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61回国会衆議院1969/06/06

文教委員会 第21号

発言数
129
登壇者
6
会派数
3
開催日
1969/06/06

会議録

大坪保雄自由民主党

○大坪委員長 これより会議を開きます。  著作権法案及び著作権法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案を一括して議題とし、審査を進めます。  質疑の通告がありますので、これを許します。小林信一君。

小林信一日本社会党

○小林委員 前の委員会でいろいろ私の基本的な問題として考えておる点をお伺いしたのですが、残念ながら長官がおいでにならなかったので、多少残念なところがございましたが、きょうはおいでになっておりますから、長官から二、三お伺いをしたいと思うのです。  相当長期間法案を整備するために御苦労なさって、一般の関心も相当寄せられてきたと思うのですが、なおまだこれに該当する人たちからいろいろな異議がこの法案に対して出ておりますが、いま政府が出しておりますこの法案について、長官は、大体そういうような意向というものも整理して、長官としてはこの法案が完ぺきなものである、こういうふうにお考えになっておられるかどうか。あまりに意見が多いものですから、長官の御判断をまずお伺いしたいと思うのです。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 一昨日、文化庁に属する奈良文化財研究所所長の小林君が突然脳内出血で死にまして、昨日葬儀がありました。私、奈良に急行いたしまして、欠席したことはまことに遺憾でございまして、深くおわびいたします。  ただいまの御質問でありますが、この法案の中に、私は不十分とは思いませんが、一つの現実上の日本の特殊性というものと、著作権法が元来ベルヌ条約に加盟をしてヨーロッパ的な著作権法というものの性格がどうしてもつきまとっている、こういうことと、このベルヌ条約の二十年ずつの改正でローマ条約までわれわれが到達したのでありますが、何とかしてその後二十年、昭和二十三年のブラッセル条約にこぎつけたいということが一つの希望でありますが、なかなか現実との調和というものがとりにくい。そこで、あくまでブラッセル条約の条件を全うするために、多少の無理をしたり現実を改変してまでブラッセル条約にこぎつけなければならないとは私は考えておりません。その間に多少の無理はあると思います。この法案にもややヨーロッパ的な色彩が強いのじゃないか。たとえば映画のほうで申しますと、どうしてもフランス的なあるいはイギリス的な傾向がかなり強い。たとえばフランスでは映画会社というものがございません。監督組合とかカメラマン組合とかさまざまな部門の組合から、あるプロデューサーが資本をどっかから捻出してきて、その組合と交渉してスタッフをそろえる。それで一回済みますと、その団体で解散するというような状況でございますし、イギリスには会社がございますが、これも実は名ばかりでありまして、大体がアメリカの資本であるとか、あるいはそっくりアメリカが乗り込んできて、イギリスの俳優などを使って、あるいは監督を使ってやるというような形で、会社はほとんど名ばかりというのがございます。こういうような性格が多少ベルヌ条約に流れているのじゃないか。アメリカのように会社が先にできて、そこで監督なり俳優なりを雇ってやる、こういうところはベルヌ条約に加盟しておりません。これは日本の映画界というものが、まず最初に、アメリカ式と申しますか、会社が先に存在した。そうしてそこで俳優なり監督なりカメラマンなりを養成して雇っておるという形で進んできた。この形を日本がとっております。こういうような矛盾といえば矛盾かもしれませんが、一つの、いま会社の力がだいぶ弱まってまいりました現在の日本の、企業的にいま非常に不況にあるというようなときには、非常にヨーロッパ的な考え方というものが従業員の間に強く浸透しております。こういうような状況に現在あるときに、今日の著作権法が起草されたのでありまして、したがって、業者のほうあるいはスタッフのほうに多少の不満がそれぞれあると思います。私は、この委員会の冒頭で文部大臣が申したように、これは著作権と著作者と利用者との一つの調和であるということを言われましたが、私は、この調和が日本ではアメリカ的なるものとヨーロッパ的なるものと二つの性格が共存しているのでありまして、これはもしこの施行において成功したならば、非常に大きな世界的な調和にまでなるのではないか、それまでにどういうようにこの法律を、調和というものを主眼にして施行に便ならしめるかということをわれわれのほうも研究いたしましたが、どうか皆さまの御審議を得て完ぺきなものにいたしたいと思いますが、そのことをもっとこの委員会なりで御検討を願いたい、こういうように考えておる次第でございます。

小林信一日本社会党

○小林委員 長官がおっしゃっておるようなことも、新聞等の社説あたりでこの問題に触れる場合に、たいがいそういうことをいっておられます。国際的な条約とどう関連をさせるか、それから日本の特殊事情をどういうふうに考えるかというところで非常にむずかしい問題がある。しかも内容が非常に複雑であるから、おそらく国会議員といえどもこれを完全に消化した形で審議することはむずかしいだろうというような内容をそれぞれの社説等がいっておられますが、そういう点を率直に長官から披瀝していただきまして、私ども非常にうれしく思うのであります。元来、この法案についてはだれも反対をする者はなく、どうしたら日本の将来の文化というものを展望する中で完全な著作権法にするかということで、みんなそれぞれ各党が考えておいでになると思うのですが、そういう点からすれば、先日は何か政府のほうから、この法案で完ぺきだというような押しつけ的な意向が、そう言っちゃ失礼ですが、私は感じたのですが、長官がきわめて謙虚に、率直に御意見を出していただきまして、ありがたいと思うのです。したがって、この法案の審議というものは、いま長官が最後におっしゃったように、国会のこの場の中で十分審議していただきたい、この気持ちでもって臨まなければならぬと思うのですが、何か私どもの伺うところでは、この国会に必ずしも通過をしてもらわなくてもいいのだというような考えも所々から漏れてきておりますので、私は、実は先日、この法案をこの国会で通す考えがあるかどうか、この点も念を押したのですが、いまのようなお考えだとすれば、長官とすれば、まことに失礼でございますが、長官の責任でこの法案を出しておる以上、この国会で可決させようとしておるのか、なお十分意向を聞いて完全なものにするためには、さらにこれを延ばしてもいいという考えを持っておるのか、そういうことを聞いてはいかぬと思うのですが、これは率直にひとつお漏らし願いたいと思うのです。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 法案の国会におけるこれからの動向というものは、私はしゃにむに今国会でお通し願いたい、これはりっぱなものだからどうかひとつお通し願いたいというような——通るようになれば私はけっこうだと思いますが、これは法案を中心とした考えでありまして、それだけに非常に複雑で、非常に多くの問題をはらんでいるのでありますから、私はしかし皆さまの御納得のいくような、そして国民がまあこの段階でこれ以上のことはできないというところまで進んだならば、これは今会期中にできたならば通過を望む次第でありますけれども、無理にどうしても今国会で通さなければならないという、通すためだけの努力は無意味だと思います。法案を中心にしていただきたいと思います。

小林信一日本社会党

○小林委員 重ねて慎重な御態度に敬意を表します。新聞の社説等も長官と同じようなことをいっております。したがって、その場合に各方面の専門家の意見を聞けということを特にいっておるわけですが、文化庁としては審議会の答申も得ておりますが、その中では各界の意見というものを十分聞いておると思うのですが、なおかつ世論はもっとこの審議の中で各界の意見を聞けということをいっております。この点もひとつ長官の御意見を私は伺って、そして委員会の今後の審議の意向というふうなものの中へその意見を持ち込んで、今後の審議方法というものを検討していただこうと思うのですが、私の意見もそうですが世論もそういうことをいっております。なお審議の中で各界の意見を聞いて十分審議を尽くせということをいっておりますが、私どもはすでに審議会に諮問をしている、そうしてかくかくの議を重ねて答申を得ておる、そういう点では長官自体としては、十分ではないにしても手は尽くしてあると考えられるか、こういうふうな点もこの際伺いたいと思います。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 審議の過程におきましては各界の専門家の御意見も聞いたのでありますけれども、それで事終わったとは私は決して思いません。そういう専門家の御意見を新たに聞く必要があれば、十分私どもも耳を傾けたいと思います。

小林信一日本社会党

○小林委員 いま長官が答弁をされたことは、私だけがお聞きするのでなくて、委員の方たちも十分聞いていただいたと思うので、この法案というものはいまおっしゃられるような意図を体して審議をしていかなければならぬと思うのですが、委員長におきましても、いまの御意向というものを十分了承されまして、今後のこの法案審議について御配慮願いたいと思います。  そこで、ついででありますので、この点を念を押しておきたいのですが、いま各方面の専門家の意向を聞いた、こういうお話でございますが、この点、その聞き方にやはりいろんな意見がございます。私もそれを体しておとといは次長に聞いたのですが、次長の答弁をされたのは、答申がなされた後の審議会の委員の構成を説明されたような気がいたしますが、あのときはどうだったのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この前ここで申し上げましたのは、現在の審議会の委員を申し上げたわけでございます。この答申がなされましたときの委員とは若干の相違がございます。

小林信一日本社会党

○小林委員 次長は事務屋さんでありますから、しゃにむに法案を通せばいいというような、そういう御心境で述べられたのに私どもも——うまくごまかそうというような意図はないかもしれませんが、そういう方向へ進みがちなんです。この法案審議については、先ほど私が申しましたように大事な、しかも各方面に影響する問題でございますから慎重な御答弁を願いたいと思うのです。  実は私はある方面から、この四十一年答申を出された審議会というものは非常にへんぱな構成である。たとえば映画の問題にしても、経営者のほうの代表を出すけれども、映画監督というようなものは、その人たちのグループの中からぜひとも代表を出してくれという懇請があったにもかかわらず出さなかった。こういう意見がありましたからそれを聞いたのですが、五所平之助ということばが出ましたから、これは私にそういうことを言ってきたのは間違いであって、やはりこれは文化庁のほうを信用する以外にないというのであのとき私は質問をとめたのです。したがって、その答申の出たときには、必ずしもそういうような各界の要望というものをいれるような態度でなく、一部に偏したという意向があったわけですよ。そういうものをあわせ考えれば、いま長官の言われたように、なお私たちの立場としても、これから小委員会に移してこの問題を審議するというふうな前に、もう一ぺんわれわれが考えておる専門家を一応集める形で、こういう新聞なんかの社説にもありますが、国会議員は何でも知っておらなければならぬけれども、この問題については必ずしも全部に精通しないんだ。だから専門家の意見を聞いて審議をしろというふうな話があるのですが、文化庁の態度からしても、私どもは一応そういう過程を経ながら小委員会へ入っていくくらいの慎重さが必要である、こう思うわけです。したがって、次長また当局もそういう点をごまかさないでまじめにひとつ答弁願いたいと思うのです。もしあなたがまじめであれば、これは答申後の審議会の構成であります、答申前の審議会の構成はかくかくでありますというくらいの親切さをもって答弁してもらいたい。なかなかごまかすのがうまいのですが、私もついあなたを信用してそのときに追及しなかったのですが、そういうこともあることを御了承願いたいと思います。  そこで、長官に重ねて基本的な問題をお伺いしたいのですが、私はおとといには、なお今日もそうですが、この著作権法というのは著作権を守ってやるということが一番大きな使命でなければならぬと思うのですが、そういう点からこう申し上げました。著作権は、これは一つの財産権である。しかし、この財産権を守る場合に、これを利用する人たちとの関係というのはなかなか複雑である。最近テレビ放送等が出てきておるようなことからますますその関係というものは複雑になってきておる。そう言っては失礼ですが、売り手と買い手のような問題をこの法案が処理しなければならぬ使命を持っておる。こういうふうに言っておりましたら、また、私どもの仲間でありますが、そんな著作権というものの尊厳をなくすような見方でいいかという意向も出たのですよ。文化というものに対して社会というものが評価する力がないから著作権というものを財産権であるというふうに言わなければならぬけれども、もっと一般文化水準というものが高くなればそういうことはないのだ、水準が低いからそうしなければならないのだ。したがって本質的なものはどうかという、そういう疑問も出てきたわけですが、長官はそういう方面については造詣の深い方でございますので、それは法案を度外視してひとつ御見解を承りたいと思います。私どもが主張するように著作権は財産権である、そして利用者との売り手、買い手の関係という立場でこの法案を審議をするというふうな態度でいいのかどうか。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 この著作権というものは純粋な民法のような権利問題では私はないと思います。したがって、売り手、買い手というようなことばを使われても私は差しつかえないと思いますが、しかし、実際の売り手、買い手の取引というものは、映画界では一つの会社の内部の問題ならば私は薄いと思います。観念としては売り手、買い手の取引関係は薄いと思います。したがって、私はこの著作権法というものには多少の理想というものが含まれておると思います。したがって、いま売り手、買い手ということばをお使いになりましたが、それを使わしていただくと、売り手の場合も買い手の場合も一つの著作権法というものでそれを処理していくならば、著作権法に盛られた理想というものもくんでいかなければこの取引は成り立たないというような場合もあるかと思います。したがって、なることならばいま委員の言われたように一つの理想の面を私はやや強調いたしたいという気持ちでおります。

小林信一日本社会党

○小林委員 次にお伺いしたいのは、これは文部大臣にもお伺いいたしましたし、それから文化庁の立場で次長のほうからもお伺いしたのですが、第一条の問題です。これはぜひとも長官から直接お伺いしたいと思うのですが、第一条の著作権とそして隣接権を定める、この点は問題はないのです。ところが、その第二項になるような「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」この表現のしかたは、先ほどの御答弁にありました、ただ売り手、買い手だけでなくて、両者にもう一つ理想的なものを持つならば非常によいというようなお考えがあったのですが、そういう御意見とこれは何か一致するような気がするのですが、だいぶこの点につきましては関係者のほうから異議があるわけですよ。私の著作権の考え方からするならば、抜いたほうが著作権法としての使命が確立できるじゃないか、そうすればこの中のいろいろな条章というものが整理できるような気がして、このところをお聞きしたのですが、大臣も、それから次長からも、別にここは問題ないのだ、やはりあくまでも著作権を守るという意味に徹しておるものである、こういうふうに説明があったのですが、私は留保して、きょう長官にその点を特に念を押してお聞きしたいと思っておったのです。その「留意しつつ、」というのは、何か公益というものを先に考えて著作権を制限するような意図にとれるのですが、その点、長官のひとつ詳しい御説明を願いたいと思います。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 これにつきまして、「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、」というものに反対の意見があるということについて、私はどういう反対があるのかわからないのでありますが、これは目的から申しますと、著作権者と利用者との調和をどうとるかということが、映画などの場合には非常に複雑な関係になりまして、ことばが非常にあいまいな表現になりますけれども、私は好まない表現でありますが、便宜上というようなことばをたびたび私は耳にしたことがあるのです。便宜上利用者のほうがあたかも著作者の権利を制限するかのごとき印象を与えてやしないかと、私はそれを実はおそれているのでありまして、非常に、この表現がいいかどうかわかりませんが、そういうことを心配して立案者はこういう文章を入れたのであろうかと思うので、私は、その反対の理由をまだ具体的にはよく聞いておりませんです。

小林信一日本社会党

○小林委員 まことに長官に失礼な言い分ですが、これからだんだん失礼なことばが出てくるかもしれませんが、いままでお伺いした点からも問題が出てくるような気がいたします。いまの、このことばを入れたのはというのは、これはやはりこの際は長官の責任に考えていただかなければならぬと思うのですよ。だから長官が入れたとして私はお伺いしているわけなんです。入れただろうというふうなおことばではちょっと了解しにくいのですが、これに反対する人たちの意味がわからぬというのは、私が申し上げたように、留意しつつ権利を守る、そこが問題だと思うのです。ただ教科書に一つの著作を載せるというふうな場合とか、あるいは点字のいわゆる複製をするという場合、こういう場合には公正な利用に留意しつつというふうなことをいってもいいのですが、しかし、著作権を持つ一、おる人たちは、そんなことは少しも法律でもって規定しなくても、われわれいままでやってきたし、それくらいの良識は持っている。ただ教科書にこれを載せるような場合には、ただ通知をするというだけの法律になっておりますが、事前に通知をしてほしいという、事前ということばを入れてほしいということは言っておりますが、しかし、いままでの慣習からいっても、点字にこれが利用される場合、あるいは教科書にこれが利用される場合、われわれは少しもそんなことで異議を言うものじゃないし、言ったこともないのだ。そういうふうに著作権者というものを信用するならば、そのためにこの文章を入れるとするならば省いたほうがいいじゃないか。何かここで、要するに文化庁の発言をする場所をつくったり、あるいは著作権の制限をするような、そういうものに今後利用されそうだという意向なんですよ。そういうじゃま者であるならば、あまり意図がないならば、私はそういうものは抜いてしまったほうがかえってよくて、やはり何かこれが災いをされるような気がいたします。  先ほどの長官のお話で、利用者と著作権者の調和という問題でこういうことばを入れる必要があるような御意向があったのですが、それはこの前に私は特に申し上げたのですが、いまの著作権者と、これを利用する人たちとの力関係というものは、著作権者というものが非常に弱い、これを利用する者のほうが強い。そういう力関係から見ても、こういうものを載せることは、利用するほうに、いまの力関係からしても差があるのに、よけいな加担をするようであって、実態から考えるならば、この法律は著作権者のほうを全面的に擁護するという立場をとるべきじゃないか、それがほんとうの調和だとも考えられるのです。両方を同等の力関係に見て長官は調和ということをおっしゃったかもしれませんが、私は現状からすれば、かえって著作権者のほうを力強く擁護するいうところにほんとうの調和があるのじゃないか、こう思うのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ちょっと補足することをお許し願いたいと思います。  著作権につきまして、まず第一点といたしまして、著作権はこの法律でいう狭い意味は財産権でございますけれども、この法律の「著作権者の権利」というものの中には、財産権としての著作権以外に、著作者人格権というものもあって、これを保護しているものであるということを一つつけ加えたいと思います。  それから第二に、著作権というものの考え方でございますが、著作物を創作するという場合は、必ずほとんどの場合、先人の残した著作というものを基礎にして新しいものをつけ加え、そこで創作していくということでございまして、著作権の考え方は、その先人の著作を著作し、これを後世に伝えていくということでございまして、そしてまた、後世でそれを利用するということも、これがまた文化の進展になる。したがいまして、著作権というものは絶対的なもの、あるいは天賦人権的なものではなくて、先人の偉業を継いで後世の者に伝えていく、そういう両方の面が調和できるようにする、そういうことで著作権の内容を構成する、こういう考え方であります。したがいまして、たとえば普通の財産権につきましては、所有権については存続期間というものはないわけでございます。しかしながら、著作権には存続期間というものがあるというような点におきまして、他のいわゆる所有権等とは相当な違いがあるわけでございまして、こういう点はひとつ御留意願いたいと思います。  それから第三点に「公正な利用」ということでございますが、これはアメリカ法等ではフェアユースというような観念が一方にございまして、そういう観念によってこの著作権というものの性格を守りつつ、同時に文化の進展のために役立たしていく、こういう考え方があるわけでございまして、日本だけがそういうふうにしているわけじゃなくて、そういうフェアユースという国際的な考え方に立って、公正な利用というようなことを掲記しておる、こういう点でございます。  それからなお、私は親切に公正に答弁するように努力したいと思いますので、また何ぶんひとつ御指導のほどお願い申し上げます。

小林信一日本社会党

○小林委員 そういう御意思があるなら、何も長官に質問しているときにあなたが出てこなくてもいいのですよ。何もここでもって文化庁をどうこうしようというわけではない。先ほど申しましたように、この問題というのは非常に重大なものを持っている。あなたがおっしゃるように、先人の偉業を伝えながら日本の文化というものを発展さしていくのだ。そういう使命を持っているものであって、しかも、いままでの過程からしましても非常に困難な道を歩んできた。だから基本的な、この著作権法なんかに対する私の考え方なんというものは、全く不勉強で話にならぬものです。話にならぬものであるけれども、それだけに文化庁長官のような、そういう点には造詣の深い方の意向を聞いて日本的なものを考えていこうというときに、あなたが出てくるなんというのはまだまだ早い。やはりあなたはまだ軽率なところがある。先を急ぎ過ぎている。  そこであなたにお聞きいたしますが、長官にもし強い意向があったら聞いていただきたいのですが、あなたは先人の文化というものを後世に伝える、要するに創作者がそれを公開してくれる。いわゆる、いまは利用者といっておりますが、そういう人たちが発表する機関があるから、初めて文化というものは後世に伝わることができるのだ、こういうのですが、ただ伝えればいいのじゃないでしょう。それをより高次なものにする。高いものにしていくところに文化の発展があるわけです。ただ文化を伝えればいいのじゃない。その伝えていく中にも発展があるかもしれないけれども、常に意識して、それを高いものにしていくことが私は大事だと思う。その場合に創作者と利用者の関係が問題になってくると思うのですよ。利用者のほうが強いような状態が続くと、創作をする人の意欲というものも、私はどうしたら売れるかということに専念していくと思うのです。著作権者というものをある程度こういう法律が擁護するような場合には、著作権者というものは自分のプライドあるいは自分の識見とかいうふうなものを自信を持って述べていくことができる。いかにして売らんかということの中から、映倫の問題も出てくる、悪書追放の問題も出てくるでしょう。そういうような配慮は、やはりこの法案というものが考えなければいけない。そうすれば簡単には売らない。この法案の中にありますように、承諾をしなかったら、文化庁の長官の承諾を得て補償金か何か出しておけば、これは使うことができる。レコードだとかあるいは放送の問題に特定な制限がありますね。ああいうふうな形にされると、ほんとうに創作者というものは高い自分の理想、そういうふうなものを追った境地でもって創作をする意欲というものがなくなってくると私は思う。そういうふうに逆にも考えられる。あなたの考えは、ただ文化を後世に伝えればいい、伝えるためには創作者だけではだめだ。それを発表してくれる出版会社や、あるいは映画会社や、あるいは放送、こういうものが必要じゃないか。したがって、その関係者というふうなことで簡単に考えるけれども、より高度な文化というものを建設しながら行こうとする場合には、私はそれにもう一つつけ加えていかなければならない。それは、私が申しておりますように、いまの力関係は、もうやはり出版社のほうが小説家よりも強いのですよ。映画会社のほうが、日本においては、先ほど長官が言われたように、ほかのどこの国よりも資本力を持った強さを持っている。したがって、著作権者、創作者のほうが弱くなっている。それを擁護してやるところにこの著作権の法の使命がある。こう私は考えるわけですよ。そこを私は長官からお聞きしようと思ったのですが、あなたの非常に詳しい御説明があったのですが、まだ私はそこに疑問を持っているわけです。あなたでけっこうですから。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この権利の制限の中で、いまおあげになりました中で、教育のために教科書に使う、こういうのは、教育には最もいい教材を与えたい、こういう趣旨で、しかしながら著作者の権利をも擁護するために補償金を払う、あるいは著作者に対する通知義務を課する、こういうことで調和をはかっている、こういうことでございます。  それから第二点は、放送についてのいわゆる強制許諾の制度、これは現行法にございます。また条約にも根拠ががございまして、こういう規定を置いたわけでございます。これについては、なお著作者のほうで異論があることも私ども承知いたしているところでございまして、これは現行法でございますが、従来現行法がつくられて以来この規定を使った放送はいままではなかった、こういうのが実績でございます。ただ、こういう規定を入れるかどうかについては、なお問題があるところは私どもも十分意識しているところでございます。  それから第三の商業用レコードへの録音、これは現在の日本の音楽界で、音楽の作詞作曲家というものはレコード会社に専属をしている。そのために特定のレコード会社がそれらの作詞作曲家の録音権を独占している。そこでそれを他のレコード会社にも開放する。それによって一面ではその作詞作曲が別の実演家によって演奏される。そういうことによってこの音楽がより一般的に普及される。こういうようなことで、これは条約も、基礎もございますし、これをやっている国も相当ございます。そうしてこれは審議会でもいろいろ議論いたしましたけれども、こういう制度をとるほうがいい、こういうことでこういう制度ができたわけでございます。  したがいまして、この内容それぞれについては、それぞれの必要性に応じこういう内容を盛った、こういうことでございます。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 先ほどからお話を聞いているわけですが、先般も私小林さんにお答えしたのですが、文化的所産というもの、そしてそれをつくり出した、創造した人に対しての権利を守っていくことがこの著作権の法律を出しました趣旨で、それが第一義的にあるわけですが、同時に、それを利用する人との調和をどうするか、あるいはまた、その文化的所産というものが一般の国民に広く享受されるというところに、新たなる国民の創造につながっていくという意味において、この著作権というものが認められる。そこに存在の意義がある。かように考えなければいけないのではないか。ただし、その限界といいますか、あるいは範囲というものは、なかなかこれは利害関係が錯綜しておりますので、一がいにはいえないと思いますけれども、しかし第一条に書かれておりますこういうような書き方は、一応私は適当ではなかろうかというふうに考えるわけでございまして、クリエーティブな、創造的な文化というものを考えた場合には、やはりそこにそれを享受する、あるいは広く利用する、そういうものがあって初めてそういう創造意欲というものが出てくるのではなかろうかというふうに私は思うのです。ですから、たとえば教科書についてある程度権利者の制限をしたといえばいえるわけでございますけれども、そうではなくて、一般の教科書によって教育を受けている次の世代の次の文化を背負う——あるいはいま著作権を持っておりますりっぱな美術にしましても、音楽にしましても、あるいは文章にしましても、小説にしましても、そういう文化の所産それを享受する小さい子供たちが、それをむしろ非常な精神的なかてとして、さらにそれが新たなる文化を生み出していくことにつながっていくという意味において、その授業や、あるいは国民的享受というところにも配慮をしなければいけないんであって、単に著作権だけを守ればいいというものではないんじゃないかというふうに思うわけでございます。

小林信一日本社会党

○小林委員 この問題は、私のほうも全くむずかしい問題だと思うし、いま大臣も真剣に御答弁なさったと思うのですが、私に批評させれば、あなたはやっぱり教育行政をやる立場から、いわゆるその文化を享受する国民の立場に非常に強く立っておるような印象を受けるんです、あなたはどうおっしゃったかしらぬけれども。要するに、創作者がある、その創作者のものを、その文化的所産をなるべく国民がたくさん受けて、そして国民の資質を向上する、文化的水準を高めていくというところにも重点を持てというようなお話ですが、私はそれは、教育行政はこれは著作権の問題とはまた別に考えていかなければならぬ面があると思うのです。  最後、残されておるのは文化庁長官ですから、別に大臣よりも文化庁長官がどうというわけではないのですが、広く御意見を承る意味で、私は最後にお聞きしたいと思うのですが、とにかく次長はいまの答弁のようにはぐらかしてしようがない。基本的な問題を私は聞いているわけですよ。要するに、創作者を中心として、それが広く国民に供与される。その舞台というものを占領しているのは、これは出版会社とか、映画会社とか、放送会社とかいうような、いわゆる利用者が大きくその舞台を持っておる。そして、それにいわゆる文化的所産として提供する著作権を持っておる人たちは小道具みたいになりがちなんですよ。しかし、それでは営利を目的としたものであって、国民がそれの供与を受けた場合に、はたして真の価値が出てくるかどうか。そして、あなた方のおっしゃっておるように、文化を継承する、しかしそれは継承だけじゃない。逐次発展をし向上していくものでなければならぬとするならば、一番いま小道具視されておる著作権というものを擁護して、その人たちが意欲を燃やし、理想に邁進できるような、そういうものをこの著作権は一番重点に考えていかなければならぬと思うのですよ。そこを聞いておるわけです。ところがあなたは、法案の各章を列挙してどうだこうだという話ですが、そこの問題について、そういう利用者とか——これが国民全体に与えてくれるわけですが、その一番根本の創作者、これにもつと高度なものがつくれるような安定感とか、あるいは意欲とかいうものを燃やすためには、第二項のようなものをつけ加えずに、あくまでもこの著作権法というものは、著作権者を力強く守っていくという方向でなければならぬと思うのですが、最後に文化庁の長官に私はお聞きしたいと思うのです。そして私は、これから各条章へ入ろうと思うのですが、そういう法案の重要性を御認識してかしないのか知りませんけれども、質問を中止しろ、やめてしまえというような要求が非常に強いわけでございますので、これは今後委員会の運営というものはやはりしっかり考えていただいて、そうして、その機会にまた発言をさしていただくように私はお願いしたいと思うのです。したがって、最後に、ひとついまの段階の締めくくりとして文化庁長官にお伺いしたいし、大臣に、私はそういう批判をいたしましたが、大臣、もし違うというならば再度御答弁をお願いをして、私はこれで終わりたいと思います。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 この法案では、著作者は「著作物を創作する者をいう。」ということになっております。創作者はいま仰せのとおりでありますが、これが自分のために、芸術のために発表をしないで、ただ書いておく、しまっておくなら問題はないのでありますが、それを発表するということになりますと、著作者の権利が出てくると同時に、その利用者というものがあって初めてこの著作権が成り立つのでありまして、私は利用者というものと著作者というものとが、どちらが力関係が、ある場合には利用者のほうがあるかもしれませんが、そういうようなことをただいま考えないで、両者があって初めて一つの創作が社会的に表現されるのだ、こういうように私は考えて、その場合に著作権というものが成立するのだろうと思うのでございます。したがいまして、利用者は著作者の権利を侵害しないように守っていくというのが著作権法だろうと思います。どちらに力関係があるかというのは、その場合場合によって違ったり、そのときどきによってそういうような印象を与えるので、私としては、どちらがどうというようなことは考えておりませんので、私は力は五分五分だと思います。したがって、利用者が創作の価値を低めてはならないと思いますが、どちらに重点を置くということは、これは著作権法でありますから、著作者の権利が侵害されるという場合にこれを守りたいというので、それ以上に私は利用者を守ろうとか、そういう意味はないのですが、ここに書きました「公正な利用に留意しつつ、」という文章がそれほど著作者の権利を侵害するというふうには考えておりません。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 いま文化庁長官からお答えしましたように、公正なる利用ということがあって初めてその創作者の新たなる創造活動というものが始まっていくというふうに思うのであります。文化というものはそういうものなんだと心得ております。そういう意味から、先ほど教育行政の立場からだけしかものを見ていないというような御指摘でございますが、そういう意味ではなくて、文化というものをどういうふうに考えるかという基本的な考え方を私は申し上げたわけでありまして、文化というものは死んでいるものではない。絶えず生き続けておる、生命力を持っておるものなんだ、こういうことなんであります。われわれが著作権を保護しようという気持ちも、新たなる国民の創造というもの、文化的所産を再生産といいますか、創造するその力をむしろ刺激をし、やっていくというところに非常に重点があるわけなんで、それにはその前提として、こういう文化的所産というものを守るというものがなければいけないのだということで、第一条の最初のところに、第一義的に著作者の権利を保護しようということ、ただしかし、これに対して、これを利用する、あるいはまた一般国民がその文化的所産を享受する、そういう作用がなければ、創造活動というものはむしろとまってしまうというふうに私は考えるのでございます。このことを申し上げたわけで、小林さんと私はそう矛盾していないのじゃないか。ただ一方的に教育行政という面からだけこれを考えているのではないということだけは、はっきり申し上げておきたいと思います。

小林信一日本社会党

○小林委員 しかし、文化庁長官の御意見というのは、私はもっとわれわれの意見のほうに近いと思っておったのですが、何かやはり法案そのものにとらわれて、長官のほんとうに持っておるものが出ないような気がするのですがね。しかし、やはりこういう話し合いでなくて、これは第三者等の意見を聞く中でその真髄というものをきわめていかなければならぬと思うのですが、残念ながら時間がありませんから、一応その点は宿題にして、あらためてまたお伺いしたいと思うし、それから大臣のおっしゃっていることは、特に大臣の批判を少しきびしくはしましたけれども、それは確かにおっしゃるとおりです。だが、どうも教育行政のほうにものを持っていきやすいものもありますから、もう少しやはり勉強していただきたいと思うのですが、以上で終わらせていただきます。

大坪保雄自由民主党

○大坪委員長 有島重武君。

有島重武公明党

○有島委員 著作権法案の審議を開始するにあたって、大体大ざっぱな概念的なことについて、まずここで各党の方々から質問があったわけでございます。私も、質問そのものは多少の重複があると思いますけれども、基本的なことについて二、三しっかりとお伺いしておきたい、そう思います。  最初に、この法案提出の経緯につきまして、何べんかお話ございましたけれども、特にこれが六十余年間そのままになっていて、今度新しくできたというお話でございましたけれども、これがここに六十余年間放置されていた、どうしてこんなに長い間放置されていたんだろうというふうに私は思うわけであります。そういうような角度からこの法案提出の経緯について御説明いただきたいと思います。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作権法案につきまして、基本的な体制は七十年間同様であったわけでございますが、もちろんその間に昭和六年、昭和九年等におきまして、ラジオの発達に伴うラジオ放送の問題とか、あるいは録音権、録音物の問題等を昭和九年に入れるとか、あるいは罰則を強化するとか、そういう点の改正はあったわけでございまして、そして戦後、この著作権制度の改正について、昭和二十五年に、当時の占領軍から、四十五日以内に著作権の改正案を提出すべき旨明示した覚え書きが出るとかいう事態がございました。その際は、占領下という状況において、法の全面的な改正は行なうべきでないという意向で、これは平和条約の調印後審議をするということでそういうものは出さなかった、もちろん研究はいたしたわけでございます。そういうような状況でございまして、それから昭和二十九年に著作権調査会に対しまして諮問をし、改正の特別委員会を設けて検討したわけでございますが、当時万国著作権条約の批准、日米間の著作権関係の取り扱いというような問題が重大問題になったために改正案が中絶しておった、こういうような状況で推移してまいったわけでございます。そこで昭和三十七年に、国会の中で、特に著作者の権利の中心でございますところの保護期間を死後五十年に延長すべきであるというような御意見が出て、その際、著作権の保護期間だけを延ばすのは適当ではないのではないか、むしろ根本的に著作権制度全体を考え直さなければならないということで、著作権制度審議会を設けて、ここで著作権制度の改正を根本的にやり直すという体制をつくりまして、そして保護期間がその当時切れんとする、著作者の権利が欠けるところがあるということで、保護期間の暫定延長をするということで、最初は暫定延長の期間が三年、さらに二年、さらに二年加えまして、現在に至っておるというような状況でございました。その間、前々から申し上げておりますように、著作権制度審議会におきまして、四年に近い審議期間を使いまして、その答申を得まして、そしてそれを基礎にいたしまして文化局試案、著作権及び隣接権に関する法律草案を出し、そして各方面の意見を伺い、また条約の改正、一昨年七月のストックホルム改正条約の動向をもしんしゃくしつつ、今回の法案の提出になったということでございまして、昭和三十七年からはすでに相当の年数をかけて、その間できるだけ関係の方々の御意見をいれるように十分努力したというのが経緯でございます。

有島重武公明党

○有島委員 前の著作権法が制定されたときの著作物、著作権、著作権者に対するものの考え方と、それから現在の社会情勢における著作権のものの考え方、そこに違いがあるから根本的にということが出てきたのではないかと思うのです。一面には技術的なメディアの問題、ちょっといま出されましたですね、そういった面と、それからものの考え方の面と二通りあるのではないかと思うのでございます。  もう少しさらにさかのぼっていいますと、こういった著作権というものが法律として登場したというのは、これは世界史の上の文化史的な一つの事件ということがあると思うのですけれども、どうしても根本的に考え直さなければならないと思われた契機と申しますか、それをもう少し詳しく話してください。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作者の権利を擁護する、その権利の内容をより豊富にする、そういう基本方針、そして同時に、これらの文化的所産の公正な利用に留意する、この基本的な考え方は、著作権法が明治三十二年に成立したときと全く同様の考え方に立っておるわけでございます。ただ、一つには著作者の権利の内容というものが国際的な基準に比べまして劣っておる、これを国際的基準並みにすべきであるということが一つでございます。  それから、先ほども御指摘になりましたように、著作物の利用のメディアというものが非常に広範になった。そういうことからして、著作者の権利を守らなければならないけれども、そのメディアに適応した形において著作物の利用が妨げられないような配慮をしなければならない。そういう点からいいますと、現行法では時代の要請と申しますか、著作物利用の不正手段あるいは利用機会の増大というようなことからして、これを根本的に書き直さなければならないということが一つ。それからもう一つ、従来実演家につきましては、いわゆる演奏歌唱というものだけ保護されておったわけでございますが、俳優とか舞踊家とか、そういうような演奏歌唱以外の実演家というものも保護の対象にしていかなければならない。そういたしますと、同時にそういう著作物、実演等を伝達するところの放送事業者というようなものを保護の中に取り入れていく、こういうようなことになると、この法律全体を、従来のものを改正するよりは根本的に書き直したほうがよい、こういう判断になったわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 ただいまの、根本的にこれをやり直さなければならないその理由として、国際基準から見て日本のものが著しく低い、それが一つ。それからメディアが豊富になった。もう一つ、創作という概念の中に実演、それからまた放送技術というものまでが一つの創作活動の内容として考えられるようになってきたというようなことに受け取れたのでありますけれども、この点文化庁長官のお話をちょっと伺いたいと思います。先ほどヨーロッパ的、アメリカ的というようなお話が出てまいりました。こうしたものの考え方が、以前はこうであったけれども現在はこうしなければならない、また将来にわたってはこうでなければならないのじゃないか、そういうようなものの考え方の一つの流れを教えていただきたい。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 先ほど私が、ヨーロッパ的な考え方と申しますか、そういうヨーロッパにおける文化的な問題の現実と、アメリカとまた相当な違いがあると思います。そうしてこのベルヌ条約の流れを引くものは、ややヨーロッパ的な傾向が強いということを先ほど申し上げたのでございますが、たとえば喫茶店におけるレコードの演奏というようなものも、ブラッセル条約ではこまかく規定しております。けれども、少なくともフランスには、日本のような喫茶店というものはございません。ただ純喫茶と申しますか、コーヒーを飲む、紅茶を飲むというようなだけのものは私は見たことがないのでございます。したがって、そこでお茶を飲みながら音楽を聞く、少なくともレコードを聞くというようなことは、これは日本の特殊性かと思うのです。しかも非常にばく大な数の喫茶店がある。こういうようなものを今度のあれでブラッセル条約における音楽の二次使用というようなことになりますと、まず不可能に近いような状況であるし、またこのようなものを適用すれば、そんな小さな小規模の喫茶店では無理であるというような状況もございまして、これはそのままブラッセル条約に入るために、無理な、ヨーロッパにない喫茶店、そういうようなものを数え上げていくということはいささか行き過ぎであり、現実には日本では無理ではないかというようなこともあって、これに一つの制限を加えてきたというために、昭和二十三年に成立したブラッセル条約にも入れない、こういうような今度の著作権では入れないという現実があるのです。しかし、これは日本がおくれているからというのでなく、日本の一つの現段階における社会的な習慣でございます。そういうようなものを無理にねじ曲げてまで入らなければならないということは、私はする必要がないんじゃないか。そうしてわれわれの習慣に無理のない、あるいは不可能な面はこれはもういたし方ないのでありまして、あるいはこういうものは現在の社会的習慣でありますから変わるかもしれません。それまで私は、無理にもブラッセル条約にそれを整えて入る、入らなければならぬというようなことは考えておりませんです。そういうように、幾ら国際条約といっても、それに入れない条件があったから日本がおくれているとか劣っているというようには私は考えておりませんです。この問題については、そう思います。

有島重武公明党

○有島委員 よくわかりました。国際基準に追いついていきたいというようなことは、それはさっき先生からお話がございましたけれども、必ずしもそういうことではない。国情が違う、考え方が違う、それに応じたものをつくっていけばいいのじゃないかというようなお考えと了解いたしました。  そこで、もう一つございましたが、いろいろなメディアができてきた。そのメディアが非常に機械的に扱われておるものが、今度はその機械的なものから、やっている間に非常に創作性を認められてきているように移ってきております。写真なんかの場合も、これは単に、絵とは違うのだ、これは機械で写したものだというような考え方から、少なくともねらってとるんだから、そこに主観が入るから、これは創作だ、そういうような考えに移ってきたと思うのですね。それで今度は実演、放送技術、そういったものは創作というものの中に取り込まれてきたように私には思えるのでございますけれども、そういったことについての何か明確なお考えがおありになるのか、それをもう一ぺん長官にお伺いしたいのです。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 こうした場合には創作であるとかいうようなことは、直ちに機械的に明確にはいかないかもしれませんが、機械を使って表現するものの中に非常に個性的である、独創的である、その人でなければできないというようなものに一つの創造的な価値を私は見出しているのでありまして、いまおっしゃった写真であるとか実演であるとかいうようなものは、従来著作者にも入らないし、したがって著作権も認められていなかったのであります。それを拡大して、そういうものも包含して彼らを著作者とみなしたわけであります。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ちょっと補足さしていただきますが、この新しい著作権法案におきまして、新しく実演家とレコード製作者、放送事業者について著作隣接権というものを与えて保護をする、こういうようになったわけでございますが、先ほど申し上げましたように、実演家というのは主として著作物を実演するわけでございます。しかしながら、著作者とするとやや趣旨が違ってくる。だから著作物の創作者ではないけれども、著作物を実演する、その間において準創作的な面があるという点で、その準創作的な面に適合した保護をはかる、こういう趣旨でございます。それからレコードの製作者につきましては、従来著作者としての保護を与えておったわけでございますが、これもレコード製作というところに準創作的なものはございますけれども、これを著作物と扱うのはやや均衡を失するということ等から考えまして、レコード製作者を隣接権者として保護する。それから放送につきましては、先ほど申し上げましたように、著作物を伝達するあるいは実演を伝達するというような面で、一面においてはそういう面で放送事業者を保護することによって実演を保護する、こういう関係もございますし、同時に放送番組自体が、これはその中に著作物を利用し、実演を含んでおるものでございますが、その放送番組というものにも一種の準創作的な性格があるわけでございます。したがいまして放送そのものを保護する。こういうような考え方に立ちまして著作隣接権というものを創設して、実演家、レコード製作者、放送事業者にそれぞれ適合するように保護をはかる、こういう趣旨でございます。

有島重武公明党

○有島委員 いまの問題をもう少し伺いたいと思うのでございますけれども、先にいって、またあとで戻るようにいたします。  いまヨーロッパ的という話が出ましたけれども、アメリカ的という話が長官のお話の中にちょっと入っていたように思うのですけれども、アメリカでは、映画の場合には会社が先にやって、それで技術者を雇っていく。そうした形態で、日本とよく似ているというようなお話がありました。アメリカ的というと、一つは商業ベースであるというような意味が強いのじゃないかというように私は聞いたのですけれども、そういった意味で先ほど言われたのじゃないかというふうに受け取ってもよろしいでしょうか。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 アメリカの場合は、著作権というものをそれほど重大にしてなくて、雇用関係で、雇用主が雇用者につくらして、著作権は雇用主が持つというようなことが商業的であるならば、私は商業的であると言っても差しつかえないと思います。

有島重武公明党

○有島委員 それで、さっき国際条約との関係についてちょっとございましたけれども、それは外務省のほうとの打ち合わせはどういうふうになっておるのでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 先ほど長官からも申し上げましたように、ベルヌ条約のブラッセル改正条約に加入することが望ましいといたしましても、他面では国情に合った著作権法でなければならない。そういうことからいたしまして、現在レコードによる著作物、音楽等の著作物の演奏権について、権利の及ぶ範囲を当分の間一定のものに限定しておるというところから、このブラッセル改正条約に加入することは困難だという状況になっておるわけでございまして、外務省ともおおむねそういうような相談をいたしておるところでございます。ただ今後の問題といたしまして、たとえばそういう日本の特殊事情で小さな喫茶店等について権利を及ぼさなくても、おおむねその著作物の利用が広範に行なわれ、放送あるいは直接営利を目的とするところ等においての権利が及ぶならば、それでもって諸外国の権利者としてもよかろうではないかというような国際的な関係等が考えられるならば、あるいはブラッセル改正条約に加入することも可能であろう、こういうような点もございますので、現段階においては困難であるけれども、なお検討したい、こういうふうに申し上げたわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 伺っているのは、外務省と打ち合わせをちゃんとやっているのかどうかという問題なんです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 外務省とはよく協議をいたしております。

有島重武公明党

○有島委員 どういう形態で協議をしておるのか、ちゃんと形態ができておるのか。何となく廊下ですれ違ったときにおっというような程度であるのか。まさかそうではないと思うのでございますけれども、一つの形態ができておるのか。もしそうだとすれば、何回くらいの打ち合わせをいつごろからやっておるのか。また、将来はどういうつもりでいるのか。それで外務省側の意見としてはこうなんだ、そういうようなことをいま報告していただけますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 外務省との関係におきましては、ブラッセル改正条約に加入できるという場合に備えまして、ブラッセル改正条約の公定訳というものにつきましても一応の成案は得ておるわけでございます。しかしながら、国会において法案を御審議願うわけでございますので、その法案の状況をも勘案して、また、あるいは先ほど申しましたように諸外国の権利者等の動向をも勘案して、これが加入のできる段階になれば批准案件を国会に提案したい、こういうようなことで事務的に整えておるわけであります。ただ、現在の法案の内容では加入することが困難ではないか、こういうことも、廊下ですれ違うのじゃなくて、正式にお話をしておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 著作権に関して機構的に外務省との小さな委員会だとか、そういったことにはまだなっていないわけですね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 事務的には、先ほど申し上げましたように、ブラッセル改正条約の公定訳をつくる段階におきまして、これは法制局において審査がございますので、外務省、文化庁そろいまして審議をいたしたわけでございます。しかし、これで特別の委員会をつくるとか、そういうような手続はいたしておりません。

有島重武公明党

○有島委員 わかりました。  委員長、あとの質問少し長くなりますので、この辺で留保して昼休みしていただいてもいいのじゃないかと思いますが……。

大坪保雄自由民主党

○大坪委員長 この際、暫時休憩いたします。    午後零時二十一分休憩      ————◇—————    午後三時四分開議

大坪保雄自由民主党

○大坪委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。  著作権法案及び著作権法の施行に伴う関係法律の整理等に関する法律案の両案について質議を続行いたします。有島重武君。

有島重武公明党

○有島委員 休憩前に引き続きまして著作権法の基本的な質問をさせていただきます。  はなはだ基本的なことになって恐縮なんですけれども、著作権というのはどういうことなのかということを教えていただきたいのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 第二条に著作物と著作者の定義がございまして、著作物は「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」、そうして著作者とは「著作物を創作する者をいう。」ということでございまして、著作者がいま申し上げましたような思想、感情を作者が自分でつくり出す。もちろんその中には先人のものが多分に入っておるわけでございますが、自分でまとめてそれを表現する、そしてそれは文芸、学術、美術または音楽の範囲である、こういうことでございます。そういう著作物を創作いたしますると、その著作者は、この法律の第十七条にございますが、著作者は著作者人格権と著作権とを享有する、こういうことでございまして、著作権という意味は二つございまして、広くいえば著作者の権利と同様に著作者人格権と著作権とを包含する概念でございますが、この法律で一般に著作権といっておりますのは、狭い意味におきまして著作者がその著作物を経済的に利用する権利、これを著作権といっておるわけでございます。これは著作者が著作権法に基づいて享有する権利でございまして、民法上の物権的なものとして観念されておるわけでございまして、何人に対しても要求することのできる権利である、こういうような性格のものでございます。

有島重武公明党

○有島委員 著作権というのは何かということになりまして、一つには著作者の人格権ですね。それからもう一つは、著作物を経済的に利用する権利ということですね。それが財産権と同じになるわけですね。その人格権と財産権との関係はどういうふうになっておりましょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作者人格権は、著作者が著作物の関係において有する人格的利益を擁護するために著作者に認められる権利である。具体的には、自分の著作物を初めて世に問うかどうかを決定する権利、これを公表権と申します。それから著作物にどのような、実名でやるか変名でやるか無名で出すか、そのいずれかを決定する氏名表示権。それから著作物の同一性を保持する権利、自分の著作物が改ざん、変更されない、そういうことを確保する権利、同一性保持権といっております。こういうようなものでございまして、これは財産権ではなくて、一種のそういう人格的な権利である。こういうことでございまして、この著作者人格権というのは著作者の生きている間存続する。したがって、これは譲ることがないわけでございます。ところが、著作権と申しますのは財産権でございまして、これは経済的な流通関係に入り得る権利である。したがって、著作権を一部または全部を譲渡するとかあるいは相続するとか、そういう関係が出てまいるわけでございまして、著作者はそういう人格的な権利とそれから財産権的な権利を著作物を創作したことによって獲得する、こういう考え方に立っておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 人格権は譲ることがない、そういうことになりますが、人格権は売買することがないということになりますと、たとえば一人の人が絵を売った、今度はその絵を複製させたいというようなことがございますね。そうした場合に、その絵をかいた人の権利というものはなくなってしまっていることが実際はあるんじゃないでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 絵を売ったといたしましても、その絵に持っておるところの著作者の著作権というものはそのまま残っておるわけでございます。したがって、絵をかりに売ったといたしましても、それを複製する場合には原作者の許諾を得なければならない、こういうことになるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 その複製をする人が、複製したいという場合には原作者に断わりを入れる、そうしたら権利は保留されるわけですね。ところが、その原作者が、つくった人が、それを複製したいと売った先に言っても、売った先の人がいやだと言う、そういうふうに言われて断わられてしまう場合が実際はあるのですね。そのときはそれはどうなっているんでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 一ぺん絵を売った場合に、実際複製する場合には著作権者の許諾を要しますし、所有者がどうしてもいやだと言えば、これは事実上できない。所有権に基づくところの関係で、できないという関係はあるわけでございます。そういう場合に、ある国の立法では、原作物に接近する権利というような形で認めておるところもございますけれども、現行法なり現在の法律では、売った場合において所有権者が複製に応じない場合は、幾ら原作者が複製したいと思ってもできないんだということは、所有権と著作権との関係上所有権がその限りにおいては動くということでございまして、できないことは事実問題としてはあり得るわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 そうなりますと、人格権が売買されちゃっているんじゃないですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 その場合は、いま申し上げておるのは人格権ではなくて財産権としての著作権の問題でございます。複製するかどうか、これはこの法律にございますように、著作者は著作物を複製する権利を専有するというわけでございますから、したがって、財産権としての著作権が所有権というものによって事実上稼働されないという状態になるというだけでございまして、人格権は別に阻害されておるというわけではございません。

有島重武公明党

○有島委員 複製ではなくて、公表してもらいたいというようなこともあるわけですね。画商が先買いいたしましてそれを公表しないというような、そういった場合も起こるわけですね。これは人格権を先買い、買われてしまっている、そういうこともあるんじゃないですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 人格権は、言うならば受け身の権利でございまして、黙って公表されないということでございます。所有権を移譲した場合において、それが事実上お蔵になる。それを公表させるということの権利は別に認めていないわけであります。したがって、その場合はお蔵になるということはあり得るわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 そうすると、ただいまのような場合には、どういう法律によってもその著作者は守られない、そういうことになりますね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 そういうことになるわけでございまして、逆に、この法律では、美術の著作物で公表されていない原作品を譲渡した場合、それはむしろ逆に公表することに同意したものと推定するということでございますから、絵かきが絵を売った、そうした場合に、絵かきが絵を売った以上は一応は公表することに同意したものと推定する、こういうように規定をしているわけでございます。したがいまして、逆の場合では、それを公表させるということが認められないということでございます。

有島重武公明党

○有島委員 長官に伺いたいのですけれども、いまのような場合に、やはりこれはちょっと不十分じゃないかというふうに私は思うのですけれども、長官の御意見、いかがでしょうか。これはしかたがないものであるか、さらにもう少しこれは検討をすべき問題であるか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 先にちょっとだけ説明さしていただいた上で長官から伺っていただきたいと思いますが、著作権と所有権との間の調整をどうはかるか、こういう問題でございます。  現在の著作権法では、そういう場合にはやはり所有権のほうをいわば優先させておる、こういう関係でございまして、したがって、それを逆に所有権よりも著作権を優位させるということは、まだ一般的にそこまでいっている法制は珍しゅうございますので、現在のところは、なお検討すべき課題でございましょうけれども、そこのところは所有権のほうを優先させておる、こういうことでございます。

有島重武公明党

○有島委員 そういった場合、現状の御報告はあったわけでございますけれども、文化庁長官としての御意見はいかがでございましょう。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 それは権利というよりも非常に主観的なものが入ってきますから、これは私、なおそういうものが出したくないとかいう、これは公表したくないというような著作者の意思とか、そういうものまでこれは立ち入っておりませんが、確かにそういうところは少し変じゃないかとお思になるのは私は当然だと思いますが、これはどういうように表現するか、いまこれはまだ不明な部分があるから、立法の文にしなかったということでありますが、なるほど検討の余地はあるかと私は思います。

有島重武公明党

○有島委員 では、これは検討の余地が十分あって、このままでは通さない、そういうふうに了解してよろしゅうございましょうか。よろしゅうございますね、いまの話は、こういうことなんですよ。公表したい、その買った人が言っているのだけれども、公表したいときには原著作権の断わりを入れる、これは人格権でもって整理しておりますね。ところが、買ってしまった人が、がっちりお蔵に押えている、それを公表してくれと言ったときにそれができない、そこがちょっとおかしい、そういうことでございますね。  それからもう一つ、未発表の作品が相続される場合ですね。そうすると、それを発表する権利というのは子孫のほうに移るわけですね。ところが、人格権が移譲されるということになるでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 六十条に「著作者が存しなくなった後における人格的利益の保護」というのがございます。そして「著作物を公衆に提供し、又は提示する者は、その著作物の著作者が存しなくなつた後においても、著作者が存しているとしたならばその著作者人格権の侵害となるべき行為をしてはならない。」ということで、公表しても著作者の意思を害しないというような場合においてはそういう行為ができる。こういうことで、相続ではなくて、著作者が存しているならば人格権侵害となる行為をしてはならないと、まあ逆に書いてあるわけでございます。それは相続ではなくて、その意思をそんたくしてといいますか、当然そうである場合にできる、こういう考え方でございます。

有島重武公明党

○有島委員 これは現実に私のおじが絵かきをしておりましてかなり高齢なわけなのですよ。それで未発表のものがたくさんあるわけなんですね。それを残していく、そういったことがあるのですね。そのときに、これはちょっと話がはずれるかもしれないけれども、そのとき税金がかかるというわけですよ。話はちょっと違うみたいだけれども、まだ未発表のものでありますし、これを公表する意思もないのだ、だからこれは置いておく。そうすると税務署のほうでは、これをもし売ったならば幾ら幾らになるであろう、公表してこれを売れば幾ら幾らになるであろう、それを査定した上でもって税金がかかってくる、そういうようなことが現実にはあるわけですね。そうすると、この人格権というのは、その方が死んだときにその意思をそんたくする者が、これは売らないつもりでいるといっていても、客観情勢は税金がかかってくるという、これは非常に現実的な問題があるわけですね、そういったようなことはどうなるのでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 通常の場合に、この作品は絶対に売ってはならぬ、あるいは世に出してはならぬというように明示の意思と申しますか、かたく言い置いたもの以外は、それを公表するなり、そういうことをやっても、一応人格権侵害の問題は生じないであろう、こういうふうにいわれると思うのでございます。したがいまして、そういう作品でない限りは徴税当局がそういう査定をするのも一応合理的であるというかもしれないと思います。   〔「あいまいだ」と呼ぶ者あり〕

有島重武公明党

○有島委員 税金がかけられるのはしようがない、そういうことですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 多少答弁が不明確だという御批判がございましたが、要するにこの作品は、まず第一番目は書きかけの作品でございますが、これはまだ完成していないわけでございますから、これは要するにまだそういう公表権の問題が出ないものでございますから、したがってそれは別にしまして、その次は、完成した作品で、これは絶対世に出してはならぬというようなものについては、むしろそういう世に公表され、売られ、複製されることがないものと考えて処置すべきものである。それ以外のものは、一応そういう状態になることが著作権法上可能であるというところまではっきりいえるわけでございます。そのほか徴税当局がどうするかということについては、私どもが云々すべきところではないと思います。

有島重武公明党

○有島委員 そこら辺のところは一つの限界があるわけですね。どうしてこんなことを言い出したかといいますと、著作権というのは、著作物を利用するときの一つの契約のしかたと申しますか、利用のルールというか、そういったところに重点がほんとうに置かれるべきなのか。ですから著作権と商法ですね、取引の法律、それとの根本的な差別はどこにありましょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作権は、いまの絵の場合でも、絵そのものの所有権とは違いまして、その絵の中にあらわれている思想、感情の表現、その目に見えないものが一種の財産権の対象になるわけでございまして、したがって、絵の場合は、その原作品の所有権の譲渡の問題と、それから所有権は譲渡しても、著作権という無形の思想、感情の表現である無体、目に見えない価値に対する財産権というものとは別個になるわけでございます。しかしながら、この両方ともが売買の対象になり得る、著作権といたしましてはなり得る、こういうことでございます。したがいまして、一部または全部を譲渡する、相続できるということについては、普通の財産権と同様でございますが、この具体的な物の財産権である所有権とは性格が違って、所有権と離れても著作権というものは存在し得る、こういうことを御承知願いたいと思います。

有島重武公明党

○有島委員 そうすると、商法と違うところは人格権がまじり合っているところだ、そういうことですか。  それからその物の価値のきめ方の中に、その人の主観が入っていると申しますか、思想、感情が——いま次長のお話だと目に見えないところの価値が入っているのだ、そういうような表現でございましたけれども、そういった点の配慮が違うのですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 的確なお答えになるかどうかはっきりいたしませんが、要するに物の所有権と、思想または感情の創作的な表現というもの自体に対する権利というものが別に、二つあるということでございますね。でありますから、しかもその二つとも売買の対象になり得る、こういうわけでございます。したがって、原則的には、物の所有権を売っても、なお著作権自体を売らなければ、それは原作者のもとに残っておる、こういうわけであります。  それからもう一つは、いわゆる人格権というものですね。同一性、たとえば絵に改ざん、変更を加えられない権利というものは原作者だけが持っておるわけです。これは人に譲る対象ではないわけです。そういう三つの権利が錯綜しているわけでございます。絵の場合特にそうです。そのうちで物の財産権としてのその絵の所有権と、それから複製する権利を中心とする著作権というものが売買の対象になっておる、こういうことでございます。

有島重武公明党

○有島委員 いまの三番目のところをもう一ぺんお願いしたい。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 物といいますか、絵そのものの物でございますね。それからもう一つ、その中にあらわれているところの思想、感情の独創的な表現というものに対する権利、これがもし売買の対象になるならば、これは商法なり民法なりの規定に従って売買をされる、こういうことだと思います。

有島重武公明党

○有島委員 二つ目のところまではいいです。それからもう一つ……。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 もう一つは人格権その絵の改ざん変更されないといった場合に、これはけしからぬといって差しとめをしたり、それから損害賠償を要求したりすることのできる権利ですね。そういう権利が人格権であって、その絵を書いた人だけしか持っていない。売買の対象にならない、よろしゅうございますか。

有島重武公明党

○有島委員 そこで、先ほど来申し上げておるのは、売買にならないはずの人格権が売買されたと同じようなことになってしまっていることが幾つか起こってくるのではないか。そういたしますと、現実的には、いろいろな創作をした、それを一つの商品として流通していくその間の法則を規定しているのだ。特に普通のものと違う点は、それを複製したり、さらに利用したときの際に原著作者のほうになおかつ権利が残っているんだ、こういうふうに理解できますね。  そういたしますと、特許権というのがございますね。特許権との根本的な差異はどこにあるんでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 特許権なり意匠権というものと著作権とは、いずれも無体財産権と申しまして、無形のものに——無形のものというと語弊がございますが、無形な価値に対する権利であるという点では本質的には同様なものでございます。ただし、特許権、意匠権等は登録しなければ権利が発生しない。それに対して著作権は、創作すれば、創作したという事実だけで権利が発生するというところに、権利発生の要件が違うということでございます。

有島重武公明党

○有島委員 ところで、その著作権の中にも、そういうことが含まれてきませんか。つくったときから権利が発生するとはいっておりますけれども、現実には、やはり登録しないと権利が発生しないということも中に含まれておりませんか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 著作権はその登録を要件としないのでございます。創作したことによって権利が発生する、こういう考え方でございます。もちろん、アメリカ等は登録して初めて権利が取得される、こういう体制をとっておる国もございますが、ベルヌ条約国はそういう方式を要求しないというたてまえでございますし、わが国もそういう方式を要求しないたてまえになっておりますから、そこが特許とは根本的に、その権利取得の条件が違うということがいえるわけでございます。ただ、著作権の中で、今度の法律でも登録制度があるにはありますけれども、これは第三者対抗要件あるいは第一公表年月日の登録とか、そういうものでございまして、その登録によって権利が取得されるというものではない。二重譲渡のあった場合に、どちらが優先するかという場合に、登録をしたほうが勝つ、こういうことのための登録はありますけれども、権利取得のための登録という制度はございませんから、そこが根本的に特許と違うわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 先ほど文化庁長官のおっしゃった中に、流通していく場合に、売り買いということはあるけれども、多少の理想を含めてやっていくところが違うのだというような御発言があったと思うわけでございますが、多少の理想ということは、これはどういうような理想なのであるか、ちょっとお話し願いたいと思います。さっきはわかったような気がしたのですけれども、よく考てみると、非常にむずかしい話でございまして、もう少し、詳しくお話しをいただきたいと思います。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 多少の理想と申しましたのは、アメリカの加入しております万国著作権の問題とベルヌ系統のものというものが、日本の現実の中で、両方が、法律を離れて現実のあり方として二色あるのです。そういうものが、もしも日本の著作権の施行において、実施においてうまくいくならば、二つの著作権の系統がこの日本においてあるいは二色にならないで、だんだん一色になっていくのではないかというような調和が、これはいつできるかわかりませんけれども、そういうようなことの一つの先駆的なことになりはしないかということを、ただ私は理想的とこう申したのでありまして、ただ、現在それを二つの系統を一緒にするということはできない。だからこれは後日に譲らなければならないので、多少の理想と、こう申したのであります。

有島重武公明党

○有島委員 なるほど。そういたしますと、長官のおっしゃった理想というのは、いまはベルヌ型、アメリカ型、二系統があって、それがうまく調和がとれていくかどうかわからない。現実ではうまくいかないけれども、将来うまくいくかもしれないという、そういう、理想というよりも何というか、将来の可能性を信じる、こういったような意味でございますね、いまはお粗末だということは認めて。そういうことになりますですね。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 お粗末とは私は言えないのでありまして、やはり現在ではベルヌ条約に加盟している以上、この系統をとりたい、とっていかなければならない、こういうように考えているだけなんでございます。

有島重武公明党

○有島委員 先ほども問題になっておりますけれども、第一条、法の目的でございますけれども、「、」がついておるのが非常に御苦労なさったというような苦心談を伺いました。これは「、」がついているのとついていないのとどういうふうに違うのか、解釈のほどを教えていただきたいのです。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 「公正な利用に留意しつつ、」、それから「著作者等の権利の保護を図り、」、もしこれの「、」がないと、むしろ著作者等の権利の保護をはかるという大目的が薄れてくるのではないか。そうではなくて、この著作者等の権利の保護をはかることが第一義である、しかしその公正な利用にも意を払う、意をとどめる、こういう意味がより一そう明らかになるであろう、こういうことで、著作者等の権利の保護をはかることが重点である意味でそこで一応切った。切ったという意味を明らかにする意味で「、」があるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 文部大臣にもちょっと伺いたいのでございますけれども、これはちょっとしろうとにはわかりにくい話でございまして、こういうようなむずかしいことはなるべく排除して明快なる表現をお用いになるようにすべきじゃないかと思うのですけれども、どうでしょうか。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 明快にわかるようにすべきであるということはお説のとおりなのでございますが、その意味を込めて苦心惨たんをして書きつづったのがこれだと思うわけでございます。しかし、有島さんのほうでこれより以上の書き方があるとすれば一応御指摘いただけば参考にいたしたいというふうに思いますが、いまでは一応これでいいのではないかとわれわれとしては思っておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 これは将来の法律のつくり方の問題にかかわって、これが一つの典型になると思うのですけれども、法律というのは大体わかりにくい話なんで、しろうとにはわからないんだという一つの絶望感があると思うのです。そうした上でもって、法律なり政治というものが何か大衆から離れていってしまうというようなことがたくさんあったと思うのです。こうした文化法案なんですから、一つの典型を切り開いていかなければいけない、そういった面でも、それで私も教えるなんということ、そういうことは私にはとてもできませんけれども、いただいておりますベルヌ条約なんかを見ますと、第一条は「この条約が適用される国は、文学的及び美術的著作物に関する作著者の権利の保護のための同盟を組織する。」非常にすっきりしていると思うのですね。目的がストレートにすぱっと入っている。それを、もう一つのことがまた入っていて、第一の中に脈絡があまりたくさん入り込み過ぎているんじゃないか。そういったことは整備なさったほうがいいんじゃないかと思うのですけれども、そういった点では御意見はどうでしょうか。これは現在の程度が最高だとおっしゃらなければならない立場だとは思いますけれども、一般論として、ちょっと大臣の御意見を伺いたい。

坂田道太自由民主党文部大臣

○坂田国務大臣 法案をはずれて、いろいろのことば、特に法律の用語、こういうものを国民にわかりやすく明確にするということは、私は有島委員と同感でございます。同様に考えておるわけであります。しかし、わが国におきましても、この方面のエキスパートというか、法制局というものがございまして、政府といたしましてもよく御相談をしてつくるわけでございますので、それを信頼しておるわけでございますけれども、一般論としては有島委員のお話に私は賛成でございます。私ども法律用語というのは何でこんなにわからないようにわからないように書いてあるんだろうかかとよく思うわけでございますけれども、しかし、結局法律というのは、そういう一つの文言でもって非常に普遍的な、範囲、限界あるいは権利なり権利の守るべきことを書かなければならないので、どこから反対があっても、それにはちゃんとこういうふうに明快にまた解釈がつけられるというふうにもなっていなければいけないので、ただわれわれみた宏文学的な表現、あいまいな表現だけではこれはいけないというふうにも思いますその辺はなかなかむずかしいわけでございまして、一応私どもといたしましては、今度のこの法案につきましても法制局とよく打ち合わせをしまして、これが一番よろしい、是なりということを信じまして御提案を申し上げておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 誤解を生じやすいようなそういった表現は避けていったほうがいいという、そういったことは賛成していただいたように思うのですけれども、そのお話の途中から、法制局というのがあって専門的にやっているからそれを信用しなければならないというのは、これは大臣というお立場からするとちょっと違うのじゃないかと思うのです。法制局のほうに、今後はこうしよう、もっと明快にせよ、そういうふうに要求なさるべきお立場だと思うから申し上げるわけでございます。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 先ほどベルヌ条約を引用なさいましたのでその関係でございますが、ベルヌ条約の第一条は、本条約の適用される国は、著作者の権利の保護のため同盟を組織す、こういうことでございますので、同盟を組織する目的を掲記したというのがこの第一条でございます。したがって、その同盟国の著作物を相互に保護する、こういうことのためにこういう条約をつくる、こういうことがこの第一条に書いてあるわけです。そしてこの条約の各条項の中で、こういうことについて制限することは国内法によって定めてよろしいということがいろいろなところに出てきているわけでございます。したがって、各国内法ではそのベルヌ条約規定をとりましてこの権利の内容を定め、そうして条約等によって認められる権利の制止限を国内法で定めるというのが国内法の立場になるわけでございます。その場合に、著作権法を解釈し運用していく場合、この法律の中に、公正な利用の確保をするために権利の制限あるいは裁定、そういうような権利の保護期間の定めその他の規定があるわけでございまして、それはどういう観点でそういうものをしたかということが明らかでなければならない。それは公正な利用に留意するという観点からそういう権利の制限が定められ、裁定等による著作物の利用が認められておるのだということの趣旨を明らかにするということが、この「公正な利用に留意しつつ、」こういう意味でございます。  それからなお、先ほど「留意しつつ」のあとの「、」の問題がございましたけれども、もう少し明確にすれば、「留意しつつ」というのを続けた場合には、著作者等の権利の保護の条件になっておるというふうにむしろとられやすい。そうではなくて、権利の保護が第一義ではあるけれども、それとともにそれに必要な文化的所産の公正な利用のためにも留意して必要な規定を設けるのである、ということを明らかにするためでございます。

有島重武公明党

○有島委員 ベルヌ条約の御解釈をいまいわれたわけですけれども、これはとにかく解釈の必要がないほどはっきりしている一つの典型だという意味で申し上げたわけです。いつでもこういうところでいろいろ解釈をしなければならないというのは、非常に不経済な話だと思うのでございます。いまの第一条なんかでも、この法律は著作者の権利を保護するのを目的とする、文脈はそういう意味ですか。それとも、文化の発展に寄与することを目的とするのか。その一番の目的の重点がどうなっているのか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この法律の直接の目的は、第一番目に、第一義的に著作者等の権利の保護をはかる。そして文化的所産の公正な利用にも留意して、もって文化の発展に寄与する。こういうことでございまして、つまり文化の発展に寄与することはこの法律のさらに高遠な目的になり、直接の目的といたしましては著作者等の権利の保護をはかる。そしてその場合に、文化の発展に寄与するためには、同時に公正な利用にも留意しなければならない、そういう文脈でございます。

有島重武公明党

○有島委員 これはそういうふうに解釈していただかないと、何だかわからないという印象が強いわけですね。さっき文部大臣もおっしゃっていましたけれども、文学的なあいまいな表現ではいかぬ。どこからも文句がつかないようにしろ、そういうことがございましたけれども、これは「、」をつけたか、つけないかでもってだいぶ意味が変わってくるような非常にデリケートな面があるわけですね。もう少しがっしりしたものを組み合わせていくようにくふうできないものでしょうか、くふうし直せませんか。いま御説明いただいたように書いてくれれば、もっともっとわかりやすいと思うのですよ。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ここでございますように、「図り、もつて」と書いてございますから、まず、「もつて」というのが高遠な目的になるということは当然明らかであると思うのでございます。もちろん、われわれといたしましては最善を尽くしてその趣旨を明らかにするようにつとめたものでございますけれども、なお十分御審議いただければありがたいと思います。

有島重武公明党

○有島委員 そういたしますと、「もつて」というのは、「もつて」以前のところまでは全部手段でございますね。最後のところが目的ですね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 普通、条文でもこういうことをやるわけでございまして、つまり第一段のこの法律の直接の目的は著作者等の権利の保護ということにあるのだ。その著作者等の権利の保護をはかる、その大きな目的は何かといえば、それは文化の進展に寄与することである。つまり、著作行為をした場合において適切なる経済的な利益の確保をはかる。そのことがこの法律で書いてあるわけでございます。しかし、それはどういうことかというと、それによって文化の進展に寄与するということになるわけであります。つまり両方ともが目的ですけれども、直接の目的と、もう一段高い目的とがここで書いてある、こういうことでございます。

有島重武公明党

○有島委員 いろいろの関連でそういうことがたくさんございますね。その間にもう一つ修飾が入ってきますね。ですから、もう少し簡単な文脈に分解してなさったほうがいいのではないか。もう少しあとで、それこそ逐条的にやったときに、またいろんな意見が出るかもしれませんけれども、いまこれからこまかい審議に入ろうという入り口ですから、ものの考え方、どういうふうにこれを見ていったらいいのかということですから、そこは非常にわかりやすい、だれが見てもほんとうに疑いの余地のないような書き方にしておいてもらいたい。  それでもう一つ、ここに「文化的所産、とか「文化の発展」とかございますけれども、「文化」というのはどういうふうに定義していらっしゃるのでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 ここで保護する対象になっておりますのは、著作物——文芸、学術、美術または音楽、この範囲に属する著作物、それから実演、レコード、放送、こういうようなものにつきまして、それを創作したりあるいはそういう実演行為等をした者の権利をはかる、そういう限局された——文化というものはもっと大きいものだと思いますけれども、ここではそういう限局されたものを保護する。それによって、広い意味におけるところの文化の進展に寄与する方法はもっとたくさんあると思いますけれども、その一翼をになう、こういう意味でこの目的が掲記されておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 特にここに「文化」という文字を入れなくても通じる話ではないか、入れないほうがよほどぴっちりとくる話になるのではないかと思いますので、そういうふうに伺ったわけです。ことさらに非常にあいまいな、むずかしい概念が入っているわけですよ。そのあとでもって「文化的所産の」といわれても、これはたいへんなことだと思う。「利用に留意しつつ、」というようなことが出てきますね。何か煙幕のためにこういうのを補強として使っているのではないか、そういうような印象を受けるのです、読んでいくと。そういうことばを使わないでもここの目的の表現をうまくできませんでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この「これらの文化的所産」と申しますのは、この前に書いてございます著作物、実演、レコード、放送、これらをここで「これらの文化的所産」といっておるわけでございます。文化的所産はこのほかにももっとあるわけでございますが、これらをどういうことばで縮めるか、著作物等ではよくわからない。一種の文化的所産であるから、「これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、」というわけでございます。  それから「文化の発展に寄与する」という、この著作者を保護するのは、著作者を保護することによって、より文化を高めたい、こういうことで法律ができているわけでございますから、その趣旨を明らかにする。こういうことからして、単に著作者の権利を保護するためにという直接ではなくて、なぜそういうことをするかということを明らかにして、この法律の指針としたい。こういうことで「文化の発展に寄与することを目的とする。」、こういうふうに書いてあるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 これはあいまいな概念は差しはさまないほうがいいのではないかと申しますのは、文化といってもいろんな文化があるわけですよ。たとえば二十年前に文化、文化と言った。これは軍国主義的文化があったわけですよ。文化という名前のもとにいろいろな意図をそこに含めることもできるわけです。そういうようなあいまいなものを入れないで、ここでは著作者の権利を保護していくということがもっとはっきり明確に浮き出るべきじゃないか、そういうふうに思うから伺ったわけです。いかがでしょうか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この法律は、著作者の権利を保護するということに第一義を置いておるけれども、その保護は何かといえば、文化を発展させるための言うならば一つの手段としてである。要は文化の発展に寄与するという大きな目的がある。そういうことでこの法律の解釈、運用というものがそういう精神によって行なわれるということを明らかにした、こういうことでございまして、第一条の法律の目的を規定するのは、これについて法律のどういう趣旨が書いてあるかということを明らかにすることと、法律の立法の目的が何であるかということと、この法律の解釈、運用をどういう精神でやるかということを明らかにするということが、この第一条の規定を設けた理由でございます。その意味で、第一の点では何を一体きめるかということで、趣旨は著作者の権利と、隣接する権利を定めるのである。その目的は何かといえば、著作者の権利の保護をはかることである。そしてその場合に、文化的所産の公正な利用にも留意しなさい。そして広く文化の発展に寄与することを高遠な目的とする、こういうことを規定してあるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 定義があって、それから第一義的な目的があって、それから運用とおっしゃいましたか、第一義の目的と第二義の目的と、それからもう一つ運用とおっしゃいましたか、四つの問題が入っているわけですね。そういうふうにおっしゃったのでしょう。もう一ぺんお答え願います。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 私の申し上げましたのは、第一条の目的では、何をもってこういう規定を置いたかということは三つある。一つは、この法律の趣旨、どういうことを書くかということが一つ、それから直接のこの法律の内容の目的が何かということ、それからそれがさらに最終的にどういう理想に向かっておるか、この三段を書いてあるわけですね。その三つでございまして、そしてこういう規定を書く意味は、この法律の趣旨、目的を明らかにすると同時に、今後のこの法律の解釈、運用の基本的な考え方を明らかにしていく、こういう意味でこの第一条の規定があるということを申し上げたわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 こうした問題は、ここでもってこれだけ提起されたんだから、もう少しすっきりできるようにさらに再検討していただきたい。これはいま要望にとどめておきますけれども、この段階でこんなにわからないのです。ですから、これが発布されたといたしまして、もっと専門的でない人たちが、たくさんこれを使っていかなければならない。これはほんとうに使っていかなければならない法律なんでしょうから、それは留意していただきたいと思います。  それからあとはこまかい問題になりますけれども、次の問題にいきます。  仲介業務の問題でございますけれども、この仲介業務ということが、いま音楽はやっておりますけれども、写真やなんかも今後は仲介業務ということが行なわれないと、現実にはこの法律が有効にならないんじゃないか、そういうふうに思いますけれども、そういった点はどうなりますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 現在著作権の仲介業務につきましては、著作権ニ関スル仲介業務ニ関スル法律によって規制をしておるわけでございます。これは仲介業務というものが、この法律によって許可を受け、あるいは使用料等について認可を受けたものでなければできないということを規定しておるわけでございますが、現在仲介業務の規定によって業務の実施の許可を受けなければならないのは、小説、脚本、それから楽曲を伴う場合における歌詞、楽曲、この四つの著作物についてのあらゆる著作権について、その仲介業務を行なうにはそういう規制を受けなければならないということをいっておるわけでございます。しかしながら、これ以外のものについては、別に仲介業務法によることなく、自由にできるわけでございます。このものについてだけ制限があるわけでございます。写真の場合に、そういうような仲介業務に関する規制に服せしめるかどうか、こういう問題が一つあるわけです。それはむしろ民間の自由にまかしておいていいのかどうかという問題がございます。これについては著作権制度審議会では、むしろこういう、現在よりもさらに一そうその規制にかからしめる権利の範囲を縮める、こういう方向でございまして、たとえば小説、脚本等の文学的な著作物については放送権についてのみ規制にかからしめる、そのほかの出版とかそういうことについては自由にする、こういう考え方でございます。したがいまして、写真等についてはこれの仲介が行なわれた場合に、これを規制の対象にするという考え方は、むしろこの前の著作権制度審議会の答申にはないわけでございまして、そういうことは別に制限しないで自由にやったらいいだろう、こういう考え方になっておるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 自由にやるといいましても、一つの作品がどこでどういうふうに使われていくかは、つくっている側では全然見当がつかないという場合、そういった状態になっていくと思うのです。そうなりますと、やはりそれを監視している一つの機構がないと、それを乱用されていても気がつかない場合が多いんじゃないか。そうなりますと、監視機構を備えたそうした仲介業務というか、そういうものがどうしても必要になってくるという方向になりませんか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 いま御指摘のような方向は、十分考えられるところでございます。たとえば写真家協会が写真家の権利を扱って、それについて仲介的な仕事をする、こういうことは十分考えられますし、あるいは放送作家が、その放送作品の無断の使用を監視するための体制をつくるとか、そういうことはあり得るわけでございます。ただ、そういう事業を文化庁長官の認可にかかわらしめ、そして使用料を認可の対象にしなければならぬかどうか。むしろ、それは民間での自由な活動にゆだねておいていいではないか、こういうことでございまして、むしろ文化庁の権限をなるべく少なくする、そういう無用なところまで手を出すという必要はない、こういう考え方で自由にさしていこう。しかしながら、実際にそういうような業態なり仕事が現実に行なわれることは十分考えられるところである、こういうことでございます。

有島重武公明党

○有島委員 これは態様がさまざまなんで、写真のような場合には作品が非常にこまかいわけですね。映画のような場合にはこれは大きいものが一つがちっと出るわけですね。そういうものを一つの法律の規制の中でやることは非常にむずかしいことになるかもしれませんけれども、映画なんかの場合には、前の方々の話に出ておりましたけれども、映画監督に著作権がないというようなことになっているそうですね、今度。それで、さっきのその人格権という問題にかかわるかと思いますけれども、たとえば一つの映画をつくった。それでもってそれを今度はテレビ映画に直す。それを二時間であったものを四十分なら四十分のものに縮める。そうした場合に、これは映画監督は全然発言権も何もなくなってしまうというようなこともこの法律では起こり得ますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この法律で著作者人格権と著作権とを分けているわけでございます。したがいまして、著作権は映画製作者に帰属いたしますから、放送に出すかどうかということについては映画製作者の権利によって決定されるわけでございますけれども、再編集するということになれば著作物の内容を変更することになる。したがいまして、それはこの法律の第二十条によって同一性保持権があるわけですね。ですから著作者に黙ってそういう再編集をするとかというふうなことは許されない。こういうことで、著作者の人格権は監督等が依然として持っておるわけでございまして、そういう御心配は要らないわけであります。

有島重武公明党

○有島委員 それでは、そういったアレンジをするときには必ず原著作権所有者のほうに断わりを入れなければいけないというふうになる。ところがその場合に、それは映画会社にその権利がいっているのであって、その監督は、その断わりを入れなければならないというようなそういった義務づけからはずれるようなふうになっているんじゃないですか、これは。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 そういうようにはなっておりません。同一性を保持する権利は著作者のみが持っておるわけでございまして、これは映画製作者には移りませんから、したがってそれは著作者に断わらなければ再編集はできない、こういうことになるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 その著作者というのは、参加している個々の人たちのことですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 これは第十六条に「(映画の著作物の著作者)」というのがありまして、「映画の著作物の著作者は、その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物の著作者を除き、制作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする。」これらの者に断わらなければならないということになるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 そのあとに「ただし、」というのがありますね。その「ただし、」というところでもって、いまおっしゃったのが全部抜けてしまうということはないですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 それはニュース映画製作会社の製作にかかわるニュース映画等、そういう場合におきましては第十五条の規定によって「法人その他使用者の発意に基づきその法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物で、その法人等が自己の著作の名義の下に公表するものの著作者は、その作成の時における契約、勤務規則その他に別段の定めがない限り、その法人等とする。」というわけですから、その会社自体が著作者になるわけです。したがって、その場合には会社に断わってやるということになるわけです。

有島重武公明党

○有島委員 二十九条のことでございますけれども、その著作者が「当該映画の著作物の製作に参加することを約束しているときは、」というのがございますね。約束というのは、その約束のしかたが幾つか問題になるのじゃないか。これは契約のしかたということですか。——すると、この契約のしかたというのは、民法の方に入るわけですか、商法のほうに入るわけですか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この「参加することを約束しているときは、」というのは、いわゆる契約しているときはということになるわけでございます。

有島重武公明党

○有島委員 そうするとこれは商法ですね。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 一般的には民法でございます。

有島重武公明党

○有島委員 そういたしますと、その中には人格権というようなものは入ってこないという可能性が起こりますか。

安達健二文化庁次長

○安達政府委員 この第二十九条では「(映画の著作物の著作権の帰属)」ということをいっております。すなわち、著作権というのは経済的利用権でございます。ここではしたがって著作者人格権というものは入っていないわけですから、ここでは著作権だけが問題であって、著作者人格権の問題は入ってこないわけです。

有島重武公明党

○有島委員 大体わかりました。  まだこまかい問題はたくさんあるのでございますけれども、あまりこまか過ぎてしまうので、質問は大体この辺にとどめようと思いますけれども、総体的にいってこれはむずかしい。むずかしいという意味も二通りあって、非常に厳密な意味でこれはむずかしいのだ、どんどん攻めていけばますますよくわかるのだという場合と、あいまいだからむずかしく見えるという場合と二つあると思うのですよ。くれぐれもこれは明快な上にも明快なものをつくられていきますように望みたいと思います。長官のおことばをひとついただいて、これで終わりたいと思います。

今日出海文化庁長官

○今政府委員 たいへんわれわれにとって有益な質問を受けました。  先ほどから、あなたではございませんが、伺っておりますと、非常にやっかいなことが、たとえばせい作者という発音だけではわからなくて、字でもって区別したりしているところがございます。それで著作者と利用者というと、利用者がいかにも会社のように受け取られているように、私は先ほどからそういうように印象を受けたのでありますが、実はこの規定にございますように、著作者は、制作者、監督、カメラマンその他ということになっておりまして、会社のプロデューサーは利用者ではない、著作者になっておるので、この辺のところが一体——映画会社自体でも両方一人の人が二役を使い分けておるというところもございまして、言い方がはなはだめんどうでむずかしいようでございますが、現実のほうがまた実にややこしいことも事実なんでございまして、いずれ逐条的にいろいろ御検討いただくのでございますけれども、そういう現実もあわせてそのときは御検討願いたい。こういうことは現実がもう非常に入り組んでおりまして複雑だし、また著作権の二次使用であるとかそういうようなことも、日本の国情が非常に複雑になっておりまして、それを何とか一つの文章でまとめようとすると、一見あいまいになってしまう。あまり複雑なことを、法律文としてまとめるのに、非常に複雑になったりあいまいな印象を与えるかと思いますけれども、現実がはなはだ複雑であり、ある意味では怪奇なる状態である。それから映画の場合には会社というようなものが非常に大きな役割りを演じておるように思いますが、実際はどんどんいま独立プロなんというものがたくさんできてきて、実に会社自体がいま企業的には非常に苦しい立場に立っておる。こういうときには雇用関係というものの比重が非常に薄れてきているようにも思われるのです。そういういろいろな映画なら映画の一つの流れからしましても、ごくわずかの終戦後の傾向から見ても、非常に起伏の多い状態にありまして、これを一つのことばで規定するというのはなかなかむずかしいことじゃないかと思うのです。この著作権の帰属問題なども、審議会などで何度もそれぞれの部門の専門家の意見をいろいろ聞きましても、それぞれがまた一つの仕事をしながら非常に分かれておりまして、たとえば最近になりますと、照明であるとか録音であるとかいうようなものが非常な重要な役割りを演じてきて、これも著作者の中に「その他」とか「等」というような表現をしておりますけれども、そういうものがやはり入るのじゃないか、こういうことも考えられるのでありまして、なかなか事実が非常に複雑なんで、逐条的に解明をしていき、また御審議を願っていく問に、こういう複雑なものを掘り出してきて、ひとつすっきりとした形にいたしたいということは私も全く御同感であります。  私の意見はそんなところであります。

有島重武公明党

○有島委員 これは私の感想でございますけれども、一つの創作活動がある、これは映画なんかの場合にはたくさんの人が参加するし、それから写真なんかの場合にはほんど一人が写して引き伸ばししてレイアウトまで全部やってしまう。そういったようにいろいろな場合がありますけれども、その中にある一つのオリジナリティというもの、それからまとめていくテクニックという二つの要素がございますね。その中でもって創作性をどのあたりに一番認めていくかというようなことも、これは一つ一つの場合に全部違ってくるのじゃないか。ある場合にはもうはっきりと映画会社がイニシアチブをとって、ここにオリジナリティがある場合もあるし、映画監督にオリジナリティがある場合もあるし、それからカメラアングルにある場合もあるし、その創作性の力点をどこに置いて見るかというようなことは、これはその場合場合でもってその判定をしないと、すっきりいかないのじゃないか、それを全般的にやってもあまり意味はないようなことも起こってくる。それほど創作性がない人たちにもいたずらな権利を主張させて話がごちゃつく場合も起こるかもしれないし、それから表には出てこないけれども、そこに実は創作性が込められていたというような場合も起こってくる。問題は、その創作性の所在をどこに見きわめるかというようなことが一つの重要なことなんだということがどこかに一つほしいと私は思います。  そうした創作性を、今度は流通段階に置きますと、これは経済的な価値としてお金に換算されていくわけですね。あるいはお金に換算されて戻ってくる。原理としてはそういうようなことになるのじゃないかと思うのですけれども、その創造性、創作性の見きわめ方というのが一番の大切なこれからの問題になってくるのじゃないか。これが私の感想でございます。  以上でもって私の質問を一応終わらせていただきます。

大坪保雄自由民主党

○大坪委員長 この際暫時休憩いたします。    午後四時二十七分休憩      ————◇—————   〔休憩後は会議を開くに至らなかった〕

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