法務委員会 第25号
- 発言数
- 115 件
- 登壇者
- 9 名
- 会派数
- 2
- 開催日
- 1969/07/02
会議録
○高橋委員長 これより会議を開きます。 内閣提出、出入国管理法案を議題といたします。 質疑の申し出がありますので、これを許します。猪俣浩三君。
○猪俣委員 これは法務当局にお尋ねいたしますが、現行の入管令は、御承知のように昭和二十六年にできたものでありまして、ポツダム政令でありますが、当時朝鮮戦争のさなかで、ことに、アメリカでは、トルーマンという反共宣言をやったことで有名な人が大統領になっておった。そういう意味におきまして、この入管令が外人に対して相当きびしくできていることも想像されるのであります。しかし、平和条約が成立いたしまして、日本が占領から独立した以上は、こういう占領政策としてできました法令は、いち早く近代的国際協調主義にのっとって改正しなければならぬことは必至でありまして、法務省におきましても、改正案は相当早くから進められたと聞いてはおりますが、いまごろになって提案されることは、相当おそきに失したのじゃなかろうかと思うのでありますが、このポツダム政令である——後に別に法律になりましたけれども、この入管令の改正計画というものはいつごろから立てられたのであるか、それを承りたいと思います。
○中川(進)政府委員 昭和三十六年ごろからこの作業を始めました。
○猪俣委員 昭和三十六年ごろからお立てになった。昭和四十二年に入管法改正準備委員会なるものが法務省にできたのでありますが、そのときの準備委員のメンバーについて御報告願いたい。
○中川(進)政府委員 このときのメンバーは、不肖局長中川が委員長ということでございまして、関係各局の係官がそのメンバーとなって参加いたしました。
○猪俣委員 三十七、八年ごろから改正に着手されたといわれるのでありますが、私がいまお尋ねしたいと思いますことは、現職の検事であって、法務省の入管局付になり、そして入管の参事官までなった池上努という人がある。この人のあれを見ると、昭和三十三年から法務省の入国管理局に入った。そして参事官になった。そうすると、本案の作成なんかに対して相当中心的役割りをしたのじゃなかろうか、こう思われますが、池上氏が、いまあなたがおっしゃったような入管法改正の準備——おそらくこの入管局の参事官になったのも、そのためじゃないかと思うのです。この池上氏はどういう働きをしておりましたか。
○中川(進)政府委員 池上参事官が入管局に在勤しましたのは、私の着任前でございましたので、あるいは間違いがあるかと思いますが、入管局付参事官と申しますのは、局長の命によりまして特命事項をやるということになっておりまして、いま先生御指摘の入管法の改正ということにも、おそらく参画はしておったと思います。
○猪俣委員 なお、この人は日韓協定におきましても、日本における韓国人の法的地位というものの作成についての中心的人物であって、後に駐韓日本大使館の書記官になったと聞いておりますが、その辺はどうですか。
○中川(進)政府委員 日韓協定の作業に池上参事官が参画したこと、それからまた、その池上君が駐韓日本大使館の職員になったということも、事実でございます。
○猪俣委員 駐韓大使館の職員というのじゃない。どういう地位でありましたか。一等書記官と聞いておるのですが、どうですか。
○中川(進)政府委員 一等書記官と承知しております。 〔委員長退席、大村委員長代理着席〕
○猪俣委員 現在は何をやっておられますか。
○中川(進)政府委員 ただいま東京高検の検事、さように承知しております。
○猪俣委員 私はこの人物に特別に恩怨がないのでありますが、ただこの池上努という人が、いま聞けば、この入管法の作成にたいへん働いた人らしい。この人が「法的地位二〇〇の質問」という本を書いておる。その中で彼がいろいろ論じていること、これに対して法務省の御見解を聞きたいと思うのです。全文を読みますと時間がかかりますから、私の気のついたところを二、三拾い読みいたします。——法務大臣も聞いていてください。 〔大村委員長代理退席、委員長着席〕
○西郷国務大臣 いまのにちょっとお答えいたしますが、その人の本は、聞くところによりますと、法務省も全然タッチしてはおりませんで、個人的意見を書いたそうであります。
○猪俣委員 もちろん、これは個人の名前で出しておるのであります。しかし、この入管法をつくる際に中心的役割りをした人物、後に今度は日韓協定についても中心的役割りをしておる。後には外務省の役人になって駐韓日本大使館の一等書記官までなり、またこれが検察庁へも行く。検察庁では、普通の刑事事件をやっているのですか。どういうことをやっているのですか、この人は何をやっているのですか。
○辻政府委員 現在、東京高等検察庁におきまして、一般の検事の仕事をいたしております。入管関係の仕事とは関係ございません。
○猪俣委員 そこで、この本を見ますと、法務省出入国管理局の参事官だということが書いてある。そこで私ども気になってこれを読んでみますと、こういうことを書いてある。その六九ページに、「はじめから言っているように、外国人は自国以外の他国に住む「権利」はないのである。だからどんな理由をつけても追い出すことはできる。」こういうことを書いてある。外国人は日本に住む権利はない、どのような理由でもいいから追い出すことができる、こういうことを入管の参事官、本法律案に当たられた池上氏が著書でちゃんと明記をしている。こういう考え方についてどうですか。
○西郷国務大臣 そういう趣旨のものを書いたとすれば、これは非常に遺憾しごくに存じます。
○猪俣委員 こういう考え方については、遺憾だとおっしゃるのですね。 なお、この一〇二ページに、こういうことを言うている。「朝総連や日本の社会党は」——社会党の悪口を言うておるのだが、「日本の社会党は盛んにそう宣伝している。」そう宣伝しているという意味は、「外国人は本来その住んでいる国を出て本国に帰る自由と権利を持っているのではないか。」という質問に答えた意味で、「本国訪問は権利だと思うがどうか。」という答えとして、「朝総連や日本の社会党は盛んにそう宣伝している。しかし、この宣伝には大きな誤りと誇張と偏見がある。確かに外国人が住んでいる国を去ることや本国に行くことは権利である。全く自由である。しかし、問題は一たん本国に行き再びやって来ることまで保証せよということにある。来ることは入国することであるから、何度も言ったように外国人には入国する権利はないのである。よく例に引かれる世界人権宣言第一三条にしても、」こういうような文句があるのですが、これに対する御所見を伺いたい。
○中川(進)政府委員 それは、しばしば問題になりますごとく、在留外国人の再入国の問題かと存じますが、出国は自由でございまして、外国人がその本国に帰ることも全く自由でございますが、その帰りました外国人の再入国を認めるか認めないかということは国家の主権行為でありまして、そのときどきの情勢に応じて、場合によってはそれを認めないこともあり得るということを述べたものではないかと思います。しかし、池上君の見解は、先ほど大臣から言われましたように、池上君個人の見解でございまして、必ずしも入国管理局の役所としての公式の見解というわけにはまいらない、かように存じます。
○猪俣委員 いまの答弁につきましては、後刻憲法問題として……。これはあなた裁判所の判例と違っていますよ、そういう答弁は。あとで聞きます。いまは池上君のこの著書を問題にしていますから、その意見だけ聞いておきます。 なお、今度は一七七ページ。「まして、この論者が「再入国の権利を認めないということは、その人の在留権、それに付着する居住権や財産権の侵害となる」から、これは権利である、と言うに至っては不勉強も甚だしいと言う他はない。「帰国の権利というのは、その者が生活の本拠を有する地に帰る権利を含む」等と言うのも、国際法、国際慣習にうとい証拠である。外国人は入国する権利、在留する権利、居住する権利など一さい有しないのである。」こういうのです。これも最近出た裁判所の判例と違っておる。こういう論拠は、これに対してどう考えられるか。
○中川(進)政府委員 再入国の問題に関して裁判所の判決といわれますのは、例の北鮮の二十周年記念に参列するという許南麒氏以下の再入国の問題かと存じますが、この問題に関しましては、法務省といたしましては承服いたしかねますので、ただいま上告中でございます。したがいまして、終局的に裁判所の判決が出たというふうにはまだ見られない、かように考えます。
○猪俣委員 なお一六七ページにはこういうことを書いてある。「日韓協定に基づく永住権を取れなかった者や取らなかった者の処遇は一体どうなるのか。」こういう設問に対して「国際法上の原則から言うと「煮て食おうと焼いて食おうと自由」なのである。」——一体外国人というやつは、煮て食おうと焼いて食おうと自由なんですか。煮て食おうと焼いて食おうと自由だ、野蛮人みたいな考え方だ。 〔発言する者多し〕
○高橋委員長 お静かに。
○中川(進)政府委員 これは池上君がどういうつもりで書かれたか、間違っておるというわけにもいきませんが、これは、在留外国人に対する国家の主権は——何と申しますか、在留外国人に対しては、国家は法令の許す限りにおきまして自由なと申しますか、管轄権を有するということを若干誇張して書いたものではないかと思いますが、池上君がどういうつもりで書かれたのかは、池上君に伺いませんと、私としましては答弁いたしかねます。
○猪俣委員 とにかくあなた、入管の参事官ですよ。そうして現職のいま検事をやっているのです。そうしてこういう入管法をつくった中心人物です。この人が、こういう外国人は煮て食おうと焼いて食おうと国際法上かってなんだという、およそ現在の国際法の原理というものと違った考えを持っている。そうすると、この入管法というものはいかなる色彩を持っているか、ほぼ想像できるのだ。大臣に聞くのだが、あなたは政党出身大臣だが、外国人というやつは煮て食おうと焼いて食おうと自由かってなんだという法務官僚の考えを、一体どう思います。
○西郷国務大臣 いかなる意図で書いたかよくわかりませんけれども、用いましたそういうことばは、まことに不謹慎きわまるものでございます。
○猪俣委員 これは現職の検事ですよ。あなた、こういう不見識きわまる検事があったら困るじゃないですか。なお、この人の著書が、実に反共的な、そしていまの国際協調色、国際の情勢と全く違った考えで貫かれているのです。そこでちょっと調べてみましたら、この「法的地位二〇〇の質問」という本は、大阪の京文社という出版屋から出ているんだ。大阪ですよ、これは。ところが、この京文社という出版社の社長は車進という人物。この人物の名前を見てぼくは、何か前にこの人物知っておったなという感じがして、だんだん考えたら、いまから十年くらい前にこの法務委員会で大問題になったんだ。この人物は韓国の——これは韓国人でございますが、日本に帰化したというのですが、韓国の人はシャ、シャと言うんだ。クルマと言わないんだ。車進という変わった名前であるので、この男について何か私は記憶を呼び出したところが、この出版元である車進は、いまから十年前に、いわゆる第一回の北朝鮮への帰還船——帰還協定ができて日本赤十字が北朝鮮へ日本から相当送還した。新潟に送還センターができた。それを爆弾をもって爆破しようという計画を立てて、彼が爆弾入りの箱をかかえて新潟に出発して、新潟のすぐ近くの新発田というところで逮捕されたという、その人物なんだ。そして韓国の特務機関の活動をやっておった人物、テロリストの一味なんだ。しかもだんだんこれを調べていったところが、その爆弾なるものが、当時韓国の代表部と称しておった——政府に聞けば、これは日本の領事館待遇なのだ、こういうんだ。その代表部でそれがつくられたものであるということがわかってきた。そこで私が法務委員会で質問いたしました。当時軍を取り囲んでおりましたテロリストの名前十人ばかり全部あげたのです。これは実に詳しい特別の情報が入った。その中心人物ですよ、車進というのは。それで私思い出したんだ、十年前を。その当時の速記録を見つけ出した。これは昭和三十四年十二月八日、第三十二国会の当法務委員会です。ここに私は車進問題について詳細な質問をやっておる。爆破計画で爆弾を持って新潟の付近をうろついてつかまったんですよ。これがいま京文社の社長なのです。一体判事や検事や弁護士が書物を出すなんという場合には、そこの経営者と何らかの関係がなければできません。一流の文士になれば本屋のほうから頼みに来ますが、そうじゃない者が本を出すなんというのは、その出す出版屋と特別な関係がなければ、本なんか出せません。ことに、これはあなた、大阪なのです。どうして大阪の車進がこの池上君にこういう出版を依頼したのか、池上と車進の関係はどうなのか、私ははなはだ疑惑なんだ。そういう関係を法務省は御存じであるかどうか。
○中川(進)政府委員 池上君がいま御指摘の車進なる人間とどういう関係があるかということは私存じませんが、ただ、先ほどから猪俣先生しきりに御指摘の、入管法律案の中心人物である池上君がこういう著書を出しておるとか、こういう思想である、けしからぬというお話がございますが、先ほど申し上げますように、昭和三十六年にこの事業を始めまして、その当時しばらく後この池上君が入管法の新しい立案に参画したことは事実でございますが、しかし、ただいまお手元に御審議を願っておりますところの管理法案は、そういう古いのとは全く関連がないと申しますか、構想を新たにいたしまして、先ほど御指摘のとおり、昭和四十二年の六月田中法務大臣のときに発足しました委員会でつくり上げましたものでございまして、その時分は池上君は韓国におりまして、この新入国管理法案、いまお手元に御審議を願っております新法案の立案には何らタッチしておりませんし、また影響を及ぼしておらない、かように考えておる次第であります。
○猪俣委員 あんたら官僚はそう言われるか知りませんが、これは相当古い、昭和三十年代からこの検討をやっているということは、たまたま私はこの委員会でも聞いておった。その当時、この池上君は、三十三年に入管局付の検事になって行っておる。そうして参事官になっておる。この先生なんかの時分に盛んに検討したに違いない。そういう何べんも国会に出そうとしたが出なかったといういきさつを、私は知っている。だから、案というものは前からできている。いろいろな政治情勢で出さなかった。だから、池上君なんかの思想が、この入管法に入っている。入管法全体を見れば、それがわかるんです。だから、この人の本が私は問題だと思って読んでみた。そうすると、煮て食おうが焼いて食おうが自由だなんという頭なんだ。こういうことだとすると、入管法の性格というものが私どもはわかるのでありますが、いま法務大臣は、これはとんでもない勘違いだとおっしゃるのだが、そういう人がいま検事になっておるのだから、それが問題だと思う。 そこで、いま外国人なんかは煮て食おうが焼いて食おうがかってなんという法務官僚があるんですが、ここで今度は私は憲法の問題といたしまして、法制局長官にお尋ねしたいと思うのであります。一体外国人は、日本国憲法の適用を受けるのか受けないのか、どういう御見解を持っておりますか。
○高辻政府委員 御質問は簡単でございますが、一応外国人とわが日本国憲法との関係については、一通りお話し申し上げたいと思います。これは猪俣先生特に御案内のことではございますが、また見解が違えば御指摘を願いますけれども、この世界でともかくも国々が主権国家として相並立している現状のもとでは、一国の構成員でない外国人は、その政治社会である国の政治的利害との関係において言う限りは、その国の構成員である国民と同視するわけにはいかない、これはやむを得ないところであろうと思います。国際社会というものがもう少し発達をしていきますれば話は変わっていくかもしれませんが、現在の世界社会というものをながめてまいりましたときに、それはやむを得ない。そのことは国際慣習法上も認められておりまして、外国人の入国の許否はその国の自由裁量によって決定することができるものとされ、特に国権がみずからに制約を課する場合のほかには、国は外国人の入国を許可する義務を負わないこととされております。また他面憲法は、外国人の入国について別段の規定を置いておりません。こういうことから考えますと、論理の筋道としては、憲法がその許否についての国際慣習法をそのまま受容していることを示すものと見られるものだと思われます。 かように、憲法は外国人の入国の許否について国に自由裁量を認めているものと解されますが、これは御承知のとおり、最高裁の判例にもこういうことが出ておりますが、一たび入国を許可した外国人について、憲法が、先ほどお話がありましたように、そのことばどおりに煮て食おうと焼いて食おうとかって次第かというと、これにはやはり確かに私どもは問題があると思っております。外国人は、国の政治的利害と関係を持つ事柄に関する限りは、その政治的利害に照らして合理的に相当と認められる範囲において法律によってその行動に特別の制約が課されましても、憲法に違反するということにはならない。その意味で、憲法上日本国民と同様に基本的人権が保障されているというわけにはまいりませんが、このような範囲での特別の制約が課されない限度では、たとえ外国人でありましても、わが領域に存在する人間なら、日本国民と同様に憲法上基本的人権の享有を妨げられないものと見るのが相当であろうというのが、私どもの考え方でございます。
○猪俣委員 私は、入国の問題、入国管理法だからそれでいいが、憲法全体が外国人に適用になるという態度なのかどうであるか。これは学者間に、あなたが御存じのように、非常に争いがある。しかし、通説は、外国人に適用になるという——私が調べた範囲においては、六人の学者は適用にならぬという説をとっておるが、十五人の学者は適用になる。ただし、参政権とか特別日本人でなければ付与できない権利はさておいて、あとの自由とか安全とか、そういうものに関する基本的人権というものは外国人にも適用になるのだ、こういう解釈が大多数のわけなんです。二十数人のうち、そうなんです。一流の、たとえば美濃部達吉博士をはじめとして、宮沢俊義、鵜飼信成、佐藤功、現在一流の学者みなその説をとっておる。そこで、たとえばこの入管法には、そういう立場をとると、相当違憲の条文があると私は思っておる。そこで、まず憲法第二十二条、憲法二十二条は、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。」この中には、外国人も入るのですか、入らぬのですか。
○高辻政府委員 どうもそういうお話に発展すると思いましたので、多少御質問をオーバーしたかもしれませんが、先ほど一通り実は申し上げたほうがよろしいと思って申し上げたわけでありますが、まず一番大事なこと、これは先生ただいまのところは保留していらっしゃるかもしれませんけれども、一番大事なこと、これは、わが国の領域内に立ち入って、わが国社会の一構成員と同じような立場になれるかどうか、これが外国人と国民との非常に違うところである。これをまず最初にるる申し上げたつもりでございますが、御承知のように、外国人は、いまの国際社会の現象としては、あるいは国際慣習法と申してよろしいと思いますが、そういうところでは、他国に自由に出入することができるわけではない。その国の国権の作用によって、入国を許可しようとあるいは拒否しようと、それは自由である、国権の考え次第であるというのが、一つの確立された国際法規であると申してよろしいと思いますが、それがまず第一に重要なことであると思います。 それから、今度はその許可をされたもの、そうしてその一国社会に入ってきたものは、もともとそういうものであるから、その人権というものは無視されてよろしいのだ、あるいは先ほど御指摘の著者が、そういうつもりで言っているかどうかは別として、煮て食っても焼いて食ってもよろしいかというと、そうはいかない。やはり政治的社会である外国、外国人からいえばよその国、われわれからいえば自国でありますが、その国に入ってまいりますときは、一国の国民と外国人との相違に照らし、一国の政治社会と見合って、それに相当する限度の制約というものは受けざるを得ない、憲法は受けることを否認はしておらない。しかし、そうかといって、そういうものと無関係なものについてまで憲法上の保障がないということは言えない。そういうような観点から、いわば相対的な観点から申して、二十二条なり何なり、どの規定も同じだと思いますが、区別を考えていくべきであろうと思います。概して言えば、これもどこかの判例にあったように思いますが、憲法が「国民は」といっているようなことばを使っているような条項あるいは「何人も」といっているような条項については、そういうことばの相違から必然的にそうだとは言えませんが、そういうようなことばから出ておる人権の性格、人間として持つべき権利というようなものについては、やはり外国人といえどもこの保障を受けるのだろう、概していえばそういうことが言えると思います。概括的な話で恐縮でございますが、そういうふうに感じております。
○猪俣委員 憲法第二十二条は、渡航の自由を保障したものだというのが学者の通説である。これは外国人にも渡航の自由というものがあると思うのだが、日本の憲法が適用になるとするならば。何か特殊の日本の国益に反するようなことを前提としてばかり説明されておるが、そうではない。一般の平穏に日本で暮らしている外国人が、憲法二十二条の渡航の自由があるのかないのか、あなた方はどうお考えになっているのか。
○高辻政府委員 憲法の合理的な制限が課せられない分野であれば、これはむろんその人権の保障は、先ほども申しましたように、外国人といえどもこの制限をされてはよろしくない、こういうことは言えると思います。ただ一般的に、外国人ということでありますために、その外国人と当該国家との関連を無視するわけにいかない。場合によっては合理的な制約というものもあり得るということを抜きに、何でもかんでも日本国民と全く同じように人権の保障を受けるのだという点については、そう簡単には申し上げられないであろうということを申したわけです。むろん先生御指摘のように、憲法学者の間に、憲法は、基本的人権はそのまま適用があるのだ、いや憲法の基本的人権は、憲法の第三章「国民の権利及び義務」と書いて、明白に「国民」と書いてあるように、国民だけに限られるのだという考え方、確かに二つございますが、私は先ほど申し上げたように、そういうふうに割り切って考える、つまり全く相反する意見であるように見えるような考え方、それが多少おかしいのではないかというような感じがいたします。要するに、さっき申し上げたようなところで見るのが相当ではないかと、私どもは考えております。
○猪俣委員 私はいま原則を聞いているのですが、二十二条は外国人にも適用になるかならぬか、そうすると、それは一がいに言えない、ということは、結局渡航の自由を認めていいかどうかは行政権が考えるのだというあなたのほうの結論になる。そういうことは意味がないのだ。憲法の原則——もちろん特別の人間であるなら、それは別問題ですよ。憲法の原則として、なお具体的にいうならば、日本と条約を締結している国であろうがそうでない国であろうが、たとえば共産圏であろうがなかろうが、こういう一般外国人として——私は特別日本の国益に反するということをいま土台にしているのではない。問題は共産圏の、日本と条約のない国としからざる国とを区別して、そうしてある種の外国人には渡航の自由を与え、ある種の外国人には与えないというようなことが、憲法二十二条の解釈として成り立つのかどうかという問題なんです。それに対して法制局はどう考えているのですか。(「講義は要らない、答弁だけでいい」と呼ぶ者あり)
○高辻政府委員 講義をしているつもりはございませんが、先ほどの答弁に関連して、それは行政権がかってにきめるのかということの御指摘がございました。それであっては、たいへん問題でございます。むろん私は御質問に応じて法律上の解釈を、私なりの解釈を実は申し上げておるつもりでございまして、それは法律解釈でございますから、当然司法審査の対象になるわけで、結局は裁判所の判定にまたなければならない。行政権がかってなことをすればそこで負けることになりますから、そういうかってなことはできるものではないと思っております。 二十二条に違反するか、違反しないか、端的に言えということでございますが、たとえば外国人の入国、在留を制限したりあるいは特別の事由のある場合の出国を制限すること、特に入国を許可することにつきましては、最初申し上げたとおりでございまして、これは憲法が外国人に対して保障しているとは申せない。それから居住・移転も自由ではございますが、何らかの事由、この新法の中に出ておりますが、そういう場合に、これを制限しても二十二条に違反するものとは考えておりません。 それから何か一国が認めている国とそうでない国の国民との相違があるかどうか。これは入国の憲法上の関係はいずれを問わず同じでございますが、やはり政治社会における構成員とそうでないものとの間の相違というものは、やはりいま申されたような場面に相当はね返ってくる可能性があるではないか。そういうことが合理的な理由になるかならないかということはございまするが、私は、やはり現在の国際社会においては、なり得るものではなかろうかというふうに考えております。もっとも、それ自身をきわめて慎重に、きわめて時間をかけて検討したわけではございませんので、いまはただいま思っていることを申し上げるだけでございますが、この点は御了承願いたいと思います。
○猪俣委員 どうもあなたの答弁はよくわからないのだ。一体共産圏と非共産圏とにおいて、日本の憲法の適用の区別があるのかということです。共産圏の人間が凶悪で日本の国益に反するという前提を抜きにして、たとえば端的にいうならば、北朝鮮の創立二十周年の祝賀典、これは日本に長らく戦争前から——もともと日本人であったのだ。この人たちが北朝鮮の建国二十周年の祝賀に参加したい、そのときに、なかなか政府は言を左右にしてそれを許可しない。そうすると、二十二条の渡航の自由というものは、人によって、国によって区別がなくていいのじゃないか。具体的に朝鮮人がこれこれの人物であるというようなことが具体的にあがっているなら別として、しからざるにかかわらず、ただ北朝鮮に行くというだけで渡航を認めない。これはやはり憲法二十二条の渡航の自由が保障されていないということになると思うのだが、認める、認めないもそのときの政治判断だというようなことになれば、結局行政権じゃないですか。社会党の内閣になったら、何ぼでも認めますわ。そうすると、党の政策によって左右せられることになる。それじゃ憲法というものがほんとうの基礎理念にならぬのじゃないか。だから、条約のある国でも、ない国でも、共産圏でも、共産圏でない国でも、平等に渡航の自由というものは二十二条で保障されているのかどうかをあなたに聞いているのです。もちろん具体的な事実になれば、あなたおっしゃったようにいろいろのケースがありましょうが、具体的なことは法務省に聞きますよ。法制局長官に具体的なことを聞いたってしようがない。憲法の理念として、共産圏と非共産圏とについて、二十二条の渡航の自由が平等に与えられているのか、そうじゃないのか。その点 あなたはどうなんですか。
○高辻政府委員 だんだんと伺ってまいりますと、北朝鮮との関係の問題であるようでございますが、どうもすぐそれに気がつかなかったのは申しわけないですが、北朝鮮と関連して、共産圏であろうと非共産圏であろうとというお話でございましたが、とにかく外国に出ていく者、これを制限する合理的な理由というものは、あまり一般的にはないと思います。したがって、憲法もまた、出国の自由というものは、どこの国の国民であろうと、それは保障している、そのまま保障していると解していいんではないかと私は思いますが、同時にそれが入国をするということになりますと、これはさっき申し上げたことの繰り返しになりますから、結論だけ申し上げますが、入国も保障している憲法上の規定はない。憲法は、入国を外人に対して保障はしておらないということになります。
○猪俣委員 あなたは、国連憲章を間違って解釈しているんだ。再入国の自由がなくて出国の自由が保障されるなんて、行きっぱなしで帰ってこない、これは出国の自由じゃないです。朝鮮に行ったら行きっぱなしで帰ってくるな、それが私は憲法違反だというのです。出国の自由というのは、再入国の自由が含まれなければ意味がないじゃないか。それがどうも法律屋の三百代言の解釈じゃないか。出国の自由と国連でいうのは、再入国のことなんていっているんじゃないんだ。あれは居住、移転の自由の中に含まれているわけだ。日本へ入国するという場合にはいろいろ問題がありましょうが、それをあなたはごっちゃにしているんで、入国と再入国の観念は絶対的に違いますよ。再入国というものは、出国の自由という中に含まれている。日本に財産があり、家族がおり、生活の本拠があるのに、出国の自由は許すが、帰ってくるのは認めない、それは自由にならぬ。行けるものじゃない。だから、そんな解釈を法制局長官がやっていたら、それはなってない。出国の自由の中には再入国の自由が含まれているというのは、学者の定説ですよ。だから、法制局長官として、あんまり自民党の顔ばかり見ないで、憲法学者としてばしっと平等に答弁しなさい。裁判所がちゃんと判決を出している問題ですよ。
○高橋委員長 法律の解釈はお互いにあるから、ここでその問答をするよりも、もっと具体的なことで質問してください。
○猪俣委員 具体的な焦点にしぼれといっても、具体的ではないですか。具体的な問題はやはり入官の人にやらなければならぬが、法制局長官にそういう具体的問題を聞くということはどうかと思うから憲法論をしているだけで、具体的な問題は入管に聞きますよ。だから、憲法論として聞いているんだ。どうなんです。
○高橋委員長 長官、国によって不公平な扱いをするたてまえがなければ、ないという抽象的な答弁でいいじゃないの。
○高辻政府委員 猪俣先生にお答えいたしますが、出国の自由というおことばがございました。あるいは人権に関する世界宣言にでもあるのかと思っていま見ておりますが、十三条の二項、御存じと思いますが、「何人も、自国を含むいずれの国をも去り、及び自国に帰る権利を有する。」という規定が確かにございます。この世界宣言は、むろん法規ではございません。大体よるべき基準といいますか、指針的なものでございますが、しかし、しばしばこういう場合に引用されておりますけれども、それについても、ちょうど十三条の二項、「何人も、自国を含むいずれの国をも去り、及び自国に帰る権利を有する。」というようなことはございます。これは、先ほど私が申し上げた国際慣習法の一般の考え方——これは間違っていると仰せかもしれませんが、私の理解するところでは、先ほど申し上げた国際慣習法の考え方と現在の考え方と同じであるというふうに考えます。したがって、結論を変える必要はないと思います。
○猪俣委員 その宣言でいう自国というのは、どこをさすのです。たとえば、日本のように国籍法のある場合において、日本の国籍に載っておるといえば、日本が自国とわかる。国籍法のない国がありますよ。そういうものが自国というのは、どこをいう、これは大きな問題じゃありませんか。結局、現実に即して理解するならば、家族がおり、財産があり、生活の本拠があって、そして長い間住んでおったその国が自国だ。そうでなければ、国籍法のない、国籍のない人間は、自国はないことになっちゃう。生まれただけですぐ他国へ行ってそこに生活の本拠を置いてきたとすれば、生まれがどこであろうが、長い間住みついてそこの環境に融和してきている、そこが自国じゃありませんか。だから、朝鮮人のごとく、もと日本人であったそういう人の自国といえば、日本でしょう。それは日本に何十年も住んでいる人間だ。だから、国連の精神からいうならば、朝鮮に祝賀団が出国してもいい。そのときの帰国というのは、日本に帰ることをいうのだ。自国に帰る権利というのは、そういうことなんですよ。国籍のない者は、どういうことになる。だから、自国とは何ぞやという国連憲章の研究を、あなたはもっとしなければだめだ。国籍のない国の者はどこが自国になる、そこまで検討しなければならない。だから、国連憲章の人権擁護の、国際協調主義の根本精神から理解しなければならぬと思う。それが標準ですよ。もう少しそれは検討してください。ぼくはやはり裁判所の判事というものは、なかなか頭がいいのがいると思う。自民党政府は、裁判所はきらいのようだが、頭のいいのがいるんですよ、ちゃんと、それははっきり判決に出ている。まあしかしこれは法務当局にまた聞くことにいたしまして、法制局長官の立場を尊重いたしまして、抽象的なことをお尋ねいたします。 その次に、憲法の三十一条、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」こういう条文がある。これは外国人に適用になるかならぬか。
○高辻政府委員 わが国に入国を許可された者であれば、この三十一条の法意が外国人に適用になることは当然だと思います。
○猪俣委員 これは長官、「法律の定める手続によらなければ、」——そうすると、入管法では、法律さえつくればどういうことをやってもいいことになるのですか。
○高辻政府委員 御質疑の本旨がどこにあるのかわかりませんが、かりに適正な手続を要求しているのかどうかということをお尋ねであれば、いわゆる適正手続条項として知られているとおり、手続の適正性、これが必要であるというのが、三十一条の解釈でございます。
○猪俣委員 なお、これもあなたと議論はしません。あなたの意見だけ聞いておけばいいのだから。この三十一条は、手続が適正でなければならぬし、実体法そのものについては罪刑法定主義をここにわが憲法はあらわしたものであるというところが学者の通説ですが、法制局はどう考えていますか。罪刑法定主義です。これ以外には——憲法に、これだけ刑罰法の最も基礎的条件になっている罪刑法定主義というものが出てないはずはないのだ。どこに出ているかといえば、この三十一条だ。だから、ただ法律じゃないのだ。罪刑法定主義をあらわす。あなたがいまおっしゃったような基本的人権擁護の適切な手続、これでなければならぬというのが、三十一条の根本理念と理解しますが、法制局はどうお考えになる。
○高辻政府委員 これにも実は説が分かれておりますが、しかし通説は、御指摘のとおり、罪刑法定主義の一面をこれで規定しておるものだといっておりますから、法制局もそれに異論を持っておりません。そのとおりに考えます。
○猪俣委員 この三十一条が罪刑法定主義を含んだものとしますと、私はこの入管法には相当の問題があると思いますが、しかし、これは法務当局とあれすることにいたします。あなたの根本概念さえ承っておけばよろしい。 それから三十二条に裁判を受ける権利というのがあるのですが、これは外国人に対してどうなんです。
○高辻政府委員 日本に入国を許可され、在留を許可された外国人には、適用があることはもとよりでございます。
○猪俣委員 法制局長官、けっこうです。御苦労さまでした。 外務大臣がお見えになると思いますが、一点法務大臣にお尋ねしたいと思うのです。法務大臣は、先般この入国管理法案の提案理由の説明書として「ときには好ましからざる外国人の入国する事例の存することも否定できない」、こうある。そこで、好ましからざる外国人というのは、どういう標準でおっしゃるのか。
○中川(進)政府委員 これは先生も御承知のごとく、近ごろ新聞にもたくさん出ますが、新聞の用語でよくいわれておる不良外国人と思います。たとえばイタリア人の何か洋服生地の詐欺だとか、あるいはインドネシアの人がいわゆる産業スパイを働いたというような事例がございますが、そういういわゆる不良外国人と考えております。
○猪俣委員 そうすると、共産圏の人であるから好ましからざる人物だという意味ではないのですか。その好ましからざる人物の中に、思想的差異、あるいは世界観の差異、あるいは政治形態の差異、そういうことから好ましい外国人と好ましからざる外国人と区別するようなことがあるのかないのか、それははっきり言ってください。
○中川(進)政府委員 思想とかそれから世界観の差異とか、そういうものに基きますものを好ましいとか好ましからざるとかいうことは考えておりませんが、ただ国益、公安を害するおそれがあるときには、これは好ましからないことになることもあり得るということは考えられます。
○猪俣委員 そうすると、安全保障条約なんかに対してあまり賛成じゃない、これはアメリカの軍事同盟で、アジアの緊張を増すものであるという世界観、政策を持っておる人間は、これはこの好ましからざる者の中に入るのですか、入らぬのですか。
○中川(進)政府委員 個人の思想は自由でございますから、安保に賛成であるとか反対であるとかいうその思想を持っておること自体は、特に好ましいとか好ましくないということを認定する標準にはならないと思います。
○猪俣委員 それは、外国人がどういう思想を持っておるかというようなことは、頭の中を見るわけにはいかぬから、今度入国してからの活動になることだと思うのだが、入国した外国人が安保条約は反対なんという集会に出席したりあるいは反対に賛成の演説をしたりする場合には、そのとたんにこれは好ましからざる人物の中に入るのか、入らぬのか。
○中川(進)政府委員 それは程度ないし態様によるわけでございまして、一がいに何ともいえないと思います。やはりこれはケース・バイ・ケースに、その場合のいろいろな全般の事情を考慮した上で好ましくあるかないかということを認定すべきものであると考えます。
○猪俣委員 そうすると、入管が考えられてレッテルを張るのですね。基準はないのだから、法務大臣がその日きげんが悪いと、あれは不良だ。奥さんとけんかでもしてきげんを悪くして出てくると、これは不良だ。そうすると、諸君の好きな者は善良な外国人だし、きらいな者は不良な外国人だ。結局行政当局の全くの自由裁量でこれを区別することになるのですか。
○中川(進)政府委員 好ましからざるということばがただいま問題になっておるわけでございますが、これはまあ俗語的な使い方をしたわけでございまして、法律の中には好ましからざるということばはないかと思います。そして、ただ、いま先生が御指摘のような問題は、例の遵守事項の点で問題が起こり得るわけでございまして、どういう遵守事項をつける可能性があるのか——必ずつけるということは、しばしば申し上げるように絶対にないわけでございますが、どういう遵守事項をつける可能性があるかということにつきましては、この委員会におきまして、鍛冶先生の御質問に対して答弁させていただきましたが、念のために繰り返しますと、いまの御指摘の政治的な問題に関しましては、たとえば日本国の機関において決定した政策の遂行を妨げるための集会、示威運動の組織、これらへの参加、または演説もしくは文書、図画の頒布の禁止というようなことを遵守事項として入国の際にかける可能性があるということでございます。それからもう一つの問題は、日本国の国際的な友好親善関係を阻害するおそれのある集会、示威運動の組織、これらへの参加、もしくは演説ないしは文書、図画の頒布ということを遵守事項の範囲としてかけるということがあり得るわけです。そういうことでございます。
○猪俣委員 私は、少し耳が遠いので、あなたは早口なのでよくわからないんだ。もう少し語尾を明瞭にしてはっきりおっしゃってくれませんか。こっちも年とっておるせいもあるんだが、老人はやっぱりいたわる心がなければいかぬと思うんだな。もっとはっきり言ってくださいよ。
○中川(進)政府委員 早口で失礼いたしました。これは、先般この委員会におきまして、鍛冶委員から御質問がありました際に御答弁いたしました、入国に関してかけ得る可能性のあるところの遵守事項ということに関連するのでございます。そこで、その際に申し上げましたように、その遵守事項の中の一つといたしまして、いわゆる政治的行為を制限するということが起こり得るのでございまして、その政治的行為の制限とはどういうものであるかといいますと、たとえば日本国の機関におきまして決定しました政策の遂行を妨げるための集会、示威運動の組織、これらへの参加または演説もしくは文書、図画の頒布の禁止ということを遵守事項としてかけることがあるのでございます。それから第二番目には、日本国の国際的な友好親善関係を阻害するおそれのある集会、示威運動の組織、これらへの参加または演説もしくは文書、図画の頒布ということを禁止するということが起こり得る、かようなことを考えておる次第でございます。
○高橋委員長 外務大臣が見えましたから……。
○猪俣委員 それじゃ外務大臣に対しまして、大きな、抽象的な問題になるかもしれませんが、昭和七年ごろに発行されました、わが国の国際法学の大家であって、政府の顧問もいろいろされ、委員会なんかも主宰をされたことのある山田三良博士——大臣もお習いになったのじゃないかと思うのだ。この山田三良博士がその著書の中に——昭和七年ごろですよ。「一国における外国人の地位如何は、以てその国の文化開発の程度をト知するに足るべきものであって、文化の進歩に沿うて外国人の地位も亦従て進歩するものである」、こういうことを喝破されておるのですが、この博士の論旨にはあなたは賛成ですか。
○愛知国務大臣 突然のお尋ねですから、特にこれはよくあらためて読んで意見を申し上げるべきだと思いますけれども、私も御指摘のように山田博士に教わりました弟子の一人でございますが、先生の意見は尊重をいたしたいと思います。
○猪俣委員 そこで、まあ今回の入管法の実体はこの山田博士の理念とは相当違っておると思うのでありますが、これはあと回しにいたしまして、あなたにお聞きしたい第一点は、この入管法の改正につきまして、これは早くから計画されておったことはいま明らかになったのですが、私どもがいまこの山田博士の理念からするならば、日本は最も進歩的な世界協調主義的な入管法というものをつくらなければならぬというふうに考えておったもので、政府の宣伝も、この法案の出る前には盛んにそういうふうに言われた。その中心は、やはり政治亡命に対する何らかの処置を、日本政府の態度を、明らかにする。私どもは、この世界人権宣言の趣旨、日本国憲法の世界協調主義、人権擁護主義のみならず、日本国との平和条約前文には、「あらゆる場合に国際連合憲章の原則を遵守し、世界人権宣言の目的を実現するために努力」する、こうあります。そうすると、国連憲章の精神に忠実であり、世界人権宣言をそのまま日本の国内法に移すだけの努力が必要なんです。そういうことは、国内法の各法に盛らなければならぬが、最も顕著なのは、この入管法になると思うのです、外国人相手なんですから。ところが、世界人権宣言は、御存じのように、徹底的な人権擁護であります。そうして、政治難民等を何としても救わなければならぬというような根本精神を持っておるわけだ。そこで、世界人権宣言の趣旨に従いまして、いま難民の地位に関する国際条約——政治亡命といいますか、そういうものが、世界人権宣言や国連憲章に忠実なる国によって条約がつくられておるわけです。この条約がつくられたときは、日本はまだ国連に加盟しておりませんから、入らなかった。それはしかたがありませんが、国連に加盟したならば、国連憲章の精神、世界人権宣言に対して大いに努力するという平和条約の前文からいいまして、少なくもその努力の一つのあらわれとして、難民条約に加盟する、それから、これは法務省の所管でありますが、入管法にそういう旨を明らかにするということが必要であったのじゃないか。何もしていない。 そこであなたにお聞きすることは、この政治亡命、難民の地位に関する国際条約に一体何カ国加盟しておるのか。その中にアメリカが入っておるのか、入っていないのか。最初はアメリカは発起人の一人になって、二十六カ国かでこの難民条約ができた。そのうちアメリカが脱退してしまった。日本が入らぬとすれば、アメリカに右へならいしているんじゃないかと思うのですが、その現状はどうなんですか。いま難民条約に何カ国入っています。その中にアメリカが入っているかどうか。
○愛知国務大臣 難民に関する条約加盟国の数は、五十六カ国でございます。それからアメリカは、議定書に入っておりますが、条約には参加していない、こういう状況にあるようです。
○猪俣委員 最初アメリカは発起人の一人になってつくったものを、どうして参加しなくなったのか、そこら辺の事情はわかりませんか。
○愛知国務大臣 その経緯はちょっとわかりかねますけれども、御承知のように、難民条約は猪俣委員よく御承知と思いますけれども、第二次大戦とそれに基づく東ヨーロッパにおける革命の結果、主としてヨーロッパに生じた多数の難民を救済することを主たる目的として一九五一年にできたものでございますから、そういう経過から申しまして、わが国も入っておりませんし、この難民条約のできた背景からいいまして、そういう経過になっているのではなかろうかと想像されます。
○猪俣委員 しかし、一九五八年十二月の国連総会には、日本政府代表として藤田たき女史が出席し、国際難民年の年を設定する問題について賛成、反対があったときに、国際難民年を設立すべきことを大いに力説し、その費用の一端を負担することを日本は賛成したわけだ。これは、ヨーロッパ大陸の問題だから知らぬというようないまの御説明と矛盾するじゃないですか。
○愛知国務大臣 いまアメリカのステータスのお尋ねに関連して、この条約のできたときの背景や経過を申し上げたわけでございまして、現在この条約に対して私どもの考え方がどうかというお尋ねでございますならば、この趣旨においてはけっこうなことである、かように政府としては考えております。
○猪俣委員 実はいまから六、七年前に、やはりこの法務委員会におきまして、私が、何ゆえに難民条約に入らぬのかと質問して、当時、いまの中ソ大使である中川さんが、条約局長で出てきて答弁されたのです。これは納得できないのですがね。いま、趣旨はけっこうだ。そのときも趣旨はけっこうだ、こうおっしゃる。けっこうな趣旨のものを何で七年も八年もほっておくのですか。その辺がわからぬのだ。趣旨はけっこうなら、なぜお入りにならない。これは世界人権宣言の根本精神ですよ。日本は、サンフランシスコ平和条約に、人権宣言の精神を生かすように努力すると約束しているのだ。しかるに、政府に聞けば、ああけっこうだ、こう言いながら、入らない。いま突然問題を出したのじゃないですよ。七、八年以前から私が数回これを言っておるのに、けっこうだがまあ考えておきましょうというようなことで今日まできておる。どういうわけで入らないのか、入らない理由を明らかにしていただきたい。
○愛知国務大臣 従来の経緯は、私率直に申し上げまして詳しく存じませんけれども、先ほどもちょっと申しましたように、現にこの条約に加盟している国は五十六カ国でありますけれども、ヨーロッパそれからアフリカがもう圧倒的に多いわけでございますね。そういう点から申しまして、直接の関係が乏しかったから、あるいは薄かったからということで、自然とこういうような状況になっておるのではなかろうかと私想像いたします。
○猪俣委員 しかし、一九六七年の一月三十一日にニューヨークで難民の地位に関する議定書というものをつくられて、これをもう世界全般に及ぼそうじゃないかという議決ができておるのだ。本議定書は、当事国によって何らの地域的制限なく適用される。つまりいま言ったように、アフリカあるいはヨーロッパの問題だというようなことで片づけられる傾向があったために、わざわざ一九六七年には国連のあっせんによりまして全世界に拡張しようという議定ができているわけです。だから、それに基づいてこの条約に入った国もあるわけです。これ、国連の精神じゃありませんか。どうして入らないのですか。愛知さん、外務省の役人は、いまあなたが言ったように、これはヨーロッパのことだからなんというようなことで答弁をやっていたことがあるんだ。ところが、こういうふうにちゃんと国連のあっせんによって、これを全世界に拡大しようという決議ができておるのですよ。だから、そんなことは理由にならぬと思うのだ。ただ、そういうことでお入りにならぬとするならば、これ、理由にならぬと思う。どうですか。
○愛知国務大臣 私、先ほど率直に申しましたように、過去の経緯等についてはつまびらかでございませんでしたが、あらためて猪俣委員からの御提案、再度御質疑でございますから、とくと検討させていただきます。
○猪俣委員 六、七年前からそう言うているんだが……。けっこうだからひとつ考えてみます、ということを言っている。いつまで考えられるのですか。私たちも先が長くないのですからね、いいかげんに踏ん切りつけてもらわぬと、しようがない。 それから、これはなお外務当局は——外務官僚と私は言うんだが、こういうことを言っているんだ。難民に関する条約は、難民の定義がはっきりしないから入れないなんというようなことを言っている。いまでもそういった見解かどうか、それをはっきりさせてください。いま、愛知さんは経緯をよく知らぬけれども、いままではヨーロッパやアフリカに関することのために入らぬでいたようなことを言ったのだが、もうそれは、そういう外務大臣の見識というものをばくは少し疑問があるんだ。日本は世界の大国だと諸君は大いに宣伝する。しかも地理的に見ましても、日本の憲法の精神からいっても、これは政治亡命なんかに対しては大いに乗り出さなければならぬ、世界の大国として使命があるとぼくは思うんだ。そして日本は大いに人道的の国だということを世界じゅうに示す必要があると思うのです。日本へ行けば助かる。これはありがたいことじゃないですか。やはりそれだけの日本は大国になった襟度を持たなければならぬ。日本へ行けば助かるんだ、日本は保護してくれるんだ。それは、どういうわけで入らないか。いまでも難民の定義がはっきりしないというような御見解ですかね。
○重光政府委員 この難民の条約及び議定書における難民の定義でございますが、これはたしか去年も先生から御質問があって、私ども事務当局の見解を申し上げたことがありますが、御承知のように、条約における難民の定義は、一九五五年の一月以前の理由によって難民になったもの、これでございます。そうしていかなる地域の難民を対象とするかということについて、具体的には、ヨーロッパに限るか、その地域を含めるかということは、各国の選択にまかせられておる。そうして先ほど五十六カ国と大臣からお話がございましたが、その中でヨーロッパの国は、ほとんど自分の地域だけに限っておるというのが現状でございます。しかし、先生も御指摘になりましたように、新しくできまして、これを拡張しよう、すなわち拡張する議定書というものは、まず何が拡張されるかと申しますと、一九五五年一月以後の理由によって難民になったものもこれに含めしめよう、こういうことの拡張でございまして、先生のお話のとおりであろうと思います。ただ、地域を限定するのか、あるいは世界全体に及ぼすのかということについては、新しい議定書はもとの条約と同じ線をたどっております。そして現在まで新しい議定書を受け入れた国は、三十二カ国あります。西ヨーロッパが十六カ国、アフリカが十三カ国、ラ米が二カ国、東欧が一カ国、これはユーゴでございます。アジアは条約と同じに一カ国も加入していない、こういう状態であります。
○猪俣委員 ぼくは、アジアの代表として、日本がまず範を示すべきだと思う。アジアの指導国家であり、大国なんだ。ことにアジアにその問題が多いわけです。ことにわれわれの隣国である台湾にも、韓国にも、あるいは人民共和国にも、中国にも、その他ベトナムあるいはビルマ、タイ、そういう国、至るところにアジアに多いわけだ。アジアのほかの国がまだ参加するだけの大国になっておらぬにしても、日本は率先してこれに入るべきである。ことに、私はいま年月日をはっきり覚えていませんが、前後二回にわたって、難民の定義はどこまでも拡張しようじゃないかという決議をしてあるはずなんだ。あなたは知っておるだろう。そうして最後に、さっき読みました一九六七年に地域の拡大の決議もしている。私のなお言わんとするところは、難民の定義がはっきりしないなんて言いますけれども、法律構成で世界一だといわれる、ことに論理的法律構成ではやかましい西ドイツの外国人法の二十八条、亡命者庇護の法律です。これは国内法だ。その亡命者、難民の定義はみずから下さぬで、あげて難民条約の定義をもって難民とすると書いてあるじゃないか。法律なんて、ドイツは日本の先進国ですよ。愛知さんだって何だって、みんなドイツ法を勉強させられたんだ。その先進国の亡命に関する法律には、定義をみずからつくらぬで、難民条約の定義を用いている。あの法律構成のやかましいドイツでですよ。それだのに、日本では難民の定義がはっきりしないなんてことをいうて条約に入らぬなどということは、何としても理解できないんだ。ドイツにそういう法律があることを御存じでしょうが。
○重光政府委員 正直に申しまして、私存じませんでした。ただ、西ドイツについては、条約に加盟しておりますが、議定書に加盟しておりません。したがって、西ドイツとこの条約との関係は、一九五五年一月以前に難民になったものについて、しかもヨーロッパの地域だけに限って西ドイツはこの条約及び議定書すべて関係を持っておる。したがって、五五年一月以後の議定書には加盟していないというのが、対外関係におけるドイツの地位でございます。
○猪俣委員 ドイツの外国人法第二十八条は、庇護権付与の人的範囲として、亡命者の法的地位に関する条約第一条の意義における亡命者、こうなっているんだ。そうして一条の解釈はなるべく広げようじゃないかという国連の条約、申し合わせば、数回行なわれている。私ども社会党から亡命者保護法案というものを出しているが、その定義は、この難民条約の定義及び西ドイツのこの庇護権に関する人的範囲の条文によっている。それから一九四九年の十二月には、国連で難民救済高等弁務官に関する規定というものができている。一九五一年七月には、スイスのジュネーブで難民の地位に関する条約というものができている。その後たびたび各国におきまして、難民保護の規定が憲法に規定されている国がたくさんあるし、国内法でドイツのように規定している国もたくさんある。五十数カ国入っているといういま外務大臣の話だが、その中に一流の文明国はみんな入っているでしょうが。アメリカは、特殊の事情で自分でつくっておきながら抜けちゃったんだ。日本は世界の大国だという以上、なぜここに入らぬのか。しかも、アジアに非常に問題が多いわけなんです。これは朝日でしょうか何かの新聞に、最初入管法の中に政治難民のことを規定するつもりであったが、どうもこれをやると日本が亡命者の天国みたいになって、人口の多いところへまた人間がふえてくるからやらぬのだというようなことが出ている。そういうばかげた思想があるのかどうかわからぬが、一体どうなんです。そんな考えが外務省にはあるんですか。亡命者がわんさと押しかけてきて人口がふえて困っちゃう、彼らを養うことができないんだ、だから、ほんとうに人道的にはいいことであるがやらぬのだ。これはぼくは国益にも合すると思うのですよ。たとえばシナの革命時代、孫文という人を日本がかくまってずうっと保護してやった。それがついに国民党として革命を成就して、中国の主権者になった。だから、各国のそういう政治亡命者なんていうものを保護することは、私は日本が大をなすもとだと思うんだ。それをやれヨーロッパの問題だの、難民の定義がはっきりしないの……。日本もこれだけ法律的な知識が普及しているんですから、定義をつくればいいじゃないですか。社会党はつくったんだ。社会党の出している政治亡命者保護法案に対して、政府は一体どうお考えになりますか。この趣旨に賛成なのか、反対なのか、どっちです。
○愛知国務大臣 先ほど申しましたように、人道的な立場から見て趣旨に異存はないというのが従来からの態度であったと思いますが、先ほど申しましたように、私といたしましてもとくと検討をいたしたいと思います。ただいまお述べになった亡命者の天国云々というようなことを含めまして、私としては慎重にあらためて検討いたしたい、かように考えます。
○猪俣委員 なお外務大臣にお聞きしたいことは、外務省のお考えとして、日本と条約のある国と条約のない国とにおいて、外国人の出入国について差別をなさる意思があるのかないのか。
○愛知国務大臣 出入国管理法の関係は、私も主管でございませんのであまり詳しくございませんが、未承認国との関係においては取り扱いが違うことは、これは私どもの所管の旅券法においても同様でございます。
○猪俣委員 法務省入国管理局の編さんした「出入国管理とその実態」なる著書を見ると「未承認国の国民に対しては、原則として入国を認めない方針をとっている。」こう書いておるが、これは外務省としてはどうですか。
○愛知国務大臣 ただいまも申しましたように、やはり外務省といたしましては、承認国の国民と未承認国の国民との扱いに差異があるのはいたし方がないことである、かように考えておる次第でございます。
○猪俣委員 そうすると、さっきも法制局長官に尋ねたのですが、外国人に対して日本の憲法にはいろいろな自由、いろいろな権利を認めている。そうすると、承認国と未承認図において、憲法の適用することについて差別をつけるということになるのですか。
○愛知国務大臣 たとえば、これは御承知のように、承認国との間においても相互主義をとっている国とそうでない国とがある。承認国の間におきましてもそういう関係からいって取り扱いに若干の厚薄があるということは、私は当然な姿ではないかと思っております。いわんや未承認国との間におきまして若干取り扱いが違うということは、私は憲法上の問題ではないと思います、外国人の待遇でございますから。
○猪俣委員 それは相互条約で、たとえば旅券のほかにビザを必要としないとか、そういうお互いの相互条約を結んでいる国と相互条約がない国、それは差別が出てくるでしょう。私の問わんとすることは、そういうところじゃないのだ。何かその国が共産圏であるかあるいは自由主義国であるかによって、一般的にいって——他の特殊の事情があればいざ知らず、一般的においてこれを取り扱うことに差別を設けるのかどうか、それが日本の憲法から妥当であるかどうか、こういう問題なんです。
○山下政府委員 先生が述べられましたとおり、外務省としては外国人の入国の場合に査証を出すという点で入国に非常に関連を持っておりまして、その場合に、大臣が先ほども申し上げましたとおり、相互主義なり、いろいろな国によっていろいろの事情で取り扱いが違っておりますけれども、日本に入った後における待遇の問題については、法務省が主となってやっておられまして、いろいろ具体的なケースがあったときに外務省が相談を受けるということになっておるのでありまして、そのときに国によって特にどうだということを初めから規定しておることはございません。
○猪俣委員 たとえば、先般問題になりました北朝鮮の二十周年の建国記念大会に帰国したいという場合に、日本の政府はそれに反対の態度をとられた。ほかの条件があれば別です。ただ、北朝鮮へ行くというだけでそういう差別をつけることが、憲法二十二条の、出国の自由を認めた憲法が北朝鮮に行く場合には適用にならないのかということなんです。と申しますのは、わが国の国際法の大家である東大の先生を長らくやられた、皆さまも習ったかもしれない横田喜三郎氏、最高裁の長官になられた方、この人の著書によれば、承認国と未承認国を差別するということは国際礼譲に反する、こういう結論を出されておる。こういう論旨を外務省持っておられるのかどうか。差別をするのは当然だということを法務大臣が言うならばまだわかる。外務大臣がそういう頭ではしようがないと思うのだが、横田さんそう指摘している。承認国と未承認国を差別するということは、国際礼譲に反する。そして新しい国際法学者は、みなそれを支持しています。だから、治安維持を目的とした法務省が多少そう考えるのはあれだが、国際友好と国際的立場で判断しなければならない外務大臣が、そういうふうに当然のごとく答弁されるということは、ぼくら承服できないのだ。それは法務省に対して、外務省こそが少し固過ぎるじゃないか、もう少し各国融和の道で勧告したらどうだ。治安維持なんという立場に固まっておる法務省に対して、外務省が忠告するくらいの態度がぼくはほしいのだ。それをあなた、未承認国と承認国が違うのは当然だ……。それでは、ビザが要るとか要らぬとか、そういったビザがお互いに要らぬというふうな条約をやっておる国は、何カ国ありますか。
○山下政府委員 ビザを相互に免除しておる国は二十六カ国ありまして、そのうち大部分がヨーロッパの国で、そのほか南米、アジアではパキスタンとトルコと査証を免除しております。ある国は六カ月滞在する場合の免除、大部分の国は、三カ月の滞在の場合は相互に免除するということになっております。
○猪俣委員 私は、そういうお互いの相互条約上で、条約のある国とない国でそういう差別をすること、これは当然だと思うのですが、そうじゃない、基本的権利として、入国、出国について差別をつけるということは、横田さんは国際礼譲に反すると言っているんだ。外務省は、この考え方を堅持してもらいたいと思うのだ。法務省は、治安というようなことをまず第一に考えるからぎごちないが、外務省が当然だというようなことでは、これは承服できないんだ。外務大臣どうなんです。
○愛知国務大臣 いまお話にもございましたように、承認国との間でも条約その他の関係で相互主義で差別があるくらいですから、未承認国との間には、条約がないんですから、そういう点で待遇その他において若干の相違があることは私はやむを得ないことでありますと、こういうことで申し上げておるわけですから、私どもの態度というものは、法務省その他と全く政府としては一体の立場に立って運用をいたしておるわけでございます。
○猪俣委員 いま、法制局長官に聞いたら、出国の自由というものはあるんだ。国際人権宣言にもある。これはあるが、入国の自由はないんだ。しかし、北朝鮮の祝賀団の出国の場合、あの場合には出国の自由の中には再入国の自由が含まれているんじゃないか。法制局長官は答弁できなかった。裁判所はちゃんと判決していますよ。だから、外務省はどう考えますか。具体的例だ。朝鮮の創立二十周年の記念大会に、日本に生活の本拠があって、日本に長らくおって、もとは日本人だったんだ。そういう人たちがその祝賀に参列してくる、出国の自由があるという。しかし、出国の自由の中には、また自分の生活の本拠へ戻ってくる入国の自由がなければ、出国の自由にならないではないか。国連では「自国に帰る権利」と言っている。自国とは何ぞやということを聞いても、法制局長官、根拠がはっきりしないのだ。自国とは、生活の本拠じゃありませんか。少なくとも国連の人権擁護を目的とする世界人権宣言の解釈として、そうとらなければいけないんだ。妻子がおる。そこに生活の本拠があって、財産があって、そこで生活を何十年もしてきたというものを自国というなら、その国ですよ。だから、日本に何十年も生活して、日本人としてかつてあった人間が、北朝鮮に行く出国の自由は認めるが、入国の自由は認めないなんという論理では、出国の自由を認めたことにならぬじゃないか。そうすると、行き先によって、憲法の出国の自由という大原則に対していわれなき差別をつけるじゃないかということになると思うのです。現に現在起こってきた。日本の地方裁判所でも、高等裁判所でも、そういうことではいけないという判決を出している。再入国を許すべきだ。そうして国策とは何ぞや、国の利益とは何ぞやということまで判決に書いておる。国益とは何を言うのだ、時の政府の政策を言うのではないのだ、自民党の都合のいい政策を言うのではないのだ、そこまで判決には書いてある。しかし、とにかく出国の自由を二十二条で認めている際に、再入国の自由を認めるのか認めないのか、外務省はどう考えているか、伺いたい。
○山下政府委員 外国人の出国は、特別日本で悪いことをしたとかなんとかいう特別な場合以外は完全な自由になっておりますけれども、入国の場合はいろいろ検討するということになっておりますので、私たちは出国の権利の中に再入国が含まれるというふうには解釈しておりません。
○猪俣委員 含まれると解釈する……。
○山下政府委員 しておりません。
○猪俣委員 学説、判例と違っているじゃないですか、そんな解釈は。学説を見てごらんなさい。判例を見てごらんなさい。再入国の自由がなくて、出国の自由がどうしてあるのです。どういう例があるのか、言ってごらんなさい。さあ行け、行ったら帰ってきてはならぬということになれば、出国の自由じゃないじゃないですか。妻子がいる、財産はある、ここで何十年生活している、そうして出られるということになって、出たら帰れない。それじゃ出国の自由を認めたことにならんじゃないですか、どうなんだ。
○中川(進)政府委員 お尋ねの点は、入国管理局の所管の問題だと思いますが、先ほどからしばしば申し上げますように、再び入れるというのは、やはり再がつきましても入国でございまして、入国を必ず認めなくちゃいけないということは、憲法には書いてないという先ほどの長官の御説明もございましたとおり、入国を認めるか認めないかということは、国家がその主権に基づきまして、そのときどきの事情に基づいて判断してしかるべきことであると思います。
○猪俣委員 まああなたとはあとでゆっくり議論をやるから……。 国連憲章が、自国と書いてあるのだ。自国とは何ぞやという問題を解決しなければならぬじゃないか。ここでは説明できないじゃないですか。あなたが説明するというなら、大いにやりましょう。自国とは何ぞや。国籍のない者だってあるのだ。それは生活の本拠を、家族のおるところを言うのが、国連憲章の精神から見て当然のことですよ。離散家族の統合という国連の決議までできているじゃありませんか。離散家族統合に関する決議までしてある。そういう家族を置いて、そこに財産がある人間を、自国としてそこへ帰す、帰る権利、それがなければ出国の自由なんてないわけだ。 そこで、もう時間がありませんので、私もう一点質問いたしまして終わりといたしますが、愛知さん頭がいいんだからもう少し聞いてみたいと思うのだけれども、時間がない。これは入管にも聞かなければならぬが、聞くところによれば、日本への密入国者にいろいろ態様があるが、中にはアメリカの飛行機でアメリカの軍人、軍属と一緒になって密入国してきて、羽田におりないで立川におりるものがあると聞いておる。そういう事実があるかないか。
○中川(進)政府委員 これまた入管の問題かと思いますが、承知しておりません。
○猪俣委員 法務総合研究所というのは法務省の研究所であろうが、「検察研究叢書」というものを出している。「日本における外国人の法律上の地位」大平要という検事が本に書いておる。それを見ると、いろいろと密入国の方法があるが、アメリカの軍用機で来る者があるということを書いてある。これはでたらめかね。ちゃんとこの本に書いてある。この法務総合研究所の「検察研究叢書」という中に、これは大平氏の法務省に対する報告書ですよ。「日本における外国人の法律上の地位」という研究報告なんだ。その中に密入国の態様の一つとして、アメリカの軍用機で来る者があると書いてある。
○中川(進)政府委員 その先生御指摘の書物は、私まだ読んでおりませんが、概念的にそういうことも考えられないではないということで書かれたのではないかということで、具体的に何月何日にだれが入ったということは、私まだ承知しておりません。
○猪俣委員 私は、一私人が書いたというのならいいのだけれども、いやしくも法務省の総合研究所で、法務省に対する研究論文として現職の検事が書いたわけですよ。ありもしないことを、国際関係のこんな重大な問題を書く道理がないじゃないですか。これはなかなかたいへんな本だと思うのだ。大平検事が書いている。これはいま何をしているか知らぬが…… 〔発言する者あり〕
○高橋委員長 不規則な発言はお慎みください。
○猪俣委員 それはあなた間違いだ。それはまたあとであれするとして、外務大臣、こういう現職の検察官がきちっと書いてあるんだね。それはあなた知らぬかね。
○愛知国務大臣 実はそこまでは、私も所管ではございませんし、初めて伺いましたけれども、もしそういう事実がありとすれば重大なことでありますから、とくと調べます。
○猪俣委員 そこで、これは入管に聞きますが、ただこういう事実があったとすれば、一体そういう事実を調べる機能が入管にあるのかどうか、この問題、先般私質問したことがある。そうして政府はその人数まで言いました。アメリカの飛行機で立川へおりた人間の人数。われわれの情報によれば、しかしそれは九牛の一毛にすぎないのだ。これはあなたに言うてもしようがない、入管局の責任だから。いま本人、本を読んでいないというのだから、まず本を読むことを先にしなければ、そうして調査しなければ。大平検事に聞けばわかりますよ。総合研究所の研究員が報告しているのだから、そこへはっきり書いているのだから、大平検事を調べてごらんなさい。そういうものがあったとすれば、これはどういう外交交渉になるのか。
○愛知国務大臣 法律的には、米国軍人軍属等は御承知の地位協定の対象になりますから、これは取り扱いが別になりますが、それを悪用しというか、違法行為をやるという場合におきましては、これは日本の法律によって、入国管理法によって処断ができる、私はかように存じます。
○猪俣委員 それでは、外務大臣に対する質問はこれで終わります。 もう一時だ。序論だけやったのだが、まだおれの原稿のうちの三分の一だ。まだあるから、この次にやってくれ。
○高橋委員長 速記をとめて。 〔速記中止〕
○高橋委員長 速記を始めて。 次回は、来たる四日午前十時より理事会、午前十時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時五十五分散会