農林水産委員会 第5号
- 発言数
- 111 件
- 登壇者
- 13 名
- 会派数
- 3
- 開催日
- 1969/02/27
会議録
○丹羽委員長 これより会議を開きます。 農林水産業の振興に関する件について調査を進めます。 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。米内山義一郎君。
○米内山委員 農林大臣の所信表明に対して質問申し上げたいと思います。 長谷川大臣が就任最初の新聞記者会見で、大蔵大臣は福田さんで、私は政府と党の間を取り持つ走り使いだ、こういうことを言われたと新聞に出ております。これは事実かどうか。まあおそらくは事実だろうと思いますが、これは非常に重大な問題だと思うのであります。特に、近ごろ農林省というものは、国民の中にきわめて不信を受けている。 どういうことかというと、近ごろの農林省というのは大蔵省の農務部に成り下がっている。あるいは食糧庁、水産庁というようなものも、大蔵省の中の衛生課、漁政課くらいのものだ、こういうふうにもいわれている。その内容もまたそれなりに低下しているわけでありますから、これを受け取る国民、農民、漁民から見ますと、この姿勢の問題がきわめて重大なのであります。 特に最近、農林大臣としてわれわれは、これは満足だというような大臣を迎えたことはしばらくないわけであります。たとえば、倉石さんのようにきわめて舌が長過ぎる農林大臣がついてみたりして、いま問題になっているソ連船の問題などが国会で話題になったとすれば、おそらく倉石さんであれば、だから核武装が必要だなどと言われるのかもしれない。きわめて舌が長過ぎる。その次についたのは西村さんでしょう。中身は何であるかわからない、全くからっぽな、空疎な総合農政などというようなことを、紙よりも薄い舌で言いっ放して去ってしまった。こういうような状態でしよう。 長谷川さんはこの委員会における所信表明で、日本の農業は内外とも非常に重大だ、こうおっしゃっておりますけれども、このようなことでは、農業だけではなく水産の問題だって、内外ともにきわめて重大であります。そういう吹けば飛ぶような無信念な状態では、文字どおり内外ともに重大な農業、水産の問題を、国民の期待に沿うて打開することはできるはずがない。農林大臣の所信なりものの考え方、政治姿勢がそうだとすれば、私は、長谷川さんを相手にこの重大な問題を論議する必要を感じない。大蔵大臣の出席を求めない限り、この食糧問題を中心とするまさに危機に立っておる問題を論議できないとしたならば、一国の政治として重大であろうと思う。私は、あらためて農林大臣のその点に関する所信をまずお承りしたいと思います。
○長谷川国務大臣 私の所信は、新聞でもごらんになったと思うのでございますけれども、農民とはだとはだを触れ合ってこの難関を打開していきたい、それが私の所信でございます。したがってそれには、現在の農政を切り開いていくのには、野党だとか与党だとか言っているそれだけの余裕もおそらくないだろう。ほんとうに意見を十分聞かしていただいて、一体となった姿によって現在の農政というものを打開していきたいというのが、私の所信でございます。 いまお触れになった点については、就任したその日でございまして、わずか一時間しかたたないうちに財政の問題をいろいろ聞かれましても、私にはようわからぬ。党とも大蔵省とも大蔵大臣とも十分検討を加える考え方であるということを申し上げたのであって、私のすべてがそれではないと考えております。この点だけははっきりと申し上げておきます。
○米内山委員 農民とはだとはだを触れ合うというその人情性、あるいは野党とも話し合うというその民主性は、私も理解できます。だが、今日のこのきびしい情勢は、単なる思いやり農政とか、そういうロマンチックなものではないのでありまして、わが国の政治経済の中における食糧問題を中心とした農業政策というものを、がっちりと位置づけするのでなければできないのです。きわめてきびしいのでありまして、その場限りのやり方では、口先だけの農政では、日本の農業はますます困難になってくる、やがてはこれは国民の運命にもつながるもの、だと考えるから、私は申し上げるのであります。 たとえば、農政の座というものは現在どこにあるか。私は象徴的に見るならば、本会議の議場におけるわれわれの席と、農林大臣のすわっているひな壇の位置にもあると思う。われわれのほうからは、農林大臣のすわっているところはかすんで見えない。政治の中における地位というのもおよそそうではなかろうかと思う。いかに日本は今日工業的に世界の大国になったとしても、一億の国民の命のかてである食糧を供給するという任務と、これまでわが国の経済をささえてきた農民の生活というものの安定向上というものを考えた場合に、あんなすみっこに置くべきものじゃない。あなたの位置もそうでしょう。大蔵大臣のすぐ隣にいれば、何も走り使いしなくてもいいわけです。佐藤内閣における最大の罪悪、これはやはり農業を破壊した罪だろうと思う。これは死刑に値するものだと思うのであります。 今日、農村はどういう状態にあるか。単に物としての魚や米の問題じゃない。金銭の問題、経済の問題だけじゃないのです。農村はいま、反面所得がふえたといわれるけれども、農業の所得というものはその半分にすぎない。大多数の農民は苦しい。兼業、命を的にした出かせぎをせざるを得ないのです。 実は私の郷里の実情を申し上げますが、おとといの火曜日の朝に、自分の選挙区の中だけで、出かせぎ者の死亡事件三件に私はあったのです。われわれの地方の農民が少しでも多い金を求めるから、みずから求めて危険な作業に従事している。一つは新幹線に、保線作業に臨時工として雇われていた。国鉄は合理化ということで、あの危険な作業を請け負いにしている。新幹線であるから夜しか作業できない。夜間勤務だから幾らかでも金が高い。こういうふうなことで、なれない農民が電車にはね飛ばされて死んでいる。東京の舗装道路は夜間しか工事ができない。深夜作業だから幾らかでも銭が高い。そうして夜明けに事故で死んでいる。もはや農政というものは、農民を単に貧しくしているだけではなく、こういうふうな生命にさえかかわる状態です。おそらく今日農村の新しいこういう出かせぎ者の事故というものは、戦争時代の戦死者と同じようにふえておるのじゃないかと思われる。 このように深刻になった農民生活の実情というものを考えた場合に、これまでの農政というものは農民にとってはきわめて不満足だ。一国の農業というものは、単に金銭やそういう経済だけで割り切れるものではないのであります。 特に、具体的に言うならば、日本の農業の柱というものは米と魚であります。しかも、この二つの柱に重大な危機が到来している。柱を倒してしまって、そうして羽目板を打とうといったってできない。いま農林省の意図している新構造改善事業というようなもの、これはまさにその例でありましよう。 私は、大臣に特にこの点について所信を伺いたいのでありますが、日本民族にとって米と魚というものの関連性であります。もしわれわれがヨーロッパ人のように、十アールから三百キロか幾らしかとれない麦を食うものとし、一頭の肉牛を生産するには四、五ヘクタールの牧野を必要とするような農業の中で、でん粉質とたん白質を求めるならば、今日のような日本の繁栄というものはあり得ない。今日一億の働く人を擁して、世界の工業先進国になり得たのも、米と魚であります。したがって、農業こそは日本の今日の隆々たる発展の恩人でなければならない。これをあたかも忘れたごとく、今日米が余った余ったと、その余った理由を、多収穫にだけ専念する農民にその罪を負わせようとしている。長い日本の農業の歴史、農政の歴史を忘れている。悪い政治というものは、常に舌が長くて記憶の短いというところから出発するのであります。日本の農業の柱として、食糧生産の根源として、わが国の米作を中心とする農業と水産業に対して、どういう観点で今後対処されようとするのか、いままでのようなおざなりのことを積み重ねていこうとなさるのか、そこに革新的な農業政策なり水産政策をお考えになっているのか、その点をお尋ねしたいと思います。
○長谷川国務大臣 米内山さん、私もかつていろいろなお話を申し上げました。あらためてまた申し上げる必要もないと思いますけれども、私の考え方は、現在日本が生産で世界第二位になり、経済的にも高位にある。こういうようになったその根本の原因はどこにあるか、だれがつくった。日本というものの形成をだれがやったんだ。これは議論のとおりであって、農民によって日本の今日をつくり上げられたということは、何人も否定することのできない事実でなければならない。 そういうような点を私は思っておるからこそ、なりたてで何も、右も左もといいましょうか、農政というものがわからなくても、その精神を基礎に置いて今回の、たとえば予算というのは八月に組まれるわけです。それを十一月末になって就任をして、その中にあっても、現在のような、たとえばいまのお魚にいたしましても、陳情に来たくても来られない階級がある。板子一枚という昔からのことばがある。これだけ命がけにやって、しかも、毎日新聞紙上に載っておる遭難の状況等からあわせ見ても、いかにこの人たちが身を犠牲にしてまで日本のたん白給源を求めておるか。こういう点については、もう少し評価をしなければなりますまい。こういうような点に考えを置きまして、来年度の予算にも、私の折衝によって、たとえば漁港の問題、近代化の問題、金融の問題、またこういうものに携わっておる同様の資格のある人たちに対する年金制度というようなものも、区別があってはならない、こういうような考え方の上に立って私は折衝をしたつもりでございます。しかし、その結果が、いずれにしても財政というものが基礎になっておる。けれどもでき得る限りの努力を傾けて、これにはわずかの間であったけれども当たって、その成果だけは、自分は皆さんの前に申し上げられるだけのことはしてきたというように考えます。 したがって、ただいまの農民の点につきましてもそのとおりであって、なるほど四十二年の所得が上がったろう、四十三年の所得も上がったであろう。上がったというのは、その反面にどういうようなものがあるか、実態はどうなんだというようなことも、その点についてだけは私は十分に知っておるつもりでございます。 こういうような上に立って、それではいまのままでいいか。お互い与野党を問わず米の生産というものには力を入れる、皆さん方の御意見も十分その中に入ってこそ今日の米が需給のバランスもとれ、余剰というような面もできたのだと思うのでございます。こういうような点があるからこそ、いま米が余ったから急に農民を、いまのおことばで言えば、何か悪者のようにでも考えておるというのはとんでもない話です。 私は、申し上げたように、そういうような考え方を基礎にして、そして四十二年、四十三年が農民生活が向上したとはいえ、その裏にはどんなものがあるかという、こういうものを解剖してもっと明らかにしなければなりますまい。とするならば、これによった政策はどうするのだというようなことも、十分役所では申し上げてございます。 それでは、いまここでどういう見通しを立てるのだ。いろいろ昨日もお聞きのとおり申し上げましたけれども、たとえば、その施策がいいからといって、農業にすぐあしたからこれを行なっていくということは困難性のあることは、米内山さんも知っているとおりでありまして、農民がこれがいいからといってためしをするのには一年かかる。また、確固たる信念の上に立った、所得はもう心配ないというまでには、相当年月がかからなければ、農民の生活の安定といおうか、その作物の安定性というものを見ないはずであります。 でありまするから、今後の日本の農政というものは、農林省だけで考えるべきでないのだというように私が申し上げて、せめて生産者団体の意見は十分聞かなければいけないのだ、こういうことで、私は今日までいろいろな点をはかってきたつもりでございます。御指摘の点も十分頭の中に入れて、もって御期待に沿うように努力はいたします。また検討もいたします。どうか十分お話を承らせていただきまして、でき得る限りの努力を傾けまして、まず農民の安定ということを第一条件として考えていかなければならないと考えております。
○米内山委員 そこにまだ不十分、不徹底がある。根本的には政府そのものの政治姿勢を変える以外に、長谷川さんが言うとおりに困難があるだろうと思う。私の言う農業というものは、農学校の農業のような、ためしをしてみてどうこうというような意味じゃなく、根本的に日本の農業をどうするかということであります。政治姿勢の問題じゃなかろうかと思う。いまの政府の姿勢というものは、財界に顔を向けて農民に背を向けている。ただ空疎な発言だけがあるにすぎないのであります。これが今日の政治の本質だろうと思う。 たとえば、佐藤総理が総裁に三選された直後に何と言ったか。これもまああなたの発言のようにとっさに言ったのかもしれないが、私は財界と自民党諸君の支持によって総裁に三選されたと、財界の諸君にえらくごまをすっておる。さらに、その隣にいる実力者福田大蔵大臣に至っては、まさに農民を愚弄しているのであります。事実を申し上げるならば、彼は昨年の全国米価大会におきまして何と言ったか。わが自由民主党はだれよりもだれよりも農民の皆さんを愛している。やじが出ました。骨までもかというやじが出たが、現実は、愛するのじゃなく、今日農業を、農民生活を破滅的な困難におとしいれている。 事実を申し上げるならば、来年度の予算、財政計画におきましても、物価は五%上がると一方に宣言しながら米価はくぎづけするということは、どこから考えても、農民に対するはだの触れ合う、情けのある態度だとは言えないのです。根元を正さずして裏っ端だけで、農政担当の当局やくわを振る農民の血と涙と汗だけでは、農業は発展しないのです。政治の根本に今日の問題があると思うのです。今日の独占資本本位の、農業など一切無視したがむしゃらな高度成長政策の結果だと思う。あらゆる農産物にバランスがとれなくなったのだって、いわゆる通貨の膨張によるインフレでしょう。決して野菜が高いからわが国の物価が高いんじゃないのです。寄与率などというむずかしいことばを言うのですが、そんなものが物価騰貴の原因だというなら笑われるわけです。結局、インフレというものは何によって起きるか、物の生産と通貨の関係でしょう。これは子供といえども知っているし、経済学が教えているところなんです。それを、てまえらの農政の間違いから農業生産が無計画的になり、あるときは余ってただになる。なければ、その翌年は、卵でも豚肉でも野菜でも騰貴する。この責任を農民に転嫁しながら国民生活を安定させることは不可能なんです。 農業の任務というものは、いい食糧を豊富に、そして低廉に供給するところが農業の任務であり、それを達成させるのは農業の政策なんです。こういう使命感があればこそ、農民というものは今日までやってきたのです。あなた方はこの本質を忘れてしまって、ただ目先の金銭だけを追求する農政を今日まで継続してきた。輸出が順調に伸びている間は、いまのような農業政策でもやっていけるかもしれない。飼料の輸入にしても、主食糧の麦をはじめとする輸入にしましても、総輸出の伸びを上回るような輸入でしょう。 現にゆうべも私はテレビで見ましたが、アメリカに日本産の自動車が大量に輸出されることによって、アメリカの産業が十億ドル以上の打撃を受けているという。やがては、わが国の工業生産物の輸出だって重大な壁にぶつかるだろう。それを考えるならば、最終消費財である主食をはじめ飼料にしましても、いままでのように国内生産をほとんど壊滅させて、安いから海外にたよるということはきわめて困難になる。これは火を見るより明らかです。そうなることによって、わが国の経済の自主性というものがおそろしく困難になることは明らかでしょう。農業の問題は、単に食糧問題だけじゃない。一国の自主独立を守るために、何としても可能な限りの努力をしなければならないのが農業の特徴です。 事実を申し上げるならば、いま中ソの非常にきびしい対立の中において、朝鮮民主主義人民共和国というあの新しい社会主義国家が、なぜ自主独立の道を歩んでいるかというのは、きわめて早い時期に農業政策に成功したからです。こういう事実を見落としてはならぬと思うのであります。それは資本主義国であろうが、社会主義国であろうが同じであろうと思う。あの朝鮮戦争の廃墟の中からあの国でさえできる農業を、気候、風土においてももっと恵まれている、科学、技術、経済の発展においても何十倍も恵まれている日本ができないという理由はない。これと相反する道を行ったのはインドネシアでしょう。そのために、すでにわが行く自主の道を放棄して、海外依存、海外追随の道を歩いている。一国の自主独立というものが、武力だけで守れるというのは自民党だけの考えです。われわれは国家と民族に責任を持つ農業を要求するのです。 こういう観点に立ったとき、あなた方はいままでやってきた農業政策を大きく反省しなければならぬはずだ。このことに対するあなたの決意をお聞きしたい。
○長谷川国務大臣 もう米内山さんは昨日からも委員会においでになって、私の考え方というものもお話し申し上げましたから、くどいことは申しませんけれども、そういう御指摘のような点もありました。であるからこそ、この際施策というものを考え直さなければならないときにも来ておるし、また、どうしても国内において生産でき得ないものは、これは輸入していくというようなことも、これもやむを得ないだろう。それは飼料の中のマイロとか、あるいはトウモロコシとか、とうていわが国では生産に合わぬというようなものがあるなら、こういうものはやむを得ないだろうというようなことも当然だろうと考えるのですが、もちろん物価というものは、需要と消費のそのバランスの上に確立するものであることも、それはそのとおりであります。であるからこそ、今日まで農政というものに取り組んで、お互いが与野党を問わずいろいろな御意見を出し、その意見の上に立って今日まで進めてきたのだろうと私は考えます。 したがって、ただいま輸出の話もあり、輸入の話もございました。なるほどそれほど日本が海外に輸出をしておる。であるから日本も農産物の輸入をせよと、これほど迫られても、本年は何一つ、一品でも輸入の自由化を許さなかったのです。これほどに、私もいかに日本の農業を保護していくかという、こういう点についての努力を傾けたということだけは知ってもらいたいと思う。ただ、お話の中に、今後さらに押し詰めていかなければならない、こういう点は、御指摘もありましたので、その点には十分考慮を払っていく必要があるということだけは、見のがすことはできないだろう、このように考えます。 インドネシアのお話もありましたが、東南アジア全体が、独立と同時に工業に移行すべく努力はしたけれども、結論としては、工業に移行することができなく、農業生産というものに重点を置いておる。これも見のがすことのできない事実でありまして、しかも、その生産にあたっては、日本みずからがその技術指導に当たっているという点も、御承知のとおりだと思う。こういう時期に立っての日本農業でございます。ですから、ほんとうに真剣に今後取り組んでいかなければならない事態にあるということだけは明らかであります。であるから、ただいまの御指摘等も十分に考慮に入れて、今後の農政というものは行なっていくべきであるということを、深く私たちは考えておるつもりであります。
○米内山委員 どうも話がかみ合いそうもありませんが、あなたのことばじりをとらえるようで失礼ですが、確かにあなたは農産物の自由化に対して、ことしは強く抵抗されたことはわれわれも承知しております。だが、すでに重大なものが自由化の状態になっているわけであります。帯を解いてしまってからパンツのひもだけ締めたって、これは貞操を守ることには絶対にならぬ。そういうことを農林大臣が手柄のごとく言うこと自体おかしい。世界のどんな工業先進国でも、食糧自給というものに対しての確信、信念というものは、あなたのような微弱なものじゃないのです。 わかりやすく言うならば、アメリカは世界一の工業国であると同時に、世界最高の農業国じゃないか。アメリカの工業を今日世界一にしたその基礎は、世界一のアメリカの農業であるということは、世界の農学者みな言っている。英国のような自然的な条件の悪いところでさえ、今日食糧の自給度を高めようとたいへんな努力をしているし、フランスはすでに食糧の自給度をオーバーしている。ヨーロッパでは、西ドイツが食糧自給度がやや低いと思われますけれども、だが、行ってみますと、六〇%以上の農耕地というものは家畜の飼料のために回っておりまして、ある家畜を減らして食糧の完全自給ということを考えている。 これは内部にはきわめて軍事的な問題も含むわけでありますが、しかしながら自民党は、国際的には非常に流動的なことを想定しながら今日の政治をやっているのじゃないですか。防衛費というものは、世界が恒久的平和だと確信するならばないはずだ。六百万トンという家畜のえさを遠い太平洋を越えて運搬しているが、もし政府が考えるような、アジア一帯のどこかに不安があるならば、飼料の輸送で届くことがおくれるかもしれない。そうしたならば、今日の豚にしろ鶏にしろ、みんな金網のかごか鉄の格子の中で育っているのだから、人間が死ぬ前に家畜が全滅するじゃないですか。ただ安直にアメリカ農産物の加工農業みたいなのが選択的拡大だ、企業的な農業だと考えていくならば、それだけでも日本の農業は破滅するのですよ。家畜のない農業というものはあり得ない。 今日、無家畜農家はどんどんふえている。そうして利潤が低いから大羽数とか多頭飼育になって、地力はやせていきます。一たん衰えた地力というものは、十年や二十年で簡単に回復しない。こういう農業の原則さえはずれた農業を、構造改善だ、選択的拡大だと言っているのは、長い目で見るならば農業を滅ぼしつつある。日本でできないから安い外国のものを買うのだというような簡単な論理では、この問題は片づかないのです。大臣、これは隣にいる局長などから聞いてみたいが、いまの日本の農業がこういうふうな——政府が追いやったのか奨励したのか知らないが、二十羽、三十羽の鶏も飼えない、二頭、三頭の豚も飼えないような無家畜農家だけがふえて、そうして山岳部に草地をつくって肉牛をつくったって、それがどうして水田や畑に還元されるでしょう。 われわれは、単にいまの問題じゃなく、長い目で見て、今日の農業政策のやり方、農林省の農林行政というものに非常なる不安を抱いている。私は、この点に対する農林省の御見解を承りたい。
○大和田政府委員 私ども、国内で生産できる農産物は、やはりできるだけ国内で自給することは当然であろうと思います。しかし、日本のように農耕地の少ないところで、また一億の国民が食欲旺盛で、年率四%程度も食糧の消費の増加があるという国で、すべての農産物について自給をするということはきわめて困難であるし、また、得策であるかどうかということについては疑問でございます。 したがって、昨年の十一月にお示しいたしました農産物の長期見通しでも、将来にわたって米は完全自給、それから畜産物、果樹、野菜のようなものは、生産振興することについてそれぞれ非常にむずかしい問題がありますけれども、片一方で需要が強く、また政府の施策よろしきを得、また農家が十分に努力してもらえば、ほぼ自給に近いようなところまで生産をふやすことができるようなものは、ぜひそういう線に進める。しかし、お説のような大豆、トウモロコシ等々、集約的な零細農業ではなかなかコストの切り下げがむずかしいし、完全自給ということはほとんど不可能なものについては、主産地については合理的な生産を進めることはもちろん大切でありますけれども、全体としては、輸入に依存せざるを得ないというふうに私は考えます。 全体として、とにかくこれだけ食品が高度化し、また需要の強い国民に対して、総体としていい質の農産物をできるだけ自給に持っていくという御趣旨は、私もそのとおりだと思いますけれども、やはり農産物の種類によって、区分けが必要だろうというふうに思います。 それから、すべて農家が鶏なり牛なりを飼う、そういう農家あるいは農村が望ましいではないかという御趣旨でありますが、農業の中でもあるいは農業の外でも、これだけ所得が増加して生活水準が高くなりますと、やはり昔の農家のように、それぞれいろいろなものを手広く少しずつやっていく農業というものは、なかなか時運の進展に伴わない。複合経営あるいは単一経営どちらでもいいわけですけれども、そういう個々の農家がいろいろな農作物に少しずつ手をつける、あるいは畜産物についてそれぞれいろいろなものを少しずつやるという形では、これからはなかなかまいらないというふうに私は思います。それは先生よく御承知と思いますから、別に海外のことを申し上げる必要もないわけですけれども、どこの国の農業でも、そういうものからだんだん脱皮して、ある程度まで専門化していくことが必然の道ではないか。そういう過程において、いままでのいろいろな多くのものをつくっていた時代というものが、だんだん整理されるということも必要であって、要は、どういう形で農業経営を強め、また、農家の生活程度を上げるかということだと思います。
○米内山委員 具体的な畜産の問題や飼料生産の問題については、あとでお聞きすることにしますが、ただ、私どもの言う食糧自給というのは、何もバナナまで日本でつくれということじゃないのです。農業の基本的なものについては、何としても自給しなければならぬ。今日はやはり国際間の格差があるから、輸入したほうが安いというけれども、いわゆる開発途上国だって、長い目で見るならば賃金も上がり、必ずしも原料の産地でなくなることは予想される。日本だけがいつまでも永久的に、アジアにおけるこういう形態というものは許されぬと思う。こういう長い目で見ないで、農業政策というものは考えられるものじゃないのです。 しかも、コストの問題になりますが、これはあらゆる面から議論しなければならぬ。カナダやオーストラリアやソ連やアメリカのような農業は、当然日本にはできないことは、やはり自然条件が基底でありますが、少なくともベルギーとかオランダとかあるいはスイスというような程度の農業は、日本の技術と日本の農民の持っている能力、日本の持っている経済力でやるならばできるわけです。農耕地は狭いというけれども、日本の土地はまだ決して狭くない。スイスよりも農耕利用地がはるかに低いわが国において、やれないのじゃなくてやらないのだ。このことは農林省の官僚にはできることじゃなくて、農林大臣ならばできる。今日の財政のパターンを変えていけばできるのです。むしろ他の国々よりも農業的には自然条件は恵まれている。いまのように、やりやすいものだけやっていこうというような考え方では、これもしくじるでしょう。 いい食糧を供給したいとおっしゃることは、たん白質食糧としては、次にはあなた方は肉牛のことを考えておられると思いますが、素牛を十七、八万で買って、三万円の濃厚飼料を食わせて、二十五万円で売ってみたところで、一頭について手間賃になるのは三万しかない。いま出かせぎすると、東北の農民であれば一冬に二十五万か三十万。そうすると、肉牛十頭を飼育することは一冬の出かせぎにも満たないということです。この経済的な環境を考えなければできるものじゃないのですよ。だから、あなた方は口先で、あれがいいこれがいいと言ったって、これはきわめて観念論です。しかも、これに対して国の出す財政上の負担というものはスズメの涙のようなものとすれば、農民に単なる期待、だけを持たせて、空転農政にならざるを得ないと思う。私は、際限なくこういう論議を続けたくないけれども、しかし、この問題だけは何としても解決しなければならない問題だと思います。 論点を変えます。きのうもこの委員会で問題になりました、ソ連船のわが国漁場領域に対する侵入の問題であります。これはまことに重大であります。わが国とソ連とは国情が違う。お互いにこれから国際社会において平和裏に共存していこうというならば、お互いの国情というものを理解し合うことから出発しなければならぬと思うのであります。単に、伊豆沖はサバの好漁場だから資源問題として重大だということだけでは、私は不十分だと思うのです。ソ連のような計画経済の国であるならば、どこの企業体がとろうと、国家として何百万トンの魚をとれば事足りるのであるが、わが国の場合は、一人の漁師が何百匹つれるかということは、その人の生活に直接結びつく。こういうわが国の沿岸漁業の実態というものを表面に出して、資源の問題とからみ合わせて、これからの国際漁業というものを考えない限り、かけ引きだけでできるものじゃなかろうと思う。 今日まで日本の対ソ漁業というものは、かつての日露戦争後の武力を背景にした漁業の延長にすぎない。そのころのソ連というものと今日のソ連というものは違うし、それを単なる既得権益擁護というような、いわゆる軍国主義的なものの考え方を背景にしては、私は絶対に問題は前進的にはならぬと思うのです。このままでいくと、日本の漁業というものはますます重大な危機にさらされると思うのです。もう枝葉の技術論で、国際漁業というものは解決できない段階にきておるのではないかと思うのです。 特に、私は水産専門家じゃありませんけれども、水産資源というものに対して、いろいろと自然科学的な点から考えるとおかしいと思う。うそかほんとうか知らないけれども、今度のタラバガニの交渉において、日本の水産専門家が、カニは大陸だな資源でないと主張したいためかどうか知らぬけれども、カニは泳ぐんだということを、海中のテレビカメラで見たというようなことを根拠にして言いますが、これは子供の論議にひとしいのじゃなかろうかと思う。こんなことではソ連の水産専門家に笑われます。確かにカニもふ化当初は浮遊しましょう。だが親になったカニが、いかにテレビカメラで見た瞬間にどろの上から足が浮いていたって、これは泳ぐというものじゃないでしょう。ノミがはねるのとトンボが飛ぶというのを混同してはだめなんだ。これはほんとうかうそか知らないけれども、大体ソ連専門家から聞くと、日本の専門家ないしは専門家よりも実際に漁政を担当しておる諸君は、水産資源に対する理化学的な知識があっても、これは政治なり経済に支配されている。こういうふうなことでできるものじゃない。 そこで私は聞きたいことは、すでにソ連船がわが国の沿海に来ておることは、きょうに始まったことじゃない。たまたまこれは東京近傍であるから話題になったので、すでに北海道、東北の沿海には、去年、おととしあたりからこの問題があったはずだ。まずこのことについて、この情報について、水産庁はどういうふうな把握をしておるか、今日までこれに対してどう対応されたかをお聞きしたい。
○森本政府委員 ソ連船の状況でございますが、数年前から、御承知のようにソ連船が日本の近海で操業をしております。最初のうちは、地域も北のほうといいますか、北海道といったようなことで、北のほうから漸次、北陸の沖あるいは関東近海といったようなところに操業の範囲が移ってきております。 それから、最初のうちは、かなり調査的なといいますか、そういう形になっておりましたが、最近の操業の状態は、それをやや大規模にしたような形で操業がなされてきておる。一口に言いますと、そういう概況になっております。 どういうことをやってきたかということでございますが、御承知のように、ソ連船の操業は領海から相当遠いといいますか、公海の中において操業をされておるというふうなことでございますから、国際的な慣行ないし取りきめといったような点から申しますと、わが国としても正式にこれに対して抗議をする、あるいは申し入れをするといった筋合いのものにはなかなかなりにくいというふうなことで、主としてわが国としては、その動向を見守るということであります。 ただ、ソ連船のそういった操業の状態なり何なりを調査するということで、日ソの間にございますところの技術協力の協定がございますが、それによりまして、わが国の専門家がソ連船に便乗といいますか、乗り組みをいたしまして、向こうの操業の状態というのを調べるというふうなことはやっております。 今回の関東近海におきますところのサバの操業につきましては、先般来数回申し上げておりますように、わが国として沿岸漁業といいますか、あるいは資源の保護といいますか、そういう観点からとっておりますところの自主的な調整、資源保護の措置、そういう観点からいたしましても、国際的な慣行からいっても、十分ソ連側に協力を要請するなり申し込みができるといったような性質のことでございますので、先般来申し上げておりますような経過に従って、厳重にソ連側に申し入れをしているというのが現在の経過でございます。
○米内山委員 とにかく、いまどき陳腐な領海三海里説なんという、徳川直後の大砲の弾が届くような距離でやったということを聞いていますが、いまのようなこういう時代に三海里説の国はきわめて少数の国になってしまったわけです。こういうふうなところにも一つの問題があるし、お互いに大陸だなというものをおれのものだと考えると同時に、世界人類の宝であるという考え方に立って、外交的にこれを進めるのが正しいことじゃなかろうかと思うのです。 ただ、いまおっしゃるとおり、国際公法上、条約上何もないからしかたないというのでは、これは私はおかしいと思うのです。国家と国家の間でも、せんじ詰めていけば人と人との関係と同じじゃないですか。法律に書いてないから何をやってもいいとか、どうされてもしかたないというようなことでは、一国の秩序も保てるものじゃない、世界の平和も保持できない。利害関係が対立すれば直ちに武力というようなことでは、これは古い世界にはそういうことはあり得たが、今後はあり得ないのです。たとえば、協約がないからとかいうことは、法律がないからということと同じでしょう。たとえば、川の橋を工事しているとき、馬車の通行を禁ずると書いてある。おれの車は牛車だから通ってもいいんだというようなことでは、国内的にも国際的にも問題がますます混乱するだけである。 だから、お互いに対等の立場というものを理解し合うところに解決というものがあるはずだし、そうしてその外交も、単に乱暴な日本の資本漁業を擁護するための卑屈な外交ではなしに、天然資源というものを世界各国人民の共通の資源として保護、愛護し、ふやすという観点に立つならば、この外交方針というものは成り立つと思うのです。 われわれは北洋漁業の実態というものをある程度知っております。その証拠は、長谷川農林大臣もすぐわかると思うが、スーパーマーケットへ行って一番安い種類のサケのかん詰めを買って開いてごらんなさい。どんなものが中から出てくるか。これはイワナみたいのかん詰めではないかというのが出る。資本というものはこういうものなんです。こういうことが外交を卑屈にしている。監視船を出しているからだいじょうぶだということではだめだ。政治家も魚をとる人もその気になって誠実になれば、これは外交的にまとまるのです。ソ連の資源当局がいつまでたっても日本の漁業に不信をぬぐい去らないのは、そういう点にもあると私は考える。 特に、わが国の沿岸漁業から見るならば、伊豆沖にても同じでありますが、たとえば、八戸の沖にしろ北海道の沖でも、常に一本づりとまき網と漁場を競合する。その際、だれが強くてだれが弱いかというと、道具の小さいものが大きい道具を持ったものに常に敗北している。そのために、漁業調整というものは行なわれているのでありますが、国際的に沿岸の漁場の調整が不可能だとしたならば、国内的な零細漁業とこういう中型漁業というものとの調整も無意味になるわけであります。私はこういう観点からも、ソ連漁船のこういう大規模な侵入というものは重大な問題だと思うのです。 青森県に、こういうふうに一万トン級のソ連漁船が二そう、付属船百五十トン型が七そう入っている。さらにその一週間あとに八千トン級の母船が二隻に、付属船三百トンのものが二十隻も入っているのです。こういうふうに、まるで沿岸の漁民から見れば初めて見る外国の漁労船なんです。黒船到来よりも動転している。これをこのままにして国内だけで調整しようといったってできない。漁場の調整が完全でなければ、資源の保護だってできない。 大臣、この問題は緊急を要する。すみやかにソ連に対して何とかの手だてを講ずべきであるが、何とかの方針がありますか。
○長谷川国務大臣 米内山さんは青森でございます。どうかひとつ、お説のようにお互いが国際的におきめになったことを尊重し合う、そういう点についての御指導をぜひともしていただきたいと私は念願をいたします。そういうような事態もありますので、こちらのほうの主張にも、つい幾らかの悩みもあることも知ってもらわなければならぬ。したがって、それがあるから弱腰になっているという意味ばかりではございません。要は、国際的にきめられてある範囲内においての海上の漁業でございますので、もとよりこれは外交的に解決をつけていかなければならぬのでございます。ですから、ソ連がよくいわれるように資源保護というものがいかに重要であるか、そういうものの基礎に立って、たとえば、あなたがいまおっしゃるようなサケ・マスに対しましても、北洋の漁業におきましても、全面的に日本は御協力を申し上げているはずでございますので、こういう点をぜひ理解してもらいたい。 伊豆沖のサバ漁業というものも、これは産卵地区であるからこそ、日本では一本づりしか許しておらない。こういう意味も、公海ではあるけれども御理解願いたい、そういうことで、いま外務省を通じましてせっかくいろいろなお願いやら交渉をいたしておるところでございます。ソ連にすれば、公海で漁をするのに何の異存がある。たとえば、日本が三海里といったって十二海里以上のところじゃないかというような点もあります。 おことばにもありましたように、わが国は海外に進出をしている。決して大企業擁護ばかりではございませんで、海外の漁業に当たるのに、大きな船でなければその漁に当たれないことも御承知のとおりだと思うのでございまして、十分そういうような点も考慮に入れて、おっしゃるように、両国とも理解をし合う上で初めてそれが成立するんだと思うのです。であるからこそ、順序を立てていまソ連に対する交渉を外務省がやっておるところでございますので、どうか御理解願いたいと思います。
○米内山委員 最後に、食管制度の問題についてお伺いしておきたいと思います。実はきょうは米の問題を申し上げたいと思ったが、時間がなくなりましたから、あとあとのために一応問題点だけをお聞きしておくつもりであります。 食管制護持とか堅持とかいうことを言っていますが、空洞化した食糧管理法を改正しないで、食管制堅持とは言えるものじゃないのです。しかも、きのうの民社党の委員の質疑に対して、法律を無理して曲げて解釈しているんじゃないかという疑いが私にあるわけです。私は法律の専門家じゃありませんから、単に肉眼的、直感的に質疑をしておきますが、昭和十七年にあの法律が立法されたときの状態から考えて、いまの政府の考え方は少し無理な解釈をしているのじゃないか。確かに時代も変わり情勢も変わるから、その運用においては変化があり得るとしても、法の根本的な精神から条文が出ているのでありますから、それをかってに解釈して合法だなどと言うことは、私がさっき申し上げた、馬車は通るべからずというのに、おれののは牛車だから通っていいんだ、おれは自転車だからいいんだというのとほぼ似たような乱暴な、横暴な解釈じゃないか。政治が混乱するときには、常に官僚がこういうサル知恵、小知恵を出して政治家を誤らせる。 昭和十七年というのはあの戦争でしょう。やみ米の三分の一以下で、全量供出というよりも巻き上げのための法律だ。戦後に至りましても、われわれの政府に売る米は外米よりも安かった。それが昭和二十七年ころまで続いていましょう。日本の生産者米価は外米の価格の七〇%で、外米が日本の生産者米価の七〇%までになるには、さらにまた数年経過している。そうすると、まずい分を差し引くと、その間は日本の農民は外米並みに政府に売ってきたということです。こういうときに、余ってきたからこれを自由に売ってもいいとかということは、ぼくは立法の精神としてはなかったと思う。ただこういうことを予想しなかったから書いていないというだけのことじゃなかろうかと思う。 しかも、これに対してどういうことか、この点ぼくは農林大臣から聞いておきたいが、経済同友会という資本家の有力な団体が昭和四十一年の十一月に、政府に対して、昭和四十四年までに間接統制に移せ、準備期間を置いて数年後には完全に食糧管理法をなくせと言ってきた。足取りを見ると、まさに財界の言うとおりに歩いたと思う。 自主流通ということばを使うけれども、だれが自主的にやったのですか。農民がこれを望んでいるならば、農民は自主的にいい米を高く売ろうということになるが、この主役は農林省じゃないですか。そして農協に押しつけているんじゃないですか。ですから、今日全国に自主流通米反対という農協中心の大会が開かれているのも事実じゃないか。ただ泣く子と地頭に勝てない、長いものに巻かれろということで、農協の中央一部幹部がこれに迎合、追随しているにすぎない。 しかも、このことはだれを利するかということです。おいしいかもしれないが、高くなることは明らかでしょう。いいものを安く国民に供給すると言いながら、おいしいかわり高いなどということはおかしいじゃありませんか。しかも、これは少数の人だけが、金を持った人だけがうまい米を食える。こんな不公平な政治はあるものじゃない。しかも、米のまずいのを品種やそういうものに責任を転嫁しようとしている。しかも、農民はまずくとも多くとれる米を売っているといって、増産に励んだ農民を悪者扱いするような宣伝じゃないですか。地方でも都会でも、うまい米とうまくない米のあることは知っているが、あなた方公平な行政の衝にある者として、まずい米とおいしい米の両極端はわかるかもしれないが、その接近した部分はわかるはずがない。これは、ちょうどはげ頭と毛抜け頭の境と同じだ。どうして公平、合理的な格づけができるか。こういうふうな思いつきみたいなことでやること自体おかしい。一番米をまずくしたのは政府じゃないですか。 昭和四十年から四十二年まで百何十万トンの米を輸入している。この米は、まずい米であることは明らかでしょう。袋詰めにしてデパートやスーパーで売った米は何トン売れたか。そのときの米の需要量の一%も売れてない。だからこのまずい百何十万トンの米を、皆さんは大都市で、政府配給米にまぜて強制的に食わせたじゃないか。だから東京とか大阪に限って、米がまずいという声が数年前から起きてきたんだ。これが最大の原因ですよ。米をまずくしたのは、過剰輸入した米を、諸君が日本の農民がつくったおいしい米に過大にまぜて強制的に食わせたためです。あれは自由販売だといってもだれも買うものじゃない。こうしたことを、まずいまずいとマスコミを総動員して宣伝させて、そして政府が管理するからまずいんだ、管理をはずせばおいしくなるんだというようなことでつくり上げた世論なんだ。消費者にも生産者にもそう思い込ませている。うそも三べん言えばほんとうになるというのは、ヒトラーの子分が言ったことなんだ。君たちはこういううそを根拠にして、あやまった農政を展開しようとしている。 したがって、自主流通米はわれわれは非常に警戒している。まだ要綱も出ていないから詳しく論議することはないけれども、長谷川さん、米のまずいのは確かに品種的にもある、政府の管理の倉庫が悪い点もある。おいしい米を食わせるなら、この根本を直せばいいのです。何も食管法のどてっ腹に大きな穴を明けるような、見えすいたサル芝居のようなことをやるよりも、管理の中でおいしい米を供給することは可能であるとわれわれは思う。これ以外に方法がなくて言うのかどうか承りたい。
○長谷川国務大臣 米内山さんみずからが、うまい米があることもまずい米があることも知っているんだそうですけれども、今日、消費者がうまい米を食べたいと要求することは当然なことだと思う。といって、いまの食管法で、うまい米でなければつくってはならぬということもちょっと困難じゃないでしょうか。しかし、消費者が要求しているうまい米に移行してもらいたいという考えのあることも、いなめないところの事実であります。 お話のあったように、昭和十七年につくった食管法というものは、なるほど消費者にいかに安定した供給を、しかも平等に与えるかというような考え方の上に立って、食管法というものがつくられたんだと私は思います。しかし、それには生産というものも考えなければならぬ。そこで、生産というものに保護政策を加えつつ生産量を高めていった結果、今日、農業という技術の発展、あるいは農薬もしかりであり機械もそうであるが、すべてのものが整って今日の生産が高まってきた。ところが、逆に一人一人の消費量というものは減少をしておる。こういう点も見のがすことのできない事実でありまして、私たちは、決して食管法というものをなくそうなどという考えは今日持っておりません。 なるほど、消費者団体からは食管法をなくせという陳情はたくさん来ております。たくさん来ているけれども、食管法というものはあくまで維持していかなければならない。そういう立場の上に立って、ではどうすればいいか、こういうような考え方を持っておるのでありまして、御指摘の中にありましたけれども、買い入れ制限はしないんでございますから、もし買い入れ制限をするとか、これより多くつくってはならぬということになるならば、御指摘の点も当たるかもしれませんけれども、御承知のように買い入れ制限はしないんです。そういう点もひとつ知っておいてもらわなければならないと思うのですが、以下こまかい点については、長官が来ておりますから、食糧庁長官から御説明を申し上げます。
○桧垣政府委員 聞き漏らしをしておる点があるかもしれませんが、御指摘の点に触れて簡単に御説明申し上げます。 自主流通米の実施が法律違反になるのではないかということは、昭和十七年の制定当時の立法の趣旨では、政府の管理米以外の流通を認めない趣旨で立法されておるのではないかという御指摘かと思いますが、確かに昭和十七年当時は、米の全体的不足を前提にした法律をつくり、またそういう運用をしたと思うのであります。食管法第三条の規定は、これは毎回申し上げておりますように、生産農家から政府が強制的に米を買い上げ得る権能を付与されたものであります。したがって、法律論から申せば、農民の一種の自由を拘束する規定でございまして、拘束する規定は、公益的な目的、食管法第一条の目的の範囲内でやるというのが筋であるというふうに理解するのが当然であろうと思います。でございますので、政府が国民食糧を確保し、国民経済の安定をはかるために食糧を管理し、価格、需給の調整をはかるため必要な範囲で三条の規定があるというふうに理解するのが、私は合理的であると思うのであります。 でございますから、今日の段階で自主流通米を認めましても、政府が国民食糧を確保し、需給の調整をはかるために、十分な政府の直接管理の米を持ち得る、またそういう法律に基づく運用が保証されておる限りにおきましては、私は、自主流通を認めることが何ら食管法違反ではないというふうに解釈をいたしておるわけであります。 それから、自主とは政府が押しつけるのではないかということでございますが、名のとおり自主でございまして、やり方としては、生産者の予約申し込みを全面的に政府が受け付けますが、そのうち、政府に売るよりも有利な条件で売れるものを自主流通に回すことを、農林大臣の許可にかけて認めようということでございますから、政府が自主流通を押しつけるというような態度は、毛頭とる気持ちはございますせん。 それから、うまい米を高く買わせるのはおかしいではないかという御意見のようでございますが、消費者の中には、自分は米の価格についてはこだわらないから、自分の選ぶ米を買いたいという層があれば、その道を開くことは、農林行政としてうまい農産物をできるだけ安く供給するという一般原則に、何ら反するとは思わないのでございます。 それから格づけを軽々にやるのはおかしいではないかという御指摘は、まさにそのとおりであり、各方面に、政府の買い入れ価格にも格づけをすべきではないかという御議論がございますが、行政的に格づけの基準を求めることは困難、むしろ不可能に近いというふうに思っておりまして、どういう米が消費者の段階でどういうふうに受けとめられるかということは、やはりこの自主流通を通じて初めて定着することではなかろうか。政府が考えますのは、自主流通によるそういう需要動向というものが定着した形の後に検討をするのが、順序であるというふうに私は思っておるのでございます。 なお、外米をまぜてまずい米を食わせた罪というおことばでございましたが、当時は混米をしなければ消費者の需要に対応できなかったのでございますから、そういう需給事情のもとで外米の混米をいたしましたことはやむを得なかったことである。現在は、御案内のように普通外米は自由流通になっております。また、準内地米につきましては、徳用米あるいは徳用上米ということで、消費者の希望に応じて配給がされるということでございまして、現在のような余裕のある需給事情のもとで、外米を無理に混米してまずい米を配給するという考えは毛頭持っておりません。
○米内山委員 いまの食糧庁長官の混米のことについては、あとで具体的数字に基づいて論議したいと思います。きょうは時間がないからやめますが、ただ、自主流通米というものにつきまして一言述べておきたい。 これは一つのインチキ政策、愚民政策ではないかと思います。というのは、事実というものを抜きにして結果からだけものを論議して、管理米がまずいから自主流通米にすればうまくなるなんていうことは、ちょっと論理の飛躍があるのです。というのは、故意に強制的にまずいものを食わせておいて、そうしてはずせばういまのだというのは、ちょっとここに間違いをおかすのです。朝三暮四ということばがどこから出たかというと、サルを養うのに、朝に三つ食わして晩に四つというとサルが喜ぶ。ところが、朝四っ食わせて晩は一つ減らすといえば、サルが腹を立てるというのですが、これは二千年も前の中国の政治の要諦なんです。こういうところから愚民政策というものがあるのですが、必ずこれは朝三暮四のインチキだということが、この国会で暴露されることを私は信じております。 これだけ申し上げ、答弁は必要としないが、質問を打ち切ります。
○丹羽委員長 本会議終了後直ちに再開することとし、暫時休憩いたします。 午後零時九分休憩 ————◇————— 午後三時十七分開議
○丹羽委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。 午前の会議に引き続き質疑を続行いたします。森義視君。
○森委員 一昨日の予算分科会で、三十分という限られた時間の中で、林業労働問題にしぼって御質問を申し上げたのですが、時間切れで十分な答弁を得られませんでしたので、林業問題に関する件を、本論に入る前に、この前の予算分科会で予定をしておった残りを最初にお尋ねしたいと思います。 これは昨年の三月十四日の当委員会における私の質問に対して、農林大臣、林野庁長官とも大体同じような御答弁をいただいておるわけですが、日本の林業の将来を展望する場合に、優秀な林業労働力をどう確保するかということはきわめて重要な問題である。そのためには、青年労働者が喜んで山村に住みつけるような、そういう施策をぜひともわれわれはやっていきたい、こういう答弁を西村農林大臣、また片山長官にも同じような趣旨の答弁をいただいておるわけです。 そこで、林業労働力、特に若年労働力の確保のために、来年度の予算措置の中でどういうことを考えておられるのか。私は、林業関係の一般会計のあれを見ますと、全体の伸びは一四・九%であるにかかわりませず、労働力対策というのはほとんど伸びを示しておらないわけであります。したがって、林業労働力確保のための予算としてはほとんど前年と変わりはない。単に百七万六千円だけが数字の上ではふえたことに、林業労働対策費としてなっております。その程度であります。こういうことでは、大臣も長官も同じように、林業労働力を確保するということは、当面のわが国林業が直面している重要な課題を解決する一つの大きな課題であるということを認識し、前向きの姿勢で考えたいという答弁をしながら、予算的に何の裏づけの措置もしておらない。こういう点について、こういう面で予算的な裏づけもしておるし、具体的にこういう措置も考えておるということがあればお聞かせを願いたい。これをまず第一にお尋ねをいたします。
○片山政府委員 林業労働力の確保ということにつきましての御質問でございますが、なるほど先生のおっしゃるとおり、林業労働力の確保のための予算といたしましては、去年に比較しまして大体一一%程度の伸びとわれわれ思っております。 内容としましては、御承知のように四百六十カ町村を対象にしまして、労働力の需給問題あるいはそれの通年化の問題、そういうものを推進するという予算がございます。来年度は、四百六十カ町村のうち、その半分の二百三十カ町村、新たにそういう市町村を指定いたしまして需給度を把握する、一方、残った二百三十カ町村につきましては、通年化を推進するという予算の内容でございます。これは予算的にはあまりふえておりません。 しかし、もう一点は、林業労働の今後の近代化に即するための機械の研修、そういうものを対象にしまして、来年度予算はある程度の幅を持った増加をいたしたわけでございます。これは推定でございますが、四万名くらいはこれによって機械労務の研修はできるのではないかと判断をいたしておるわけでございます。 それからもう一点は、林業労務というものはわれわれは通年を目途にやっておるわけでございますけれども、遺憾ながら季節性その他で年間就業できないという場合もある。あるいはそういう事業かもしれないということから、いわゆる不就業の期間をどうすべきかという問題と真剣に取り組むという意味で、調査費を来年度新たにもらったわけでございます。 そのようなことで、大体一一%程度の伸びでございますが、労働力確保というものは、単にこれだけの予算でできる問題だとわれわれ思っておりません。要は、林業経営全般の問題が時代に即応するような経営体系になっていくということ、それから、それに伴いまして労務者も雇用の安定がはかられ、社会保障等もそれによって対応できていけるということ、そういうものと関連してこれが初めて成り立つというふうに思うわけでございます。 そこで、いろいろな問題、これは単に林業問題としては解決できない。この前も御答弁申し上げましたように、青少年の方が魅力のある産業としてそこに残るためには、やはりまずその住む場所、環境、そういうものもまた整備されていかなければならぬというふうに思うわけでございます。したがいまして、山村振興法に基づくいろいろな予算その他の問題、あるいは私のほうの林業問題にとりますれば林業構造改善、あるいは林道、造林、そういうものを計画的に進めていくことがとりもなおさず安定に通じていくという、そういう政策との関連において確保してまいりたいと思っておるわけでございます。 したがいまして、労務対策予算二%程度の伸びでございますけれども、それだけで御判断いただかないで、やはり総合した施策の中で進めてまいりたいと思う次第でございます。
○森委員 昨年度の森林法の一部改正のときに、実は私は、労働力確保のためには労使関係の近代化をはかることが重要である、こういうことについて長官とここで論争したことをいま思い出すわけです。 そこで、その論争のときの最終的な西村農林大臣の答弁を、いま会議録から拾ってみたのですが、そこにははっきりと、労使関係の近代化が、総生産増大についての基盤整備とともに重要な問題であるということを、西村農林大臣は答弁しておられるわけです。特に、優秀な労働力の確保という見地からいくならば、青年労働者が山村に喜んで残るためには、都市の若年労働力が、都市の一般工業で労使関係が確立している中で、自分たちの主張を、労働法の保護のもとに堂々と述べられる体制、そういうものが山村にはない。そういう労使関係の近代化が行なわれていないところに、若年労働力が喜んで残る条件がないのだということで論争したわけであります。それに対しては、西村農林大臣ははっきりと、若年労働力が山村に残るためには、労使関係の近代化が必要であるというふうに、私の主張を肯定しておる答弁をしておられます。 さすれば、この重要な労働問題についてあれだけの時間を費やしてお互い議論をし、そして担当大臣も私の主張を肯定された以上は、そういう立場に立った労使関使というものを確立するために必要な予算的措置、そういうものが考えられていいのではないか、そういうふうに実は考えるわけであります。そういうふうに国会の答弁で肯定されたことが、予算の裏づけを伴わないで、そのまま、答弁だけで終わってしまっておる。こういう形になってしまいますと、これから論議しようということが、またこの場限りの答弁に終わってしまって、何ら前進を見ないのではないか。せっかくあれだけの論議をして、大臣もそれを肯定しながら、先ほどの長官の答弁では、ほとんど予算的な裏づけの措置が講ぜられておらない。 全般の林業労働対策費というのが四千六百二十四万一千円、実に少ないわけです。それに新たに今度、先ほど申されましたような林業労働者不就業期間対策調査費が三百六十六万八千円含まれておる。これを除きますと、昨年より林業労働対策費が伸びておるのは、わずかに百七万六千円ですね。それでは、労働対策としての林野庁の取り組む姿勢というものが、その場限りの質疑応答に終わってしまって、何らそのことが政策の上に生かされておらない、私はこういうふうになるんじゃないかと思うわけです。そういう点から、私は林業労働力、とりわけ優秀な若年労働力確保のための考え方というものを、この際はっきりとしていただきたい。 私は、まず賃金の問題、労働環境の問題、労使慣行の近代化の問題、特に社会保障の問題、こういう問題が、当面、若年労働力を山村に引き続き喜んで、希望をもって残らすための前提条件になるのではないかということを、この前の論争の中でも主張してきたわけです。 〔委員長退席、安倍委員長代理着席〕 そういう山村労働力が、特に若年労働力が残るような条件というものを、予算的措置の中でどう組んできておるかというふうな内容を説明していただかないと、私は、質問しておる内容に対する親切な長官の答弁にはならない、こういうふうに思うのです。 特に、労使関係の近代化の問題について、林野庁長官はあくまでも森林組合の施業班を育成していく、そういう立場を貫かれるのかどうか。私はあのときに、森林組合の施業班というのは、労働法上から認められた三権を持たない団体であって、何ら労使関係の近代化にならない、封建的な雇用関係をそのまま温存して、ただ単に陳情、請願する労働者の組織にすぎない、これじゃだめだということを強く主張し、そしてあくまでも労働組合の組織化を進めていく、そして近代的なそういう権利関係の主張ができるような、そういう組織を考えていかないとだめだということを主張して、そのことを西村農林大臣は肯定をされた、こういうふうに理解をするわけであります。そのことについて長官はどういうふうに御理解をしておられるのか、また、理解はしておるけれども、具体的に進めるにはいろいろな調査資料が必要であるから、いま直ちに進められないとするならば、どういう方法を今後考えていこうと思っておられるのか、そういうこともあわせてお聞かせ願いたいと思うわけです。
○片山政府委員 林業にも優秀な労務というものを確保してまいる、あるいはそうしなければならぬ、それは私もそのとおりだと思っておるわけでございます。ただ、それを進めるには、先ほどもちょっと触れましたように、労務単独でやるのではなしに、やはり経営との問題でこれは解決していかなければならぬ。たとえば、現在遺憾ながら森林所有者というのは、非常にばらばらの小所有者、零細所有者が多いのが現状でございます。そういう中でこれを合理的に進めようといっても、それはなかなかできにくい姿が現実にあるわけでございます。 そこで、先ほど申しました労働対策というものが四千九百万円程度で一一%の伸びで少ないじゃないかというおしかりでございますが、それはこだけじゃなしに、たとえば、一つの経営問題を取り上げますと、林業構造改善事業というものをやっております。これはまさしくそういう零細なものを一つの経営体に持っていく、経営を合理化するように持っていく。そういう姿の中でやはりそういう労務問題も解決するというためにやっているわけでございますので、そういう林業構造改善予算の中には含まれております。それは、ことしは百四十カ所、来年は百六十カ所やります。そうすると、合計三百七十カ所現実にそれを改善しつつある。今年度は、三百三十カ所で四十カ所ほどふえている。この目標は、千二百八十余カ町村を目標にわれわれは推進しているわけでございます。森林組合がそういうものを協業化する基盤をつくっていく、その中で経営を合理的に計画的にやっていく。これも昨年の森林法改正でお認めをいただいたわけでございますが、森林を計画的にやっていくという中で労務というものは安定していけるのじゃないか。また、そういう指導をいたしておるわけでございます。 その際に、先生御指摘のございました労務班というのは、確かに現在森林組合の中で四割ぐらいつくっております。これは非常な勢いで伸びてきております。それは、ただいま申しました林業構造改善事業が功を奏しまして、協業的にものごとを進めていくという中で非常に伸びてきたわけでございます。 ただ、その労務班が労働三法とどう、だということでございましたが、その労務班の班員の人たちが、自主的に労働組合法に基づいて手続によってつくっていかれる、これは望ましいことじゃないだろうか、私はこういうふうに思っておる次第でございます。その中で安定した労務、安定した経営をやってまいりたい、かように思っておる次第でございます。
○森委員 この問題にこだわっておると前に進みませんけれども、もうちょっとこの問題で議論をしておきたいと思うわけです。 いまおっしゃるように、労務班は確かに林野庁の指導によって、森林組合のしりをたたいてできつつあります。これは現在の森林組合単位で雇用されている労働者が、労務班という形のいわゆる一つの団体をつくっているだけであって、若い者が、そういうふうな労務班という形の中に希望をつないで、喜んでその組織下で協力していけるようなそういうものじゃないと思うのです。現在の林業労働者には何の権利も与えておらないし、特に民有林の労働者が、こういう森林組合単位に労務班をつくっていく、そういうことを林野庁も指導していっているが、しかしこれは、いわゆる若い労働者に希望を持って山村に住みつかすための組織にはならない。いままで何の権利も持たない者が一つのグループをつくっておる、そういう形にすぎない、こういうふうに思うわけです。もちろん、労働者が山村へいろいろの希望を持って住みつけるような前提条件には、経営が安定し林業が栄えていく、そういうことがきわめて重要であります。そういう条件がなければ、労働者に生活を維持する賃金を支払うこともできません。 ところが、林野庁のほうでは、林業の経営の安定単位というものをどういうところに置いて指導していくのだろうか、こういうことを私はお聞きしたいわけです。いままでやったのは、林業の零細規模の協業化、こういうことをやっておられます。あるいは大山林所有地主の問題、それから国有林という大きな一つの占有された企業体の問題こういうふうに三つに分けられるわけですが、林野庁でどういう規模の林業が今日時点における安定した経営として、いわゆる農業が自立経営を指導の目標に置いているそれに対比して、どういう規模の林業が林野庁として指導の対象になるのか。また、どういう規模の林業に林野庁は重点を置いて指導の目標をきめておるのか。安定した林業、安定した林業という先ほどからの長官のことばでございますので、どういう規模の林業が安定した林業なのか、そのことをお聞かせ願って、その単位で労働組合というものがどういう形でつくられていくかということについては、いまの答弁をまって再質問をしてみたいと思うのです。どういう規模の林業が安定した林業なのか、そういう点について、長官からお答えを願いたいと思います。
○片山政府委員 林業は、御承知のように非常に零細な人から非常に大きな山を持っている人までございます。そこで、林業者として所得を一定にする、あるいは林業だけで生活を立てる、こういうことはなかなか林業の実態からむずかしいと私は判断します。 そこで、先生おっしゃるように、何が安定なのかということにつきましては、私はやはり一つの協業の中で、たとえていえば森林組合の協力の中で、年間的にあるいは継続的に、われわれのことばでいえば保続ということばで言っておりますが、毎年一定の漸増するようなものが保続的にずっとつながっていく、永久につながっていく、そういう経営を単位ごとにやっていくべきじゃないか。それは大きくてもいいし、あるいは一つの単位でもかまいません。しかし、保続でき得る単位によってこれは運営していくべきじゃないか、実はかように思いながら、実態の捕捉を指導していく所存でございます。
○森委員 長官、いまの答弁であなたは自信を持った答弁になっておりますか。私は、林業の経営規模というのですか、安定した林業というのはどういう経営規模を単位として考えろかと伺った。ところが、零細規模のものでも大規模のものでも、とにかく一定の林業として継続的に経営できていくならば、それは安定したものだ、こういう考え方で答弁をしておられるわけです。それでは林野庁としての林業の指導の足がかりというか、目標というもの、そういうものをどこに置いているかということになると、小さいものでも大きいものでもそれでうまくやってくれればいいんだ、こういう言い方のようにとれるわけです。私は、やはりこれは日本の林業全体を基本的に考え直さなければ解決できない問題があるから、そういう問題にいま触れたくないから、長官はそういうふうな、とにかく現在大であろうと小であろうと保続的に経営できる単位を助長し、育成していくという形で安定を考えているんだという、場当たり的な答弁しかできないんじゃないかと思いますけれども、もう少しこれは基本的に、日本の林業というものを将来どういう形にすれば一番いいのか、こういうことについて、林野庁としても御検討いただきたいと思うのです。これはいま学者の議論になっておるところでございます。だから、林野庁長官にいま直ちに、どういう規模の林業を日本の農林省が指導育成の対象にしておるということを、はっきり言えと言うのは無理だと思いますけれども、先ほどから安定した林業、安定した林業とおっしゃるから、何か特別なものを持っておられるのじゃないかと思ってお聞きしたわけです。 私は、話をもとへ戻しますが、奈良で昭和二十一年からずっと民有林の労働者の組織を育成してまいりました。これは戦前に労働組合をつくった経験を持っております。それらを基盤にして組織化をはかって、今日まで二十余年間、その組織がいろいろな面で活躍をしていることは長官も御承知のとおりであります。ああいう規模の自主的な労働者の組織が、全国の各民有林地帯にできていくことによってお互いに若年労働者がその地域に踏みとどまっていく、そういう方向へ運動が発展していくことを期待をし、今日まで進んできたわけです。それがなかなか軌道に乗らないというのは、林野庁の林業労働に対する指導方針が、私たちの考え方とまっこうから違っているわけです。いわゆる森林組合の施業班の育成、こういう形できておられるものですから、どうも努力のわりに実を結ばないというのが今日の実態であります。私は、この問題が根本的に解決されて、山村の若い人々が、おれたちの労働条件について団結権を持ってものが言えるんだ、自分たちの将来について、近い将来には大地主がほんとうに経営者というか、資本家だけになってしまって、経営の主体はおれたちの組合が握るんだ、ほんとうにそういう希望や抱負を持ったときに、初めて日本の林業は若い人々が住みつけるような形になっていくのじゃないか。そこでは経営を労働組合がになっていく。それから、今日の林業家というか不在山林地主は、資本家として資本を投資しているにすぎない。こういう形にまで林業がなっていかなければ、封建的な雇用関係のままで、家族を含めて山林地主への隷属的な形で取り扱われておる中では、それを見ておる若い人々は山村に残らない。 おとといの質問の中でも、新中卒業生、新高卒業生がどれだけ林業に残ったか資料があるかと言ったら、答弁がなかった。これはないと思うのです。あっても恥ずかしくて出せないような数字だと思うのです。私はそのとき申し上げましたけれども、新中卒業生、新高卒業生の中で林業に残ったのは、ことし全国で四百名足らずです。そんな形でまいりますと、これから二十年先、三十年先という長期計画をつくって林業の将来性を考える場合に、山村には林業担当の労働者はおらなくなる、こういうふうに思いますので、いまのうちに林業労務対策の問題を、過去の封建的な雇用関係から脱却した近代的な労使関係に変える、そういう方針を御検討いただきたい。私は、林業の将来を憂えるあまりこういうふうに思うのです。 長官はそういう答弁をしておられますが、西村さんは、私が先ほど読んだように答弁しておられる。「そこで、私も総生産の増大、その基盤には、一つにはいわゆる林業の近代化という問題、その近代化には、経営の近代化、それにはもちろん資本なりその他の面からの近代化もありますし、労使関係の近代化、この点では、全くそういう観点からものはすべて考えられていかなければ、いわゆる優秀なる労働力の確保ということはできない。これはもう同感でございます。」こういうふうに西村大臣は言っておられるわけです。優秀な労働力の確保は、労使関係の近代化が前提になければできないということを大臣は言っておられるわけです。ところが、いまの長官の答弁ではまだそこまで踏み切らずに、いわゆる森林組合の労務班、これの育成で労働力の確保ができるんだという考え方に立っておられるわけですけれども、大臣いかがでしょう。先ほどからの答弁で大体わかっていただけたと思いますが……。
○長谷川国務大臣 大体、森さんのお話も承りましたし、長官の答弁も承りました。しかし、いずれにいたしましても、本年度これに対する調査費がついておることでございますから。それは森さんの御意見のようでもどうかと思うし、長官の御意見をいま聞いていても、そのとおりはどうかと思います。ですから、いずれにしても長官なら長官のほうとして、林野庁としては労働問題の確保はかくいきますというような一つの方針だけは明らかにしなければならないと思います。森さんの御意見をそのまま取り入れることは、なかなかむずかしいだろと思いますけれども、少なくとも段階的にはそういうふうな方向に向かって進むことが、まず第一の条件でなければならない、こういうふうに、私はいまお二方の論争を聞いていて思います。 その点については、今後、いま申し上げたように調査費もせっかくついたことでございますから、林野庁としてはこういうふうな労働力の確保で進む、そしてこれを近代化していきたいということを出して、また御批判は御批判として賜わるべきだ、こういうふうに考えます。
○森委員 大臣は労働力確保のために、さらに現在労働問題についての調査費をつけて調査しておるので、その調査の結果を待ってそういうように進める、こうおっしゃるのです。ところが大臣、いままでの労働問題の調査では、そういう形で調査費は使われておらないわけです。これは就労状態とかそういう状態だけの調査であって、労使関係の形の調査には使われていないのです。
○長谷川国務大臣 いずれにしても、就労もその中の条件の一つではあるけれども、せっかくついたのですから、林野庁のほうはかく方針でまいりますということだけは出させるようにいたそうじゃありませんか。そして森さんの御批判は御批判として別でございますが、そのように取り扱っていきたいと思います。
○森委員 そういうように大臣おっしゃいましたので、方針をはっきり出してほしい。これは、いままで出ておるのはあくまでも労務班の育成強化なんです。私はこの方針じゃだめだと言っているのです。それでは、もういつまでたっても封建的な雇用関係は抜けません。それでは若い人は住みつきません。これは厳然たる事実なんです。この事実を否定することはできないのだから、何か考えなければいかぬわけです。長官からもその点について、いま大臣の答弁があったことについて、長官の考え方を聞かしておいていただきたいと思います。大臣はよくかわりますのでね。
○片山政府委員 大臣のお答えのとおり、われわれも努力してまいりたいと思います。 ただ、先生は森林組合の労務班は非常に封建的だ、こうおっしゃいますが、私は、零細な所有者が一つの経営体を持つのはやはり森林組合でなかろうか。その森林組合が個々の所有者から委託を受けて施業をやるわけでありますから、これは所有者じゃなしに、経営者という立場でやるわけでございますから、その中で労務班が一つの作業を実施していくということですから、封建的という意味を、ちょっと私、理解しにくいわけでございますけれども、先生のおっしゃる優秀労務者を確保する、安定の方向へという意味では、真剣に検討してまいりたいと思う次第でございます。
○森委員 この問題は、時間もありませんのでこれでとどめまして、次の問題に入りたいと思います。 現在の日本の林業で一番重点的に要請されているのは、何といっても総生産の増大だと思います。どんどん需要が拡大していく。ところが、生産がそれに追いつかない。そこで、外材の輸入をして、その外材がどんどんふくれ上がっていって、需要木材の中で外材の占める分が四〇%をオーバーしようとしております。生産は三十六年以来横ばい状態で停滞をしているわけですから、ここで総生産をどう伸ばしていって、自給率を高めていくかということが、日本の林業に課せられた重大な使命だと思います。これは大臣の所信の中にも明らかにされているわけですが、生産増強のために必要な林道の整備、開発、これは一体どのように進んでおるのか、その林道の開発は生産増強にどう結びついているのか、このことをお聞きしたいわけです。 林道開発は、いわゆる生産基盤の整備という形で、生産増強につながる形で計画されておるのだから、実際は、林道が開発されますと、それに伴って生産が伸びてこなくちゃならないわけです。いままで林道がなかったところに林道をつくられることによって、過熟林がどんどん切り出されていく。そのことによって生産が伸びていく。こういう裏づけがなければ、林道の開発や整備や拡張というものが、生産増強と結びついたということにはならないわけですね。この点において、今日までの林道の整備拡張が、どういうふうに具体的に日本の林業の生産増大に結びついておるのか、その調査の資料があればお聞かせ願いたいと思います。
○片山政府委員 日本の森林が非常にたくさんあるにかかわらず、生産が停滞しておるじゃないか。これは、それなりの幾つかの理由がございます。しかし、先生のいまの御指摘は林道の問題でございますので、林道にしぼってお答え申し上げます。 御承知のように林道は、四十一年に閣議決定をしました長期需給見通し、森林の基本計画、こういうものを策定いたしまして、それに基づきまして林道を開設しておるわけでございます。ただ、林道を開設した場合の木材との関係はどうかという重ねての御質問だと思いますが、御承知のように、林道を開設するには一つの基準をつくってございます。大幹線、幹線、一般といろいろございますが、要は、一定蓄積以上の基準をつくっておりまして、ヘクタール当たり一定蓄積以上のものを対象にして開発をするということでございます。それには、いま申しました三つの大幹線、幹線、一般とそれぞれ単位が違いますけれども、一つの蓄積基準をもって開発しておるということでございます。 そこで、林道を開発したら、木材はどういうふうに出てくるのか、具体的にどうなのか。これは、林道をつくったから強制的に伐採を命ずるということはできません。しかし、林道をつくることにおいて、蓄積のあるところを開発しているわけでございますから、自然的にやはり出てきておるわけでございます。そういう意味で試みに、私のほうで一応幾つかの路線、幹線以上の私のほうの手元にあります六十三路線を実は調査をいたしたわけでございます。そういたしますと、林道開設前には一路線当たり、その林道の近いところで年間約二千五百立方しか出ておらなかったのが、林道を開設いたしますと、それが一万立方、約五倍にふえております。それから造林も、林道開設前には、その近辺だけで大体十三ヘクタールしかやっておらなかったのが三十三ヘクタール、これまた二・五倍に増加しております。そういう実態が調査の結果わかっております。したがいまして、林道開設によってやはり山の合理的な開発に踏み出していきたい。 ただ、ここでわれわれが期待したいのは、さらにこれを計画的にやってまいりたいということから、重複いたしますが、昨年森林法の一部改正をお願いして計画的にやってまいりたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
○森委員 いまの答弁ですが、林道開設をすることによって、いわゆる開設前よりも開設後のほうが、一路線当たり約四倍ですね。二千五百立米が一万立米になっておる、こういう例を説明されましたから。 そうすると、林道開発に伴って、こういう形で五倍の生産に結びつくならば、日本の林道開発計画に伴って、内地材の生産というものはずっと上がってこなければいかぬわけです。これだったら、長期需給計画のあれに、ずっとこんないまのような形にならずに、それを上回って出てくるような形になるんじゃないかと思うのですが、その点は、三十六年以降ほとんど生産は横ばいですね。林道開発に伴って、林道にこれだけ国家予算、一般会計の中で今度も百十九億四千七百万、いわゆる林業予算の約五分の一ですか、それだけつぎ込んでおられるわけですね。毎年治山、林道、造林というのが林業予算の中の大きな部面を、特別会計を除いて一般会計では占めているわけですが、それだけの金をつぎ込んでおられて、なおかつ生産が横ばい、全然上がってこないというのは、私はいま長官がおっしゃるように、林道開発は五倍の生産になって結びつくんだというようなことならば、そんな結果は出ないと思うのです。これは、どっかの例が一つたまたまそういうことがあっても、それでは全体のあれにならないと思うのです。 それよりもむしろ私が心配するのは、林道開発に名をかりて、観光開発にこの林道が利用されておるんじゃないか。私ども奈良県の場合に、あの大台ヶ原の観光開発のロードが大きなものができました。ああいう形のものが各地で、その奥地におけるところの過熟林を切り出すんだ、そういう名のもとに開発されていって、それが観光道路になっておる。いわゆる観光資源の対象に林道政策というものが吸われてしまっておる部面があるのじゃないか、実はそういう心配をするわけです。いま長官のおっしゃるように、林道開発が五倍の生産になってはね返ってくるのだ、結びついてくるのだというふうな、そういう林道開発ならば、私はこれはもう大いに進めてもらわなくちゃなりませんし、意を強うするわけでございますが、従来のところは、林道開発にこれだけの力点を置かれておきながら、生産増強とはほとんど結びついておらずに、生産は横ばいにあって、需要の拡大に伴う必要木材はほとんど外材に依存し、その外材部面だけがふくれにふくれ上がっているという実態にある。このことは、いまの長官の説明では不十分のように思いますが、それはたまたまそういう例があったということにすぎないのではありませんか。
○片山政府委員 説明が足らなかったような気がいたしますが、御承知のように、林道は確かに毎年つくります。しかし、出てくる木材というのは、ことしつくった林道からだけ出てくるわけではございません。これはいままで開設した林道、それから町村道もございます。そういう既設のところから出てくるものと、新しくつくったところから出てくるもの、これが木材の生産量になるわけでございます。それから、新しくつくった林道から、即座に一年で全部出てくるというものではございません。これは何カ年かかって出てくる。こういう中で生産というものは行なわれるということでございます。 そこで、先生おっしゃいました、さっぱり伸びないじゃないか、供給が足りないのじゃないか。これは先ほど言いましたように、いろいろな事情がございまして、ここで御答弁申し上げられませんけれども、幾つかの理由で、それは制約されているということでございます。
○森委員 制約されている理由を、ここで言っていただきたいと思いますが、実は林道を新しくつくりますと、その奥地のいままで林道がなかったところの価値が上がるわけですね。価値が上がりますと、今度は切り惜しみが始まっている。そういう状態で、いわゆる林道開設によって奥地の過熟林が出てくるのではなくして、むしろ逆に、そのことによって価値を生む、そのことによって切り惜しみが逆にあらわれてきている、こういうようなことを現状では見るわけなんです。そういうことはありませんか。林道開発が生産に直ちに結びつくというように考えられないのですが、その点いかがですか。
○片山政府委員 日本の全体の山からいたしますと、私はそういうことは比較的少ないのじゃないかと思いますが、確かに先生御指摘のように、切り惜しみということも部分的にはあると思っております。そこで、われわれは計画的な施業というものを推進して、それによって合理的な施業をやってまいりたいということで、森林法を改正した意味もそこにあるわけでございます。したがいまして、切り惜しみということのないように、計画性を指導してまいりたいと思います。 もう一点、先ほどの御質問でお答えしませんでしたが、観光道路じゃないかというお話がございましたが、私どもはある一定蓄積以上のものを対象にしてつくるわけでございます。ただ、たまたまその道が副次的に観光になるというところもあるとは思います。しかし、開設の基準というものを厳守してやっておる次第でございます。
○森委員 そこでもう一つ、二回目のときにお尋ねいたしました生産が伸びない理由ですね。その理由、これはたくさんあるとおっしゃいました。その中の特に中心になる、こういう理由で伸びない、いわゆる重点的な問題、こういう問題について簡潔に一ずっと言いますとたいへん長いと思いますが、何でこれだけの林野面積を持つ日本の林業が、国土の六八・二%も占めて、スウェーデンに次ぐ第二の森林国が、需要木材の四〇%も外材に依存しなければいかぬのか、その理由を聞くとしたら、説明はものすごく長いと思います。その長い説明全部してくれとは言いませんから、その中で、特にこういうことが日本の林業の生産拡大、あるいは総生産の抑圧に大きな原因をもたらしておる、こういうことだけちょっとお聞かせ願いたいと思います。
○片山政府委員 日本の森林が非常に多いといわれていますけれども、先生御承知のように、一人当たりにしますと非常に小さい面積でございます。カナダと比較しますと百分の一、ソ連に比較しましても二十分の一というように非常に小さいわけでございます。 そこで、そういう前提があるわけでございますが、停滞する原因としましてわれわれ考えておりますのは、まず森林資源の内容でございます。これは御承知のように、戦前非常に乱伐をしたということで、人工林をどんどんふやしておりますが、遺憾ながら戦後に植えた人工林が約七割以上である。したがって利用期に達していない、こういうことでございますので、即座に生産に結びつかない。 それからもう一点は、未開発林というのが御承知のように相当ございます。その未開発林をわれわれは開発していっているわけでございますが、林道その他早急な姿でこれをぎゅっとやるわけにはいかない。やはりわれわれは六十五年を目途に、極力閣議決定の線に基づいて推進しておりますが、まだ未開発林が相当あるということが実態でございます。 それからもう一点は、日本の山の実態でございますが、民有林におきましては薪炭林の山というものが八割くらいあるのです。それを切りかえていかなければならないというのがいまの使命でございますが、そういう山の実態で生産がなかなかでき得ないというのが一つでございます。 それからもう一点は、零細性その他によって、やはり経営を合理的に進めていかなくちゃならない。その合理的に進めるテンポが非常におくれていると、残念ながら申さざるを得ないと思いますが、いわゆる資本装備であるとかそういう経営が非常におくれている。こういう点をわれわれは反省はいたしておりますが、そういう点で今後努力してまいりたい、こう思っております。その中で労務というものを確保して、計画的な生産を達成したい、かように思っている次第でございます。 それが大きな理由でございます。
○森委員 四十一年に出されました林産物需給の推移表、これに沿うための林道その他の生産基盤の整備拡充を進めておられるわけですが、いま幾多の原因があることを私も承知しておりますし、指摘もされました。 そこで長官にお尋ねしたいわけですが、長期需給見通しによりますと、昭和五十年に一億立米が需要であって、それに対して国内供給量が七千万立米、輸入が二千九百四十万、約三千万立米、こういうことになっているわけですね。自給率が七〇%。ところが今日時点において、昭和四十三年で木材の需要量がすでに一億に近づかんとしておりますね。四十四年にはもう九千九百六十九万立米ですから、約一億に近づこうとしております。だから、この長期見通しがつくられた年からわずか三年を経過しておるにすぎないのに、すでに昭和五十年、いわゆる十年先の見通しをオーバーしようというのが今日の実態ですね。こういう形で進んでまいりますと、これは昭和九十年には一億四千六百万立米が需要であって、それに対して国内で約一億三千二百万立米を供給することができ、九〇%の自給率を確保できる、こういうことにこの長期見通しはなっているわけでございますが、今日時点においてすでにこの長期見通しというものは大きくくずれておる。 それにもかかわらずこの長期見通しというものを、今後とも林業施策の方針として、あらゆるものをこの長期需給計画に基づいて立てていこう、こういうようにお考えなのか。あるいは今日の激しい需要の拡大に見合うために、その需要の拡大に追いついていけない、計画どおり進んでいかないいまの国内材の供給量の現状からいって、これを修正する必要がある、こういうふうにお考えなのか。もし修正する必要があると考えるならば、どういう形で、いつごろそういう長期見通しに関する新しい見通しが出てくるとお考えなのか、これをあわせてお聞かせ願いたいと思う。
○片山政府委員 御指摘のとおり、四十一年に策定いたしました長期需給見通し、この昭和五十年に一億立米というのは、現段階において非常に問題だという御指摘、そのとおりでございます。 ところで、われわれ当時策定いたしましたときは、経済企画庁の中期経済計画というものを基盤に置きまして、成長率八・一%というのを当面の成長率、こう考えて算定したのでございます。しかし、その後御承知のように名目で大体一七%、四十一年、四十二年、四十三年と伸びていまして、実質的にも一二ないし一三%の成長率があったわけでございます。そういう関係で、需要が当初想定したよりも相当大幅に伸びてきた、これが実態でございます。 したがいまして、われわれは昭和五十年の姿の中で部内で検討いたしまして、まだ案の段階でございますが、おそらく一〇%以上伸びるのじゃないか。五十年段階で一億では足りない、少なくとも一億一千万以上にどうしても伸びるのじゃないかという試算をいたしております。そういうことで、われわれは、林政審議会というのがいまございますので、その中にいまおはかりをしておる段階でございまして、先生方の御意見を聞いておる段階でございます。 私といたしましては、その審議の中でこれを判断してまいりたいと思いますけれども、一応長期の五十年先というその姿は、われわれ一応諸条件をもってこれを判断しておるわけですが、それはそう狂いはないだろう。また、それを判断するのはなかなか困難であるが、しかし、昭和五十年までについては、これは真剣に、もう少し近間の問題として検討しておるわけでございますが、それを含めて林政・審議会にいまおはかりしておる、こういう段階でございます。その結果によりまして対処したい、かように思っておる次第でございます。
○森委員 この需要の伸びが、予想されておる伸びよりもずいぶんと上回っておる、こう言う。これは日本の経済の成長率の度合いが、ずっと上回っておるということに根本的には基因すると思うのですが、私は、外材の輸入という問題についてあまりにもノーズロで対処しておるということ、このことも需要の伸び、あるいは逆に言うならば、需要に対する内材の供給を抑制する役割りを一部はになっておるのじゃないか、こういう気がするわけです。 そこでお尋ねしたいわけですが、将来、昭和九十年には自給率を九〇%にするんだというのは、これはもうかねてから長官、機会あるたびに答弁しておられる内容でありますが、そのときには輸入期待量は、大体必要木材に対する一四%。それでは現在の外材を輸入する商社がどれだけの外材輸入の専用船を持って、その専用船を横づけすることのできる港を現在どれだけ持っておって、将来、それがこの計画に沿って収縮されていくような形にまで、林野庁がどういうふうに押えられる力を持っておるのか。私は、通産ペースでこれはどんどんと進んでいくと思うのです。商社が一たん外材専用船をつくったら、これをフルに活用する、これは当然のことであります。また、その外材専用船をつける港をどんどん拡張していく、それに向かって日本の資本投下が行なわれていく、こういう形になってくる。今日まで林野庁が、国内材の生産の自給率を高めるために外材はある程度規制するというようなことは、幾ら言ってもできなかった。これは通産ペースに負けているわけであります。将来このような見通しで、九十年先に入ってくる外材を——国内材九〇%の自給率という内容についても、これは問題がある。これは、この間労働問題で突いたわけですが、今度は逆に、昭和三十六年以来ぎゅっとウナギ登りに伸びている現在の外材の依存度、この輸入を農林省のサイドで、日本林業を守るというサイドで押えられるのかどうか。私は押えられないと思うのです。通産省のほうが、いわゆる日本経済全体の発展というベースの中で推し進めてきた場合に、農林省関係は常にその犠牲になっておるのじゃないか。 そうすると今後は、日本林業の見通しは外材輸入でどんどんと押えられていく。もちろん、それぞれの国においての木材の輸出については無制限ではありません。南洋材にしても米材にしましてもそうです。一部ソ連材はかなり余裕がありますが、その他のところは無制限ではありませんけれども、少なくとも日本の商社が、外材輸入に自分たちが投資した資本の回転と、利潤というものを求めてさまよう限り、この計画というものは全く絵にかいたモチであって、いまにして外材規制の問題について、通産省と農林省がお互いに話し合う中で、はっきりしたものを持っておらないとしてやられるのではないか、こういう感じがするわけです。 特に、一昨年私はソ連材の輸入問題で、社会党代表で中小企業の商社の皆さんと一緒にソ連に行ってまいりました。ソ連の木材のあの豊富なのを見て、実は驚いて帰ってきたわけでありますが、今度河合良成さんがシベリア開発の問題で、シベリアの木材をこちらに入れる、こういう話しが進んでおるとか進んでおらないとかいうことが新聞で報ぜられております。将来シベリア開発に伴うあの無尽蔵な資源というものが、ソ連材の日本に対する輸出ということで、日本海沿岸の港が外材専用船の横づけ港になっていく、こういう形にでもなってくるとするならば、日本林業の将来はたいへん危険な状態になるのではないか。そういうことを感ずるわけございますが、この長期の需給計画の中で、外材の問題をどういうふうにお考えになっておられるのか。そういうことがはっきりしないと、こういう計画というものが——この時点で外材輸入の圧迫と、内地材の供給の伸びの鈍化、こういう問題も含めてもう一回検討し直すべき時期に来ておるのではないか、こういうふうに思うのですが、この点についての長官の御見解をお聞かせ願いたい。
○片山政府委員 たいへんむずかしい問題でございますが、ただ、木林は政府の手で押えられるかという御発言でございますが、これは、端的に申しまして押えられないと思います。と申しますのは、御承知のようにAA制でございますので、自動的に入ってくる自由の品目でございます。したがって、林野庁がこれを押えることはできないと思います。 ただ、この長期計画を見通す場合に、これから二十年くらいの間、これはいま植林している、あるいは終戦直後植林している、そういうものが利用期に達する時代です。したがって、これから二十年先くらいまでが木材としては困る時代でございます。その間におきましては、外材というものはむしろ入れなければ安定しないというふうに判断しておるわけでございます。 ただ、二十年先の問題ということにつきましては、私たちはこの計画の中でこれから二十年先に、いわゆる昭和六十年あるいは昭和六十五年、その中で山の開発というものを完全にやってまいりたいというプランでございます。完全にやった暁におきましては、諸外国と十分太刀打ちしてやっていける基盤をつくりたい。御承知のように杉、ヒノキは、諸外国の材木よりは価値がございます。 〔安倍委員長代理退席、委員長着席〕 値段も現実に高いわけでございます。そういう中で経営の合理化、基盤の整備を行なうならば、それは十分やっていけるのではないか。その間外材というものを円滑に入れてまいる、こういう基本的な体制にあるわけでございます。
○森委員 たいへん自信のある、また前途に明るい希望を持って林業行政を担当しておられる長官のあれをお聞かせいただいて力強く感ずるわけですが、もう時間が来ておりますから、繰り返しますとまた問題がよそへそれると思うのですが、とにかく、そういう期待感を持って林業行政を担当していただいているということは非常にけっこうです。 ところが、二十年たてば終戦直後に植えたものがようやく伐期が来て、内地材の供給が豊かになってくる、こういうことなんですが、私は、木材の需要の伸びというのは、これはいま林野庁で考えておられる伸びよりまだまだ上回ってくるのではないか、こういうように思うわけです。パルプ関係を中心にして上回ってくるのではないか。そうなれば、従来外材というものはわが国の内地材の供給不足分を補完的に入れているんだ、こういうふうにとられたけれども、今日四〇%になってきたら、これは補完的ということは言えませんね。それが内地材の価格を決定するくらい勢いを持ってきているんですから、補完的とは言えませんよ。こういう形で外材のあれを規制することができないとするならば、内地材の高い銘木というものが、かりに二十年後に伐期を迎えて供給量がかなり潤沢になったとしましても、全体の需要の伸び、そういうものを考えてまいりますと、外材の占めるウエートというのはかなりまだ比重も高くあるのではないか。こんな九十年に比重が一〇%だというような、そういう見通しは甘過ぎる。もしかりにそうだとするならば、そういう危険な産業に将来とも——これは補完的な問題で、一時的に外材を入れているだけだ、こういう危険なところへ商社が投資をし、港の投資やあるいは船の投資をするでありましょうか。私はそんなことはしないと思う。やはり将来長期にわたって、明るい見通しの計画性の上に立って投資をやっているのだ。そういうことになると、こちらはこちらなりの計画を持っておる、希望を持っておるけれども、向こうは向こうなりの希望を持っておる。そうするとどちらが強いか。強いほうが勝ってしまうということになると、それはしてやられるのではないか、そういう不安を持っておるわけです。 時間がありませんので、その点は意見を聞かなくてもけっこうですけれども、次に、この前の災害対策特別委員会だったと思うのですが、長官に出ていただいたときに、林業災害の問題についてお尋ねをいたしました。私は、林業災害が金額的に非常に大きな額になる。特に現在の国営森林保険では、林業災害に対する救済の力もないし、また、林業家がそれに入る魅力を失っておる。こういう段階では、林業災害単独の立法化をはかるべきじゃないか、こういうことを実はお尋ねいたしました。そのときに長官から、林業災害の問題については特別に、現在の国営保険は十分でないので、林業共済制度について考えておる、こういう御答弁をいただいたわけでございますが、これは森林法の一部改正の中で質問したときにも、大体同じような御答弁でございましたが、その後、林業災害補償法、私はそういうものをつくってほしいと言っておるのですが、いわゆる森林共済制度についてどういうふうに作業が進んでおるのか、どういう考え方を中心にしてその作業が仕組まれておるのか、まずこのことをお聞かせいただきたい。
○片山政府委員 いま森林の災害の問題は、国営保険、それから森林共済制度、それから民間の損害保険会社の保険、こう三つあるわけごでざいますが、主体は国営保険でやっております。国営保険の現状においては、なかなか皆さんの御希望に沿うような進捗はしておりません。したがいまして、そういうものを中心にして昨年、四十三年に大蔵省から調査費をいただいておりまして、さらに今年引き続いて、二カ年でこれを検討して成案を得たいということでまたもらったわけでございます。したがいまして、この二カ年を通じた中で一つの結論を出してまいりたい、かように思っておる次第でございます。
○森委員 早急にこれは長官の御趣旨が実現できますように御努力いただきたい、こういうように思います。 それから、農政局長来ておられますので、この間ちょっと質問時間がなかったので質問をはしょったわけですが、ちょっと失保問題についてお尋ねしたいのです。 今度の失保の改正の中で、特に林業労働者の失業保険の問題について、従来奈良方式といわれておる特例給付の問題、この問題が、今度は六カ月を通じて一カ月十四日間働かなくては受給資格がない、こういうことです。これはいままで十一日だったわけです。そして六カ月通じて八十四日、これが満たされた場合は有資格者だったわけですが、今度は十四日に改正されようとしているわけです。その問題を林野庁のほうからどういうふうに聞いておられるか。これは言っている内容わかりますか。その問題について職業安定局と交渉する場合に、あなた窓口なんだから、林野庁からどういうふうに聞いておられるか、ちょっとお聞かせ願いたい。
○池田政府委員 実は、これは先般の分科会で先生から御質問ございまして、当時、労働省といろいろ協議している段階であるということを申し上げたわけでございますが、その後、実は一応話し合いがまとまりまして結論が出たわけでございます。その結果を申し上げますと、ただいまの御指摘の点につきましては、これは確かに途中の段階で、各月十四日以上というような労働省の案でございましたが、やはり現実に当てはめてみました場合に、いろいろ問題があるということで、この点につきましては従来どおりで改正は行なわない、こういう結論になったわけでございます。
○森委員 たいへんけっこうだと思います。 そこでもう一つは、それじゃ欲ばって聞いておきたいのですが、特例給付の場合は、労働災害の場合には適用にならなかった。それは、一般保険と失保は違いますから。労働災害の場合に、十一日に満たない月があっても、これが通算の八十四日さえあればよろしいのか、その点はどうなりますか。
○池田政府委員 その点につきましても従来どおりでございます。特段の変更をいたさない、こういうことでございます。
○森委員 特段の変更をいたさないということは、労災保険の適用をされておる者はされておっても、これは一般失保じゃないから、特例給付の場合だから、労災で休んだ場合これは失格するんですね。そのままですか。その点は、職業安定局とぼくらの交渉段階では、特例給付の場合においては労災を適用しないのだけれども、林業労働者の場合においては災害が非常に多い産業である、したがって、そのことによって十一日稼働を満たせない月が出てくる、そういう場合においては特例としてこれを認める、こういうことになっておるのですが……。
○池田政府委員 私どもの承知しております限りでは、従来どおり、こういうことでございます。
○森委員 それではこの点については、もう一回私のほうから労働省職業安定局にただしてみたいと思います。 私だいぶ時間を超過いたしましてあれしましたので、いろいろとお尋ねしたいことがあるわけでございますが、またいずれこの国会で審議される国有林の活用法の中で、林業問題は総ざらいをしてみたいと思いますので、その節に譲りますが、大臣はあまり林業問題に詳しくないので長官に答弁をかわってもらっておったわけですが、どうか大臣もしっかり勉強してもらって、林業問題の中心の肝心かなめのところだけは、ひとつ大臣が自信を持って答弁できるようにしていただきたい。このことを要望いたしまして、きょうの質問はこれで終わります。
○丹羽委員長 兒玉末男君。
○兒玉委員 いままで、かなりの時間同僚委員からやりまして、あまり言うこともないわけですけれども、ただ、米の問題につきましては、これは非常に事は重大だし、国民の重要な食糧の問題でございますので、まずこの点を伺いたいと思います。 先日も柴田委員なり各委員からあったわけですが、今回政府が考えておるところの自主流通米というのは、私は、現在の食管制度の基本というものが根本的にくずれ去る非常に重大な要素を持っているものだと思うのです。まずこの点について、どういう点からこういう構想というものが生まれてきたのか、第一点お伺いしたいと思います。
○長谷川国務大臣 自主流通米の構想は、消費者の選好、それは応じた米の生産、消費の拡大をはかろうということがねらいでございまして、食糧管理の立場からする行政的な規制のもとに、政府を通さない米の流通をはかろう、したがってこの道を開いた、こういうわけでございます。
○兒玉委員 私は、消費者の要請が主であるかのようないまの御答弁ですけれども、現実的には食糧管理制度を骨抜きにして、政府の実際的な食管の財政的な負担というものをなくしていく、そこにその本質があるんじゃないかと思うのです。この点いかがでございますか。
○長谷川国務大臣 いや、そういう財政的な面というものは、この中に含まれておらないと思います。ただいま申し上げたように、消費者が選好するものを、いまの状態では強制していくわけにはいかない。たとえば良質米をつくれ、これだけやらなければ政府は買い上げないぞ、こういうようなことを今日行なうことはでき得ない。こういうような点に重点がある。したがって、それによってなるほどいい米をつくればいつでも安心をしてというか、安定をした販売が行なわれる、政府の買い上げの中においても行なわれていくんだ、そういう方向に徐々に持っていってもらいたい、こういうのもその中にありますけれども、これによって食管制度を骨抜きにしてしまって、あともう食管制度をほっておくんだという考え方だけは毛頭持っておりません。
○兒玉委員 私はこの際特に食糧庁長官にお伺いしたいわけでございますけれども、戦前の米の取引の形態というものを見ておりますと、非常に米が多くても少なくても、農民は結局売り手の側にあります。そういたしますと、ちょっとした豊作の状態ということになりますと、どうしても仲買い商人に買いたたかれる。さらに、また今度は消費者の側に立ちますと、どうしてもこれは持っている者が一番強い。このきわめて平凡な原則というものが、私は今日の時代において、どんなに消費者がりこうになりましても、あるいは生産農民がいかにがんばりましても、この経済の原則というものをくつがえすだけの力はない。 そういう点から考えますならば、いま大臣が御答弁になったような形とは逆な、生産者は価格をたたかれる結果になる。政府の指導というものが強力な強制力を持たなくなるわけでございますから、結局、消費者は高い米を買わされるということになっていくのじゃないか。この点を非常に懸念するわけですが、長官、いかがでございますか。
○桧垣政府委員 御指摘になりました戦前の米の流通というものは、これはいわゆる自由市場における自由流通を前提にいたしまして、そして一定の価格帯の中で、政府が、最低価格帯を割る場合には、自由市場から米を買いつけて市場遮断をする。上限価格を上回りますれば、これは政府が保有米を放出して市場冷却をやるという、間接統制方式をとっておったのでございます。私どももそういうやり方が、実は統制目的を達するのに、なかなか十分な効力を発揮していなかったということだけは感じております。そういう事情もございまして、私ども自身といいますか、政府の中で、間接統制へ移行するという考え方は全く持っておりませんで、食糧管理制度の根幹は維持をしてまいるのであるというたてまえに立って、ただいま自主流通の道を開こうとしておるわけでございます。 自主流通を構想いたしましたゆえんは、大臣から簡単でございましたが答弁をいたしましたので、触れませんけれども、食糧管理制度の根幹を維持するという限りにおいては、政府としては食糧管理法第一条の国民食糧の確保、そのために食糧を管理し、需給の調整をはかるという責任はあくまで負う。したがって、そのために第三条の政府に与えられた権限は、第一条の目的達成のためには直接買い入れを行なうことによって義務を果たす。その際、政府は第二項の規定による、米の再生産の確保を旨とする考え方で生産者米価を政府が責任をもってきめますということを貫く考え方でございますので、したがって、戦前のような市場経済原理というようなものに支配をされて、生産者にとっても納得いかず、消費者にとっても納得がいかないというような事態になることは万々ない、また、そういう考え方は全くないということを申し上げたいと思うのであります。
○兒玉委員 私も単位をはっきり記憶しておりませんけれども、現在、東京都が一カ月二千五百トンでございますか、一カ月か十日かわりませんが、とにかく、そのうち大体千二百トンくらいが、いわゆるあなた方の考えている自主流通米かやみ米か知りませんけれども、半数近くが正規の通路をとらないで消費されている。しかも価格は、長官、あなたはそう言われましたが、現実的には十キロ二千円をこえている。こういうことが報道されているわけですが、長官はそうやたらにこれから消費者の価格が高くなるということはないという確信がございますか。
○桧垣政府委員 東京都の一カ月の配給所要量は、約六万トン程度でございます。いわゆる政府管理米以外がどの程度流されておるかは、これは実は正確にはつかめないのでございますが、全国的に申せば、政府の、いわゆる食糧管理法に基づいた消費家庭の配給米は約七百万トンくらいになるわけでございますが、それに対しまして、農家が政府以外へ売ったと推定される米が七十六万トンないし八十万トンというふうに推定をされておるわけでございます。でございますので、現在の段階ではそれほど大きな量のやみ米が流れておるとは推定できないのでございます。ことに、本年のように一千万トン政府に集荷されるということになりますれば、農家消費量を計算いたしましても、それほど大きなものが流れておるとは私は推定できないと思うのでございます。 ただ、そういう需給の関係の中で、今日になりますと消費者の階層の中には、消費者米価水準のことはあまり関心がなくて、自分の好む米を買いたいという階層が出てくることは、現在の消費者階層における所得の伸び等からして、どうも必然的傾向として受け取れるのでございます。やがて国会にも報告されると思いますが、総理府の家計調査によりましても、消費者家計の約三割が非配給米に依存しておりますという記帳をしておるわけであります。これは、やはり現在の配給米の価格で一定量を保証されておるということのほかに、自分のほしい米を求めたい、少なくともそういう意思を持っておるということだけは表示されておると私は思うのでございます。 それに対しまして自主流通の道を開きました場合に、この自主流通米については政府負担というものはございませんから、したがって、中間の経費は経済的にどうしてもかかるということになりまして、一般配給米よりも割り高な価格形成をされるということは、私は避けがたいと思います。しかしながら、いま申しましたように、七〇%の家庭は政府の配給米に依存しております。非配給米には手を出しておりませんという記帳をいたしておりまして、私はやはりそれが国民の消費家庭の大宗であろうというふうに思うのでございまして、ここに一定の価格で一定の数量を政府が確実に配給するという需給の操作を行ないます限り、自主流通米といえどもべらぼうな値段に騰貴をするというようなことはあり得ない。現在の供給過剰というような需給関係のもとでは、私は自主流通米が暴騰するというようなことはあり得ないと考えております。
○兒玉委員 これは、今後の成り行きを見なければ断定できない問題だと私は判断しますので、この論争は一応保留することにしたいと存じます。 いずれにしましても、卸売りの販売業者なり小売り販売業者の消費者に対する販売価格というのは、全然政府としては規制はできないわけですね。この点はいかがですか。
○桧垣政府委員 自主流通米につきましては、このものの性質上価格規制はできないし、しないという考え方でございますが、政府の配給米については、何らかの価格規制をする必要がある。その点は従来とほぼ同じ水準で、消費者家計に対する安定ということを目標にした規制をする必要があるというふうに思っております。
○兒玉委員 そこで、先ほど長官が答弁されましたが、いわゆる政府の管理米というのが全体の七〇%だ。そうしますと、一つの小売り業者によって自主流通によるお米と、政府の管理米というものが同じ店で売られることになるわけです。そうしました場合に、消費者である一般大衆は、どれが政府の管理米で、どれが自主流通米かその区分というのは不可能だと思うわけです。その辺の規制なり管理というものは、どういうふうな指導を行なっていかれるのか、この点特に問題が重大でございますので、明らかにしていただきたいと思います。
○桧垣政府委員 その点は、確かに米の流通段階で最も大きなむずかしい問題だと思います。私どもとしては、要するに政府が売り渡しました米が、適正な価格で確実に消費者の希望に応じて配給されるということを保証することが最も重要なことであると思うのでございます。私どもとしては、いまの価格の点については、ただいま申し上げましたように何らかの規制をするという考え方でございますが、いわゆる格上げ販売等につきましては、従来も実は非常に問題になった点でございます。従来、格上げ販売というものが問題になっておりましたのは、一つは、消費者の好む米を正規の流通経路を経て小売り商が入手できないという不自由性があったという点が問題であったと私は思うのであります。そういう点では、自主流通の道を開くことによって、小売り業者が正規のルートによる消費者の選択買いの米の入手ができるという点で、従来よりも一そう明朗化する可能性のほうが強いというふうに思うのでございます。 さて、政府売り渡し米を確実に届ける方法といたしましては、いま私どもはいろいろこまかい点を検討いたしておるのでございますけれども、政府配給にかかる米について、これが政府配給米の現物であるという点を店頭に表示をさせる、そういうことで消費者の理解を求める。また、いま研究をさしておるのでございますが、施設の関係がありまして全面的というわけにもまいらないかと思いますが、自主流通米については、これの本質的な点を明らかにするために集中精米、大型精米による小袋詰めをする。そうして産地あるいは銘柄、そういうものを表示した姿で、自主流通米というのは大型精米所を出るときに、こういう産地、銘柄の米ですということを明瞭にして、配給ルートに乗せるということをやっていきたい。従来から一般政府配給米についても、小袋詰め配給ということで、格上げ混米等の防止に役立てさせるということで進めてまいっておるのでございますが、今後もそういう方向を一そう進めていくようにいたしたいというふうに思っておるのでございます。
○兒玉委員 重ねてお伺いしたいのでございますけれども、この制度がどういう転機で困難におちいるかわからないと私は思うのですけれども、国民の大多数は、いわゆる自主流通米以外のお米に依存する度合いが多い。しかも、低所得者層ほどこの政府米に依存する度が高いわけであります。現在、モチ米なり工業米を除いて百万トン程度が予想されておるようでありますが、一体それならば、この百万トンの米というのはどの地域の米をこのルートに乗せるのか、しかもこれは輸送範囲というものも、コスト高との関係があってかなり困難な技術的な面があろうかと私は思うのですが、そういう点はどういうふうな具体的な指導を今後やっていこうとするのか、この点お聞かせをいただきたい。
○桧垣政府委員 自主流通米に乗り得るというか、乗っていく要件としては、一つは、お話しのように一定の市場条件を備えておることが必要だろうと思います。非常に遠方の米は、かりにそれが良質というふうにいわれておりましても、自主流通には乗りにくいという事情がある。それから、いま一つは消費者、そういう選択買いをしたいという消費者の嗜好に応じた質を備えておることが必要だろうと思うのでございます。その点に関しましては、現在、配給業者の全国団体でどういうような需要があるかということの下調査をしておるようでございます。その積み上げを見れば明瞭になってくると思いますが、まだその段階まで至りませんけれども、想像されますことは、従来から消費者になじまれておりますような産地、銘柄のところへやや傾斜的に殺到するおそれがあるというふうに思われるのでございます。 しかし、このことはまたほかの流通の問題にも問題が起こりますので、配給業界の全国団体、集荷の全国団体と事前にある程度の調整をする必要があろう。その調整については、食糧庁としましても食糧の円滑な流通配給という責めを負っておりますので、慎重に指導いたしたいというふうに思っておるのでございます。
○兒玉委員 これまたあとで時間があればやりたいと思いますが、特にこういう制度ができることは、ここ二年間非常に米が豊作であったという状況のもとにおいて可能であって、絶対量が不足をしているという事態に立ち至った場合は、おそらくこういう制度は不可能に近いだろうと思うのです。過去十年間の実績から見ましても、特に昭和三十年からでございますか四十一年まで、やや豊作であったというのが昭和三十七年の千三百万トンです。 しかも現在の、単に米ということだけでなくて食糧全体の帰趨を見てみましても、いわゆる食糧と目されるもので、昭和三十五年から四十二年の間に、小麦が二百六十七万トンが四百十三万トン、トウモロコシ、これはでん粉も関係ありますが、百三十五万トンが三百九十六万トン、大豆が百十三万ドンが二百十七万トン、脱脂粉乳が四万三千トンが八万三千トン、こういうふうに非常に輸入食糧に依存をしているというこの現実を考えた場合に、いつまでも外国からの輸入食糧に依存するということが、これから五年なり十年なり絶対に保証されるかという見通しは立たないと思うのです。この輸入食糧に依存する度合というものを、できるだけ私たちは制限するような食糧対策というものをとっていくべきだと思うのですが、この点、長官いかがでございましょうか。
○桧垣政府委員 全般的なお答えとしては、実は私の所掌以上のものがあると思うのでございますが、結論から申しまして、私ども食糧行政を預かるものとしても、国民の日常生活に必須である主要食糧のようなものにつきましては、国内でできる限り自給度を保持する必要があるというふうに考えております。ただ米につきましては、確かに昭和四十年までは明らかに不足であったのでございますが、米の消費量が御案内のように昭和三十八年の千三百四十万トンというのから四十二年の千二百四十八万トンということで、五年ばかりの間に約百万トンの消費減退というのがあり、一方生産は、御案内のような増大の傾向にありますために、少なくともここ当分の間は、米については供給過剰の傾向が続くであろうということだけは確実だと思うのでございます。 食糧全体としては、御指摘のように小麦につきまして、食用としては大体三百万トン程度のものが入っております。トウモロコシは、えさ用のものとコーンスターチ用のものがあるわけでございますが、小麦についてもえさ用のものが百万トン以上現在入っておるという事情でございます。一方において米に過剰があり、日本の限られた農地資源の中で過剰なものと著しく不足なものがあるということは、やはり農業政策としてはひずみがあるのではなかろうか。この点は官房長からお答えがあると思いますが、私は、農業政策の今後のあり方としては、まさに考え直すべき時期ではないだろうかというふうに思うのでございます。
○大和田政府委員 いまの食糧庁長官のお話で大体尽きておるわけですが、私どももできるだけ国内農産物で自給することが望ましいわけで、農家の所得の面からいっても、また技術、風土の面からいっても、自給が可能なものについてはやはり自給するような政策を進めるべきであると思います。 したがいまして、米については完全自給、それから米に次いで重要な畜産物、果樹、野菜等については、できる限り完全自給に近づける程度のことをやりたいというふうに考えておるわけでございます。
○兒玉委員 いま官房長言われましたが、原理的には、国内における自給度というのは、小麦、大豆、なたねあるいはでん粉等を含めて、毎年自給度が急激に低下の状況にあるわけです。今般いわれている総合農政というのは、私はやはり国内で生産の可能なものは最大の努力をして自給体制を強化する、その原則があってこそほんとうに農民のための農政であり、消費者大衆のための農政ではないかと思うのですが、いま言われたことと逆の現象が継続していることについて、一体これをどう解消していこうとするのか。 しかも、農基法農政というものが展開されて八年間になりますが、その八年間の傾向を顧みて、昨年西村農相が、いわゆる総合農政ということをうたわれたわけでございますけれども、このような総合農政というものを言っていることは、結果的には、八年間にわたる日本の基本農政というものが間違っておったということをみずから肯定するものではないか、私はこう思うのですが、今後の国内におけるこの総合農政との関連において、特に食糧の自給体制の強化ということについて、一体どういう考えを持っているのか、お聞かせをいただきたい。
○大和田政府委員 私どもも食糧の自給率を維持し、向上することが大切であるということは、全くそのとおりであると思います。ただ、日本の農業のようにいわば平均一町歩の農業で、しかも、きわめて集約的な農業でございます場合に、やはりいかなる作物を選択して今後の日本の農業のおもな作物とするかということは、食糧の自給度を高めるということと同時にはなはだ重要な問題であると思います。 いま御指摘もございましたが、たとえばトウモロコシ、あるいは大豆、あるいは小麦等々、これらの作物も伝統的に大事なものでございますから、また、土地によりましては適作物であることでもございますから、主産地についてその生産の合理化をはかるということは、私ども今後やらなければならないと思いますけれども、しかし、需要に見合ってその生産を上げる作物としては、私は残念ながら日本農業の性格からいって、必ずしも適当ではないと思います。何もかも自給せよという御議論ではないと承知いたしますけれども、米、畜産物、野菜、果樹、そういうものについて、完全自給あるいはおおむね自給に近い程度の生産をあげる、いわば戦略的な物資といいますか、日本の農業をこれから考えます場合に、何に重点を置いて生産を伸ばすかという場合の、そういう戦略的な農産物にそういうものを考えまして、小麦、大豆、トウモロコシというのは、決して捨てるという意味ではございませんけれども、その自給ということは、やはり私はむずかしいというふうに割り切らないと、なかなか問題が進まないというふうに思います。
○兒玉委員 大臣にこれはあとでまとめて聞きたいと思いますけれども、まず長官にさらに聞きたいことは、自主流通米が今回では一応百万トン程度ということでありますが、おそらくこの状態では、もしこれが実行に移った段階においては、相当数量というものがこのルートに乗ってくるのではないかということを懸念するわけですが、その辺の展望はどういうふうな判断をされておるわけですか。
○桧垣政府委員 自主流通米の見込み量を百万トンといたしましたのは、生産者団体関係あるいは流通者団体関係等の有識者の意見も徴しました上で、私ども見込みを立てたのでございますが、現段階におきまして、先ほど申しましたように、流通業界ではいろいろ末端の需要等の取りまとめをいたしておるようでございますが、やはり大体百万トン程度が穏当なところであるようですという意見を申し述べております。私ども当初からそういうふうに思っておりまして、自主流通米の流通量は、現在の価格関係のもとではおのずから消費面からの制約を受けますので、私は百万トンを著しくオーバーするような量が、初年度から流通するというふうにはとうてい思えないのでございます。 また将来も、これは一般消費者の今後の動向にかかるところでございますが、自主流通量が非常に大きな量になるということは、とうてい期待することはできないと思っております。
○兒玉委員 大臣にお伺いしたいのでございますが、とにかくいまの米に対する対策というものが、その責任の大半が農民にあるかのようないわゆる宣伝がなされておるわけです。たとえば、うまくない米ということが非常に報道されておりますけれども、この点、私はやはり食糧庁が中心となりまして、どうしたならば現在出されている米が消費者の口に入る場合、うまく食べられるかということの技術的な面についても、やはり相当検討したならば、うまくないというこの不評判というものを解消する道があるのじゃないか。 私は、先般すし屋に行きまして聞いたところが、いろいろな方法を通じまして、一般的にうまくないというような米でも、何か若干の技術を加えると非常においしくできるということです。こういう点の私はもう少しPRというものが、主管庁である食糧庁では足りないのじゃないか。うまくないという消費者の声だけに力点が置かれて、食糧庁自体がみずから販売する米についてもう少し——作柄なり、品質改良等はもちろん必要でございましょうが、現に生産されておるところのお米が、どうしたならばうまく食べられるかという、そういう指導も考えるべきじゃないか。 同時に、大臣にさらに加えてお尋ねしたいことは、この米の制度というものが、いわゆる食管の約三千億近い赤字というものに、非常に財界等の圧力がかかっておるように聞いております。しかし、そういうことを言うのであるならば、私はこの戦後二十数年の間、あるいは戦前を通じて、農民が米の生産のために相当の犠牲を払っておるわけであって、二千億や三千億程度の食管赤字が出たからといって、これを目のかたきのように批判されることは、私は筋が通らないと思う。しかも、たとえば大企業等のいわゆる交際費等については、七千億もこれが課税対象になっていない。こういう比較論から言いましても、これらの点を私はもう少し農林省当局としても強力に反発すべきだと私は思うのですが、この点いかがでございますか。
○長谷川国務大臣 話が前後いたしますけれども、三千億の赤字が出ているからこういう施策をとった、そういうことは毛頭ありませんし、また、三千億くらいの赤字が出てきてわれわれもたまげてはおりません。要は、お話にあったように、今日の日本をこれだけつくり上げてくれた原動力であった農村が、しかも、昭和十七年以来消費者のために犠牲を払って今日の生産を高めてきてくれた農民に対して、あたかも白眼視するようなことだけはわれわれはとっておらないと考えでおりますし、したがって、農民が悪いなどということは毛頭考えておりません。 しかし、いままでとってきたわれわれの指導方針は、これは与野党ともあるのじゃないかというふうに私は考えますが、それは一体どういうことだというと、米の生産というものに対しましては、ほんとうに必要以上な精力をわれわれはこれに向けて、そうして生産にいそしんでもらってきた。これは与党、野党を問わずそういう結果になってきたと思うのであります。しかし、何といってもこれによってこれたけ——昭和十七年には、今後の米不足を、安定した価格で、しかも平等に配給するのにはどうやるか、それには法律でもって持っていかなければとうていやれるべきものでないという、こういう基本の上に立って食管法というものが誕生したのでございます。 ところが、今日になって米が余ったから——われわれはそんなことは申しませんが、いろいろ消費者の面からは、もうこれはなくせ、廃止しろというのが毎日のようにたくさん来ます。けれども、われわれはそんな考え方は毛頭持っておらぬ。つくったときの基本理念というものは何であるか、その理念に対してわれわれがまだお返しもできないうちに、これを解消するというような考え方は持っておらない。 しかし、反面現実はどうなんだ、こういう面になると供給過剰である。こういう面があるから、こういう点についてはお互い、農民も生産団体もわれわれも、ともに考える段階に入ってきてはいないだろうか。したがって、さらにこのまま幾らでも買ってやるのだから、何ぼでもつくって持ってこいというふうになれば、いかに食管法を置きたくとも、毎年日本でこれだけ米が余った、またこれだけ余った、最後には古米、古々米という差別もなく、飼料にするのだ何にするのだということになってまいりますと、経済の上、財政の上から見ても世論というものがこれを許すまい。食管法を維持していくのだ、それにはお互いが協力をしてもらえないか、こういうようなことから、今回の自主流通米というものも考えられたものでございます。 したがって、先ほど食味の話もございましたけれども、なるほどおすし屋さんとかそういうような販売店になってくれば、ある程度の食味の改善はできるだろうと思うのです。しかし一般家庭に、米を一どきにこれだけ入れて、こういうふうにしてこういう味つけをしろということは、少し不可能ではないだろうか、こういうふうに考えます。したがって、それには生産段階において、もうこの事態の現実の上に立っては、何といっても消費者の要求するもの、また消費者というものが中心に、すべてのものが生産されていかなければならなくなってきておる。これを見のがすことはできない。こういう意味においての御協力を願っておるのでありまして、これらもいますぐ強制的に行なうわけではない。 要は、申し上げたような現在の経緯でございますけれども、農業というのは申すまでもなく、一度つくれば本年はもうつくり直しができぬというこでありますから、これを、もうことしつくったから買わなければだめだというわけにはまいらないので、逐次そういう方向に転換をしていただきたい、そして御協力願いたいというのが私たちの本来の願いであって、決してこれらも強制的に押しつけている意味ではないのでございますから、その点は御理解賜わりたいと存じます。
○兒玉委員 大臣が、たとえば米つくりだけではいかぬ、ひとつ考え直していただきたい、そう言いましても、いままでの農基法農政の八年間の歩みを見ておりますと、とにかく政府の言うものをつくれば損で、政府が指導するものの逆をいったほうが百姓はもうかる。いわゆるよくいわれるところの朝令暮改ということばが、過去八年間の農基法農政の最も手本みたいなものじゃないかと思うのです。 そういうことですから、この転換の問題、総合農政の実施ということが盛んに言われておりますけれども、大臣にお伺いしたいのでありますが、現在転換作物として適応するもの、どういうふうな形において何をつくっていこうとするのか。果樹なり、あるいは畜産なり酪農なり、そういものの長期の展望というものが立たない限り、政府が指導するところによる総合農政が展開されましても、農産物の価格政策、安定価格というものがなければ、なかなか農民はついてこないであろうということが、私は懸念されるわけでございますが、これはいかがでございますか。
○長谷川国務大臣 御指摘の点についても、全くそういうような点がなかったとは申し上げられないと思います。しかし、農業基本法によって、わが国の農業生産といいましょうか、その推進はかなり進んだということの半面はあると思う。しかし、何といっても根幹であるところの主食、こういうところに全く重点が注がれていた、これがこういうような欠陥をもたらしたことは、いなめないところの事実であろうと思う。 そこで今度は、つまりそういうような一つのものにとらわれないで、そして総合的にもっと考えていかなければならないだろう。それは先ほどもお話がございましたけれども、現在海外からもいろいろな貿易の要求を受けておるわけでございます。しかし、これらに対しましてもわれわれは自由貿易をやろうという考え方はないのですけれども、こういうような時代に対しましては、何としても総合的に一般消費者が満足する、ということは少なくとも価格が安定であり、そして味などというものもその中の一つの条件でなければならない。こういうような点で総合的にやっていこう、こういうことでございます。 そこで、畜産あるいは果樹をやれといいましても、これもまたなかなか容易でない面もありますし、さらに野菜という面もあります。したがって、今後の国民食糧というものが高級化するに従って、たとえば野菜という面にしても、果実という面にしても、その高級化していくのに沿ったところのものが生産されていかなければならないはずでありまして、野菜はこれをつくったのだから、これでいつまでもということにはなかなか困難がありますから、今後こういう点については、農林省だけの考えではなくて、生産団体等とも十分に話し合って、そしてその基盤の上に立った、つまり主産地主義といいましょうか、主産地形成というものの上に立って進めていきたい、このように考えております。
○兒玉委員 これは私、官房長にお伺いしたいのですけれども、結局、総合農政の展望というものは、どこかの新聞でありましたか、皮肉って、これはから箱農政だということが書いてあったわけですよ。一体何を目標にしておるのかわけがわからないじゃないか。ですからこの点具体的に、今後の長期展望では、たとえば、ミカンは全国民の需要量がどの程度必要であるのか、あるいは酪農の場合は、たとえば十年の展望に立ってどの程度の頭数が必要なのか、また、それに対する流通なり加工なり、あるいは価格政策はどうするのか。こういう長期の展望と対策というものを明らかにしなければ、部門別の現実的の指導というものも困難であろうし、受ける側の農民としても、ミカンをつくれ、ミカンがいいということだけでは、私は簡単にいかないと思うのであります。そういう長期の展望によっての対策というものが明らかにされなければ、単に総合農政云々ということだけでは、われわれは協力しようにもする方法がないではございませんか。その辺、私はいまの大臣の答弁では十分意を得ないので、特に官房長に補佐役として、ひとつこれから作業を進める段階として、どういう考えでやっていこうとするのかお聞かせ願いたい。
○大和田政府委員 農林省といたしましては、去年の十一月に、「農産物の需要と生産の長期見通し」を出したわけです。これは三十七年にも一度出したわけですけれども、ただあくまでも全国的な見通しでございますから、ある県あるいはある村で、一体それをどういうふうにこなすかというところまではいっておらないのです。たびたび農林大臣からお話がございましたように、今後は、日本の農業の地域的な分担関係というものを確立すべきではないかというお話がございまして、この長期見通しの性格からいって、厳密な意味の計画ではございませんけれども、地方の農政局単位あるいは県単位、できれば市町村単位、あるいは幾つかの市町村をくくっての地域単位で農業生産の地域的な分担を、今後考えていったらどうだろうかということで、私ども検討を始めておるわけでございます。 ただ、先ほどからいろいろお話がございますが、私どもこの需要と生産の長期見通しというのは、これは見通しでございますから、現実との狂いが出ることはある程度やむを得ないと思いますけれども、いまの条件のもとでできるだけ正確を期して見通しを立てたもので、これはただ見通しであって、今後の日本農業にとって全然無縁のものだというふうには、私ども考えておらないわけでございます。できるだけこの方向に沿うて、やはり生産対策を続けるべきで、先ほども申し上げましたが、畜産物、野菜、くだもの等々について十年先を見通して、需要に合わしてできるだけ国内自給に近いところに持っていくために生産を進めるということも、決して容易なことではございませんが、たとえば乳牛についてみますと、私どもの見通しでは、四十一年が百三十一万頭でございますが、五十二年には二百九十三万九千頭。あるいは肉用牛で、百五十七万七千頭が二百五十九万一千頭というふうに、豚あるいは鶏等々につきましても相当な、いわば意欲的な見通しを立てておるわけで、それを達成するためには、ただ見通しとしてこうなるのだということでなくて、これはやはり相当の政策的な努力が必要であるというふうに考えておるわけでございます。
○兒玉委員 それでは、多少具体的な点についてお伺いしたいと思うのです。 一つは、われわれ庶民階級に欠かすことのできない野菜の問題でございますけれども、都市近郊においては、非常に豊作であるけれども、それを運んで市場に出すことはかえって収入がマイナスになる。しかし、小売り店に出されている野菜の価格というのは一つも安くならない。これはもちろん特殊事情がありまして、小売り業者としてもある程度のメリットがなければ立っていけないわけですけれども、これは三年ほど前でしたか、特に私も関係しましたが、野菜の生産出荷安定関係の法律ができたわけですけれども、現実にどういうふうに運用され——これは、生産農民なり消費者にもできるだけ安定した価格で供給できるための法律であっにと私は記憶しておるわけですが、これに対しましてはどういうふうな措置がなされておるか、大臣並びに担当局長からお聞かせを願いたい。
○小暮政府委員 三十八年に園芸局ができましてから、野菜行政をやや組織的に始めて五年以上の経験があるわけですが、野菜法施行後の状況を申し上げますと、当時、法律ができます前には、キャベツ、タマネギについてだけ、やや指定産地並びに安値補てんの仕組みが動き始めておったわけですが、今日までに対象品目が、指定産地では九品目にふえました。四十四年度予算でさらにレタスを追加していただくと、十品目になると思います。それから安値補てんの仕組みは、その後ハクサイを追加いたしまして、約十三億の資金を積んでおります。 ただ、御指摘の御趣旨は、むしろ需要の見通し等に見合ってどのような作付の指導ができたかという点にあろうかと思います。御承知のように、特に冬場の野菜がしばしば物価対策上問題になります。乾燥がちな冬が参りますと、かりに作付面積が一割以上前年よりふえておっても、からからにかわいた冬には冬野菜が暴騰するというような、苦い経験を何回も繰り返しております。しかし、かりに二割も作付をふやした上に暖冬が来るということになりますと、三十八年に経験したような惨たんたる状況になる。 そこで、野菜法に基づきまして、大消費地向けの主要な野菜について、関係の市場の専門家あるいは小売り業者等の意見も加味しまして、おもな品目ごとに五年先の需要のあり方を求めるというようなことを、あの法律に基づいてやっております。大体、五年後に三割から五割くらい需要がふえるのじゃないかと思われる品目が多いわけです。五年間に三割ないし五割と申しますと、やはり年にせいぜい一割弱ぐらいの作付面積をふやしていくのがよろしいんじゃないかということでやっております。現に、この冬の野菜も、統計調査部の調べでは、一割以上ふやしたものはないのです。大体少ないもので三%、多いもので九%ぐらいの作付増でございます。 そういう意味では五、六年前まで、ハクサイを二反歩張るか——まあ俗語でございますが、ばくちの張るということでございます。ひとつ二反歩張るか、三反歩張るかということが現実に言われたようなことがございますが、そういった風潮は明らかに少なくなってまいりました。やはり系統出荷ということも考え、作付の面でも話し合って、徐々に反別をふやしていくというようなところにまいっておると思うのでございます。しかし、いかんせん、三年ないし五年に一ぺん今回のようないわゆる暖冬というものに襲われますと、野菜でございますから、いわば作柄が進んでしまう、早く育ってしまうために、十二月、一月と非常に価格が暴落しておりますが、逆にどんどんとってしまうと、四月に入ってまた別のことも起こるのじゃないかと、内心危惧いたしておるのでございます。 以上のような状況でございます。
○兒玉委員 これは現在までも、私も記憶が薄らいでおるわけですけれども、暴落した場合に、五年でございますか、その平均価格より下がった分については補てんをする。これは、先般関東周辺で非常に問題になったと思うのですが、この地区というのは、例の指定産地に入っておったのかどうか、この点お聞かせをいただきたいと思います。
○小暮政府委員 御指摘の地区が具体的にどこでございますか、私ちょっと、しかとわかりかねますが、大体この冬のキャベツ、ハクサイにつきましては、関東周辺の主要な産地は、京浜向けの指定産地におおむねなっていると思います。
○兒玉委員 ついでに園芸局関係について伺いますが、最近、ミカンの栽培というのが非常に激増しておるわけです。特に、収穫にしましても相当数伸びておりますが、価格が、現実的にどんどん市場への出荷はあるわけですけれども、四十二年度よりも大体三〇%程度暴落をしている。これでは全然そのミカン園芸の維持経営が困難であるという不満が出まして、先般九州におきましても、福岡で全九州のミカン生産者の大会もあり、かなり政府に対しまして強い要望が出されておるわけですが、先ほど大臣なり官房長が言われました、今後のいわゆる総合農政の基本的な柱になるこの果樹園芸というものは、単にミカンだけでなくて相当な関心を持っているわけですが、問題は、園芸局は盛んに作付奨励をやるが、その価格の面に対しては全くやってないんじゃないか。特に、これからミカンの消費傾向というものは、国民の食生活の中においても増大の傾向にあろうかと私は思うのですが、問題は、その価格政策というものに最大の焦点がなければいけないし、さらに、流通の改善関係にもう少し力点を置くという努力がなされなければ、これはまた米つくりの農民と一緒に、ミカンつくりの農民を泣かせる結果になるのではないかと思うのですが、このミカン等に対する需給の展望なりそういう価格、流通対策というものは、どういうふうに対処されようとしておるのか。現実的に価格は暴落をしている。これの状況をどう把握されておるのか、お伺いしたいと思います。
○小暮政府委員 ミカンにつきましては、これまで当委員会でも別の機会に御説明いたしましたけれども、過去十年間に需要がほぼ倍になったという実績を持っておるのでございます。今後の長期展望におきましても、さらに将来の十年に向かってまた二倍になるかどうか、これはずいぶん議論のあるところでございますが、ただいま私どもといたしましては、これまでのような調子での増大はないにしても、総理府の家計調査の収入階級別のデータを使いましてクロスセクションで分析いたしまして、さらにふえるテンポがだんだん相対的に少なくなる。俗に片対数といっております計数を使いまして、弾性値を少し落として十年後を予測いたしましても、実は昭和五十一年で三百六十万トン程度の需要にはなるのじゃないか。この見通しにつきましては、現在でも実は誤っているとは思っておりません。 ただ昨年の十二月上旬、中旬のように、結果期に非常に温暖でございましたこと、あるいは九月ごろの気象条件等が影響いたしまして、非常に浮き皮と申しますか、皮と実がすっかり離れてしまうというような、しかも酸味も甘味もやや足りないといったような異常な形でのミカンが、しかも前年同期の四割増しといったようなかっこうで市場に殺到いたしましたために、十二月中旬でたしか、神田市場での平均が四十七円という近年にない暴落を演じております。しかし、その後関係団体が集まりまして極力出荷の調整を行ない、しかも、優良なものを貯蔵して出荷期をずらすというような努力をしてまいりました結果、二月に参りまして神田市場の平均で七十円、ごく最近は、日々の日報で見ますと九十円というような日も出てくるというようなところまで実はゆり戻しております。 そこで、ことしの出荷を全部精算してみて、はたしてどういうかっこうになるだろうかということを非常に注目しておるわけでありますが、先般も果樹審議会を開いていただきまして、情勢分析を専門家にもいろいろお願い申し上げました。五月、六月の候にもう一ぺん審議会を開いていただいて、四十三年産ミカンの出荷の総決算と申しますか、主要な産地ごとに、生産費との関連でどのようなことに相なったかということを確認いたしますとともに、今後の植栽指導について十分議論を尽くしたいと思っております。 ただ、この際申し上げておきたいと思いますのは、先ほど申しましたように、今後十年間になお相当の需要の拡大を見るであろうということは確信しておりますが、単年度で四割といったような出荷の増になりますと、非常な販売上の苦しみもある。やはり私どもといたしましては、御指摘のようにミカンかん詰めという面での加工あるいは果汁の振興、さらには、最近努力しておりますアメリカ向けのなまミカンの輸出、これはやっと糸口がついた段階でございますが、さらに今後これの拡大の努力をいたす等、加工流通面での努力をさらに強化する必要があるであろうというふうに考えております。
○兒玉委員 大臣にお伺いしたいわけですけれども、そういう政策面なり流通、加工面のことはお聞きしましたが、肝心の価格対策というのは私は一本抜けていると思うのですよ。この辺が私は非常に問題があると思うわけであります。つくることはお互いにどんどん研究してどんどんつくるが、つくったものが暴落をしては、これは百姓だけが泣き寝入りで、残るのは借金ばかりなりというふうな農政では困るわけでありまして、やはりこれから農林省が、総合農政の柱とする果樹部門における価格対策、さらに私は、どうしても果樹の貯蔵性がきかないという点から加工部門の比率というものを高めていく、この二つの面が積極的に改革をされなければ、先ほど言った米作農民と同じような運命をたどっていくであろう。どんなにあなた方がそういう政策面における指導をしても、その二つの点に積極的に取り組んでいかなければだめだと思うので、特に価格政策の面について大臣に、さらに詳細については、局長の御所見を承りたいと思います。
○長谷川国務大臣 ミカンにつきましては、つい最近まで所得が非常によかったということであって、別にこれに対しての考え方もなかったようでございましたけれども、今後の総合農政を行なう上にあたっては、果実の価格対策というものも考えなければならないと思います。これがなかなかむずかしい面だと思いますので、今後の問題でございますけれども、あわせましてこれらも十分考えなければならない一つの課題であろうと考えます。
○小暮政府委員 御指摘のように、加工面での需要の安定的拡大ということには、これまで以上に衆知を集めて努力してまいらなければならないと思っておりますが、過去を振り返って、多少ぐちめきますけれども、三十年代の後半からの非常な都市の需要の増大がありまして、なま食で実は驚くようなテンポで価格が年々上がっていくということがございまして、関係者の努力にもかかわらず、加工面での対策がなかなか伸びなかったという苦い経験がございます。今回の暴落はまことに不幸なことでございますが、この不幸な経験を逆にきっかけに使いまして、今後加工原料面での価格の安定について、さらに努力を続けてまいりたいと思います。
○兒玉委員 時間の関係もございますので、少ししぼっていきたいと思います。 次に、これは食糧庁になりますが、でん粉関係のことについてこの際お伺いしたいと思います。本年度の食管特別会計におきましては、カンショでん粉一万八千トン、バでん一万五千トン、三万三千トンが農安法による一応の数量になっているようでございますけれども、御承知のとおり、北海道は相当な豊作だということで、かなり問題が提起されておるようでございますが、現時点におけるでん粉の需給なり価格関係の見通しはどういうふうになっているのか、お聞かせをいただきたいと思います。
○小暮政府委員 四十三でん粉年度の国内産のでん粉の需給は、近年にないやや異常なかっこうになっておりまして、北海道を中心としたバレイショでん粉、これは約三十万トンということで、近年まれに見る大増産になっております。一方、九州を中心としたカンショでん粉のほうは三十七、八万トンということで、これは近年になく少ない生産になっております。 そこで、カンでんが足りなくてバでんが余るという形でございますが、国内産でん粉を全部通算いたしますと、昨年、一昨年から行なっております例のコーンスターチの生産量の規制、コンスを五十万トンに押え込むというあの前提で考えました場合に、どのように計算してみてもでん粉が計算上は余っていないのです。しかしながら、やはりバでんとカンでんではやや性質も異にしておりますし、置かれている場所も違います。これまで使った実績も違うものでございますから、やはりバでんが余ってカンでんのほうが足りない。それは、彼此流通が必ずしもうまくいかないという状況でございまして、現在バでんを三万トン買い上げるということで、目下買い入れ事務をどんどん続行いたしております。 なお価格は、三万トンの買い入れを発表いたしました一月の段階で若干戻りましたけれども、その後ずっと横ばいでございますが、なお基準価格には若干足りないというような状況で推移いたしております。
○兒玉委員 でん粉年度内における消化の見通しなり、あるいは、いうところの基準価格において完全に消化できる見通しがあるのかどうか、この点をお聞かせ願いたい。
○小暮政府委員 甘味資源全体として、実はこの一月までは非常に沈滞いたしております。砂糖も実際の市価がかなり下がっておりまして、ブドウ糖その他も市況がさえないということでございましたけれども、二月の中旬以降次第に物が動き出すと申しますか、やや相場回復のきざしが見えておりました。砂糖を中心として、いま徐々に需要期に向かいながら相場が回復しつつあるというように観測いたしております。 先ほど申しましたように、バでん、カンでんを通算いたしますならば、国内産でん粉は決して過剰でないという状況でございます。なお、調整段階における出荷調整の努力を続けていただいて、現在、基準価格を下回るような価格では、全販が取引しないように自主的に努力いたしております。相場は、今後回復に向かうのではないかというふうに私どもとしては観測いたしております。しかし、もし三万トンの買い上げを完了いたしましても、なおかつ相場回復の徴候が顕著に現われないという場合には、さらに追加買い入れの措置についても検討いたしたいというふうに考えております。
○兒玉委員 大臣、いまちょっと園芸局長からの答弁があったわけですけれども、これは、ミカンにしてもリンゴにしてもバレイショにしても、とにかくこれ以外に簡単に作付転換できない。青森のほうも、この前リンゴを米につくりかえて、また今度はリンゴにかえた。お百姓は、軽わざ師がするようなことはできないわけですよ。やはり長年の自分がやってきたことをかえるということは、相当な困難が伴うわけですが、特に、豊作貧乏ということばが常にお百姓の場合いわれるわけです。今回の北海道の場合も、いま局長から話があったわけですけれども、前年度の五〇%近い増産のために、なかなか価格がいい方向に向かってない。先般三万トンの農安法による買い入れをやってもらったわけですが、それでも現在市況はあまり好転しない。これについて、関係の農民団体等からも強い要請がございまして、さらに四万トン程度の緊急買い入れ措置をすること以外に、回復の見通しが立たぬじゃないか、こういう強い要請がなされておるわけでございますが、これに対しましては、どういうような措置をとるようにされておるのか。もちろん、これは状況の変化ということがついておるわけでございますけれども、農産物価格安定法からいいますならば、生産団体からの申し入れによって政府は買い上げるということが、法的に当然義務づけられておるわけでございますので、この点どういうふうな措置をされようとするのか、お聞かせをいただきたい。
○長谷川国務大臣 先日もそういうような情勢を承りましたので、なるべく早期に買い上げをするようにというので、いま御指摘の三万トンですか、買い上げを行なったわけでございますが、今後の情勢というか、市況というものを見合わせながら、必要によって買い入れを行なっていく考え方でございます。
○兒玉委員 それでは、まだたくさんやりたいわけでございますけれども、あと二、三点にしぼってお尋ねしたいと思います。 それは、ことしの六月から都市計画法が実施の段階に入るわけですが、これによって、いわゆる市街化区域内に存在する農地の問題が、非常に大きな課題になろうかと私は思います。これに対して、特に農林サイドにおける対策としてはどういうふうな構想を持っているのか。まあいわれるところの、もう農業を放棄して作付転換をやって、そうして遊ばして二万円ずつ金をやる、こういう構想もあるわけですけれども、特にこの新都市計画法との問題というものは、私は今後の農地保全、農地確保という問題と、都市計画という面において、それぞれ利害が相対立する重要な問題が提起されるのじゃないかと思うのですが、これに対してはどういうふうな措置をとられようとしておるのか、お伺いしたいと思います。もちろん、継続審議になっている法案との関連ということではなくして、純粋の農林サイドの立場での御答弁をいただきたいと思います。
○中野政府委員 ただいまお話がございましたように、新都市計画法がことしの六月から施行になります。その場合に、今後十年間優先的に市街化を進めていきます市街化区域と、市街化を抑制いたします調整区域を、建設大臣が農林大臣と相談をして線を引くということになっているわけであります。 そこで、われわれといたしましては、すでに農地局の内部に土地利用対策室というものを去年から設けておりまして、準備体制に入っておりますが、予算的に申し上げましても、すでに本年、それからまた来年の予算でも、近郊の農村土地利用の調査を現に八百九十八市町村について着手しております。そしてその中で、土地利用がどうなっているか、またそこでの実施状況がどうか、それから今後の計画はどうかということを現在調査しております。 そういうことを踏まえまして、これから具体的に建設省のほうで、都市計画法の施行の政省令が出てまいりますが、それに対応いたしまして、すでに各県の農林部局に対しまして、県段階での都市部局とも相談をするようにということも言ってございますが、具体的には、これから取り進めていかなければならないというふうに思っております。その場合に、秩序ある市街化が進むということ自体を否定するわけにはもちろんまいりませんが、農林省の側といたしましては、やはり都市近郊の農業あるいは農家のことがございますので、集団的に存します優良な農地は確保をはかっていきたい。土地基盤整備を現に実施しておりますような農用地等は確保したいという考え方を原則として、すでにこの辺は建設省と原則的に了解がついているわけでございます。その辺も、これから具体的な各地域のやり方として打ち合わしていきたいというふうに考えている現状でございます。
○兒玉委員 現在、農林省が考えておりますところの作付転換も、いわゆる米作地帯なりそういうものを転換するように予定されている。三十万町歩の地域との関連性はどうなっているのか、この点お聞かせをいただきたいと思います。
○中野政府委員 作付転換の問題につきましては、当委員会でもいろいろ御議論があったわけでございますが、市街化区域になるようなところが確実なところは、作付転換の奨励はやらないということでございますが、建設省のほうで市街化区域に予想しております中で、農地というのは大体一十九万ヘクタール程度あろうということをいっております。そういう土地につきましては、やはり順次十年内には農地がつぶれていくということになってくるかと思います。
○兒玉委員 それでは競合しないということですね。
○大和田政府委員 今後相当長い期間をかけて、作付転換をどうするかという問題と、それから、四十四年度で三十億ほどの予算をつけて一万ヘクタールを作付転換するということと、やや問題が違うわけでございますが、四十四年度に行ないます一万ヘクタールの作付転換の問題は、稲から他の作物に転換をするということが大きなねらいでございますから、大体におきまして、市街化区域として指定されることが確実なような地帯、すなわち、もう近く市街化することが確実な地帯につきましては、やはり他の作物に転換するということを期待することもやや無理な事情がございますから、反当二万円という作付転換の奨励金を出さないでいいのではないかというふうに、現在考えておるわけでございます。
○兒玉委員 次の質問者の時間もございますので、あと一問ですが、これは大臣もよく御存じだと思うのですけれども、今回、富士製鉄と八幡製鉄との合併に伴って、特に新聞の報道等もありましたが、この影響によって、農業用生産資材あるいは生鮮食料品等の加工用のかん詰め関係、ブリキというのですか、こういうもの等に相当の変動が予想されるのじゃないかということが報道されておるわけでございます。この点は今後、いわゆる米価を決定する際の生産用資材である農機具の価格に重大な関係を持つし、また、農産物の流通部門における加工関係の価格にも相当の影響を与えるものと思うわけでございますが、この点についてどういうような判断と対策を考えられておるのか、お伺いしたいと思います。
○長谷川国務大臣 そのように新聞紙上伝えられるところもございますので、今後、御指摘のような品目で農業生産に影響を与えるようなものがあるとするならば、私のほうから、十分これには対処してまいりたい考え方でございます。
○兒玉委員 どうも抽象的なことでよくわかりませんけれども、特に農業用資材の高騰ということは、生産の上に重大な関係があります。 本日は相当の点質問が残っておりますけれども、この点は、今後法案審議なりその他の機会を通じて、特に米の問題は、とうていきょうの論議を通じましてはまだまだ、農民とともに重大な関心を持っておる点でございますので、それらの点は保留しまして、私の質問を終わります。
○丹羽委員長 石田幸四郎君。
○石田(幸)委員 私は、次の分科会での質問も予定されておりますので、ざっと十五、六分で終わりたいと思いますので、農林大臣、質問の概要をまとめて申し上げますので、ひとつ最後にその指摘する諸問題についての御返答をいただきたいと思うわけでございます。 私が問題といたしますのは、農協の問題及び漁協の問題でございます。その基本的な問題について伺うわけでございますが、事例をあげないとわかりませんので、二つばかり事例をあげることにいたします。 まず一つは、愛知県の鍋田農協の問題でありますが、これは二月十一日、鍋田農協の元金融課長が逮捕されました。その問題点は、農協の小切手の偽造二十七枚、額面約一千万を業務上横領の疑い、その他に四千万円の使途不明の金が発見されておる、こういう状態でございます。この鍋田農協の事件の土壌をなすものは、通帳及び印鑑が農協に預けっぱなしである。金が必要なときに本人が直接農協へ行けば幾らでもおろせるというような状況になっておる。これが一つ問題点でないかと思うわけであります。そして、ある農家の当主に警察の捜査員が被害届けをとりに行った場合に、この金融課長が引き出したのか、自分が引き出したのかわからない、忘れてしまった、こういうようなことを言っているのであります。さらにまた、新しい金融課長がこれまでの帳簿を見て、何人かの理事に利子の請求をしたところ、その理事の一人は、全く自分はそういう金を借りたことがない、こういうようなことを言っておるのであります。これが一つの事件の概要でございます。 もう一つは、やはり愛知県に起こった漁業協同組合の問題でございますが、四十一年度のノリの天災融資、これが愛知県の牟呂漁業協同組合におきまして、業務報告書によりますと八千百八十四万円の融資を受けているわけでございます。ところが、この牟呂漁協の借り入れもきわめて独善的、不正のにおいが濃いわけであります。なぜならば、借用者は組合員全員というように組合の幹部が強制的にしたような疑いがございます。そしてその借用申し入れに際しては、記名、捺印をさせて、借用金員の書き入れを行なわずに提出を強要した疑いがあるわけです。さらにまた返済にあたっては、第一回償還金の請求並びに利息の請求のみであって、この天災融資を受けた各人が、どれだけ借用しているか知らされていないのが実情のようであります。また、個人の借用証の返還を要求しましても、帳簿の整理がつかないからと言ってこれを返却しておりません。さらにまた、この牟呂漁協につきましては、有名なノリの産地でございますので、ノリの出荷のときに一〇%の特別積み立て貯金がされておるわけです。しかしながら、ある人の言によりますれば、十四年間一度も通帳を自分の手にしてみたことはない、こういうような現状も訴えているわけであります。また、この漁協におきましては、組合員のほとんどの印鑑が用意されている、こういうようなうわさも立っております。こういう問題で地元のいろいろな苦情があって紛糾して、県の査察があったのですが、この不祥事件は発見されなかった。しかしながら、驚くことにこの事務長が——名前は個人のことでございますから申し上げませんが、二月の十六日に、この問題が発生してから自殺しておるわけです。これが、私がいまお伺いをしようという事件の概要なんでございます。 そこで、私はお伺いしたいのでございますが、農協にせよ漁協にせよ、預金通帳も印鑑も一括して組合で預かっているということは、これは常識上からいってもまことにおかしな事件です。しかしながら、これは何もいま私が取り上げた二つの漁協ないし農協だけの問題ではないわけです。私がこの問題を調べただけでも、愛知県、岐阜県、三重県を含めまして、私の手の届く範囲でも、実に七つの農協にわたって、印鑑も通帳も全部農協に預けられている状況になっておるわけです。 それで私は、この会計監査の問題並びに業務監査の問題についてお伺いしたいのでございますが、行政庁は年一回常例として監査をしなければならないことが農協法によって定められております。この行政庁というのは、これは県知事というふうに規定されておりますが、農協中央会においても、常例として年一回業務監査をしなければならない、こういうふうになっている。この中央会の主管大臣は、言うまでもなく農林大臣であるわけでございましょう。ここに指摘されておりますのは、こういうような監査の状況につきまして、愛知県の百八十の組合の中で監査をされましたのは約百六十件くらいございましょう。それから三重県の場合におきましては、二年に一回しか監査が行なわれておらぬというのです。それで三重県の事情を聴取してみますと、いわゆる県の監査並びに中央会からの監査、これがお互い二年に一回ずつやって、両方足せば年に一回はやっていますというようなきわめて不遜な言動を吐いておるわけですね。あるいは岐阜県においでは百九十七組合の中で監査を行なったのが百二十七組合、中央会はわずかに八十組合しか監査を行なっておらないわけです。 私はこういうような状況、先ほど申し上げましたように、いわゆる事務長なり金融課長なりが組合員のお金を自由に、どのように使っても、長い間全然使途がわからないというようなことが平然と行なわれる土壌の問題について、一体主管大臣としてどのようなお考えに立たれるのか、こういった問題をどのように今後指導なさるおつもりなのか、この点について明快な御答弁を願いたいと思うわけです。
○長谷川国務大臣 昨日の委員会においても、農協の不正事件が論議をされまして、また本日も農協、漁協の不正事件がここで論議されるということは、自分としてはまことに残念でございます。いずれにいたしましても、零細な農民あるいは漁民の預金を預かっておるその者が不当に、おことばのようにされておるということは、これは重大な問題でもございますので、今後は、関係者をさらに十分に監督して、このような事件がなくなりますようにやりたいと考えておりますが、農政局長にも、直接農林省が監査はできないけれども、県に向かって、もう少し厳重に監査をしなければいかぬじゃないかということの通達を出しなさいということを、昨晩申しつけたところでございまして、詳細に至りましては、農政局長から御答弁申し上げます。
○石田(幸)委員 時間がございませんので、農政局長のお話はまた機会を見てお伺いすることとしまして、もちろん大臣のその答弁に私も尽きると思うのでございますが、しかしながらこの農協の問題、漁協の問題については、その数が非常に多いわけです。融資の問題あるいはまた漁業補償の問題にいたしましても、組合は法人であるがゆえに、その分配等については組合にまかされているわけでございましょう。そこに数多くの問題が発生しておるわけです。 たとえば、現在愛知県におきましても漁業補償をめぐって、一戸当たり七百万から一千万、一千五百円、そういうお金が、県庁の段階においては払われたように記載されておりますが、しかしながら、そういった多額のお金すらもらっていないといって裁判をしている事件もあります。先ほど私ちょっと新聞を見ますと、二月十六日ですか、松山市の漁協にもそういった不正問題が新聞に記載されておるわけであります。 こうやって見ますと、一年間のうちに一体幾つこういう農協、漁協の不正事件が起こってくるのか。確かにこれは会計監査の責任は中央会でありあるいはそれは県知事でございましょう。しかしながら、一片の通達でこういう問題が処理されてはならない、そういう段階にもう来ているのではないか、こう私は考えるのでございます。そういった意味におきまして農協法の一部改正をするなりもう少し厳格な監督の仕組みを考えなければならない、このように私は申し上げたいわけでございます。その点一片の通達だけで効果は出ませんよ。この点をどう考えますか。
○長谷川国務大臣 最近農協、漁協といいましょうか、こういったような点について不正事件というものがかなりの数発見されておるということは、ほんとに申しわけないと考えておりますし、まことに遺憾なことであると思います。不正事件の発生の原因は、主として農協の理事者の自覚の不足にもあると思うのでございまして、農協の内部管理体制の不備等もありますので、これらにつきましては、系統農協組織とともに協力して、今後強力に指導を加え、そして行政庁としての農協に対する検査を強化してまいりたい、このように考えております。
○石田(幸)委員 時間がありませんので、以上で終わります。
○丹羽委員長 本日は、これにて散会いたします。 午後五時五十五分散会