文教委員会 第12号
- 発言数
- 181 件
- 登壇者
- 7 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1969/04/24
会議録
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を開会いたします。 委員の異動について報告いたします。 昨二十三日、岩動道行君、成瀬幡治君が委員を辞任され、その補欠として平泉渉君、秋山長造君が委員に選任されました。 —————————————
○委員長(久保勘一君) 国立及び公立の学校の教員に対する研修手当の支給に関する法律案を議題といたします。 まず、発議者から提案理由の説明を願います。鈴木力君。
○鈴木力君 ただいま議題となりました国立及び公立の学校の教員に対する研修手当の支給に関する法律案について、提案の理由と内容の概略を御説明申し上げます。 一般的にいって、教育においては、教える人の問題がまことに重要であり、教育の発展が、個々の教員の人格及び教育的・技術的資質に依存するものであることは、申し上げるまでもありません。そして、これらの資質を向上させるためには、教員の研修が、欠くべからざるものであることもまた多言を要しないところであります。 したがいまして、すべての教育計画は、教員が自主的、積極的に研修を行ない得るよう十分な機会の提供がはかられるとともに、専門的職務への集中を可能ならしめる措置が含まれるものでなければなりません。 わが国においても、このことはっとに認識され、教育公務員については他の一般公務員制度の特例としての教育公務員特例法が昭和二十四年に制定され、特別の研修制度がしかれております。すなわち、他の一般公務員が当局の行なう研修を受動的に受けるのに対して、教育公務員の場合は、能動的にみずから研修することを義務づけられているのであります。教育者の本質、使命からして当然のことでありましょう。 しかしながら、このような教育者の使命もしくは義務の遂行も、教育者に対する待遇の考慮、研修費の提供、研修施設、設備の整備等の諸条件が確立されなければ、十分に期待できないことも、また言うをまたないところであります。かような点の理解があったればこそ、教育公務員特例法制定時においても、国会では、研修費に対する財政の裏づけの関係が真剣に討議され、法案修正の方針をきめたのでありましたが、当時は占領下のこととて、遺憾ながら国会の意志は貫けなかったのであります。 その後、十数年を経ましたが、その間の文部省の研修に対する施策を見ますと、文部省講習会の開催、教育研究団体に対する補助金の支出、教育会館、教育センターの設立等、文部省なりの努力のあとがうかがえますが、これらの予算や施設はほんの一部の教員が利用し得るのみで、すべての個々の教員が研修に打ち込む予算の裏づけ、機会の提供からはほど遠く、むしろ、今日、教育学界において問題になっている教育課程の統制的押しつけ、画一的な天下り教育研究の推進以外に何らの意味がなく現場の大多数の教師にとってきわめて大きな不平不満の要因になっております。その結果は教育界に沈滞の風潮を招来し、日本の真の教育発展に対して大きな不安を与えているのであります。 今日、教育公務員の待遇は、他の公務員と比較しても、決してよいとは申せません。また、研修費についても、国立大学には相当額の講座研究費や教官研究費が予算化されておりますが、高等学校以下には全然ありません。ところが、私どもの最近の実態調査では、高等学校以下の教員が研修のために、毎月自分で購入する図書の費用は、約二千円という事例が最も多いのであります。また各種の研究会、講習会への参加や見学、研究のための出張、旅行等に要する費用と労力も相当なものにのぼっております。なお、旅費については、予算上は、教員一人当たり年間平均一万一千円程度でありますが、これは、赴任旅費や校長、事務職員の事務連絡旅費等にほとんど食われてしまい、修学旅行、臨海学校、林間学校、対外試合等の付き添い旅費はPTA負担に依存している状況で、研修のための旅費は事実上皆無に近いのであります。 このような実情を考慮いたしまして、教員のすべてに研修を積極的に行なってもらうためには、この際、ぜひとも研修手当を支給する必要があるとして、本法律案を提出した次第であります。 本法律案の内容といたしましては、第一に、国立の高等学校以下の常勤の教員に対して、月額四千円を研修手当として支給すること。第二には、公立学校の教員の研修手当は、国立学校のそれを基準として定めること。第三には、施行期日を昭和四十四年十月一日としていること。第四には、附則において関係法律の改正を行ない、市町村立学校職員給与負担法の改正に伴って、義務教育諸学校の教員の研修手当の半額は、国庫が負担することになることを特に付言いたしたいと思います。 以上でありますが、何とぞ慎重御審議の上、すみやかに御可決くださいますようお願い申し上げます。
○委員長(久保勘一君) 以上で本法案についての提案理由の説明聴取は終わりました。 —————————————
○委員長(久保勘一君) へき地教育振興法の一部を改正する法律案を議題といたします。 まず、発議者から提案理由の説明を願います。鈴木君。
○鈴木力君 ただいま議題となりましたへき地教育振興法の一部を改正する法律案につきまして、提案の理由と内容の概略を御説明申し上げます。 わが国には、山間地、離島その他の地域にあって、交通条件及び自然的、経済的、文化的諸条件に恵まれない、いわゆる僻地が散在しております。 この僻地に、昭和四十二年五月の調査によりますと五千七百十校の小学校及び二千八十五校の中学校があり、全国の公立小中学校のうち、僻地小学校は約二三%、僻地中学校は約一八%の割合を占め、その児童生徒数は小学校四十七万六千二百九十八人、中学校二十二万九千七百六十二人であります。これらの僻地学校には小学校三万七百六十三人、中学校一万六千五百二十七人の教員が勤務しているのであります。 ところが、僻地学校は一般的にいって小規模学校が多いこと、学校の施設、設備が貧弱であること、児童生徒の通学条件が悪くかつ困難であること、要保護、準要保護児童生徒が多いこと、保健衛生の状況が悪いこと、教員の配置に困難が伴うこと等、その教育条件はきわめて劣悪であります。 このような劣悪な教育条件の下にある僻地学校に対しては、教育の機会均等の理念に基づき、平地学校以上のきめこまかい行財政上の配慮が必要であります。 以上のような理由から、昭和二十九年の第十九回国会においてへき地教育振興法が制定され、さらに第二十八回国会には同法の一部改正が行なわれ、僻地教育の改善充実は、着々と進められてまいりました。 しかしながら、僻地の一部は交通機関の発達により、交通条件等に多少の緩和が見られますものの、なお全体的に見れば、その生活文化水準及び教育水準は他に比べて一そう格差を生じつつあるのが現状で、僻地教育の振興施策は特段に徹底される必要があると信ずるものであり、ここに本改正案を提出した次第であります。 次に改正案の内容のおもな点について申し上げます。 まず第一点は、僻地学校の定義についてであります。すなわち、現行法におきましては、「交通条件及び自然的、経済的、文化的諸条件に恵まれない山間地、離島その他の地域に所在する公立の小学校及び中学校をいう。」とありますが、今回これを「交通条件及び自然的、経済的、文化的諸条件に恵まれず、他の地域に比較して住民の生活文化水準が著しく低い山間地、離島云々」と改めたことであります。 近年における交通機関の発達と、テレビ、ラジオの普及等は、僻地の状況に多少の変化を与えておりますが、僻地における地域住民の生活文化水準は依然として低く、その上、産業開発のおくれと人口の漸減等の理由により、僻地市町村財政の悪化も加わり平地との生活文化水準の格差は一そう開いております。これが学校教育の面に対しても、大きな影響を与えていることは当然であります。したがって、僻地学校の定義をその地域住民の生活文化水準の低い山間地、離島その他の地域に所在する小中学校と改めたものであります。 第二点は、市町村の任務として、僻地学校の児童、生徒の通学を容易にするための必要な措置を明確に規定いたしました。 僻地における通学条件を改善するための一つとして、バス、ボートの整備が必要であることは御承知のとおりでありますが、その運営費も年間相当額にのぼり財政力の貧弱な市町村にとっては過重な負担となっておりますのでこれを国庫補助の対象とするよう改めております。 また、寄宿舎設置についての市町村の任務を明らかにし、これに要する経費に対して国庫補助の対象とするよう法の整備を行ないました。なお、これが設置の計画といたしましては、僻地の四、五級地の最も条件の劣悪なところから年次計画をもって設置すべきものと考えております。 第三点は、僻地学校の級別指定の基準を定める場合に僻地条件の程度とともに市町村の財政状況をも考慮することといたしたことであります。 僻地学校の級別指定の基準には、僻地条件の程度によって級別指定が行なわれることは当然のことでありますが、当該市町村の財政力の貧弱度が学校の施設、設備その他の面においておくれを招き、ひいては学校教育に大きな困難をもたらすことを考慮して、これを特に、級別指定の要素とするように措置したものであります。 また、僻地に勤務する教職員に対して、僻地手当の支給割合を従来よりも最低二%から最高一一%まで引き上げ、特に僻地性の高い五級地については保健、医療その他の衛生に関する環境の程度に応じて一種から三種までに分けるとともに、これらの級地別の最低保障額を設けることによって、教職員の待遇改善を行ない、人事移動を円滑にし、有能な教職員を配置したいと考えております。 第四点は、市町村が行なう事務に要する経費のうち国の補助率を現行の二分の一から十分の八に引き上げております。 僻地の市町村は財政力が貧弱であり、昭和四十一年度の調査によれば、僻地を持っている千五百九十八市町村中その財政力指数二〇%未満が四百一団体、二〇%以上四〇%未満が七百八十六団体であって、実に七四%以上の市町村の財政力指数が四〇%以下となっている現状であり、これがため積極的に僻地教育振興のための諸施策を促進させるには、国の二分の一の補助をもってしては実効をあげ得ない現状でありますので、補助率を大幅に引き上げて僻地における教育の充実向上をはかりたいと考えております。 第五点は、今国会衆議院に提出されている衆第二四号の学校給食法の一部を改正する法律案、第七条中の補助率「二分の一」を「十分の八」と引き上げ、前項と同様な措置をとったことであります。 なお、附則におきまして、施行期日を昭和四十四年十月一日とし、補助率に関する改正規定は昭和四十五年四月一日から施行するものといたしております。 また、昭和四十四年以前の予算にかかる国庫補助金については、従前の例によることといたしております。 以上が、この法案の提案理由及び内容の概要でございます。 何とぞ、慎重御審議の上すみやかに御賛成くださいますようお願い申し上げます。
○委員長(久保勘一君) 以上で本法案についての提案理由の説明聴取は終わりました。 —————————————
○委員長(久保勘一君) 公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。 前回に引き続き質疑を続行いたします。 政府側から坂田文部大臣、宮地初等中等教育局長、藤井大蔵省主計官、岩田財務課長、奥田中学校教育課長、寒川特殊教育課長、以上の方々が出席いたしております。 本案について質疑の申し出がございますのでこれを許します。鈴木君。
○鈴木力君 この前御質問申し上げたうちで、私にとっては未解決の問題がありましたので、それを先にお伺いいたしたいと思うのですが、その一つは、給与支払い事務の御見解であります。私はこの前に申し上げましたように、給与の支払いの事務は、現在の法制の立場からいたしますとどう見ても公務にはならない、そういう見解で御質問申し上げたのでありますが、文部省のほうから公務である、そういう御見解の答弁があったわけであります。私はこれにはどうしても承服ができない、もう一度、公務であるとおっしゃるとすればその公務であるという根拠、あるいは公務ではない、しかし、現状ではやむを得ず行なっておる、そういう御見解に変わったとすればそれらの御見解をまず承りたいと思います。
○説明員(岩田俊一君) 御説明申し上げます。 市町村立学校の職員の給与につきましては、市町村立学校給与負担法一条の規定によりまして都道府県が負担をするということになっておることは、これはすでに御承知のとおりでございまして、この負担という規定によりまして同時に支給をするということになっておるわけでございます。ところで、その給与の支出でございますけれども、都道府県の知事が地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二十四条の第五項、つまり「地方公共団体の長は、次の各号に掲げる教育に関する事務を管理し、及び執行する。」その五項に「前号に掲げるもののほか、教育委員会の所掌に係る事項に関する予算を執行すること。」という規定がございます。この規定に基づきますところの支出命令によりまして、各都道府県の出納長が支出を行なうことになるということになります。したがいまして、まず支出の手続といたしましては、一面に支出命令という形態が知事の命令の系統においてなされ、それから都道府県の具体的な金銭の出納に関するものは出納長の系列において支出がなされる、こういう二つの流れによって事務が執行されていく、こういうことになると思います。しかしながら、実際の問題といたしましては、各都道府県におきましては、知事の支出命令権は地方自治法の百八十条の二の規定に基づきまして、つまり「普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を、当該普通地方公共団体の委員会又は委員と委員会の委員長、委員若しくはこれらの執行機関の事務を補助する職員若しくはこれらの執行機関の管理に属する機関の職員に委任し、又はこれらの執行機関の事務を補助する職員若しくはこれらの執行機関の管理に属する機関の職員をして補助執行させることができる。」という規定に基づきまして、知事の支出命令権が教育委員会に委任されている場合が大多数であると思います。教育委員会からさらにどうなるかと申し上げますと、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第二十六条の規定に基づきまして、つまり、「教育委員会は、教育委員会規則で定めるところにより、その権限に属する事務の一部を教育長に委任し、又は教育長をして臨時に代理させることができる。」、それから引き続きまして第二項といたしまして、「教育長は、前項の規定により委任された事務その他その権限に属する事務の一部を事務局の職員若しくは教育委員会の所管に属する学校その他の教育機関の職員に委任し、又はこれらの職員をして臨時に代理させることができる。」という規定に基づきまして、つまり教育委員会は教育長、あるいはその教育委員会の財務関係の課長、あるいは地方教育機関の事務職員に委任し、これらのものに専決さしておるという流れになっております。それが支出命令の流れの系統でございますが、また出納長の事務のほうは、地方自治法第百七十一条第四項の規定に基づきまして、出納長の補助職員たる地方事務所の出納員に委任される。第百七十一条は、その第四項に「普通地方公共団体の長は、出納長又は収入役をしてその事務の一部を出納員に委任させ、又は当該出納員をしてさらに当該委任を受けた事務の一部を出納員以外の会計職員に委任させることができる。」という規定におきまして、出納事務はそちらのほうに委任されておる。なお、多くの県におきましては、市町村立学校の校長あるいは事務職員を地方自治法施行令第百六十一条第三項の規定に基づきまして資金前渡職員に任命いたします。これらの者をして出納長から当該学校の県費負担教職員の給与を一括して支出することができるようにしているというようなことになっております。第百六十一条の規定を申しますと、「次の各号に掲げる経費については、当該普通地方公共団体の職員をして現金支払をさせるため、その資金を当該職員に前渡することができる。」、その第四号に「給与その他の給付」とありまして、その第三項に「前二項の規定による資金の前渡は、特に必要があるときは、他の普通地方公共団体の職員に対してもこれをすることができる。」という規定によりまして、市町村の職員たる校長あるいは事務職員に対しまして資金前渡職員を命じておる。こういう法律の規定の流れをもちまして学校までに支出関係の事務が流れるようになっているということを御説明申し上げます。
○鈴木力君 そこで、私もその流れはわかっているつもりなんです。いまの課長の説明でも、まあ条項を取り上げると時間がかかるから、一括して私は考え方で御質問申し上げますがね。この出納長の流れのほうのあれを読んでも、それからまた教育委員会の関係の権限関係を読んでみても、給与の出納事務に対しては機関に委任するということはない。該当職員となっている。流れから言いますと、出納事務を委任し得るものは事務職員と技術職員と、職員の規定があって、そしてそれらの職員に読みかえるものには規則で学校長とか教頭だとか指名しているものもある。それからまた自治省の通達によると、必ずしもそれにこだわらなくてもよろしいという通達も出ている。そうすると、事務職員に資金の前渡を委任することもできるわけです。要するにその職員に委任をすることができるということなんです。だれか学校内の職員が委任を受けたら、それが学校校務として学校全体の責任になるはずがないわけです。その辺です、私の筋をはっきりすべきであると言うのは。この前に、私がこれほどしつこく言うっもりはなかったけれども、課長の答えで、校長が引き受けてきたものは校務だ、こういうことになったから私しつこく聞くのです。ところが、職員ということは、どこにいっても職員ということばになっている。そういう点からいうと、学校という機関が学校として行なわなければ、事務の中身はどうしても包括にならない、その辺の見解はどうです。
○説明員(岩田俊一君) ただいま申し上げましたとおり、給与支給事務は、支出の命令が出まして給与が支払われるわけでございますが、いま御質疑になっております、またかついろいろ各地方公共団体におきまして疑念をお持ちになるという点はこういうことではなかろうかと思います。給与の支払いをするために、支払いの資料といたしまして給与調書をつくります。これは多くの場合事務職員のあるところは、事務職員のないところは校長の命によりまして教員その他の職員がつくっておると思います。この給与調書の作成事務でございますけれども、これは私どもは校務であると考えております。と申しますのは、これは支出命令の前提になりますところの一つの資料を支払い者に対して提供するととであります。その給与調書の内容をなすものは、本人のいろいろの勤務と服務の状況等に関する事項が含まれてまいります、たとえば宿日直あるいは出勤日数、これらのものは給与に関係があります。そういう事務を管理、執行いたしますのは、これはその学校の校長であります。学校の仕事として行なっているのであります。でございますから、これは学校の事務として調書を作成し教育事務所に提出をする。それに基づいて支出が行なわれるということになるわけでございますので、その点についてこの間から校務だと申し上げている趣旨はそこの点でございます。
○鈴木力君 そうなってくると、だいぶこれは時間をかけてお伺いしないといけない。私は、その職員というのに、出納長と県当局の流れによって職員に委任をすることができると、そこまでは私はそのとおり認めるのです。しかし、これが機関であるかどうかということになると、もしいまの課長の見解だと地方自治法と抵触しませんか、都道府県の長が教育委員会に、教育委員会という一つの機関に委任し得るものはこれこれこれときまっている、地方自治法の付則第三表です。第三表には地方自治体のそれぞれの付属機関の知事の権限を委任する事項というのは限定されている。その限定された中に、教育委員会は給与支払い事務というのが委任できることになっておりますか、なっていないでしょう。
○説明員(岩田俊一君) その点につきまして、先ほどこの御説明を冒頭に申し上げたわけでございまして、知事に本来属するところの支出命令権を各法律の委任に基づきまして教育委員会に委任する。教育委員会は教育長ないしはその職員に委任する。かつこれは教育事務所に委任をするということで、支出命令がなされる。こういうことをいま申し上げたのです。
○鈴木力君 だから、それは教育委員会というその系統を通じて言うことではないのです。知事が委任し得る職員というのは、これはもう読みかえ規定やなんかがあって、学校の職員も委任し得る職員には入っておる。委任がなければその学校の仕事ではないでしょう、どうなんです。たとえば資金前渡の委任がなければ学校はその仕事をやるのか、やらないのか、そういうことです。
○説明員(岩田俊一君) 資金前渡委任がなければもちろん当然現金を扱うことはできないわけです。ただ、先ほど説明いたしましたのは、二つの支出命令の流れの系統、出納の流れの系統があるということを申し上げたわけですが、それが両方ちょっと混同して、いま御質疑が出ているような気がするわけでございますけれども……。
○鈴木力君 混同しているのはあなたのほうです。
○説明員(岩田俊一君) 支出命令を出す前段階として学校で支給調書をつくる、そのこと自体は支出命令の前段階になるわけでございます。でございますから、これは学校の公務であるということはいろいろ職員の勤務、服務の状態と給与とが関連をしておる、その意味において公務だということを御説明申し上げました。
○鈴木力君 職員に委任することができる、とあって、学校という機関に委任することができるというのはどこにある。あなたのいま読んだ法律から、あるいは規則でもいいですよ、学校に委任することができる、という条文が何法の何項にある……。
○説明員(岩田俊一君) 支出命令の系統は、いま実態といたしまして、学校まで支出命令は委任されておりません。しかしながら、事務の流れとしてどういう規定があるかと申し上げますと、先ほど申し上げましたように、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の二十六条におきまして、「都道府県委員会は、教育委員会規則で定めるところにより、その権限に属する事務の一部を市町村委員会に委任し、又は市町村委員会の任命に係る職員をして補助執行させることができる。」ということになっています。
○鈴木力君 そうなってくるとたいへんなことになるのですよ。教育委員会が委任を受けて給与を支払うことができるのですか。支払いの事務だけなんですよ、委任は。教育委員会に支払い事務を委任することができるというのはどこにありますか。まず府県側のほうの委任する範囲から調べてごらんなさい。もう一ぺんあなた、地方自治法の別表の第三表の教育委員会のところを読んでみてください。知事側のほうでは委任することができないことになってるのですよ、教育委員会には。それを教育委員会のほうは委任を受けることができるという解釈をしていることがおかしいのだ。
○説明員(岩田俊一君) ですから、先ほどから申し上げておりますように、この支出をするということについては二つの事務の流れがある。支出命令権に基づくところのその支出命令という事務の流れと、それと出納の事務の流れとある。その流れ、両方区分して御説明申し上げなければならないわけでございますけれども、この支出命令の系統におきまして、いま実態といたしましては、各教育事務所の長に委任されているのが普通であります。それ以下に下がってることはない。しかしながら、その系統を市町村の教育委員会に委任しようと思えばできるわけでございます。しかし、それはいま行なわれている例はございません。しかし、できるかと仰せられるから、法律的にいえばできるということを申し上げたわけです。 それから次のことを申し上げます。出納の事務につきましては、現金を直接支出するという事務につきましてはこれは委任ができません。
○鈴木力君 だからぼくはこの前に、もう少し実態を調べてもらいたいとあなたに前に申し上げておるのは、あなたのような解釈でいったらたいへんなことが起こるのですよ。だから各府県でもそういう解釈はいまとっていない。いいですか。事実として、たとえば私の出身県である岩手県なんかどうやってるか。これはやっぱり職員に委任をする、前渡資金を委任するのです。委任できるのは前渡資金だけなんです。給与の支払い事務は委任できないのだ。だから出納局の責任で出納局から委任をされておる教育委員会系統の人が、これは出納局の責任で給与の支払い事務を行なっておる。だからあなたの言うような俸給の内訳書というのは学校ではつくらない。あるいは内訳書を添えて払う、こういうことなんでありますから、内訳書というのは請求書じゃないのですからね。そうすると、内訳書を添えて現金を払うのであって、資金前渡の委任を受けておる職員に、内訳書を添えて個人個人にとう払ってくれと、差し引きの内容これだというととを示して前渡の委任を受けている者に渡す。ところがそれが小切手、金券ですよ。その金券はあなたがいま言ったような解釈とは違う。ただいま金融機関には規定されているものがある。金融機関は、出納長の振り出しでなければ現金を払っちゃいけないことになっている。そうでしょう。だから出納長がその資金前渡の委任を受けている職員に金券を渡すわけです。金券を受け取ってから職員に配るところが資金の前渡委任を受けている、委任を受けている職員の任務なんです。それは職員の任務なんですよ。学校の仕事じゃない。しかし、その職員も、学校の仕事でないからといって断わるということじゃなくて、これは出納局から委任を受けているその職員が出納局の仕事をやっているのです。学校の仕事をやっているのじゃない。そのたて分けをはっきりしないと、あなた、私はさっきから一さっきからというか、この法案の御質問を申し上げるときいつでも言っている。文部省というのはきわめて冷たいところだと、こういっておる。それは何かというと、いまの考え方にも冷たさが出ているのです。というのは、なぜかというと、もし事故があったら責任はどこにあるか、これは皆さんが教育行政の立場として一番大事に考えなければいけないところなんです。いまかりに給与事務のところに何かミスがあって、そうしてその金がかりに紛失をした、その場合に、資金前渡の委任を受けている者が学校長でなくて、だれか特定の職員であって、その場合には、学校長には責任がないのです、機関として。これはあなたのほうは何でも全部責任をかぶせて、学校のしりをたたいておれば教育が動くという既定観念があるからそういう解釈をしておる。自治省側でさえそこまで遠慮して、ある県では、だから資金前渡の委任を受けている者が、銀行所在地でないところの職員が金券を現金にかえてきて渡す場合には、学校旅費を使わないで、出納の旅費で、別ワクで使わせているような配慮をしている。これは自治省だけの配慮です。文部省はそんな配慮をしなくてもいいんだ、だれでもいいから、学校に、法律を曲げて解釈して、責任も何もおっかぶせてやれと、これが文部省の態度です。こういうことであったらたいへんなことになるのです。だからあなたはさっき、現状では学校に委任されている例がない、そのとおりなんです。職員に委任をされているのだ。そういうことの解釈を、もう少し学校職員の職場という点を考えてものをやらなければいけないことじゃないか。文部省の解釈のようにして、いま給与支払いをやっている府県というのはどこにあるのか私はまだ知らないのです。私の解釈のようにしていまやっている。どうです。
○説明員(岩田俊一君) 各県によりまして、この事務処理の方法は若干ずつ異なっておりますが、なるほど学校に委任されておらないと申し上げたのは、私の申し上げておりますのは、支出命令権のほうの系統の分が委任されていないということを申し上げたのです。これはもう間違いないと思います。ただ支給につきまして、現金出納で、資金前渡管理を学校に置いているかどうかという問題につきましては、これは多様でございます。埼玉県の場合は、私の申し上げたとおりでやっております。これはもう昨日電話をかけてよく聞きました。具体的に申し上げてもよろしゅうございますけれども省略いたしますが、そういう例もございます。ただ、先ほど来申し上げておりますことは、給与支給調書をつくるという事務はこれは支出命令以前の段階です。支出命令があって、それから出納の事務が始まるわけです。ところが学校でいろいろ何々先生は本俸が幾らで、欠席日数幾らで、あるいは宿日直が幾らであったというような仕分けがあると思います。それは支出命令の前提のところの資料でございまして、出納の段階までまだきていない仕事でございます。それをいま申し上げているわけなんです。
○鈴木力君 そうすると資金の前渡を委任を受けた、そうして委任を受けた職員が、金を配る、その事務は職員の業務である、ここはわかったわけですね、私もそこをはっきりしてもらえば、まず、一つはそれでよろしい。 その次の、今度は内訳書の作成なんです。あなたは、職員の欠勤状況や何かがなければならないから学校の業務だと、こう言っている。それならば税法を読んでごらんなさい。給与を受けるほうが自分の所得税の引き去りがこれこれでございますという報告の義務があるんですか。いま所得税の引き去りをやっておる。それはどっちがやるんですか。給与を支払うほうがやるんですか。受けるほうがやるんですか。どっちですか。
○説明員(岩田俊一君) まあ税法との比較のお話でございますが……。
○鈴木力君 内訳書には税法の引き去り書をちゃんと書かなければいけない。
○説明員(岩田俊一君) 税法のほうの問題は、これはちょっと話が同段階の比較とはなり得ないと思います。
○鈴木力君 冗談じゃない。支払い調書というのはね、所得税がどれだけ引かれるか、いいですか、学校共済組合の分担金はどれだけ差し引きになるのか、法律規定で決定をされておる差し引き額というのは、支払い者がこれを調製しなければいけないことになっている。それを支払い調書というんですよ。あとの欠勤日数とか何かは、その支払い調書をつくる責任者が必要な資料として学校に報告を求めることなんです。その必要な事項が若干あるから、だから調書の責任が学校だと言われたらたまらないですよ。どっちなんですか。そういう必要な資料の報告は、私は当然学校がやらなければならぬと思う、学校事務としてね。そのことを、調書の責任が学校にありますと言われたら、どういうことなんですか。
○説明員(岩田俊一君) まあ税法の関係につきましては、この源泉徴収関係につきましては、税法独自の規定がまたあるわけでございますけれども……。
○鈴木力君 独自じゃない。調書がそうきまっている。
○説明員(岩田俊一君) 学校の職員の個人別につきまして俸給支給の前提となるところの諸要素につきまして資料を提供することは、これは本来学校という営造物と申しますか、そういう機関に随伴する当然の仕事だと考えておるわけでございます。であるからこれは校務であるというふうに考えております。
○鈴木力君 はっきりしてくださいよ。その支払い調書に必要な資料を求められて学校がその資料を提出することは、学校の仕事である、そういう意味でしょう。それなら私も了解するんですよ。
○説明員(岩田俊一君) そういうことです。
○鈴木力君 私の言っているのは、支払い調書を作成するところはどこかと、こう聞いておる。それはやっぱり支払い者の責任だということもはっきりしたでしょう。それでね、その支払い調書を作成する責任は支払い者にある。それに必要で、学校が出さなければできない資料は、学校がそれは出す。これは学校の仕事だ。調書それ自体は学校の仕事でないということは明らかでしょう。税法は知らないと言うけれども、税法と調書には関係がある。共済組合の引き去りも関係がある。そういうものまで校務だと押しつけられてはたまったものじゃないわけです。事実は、いまやっているんですよ。事実は各学校で相当数以上はやっているんだ、やっていることは。しかし、いまやっていることが現状として、私に言わせれば、やらされていることなんだ。やらされていることが現状だから、これが法的に義務なんですと言われては、たまったものじゃなくって、除々にはそういう事務をやはり本来のあるべき姿に戻していく努力が学校の定数を考える文部省の基本的な考え方でなければならない。そこで、私は校務か校務でないかということをしつこく聞いておる。いまの課長のお話で、大体私も了解いたしました。 時間がないから、条項は追いません。整理をいたしますと、こういうことですよ。資金前渡の委任を受けて給与の、これは現金出納の業務に当たる、これはやっぱり職員が委任を受けて、職員の業務である、それから俸給の支給調書の作成の義務はこれは支払い者である要するに出納局の関係ですね、委任を受けている関係は別として。ただ、それに必要な資料は学校として提出すべきものは学校の仕事である、こういうふうに整理をしてもらいますと私はよくわかりました。それでいいでしょう。
○説明員(岩田俊一君) 大体のところはよくわかりましたが、ただちょっと申し上げますと、支給調書をつくる義務は出納長というお話でございました。そうじゃございません。これは知事の、先ほどの支出命令系統でつくるわけでございます。それでたまたま学校で資料を出すということは御理解いただけたと思いますが、それがたまたま調書と一致しているという実態になっているわけです。
○鈴木力君 それは必要な資料を学校から出さして、それが調書と一致しないなんということ、あなた考えられますか。必要な調書の資料を出せと、こういうわけだ、それを出すのは学校の一つの事務である。たまたま一致しているなんて、冗談じゃない、あたりまえですよ。一致しなかったらおかしいですよ。ただし、それだけでは支給調書ができない。給与というのはまだまだある。それからさっき言った税法の関係、いろいろあるから、それに基づいて支払い者が支払う、こういう筋なんです。そこを明らかにいたしますれば私はこれ以上はこの点については申し上げません。要するに、私はなぜこのことを申し上げたかといいますと、あるいはしつこくお伺いしたかといいますと、やはり校務ということを現場でいま先生たちがやらされておるから、それでそこに何でも追い込んで校務だ校務だと持って行くことでは、これは学校の教員の配置と教育の質的な向上とは逆行する考え方です。その辺について、やはり文部省は文部省なりにきちっと整理した考え方で、一ぺんに改善がいかないにしても、改善の方向に続けて努力をしてもらいたい、こういうことです。 それから、大蔵省はどなたか来ていますか。
○委員長(久保勘一君) 速記をとめて。 〔速記中止〕
○委員長(久保勘一君) 速記を始めて。
○鈴木力君 それでは主計官に先にお伺いいたします。主計官も御多忙だと思いますから、できるだけ簡単にお伺いいたしたいのですが、この教員定数のいろいろな点について御質問申し上げましたときに、いろいろなことが明らかになった。それは具体的にだれがどう言ったということじゃないけれども、どうもことばの裏表等からも明らかになったのですが、まず一つだけ具体的な点についてお伺いをいたしますが、今度のこの公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律の一部を改正する法律案がいま出ておるわけですね。これが予算の折衝の段階で文部省が予算要求をしたことで、あなたの、主計官の段階で、第一次かあるいはその前の折衝かわかりませんけれども、少なくとも大蔵省としてそれを是正というか、それを変えさした事実がありますか。あったらどことどこか、それを伺いたい。
○説明員(藤井直樹君) 公立義務教育諸学校の教職員の定数につきましては、御承知のように過去二回の改善によりまして、学級当たりの児童、生徒数それから教員一人当たりの児童、生徒数というのは著しく改善されていること自体は御承知のとおりでございます。しかしながらその間におきまして、いろいろ社会的事情の変化等もございまして、過疎地域の小規模学校の増加とか、特殊教育をさらに振興する必要性があるとか、いろいろ問題が出てまいりましたので、今回文部省のほうから御要求があったわけでございますが、私のほうといたしましては、四十四年度予算編成に際しまして、国家公務員の定数というのは現在非常にきびしくこれを押さえているという状況もございます。財政事情というのも非常に多端でありましていろいろ問題があったわけでございますけれども、二万八千四百九十一人という増員を予定するということにいたしたのであります。この過程で、いま御指摘のように、当初の御要求の六万との間に差はございますけれども、要求自体というものは、本来そのとおりなかなか実現するというわけのものではございませんし、それから現実に個々の項目について十分文部省と御相談した上できめたわけでございまして、文部省のほうに要求を少なく、特にこの点はどうかというようなことをしたというわけではございません。折衝というものは順次詰まってまいりますに従いまして両者の主張の幅は狭まっていくということで、結局こういう形で落ちついたわけでございます。
○鈴木力君 こういうふうに聞いていますが、つまり結果的には両者が意見が一致したことになりますがね。そのことを私はいまどうこう言うつもりはないですよ。あなたは主計官ですから、政策は別として、あなたの職務範囲の中で数字でいろいろと検討をして、これはとてもじゃないが大蔵省としてはぐあいが悪い、ここはぐあいがいい、ここは何とかしましょうと、こういう形で折衝というものは行なわれていくのでしょう。そして最終的には文部省と意見が一致した形で予算案というものが出てくる。そのコースは私はわかっているのですよ。そうじゃなくて、その過程で、文部省のほうから出ているもののうちこれは少し考慮してくれ、簡単にいえばこれはもう少し予算を減らせ、そういうふうに大蔵省が、あなたのところで指摘をしたところはどこどこか。もし指摘をしていないで意見が一致していれば、最初の六万人が通っているはずですがね。その点を具体的に伺いたいと、こう言うのです。
○説明員(藤井直樹君) 改善をされました個々の事項ごとにつきましていろいろ問題はあったわけでございますが、最初の御要求と違う点につきましては、たとえば小、中学校につきましては、三学年一学級は解消するという要求でございますが、私どものほうではそれを改善する。二十五人という現行の基準を少し改善したらどうかというようなことでやっておりまして、結局そういうことでその数字はできております。 それから、さらにもう一つ例を申し上げますと、産炭、同和地域におきます教職員の定数につきましては、一律に学級編制を改善するという御要求でございましたが、これはそういうことじゃなくて、別個の特配措置を講ずるということでやっていくというようなことを申し上げて、いろいろございますけれども、一例を申し上げました。
○鈴木力君 いろいろとございますけれどもじゃぐあいが悪いのだ。いまのようなものを全部伺いたいと、こういう質問をしておるのですから……。
○説明員(藤井直樹君) その結果が、いろいろやりました結果がいま御審議いただいております案になっておるわけでございまして、その途中いろいろございますけれども、非常に折衝の具体的な内容になりますと、毎日毎日変わってまいっております。特に私のほうとしては、この現在御審議していただいております案が一番……。
○鈴木力君 それじゃ私は質問やめますよ、これじゃ質問をしても意味がないのだから。具体的に意見が一致してこうなりましたことは私もわかっておる。その意見が一致しておるけれども、最初は文部省が六万人の要求をしておる。それがいずれ変わっているでしょう。具体的には、いま一つはわかりましたが、三学年の複式編制について解消ということであったけれども、改善にしてしまいました。そこでもちろん意見が一致したわけでしょう。その他いろいろありましたけれども、交渉のことですから、そして結局はこうなったのですと、これじゃ私の質問をどう聞いてもらっておるのかわからぬのですよ。私は別にいい、悪いとかいま言っておるわけじゃないのです。とにかく六万人を基礎として計数を合わせようとか、そういうことも言っていないのです。しかし、少なくともいろんな問題があるでしょう。たとえば今度の定数法でも、学級編制の規模にいたしましても、十二学級以上からあるいは学級数によってはもう一人ぐらい教師をほしいというような文部省の意見があったけれども、それはまあ都合によって中学校の場合は現状にして進むことに意見が一致したとか、いろいろそれはあるでしょう。私はその交渉の過程にだれがこう言ってだれがこう言ったからなんということを聞いているわけじゃない。大蔵省と文部省と一番最初の段階で意見の違ったところはどこどこかということを具体的に言ってもらいたい。これは大蔵大臣ではわからないと思ったからあなたに来てもらったのです。それを答えることができないとすれば、私はもう質問をやめます。あとで大蔵省の責任者に来てもらって質問をしないと終わるわけにはいかない。
○説明員(藤井直樹君) 大蔵省の考え方というものは、最初の大蔵原案の内示でありますが、その際の考え方が決定的なものじゃなくて、それをもとにしていろいろ議論をしていった結果、まとまってくるものでございます。したがいまして、最初の段階でどうであったかということになりますと、それはいろいろございます。たとえば先ほど申し上げたようなことでございますけれども、それは私どもがそういうことで最初のままでいっていれば、いま、その内容を御説明してもよろしいんでございますけれども、実際に政府としてまとまった案がいまここにある以上、私どもはこれが一番いいものであるというふうに考えておりますので、別にそのときの状態についてどうであったかということを申し上げるということは困難だと思います。ただ、例示的に申し上げますと、先ほど申し上げましたようなことになるかと思います。
○鈴木力君 その例示的にというのでさっき言ったでしょう。それらの項目はあと幾つあるか。
○説明員(藤井直樹君) たとえば、いわゆる生徒の教育指導密度の向上という項目がございますけれども、その最初の御要求のときの人数は一万二千人のものでございますけれども、私のほうはそれを小学校にある程度限定するということで、その人数を減らしていただくというようなことを申し上げております。それから現在見ておりますが、内地留学等によります研修の補充といいますか、そういう定数については、また現在の段階ではこういうものは見送ってもいいのじゃなかろうかということを最初に申し上げております。それから養護教諭につきましては、御要求が八百人ということになっておりますが、これは八百五十人、小学校です。それから事務職員については、たとえば学校図書館の事務職員というのがございますが、これは私どもとしてはまだそこまでやる必要がないのじゃなかろうかというようなことを申し上げております。それから特殊教育のほうにつきましては、たとえば機能訓練とか、舎監というようなことで少し人数を減らすというようなことで提案をいたしております。
○鈴木力君 最初からそう言ってもらえば、さっきみたいなことを言わなくてもいいんですよね。 そこで私はもう一つ伺いたいのは、大蔵省——まああなたとして——あなたとしてといったってこれは個人じゃない、大蔵省という組織の中にいる主計官として、こういうものを個々に査定をされます場合には、どういう仕組みになっているんですか、仕組みというか、どういう立場をとるんですか。たとえば大蔵省全体として、文部省の予算はこれだけだというワクを先に全体できめておいて、そのワクの中にはめ込むためにいろいろとあなたのほうで苦労をなさるのか、そういうことなしに、一応は教育の向上をさせるために教育的な見地に立ってこれはよけいなものだとか、これは待てというふうに、そういう立場で査定をなさるのか、どっちの立場をおとりになるんですか。
○説明員(藤井直樹君) 大蔵省が予算を編成する場合には、初めからこのワクでこの省はというようなことは一切ございません。やはりまず御要求を聞きまして主計局として、これは主計局の中でもいろいろ、最初は文部省でありますと文部係、そこでやって、それから上にどんどん上げまして局長のところまで、それで主計局のほうからこれを省議にかけまして大蔵省の方針となるわけでございます。その過程でいろいろ議論が行なわれておるわけでございます。その際にはやはり要求をもとにして査定をする。初めからこうきめてやるということでは……。
○鈴木力君 もっと聞こえるように言ってください。
○説明員(藤井直樹君) 要するに、要求に即して査定というものが行なわれるわけでございまして、それを全部集めてその当時想定しております予算のワクにはまるかどうかということを検討して、いろいろ調整を加えてやっていくわけでございます。御指摘のようなワクでやるというようなことはございません。ただ大蔵省案が出てまいりますと、そこにワクができてまいります。それは各省について一応最初示した案というものをもとにして調整が行なわれております。
○鈴木力君 そうするとこういうふうに理解していいんですか。要するに、そのワクというのはあとできまるのだ、要求に即してあなたの主計官のところで個々に点検をして、そうして、たとえばさっきあなたが例にあげられた三個学年以上の複式学級を解消するという要求に対してはワクということは別として、あなたのほうは改善、こういう意見を出す、それでその間のやりとりは私は別に聞く必要はないので、結果的には意見が一致して改善になりました、こういうコースをとるわけですね、どうですか。
○説明員(藤井直樹君) そのとおりでございます。
○鈴木力君 それではちょっとこの点だけひとつ伺いたいのですけれども、三個学年の複式学級を教育担当の文部省が解消したい、しかし、それはもう解消の必要がなくて、改善でいいんだ、こうあなたがおっしゃった。結果的には文部省とも一致しているから、私は別にあなたの責任を追及するわけじゃないのですよ。責任を追及するわけじゃないが、私に言わせると、これは解消すべきだという考え方に立っているのです。それがその結果解消でなしに、改善になった。それはあなたの責任ということを私は言わないけれども、どうも文部省と共同責任、共謀の罪というと行き過ぎだからそうは言わないけれども、共同の責任はあなたも負わなければいけない。そういう立場で伺いたいのですが、いまこういう過疎地域の学校で非常に四苦八苦している。さっき私は僻地教育振興法の一部を改正するために、皆さんの御討議をいただくための提案理由も申し上げたのだけれども、そういう現状にあるときに、いわゆる解消でなくて、改善でもいいとあなたがお考えになったのですね。そのお考えになった考え方をひとつ聞かしていただきたい。
○説明員(藤井直樹君) およそこういうものはすべてなくすれば一番いいわけでございますけれども、なかなかそうはまいらないわけですが、今度の場合は、現在単級という状況がそこにある。さらに四個学年と五個学年という複式もある。こういう教育をする上において非常に困難な環境にある学校が、まずどうしても解消の対象として取り上げなくてはいけないということで考えておったわけですけれども、小学校の三個学年くらいになりますと、大体平均して一学級当たり十二人程度の生徒数になっております。さらにそれをこと一に分けるということになると、何人になりますか、八人と四人になりますか、十人と二人になるかもわかりませんが、そこまでこの際やるということは、非常に先生の数もふえて財政上の負担がなかなかございますので、とりあえず、とりあえずと申しますか、四、五個学年までの分をやって、三個学年につきましては、従来二十五人というものでございましたけれども、通常の四十五人の基準に対して三分の一程度の十五人ということでやれば、従来よりはるかに教育指導の徹底が期せられるのじゃないかというふうに考えてやりました。
○鈴木力君 十二人というのはどういうことで割り出したのですか。三個学年を一学級にすれば十二人になるという割り出しの根拠は何ですか。
○説明員(藤井直樹君) これは三個学年の一学級の平均の生徒数が幾らかという統計を見ますと平均十二人くらいになるわけでございます。
○鈴木力君 平均というのは上もあれば下もあるということはわかっていますね。
○説明員(藤井直樹君) それはあると思います。
○鈴木力君 私はもう少しあなたの考え方を伺いたいんです。平均でいって十二人だから、これを二つに分けると教育効果がなくなる。あるいは十二人だったらだいじょうぶやれる。そういうようにお考えになる考え方がどうも私にはよくわからないんです。というのは私は教師の経験があるんです。自分が長いこと教師をやると——複式学級を担当した経験もある。ところが二個学級までですと、これは文部省ともだいぶやりとりをしました、私もある程度教育効果をあげるということは可能だと思います。しかし、その場合には教師が二人いなければいけない。これは基本的に私の経験から割り出した二個学級の場合には複式にして、いまの十二人を八と四みたいな過疎学級にしないで、一つの社会性を持たせながらやって効果をあげていくことが必要だ、大前提は教師が二人いなければ、とても単式並みの教育効果というものをあげることがむずかしい。三個学級になりますと、これは私の経験だけではなしに、三個学級で十二人をかかえてりっぱにやってみせるというような、そういうことを言っておる教師に私はまだ会ったことがない。教育学者の意見をいろいろ聞いてみても、教師をふやせば別ですよ、教師をふやせば別のやり方があるだろうけれども、三個学級になると、しかたがないから各級に入れておるということのほうがむしろ現状なんです。そこのところがあなたのいまの御説明だとこれはもう少し考えてもらわないといけないんじゃないかと思うんです。ただ、私がさきに聞いたように大蔵省としての全体のワクがあって、あなたも幾らか削るという任務があって、削りようがよければあとで出世するかもしれないということであれば、これはまた話が別だけれども、どっち側に立ってやっておるのか。
○説明員(藤井直樹君) 教育の問題でございますから、それはできるだけいろいろなことをしないといけないと思いますけれども、今回はすでに単級とかいま申し上げましたような四個学年とか五個学年というような複式学級を解消するということがまずどうしても先になるわけです。またそのほかに特殊教育の問題とか養護教諭、事務職員、いろいろな問題がございますので、そういうものの全体を調整した上で数字をきめていかなければならないということになりましたときに、三個学年の複式についてもその必要がないというふうに私ども申しているわけではございません。その辺はまだ実態をよくみないといけませんけれども、今回の改正では三個学年についてはむしろその基準を改正するということでやったほうがいいのではないかということでやっております。
○鈴木力君 あまりしつこくは伺いませんけれども、何となしに話を聞いていると、これは多少私のひがみかもしれないですが、こういう種類の法案で質問するときにはいつでもひがむのは、長年教師をやってきて、いつでも恵まれない条件のもとで、仕事だけを引っぱり出されてやってきたから、いまでも私のひがみ根性が直らない。ひがませたのはだれかということをだんだんに言いたいんですけれども、そういうふうな立場で私がこの法案を見たり、あるいは数字の出してきた経過を聞きますと、いろいろのやらなければいけないことがたくさんあるうち、これをやったらいいんだという言い方にどうも聞こえてならないんです。私は文部省にもいろいろいままでずいぶんしつこく申し上げたのは、教育が成立をしていくための最低の条件というものを真剣に考えてみる必要がないのかということなんです。つまり、いままでは最低以下のものがたくさんあるわけです。そのうち一つが浮かび上がればいいというふうに、そう考えているところに私も含めた教育関係者をひがませている原因があるわけです。これはあなたにはまだ申し上げていないけれども、別の話でいいますと、大蔵省の査定官でも、また同じことを繰り返して恐縮なんですけれども、たとえばコンクリート事業をやる者に対しては、ちゃんときまっているんですから、最低何々がなければコンクリートが出てこないということはちゃんときまっているんですから、その場合にことしは鉄筋を太くしてやったからセメントはがまんしろというふうには言わないだろうと思う。同じ大蔵省の査定官でもですね。教育だってコンクリートと同じように、少なくとも何個学級の場合にはどれくらい、教師が何人なければという最低の基準というものがあるのです、学問的に。ただ、それが目に見えないだけの話だ。目に見えないから、こっちやったからいいじゃないかということがいままで通ってきたと思う。そのいままで通ってきたということがどうもいろいろの教育の現状からいうとまだまだ問題が多い、そういうことなんでして、きょうはもうくどいことは申し上げませんが、大蔵省の主計官という立場からしても、教育を成り立たせていく最低の基準というものは何なのかということは、これは真剣にやはりあなたのほうもひとつ検討してもらいたい。そっちとこっちとで一部上げたからいいことをやりましたという立場でなしに、専門の主計官としてそういう立場でもう一ぺん、この法案の成立までに間に合うようにとは申し上げませんけれども、そういう立場で大蔵省自体も教育の問題の条件をどうするかということの御検討をぜひお願いをしたい。それだけをお願いをしまして、あと私はあなたには御質問申し上げません。何ぶんよろしくお願いいたします。
○説明員(藤井直樹君) いまここまでやったからいいじゃないかというお話でございますけれども、私どもそう考えているわけじゃなくて、ここまでが今回の改正で限度じゃないかということでございます。これからよくわれわれとしましても勉強いたしたいと思います。
○委員長(久保勘一君) 午前中の委員会はこの程度とし、午後一時三十分まで休憩いたします。 午後零時二分休憩 —————・————— 午後一時五十四分開会
○委員長(久保勘一君) ただいまから文教委員会を再開いたします。 休憩前に引き続き質疑を行ないます。鈴木君。
○鈴木力君 小規模学校の学校運営について、私はどうもこの定数ではいろいろな条件があって意図するような学校運営がむずかしいではないかということで、五学級以下の校長の出張日数なんかについてもお調べいただいたんですが、時間がないので簡単に申し上げますが、文部省が調査をされた出張日数を見ましても、ある学校はもう半年で校長が十九日も出張しておる。こういうことが資料としてはっきりしておるわけです。ですから、そのほかにいままでに申し上げました——申し上げましたというよりもお伺いをしましてほぼ明らかになった、学校の事務として想定していなかった事務が相当数ある。そういうことも大体明らかになったと思うんです。そういたしますと、やはりどうしても小規模学校の学校運営について、何かこの数だけではどうにもやっていけない。特別の配慮というものがどうしても必要だと思うんですけれども、こういう資料が出ましても、やはりこれで特に教科担任の先生も置ける、あるいはこの前の課長の答弁では、学校の運営によっては複式学級に二人で授業することもできる、こういうような御答弁もいただいたんですけれども、そういう資料を全部総合してみますと、やはりそれができるとお思いですか。その学校運営ができるという御見解なのかどうか、まずお伺いいたしたい。
○説明員(岩田俊一君) 先般来その点につきまして御質疑がございまして、私どもからいろいろ御説明も申し上げたわけでございますが、総体的に考えてみますと、今回の定数改善措置におきましては、いろいろ今後改善していかなければならない面も多々ございますけれども、その中で特に小規模学校の改善のほうに私どもといたしましてはどちらかというと重点を置いたつもりでございますので、なお不十分だということでございますればまたそのような御趣旨もよく承るわけでございますけれども、まず教職員の配置数におきましても五学級以下のところを特に厚くしたつもりでございます。 それから養護教諭や事務職員の配置におきましても従来算定の基礎にありませんでした僻地の学校につきましてある程度の加算という措置が弾力的にとり得るようなワクを設けた、こういうこと等、従来も特に小規模学校においてはいろいろな困難な事情のもとに教育が運営されてきたということはよくわかっておりますけれども、それをさらに改善の方向へ進めたというふうに考えております。 なお、この間五学級以下のところで校長定数の算定がないのではないかという御指摘がありましたが、あわせてなお補足させていただきます。 従来は五学級以下の分校のところには二校に一つはこの校長を置き得るように〇・五の政令規定によるところの加算が行なわれておったのでございますが、今回はそれを法律のほうに一として引き写しまして法律に吸収したわけでございます。なるほど条文の立て方から申し上げますと、六学級以上のところに一人という計算になっておりますから、あたかも六学級以上の分しか校長定数は見られていないというふうに御理解になるかもしれませんけれども、これをかりに学級担任外の状況で申し上げますと、次のようになります。 一学級のところで担任外が一人、二学級のところで一人、三学級で一・五人、四学級のところで二、五学級のところで二になります。そこで、六学級以上ですが、これは同じく二でございます。七学級のほうも……。でございますから、六学級以上に一人というところの計算の規定は、総体のワクを計算するための、いわば規定以上の便宜と申しますか、そういうことで柱を立てておるわけです。 以上、補足説明させていただきました。
○鈴木力君 学級ごとの数字なんかは私も計算しておりますから、それはお伺いしなくてもいい。それで、考え方としてはわかるのです。そして、前にも何べんも言いましたように、前と機械的に比べると、その部分においては確かに伸びておる。だが、これは繰り返して申し上げて恐縮なんですけれども、たとえば文部省でお調べいただいた校長の出張回数を見ましても、少ないところで、四月から七月までの三カ月間でもう九日、あるいは延べでいきますというと、十一回の出張というのが、文部省の御調査では少ないほうだと思うのですね。徳島県のごときは、K中学校は三カ月に三十一日というのがあるでしょう。しかし、私のほうで多少調べてみたんですけれども、これは出張であって、そのほかに、学校区内の、勤務しておる職員なんかの出て歩く回数というものはまた相当多いのです。これはいま数字でどうこうというつもりではありません。だから、どうしてもこれは五学級以下に限るわけじゃありませんけれども、一人はもうほとんどそちらに行ってしまって、いわゆる文部省でいう直接教育行為というのには、直接教育活動というものにはほとんどあてにならない。それからもう一人のほうは、学校事務というのがさつきからたくさんいわれておるのでありますが、それらを見ますと、専科の教諭を置くというようなことが、考え方としては成り立つけれども、いまの学校運営では成り立たないと思うのです。私はいま直ちにこれが直るとは思わないけれども、この点につきましても、もし私の指摘をしておる点が若干でも認められるとすれば、相当やはりこまかい調査もしてみられて、せっかく過疎対策ということで文部省一生懸命やられておるのですから、やられておることに、何といいますか、実りを持たせるような御努力ということが必要だと思うのです。これはまあ私のほうの希望として申し上げておくだけにしておきます。 それで、もう少し申し上げますと、これも私の希望を申し上げてしまうことになるかどうかわかりませんけれども、提案理由の中には、はっきりは書いていないと思うのですけれども、今度の法改正の趣旨の中には、どうしてもやはり専科を置くという考え方が入っていると思うのです。私はその考え方に対してはほんとうに賛成なんであって、そうでなければいけない。しかし、出てきた法律の数と、それからねらいであるところの、専科の教員を配置して教育の効果をあげていくんだということは、どうも実際はなかなか合わないということなんです。そこで、たとえば文部省でお調べいただいた日課表の一例を見ていただいてもわかるわけです。大体、直接教育活動の中に入る時間が、馬宮西小学校の例でも、午後の三時五分、ここまでやって、それからあとの教材研究とか、あるいはその日の授業のあと始末をやる、それらの時間が一体どれぐらいになるだろうということなんです、問題は。退勤時間が五時二十分ですから、下校まで二時間と十五分あるわけですが、二時間でそれだけの仕事ができるかどうかということなんです。それで、二時間でできないと思うことの中に、きょうは時間がないから、あまり申し上げませんけれども、このほかに、校内外行事ということを文部省は教員を配置するときに忘れてもらっては困る。大体学校では校内外行事というのがどれだけあるのか、このことを配慮しないで、授業時間数と、教師の、あとの一時間かそこらあたりのそれで全部を処理させようと思っても、これは具体的にできぬ相談なわけですが、たとえば私のある学校から調べてもらったものだと、そういたしますと、四月のごときは、校内外行事のない日というのは日曜日を除いて四回ぐらいしかない。あとは全部何かかにかの校内外行事がある。そうしてその行事のために、校長でなければだれかの職員が必ずそれで学校から別の業務に出ておる。こういう状態を繰り返しておるのがいまの学校の実情だと私は思うのです。それで、くどいことは、一々申し上げますとだいぶ時間がかかりますから申し上げませんが、私はこの法案がそういう、ねらいといたしましては私どもも賛成なねらいが非常に多い。過疎地域の教育を重点とする、あるいは複式学級の解消の方向に努力して、それからいまの教科の組み合わせ、指導要領等の状況からいいますと、専任というか、教科の担当教師がいない。これは授業時間から追うだけではなしに、教育の質的な面からいってもいろいろと問題がある。あるいは養護とか、その他ずっと、私はそのねらっておる観点については賛成なんだけれども、ねらっておるところと実際とが非常にむずかしい、実情に合わない。大きな、いろいろいろな改革をしなければならない点がたくさんあるということを先ほども申し上げたわけですが、そういう立場に立って、この法律案は一応また五カ年計画ということになっている。しかし、従来のように、五カ年計画ということでいっておるから、五カ年間はこれをもう手一本触れませんと言われると、これはいままでに、いろいろいまの学校が苦労しておる実情、あるいは教師の足りない実情、それからこの法案には直接ないけれども、保健関係についての大きな手抜かりがある。それらをカバーするというようなことを考えてみても、一応原案は五カ年計画で、五年間ということをねらっておるけれども、しかし、やっぱり文部省としては私がいままでにずっと御指摘申し上げたような欠陥を克服するためには、五年を待たずして何か改善の処置といいますか、そういう処置をとるべきだとそう思うのですけれども、この見解はどうですか、これは大臣のほうから伺ったほうがいいと思うが。
○国務大臣(坂田道太君) 今度の法案は確かに一歩前進はしたということは鈴木さんもお認めになっておられるのでございますが、しかし、実情におきまして、あるいはまた御指摘の点におきまして、不十分な点が多々あるということにつきまして、今後一応五カ年計画で出発はいたしますけれども、その途中におきまして、著しく、これはどうしても変更するほうがよろしいということになりますれば、またその際考えてまいりたいというふうに思っておるわけでございまして、私どもといたしましても教育条件をよくするということについては、常に前向きに考えていかなきゃならぬ課題であるというふうに思っております。
○鈴木力君 著しく改善の必要があればという御答弁ですけれども、大臣の御決意でやっていただきたいのですが、大体著しく改善の必要があるということを四日もかかって私が申し上げたわけですから、そのことを認めてもらって、ただし、いろんな条件があるわけですから、ここで何年目にどうするなんということを大臣にいま言えといっても無理な話。無理な話ですけれども、五年計画だから、五年間はもう手をつけませんぞという態度ではなしに、できればやっぱりいつでもこれを改善していきたいという、これだけはもうはっきりしておいていただきたい。まあいまの大臣の御答弁でそう私は解釈をいたしますがね。 それからもう一つ、これは前に大臣に申し上げておって、私の質問中に伺いたいということであった、これは養護教諭の問題であります。その実情とかなんかのことをお伺いしますと時間がかかりますから、最終的に私がこの前申し上げましたように、この養護教諭の必置制という法律の解釈はもうずっとできています。そしていままでに、少なくとも私の経験でも大臣が相当かわられて、あるいはどの大臣も養護教諭の問題に関する限りは、事務職員も含めてでありますけれども、きわめて前に向いたいい御答弁をいただいておるんです。しかし、あけてみますというと、今度もまあ前と比べれば、この限りにおいては人数がふえた。しかし私どもは、全部置かなければ学校というのは正常な状態にならないという立場をとるんです。これはもう大臣も認めていられるとおりなんです。そういたしますと、いままでの繰り返された御答弁をまた繰り返されたんでは私はどうしても納得できない。三度目でもありますし、今度はそういう御答弁よりももっと強い、責任者としての大臣の御決意を伺いたいということです。
○国務大臣(坂田道太君) この点についてはこの間も私お答えしたわけでございますが、まだあれから二日しかたっておりません。したがいまして、ほんとうに鈴木さんにある程度の満足できるような答弁をするには、もう少し私としては検討をいたさなきやならない、時間の余裕をいただきたいと思うんで、気持ちの上においてはもう二日前と同様に意欲は持っておるということでございます。まだ計画を立てまして、たとえば五年後にはこうしますと、あるいは養成計画はこういうふうにしますというところまではまだいっておりませんことをむしろ率直に申し上げたほうが鈴木さんのお答えになるんじゃないかというふうに思います。まあこれで御不満でございましょうけれども、そういうような私といたしましては誠実なひとつお答えの一日も早くできるようにいたしたいと考えております。
○鈴木力君 もう一言申し上げたいんですが、いま何年後にどうするということを、これもまた大臣をいま責めてもあれですから、そういう無理は申し上げるつもりはありません。ただしかし、私がここで大臣に表明していただきたいのは、少なくともきょうから、あるいはあしたからでもよろしいんですけれども、いつまでにどうするということは言えないにしても、必置制ということが、次の機会までには何とかそれをやるために全努力をするというぐらいの気持ちは持ってもらいたいということなんです。いままでのようにりっぱな答弁は聞いておる。同じようなことを、速記録の繰り返しみたいでは、またぞろ必置制というのは出てこないと私はにらんでる。したがって、いろいろな障害もあるし、また大臣一人でやりますと言ってもできないような仕組みのあることももちろん承知です。そういう関係機関ともさらに強力な折衝といいますか、働きかけといいますか、調整をとられて、もはや養護教諭の必置制という問題がこれだけたっても、同じ議論を繰り返さないというぐらいの決意だけは、繰り返さないために努力をする、全努力を傾けるというぐらいのことは、ぜひ言ってもらわないと、どうも誠実に、できないときばかり誠実でも、私はどうも引っ込みがつかない。できるようにほんとうにがんばってもらいたいという意味で申し上げる。
○国務大臣(坂田道太君) まあこれはやはり私も一生懸命に努力をすると申し上げる以外にはお答えができないと思います。
○川村清一君 私は一昨日の委員会で、法案の文面について第九条まで逐条ごとに簡単にお尋ねして、一応の御説明をいただいたわけでございます。本日はお願いしました資料が来ましたので、掘り下げていろいろ御質問申し上げ、また議論をしたいと思いますが、先ほどの理事会では私の質問時間も限定されたようでございますので、したがって、あまり長くできませんので、大筋だけ重点的にひとつ質問したいと思います。 まず最初に文部大臣にお尋ねいたしますが、この法案に対しましては、われわれ社会党の考え方をもとにして社会党案というものを対案として衆議院に提案しておりますことは御承知のとおりでございます。大臣はこのわれわれの社会党案を検討なされましたかどうか、これをまずお伺いします。さらに、もし御検討いただいたとしますならば、それに対する御所見を率直にひとつ知らせていただきたい、こう思うのです。
○国務大臣(坂田道太君) 衆議院の段階におきまして社会党さんのほうからこれに対する対案が出ております。私は承知をいたしておるわけでございます。いろんな面におきまして前進的な毛のが含まれておると思うわけであります。ただ私どもといたしましては、それにやはり財政的な裏づけというものを考えなければなりませんので、ただいまの段階ではそこまでいっていないということでございます。やはりいまの段階といたしましては、私どものこの案を御審議願うほかないということでございます。
○川村清一君 私はただいまの大臣の御答弁を集約して確認したいと思うわけでありますが、大臣は、社会党案はけっこうな案だとまず結論的には思う、しかしながら、それを実行するには財政的の裏づけにおいて非常に困難を感ずるというようなことで、いまの段階ではいわゆる社会党案を実施するということは困難である、こういうふうに御答弁いただいたと思うわけでありますが、これでけっこうでございますか。
○国務大臣(坂田道太君) まあおおむねそのとおりでございまして、あの法案が議決をいたしましたときに文部大臣としての考え方も述べておるわけであります。おおむねということを申し上げておきます。
○川村清一君 これはほかの行政とちょっと違いまして、文部大臣、私が大臣にこういうことを申し上げることは失礼で、釈迦に説法のようなことでございますが、事教育に関することでございますから、したがって、必ず教育には一つの理想があるわけでありまして、理想としてはまことにけっこうだと思う、しかしながら、財政的にはなかなか困難だ、したがって実施できない、こういうことであればわれわれわかるわけでありますが、そのおおむねということは、大かた賛成である、若干賛成できないものがあると。その若干ということはあえてここでお聞きしませんが、しかしながら、私は社会党案というものを含んで、基礎にしてこれから質問を展開いたしますので、大臣もその上に立って御答弁を願いたい、かように冒頭にまず申し上げます。 そこで、逐条ごとに御質問申し上げるわけでありますが、第二条の三項ですね、「この法律において「教職員」とは」、として、いわゆる「教職員」として、その中に含まれる職種があげられておるわけであります。「校長、教諭、養護教諭、助教諭、養護助教諭、講師、寮母及び事務職員」、こうなっておるわけでございますが、大臣は、この公立義務教育諸学校の教育というものは、いま私が読みました第二条三項のこの職種の教職員があれば、十分の教育効果をあげ、学校教育の目的達成ができると、もっと端的に言いますというと、この二条三項に載せられている職種だけで学校の教育目的というものは十分に達成され得るのだと、こういう御見解でございますか。
○政府委員(宮地茂君) 事務的な面もございますので、私からお答えいたします。 この二条に掲げております職員で、これでもう理想的であり、完ぺきであるかというような意味でございますれば、必ずしもこれでもう完ぺきであるというふうには考えません。たとえば、いままでもすでに御指摘、御質問、御意見等のございました職員で、学校給食をやっておれば炊事婦の要るのは当然ではないかといったような御質問もございました。したがいまして、そういう職員については掲げておりませんので、そういった意味におきましては、これ以外の職員は要らなくてもよいのだという意味のものではないというふうに考えております。
○川村清一君 これだけでは十分でない、十分な効果をあげるためにはこれ以外の職員も必要であると、こう言われております。そして、いま局長は、たとえば、給食をやっておるところにつきましては給食婦が必要であると、こういうようなことも述べられておりますが、しからば十分に教育効果をあげるためには、学校の中にはこれ以外にどういうような職種がなお必要であると、かように文部省としてはお考えになられますか。
○政府委員(宮地茂君) ちょっと恐縮ですが、おっしゃった意味を聞き漏らしたかと思いますので、一応お答えしまして、ピントがはずれておりましたら、また御指摘いただいて答えさしていただきますが、これはまあ私ども、この法律に掲げました職員でもう完ぺきであって、これ以外の職員は要らないのだという観点ではなくて、まあ大体学校としては共通に、この程度のものは標準としておるべきだといった意味のものを掲げておりますし、なお、これはいままでの御質問でもお答えしたところでございますが、大体におきまして、市町村学校の教職員につきましては、設置者が市町村でございますけれども、給与面は、これは県が負担し、また小、中学校は義務教育費国庫負担法の定めるところに従いまして国が持つといったような財政上の背景もございますので、そういった観点から対象になるものといったようなことも頭に置きまして掲げておる次第でございます。
○川村清一君 私は給与面がどうとか、給与の支出する機関が国であるとか市町村であるとかいうことを聞いているのではなくして、この職種で完ぺきではないんだと、まだ完ぺきでないということは、まだ足りないものがあるということです。完ぺきでないということは局長がおっしゃっておる。しからば、完ぺきにするためにはまだどのような職種が必要だと、文部省としては、これは教育的見地に立って考えてみたときに、どういう職種があるかということをひとつ聞かしていただきたいと言っているわけです。
○政府委員(宮地茂君) これもいままで御質疑等のあったととろでございますが、学校に置かれます教職員の職種につきましては、学校教育法なり、あるいは学校保健法あるいは学校図書館法、さまざまな法令にそういった職種が掲げられておりますし、また、中には置かなければならない職員、あるいは置くものとするといったような職員、いろいろございます。したがいまして、たとえばここに、標準法の中に掲げられておらない職員といたしましては、保健技師、学校医、学校歯科医、学校薬剤師、給食従事員等、その他用務員いわゆる小使さんのような方々まで、学校の実態によりましてはいろいろな職種がおりますし、これらの方々がここに掲げられておりませんのは、そういう職員は不必要だという意味ではございませんで、いろいろ実態に即しておられるわけでございます。しかし、この標準法といたしましては、標準といたしましては、ここに掲げられておるものを標準として少なくともこれは置かれたい、しかもその給与関係は国なり県で支払いましょうといった趣旨のものでございます。
○川村清一君 ただいまの御答弁にありましたいろいろな法令上定められておる職種については、もちろんこれは標準定数法でございますので、それらのものはここに載っておる。これは私も承知しておるわけでございます。ただ、これは現在の法律に基づいての職種をあげているわけでありまして、これだけの職種では学校教育の目的を十全に達成し教育効果をこれはもう一〇〇%完ぺきにあげるのはまだ足りないものがあるということを、局長御自身が先ほどおっしゃっておりますから、しからば、学校の効果というものを理想どおりあげるためには、現在の法令で定められたもののほかにまだ確かにあるはずでしょう、あなた自身が認められているわけでありますから。だとすれば、日本の文教行政をあずかっておる文部省としては、将来法令を改正して、そうしてこれらの職種を今後の問題として学校に必置することによって、日本の文教というものを完ぺきなものにしなければならない。常に文教行政に携わっているあなた方には理想がなければならないと思うのですね。現在の法令、これは役人ですから法令を守ることは当然でありますけれども、さらによい教育を行なっていくためには、どういう姿にならなければならないかという常に理想を持っておらなければならない。その理想のもとに考えてみたときに、なおかつどういう職種を必要とするか。たまたまいま用務員というようなこともあげられましたが、そのほかにございませんか。考えられるものはございませんか。法律にきめられた以外にはもう頭の中にございませんか。
○政府委員(宮地茂君) 先ほど用務員だけでなくて、いろいろな標準法に掲げてない職員のことを私例示いたしまして、用務員のほかにも申し上げましたが、一般にこういった標準法を掲げますときに、これはやはり理想を掲げるのがよいのか。そうは言っても、遠き理想ばかりを掲げても、実際の行政運営上、理想よりはだいぶ下がったような措置になるのに理想だけを掲げるほうがよいのであろうか。それとも、いまのような御質問が出るとしても、理想ではなくて、一応実現の可能性のある、しかも標準的なものを掲げるのがよいか。これは法律をつくる場合に限らず、行政官庁として、特に国民なり、あるいは関係者にこういうことを約束し、責任も負う、義務も負うわけでございますから、私はお気持ちは十分わかります。それから、できることなら遠き理想も掲げたいというような気もいたしますが、しかし、ただ遠き理想だけであって、実態は遠き理想にほど遠いというような点ではまたこれいろいろ誤解も生むであろうというようなことで、いまおっしゃいます点につきましては、その他いろいろほしいと思われる職員が、特に学校の実態によってそれぞれ異なってくる面もあろうかと思いますが、少なくとも法律には現段階ではこの程度でよいというふうに考えております。
○川村清一君 私は、現段階を聞いておるのではないのであります。あなたは私の気持ちもわかると言った。私もあなたの気持ちはわかるのですよ。それはあなたは役人ですからね。しかしながら、あなたのおっしゃっているとおりこれは実際にはなってないでしょう。たとえば、あなたは法律、法律とおっしゃいますけれども、鈴木委員が三日間も四日間もいろいろ各般の御質問を展開したわけでありますが、その中で、たとえば、養護教諭であるとか、学校事務職員というものを一例にとりますが、これははっきり学校教育法に学校に置かなければならないという規定があるでしょう。しかしながら、それはただし書き、あるいは政令において当分置かなくてもいいとか、特別の場合は置かなくてもいいとかいう、そういう規定を設けて、そうして全部の学校にはまだ必置されておらない。しかしながら、その立法の段階においては、養護教諭を置かなければならない、事務職員を置かなければならないということは、その時点においてはやはり理想だったんでしょう。理想を掲げてそれを立法したのでしょう。しかしながら、それをすぐ実施できない。だから、当分の間置かなくてもいいとか、あるいは特別の場合は置かなくていいとかいうただし書き、あるいは政令を設けたわけでしょう。薬剤師等もこれは置かなければならないという法律の規定があるのですよ。その規定から言うならば、あなた方は明らかに違法行為をやっている。しかしながら、その時点だってもう直ちに全国の学校に置くことはこれは不可能だということをわかりながらも、そういう立法措置をやはりしたのでしょう。そこが文部行政とほかの行政の違いでないかと私は思う。理想を無視して文部行政なんというものは私はないと思う。教育行政は常に理想を追っているものでなければならないと私は考える。そういう立場に立ってお聞きするのです。 それじゃ、私のほうからお聞きしますが、あなたはいま用務員ということをあげられたが、それじゃ警備員は必要でないのですか、警備員は。それから学校図書館に司書は必要でないのですか。それから、中学校も理科教育を完全に進め、そしてほんとうに時代のいわゆる科学技術の進歩にマッチするところの教育を行なうためには、理想的に言うならば当然実習助手を置かなければならないのでしょう。あるいは学校給食を行なっているとするならば、当然そこには栄養士も置かなければならないのでしょう。理想としてこういうことを持たれませんか。理想としては持つ、だがしかし、現在の財政事情においては困難であるというならば私も了とします。そこで何を考えているかということを聞いてもさっぱり答えられない。現在の法律の想定以上には一歩も進んだものを考えておられない。つまり理想がないのです。そういう文部官僚の頭で日本の教育が進められておるということは私はまことに残念だと思います。どうですか、初中局長の率直な御意見を聞きたい。
○政府委員(宮地茂君) 私は、理想といたしまして先生が掲げられましたような職種が要らぬということは言っていないのです。理想としてはいろいろな職種が必要でありましょう。ただ、しかしながら、理想だから掲げて、実現の見込みがなくても、将来の目標として掲げて当分の間置かないことができる——まあそれがよいと言われたわけではないでしょうが、そういう方法もあるといった御示唆のある御意見でございますが、私どもといたしましては、置かなければならないとか置くものとする、しかしながら、当分の間置かなくてもよいというのは、ただ理想を掲げておるだけではなくて、少なくとも当分の間ですから、三年後とか五年後とは言わなくても、年々努力をして近い将来においてその目標に到達できる、到達したいという意欲があり、またその可能性のあるものがそういうふうに掲げられておるものと思います。しかしながら、プライオリティからいって、あれもこれもやりたいけれども、まずこれだけはというものが本則に掲げられ、次には当分の間は置かないことでもよい、置かないことができるというものがき、第三の段階としては、いつ置くのかわからないけれども、ともかく理想として掲げる。これは行政をやる場合にはこういうような順序が出てこようかと思います。したがいまして、現段階においては、当分の間は置かないことができるというものも、これは理想ではございますが、実現の可能性のあるもの、それが実現された後には次のまた掲げられていないいろいろな職種にも手をつけるということが、私どもが少なくとも法律で国民に約束をする態度としてはよいのではないか。ですから、そういう前提を離れまして、おまえの理想だけを述べろということでございますれば、先生のおっしゃいますような職種のものも、その学校によっていろいろ実情はございましょうが、そういったものが必要であれば置くことがよいということは言うまでもないことと思います。
○川村清一君 それでは、私はお願いをしたいのですが、世界の先進国といわれておる諸外国の公立の義務教育学校において、こういう校長、教諭、養護教諭、事務職員というもの以外に、私がいまあげましたたとえば栄養士であるとか、給食の作業員であるとか、あるいは実習助手であるとか、あるいは図書館司書であるとか、用務員であるとか、警備員であるとか、こういう職種のものが存在しないのかどうか、ひとつそういう諸外国の学校の例を調べて教えてください。私はこの間この問題をお願いしようとしてお願いしていなかったのです。こういういろいろなやつをひとつ調査してください。 それから、ただいまの局長のお話を承りますれば、理想と現実というもの、少なくとも法律で規定したものは単なる理想ではないのだという。これはまあ政府が責任をもって実現のために最善の努力をしなければならない、またしている、こういう一つの行政実績の上に立って御答弁をいただいたものと思っております。で、それをその立場で考えてみるときに、学校教育法に規定されておりますところの養護教諭であるとか、あるいは事務職員なんというものの設置の状況あるいは薬剤師の設置の状況、これを考えてみるときに、これは非常に熱意が足りないと私は指摘せざるを得ない。 新しい問題としてひとつここで提示いたしますが、学校図書館司書教諭、これはなぜ一体この中に明示しなかったのか。先般の質問では、学校図書館の問題については軽い気持ちで質問し、文部省のほうもまあ軽い気持ちで答弁されましたので、あのときはそのまま過ごしましたが、これもきちっと法令によって定められておるものであります。これの一体現実の姿を考えてみるときに、どうですか、当然第二条にあげるべき職種ではございませんか。
○政府委員(宮地茂君) 司書教諭でございますが、これは学校図書館法に規定されておりますように、教諭をもって充てることになっておるわけなんで、したがってこの標準法は教諭をもって充てられる職は、その教諭をして教員の定数ではじけばそれにプラスする必要がないわけなんであります。だから司書教諭は、専門職種は司書教諭という職種ですが、教諭が充てられる。その教諭はそこの教員でございますから、教員として定数がはじかれておる。それにプラスして司書教諭の定員を配当する必要はない。そういうことで二条の中にはそういった意味で、司書教諭とか、あるいは職業教育関係では職業主事なんかが学校にも置かれるようになっておりますが、そういうものは教諭が職業主事に補せられるわけでございますので、ここには書く必要がないというものでございます。
○川村清一君 たぶんそういう御答弁をなさると思って私はお尋ねしておるわけであります。しからばこの定数をきめる場合においてはそういうこともよく計算されて定数をきめられておりますか。
○説明員(岩田俊一君) ただいま局長が申し上げましたように、この法律は定数を定める法律でありまして、職種の設置を行なう法律ではないということでございます。しからばその定数を定める際にではどれだけの人間がこれこれの規模の学校に必要であるかという場合に、学校の事務量その他いろいろ考慮をして定めるべきではないかということは、この間からいろいろ御質疑のあったところでございます。私どももさように考えておりますが、考え方といたしましては、教諭の定数をはじく場合には、まず一番主要な任務でありますところのいわゆる授業時間数というものは、やはりこれは一番根本でございますから、これを基礎におきまして、小学校二十六時間、中学校二十四時間の算定基礎をもちまして定数をはじいておるわけでございます。自余のその他のもろもろの仕事は、学校には教科担当のほかに校務分掌として行なわれる事務があることは、これは皆さん御承知のとおりでございまして、その中には教員をもって充てられるところの職業指導主事の仕事もあれば、あるいは司書教諭の仕事もありましょうし、その他もろもろの万般の学校運営に必要な仕事があるわけでございますが、それらはすべて教育公務員〜しての四十四時間の勤務時間の範囲内において処理されるということが本来のたてまえになっておるわけでありますが、個々の司書教諭に要する時間が何時間、学校の清掃主任のために要する時間が何時間というぐあいにははじいておりませんけれども、おおよそ主要なる教科の時間数をはじいて、自余の時間は校務分掌にのっとってここに出した次第であります。
○川村清一君 あなたの御答弁は、学校教育法に規定されておる養護教諭あるいは事務職員というものは、これは教諭以外の職種の中にありますから、法律どおりやっておるかやっておらないかということは議論の対象としてこれは別にします。しかしながら、いまの学校の司書教諭ですね、これは「司書教諭は、教諭をもって充てる。」ということばがありますから、したがって、教諭の中に入っていることは私も承知いたしますよ。しかし、いまのあなたの御答弁では私は納得できない。それはもう事務分掌、職務分掌の中に入っておるのだ。しかも学校図書館法の第三条には、言うまでもなく「学校には、学校図書館を設けなければならない。」と規定されておる。第五条には、その「学校図書館の専門的職務」——専門的職務ですよ、これを「掌らせるため、司書教諭を置かなければならない。」それから第二項で「司書教諭は、教諭をもって充てる。」これはいいですよ。しかし、その教諭はだれでもが司書教諭になれるわけではない。その二項には、「当該教諭は、司書教諭の講習を修了した者でなければならない。」だれでもなれるのじゃないのですよ。いいですか、おわかりですか。しかも第三項には、「前項に規定する司書教諭の講習は、大学が文部大臣の委嘱を受けて行う。」きちっとなっているのですよ。だれでもなれないのですよ。学校には図書館を置かなければならない。そうしてその図書館の専門職員が司書教諭である。そうしてその司書教諭はだれでも教諭がなれるのではない。司書教諭の講習を受けた者でなければならない。その講習は「大学が文部大臣の委嘱を受けて行う。」と法律に規定されているのであります。あなたの御答弁のようなことでは、学校の司書教諭がやれますか、いいかげんな答弁しないでください。もう一度はっきり言ってください。
○説明員(岩田俊一君) 学校図書館法の規定を見ますると、いま先生御指摘のとおりのことが書かれておりまして、司書教諭というものが非常に大事な職であることはよく承知いたしております。しかしながら、この大事な職であるから、それを自余の校務分掌として教科外の時間の中に込めて扱うということはまたおのずから別の問題、教科外の時間のほうで処理されているから軽きに扱ったということにはならないと思うのです。
○川村清一君 そこで、法律できめられて必ず置かなければならない、そういう教諭であるならば、その教諭は当然標準定数をきめるときに、それを算定の基礎にしてやらなければいけないのでしょう。算出の基礎にしておるかどうかということを私はお尋ねしているのですよ。
○説明員(岩田俊一君) でございますから、先ほど来申し上げておりますように、教科を主体に考えておりまするけれども、その授業時間数だけが教職員の勤務時間というわけではない。そういったもろもろの業務につきましては、一週四十四時間の範囲内において適宜割り振られるべき問題であるというふうにお答えいたしたわけであります。
○川村清一君 専門職員でしょう、「専門的職務を掌らせる」と、あなたの御答弁では、一般の授業をやっておる教諭を充てるというふうに受け取らされるのですよ。そうすると、授業の合い間にやるから、司書教諭というものはその学校に二人も三人もいなければできないでしょう。あなたはそういう考えで私に答弁されている。専門的な司書教諭の仕事ができないでしょう。どうなんですか。専門的な職務とするならば、司書教諭というものは専任の職務として、やはり教諭を一人置かなければならないでしょう。置くのがたてまえでしょう。だから標準定数をきめる場合に、算出の基礎にしなければならないのではないかということをお尋ねしているのですよ。だれでもできるのですか。あなたの御説でいえば、三人か四人いなければなかなかできないでしょう。それはどういうことなんですか。
○説明員(岩田俊一君) お答え申し上げます。先ほど御説明いたしましたように、平均的に小学校は二十六時間、中学校は二十四時間というふうに算定いたしておりまするが、実態を申し上げますと、これは先生も御承知のとおりだと思いますけれども、学校の授業担任時間——校務分掌ということは、これは教諭によって区々であると存じます。でありますから、定数算定上はそのようなあり方ですけれども、校務分掌の非常に重たい人はその担任時間をほかの先生と繰り合わせて分掌し、ある先生は二十時間、ある先生は二十七、八時間になる方もたぶんおられると思います。そういう考え方でございまするから、司書教諭というような非常に重要な職であればあるほど、そういうような先生方につきましては教科の担任の時間数のほうは免除し、あるいは学級主任のほうは免除し——免除ということばは少し悪うございますけれども、学級主任ということは行なわせないで、もっぱらそういう面の校務分掌に重点を置いて授業配当を行なうということは学校運営の問題だと思います。
○川村清一君 学校運営の問題、学校運営の問題と言いますが、私も中学校の校長をやった経験があるのです。学校運営をやった経験があるのです。実際のところ司書教諭なんというものはいないのですよ、資格を持った司書教諭なるものは。それじゃあなたにお尋ねします。司書教諭の講習というものをいまどのくらいやって、全国に司書教諭の講習を受けた資格を持った人がどれくらいおって、それがどのくらい配置されておるのか、ここではっきりしてください。
○説明員(岩田俊一君) 御説明いたします。まず養成のほうでございます。司書教諭講習終了者四十二年十二月一日現在で三万四千八百四十八名でございます。発令をしておりまするのは小、中校あわせまして千五百三十四人でございます。同じく四十二年五月一日現在でございます。
○川村清一君 大臣にお尋ねします。法律にはっきり規定されておる司書教諭というものが、講習を受けた者、いわば有資格者、これが三万四千八百人しかいない、発令が千五百三十四人だ、こういう実態でございます。そして事務当局の御答弁では、これはその学校にいる教諭が校務分掌という形でやったらいいじゃないか、あるいは教科外指導、普通授業以外の勤務として、勤務時間の中でやったらいいじゃないか、こういうことでございます。ところが司書教諭というものは、この間の質問は私はいささか漫談的で恐縮でございましたけれども、そんなものではなくて、法律にはっきり専門的、一つの職務として規定されておるのですよ。それで、この資格を持った教諭を養成するように文部省は義務づけられておるのですよ。それほど学校図書館というのはやはり重要視されているわけですよ。ですから私は学校司書教諭というものはきちっと置くように努力しなければならないということを申し上げているわけです。事務当局の御答弁ではなかなか納得いきません。それにかかり合っておったのでは次の質問できませんので、大臣のほうからひとつ。坂田文部大臣は私は官僚ではなくて、非常に理想主義者であると思っております。あなたのそういう理想的立場からひとつお答えいただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) やはり理想と現実というものはかけ離れている。理想ばかりに走りますと、なかなかほんとうに実りある教育効果というものもあがらないというわけでございます。しかしながら私は、司書教諭といいますか、専門的な知識を持った人が、読書指導その他に当たるということはきわめて大事なことである。特に戦後視聴覚教育が非常に導入されまして、本を読むということが非常に少なくなってきた。したがって、ものを考えたり思索をしたりということが非常に欠けておりますことは皆さん方御承知のとおりでございまして、そういう意味からもむしろここに力を入れなければならない。と同時に、司書教諭の資格を持った人を充実するということも一つの方法であるし、同時はまた、図書館といいますか、あるいは図書室といいますか、図書を整備をするということも一つの方法かと思うわけでございます。もちろん御指摘のように図書館法がございます。でございますけれども、それに対しましてなかなか実情といたしましては不十分であるということは認めざるを得ない。この点につきまして、最近学校図書館法を改正しようというような動きも出ていることは御承知のとおりでございます。われわれのほうといたしましても、これからひとつ努力をしなければならぬ一つの課題だと思っております。
○川村清一君 初中局長に申し上げますけれども、今度の改正で、第九条で事務職員というものの数をふやしまして、第二号で三十学級以上の小学校に一名、二十四学級以上の中学校に一名、図書館関係の事務職員を置くことにしたということは、確かにこれは進歩だと思うのです。私に言わしていただくならば、これをもっと小規模学校にも事務職員をふやしていただきたいということと、これはあくまでも事務職員なんです。これは教育職員ではない。したがって、いわゆる図書館指導というものをやる職員ではないわけです。図書館指導をやる職員というものをこの法律どおり必ず置くように、そうしてその資格を持つ図書館教諭を養成するために努力してもらうように、で、今後の問題としては、ぜひこの標準定数をきめる場合に、このものを十分考慮してきめていただきたいということを私は要望しておきたいと思います。 次に、第三条に入ります。 学級編制の標準の問題でございますけれども、一昨日の委員会でお尋ねしたところによりますと、これは小学校にしても中学校にしてもでございますけれども、かりに小学校に例をとりますと、一学級の児童または生徒の数を何人にすることが一番教育効果があるのか、これは科学的には明らかではない。五十人では多いような気もすると、しからば四十人がいいのか、三十人がいいのか、そこら辺が的確にわからない。教育的には確たる効果が何人にすることによってあがるかといったようなことは不明だけれども、最高限度を四十五人にすることが妥当だと、こういうまあ、要約すると御答弁でございました。 それから二つの学年の児童で編制する学級、これを二十二人にしている。これはどういうわけかということをお尋ねしたら、単式は四十五人だから、二つの学級を受け持つんだから、その四十五人に二分の一をかければ二二・五になるけれども、五を切り捨てて二十二人にしたと、こういう御答弁。それから三つの学年の児童で編制する学級、十五人というのは、これは何を根拠にしてきめたかというと、単式は一学級四十五人だから、これは三つの学級だから、一人の先生が三学年を教えるのだから、それに三分の一をかけて十五人で編制をしたと、これではあまりにも機械的なんです。形式的なんです。こんな一体算術計算で教育の問題が考えられると思うならば、私はまことに情けないと思うのです。まことに非科学的、非合理的、何となくやったのだということです。一体こんなことでいいんですか。学級編制の標準というものは、あくまでも教育効果という観点から考慮されなければならないと私は思うのであります。現在教育科学もずいぶん進歩しております。理論的にも、実証的にも深く研究されておるわけであります。相当のデータが出ておるはずなんであります。一体この国立教育研究所、こういうようなところではこういうことを研究しておらないのですか。あるいはまた国立の教育大学の付属小学校なんていうのがありますね、こういうようなところではこういうことは実証的に研究されておらないのですか。これはまあ自然科学とは違いますから、そういうふうにはっきりしたものは出ないといたしましても、ある程度理論的に、実証的にやはり国民に納得される理論的な根拠をもってこの四十五人にしたのだと、二十二人にしたのだと、十五人にしたのだということでなければこれはおかしいですよ。教育の全くしろうとが考えたって、一学級は四十五人だと、さあそこで一年生と二年生と二学級教えるにはその半分でいいんだと、だから二十二人でいいんだ。一年生と二年生と三年生を教えるときは、一学級は四十五人だから、それは十五人でいいんだと、こんなことではこれはもうしろうとでさえおかしいと思いますよ。それは一体文部当局はおかしいと思いませんか。そんな算術計算でこれをやることは単純なやり方で、もう少し納得させるような根拠を持った御説明を願わないとこれはおかしいですね。
○政府委員(宮地茂君) 前回私が御質問に応じましてお答えいたしました大体のことをおっしゃっての重ねての御質問でございますが、私も前置きして申しましたように、きわめて科学的というものではございませんと、しかしながら、しいてその理由とおっしゃられれば、一応このように考えましたということで申し上げました。 それから先ほどの教育研究所なりその他でやっていないかと、実は私ども予算要求を出します場合には、できる限りそういう基礎調査をもとにして要求をすべきである。大蔵省を納得させるためにも有力な材料が、そういう基礎的なしっかりしたデータであるということを、この問題に限らず、常日ごろ考えておるわけです。そういうことで、この問題につきましても、いろいろデータをさがしました。ところが一学級四十五人がよいかどうかといったような点で、これはいつか大臣もお答えされたと思いますが、私も答えましたが、はっきりした数字というものが学問的には、教育研究所やその他の二、三の大学でも、何人も納得させるような学問的な結果は出ておりません。 それから複式学級につきましても、そういった意味での資料が今日まで出ておりません。 それから、私直接そのとき担当しておりませんが、諸外国の事情等も調査したようですが、諸外国の調査も出ていないようでございます。そういったようなことで、あまり科学的にこういう理由でこういたしましたというほどのものではございませんが、どうしてもこの数字の根拠は何だというお尋ねでございましたので、一応このように考えましたということを申し上げましたが、なお先生の御要望で、標準法改正の五カ年計画の当初要求の数字もけさほど提出いたしておりますが、その辺これはやはり財政上の問題もございまして、たとえば小学校の二複二十五人を二十二人にする。はたして二十人なのがいいのか、二十二人という端数がいいのか。これは私どもは二十人であろうというような考えもございましたが、まあいろんな関係で二十二という数字に落ちついたりいたしておりまして、正直に申し上げまして、この点を科学的に、合理的に何人も納得できるような説明をせよというお尋ねでございますれば、まことに申しわけございませんが、できません。ただ、気持ちといたしましては、私どもは複式学級を、少なくとも三個学年複式までは解消したい。しかし、三個学年複式は解消でなくて改善になったわけですが、そういったような観点から、科学的に、合理的に御説明ができないでおしかりを受けるのは当然かと思いますけれども、できる限りこの複式の教育の困難性から現在の数字を減らしていきたいという気持ちを持ちまして、今回のようなことになりました点は御了承いただきたいと思います。
○川村清一君 現行法よりは前進しておることは認めた上に立って、その点においては御当局の努力というものはまあ買っているわけなんです。しかしながら、私どもはもっとよりよい教育を求めるがゆえに、なお叱咤勉励をしているわけでありますから、決してあなた方のあげ足を取るために言っているのではないということだけは御了承いただきたいと思う。 そこで、もちろん自然科学と違いますから、何人も納得できるような、そういう科学的な、合理的なものはなかなか出てこないと思うのです。しかしながら、これは実践家はいろいろと研究しているわけですよ。また、研究学校では特に研究しているはずなんです。だから、教育学者もこれは学問的に教育学的な見地から、あるいは心理学的な見地から、あるいは教師のいろんな労働の問題にしても、現在は労働医学、労働科学なんというものもずいぶん進歩しておりますし、精神科学、医学といったようなものも進歩しておりますし、こういう点から総合的にだんだん研究を進めていくならば、何人ぐらいが教育効果をあげるためには妥当な数であるということが出てくるはずなんです。どんぴしゃり何名ということは出ないけれども、何名ぐらいと……。しかし、そういうものを一応根拠にしてやってみて、そうして財政的な見地からできなかったんだというなら、これはだれしもわかるわけなんです。ところが、これはまあ私にここでそう聞かれたから答えたんだといわれますけれども、一学級四十五人だと、二学級ではその半分だと、三学級ではその三分の一では、これはあまりにも非合理的であると、私はそう考えて申し上げておる。で、教育の問題でございますから、ただ、子供に教師が教えれば事足れりというものではなくして、その教育の方法としては、やはり個別指導の面もあるでありましょうし、集団指導の面もあるわけであります。したがって、この数が少なければそれに越したことはないということでもないのであります。確かに集団的な指導によって人間を陶冶していくわけでありますから、したがって、数というものは、当然ある数は必要であるということは、私はそれはわかっております。ただ、教育の目的は、どうすれば、その対象は一人一人の子供なんです。全体でなくて一人一人の子供なんです。その一人一人の子供の持つ無限の可能性というものを遺憾なく引き伸ばしてやることが、教育なんです。その一人一人の子供というものは、先天的に、あるいは後天的にいろいろな条件なり環境というものが違って育ってきておる。その上に立ってその子供はそれぞれ特性を持ち個性を持っておる。その特性なり個性というものを十分に伸ばしてやること、引き出してやること、それが教育の仕事なんです。そのために個別指導があり集団指導がある。そのためには、その指導の任に当たる教師の能力であるとか、それを発揮できる力の限界、そういうもろもろの面からこれを考え、安全な措置をすることによって最も効果的な教育というものができていくものである。私はかように考えておるわけであります。少なくとも、われわれ社会党が提案したところのものの考え方には、われわれは当てずっぽうには出しておらないはずであります。多くの教育科学者の意見も聞きましたし、あるいは教育実践を通じて研究を積み上げてきておる全国の教師集団のその研究の成果というものも十分くみとって、それを基礎にして一学級の児童生徒数というのは何名ぐらいが一番いいのか、そして行き届いた教育ができるのか、こういう判断から一学級の最高限度数を四十人、こういうふうに、もちろん、諸外国の例をも参考にしておるということはつけ加えておきます。それから二つの学年の児童で編制する学級については十五人、それから三つの学年の児童で編制する学級は、これは教育効果をあげることは困難である、こういう意味でこれを解消する、こういう基本的な立場をとっておるわけであります。先ほども鈴木委員も申しておりましたが、鈴木委員は、複式学級の教育効果というものを高く評価されております。私も、ある意味においては高く評価しております。しかしながら、これは二つの学年によって編制するところの複式学級であって、三つの学年で編制する複式学級ということになれば、これはなかなか容易でないです。私もその経験がある。その経験の上に立って申し上げておるのですが、これは容易ではないです。むしろ、これは解消したほうがいいのである。それから二つの学年で編制する場合においても、新しく小学校に入ってくる一年生の場合においては、これは、もちろんいい意味もありますけれども、その児童の発達段階あるいは現在の幼稚園教育の普及状態、その子供の精神的、身体的条件、こういうようなものを考慮いたしまして、あまりに、この二十二人とか十何人とかいう数字の中に入れることはやはり困難である。もしも新入一年生が七人以上の場合は、これは複式をやめて一学級として編制すべきである、こういう立場をわれわれはとっておるわけであります。文部大臣は、冒頭私の質問に、社会党案はけっこうな案だと、大かたにおいては賛成したと、しかしながら、大かたですから若干まだ反対のところがありますが、ここのところはどうですか、賛成の部類ですか反対の部類ですか。
○国務大臣(坂田道太君) 全然科学的でないとかじゃなくて、やっぱり私たちのほうでもこの問題は大事な問題として考えているわけなんで、先ほどお話にございましたように、国立研究所、三十二年では、いつかも申し上げましたように、平均的な知能の生徒、平均的な教師の負担のわけですが、平均的な成績をあげるためには一学級の生徒数が四十四人程度が適当である、これ以下は望ましいが二十人以下は望ましくない。これは広島大学の四十人以上のクラスが有利であるという理由も見出せないが、さらに実験的な研究を必要とする。それからまあ東大とか、あるいは九大とか阪大とかでやっております。ですが、これも五十人とか六十人という大規模はよくない。やはり三十人とか四十人、五十人以下の学級が望ましい、こういうふうにいっております。それから日教組の調査によりましても、これはアンケート調査でございますけれども、三十五人を中心として三十人から四十人が適切な指導を行ない得るものである、五十人を可とするものはあまり見られないが、四十五人を可とする回答も相当あるというわけでございます。それから外国の例ではお手元に資料を差し上げたような状況で、小学校は、これはアメリカは州によって違いますからちょっとわかりませんが、イギリス、フランスが四十人、西ドイツは少し、四十人から五十三名、日本がいま四十五人でございますが、しかし平均いたしますと教員一人当たり児童生徒数はアメリカが二十六人、イギリスが三十人、フランスが二十五人、西ドイツが三十五人、日本が二十七人ということです。日本は御承知のように非常に僻地が多いし小規模学校が多いし、平均しますとそういうことになるということであります。しかし分布的に申しますとやはり四十五名以下というもの、あるいは四十名から四十五名の間、それから三十名から四十名の間に大体集中しておるので、今度のようなこの標準法をやりますと大体この四十数名のところが大部分ということに私はなると思うのであります。その意味においてはやはり相当の改正であるし教育的なやり方だと私は考えるのであります。 それから、いまの複式学級の問題につきましては、けさほど大蔵省はああいうことで、財政上ことしとしましては五個学級と四個学級の解消にとどまったわけでございますが、文部省の意思としましては、やはり三個学級編制も解消するという気持ちがあるわけでございますが、まあ社会党さんの法案というものもその点については私も同意であります。 また幼稚園について七人云々というその根拠はなぜ七人なのか、十人ではいかぬのかというようなことは、私はまだわからないのであります。よくお話を聞かなければわからない、科学的根拠もわかりません。
○川村清一君 それでは問題を進めますが、この学級編制のところで、やはり学校教育法第七十五条に規定する「特殊学級」、特殊学校ということばに私は抵抗を感ずるわけでありますが、母法の学校教育法に「特殊学級」という、第六章ですか、そういうものがありますが、「特殊学級」といいますが、学校教育法第七十五条に規定する「特殊学級」は十三人、十三人と規定した根拠はこれは何ですか。
○説明員(岩田俊一君) この十三人という特殊学級の基準も、厳密に科学的、教育的な根拠は何かといわれれば、その点は非常に弱いわけでございまするが、要するに、やはり基本的には学級編制の数を漸次引き下げていきたい、もう少し少なくしたいという気持ちがここにございまして、しからばどの程度まで下ぐべきかということになってくるわけでございますが、一応のこれは機械的なめどといたしましては、同じこの心身障害児、児童、生徒を収容いたしますところの盲学校、ろう学校、養護学校の学級編制の標準のほうをこれは二人引き下げております。ですから、それとのバランスを考慮いたしまして特殊学級のほうも二人まあ引き下げようというようなことにいたしたわけでございます。
○川村清一君 ただいま御説明がございましたように、相当御配慮されまして、その三項には、公立の特殊教育諸学校の小学部または中学部の一学級の児童または生徒の数の標準は八人、さらに、文部大臣が定める心身の故障二つ以上を合わせ有する児童または生徒で学級を編制する場合にあっては五人を標準とする、こういうふうになって、この点では非常に進歩してるわけです。そこで、この三項と二項の特殊学級に差をつけたのはどういうわけですか。私は、せっかく三項で八人とした以上は、この二項も八人にしてよかったんではないか。もしも八人がまあ財政上の事情やなんかで無理であるとするならば、少なくとも十人程度にすべきではないのか。十三人とすることは、その学級に収容しておる児童、生徒のいろんな悪条件——これは障害児ですから、それから能力、こういう点から考えて無理ではないだろうか。もう一歩進んで、それだけこちらの三項でこういうあたたかい気を使ったなら、ここのところも、十三人というのはこれは無理ではないか、少なくとも十人程度、できれば同じ八人にすべきである、こう思うんですが、御見解を承りたい。
○説明員(岩田俊一君) まあ基本的には仰せのとおり、できるだけ、もう少しこの特殊教育諸学校の生徒という、まあ心身の障害のある恵まれない子供たちの教育のことですから、手厚くさらに進めたいということは、これは御趣旨のとおりわれわれも感じておるわけでございますけれども、具体的な法律の措置の問題となりますと、やはりこのバランスの問題等を考慮いたさなければならないわけでございます。と申しますのは、従来からすでに特殊教育のこの特殊学級は十五人、一般の盲学校、ろう学校等は十人という差がありました。この差につきましては、一体どういうことで差がついておるだろうかということにつきましては、いろいろ議論のあるところだと思いますけれども、一応考えられますことは、この特殊教育のいわゆる学校、盲学校、ろう学校のほうに収容されますところの心身障害児の状態は、特殊学級の場合よりも比較的に重い程度の者が多いんじゃなかろうか、本来非常に重い程度の者であれば特殊学校のほうへ収容するのが本来のたてまえだと思うんです。しかしながら、まあ学校の配置の状況等のこともありましょうが、相当程度の者を特殊学級に収容するというような一般的な配慮があったんではなかろうかと考えられます。そういう意味におきまして、もちろん同じようにすることは望ましいことではございますけれども、具体的な措置として取り扱いが従来からも差があるし、やはりその差の前提におきまして改善をはかっていくとするならば、特殊教育諸学校のほうが二名減少したんだから、こちらのほうも二名と、いわば機械的なとは申せましょうけれども、そういうような考え方をとったわけでございます。
○川村清一君 まあ特殊学校教育についてはあとでまたやりますが、私は私どもの考え方をはっきり述べておきます。当然三項と同じような措置をすべきである。しかしながら、いま言われたようなそういうものが従来あるとするならば、それでもあまり差があり過ぎるのではないか、もっとやっぱり進めて、たとえば現行法十五人であったのだから機械的に二人縮めて十三人にしたのだと、それから第三項のほうは従来十人であったのだ、だからこれを八人にしたのだと、片っ方二人縮めたからこちらも二人縮めたのだ、バランスをとったのだと、こういうものの考え方は先ほど私がいろいろ議論したことと同じ、そういう根拠に立ってこれはいかぬと私は批判をしておきます。 次に、小学校の専科教員に対してはどのような考え方を持っておられますか。どのような教科について専科教員を考えておられるか。それからその学年、その専科教員は何年生からどういう専科教員を考えておるか。それからその学校の規模ですね、学級数、あるいは教員数、こういうものとの関係の上に立って小学校専科教員に対する考え方をひとつ御説明願いたいと思います。
○説明員(岩田俊一君) その小学校の専科教員の問題につきましては、いろいろ教育的にもなお議論のあるところだと思います。と申しまするのは、小学校は一応たてまえといたしまして、全科担任のたてまえになっておるわけでございます。これは御承知のとおりでございまして、免許状もさようになっておるわけでございます。ということではございまするが、しかしながらやはり小学校といえども四年あるいは五、六年というような高学年になりますと、教科内容等につきましても非常に程度が高くなるというようなこと等もあります関係で、それとまた学校運営の関係からも専科教員というものの配置を考慮したほうがいいのではないかという要望が従来からあったわけでございます。従来の定数の算定におきましても全然ないかというとあるわけでございまして、担任外の教員に若干のもののゆとりを設けてあった。今回はそれの改善を若干はかっていったということでございます。まあ専科教員の配置の状況は、現行法のたてまえの上におきましても、相当交換授業等で自分の得意な学科その他を、一方のほうで薄めて一方のほうでまたかわりをするというようなことで行なわれている実例も相当多いと考えております。しかしながら、それをさらに容易にするために、特に小規模学校等において若干の担任外教員の加算を行なったわけでございますが、考え方としてはそういうような考え方でございまして、大体高学年の四年ないし五、六年学年のところと。それで、その教科といたしましては、主として音楽だとか保健体育、あるいは図工といったようなこと等が専科の教員がそこに充てられるということが多いのではなかろうかということを想定しております。あるいはまた家庭科もそうであるかもしれません。まあこのうち家庭科につきましては、女子教員が比較的に多い小学校におきましては、比較的に家庭科の得意な先生も多いものと想定されまするので、男子教員と女子教員の協力的な交換授業でもちまして、相当弾力的な運営が行なわれているものと私は考えております。そういうような関係で数のほうを申し上げますと、考え方といたしましてはまずこの十二学級のところで教科担任外が三名取れることを想定いたしております。全体で十五名。十二学級ですから三人の担任外教員を設けるというふうに考え方としてはとっております。
○川村清一君 そうしますと、専科教員というのは小学校においては、十二学級以上に置くと、こういうことですか。専任ですよ、私の聞いているのは、専任の専科教員のことです。
○説明員(岩田俊一君) ちょっといま失礼いたしました。十二学級のところで三名と申し上げましたが、これは校長を含んでおりますから、二名でございます。 それで、十二学級以上かという御質疑でございますけれども、十二学級以上ということは必ずしも考えていないわけでありまして、それより小さな学校でも学級担任外が一人ないし二人あるわけでございますから、学級規模に応じて、上になるほど厚くこの数が逓増し、下になるほど逓減するというような関係になっております。
○川村清一君 そこのところをもう少し詳しく、十二学級以上はわかりましたから、十一学級以下、たとえば六学級の学校では専科教員は、専任の専科教員は置けますか置けませんか。
○説明員(岩田俊一君) かように考えております。六学級のところは、体育、図工、音楽のうち一教科を専任でするということを想定いたしております。十二学級のところでは、体育、図工、音楽のうち二教科、十八学級以上におきましては、体育、図工、音楽、理科のうち三教科を専任で持つことができるようになっておる。二十四学級におきましては、四教科のうち三教科を専任にして、一教科は兼務になるというように考えております。以下同じでございます。
○川村清一君 そうすると、六学級の学校には一名専任の専科教員を置ける、こういう考え方で教員定数については算出されておるわけですね。
○説明員(岩田俊一君) 仰せのとおりでございます。
○川村清一君 第七条二号でございますけれども、そこに教職員定数の標準をきめる数字がずっと出ているわけでございますね。そうすると、かりに六学級というのは、この学級数に一・一七を掛けますから、これは七・〇二、この七・〇二というのは、一未満は切り上げるといいますが、この七・〇二というのは、これは七になるのですか、八になるのですか、どうですか。
○説明員(岩田俊一君) この点は、これは定数算定の表現の技術上の問題でございますが、この間来申し上げておりますように、そもそもこの定数法というのは、県全体の定数を定めるものが基本である。個々の学校の定数を定めるものではないということがまず大前提であります。しかしながら、県全体を定めるにつきましても、一応学校の規模に応ずるところの教員配置を想定しなければならないから、その基礎としましてその表にこういうような基礎を掲げておるという意味合いでございます。したがいまして六学級の場合、一・一七に学級数を乗じますと端数が出ます。しかし個個の学校のところの端数というのは、県全体の規模のところで寄せ集めますから、その端数の積み上がりの分は、一未満が出た場合には一に切り上げるということになるわけで、それらは県の配置によりまして若干の違いが出てくるわけでございます。
○川村清一君 そういうことを私承知してお尋ねしているわけでありますが、そこでそういう数字から追っていきますというと、六学級の場合は、これは教員の数はおそらく七人だと、しかし、六学級以上は校長一名配置されますから、校長は別だから教員は七人、そうすると学級担任が六人、一名余る。この一名は専科教員、こういうことになるわけですね、そういう計算ですね。それから十二学級の場合はこれは一四・〇四、ここのところは十四人、松長は別、そうしますと学級担任十二人、余りが二人、余った二人は専科教員、こういう計算でございますね。わかりました。これでまたいろいろ質問すると、御答弁なさることが予想されるのでございますけれども、さっき鈴木委員もるる質問されておりましたが、一教員の一週間あたりの担当時間数というのは、これはあなたのほうで説明されたのを見ますというと、教科時間二十四時間、道徳及び特別教育活動ですか、課外活動ですか、こういうものに二時間、合計二十六時間、それから教員の一週間の勤務時間は四十四時間、この四十四時間のうち授業時間が二十六時間。差し引いた時間でもってあらゆるものを全部やれ、あらゆるものというものはどういうことかというと、あした授業をする立案、準備、さあ授業をやります、やったあとの評価、それから授業外の関連の教科活動、あるいは課外活動、それからその子供の成長に関して父兄に対する報告、連絡、またこれはPTA関係の事務、教科関係の事務、あるいは給食関係の事務、こういうような一切の仕事をこの中でやれ、こういうことなんですね。しかもこれはできるという計算を立てられて、この定数をきめられているわけですね。
○説明員(岩田俊一君) たてまえといたしまして一週四十四時間の勤務時間の範囲内でできるだけのことをやる、こういうことがたてまえでございます。
○川村清一君 と申しますことは、要するにこれは文部大臣にお尋ねいたしますが、できるという、この時間内でできることを教師はやっておればいいということでございますね、結論的に申せば。
○国務大臣(坂田道太君) 与えられた時間内でできるだけ効率的にやっていただきたいということであります。
○川村清一君 いや、非常に大事なことなんですよ、笑ってお答えになっていますが。非常に大事なことなんですよ。教育という仕事はどこが始まりでどこが終わりかわからないようなそういう仕事でもある。子供一人々々の、子供の持つ特性というものを、無限の可能性というものを余すところなく引き伸ばしてやるための仕事なんです。しかしながら、それを指導する教師といえども人間なんだ、これは限度がある、能力の限度がある、力の限界がある、それでこれを全部やれ、それでできないものはやらなくてもいい、それで教育の効果をあげろあげろとあなた方は全国の先生方に激励されているわけです。時間内にできるだけやっていればいいのだ、こういうことで何か問題が起こるとこれも教師の責任、教師の責任、しまいには教員組合が悪いから、日教組が悪いから、こういうことに議論を発展させているのはこれはどういうわけですか。 もう一点お聞きしておきますが、昭和四十一年文部省の調査によれば小学校においては二時間三十分、中学校においては三時間五十七分の超過勤務がある、こういうふうな調査をされておりますが、この時間というものとの関連はどうなんですか。この超過勤務というものを解消するため、今回の定数の標準をきめるときに、そういうことを考慮、配慮されて出されておるのか、この点をひとつ明らかにしてもらいたい。
○政府委員(宮地茂君) 学校の先生に限りませず、いろいろな職種があろうかと思いますが、とりわけ学校の先生のなさいます教育の仕事、これは授業時間というものは二十四時間とか六時間とか言えばきまりますけれども、それに必要ないろいろな事前の研究といったようなものは、これはもう測定できないと思います。個人的にも非常に良心的な人は夜を徹してまであすの授業のためにやる人もおりましょうし、そこまではできないからというので夜十時ぐらいでおさめてあすに備える人もおりましょうし、でございますので、それでよいのだとかということはなかなかむずかしゅうございますが、少なくとも私どもこの標準法をつくります場合には十分御満足はいかないかもしれませんが、勤務時間四十四時間でありますので、そのうち授業時間が二十四時間ないし二十六時間だということで、あとの十八時間、二十時間でその他のことをやってもらいたい。いわば義務的な時間はそれだけであるということで押さえておるわけでございます。したがいまして、これでもうそれだけ働けばよいので、あとは働かなくてもよいと言っておるのではございませんが、国としてこの標準法は、教師の義務なり責任としてはそこまではやってもらわなければいけない、だから、それ以上はもうしなくてもよろしいです、どうぞかってにしなさいというような気持ちではない。それ以上はしいないという考え方でいたしております。 それからもう一点、先ほどおっしゃいましたいわゆる超過勤務に値するその調査の時間が何時間というようなお話もございましたが、一応この標準法を考えます場合に、そういうことも念頭におきますが、だからと言って、そこの超過勤務までを絶対にやってほしいということを期待すれば、勤務時間四十四時間以上にせざるを得ませんので、そういうことも頭に置いてはおりますけれども、四十四時間というのが義務である。それ以上先生がやらなければいかぬと良心的にお考えになられる方はありましょうけれども、それは法律的にはそこまで義務付けはしない、責任は問わない、まああまり要領は得ませんけれども、そういった考え方でこれを考えた次第でございます。
○川村清一君 文部省は学校の教育効果をあげていただくために、あげるために、先生方にも十分あしたの授業の準備をしていただきたいのでしょう。それから授業も当然しっかりやってもらいたいのでしょう。それからその授業をやったあとの評価なり始末というものもしっかりやってもらいたいのでしょう。それから教科外のいろいろこまかな指導もあるわけでしょう。そういう面もほんとうに十分やっていただきたいのでしょう。それから教育ですから、父兄と一体になってやらなければ教育効果はあがらないから、父兄とも十分連絡をとり、密にしてやっていく。こういうこともやっていただいて、そうして教育効果をあげてもらわなければならないのでしょう。そのためにまさか夜寝ないでやれなんというようなことは、これは言えるものでもないし、そんなことをまさか考えていらっしゃらないでしょう。だとすれば、教育効果をあげるためには、このために一体行政的にはどういう処置をすべきか、行政的にはどういう処置をすべきか。そのためには教師の仕事は生徒と密着する、児童と密着する、そういう教育活動に全力をあげるべきなんだ。それを大した関係のないPTAの会費を集めたり、その事務的な仕事をやったり、それから給食関係の金集めをやったり、事務的な仕事をやったり、そういうようなことを、これも校務だからやれ、あれも校務だからやれと言って、そういう末梢的な仕事を教師に求めるのではなくて、教師には教師本来の仕事に全精力を傾けてやっていただくような、そういう教育環境をつくってやるのが文部行政の私は仕事ではないかと思うのです。だとすれば、教師の本来の仕事から離れた別な仕事をするのはこれは別な仕事、これも大事な仕事なんですよ。学校の運営のために大事な仕事なんです。この大事な仕事はまたそれを専門にやっていただく人を必ず学校に置くというような処置をすべきではないんですか。こういう考え方を基礎として標準定数というものを算出すべきではないか。ただ、あまりにも機械的に二十六時間、勤務時間を四十四時間。そうすると四十四時間から二十六時間を引くというとこれは十八時間があるじゃないか。この十八時間の時間を全部やっておればいいじゃないか、こういうことを言われると、片っ方のほうはよしこれだけやったらいいんだなということになってしまうわけです。それでは教育の効果というものはあがらんではないか。しかし、これも一ぺんにやれと言ったってそれはなかなか困難かもしらぬ。しかし、ほんとうに熱意があるならばそれに近づけるために努力をすべきでないか。ところが現在の学校の教師の仕事を考えてごらんなさい。これはもう鈴木委員もいろいろ言われておりましたが、校長がその部落のいろんな公的な何か仕事を引き受けてくるというと、校長は校長室にいばっておるだけであって、ほんとうの仕事は全部、学校に何ら関係のない仕事まで先生方がやらなければならないととになっておる。したがって、そういう雑務から離して本来の仕事に熱中させるというような環境をつくるために行政を進めなければならないと思う。そういうことを基礎にしてこの標準定数というものをきめなければならないと私は思う。それがなっておらない。 そこでお尋ねしますが、一学級の学校、乗ずる数が二・〇〇〇。二学級から四学級までの学校、乗ずる数が一・五〇〇。五学級の学校、乗ずる数が一・四〇〇。六学級から十八学級までの学校、乗ずる数が一・一七〇。この「乗ずる数」というものは一体何を根拠にして出てきたのか。
○説明員(岩田俊一君) 先般申し上げましたように、学級規模に応じて教員数を配置をするということを考えておるわけでございます。そこで、その学級規模に応ずるところの教科担当のために必要な授業時間数というものを基礎にしまして、それ以外に学級担任外というものを何名とれるかということをまず前提としまして、その数字をまず土台とおきました。たとえば十八学級のところで、全体の職員が二十二名算定されるわけでございますけれども、まず二十二名という数字を押えまして、それを、これは一つの表現上の技術でございますから逆算いたしましてこの比率が出てきておる、簡単に申し上げればそういうことでございます。
○川村清一君 簡単に申し上げれば逆算によって出てきた数字であるという場合に、何ら教育的な立場に立って出した数字でないということが明らかにされておる。まあ何人ふやすと。ふやすということは教育的な立場でここで一名ふやしたい、ここで二名ふやしたいと、しかし、一名ふやす、二名ふやすといったところで、ほんとうの全体の教育から考えていって、この人たち、この人たちはこの時間はこれはやれる。そういう中から一名なり二名、あるいは三名という数字を出してきたのではなく、ここで一名ふやす、ここで一名ふやすと、そうするというと、これをふやすために、学級数に何を掛ければこうなってくるか。いわゆる係数が先に出てきたのではないでしょう。そうでないですか。そういうことなんですか。どうですか。
○説明員(岩田俊一君) 少し違うと思うんでございます。と申しますのは、何もその点から、まず十八学級のところを二十二というのを根拠なしに単純にきめて、それを前提として逆算したわけではございません。まず、十八学級のところには学習指導要領の授業時間数を照らして、何教科当たり何時間の授業時数があるということを押えたわけでございます。そういうことで一応教科、特活等含めまして、この教育的な、きめられた授業時間数を押えまして一応の所要人員をはじき出す。そのほかに、担任外教員配置を考えてプラスして総数を出す。表現の技術の問題でありますから逆算をした、こういうことを申し上げたわけでございます。
○川村清一君 それを議論しておっては時間がかかりますからやめましょう。この次に同僚議員にとの点やっていただきましょう。この点は残しておきます。 それでは僻地教育の問題について少しお伺いしたいと思います。七条四号で僻地教育のことを考えまして、常時寄宿舎を置く小学校及び中学校においては、一名の教員がふえることになりますが、これは舎監という意味でございますか。
○説明員(岩田俊一君) これは通年制の寄宿舎を置く学校につきましては、寄宿舎のない学校に比べまして、それなりの勤務量の増加があるだろう。相当そのために先生が手をさかなきゃならない時間数があるであろうという考え方があるわけでございます。そのために、やはり一般並みの定員配置をしておったんでは、寄宿舎のないところとの均衡の問題も生ずるという配慮のもとに、この定数算定上一名を加算するという考え方でございまして、これは何も専任の舎監をその分だけ一人見たというわけではございません。と申しますのは、この寄宿舎の設置されておるところの中学校は、学校運営上いろいろな運営のしかたがあると思います。二人の先生で交代に見ているところもあれば、あるいは数人の先生で交代に、週のうち何人かで分担して見るというところもあると思います。しかし、それにしましても、それだけの仕事量はあるわけでございますから、それだけの定数を見た、専任の舎監をここに設置をするという意味では決してない。
○川村清一君 そうすると、通年制の寄宿舎でございますから、生徒が寝泊まりしておるわけでございますので、必ず一名の先生は子供と一緒に寝泊まりする。こういうことになりますね。
○説明員(岩田俊一君) 寝泊まりするかどうかということは別段規定は、それぞれの学校、教育委員会で定めることでございますから、いろいろ態様があるかと思いまするけれども、大体は寝泊まりするということは前提として考えていいかと思います。
○川村清一君 大体、寄宿舎を設置しているような小、中学校の学校の規模は、平均してどのくらいの学校でございますか。
○説明員(岩田俊一君) いまにわかなお尋ねで、それに対する的確な数字を手元に持ち合わしておりませんが、大体、中程度以上の学校が多いものと考えられます。
○川村清一君 私も学校によってこういうことが起こると思いますから、あまり小さな学校ではないと思うんですね。小学校はあまり寄宿舎を置いている学校はないようでございます。しかし、併置している学校もありますからね。中学校でひとつ例をとって、まあ十二学級の学校とすると、先生の数は何人になりますか。そうして一名加算をして何名になりますか。これは僻地でないんですから、僻地加算がないわけですね。そうすると十二学級の学校でこの一・五三を掛けて定数が何名。校長一名加わりますが、そうしてこの四号によって加算が一名ということになると、総数何名ということになりますか。
○説明員(岩田俊一君) 一九・三六というような数になります。
○川村清一君 そんな多くなりますか。
○説明員(岩田俊一君) 中学校でございますか。
○川村清一君 中学校。
○説明員(岩田俊一君) 先ほど申し上げましたように、校長以下一九・三六になります。
○川村清一君 そうすると十九人になりますね。十九人のうち現在ですと最低三分の一は女子教員だと思うのですね。六人くらいは女子教員おりますね。そのくらいの学校ですと。そうしますと大体校長を抜かして十人か十一人くらいですね。その先生方が交代で毎日寝泊まりをするということになれば、これは相当な労働過重ではないですか。それの宿舎手当といいますか、舎監手当というのか、何というのかわかりませんが、そういう手当の補助は文部省出しているんですか、市町村に対して。
○説明員(岩田俊一君) そういう先生方の寝泊まられる分については、宿日直手当の対象といたしまして処理しておるということでございます。
○川村清一君 宿日直手当が幾らか私もよくわかりませんが、それじゃちょっとおかしいじゃないですか。ただ宿日直手当というのは一般の宿日直手当でございますか、それは。
○説明員(岩田俊一君) さようでございます。
○川村清一君 そういう生徒とともに寝泊まりするのですから、それは子供の寝ている時間だってやはり気を使っていなければならない。起きている間は食事から全部これは教育の時間ですね。それを単に宿直手当といったような考え方でいいんですか、そこは。
○説明員(岩田俊一君) 二面に分けてお答えいたします。 その一つは、この寄宿舎の管理事務は、昼間授業をして、またそれが済んでからも、寄宿舎の子供の世話、めんどうを見るということは、これは相当たいへんな仕事であろうと私も思います。そういうわけで今度その事務に着目いたしまして、一名加えたのでございますけれども、先ほど来申し上げましたように、この寄宿舎の事務について分担する制度はいろいろ運用されておると思いますけれども、その仕事が重ければ重いなりに、これも一般校務の一部といたしまして、他の先生方との仕事の振り合いにおきまして運営が行なわれているものと考えます。そこでおよそ負担の重さの均分をはかるということは、当然学校内部で校長が配慮すべきことでございますから、行なわれておると思います。 なお、その次の問題といたしまして、宿日直手当だけではちょっと性格として軽きに過ぎるではないかというお尋ねでございますけれども、私どもも、これはいま事務的でございますからはっきりしたお約束を申し上げるわけにはまいりませんけれども、やはりその面についても特定の配慮をすべきではなかろうかということを感じております、単なる宿日直手当ではなくて。そういうことでいま検討いたしておるところでございます。
○川村清一君 次に、へき地教育振興法の第三条第五項及び第六条、それからへき地教育振興法施行令の第四条、こういう規定によって、学校統合などされ、あるいはまた統合されなくても僻地の学校に対しましては、児童、生徒の通学用バスの購入費の補助がなされると、かように考えるわけでございますが、この通学用の自動車及び船舶、これの補助費というのは、その自動車の半額ということになっておりますが、これは一台でございますか。 それからもう一点、自動車でございますから、三年なり五年たつというとこれはだめになって更新しなければならない。こういうときも補助の対象になるのかどうか、この点お聞きしたい。
○説明員(岩田俊一君) 二点にわたってのお尋ねでございますが、まず第一点のほう、台数は一台であるかという問題でございますが、これはその台数が一台であるかという御質疑の意味がよくわかりかねるところがございますけれども、必ずしも一台という前提を置いているわけではございません。まあ、一台当たりの購入費につきましてある程度の補助をいたしておりますけれども、これはやはり学校の通学区の広がり等の問題もございますから、そういう前提を置いているわけではございませんけれども、ただ、これは予算補助でございますので、予算の確定した額に左右されるわけでございます。それで、全国からいろいろ申請が出てまいりますので、必ずしも予算も十分ではございませんので、まあ乏しきを憂えずひとしからざるを憂えるというわけで、結局、全体にある程度平均的にわたるようにするというようなたてまえをとっております関係上、かりに二台申請がありましても一台でがまんしていただきますと、こういうような補助の執行のしかたになっておることもこれはございます。 それから更新の問題でございますが、私ども考えておりますのは、自動車の耐用年数は五年ということで一応考慮いたしておりますけれども、これはまた個々の自動車の状況によりまして、あるいは道路状況等によりまして、画一的に五年とまで確定できるものでもございませんですから、そこのところは必ずしもそれにとらわれずに、実情に応じて補助執行を考えるということにいたしております。
○川村清一君 確認しておきたいんですが、ただいまの御答弁において、総体予算の中で配慮するので二台にならないこともある、一台でがまんしていただかなければならないこともあると、この点わかりましたが、しかし、補助率は二分の一ということは法律で規定されていますから、かりに車が百万円の場合は五十万円補助するということは、これは間違いございませんね。 それから、耐用年数でございますけれども、これはその車によって違うが、車を更新する場合においてもそれは補助の対象になると、この二点、確認してさしつかえございませんか。
○説明員(岩田俊一君) まず補助率の問題でございますけれども、二分の一というふうに一応考えておりますけれども、一応私ども執行上は予算の関係として百万円を単位といたして補助金としては考えております。ですから二百万の二分の一の百万というものを限度として考えております。それから耐用年数のほうも実情に応じまして若干の弾力を持って考えているわけでございます。
○川村清一君 若干の弾力じゃ困る。それは法のたてまえから言ったって、補助するということで……、それは補助するのだから一回やってしまったならば補助したことになるけれども、そういう学校を抱えておる市町村というのは財政的に豊かな市町村はあまりないわけですよ。したがって、あくまでもへき地教育振興法の第三条の第五項、それを受けて第六条……、いまの御答弁は二分の一もあやふやなことをおっしゃったのですよ。二百万の限度で百万出すから、二分の一だというような御答弁ですが、私の二分の一と言うのは、第三条を受けて第六条にきちっと書いてあるのですよ。「国は、市町村が行う第三条各号に掲げる事務に要する経費について、その二分の一を補助する。」と明確に規定されているのですよ。そうじゃないですか。そんなあやふやな答弁じゃだめですよ。二分の一だとここに書いてある。二分の一出しなさいよ。 それから、だめになって更新する場合には必ずやはり同じようにやっていただきたいと思う。私の質問に間違いあったらひとつ訂正してください。
○説明員(岩田俊一君) まず第一点でございますが、この六条に定める二分の一の数字につきましては、この施行令の第四条の二項によりまして、この通学用の自動車並びに船舶に要する購入費、その購入費の単価は文部大臣が定めるところの一隻、一台当たりの価格により算定するということになっておりますので、そこで二百万円という数字がきまりまして、その二分の一ということになっておるわけであります。 それから第二点のほうにつきましては、これは予算を伴う補助でございますからできるだけ効率的に運用するというたてまえがございまするから、まあ一般の物品耐用年数として自動車は五年であるけれども、その行政上の運用としましてそこに若干の弾力を実情によって講ずるということで御了承いただきたいと思うのです。
○川村清一君 第三条第五項に「へき地学校の児童及び生徒の通学を容易にするため必要な措置を講ずること。」となっている。で、その「必要な措置」の具体的内容は何かというと、いま課長が言われた施行令の第四条になってきますというと、自動車及び船舶の購入費だけということになってくる。ところが実際はここに問題がある。いただいた資料の中に、運営費というのがある。スクールバス・ボートの維持運営費調べというのがある。これの補助はないのですね。法律的にないのですね。これはどういうことですか。
○説明員(岩田俊一君) まずその補助の額の範囲ですが、第六条第一項で二分の一とすることになっております。三項まで読んでいただきたいのでございますけれども、「前二項の規定により国が補助する場合の経費の範囲及び算定基準は、政令で定める。」ということになっておりまして、その政令によりまして先ほどのようなことを申し上げたわけでございます。それが第一点でございます。でございますから、政令の範囲の中には運営費につきまして補助の規定はございません。ございませんが、なおお尋ねでございますから参考までに申し上げますと、その面につきましては従来から自治省のほうにお願いをいたしまして、特別交付税をもちまして毎年度スクールバス・ボートの維持運営費として一定額を算入してもらうという措置を講じている次第でございます。
○川村清一君 私は北海道出身でございますので、北海道の実態の一例を申し上げて、ひとつぜひ今後僻地教育振興のために御配慮いただきたいと思う。 まあ一例を申し上げますというと、根室支庁の中に別海村という村がある、一つの村ですよ。村であるけれども、その村の面積は四国の香川県と同じ面積です、この広大な面積を持つ村に小学校が三十六か七ある、それは全部まあ五学級以下ぐらいの小学校でございます。そうしてその別海村の財政は、私が言うまでもなく、どんなものであるかそれはもう御想像がつくと思います。で、学校統合問題が起きてくる。中学校統合して一つの大きな中学校をつくろうとした場合、その生徒はこちらのほうからも来るし、こちらの学校からも来るし、四方からこう来ますから、自動車一台、バス一台まではとうていこれは間に合わない。そこで二台は当然必要ということなんです。その二台購入する場合に、文部省はこういう僻地学校の振興のためには二台分の補助をまず認めてもらわなければならないと私は思うわけです。 それから運営費でございますが、これはまあ私の知っている町村でございますが、普通は町でバスを持つ、それが学校バス、通学バスになるのですが、これをやらないで、バス会社の会社バスを使って子供が通学しておる、そうしますとばく大なやっぱり通学費がかかるわけです。これを僻地の父兄に負担させるわけにはまいりませんので、町村でこれを負担している。町村財政の支出が約七百万ぐらい、これに対する国の補助は幾らかというと七十万足らずでございます。一割に満たない、こういう実例があるわけであります。したがって、これはバスの運営費ではございませんけれども、いわゆる政令で定めるんでございますから、そういう地域の児童、生徒の通学を便ならしめる措置として、ぜひそういう通学費の補助という問題について今後特段の配慮を払って、明年度の予算編成等においては予算措置をしてもらいたいのでございまして、私の要望なんですが、御見解をひとつ承りたいと思います。
○説明員(岩田俊一君) まず、スクールバス・ボートの維持運営費につきまして、特別交付税で措置しておると申し上げました。で、四十三年度の一つの実例で申し上げますと、一台当たり九十八万円の補助を、補助と申しますか、交付税措置をいたしておりますということを申し上げました。 それから、その分は、これはスクールバスを自分で運営するいわゆる自営方式でございますけれども、いまのお尋ねは何かバス会社何かに委託をして子供を学校に通わせるという方法でございますが、この分につきましても同じくこの特別交付税をもちまして実績に基づきまして生徒一人当たり単価を計算いたしまして特交の基礎として算定するようになっております。
○川村清一君 いや、算定されて出されていることは承知しているのですよ、ですからそれが七百万もかかるうちわずか七十万足らず程度のもの、そういう交付金はないということなんで、それじゃあまりに少ないのじゃないかと、こういうことでもっと配慮を払ってもらえないかということを申し上げたいのです。
○説明員(岩田俊一君) なお、念のため申し添えますと、通学費につきましては一般通学費の補助ということを遠距離通学の分については補助金で出しております、ただいま申し上げました特交の面で申し上げます。なおこの特交の面につきましては、私どもは自治省のほうと話しします場合にも一応全国的な平均を基礎として話をいたしておるわけでございまするが、ただいまのような実情等も十分現地でお伺いいたしまして、なおその拡充については努力いたしたいと、かように考えます。
○川村清一君 僻地教育についてもう一ぺんお尋ねいたしますが第九条の第四号に、「へき地学校の数を勘案して政令で定めるところにより算定した数」というこの中身につきましてはちょっと了解がしてないのでありますが、これは「へき地学校の数」といいましても一級から五級までありますが、一体どういうところを考えているのですか。
○説明員(岩田俊一君) 一級地の場合も五級地の場合もひとしく僻地学校として算定上は扱っております。
○川村清一君 そうすると、政令の内容はどういうことになるのですか。僻地学校、一級地も五級地も僻地学校となれば全部それに一なら一を乗じて得た数を加算するということでございますか。
○政府委員(宮地茂君) 実は、これは政令で規定するところでございますので、今日の段階ではっきりしたことを形式的に申し上げにくいわけでございますが、実質的に私どもが政令案として一応考えておりますのは、僻地の——一級地でも何級地でもよろしいのです、僻地の指定学校の総数の六分の一というふうに考えております。
○川村清一君 それに対する議論は時間がありませんのでいたしません。 次に、三号の、「著しく多い小学校又は中学校で政令の定めるものの数の合計数に一を乗じて得た数」とありますが、「著しく多い」ということはこれはどういうことなんですか。
○政府委員(宮地茂君) これも政令は、閣議を経まして申し上げるべきものでございますので、確定的な問題ではございませんが、私どもが考えておりますところは、政令で規定したいと思いますのは、要保護児童、準要保護児童、生徒の数がその学校の生徒総数の二五%以上に当たり、実数としてそれが百人以上ということを一応予定いたしております。
○川村清一君 これらの問題につきましてはこのあとで同僚委員から掘り下げてお尋ねをいただくことにいたしまして、私の時間はもうなくなりましたので、全然、第十条以下に触れておりませんので、第十条以下の問題について若干お尋ねしたいと思います。 第十条の問題は、これは特殊教育諸学校教職員定数の標準についてでございますが、まず大臣にお尋ねしたいわけでございます。坂田文部大臣は、去る二月二十五日本委員会において所信表明を行なっておりますが、その中で、「心身に障害をもつ子供ための特殊教育の振興につきましては、特に意を用いたいと存じます。」と述べておられます。具体的な施策を含めて大臣の構想、非常に御熱意があるようでございますから構想をここでひとつ明らかにしていただきたいと思います。
○国務大臣(坂田道太君) 私、就任早々大学問題と特殊教育につきまして特に重点を置くということを申し上げたわけでございます。またこの委員会におきましても、所信表明の中でも特殊教育についての気持ちを申し上げたわけでございますが、それは、とにかく、日本の教育行政の中で一番おくれておるのはこの面ではないかと、その他の面につきましては、世界的に見ましてもかなりなところまで進んでおる。その教育の成果が今日の日本の繁栄の基礎になっておるとも言われておりますし、また東南アジアにおきましての日本の地位と経済的な面においても、あるいは教育の普及の度合いの面におきましても、かなりうらやましがられておる。あるいは教えを受けようというような気持ちもあることは御承知のとおりであります。その中にあって、この特殊教育というものも、たとえば盲、ろうというような問題についてはかなり進んでおると思います。歴史もあると思います。伝統もあると思います。しかしながら二重苦であるとか三重苦であるとかいう重複障害というものについて、あるいは精神薄弱児について、あるいは肢体不自由児という、その他の心身障害等につきましてはかなりおくれておるというふうに思いますし、またその実態の把握すらよくわかっておらないということで、文部省としましても調査を昨年いたしたわけでございます。そこで、今年度の予算に際しましても、従来から私たちが検討いたしてまいっておりますが、特殊教育総合研究所というものを設置することに決定をいたしまして、その準備をいま進めておる段階であります。神奈川県久里浜におきまして進めておりまして、心理学的にも、あるいは教育学的にも、あるいは医学的な面からも、あるいは社会学的あらゆる学問の分野を総合的に研究いたしまして、また実際的にもそういうハンディキャップを持った子供たちを収容いたしまして、そして観察をし、あるいは教育の方法を発見し、そしてまた職業を身につけさせるにはどういうふうにするかというようなことについても研究をし、実際的なそういうこともやりたいという非常な意欲を持ってやっておるわけでございますが、まだ、何分にもことし初めて土地購入の費用の一部が予算化されたというわけでありまして、しかし始まったということだけは申し上げられると思います。この成果に期待しなければならないと思います。いずれ、われわれのほうで準備会等を発足いたしましてその人選等も考えておる段階でございます。また従来、中央教育審議会の中に特殊教育担当、担当といいますか、そういうことについての非常に関心と理解を持ったという方がおられませんでしたので、今度委員の中にその専門の方を入れたわけでありますが、この運用をどういうふうにしていくか、あるいは中教審の中でどういうふうに特殊教育を取り扱うかということも今後の問題かと考えております。そういう一つのレールを敷いたというわけでございます。その他本年度の予算におきましても多少のことはいたしましたけれども、そう皆さん方にこういうことをやったというようなことまで申し上げられる段階ではございません。しかしながら、意欲だけは十分持っておるということをひとつ御了承をお願いしたいと思います。
○川村清一君 大臣のお気持ちを承ったわけでございますが、大臣のことばじりをとらえるようではなはだ恐縮なんでございますけれども、心身に障害をもつ子供のための特殊教育ということばが私にはどうもぴったりしないわけなんであります。まず、この心身という、心身ですから心とからだなんですが、心の障害というのは一体どういう人たちをさしておるのか。からだのほうの、身の障害を受けている人たちはこれは具体的にわかるわけですね。視覚に障害を受けておる、聴覚に障害を受けておる、あるいは肢体に障害を受けておる、これはまあ具体的な事実として認めることができる、したがって身体的な障害者ということはこれはわかるわけであります。心の障害者、これは一体具体的にどういう人をさしておるのか、この点私わかりかねますので、大臣の見解を伺いたい。
○国務大臣(坂田道太君) 私もあまり詳しくわかりませんけれども、精薄児という、知恵おくれの子供というふうに考えております。
○川村清一君 ですから、何でもなくわれわれが使っておることばそのものも、まあ教育的な立場あるいは現在の憲法、こういう面から見てたいへん考えてみなければならない問題が私はあるのじゃないかと思うわけであります。精薄児は一体はたして心の障害者なのか。何か非行を行なう、犯罪を行なう、こういう人たちが私は心の障害者だ、こう思いますけれども、いわゆる精薄児というのはこれは知恵おくれの子供なんでしょう。知恵おくれの子供がはたしてそれは心の障害者なのか。これは心身などといわなくても、ただ障害者でいいのです。重症心身障害者なんていわなくてもこれは重い障害者、これは知恵おくれの人たち、あるいは耳に障害のある人たち、言語に障害のある人たち、あるいは肢体に障害のある人たち、その重い人たちを重症障害者あるいは重症障害児、こう言うことが正しいのではないか。そして学校教育法にも特殊教育というのは第六章ですか、「特殊教育」という一つの章があるわけです。しかし、特殊教育なんていうことばはあまり使われておらないのですね。それをことさらに特殊教育、普通教育と特殊教育というそのことばの中にこれはもう無意識的にわれわれの心の中に、こういう不幸を背負って生まれ育ってきた子供たちと普通の子供たちとの間に何らかの差別をつけておる、こういうことが含まれておるのではないか、何も特殊教育というふうに特別の教育と言わなくても、障害児に対する教育ということが正しいのではないかと、そういう考え方が基礎になければ、憲法第二十六条の「ひとしく教育を受ける権利」いわゆる教育権あるいは第二十五条の生存権といったようなものは真にわれわれの心のものとはならないのではないか、これはことばじりをとらえておかしいようなものでありますけれども、この辺から、こういう不幸な子供たちの教育を進めていく、大臣のそういうお考えを進めていくためには、こういう点からまず考え直してみる必要があるのではないかと思うのですが、これもあまり理想主義ですかなあ、こういう点、ひとつ大臣のお考えをお聞きしたい。
○国務大臣(坂田道太君) いや、おっしゃることはよくわかるのです。ただ、ことばとしてどうなのかということについては、私も専門的にはわからないわけでございますけれども、一応、われわれといたしましては、心身障害児というふうに言っておるのであって、それはむしろ精薄あるいは知恵おくれの子供の中にわれわれよりももっともっと心のきれいな人がおるわけなんであります。この間もどなたかからの御質問に答えたように、三重苦のミスター・スミスダスの詩を読みますと、目は見えない、耳は聞こえない、完全な形では話せない、ですけれども、彼の詩を読みますと、われわれ目あきあるいは耳の聞こえる者、話せる者が痛み入るほど心のきれいなすばらしい人間的な、むしろこの三重苦のスミスダスから人生とは何か、生きるということはどういうことかということを教えられるようなすばらしい人だと、心の持ち主だとわれわれは思います。ですから、その意味合いにおいては御指摘のとおりだと思います。そういうような気持ちを持たなければ、こういうハンディキャップを持った子供たちの教育はできないというふうに考えております。
○川村清一君 私はそういう人々を何か特別扱いにするような特殊教育というそういう概念でとらえることはどうも間違っているのではないかというような気がしますので、今後の問題として大臣ひとつ考えてみていただきたいと思います。 この第十一条ですが、校長の問題をひとつ取り上げたいのですが、校長は一校一人ということであります。ですから、学校の数だけ校長がいるわけでありますが、こういう障害児を教育する学校にありましては、本校、分校ということで、種類の異なる養護学校の校長を兼任している例がたくさんあるわけなんであります。全国では相当数あるのではないかと思いますが、これはあまり便宜主義ではないか、やはり分校もきちんと校長を置く、あるいは校長でなければ主任を置くかっこうをとるべきではないか、かように思いますが、それに対するお考えを承りたいと思います。
○説明員(岩田俊一君) これは学校数に応じて、特殊教育諸学校は規模の大小にかかわらず、学校数に応じて一を乗じて、そこに校長の定数一名がとられることを想定いたしておるわけでございます。でございますから、兼務ということは、この定数の上では想定いたしてないわけでございます。ただいまのお話で、分校ということのお尋ねが出たわけでございまするが、分校等につきましては、この案の第十六条に規定いたしておりまして、「第七条から第九条まで及び第十一条から前条までの規定の適用については、本校及び分校は、それぞれ一の学校とみなす。」という規定がございます。でございますから、分校につきましては、分校の主任と申しますか、あるいは適宜に名称は県によってあると思いますけれども、その分の数は定数を一応算定しておるということでございます。
○川村清一君 分校のほうはわかりましたが、できればやはり私は校長を置くべきだと思う。なぜかというと、小学校の本校の分校、中学校の本校の分校ということではなくて、たとえば私の調査では、文部省が出されておる資料によりますと、青森、宮城、福島、愛知、広島、熊本、大分、ここでは病弱養護学校の本校がなくて、分校だけしかないということになっておる。これは肢体不自由児養護学校、知恵おくれ養護学校のいずれかに本校があり、それらの分校ということになっておるわけであって、学校の種別が違うわけですね。たとえば、この盲学校、ろう学校の本校、分校というのは話がわかりますよ。ところが肢体不自由児の学校あるいは知恵おくれの子供たちを集めておる学校それぞれありまして、これが種別を異にして本校、分校というかっこうになっておりますと、いろいろなことが違うわけでありますね。それを一人の校長がこれを兼任する。もちろん分校のほうには分校主任がおりましても、これはやはりうまくないのではないか。そういう学校の種別の違うところの本校、分校ということは、やはりこれは分校にも分校の校長という、兼任をやめて校長というようなふうにすべきではないかと思うのですが、これはどうでしょうか。
○説明員(岩田俊一君) この定数法の基礎におきましては、いまお尋ねのような種別の違う心身障害学校が一緒になるというのは、これは特異な例だと思います。そういうようにはこれは想定いたしておらないのでありまして、盲学校は盲学校、ろう学校はろう学校それぞれあって、それに校長がみな配置されておるという考え方に基づいてありますので、おそらくいまのお尋ねの分につきましては、その当該都道府県の学校配置と申しますか、行政執行の運用の面でそういうことにいたしておるものと思いまして、この定数法の予定するところではございません。
○川村清一君 それから私の知っておる範囲内のこの種の学校の校長でございますけれども、大体において行政官上がりの方が多いのです。県の教育委員会などにおられた、元はやはりそれは教員の経験のある人もおります。そういう人がおりますけれども、そういう方が校長になっている例が非常に多いのですが、これは特別な学校で、ということはいろんな教育の内容が違うのですから、でき得るならばそういう学校の校長さんもそういう教育に経験のある、そういう教育の畑から出られた方が校長になられたほうが、行政的な手腕だけという考え方でなくて、実際にそれはもう非常に苦労の多い教育でございますから、そういう教育の経験のある方をできるだけ校長になさったほうが教育効果をあげる上に私は効果があるのではないかと思うのでございますが、どうでございますか。
○政府委員(宮地茂君) いま先生例をおあげになられましたが、一般的には、たとえば盲学校とか、ろう学校といったようなところの校長さんは大体普通の学校の校長と常に交流するということじゃなくて、大体その種の学校を一般の先生も校長さんも歩かれておるというのが一般の多くの場合だと思います。いま先生のおあげになられましたような例もあろうかと思いますが、それぞれ事情はございましょうが、私ども、一般論としいたしましては、先生いまおっしゃるような形がよいのではなかろうか、一般的にはそのように思います。ただ例外的にそういうふうな学校があります場合、やはり直接の人事でございますので、その人のそれぞれの力量等もございましょうから、一がいに一般的な基準で律してしまうということもいかがかと存ずる次第でございます。
○川村清一君 私の知っておる例はほとんどがそうでございますから、ひとつよく調べてみてください。私はそれを全部だめだというんじゃないですよ、りっぱな人もいらっしゃるんですから。しかし、よりよい効果をあげるためには、やはりそういう教育で苦労されてきた経験者を校長にされることがこういう教育の効果をあげる上には非常に効果があるのではないか、こういう考えを持っておりますから、全国的にも御調査を願いたいと思います。 第十条以下について逐条またいろいろお尋ねしたいことがあるわけでございますが、理事会で決定した時間になりましたので、あとの問題は他の委員にひとつやっていただくことにして、私の質問は終わります。
○委員長(久保勘一君) 本案に対する本日の質疑はこの程度にいたします。 本日はこれにて散会いたします。 午後四時四十二分散会