沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第13号
- 発言数
- 45 件
- 登壇者
- 8 名
- 会派数
- 1
- 開催日
- 1970/04/28
会議録
○池田委員長 これより会議を開きます。 沖繩及び北方問題に関する件について調査を進めます。 本日は、特に沖繩の復帰に伴う経済開発等の問題について、参考人から意見を聴取することにいたします。 本日御出席の参考人は、日本商工会議所専務理事影山衛司君、愛国学園短期大学教授小林彰君、中央畜産会嘱託森茂雄君でございます。 参考人の方々には御多用中にもかかわりませず、本委員会に御出席くださいましてまことにありがとうございます。ただいま本委員会におきましては、沖繩の復帰に伴う経済開発等に関する問題について調査をいたしておりますが、本問題について参考人の方々の忌憚のない御意見をお聞かせいただきたいと存じます。 なお、はなはだ恐縮でございますが、参考人各位からの御意見の開陳はお一人おおむね二十分程度にお願いすることにいたし、その後に各委員からの質疑があればこれにお答えいただきたいと存じます。 御意見の開陳は影山参考人、小林参考人、森参考人の順序でお願いをいたします。 まず、影山参考人にお願いをいたします。影山衛司君。
○影山参考人 日本商工会議所の専務理事の影山でございます。 沖繩の経済の開発と商工振興について申し上げます。 戦後二十五年にわたりまして施政権を異にしておりまして、本土とは別個の行政圏、経済圏を形成して発展してきた沖繩と本土との一体化をはかるということは、なみなみならぬ努力が必要ではないかと考える次第でございます。 基本的な考え方といたしまして、したがいまして第一番目には、沖繩を本土の一員としてあたたかく迎え入れてあげるということが心がまえとして必要ではないかと思います。第二に、一体化と沖繩経済の振興のためには有効と思われるあらゆる手段を投入することが必要である、そういうふうに考えるわけでございます。 まず、沖繩経済の現状と問題点でございますが、これは先生方よく御承知のことばかりでございますので、簡単に申し述べさせていただきます。 沖繩の一九六九年度のGNPは、御承知のように、七億二千七百万ドルでございます。これに比較いたしまして、本土全体のGNPは、千五百億ドルでございます。いわば千五百億ドルの経済の中に、七、八億ドルの経済が復帰してくるということを意味するものでございますので、一方から考えますと、大きな力をかしてやることが可能であるという面で非常に希望が持てるわけでございますが、他方におきまして、沖繩側から申しますと、大きなものにのみ込まれるという不安がございます。これが復帰不安として沖繩の人たちの考え方の中にあるわけでございます。したがいまして、復帰に際しましては、沖繩経済に急激な変動が起こらないように、特に既存中小企業に十分な経過的措置が必要であり、また助成措置が必要であるというふうに考える次第でございます。 なお、この復帰不安に関連いたしまして、もう一つ沖繩側が不安に思っておられるのは、ドル経済から円経済への切りかえが非常に関心事になっております。円の切り上げがあるのではないかという不安とも関連いたしまして、この点の不安があるようでございますが、これに対しましては、そういう不安を打ち消すことと、信用機構の保持ということについて万全の措置を講ずる必要があると思うわけでございます。 それから第二番目の点といたしまして、産業構造の問題でございますが、御承知のように、沖繩は基地収入依存型の経済でございます。年間二億九百万ドルの基地収入に依存しておるということは御承知のとおりでございます。また、産業構造から申しまして、一次が約一一%、二次が一九%、三次が七〇%に及んでおります。こういうことでございますので、基地依存型であり、また三次産業に非常に大きなウエートが出ておりまして、いわゆる産業構造といたしまして、自己拡大運動をしない構造になっておりますので、ここのところが問題でございます。一人当たりの住民所得は鹿児島県よりも上のところになっておりますけれども、現在本土平均の六〇%というようなことでございますので、たとえば一九八〇年ごろを目標といたしまして、これを本土平均の八〇%くらいまで持っていこうとするならば、ある試算によりますと、GNPを現在の七億ドルから二十五億ドルまで達成をしなければいけないという計算もあるようでございます。そこで基地収入にかわる産業、特に第二次産業を振興する必要があると思うわけでございます。 以上のように、沖繩経済の現状と問題点を申し述べたわけでございますが、これに対しまして、民間側といたしまして、いろいろと努力をしておるわけでございますが、沖繩側の民間経済人と本土側の民間経済人との間には、沖繩経済振興懇談会というものがございまして、毎年交互に会議を行なっておるわけでございますが、今回が第五回、三月十九、二十日の両日大阪で行ないました。これが復帰がきまりまして初めての会合でございまして、お互いにひざ突き合わせて率直な意見の交換を行なったわけでございますが、その沖繩経済振興懇談会の結論とも申すべきものを以下に申し述べてみたいと存じます。 まず第一番目が、沖繩と本土側の両財界が一致して要望をいたしておりますことは、先ほど申し上げましたように、新規産業を沖繩に進出させなければいけない、その進出促進のための基本政策をまず策定、実施していただきたいということでございます。この懇談会の議論の過程におきまして、外資の進出、特に共同声明が行なわれましたあとの外資の進出をめぐりましていろいろと議論がございました。本土側はいわゆる国益を尊重してもらわなければいけない、日本全体の経済の利益ということを尊重してもらわなければいけないという主張が一方にあるわけでございますが、沖繩側から申し上げますと、そういっても本土から企業が進出してくれなければ何にもならないんじゃないか、だから、そういう場合には沖繩県の利益すなわち県益が先行すべきものであるという両方の意見があるわけでございますが、これにつきましてはいろいろとお互いに率直な意見を交換いたしました結果、国益というものと沖繩県の県益とは一体である。そういう一体である方向で積極的な調和がはかられなければならない。本土側といたしましても、この方向に積極的に協力して進出する方向でいろいろと検討しようではないかということになったわけでございまして、すでに御承知のように電子工業等につきましては現地と調査いたしまして進出がきまっておるわけでございます。その他の産業につきましても、通産省が中心になりまして調査団を派遣して検討いたしております。またその結果は、東京あるいは大阪あるいは名古屋におきまして通産産業局と商工会議所が一緒になりまして立地の説明会等も開いて誘致の努力をしておるわけでございますが、そういうふうな誘致のためにどういうことをしていただけばいいかということでございます。 まず、政府におかれましては、このたび沖繩・北方対策庁が設置される運びに至りまして非常に御同慶の至りでございますが、それを契機に沖繩経済開発の具体的なビジョンをすみやかに作成していただきたいということでございます。 それから、その具体的なビジョンに基づきまして、沖繩への企業誘致に必要な水資源とエネルギー源の開発と土地造成、そういうふうなものについて先行投資をひとつやっていただきたいということでございまして、御承知のように工業の進出、特に臨海型の重工業につきましては工業用水の問題が非常に重要でございます。ところが、沖繩におきましては雨量は多いのでございますけれども、御承知のようになかなかそれがたまらないわけでございますので、この工業用水の量とコストというものが沖繩の経済開発にとりまして非常に問題でございますので、この点をひとつ全般的な大々的な調査を行なうとともに、それに対する水資源確保のための対策をはかっていただかなければいけない。また、たとえばアルミが出ますにつきましては、水と同時に電力の安定した供給が行なわれなければいけない。現在の沖繩の電力状況といいますと、これは小規模なものが分散をされておるような状況でございます。なかなか安定した供給というようなことにもまだ十分ではございません。そういうことで、土地造成につきましては相当有望な土地もございますので、サンゴ礁でございますので埋め立てをすればいいということにもなりますので、そういうふうな産業基盤の整備についての先行投資をやってもらいたい。産業懇談会におきましては、そういう産業基盤の整備のために産業開発事業団を設立していただきたいということを決議いたしたような次第でございます。 また、さらにもう一つ、本土側の企業が進出をするために、このめどをつけるためにまず税制の措置あるいは金融の措置によりまして思い切った誘導政策をとってもらいたい。それも早急に策定、実施をしていただきまして、政府の方針を早い時期に明らかにしていただくということによりまして、本土企業側の進出のめどを立てることをさしていただきたい。 以上述べましたような新規産業進出促進のための基本政策の策定、実施を急いでいただきたいというのが第一でございます。 それから第二番目といたしましては、既存企業の復帰対策、特に中小企業の振興施策を急いでいただきたいということでございまして、振興懇談会におきましては、沖繩側と本土側に中小企業対策特別委員会という常設委員会をつくりまして、そこで過去一年間お互いに連絡しながら検討したわけでございますが、その結論といたしましては、中小企業の振興施策がまだ不十分であるから本土並みの中小企業対策を早急に導入してほしい、それと同時に、企業とかあるいは沖繩の業界自体の近代化とか体質改善も急務であるということでございます。 具体的に申し上げますと、まず第一にやっていただかなければいけないことは、琉球政府の中小企業関係の行政機構が非常にまだ弱体でございますので、これを拡充強化し、また統一していただきたい。たとえば工業課の中に二十名くらい職員がおられるわけでございますが、その中で中小企業関係はわずか二名というふうに聞いております。そういうことで、ばらばらでございますので、中小企業関係の行政機構を拡充強化し統一していただきたいというのが第一でございます。 それから次に、民間の沖繩側の中小企業関係の受け入れ体制も不十分でございます。そこで、中小企業関係の団体、協同組合とか中央会とかそういうものの組織化とその運営強化を急がなければいけない。受け入れ体制をつくるということでございます。政府から専門家を派遣して指導援助をしていただきまして、組合金融というような制度をこれに導入していただかなければいけないと思うわけでございます。 それからまた金融関係でございますが、現在御承知のように大衆金融公庫というのがございます。これは本土で申しますと中小企業金融公庫と国民金融公庫と両方の機能を果たしておるわけでございますが、さしあたりといたしましては、この大衆金融公庫に対しまして財政投融資を従来以上に積極的に流していただきまして、その業務の活発化をはかっていただかなければいけませんが、復帰時におきましては、本土側には中小企業金融公庫、国民金融公庫あるいは商工組合中央金庫等の政府系の金融機関があるわけでございますので、その支店の設置をはからなければならないということになるわけでございますが、先ほど申し上げました大衆金融公庫という存在がございますので、そこのところとの関係をもう少しよく詰めまして、スムーズにそういう金融機関ができ上がるようにひとつ早急に具体策を検討していただきたいということがその次の要望でございます。 それからもう一つ、まだ琉球側に行なわれていない制度は例の中小企業振興事業団によるところの共同化、協業化に対する助成でございます。これはやはり、何と申しましても、沖繩の中小企業が零細で数が小そうございますので、どうしても近代化をはかりますときには共同化であるとかあるいは工場団地をつくるとかいうようなことで、共同の力によりましてこれを近代化をはかっていかなければいけませんけれども、そういう制度がございませんので、さしあたりはそういう高度化事業のための特別会計の設置を考慮していただきまして、日本政府のほうが必要な財政的援助をやっていただきたいということでございます。 それから個別の企業につきましては設備近代化資金、これは本土と同じような制度が最近発足したわけでございますが、これを引き続き拡大しますと同時に、本土の制度といたしまして小さいところの企業に対して設備の貸与制度という制度があるわけでございます。これも沖繩に設けるようにしていただきたいというようなことでございます。 それと同時に税制関係でも、中小企業関係税制で沖繩でまだ実施されていないものもございますので、そういう実施を検討していただきたいというようなことでございますが、そうなりますというと、本土政府からの相当な財政援助というものも増加するわけでございます。沖繩県となりましても、なかなか自治体としての負担能力というもの、財政力がまだ弱い点がございますので、やはりそういう点につきましては本土政府からの財政援助を思い切って出していただかなければいけないと思うわけでございます。 以上が近代化のための措置でございますが、現在の沖繩の中小企業あるいは既存産業というものの中には、本土と一体化した場合に非常に弱い体質の業種が非常に多いわけでございます。この問題産業につきましては、たとえば縫製品であるとかあるいはプラスチック加工であるとかあるいは食料品工業でございますとか、あるいは鉄の関係の工業であるとか皮革の加工、貴金属の加工あるいは家具であるとか、いろいろと問題業種があるわけでございますが、これは最近におきまして中小企業庁のほうが実態の調査もいたしておりますし、近代化促進法というものも沖繩に導入されておりましてそういう指定業種にもなっておりますが、この問題産業の実態を把握いたしまして、これを具体的に指導して近代化をはかっていかなければいけないということが一つの大きな課題になるわけでございます。 そういうふうな弱い体質の企業が多いわけでございますので、したがいまして第三の措置といたしましては、復帰後沖繩と本土とが一体化しました際に、本土の制度というものをそのまま沖繩に適用いたしますと相当な影響が出てきますので、ある程度の経過的措置をとるということが必要かと思います。それは既存企業保護のためにとられておりますところの御承知の物品税であるとかあるいは諸消費税であるとか、あるいは輸入規制の措置、こういうものは一定期間やはり経過措置として何らかの形で、そのままの形がいいかは研究の余地がございますが、何らかの形で存続をはかっていただきたい。その間におきまして、先ほど申し上げましたような近代化を進め、体質を改善してあげるということが必要なのではないかと思うわけでございます。 それともう一つ、既存企業との関係で沖繩側から提起されておりました問題は、本土と一体化した場合に本土の物資が流入してくるあるいは企業が進出してくるということで、既存企業との間にいろいろとトラブルが起こる可能性がある。その調整をはかるための機関を設置してほしいという要望もあったわけでございますが、なかなか、従来のいろいろな経験にもかんがみましてそういう機関をつくっても、むしろあまり効果がないので、商工会議所であるとかあるいは団体があっせんをはかって、その間において政府のほうの行政指導をお願いするというような行き方のほうがいいのではないかということが両者の一致した意見になったわけでございます。 以上がまず新規産業の進出促進のための措置、それから既存企業の復帰対策、特に中小企業振興施策の問題、それから復帰後の経過的措置につきまして振興懇談会の結論を申し上げて、お願いしたわけでございます。 また、この振興懇談会におきましては、もう一つおもしろい構想が出ましたのは、国際海洋開発博覧会を沖繩で開催したらどうかというような意見が出たわけでございまして、これは、海洋開発がこれからの産業の花形になるわけでございますが、それと観光というものを結びつけまして、これが沖繩の自然条件にも非常に適合いたしておりますので、国際海洋開発博覧会を沖繩で開催したらというような意見が持ち上がったわけでございますが、これは万国博覧会条約等の手続がございますので、七二年には間に合いませんけれども、これはひとつ研究していこうじゃないか、その際にこれによって道路等のインフラストラクチュアが社会資本の充実にもなるじゃないかというような意見が出たわけでございます。 以上申し上げましたとおりでございますが、沖繩経済の開発振興という問題につきましては、冒頭に申し上げましたように相当いろいろな問題ございまして、なみなみならぬ官民の一致した努力が必要であるかと思いますけれども、今後の将来を見通しまして、沖繩というものが世界における国際化の流れの中におきまして、また東南アジア市場との中継基地といたしまして、非常に有望であると私は思うわけでございます。特に沖繩の住民の方々は、労働力として見ますと非常に程度の高い良質の労働力と申し上げることができるかと思います。労働集約型の産業あるいは内陸型、都市型の工業、その中でも高度の工業に適するのではないかと思うわけでございますので、そういう面で私ども民間といたしましてもお互いに希望を持ちながら沖繩経済の振興のために相互に努力、協力をしていきたいと思うわけでございます。 以上、簡単でございますが、陳述を終わらせていただきます。(拍手)
○池田委員長 ありがとうございました。 次に、小林参考人にお願いいたします。
○小林参考人 私は医者でございまして、元東京都の衛生行政をおあずかりしたものでございますが、私がこの沖繩問題に関与いたしました理由から申し上げます。 御案内のように、昭和四十年総理が沖繩に参られたときに現地の状況をごらんになって、この医療を何とかしてやるために琉球大学に医学部をつくって医者を定着させる、ひいて沖繩の医療水準を向上させてやろうという御意向を漏らされたと承っております。それを受けて総理府では、四十一年六月に文部、厚生両省の協力のもとに琉大医学部設置問題懇談会を長官の諮問機関としておつくりになりました。委員といたしましては、民間側から武見日本医師会長、それから遠城寺九大総長、吉川東大医学部長と私、役所側からは、きょうも御列席になっている特連局長、大学学術局長、医務局長と計七人から構成せられて、その後の活動に伴って小委員会あるいは専門委員会等ができております。私はこの関係で沖繩側と接触をいたしました。ただいま琉球政府の顧問とか特連局の顧問とかいうような辞令もちょうだいしておりますが、現在まで沖繩に渡ること三十七回に及んでおります。おかげさまで諸先生方のお力添えをいただきまして、現地では保健学部校舎、新那覇病院建築とも工事が進められておりますし、学生も二期生まで募集済みでございます。あとは本土から教授陣を派遣するのが次の段階でございますが、しかし、ただいまもいろいろな情勢でこれはなかなか問題が山積しておりまして、ただ人を送ればいいというような程度ではございません。この打開の意見等についても総理府にも申し上げておる次第でございます。 さて、この沖繩の医療事情と申しますと、その完成には、御存じのようにたくさんの島がございますので、離島の問題がすこぶる重要でございます。私自身、六十余の島のうち、お手元に差し上げてございます第一図のうち、島の名にワクを付しておる島は私自身が直接渡った、あるいは軽飛行機で低空をぐるぐる回ったとかして調べた島でございます。これらの島の一つ一つがそれぞれ事情を異にしている点もございますが、一々は申し上げません。中間報告として途中京でのものをまとめまして総理府に御報告して、沖繩における離島僻地医療対策として総理府からお出しになっておりますので、これも省略いたします。 沖繩の医療状況、病院の数、あるいは医者の数、こういう資料も関係官庁からお出しになっておると思います。ただ、先週の水曜日に沖繩からこちらへ引き揚げてまいりますときに、新しい資料を琉球政府からちょうだいしてまいりましたので、概略触れておきます。 簡単にいうと、病院の数、一般診療所の数、歯科診療所の数とも類似県の四分の一ないし二分の一でございます。しかも病床数六千八百三十五のうち千三百二十、すなわち二〇%はらい病床でございまして、伝染病のような、内地では市町村負担のものは非常に少ないのであります。離島方面ではもっと格差があるのでございます。 御案内のように、厚生省が御配慮になって本土派遣医師を離島にお送りになっておる。また沖繩では医師の免許を持たない方に、いわば軍隊の衛生兵というような意味で医介補という名称で一定のワク内での治療行為を認めております。この二つを除きますと、現実には沖繩六十余島のうち、本島、石垣島、宮古島を除きますと、一、二の島以外ではいわゆる正式の医師はほとんど定着していないといっても差しつかえないと存じます。宮古島のわきに伊良部島という島がございます。人口一万余の大きな島でございます。御案内の日航の練習場として有名になりました下地島と一衣帯水の島でございます。ここには本土派遣の医者が一人きりおりません。このお医者さんが引き揚げるとか引き揚げないとかいうこともあって、昨年参りましたときに村長たちから強い要請を受けました。こんなことはしかしざらでございます。この島にはもちろん助産婦さんもおりません。この医者が引き揚げれば全然何も医療関係者のおらぬ島になってしまいます。大体医師、歯科医師、看護婦とも類似県の二分の一ないし三分の一という数であり、しかもほとんど大部分は本島、それも那覇付近に集中いたしております。 私は、先週琉球政府当局に、いまの時点で医療施設を本土並みとするにはどのくらい必要かと尋ねましたところが、病院六十、診療所五百、病床一万余という膨大もない数字の御返答がございました。こんなことができるわけはありませんが、これが本土並みだというので現状をお察しいただきたいと思います。 沖繩には現在本土派遣医師が十一、僻地派遣の医師が七人という先週の資料がございます。私はこのうち僻地医療にわたりまして多くの方々に現地で面会してその状況を調べました。中にはよわい七十にも及んで僻地中の僻地に一人で住んでいる方々もございます。これらの方々に希望の第一は何と生活苦でございます。野菜がない。はなはだしいところでは魚が手に入らない。島でまわりが海に囲まれておるのに北海道産の冷凍魚を食っておるというような方もございます。こんな状態ですから、内地に家族を置いてひとり住まいをしている方々が大部分で、もっときめのこまかい配慮をしてやらなければ定着をしないと思います。 さきに申しました医介補は現在五十五名、またそのほか戦後琉球政府で医師免許証を出した人が九人ございます。これらは復帰の時点で問題となりましょうが、少なくとも離島僻地では十年、二十年と住民の生活に密着しておりまするから、この問題はなかなか容易に解決せぬと思います。また琉球政府はかねてから医学生の国費留学制度を設けて沖繩への医師の増加をはかっておりますが、なかなか思うようにまいりません。最近の数字では、内地へ二百三十四人出した者のうち、沖繩に帰った者は二分の一以下の九十七人ということでございます。 以上が大体の状況でございます。 ここで復帰を控えまして、いままでの沖繩での公衆衛生及び医療のやり方で観念上本土と違いますところが多少ございますので、それを申し述べます。 その一つは、病院の運営についてであります。これは御案内のとおり、沖繩は戦後はいわゆるオープンシステムをとってございます。最近はだんだん本土の形式をとってきましたけれども、これがどうも観念上尾を引いておるのでございます。 第二は、医療費の徴収の方法であります。これも戦後は大体公費で病気はなおしてやるのだというような考え方でいたしておりました。したがってこれが本土のように、病院経営を特別会計にするというような考え方はいまのところはあまりございません。 それから第三は、たとえば保健所法そのものは本土法と同じでございますけれども、内容がかなり違います。沖繩の保健所の努力の半ば以上は、結核患者を公費で管理しこれを治療しておるのでございます。これは復帰になれば相当大きな変革をしなければなりません。 第四は、御案内の保険制度でございます。この保険制度は御存じのとおり生活保護法による医療扶助と、公務員及び事業所を対象にいたしまして、一部保険を現金給付でやっておるのであります。現政権は皆保険を政策としておりますが、多くの市町村、ことに離島などでは財政上のこともあり、医者のいないこともございまして容易ではないと私は思っております。ただ私は、この際この席上、特に沖繩の若い公衆衛生看護婦、内地でいいます保健婦、この諸君が文字どおり、時によっては身の危険をおかして職務につとめておることを私は御紹介申し上げたいと思います。 これらの実情をもって、総理のお考えの、沖繩住民のために、その公衆衛生なりあるいは医療なりをどう向上させるか、これは御案内のとおり祖先崇拝の念の強い土地でございますので、昔は解剖などということをすること自身が非常にむずかしかったのでございます。したがって、いきなり医学部をつくるということは非常にむずかしい着想でございます。またかりに医学部をつくって医者をつくりましても、これを助けるいい看護婦、いい衛生検査技師、いい衛生統計官がなければ、このパラメディカルコースがなければ医者は定着いたしません。そこで、医者を定着させるためには、給与、待遇をよくするとかあるいはいい医療補助者を置くとかいうことともに、日進月歩の医学におくれないように、医学の研究、研修の機関が存在することが必要でございます。これらの点を含めまして、さっき申し上げました委員会で論議の結果、四十二年八月十一日に、総理府文書にございますように四つの法則を立てました。 その一つは、将来琉大に医学部をつくるということの必要性は認められるけれども、当面の問題として、第一が琉球政府立の中部病院を医事実地修練の実習病院とする。これはアメリカの資金で運営されて琉球政府に寄贈されたコザ市外の病院でございます。現実にその後インターン指定病院の指定を受け、アメリカ資金でハワイ大学医学部からの派遣教授団が教育を担当しています。 第二は、琉球大学にパラメディカルの保健学部をつくる。これも現在建築中でございます。 それから第三は、琉球政府立那覇病院を改築し、医学部卒後教育並びに保健学部学生の実習病院とする。これも現在建築中でございます。 第四は、公衆衛生施策の強化のために検討するということでございます。 これはお手元に差し上げましたたいへん粗末な表ですが、その表二に書いてございます。その二重ワクになっているところが、将来医学部をつくればほんとうの広義の医学部になるという意味でございます。 これらのいろいろな諸点は、四十一年十一月八日、九日に現地でアメリカ側とも協議決定いたしまして、今日までアメリカ側はその約束をずっと守ってございます。 以上が沖繩での医療状況と、私どもの委員会の活動状況でございます。 ところが、復帰を控えましてアメリカ側が、ことに軍事予算の打ち切りに伴いまして、諸般の情勢に非常に変化を来たしました。それを中心にここにつけ加えたいと思います。 まず第一に、中部病院での医師の卒後教育研修制度への軍予算の打ち切りでございます。私どもが見たところでは、この制度は非常にユニークなものでございます。ある意味では、わが国の研修制度に示唆を与えているといってもよろしいと思います。この病院は政府立ですから、もちろん定員の琉政職員の医者が診療を行なっています。それにハワイ大学顧問団の資格で十三名ほどの医師団が送り込まれ、研修生の指導教育だけにつとめております。アメリカ側は一流のメディカル・カリキュラム・プランナーを送ってきて、実にきめこまかい合理的な教育計画を立てております。朝八時から夜五時までびっしり一人一人に組み込んでございます。私は十三名の指導者で一体何人ぐらい教育ができるかと聞いたことがありますが、せいぜい十五名ぐらいだということでございます。もちろんこれは研修生なりインターンなりの日本とアメリカでの考え方また扱い方に非常に差があることでございますが、研修生は一人一人病院内にハス、トイレつきの一人部屋をあてがわれて、そのほか月五万円ぐらいの給与も与えられております。私はかつて研修生に、いま本土ではだいぶ騒いでおりまするが、何か不平はあるかと聞いたことがございますが、休むひまがないということと、語学がかなわぬということの二つの不平でございます。もちろん全部英語でやられますので、ことばに困るということでございます。もっとも語学の点は、本人には私は役に立っていると思います。現にこの研修生の中で、アメリカの大学へ推薦された者もございます。私は、こういうのがほんとうの卒後研修の一つのモデルである、こういうように思っております。現にこの四年ばかりを経てこの制度は沖繩の医師の定着に役立ちまして、約三十名ほどの医者がプールできてございます。現在沖繩での基幹病院の一つである宮古病院、これは定員二名の病院でございますが、この医療陣が壊滅しております。そこでこの中部病院から医者が派遣されてやっと補っておるということでございます。希望者も去年度八名でございましたが、ことしはもうすでに三十名ほど申し込みがございまして、そのうちから十六名をきめたということでございます。そのうちの三名はしかも本土籍の学生だそうでございます。ただ指導医師についても、医師は月俸二千ドル、約七十三万円でございます。住居、旅費を支給しておりますが、これもアメリカの医学教育の一端だと思います。ところがこのユニークな制度がアメリカ側の予算打ち切りで来年七月以降は中絶いたす運命にございます。私ども委員会も琉球政府もこれの継続方を希望しておるのでございますが、どうも予算的にはむずかしいようでございます。実はアメリカ側もこの制度を一挙に崩壊させたくなくて、そして何とか民間資金でも心配するから、日本側も援助してほしい、そして四、五年の間にだんだんと日本側の手に移すような制度にいたしたいという申し込みもございます。いま交渉中でございますが、その経過によってはまた先生方の御助力も得たいと思っております。 もっともこういう際に、技術的には日本側、アメリカ側の資金を両方運営するというためには、どうも何らかの受けざらが必要かと私は思います。アメリカの大学であるハワイ大学、これと契約をしなくてはならぬ。あるいはアメリカ側と日本側との教官の給与の差、あるいは住宅問題、これも同等にうまく扱わねばなりません。とすると、直接政府や府県の衛生行政事務としては、非常に扱い方がむずかしいのじゃないか。何らかの受けざらでこなさねばならないと思うのでございます。 ただここでお断わりを申し上げておきますが、実はこの受けざら案をこれからお手元に差し上げてございます医療開発事業団という案でお出しをして、お手元に概略だけ書いてございますが、これは実は私が今月の十四日にちょうど沖繩に行く前の日に、総理府にございます三省連絡会議で課長レベルの諸君に私案を一度御研究いただきたいということで、御披露申し上げたのですが、沖繩で実は新聞にどういうわけか知りませんが、東京発の電報としてスクープされてしまいました。でかでかと書かれてしまいました。そこで琉球政府自身が研究を始めましたので、ここで実は御披露申し上げるほうがよろしいと思いまして、これは私の独断で御披露申し上げます。 その受けざらとしていま一つは、離島僻地の医療対策でございます。これにも来年度ヘリコプター二機の御心配をいただいたのでございますが、これも御案内のように琉球政府の財政硬直化の現況もございますし、また諸国のフライング・ドクター・サービスのいろいろな例を考えてみまするときには、やはり何らかの受けざらで扱ったほうが無難だという考え方でございます。 最後に、いま一つ差し迫っての問題は、沖繩での医者たちの住宅事情でございます。御案内のような土地柄でございますから、内地での住宅基準そのままでは内地から行き手はございません。先日名護の病院長から訴えを受けました。名護は御案内のとおり中部で最も大きな町でございますが、この基幹病院の院長から訴えを受けたのでございます。給与は相当もらっても貸してもらえる貸し家がない。貸し家があっても、そういう宅には洗面所も便所もない。便所は離して建ててある。医者が家族の手を引いてふろ屋に通うというようではいい医者は定着してくれない、こう申されました。これはもっともでございます。医者たち、ことに本土から渡った人たちには、レンタル方式でもいいから何らかの住まいを与えてやらなければならぬ。こういう点もやはり受けざらが必要ではないか。 そのほか先ほど申し上げました離島におられるお医者さんたち、これも定着させるためには、きめこまかな配慮が必要でございます。これらはちょっと行政事務から離れておりますもので、一つの受けざら、すなわち事業体の組織が必要かと思います。 私はここに私案といたしまして、一つの沖繩医療開発事業団構想を立てました。その内容は先ほど申し上げたとおり、実は参考として三省に御研究いただいておると思っておるのですが、第一が中部病院での医師卒後の研修制度を現在のカリキュラムの形式で続ける。第二が保健学部、新那覇病院その他基幹病院につとめる医者の住宅を建ててレンタルにする。それから将来海外留学生でも来れば、その寄宿舎の制度を扱う。あるいはフライング・ドクター・サービス事業を経営する。あるいは本土から派遣された主として離島僻地の医者たちが定着できるようにきめこまかい福祉事業を行なう、というようなものでございます。 現在の一般情勢として、アメリカ側のいわゆる引き潮が非常に早いのでございます。これを追いかけて補てんすべき琉球政府の現在のいろいろな財政部面につきましては私はここでは申し述べません。しかし、この二年間、復帰に至る時点の間に医療事業のようなその日その日の仕事に空白状態ができてはたいへんだと思いますので、その埋めくさの一つとして試案を御披露申し上げました。ただし、これは緊急かつ切迫したもののみを取り上げてございます。なお、沖繩の医療全般の将来の進め方などについても見解もございますが、今日は時間がないようでございまするから、以上で差し控えたいと思います。 沖繩のことにつきましてはいろいろ御心配いただいておりましたが、私どもの医療の仕事につきましても御助力をいただきたいと思いまして、ここに御清聴を感謝いたしまして私の陳述を終わりたいと思います。(拍手)
○池田委員長 ありがとうございました。 次に、森参考人にお願いいたします。森茂雄君。
○森参考人 私は、中央畜産会に沖繩の問題につきまして研究する委員会がございまして、その一員に参加いたしておりますので、参考人として招致されたものと心得て申し上げたいと思います。 現在の沖繩農業の見通し等につきまして、沖繩の識者の意見をかいつまんで申し上げますと、復帰に伴って沖繩の農業は総花的ではなく、自給自足農業としてではなく、亜熱帯としての地方色を生かした本土市場を主とする換金の農業としての成立を期待したい、こういうことであります。したがいまして、その線に沿って考えることが一つの要素であると思います。先生方御承知のとおり、沖繩の農業の、言いかえますれば第一次産業の構成率は本土よりもなお密でありまして、これが本土が第一次産業に従事する構成がさらに減っていくということは沖繩についても免れないことだと思いますが、その第一次産業に従事する人が効率的にかつ十分実質的所得を獲得しつつやっていくには、やはり沖繩としての特殊的な地位の特色を生かした農業等に従事していくのが必要だと考えるわけであります。皆さん方御承知のとおり、現在の沖繩の、影山理事の触れられましたとおり、沖繩の受け取り勘定の八千七百万ドル程度、あとはほとんど進駐軍関係の収入でバランスが合っておるという八千七百万ドルのうち、糖業における日本に対する輸出が四千七、八百万ドルにのぼる、パイン収入等で二千六百万ドル程度にのぼる、観光収入等で二千万ドル前後にのぼるということを考えますと、沖繩側として換金ものとして日本に送り込んでおるのは、現状は糖業といいますか、蔗糖生産物であるわけであります。そういう実態を考えますと、先ほど申し上げました沖繩の農業は自給自足の農業ではない、であるべきではないという主張もかくあらんと思うのであります。そこで、それに基づいてそれらの作物は、農業関係でいいますと、一番多い作物の砂糖、パインに次ぎまして海産物、畜産物、たばこなどが主でありまして、その他はほとんど見るべきものがないわけであります。こういう現状からいいまして、現在食糧が大もので輸入されておりますが、その他たん白食糧、農林水産物に関連いたしましてはそういうものが相当入っております。最近では畜産物としては卵が自給自足された程度で、豚なども半量程度の自給でありますが、わずかに牛肉等がプラスな状況になっております。また、乳製品等も不足でありますが、こういう実態からいいますと、普通農産業として何から何まで自給自足したいというのが気持ちではありましょうけれども、識者の意見としては、先ほど申し上げまして繰り返すようでありますが、そういうことであります。 私も沖繩の畜産振興対策懇談会に出席いたしまして、相手側の代表者の方といろいろ意見をかわしたわけでありまするが、いろいろ希望が出ております。たとえば将来を見通して、これは言っていいことか悪いことか知りませんが、相当大きな——大きなといいますか、ある程度まとまったサイロをつくってもらいたい。これは豚や養鶏やその他必要なえさのコストダウンのためであるということであります。いろいろ検討いたしますと、サイロというのは、これはちょっと具体的になりますが、日本でも年に四回半くらい回転しませんと投資資本が回収できない。逆にもっと突っ込んで言いますと、日政援助でただで固定資産を——ただと言っては何ですが、固定資産の償却を考えずに、あと運営だけで通常経費をまかない得るくらいの計算くらいは立てませんと、これはやはりいい奨励方法ではない。すべて相当程度経済ベースを考えてのやり方でないといけない、といいますると、将来を見通しての養豚なり畜産物なり穀類なりの輸入、輸出等の必要性とマッチしていかなければならない。現在、きょうあすでは必要ではない、こういう事態でありますので、やはり時間の経過に従ってそれぞれ検討し、発展さるべきものでありまして、沖繩側の御提案の趣旨は十分わかっておりますが、これは否定的な意味でなくて、そういう意味で相ともに検討いたしていくことにいたします。 それから亜熱帯ゾーンに対する研究熱も旺盛でありまして、これは農林省ですでに熱帯研究センターで支所を設けるそうでありますので、運用の結果を待って、さらに独立、拡充していくかということもあるわけであります。 ただいま申し上げましたとおり、農業関係ではやはり特産物の生産に力を入れていかなければならぬということになりますと、現在の砂糖業をどうするかということであります。現在の砂糖業の大体の見通しといたしましては、ヘクタール当たり六、七トンの生産しかないわけでありまして、台湾の十トンですら国際競争におっつかっつというところでありますので、国際的にいいます十三トンくらいは別といたしましても、少なくとも台湾ベースくらいにはこれを持っていかなければならない。それには現在まで、略奪農業ではないけれども、土地の輪作、土地改良、あるいは肥培管理等について非常に欠けているところがあったわけであります。特に場所によりましては業界が分かれておりまして、できたキビがどちら側の工場に行くのかわからないという関係上、工場関係でも力が入らないというようなことで、例にはなりませんけれども、北海道のてん菜のようにここからここまではどこの会社というようなことで、現在、ほとんどの日本の内地の糖業会社が資本的にあるいは技術的に関係しておりますから、それらの方々が委員になっての御意見も伺いますれば、現在七、八社、十五、六工場ありますが、ある程度きまったところでは、二、三の工場が合併といいますか、企業合同といいますか、企業提携といいますか、そういうことが必要でないかということでみずからそういうことをおっしゃっております。そういたしまして、その目標とする土地について、土地の生産性を上げるということであります。 それからもう一つ大切なことは、台風地帯でございますのでいろいろ問題があると思いますけれども、場所によっては非常に水資源の豊富なところもありますので、ぜひかんがい施設をやっていただきたい。これは産業立地関係で非常に唱えられておる問題でありまして、水の確保は工業用水あるいは飲料水——ああいうところで飲料水に困るという話を聞いておるわけですが、水の問題はどこの所管ということでなしに、ぜひ第一次的に御検討願いまして、これこそ先行投資といいますか公共投資といいますか、地下水が出るならば地下水、あるいはダム等でたまるならばたまり得るように、台風を待っておる沖繩といったらなんですけれども、毎夏台風の時期に台風が来ないかということで待っているような状況でございまして、水さえあれば糖業等でも甘蔗の成育が非常に違うわけであります。こういう意味におきまして、農業に限らず一般的にもぜひ必要でございますので、水開発に関連してかんがい施設を十分考える必要があると思います。 それから非常におくれておるのが土地改良であります。これは土地によっては非常に峨々たるというか、高低が多い関係上おくれたこともあるとは思いますけれども、場所によっては当然やっていいようなところも多いわけであります。今後、内地もそういう傾向が出ておりますけれども、内地に相当いい若い青年が、好むと好まざるとを問わず来られるわけであります。残っていく青年もおるわけであります。その場合、効率的な農業をやる場合に、ある程度の道路と、内地でいえば農道、少々の開発機械、工作機械等の入るくらいな道路整備をやる必要が非常にあると考えるわけであります。 それからどこの部門でも、金融のワクが小さいということと、償還期限が短い、率が高いということが触れられるのですが、パインと糖業の一部だけ五分程度で、あとはみんな七分とか七分六厘とかいうこと、それから据え置き期間が非常に短く、償還期限が非常に短いので、これを長くしてくれ、特に鹿児島あたりからの種畜の購入等に関連いたしまして補助残融資とか、あるいは政府で補助金で入れる牛以外に買う場合にやはり融資をしていただかないと十分でないので、そういう融資のワクを確保してもらいたいというのが多いわけであります。これは内地の考え方からいいますると、農業協同組合が非常に発達をしておりまして、大体希望の筋で、農協に関しましてはそう不平のあるようなことはないのでございますけれども、御案内のとおり沖繩の——戦前の法律そのままですから、産業組合は貯金高も少なく、しかもワクがそうとれない、ワクがとれても力がないわけであります。これをどうするかという問題があるのと、大体通じていいますると、下から盛り上がってこれをやりたい、あれをやりたいという気魄が出てき始めたところでございまして、いままではむしろ表面的にはまだ出ておらないというところであります。 これに関連してさらに申し上げますと、いかなる指導といいますか、農林省あたりでもいろいろ指導員といいますか、コンサルタントといいますか、人を派遣いたしましてもパイプが詰まってしまう。といいますのは、心臓からある程度動脈の途中まで行って、その先伝わらない、伝わらないわけです、その血管の先がないといいますか、受け入れの人間というか、指導員がいないといいますか、要するに実際の働く農民と指導する人との間の、内地でいう普及員といいますか、普及員よりもちょっと上といいますか、そこいら辺の普及員を含めての人が欠除している。これをどうして、今後復帰する場合に、復帰前に回復するか、復帰後に回復するか、内地の人を大量に、うんといい待遇を与えて送り込むと、向こうの人がやっかむんじゃないかという気もしますし、向こうの人をどういうふうにしてそれだけ大量に訓練してやるかということが非常に疑問に思われますが、いずれにしても、これから進む近代化農業等である程度指導が必要になってくる、スピーディーな動きが必要になってくる場合に、そういう経済活動の陣容がどういうふうにして確保されるかということが問題だと思います。 結論的に申し上げますと、沖繩の農業につきましては、糖業の合理化をうんと進めていただく、それにはこれに有機的に畜産を結びつけて、そしてもっと株分けをし、減反をするかわりに——減反してももっと収量が上がるということでありますので、そこへ牧草も植え、輪作もするということで、鹿児島牛等の種牛を入れて、いまいろいろ品種の問題はありますけれども、一番なれて、長い間のあれからいって、まだ結論も出ておりませんし、現状では鹿児島の牛が対象になるんだと思いますけれども、それらの回転もよくして、いま相当優遇しておりますので、これを内地に特産的にこなしていくということがいいと思います。パイン等の問題はちょっといろいろな事情等もございまして、積極的に取り上げるかどうか問題であります。復帰後におきまする機業につきましては、もちろんそれは一定期間、少なくとも五年以上は従来の関係を続け、その後は、その後の収量、経営体制、耕作体制等も見計らって特別措置を続けていただくということがいいんじゃないかと思います。 散漫な話になりましたが、特産的なものを進めていただく、きょうあすのことに必要なことをさっそくやっていただく、将来の方向につきましては、まただんだんと現地の人の御意見もいろいろ出てくると思いますので、復帰に際しては現在ある、沖繩としては大産業でありまする糖業等を中心としたものに畜産をかみ合わせて、そして少なくとも台湾レベルまでには持っていって、それがためには土地改良、かん排水、その陣容整備等をやっていただくように先生方に御配慮願いたいと思います。 簡単でございますが、以上で終わります。(拍手)
○池田委員長 ありがとうございました。 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。 —————————————
○池田委員長 参考人に対し質疑の申し出があります。順次これを許します。床次徳二君。
○床次委員 参考人の方々、非常に有益なお話をありがとうございました。時間が少ないものですから、数点だけお尋ねいたしたいと思うのであります。 まず影山さんに伺いたいのは、信用機構の問題でありますが、現在は本土系の銀行等の進出もないし、また地元はドル経済であるというわけでありますが、お話のごとく、中小企業その他に対しまして、相当の低利また大ワクの資金が必要である、これは全くもっともだと思います。大衆金融公庫その他本土の公庫に類するものを拡大して、それに対して政府援助をいたしまして、流していくという形が一応考えられるわけでありますが、ただ、今後復帰以後のことを考えました際に、はたしてそれでいいんだろうかどうだろうか、本土銀行その他金融機構が、事前においてもっと密接なパイプをつくっておく必要があるのではないかと思いますが、この点はどういうふうにお考えでしょうか。
○影山参考人 復帰以前にすでにパイプをつくっておくということは非常に望ましいことであると私考えるわけでございますが、沖繩におきますところの既存のいろいろな機構との関係を早急に解きほぐしまして、本土との金融機構の斉一性なり調整ができますならば、復帰以前においてもパイプが可能ではないかと思うわけでございます。
○床次委員 第二の問題といたしまして、復帰の際におけるたとえば関税あるいは物品税等の、税制等の格差の措置に対してお触れになりました。これはわれわれ一番頭痛に病んでおることでありますが、当然ある程度までの暫定措置等は必要ではないかと思うのであります。関税の場合と物品税の場合、いろいろ取り扱いが違ってまいりますが、制度的に申しますと、早く一体化したいというのは、政府としては当然考えられることでありますけれども、実情から申しますと、これは非常に無理があるのではないか。今度経済界の皆さま方がごらんになりました場合におきましては、先ほどもちょっとお触れになりましたけれども、ある程度までの特別措置といいますか、暫定措置が必要ではないかとごらんになっておられるようでありますが、地元のほうで、かなり端的にこれをいいますと、たとえばフリーゾーンを置いてもらいたいとか、あるいは現在の税制をそのまま数年間、たとえば物品税はこれを五年くらい残してもらいたいというような、具体的な声になってあらわれてくるわけでありまして、現実に確かに措置が必要だと思いますが、なるべく早くどういう措置をとるかということをきめることがやはり不安感を除くゆえんでもあると思いますし、また具体的にどんなふうなことが考えられておりますか、伺いたいと思います。これは本土企業のほうから申しますと、できるだけ沖繩にも進出したいという気持ちのものもありますし、あるいは積極的でないにいたしましても、沖繩地元産業というものが、本土化によりまして、大打撃を受けるものもずいぶん出てくると思うのであります。この間の調節に、具体的な対策として考えられなければならぬことであります。もうちょっと具体的にお話を伺いたい。
○影山参考人 これは本土企業が進出する、あるいは本土の物品が流れていくことによりまして相当——沖繩側の体質が非常に弱うございますので、いろいろ考えましたけれども、どうしても暫定措置として従来の制度を何らかの形で置かなければいかぬということは一致しておるわけでありますが、それでは具体的にどういうふうにしたらいいかということにつきましては、なかなかむずかしい問題でございます。関税ということになりますと、これは沖繩は従来は外国として取り扱っておりましたので、関税制度で保護できるわけでございますけれども、今度は一体化しますと、日本国内でございますので、沖繩にだけ関税を置くというわけにはいきません。物品税も実際上関税的な役割りを果たしておるわけでございますが、物品税的なものあるいは移入制限的なものを何らかのくふうを必要とするのではないかということでございますが、具体的な点につきましては、早急に検討をしなければいけませんけれども、なかなかこれというきめ手はまだないというのが実情でございます。 それからフリーゾーン関係につきましてもいろいろと話が出たわけでございますが、フリーゾーンにつきましては二つ意味もございまして、一つは工業、産業関係、ちょうど台湾の高雄のようなフリーゾーンを設けたらどうかというのが一つの構想でございますけれども、これは先ほど申し上げましたように、関税上は沖繩は日本本土になるわけでございますので、そうすると本土から高雄へ進出するときの利益というような利益は本土側から見ればないわけでございます。アメリカとかその他の外国企業は、日本本土にございます保税制度的な意味で、外国との関係では利益があるわけでございます。そういう点につきまして沖繩側の人たちと話し合いましたところでは、この保税措置については実態を十分に調査をして検討すべきであるというのが一般的な議論でございますが、もう一つのフリーゾーンと申しますか、フリーポートの構想は、やはり観光に関係したところの構想でございます。これも観光魅力——観光産業を沖繩は振興していかなければいけないと思うのでございますが、沖繩へ本土あたりからも行きますのは、観光魅力としての買いものの魅力があるわけでございます。そういう免税売店というような現在の制度も、これもいろいろとくふうをいたしますというと、手続的にちょっとめんどうになるのじゃないかと思いますけれども、数量制限だとか切符制だとかいうようなことがあるわけでございますが、そういう点につきましては免税売店等の構想は十分考慮に値するので、これは具体的に検討すべきじゃないかというような議論があるわけでございます。それでは暫定措置といたしまして具体的にどういう措置をとるかということは、これはやはり政府のほうの専門家にひとつ至急検討していただかなければ、技術的な問題がございますので、いけないのじゃないかと思います。
○床次委員 次に小林さんに伺いたいのですが、沖繩の医療の現状、非常に特色があるわけで、それに対して先生の御意見非常に私どもも期待をしておるわけでありまするけれども、なお一つ御意見を伺いたいと思いますのは、いわゆる東南アジアの方面の医療協力の問題が今日わが国といたしまして相当重視されておりまするが、沖繩というものがそういう医療協力の一つの基地と申しますか、研究の基盤としてこれを充実すれば非常におもしろいものになるのではないかという気がいたすのでありまして、先生の医療事業団構想等を定着させます場合におきましても、さような考え方を積極的に加えていくと非常に充実しやすいのではないか、実験あるいは研究の材料等も地元において非常に多いし、その意味においてあるいは積極的な意味を持ち得るのではないかと思いますが、これに対する御意見を伺いたいと思います。
○小林参考人 ただいま御質問のございました点でございますが、ただいまお手元に第二表でお配り申し上げましたのが世界の、ことにアメリカについての新しい医学部の構想でございます。したがって今度つくります日本の保健学部というものは、現在本土にも二、三ございます保健学部とは内容をすこぶる異にいたしております。したがいましてこれに対しましては、ことにアメリカも興味を持っております上にWHO自身が非常に興味を持っておりまして、実はWHOからも現に援助の申し入れがございます。そのことはいまお話しいたしましたとおり、メディカル並びにパラメディカルとも、ことに東南アジアの方面のこれに、将来それを教育するという面をかみ合わせてのお話でございます。したがいまして私どもは、先生も御案内のとおりの土地柄でございまするが、医学部はすぐにはできないと思いますけれども、先ほど申し上げたとおり医者の卒後教育の機関はございますので、あと医学部の四年だけつくればいいのでございますから、何年かの後にそれをつくり上げて、広義の新しい、あまり本土にも例のない医学部ができ上がりますれば、これは非常に東南アジアの医療にも協力あるいは寄与できると思うのでございます。私どもとしては実はそれに関連いたしまして、さらに私どもの夢としては、沖繩には先生も御案内のとおり、若干の特殊のフィラリアとかいろいろな病気もございます。したがってあるいは熱帯病等の研究所等も、いまございます各大学の小さいものでなく、かつて戦争前に上海にございました自然科学研究所程度のものでもつくって、そうして本格的に取り組めば、私は東南アジアの医療に十二分に協力できると思っております。そのことも含めましてただいまの計画の中にも、将来は海外留学生の寄宿舎ということもございますけれども、ただいま出しました医療開発事業団の案は実はこれから先にまだまだ、たとえば産業開発に伴って僻地の医療機関をそれがやるとかやらぬとかいう問題もいろいろございます。しかしきょう差し上げましたものはもうあすが日に差し迫って何とかせねばならぬ問題が現実にございますために、その規模、範囲内だけで一体できるかできぬかということで提案をいたした次第でございまして、これは先生のおっしゃいましたとおり規模をさらに拡大して、いま申し上げましたような東南アジア方面の医療にも寄与いたしたいのが、私のみならず、私ども委員会の全員の希望でございますので、その線に沿って進みたいと思っております。
○床次委員 次に、森先生にお尋ねいたしたいと思うのですが、御趣旨につきましては私どもも全く同感でございますけれども、現在の沖繩は非常に離島も多いし、本島の農業状態はまたかなり錯雑したもので、したがって将来の振興計画といいますか、対策を立てます場合には、各離島別とか地域別にそれぞれの特色を生かして、早く個々に方針を立ててしまうという行き方が非常におもしろいのじゃないかと考えておりますが、この点につきましては先生の御意見いかがでございますか。
○森参考人 ただいま、非常に離島が多くてということで個々に特色があるのではないかというお話ですが、島々それぞれ地勢が違っておりますし、平らな宮古それから石垣、八重山それぞれまた林業地帯の地域もございますし、おっしゃるとおりそれぞれの地域の特色があると思います。これを国の観点から見まして、それと結びつけて生かしていくということが必要だと思います。なるべく早くそういうことで、沖繩という一部ではありますけれども、畜産といってしまうとまた西表、いろいろすぐには合わない話と交錯するおそれがあるわけであります。そういう意味でやはり島々に分けてお話ししないと、また検討しないと、問題が間違ってくるというのであります。先生のおっしゃるとおりで今後またそういう機会がございますれば、商工会議所のほうで、中央畜産会からまたそういう関係でいろいろ意見を求められる機会がございますれば、ぜひそういうことでアドバイスいたしたいと存じます。
○床次委員 先ほど小林先生にも実は東南アジアの医療の問題について申し上げたのですが、農業、畜産、それから水産業につきましても私は同じことがいえるのじゃないか。今度農林省におきましては、試験場の分場みたいなものの基礎がとにかく設置されることになりましたことは非常に喜ばしいことであります。現状に対して対策を講ずることと同時に、将来の積極的なビジョンから申しますると、やはり熱帯医学、熱帯漁業ですか、熱帯農林業等の大きな試験地として、これは非常に望みが大きいのじゃないかと思うのでありますが、まあ西表も残っております。特に農林業方面から見ると使い方はあるのじゃないかと思いますが、現在予算で置き始めましたもの、これは相当大きく拡大しなければならぬし、それについてはいろいろな考え方もあるだろうと思いますが、何か森先生の御意見がありますれば承っておきたいと思います。
○森参考人 今度また先生方いろいろアドバイスされて予算編成に御尽力されると思いますけれども、予算をふやしてもらいたいということは非常に多いわけでございます。特にいま言われておりますのは、牛の導入に関しまして、まだスケールが小さいということ、これは非常にこまかい問題になりますが。それと土地改良といいますか、牧野整備といいますか、そういう点で今後まだふやしてもらいたいということ、いろいろたくさん希望があるわけであります。具体的にはサイロ等も問題が出てまいると思いますけれども、具体的にそれぞれ、今度農林省のほうでも沖繩に対する数次にわたる最終の調査団も帰ってまいりましたので、もっと具体的に御要望に応じられるように努力をされてくださると思います。
○池田委員長 大村襄治君。
○大村委員 まず影山参考人にお尋ねしたいと思いますが、先ほどあなたのお話を承っておりますと、沖繩は豊富低廉な労働力がある、またリーフ、サンゴ礁を開発すれば土地も造成できる、しかるに工業用水であるとか電力でありますとか、そういった基礎的な資源を開発する必要が大きいというような点を述べられまして、私もたびたび現地を視察しまして、その点は全く同感なのでございます。ところが、沖繩の現状におきましては、島内の長期資本という点がきわめて乏しいのでありまして、先ほどもお話のありましたように、国際収支も大幅な不足を来たしているような現状でございます。そこでこれらの沖繩島民の福祉をほんとうに今後長きにわたって増進するために必要な長期開発の資金々どうやって導入するか、その点が一番肝心ではないかと思っております。先ほど大衆金融公庫等に本土の財投を導入して、それに充てたらどうかというふうな御意見もあったのでございますが、場合によっては、独立の沖繩の開発のための金融公庫を設置して、ちょうど北海道、東北の開発の場合にもそういう事例がございます。長期的な総合的な開発計画とにらみ合わせて、そういった長期資金を計画に導入することも必要ではないかと私は思うのでありますが、その点につきまして影山さんの御意見を伺わせていただきたいと思います。
○影山参考人 先生御指摘のとおり、沖繩におきましては長期産業資金が非常に不足しておるわけでございますので、今後長期産業資金の調達という問題が一番大きな問題になるかと思うわけでございます。その中で、北海道、東北開発金融公庫に類似した機関をつくってはどうかという先生のお話でございます。私どもも、先ほど申し上げませんでしたけれども、金融についての特別措置を早急に検討していただきたいということをお願いしました中には、それも入っておるわけでございまして、琉球開発金融公社というのがございますけれども、それとかガリオア援助の問題等を開発基金として処理するという問題等もあわせまして、これを解決していったらどうかと思っておるわけでございます。
○大村委員 次に、影山参考人にお尋ねしたいのでありますが、先ほど国際海洋開発博覧会の点についてお述べになったのでありますけれども、私どもも先般現地視察に参りましたところ、沖繩の財界で慶良間列島の付近の海面と申しますか海中が、非常に熱帯の海洋資源が自然のまま保存されておる、これをひとつ活用して国際博覧会を誘致して、本土復帰の記念事業にしてはどうか、こういう御意見があるように承っております。そして四月の中旬にニュージーランドで国際会議があったのですが、琉球の観光公社の理事長の渡名喜さんという方がそこに行ったときに、そういう名のりをあげるのだというようなこともちょっと承ったのです。また石垣へ参りましたら、そちらのほうもだいぶ期待をかけている、こういうふうなことを耳にしてきまして、できることならばそういうことを実現できるようにさしてあげたいという気持ちがいたしたのでございます。ところが先ほど影山さんのお話では、七二年には間に合いかねるのではないか、こういうことばもあったのでありますが、私は、この国際海洋博覧会の仕組みがどうなっておるか、現在行なわれておる万博などとどう違うのか、その点しろうとでよくわからないのでございますが、せっかく現地でそういう熱心な要望もあるわけでございますから、何とか生かす道はないか、この辺につきまして重ねてひとつ御意見を承っておきたいと思います。
○影山参考人 お答え申し上げます。 この国際海洋開発博覧会の開催については、沖繩側の財界、それから本土側の財界もこれを実施すべきであるという意見に一致したわけでございます。それで慶良間列島を中心にしてずっと行なったらどうかということでございます。そのときの話をいろいろ検討したわけでございますが、やはり一番問題になりますのは、万国博覧会条約での手続を進めていかなければいけないということになりますと、一九七二年の実施というのは、タイミングからいってちょっと間に合わないおそれがあるということが懸念されたわけでございますが、そういうタイミングの点を別といたしますならば、できるだけ早い時期に官民協力してこれの実現に努力しようではないかということについては意見は一致しておるわけでございます。
○大村委員 影山参考人におかれましては、この国際海洋博覧会が誘致できるように知恵を出していただくようにお願いしておきます。 次に、小林参考人にお尋ねしたいのでありますが、先ほど御説明のありました沖繩医療開発事業団の構想でございますが、たいへん御卓見ではないかと思って、敬意を表する次第でございます。沖繩のようにお医者が少なくてしかも定着しにくい立地条件のところにおきまして、何とかしっかりしたお医者さんに定着してもらうためには特別なくふうが必要じゃないか、そういう意味で、この事業団の構想を多とするものでございます。ただこれを拝見しました限りにおきましては、基本施設をこの事業団でつくる、お医者さんはその事業団のつくりました施設なり設備を利用してそれぞれの地域の医療を担当する、生活自身は今後医療保険あたりが普及すればやっていける、こういうお考えではないかと思うのでございますが、資金面等につきましては大体どういうふうなお感じであるか。先ほど私全般的な開発の資金なり金融機関の問題につきましてはお尋ねしたのでございますが、医療の関係のことにつきましては小林さんどのようにお考えか、ちょっと伺いたい。
○小林参考人 お答え申し上げます。 実は先ほども申し上げましたとおり、私も若干行政をいたした経験がございますので、ほんとうを申しますと、こういう仕事は、たとえば医者の住宅にいたしましても本土の基準などがございます。そういう点で全部琉球政府のお力でやっていただきたかったのでございます。 ことに、一番中心になりましたのはさっきの中部病院の件でございますが、この卒後教育を来年で打ち切ることははっきりいたしております。そういたしますと、これをこのまま継続するためには何かの受けざらがないと——たとえば例を引きますというと、日本政府がハワイ大学と契約を特に結ぶということは不可能でございます。したがいまして、またアメリカ側の資金が若干出る、日本政府も補助金を出すというような場合には何かの受けざらがないとこれはとても受け切れないということが発想の中心でございます。そこで、ほんとうは実はこんなものは、先ほど申しましたとおり、まだ経費的にも詰めてございません。御希望でございましたならば、素案はございますから差し上げてもよろしいのでございますけれども、詰めてございません。先ほど申し上げましたとおり、三省連絡会議で課長レベルの実際の事務担当官にお示しをいたしましてそして御研究をいただいたわけであります。それがたまたま、私が沖繩にすぐ翌日参ったところが、向こうの新聞に東京発としてスクープされて大きく出た。そこで琉球政府自身が検討を始めたものでございますから、私としてはこの席で披露せざるを得なくなったというのが実は実情でございます。したがいまして現実には、たとえば住宅につきましては財政投融資で建てて、あとレンタル料を取って返還するとかあるいはヘリコプターなどにつきましては琉球政府から貸与を受けて運営費を流してもらってやるとかいろいろなことがございますと思います。しかし基本的に今年度予算で、御案内のとおりヘリコプター二機が琉球政府についてございますが、いまの財政の状況でヘリコプターの維持運営が、私どももしろうとでいろいろわからないので航空関係に聞きましても、容易じゃございません。したがってこれは諸外国でやっているように、こういう受けざらで一方は病院と契約をし、一方はネットワークを持ち、そして運航部分は航空会社等に委託をして、そして受けざらで全部コントロールしなければ処理し切れないのではないかという気持ちもございます。そういうような点をすべて勘案いたしまして、さしあたってどうしてもここ一、二年の間に何とかしなければならぬという問題だけを取り上げまして実はここに盛りましたもので、どうもまだ規模が小さいじゃないかというおしかりがあるかもしれませんが、そんなことでございます。これは先ほど床次先生にお答え申し上げましたとおり、将来さらにこれを強化していくという点につきましてはいろいろとまた御指示をいただきたい、かように存じておる次第であります。
○大村委員 森参考人にお伺いいたします。 沖繩の立地条件上、乳牛よりも肉牛のほうが適しているのではないか、こういうことをしばしば承っておるわけでございます。ところが沖繩の在来の和牛は角や骨格が大きくて、大体闘牛本位に飼育されているわけです。肉は非常に乏しいということで、最近は本土の中国地方から和牛の子牛を導入してそれを飼育しているというようなことでだいぶ品種の改良をはかっているようです。ところが本土の和牛自身、品種改良の必要を迫られていることは御存じのとおりでありますが、せっかく沖繩の恵まれた草地資源等を活用して和牛を大幅に飼育していくということになりますと、どうしても品種改良の点が重要だと思うのでありますが、これにつきまして森さんの御意見をひとつお聞かせ願いたいと思います。
○森参考人 お答えいたします。 肉牛の品種改良の問題につきましては最近非常に興味あるといいますか必要性のある問題になっておりまして、外国からも入れまして熱心にやってみておるわけでございますが、何せいろいろな条件がございまして、データが非常に少ない、それから結果がすぐには出にくい等の関係がございます。そうして先生のお話のとおり、まさに中国地方の和牛を入れて、そうしてそれと交配さすということも行なわれ始めておるわけでございますが、これはやはり岡山等ですが、中国地方の和牛と鹿児島、宮崎等の和牛とを交配さすということでございます。いい結果が出ますればけっこうだと思いますが、従来角ばかりではなくて、これは何といいますか、人工授精が非常に少なくて、かつ去勢か行なわれないもんですから野合が非常に多いので、いわゆる品種的な管理が飼育過程におきまして十分でなかったということ。やはり一ぺん自分が種牛を持っておりますと、種代にもなりますし、いろいろな関係もございますので、品種改良には一つの障害もありますけれども、だんだんそういう障害を直して内地並みにレベルを上げていく、やはり総レベルを上げていかなければいけないと思いますが、そういうことで畜産局の関係ではしばしば沖繩に行きまして指導をやっております。ただ、外国種はまだ非常にいい結論とも言えませんし、これは悪いということでもございません。なお畜産試験場、種畜場等がもっと現地で充実いたしまして、十分これは鹿児島に次いでの主産地となるように先輩県の鹿児島県の御応援もいただかなければならぬ、あるいは中国地方の種畜場の御応援もいただかなければならぬということで、中国、鹿児島等の技術者の御指導をお願いする次第であります。
○池田委員長 箕輪登君。
○箕輪委員 きょうはお忙しいところを三人の参考人の方々においでいただきまして、だいぶ時間も経過いたしておりましてまことに恐縮ですが、若干質問を許していただきたいと思います。 まず影山参考人にお尋ね申し上げたいと思いますが、先ほど影山さんのおっしゃったいろいろな話を聞いておりまして、まことにもっともだと思います。ただ私、北海道出身でありますが、沖繩の開発を進めていく際に、やはり金融の問題がございます。北海道の例にならって、沖繩の開発金融公庫のようなものがあるいは必要でないかというふうに考えるわけでございます。大衆金融公庫のような中小企業を相手のものだけでなしに、大規模なプロジェクトの工場建設をやる場合には、やはりこうした沖繩開発金融公庫のようなものが必要になってくるのではないか、かように考えますが、その点についてひとつ影山参考人のお考えを聞かしていただきたいと思います。
○影山参考人 北海道の御経験でよくおわかりのように、やはり沖繩につきましても、そういう開発のための専門金融機関をつくることが必要ではないかと考えるわけでございます。ちょうど琉球開発金融公社というのもございますので、そういうところとの関係も調整をいたしながら、開発金融公庫というようなものもつくったらどうかということは私も同感でございます。と同時に、先ほど申し上げましたけれども、開発事業団というような実施機関も必要ではないかというふうに考えておるわけでございます。
○箕輪委員 もう一つお尋ねいたしたいと思いますが、先ほど影山さんのお話では、主として産業開発の面からのお話でございまして、水資源の確保というような問題も話に出ておったわけであります。私は、やはりダムをつくる場合には、ただいまの森さんのお話にもありましたように、農業のほうのことも考え、あるいは飲料水も考え、多目的のダムをおつくりになったほうがよろしいと思うのであります。これについて、簡単でけっこうですから、趣旨に賛同かどうか、お答えをいただきたいと思います。
○影山参考人 結論的には賛成でございます。一九八〇年度の用水計画で、ある数字があるわけでございますが、工業用水四十四万トン、上水道が三十一万トン、農業用水が七十五万トンというような数字もあるわけでございます。そういたしますと、多目的ダムをつくるということも、その一環として必要でございます。ただ工業用水だけの見地から申しますと、四十四万トンというのは相当の数字でございますので、さらにたとえば原子力発電による淡水化とかいうようなことまでも徹底的に検討しなければいけないというふうに考えておるわけでございます。
○箕輪委員 いま一つお尋ねいたしますが、ただいまちょっと中座をしておる間に大村君からも質問があったようでありますが、国際海洋開発博覧会、たしか聞くところによりますと、ことしの五月パリで立候補すればいい、こういうようなことを聞いておるわけでありますが、私はこれはむしろ政府のほうに聞いたほうがいいのではないかと思いますが、一体このパリの会議で、沖繩を候補地として立候補する意思が政府側にあるのかないのか、これをまずお聞きしたいと思います。
○加藤(泰)政府委員 お答えいたします。 五月でございますから、あと一月以内ということでございます。そういう意味ではいまの時点でその点について具体的な話し合いを通産省としているわけではございませんので、はっきりしたことは申し上げられませんけれども、通産省としては私の聞いているところではことしの予算に一千万の予算を計上しておりまして、これは海洋開発の調査費ということでございます。その中に海洋博覧会の開催についての調査も含めているようなふうに話を聞いております。そういう意味で沖繩でやるかあるいはその他でやるのかというような点、通産省がどう考えているかいま私承知しておりませんけれども、総理府といたしましては、その点、やはり沖繩でやるということについては積極的に通産省と話し合っていきたいというふうに考えるわけでございます。ただいずれにいたしましても、来年とかそういうような時点で開かれるわけにはちょっとまいらぬと思います。非常に準備も必要だと思いますので、そういうようなことから考えますれば、必ずしもことしということでなくてもいいんではないかというふうにも考えられるわけでございます。そういう点を含めまして通産省のほうの意見も聞きながら沖繩で開催されるような方向に総理府としてはぜひ持ってまいりたい、こういうふうに考えます。
○箕輪委員 いまの話で少しわかってきたのでありますが、いまの時点でとおっしゃったが、いまの時点で国際海洋開発博覧会の話が出たわけではないのです。だいぶ前からわれわれの耳にも入っているし、通産省はせひ沖繩でやりたいということも話しておりますから、まだ通産省と私どもが詰めた話を聞いておらないというのですが、沖繩に関する限りはやはりあなたのほうの総理府特連局が中心になって、むしろ通産省から話のくるのを待っているのじゃなしに、あなたたちのほうから通産省に早く呼びかけて、一応五月のパリの会議に立候補しようじゃないか。——いろいろな問題があるでしょう。お聞きしますと、輸送力の問題が一つの問題であろう。たとえば慶良間でやるとかあるいは沖繩本島でやるとか、そこで百五十万人くらいは見物客が行くであろう。その輸送力はどうするか、あるいはまた収容するホテルはどうするんだというようなことを考えておって逡巡しているのでは進まないと思うのです。東京オリンピックの例を考えてみても、オリンピック開催がきまってからばたばたとやったじゃありませんか。札幌オリンピックもそうです。オリンピックの候補地が札幌にきまってからばたばたとやって七二年までにはできてしまうのですよ。だからそんなような、いまの問題でないのだからこの次あたりに立候補してもいいんじゃなかろうかというような考えであっては沖繩は泣きますよ。いまから立候補することも間に合わぬわけじゃないのですから、きまってからいろいろな施設はできるのだから、通産省から話しかけがくるのを待っているのじゃなしに、いまからあなた方のほうから通産省のほうへ押しかけていって積極的にこれを推進していただきたいと思います。これは御要望ですから、その点を要望してあなた方に対する質問は終わりたいと思います。これは影山参考人に幾ら言ったって、影山さんのほうではなかなかたいへんな問題ですから、あなた方がやってもらう。これなら影山さんのほうでもこれはたいへん応援してくれると思うので、心配ないからやってくださいよ。 それからいま一つ、小林参考人にお尋ねしたいと思います。 先ほど小林先生もおっしゃっておったように、沖繩の皆保険の問題ですが、私も何回か沖繩に行ってみて、離島を歩いてみて、皆保険というのはいま早急にやることが非常にめんどうだと私は考えているのですが、ついこの間わが沖繩特別委員会で委員長はじめ理事のわれわれ一行が参りましたときに、聞いてみますというと、やはり山川局長は、これはどうしてもやるんだと聞かないのです。本土政府の箕輪議員が幾らそう言っても、これはわれわれのほうでやるのですからというような言い方をされていました。なまいきなことを言うなと思ったのだけれども、しかし考えてみますというと、いわゆる沖繩の会計年度でいう七一年度会計年度、日政援助資金でこの皆保険に一億七千万円だと思いますが、予算を計上しているはずです。この点間違いありませんか。
○加藤(泰)政府委員 お答えいたします。 琉球政府の来会計年度の一般会計からの日政援助といたしましての二百六十億の中の一部に、それだけ入っているわけでございます。ただ、これは琉球政府の会計年度のズレがございますので、来年の四月から六月までの分といたしまして、国民健康保険の国庫負担分ということでございます。
○箕輪委員 そこで、小林参考人に率直にお尋ねいたしますが、私は、本土政府が、琉球政府がやるということだから何とかということで、援助するつもりで予算の繰り入れをやったのだろうと思いますが、医者がいないし、設備ができておらないし、そういうところで保険料だけは徴収したけれども、さて、需要が起きたときに医療の供給ができるかどうか非常に心配するのです。そのためにフライング・ドクターなどというものも皆さんの御協力を得ながらやったわけですけれども、聞くところによりますと、たとえば生活保護法、医療扶助を受けている、これなども何カ月間も琉球政府はお医者さんに支払いをしていない、こういう話を聞いております。財政面でも非常にむずかしい。いま小林先生御承知であればお教えいただきたいのですが、どのくらい滞っておりますか、何カ月くらい医療保険で、医療扶助で。琉球政府がお医者さんのほうに払わなければならない金の滞りが何カ月間くらいあるか、金額にしてどのくらいあるか、おわかりだったら教えていただきたいと思います。
○小林参考人 お答え申し上げます。 この保険の問題につきましては、御案内のとおり現地の医師会は反対いたしております。私は直接よく存じませんから、責任のある御答弁はできませんが、私が最近聞いた範囲でお答え申し上げます。 まず十カ町村について実施したいというふうに聞いております。それから、いままでの滞りは大体三月から半年というふうに伺っております。金額はちょっとわかりません。しかし私自身も箕輪先生と同じようにたいへんだと思いました。私自身が経験を持っております。昔東京都の衛生局長をしておりましたときに、東京都で全部国保をしくということが安井知事から御相談がございまして、あっせんをして実はしいたのでございますが、たいへんどうも申しわけないことに、伊豆七島を、当時あまり頭になかったものですから、伊豆七島の市町村の財政を非常に圧迫いたしまして、医者が何か盲腸炎をはさみで切ったとかいううわさを聞いて、都立病院の施設を保管転換をして急をしのいだという事情がございますから、沖繩の現状を知れば知るほど、私は皆保険というものはよほど慎重に扱っていただきたい、かように思う次第でございます。
○箕輪委員 ただいま小林参考人から聞いたとおりでありまして、私は、この皆保険を琉球政府があえて断行した場合には、一億七千万円の財政援助だけではとても済まない。ものすごい金がかかるだろうし、また日本政府のほうにおぶさってくる結果になるだろうと思います。そうして金は出しても、沖繩の人に苦労をかけているのだからけっこうですが、金を出しただけでも、医療体制の整備がただいま申し上げたように行なわれていない状況、ほんとうに行なえるかどうか、いよいよ皆保険の実施になる段階において、総理府に要望しておきたいと私は思うのですが、一億七千万円の金はせっかく計上をした金だけれども、皆保険に使うくらいならば、皆保険をやれるような体制のために、これを流用して使ってもらったほうが、むしろ沖繩の人のためにいいのではなかろうか、かように思いますので、これもあわせて御要望申し上げたいと思います。 時間がございませんから、最後に森参考人に一言お尋ね申し上げたいと思います。 ただいまも大村委員が質問をされておりましたが、沖繩の牛はどうもやせている。骨と皮と角しかないみたいな牛だ、こういうような話もあったわけでありますが、私も沖繩に数回行きまして、牧場なども見て歩きました。いろいろと具体的な御提案がございましたが、やはり一つは私は草だと思います。牛に雑草を食わせているのです。やはりあそこに大規模な、あるいは中規模な草地開発をやってやって、そうして飼料の自給自足ができるような、そういう体制に持っていってやらないと、雑草という栄養のない草を食っていたのでは、やはり牛は太らないと思うのです。それが一つです。 それからいま一つは、サイロをつくってほしいというようなお話がございましたが、これはいかがなものでしょうか、年がら年じゅう草のはえる環境にある沖繩で、サイロというものが必要かどうか、これは私の疑問の一つなんです。 それから土地改良、農道整備のお話がございましたが、私は農道整備は必要だろうと思います。土地改良も必要があろうと思います。ただ土地改良を考えるときに、沖繩本島はともかくとしても、先島のほうに参りますというと、何地帯というのですか、火山灰地帯でも何でもない、何というのかよくわかりませんけれども、サンゴ礁でもない、何というのですか、あれは土地がきわめておかしいんです。そこに、ぼやぼやと雑草がはえているところに牛を放しているのですよ。さて、土地改良をやるとすれば、どこからいい土を持っていくのか。これは相当な金がかかると思うのです。これに対して御研究されているならば、お尋ねしたいと思います。どうぞお願いします。
○森参考人 一言一言ごもっともな話であります。土地改良などにつきましては、相当耕作の進んでいるところでやるべきだと思います。
○箕輪委員 それではよろしゅうございます。
○池田委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。 参考人の方々には御多用中のところ、長時間にわたり貴重な御意見を賜わりまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。 ————◇—————
○池田委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についておはかりいたします。 先刻の理事会において決定いたしたとおりでございまして、北方問題に関する件について参考人の出頭を求め、その意見を聴取することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○池田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 なお、参考人の人選、日時及びその手続等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○池田委員長 御異議なしと認めます。よって、さよう決定いたしました。 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後零時四十分散会