文教委員会 第32号
- 発言数
- 445 件
- 登壇者
- 12 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1969/07/09
会議録
○大坪委員長 これより会議を開きます。 大学の運営に関する臨時措置法案を議題とし、審査を進めます。 質疑の通告がありますので、これを許します。唐橋東君。
○唐橋委員 私は、先日この法案の背景というか底流というか、そこには自民党の文教政策が確立されてあり、その上に立ったこの法案というような形であるので、大学の自治あるいは学問の自由というものを阻害しないということを幾ら大臣が説明されようとも、文化人、大学人はこれをなかなか了解できないというような点について質問をしたわけでございますが、きょうはその中で条文の中から、いま申し上げましたように、大学の自治、学問、思想の自由というものを束縛しておる、極端にいえば破壊の道につながっておるという内容について一つずつ取り上げてみて、そして大臣の解明をお願いし、もしこの解明の中において十分この点が了解できないというような点があれば、私はやはりこの法案というものが、現在までいろいろ申しましたように、非常に危険なものであるということを前提として申し上げておかなければならないと思うのでございます。 それでまず条文にすぐに入りたいのでございますが、きのう、おとといの新聞を見ますと、日本学術会議が大学法案撤回を決議した、こういうように報道されております。私は、日本学術会議というものは日本の科学振興、文化にとって最高の権威を持つ日本の唯一の法的な団体であるというように認識しておりますが、いま申しましたような日本の学術、文化、教育上において、学術会議がどのような性格、任務を持っておるものであるかということをひとつ前提条件として大臣の考え方をお伺いしたい。
○坂田国務大臣 学術会議が反対、撤回の表明をされた、そのことは新聞で承知をいたしております。まだ原文の中身を読んでおりません。しかし、この新聞に出ました限りにおいては、いつもながらの単に大学に介入するのだ、それがいけないのだ、大学の自治を侵すのだ、学問の自由を侵すのだということでございますが、むしろこの法案は学問の自由を守り、大学の自治を立て直すためのくふうをこらした法案であるというふうに私どもは信じております。
○唐橋委員 私は、そのような内容で学術会議がきめてあるという新聞報道を私も見ました。しかし、私はいま前提としてお聞きしたいのは、このような学術会議、これは法文にもありますように全く日本における最高の科学的権威を持つものであると思います。いまさら日本学術会議法を読まなくても大臣はもうおわかりのように、「科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、」というような崇高な任務を持っておる団体であるわけでございますが、その団体を大臣はどのように現職大臣として任務、性格をお考えになっておるかということをお聞きしておるわけです。
○坂田国務大臣 学術会議が日本の学術の振興のためにいろいろ検討をされ、あるいは意見を発表されるということにつきましては私もある程度尊敬をいたしております。しかしながら、学術会議が必ずしも今日の大学の管理運営、その他どうやって社会の要請、世界の変革に対して対応するかという大学のあるべき姿ということについて十分な御検討をされ、そして新しい大学像を出されたということは聞いておりません。必ずしも学者だからといいましても、自分の専門領域については確かに相当な学者であるし、世界的な学者もおられることは承知いたしておりますけれども、今日の大学問題について非常に具体的な聞くべき提案というものを私どもはまだ聞いておりません。むしろ、学術会議のメンバーの多くの方々は大学の先生たちだと思うのでございますけれども、今日の大学の先生方というものが学生から問われ、あるいは国民から問われておるというところを私は学者の先生方が反省すべき時期に来ておるんじゃないだろうかというふうに思うのでございまして、大学の先生方は、特に国立大学にありましては身分保障があまりにも厚かったがために、この二十年安閑として、むしろその地位に甘んじて社会の変化に対応できなかったところに問題があるというふうにわれわれは考えております。むしろ一般の国民から大学の先生方が批判をされておる、またその批判に対してやはり耳を傾けるべき時期に来ておる、かように考えておる次第でございます。
○唐橋委員 そのようなことを、いままでしばしば大臣は現在までの大学教授のあり方についてお答えをしております。しかし、私がいまお聞きしておるのは、この学術会議というものを現職の大臣はどのように認識しているのかということなんです。学術会議というものは、この法文にあるように日本の科学者の総意のもとに選挙されてつくられている学界としての民主的な組織なんです。そういう場合に、そのような上において組織されておるいまの学術会議に対して現職の大臣はどう考えておるのかということです。
○坂田国務大臣 たてまえはいまおっしゃるとおりでございますけれども、中身がそれに沿っておるかどうかということについては、私は必ずしも沿ってないんじゃないかというような不安を感ずる一人でございます。 それからもう一つは、もし学術会議がこういうような批判をされるのであれば、なぜ十年前に、この世界の変化あるいは日本の産業構造あるいは科学技術の進歩に対する変化、あるいは学生の意識の変化、こういうことに対して大学それ自体が機能しなくなってきたということについての指摘及びそれに対する具体的な案というものをなぜお出しにならなかったのかと私は言いたいのでございまして、具体的な提案もなくして、ただ批判をするばかりであってはほんとうの意味における真の学者ではないというふうに思うのでございます。
○唐橋委員 日本の文化、科学の進歩というもの、そのレベルというものは私はやはり世界において屈指だと思います。 〔発言する者あり〕
○大坪委員長 静粛に願います。
○唐橋委員 それをつくり上げていったのは、やはり中心には日本学術会議のほんとうの力がある。その日本学術会議に対して、不安である、あるいは大学問題に対していままで意見を出してないから私はそのような態度に対しては了解できない、このような大臣の認識があっていいのか。ともかくいまの学術会議というものに対して、いわゆる行政の最高責任者としてそのような見方であっていいのかということを私はもう少し考えてみなければならぬと思うのですが、ともかく現在の学術会議に対して不安であるという、どのようなところが不安なんですか。
○坂田国務大臣 先般、大学立法につきましての批判につきまして、学術会議会長江上さん、それから副会長吉識さん、それから桑原さんおいでになりました。そうしてそれについての学術会議の御意見を私は承りました。そのとき私は率直に学術会議のあり方等につきましても意見を申し上げました。そうしましたところが桑原副会長は、学術会議の内部におきましても、このままではいいとは思っておりません、改善すべき、むしろ抜本的改革を考えておりますということを申されました。その点におきましてはわれわれと学術会議の幹部の方々も同意見だと私は承知をいたしておるわけでございまして、私の不安と申しまするような意味合いのことはやはりそれにつながるのだと私は考えております。
○唐橋委員 学術会議の代表の方々が、いまの大学の改革をやはりすべきであり、いまの大学がそのままであっていいと考えるというそんなことはやはり考えていないと思いますよ。しかし、どのような大学をつくり上げるのだ、こういう問題になってくると、おそらく学術会議の考え、それから文部省の考え、これは私は大きな差があると思うのですが、ともかくいまのような考え方で大臣が学術会議に接しておるということに対しては私は非常に問題があろうと思うのでございまして、むしろ、日本の世界的なレベルを持つ科学水準あるいはそれに努力されておる現職の方々に対して大きな侮辱を与えるものであるということを私はここではっきり申し上げなければならないと思うのです。それに対してどうですか。
○坂田国務大臣 私は学術会議を侮辱したつもりはございませんし、むしろ、学術会議の真のあり方というものをお互いに探り合おうじゃないかという話し合いをしたわけでございまして、むしろ、学術会議の会長及び桑原副会長あるいはまた吉識副会長は、その点につきまして、学術会議そのものについて内部から改革をしようと思っておる、抜本的な改革をやろうと思っておる、こういうことなくしては真の学術会議の使命を果たせない、こういう意味のことを私におっしゃったわけでございまして、これは事実でございます。私が言っておるわけではない、学術会議の当事者が言っておられることでございます。そのことを御了解いただきたいと思いますし、むしろ学術会議の使命をより効果的に達成するためにどうするかということを文部大臣と学術会議の会長や副会長と御相談することは非常にいいことであって、私は決して学術会議を侮辱するものではないと思います。また、学術会議のあり方等について、それはオールマイティであるかのごとき印象を学術会議の人々が持っておるとすれば、それは行き過ぎだと思うのでございまして、常にいかなる団体であれ、国民の声、世論というものに耳を傾けていくという態度こそ学者の態度である、学術会議の態度であるというふうに思うわけでございます。
○唐橋委員 現在の学術会議が思い上がっておると思いませんよ。今度の大学運営法についても二回目の臨時総会、発足以来二回目ですよ。それだけ重大な、しかも慎重な考え方の中に行なわれていると思うのです。確かに学術会議が時代の進運とともに内容を充実し、改善していかなければならない点は、これはあると思いますよ。しかし、現在ある学術会議に対して、文部大臣が先ほどの考え方のような態度で接しているというならば、私は非常に問題があると思うのでございますが、ともかく今度そのような見方に立っておられる、学術会議を見ておられる大臣が、いま申しましたように、発足以来二回目といわれる臨時総会において、今度の大学運営法が大学の自治、学問、思想の自由を破壊し、大学の存立を危うくするばかりでなく、社会の進展と国民の将来に重大な悪影響を及ぼすものと考えるというようなことが議論され、それで決定されたとするならば、それに対して文部大臣は謙虚にその意見を聞く考えがあるのかどうか。ことばをかえて言えば、学術会議のこの総意に対して、ほんとうに尊重していくという考え方があるのかどうか、この点をひとつ明確にお伺いしたい。
○坂田国務大臣 私といたしましては、学術会議の書かれた文章というものを少し分析し、検討してみたいと思います。しかしながら、私が先ほどから申しますように、これは学術会議始まって以来二回目の臨時総会である、そこで慎重な配慮をしたとおっしゃいますけれども、それならば、われわれは大学問題についてこういうふうな具体的な解決策を持っておるということを、なぜ御提示にならないのか。それでなければ、国民はわからないわけであります。学術会議の言うことがほんとうなのかどうなのか、文部省の言うことがほんとうなのかどうなのか、わからないのでございます。具体的提案もなくして、ただ批判することだけは、非常にこれは言いやすいことでありますけれども、自由社会においては、そういうことは許されないように私は思うのであります。そういうことを言うならば、やはり具体的な提案をお示し願いたいと私は申し上げておるわけであります。
○唐橋委員 私は、大臣が学術会議に期待して、学術会議から大学の改革の意見を出していただきたいという気持ちはわかりますよ。わかりますけれども、現在出されておるこの意見を、大臣はどのように受けとめるかということを質問しているのですよ。いまの考えを総合すると、何か大臣は非常に迷惑だ、このような意見を出されてくることはいやだ、このような考え方であるならば、私は問題だと思うのです。ですから、学術会議が、これほど明確に新聞報道に——私がいま読み上げたのは、新聞報道の記事です。だから、多少内容の語句の違いはあろうかと思いますけれども、おおよそ間違っていない。大臣の手元にいっていない。私の手元にもまだない。しかし、このように学術会議が、臨時総会を開いて、しかもこのように明確に、しかも反省を求めるという意味のもの、そうでなくてやはり撤回をさせたい、ここまで総会において意見が出されたというこの熱意というもの、この会議の状況というもの、そこに集まられた学術会議の会員の方々の総意というもの、こういうものを現職の文部大臣がどのように受けとめるかということは、天下はもう注目しているところです。どうなんですか。尊重するのかどうか、それをひとつ十分にここでわかるように答弁していただきたい。
○坂田国務大臣 私は、学術会議がいろいろの意見を出されるということはけっこうなことだと思っております。しかしながら、その場合に、出し方としては、具体的な大学問題解決の方策というものをお示しいただきたい、かように申し上げておるわけです。 もう一つは、今日の大学の紛争というもの、しかもその原因をどう考えておられるか、あるいはまた、その実態をどう把握しておられるかということを学術会議にお聞きいたしたいくらいでございます。と申します意味は、一体今日学問の自由は侵されているのか、侵されていないのか、侵されていると私は思うのです。大学の自治は侵されているのか、侵されていないのか、侵されていると思うのです。としたならば、どうやってそれを排除するかという方策がなければならぬと私は思うのであります。そういうようなことを、現実の認識というものを——単に国家権力に介入されるから学問の自由が侵される、あるいは大学の自治が侵されるという観念的なことではなくて、現実にみずからが教育をすべき学生の暴力集団によってそれが行なわれているじゃありませんか。そうして大多数のまじめな学生、学ぼうとする学生の自由が侵され、大部分の学者がほんとうに研究をしようと思っているその学者の自由というものが侵されているじゃないですか。ほんとうに学術会議が学問の自由というものを守り、大学の自治を守るということであるならば、何でそれに対する対策をお示しにならないのか。むしろ今日、国家権力の介入によって自由が侵されているのではなくて、現実には学生自身によってこれが侵されている。暴力によってこれが侵されている。これを排除するという意思なくして、どうやって学問の自由を守ることができましょうか。私は、国民の大多数というものは、そのことを学者に期待し、また、その無力さということについてあきれていると思うのであります。私はそう思います。
○唐橋委員 いま申されたようなことは、学術会議の方々は十分承知ですよ。いまの学者の中で、どれだけ大学の自治が侵されているか、現場にいる人たちが大多数ですよ。それで、しかも新聞報道でございますが、大学三原則というようなものを立て、その中で改革の意図というものをはっきり出されており、しかも原則として大学は国家権力の介入によらないで、大学自体でやはり改革していくべきものだ、こういう中で現在各大学がこの改革に取り組んでいる。その状態の中で学術会議は、おそらくりっぱな大学ができていくことを期待しながら関係者は——学術会議の会員の中にはその関係者がおりますよ。その人たちは、やはり紛争の解決に努力しておりますよ。その紛争の解決に努力している人たち、その集まりの人たちが、いまのような大学運営法案については危険ですと、これほど明快な回答を出されて、その回答に対して、大臣は、その意思をどう受けとめるのかということ、いまのように大学自治が学生によって侵されているのを、学術会議が知らぬような答弁をされている。むしろ、そういう現場において苦労されている大部分の会員たちが、この案を出しているんですよ。そうではないのですか、大臣。
○坂田国務大臣 私は、全然知らないとは申さないわけでございます。しかし、知っているかもしれないが、それに対して学問の自由をどうやって守ろうとするのか、その具体策が一つも学術会議から出てこないじゃないか、あるいは各大学から出てこないじゃないか。そうしてただ自主解決、自主解決といっても、もう一年にもなるんですよ。(発言する者あり)
○大坪委員長 静粛に願います。
○坂田国務大臣 一年にもなるのです。こんな国はありませんよ。そういう学問の自由が侵されている状態を、どうやって回復するかという場合におきまして、やはり政府と大学当局が一体になって、これの秩序回復をはかり、教育の正常をはかることを考えなければいけないというのが、私どもの考え方なのでございます。
○唐橋委員 そういう原因的なことになってきますと——いまの大学の紛争の原因等については、これはしばしば議論されているので、私はここで申し上げようとは思いません。しかし、学生運動の一つの大きなテーマは、現在の政治に対する不信、不満、それを改革していこうという熱烈なる行動だと私は思うのです。そうすれば、いまのような政治をつくりあげていく、学生が不満を持つような政治、学生が不満を持つような一つの学校の内容、もちろん、その内容の改善については、いま大臣が申されましたように大学の直接担当されている方々の責任はあると思うのですよ。しかし、それらの問題は別にして、議論は繰り返しませんけれども、ともかく結論として、これだけ明白なものを大臣はきょうかあすお受け取りになると思うのです。お受け取りになっていくときの内容というのは、私は十分これは検討すべきだと思うのです。しかし、検討した上で、その意思を現職の大臣として尊重するのかしないのか、ここだけははっきり私はお聞きしたい。めんどうな質問でないのです。学術会議の決議というものを尊重するのかしないのかということです。
○坂田国務大臣 少なくとも新聞の文字にあらわれておる程度の学術会議のことであるならば、大学問題に対する認識というものは私どもと違うわけでございまして、私はこれだからといってこの法案を撤回する意思は毛頭ございません。
○唐橋委員 それでは学術会議に対する大臣の考え方がわかったので、この条文に入ります。自治が侵されている、学問の自由が侵されそうな危険があるというような個所を一つずつあげていきながら、大臣の所見をお伺いしたいと思うわけでございます。 第一には、紛争の範囲が不明確でございます。しかもそれを行政段階で、その紛争であるとの最終的認定権は大臣にある、こういうふうに私たちはこの法案からとれるわけでございます。このことは、私はやはり権力が介入する前段のものとして、非常に重要な意味を持っておると思うわけでございますが、わが党の代表の長谷川議員が本会議においてもこの点に触れております。大臣は紛争校であるということをもう拡大解釈できるんだ、だから紛争とはどういうものかということ、長谷川議員が代表質問でされたように、紛争でない学校というものはほとんどなくなってしまうではないか、こういうことさえ言われているわけでございますが、こういう点について、紛争の範囲の不明確さ、しかもその最終決定は文部大臣にあることについて、私は権力介入の前段として、非常に疑問を持つわけでございますが、それに対してどうですか。
○坂田国務大臣 第一次的には、とにかく当該大学の学長がこの紛争の認定をするというたてまえになっております。
○唐橋委員 どうもくどくお聞きするわけでございますが、大学紛争の範囲というものをあなたたちが責任をもって認定しなければならないのですよ。だとするならば、その範囲をこのようにつかんでいくのだというような内容、それをお聞きしているわけですよ。もし大臣が何だったら、局長から答弁してください。
○村山(松)政府委員 大学紛争の定義は、第二条にあるわけでありまして、およそ大学においては、静穏な状態を保って教育、研究に従事するというのが、その使命でございます。それに反する状態が一番広い意味での大学紛争でございます。そこで大学のあり方に反する状態であって、教育、研究が阻害されている状態の代表的なものとしましては、第二条に、施設の占拠、封鎖、及び授業放棄といったものをあげております。そういう状態を起こす原因としては、学生による正常でない行為によりましてそういう状態が起こっておること、これは客観的、物理的な状態でございますから、およそ普通の人であれば認知し得る状態であります。そこでそういう状態をだれが認知して、だれが紛争と考えるかは、第一次的には、大臣が申しましたように学長でございます。
○唐橋委員 範囲がばく然としていますよ、そんなのは法律の条文だけでわかりますよ。いまのような答弁は……。 それからもう一つ私が聞いておるのは、最終決定の認定権は文部大臣にあるのじゃないか、この点はひとつ明白に、こういうことをお聞きしておる。
○村山(松)政府委員 立法のやり方といたしましては、このような紛争といったようなものは、事こまかに定義を掲げまして、それからまたそれをしかるべき機関で認定するというようなやり方をする場合もございます。しかし、大学紛争の場合には、これはまずもって自主的な収拾をはかるのが主眼でございますので、そのような事こまかに定義を掲げ、これをしかるべき機関で認定するというようなことではなしに、およそ大学における正常な状態ということは、これはもう客観的に認知できることでありますし、その逆の状態、つまり施設の封鎖、占拠するとか、あるいは授業を放棄しておるとかいうようなことも、これも明白に認知されることでございますので、立法技術といたしまして、事こまかな定義規定、あるいは認定機関というようなものは書かなかったわけでございます。そこで第一次的には、そういう紛争が起こっておる当該大学が当然認知して紛争と考え、文部大臣に報告して、しかるべき措置をとるということでございます。そこで文部大臣も学長の報告を受けて、大学が紛争状態であるということを了知し、それに同意し、しかるべき援助を与える、こういうことになります。そのような収拾努力を六カ月ないし九カ月継続した後において、なおかつ、そのような客観的な状態で続くというようなことになりますれば、これは認定する必要のないような客観的明白な事実でございますので、文部大臣がしかるべき措置をとる、こういう構成になっております。したがいまして、最終的な認定は文部大臣という言い方も可能だと思いますが、それに至る道程といたしましては、大学の報告、あるいは文部大臣が措置をとる場合においては、第三者機関であるところの臨時大学問題審議会といったようなものの判定を加えられまして、それらの総合的な判断によって、最終的には大学紛争というものが確定する。かように規定しておるわけであります。
○唐橋委員 どうもあやふやで、局長、何も私から申し上げるまでもなしに、法案の表面にあらわれておることは私たち理解できるのですよ。それを具体的に適用する場合はどうなのかということこそが、法案の審議の重要さだと思うのです。だから法案の条文の説明は要らぬのですよ。したがって、私はこの紛争の認定であっても、最終的にはいまのような手続の中で、文部大臣にある、こういうようにこの法案は解釈するのです、こういうように明確な答弁をしてもらわなければいけないのです。 それでは一つ例をあげて聞いてみますよ。先日私がお聞きして、紛争校の数が出ました。その中には、今度の法案だけでストライキをやっておる学校もある。それは御承知ですね。いままで政治活動も、大学紛争もなかった。法案だけで、今度法案反対のストライキがあった、こういう学校がずいぶんありますよ。これは紛争校ですか、どうですか。
○村山(松)政府委員 その理由、動機のいかんを問わず、学生によって施設の封鎖、占拠あるいは授業放棄ということが行なわれれば、これはこの法律にいう大学紛争ということになります。したがって、大学立法反対というような理由づけで、学生がいま申しましたような行為をやれば、この法律にいう大学紛争ということに相なります。
○唐橋委員 もう一つ、じゃ、具体的例をあげてみます。 政治闘争、そういうものとは全然質が違って、寮問題とか学費値上げというようなことで、学校の中で封鎖ということまでいかなくとも、学校当局と学生側において問題が解決しないでおる状態、こういうものは過去においてもしばしばあったし、現在もある。こういうものは紛争校ですか。
○村山(松)政府委員 大学の当局あるいは教職員、学生の間で意見を異にする場合があって、それについて若干摩擦を伴うような話し合いをやっておる程度であれば、この法律にいう大学紛争とは考えません。この法律でいう大学紛争というのは、こういう動機のいかんを問わず、それによって施設の封鎖、占拠、授業放棄という状態があらわれる。それからまあ、念のために、これと同等の、正常でない状態によって教育、研究が現実に行なわれないような状態にまで至ったものを大学紛争というわけであります。教育、研究が一応行なわれておって、その間にかなり深刻な意見の対立があって、話し合いを行なっておるというようなものは大学紛争とは考えておりません。
○唐橋委員 そういうような状態、いま私は法案の問題と二つの例をあげました。その場合に、この法案ができれば、まあ、文部省としては、大臣としては、現場はわからないわけですね。新聞やその他でちょっと見たり、あるいはその他の機関で知るわけでございます。そうすると、その認定は、学校からあがってこない。だとすれば、そのあとから出てきますが、今度その報告をしろ、こういうような権限は出てきますね。それを報告された上においてあなたたちは認定するわけですね。現実にそうでしょう。どうですか、これは。
○村山(松)政府委員 大学紛争につきましては、第二条に掲げるような状態があった場合に、大学から報告をしていただいて、それで、文部省としても、当該大学が紛争大学である——まあ、これは認定ということばは法律的には用いておりませんけれども、常識的に申しまして、そのように判断するわけでございます。 それからさらに、客観的にそのような、だれが見ても大学紛争であるという状態があって、報告がないような場合には、文部省としては、責任上、これを督促いたしまして、大学の報告を受けまして、紛争大学であるというぐあいの判断をいたすつもりでございます。
○唐橋委員 あとの第四条の、大学紛争の報告義務というものにも関連するわけですが、どうもあそこで紛争が起こっているようだ、新聞その他の機関でわかった、学校からは報告が出てこない。こういう場合、これは全部文部大臣としては報告の義務を負わせますね。どうですか大臣、これは。
○坂田国務大臣 そのとおりでございます。
○唐橋委員 そのような状態であるならば、何かちょっとしたきっかけで、これは紛争でないのか、こういう場合、すべての学校に対して報告の義務が今度出てくるということだけは理解していいですね。そういうように、先ほど申しましたように、紛争校というものをどこまでも、今度は文部大臣の認定権にあるという、このことだけは、いま私が理解したように理解しても間違いないでしょう。
○村山(松)政府委員 そのとおりでございます。
○唐橋委員 それでは第二に入ります。 第三条で、学長等の責務として、学長の努力義務が課されております。この条文は、まあ読めば当然の義務である。この条文がなくたって、現在紛争校の学長、教授は全く真剣に努力しておりますよ。きょうあたりは、新聞報道だからわかりませんが、その紛争のためになくなられた方というような報道さえありますが、それほど苦労していますわね。だから、このような条文を法律できめるというようなことは、私は、ある程度これはまあ努力義務だ、こういうように理解して、そのまま受け取りたいんですが、しかし、明文化したねらいは、やはりいま申し上げました第四条の報告義務にからんで、どういうわけで起こったのか、その学校の内容はどうなのか、それから財産保全のためにはどうしておるんだというようなことにからんで、ここに非協力職員の懲戒処分の根拠となるんじゃないのか、あるいは財産保全のための警察の導入の根拠となるのではないのかということが、非常な危険なものとして、出発としてとらえられている。これは局長の手元や大臣の手元にずいぶんと反対の陳情書が各学校あたりから来ておると思います。この中にやはり数カ所見えておりますが、このような心配というようなものに対して大臣はどう受けとめますか。
○坂田国務大臣 これくらい長い間紛争が続き、かつ、いつ果てるとも知れないというような喫緊の事態でございます。そういう事態でございまして、国民の財産を預かり、そうしてまた、最終的には大多数の学生の学ぶ自由というものも守らなければならない私といたしまして、また、多くのまじめな学者の人たちの研究を守る立場にある私といたしまして、紛争をいたして長い間授業もできないというようなところに対して報告を求めるということは、あたりまえのことであって、それをやらないことこそ、国民から糾弾される筋合いのものだと私は心得ておるわけでございます。いわんや、ここの法律におきましては、七条に至るまで、六条までの間において事態を収拾していただく、大学紛争を解決をしていただくというところに主眼があるわけでございまして、その意味合いにおいて、この三条に書かれておりますることは言わずもがなのことであるかもしれませんけれども、この法律そのものが自主的解決の努力を助けるという形になっておるわけでございまして、当然の報告をすべき義務を課したものだというふうに考えるわけでございます。
○唐橋委員 まあ、第三条、第四条を関連さして考えてみますと、非協力職員の言動調査、こういう点が私はやはり当然報告内容という形で具体的に出てくるだろうと思います。これは大臣、その学校の中でいろいろ教授の人たちの意見の相違というものは、現実もあるし今後も予想される。こういう場合に、学長は、それらのことをやはり詳細に報告する義務、これが当然生じておると解して、また、そのような理解の上に文部省は報告を求めるだろうと思いますが、ここに私は学問の自由を脅かす危険性がある、このように指摘されているわけです。これについてはどうですか。
○坂田国務大臣 いやしくも、その学問の自由というものは憲法で保障されておるわけでございまして、われわれ政府、文部省といたしましては、そういうことをやってならないというふうに思っておるわけでございます。むしろ逆に、学生の暴力や学生運動によってそれが侵されているんじゃないかということを心配をしておるわけです。そういう意味合いにおきまして、われわれは言動調査なんということは毛頭考えていないということをはっきり申し上げておきます。
○唐橋委員 大臣そう言うけれども、現状を見ていただきたいのですよ。たとえばあとで教育大のことを申し上げますけれども、教育大だって、きのうきょうの新聞に、あれだけの人員の教授にしても反対だ、学長のほうは賛成だ、そうすればその現状は当然報告として出てくるのじゃないですか。しかも、これはあとでも述べたいと思いますが、井上教授のようにいろいろな学問的な自由の立場から意見を出してくる、あるいは学生運動についても、この学生運動の意見は聞くべきだという教授があり、それは学校の立場としてはその程度のものはまだ聞けないのじゃないかといういろいろな問題がある。それは学問上の問題もあり、あるいはいまのように行動上の問題もある。こういうものが詳細出てくるときに、私はここにいま申しましたようにいわば非協力職員とでも申しましょうか、学長に批判的な立場をとっていく、現実としてこういう職員が実はいるから紛争が解決しないのです、このような報告が必ず大臣に出てくる。そうすると大臣は、そのような職員はこれはやはり紛争解決に協力していないのだ、このような判断を下す順序になると思うのです。しかし、その教授の立場から立って見れば、私は紛争の解決の方法をこういうようにしていきたいのだという意見の相違のものだと思うのです。紛争を長引かせたいというような教授は一人もない。解決の方法に見解の相違がある。また、その見解の相違、そういうものをいわゆる反対だ、だから紛争が長引くのだ、このようなきめつけ方が必ずここに出てくる。どうですか。
○坂田国務大臣 私どもは学問の自由を守るためにこの法律を出しておるわけでございまして、いやしくも学者の人、教授の人がどういう思想をお持ちになろうとも、どういう学問的な研究をなさろうとも、それを守ろうとする立場に立っておるということをはっきり申し上げておるわけでございまして、そのことについてわれわれがとやかく言うことを全然考えていない、毛頭考えていない。こういうことを繰り返し繰り返し申し上げておるわけでございまして、唐橋さんもこの点はひとつ御了承を願いたいというふうに思うわけでございます。
○唐橋委員 大臣のいまのような気持ちは、これはあたりまえだと思うのです。現実はどうなってくるかというと、そのあとの第五条でも必ず出てくる。第五条は文部大臣の勧告でしょう。勧告は尊重すべきである、努力義務になります。勧告を尊重するというようなことはこれは当然のことなのです。ここにわざわざ法律上明文化しているということになった場合に、勧告に従わない、その従わない理由はいろいろあるだろうと思います。紛争を長引かせたいために従わないという教授は一人もないと私は思う。そういう場合に、その勧告に従わなかった者に対する、いわばその責任を問うていくという可能性が第五条から出てくる、このように現場の大学人は理解しておる。これに対してはどうですか。
○坂田国務大臣 そのことによって身分的なことまで触れるという考えは毛頭ございません。
○唐橋委員 身分的な問題には触れない。しかし、いわばその責任を問うていく姿勢だけは大臣として持つ、こういう理解なのですね。
○坂田国務大臣 あらゆる努力を払うことについて、それをお考えいただきたいということを申し上げることは当然なことだと考えております。
○唐橋委員 相当明快になりました。 それでは第六条に質問を進めまして、「運営機関等の特例」で、学長に一定の権限を集中し、あるいはそのために特別の機関を設置することになっております。本条一項の措置を行なうに事前に文部大臣と協議しなければならない。この協議がととのわなかった場合どうなります。
○村山(松)政府委員 第六条に規定しております大学の自主的な紛争収拾のための諸措置は、法律で画一的に規定しないで大学が選択的に用いることができるようになっております。その用いようによっては現在法令の特例もございますし、また新たな機関の設置というようなこともございます。新たな機関の設置ということになりますと、これはやはり行政組織の問題でありますし、場合によってはその運用のために予算、費用を要する場合もございます。そこで、そのようなものにつきましては、あらかじめ大学と文部省とが協議して必要な行財政的な措置を講じたる上、実施するのが適当と考えまして協議といたしておるわけでございます。 そういう趣旨でございますから、大学の申し出が紛争収拾に資するものである限り、文部大臣はそれが行財政上可能なものである限り協議に応じて実施に踏み切ることはこれまた当然でございます。協議がととのわないということは、その御提案が紛争収拾に資するものである限り、また行財政上可能なものである限りあり得ないわけでございますが、形式的に申せば協議がとのわなければ実施できないということになろうかと思います。ただ、そのような場合は、たとえば予算上むずかしいとか、そういう場合でございまして、重ねて申し上げますが、紛争収拾に資するものであって行財政上の事情が許せば大学の御提案については文部大臣は協議に応じ、協議に応じないということはほとんど考えられないと思っております。
○唐橋委員 協議に応じないということは考えられないというのですけれども、具体的な解決の中でこのように解決していきたい、その見解の相違ですね。非常に問題がそこから出てくると思うのです。現実としては、このような改革の方向でやりたい、そういう人がいま申しましたように運営機関の中に入っておる。そうしますと、運営機関の中にあの人が入ればというようなことが今度は協議の中に出てくる。反対の人が入ればなかなかまとまらない。いままでの教育大の場合だって現実にそうでしょう。そのときに文部大臣は、あの人は入れるな、こちらの人を入れろ、こういうようにされるのではないか。いわばここで大臣からはっきりしてもらわなければならないのは、第六条の運営機関の協議の場合に拒否権が大臣にあるかどうかということです。
○坂田国務大臣 いまのお話、拒否権があるとかないとかということではなくて、いま局長が申しましたように、この第六条というものは、まことに第一条のこの法案の性格と申しますか骨格と申しますか、大学みずからの自主的解決の努力を助けるということを主眼とするということがこの第六条まで一貫しておるわけでございまして、非常に大学側の自主的な解決への努力あるいは自由裁量というものを求め、そしてそれに選択をお願いして、そのことについてはこちらででき得る限りの行財政措置をいたします、こういう仕組みになっておるわけで、したがいまして、私が、学者の先生や大学の先生やあるいは一般学生あたりで、この立法は権力的なものだ、権力的なものだとおっしゃいますけれども、そうじゃございませんと繰り返し繰り返し申し上げておりますのは、その意味なんでございます。
○唐橋委員 どうも答弁が焦点にいかないようでありますが、私は具体的にひとつお伺いいたしますが、第六条の「次に掲げる機関」ということで、補佐機関、審議機関、執行機関、これが出ているわけですがね、そうしてこの機関の中の私は人員構成でいまの問題をお聞きした。もう一つ進めまして、このような機関は、この法文以外に現在学校でいろいろ解決策を出しておる。その例は東大あたりはそうですが、そうしますと、この法律で決定して、この範囲、それと性格が違う、そういうものが現実できている。こういうような場合に、一律にこの「次に掲げる機関」というものの性格に合わぬから改組しなさい、いま局長から予算の話が出ましたが、そうでなければ予算出しませんぞ、こういうようなことでしばしばいままでこの問題でなくとも予算で大学を締めつけてきておりますが、そうしますと、ここでお聞きすることは、いままでの経過の中で、これも何もここで読み上げる必要もございません。東大にしても、横浜大にしてもあるいは上智大にしても、あるいは近ごろは教育大にしても、あらゆる中において改革案をつくってきておる。一致するものもある、一致しないものもある。今度は法律ができる。その場合に、一部一致しないものは一致するように改組しなければならないんですか、あるいはその中で多少やはり性格が違うというものは、この性格に合わせていくというような行為、それがいま申しましたように、今度は拒否権というものが裏づけになる。確かにこの条文でいえば、任命権という任命行為は形式的だと思います。しかし、実質はここに強制力があるのじゃないか、これが大学当局の心配ですよ。くどくお聞きしましたが、意味わかるでしょうか、私も表現がへたなものですから。
○村山(松)政府委員 現在の国立大学の組織法制から申しますと、大学の主要な組織につきましては国立学校設置法で直接規定しております。あと下部組織といたしましては、政令、それから省令、さらにそれ以下の組織の細目につきましては、大学側が自主的に現在でも学則等によってきめておるわけでございます。そういう基本的な体制を変えることは考えておりません。ただ、この法律が成立いたしますと、この法律の六条に掲げておるような機関に相当する機関を大学が現に設置しておるような場合、この法律成立後引き続き設置しようとする場合には、附則によりまして報告を願ってその既成事実を認めていこう、以後はこの法律に乗せていこう、こういうぐあいに考えております。したがいまして、その機関の人事につきましては、現行の教育公務員の人事と同様に取り計らうことになっておりまして、この法律によって特段の扱いの相違を直ちに考えておるわけではございません。
○唐橋委員 その次に学長の権限集中が出ております。評議会の職務及び権限について限定することなくこれを学長に委譲し得る、こういうことがあるわけでございますが、この場合、学部間の紛争、教官相互の意見の対立、こういう場合があったら、学長の権限集中によって反対教官の排除というようなことが容易になるのではないか、こんなことが、先ほど報告のところでも申し上げましたが、この点も現場の教官というものはやはり非常に心配しておるところだと思います。この学長の権限集中と、それから学長の言うことを聞かない、反対意見を持っておる、こういうものを私は権限集中によって排除していくというようなことがもし出てくれば、むしろ紛争というものの解決がどろ沼状態におちいってくる、こう言わざるを得ないわけでございますが、この点についてはどう考えていますか。
○坂田国務大臣 大学紛争を終結をする措置として、大学当局みずからが権限集中をなさる場合もありますし、それはよくないという形でやられる場合もあるだろうし、それは大学側の自主裁量なんでございますけれども、しかし、やはり多くの場合、学生それ自体がああいう民青あるいは三派というふうに分かれ、そして学生の意思といってもなかなかつかみにくい、自治会というものが区々に分かれておるという状況、その区々に分かれておってどれと交渉していいかわからないというところに今日の学園紛争のエスカレートしておるところもございましょうが、同時に、今度は大学それ自体として収拾策を考えていく場合に、各学部間における意見の一致、全学的意思の決定というものがなかなか行ないがたい大学のいまの組織になってきておるということでございますから、真の解決というものを考える場合は、何と申しましても全学的意思の決定というものをどうしてやっていくかということであって、それには学長みずからがリーダーシップをとれるような体制を整えるということが私は当然生まれてこなければ真の解決にはならないんじゃないかと思うわけです。その意味合いにおきまして、東大におきましても、加藤学長が代行のときに権限集中をやりまして、そうしてしかもその際は、その当時の加藤法学部長が、もし代行ということを引き受けるには、その前提として権限の一部委譲というようなことをお願いしたい、それがなければ自分としては解決の見通しがない、それでもいいかということで、評議会も教授会も了承をした、そういう経験もあるわけであります。そうしてその後加藤代行は、そう権限は委譲されたのだけれども、しかし、形式的にはあくまでも評議会、教授会にはかって、そうしていろいろの具体的な解決方策というものを進めていった。そういうことで、けさの新聞を読みますと、あの九学部は一応教育の正常化ができ、あるいは卒業、進級等も行なわれておるようでございますが、一つ残っておりました文学部もやがて教育の正常化へのきざしが見えた。こういうことは、そういうような努力、リーダーシップのおかげではないかというふうに思うわけでございまして、その方式というものがすべての大学に当てはまるとは考えませんけれども、しかし、紛争をいたしております大学の学長がこういうような手だてというものをやられるならば、あるいは解決への方向が見出せますぞということはサゼスチョンをしておる、こういう仕組みになっておるということでございまして、どれを選ぶかということはあくまでも大学それ自体におまかせをしておる、こういうふうに仕組まれておる。これがこの法案の、いわば大学紛争自主解決の努力をわれわれが助ける、大学と文部省、文部大臣というものが国民のために一体となって秩序回復をはかり教育の正常化をはかろうじゃないかという、こういう姿勢で貫かれておるということをひとつ御了解いただきたいと思うのでございます。
○唐橋委員 学長に権限を集中していくということは、私はやむを得ない場合はしばしば出てくると思います。そうでなければ解決し得ないという事例はしばしば私たちも見聞きしておるわけでございますが、ただ、法律によって権限の集中を規定していくというところに、やはり非常な危険性があるのだということを現場の人は受けとめておるということを私は考えざるを得ないわけなんです。下から盛り上がって、今度は学長にまかせるから裁断を下せ、これを執行しろ、こういうのは当然出てくるだろうと思います。しかし、法律で今度は、ここにありますように非常に大きな権限をとり得るのだ、こういうことがきめられていった場合に、いま申し上げましたように反対教官の排除というようなことにつながりはせぬか、この危険性を私は指摘しているわけなんです。もう一度。
○坂田国務大臣 いや、そういうようなことがないためにこそ、ここで「学長は、評議会にはかり、次の措置をとることができる。」というような慎重な配慮をいたしておるわけでございまして、唐橋さんの御心配のようなことはないと私たちは考えるわけであります。
○唐橋委員 それと関連して第七条では、やはり今度は学長はこのような大きな権限の中で休止するという措置ができるわけでございます。それに対するいろいろな経過等も省略いたしますが、要は独断でできるというように最終的に考えられるわけでございますが、この点についてはどうですか。
○坂田国務大臣 いきなりこの七条をお読みになると、ちょっとショッキングにお感じいただくのも無理からぬと思うのでございますけれども、私どもといたしましては、あくまでも七条というものは動かさないで、六条以下のいわば自主的解決ということを主眼として紛争解決をしていただくということを考え、そしてあらゆる努力を大学側に期待し、こういうような方法もありますがどうですか、これをやっていただいたならばいけると思いますがどうですかということをやって、なおかつ、六カ月あるいはまたさらに九カ月、しかもその間、この七条の第一項におきましては、むしろ法律によらずして大学みずからが自分で休校措置をとるというようなこともできるようにしてあるわけです。にもかかわらず、なおかつまだ占拠も続いておる、あるいは入学試験もできない、授業の再開もできない、卒業もできない、そして暴力は横行しておる。これじゃ一体もう九カ月、国民の大事な子供さんを預かっておる大学として、また最終的な責任者の文部大臣として、大学だけの解決にまかせておくことができるかどうか。私は、国民大多数の方々に対する、国民全体に対する責任からも、九カ月もたってなお紛争が解決しない、そして暴力は横行する、研究もできない、教育もできないという状況になったならば、この辺でひとつ学生側も教官側も頭を冷やしてみる、冷却期間を置くという意味において、また事実上教育も行なわれてない、研究も行なわれておらないのでございますから、教育、研究の中止を命ずるということができる。そしてそれも文部大臣の恣意あるいは個人的な感情、そういうことでそれをやるということは慎まなければならないことであって、やはり第三者の、いわゆる臨時大学問題審議会という第三者の機関の意見も聞いて、また学長の意見も聞いて、そして最終的に教育、研究を中止をするということの道を考えておるわけでございます。
○唐橋委員 法律解釈ですからね、ここでは。実際の経過としては、おそらく現在の学長は独断でやるというようなことは考えられないと私は考えます。しかし、一つの法律をつくっていく場合に、この法律に基づいて今後行なわれる、こういう場合になりますと、学長の立場においていろいろ審議会の意見は聞いた、その審議会の意見等を聞きながら、しかもそれと異なった決断も下せるわけですね。それが私は独断、こういうように申し上げておるのです。ここに非常な危険性があるのではないのかということは、御承知のように学問の自由、研究を押える点だ、そのように指摘されている個所なんです。ですから法律解釈としては独断でできると私は解されるがどうか、ここをまず明確にしたいのです。
○村山(松)政府委員 この第七条第一項の大学の休校措置をとる場合の手続でございますが、これは第六条によって権限集中の措置がとられておる場合にはその現実にとった手続によることになります。そのような措置がとられていない場合には、現在の評議会の規則等によりまして手続がとられるわけでありますが、現在の評議会の規則では、評議会に付議すべき限定列挙事項には授業休止というようなことが掲げられておりません。そこで読むとすれば、「その他大学の運営に関する重要事項」で読むことになりますので、学長としては、このような措置は当然重要事項でありますので評議会にはかった上でなされるということになろうかと思います。
○唐橋委員 大臣の場合に停止権が出てまいります。この大臣の停止権についても、学長の意見を聞き、臨時大学問題審議会の議に基づいて行なわれる。こういうわけでございますが、前にせっかく設けてある第六条一項の機関などはなおざりにされている。こういうところに、いまのような状態の中で学長の独断、そういうものと合わせながら大臣の権限が強化されてくるという議論があるわけでございます。これはやはり私は当然でないかと思うわけでございますが、これに対してはどうですか。
○坂田国務大臣 この場合に、七条が発動する場合というのは、大学というものが機能を停止しておる、そういう状況なんです。機能を停止しておるということは、学問の自由というものが学生たちによって奪われておる。大学の自治というものがなくなってしまっておるという状況かと私は思うのです。その間、むしろその大学自治や学問の自由というものをもとに回復させるための非常措置としてこの第七条というものをお考えいただきたいと思うわけでございます。そういうわけでございまして、瀕死の重傷にある場合におきまして、やはり麻酔薬をかけて眠らせて痛みをとめて、そしてその手術をするということもあり得るわけでございます。麻酔をかけて眠らせたり、あるいは手術をするということは、人間が一時生きることを中止するわけでございますけれども、それは何も殺すことが目的ではなくて生かすことが目的である。つまり、大学の自治というものを回復するところが目的であって、それからまた、学問の自由というものを回復することが目的のために第七条の措置も考えられる、こういうことと御了解をいただきたい。しかしながら、この法案の趣旨と申しますのは、あくまでも大学側の自主的解決ということを主眼といたしておりますので、第七条に至らない六条までの段階において解決していただくというのが文部大臣のこの立法を出しました気持ちであることを御了承を願いたいと思うのであります。
○唐橋委員 文部大臣の気持ちということもそれは一応わかるんですけれども、たとえば審議会の任命権にしても大臣にあるわけです。その場合、従来の審議会に対する批判ということを、私から申し上げるまでもなしに、もう隠れみの的な審議会が多いということはしばしば指摘されているわけでございます。したがって、意見を聞くというこの重要な審議会が隠れみの的な存在になる、こういうように心配される。さらにそこに大学の学長の権限、さらにいま申しましたように文部大臣の強大なる権限、これを一貫して考える場合に、いまのような点が学問の自由に対して非常に危険視されている、一つの法律からこういうように理解するのもあたりまえじゃないか、私はこう思うわけです。それでこの重要な任務を持つ審議会、大臣がいわゆる最後の権限をふるうのには審議会というものが重要な役割りを果たすと思うんですが、この審議会が隠れみの的な存在にならない保証はどこにあるんですか。
○坂田国務大臣 われわれがこういう重大な決定をいたします場合に、文部大臣の一つの恣意あるいはまた一個の乏しい知識や判断にゆだねるというようなことをさせないというために第三者機関を設けるわけです。だから、そういうふうにもし隠れみのではないいわば第三者機関というものをやらないで、直接ずばり教育、研究の停止というものが文部大臣の権限に与えられるとするならば、それこそあなた方あるいは学者の先生、学術会議、大学の先生たちが批判をされておるように、権限強化というようなことを言われても、ある程度は言われるだけのこともあると思うのでございます。ところが、そうじゃなくて、そういう恣意あるいは自分だけの感情あるいはまた自分だけの独断というものを避けて、広く各界各層の有識者あるいは大学に対する非常に識見の高い人、そういう人を任命して、その審議会の意見に基づいて私がこれを行使するという場合においては、いわばデモクラティックな方法でやるということで、これもまた隠れみのとおっしゃれば、どっちをとっていいかさっぱりわからないわけなんで、むしろ、私は、戦後のやり方として一人の者が独断専行しない、そうして多く広く各界、各層の意見、衆知を集めて最終的な判断を下す、そういう慎重さこそが大学紛争の場合には特に必要である。なぜならば学問の自由の根幹であるところの研究、教育を中止するかしないかということでありますから、そういう重大な問題については、むしろそういう第三者機関にはかるということこそ当然なことだというふうに考えておるわけでございます。また、この任命につきましては、そのような趣旨でりっぱな人を選びたいと考えておる次第でございます。
○唐橋委員 審議会の設置ということについては、民主的な人選、そういうものができてくればそれは有効ですよ。しかし、私がいまお聞きしていますのは、従来も、あるいは現在ある各種審議会の中に隠れみの的なものがあるということだけは私は否定できないと思うのですよ。だからここでお聞きしたかったのは、その隠れみの的な存在にならないようなものにするについてどうなのか、その保証はどうなんだ、こういうことでいま大臣からお話を伺ったんですが、人選に関する基本的な考え方、こういうものもいま出されましたけれども、その構成及び人員、人数の内訳等を含めながらもう一度——いまの大臣の答弁では、審議会を設けなかったらなお独断になるじゃないか、そのとおりなんですよ。しかし、私たちが心配しているのはこの人選なんですよ。いま各界各層、こういうことを言われたけれども、それだけではいままでの審議会の構成と同じような隠れみの的存在のものができ上がるんじゃないかということを心配しておるわけです。だから隠れみの的な存在にならないというような点、さらにその構成及び人員の内容等も含めながらもう一度御答弁願いたい。
○坂田国務大臣 隠れみのということは無責任ということに通ずると思うのです。意見を聞く、また意見を尊重する。しかしながら、責任の所在というものをはっきりさせる。それは文部大臣が国民に対して責任を負う。こういうことこそ私は大事なことだと思うのです。それを、ただたくさんの人たちを集めて話をしても、その責任の所在がわからぬというようなことこそ私は戦後の民主主義の悪いところだと思うのでございまして、こういう重大な決定をやった場合には、審議会が責任を負うんじゃなくて、最終的には文部大臣が責任を負うのだ。こういうことを明確にするということこそ私は必要じゃないかと思っておるのです。
○唐橋委員 いまの答弁で、最終的に文部大臣が責任を持つ、そのとおり十分責任を持ちながら解決していただきたいわけでございますが、少なくとも現在各種の審議会において批判を受けているように、ことばは悪いと思いますが、いま申しました隠れみの的な存在になりやすいということについては十分留意していただかなければならないと思います。
○坂田国務大臣 唐橋さん、ちょっと組織のことを申し上げますから……。
○村山(松)政府委員 この審議会の組織は、条文にありますように大学の学長、それから私学の場合にはその設置者である学校法人の役員、これが一つの柱でございます。それから二番目の柱は学識経験者でございます。そこで、この範囲から文部大臣が内閣に御相談して選定するわけでありますが、従来、文部省の判定的な機能を営む審議会といたしまして大学設置審議会などがございますが、大体大学人が過半数、それにその他の学識経験者を加えるという形で、決して隠れみのではなくて公正な判断、機能を発揮していただいております。この審議会につきましては、従来ありましたもの以上に留意いたしまして、公正妥当な人事をしていただくことを期しておるわけでございます。
○唐橋委員 この構成は非常に重要なものであり、やはりできてみなければ私たちもなかなか批判できないと思うわけでございます。したがって、先ほどの要望を付しながら次に進みます。 第九条で、最終的な問題として紛争大学の学部、学校の改廃が出てまいります。この場合も学長の意見を聞くにとどまって、せっかく設けてある審議会の意見等も聞かないで処理するという形になっております。このような点も大臣の強力な圧迫となるのではないかということが心配されておると思うわけでございますが、その点についてはどうですか。
○坂田国務大臣 やはり第三者の臨時大学問題審議会の意見を聞くことになっておるんです。それから最終的にはこの法案だけで廃校ということができないような慎重な仕組みになっておるので、あらためて国立学校設置法というものの改正を国会に提出をいたしまして、国民の代表である国会の御承認を得てそういう重大な決定をするという、慎重の上にも慎重な配慮がなされておるということを御了解賜わりたいと思います。
○唐橋委員 いま申し上げました審議会ということについては、学校の中に設けてある補助執行機関、補佐機関あるいは審議機関、こういうような機関のものをさしていたわけでございますが、ともかくこの最終決定、しかも学部の改廃という問題についてはあとでもお聞きいたしますが、いろいろな派生的な問題、処理しなければならない問題等ができてきますし、当然これはこの法案にもありますように、国会で審議をする段階にもなってくると思うわけでございますが、やはりいま申し上げましたように、ここにおける大臣の権限の強大さというものについては非常な慎重さを必要とするわけでございます。第十一条の入学者の選抜等についてもやはり同じことがいえると思うのです。東大で示されましたように、東大ではやりたい、こう言っても、予算権やその他を持っておる大臣のほうがやりません、こういうことになってくれば、実際の決定権は大臣になってくる。九条の場合、これは廃止しなくとももう少し継続していけば解決の糸口になる、レールに乗る、こういうようなことであっても、多少期限つきだというようなことで決定権は文部大臣にある。これはケースとして出てくるだろうと思うのです。ですから法文上だけでなしに、この法文が実際に行なわれてきた場合の影響、こういうものが行なわれていく中の態様、そういうものの中で国立の場合は、特にその予算を握っておる大臣の権限というものはものすごい大きなものがあるというところに、私は、先ほど申し上げたような大きな大学の自由というものを侵していく、圧迫していく危険性があるのだということを指摘せざるを得ないわけでございます。 以上のような点をあげてみて、各大学人あるいは文化人等から出されておりました条文上からの学問の自由、大学の自治を侵すのではないかというような個所を私なりにあげて御答弁をいただいたわけでございますが、しかし、いまの答弁の中で大臣は、感情的には、気持ちの上としてはそれを侵すことはしないということをしばしば言明されております。と同時に、そのようにまたあってはならないと思うわけでございますが、気持ちの上だけでなしに、この法案が、いま私が指摘した点、そしていま答弁をいただいた点で決してこの法案に反対する人たちを納得せしめるということはほとんどできないと私は思う。聞いておる私自身が、大臣の気持ちはわかるが、法案の解釈においてはやはり危険性があるということを私はここで明確に指摘せざるを得ないわけでございます。したがって、いまあげましたような個所、学問の自由や大学の自治を侵す個所、そういうものに対してもう一度総括的に大臣の所見をお伺いして、この法案がしばしば大臣が言うように大学の自治を侵さないのだ、学問の自由を侵害しないのだ、束縛しないのだということの考えをもう一度くどいようですが総括的にお伺いしておきたい。
○坂田国務大臣 私といたしましては、あくまでも大学の自主的解決の努力を助けるということを主眼としてこの立法を考えておるわけであります。いやしくも学問の自由を侵すとか、あるいは大学の自治を侵害するとかいうことは毛頭考えておりませんし、また、そういうような仕組みにもなっておりません。むしろ、大学側の自主的努力を助けるということに主眼が注がれておるというふうに私は考えておるわけでございます。また、われわれの考え方というのは、現実はむしろ学問の自由が侵され、あるいは大学の自治が侵されておるじゃないか、それを排除するためにどうしたならばいいかということについての手だてというものが幾つかこの法案の中に盛られておるわけでございまして、その幾つかの手だてというものを大学側がお取り上げになるならば解決への方向が示されるのじゃないだろうかということをサゼスチョンしておる法律だ、こういうふうにひとつ御了解をいただきたいわけであります。そういう気持ちからいたしまして、またその法律の組み方からいたしまして、むしろ、私はこの法案によって学問の自由が守られる、あるいは大学の自治が守られる方向への一歩前進の法律だというふうに思っているわけでございます。しかしながら、やはり法律とかあるいは制度を幾らつくりましても、問題はそれを運用する人がそういうような気持ちになって運用していただかぬことには、形あって魂入らずで、そういうようなことについては十分この運用される方々の理解をさらにさらに深めていきたい。また、この国会の何回かの皆さま方の御質問を通じてその辺を明らかにし、また大学側も理解をしていただきたいというふうに念願をいたしているところでございます。いやしくも学問の自由を侵すのではなく、学問の自由を守るためにこの法案を出した、またそういうふうに仕組まれているということをひとつ御了解を願いたいと思います。
○唐橋委員 直接学問の自由、大学の自治を侵すという点の心配な点をあげてお伺いし、大臣に所見をお伺いしたわけでありますが、そのほか条文の中で、いまの問題とは直接関係はないというような個所の中で、多少不明な点、明らかにしなければならない点がありますのでお伺いをいたしますが、一つは第六条の四項で、第一項第一号ロに掲げる機関の構成員には、学外者を加えることができるとなっておりますが、この場合、その選定の条件、構成員の処遇、学外者の責任の範囲、これについてひとつ明確にしていただきたい。
○村山(松)政府委員 この点につきましては、範囲は別に限定いたしておりません。しかし、大学の紛争収拾に資するようにするというのがこの法律の趣旨でありますから、そのために助けとなるような人を選ぶということになろうかと思います。たとえて申し上げますと、たとえば大学の先輩でありますとか、それから地方の大学につきましては地域の有識者でありますとか、そういうものが一応考えられます。だれを選んだらいいかというのは、第一次的には大学の判断ということになります。そこで、選びましてこれを任命する段階になりますと、国の機関である大学の審議機関の構成員ということになりますので、非常勤の国家公務員ということになりまして、他の同種のものとのバランス上適当な処遇が講ぜられることに相なります。
○唐橋委員 もう少しこれらの点について具体的にお聞きしたいわけですが、時間がありませんので先に進めまして、第七条についても非常に不明な点がございます。その一は、六カ月をさらに三カ月延長する場合の「やむを得ない事情」、こういうような内容等はこの法案審議の中で明確にしておかなければならないと思うわけでございます。すなわち、認定の基準とでも申しましょうか、こういう点についてひとつお伺いしておきたい。
○村山(松)政府委員 具体的にはその時点における大学の学長その他の判断によるわけでありますけれども、端的に申し上げますと、六カ月では収拾ができなかったけれども、もう少し延ばせば収拾できる可能性があるというような場合に、六カ月で休止期間を切らないで、さらに三カ月、というのは一応のめどでありますけれども、三カ月以内で延長して、引き続き自主的な収拾措置をはかる、これが立法趣旨でございます。
○唐橋委員 だからその場合、法文で「やむを得ない事情」というような点があげられているわけですが、これらに対してはいろいろな幅広い解釈が出てくる、こういうように解釈されるので、法案審議の中で、文部省としてのこれに対する見解をもう少しお聞きしたいわけです。
○村山(松)政府委員 この法案は、元来が大学の自主性、イニシアチブを尊重するということを主眼として構成いたしましたので、法文上いかなる場合がどうというようなことを事こまかく規定しないで、幅広い表現を用いたわけでありまして、その点で内容に解釈の幅が出てまいるわけでありますが、端的に申し上げますと、先ほど御説明申し上げましたように、六カ月では収拾できない、しかし、もうこれで絶望的ではなくて、若干休止期間を延ばせば収拾の見通しが立つというような場合が典型的な場合だと思います。
○唐橋委員 どうも私のお聞きしようという点とかみ合わないのですが、三カ月延ばす場合に、もう少し待っておればと、こういうようなことなんですが、やむを得ない事情というものを最小限に見る場合と、それから今度広く見て三カ月延ばしていくのだ、こういうようなこの条文の受けとめ方があると思うのですよ。普通六カ月の期間を過ぎても待ってやるのだという広い幅なのか、それともまた、六カ月過ぎて、もう普通は全部だめなんだが、ただ、その中の最小限度やむを得ないものだけはあと三カ月延ばすのだ、こういうように理解できるのですよ。私たちは、ほんとうに解決が長期にわたるような場合には、六カ月なり、さらに三カ月というように、これを最大限に理解をしながら紛争の解決に努力したい、こういうように解釈するのですよ。しかし事、やむを得ない事情ということになってくると、最小限のものだけであって、あとは六カ月でこうなんだ、こういうように理解される、その点なんですが……。
○村山(松)政府委員 次の第七条の第二項の文部大臣の停止措置の発動時期が九カ月後でございます。それとの対比で考えますと、自主的休校措置の六カ月、三カ月、その三カ月の延長分というのは、必要最小限のぎりぎりよりは、むしろ、できればやってみて、自主的な収拾努力を続けさせたほうがよかろうという幅広いものを含めた、かように解しております。
○唐橋委員 幅広い解釈だということで理解します。 それでは、教育の休止または停止期間中におけるその学校に対する教育研究費、学生経費等の予算の取り扱い、これは直接大学を運営している人たちは心配していると思います。その配分といいますか、取り扱いといいますか、それについてひとつ詳しく御答弁願いたい。
○村山(松)政府委員 第七条第一項の大学の自主的な教育、研究休止措置の段階は、大学が自主的におとりになるわけでありますから、どの程度のことをやるかということは、その時点で具体的問題になりませんと、はっきりいたさないところがございます。そこで予算の配分等につきましても、大学の具体的な措置とにらみ合わせる必要がございます。ただ、一般的に申し上げ得ることは、国立大学の予算の配分というのは、教育、研究目的に即して、それからまた法規、慣例等に照らして最も適正、効率的に行なわれなければなりません。したがいまして、教育、研究が休止ということになりまして、教育が全面的に休止しておれば、学生経費につきましては、観念的にはその間必要がなくなる、したがって配当しないということになろうかと思います。ただ、学生経費は、これは予算の積算の基礎でありまして、これのみが学生を教育する費用の全部でもございませんし、また、これは学生の教育以外には絶対使ってならないものでもございません。これは、その他の諸経費と合わせまして大学の校費ということで大学の運営費を構成する一要素でございます。そこで大学の運営の実情を、単に教育、研究がとまっているかどうかということだけではなしに、全体的に判断いたしまして、必要な経費は計上して配当する、かような措置がとられることになると思います。
○唐橋委員 私立学校との関係ですが、学校教育法の第十三条、私立学校法の第五条第一項第二号を見ますと、六カ月以上授業を行なわなかった場合の閉鎖命令がございます。その場合、この法案が成立すると、私立にも準用していくという考え方の中で、現在まであったこの条文の学校の閉鎖命令とこの法案との関係はどのように考えられますか。
○村山(松)政府委員 第九条の規定は、私立大学には準用いたさないことになっております。 なお、学校教育法第十三条の閉鎖命令の解釈でございますが、これは正当な理由もなくて授業を行なわないことが六カ月以上にも及ぶ、これは従来の通説的な解釈といたしましては、私学の経営不振等の理由で学生、生徒などもほとんどいなくなる、教育が事実上とまっているような状態をいつまでも放置しておくことは、社会的な法的関係の明確さの上で問題がある、そこで廃止を前提とした閉鎖命令、かように解されておりまして、この法律によるところの教育、研究の休止、停止とは性格を異にするものでございます。
○唐橋委員 その点は、それで明らかになりました。第八条の中で休職者の問題でございますが、休職というのは職務に従事しない、こういうように理解するわけでございますが、実際紛争解決のために休職処分になった身分の者でも最大の仕事をしている、こういう現実が出てくるのではないか。そういう場合と、もう一つ疑問なのは、休職ですから職務に従事しないことですが、いまのように紛争解決につとめることは、私は職務に従事することだと思うのでありますが、そういう紛争解決の仕事に従事できなくなる。こういう点も出てくるわけでございますが、この点については、どうお考えになっておりますか。
○村山(松)政府委員 策七条第二項で教育、研究の停止措置がとられる段階というのは、もう大学の自主的な収拾措置が効を奏さないで、このままでは回復が困難な状態、つまり教育、研究が停止して、回復の見通しも立たない状態ということに相なります。そうなりますと、大学の教職員は従事すべき職務が存在しないということになりますので、それで一応休職ということを考えたわけでございます。ただ、その時点になりましても、事態の収拾という最後の努力は必要でございます。そこで紛争収拾のために必要な業務に従事する者につきましては休職措置の例外としてございます。また、その他具体的な事案になりませんと確たることは申し上げかねますが、たとえば保安的な業務、その他大学という公的な組織が、一応教育、研究という第一義的な目的については停止状態であっても、組織として存在しておる以上は維持管理の業務がございます。そのような業務に従事する者につきましては同じく休職の例外としております。要するに、教育、研究の停止状態になりましたならば、一応職務は不存在ということで休職にいたしますが、紛争収拾のために必要な職員あるいは管理業務に必要な職員につきましては、例外的措置といたしまして、紛争の収拾回復に最後的な努力を講ずることになっておりまして、一切がっさい全部休職にするわけではございません。
○唐橋委員 そこに疑問が出てくるのです。紛争解決の——ここでは処理とうたっておりますが、私はやはりここは紛争の収拾、この条文で使っている収拾ということばのほうがいいと思うのですが、紛争解決に努力している教授、助教授が大ぜいいるわけです。その紛争解決への仕事というものは職務だと思うのです。そうすれば、その紛争解決への仕事をしている教授の先生方は、いまの答弁で休職でない。こうしますと、教授の先生方は紛争解決には全学的に当たっていると思うのです。そうしますと、その先生方も、やはりいま御答弁ありましたように「紛争の処理に関し特に必要な業務、」、こういうような範囲に入るのか、ここなんですよ。
○村山(松)政府委員 大学を構成するすべての人々が紛争収拾にほんとうに一致して取り組んでおれば、第七条発動というような事態には至らないと私どもは思うわけでありますけれども、不幸にしてそのような事態になった場合には、第八条にありますように、紛争処理に必要な職員については休職の例外措置といたします。観念的に申せば、大多数の人が紛争処理に従事しておるということになれば、その者が観念的には含まれることになろうかと思います。
○唐橋委員 おそらくいまの御答弁にありますように、紛争の解決に全学的に当たっているという状態はどこの学校にも出てくると思いますが、いろいろな意見の相違はあろうとも、そういう場合に、いま御答弁あったように、大多数の者がここでいえば例外の者、私からいえばそれはもちろん例外でなくして主体的なものと考えるわけでございますが、ともかく大多数の者が該当し得る余地がある。こういうことになってくるのですが、その認定等についても疑問があります。そうしてみますと、休職される者はどうだというと、今度は紛争に関係のない事務職員とか——いま言うように必要な者はほとんど除くのですよ、除けば一般事務職員とか構内の各種の、たとえば図書館につとめているとかいうような全く紛争に関係のない人だけが今度は被害者になってくる。これはどう考えるのですか。
○村山(松)政府委員 教官以外の事務職員等につきましては、主として日常管理業務に必要な職員ということで、休職の例外になると思います。
○唐橋委員 そうしますと、状態によって大多数の教授関係の人は紛争処理のために除く、それから日常必要な人はいまおっしゃったように除く、こういうことになると想定した場合に、実際に休職に該当する職種というのはどうなんですか。
○村山(松)政府委員 休職に該当する者は別に職種で限定するのではなくて、紛争処理業務あるいは日常管理業務に従事しているかどうかによって分けられると思います。
○唐橋委員 そうだとすれば、ここで「文部省令で定めるものに従事する」ということなのですが、ただ、私たちがこの条項を審議するのにいまのような答弁だけでは了承できないのです。したがって、やはりこの「文部省令で定めるもの」というものの内容的なものを出していただかないと——いま議論は繰り返しません。出していただかないとはっきりしてこないんですよ。出していただけますか。
○村山(松)政府委員 文部省令で定める必要がありますのは、主として特別の業務、たとえば危険を伴う電力でありますとか、ボイラーでありますとか、そういうものは職種によって限定する必要もあろうかと思います。なお、いかなるものを文部省令で規定するかにつきましては、次回までにおおよその考え方を御説明できるようにいたしたいと思います。
○唐橋委員 おおよその考え方でなくて、いま議論しましたように、紛争収拾に従事する者、これは紛争の状態によってほとんど大多数になる。そうしますと、紛争にほとんど関係のない人になってくる。しかも紛争に関係のない人の中からここにあげられているような人たちを除く、こうなった場合にその範囲というものはどんなものであるか。私たちはいまのような答弁内容だけでこれは了承するわけにはいきませんよ。もう少しはっきりしたお答えなり資料なりを出していただかない限りは、ここで法律を出して、あとは文部省令におまかせするというわけにはいきません。
○大坪委員長 答弁を要求していますか。
○唐橋委員 そうだ。
○村山(松)政府委員 休職の例外といたしますものは、法律では、紛争の処理に必要な者、日常管理業務に必要な者あるいは特別の業務ということでございますので、そのようなものを一応列挙いたしますと、まず学長その他大学管理機関の職務に従事する者は対象になろうかと思います。学長あるいは部局長あるいは分校主事あるいはこの法律で特設した機関の構成員といったような者がまずそれに当たろうかと思います。それから日常管理業務といたしましては、庶務あるいは人事、経理その他事務に従事する者というのは例外になろうかと思います。それから保安職員といたしましては、施設、設備の保守管理、その他技術または教務に関する職務、それから病院の管理業務及び診療業務、あるいは船舶職員の業務、それから核燃料取り扱い主任者等の職務、それから国際協力による科学研究、観測等の職務、それから外国政府等の招聘による海外業務、その他学長の申し出により文部大臣が指定した業務、この程度を列挙いたしまして、最終的には、こまかい点は学長と文部省とで慎重に協議の上でこの目的に即した取り扱いをしよう、かように考えております。
○唐橋委員 そうしますと、原則としてはいまあげた中で残ったものになるわけですね。どういうものが残るのです。もう一度説明してください。
○村山(松)政府委員 まず、一般の教員が残るということに相なります。
○唐橋委員 一般の教員といいますと、やはり大多数の教授になってきますね。
○村山(松)政府委員 一般的に申し上げましてそういうことになりますが、さらにその者で紛争処理に必要な者につきましては、学長の申し出によりまして、文部大臣が指定をしまして例外とする道が開かれております。
○唐橋委員 そこにまた矛盾が出てきませんか。特にそこにまた権限の集中が出てきませんか。紛争解決の全学的な体制というものができて初めて紛争の解決になる。学長のほうから、あなたは休職だ、あなたは在職だと正式に区分けするわけです。現実に区分けができてくるんでしょう、どうですか。
○村山(松)政府委員 学長の判断によりまして必要な者を休職の例外とするわけでありますから、休職になる者とならない者との区分は当然出てくるわけであります。
○唐橋委員 この点は非常に重要になります。大臣、そのような区分けをして全学的な紛争解決の体制ができると思いますか、どうですか。ほんとうに最後の努力をしているわけですね、全学的に。その最後の努力をしている途中に、学長のほうから、おまえは休職だ、おまえは在職だ、この区別が、あなた、できるんですか、現実として。どう考えますか、あなた、法律をつくる責任者として。いまの局長の答弁では区分けしますと言うんだ。
○坂田国務大臣 たてまえとしましては、一応みんな休職にするわけなんですよ、気持ちとしては。そうしてその中で学長がこれこれの必要な人というのを選び出す、つまり学長の自由裁量にまかせられておるわけです。
○唐橋委員 大臣、この期間中だって紛争解決の努力はやめないんでしょう。最後の努力をしているんでしょう。そうしますと、全部休職になれば、職務に従事できないんですよ、休職者は。そうすれば、紛争解決という重大な問題は職務でないんですか。学校をこうしよう、ああしようといういろいろな案を出す。また、機構改革等についてもいろいろな意見が出てくると思うんですよ。それは職務でないんですか。どうです、大臣。
○村山(松)政府委員 先ほども御説明申し上げましたが、大学の全員が一致して紛争収拾に当たっておれば、この第七条二項などはおそらく発動できないということだろうと思います。第七条二項が不幸にして発動されるような状態は、通常の収拾努力がすべて効を奏さないということになりますので……。 〔発言する者多し〕
○大坪委員長 静粛に願います。
○村山(松)政府委員 このような非常措置が講ぜられておるわけでございます。
○唐橋委員 第七条の二項で、できないと——廃校になるかならないかの一歩手前で、ほんとうの最後の努力をしているんですよ。その最後の努力をしているときに、区分けをして、おまえは紛争解決に関係ないようだから休職だ、おまえはずっと一生懸命やっているほうだから在職だ、こんな区別がつけられるんですか。いまの答弁で、そうでなかったら紛争解決がとっくにできていますと、こんなことではおかしいですよ。いままでの紛争の状態を見ても、もう何年も続いておるものもあるんでしょう。だから、こういう法律案を出してくるんでしょう。どういう基準で学長にまかせるならまかせるというのですか。学長だって困るんじゃないですか。学長が全員を集めることができなくなるのですよ、大臣。今度こういう案で紛争の解決をしますという、全員を集めて今度こうしますというときに、あなたはこういう仕事をしてください、こうしてくださいと、全学でお互い全部が任務の分担を持ちながら紛争解決の最後の努力をしておるんですよ。そうして休職者は——在職者は一部ではないですか。
○坂田国務大臣 たとえば東大の場合でございますと、三千五、六百、助手を含めますと教官がおると思うのです。その三千五、六百名の教官が全部一堂に集まって話し合いをして解決ができるかというと、これまたできないのじゃないでしょうか。私はそう思うのです。でございますから、各教官がそれぞれ精神的にも、あるいは物理的にも努力をしておられることはわかるわけです。だけれども、この七条の段階になりました場合においては、もうにっちもさっちもいかないような状況なんです。そうして実際問題として、働く人たちというのは、全学的意思はくまなければならないけれども、ある選ばれた者、そういう者にほかの教官がまかせるというような態度がなければ、私は紛争解決というものはできないと思うのです。ちょうど国会でも同じなんで、われわれは代表者なんです。国民一億が全部政治をしたいのだけれども、やはり投票することによって代表者をきめてその人にまかせる、こういうようなやり方でなければ、民主主義というものは行なえないということでございますが、大学でも私はそうだと思うのでございます。ある程度権限をまかせる、まかせた人に働いていただくという気持ちがあって初めて収拾への動きが出てくるというふうに思うのでございまして、いかにも区別をして追いのけるということではなくて、むしろ教官の人たちが、学部長やその他いろいろ必要な人があるでしょう、それはひとつ学長さん、この段階であなた方やっていただきたい、われわれはむしろじゃまになるかもしれないからやってください、そういうような気持ちがあって、しかしながら精神的な気持ちにおいては、大学収拾の……(発言する者あり)私はそう思うのです。そういう気持ちが前提にあって権限の集中が行なわれるわけであって、それを前提としなければ、なかなか私は紛争の解決というものはあり得ないと思うのです。東京大学におきましても、それは給与の云々は別といたしまして、加藤学長代行が権限の集中を行なってやったればこそここまできた。この経験というものはわれわれは十分生かすべきだと思うのでございます。
○唐橋委員 しかし大臣、それはおかしいですね。それじゃひとつおまかせしますと言う人が休職になって、常に意見を言いますよという人が休職にならないわけだな。職務上のいわゆる執行の経過の中においては一任するということはあるが、一任された者は、おれは一任されたから、おまえたちは全部休職で自宅待機だ、こんなことで解決できるのですか。休職というものは、今度はあくまで職務に従事しなくなるのですよ。その選別は、文部大臣、いまの答弁の中では学長だというのです。こういうことをして、それで紛争解決になるのですか。休職になった者は発言権はないのですよ、職務に従事する権限がないのだから。それではおまかせしたからということで、大学が、日常の業務があるからといっても招集できないのですよ、休職期間中は。どうなんですか。解決をしようとすると、先ほど局長は、大多数の場合もあるいはあるかもしれませんと言う。大臣は、大部分は実はその気持ちで休職にするんだ、一応休職だと言う。どうなんです。ほんとうに紛争解決は休職者の任務では出てこないですよ。
○村山(松)政府委員 休職の例外措置は、観念的にはいろいろな幅がございますが、現実に考えておりますのは、先ほど省令の案として御説明したように、限定的に処理するつもりでございます。なお、政令、省令等は、国会における法案審議の態様も十分体しまして、適切なものを最終的には立案するつもりでございます。 なお、補足的に御説明申し上げますと、この第七条第二項というのは、九カ月たったら自動的にあるいは一方的に停止措置をとるというのではなくて、紛争収拾のために必要と認める場合に停止措置をとることができるという規定のしかたになっております。そこで九カ月たちましても、御指摘のように、なお大学の構成員の全員が紛争収拾に努力している、これを停止させて休職をするのが適当でないというような場合もあり得るかと思います。そこで、第七条二項にありますように、文部大臣は一方的判断で画一的に停止措置をとるのではなくて、その段階でも学長の意見を聞き、あるいは臨時大学問題審議会にもはかって決定するわけでございますので、この法律の運用といたしましては、九カ月たった時点におきましても、なお全員が積極的な収拾努力を続けている、むしろ停止をして休職にしたりしないほうがよかろうというような判断がある場合には、停止措置をとらない場合もあり得るわけでございます。しかし、これは時点によって、むしろ一般的には教育、研究を休止するなり停止するほうが紛争収拾に役立つであろうという場合を想定いたしまして、こういう規定のしかたをしておるわけでありまして、収拾努力を無視して一方的に、強圧的に大学を締めてしまうというようなことを意図しているわけでは全然ないわけでございます。
○唐橋委員 局長と大臣の考え方が根本的に違うんですよ。大臣、いま答弁の中で気がつきませんか。局長、わかりませんか。局長としては、いわゆる紛争の収拾を本位として、全学的な立場で紛争解決のときにはやはり全部認めなければならない、これが考え方だ、こういうんです。大臣はそうでないんです。これはこの八条になって「前条第二項の停止の措置がとられたときは、その措置が解除されるまでの間は、」という。これは次の全員が該当者なんだ。法文でいえば大臣の言うとおりですよ。その中から、今度は紛争解決に必要な者をピックアップしていくんだ。——その他の者は別ですよ。紛争解決は一般の教官を対象にして議論しているわけですから——その中からピックアップしていく。ピックアップしていく場合に、全学的な立場になったならば、これはほとんどの人が残るんでしょう、こういう局長の前の答弁です。 もう一度言いますと、いわゆる第八条の認定は、先ほど議論しましたように、最終的には文部大臣に決定権がある。そうしていま議論したように、休職にするかしないかは学長がきめるんだ、こういうことなんです。そうすると、大臣は、停止しておき、停止したものは全員が今度は休職該当者だと言う。大臣、八条で学長は、いわゆる反対の人たちは、学長の意見に合わない者はばたばた全部休職だ。そうして意見に合う者は、お前は紛争処理に貢献しているから、紛争処理のために努力しているからお前は休職措置はとらぬ、こうなんですよ。どうなんですか。
○坂田国務大臣 唐橋さん、こういうことなんです。大多数は休職なんですよ、そしてわずかの人が収拾に当たる、こういうふうに御理解いただけばこの法案の意味をおわかりいただくだろうと思うのであります。そして、それはその少数最小限度の人におまかせをします、こういうことを申し上げておるわけであります。ただし、それは学長がおきめになることであるし、観念的には多数の人というようなことも考えられます。観念的にはということを局長は申したわけで、そこがちょっと誤解を生んだんじゃないかと思います。大多数が休職、しかし、必要最小限度の紛争解決に当たる人だけは休職でなくて働いていただきます。こういうたてまえになっておるということを御了承いただきたいと思います。
○唐橋委員 そうしますと、大臣この矛盾はどうなんです。大学の紛争というものは、経過からいって、申すまでもなく根本というものがあるから、ほとんど全学的な意思の決定がなければ紛争は解決しません。特に最終段階になったらそうでしょう。最終段階になったら全学的な意思の決定があって、はじめて大学はいわゆる停止から収拾へ出発するわけでしょう。その全学的な意思を固める機会はなくなっちゃうじゃないですか、大多数が休職であると。少数の者だけが当たって大多数の者は関係させられない。そんな紛争の解決のしかたがありますか。
○坂田国務大臣 この大学紛争は、皆さん方御承知のとおりに九カ月もかかってあらゆる努力をやって、なおかつできないというような段階まできての話なんです。なおかつ、第七条の第一項におきましては、大学側がみずから休止措置をとることもできるようになっておるわけであります。そういうようなこともやって、なおかついかない最後の場合におきまして、教育、研究の中止という最後的な措置を第三者機関の臨時大学問題審議会の議に基づいてやるわけなんですが、その場合に全学的意思でということはもちろんでございます。むしろ、その全学的意思というもののあらわれが、表現としてはむしろ少数精鋭の人にゆだねるというような気持ちが起こらない限り紛争の解決はできない。しかし、それを最終的に判断するのはやはり学長であり、または第三者機関であり、また文部大臣でもあるわけでありますから、場合によってはそういうような措置もとらない場合だってあり得るわけであります。とる場合もあり得るわけであります。そういうことなんでございまして、それは紛争収拾のために必要な限りにおいてそういうこともとり得るということと御了解といただきたいと思います。
○唐橋委員 大臣はとり得るという御答弁でございますが、九カ月もかかって、中には解決しそうなものもある、それが努力なんだ、こう言うけれども、現実この附則を見てごらんなさい。六カ月以上経過したものは五カ月と考えて、あと残ったのは九カ月まで四カ月。今度この法案が公布されてあと四カ月たってくると、どうなるのです、今度。ああいう人は全部休職だ。そうして今度、いま申されましたように少数精鋭だ、こういうことで全部休職にして、そうして精鋭の者だけ今度は学長の手元に残って、それで紛争解決するのです、どうなんですか、これ。いまどこの学校だってほんとうにこの大学案を疑い出していますよ、新聞にもいろいろ報ぜられているように。大学改革案を出しながら、そこで今度は解決の糸口を求めているわけだ。それでこの法案が制定される。過去六カ月のものは五カ月に認定するのですか、局長、そうでしょう。過去六カ月以上のものは五カ月と認定するのでしょう、局長。
○村山(松)政府委員 この法律の施行と、現にこの法律で規定しておるような大学紛争に当たる紛争をやっておる大学との関係でございますが、これにつきましては、御指摘のように、現に六カ月以上もこの法律に規定する大学紛争に当たる紛争をやっておる大学につきましては、六カ月を全部ではなくて五カ月としてこの法律を適用することになっております。
○唐橋委員 じゃ、事務的なことを聞きますからね、局長。 五カ月に認定する学校は幾つあります。たとえば八月六日公布、十日を過ぎますわな。私公立も含めて言ってください。
○村山(松)政府委員 七月一日現在で紛争の長期にわたるものを申し上げますと、一年以上にわたるものが二つございます。もっとも必ずしも全学的ではございません。それから六カ月以上にわたりますものが四大学ございます。(「名前を言いなさい」と呼ぶ者あり)一年以上のものは東京大学、これはただし文学部だけでございまして、これは近く収拾するやに聞いております。それから東京教育大学の同じく文学部につきましては一年をこしております。それから六カ月以上が四大学ございます。東京外国語大学、それから神戸大学、これは全学部ではなくて、六カ月以上になりますものは教養部と工学部でございます。それから和歌山大学、私立の中央大学、これは全学ストライキというかっこうになっております。
○唐橋委員 日大はどうなんですか。
○村山(松)政府委員 日本大学は、一応全学授業を開始しておるという報告を受けております。
○唐橋委員 わかりました。ともかくいまの学校をあげられました。そうしますと、ともかく今度は、残ったものは五カ月だから四カ月だ。四カ月たてば今度は停止の対象になるわけだな。停止の対象になったとたんに今度は大臣の権限で、停止の権限があるんだから、あすこを停止するときまったらどうなるかというと、みんな休職だ。中にピックアップした者だけがいまのあれですと休職でなくなってくる。これはそれで解決すると思うのですか。この大学紛争というのはそんな甘いものなんですか。ここの点ですね。私は非常に疑問に思うし、むしろ休職期間が職務に従事しない者を大ぜいつくっていくこと、このことは決して大学紛争解決の糸口にならぬと私は考えるわけですが、だいぶ時間も過ぎましたので、この点の議論はよしまして、この点につきまして人事院どうなんです。いまの議論をお聞きになったように、休職の対象になる者がほんとうに紛争の原因をつくっていないような、そういう人たちを休職させるという場合、不利益処分というものに対して当然見解が出てくると思うのです。人事院の見解はどうです。
○岡田政府委員 この法案におきます休職が、職員の意思にかかわりませず一方的に発令されるということからとらえますと、これは不利益処分といわなければならないと思います。したがいまして、この処分を行なうにつきましては処分説明書も交付しなければなりませず、また、これについて不服の申し立てもできるということに相なります。
○唐橋委員 この議論はあとでもう少し詰めたいと思いますが、さらに人事院規則の具体的内容というところがございましたね。八条の六号に「前各号に規定するもののほか、第一号の休職に関し必要な事項は、人事院規則で定める。」、こういうことになっておりますが、先ほども文部省令で定めるという内容をお聞きしたのですが、ここで定める内容というのはどういうものを含んでいるのですか。
○岡田政府委員 八条の六号で、「休職に関し必要な事項は、人事院規則で定める。」というふうに規定しております。その委任された人事院規則の内容でございますが、現在国家公務員法上におきます休職処分につきましては、休職処分が行なわれますと併任が当然終了するということになっております。それにつきまして特例を明確にするということが一つの点でございます。 それから第二の点といたしましては、この休職を命ぜられた職員につきまして、途中で併任を命じ得るような道を開くということが第二の点になろうかと思います。 それからなお、これは規定をしなければならないというわけのものでございませんが、明確にするという意味では、休職事由が消滅した場合のことを書くということをいまのところ考えております。 以上でございます。
○唐橋委員 併任官職の具体的例、あるいはまた併任官職の職務に従事する場合、その者に支給する、人事院規則で定める給与の種類及び金額、こういうものを一応例として資料で出していただけますか。
○尾崎政府委員 休職にされました職員が併任によりまして他の業務に従事するという場合には、たとえば中小学校の校長の業務をする場合には特別調整額を出すとか、あるいは通勤の事実があれば通勤手当を出すとか、そういう例があろうかと存じますけれども、その内容につきましては、その具体的などういう事情があるのかという点につきましては、私どもとしては実態を見て出したいというふうに考えておるわけでございますけれども、文部省とよく相談いたしまして、どういうのがあり得るかという点は相談してみたいと思います。
○唐橋委員 一応法案関係の質問は時間もありませんので終わらせていただきますが、質問を通告しておいた教育大の現状、それから日大の現状、並びに特においでくださっている捜査関係の方——おいでになりますね。私はこれは何回も質問しません。大体私が聞こうとする意図はおわかりだろうと思うのです。日大の捜査があのとおりマスコミで議論されておる。そういう中において捜査も開始しておる。こういう状態の中で現在までどのようなとらえ方をしておるのか。やはりこれだけ世間が疑惑を持っておるものについて御答弁願いたい。 それから教育大については、これまたいろいろ議論をするところもありますが、文部省としての方針、それからいまの紛争の状態をどういうふうにつかんでおるか、この二つだけ御答弁願って、再質問しませんから多少時間をかけて御説明願いたい。
○内海政府委員 日大の不正事件捜査の概要を御説明申し上げたいと存じますが、御存じのように、日大の事件につきましては、現在もなお警視庁におきまして捜査中でございますので、答弁といたしましてははなはだ十分な点を欠くと思うのでございますが、その点はお許しをいただきたいと思います。現在日本大学におきまして警視庁が捜査をいたしておりますのは、一つは経済学部におきます経理の不正という問題でございます。この点につきましてはさらに二つの問題がございます。一つは昭和四十四年の二月に経済学部長のほうから告発のございました、経済学部の会計課長が銀行預金から数百万円を引き出したまま行くへ不明となり、拐帯横領しておるということに関するものでございます。これにつきましては、現在会計課長の業務上横領事件として指名手配をして全国的に本人の所在調査をいたしておりますけれども、いまだに本人を逮捕するに至っておりません。いろいろ私どものほうも警視庁から報告を受けておりますけれども、まだ本人がどういう状態において逃亡しておるのかということについての的確な把握はいたしておりません。今後も鋭意逮捕に努力いたしたい。これが現段階でございます。 それからもう一つは、これはすでに警視庁段階におきまする一部の事件処理を終了いたしておりますが、経済学部の事務局の次長兼経理長の職にあった人の業務上の横領事件、背任横領金額は数百万にのぼっておりますが、これらにつきましての事件を捜査し、あわせて一部の事件に関する共犯関係も捜査をいたしまして、それらについての捜査を完了した部分につきましては、東京地方検察庁のほうに事件を送致いたしまして、現在検察庁のほうでなお捜査を継続中でございます。 それからもう一つの事件は、これは日大の教職員組合の方たちから告発が行なわれております。日大の役職員について、昭和四十一年の二月に山梨県下におきます山林等を購入した際、時価数百万円のものを数千万円を支払ってこれを購入したという告発が出ておるわけでございますが、これらにつきましての事実関係その他について、関係の役職員等を逐次招致いたしまして事情を聴取をいたし、所要の捜査を継続中でございます。 以上が日大に関しまする捜査の状況でありますとともに、なお捜査を継続中のものについての概要を御説明申し上げたわけであります。 このほかに途中に発生いたしましたものに、日大の応援団関係者による暴力行為並びに傷害事件が起きております。これらは被疑者三名の共謀して行なった殴打暴行事件でございますが、いずれの事件も送致いたしました。 以上が日大に関する事件捜査の概要であります。
○村山(松)政府委員 東京教育大学の紛争は、東京教育大学が大学の将来計画として計画しております筑波の研究学園都市への移転をめぐりまして、学内で若干意見の対立もあり、それからそれに関連して学生が授業放棄あるいは施設を占拠して今日に至っておるというのが概要でございます。 その経過を簡単に申し上げますと、東京教育大学は大塚に文学部、理学部、教育学部の三学部、それから農学部と体育学部が都内の離れた場所にあるという五学部の大学でありますが、いずれも敷地が狭隘なために、将来新しい土地を求めて発展したいという計画を学内ですでに早くから持っておったわけでありますが、昭和三十八年に研究学園都市ができるということが政府レベルできまりましたので、教育大学では、学内でこの問題を含めて検討しました結果、昭和四十二年七月十三日に学長から文部大臣あてに、総合大学として発展することを期して条件つきで筑波に土地を希望するという文書による意思表示がございました。そこで文部省といたしましては、教育大学を筑波研究学園都市に移転する機関に予定をいたしまして、以後の措置を進めておるわけであります。これに対しまして大学では若干の学部で意見の違いがあり、たまたま昨年の六月に東京教育大学の評議会で、筑波に移転するための調査費の予算を要求するということをやりました。ところが、これに文学部が反対をするというようなことが起こりました。これをきっかけといたしまして学生も騒ぎ出しまして、六月の下旬から各学部が次々に授業放棄をいたしまして、その間、六月二十九日には、文学部の学生が本部に侵入してこれを封鎖するというような事件が起こって、これが東京教育大学の紛争ということになったわけであります。 その後、学内では鋭意努力いたしました結果、昭和四十四年の入学試験は体育学部を除いて見送るというような事態になりました。で、学内一致しまして事態収拾に努力し、最近に至りまして、教育、研究のほうは、文学部を除きまして、ほぼ教育学部、理学部、農学部は始まっております。体育学部につきましては、ほとんど紛争の影響がございませんので、入学試験もやりましたし、現在も授業をやっております。文学部だけがなお収拾しない。文学部の中では、教授会の多数の人が筑波への移転に反対をする。それに対しまして、大学としては、五学部のうちの四学部賛成で評議会決定したことであるし、筑波に移転するための具体的なプランを練りたいということで、将来計画委員会、俗にマスタープラン委員会といっておりますが、そういうところで具体的な構想を練っておりまして、これが去る七月四日に一応の案ができまして、これをさらに具体的に学内で検討しております。こういう案ができてまいりましたので、文学部では、こういう案を一方的に強行することは困るというようなことを文部省にも言ってこられております。それから文学部以外は、学部としては移転に賛成でございますが、その中で少数の先生方は、もっと検討すべきである。あるいは手続が一方的であるというような主張をして、それを外部に漏らされております。でございますが、大学としての正式な意思表示は昭和四十二年以降変わっておりませんので、文部省といたしましては、一応筑波研究学園都市に教育大学を移転する。それから学内の紛争につきましては、教官の意思統一をはかり、それから対学生関係につきましては、文学部を含めて一刻も早く教育、研究を再開するように指導してまいったわけでありますが、現在文学部だけが残っております。これも大学としましては鋭意努力をしておるわけでありますけれども、文学部につきましては、教授会の多数の方々が筑波の移転に反対であるし、それから学生問題にいたしましても、この移転問題が先決であって、これが解決されなければ学生問題の解決もできないというような態度をとっておりますので、なお難航しておるというのが現時点の状況でございます。
○唐橋委員 いま御説明あったような点につきましては、いろいろ質問したい点もございますが、私の質問は一応終わっておきます。
○大坪委員長 午後一時五十分より再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時五十四分休憩 ————◇————— 午後二時二分開議
○大坪委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 大学の運営に関する臨時措置法案について質疑を続行いたします。川崎寛治君。
○川崎(寛)委員 今回提案されました大学の運営に関する臨時措置法案が学問の自由を守る、こう先ほど文部大臣はいたけだかに説を述べられたわけであります。この大学の運営に関する臨時措置法案が、はたして学問の自由を守るものであるかどうか、そして紛争を処理する法案になるかどうか、あるいは大学人の諸君が指摘をしておるように、また国民の多くもこれに対してたいへん大きな危惧を持っておりますように、この法案が前後三回にわたって、かつて提案され、またされようとした大学管理法案という一連の中で考えますときに、日本における学問の自由を締め殺していくその第一歩であるということについて、まず私は指摘をしたいと思います。そこで、そういう点を、以下具体的にお尋ねをいたしてまいりたいと思います。 先ほど文部大臣が学問の自由を守る、こういうふうに言われましたから、それは当然に憲法二十三条が保障しております学問の自由、これを守る。だから憲法二十三条、教育基本法、そうした今日の法体系の中における学問の自由を守るものであるということについて、異論はないかどうか明らかにしていただきたいと思います。
○坂田国務大臣 憲法の保障しております学問の自由を守ろうとしておるわけであります。しかも現在大学紛争は、学生たちの暴力によって学問の自由が侵され、大学の自治が危機に瀕しておるという状況でございまして、一日も早くこの状況を回復しなければならぬ責任が、大学自体にもある。また、最終の責任者であります文部大臣にもある。かように考えておるわけでございまして、たくさんの学ぼうとする学生の自由、たくさんのまじめに研究を続けようとする教官、これを救うため、学問の自由を守るために、この法律は有効であるというふうに私は信じております。
○川崎(寛)委員 憲法二十三条の学問の自由を保障している規定並びに教育基本法、それから文部省設置法が今日定めております制度、そういうものの上において、学問の自由を守るというのですか、こういうふうにお尋ねをしているんです。あなたはいま教育基本法をはずされた。もう一度明快にお答えいただきたい。
○坂田国務大臣 学問の自由というものは憲法が保障しておる、また学問の自由というものを全うするために大学自治というものが認められておる、こういうわけでございます。したがいまして、憲法、教育基本法、学校教育法、そういうものに基づいておると思います。
○川崎(寛)委員 この原案作成の過程の中で、大学関係者の意見というものをどのようにして反映をされたか、その手続を明らかにしていただきたいと思います。——大臣がおやりなさいよ、政府委員じゃだめだ。
○坂田国務大臣 国立大学の学長会議、あるいはまた公立大学の学長懇談会、あるいは私立大学の学長懇談会、そういうようなことでやりました。
○川崎(寛)委員 それらの諸君は、法案提出について賛成をされたのでありますか。
○坂田国務大臣 立法の問題については慎重にやってもらいたいというような御要望がございました。
○川崎(寛)委員 それでは事務局を通して東京大学の法案に対する見解等のメモが、これは資料として渡されたと思うのです。これは事務局から配ってまいりましたからそうだと思う。そうすると、そうした全国の国立大学、あるいは私立大学も含めまして、国公私立大学の中から、この法案に対して賛成だ、ぜひ成立させてほしい、こういう大学としての意思を文部大臣に対して示した大学があるかどうか、その点を明らかにしてもらいたいと思います。
○坂田国務大臣 そういうのはないのじゃないかと思います。
○川崎(寛)委員 この法案に対する反対の意思というのは表明されておりますね。(発言する者あり)委員長、ああいういいかげんなことを言うのは出してください。委員長、出してください。 〔発言する者あり〕
○大坪委員長 質問を継続してください。
○川崎(寛)委員 なぜ、これらの大学がそろって反対を表明する、これをどういふうに思われますか。これは前に唐橋氏のほうからも質問がありましたけれども、あといろいろ議論を進める上でお尋ねをしておきたいと思います。 〔発言する者あり〕
○大坪委員長 川崎君、質問を継続してください。 〔発言する者、離席する者あり〕
○大坪委員長 唐橋君、御着席願います。——川崎君、質問を続けてください。(発言する者あり)——ちょっと速記をとめて。 〔速記中止〕
○大坪委員長 速記を始めて。
○川崎(寛)委員 なぜ反対しておるというふうに文部大臣はお考えになりますか。
○坂田国務大臣 この法案の、何といいますか、真意というものがまだよく理解をされておらないというような点もあるかと思います。もう一つは、この法案はさほどでもないけれども、しかし、この法案をきっかけに次々とすごい法案が出てくるのじゃないだろうか、そういうようなこともお考えになって反対をされるというのではないかというふうにも思います。 それからもう一つは、今日なかなか大学の先生が公にものをおっしゃる場合には、学生を気にしなければ言えない立場にあるということも事実でございます。もちろん、大学の先生ですから、学生が何と思おうとかんと思おうとびしびしとおやりになる方もあります。しかしながら、そうもできないというような人もおりますし、また、そういうような言論の自由というものが今日では大学にないというようなことも聞くわけでございまして、そういうことから、紛争大学では真の学問研究はもうできないというようなことで大学を去っていかれるということもあるわけでございまして、私が申し上げましたのは全部が全部、大学の全部の先生がそうだとは申しませんけれども、大学の先生の中にはやはりそういうような気持ちを持っておられるという方もおるのじゃなかろうかというふうに思います。したがいまして、たとえばNHKの名前を聞かないで学長の意見を求められたときのアンケートを見ますと、立法そのものではございませんけれども、世間でいわれているようなことよりも、中教審等の答申に対する意見の開陳は、ほぼ賛成だというデータがかなり出ております。もちろん、紛争校と非紛争校で多少違うようでございますけれども、そういうデータも出ておるということでございます。 それからまた、たしか朝日新聞の、これは面接をいたしましてのデータでございますけれども、確かに五二%は反対でございますけれども、四〇%程度は、やむを得ないけれども賛成だというような意思の表示もあるわけでございまして、私はこれは面接でなかったならばもうちょっと高く出るのじゃないかという気もします。しかし、一応出ておるのは、そういうような四〇%程度の人がやや賛成というようなところまできておるということは、大学の問題というものがいかに複雑なものであるかというようなことを如実にあらわしているのじゃないだろうかという気がいたすわけでございます。また、国立教育研究所等のデータを集めてみましても、それに近いようなデータが出ておりますし、また、文部省の教育モニターのデータから考えましても、わりあいに賛成というようなデータが実は出ておるわけであります。 もちろん、当事者の大学の先生方が反対をされる、あるいは慎重にやってほしいということを表明されるのもわからぬわけではございませんけれども、しかし、この紛争というものがもう一カ年にも及んでおる。そのために入学を中止せざるを得なかった。そして入学はしたけれども自宅待機がまだ依然として一万数千人ある。国公私立合わせれば十万人の人が授業ができないである。こういうようなことから考えまして、国民大多数の人が何とかしてくれという気持ちが非常に強いのであって、大学の先生は多少反対はあっても何とかひとつこの大学の紛争を終結するための措置を政府もとるべきである、単に大学の先生が反対するから、大学の先生が自主解決とおっしゃるからそれだけにまかせておいていいというふうに思う人たちは、案外少なくなってきているのじゃないか、大多数の国民というものは、何とかしてもらいたい、もう大学の先生だけにはまかせておけない、そういうふうに思ってきておるように私は感ずるのでございます。
○川崎(寛)委員 大学の問題の根本ということ、これは本会議等でもいろいろ議論されてまいりましたし、また、本委員会でも自由民主党の与党の諸君もそれぞれに主張はなしておるわけです。だから大学問題の根本ということは、これはたいへん困難なものでありますけれども、しかし、これを解決し、さらに大学を解決していくというか、大学問題の解決ということにはあらゆるものの努力が必要であることは申し上げるまでもありません。 そこで、いま中教審の問題が出ましたので少し中教審の問題について触れてまいりたいと思います。それは、今日教育の基本政策、あるいは教育の内容、文化問題、そうした基本的な問題については中教審にはからなければならない、こういうふうになっておるわけであります。しかし、中教審というのが行政官庁である文部大臣の諮問機関である。このことは、私はかつて二、三度、予算委員会の分科会でも大臣とやりとりいたしたのでありますが、この中教審の性格というのは、あらためてやっぱり問われておる問題だと思うのです。第九次の中教審が発足をいたしましたことについても、いろいろとこのあり方について批判もあるわけであります。そこで、本来中教審というのは、行政官庁である大臣と——こうした教育の基本政策というもの、しかもそれが憲法二十六条に基づいた教育というものを制度化をし、発展をさせていくという場合に、中教審のあるべき姿というのは、他の文部省にあります各種審議会とは性格が異なるものがあると思うのです。その点いかがですか。
○坂田国務大臣 この中央教育審議会というものが、学術、教育、文化、そういうものについての基本的な施策について審議をする。そして、いろいろの諮問に応ずる、あるいは建議をするというようなことを従来やってきたわけでございます。また、中教審に対しまして御批判のあるということも率直に私は承知をいたしております。しかしながら、問題は、この制度をどうやって生かすか、あるいはその運営をどういうふうにうまく機能させるかということが、より大切ではなかろうかと思いまして、今度の新たな任命にいたしましても、その点を十分私といたしましては慎重に配慮をいたし、また御相談を申し上げまして発足をいたしております。 先生も御案内のとおりに、明治から今日までの就学前教育から大学まで、小、中、高、大学という、あらゆる部面についての制度がどういうふうに日本の社会に定着しつつあるか、あるいは定着しにくい面がどういう点なんだ、長所はどういう点なんだ、短所はどういうところなんだ、欠陥はどういう点だということを総ざらいいたしまして、そうして二十一世紀に向かう日本の教育制度はどうあらねばならぬかという未来からの要請、あるいは未来の社会からの要請にこたえるべく、この二年間慎重審議をいたしまして、中間報告を出しましたことは御案内のとおりでございまして、私は、これを読まれた方々は、いままでは何か中教審は何もしていないように思っておったのだけれども、そうじゃないんだ、こういうことをやっておったのかということを、初めておわかりになった方々も多数あるのではないかというふうに思うわけでございます。また、その間におきまして、昨年から大学が紛争いたしてまいりましてからは、当面する大学教育をどう改善したらいいかという臨時的な一つの諮問を前任者の大臣が出されまして、それに対しましても、一週間に二回ぐらいの審議を重ねて、精力的にやられて、そうして今回御答申をいただき、その答申を尊重しつつ、現在の大学立法、必要最小限度の大学立法というものを考えて、御提案を申し上げておるわけであります。この立法だけが中教審の御答申の意味ではなくて、その必要最小限度の立法も大事であるけれども、さらに指導、助言を通じた行政措置及び将来の新しい大学像はどうあるべきかということについても、十分文部省としても取り組むようにというような強い御要請もあるわけでございまして、私は、今日中央教育審議会の果たしておりまする役割りというものは非常に大きい、また、適切な御答申をしていただいたと思っておりますし、また、その能力というものも十二分にあったというふうに確信をいたしております。
○川崎(寛)委員 少し答弁が長過ぎますから、未来からの要請にしても少し長々とやらないように、的確にやってもらいたいと思います。 では、端的にお尋ねします。今回第九次の中教審発足にあたって事務局を強化する、こういうことでございますが、従来官房長のもとにある企画室にあったわけですね。この機構というものをどのようにしようとお考えになっておるのか、いつから発足させるのか、どういう手続をとるのか、明らかにしてもらいたいと思います。
○坂田国務大臣 実はいろいろ先ほど申しましたような重要な施策を、あるいは御答申をいただくのにつきまして、事務局の費用が年間経常費はわずかに三百万円、これを聞いて、私、非常に驚いたわけでございます。御承知のとおりにイギリスのロード・ロビンスの発表いたしましたロビンス・リポート、これは一九六一年から二年半かかって一九六三年に発表した。そうして、その後七つの大学という新しい大学が生まれつつあるわけでございますけれども、それに要したお金だけでも日本の金に換算いたしまして一億数千万円、そういうようなことを考えた場合に、これだけの仕事をなされておるのに、もう少しやはり費用を差し上げるといいますか、投ずるといいますか、そういうことなくしては、ほんとうの意味における調査というものができないのじゃないかということを考えまして、総理からの指示もございましたし、私も同感でございましたから、いま事務当局に対して、どういうふうにしてこの徹底した調査あるいは報告がやれるか、その事務機構と申しますか、そういうものを強化する道はあるかということについて検討を命じておるわけでございます。しかしながら、いまのところ、私は新たに文部省と切り離した事務局というものを設置するという考えはございません。
○川崎(寛)委員 そうしますと、事務局のあり方あるいは運営、そういうものについては、文部省がつくって、きめて、それを中教審の方々に差し上げるというお仕着せだということですね。これは後ほど臨時大学問題審議会の性格論争もやりますけれども、審議会については、予算は国が見る、それは審議会の当然の成立要件になっておるわけですが、しかし、いまの大臣の答弁からすれば、中教審の委員の中から事務局についてのそういう強化というものが出てきたのじゃなくて、大臣のほうから、予算が少なくて、たいへん不明にして知らなかったけれども、イギリス等と比較してみればたいへん日本が小さい、だから大きくしてやろう、そういうことですか。それなら中教審の委員自体の自主性というのはどこにあるのですか。
○坂田国務大臣 少しそれは違うのでございます。私自身もそういうことを考えておりましたら、たまたま中教審のこの中間発表をなされる日に、会長でございまする森戸先生が総理大臣をおたずねになって、そうしてそういう要望を総理大臣にされたわけでございます。そういうわけでございまして、中教審の意見を尊重しつつ、私もかねがね思っておりましたから、その総理大臣の御指示、ごもっともでございますということで、この調査費等についての増額を大蔵大臣とも相談をしよう、かように考えておるわけでございまして、今後といえども、新たに森戸会長が会長におなりになりましたし、あるいはまた副会長もおきまりになりましたし、そういう方々と御相談をいたし、そして審議会のメンバーの方々の意思を十二分に組み入れて、そうして調査費等の増額あるいは機構運営がうまくいくようにいたしたいと考えておる次第であります。
○川崎(寛)委員 二月の予算の分科会で、あなたは、私に、最後の締めくくりで、中央教育審議会の運用について、少し柔軟な姿勢をとるべきだ、こういうふうなことを言っておる。その中央教育審議会の運営は、これはだれがきめるのですか。
○坂田国務大臣 中央教育審議会の運営は、やはり中央教育審議会のメンバーが主となってお考えになり、また同時に、そういう場合にはわれわれと御相談になるものと思っております。
○川崎(寛)委員 ところが、たいへん奇妙なことが第九次のこの中教審発足の前後にはあるのですね。それはあなたがこの七月四日の閣議で、第九次中教審が発足するにあたって審議会の運営面で新機軸を出したい、いいですか、運営面で新機軸を出したい、これはある新聞の記事ですよ。そこで内容は、いいですな、内容はいろいろこういうのをやろうというのは森戸さんが会長になってから発表されておりますから、これは触れませんけれども、国民一般から広く意見を聞く機会をつくったり、夏の審議会を合宿の形で開く計画などをさせているようだ、こういうことをあなたがやったわけです。閣議で言い、そういったことがすでに書かれている。ところが、発足をしたらすぐ合宿をやろうとかいうふうなこともまた出て、きょうからですか、どっか合宿をすることになるのでしょう。コースは文部大臣がきめているじゃないですか、文部省がきめているじゃないですか。これはだから、審議する内容についても、事務局のあり方についても、以下お尋ねします。だからこれはあなたとここで論争したって、これは食い違うでしょう。まず指摘をしていきたいと思うのです。じゃ、その事務局は企画室の中に置くんですか。それから十二月までに大学制度については一応出してもらいたい、こういうことを言っておる。その事務局というのは強化をしながらやるんですか、それともこれは当然文部省設置法の改正等を要する強化ですか。
○坂田国務大臣 先ほど申しますように、新たに設置法の改正をお願いしてやるというようなものではないのでございます。したがいまして、そこはお互いの何といいますか、柔軟な信頼関係に基づくやり方で十二月の末までには何とかお願いしたいという気持ちを申し上げたし、向こうもその程度に何とかまとめたい。そのためには任命されたその週から始めたい、場合によっては朝めし会も開いてやりたいというようなことで、夏の七月、八月というようなことをどうするかというような場合につきましても、やはりこの七月、八月は集中的に涼しいところでこもってでもやりたい、こういう熱意を示されたわけでございまして、われわれといたしましても望むところでございますので、これに応ずるような計画を立てているということでございます。
○川崎(寛)委員 国大協の代表の方々と会われたときに、総理が、中教審は文部省から離したいというふうなことも言われたのですね。これは報道もされております。じゃ、なぜ今回の第九次の発足にあたって文部大臣の諮問機関ということで、文部省から離さなかったか、その点の理由を明らかにしてほしいと思います。
○坂田国務大臣 総理大臣のおっしゃった意味がどういうふうに伝わっておったのか、これはいろいろの新聞の報道がございます。でございますからさだかではございませんけれども、終局的には、ただいまのところ総理大臣とされては、中教審の働きあるいは重要性というものを認識しておられまして、そうしてああいうような成果も出されたことであるから、その調査については万般のひとつ助けをしてやってくれ、こういうことが総理大臣の御指示の内容でございまして、決して矛盾をいたしておるわけではございません。
○川崎(寛)委員 先ほどあなたイギリスのことを言われたが、イギリスは文部大臣のもとじゃないですね。そして文部大臣の任命する委員によらない審議会があって運用されている。なぜそういう点は見習わないんですか。
○坂田国務大臣 イギリスはイギリスのやり方があるし、日本は日本のやり方があると思います。
○川崎(寛)委員 それでは具体的に憲法との関係で、またお尋ねしたいと思います。 憲法二十五条、二十六条、二十七条、この点はあなた予算分科会のときにはあまり御答弁になれなかったけれども、あれ以来少しは御検討になっていると思いますから明確にしていただきたいと思うのです。この二十五条、二十六条、二十七条という、これが特に戦後の新しい日本国憲法の中における基本的人権として、しかも近代社会における基本的人権として定着をしておるものであることは言うまでもありませんね。二十五条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」、こういうことで、「国は、」云々、こういう任務が課せられておる。そこで憲法二十五条ですべての国民に生存権というものを保障し、健康で文化的な最低限度の生活を営んでいく立法過程というものは、申し上げるまでもなく設置法まで置いてある社会保障制度審議会でやられておりますね。よろしいですか。それから二十七条は、「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。」、こういうことで、職業安定審議会等にいたしましても、あるいは労働基準審議会等にいたしましても、同じ労働大臣の——同じというか、つまり行政官庁の労働大臣の諮問機関である。しかし、この労働大臣の諮問機関では、ここにある勤労権、それらを制度化をする、立法化をするという過程においては、これは労、使、公益という三者の構成でこの立法化がなされておりますね。ところが二十六条の「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」、だからすべての国民、そして法律の定めるところによりというわけでありますから、この法律を定めていく、教育制度を確定していく、制度化をしていく、その教育制度の制度化なり立法化なりというものは、この二十六条の「すべて国民は、」とうたわれております教育権を保障するための立法化であるわけですね。この三つを比較いたしてみました場合に、二十五条のこの制度化というのは、各界の代表が——つまり総理大臣が選ぶのではなくて、各界の代表が選んだのを任命し、国会の承認を得ている。二十七条にいたしましても、これは労働者側、使用者側、そして公益側というそれぞれの団体で選んで出してきておる。つまり労働大臣が一方的に任命したのではないのですね。いいですか、一方的に任命をしたのではない。では二十六条のこの「すべて国民は、法律の定めるところにより、」というこの法律を定めるにあたって、文部大臣が一方的に任命をしたものでよろしい、そのことを納得できるように説明してほしいのです。
○坂田国務大臣 社会保障制度審議会は社会保障制度審議会、中央教育審議会は中央教育審議会、それで文部大臣が任命して悪いという意味が私にはわからないのです。
○川崎(寛)委員 つまり教育というものが文部大臣の行政権に従属をするものでいいのだという考え方、それは教育刷新審議会から中央教育審議会に移る過程というものも明らかですよ。そういう教育刷新審議会から中央教育審議会に移行するときのこの答申の受けとめ方にしても、文部省は守らなくていいんだ、それが審議会の性格なんだ。要するに審議会なんというのは、これは守らなくてもいいんだ、そういう腹があるからそういうことを言うんでしょう。しかも文部省の中の役人が中央教育審議会の事務局をやっておるということになると、行政権に独立して文部大臣にものを言う機関じゃないじゃないですか。文部大臣の事務局が書いた、補助機関が下敷きに書いたやつを読む機関にすぎないじゃないですか。どうですか、その点。だからそれが憲法二十五条、二十七条と、これを具体的に実施をし制度化をしていくという過程における憲法の二十六条の違いというものが出てくるわけです。戦前の勅令主義とどこが違うのですか。戦前の教育の勅令主義と変わらない精神というものがこの中にも出てくるのです。明らかにしてもらいたいと思います。
○坂田国務大臣 それは制度の問題でなくて運用の問題だと思うのです。
○川崎(寛)委員 運用の問題だということで逃げますから、後ほどまたあらためて臨時大学問題審議会のところでごってりと議論をいたしたいと思います。 次に、学術会議の問題についてはけさほど唐橋委員からも質問がありました。これについては、かつて二十三年のときにはこの学術会議の——二十六年の第十国会に国立大学管理法案を提出したときですね。そのときの局長説明、その中では二十四年三月日本学術会議から大学管理法立法のため新たに云々という建議もなされましたので、という学術会議の建議の点も一応入れて問題にしておるわけですね。ところが、今日においては、学術会議の代表者も文部省の関係の機関等には審議会等にも出さないようにしてくるとかいうことになる。けさほどの議論を聞いていても、要するに学術会議の諸君は無能なんだ、ビジョンを出し切っていないじゃないか、こういうふうな形で一方的に否定し去ろうといたしておるわけでありますけれども、学術会議というものを設置してやってきたその精神というものを行政機関の立場から否定し去るという考え方、これはやはり学問の自由を守るという態度が貫かれていない、こう言わざるを得ないのです。いかがですか。
○坂田国務大臣 私のけさの話を少し誤解されておると思うのです。学術会議は学問の自分の専門の領域については高い知識と識見をお持ちでございましょうが、しかし、管理運営とかあるいは新しい大学をどうするかというようなことについては不得手であるということを申し上げておるわけであって、その大学の先生たちあるいは学者の人たちが無能だというふうに私は申し上げておるわけじゃないことをまず御了解をいただきたいと思うわけであります。だから学術の振興、文化の発展、そういうことに対しまして学術会議が果たした役割り、また果たさんとしておることにつきましては私は評価をしておる一人でございます。しかしながら、学術会議それ自体も、やはり発足当時と今日とではずいぶん変化をしてきておる、また、変化していかなければならない。そのことについて江上会長をはじめとして桑原副会長、吉識副会長も、われわれ学術会議としても抜本的な改革をしたいというふうに私に表明されたわけでございまして、そうでございますか。そうしてくださいと私は申し上げたわけでございます。二十六年のころと今日とでは非常に世の中が変わっております。そういうようなこともお考えいただきたいわけでございますが、二十六年の我妻委員会において指摘されましたような、たとえばこれから新制大学というものは国民のための、いわば万民のための大学という形になる。そうすれば、いままでのような旧帝国大学みたいな象牙の塔式なやり方ではいけない。やはり納税者である国民の意思というものが反映された大学自治というものを考えなければこれはよくないのだ、こういうことで評議会という形で第三者機関がチェックをするということが加えられておったわけでございます。それが結局は学者の人たちの反対にあって、やはりこれもあの際法案が成立しなかったということでございまして、その際確かに御指摘のとおり広く意見を聞いたということは事実でございます。しかし、その結果といたしましてもそういうことになってしまったというわけでございまして、今回はわれわれの責任におきましてあらゆる各界各層の意見も聞き、それから国大協の意見にも耳を傾けて、あるいは総理大臣とされましても各政党の意見をもお聞きになって、そうしてわれわれはそれを考えつつこの法案をまとめたということを御了承を賜わりたいと思うのでございます。
○川崎(寛)委員 次に、大学の紛争というものについては、繰り返し与党の諸君もいろいろと指摘をし、また、唐橋委員との論争の中でも焦点になってまいるわけでありますが、文部大臣が本会議における提案理由の説明の中でいろいろと言っておるわけでありますが、今日の大学紛争の原因は何なのか、あらためて伺いたいと思います。
○坂田国務大臣 今日の大学紛争の原因というのは非常に複雑な問題があると思います。しかしながら、その一番大きい問題は、何と申しましても、自分たちの政治的主張を貫くためには暴力をもってでもこれを実現するのだ、こういう考え方の学生集団がある。そうしてその集団が大学といういわば隠れみの、大学自治の美名のもとに、そこはあたかも治外法権であるかのごとく錯覚をして、そうしてそこは何か暴力の横行を許すところであるというふうに誤って考えて、それを十二分に利用しておる。こういうものがあって大多数の学生たちが勉強しようと思っても勉強ができない。大多数の善良な教官が研究を続けようと思ってもそれができないというところに大きい原因があると私は思うのでございます。
○川崎(寛)委員 それじゃ具体的にお尋ねしますが、日大の紛争の原因は何でありますか。
○坂田国務大臣 日大の紛争は、一応きっかけとなりましたのは二十億の脱税問題であったと思うのでございます。
○川崎(寛)委員 それでは神奈川大学は何ですか。
○村山(松)政府委員 一口に申せば大学の民主化といいますか、これは要求者側のことばを用いて申しますが、神奈川大学は当時学長がやや一方的に大学を運営しておる、それをもっと学内諸機関、諸階層の意見を反映した運営をするようにという要求がきっかけになっておるように承知しております。
○川崎(寛)委員 それでは、けさも少し出ましたが、東京教育大学は何ですか。
○村山(松)政府委員 これは午前中御説明申し上げましたように、きっかけとなりましたのはキャンパスの移転問題でございます。
○川崎(寛)委員 六五年慶応義塾大学の学費紛争を契機にいたしまして、非常に次々出ておるわけでありますけれども、暴力だということで、つまり一言に学生の暴力だということで抽象的に締め上げていこう——私は過激な学生の行動は賛成するものではありません。しかし、それぞれの紛争の原因というものを考えるときに、いま答弁にありましたように、その三つ四つをとってみてもそれぞれ違うわけですね。違う紛争の原因に対して、一方的な抽象的なきめつけ方で紛争校を認定をして入っていくわけですね。ここに危険性があるわけです。行政官的な対処のしかたというものが端的にあらわれておると言わざるを得ないのです。先ほどたいへん複雑だということを言われた。いろんな社会的な状況のいろんな複雑な背景があるわけですね。そこには学費の問題もあるし、寮の問題もあるし、あるいは大学の移転の問題もあるし、あるいは学内の民主化の問題もあるし、あるいは日大に端的にあらわれているような授業料の不正使用というふうな問題等もあるわけですね。その根本に対する認識のしかたあるいは処理のしかた、それから各大学がそれを解決をしようとして努力をしていく努力の方向というものを一緒くたにしてしまう。たとえばここで長谷川議員に対して総理大臣が本会で答弁をいたしておりますのは、今日学生運動の根本というのは安保、沖繩だ。「多くが安保、沖繩問題をテーマにしている」のだ、こういうふうに佐藤総理は言っておるのですね。そういう認識のしかたですよ。とするならば、これは後ほど具体的に一つ一つの条文に従いながら、この処理のしかたというものがいかに大学紛争処理ではなくて治安立法かという本質論をいたしたいと思うのでありますけれども、じゃ安保、沖繩について学生がどうして反対していると思うのですか。どうして運動を展開すると思うのですか。文部大臣の見解を伺いたいと思います。
○坂田国務大臣 そこで私が冒頭に複雑な要因がある、しかし主たる原因というものは学生の暴力、しかも自分の政治的主張を貫くためには暴力をあえてする、大学を根拠としてする、こういうことを申し上げて、その共通部面がそれなんです。ですから、もしその共通部面というものがなくなったならば、いま先生が御指摘になった寮の問題あるいはその他のいろいろの問題が解決すれば短時間で解決する可能性があるわけなんです。ところが、極端なものの言い方をするならば、紛争を起こす原因というものはもうどこにもころがっていると言ってもいいと思います。むしろ、その大学の学生たちの政治主張が、そういういわば意思と申しますか、考え方であるというところに問題があるわけなんです。だからそれを除去するということがまず先決だ。しかし、冒頭に申しますように、今日の大学問題、紛争の根というものは奥深いのであって、述べれば長うございますけれども、文明史的な意味の問題もある、こういうふうに思います。それから同時に、大学それ自体がこの社会の変化、激しい二十年間の科学技術の進歩に対して対応できないままで安閑とその自分たちの身分保障が手厚くされておることに安住をして、その変化に耳を傾けなかったり目を見開かなかったというところに問題があると思うのであります。もう少し大学当局が真剣に社会の変化、そしてそれに対して大学というものはどうあるべきかということについての真剣な討議、全学的な討議というものをやって、たとえばいま東大で出しております八十島委員会のあのような報告というものも、七十五の大学が十年前にやったとするならば、こんな騒動にはならなかっただろうと私は思うのです。また、三十八年ごろにわれわれが大学管理法を考えましたときに、国大協はこれにストップをかけました。自主解決をお願いしますということでわれわれは断念をいたしました。その三十八年以後自主解決にまかせたわけでありますが、新しい大学像というものはどの大学からも出てこなかったということもよくお考えをいただきたい。かように思うわけでございまして、現在の大学紛争そのものについては、それはやはり複雑なものがある。おそらく十年後、二十年後の人たちから見るならば、ルネッサンスに比すべきところの大転換期に遭遇しておるとあるいはいえる時代にわれわれは遭遇しているのじゃないかと思うのでございまして、それだけに大学紛争というものは単に暴力学生だけを排除してもそれで私は直るとは思っておりません。また、この法律だけですべてが解決するとも思っておりません。大学人のこれに対応するところの力を助け、そして新しい大学の姿というものをつくる。そしてそれを運営し、そしてまたこれに対して教育条件整備のために文部省が思い切った予算措置も考えてあげるというようなことを。あるいは大学に通ずるところの高等学校、中学校、小学校、いな就学前教育までにも根本的なメスを入れて考えていかなければならない問題がひそんでいる。かように考えるわけでございまして、現在大学紛争を起こしております子供たちといいますか学生たちというものは、昭和二十一年、二十二年に生まれた、終戦直後の非常に両親たちがショックを受けた時代、物のなかった時代、そうして小学校、中学校、高等学校みんなすし詰め教室、そしてまた同時に激甚な入学試験をやって入ってきた人たちでございまして、それは一面においては被害者でもあると私は考えておるのです。おとなというものはやはりそこを考えて大学問題と取り組まなければならぬと私は考えておるわけでございまして、そういう意味合いで相当時間をかけてじっくりかまえていかなければならない。一つの法律だけですべてが解決するとは私は思っておりません。民社党さんが出しておられますような大学管理運営の法律とか、国公私立のかきねを撤廃したらというようなことも、私は一つの見識だと考えておるわけでございまして、そういうようなことを大学当局がくみ取っていくというところに私は大学の真の解決があるというふうに確信をいたしておる次第でございます。
○川崎(寛)委員 大学の責任をしきりに問うておるわけですね。じゃ閣議で問題になりました国民生活白書を少し聞いてみたいと思います。 マスプロ教育という問題も今日の大学紛争の一つの原因でもありますね。じゃ佐藤内閣あるいは歴代の自民党政府は、その問題について有効にやってきたかという点どうですか。これは同じ政府の企画庁が出した余暇論争、たいへん余暇があるから余暇論争をやっておるようでありますけれども、この「後期中等教育の在学率」は云々、たいへん高い。しかし教員数、学校建物面積など教育条件では、なかんずく大学の水準が低い、こういうふうに企画庁の国民生活白書は指摘をしておるわけです。この点いかがでしょう。 それから、大臣が少し答弁が長いですから簡潔にやっていただきたいと思いますが、私は時間は当然要求しますけれども、たとえばオックスフォードだとかケンブリッジだとか、こういうところは授業料に依存する部分はほんの一割程度だ。国家が私学であっても十分見ているわけですね。あるいはアメリカでもそうですね。そういうことが、慶応なり中央なり早稲田なりという大学紛争が続いたときに、文部省の中にも審議会等をつくってやった。そういうことが具体的に政府の施策として今日の紛争の原因を取り除くということに有効に作用してきたというふうにあなたは確信を持たれるのですか。だから、一つは国民生活白書のこのことについてあなたはこれをはっきりお認めになるかどうかということ。そして政府の施策の問題です。
○坂田国務大臣 大体高等教育機関に対する投資がおくれておるということを白書は指摘いたしておりますが、それはそのとおりだと私は思っております。 それから、マスプロ教育といわれるものについては、ちょっと先生のお考えと私は違うわけなんです。と申しますのは、東大が昨年ああいうふうな紛争を起こしました。ところが、御承知のように東大一万五、六千、いまは卒業も三千し、入学で三千人入りませんから約一万人くらいだろうと思うのですが、それに対して助手を含めますと教官数は大体三千四、五百だと思うのです。それから事務職員は約五千人に近いのです。そうしますると、八千五、六百で一万五、六千を管理運営し、教育、研究しておった、こういわれるわけです。もちろんこれは研究所も含めておりますけれども。そうしますと、確かに御指摘のとおりに、駒場のほうでは一教官に対し二十ぐらいです。しかし本郷のほうは一対四・八ぐらいです。問題の紛争の起こりました医学部は幾らかというと、一対一・二です。これはマスプロという形で紛争が起きたとはいえないと私は思う。しかも私立大学と国立大学を比べますると、教官一人当たり国立の場合は八、私立大学の場合は三十、はるかにはるかに私立大学のほうが教育条件は悪い。にもかかわらず七十五の国立大学の四一%の三十校が紛争、私立大学のほうは二百七十のうちわずかに九校。これはなぜかというならば、親方日の丸ということにも原因があるわけなんです。そういうことをお考えいただきたいわけで、マスプロ教育に人間阻害の問題あるいは教官と学生との信頼関係というものがなかなかできておらない。したがって、ゼミナールとかあるいはもう少し少数単位で教えていかなければならぬということを考えておる一人です。ですけれども、ただ端的にそれだけが今日の原因ではないということだけは申し上げておきたいというふうに思うわけでございます。 しかも今日日本の高等教育機関の比率が非常に少ないという一つの例証は、私立を含めて、全部をひっくるめますと確かに御指摘のとおり、非常に少ないわけでございますけれども、国立三十万だけを考えてみますると、そう先進国には劣らない、まあ多少は劣っておりまするけれども。そういうようなことをも読み合わせてあの白書を読んでいただきたいというふうに思います。しかし、全体的には百五十万という学生というものについて国としてはどうなんだとお尋ねであれば、白書のとおりでございますから、われわれとしては全力をあげてこの点については考えていかなければならぬということだと思います。アメリカでもたしか三三%くらい国が出しておる。イギリスでは大学については約八〇%を出しておる。ドイツ、フランスというのは国立でございますから言わずもがなというふうに考えております。
○川崎(寛)委員 マスプロの問題は、問題をすりかえてわきのほうに持っていったわけでありますけれども、次に、それでは具体的に法案の中に入っていきたいと思います。 まず、大学紛争とは何かということで、これが一番出発点になるわけでありますけれども、ここに例示をされておる「施設の占拠又は封鎖、授業放棄その他の学生による正常でない行為」、こういうことになっておりますが、これはけさほど唐橋委員からも質問があったが、必ずしも明確でないと思いますので詰めてみたいと思いますが、いかなる形態のいかなる程度の行為をさすのか、まず明らかにしてもらいたいと思います。
○村山(松)政府委員 大学紛争の形態といたしましては、条文に示されておるとおり「施設の占拠又は封鎖、授業放棄」という状況でございます。それが原因といたしましては「学生による正常でない行為」によってそういう状態が引き起こされた、終末的には大学の目的、使命でありますところの「教育、研究その他の運営が阻害されている状態」ということになります。その程度いかんということは、これは教育、研究が阻害されておれば、程度のいかんを問わず、一応大学紛争ということに相なります。
○川崎(寛)委員 そうすると、行為というものと阻害というものと二つがあるわけですね。行為の態様というものと阻害の程度というもの、これが要件をなすわけです。そうすると、その場合の判定というのは必ずしも客観的でない、客観的であってはならぬのだというのがけさほどの答弁でもあった。そうなると、これは主観的にだれが判断するのですか。
○村山(松)政府委員 これはたとえば授業放棄でありますれば、そのような決議をし、現実に教室に学生があらわれなければそういう状態はだれしも認知できるわけであります。それからまた、施設の占拠、封鎖ということも、これは学生による占拠、封鎖でありますから、学生が建物の中に立てこもって出ていかない状態というのは認知できるわけです。それによって結果的には教育、研究というのが大学で立てた計画どおりに行なえない、そういう事態をさしまして大学紛争とするわけでございます。これを直接文部大臣に報告をし、それが対策を立てる責任者は第一次的には学長でございます。
○川崎(寛)委員 それでは学長が認定をする、そうすると学長の認定は手続は要らないのですか。学長が認定をする場合はどういう手続が必要なのですか。
○村山(松)政府委員 御案内のように、この法律では何ら手続をきめておりません。通常の学長と文部省との関係におきまして、別に様式を定めず、自分の大学においてこのような紛争が起こっておるという報告をもって足りるわけであります。
○川崎(寛)委員 そうしますと、報告をもって足りるというわけですね。 それでは次の四条の報告の問題に入るわけでありますけれども、大学の学長が紛争だと認定しない、思わない。ところが文部大臣のほうは報告を求める権限がある。こうなりますと、そこの食い違いはどうするのですか。
○村山(松)政府委員 大学紛争というのは、もう何回も御説明申し上げましたように、封鎖、占拠、ストライキといったような物理的な外部から認知し得る状態でありますから、これの存在につきまして争う余地はほとんどないわけであります。したがって、そういう状態があるのに学長が報告しない、それが報道機関等によって伝えられているという場合には、文部省のほうで、あんたの大学にはこのような紛争が起こっておるではないかという注意はいたすことと思います。そういう状態があるからには、学長がこれを否定するということはあり得ないと思います。
○川崎(寛)委員 そうすると、その他の正常でない行為というのはどういうことですか。
○村山(松)政府委員 その他と申しますのは、たとえばさらに外形的に学内で凶器を持って職員を脅かすというような、これまた外形的に認知し得るその他の状態でございますので、これらにつきましては、大学と文部省との間で意見が食い違うおそれはないと考えております。
○川崎(寛)委員 おそれはない。文部省と大学との間には、認定の不一致のおそれはないとあなたのほうは思う。しかし、認定をすればこの法律の適用というのに入るわけですね。だから紛争そのものについて認識が違えば、食い違いが必ず出てくることになる。それでもなおかつ食い違いはないんだと言い切るわけですね。いかに文部省が大学に介入していくかということをあらわしておると思うのです。その認定について、もし不一致になったという場合、どこが調整するわけですか。
○村山(松)政府委員 これは物理的な状態でございますから、ちょっとそぐわぬかもしれませんけれども、たとえば大学で火事が起こったというような場合、火事が起こったという事実があれば、これは大学と文部省において意見が食い違うおそれは全くないわけでございます。大学紛争につきましては、火事が起こった場合に比べますと、多少見解が分かれることもあろうかと思いますが、しかし、やはり教育、研究が行なわれているかどうかというのは認知し得る状態でございますので、意見の不一致はないと思いますが、最終的には意見の不一致がいよいよ具体的になるというのは、もう、たとえば七条が発効するような最終的な段階でございます。そういう場合には、大学の意見も最終的に聞く、それから第三者機関にもはかって文部大臣は決断いたすわけでありますから、最終的には文部大臣の責任において判断をするということに相なります。
○川崎(寛)委員 必要に応じてというのは、これは文部大臣が必要に応じてですね。
○村山(松)政府委員 第何条の場合でしょうか。
○川崎(寛)委員 いま四条をやっているから。
○村山(松)政府委員 これはもちろん文部省において、紛争が起こっておると認められる場合に、必ずしも報告がないような場合、これを報告を求めるわけでございます。
○川崎(寛)委員 それでは次に、五条以下の問題は、五条の勧告の問題、七条二項の停止、十条のあっせん、それらがすべて臨時大学問題審議会が全部関連をいたしてまいりますので、ここでまとめて臨時大学問題審議会を少し取り上げてみたい、こういうふうに思います。 まず、十三条の一般規定でありますが、委員任命の方法は、閣議にかけて任命をされるわけですね。
○村山(松)政府委員 第十三条にありますように、臨時大学問題審議会の委員の任命は、文部大臣が内閣の承認を経て任命するとなっておりますので、承認を経る態様といたしましては、閣議承認というようなことになろうかと思います。
○川崎(寛)委員 そうしますと、ここに一号には「大学の学長又は教員及び私立大学を設置する学校法人の役員」と、こうありますね。私立大学の学校法人の役員ということになると、たとえば具体的にあげてたいへんすまぬと思いますけれども、中曽根康弘氏がある大学の学長をしておる、あるいは川島正次郎氏が何々大学の役員をしておる、こうありますわね。そうすると、法的にはこの審議会の委員になり得るわけですね。
○村山(松)政府委員 審議会の委員は、十三条にありますような要件を掲げておるだけで、別に排除条項、欠格条件というのをきめておりませんから、別にどういう者が除かれるということはございません。いかなる方でもこの二つの要件に該当する限りは任用し得るわけであります。
○川崎(寛)委員 そうしますと、この臨時大学問題審議会の機能というものは五条、七条、十条、それぞれ違いますね。臨時大学問題審議会の、このそれぞれの五条、七条、十条のこの機能が違う。五条は諮問機関ですね。それから七条は審査機関的ですね。それから十条はちょっとめずらしいやつで、これは問題になると思いますね。あっせんだから行政作用ですね。この三つをこの審議会は持っておるというふうに理解をしてよろしいですか。
○村山(松)政府委員 御指摘のとおりでございます。
○川崎(寛)委員 少しは大臣答弁したらどうですか、鼻くそばかりほじくらんで、少し大臣みずから、あなたが任命するのだからもう少ししゃんとして答弁しなさいよ。大学局長がしてくれるもんだと思ってのんびりかまえておりますけれども……。 第五条には「当該大学紛争の収拾及び当該大学の運営の改善のため講ずべき措置について、臨時大学問題審議会にはかり、必要な勧告をすることができる。」、こういうふうになっておりますね。お尋ねをしますが、このはかるのは勧告の内容をはかるのですか、いかがですか。
○村山(松)政府委員 勧告するかどうかにつきまして、はかるわけでありますが、そのような場合、通常勧告の内容も付してはかることが通例だと思います。
○川崎(寛)委員 そうすると、勧告をするかどうかあるいは内容を含めてはかるわけですね。そうすると、この原案はだれが書くのですか。
○村山(松)政府委員 文部大臣がはかるわけでありますから、原案といたしましては文部省で作成いたします。
○川崎(寛)委員 そうしますと、十三条のこれは——五条のところは、紛争の収拾及び当該大学の運営の改善のため講ずべき措置について勧告をするかどうか、こういうことですね。その場合にこの十三条の一般規定でいきますと、大学紛争の収拾及び大学の運営改善に関する重要事項について文部大臣に建議することができるという建議の機能が諮問機関としてもございますわね。そうしますと、その建議をしたその建議のそれに基づいて、第五条の改善すべき措置——自分で建議をしておいて、それに基づいて、それを採用するかどうか、そこに一つ問題はあるが、それに基づいたやり方で今度は勧告をしたいんだが、こういうあれでどうか、こうくるわけでしょう。だから、十三条のほうでは、大学紛争の収拾及び運営の改善に関する重要事項について建議できるわけですね。つまり、建議というのは、審議会がみずからやれるわけですね。諮問に応じなくてもやれる。建議をしておることを、一方、その勧告の内容について今度はよろしいかと聞いてくる。おかしくないですか。
○村山(松)政府委員 文部大臣が大学に勧告する場合の審議会との関係でございますが、これは文部大臣がイニシアチブをとってやるわけでありますから、審議会に諮問をして承認を得て勧告するという形になろうかと思います。そういう場合には、もう重複いたしますので、同じようなことを審議会が建議するということはむしろないのではなかろうかと思います。ただ、文部大臣がそういう諮問をしない場合に、審議会が自主的に、ある大学についてこうしたほうがいいと考えて建議することはあり得るかと思います。この両者が重複するということは、実際問題としてはないのではなかろうかと思います。
○川崎(寛)委員 それは、あなたの頭の中に重複しないという頭があるわけだ。つまり、建議しようと思ったら、そんなことせぬでもいい、勧告するから、とやればやれるわけでしょう。そういう関係ですよ、臨時大学問題審議会と文部大臣の関係というのは。そうじゃないですか、理論的にあり得るわけでしょう。
○村山(松)政府委員 理論的と申しますか、観念的と申しますか、そういう場合にはあり得ると思います。
○川崎(寛)委員 これも非常におかしいと思うのですよ。 それじゃ次の七条、いよいよ——七条には持っていかないんだ、七条という不幸な事態には持っていかないように、六条まででやってもらう、こういうことを大臣はしきりに繰り返している。しかし、七条というのが常に背景にあって、六条までの威嚇的なというか、ことがやられてくるわけですね。そこで七条との関係をお尋ねしたいと思うのですが、七条では、学長の意見を聞くことになっておりますわね。学長がノーと言ったらどうなるんですか。
○村山(松)政府委員 七条二項の発動の場合のことだと思いますが、この場合は、大学の学長の意見を聞き、臨時大学問題審議会の議に基づいて停止措置を発動する場合であります。学長がノーと言う場合には、それ相当の根拠があろうかと思います。つまり、まだ文部大臣による停止措置を講じなくても、七条一項の自発的な休止、あるいは六条の段階の自主的な収拾の措置でやれるから、七条二項の発動はまだ時期尚早である、こういう意味でおそらく否定的な御意見が出てくると思います。そういう御意見の場合には、その御意見が十分根拠があるものであれば、文部大臣としてもそれを了承することと思いますし、根拠がない場合にはさらに話し合うことになろうかと思います。
○川崎(寛)委員 その文部大臣が根拠がないと考えればさらに話し合いを進めるということは、さらに大学側を説得する、こういうことになりますわね。そういうことでしょう。だから文部大臣が、もう七条二項の発動について、すべきだと考えた場合には、大学側がノーと言ったって、さらに話し合いを続けるんだということは、うんと言うまで、つまり意見を聞いた、イエスと言うところまで追い込むという腹は明らかじゃないですか。どうですか。
○村山(松)政府委員 文部大臣といたしましては、紛争の収拾をはかるというのが主眼であって、決してその大学の教育、研究を停止することが至上命令ではないわけでありますので、停止措置をするような場合には、それによって紛争収拾にプラスになる、あるいは逆に、不幸にして紛争収拾が全く見込みがないという二つの場合になるわけでございます。そこで、そういう状況の判断につきましては、大学の責任者であるところの学長の意見を十分聞くわけであります。そこで、聞いて、議論を詰める根拠としては、やはり客観的な情勢によります。たとえば学長は停止措置をするのは待ってほしいというような御意見があります場合には、それ相当の、たとえばなお教官が収拾に毎日出てきて努力しておるからというような情勢の裏づけをもってお話しになることと思います。そういう場合には、これは了承されると思います。しかし、これに反しまして、全くその大学の関係者が寄りつかない、収拾措置をはかるにも全くだれもそれに努力をしていない。いわばもう大学が倒れて、全く機能が停止して、収拾の見込みが全くないというような場合には、学長の単なる希望的な御意見だけでは文部大臣の責任が果たせない。そこで臨時大学問題審議会にもはかりまして最終的な判断をする、こういう仕組みになっております。
○川崎(寛)委員 この「議に基づき、」ということは議決を要するわけですね。それで、この七条二項の議に基づくというこの機能、これはつまり審査権があるわけですね。この審査権というのはどのようにして保障されておるのですか。
○村山(松)政府委員 議に基づくという用語は、通例といたしまして、議決を要し、その議決をしたところに基づいて諮問者であるところの文部大臣は措置をする、こういうことでございますので、保障とおっしゃいますのはどういうことかはかりかねるわけでありますが、法律的にはかなりきちんとした書き方であろうかと思います。
○川崎(寛)委員 それでは、審議会がノーと言ったらやれないんですね。
○村山(松)政府委員 「議に基づき、」という表現の場合、審議会が否決をすれば、当初意図したような措置を審議会の意見に反して行なうことはできないと解しております。
○川崎(寛)委員 それじゃ、審議会の意に反してはできないという点は明らかになりました。 そうすると、ここも先ほどの五条と同じ問題、ダブってくるわけですね。ということは、臨時大学問題審議会の建議をした内容というのがある。その内容に基づいて停止の場合に意思決定をする。審議会にかかってくるわけですね。そうすると、その審査のしかたというのは、臨時大学問題審議会が建議をした、その内容に基づく、ダブる、その場合があり得るわけですね。いかがですか。
○村山(松)政府委員 大学の教育、研究機能の停止措置につきましての文部大臣と審議会の関係につきましても、この諮問をして議決をする場合と、それから審議会が自発的に建議をするということは、観念的には重複があると思いますが、ニュアンスといたしましては、諮問をして議決があった場合には拘束される。建議の場合には、審議会の建議は尊重すべきものであるけれども、法律的ぎりぎりの議論をすれば拘束されないというニュアンスの違いはあると思います。
○川崎(寛)委員 たいへんそこらが、だからあいまいになってくるわけですね。建議に対してはそれを文部大臣としてはいれなくてもいいんだという点もある。 そこで、そうしますと、次の十条、これが一番問題になろうかと思うのです。第十条の二項、「前項の申請があったときは、臨時大学問題審議会によるあっせんに付するものとする。」、こういうふうになっておりますね。このあっせんの権限はどこから出るのですか。
○村山(松)政府委員 ちょっと質問の御趣意がはかりかねると思いますが、臨時大学問題審議会があっせんができるという権限はこの法律によって出てまいります。権限事項といたしましては、審議会の設置を規定いたしました十三条でその事務が書いてございます。二項で、「十条に規定するあっせんを行なう。」という規定から、審議会にあっせんの権限があるということになりまして、具体的には第十条であっせんは文部大臣がこれを付議する。その処理のしかたといたしましては、審議会の会長が委員または特別委員の中からあっせん員を指名いたしまして、これに行なわせる、こういう仕組みになっております。
○川崎(寛)委員 あっせんというのは、いわゆる行政作用ですね。
○村山(松)政府委員 行政作用の一環だと思います。
○川崎(寛)委員 あっせんの内容というのは、文部大臣に了解を求めるのですか、それとも、あっせんの内容というのは審議会にまかせられておるのですか、その点はいかがですか。
○村山(松)政府委員 まず、順序といたしましては、大学が文部大臣に申し出る。それで文部大臣は審議会に付する。付されますと、審議会が自主的にあっせんを行ないまして、その結果は大学に帰着いたしまして、大学がそれを受け入れれば、それによって収拾措置が行なわれるということになります。したがいまして、あっせんに付しました以降は審議会が独自にあっせんを行なうという形になっております。
○川崎(寛)委員 あっせん案の内容というのは文部大臣と関係なしにやれる、こういうことですね。
○村山(松)政府委員 法律上関係なくやれることになっております。
○川崎(寛)委員 行政作用をやるような審議会というのは、ほかにどういうのがございますか。
○村山(松)政府委員 あまり例がないようでありますが、やや類似の例といたしましては、中央建設工事紛争審査会というのがあるようでございます。
○川崎(寛)委員 これは建設大臣の諮問機関ですね。この審査会の設置は何によるのですか。それから、あっせんの基準、それは何に定められておるか。
○村山(松)政府委員 建設大臣の諮問機関として設置されております。あっせんの基準は法律上はきまっておらないようでございます。
○川崎(寛)委員 この委員の選出のしかたはどうなっておりますか。
○村山(松)政府委員 「審査会は、委員十五人以内をもつて組織する。」「委員は、人格が高潔で識見の高い者のうちから、中央審査会にあっては建設大臣が、都道府県審査会にあっては都道府県知事が任命する。」こういうぐあいになっております。
○川崎(寛)委員 それは、さらに選び方として、ただ一方的に大臣あるいは都道府県知事の任命だけになっておりますか。つまり、これは利害関係の調整ですが、いうところのあっせんとは少し違う感じを私は持っておるのです。
○村山(松)政府委員 法律の規定を見る限りにおきましては、特に任用の要件などは書いてないようであります。ただ、大体公務員の欠格条項に該当するような禁治産者あるいは禁錮以上の刑といったような欠格条項が示されている以外には、特別の任用要件はないようでございます。
○川崎(寛)委員 この行政作用というのはむしろ——私は中央建設工事紛争審査会というのは実はよくわかりませんから、ちょっとその点疑問に思うわけですけれども、これは中労委なり公取委なりのあっせんの機能、行政作用と機能的にはむしろ似ている、私はこういうふうに思うのです。その点いかがですか。
○村山(松)政府委員 中労委その他の機関との相違は的確には把握いたしかねますが、この建設工事紛争審査会は、紛争を審査する一環といたしまして、あっせんというのを行なうようになっております。あっせんの態様といたしましては、事件ごとに審査会の会長があっせん委員を指名して、当事者間をあっせんするということになっております。なお、建設業法では、あっせんのほかに仲裁その他いろんな権限もあわせて持っておるようでございます。
○川崎(寛)委員 たとえば、準司法的な性格を持つものとしては公認会計士の審査会がありますね。公認会計士の審査会等の場合には、懲戒のための手続というものが法律で明確に定められておるわけです。これは公認会計士法で明確に定められておる。それから中労委なり公取委なりの場合は、言うまでもなく独占禁止法なりあるいは中労委の場合は憲法、労働三法という法律でその基準というのが定められておりますね。この臨時大学問題審議会のあっせんの基準というものは何で定めるのですか。この法律には載ってないじゃないですか。
○村山(松)政府委員 この臨時大学問題審議会で、大学紛争について当事者間に争いがある場合、あっせんということを規定いたしましたのは、紛争処理にあたって当事者間の争いが非常に支障になっているような場合には、当事者間ではなかなか話がつかないので、第三者の意見、知恵をかりることが有効でもあろうということで、この種の規定を設けたわけであります。この法案にもありますように、このあっせんについて特に当事者を拘束したりするようなことは、これは争いがある場合にそう拘束してみたところで、かえってあっせんを申し出ないというようなマイナス面もある。むしろ、当事者間では紛争を収拾する気になったけれども、行きがかり上、その他利害関係もからんで、当事者だけでは話がつかない場合の、何といいますか、おか目八目的な効果を期待して、あまり強制力を付与していないわけでございます。そういうことでございますので、基準を設けたり、あるいはこまかい手続を設けたりする必要はないのではなかろうかということで、単にあっせんを行なう旨の規定のみを設け、手続、基準等につきましては、その態様に応じて、あっせん員の判断にまかせておるわけでございます。
○川崎(寛)委員 あっせん不調の場合はどうするのですか。
○村山(松)政府委員 それは拘束力はございませんので、それで終わりということになります。
○川崎(寛)委員 それじゃ解決せぬじゃないですか。解決するんだということで持ってきたけれども、結局あっせん不調になれば解決せぬわけですね。そういうわけですね。 そこでお尋ねしますが、先ほど来五条の問題の場合も、七条の場合も、いまの場合でも、たいへんあいまいな点がたくさんある。基準を設けない、ゆるいほうがいいんだ、おか目八目的なものだ、結局それは文部大臣の権限というものがあって、そのすそ野の中に入っているという審議会にすぎないということが明らかになってくるじゃないですか。だから勧告にしても、停止にしても、あるいは学部間の紛争のあっせんにしても、結局は文部大臣の権限でやってしまうというところにやってくる。一つの隠れみのですよ。では、その数多い審議会の中で、諮問機関、審査機関、行政作用を持つという、こういう三つの作用を持つ審議会がほかにありますか。
○村山(松)政府委員 各種の審議会を網羅的に調べたわけじゃございませんので不案内でございますが、先ほど申し上げました中央建設工事紛争審査会以外にはあまり例がないようでございます。
○川崎(寛)委員 それはしかし、先ほどのやつは紛争を審査するという準司法的な作用を持った最後の行政作用の面ですね。だから私の言うのは、諮問、それから七条二項の場合の審査、つまり参与機関、そうしてもう一つ行政作用という三つの機能を持った審議会というのはないんです。あなた、いま中央建設工事紛争審査会と言われたけれども、それは第三番目の第十条のところの行政作用のところだけを言っているわけだ。そうしますと、この三つの機能を持ったそういう審議会というのはない。だから、いかにあいまいなことを言い、あいまいな答弁をしてきて、中身は必ずしもきちっとしてない。たとえば建議をすることと勧告の内容がダブってみたり、いろいろあるわけですね。そうしますと、これは機能の上からいっても、三つの機能を持った審議会というのは、今日の数多い審議会の中でもないわけでしょう。三つの機能を持った、つまり諮問機関と、参与機関と、それから行政作用の機関の機能を持ったこういう審議会というのはない。いかがですか、文部大臣ひとつどうですか。
○坂田国務大臣 それはないようでございますけれども、そこがこの審議会の運用をもしうまくやれば運用の妙味が発揮されるところじゃないか。大学問題を取り扱う場合には、あんまり四角四面でやったら、それこそ権限の権力的介入とかなんとかということになりがちであって、やはりいやしくもそういう教育、研究の停止というような重大なことをやる場合においては、むしろ議決を経た後においてしかやれない、こういう措置をして、もし議決がノーと出たならば、その場合は文部大臣がこれはやれない。それから今度あっせんという場合は、たとえば教育大学のほうでも文学部とその他の学部とがこうなっておる。当事者同士ではどうにもいけない、しかし、第三者がいったならば、解決方策について両方が協力ができるということだってあり得るわけですね。先ほどの答弁ではないことだけ申し上げましたけれども、ある場合もあるわけで、そういうふうに非常に善意に解釈していただければ、妙味の発揮できるように仕組まれておるわけです。その意味合いにおいて、これがもの足りぬと一方には言われ、一方においては権限の強化と言われるところでもあるわけでございますけれども、要は、そこの運用をする人によって違ってくるというふうに思うわけであります。その余地があって、そこがあいまいだとおっしゃられれば、まさにあいまいかもしれませんが、そこはひとつ心してお互いに大学の紛争を、文部省も、そして大学当局も、何も対立することが目的じゃないので、一緒になって大学を正常化し、そして教育をしあるいは研究をするということ、これが国民のわれわれに期待するところでございますので、そういう仕組みになっておるということをじゅんじゅんとひとつおわかり願いたいと念願するものでございます。
○川崎(寛)委員 そうじゃないですよ。そうじゃなくて、いかにこれがいろいろな場面に作用してくるか、まあ七変化というか、いかようにでも作用するのですよ。だから私がお尋ねしているのは、大学問題は複雑だしあれだから、こういう幾つもの機能を持った審議会でもいいんだというお考えですか。
○坂田国務大臣 そのところが一番大事なところで、第一条であくまでも大学当局の自主解決の努力を助けるという意味は、そういう自由裁量の道を大学側に持たせておるところにあると私は思っておるわけでございます。
○川崎(寛)委員 それは答弁じゃないんですよ。じゃあもう一ぺん単純にお尋ねしますが、こういう三つの機能を持った審議会はないのです。そのことはお認めになりますか。
○坂田国務大臣 いまのところありませんけれども、あってもいいと私は思っておるのです。
○川崎(寛)委員 ところが、先ほど言いましたように、諮問、参与あるいはあっせん、それぞれについてもきわめてあいまいな状態になっておる。そしてつまるところは、大学局長の答弁を通じてみても、結局それは文部大臣の権限に最後は帰ってきて、文部大臣がやれるようになっているんですよ。文部大臣がやれるようになっているんです。だからこれはたいへん強力な、学長に対する威嚇ですよ。まず学長に権限を集中する、それはあなたは本会議でもおっしゃったとおり、そうでしょう。今度の大学紛争については文部大臣が権限を握るということ、それから学長に権限を集中するということ、そういうことでしょう。学長の自由裁量にまかせるのだ、こう言われた。そうすると、要するにこの法案全体を通じて、特にいま五条の勧告権という従来なかった一つの大きな問題、あるいは七条二項の停止、そういうものを通していえることは、文部大臣が権限を握り、学長に権限を集中していく、それでなければ大学紛争は収拾できない、こういうことなんですね。
○坂田国務大臣 少し違うのでして、やはり第七条に示されておりますように、自由裁量の幅を持たせるというわけでございまして、もし臨時大学問題審議会がノーという議決をした場合はできないというわけで、文部大臣の権限がそれだけ縮小されるわけでございます。しかしながら、今度はそういう仕組みにはなっておるけれども、議を経て、場合において最終の責任というものは文部大臣が持つということ、細心の慎重さというものでやる、学長の意見も聞く、それからまた第三者の審議会の議に基づくということもやって、そうして文部大臣がそれに基づいて決定をする場合は、それこそが文部大臣の国民に対する責任を明らかにするということであって、この諮問機関に責任があるのか文部大臣に責任があるのか、それこそわからないようなことではお話にならぬと私たちは思うわけでございまして、要は、先ほど申しますように運用の問題だと思うのでございます。そうしてしかけといたしましては、あくまでも文部大臣の権限というものを正当に公平に客観的に使うという配慮が仕組まれておる。したがって、世の中で言うような、あるいは学生たちが反対しているような、あるいは学者の先生たちが反対しているような、あるいはまた大学の先生たちがいろいろ言っておられるような、大学自治を侵すとか、あるいはまた学問の自由の侵害を意図しておるとかいうようなことでないことは、もうだんだん川崎さんもおわかりになっていただいたであろうと思うのでございます。
○川崎(寛)委員 わからないんですよ。文学的にできていないものだからどうもわからぬのですが、要するに自主的収拾ということはいろいろなプロセスをとりますが、大臣が本会議でも答弁しているように、それはこういう非常の事態だから学長に権限を集中する、それから文部大臣が権限を握る。そういうことで自主的収拾への方向が出るというふうにあなたはお考えになるわけですね。だからまず一つ取りはずしまして、みんな言うとあなたはすぐわきのほうにいってしまいますから、学長に権限を集中するということが自主的収拾への道である、こういうふうにあなたはお考えになるのですね。
○坂田国務大臣 大学の当局が収拾の方策というものは無限にあるといってもいいかと思うのです。たくさんあると思うのです。その中の一つとして学長に権限を集中する、リーダーシップをとるというような方策も、有力な方法ではないか。現に東大の加藤学長がとったやり方はそうであったというようなことでございまして、一つではあるけれども、それだけであるというふうには考えたくないのであります。
○川崎(寛)委員 大学内で討議を重ねて進めていくという収拾の方向じゃなくて、法律で権限を集中させるということ、これは戦後一貫して出てきた大学理事会法案なり国立大学管理法案なりという過去の大管法というもののすべてが目ざした方向なんですよ。違いますか。
○坂田国務大臣 今度の法案は、あくまでも第七条というものは、どうにも大学当局が自治能力を失って、収拾能力がもうほとんどなくなってしまったという状態において、非常の際においてとり得る措置でございます。むしろ、この法案の中身というものは、そういう七条を発動せずに六条までの、いわゆる大学側のあらゆる自主努力というものを助けるということに主眼を置いて組まれておるということは、るる私があるいは局長が答弁をいたしましたとおりでございまして、そのことを理解していただきますと、単に大学管理法というようなものでないということはおわかりいただけると思います。
○川崎(寛)委員 これは将来の大学管理法へのステップであることはもう明らかなんですよ。そのことはあなたが本会議でも、これまで何べんかやろうとしたけれどもやれなかったということで、当面の紛争処理のためだということで、大学の運営に関する臨時措置法案を出してきておる。だからそれは時限法で出してきておる。しかし、この時限法であるということの性格についても後ほど触れますけれども、これで従来の大学管理法案というものが目ざしたそういう方向へ一直線であるということは、これはもう否定できない。いまあなたは否定していくでしょう。しかし、そういう大学の管理運営の体制をつくるということがねらいであることは、この法案全体を通じて明らかだと思うのです。 それでは、その臨時大学問題審議会というものが、従来たくさんある審議会、しかも戦後の行政の独走を防ぐという意味でつくってきた審議会であるけれども、今日これがもうすっかり行政府の隠れみのになっておるということは否定できないと思うのですが、それは先ほど言った三つの性格にいたしましてもあいまいだし、そういう三つの性格を持った審議会というのは初めてだ、こういうことでも明らかだろう、こういうふうに思います。では、もう少し臨時大学問題審議会でお尋ねをしたいと思いますけれども、この事務局は文部省に置くということになっているのですから、文部省のどこに置かれることになりますか。
○村山(松)政府委員 これはまだきまっておりませんけれども、事柄が大学問題でございますので、現在の組織でいえば大学学術局に置かれることになろうかと思います。
○川崎(寛)委員 そうしますと、大学学術局の何課に置かれますか。
○村山(松)政府委員 法律の段階といたしましては、審議会の処理すべき担当部局は局までの段階でございます。あとは内部組織におきまして担当をきめることになろうかと思います。
○川崎(寛)委員 何人くらいの事務局を置くつもりですか。
○村山(松)政府委員 このために新たに人を要するかどうかというようなことは、昭和四十五年度の予算の段階で慎重に審議してきめたいと思います。
○川崎(寛)委員 四十五年度の予算ですか。そうすると四十五年度まではこの審議会を置かないということですね。
○村山(松)政府委員 四十四年度につきましては、とりあえず現在の組織でこの審議会の事務を担当いたします。さらに新しい人が必要であるかどうかにつきましては次の年度において検討いたしたい、かように申し上げる次第でございます。
○川崎(寛)委員 現在の組織がわからぬからさっき聞いたのですよ。現在の組織は何ですか。
○村山(松)政府委員 現在の組織といたしましては大学学術局の組織でございます。
○川崎(寛)委員 そうしますと、先ほど言ったような、数多い隠れみの的な審議会がたくさんあるわけだけれども、その中で三つの機能を持っておるやつはない。その三つの機能を持ったたぐいまれな審議会が置かれて、しかも文部省の大学学術局の中に置かれて、そしてこれが諮問され、建議をし、勧告の際の議決をし、そしてはかられ、さらに停止の場合にこれが審査をしていく、こういうことになるのですから、文部大臣とどこが違うのですか。文部省の部局がこれをずっと担当していくのですよ。第三者機関だということの性格はどこにはっきりしてくるのですか。ただ、委員が選ばれることになるのだが、この委員は、要するに閣議で承認をされて、佐藤内閣が気に入った人でなければ委員になれない。どこに第三者機関としての中立的な性格というのが明らかになりますか、その点を明確にしていただきたいと思います。これは大臣ひとつ。
○坂田国務大臣 この事務所がたとえば文部省の大学局にあるから中立性を保てないというようなものの考え方を、私はどうしても考えることができないのでございまして、臨時大学問題審議会の委員というものは、先ほどの資格要件がございますような公平な高い識見と見識を持った方がなられるわけでございますから、その方々は、また同時にそういう公平な審議会としての使命を果たされるものだと確信をいたしておりますし、そのようなことによって左右されないというような方を選びたいと私は考えておる次第であります。
○川崎(寛)委員 しかし、先ほど来の質疑でこの臨時大学問題審議会の性格というものも、私はこれは議論は並行線をたどると思うけれども、いかに隠れみの的なものであるかということも非常に明らかになってきたと思います。 そこでもう一ぺん各条に返って、勧告権の問題について少し、第五条の問題ですね。これは臨時大学問題審議会の議論でずっと詰めてまいりましたけれども、もう一ぺんこれを基礎に置いてさらにお尋ねをしたいと思うのですが、大学による自主的解決の措置と違った措置が勧告された場合、それは拒否できるのですね。
○村山(松)政府委員 この第五条にあります文部大臣の勧告は、その第二項にありますように、「当該大学による自主的な大学紛争の収拾及び当該大学の運営の改善のための努力をたすけるようなものでなければならない。」、勧告の方向を法律で示しておるわけでありますので、文部大臣は大学に何でもかんでも思いついたことを勧告するというようなことではなくて、この二項に規定するような方向で勧告をするわけでありますから、大学の自主的な紛争収拾努力と違うような勧告はできないたてまえになっております。
○川崎(寛)委員 それでは次に、今度大学が自主的に解決したいという努力をしておる。しかし、そこの認識が文部省と違う。勧告が出てきた。それは先ほど食い違うはずはないのだ、こういうことだが、もし違う勧告というものが出てきた。やむを得ずその勧告に従って収拾の努力をした。しかし、それでもなおかつ解決しない。そういう場合、勧告に従ったのだが解決しない。つまり自主的解決の方向を目ざしておったのだけれども、それと違う勧告の方向に従った。で、解決しなかった、こういう場合の責任は大学にないと私は思う。いかがですか。
○村山(松)政府委員 先ほど御説明申し上げましたように、勧告の内容そのものが法律の示すように大学の自主的収拾努力の方向に沿うものでございますので、大学と勧告とが食い違うことはないはずでございます。しかし、その責任はどうかということでありますれば、紛争収拾の責任は第一次的に当該大学、すなわち学長にあるわけでございますので、学長の自主性というものは勧告をする場合でも尊重してなされる、第一次的な責任は大学の学長にある、こういうことになろうかと思います。
○川崎(寛)委員 そうすると文部省は、文部大臣は、第二次的ですか。
○村山(松)政府委員 第二次的と申しますか、この段階では大学のイニシアチブを支援するという立場だと思います。
○川崎(寛)委員 本来自主的な収拾というものを目ざすというのであるならば、けさほどの議論の中にも出ておったわけでありますけれども、時間の問題ではなくて、むしろ一歩、二歩後退をして議論をするにしても、大学からの援助要請があった場合以外介入せぬでもいいのじゃないか。なぜ一律に時間を切って介入しなければならぬのか。それはまさに自主的解決だ——解決ということばを使っておりません、収拾ということばを使っておりますけれども、自主的収拾というものの努力を助けるのだ、こう言っておるけれども、しかし、それは先ほど来いろんな基準についてはやかましくしないほうがいいのだといってあいまいなことを言っておきながら、個々の点についてはびしりとめどをつけてやっていくということは、自主収拾の方向ではなくて、むしろ権力的な収拾の方向であるということは明らかじゃないですか。いかがですか。これは文部大臣。
○坂田国務大臣 この法案は、六条まではとにかく大学側の自主的解決というものを助けることを主眼としておるわけでございまして、最初の間は、とにかく第三条にあらわれておりまするように、これは全くあるいは言わずもがなというようなふうな受け取り方をするようなことかと思いますけれども、さらに一歩踏み込みまして報告を求める。それでもなかなかうまくいかないという場合に勧告をするということ、勧告をする場合は第三者機関の知恵を借りてやる、あるいは第三者機関というものの意見を聞きながらやるという慎重さでもって勧告をするという仕組みになっておるわけで、確かに第三条から比べると一歩踏み込んだ形になっておりますけれども、それも要するに大学が自主的に解決することを助けるための一つの方法、手だてだというふうにわれわれは考えておるわけでございます。そのことによってむしろ大学側が回復をする、大学紛争が収拾に向かうという一助になるものと考えておるわけでございます。
○川崎(寛)委員 先ほど、自主的な解決の方向、自主的な収拾の方向と絶対食い違わないのだ——絶対とは言わなかったですが、食い違わない方向でいくのだという勧告の方向だ、こう言った。しかし、それはあなたの気持ちとしてはわかる。そうだというのだろうと思う。理解はできる。しかし、実際には大学の自主的な解決の方向というものと違う勧告というのはあり得るわけですね。どうですか。
○坂田国務大臣 その自主的な解決への努力の方向ということに沿ってわれわれは勧告をするわけでございます。しかしながら、その結果についてとやかく申さない形になっておるわけでございます。
○川崎(寛)委員 結果についてとやかく言わない。ところが、勧告に従ってやってみたが解決しなかった。その結果、今度七条二項で停止ということになりますわね。勧告に従ったがやれなかったのだ、その責任は第一次的に学長のあれだ、こう言う。しかし、その勧告の方向で、自主的に解決しようとした方向と食い違いながら勧告が出され、そうして解決ができなかった、収拾ができなかった。そのあげくの果てに今度七条二項で停止、こういうふうになってきたら、これはけさほども唐橋委員からも出た問題でありますけれども、その場合に職員は休職にされ、減俸になる、学生は休学、こういうわけでしょう。そうすると、勧告に従った大学もそういう方向で、しかも一生懸命やってみたけれどもそれではだめだった。勧告の方向で解決しなかった。で、その構成員はみずからの責任でないことで休職、減俸あるいは休学、育英資金は停止、こういう方向が出てくるわけですね。これは休職させられる教職員の多くあるいは休学させられる学生というものは、まさに憲法の定めている勤労権なりあるいは憲法二十六条の教育権なり、そういうものが否定をされることになる。そうじゃないですか。だから私は、そのことがまさに憲法違反だ、そういう事態がこの大学の運営に関する臨時措置法からは出てくる、こういうふうに言わざるを得ないと思うのです。いかがですか。
○坂田国務大臣 たびたび申し上げますように、七条に至った場合においては、大学みずからがもう自主能力がなくなってしまった。つまり学問の自由なんというものはもうなくなった、大学自治もなくなった。そして大多数の者は勉強しようと思っても勉強できない、大多数の学者というものは研究もできないという、そういう状況なんです。何もしないでほっておいても教育、研究はできないという状況なんです。そういう状況で、しかも九カ月もたって自主解決という形でいいのか。国民の財産であるところの大学の場が荒らされ、研究資料が散逸し、そして自宅待機を余儀なくされ、授業もできない、入学試験もできない。そういうようなことを、単に起こっておるからほっておいていいのかといったら、私はほっておいていいとは言えないと思うのです。しかも、いま申しますように、七条以下の形であらゆる努力を重ねてきて、なおかつそういうところまでいったときに、しばらくこの教育、研究を中止して、そうして新たな観点でもって、またさらに解決への努力をやるということ、こういうことを考えるのは当然なことだと思うのでございまして、どうも川崎委員のおっしゃることはよくわからないわけでございます。
○川崎(寛)委員 それはまあ、あなたの権力者的な意識、頭の構造からすればわからぬと思うのです。だから四条で報告を求める。その報告の中には改善のため講じた措置、講じようとする措置について報告を求めるし、自主的に解決しようとしていく方向に対して報告を求め、勧告をしていく。そしてさらには停止という方向が、この大学運営法によって役所的にずっと進められていくわけです。その結果停止までいってしまうという方向がむしろ出てくる。現にそうじゃないですか。この法案が出てきたことによって大学紛争はどんどん広がってきておるじゃないですか。だからむしろ文部省が紛争を激化させる、あるいは混乱をさしておる。そしてあげくの果て停止にまで追い込まれてくる。そういう結果、そこの教職員なり職員なりが休職、減俸、あるいは学生が休学。だから権力による紛争解決という方向は少しもこの法案にうたってないが、第一条の自主的紛争の解決の方向ではないということは私は明らかだと思うのですよ。この法案が非常にあいまいな規定のもとに、先ほど言われたように学長に権限を集中しておる。さらには後ほどもう一ぺん文部大臣の権限、文部省の権限の問題にもう少し触れて入りますけれども、こういうやり方というもの、これは与党の諸君もこの法案が非常にあいまいだということは指摘しているのです。だからまさにこれは言うならば委任法的なところが非常に多い。先ほど来の審議会の問題にしても、あるいは先ほどの休職その他の問題等にしても、これは政令にまかされる点が多いわけでしょう。政令に委任をするという今日の日本の法体系自体が問題だと思うのですよ。だから、本来ならば、法案を審議するときには政令案というものも出して当然審議すべきだと思うのですよ。その点いかがですか。だから先ほど言った、午前中唐橋委員からも議論された不利益処分の問題にいたしましても、その他審議会の問題等にしても、これは政令案というものを全部つけて議論をすべきだ。この点いかがですか。
○村山(松)政府委員 一般にこの種の法案をつくります場合には、たとえば紛争の基準とか、そのようなものを、むしろもっと政令の定めというようなことで行なうことが多いわけでございますが、この法律では、なるべく法律だけで法律関係を明らかにしたいということで、政令、省令の委任は最小限度にとどめたつもりでございます。それでも、たとえば審議会の組織あるいは休職の場合の給与のやり方等につきまして、若干政令、省令が残ったわけでございますが、そこで何を規定することを考えているかということにつきましては、次回に御説明をさしていただきたいと思います。
○川崎(寛)委員 だめだよ、審議するときにはちゃんとなければ。次回に出すというのは、そういうのはいけないじゃないですか。イギリスの場合は委任立法が多い面もありますけれども、しかし、委任立法も全部国会がちゃんとチェックするようになっているのです。ところが、日本の場合は法律さえかければいいのだという考え方、あとは政令に逃げ込んでいくというやり方が多いじゃないですか。しかもあなたは、文部大臣は運用だ、こう言った。運用の具体的な問題は全部政令に入っていくわけですね。ますますこの法案の危険性というものを指摘せざるを得ないじゃないですか。なぜ最初からそういうもののこまかな方向というものを出して、それを審議にかけないか。大臣自身が、この法案に対する危険性というものを国民が感じておるし、大学人も感じておるのじゃないか、そういうことを認めているわけだ。感じているだろうということをあなたも感じているということは認めているわけですね。当然じゃないですか。この法案審議についての姿勢の問題です。大臣、いかがですか。
○坂田国務大臣 この法案審議につきましての資料はでき得る限り皆さん方に御提出申し上げまして、十分な御審議をわずらわしたいと考えております。政令の問題につきまして、ここにわかっていることにつきましては、局長から御説明申し上げます。
○村山(松)政府委員 先ほど休職の場合の政令、人事院規則につきましては、概要御説明申し上げましたが、十二条八項の審議会に関する政令といたしましては、審議会の設置の場合の定型的なものを考えております。たとえば委員の任期でありますとか、それから副会長を置くというようなこと、それから審議会の議事のやり方、つまり定足数とか、議決の方法、あるいは特別委員の任命と職務、あるいは先ほど御指摘のありました審議会の庶務を処理する事務部局というようなことにつきまして、定型的な政令を考えております。 それから十四条の文部省令につきましては、たとえば大学紛争の報告に関する若干の手続、それから第六条の各号の機関の設置、廃止等に関する手続、それから大学紛争というものを学部の各部ごとに判断する第七条関係につきまして、その区分、それから教育、研究の休止の手続に関すること、あるいは教育、研究の停止の手続に関する事項、あるいは授業料の免除に関する事項、それから、必要に応じましてあっせんの手続、こういった点につきまして、きわめて定型的、事務的、手続的なものにつきまして文部省令を考えております。
○川崎(寛)委員 先ほど、午前中に休職者の不利益処分の問題につきましてありましたが、人事院側からも、これについては不利益処分審査を申し立てられる、こういうことになりました。そうしますと、公平審査会にかかる。もしそこへかかれば、当然そこにまた局長なり、あるいは文部大臣なり、さらには人事院総裁自体も、却下の場合は、今度は紛争の相手として出てくるわけですね。その前の段階でいけば不利益審査をやる。それに対して却下だ、こういう裁決になった場合は、もう一ぺん再審申し立てができますね。そうしますと、大学紛争が解決をしない一方、大学の休職させられた教員なり職員なり、それと今度は文部省なり、あるいは人事院との間の紛争というものが、一方では出てくる、当然出てまいりますね、いかがですか。
○村山(松)政府委員 休職処分がとられた場合の不服措置につきましては、午前中人事院のほうから御答弁がありましたように、不服の申し立てはできることになっておりますので、申し立てがあれば、その処理がなされることに相なります。
○川崎(寛)委員 そうしますと、却下の場合に再審をやる。そうしてそれがさらに裁決が三カ月以内にない場合は、これはまた行政裁判、こういうことになりますね。だから紛争の解決どころか、一方では紛争がさらに出てくる。こういうことは明らかに予想できるわけです。どうですか。
○村山(松)政府委員 この法律では、暴力的あるいは物理的な状態を伴う大学紛争の収拾措置をやっておるわけであります。人事問題についての不服ということは、広い意味での紛争でございますが、これはこの法律で意味しておるところの大学紛争とは次元の異なる問題でございますので、そういう申し立てが起これば、それは別途処理されることに相なります。
○川崎(寛)委員 最初に、学問の自由を守る、こう文部大臣は言われたわけですね。そうしてそれは当然に憲法二十三条、それに教育基本法あるいは文部省設置法、そういうものの法体系の上で守っていくんだ、こう言った。しかし、文部大臣には元来勧告権というのはないわけですね。文部大臣の、文部省設置法上からくる権限というのは指導、助言に終わっておる。そうすると、この指導、助言に終わっておる権限というものを——しかも報告にしても、報告書類の提出ということで、ここでいうところの報告とは違う。そういう新たな権限というものを、文部大臣がこの法案で握っていこう、こういうことでありますから。あなたは最初に、学問の自由を守るし、教育基本法を守る、つまり教育基本法の十条の問題なり、あるいは文部省設置法なり、そういったものの現在の法体系というものを変えるということは明らかですね。変えることになるわけですね。
○坂田国務大臣 本質的には変わらぬと思います。
○川崎(寛)委員 どうして変わらぬのですか。指導、助言しかできなかった。しかし、それが報告を求める、あるいは勧告をする、明らかに文部省設置法の中には、高等学校以下と大学というものに対しては、十八号と十九号で違うわけですね。違わないのですか。
○坂田国務大臣 本質的にはとあえて申し上げましたのは、この勧告というものは指導、助言の強いものというふうにお考えいただきたいと思います。
○川崎(寛)委員 そんなことないじゃないですか、指導、助言の強いものだなんて、そんな日本語がどこにありますか。指導、助言の強いものが勧告だなんて、どこにありますか。それは文部省の辞典にあるわけですか、どうですか。
○村山(松)政府委員 行政の態様といたしまして、一番強い監督の形態といたしましては、指揮、監督といった態様がございます。それから弱い意味での行政の態様として指導、助言というのがございます。それから勧告というのは、その指導、助言あるいは指揮、監督と比べますれば、指導、助言のほうに近い行政態様でございます。これは勧告というのは、特に法律によってそのような用語を用いる場合、おおむねやや対等と考えられる相手方に対しまして、ある種の事柄を述べて同意、実行を求める態様ということになるわけでございます。 この大学の運営の臨時措置法におきまして、基本的にはもちろん憲法、教育基本法、学校教育法等の法体系の中で考えたわけでありますが、何ぶんにも大学紛争がきわめて深刻広範、かつ長期間に及んでいるという大学行政の非常事態に対応するものといたしまして、文部大臣あるいは大学の行政運営に関しまして若干の特例を設けて、自主的な紛争収拾措置を助けるというのが、この法律の趣旨でございまして、広義において、教育行政法体系を逸脱するものではないと考えております。
○川崎(寛)委員 しかし、これはわざわざ文部省設置法の第五条の十八号と十九号のところには、「大学、高等専門学校、研究機関」云々「に対し、その運営に関して指導と助言を与えること。」と明記してあるわけですね。そして十九号には、「指導、助言及び勧告を与えること。」というぐあいに明記して区別してあるわけです。それが大学の自治であるし、大学の学問の自由を守っていくという法体系なんですね。だから、これは明らかにニュアンスの問題だということではない。だから法体系をこの臨時措置法によって変えるんだ。つまり、この法案であげられております一つ一つのことというのは、大学の自治の内容なんですね。大学の自治の内容を臨時措置法で縛っていこう。だから学問の自由を守り、大学の自治を守る、こういうことではなくて、大学に関する法体系自体がこの法案で変わるんだということをひとつ明確にしておいていただきたいと思いますが、いかがですか。
○村山(松)政府委員 文部行政の態様といたしまして、直接に規定しておりますのは、文部省設置法でございます。文部省設置法は、先ほども申し上げましたように、行政権の行使の態様といたしまして指揮、監督といったようなことは全然見当たりません。もっぱら指導、助言あるいはせいぜい勧告といったような体系をもってこれに臨んでおります。なお、文部行政といたしまして、地方教育行政につきましては、その中間的な行政措置要求といったような態様もございます。そこで、通常の場合ですと、大学というものは、これが設置がされた以上は、法令の範囲内におきまして、大学の目的を追及、実現しておって、文部省というものはこれに対して指導、助言すれば足りると考えられておるわけでありますが、再三申し上げますように、紛争が起こり、かつ、これが広範かつ複雑長期にわたって、収拾できないという場合には、若干の特別措置を考えることは、やはり特に国民の基盤によって設置されておる国立大学につきましては、文部大臣の責任上必要な措置と考えます。これを単に行政指導でやるだけではなしに、立法の根拠をもってやるということについて提案することは、文部省の責任でありますし、現在の法体系の基本を逸脱するものとは考えておりません。
○川崎(寛)委員 何ぼ言おうと、このことは非常に大学の自治の問題、学問の自由の問題ということで、ずっと長く議論のある問題なんです。要するに法体系の上で変わった、変わるんだということは、何ぼ精神論を言おうと明確にあるのですから、これは変わるのだということについては反駁できないでしょう。私は承服できませんよ。法体系は変わるんだ、明確に変わるんじゃないですか。十八号と十九号で峻別してきておったわけです。もっとも、今日の文部省というのは、後ほど井上九大の前学長取り扱いの問題についても問題にいたしますけれども、この報告についても、北大の問題あるいは九大の問題、これらは、この文部省設置法でいう報告書、書類の提出を求めるということと、いま北大なり九大なりにかけられてきた報告というものとは中身が違うのですよ。だから、実際に今日の行政の運用の面においては質的に変わってきておることを、この臨時措置法の中で法体系自体も変えてくる。だから変わるんだということは明確ですよ。いかがですか。
○村山(松)政府委員 法体系というものは、一定の理念、考えのもとに、各種の法令の組み立て方で形成してきておるものでございます。そういう意味合いにおきまして、今度この臨時措置法が教育行政上法体系に一つ加わり、若干の新しい措置が法律上定められておるということを目的としまして、従来にないものが加わったという意味で変わったというならば、まさに変わったわけでありますが、しかし、これは従来の教育行政の理念の中で、従来も必要な改廃を加えておるわけでありますが、そういう精神で新しい必要な措置が一つ加わったということであれば、新しいものが加わったからといって、法体系が変わったということにはならないと思います。
○川崎(寛)委員 今度は少し認めたような、しかし認めていないようなことを言っておるわけですが、坂田さんをヒトラーに私は見立てませんけれども、ヒトラーが一九三三年に、国民及び国家の危急を排除するための法律案というものを出してきたわけです。まさにこれは国家授権法案といわれる全権委任法の典型的なものであります。そしてこれは時限法だったのですね。緊急の危急を排除するためのごく臨時的な措置なんだということで、ヒトラーが一九三三年の三月に議会で通して、そして非常大権を握って、独裁政治というものを確立していった過程というものは、坂田さんも御存じだと思うのです。これも国家の危急を排除するための法律という臨時措置法、四年間の時限立法だった。しかし、これは一九三七年には延長された。そして新聞記者の登録というものを今度は法制化して、言論を縛っていった。今回のこの大学運営に関する臨時措置法も、過去における大管法というものの経過からすれば、これがあったならばできておったんだという言い方をしておる。しかも法体系としては、学問の自由を守るんだと言いながらも、いまの局長の答弁では明らかに変わっておる。そして、さっきあっちのほうから、これは臨時措置だという話もありました。しかし、これは大学の問題についての授権法的な法律なんです。委任法なんです。だから大学人の諸君や、国民の多くがこの法案に危険性を感ずる。特に来年は七〇年安保として、安保問題が大きく国民の選択を迫ってくるわけでありますけれども、そういう際に大学の自治自体を制約していこう、こういうためのこの法案の意図というものは、私は否定できないと思うのです。それはいま局長が言った、法律系の上における変化ということでも部分的に認めたわけですから、私はその点は指摘せざるを得ないと思うのです。文部大臣いかがですか。
○坂田国務大臣 冒頭に申し上げましたように、今日一年間も授業もできない、入学もできない、そして暴力が横行しておる。そういうところに学問の自由はないのです。大学の自治といいますけれども、それはないのです。そういうものを正常な教育活動ができるようにしようという目的を持ってやっておる法律であります。しかもその法律たるや、るるお話を申し上げましたように、七条まではいかないで、そして六条までの段階において、あくまでも大学があらゆる措置を講ずる、その手助けをしてあげようという法案に仕組まれておるわけでございまして、多少従来からの指導、助言ということに、強さ、弱さはございますけれども、基本的に大学の自治を侵す、あるいは学問の自由をこの法案が侵しておるというふうには、どうしても私は考えられないのでございまして、むしろ、学問の自由と大学の自治を回復するためには、こういうようなことをしなければ、とうてい大学はみずから収拾をすることはできないんだ、こういうふうに考える次第でございます。
○川崎(寛)委員 これはもうまさに基本の問題ですから対立をすると思います。池田総理自身も、国立大学運営法案を三十七年国会に提出しなかったときには、大学の管理運営、改革という問題は、大学人の自主的努力に待つんだということで、終止符を打っておる。紛争が一年以上たっておるから、こう言われる。しかし、先ほど来臨時大学問題審議会、あるいはその他の報告なり勧告なりというものの運用の中で、必ず紛争が解決するんだという保証は、あなたとしてもできないわけですね。しかもこの問題というものは背景が複雑なんだと言う。背景が複雑だといって、ヒロポンになるのかアスピリンになるのか、あるいは傷口をちょっとごまかすという形で、一時的な臨時措置法なんだといっても、しかし、これは戦後一貫をした大学管理法の流れと同じなんです。だからこの点は、われわれとしては、このことによって紛争の解決にならない。あるいは与党の諸君の言うような、強めさえしたら解決するんだということにもならない、こう思います。この点については法体系が変わってきたということ、その点はもう明らかだと思いますから、そこで確認をしておきたい、こういうふうに思います。 次には、井上九大教授の学長事務取り扱いの発令の問題についてお尋ねをしたいと思います。 いまあなたに対して井上教授から謝罪公告を求められておりますね。文部大臣は憲法と教育公務員特例法に違反したとして、国家賠償法により文部大臣の謝罪公告を官報に載せることを国に求める訴訟を東京地裁に起こしておりますね。これは地裁を待つまでもなく、あなたとしてはこの問題について、先ほど来の議論の中でも、報告を求めるということの解釈がすでに運用の面で変わっておるわけですね。これについては私は謝罪公告をすべきだ、こういうふうに思います。いかがですか。
○坂田国務大臣 まだそのものは来ておりません。新聞では見ました。
○川崎(寛)委員 教育公務員特例法の規定外だ、こういうことを官房長は談話を出しております。しかし、内閣の法制局の見解としても、たとえば井上教授が警察云々、機動隊云々と言ったことについて、法制局自体の見解としても、単に時の政府を支持しないということや特定の学説を支持するという理由で学長などの任命を拒否することはできない、こういうふうに言っております。 ではまず、ここの点からまいりましょう。政府を支持しないとか特定の学説を支持する、そういうことでは学長の任命の拒否にはなりませんね。当然ですね。
○坂田国務大臣 あたりまえなことでございます。
○川崎(寛)委員 それでは、九大の井上教授の問題について、報告がなかったから、こういうことでずっと抑えてまいったわけでありますけれども、教育公務員特例法の十条によれば、「大学の学長、教員及び部局長の任用、免職、休職、復職、退職及び懲戒処分は、大学管理機関の申出に基いて、任命権者が行う。」こういうことになっております。これは当然に学長事務取り扱いの問題もこの範疇に入る、こういうふうに私は思います。また、これまでもそういう教育公務員特例法十条の解釈をしてきておったはずだ。いかがですか。
○坂田国務大臣 これはもう衆議院、参議院の予算委員会におきましても、また委員会におきましても繰り返し繰り返し申し上げておるわけでございますけれども、教官がいかなる政治的な主張をお持ちになろうとも、思想をお持ちになろうとも、学説をお持ちになろうとも、イデオロギーをお持ちになろうとも、そのことによって任命を拒否するということはできないたてまえになっていることは川崎さんも御承知のとおりなのでございます。そうして、実を申しますと、この井上正治氏の週刊誌あるいはまたテレビ等におきまして発言をされたその内容についてとやかく国会でも問題にされた。これは社会党からも御質問があります。また自民党さんからも御質問があります。民社党さんからも御質問がありました。ということは、一体こういうような人を管理者たる学長代理、事務取り扱いみたいなものになしていいのかどうなのか、不安を感ずるという国民の不安と憂いというものがあったことも事実だと思うのです。それであればこそ民社党さんからも自民党さんからもそういうような御質問があった。その場合に対して、私は、やはり学問の自由という意味合いにおいて、イデオロギーとかあるいは宗教とか思想とあかるいは学説とか、そういうようなことだけで任免を誤るというようなことであってはならないということを繰り返し繰り返し申し上げておるわけでございますが、そういう週刊誌やテレビであったことであっても、本人の意思なりあるいはその真意というものを聞かないでめくら判を押すというわけにはまいりません。あの法制局の見解、それからわれわれがとってまいりました見解にいたしましても、国家公務員としても教授としても、ともかくはなはだしく不適当で、しかも容観的にそれが明瞭である場合はこれを任命し得ないこともあり得るというのが、この十年来のわれわれが一貫してとってまいりました措置でございます。その意味合いにおいて、私といたしましては、新聞、ラジオ、テレビ、週刊雑誌等においてはいろいろ言われておるが、それはどういう真意でございましたかというようなことくらいは聞く、報告を求めるということはあってしかるべきである。むしろ、そういうことを聞かないままに私が自分の判断でもって、評議会から来たからといってめくら判を押すということは、国民全体に対する責任を持っておる文部大臣としてはいかがかと考えておったうちに、また事務取り扱いがかわってしまったということでございます。
○川崎(寛)委員 しかし、教育公務員特例法では「大学管理機関の申出に基いて、」とある。従来の教特法十条の運用というのは、大学の管理機関がそれをきめたわけなのですから、それに基づいて任免を行なってきておる。それをこの井上教授の場合あるいは北大の場合、明らかに教育公務員特例法の十条なりあるいは大学の自治の問題なりというものを実際の運用の上において変えておる。その本質の問題だと思うのです。そこにもってきて今度のこういう臨時措置法というものが出てくれば、報告、勧告、そしてさらには停止という形での締めつけというのは簡単にできるわけですね。だからこの問題についても——これはいずれ裁判で争われる問題になると思いますけれども、なぜ教育公務員特例法十条の問題でない、こういうふうに官房長は談話を出したのか、この点明らかにしてもらいたいと思います。
○安嶋政府委員 お答えいたします。 教育公務員特例法十条は御承知のとおり「大学の学長、教員及び部局長の任用、免職、休職、復職、退職及び懲戒処分は、大学管理機関の申出に基いて、任命権者が行う。」こういうことでございます。ところで学長事務取り扱いでございますが、これは学長事務取り扱いという職あるいは身分があるわけでございません。私どもの考え方といたしましては、これは職務命令でございまして、学長事務取り扱いに任命するという辞令を出すわけではございません。学長事務取り扱いを命ずるということでございます。したがいまして、任用行為ではない、職務命令であるというふうに考えております。したがいまして、教育公務員特例法第十条の学長の任用でもなければ教員の任用でもない。そういう意味で教育公務員特例法十条の適用外の問題である、このように考えておるわけでございます。
○川崎(寛)委員 これは東大ポポロ事件の最高裁の判決でも、大学の自治は「とくに大学の教授その他の研究者の人事に関して認められ、大学の学長、教授その他の研究者が大学の自主的判断に基づいて選任される。」こうあるわけですよね。だから単なる職務命令だ、こういうことで逃げられるべき性質のものではない、こう思います。いかがですか。
○安嶋政府委員 学長事務取り扱いの発令につきましては、川崎先生おっしゃいますように、従来は大学の上申に基づいてそのとおり実施をしてきたわけでございますが、事柄の性質といたしまして、私どもは任命権者の裁量権に基づく問題であるというふうに考えております。ただしかし、ただいまのお話のように、大学の自治というものは尊重すべきものでございますから、大学の御趣旨にできる限り従うということがたてまえであろうとは思います。思いますが、井上教授の場合には、大臣から先ほどお答え申し上げましたようにいろいろな事情があったものでございますから、その間の経過について御報告、御説明を願いたい、このように申し上げておったわけでございます。私どもは学長事務取り扱いの発令を拒否したということではないのでございまして、そういったその間の事情につきまして御報告を願ったにもかかわらず、御報告がなかった。ないままに時間が経過しておりましたところ、五月の下旬に至りまして、新しく学長事務取り扱いの申請が井上教授の上申とは別個に出てきたという経過でございます。したがいまして、私どもは、九州大学としては井上教授の上申を撤回され、新しく問田事務取り扱いの上申をなされたものだ、かように考えております。したがいまして、井上教授の学長事務取り扱いの上申が拒否されたというふうには私どもは考えておりません。
○川崎(寛)委員 ところが、文部省にはそういう言動調査の報告を求める権限はないのですよ。報告を求める権限がどこにありますか。
○安嶋政府委員 国家行政組織法第十条に「各大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。」という規定がございます。井上教授は九州大学教授であり、文部教官の身分を有する方でありますから、その職員の服務に関する事項について文部大臣はこれを統督する立場にあるわけでございます。したがいまして、そういった井上教授の言動について文部大臣が照会をし、諸般の事情を承知したいということを申し述べることは何ら差しつかえないというふうに思っております。
○川崎(寛)委員 これは一般の行政機関と同列に扱うことがおかしいのであって、何のために教育公務員特例法の十条があるのか、教育公務員特例法の十条と国家行政組織法の十条というものを同列に、むしろ同列でなしに上位に置くということ自体に問題がある。いかがですか。
○安嶋政府委員 国家行政組織法第十条の規定は、これは一般の公務員たると教育公務員たるとを問わず適用される規定でございます。したがいまして、その規定に基づいて私どもが調査、照会をしたということは、これは何ら問題がないと思います。 なお、教育公務員特例法十条との関連についてのお話でございますが、十条の規定は、これは先ほど申しましたように、任用とか懲戒とかいった関係の手続についての特例を定めた規定でございます。したがいまして、調査、照会といったようなことにつきましては十条はかかわりがないというふうに考えます。
○川崎(寛)委員 それでいくならば、大学の自治なりあるいは学問の自由なりというものは、この行政組織法のたてまえで片っ端から調査できるということになるじゃないですか、そうですか。片っ端からそういう言動調査ができる、そしてその言動調査に対して報告を求めることができる、こういうことですね。
○安嶋政府委員 井上教授についての照会は、私どもは思想調査というような気持ちはないわけでございまして、衆議院の予算委員会でも問題になりました非常に重要な問題だと考えました。特に井上教授の場合は学長事務取り扱いの上申も参ったわけでございますから、そういった問題になった言動につきまして、その真意なり経過なりを伺いたいということを言ったわけでございまして、思想調査あるいは学問上の学説を私どもが問題にして照会をしたということでは絶対にございません。なお、そのことに基づいて私どもが井上教授を懲戒処分にしたとかあるいは分限処分にしたということでございますれば、これは非常に重大な問題かと思いますが、さようなことは御承知のとおり全くいたしてないわけでございまして、その間の事情なり経過なり、井上教授の真意なりを承知したいということで御照会を申し上げた次第でございます。文部省の気持ちにつきましては、大臣から先ほどもお答えをいたしておりますが、別の機会におきましてもるる大臣から私どもの気持ちは申し上げておるつもりでございます。
○坂田国務大臣 たとえば三月二十五日でございますが、参議院文教委員会で、安永英雄さんの御質問に対しまして私はこう答えておるのです。「週刊の雑誌に取材された。そしてそのことについてそれが非常に問題があったという場合に、その二つか三つのことばを取り上げるならばはなはだ不当な言動であっても、そのいきさつ、あるいはその雰囲気あるいはまたその人の真意はそうではなかったのだということでございまするならば、不適当ではあったかもしれないけれども、はなはだ不適当ではなかったというようなこともあり得るんじゃなかろうかということで、私は文部大臣としてこの教授任命の最終的な責任を負っておるわけです。これは国民の皆さま方に対して負っておるわけでございます。したがいまして、いやしくもそういうような人の名誉にかかわる問題あるいはまたその人の地位に関するような問題であるならば、そういう片言隻句だけを基礎として、もととして最終的な任命権者が、はなはだ不適当であるとか、あるいは適当であるとか、よろしいとかいうことを言うことはいかがかという私の真情であるわけでございます。したがいまして、」云々というふうに、私は非常に注意をしてこの問題は処理をしておるわけでありますことを申し添えておきます。
○川崎(寛)委員 まあ地裁に出されておりますので、いずれ裁判で争われる問題だと思います。ただしかし、先ほどの十条の解釈については、これはつまり井上教授のこの問題に関連をして、行政組織法の十条で、職員の服務について云々という、信条なりあるいは服務のあり方なり、そういうものを報告を求めたわけです。このことは、文部省設置法の第五条三十一号なりの報告書とは明らかに違うわけですね。しかし、それがこの大学の自治なり学問の自由なりというものを、こういう一般の行政機関の職員と同じようにしてやるということになるならば、それは結局思想調査、言動調査ということと何ら変わりがない、結果においては同じことを招来する、こういうふうに思うわけです。だから、この点は簡単に見過ごすわけにいかないと思う。各大学の教官に対して服務の内容について求めるということは可能だ、こういうわけですね。
○安嶋政府委員 報告を求めることは、先ほど申しましたように可能であると思います。ただしかし、先生先ほど来御指摘のように、大学の自治というものはあくまでも尊重すべきものであるというのが、私どもの考えでございますから、決してそういう自治を侵すようなおそれのある調査というものは、これは厳に慎むべきものであるというふうに考えます。井上教授の調査につきましての私どもの真意は、ただいま大臣から詳しくお答えを申し上げたとおりでございます。
○川崎(寛)委員 まあそういうことで、実際の運用の面でもたいへんな締めつけというのが行なわれてきておる。だから大学の自治、学問の自由、ことばはすべて入っている。文部大臣が最初に、学問の自由については、憲法二十三条なり教育基本法なりとの関連についても、そういうことをまくらことばに置いてきたわけですね。しかし実際には、法体系の面についても、先ほど答弁があったように、あるいは具体的な個々の問題等についても、運用の面では大学というものに対する指導、助言の段階というものをはるかに越えた状態に及んできておるわけですね。具体的にお尋ねをしますが、これは官房長になりますかね、お尋ねしますが、全国の国立大学の事務局長、本省派遣の事務局長というのは何人おりますか。
○安嶋政府委員 国立大学は七十五ございますから、七十五人の事務局長がおるわけでございますが、本省派遣のとおっしゃる意味が私にはよくわからないわけでございますが、いずれも身分は文部事務官でございまして、任命権者は文部大臣でございます。
○川崎(寛)委員 その現地の大学ということでなくて、異動で異動していく事務局長という、本省派遣の、いわば本省派遣というか、そうした事務局長がほとんどだと思うのですが、どうですか。
○安嶋政府委員 ただいま申し上げましたように、本省派遣のという意味が、私にはよくわからないのでありますが、もしその意味が、文部省本省に在職した経験のある者という意味でございますれば、かなりな数にのぼると思いますが、ただいま詳しく何人いるかという数字はちょっと持ち合わせておりません。何でございましたら後刻お答えをいたしたいと思います。
○川崎(寛)委員 これは後ほど報告してもらいたいと思いますが、この事務局長が、予算の編成の過程で、各大学における各学部あるいは個々の教官、そういうものに対して、文部省との間に立って締めつけをやる役割りというものを果たしておる実態を私は見てきておるわけです。つまり予算の編成というのは、七月から八月にかけて翌年度の予算編成の大綱がきまりますね。そうすると、その前に全国の事務局長が集まって、各大学の次年度の計画というものを事務局長会議で本省が示す。そうして、それが各大学の中で各学部への配分その他が行なわれていく。こういう中で事務局長の果たしておる——つまり本省に在職をしていた経験のあるそうした事務局長が各大学において果たしておる役割りというのは、私は、たいへん大きな締めつけの役割りを果たしておる、こういうふうに思うのです。だからそういう従来の予算の面あるいは人事の面、そういう面からの各大学への指揮監督、まさに指導、助言のワクを越えた指揮監督の状態にあるわけです。そこにもってきて、今度はこうした大学の運営に関す臨時措置法というものの形で、先ほど来議論をしておるような形が参りますならば、各大学の教官等に対する、あるいは学問の自由なり、大学の自治なりというものを文部省の支配下に置いていくということは、火を見るよりも明らかだと思うのです。だから私は、事務局長の問題についてはこまかに取り上げませんが、しかし、これが現に各国立大学において予算編成の過程なりあるいは予算獲得という過程の中で果たしておる役割りというものを見過ごすわけにはいかないし、そして一方でこうした法律というものが出されてくるということは、先ほど私がドイツの場合を指摘しましたように、大学の自治なり大学の運営なりというものについてのたいへん危険な、自由を縛っていく治安立法的な性格のものだということを指摘せざるを得ないと思うのです。だから文部大臣は、先ほど来、この大学の運営に関する臨時措置法が紛争解決に役立つのだ、こう言っておりますけれども、その保証というものはどこにもないわけです。その点についてもう一度明快な答弁をいただきたいと思います。
○坂田国務大臣 私はやはり大学問題の解決の方向へのきっかけになる法案であると思います。ただ、この法律だけでもってすべての大学問題の収拾解決がはかれるとは思いません。これと同時に、大学側の懸命なる努力と、あるいはまたわれわれの指導、助言と相まって、大学とわれわれ文部当局というものが一緒になって、この暴力の横行しております大学の秩序を再建し、あるいは教育の正常化をはかり、かつ教育条件の整備をやりつつ、また同時に、新しい国民のための大学とはどうなければならないかということにつきまして、われわれ文部省としましても真剣にこれを考え、また、各大学におきましても、新しい大学像をひとつ打ち出していただく。そういうようなことを通じて、初めて最終的な大学紛争の解決が実るものであるというふうに考えます。しかも、それには相当の時間がかかる、また相当のお互いの努力を要するというわけでございまして、安易に即効薬的に、この薬を飲んだら直ちに解決をするというふうに思うならば、それは大学問題の本質あるいは大学紛争の原因というものに対してあまりにあさはかな気持ちを持っておる人たちだと言わざるを得ないと思うのでございます。その根は深いというふうに私は考えております。
○大坪委員長 川崎君、もうおしまいですか。(川崎(寛)委員「留保」と呼ぶ)留保というと……。続けてください。
○川崎(寛)委員 それでは、この安保、沖繩の問題が、佐藤総理大臣が本会議で答弁をしておりますように、非常に大きな今回の学生運動の一つの根にある、こういうふうに答弁をしておる。先ほど文部大臣の答弁というのは明確でなかったわけですけれども、ここに世界の動き社という出版社があるわけですね、これが全国の高等学校の図書館に、外務省編さんの本を無料で送っておるわけですね。これには外務省情報文化局編集「日米安保条約早わかり」、これは「世界の動き」の臨時増刊でありますけれども、こういうのを全国の各高等学校に無料で送っておる。世界の動き社のこの資料はわれわれにも無料で、講読を申し込んだことはないのでありますけれども、送ってくるわけですね。この外務省情報文化局編集のこういう雑誌が無料で、たとえば「日米安保条約早わかり」、こういうことで、この中身一つをとってみても非常に問題のある解説をしながら、これが無料で各高等学校に配られておる。これは教育に対する不当支配ということがたいへん問題になります今日、こういうことが全国の高等学校に無料で配付されておるということ自体たいへん問題だと思うのです。文部大臣、御存じですか。
○坂田国務大臣 私、それは承知いたしておりません。
○川崎(寛)委員 では、官房長御存じですか。
○安嶋政府委員 承知いたしておりません。
○川崎(寛)委員 それでは、こういう世界の動き社というのがただで送っておる、これは慈善事業としてこういうことを世界の動き社がやっている、こういうふうに理解をしてよろしいですか。
○安嶋政府委員 慈善事業ということばは実は私どもちょっとわかりかねる面があるわけでございますが、関係の役所がそれぞれ担当の事務について必要なPRを行なうということは当然なことであろうかと思います。
○川崎(寛)委員 そうすると、これは外務省が外務省の金でこういう資料を送っている、こういうふうに理解してよろしいのですか。——わからぬのならば調査しますか。
○安嶋政府委員 先ほど申し上げましたように、事情を承知いたしておりませんので、したがいまして、どういう経過、事実によってそれが学校に配付されておるか、私どもは詳しくは承知いたしておりません。詳しくはと申しますか、全く承知いたしておりません。
○川崎(寛)委員 この日米安保条約の中身の問題については、たとえば事前協議、これらの議論等もたいへん一方的な解釈というのがこの中に入れられているわけです。(「外務委員会だ」と呼ぶ者あり)外務委員会じゃないですよ。総理が沖繩、安保が学生運動の一番原因だ、こう言っている。だから私は文部大臣に聞いているのですよ。(発言する者あり)いや、総理が出てくれば総理に聞きますよ。
○大坪委員長 川崎君、質問を続けてください。
○川崎(寛)委員 総理は出てきますか。——じゃ、私は委員長にお尋ねしますが、総理はいつ出てくるのですか。
○大坪委員長 お答えいたしますが、きょうの質問を終了した後に理事会を開いて御相談申し上げたいと思っております。私の気持ちとしては、総理の出席を頼んでおります。
○川崎(寛)委員 それでは、総理大臣が長谷川議員に対して、この学生運動の基本というのはまあ多くが沖繩、安保問題をテーマにしているということで言っておるわけでありますから、そうすると、この沖繩、安保というものについての学生の考え方なり運動なりというもの、あるいは根が深いといったその根の認識のしかた、それらは文部大臣に聞いてもわからない、こう思いますので——わからないということでしょう。
○坂田国務大臣 その学生運動というものがいろいろの原困から起こる。特に日本の場合は安保問題というような政治問題から入っていく、同じスチューデント・パワーということで、世界各国起こっております。しかし、これはやはりいろいろお国ぶりがありまして違うわけでございます。たとえばフランスの大学ではむしろ制度そのものの問題、少なくとも日本のように当該年齢人口の二〇%というような、いわゆる量的にも高等教育機関に学ぶ学生数が足りません。せいぜい一二、三%だと思います。入学しましても大体三〇%程度しか卒業いたしません。そういうようなフランスのナポレオン以来の制度そのものが一体この社会の激しい変化に対応できるかどうかということについて、学生運動が燃え上がっておったわけでございます。それに対してドゴールとフォール文部大臣が改革案を出した、こう御了解をいただきたいと思うのです。イギリスにしましてもあるいはドイツにしましても多少ございますけれども、それはむしろ日本とは非常に違う。しかしながら、アメリカの場合は、たとえばベトナム問題あるいはもっと申しますならば、根が深いと申しますならば黒人の問題、そういう問題がいわば問題とされておって、たとえば高等教育機関に学ぶところの当該年齢数といえばむしろ三〇を%上回っておるというふうに、非常に万民のために開かれた大学になっておる。また、予算面においてもあるいはその教育条件においてもはるかにいいわけでございます。むしろ学生としてはそういうことに不平の言いようがない、むしろそうじゃなくて政治問題が問題化されておる。日本の場合はどちらかというと大学管理運営の問題、あるいは大学側の、世界の変化や日本の社会的変化に対応できなかったというような面もありますけれども、同時に、そういうような学生たち自身の意識の変化と申しますか、あるいはむしろ政治問題という形において学生運動というものが激化をしておる。その点はちょっとヨーロッパ大陸における学生運動とは違っておる。むしろアメリカと似かよっておる。その意味において、アメリカでは黒人問題であり同時にベトナム問題であるが、日本の場合においては安保の問題なんだ、こういうことをおそらく総理はおっしゃったのだろうと思います。
○大坪委員長 川崎君に申し上げますが、理事会で了承を得ておる時間から非常に超過しておりますから、結論にお入りください。
○川崎(寛)委員 それじゃいまの問題は、文部大臣が世界のスチューデント・パワーの問題を言ってくれば、これはまたこれから出発すれば議論が長くなるのですよ。しかし私は、総理の安保、沖繩問題ということの言い方、これについて問うわけでありますけれども、それ自体には答えてないわけですね、文部大臣はいま答えてない。だからこれはいずれ総理が出てくるというようなことであれば、そういう機会にまた問題にいたしたいと思います。一応これで終わります。
○大坪委員長 ちょっと速記をやめて。 〔速記中止〕
○大坪委員長 速記を始めて。 六時二十分より再開することとし、暫時休憩いたします。 午後五時二十一分休憩 ————◇————— 午後七時一分開議
○大坪委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 大学の運営に関する臨時措置法案について質疑を続行いたします。山中吾郎君。(小林委員「委員長、委員長」と呼ぶ)議事進行についてですか。——議事進行について、小林信一君。
○小林委員 理事の話し合いでは、私はこれは非常に重大なことだから理事諸君の話し合いの中で、私の意向というものを今後の委員会運営について協議していただきたい、こういう提案を申し上げたんですが、話し合いの中から、じゃあ私に劈頭議事進行についての発言を許してくれる、こういうお話だったんですが、約束がもうすでに違う。(「許したじゃないか。」と呼ぶ者あり)おそらく許したって、ぼくが発言をしたから許したんじゃないか。そういう委員長だよ。というのは、先ほど休憩になるときの委員長の発言の態度というのは、私はきょうこの審議をしておる、国民が関心を持っておるこの大学法案審議について、非常に不適当な発言だと私は思う。(「速記には載ってないよ。」と呼ぶ者あり)載っていようが、載っていまいが、お互いの耳には聞こえているわけだ。というのは、あなたは、山中君、質問をいたしますかという発言をしております。続けてやるというならば、これは当然各党から理事が出ておって、休憩にするかしないかということをはかるべきなんです。山中さんにあの発言をしたということは、その前からの状況というものがあなたの何か感情的なものが入って、そうしてこの審議というものを非常に不穏当な方向へ持っていく危険があるんだ。 〔発言する者、離席する者あり〕
○大坪委員長 唐橋君、自席に帰ってください。——唐橋君、自席に戻ってください。——小林委員、発言を続けてください。
○小林委員 それは、川崎さんが発言をしておるときに、多少その時間はおくれました。二時間という約束だったがおくれました。その間の自民党の理事諸君が発言を制圧するような、そういう空気をつくるような情勢が多分にあったわけです。私は、これほど真剣に、問題が問題だから審議をしておるのに、非常に不愉快だったんです。しかし、それがやはり委員長のそういう気持ちがあって、おそらく山中さんにああいう発言をしたと思う。これは今後の運営について非常に問題だと思うのですよ。私は二時間の間でもって話をしたって、——私も一つの政党に属している以上、党から出ておる理事がそういう話をしたとすれば、その約束には従わなければならぬでしょうが、二時間というふうなことが大体間違っておる。それは、自民党の諸君が早くこの法案を切り上げたい、こういう考えがあるか知らぬけれども、審議をしてみて、こちらのほうは二時間の予定であっても、文部省側の、政府側の発言というものが、やはり問題が問題だけに相当慎重にやっております。したがって、二時間が三時間になる場合もあるし、三時間半になる場合もあると思う。私は、それでいいと思うのです。しかし、そういうことを無視して、二時間にこだわって、政府側も、二時間だ、二時間たてばあの質問は終わるだろう、こういうふうなところから真剣味がなくなってくると思うのですよ。たとえば最初の唐橋さんの質問の最後の、人事院のほうの意向と文部省のほうの意向というふうなものは、これは重大な問題だ。ところが、しり切れトンボになって終わらなければならぬような情勢を見て、非常に私は残念だと思った。人事院の発言というものは非常に大事ですよ。この法案がいよいよ成案になって施行される場合にどうなるのか、おそらく傍聴席の諸君は、あれは一体とうなるのだろう——そういうふうなしり切れ的な質問さえもして終わらなければならぬような情勢を委員長がやはり考慮すべきだと私は思う。それは時間という問題も大事かもしれぬけれども、やはり私どもは、この法案の十分な審議というものをすることが、これほど問題になっておることに対する私たちの果たすべき責任だと思う。そういうふうな状況をもっと委員長が賢明に判断をしなければいかぬと思う。ただこういうところの空気にあなたが支配されて、山中君質問をしますか、何という委員の権限というものをあなたは無視しているか、また、委員会の運営ということを無視しているか、慣例でいえば、やるかやらぬかということは、休憩にするかしないかということが先に論議されるべきで、それなら理事諸君との話し合いでもってされるべきだと思う。山中君にそういう発言をしたということは、この委員会の中にもうすでに起きておる、早くこれを採決をしよう、強行でも何でもしようというふうな、そういうことがあるわけなんだ。私はそういう点で、その委員長の態度をもっと慎重にしていただくというだけでなく、この際理事諸君にも、もう一ぺん私は今後の運営について話し合いをしてもらって、このままでは、文部大臣もせっかく真剣にやっておる。だが文部大臣の気持ちだってほんとうに国民に自分たちの真意というものを明確にするようなそういう点に欠けるところが出てくるのですよ。われわれもおのずからもう時間か、もう時間かというふうなそういう気持ちでもってやったら、ほんとうの審議ができないわけなんです。当初私は委員長にも申し上げた、各理事の諸君にも申し上げた。
○大坪委員長 簡単に言ってください。
○小林委員 そういう態度がいけないのだ。私はこの委員会は、従来のように時間かせぎの審議でなくて、いま大学問題ではどういうところが重点だ、柱を立てなさい。そうして一つ一つの柱について、各党が幾人かを出して質問をして、そうしてできるならば参考人等を呼んで、問題を片づけていく。そういうふうな国会と国民とを結びつけるそういう模範的な委員会をやっていただきたいということをお願いしたはずなんです。ところが、それも何らスケジュールがつくられないどころか、まるで時間かせぎをやっておるような委員会になっておるのですよ。 〔発言する者あり〕
○大坪委員長 静粛に願います。
○小林委員 公聴会の問題も、民社党の鈴木さんが苦労されて、公聴会を開くことになって、この重大法案の面目を保つことができたような状態なんです。委員長がそういう点まで、——ただそこにすわっているのが、そのびょうぶを背中にしょっておるのが委員長の仕事じゃない。もっとあなたが、いかにして国民の理解を得るような法案にするか、そして自分の立場は自民党であるかもしれぬけれども、委員長は党派を越えてこの運営に当たっていかなければならぬというそういう気持ちを持たなければ、私はこの法案を通してもほんとうに国民に了解を得ることはできないと思うのですよ。私はそういう意味で山中さんにあなたが発言をした問題というのは非常に軽率である。そういう審議を今後続けてはいけない、そういうものがいま理事間に、まだお互いが気持ちが溶け合っておらぬ。その気持ちを溶け合わせるためにもう一ぺん運営についての話し合いをあなたが中心になってしていただきたいということを提案をするものです。委員長のお考えを述べていただきたいと思います。
○大坪委員長 私が山中吾郎君に発言をされるかということを聞きましたのは、大体各委員の質問時間を二時間程度にしようということは理事の間で話し合いが一応済まされておることなんです。それで川崎寛治君が二時から始めて、四時を過ぎ五時を過ぎ五時二十分になんなんとする状態になってきたので、これは理事会の話し合いの線より非常に逸脱をしている。ところが一方、理事のほうの話に、社会党のほうでは五時から会議を開くから一時間休憩、五時から六時までの間に休憩するようにしてくれという話があったから、それは私は了承しておったのです。ところが、いま申し上げるように川崎君の質問が非常に、一時間二十分程度話し合いの線よりは超過しておる、五時を超過すること二十分になっておる。であるから、このままの状態で山中吾郎君が質問を続けるのか、あるいは五時が五時二十分になったが、一時間の休憩をしてその後にやるのか、それを尋ねようと思って、速記をとめて山中吾郎君にその真意を尋ねたのです。それが私は失礼だとはちっとも考えておりません。速記をとめて、私のところからすると山中君の距離は遠いから声が少し大きかったかもしれぬけれども、このまま質問を続けますかどうですかということを、真意を尋ねたのにすぎないのである、その点は御了承をいただきたいと思います。 それから、委員会の運営については、私は何も委員諸君の発言を制限しようという気持ちはいささかもございません。理事会の打ち合わせを基礎にして、そしてこの委員会の運営をはかるということにもっぱら専念しているくらいな気持ちでやっておるのです。それがきのう委員会の終了後、文教関係の新聞記者諸君から会見を申し込まれまして、私のみならず、野党の理事のどなたか代表もお入れいただきたいというので、野党の代表の理事も一緒に出たときに、新聞記者諸君の中から念を押されて、大体質問の時間はどれくらいですということで、二時間程度ということは野党の理事の口からもちゃんと認めた発言がなされております。そういうことで、大体二時間ということに厳重に制限をすることは、私は発言者の意向を尊重することにならないと思うから、それがたとえば唐橋君の場合も、前後合わせて三時間以上になっておるし、川崎君の場合も三時間以上になっておる。なるべく委員の発言は尊重して十分審議を尽くしてもらいたい、こういう気持ちではおります。おりますが、理事会で申し合わせをした時間はなるべく尊重をして発言を願いたい、今後ともそうしていただきたいと思います。私は決して審議を時間的にえらい急いで、十分なる審議を尽くさないで問題の解決を急ごう、こういう気持ちはいささかもございません。その点をお答えいたします。
○小林委員 いまのその気持ちでもっておやりになっていただけば私はもう文句は言いません。しかし、あなたもうそを言っておる。私がこのことについては一つの憤りを感じたからあなたの前へ行った。前へ行ったときに、あなたは初めて六時二十分再開とマイクでもって休憩を宣したわけですよ。速記をとめて山中さんに、山中さんやりますかと言ったのではない。まだ会議が続行中であなたが言ったのだから、それは取り消しなさい。そうして山中さんに——私はそういう印象を受けたのだけれども、そんなことはかつてないことだ。本人にやりますか、やりませんか。それはもう理事間の話し合いできめなければならぬ。それをあなたが不用意に出したということは、あなたはいまりっぱなことを言われましたけれども、やはり法案をいかにして早く採決をするかというふうなことに気持ちが一ぱいだということがみなぎっておるわけなんですよ。そして理事間の話し合いがあったとしても、理事間の話し合いはほんとうにお互いが了解をするようなものの話し合いをしていかなければいけないのです。そんなきまり文句でもってきめたということでなくて、ほんとうに融和した中でもってあなたは……(「いつも守られないのだ」と呼ぶ者あり)守られないというのは、あなた方が無理を言っておるからだよ。約束をしなければ多数の力でもって通そうとする、それがいけないのだ。
○大坪委員長 発言を続けてください。
○小林委員 この中にはあなた方が多数の力でもって何でも持っていこうという——あなたはそうは言われても、月曜日の公聴会を済ましたら直ちにひとつ採決してやろうというふうな気持ちがあるだろうと思うのですが、ぜひあなたのいま言ったことをほんとうに忠実に私は実行してもらいたい。私は一委員として、山中委員にそのときの発言は軽率であったということをやはり言ってもらって、そうして審議に入ってもらいたいと思うのです。 以上です。
○大坪委員長 お答えいたします。 いまの第二回目の発言の当初にあなたが言った、私がうそをついたということは間違いですから、それはお取り消しを願いたい。私は明らかに速記をとどめて、そうして山中吾郎君ということを言ったのです。そうして後に速記をやってくださいと言って、午後六時二十分よりというものを読み上げたのです。これは間違いございません。速記をお調べくださればわかる。私がうそをついたということはお取り消しを願いたい。 それから、私は山中吾郎君に失礼をしたとはいささかも思っていないのです。語気が少し、話声が強かったとかいうようなことは、少し遠方であったからあったかもしれませんが、私はいささかも礼を失したつもりはございません。(小林委員「あなたがうそをついていないと言うならば発言を求める、発言をさせろ」と呼ぶ)小林君。
○小林委員 私はそこへ行って、あなたが六時二十分再開いたしますと言った。その前にこれから再開いたしますということばは聞いてないのです。しかし、そのことは速記を見なければわからぬから、あとでもってこの問題は解決したい。 私は、やっぱり山中君にああいうことを言ったということは、これは本人に聞くべきじゃないですよ。本人に聞くということは、そのときのあなたの心境というのが特別だったのです。私は、そういう特別な心境になってはいけない、あくまでも冷静にやりなさいということを言っておるのですからね。声が大きかったかどうか知らぬけれども、言うべからざることを言ったということは、やはり悪い印象を与えておりますよ。やはりこのことはあなたは陳謝すべきだと思うのです。
○大坪委員長 いま理事の諸君を集めて懇談会をしてくれということは、先ほど私が御答弁申し上げたように、いささかも議員の諸君の発言を制限しようと、ことさらに時間を押えようと、こういう気持ちはないのであるから、委員会の運営については、従来のやり方でいささかも間違っていないし、妥当の線を欠いておらぬと思いますから、そのことについては、あらためて御相談を申し上げる必要はないと思います。 大学の運営に関する臨時措置法案について質疑を続行いたします。山中吾郎君。
○山中(吾)委員 渦中の人間になりましたが、しかし、私は十年以上国会におりまして、発言をしますかと聞かれたのは初めてなんです。発言権を放棄するのかどうかというふうに聞こえたんです。これはよろしくないですね。やはり私は通告をしてあるんですから。発言するかしないかというのは、発言する意思をお持ちになるのか持たないのか、放棄されるのかどうかという、そういう受け取り方をすることもある。そんな委員長いままでないんですよ。それはないんです。何か委員長間違いを起こしているんじゃないですか。私は、そういう非常識な表現をされることは、普通国会に長くされておる人はないんです。それは申し上げておきます。それはやはり、こういう問題はあやまったらどうですか。(「あやまる必要はない」と呼ぶ者あり)何だ、君、何を言っているんだ。あやまらなければならぬ。 〔発言する者あり〕
○大坪委員長 山中君、発言を続けてください。山中君、発言を続けてください。
○山中(吾)委員 なお、予算委員会には時間の制限というのが一つあるんですが、他の委員会にはないんです、これは。同じことを繰り返すことはできないんだから、あまりそういうことは言わないようにしてもらいたい。それで、私は明確に言っておきますよ。文教委員会にもそういう前例はございませんからね。
○大坪委員長 山中君にちょっと申し上げますが、理事会で発言者の数が多いから大体二時間程度でやろうという了承を得ておるということを私は申し上げておるのです。だから、それはなるべく守っていただきたいと思います。
○山中(吾)委員 それは私には受け取れないんですよ。大体常任委員会で、法案の審議をするときに、そんな制限するなんという非常識な私は経験はないんです。だから受け取れないわけです。 それで、初めに委員長はまずお聞きしておきたいと思いますけれども、この法案が提案をされたあと、きのうの新聞でありますけれども、これは私は推測でありますから、そういうことはあり得ないと思いますが、都議選の投票日に焦点を合わせて強行採決でも決意しているとかという推測が新聞の記事に載っておるのでありまして、この新聞の記事をみますと「自民党首脳が都議選の投票日直前に照準を合わせ、あえて大学法案の強行採決に訴えようとする根底には、」と、こういう文章で新聞の記事が載っております。たいていの新聞にこれがあるのでありますが、大学紛争の問題は、文部大臣も絶えず言っておるように、根の深い、複雑な原因が重なって起こっておるのであり、まず、この処理について間違いを起こせば、日本の国全体のために非常に大きい影響を与えるので、まじめに慎重審議をすべき法案であると私は考えておるのであります。そういう角度から考えまして、あらゆる角度から検討を加えて、一度提案された法案であっても、欠点があれば、すなおにそれを直すとか、発想法に間違いがあれば発想についても考え直すとか、そういうまじめに、真剣に論議すべき法案であると私は確信をいたしておるのであります。したがいまして、選挙戦術にこれを焦点を合わしてある日に採決をして強行をするとか、一片の選挙に戦術的に使うという法案であってはならない、私はそういうように思うのであります。新聞にそういう推測が出ておりますので、おそらく委員長はそういう考えはないと思いますが、その点は、質問に入る前に、やはりこういう新聞の記事が載っておるのでありますから、そういう一片の選挙に焦点を合わすような考えでこの法案の運営について委員長が一ぺんといえどもお考えになるべきでないと思いますので、まず委員長のお考えを聞いて質問に入りたいと思うのであります。
○大坪委員長 私は、都会議員の選挙が現在行なわれておるが、それにピントを合わせて文教委員会の現在の大学法案の審議を進めようなどということをいささかも考えたことはございません。私も、自民党の幹部では十日か十一日ごろ採決するんじゃないかという記事を見て、実はひそかに驚いておるというところでございます。委員会の運営は、質疑の状況、委員会の進行の状況によって措置さるべき問題だと思っております。
○山中(吾)委員 委員長の正当なる御意見を聞いて私も安心をして、また、大いに敬意を表して質問に入りたいと思います。 それから、さらにもう一つありますが、これも新聞紙上の報道でありますので、先にお聞きしておきたいと思います。 自民党のほうでは修正案が準備をされておる、そういうことが報ぜられておりまして、まだここに議題になっておりませんけれども、一部学長懲罰義務のような内容を持った修正をするということが新聞に報道されております。これがやはり重要なる人権に関する条項でありますので、こういうことがこの国会に提案をされた中で、修正をする場合については、相当与野党あらゆる角度から吟味をして、賛成、反対で通るときは通るのでありますけれども、それが、修正案も含んで、その修正に関する部分について何らの論議もされないでこういう法案が成立するということはあり得ないし、あってはならないと思うのでありまして、そういう点を考えましたときに、やがてその修正案が事実であればお出しになって論議をすると思いますけれども、この点も含んで、われわれが知らないうちに修正案が出て、気がついたら修正されて採決されておったということは、これはあるはずがない。この点についても委員長にあらかじめ、これは新聞に載っておるものですから、それに対する十分の審議を修正をされた場合にはする機会を、これは新しく出てくるものでありますから、再び私も質問に立って意見を述べなければならぬ重要事項であるように思いますので、そういう審議をされることについて委員長の御意見を聞いておきたいと思います。
○大坪委員長 お答えいたします。 自民党の中に修正案が論議されたという事実は私も承知しております。たぶん修正案の案文もでき上がりつつあるのではないかというように考えております。しかし、まだ私の手元にはそういうものは来ておりません。その修正案が出てきてみなければ、これをどうするかということの御返事は、いまちょっとなかなかできにくいと思います。
○山中(吾)委員 私のお聞きしておるのは、ここに出されておる法案の内容だけがわかっておるのであって、その修正案が新聞紙上に報道されておるまま、気がついたときには、修正したまま法案が可決になっておるというようなことがあってはならない。したがって、委員長は、もし修正案が与党のほうから提案されるということがあれば、十分に審議の機会をわれわれに保証するということを明確にお聞きしておかなければならぬ、こういう意味です。
○大坪委員長 修正案が出てから、いかに処置するかということは、私きめたいと思います。
○山中(吾)委員 これは、与党の人がおるから、ざっくばらんに聞けばそれでいいんですが、新聞の報道によれば、学長が学生を処分する義務があるような内容のものですから、出る、出ないは別であっても、いずれにしても、そういう重要修正案が出るならば、各党からやはりその修正案に対して発言もし、意見を述べる機会を保証しなければならぬ。その保証について明確に委員長からここで審議の方針をお答え願っておかないと、この法案の中身そのものが変更になるのですから、それをまずもってお聞きしたい、こういうことなんです。明確におっしゃってください。
○大坪委員長 修正案が準備されつつあるということは知っておりますけれども、まだでき上がっておるかどうかということは十分知りませんし、私の手元に全然それが来ておりませんから、来た場合にどうするかということは、私としても修正案の内容をよく見て、なるべく、従来の委員会の慣行等もございましょうから、委員会の審議として無理でないような形で処理されるようにいたしたいと思います。
○山中(吾)委員 どこかこだわっておられるのであって、修正案が出た場合の話ですよ。出れば、やはり、いままで審議したものの内容が変更になってくるのですから、あらためてそれについて各党代表で質疑をする機会は保証されるべきであると私は思うのです。だから委員長は、当然そのとおりいたしますと言うのが当然ではないのですか。それをお聞きしなければ、私はやはりこの審議に入れないですよ、あたりまえですよ。
○大坪委員長 委員会の審議として措置すべき状態で措置をしていきたいと思います。十分の質問の時間を与えるということになりますと、どれくらいの時間であるかということもわかりませんしいたしますから、修正案の審議を普通の委員会でやるようなふうに処理していきたい、そういうことです。
○山中(吾)委員 委員長、国会は時間が目的じゃないのですよ。いい法律をつくるのが目的だ。重要な修正案が出たときに、各党から発言して吟味をするということが、当然審議の常識の常識じゃないのですか。
○大坪委員長 関連して鈴木君。
○鈴木(一)委員 いまの山中君の質問、もっともだと思うのですよ。ただ、委員長に対して、何時間保証するとか、時間を保証しろとか、そういうようなことではなくて、十分の審議をさせるかどうか、これは当然のことだと思います。ですから、委員長がいろいろのことを心配のことはわかります、顔に出ているから。けれども、それは当然山中君の言うとおりだということでいいじゃないか、そのくらいのことは約束してもいいと思うのですよ。
○山中(吾)委員 それでは理事会でも開いて相談してください。
○大坪委員長 お答えいたしますが、修正案が出た段階で委員会の審議を進めることは、もちろんそれは当然やるべきことですから、そういう状態でやります、こういうことを申し上げておるのです。質問も許さないとかなんとかいうことは全然考えてもおらぬし、言ってもいない。質問等もあるでございましょう。(発言する者あり)山中君にお答えいたしますけれども、繰り返すようですが、修正案が出てきたら、委員会で修正案を審議するような状態で審議をしていきますと、こういうことを言っているのです。
○山中(吾)委員 審議する状態において何ですか、もう一度言ってください、私にはわからない。
○大坪委員長 普通の委員会で修正案を審議するような状態で審議を進めていきますと、こう言っている。
○山中(吾)委員 なぜそれを抽象的にしか答えられないのですか。各党に審議、意見を述べる機会を与えるということだけは明確にしなければいかぬのじゃないのですか。
○大坪委員長 各党から質問があれば質問は許さなければいかぬと思いますよ。よろしゅうございますか。質問があれば質問を許す、それが修正案に対する従来の各委員会の取り扱い方ですから、そのとおりいたします、こう言っているのです。
○山中(吾)委員 明快なる答弁をいただきましたので、それでは私の質問に入りたいと思います。 この法案を、私も、重要な日本の国家百年の大計でありますので、あらゆる角度から検討いたしました。しかし、どうもこの法案全体からいいますと、非常に不明確な疑問の点が多いのです。 第一は訓示規定のごとくにして、しかも訓示規定ならざるような、どうもあいまいな点が一つある。それから、大学の自主的解決を助長する法案であるがごとく、その自主的解決を文部大臣の権力のもとに後退させるような要素もある。第三には、大学紛争をすみやかに解決するのが目的のごとくであるが、つぶさに調べてみますと、大学紛争拡大法案の結果になるのではないかという疑いが非常にございます。さらにその次には、どうもこの紛争を解決するのには文部大臣のおせっかいが少し多いのではないか、おせっかい法案の感じもいたします。また一方、紛争解決を目的とするようでありますが、そうでなくて、一般の大学全体に及ぼす法案の内容になっている、この点もどうも看板と中身が違うので、この点にも非常に疑問がある。最後に、時期おくれの法案ではないか。そういうことを私ずっと調べてみまして、この法案がもし成立をした場合には弊害が非常に多くて、文部大臣が期待するような効果が出るどころでなくて、マイナスだけが残り、いろいろとあとに禍根を残すのではないかということを心配をいたしておるものであります。 そういう意味においてあらゆる角度から真剣に御質疑を申し上げますから、確信のあるところをお述べ願い、また審議の過程において——これはほかの法案とは違うのでありますから、日本の大学制度全体に及び、六・三制全体に及び、日本の教育全体に及ぶ問題であるので、審議の過程においてどうもおかしいと思えば、あまりメンツなどを考えないで、修正を要望するなれば修正に従い、あるいはこの法案の形を別な方向で、大学紛争によりよい方法があれば各党が知恵をしぼって、別な大学の自治を侵さない方法で手があればそれも審議をしよう、そういうときは一時休憩して理事会を開き、何とか日本の大学紛争が大学の自治を守る原点において結論を出そう、こういう真剣な考えでなければならない。私はこの法案を審議をいたしましてそういう感想を持っております。 それで、まず文部大臣にお聞きいたしますが、そういう点において私もすなおに質問をいたしますので、坂田文部大臣も、それについては審議の過程の中で、欠点はないと思っておったけれども、こういう欠点がわかったという場合には、すなおにそれを受けて再検討するという態度をとってもらいたいと思う。いかがでしょう。
○坂田国務大臣 山中さんの真剣な御意見は傾聴に値すると思います。御意見は御意見として承っておきたいと思います。
○山中(吾)委員 意見だけ承って聞き流しでは困るので、私が申し上げて、やはりこういう欠点が出たということの場合には考え直すという気持ちをお持ちになっているかどうか、あるいはもう国会に出したのだから国会でというならば、それでもけっこうです。
○坂田国務大臣 その時点で考えたいと思います。
○山中(吾)委員 よくわかりました。 なお、委員長にも、いま申し上げましたが、吟味の過程において、確かにこの法案は欠点が相当あると思うのですが、そういうときには、どうも疑問があるというときには、一応休憩して理事会を開き、吟味をし、直すときは直し、どうするという審議の方針をおとりになるべき中身を持った法案であると思いますが、そういう審議の方針をとってもらいたい。私の質問の過程の中にもそういうものが出れば委員長に要望したいと思いますが、そういうようにしていただきたいと思います。委員長の御意見をお聞きいたしたいと思います。
○大坪委員長 了承いたしました。
○山中(吾)委員 今度は委員長は非常にすなおにお受けいただいて、私も非常に愉快に思うのであります。 そこで、文部大臣にお聞きいたしますが、御答弁の中に、また新聞その他論説の中にしばしば坂田文部大臣が意思表明をされておりますとおり、大学紛争の原因は根が深い、複雑である。単純な原因でないということをしばしば表明されております。したがいまして、大学紛争問題を解決するのにはその原因を除去しなければ解決をしない、原因というものに無関係では解決はできないとお考えであろうと思うのですが、その点について、大学紛争問題についての基本的な考え方をお聞きいたしたいと思う。
○坂田国務大臣 やはり紛争にはその原因があります。しかし、大学紛争には非常に複雑な要因があるし、根の深い問題があります。それがそう簡単に解けない。しかも、時間のかかるねばり強い、じみな仕事を積み重ねていくという形において初めてできる。学生だけを責めても、これだけでも解決できないし、これを受けとめておる大学側に欠陥があり、改善すべきところがあっても、大学側だけを責めても問題は解決しない、そういうふうに思います。やはりそれぞれの立場でそれぞれの責任を感じて、国民全体がやはりこの大学問題というものをわが問題として考えるという姿勢が大学問題を解決するというふうに思うのでございまして、たとえば大学だけではなくて、大学に続くところの高等学校、中学校、小学校あるいはまた就学前教育にも問題があろうと思います。あるいは両親の家庭教育にも問題があろうと思います。あるいは大学全体を包みますところの社会全体にも責任の一端はあるかと思うわけでございまして、やはりそういうものを総合的に原因をきわめ、それを少しずつみんなが力を合わせてやっていくというところに初めて問題の解決の曙光が見えてくる、かように考える次第でございます。
○山中(吾)委員 私もそう思います。 そこで、この大学紛争を解決をするのには、やはり原因を除去しなければ解決をしない。これは坂田大臣と私の意見は一致してきたのであります。この問題をやはり大臣と私の間で解明をしないと、当面この一片の法案だけで解決すると思っていないわけでありますから、この法案をどう評価するかというために非常に重要なことでありますので、まず、紛争の原因についてしばらく大臣と質疑応答をしたいと思うのです。 私自身は、この大学紛争の原因は大別をして三つある。一つは世界共通の原因、これは坂田文部大臣もあちらこちらで言われておる。第二には、日本特有の原因であって、その一つに大学の中にある原因が一つある。第三に、大学の外側の原因がある、こういうように私は思うのです。この点についてはいかがでしょう。
○坂田国務大臣 中身をよく検討せぬと何とも言えませんけれども、大体山中さんの日ごろおっしゃっておること、あるいはものに書いておられることから察するならば、そういうことがうかがわれるわけでございまして、大まかに申しますと、そういうようなことではないかと思っております。
○山中(吾)委員 その点、完全に文部大臣と一致をした。中身がちょっと違ってくるかもしれません。 まず、坂田文部大臣が言われておる世界共通の大学紛争、大学運動の原因ですね。よく言われておりますが、その中身はどういうように考えておられますか。
○坂田国務大臣 これはなかなかむずかしい問題と思いますけれども、やはり一つは戦後二十年間の世界の変わり方、科学技術の異常な進歩、たとえて申しますと情報産業あるいはまた原子力とか、あるいはテレビの普及であるとか、そういったことによる社会全体の構造の変化、そういうものが人間性を疎外するという働き、あるいはものの考え方というものがいわば視聴覚的な考え方、つまり衝動的に知識を受けとめ、あるいは自己表現というものを論理の展開や文字で表現することでなくて、むしろ条件反射的に身ぶり手ぶりあるいはその他の直接的表現という形に変わってきたというようなこともその一つかと思います。あるいはまた、異常な社会の発展ということに伴いまして、都市集中というものが非常に行なわれておる。こういうことで、また都市集中による人間疎外ということもその一つかと思います。そういうようなことから既成体制、既成秩序、既成価値という現在の体制に対してきわめて直接的な自分の気持ちの表現というか、反体制ということは今日世界共通の若者たちの一つの表現のしかたかと思うのでございまして、反体制運動という形においてスチューデントパワーを考えた場合に、これは一応共通な形として論ずべきではないかと思います。 しかし、先ほど川崎さんの御質問にもお答えをいたしましたように、やはりお国ぶりによってそのスチューデントパワーのあらわれ方が違う。フランスの場合には、やはり教育制度そのものの古さについて若いスチューデントパワーの爆発が起こったということがいえるし、アメリカなんかの場合には、ベトナムとか黒人騒動というような政治的問題を契機としてスチューデントパワーが爆発しておる。むしろ大学の制度そのものではない。こういうような違いがあるかと思うのでございます。日本の場合においては、ヨーロッパ諸国におけるように量的な高等教育機関へ入ろうということが制度的に狭められておることは、戦後の六・三・三・四をとった結果、われわれのほうはヨーロッパよりもはるかにいいわけでございますけれども、しかし同時に、アメリカもそのような類型かと思いますけれども、そのほうでは一応成功しておりますけれども、同時に、量的な拡大でもって質的な低下をさせておるというところにも大学問題の紛争の原因があるかと思うわけでございまして、私が申し上げたいことは、同じスチューデントパワーの共通な部面もあるけれども、しかし個々のお国ぶりによって違ってきておる。むしろ、アメリカとか日本とかいうものは、制度そのものではなくて、どちらかというと政治的問題が原因だということがいえるのじゃないですか。
○山中(吾)委員 最初の世界共通の学生運動について、もう少し掘り下げておきたいと思うのです。これはこの法案の評価に影響してくると思うのです。 大体学生運動というものは、いままでの常識では後進国に限っておった現象であったとみんな見ておった。民族の独立運動に学生が立ち上がる。だから東南アジア、韓国のように、独立運動と結びついて学生が立ち上がる。そういう意味において、私は学生は民族の良心だと思っておるのです。しかし最近は先進国、自由国家群も、社会主義国の中においてもチェコのごとく学生運動が起こっておる。日本の学生運動も世界共通の原因とすれば、そういう先進国における学生運動の部類の中で見詰めなければならないんじゃないか。アメリカの学生運動も含んで、私はやはり工業化の社会の矛盾から来る人間疎外と同時に、必ず戦争に反対という要素が入っているんじゃないかと思う。アメリカの場合にしても、外からの武力に対し、あるいはその国における戦争に対する反対、ベトナム戦争に反対というのは、ヨーロッパのどこの国の学生運動にも必ず一つ入っている。だから、戦争に対する不安というものが現在の世界共通の学生運動ではないか。核時代に入って、すでに核戦争即人類死滅の戦争であるという新しい核戦争に対する戦争観の変化が、学生運動に世界共通にあらわれてきておる一つの原因だと思うのですが、それはいかがでしょう。
○坂田国務大臣 必ずしも私はそうとは考えません。ことにイギリス、ドイツ、フランスの場合においてはそうではないと思います。一部にはそういう反戦的なことを申しておるのもおります。しかし、それは非常に若干であって、非常に大きいスチューデントパワーと称せられるもの、それ自体は私はそうではないと思っております。
○山中(吾)委員 そこで認識の相違が出ましたが、現在の世界のイデオロギーの中に戦争絶対反対という体質がない。だから、イデオロギーも若い人々のシンボルとしてだんだんと失格しつつある。戦争は政治の最高の手段であるという考え方は、核時代に生きておる青年諸君はそれを納得しない。やはり戦争絶対反対だという体質がイデオロギーの中に入ってこなければ、私は、そのイデオロギーが乱れて、反体制の中にもそういうもので出ておると思う。私は本質的にそういう戦争に対する批判が純粋な学生運動の中に入っておると思うのですが、あなたはそう思いませんか。
○坂田国務大臣 私は、少なくともヨーロッパのフランスやイギリスやあるいはドイツの場合はそうではないと思います。
○山中(吾)委員 その点はまた別途に論議をしなければならぬと思うのですが、フランスのごとく十八世紀ごろの大学自身の非常に古い制度と、それは工業化というものが大きい部面を占めておりますが、やはり戦争と科学の矛盾というものが私は学生諸君に必ず入っておると分析をしております。そういう意味において、いろいろの方法において間違いがあり、いろいろの批判があっても、学生は私は民族の良心であると思っておるのです。その点はいかがでしょう。
○坂田国務大臣 学生の力あるいは学生の演ずる将来の役割りというものは、私は高く評価をするものでございます。しかしながら、ロケットにいたしましても、確かに非常なばく大なエネルギーを持って月まで行く、そして帰ってくるという力を持っております。しかし、そのロケットにいたしましても制御装置があるわけであります。したがいまして、この制御装置を失ったならば、そのロケットは月を回ることができない。あるいは再突入して地球へ帰ってまいります場合も、ちょっとの角度のリモートコントロールを失ったならば、宇宙のかなたへ消えていくか、火の玉になって焼け落ちるか、そのコントロールいたしておりますところの地域に着水することは困難でございます。現在の大学生のやり方というものは、私はそのエネルギーというものは非常に高く評価をいたしておる一人でございます。これなくしては日本の将来はあり得ないと思いますけれども、そのエネルギーはいいけれども、どうも実は制御装置を失ったロケットのような気がしてならないのでございまして、ゲバルトのかわりに理性を持たなければ、私は学生としての第一の資格要件を欠くのではないかというふうに思うのでございます。
○山中(吾)委員 私はいま本質論を申し上げておったので、青年諸君は奥さんもなければ就職もしていないので失うものがない。したがって、われわれのようにずるくなくて、純粋に、学生諸君は正しいと思えばやはりそれに立ち向かう。民族、国家の危機の場合については、やはり立ち上がるのは私は青年、学生諸君だと確信をしております。それを前提として、あとで手段の選択のしかたに間違いがあり、いろいろのあらわれた現象に間違いがあることは、またそれに対する批判を加えなければならぬけれども、本質論としては、私はやはり青年、学生に対する正しい認識を持ってから今度の大学問題にも対処すべきであると思うのです。そういうことの中で世界共通の学生運動を私は理解したい。この点は違いますか。
○坂田国務大臣 その点は、何も昔もいまも変わらぬし、あるいは日本もよその国も変わらぬのであって、常に青年というものはそういうものだと私は心得ております。山中さんもかつて青年であったし、私もかつて青年であったのです。佐藤さんだってかつては青年であったわけなんです。そういうことだと思うのです。
○山中(吾)委員 かつてお互いに純真な青年であった、いまはお互いにあまり純粋ではないが……。これは現代の青年は平和主義のエネルギーというものは学生の中に共通してあるということを確認しておきたいから私は申し上げたのです。 第二に、日本の社会特有の日本の大学紛争の原因を吟味したいと思うのですが、大学の制度の中に私は一つ原因があると思う。その場合に、やはり政治を担当するわれわれ、あるいは大学行政を担当する文部大臣としてまず第一に忘れないで分析をしなければならぬし、してもらいたいと思うのは、戦後の大学制度そのものの中にこの大学紛争の原因がひそんでおると思うのですが、これはいかがでしょう。
○坂田国務大臣 戦後のどの時期を御指摘になっておるかわかりませんが、おそらく新制大学になってからのことだと思うのです。新制大学の理念というものは、むしろ旧制の旧帝国大学をまねをするということではなくて、国民のために責任を負う、いわば万民のための大学として理念的には出発したはずだと思うのです。ところが、万民のために開かれた大学として存在し、また発展をすべかりしものが、そうではなくて、実際上は旧制の東京帝国大学、あるいはまた旧制の京都帝国大学を見習うというような画一性になってしまったというところではないか。その一つは、国民の意思の反映を踏まえた大学自治が行なわれるような仕組みというもの、大学の管理運営、教育、研究のやり方にそういう機能が付与さるべきであった。ところが、それが付与されないままに、やはり象牙の塔として社会と隔絶したような形においてしつらえられたというところに大きい原因があるのではないか。社会の進行に対して対応できなくなってきた原因があるのではないかというふうに思います。
○山中(吾)委員 大学の理念の変化の問題は大臣そのとおりであり、もう少し中身を深めたいと思いますが、その前に、私いま申し上げたのは、戦後の大学制度そのものに文部行政といえどもメスを入れなければならぬ重要な紛争の原因があるのではないか、こう思うので申し上げるのですが、戦前の大学は旧制帝国大学、旧制専門学校、旧制高等学校、旧制高等師範学校、旧制府県師範学校、旧制青年師範学校、全部みそもくそも一つにして単一の新制大学をつくった。したがって、その大学が発足するについては、終戦直後の文部省においては、その新しいごった煮の大学を大学らしい大学にするのには、財政的裏づけを十分にした計画がなければならなかった。それが行なわれないままに二十数年たったところに、一番根本の大学紛争の原因があるのではないか。すなわち、旧制師範学校の先生、これは大学の教授としてはよほどの再教育をしなければならないのです。ところが、文部省の終戦直後のその当時の大臣は坂田文部大臣でないので、坂田文部大臣の責任を追及しているのではないのですが、教授養成計画、再教育計画が一つもなかった。それから研究施設、設備の充実の年次計画も一つもなかった。そして二十数年このまま捨てておいて、一番金のかからない私立大学の増設を、これではと思いながら知らぬ顔をして二十数年きた。そのしわ寄せが大学の中における——政治側の原因じゃなくてやがて政治のもとに戻るのですが、大学紛争の一番大きい原因だと私は痛感するのですが、いかがでしょう。
○坂田国務大臣 それは大きな原因だと私は思います。その点は同感なんでございまして、結局昔のたとえば八万といわれる大学というものは、教える先生もトップクラスの先生であった。入ってくる人も、研究に活動に適した能力の人が選ばれて入ってきた。しかもそれの数は少数であった。しかし、今日ではその八万といわれているのが百五十万にもなっておる。そしてその能力の面からいっても、ABCDEといたしますと、昔ならばAかBの上くらいまでが入った。ところが今日ではABCDというようなところまでも入れるようになってきておる。一面においてはこれまたいいことではあります。大学そのものが高等教育機関と呼ばれるように変わってきておりますから。しかしながら、今度はまたそれを教え導くところの先生方のほうも、昔はトップのAだけだったのが、ABCであるということが歴史的、経過的、沿革的に山中さんが御指摘になったようなことであった。そうして自分の能力はさほどないにもかかわらず、ただレッテルが教授であるということでもって背伸びをした。そしてそういう実力のない教官というものは、文部省の側からいえば絶えず再教育の機会を得て教育すべきであるし、本人自身も進んで勉強するという意欲がなければならなかった。地位だけは上がった、あるいは身分保障は厚くされた。しかしながら、肝心かなめの自分の学問的追求、研究というものを掘り下げることに対してきびしさが足りなかった。そういうことは御指摘のとおりだと私は考えております。そういうようなことについて、長期的な再教育の計画とか、あるいはまたそういう教官の採用、あるいはまた採用機関とかあるいは再教育のやり方とか再審査の機関とかというようなことを欠いたというところに、今日学問研究というものに対して十分これをこなし得る教官が非常に少なくなってきたということがいえるのじゃなかろうかと思いますし、そのことから研究活動を通じて学生たちが教官に対して不信の気持ちを持ち、信頼関係を失っておるということがいえると私は思うのであります。
○山中(吾)委員 私はそういう文部大臣の認識は正論だと思うのです。二十教年前、旧制帝大から旧制師範を一つにして新しい大学をつくったのであるから、教授の資質の向上のためによほどの予算を計上して国がやらなければ混乱するのは当然です。大学そのものを見れば、二十数年の政治怠慢のしわ寄せを受けて大学が苦しんでいるのです。そこで、この紛争問題を解決するのには、一片の法案だけではできない。この教授の二十数年の制度からの欠陥、行政からの欠陥を含んで、その矛盾が極限に達した。これをまず解消するため、文部省においては教授の資質向上政策についての大胆なる予算措置という姿勢を示さなければ、紛争に対する責任のある立場にならない。法案を提案されるならば、同時にそれを提案をして初めてこの法案の精神が生きるのであって、そうでなければ管理法案だというふうに見られるのは当然なんです。私はそれを同じに出すべきだ、明確にすべきだと思う。そういう認識を坂田文部大臣がお持ちならば、文部省の方針として、大学における教授の資質向上、教授養成教育、これを明確にされるべきじゃないでしょうか。お出しになりますか。
○坂田国務大臣 山中さんから非常にいい御提案をいただいてありがたいと思っております。どうかその御発言を忘れないでいただきたいと思うのです。私自身もそのことについては取り組みたいと思っております。と申しまするのは、いずれ新しい国民のための大学というものを構想する場合におきまして、大学の教授の再教育の問題あるいは再審査の問題、これには当然触れなければならないし、これに対しては相当の教育費用というものが要る、予算的措置の費用が要ると私は思います。そのときはひとつどうぞ大学人事に介入するとか、あるいはそういうようなことをするならば学問の自由を侵すとかいうようなことで御反対にならないようにお願いいたしたいと思うのであります。
○山中(吾)委員 その計画をお出しになるまではこの法案を保留にされたらいかがでしょう。そうすると紛争の解決にずっと希望を持って大学はもっと熱心にやりますよ。いかがでしょう。
○坂田国務大臣 私はそうは思わないのでございまして、それはそれ、これはこれと思うのです。やはりいま火が燃えておるのを消さないわけにはいきません。それから、いま山中さんの御提案でございますけれども、もしそういうような法案をただいま私たちが提案をするというようなことになるなら、また大学の何といいますか身分に及ぶようなことに国家権力が介入するということで、おそらく大学の先生たちは反対するだろうと思います。
○山中(吾)委員 少し誤解をしておるようだが、大学教授の資質向上だから喜びますよ。研修の機会を与え、そしてもっと研究のできる、予算の裏づけのある計画を立てることなんですから、私は喜ぶと思う。
○坂田国務大臣 私が申し上げておりまするのは、再審査機関を設けるとか、それは何年にするかしらぬけれども、一応教授としての身分の保障を十年なら十年というふうにきめるとかいうようなことでございまして、この点については、この間東京工業大学におきまして教授会みずからがそういうようなみずからを規制するような改革案というものを出しておられるわけでございますが、これなんかは私は非常に建設的な御意見だろうと思うのです。こういうようなことを私たちもそれは指導、助言というような形でなぜ大学側に求めなかったのか、それを山中さんから御指摘されるとすれば、私たちはまことにその点はそうでございましたと言わざるを得ないと思います。しかし同時に、政府といたしまして、大学自治を尊重し大学の自主的な解決というものを最大限に求めておるというこの仕組みから考えるならば、当然大学側として、東京工業大学あたりでやられたようなことが各大学側において意欲を持って提示さるべきである。そしてそれに対して文部省はどうだ、これについてはこれくらいの予算の要求が要るがそれは聞いてくれるか、こういう具体的提案をなさるべきであった、かように思うのでございます。しかし、それがなされなかったということでございます。(「虫がいいよ」と呼ぶ者あり)虫がいいとおっしゃいますけれども、われわれも指導、助言ということがあまりにも大学自治を侵すのではなかろうか、学問の自由を侵すのではなかろうかと、当然国民に対して責任を負う文部大臣として言うべきことも言わなかったという責任を私は感じますけれども、その以上に学問の自由を侵すとかあるいは大学の自治を侵すとかいうようなことはわれわれは毛頭考えておらなかったということをはっきり申し上げておきたいと思うのでございます。
○山中(吾)委員 大学教授の任期制、それには大賛成、どこへ行っても賛成しますから、坂田文部大臣もがんばってやってください。ビジョンを出さないからといって、そんなものはわれわれは慎重に審議をして考えているんだから、よけいなことを言わないでどんどんと政府のほうにおいても所信を出して、ただこの法案だけを、文部大臣の権限強化で、これはあとで評価をいたします。私の確信のある意見を述べますから、また論駁されてけっこうですが、この法案だけでは絶対に解決しない。これはいま論議をしておるのではないのでありますが、原因があれば原因を除去することが解決ですから、何としてもこの法案の前提条件として原因の正しい認識を政府が持たなければ、この法案に対する正しい評価ができないので、いま文部大臣と私は論議をいたしておるのですから、そのつもりで論議をいたしたいのですが、戦後、戦前の高等学校、高等教育機関数種類のものを一つにしてしまって、ごった煮の大学にして出発をしておるが、それについての政府における新制大学充実計画のないままにきたということは大きい紛糾の原因である。これは大臣がお認めになった。これを直すのにはやはり教授養成、再教育計画を立てなければできぬということも確認をされた。その点について私も協力をいたします。 次に戦後の大学について、制度に内在する紛糾の原因の一つとして、私はこういうことを一つ思うのであります。旧制高等教育機関の中の旧制高等学校、これは他のものは専門教育機関である。師範学校にしても、工業専門にしても全部専門教育であったが、一つ戦後の新制大学に中身に入り込んだ中で専門教育でないいわゆる一般教養教育学校であった旧制高等学校が入り込んで、そのまま新しい大学が引き受けて、制度的には旧制高等学校に相当する教養部二カ年、教養課程二カ年を入れたということ、ここに一つの紛糾の原因があるのではないか。したがって、制度的にこれは解決しなければ、この紛糾の根本的解決もないという立場もここに一つあると思うのです。そのことはどういうことかというと、戦後の大学は、戦前の場合には専門コースを決定し、人生の方向を決定し、自分はこの専門学科をやるということを決定したおとなの学生が大学に入って、大学当局は、もうみずから決定した学生のみずから学ぼうとする専門学科を中心に教え、その中で人間形成をすることができた。新制大学は、人生の方向、専門コースを決定しないロマンチシズムに生きてきたところのいわゆる旧制高等学校の生徒——学生と称しなかった、生徒が入ってきたので、大学当局は人生の方向、すなわち専門コースの選択、指導という新しい機能、戦前になかった大学の機能を引き受けたのではないか。ところが、一方に教養部に対する予算あるいは校舎、教授養成その他が全然なしのままに一つの地域に押し込んでしまって大量に入れたということが、現在の大学紛糾の一番大きい原因である。したがって、十八歳、十九歳の戦前の旧制高等学校に相当する青年諸君が、一つの運動があったときにその動員部隊に一つの号令だけで、十分個性として自覚した上で行動するという能力のないままにこの混乱が出ておるということも一つではないか。そう思いませんか。
○坂田国務大臣 やはり原因の一つはそこにあると思います。戦前はやはり三年間の旧制高校におきまして、知的に偏向した教育だけではなくて、全人格的な、言うならば自立的人間形成というものをあの三年間にやって、自立ができるような人が大学に入ってきた。したがって、大学の教官のほうでも、大学というところはいままで高等学校あるいはそれ以下の学校と違うんだぞ、きびしいんだぞ、そのかわりおまえたちはおとななんだから責任を持つんだぞという形でやったわけで、天からぼたもちという形で教育が与えられるというところじゃないんで、学ぶところの学生それ自体の意欲というものが伴わなければ教育も研究もできない場であった。そういうことを入ってくる学生たちも心得ておったし、大学の先生方も心得ておった。それが新制大学になりますと、一年間若くして入るのですね、いまの大学は。——二年になりますか、それは山中さんのほうが詳しいのですが、そういう二年若くして入る。それだけむしろ自己コントロールもできておらないし、自立的人間もできておらない。そこで結局、そういうような人たちが入ってくるのであるから、旧制高校と同じような一般教養というものをやはり二年間ぐらいやって、それから専門教育に入らなければいけないと考えた当時の考え方もわからぬわけじゃないのですけれども、日本の土壌においてはそういうようなことをやった経験がない。アメリカの先生だったらちゃんとそういうことを心得ておったかもしれないけれども。その辺が、やはり旧制の大学の先生たちが多かったものですから、少なくとも東大あるいは京都大学に右へならえを大学というところはしたものですから、二年間が一般教養、それから専門教育にいく、こういうことがやはり一つの原因になっておる。そうして結局、高等学校でやったものの焼き直し、そうしてまたここに、一般教養をやっておる先生方というものは、専門教育の先生方からするならば何か一段下の教授、同じ教授でも下だというようなインフェリオルティコンプレックスを感じて、たとえば東京大学におきましても、本郷の先生と駒場の先生とでは格が違うんだ、こういうようなことになって、これではなかなか生徒たちに感銘を与えるような講義をすることはできないし、また、おそらく学生たちも感銘を受けないというようなこともやはり大きな原因だと思うのです。 今日東京大学においても種々の改革案が出ております。あるいはその他のいろいろな改革案も出ておりますし、中教審でも御検討になりました結果は、大体において四年間を通じて一般教養をやるようなカリキュラムを組んでやったほうがいいんだというのが支配的になってきておるように思うのでございまして、この点はもう早急に改められるべき時代を迎えたんじゃないか。しかし、文部省といたしましては、そうではございましても、やはりもう少し——中教審も年内に急いで慎重に審議をいたしまして答申をするといっておりまするから、その結果を私たちは待ちたいと思っておりますけれども、方向といたしましては山中さんの御指摘のとおりの方向へ行くものであると思いますし、今日の大学紛争の一つの原因はやはり御指摘のとおりだと考えております。
○山中(吾)委員 大学がだんだんそうなっていると文部大臣はよそごとに言いましたが、前期二カ年は教養コース、旧制高等学校と同じような、まだ専門コースを決定していない一般教養コースにせい、あとの二年が専門コースだということは、文部省の行政の制度なんですよ。それを破って、これでは実際にどうにもならぬというので大学生が自主的に、創造的にこれを直しておるのであって、だから文部省があまりおせっかいしないほうが逆に大学は伸びるという一つの証拠なんです。旧制高等学校の生徒諸君は、人生は何ぞ、恋愛は何ぞ、死は何ぞといって、そうして深刻に人間を見詰めて、その当時寮でもストームをやり、そういう経験を得たあとに大学に入った。入ったときはおとなの学生だ。だからイデオロギーはどうであろうとも、表現の手段はいまのようにはならなかったろうと私は思う。そういうことを考えると、現在の大学紛争の根本原因は、教養コース、人生の方向を決定してない構成が中に入ったという制度にメスを入れるということが非常に大事なことで、この法案一片を出してもだめなんだということを私は強調したいのですよ、これは。これは何にもならない。十八歳から入るならば、民法も刑法も、これは独立の人格だ、法律行為能力を持っておる成人として認めて、学生と称する大学進学年齢は民法、刑法、社会が当然独立の人格と認める成人年齢と一致せしめる制度、それで初めてみずから進んで自分で決定した学問を学んでいく。そこで研究と教育の一体化した大学というものは初めて生まれるので、学生と大学の理念が一致すると思う。そういう制度というものの中で大学紛争を解決していこうという着眼をお持ちにならないで、なぜこんな法案をお出しになるのか。そこに一番根本の発想においてどうもぴったりしないことがあるのです。その辺はどうお考えになっておるのか。
○坂田国務大臣 その辺になりますと、私ちょっと山中さんのおっしゃるのがわからなくなるわけですが、私自身もあなたのようなことを考えておるわけです。それをそう簡単に、もうあるべき像というものが確定しておるもの——一つの御見解だと私も敬意を表するのです。たとえばあなたの一般教養に対する考え方、また私自身もそのように考えておるわけです。しかし、文部省の制度は御承知のとおりに確かにそうでない、二年制一般教養をやるということに縛ってあるわけです。でございますから、縛ってあるものをほんとうにそういうようなものに新たに変える場合は、制度の根幹に触れる問題でございますから慎重な取り扱いをしなければならぬ。国家百年の大計でありまするから、やはり中教審で明治以来今日までの制度の長所短所というものを洗い直し、さらに今日の社会的要請に対して、二十一世紀の要請に対してどう教育制度全般を考えなければならぬかという中間報告も出ましたし、その中において大学というものはどういう位置づけにならなければならぬか、あるいはまた、それに対して一般教育というものをどう取り上げるかということは、やはりもうちょっと時間をかける必要があるのじゃないか、そういう慎重さが必要じゃないかというふうに私は考えて、そういう方向ではございますけれども、いましばらくお待ちを願いたい、こういうわけでございます。 でございまするけれども、ただいま燃えておるこの火の粉は払わなければならぬわけでございますから、やはり消防隊を組織いたしまして水をかけよう、そしてその上において新しい大学を再建しようというわけでございまして、この法案そのものは山中先生御指摘の新しい大学をつくるその第一の門である、一ぺんは通らなければならぬ門である、こういうふうに御理解をいただきたいと思うのであります。
○山中(吾)委員 あとのほうがちょっとおかしいですね。中教審のほうでは十二月末までには一応制度のビジョン、結論を出すということがきのうか新聞に出ておる。そのビジョンというものが裏づけになって大学紛争に対する当面の処理の対策を確信を持ってお出しになる十二月のときなら、まだ一つの論議の何になる。これを先にお出しになるということは、これはどうしてもマイナスだけなんで、火の粉を消すより火の粉がもっともっとふえるだけだと思う。 〔委員長退席、久保田(円)委員長代理着席〕 学生に希望を持たし、そして未来に対する見通しを与えて、なおかつわからない学生には教えさとすいろいろ方法をお考えになるべきで、ぜジョンを出さないで——この間与党のほうからもなぜビジョンを先に出さないかと盛んに追及しておったようですが、これは正論だと思う。どうして十二月、そのときにお考えにならないか。いまここで半年前にこういうものを出すことによって、昨日もいろいろ論議をしておったようでありますが、この立法反対ストが二十四校にふえたと文部省で報告しておるじゃありませんか。私はそこに順序に非常な誤りがあると思うのですが、これは腹の中で悩みを持っておられると思いますが、坂田文部大臣は時期についてはどう思っておられますか。
○坂田国務大臣 やはり来年の入学試験をどうするかということも、もう六月末、七月ということになりますと、各大学で考えるわけでございます。しかも七十五の大学のうち三十校も紛争が続いておる、こういうわけでございます。これに対して何らの措置も文部省としてやらないというわけには実はまいらないわけでございまして、しかもこの法案というものはあくまでもその重病人の手助けをしようという法案であることは、けさから私がるるお答えを申し上げておるとおりでございまして、そういう立法でございまするから、むしろいままで国立大学の先生方というものは親方日の丸で、そうして一年でも半年でも授業をやらなくたってそれで済まされるというような——内心みんなそれは御心配になっておることはわかりますけれども、私立大学の人たちがもし入学試験を一ぺんやれなかったら、もうその学校はつぶれてしまう、理事者もそれから教官も事務職員も学生も、もうどうにもこうにもならなくなってしまうという、そういう切実な自由社会のあらしと申しますか、競争の原理というものがひたひたと迫ってくるということに、若干国立大学の先生方は欠けておられたのではないだろうかと思うのでございまするが、この法案がもし通りますると、やはり私立大学が当然受けるべきところの世の中のあらしというものは、容赦なく吹き巻くるのでございまして、その際に瀕死のような大学の自治能力を失った人でもほんとうに私は立ち上がる、そして強くなる、そしてほんとうに教育の正常化、あるいは秩序回復ということが期待できるのではないだろうか。なよなよとしておるような状況では、これは何もしないならば、それこそ国民の財産を破壊したまま、教育をしないまま、研究をしないまま、それこそ大学はつぶれていかざるを得ないというふうに私は考えまして、やはりこの時期には何らかの措置をしなければならぬ。何らかの措置をしなければ、必要最小限度の立法——なぜならば、やはり大学は自主的解決ということを主眼とすべきであるから、大学がいかに自治能力を失いかけたといいながらも、やはりみずから助くるものを助くるというような態度でもって臨まなければいけないというような気持ちから、最小限度の立法にとどめたわけでございます。
○山中(吾)委員 いま文部大臣の言われておることは事実発想についてどこか間違いがあるんじゃないかと私は思うのです。それは東大の学長も何とか入学試験はやりたいというのに、むしろ文部大臣がやめさせたんじゃないですか。その真相は私は新聞で見ておるとおりでございますが、学長及び教授は、どんなことをしても教育は継続したいというのが正しいのであって、いかなることがあっても継続したいのが正しい。しかし、政府のほうでは、いまの状態では入学をさしても授業はやれないじゃないか、やめたほうがいいという指導をされたように私は聞いている。そういうくらいならば、試験をやるかわりに内申書を中心として、あるいは地方に分散をしてでも試験をしてやるべきだと私は予算委員会で主張した覚えがある。もしまた授業が継続できなければ、文部省の隣の国立教育会館でもあけてここで授業をやりなさい、国有財産をあけっ放しても授業を継続しなさいという態度が、私は教授諸君が教育と研究に責任を持つ姿勢を援助する姿であると思うのです。この法案は反対じゃないですか。これ以上やるともう教育をやらさないぞ、これ以上やると教育も研究もストップするぞ。そうでなくて、いかなる方法でも続けなさい、それに対して援助をするぞ、場所がなければこの国立建物もあけてやるぞ。そうして入ってきた学生諸君は、勉強したい。そういうグループの中に入っていないのだから、新鮮な気持ちで何とか勉強したいからこそ入ってきたノンポリの学生諸君が、封鎖を解く決議をし、新しい大学をつくるエネルギーになると私は思う。発想が違うじゃないですか、発想が。 〔久保田(円)委員長代理退席、委員長着席〕
○坂田国務大臣 去年入学を中止いたしましたことは、事実上意見がととのわなかったからやめたわけでございます。やめました結果は、私はよかったと思っております、いまでも。そして、それであればこそ東大は今日九学部の授業再開、そして卒業生を出し、そしてまた進級をさせ、また残る一学部の文学部におきましても近く授業が再開ができる、こういうふうに思っておるわけでございます。 それから、いまおっしゃいました発想そのものでございますが、いやしくも日本における最高の大学といわれておる東大が、自分のいわゆる構内において授業ができないざまであっては、私は自主的な教育、研究というものができないと思うのでございまして、そういう口幅ったいことは言えないのではないだろうかというふうに思います。また当時の加藤学長そのものも、学外において授業をするというような意思はございませんでした。そのことは私との会談においてはっきり申しておりました。
○山中(吾)委員 それは見解の相違だから論議をしても平行線と思いますが、私は、どうしてもどんなことがあっても教育を継続したいというのが教授の精神、これを育てること以外に行政の立場はないと見ておるのです。外だからやめろとか——外でも教育をしたいというその精神を助長する、これで私は一貫をすべきだと思う。 この問題は、あとで法案の論議をしたいと思うのですが、東大の場合は入学をストップさせることを認めて、そしてこの法案は、今度は他の大学がストップしたら停止をする、処罰的な法案になっている。東大はすでに一年半こういう状態を続けて、この法案ができておればもう適用されておる大学なんです。一年半たっていま自主的に立ち上がって、医学部も授業再開した。この法案から卒業しちゃった。一番の東大に適用すべきものが卒業して、これは東大保護法になる。ほかのほうはストップするぞ、するぞということになる。時期がおくれている。この法案はもう非常に不公平、差別です。そういうことは、あとで私は法案の自分の評価をしようと思ったのですが、いま坂田文部大臣がそこで触れたから言いますけれども、もうこれだけでこの法案は問題になる。一年半続けて、そして入学もできなかった東大だけがこの法案の適用外になり、他の大学は適用されてくるのですよ。それでいいのですか。
○坂田国務大臣 この法案というのは、何も大学をつぶすのが目的じゃないのです。解決のために、収拾するための法案であって、繰り返し申し上げておりまするように、七条に至らざる、六条以下の段階においてあらゆる自主的解決をいたしなさい、それにはこうこうこういう手だてがございますよ、という法案なんでございます。ですから大学側がほんとうに自主的解決能力を持っておるならば、七条のお世話にならないで六条以下の自分たちの自主解決をおやりになればいい。その実績をお示しいただけばいいわけであります。東大がやったようにおやりになればいいわけです。
○山中(吾)委員 東大がやったようにやればいい——それならこんな法案つくらないでやりなさい。東大は法案なしでやったじゃないですか、一年半かかっておるけれども。これはもう九カ月でやるじゃないですか。これは東大保護法ですよ、そういうことを言うならば。そうでなくて、どんなことがあっても授業を続けなさいという立場で一貫をしていくことが、この紛争を解決する道なんです。こういう法案をつくるより大学紛争相談所でもつくりなさい。そしてほんとうにそれに対して知恵を与えていけば、法律で強制しないでいい。文部大臣の権限を拡大するよりは、それで大学紛争相談所を開設してできる。どうしてこういう発想ができたか、私はわからない。 法案については順序を経て切実な問題を質問したいと思っておるので、いま話はそこへいってしまったけれども、まず紛争の原因についてもう少し正確にお互い認識しないと本案の評価は間違うので、もとに戻りますが、新しい大学の中に入り込んできた教養部、これは急に学生も大学も十倍にもなってきておるのでありますから、混乱するのは当然なんだが、旧制高等学校教育に相当する部分、いわゆる入学して十八歳、十九歳の未成年の、まだ専門コースを決定していない生徒——私は、専門コースを決定していないのは学生でなくて生徒だと思う。その人がどういう収容状態になっておるのか。たとえば旧制第三高等学校、京都吉田山にあの第三高等学校があった。戦前においては、あの環境の中で、一つのロマンの中に生きて人間をつくる、一つの大きい人間形成の場であった。条件があった。そのときに生徒は七、八百名だった。同じ場所に五千名押し込んである。三カ年そこでいろいろ人間形成の体験を積むはずのものが二年に短縮されて、戦前においては豊かな環境の中で教授と人間の接触関係が深まりつつ、そして何かりっぱな人格をつくったものが、いま五千名押し込んで、何もしないでほったらかして、そして専門コースの三年に移っている。紛争が起こるのはあたりまえじゃないですか。そして学生諸君に聞くと、いままで小学校、中学校、高等学校の十二年の間に教養教育を受けて、ある意味においては激しい試験を合格をして、あこがれを持って大学に入ったが、そのときには、一度専門学科に触れてみたいと思うときであるが、また同じような高等学校の繰り返しの教養、しかも中身のない教養教科がまた繰り返される。うんざりして、そしてそこに欲求不満が極限に達してきている。そして戦前のことを考えてみますと、旧制高等学校の校舎の中に、ちょっと毛のはえたような修築をしたところに七倍、八倍の生徒を押し込んで同じようなことを繰り返してきておれば、これは一人旗を振れば全部賛成しますよ。昔の寮のストームと同じようなものだ。そんなときにこんな法案を持ってきて、その現実を解消しないで法案を持ってくる気が知れない。だれがこういう着想をしたのか。だから私は、この大学紛争問題の解決は、制度の改正によってのみ解決できる問題である、そういう責任感を政治の側は持つべきだと強調しておるのであります。これは文部省からいただいた資料でありますけれども、第一高等学校が戦前においては四百名であった、文科、理科を三組、四組に分けて。そして現在三千名になっている。金沢の第四高等学校は三百六十名であったものが、戦後一千名も一つの校舎に押し込まれておる。第七高等学校が三百六十名が、戦後千七十名。みな同じです。こういうことを伏せておいて、学生がけしからぬ、いまの学生はどうもおとなにならないで子供のようだ、過保護の結果だということだけで、そういう着想でこの法案が出されておるとすれば、私は撤回すべきであると思う。幾らやってもこれは繰り返し不平不満が出て、この大学立法に対してさらに大学においては紛争を来たさせるだけである。そうして一時権力で押えたって必ず倍加してくる。この大学の実態を見たときに、私は痛切に感ずるのであります。この現代の大学制度の大学の環境を変えるということをまず先に手を打つべきだと思うのですが、いかがですか。
○坂田国務大臣 制度を、現在の社会の中におきまして、それに応じた形において変えていくという基本的なお考えは私も賛成でございます。それが整っていないというところに紛争の原因もあるということもわかります。それからまた旧制の高等学校、一高時代といまの駒場の人数の関係も御指摘のとおりだと思っております。しかしながら、先ほど申しますように、本郷でまいりますと、教官一人当たり一対四・八くらいです。それから医学部は一対一・二くらいなんです。ところが、そのマスプロといわれるのはむしろ私立大学なんですね。一対三十くらい。私立大学のほうが、二百七十もあって、紛争校はわずかに九校、私学大学よりも授業料も非常に安い、そうして教育条件から見ればはるかにいい国立大学において、七十五のうちに三十も紛争を起こしているというこの原因についても、山中さんひとつ御検討を願いたいというふうに私は思うのでございます。なぜこう私立と国立と違うのかというようなことは、やはり考えてみる必要があると思うのです。たしか私の記憶だと、戦前におきましても国立の一人当たりは一対八くらいだったと記憶いたしております。頭割りで言いますと、国立に関しては一対八なんです。ところが東大の場合はさらに十学部、さらに十四の研究所がある。研究所は研究所、そうして学部は学部、その研究所の中で相当優秀な人たちがおるに違いない。そういう人たちが何で駒場あたりに講義に立てないのだろうかという気が私もするのであります。そういうような仕組みというもの、そういうような管理運営のやり方というものは、大学当局に自治が与えられておるのだけれどもやれないのだろうか。それをはばまれておるのは、やはりわれわれ文部省の基準や何かいろいろなものがあるからだろうか、こういうようなことについても私は検討してまいりたいと思っておるわけでございまして、そういうものを一つ取り上げただけではなくて、総合的に、一般教育だけの問題でなくて、管理運営その他研究のやり方、あるいは先ほど申しますような教官の再教育の問題あるいは再審査制度の導入の問題、あるいはまたビッグサイエンス時代になった場合における一般企業とその基礎研究との関係をどうするかというような問題、あらゆる問題をやはり洗い直して検討をし、そうして大学改革を進めていかなければならないというふうに私は考えておるわけでございます。
○山中(吾)委員 いま大臣たびたびそういう答弁をされておる。数字を何回も答えておるのですが、国立と私立の比較においては国立が優遇されておるという御答弁であるけれども、しかし、世界諸国の大学と比較しますと、学生一人当たりの単位費用というものは、日本の大学は決して優秀ではないはずだ。それから教授の質の問題、いわゆる昔の師範学校まで一緒にした新制大学のそのままの教授が担当しておるということも含めて、これは検討すべきであって、それを前面に持ってこられて国立大学が過保護だという表現のしかたは、私は当たらないと思う。それは私立と国立との比較の問題としては正しいと思うのですが、国立そのものは、これだけ国費を投入しておるのに、国立のほうはどうも怠慢でよろしくないというきめつけ方は当たらないのじゃないのですか。
○坂田国務大臣 先ほども申しましたように、私立の場合だったら、入試が一ぺん中止になったら、もう大学は経営困難で立っていかないわけです。それはもう御承知のとおりなんです。そのことに対するきびしさというものが、教官にも学生にも、一般学生にも理事者にもあるという場合と、そうではなくて、大学紛争は一年たったって、とにかくやっていける。やっていけるという意味は、努力はするけれども、できない場合はできない場合で、大学自治だし、それから大学の自主解決ということでいけばいいんだ。こういうことで、給料はちゃんともらうわけでございますから、そういうことが、もし私立大学と同じような立場に立たせられた場合は、やはり私立大学と同じようなきびしさ、きびしいあらしあるいは風というものをまともに受ける。そういうことはやはり何でもないようなことだけれども、自立ということを考える場合は、自主ということを考える場合は、私が過保護ということばで表現したことに値するのではないだろうかということを比喩的に申し上げたわけでございます。
○山中(吾)委員 誤解はしませんが、国立の場合についても、入学を取りやめるなんということを考える学長も教授も、そんなことを喜ぶのは一人もないと思うのです。だからむしろ、文部省のほうもいかなることがあっても入学試験をやる、試験ができなければ内申書でもいいからやりなさい、場所がなければわれわれも考えるから、くらいのことをするといい。そうじゃなくて牽制をした傾向があるんじゃないですか。まず、それはそれにしておきましょう。そんなに国立も特に急に非難しなくて私はいいと思うのです。そういうことからでなくて、われわれのほうからいえば、大学の一番大事な使命は、教育と研究の継続なんです。学校というものは継続することによって学校の資格があるのです。中断すれば、これは学校ではないのです。一番大事なことはやはり継続することなのであって、その点についてあらゆる手段をもって継続する。継続させるかたわらに制度の改革をわれわれは検討すべきだ。ストップさして制度の研究をすべきではないと思うのです。そういう意味においてこの法案の発想に私はどうも間違いがあるのではないかと思うので、これはあとでなお論議をしたいと思うのです。 次に、これも基本的な問題としてまず論議をしておきたいと思いますから申し上げますが、大学の外における大学紛争の原因は、政治家としてもわれわれは真剣に考えておくべき必要があると思うのです。いろいろと非難があっても、大学生諸君は、日本民族の若い世代の比較的すぐれた素質を持った部分である。十八歳、十九歳、二十歳、二十一歳、二、三年浪人した者を含めて、大体十八歳から二十五歳まで、現在同一年齢人口の中で百五十万の大学に籍を持った者がおるのですが、そういう若い諸君を建設的な理想にエネルギーを活用させるということに失敗をしておるのは政治ではないか。政治の一番大事なことは、そういう若いすぐれた諸君のエネルギーを国民の理想に向かって、個人主義、利己主義を越えて、全体のために尽くすことに生きがいを感じ、魂をゆり動かすようにするのが政治だと思うのです。ところが、政治に対する不信感とか、政治に対する絶望感というものは相当ある。それが反体制の一つの運動にだんだんと発展をする。動員部隊がふえておることは明らかである。このことについて真剣に日本の政治を担当する者が考えるべきではないか。やはり若い諸君に理想を与えることに失敗した政治はどうするんだ。理想を与える政治の姿勢をとることが、この法案を提案する一番大前提として考えるべきではないか。特に文部大臣はそのときに悩みを持たれないでこの法案を出すのではその資格もない。これはお互いに明確に反省をしてこの論議をすべきだと思うのですが、いかがですか。
○坂田国務大臣 政治に理想がなければ、それはほんとうの政治にならぬと思います。
○山中(吾)委員 私はなぜそういうことを言いたいかというと、具体的に国民に差し示す理想は憲法の中から引き出すべきだと思う。絶対戦争をしない誇り高き国をつくるのだ。諸君一人一人が国民の主人公であるという主権在民の意識を高揚する中で、もっと学生諸君のエネルギーを建設的に活用する政治の姿勢は出せるはずである。憲法の空洞化をはかっておるのではこれは出てこない。その点は私は自民党政府に責任があるのではないかと思う。政権を担当しておるものがまず第一に責任がある。その辺を、文部大臣の所見をひとつ聞いて次に進みたい。
○坂田国務大臣 山中さんのそのあたりになりますと、私はよくわからないわけでございまして、平和を守ることは私も人後に落ちません。しかし、平和を実現する場合において、どういうような方法をとったほうがより平和を維持し、そうして国民全体の安全を守るかということについては、おそらくあなたと私とでは意見を異にすると思うのでございまして、平和を愛するということにはあなたにも決して劣らぬということだけははっきり申し上げておきます。
○山中(吾)委員 何か中身を聞かないとわからないが、これは次に譲ってけっこうです。 そこで一番最初に申し上げました法案の私の評価について質疑をしてみたいと思います。 この法案は、先ほど触れましたからこれは結論を出したいと思うので申し上げますが、どうも時期おくれの法案である。東京大学が一年半こういう状況のあったままで、最近この法案なしに立ち上がっている。そうして新しい大学の創造に具体的なビジョンを出し、医学部も再開をしておる。そのあとでこの法案を出そうとしておるのでありますが、これは次にどういう大学が適用になるのかならないのか知らないけれども、あと九カ月で何か同じようなことをしたのは適用に入ってくる。そうして東大だけは免れてしまっている。そういう時期おくれの法案をお出しになるということは、私はいろいろの大学についてこの法案の適用について矛盾が出てくるのではないかと思うのです。そういう意味において、この法案についてまず時期おくれの法案であるから、法律形式によらないで大学の紛争を解決する知恵を出すべきであると私は思っておる。それは論議の中でいろいろとまた意見を交換いたしたいと思います。 そこで、まずこの法案の矛盾を感ずるのは、紛争解決法案のごとく一般大学に延長することを含んだ運営に関する法案になってしまっているということが、私の一つの疑問なんです。大体表題から大学運営に関する臨時措置法と書いてある。大学紛争に関する臨時措置法ではないのです。これはどういうわけですか。まず表題から……。
○坂田国務大臣 先ほどのお答えからしなければならぬのですけれども、おそ過ぎたというようなことですけれども、もしこれを去年出しておったならば、それこそたいへんなことだと思っておるのです。それこそ私から申しますと、もう少し大学側に自主的解決をまかせるべきであって、半年私は見守ってまいったのです、大学の自主的解決というものを。しかし、来年の入学試験も心配するようなこの状況になっては、やはり出すべきであるというふうに考えたわけでございます。 それから、この大学の運営に関する臨時措置法案でございまするが、これは紛争収拾に関する内容を持つ大学の運営に関する臨時措置法案でございます。
○山中(吾)委員 前のほうは、法案を昨年出さなくてよかった、それで解決した。ことしは出したほうがいい。去年も出さないでうまく解決してよかったというなら、ことしも出さなければ、きっとなおうまくいくですよ。これを出したためにうまくいかない。おかしいじゃないか。だからこの法案がどうもおかしい。去年は出さなくてよかった。ことしは出したほうがいい。去年も短気を起こして出しておれば、さらに東大紛争を大きくしておる。だから日本人は短気だから、一年ぐらいじゃなくて、二年、三年ぐらいは見て、そうして助言、指導の中で、先ほど言ったように文部省に大学紛争相談所を開設して、知恵をしぼってやるのだ。それでいいのだ。それでできるのだ。こんな権力を介して、大体教育社会というものの性格を知らない。教育社会というものは権力に親しまない社会なんです。 それからこの標題、大学の運営に関する臨時措置法だから、これは私は、紛争に関する、当面の紛争に限った最小限のものだと坂田文部大臣はたびたび言っているからそうだと思ったら、大学の運営に関する臨時措置法、何かこれはたくらみがある。おかしいじゃないか。この法案を発想し直しなさい。私はこの大学の運営に関する臨時措置法を審議する気はない。中教審がまだ出ていない。運営に関するものは十二月末に出ると書いてあるじゃないか。大学の運営に関する臨時措置法という題名のもとには、審議を私はする意思は出てこない。いかがでしょう。 なお、私はやはりこれは発想について検討すべきものがあるので申し上げておきたいと思いますが、この第一条を見ますと「大学紛争が生じている大学によるその自主的な収拾のため」と書いてあるから、第一条を見ると「大学紛争が生じている大学」だから、現実に大学紛争が生じた大学だけを対象にしているというふうに読んだので、一条というものについては一応これだと思う。ところが、今度はあとにいくと、これから生ずる大学をみな適用しようとして書いてある。だから終わりのほうの内容になってくると大学紛争が生じている大学だけじゃないのだ。そこに一つの矛盾もあり、それから第一条を見ますと「大学の使命」、この古典的なことばが出ているが、「大学の使命」というものをここに掲げてきておるので、これはなるほど運営法案になる、これはたいへんな法案だ。「大学の使命」についても、これは明確に具体的にこれなんだという誤解のないように説明をお願いしなければならないし、大学の「社会的責務」も、いろいろ大学の特質において御説明を願わなければならぬと思うのであります。まず、この発想について具体的にこの法案の私なりに研究した疑問を逐次率直に訴えますから、その点に納得のできるような御答弁を願わなければならぬと思うのであります。 きょうはおそくなったので、あすに残りの部分は質問を保留することを理事会のほうでお認めになったようでありますから、今晩はこれで終わります。
○大坪委員長 次回は、明十日木曜日、午前十時より委員会を開会することとし、本日はこれにて散会いたします。 午後九時六分散会