用がふえることが福祉を高めるゆえんでない現象が幾つかあります。同じ福祉水準を維持するだけのために、ますます多く費用をかけなければならぬという場合などは、その例であります。東京都内の道路の混雑度を現状程度に維持するだけのために、あるいは排気ガスを現状よりひどくしないためにたいへんなお金をかける、いままでよりも二倍、三倍の費用をかけて高速道路をつくり、排気ガス対策をしたといたしましても、費用をますます多くかけてかろうじて従来までの福祉水準を保ったにしかすぎない。そういう種類のものが、多く費用をかける事柄の中にもございまして、費用をかければかけるほど福祉が高まるものには、費用をかけるのもけっこうですが、費用をかければかけるほど福祉が高まるどころか、逆に減るか、ないしは現状の福祉を維持するだけのために費用をよけいかけるようなものは、これは福祉の増加とはいえないので、GNPといわれるものの中で、二とおりに分けまして計算をし直すべきではないか。 したがって、GNPそのもののふえることをわれわれが喜ぶのは全く筋違いであって、経済学者は福祉という観点に立った場合に、GNPの計算のし直しをする必要があるという点では意見が一致したと思います。
○島本委員 どうもいろいろとありがとうございました。 私どももいまいろいろと産業公害の点で、諸外国の例からしていろいろ考え方なんかを統一してなるべく当たりたい、こう思っておった最中でございます。先生のいろいろな御報告は、だいぶ私どもの参考になりましたことを心からお礼を申し上げます。どうもありがとうございました。
○加藤委員長 細谷治嘉君。
○細谷委員 突然飛び込んできましたので、先生のお話を聞いておりませんでした。いま島本委員からの話もあったのですが、法律と条例との関係、具体的なアメリカのカリフォルニアの話があったわけですけれども、現実に四月一日から施行されました東京都の公害防止条例、これに基づく規則、こういうものが現実に問題になっております。数日前に東京都の公害対策審議会ですか、これが公害というものを排除していくためには法律を乗り越えていかなければならぬ、こういう意味の意見書を美濃部知事に出したという新聞記事も拝見しておるわけですけれども、法律学者によりますと、公害というのは人命に関係する問題なので、人命を守るという点においては、憲法九十四条の「法律の範囲内で」とか、あるいは自治法十四条の規定を乗り越えてもいいのだという意見もあるわけでありますけれども、現実に公害問題をやっていく場合に、この条例と法令との関連問題点というのが、単に東京都の問題ばかりでなく、多々出てまいっておると思うのです。その辺について、いま島本委員の御質問に対してお答えがあったのですけれども、もう少し具体的に、東京都の問題もありますので、先生の御意見を承りたいと思うのです。
○都留参考人 実は私がこの問題をお話ししたときに、この部屋においでにならなかったのじゃないかと思うのです。かなり詳しく東京都の条例が法律のきめるところよりもよりきびしくしている具体的な点なども申し上げました。 その際、私が申し上げましたことは、重ねて申し上げますが、国の法律というものがきめ得ることは、おそらく最小限これだけの基準は、日本じゅうどこででも守ってほしいという基準であるよりほかないのじゃないか。国が日本全体に対して言い得ますことは、鳥取県についても、あるいは青森県についても、鹿児島県についても、高知県についても、あるいは東京都についても共通して守ってほしいと思う最低の基準を、大気汚染防止法なんかできめます場合には、述べるほかないのじゃないか。それから閣議決定で硫黄酸化物の環境基準をおきめになりましたが、そういうものをきめる場合ですね。ところが、地域によっては特にひどい場所がある。たとえば四日市のように、住宅地と工場とが非常に近接して混在しているような場所では、ちょっと国の基準だけでは足りないんだということはあり得るんじゃなかろうか。国の基準だけで足りないと思う場合に、その地域の住民の要請もあって、地域住民がどうしてもここではこれくらいのきびしい基準にしたいということがあれば、地方公共団体がその地方公共団体の議会を通して、何らかのよりきびしい基準をつくるということが、公害問題についてあっていいんじゃなかろうか。これは私の意見でございます。 それで、現に問題になっておりますのは、東京都の公害防止条例と大阪府の公害防止条例が、その点で対象的でございます。大阪府の条例は非常に慎重に、国の法律よりきびしくしないような配慮がなされております。東京都の公害防止条例のほうは、国の法律よりもきびしくなっている点が幾つかございます。それが現在都道府県の公害防止条例の二つのモデルと申しますか、二つの可能性のあるやり方として、方々の県が両方を参考にし、どちらをとるかをいまきめつつある最中でございます。新潟県が最近出しました公害防止条例は、どちらかといえば大阪府の防止条例に近い。私は法律学者ではございませんので、法律上の問題点については専門的な見解を申し述べることはできませんけれども、公害問題に関する限りは、私の経済学者としての常識からいえば、国がなし得ることはこれだけは全国どこででも守ってほしいという基準を示すことであり、それに対してある地域の特徴的な事態からして、そこの地域住民がこれくらいきびしくしたいんだということをその地域住民の意思として決定した場合には、それほどきびしいものが出ることも差しつかえないというふうに私は考えます。
○細谷委員 申すまでもなく、東京都の場合には、国がきめておる基準そのものは——国がきめておる基準というのは、たとえば亜硫酸ガスについては煙突一本一本から排出される亜硫酸ガスの濃度、これを越えた基準を定めておるわけではないわけですね。工場全体から排出される量、そういうものについては、法律では基準がきめられておりませんから、住民の健康を守るのは一本一本から出るものではなくて、煙突が五本あればそれが重なってくるわけでありますから、公害問題はそういうものを対象としなければならぬ。しかし、個々のものについては、国がきめておる基準以下あるいはそれの九〇%ぐらいでいく、トータルはどうしても条例で押えなければならぬ、こういうことなんでありますので、私は法律に抵触しないのではないか、こういう考えを持っております。 同時に、東京都の条例自体も今日のこの段階においては不十分ではないか。言ってみますと、同じような工場が二つ並んでおったとすれば、煙突一本一本単位で押えておる国の基準というものがおかしいとすれば、工場単位で東京都は押えようとするならば、しかし、同じような工場が並んでおった場合には、その地域としてやはり押えていかなければならぬ。そこまでまだ東京都は規制していないわけです。その点では、環境基準を守っていくという点では、東京都のやつもまだ不徹底のそしりは免れないんじゃないか、こう思うのでありますけれども、現実には先生おっしゃるように、これだけは守るという最低基準ではなくて、法律がきめておる環境基準というものは最高の基準なんですね。そういうことになっておりますから、この条例は違反ではないか、こういう法律論争が起こってまいっておるというのが現実であります。 ですから私は、おっしゃるように最低基準を国がきめる、こういうことか、あるいは標準というものをきめてあとはやはり自治体でその環境に即応する、地域に即応するように、その上であっても下であってもよろしい、こういう地域の実情に即応できるように条例が制定できるようにしなければならぬのではないか、こういう考えを持っております。それでなければ公害は防げない、こう思っておるのですけれども、そういう点についてもう一度先生の御意見を承りたい。
○都留参考人 私も、いま最後におっしゃいました点に全く同意見でございます。国がきめ得ることは標準と申しますか、ある一つの条件を想定してその中で守られることが望ましいと思われる基準のようなものをきめまして、そして地方公共団体が住民の意思を反映してその地域に特徴的な状態を参考にしながら、その地域特有の今度は規制基準というものをきめて差しつかえないのじゃないか。それが法律に違反するからいけないということはどうも私どもには理解できないのですが、現実には法律学者の中から、東京都の公害防止条例は法律違反だという意見が出ておると伺っております。どうもその点の認識が法律学者自身、たいへん失礼な言い方ですけれども、不十分じゃないかという感じを持っておるのです。基準の問題ではなくてたとえて申しますと、先ほども申し上げましたけれども、発生源の報告義務の問題ですね。公害を発生させますいろいろな発生源がありますが、その報告を求めることにつきまして、国の法律では報告を求めることができる、こうなっておる。ところが、東京都の条例では企業は報告しなければならない、こうなっておる。これはたいへんな違いなんです。国の法律では求めることができるとしかいってないのに、都の条例でもって報告しなければならないというふうに義務づけるのは、これまた法律違反ではないか。これは基準の問題ではなくて、発生源情報を提供するかしないかという問題なのですが、そういうことなどにつきましても、私は、地方公共団体がこの地域ではそれだけのことをしないととても生活環境は守れないという判断をして、住民の意思がそれに反映されているならば、そこまできびしくしたって差しつかえないだろうという考えなんです。
○細谷委員 最後にひとつ、先生は学界のほうでたいへん活動されていらっしゃるので、私どもはお願いしたい点がある。 現実には、法律学者にも意見がありますけれども、やはり違反だという官庁あたりからの押えつけ、締めつけという形で、いろいろ地方団体も困っておるだろうと思うのです。ある雑誌にも書いてありましたけれども、大体法律というのは、条例ができて何年かしてあと取りをしていくわけです。そして地方団体がそのために困っておるという例が、東京都ばかりではなくいろいろ例が出てまいっております。よくいうように、法律では何にも規制してないで、そうして公安条例で、法律では適法であるけれども公安条例で違法だ、これはおかしいじゃないか。ところが、条例では合っておって法律では違法だ、こんなようなのはおかしいじゃないか、こういういろいろな矛盾が起こってきております。私は、その一番問題点が今日公害にあるのではないか、こう思っておりますので、ひとつ経済学者、特に公害問題に非常に関心を寄せられております先生のほうでも、学界等においてこういう問題についてひとつ真剣に取り組んでいただきたい、こういうことをお願い申し上げまして私の質問を終わります。
○加藤委員長 小川新一郎君。
○小川(新)委員 どうもたいへん長い間お疲れさまでございますが、二、三お聞きして終わらしていただきます。 私は、先生は絶えず土地問題、都市問題に非常に御権威であらせられまして、またいろいろなそういった書物等を読んでおりますが、公害が発生するのは、やはり都市問題の中でも土地の私有制度、こういう問題が非常に大きなウエートを占めている。そのための都市計画とか、都市再開発とか、土地利用計画、こういうものがいまの日本の都市問題の中で思うように解決が進んでいかない。そこで、当然金のある者が土地を買い占める、そういった土地利用区分なんどいうものもありますけれども、そのサイドの住民は産業優先、利潤優先の現資本主義体制の中では、土地問題の解決がないために公害が起きていくのだというように私理解しておるのでございます。この辺のところ、先生の土地に御関心の深いお立場から、公害問題と結び合わせた御意見をまずお聞きしたいと思います。
○都留参考人 土地私有制度を前提といたしました場合でも、都市計画に関する手法が徹低しておりますればかなりの改善の可能性があると私は思いますが、現在の日本の場合には、土地私有制度になっているばかりでなく、都市計画におきまして用途区分の問題の扱い方が非常に不徹底でありますために、公害問題の対処のしかたが一そう困難になっていると思います。一例を申し上げますと、四日市などの場合、高浜町のことを先ほど申し上げましたが、高浜町は一丁目、二丁目合わせて全面積どれくらいでございましょうか、せいぜい千坪くらいじゃないかと思うのです。もしもあの四日市火力その他あそこにコンビナートができました段階で、市営住宅の人たちに、もうここは住むところじゃないんだから、山のほうへ、いまの土地の二倍くらいのところを差し上げるから移ってくれないかということが出たとすれば、これは一つの案だったと思うのです。集団移住ですね。集団移住を可能にする条件というのは決して簡単じゃございませんが、しかし、事態があの高浜町くらいひどくなりますと、住民の中から、もう数年前から集団移住の声が出てきたわけです。ところが、集団移住をしようと思う場合には、土地の問題でつかえてしまうわけですね。ですから現在の日本の場合には、急に土地私有制のことを変えることはできないでございましょうが、工業都市として発展するような都市はある程度公有地を保有いたしまして、その公有地を代替地として使い得るような準備をしておくべきじゃないか。そんなところにも土地私有制がもたらす問題点というのは明らかに出ているわけです。 富士市を、私ども外国の学者と一緒に視察いたしましたときにも、外国の経済学者が第一に住民に聞きましたことは、この大昭和製紙とやらの会社の社長はどこに住んでいるか、重役はどこに住んでいるか、従業員はどこに住んでいるかという住宅の位置をまず地図の上で示してくれという質問だったわけです。そういう質問のしかたは社会科学者だからこそだったと思います。ところがよく聞いてみますと、重役の方たちははるか市外か郊外のほうにおられて、従業員も比較的離れたところにおるけれども、やはり古くからの住民が一番被害をこうむっておるという状況が明らかになった。そうだとすれば、大昭和製紙が発展する過程で、土地の利用区分をもう少しはっきりと確立すべきじゃないかということが、強く言われました。ですから土地の私有制を前提といたしました場合でも、土地利用区分の問題についてもし強力な措置をとることができるならば、何がしかの救いにはなるだろうと思うのです。
○小川(新)委員 そういたしますと、土地利用基本法のようなものを早急に法制化いたしまして、地価の安定というものをまずはからなければ、住民はお金との相談でございますので、そういった点で、公害との結びつきというものが解決できないのじゃないかと思うのでございます。その点先生は、どのようにこの地価の安定と結びつけて——ちょっと話が飛躍するようでございますが、私、どうしてもその点を都留先生からお聞きしておきたいと思ってきょう待ちかまえておりましたので、お願いしたいと思います。
○都留参考人 産業公害特別委員会で地価安定の問題が議題になって差しつかえないのかどうか私存じませんが、確かにある程度関係はあるわけで、地価安定のために土地利用基本法のようなものが一番いいのかどうか、これは私は必ずしも早急には答えられないと思うのです。一番いいのは、少なくとも市街地の土地につきましては土地公有制度だと思うのです。これは、日本国憲法が設定されますときのマッカーサーの原案の中には、日本の国土は国民のものだという条項があったのを、日本政府が交渉されてあれを除かれたわけですね。そのかわり現在の憲法の中では、公共目的のためには私有権をある程度制限することができるような条項が入っております。一番いいのは、そういう私有権の制限をはっきりさせることだと思うのですけれども、それがもし困難だといたします場合には、やはり東京都のような場合、あるいは工場のあります産業都市、大都市の場合に関しましては、少なくとも土地の値段というものを時価評価に近づけて、そして固定資産税を課すことにより土地利用を合理的な方向に引っぱっていくことだと思います。いかにこの問題が公害問題と関係あるかということは、今度のニクソンの環境汚染教書をごらんになりますと、かなりなスペースをさきまして、土地利用を合理的にするためには、土地の持っている値打ちがはっきりと合理的にあらわれるような方式が大事である。たとえ官庁が利用しておる土地であっても、現在は固定資産税を免除されまして払っておらぬわけです。あるいは国鉄なんかが利用している土地でありますと、固定資産税は払わぬけれども、一種の納付金を払っているわけですが、これは固定資産税のはるか何分の一のものしか払わない。しかし、土地の利用というのは非常に複雑な関連を経済現象全体との間に持っておるので、たとえ官庁敷地であっても、固定資産税に該当するものを計算上はちゃんと払って、そしてこれくらい高いところにかくかくの官庁は位置しておるのだということを明らかにして、そしてその土地利用が合理的にいくようにすべきだ。これは経済学者からいえばきわめて常識的な原則なんですが、それがまさに今度のニクソンの環境教書の中にも出てくるのです。私は土地利用の合理化の第一の前提は、その土地の値打ちというものがだれが利用しておろうが明らかにされていて、その値打ちに応じた固定資産税というものが払われるか、計算上計算されるかして、それによってこれを使おうとする人、使い方を変えようとする人はどういう基準でもって判断をしたらよいかがわかるようにする、これが第一じゃないかというふうに考えております。 地価対策の問題は非常に大きな問題で、おそらく本委員会の御審議事項ではないと思いますので、たいへん恐縮でございますが簡単に申し上げます。
○小川(新)委員 たいへんありがとうございました。私も公害と関連して土地利用区分ということでお聞きしたわけでございますので、ただいまのような貴重な御意見を承って非常にありがたく感謝しております。 最後に一点。資本主議経済体制の中にあって公害を防止していこうとするには、現在のような資本主義の中にある経済観とか価値観、こういうものを変えていかなければ、公害防止という点については十二分な成果がおさめられないのではないかという点を私感じておるわけであります。先ほど先生のお話の中で、企業にその責任を転嫁するということになりますと、製品に当然はね返ってまいります。これはコスト高になってくる。そうしますと、消費者は公害防止のために製品としてまず支払っていくという点が一つ。 それからもう一つは、地方公共団体や国にわれわれ税金を納めておりますから、その中の公害対策費というものが予算計上されてくる。そうなってまいりますと、私ども国民消費者は、消費の面で公害対策費を支払い、なおかつ税金の面で一般会計の中からもそういうものを支払うということは、私は二重の公害対策費を国民に課していくように思えるのであって、その点企業に対しては非常に有利なように思えるのでございます。そういう点が一つ。 三点目は、EDということばが出てまいりますが、環境汚染から環境破壊というのが、量より質ですか、こういう量もふえてくる、その量は質をさらに深刻なものにしていく、こういう点でかしら文字でEDということを国際シンポジウムでお使いになっておりますが、今後公害の基準を測定する上に、こういったEDという文字を使っていくのかどうか、これが基準になっていくかどうか、この三点についてお尋ねいたしまして、私の質問を終わらせていただきます。
○都留参考人 第三の点から先にお答えいたします。 EDというのはエンバイロンメンタル・ディスラプションの略でございますが、ことばが長いものですからEDというふうに言いならしてしまっております。EDではわからぬだろうということを言う人がございましたが、皆さん御承知かと思いますが、VDということばがございまして、VDというのはベネレァル・ディセーズですが、性病の略ですね。VDといえば、英国語ではだれにでも通ずるわけです。それと同じように、EDといえば、現代社会の病気なんで、だれにでも通ずるようにしていいのじゃないか。ただ、そのことばの内容をエンバイロンメンタル・ディスラブション、つまり環境破壊というふうにとるか、エンバイロンメンタル・ディテリオレーション、悪化ですね、悪くなる、そういうふうにとるか、とにかくEDならどういうふうに解されてもかまわないから、EDにしようという話になったわけです。ただ、将来ことばがこれに統一されるかどうかということは、いまだ疑問でございまして、むしろ日本語の公害ということばが一番簡単明瞭であっていいんじゃないか。ちょうど財閥とか全学連とかいうことばが外国にも通用いたしますが、それと同じように、公害を世界に通用させていいんじゃないかという説を外人の方から言ったほどでございます。 第一点、価値観が変わるべきではないか。これは大それた形でわれわれの哲学的な価値観云々ということよりは、経済の成長率、先ほどもどなたか御質問がございましたが、GNPで計算された成長率が高ければ高いほどいいのだという考え方がもし価値観であるならば、これは当然変えるべきである。GNPというのは、経済学者の特別の約束でもって計算している数字でしかないので、それがふえることがいいことだというのが一種の価値意識であるならば、これは変えなければならない。その点は明瞭だと思います。お金ではかれないものが失われていく。 それからもう一つは、マーケットで消費者が自分がほしいということを示すことのできないものが伸びない。この点は重要だと思うのです。公園がほしいという気持ちは、東京都の住民だれでもが持っていますが、これをマーケットでもってほしいという形で登録することができない。たとえば週刊誌を買いたいと思う人は、何百という種類の中から買うことができる。しかし、公園がほしいと思う人は、お金を払う意思があっても、その自分の希望をそこへ登録することができない。そういう事態に対して、公園を提供することがやはり地方公共団体なり国家なりの重要な役目であるというふうに認識することが、価値観の変革ということであるならば、これも必要だろうという点で、やはり公害問題に関しましては、価値観の変革という点は、そうした具体的な問題との関連で今回のわれわれ多くの学者の一致した点でございます。 先ほど御質問の第二の点ですが、二重の支払いになるのじゃないか。製品そのものに公害対策費が入っていてそれだけ高くなってきている。もしその製品を買われる方は、そこで払っているわけです。しかし、高くなったから買わないという人は、払わないわけです。たとえばもし自動車を買うときに、自動車の値段の中に、自動車に関連して生じます社会的費用を全部コストとして計算しまして、自動車が百万円じゃなくて三百万円だといわれたら、買わない人がたくさん出てきます。ですからこの場合には、公害対策費が入っているために高くなっただけ、買う人は減ったわけです。そういう人は買わないわけです。たとえば私は自動車を持っておりませんが、もしも百万じゃなくて三百万ということなら、なおさら買わなくなるわけです。したがって、自動車で排気ガスを出すという公害的な行動を私自身はとらないわけですね。値段を高くすることによって、ますます多くの人が公害を引き起こすものを買わなくなるという点があることは、まず御注意いただきたいと思うのです。 しかし、物によっては買わざるを得ないものがあるわけです。たとえば電力、これは買わざるを得ません。したがって、電力がそれだけ高くなれば、消費者は電力料金の形で公害防除費を払います。公害防除費を払っただけ、それだけ国ないし地方公共団体が防除費を払う必要は減るわけです。ですから、二重払いとおっしゃいますのは、同じことのために企業が出しました公害防除費を、企業も払い、それを転嫁されて消費者が払い、同時に国が企業に対してその援助をしたということになれば二重になりますが、もし電力会社が自分で公害防除費を全部払ったとすれば、国は企業に対して援助する必要はないわけです。したがって、企業に対してはその場合には何ら公害防除の援助はしないというたてまえです。しかしながら、国が援助をしないで企業がみずから防除費を払って物の値段を高くする形で防除のできるものと、そうできないものがあります。そうできないものに関しましては、国かあるいは地方公共団体が、一般財源を使って防除措置を講ずることになりますので、その場合にはわれわれは税金の中からそれを払うことになりますが、税金の体系が累進化しておればおるほど、金持ちのほうがよけい払うというかっこうになって、被害の程度がもし住民共通であるならば、そこで累進課税による福祉効果というものがあらわれる。したがって、公害の性格によりましては、一般会計なり地方公共団体なりが、累進課税を基礎にした租税収入でもってやったほうが、国民福祉の立場になるのだということがはっきりしている場合には、そうすべきでありましょう。そういう形で払う税金と、企業が自分で公害防除をしたために物の値段が高くなって、それだけわれわれがよけい払うことになった——買うという前提でですよ、買わなければ払わないわけですが、買うという前提でよけい払うことになった場合の出費とが重複することは、私はないと思います。二重の支払いということにはならないと思います。
○加藤委員長 藤田高敏君。
○藤田(高)委員 予定の時間もきておるようでございますので、簡単に御質問いたしたいと思います。 すでに前者の方々から質問をされたことにも関連をするわけでありますが、いわゆる公害防止の規制措置について、これはむしろ私ども立法機関に携わっておるものが考えるべきことかもわかりませんけれども、私自身の選挙区で具体的な問題が一昨年起こったわけであります。アルミの製造過程で弗素ガスが発生をして、具体的に農産物に相当大きな被害を及ぼした問題が起こったわけでありますが、この問題を通じて私自身非常に疑問に思っておりますことは、なるほど会社は、その公害の発生源については認めたわけです。認めてさっそくその公害防止のために万全を期すということで対策を講じたのでありますけれども、翌年また引き続いて、その公害の被害の程度はともかくとして、連続被害が起こった。こういうことになりますと、企業家の常識というか、企業家自身のそういう公害防止に向けての善意を信頼する以外に地域の住民としてはたよるところがない、こういうことになろうかと思います。そういうことでは、いまの企業家のモラルというか事業家の考え方からいって、完全に公害を防止することは困難であろう。そういうことになれば、先ほど東京都の条例の問題も出ましたけれども、私は、完全に公害防止がなされたという保証条件が第三者機関を通じて確認されるまでは、その工場の操業を停止する、操業停止をさすという強い法的規制を加えなければ、住民の生命と健康は守ることができないのじゃないか。そういう立法措置を講ずることについての考え方ですね。そういう立法規制措置が諸外国においてとられておるとすれば、そういう事例をひとつ御説明いただきたい。
○都留参考人 いまのお話の場合は、おそらく発生源が特定できる場合だと思います。発生源が特定ができる場合でも、最近までの日本の国内の事情では、なかなか発生源者が自分の責任を認めたがらないという事実がございました。一番その点でしこりを残しましたのが新日本窒素でございます、水俣病の例でありますが……。 それで、諸外国では発生源情報というものを非常に重要視いたします。発生源情報と申しますのは、たとえばいまのような弗素ですね。それから新日本窒素の場合であれば有機水銀である、それから四日市であれば硫黄酸化物であるとか、その他製紙工場の廃液の問題とか、つまりどれくらいの操業をすればどれくらいの廃棄物を出すかという発生源の情報を、どこか公害規制センターというようなところではっきりと把握することを可能にする、これを義務づけると申しますか、そこまでいかないと公害対策というのは有効にならない。その点はおそらくいまや世界の常識だろうと思います。 ところが日本の場合には、発生源情報を把握するという点が非常におくれております。少なくとも私の知る限り、先進国の中では発生源情報の把握の点で日本が一番おくれているんじゃないかと思うのです。一つには過去十五年間にわたる高度成長の過程で、企業がお互いに競争して、設備拡張に狂奔いたしましたので、何とか自分の企業の設備を拡張しようと思う場合には、通産省なんかに対しまして設備拡張の申請をいたしますが、その際に、現在行なわれておる操業の状況が客観的にわかってしまうとかえって不利になるという場合があり得るわけであります。発生源を教えますと、どの程度の操業をしているかということがわかってしまう。そうすると通産省のお役人さんから見ますと、なんだ、あなたのところは現在だって一〇〇%の操業をしていないじゃないか、七〇%しかしてないじゃないか、それだったら設備拡張の必要はないじゃないかといわれますので、それで企業としては設備拡張はしたいけれども、発生源情報を教えてしまえば認可がおりにくいというような事情がありまして、なかなか発生源情報を発表したがらない、そういう事情もありますので、私は発生源情報を把握する点で、日本が非常におくれておったことも、公害対策の上のマイナスになっておると思います。 ですから第一になすべきことは、さっきおっしゃいましたような操業停止ということの前に、私は発生源情報の公開という点が第一に言わるべきじゃないか。その上で今度は規制措置が行なわれるわけですが、規制措置には幾つかの段階がありまして、現在の東京都の条例のように、工業用水の供給を停止することができるというような形の規制、これはまずあり得ると思うのです。操業停止という非常にドラスティックな措置はおそらく最後のことになるだろうと思います。それから低硫黄を燃やすようにせよという命令権とか、いろいろな形の対策というのが幾つかありまして、ようやく最後になってそうした操業停止というところへ行くわけで、諸外国の例を見ましても、まず発生源情報を把握するというところに重点があるように思います。
○藤田(高)委員 考え方は非常によくわかるわけですけれども、やはり本質的にもうけ第一主義の今日の企業体系の中では、操業を停止するという権能を法的に保障しなければ、これは実際問題として公害防止をやる企業家というものはふえないのじゃないだろうか。たとえば私は非常に俗な言い方ですけれども、飲食店あたりで伝染病が出れば、これは完全にそこでそういう伝染のおそれがないという状態が保証されるまでは、個人のそういう営業でさえ停止をされるわけですね。これと同じ理屈で大企業にもそういった強力な規制措置というものが必要じゃなかろうか。問題は、ことにいま私が言いましたように、公害発生源がはっきりしているところは少なくともそういう前提に立って、そしてこの公害が完全に防止できるという保証条件が整備できるまでは操業をやらせない。また権威ある公的機関がそこの調査をしていく、そしてそれを確認がなされるまでは、やはりこれは操業をやらすべきじゃないと思うのです。なるほど段階的には送水とか送電の停止とか、そしていろいろな勧告というものがありましょうけれども、法的に規制していく場合には、そういう操業停止の条件も含めた法的規制措置というものを講じることが、公害防止の本質からいって正しいのではなかろうか、こう思うのですけれども……。
○都留参考人 私は操業停止というところへいくまでに、ある幾つかの段階をもう少し検討する価値があるのじゃないかという感じなんです。と申しますのは、飲食店で伝染病の原因になるような事態が起こったという場合は、おそらく非常に偶発的であって、その飲食店にとっては全く意図しなかった事故ですね。みずから進んで伝染病菌を飲食店の中へ持ち込む飲食店主はないわけです。ところが、発生源のわりあいはっきりしております公害の発生工場の場合には、もしほんとうにやる気になれば、企業というのは発生源をちゃんと減らすことができるのです。だから、その防除対策を講ずる可能性を持っているわけですから、まずその防除対策を講ずるように強く要請するのが当然であって、それをなし得ない場合に初めて操業停止へいくのではないか。したがって、操業停止という非常にドラスティックな措置を講ずるまでにとり得る幾つかの措置を、もっと検討していいのじゃないかというのが私の意見でございます。
○加藤委員長 以上で参考人からの意見聴取は終わりました。 都留参考人には御多用中のところ長時間にわたり貴重な御意見の開陳をいただきまして、たいへんありがとうございました。 ————◇—————
○加藤委員長 内閣提出の公害紛争処理法案、角屋堅次郎君外五名提出の公害紛争処理法案、及び内閣提出の公共用水域の水質の保全に関する法律の一部を改正する法律案を一括して議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。岡本富夫君。
○岡本委員 先般の当委員会で、わが党の多田時子委員から、合成洗剤、中性洗剤で非常に川を汚染されて、そのために、多摩川あたりにおきましては、このあわをとるために相当な活性炭というのですか、これを使っている。これは非常に問題があるということを提起をしておきましたのですが、この中性洗剤の問題につきましては、経企庁はどういうようにその後お考えになっておるのか。これをひとつお聞きしたいのです。
○矢野政府委員 いまお話しのは家庭用水のことになると思いますが、この点につきましては環境基準の設定をいたしまして、それに個々の水域を当てはめてまいりますときに十分検討してまいりたい、かように思っております。
○岡本委員 中性洗剤は、非常に毒性があるというようなデータがだいぶ出まして、すでにアメリカあるいはまた西ドイツ、こういうところでは現在のような石油系のものは製造を禁止いたしておる、こういうような文献が出ておりますが、日本ではいま野放しの状態です。これについて、厚生省が大体管轄と思いますけれども、少なくとも水質保全をその責務とするところの経済企画庁においては、相当な研究も、あるいはまた考慮も加えていらっしゃると思うのですが、これを将来検討していくというようなそんな簡単なことでは、ほんとうの水質保全にならない、こういうように考えておりますが、いままでの経過、そういうようなことを聞いておきたいと思うのです。
○西川政府委員 ABSにつきましては、今回の環境基準の答申が出るまでの段階におきましてもいろいろ議論にのぼりました。従来硬性の処理はどうにもならない。ソフトの軟性になりますと、下水道でもある程度処理できるということで、私たちが聞いておりますところでは、約八五%方はソフトのほうに切りかわってきているというふうな話は聞いておりますが、水質保全の立場から申しますと、現在実体的には各家庭に使われておりますので、これを規制いたそうと思っても、現状のところでは直ちに各家庭の規制をすることができないという問題がございます。そのために環境基準におきましてはいろいろ問題になりましたのですが、これをいかにして規制するかという方面も含めまして、さらに、製造のほうは通産省が所管でございますが、そちらのほうともいろいろ検討し合いまして、できるだけ早急な機会に規制をできる方向に持っていきたいというところで、実は今回の環境基準の答申のときにはとまったわけでございます。今後早急に関係各省と詰めてまいりたい、このように考えております。
○岡本委員 これは京大の伊藤鉄夫教授のマウスの発育に対する洗剤の影響、こういうデータが出ております。まあこまかいことはあれですが、相当毒性がある。ソフトにしましても毒性は変わらない。こういうようなデータが各所で出ておるわけですが、御承知のように、こうした毒性のものを各家庭で使っておるということになりまして、またそれが今度は排水の中に流れていく。御承知のように中性洗剤は非常に分解しない。要するに界面活性剤というんですかね、そういうようなあれでありますから、この規制あるいはまた製造を植物性にかえさせるとか、そういうような配慮がすでに早くできていなければならない、こういうように考えておるわけですが、その点についてどうですか。
○西川政府委員 硬性のものでは下水道によって処理ができない。軟性の、ソフトのほうになりますと、下水道によります高級処理を行なえばある程度処理ができる、こういうふうに聞いておりますが、まだそれでも毒性は一部分残るということでございまして、先生のおっしゃいますように規制の方向に向かわなければいけないのではないか。疫学的な毒性の限界その他につきましては、私もまだ十分承知いたしておりません。厚生省のほうの研究その他を待ちまして、関係各省と協力いたしまして規制の方向に進みたい、このように考えております。
○岡本委員 これは昨年の六月二日付の読売紙の報道にもありましたように、園田前厚生大臣、その前にも神田厚生大臣、これが合成洗剤には毒性があるという疑念を持っておる、だからさらに調査をしなければならぬ、こういうような発言をしておるわけであります。その後、同紙によりますと、園田厚生大臣の場合は、そのことを発言をしたために、厚生省の事務当局のほうから、そうではないんだというような非常な突き上げを食っておるような記事が出ておるのです。食品衛生調査会、ここで一応無害だというような結論を出しておるのです。長官、ひとつ聞いていただきたいのは、この食品衛生調査会の中に小谷とかいう順天堂大学の教授が入っておるわけですが、これは無害説をとっておる。ところが、学会で発表をするときには有害説を唱えておる。そういうようなあやふやな点に非常に問題がある。また、私きょうもたくさん言いたいのですが、この中性洗剤を間違って飲んで死亡したり、いろいろな事件がたくさん起こっておるのです。これは特に厚生省のほうの所管ですからあれですけれども、こういう論議が経済企画庁ですでになされておると思うのです。関係各省とよく調整をとってと、事こうした毒性のある問題について、いまごろ、水質保全法の一部改正のときに大きく取り上げなかったというところの経済企画庁の考えというものを聞かしていただきたい、こう思うのですが。
○矢野政府委員 合成洗剤の毒性の問題につきましては、岡本先生御指摘のように、水質保全の立場からも大きな問題でありますと同時に、それだけでなくて、全般的に人体に対する影響ということで十分今後検討していかなければならないと思います。おそらく現在私どもが聞いております範囲で、いろいろ学者の中にも有害無害の意見が分かれているようでありますが、重大な問題でありますので今後関係各省と詰めてまいりたい、かように考えます。
○佐藤(一)国務大臣 いまの点は、説が分かれておるということでありますけれども、いずれにしましても非常に疑問を残しているわけでありますから、ひとつ厚生大臣にもよく話をいたしまして、とにかくこの問題について徹底的に究明をするようにお願いをしたいと思います。 なお、水質保全という見地から必要でありますれば、もちろん厚生省の調査意見を聞きました上でもって適当な措置をいたします。
○岡本委員 この食品衛生調査会の答申というものには一応最後に無害になっておるのです。ところが、さらに三十七年ですか、このときに、これが排水となって川に流れ込む場合、この処理についてはなかなか処理ができない。すでに西ドイツではもう早く石油系のものは製造禁止というようになっておる。植物性のものにするというようになっておる。私何べんも言うようで悪いんですけれども、早くから西ドイツでもそうした問題がある、あるいはまたアメリカでも石油系のものは製造禁止されておる、そうした外国のデータがあるのです。その中において事、毒性の問題、要するに私たちの人体に影響のあるもの、こういうものに対しては特にひとつきびしく規制しなければならぬ。規制するにつきましては、ただ流すなというたって、これは毎日毎日家庭で使用して流しておるわけですから、これを流すなというわけにいかない。そうすると勢いそうした石油系を植物系に製造元でかえさせるよりしようがない、その点についてどうでございましょう。
○佐藤(一)国務大臣 いまいろいろと御指摘がありましたが、いずれにしましてもそれが非常に危険なものであるということがわかりました際には、いまのような措置も含めてこれは厚生省に検討してもらわなければいかぬと思います。
○岡本委員 これはどういうわけなのか、厚生省が非常に検討ができないらしいんですね。三十七年に、そうしてなお検討するということになったままほうってあるのです。どこにそんな原因があるのかちょっとわからないんですけれども、長官のほうで相当強力な体制をとっていただきませんと、御承知のように中性洗剤は大メーカーが非常に多い、これは非常にもうかる商売らしいんですね。ですから相当な圧力がかかるのかどうか知りませんけれども、いまのような、毒性があるならばという御答弁ではちょっと承服しかねる。
○柴崎政府委員 ただいま御指摘の合成洗剤の件でございますが、現在の検討の段階ですと、ハードからソフトに切りかえまして、そのソフトで処理した場合には確かに毒性は若干残るのでございますけれども、全体として処理可能ではないかというような考え方がありまして、われわれのほうは疫学的な検討の進展を待ち望んでいる段階でございますが、そういったことで、ソフトにいたしましても毒性が残り、かつこれが人命に大いに影響があるという結論がかりに出ますれば、通産省といたしまして、この製造その他につきまして効果ある措置を直ちに考えるという態度で本問題に臨んでおる次第でございます。
○岡本委員 いまも通産省からも毒性があるという疑念があるというお話ですが、外国ではっけものをつけたりするために使わない。日本ではっけものを洗うわけですね。それをそのままつけておる。ここにいらっしゃる人はみんなそれを絶えず食べているわけです。人体に影響があるわけです。 このことを非常に研究なさっている学者にこれを輝きますと、一目見たらわかる、この人は中性洗剤にやられている、顔にいろんなしみがきている、手が非常に荒れている。またこの広告にも小さな字で、もしも誤って飲んだ場合はさっそく牛乳を飲んですぐ医者にかかってくださいと書いてある。これはもう製造元が危険きわまりないことを要するにちゃんと自認しているわけです。そして宣伝のときはそういうことを言ってない。ただ品物のところに小さな字で書いてある。これは長官、あなたのおうちでもお使いになっていらっしゃると思うのですが、ちょっと奥さんの顔を——何かしみが出たところはそういうことなんだという学者の説もある。 ですから私は、この際ひとつ勇断を持っていただきまして、これの研究といいますか、これは所管が違うといえばあれですけれども、やはり公害対策会議の会長は総理ですし、また各閣僚はその一員ということでありますので、これは極力早い日にやっていただきたい。また私は、長官も今度経企庁長官になられてすぐの問題ですからあれですけれども、国民生活局長、あなたは国民の生活を守らなければいかぬ。今度この水質保全の一部改正の場合に、こういうところの研究をせずに、またこういう大事なものをほうっておいて、それで黙って出してくるというのはおかしい、こういうように私思っておるのです。その点いかがですか、局長。
○矢野政府委員 合成洗剤の問題につきましては、ただいま御指摘がありました毒性の問題、あるいは表示の適正ということにつきましては、ひとつ関係各省と十分詰めてまいりたいと思います。 なお、水質保全法の観点からは、現行の法律でも、これの運用によってそれの規制は可能でありますので、その点は先ほども申し上げましたように、今度の環境基準の中でもこれをつけ加えていく、あるいはそれに応じて実際に規制していくということが現行法規で可能でございますので、十分内容を検討いたしまして善処いたしたい、かように思います。
○岡本委員 現行法規のどこでそれを取り締まることができるのですか。
○矢野政府委員 現在の法規で、水質の汚濁を防止しますために必要な場合には、つまり人体に影響が起こる、あるいは生活環境の保全の上に必要な場合には、水質基準を定めまして、排水の規制をすることが可能でございます。
○岡本委員 その点ぼくはどうも理解ができないのですよ。現行法で排水の処理の基準をきめる、中性洗剤を流してはいけない、要するに鉱物性の中性洗剤を流してはいけないというような基準をきめるのか。そうしますと、使っているのは一般家庭です、今度はそれが流せぬことになる。そうするとその水はどこへ持っていくのか……。
○矢野政府委員 家庭から排水をいたします場合に、それが直接川に流れます場合には、現行法規のもとでは法律としてはそれは規制が可能であります。また下水へ流します場合には現在公共用水域に入りませんが、下水から流れるところで規制ができますので、その段階で中性洗剤の十分な処理ができるかどうか、それが必要であれはできるように、下水から流れるところで規制をすることが可能であります。
○岡本委員 そうしますと、この合成洗剤の排水を下水から流れるところでとめる、事実それは可能なんでしょうかね。
○矢野政府委員 その点は、合成洗剤の被害が明らかになりましたら、それを処理する技術を含めまして規制するつもりで考えてまいりたいと思います。法律的には可能でございます。
○岡本委員 法律的に可能である、こうあなたはおっしゃいましたけれども、要するに毎日毎日家庭でそうしたものを使って、すでに奥さん方が黒いしみができたり、あるいは手がおかしくなったりしていっているのです。だから、あなたのほうの考えからいけば、その流れてくる水だけちゃんとすればいいのだ、使っているところは関係ないのだ、こういうようなお話でありますけれども、国民生活局長さんのおっしゃることとはちょっと受け取れないのですがね。
○加藤委員長 これは厚生省にも聞かなければいかぬですね。厚生省来ていますか。——さっきから呼んでおるのに怠慢だぞ。だめだよ、そんなことでは。きょう法律を通さなければならぬ総仕上げをやろうとしておるのに、何をやっているのだ。
○矢野政府委員 ただいま私が申し上げましたのは、水質の面の問題、水質保全の面の処理だけを申し上げましたが、先ほど申しましたように、それは水質保全の見地だけでありませんで、合成洗剤の毒性がはっきりいたしますれば、それを使った水がどうこうという以前に、その使うこと自身に問題が起こってまいります。もしそういうことが明らかになれば、製造禁止ということもあるいはしなければならない場合も起こります。この点は中性洗剤の毒性につきまして現在検討中でございますが、関係各省とも十分詰めてまいりたい、かように考えます。
○岡本委員 厚生省でないともう一つはっきり答えられないと思いますけれども、いま通産省のほうでこの問題について話がありましたけれども、あなたのほうではこの毒性、有害か無害か、あるいは外国と比べてどうなんだというような検討をやられましたか。
○柴崎政府委員 ただいま鋭意検討中でございます。実は、この毒性の問題以外にもう一つございまして、中性洗剤は何と申しましても現在の家庭生活の合理化の一つの手段といたしまして、家庭の主婦から非常に高く評価されておる便利な洗剤でございまして、通産省では別途この中性洗剤にかわるべき無毒の有効な洗剤がないかどうか、その点もあわせまして現在検討をしておる最中でございます。
○岡本委員 アメリカあたりは、もうすでに植物性のやつを使っているわけです。鉱物性だからぐあいが悪い。鋭意検討とかいうけれども、三十七年にやかましゅういっておる。当委員会においても、やはり何べんかやかましゅういわれているわけですよ。あなたもかわられて間がないからでしょうけれども、鋭意検討というようなことでいつまでも——今度また次の公害部長さんがこられて、鋭意検討。これも三十七年にやかましゅういわれてから鋭意検討で五年です。これは製造原料を変えさしたら簡単に解決する。これは鋭意検討は要らないのじゃないか、こういうように思うのです。
○柴崎政府委員 先住の御指摘のように、結論が長引いてまだなかなか得られませんことを深く反省する次第でございますが、私の聞いておる限りでは製造工程その他に相当むずかしい問題もございまして、無害のものに切りかえるというのは非常にむずかしい技術的な問題があるやに聞いております。さっそくその辺も詰めまして、本問題の展開を至急はかりたい、かように考えております。
○岡本委員 これは厚生省が来ないともつと詰めたあれができませんので、これだけは質問を保留しておきましょう。 それで長官お聞きのとおりでございます。ですからこの問題をここで持ち出したというのは、勇断をもってやっていただかないと、相当な力でないと、これは一億の人たちの生活を守れない、こういうことで申し上げたわけでございます。
○佐藤(一)国務大臣 いままでの事情をよく伺いましたから、これは製造禁止ということになると、いまの厚生省の判断が前提になり、そして通産省がまたこれに加わって決定をしなければならぬと思いますし、いずれにしましても、至急にこの問題を詰めさせるようにいたしましょう。
○岡本委員 もうあと二点ですが、今度指定水域を検討していらっしゃるのが幾らだったか。この水質保全法ができましてから相当長い期間たっておるのですが、この前も提案を申し上げておいたと思うのですけれども、全国の水質汚濁を防止するためにやはりスケジュールを組んで、企画を立てて、そしてずっと五年なら五年以内にこれだけやってしまおうとか、きめこまかくやっていかれるかどうか、何か問題が起こってからあわてて水質基準をきめておる、こういうことではならないと思うのです。
○佐藤(一)国務大臣 従来調査能力等もありまして、むしろ追っかけられていたというのが現状だったかもしれませんが、今般こういうふうに全般的な水質基準の決定をすることになりましたからして、これに続きまして、いまお話しのように、調査計画をできるだけ早期に総合的に立てるように、これはぜひやってまいるつもりでおります。
○岡本委員 もう一点。けさもテレビのニュースを見ていますと、経企庁のほうで海水の汚濁を防ぐために海水浴場の基準を設けて規制をしていくのだというような話が出ておったように思います。それはどういうふうにしてやっていくのか、あるいはまた、すでによごれているところの、たとえば私の近所でしたら甲子園とか、香櫨園とか、昔は大阪の大浜とか、こういうところは非常にきれいな海水浴場だったのですが、このごろは全然使えなくなった。これがどんどん、日本の周囲にいきますと、日本の周囲の海は全然海水浴ができなくなる。そのためにああしたニュースをお出しになったのではないかと思うのですけれども、事実上それは可能なのか。ただアドバルーンを上げただけで、あともうできないということではならな——と思うのですが、それについて、ひとつ御意見を……。
○佐藤(一)国務大臣 海水の汚濁が非常に問題になっております。これについては現行の法体系にも、率直に言ってずいぶん不備があると私は思います。それで、特に都市近辺の海水浴場等いろいろ問題がありますから、昨日も近県の当事者、関係者を呼びまして、今後の進め方について会合をしたようでございます。これを具体的にこれからどういうふうに詰めるかということでありまして、これはまだ試験の域を出ませんが、この間、片瀬の場合なんか、神奈川県が薬をまきまして、すっかり大腸菌をなくするような措置をとったようなこともございます。もちろん基本的には下水道の整備とか、そういう方針を進めなければいけないのですが、さらに技術的にもいろいろ検討しまして、応急対策も、これはとれるものをとっていかなければならぬ、こういうふうに私たち考えております。今後なおこの問題も急いで検討を進めていきたい、こう思っております。
○岡本委員 実は、いままで海水浴場に使われていたところが使えなくなった一つの原因としては、大腸菌も問題がありますけれども、油によって海がよごれておる。海の中に入ると、一ぱい油がつくわけですね。ですから、その海水汚濁を十分やらなければならぬ。タンカーが油を積んでいくわけですが、油を積むときは、まだ問題がないのですが、積むときにタンカーの中に水を積んでくるわけです、船がからでくるとひっくり返りますから。その油タンクに入っている水を海にさっと捨てるものですから、海がどんどんよごれていく。この排水処理の施設もあちこちにある。全国で六カ所しか、まだ完成しておりませんけれども、もっとこれをつくらなければならぬ。これをするか、あるいは船の構造を考えるか。この二点を長官のほうからよく指示をしていただく。そうでなければ、私はこの問題は解決しないのじゃないか、こういうふうに思うわけです。
○佐藤(一)国務大臣 まさしく御指摘のように船の上からの投棄ということが非常に問題になっておりますから、ひとついまおっしゃいましたように、現在の処理施設の拡充を、これはやはりできるだけ早急に進める、そしてなお運輸省の当局とも相談いたしまして、この船上からの投棄についても今後検討を重ねなければいかぬ、こう思っております。
○岡本委員 これで私は一応——あと保留しますから。
○加藤委員長 速記をちょっととめておいて。 〔速記中止〕
○加藤委員長 速記を始めて。 この際、暫時休憩いたします。 午後一時五十二分休憩 ————◇————— 〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕