沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第9号
- 発言数
- 36 件
- 登壇者
- 5 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1970/04/02
会議録
○池田委員長 これより会議を開きます。 この際、沖繩復帰対策の基本方針について、山中総務長官から発言を求められております。これを許します。
○山中国務大臣 一昨日閣議決定をいたしました沖繩復帰対策基本方針につきまして、沖繩及び北方問題に関する特別委員会の委員の皆さま方に、あらためて基本方針の概要を御説明申し上げてみたいと存じます。 この基本方針は、沖繩復帰対策の策定及び推進にあたっての政府の基本的考え方をまとめるとともに、その推進体制を明確にすること、その推進に際しては、沖繩琉球政府をはじめとする沖繩県民の民意を十分に尊重することを前提としており、その内容については、まず第一に、復帰準備体制については、復帰準備施策の内政的事項については総理府が中心となり、沖繩復帰対策各省庁担当官会議等を通じて関係各省庁間の連絡調整をはかりながらこれを推進することとし、対米折衝を要する諸問題については、外務省が日米協議委員会及び沖繩に設置されました復帰準備委員会を通じてこれを処理することといたしております。 第二には、復帰準備対策を進めるにあたって、沖繩の経済社会の実態の特殊性を十分考慮すること、返還実現までの間に沖繩において措置しておくべき施策については従来の一本化施策を拡充強化すること、沖繩の本土との間に存在する格差を是正し、豊かな沖繩県の建設を期するために、その経済社会の開発、発展をはかるための総合的な施策を策定し、その施策の推進に関する立法上、財政上の措置を講ずること。 第三には、政府は一九七二年中のできるだけ早い時期に沖繩の復帰を実現することをめどとして、諸般の復帰準備を進めること。 以上でありますが、なお総理府といたしましては、この基本方針に基づき、今後沖繩復帰対策各省庁担当官会議等を通じて、復帰対策の細部について慎重に検討を行ない、なるべく早い機会に沖繩対策の具体案を固めてまいりたいと考えている次第でございます。 以上が私の復帰対策閣僚協議会における大体の発言の要旨でございまするし、皆さま方にも、私の復帰対策の基本方針をまとめるにあたりましての基本的な考え方並びにその骨子についての御説明をさせていただいた次第でございます。よろしくお願いいたします。 ————◇—————
○池田委員長 沖繩・北方対策庁設置法案を議題とし、審査を進めます。 質疑の申し出があります。これを許します。美濃政市君。
○美濃委員 ただいま沖繩復帰対策基本方針を承ったわけですが、本日は主として、この対策庁をつくって復帰に備えてどういう考えでやるか、こういうことについてお尋ねをしておきたいと思うのです。 まず第一に、本土の法令の適用基準ということをうたっておりますが、これは具体的に、二十数年の空白時代というものは、社会的に、制度としても、あるいは社会構成というものが、かなり本土と違っておる面があるわけです。こういう面に対して、どういう法令を適用して、どういうことをやろうとするか、その概要をいま言える範囲でけっこうでございますから、まず最初に承りたい。
○山中国務大臣 初めに、先日たいへん御多忙中のところを当委員会の代表各位が現地を視察されまして、いろいろなことを、おそらく前例がなかったでありましょうが、立法院議会の各党派の各位とも隔意ない意見の交換をされ、また当委員会並びに国会の、祖国の意思を体して、施政権看たるランパート高等弁務官等とも意見の交換を具体的にしていただきましたこと、私ども直接復帰事務の施策を策定し、その推進に当たる立場の者にとりまして大きな援助、援軍でございました。心から感謝申し上げます。今後皆さま方の現地視察の成果が、私のこれから行ないまする対米交渉なり現地琉球政府との相談の上の、復帰施策の具体的な展開の上におきまして、大きな推進力になってくれるということを、私としては心から感謝申し上げております。 ただいまの復帰に伴う本土諸法令の適用の、いまは準備といったほうがよろしいかと思いますが、これはなかなか、実は国税体系、地方税体系、内国税体系、内国税の中でも外向けの関税体系、これが全部違っておりますし、行政組織の面におきましても、本土類似県並みの部局に比べて、相当膨大な部局を所有しており、またその局長の待遇等も特別職であるというようなこと等々、数え上げれば全く切りがないくらい違っておるわけであります。この委員会でも申し上げましたように、奢侈品的なものの関税や物品税が低関税もしくは免除等がある反面、日常生活必需品である魚、魚介類あるいはみそ、しょうゆ等にまで税金がかかっておる。こちらでは専売のたばこが三社の民営である等々のあらゆる問題、法令に関係をいたしまする問題が一ぱいございます。これを七二年まで放置いたしたまま、一挙に国税体系、現在の祖国の税体系なり、行政体系の中にはうり込みますと、非常な混乱が起こると考えます。ことに住民負担というものを考えます場合に、県民の方々には何の責任もないわけでありまして、基本的には祖国の敗戦に伴う責任でありますが、何の責任もない立場の県民の人々が、いまの魚に税がかかっているのは、本土に復帰すれば当然かからなくなりますから、そういうことはいいといたしましても、やはり主食である米でもすぐ現在の購入価格の二倍になるような内地の流通体制、食管法の適用、そのままずばりということになりますれば、たいへんな生活の基本的な負担増になりますし、本土並みにしていい面もありますし、大体においては非常なショックを受ける。県の立場で言うならば、県民税もない。そうすると県民税は当然祖国に復帰したら取ってもらわなくてはならない等々のこともありまするし、これから一つ一つ具体的に研究して、できるものは処理を先にしておいていただいて、復帰の直接衝撃というものをなるべくなだらかに移行できるようにしたいというのが、私の基本的な念願であります。たとえばきのう参議院の予算委員会でも、再度でありますけれども、議論がされました沖繩の売春問題等につきましても、なるほど復帰すれば自動的に日本の売春防止法がそのまま適用になるわけですけれども、やはりその前に、現在立法院で継続審議中でありますから、そこらのところを現地で十分に本土の売春防止法の精神並びにその法律の趣旨を尊重された内容のものにして、現地で事前にそういうものをつくっておいていただくというようなことが、直接衝撃の緩和のためには事前の措置としても、どうしても必要ではないかと考えて、いますみやかな立法をお願いしておるところでありますが、並べ立てますと場所がないので、こういうようなお話、ちょっと申し上げただけでも、たいへんな問題点があることは各位も御承知でありますので、要約いたしますと、本土復帰はきまった、きまったときにはこういうことになりますということでなくて、きまったらこういうことになりますが、その前にいろいろと準備をいたしましょうということを、このところでは意味しておるつもりでございます。
○美濃委員 いまお話しのような点が多いと思うわけです。そこでたとえばお話にありました税制の問題、あるいはそういう問題は、できるだけ事前に同じ制度にできるものはしておくということは、これは非常に大切なことだと思います。しかし経済上の問題、税制上の問題等は、復帰後においても多少暫定期間を置くか何かして、状態を合わしていくということはできると思いますけれども、ここでお伺いしておきたいのは、たとえば農地制度の問題、年金の問題、この二つ聞いておきたいと思います。 農地制度等につきましては、これは沖繩は、昭和十五、六年ごろですか、適用しておりました農地調整法、あの法律というのは自作農を進めるためのものですが、現在あの法律はあるけれども、それが停とんしてしまって、法律はあっても運用はしていないということですね。そうすると、潜在主権があるわけですから、本土のほうにもかなり地主が神戸、大阪にいるということですね。沖繩の農地にはかなりの小作地がある。その地主は大阪、神戸にいて、あの狭い島ですけれども、かなりの面積を持った地主がおる。本土にはそういう状況はないわけですね、農地改革をやっておりますから。こういう問題を、一体これからほんとうに返ってきたら、そして農業政策ということになったら、いまこちらでやっているような農業構造の改善だとか農業のコストだとかいうことは問題にならない。手労働的と申すのですか、サトウキビをつくっているような、ああいう農業政策をやはり放置するわけにはいかぬ。たとえば肉牛の生産を高めるとかなんとかいっても、そこには根本的に農地の社会性が違っておる。これは一体どうすればいいのか。おそらく私の考えでは——復帰して、沖繩特例の自作農特別措置法をつくって農地改革をやれるのか。それとも復帰前に行政府にそういう法律をつくらせ、まああと二年あるわけですから、早急にことしにでもつくらせて、来年一年ぐらいで農地改革をやって、そして祖国復帰を促進する。私はこれは問題だと思うのです。本土には現在そういう、あの法律を越える保有面積以上の地主というのはいないわけですから、沖繩には純然たる不在地主がおるわけですから、その社会性の違いをどう調整するか、これは非常に大きな問題だと思うのですが、これらは復帰後では非常にめんどうになると思います。お話にありました税制の問題や何かは、暫定期間を置いて、まあものによっては一年ぐらいはそのままやらして、その間に財源調整なりその他の方法をもって同じ制度に乗っけていくということはできるけれども、そういう大きく社会性の違っておる問題は、復帰してからやるのでは、いまの状態ではなかなかめんどうではないか。復帰前にやったらどうかというふうにも考えるが、そういうことはどういうふうにお考えになるか。
○山中国務大臣 この問題は、復帰前にやるが是か、あるいは復帰後——すでにわれわれの祖国においても農地改革以来相当年月が経過し、状況が変化し、したがって、今国会にも農地法の改正、農協法の改正等が出ておるような現時点を沖繩にも適用するようにするのか、ここらのところはこれから農林省当局等とも話をしていかなければなりませんが、ただ、われわれの本土においても、あるいは占領下の、ある意味において政府のうしろにどうにもならない最高権力者の意思があるんだということがなかったならばできただろうか、あそこまで徹底した農地改革ができただろうかと思いますと、なかなかそうはいかなかったのではないか。簡単に波乱なしでできなかったのではないかという背景も、われわれはいま思い出しますが、さて現地で残り二カ年の間に、琉球政府自体でそのような荒療治と申しますか、祖国においても荒療治だったのですから、その行政能力なり、力があるかということになりますと、はなはだ疑問でしょうし、かといって残り二カ年の暫定の権力者である米側の施政権の名によってそのようなことを強圧させたような形をとることは、私はかりに日米友好という立場から考えてもよろしくない結果を、しこりを残していくのではないか。やはり日本に返りまして、日本の現在の農地法の姿を適用していき、基本的な精神、姿勢は、もちろん自作農創設ということに当然あるわけで、いま引例になりましたような神戸等におって、たまたま向こうの出身者でしょうが、相当膨大な土地を持っていらっしゃる方々は、事農地であれば、現在の本土の農地法に従っていただく以外には私はなかろうとそのケースについては思いますが、農地に関連をいたしまして、軍用地と農地との関係、こういうものも相当事前にその賃借状況なり、あるいはまた賃借者の確認面積、そういうものをしっかりしておきませんと、容貌の変容が、全く昔のままでは想像もできない形になっておるでしょうし、宮古島あたりの飛行場は、逆にまた軍が三つの飛行場を戦争中つくった。ところが一つは現在御承知のように、宮古飛行場に使われているけれども、残りの二カ所は、これは農民に耕作しているというような状態で、所有権と耕作権とがいろいろと——そのケースからもうかがえるように、沖繩の軍用地の特殊な戦後の形態から考えて、複雑に錯綜していると思うのです。これらの実態の確認をすみやかにやりたいと思いまして、まず軍用地の実態確認というもののために、施設庁が専門でありますので、施設庁の事務諸君を現地に派遣して、現在調べておりますが、防衛庁も積極的に協力をしてくれますので、私ども窓口といたしまして、まずそのような事実確認を急ぐ。そのはっきりした資料の上に立って、基礎の上に立って、ただいま御指摘のようなことを事前にやるか事後にやるかについては、もう少し判断を先に延ばしたいと考えます。
○美濃委員 特にいまのお話では、今度改正される農地法を適用するとこう言いますけれども、これは長官、農地法の根拠、それから今度改正しようとする法律の内容を熟知されて、そういうふうにお話しされたかどうかわかりませんが、今度改正するといっても、これは現行の農地法よりも、特に二種兼業農家の賃貸借の流動化をはかるという面だけは、権利調整の緩和がされるわけでありまして、その背景をなす基本的なものは、たとえば農地法第三条の許可制限にしても、すべてやはり自作農特別措置法で自作地化した土地を守るという流れはくずれ去ってしまっているわけではない。その法律を持っていって適用すると、全くちぐはぐになるのです。今度は、農地法の強制買収でも、自作農創設特別措置法が廃止されて、純然たる小作地というものを強制的に買収をするという項は抜けておるわけです。もう終わったということで抜けておるのですから、そのもとの姿がそっくりあるところへ——自作農創設特別措置法で強制買収して自作地化したものを権利調整で維持していくというのが、今度の農地法の改正で全然消えてなくなったのではないわけです。今度改正される法律をすぐ持っていって適用するということは、とんでもないちぐはぐなものになってくる。すぐ適用できない条件にある。今度改正した農地法でも、それをもって向こうの農地関係のいわゆる権利調整に入るということは非常に不可能である。改正した農地法においても不可能である、こういう問題が、一番大きな問題だと私は思うのです、社会性の食い違いの中で。ですから、そこらはいま大きな問題ですから、的確な答弁はできないところをどうするか。それは返ってからやるなら、法律を準備しておいて、復帰がきまった瞬間にやるか。大きな食い違いですから、今度改正した農地法を適用したらどうかといったって、そうならないのです。適用するといったって、法律とでき上がっておる社会性とが違うわけですから……。まあそういう異質なものがあるのじゃないでしょうか。国が違うと異質のものが……。日本では法律は、常識的にくるけれども、どの国へ持っていっても、それは全然社会性が違って、通用しないというのはあるのじゃないですか。それと同じようなものだと思うのです。これは沖繩復帰にあたって、一番大きな、法律と——この法律そのものよりも、現在の社会性と法律とが食い違って、それをどういうふうに調整——どういうふうにというよりも、きちっと調整しなければ、社会常識が保たれていかないという問題がある。これは農地制度の問題だとこう見ておるわけです。行政上のいろいろの食い違いがあるでしょうけれども、これは直しやすい問題だと見ておるわけです。これは確たる答弁をここでしてもらうということは無理だと思いますけれども、違いについては、もう一歩踏み込んで、やはり検討して、そうしていまお話にありましたように、もう返るということはきまって、施政権下で農地改革をやるということも好ましくないだろうというお話も、なるほど一応そのとおり私ども聞けるわけですね。そうするなら、返った瞬間にやるのか。いまの琉球政府にやらすとしても、行政能力から見て無理だろうという御見解——法律はもう準備しておいて、返った瞬間にやるのか、それともそういう大きな食い違いは、めんどうだといってそのまま避けて通るのか、どうなりますか。
○山中国務大臣 さっきの私の答弁で申しましたように、基本的には自作農創設の農地法をつくりました趣旨、それは基本的に法律があるわけですから、それと環境が変化したことに伴って逐次手直しをされて今日の段階に至っておる現状、これはすなわち農地法の改正ですから、やはり基本的には、私は先ほどもちゃんと言っていると思うんですが、自作農創設の精神というものの上に立った農地解放の趣旨をくんで、農地法というもので基本的なものに充当するし、またその内容については、その後の変化に伴って改正された現在の農地法というものが適用されなければしかたがない。沖繩だけに全く日本において戦後行なわれた農地法そのもので、その後の手直しを全く考えない農地法をそのまま適用するのが正しいかどうか、ここらのところは議論の分かれるところじゃないかと思います。
○美濃委員 今後、こういう対策庁をつくるのでありますから、検討課題としてどうするかということは十分煮詰めて検討されるわけですか。それとも単純に改正された農地法を適用して、今度の改正農地法の範囲においてやるだけのことはやるんだというお考えですか。それとも一応きょうどうするという確たる見解は表明できないにしても、それはどうあるべきか十分検討するというお考えですか。
○山中国務大臣 かりに沖繩・北方対策庁が設置されましても、その機構の中の配置人員には、農地法の専門家はおそらく入ってくる余地はないと思うんです。したがって、所管でありますけれども、私の役所の沖繩・北方対策庁の事務能力としては、そのような農地法の実際の施行についての能力は欠除することになるだろうと私は思います。そこで、やはり農林省の農地局の長い経験の持ち主がおりますし、それらの諸君を各省の連絡会議等で十分活用いたしまして、私自身が最終的には判断をする。それは政府の結論になるわけでありますけれども、そういうことで責任は私がとってまいりたいと思いますから、これから農林省の農地局の見解というものを農地法そのものについてば中心に置いて、私が最後的に決断をしてまいるつもりです。
○美濃委員 次に、私はこれは大きい問題だと思うんだが、過ぎ去った日常の経済、たとえば所得が低いとかこういう問題は、過ぎ去った日常の経済というものは、これは復帰後すみやかに所得の均衡をはかるという対策で推移せざるを得ないのじゃないか。それを復元してどうするこうするつたってなかなかたいへんなことです。しかし年金制度あたりはなまなましいことで残るわけですね。年金制度の食い違いというものは、同じ仕事をやっている、沖繩の公務員の方だって、これは本人の意思に基づくものではないわけです。ですから年金あたりはいわゆる本土並みの適用を遡及してやらなければならぬと思う。そういう基本はどういうふうにお考えになりますか。
○山中国務大臣 基本的にはそのとおりだと思います。ことにそれらの制度につきましては、これは制度として特例はなかなか認めるわけにいかないわけですから、本土の制度にすみやかに合わせていただくとともに、陥没しておる部分等、あるいは継続しなければならない問題等については、当然本土の国家公務員、地方公務員に準ずる措置をとっていかなければなりませんし、年金と少し違いますが、国民健康保険などにつきましても、ただいま御審議願っております四十五年度予算の中で、沖繩に国民皆保険に踏み出させる準備をしておりますけれども、しかし実際に沖繩の市町村が、全部自分たちでそれぞれの市町村における国民皆保険の制度ができるかといいますと、御承知のように第一、医療行為を行なう医者自体の偏在、もしくは根本的な充実不足というような実態を踏まえますと、どうしてもこれからの指導でありますけれども、独立して健康保険等をやれる市町村はごくわずかである。大体一部事務組合的なもので何カ町村かでやっていただかなければならぬ。市町村合併につきまして琉球政府のほうにおいても進めておるようでありますから、そういう単位がもしでき上がれば、これはもう理想的でありますけれども、少なくともそういう年金、保険等については、本土に復帰前にも現地の体制が即応できるように、復帰したならば、ただいま申されましたような諸点の権利については、本土並みの確保を当然約束するというようなこと等を前提にしなければならぬと考えます。
○美濃委員 次に北方領土の問題で、領土もさることながら、北方対策の問題でお尋ねをしておきたいと思います。 まず最初に、外務省の欧亜局長さん来ておられますね。従来の外交上の問題や何かは一応抜きにいたしまして、とにかく最近拿捕事件が出ておりますけれども、これはあの地域の漁民にしてみると、ソ連の領域を侵すんだという意識はないわけですね。わが海なんだ。わが海を、政府もそう言っておりますから、ソ連が不法占拠しておるなら、わが海で魚をとるのに何を悪いことがあるのだということで、犯罪意識がないわけですよ。ソ連の領海を侵しておるのだという意識はないわけです、単純なことばで言えば。ソ連が悪いんだから、われわれが出ていくのはあたりまえだ。だけれども出ていけば拿捕されますから、拿捕されるといういまわしい拘束を受けますから、できるだけ近寄らぬようにはしておるけれども、意識としてはあの領域で魚をとることについて、ソ連の領海を侵しておるのだという犯罪意識は持っていない。向こうが悪いんだ、あたりまえのことをやるのにわれわれは拿捕されるんだという意識でおるということなんです。そこでこの問題は外務省から見た場合にどう考えるか、まず見解を承っておきたい。そういう国民の意識ですから、国民の意識をどう受けとめなければならぬか。
○有田政府委員 お答え申し上げます。 先生御指摘のとおりのことだと存じております。最近御承知のように日ソの問題というものは諸面にわたって発展しておりまして、私どもけっこうだと思っておりますが、常にソ連当局に私ども申しておりますことは、しかしながらマイナスの非常に大きな面がある、これは北方の問題でございます。領土の問題もございますし、それから領土の問題が解決いたしますならば、いわゆる北海道の漁民の方々の安全な操業という問題も結果的には解決する問題でございますが、それに至るまでの問題といたしまして、いま御指摘の拿捕、抑留の問題がございます。私ども常々にソ連側に申しておりますのは、これは今日帰っておる日ソ間の摩擦原因の最たるものである、しかも毎月毎月これが繰り返されるということは、これはどうしても日ソ間で話し合いによって解決されねばならない問題である、もし解決されるならば日ソ関係はさらに一そう進むであろう、したがって、われわれとしては何らか解決方法を探究するということにしてはどうかということを再三申しております。したがいまして、御承知のように昨年九月愛知外務大臣が訪ソをいたしました際にも、具体的にわれわれの基本的な考え方をソ連側に提示いたしまして、何とかこの問題について話し合いに入りたいということを申しております。その当時、御承知のようにソ連側としては、これは関係機関も多いことであるから具体的に検討させようということで終わっておりますが、その後中川大使を通じまして、また機会あるごとにソ連側の回答を督促しておりますが、遺憾ながら現在まで、具体的に先方から交渉を始めようという回答を受け取っておりませんが、引き続きこれに従って努力してまいりたい、このように考えております。
○美濃委員 まず外交のいまの現況は、御説明いただいて、それはそれでいいですが、私の聞いたのは、国民の意識なんです。それをどう受けとめているか。外務省としては、これはやはり出漁してはならないと考えておるか、それとも、それはもちろん漁民の判断で——抑留されますから、ああいう状況ですから、自粛はしておるのですけれども、やはり向こうへ入っていけば魚はいる、おれの海なんだ、われわれの海をかってに占領されておるんだという意識が離れないものだから、拿捕件数も多くなるわけです。この意識を、日本政府としてはどう考えるか。領海を侵しておるという意識なのか。領海を侵していないんだ、ソ連領海ではないんだ、行かなければ日本人の行為は正当ということになるのですか、この見解をまず聞いておるわけです。
○有田政府委員 ただいま最初に申し上げましたように、国民感情としてはこれは当然のことである。外務省といたしましても、それは無理ではない感情であろう、このように考えております。したがいまして、われわれとしても、ソ連側に、この問題を解決しようと——基本的にはソ連側の考えと日本側の考え方が食い違っております。領海にいたしましても、ソ連の領海は十二海里、わがほうの領海は三海里、しかも、拿捕、抑留の頻発しております水域は歯舞、色丹、国後、択捉で、これが毎年の拿捕、抑留事件のほぼ八〇%を占めておる。したがいまして、この地域は、北海道根室の零細な漁民の方々もその他の方々も、父祖伝来この方面に出漁しておる、また少し入ればそれで漁獲がふえる、いろいろそういう感情もございましょう。そういうことは無理でないことではないかと思います。しかし一方ソ連のほうの立場から見れば、向こうが繰り返して申しますことは、これは不法漁場である、あるいは領海侵犯である、こういうことで先方は拿捕、抑留しておるわけでございますから、したがいまして両国の見解が基本的にまっこうから衝突しておる、これが現実でございます。この現実を話し合いによって解決するということが必要であろう、このように考えております。
○美濃委員 そうすると、拿捕されるという現況については、私どもも、できるだけそういう摩擦を避けて通ることが賢明だと思うけれども、しかし拿捕そのものは、あるいは、そういう自粛をしながらもそういう意識を持っておるということについては、日本国民としてはやむを得ない、あるいは正当な意識だ、こう判断して、そういうふうに受けとめていいわけですね。
○有田政府委員 そのとおりであると考えます。拿捕、抑留のありますたびに、われわれとしては、これはソ連側の不法行為である、したがって抑留漁民をすみやかに帰すようにあるいは漁船をすみやかに返すようにということをそのつど要求しておりますし、またまとめていろいろ申し入れをするということもございます。われわれの立場はきわめてその点は明確であります。
○美濃委員 そこで、私は、起きておる現象の問題を外交的にどうこうといまここで言っても、的確な——いまの現況でやるものはやっておるということは承知しておるわけでありますから、それはそれとしまして、そういう意識に立つということになると、ここに問題が起きてくるわけです。 私は、次にお尋ねしたいことは——これはもう欧亜局長さんには、ただいまの見解を承ればよろしいわけでありますから、お忙しければこれでお帰りを願ってもよろしゅうございます。 長官にお尋ねいたしますが、そうなりますと、ここに、海難事故が起きるわけです。この前もちょっと触れたことがあると思いますけれども、いわゆるそういう意識の中でものごとが行なわれて、そして拿捕に向かった監視船が近寄ってきますから、それを避けて逃げようとしておるのを追っかけてきて、そして向こうは鉄鋼船ですから、鉄鋼船を漁船にぶつけられて、そうして死亡事故が起きておるのは御存じだと思う。これらの措置が、全然——全然とは申し上げませんけれども、単に死亡事故に対して七万円の見舞い金を政府としては出して、ソ連から損害賠償がくれば差し引きますよという念書をとって七万円出しておる。この問題は、私は昨年、これは放置できないことではないかということを提案いたしまして、今回まとまったわけです。この取り扱いを今後どうするのか。 もう一つ、外務省についでにお尋ねをしますが、これはソ連側にすでに提示したかどうか。この取り扱いはどういうふうにお考えになっておるか。これは同時に、水産庁長官お見えになっておりますから、農林省の見解、総理府総務長官の見解、それから外務省に対しては、取り扱いよりも、ソ連側に提示したかしないか、これをお尋ねします。
○大和田政府委員 ソ連による漁船の不法拿捕がありますごとに、先ほど欧亜局長から申し上げましたように、ソ連に抗議をし、人的、物的損害に対しましては、賠償請求権の留保をするのがしきたりでございますけれども、最近問題になりました第十一進洋丸、第八多与丸、第十三福寿丸につきましては、私どもどう考えましてもソ連側に不法不当の理由があると考えますので、最近これらの船主等からソ連に対しまして、損害賠償の請求を北海道庁を通じてございましたので、現在外務省と協議をいたしまして、私の承知いたしておりますことは、ごく近時ソ連に対して申達するというところにまいっておるわけでございます。
○有田政府委員 ただいま長官から申し上げましたそれらの諸件につきましては、すでに在ソ日本大使館を通じましてソ連側に文書でもって提出するように指示するところでございます。若干文書が大部でございますので、電報でやるわけにまいりませんものですから、多少時間がかかりますが、もうすでにアクションはとって、指示済みということであります。まだソ連側には渡っておりません。
○山中国務大臣 私は遺憾ながら、外交権が付与されていないのです。それで、対ソ交渉に関する問題につきましては、何とも、外務、直接の水産両省庁の督励と申しますか、そういうことを頼むという立場ではありません。沖繩問題も日米協議委員会の席にだけ私が出られるわけで、その他の問題についてはどうしても外務省にお願いをしなければならない立場でございます。 私個人の見解でございますが、総務長官としての権限外のいまの論争であるというふうに一応承知さしていただきたいと思います。
○美濃委員 提示する額はこのままですか。道庁と地元で相談してまとめたこの額即これをソ連に提示する、あるいはこの損害額等をこちらでいろいろ精査して、これはこの額は変わるかどうか、このままで請求するのか……。
○大和田政府委員 三船合計いたしまして、二億七千三百万ほどの損害請求額でございますが、私ども特にこれを査定してどうこうするつもりはございません。
○美濃委員 そういたしますと、これはソ連側に提示しても、解決までにはかなりの日数を要すると思うのです。しかし先ほどからそのためにいろいろ見解を承っておるわけですが、行為は挑発的に奨励すべきものではないけれども、しかしやむを得ない行為として起きることは正当行為であるという解釈に立つということになれば、これはやはり日本側が海難補償として一応見るべきじゃないですか。見て、その実額をソ連に要求する。ソ連から取れぬければ出さぬのだというのでは、あまりにも国民に対して不親切でないか。
○大和田政府委員 ソ連に損害賠償の要求をいたします主体は、もちろん船主あるいは遺族であります。そこでソ連の主張と私どもの主張と非常に食い違いが本件についてもあるわけでございますから、私ども簡単にこの問題が解決するというふうには楽観はいたしておりませんで、相当長期の粘り強い努力がまず必要だろうというふうに考えております。 国内措置といたしましては、私ども漁船につきましては漁船保険の制度がございますし、漁船乗り組み員の被害対策といたしましては、抑留が長期になった場合の見舞い金、あるいは乗り組み員の死亡された場合の、先ほどお触れになりました見舞い金、あるいはそれぞれ漁船の乗り組み員の労災法、船員保険法等である程度の補償はされておりますので、まずそれをすみやかにやる。私ども第十三福寿丸につきましても、額は僅少でございますが、政府の見舞い金の意味も含めまして、昨年の暮れに早々見舞い金の手当てをいたしたわけでございます。
○美濃委員 そういう措置が行なわれておりますから、総額を立てかえるかどうかは今後の検討事項としても、その額をもってこの海難死亡事故のいわゆる有形無形の損害が補完されておるとは思わぬわけです。死亡事故ですから、この損害額から見ても、いまそういう措置しておる金額で、この要求額が一応正しいとしてソ連側に提示するということになると、補完されたとは考えぬわけです。そういう措置は内政である程度行なわれておりますから、この総額を立てかえる立てかえぬは別として、そういうものを計算してみても——それは現象は違いますからこれと直接結びつけることが正しいかどうかという意見もあろうと思いますけれども、たとえば最近の交通事故に基づく自賠責の金額等から見ても、見舞い金七万円ですから、そのほかにいささか見てあるというのもこれも微々たるものですね。この損害額全体から見れば、これがある程度正当な損害額であろうということでこれをソ連側に提示するということになると、この額から見た場合には措置されておるものというのはきわめて少ないものであるし、また他のそういう交通事故や何かの損害補てん措置から見ても少ないものである。死亡災害が伴っておるのですから、ここで損害の一部がそういう措置も内政であるわけですから、そういう措置されておるものを差し引くとしても、ある程度の額を——とにかくこれによって一家離散して苦しんでおるのが当該対象者、ですから、七万円の見舞い金で、ソ連から損害額が来た場合には差し引きますよという、七万というものは差し引くのでいいと思うのですが、七万というのがおかしいと思うのです。どうですか。
○大和田政府委員 政府から差し上げる七万五千円が多いか少ないかということになりますと、私は決して多い額とは思いません。事実これに対して北海道庁で第十三福寿丸の十一人の乗り組み員に対しましては、五万円の追加払いをやっておるわけでございます。ただ七万五千円の政府からの見舞い金だけではございませんで、御承知のように労災法あるいは船員保険法で年金あるいは一時金等の支給もございますので、やはり全体の問題としてこれを理解されることが至当で、ただ政府から差し上げる七万五千円が多いとか少ないとかいうことだけでは私は足らないのではないか。全体の体制として判断をすべきであるというふうに思います。
○美濃委員 それではそれに対しては今後どういうふうに進めていくお考えですか。
○大和田政府委員 これは実はなかなか沿革のある問題でございますが、またいま私から申し上げましたいろいろな国内的な救済措置が不十分であって他に何か方法がないかということとも関連があるわけでございますが、私どもとしては、ソ連に拿捕された船あるいは船主あるいは乗り組み員等の実態の調査をする必要が、まずこの問題についてはあるのではないか。いきなりいろんな措置を講ずるということを頭からきめてかかるのではなくて、まず実態調査をする必要があるということで、実は四十五年度の予算で、水産庁関係で七百五十万円という調査費を組んで、これから関係の十八都道県につきまして調査をやる段階でございます。私はその調査の実態を見て、今後いろいろ判断をすべきものであろうというふうに思います。
○美濃委員 それでは調査をすみやかに、的確に行なうということを要請して、この問題を終わりにいたしたいと思います。 そこで、総理府に沖繩・北方対策庁を設けても、これは外交の窓口ではないということは明らかです。外交の正面窓口は当然外務省であるということは承知しております。まずそのとおりだと思います。しかし、こういう内政の問題ですね。いまの海難の問題が出てきた。それもこれは農林省なんだという。一体その対策庁というのは何をやるのか。あれはそっちだ、これはこっちだと、ほんとうに重要な問題は、われわれにはそういう能力はありません、そういう専門職もありません。これは何をやるのか、ただ気休めに軽微な問題だけを取り上げてやって、たとえば先ほどのようなこく重要な問題になってくると——外交ルートはいいのです、外交ルートは外務省だということでけっこうなんです。それじゃなくて、やらなければならぬことは、ごく重要な問題になってくると、これは農林省だ。おそらく対策庁ができても専門家はいないでしょう。いないならいないで暫定的につくる、こういう性格の行政府なんですね。専門家を多く集めるということも、これは非常に困難だという理由はわかりますが、しかし、そこは責任を持った窓口でやはり長官が指揮をして、責任を持って——人手が足らなければ農林省がやるのか、対策庁が農林省と協議して、専門家がいなければいないで対策室を設けた中で、農林省の専門家を委嘱するというか、来てもらうというか、その中で行なわれるのか、それともそいつはこっちのほうの仕事でないのだといって、重要な問題を避けて通るのか、どうなっていくのですか。
○山中国務大臣 すなおに聞いてほしいのですが、私は避けて通ると言っておりませんで、最終的の決断は、農地法についても農林省の農地局の専門官を主にして、意見を聞いた上で、私が決断をいたします。それが政府の決断になりますと申し上げたのです。 北方問題につきましては、庁を設けて何をするんだと言われますが、やはり北方領土の復帰問題ということが一番の基本でありますから、これはいまだ復帰ができていないから、このようなトラブルが起こっているということでありますので、復帰問題について基本的には政府全体でやり、また政府の代表者たる内閣総理大臣というものが、国の姿勢としてこの方向に努力を続けなければなりませんし、その窓口が外務省である。またそれまでの間に起こりましたいまのようなトラブルについては、ものにもよりますが、やはり漁船の事故なり、そういう問題については、対ソ折衝は外務省、それらのこまかい災害共済なり、あるいは保険なり、見舞い金なり、見舞い金についてはある程度閣議決定等でこれからは私も発言していきますが、そういう具体的な問題は、やはり農林省がやってもらわなければならない。そうすると、私のほうは何かというと、もっぱら国民的な世論の喚起、そしていまだ返らざる北方の領土が国民の課題として残っておることを絶えず啓蒙、宣伝をするとともに、国民の世論というものを背景にして、国の対ソ交渉等の行動の背景をつくりたいというのが、私の沖繩・北方対策庁の中の主たる任務です。たとえばこれは対策庁ができる前のことですけれども、建設省の国土地理院でつくります地図について、一昨年までは北が領土は記載してございませんでした。しかし、やはり国後、択捉以南は固有の領土として、日本領土の地図がつくられる。そうしてそれ以外の放棄し、帰属のいまだ国際的に明確でないと、日本並びにソ連を除くおおよその国家が考えておりまする現実とはずいぶん違いますけれども、そういう南樺太、北千島等については空白のままで置く手段がすでにとられておる。あるいはただいま郵政大臣にそのようなことが可能であるかどうかお願いしておりますが、日本の領土を明示して、北方領土が入った郵便切手等の発売ばいかがでしょうというようなこと等をお願いしておりますが、こういうことは何になるんだと言われれば、実際上は何にもならないかもしれません。しかし絶えず国民に北方領土の問題を訴え、そして国民の訴えをまた取り上げて世論を喚起し、国民世論を構成するというような仕事が、私のところの主たる仕事であって、なお北方領土にもと居住しておった人々で、北海道を主に、現在本土におられます人々のいろんな日常の問題等についての相談相手になるという仕事が、私どものところの仕事になると思います。決して自分の所管ではない、大きな問題はよその省だと言って逃げるような態度はとっておりませんし、また私はそのような性格の政治家ではございません。
○美濃委員 最後にこれをお尋ねしておきたいと思いますが、七二年に沖繩が返還になり、沖繩の作業が全部終わってしまう対策庁ですから、これは五年も七年も先のことなら、私もあまり長い先のことは聞こうとしません。二年ですからね、七二年ということが一応のめどですから。それから先はどうなるのですか。たとえば沖繩が返り、沖繩県となり、それぞれの省庁を通じて他の県と同じようにいくならば、本土のどの県を対象にしているのですか。本土には対策庁というのはないのです。これは完成してしまえば要らないわけですが、現在必要であるということは当然ですから、その場合、北方対策庁だけは残りますか、構想としてどうなんですか。
○山中国務大臣 沖繩・北方対策庁が予算に関連いたしまして誕生するまでの裏話をどこまで申し上げていいかわかりませんが、いまの御質問に端的に対応するような議論の一つとして、臨時対策庁ということばではどうだという意見も強力に出ましたし、沖繩と北方は分離して、北方は対策室なり、それでいいじゃないか、永続するんだからという意見等もありました。しかし、これはやはり日本政府全体の姿勢の問題であるということから、結論としては沖繩・北方対策庁の設置を国会にお願いする話し合いの結論を導き出すことに成果と申しますか、そういう帰結点に達したわけでありますが、私の現在考えておりますることは、奄美大島が返りまして、今日まで前期後期二カ年の復興計画、現在後期二年目でありますが、後期は振興計画でありまして、前後二十年に及ぶ。これは予算上の奄美大島予算特別措置というべき法律によってささえられてまいりました。 沖繩の場合は冒頭から議論しておりますように、率直に申して、いまの政治、経済、行政、全般をながめまして、一つの独立国が日本の中に入ってくる——これは異民族とか何とかいう意味ではありませんよ。形態としては、一つの独立国を日本が受け取るのだというような大事業だと思うのです。そこで、その議論の背景にも、各省は復帰後もこういうものが、たとえば北海道開発庁みたいに残るのではなかろうか。そうするならば、農林、建設その他各省それぞれに言い分がある。それに率直に賛成はできない等の考え方が背後にあるような意味の、これは事務段階でありますけれども、いろいろな意見の交換があったことも、過程としてはあります。その際に別段明らかにはいたしておりませんが、奄美大島の例を考えましても、単なる、沖繩では予算措置の特例だけではとてもやっていけません。これはもう税法からあらゆる法律上の特例を相当長期間残さなければなりませんから、私は沖繩・北方対策庁という機構は、北方と沖繩とは少し基本的にも違いますけれども、機構としてはなお存続し、そして私が就任早々申し上げました特別会計構想は、何も総理から、おまえは総理府総務長官だぞと言われてから、記者会見の席に歩いていく二分間くらいの間に私の頭の中ででき上がったものではなくして、私、長年皆さまと同様、沖繩の問題に心を痛め、陰ながらいろいろな御援助なり、私自身も研究、準備をしておりました。総理にも長い間、陰ながら進言もいたしておりました政治家でありましたために、直ちにそのようなことを自分が責任者であるならばやらなければやっていけないだろうということで、特別会計構想を出したのでありますが、特別会計というものは、特定収入のもとに組まれるものであって、財政法上から収入財源のない沖繩というものが、特別会計構想はおかしいではないかという、私にまともにはどうも反論はだれもしてきませんけれども、いろいろな反論があります。しかし、私はいろいろな経済上の特例措置なんかも考えながら、やはり沖繩の場合においては収入は、沖繩が国税として納めるべきものがありますから、それを特別会計の収入と見たってよろしいのですし、それじゃ足りないじゃないかといえば、当然交付税を基本とし、これは権利による取得ですから、足らざるところを国の一般会計からその特別会計に繰り入れるべき義務が本土にあると私は思っております。このような財源論争は、いまだ大蔵省といたしておりませんから、私のほうであまり先ばしったことを言うのはどうかと思いますけれども、相当長期間にわたって祖国においてごめんどうを見て差し上げなければ、沖繩の人々は沖繩にとどまることがマイナスであるという復帰の現実に遭遇せざるを得ない。そのことは気持ちの上で同じ民族、同じ国家になったという喜びの裏に、沖繩に生活することについて国民としての喜びというものを奪い去る結果になりますから、私は、沖繩から国会議員が近く出られるでありましょうけれども、それまでの間、いまでも沖繩代表の国会議員の立場、気持ちでこういうことを推進していかなければならないと考えておりますから、私の構想には数多くの障害がありましょう。しかし念頭には沖繩の人々が復帰して日本の国民たる沖繩県民であってよかったという現実の問題が伴わなければならない、マイナスがあってはならぬということを考えておりますから、相当思い切った特例措置をとっていくつもりでございます。
○池田委員長 次回は公報をもってお知らせすることとし、本日はこれにて散会いたします。 午前十一時四十三分散会