交通安全対策特別委員会 第18号
- 発言数
- 143 件
- 登壇者
- 11 名
- 会派数
- 5
- 開催日
- 1970/11/09
会議録
○受田委員長 これより会議を開きます。 交通安全対策に関する件について調査を進めます。 先般、地方における交通事情及び交通安全施設の整備状況等調査のため、宮城県及び北海道に委員を派遣いたしました。 この際、派遣委員から報告を求めます。田中昭二君。
○田中(昭)委員 御報告申し上げます。 地方における交通事情及び交通安全施設の整備状況等調査のため、議長の承認を得まして、去る十月十二日から四日間、宮城県及び北海道に派遣されました派遣委員を代表いたしまして、その調査の概要を御報告申し上げます。 派遣委員は、小柴木彦三郎君、野中英二君、高田冨之君、受田新吉君及び私田中昭二であります。なお、北海道においては委員横路孝弘君の現地参加を得ました。 今回は、第六十三回国会において成立しました交通安全対策基本法の実施状況等、地方公共団体における交通安全対策に関する総合施策の実施状況を調査してまいりました。以下順を追ってその概要を申し上げます。 まず、宮城県下における調査について申し上げます。 宮城県当局、県警本部、国の関係行政機関等の関係者から説明を聴取いたしましたが、説明によりますと、本県は、東北地方における産業経済の一大拠点として飛躍的な発展を遂げており、これに伴い自動車保有台数の増加とともに、交通事故も逐年増加の一途をたどり、特に国道における事故が全事故の四五・五%を占め、中でも国道四号線及び同四十五号線周辺において多発する傾向にあります。 これに対する対策としては、国及び市町村における交通安全推進体制の整備、交通安全施設等の整備、交通安全思想の普及、交通指導取り締まりの徹底、交通規制の強化等に重点を置いて、関係行政機関それぞれ相互に緊密な連携を保ちながら、事故防止に種々の施策を講じている旨の説明があり、なお、県当局からは、交通安全施設の整備促進、市町村交通安全指導員制度の法制化、県道及び市町村道の整備促進について要望を受けたのであります。 次いで、国道四十五号線と仙台バイパスの交差する苦竹インターチェンジの立体交差予定地、塩釜市内及び国道四十五号線の交通状況、東北縦貫自動車道の折立インターチェンジ予定地、仙台駅前の交通渋滞状況等を調査いたしました。 次に、北海道における交通事情について申し上げます。 道当局、道警本部、関係行政機関等からの説明によりますと、最近における産業経済の目ざましい伸展に伴い、自動車交通の伸長も著しく、特に最近においては自家用自動車の増加率が非常に高く、モータリゼーションの進展の著しさを示すとともに、交通事故の発生率も高く、本道の特徴として、国道の整備に比べ、道道、市町村道の整備がおくれているため、自動車交通が国道に集中する結果、国道における事故発生率が全国平均を上回る高率の原因となっているとのことであります。 これに対する対策として、道民の人命尊重、法を順守する気風の育成と法を順守しやすい交通環境の確立を目標とし、交通安全施設の整備、安全運転の確保、交通秩序の確立、被害者救済対策の強化、交通安全道民運動の育成助長等を重点として、種々の施策を講じているとの説明があり、次いで道当局から、交通安全施設の整備促進、市街地における鉄道高架事業の促進、踏切道改良促進法の延伸、冬期交通確保のための除雪事業の拡充と歩道除雪の促進について要望を受けたのであります。 なお、これに先立ち、札幌空港の整備状況、札幌市内の交通状況及びオリンピック関連事業の状況を調査いたしました。 次に、小樽市において、市及び関係当局から市内の交通事情及び海上交通事情等について説明を聴取いたしました。 本市における自動車交通は、そのほとんどが市中心部を縦貫する国道五号線に集中し、狭隘な二車線道路は、その容量をはるかに上回る自動車交通によって渋滞し、排気ガスによる公害問題も生じており、このような状態を打破するためには、同国道の拡幅しか道がなく、早急な拡幅整備について要望を受けたのであります。また、小樽港は、道央経済の拠点港として、入港船舶量、取り扱い貨物量は年々増加し、危険物積載船舶の入港もひんぱんになる趨勢にあり、その安全確保について、危険物積載船の停泊場所の指定、港内交通整理の強化等の措置を講じているとのことでありました。 次いで、国道五号線、道道岩内 小沢線、国道二二九号線、道道寿都・黒松内線の交通状況を調査しながら、函館へ向かい、函館市において市当局等から説明を聴取いたしました。 本市は、北海道の表玄関として交通上の要所となっており、最近のフェリーボートによる自動車輸送量の増加とともに、自動車交通量及び交通事故は逐年増加の一途をたどり、事故の発生は従来の市街地集中から市全域へと拡散傾向を示しており、これらの対策として、フェリーボート乗船時パンフレット等の配付により市内の通行要領を指導するほか、交通規制の強化及び国道、道道、都市計画街路の整備等に力を注いでおりますが、フェリー対策は今後の大きな課題となっているとのことでありました。 以上で調査の概要を終わりますが、政府は各県の要望並びに必要な財政措置について十分配慮し、国及び地方公共団体が一体となって交通安全の施策を推進されることを強く望むものであります。 なお、時間の関係上概要を申し上げましたが、詳細については報告書を委員長の手元に提出してありますので、本日の会議録に参照掲載されることをお願いいたします。 最後に、今回の調査にあたりまして、関係の知事、市長及び関係者の御協力を心から感謝いたすものであります。 —————————————
○受田委員長 これにて派遣委員よりの報告は終わりました。 派遣委員各位には、まことに御苦労さまでございました。 なお、ただいまの派遣委員よりお申し出のありました詳細なる報告書について、参照として本日の会議録に掲載することに御異議ありませんか。 〔「異議なし」〕と呼ぶ者あり〕
○受田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決しました。 ————————————— 〔報告書は本号末尾に掲載〕 ————◇—————
○受田委員長 本日は、航空交通の安全対策に関する問題について、参考人として元全日空機事故技術調査団団長木村秀政君、元運輸省航空局技術部航務課首席飛行審査官楢林寿一君に御出席をいただいております。 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。 両参考人には御多用中のところ御出席をいただきまして、厚く御礼を申し上げます。 最近における航空輸送需要の急激な伸びに対処し、航空交通安全の強化が叫ばれており、本委員会といたしましても、航空交通の安全対策について調査を進めておりますが、本日は全日空機ボーイング式727型の事故調査報告書について、それぞれの立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと思います。 御意見の御開陳は木村参考人、楢林参考人の順序で、お一人十分程度お願いし、その後委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。木村参考人。
○木村参考人 全日空のボーイング727型機JA八三〇二の事故調査報告書を、過日運輸大臣あてに提出したわけでございますが、この報告書をまとめるまでの経過につきまして、一応御報告申し上げたいと思います。 この事故が起こりましたのは、昭和四十一年二月四日でございますが、同二月七日に技術調査団が組織されまして、直ちに総会を開き、今日までに調査団会議を三十三回催したわけでございます。委員は機体、発動機、装備品あるいは操縦といったような、また医学、気象そういったような各方面の専門の学識経験者及び航空局の係の方をあわせまして、合計十七名でございます。これらの方々からなる委員会で審議を進めていったわけでございますが、これはまず海上に着水いたしまして大破いたしまして、機体の破片が海中に散らばっておりましたので、それをできるだけもとの散らばった位置がわかるような状態で海上から引き揚げまして、それを一つの格納庫に集めまして、その現物につきまして詳しい調査をする必要がある、そう思ったわけでございます。その現物につきまして調査をするにあたりまして、各方面の御担当の委員からなる現物小委員会というのをつくりまして、この現物小委員会は、四十一年の二月十九日からいろいろな形でおよそ四十七回ほど開催いたしました。そして現物の調査が一応終わりまして、四十三年の三月二十八日に、現物小委員会報告というのをまとめたわけでございます。つまり最初の二年間に現物の調査は一応終わったわけでございます。 そこで、この現物小委員会の報告を踏まえまして、この調査報告書の案をつくりまして、この案につきまして総会を開いて、この総会においてこの案を慎重審議いたしたわけでございます。慎重審議をいたしました結果、こういうほうの実験なり研究なりをもつとする必要がある、あるいは資料の調査をする必要があるというようなことが述べられた場合には、そういうような実験なり研究なりをいたしました。そして前回の審議の結果と、その後に行なわれた研究、実験あるいは資料の調査といったようなものの結果をあわせまして、盛り込みまして次の案をつくります。そしてその次の案につきまして、やはり同じように審議をし、また必要に応じて研究、調査をするということをいたしまして、また次の案をつくるというふうにいたしまして、結局昭和四十三年四月二十六日に第一次案の審議をいたしましてから五次案までつくりまして、その後約二年余りにわたりまして報告書案を審議をしたわけでございます。その結果、ただいま申し上げましたように、試験、研究というようなものがたくさんあったわけでございますが、これは航空宇宙技術研究所あるいは金属材料研究所、その他関係研究機関に依頼して調査をしたわけでございます。このようにいたしましたけれども、最終的には事故原因に関連が認められる機材のふぐあいは発見されないという結論になったわけでございます。 この間、事故機の製造国である米国との関係につきましては、事故発生後、同国の政府から派遣されました調査団と約三週間にわたって共同調査をいたしまして、その後は同型式機の各国での事故に関する技術的資料、その他貴重な資料、文書による意見の交換などいたしまして、終始緊密な連係をとりながら調査を行なってまいりました。しかしながら、この飛行機が夜間有視界飛行として東京湾に進入してから、現在ロングベースという通報をいたした後、接水するに至った理由を明らかにすることはできませんでした。これは搭乗者全員が死亡しておること、本機にはフライトレコーダーと言いまして、この飛行機の飛行経過を自記する記録機でございますが、それが装備されていなかったこと、また夜間かつ海上の事故のために、事故現場付近で信頼のできる目撃証言がほとんどなかったことなどによるものでございます。この事故の調査が約四年余りかかったわけでございますが、この間本事故にかんがみまして次のような措置がとられました。 第一は、当局の指導によりまして、昭和四十一年二月二十六日から主要空港における夜間の着陸進入は、原則として計器飛行方式により実施する。これを全日本空輸株式会社に実施させました。それから昭和四十一年二月十七日、米国連邦航空庁が、本型式機の降下手順と進入着陸手順の改善及び訓練項目の改善について勧告いたしましたが、当局はこれを了といたしまして、主要運航会社にこの勧告の内容を規定化して全乗務員に周知徹底させるように指導いたしました。またその後、当時はフライトレコーダーがついておりませんでしたが、ジェット機にはフライトレコーダーをつけるという措置がとられました。 一万機材に関しましては、もしも機材の中に改修の必要があると認められる欠陥の証拠があった場合には、この報告書の完了を待たずに、この欠陥の改善について勧告を出す予定でございましたが、このような欠陥は調査中には発見されなかったのであります。 このようにして昭和四十五年の九月二十九日に報告書がまとまりまして、これを運輸大臣に提出したわけでございます。 以上、報告書をまとめるまでのあらましの御報告を終わります。
○受田委員長 次に楢林参考人。
○楢林参考人 楢林でございます。ちょっとかぜを引きまして気分が悪うございますので、失礼ですがすわらしてもらってよろしゅうございますか。
○受田委員長 どうぞどうぞ。
○楢林参考人 全日空ボーイング727型JA八三〇二東京湾における事故でございますが、昭和四十一年二月四日の航空機事故調査報告書に対しまして、私の意見を述べさしていただきます。 接水前の機体構造と第三発動機の関係等におきまして、風害が発生していなければ、事故現場の機体の破壊状態並びに破壊された散布状態を物理的に説明することは全く不可能であると考えます。 理由は、昭和四十五年十一月三日、大田区産業会館において、元調査団員山名先生が証拠のスライド約五百枚の説明と、力学的相似模型による接水実験——デッチング実験です。約七百回に及ぶ実験結果の要約映画を拝見した結果、全く実機の事故の状態の感じそのものずばりであり、映画を見ながら私自身、事故機を見ているような衝動にかられました。この実験により、機体が接水後、第三エンジンが機体から離れ、右のほうへ飛んでいく状態がはっきりとわかり、事故機の実際の散布状態に応ずるような機体破壊の様相が認められました。これは私が調査いたしましたところとどんぴしゃ一致しております。 山名先生の力学的相似模型の実験等の結果からも、事故の姿が明らかになったと私は確信いたします。このことから、真の事故原因を見出すことは可能であると考えます。それにもかかわらず、昭和四十五年十一月八日付朝日ジャーナルの山名先生の書かれた記事によると、山名先生の調査研究に関しては、全く検討することなく審議を打ち切られてしまい、多数決による採決を行なったとあります。これでは事故原因を出せない状態にしてしまったと言うも過言ではないと思います。私は多数派は必ずしも正しくないことを知っております。たとえば少数派として、一、コペルニクスの地動説、二、湯川秀樹先生の中間子理論を発表された当時は少数派でした。 山名先生の実験内容が物理的に、はたまた論理的に正しく、事故調査の重要な資料になるにもかかわらず、その内容を見抜く識見を持たず、事故の調査の審議を打ち切ってしまい、原因を出せない状態にしてしまった調査団長と事務当局の責任は、重かつ大なるものがあると思います。これでは事故のためにおなくなりになりれた方の遺族の方々はもとより、国民のほとんどが納得しないであろうと思います。 なお、昨晩山名先生に電話をいたしまして、最終的に、山名先生の調査研究に関し、全く検討することなく審議を打ち切られてしまわれたということに対しましてお聞きいたしましたところ、おそらくグランド・スポイラーについては接水後、下から水が上がって上に上がり、次に水がかかって切れたと言われた検査課の人とか、いろいろなことばで審議をしたと言うであろうけれども、これは全く審議になっていない、没論理であるというようなお話でございました。 以上をもちまして終わります。御清聴ありがとうございました。
○受田委員長 以上で両参考人からの御意見の御開陳は終わりました。 —————————————
○受田委員長 これより質疑に入ります。 通告がありますので、順次これを許します。加藤六月君。
○加藤(六)委員 本日は、木村参考人並びに楢林参考人には、当委員会においでくださいまして、まことに感謝申し上げます。 私たちがこのボーイング727型JA八三〇二の問題を取り上げますのも、非常に航空輸送人口がふえ、空の過密状態という問題ができ、国民として今回の事故調査の内容について、いろいろ議論がされておるわけであります。そういう点について、国会の場でこの問題を明らかにしておかなければならないんではないかという立場で、本日こういうことになったわけでございます。質問があるいはお気に召さないような点等も出てくると思いますが、その点はよろしく御容赦願いたい。大量のジャンボ時代、あるいはSST時代に備えて、国民の生命、財産を守るという立場であるという前提において、ひとつ質問させていただきたい、こう思うわけであります。 ただいま木村当時の全日空機事故技術調査団の団長、並びに元運輸省航空局技術部航務課首席飛行審査官楢林さんの参考意見を聴取いたしたわけでございますが、もちろん十分あるいは五、六分程度の意見の陳述でございますので、それぞれ十分意が足りない点等が出てくるのではないかと思いますので、私はこの航空機事故調査報告書に従って、ひとつ質問していきたい、こう思います。 その前に大きな前提があるわけでございます。今回のこの報告書が非常に騒がれ、国民の間でも心配される大きな原因は、この調査団の構成が妥当であったかどうかということがまず第一点。その次は、調査団の運営というものがほんとうに真理追求、事故原因を追及するために妥当なる運営がされておったかどうかということ、こういう問題が一つ。さらにはその遠因としまして、団長になられた木村先生が、727を日本に導入する大きな役割りを果たしておられる、こういった問題等が取り上げられておるわけでございます。もちろん事故そのものに対する、第三エンジンに対する見解とか、あるいはまたIからVに切りかえた問題等いろいろ出てくるわけでありますが、そういう点でまず外まわりから木村先生にお尋ねしてみたいと思います。わが国の飛行機会社が727というものを採用するようになった、その推奨者として木村先生がおられたんだということが、世上広く流布されておるようでございます。この点につきまして、失礼になるかもわかりませんが、先生の御答弁をお願いいたしたい、こう思う次第でございます。
○木村参考人 ただいまの御質問に対しましてお答え申し上げます。 当時全日本空輸株式会社におきましては、初めてジェット機を導入するということになったわけでございますが、何ぶんにも同社は、国内線の比較的短い距離の路線だけを持っておりますので、そういう短い路線に適するジェット機をどういうふうに選んだらよいかということで、同社の内部でいろいろ研究していたようでございます。当時、世界各国のそういう短距離のジェット機を見ますと、候補といたしましてはボーイング727、それから当時デハビランドといっておりましたが、現在はホーカーシドレ一社と申しますが、デハビランドのトライゲント、それからフランスのカラベル、この三種類でございまして、その中のどれがよいかということで、同社で検討しておったわけでございます。私は同社の技術委員の一人でございます。それで、ある技術委員会の席上で、この三つの飛行機に対する資料が配られ、その詳しい説明がございまして、それに対する技術委員の意見を求められたわけでございます。飛行機というものはそれぞれ特徴もあり、それからほかのものに比べれば劣る点もあるものでございまして、それぞれ一長一短があるわけでございます。したがって、その中のうちの一つを選ぶということはたいへんむずかしい問題でございまして、そこで全日空株式会社におきましては、機種を決定するにあたりまして、技術委員の意見も参考にしようということになったものと想像されます。私もその席上におきまして、この三種の飛行機に対する意見をいろいろ述べたわけでございますが、もちろんそのうちの一機種が適当であるというようなすすめ方は全然いたしませんで、要するにそれぞれの長短を参考意見として述べたわけです。当日その席には大ぜいの技術委員が列席しておられまして、それぞれみな同じように意見を述べられましたが、どの委員もそのうちのどの飛行機がいいという決定的な勧告をした方はなかったと記憶しております。また、この委員会におきまして、どの機種にするかという採決のようなものはもちろんとりませんで、ただいま申し上げましたように、各委員の意見を参考までに聞くという会にとどまったわけでございます。その後全日空株式会社の当局におきましては、いろいろ御検討の後、ボーイング727に決定したわけでございますが、そのときにわれわれ委員の意見がどの程度参考になったかは私どもは聞いておりません。また、聞くところによりますと、当時運輸省としては、日本航空でもやはり近距離のジェット機を購入する、しにかって、なるべくならば日本航空と全日空とが同じ機種を採用するようにという勧告をなすったと聞いております。そういうことを参考にしまして、全日本空輸が会社の判断でボーイング727に決定したわけでございます。したがって、私は参考人として委員会で意見を述べたにすぎないわけでございます。
○加藤(六)委員 よくわかりました。木村団長がそういう前提にあるのだから、事故原因を徹底的に究明しなかったのだというような風評等も、私たちの耳に入ってきたわけでございますが、その間の経過はよくわかりましたので、これでやめます。 その次に、先生にお伺いしますが、二月七日にこの技術調査団の団員が任命され、直ちに総会を開いた、いまこういう報告がございましたが、事故が起こったのは二月四日でございました。その間約四日間ほどのなにがあります。当時の新聞その他をいま取り出して見てみますと、その間には相当いろいろな問題で救難、捜査等が行なわれておりましたが、まず二月七日調査団を結成した当時におきまして、先生のいまの感じから見て、現場の保存という問題はどの程度に行なわれておっただろうか。遺体収容という問題と現場の保存という問題、私は航空機事故については、この問題は非常にむずかしい問題だと思います。特に陸上の場合と海中の場合とは違うわけでございますが、捜査でも研究でも調査でも、すべて現場から出発せよということがよくいわれておると思いますし、またICAOの事故調査マニュアルというようなものがいろいろいわれておりますが、これを読んでみましても、そういう点がだいぶいわれておるようでございますが、現場の保存といいますか、状態はどのようになっておったか、御記憶がございましたらお教え願いたい、こう思うわけでございます。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますが、ただいま御指摘のように二月七日に調査団ができましたときには、すでに残骸を海底から収容する作業は行なわれていたわけでございます。それで、海底から収容するにあたりましては、言うまでもないことでございますが、残骸の散らばり方がたいへん問題になりますので、できるだけ揚収位置がはっきりするようにという指導のもとに、これは航空局指導のもとにそういう作業が行なわれていたものと私は考えております。引き揚げました残骸は全日本空輸の格納庫に保存されまして、てきるだけその引き揚げたままの状態で、あとから手を加えたりしないように、厳重に航空局、これはまた同時に海上保安庁の押収物件だったと私は記憶しておりますが、そういう監督のもとに厳重に保管されていたと思っております。なお、遺体の収容につきましては、航空局がこれまた監督指導してこれに当たっておったわけでございますが、要するに現物の揚収にあたりましては、できるだけむとの位置がはっきりするように、もちろんこれには非常な困難がございますけれども、できるだけはっきりするようにということと、それから揚収後はできるだけ揚収したときの状態を保つように、航空局並びに海上保安庁の手で厳重に監督されておった、そういうふうに私考えております。
○加藤(六)委員 航空局の技術部長と局長とおいでになっておりますが、いま木村参考人から承ったような状態でございましたが、あの事故が起こった際、この報告書にも、「機体破片分散状況」というのが書いてございます。私たちは、あの広い東京湾の中で、これだけ精密な破片分散状況というものが、いかなる方法で確保せられたかということについて、まずスタートから非常に疑問を持つわけでございます。当時どなたか航空局でその現場へ行き指揮をされた方はこの席においででしょうか、どうでしょうか。
○内村説明員 本件につきましては技術部長から御説明します。
○金井説明員 お答えします。 二月四日の当日から海上保安庁その他関係官庁、それから民間の協力を得まして、残骸の揚収とか遺体の揚収を始めたわけでございます。いま御指摘のように、この図は全部回収が終わってから一応書いたわけでございますけれども、御承知のように、陸上での散布状況がそうであるほど正確ではございません。といいますのは、ヘドロの中に埋まっておる部品の位置あるいは部品の発見、それからしまいには底びき網で引きました。ただし、この引くときには、もちろん推定飛行経路、磁方位八十度の方向を向いた飛行経路にほぼ直角に引いてくれというふうに指示はしましたけれども、この底びきで引いたというようなこともございまして、これは全くこのとおり正確であるという散布図ではございません。ただ、できるだけ正確を期してつくったつもりでございます。
○加藤(六)委員 楢林参考人がおられますが、今回のこの問題いろいろあちこちの、「航空情報」とかあるいは集会とかいろいろの会議でされておる話の中に、その中の部品を楢林参考人は持ってどこかへ行かれたというような記事等も読んでおるわけでございますが、楢林参考人は、この機体破片を収集しておるときには、どういう立場でどういうお仕事をされておったわけでございましょうか。
○楢林参考人 機体を収容いたしますときに、実際の事故機のこわれた状態を収容中にこわしてしまう可能性がございます。たとえば尾部、最後のころ揚がりましたP点付近の尾翼のついた尾部なんかもその一つの例でございますが、水から揚げてきますときに、右側のエンジンの取りつけ部付近にロープがかかっておりまして、上のほうについておるのですが、それを揚げておる途中に、尾部が揚がりますと尾部の中に一ぱい水が入っておる、水がちゅうと出てくるというのでしばらく待ちましたが、待ちながら揚げていったのですが、そのときに尾部の垂直安定板の前縁のところに、こわれていなかったのですけれども、そのロープがばりっと食い込んでしまう、そういう状態がございました。 それから、そのときに揚げてきますと、まん中のエンジンの前方胴体のところがひらひらとして、そのまま揚げますと前の胴体の上がちぎれてしまうのではないか、また水の中にもぐってしまうのではないかということで、もう一度また水の中に、少しクレーン船から中に入れまして、潜水夫が割れている穴にマニラロープを通しまして、また縛りつけた、そういうような状態で揚げたのです。あとから事故調査のときに、窓を割ってロープを通したのじゃないかというような問題が出たそうですけれども、そんなのは初めからものを見ておれば、むだな時間を費やさずにはっきりわかるわけです。 その当時、初期のころ、私は海の上に行っておりましたが、朝は早く五時ごろうちを出て、うちへ帰ると一時か二時ごろになってしまう、二、三時間しか寝られやしない、それでほかの航務課員にも行ってもらいたかったけれども強制することはできない、そういう状態でありました。 それから、先ほど夜どこかへ走ったというようなことを言われたのですが、おそらく「航空情報」に書いてあることだろうと思うのです。これはかってに、相談せずに何か私が走ったように書かれておりますが、そんなことはないのです。これはおそらくエンジンのボルトのことだと思いますが、三番エンジンのボルトを揚げて船の上で写真をとろうとしたのですけれども、船は振動し、エンジンはがたがたとやっておるものですから写真はとれない。それで船の上ではできるだけ腐食しないように、油でくくったり縛ったりしました。それからカラー写真をとりたかったので、警視庁の鑑識さんにカラー写真でとれるような準備もしてもらいました。それから全日空には、ボルトの破断面がさびないように、すぐ油を持ってきてくれということを、警視庁の無線で連絡してもらって、油を入れた半切りかんを用意してもらって、それを川崎の埠頭においてはずして、油の中にコーンボルトを入れました。それから帰ってきまして、コーンボルトの破断面の写真を鑑識さんや私どもでとっておりましたところ、私が一番最後にとったんですが、私がとっていたら途中で破断面が多少さびてきた。これはいかぬ、この状態、半分さびていて半分さびてない、これはいかぬ、これではといって、最初全日航の格納庫のそこにいるとき検査課員もおりましたけれども、連絡しようとしたら そのときにはもうおらぬ。それで航空局へ連絡しまして、私の上司の浜田幸晴氏のところに連絡して、これはもうすぐに専門家に見せなければいかぬのだということを言いましたところ、しばらく待ってから、それでは山名先生のところに見せに行ってくれということであったので、私は走ったのであって、かってに走ったんじゃございません。
○加藤(六)委員 楢林さんに私がお聞きしたのは、当時どういう立場でどういう仕事をされておったかということを、そういう破片を集めた場合における処置のしかたをお尋ねしたわけなんで、いまのお話で一つの問題点のボルトに対する扱いということはわかってきましたが、結局そうしますと、楢林さん、あなたは当時この事故調査団が発足する前から現場へおいでになっていろいろな問題について指揮し、また各関係との連絡をされておられたわけですか。
○楢林参考人 指揮し、ということはちょっとおかしいかと思うのですが、海の上におきましては、揚収その他に関しまして、海上保安庁さんがすべての指揮をとっておられたと思うのです。それにわれわれは飛行機を、揚げたものをいかに保全するかということについて、どういうやり方をするかということについてお願いするという立場であったと思うのです。
○加藤(六)委員 それで二月七日に調査団ができた。そして調査団は先ほどの御説明にもありましたが、三十三回総会を開いた。そうしてまた、その委員の中には、機体とか発動機とか操縦とか気象とか医学とかいうそれぞれの専門家を入れてやった。そしてまた、現場の散らばった位置等の再現についてもやり、現物小委員会というのをつくり、それが無慮四十七回この問題でされたということでございます。 次に私たちが知りたいのは、そうやって委員会はできた。そしてこの委員会の運営が適当であったかどうか。先ほど木村先生のお話の中では、その運営の内容は触れられなかった。楢林参考人からは、多数決はいけない、いけないではないが、少数意見も真理である場合があるというお話がございましたが、この委員会の運営は、先ほど承りますと調査報告案というものを次々とやっていて、一次案から五次案までつくった。またその間には、アメリカの航空局との共同調査もやったというようなお話がございましたが、木村参考人にお伺いいたしますが、いわゆる今日問題になっておる山名先生との意見の相違というのは、大体どこら辺から起こってきたわけでしょうか。それは現物小委員会の段階において起こったのか、調査報告をつくる段階において起こったのか、これは内容でなくて委員会の運営という立場でひとつお教えいただきたいと思います。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますが、山名さんの実験がたいへん分量の多い実験でございまして、たいへん長い時間を要しまして、その結果がまとまりましたのが昭和四十四年の秋でございました。たしか十月ごろであったと記憶いたしますが、秋でございます。そのときに山名さんから、この山名さんの研究結果について詳しい御説明がございまして、そこからでございます。
○加藤(六)委員 楢林参考人にお伺いいたしますが、檜林参考人は、この調査からいつごろ手をお引きになったのでしょうか。
○楢林参考人 手を引いたのは、役所を昨年の三月三十一日やめたときをもって手を引いたと思います。
○加藤(六)委員 そのときには、いま参考人として楢林さんがおっしゃったような意見は、昨年の三月三十一日現在において、もうすでに持っておられたのでしょうか、どうでしょうか。
○楢林参考人 飛行中、三番エンジンの前の上方のボルトが切れたということではないかということは、三番エンジンが水からあがる前にわかっておりました。それから三番エンジンが異常な状態になっているということを確認いたしましたのは、石川島の調査から返ってきたばらばらの三番エンジンを、全日空の通称マッカーサーハンガーという中で、条痕合わせの実験をやりましたときにはっきりわかりました。
○加藤(六)委員 それはいつですか。
○楢林参考人 記憶ですから、私は役所をやめるときに全部役所に置いてきましたので、いつかというのはいまのところわかりません。
○加藤(六)委員 楢林さん、さっきの参考人としての意見陳述のときに私がびっくりしましたのは、四十五年十一月三日に、山名先生のいわゆる接水実験その他の映画フィルムを見て非常に感銘し、それが正しいと思った。十一月三日と申しますと、この間です。ところが、楢林さんが今回の調査委員会の運営とか、あるいは事故究明のしかたについての態度を、相当はっきりせられておったのはだいぶ前じゃないかと思うのです。そうしますと、いま木村参考人から承りますと、山名先生の実験に伴うところのいろいろの写真とかなんとかというのは昨年の秋出てきた、こう言われておりました。あなたは山名先生のそういった接水実験といいますか、それに伴うところの第三エンジンあるいは機体の破片状況がこういうようになるというのは、自分の経験から見ておった散布状況と全く同じようになったということに近いような内容をおっしゃっておられましたが、そうしますと、事故の内容には触れませんが、あなたが調査委員会の運営について不満を持たれ出した時期というのと、山名先生の接水実験というものがはっきりでき上がった時期とに、何かズレその他があるのじゃないですか。時期的なズレです。
○楢林参考人 私は、おっしゃられました内容について、不満を持ったとか、そういうことは言っておりません。私は第三エンジンの条痕のすり合わせ実験をした後、委員会において一応簡単ではございますが、申し上げました。そのときに委員の一人が、私を、こんなことを言うとるのは何じゃ、気違いが言うとるんだというようなことで、妨害演説的なことがありましたが、私はそれには触れずに、私自身言うだけ言うて終わりました。その後航務課長から、お前は次の委員会に出ないほうがいいだろうと言われたものですから、私はそれ以後一切委員会には出ておりません。
○加藤(六)委員 木村参考人にお伺いしますが、いま楢林参考人が言ったような問題で、委員会の運営においては、少数意見というものは封ずるような言動やなんかがあったのでしょうか。
○木村参考人 そのようなことは全然ございません。もし意見が分かれまして、少数意見があった場合には、これをあわせて載せるということも考えていたわけでございまして、山名さんの意見も少数意見として載せたらどうかというような提案をされた方もあるわけでございますが、それについて、委員の皆さまの御意見を聞く前に、山名さんからそれはお断わりするということでございましたので、載せなかったわけでございます。
○加藤(六)委員 そうしますと、第一次報告案から第五次報告案の段階において、山名先生の接水実験その他のいろいろな意見というのは、何次案を書いている前後に出たわけでしょうか。
○木村参考人 日付で見ますと、三次案ができましたのが四十三年七月十八日でございまして、四次案ができましたのが四十五年一月二十四日でございます。したがって、四次案をつくっている段階でございます。
○加藤(六)委員 私なんかはしろうとでございます。昔は、私個人から言いますと、航空士官学校へも行き、最初の弾道弾学というやつから勉強させられまして、相当飛行機には接しておりまして、飛行機そのものについては、いろいろ私なりの勉強等もいたしておったわけでございます。しかし、今回の論争を見ますと、委員会の運営のしかたに対する問題というのと、それから最後の、ぎりぎりの問題といたしましては、先般来、楢林参考人等からもちょっと触れられておりました、第三エンジンに対する問題と出てきております。あるいはIからVへの切りかえの問題とか、高度の問題とか、あるいは火災の問題とか、いろいろな問題が出てきておるわけでございます。しかし、私ら自身が学者ではございませんので、この問題についてどこまで意見を言っていいかどうかわかりませんけれども、われわれ自身としましては、国民が安心して乗れる飛行機でなくちゃならない。そして、その事故を起こした飛行機に対する原因究明というものが、あやふやなものであってはならない、こういう立場で、先ほど申し上げましたように、今回の委員会を開いたわけでございますが、これは木村先生にもう一度お伺いいたしますけれども、たとえば事故が起こった場合に、今回のような事故の調査のしかたがいいのか、あるいはまた常設的に一つの航空事故に対する審判、研究といりようなものをやっておいたほうがいいかという御意見について、承ってみたいと思います。その点先生はどういうようにお考えでしょうか。
○木村参考人 今回のような組織で事故調査をするということも、事故の調査の上における一つの行き方でございまして、今回は妥当な運営ができて、その結果こういう朝査報告書ができたと考えておりますけれども、この調査団が発足いたしましておよそ一年余りたちましてから、アメリカで国の交通安全委員会、NTSBというのができまして、そこに航空安全局というのが付属いたしまして、航空安全局に百数十名のスタッフがいるということでございますが、そこで調査したものを安全委員会——ボードと申しますが、委員というのですか、あるいは評議員というのですか、よくわかりませんが、とにかくボードにかける、ボードのメンバーは五名でございますが、そこで審議するというような組織もできたと聞いております。そういうことでございますので、各国のいろいろな組織を研究して、今後そういう常設の機関をつくるべきかどうかというようなことをぜひ研究していただきたいものだ、これは航空局に希望している次第でございます。
○加藤(六)委員 楢林参考人、あなたはもと航空局においでになられまして、こういう事故調査をいろいろおやりになっていると思うのですが、木村参考人にお伺いしたと同じような質問で、そういうようなものは常設のほうがいいだろうか、あるいは事故のケース・バイ・ケースでつくったほうがいいとか、あるいは事故が起こったらすぐ発動できるような調査団システムがいいだろうとか、いろいろあなた自身は現場におられまして経験されたと思いますが、事故調査に対し今後政府あるいは運輸省航空局は、どういう態度、方針を持ったらいいか、御意見を承りたいと思います。
○楢林参考人 やはり常設の機関であって、その人たちは事故調査ということに対しまして十分なる訓練を受けていなければだめだと思います。いまの航空局の事故調査の能力、いわゆるものを見たときの識見能力を欠除しておれば、幾ら事故調査らしきことをやっても何ら事故の原因は出ないんだ、その識見がなければだめだ、そういうことを申し上げておきます。
○加藤(六)委員 時間がないので、事故そのものの内容についてもお伺いしたいと思っておりましたし、またこの報告書を読みますと、当時の機長が「東京−机幌の機長路線資格審査においては、成績は可で、じょう乱気流中の規定速度及び滑走路末端通過速度の過大が指摘された」というような問題等は、実は相当真剣に議論しなくてはならない問題ではないかと思うのです。私自身そういう訓練を受け、そういう方法を学んだ一人として、その点で成績が可というのはどういう内容かという問題等についても見なくちゃなりませず、また、「軽度の火傷によると思われる痕跡が認められ、一過性の火災によるものと推定された。」こういうことがありながら、火災というものがどういうようになったかという問題についても、十分にこの報告書では議論されていない。あるいはまた、いわゆる727というものが失速状態におちいった場合にどういうゆれ方をし、どういうことになるかという問題についての相当詳しい報告がなされてもいいのにもかかわらず、こういう問題についてもない。先ほど来触れた第三発動機あるいはそれに関連するボルトの問題あるいは発動機そのものの問題ということもありますし、さらには、はりきり結論らしい結論としてこの報告書の中で出ておりますのは、「夜間計器飛行方式取り消し後の飛行高度としては異常に低いものであった」はたしてこれが異常に低いものであったかどうかという議論等もやらなくてはならないわけでございますけれども、時間の関係上、あるいはまた私たちしろうとが、どこまでくろうとの皆さま方にそういう内容で御質問していいかという問題等もございますので、私はこれでやめさせていただきますけれども、要はこういう航空機事故の原因究明というものを、国民に疑惑を招き、あやふやのままではたして打ち切っていいかどうかという問題等もあるわけでございます。一番最初に申し上げましたように、これからジャンボからさらにSST時代に入らんとするときに、原因究明のしかたが中途はんぱあるいは国民に疑惑を招く、こういうことでないように、ひとつわれわれ自身もこれから政府当局と十分なる連携をとりながらもっていかなくてはならないと思います。 本日は木村、楢林両参考人に対しまして、あるいは失礼な点、質問等があったかもわかりませんが、貴重なる御意見をお聞かせ願いまして、お礼を申し上げまして私の質問を終わらしていただきます。どうもありがとうございました。
○受田委員長 横路孝弘君。
○横路委員 最初に木村先生のほうにお尋ねしたいと思うのですけれども、木村先生は、この事故調査団の責任者として、この事故の原因の究明に当たってきたわけですけれども、私たち国民の立場からぜひお尋ねしたい第一点は、この事故の調査から、将来の空の安全のために、一体何を私たちは学んだのかということですね。これはどうしてもまず最初にお尋ねをしておきたいのです。
○木村参考人 事故調査の目的でございますが、言うまでもないことでございますけれども、そういう事故を二度と繰り返してはいけないということでございますので、機材の点あるいは運航上におきましていろいろ調べました結果を、事故機と同じ飛行機あるいはその他一般の運航にあたりまして反映させるということが一つの目的ではないかと私考えております。 今回の事故調査におきましては、不幸にいたしまして、先ほども御報告申し上げたように、原因はこれであるというものをはっきりつかむことができなかったわけでございますが、先ほど申し上げましたように、今後そういう事故を繰り返さないためのいろいろな方策を、この事故の調査を通じていろいろ研究していかなければならないと考えております。
○横路委員 原因不明といっても、それは証明ができなかったから原因不明だというなら、それはそれで理解できるのです。その調査の過程で、この事故とは直接無関係であっても、いろいろ飛行機自体のふぐあいとかあるいは欠陥ということが見つけ出されることもあると思うのですね。その点についてはどうですか。
○木村参考人 ただいま御指摘のように、調査の途中で機体のふぐあいが発見された、確実な証拠をもって発見されたときには、調査報告書が最終的に提出されるのを待たずに、当然これはそういう欠陥を直すような勧告を出すべきであると考えます。ただし、今回の場合にはそういう欠陥が発見されませんでしたので、そういう措置がとられなかったわけでございます。
○横路委員 この事故後、この事故で問題になっているボルト、それからもう一つはグランド・スポイラーですね、その点についてボーイング社のほうから、たとえばエンジンの取りつけボルトが改良されている。ボルトの番号が七一の二一二一にダッシュがついている。これは明らかに改良された正拠じゃないか。さらにエマージェンシー・チェックリストにエンジン・セパラーションが加えられているのではないか。あるいは左右のエンジンをつり下げるための補助棒が売り出されているではないか。あるいはアメリカでコーン・ボルトの検査方法が従来とは一変しているじゃないか。あるいはそのコーン・ボルトの下請会社を変えたではないか。こういう問題があるわけですね。さらにグランド・スポイラーについても、これは事故の二日前にSBが出ている。しかも当該事故機に該当することでありますけれども、スポイラー・ロックアウトのロアークランクの交換について、これをかえなさいというSBが出ている。さらに主脚のショック・ストラット下部ベアリングですね、これはあとのほうで何か実験されているようでありますけれども、それについても交換のSBが出ている。こういうような点は、本件の事故とは何も関係のない点なんですか。
○木村参考人 いろいろな点を御指摘になりましたが、まずボルトの問題でございます。ボルトにつきましては、寸法などの変更ではないのでございまして、初期のものは強過ぎるので弱くするための改修が行なわれました。八三〇二というこの機体のものは、すでに変更されたものを使用されておりまして、JA八三〇二以後はそのような改修はないのでございます。 それから、グランド・スポイラーを操作する機構の改修でございますけれども、これについても研究いたしましたが、このグランド・スポイラーを操作するための機構の改修は、地上におきまして、つまりグランド・スポィラーが地上においては当然出なければならないのが、その機構がもしこわれますと出なくなるおそれがあるというので、その機構を改修する、じょうぶにするというSBでございます。これにつきましては、本件の場合には全く反対でございまして、空中でグランド・スポイラーが出たのではないかという問題提起がございまして、それに対して調査団といたしまして十分に調査をいたしました結果、出たのではないという結論を出したわけでございます。したがって、このグランド・スポイラーの機構の改修ということは、本機の場合には関係がないと私は考えております。 それからベアリングの問題でございますが、このベアリングの問題につきましても、本機の場合にはそのような現象は起こっていないことが、航空宇宙技術研究所の調査ではっきりしたわけでございます。
○横路委員 時間があればいろいろ議論したいのですが、そのベアリングの問題だって、事故が起きてから三次草案までは全然研究していないわけですね。四次草案からその研究報告が出ているわけですから、これは事故が起きてから二年か三年かたってから研究したことは明らかだろうと思うのです。さらにそのコーン・ボルトの点だって、事故後こういう指示が出ているんですよ。事故前じゃなくて事故後出ているんですよ。八三〇二というのは大体これ全部該当することなんです。その辺のところは議論していると時間がなくなりますからやめますけれども。 そこで、次にお伺いしたいのは、木村さんが「航空情報」の四月号で座談会をやっておりますが、その中に、この事故調査団のあり方について、最初に混乱していたことが、最後まで尾を引いたんだということを述べておられますけれども、これは一体どういうことを意味されているのかお尋ねをしたいと思うのです。 この本の中でさらにこういうことをおっしゃっているわけですね。機体の専門家はたくさんいたけれども、エンジンの専門家は一人だった、つまり専門家が適当に分かれていないで片寄っていたので、グループを編成して議論することはやめて、全員討議にしたということをおっしゃっているわけです。私たちから考えると、科学的であるべき調査が、そうじゃなくて、何かともかくわからぬのをみんな集めて全員で議論したんだ、しろうとばかり集まって議論をやったんじゃないかというように、これは当然考えられるわけですね。この最初に混乱していたことが最後まで尾を引いたというのは、これは一体どういうことなんですか。
○木村参考人 委員会の構成につきましては、あとで申し上げますが、最初の混乱が最後まであとを引いたという表現でございますが、実は私ども委員会の運営は妥当に行なわれたものと確信しておりますけれども、その運営をしていく間にいろいろなことがすぐ外部に漏れまして、そのためにたいへん不便を感じたわけでございます。しかし、それが審議の結果に直接影響したとは考えませんけれども、とにかく外部にすぐ漏れてしまうので困ったということでございます。 それからもう一つは、委員の構成でございますけれども、最初委員が二月の七日にきまりましたときに、全部で十五名きまったわけでございます。その顔ぶれをそれぞれの御専門から考えまして、さらに専門家を加える必要があると感じましたので、装備品関係の佐貫亦男委員と、それから医学関係の上野正吉委員、吉村三郎委員をあとから追加いたしまして、できるだけすべての方面の専門家をそろえるようにしたわけでございます。エンジンの専門家は、エンジンだけを専門としておられるのは永野委員お一人でございますが、そのほかに富永五郎委員、早川弘之委員あるいは松浦四郎委員というような方々は機体、エンジン、装備品全部にわたりまして、学識経験を持っておられる方々でございます。それから航空局の検査課長さんは、やはり当然そのお仕事の性質からその全部にわたって学識経験を持っておられる方でございます。したがって、エンジンだけを専門にしておられる方はお一人でございますけれども、エンジン関係につきまして学識経験を持っておられる方は、ほかにも大ぜいおられるわけでございます。
○横路委員 「航空情報」のときのこの発言とだいぶ変わってきているようですけれども、要するに、最後まで尾を引いたというあたりがよくわからないんですね。最後まで混乱していたんだというわけでしょう。それはことしの四月の時点での木村さんの発言ですね言うすると今度の事故調査団というのは、システム運営が全然できないような状況で行なわれて、それが最後まで影響したというのですから、そういう何か混乱した作業の中で、この事故報告書が出てきたというように私たち受け取っているわけです。その辺のところはどうですか。
○木村参考人 先ほどから申し上げましたように、委員会はそのような混乱はなく、妥当に運営されていたものと考えております。
○横路委員 ひとつ、じゃ観点を変えてお尋ねしたいのですけれども、団をやめられた山名さんが、つい先日ある雑誌の中で、本件の事故調査団というのは作文のための会議は開いたけれども、研究をしないで研究報告を作成しようとするにひとしいような会議だったというようなことを述べているわけですね。事実とすれば私は大問題だろうと思う。大問題ですね。事実に基づいて調査をして原因を究明すべき調査団が、そうじゃなくて、何か表現だけいじくり回していたんだというように受け取れる発言なんです。私は一次草案から五次草案まで見てみて、実はそういう感じが確かにあるんですね。それを少し具体的にお尋ねをしてみたいと思う。 第一に、最終報告書中の解析のところ、これは一六ページでありますけれども、不連続面に沿っての下降気流の問題が、高度計の誤差というような点からいろいろ取り上げられている。これは第四次草案にいきなり入って、突然入ってきたものですね。これがなぜ最終報告書で突然出てきたのか。しかも団長は「航空情報」の中では、低空ではそんな大きな指示誤差はないようですよということをおっしゃっている。そういうことをおっしゃりながら、しかもこの報告書を見ると、なお研究の余地があるなんて言いながら、非常に大きな比重を占めてここに突然出てきている。これは一体どういう意図があって出されてきたのですか。
○木村参考人 気象関係の委員は最初今里さんでございました。ところが気象庁の予報部長をおやめになりました機会に、次の予報部長にかわってほしいということでございまして、昭和四十三年五月十三日から北岡龍海氏にかわったわけでございます。北岡龍海氏は前々から高層気象の研究をしておられまして、ラジオゾンデで高層の気象を観測しているときに一つの現象を発見されたのでございます。これはひどい下降気流がありますと、御承知のように、現在の高度計は気圧によってその指示をしているわけでございますが、もし下降気流の中でそういう気圧による高度計を使いますと、高度計の指示が実際の高度よりも高い値を示すことがあるという現象を、幾つかの実験によって発見されたわけでございます。一方におきまして、本機が羽田に向かって進入してまいりますときの経路から考えてみますと、その経路に沿いまして不連続面がありまして、そこに大きな下降気流があった形跡があるわけでございます。そこで、低空においてもやはり高空と同じような現象、つまり気圧高度計が実際の値よりも高い値を示すというようなことがもしございますと、これはたいへんな問題でございますので、大いに研究をする必要があるということで、まだその結果はどうなるかわかりませんけれども、将来研究する必要があるということがこの報告書に書かれているわけでございます。
○横路委員 そうすると、これは将来の研究のために書いておいたということで、事故とは何も関係ないわけですか。木村さん自身、低空ではそんな大きな誤差指示はないようですよということを言って——これはまだほかの点とも関連するんです。というのは、一次草案から三次草案までは、最初の気象のところでは、当日の高層風の状況は弱い西寄りの風で、特に飛行に悪影響を及ぼすような強い風速傾度はないなんて書いておきながら、ここでもまたいろいろとこまごまと、風速が強くなったとかどうだとかいうようなことが四次草案から出てきているんですね。そういういろいろある事実の中から、調査団として選択されたわけでしょう。選択されるのは、それは目的意識をもって選択されておるはずなんです。なぜ突然そんなものが出てきたのか。いまのお話だったら、事故に何も関係ないけれども、将来の研究のために書いておいた。将来の研究のために書くことだったら、ほかに私はまだたくさんあると思うのですよ。なぜそれだけ突然出て来たのか、その辺のところの、内容じゃなくて、団の中の議論について、私は、なぜそれを入れるべきだということになったのか、そこのところをお尋ねしておるんです。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますが、先ほど申し上げましたように、北岡委員は途中からお入りになりまして、そして北岡委員の提案で、こういう現象があるということを北岡委員が言われたわけでございます。そういうわけで、第三次草案まではそのことが全然載っていなかったわけでございます。
○横路委員 木村さん自身、「航空情報」の中で、専門家が一人だとその一人の意見に左右される、これは危険なことだから、団の全体会議で議論するようにしたのだとおっしゃりながら、それだったら全く一人の意見によって左右されているんじゃないかというように思うのです。その点は、先ほどちょっと質問があった点なんですけれども、たとえば、操縦士についての記述のしかただって、これは変わっていますね。第一次草案から第二次草案までのこれらの審査の記録には、機長の操縦能力はすぐれたものであったと認められるというように書いておきながら、第三次草案以降では、「成績は可で、じょう乱気流中の」云々というようなことが新しく変わってきているのですね、表現が。こんなことは最初からわかっていることでしょう。最初からわかっていることが、なぜ一次草案、二次草案、三次草案という団の議論の中で変わってきたのかということが、私には全くわからない。こんなことは最初からすぐ全日空を調べればわかることだ。わかるのに、三次草案からそんなふうに、最初はすぐれたパイロットと言っていたのが、あとから可ですからね。優、良、可の可でしょう。それに今度は変わってきちゃっている。これは一体、どういうことなんですか。 それと、いまの気象のところと結びつけると、あなた方は意図はない意図はないと言いながら、パイロット・ミスという結論を何か導き出すために、山名さんが指摘している、作文をしているのだ、これを読んでいけばこういうように受け取られるわけですよ。パイロットの能力についてこういうぐあいに記述が変わったのはどういうわけですか。
○木村参考人 パイロットがすぐれたものであるというのは、概評でございまして、その内容を詳しく書いたのがこのあとのほうの案でございます。このような草案は事務局でつくって、それを委員会にかけるわけでございますが、委員会におきまして、その草案に、つまりすぐれているということは、ある基準をパスしている、そういう意味でございまして、特にこれが悪いということの内容ではないと思います。
○横路委員 そのほかまだ一次草案から二次草案の過程の中で、ものすごく重要な点が変わっているのですね。一次草案をまとめられるまでには二年間調査されて、そして出されてきた草案が四十日間でくるりと変わっている。これはこの間の委員会でも質問したのですけれども、救命胴衣の膨張操作の問題ですね。これは第一次草案では、乗客、乗務員が操作した可能性が強い。それが不明になっている。安全ベルトについては、二七%については荷重が加わった痕跡が認められない。この点について、それに相当する旅客二七%について安全ベルトを締めていなかったのではないか、これは乗客が何らかの理由ではずしたと考えられる。それが不明に変わっている。機長側のスライドは——スライドの窓ですね。これは開のロック位置になっていたのを、一次草案では機構から考えてあり得ない。これはあけたのだというようになっているのが、これが不明に変わっている。それから客室後方ドアのハンドルがやはり開の位置の状態、これもやはり人為的に操作された可能性が強いというのが、四十日間で変わっている。ギャリー・サービス・ドアの内側に脱出用シュートの金属製の取付棒があった。これもやはり何か脱出準備をしたのじゃないかというようなことが、一次草案では非常に詳しく、機首のほうの床のブラケットのストップ・ラッチ・カバーが云々というようなことで書かれているのが、これがまた変わっている。四十日間に全部変わっているのですね。 さらに、第三エンジンのスタータ・レバーがカットオフの位置にはずれている点についても、損傷がないこと、機構上から操作された結果によるものと考えられる、その可能性が強いと言いながらこれも変わっている。機構上はあり得ないものが、何で一次草案から二次草案の四十日の間に変わってしまったのですか。先ほど何かいろいろと議論されて、調査研究されてだんだん変わってきたのだというようなお話だった。しかし、二年間かけた調査結果が四十日間で変わる、その間の調査研究というのは一体何ですか。この間運輸省のほうに聞いてみたら、何も実験はやっていないと言うのです。実験をやっていなかったら、要するに同じ事実のものの見方でしょう。二年かかってやったものが四十日で変わるというのは、これは私たちしろうとから考えてふしぎでしょうがない。何かその四十日の間に黒い手が動いたのではないかということが考えられるわけですね。その辺どういう議論があって、こういうような重要な問題点が、このわずか四十日の間に変わってしまったのか、その点はやはりぜひ私たちお聞きしておかなければならぬ。
○木村参考人 ただいま横路先生から、第一次草案と第二次草案とが内容ががらりと変わっている。その間四十日ぐらいしかなくて、しかも、その間いろいろな試験研究などは何らされていないという御指摘があったわけでございます。この第一次草案と申しますのは、昭和四十三年四月二十六日に事務局がつくったわけでございます。つまり総会のたたき台といたしましてつくった案でございまして、その前に昭和四十三年三月二十八日に現物小委員会の報告が出ております。この現物小委員会の報告を踏まえて、これからの報告書案をつくっていこうということになりまして、事務局が第一次案をつくったわけでございますが、それを総会において審議いたしましたところが、第一次案に書いてあります、ただいま御指摘のような事項が、証拠不十分でこれは賛成できないという意見が出ましたので、それを勘案いたしまして、先ほどから申しますように、この報告書案の審議にあたりましては、委員の御意見とそれに伴う実験、研究などの結果によって直すというたてまえになっておりますので、この第一次案を審議した総会、すなわち四十三年四月二十六日の総会におきまして出ました委員の意見で直したのが第二次案でございます。
○横路委員 一つ事実で確かめておきたいのですが、一次草案では、客室内の内張り等の合成樹脂材料について、表面の変色があるということがあったけれども、二次草案以降削られていますね。これについてあったかないか事実だけお答えいただきたいのですが、この問題についてボーイング社に対してこの機材を送ったところ、これは熱によるものだという回答があったというように私聞いておりますけれども、そういう回答があったのかないのか。
○木村参考人 ただいまの御質問にお答え申し上げますが、その変色は熱によるものではないかというボーイング会社の鑑定でございました。ところが日本航空で調べましたところが、あの材料をヘドロの中につけますと、それであれと同じような変色をする。したがって、熱によるものであるのか、ヘドロによるものであるのかはっきりしないというふうに私どもは判定したわけでございます。
○横路委員 そうすると、お話を聞いていると、いろいろ二年間調査されてきて、何か山名先生の書いたものによりますと、自分は現物小委員会の委員でありながら、その報告書をまとめるには全然呼ばれてもいないし、タッチもしていないというようなことがどこかに書いてあるので、これもお聞きしたいと思うのですけれども、まとめられたものを委員が集まって議論をして、これは最終報告書にまとめたのですね。
○木村参考人 ただいまのおっしゃるとおりでございます。
○横路委員 時間がありませんので最後に一、二点ちょっとお尋ねしたいのですけれども、この調査報告書に書かれていない点で、何か副操縦士からタワーへ送信した音声の中に、千葉上空付近から発声のとぎれがあるということがいわれておるわけですけれども、これについて何か科研のほうに調査を委託されて、確かにそういう異常があるんだという報告があったというように聞いておるわけです。これは確かにそういう事実があったのかないのか。
○木村参考人 音声のとぎれの問題でございますが、これにつきましては、科研ではなく航空宇宙技術研究所におきまして調査をしたわけでございます。その結果このような音声のとぎれがあるということは、はっきり実験結果に出たわけでございますが、それが始まりましたのが、この実験の結果によりますと、十八時五十九分〇一秒にIFR、計器飛行方式を取り消しまして、千葉を出たという通報をしてから、そういうことが始まったということでございます。そういたしますと、ロング・ベース・ナウ、つまり着陸態勢に入ったという十九時〇〇分二十秒までの間に一分余り時間がありまして、そのあとで事故が起こったと思うのでございますが、それまでの間に何ら機上からは異常を報告しておりません。また音声のとぎれというものが、飛行機から発信する電波——電波を発信するわけでございますが、その発信機の機能によってそういうとぎれが生ずるものか、あるいは電波の伝わり方によってそういうものが生ずるか、あるいはテープレコーダーのほうの機能でそういうものがあるかというようなことにつきましても、はっきりした証拠がないわけでございます。したがって、これだけで結論づけることは困難であるという結論になったわけでございます。
○受田委員長 横路君の持ち時間は過ぎましたので、結論を急いでください。
○横路委員 はい。いまの問題ですね。結局異常があったということで、異常があった場合に操縦士が何をやるかということを考えてみると、管制塔に通報したってそれはだれも助けてくれないわけですね。そんなもの一々マイクを手にとって報告するよりは、異常の原因が何なのか、それに対してどういう措置をとったらいいのかということを、パイロットはまず考えるだろうと思う。そのことは操縦士の緊急時のチェックリストがありますね。それについて、たとえば酸素マスクを取って煙よけのマスクをするというような措置についても、何か副操縦士のみけんにそういう傷があったとか、あるいはオキシエマージェンシーのノブがオンになっていたとかいうことがいろいろいわれているわけでありますけれども、そういうことは全然お考えになれなかったのですか。マスクを取って発声をしていれば、それは音声のとぎれというものは出てくるだろうと思う。そういうような実験とか、そういうお考えは全然しなかったわけですか。
○木村参考人 煙が出たということでございますけれども、副操縦士がマスクをつけていて、そしてそのマスクのあとらしきものが遺体の顔についていたということにつきまして調べてみましたところが、これはマスクに限らず、顔にはたくさんの傷がついておりまして、これがマスクのための傷であるということは断定できなかったのでございます。それからもしも煙が発生いたしますと、その場合になすべき手順があるわけでございますが、そのときには副操縦士側の窓、すなわち飛行機の右側の窓をあけろと書いておるのでございますけれども、この飛行機では右側の窓はあけておりませんでした。それから副操縦士並びにキャビンのほうにおりましたスチュワーデスの解剖結果を見ると、煙を吸い込んだという証拠は発見できませんでした。そのようなことから、この飛行機では煙は出なかったものと判定いたしました。
○横路委員 これは運輸省のほうになると思うのですが、ちょっとお尋ねしたいのは、この事故報告書について、アメリカのNTSBとFAAについて、九月十九日までに意見を求めてやったというように私、聞いておりますけれども、これは回答が来たのかどうかという点が一点。 それから、いろいろ技術的な議論はきょうできなかったわけでありますけれども、ともかく不明確なところが多いですね。一つ一つとってみればそれは確かに不明なのかもしれないけれども、それを全体として見た場合には、やはり第三エンジンに何らかの異常があったのではないか。しかも接水前に乗客なり乗務員はその異常を感じて、何らかの措置をとったのではないかということがうかがわれる証拠がたくさんあるわけです。この事故報告書を見ると、乗客も何も知らない、乗務員も何も知らないうちに、滑り込むように着いてみたら海だったというような感じの報告書になっているわけです。だから、私はこれは再調査すべきだろうと思う。その点が二点です。 それからもう一つは、何かきょう航空安全推進会議のほうから運輸大臣あてに、そういう技術的ないろいろな問題について公開質問状が提出されているというように聞いておりますけれども、それについて、きちんとやはりお答えをすべきではないかというように思いますので、その三つをお答えをいただいて私の質問を終わりたいと思います。
○内村説明員 先ほどのFAAからの返事ですが、これは来ておりません。二番目の再調査の件でございますけれども、これは木村先生を団長とした事故調査団、これをつくりまして、四年六カ月という長年月を経て、いろいろな議論の結果出た結論でございますから、さらにこれは再調査をするという意向はございません。 それから、公開質問状でございますが、727型機羽田事故に関する公開質問状というのが本日航空安全推進連絡会議のほうから出てまいりました。これにつきましては、四十六年の一月末までに回答してください、こういうような御趣旨でございますので、それについては回答いたしたいというふうに思っております。
○横路委員 それでは委員長、これで終わります。
○受田委員長 松本忠助君。
○松本(忠)委員 本日は木村、楢林両参考人には御多忙の中を御出席いただきまして、貴重な御意見を伺うことができまして感謝いたしております。また、御遺族の方々も数名見えられておるようでございますが、百三十三名のとうとい犠牲者の霊に対し、深甚なる哀悼の意をささげますとともに、御遺族の心中を察するに私は余りあるものがあると思います。四年八カ月という長い年月をかけ調査をいたしましたその結論が、操縦ミスをにおわせる原因不明という、たったの四文字で片づけられてしまう、このことにつきまして、御遺族の皆さまには腹に据えかねるものがあろうと思います。私も心からお見舞いを申し上げるものでございます。 本件に関しまして、公明党といたしましては、本年の三月七日に予算委員会におきまして、相沢議員が質疑をいたしました。なお私自身、五月十二日と、最終報告書が発表されました直後の十月九日と二回にわたって、運輸常任委員会において質疑を展開いたしました。本日は三回目にあたります。きょうは、幸いにも木村参考人並びに楢林元運輸省航空局の首席飛行審査官に、この質疑をする機会を与えられましたことを、私は非常に喜ぶものでございます。 いろいろといま御意見が述べられましたが、まず最初に木村参考人にお伺いするわけでございますが、一九七〇年四月発行の「航空情報」の四月号に、木村秀政団長が青木、横森というお二人の方と特別座談会をなさっております。この記事を私拝見いたしましたが、木村参考人はこの「私は答える」という座談会の記事について、これをお認めになりますかどうか。まずお伺いいたしたい。
○木村参考人 座談会の記事というのは、編集者の責任において出すものでございまして、私が個人で署名して書いた原稿とはおのずから違うわけでございます。
○松本(忠)委員 全面的にお認めにはなれない。編集者がやったものであるから、私はそのものに対しては責任は負えない、こうおっしゃるわけですか。
○木村参考人 表現のニュアンスなどが違っているところがあるということを申し上げたわけでございます。
○松本(忠)委員 それでは、そのことを念頭に置きまして、私も一応御質問をいたします。 この「航空情報」の百十五ページの一番最後のところになりますが、木村さんの発言といたしまして、「結論に不満の方も、話せばわかってくれますね。ぼくもニュース・ショーで遺族のかたにつるし上げられましたが、あのあとで遺族のかたとも、遺族会長のかたともゆっくりおあいして、説明した結果よくなっとくしてもらいました。」このようにございます。これに対してちょっと伺いたいわけでございますが、私の秘書が調べましたところ、一月二十九日のこのアフタヌーンショーでございましょう。このアフタヌーンショーのあととするならば、遺族はお会いしておりません。出場した八名の方々は、NETの食堂で一諸に食事をして帰っておる。一人も会っておりません。また御命日の二月四日といたしましても、遺族会長はじめ遺族の方々も、ゆっくりお会いして説明した結果、よく納得してくれましたというような状態ではございません。四日は単なる世間話で終わっております。第一納得しているなら、今日この席にわざわざ傍聴に来られるわけもありません。納得しないからこそ、御遺族の方も公開の席で木村参考人の真意を聞きたくて、お見えになったのであろうと私は思うのであります。また九月二十九日の読売新聞の記事もそれを表現していると思います。なぜこのように木村参考人は百三十三名の御遺族に対し、また世間に対して虚言を吐かれるのかお尋ねをいたしたい。
○木村参考人 ただいまの御意見でございますが、私はアフタヌーンショーで、御遺族の会長をしておられます石田さんにお目にかかりまして、そのあと二月の四日の御命日の日に、石田会長のお宅にお邪魔いたしまして、御令息の霊前にお参りをさせていただきました。そのとき、この事故というものは非常に調査がむずかしいものであって、そして確固たる証拠がない場合には、原因不明という形になることもあり得るのであって、現に外国の例を見ましても………。
○松本(忠)委員 簡単にお願いします。
○木村参考人 大体一五%ぐらいが不明というようなことになっているというようなことをお話し申し上げて、御納得をいただいたものと考えました。
○松本(忠)委員 決して御遺族は納得しておらぬ、このように私の秘書に対して明言をされております。また、読売新聞の記事によりましても、そのことははっきりわかると思います。 その問題はそれにとどめまして、次に問題を移します。木村参考人が、この「航空情報」の中で言われております「三基ともまったく異常なく」、これはエンジンのことだと思います。「三基ともまったく異常なく、接水の瞬間までアイドリング状態であったことが確認されています一こうございます。いかなる理由によってこれが何の異常もなかったのか、この点を明らかにしていただきたいと思います。
○木村参考人 エンジンにつきましては、この調査報告書に書いてございますが、このエンジンを航空局立ち会いのもとに、石川島播磨株式会社の田無工場におきまして分解いたしまして、詳細に点検したわけでございます。その結果、御承知と思いますけれども、エンジンの前方に圧縮機、コンプレッサーというのがございまして、それに羽がずっとついているわけでございます。その羽の曲がりぐあい、それから羽と固定部分とのぶつかりぐあい、そういうものを詳細に観察いたしました。また、ジェットエンジンというものは、前方は温度が低いわけでございますが、その圧縮機のうしろに燃焼器という空気と燃料をまぜて燃やす場所がございます。そしてそこが非常に温度が高くなりまして、その熱いガスがうしろのタービンにぶつかるわけでございますので、タービンの部分も非常に温度が高くなるわけでございます。この拾い上げましたエンジンを分解いたしましてしさいに調べましたところが、その熱い部分、つまり燃焼器のうしろの部分あるいはタービンの入り口の部分、これはごく近くにございまして、ほとんど同じ位置と言っていいのでございますが、そこに何か金属がぶつかりまして、熱いところにぶつかったものですから、その金属のほんの少量が溶着していた。その溶けてついていたというのは、エンジンがアイドルまたはそれ以上の状態で正規に回転していたという証拠になるというような、エンジンを分解いたしまして詳細に検討いたしました結果、これは接水の前には、アイドルまたはそれ以上の状態で正常に運転されていたというふうに判定したわけでございます。
○松本(忠)委員 私は、本年の二月二十六日に東京大学に山名教授をおたずねいたしました。いろいろとお話を伺いました。また去る十一月三日の大田区産業会館において開かれました航空安全推進連絡会議主催の、羽田沖事故原因を追及する研究会にも出席をいたしました。午前十時から午後の五時半まで、山名教授の講演をこの耳で聞き、スライドをこの目で見てまいりました。そしてまた休憩の時間にも私は山名教授にお会いをいたしました。いろいろとお話を伺いました。そして山名教授の言われる、そしてまた、当日のいろいろ見せていただきましたスライド等から、また山名教授が書かれている朝日ジャーナル、この記事を見たときに、どうもいまの第三エンジンをはじめとし、三つともエンジンに異常がなかったということについては大きな疑問を感じる。山名教授の朝日ジャーナルの記事をちょっと読んでみますが、さらに報告書の大きな欠陥は、この報告書が、今回の事故によって残されたきわめて特異な機体の破壊と散布の状況の解明に、まったく触れていないことである。機体の各部は、分断された胴体の最後部を西端として、東から西にわたり、ほぼ磁方位八〇度の方向に、長さ約六五〇メートルにわたって散布されていた。そして胴体最後部には、左側の第1エンジンがほとんど外見に異状のない状態で残っており、右側の第3エンジンは脱落してその取付け部も著しく破損していた。しかも脱落した第3エンジンだけが、他の物品の散布されたほぼ東西にわたる帯状の区域から、遠く七〇メートルほど北に離れた場所から揚収されている。散布状況を図に描いて考えると、第3エンジンは、最初の接水点付近で機体から離れ、斜め右前方に約三〇〇メートル空中を飛んだことになる。このように、胴体最後部に見られる著しい左右非対称の破壊と、第3エンジンが斜め右前方に長距離を飛んだこと、この二点が、残された証拠の最も大きな特徴である。この特徴を生じた原因が解明されないかぎり、今回の事故について調査されたとはいえない。そして、この特徴こそ事故原因究明への最も重要な手掛りであるが、この手掛りへの無関心さが、報告書の末尾に添えられた散布図の不備に端的に表明されている」。とあります。 私もこの散布図を拝見いたしまして、まず一番最初に疑問に感じましたのは、散布図の右側のほうの下のほうであります。第三発動機カウリングの一部その他とあります。これはここにまるが書いてあるところよりもまた矢じるしがあって、もっと右側に落ちたような表示になっておりますが、はたしていかなる地点に落ちたのか。またいま山名教授の話のように、第三エンジンがQ点から北のほうに飛んで離れている点、またQ点に第二エンジンがあるというような点、この第二エンジンはQ点にあり、それからQ点から出ておるわけでありますが、第三エンジンがQ点から北方七十メートルの点にあるというこれらの点を考えましたときに、いま木村参考人が言われる三つのエンジンが全く異常なかったというふうには考えられない。なぜこのように第三エンジンのカウリングが一番手前に落ちていたか、そしてまた第三エンジンがその帯状にばらまかれている右前方七十メートルの地点に、なぜそんなところに特に離れて落っこっているのか、こういう点についてひとつ簡単でけっこうでありますが、御説明を願いたい。
○木村参考人 ただいまの松本先生の御質問でございますが、まず第三エンジンにつきましては、先ほども申し上げましたように、エンジンを分解いたしまして詳細に点検いたしました結果、私どもは第三エンジンは正常な運転をしていたということを確信しているわけでございます。 その第三エンジンのカウリングの一部がこのかなり右のほうに落ちていた、それをどういうふうに解釈すべきかというのがまず第一の御質問の要点だと思いますが、この第三エンジンのカウリングの一部は、第三エンジンの前、上、三つのボルトでついておりますが、前、上のボルトが破断いたしますと、それに伴ってこのカウリングの一部が機体から取れまして、そして飛んだというような部分でございます。それで私どもの推定では、第三エンジンの前、上のボルトは水面に接水したときに切れたものに違いない。そうしますと、大体これはこの図のR点よりもある程度右——一等右にございますが、それよりやや手前であろうということが考えられるわけでございます。そうしますと、それならこのカウリングの一部がどうしてそれよりももっと右のほうの、しかも南のほうに落ちているかということでございますけれども、このカウリングというのは薄いぺらぺらな板でございまして、当時この飛行機が着水するときには秒速百メートル、まあ大体の見当、その程度の非常に早い速度で接水しております。したがって強い風を受けておりますので、ぺらぺらなものは相当右のほうに、つまり進行方向に対して右のほうに吹き飛ばされるということは考えられるわけでございます。それから空中を吹き飛ばされましてから水の中に落ちますと、これは軽いものでございますので、海の流れによりまして、海流によりまして移動するということも考えられるわけでございます。そういうことを考えますと、このカウリングの一部が右のこの辺に落ちていたということは十分に考えられることでございます。 それから第三エンジンが、この散布図にございますように、第二エンジンの落ちておりましたところよりもだいぶ右のほうに落ちているわけでございますが、第一は、この第二エンジンの落ちているところが飛行機の航跡であるかどうかも実ははっきりいたしませんが、このような位置を説明づけるために、山名さんは御承知のように模型実験をしておられます。この模型実験は、非常に力学的な相似ということをよく考えてつくられた模型でございますけれども、当時はこの海面にはもちろん風も吹いておりましたし、また波も立っていたと思いますが、そういう点は全然考えられていないわけでございます。それから水に接しますと、飛行機の一部が破壊するわけでございますが、その水に接して破壊したということは、このR点付近にいろいろなもの、特に胴体の下、つまり胴体の腹のほうに入れてあったものが散布しておりますので、最初に接水いたしましたときに、胴体の腹が破れたということがこれで考えられるわけでございますが、そのほかに飛行機は幾つかの損傷をしておるはずでございます。そうしますと、飛行機の形はもはや最初に接水したあとは完全な状態ではございませんで、一部がこわれている。したがって目方も変わりますし、重心位置も変わってくる。また空気の抵抗も変わってくるということになりますので、ほんとうに、この事故の飛行機が接水して、どんなふうな状態になったかということを、模型実験でそのとおりの条件を再現することはできないと私は考えます。したがって、その実験の結果から、逆にそれでは、この飛行機はどういう姿勢で、大体どんな速度で、どんな傾きで水に着いたろうというようなことを推定することはできないと考えます。したがって、もしこの散布状況から、そういう水についたときのいろいろな条件が判定できればいいわけでございますけれども、私どもは、この非常に複雑な条件を、模型実験で再現することは不可能であろうと考えます。したがって、そういう点については、この報告書に触れていないわけでございます。
○松本(忠)委員 いろいろと疑問の点があります。しかし時間も制限されておりますし、木村参考人の答弁が懇切丁寧でございますので、こちらの時間がなくなり非常に残念に思います。 そこで、グランド・スポイラーのリトラクトロックの構造についても説明をしていただきたいと思っておりましたが、これは保留いたします。十一月三日に山名教授の講演会で聞いたのでございますが、グランド・スポイラー構造とヒンジの割れぐあいから考え合わせてみたときに、どうしてもグランド・スポイラーは立っていたとしか考えられない、水平の状態にあったとは考えられない、こう言われました。ところが木村参考人は、先ほど横路君の質問に答えまして、グランド・スポイラーが空中で立ったと言う人があるが、立っていない、こう言われております。 そこで楢林参考人に聞きたいわけでありますが、あなたはどう思われますか。グランド・スポイラーが立っていたとするならば、その証拠をあげていただきたい。
○楢林参考人 これは立っていたと思います。もしもグランド・スポイラーのリトラクトロックではございますが、こちらが前でこちらがうしろです。下から水が入ってこれを上げるということはできないのです。これは取りつけ棒をこわさなければ絶対にできない。ということは、もしも油圧が飛行中なくなったりしても、スポイラーが上に上がるようなことがあったら飛行機は危険なわけです。これは上がらぬような構造にできている。だから下から水がついて上がったりなんかするわけがない。もしここへ上がるような力の水流があるならば、おそらくこちらのフラップのほうも吹っ飛んでしまうだろうと思います。これは油圧が上がっていなければ、この取りつけ部の構造は破壊——とう引っ張られて構造がこわれる破壊現象というものは力学的に起こらない。こっちからだったら破壊現象が違う。この破壊の状況は衝撃破壊でやってみますと、ここにハンマーを置きまして、こういうのをたたいてみますと、同じ方向のカーブで割れてきます。——これは回します。 〔楢林参考人、模型を示す〕これは力学的な破壊の状況を示したもので、同じ方向を示します。石こうでやってみましても同様の破壊状況です。こちらでこういうたたき方をすると、こういうこわれ方をする、これが破壊の状況でございます。この破壊の状況が最も正しい証拠でございまして、グランド・スポイラーが立っていなければ、これの取りつけ部の破壊は、現実の飛行機の破壊状態は示さないといって過言でないと思います。
○松本(忠)委員 模型を使っての非常に懇切な御説明で、了解いたしました。 そこで、楢林参考人に続いて伺うわけでございますが、楢林参考人が一九七〇年十月二十三日付の週刊朝日に記事を載せられております。これはあなたが直接お書きになったものでしょうか。
○楢林参考人 はい、ほとんど私が書きました。
○松本(忠)委員 それでは、この書かれてある記事について、楢林参考人はお認めになるわけですか。
○楢林参考人 はい、責任を持ちます。
○松本(忠)委員 それでは質問を続けますが、この一一四ページでございます。ここに「エンジン推力計器のナゾ」という記事があります。「この計器はE・P・R(エンジン・プレッシャー・レシオ)といい、機長席(機首に向って左側)と副操縦士席の間にある。この計器の値は、第一、第二は同じで、第三エンジンの針だけが異常に低い出力を示していた。(一番上の三つがE・P・R、矢印が第三)。」こちらの写真でわかるようになっておりますが、「水の浸入で針が動いた場合も考えられるが、三つとも相対的関係で動く。つまり水没後動いたとしても、第一、第二、第三とも同じ差で動くのであって、第三だけが動くことはない。なお、E・P・Rのエンジン側についているトランスミッター(伝導装置)を調べたところ、第三エンジンの値には信憑性があったが、第一、第二については”事故”のため、その値は信憑性を欠いていた。」このようにございます。信憑性を欠いた事故とは一体何をさすのか、これを説明してもらいたい。そして、先ほども私、木村参考人に伺ったわけでありますが、第三エンジンがほんとうに三つとも異常なかった、こうおっしゃることについての大きな反論になると思います。
○楢林参考人 E・P・Rトランスミッターの三番については、四十二年一月九日か十日に、全日空の格納庫において、全日空の人二人を立ち会い人にしまして、こまかいマクロの写真をギアでとっております。三番エンジンにつきましては、そのギアはヘドロがついたままでございます。しかるに一番と二番につきましては、ちょうどかわきかけたコンクリートの上を犬が歩きますと犬の足あとがつきます。ところが一番と二番とのE・P・Rのギァについては、マクロの写真ですから、ギァの一部にギァがかんだあとが残っておりました。そのため一番と二番につきましては、これはそのE・P・Rのトランスミッターの値は信憑性がない、そのように申し上げるわけでございます。
○松本(忠)委員 わかりました。 それで、木村さんの御発言との違いを私はまたさらにお伺いしたいと思うわけでありますが、時間もございませんので次に移ります。 一一六ページに、「4 胴体部分のシワのナゾ」というのがあります。「第一エンジンわきの胴体には、タテのシワがあるが、第三の方の同じ位置にはそれがない。このシワは、接水のときエンジン部分に、強烈な下向き荷重がかかったことを示す。第三エンジンのボルトは、あとで述べるように切れてエンジンそのものが離脱している。これがもし接水時のショックで切れたものなら、第三エンジン側の胴体には、第一側よりはるかに顕著なシワがなくてはならない。(第一エンジンはボルトも切れておらず、エンジンも離脱していない。このことから、第三のボルト切れ、エンジン離脱は接水時のショック以外の要因で起ったと考えなくてはならない)」このようにございます。この胴体部分のシワのなぞについて、具体的にはどのように御説明されますか。楢林参考人に伺いたい。
○楢林参考人 この写真にありますところのエンジンの、この縦のバックリングでございます。ところが、左側のエンジンには縦にバックリングがございますけれども、右側の第三エンジンのほうにはこういうふうなバックリングがございません。胴体がございまして二つエンジンが一緒についている。ドーンと落ちたならば同じようにつくべきである。むしろ三番のほうがまともに上のコーンボルトがついておるのならば、飛んでいったのであるから同様の強度が最初にあるとするなら、切れたほうが強い力を受けているはずである。ところが、飛んでいったほうはつかずに、飛んでいかないほうがついているということは、三番エンジンの側には下向き荷重がかからなかったのではないかということになります。
○松本(忠)委員 楢林参考人、その写真をちょっと委員長にも見せておいていただきたいと思う。そういうものはすべて委員長のほうから、先に回すようにしていただきたい。 そこで、いろいろと木村参考人、楢林参考人からお話を伺いまして、いろいろな疑問点がございます。いまの御答弁を速記によりましてあとでまた十分に検討させていただいて、私はこの問題についてさらに追及をいたしたいと思っております。 時間もございませんので、一応航空局の局長に伺っておきます。実はきょう大臣に出席を要求いたしました。ところが大臣はどうしても出席はできないというお話でございましたので、私も了といたしました。また機会を見て大臣には伺いたいと思いますが、局長の見解を一応聞いておきたい。 事故の調査につきまして、個人の秘密に属するものについては除きまして、物理的な内容については、一般に公開すべきではなかろうかと私は思うのです。民事にいたしましても、刑事裁判にいたしましても、また海難審判にいたしましても、一般公開をしていると思います。私の秘書が運輸省のある人から聞いたことでございますが、今回の事故調査団の会議の模様はすべて録音テープでとってあるということであります。第一回から第三十三回までですか、全部が保存してあるそうでございますが、ほんとうですか。いや、これは保存してないとするならばおかしなわけでございますが、このテープを一般に公開して広く国民にも知らせるべきではないかと私は思うのです。いろいろな疑惑があります。ですから、これはやはり国民に公開する必要があるのではなかろうか、こう思うわけでございますが、この点について局長はどうお考えになるか。また大臣からはあらためて聞くとして、局長の考えだけを聞いておきます。
○内村説明員 まず録音でございますが、録音テープはとってございます。 それから、こういったものについての公開の問題でございますが、内容によるのではないかというふうに思っています。と申しますのは、たとえば証拠写真でありますとか、そういった事実、それは公開すべきだろうと思います。ただ、議事録とかあるいは証言とかいうものにつきましては、その議事を行なう際に、あるいは証言を求める際に、これについては公開しないのです、したがいましてどうかほんとうのところを証言してくれというふうなことを言っておりますし、議事につきましても、これは非公開でありますから、したがってほかのことを考慮されないで、ほんとうのところを存分に議論していただきたい、こういうふうなことで進めておりますので、その関係上、私といたしましては、議事録は公開いたしかねるのではないかというふうに考えております。
○松本(忠)委員 最後にもう一言申し上げたいと思います。 この羽田沖のボーイング727の墜落事故につきまして、最終報告書が公表されたわけでございます。しかし、先ほども申し上げましたように、原因不明、こういうたったの四文字で片づけられている。しかし、私はそうではならないと思うわけです。きょうも長時間にわたりまして両参考人から御意見も伺いました。しかし、両参考人のお考え方、発言にたいへん隔たりがあることを私はこの耳で聞きました。そこで私は全く判断に迷うわけであります。御遺族の方も、また国民も、ひとしくこの問題は判断に迷うだろう。やはりこれははっきりしなければいけないと思う。この問題だけはどうしても原因不明ということで片づけてしまうのにはあまりにも大きな事件であろうと思います。だれもかれもがこれをはっきりせよ、こういう御意見を持っている人が圧倒的に多い。そこで、私は再調査すべきではないかと思うわけであります。しかし、先ほど横路委員の質問に対しても、再調査をしない、このように局長は言われました。私はこの問題は大臣に重ねて聞いてみたいと思っておりますが、いずれにいたしましても、私が先般、十一月三日に山名教授に会いましたとき、山名教授にいろいろとお話ししましたその中で、山名教授にこういう公開の席に出てきて、やはり自分の意見をはっきりと開陳すべきではないか、こういうふうに私が申し上げましたところ、山名教授は、単独でならどこへでも出ていってきょうと同じ話をしたい、そして一般の方々によく認識をしてもらいたい、国会に行くことも単独で話すのならば差しつかえない、こういう意味のお話を私といたしました。なぜ単独でと言われるのかを私は重ねて聞きました。どうして単独でなければいけないのですか、こう聞いたわけです。しかしその理由は、私は山名教授の口から聞いてまいりましたが、この席で申し上げることははばかりますので、やめます。しかしいずれにいたしましても、山名教授の意見というものを、私はぜひこの交通安全対策特別委員会においても、委員の皆さんが聞くべきではなかろうか、そう思うので、この点委員長におはかりをいたします。 そして、さらにこの問題につきましては、今後も論議が展開されていくと思いますが、私はいままでの経過をたどりまして、いろいろと結論をまとめてみますが、どうしても次の三点を実現すべきではなかろうかというふうに考えております。 その第一は、他から圧力を受けることなく、十分に調査研究のできる常設の事故調査機関を、法律に基づいて設置することであろう。 二つ目は、そこに勤務する専門調査官の訓練に全力をあげていくということ。 それから三つ目は、交通審判庁をつくれということであります。日本では、小さな事故の場合は、独自の調査で結論を出せます。その結論に従って、関係者の行政処分を行なってきたのでありますけれども、この場合、当事者の言い分を聞くため、一応聴聞会を開くたてまえになっておりますが、聴聞会のあと、一たん処分がきまってしまいますと、幾ら不満がありましても従わざるを得ないことになっております。このために、パイロットの間では、前々から不服を申し立てることができる審判の場をつくってもらいたい、こういう意見が強うございます。私はこの意見は、しごくもっともだと思います。そこで、大臣にこのことも伺いたいわけですが、局長は、航空審判庁をつくることについてどのようにお考えになるか。 以上三つの点について答えていただきたいわけです。 十一月の一日の読売新聞の記事によりますと、最近の羽田の離着陸が非常にたいへんな状態だ、空中の接触、こういう事故も起きる可能性が十分にある、旅客機が六十メートルに接近した、これはおたくがお調べになって発表になったことですから、間違いないと思います。こういうふうに、羽田の状態から考えましても、事故の発生をわれわれは何としても防がなければならぬ。そのためには、ふだんから研究にも全力をあげていかなければならない、このように思うわけでございます。それがせめて百三十三人の遭難された方々に報いる当然の処置であろうと思うものでございます。大臣の答弁はいずれ聞くとして、あなたのお考えを伺って質問を終わることにします。
○内村説明員 ただいま先生御指摘のように、事故調査機関というもののしっかりしたものをつくれということについては、私どももそのとおりと考えております。現在航空事故調査機関といたしましては、本省の航空局に航空事故調査課というものをつくりまして、ここに九名の人間がおります。それから地方につきましては、東京航空局管内及び大阪航空局管内に合わせて十六名の調査要員がおりまして、これによって事故調査をやっておりますが、さらにこの機関をもっと充実させたいというふうに考えます。 それから、先ほどこれは檜林参考人も言われましたように、調査に当たる人の訓練が必要である。もっとしょっちゅうそういうものを担当して、高い角度から、これならばこうというふうな意見がわかるような専門家が必要であるというふうなお説もございましたが、これは私どももそのとおりと思います。そこで、こういった調査官の訓練とか、そういうふうなものをもっとやりまして、その能力度と申しますか、そういうものを上げていきたいというふうに考えます。 それから、最後に交通審判庁でございますけれども、審判庁というのは、実は二つの意味があるのではないか。と申しますのは、一つは事故調査機関としての審判庁、それからもう一つは、審判によりまして、いわゆる船員の場合と同様に、職員に対する懲戒に対する判断というふうなことが行なわれる、こういうふうな二つの要素を持っておりますので、これを一本にしたほうがいいのか、あるいは二本にしたほうがいいのか、この辺やや問題がございますので、この辺はさらに研究いたしたいというふうに考えます。
○松本(忠)委員 以上で終わります。
○受田委員長 松本君、さっきの委員長に対する要望、理事各位に相談の上、善処したいと思います。 河村勝君。
○河村委員 長時間にわたりまして参考人もお疲れのところでありますから、私はしろうとでありますから、技術的なことをお伺いしたいとは思いませんが、特に、この調査団の仕事の進め方についてのことを伺いたいと思います。 大体航空事故のような性質のものは、今回の場合もそうでありますけれども、関係者全員が死亡してしまって、その上に機体が大破をしてしまう。でありますから、原因の究明というのは非常にむずかしいわけであります。そのために、いろいろな推定が成り立つけれども、なかなか証明がしにくいと思う。そういう意味で、それだけに調査の結果も大切でありますけれども、その過程で公正で綿密な調査が行なわれていること、そして調査報告の中でもそれが明らかになるようになっていることが必要だろうと思うのです。そういう意味で、先ほど冒頭からの陳述を伺っておりまして、一、二疑問の点がありますので、それを先に伺いたいと思います。 先ほど楢林参考人のほうから、山名教授の調査、研究の結果を全く審理せずに、これを無視して多数決できめてしまった、こういうような発言がありましたが、その点はどういうことでございましょうか、それをまず木村参考人に伺いたいと思います。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますが、山名さんが研究の結果をおまとめになりまして、調査団で説明されましたのは昨年の十月、秋でございました。過日十一月三日に御説明の会をなすったそうでありますが、そのときと同様非常に詳しく、またその説明がよくわかるように団員の前でされたわけでございます。そこで名団員はその説明を十分に伺いまして、それぞれの立場におきまして、その御説明の内容をしさいに検討し、またわれわれ調査団で調査してまいりましたことの結果と比べまして、その食い違いなどもいろいろと検討したわけでございます。そして、これは十一月でしたか十二月でしたか、ちょっと覚えておりませんけれども、そのときにまた会合を開きまして、各委員が山名さんの提出されましたお考えに対しまして、こういう点がおかしい、こういう点は認めがたいというような点を山名さんにお答えいただこうと思いまして、私ども非常に詳しくお話ししたわけでございます。これは、先ほど私が申し上げました模型実験の問題、あるいは飛行機の通った航跡についての問題あるいはグランド・スポイラーの問題、あるいはエンジンの問題といったようなことにつきまして、それぞれの委員がたいへん熱心に詳しく山名さんの説に対する疑問を申し上げたわけでございます。そして山名さんから、それに対するお答えを期待しておったわけでございますけれども、山名さんは、疲れているからきょうは答えないということで、私どもに対して御回答をいただかなかったわけでございます。続いて、最後の四十五年一月二十四日の総会におきまして、引き続きこの問題について十分私どもは審議をしたつもりでおります。以上でございます。
○河村委員 檜林参考人にお伺いいたしますが、いま木村団長の御説明がありましたが、そのときには、あなたはおられたのかどうか。また、あなたがおっしゃったのとたいへん食い違うようであるが、その辺はどういうふうに考えておられますか。
○楢林参考人 私は昨年の三月三十一日付で退職いたしておりますし、先ほど申し上げましたように、委員会にはほとんど一、二回しか出ず、あとずっと出ておりません。ですから同席はいたしておりません。それから先ほど申し上げましたのは、朝日ジャーナルの記事によって申し上げたのでございます。なお、山名先生には、電話でこの記事の内容についてお問い合わせをしまして、そのときに先ほどのいわゆるグランド・スポイラーの件でございますが、水についたときに、翼の下から水が上へ上がって、その次上がったときに上から水がかかって折れた、取りつけがこわれた、そういう没論理な意見を言うような委員会であるから、それについては再三再四話したけれども、ち盲もわからぬ、何にもわからぬ委員会だ、だからもうくたびれられたのでしょう、それでお答えになられなかったのじゃないかと思います。
○河村委員 そうしますと、あなたには事実を確認して言われたのではない、そういうことになりますね。
○楢林参考人 はい。
○河村委員 そこで、先ほど少数意見を付したらどうかという意見があって、団長はそれもよかろう、そうしたらどうかということをはかったが、山名教授のほうからその必要はない、あるいは出されちゃ困る一どう言われたか知りませんが、とにかくそれは要らないということであったという御説明でありましたが、そのときには、なお山名教授は委員であったのですか、なかったのですか。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますが、いま御指摘になりましたようなことが出ましたのは、四十五年の一月二十四日の総会でございます。このときには山名委員は、最後までその席においでになったわけでございます。
○河村委員 先ほども申し上げましたように、この種の事件というものは、いろいろな推定が成り立ち得る、なかなか証明ができないでしょうけれども。でありますから、いろいろな少数意見、最終的な報告書には採用されなかった意見というものは、数多くあったのだろうと思いますが、その点はいかがでございますか。
○木村参考人 ただいまのお話でございますが、それまでの間にこの五次案まで審議したわけでございますが、一次案から五次案までの審議の間におきまして、どうしても載せようということを各委員が御提案になりました少数意見はございません。
○河村委員 先ほど、これも楢林参考人の御発言でございましたが、多数決で報告書を決定したという証言でございましたが、その点はいかがでございますか。
○木村参考人 多数決というのはあまり適当な表現ではないと思います。私といたしましては、私自身がなるべく委員の皆さま方の御意見を伺いまして、会議をまとめていくという方針でいつもやっておるわけでございまして、四十五年一月二十四日の総会におきましても、十分に審議を尽くしたつもりでございます。しかし意見は明らかに分かれて対立しておりました。それで、これ以上この審議を続けましても証拠がはっきり指摘できない、したがって原因不明ということになると思うが、そういう点について各委員の意見を聞かせてくれということで、各委員に一人一人お話をお願いしたわけでございます。たとえば、私が賛成の方手をあげてというようなことではなくて、各委員が一人一人意見をおっしゃったわけでございます。したがって、もうこれ以上打ち切ろう、これ以上やってもこの原因は出てこないという判断をしたのは、私がそういう判断をして、そして委員に賛否を問うたというのではないのでありまして、これ以上審議を続けても原因はつかめないというその判断につきましても、各委員がそれを踏まえた上で、第五次案、すなわち原因不明という案でいかざるを得ないという意味の意見を申し述べられたのでございます。
○河村委員 さっきちょっと聞き漏らしましたが、山名教授のこの研究というのが非常に長くかかって四十四年秋までかかった、こういう御説明でありましたが、これは山名教授が団員としてやったといいますか、要するに団としての研究としてやったものですか、どうですか。
○木村参考人 山名教授かどういう意識でおやりになりましたかは、私もわかりませんけれども、とにかく山名委員は、実験をずっと続けている間団員でございまして、そしてその実験の目的は、今回の事故調査のためにおやりになりましたので、これは団としておやりになった、こういうふうに考えていいのではないかと思います。
○河村委員 その点がこの調査団の組織なり運営の面で非常にあいまいな感じがいたしますが、いろんな試験、研究をやられたわけですね、団員がかってにやっておっても、それが団の仕事で、こういうものはやはり団長なり、要するに責任者がこれについてはこういう取り上げ方をして、こういう研究をやるんだということを一々計画をしてやる、そういうものだとわれわれ普通考えるのですが、そうではなしに、めいめいがばらばらにやっておるわけでございますか。
○木村参考人 実験なり研究をいたします場合には、総会におきまして調査報告書の案を審議いたします。その結果、こういう点をもっと研究しなければいけないのではないか、あるいは調査しなければいけないのではないかというような御意見が出ますと、それをこの総会ではかりまして、皆さまが賛成なすったものにつきまして実験、研究を進めてきたわけでございます。
○河村委員 いま団長のお話ですと、たぶん団としておやりになったものと思うというようなお話があったものですから、少なくともこの件については計画的にやられたものではない、そういうことなんですか。
○木村参考人 ちょっといま最後のところがはっきり………。
○河村委員 団としてこれを取り上げてやってほしいという、あるいはこういうふうにやりたいと思うがどうだというふうな、何といいますか、団の意思としてやったものではないようにとれますが、そんなふうな形になっておるのですか。
○木村参考人 ただいまの御質問でございますけれども、山名委員が今回の研究をされますについては、予備的にいろいろ実験をされまして、途中でその経過をわれわれに御報告いただきました。その御報告の結果に基づきまして、それではもっとそれをやっていただこうということになりまして、山名委員が研究をお進めになりましたので、そういう意味ではやはり団としてお願いしたということになるのでございます。先ほど私が思うという、少しあいまいな表現をいたしましたが、そういうことでございまして、団としてやったわけでございます。ただし、その予備実験をおやりになる段階におきましては、山名委員が個人的にそういう実験をされたわけでございますが、そういう実験をしました結果、それなら事故調査に役立つのではないかと山名委員がたぶんお考えになつたと思うのでございます。その結果、総会の席上におきましてその内容を御説明になりましたので、各委員が伺いまして、それではその実験をもう少し続けていただこう、こういうことになりましたので、山名委員の実験は団としておやりになったということになるわけでございます。
○河村委員 先ほど山名教授がその必要がないと言われたから、少数意見は載せなかった。それからいろんな反対意見もあったけれども、それを報告書に載せてもらいたいという希望がなかったから載せなかった、こういう説明だったと思いますが、裁判の場合でありましたら、これは疑わしきは罰せずで証拠不十分、無罪ということでよろしいわけでありますけれども、この種の問題の扱い方としましては、さっきも言いましたように、大体がなかなか証明しにくい問題が多いわけですから、その結論も大事であるけれども、しかし、その調査の過程において、やはりいろいろな明確な証明はできないまでも、ある程度の推定ができて、疑わしいというものがあれば、それをやはり報告書に記載をして、それで内容を明らかにする、それが結論的に別なものであっても、疑わしいものは将来残しておけば、それが今後の安全に対する、改善の材料にもなるわけですから、この種の問題についての報告書というものは、ただ疑わしきを証拠不十分、無罪ということではなしに、そうしたある程度の推定のできる疑しいものは、極力これを記載して報告をつくるべきものだ、私はこう考えますが、その点がどうもこの報告書に非常に欠けているように思われますが、団長としての御意見はいかがですか。
○木村参考人 ただいまの御意見でございますが、団といたしましては、審議に当たりましては、ときに少数の方の意見が違うということもいままであったと思いますけれども、この場合には、全部審議を尽くしております間に、ではこういうことになろうということでまいってきておりますので、たとえば第三次案あたりを見ますと、まだ山名委員の研究結果が出る前の段階におきましては、特に少数意見としての、反対な少数意見を載せるような、少数意見は出ていないと私どもは判定しております。
○河村委員 あるかないか、私にはわからないことですから、なければけっこうですが、この山名教授の意見だけにつきましても、御本人がその必要がないと言ったからといって、それを委員長が取り上げる、取りあげないは自由ですから、こういう種類のものはやはり載せるべきものだ、そうお思いにはなりませんか、いかがですか。
○木村参考人 山名委員の案につきまして、そういう、ただいまおっしゃいましたような意味で、これは載せたほうがいいのではないかという御意見もあったわけでございますが、山名委員がこれを載せるということは絶対だめだというふうにおっしゃいましたので、それに従ったわけでございます。
○河村委員 これはあなたに伺う筋合いではないかもしれませんが、絶対載せるのは困るという理由は何かあったのですか。
○木村参考人 よく私にはわかりません。
○河村委員 これは航空局に最後にお伺いいたしますが、いまいろいろ伺ってみましても、やはりこういう調査団がそのときそのときで急造されて、それで調査団としてのいろいろな組織、運営あるいは報告書をどういうふうにつくっていくかというような明確なものがなしに、そのつど行なわれているような気がするのですね。ですから、常設のものをつくる必要があるかどうか、これはいろいろな議論もあろうと思いますけれども、少なくとも、さっきも発動機の関係のものは、専門家は一人しかいなかったというようなこともありますね。ですから、常に権威のあるメンバーをリストアップしておいて、それでその団の運営その他の事柄も十分明確にしておいて、いざとなったらいつでも発足できる、そのくらいのことはすぐやるべきではないかと思うが、いかがですか。
○内村説明員 全く先生のおっしゃるとおりだと思います。その線に沿って進みたいと思います。
○河村委員 終わります。
○受田委員長 林百郎君。
○林(百)委員 まず木村参考人にお尋ねしますが、この最終報告案を採用するにあたって、山名団員は採決に反対の意思を表示しておる。北岡、松浦両団員は中座して採決に加わっておらないというように伝えられておるわけで、単に山名団員だけの反対ということではなくて、やはりこの最終報告書については非常な意見の対立があって、さらに審議を続けて、団員全体の納得を得るまで審議を継続すべき状態にあったのではないかというように思われますが、その点はどうですか。
○木村参考人 ただいま林先生の御質問でございますが、一月二十四日の総会におきまして、最後に私が各委員の御意見を伺いました時点におきましては、松浦陽恵委員とそれから北岡委員は、予算関係のお仕事で中座されまして、その席にはおいでになりませんでした。これはおっしゃるとおりでございます。しかし、その一月二十四日の総会におきまして、第四次案の荒筋は、大体これで皆さん賛成だということになったわけでございますので、その第四次案をさらにリファインいたしまして 五次案に持っていったわけでございますが、その過程におきまして、松浦陽恵委員及び北岡委員にもお見せいたしまして、それぞれ御意見を伺っております。そして最後の最終案をきめました八月十九日の総会におきましては、松浦委員も御出席になりました。そしてその案に御賛成になりました。それから北岡委員は、どうしても御都合が悪いということでございましたので、係の者を派遣いたしまして、北岡委員の御意見を伺いまして、御賛成を得ております。
○林(百)委員 最終的な採用のしかたが、はなはだ正常を欠くような状態だというように私は思うわけです。 そこで、楢林委員にお尋ねしますが、あなたが運輸省をおやめになった事情と、この調査に加わらなかった事情について、この委員会、調査団全体の民主的な運営の問題についての観点からお尋ねしたいのですけれども、あなたは最初は調査団員ではなかったかもしれませんけれども、この調査に加わっておられたわけです。ところが、一身上の都合ということで運輸省をやめられて、調査にも加わらなくなった。これは何か先ほど、おまえはもう委員会へ出なくてもいいとだれかに言われたというようなことから出られなくなったというようなお話を聞いていますが、その間の事情と、運輸省をおやめになった事情、それから、航空事故の最終報告書の採用にあたって、こういう強固な反対者があるにもかかわらず、これをある意味でいえば多数決という方式、木村団長はいささか多数決ということについてはひっかかりがあるようですが、こういう方法できめられたというようなことは、いままで国の内外であったでしょうか、どうでしょうか。あなたのおやめになった事情、調査団に参加されなくなった事情、そしてこういう最終報告書の多数でのきめ方ですね、こういうことが内外に例があるのかどうか、その辺をちょっとお尋ねしたい。
○楢林参考人 私が調査団の会議に出なくなりましたことは、三番エンジンと機体との間における傷の条痕と申しますか、それのすり合わせ実験を全日空の格納庫でやりまして、これはなかなかたいへんだったのです。コロンブスの卵と一緒でございまして、わかるのはたいへんむずかしかった。しかし、それをやりまして、その事実を報告しましたときに、私の隣にいた永野委員が横に立つちゃって、私の報告中にわあわあと妨害演説をやるのです。楢林は気違いじゃ、というような調子の妨害演説をやるのです。私はそれにかかわらなかったのです。そしてただ報告だけを済ませまして、航務課へ帰りました。その後、航務課長の浜田幸晴氏から、次の委員会にはもう出ないほうがいいだろうということを言われましたので、私は出ませんでした。その間はそういう事情でございます。 それから、役所をやめました理由は、やめます前の年に、松山沖の事故の調査の結果、やはり原因不明の報告書が出されました。私は、松山事件における刑事責任の鑑定を依頼されておりまして、鑑定はあくまでも個人的な依頼でございます。それで、役所が出したことにつきましては、原因不明に対する鑑定でございますので、私は、やめましてから一カ月ばかり休養いたしまして、松山事件の鑑定のための調査を実施したのでございます。それは、その年の十一月三日付で刑事事件の鑑定終了をしまして、送りました。そういうわけで、役所におりましてその鑑定を書くのはおかしいので、三月一日でやめたのでございます。 それから、今度は多数決の問題でございますが、多数決ということはおかしい。最初にものを言い出した場合は必ずだれでも少数意見なんです。事故調査の場合、最初に言い出した場合、必ず少数意見であって、多数決になるわけは、むずかしい場合にまずない。簡単な場合は多数決になる場合もあると思うのです。しかし、非常にむずかしい場合は、それについて詳しく調べなければ、多数決には——詳しく調べた人がわかるのであって、事故の物について現場にも行かず、格納庫の中をうしろ手に回して、二、三回回った程度でものを見ましても、何がわかるものかということになります。ですから、一度見てこうだと判断しても間違いますので、よく繰り返し何度も何度もそれを見直しまして、考え直し考え直ししてものを出さなければいけない。この調査団の方でよく現場を見てくださった方は、山名先生と松浦陽恵先生は非常によく見ていただきました。ですから、そういう方々はよくわかると思います。そういうわけで……
○林(百)委員 わかりました。 私が与えられた時間は二十分なものですから、いろいろお聞きしたいことがあるのですけれども、木村団長に申し上げますが、いまお聞きしますと、植林参考人は、本件の事故で一番対立しておるグランド・スポイラーの上げ下げの問題、第三エンジンの問題ですね、ここのところを最も熱心に研究されていた、検討されていた。ところが、それに対して、エンジン専門の石川島播磨重工業の副社長の永野君が、おまえは気違いじゃないかというような意味の暴言を吐いて、そうして、その最も重要な対立点の実験を妨害するというようなことが許されていた。それ以来もう楢林参考人は事実上、この調査団に参加できなくなったわけなんです。これははなはだ運営が非民主的だったというように私は思わざるを得ないわけです。 ただし、時間がないから、ここでひとつさらに楢林委員にお尋ねいたしますが、山名報告を私なりにまとめますと、これは現場調査官の声に真剣に耳を傾けて数百回に及んで実験を積み重ね、事故の全貌に対する次のような推定を下しているわけです。「JA八三〇二号機は、低高度で減速のためフライス・スポイラーを立てたところ、どうしたことか、グランド・スポイラーも立ってしまい機首が下って沈下しはじめた。」「まず第三エンジンストップにより、未燃ガスが空調装置を通じて操縦席と客室内に流れこみ、機長はスライド窓を開けた。しかし次の瞬間には第三エンジンの異常燃焼で、すぐわきの最後部客室窓三個が破られて、異常燃焼の火が客室内の未燃ガスに引火し、客室に一過性の炎が走った。乗客のなかには軽い火傷を負う者がでて、騒然となった。機長側のスライド窓の止め金が外されていたこと、空調装置の残がいの状態、第三エンジンわきの窓の破損状態、火傷を負った乗客が第三エンジンからの空調装置のある客室右側に多いこと、などの事実は、これらの推定を裏付ける。に大体こういう内容の報告をしておると思いますが、これはたとえば、四十三年七月から八月にかけて、飛行中の日航及び全日空のボーイング727型機が、スーピードを落とすためにフライト・スポイラーを立てたところグランド・スポイラーも立ってしまったという事件、こうした前科もあるわけなんです。したがりて、山名報告にある二十二体の遺体に見られる一過性の火炎による火傷があるということから見ても、また現場調査官の証言する状況から見ても、この山名報告を裏づけるきわめて重要な問題が提起されていると思うわけです。ところがこの報告書は、ことに木村団長の御意見等をいろいろの書類で拝見いたしますと、グランド・スポイラーを上げであるとした前提から間違っている、こういうことになっています。この報告書もそのことについては上げであるとはしてないわけですけれども、しかし四十二年七月から八月にかけて、飛行中のボーイング727のグランド・スポイラーが立ってしまったという前科があるわけなんですね。この羽田沖事故の場合にそれがあり得ないという根拠はないように思うわけなんですが、結局この第三エンジンとグランド・スポイラーの問題を中心にして、この報告書について最も強い反対をされました山名団員、そして楢林委員の御意見をまとめてひとつお聞きさせていただきたいというように思うわけです。
○楢林参考人 私はやめます前に、その遺体の関係とかそういったことにつきましては、最初事故機の揚収の途中、遺体の状態というものは、全部ではありませんが、一部は見ておりますが、まとめられたものにつきましては、すでに役所をやめておりますし、役所にいたときにそのまとめられたものを見ておりませんので、それはわかりません。 それから反対しておるといいますけれども、私は物理的事実について述べておるのでございまして、意見が対立するとかいうようなことではなしに、私は物理的事実、たとえばボルトの状況でございましたら、このように前の下のボルトのまん中のコーンのところにおいては、入れてこう回しますとここしか当たらぬというようなことでございます。 〔楢林参考人、写真を示す〕 これはまことにできが悪いのだ、こういうコーンの穴に対してここを回しますと、このまん中だけしか当たっていない。そのために力がこちらにかかりますと、こう曲がってしまう。そうすると、ここのところに集中応力がかかってしまう。こういうようなことではいけませんので、これは直さなければいかぬということで、山名先生なんかも、これはもうできが悪いということで、ボーイングの人に申し入れております。これは事故調査団としてではなく、山名先生がかってにやれと言われたのじゃないかと思いますが、その辺がわからない。ですが、その席上に私は出まして、山名先生と一緒にやられた。山名先生は、このコーンの穴に入っているところのこのくびれのところをもっと長くしなさいということになりました。それとともに、私はこのすっているここ——まん中だけしかすりませんので、ここのところをこういうふうに削りとったらいいだろうという意見を申し述べました。その結果、こっちががたであるならば、作業者は、こうやってすぐがたがある、こっちが当たらなかったらがたがたとすぐわかる。だから、こうすれば作業者もすぐわかるし、点検も容易であるということでやりました結果、品物はその後非常によくなった。最初のときにはここの穴が横にこうやってあったのですが、ダッシュがついて、かどのところの引っ込みがなくなって、まっすぐになって、この中がメッキされ、このネジ山も非常によくなった。その当時悪かったときは、片方の側のネジ山にしか力がかかっていないボルトがございました。そういうことはよくなりました。しかし、こちらのボルトに関しましては、727には採用はされなかったのですけれども、何とジャンボの747についてはちゃんと削ってあるのです。私どもが言うことを、日本国内の航空技術者はわからぬらしいけれども、ボーイングはまことによくわかっている。ちゃんと採用しているのです。どうも日本の航空技術者は、まことに識見豊かな人が少なくて、こういうことがわからぬらしい。こういう技術調査団ではなかったか、まことに情けないことだと思います。
○林(百)委員 時間がありませんので、それでは木村団長にお尋ねしますが、これは各委員とも言ったのですが、この調査報告書を見ますと、パイロットミスのにおいの強い意味での原因不明というように考えられる報告書と客観的には思われるわけなんですが、しかし、私たちは、先ほどから申し上げておりますように、山名委員や楢林参考人の意見もお聞きしまして、どうしてもこれにある欠陥があったのではないかと疑わしむる事情がいろいろあるように思うわけですが、それについての解明がなお不十分であるし、そしてまじめなそういう点での研究をしている団員や、関係者を納得させなかったのではないかと思うわけです。 なお、国際的に見ますと、このボーイング727は、エンジンに関する事故が過去においてずいぶんあった。ロサンゼルス・ユナイテッド・ステーツ航空のもので、最近三年半の間に六十三件、西ドイツで一件、日本航空でもあった。要するに羽田沖肝故機についても、あるベテランの航空機関士の言によれば、第三エンジンは、初め左側の第一エンジンとして取りつけられていたのが、異常状態の続発で、十月には早くもオーバーホールが行なわれ、その後も異常事態は起こっていたが、たいしたことにはならなかった、そのまま使用していたというような話もありますけれども、こういうように727が国際的にも六十数件もの事故を起こしている、こういうことを念頭において、そしてこの調査について、十分その点を究明し関係者を納得させる努力を、団長としてはされたつもりであるのかどうか、それが一つ。 それからもう一つは、これは最終的な結論に至るまでのわずか四十日の間に、パイロットミスのにおいの強い報告書に変わったということについては、ボーイング社か何かから、あるいは何らかのサゼスチョンがあったかどうか。ことに先ほどから問題になりますように、木村団長が、727については積極的な採用意見論だったことも世間では伝えられておることです。これは先ほどあなたの弁明もありました。この二つの点について、納得のでるようなひとつ説明を願い、あと委員長、ちょっと質問して終わりにします。
○木村参考人 ただいまの林先生の御輿間でございますが、四十何日岡かで次の第一次案と第二次案の間の違いがあまりにも大き過ぎる。その間に何かボーイングからサゼスチョンはなかったかということでございますが、先ほども申し上げましたように、一つの案から一つの案に移りますときには、必ず全委員の総会における御意見をもとにして直しておりますので、したがってほかからのサゼスチョンなどで簡単に変えられるようなものではございません。各委員の意見によって変えているわけでございます。 それから、ボーイング727でエンジンの事故が多いではないかというお話でございますけれども、ボーイング727というのは、現在世界で一番たくさん使っておる飛行機でございます。私の記憶では大体八百機以上使っております。たくさん使っているということは、やはりそのときどきに——もちろん六十件という話がございましたけれども、これは重大な事故になったことではないのでございまして、たまたまエンジン関係のトラブルのお話だと思いますけれども、そういう関係で、ほかの飛行機に比べて特別多いというふうには私には考えられないのでございます。
○林(百)委員 六十三件の事故が特別重大な事故ではなかったと思うがと言いますけれども、航空機の安全ということについては乗客はもちろん、これからの交通の安全にとっては非常に重要な問題ですから、国際的に六十数件もの事故がどういう事態にしろ起きたということについては、これは調査団長として、もっと真剣に配慮をされてしかるべきではなかったかというように私は思うわけです。 最後に運輸省にお聞きしますが、このたびの調査団の団員の構成を見ましても、あまりに利益代表と見られるような人たちが非常に多いわけですね。たとえば富永団員が日航の専務取締役、佐竹団員が日航の監査室長、早川団員が空港グラウンドーサービス常務取締役、永野団員が石川鳥播磨重工副社長、間山団員が日本航空工業会の顧問であります。真に航空機についてエンジンなりあるいはパイロットなりで、そういうところで実務に携わっている人たちの代表というものの参加があまりに少ない。ほとんど利益代表で占められているような調査団を構成している。そして根回しで二年もかかったものが、四十日ですっかりパイロットミスのにおいの強い調査報告に変わる。それからその運営については、先ほどから各委員の質問にもありますように、民主的な運営性を欠いていたという意見が非常に強く出ているわけですけれども、こういう調査団の編成について、今後改善する意図をこの問題にからんで考えられているのかどうか。私は、この調査はさらに継続して調査をすべきだという各委員の意見と全く一致しておりますけれども、しかし、かりに不幸にして、何らかの航空事故が起きた場合の調査団を編成する場合、こういう利益代表ばかりでは、これはパイロットミスになるほうへ持っていかれる可能性が初めの構成からも非常に強いわけなんですね。こういうものを改善される意思があるかどうか。最後にそれをお聞きして私の質問を終わります。
○内村説明員 ただいまの林先生の御指摘でございますけれども、私ども必ずしもその利害関係に非常に密接だと考えていないわけでございます。と申しますのは、木村先生以下先生方が多いわけでございます。それからまた、ただいま例にあげられました江島さんあるいは佐竹さん、これは初め江島さんが日本航空の航務副本部長ということで入っておりますが、これはパイロットのベテランでございます。それから、それにかわられました佐竹さんも日本航空の機長でした。これもパイロットのベテランでございます。今回の事故は全日空の事故でございましたので、全日空については利害関係がございますので、これは入れてございません。ただしその意見は聞いております。アドバイザーとしてこれは入れております。そういうことでございますので、これは必ずしも利害に密接に関係があるというふうには考えておりません。しかしいま先生おっしゃったように、趣旨としましては確かに利を離れた人でつくるということは当然のことでございますので、そういう点に関しましても、もし誤解でも生ずるようなことがございましたら、そういうことのないように御趣旨の方向へ持っていきたいと思います。
○受田委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。 岡参考人には、御多忙中のところ、長時間にわたり御出席をいただき、まことにありがとうございました。ただいまの貴重な御意見が本委員会の調査に資するところがきわめて多かったことを、委員会を代表して厚くお礼申し上げます。 本日は、これにて散会いたします。 午後四時三十六分散会